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★☆★イスラーム史総合スレ  その2★☆★

1 :世界@名無史さん:2005/10/01(土) 18:21:52 0
前スレ

イスラーム史総合スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1007890822/

2 :世界@名無史さん:2005/10/02(日) 03:36:50 0
>>1


3 :世界@名無史さん:2005/10/02(日) 11:35:07 0
またインドネシアでテロがあったようです
インドネシアではバリ島みたいな名残りはあるものの
インド的なものは次第にイスラム化していったわけですよね?
しかも割と近い時代に
なんでだろう

4 :世界@名無史さん:2005/10/03(月) 18:44:26 0
ヨーロッパは30世紀までに有色人種の土地になっているだろうとかいう人もいるが
これは当初アラブ人が優勢だったイスラム圏にどんどん異人種が流れ込んできて
文化や政治システムがどんどん変化していったことを連想させる。
結局、カネとモノのあるところに人は集まるということだろう。

5 :世界@名無史さん:2005/10/04(火) 17:19:05 0
>>3
イスラム商人が海岸沿いに町を建てていってそこから広まってったとか聞いたけど。

6 :世界@名無史さん:2005/10/04(火) 17:26:27 0
イスラーム思想史の本ってアヴェロエスまでで終わってるの多くない?

7 :世界@名無史さん:2005/10/04(火) 19:37:37 0
>>6
スンナ派に限って言うと、
東方哲学はガザーリーの哲学批判によって壊滅し、
西方哲学はレコンキスタによってイスラム勢力自体が消滅。
ゆえにアヴェロエスで終わるのは当然。

ただ
哲学はその後、スーフィズムと結びついて発展したし(イブン・アラビーやスフラワルディーなど)、
シーア派の哲学(モッラー・サドラーなど)は現在でもイランを中心に続いている。
フランスのアンリ・コルバンや日本の鎌田繁、東長靖らの論考が参考になるかと。


8 :世界@名無史さん:2005/10/04(火) 19:57:24 0
ムウタズィラ派って一時期隆盛を誇ってから壊滅したようなイメージがあったけど
イブン・バトゥータの旅行記なんか見るとムウタズィラ派の知識人が出てくるね。
バトゥータはいかがわしげな目で見てるけど・・・

9 :世界@名無史さん:2005/10/04(火) 21:20:19 0
イスラムはそもそもが旧約聖書のコピーであるコーランを聖典としているし、メッカが聖地となる前はエルサレムが聖地であった。
イスラム教は単純にセム語族の擬似ユダヤ教と捕えればいいんじゃないのかな〜。何事もシンプルがベストだ。
モハメッドは商人であったし、70年にイスラエル王国がローマによって滅ぼされてからのユダヤ教も商人風ラビが聖職者に代わって中心となっている。
すなわち、商人風ラビのユダヤ教と商人モハメッドは極めて相性が良い近い存在であったということだよ。現代の投機の世界においてユダヤ人が中心であるのを見ると面白い。
イスラムの最大の功績は創業100年にして地中海世界と西アジアを支配したってことだろう。
ユダヤ人はイスラム世界では時と場所を変えて優遇されたり逆に虐待されたりしたが、ギリシャ・ロシア正教下でのユダヤ人は常に虐待の対象であった。この辺に歴史のヒントが隠されている。
イベリア半島で後ウマイヤ朝がカトリックを追い出した時にユダヤ人は万歳三唱、その後ユダヤ人はイスラムが征服したいくつかのイベリア半島の都市で警備に就いている。

10 : :2005/10/04(火) 22:19:33 0
今回のラマダーン明けはいつになるの?

11 :世界@名無史さん:2005/10/04(火) 23:39:19 0
イスラム世界での「哲学」の需要は「falsafa」というくらいで
ギリシア系の哲学つまり「スコラ哲学」だった。

どちらかというと論理展開の方法論や博物学関係の知識を学ぶために
研究されていた傾向にあったので、これらのギリシア系の学問の方法論を
用いて独自に「イスラム神学」なり「イスラム法学」なり諸学の発展に応用され
研究蓄積が増加し出すと、「自らの宗教の学問を発展させるため」にわざわざ
「異教の学問」に習熟する必要が無くなってしまった。

そのため「イスラム世界における『ギリシア哲学の研究』」はイブン・ルシュドを
最後に見るべきものが無くなってしまった、というのが実態らしい。

その後のイスラム世界の思想史的な展開は、13世紀半ばのナスィールッディーン・
トゥースィーとか、18世紀前半のモッラー・サドラーのようにシーア派の神秘主義
的な哲学・神学が目立ち、スンナ派は古典的な思想の継承に留まるようになったが、
(というよりも、資料が膨大すぎイブン・ルシュド以降の思想動向全体の把握がまだ
 中途だというだけな気もするが)
どちらにせよ、もはや「ギリシア系の哲学」は存在意義が無くなってしまっていた。



12 :世界@名無史さん:2005/10/05(水) 15:52:19 0
>ギリシャ・ロシア正教下でのユダヤ人は常に虐待の対象であった。

そうでもないだろう。ロシアでは15世紀に「ユダヤ風異端」とかが流行してるし
カライム派なんかはリトアニアである種の特権を与えられていた。
ハザールの問題もあってあの辺の地域はややこしい。

13 :世界@名無史さん:2005/10/05(水) 19:12:08 0
>>7
>>11
すごくわかりやすい。
とりあえずアヴェロエスのあとにもイスラーム思想史は続いてると・・・

14 :世界@名無史さん:2005/10/10(月) 12:32:17 0
スーフィー教団の名前を思いつく限り書いてみる

ナクシュバンディーヤ
シャージリーヤ
リファーイーヤ
ベクタシーヤ
カーディリーヤ
メヴレヴィーヤ
ティジャーニーヤ
サファヴィーヤ
スフラワルディーヤ
ブルハーニーヤ

15 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 14:44:53 0
歴史には全くの門外漢ですが、おたずねしたい事があって
書き込みをさせて頂きます。
過日、英書を読んでいますと、サファヴィー朝の宮廷に仕えた
宦官の Saru Taqi という人名が出て来ました(もちろん実在した人)。
この人物の名をカタカナで表記するならば、
どのように書くのが最も好ましいでしょうか?
「サル・タキ」、「サルー・タークィー」、等々
色々と考えられますが、判断がつきません。
母音の長短もあわせて御教示下さい。
どうぞ宜敷く御願い致します。

16 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 16:11:51 0
マルチはやめろ。それだけで回答する気が失せる人も多い。

17 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 17:12:07 0
>>15
アルファベットの上に長音の印がついてるならのばすだろう。

18 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 21:05:56 0
age

19 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 21:06:30 0
歴史には全くの門外漢ですが、おたずねしたい事があって
書き込みをさせて頂きます。
過日、英書を読んでいますと、サファヴィー朝の宮廷に仕えた
宦官の Saru Taqi という人名が出て来ました(もちろん実在した人)。
この人物の名をカタカナで表記するならば、
どのように書くのが最も好ましいでしょうか?
「サル・タキ」、「サルー・タークィー」、等々
色々と考えられますが、判断がつきません。
母音の長短もあわせて御教示下さい。
どうぞ宜敷く御願い致します。




20 :世界@名無史さん:2005/10/14(金) 00:37:27 P
英書だからセイルー・テイキーだろう


21 :世界@名無史さん:2005/10/14(金) 07:51:03 0
歴史には全くの門外漢ですが、おたずねしたい事があって
書き込みをさせて頂きます。
過日、英書を読んでいますと、サファヴィー朝の宮廷に仕えた
宦官の Saru Taqi という人名が出て来ました(もちろん実在した人)。
この人物の名をカタカナで表記するならば、
どのように書くのが最も好ましいでしょうか?
「サル・タキ」、「サルー・タークィー」、等々
色々と考えられますが、判断がつきません。
母音の長短もあわせて御教示下さい。
どうぞ宜敷く御願い致します。





22 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 13:51:37 O
サル・マタが正しい表記

23 :世界@名無史さん:2005/11/01(火) 10:16:19 0
ヨーロッパ人にとって東洋とは「イスラーム圏とその他」なんだそうです。

24 :世界@名無史さん:2005/11/01(火) 11:06:27 0
>>23
羽田正乙

25 :世界@名無史さん:2005/11/01(火) 22:27:45 0
歴史には全くの門外漢ですが、おたずねしたい事があって
書き込みをさせて頂きます。
過日、英書を読んでいますと、サファヴィー朝の宮廷に仕えた
宦官の Saru Taqi という人名が出て来ました(もちろん実在した人)。
この人物の名をカタカナで表記するならば、
どのように書くのが最も好ましいでしょうか?
「サル・タキ」、「サルー・タークィー」、等々
色々と考えられますが、判断がつきません。
母音の長短もあわせて御教示下さい。
どうぞ宜敷く御願い致します。






26 :世界@名無史さん:2005/11/02(水) 10:06:37 0
猿滝

27 :世界@名無史さん:2005/11/20(日) 19:14:53 0
ttp://www.worldtimes.co.jp/
米、対テロで“思想戦”を強化
イスラム過激主義、破綻した共産主義と酷似
 
「自由の拡大」「圧制終結」を最優先課題に掲げて出発した第二次ブッシュ
政権。内外の難問を抱え、現在は発足以来、最大の逆風に見舞われている。
そんな中、対テロ戦争では、イスラム過激派に対する“思想戦”を強化し、
アラブ・イスラム圏での支持拡大を図っている。

大統領の演説でさらに特徴的なのが、イスラム過激主義と共産主義との類似点
を指摘していることだ。
大統領は、「イスラム過激派の残忍な思想は二十一世紀最大の試練だ。だが、
この闘いは多くの点で、二十世紀における共産主義との闘争と似ている」と
説明。具体的には、
@エリート主義の自称“指導者”が率いている(例・ビンラディン)
A政治目的のため無辜(むこ)の民を標的にする(例・ビデオカメラの前で斬首)
B全体主義を目指す
C自由社会を侮蔑(ぶべつ)する
D敗北につながる矛盾を内包している――といった点を挙げた。

28 :世界@名無史さん:2005/11/20(日) 23:39:47 O
>>25
ホモ吉、乙

29 :世界@名無史さん:2005/11/27(日) 22:01:30 0
ワッハーブってルターみたいなモンでしょうか?

30 :世界@名無史さん:2005/11/29(火) 15:01:12 0
>>29
ある程度の神学上の蓄積をなしたあらゆる宗教において広く見られる、
信仰の原点回帰という点では似た要素があると思われます。

31 :世界@名無史さん:2005/12/13(火) 00:35:16 0
では、イブンタイミーヤはキリスト教では誰にあたりそう?

32 :世界@名無史さん:2005/12/22(木) 16:05:38 0
age

33 :世界@名無史さん:2006/01/07(土) 11:48:15 0
東南アジアや中央アジアではシャーマニズムと混ざったイスラームですが
アフリカなんかはどうなんでしょう?

34 :世界@名無史さん:2006/01/07(土) 12:16:03 0
アフリカといえば、以前テレビでムーリド教団のドキュメンタリーをやってたな。
イスラーム系新興宗教で、マリとニジェールに多数の信徒を擁しており、
有名な信者としては歌手のユッスー・ンドゥールがいる。
イスラームの教えに加え「労働は神への道」という、聖人ムハマド・バンバの教えを信じる。
メッカの方角ではなく、フランスに迫害されたバンバが海の上に絨毯を敷いて礼拝したという
奇跡の海岸のほうを礼拝するなど、イスラーム版層化って感じだった。

35 :世界@名無史さん:2006/01/07(土) 12:20:39 0
ムーリッドと言えばセネガル
セネガルはアフリカでは割と順調に経済成長しているが
これはムーリッドが>>34のような考えだからだ
といった新聞記事を読んだ覚えがある

36 :34:2006/01/07(土) 12:49:06 0
>>35
国名を勘違いしていたようだ。すまぬ


37 :世界@名無史さん:2006/01/22(日) 17:10:18 0
イブン・アラビーって重要人物?

38 :世界@名無史さん:2006/02/02(木) 16:51:05 0
age

39 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 18:58:06 0
ttp://www.uriasposten.net/pics/JP-011005-Muhammed-Westerga.jpg
今回デンマークの新聞が載せた預言者ムハンマドの風刺画ってこれ?

40 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 21:36:45 0
>>39
大した絵でもないし、そもそもムハンマドかどうかってどこで判断するんだ?

41 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 23:33:12 0
>>40
ターバンだか爆弾だか知らないけど
頭のところに「アッラーの他に神はなく、ムハンマドはアッラーの使徒である」
って信仰告白(シャハーダ)の文句が書いてあるからそこにクレームが付いたんではないか。
(ムハンマドかどうかは分らないが、イスラム教徒がおちょくられてるのは分ると言うか)

42 :世界@名無史さん:2006/02/06(月) 23:02:27 0
>>41
あーターバンの文字がそうなのか。
しかし、これで切れるってのはやっぱり民度が低いなとしか言えないな。

43 :世界@名無史さん:2006/02/07(火) 08:51:05 0
せっかくきれい目に書いてあるスルス体の書面に、爆弾らや目が逝ってる
髭親父の絵に仕立て上げてるあたり、描き手の知性の欠片も感じられないけど。
画像見た瞬間吐き気を催したが、まあなんちゅーか煽りAAみたいなもんだからなあ。

44 :世界@名無史さん:2006/02/07(火) 19:16:19 0
俺の中でのムハンマドとイメージ違うな。
どっちかっていうと、ウマルとかそっちっぽい

45 :世界@名無史さん:2006/02/07(火) 20:53:46 0
やっぱイスラム教徒って怖い。
なんか事件がおきるたびに、ちょっと斜めから物事を語りたがる奴らが、
「テロをやっているのは一部の人。イスラムは平和の宗教」と主張するが、
実際イスラム教徒には、客観的に見て暴力的な信者が多いのだから、
事実を素直に認めるべき。
こういう奴らは、三国人の犯罪率の高さについても、同じように弁護するんだろう。

これが他の伝統宗教なら、言論による抗議はしても放火はしないだろう。
イスラムはさすが教祖自らが戦争をしただけある。
仏教やキリスト教や神道やユダヤ教やヒンズー教は、(後世において
戦争に利用されることはあっても、)教祖が自ら戦争をするということはなかった。
こういった伝統宗教こそ、平和の宗教だ。
ムハンマドは帝国を築くために宗教を利用したのだから、イスラムは好戦的なのだ。


46 :世界@名無史さん:2006/02/08(水) 01:06:21 0
 私は、ムスリムがイスラームの名によってイスラエル人や西洋人を攻撃したり傷つけたりしたことがない、
 などと言っているのではない。
 
 私が語っているのは、
 人がイスラームについてメディアを通して読んだり見たりすることのほとんどが、
 侵略行為はイスラームに由来するものであり、なぜなら<イスラーム>とはそういうものだからと表象されている、
 ということである。
 
 その結果、現地の具体的なさまざまな状況は忘却される。
 
 言い換えれば、
 
 イスラームについて報道するということは、
 <我々>が何をしているのかを曖昧にする一方で、
 このように欠陥だらけのムスリムやアラブ人とは何者であるかに脚光を当てる一面的な活動なのである。
 
 エドワード・W・サイード『イスラム報道』(浅井信雄、佐藤成文、岡真理訳)、みすず書房、2003年、裏表紙。

47 :世界@名無史さん:2006/02/10(金) 02:53:37 0
>>45
イスラム教徒ってのはオウムなどのカルト集団と一緒。
自分の思想のためなら何でもする。心にゆとりのかけらもなく自分勝手。
理屈が通じない相手だからたちが悪い。

フランスの新聞では「彼ら(イスラム教徒)の行動は発言の自由を脅かすものだ」と非難してたが
彼らに理屈でせめても決して解決しないだろうな。

例え国王だろうが大統領だろうが風刺画で面白おかしく非難されてるのを
当人達がユーモアと感じられる社会こそが成熟した文明社会。


48 :世界@名無史さん:2006/02/10(金) 13:03:24 0
一方、風刺漫画を書いた12人とは別の漫画家がドイツ紙などに対し、

3年4月にキリストを風刺する漫画を「ユランズ・ポステン」紙に提供しようとしたところ

「望ましくない」と掲載を拒否されたことを暴露した。

絵はキリストが復活する際、床や壁の穴から飛び出すものなど数点。

漫画家は同紙が
「(教会など社会の)指導者層を攻撃することになる」ため掲載を拒否した
と主張し
「イスラム教徒よりキリスト教徒の読者に高い価値を置いている」
と同紙の二枚舌ぶりを批判している。
これに対し同紙は「絵の質が良くなかったから」と弁解している。

ttp://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/islam.html?d=10mainichiF0210e023&cat=2&typ=t


49 :世界@名無史さん:2006/02/11(土) 13:44:08 0

落ちこぼれイスラムはいつになったら国際社会の一員になれるのか・・・




50 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 01:05:25 0

イスラム過激派を痛烈に風刺したデンマークの新聞の風刺画。
彼らが暴れるほど風刺画そっくりになって行く…
http://www.geertwilders.nl/index.php?option=com_content&task=view&id=381&Itemid=74
http://www.occidentalism.org/wp-content/uploads/2006/02/jyllandscartoons.jpg
http://www.geertwilders.nl/images/stories/m6.jpg
                  ヽ,| /
       ,. -‐‐‐‐-- 、 /\〜〜* ―
    /     ○  \/  / | 丶
   /    / \   0  }
    l   <BOMB>      l
   {.    \ /       |
    {  MOHAMMED  .}
   \ / ̄ ̄ \   ,ノ■
    /┗┓| |┏┛\▲■■
   ▲≪・≫ ≪・≫ ▼■
   ■  /  |    ■■
   ■  ■■■   ■■   俺を風刺した者は爆破する!!
    ■■+++++■■■■
    ■■■■■■■
     ■■■■■▼



51 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 22:50:18 0
>>50
上手いこと言った、と悦に入ってるんだろうが、
煽るだけ煽っといて反応した奴(ら)を揶揄すんのは
まさにマッチポンプな行い。民度の程度が知れますなー。

52 :世界@名無史さん:2006/02/13(月) 02:21:55 0
そういやワッハーブ派の人もムハンマド描いたら偶像崇拝になるの?

あと関係ないけど、アフガーニーの名前ってものすごいわざとらしいよね。

53 :世界@名無史さん:2006/02/13(月) 14:57:59 0
>>52
イスラムで絵画文化が(それほど)発達しなかった事実は高校世界史で学ぶレベルの知識。
ワッハーブ派は伝統墨守が基本方針だから、するはずない<ムハンマド描く
あと偶像崇拝禁止の起源はイスラムじゃなくてモーセの十戒。
さらに付け加えるならスカーフもブルカもターバンもイスラム起源じゃない。
メッカ巡礼も同じく。



54 :世界@名無史さん:2006/02/13(月) 20:43:00 0
細密画の洗練度

ムガル朝>>>ペルシャの諸王朝>>>>>>>>>>>>>>>オスマン朝

55 :世界@名無史さん:2006/02/13(月) 23:09:02 0
やまんらーるさん?

56 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 19:24:16 0
>>54
オスマンは建築が素晴らしいから。

57 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 21:27:09 0
ティムール朝末期からサファヴィー朝の始めあたりの瑠璃の使い方なんかは
割と好きだけど、イルハン朝後期のタブリーズ派の絵画もなかなか剛健で
ダイナミックな画風が素晴らしい。

オスマン朝は・・・・・ディーワーニー書体とか美しいですよ?

58 :世界@名無史さん:2006/02/16(木) 12:28:42 0
オスマンはともかくエジプトやマグリブの絵画ってあまり聞かないのは何故?

59 :世界@名無史さん:2006/02/16(木) 16:46:25 0
イスラム版源氏物語を書こうと思ってるんですが・・・

60 :世界@名無史さん:2006/02/16(木) 16:48:25 0
>59
何故?

61 :世界@名無史さん:2006/02/16(木) 21:27:06 0
イランのミニアチュールはえろくて良い。

62 :59:2006/02/17(金) 00:34:58 0
>>60
幻想の中で光源氏がアラブの格好をしているとことを見たので・・・

63 :世界@名無史さん:2006/02/19(日) 00:48:14 0
エジプトはマムルーク朝のころはアラビア語の写本、特に技術書や
本草書の類いに挿し絵を載せた物を大量に製作している。
絵柄とか見る限り多分イルハン朝とかイラン方面のいろいろな影響を受けている。
オスマン朝時代以降のエジプトは、オスマン朝治下の一地方に転落してしまった
ため万事これといった特徴がなくなってしまった。

イラン方面やオスマン朝でその後も絵画作成の伝統が残ったのは、エジプトと違って
テュルク・モンゴル系の政権がそれぞれの地域で宮廷を営んでいたため、これの庇護が
あったからだろう。

イスラーム政権下で絵画作成に熱心だったのは、テュルク・モンゴル系の政権ばかり
だったりするのだが、マグリブ方面に絵画らしいものが聞かれないのは、単純に
マグリブはオスマン朝の間接統治以外に(広い意味での)テュルク・モンゴル系の
政権の支配を受けず、その宮廷も営まれなかったためにこの種の流行に降られる機会が
最後まで無かったせいだろう。

64 :世界@名無史さん:2006/02/20(月) 22:25:52 0
「マムルーク朝のスルタンに献上された王書の挿絵」というのを以前見た記憶がある。

65 :世界@名無史さん:2006/02/23(木) 12:25:51 0
モロッコあたりだと原理主義的な聖者がベルベルなどの部族を糾合して
ジハードで帝国を建設、みたいなことが定期的に起きるような土地柄で
あまり絵画が流行しそうな感じがしないな。

でも似たような背景のシャー・イスマーイールは絵画のパトロンで
大酒のみだったんだよねえ・・・

66 :世界@名無史さん:2006/02/25(土) 09:19:13 0
>>33
アラビア語の年代記によるソンガイ帝国の様子

この地方の習慣はまことに風変わりである。ここでは神秘的な事象についての科学を知ると
自任する男に出会ったが、その知識は砂地に描いた線の読み取りや星の位置、鳥の鳴き声や
飛翔の様子などにもとづいている。人びとは文字のついた護符を信ずるが、それは富を増し、
愛を高め、破滅から救うという。闘いにおいては敵を蹴ちらし、剣や毒矢から身を守る。
また、妖術師が呪文とともに行使するような多くの事からも・・・
最後に、かれ(ソンニ・アリ王)もその臣下も大モスクをはじめとしてどのモスクにもけっして
姿を見せなかった。そして王宮に住まう何千という男女は、王の怒りを恐れてラマダーンの
期間に断食もせず礼拝もおこなわない。かれはコーランの開扉の章すら暗記しておらず、まして
その他の章についてはまったく知らない。礼拝もいつもぞんざいな態度で、朗誦のあいまに
お辞儀も平伏もしない。イスラム法で認められた結婚や婚約の手続きをとらずに女たちと関わり
を持っている。気に入った女は夫や家族の承諾なしに王宮に入れる始末である。

67 :世界@名無史さん:2006/02/26(日) 19:41:46 0
アスキア朝のころにはちっとはマシになってたのだろうか。

マリ王国にまつわる改宗譚には旱魃で困ってる王様がイスラムの導師に
雨乞いを助けてもらうと言う話が伝わっているらしい。

68 :世界@名無史さん:2006/03/16(木) 01:10:28 0
今でもムータジラ派の知識人っているんですか?

69 :世界@名無史さん:2006/03/16(木) 22:00:46 0
>>68いない。

70 :世界@名無史さん:2006/03/25(土) 19:39:34 0
こっちのほうがおもろいので移動しろ!

「イスラム教」とか書いてる奴に世界史語る資格無し
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1143278999/

71 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 12:09:18 0
意外とレスが伸びてないな

72 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 12:56:49 0
じゃあ、なんか質問してみ

73 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 13:07:07 0
じゃ質問
イスラムのアクセント、普通「椅子ラム」とやってると思うが、なぜかNHKでは
最初の「イ」にアクセント置いて、高く発音してる。どのアナも例外なし。
これって正しいの?

74 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 14:33:46 0
NHKに聞けよ

75 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 15:01:32 0
>>73アラビヤ語の単語にいわゆるアクセントは無い。だからislaamの前後
どちらにアクセントを置いても、またどこにも置かなくとも、良い。

76 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 15:16:57 0
アクセントがないのが普及の一因だったかもね。
吉田茂は英語に堪能であったといわれるけど、読み書きはできるが、
スピーチになると、何いっているのかさっぱりわからんと欧米人から評判が
悪かったりするし。

77 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 19:46:13 0
>>76
あーやっぱあれ評判悪いんだ。
NOVAのCMかなんかで見たとき、動画の荒さもあるだろうけど聞き取りづらいとは思った。

78 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 20:08:17 0
幣原喜重郎は神域に入ってたんだってね。

で、イスラームに話しもどすと、イスラーム世界の学者はみんな普通にアラビヤ語が
出来る。ホメイニーとかアブドゥッラフマーン・ワーヒド(インドネシア大統領)とか。

79 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 21:11:16 0
>>37俺もよく知らんのだが汎神論に傾きかかっていたスーフィズムを修正した偉い人だそうだ。

80 :世界@名無史さん:2006/03/29(水) 23:56:49 0
>>78
中国人も出来る。回族だけど。

81 :世界@名無史さん:2006/03/30(木) 01:57:45 0
折角回民の話題が出たのだから、王岱輿とか馬注とか劉介廉とか馬復初とかの話しを
してくれ。回民情報ほんと少なくて困る。

82 :世界@名無史さん:2006/03/30(木) 20:53:41 0
おまえがまずしろ

83 :世界@名無史さん:2006/03/30(木) 21:24:14 0
悪いが知らん。だから訊いてる。

84 :世界@名無史さん:2006/03/30(木) 23:53:56 0
>>75
ここなんかではアクセントをどこに置くか随分しつこく説明してるが
http://diary.jp.aol.com/applet/5dkz9k/200505/archive

85 :75:2006/03/31(金) 00:46:02 0
>>84湾岸じゃそう言った方が通じ易いってだけのこったろ。アラビヤ語で地域差の話しし出す
とキリが無い。正則アラビヤ語の条件にアクセントはない。イントネーションは重要なようだが。

86 :世界@名無史さん:2006/03/31(金) 02:59:31 0
ナームよりも「ナァム」の方がよりニュアンスが近いってのはご愛嬌か(w
それにしても「アラビア湾」って名称は湾岸諸国ができる以前から
中東じゃあ一般的だったのかねえ?

87 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 04:08:27 0
こたえになっていないかもしれないが、西洋の大航海時代よりとっくの昔にイスラム諸国では長期航海の技術はあったと
だけいっておく。
マレー系がマレー半島からマダカスカルまで広く分布していることでもわかるように、
インド洋やアラビア海、そして香辛料市場に欧州のつけいる隙は15、16世紀までまったくなかったのだから。

千一夜に出てくるシンドバッドの大冒険も大暴風にさらされる描写が随所にでてくるが、裏を返せばイスラムの海がいかに
広範囲で多用だったという傍証になりえるのだから。

88 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 05:48:18 0
クルアーンを解釈する立場の人は、アラビア語ができないと話にならないだろうよ。

89 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 06:16:11 0
> 西洋の大航海時代よりとっくの昔に
ああ、そういうことでは無くって、
「ペルシア湾」という名称は、サファヴィー朝時代の旅行記か史書だったかに
「ペルシアの海(ダルヤーイェ・ファールスィー)」か「ペルシアの湾(ハリージェ・ファールスィー)」
の形で載ってたように記憶してたんで実際どう書かれてあったんだっけなと。

イドリースィーとか『フドゥード・アル=アーラム』や、もう少し時代の下った
『ヌズハト・アル=クルーブ』とかマムルーク朝、サファヴィー朝時代の地理書を
見られれば、一発で分る・・・かも知れないんだけどねえ・・(手許に無い

90 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 06:22:19 0
偏見かもしれないけど、
ナポレオンが南下したときのイスラム庶民は貧しいイメージがある。

実際のところ、当時のイスラム人は豊かに暮らしていたのだろうか?


91 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 09:36:05 0
中世と比べて生活レベルなどが下がったという証拠はないが
良くなったという証拠もないな。

92 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 10:13:48 0
>>90
大航海時代以降
東西交易ルートがさびれて経済力が低下したってのはあるね

93 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 11:10:42 0
エジプト〜シリアはマムルーク朝時代後半のペストの流行が度重なった
おかげでかつての経済的活況は一気に下火になってしまっていたみたい。
オスマン朝のセリム1世のエジプト征服も、結局のところ肝心のマムルーク
軍団がまったく使い物にならないくらい疲弊してたためスムーズにいった
部分が大きいようだ。

その後も帝国の中心がイスタンブールだったために、ファーティマ朝から
マムルーク朝時代にエジプトを巨大貿易センターに押し上げたはずの
インド洋-地中海の海上ルートの重要性がすっかり薄れて、この地域は
穀倉地帯である以上の利潤は生み出せなくなっていた。

16世紀以降のオスマン朝もサファヴィー朝もムガル朝も、何分内陸指向が
強すぎてインド洋方面の海上交易にはこれといった政策をせず、せいぜい
オスマン朝がポルトガルの侵出をイェメンやオマーンから追い出した程度。

ともかく、オスマン朝はまだ良いけど、他の地域では国策として国土の
大規模開発のような事業はさしてしなかったようで、多分中世のころよりも
経済的には全体としては下火だったんじゃなかろうか?
庶民の生活水準はたいして変わらないにしても。

94 :世界@名無史さん:2006/03/32(土) 11:13:26 0
>>90
当時のフランスの富はアジア諸国やカリブ海から搾取した富によるものであり、
純粋なフランスの力ではない。
パリの庶民はフランス革命の発生でもわかるように一粒の麦ですら事書いているのに
貴族や王族は民の困窮をしろうともしなかった。

95 :世界@名無史さん:2006/04/02(日) 20:28:18 0
オマーンのイバード派って何?いつできたの?

96 :世界@名無史さん:2006/04/03(月) 15:40:09 0
age

97 :世界@名無史さん:2006/04/04(火) 01:45:39 0
イスラム圏に無神論者や唯物論者っていたんでしょうか?

>>66のような王様の顔をうかがって礼拝とかをおろそかにしたり
ルバイヤートのような無神論「的」な作品を作ったりとかではなく、
「アッラーはいない!」と主張しちゃった人は存在するのでしょうか…??

98 :世界@名無史さん:2006/04/04(火) 04:19:15 0
>>95
ウィキに記事があったよ。

99 :世界@名無史さん:2006/04/05(水) 19:10:57 0
>>97
人頭税さえ払えばキリスト教徒でも無神論者でも関係なし。
それが古来からのイスラム国家の見方。

100 :世界@名無史さん:2006/04/05(水) 20:03:22 0
>>97
オスマン帝国に招かれたイタリア人の画家の証言によると、
メフメト2世は聖母マリアのイコンの前で蝋燭をともしていたとか。
彼にとって宗教は戯れの対象でしかなかったのかもしれない。

101 :世界@名無史さん:2006/04/05(水) 20:07:27 0
オスマントルコの歴代スルタンでも宗教に慣用(或いは>>100の言うように戯れの対象)
なのもいれば「冷酷者」セリム1世のようにシーア派虐殺したのまでいるから
一概に決められない。

102 :世界@名無史さん:2006/04/05(水) 22:59:26 0
>>99
イスラム諸国で比較的発展している現代エジプトですら
イスラームを否定する発言をすると、上手くいって追放
ヘタすると死刑になる

103 :世界@名無史さん:2006/04/08(土) 12:56:52 0
カリフを追放したケマル

104 :世界@名無史さん:2006/04/08(土) 14:27:43 0
>>97 イラクやシリアには共産主義政党が存在するけど、無神論なのか
は分からん。

105 :世界@名無史さん:2006/04/08(土) 14:49:57 0
バース党は社会主義だな。

106 :世界@名無史さん:2006/04/10(月) 20:16:59 0
国民の大多数がムスリムの国で無神論なんか公けに唱えたら
殺してくれと云っているような物だ。

107 :世界@名無史さん:2006/04/13(木) 00:53:57 0
イスラーム的社会主義とかイスラーム的共産主義とか、
主体的という意外何をどうしたいのかよく解らないものばかりだな、あっちのは。

108 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 22:11:03 0
>>86
「ペルシャ湾」のことだよね?

109 :75:2006/04/25(火) 01:40:39 0
>>86ナアムのアは長音ではない。そしてナァムと言った方が通じ易いといったものでもない。
うーん、うまく説明できねえ。アインの説明誰かしてけれ

110 :世界@名無史さん:2006/04/25(火) 19:58:56 0
喉の奥に息をこもらせて発音する
>アイン

111 :75:2006/04/26(水) 00:39:48 0
いやこもらせていないだろう、むしろ絞り出す気がする。

112 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 11:52:03 0
>>108そう

113 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 13:32:55 0
口蓋を緩く開け、気道から軽く息を吐けばよい。

114 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 22:59:52 0
ここで訊いてわかるかな?
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0674013859/qid=1146662270/sr=1-2/ref=sr_1_8_2/503-2005922-7117565
この本読んだことある人いない?
どんな感じ。
イスラム史の地図が欲しいな、って思うんだけど。
吉川の横長青いアレより詳しいなら買おうと思うんだけど。

115 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 23:49:49 0
>>108
そう、「ペルシア湾」のこと。

やはり気になったのでちょっと調べてみた。
欧米で「ペルシア湾」と称され、国際的にもペルシア湾で呼ばれているけど、
これはサファヴィー朝からカージャール朝にかけてペルシア方面にやって来た
欧州のイギリスやオランダなどの東インド会社の人々などが「Gulf of Persia」
と表記していることが直接の由来らしい。

それで、当のアラビア語、ペルシア語文献ではどう呼ばれているかも見てみたのだけど、
1340年にイルハン朝で書かれた『ヌズハト・アル=クルーブ(心魂の歓喜)』という
ペルシア語資料の地理篇では、

「オマーンとファールスとバスラの海:その東方のインド(ヒンドゥ)海からファールス地方に跨がって
 おり、ダイル(ダビール?)まで達している。西方はアラブ、イェメン、オマーン、沙漠の諸地域であり、
 北はイラークとフーゼスターン、南はインド海である」とか
「ファールスの海のうちスィンドの境からオマーンまでであるアル=バフル・ジャザーイル
 (島々の海)はファールス地方の会計で(租税が)決算されている」

という表現がされていて、今のオマーン湾を「オマーンの海」とよび、ペルシア湾を「ファールスの海」
と呼んでいるようだ。あるいはインド北西岸からバスラ近海までの広い沿岸海域の総称として
「ファールスの海」と呼ばれている。


116 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 23:52:33 0
>>115の続き。

一方アラビア語の資料は適当な物がなかったのでイブン・ハルドゥーンの『歴史序説』(1377年完成)
を調べてみた。その第1章に地球上の地理を挙げているけども、そのなかのアラビア半島周辺の記事で、

「「ペルシャの海」とも呼ばれる(ペルシア湾である)。東海岸はスィンド、ムクラーン、キルマーン
 ファールスと続き、最後にウブッラがある。西海岸はバフライン、ヤマーマ、ウマーン、シフルと続き、
 最後にアフカーフの沿岸がある。」

もう一つ、同じ14世紀中ごろのイブン・バットゥータの旅行記もやはりペルシア湾を横断する時、
「ファーリスの海 bahr al-Faris 」と呼んでいる。

と書かれている。『ヌズハト』の方は「ファールスの海 bahr-i Fars 」と呼び、『歴史序説』でも
「ペルシャの海(たぶん原文ではbahr al-Faris)」と書かれているが、両方ともファールス地方
の名を冠しているのが分る。つまり14世紀にはアラビア語でもペルシア語でも、「ファールス
(ペルシア)の海」→「ペルシア湾」と呼んでいたことがわかる。


イブン・ハルドゥーンが記事の多くを依拠したというイスタフリーの地理書や、その原形である
プトレマイオスの記事は確認できず、サファヴィー朝時代以降のイランや、オスマン朝、マムルーク朝
などの地理書もあたれなかった。 ただ、感触としては「ペルシア湾」を「アラブ」の名を冠して呼ぶ
慣習があったかは、少なくても前近代には無かったように思える。まあ、それだけの話しだけれども。


117 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 23:53:44 0
>一方アラビア語の資料は適当な物がなかったので
あ、自分がすぐに調べられる資料で、という意味で。

118 :世界@名無史さん:2006/05/05(金) 11:26:58 0
>>114うわ、俺も欲しくなった。

119 :世界@名無史さん:2006/05/06(土) 18:01:18 0
>>118
じゃあ、買ってレビューよろしく。

まぁ、買おうと思えば買える値段だから迷ってるんだけどさ。

120 :世界@名無史さん:2006/05/08(月) 14:28:50 O
どなたかナキーブ制という制度について詳しく知っておられる方はいませんか
いろいろ調べたんですが時代や地域によって違うものということぐらいしか発見出来ず、どのような制度なのかも見えてきません

121 :世界@名無史さん:2006/05/14(日) 00:56:22 0
ttp://www.amazon.co.jp/gp/cdp/member-reviews/A3NYL29GQ7CU7K/249-7612037-3776349?_encoding=UTF8
>アッバース朝最大の詩人アブー・ヌワースが歌った少年愛詩を中心に訳出したアンソロジーです。

「こういうの」がイスラム圏にもあると知って少し意外だった。
人間、土地や宗教が違っても、考えること思うことは一緒だということか。

122 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 00:48:38 0
     

123 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 23:45:08 0
異性愛のほうの表現がタブーだからじゃないのか

124 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 00:14:04 0
地域によるな
イランでは男女が乳繰り合ってる細密画まで残っている

125 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 15:09:13 0
>>124
うp

126 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 00:26:11 0
イスラムで自虐史観な歴史家っているの?
これだから、科学技術が発達しない。欧米に追いつけない。
われわれは劣っている。

127 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 00:54:53 0
中東の各地が中世的なイスラム国家に支配されてた頃は
保守派・既得権層へ反対して近代化を唱えるのはそういう連中だった。
近代化が進むと、さらにそのアンチとして原理主義者が台頭。

128 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 01:08:28 0
「ハジババの冒険」を翻訳・出版したイラン人なんかは
なかなか自虐的だと思うw

129 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 02:44:17 0
アフガーニーとかラシード・リダーとかは自虐的とかになるのかな?

130 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 18:11:53 0
そんな本を書くと原理主義者に暗殺されないの?

131 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 18:23:20 O
原理主義は現状への危機感から唱えられることが多いから、
ある意味原理主義自体も自虐と言えるんじゃね

132 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 19:57:57 0
>>125
ttp://www.aghdashloo.com/paintings/36.jpg

133 :世界@名無史さん:2006/06/18(日) 11:23:47 0
ttp://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060618AT2M1601F17062006.html
政府・金融機関、「イスラム金融」受け皿整備
 
中東オイルマネーの受け皿の整備をめざす政府と金融機関の動きが活発になってきた。
国際協力銀行などがイスラム法に基づく金融取引の研究会を発足、政府は国際的な
イスラム金融団体へのオブザーバー参加を検討する。原油高で膨らんだ2兆ドル規模の
産油国マネーの取り込みをにらみ、独自の取引慣習をもつイスラム金融を活発に
おこなえる「イスラム金融センター」の構築が日本でも進みそうだ。
国際協力銀行はサウジアラビア、マレーシア、パキスタン出身の合計4人のイスラム
法学者で構成する「アドバイザリー・ボード」を設置。イスラム金融のノウハウ
取得を目指す。同行は三井住友銀行、みずほコーポレート銀行、三菱東京UFJ銀行と
覚書を交わし、イスラム金融の研究に一体となって取り組む。

134 :世界@名無史さん:2006/06/20(火) 10:49:50 0

日本刀と中東の刀は湾曲刀の仲間だが

日本刀→鍔元から徐々に湾曲している

中東刀→刀身のほぼ真ん中まで直刀で、そから湾曲している
http://www.geocities.jp/bowen_dragon/taki/touken/saif.htm
http://www.geocities.jp/bowen_dragon/taki/touken/shamshir.htm

様に見えるんだが。
この違いに何か意味はあるのだろうか?

135 :世界@名無史さん:2006/07/08(土) 18:55:34 0
アッラーの御名に掛けて月例保守するッラー

136 :世界@名無史さん:2006/07/12(水) 23:01:47 0
ttp://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/newsdata/News2006624_2800.html
「不寛容」なイスラム教徒、「不道徳」な西洋人(Radikal紙)

ピュー(*)の15カ国における調査は西洋とイスラム世界の間にある隔たりを
明らかにした。西洋人はイスラム教徒を「狂信的、暴力的、不寛容」と、
イスラム教徒は西洋人を「不道徳、利己的、強欲」と考えている。
ピュー・リサーチ・センターが行った、トルコを含む15カ国での調査は、西洋と
イスラム世界の間にある深い溝をあらわにした。「大きな隔絶」というタイトルの
付けられたアンケート結果によれば、西洋人はイスラム教徒を「狂信的、暴力的、
不寛容」と、イスラム教徒は西洋人を「不道徳、利己的、強欲」と考えている。
わずかに「イスラム諸国は経済面でより繁栄すべきだ」という問いなどで両者の
見解は一致したが、イスラム教徒が(経済発展の遅れの原因を)「西洋」に
求めるのに対し、西洋人は「汚職や教育不足、原理主義的なイスラム」が原因
と指摘している。

137 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 23:43:48 0
「カリフ」の称号を名乗った最後の人物は誰ですか?
ムハンマドの末裔で1924年に自らカリフを宣言したフサイン
とかいう人物(ヒジャーズ王・在位1916〜24)が居りますが・・・。
またモンゴルによるバグダードの占領後、エジプト、そしてオスマン・トルコ
に遷ったアッバース家のカリフたち歴代の名前と在位期間も教えて下さい。

138 :世界@名無史さん:2006/07/22(土) 03:13:11 0
スンニ派法学者はエジプトのアッバース家のカリフや
オスマントルコのスルタン・カリフは認めない。
従って学問的には預言者ムハンマドの代理人としての
最後のカリフはアッバース朝37代の
ムスタスィム(在位1242〜58)ということになる。

スルタン・カリフ制は1922年にメフメット6世が
トルコから追放されて終わるが、新たにその従兄弟の
アブデュルメジト2世がカリフとして迎えられた。
しかし1924年にオスマン王族全員の追放が決まり
カリフ制も廃止された。
これで歴史的存在としてのカリフも終わる。

現在セネガルを中心に教線を広げるイスラム神秘主義の
ムリッド教団にはカリフが存在する。
従って自称カリフなら今でもいることになる。

139 :世界@名無史さん:2006/07/22(土) 19:48:13 0
近代イギリス史研究者の見市雅俊氏が、イギリス留学時代の体験談として、
エジプト人学生が、現在の西洋文明の優秀さというものは、かつてイスラムの
文明から略奪したものを土台にしており、われわれはそれを奪い返しにきたと
発言したエピソードを紹介している。

なんだかニダーみたいな発想だが、中世イスラーム文明の繁栄は、古代ギリシアの
文献をアラビア語に翻訳したことからきた面も大きかったのでは?

140 :世界@名無史さん:2006/07/22(土) 22:04:35 0
>>139
うん。大きかった。
文献ばかりか建築様式などもビザンツ帝国から影響を受けていたような。
初期のイスラム帝国は、よく言えば進取の気風に富んでいたというか、
悪く言えばその大半がビザンツ帝国やササン朝の文化のパクリという罠。

141 :世界@名無史さん:2006/07/22(土) 22:18:17 0
>>136
>イスラム教徒が(経済発展の遅れの原因を)「西洋」に
>求めるのに対し、西洋人は「汚職や教育不足、原理主義的なイスラム」が原因
>と指摘している。

イスラム教徒でもキリスト教徒でもない俺が中立の視点で見るからに。
この点に関しては西洋人が正しいよ。イスラム諸国の経済発展の遅れは教育不足と不寛容が元凶だ。
それはインド、中国の経済発展が目覚しいのにイスラム世界だけが取り残されつつあるのが
動かぬ証拠だろう。特に教育水準の低さは目に余る。


142 :世界@名無史さん:2006/07/22(土) 22:29:33 0
>>140
ギリシア語文献の翻訳に当たったのはキリスト教徒が多かったらすぃ。

以前、「中国はいつからどーして後進国になたーのか」というスレが
あったが、イスラーム諸国が後進国に落ちぶれた原因は何なんだろうね?



143 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 00:26:45 0
よくよく考えればヨーロッパはギリシャのパクリのパクリと言ってるだけジャマイカ?

144 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 01:28:04 0
>>140
アッバース朝の場合は、首都のバグダードがクテシフォンの近く、イラーク・アラビー地方に
建設されたってことが象徴しているように、やはりサーサーン朝の影響がかなり強い。

サーサーン朝はとくに初期のシャープール1世や後期のホスロー1世あたりがギリシアとインドの
諸文献をパフラヴィー語(中世ペルシア語)に翻訳する事業を行っているけど、アッバース朝の
大翻訳運動はこれのアッバース朝版的な感じのもの。ギリシア語文献の翻訳が有名だけど、実は
パフラヴィー語やシリア語、インドの文献もかなりの量を「相互に」翻訳している。現存する物は
かなり量が少ないけど。

ただ、アッバース朝の神学なりは、ギリシア語の哲学関係の方法論は学んでもやはりイスラムの枠組みで
発展しているし、同時平行で勃興して来たイスラム法学諸派なども独自の規範をもって発展しているので
それは注意しておくべきだと思う。

建築などは特にそうだけど、ビザンツ帝国からの影響ははっきり言えばオスマン朝からで、それまでは
シリアやイラク、イランの建築様式が土台になってそれぞれの地域で発展したものだから、これも
注意がいりそう。特にドームそれ自体やイーワーン様式は独自にこれらの地域に元からあったものだけど
オスマン朝様式のドームは、これはビザンツ様式と言うかハギヤ・ソフィアのものを研究した結果と
見るべきだろう。

145 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 01:36:24 0
>>142
早い話が、19世紀以降に顕著になった軍事的、経済的な西欧諸国の優位性を
文化的なものも交ぜ込んで話をされるからややこしくなるんだと思う。

146 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 06:45:59 0
>>144
>ギリシア語の哲学関係の方法論は学んでも

これはムータジラ派のことですか?
アル・マームーンはウラマーたちから反感を持たれていたそうですが。

147 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 06:54:08 0
宝くじでも買ったつもりで気軽に始めてみました。約1ヶ月で総額65万!。
その翌月の1ヶ月は134万円に膨れ上がりました。この後、どこまでいくのか
楽しみです。

★ 参加方法

@まず、下記3人の口座に1000円ずつ振り込みます。★必ずATM(振込機)で★。


■UFJ銀行 宝塚中山支店 普通 3679804

■UFJ銀行 梅田央支店 普通 1902984

■中京銀行 桶狭間支店(223) 普通 1111201


A3人の口座の一番上の人を削除します。そして、リストの一番下に あなたの
口座を加えて順位をくり上げます。

B後は、できるだけインターネット上の掲示板に載せたり、メールで宣伝して
いけば、それを受け取った人がどんどん同じように振り込んでくれます。

☆重要
3人の口座の一番上の人は絶対に削除して下さい。そうしないと法に触れます。
一人が抜け、一人(あなた)が入るワケですから、ネズミ講に代表される無限連
鎖講やマルチ商法ではありません

148 :阪京:2006/07/23(日) 07:00:29 0
自分自身を卑下する人間が朝日新聞を非難する。
奴らは自分の無知を隠したいが為に
何かを攻撃したい。朝日は悪くないのに朝日を攻撃しようとする。
しかも匿名のネットで誹謗を述べる。
本当は朝日のような一流企業に勤めたいと願っているくせに、
匿名で朝日を非難する輩どもは堂々とメディアの前に姿を現すべきだ


http://society3.2ch.net/test/read.cgi/mass/1153574641/l50




149 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 11:01:50 0
>>146
イスラム史上最初の体系的な神学を形成したムウタズィラ派だけではなく、
これに異を唱え神に関する思弁主義を否定した伝承主義を標榜するハンバル学派も、
同じくムウタズィラ派を否定し逆に思弁神学をもって伝承主義を擁護したアシュアリー学派も、
多かれ少なかれギリシア哲学、わけてもアリストテレスに代表される論理学の方法論の影響の
もとに「議論する」ということを展開している。

アシュアリー学派もムウタズィラ派から派生していることも重要。
いわゆるスーフィズムはまたこれと違う方向からでてきたものみたいだけど。

ギリシアの論理学の摂取は、カリフ・マフディーのころから、イスラム教をキリスト教やマニ教などの
他宗教に対して正統性を主張しうる宗教である、と論理的に証明しようという目的のもとで行われた
ものだったようだ。これがギリシア語翻訳運動の大きな契機になったようだけど、さらに武力を持って
カリフ権を獲得したアッバース朝カリフの政権自体を、論理的にもその支配正統性を立証できるもの
としてムウタズィラ派がアッバース朝カリフの御用学派に展開したのは周知の通り。

結局、伝承主義を思弁的に擁護したアシュアリー学派がスンナ派ムスリムの多数の賛同を得たため
ムウタズィラ派は衰退・消滅していくが、神学を思弁的に論証していくと言う伝統はその後も受継がれていく。

マアムーンがウラマーからの受けが悪かったのは、ギリシア的な新奇な論理で神について論議し、
カリフ権をサーサーン朝かビザンツ帝国の皇帝のようにウンマ(イスラム共同体)から隔絶したような
神授的権威化をはかり、しかもその主張に反対するウラマーたちを異端審問(ミフナ)で弾圧したことが大きい。

150 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 11:06:42 0
261 :世界@名無史さん :2005/09/16(金) 00:05:40 0
>>257-260
朱子学はともかく、中国には西欧式の科学的思考法の元となる
思想的ネタが一切存在しないから
テクノロジーは散発的に高度に達したものが出来ただろうけど
サイエンスは決して生じなかったと断言できるよ。
テクノロジーの根底にサイエンスがあり、そのまた根底に
自由な政治社会とフィロソフィー(西洋哲学)があるということは
江戸時代後期の日本の蘭学者達がはっきり気付いたことだ。
そしてフィロソフィーとサイエンスが無いテクノロジーは、
どこかで頭打ちになって進歩が止まるらしいことも。
このフィロソフィー自体は古代ギリシアが唯一の起源なんだが、
ルネッサンス期のヨーロッパ人が過去の文献から掘り起こして、
(文献自体はアラビアに受け継がれていたが本質は理解されていなかった)
再構築したものだからね。
また、逆に言えば、テクノロジーだけなら北宋よりずっと前の
オリエント世界のほうが進んでいたともいえるからね。

151 :世界@名無史さん:2006/07/23(日) 11:07:54 0
288 :世界@名無史さん :2005/09/16(金) 23:49:27 0
>>265
"Guns, Germs and Steel"だから日本語版でもその順番だったな。スマソ。
>>270
理由はたった一つ。「ギリシア式の自由な政治社会」という部分を
イスラム社会は決して受け入れられなかったから。
この部分はイスラム法の根幹部分=イスラム教の根幹部分に抵触するので
決して受け入れることは出来ない。もし実現させようとしたら
イスラム教社会そのものが崩壊してしまう。これは現代でも同じ。
近代西ヨーロッパのキリスト教世界だけが変形させながらも
なんとか本質部分を「受け入れる」ことに成功したのは、
「政教分離原則」「世俗国家」という方法を苦労して編み出したから。
もちろんこの過程で大量の血が流されたことはいうまでもない。
>>281
>>279はいいところを突いているよ。「自由な議論」なるものを発明したのは
歴史上で古代ギリシア人だけだからね。ものすごく特異な社会思想なんだよ>「自由」
非常に変わった社会組織(ポリスによる民主制)を築き上げた上にある。
世界のさまざまな地方で自然発生するような代物じゃない。
それも、当のギリシアでさえ、ペリクレスの事実上の独裁などという変形を施しても
実際に機能したのは数十年に過ぎなかった。その後のフィロソフィーは
往年の遺産でなんとか発展したようなところがある。

152 :世界@名無史さん:2006/08/12(土) 17:24:19 0
中世アラブ人のヨーロッパ人観

北方の人間は、太陽が天頂からもっとも遠いところにいる人間である。これらの
地域では寒気と湿気が強く、行けども果てしなく雪と氷が広がるだけである。
彼らは心あたたまるユーモアに欠けている。体は大きく、性質は粗野で、振舞は
がさつである。理解力は鈍く舌が重く、宗教的信条は堅固でない。北方のいちばん
端にいる者は、もっとも愚鈍で、粗野で、野蛮な傾向がある。

by 地理学者マスウーディー(896頃〜956)

↑古代ローマ人といい、モンテスキューといい、先進地域の人間はいつも
気候風土で後進地域の人間のことを説明したがるんだよな。

153 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 11:12:38 0
ファーティマ朝の通史を扱っている日本語の資料はないか?

154 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 16:43:44 0
>>153
当方、手元にないので確認できんが、
山川の新版世界各国史『西アジア史 I アラブ』
ttp://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4634413809.html
に載ってない?



155 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 19:34:04 O
こいつがなんか言ってますよ
↓↓↓
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/car/1154334009/909

156 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 15:31:08 0
講談社学術文庫の「アラブの歴史」下巻にファーティマ朝エジプトの
記述がある。>>153

157 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 17:16:14 O
>>154
>>156
サンクス。さっそく見てみるよ
とゆうかそれらには一度目を通したはずだが内容を忘れてしまっていたようだorz

158 :sage:2006/08/17(木) 17:20:57 0
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=1
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=2#s1
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=2#s2
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=2#s3
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=2#s4

159 :sage:2006/08/17(木) 17:21:54 0
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=3#s1
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=3#s2
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=3#s3
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http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=3#s5
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=3#s6
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=3#s7


160 :sage:2006/08/17(木) 17:22:31 0
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=4#s1
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=4#s2
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=5#s1
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161 :sage:2006/08/17(木) 17:23:03 0
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=8#s1
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http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=9#s1


162 :sage:2006/08/17(木) 17:23:33 0
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=10
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http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=12#s6


163 :sage:2006/08/17(木) 17:24:34 0
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164 :sage:2006/08/17(木) 17:25:38 0
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165 :sage:2006/08/17(木) 17:26:15 0
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166 :sage:2006/08/17(木) 17:28:32 0
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167 :sage:2006/08/17(木) 17:29:13 0
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168 :sage:2006/08/17(木) 17:29:47 0
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169 :sage:2006/08/17(木) 17:31:13 0
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170 :sage:2006/08/17(木) 17:31:49 0
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171 :sage:2006/08/17(木) 17:32:32 0
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172 :sage:2006/08/17(木) 17:33:16 0
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http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=23#s2


173 :sage:2006/08/17(木) 17:33:52 0
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174 :sagege:2006/08/17(木) 17:38:04 0
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175 :sage:2006/08/17(木) 17:38:48 0
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http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=26#s3
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=26#s4
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http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=26#s7
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=26#s8
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=26#s9
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=26#s10
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=26#s11
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=26#s12


176 :sage:2006/08/17(木) 17:39:28 0
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=27#s1
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=27#s2
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=27#s3
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=27#s4
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=27#s5
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=27#s6
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=27#s7


177 :sage:2006/08/17(木) 17:40:08 0
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=28#s1
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=28#s2
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=28#s3
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=28#s4
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=29#s1
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=29#s2
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=29#s3
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=29#s4
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=30#s1
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=30#s2
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=30#s3
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewchp.asp?BID=222&CID=30#s4


178 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 18:01:38 0

でも読めねーよ

179 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 22:34:59 0
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/globaleye/news/20060826ddm007070086000c.html
グローバル・アイ:地域パワー・イランの台頭 国力支えるダイナミズム
 
英王立国際問題研究所が23日、イランについての報告書を出し、イランが
中東から西アジアにまたがる強力な地域パワーとして登場したと位置づけた。
今月12日のこの欄で指摘したが、米国が主導したアフガニスタン戦争と
イラク戦争は、タリバン政権とフセイン政権というイランの安全保障上の脅威
を除去する格好の機会となった。同研究所の報告書も「米国の“テロとの戦い”
の最大の受益者はイラン」というが、安全保障空間の拡大はイランに国際舞台
で主導権をふるう余裕を与えた。
ただ地域パワーとしてのイランの存在は、歴史的には珍しいことではない。
部族単位に細分化したアラブ世界が、近年まで国家・国民意識をもてなかった
のに対して、イランはペルシャ文明を共有する民族的一体性(アケメネス朝、
ササン朝、サファビー朝など)を一貫して保持し、周辺諸国を圧倒してきた。

180 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 22:36:50 0
イラン革命(79年)で崩壊するパーレビ王政も、70年代初頭の石油
戦略を主導したし、イラクとの国境画定交渉では、イランに有利な
取り決めをのませるなど、地域パワーとしての存在感を示してきた。
革命後の二十余年こそ、国内の権力闘争や対イラク戦争、戦後復興に
力をそがれ、影響力を周辺に投射していく余裕はなかったが、歴史的
には例外的な一時期だ。
国土の広さ、人口、石油資源といった与件を横に置いて、イランが地域
パワーとしての地位を保持してきたのは、同国の内在的ダイナミズムに
あるように思う。具体的には社会、文化的厚みである。これはイラクと
比べるとよくわかる。
イラクはフセイン大統領という強力な重しがなくなると混乱状況に
陥った。一方のイランも革命直後、反体制派の相次ぐテロで多くの
指導者が倒れた。しかしその度に、それを代替する指導者が現れた。

181 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 22:38:47 0
ダイナミズムの第2は自己革新していく力だ。イラン革命は広範な大衆
抗議行動の帰結だが、他の中東の国では体制転換の契機の多くは
クーデターか宮廷革命だったことを考えると大きな違いだ。イランが
国教とするイスラム教シーア派はスンニ派と異なりコーラン解釈の自由
を認めており、これが多様な政治思想をはぐくみ、大衆運動に土壌を
提供している。
第3のダイナミズムは、そのプラグマティズムだ。イラン人は状況を
見るに極めて敏である。イラクのフセイン大統領のように目算のない
まま戦争に突入するようなことはあり得ない。その点で、核問題を
めぐる交渉は、西側にとっては難しいものとなろう。
強力な地域パワーとしてのイランの台頭は、国際政治風景を大きく
変えていくだろう。

182 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 05:43:47 0
>>179
多分これ書いたやつは、ナセルのエジプトとかにも同じ事を言っただろうな。

183 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 18:51:16 0
178
乙?単なる潰しだよ

184 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 01:36:35 0
現代のイスラーム主義運動は、中世イスラーム法学者のイブン・タイミーヤが
もとになっているといわれるが、この人はスーフィズム(イスラーム神秘主義)
を否定していた。

ワッハーブ派が行った聖者崇拝批判、ムハンマドやフサインの墓廟の破壊などは
宗教改革の時代にプロテスタントが行った聖像・聖遺物破壊、聖人崇拝批判を
連想させる。

185 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 13:01:29 0
>>184
>イブン・タイミーヤはスーフィズム(イスラーム神秘主義)
>を否定していた。

スーフィズムの中の過度な聖者崇拝や踊りなどのパフォーマンスを否定しはしたが、
スーフィズムそのもの(理論、実践など)は(異論はあっただろうが)否定しなかったはず。

赤堀・堀川・東長編『イスラームの神秘主義と聖者崇拝』(イスラーム地域研究叢書7)、東大出版会。
で「ネオ・スーフィズム」を取り上げた章に書いてあったと記憶してる。読むとよろしいかと。

あと上記のネオ・スーフィズムとワッハーブ派のつながりも描かれている。

186 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 15:42:40 0
>>185
>スーフィズムの中の過度な聖者崇拝や踊りなどのパフォーマンスを否定しはしたが、
>スーフィズムそのもの(理論、実践など)は(異論はあっただろうが)否定しなかったはず。

そうなんでしか。
ワッハーブ派の行った聖者崇拝、木や石の崇拝の否定だけど、日本でも明治時代に
廃仏毀釈運動で、神社から仏教的要素の払拭・仏像仏具の取り壊しなどが行われたな。

インドでも、19世紀末に「アーリヤ・サマージ」などの宗教団体が「シュッディー
(浄化)運動」を行い、ムスリムのヒンドゥーへの再改宗を進めたり、西洋的教育を
受けたエリートたちがサティー(寡婦殉死)や幼児婚、寡婦再婚禁止などの風習を、
シャーストラ(古典的ヒンドゥー法)に記載されていないことから本来のインドの
伝統から逸脱した悪習と捉え、これを改良して「あるべき姿のヒンドゥー」を
復興させようとした。

これらは一見、古代や中世への回帰のように見えるけれども、実際には「近代的」
なのよね。

187 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 21:04:50 0
ttp://www.asahi.com/international/update/0915/010.html
イスラムは「邪悪」と発言 ローマ法王発言に怒り広がる

ローマ法王ベネディクト16世が、イスラム教が本質的に暴力を容認する宗教
であるかのような発言をし、イスラム諸国から怒りの声が相次いでいる。
2001年9月の米同時テロ以来、欧米の一部にはイスラムの教義そのものに
暴力の原因を求める議論があり、イスラム教徒の神経を逆なでしてきた。
パキスタン議会は15日、法王に発言の撤回を求める非難決議を全会一致で
採択した。
ローマ法王は12日、訪問先の母国ドイツの大学で行った講義で、東ローマ
帝国皇帝によるイスラム批判に触れ、「(イスラム教開祖の)預言者ムハンマド
が新たにもたらしたものを見せてほしい。それは邪悪と残酷だけだ」などと指摘。
その上で、イスラムの教えるジハード(聖戦)の概念を批判した。

188 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 22:22:41 0
>>187
>「(イスラム教開祖の)預言者ムハンマド
>が新たにもたらしたものを見せてほしい。それは邪悪と残酷だけだ」
これなんてオリエンタリズム?

てかサイードの『オリエンタリズム』は、とっとと時代遅れになってしかるべきもんなんだが
いまだに通用してしまうのが何かなー。

189 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 22:54:42 0
ttp://www.usfl.com/Daily/News/06/09/0914_017.asp?id=50482
対仏攻撃も呼び掛け アルカイダのナンバー2

国際テロ組織アルカイダのナンバー2、ザワヒリ容疑者が10日出したウェブ
サイト上のビデオ声明で、アルジェリアのイスラム過激派に対してフランス
への攻撃を呼び掛けていたことが分かった。14日付のフランス紙フィガロが
ビデオを分析した治安専門家の話として報じた。
ザワヒリ容疑者はアルジェリアのイスラム過激派組織「布教と聖戦のための
サラフ主義集団」(GSPC)が「アルカイダに合流した」とした上で「(両組織の)
結合でフランスの裏切り者や異教徒の心に恐怖が芽生えるだろう」と警告。
GSPCに対し「米国人やフランス人の『のどに刺さった骨』になるのだ」と攻撃
を呼び掛けた。
さらにザワヒリ容疑者は、フランスでイスラム教徒の女子生徒が学校での
スカーフ着用を禁止されたことを非難した。
フランス国内におけるGSPCの活動を注視してきたフランス治安当局は、今回の
声明を重大に受け止めているという。

190 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 00:11:01 0
>>188
昔から「オリエンタリズム」は、東洋を専門とする学者よりも、門外漢によって
形成されてきたような…
19世紀のオリエンタリストにはドイツ人が多かったが、彼らはイスラーム世界を
直接支配したことはなかったし、“文明化の使命”だのを唱えたのは保守派
よりもむしろ当時では進歩的な知識人・政治家だった。

イスラーム世界に批判されるべき点は多々あるが、こういう専門の研究者でない
西欧人の異文明(イスラームに限らず)に対する偏見や傲慢さはなんとかならん
ものかね。
こういう言説が相手国に伝わって、より一層の悪感情を引き起こす、という
悪循環が存在している。

191 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 11:44:06 0
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/news/20060916k0000e030015000c.html
ローマ法王:「聖戦」批判を擁護…独首相「意図を誤解」

ローマ法王ベネディクト16世の出身国ドイツのメルケル首相は15日、
イスラム原理主義の「聖戦」を批判した法王の発言にイスラム社会の反発が
広がっていることについて、「法王の発言の意図を誤解している」と述べ、
法王を擁護した。
独紙に対しメルケル首相は、法王の発言が「諸宗教間の対話追求を目的とした
もので、宗教に名を借りたあらゆる暴力を断固として拒絶する内容だった」と
評価した。首相はその宗教間対話を支持し、「急務だ」とも語った。
(中略)
メルケル首相の指摘通り、法王は暴力拒絶に賛同するイスラム教徒とキリスト
教徒の間の対話を促し、テロと紛争の抑止を図りたかったようだ。だが、演説
のうちムハンマド批判を引用した言葉が突出してイスラム社会に伝わり、反発
を招く結果となっている。

192 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 13:23:09 0
>>191
>演説のうちムハンマド批判を引用した言葉が突出してイスラム社会に伝わり、反発
>を招く結果となっている。

カーライルが『英雄崇拝論』(原著1841年出版)でムハンマドを再評価してからは、
ダンテの『神曲』にあるようなムハンマド批判(というか誹謗・中傷)は、
(少なくとも本流では)なくなったと思ったんだがなー。
先日のカリカチュア問題と合わせて見ると、まだ根は深い、ということか。

193 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 13:30:14 0
で、ムハンマドが世界に何かもたらしたっけ?

ガザーリーとか後世の思想家の業績抜きで。

アラブでの女性の地位の向上?
これはローカルなものだし、結構異論もあるよね?

他に何がある?

194 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 13:52:42 0
>>193
大きくは世界宗教の設立
小さくはアラブ諸民族の統一

実際イスラーム共同体の成立によって、少なくとも200年間は
イスラム地域は地球の最先端地域として栄え、沢山の文物、思想、産業を
成立させた。その先鞭を作っただけでも充分じゃね?

195 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 15:22:51 0
>>193
>ガザーリーとか後世の思想家の業績抜きで

「ガザーリーとか後世の思想家」はムハンマドの言葉(ハディース)を
引用して自説を補強したりするから、彼らの「業績」とムハンマドとを切り離すのはナンセンスかと。

というかイスラム(原理主義)を批判する人たちって、「イスラムは邪教だ(大意)」てなことを言う際に
コーランの章句を引用する一方で、ハディースを引用しないんだがなぜか。

シャリーア(イスラム法)がコーラン、ハディース、イジュマー(合意)、キヤース(推論)
で構成されていることは、巷のイスラム概説書で、くどいほど書いてあることなんだが。

196 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 18:02:17 O
>>195
法学者や神学者やスーフィー、場合によっては哲学者政治家科学者etcの思想を
当時のコンテキストに即して理解しようとすればそれも重要だろうけど
ムハンマドの言葉から直接的にムスリム以外にとっても意味があって、
世界にとって新しい発展であるような何かを導きだしたてるわけじゃないんじゃ。

後半部については自分に言われても困るかな。
あの手の荒らしはやったことないし邪教と主張したいわけでもない。
ただスンナよりクルアーンの方が形式は上位だし
あの手の荒らしが喜びそうな部分も多いよね。

197 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 18:37:44 0
>>196
ガザーリーはアルガゼル、イブン・シーナーはアヴィセンナ(アビケンナ)、イブン・ルシュドはアヴェロエスetc.
こういったイスラム思想家がラテン化された名で、中世の西洋、それもカトリック思想界で知られたってことは、
「ムスリム以外にとっても意味があって、 世界にとって新しい発展であるような何か」を、
当時の西洋思想家が汲み取ったことの証左ではないか?

とりあえず
井筒俊彦『イスラーム思想史』(中公文庫)、
オリヴァー・リーマン『イスラム哲学への扉』(中村廣治郎訳、ちくま学芸文庫)
ガザーリー『誤りから救うもの』(中村廣治郎訳、ちくま学芸文庫)
あたりにでも目を通すことをおすすめする。

198 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 19:08:04 0
ttp://ukmedia.exblog.jp/
思考の壁? ローマ法王のスピーチ
預言者ムハンマドはどうやってイスラム教を広めたか

ローマ法王が12日、ドイツで行ったスピーチの内容に、世界各地のイスラム
教国家で反発がおき、インドではローマ法王に似せた人形を人々が焼く、という
行為があった。
そのスピーチの内容の抜粋の英訳がBBCのウエブサイトに載っていたが、
そのまま訳すのが難しい。言葉をじっくり聞いて、考える・・・という性格の
ものなのだろう。また、キリスト教に造詣の深い方は、深く読めるだろうと思う。
テレビ画面で見た限りは言語はドイツ語のようだったが。(法王はドイツ人。)

ttp://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/5348456.stm

全訳もPDFであった。
ttp://news.bbc.co.uk/1/shared/bsp/hi/pdfs/15_09_06_pope.pdf

199 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 19:09:24 0
(中略)
英訳読後の現時点では、「イスラム教批判ではない」(ローマ法王庁の話)
だとするにはやや無理がある印象を持った。イスラム教批判が目的ではない、
としても、結果的に批判になってしまった状況があるのではないだろうか。
一方、「直接的には」批判ではない、と言えないこともない。つまり、
いくつかのカバーというか、保護幕がつけられている仕組みになっている
からだ。
まず、スピーチは、「14世紀のビザンチン帝国のある皇帝と知識層の
ペルシア人の男性との会話」の中の言及を、法王が引用した、という形
になっている。そして、イスラム教や預言者ムハンマドに関して否定的な
言葉を言っているのが、この皇帝となる。つまり、「14世紀の皇帝は
こう言っている」、と法王は言っているだけなのだ。
この皇帝とペルシャ人男性がイスラム教とキリスト教に関して会話・
対話をしていたという。ここで、皇帝は、宗教と暴力の一般的な関係に
関して話し出す。そして、預言者ムハンマドがもたらしたものは、
「悪と非人間性だけだ」として、具体例として、信仰を「剣で(つまり
暴力で)広げた」としている。

200 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 19:10:29 0
(中略)
そして、暴力を使って信仰を広げることがいかに不合理なことかを、
皇帝は説く。「神の摂理や自然の摂理は暴力とは相容れない」からだ。
宗教指導者は、暴力や脅しを使わずに、上手に話し、適切に説いて人を
納得させるものだ」。
「理性に沿って行動をしないことは、神の摂理に反する、というのが、
暴力反対への根拠」と続け、皇帝にとってはこのことは自明のことだが、
イスラム教の教えでは、神は全てを超越するので、神の意思は、理性的
活動も含め、私たちが考えるいかなるカテゴリーによっても制限されない」。

201 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 19:33:13 0
そこで、理性に沿って行動しないことは神の摂理に反する、と考える
ことは常に真理であるのかどうか?・・・と議論が進む。
(中略)
そこで、15日の夜、英テレビを見て反応がどのようなものか、注目していた。
スカイテレビは視聴者からの電話を受けつけ、スカイもそうだったが
BBCニュース24でも、イスラム教側、キリスト教側のコメンテーターを
招き、意見を聞いていた。
キリスト教側のコメンテーターは、「カトリック教のトップとして、自分が
信じることを言ったまでだ。当然だ」と言い、ローマ法王庁側が「イスラム
教批判の意図はなかった」とするコメントを紹介。イスラム教側は
「ムハンマドと暴力のことを言うなら、なぜキリスト教の十字軍のことも
同時に言わないのか。バランスがおかしい。したがって、イスラム教徒
への攻撃だと言っていいと思う」。

202 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 02:01:15 0
ttp://www.usfl.com/Daily/News/06/09/0913_019.asp
イラク分割案の支持高まる〜米政権に有効な将来計画なし

イラクを宗派と民族別に分割すべきという意見が、支持を広げつつある。
クリスチャン・サイエンス・モニターによると、クルド族が住むイラク北部では
現在、以前は公共機関で民族の旗とともに揚がっていたイラク国旗が見られない。
民族自治政府の代表が掲揚を禁じたためだ。またバグダッドでは先週、議会の
シーア派が、同派住民と石油資源が集中する南部を自治区とする内容を含む
イラク分割案を提案した。
宗派・民族による分離は避けられないと考えるイラク専門家が確実に増えつつ
ある一方、名目上の統一民主国家は可能としながらも分割が最終的には中東の
安定化につながると考える人々は多い。

203 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 02:07:02 0
ところで、イスラム以前のアラブの宗教について、日本語で資料になるような本とかあるんでしょうか?

204 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 20:07:56 0
キリスト教の聖書学では、写本によって細かい部分に違いがあって、どれを
採用すべきか学者によって意見が分かれている箇所があるけど、
クルアーンの場合そういう箇所はあるのかなあ。

205 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 20:41:52 0
キリスト教だと発祥から数百年弾圧にあっていたから、伝承が地域・団体ごとに
分裂気味になっただろうけど、イスラムだと強力な中央集権で教義が決まっていたから
それはないんじゃないだろうか。

初期仏教も王権などによる弾圧はされてないし、比較的初期から結集を繰り返していたから
似たようなものか?

206 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 21:14:03 0
>>204,205
『コーラン』の訳者の一人、井筒俊彦によると、『コーラン』にも「異本の問題がある」とか。

(前略)現行『コーラン』は教皇(ルビ:カリフ)オスマーンの命によって編集された所謂「オスマーン本」であって、
その編集のさい採用されなかった無数の異本は一応全部抹殺されたわけであるが、
非公式の形でその多くが今日に伝わっている。今日の立場からすれば、
必ずしも「オスマーン本」が全ての点で原文の正しい形を伝えているとは言い得ない(以下略)

井筒俊彦訳、『コーラン 下』、岩波文庫、339頁より。

207 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 22:21:06 0
ttp://diary.jp.aol.com/applet/dypyafd/200603/archive
イスラーム世界は、もともと「異端」という概念がなく、クルアーン(コーラン)
の異本も初期には問題を起すことなく存在していた。ところが、10世紀頃に
はじまるイスラーム法学の発達とマドラサの普及がこれらの異本を自然消滅させ、
3代目ハリーファ(カリフ)であるウスマーン(〜 AD656)によって編集された
正本に統一されていったのは先にみた通り。 ここで自然消滅という点が
キリスト教世界と大きく異なる。

208 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 22:25:59 0
異端審問というのはカトリック圏に特有の現象なのかな。
東方正教会ではほとんど無かったようだし、イスラームも異端審問というのは
きかない。

209 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 23:11:08 0
>>208
アッバース朝の時代、ムゥタズィラ派に共鳴したカリフ・マァムーンによる異端審問があったらしい。
カトリックとの違いは、このムゥタズィラ派がガチガチの聖典主義者ではなく、むしろ理性を重んじる
一派だったこと。弾圧の矛先は聖典を重視するハンバル派であった。
この時代にギリシャ哲学が流行ったことも影響していると思われる。

こうしたこともあってか、イスラムはギリシャ哲学流の理性主義に、価値を認めつつも、懐疑的な
態度がいまでも根底にあるらしい。中世のガザーリーによる哲学批判も、おおむね、同じような文脈
だと考えられる(「確実性は、感覚<理性<信仰の順で高い」、『誤りから救うもの』、中村廣治郎訳、ちくま学芸文庫、18-20頁参照)。

マァムーンによる異端審問については、管見の限りでは
>>197に挙げられている『イスラーム思想史』や、
上智大学が編纂した『イスラーム哲学』(中世思想原典集成、第11巻)内の竹下政孝氏による「総序」(7-36頁)
に書いてあったのを記憶している。

210 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 03:21:27 O
現代サウジアラビアではスーフィーはまっとうなムスリムとは認められず死刑

>>197
根本的にずれてないか?

211 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 03:26:49 O
一応、ビドアという言葉が異端と訳されることが多いが、やっぱカトリックの異端とは異なる概念ではある

212 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 01:31:07 0
「イスラームは政教一致」とよくいわれるが、946年にブワイフ朝がバグダードに
入城し、カリフに代わって政治的権限を行使するようになった時点で、もう
政教一致ではなくなっていたのでは?

213 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 02:14:55 0
>>212
厳密に言えば政教分離という概念があってはじめて政教一致という概念が成り立つわけで
「イスラームは政教一致の宗教で分離できない」という概念が明確に唱えられるようになったは近代以降。

あくまでそういう言い方も可能というレベルじゃあるが。

214 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 08:02:53 0
イスラム政権の場合、君主などの世俗権力が宗教分野に対して保護義務を負い、
かつ『イスラム法にかなった政治』を行う義務もあるので、一般に言われている
「政教一致」というのと「政治権力」=「宗教権威」みたいなニュアンスがある
気がするけど、ちと違うんだよね。

イスラムの本当の宗教権威はコーランやハディースなどに集約されるから
カリフ権力も預言者ムハンマドの時代から続く「イスラム世界(ウンマ)の政治的外核
(ダール・アル=イスラーム)を代表する第一人者」的な感じで、宗教というか信仰に
ついて立ち入ったことにはあまりタッチ出来ない。専門家じゃ無いからw
しかもアッバース朝時代からたびたび政治権力が宗教分野に統制をかけようとして
法学者たちがこれを牽制するなんてことも多かったし。

だからカリフが出来ることはイスラムの政治分野やその基盤についての指針みたいなもの。
そのためアッバース朝のカリフがモンゴル帝国に滅ぼされたときも、それほど大きな混乱は
起きていない。他の世俗の政治権力が似たようなことを代行できるから。

なので、実は現在のイランでイスラム法学者たちが政治を主導する体制って今までに例が無い
新奇な取り組みだったりする。もし似たような政体をあげるとすると、初期イスラム時代で
正統カリフたちやムアーウィヤあたりが教友たちと合議制でいろいろ決めていたことが
近いかも知れないけど、それでもかなりイスラム史上では特殊な例だと思う。

215 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 12:41:50 0
政教一致も政教分離も本来カトリック圏で出てきた概念で、それを他の文明圏に
無理やり当てはめたので、問題がわかりにくくなってるんだよな。

216 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 13:30:18 0
>>213
>厳密に言えば政教分離という概念があってはじめて政教一致という概念が成り立つわけで
>「イスラームは政教一致の宗教で分離できない」という概念が明確に唱えられるようになったは近代以降。

小杉泰氏が最近出た『現代イスラーム世界論』(名古屋大学出版会)で同じようなこと言ってたな。
立ち読みした程度なので詳細な紹介はできんが。

217 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 15:32:32 0
ビザンチン帝国では、皇帝といえども、総主教によりまとめられている国という
単位の教会の一員であり、また逆に総主教といえども、皇帝によりまとめられて
いる国の一国民であるとされていた。
両者はこのような立場から互いを支えあい、人々の目をこの世の終わりにある
神の国に向けさせるという役割を持つ。
また、体と心を二分し、身体を俗的でだめなもの、心を聖なるもので良いものと
する二元的な考え方はなく、皇帝は神に祝福された王として帝国という身体を、
総主教は神に祝福された司祭として帝国の心のめんどうをみる。
もちろん、帝国の心と身体にも葛藤はあって、国の危機を救うために異端に
媚びる皇帝に、国の良心として真っ向から対立した総主教は何人もいる。

同じキリスト教でも、カトリックより東方正教圏のほうがイスラームの考え方に
近いのかもしれない。

218 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 15:46:22 O
>>216
小杉がそう言ったってのは意外だな。

219 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 15:57:04 0
>>214
>イスラムの本当の宗教権威はコーランやハディースなどに集約されるから

ユダヤ教、イスラーム=律法、コーランによる支配
キリスト教=人による人の支配

220 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 16:46:54 O
クルアーンやハディースに強い権威を置くこと自体、
人の営み=歴史の中で出来てきた面も強いけどな
初期は結構いい加減だったのが学者の活動で体系化去れてきた。
法学派によって人の判断の重みが違うし
学派の伝統の制約も強かったり

単純なモデル化にはたいてい大きな穴があるってだけの話だろ、と言われりゃそれまでだが

221 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 17:52:23 O
クルアーン、スンナ、イジュマー、キヤースの四法減理論はシャーフィイー

222 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 17:53:35 O
法減…
orz

223 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 19:02:35 0
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewtoc.asp?BID=146
http://www.al-eman.com/Islamlib/viewtoc.asp?BID=404

224 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 04:49:36 0
アラブ・イスラーム圏では、儒教圏と同じように、職人などの手を使う仕事は
卑しいと考えられているのですか?

225 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 09:30:39 0
クタイバ・イブン・ムスリムに関する資料を探しているのですが、
おすすめの本、論文がりましたら教えてください。

226 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 10:43:50 0
そんなに詳しいわけではないけど、
史料としては、アッバース朝時代に編纂された、タバリーの『諸使徒と諸王の歴史』や
ヤアクービーの『歴史』、さらにクーフィーの『征服の書』やバラーズリーの『諸国征服誌』
などの征服史関連のものがある。

クタイバ個人についての論文があったかは忘れたけど、Encyclopaedia of Isram のクタイバ・
ブン・ムスリムの項目や、Canbridge History of Iran あたりのアラブ征服についての項目で
何か載ってるかもしれない。
日本語で読める論文だったら『講座イスラーム世界3 世界に広がるイスラーム』の稲葉穣先生の
論文「アラブ・ムスリムの東方進出」あたりが手ごろかも。バラーズリーは邦訳あり。
他にもいくつか関連する論文があったような気がするけど、思い付くのはこのくらい。


227 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 13:07:08 0
>>225
アラビア語(一部、ペルシア語)史料としては、

タバリー(al-Tabari)
『諸使徒と諸王の歴史』(Ta'rikh al-rusul wa-l-muluk)
英訳:ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/0887067212/

バラーズリー(al-Baladhuri)
『諸国征服記』(Futuh al-buldan)
ttp://www.al-eman.com/Islamlib/viewtoc.asp?BID=235
英訳:ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/1931956634/
日本語訳:『諸国征服史』1〜22 (『明治学院論叢』 第26号〜第66号,1987〜2001)

マスウーディー(al-Mas‘udi)
『黄金の牧場と宝石の鉱山』(Muruj al-dhahab wa ma‘adin al-jawahir)
仏訳:Les Prairies d'Or , 3vols. tr. Ch. Pellat (Paris, 1962-71)
『提言と再考の書』(Kitab al-tanbih wa al-ishraf)
ttp://www.al-eman.com/Islamlib/viewtoc.asp?BID=219

イブン・アル=アスィール(Ibn al-Athir)
『完史』(al-Kamil fi l-ta'rikh)
ttp://www.al-eman.com/Islamlib/viewtoc.asp?BID=174

ナルシャヒー(al-Narshakhi)
『ブハーラー史』(Tarikh-i Bukhara)
英訳:ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/0910956359/


228 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 13:08:12 0
他に、
Ibn A'tham al-Kufiの“Kitab al-Futuh”、
al-Ya‘qubiの“Ta'rikh al-Ya‘qubi”などの年代記・征服史や、
Ibn Hawqal
英訳:ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/0892411821/
al-Muqaddasi
英訳:ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/1859641369/
・・・などが記した地理書の類。

229 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 13:22:48 0
山川の新版世界各国史4『中央ユーラシア史』(2000年)の巻末に
挙げられている参考文献の中で関係のありそうな研究書はこのくらいか。

H. A. R. Gibb,
Arab Conquest in Central Asia
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/0404027180/

W. Barthold,
Turkestan Down to the Mongol Invasion
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/1597400076/

Richard N. Frye,
The Heritage of Central Asia: From Antiquity to the Turkish Expansion (Princeton Series on the Middle East)
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/155876111X/

Richard N. Frye,
The Golden Age of Persia: The Arabs in the East (History of Civilization)
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/1842120115/

M.S. Asimov and C. E. Bosworth (ed.),
History of Civilizations of Central Asia: Age of Achievement, 8750 Ad to the End of the 15th Century
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/9231034677/

230 :225:2006/09/25(月) 14:01:20 0
すっすばらしい、さすが学問板!
本当にありがとうございます。がんばって当ってみます。

231 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 16:46:31 0
イスラームでは飲酒と同性愛は戒律で禁止されているが、イスラーム史上の
有名人にはどちらもたしなんだ連中がイパーイいる。
理念と実態は別、ということで。

232 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 21:13:07 0
>>231
「禁止されている」ということ自体が、実際は、飲酒や同性愛がはびこっていたことの証左。
はびこってないなら、わざわざ禁止する必要なし。


233 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 22:31:44 0
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/news/20060926k0000m030021000c.html
エジプト:仏・独紙の販売禁止…イスラム教侮辱と
 
中東通信が24日伝えたところによると、エジプトのフェキ情報相は、フランス紙
フィガロとドイツ紙フランクフルター・アルゲマイネの記事がイスラム教を侮辱
しているとして、エジプト国内で問題の記事が掲載された日付の両紙の販売などを
禁止すると発表した。
記事の日付や詳しい内容は不明だが、中東通信によると「イスラムは剣によって
広められた。(預言者)ムハンマドは悪の手先」などの記述があったという。
ロイター通信によると、16日付のフランクフルター・アルゲマイネは、
ムハンマドが軍事的にも指導者だったとする趣旨のドイツ人歴史家の寄稿を
掲載した。

234 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 13:44:13 0
>>233
ムハンマドは軍事的指導者、ってのはイスラム教徒にとって侮辱なのか?

235 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 14:21:48 0
雨乞い礼拝は、サウジアラビアでは国王が呼びかけるが、クウェートでは
イスラーム問題省で、国ごとに違いがある。ヨルダンでも宗教省が雨乞い
礼拝の声明を出す。
興味深いのがバース党政権のイラクやシリアでも雨乞い礼拝が行われていたこと。

アッバース朝やマムルーク朝、オスマン朝など、過去のイスラーム世界の王朝では
どうやっていたのかはわからんが。


236 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 19:23:42 0
マムルーク朝の場合は、(雨乞いもあっただろうが)ナイル川の管理(と言っていいのか分からんが)
が問題になっていたと思う。

237 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 19:52:03 O
>>234
現代なら

238 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 20:17:20 0
マムルーク朝スルターンのムアイヤド・シャイフが行った
雨乞いの儀礼については長谷部先生が岩波の世界歴史に書いておられたかと。

239 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 21:15:08 0
オスマン朝滅亡後、イスラーム世界で誰もカリフを僭称しようとしなかった
のはなぜなんだろう。


240 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 22:27:21 0
メッカのアミールだったフサイン・イブン・アリーはオスマン朝に対して
アラブの反乱を起こした時にカリフ(ハリーファ)を宣言してる。
オスマン朝が滅亡してまもなく、イブン・サウードによってメッカを追われ、
二人の息子はイギリスの助力でイラクとヨルダンの国王の座に納まったが。

241 :世界@名無史さん:2006/10/19(木) 22:22:04 0
祝一周年!

242 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 14:36:42 0
アラビア語文献の邦訳をよむと出てくる「ファルサフ(約五キロ)」という長さの単位は、
「パラサング」と同じですか?

243 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 18:29:01 0
ttp://www.foxjapan.com/dvd-video/cgibin/UserSearch/foxhe_search.cgi?page=detail&jan=4988142441324
キングダム・オブ・ヘブン/ディレクターズ・カット
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244 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 21:17:03 0
>>242
> 「ファルサフ(約五キロ)」「パラサング」
同じ。ペルシア帝国時代から「パラサンゲース」はギリシア語文献に出てくるけど、
近世ペルシア語ではファルサング(farsang)で、このアラビア語形がファルサフ(farsakh)。
正則アラビア語は(中世&近世)ペルシア語などの p が発音出来なくて f 音で代用する。

時代によって長さが微妙に変化するみたいだけど、1ファルサフ=3ミール(マイル)とされて
きたそうなので大体5〜6kmくらいと見て良いとか。

245 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 21:22:23 0
farsakh or farsang
http://www.sizes.com/units/farsakh.htm

246 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 22:55:43 0
>244
おお、やはり……

迅速・詳細な回答ありがとうございます。

247 :世界@名無史さん:2006/10/22(日) 18:15:37 0
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/22354/
これってどうよ

248 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 04:09:01 0
《新刊情報》
ttp://www.chuko.co.jp/shinsho/
シーア派
台頭するイスラーム少数派
桜井啓子 著
イスラーム教の二大宗派の一つだが、信者は全体の一割に過ぎないシーア派。
しかし、イラン、イラク、レバノンなどでは多数を占め、挑発的な指導層や
武装組織が力を誇示し、テロリズムの温床とさえ見られている。政教一致や
民兵勢力といった特異な面が注目されるが、その実態とはいかなるものなのか。
彼らの起源から、多数派のスンナ派と異なり、政治志向の強い宗教指導者が
君臨するシステムを解明し、その実像を伝える。

新書判/272ページ/定価819円(本体780円)
ISBN4-12-101866-4 C1222

249 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 14:18:36 0
ウマイヤ朝のカリフ、アル・ワリード一世は息子を跡継ぎにしたいと思っていて、
側近らもだいたい追随していたのに、弟スレイマーンが次のカリフになれたのはなぜですか?

イスラム世界では実力のある成人が跡を継ぐのが常道で、それでも正式にアルワリドが
息子を跡取りに指名していれば即位できただろうけど、す指名する前に死んでしまったから
スレイマーンが慣習に従い即位した、ということでいいのでしょうか?

250 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 19:49:03 0
今月発売のの『家庭画報』12月号に「手織り絨毯コーディネート」「ペルシア
文化の美を求めて 後編」という記事が載っている。
写真が美しいの一見の価値あり。

イランでも、もう10年もすれば手織りの絨毯はなくなって機械織りになると
いわれているらしい。
モスクのドームの修復工事や、カリグラフィー(装飾書体)を書く人、バラ水
作りなども紹介されている。

251 :249:2006/11/05(日) 08:11:47 0
自己解決しました。

252 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 03:15:43 0
《新刊情報》
興亡の世界史 06 イスラーム帝国のジハード

出版 : 講談社
サイズ : 四六判 / 382p
ISBN : 4-06-280706-8

文明の空白地帯、7世紀のアラビア半島で誕生したイスラーム。世界帝国を
創出した共存と融和の原理とは。最後のイスラーム帝国が20世紀初頭に
滅んだのはなぜか。現代にいたる「力による布教」のイメージを問い直す。

253 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 20:44:06 0
ttp://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200611291318143
正則アラビア語での電子コーラン学習が外来語蔓延に一石投じる? アラブ近代化の明暗 

アラブ世界でも外来語が蔓延、難解とされるアラビア語の乱れが進行し 
アラブ人の研究者やメディア関係者らは、近年教育カリキュラムやメディアで
アラビア語が徐々に後退していると警鐘を鳴らしている。一方、コーラン朗誦法
などイスラム学習には電子化の波が押し寄せている。10億人以上のイスラム
教徒対象の巨大成長ビジネスに、中国を含む世界の投資家たちが巨利を求めて
殺到、競争が加熱しているが、正則アラビア語を非イスラム圏にまで普及する
メリットを指摘する向きもある。ミドル・イースト・オンラインがこのほど
報じた。

254 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 20:44:54 0
アラブ連盟メディア委員会のアミーン・バスユーニー委員長は21日、
「テレビドラマや歌謡曲で正則アラビア語が使用される割合が大きく
低下する一方で、日常会話や報道番組の司会者の言葉に英語が増えている」
と憂慮。つい最近まで人々は「詩人たちの長」と呼ばれたアフマド・
シャウキーらの作詞によるエジプト人女性歌手ウンム・クルスームの歌
を口ずさんでいたのだから、学習すれば正則アラビア語を理解できると
指摘した。 
 エジプト・カイロのアラブ連盟本部で行なわれた会議「アラブ世界での
アラビア語の現状」の席上、同委員長は、「かつて高校生は上級専攻科目
として古典詩華集を学んでいたが、今やカリキュラムから消え去った」
と嘆いた。 

255 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 20:45:56 0
また、同会議でエジプト人研究者は「民族語の西洋化」に与える影響を
警告、使用されている外来語の本来の意味と同意のアラビア語の言葉を
探すよう呼び掛けた。さらに、サウジアラビア人研究者は、すべての
大学や大学院、技術学校で英語授業が行われているペルシア湾岸諸国は
「危険な変化」にあると語り、この状態が継続すれば、教育言語や共同体の
アイデンティティーの危機が訪れると危機感を訴えた。 
一方、コーラン朗誦法などイスラム学習の電子化が巨大ビジネスになると
投資が殺到している。カイロ大学電子通信学部のムフスィン・ラシュワーン
教授は25日までドバイで開かれていた情報技術(IT)展示会「ジーテックス」
で記者会見し「我々は正確なコーラン朗誦法の学習プログラム開発に巨額の
投資をした」と語った。 

256 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 20:46:42 0
これまでイスラム教徒はコーランに熟達しているシャイフ(指導者)に
教えを請うか、モスクの寺子屋式学習会に通ってコーラン朗誦法を学んで
きた。プログラムはまず学習者に希望するコーランの箇所のアラビア語
の正則な発音を教え、正しい方法で朗誦出来る理想的な方法に導く。
同教授は「非イスラム国のイスラム教徒は子弟にコーラン朗誦法を教える
ためにこのプログラムを待ち望んでいる」と強調した。 
 利益の追求心が宗教電子機器の製造業者を急増させ、業者が過当競争
に陥っているとの非難がある。だが、電子機器は信者にコーランを正則
アラビア語で朗唱させ得る。また、製品が世界に向けイスラムの真の姿
を紹介できるとの前向きな意見もある。アラビア語が英語の蔓延で乱れる中、
電子学習は貴重な補助的役割を果たしそうだ。 


257 :世界@名無史さん:2006/12/03(日) 18:55:24 0
ダ・ビンチの母はアラブ人?指紋分析で判明

レオナルド・ダ・ビンチが使ったとされる紙に残された指紋(伊キエーティ大提供)=AP

 【ローマ支局】イタリア中部キエーティ大の人類学研究所は2日までに、レオナルド・ダ・ビンチ(1452〜1519)の左手人さし指の指紋を特定したと発表した。

 指紋には、唾液(だえき)も付着していると見られ、前夜に食べた料理の内容が解明できるほか、ダ・ビンチの祖先について調べる手がかりともなるという。

 AP通信によると、同大の研究チームは、ダ・ビンチが残した52枚の書類などから約200点の指紋を写真撮影。それらを約3年にわたり分析・調査し、ダ・ビンチの指紋を割り出した。

 研究チームは、ダ・ビンチの指紋が「アラブ人の指紋の60%に見られる形状だ」と指摘し、ダ・ビンチの母親が中東系だった可能性があるとしている。

 ダ・ビンチの母親をめぐっては、当時のビザンツ帝国の首都コンスタンチノープル(現イスタンブール)から、ダ・ビンチの生まれ故郷である伊トスカーナ地方に奴隷として渡って来たとの説があり、指紋はこの説を裏付ける証拠となり得る。

 地元の専門家によると、ダ・ビンチは食事中や旅行中に創作活動をすることが多く、指が常に汚れていたという。
(2006年12月2日11時56分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20061202i503.htm


258 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 03:55:21 0
興亡の歴史にイスラムは多宗教の融和の原理があるとありますが
今のイメージからするとまったく理解できない、詭弁にしか聞こえないのですが
どうなのでしょう

259 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 09:28:50 0
少なくとも、イスラム優勢の時代には、彼らにもその余裕があった。

260 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 21:25:25 0
十字軍の頃、キリスト教徒は(ローマ教会でなくても)スケープゴートにされたし
最近じゃイスラエル建国に合わせて中東各地のユダヤ人は追い出された
詭弁だよね

261 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 22:20:19 0
age

262 :世界@名無史さん:2007/01/18(木) 23:15:42 0
>>260
十字軍やイスラエルの蛮行にも触れないと片手落ちでは?

263 :世界@名無史さん:2007/01/23(火) 06:51:40 0
>>260
関連スレで過去にも幾度もでている話題だが、
歴代のイスラム政権は、支配地域の異教徒コミュニティーに対して、政権側への帰順と
納税義務と引換えに、安全保障(アマーン)を与えていた。これはコーランやハディースの
記述に基づいたイスラム法学的に保証されていた制度だったが、この安全保障があったため
ユダヤ教徒やキリスト教各宗派の信徒たちは宗派の違い無く、財産権や信仰生活などが
政権側や他のムスリムたちなどによって侵害される危険から守られていた。
(勿論これは原則的にそうだったというだけで、ファーティマ朝のハーキムみたいにそれまで
 の慣例を破って異教徒弾圧をする君主もいたが、そのような無茶苦茶な真似をする人物は
 かなりの例外に属する。その分の税収が明らかに減るため政権側に良い事は殆ど無いし、
 コーランやハディースの文言をかなり無視した行為でもあるから)

イスラム政権の場合、行政関連の人員は、地域社会の名士層から任意で抜擢し、人事の裁量も
担当者が個別に行っていたので、必ずしもムスリムに限定されず、シリアやエジプト、
アンダルスのようなキリスト教徒やユダヤ教徒のコミュニティーが大きい地域は、必然的に
官僚たちにもキリスト教徒やユダヤ教徒など異教徒が多く採用されることとなった。

オスマン朝など近代に至るまで歴代のイスラム政権はこのような事情があったわけだが、
これを「多宗教の融和の原理」と表現するのはちと大袈裟すぎる気がする。
多分、執筆者の小杉先生の趣向が反映されている宣伝文句だと思うが・・

264 :世界@名無史さん:2007/01/24(水) 10:03:00 0
聖クルアーン第二章(アル・カバラ)第256節
「宗教には強制があってはならない。正に正しい道は迷誤から明らかに(分別)
されている。それで邪神を退けてアッラーを信仰する者は,決して壊れることの
ない,堅固な取っ手を握った者である。アッラーは全聴にして全知であられる。」

宗教は強制しなくても、それが正しいなら自然と信仰されるもんだ、ということだな。
創●●会の香具師等に1億回聞かせたい言葉だなw

265 :世界@名無史さん:2007/01/24(水) 10:04:57 0
間違えた。訂正。

× アル・カバラ
○ アル・バカラ

266 :世界@名無史さん:2007/02/14(水) 13:15:58 0
カーバ神殿の黒い石がカルマト派に持ち去られてた間
メッカ巡礼に来た人たちは何もないところをぐるぐる回ってたんですか?

267 :世界@名無史さん:2007/02/15(木) 00:30:37 0
カアバ神殿がキブラに定められた理由は、神の玉座の真下。つまり地上で最も神に
位置的に近いからという神学的理由があるから。(一応紆余曲折はあったが)

預言者ムハンマドらムスリム軍がメッカを征服した時に、カアバを始祖イブラーヒーム
(アブラハム)が創建した当初に戻す、という理由でカアバ内部に360体あったと
伝えられる「御本尊」が全て棄毀され、カアバを装飾した一切が剥ぎ取られたが、
唯一、神から天使によってイブラーヒームに下されたという「黒い石」のみが聖別され
カアバの外壁、東の角に据え付けられ、建物をキスワという布地で覆ってキブラの中心
としてその聖性を表すようになった。

カアバの黒石はイブラーヒーム→ムハンマド→現代というイスラームの信仰の連続性を
表す象徴のひとつとして機能しているが、カアバの機能はキブラの中心としてであって、
(神学的解釈からすると)信仰の対象では無い。そのため、カアバ内部は今でも空っぽだ
そうだが、巡礼の行程に黒石に触ったりすることがなくなる、ということくらいが問題に
なる程度であって、

そもそもカアバは空っぽであることこそが重要。(信仰対象は飽くまでも唯一、神だけなので)

だからこそ黒石は外壁に据え付けられているとも言える。礼拝や巡礼のうえでは極端に言うと
黒石は無くても根本的な部分では問題は無い。ただ、なにせ黒石を設置したのが預言者ムハンマド
であるし、黒石の起源もイスラームの信仰の始祖と仰ぐイブラーヒームが関わっているので
やはりカアバに据え付けられているのが好ましい。結局カルマト派に奪われた21年後に無事
返還されたが。

268 :世界@名無史さん:2007/02/15(木) 16:12:50 0
>そもそもカアバは空っぽであることこそが重要

なるほど・・・詳細なレスに感謝します。

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