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偉大なるフン族を讃えよう

1 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 18:12:05 0
初めて欧州人を震撼させたフン族を讃えよう。


2 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 18:33:27 0
ふ、ふんっ!別にあんたに会いたくて攻め入ったわけじゃないんだからねっ!!

3 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 18:38:14 0
フン族って騎馬戦が得意なだけの好戦的な族だろ。


4 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 18:41:09 0
アッティラだっけ

5 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 18:47:07 0
関連スレ

匈奴=フン
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1137415206/
なぜ好戦的なゲルマン人がフンに追われたの?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1122916785/

6 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 19:03:04 0
みんなのアイドル・アッチラ大王

7 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 19:28:43 0
そこでブレダですよ

8 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 20:06:29 0
やっぱバラミールでしょう。

9 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 22:33:11 0
糞族w

10 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 22:48:01 0
フン族=ドイツ人=偉大

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/20(金) 22:54:42 0
別に個々が強かった訳でもね〜し、それなら元祖遊牧騎馬民族のスキタイ人の方が強い。

12 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 00:29:30 0
海の民については近年そのショボさが明るみに出ていますが、
フン族についても似たような動きはあるのでしょうか。


13 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 05:54:37 0
匈奴とフン族の同一論拠

@ 族名の類委

A 民族性の一致

B 匈奴西遷の時期・経路とフン族欧州出現時期・地点の一致

C 共にアルタイ語を使用したらしいこと

D フン侵入期にロシア語へ多くのアルタイ語が輸入されたこと

E 考古学的に匈奴の欧州西移があとずけられたこと

F 『魏書』西域伝にフンのことが匈奴の名で記載されていること

「アッチラとフン族」4Pより

しかし、著書の中では同一説には否定的な見解が多い。しかし、フン族はバイカル湖
周辺から移動してきた民族との見解。

14 :世界@名無史さん:2006/01/22(日) 05:45:58 0
おれはフン族ファンだよ。

15 :世界@名無史さん:2006/01/22(日) 23:37:31 0
えらい長距離移動してきたんだね。

じゃ基幹となる社会や文化、文明がしっかりしていたはず。
なんで移動したの?

16 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 00:48:54 0
バイカル湖周辺で暮らしてると、ときどき移動したくなるんだ。

17 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 02:56:23 0
移動する文化だからでしょ。

18 :ジーモン ◆.5DV4fMpf6 :2006/01/23(月) 03:08:57 O
糞族(゚听)イラネ
カタラウヌムで惨敗、アッティラの死で瓦解(^Д^)プギャー

19 :アッティラ:2006/01/23(月) 06:35:32 0
鼻血ブー

20 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 11:55:40 0
>>15

短期間に長距離移動してきたわけではないそうだ。
およそ300年くらいの年月をかけて移動。出発時と欧州出現時ではべつもの
になっていただろうね。

21 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 12:06:08 0
>>16

寒いからね。

22 :世界@名無史さん:2006/01/24(火) 15:58:03 0
フンはなぜ「フン族」と呼ぶ場合が多いのだろか?
アヴァールは「アヴァール人」と呼ぶ場合が多い。
なぜだ?

23 :世界@名無史さん:2006/01/24(火) 21:48:56 0
「フン」=「人」という意味があるから
「人人」じゃゴロが悪いからだったりして。

24 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 00:21:32 0
ゴビ砂漠

25 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 15:28:26 0
族というと如何にも野蛮人という感じが出るね。
やっぱフン人よりフン族の方が呼び名としてはピッタリ。

26 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 21:17:39 0
ゴート族?ゴート人?
ヴァンダル族?ヴァンダル人?
フランク族?フランク人?

27 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 23:18:49 0
フン人だと語呂が悪いから。

28 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 13:24:57 0
蛮人というより蛮族といった方がよいからね。
だからフン族。

29 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 20:16:05 0
>>23
なら「アイヌ」も「人」という意味だからアイヌ人は「人人」になる。


30 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 22:54:01 0
スキタイのタイは複数形で、スクは「人」の意味だったかと。
スキタイはスク族という意味で、中央アジアのサカ族と同じ。
サカ族とスキタイという言葉を何の疑問ももたずに平行して使っているが、
もう慣例なので、しかたがないでしょう。
「チムール帝国」という言葉が純粋に歴史学用語なのと同じ。
漢帝国とかローマ帝国だと、一応それに相当する、大漢とか、インペリウム・ロマーヌム
という言葉があるが、チムール帝国ってなに?すまん、話がずれた。

31 :世界@名無史さん:2006/01/27(金) 23:51:22 0
つか、日本でそう言っているだけだから
大きな問題は無いだろ。

32 :世界@名無史さん:2006/01/28(土) 06:17:52 0
ところでフン族はモンゴル系?

33 :世界@名無史さん:2006/01/28(土) 06:23:50 0
毎度の話だが、形質的特徴で「モンゴロイド」のことを
言っているのか、言語・民族系統で「モンゴル系」のことを
言っているのか、はっきりしなはれ。

34 :世界@名無史さん:2006/01/28(土) 09:50:23 0
>>29
> >>23
> なら「アイヌ」も「人」という意味だからアイヌ人は「人人」になる。

では伝統に則って、エミシということで。

35 :世界@名無史さん:2006/01/28(土) 11:25:01 0
>>29
北海道では「アイヌ人」という言い方を避け、「アイヌの人」という傾向がある。
不思議に思って聞いてみたら、
(1)アイヌは人という意味だから人人になるのでおかしい
(2)エスニシティを表示するときは「〜人」を使わない
というとても納得できない答えが返ってきた。
真相は謎。案外、単に「アイヌ人」が差別に使われた呼称だから避けられてるのかも知れない。

>>34
アイヌ側はウタリと呼んで欲しいみたいだが。

36 :世界@名無史さん:2006/02/01(水) 09:47:18 0
もっとフン族を讃えろよ。

37 :世界@名無史さん:2006/02/01(水) 09:49:15 0
>>30
「あのキュレゲンの王朝」みたいな言い方はないの?

38 :世界@名無史さん:2006/02/02(木) 00:12:28 0
キュレゲンの王朝、ってなんとなくいいかんじ。


39 :世界@名無史さん:2006/02/10(金) 21:41:59 0
まあ、欧州を古代から中世への扉を開いたというフン族功績は偉大だな。

40 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 00:22:35 0
モンゴルでさえ到達できなかった西欧まで攻め込んだんだもんなあ。

41 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 00:24:04 0
フン族ってコーカソイドだろ?
匈奴もコーカソイドだった説がある。


42 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 05:53:11 0
>>41

フン族の墓からは背の低いモンゴロイドの骨が出土するそうだ。

43 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 12:14:00 O
アッティラが肖像で冠被ってるのって西欧人が自分達の尺度で書いたからだよね?
匈奴があんな冠被るとは思えん

44 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 12:27:25 0
戦勝記念に、征服した国の王から奪った王冠かも知れないぞw

45 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 13:21:57 0
>>42
当時はヨーロッパ人も背が低かっただろ。

46 :世界@名無史さん:2006/02/13(月) 23:18:29 0
>>43

結構長い年月をかけて移動しているから習俗なんて変化して当たり前。
例えフン族が匈奴であったとしても、東アジアにいた頃とはかなり違った文化に
変容していただろう。

47 :世界@名無史さん:2006/02/13(月) 23:52:05 0
>>43
遺物の調査によると、匈奴=フンは、4世紀後半に、中央アジアから
一気に南ロシアへと拡大している。だから風俗は、少なくとも
4世紀前半に中央アジアにいた頃とあまり変わっていないはず。
とはいえ、アッチラが冠かぶってる絵をみたことないのでなんともいえないが。
(昔みた「アッチラ」という映画では、完全に辮髪、モンゴル人が着ているようなベストで、
どうみても、モンゴルっぽかった)。

48 :世界@名無史さん:2006/02/15(水) 05:45:58 0
>>45

現在の基準じゃないだろ
5世紀水準のモンゴロイドという意味だと思う。

49 :世界@名無史さん:2006/02/15(水) 08:58:14 0
>>47
2週間ほどアメリカ行ってきただけの奴が、すっかりアメリカンになって帰ってきたり、
3年前にアメリカ永住権を取った韓国人夫婦が、
生まれた子供に「チャールズ」と名づけたりするのはよくあることで。

50 :世界@名無史さん:2006/02/15(水) 23:34:22 0
人外の夫婦を例に出されてもねぇ。

51 :世界@名無史さん:2006/02/17(金) 06:01:34 0
黒いフン族、赤いフン族とは何?

52 :世界@名無史さん:2006/02/18(土) 02:17:10 0
>>51
血便。

53 :世界@名無史さん:2006/02/18(土) 06:00:20 0
>>51
黒フン=硬便

54 :世界@名無史さん:2006/02/19(日) 12:20:36 0
スミ子姐さんがキレて叫ぶと、二階からゾロゾロ出てきたよね <<赤フン族

55 :世界@名無史さん:2006/02/21(火) 10:39:40 0
バラミールってどんな人?

56 :世界@名無史さん:2006/02/25(土) 07:03:34 0
フン族で最初に名が知れた首長?

57 :世界@名無史さん:2006/02/25(土) 08:00:34 0
>>50


58 :世界@名無史さん:2006/02/27(月) 21:33:53 0
フン族とエフタルと関係はあるの?

59 :酔鯨ジョーカー土佐守ジーモン ◆.5DV4fMpf6 :2006/02/27(月) 21:38:24 0
糞族、カタラウヌムでアボーン、テラワロス

60 :世界@名無史さん:2006/02/28(火) 03:21:42 0
エフタルは他称で「白フン」「フーナ(エフタルと別という説もある)」
と呼ばれていて、「フンと名前が似ている」という共通点があるだけで
他にはフンや匈奴と結びつく点はない。

その辺の連中ではキオン(Chion/Xyon)という勢力が、粟特国を占領した
という匈奴と同じ勢力ではないか?と言われている。

61 :世界@名無史さん:2006/03/01(水) 06:31:07 0
>>60

確かにあまり関係がないような気がする。

62 :世界@名無史さん:2006/03/02(木) 07:30:27 0
>>59

実際にフン族が力を失ったのはイタリア遠征の失敗とアッチラの死去。
その翌年のゲルマン連合軍との戦いでの敗戦。

63 :世界@名無史さん:2006/03/02(木) 07:36:44 O
マジで?

64 :世界@名無史さん:2006/03/02(木) 13:14:30 0
アッティラの死後フン族に反旗を翻しアッティラの部族を潰滅させたゲピート族だが、
即行でモンゴル系と思われるアヴァール族に皆殺しの報復を受け潰滅した。


65 :世界@名無史さん:2006/03/03(金) 00:47:17 0
おまいらエンパイアしすぎw

66 :世界@名無史さん:2006/03/04(土) 21:31:46 0
フン族はバイカル湖周辺から移動してきたって本当?

67 :世界@名無史さん:2006/03/04(土) 21:53:37 0
そんな話が書いてある史料はない

68 :世界@名無史さん:2006/03/05(日) 21:35:56 0
>>67

「アッチラとフン族」という本には書いてありますだ。

69 :世界@名無史さん:2006/03/05(日) 22:25:03 0
>>68
だからそれはアンビスさんが唱える仮説でしょ。
本人も言ってるけど、根拠は全くない希望的推測。
アンビス本人は「匈奴→フン」ではないと考えてるよう。

70 :世界@名無史さん:2006/03/05(日) 23:11:34 0
>>66
というかどこでそれを聞いたのかね?

71 :世界@名無史さん:2006/03/05(日) 23:56:59 0
>>30
スラヴは昔スクラヴァと呼ばれていたらしいが、この語幹はスク。

サカと似ているが、スキタイと関係あるの?

72 :世界@名無史さん:2006/03/06(月) 04:21:12 0
大まかにアッティラの帝国の版図の西側はアヴァール、東側はハザールに占められた。

73 :世界@名無史さん:2006/03/06(月) 18:27:59 0
>>71
スラヴの祖先の一つがスキタイであることはほぼ間違いない。
スラヴは基幹となる祖先集団(プロトゲルマンと同じ集団?)にスキタイなどのステップ系集団が混血したもの。
スラヴ=スキタイではないと思う。

74 :世界@名無史さん:2006/03/08(水) 05:14:45 0
フン族の移動経緯

バイカル湖周辺→中央アジアに到達→アラン族襲撃→東ゴート族襲撃→パンノニア到達

75 :世界@名無史さん:2006/03/08(水) 18:02:47 0
メルカトル図で見ると蒙古高原からバルト海ってすげー遠く見えるが
世界は球体で高緯度地帯は急に細くってなっているから、実際の距離は
すげー短い。しかも、中緯度地帯のような高山もない、だだっぴろい
野っぱらが続いているから、寒い時期を除けば馬や徒歩で行きやすい。

76 :世界@名無史さん:2006/03/09(木) 19:52:36 0
>>75

モンゴルがロシアを容易に攻略できたのは、冬場は川が凍結して騎馬が簡単に
川を渡れたからだそうだ。モンゴルの連中は寒いモンゴル高原で野宿している
連中なのでロシアの冬は苦にならない。むしろ暑い方が苦手みたいだ。アッチラ
のイタリア遠征の失敗も夏場のイタリアの暑さによるところも大きい。

77 :世界@名無史さん:2006/03/13(月) 19:15:44 0
フン族って不思議だね。

78 :世界@名無史さん:2006/03/16(木) 09:50:14 0
フン族滅亡は何時なの?

79 :世界@名無史さん:2006/03/19(日) 21:19:12 0
ゆうべの11時半ごろだったよ。

80 :世界@名無史さん:2006/03/19(日) 22:35:32 0
ニュース速報流れてなかったね。

81 :世界@名無史さん:2006/03/20(月) 10:56:43 0
アッチラ死後は分裂状態、部族単位で東ローマに侵入したりしたが、あまり成果が
無かった。アヴァールにより討伐・同化して消滅。こんな感じかな?

82 :世界@名無史さん:2006/03/21(火) 13:53:05 0
どっちかというと、ブルガール、ハザールに吸収されたのが
多いんじゃないかな。ブルガール王家はアッティラ王家の後裔
という系譜を持ってるし。

83 :世界@名無史さん:2006/03/21(火) 22:04:20 0
フン族の墓からは背の低いモンゴロイドの人骨が出土しているそうだ。
やっぱ起源はバイカル湖周辺?

84 :世界@名無史さん:2006/03/21(火) 23:23:18 0
↑こういう馬鹿のフリして、同じ主張を繰り返す
プロパガンダくさい書き込みはウザイ。

85 :世界@名無史さん:2006/03/22(水) 13:00:35 0

             /;;;;;;;;;;;;;\
            /;;:::::::::::::::::::::::\
       ∈=━/,,;;:::::::::::::::::::::::::.;ヽ━=∋
            L::;;,__     ..:::ゝ
          //;;;;::::::.. ̄ ̄ ̄ ̄..::::;;;ヽ
          / ;;;;;;;;:::::::::::;;;;;;;;;;;;;::::::::;;;;; ヽ
         /j/三三三三三三三三三三ヾ、
         l::||::::              |l  
        / ̄\ ヽ-=・=-′ヽ-=・=-′ ||  
      r┤    ト::::: \___/     ||     
     /  \_/ ヽ:::.  \/    ,ノ   
      |   _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
      |   _)_ノヽ\  ハ // /    ヽ   
     ヽ____)ノ      ̄ ̄ ̄   /     ヽ、

    フン族は中華起源アル、よってヨーロッパは中華の属国アル

86 :世界@名無史さん:2006/03/23(木) 21:03:12 0
匈奴とフン族の同一論拠

@ 族名の類委

A 民族性の一致

B 匈奴西遷の時期・経路とフン族欧州出現時期・地点の一致

C 共にアルタイ語を使用したらしいこと

D フン侵入期にロシア語へ多くのアルタイ語が輸入されたこと

E 考古学的に匈奴の欧州西移があとずけられたこと

F 『魏書』西域伝にフンのことが匈奴の名で記載されていること

「アッチラとフン族」4Pより

しかし、著書の中では同一説には否定的な見解が多い。しかし、フン族はバイカル湖
周辺から移動してきた民族との見解。


87 :世界@名無史さん:2006/03/23(木) 22:06:06 0
またこれかよ。『アッチラとフン族』p.4の丸写しだろ。

一見たくさん証拠があるように見えるが、1・2・4・5あたりは
通常一項目でまとめられるようなことを4つに分けてるだけだし、
3と7も同内容を2項目に分けている。

『魏書』西域伝粟特国条は、今では「フン=匈奴」説の論拠としては
使えないんだってば。


88 :世界@名無史さん:2006/03/24(金) 05:59:21 0
>>87

どうして?

89 :世界@名無史さん:2006/03/24(金) 18:20:27 0
ヒマ人って部族が居るらしい

90 :世界@名無史さん:2006/03/24(金) 21:16:14 0
>>89

2ちゃんねる部族の人のことですか?

91 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 06:41:41 0
>>88
ヒルトや内田吟風が「フン=匈奴」説の論拠に使っている
『魏書』西域伝粟特国条は、有名なわりに読んでいる人は
少ないと思うから、まず全文を貼っておく。

粟特國在葱嶺之西、古之奄蔡、一名温那沙、居大澤、
在康居北西、去代一萬六千里、先是匈奴殺其王、而有其國、
至王忽倪巳三世矣、其國商人先多詣涼土販貨、及克姑藏、
悉見虜、高宗初粟特王遣使請贖之、詔聴焉、自後無使朝献

これをヒルトや内田が読むと「クリミア半島スグダク(粟特)にいた
アラン(奄蔡)をフン(匈奴)が征服した」話になるらしい。


92 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 06:42:24 0
粟特国は437〜479年に7回北魏へ使節を派遣している
(『魏書』本紀より。上記の「自後無使朝献」という記述は
明らかに誤り)。

『魏書』西域伝粟特国条は、437年に西方に派遣された董[王宛]・
高明の情報に加え、粟特国使節が伝えた情報を元にしていると
思われる。

これはアッティラ時代〜その死(453)直後にあたる。

93 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 06:43:17 0
もしも粟特国がクリミア半島のスグダクで、これを征服した匈奴が
フンであるならば、その使節がアッティラの名前やその華々しい
戦績について全く伝えない、なんて考えられない。

なのに、伝えているのはそれより百年も前(4世紀半ば)の「奄蔡
(アラン)を討った」というフン勃興期の事件だけ。この事件に関しても、
直接そう語っているわけではなく、「(匈奴に征服された)粟特国の
旧名は奄蔡」(これは誤りという説が有力)と言っているだけ。

94 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 06:43:52 0
本文には、涼州に来ていた粟特商人に関する記事もあるが、
これは当然ソグド商人のこと。クリミア半島から盛んに商人や使節が
来ていたにしては、西方の情報があまり伝わっていない。
それに商人がその後プッツリ来なくなって、後世にその形跡すら残っていない、
というのも変。その後も継続的に活動していたソグド商人とみるのが妥当。

4世紀半ば(と推測される時期)に粟特国(ソグディアナ)を征服した
匈奴が何者か?という話は決着しているわけではないが、榎一雄が
提案しているキオン(Chion/Xyon、同時期4世紀半ばにササーン朝と
戦ったり連合したりしていた勢力)と同一視する説は、かなり有力と
思われる。

ではこのキオンが西遷した匈奴とどういう関係か?というのはわかって
いない。西遷した致支単于の一党とか北匈奴の後裔という可能性は
あるだろうけど、集団の民族構成はかなり変化(ペルシア化?)していたと
思われる。

95 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 06:44:31 0
細かい話は他にも色々あるけど、少なくとも「フン=匈奴」論者は
白鳥庫吉や榎一雄の反論にきちんと答えていない。反論の存在にさえ
触れないことが多いし、それじゃ負けを認めたようなものだよ。

とはいえ、これで「フン=匈奴」の可能性が積極的に否定されるわけ
じゃなく、単に、『魏書』西域伝粟特国条は「フン=匈奴」説の論拠として
使えない→これを論拠とした「フン=匈奴」説は根拠薄弱、という
だけのこと。

「フン=匈奴」論者は他にいろいろある資料を使って主張すれば
いいだけの話。十分目はあると思うよ。ただしここ数十年は、これと
いって目立った新発見がないから、のんびり待つしかなさそうだけど。

96 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 10:21:55 0
『アッチラとフン族』35Pより(要約)

彼らはおそらくバイカル湖周辺から来たと思われる人間集団であり、匈奴の首領
たちから逃れるため、アンガラ川流域の森林ステップ地帯を深く入り込み、ある
いはテゥーヴァ地方に向かったのだろうということである。そこから西に行進し
て、ついにウラルステップ地帯に達したのであろう。このような動きは前2世紀
から後175年くらいまでの350年を要して行われた。

97 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 21:07:04 0
>>96
これ、ルイ・アンビスが根拠もなく勝手に思ってるだけだろ。
この本以外では聞いたことない。

・バイカル湖周辺から来た
・匈奴の首領たちから逃れ
・アンガラ川流域の森林ステップ地帯を深く入り込み
・テゥーヴァ地方に向かった
・ウラルステップ地帯に達した
・前2世紀から後175年くらいまでの350年

このうち、どれか一つでも文献に記述があるものがあるかな?
全部推測(妄想)でしょ。そりゃ可能性はないことはないだろうけど、
本に書くような話じゃないと思うな。

98 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 21:24:45 0
まあ、フン族欧州侵入以前の話しは全部推測でしかないのも事実。

99 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 22:04:36 0
フン族はあっちこっち動き回る 今なら学習問題児だね

100 :世界@名無史さん:2006/03/29(水) 05:44:13 0
>>99

でもフン族は新しい時代への扉を開いたからな。
問題児は歴史を作る。

101 :世界@名無史さん:2006/03/29(水) 06:10:49 O
素人です!!

フン族=モンゴル人なの?(>_<)

102 :世界@名無史さん:2006/03/29(水) 21:22:22 0
いちばん謎なのはフン族がアラン族を襲撃するまでは、これといった記録がないこと
なんだよね。フン族とアラン族はもともと接していたのか、フン族が移動途中で衝突
したのか不明。フン族が中央アジアに長く滞在していたのら、周辺の諸部族や国との
交戦があってもよいのにその記録が無い。移動途中でアランと交戦したのなら北アジ
アから移動してきたという可能性は高い。まあ、バイカル湖周辺からという可能性も
ないわけではない。匈奴の傘下だった部族が西遷したという可能性もある。ただあま
りに記録がないところを見ると、北モンゴルからシベリアいた連中が移動して中央ア
ジアに登場したというのはあながち見当外れとは言えないかもしれない。人通りが多
いところ移動したならなんらかの記録ある可能性が高い。

103 :世界@名無史さん:2006/03/31(金) 21:18:55 0
>>101

フン族はモンゴロイドだそうです。

104 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 19:22:49 0
>>92
よく見たら太武帝時代の太延元年(435)の遣使を見逃していた。
よって都合8回になる。他にも「…等諸國並遣使朝献」という記述が
たくさんある。その中に粟特国が入っている可能性もあるので、
8回以上、と言っておくのが安全か。

105 :世界@名無史さん:2006/04/07(金) 20:54:36 0
匈奴とフン族の類委点と相違点を整理できる人いる?

106 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 05:53:43 0
フン族

107 :世界@名無史さん:2006/04/13(木) 18:39:57 0
ゲルマン人に野蛮人といわれるフン族って

108 :世界@名無史さん:2006/04/14(金) 17:59:40 0
>>107

凄く勇猛だったんだね。

109 :世界@名無史さん:2006/04/14(金) 19:03:22 O
糞族?

110 :世界@名無史さん:2006/04/17(月) 06:27:34 0
フン族は接近戦になると投げ縄を使ったらしいな。

111 :世界@名無史さん:2006/04/19(水) 09:04:23 0
>>97

フン族≠匈奴という立場ならあながち間違いとは言えない。まあ、バイカル湖
周辺かは別にしても、東シベリア方面からやって来たという公算は非常に高い。
モンゴル高原や中央アジアから移動を開始した連中なら周辺諸国になんらかの
記録がありそうである。フン族は城塞を攻撃する術を知らなかったということ
なので、匈奴とはちょっと違うような気もする。フン族は匈奴と軍事組織が似
ているとのことなので、なんらかの関係や影響を受けやすい地区が発祥という
公算は高い。そうすると発祥地は東シベリアかモンゴル高原の北方あたりか。

112 :世界@名無史さん:2006/04/20(木) 00:36:53 0
アッティラがカタラウヌムで大敗したというのはローマ側の粉飾の疑いがある。


113 :世界@名無史さん:2006/04/21(金) 00:34:54 0
発祥というのはある程度の似通った遺伝形質の規模を持った集団ていうこと?
それとも、文化的にユニークな集団てこと?

114 :世界@名無史さん:2006/04/21(金) 06:21:05 0
>>113

コアのフン族が移動を開始した地点じゃない?

115 :世界@名無史さん:2006/04/25(火) 05:08:32 0
>>112

フン族は文字がないからフン側の記録はないからな。

116 :世界@名無史さん:2006/04/29(土) 20:13:39 0
アッチラバンザイ

117 :世界@名無史さん:2006/04/29(土) 20:18:40 0
ブレダが弟?兄貴?

118 :世界@名無史さん:2006/04/30(日) 06:28:25 0
>>117

兄貴だったような。

119 :世界@名無史さん:2006/04/30(日) 10:34:30 0
( ^ω^)フン族すごいお

120 :世界@名無史さん:2006/04/30(日) 20:11:03 0
ウガンダだかソマリアの虐殺された方のスレだとおもた。

121 :がいやまん:2006/05/04(木) 11:35:31 0
漢を制圧した冒頓単于は月支も制圧している。漏れは松尾大社を冒頓大社、
秋田の唐松神社は冒頓神社と詠むべきではないかと見ている。ケレクスル、
メンヒルを見れば匈奴文化が読み取れるし、松尾大社は鏑矢、例の、冒頓が
父を射殺する故事にちなんだものだろう。

122 :世界@名無史さん:2006/05/04(木) 13:23:30 0
>>121
トンデモハケーン

>>120
ブルンジで虐殺されたのはフツ(Hutu)。

123 :世界@名無史さん:2006/05/04(木) 15:14:10 O
アッチラのフン軍の実質的参謀
東ゴート人のヴァラミール、ティウディミール、ヴィディミールのアマレル家の3兄弟
ゲピート人のアルダリック
彼らはアッチラ死後、離反し独立
フン族の残党はウクライナ南部のステップに駆逐された

124 :世界@名無史さん:2006/05/07(日) 11:36:47 0
>>5
>関連スレ
というより、明らかに、上のは日付とスレ趣旨文>>1からして、先発重複スレだろ。
1 :世界@名無史さん :2006/01/16(月) 21:40:06 0
フンフンフフン〜♪
匈奴=フン 2006/01/16-
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1137415206/

125 :世界@名無史さん:2006/05/07(日) 11:43:53 0
シビル族って、フンの一派だったのか?
47 :世界@名無史さん :05/03/05 20:54:27 0
>>41
フンの一派でブルガールやハザールと近縁の部族Sabir/Seberと
シビル→シベリアが関係あるらしいことはわかっているが、
鮮卑とSabirの関係を示す証拠はないだろ・・・・
鮮卑はトルコ民族か?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1108895458/47

126 :世界@名無史さん:2006/05/07(日) 12:34:47 0
76 :世界@名無史さん :2005/08/30(火) 11:13:51 0
>>74
畏らく、ウズベキ人が匈奴の末裔かも知れない。
コーカソイドの要素が濃いし、アーリア化したタタールともいわれている。
また商業的な遊牧民だから、タタール化したイラン系タジク人とは紙一重かも。
自分の思考では、カザフが元来のモンゴロイドとなると、多分13世紀頃に
南ロシアのヴォルガ河に定住したキプチャック族の末裔かも知れないなと。
たまたま、同じトルコ語派のウズベキ族の部族集団に合流して、そのグループと
して属したのかも。多分、16〜17世紀頃に遊牧至上・商業至上のことで揉み合い
になり、憤激したカザフがウズベキ族の集落から離脱したのかも知れない・・・・
テュルク系民族を語る
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1121937215/71-76

127 :世界@名無史さん:2006/05/07(日) 12:49:23 0
>>82
>ブルガール王家はアッティラ王家の後裔という系譜を持ってる・・・
アッティラの息子たちの誰の後裔と?ブルガールの活動が
史上に出だしたのは、アッティラの死からかなり後代で
なかったか?

128 :世界@名無史さん:2006/05/07(日) 13:31:19 0
64 :世界@名無史さん :03/09/12 22:09
>59
ちなみに
頭曼 Deuman
冒頓 Baghdur
という推定があって、この辺から匈奴は
原トルコ・モンゴル系か?という説がある。
中国史における遊牧民の歴史
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1056866040/59-66

129 :世界@名無史さん:2006/05/09(火) 20:20:56 0
>>125

フン族はバイカル湖周辺出身かもしれないからな。

130 :世界@名無史さん:2006/05/10(水) 01:25:35 0
>>129
バイカル湖周辺出身を持ち出すと、新モンゴロイドの後裔は、皆そこ
出身になってしまい、無意味。

131 :世界@名無史さん:2006/05/10(水) 06:02:30 0
>>130

モンゴロイド皆兄弟。
フン族も日本人も?

132 :世界@名無史さん:2006/05/11(木) 00:57:52 0
うん

133 :世界@名無史さん:2006/05/11(木) 03:06:10 0
>>130

アルタイ語族という奴だな。

134 :世界@名無史さん:2006/05/13(土) 06:16:39 0
ところで、匈奴とフン族が同一とする根拠は何だろう?

135 :世界@名無史さん:2006/05/13(土) 06:43:22 0
馬鹿のフリして、同じお題目の繰り返しを誘発
(もしくは自演)するのはやめな。資源の無駄だよ。

136 :世界@名無史さん:2006/05/13(土) 08:21:18 0
俺の学生時代は「玉突き移動説」ってのがあったがw

匈奴が西に向かったせいで次々と各遊牧民族が西に向かい、最終的にフン族が欧州に攻め込んだ、と。

モンゴル語とトルコ語では全く違う言葉だし、モンゴルの影響がスラブ語に見られないことからこんな説が生まれたんだろう。
俺は真相には興味ないけどw




137 :世界@名無史さん:2006/05/13(土) 18:50:44 0
>>135

歴史なんて過去のことなんだからそうそう新しいネタなんてないだろ。
硬いこと言いなさるな。

138 :世界@名無史さん:2006/05/16(火) 10:34:27 0
>>136

玉突きした匈奴は自然消滅?

139 :世界@名無史さん:2006/05/17(水) 00:46:29 0
>>136
1対1じゃなくて多くの民族間の相互作用があるから、ある程度それはある。

140 :世界@名無史さん:2006/05/17(水) 19:28:33 0
名前なんか他言語の影響ありそうだよね。
バラミールなんてモンゴルやトルコ系の名前じゃなさそうだし。

141 :世界@名無史さん:2006/05/17(水) 19:47:52 O
ヴァラミールはゴート語の名前だよ

142 :世界@名無史さん:2006/05/17(水) 23:37:23 0
湖に隠されていた遺跡のアレか。

143 :世界@名無史さん:2006/05/18(木) 19:58:52 0
バラミールと言う名前は本当に欧州初侵入時の時の王が名乗っていた名前なのかな?
ゴート人が勝手に名付けたという可能性はないのだろうか?

144 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 09:04:09 0
フン族はモンゴロイド、コーカソイドどちらも説があるようですがどちらの可能性が高いのでしょうか?
アッティラはモンゴロイド、コーカソイドどちらでしょうか?
ブルガール王家と関連も教えてください。
長文ですがお願いします。

145 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 02:05:23 0
いや、あんたw 4行で長文とか言ってたら、あなたの問いに答えられないw

146 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 19:25:27 0
>>144

中欧のフン族の墓からは、主にモンゴロイドの人骨が出土するそうです。

147 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 20:45:04 0
>146
これもよくこの板で見かけるフレーズなんだけど、
いつ、どこで、誰が発掘して、どこで報告しているのか
わからない(実際は知らないだけだけど)。

いや、ウソだとは思わないけど、何度も見かけるわりに、
いつも出典を明らかにする人がいないんで・・・。
教えてちょ。

148 :世界@名無史さん:2006/05/25(木) 03:24:02 0
>>147
>>146でこれだけヒントが出ているんだから、後は自分で調べられるでしょ?

149 :世界@名無史さん:2006/05/25(木) 12:46:53 0
>>147

出典は確か『アッチラとフン族』という本に出ていたと思った。
誰が発掘したという話しは出ていなかったと思う。ローマ側の記録を鵜呑み
する訳にはいかないでど、どうもコーカソイドとは違うのではと思う。全然
毛色が違うので、余計恐怖心を起こさせた感じだ。習慣なんかもローマ人が
全く知らないものだったみたいだし。ペルシャやゲルマン系の人間集団では
なかった可能性が高いと思う。

150 :世界@名無史さん:2006/05/25(木) 23:05:48 0
>『アッチラとフン族』という本

またこれかよ。他に読んでないの?

151 :世界@名無史さん:2006/05/26(金) 20:42:41 0
今晩は。フン族はモンゴロイドですか。てことはアッチラは肖像がの顔とは全然ちがうんでしょうか?

152 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 06:34:33 0
>>151

ヨーロッパ人が想像で描くと、欧州風になるんじゃないの?
本人の顔を見た人少ないだろうし。

153 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 12:11:02 0
>>152
いや、そう言う描写も有るけど
前に欧米の人の漫画だったかに有ったフン族の絵は
辮髪半裸の蛮刀を振り回す一昔前の
中国人みたいな感じの絵だったな。

154 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 18:30:00 0
確かムーランでもフン族出てこなかった?

155 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 08:01:10 0
ヨルダネスの書物によると、フン族とゴート族はお互いの存在を知らずに
長いこと生活してらしい。たまたまフン族の人が飼っていた牛が逃げ出し、
それ追っていったところ、ゴート族を発見した。そのことを知ったフン族
の仲間達は大挙してゴート族の領土に侵入したそうだ。

「フン族 謎の古代帝国の興亡史」より

156 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 14:49:21 O
ほぼ同時期の五胡十六国時代の南朝の漢人たちは北族(匈奴・鮮卑・羌・テイ・ケツ)は半裸ではないが、辮髪は結っていたとしているな
ただケツ族は長鼻・深目・多髭の印欧語族系だから辮髪結っていたら異様だな

157 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 03:42:27 0
>>155
サムライアリかスズメバチかよwww

158 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 08:10:54 0
>>156
>ケツ)は半裸ではないが、
で吹いたwww
ケツ族って羯だっけ?

159 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 13:49:56 0
>155
牛じゃなくて雌鹿な。フン族の地とスキュティア(黒海北岸)の間には広大な沼沢地があって
渡るのは不可能と思われていたが、ある日雌鹿に導かれて道を発見した、という話。

160 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 16:21:27 0
375年

161 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 22:16:06 0
>>155 >>159

いずれにしろ、作り話だろうな。
隣り合っていて相手の存在に気がつかないということはないだろう。
フン族が何時・何処から移動してきたは不明だけど、ゴート族の動向
を掴んで侵入を開始したのだろう。おそらく配下のアラン族あたり
から情報を得ていたのだろう。フン族の活動を見ると、休止時代がある。
フン族に優秀な指導者が出て、他国の政治情勢が侵入しやすい状態に
なると大規模な侵攻を開始するのだろう。バラミールの東ゴート領侵入、
アッチラのローマとの戦いはフン族側に優秀な指導者、敵国の政治の乱れ
という二つの条件が揃ったから行われた。

162 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 10:16:16 O
中国史など見ていくと騎馬民族は友好関係にあった相手国の皇帝ないしは王が死去したとき突如として襲撃している
もしかすと高齢の東ゴート王エルマナリックは戦う以前に死、あるいはそれに近い危篤状態にあったのかもしれない

163 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 10:31:56 O
アジア系騎馬民族が洋の東西を問わず使用した戦術は軽装の騎乗弓兵によるアウトレンジからの集中射
ただ問題になるのはフン族がアブミを使用したかどうか
使用しなければ馬上でのコントロールが難しく騎乗射撃は難しいはず
一般にアブミを欧州に持ち込んだのはアヴァールといわれるが
フン族はローマの騎乗弓兵の傭兵としても雇われ、ムンドのようにローマの将軍に出世する者もいたのを見るとフン族もアブミを使用していたのでないかという気がする

164 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 15:34:59 0
世界最古の鐙の使用はオオクニヌシ、別名、ヤチホコ。
木製の鐙は箸墓古墳で発見されている。同じ場所から出土する
布留式土器からして3世紀の始めであろう。
http://gumilevica.kulichki.net/English//gml_pics/hph05.png

165 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 21:52:16 0
>>162

一説によると、東ゴート王エルマナリックは100歳を越える高齢で、フン族との
戦争の行く末に悲観して自殺しとの話しもある。西ゴートとはそれ以前にもめ事に末
分離。政治的に乱れていたところをフン族に侵入されたようだ。

166 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 09:11:15 O
今の100歳でもまたもに人を指導できないだろうが、当時の100歳だと生きているので精一杯だと思う
フン族にとっては攻めどきだろうね

167 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 22:59:24 0
モンゴルもそうなんだが、フン族も単に移動途中に偶然アランや東ゴートと
交戦したのではなく、チャンスが到来したので侵入したというのが正しいと
思う。そうすると、フン族=北匈奴という説もまんざら嘘ではないかもしれ
ない。イリあたりにいた匈奴ならアラン族やゴート族の情報を得るのはそん
なに難しい話しではないだろう。

168 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 15:40:44 0
>>166

100歳というのはオーバーかもね。
かなりの高齢だったという解釈が妥当かな。
350年くらいにフン族(中国の記述では匈奴)がアラン族を制圧しているので、
フン族が東ゴートに攻撃する20年前くらいには隣接していた。お互いに接触
や関係があったと思う。東ゴートもフンの強さは知っているし、フンも東ゴート
の戦力や国情をしってたと思われる。

169 :世界@名無史さん:2006/06/08(木) 13:53:02 0
フン族は何時滅んだの?

170 :世界@名無史さん:2006/06/08(木) 15:21:36 O
アッチラ死後、東ゴートは独立戦争を起こす
東ゴートのアマレル王家のヴァラミール、ティウディミール、ヴィディミールはゲピート族のアルダリックと同盟
かれら4人はアッチラ存命時代からフン・ゲルマン連合軍の実質的指揮官であったため、アッチラの子らを破るのは赤子の手を捻るより容易だった
455年長子エラック率いるフン族はネダオの戦いで東ゴート・ゲピート連合軍に大敗、エラック以下フン族3万人が戦死     次子デンギジク、末子エルナックに率いられたフン族の残存勢力は執拗に東ゴートを攻めるが、その都度、敗北
エルナックは諦め、ドブルジャに定住
デンギジクは456、462年に東ゴートに攻撃をしかけるが、敗北
最後は469年ローマに攻撃をしかけるが、ゴート人将軍アナガスト、アスパルに敗北、斬首される
その後、フン族は黒海北岸へ撤収、クトリグール族、ウトリグール族に分化、ササン朝を攻撃
482年皇帝ゼノンの誘いでウトリグール族はブルガール族とともに東ゴートのテオドリック大王に攻撃をしかけるが、大敗
結局、クトリグール族、ウトリグール族とともにアヴァール族に吸収されたといいます

171 :世界@名無史さん:2006/06/08(木) 17:32:00 0
>>170

束ねる人物がいないと各部族で点でバラバラになったんだな。
良くありがちなことではあるが。

172 :世界@名無史さん:2006/06/08(木) 19:09:09 0
フンガリー→ハンガリー

173 :世界@名無史さん:2006/06/08(木) 20:23:05 0
ゴート・ゲピードはアッティラの遺族達を滅ぼしたが、
新手のアヴァールの攻撃は支えきれずに潰滅した。
アヴァールはかつてのアッティラの根拠地であったパンノニアを抑え、
かなりの勢力を築き、東ローマ帝国などを脅かしている。

174 :世界@名無史さん:2006/06/08(木) 21:41:51 O
フン族に束ねる有能な人間が出なかったというより東ゴート側に有能な人間が出てきたというべきでしょう
最初の対フン族戦を除く他の戦いでは東ゴート側はヴァラミールひとりで他の兄弟の増援が来る前にフン族に勝利しています
一説によると東ゴート軍はフン族の戦術、つまりアウトレンジからの集中弓射を見切り、森へ誘い込み、遠距離弓射や投げ縄というフン族の得意戦法を無効として、ゴート軍得意の長剣で馬の腱を切り引きずり降ろし、白兵戦に持ち込み孅滅したといわれます

あとアヴァールが登場したときは既に東ゴート王国はビサンティンに滅ぼされています
またゲピートを滅ぼしたのはアヴァールの支援は若干受けたものの主力はランゴハルト族です

175 :世界@名無史さん:2006/06/08(木) 22:06:39 0
アヴァール、マジャールとパンノニアを制圧した騎馬民族はフン族の後裔を自称した。
アヴァールのタヤンハンはアッティラの帝国を再建しようと盛んに軍事行動を起こしたが
フランクに敗れアヴァール帝国は瓦解した。

176 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 00:00:16 0
マヴァール年代記

177 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 02:02:19 0
フン族って東洋人的には蔑称ぽい響きと字が当てられるけど、西洋人的にはどうなんでしょ。

178 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 04:36:57 0
>>177

中国はあくまでも音には特に蔑称はない。あくまでも文字で差別を表していたと思った。
突厥は読み方はあくまでも(テュルク?)だったと思う。音に差別的漢字を当てはめると
いったやり方。Hunということばが悪い意味になったのは後の世のこと。あくまでも音
を表しているだけど思われる。

179 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 06:29:45 0
>>172
それは電波。

180 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 18:56:52 0
178
アルスラーン戦記

181 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 22:23:07 0
フン族は野蛮だというけど、ローマがカルタゴにした行為などは野蛮そのもの。
特別フン族が野蛮で凶暴だったわけではないだろう。見方を変えればアッチラなど
は英雄と言える。

182 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 22:37:10 0
ローマの侵略は善い侵略。アッティラの侵略は悪い侵略。


183 :世界@名無史さん:2006/06/11(日) 18:40:11 0
ハンガリーではアッティラは偉大な王として尊崇されている。


184 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 06:00:02 0
みんなのアイドル・アッチラ大王

185 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 09:04:08 O
ハンガリーで偉大な王と讃えられているのはイシュトバーン聖王だと思ったが

186 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 12:49:54 O
昨日漢検受けてきたんだけど。
準一級ね。

の漢字が問題に出たよ。

187 :世界@名無史さん:2006/06/14(水) 09:40:27 0
>>182

野蛮さならローマの方が上か。
ただ、後世に残した文化はフン族はほとんど無い。

188 :世界@名無史さん:2006/06/14(水) 11:00:36 O
ローマもそれなりにやったがフンのように村ごと徹底した破壊と根絶やしにはしなかったな

189 :世界@名無史さん:2006/06/14(水) 11:18:54 0
そうだね、確かにカルタゴとかコリントスとかでローマは徹底した
破壊と根絶やしを行ってるよね、歯向かうヤツには容赦しないのがローマ

190 :世界@名無史さん:2006/06/14(水) 20:21:56 0
フン族の将軍がフン族の略奪暴行に文句を言うローマ人に向かってお前達が散々やってきたことを
お前達がされているだけの事だと突っぱねたとか。


191 :世界@名無史さん:2006/06/16(金) 05:38:45 0
>>189

フン族はみんなに容赦がない?

192 :世界@名無史さん:2006/06/16(金) 21:12:14 0
そういやアッティラとレオ1世て会見の時、何話したんだろうね

193 :世界@名無史さん:2006/06/17(土) 02:08:25 0
アッティラ「あんたレオ?」
レオ1世「うん。あんたアッティラ?」
アッティラ「うん。あんたレオか。ふーんそっか」
レオ1世「へー」

こんな感じ。

194 :世界@名無史さん:2006/06/18(日) 12:14:01 0
「俺アッチラ、よろしくな」

「俺はレオ、こちらこそよろしく」

なんて和やかな会見のはずはないな。

195 :世界@名無史さん:2006/06/18(日) 23:58:08 0
フン族やモンゴル族のヨーロッパ侵略は、
モンゴロイドでも力を得れば横暴で獰猛になるという好例だな。


196 :世界@名無史さん:2006/06/19(月) 10:26:01 O
モンゴロイドがコーカソイドに対して横暴な行為をしたので最もシュールな出来事は
五胡十六国時代の漢族による印欧語系といわれるけつ族の絶滅?じゃないですか?
その際、漢族はけつ族の特徴である深目、高鼻、多髭の人を片っ端から皆殺しにしたらしい
中にはその特徴を有する漢族も間違えられてころされたらしいが
その後、けつ族は歴史上の記録に登場しない

197 :世界@名無史さん:2006/06/19(月) 23:01:38 0
 ふん族といえモンゴルといえ中世以前はモンゴロイドがコーカソイド
に攻撃を仕掛けている。それで近代以降、白人から黄禍論が出てきた。

198 :世界@名無史さん:2006/06/20(火) 09:53:14 O
ヴィルヘルム2世が黄禍論の発端を作ったといわれるが
それはロシアの目をバルカンから極東に向けさせるためのポーズだと思うが
ヴィルヘルム2世は意に反してオスマン・トルコやモロッコのスルタンには友好的だったし

199 :世界@名無史さん:2006/06/20(火) 15:54:06 0
>>198

ようは都合良く話しをでっち上げていたわけね。


200 :世界@名無史さん:2006/06/22(木) 01:05:44 0
200ゲット

201 :世界@名無史さん:2006/06/22(木) 09:44:57 O
フン族ってほんとに匈奴?
中国にも匈奴残っていたのに
それにしてはフン族数多すぎないか
ローマの傭兵にもなっているグループもいるし

202 :世界@名無史さん :2006/06/22(木) 23:41:02 0
>>201
匈奴説は、所詮仮説の域を出ないんじゃないですか?

フン族の数は、推定で総人口20万、戦闘員5万(大雑把な数字です)
数百〜数千単位で傭兵になるなら問題ないでしょ。
フン族といっても、フン族に併合・吸収された民族部族も含んでるだろうし。


203 :世界@名無史さん :2006/06/22(木) 23:48:28 0
そういや、ローマの名将アエティウスは、
対ブルグント戦にはフン族傭兵を動員、
対アッティラ戦にはゲルマン人を動員、
頭いいね、この人。

ちなみに、フン族傭兵は6世紀、ユスティニアヌス帝の
軍隊にも登場するけど、最後に史料に出てくるのっていつなんだろ。

204 :世界@名無史さん:2006/06/23(金) 14:05:16 0
アヴァール人の使ってたサーベルをグラディウス・フンニクスと呼んでたらしいですね。

205 :世界@名無史さん:2006/06/23(金) 16:41:16 0
カタラウヌムでのアッティラ軍の主力は東ゴート人だし、
アッティラが最も信任していたのはゲピード族。

206 :世界@名無史さん:2006/06/24(土) 21:35:14 0
フン族は背が低くて、ズングリ体型で鼻が低いとローマ側の記録にあったような。
あんまり印欧語族系という感じではなさそうだが。どうも東アジアに起源を持つ連中
が中核なような感じだ。

207 :世界@名無史さん :2006/06/24(土) 22:41:55 0
>>206
wikiに載ってるアッティラの肖像、西洋風だね。
あれは想像画?

208 :世界@名無史さん:2006/06/26(月) 12:35:17 0
>>207

多分そう。

209 :世界@名無史さん:2006/06/26(月) 18:28:38 0
wiki見てきた、アッティラすげーハンサムw

210 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 00:57:13 0
「やあ、アッティラ」

211 :世界@名無史さん:2006/07/03(月) 19:43:51 0
誰も写真は撮ってないからな。

212 :世界@名無史さん:2006/07/04(火) 00:19:49 0
「そんな事言うなよ、レオw」

213 :世界@名無史さん:2006/07/09(日) 02:11:01 0
照れるな

214 :世界@名無史さん:2006/07/09(日) 10:15:49 0
>>207
英語版では19世紀ごろの絵だとか書いてたね。

215 :世界@名無史さん:2006/07/17(月) 14:45:38 0
フン族はモンゴロイド?

216 :世界@名無史さん:2006/07/20(木) 05:16:01 0
どうかな?

217 :世界@名無史さん:2006/07/20(木) 10:12:02 0
あのモンゴル帝国も、後のオスマン帝国もできなかった
西欧中枢への進出を為したわけですから、フン族は讃えられ
てしかるべきでしょう。この事実は、世界史上の偉業だと
思う。


218 :世界@名無史さん:2006/07/20(木) 13:13:47 0
マジャール人の軍隊は一度大西洋まで出ちゃったらしいけど

219 :世界@名無史さん:2006/07/20(木) 13:23:55 0
>>218
へえ、そうなんだ。いつごろ?
でもマジャール人ってアジアの遊牧民って感じでは
ないよね?西欧を脅かしたというよりは自分もすっかり
西欧人になってしまっているわけだし・・・。
フン族がアジアの遊牧民かどうかはさておき、インパクト
からいえば、やっぱり凄いのかなと思う。

220 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 05:09:14 0
ある意味、フン族のインパクトは現在でも語り継がれているからな。

221 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 07:12:48 0
つうか今でこそゲルマン国家が栄えてるけど、当時は正しく地図にも載っていない辺境だったわけで・・
そんな収益も上がらない地域まで進出したからって「讃えられる」なんて大げさだよう。

222 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 10:05:06 0
>>221
そうか、たしかにそうとも言えるな。
いっそのこと教皇レオ1世の説得なんかに応じずに、
アッチラがローマに進撃していたら、もっと劇的だった
かもしれないな。

223 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 14:03:13 0
ハンガリー語は文法性もないよね

224 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 20:48:54 0
>>222

もっともフン族側も疫病が流行って進撃不可能だったと言われているけどね。

225 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 21:01:11 0
モンティパイソンのコントでアッチラ知った。

226 :世界@名無史さん:2006/07/22(土) 00:09:46 O
琴欧州の黒髪はアッティラ功績ってことか

227 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 23:25:24 0
琴欧州の地元じゃ
朝青龍をフン族とか言ってたぞ

228 :世界@名無史さん:2006/07/24(月) 13:29:42 0
>>227
マジ?それ、けっこう面白い話じゃない?

229 :世界@名無史さん:2006/07/25(火) 09:11:30 0
モンゴルは東欧に僅かな期間しか存在しなかったけど、フン族は370年の東ゴート族襲撃
から453年のアッチラの死去まで実に83年猛威を振るっていた。欧州でのフン族の印象は
強烈なんだろうな。もっともその話しは本当かどうかは不明だが。

230 :世界@名無史さん:2006/08/05(土) 02:26:29 0
アッチラは大西洋も見たのだろうか?

231 :世界@名無史さん:2006/08/07(月) 05:47:23 0
たぶん見てないな。

232 :世界@名無史さん:2006/08/11(金) 01:34:00 0
あ!チラっと見た

233 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 15:17:00 0
地中海は見たのかな?

234 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 18:04:40 0
千代大海なら見たって言ってたよ

235 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 13:29:38 0
フン族はやはりバイカル湖周辺から来たのだろうか?

236 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 13:02:46 0
カタラウヌムでアッティラが敗れたというのはローマ側の誇大宣伝で、
アエティウスは闇夜に隠れて逃げ出し、アッティラは取り逃がしたというのが実情らしい。
実際翌年アッティラは大規模な遠征軍を北イタリアに進軍させアエティウスにはそれを食いとめる力が無かった。


237 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 06:39:16 0
フン族強し。

238 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 14:38:49 O
 236の話は違うんじゃないか

 まず戦場を見渡せる制高地を西ゴート王子トリスムント率いる西ゴート軍とフン族が争い、トリスムントはフン族を撃退し、制高地を制圧
 それから両軍本隊同士が衝突し、フン族側の東ゴート軍が西ゴート軍を押し始め、西ゴート国王テオドリックが戦死
 東ゴートのヴァラミールは西ゴート軍側面にフン族騎兵を投入
 制高地にいたトリスムントはそれを見て、直ちに行動に移り、フン族騎兵の側面を攻撃撃破し戦果を拡大
 アエティウスは戦いに消極的だった
 アエティウスにとってフン族が西帝国に大々的に侵入されるのは困るが、フン族に完勝することにより西ゴートが強大化することも恐れていた
 従って双方とも潰しあうのがアエティウスにとって一番の戦略だった
 夜間に入りフン族軍は円形車陣の内側に篭り、そこから迫りくる西ゴート軍を狙撃せざるを得なくなり、アッチラも覚悟を決め、戦死した場合の火葬のための薪を積ませた
 円形車陣の防御法はゴート軍のもので、これを破るには投石器やバリスタなど重投擲器が必要なため、再三再四トリスムントはアエティウスに支援を求めたが、逆に謀反されぬように帰国をさせ、アッチラを逃がし、彼は九死に一生を得た


239 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 17:56:08 0
アッティラが敗北して大打撃を受けたのなら翌年に北イタリアに侵攻してきただけの余力を残していた事実が矛盾する。
実際勝ったというアエティウスは侵攻してきたアッティラに抵抗らしい抵抗をしていない(するだけの力はもう無かったのかもしれない)
記録するのはローマ側だから戦勝は粉飾で実際のところは逃げたアエティウスを追って北イタリアに攻め込んできたと見る説もある。


240 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 19:28:40 O
ケルトもゲルマンもローマに敗れてもすぐに回復する
現にローマもカンナエやトイブルクやアドリアノープルで歴史的大敗してもすぐに再生した
確かに記録というものは現代に至っても著作した側に誇張があるのは確だが、それをもって著述の全ての内容が虚構と言うなら全ての歴史的文献全てが虚構であるということになる
フン族の実力を過大評価するのもどうかな
実際、アッチラ死後、すぐに独立したゲピードや東ゴートに対しフン族はまるっきり勝てなくなってしまった
それも燦々たる惨敗だ

241 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 19:21:43 0
ローマ側の記録ではアッティラはカタラウヌムで九死に一生を得るほどの惨憺たる敗北をしたと誇らしく記しているが、
そんな大打撃が「すぐに」など回復できるわけが無く翌年に北イタリアへ侵攻するほどの力を回復できるわけが無い。
しかもアエティウスはやられ放題で食いとめる力はもう無かった。
例えカタラウヌムでローマが勝ったのが事実だとしても、
深刻な打撃を受けていたのはローマ側であり、アッティラ側はそれほどの打撃は受けていなかった可能性が高い。




242 :世界@名無史さん:2006/09/06(水) 19:40:13 0
フン族の力はアッティラその人の統率力だっというべきでフン族自体が他の部族に比べて強いというわけではなかったし、
まして内輪もめ状態で統制を失った状態で百戦錬磨のアルダリックを敵にして勝ち目があるわけは無い。
アルダリックは自らの主導権を確立する為に敵対したフン族とは戦ったが
一方でアッティラから託されたフン族は保護し護って形式的には推戴している。
ゲピード族がフン族に止めを刺すのはアルダリックの死後になってから。

243 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 12:50:40 O
カタラウニアの戦いでフン族が大損害を受けたのは正しい
ローマの文献が・・・
というより誇張があるのはゴート人の歴史家ヨルダネスによるものだ
それは論外としてピティエ山の発掘で試掘段階で200体の遺骨が発掘された
しかもほとんどアジア系
またアッチラが自らの火葬を行う火刑場を予定していた地周囲には臨時に作られた土の防壁の跡が発見されている
フン族の推定戦死者は3万人といわれる
負傷者を含めればかなりの数である

244 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 13:00:40 O
イタリア侵入はアエティウスにとっては予想外だっただろう
アエティウスはアッチラがカタラウニアで助けてくれたことを恩義に感じているだろうと誤解していたためだ
侵入されてもあの一件で西ゴートの信頼を失っていたのはアエティウスには誤算だったろうが

245 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 13:14:51 O
確かにアッチラ死後、息子たちによる後継者争いはあったが、独立した東ゴートとの一連の戦いや支配下ゲルマン人の独立の戦いであるネダオの戦いではエラーク、テンギジク、エルナック、エムネドザール、ウゼンドゥールのアッチラの息子たちは共同して戦って、そして敗れた


246 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 21:52:27 0
いまは、Mauriacumというべきではなかろうか。
そろそろカタラウヌムは過去帳にはいっていただいてはいかがと思うのですが。

247 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 13:00:11 0
遊牧民は有能な指導者がいるときはやたら強いけど、無能な指導者だとさっぱり。
フン族もこの法則に当てはまる。

248 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 14:14:28 0
ゲルマン民族の大移動の時代はもう本当に
それぞれ名前を持った人の群れが移動しているだけって感じに見えるな
最初にウラル南麓で巻き込まれたアラン人がフンやゴートと一緒に
ジブラルタルまで地中海を回りこんでカルタゴまで来てローマと戦闘とか
もう訳わからん

249 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 14:56:40 0
>>243
フン族は確か支配層がモンゴロイドであってますよね?

250 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 19:52:41 O
戦場の近くシャロン付近の村々では現代でも蒙古斑のある赤ん坊が少なからず産まれるそうだ

251 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 20:00:51 0
>>250
本当ですか?マジなら凄いですね。モンゴロイドと混血した時は
男蒙×女欧と男欧×女蒙どちらの組み合わせが多かったのでしょうか?
シャロン付近ではフンが負けたから後者の組み合わせが多いのかな?

252 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 20:06:21 O
自分も最近、ゴート族に関する本、アメリカから4冊ほど輸入して気がついたのですが
ゲルマン、サルマチア、アラン、フン各民族にいえることはメインの王権ないしはそれに近い指導者が存在してもそれに従わぬ族長またはそれに類する者が存在することです
フン族でいえばムンドと呼ばれるフン人はローマ帝国に臣従し、将軍まで昇進しているし
ゴート人と東ローマの戦いであるアドリアノープルの戦いでは500人のフン族がゴート側に加わっています

253 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 20:15:12 O
シャロン付近の赤ん坊の祖先はおそらくフン族が撤退するときに見捨てられた負傷者の生き残りや落伍者でないでしょうか

254 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 20:53:19 0
コーカソイドの容姿に関する特徴は
色彩的なものを除けば優勢が多いからな
純粋な血統の中に多少のモンゴロイドが入ったところで
相当運の良い交配が行われない限り外見には出ずらいハズ。
現在のイランやパキスタンのあたり、モンゴロイド起源の遺伝子量20%とか
見た目にはまるで分からないしな(ソース不明)
一応蒙古斑はモンゴロイドじゃなくても低確率で出現することは既出?

255 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 21:36:31 0
藤原稜三『格闘技の歴史』p137

フランスの史伝家・アルパンによれば、レピーヌ教会とブェルス川沿いのサン・ジュリアンとの間に
クールティゾール(クルティス)と呼ばれる村落があり、この草原幕舎型(パオ)の家屋が並んだ
八キロに及ぶ部落には、モンゴルとトルコの混交語を話すアジア系騎馬民族の子孫が居住して
おり、その出自を示す「蒙古紫斑」の持主が多いのだという。これらの住民は、アッチラ王(四〇六〜
四五三)の死後、戦傷や病気などのため、この地に定住することを余儀なくされたフン族の子孫達
なのである。
アッチラ王が、西ローマのレオ一世の熱心な説得と買収に応じて、西ローマの領域内を撤退したのは、
四五二年のことだが、このときシャンパーニュ地方に留ったフン族の騎士数は八千人を超えていたと
推定されている。しかし、その後フランス女性との混血が進んだ結果、一八〇〇年代の終り頃には、
僅か二千余人を数えるほどになり、第二次大戦後は、言葉や生活習慣までが、ほとんどフランス化
してしまったので、今日では、個々人の「蒙古紫斑」を調べなければ、その出自を明らかにすることは
できなくなっているのだという。ウィーン生まれのフン族研究家へルマン・シュライバー博士も、
「モンゴルとトルコの混交語、つまり、クールティゾールの奇妙な方言は、前世紀の終り頃までは
確認できたけれども、現在では、ほとんど消滅している・・・」と記しているから、ここで、「リユット」の
フン族起源説を立証することはできぬけれども、それを否定し得る材料もまた存在しないのである。
しかし、ブロア郊外で紹介された古式闘法と称するものを見た限りでは、基本的な技法にせよ、力で
強引に押しまくる闘法にせよ、シュウイゲン、サンボ、ボフなどのそれと異なったところは見当らない。

256 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 21:44:01 O
あれ
昔聞いたのはモンゴロイド系、目や髪の色は濃色が優性遺伝でし、金髪、碧眼は劣性遺伝と聞いていたが

257 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 21:59:17 0
コーカソイドの形質の方が優性では?

昔NHK特集でアマゾン川河口地区の特集やっていたけど、白人種の血が入ってるらしく
原住民の子供は皆髪が黒ではなく、目の色もなにやら付いていた。色は…焼けるからなあ。

258 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 22:03:54 0
>>256
二行目読んでくれ<>

259 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 15:38:12 0
ハーフってモンゴロイドの方が強く出ないですか?

260 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 18:56:12 0
アッチラの墓が見つかれば大発見だよね?
ドナウ川の底?

261 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 22:47:57 O
ゴート人歴史家ヨルダネスによるとアッチラは土葬されたと述べていますね

アッチラの塚がつくられ
哀悼の詩歌が終ると
酒宴が開かれ、埋葬式を行った
夜になり、遺体は天幕から塚に移し、金・銀・鉄の三重の棺に納め埋葬された
金・銀は東西両帝国の貢納金を受け取ったことを表し
鉄は部族を征服したことを表した
宝石・財宝だけでなく、敵から捕獲した武器が副葬され
王を埋葬した人々は全員殺され遺体の側に置かれた

と書かれているそうです


262 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 23:05:10 0
スラヴ人、得に東スラヴ人は人骨ではコーカソイドかモンゴロイドの特定が難しく
ユーラシアにちなんで「ユーロペオイド」とかいう呼称で呼ばれている。


263 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 23:31:04 O
おいおいフン族が活躍している時代はスラブなんかいずれの文献にも記されていないから書かない方がいいぞ
またスラブ・ポーランド基地外に荒らされるよ

264 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 00:08:19 0
川をせき止めてから川底に埋めて、それから元に戻したから絶対に見つからないんじゃないの?>アッチラ墓

265 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 01:17:04 O
264のような埋葬法で河底に埋葬されたされたのは西ゴートのアラリックだよ

266 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 02:05:32 0
http://www.imninalu.net/Huns.htm

267 :世界@名無史さん:2006/09/13(水) 22:33:07 0
ホノリアと一緒になって西ローマを合法的に乗っ取ればよかったのに。
でも年寄りのカミさんは嫌いだったのかな。

268 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 09:32:23 0
モンゴルの王侯の墓もどこにあるかわからないからな。
東アジアから移動してきたフン族の王も同じなのかな。

269 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 23:23:23 0
見つからないというよりタブーでしょ。
江上波夫がやろうとしたけど大バッシング受けて撤退したし。

270 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 19:58:38 0
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1137415206/116-122
あっちに有った意見を転載

271 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 19:49:38 0
アッチラの墓を見つけることに反対する人はあんまりいないと思う。

272 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 04:17:16 0
フン族ウロウロ

273 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 09:29:23 0
ウンコウロウロ

274 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 13:12:51 0
トルコ人やタタール人の間ではアッティラについて何か伝承のようなものは残っていたんでしょうか。
それとも西洋の書物が入ってくるまで忘れ去られていた?

275 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 13:41:02 0
現在のトルコ人やタタール人なんてフン族と全く関係ないだろ?
トルコ人がアナトリアに進出したのなんかセルジュークの頃だし、
タタール人はモンゴル人とキプチュク人の混血かなんかだからやっぱ
フン族とは関係なし。フン族が活躍したのは4・5世紀の話しだから
な。伝承はやっぱハンガリーを中心として中欧だろうな。

276 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 13:50:02 0
トルコやテュルク系の民族の歴史では匈奴やフンは自民族の歴史として説いてるから
ヨーロッパや中国の史書は参考に有ったとしてもその前から既に自分達の伝承には有ったんじゃね
まぁ、アッティラもそうだけどあとはメテ(冒頓単于)をかなり英雄視してるっぽい

因みに
BUYUK HUN(大匈奴)
BATI HUN(西匈奴(日本や中国で言う北匈奴))
AVRUPA HUN(欧匈奴(いわゆるフン))
AK HUN(白匈奴(エフタル))
を4匈奴の偉大な歴史としてトルコでは教えている

例えば
ttp://millibayraq.blogspot.com/
とか
ttp://www.aqkopruk.4t.com/photo4.html
とか


277 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 19:08:22 0
ハンガリー人はアッティラ王はドイツ女に暗殺されたとかいう言い伝えを信じているとか。


278 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 21:48:44 O
うそこけ
フン族いた時はドイツなんか存在してないだろ
ガセか

279 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 14:02:00 0
現在のドイツあたりにいたゲルマン人部族とも解釈はできるが。
ただ話しはかなり嘘くさい。

280 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 17:40:19 0
>>276
へえ、そうなんだ。
だとすると、匈奴=フンというのはあながち間違い
とは言えないんだ。

281 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 18:37:52 0
どっかの国の政府が言ってるのなら信用する
なんていう阿呆な態度だと,中国・朝鮮の思う壺だぞ

282 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 21:38:18 O
おいおい嫌中・嫌韓の誤爆かよ

283 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 21:43:56 0
>>280
匈奴=フンって言うのは今のところ正しいとも間違いとも完全に実証されてないので不明
トルコやテュルク系の人達の主張するその歴史観は
あくまでも今議論されているそう言う部分から切り離して
彼等の国々や民族ではそう言う風に教えてるんだなって割り切る方が良いかも
エフタルなんか今ではイラン系って言うのがかなり有力なんだけど
トルコやテュルク系の国々や民族はこれも我がテュルクの民族の歴史
と言う事にして古き偉大なHUN(匈奴)の系図として教えてるし

そう言えば結構前にディズニーの映画でムーランってのが有って
そのムーランが匈奴討伐に行くシーンだったかでトルコの人達が抗議したって言う話しが有って
当時は匈奴の討伐に何でトルコが…?って不思議でならなかったが
こうしてネットで見るようになってトルコやテュルク系の人達が
匈奴やフンを自国の誇りとして大英雄視してるって分かってなるほどとは思った

284 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 21:44:50 0
ヒルディコ(くだんのゲルマン女性)は
クリームヒルドのモデルなんでしょうか?
ブリュンヒルドのモデルなんでしょうか?


285 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 21:53:38 0
花木蘭の時代は突厥(古代トルコ帝国)

286 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 23:35:39 0
>>283
なるほど。
分かり易い解説ですね。助かります。

287 :世界@名無史さん:2006/09/30(土) 13:34:14 0
>>286
因みにトンデモ掛かったごく一部のトルコの国粋的な学者なんかは
スキタイが中央アジアに流れたサカ族や
中国の古代の時代に存在して西周を滅ぼした犬戎
までもテュルク系の民族と位置付けてるらしく
「世界最古の騎馬民族はキンメリアでもスキタイでも無く
我がテュルクこそ真の最古であり現在にも続く真の民族」
と誇っているとか
もちろんそこまで主張している人は流石に少数では有るけど

288 :世界@名無史さん:2006/10/01(日) 20:25:15 0
スキタイ人はコーカソイドだが現在のヨーロッパ人の先祖であるケルトやゲルマンとは敵対関係だった。
スキタイ人は騎兵の戦闘力にものを言わせクリミアに居住していたケルト人を襲い、
中央ヨーロッパのラウジッツ文化を潰滅させている。

289 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 13:52:34 O
うそこけ
スキタイが活躍していた時代はゲルマン人はまだ原ゲルマン人段階でスカンジナビア、ユトランド半島とその周囲に居住していただけでスキタイと接触する可能性は極めて低い
ケルト人はラ・テーヌ文化期のBC3C前半にドニエプル下流に進出した形跡はあるが、クリミア半島に居住した形跡はない

290 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 20:55:55 0
前四世紀頃に中央ヨーロッパに栄えていたラウジッツ文化の担い手がゲルマンでは無く西スラヴであるという説はある。
またクリミアの最初の住人は、確かな痕跡によると、
ケルト族のシメニア人であったが、紀元前7世紀の間に、
スキタイ人によって追い払われた。彼らは、山岳部に避難し、のちにタウリ人として知られるようになった。

291 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 21:03:51 0
そういやゴート族もフンと戦ったんでしたっけ。

292 :世界@名無史さん:2006/10/03(火) 21:51:56 O
あっそ
偉そうに
ごくろうなこった

293 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 01:22:24 O
フン族のスレでケルトのことをどうこう語るのは気が引けるが
BC7Cのケルト族はハルシュタット文化C期の時代でその所在は従来の学説を基にすると現在の南独、オーストリア、スイス、チェコ、あたりであり、クリミアどころかカルパチア山脈より東に行ったことはこの時代では考えられない
むしろケルト人は現在のフランス、スペイン、イギリス、アイルランド、北イタリアなど主に西方へ移動している


294 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 22:32:18 0
しかしギリシア人の記録ではバルカンやアナトリアへも侵入しているが…

295 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 17:44:54 0
アッチラの最後は限りなく暗殺くさい。

296 :世界@名無史さん:2006/10/10(火) 20:06:36 0
頑張りすぎて鼻血ブーしただけだろ

297 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 13:34:15 0
何を頑張ったのですか?

298 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 17:10:09 0
オルド

299 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 20:51:03 0
フン族がアラン族を襲撃する前は何処にいたの?
中国の文献では匈奴と記録されているみたいだけど。

300 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 20:56:07 0
フン族=ドイツ人=偉大

301 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 22:48:15 O
もうフン族のスレでケルトを語るのは申し訳ないが
ケルト族(ダルタニ族)がバルカン(サヴァ川流域)に初めて侵入したのはBC4C前半
ギリシャ、アナトリアに侵入したのに関しては
BC298年キンバウレスに率いられマケドニア侵入
BC281年ボルギオスに率いられマケドニア侵入
BC281年ケレトレオスに率いられトラキア侵入
BC279年ブレンノスとアキコリオスに率いられギリシャ本土に侵入
BC279年レオノリオスとルタリオス(レオタリオス)に率いられアナトリアに侵入

302 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 23:04:37 0
ドイツ人の源流はゲルマンだけでなく西スラヴも含まれているという。


303 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 22:58:24 0
フン族が欧州の文献に出てくるのはいつ頃から?

304 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 18:26:34 0
フン族の墓からDNA採取しろよ〜。
ってか墓は無いの?

305 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 05:10:02 0
>>304

中欧にはあるそうだ。
主に背の低いモンゴロイドの人骨が出土するらしい。

306 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 10:17:09 0
おお、じゃあモンゴロイドなのは決まりだね。


307 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 10:52:12 0
>>305
その人骨とノイン裏から出土の人骨とDNAの比較ってしてないの?

308 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 19:26:18 0
匈奴=フン族ではない可能性も大いにあるからな。
匈奴がモンゴロイドとは限らないし。匈奴傘下の部族にはモンゴロイドもコーカソイド
も両方いた可能性もある。フン族は匈奴傘下の東アジア系の部族だったのかもしれない。

309 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 19:32:18 0
モンゴロイドの分布を考えるとフン族はやっぱりモンゴルから来たと
考えるべきだろうな。
匈奴のおそるべき征服力はまさにフン族そのものだろう。

310 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 22:52:54 0
『アッチラとフン族』という本に、匈奴=フンの疑問点としてフン族が北匈奴
なら周辺諸国・民族に大きな被害を与えるはずであり、そうした記録はないのは
不自然だと。考えられるのは東シベリアから中央アジアに登場した匈奴とは別の
民族でないかとの説を唱えている。でもバイカル湖周辺が起源という説だった。

311 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 23:08:34 0
アランを征服してサルマートなんかを手下にしたんでしょ?
まあ、遊牧民同士だからそんなにひどい扱いはしなかったんじゃない?
それにシツ支単于みたいな暴れ者ばかりが単于になるとは限らないし。

312 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 23:11:42 0
> 『アッチラとフン族』という本に、

フン族スレで出てくんのこればっかりなんだよねえ

313 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 05:10:36 0
>>312

これといったフン族に関する文献があんまりないからだろ。
『フン族・謎の古代帝国興亡史』はアッチラ時代の話しがほとんどだから、
東ゴート攻撃以前の考察はほとんどない。

314 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 07:30:36 0
オスプレイからこんなのが出ますよ
ttp://www.ospreypublishing.com/title_detail.php/title=T0250

315 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 12:57:01 0
ノインウラで発見された人骨はモンゴロイドではなかったという話しがあるぞ。

316 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 06:26:17 0
匈奴とフン族の同一論拠

@ 族名の類委

A 民族性の一致

B 匈奴西遷の時期・経路とフン族欧州出現時期・地点の一致

C 共にアルタイ語を使用したらしいこと

D フン侵入期にロシア語へ多くのアルタイ語が輸入されたこと

E 考古学的に匈奴の欧州西移があとずけられたこと

F 『魏書』西域伝にフンのことが匈奴の名で記載されていること

「アッチラとフン族」4Pより

しかし、著書の中では同一説には否定的な見解が多い。しかし、フン族はバイカル湖
周辺から移動してきた民族との見解。

317 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 08:22:53 0
これだけ論拠があって否定的な見解になるやつらは
それ以上の論拠があって否定してるのか?

318 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 22:32:07 0
>>317

一番の疑問は匈奴とフンが同一だとすると、西遷からアラン攻撃までの期間が
結構長い休止期間があること。好戦的な連中が周辺国に被害を与えたという記録が
ないことが大いなる疑問。

319 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 23:30:28 0
匈奴って名前からして強そうなんだけどほんとに強いの?

320 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 23:37:29 0
匈奴とフン族とゴート族って一緒なん?
ゲルマン民族の黄色版みたいな感じだな

321 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 23:39:26 0
>>318
疑問が否定に直結するのは安易だし、それだけの疑問で上記の論拠を
否定することはできないよな。
民族の活動は常時膨張的なわけじゃないわけだし、勢力圏で力を蓄える時期と
対外膨張する時期がある。
それと、力を蓄える時期というのは、内部にまとまりがなく内部での抗争に
時間が取られていたということもよくある話。
好戦的な民族なのに記録が無いことは否定の根拠としては弱すぎる。

322 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 01:25:37 0
匈奴だって冒頓以前は記録ほとんどないしな。

323 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 02:53:49 0
実際問題匈奴は冒頓の前の頭曼以前からずっとずっと有ったもんな
ただ歴史で単于の名前までハッキリ出てくる様になったのが頭曼からで有って
歴史書に記されていない=無い って訳じゃないし

324 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 05:59:29 0
フン族自体もアッチラ以降は生彩がないまま終わったからな。
栄枯盛衰というの遊牧民に限ったことではないのは確か。
生活風習なんかも長い移動で変化が起こっても不思議はない。


325 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 06:32:51 0
アッティラの死因は腹上死でつか?

326 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 08:11:26 0
http://www.totalx.free.fr/galeries/photos/Stars%20du%20X/Tyffany%20Teen/?M=D

327 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 17:43:24 0
中国は遊牧民を全て匈奴と呼んだわけではない。
アラン族を襲撃したフン族を何故匈奴と記載したのかだな。
ある程度西遷した匈奴の情報を掴んでいたのなら匈奴=フン族は確定となる。
ただ単に音が似ているから匈奴と記載したのなら別の民族の可能性もある。

328 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 05:52:43 0
ところで北匈奴の消息が解らなくなってからフン族の登場までどれだけタイムラグがある?

329 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 21:46:28 0
北匈奴は中国の文典からだと大体150年代辺りで消息不明っぽくなる
一方トルコやテュルク系の国々の主張するBATI HUN(直訳すると西匈奴、つまり中国の言う北匈奴。)
のハーン(単于をこう主張してる)は216年まで一応記録されている
んでフン族の有る程度の記録記事が大体350年前後なので
150〜200年くらいのラグが有るって考えれる…気はする

まぁその記録自身も何処までが如何だかハッキリ分からないんだが

330 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 11:54:36 0
一方トルコやテュルク系の国々の主張するBATI HUN(直訳すると西匈奴、つまり中国の言う北匈奴。)
のハーン(単于をこう主張してる)は216年まで一応記録されている

この辺のソース希望

331 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 17:51:06 0
200年近く大人しくしていたのは意外な感じはするな。

332 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 21:02:35 0
まあ、北匈奴の末裔と新たにどこからか移動してきた民族が合体してフン族に
なったとも考えられるな。合体・大集団化で膨張を開始したのかもしれない。どちらか
というと弱体化していた北匈奴がいきなり膨張というのも不可解。しかも消息不明になった
くらい脅威ではなくなっていた。周辺国にも北匈奴に優秀な王が出現したとの記録もない。


333 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 21:07:28 0
クシャナ朝やパルティア・ササン朝と抗争していた可能性もあるだろう。

334 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 21:34:28 0
可能性あるね
特にクシャナ朝は西域にもちょっかい出していたからなんらかのかたちで
接触しているだろ

335 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 21:34:34 0
>>333

パルティア・ササン朝側には記録はないようだが。
抗争があったとしても脅威に成る程ではなかったのかも。だから記録も残っていない。
カフカスからシリア方面にフン族が侵攻したのは東ゴート攻撃後の390年くらいの話。
この時のフン族のシリア方面への侵攻は記録が残っている。その後はまた欧州方面に矛先
を向けている。


336 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 20:19:48 0
>>329

http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/china/kyodo.htm

これにそのことが書いてあるな。
2世紀中頃には中国の歴史から消息が消えている。
キルギス地方にいれば後にアラン族を襲撃してもおかしくはない。
ちなみにソグド人は匈奴をフンと呼んでいたらしい。

337 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 21:53:02 0
フン族はヨーロッパではフィンと言われていてヨーロッパ
に侵入したあとハンガリーともう一つ、フィンの国、つまりフィンランドに
なった。だからこの2つの国の言語はヨーロッパのなかでは異質で
ハンガリー、フィンランドの言語はお互いにたような言語体系を持つ、
と聞いたことがあるなあ。

338 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 22:10:30 0
日本の匈奴研究の基礎を築いた白鳥庫吉は
ハンガリー語を覚えて講演までしたらしい。

339 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 01:20:35 0
>>335
アルメニアの歴史家(確かセベオス)に、359年のキオンとササン朝の戦いが
記されているはず。キオン=フンとの説を取れば、ササン朝と交戦していたことになる。
パルティア時代は、クシャン朝が真中にあったので、クシャン朝と抗争していた
可能性はある。

340 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 20:08:00 0
>>330
グーグルでトルコ語で検索すればいっぱい出てくるが…
例えばBüyük Hun(匈奴と同一と主張してる)で検索すると出てくる
因みにこれはほんの一つだが
ttp://www.anavatan.de/turktarihi/turktarihi1.htm
ここに歴代単于のトルコ語の名前が有ったりする
冒頓単于はここではMeteと表記されてる

因みに匈奴の南北分裂(トルコの歴史では東西みたいだが)後は中国とは違い
中国で言う北匈奴、トルコやテュルク系の国々での西匈奴を正当の国と見なしてるのも
民族なんかの違いが如実に出ているものなんだなって思ったり


341 :世界@名無史さん:2006/11/20(月) 10:43:37 0
フン族は軽騎兵が主力で、アラン族は重騎兵が中心だったそうだ。
同じ遊牧民系の連中でもだいぶ軍隊編成は違う。

342 :世界@名無史さん:2006/11/20(月) 12:40:32 O
匈奴の残党は五胡十六国時代でも健在だが

343 :世界@名無史さん:2006/11/20(月) 12:42:41 0
っていうか国つくっているよな 晋ぶっつぶしたし

344 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 22:07:09 0
ただフン族の方が派手だったよな。
ゲルマン民族を玉突き移動させて、ローマ帝国崩壊のきっかけを作ったのだから。
フン族=北匈奴なら北匈奴の連中の方が南匈奴より歴史的に大きな活躍したことに
なる。

345 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 22:09:50 0
つーか、このスレフン族に関する重複スレじゃね?

346 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 22:12:07 0
いまさら何を言う?

347 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 22:33:29 0
>>345
これでも結構、重複スレが落ちてだいぶ数が減ったほうなのよw

348 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 02:33:19 0
>>344
まあローマ帝國の崩壊〜ゲルマン諸国家の建設というとEC加盟国の相当数をカバーするから
そうおもいがちだが、中国の古代の枠組みほとんどつぶしているぞアレ。
晋の皇族つまり司馬氏の大半があぼーんしただけでなく、漢の嫡流(つまり献帝の子孫や曹操の子孫
つまり陳留王や劉備の直系もほどんど死んだり消息不明になってる)
隋の統一まで何百年もかかっているし、漢族自体が言語のアルタイ化がおこってしまって
華北の出の漢族って大半が北方民族の習俗にそまっちゃってる。
隋、唐も匈奴ではないとはいえ、鮮卑系の王朝だし古代世界からいた士大夫階級も南北朝までに
王朝交代の度に連座してあぼんしたり庶民になったりで没落するわで華北も江南もかわらんし・・・・
今の中国が一国で広大な地域を支配しているから南匈奴がショボイと考えがちだけど
侵入前と侵入後では中華世界そのものが何もかも変わったといってよいほど変化してる。
江南にのがれた連中もいってみれば北方民族の圧迫うけて民族大移動状態だしなー

349 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 21:43:06 0
ようはインパクトの問題でしょ。
フン族はいまだに欧州人に強烈な印象を残している。
まあ、好印象ではないけどね。
でもフン族だけが野蛮じゃないよ、欧州人もそこらじゅうで野蛮な行為はしたからな。

350 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 00:25:42 0
まぁ、実際問題、中国は一度滅亡したといってもいいな。
文化も含めてガラッと変わっているからな。

351 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 01:40:27 0
遼や金の侵入の時にまた大きく変わっているんだよな。
キタイや満州族といった東北系の連中が華北を席巻して
また華北の中の人もどんどんかわっていっているんだよなー
中華地域って分裂と統一の繰り返しだからわかりにくいけど
中の人かわりすぎだろ 民族移動何回やってるのかワカンネ
数世紀ごとにゲルマン民族の大移動レベルで人がうごくだろあそこ。

352 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 01:43:01 0
>>350
見ようによっちゃ一度はおろか四度・五度ほどw

353 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 03:11:47 0
漢族自身は認めたがらないが、数千年前の黄河流域に住んでいた人々の子孫ではあるが、
北方諸民族の末裔であるのもじじつなんだよな。


354 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 23:31:02 0
今の中国人の多くは、昔、蛮族とされていた周辺から来た末裔だろ。


355 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 01:30:13 0
漢族の流出は多いが、
最近や現在、中国に流入する遊牧民は居ないの?

356 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 01:58:44 0
フン族は欧州へ流失

357 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 02:28:49 O
秦も昔は遊牧民で蛮族扱いだったしな

358 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 13:36:37 O
そうなのか

359 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 13:51:19 0
>>227
琴欧州の実家の近所のオッサンが朝青龍の顔写真パネルを指して
「この、この顔見ろよ。こんなのに勝てるわけないよ。恐ろしい」と言ってたのはテレビで見た。

360 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 21:58:14 0
フンの後裔のブルガール族に支配されたスラヴ人の末裔のくせに

361 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 05:58:53 0
同じフン族同士なかよくしようや。

362 :世界@名無史さん:2006/12/06(水) 21:36:56 0
北匈奴の消息が消えたのと、フン族の登場の時期が同じというけど、
具体的に何年頃の話しなんだろ?

363 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 18:49:14 0
アッー!ティラ

364 :世界@名無史さん:2006/12/12(火) 11:47:50 0
フン

365 :世界@名無史さん:2006/12/15(金) 15:38:58 0
フン族≠匈奴という根拠は証拠がないから?

366 :世界@名無史さん:2006/12/21(木) 05:49:19 0
証拠がないことはわからないとしか言いようがない。

367 :世界@名無史さん:2006/12/22(金) 02:34:02 0
アッティラ死後あっというまに瓦解した三流民族を称えるスレはここですか?

368 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 06:19:23 0
でも活躍期間は結構長いぞ。
アラン・東ゴート攻撃が370年位、アッチラが死んだのが453年。
80年位は猛威を振るったことになる。もしフン族=匈奴ならもっと長い期間だ。

369 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 21:29:05 0
The huns


370 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 11:23:06 0
なんか最近書き込みがないな。

371 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 11:44:39 0
世界史板で1ヶ月に10レス以上というのは中位レベルだと思う。

372 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 04:51:23 0
んじゃ、俺がネタ投下

LAND NOMADで分明にフンを引いた時は泣くね。伐採所建てたらもう木がゼロさ
城主入りするまでは味方に頼るしかないさ。でも、その味方がヘタレだと、
帝王入りする前にあぼ〜んよ。だが、問題無く城主入りしたら、コレほぼ強い文明は無いな。
騎士生産しつつ、内政強化。たまに敵のところに荒しに行ったりして。
帝王ボタン押したら、騎士、弓騎兵、ラム、矛槍、散兵のアップグレードの準備と生産を開始する。
もちろん、味方と連絡しあって市場の位置を決めて交易の準備も忘れるな。金の供給絶たれたら悲惨だからな。
基本は近衛騎士、弓騎兵、矛槍兵、ラム、投石でオッケー。
相手の守りが高めだったら、ラム多め、タルカンの生産もした方がよさげ
ま、家の建築をしなくていい事だけでも、かなり余裕があるってこった

373 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 04:52:31 0
んじゃ、俺がネタ投下

LAND NOMADで分明にフンを引いた時は泣くね。伐採所建てたらもう木がゼロさ
城主入りするまでは味方に頼るしかないさ。でも、その味方がヘタレだと、
帝王入りする前にあぼ〜んよ。だが、問題無く城主入りしたら、コレほぼ強い文明は無いな。
騎士生産しつつ、内政強化。たまに敵のところに荒しに行ったりして。
帝王ボタン押したら、騎士、弓騎兵、ラム、矛槍、散兵のアップグレードの準備と生産を開始する。
もちろん、味方と連絡しあって市場の位置を決めて交易の準備も忘れるな。金の供給絶たれたら悲惨だからな。
基本は近衛騎士、弓騎兵、矛槍兵、ラム、投石でオッケー。
相手の守りが高めだったら、ラム多め、タルカンの生産もした方がよさげ
ま、家の建築をしなくていい事だけでも、かなり余裕があるってこった

374 :世界@名無史さん:2007/01/04(木) 19:39:49 0
ところで匈奴とフン族の共通点はどんなところ?

375 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 01:48:48 0
匈(フン)

376 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 07:44:33 0
ソグド人は匈奴をフンと読んでいたらしいが・・・・・・・・・・・

377 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 11:14:38 0
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Image:Khazar0.png

6世紀の地図らしいですが
コーカサスの真ん中にいるHunsとは何者なんでしょう?

378 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 12:27:42 0
>>377

フン族の末裔か残存一部族というところじゃない?

379 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 23:46:31 0
白フンことエフタルの一派か?
インドに行きそびれた組とかw

380 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 21:16:00 0
いやいや、フン族東ゴート襲撃後の395年頃にコーカサスを通り抜け、シリア
あたりを襲撃している。そん時の残存部族じゃないだろうか。

381 :世界@名無史さん:2007/01/13(土) 20:12:50 0
ttp://www.youtube.com/watch?v=RiPMfK9glm4
Attila


382 :世界@名無史さん:2007/01/23(火) 18:09:06 0
アッティラがローマの目前で、ローマの劫掠を止めたのはなぜでしょうか?
教えてください。

383 :世界@名無史さん:2007/01/23(火) 18:44:20 0
教皇レオ3世の説得に心を動かされて、それ以上被害を広げるのを避けて撤退していった!

384 :世界@名無史さん:2007/01/23(火) 18:46:15 0
>>383
レオ一世じゃないですか?
三世はべつのことをしたと思います

385 :世界@名無史さん:2007/01/23(火) 18:48:15 O
歴史は真実を語らない
より正確に言うと、
真実の全てを、歴史は語る訳でない

386 :世界@名無史さん:2007/01/24(水) 10:33:13 0
>>382
「世界の中心で愛を叫んだ獣」を読めばわかります。

387 :世界@名無史さん:2007/02/02(金) 15:51:06 0
不吉な占筮と高地占領に失敗とを鑑み
カタラウヌム会戦前にアッチラが陣頭で行ったとされる演説

「汝等は今汝等の事業の如何に重大なるかを知れるか。汝等は既に多くの民を征服して
今やまさに全世界の征服者たらんとす。その興敗の定まるは只此の一戦にあり。
神は汝等をして赤手を以ってシシヤの広野を開かしめ、多くの剽悍なる民族をして汝等の前に
跪かしめ、到る所戦勝の悦びに飽かしめたり。戦争を外にして満悦すべき事業は焉くにかある。
仇敵を倒すことを外にして弱者の心を飽かしむべき快事は何処にかある。
見よ眼前の敵只烏合の衆に過ぎぬ。彼等の同盟は相互の恐怖より生じたる一時の苟合にして、争うて
かの高地に拠らんとするが如きは身を隠さんとする恐怖心の表れに過ぎぬ。
ローマ人の脆弱なるは汝等既に善く之を知れり。彼等は如何に隊伍を整え、盾を列ねて
軍容を張るとも、馬蹄一蹴せば忽ち潰走せん。只少し強きは一人西ゴート人あるのみ。
故に先づ彼等を挫かば、余は力を用いずして解体せん。我等フン人の奮起すべきは今なるぞ。
傷つける者は更に進んで一人の敵を倒さんことを思い、傷つかざる者は猛進して殺戮に饜んことを思え。
生死は命なり。天の助けある勇士は矢石の中にあるも尚お其の身を全うするものぞ。
天命なきものは何処に隠るるとも其の死を免るること能はず。
天は我等に今日の勝利を約束しつつあり。予は今此の敵に対し第一の投槍を投ずるであろう。
若し汝等の中、予に倣はざる者あらば、そは魂なき卑怯者なり。」

伊藤政之助 世界戦争史3 102、3Pより

388 :世界@名無史さん:2007/02/12(月) 22:36:54 0
アッテラが、レオとの会談の後、ローマの女と結婚し初夜に鼻血たらして死んだって、
本当ですか?



389 :世界@名無史さん:2007/02/12(月) 23:58:02 0
アッティラがフン族ならレオはニョー族?

390 :世界@名無史さん:2007/02/18(日) 08:14:57 0
カタラウヌムの戦いの前に、アッティラは占いをさせたが、
それによると戦いは負けだが、敵の王がこの戦いで死ぬと出たため、
アッティラは敢えて敵の王<アッティラはアエティウスと思った)
が死ぬという戦果を挙げられるなら敗北という対価を支払っても良いと
出陣を決意したという。


391 :世界@名無史さん:2007/02/19(月) 20:45:40 0
で、結局負けたんでしょ?


392 :世界@名無史さん:2007/02/20(火) 03:15:46 O
>>388
皇女ホノリアとゴート族のヒルディコを混同してないか?
AD452 マントヴァの会見

AD453 ヒルディコと同衾してあぼーん

393 :世界@名無史さん:2007/02/21(水) 14:01:53 0
ストームフロントにあったアッティラの想像図

ttp://www.stormfront.org/whitehistory/hwr18_files/atilla.jpeg

394 :世界@名無史さん:2007/02/21(水) 15:35:57 0
>>393
なにこれ、アフリカ人w
こんなのアッティラじゃないよー。

395 :世界@名無史さん:2007/02/21(水) 19:35:40 O
と、とかげ男だっ〜

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