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騎士道の起源

1 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 12:06:12 0
古代のゲルマン人とかは剣と盾をもってワーワーいいながら走り回ってたが
中世になると甲冑に身を固めて軍馬にまたがり槍で突撃
貴婦人にかしずくのが好きな連中になっていた

なぜだ?

2 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 12:16:03 0
2


3 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 12:48:21 0
エロイから紳士になったんだよ。

4 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 14:21:34 0
カール・マルテルがイスラム教徒の侵入に対抗するために
騎兵軍を組織したのがはじまり。

5 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 14:29:19 0
>>4
それ以前から騎兵が重要になっていたというのが現在の通説だったりする。
騎士の起源ならもっと前に遡る。

6 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 14:50:04 0
ブリテン島のケルト人なんかもローマ時代から軽騎兵戦術の伝統があったらしいね。
その後にやってきたアングロ・サクソン人はほぼ全員歩兵だったようだが。

7 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 14:50:33 0
「騎兵」の起源じゃなくて「騎士道」の起源でしょ?
ローマ人がゲルマニア人の武力に対抗出来ないと危機感を抱き、
キリスト教布教とセットにして教会で叙任式を行った事から。
先鞭を付けたのはレオ3世。シャルルマーニュをキリスト教国皇帝に仕立てる事に成功した。
「騎士道」の内容はゲルマン封建文化とキリスト教の道徳律をミックスした物。

8 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 15:02:18 0
>>6
「キング・アーサー」?

9 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 15:06:06 0
>>1
ウンコを喰ったから。

10 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 15:12:38 0
要するに、教会権力が世俗権力(騎士階級)をどう手懐けるか、ということで始まったんでしょうな。
十字軍もそれに類するもの。

11 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 15:37:39 0
>>7
1ではその辺りがごっちゃになってるね。
>>8
あの映画に出てきた連中はサルマタイ人だから重装騎兵だろう。
パルティアやササン朝で用いられた「カタフラクト」の類。

12 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 16:21:00 0
>>10
違います。領主が騎士をコントロールする為に取った様々な方法が
結実したのが騎士道。
教会権力を一個の領主権と見れば当てはまるけれども。

十字軍は宗教的情熱と、貴族のニーズが偶然一致したからあれだけ熱狂的に
行われたわけで。

13 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 17:23:28 0
宮廷風恋愛についてはイベリアから来たアラブ文化の影響という説もあるとか。

14 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 17:36:51 0
このスレもどうせ幼稚な知識のひけらかし合いで終わるんだろうな

15 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 17:51:47 0
>14
じゃー何かネタ振って

16 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 19:02:13 0
アジアから鐙が伝わってきたことで騎馬での突撃が可能になったとか聞きますが。

17 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 19:47:06 0
>>14
つーかもう答えが出て終わってるスレだよ。
わざわざその一言を書き込みに来る辺り、博識な人は流石だな。

18 :朱由檢:2005/10/15(土) 23:36:05 0
プロフェッショナルな騎兵である“騎士”が登場しなければ、
当然“騎士道”は登場しませんから、
騎兵の成立を考えるのは無意味ではないかと思います。
技術的な面から考えれば、
西部キリスト教圏でプロフェッショナル騎兵が登場したのは、
11〜12世紀頃ではないでしょうか。
西部キリスト教圏おける“鐙”の普及は8世紀、“鞍”の普及が10世紀。
槍を脇に抱えて固定したまま突撃する騎士の代名詞的なイメージだけど、
これを考案したのはノルマン人で、馬上槍突撃術の考案が11世紀。
アラブ馬が入って来て品種改良される十字軍以前の欧州馬は、
突撃に耐えない小型馬か大型だが動きの鈍い駄馬しかいませんでしたから、
馬がまともになるのは12世紀以降。

テンプル騎士団の記章“貧しき騎士”は一頭の馬に二人の騎士が乗っており、
大型駄馬でさえ運送用として重宝されていた代表的な事例でしょうか。
当時は欧州の大半はジャングルに覆われ馬の育成に向かなかったため、
馬は高価で数も十分確保できるほどではなかったようですね。

19 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 01:14:07 0
>>18
寝言を言ってはいけません。
騎士の原型である家付き戦士群はカロリンガー以前に源泉を求めるのが普通です。
騎士道というのは、騎兵である事とは余り関係がありません。
むしろ専門的戦士である事が重要だったので。

20 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2005/10/16(日) 01:23:42 0
>>18
騎士道という概念を考える際に重要なのは
我々が一般に想像する“ナイト”といったような具体的な兵種ではなく
本来はmilesと呼ばれ、決して高貴な身分ではなかった馬に乗る戦士達の
プレステージの上昇に伴い、貴族達をも巻き込んだ出生身分へと転化したという事実です。

キリスト教的な思想の付与や、騎兵に関する軍事的技術の発展は副次的な物に過ぎません。
前者の理由は封建的無秩序とも関連してきますけれども。

21 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 13:02:44 0
槍を腋の下に挟むコーチド・ランス・チャージはいつ頃発明されたんだろう?
バイユーのタペストリに描かれてる騎士はまだ槍を逆手に握って突撃してるけど。

あと「武器と防具 中国編」の長兵器の項にある「槊」はどう見てもランスで、
挿絵をみると腋の下に挟んで突撃している。3世紀から使われてたそうだが・・・

22 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 13:56:36 0
>>16
鐙が発明されるずっと前から騎馬で突撃してる

23 :朱由檢:2005/10/16(日) 17:51:26 0
>>19
カロリング朝期のトゥール・ポワティエ間の戦い以降、
恩貸地を与えられた重装騎兵団が整えられたことは存じております。
ただ、カロリング朝以前から遡って後世の騎士道精神を備えた騎士へと続く、
制度的・歴史的な継続性があったのでしょうか?
よろしければ詳しく教えて下さい。お願いします。

>騎士道というのは、騎兵である事とは余り関係がありません。
>むしろ専門的戦士である事が重要だったので。
それから武士の騎射やファリスの馬上剣術・槍術のように、
専門的な技術を備えてこそ専門的戦士たりえましたので、
騎士のそれは騎兵突撃だと考え、その成立を追いました。
騎士道を標榜する騎士に到る連続性のある直系的で、
専門的な技術を有する階層の登場時期を調べる必要があったからです。
あと、プロフェッショナルの意味は当然ご存知ですよね。

>>20
>キリスト教的な思想の付与や、騎兵に関する軍事的技術の発展は副次的な物に過ぎません。
ここは騎士道の起源についてのスレですので、
キリスト教的な思想の付与などに代表される騎士道的倫理精神の創作・成立を副次的というのはいかがなものかと思います。

それから、militesには騎兵といったニュアンスはなく、
cabalersもしくはcabalariiが騎兵的ニュアンスを含んだものです。
また、militesと同義のmilesの初見は10世紀中葉カペー朝で、
militesの初見はさらに時代が下ってからです。

24 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2005/10/16(日) 18:16:11 0
>>23
貴方は騎士=騎兵にこだわりすぎていますね。
騎士道、つまり騎士が一般的に高貴なイメージをもって迎えられるように
なったのは、militesがnobilesとの対比から、両者の融合(前者の地位上昇による)を果していくという過程の中なのですが。
この場合、bellatoresやcaballariiといった同義語はmilitesと同じ枠組み(むしろ下位概念)で語られます。
むしろ封建的無秩序からの脱却を目指した領主の動きに注意を払うべきかも知れません。
南仏のトルバドゥールの発展なども見逃せないでしょう。
milesがchevalierへと変化していった間に醸成された思想と言えば簡単かも知れません。
キリスト教的な思想付与も、この身分上昇の後に大々的に行われたわけです。

装甲騎兵が武装の中心になったのはカロリング以前からの事ですから、軍事的技術の発展は
あまり関係がありませんし、cabalariiとmilitesを区別しようとする貴方の考えには
余り意味がありません。

25 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2005/10/16(日) 18:27:07 0
少し追加を。

キリスト教的な思想付与で連想されるのは、神の平和運動からの影響ですが
これは公権力の解体と再編成の動きを受けてのものですから。
やはり副次的なものと考えるべきでしょう。(副次的とはいえ、影響力の大きさは否定できませんが)

更に>>23氏の記述に反論を。
“milites(miles)には騎兵といったニュアンスはなく”とありますが
10世紀末の文人であるフロドアールやリシェが使用しているmilesの概念は
単に職業的戦士を指している事は明白です。また当時の職業的戦士が即ち馬に乗って
戦う戦士であった事はまた明白なのですが。

26 :朱由檢:2005/10/16(日) 19:34:48 0
>>23
>カロリング朝期のトゥール・ポワティエ間の戦い以降、
カロリング朝をメロヴィング朝に訂正します。

27 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 20:09:16 0
>>25
漏れも「副次的」の意味が気になるな。
騎士道が西欧史上初(?)の文学的制度だったことを考えると、
知識人≒教会人の介在は決定的だったとも思えるのだが。

28 :朱由檢:2005/10/16(日) 20:29:41 0
>>24
Jean Floriの著書で述べられている内容とまったく同じ見解のようなので、
いいたいことはわかります。
あなたは騎士階級の封建的な成立の問題と、
騎士道という思想の成立の問題を取り違えているのではないでしょうか?
>>25
>キリスト教的な思想付与で連想されるのは、神の平和運動からの影響ですが
>これは公権力の解体と再編成の動きを受けてのものですから。
>やはり副次的なものと考えるべきでしょう。(副次的とはいえ、影響力の大きさは否定できませんが)
思想としての騎士道の成立について、キリスト教的な倫理観の付与は不可欠な要素であり、
副次的とはいえません。
>“milites(miles)には騎兵といったニュアンスはなく”とありますが
>10世紀末の文人であるフロドアールやリシェが使用しているmilesの概念は
>単に職業的戦士を指している事は明白です。また当時の職業的戦士が即ち馬に乗って
>戦う戦士であった事はまた明白なのですが。
milesはラテン語で兵士を意味する単語でもともと騎兵の意味はないです。
milesはただ単に職業的戦士であって当時の職業的戦士はすべて騎兵ではありません。
10世紀頃はmilesはequitesu(騎兵)とpedites(歩兵)に分類されています。

29 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2005/10/16(日) 21:08:46 0
>>28
騎士の社会的身分の向上と騎士道の成立の問題にはそれほどの差異はありません。
前者の成立していく過程で後者も形作られていったわけですから。
社会的身分の向上以前の騎士がどのような存在であったかを考えれば一目瞭然でしょう。
というわけで取り違えているわけではなく、そこから出発すべき問題かと。

またそこで引いた例は具体的な兵科の話ではなく、既にmiles=騎士(馬にのった職業的兵士)という
一般概念が成立していたという指摘の為に挙げたものです。具体的な兵科の話ではないわけですね。

どうも貴方の指摘は視野が狭いように思われます。まずは政治的アプローチから始めるべき問題だと思いますね。
(最近は軍事的な考証が流行の様子ですが、そちらは全くの門外漢なので)

30 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 21:22:01 0
>>28
トンヌラの言ってる内容は、フランス史学界の定説と言って良いと思う。
それも、もう古典的と言っていい部類に入るな。
まず騎士が成立しなけれりゃ、騎士道ができるわけないという論理はおまいの>>16
同じ内容だと思うんだが、>>16によればおまいは鐙なり鞍なりの技術的な話を重点に置いてるって事で良いの?

31 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 21:23:14 0
おっと>>18へのリンクミスだった。スマソ。

32 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 21:35:56 0
朱由檢ってよく口論してるイメージがあるが、十字軍スレでもトンヌラと
議論してるな。この場合は朱由檢の分が悪かったみたい。つか逃げてる?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1117464840/306-322

33 :朱由檢:2005/10/16(日) 22:00:12 0
>>29
騎士道精神という倫理思想が、騎士階級の原型となった階層の社会的地位の上昇に伴い、
自然発生的に形成されたとお考えのようですね。
どうやら今回の問題ではあなたとは見解の相違があるようですね。
騎士自体議論があり、異なる見解や学説が存在する事は当然ではないでしょうか。
あなたは十字軍スレのときもそうでしたが、自分の考えを押し付けすぎです。
わざわざ誰かの意見を批判しながら話を進めるよりも、
別個のものとして自分の意見を提示すれば良いだけではないでしょうか?

34 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 22:07:29 0
>>33
いや、十字軍の時は通説(トンヌラ)と珍説(朱由檢)だったからな。
これはもう押し付けるとかそういう部類の話じゃないと思うぞ。
結局のトコは論拠も出してないんだし。

35 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2005/10/16(日) 22:18:15 0
>>33
“誰かの意見を批判しながら”とありますが、このスレに限っては
貴方の方が批判を中心とした書き込みをしていると思うのですがどうでしょうか?
という話はどうでも良いので本論を。

自然発生的に騎士道が生まれた、という意見だと少し極端だと私は思いますね。
神の平和運動の影響や騎士身分の固定化と、それ以降の宗教的要素の付与に関しては
教会や最上級領主(国王を含む)の意図が強く働いているように思いますから。
ただ騎士道の確立の絶対的な前提条件として、騎士階級の新しい確立があるという意味では
自然発生的と表現されても良いかも知れません。

>見解や学説
貴方や>>30氏の言われる通り、私の書き込んだ内容は典型的な学説なんですが
貴方の意見である>>18はどんな根拠・学説を使用しておられるのでしょうか?
以前に書いたように、軍事史には疎いもので。

36 :朱由檢:2005/10/16(日) 23:19:21 0
>>30
>>28でも指摘している通り、トンヌラさんの意見がJean Floriあたりの内容であることは存じております。
技術史的なアプローチに偏る傾向があるのはお許し下さい…。
>>32>>34
こちらとしては教皇君主政について話をしているだけです。
それに対してトンヌラさんが従来どおりの定説を持ってきて議論しようとしたので、
以前議論のあったスレ同様平行線に終わるだけで不毛と判断したので止めて置きました。
甚野尚志先生がソースでしたが、一般に入手困難であると思いソースを提示しませんでした。
>>35
>“誰かの意見を批判しながら”とありますが、このスレに限っては
>貴方の方が批判を中心とした書き込みをしていると思うのですがどうでしょうか?
違いますよ。
>自然発生的に騎士道が生まれた、という意見だと少し極端だと私は思いますね。
この部分は>>33
>騎士道精神という倫理思想が、騎士階級の原型となった階層の社会的地位の上昇に伴い、
>自然発生的に形成されたとお考えのようですね。
…と、トンヌラさんの意見を伺っている箇所であって、
私の意見を述べている箇所ではありませんが…?


37 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 23:41:22 0
>>36
おまいが聞いてるから、「自然発生的に騎士道が生まれた、という意見だと少し極端だと私は思いますね」
と言ってるんじゃないの?

教皇君主制は正直微妙。
だって教皇が軍事的役割を果たしたのって、イタリアの一部に過ぎないから。
甚野先生にしても、その可能性があるかもと指摘しただけだろうしね。

平行線に終わるっていうか、現在も論争中の問題がこんなトコで解決するわけないじゃん。
一次史料もないのに論争というのがおこがましい罠。

38 :朱由檢:2005/10/17(月) 00:36:37 0
>>37
>平行線に終わるっていうか、現在も論争中の問題がこんなトコで解決するわけないじゃん。
>一次史料もないのに論争というのがおこがましい罠。
私もそう感じたので十字軍スレでも議論しておりません。
また、ここでも議論する意味がないので、トンヌラさんは別にこちらに構わないで、
古典的な定説を紹介すれば良いだけの話です。
主流派と違う視点からアプローチする度に議論を持ちかけられてはたまりません。

>>35
>貴方の意見である>>18はどんな根拠・学説を使用しておられるのでしょうか?
>>18はただ単に技術史的に騎士に必要な馬具の普及と馬の登場時期を示しただけで、
根拠・学説とか話す以前の単なる前置きです。
騎士道の起源については完全に話の腰を折られた形でまだ本題にすら入ってません。

39 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 01:18:54 0
>>38
じゃ入れば良いじゃん。何でそこまでトンヌラに敵意抱いてるの?
「古典的な定説」という部分に嘲笑すら感じるねぇ。
技術的アプローチにこだわるトコからして。アナール派の信望者さんなんだろか?

ま、それはともかくとしてだ。
馬と騎士の兵装の普及に関しては、リブアリア法典なんかでもその高価な事が
指摘されている。だからその頃からプロフェッショナル化は進行してると考えて良いだろう。
カロリング末期からカペー期に関しては史料自体が不十分だから、これの連続性を証明しろというのは
悪魔の証明に過ぎないね。

40 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 01:27:25 0
>>38
十字軍スレは史料を出しても朱由檢が不利だったと思うけどね。
教皇権の絶頂時、既に権力の源泉は実在していなかったという論理に真っ向からぶつかるし。

実は甚野センセを一読しただけで、ちょっとカッコつけたくなった一年生とかかな?
史料を出せとまでは言わんけど、論理を理解してれば通説に対する反論くらいは出来るもんじゃない?

41 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 16:28:16 0
朱は鐙の普及を書いただけでトンヌラが粘着してるんじゃないか?
十字軍スレでスルーされたのが悔しくて何でもいいから噛み付いてるだけだろ

42 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 18:44:51 0
叙任式とかはもともとゲルマン人の習慣がキリスト教化したもの?

43 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2005/10/17(月) 19:18:36 0
>>41
十字軍スレですか?あれはあちらに意見を書くように求められたので書いただけですが。
それで完結していますから、粘着も何もないと思いますけれど。

鐙の普及には私はあまり重要性を感じませんけれども、軍事技術史は門外漢なので。
技術的進歩よりも社会的地位向上の方を重要視すべきでは?と>>20で書いたわけです。
話の腰を折ってしまったそうで申し訳ないですね。出来ればその後の見解までお聞きしたいと思います。

>>42
その通りです。ゲルマン的要素の強い武器授与式に、宗教的要素が加わったものが
騎士叙任式だと言えます。宗教的要素の付与は、騎士階級が身分的閉鎖性を強める為の
方策だと考えられています。
時代が降るとパウロのような聖者も騎士の模範として考えられるようになりました。

44 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 19:38:13 0
ウォーリアー・セイント(日本語で何ていうんだろう?)。
東方正教会のイコンでも多いね。
聖デメトリウスとか。

45 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 23:06:28 0
>>41
スレを一読すると、朱由檢はトンヌラのmilesの使用法が気に食わないらしいな。
技術論は最初から論点になってない。どちらかといえば朱由檢が食いついている側だな。
最初がトンヌラであることは確かかも知れないけどね。
両者ともに粘着じゃないよ、これが粘着だったら2chは平和だからw。ちょっと朱由檢は沸点高いかも知れないが。

でも兵士のプロフェッショナル化というのは、費用の増大という形でカロリング期から
顕在化してきている問題だから、ことさらに騎兵にこだわる必要はないように思う。

46 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 23:47:24 0
>両者ともに粘着じゃないよ、これが粘着だったら2chは平和だからw。ちょっと朱由檢は沸点高いかも知れないが。
同意見。
ただ「高い」→「低い」じゃないの?


47 :45:2005/10/18(火) 00:17:00 0
>>46
あ、本当だ。沸点高いじゃ褒め言葉になっちゃうんだな。申し訳ない。
ところで雑談スレでエライ事になってるな。ID導入だってw。

48 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 15:49:32 0
騎士が活躍してた時代って歩兵はどういう役割を果たしてたんですか?

49 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 17:26:20 0
城攻め、略奪、弓矢

50 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 20:23:01 O
会戦ってあまりなかったね

51 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 21:43:34 0
>>38
新しいアプローチってのは、従来の説では説明できない事の為に提唱されるから
当然の事ながら通説への反論を含んでいる、あるいは通説の不備を指摘するものなんだけどな。
新しい考えを書きたいから、従来の考えで突っ込むなというのでは、新説には
説得力は皆無ですと言ってるような物。妄想と非難されてもしょうがないと思うぞ。

>>50
中世前期〜中期のヨーロッパの戦いは小領主同士の小競り合いが多いから。
フェーデが日常だった時代って奴。

52 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 22:19:51 0
>>44
聖戦士でどうだろう?もしくは聖騎士。

53 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 22:37:15 0
>>52
普通に騎士の守護聖者で良いと思われ。

54 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 22:39:43 0
騎士は騎兵である必要は無い!
      ↓
じゃあ、歩兵!
      ↓
騎士はキリスト教の思想を付加する必要は無い!
      ↓
じゃあ、仏教の思想を付加!
      ↓
_| ̄|〇<僧兵じゃないか・・・・

55 :世界@名無史さん:2005/10/19(水) 14:17:00 0
>>52
ネット上では「戦士聖人」と訳してるのが多いね。

56 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 18:42:40 0
18 名前: 朱由檢 [sage] 投稿日: 2005/10/15(土) 23:36:05 0
プロフェッショナルな騎兵である“騎士”が登場しなければ、
当然“騎士道”は登場しませんから、
騎兵の成立を考えるのは無意味ではないかと思います。
技術的な面から考えれば、
西部キリスト教圏でプロフェッショナル騎兵が登場したのは、
11〜12世紀頃ではないでしょうか。
西部キリスト教圏おける“鐙”の普及は8世紀、“鞍”の普及が10世紀。
槍を脇に抱えて固定したまま突撃する騎士の代名詞的なイメージだけど、
これを考案したのはノルマン人で、馬上槍突撃術の考案が11世紀。
アラブ馬が入って来て品種改良される十字軍以前の欧州馬は、
突撃に耐えない小型馬か大型だが動きの鈍い駄馬しかいませんでしたから、
馬がまともになるのは12世紀以降。

テンプル騎士団の記章“貧しき騎士”は一頭の馬に二人の騎士が乗っており、
大型駄馬でさえ運送用として重宝されていた代表的な事例でしょうか。
当時は欧州の大半はジャングルに覆われ馬の育成に向かなかったため、
馬は高価で数も十分確保できるほどではなかったようですね。

57 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 18:44:29 0
朱は削除されるわけ無いのに削除依頼

自分で晒しageしちまってるwwwww

58 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 18:47:29 0
都合が悪くなれば証拠隠滅を図るのが 朱由檢 クオリティ
スレッド削除スレにレス削除を頼むのも 朱由檢 クオリティ

59 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 19:20:11 0
騎士道スレの間違いレス削除を依頼した朱。
高校質問スレの間違いレスを訂正したトンヌラ。
どちらも同レベルだろ。
コ テ は す べ て 糞 コ テ !
知識のあるコテなどいない。

60 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 19:23:22 0
間違いを訂正するのがなんで悪いのよ?
削除依頼の方はちとワロスだがw

61 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 19:27:10 0
低能同士で馴れ合うのやめろよな〜

62 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 20:06:02 0
537 名前: 朱由檢 ◆FFU6xERASY 投稿日: 2005/10/22(土) 00:41:52 HOST:p1136-ipbf311fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp
騎士道の起源
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1129345572/18
4. 投稿目的による削除対象の誤解や損害を与えるデータに該当します。
…お恥ずかしい話なんですが、一箇所書き間違えた箇所があります。
内容的に第三者が見た場合に誤解を与える可能性がありますので、
レスの削除をお願い申し上げます。

whis:世界史[スレッド削除]
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1030286043/l50

なんなんだこいつは。

63 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 20:07:06 0
福岡には馬鹿とクッキングパパしか居ないというが、本当だな。

64 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 20:13:32 0
つまり整理すると、朱由檢は間違いを指摘されたのが悔しくって
逆切れした挙句、スレ削除を申し出たって事?

65 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 20:15:25 0
そういうこと。
スレッド削除板で申請すれば、見たくないレスを抹殺できると考えてたらしいw
ワロス

66 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 20:42:07 0
僕のレスも削除されそうです。

67 :世界@名無史さん:2005/10/23(日) 22:57:45 0
ちょっとでも反論されるとムキになってデタラメな理屈を展開するくせに気の小さい男だな。
鄭成功スレで
「たたら製鉄はヨーロッパの溶鉱炉に劣らない」「芝辻砲はカルヴァリン砲と比べても遜色ない」
とか電波飛ばしてた勢いはどこへ行った

68 :世界@名無史さん:2005/10/24(月) 16:07:15 0
>>50のいうように会戦があまりなかったのなら
なぜ騎馬突撃をする連中にプレステージが与えられたの?

69 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2005/10/24(月) 19:05:57 0
>>68
詳しい説明は過去ログで書いていますので、そちらで参照して頂くとして。

簡潔に言えば、古代末期から中世初期にかけて、軍事力を一定の階級が
独占していくようになった為です。騎馬突撃がポイントなのではなくて、武装をしているという点が
ポイントといえば良いでしょうか?
その動きが時代が降るに連れて、社会的地位があまり高くなかった領主の元で軍事的奉仕をする
職業的な戦士層まで到達していったというわけです。

70 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2005/10/24(月) 20:46:49 0
追加です。

>>69での武装とは軍馬をも含みます。それと騎士のプレステージの上昇以前から
既に騎兵は軍隊の主力となっていたというのも過去に書いた通りです。

71 :世界@名無史さん:2005/10/26(水) 13:38:19 0
イギリスでもノルマン・コンクエスト以前から「ナイト」という言葉自体はあったとか。
ノルマン人の「ミレス」に取って代わられたようだけど。

北欧あたりだとトーナメントなどの騎士文化と最初からセットで輸入されたのかな?

72 :世界@名無史さん:2005/10/26(水) 16:51:44 0
ビザンツでもマヌエル1世が騎士道文化を導入しようとしてた。
不評だったけど。

73 :世界@名無史さん:2005/10/26(水) 23:18:25 0
>71
>イギリスでもノルマン・コンクエスト以前から「ナイト」という言葉自体はあったとか。

ナイトはドイツ語のKnechtと同語源の古い言葉だと思うが。

>ノルマン人の「ミレス」に取って代わられたようだけど。

ミレスはラテン語だから、これはこれでノルマン・コンクエスト以前から
使われていたのではないだろうか。
ノルマン人はむしろ「シュヴァリエ」に類する言葉を使っていたのでは
ないのかなあ。


74 :世界@名無史さん:2005/10/27(木) 18:07:28 0
ドイツ語のクネヒトって「下男」みたいな意味になっちゃってるとか。

75 :世界@名無史さん:2005/10/28(金) 00:04:50 0
ka-ru ri-pukunehito

76 :朱由檢:2005/11/10(木) 22:08:45 0
あらら…こちらの記載に誤解を招く箇所があったのかも…と、
荒し対策に削除してもらってからわかり易いように書き換えようとしたのに。
逆に荒しが湧いてるw

まあ、気を取り直して書きましょうね。
よく調べたらこちらの記載内容には問題ないようだし。

77 :朱由檢:2005/11/10(木) 22:10:06 0
ヨーロッパにおける封建制と騎兵は、カール=マルテル(鉄槌宰相)の軍制改革によって創始されました。
カール=マルテルによる軍制改革の動機は、8世紀フランク王国に“鐙”が伝来した事が原因だったと考えられています。
“鐙”は両手を離した状態で馬の制御を容易にし、同時に馬上での姿勢を安定させたため、それ以前にない強力な馬上白兵戦闘を可能とする重装騎兵を誕生させました。
カール=マルテルは没収した教会領を利用し、膨大な費用のかかる新式の重装騎兵軍団の整備と政治的主導権の掌握に成功しました。
平等な一家臣にすぎないカール=マルテルは恩貸地の付与と見返りとしての軍役の提供という契約を締結する事で、指揮官に対して忠誠を誓う慣習(ヴァサラージ)と収入を確約する領土の安堵(ベネフィス)を融合した封建的元首権を獲得します。
シャルルマーニュの時代にはより整備が進み、ヨーロッパにおいて最新鋭のフランク王国重装騎兵団は、ロンバルド族、アヴァール族を次々と打ち破るなど、軍事的な成功を収めました。
※参考文献
『中世の技術と社会変動』/リン=ホワイト著/内田星美訳/思索社
『Geschichte der Kriegskunst』/Hans=Delbruck著/Walter de Gruyter&co
『封建社会』/マルク=ブロック著/堀米庸三訳/岩波書店
『馬と人の分化史』/清水雄次郎著/東洋書林

78 :朱由檢:2005/11/10(木) 22:12:08 0
9世紀には人口が飽和状態となったスカンジナビア半島から、船が改良され(“ロングシップ”)、遠征が容易になったノルマン人がフランク王国に頻繁に侵入するようになります。
しかし、英主シャルルマーニュの子ルイ敬虔王にはノルマン人の進攻を撃退するだけの能力はありませんでした。
ルイ敬虔王はノルマン人にドゥルステード周辺を恩貸地として与える懐柔策を図ります。
ルイ敬虔王の後継者であった西フランク王国のシャルル単純王も融和路線を継承し、ノルマン人首長に洗礼名を与えるなどの教化、懐柔策を図ります。
10世紀にはシャルル単純王がノルマン人首長ロロにネウストリアを恩貸地として与え、ノルマンディー公に封じるとノルマン人の定住化は進みました。
さて、このように定住化により外来のノルマン人の進攻は収まったものの、国内のノルマン人諸侯は恩貸地を与えられた後も依然として修道院や他のフランク諸州を襲撃し、略奪を続けました。

79 :朱由檢:2005/11/10(木) 22:13:09 0
ノルマン人が形式的にカロリング朝の臣下となったことで、略奪対象であった教会はノルマン人の襲撃から庇護するもの失った形になりました。
教会はこの武装した野蛮人達の襲撃から免れる自己防衛の必要に駆られました。
そこで、野蛮人の戦争屋をキリスト教的な倫理観で洗脳して、より従順な手下にしようと考案された教会の政策の一つが“騎士制”でした。
950年にはマインツの聖アルバヌス大修道院で最古の“騎士叙任典礼”が編纂されており、“騎士制”、ひいてはキリスト教精神と結合した“騎士”がこの時期創始されました。
騎士叙任式典礼の編纂は、本来の部族戦士構成員となる成人式を教会が騎士叙任式として形式化する事で、野蛮な部族戦士をキリスト教化した従順な騎士へと意識変革させようとしたものでした。
統治者であるノルマン首長自身も、配下の凶暴な部族を従順化させることには賛成であり、首長の強力な権威のもと、対内的には封建制とキリスト教精神を統治の手段として積極的に利用しました。
なお、教会による暴力抑止策として考案された“神の平和”運動も、ほぼ同時期の989年アキテーヌ地方で始まっています。
“神の平和”運動とは、聖職者と民衆の前で武力の不使用を宣誓させることで、自発的な抑制を促す目的で行われたものです。
“騎士叙任”や“神の平和”は11世紀には、(目的は異なるものの、)旧フランク王国全土で行われるようになります。
※参考文献
『封建社会』/マルク=ブロック著/堀米庸三訳/岩波書店
『騎士道』/フィリップ=デュ=ピュイ=ド=クランシャン著/川村克己、新倉俊一訳/白水社

80 :朱由檢:2005/11/10(木) 22:15:06 0
11世紀(南フランス、ドイツなど)王権の退潮が著しい地域では、 “城郭革命”による十分な防衛力と“中世農業革命”による安定した経済力を背景に、
徴税権や裁判権といった統治権(ban領主権)を獲得した新興城主階層(“ban領主”)が違法な城砦(adulterin)を中心とした地方政権を形成し、台頭します。
ban領主は戦力を確保するため、相互に軍役を請け負う互助会的な防衛契約を締結し、独特の歪な主従関係を形成します。
このような合従連衡の混乱期に、保有地の確保や拡張を目的として複数の城主と軍役提供契約を締結する者達が自由身分の土地所有者(alleutier)の中から登場します。
脆い契約関係を補強するため、キリスト教と部族的忠誠心を利用する騎士制が導入され、この階級もまた騎士へと発展を遂げました。
この新興階級は11世紀の南フランスではラテン語のcaballariusから派生したcabalariiもしくはcabalersといった造語で呼ばれることとなります。
なお、chevalierには12世紀に転じたと考えられます。
また、11世紀末のドイツでもこの新興階級は、騎乗者を指すritterがまったく新しい造語が登場しています。
※Word
“城郭革命”とは、それまで杭で作られていた城壁がより堅固な石組みの城壁へ変化したことをさします。
矩形石組みのノルマン式城壁(シェルキープ)は、地中海へ進出したノルマン人が、イスラムやビザンツ式の築城技術を模倣したもので11世紀頃に普及しました。
※Word
“中世農業革命”とは、三圃制と鉄製有輪鋤の普及といった農業技術の発展と、集住化が進み村落が形成されたことによる農業生産と人口の増加をさします。
※参考文献
『中世ヨーロッパの城の生活』/ジョゼフ=ギース、フランシス=ギース著/栗原泉訳/講談社学術文庫
『中世の技術と社会変動』/リン=ホワイト著/内田星美訳/思索社
『封建社会』/マルク=ブロック著/堀米庸三訳/岩波書店
『中世フランス騎士道』/ジャン=フロリ著/白水社
『中世の騎士文化』/ヨアヒム=ブムケ著/白水社

81 :朱由檢:2005/11/10(木) 22:16:36 0
教化政策以降、強力な支配者のいる地域では一定の抑止効果を挙げたものの、キリスト教圏では強きを助け、弱きをくじく騎士であふれていました。11世紀には教会主導でイスラム教圏への大規模な略奪遠征旅行を推進したのですから、当然と言えば、当然の話なのですが…。
12世紀カペー朝の肥満王シャルル6世(1108〜37)は、王権強化と家臣の従順化のために“テュルパン年代記”を偽造し、“カロリング神話”(シャルルマーニュの東方巡礼、十字軍伝説)をプロパガンダとして利用しようと企てます。
10世紀以降の教化政策は堅苦しく、わかりにくく、面白くなかったため、不評でしたが、“カロリング神話”は“ロランの歌”などの物語形式へ発展し、大変わかりやすく、面白かったため、広く普及し、 “騎士度物語”は“騎士道”のテキストとなり定着していったのです。

82 :朱由檢:2005/11/10(木) 22:21:23 0
“カロリング神話”群以降も騎士物語は好評であったため、
古典の焼き直しであるさらなる騎士道物語が創作されて行きました。
エネアス物語、テーベ物語と続き、
特に人気となった12人の円卓の騎士を率いる“アレクサンドロス物語”など、
次々と創作され、騎士の制御と統治に利用されます。
なお、イギリスでは“カロリング神話”や“アレクサンドロス物語”を基に、
プランタジネット朝ヘンリー1世(1100〜35)がジョフレー・オブ・モンマスに命じて、
騎士道物語とケルト伝承を取り込んだ“アーサー王物語”をプロパガンダとして創作されました。
(おそらく、プランタジネット朝がメリジューヌの子孫と言った宣伝もケルト族を取り込む方便だったのでしょう。)
※参考文献
『騎士道』/フィリップ=デュ=ピュイ=ド=クランシャン著/川村克己、新倉俊一訳/白水社
『中世フランス騎士道』/ジャン=フロリ著/白水社
『図説中世騎士道物語』/

83 :世界@名無史さん:2005/11/13(日) 21:55:15 0
結局、何を主張したいの?

84 :朱由檢:2005/11/23(水) 17:28:27 0
ローマ時代に騎士の起源となる重装騎兵など存在していません。

“鐙”がない状態で馬上白兵戦闘が極めて困難、
もしくは不可能に近いとDelbruckが力学上の問題点を指摘して以降、
まともな軍制史家や技術史家であれば、
ローマ時代に騎士の起源となる重装騎兵が存在を提唱する人間はいません。

ローマ時代の騎兵は敵情視察や哨戒が主な任務であり、
戦闘に際しては騎射や投擲を行っていたと考えられています。

かつてはサルマティアのクリバナリウスをモデルに、
トラヤヌス帝が重装騎兵を編成したと考える学者もいましたが、
これは大きな誤りです。
片手で槍を抱え突撃した場合、
鐙が無ければ馬の衝突エネルギーを足で堪えることができず、
肩と上腕の力だけで支えなければならないのですが、これは不可能です。
また、鐙が無い不安定な状態で両手に槍を抱えた騎兵同士で衝突すれば、
善くて(反作用で)相打ち、
悪くて(慣性の法則に従って)一人で勝手に落馬するだけです。

※参考文献
『中世の技術と社会変動』/リン=ホワイト著/内田星美訳/思索社
『Geschichte der Kriegskunst』/Hans=Delbruck著/Walter de Gruyter&co
『馬と人の分化史』/清水雄次郎著/東洋書林
『図説古代ローマの戦い』/エイドリアン=ゴールズワーシー著/遠藤利国訳/東洋書林
『歴史学事典』/加藤友康編/弘文堂

85 :世界@名無史さん:2005/11/28(月) 20:15:52 0
ペルシャやサルマタイのカタフラクトはランスを両手で突いてたような?
どこで読んだ情報なのか忘れたけど。

なんか外国で馬上槍試合をリエナクトしてる人が「ランスチャージの衝撃を受け止めるのに
鐙は必ずしも必要でない」とか書いてたページがあったような気がするので探してみる。

86 :朱由檢:2005/11/28(月) 22:42:02 0
>>85
提示した文献の中ですでに、
サルマートやササン朝の騎兵について、
言及しているものがありますので、
先にそちらを読んで下さい。

87 :世界@名無史さん:2005/11/29(火) 01:25:40 0
>>36
甚野尚志先生がソースだという事だから、いつぞやの大会発表だと思うが
君は質疑応答もきちんと聞いてたかな?
先生ご自身が教皇の戴冠式で行われたビザンツの模倣を政治的権力の野心の表れと
見るのは短絡的であると応えられているんだけど。

88 :世界@名無史さん:2005/11/30(水) 20:00:07 0
>>86
まさかドイツ語の本?

85で書いたページはこれだったと思う。
ttp://www.classicalfencing.com/articles/shock.shtml
今は読み返す気力がないので内容を確認できないが・・・

89 :世界@名無史さん:2005/12/02(金) 18:37:55 0
>>1
韓国起源

90 :世界@名無史さん:2005/12/07(水) 21:09:18 0
90ゲット

91 :世界@名無史さん:2005/12/14(水) 22:43:04 0
宮廷風恋愛の起源は?

92 :世界@名無史さん:2005/12/30(金) 20:04:12 0
イスラムには騎士道みたいなのはあるの?

93 :世界@名無史さん:2005/12/30(金) 20:19:56 0
ドイツ僧兵団
テンプル僧兵団

94 :世界@名無史さん:2005/12/30(金) 23:13:31 0
>>92
「アル・フルーシーヤ」というものがよく騎士道と比較されるみたいだけど
あれはむしろ「武芸百般」といったほうがいいかも。

騎士道との関係だと、トルバドゥールの歌はアラブの影響を受けてるとか・・・

95 :世界@名無史さん:2006/01/02(月) 22:48:26 0
で、結論としてはどこが起源なの

96 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 01:54:04 0
佐賀

97 :世界@名無史さん:2006/02/16(木) 12:29:29 0
ローマ

98 :世界@名無史さん:2006/02/16(木) 12:32:58 0
ローマの騎士階級ってことばあるだろ。
まぁ、意訳かもしれないが、
あれって、ローマは金持ちは、それに相応する
社会的義務があるってんで、かつて徴兵だったころ
に、馬と主人と従者づれで、徴兵された連中の
ことをいったらしい。ここにすでに、その精神が
あると思う。騎士道の精神か、体系的にしたのか
で起源はかわるが、このスレは、その精神のほう
について語っていると思われ。

99 :世界@名無史さん:2006/02/16(木) 15:23:30 0
その辺は1が曖昧な書き方をしてるから
戦術なのか理念の問題なのか・・・

100 :世界@名無史さん:2006/02/18(土) 14:42:51 0
>>1
イスラーム文化の影響


終了

101 :世界@名無史さん:2006/02/18(土) 21:57:18 0
>>100
ビザンツでは?

102 :世界@名無史さん:2006/03/19(日) 00:31:35 0


103 :世界@名無史さん:2006/03/19(日) 16:26:01 0
>>100
イスラムってイエニチェリだろ。

宗教的にも違うし、女性に対しても結婚できないじゃん。

104 :世界@名無史さん:2006/03/19(日) 18:46:58 0
イエニチェリってオスマントルコ以前にもあったの?

105 :世界@名無史さん:2006/03/19(日) 20:49:05 0
>>103
ヒント トルバドゥール

106 :世界@名無史さん:2006/03/25(土) 16:29:14 0
第2ヒント

107 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 07:40:43 0
>>106
スーフィズム

108 :世界@名無史さん:2006/04/20(木) 20:48:54 0
age

109 :世界@名無史さん:2006/05/09(火) 16:50:31 0
キサドはウリナラ起源ニダ

110 :世界@名無史さん:2006/05/15(月) 00:10:18 O
甲冑萌え

111 :世界@名無史さん:2006/05/19(金) 10:30:26 0
動画upしました

スキバラ 5/18
極楽とんぼ こちらササキ研究所 #7
武士VS騎士どっちが強い!?

■ スキバラ ■
http://tv8.2ch.net/test/read.cgi/tv/1144324318/99

112 :世界@名無史さん:2006/05/21(日) 02:41:07 0
>>91
欧州宮廷風恋愛の起源かどうかしらないが、
パルティア・ササン朝時代には、あちこちの分王国での宮廷恋愛愛詩が発達し、
吟遊詩人みたいなのがいた。

これらの詩はペルシアで10世紀〜11世紀には文学作品として文字化されたが、
その前に、どんな経路がしらんが欧州に移入されたかもしれん。

トリスタンとイゾルデと、パルティア時代の伝説ヴィースとラーミーンは
共通点などが指摘されている。

113 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 13:13:54 0
宮廷風恋愛の起源は、領主の2次男、3男が、僧侶か、プロの騎士(傭兵)になるしか
なくて、で、他の領主に伺候して、そこの政略結婚させられた
既婚の女性と精神的不倫になる、という話だった、という話をどっかで
聞いたことがある。俗説だろうけど。

114 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 23:09:05 0


115 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 08:52:05 0
    

116 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 09:49:01 0
>>112
たしかササン朝にはディフカーンという騎士階級みたいのがいたとか・・・

117 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 12:41:21 0
土豪じゃないの

118 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 13:20:45 0
〓■金槌を持ってマリヤ像を一瞥する■〓
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1148106206/1

119 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 19:34:11 0
武士と騎士 どっちが強い 5戦目
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1148299291/

120 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 20:12:13 0
騎士って馬に乗ってなくても騎士?

121 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 23:14:09 0
騎士道を貫いてこそ(ry

122 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 15:39:44 0
幸平よ!
忘年会で飲むのはいいけど
酔っ払って道で すっ転んでんじゃねーどぉ!笑われるかんな。

123 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 23:07:33 0
お鍋の話かい

124 :世界@名無史さん:2007/02/13(火) 16:51:26 0
何で騎士って訳したんだろ?

125 :世界@名無史さん:2007/02/14(水) 10:10:35 0
「シャバリエ」や「リッター」なら騎兵のニュアンスがあるから自然だと思うけど

でも「ナイト」の同系統のドイツ語「クネヒト」は下男とか小者程度の意味らしいですね

126 :世界@名無史さん:2007/02/14(水) 20:35:58 0
そういえばランツクネヒトは

ランツ + クネヒト
(皇帝)  (使える者)

って意味だって書いてあったなあ
皇帝の下男か

127 :世界@名無史さん:2007/02/15(木) 02:10:28 0
俺の読んだ本では(「農民戦争と傭兵」だったか)
もともと長槍歩兵といえばスイス人というのが相場だったが
しだいにドイツ人の傭兵が増えてきて「自国(ラント)のクネヒト」
と呼ぶようになったとか書いてたような。

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