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匈奴=フン

1 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 21:40:06 0
フンフンフフン〜♪

2 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 21:55:33 0
うわ、ヤな立て方だな〜。
まあ乙。

3 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 21:56:36 0
また、似たようなスレ立てやがったな。前にも似たようなスレあって無事1000レス突破していたが。
このスレはその続編として扱うべきなのか?

4 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 22:00:12 0
101 :世界@名無史さん :2006/01/08(日) 01:27:52 0
誰か、匈奴=フン族か?スレ立ててよ・・・

104 :世界@名無史さん :2006/01/11(水) 04:22:28 0
>>101
それだと話題が狭くなるから
【匈奴+その先祖?末裔?総合スレ】
とでもしておけ。

105 :世界@名無史さん :2006/01/16(月) 21:35:04 0
>>104
立てられないから頼んでる訳だが・・・

106 :世界@名無史さん :2006/01/16(月) 21:40:56 0
ほらよ
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1137415206/

5 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 22:07:04 0
フン族画像がいっぱい
ttp://www.stratcommandcenter.com/forums/index.php?showtopic=3513

6 :冒頓単于:2006/01/16(月) 22:20:13 0
いまこそ大シュンヌー帝国復活の秋!
再び漢土を蹂躙し、地の果て海の果てまでもわがものとしてくれん。
大洋より大洋にいたるまで、テングリのもと地はことどとく単于のもの。

7 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 22:20:56 0
シュンヌー?

8 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 22:44:13 0
フン族って糞(フン)をたくさんしたの?

9 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 22:45:41 0
くだらなすぎてワラタ

10 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 22:50:40 0
黄巾賊に負けたのが雑巾賊
雑巾賊に負けたのが糞族
糞族に負けたのがゴート族
ゴート族に負けたのがローマ帝国←最弱

11 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 22:51:29 0
強盗族に訂正

12 :世界@名無史さん:2006/01/17(火) 03:37:28 0
匈奴は康居を臣属させてたらしいな。
奄蔡は康居に臣属していたらしいし。
つまり匈奴の影響力は黒海沿岸まで及んでいたって事か。

13 :世界@名無史さん:2006/01/17(火) 04:07:49 0
>>12
その話はもうずいぶんと昔に白鳥庫吉と榎一雄に批判されていて、
今では「匈奴=フン」説の論拠としては使い物にならない。

前スレでは誰も触れていないようだから、いかに前スレが
低レベル(同じ話題の堂々巡り)だったかわかる。

14 :初心者:2006/01/17(火) 09:21:51 0
奄蔡と康居ってどこの民族ですか? サルマタイ人とか?

15 :世界@名無史さん:2006/01/17(火) 13:17:26 0
クン

16 :世界@名無史さん:2006/01/17(火) 14:52:26 0
>>14
アラル海北方のアラン族とアラル海北東のカンクリ族

17 :世界@名無史さん:2006/01/17(火) 23:27:57 0
柔然=アヴァール

18 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 04:39:27 0
>>13
シツシ単于は康居をアゴで使ってたし。
西域における匈奴の威信は後漢時代まで
それなりにあったんじゃないか?
北単于が康居を頼って西へ移動してもおかしくない。

19 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 04:57:26 0
匈奴が西へ移動しても大勢力だったという話は
それはソグディアナまでの話で、それはいいんだけど。

黒海まで進出してアランを征服した、という話は間違い、
というのが白鳥説・榎説。

20 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 08:45:13 0
>>16
thx
カンクリってホラズム・シャー朝の頃にも出てきたような・・・?

21 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 11:16:10 0
康居ってカンクリの音を当てたもんじゃないだろ。

22 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 16:43:39 0
匈奴 = 糞
馬糞まみれ!

終了w

23 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 21:47:39 0
とりあえず、フン族と匈奴は異なるという説では、
フン族はどういう系統というか、出自だと考えられているのかね?
例えば、移動以前はどのあたりを居住地としていて、
どの程度の規模の集団であったのかとか。

少なくともゲルマン人を圧迫して、アッティラという王をいただいていた以上は、
それなりの規模のまとまった集団ではあったと思うのだけど。

24 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 21:51:42 0
>>23
はっきり「フンと匈奴は全く関係ない」と断言できる
根拠はないと思うよ。一般に学者が「フン=匈奴説」に
反対してるのは、その主張を裏付ける証拠は不十分、
ということで、可能性があることは認めてるでしょ。

ようするにわからないことだらけ、ってこと。

25 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 22:16:24 0
康居=ホラズム

26 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 22:39:12 0
ある時匈奴帝国に属した部族が別の時にフン帝国に属したということは当然あるだろう。
それはまあ確実にありえたのであって、問題となるのは
はたしてアッティラが冒頓の子孫かどうかってことですな。

こんなこと確認しようがありやせん。

27 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 22:53:21 0
もし「匈奴=フン」だった場合、その移動距離ももの凄いが、
ヴァンダルにくっついて中央アジアからアフリカまで
行っちゃった(それも短期間に)アランも充分すごいと
思うぞ。

28 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 23:02:55 0
開封からエステルゴムまで移動してそのまま帰って来たスブタイが最強

29 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 23:44:18 0
フン族の風貌の記述とか見ると朝青龍みたいのを連想するな。
やっぱモンゴロイドじゃねえの?

30 :世界@名無史さん:2006/01/18(水) 23:59:07 0
>29
というか誰もユーロポイドだと言ってないと思うぞ。

31 :世界@名無史さん:2006/01/19(木) 00:03:05 0
まあ、移動距離なら後にモンゴル軍が可能な事を証明してるからな。

32 :世界@名無史さん:2006/01/19(木) 00:43:27 0
AD3〜4世紀の中央アジア西部〜黒海北岸の状況の、直接的な文献資料が無いのが痛い。

33 :世界@名無史さん:2006/01/19(木) 01:00:34 0
突厥の中央アジア進出前に、南ロシアにうじゃうじゃ
現れたテュルク系民族ブルガルとかハザールとかのこと考えると
やっぱり「フン=匈奴=テュルク系民族」と考えたくなるが、
結局「証拠が少なすぎる」で止まっちゃうんだよな。

多分このスレもその流れで1000まで行くのかな。

34 :世界@名無史さん:2006/01/19(木) 01:50:41 0
なんでサルマタイやサカ、アランといったイラン系遊牧民は
テュルク系遊牧民に駆逐されてしまったんだろう

35 :世界@名無史さん:2006/01/19(木) 01:58:46 0
一見、人が駆逐されたように見えるが、実は
殺されたり移動したんじゃなくて、大半は
テュルク語話者に同化しただけだと思う。

36 :世界@名無史さん:2006/01/19(木) 02:30:59 0
>>35
今のタタール人なんかもユーロポイド的外見の人が多いらしい。

37 :世界@名無史さん:2006/01/19(木) 08:50:29 0
79 :世界@名無史さん :2005/04/24(日) 02:43:14 0
ちょっと厨な質問だけど、まだユーラシア大陸各地に散らばる前の
シベリアに住んでいたプロトテュルク人は基本的には黄色人種と考えられて
いるけど、この人たち実は白色人種だったという可能性は無いんですか?
もともと中央アジアにいたインドヨーロッパ系の人々が、南下してきた
トルコ人によって言語的にトルコ化した、なんて言われてるけど
実際はこの逆で、もともとのトルコ人は白色人種でロシア・ヨーロッパ方面
に移動したハザール・ブルガール・ペチェネグ・クマンと言った人々は
早めに中央アジアを抜け出し混血を免れたため人種的には白色人種のままだった
が、現在のカザフ人やウイグル人は長く中央アジアに留まったため、漢民族や
モンゴル系の人々との混血によって黄色人種化した人々だ、とは考えられませんか?
プロトテュルク人に近いと言われるシベリアのヤクート人なんかは黄色人種だけど
彼らは中央アジアの戦乱を逃れて北に移住した人たちだ、とも聞いたことがあるし。
中央アジア、もしくは移住先のシベリアでの混血により、彼らは今のような姿になった
とは考えられないでしょうか。

38 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 00:39:53 0
>>24
なるほど、
いや、素人考えなんだけど、フン族は前述の通り、
アッティラという王をいただき、ゲルマン人を圧迫していたのだから、
その存在は、かなりの力を持ったある程度の規模のまとまった集団、
つまり、遊牧民国家といって差し支えないものだったのではないかと。
で、それが匈奴そのものではなかったとすると、当時の匈奴の領域とゲルマン人の居住地域の間に、
今まで知られていたものの他に、そういった存在がいたことになって、
ちょっと不自然かな?と思いまして。

まあ、その時期のその地域のことがほとんどわからないなら、
そういうのがいてもいっこうにおかしくはないのだろうけど。

39 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 19:20:03 0
東方だと攣革是(ランテイ、レンテイ。単于家)、呼衍、蘭、須卜辺りが匈奴の有力氏族として出てくるが。
フンに似たような発音の人物いるの?

40 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 22:25:26 0
>>38

以下は、内田吟風『北アジア史研究 匈奴篇』より。

170年頃書かれた「プトレマイオスの地理書」には、
「ドン川とヴォルガ川の間にRoxilaniの隣人としてΧουνοιが住む」
と書かれてるらしいよ。これが西側の史料にフンが現れる初出とされている。

また、200年頃に書かれた史料にも、
「Caspi国境の諸蛮族部落Scyths、Huns、Caspiani、Albali」
というのもあるそうな。

41 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 22:26:52 0
バラミール(バランベル)率いるフンが西洋史の表舞台に現れる
4世紀後半より前に「フン」と称する人々は南ロシア平原にいたらしい。

これが後世のフンの先祖である可能性は高いだろうが、
匈奴とどう繋がるかはわからない。

内田吟風は「北匈奴・呼衍王が蒲類・秦海の間を展転」という記事を
根拠に、延光2年(123年)までに北匈奴が黒海=秦海まで進出
していた、と主張しているが、その他の記事では当時北匈奴は
ジュンガール盆地辺りをウロウロしているだけ。

これは、158年頃に北匈奴が康居に移動する前の記事だから
黒海まで進出という話は怪しい。秦海=黒海というのもどうなんだろ?
蒲類海(バルクル湖)みたいな小さい湖と黒海を並べてるのも
不釣り合いだし・・・。

問題の『魏書/北史・西域伝・粟特国条』については
長くなるからいずれまた。

42 :世界@名無史さん:2006/01/20(金) 22:27:52 0
このスレを 項羽VS冒頓単于スレにしていいいか?

43 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 10:26:20 0
キプチャク草原を東から征服した民族で素性がはっきりしてるのって
モンゴル帝国以外にないのかねえ。

44 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 12:41:51 0
フン族の言葉って分からないの?

45 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 12:51:09 0
現代モンゴル語では人のことを「フン」というらしいけど

46 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 13:20:42 0
ふーん

47 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 14:25:52 0
( ´_ゝ`)フーン

48 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 18:31:28 0
匈奴とフン族の同一論拠

@ 族名の類委

A 民族性の一致

B 匈奴西遷の時期・経路とフン族欧州出現時期・地点の一致

C 共にアルタイ語を使用したらしいこと

D フン侵入期にロシア語へ多くのアルタイ語が輸入されたこと

E 考古学的に匈奴の欧州西移があとずけられたこと

F 『魏書』西域伝にフンのことが匈奴の名で記載されていること

「アッチラとフン族」4Pより

しかし、著書の中では同一説には否定的な見解が多い。しかし、フン族はバイカル湖
周辺から移動してきた民族との見解。


49 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 20:28:01 0
バイカル湖周辺も匈奴の領域だよ。

50 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 20:48:48 0
モンゴル族もバイカル湖が発祥地…
綺麗なトコだから皆使おうとしているんかいな?

51 :世界@名無史さん:2006/01/22(日) 00:15:38 0
親スレ

エ      フ      タ      ル
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1128249956/l50

52 :世界@名無史さん:2006/01/22(日) 11:54:05 0
バイカル湖って遊牧民の影響の強い狩猟民の土地って感じだが

53 :世界@名無史さん:2006/01/22(日) 20:17:42 0
考古学的には、モンゴルは11世紀頃までバイカル湖側ではなくて東の興安嶺の奥地が原郷。
『元朝秘史』の冒頭でボルテ・チノとコアイ・マラルが「海」を渡ってやってきた、という
件があって、この「海」をバイカル湖に比定する説は確かに有力視されている。

しかし、7世紀頃にあらわれる「蒙兀」「蒙瓦」にしろ興安嶺方面の域をでないので
バイカル湖方面に居たかはかなり怪しい。むしろ12世紀に興安嶺からバイカル南部の
ケンテイ山脈にキヤト氏族などのモンゴル諸部族が進出してきたため、当時バイカル湖畔
の最大勢力であったメルキト族は、バイカルと華北との通商街道をモンゴル諸部族に
塞がれたためにこれと抗争するようになったと見られている。

この「西方進出」の最前線にいたのがチンギス・ハンを出したキヤト氏族で、
『元朝秘史』に、チンギスの父イェスゲイの時代からメルキト部族との戦争が
折に触れてあらわれるのはその状況を反映したものだと現在は考えられている。

ちなみに、ナイマン王クチュルクはモンゴルのチンギスを指して「森の王」と
文字どおり「山出しの田舎者」的な言葉で侮蔑しており、あまり湖水との関係は
述べていない。(実際に山林と草原の入り交じった地域からモンゴル諸部族が出現
してきたことを端的に表したものと考えられている)『黒韃事略』などの南宗側の
記録などではモンゴルは垢まみれで真っ黒に薄汚れて汚らしかったとあり、欧州からの
修道士たちもモンゴル人は身体を洗う習慣が殆どなかったことを述べている。

54 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 19:52:53 0
匈奴について知ってるヤツはフンについてよく知らないし、
フンについて知ってるヤツは匈奴についてよく知らないんじゃないの?

55 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 21:13:28 0
そもそも「匈奴=フン」と言い出したヨーロッパ人学者が
漢文史料をまともに読めなかったのが問題。

ちゃんと読めたら「粟特=クリミア半島のSughdag」なんて言わない。

56 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 21:43:45 0
まあ、ぶっちゃけアラン程度なら北匈奴の軍隊で
十分滅ぼせるだろ。
それよりフンについての情報が乏しいな。

57 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 21:46:13 0
アランは滅ぼされたわけじゃなくて、フンに降参した後
一緒になってゴートに攻め入った。

58 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 23:26:26 0
結局フン=匈奴を完全否定できる証拠はないんだろ?

59 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 23:30:07 0
「アラン程度」って別に弱くないと思うが

60 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 23:41:51 0
パルティアやササン朝にたびたび侵入してるしなぁ

61 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 01:56:16 0
>>58
「フン=タイムスリップしてきたモンゴル軍」
「フン=完全に架空の民族」
などを"完全"否定できる証拠もない。

62 :世界@名無史さん:2006/01/29(日) 23:49:03 0
エフタル=匈奴だっけ?

63 :世界@名無史さん:2006/01/29(日) 23:52:37 0
ちがうよ

64 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 01:01:01 0
エフタル=白フン

65 :世界@名無史さん:2006/02/01(水) 22:36:04 0
しかし、アランを中国が知っていたってのはすごいよな。

66 :世界@名無史さん:2006/02/02(木) 15:52:09 0
http://gold.jp-sex.com/

67 :世界@名無史さん:2006/02/03(金) 21:00:38 0
>>65
アラン(奄蔡)は昔、アラル海あたりにいて康居の
近くにいたんだから中国人が知っていて何の不思議もない。

ただし「魏書西域伝粟特国条」の奄蔡は、その昔の記憶が
混入してるだけで、西の方に移動した後のアランのことを
知っていたわけじゃない。

68 :世界@名無史さん:2006/02/03(金) 23:12:43 0
アッチラとかウルディンとかの名前は
モンゴル語やトルコ語にある言葉?

69 :世界@名無史さん:2006/02/07(火) 14:27:53 0
ボクトツってのは謚だよな?

70 :世界@名無史さん:2006/02/07(火) 21:22:12 0
匈奴の単于家の姓は攣革是だな。>>39で出ているが。

71 :世界@名無史さん:2006/02/07(火) 23:17:46 0
いや、誰も姓の話はしていないのだが?

72 :世界@名無史さん:2006/02/08(水) 00:18:24 0
アッチラってトルコ語の父の幼児語
つまりお父ちゃんって意味だと聞いたこと有るけど。

73 :世界@名無史さん:2006/02/08(水) 19:54:02 0
ケマル・アタトゥルクみたいな?

74 :世界@名無史さん:2006/02/10(金) 02:03:19 0
匈奴はスキタイの流れをくむイラン系か
モンゴル系かどちらなんだろう?
あとトルコ系ってモンゴル系とどう違うんだ!

75 :世界@名無史さん:2006/02/10(金) 17:17:24 0
ローマ人の描写するフン族はスキタイ系には見えない。

76 :世界@名無史さん:2006/02/11(土) 21:45:50 0
匈奴から単于号が消えたのはいつ?
劉淵の頃はまだ単于号はあった気がするけど、
謚みたいなのは無くなってたよね?
フン族も北単于の系統は途絶えて単于がいなく
なってたんじゃないかな?
フンには首長がいなかったって話もあるし。

77 :世界@名無史さん:2006/02/15(水) 22:09:26 0
まあ、北匈奴の移動ルートを考えれば康居・アランの兵が
フン族に含まれていた可能性大だな。

78 :世界@名無史さん:2006/02/18(土) 17:09:39 0
フン語と匈奴語の比較ができれば一発

79 :世界@名無史さん:2006/02/18(土) 17:11:06 0
フン語も匈奴語も散発的にいくつか単語が
わかってるだけなので無理

80 :世界@名無史さん:2006/02/18(土) 20:13:00 0
その二つを同時に理解できる人がいないから無理なだけじゃないの?

81 :世界@名無史さん:2006/02/19(日) 20:58:51 O
「二つを同時に理解」もなにも、片方だけ理解できる人も存在しない。
「散発的にいくつか単語がわかってるだけ」で、言語の全体像はわかってないから。

82 :世界@名無史さん:2006/02/19(日) 21:47:08 0
人名と部族名くらいしか記録に無いよね。

匈奴側については漢文資料が秦末から後趙まで500年余り通時代的に記録を
残してるからまだ良いけど、フンに至っては欧州のラテン語とギリシア語文献で
その場限りの断片的記録が残っている程度。

肝心のサーサーン朝やインド方面の連中はそもそも自分達の通史的な記録さえ
ほとんど書かなかったせいで、フンと思しき王の名前もほとんど記録して無い
有り様。

ソグド人あたりがフン語だか匈奴語だかを記録してくれれば、状況も違うんだろう
けど、ソグド語資料自体、書簡や宗教関連の文書の断片とか碑文くらいで対外的な
情報はほとんど望めない。高昌とか中央アジアあたりからドカンと4世紀くらいからの
隊商記録なんかのソグド語文書が数百年分大量に出てくればと思うが、まあ無茶な話か。

83 :世界@名無史さん:2006/02/23(木) 21:59:16 0
匈奴語をトルコ語で解釈する方法に倣って
フン語もトルコ語で解釈できないの?
人名とか断片的な記録でもいいから。

84 :世界@名無史さん:2006/02/23(木) 22:07:35 0
>>1
匈奴なんて糞のような民族だといいたいのか!貴様!
激しく同意する!

85 :世界@名無史さん:2006/02/24(金) 00:08:23 0
>>84
お前が糞

86 :世界@名無史さん:2006/02/24(金) 00:10:26 0
>>85は匈奴

87 :世界@名無史さん:2006/02/26(日) 16:13:11 0
オリンピックにファーストネームがアッチラっていう
ハンガリー選手が出てたな。

88 :世界@名無史さん:2006/02/26(日) 17:33:29 0
ハンガリー人は、フンの子孫だと思ってるからねぇ。

89 :世界@名無史さん:2006/02/26(日) 18:39:17 0
そもそも国名の由来がアレだからなぁ。

90 :世界@名無史さん:2006/02/26(日) 22:16:04 0
ふんがりー人民

91 :世界@名無史さん:2006/03/15(水) 10:41:38 0
フンの陵墓や埋葬品は残ってないの?

92 :世界@名無史さん:2006/03/18(土) 12:58:50 0
http://j2k.naver.com/j2k_frame.php/japanese/bbs2.worldn.media.daum.net/griffin/do/koreawave/read?bbsId=K005&articleId=719

「ゲルマン族を 敗退させた フン族は 韓国人」

だそうです・・・・

93 :世界@名無史さん:2006/03/18(土) 19:29:13 0
この手の話もいい加減聞き飽きたな

94 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 20:53:29 0
匈奴がトルコ系かモンゴル系かで話違ってこない?

95 :世界@名無史さん:2006/04/02(日) 10:19:09 0
>>89
ハンガリーは他称で、自称はマジャールだった気がするが。

96 :世界@名無史さん:2006/04/02(日) 12:38:17 0
突厥がトルコになったんだから・・・
匈奴=フンでもよかんべ

97 :世界@名無史さん:2006/04/02(日) 16:31:22 0
突厥は言語がちゃんとわかっていてトルコ語との関係も明白。
トルコ人の移動経緯もはっきりわかっている。

匈奴とフンは「集団名が似ている」以上にはなかなか先に進まない。
同様に扱うのはとても無理。

98 :世界@名無史さん:2006/04/02(日) 20:12:13 0
> 突厥がトルコになったんだから・・・
厳密には違う。「突厥」が「テュルク」の集合名詞「テュルクト」の音写だろうというのは、
ほぼ間違い無いことだろうが、突厥帝国西部(ホラズム〜トランスオクシアナ方面)にいた
オグズ集団の一部がセルジューク朝時代にアナトリアに入植して今のトルコに繋がる。

一応「テュルキエ」という名を新たに称しているが、「突厥」中核部族そのものの後裔という
わけではなく、その辺縁にいた集団の子孫になる。ハザールの系統からするとタタルスタンや
カザフのあたりとかがより後裔に近いと言えるだろうが、これらはモンゴル帝国の影響の方が
圧倒的に強い。10、11世紀頃の段階ですでにオグズ・テュルクメンやカルルク、キルギズ、
カンクリ、ウイグルなどの集団は「突厥」云々というよりは「テュルク系の人々」で一括りに
されている。

99 :世界@名無史さん:2006/04/04(火) 16:01:26 0
「フン族」持ってますか?

100 :世界@名無史さん:2006/04/04(火) 19:01:00 0
100ゲット

101 :世界@名無史さん:2006/04/08(土) 03:22:00 0
フンと匈奴の王族の墓掘って遺骨をDNA鑑定でどうだ?

102 :世界@名無史さん:2006/04/08(土) 20:50:47 0
>>89
>>90
今は「フン族のガリア」説よりも「ホノグル」説のほうが有力らしいですよ。

>>95
正式名称は「Magyar-Koztarsasag(マジャル・ケスタールシャシャーグ)」

103 :世界@名無史さん:2006/04/10(月) 00:23:12 0
36 :世界@名無史さん :2005/10/22(土) 11:56:57 0
嚈噠と悦般は同一か?
北匈奴のうち、ソグディアナに残居した単干王侯系集団がエフタルのはじまりと
みてよかろうか?
文化水準は高かったとみられ、当時まだ未開であった蠕蠕(柔然)の地に赴いた王が
住民の不潔なことに嫌悪感を抱き、国交を断ったとかって話があるんだよね?

こんなん見つけたけど。

104 :世界@名無史さん:2006/04/11(火) 00:52:52 0
エフタルスレでやれ

105 :世界@名無史さん:2006/04/15(土) 00:51:34 0
フンと同一視されてるのは北匈奴だろ?
前漢のチツシ単于もかなり西には行ってたけどな。

106 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 12:31:18 0
>105

問題は王族の血(ランデイ氏とかキョレンダイ氏)が
アッティラにつながってるかどうかだろう。

王族以外は全部移動中にサルマートやらアランやらと混血しまくって
るんじゃねーか?

逆に混血してないなら、匈奴から何百年もかけて西進したというのは
すごく無理がある。

バトゥがワールシュタットに攻め込んだときだって、モンゴル統一から
わずか40年。フンの歴史だってせいぜい4世紀後半からだと思うが。

遊牧民ってじわじわ膨張とか移動って基本的にないよね。
基本的に急速に強大化して、そして急速に衰退する。

107 :世界@名無史さん:2006/04/28(金) 23:14:43 0
匈奴を描いた絵とフンを描いた絵を比較とかできないの?

108 :世界@名無史さん:2006/05/01(月) 22:22:47 0
フン族の遺跡無いの?

109 :世界@名無史さん:2006/05/14(日) 18:15:04 0
あげ

110 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 22:44:39 0
匈奴自体が何系かはっきりしてないからなあ・・・


111 :世界@名無史さん:2006/05/26(金) 01:15:11 0
イノストランツェフの本は結構深く研究してるの?

112 :世界@名無史さん:2006/06/26(月) 21:19:32 0
>>108
147 :世界@名無史さん :04/02/21 18:14
フン、匈奴の議論については林俊雄がフク(フォントが出ない)という
青銅器の分布をもとに調査していますね。それによると新疆省と東欧で
同じ形態のものが発掘されており、年代的に4世紀後半に突然中央アジアから
南ロシア、東欧に拡大したことになるそうです。このことから、
単一民族が移動したのか、その民族が勢力を一気に拡大したのか、更に
それらが政治的に統合されていたかはわからないが、
文化的同質性と短期間の拡大からみて、 一つの民族的まとまりであったことは
間違いなさそう、という方向性とのことです。

まずは林教授の論文・論述を読むべし。
「文明と環境 第6巻 歴史と気候」 4章 フン族あらわる 林俊雄 

113 :世界@名無史さん:2006/06/26(月) 21:29:11 0
age

114 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 00:39:47 0
7Si303DPFk <= #bhA)e@SK
7si3jGqqd2 <= #_!Wi~vGM
7Si3AzfnGM <= #]Mp#v@8P
1F7si3kq7g <= #`-r8NBZ;
wi97Si3/ug <= #5-rR$wd0
7Si3DeWN6s <= #3Z.#G_MY
KrP7si3H.E <= #^XA=+`y4
7si3ilLqss <= #L16S(;#,
7Si3YrU9qc <= #A16rDiBq
7Si3IMCliA <= #},O9UnU5
7si32qCYIQ <= #('wR&*U*
7SI3aaCDyQ <= #=:%DKAw{
7SI3WAKap. <= #)@bKQ4WX
3v7si3UZn2 <= #8wavm3fi
LLPk37si3o <= #ek=A&W'M
C7si33U1To <= #Rk=m3w''
7SI3IGwgcQ <= #IE,qIBK5
5I7Si3/Sdk <= #YX[TBBCk
At7Si34OGg <= #A5aF&d%H
17SI3XpoII <= #)(shZTER
gH7SI3Y396 <= #1(sp%s0\
5tP7SI3vfc <= #%rd0(I%i
57SI3mZgjw <= #J;y7Zp|J
/7si3p1vOA <= #-[/6_(36
wSqCZ7SI3U <= #B;H0?@j*
7Si3GSPZ.k <= #=;HI5x}.
7si3OkX89E <= #mk9;a'd`
ra7SI3S4t2 <= #]lNVfvd1
Pjt.7Si3mM <= #T|]RY[._
8Wbo7Si3BY <= #;J:AovCT
7Si3G.8oWI <= #olRzgZ=O
XJCPB7Si3E <= #/9_1k9Cz

115 :世界@名無史さん:2006/07/17(月) 20:11:02 0
青銅器は匈奴特有とは限らないし、どこまで信用できるのだろう?

116 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:40:17 0
フン族ってトルコ系?モンゴル系?
アッティラってモンゴロイドっぽい顔だったの?

117 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 23:23:44 0
>>116
今のところそれを確証するものは無いので不明

それとは別に今のトルコ&テュルク系の国々や民族では
匈奴&フンは自分達の民族の歴史として教えている

118 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 19:58:55 0
トルコ史で冒頓単于が出てくるってのも違和感ありまくりだな。

119 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 21:10:25 0
>>118
まあ、俺らは「中国史」or「モンゴル史」として習ってるしな。

120 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 06:03:51 0
歴史を「その土地の歴史」として学ぶか「その民族の歴史」として学ぶか
その違いに拠るからだろうな
日本の場合大体日本史は「その土地の歴史」として学ぶけど
トルコやテュルク系の民族は「その民族の歴史」として学ぶからだろうな

因みに冒頓単于はトルコではMETEとして大英雄として教えている
ttp://www.aqkopruk.4t.com/photo4.html

121 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 22:47:47 0
(実際は誇張だけど)鼻血を出し過ぎて失血死したアッティラも英雄ですかw

…話は変わるがフンも単于や可汗に相当する君主号を使ってたのかいな。

122 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 01:03:20 0
因みに余談になるが
少数意見の一部のトルコの自国学者には
スキタイの残党が中央アジアに移り住んだサカ族(塞族)や
中国の西周の時代に出てくる犬戎までも「我が民族の先祖」と主張する人が居て
「世界最古の遊牧民族はキンメリアでもスキタイでも無く我がテュルクこそ真の祖」
と誇っている人も居るみたい
そこまで行くとちょっとトンデモくさくなるんだが

123 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 23:38:26 0
フーン

124 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 18:52:43 0
ウラル・アルタイ語族ってスラブも含まれるの?

125 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 19:30:58 0
スラヴは印欧語族

126 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 13:25:06 0
>>122
ウクライナやカザフスタンあたりにいたテュルク系遊牧民って
元からいたイラン系遊牧民をけっこう吸収してるんですかね?

127 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 16:16:46 0
混じりまくってると思うよ。
だって見た目に大差ないし。

128 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 01:26:34 0
白鳥庫吉は月氏とかをトルコ系としているよなあ。
今はイラン系というのが有力らしいが。

129 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 02:00:01 0
バルトリドもチベット系とか書いてたりしたような

130 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 02:01:54 0
バルトリドって何ですか?

131 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 03:17:13 0
ロシアの学者ヴァシーリー・バルトリド

132 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 08:26:54 0
昔はバルトリドの本が角川文庫で出てたんだから凄いよな
単なる粗製濫造の安い本でしかない今の文庫とはえらい違い

133 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 21:43:35 0
素人目に不思議なんだが、なんで匈奴でもフンでも
いいけど、中国の文明やローマの文明を吸収しなかったのかね
同様に漢と接触したのが匈奴ならローマと接触したときにかつて
接触した漢のことなどをつたえてもいいとおもうんだけど
そういう形跡もないよな?

134 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 22:05:28 0
漢族の文明に染まると弱体化するってのが匈奴の常識

135 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 23:08:03 0
アッテイラも蛮族とおもいきやキリスト教の教皇とあって何を会談したのか
わからないけどローマから引き上げているよな?
ということは語学や素養はあったとおもうんだが、それでもあえて漢やローマの
知識吸収しないのはどういう理由なんだろ


136 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 10:32:42 0
結局、何が見つかればフン=匈奴となるの?

137 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 12:13:55 0
もちろんウンコにきまってるだろ

138 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 19:49:12 0
アッティラは弁髪のモンゴル顔の朝青龍みたいなオッサンだったの?
それとも現代のトルコ人みたいなバタくさい白人顔のイケメンだったの?

139 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 19:55:34 0
お前のその白人偏重主義が気に入らない。

140 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 20:21:08 0
弁髪は女真人の風習だと思ったが。

141 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 02:48:59 0
まあwikiだからソースとして適切かどうかというふうに異論唱える人もいるだろうが、
あえて引用してみる

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%AE%E9%AB%AA
辮髪(べんぱつ、弁髪)は、北東アジアの民族の習俗で、頭髪を一部を残して剃りあげ、
残りの毛髪を伸ばして編んだ髪型。満州族の前頭部を剃り後頭部を伸ばすスタイルが
有名だが、契丹族の頭頂部のみを残すスタイルや、モンゴル族の両側頭部を残すス
タイルなど、民族によりさまざまなスタイルの辮髪があった。日本の丁髷は同類と
見る人も多いが、「髪を剃った残りの部分を編み上げる」辮髪と違って「束ね髪の脳天を
剃ったもの」なので全くの別系統である。。

蛇足もふくめて転載してみたが、アッテイラも仮に匈奴につらなるものとしたら
北東アジア的な部族の習慣がある可能性も



142 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 00:30:48 0
冒頓単于は生前は他の名で呼ばれてたんでしょ?

143 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 19:16:33 0
>>142
トルコやテュルク系の国々ではMETE(メテ)って言う名前で教えてる

144 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 23:33:33 0
フン族は黒海北岸の原住民ではないのだから
東から来たと考えるしかないんじゃないの?


145 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 15:28:53 0
ではハンガリー人とフン族は同じ民族ではないの?
家のだんなの祖母が100%ハンガリー人で
その息子である義父もよくマギャール=フンと
言っていたのでちょっと興味がある。
祖母の100年ぐらい前の家族写真を見た事があるのだが、
ヨーロッパ人の風貌というよりはトルコやアフガンからと
しかいえないような外見と服装だったもので・・・

146 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 20:48:09 0
トルコもアフガンもアーリア系じゃねえの?
色が黒いの?
フンはモンゴル系と思うが・・・

147 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 21:06:00 0
>>146
アフガンはコーカソイドで、アーリア人説でもアーリア人に分類される。
トルコはもともと中央アジアの突厥だから、モンゴロイド。
だが、現在のトルコのトルコ人はコーカソイドとの混血が進み、身体的
な外見形質はかなりコーカソイドに近い。

要するに、アフガンはコーカソイドがベースでモンゴロイドと混血してい
るが、言語や文化はアーリア系。
トルコはモンゴロイドがベースでコーカソイドと混血しているが、言語や
文化はアジア系。

148 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 21:18:32 O
>>147
確かにトルコ人の混血は進んでる感じだね。

すると、民族において混血による身体的特徴の変化に比べて言語は変化しにくく、民族の要素としても人種的特徴より言語のほうがより重要なのかな。

149 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 16:29:28 0
分かり易いのは武器の構造の比較じゃね?
匈奴弓とフン弓の構造は比較できんのかな?

150 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 17:38:58 O
マジャール人は蒙古ハンがある
いわゆるケツの青いガキ

151 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 23:06:03 0
武器構造と言えば、匈奴=フン説の根拠として
剣について何かを説明されたときのノートがあるんだが、
寝ぼけてて一部しか書きとめてない。これの意味が分かる人いたらおせーて。

・匈奴において、剣はとても神聖なものだった。平時に一尺以上抜いたら死刑。
・匈奴が使っていた剣は、フェンシングみたいな、突いて攻撃するタイプ。
その柄には、鹿がグリフォンに追われる構図の動物文様が描かれている。

152 :世界@名無史さん:2006/12/21(木) 01:10:58 0
あの時代は世界的に両刃剣ばかりだったと思うけど

153 :世界@名無史さん:2007/01/04(木) 18:49:27 0
>>151

剣は基本的に突きが主流。
斬撃は刀の方だな。

154 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 14:27:00 0
匈奴=フンはフランス人が初めに指摘した事?

155 :世界@名無史さん:2007/01/24(水) 12:40:38 0
フン人がモンゴロイドなら匈奴と同一と見なしてよくね?
あの時代に西の方に行ったモンゴロイドって匈奴しかないし。

156 :世界@名無史さん:2007/01/26(金) 19:16:35 0
>>148
神戸には、関西弁しか喋らない、両親とも事業家の紅毛碧眼の子供とか結構居るよ。
横文字言葉全く判らない。高校とかの授業で英語が赤点スレスレとかいうような。

157 :世界@名無史さん:2007/01/28(日) 11:38:07 0
モンゴロイドとか厳密に分けられるってのが幻想だってそろそろ気付けよ。

158 :世界@名無史さん:2007/01/28(日) 18:43:36 0
ベルベル人が良い例ですな。

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