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【Democracy】政治の歴史【Aristocracy】

1 :世界@名無史さん:2006/08/26(土) 22:15:35 0
漠然としたタイトルになってしまいましたが、古代ギリシア・ローマ
からはじまって、近代ヨーロッパの政治思想・政治哲学など、政治に
関する話題の総合スレにしたいと思います。
もちろん儒教など、東洋の政治に関する話題もOK。

2 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 01:50:01 0
関連スレ
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1112757055/l100#tag121
アメリカ合衆国政治史スレッド
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1117874187/l100#tag90
政党や政治運動などの歴史

3 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 14:18:51 0
英国の政治学者のバーナード・クリックは、
「政治」とは統治の一形態であり、「ある一定の支配領域内の相異なる利害を、
それらが共同体全体の福祉と存続にとって有する重要性の度合いに応じて、
権力に与らせながら、調停するところの活動」と定義している。

また彼は、デモクラシーと政治的支配の発明、ついで市民の間での政治的討論を
通じて統治するという伝統、これらの起源は、ギリシアのポリスおよび古代ローマの
共和政が持っていた思想と実践の中に求められる。「デモクラシー」の歴史と、
現に存在するあれやこれやの用法をこのように理解することは、近視眼的な
ヨーロッパ中心主義―いやむしろギリシア・ローマ中心主義と言うべきか―
などではない。それは厳然たる歴史的事実なのだ、と主張している。

伝統的な西欧人の考え方では、東洋的専制体制や、全体主義国家には、価値や
利害の対立の間で平和的な妥協を可能にするシステムではないから、“政治”
の名に値しない、ということなのかな?

4 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 22:35:28 0
デマゴーグとポピュリストの違いはどこにあるの?

5 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 22:55:53 0
専制君主制→封建制→絶対君主制→共和制のこと?

6 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 20:30:29 0
>>5
西欧諸国の場合、
部族社会→封建制→絶対君主制→共和制では?

7 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 00:00:18 0
よく、日本では天皇制に対する批判がタブー視されているから日本は真の
民主主義国家ではないという議論がなされるが、
欧米諸国でもキリスト教関係やユダヤ人に対する批判はタブー視されて
いるんで内科医?

8 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 18:43:26 0
>>6
西欧の政治形態の変移ってフランスを代表例にして、
ほかをかなり無視してる嫌いがあるけどねぇ

9 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 20:22:32 0
>>8
イギリスのことをよく“議会制民主主義の母国”なんていうけど―最近は何でも
民主主義というのが流行りだからそうなっているけれども―本来イギリス議会
というのは貴族主義的、寡頭制的な性格なんだよね。
少なくとも19世紀まではそうだった。

20世紀になって、ポリティカル・コレクトネスをはじめとするアメリカ文化が
世界中に広がって、かえって異文化を理解しにくくなったように思える。

10 :世界@名無史さん:2006/08/30(水) 12:43:11 0
そもそも議会って言うもの自体、農民の意見を聞くだけ聞いて、
それを無視して権力者が自分勝手に決定するために作られたものだからな>三部会

11 :世界@名無史さん:2006/08/30(水) 14:57:54 0
>>10
近代ヨーロッパの人々がお手本にしたのは、もっぱらローマの共和政で、
ギリシアの民主政ではなかったしね。
ギリシアの民主政はトゥキュディデスが描くところの、ペロポネソス戦争に
おけるデマゴーグたちの描写を根拠にして批判されてきた。

フランス人権宣言が出された2ヵ月後に、市民のうちでも一定額の直接税を納め、
1年以上居住し、25歳以上の使用人でない者を《能動的市民》と規定し、それ以外の
《受動的市民》全員に投票権を認めないとするデクレが出されたことはあまり
知られていない。

12 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 21:55:34 0
よく日本の自民党一党支配が非難の対象になるが、18世紀のイギリスでは、
トーリーの中にステュアート家の復興という極端な論を主張する人々がいて、
外国勢力と結託する恐れがあるというので、数十年間政権を取れなかった。
19世紀前半の40年は今度は逆にホイッグがそうなり、それからまたトーリーが
党内分裂のためにそうなった。

グラッドストンの自由党とディズレーリの保守党が政権を取り合った時期が
議会制の模範とされているが、このように理想的にいった時期はわずかしかない。

(だからといって自民党一党支配を弁護しているわけじゃないよ)

13 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 16:36:52 0
農民が支配階級の過度の搾取には団結して反抗する伝統が
無い国は民主主義が根付きにくいんじゃないですか?

14 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 18:14:21 0
>>13
>農民が支配階級の過度の搾取には団結して反抗する伝統が無い国

たとえばどこ?

15 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 21:48:19 0
どの国にもあるが、むしろヨーロッパの方が少ないな
日本でも江戸時代には農民が大名なんかに上奏文出して、役人を罷免させた例がごろごろある

むしろ、君主が問題なく天下を治めている限り、農民は反逆しない=民主制を欲しない
とも考えられるので、農民と領主の乖離が激しかった欧州で、民主制は要求されたのかもしれない

16 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 22:28:26 0
>>15
>農民と領主の乖離が激しかった欧州

アンシャン・レジーム期のフランスとか?

民主制の成立には中産階級の存在が不可欠では?
古代ギリシアのポリスでも、それまでの農業中心の社会から、
商工業が発達するにつれて民主政に移行したし。

17 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 22:35:26 0
民主制はどこからきたか、って問題か。難しいな……

18 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 23:43:48 0
>>17
古代ギリシアではアテネなど本土のポリスよりも、イオニア地方の
ポリスのほうが早い時期に民主政を実現していたらすぃ。
イオニア地方のほうが経済的に豊かだったからだろうけど。
タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネス、ピュタゴラスは
みんなイオニアの出身。

商工業の発展+無産階級が軽装歩兵やガレー船の漕ぎ手として参戦する、
という条件が整ったところで民主制が生まれたのでは?

19 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 21:22:35 0
「資本主義がデモクラシーを生み出す」とか「市場経済とデモクラシーは手を
たずさえて進んでいく」と主張する人々がいるが、シンガポールや中国を
見る限り、この法則は当てはまっていない。



20 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 01:37:11 0
>>13
中間団体(城下町・封建領主・宮廷・半独立の商業社会・都市国家・ギルド・
諸階級など)が存在しない社会のほうが、リベラル・デモクラシーが根付くのは
難しいように思える。


21 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 02:51:25 0
>>19
世界史上では非民主主義の資本主義はフランス第三帝政、ナチスドイツ、
アジアや南米の「開発独裁」とかあって珍しくはない。
ただ、非民主主義国家では資本主義で生まれた富裕層や中間層が政治参加したい場合、
デモか贈賄しか手段がないわけで、結果として民主主義革命が起きるというのが
今までのパターンだわな。

22 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 10:34:08 0
民主制ってどこまでを民主制って呼ぶの?
奴隷に支えられたローマ、一部富豪のみの参政だったヴェネツィア、
名目上は国民全員が平等な近代国家

23 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 10:43:21 0
>>22
ローマやヴェネツィアの場合、貴族制や寡頭制と呼ぶ。

24 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 10:55:32 0
>>22
一応、市民権を持つ成人男子すべてに参政権が与えられている社会を民主制と
呼ぶのではないかと。
(この場合、女性・奴隷・植民地人には参政権がない)

25 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 18:46:18 0
アレクシス・ド・トクヴィルは、専制がこの世界に出現するとしたらどのような
新しい姿を示すかについて、

・みな平等で同じ顔をした人々の群れが、卑俗な快楽につかることを生きがい
にしてそれを手に入れようと朝から晩まであくせくしている。
・各人がそれぞれ離れ離れに生きていて、自分以外、あるいは子供たちと内輪の
友人だけに関心があり、血縁は残っているにしても祖国は失われてしまった。
・こうした有象無象の上に巨大な後見者的権力がそびえたち、親の権威に似て
いるが、人々をずっと子供のままにしておくことを望んでいる。

などの特徴を挙げているが、これを読んで、明清代の中国や李氏朝鮮の社会の
ことを連想してしまった。
中国で「人民は皇帝の赤子」とされたことは有名だが、そのほかにも明末の
民変(民衆暴動)では、「未成年状態からの脱却」(カント)としての啓蒙の
代わりに、無知無学な赤ん坊のような庶民のイメージが肯定的に強調された。
さらに明末から清代初期は、とくに華南で、大規模な宗族組織の形成が行われた
時期でもあった。

26 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 19:05:26 0
>>24
市民権も普遍的なものではないかと
極端な話中世ヨーロッパの農民は全員農奴=奴隷だから市民権なし
よって市民権を持つのは領主のみ=民主制

無茶苦茶言っているのは分かってるが、何を持って区別するか

27 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 19:20:11 0
逆にアリストテレス的観点からしたら、
現代日本をはじめとした議会制民主主義なんかは、
寡頭制かもしれん罠。

28 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 21:29:43 0
>>26
北欧諸国のように、外国人に参政権を与えている国家も存在するよね。

>>27
古代ギリシアの直接民主制は、貧しい人々が政治や裁判に関わるために、
給料制度(陪審員・アルコン・評議員・民会に手当を出す)を取っていた。
それまでの政治や裁判は恵まれた余暇を利用して貴族や裕福な人々が行う
ものだったから。
ちなみに、アテナイの政治家ペリクレスがデロス同盟の資金を流用してこの
給料を賄ったことは有名。

29 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 21:48:41 0
ttp://www.janjan.jp/world/0608/0608270170/1.php
マレーシア民主主義に社会主義者の居場所なし

マレーシアの首都クアラルンプールの南、ブリックフィールズに全国の社会党
支持勢力が勢ぞろいし、16日に最高裁が社会党不認可の政府決定を支持した
ことを嘆いた。この決定により、社会党は実質的に非合法組織となった。
IPSの取材に応じた社会党のアルルシェルバム(S.Arulchelvam)書記長は、
憲法が保障する結社の自由が侵害されたと指摘。2008年末にも実施が予想
される総選挙の準備に向けて政党として認可を受けようという時期でもあり、
オスマン(Nasir Othman)党首はこの裁定が政治的な弾圧であり、民主主義と
自由への打撃であると語った。
(中略)
マレーシアでは1948年から1960年までマラヤ共産党が激しい武装ゲリラ
闘争を繰り広げ、人々はいまだに怒りを感じている。タイ南部に亡命中の
チン・ペン(陳平)党首が帰国を求めていることが、社会主義者に対する偏見
に拍車をかけている状況がある。

30 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 21:51:40 0
共産党が非合法の国って結構なかったっけ?

31 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 23:32:35 0
>>30
東南アジアやラテンアメリカではそういう国が多かったね。
フィリピンはラモス政権の時代に共産党を合法化して和平交渉しようとしたが、
共産主義勢力が分裂してうまくいかなかったようだ。
スペインは1977年に共産党が合法化。

32 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 23:46:04 0
>>24-28
今の用語での「民主政(デモクラシー)」が
あまりにも多くの内包を含みすぎていて混乱しているんだよな。
1ポリス最初の段階の「アルカイック的共和政」
2一般平民が「政治家を選ぶ権利」だけを持っている「ローマ式民主政」
3一般平民も政治に直接参加する「ギリシア式民主政」
という3つに分かれ得るんだろうと思うよ。

しばしば誤解されるが、
1において「公民権を持つ自由民」となっているのは各部族集団の長だけ。
だが、各族長の間に部族間関係が無く平等であるというのが革命的なこと。
これを現代風に「民主政の始まり」と言うなら、
それは極めて局限された場所のみで機能し始めたということになる。
逆に言えば、局限性に頼らない状況で民主政を機能させるのは非常に難しい。
国民国家でさえ「国民(国籍)」という局限性を持たせている。
>>28
一般外国人に国政参政権という国は皆無のはずだよ。
欧州各国は結局EUという枠組にただ枠を拡げているだけのところが殆ど。

33 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 23:59:17 0
>>32
>1において「公民権を持つ自由民」となっているのは各部族集団の長だけ。

古代ギリシアの場合、まずオイキア(家族)があり、その上にゲノス(氏族)、
さらにその上にフラトリア(兄弟団、胞族)があった。フラトリアは血縁的な
集団であるとともに宗教や行政上の集団でもあり、各フラトリアごとに固有の
集会、役人、財産、神官を持っていた。最後にこのフラトリアがいくつか
まとまったものがフュレ(部族)で、アテナイには4つのフュレが存在した。
そして貴族政の時代にはフラトリアが地方行政の根幹をなし、その中心にいた
貴族が実験を握っていた。

それが「クレイステネスの改革」以後は、地縁的な性格を持つデモスが
フラトリアの代わりを果たすようになる。これによって貴族政の基盤が大きく
揺らいだ。

34 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 00:09:39 0
>>32
局限性を持たせなかった場合、帝国=専制になりやすいのでは。
モンテスキューも、「大なる帝国は、その統治者におけるひとつの専制的
権威を前提とする」と書いているし。

ギリシアもイタリア半島も、山がちな地形で大きな平野がなかったから、
都市国家(ポリス、キウィタス)という政治形態になったんだろうな。
オリエントのように大河と広大な平野が広がっている地形だと、どうしても
帝国になりやすい。

もっとも移民にとっては帝国のほうが差別や区別がなくて好都合かもしれないけど。

35 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 00:55:44 0
>>27
イギリスで2006年6月に発表された調査結果では、下院議員の32%、閣僚と
閣僚候補の42%、一代貴族議員の56%、判事の76%、法廷弁護士の68%、
事務弁護士の55%が私立校出身者だったとか。

フランスでは、グランゼコール出身者が社会を牛耳っているが、その他に
兼職制(同一人物が市村長と国会議員とを兼ねたりする)が存在する。
これは戦後まもなく、当時保守層出身者が多かった地方の首長に国政に進出
する機会を与えようという政治的狙いから導入されたものだった。
(この制度には、中央と地方の議員職や官職を一人の人間が同時に務めることに
よって、地方と中央の政治が一体化するメリットがあると考えられた)
かつては国会議員・欧州議員・地域圏議員・県会議員・パリ市会議員・市長
などのポストを三つも四つも兼ねるケースが多かったが、さすがにこれへの
風当たりが強まり、1987年法で二つにまで制限された。しかし従来彼らが
保持していた第三、第四の公選職を、彼らの忠臣たちのうちの一人に譲る
ことによって対応した者もいるという。

36 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 17:11:36 0
>>27
現代世界で、古代ギリシアのデモクラティアに一番近いのは、スイスのカントン
で行われている直接民主制だろうか?国民皆兵だし。
あるいはアメリカの一部の地方自治体で残っているタウンミーティングか。
(アメリカは今でも市民の武装権を認めている)

>>32
>今の用語での「民主政(デモクラシー)」があまりにも多くの内包を
>含みすぎていて混乱しているんだよな。

今の用語でのデモクラシーは、「民衆による支配」のほかにリベラリズム、
法治主義、人権擁護なども含まれていることが多いね。

37 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 13:55:52 0
ttp://www.janjan.jp/world/0609/0609040640/1.php
米国の右派メディア、「ファシズム」を多用

米国の右派メディアやネオコン系の政治家が、「ファシズム」や「宥和主義者」
などのシンボルを多用する場面が増えてきている。
IPSの調べによれば、「フォックス・ニュース」『ウィークリー・スタンダード』
(いずれも、ルパート・マードック氏所有)、日刊紙の『ワシントン・タイムズ』
『ニューヨーク・サン』、雑誌の『ナショナル・レビュー』『アメリカン・
スペクテイター』などのメディアが、現在の中東情勢を1930年代にヒトラー
が台頭した時期と比較して語る傾向にある。「宥和」「ファシズム」「ヒトラー」
などの語が多く使われている。
たとえば、『ワシントン・タイムズ』では、「イスラムファシスト(Islamofascist)」
「イスラムファシズム(Islamofascism)」の2つの語を昨年1年間で115回も
用いていた。これに対して、『ワシントン・ポスト』紙はわずか8回であった。

38 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 13:56:56 0
また、「ファシズム」「イラク」の言葉の組み合わせの使用頻度を調べて
みると、『ナショナル・レビュー』『アメリカン・スペクテイター』
『ウィークリー・スタンダード』の3誌における使用回数が、調査した
約40の雑誌全体における使用回数の合計の半数を超えていた。
これまでの米国の歴史の中でも、「ヒトラー」シンボルが使われた例は
枚挙に暇がない。湾岸戦争時のサダム・フセイン、バルカン紛争時の
スロボダン・ミロシェビッチなどがその例であった。
最近では、政治家も同じような言葉遣いをするようになってきている。
8月の半ばにはブッシュ大統領が「イスラム的ファシズム(Islamic
fascism)」というフレーズを使い、8月29日には、ラムズフェルド
国務長官が、米国が直面しているのは「新しいタイプのファシズム」
だと発言した。

39 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 18:50:53 0
> 最も初期の民主主義は紀元前6世紀以前、ブッダの誕生より前に古代インドの共和制社会にあった。
> この共和国は Mahajanapadasとして知られ、Vaishali (今のビハール州)に世界最初の共和制が成立した。
> 後の4世紀、アレクサンダー大王の時代、ギリシャ語で Sabarcae と Sambastai
> (今のパキスタンとアフガニスタン)のことを、" 行政は民主的であり、王政ではない " と書かれている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9

40 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 19:30:29 0
政治家の演説の話だけどさ、イギリス議会では、1966年に議会のTV中継を
行おうという話があったが、このときは投票の結果否決された。理由は、
「議会での論争が芝居じみたものとなり、議論の質が落ちる恐れがある」
ということだったとか。(1989年からTV中継がはじまる)

リンカーンのゲティスバーグ演説が、その当時は「言葉づかいに飾り気が
なく威厳に欠ける」と酷評されたことはあまり知られていない。
アメリカでも男子普通選挙が実施される前は、ちょうどサロンにおける
知識人のようなスタイルの議論が行われていたらしい。
大衆民主主義の時代の雄弁家の技量は、教会の説教や伝道集会それを
モデルにしたもの。
(ここまで書いてきて、“プロパガンダ”という語が、もともとローマ・
カトリック教会で、対抗宗教改革の時代に使われた言葉だったことを
思い出した)

41 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 19:34:56 0
>>39
インドの民族主義的な歴史家が、

「デモクラシーも我々の祖先が築き上げてきたものであり、
決して西洋起源のものではありません」

と主張しているが、このMahajanapadasを根拠にしているのか?

42 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 20:56:10 0
ttp://eri.netty.ne.jp/honmanote/sclstudy/2003/0404.htm
ブレア首相と小泉首相の演説表現の比較

43 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 17:08:57 0
ガエターノ・モスカ著『支配する階級』を復刊してほしい・・・

44 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 17:24:24 0
「民主制」と「民主政」の違いは何ですか?
意識して使い分けたりしていますか?

45 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 23:14:49 0
>>40
バロック美術はよくハリウッド映画にたとえられる。その表現様式は人目を
驚かすような派手なきらびやかさに満ちており、激しくドラマティックな効果を
重んずる。さらに、広く一般の人々の情動に訴えかけて大衆強化の役割を
果たした点など。

20世紀の全体主義国家のプロパガンダも、イリュージョンによって大衆を現実
から遊離させ、幻視・法悦の世界に誘い込もうとした点では共通するような。

46 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 23:35:32 0
>>43
政治学の本を読むと、たいてい近代デモクラシーにおけるエリートの存在に
ついて解説されているね。

現代社会は、とくに経済の面では、資本主義が発達して独占化・工業化が進んで、
労働はますます商品のようになってしまい、一部の人たちが重要な判断をし、
残りの大部分の人々がその判断に従うという構造がかえって強くなっている。

政治的には、制限選挙から普通選挙へと発展したが、情報・交通の手段が発達し、
その他の活動の規模も大きくなり、集団が巨大化し、政治が複雑化して、かえって
権力と統制が集中化し、多くの人々は政治に参加しているといった状態ではない。

古代や中世と違うところがあるとすれば、教育が普及し、下層階級出身者でも
才能のある者は支配階級に入ることができるようになった点かな?

47 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 10:53:18 0
>>46 こんな意見もあります↓

市民大衆が真面目に国の福祉を欲していることはよく分かるが、私はもっとそれ以上
のことを考えているので、次のように言いたい。

社会の下層階級は一般に上層階級よりもこの願望(国の幸福を欲し、人民の教養を高
めること)にあまり私益をまじえていないように見えるのである。ところが下層階級
に大なり小なり常に欠けていることは、真面目に目的を追求するに当って、手段(人物)
を正しく判断するということなのである。ただ一人の人間を正確に知るにも、種々様々

な一般的諸概念が必要なのである。また、そのような一般的諸概念を得るのには、大変
長期の研究を要するのである。最も偉大な天才たちでも、その研究の途中で道を踏み
迷うのに、まして大衆がこのことで成功すると想像されようか。民衆は、この骨の折れ
る仕事に没頭できるだけの暇と手段とを持っていない。民衆にとってはすばやく判断し、

最もめぼしいものに取り付くことが常に必要なのである。そういう訳であるから、あら
ゆる種類のいかもの師が大衆を喜ばす秘訣をよく心得ていて、民衆の真の友たちは大抵
の場合、民衆を説得することで失敗するのである。

なお、真に信頼できる有能な人物を選択するために民主政治での人民に欠けているもの
は、能力ばかりではなく、それ以外に、そのような人物を見つけようという願望と好み
とである。

アレクシ・ド・トクヴィル『アメリカの民主政治』第二巻より

48 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 16:18:57 0
>>47
貴族政の欠点は寡頭政や金権政治(力や富を持つ者による政治)に堕落しやすい
ことかな。

>そのような一般的諸概念を得るのには、大変長期の研究を要する

現代はマスメディアによって細切れの情報が与えられるが、一般の人々はその
背景について詳しく知ることはなかなかできないし、教養を高めるだけの余暇
もない。

>大衆を喜ばす秘訣をよく心得ていて

ポピュリズムの特徴のひとつに、「人民裁判」的状況というのがあるのでは
ないかと思う。イエスは「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにする
ためである」と説いたが、メディアが大衆の気持ちを代弁していると称して、
小児性愛者の住所を明かして晒し者にしたり、犯罪事件の被害(の遺族)と加害者
を会わせてコメントを引き出そうとしたり、ジャーナリストが道徳的な説教を
したり…

49 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 16:39:49 0
>>27
アリストテレスの「ポリティカ」は、「政治学」ではなくて「ポリス学」とでも
訳したほうがよかったのかな?
英語でpolitical thoughtは定義上「ポリスの思想」を意味し、「帝国思想」は
入らないから。

50 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 19:09:34 O
ブッシュマンなどの平等主義的小部族なんか民主主義に入りますか?

51 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 20:57:04 0
>>50
それってドイツ語でいうゲマインシャフト(太古の血縁的・地縁的共同体)と
同じでは?
ゲルマン法の「総有」(共同体所有)。


52 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 00:17:44 0
官僚政治の欠陥は、実際によく知られている。それは統治の一形態であって、全世界で
これまで何回となく試みられてきたものである。そして人間性が永久に変わらないとすれば、
官僚政治も永久に欠陥をもちつづけるということは、容易に立証されるのである。

官僚が結果よりも手続き方式を重視すること、すなわちバークが指摘したように「官僚が
事務の本質よりも、形式の方を重大視しようとすること」は避けがたい欠陥である。彼らの
受けた全教育や全生活習慣がそうさせるのである。彼らは若い頃から官庁事務の特殊部門に
配属され、それに縛られる。そして何年もの間、事務の形式を学ぶことに専念し、その後も
長い間細かな問題にその形式を適用することに専念する。

昔の著述家の言葉を借りると、彼らは「事務の裁縫師にすぎない。生地を裁断するが、着る
人の体を見ていないのである」。このような訓練を受けた人間は、決まりきった事務手続き
を手段ではなくて目的と考えるようになるのは当然である。すなわち彼らは精巧な機構の一部
となり、それを威厳の源泉としているので、その機構を、自由に操作し変更できるものとは
考えずに、厳然とした不動のものと考えるのは当然である。

しかし、複雑な社会においては、今日の悪は、明日には別のものになる。昨日最も役に立った
手段自体が、明日になると最大の障害になる可能性が十分にある。すなわち明日違った仕事を
しようと思って昨日の仕事に役立ったものを全部保存しておいても、新しい仕事の障害にしか
ならない場合もある。


ウォルター・バジョット『イギリス憲政論』(1867年)


53 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 00:19:42 0
(続き)

プロシアの軍事組織は、現在世人の驚異の的になっている。しかしその60年間の歴史を見ると、
形式主義はだめだということを示しているのである。「フリードリヒ大王はイエナの戦いで
敗れた」という警句は誰もが知っている。大王がつくりあげたのは組織であった。それは彼の
要望に応え、またその時代に適した立派なものであった。ところが、その後プロシアは盲目的
にこれに固執し、時代の相違を無視して守り続けた。その結果、新しい敵対者に対決を挑まれ
て、敗北するに至ったのである。その当時、プロシアの「生命のない形式主義的な」組織は、
フランスの「躍動する」組織、すなわち新興の民主主義から突如として生まれた組織とは全く
対照的であった。プロシアの現行制度は、その反動の所産である。

しかし、先人の歴史は、未来に向かってあやまちを繰り返さないようにと警告している。現在
のプロシアの制度は、かつてフリードリヒの組織が受けていたほどの名声を受けていない。

政治の原則によると、官僚政治は突然の成功に得意になり、また自らの長所に驚いているが、
あらゆる政治の中で最も改善しにくい、浅薄な政治であるといわねばならない。


ウォルター・バジョット『イギリス憲政論』(1867年)

54 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 00:21:00 0
(続き)

官僚政治はこのように質的に低級な政治に堕する傾向をもっているばかりか、量的にも支配
過剰になる傾向をもっている。規律を尊ぶ官僚は、粗野で無規律な民衆を嫌悪している。

彼らは民衆を愚鈍、無知、粗暴であると見なし、また民衆を自己の利益を主張できない人間
であると考え、さらに官庁の許可なしには、何もやらせてはならないと考えている。保護と
いうことが、全官僚仲間の、おのずから身についた信条である。自由貿易は、彼らの考え方
からすれば、無縁の遠い世界の思想であり、また消化しにくい思想である。

およそ官僚政治が、人間の活動力を自由に発揮させることを任務とせず、むしろ官僚の権限、
業務、人員を増大させることを任務と考えているのは確かである。それは政治の質を悪化させ
るのは言うまでもなく、政治の量をも過大にさせるのである。


ウォルター・バジョット『イギリス憲政論』(1867年)


55 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 04:09:33 0
>>51
結構、流動性が高かったりするから違うんじゃない?

56 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 16:47:02 O
あげ

57 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 18:50:03 0
>>52-54
みごとな規律に従って長い間行動すると、人間はそれに慣れて活力を失って
しまうんだよね。
ある程度の混沌や競争がないと、人間の活力はひきだされない。
それに人間の予測能力というのは限られているから、一見悪いことが良いことに
役立ったり、優れた計画が失敗に終わることもある。

58 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 23:00:16 0
古代ギリシアの植民地(植民市)は、本国に対して独立していたが、
古代ローマの植民地は本国とのつながりを維持していた。
ギリシア語のapoichiaは分家や郷里からの出立を意味するが、ラテン語の
coloniaは単にプランテーション(栽培地、入植地)を意味する。

59 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 02:20:39 0
>>54
EUは将来巨大な官僚帝国になっていそう。
そして政体は民主政ではなくて寡頭政。

60 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 03:17:17 0
>>59
もうなってると思う。なんか民主的なソ連って感じがする。

61 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 09:27:36 0
EUの「民主主義の赤字」を解消するには、欧州議会の権限を強化することだが、
民主主義が機能するためには、多数決というシステムを導入しただけではだめで、
多数決で物事を決めたときに、負けた側、つまり少数派が多数派の意見を
受けいれることができなければならない。ところが、帰属意識を共有しない
人々の間では、これができない。
たとえば、ある政策の賛否が、各議員の政治的な考え方によって割れるのでは
なく、国籍によって割れた場合、おそらく負けた議員の出身国はその決定に
従うのをいやがるだろう。
かつてヨーロッパ諸国は、文化的および階級的な同質性を持つ貴族や聖職者に
よってゆるやかに統合されていたが、もちろんその時代には民主主義は存在
しなかった。

62 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 12:18:21 0
>>37
アメリカの保守派は歴史を繰り返すんだろうか?
かつてのマッカーシズムにおける「共産主義者」というレッテルと
最近多用される定義曖昧な「イスラムファシスト」とかいう造語の
ヒステリカルな響きがどうも偏執狂的で酷似している印象を受ける。

マッカーシズムでは「赤狩り」だったのが今度は「テロリスト狩り」に
姿を変えてアメリカ全土を席巻してしまったかのようだ。
ポリティカルコレクトネスはどこへ消えてしまったのか・・・
先の大戦の「ファシスト」と現在の対テロ戦争での「ファシスト=
テロリスト」を同一視するレトリックはまさに狂信者の心理状態だ。

63 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 12:26:56 0
>>62
まあ、マッカーシズムの時との違いは、アメリカ本土が実際に攻撃を受けた、そして
今後も受ける可能性が高い、って事だからな。皮膚感覚として攻撃される側である事を
感じているわけで、そりゃあヒステリックにもなるだろう。むしろアメリカ全体としては
まだ自制している方だと思うよ。そういう意味で民主社会だよあの国は。左巻きの人は
反論するのだろうけど。

64 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 19:51:42 0
フランス革命で、キリスト教の儀式の代わりに「最高存在の祭典」などの
祭典が考案されたが、結局民衆の間に根付かなかったのはなぜなんだろう?

65 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 21:29:41 0
>>64
根拠も伝統もないから、むしろ定着する理由がない
「明日から朝の挨拶は『アンチョビーノ』にします」って法律が出来て、
半年で政権崩壊したら、誰も従わないだろ


66 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 21:49:42 0
>>65
国民国家にはやっぱり神話や伝統などの非合理的な部分が必要なのかな。
制度だけでは国家は維持できないのか・・・

67 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 22:10:18 0
できないことはないかもしれないが、他の部分にかかるウェイトが過大になるな。
圧倒的な軍政を敷いて徹底的に国民を縛り付けるか
国民経済上のメリットだけで不満分子を極小に抑えるか。

アメリカとかが以外に脆そうなのは、非合理的な部分にあまり頼れないから
常に国富で体制支持派を多数に維持せねばならない。
あの国は世界一でなければ滅びてしまうんじゃなかろうか。

68 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 22:54:55 0
>>67
ソ連が崩壊したのもそれが原因かねえ?

一応、アメリカにもピルグリム・ファーザーズなどの神話は存在するけどね。
あるいは世界最古の民主主義国家だとか。

サミュエル・ハンチントンが『分断されるアメリカ』(集英社)で、ヒスパニック
などのマイノリティが集団として特別な権利を要求し、建国の理念とアングロ=
サクソン、プロテスタントの文化に同化しなければアメリカの政治統合の危機だ、
と主張するのも、そういう“特殊な国”だからだろうな。
ヨーロッパや日本では「支配的文化」が厳然と存在しているのに対し、アメリカは
そういうことが公の場で争われる対象だというのがスゴイ。

69 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 23:52:35 0
>>63
調べたら現在のアメリカの病理現象には「新マッカーシズム」という
名前が与えられていた。911やイラク戦争のあとの早い段階でそう
いう名称を海外メディアが付けていたらしい。自分は何か新発見を
したかのように錯覚したけど、実は海外メディアが既に検討した現象を
だいぶ遅れて素人追考しただけだった。いや恥ずかしい話で・・・

70 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 01:17:46 0
>>69
MITの日本研究者のジョン・ダワーだけどさ、彼は2001年10月11日に
『サンノゼ・マーキュリー・ニューズ』に寄せたコメントでは9・11や
対テロ戦争についてあたりさわりのないことだけを書いていたが、
朝日新聞2002年1月29日夕刊に寄稿した文章では、現在のアメリカを
「他を犠牲にする帝国主義国家」と呼び、ブッシュ政権が対テロ戦争の
名目で独裁的な統治を進め、「進歩への絶望」をもたらしたと批判して
いたそうで。
なんというか…リベラル派の知識人も情けなさすぎるよな。一般の
アメリカ人が読まない日本語のメディアでしか対テロ戦争批判が
できないとは。

71 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 23:55:13 0
今回のベネディクト16世のイスラーム批判とそれがひきおこした騒ぎを
見ていて思ったんだけど、やっぱローマ教皇というのは宗教者だけではなくて
政治家でもあるんですかねえ?
イタリア人、とくにローマとその周辺の住民が教皇の権威を俗権をもった性格の
ものととらえていたことは有名だけど。

72 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 15:42:54 0
>>71
だって今現在も国家元首でもあるわけで。そりゃあ聖俗併せ持つ存在ですよ。

73 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 17:36:22 0
タイでクーデターが起きたけど、国際情勢板のタイスレに、
「民主主義の最大の敵は良心的で有能な専制君主」と書かれていた。
タイの民主主義がいつまで経っても成熟しないのは、プミポン国王が秀でた
君主である事に一因があるんだってさ。



74 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 17:42:33 0
元老院と枢密院ってどう違うの?

75 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 19:02:42 0
>>73
人民に必要なのは、無能な政治家より有能な独裁者じゃねぇかな
現国王が崩御した後が問題だけど


76 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 20:16:01 0
>>75
>有能な独裁者

シンガポールのリー・クアンユーみたいな?

77 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 21:16:11 0
大日本帝国も、伊藤博文や山形有朋といった元老たちがいなくなってから
迷走しはじめた。
タイやシンガポールも、プミポン国王やリー・クアンユー亡き後はどうなる
ことやら…

78 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 21:26:01 0
それはひょっとして(ry

79 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 22:47:28 0
・・・民政党の浜口雄幸内閣がロンドン軍縮条約を締結して批准を求めると、
〔政友会は〕「統帥権干犯」としてこれを攻撃した。当時の政友会党首は
犬養毅であり“憲政の神様”と呼ばれた人だったが、彼は政府が軍令部の
反対を押し切って軍縮条約に署名したのは「統帥上重大な問題であり、
憲法上の疑義をまぬかれない」と議会で演説したのであった。兵力の
決定は統帥権に入らず内閣の輔弼事項であるというのが常識的な解釈で
あったために、政友会の主張は政党内閣制の根幹を破壊する“自殺”的
行為であった。
ついでながらそのようなことを“憲政の神様”が言ったことは、考えさせ
られることで、どうも日本では立派な抽象的原則をふりかざして民衆に
訴える人間が、政略となると道義心をかなぐり捨てて恥じないところが
あるように思われる。

80 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 22:53:40 0
(中略)
多分、原敬についての最大の問題は、彼が憲政会との間に政権交代の
ルールを作り上げる意思がなく、自分の手で生まれ変わらせた貴族院の
研究会や官僚派との間で政権をやりとりすることを考えていたらしい点
である。彼は多くの政党人に統治感覚がないと思っていたのであろう。
どうやら、日本では権力感覚のある人間は真実には政党内閣制が好きに
なれないのかも知れないし、その結果、戦後のような“一党優位性”に
なるのかも知れない。先に書いた犬養毅の無責任さと原敬の見料主義とを
セットにして考えるとき、日本の政治について楽観的になるのは難しい
気もする。

高坂正堯『世界史の中から考える』(新潮選書)

81 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 22:55:00 0
×原敬の見料主義→○原敬の権力主義

82 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 04:58:25 0
>リベラル派の知識人も情けなさすぎるよな。一般の
>アメリカ人が読まない日本語のメディアでしか対テロ戦争批判ができないとは。

それ以上に情けないのは中国やソ連、北朝鮮などに攻撃的な
態度をとらなかった自称「リベラル派」。日米を問わず。

アメリカや日本の行為にはどんな瑣末な事までも取り上げて
非や矛盾を鳴らすくせに、
アメリカの悪に輪を掛けた最悪な状態がデフォルトの
中国は無視か見て見ぬふり。

アメリカが批判に値するなら、中国なんか絶対に存在を許さず、
叩き潰すぐらいの姿勢で臨まなければいけない。
日本の近隣にある軍事的火種であり、人権弾圧と自由の抑圧なんだから
むしろそっちの方を真っ先に叩くのが先決だな。

83 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 05:00:59 0
>>82
だってアメリカや日本を批判しても身に危険はないけど、中国や北朝鮮を批判したら
身に危険が迫ってくるじゃないですか。最悪殺されるしね〜。

84 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 05:52:15 0
http://bogusnews.seesaa.net/article/23967069.html#comment
同会合で安倍氏は
「吉本隆明氏の言をひもとくまでもなく、国家は実際には存在しない“共同幻想”。
このようなバーチャルリアリティを卑しい自尊心の拠り所にする風潮が、
昨今のニート・引きこもり問題やネットウヨク増殖に拍車をかけている。
たいせつなのは現実に存在する個人であって、バーチャルな存在である国家は解体すべきだ
ということを国民に植え付けていく」
と語った。
バーチャルリアリティが悪の根源であることを発見した元祖・曾野綾子氏も同席しており、
我が意を得たりとばかりに拍手を送っていた。


85 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 06:16:12 0
>>84
こういうのをオナニー文章って言うんだな。自分と取り巻き以外一切面白さを感じられないという。

86 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 08:29:01 0
韓国で、「大韓帝国皇室の復元に賛成54.4%」なんて世論調査の
結果が出たらしいけど、共和制の国から見たら、立憲君主制というのは
そんなに良さそうにみえるのかね。(実現はしないだろうけど)

権威と権力が分離された状態だと、たとえ反対派がいても強引に政策を
断行することはできなくなるけどね。
さらに国家の危機に際して、君主が利用される危険もある。


87 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 08:48:22 0
>>86
韓国には日本のものは何でもよく見える病気があるからな。議院内閣制だってそうだ。
もう何十年も前から「議院内閣制がいい!議院内閣制にしよう!!」って朝野を問わず
言い続けている。なってないけど。

でも立憲君主を持ちたいってのは共和制の国には必ず一定層いる潜在的な願望だと思うよ。
イタリアでイタリア旧王家が、フランスでブルボン家やナポレオン家の子孫が、有形無形の
影響力を持っているのもその現われでしょう。「くに」には「伝統」や「歴史」を体現する存在と
いうものが欲しくなるものだよ。

まあ、実際に復活させようとすれば今の時代、「誰がなるか」「どういう形にするか」「どんな権威を持つか」で
大揉めに揉めるのは間違いないから、現実味は全くないけどね。

88 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 09:14:37 0
>>87
フレデリック・フォーサイスの『イコン』は、ロシアでロマノフ王家を
復活させるというストーリーだったな。

ただ、権力と権威の使い分けというのは、長いことその経験を積んできた
国でないと難しいのでは。日本でも承久の乱や南北朝の動乱やらを経験
してきている。
韓国の場合、歴史的にずっと権力と権威が一致してきたからなあ。

89 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 09:24:44 0
>>88
近代以降で王家を復活させて、まがいなりにも上手く行っているのはスペインくらいですか…
(それでも分解しそうだけど)

確かに立憲君主制というのは、実際に歴史を重ねて体感しないと理解出来ない、と言う物では
ありますな。

90 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 10:28:36 0
タイは1932年に立憲君主制に移行したが、その後しょっちゅう
クーデターが起きている。

明治の日本では、自由主義から忠孝を除外したことがデモクラシーと
批判的政治研究にとって致命的なものになったと、丸山真男は分析している。

英国でも、つい最近まで、君主と王室全体は道徳的価値を体現するものであり、
さらにそれを強固なものにすべきであるという議論があったくらい。

非常にデリケートな制度というか、微妙なバランス感覚がないと使い
こなせないものなのかもしれない。

91 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 17:14:21 0
タイのタクシン首相がバラマキ政治とかいって批判されているが、イギリスも
18〜19世紀初頭も選挙の腐敗はひどかった。パブを借り切ってご馳走を飲み食い
させたり、金で票を買ったりすることが当然のごとく行われていた。

19世紀のアメリカでも、たとえばグラント大統領の時代は汚職とスキャンダルに
相次いだ時代だった。

政治家が腐敗しているからといっていちいちクーデターを起こしていたらきりが
ないと思うけどね。政治はクリーンなほうがいいに決まっているが、“徳治”の
思想に染まった人間のほうが、腐敗した政治家より社会に大きな害悪をもたらした
例というのは少なくない。

92 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 17:56:28 0
>>91
タイは何度もクーデターしてるので、悪い意味でシステム化されてるところがあるけどw

まあ、今回で言えば、タクシンの愛国党が強大すぎて、アメリカやイギリスのような政権予備軍
としての野党が無く、またほぼタクシンの個人政党のため、自民党のような派閥による
権力への修正力も発揮されない、といった状況なわけで。

徳治、と言うよりも、一種の社会復元力と考えた方がいいかも。

93 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 19:07:12 0
タイ場合、もはやクーデターはお約束と化してる感があるからなぁ
実質は権限のある国王へのアピールでしかないし
誰かが怪我したわけでも、ましてや死んだわけでもない


94 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 20:27:16 0
ただ、今の国王がなくなられたら、今後はこんなことできなくなるかも。
皇太子は今ひとつ不人気らしく、争乱が起こったときに
裁定を下しても皆が納得するほどの権威があるかどうか。

95 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 20:46:41 0
>>92-94
古代ギリシアのアテナイも、ペリクレスが死んだ後は衆愚政治に陥って、
あげくのはてにペロポネソス戦争に敗北。
個人の力量に頼らなければならないシステムの国家は繁栄を長続き
させられないのでは。

96 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 22:38:59 0
官僚だけでは腐敗するから、浄化剤が必要で、
多くの民主国家では政治家がその役割を果たすんだよね(相互に)
タイの場合、国王に依存しない政治を作るには、一党独裁の状況を打破しないと

97 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 23:21:01 0
>>96
日本で、自民党一党支配が続いてきたのは、はっきりいって野党にも責任が
ある(あまりにも非現実的な政策を掲げ、それを決して変えようとしなかった)
と思うけど、タイの場合、何が原因で一党独裁の状況を招いているのかな?

>官僚だけでは腐敗するから

プラトンが『国家』の中で描いている哲人王が治める理想国というのは、詩人は
悪を隠し、子供に教えるべきではないとか、私有財産制を廃止して共有にする
とか、下手すりゃ全体主義につながりかねない考え方が含まれているが、
現代でも多くの国で、判断力を持たない民衆に代わって、専門的な知識を独占
した官僚が、もっともうまく国家・社会を運営できるといった発想が生き続けて
いるように思える。

98 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 23:58:51 0
>>95
でも、民主政って個人的力量への依存は
君主政より低そうなのに、なんでアテネはああなっちゃったのだろうね。

99 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 00:10:00 0
>>91
そもそも「政治が腐敗している」という事象の定義が
決して自明のものではないからねえ。
「なぜ賄賂はいけないのか」という問題は、
近代国家の枠を外れれば全然自明のものではないよ。
為政者に対してより沢山のモノを差し上げたヤシが
より沢山の有形無形の恩恵を為政者からも貰って当然という
「人類学的な交換」の考え方のほうが、前近代の世界では普通。
昔から賄賂を揶揄する文学や警句などが沢山あるが、
その大半は実際には単なる嫉妬だったりする。
「賄賂はいけない」というのは、古典古代から近代へ引き継がれた
公(パブリック)の考えを前提に初めて生まれるもので、
>>91の通り、欧米でも「常識の確立」は民主政の一応の成立より更に遅れる。
この「パブリック」と特に儒教的な「徳」とは全く別物だから注意が必要。

100 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 00:33:05 0
>>98
アテネの民主制はまだ未熟で、自浄能力に欠けていたからね
結局、政治に問題が発生しても、それを糾弾する方法がなかった
ま、今の政治もうまく自浄しているとは言い難いが
>>97氏のいうとおり、日本の野党は弱すぎる


101 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 00:49:01 0
>>98>>100
「浄化」しようとするシステムと意志なら十分過ぎるほどあったよ>アテネ
陶片追放でどれだけのヤシが叩かれたか分からない。
だが結局上手く行かなかったのは、
実はデモクラシーを徹底し過ぎたからという考え方もあり得る。
ローマのように選ぶ人々と選ばれる人々がかなりハッキリ分かれている
寡頭制に近い代議制のほうが安定するんだろうな。
直接民主制と言っても官職をくじ引きで選ぶほど徹底させてはいけないんだろう。

102 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 01:09:38 0
>>98
戦争が始まってからも、貴族派と民主派に分かれて党争を行っていたから、
よけいに市民のモラル低下に拍車がかかったのかもしれない。
有能な人材がいても、あいつは私利私欲のためにやっているとかなんとか
理由をつけて追放か失脚に追い込む。

ちなみに貴族・地主・富裕な農民は、資産防衛のために和平を求めていたが、
貧しい市民や商工業者たちは、戦利品や土地や市場への欲望から主戦論者だった。

103 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 01:35:12 0
>>100-101
第一次世界大戦直後、イギリス首相のデヴィッド・ロイド・ジョージは、
「公平無私な原則に反する講和は必ず失敗する。我々は復讐心や利己的な欲望に
まかせ、正義という基本的原則をないがしろにしてはならない」
と言っていた。

しかしその一ヵ月後の総選挙では「ドイツ人を最後の最後まで絞りつくす」
と主張して大衆の喝采を浴びた。

当時のイギリスの新聞は、世論に迎合して「弱腰政府へのキャンペーン」を
始めていたので、それに対抗するために自由党がこのような選挙公約を考え
だしたらしい。かつての制限選挙の時代なら、こんなことは起こらなかった
だろうな。

104 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 10:50:29 0
age

105 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 17:46:33 0
>>97
タクシン個人の金力で、地方の票をまるまる買収できたから、と言っても言いすぎではない。
個人的な金のばら撒きと、政権にいる事を利用した、地方交付金のばら撒きで、経済的に
恵まれていない地方の票をがっちりつかんだ。田中角栄がやりたい放題だったらこうやった、
ってのを実践した感じ。

106 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 18:08:45 0
>>101
陶片追放といえば、某英雄も偉すぎて怖いって理由で追放されたな
あれは一種の衆愚政状態に陥っているよ
自浄出来てない

107 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 20:04:43 0
>>106
テミストクレスのことだよね?

ペロポネソス戦争中も、主戦派デマゴーグのヒュペルボロスが、和平論者の
ニキアスを追放しようとしたが、このときアルキビアデスはニキアスと結託して、
逆にヒュペルボロスを陶片追放にかけてしまった。彼はこれにより主戦派の
第一人者にのし上がった。
(これを最後に陶片追放は行われなくなる。政治的に悪用されすぎというので)

キモンやペリクレスが名門貴族の出身だったのに対し、ペロポネソス戦争時の
デマゴーグであるクレオン、エウクラテス、ヒュペルボロスなどは商工業者の
出だった。ペリクレスが完成させた民主政こそが、こういう連中をのし上がらせた
のは皮肉な現象。

108 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 20:32:50 0
>>105
日本は大正時代になってようやく議院内閣制がはじめられると同時に、大衆
民主主義の問題と取り組まなければならなかった。
イギリスのように長い間制限選挙を続け、議院内閣制というむずかしい制度を
慣行として固めたあと、普通選挙に入るという時間がなかった。

戦後も、社会の中に前近代的な制度が残り、発展した部門との不調和・摩擦を
ひきおこすという構図は変わらなかった。政治や組織のあり方をみればわかる
ように、外見上の西洋化・近代化の陰で、日本古来の人間関係、またはそれが
変形した形を保ってきた。

そしてこれは日本以外のアジアの国々にもあてはまるように思える。

109 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 21:21:54 0
民主政といえでも超えてはいけない一線を越えると
やがて、民主政そのものの破綻を招く。

今の民主主義だって憲法で多数派でも超えちゃいけない一線を設けてる。
多数派の権利をもって少数派を根こそぎにすることが許されると
もし、多数派が間違ってたときに取り返しがつかなくなる。

陶片追放っていいかえると人民裁判による国外追放処分。
これによって明日の多数派になるべき少数派を消していったのが
アテネ民主政の破綻の原因じゃなかろうか。

110 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 21:50:20 0
>>102>>105-109
陶片追放の繰り返しでgdgdになったアテネの最大の問題は、
>>102の言う「貴族派と平民派が無期限闘争を展開したこと」で
明らかなように、ローマにみられるような
「選ばれる者」と「選ぶ者」との間の『タテの繋がり(clientela)』を
「反民主的だ」として全部切り捨てたことにあるんだよな。
(確かにギリシア的政治の観点からは間違いなくclientelaは反民主的に見える)
このclientela的なものを徹底忌避してしまうことによる政治機能不全というのは
フランスあたりにも見られるし、日本でも特に都市住民の自治の伝統が長いはずの
関西方面の地方自治にしばしば見られる気がする。

111 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 00:40:57 0
A 血縁的な保護=被護関係

B 自由な保護=被護関係―――|―――1 特定多数を相手として
               |
               |―――2 不特定多数を相手として


B1…土地的、農業的であり、ストックの人間関係
B2…金銭的、商業的であり、フローの人間関係

112 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 01:19:32 0
>>105
タイ愛国党は、タクシン首相の失脚で瓦解の危機に直面しているそうで。
党資金の約8割がタクシン氏から出ていたので、仮に新党首をたてても
タクシン氏個人の人気とカネがなければ、結局立ち行かず、解散せざるを
得ないとのこと。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%94%BF%E5%85%9A
タイでは政党は政治的な意見に基づく集まりと言うよりも、有力な名士を中心に
その知り合いや、利益を共有する者の間で結ばれるクラブのような存在である
といえる。そのため一時、とんでもない数の政党が存在し、逆に混乱を生んだ。
また、消滅結成が素早いことも特徴である。

113 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 19:51:41 0
アテネの場合、内政もさることながら外交が致命的という感じ。
「メロス島の対話」に典型的にあらわれているように、他のポリスとの間には
強者と弱者の関係しかなかった。
そのためにペロポネソス戦争中に、同盟ポリスが次々と離反していく。

114 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 20:32:46 0
>>112
この板でWikipediaをソースにするなw

115 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 02:24:22 0
>>95
個人の力量に頼らなければならないシステムの国家といえば、ドイツ帝国も
そうだったな。ヴィルヘルム2世が即位して、ビスマルクをクビにした後は、
外交面でメチャクチャなことをやり始めた。

116 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 14:10:03 0
君主政で君主の権限を大幅に認めると、そうならざるをえない。
官僚機構を整備して権限を委譲すれば、その辺りは緩和されるけどね
(官僚の腐敗という別の問題は生じるけど)

117 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 19:32:49 0
で、官僚の腐敗を是正するはずの政治家が腐敗している現代、
どういう手を打てばいいんだ?

118 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 20:22:02 0
>>115-116
ドイツ帝国の場合、イギリスやフランスで数百年かけて発展してきた議会という
緩衝機能が存在しなかったからねえ。
英仏ではナショナリスティックな潮流があっても、それは議会を通さなければ
ならなかったが、ドイツではこの潮流は、国会の外の圧力団体によって表面に
出ることになった。

119 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 21:58:22 0
>>117
19世紀の英国では、83年の選挙違反腐敗防止法、85年の選挙区制度改革などに
よって徐々にクリーンな選挙になっていったが、
現代のように複雑化した時代ではこのような手段では無理だろうか?

120 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 22:33:17 0
ttp://www.worldtimes.co.jp/
デーリー・テレグラフ(英) 2006年9月21日
古くて悪い時代に逆戻り

タクシン氏は、縁故主義とメディアに対する抑圧政策のおかげで、都市の中間層と
伝統的なエリートに慕われなかった。しかし、最後の一撃は、一族の株取引疑惑
だった。大金持ちの企業人が人気取り政治家になり、自信過剰になった。
しかしながら、そういうことは多くの民主的に選ばれた政治家にいえるだろう。
そして、この種の政治家を排除する方法は、選挙によってであり、王室の承認を
得た軍の力によってではいけない。国王の同意に守られて、将軍たちは農村の
タクシン氏支持者からの批判をそらすだろう。しかし、伝統的エリートの利益と
農村の貧しい人々の願いの対立は、長期的にみると、過去1年間に経験した以上に
大きい緊張につながるかもしれない。
王制はどうかと言えば、プミポン国王が、憲法に違反した形の首相排除に承認を
与えることを適当であると思ったのは悲しむべきである。これはタイの歴史の
古くて悪いパターンへの逆戻りであり、ミャンマーとともに、タイを東南アジア
諸国連合(ASEAN)内の仲間はずれにするものである。現国王の立場は堅固
である。しかし、今回のクーデターは、現国王が退位した後、チャクリ王朝に
跳ね返ってくるかもしれない。

121 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 23:33:53 0
>>119
最大の問題は選挙制度を改革する権限は
改革の対象となる政治家自身にあることだ。
国民の不満が高まって政治家自身に危機感が高まればやるだろうが。

122 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 23:42:38 0
ttp://www.waseda-coe-cas.jp/symposium/pdf0312/sympo03-k1mori.pdf#search=%22%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%80%80%E6%94%BF%E6%B2%BB%E6%96%87%E5%8C%96%22

多くの欧米の東アジア比較政治研究では、日本を含む東アジアでは、自由がない、
(形式的な)民主主義、もしくは半民主主義の体制にあるとするのが一般的で、
その場合ほとんどが欧米との「政治文化」の違いにその由来を求めている。
たとえば、Lucian Pyeは、日本、中国、韓国、ベトナムなどの東アジア諸国では、
@権威主義的な階層関係、A支配者と被支配者の利益の原理的一致、B支配者
自身による道徳的な価値の体現の政治、などを共通項とする儒教文化のもとで、
固有の(民主)政治が行われているとする。まさに、猪口が批判するように、
政治体制論・政治構造論・政治経済論なき東アジア政治論である。

123 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 17:41:26 0
デモクラシーの起源として、ゲルマン人の民会が挙げられることがあるけど、
古代ギリシアのエクレシアや古代ローマのコミティアとはどう違っていたの?


124 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 21:28:48 0
>>122
日本の民主政もまだまだ未熟であることも事実なんだけど、
「まだまだ文化人類学的な部族社会体質が残っている」と言えばいいのに
「東アジアの儒教の伝統」なんてくだらない理屈付けをするから
論考のレベルが一気にゴミレベルに墜落するんだよなあw
>>123
ハッキリ言えば「ドイツ人の妄想」w
実は「ローマ法に対立するゲルマン法」なんてのもそうなんだが、
特殊かつ高度に発達した古典古代の地中海文明を前にして
自分たちの民族固有の何かのネタで対抗しようとする
19世紀ドイツ人の劣等感と妄想が
部族社会にありがちなただの文化人類学要素を
「法」だの「民主主義」だのの偉大な起源にでっち上げてしまっただけ。
ゲルマン民会を「デモクラシーの起源」と主張するのは
古代朝鮮の民衆集会を民主主義の萌芽だと主張するww梶村茂樹と
本当は同レベルに堕しているんだけどね。

125 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 22:20:22 0
金大中は日本の国会で、
「アジアには西欧にも劣らない人権思想と、国民主権の思想があり、そのような
伝統もありました―我が韓国にもそのような伝統があります。東学という民族
宗教の創始者たちは「人すなわち天なり」(人乃天)「人に仕えるに天の如くせよ」
(事人如天)と教えています。こうした人権と国民主権の思想だけにとどまらず、
それを裏付ける多くの制度もありました。ただ、近代民主主義の制度を西欧が
先に発見しただけであります」
と演説していたっけ。

K・V・ウォルフレンのような欧米人のジャーナリストも、韓国は日本と違って
戦って民主主義を勝ち取ったから、将来は韓国のほうがまともな民主国家に
なると書いている。


126 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 22:38:18 0


政治史とは、文明開化の旗を掲げ、時には反動の波をかぶりながら、思想、制度の
合理化を促進する国々が果てしない興亡を繰り返しつつ、なおも理想的な政治形態
を明示できずに終わる物語である by カルル・フォン・クラウゼヴィッツ



127 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 22:46:17 0
ttp://www.hi-ho.ne.jp/t-shimazu/pr/semi.htm
94年3月の Foreign Affairsにおける、リー・クアンユーのインタビュー
は鮮烈であった。リーの本意はともかく、少なくとも聞き手のファリード・
ザカリアには、あるいは多くの読者には、以下のように捉えられる内容
だったからである。
「文化は宿命的なものである。西欧文化の素地がないところでは、西欧型
民主主義は成り立たないし、儒教文化の素地がないところでは、開発独裁
による経済成長はうまくいかない。」
この仮説が正しいとすれば、世界のほとんどの国で西欧型民主主義が機能
しないことになる。またNIES諸国の経済成長は、儒教文化の素地が
あったからであり、約束されていたものである、ということになるし、
一方アフリカや南米の開発途上国は(少なくとも開発独裁の手法では)
経済成長ができないことになる。

128 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 23:07:27 0
保坂修司『サウジアラビア―変わりゆく石油王国―』(岩波新書)を読むと、

サウジの教育において教師の立場は絶対で、勉強の基本は暗記であり、
教師の発言や教科書の内容を丸暗記することがいい成績につながると
書いてあった。

ひょっとしたら西洋のような、「対話」や「討論」を通じた教育の
ほうが世界的に見たら特殊なのか?

129 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 00:07:21 0
>>124
まあ儒教自体、ある意味では部族社会の正統性をこじつけた学問ではあるが。

130 :124:2006/09/26(火) 00:07:39 0
>>125
おお釣れた釣れたwとでも言うべきかw

その「韓国386世代こそが真の市民革命の旗手説」という
90年代にAERAが触れ回った「究極の朝日珍説ww」の出所は
ウォルフレンだったのか。教えてくれてありがとw
そのレベルは日本では自由民権運動期に経験済みなんだけどねえw

>>128
「文明の基本言語コード」をまずは丸暗記させるというのが
教育の基本というのは西欧の一部を除く世界共通の常識なんだろうね。
イスラム圏ではコーランの暗記になるんだろうし、
インド教育の徹底暗記主義も有名だ。初等教育では非常に有効とも言う。
中国では四書五経の漢字羅列の完全丸暗記が科挙及第の必須要件だった。
今でも日本に留学した中国人留学生は、文系分野だったりすると
「教科書を一字一句完璧に丸暗記してきますた!」と言って
担当教官を途方に暮れさせるらしいw

131 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 00:30:43 0
wwwwwwwwwwwwww

132 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 12:37:03 0
>>124
>ハッキリ言えば「ドイツ人の妄想」w

でもそんなのが日本の歴史教科書に掲載されてたりするんだよな。
手元にある『再訂版 詳説世界史』(山川出版社、1989年発行)には

「ゲルマン民族は吸う獣の部族にわかれ、各部族には1人の王または数人の
首長がいた。その社会ではすでに貴族・平民・奴隷の別があったが、重要な
問題は、王または首長の主宰する民会で決定した」

と書かれている。

133 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 21:23:30 0
>ゲルマン人の民会

単なる部族民の集会なら中東や東南アジアにもあるよ。
サウジアラビアにはマジュリス(集まり、会議)というのがあって、王族が
一般市民に直接会って、意見や陳情を聞いたりする。
(サウジ人はこれを「砂漠の民主主義」という)

ブルネイでも、国王がでかけていって村人の意見を聞くなんてことを頻繁に
やっている。彼らにとっては形式的な議会政治なんかより、はるかに身近に
感じられるんだろうけど。

134 :世界@名無史さん:2006/09/27(水) 02:31:40 O
>>66
>>65
> 国民国家にはやっぱり神話や伝統などの非合理的な部分が必要なのかな。
> 制度だけでは国家は維持できないのか・・・

論理が繋がってないぞ。
理性の祭典が維持されることで共和制が存続したならともかく、
そうではないわけで

135 :世界@名無史さん:2006/09/27(水) 15:17:56 0
>>132
「民会があった」というのが事実で、「民会がデモクラシーの起源」というのが妄想なんでは?
それ確かヘロドトスなんかに出てくる記述だ。

136 :世界@名無史さん:2006/09/27(水) 16:44:43 0
>>135
確かタキトゥスの『ゲルマニア』に出てくる記述では?

大和朝廷も、豪族による合議制で大王(おおきみ)を選んでいたし、未開社会
にはよくある習慣だとオモ。

137 :世界@名無史さん:2006/09/28(木) 03:14:33 0
かつては、異なった身分、異なった近隣、異なった職業の人々は、別世界と
呼びうるほど異なった環境の中に生きていたが、今日では、ほとんど同一の
世界に生きている。比較的にいえば、彼らは今や同じものを読み、同じものを
聴き、同じものを見、同じ場所に行き、同じ対象に対して希望と恐怖とを抱き、
同じ権利と自由とをもち、またそれらの権利と自由とを主張する同じ手段を
もっている。なお残っている地位の差異は大きいとはいえ、すでに消滅した
ものに比較すれば言うに足りない。しかも同化の作用は依然として進行しつつある。

138 :世界@名無史さん:2006/09/28(木) 03:23:18 0
現代の政治的変化のすべては、この作用を促進する。その変化がすべて、低い
ものを高め高いものを低める傾向をもっているからである。教育の拡張が
行われるたびに、同化の作用は促進される。なぜならば教育が、人々を共通の
感化の下に置き、また彼らを事実と感情との共同の貯蔵庫に近づかせるからである。
交通手段の改良もまた、同化作用を促進する。それが、遠隔の土地に住む人々を
親しく接触させ、一つの場所から他の場所へ住居変更が早い流れとなって行われる
のを維持するからである。

139 :世界@名無史さん:2006/09/28(木) 03:24:44 0
商業と製造業の増大もこれを促進する。それが、安楽な環境の利益を一層広い
範囲に拡散させ、あらゆる野心の対象を、その最高のものまでも、一般の人々の
競争に解放し、それによって立身出世の欲望がもはや特別な階級の性格ではなくて、
すべての階級の性格となるからである。これらすべてに較べても、それ以上に
人類の間の一般的類似性をもたらす強力な媒体となっているのは、イギリス
およびその他の自由諸国において、国家における世論の優位が、完全に確立
されているということである。

J・S・ミル『自由論』

140 :世界@名無史さん:2006/09/28(木) 23:46:56 0


権力は武力なき理想に勝る by ナポレオン



141 :世界@名無史さん:2006/09/30(土) 20:10:10 0
>>130
>「文明の基本言語コード」をまずは丸暗記させる

古代ギリシアでも、前5世紀のアテナイの保守的な政治家ニキアスがホメロスの
詩を息子に全部暗記させたという記録が残っている。ギリシア人は教養人であれば
『イリアス』と『オデュッセイア』のかなりの部分を諳んじていたらしい。

ただ、古代ギリシアにはアゴン(技比べ)という概念があって、体育・音楽・舞踏・
悲劇・喜劇・美術などさまざまな分野でこのアゴンが行われていた。
哲学の弁証法や論争術もここから来ているんだろう。他の古代文明にはギリシアの
アゴンに当たるような概念は無かったんじゃないかと思う。


142 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 21:10:34 0
第二次世界大戦後、日本で天皇制が廃止されていたら、ナチスやオウム真理教
のようなヘンな集団が出現した可能性はあるかな。
“天皇制の危険性”はよく語られるが、“天皇制を廃止した後にどんな状況が
出現するか”についてはあまり考察されていないような。

143 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 21:12:42 0
>>142
ナチみたいなのは間違い無く出てきただろうな。逆に言えば
1次大戦の時ドイツの帝室を廃止しなければ、ナチがはびこる隙間は出来なかったと思うよ。

144 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 21:53:48 0
絶対的な権力や権威の元で暮らしていた人間が、
いざそれを失うと、代わりの権威を探そうとするからね
まぁ日本の象徴化っていうのは現実的な解だと思われる

145 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 22:07:51 0
でも天皇制批判派は、

「君主制というものは民度の低さを示すものであり、民度の進展につれ、
王制が共和制に移行するのは人類の歴史の公理である」
「日本のあらゆる部面に残っている封建的なものを、天皇制の廃止と
ともに徹底的に一掃し、機会均等を常に確保し再生産する社会を実現
したならば、天皇制廃止は生々たる新日本の新しき門出となるであろう」

と主張したりする。

146 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 22:53:15 0
世界の大勢は共和です。

共和にまさるものはなし。

147 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 23:24:41 0
別に天皇制の熱心な支持者というわけではないが
それはあまりに無根拠な進歩史観じゃないかと。

148 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 23:30:14 0
>>145
なんか赤い人みたいな口調だなぁ
駅前で憲法9条を守ろうとか言ってる人
何年か前は、アメリカに押し付けられた憲法クソ喰らえって言ってたのに

149 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 23:50:48 0
>>145
今時そんな硬直的な進歩史観、政治的な理由でなく、学問的な意味で
正気で言っている奴っているのか?

本当にいたのなら、本来の意味で「無知」だな。

150 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 19:33:27 0
>>145は、若槻泰雄『日本の戦争責任(下)』(原書房)からの引用。
この本の著者は1924年生まれ。

故・網野善彦氏もそうだったけど、この世代の人には天皇制に対して感情的な
反発を抱いている人が多いね。少年時代・青年時代の体験がそうさせるんだろうけど。

そのほかに、アメリカの哲学者・教育学者のJ・デューイの、
「日本は科学や産業技術、制度等を西欧から学んだが、その基本となっている
精神を学ばなかった」
「天皇制は明治政府が意識的につくったもので、これが日本における自由主義の
最大の障害である」
「日本の天皇崇拝は16、7世紀のヨーロッパにおける神権君主制よりも遥かに
絶対主義的で、歴史的原型を求めようとすれば、ローマ皇帝にまでさかのぼら
ねばならぬ」
「天皇崇拝が日本人の非合理性の根拠である」

という言葉を紹介している。

151 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 19:36:24 0
世界の大勢は共和です。

共和にまさるものはなし。

152 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 19:45:12 0
若槻泰雄氏は、

「“先進国”イギリスにも皇帝がいる」という反論もよく聞くが、英国と
日本とでは民主主義の年季がちがうことを思い起こさねばならない。
民主主義の発生の地ギリシャ文明の流れをくむ西欧文明圏に属し、近代の
権利思想の誕生の地であるイギリスと、日本とを同日に論ずることはできない。
イギリスは13世紀のマグナ・カルタまでさかのぼらなくても、彼らが
清教徒革命によりチャールズ1世を処刑して、民主主義の第一歩を踏み出して
から350年もたっている。これに対し、日本の現行の民主主義憲法は、
アメリカ占領軍におしつけられてやむなく採用したものにすぎないことは、
すべての『憲法成立史』が明示しているところだ。英国やその他ヨーロッパに
わずかに残る王室と日本を比べるのは、ヨーロッパが自由と人権を獲得
するために、どれだけの血を流してきたか、という西洋史に対する無知を
自ら暴露するものにすぎない」

と書いているが、なんだか天皇制を憎むあまり、西洋崇拝に走ったって
感じ。

153 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 20:53:47 0
ただまあ、
> ヨーロッパが自由と人権を獲得するために、どれだけの血を流してきたか
これは真実だよ。
日本は王朝の交代がなくずっと長い間天皇家という最高権威が存続して
きた。「お上」という意識が骨絡みになって意識の根底にある。
権威にへつらう、寄らば大樹の蔭、長いものには巻かれろ。
維新後は自由民権を求めてそれなりに血塗られた闘争もあったけど、
小規模な蜂起に留まり、鎮圧されてしまって続かなかった。
島国であること、稲作であることなど、ヨーロッパとは異なる基本条件が
本気で自由を求める人々を少数派にもし、持続的活動を困難にもしたのかと思う。
島国だから他民族との日常的な競争を感じないできたし、稲作だと小麦以上に
共同作業が必要になるので和を乱すことを嫌う。結果、自立した個人を重んじない
ようになった、と。

154 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 21:12:00 0
>>153
北欧各国の歴史を勉強しようw
「大革命神話」というのはフランスローカルの話に近いんだがな。
>>150>>152
昭和初頭生まれというのは、
「天皇陛下の御為に赤子臣民は撃ちてし止まん」「現人神にして大元帥の天皇陛下」
という、実は明治以来多分に(特に初等教育上の)建前論に過ぎなかったものが、
教育で有史以来最強に叩きこまれた挙句、それが掛け値なく本当に「実現」してしまい
その最前線に若年にして放り込まれたという特殊な世代だからね。
しかもこの世代は終戦時にまだ選挙権を持っていない。
上の世代のように、大正デモクラシーを経験して、プロパガンダの重層性と
建前と本音を理解出来ている年齢に達した上に、選挙権を行使していたので
戦争開始に対して当事者意識があるわけでもない。
昭和初期の特殊な教育しか受けていない上に
それを現実のものとして生死の境をさまよう体験をしてしまった以上、
「ことごとく全否定する」以外の思想態度はあり得ないんだろうね。
だが、最も極端に「軍隊の例え」でしか物事を理解実践できないのも
この世代の特徴だったりする。

155 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 21:27:52 0
やっぱり、全体主義的な空気を頭脳の形成期間に吸ってしまった人は、
一生自らの頭で自由に判断する能力を持てなくなってしまうのかね。

そして、全体主義から解放されて自由になっても、それを活用することが
できず、結局別の絶対的な権威(若槻泰雄氏の場合、ヨーロッパ)に縋る
しかなくなってしまうと。

156 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 21:40:31 0
カレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』
(毎日新聞社)

日本の社会・政治的現象をじっくり見、欧米の先進工業国のそれと比べたとき、
はたと気づかされる異常な事実がある―日本には政治勢力としての中間階級が
ほぼ完全に欠落しているのである。
(中略)
歴史を少し振り返ってみればわかる。貴族階級の一員ではないが、無力なほど
貧しいというわけではもない人たち(すなわち、経済階層上の中間の人たち)が、
先進国に民主主義が実現する過程で、大きな役割を果たした。日本以外のアジアの
国々でも、中間階級の出現が、政治の姿をすっかり変えるほどの影響を与えた。
たとえば韓国だ。朴正熙・全斗煥・盧泰愚各大統領のかなり強権的な政治を
通じてもたらされた経済成長は、都市部に、そして農村部にさえ、不穏な中間
階級を生み出した。その結果、国の政治的変化を多少なりとも促した活発な
政治行動が起こったのだ。
繰り返しになるが―歴史上、中間階級の生成は、近代民主主義を生んだ政治的
姿勢の発達のために不可欠の要因だった。しかし、日本はこの発達を経てこなかった。

157 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 21:50:38 0
>>156
これが上にレスにある「386世代革命の旗手マンセー論」の原型ですな。
まぁ、その「韓国の『偉大なる386近代民主主義』」のなれの果てこそ
今の「事後法の禁止」も「言論の自由」も全く理解できないノムヒョン政権なんだけどね。

まあ要するにウォルフレンは戦前日本史を知らないだけなんだよ。
日本における中産階級勃興は20世紀初頭であって、
これが帝国議会発展から政党政治、大正デモクラシーを経て
1925年の男子普通選挙実現を支える有力な政治支持層となっている。
ウォルフレンのバカな無知珍説は放っておいて、
日本人が考えるべきは、その後1930年代〜45年にかけて
なぜ日本の民主政が「退行してしまった」のかの研究だろうね。
これは未だに深く議論されていない希ガス。

158 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 22:06:00 0
>清教徒革命によりチャールズ1世を処刑して、民主主義の第一歩を踏み出して

日本で「ピューリタン革命」として知られているこの事件を「革命」と呼ぶ
イギリス人は一部の歴史家だけ。イギリス人はブリテン諸島における17世紀
中葉の“諸内戦”と呼ぶ。ヨーロッパでは18世紀まで、Revolutionという言葉は、
「回転」を意味する天文学用語だった。政治用語として使われる場合は、
「社会変革」ではなく「世の中の秩序が転覆し、一巡りしてもとにもどる」
という原理主義的な復古の思想をはらんでいた。

あと、イギリスは伝統的に自由主義的な国だが、>>9で指摘されているように
1867年の第二次選挙法改正までは貴族政といったほうが正しい。
どうも日本ではデモクラシーとリベラリズムが混同されているような・・・

159 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 22:44:33 0
カレル・ヴァン・ウォルフレン『なぜ日本人は日本を愛せないのか』
(毎日新聞社)

なぜ日本国民は、自国の窮状についてなんらかの行動をとることに、
たとえば韓国やフィリピンやインドなどの各国民にくらべ、こうも
熱心さが足りないのだろうか。これらのどの国でも、私は大きく盛り上がる
大衆の政治行動が見るべき成果を上げてきたのを目撃している。

160 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 22:49:09 0
>>159
大正デモクラシーを知らないのだなあこの人。哀れですらある。

161 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 23:11:32 0
カレル・ヴァン・ウォルフレン『世界が日本を認める日』(PHP研究所)

中国が受けてしかるべき敬意には、台湾に関する中国の特殊な主張に対する
配慮も含まれる。全体主義権力の支配から逃れようとしている民主的政府を
持つ国がここにある、という見方は、滑稽なほど単純で間違っている。
「一つの中国」論とその関連諸政策を固守することは、約30年にわたって
誰にとっても―中国、台湾、アメリカ、日本にとって―利益になってきた。
それを虚構であると宣言して、台湾の独立に向けて動くべき理由は誰に
とってもないはずだ。
この独立はアメリカのネオコンと他の右派勢力の一部が唱えていることだ。
しかし、中国はもう全体主義国家ではない。四半世紀近く前からそうでは
なくなっている。たしかにまだ政治犯がいるし、反体制派の人々は過酷な
扱われ方をしている。しかしそれは、きわめて望ましくないことではあるが、
世界にかなり広く見られる独裁支配の伝統に沿ったことだ。

162 :161:2006/10/04(水) 23:31:17 0
(中略)
中国がこれまでどおりの方向で経済を発展させていけば、やがて大きな中産階級が
徐々に生まれてくるはずだ。
そうなったとき、つまり工業化によって独裁的な政治体制の中に中産階級が
生まれたとき何が起きるかという実例が、中国のすぐそばに二つある。韓国と
当の台湾である。
どちらもある種の民主主義社会になった。中産階級が成長して政治的に重要な
勢力になったときには、これは避けられないことのようだ。この現象については、
アリストテレスがすでにあの時代に記している。
(中略)
中国の中産階級は、韓国のそれと同じく、ある程度の民主主義を誕生させるだろう。
また、台湾と中国は、ほぼ20年にわたって経済的な結びつきを深めてきており、
この流れが反転することは考えられない。
すべての点から考えて、他国が介入せずに当事者に解決を任せておいたら、台湾と
中国はいずれは人と制度を融合させて、多様性が十分に尊重される「一つの中国」
を構成するようになると思われる。

163 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 01:14:20 0
とりあえずウォルフレンがアジア音痴だということはわかったw
というか反米(もしくは反共和党)思想から、
そこに繋がるならなんでもありだと思っているか。

164 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 02:14:13 0
>>157
>日本人が考えるべきは、その後1930年代〜45年にかけて
>なぜ日本の民主政が「退行してしまった」のかの研究だろうね。

・大正時代に入って選挙にかかる金が膨らみ、汚職が蔓延し、政友会と憲政会とが
お互いのスキャンダルを暴いて足の引っ張り合いをし、国民に政党は党利党略に
走って腐敗しているという印象を植え付けた。
・野党は与党を攻撃するためなら、原理原則をかなぐり捨てて、国益に反する
ようなこともあえてした。(政友会が幣原喜重郎の国際協調外交を“軟弱外交”
として攻撃したり、浜口雄幸内閣がロンドン軍縮条約を締結して批准を求めると、
“統帥権干犯”としてこれを攻撃したことなど)
・恐慌が起こるとそれまでのような利益誘導型の政治が続けられなくなった。

政治の健全化をさまたげた原因が、与党だけではなく野党にもあることや、
利益誘導型の政治(これは国民自身にも原因があるのだが)は、戦後の日本政治
にも共通しているように思える。

165 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 16:00:05 0
>>164

現在の日本人に当時と同じ時代状況や思想潮流に中に放り込んで
歴史を追体験させたら、やっぱり同じ道を辿りそうな悪寒・・・

166 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 16:16:03 0
>>165
同じ時代状況や思想潮流に放り込んだら同じになるのは当然じゃね?
結果どうなったかを知った上で放り込むって事?そうでなければ何の意味も無い
設問だな。

167 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 16:58:20 0
>>154
>「ことごとく全否定する」以外の思想態度はあり得ないんだろうね

アメリカの、いわゆる「ベトナム戦争世代」にも似たようなところがあるような。

>>144
>絶対的な権力や権威の元で暮らしていた人間が、いざそれを失うと、
>代わりの権威を探そうとするからね

ドイツの作家ギュンター・グラスが、武装親衛隊に所属していた過去を告白して
話題になったが、この人物は戦後はずっとドイツ批判、アメリカ批判を続けてきた人物。

家永三郎も同じタイプの人間だな。戦前は皇国史観を鼓吹して、戦後は反体制派
になった。

ドイツ・イタリア・日本で、戦後にバーダー・マインホフ、赤い旅団、日本赤軍
などの極左テロ組織が活躍(?)したのは偶然だろうか?

168 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 21:03:21 0
極左テロ組織の経歴調べたら、元極右だったりしてなw

169 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 21:13:55 0
>>157
大正デモクラシーの時代、二大政党は政策の差異を強調しすぎた。とくに
外交政策でそれが顕著だった。

民主党の最適戦略(上)
ttp://workhorse.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_d143.html
こう考えると、「対立軸を明確に」というのは、自ら支持者を切り捨てる盛大な
自爆戦略だということがお分かりいただけると思う。そもそも、自民党の政策を
見て、それに対抗する政策を考えるという受け身なやり方自体がまるで間違って
いる。上の図を見れば分かるとおり、重要なのは「国民の大多数は何を望んで
いるか」ということであり、「自民党からどれだけ距離をとるか」ではない。
上の図で言うなら、中道ど真ん中に陣取っておけば、自民党がどのような
ポジションを取ろうが、最低でも5割の支持を得ることが出来るのだから。

170 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 22:14:46 0
>>164
幣原外交批判と統帥権干犯問題は性質が全く異なると思うけど。
幣原外交はしばしば大正デモクラシーの精華のように語られているが、
実は19世紀的な貴族政的手打ち外交なので、大正デモクラシーには決定的に反する。
「俺様エリートが腹芸で妥協するのに、愚民め、騒ぐな。」だからね。
民主的基盤を持つ政党政治家から厳しく批判されても仕方ないところがある。
陸奥宗光の時代とは違うのだ。しかも大正期には
中国に日本人の民間資本が重要な経済権益を持っている。無視はできない。
それに、厳しい議論が生まれることは民主政治にとっては基本的に良いことだ。
だが、
統帥権干犯問題への言及はこれとは違って、よちよち歩きの民主政に対して
ほとんど自爆に近い致命的な政治論争を仕掛けてしまったことになる。
ここは明治憲法の事実上の解釈改憲としての大正デモクラシーに対する
致命的な急所だからね。

171 :世界@名無史さん:2006/10/06(金) 00:26:35 0
>>170
>統帥権干犯問題への言及

それを行ったのが“憲政の神様”こと犬養毅・・・

172 :世界@名無史さん:2006/10/06(金) 00:46:48 0
>>171
尾崎行雄!尾崎行雄!

173 :171:2006/10/06(金) 01:00:47 0
>>172
スマソ、うっかりミスだ。

それまで、兵力の決定は統帥権に入らず内閣の輔弼事項であるというのが
常識的な解釈だったから、政友会のこの主張は政党内閣制を破壊する自殺行為
だったな。

174 :世界@名無史さん:2006/10/06(金) 20:36:51 0
戦後日本の自民党は、政策論争となると“金持ちケンカせず”で、体系的な
理論をはっきりと打ち出さず、野党の主張の矛盾をつくということもせず、
根拠はあいまいなまま結果だけを達成してしまうという傾向が強かったが、
これも日本の政治の成熟を妨げたのでは?

野党もビシビシ厳しい批判を浴びることがないから、“万年野党”という居心地の
いい安息所に逃げ込んだ。政治も文化と同じで、批判精神がないと優れたものは
生まれてこないのかもしれない。政権をとれない野党なんて、誰にも見てもらえない
作品をつくって自己満足している芸術家のようなもの。

175 :世界@名無史さん:2006/10/07(土) 16:26:36 0
>>174
まあ、今の民主党は良い意味でも悪い意味でも、旧自民党田中派として収斂されてきてるから
そのうち政権取ることもあるかもね。今はあれでもそのうちばら撒き形が必要になる時代も
来るだろうから。

176 :世界@名無史さん:2006/10/07(土) 17:25:58 0
まぁ、結局のところ二大政党制の最適戦略に早く気づいて
それについてこれない旧社会党系を斬り捨てられるかなんだろうけど。

177 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 06:36:27 0
>>175
>今はあれでもそのうちばら撒き形が必要になる時代も来るだろうから。

マルクス主義者の主張は、人間の自由な行為の価値を軽く見ており、社会的
現実を形づくるうえで非経済的要素の持つ力能を軽視していると批判されて
きたが、現在のグローバリゼーションマンセー派の主張も同じ間違いを犯している
ような。



178 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 12:18:15 0
まぁ、グローバリゼーション自由競争主義って
全ての人間をエコノミックゲームに強制参加させるわけで、
そこにある人間観は金を稼ぐために生きるというもの。

ここでは、生きるために必要なだけ金を稼ぐという発想は切り捨てられる。

179 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 14:53:10 0
>>176
イギリス労働党も、キノック党首の時代は「資本主義断固打倒!」を叫ぶ左派を
コントロールできずに低迷していたな。
ジャーナリストの間では、このままでは日本のように政権交代のない国になって
しまうのではないかという観測さえ流れていた。
結局、ブレアがマルクス以前の倫理社会主義に“復古”することで選挙に勝利した。
保守党政権があまりにも長い間続いて、有権者に飽きられていたということも
あったが。
保守党も、サッチャー以前は福祉国家の理念を守っていた。そもそもジェントルマン
の伝統では金儲けや成り上がりを軽蔑するから。

現代社会では、人々は経済的には大規模な経済構造の奴隷的状態にあるが、
そのうちローマ帝国におけるキリスト教のような運動が出現するかもしれない。

180 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 22:32:38 0
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/news/20061009k0000m030054000c.html
ベルギー地方選:極右民族主義政党が躍進の勢い
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/news/20061009k0000m030011000c.html
イスラム風刺画:デンマークの極右政党がウェブ公開
ttp://www.sankei.co.jp/news/060918/kok001.htm
極右政党、初の議席獲得へ ドイツ地方議会選
ttp://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060925AT2M2401E25092006.html
スイス、欧州外からの移民や難民受け入れ厳格化

※最近、欧州では極右が勢力を伸ばしているが、移民問題に対する政治家の
事なかれ主義も原因の一つだろうか?

181 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 22:00:18 0
>>180
あと既存の左右両派が、あまりにも体制化した、って事もあるかと。
社会体制全体を見るのではなく、自分たちとその支持者の既得権の擁護に
汲々としている集団に堕した。

182 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 02:47:50 0
>>163
>反米(もしくは反共和党)思想

ウォルフレンは、

「経済事象を市場中心にしかとらえられず、強力な産業システムが国家主導で
築かれる場合もあることを認めることができないアメリカ」「EU―日本の
権力者が発見していない巨大勢力」「ヨーロッパこそ日本の自然な同盟相手」
「EUと日本と中国の協力、さらにはロシアとインドも加えた協力」「ユーラシア
大陸をまたいだ新しい外交」

なんて主張しているから、その通りだと思われ。ユーラシア主義なんて、
松岡洋右の外交を思い出させるが。

183 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 09:15:11 0
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/4594052282
暴かれた9.11疑惑の真相 ベンジャミン フルフォード (著) 扶桑社

書店に行ったら9・11テロが捏造だとするカナダ人ジャーナリストの本が並んで
いたが、欧米の左派も日本のそれに負けず劣らず病んでいるような。
9・11テロ捏造説はアラブ・イスラーム世界では事件直後からいわれていたが…

184 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 19:55:40 0
>>181
エアバスのCEOのクリスチャン・ストレイフ氏が就任後わずか3ヶ月で辞任する
ことになった。後任はEADSのルイ・ガロワ共同CEO。
抜本的なリストラに向けて裁量が確保できなければ辞任もやむを得ないとする
同氏と、エアバス支配を強めたいEADSが対立していたとか。
ストレフ氏は仏フィガロ紙に対し、(私のCEO辞任が)エアバスがどのように
管理されているかを見直すための良い機会になることを望む、と述べている。

185 :世界@名無史さん:2006/10/12(木) 22:44:47 0
英国の政治学者バーナード・クリックは、デモクラシーとpolitical ruleの発明、
ついで市民の間での政治的討論を通じて統治するという伝統の起源は、ギリシアの
ポリスおよび古代ローマの共和政がもっていた思想と実践の中に求められると
書いている。彼は「政治」とは統治の一形態であり、ある一定の支配領域内の
相異なる利害を、それらが共同体全体の福祉と存続にとって有する重要性の
度合いに応じて、権力に与らせながら、調停するところの活動と定義している。
この定義では、全体主義のようにそもそも利害の多様性を認めないような統治
形態は、「政治的支配」ではないことになる。

一方中世アラブの歴史家アル・アッティクタカーの著書『アルファフリー』では、
臣民の統治者に対する義務は「服従すること」であり、代わりに統治者は「国都を
防衛し、国境を守り、辺境の固め、道路の安全を保持し、悪徳者を抑える」義務を
負う。臣民の種類に応じて適切な統治の手法を選ぶことが肝要で、「上流階級は
高貴な人格とやさしい指導で」「中流階級は飴と鞭で」「大衆は恐怖と正道への
義務づけ、明白に正当なものへの強制によって」治めるとよいと論じている。

こんなことを書くとオリエンタリズムだといわれそうだけど、西洋と東洋の
政治に対する考え方の違いがここにあらわれているように思える。

186 :世界@名無史さん:2006/10/14(土) 12:17:42 0
ばかばかしい。ホッブズでググれ

187 :世界@名無史さん:2006/10/14(土) 22:49:34 0
・・・無数の群衆の上に、その後見となる巨大な権力がそびえ立っている。
唯一この権力だけが彼らの幸福を確保することと彼らの境遇に目を配ること
を任務としている。この権力は絶対的で、細かいことに立ち入るようになり、

整然としており、先見の明があり、穏やかなものである。それは父権に似て
いると言えるかもしれない。もっとも父権のように人間が成年に達するため
の準備を整えることを目標にしている場合には、の話である。ところが、

実際にはこの権力は人間を幼年期に縛りつけて、二度と抜け出せないように
する。この権力の楽しみは、市民が喜んでさえいれば、それで良いのである。
それは市民の幸福のために、進んで働いている。しかし、それは唯一の行動

主体であり、唯一の調停者であることを望んでいる。それは市民の安全に留意
し、その欲望を予測充足し、快楽を促し、彼らの主要関心事を指導し、その
営為を監督し、相続を規制し、遺産を分割する。

彼らから思考の煩わしさと生活の苦労を完全に取り除くことがこの権力には、
どうして出来ないと言えるだろうか?


アレクシ・ド・トクヴィル『アメリカにおける民主主義』

188 :世界@名無史さん:2006/10/14(土) 22:52:07 0
主権者は社会の表面を複数の綿密な一律的な小規則の網で蔽ってしまうので、
どんな独創的な精神も、どんな強力な魂も群衆を超えて頭角を現すことは
出来なくされてしまう・・・

主権者は破壊しないが、生まれてくるのを妨害する。主権者は圧制しないが、
窮屈にし、圧縮し、無気力にし、消滅させ、麻痺させる。

そして主権者は、ついには各国民を臆病なよく働く動物の一群のようなもの
にしてしまって、政府によってこれを指導させるのである。


アレクシ・ド・トクヴィル『アメリカにおける民主主義』

189 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 20:21:01 0
>>185
>臣民の種類に応じて適切な統治の手法を選ぶことが肝要で、「上流階級は
>高貴な人格とやさしい指導で」「中流階級は飴と鞭で」「大衆は恐怖と正道への
>義務づけ、明白に正当なものへの強制によって」治めるとよいと論じている。

マキアヴェッリの『君主論』みたいだな。


190 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 22:29:05 0
そもそも一人ずつの政治学者に西洋と東洋を代表させるのが無茶な論法だろう。

191 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 22:40:57 0
『近代日本の誕生』(イアン・ブルマ、ランダムハウス講談社、原著2003年発行)に、

吉野作造が朝鮮の三・一独立運動を鎮圧しなければならないが、同時に対朝鮮人
政策ももっと公平でなくてはならないと主張したことを取り上げて、
「この意見を見る限り、吉野は思いやりはあっても基本的には筋金入りの帝国
主義者だったように思う。そしてこの点に、大正デモクラシーの栄光と限界が
よく表れている。吉野ほどの自由主義者ですら、なぜ日本が近隣諸国を支配しては
いけないのか、その根拠がわからなかったのだ」

と書いてあるが、こういう二重性は欧米諸国でもよくあることなのでは?
『アメリカの民主主義』の著者のアレクシス・ド・トクヴィルがアルジェリア
征服を主張したり、フランス本国で教育改革を行ったジュール・フェリーが、
「優れた民族には、劣った民族を文明化する義務がある」と発言して植民地
政策を推し進めたことなど。

192 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 23:19:09 0
倫理観に照らして正しいか、国益を考えてどうなのか、
板ばさみになるのは古今東西でありきたりな事象だと思うが
なんていうか、その本の主張は(一事例を広範に捉えるという意味で)嘘科学の部類だなぁ

193 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 23:38:57 0
>>191の続き

その他にも1905年の日比谷焼打ち事件を取り上げて、

「実のところ、この暴動を起こした日本人たちの行動は、1919年に五・四
運動を起こした中国人の行動とよく似ている。中国人も、ドイツ権益を
日本に引き渡したとして自国の政府に抗議している。代議制を取り入れて
いない政府や、民意を得ていない政府のもとでは、為政者よりも強い愛国心
を示すことが抗議活動の一形態となる。為政者が国を売ったら追放されて
当然だ。東アジアでは、これが政権交代のパターンとして何度も繰り返されて
きたが、ここから自由民主主義が生まれる可能性はゼロに近い。それに
この場合、国内で政治的権利を求める動きと対外的に植民地拡大政策を
求める動きとが何の問題もなく両立する。しかも、これは両刃の剣で、
政府が愛国心を利用して自由主義者を弾圧することも考えられる。現に、
そうした弾圧はたびたび行われている」
と書いたり、

「近衛が理想とした日本の姿とは、国内抗争の消滅した全体主義的統一
国家であった。ちなみに東アジアの政治では、一つの例外もなく、激しい
派閥争いを繰り広げたあとは大同団結が高らかに叫ばれる。この二つは
常に表裏一体であり、悪循環を形成して専制政治を進展させていくのである」

などと述べたりしている。

194 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 23:41:21 0
ちなみにこの本の著者のイアン・ブルマは、

「ニューヨークのバード・カレッジ教授。オランダ・ハーグ生まれ。ライデン大学
で中国文学と中国史を学んだのち、日本への関心を高め、日本大学芸術学部で日
本映画を専攻。その後は日本と香港を拠点として写真家、映画評論家、ジャーナ
リストなどさまざまな分野で活動しながら、世界各国の大学で教鞭をとる」

という経歴の持ち主。

195 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 23:49:15 0
>>191
19世紀から20世紀前半のリベラル派は洋の東西を問わず、
みんな帝国主義者だったと思うけど。ただその本の文脈の
全体がよく分からない。なぜ日本のリベラルだけが帝国主義と
いうことで批判されなければならないのだろう?
当時のリベラルに傲慢さがあったことは認めてもそれは
日本だけではないはず。日本帝国主義に倫理的問題を感じたのは
社会主義者や小日本主義者だけだよ。その本の論拠は何?

196 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 23:54:23 0
>>195
大正デモクラシーが衰退した原因について考察した章で、天皇・軍部・
政治的抗議活動などについて取り上げて、

「この意見を見る限り、吉野は思いやりはあっても基本的には筋金入りの帝国
主義者だったように思う。そしてこの点に、大正デモクラシーの栄光と限界が
よく表れている。吉野ほどの自由主義者ですら、なぜ日本が近隣諸国を支配しては
いけないのか、その根拠がわからなかったのだ。だとすれば、日本が後に
まったく無謀な侵略行為に敢えて乗り出すことができた理由も、よくわかる
のではないだろうか」

と書いている。はっきり言って意味不明。

197 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 02:44:09 0
>>186
一度きちんとホッブスを勉強してみることを勧める。
文学部系ではダメだよ。法学部系の、それも質の高いものに限る。
>>193
こりゃ酷いな。五四運動時の中華民国の軍閥政府と、
日露戦争時の大日本帝国を同等に比較するとは
上のレスに出てきたウォルフレン並のイカレポンチだな。
すでにこの時期、帝国議会は確実に機能していて、
制限選挙とは言え、民意を一定程度反映する帝国議会では
戦争について政府と政党政治家との間で厳しい議論が戦わされていた。
「人民代表」を集めたところが他地方のヤシが何を言っているか全く分からず
(方言の差がありすぎるから)
皆下を向いて習字の練習をしていたというw中国の状況とは全く違う。

本当に欧米人は明治日本の近代化の成果を
心底認めたくないということが良く分かるね。

198 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 14:33:08 0
>>191>>193>>196の続き

国民は、小泉が日本のゴルバチョフとなり、旧体制の改革を進めてくれるのでは
ないかと期待した。しかし、今回も掛け声倒れに終わった。そして国民は、政治や
政治家に対して日に日に醒めた見方をするようになってきている。民主主義の
伝統が浅い社会にとって、これは間違いなく危険な兆候だ。鬱積したナショナリズムと
先の見えない経済情勢が結びつけば、日本は再び反自由主義的な方向へ進みかねない。
いま国民に最も注目されているのが、現東京都知事の石原慎太郎だ。その評価は
人によってさまざまで、石原こそ最後の頼みの綱だと言って大いに期待する者も
いれば、その言動に不安や嫌悪感を抱く者もいる。

199 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 14:33:42 0
(中略)
石原のケースも、ひょっとしたら掛け声だけが大きく、単に現状への不満や、
なかなか消えない敗戦の屈辱感が、こういう発言となっているだけなのかも
しれない。ただ注目すべきなのは、石原の感情的ナショナリズムを好意的に
見ているのが石原と同世代の人々だけでなく、若者にも賛同者が多い点だ。
これは、私が思うに、左派・右派ともにイデオロギーに固執するあまり、自分の
頭で考えるという知的風土が日本に育たなかった結果であろう。また、政府が
もっぱら経済発展にのみ集中して取り組む道を選び、公の場での政治討論をわざと
封じてきたことも、原因の一つと考えられる。さらに、ただひたすらアメリカに
頼るだけの日米関係が招いた結果とも言える。いすれにせよ、こうした問題を
解決しない限り、真の意味で戦後は終わったとは言えない。

200 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 14:35:46 0
(中略)
いま私は、2002年の春まだ浅い東京で原稿を書いている。この半月ほどの間に、
日本人が「黒船がもう一度やってきて、今の政治システムを大掃除してくれれば
ありがたい」と真顔で話すのを、何度も何度も耳にした。役に立たなくなった
古い制度から島国日本を解き放つには、外圧に頼る以外に道はない。誰もがそう
口にする。その言い分にも一理あるだろう。だが、それでも私は、いつか日本人が
自らの手で古い体質から脱け出し、不要となった黒船に別れを告げる日が来る
はずだと信じてやまない。

↑この著者の目には2002年の時点で日本がこう映っていたらすぃが、
本当に日本社会の表面しか見ていないという感じだな。あるいは、
自分が見たいと思うものしか見ていないのか。

201 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 16:45:56 0
>>197
中世アラブ・イスラーム世界にはおおまかにいって、

(1)イスラームの規範にもとづき、宗教的観点から政治はどうあるべきかを
論じたもの。
(2)プラトンなどギリシア哲学の政治学・国家論をアラビア語に翻訳し
注釈したもの。 理性による「政治とは何か」の探求といえる。
(3)「君主の鑑」と呼ばれる文藝ジャンルで、史話や寓話を引きながら
「政治はどうすればうまくいくか」を統治者に向けて説く。
マキアヴェッリの『君主論』のようなもの。

の3種類の系統があったとされる。
ルネサンス以後のヨーロッパでは(2)と(3)が発達したのに対し、
イスラーム世界では(2)が衰えて(1)と(3)が残ったのでは?

202 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 18:34:26 0
脈絡はないけど引用しときます

政府の臣民が、政府を排斥して解体し<自然>状態に戻り、そして慎重な計画に基づいて、
政府を新たに作り、新しい公職や機関を創設し、その権限を成文化して定める。これらは、
革命の少なくとも法的な意味における本質であり、社会契約の実践であり、人民主権の
主張であった by R・R・パーマー

ロバート・ダール『ポリアーキー』より

人類を惑わす三つの悪徳である狂暴、強欲、野心から〔社会は〕国防、商業、そして政治
を形作り、それによって共和国の力と富と英知が生まれる。すなわち地上の人間を確実に
破滅させる三大悪徳から、社会は市民の幸福を生み出す。この原則は神の摂理を証明する
ものである。私的な実利に完全に没頭している人間の情念は、その英知ある法によって、
人間の社会生活を可能にする市民的秩序に変貌する  by ジャンバティスタ・ヴィーコ

アルバート・ハーシュマン『情念の政治経済学』より

人間は政治においては、常に欺瞞と自己欺瞞との愚かな犠牲者である。そしてありと
あらゆる道徳的、宗教的、政治的、社会的な常套語句、言明、約束の背後に、それぞれの
階級の「利益」をさぐることを学ばぬ限り、常に犠牲者であるであろう by レーニン

ミハイル・ヴォスレンスキー『ノーメンクラツーラ――ソヴィエトの支配階級』より

203 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 20:38:02 0
比較的リベラルな政体を取る国家が
政権を維持するために国民に富を与えることに腐心するあまり
その富を属国・植民地などにも止めてそこでは圧制に走ることはよくある。
大英帝国もまさにそれだし、古くはアテネもそうであった
イアン・ブルマとやらはそれほど珍しくもない現象を
オリエンタリズムないし日本特殊論と勝手に結びつけてるだけではないか。
まず自国の歴史を学ぶことから始めた方がいい。

204 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 21:56:56 0
>>201
うーん、何ともコメントのしようがない。
中世イスラム圏の『学者』がヨーロッパの文献群を分析したら
こんな感じになるのかね。だが近代に繋がる学問とは全く無縁だ。
まぁ、ポストモダン的な社会学者の中にはこんな『分析』をするヤシがいる鴨w
ともかく、
マキャベリとホッブズほどひどく誤解されているヤシもいない。
ただの韓非子ではないからね。
マキャベリの最重要著作は「君主論(Il Principe)」ではなく
「リヴィウス『ローマ史』の最初の10章に関する論考」
(Discorsi sulla prima deca di Tito Livio)
だよ。マキャベリ理解は本来ならまずここから入るべき。
この2冊を読み比べた上で、ホッブズを読んでみると、
ホッブズが何を意図していたのかが良く分かる。

205 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 22:25:32 0
『近代日本の誕生』(イアン・ブルマ、ランダムハウス講談社)

洋学は身の破滅を招くこともあった。しかし、ほとんどの蘭学者には幕府に
反抗する気持ちなどさらさらなかった。ペリー来航で決断を迫られたときに
条約締結を主張した者たちでさえ、そうだったのだ。大半の蘭学者は政治に
関与しないよう気をつけていたし、そもそも政治への関心もなかった。ほぼ
全員が心の底から幕府への忠誠を誓っており、攘夷的な中華思想こそ批判して
いたものの、絶対服従を求める朱子学は正しいと考えていた。シーボルトと
贈り物を交換し、そのため謀反の嫌疑をかけられて獄死した高橋景保ですら、
1825年には日本の海岸に近づく外国船をすべて追い払うべきだと幕府に具申している。


206 :205:2006/10/16(月) 22:37:48 0
ある意味で明治前期の日本は、1980〜90年代の中国とよく似ている。経済改革は
進んでいたが、政治改革が遅れていたのである。それどころか伊藤博文などは、
政治改革を進めすぎると、経済発展政策が狂うと確信していた。
日本はすでに1870年代に近代的市場経済へ向けて動き始めていた・・・しかし、
経済活動の自由には「政府の介入からの自由」は含まれていなかった。政府は、
スローガンにも謳った「富国強兵」を目指しており、強い軍隊を作るのに
欠かせない戦略的に重要な産業を積極的に後押しした。すでに幕末に、日本人は
西欧の専門家に助言を仰ぎながら蒸気船や大砲の製造を開始していた。最初の
製鉄所が建てられたのは1857年のことだ。

207 :205:2006/10/16(月) 22:38:49 0
しかし1880年代になると、財政難にあえぐ明治政府は製糸場や鉄道、セメント
工場など官営工場を民間に払い下げた。これをきっかけに日本でも産業革命が
始まった。時期的にはイギリスより遅いが、ドイツにわずか数年遅れた程度だ。
当初、近代的な企業経営に挑戦しようという覇気のある者は、ほんのわずかしか
いなかった。そのため経済的な富は一握りの企業に集中し、そうした企業が後に
財閥へと成長していった・・・こうした財閥の成長には一定のパターンがあり、
それは現代日本にも色濃く残っている。自由放任市場で大企業間の競争を促す
のではなく、政・官・財が癒着し、重点政策を決定して政府の補助金を与え、
密室談合を行うことで経済を発展させていったのである。

208 :205:2006/10/16(月) 22:50:36 0
一般に日本人は長いものには巻かれる性質で、和をもって貴しとし、権威には
おとなしく従うので、政治には関心がないとされている。こうした主張は昔も
いまも日本内外でよく耳にする。それを考えると、自由民権運動の盛り上がりは
実に興味深い。農村部でも独自に政党が結成されたほか、明治時代には一揆が
頻発している(ただしその矛先は、中央政府ではなく地元の有力者や地主に
向けられることが多かった)・・・一揆の中でも特に有名なのは、1884年に
埼玉県西部の秩父地方で起きた秩父事件だ・・・一連の事件に、「自由」を
標榜する両政党の指導者はショックを受け、これを暴徒と見なして即座に関係を
断った。この行動は両党の性格を如実に表しているが、事態を好転させることは
できなかった。政府からの絶え間ない攻撃に両党とも弱体化して運動への熱意も
失い、1884年に自由党は解党、改進党も活動を停止してしまう。両党とも後に
再興するが、すでに往時の活力はなく、自由党は三井財閥の、立憲改進党は
三菱財閥の御用政党に堕したと評されるようになる。

209 :205:2006/10/16(月) 23:11:28 0
彼〔マッカーサー〕は日本人を子供っぽい民族と見なし、天皇が導かなければ
手をつけられなくなると考えていた。しかし、本当にそうなのだろうか?
皇族たちは当時、天皇は退位して戦争の道義的責任を取るだろうと考えていた。
当時の世論調査から推察すれば、過半数の日本人は大意に賛成したと思うし、
ひょっとしたら退位を喜んだかもしれない。

↑イアン・ブルマは日本人や日本社会の後進性についてさんざん書き立てて
おきながら、天皇が退位しても何も起こらなかっただろうと主張する。矛盾
しているね。イギリス外相のアーネスト・ベヴィンは、第一次世界大戦後、
ドイツから皇帝をなくしたのがヒトラーに道を開くことになったのかもしれない
と語っていたが、ブルマにはこういう視点がまったく見られない。

210 :世界@名無史さん:2006/10/17(火) 00:50:20 0
>>204
マキアヴェッリは「危機に際して独裁政をしくことができない共和国は、
一般的に滅亡することになるだろう」と主張しているが、
中韓の情報・宣伝戦に日本がやられっぱなしであることをふと連想してしまった。
日本の外務省が民主的手続きとやらにこだわって、中国が流すプロパガンダに
有効に反論できなかった例がある。

211 :世界@名無史さん:2006/10/17(火) 21:40:40 0
私たちは、アルモニア〔注:調和〕やシュンメトリアの理念によってギリシャを
理解する習慣にあまりにも染まりすぎている。そのため、アルモニアに達する
までの葛藤の大きさを忘れがちである。のみならず、ギリシャ的世界には、最初から
なんの矛盾もなかったかのように錯覚してしまう。擬古典主義、堕落したアカデミズム
は、つねにそうした錯覚のなかにあったようだ。・・・多理念的な行為が、彼らの
創造を、ひとつの調和に到達させるのであって、一見、唯一の理念のみにかりたて
られたかのように思われるが、それは、結果としてみちびきだされた理念なのである。
ところが、私たちは、あまりにもしばしば、古典の本質を「単純」と誤解しがち
である・・・

212 :世界@名無史さん:2006/10/17(火) 21:41:23 0
それにしても、ギリシアの栄光、その銀色の幸福は、なんと私たちから遠いこと
だろうか。それは、ヨーロッパからでさえ遠いのだ・・・まして、ホメロスも
アイスキュロスも生きようのない日本は、もっとギリシャから遠い。かつて私は、
ある雑誌で、沢柳大五郎氏が、日本人にとってバロック的世界は親しみにくいが、
ギリシャは容易に入ってゆけるのではないかという発言をされているのを読んだ
記憶がある。しかし、おそらくこれは、長くギリシャに親しまれた沢柳氏自身の
印象であって、一般論としては受けとりがたいもののようである。・・・けれども、
あえていうなら、これは膨大な錯覚である。似て非なるもののパラフレーズは
慎まねばならない。・・・ところで、私たちは、これらのギリシャ精神を、一言に
して理想主義と名づけている。しかし、私たちのヴォキャブラリーの中でのこの
言葉は、実現不可能なロマンティスムという言葉とほとんど同義である。時には、
そこにわいざつな滑稽感さえふくませるのである。たしかに、この国では、理想と
現実はあまりにも遠い。その距離感は、絶望の淵に人をつきおとすより前に、
諦めを指示する。だがしかし、ギリシャでは、悲劇的な絶望感を媒介としてでは
あったが、理想と現実、神性と人間性とが、信じがたいほど密接な距離に近づき
あっているのである。とすれば、むしろ私たちは、理想と現実の距離の遠さを
嘆くよりは、その嘆きの弱さを嘆くべきなのかもしれないのだ。

中山公男『西洋の誘惑』 遠い古典世界

213 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 00:58:50 0
>>212
鼻で笑ってしまった。

214 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 02:02:52 0
《イスラーム世界はなぜ後進地域になったのか?》スレの416−423で、
「部族社会というか家産制というか、少数が一族全体の面倒を見るような社会
だと その人間が外圧に屈することは一族の将来が危ないとも見られかねない。
でもって社会がそういう風だと、国家運営自体がその延長上にあるので、
国家指導者が批判の対象になりやすい」
と書かれていましたが、
外交もまた政治であり、その国の体制に影響されずにはすまないものなんでしょうか?

細谷雄一氏は、英国の外交理論家であるアーネスト・サトウの「外交とは、
独立国家の政府間の公式関係における、知性と機転の応用」であり、「軍事力
のみにより国際関係が支配されることを防ぐための、文明により考案された
最善の方法」という言葉を引用しています。

215 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 20:28:21 0
「人間的善・最高善」を目的とする全活動は政治的なものである

あらゆる技術、あらゆる研究も同じくまた、あらゆる実践や選択も、結局は何らかの「善」
を希求していると考えられる。「善」をもって「万物の希求するところ」となした解明の
見事だといえる所以である・・・およそ我々の行うところの全てを蔽うような目的が存在
するならば、明らかにこれが「善」であり「最高善」でなくてはならない・・・はたして
そうだとすれば我々はせめて・・・このような「善」が何であるか、また、それがどんな
学問や能力に属するものなのかを把握することを試みなくてはならない。

このことは、しかし、最も有力な最も棟梁的な位置にあるところのものに属すると考えら
れるであろう。ところで、このような性質をもつと見られるものに「政治」なるものが
ある。というのは国(ポリス)においていかなる学問が行われるべきか、各人はいかなる
学問をいかなる程度まで学ぶべきであるかを規律するのは「政治」であり、最も尊敬される
能力、例えば統帥、家政、弁論などもやはりその下に従属しているのを我々は見るのである。
それは他の諸々の学問を役立てるものであり、さらにまた何をなし、何をなさざるべきかを
立法するものなるが故に、それの目的は他の諸々の学問の目的を包括しており、従って
「人間というものの善」こそが政治の究極目的でなくてはならない。

まことに、善は個人にとっても国にとっても同じものであるにしても、国(ポリス)の善に
到達し、これを保全することの方がまさしくより大きく、より究極的であると見られる。
けだし、もとより善は単なる個人にとっても好ましいものであるが、諸々の種族や諸々の
国にとってはそれ以上にうるわしく神的なものだからである。我々の研究はこうした事柄を
希求するものであり、この意味でそれは一種の政治学的な研究であるといえよう。

アリストテレス『二コマコス倫理学』第一巻より

216 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 01:16:29 0
>>215
アリストテレスが見落としてるのは「善」の反対、つまり「悪」の存在。
政治を倫理学から切り離したマキャベリの洞察はアリストテレスを補完
する思想だと言える。カール・シュミットの「敵・友」理論も過去の
大思想家たちが見逃した政治的側面に光を当てた点で意義深いね。

217 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 17:18:29 0
age

218 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 00:21:52 0
age

219 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 00:41:50 0
ttp://www.diplo.jp/articles06/0610-3.html
西洋思想によって照射された中国思想

例えば、自由の観念を例にとってみよう。西洋において、政治的要請としての
自由の観念の起源はどこに求められるのか。周知のとおり、ギリシャ時代である。
ペルシャの大王という侵略者との戦いに敗れた場合に、ギリシャの都市国家が
失うおそれがあるもの、自由はまずそのようなものとして考えられた。自由
(エレウテリア)の観念は、この戦いの中で、つまり外敵に直面して作り上げられた。
それに対して、諸侯が立ち並ぶ時代の中国は、都市国家時代のギリシャと同様の
状況におかれたことはない。中国の場合は、独立を守るために団結して戦う必要が
なかった。都市国家の崩壊が決定的となった時代のギリシャの哲学者、とりわけ
ストア派の哲学者は、束縛からの解放にこそ人生の目的があると述べ、この要請が
西洋では後世にわたって内面化されていく。同様の内面化の動きが、中国の思想家
に見られることはなかった。

220 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 00:45:41 0
(中略)
しかし、こうした「融通無碍」の下で、自由が展開するいかなる余地が
あるだろうか。自由はヨーロッパにおいて、束縛からの解放を理念として
掲げ、隷属や人間性喪失を拒否することを通じて勝ち取られたものである。
それは政治の「諸形態」の構築によってのみ、成しえることができた。
中国に欠けていたのは、この理念性という背景である。ヨーロッパを
築き上げた理念性は、私たちにはあまりに馴染み深く、疑問に思うこと
すらない。とりわけ私たちは政治的な自由について、プラトンから
モンテスキューにいたるまで(すでにヘロドトスの時代から)、「諸々」
の政体の比較を通じて、それに好意的な政治形態とそれを脅かす政治形態
とを対比させつつ、絶えず考えてきた。中国においてはどうだろうか。
考えられてきたのは君主政、それだけである。天子の善し悪し、秩序の
有無、それ以外にはない。貴族政や民主政といった他の形態を探した
ところで見つかるはずもない。

221 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 04:33:54 0
ガエターノ・モスカ『支配する階級』(1939年)より

小さな社会でも大きな社会でも、外国との争いや戦争にはけ口を見つけると、闘争本能はある程度まで
満足させられ、それだけ市民内部の不和や内紛にそのはけ口を求めることは少なくなる。文明社会の
至る所で発展している政党や哲学的宗派や宗教分派などの性格を詳しく見てみると、最も原始的でいわば
最も「動物的」本能である群棲と闘争の好戦的本能が、別のもっと複雑でもっと人間的な知的・心理的
要因と混じり合っているのが判る。文明のもっと進んだ大きな社会の場合、その社会を結合させているの
はただ道徳的・知的類似性ばかりでなく、複雑で強力な政治組織であり、ここでは、組織の弱い小さな
社会よりもはるかに多くの思索と感情の自由がある。そこで大民族の場合、政治闘争と宗教上の争いは、
首尾よく自己を主張できる観念や信条や愛情の多くの流れによっても決定される。つまり各個人の信条や
感情が色々な形で溶かされ鍛え上げられる様々な知的・道徳的坩堝の形成によっても決定されるのである。

例えば仏教はバラモン社会で発展した。預言者やのちになってはサドカイ教徒、エッセネ派、熱狂派の
様々な宗派はイスラエルの生活を沸騰させた。ストア学派、マニ教、キリスト教、ミスラ神崇拝はギリシャ
=ローマ世界の指導権を争った。マニ教を修正し、富と女性の共有を説く共産主義に著しく傾斜している
ゾロアスター教はササン朝ペルシャを圧倒した。回教はアラビアに端を発し、アジア、アフリカ、ヨーロ
ッパへと急速に発展した。これよりはもっと合理的な近代ヨーロッパ文明の性格に合わせて作られている
ものの、これと全くよく似た現象は、19世紀の自由主義と急進主義、そしてそれ以上に社会民主主義である。
社会民主主義は自由主義とほとんど時を同じくして出発したが、人々を改宗させる影響力は自由主義よりも
長く持続している。そこでそれは19世紀の場合と同じく、20世紀においても依然として一つの最も重要な
歴史的要因であろう。今名を挙げた運動の他に、文明民族の歴史の中にその他多くの群小の思潮を追い求め
ることもできよう。これらの教義は多かれ少なかれ幸運にも広く普及したが、いずれにせよ人間の心の中に
深く根ざしている闘争、自己犠牲や迫害の本能を養い育てるのに役立ったのである。

222 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 04:36:01 0
(続)

このような教義、このような観念や感情や信条の流れは、全てなぜか同じような仕方で生起しているように
思われる。そしてそれらは当初ある一定の特徴を示しているように思われる。人間は自分の情熱や他人の
情熱を取り扱うのにあまりに弱い被造物であり、しばしば必要以上に利己的となり、一般にねたみやすく、
とるに足りないものである。しかし同時に人間が二つの大きな熱望を抱かないということはほとんどない。
この二つの熱望は人間を高貴にし、高め、純粋にする。すなわち人間は第一に真理を求め、第二に正義を
愛するのである。そして時として人間は、そうでなければ自分の情熱や物質的利益を満足させることができ
たはずなのに、あえてこの二つの理想のためにその満足の一部を犠牲にすることができる。文明人は未開人
や野蛮人に比べるとはるかに複雑で感受性が強く、ある場合には、真理を求め正義を愛するというこの二つ
の感情の非常に繊細な観念のために立ち上がる。

ある社会のある一定の歴史的時期に、ある個人が真理の探求に関して新しいことを発見したとか、正義を
もっとよく実現するためにもっと崇高な説を唱えることができると確信して立ち上がるということがある。
このような人が性格的に恵まれている場合、しかも周囲の条件が整い、その他多くの条件が偶然にも幸い
した時、この人は広く世界中に枝を広げる木を育てる種子のようなものである。


223 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 04:38:44 0
(続)

・・・古代からの教義や信仰はずっと以前から確立されており、従って伝統をもち、その活動分野は周りが
しっかりと守られ固定されている。その場合には一般的に、個人がこれらの教義を受け入れ、自分の周りに
作られている組織に入るのは生まれた環境が決定する。例えばドイツやアメリカ合衆国では自分が生まれた
家族の宗派に従って、大抵はカトリックかプロテスタントかユダヤ教である。スペインやイタリアでは宗教心
のある人は必ずと言っていいほどカトリックである。しかし一国で多くの異なった教義がまだ形成の途中に
あり、活発なプロパガンダが行われており、信者獲得競争が一進一退を続けている所では、普通の知性をもつ
個人の選択は、一部分は偶然で一部分はプロパガンダを実行する能力の結果生まれる環境全体に依存する。

例えばフランスでは、思想形成の時期にある若い人たちは、自分の父親や学校の教師や級友の観念がたまたま
与える大きな影響力に応じて、保守主義者になったり急進主義者になったりする。若者の一般的な思想がまだ
可塑的で、主に感情に駆り立てられたり、あるものやある人を愛したり憎んだりする必要だけを知っている時、
手にした書物とか毎日接している新聞とかが彼のその後の生活の傾向全体を決定する場合がある。多くの人々
にとって、政治上、宗教上、哲学上の意見などは、本当はどうでもいいことなのである。青春の最初の輝きが
過ぎ、実際的な職業に携わる「ビジネス」の年齢に達すると特にそうなる。だから、ある程度まで怠惰から、
ある程度まで習慣から、そして一部分間違った誇りといわゆる性格の一貫性によって、人間はしばしば、自分
の利害と大して衝突しなければ、自分が青春の衝動の瞬間に抱いた教義を一生涯もち続けて果てるのである。
そしてそれにはあまり精力も費やさず活動もせず、実際的人間なら大抵それを「理想」と呼んで別にしまって
おくのである。

224 :世界@名無史さん:2006/10/27(金) 13:35:43 0
age

225 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 01:28:19 0
古代ギリシアの僭主は、現代でいえば開発独裁国家の為政者みたいなもの?
ペイシストラトス時代のアテネや、ぺリアンドロスの時代のコリントスは、
経済・産業が発展した時代でもあった。

226 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 22:39:55 0
あげ

227 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 20:44:04 0
age

228 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 14:22:33 0
age

229 :世界@名無史さん:2006/12/11(月) 10:03:03 0
ttp://d.hatena.ne.jp/kagami/20061013
トム・ホランド「ルビコン 共和政ローマ崩壊への物語」

欧米諸国が民主主義の伝統を誇る時は、決まってアテネのことしか口に
しない。でも私達は、善かれ悪しかれ共和政ローマの伝統も受け継いでいるのだ。
実をいうと、私は本書のタイトルを「市民達(citizens)」にするつもりだった。
残念ながら別の人がもう使っていたのであきらめたけど。このタイトルにしたかった
のは、本書の主人公が市民で、共和政崩壊の悲劇は市民の悲劇にほかならない
からである。ローマ人も、結局は古くからの徳目(個々の自由と独立)を守る
のに嫌気がさし、自分の頭で考えるよりも人の言うことを聞いてのんびりする方
が気楽でいいと思うようになった。いつ決着がつくかわからない内紛よりも、
パンとサーカスの方がいいというわけだ。ローマ人も気づいていたが、
彼らの自由には自滅の種(人心の荒廃)がやどっていた。

230 :世界@名無史さん:2006/12/20(水) 18:22:00 0
age

231 :世界@名無史さん:2007/02/13(火) 16:17:34 0
sage

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