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パリ万博〜第一次大戦くらいまでのパリについて

1 :ナナシーヌ名無し:2006/12/23(土) 20:23:37 0
1900年から1914年くらいまでのパリについて、
「あんなエピソードが好き……」「こんな小話が好き……」「あの建物最高……」などなど
どんなことでもかまいませんので、語りませんか。

2 :ナナシーヌ名無し:2006/12/23(土) 20:58:26 0
1937年のパリ万博はお呼びじゃないか・・・・

3 :フランスが死ぬほど嫌いな人:2006/12/23(土) 21:47:36 0
この時代ぐらいのパリが本当のパリ、フランスだろうね。
今のパリは欧州でもっとも欧州らしくない、「アメリカ化した街」の一つだね。

『旧東ヨーロッパは遅れているから昔ながらの欧州らしさが残っているんだ!』

なんていう人がいるけど、たとえそうであっても
本当の欧州の街が見たい人はドイツより東に行った方がいい。
「コーラ、ハンバーガー、」「下品なポルノ、」「ストリップ劇場、」「レイプ等、性犯罪、」「強盗とかっぱらい、」
「黒人、アラブ人、中国人、ベトナム人、‥‥多様な人種、」
パリは半分アメリカだなwww。


4 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:15:44 0
美術ではキュビズム、素朴派のアンリ・ルソー

詩人だとアポリネール

5 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:19:57 0
モーリス・ルブランの怪盗ルパンもの

自動車、電話、バイクの普及



6 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:23:30 0
映画が娯楽として広まり始めた


7 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:25:24 0

  像
    の
      世
        紀

8 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 03:23:12 0
>>3
当時のパリを美化しすぎ
「下品なポルノ、」「ストリップ劇場、」「強盗とかっぱらい、」
これらは別にアメリカ’的でもなければ現代都市特有のものでもない

まあこの時期のパリを始めとした欧州都市が、
現在とくらべ遥かに華やかに煌いて輝いて見えるのは同意だけど。

9 :フランスが死ぬほど嫌いな人:2006/12/24(日) 03:47:00 0
>>8

少なくとも今のパリみたいに街のあちこちにコーラ、ハンバーガーショップなどはなかったはず。

パリは近年まで毎年10万人も移民を受け入れていた。

「黒人、アラブ人、中国人、ベトナム人、‥‥多様な人種、」

ここアメリカ?って思う程多様な人種がいて100年前のフランス人がみたらビックリするだろうなwww。

>「下品なポルノ、」・・現代都市特有のものでもない

少なくとも今のパリみたいに街のお土産コーナーにおちん○んが2本並んだ生写真なんて売っていないだろwwwww

現在のパリは十分過ぎる程にアメリカ化しているよ。あんな街、欧州じゃあないよwww







10 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 09:36:34 0
まあベル・エポックだもんな

11 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 12:54:50 0
フランスってユグノー戦争で泥沼になったり、ナントの勅令廃止したり、
主流派以外には非寛容のイメージがあるのですが、何故に今は寛容?

12 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 14:13:10 0
>>9
当時だって欧州的じゃねーだろ。
外人が大正浪漫な東京と現代の東京を比べて、現代の東京は
日本的じゃないって言ってるようなもんだ。

13 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 20:42:42 0
>>12
アール・ヌーボーのデザインの元ネタのひとつは日本の浮世絵なくらい

ピカソにしても、キュビスム(立体主義)とかいうけど、
アフリカ彫刻の影響が強い。

14 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 20:47:19 0
エコールドパリについて語ろうっていうのか?

15 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 20:51:07 0
>>11
この時代のフランスの場合、英語の使用禁止なんぞする必要なかったの!!
外交官の世界の共通語がフランス語だったくらいだから

パリには、他の欧州からの移住者が来ていた。

シャガールやスーチンみたいな貧しいユダヤ系の画家がロシアからやってきたりして、
パリでもっとも貧しく不潔な家畜屠殺場の近くのバラック(と言っていい)共同住宅に住んでいた。
スペインから来たピカソにしても、貧民の出でないにもかかわらず、
パリでは当初暖色系の絵の具を買えなかった。

移民のスラム街もあった。



16 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 20:56:17 0
>>14
画商の名前で「〜スキー」ってのが目立っていたような。
画家でも外国から来たユダヤ系が多数住んでいた。





17 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 21:01:28 0
>>8
>「強盗とかっぱらい、」
ジャン・ジュネを連想した。

この当時、ヤクザや泥棒を呼ぶ呼称は…(-_-)ゞ゛
(「ギャング」ではない)

>「下品なポルノ、」「ストリップ劇場、」
地下出版だけど印刷されて流通してました。
ムーランルージュの踊り子なんて、紳士相手の娼婦も兼ねていた。



18 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 21:12:02 0
>>6-7
フランス映画史
http://www.rose.ne.jp/~french/history/history.html

初期は見世物小屋的だったのは、何処も同じみたい。

アメリカの映画屋にしても、サーカスなどの興行師のユダヤ人が転業したものだった。
サーカスなら、フランスでも盛んだったよね?

ちなみに、サーカス屋の踊り子などの女も売春をすることが多かった。


19 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 21:15:55 0
マルセイユが、悪徳の巣窟みたいに言われてのにしても、この当時にもあてはまります。
薄暗い酒場でストリップ・ショーもやっていた。

移民のスラム街があった(当時はイタリア系が主。同国人ではコルシカ人。)。

20 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 21:25:01 0
>>19
イヴ・モンタンも、北イタリアからの移民の子で、
まずマルセイユで歌手として売り出した。

21 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 21:34:38 0
>>16 >>19
詐欺師などの犯罪組織にしても、この時代のフランスでは
コルシカ人、東欧や南欧出身の外国人風の名前が目立つ。

なんだ、アメリカと大差ないじゃん!

22 :8:2006/12/24(日) 23:00:43 0
>>17
いや自分もそう言いたかったんだけど。なんか勘違いされてるかな
>これらは別にアメリカ’的でもなければ現代都市特有のものでもない
>(当時のパリから既にあった)
  ↑この一文を書くべきだったかね

23 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 23:09:36 0
>>16 モディリアニの絵にもズボロフスキーがあるくらいだからな

24 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 23:11:04 0
印象派でもマネは浮いてる

25 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 23:13:47 0
http://www.forumkaya.co.jp/images2004/index-doga.jpg

 ドガの踊り子の左上には、パトロンがいる

26 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 00:11:50 0
>>25
19世紀後半期のバレリーナはそんなのばかりだったらしい

27 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 01:47:32 0
以前それTVで見たなと思ったら、あった
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/001118.htm

28 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 07:53:47 0
>>25-27
こんにちでも、映画監督と愛人だのそういう話はあるけど、
この頃はそれどころじゃない状態。

まあ、現代日本の芸能事務所もやくざまがいが牛耳ってるから、
売春まがいは多いだろうな。
森本レオみたいにローティーンの処女買いしてる人間までいる。

29 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 07:58:40 0
>>27
>ドガはそれまで集めてきた絵画や屋敷を売り払い、懸命に返済資金を作りました。
>そして一枚でも多く、売れる絵を描くことにしたのです。
>乾くまで待たなければならない油絵具に代え、パステルを使えば短い時間で多くの絵がかける!困窮した画家がたどり着いた、絵を売りさばくための知恵。さまざまな画材や技法を試みたドガ。
>けれども、パステルはその後も使い続けました。

晩年視力が低下してからも、パステルは使い続けた。
人間、何が役に立つかわからん。

それにしても、モネだって一瞬の光線を把握して描いたはずなのに、
なぜか油絵なんだよな。

30 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 08:03:40 0
>>27
>ドガは裕福な銀行家の長男でした。
>ところが1874年、その父親が死んでしまったのです。
>残されたのは債務と、容赦ない取り立て。

戦前の日本でも、銀行は倒産するのが当たり前だった。
この当時のフランスでは、銀行開業した後、預金集めてどろんぱする
頭取までいたようだ。

かと思えば、破産しても免責はなく、まっとうな人間には過酷な時代。

31 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 08:12:33 0
>>30
戦後のパリの破産管財人も、ハイエナ呼ばわりされることが多かったようだ。
(現在、改善されたかどうかは知らない。)
任意整理の整理屋のように、残った会社財産の大半を頂いたらしい。

公証人もフランス社会では大きな比重を持った職業で、
結婚から遺産相続、アパートの賃貸借、何から何まで関与して
手数料を稼いだ。
バルザックは、「金に汚い」「どぶねずみ」とか呼んでいたはず。
そういう本人は、慣れない事業に手を出して借金背負った挙句、
ロシアの貴婦人(金持ち未亡人)を口説いて、結婚しているが。

32 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 08:20:44 0
映画「パピヨン」
http://www.actv.ne.jp/~yappi/movies/papillon.html

フランス大革命期の政治犯や、パリコミューンの反乱者も、ここに流された。
ドレフュス大尉も、冤罪でここに流されていた(よく生き延びられたと思う)。
ここの監獄の廃止は、1942年。




33 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 08:26:05 0
ユトリロがルノワールの隠し子だと聞いたのですが

34 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 08:26:34 0
>>32
>悪魔島での獄中生活はドレフュスの健康を害し、彼は1907年10月に軍を退役した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%A5%E3%82%B9

健康を害するくらいで済んだのが凄い。
1年以内に死ぬ囚人が多かったというのに・・

35 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 08:32:26 0
>>33
ありえない話じゃない
当時のモデルは、半ば娼婦扱いで、画家の愛人になることが多かった。
ユトリロの母親ももともとモデルだよね。

36 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 15:14:34 0
ピカソも、モデルの女に手をつけまくった。


37 :フランスが死ぬほど嫌いな人:2006/12/26(火) 04:02:43 0
>>17さん、18さん、気持ちはわかるよ、気持ちはw

>地下出版だけど印刷されて流通してました。

この時代にはどの国にも地下ポルノなんてあったさ、公の場に出さねば良いだけのこと。

少なくとも今のパリみたいに朝刊を駅の売店に買いに行くとペニスの写真が掲載されているような下品なパリではなかった。

今はアメリカだよアメリカw。


38 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 07:59:58 0
>>37
確かに、欧米の白人って羞恥心ないですね

39 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 08:50:10 0
ドゥミ・モンドとかちんこたつね

40 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 09:20:01 0
ああ 巨大UFOとか大変だったよね

41 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 14:24:45 0
>>38
本邦も負けず劣らず。

42 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 23:53:25 0
>>41
中国もそうだお

43 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 06:37:01 0
フランスの地下鉄は、1900年に開催されたパリ世界万国博覧会に合わせて開通した。
1863年に世界で最初に開通したロンドンに遅れること37年、パリ・メトロポリタン鉄道会社
(CMP:Compagnie du chemin de fer Metropolitain de Paris)が1号線をポルト・マイヨー
(Porte Maollot)〜ポルト・ド・ヴァンセンヌ(Porte de vincennes)間で運行したのが最初である。
http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/life/177/

44 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 06:48:06 0
ブローニュの森が汽車で日帰りで行けるようになって、
男たちが日曜日に来るようになった。
スーラが新印象派で描いた光景だ。
ただし、ここに来ていた日傘の女性は娼婦と見て間違いない。

良家の婦女子には外出の自由のなかった時代。

45 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 06:54:20 0
イル=ド=フランス地域圏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AB%EF%BC%9D%E3%83%89%EF%BC%9D%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E5%9C%8F

パリ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA

モンマントルとモンパルナスといえば、現在では観光名所だろうな
もともとは貧民、難民の暮らす貧民街

46 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 06:59:51 0
このころには、ナポレオン3世の近代パリ市になってから半世紀も経っていなかった。
古い建物の大半が取り壊された現代都市だったわけだ
オスマン知事の功績は大きいよな
上下水道と広い道路、緑地公園の整備
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%B3#.E7.AC.AC.E4.B8.89.E5.85.B1.E5.92.8C.E6.94.BF.E6.9C.9F



47 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 07:01:53 0
>>42
中国女は、日中戦争の時代から羞恥心ゼロ

48 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 08:56:25 0
スレ違いは政治死相板にカエレや

49 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 18:53:06 0
戦前の日本伊にあった警察代執行による身柄留置
犯罪捜査での任意宿泊

あれはフランスで既に行われていた法制度や実務運用を模倣したもの

50 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 17:14:49 0
50ゲット

51 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 18:41:23 0
>>49
刑事たちは、庶民を取り調べるときは高圧的だったが、
上流階級には手が出せなかったようだ。

52 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 22:58:41 0
Jean Valjeanを追ってた刑事は立派だ

53 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 08:22:24 0
>>52
なぜか監獄の看守(憲兵隊?)、地方の都市警察、パリ警視庁と、
組織系統の異なる警察組織を転々としているがw

ユゴーはフランスの警察組織について無知だったようだ

54 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 08:27:53 0
鉄道ストライキの労働者を予備役招集して、社会党の入った内閣がスト潰しをしたのもこの頃。

55 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 21:55:54 0
ジャベールの最期の言葉
「お前を解放しよう。だが法は私に慈悲を行うことを許さない。私は法を守る一生を全うする」

56 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 21:58:46 0

ユトリロはアル中 モディリアニはヤク中
ロートレックは身障者 ゴッホは基地外



57 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 07:32:16 0
>>56
同時代の一般のフランス人から見れば、ニートみたいな扱いだったろうな

現にゴッホはアルルで排斥されてる
ロートレックも余生は廃人

58 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 07:34:25 0
>>55
こんな人、実際にはどれくらいいたんだかね

大戦直後の日本の裁判官で闇米食わんと餓死した裁判官は一人だけだった

59 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 07:41:45 0
>>56
ゴーギャンは、そのどれでもないけど、逆境の中で己を貫いたな

パナマ運河では、白人なのに奴隷並みの労働体験

60 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 12:25:06 0
ウイーンの世紀末芸術が終わってからパリの時代に
なったのだろうか

61 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 21:19:51 0
>>60
パリのほうも同時期アールヌーヴォーの流行はあったけどね。
その後、野獣派、キュビズム。

他方、20世紀初頭ドイツのミュンヘンでは、表現主義勃興の時代。

62 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 21:28:29 0
>>60-61
20世紀初頭といえば、1902年2月20日、詩人マリネッティ、パリの新聞「フィガロ」に「未来派宣言」
http://www.tanken.com/miraiha.html

北イタリア出身の芸術家が多かった。

63 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 06:31:00 0
【居酒屋】仏文豪 エミール・ゾラ【ジェルミナル】
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1101877655/l50

自然主義最後の文豪
この人の後は、心理分析のポール・ブールジェや、人道主義のアナトール・フランス、
自我礼賛のモーリス・バレス

ドレフュス事件のおかげで信念の人という印象があります。

64 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 11:57:32 0
欧米住宅物語 : 人は住むためにいかに闘っているか
http://shinshomap.info/book/4106003902.html

>日本人は欧米の住宅や街や公園の豊かさを羨むが、それは住む闘いの成果だ。
>私費を投じて労働者住宅を作ったナポレオン3世、2万人が家賃ストライキに入ったグラスゴウの借家人、低家賃住宅を寄付したロスアンゼルスの不動産会社…。


65 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 12:03:51 0
>>58 ジャベール警部も、冤罪事故を起こして
    その意味では、法を過信しすぎていたワケだが

66 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 12:04:08 0
ナポレオン3世が作らせたパリの労働者住宅 前ページも次ページも。
http://tenplusone.inax.co.jp/archives/fieldwork/photoarchives/0408/018.html
衛生環境に配慮した設備も作らせた
http://tenplusone.inax.co.jp/archives/fieldwork/photoarchives/0408/019.html


67 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 12:15:21 0
>ルイ・ナポレオンが大統領に当選したのは、フランスの田舎に住む人々の大半が読み書きができず、
>ただ耳から入った候補者の名前が親しみのあるものかどうかだけで選ばれたということによる。
>これにもびっくりします。まるで今日のイメージ選挙と同じです。

>ルイ・ナポレオンの反対派は普通選挙の廃止を狙った。
>直接的にそれをしたのでは民衆が暴動を起こすので、骨抜きにする方法を考え出した。
>左翼的な都市部の労働者からのみ選挙権を取り上げるために、
>有権者の資格を定住期間3年以上の者に限るとした。
>都市部の労働者の多くは出稼ぎの季節労働者だったから、
>これによって1000万人の有権者のうち300万人が参政権を失った。
>パリでは有権者の63%が資格をなくした。


> ルイ・ナポレオンはナポレオン3世になってから、労働者階級に向けた政策を実施していきました。
>労働者共同住宅をつくり、親が授業料を支払えない子どもへの無償教育の保障、
>困窮者への裁判費用の免除と官選弁護人の選任、などです。
http://www.fben.jp/bookcolumn/archives/2005/04/post_681.html

68 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 20:11:50 0
>>67
>労働者共同住宅をつくり、親が授業料を支払えない子どもへの無償教育の保障、
>困窮者への裁判費用の免除と官選弁護人の選任、などです。

20世紀の「人権」の基礎になる制度ですね。

69 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 20:43:07 0
>>68 

逆だろ。インフラ整備によって、刑罰や租税の正当性を
確保したんよ。つまり「貧しいから・・」「差別されてるから・・」と
いえないようにした    

70 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 20:44:28 0
パリがよかったのはオスマンの改造が行われる前までさ。

71 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 21:01:29 0
>>70
ボードレールは、何のつもりでそういったんですかね?

本人はブルジョワジー階級なのに、二月革命の熱狂?

旧来の狭くて汚水まみれの道路を懐かしむというのもねぇ
治安だって悪かったみたいだし・・

72 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 21:08:45 0
ブルジョワジー以上と、労働者階級以下では、入る刑務所も違っていたようです。
空想的社会主義者の連中は、割と快適に読書をしてすごしたらしい。
戦後のイタリアの女優ソフィア・ローレンの服役もそうだった。

戦後フランスでも、デビ夫人が同じような刑務所にいたと聞いたことがある。

73 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 23:32:40 0
>>72
ああ、ナポレオン3世を忘れていた

74 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 16:10:46 0
19世紀フランス事件簿
http://www.asahi-net.or.jp/hechima/report/hechirep_bn.shtml#169

インターポール設立の沿革も出てきます。

http://www.asahi-net.or.jp/hechima/report/hechirep_bn.shtml#157

アメリカに高飛びした犯罪者はかなりいたようですね


75 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 16:22:57 0
当時のやくざ者は、
アパッシュ【(フランス)apache】
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%82%A2%E3%83%91%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=00406500

76 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 16:29:25 0
>>75
1902年頃に当時の新聞が街の不良たちを指して、ひわ的に使ったのがはじまり。

※アパッシュ・スカーフ
アパッシュというのは不良ですから、
女持ちのハンカチーフなんかを取ったりする。
で、これを自分の首に巻く。
20世紀はじめにはさぞかし下品な風俗であったのでしょうが、
いつの間にか粋なスタイルとされるようになる。

ごく一般的には細長く畳んで、首に巻き、前で結ぶ。
http://www.9393.co.jp/izuishi/kako_izuishi/2005/05_0727_izuishi.html



77 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 16:54:18 0
これも19世紀の事件簿だが、20世紀に連なる事件が多い。
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30738512

マリー・ラファルジュMARIE LAFARGE 夫に砒素を盛ったのか?
毒物鑑定が裁判で用いられた。18世紀までは毒殺で鑑定という捜査方法はなかった。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text/lafarge.html

一家八人を手にかけた若き殺人鬼(トロップマン事件)
ジャン=バプティスト・トロップマンJEAN-BAPTISTE TROPPMANN 
現代じゃ珍しくもないが
http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text2/troppmann.html



78 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 17:55:24 0
第一次大戦前夜の大臣夫人のフィガロ編集長射殺事件
カイヨー事件CAILLAUX CASE
明白に夫人が編集長を射殺した。
しかし、重罪法院の陪審員の評決は無罪

戦前の日本で陪審制導入の賛否をめぐり、裁判記録が参考資料にされた。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text/caillaux.html

79 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 12:43:29 0
パリにホームレス用のテントが多数出現 - フランス

【パリ/フランス 19日 AFP】
パリ10区のサンマルタン(Saint Martin)運河沿いに16日、
ホームレスの人たちのためのテントが多数設営された。
これは慈善団体「Enfants de Don Quichotte(ドンキホーテの子どもたち)」が、
パリの住宅不足に関する実情を知ってもらい、長期的な解決策を求めるために、
設営したもの。

写真(画像が転載できないため、ソースを参照してください)は18日、
ずらりと並んだテントを背に立つ、同団体のメンバー。
(c)AFP/ERIC FEFERBERG

2006年12月19日 02:25:17 AFP BB News
http://www.afpbb.com/article/1185551?lsc=1&lc=11




80 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 12:46:05 0
>>79
アルセーヌ・ルパンでも、浮浪者が登場したな。



81 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 13:00:57 0
グランゼコール(Grandes Ecoles)
美術学校のボザールや音楽学校のコンセルヴァトワールなどが有名。
http://www.alc.co.jp/sabrd/voc/fr/

生粋のフランス人の有名画家は、なんのかんのいっても、国立美術学校出身が多いね。

音楽家では、ドビュッシーくらいしか知らない。

文学にいたっては、文学部出身なんてほとんどいないような・・
なぜか法学部出が多い。

82 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 13:04:13 0
>>81
ちなみに国の文学賞受賞者の文豪というのも1人しかいないそうな。

レジョン・ドヌール勲章受賞者なら山のようにいるが、
成功後受けるものなので、これは当たり前。

83 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 13:16:57 0
>>81

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E9%AB%98%E7%AD%89%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%83%BB%E8%88%9E%E8%B8%8A%E5%AD%A6%E6%A0%A1

国立音楽学校、くそみそだなw
やはり、世界的に有名な音楽家は、ここの出身者ではあまりいないということで

84 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 15:10:17 0
>>83
のだめが入学するとこやね。
てか、そこのリストにあるクラシック音楽家メチャメチャ豪華やん。
リストにはないけど「幻想交響曲」で有名なエクトール・ベルリオーズもそこの生徒で
教授だったはず。
あと、パリ音の卒業生菅野よう子はアニソン板ではネ申。
菅野よう子 PART17
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/asong/1166878587/l50

85 :世界@名無史さん:2007/01/04(木) 13:12:22 0
age

86 :世界@名無史さん:2007/01/04(木) 19:17:19 0
19世紀以降、小説家で文学部でない人が多いのは、
いわゆる「純文学」が主流ではなかったからかもしれない。
(逆に、19世紀初頭までは、韻文や詩でない文学は軽視されがちであった。)

ボヴァリー夫人にしても、現実の事件が元ネタで、
薬剤師が繁盛し、医師が破産するのも、同時代の社会現象だった。

87 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 18:58:06 0
>>76
昔のオートバイのりのマフラーみたいな感じかな

88 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 20:17:15 0
>>80
ジャン・ジュネがそうだった
パリの風物みたいな描き方の文章も見かけるよね
今でも物乞いは多い

イギリスだと、チャップリンのイメージ=山高帽にダボダボズボン
フランスだと、ジャンバルジャンのように鳥打帽?

89 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 22:14:04 0
>>15
そういやモディリアーニは生前大して売れてもいないのに、カフェになんかいるところを
写真に撮られてるな

仕送りのおかげ?それともモデルの女と待ち合わせか?

90 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 15:38:38 0
予備審問(よびしんもん)とは、
刑事訴訟における正式の裁判に先立って当該案件を審理するに足りる証拠があるか否かを判断する手続き。
予審(よしん)とも。

公訴の提起(起訴)を私人が行う「私人訴追」を原則とするイギリスにおいて濫訴を防止するために採用。
その後、イギリス法を継受したアメリカや一部の大陸法国においても行われるようになり現在に至っている。
予備審問で証拠が不十分とされた場合、被疑者は起訴されないが、
後日の追加捜査により証拠が整った場合には再度、予備審問が開かれる可能性はある。

フランスでは、重罪事件のときとそれ以外のときに分けられている。
重罪事件の場合、予審判事による予審と、控訴院の弾劾部(重罪公訴部・予審部とも訳される)
による予審を経て、重罪院の審理に付される。
それ以外の事件については、必ずしも予審は必要な手続きではない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%88%E5%82%99%E5%AF%A9%E5%95%8F

フランスの刑事訴訟手続きにおいて、予審判事は真実発見の主導的地位にある
建前である。
小説でも頻繁に登場する。

91 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 15:53:31 0
>>90
向こうの新聞では、犯罪報道で予審判事の実名を掲載している。
20世紀初頭にもそうであったはずである。

当初のナポレオン刑事訴訟法では、3人の裁判官が地方裁判所予審部を
構成し、うち1人が取調べを担当した。
しかし、取調べ担当判事の主張がそのまま通ることが多かった。
そこで、単独の予審判事の制度に移行した。

他方、控訴院の弾劾部は現在に至るも、一貫して存続している。

92 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 16:02:07 0
>>91
http://www2s.biglobe.ne.jp/~reijo/data/opnion/hakudatu2.html

ちなみに、フランスの方では、つい2005年にも
予審過誤による冤罪事件が起きたばかりである。

あまり美化できる制度でもない。

93 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 16:16:51 0
>>90
もっとも、被害者の告訴に基づいて、控訴院の弾劾部が捜査開始を決定する
という制度は、透明度は高いかも知れない。

http://www.pluto.dti.ne.jp/~z-chida/2k1019-1025.html#10/20%2020:40%20

20世紀初頭には、貴族の邸宅には初動捜査から、予審判事と検事が赴いたようである。

94 :世界@名無史さん:2007/01/08(月) 22:38:39 0
このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
【防音】ピアノ愛好家の住宅事情Part1【補強】 [piano]
http://bubble4.2ch.net/test/read.cgi/piano/1115569506/l50
確かブーニン(スタニスラフ・ブーニン)あたりは狭苦しいアパートでピアノ弾きまくって
何度も住居を追い出されてたと思うんだが。
某若手ピアニストがヨーロッパ留学先で
ピアノの音がうるさいと言われたと言っていたな
日本よりもはっきりと物事をいうお国柄だから
よくあるみたいと

20世紀前半までの駆け出しの音楽家は何処でピアノを弾いていたんだろうか?
音楽学校に泊まっていたのだろうか


95 :世界@名無史さん:2007/01/08(月) 22:46:59 0
>>94
貧乏人は、絵描き志す以上に、音楽家を志すの難しかったろうな。

96 :世界@名無史さん:2007/01/09(火) 18:19:23 0
>>95
貧乏絵描きでも、寒色系絵の具は買えたらしいから。

ピアノはそうはいかなかったでしょう。
現代日本でも、スタニスラフ・ブーニンが電子オルガン推奨した途端、
ピアノ産業が行き詰まったくらい。やっぱり金持ち向け。



97 :世界@名無史さん:2007/01/09(火) 22:10:45 0
>>96
バイオリンこそ機種によって価格差すさまじいな。
絵の具やカンバスにここまでの差はない。
近代では美術館に貧乏人でも出入りできたし(モナリザ盗んだイタリア人のように)。
同じ芸術といっても、絵画と出費が違いすぎ。





98 :世界@名無史さん:2007/01/09(火) 22:30:40 0
アルセーヌ・ルパンものの『水晶の栓』では、悪玉がマルセイユ選出の代議士になっていた。
どうも、この頃から悪の巣、犯罪組織と政治家や役人の結託の温床と思われていたようだ。
警官殺しは欧米じゃ重罪なのに、未だに警官や判事が殺害される事件も起きている。
イタリアと違い、被害者は腐敗警官の類のようだが。

アルザス出身者を田舎者扱いしたエジプト探検ものもあった。
バルザックの『従妹ベット』もそうだった。
ドーデの『最後の授業』の同調者のアルザス人って、ドレフュス大佐以外
どれだけいたのやら。
シュバイツァーは、明らかにドイツ語中心教育のおかげで
神学、医学双方の博士号を獲得できたわけだからな
(アフリカでの医療活動の際に、第一次大戦中、フランスの憲兵に拘留されたりもしているが)。

99 :世界@名無史さん:2007/01/10(水) 20:32:45 0
今でこそヨーロッパといえば、旧い街並みの景観重視だけど、
19世紀には大なり小なり旧い建物を取り壊しているんだよな。

イタリア王国の首都になったローマも、
壮麗なヴィラと広い庭園のあった区画に、官庁街などを建設した。




100 :世界@名無史さん:2007/01/10(水) 20:57:25 0
>>99
旧きパリを懐かしんだのは、観光客(金持ち外国人?)と一部のインテリだったでしょうね。

大多数のパリ住民は、快適に暮らせるようになったと喜んでたんじゃないか?

101 :世界@名無史さん:2007/01/10(水) 21:05:09 0
>>99
ローマの場合、観光と農業からの収益が主だった街で、
統一当初は人口も少なかった。
旧パリほどには不衛生ではなかったかも知れない。

ローマの名門のとった立場は、色々だったようだ。
ローマ教皇とイタリア国王の間でうまくバランスをとって、もっと裕福になった家もあったという。

102 :世界@名無史さん:2007/01/11(木) 21:41:03 0
中近東から来た人間が、軍人や銀行家として成功することもあったらしい。

外人部隊があったのと、当時の銀行家というのは高利貸し兼投資信託だったからだろうか。



103 :世界@名無史さん:2007/01/11(木) 21:55:13 0
>>102
白人の外見だったかによっただろうな。

アルメニア人やトルコ人、レバノン人なら活躍できただろう。

104 :世界@名無史さん:2007/01/11(木) 22:19:50 0
切り裂きジャックの模倣犯登場。
新聞記事に触発されて、とか至って現代的。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text2/vacher.html


105 :世界@名無史さん:2007/01/13(土) 18:10:54 0
シリアルキラーはくずばっかりって、早くからわかっていたんだね

なのに、切り裂きジャックは大げさなイメージ
なんでだろ?

106 :世界@名無史さん:2007/01/13(土) 18:18:19 0
この時代のフランスは、美術も映画もでてくるわ
科学捜査も文明の利器も普及するわ
アフリカに植民地広げるわ




なかなかの盛況ぶり


107 :世界@名無史さん:2007/01/13(土) 19:58:05 0
この頃のフランスは、純粋文化主義じゃなく、海外の文物取り入れるのに抵抗なかったようだ。

哲学は、敵国のドイツの影響が強かったようだ。
第二次大戦後でも、ドイツよりハイデッガーの影響が残っていたくらい。

108 :世界@名無史さん:2007/01/14(日) 21:19:27 0
ルーアンのあるノルマンディー地方
モーリス・ルブランの故郷

ルブラン自身は、同郷のモーパッサンのような文豪になりたかったんだ


109 :世界@名無史さん:2007/01/14(日) 22:41:56 0
>>108
古代のブリトン人をネタにしたルパンものも書いている。
奇岩城の舞台も、ここ。

実際に昼間に見たらみすぼらしい岩があるだけだが

110 :世界@名無史さん:2007/01/15(月) 06:34:13 0
5 名前:世界@名無史さん :2007/01/14(日) 05:34:21 0
ヨーロッパ諸国によるアフリカ分割とかの根回しの巧妙さは神レベル。

6 名前:世界@名無史さん :2007/01/15(月) 04:50:41 O
しかしフランスは領土考えて取れって言いたくなるな。拡げればいいってもんじゃなかろうに……サハラ砂漠取って嬉しかったのだろうか


111 :世界@名無史さん:2007/01/15(月) 06:36:04 0
>>109
イギリスもドルイド教ブームだっけ
ストーンサークルも、『テス』に出てくるな

112 :世界@名無史さん:2007/01/15(月) 20:12:01 0
ナポレオンは、フランス人について、「ガリア人のように誇り高く移り気」
「名誉心のみ」とか描いてたな。

ドイツで、ゲルマン神話が盛り上がった時勢に、フランスではブリトン人のみってことはなかった?

113 :世界@名無史さん:2007/01/16(火) 19:23:05 0
キュリー夫人がラジウム発見したせいか、
『三十棺桶島』では、放射能物質がネタにされていました。

キュリー夫人って、偉人伝ではなぜか良妻賢母扱い。
実情は旦那の父親に子供の養育は任せきりだった模様。
旦那の死後は妻子ある紳士と不倫疑惑まであった。


114 :世界@名無史さん:2007/01/19(金) 17:09:25 0
当時の労働者の娯楽は、どんなものだったのでしょうか?

映画はまだまだ普及していなかった?

115 :世界@名無史さん:2007/01/20(土) 00:43:22 0
映画は大衆的な娯楽として親しまれてましたよ。
20世紀始めの映画は5〜10分程度の短いものでした。
30分もあれば大長編。
それでもメリエスなんかが特撮を使っておもしろい映像を作って
喜ばれてました。
ついでに、フランスに弁士はいません。弁士がいるのは日本だけ。

116 :世界@名無史さん:2007/01/22(月) 11:05:53 0
モンマルトル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AB

モンパルナス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%82%B9



117 :世界@名無史さん:2007/01/22(月) 11:11:40 0
マックス・ジャコブ
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/uranai/yakobumax.htm

ピカソは釈放嘆願運動に参加しなかったそうだ。

118 :世界@名無史さん:2007/01/22(月) 11:49:55 0
話の種提供
1981から1983の間にK谷市H陽中にてS間K里N田5XXの
7某茂木家系二郎の子栄二とその仲間たちは
4弱者を旅行中に自殺に見せかける計画と
2もしくは視覚障害者にする計画を
7実行しようとしていたが弱者不在により
0未遂に終わった
8こういう類は親族ともども不幸とは無縁の
 社会的信用を得たお金持ちの生活をしている
 永久に評判良し


119 :世界@名無史さん:2007/01/22(月) 14:35:19 0
>>114-115
もっと昔でも大道芸や見世物小屋はあったわけですしね。

120 :世界@名無史さん:2007/01/24(水) 10:38:09 0


121 :世界@名無史さん:2007/01/24(水) 16:08:07 0
>>103
『黄金三角』には、銀行家と将校で登場していた。
現在ならカルロス・ゴーン。
アルメニア人の成功者も多いようだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%82%A2%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.83.A8.E3.83.BC.E3.83.AD.E3.83.83.E3.83.91


122 :世界@名無史さん:2007/01/27(土) 20:39:54 0
当時のフランスのアパルトマンって、荷物の受け取りも客の取次ぎも、まず門番を経るんだけど、
今で言うマンション管理人のさきがけ?

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