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【首都陥落】国が終わる時【皇帝廃位】

1 :世界@各無史さん:2005/09/21(水) 00:19:40 0
古代から近代までの国家滅亡の様子や逸話を語るスレッドです。

【注意】
"○○国"はいつ滅びるか,と云う未来の話は禁止。

2 :世界@名無史さん:2005/09/21(水) 00:28:33 0
譲位した数ヶ月以内に「病没」するのは付きモノだな。

3 :世界@名無史さん:2005/09/21(水) 01:17:52 0
あと、1937年に中華民国の首都が陥落した話も禁止な。

4 :世界@名無史さん:2005/09/21(水) 17:33:11 0
>>3
そもそも滅亡してないからスレ違い。

5 :世界@名無史さん:2005/09/24(土) 16:43:39 0
首都が包囲される。
城壁をはさんで矢や投石器で激烈な攻城戦が始まる。
攻撃側死傷者続出。持久戦へ。
数ヶ月から数年で守城側士気低下、食糧不足。
内応、降伏等で城門が開く。
攻撃側首都突入。状況次第では市街戦。祭り開始。
男、全員虐殺。財宝全部略奪。ついでに放火。
泣き叫ぶ金髪碧眼の美少女姉妹たちもことごとく輪姦される。
滅亡。

6 :世界@名無史さん:2005/10/11(火) 21:57:10 0
と、いうようなこともいっさいなしに、行政文書の処理だけで
消滅した国

 ソビエト社会主義共和国連邦

 琉球王国

あわれ。


7 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 02:23:02 0
李氏朝鮮を忘れているニダ!

8 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 02:33:20 0
>>6
したり顔で語っていらっしゃいますが、
琉球処分の際、軍隊が首里城を包囲したのでは?

9 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 03:41:39 0
ソ連も1991年8月の最高会議ビル攻防戦があったぞな。

10 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 03:57:07 0
ビザンツが一番(・∀・)イイ!!

あとはなんだ、ベルリンin1945とかだな。

11 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 04:22:06 0
中共も平和的に解散してほしい・・・無理か

12 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 05:13:40 0
>>6
そういう滅亡の仕方の典型は神聖ローマ帝国ってしょ。

13 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 05:56:24 0
>>5
泣き叫ぶ金髪碧眼の美少女姉妹たちもことごとく輪姦される。

ここを詳しくお願いします。

14 :東ドイツ:2005/10/13(木) 19:42:29 0
>>6
俺も俺も

15 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 20:29:17 0
金なんかは首都が陥ちても皇族重臣で逃げ回った挙げ句
最終的に国境ぎりぎり(これ以上退却する場所がない)の都市で最終包囲。
モンゴルと南宋の連合軍が猛攻を加える中、
皇帝は親戚に位をどたんばで譲って自害だったか。

16 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 20:41:43 0
南宋も降伏の際に丞相が逃亡。
何とか降伏後も一部の過激派が庶系の皇族擁立して抵抗の末
涯山の戦いで海の藻屑・・・

17 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 20:56:38 0
フィリピンはホーロ島を主要領土とした「ホーロ王国」。
年数百ドルの年金でアメリカに買収される。

18 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 21:55:00 0
南ノハ明
(;´D`)   <ひいx10おじいちゃ〜ん、北虜をやっつけて〜
(__~|||~)
/∧ ソ||

永暦帝(えいれきてい、1623年−1661年)
明(南明)事実上の最後の皇帝。姓は朱、諱は由榔。万暦帝の孫にして崇禎帝の従兄に当たる。
北京陥落後、鄭成功の助力もあり華南を転々とするも呉三桂の軍勢に追われビルマへ亡命。
身柄引き渡しを迫る清の脅しに屈し、ついに投降。 雲南で一族ごと殺害。
ここに朱一族は滅びた。



19 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 21:57:51 0
しかし永暦の年号は台湾の鄭政権で使われ続けた。

20 :世界@名無史さん:2005/10/13(木) 22:19:53 0
タイのアユタヤ朝滅亡は悲惨だぞ。

ビルマのコンバウン朝に攻め込まれて陥落。都は焼け野原で、王族は皆殺し。
嗚呼!
いまだにタイ人は、ビルマ人をよく思っていない。

21 :----:2005/10/13(木) 23:09:28 0
道路(公道・私道の別を問わず)を駐車場代わりに使うことについて、少し、思うことを述べさせて頂きます。

【きちんと駐車場を借りてらっしゃる方々へ】
皆さんは駐車場代として、幾らくらい払ってらっしゃいますか? 仮に毎月5千円としましても、年間6万円ですね。
駅から近いところに住んでらっしゃる場合、地域にもよりますが、毎月2万円、年間24万円くらい払っている方もいらっしゃることと思います。

さて、道路に我が物顔で、車を毎日置いている方は、近所にいらっしゃいませんか?
彼らは、堂々と犯罪を犯し、年間6万円から24万円くらいのお金を浮かせているのです。
もしも、かれらの年収があなたと同じだと仮定すると毎年6万円から24万円くらい(もしかしたら、それ以上に)あなたより贅沢な暮らしをしているわけです。
あなたと同じ年収なのに、犯罪を犯すことによって、です。腹が立ちませんか? 当然、腹が立ちますね。
しかも、近所にそういう方々が大勢いらっしゃいますと、結構、通行の邪魔だったりもします。

そういった方々を懲らしめる唯一の方法、それは、地道な通報です。
自分の家の近所で、そういう車両を見かけたら、出来る限り警察に通報し、彼らを懲らしめ、駆逐しましょう。
皆さんの力で、日本の道路を綺麗にしましょう。


22 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 17:51:50 0
>>20
そのコンバウン朝も最期は英軍に・・・

23 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 17:59:48 0
>20、だから王様と私でビルマをボロクソ言ってたのか

24 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 18:11:32 0
大日本帝国は・・・
滅亡って言わないか

25 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 20:34:41 0
滅亡じゃねーかよ。
独立帝国がいまでは属国だぞ。
てかよ、いつも思うんだが、なんで中国の帝国滅亡時の連中は日本に逃げ込まなかったんだ。
実際、陸より海の向こうの方が安全で、中国の漢族王朝に敬意を払い、
統一された政体もきちんとあって、まだ弱い時代の軍隊の力もモンゴルすら蹴散らしたぐらいの
力もあり。
きちんと保護もされるし、反攻の後背地にもなりえただろうに。
特に徳川時代なんて、清ですらあの時代なら攻めてきても叩き潰されただろうに。
不思議でならない。

26 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 20:37:38 0
>>25
明の場合は倭寇の恨みがあったんじゃ?

27 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 21:43:00 0
最近滅亡した国に関してはここが詳しい
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/syometsu/shometsu.html

28 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 21:54:51 0
朱舜水らが徳川幕府に乞師したじゃないか。

29 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 22:29:36 0
アッバース朝の滅亡も悲惨だな。
モンゴルに攻め込まれ、バグダット大虐殺八十万人!
王様は絨毯で簀巻きにされ、馬蹄に踏みつけられて圧死!

モンゴルに謝罪と賠償を要求するニダ!

30 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 09:35:54 0
国共内戦で最後に毛が蒋を捕まえたら大変なことになっていただろうな


31 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 09:40:35 O
モンゴル軍はイラクから撤兵しろ。

イスラム過激派に「復讐」されるぞ。

32 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 13:41:48 0
何で今まで、コンスタンティノープル陥落が出なかった?

33 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 14:55:25 0
>>32
>>10

34 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 15:21:58 0
最後の皇帝が紫禁城の裏山で首を吊った、明の滅亡。
しかし首吊り、というのは皇帝には似合わない。

南宋王朝のように、幼帝が家臣に背負われて入水、というのがある意味華々しい。


35 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 17:53:37 0
>>29
モンゴルでは貴人の血を地面に落とすべきでないとの考え方があった。
絨毯や袋に包んで馬で踏み殺すのはモンゴル的価値観における
貴人の処刑の仕方ではある。

36 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 18:16:41 0
マルコポーロの記録では、食い物は一切詰まっていない宝物倉に監禁され、
餓死したとあったな。アッバース朝のカリフ。

37 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 18:22:11 0
>>35が述べた貴人の死と、金銀財宝と共に監禁され餓死したという
二種類の説があるな。最後のカリフの殺され方。

38 :秋花水 ◆UYpQvTYj6k :2005/10/30(日) 20:27:29 0
亡国のときの美しさを時代別に比べると

 古代>>>中世>>近代>現代

という図式が成り立つような気がする。
現代のイラクとかアフガンはもうひたすら醜いだけ。
近代のハプスブルク・オーストリアとかオスマン・トルコはドラマがある。
中世はビザンツや南宋の滅亡は物語として面白い。
しかし古代には神話的な荘厳さがある。
ネブカドネザルのエルサレム陥落とかトロヤ滅亡とか、
住民大虐殺の上に女子どもを奴隷として連れ去り、文字通り一つの民族が歴史から消えちまうからな。

39 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 20:53:45 0
日本にはそういう悲惨な滅亡は無いな。
鎌倉幕府滅亡の、北条高時以下八百人が切腹の上焼身自殺くらいか?

40 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 20:57:35 0
>>39
武田氏滅亡とか平氏滅亡とか

41 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 21:04:05 0
あと、豊臣家滅亡か。

それにしても平家滅亡は、南宋滅亡の百年先を行っているな。


42 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 21:15:44 0
>>18
なんで日本に逃げなかったのかね?
このへんちょっと理解できない

43 :世界@名無史さん:2005/10/30(日) 21:19:30 0
>>42
東南アジアの華僑コミュニティを頼って落ち延びていったのでは
と推測してみる。

44 :世界@名無史さん:2005/10/31(月) 09:14:40 0
それにしても日本って不思議な国だよね。
時の権力者が覇権を握っても、自分が天皇になろうとした人物は
ほんの一握りじゃない?

45 :世界@名無史さん:2005/10/31(月) 19:23:26 0
>>38
現代・・・という範囲ではソビエト連邦の崩壊と旧ユーゴスラビア分裂、それとナチスドイツの崩壊、それから大日本帝国の終焉。
この辺はある意味では「美しい」とも思えるが。

事実上これらに対する勝利者が全部「アメリカ合衆国」なのも面白い(w


個人的に現代や近代の国家崩壊や戦争は映像や写真が残ってるせいで血の匂いが強いんだと思う。

46 :45:2005/10/31(月) 19:25:38 0
タイタニック号の悲劇・・・にはロマンがあるが、日航ジャンボ墜落事故や大韓航空機撃墜にはそれが無いってのと似たようなもんかなとも思う。

47 :世界@名無史さん:2005/10/31(月) 19:27:31 0
連続投稿だが・・・

発つ鳥跡を濁さずという点ではいつ終わったのか終わってないのかすら明らかでなく
気がついたら消えていた「大英帝国」も美しいと思うYO

48 :世界@名無史さん:2005/11/04(金) 10:22:55 0
>>47
一応、スエズ動乱から60年のアフリカの年にかけて解体していったとされているけど。

49 :世界@名無史さん:2005/11/04(金) 14:52:40 0
インド独立からスエズ動乱辺りの流れは「醜くあがいた」という印象しかないな。

50 :世界@名無史さん:2005/11/04(金) 15:45:30 0
アデン放棄(南イエメン独立)もかなり醜い悪あがきの末のヤケクソ

51 :世界@名無史さん:2005/11/05(土) 15:14:11 O
>>18
呉三桂ってぶっ殺したい奴だよね。

52 :世界@名無史さん:2005/11/05(土) 15:47:45 0
何げに、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の滅亡が心を揺さぶる。

1453年5月末、メフメット2世率いる10万のオスマン=トルコ軍に攻囲されたコンスタンティノポリス。
・・攻囲2ヶ月、もはや千年以上、帝国を守ってきた城壁は突破され、市内に殺到する敵軍。

「誰か予の首を刎ねるキリスト教徒はいないのか?」と臣下に尋ね、言葉に詰まった彼等を尻目に、
万事、手を尽くした皇帝コンスタンティノス11世が雲霞のごとき多数のオスマン軍に切り込み、行方不明。

時代が時代だったら、英主と呼ばれたであろう皇帝を持ってしても、救えなかった千年帝国・・

この国の滅亡が一番哀愁をそそるな。

53 :世界@名無史さん:2005/11/06(日) 00:13:45 0
呉三桂(一発変換できる!)が万里の長城を開いて満州族を呼び込んだのがつくづく悔まれる。

おかげで威厳ある漢民族の髪型と服飾文化が、滑稽にしか見えないものに変ってしまった。
以後の漢民族は、チャンコロにしか見えない!

54 :世界@名無史さん:2005/11/06(日) 01:20:53 0
>>53
今の横分け&刈り上げは誰のせい?

55 :世界@名無史さん:2005/11/06(日) 02:29:49 0
チャイナドレスは滑稽と言うより、いいと思うが

56 :世界@名無史さん:2005/11/06(日) 06:59:05 0
披露宴の会場ではチャイナドレスがしばしば花嫁より注目を浴びる。

57 :世界@名無史さん:2005/11/06(日) 10:03:16 0
ウェディングドレスより東洋人の体型にあっているからだろうな。

58 :世界@名無史さん:2005/11/06(日) 20:41:31 0
>>25 >>42
誰も言わないからあてずっぽうを書くけど、
「再起の可能性」とか「誇り」とかが失われるからじゃないかな。

やっぱり国土あっての皇帝ということで。

59 :世界@名無史さん:2005/11/06(日) 22:22:19 0
何故、今の今までカルタゴが出てこないのかが不思議でしょうがない。

60 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 00:41:51 0
何故ハンニバルはわざわざ象を使って冬のアルプスを越えたのだろうか?
熱帯の動物が、高山の寒さに耐えられるはずがないのに。

61 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 00:44:58 0
で、西ローマ帝国は、「いつの間にか無くなっていた」んだよね?

62 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 01:12:52 0
>55-57
いわゆる「チャイナドレス」はベトナムのアオザイを元に
日本のサービス業で考案された日本発の服装。中国はあまり関係ない。


63 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 07:23:41 0
>>62
電波くん?w

モンゴルのさらに奥のロシア領に
チャイナドレスの原型を着てる遊牧民族がいるがな
http://www.h3.dion.ne.jp/~chiriku/tuva.htm

64 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 07:26:59 0
ブロンドのチャイナドレス姿ハァハァ

65 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 15:58:17 0
アオザイが生まれたのは19世紀の初め。
チャイナドレスを南方の気候向けに改良したのがアオザイだよ。

66 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 17:17:59 0
チャイナのスリットはおぢさんが手を突っ込むためのものじゃありません。あれだと馬に乗りやすいからです

67 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 18:07:01 0
>>58
国交のない、統一された外国に逃げ延びた国王なんて、近代以前にはほとんどいないだろ。
ヨーロッパは、貴族はみんな親戚みたいなもんなので除外。
未開地や辺境に逃げた奴は多くいるけど、北条氏も平家も朝鮮にも中国にも何故逃げなかったか考えればいいかと。

68 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 18:14:37 0
朝鮮はともかく、中華王朝の歴代皇帝は日本などという
はるか東国の未開(だと信じる)国のことなんて眼中になかったんだと思う。
それ以前に存在を知っていた皇帝すら何人いたことやら。

69 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 20:08:19 0
>>61
いつの間にかって事はないだろ。
ラベンナの皇帝をぬっころしたオドアケルが、皇帝にならないで
帝位を東の皇帝に譲った時が、西のローマ終了の時じゃね?

70 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 22:12:58 0
>>69
つーか、それより随分前から帝国の体を成していないがな。

イベリア半島やガリアは好き放題荒らされるわ、勝手に自立されるわで、
もうグダグダ状態だしな。
だから、西の滅亡も事実上いつなのか諸説入り乱れる状態。
おそらくオドアケル自身やその臣民も、その重大さに対して、自覚がないまま死んだのだろうよw

まあ、東の方が断然、一体感を保っていたけどな。

71 :世界@名無史さん:2005/11/07(月) 22:15:56 0
チャイナドレスが馬に乗るためって事は、隋とか元の時に出来たの?

72 :世界@名無史さん:2005/11/08(火) 01:14:53 0
チャイナドレスはもともと北方騎馬民族の民族衣装だろ。
清朝の時代に満州族が中国に持ち込んで普及。

73 :世界@名無史さん:2005/11/08(火) 03:47:48 0
ノースリーブで体にピタっとした現代のチャイナドレスって、
清代の中国服とは全然ちがうだろ。

74 :世界@名無史さん:2005/11/08(火) 04:26:38 0
>>73
たいして違わねーよ。>>63参照

75 :世界@名無史さん:2005/11/22(火) 19:03:40 0
チャイナドレスって、案外パンチラが拝めねーんだよな。
その点アオザイはスケスケ度に優れているから俺はアオザイを支援する。

76 :世界@名無史さん:2005/11/26(土) 21:53:34 0
女学生のアオザイ制服よ、永遠なれ・・・

77 :世界@名無史さん:2005/11/30(水) 20:18:53 0
>>53>>55>>62
明代まで着用されていた漢民族の服装、髪型カッコイイ。
テレビ番組なんか見ていると、チャイナドレスとか、満洲人の服が出てくるけど、
中国文化を正しく理解していく上で、ああいったものを出すのはいかがなものかと
俺は思う。漢民族風の格好で出せよ。

78 :世界@名無史さん:2005/11/30(水) 22:05:16 0
>>77
どんなん?

79 :世界@名無史さん:2005/11/30(水) 23:39:05 0
外来の服装がダメっていうなら、
テレビ番組で日本人が洋服着てるのも
「日本文化を正しく理解していく上で」良くないことなのかな?
和服も呉服っていうくらいだから、もとは中国から来たんだよね?

じゃあ日本人は埴輪の時代の服着てテレビ出ろよと・・・?

80 :世界@名無史さん:2005/11/30(水) 23:42:51 0
>79
ヤマトタケルみたいだ。
まあ、毛皮でギャートルズよりはましか。

81 :世界@名無史さん:2005/11/30(水) 23:45:34 0
インドでは女性アナウンサーがサリー着てニュース読んでた

82 :世界@名無史さん:2005/12/01(木) 00:09:17 0
しかし日本のチョンマゲも、滑稽な髪型だよね。
月代を剃るから滑稽に見えるんだ。
漢民族や朝鮮人や琉球の髷は頭を剃らないのに。

83 :世界@名無史さん:2005/12/01(木) 00:19:31 0
月代剃るのも金と手間かかってんだぞ!!
そんなこと言うな!!プンプン

84 :世界@名無史さん:2005/12/01(木) 00:33:07 0
月代を剃るから、ハゲを誤魔化せるのはいい。

85 :世界@名無史さん:2005/12/03(土) 11:11:39 0
現代ではサイゴン陥落がダントツでドラマチック


86 :世界@名無史さん:2005/12/03(土) 15:50:34 0
>>79
在日にはチョゴリを着てもらおう。
見た目で区別が付くのはイイ!

87 :世界@名無史さん:2005/12/03(土) 22:46:03 0
>>75
http://japanese.joins.com/forum/board/view.php?no=40403&page=7

88 :世界@名無史さん:2005/12/04(日) 21:16:37 0
インカ滅亡もドラマチックじゃないか。

89 :世界@名無史さん:2005/12/04(日) 23:04:44 0
インカ滅亡はドラマチックっていうより悲しい感じ。
あぁ、それがドラマチックか・・・
インカもビザンツも悲しいよね。
私的には眠れる獅子と恐れられた清が徐々に西欧に蝕まれていって
滅亡してしまうのもドラマチックで好き

90 :世界@名無史さん:2005/12/06(火) 01:55:08 0
哀感誘う最期といえばハワイ王国も。
リリウオカラニの「アロハ・オエ」は王朝滅亡の歌と知るとなお一層。

91 :世界@名無史さん:2005/12/06(火) 18:28:19 0
いやー、ロマンですな〜

92 :世界@名無史さん:2005/12/17(土) 16:29:35 0
>>89
清はドラマチックかね?
「そらみろ」としか思えないんだけど

一部の人ら除いて全然やる気無かったじゃん

93 :世界@名無史さん:2005/12/27(火) 10:04:20 0
王様が外交のために外国を訪問しているうちに、本国でクーデターが発生して王政廃止、ってのはなんだか間抜け。

94 :世界@名無史さん:2005/12/27(火) 10:07:19 0
カンボジアのシアヌークは、脂肪吸引手術で訪仏中に・・

95 :世界@名無史さん:2005/12/27(火) 10:56:50 0
大人気のボカサ皇帝は、金の無心のためにリビアに行ってるときに
従兄弟がクーデターを起こして帝政廃止。

96 :世界@名無史さん:2005/12/27(火) 19:34:06 0
アフガニスタンも全く同じケースですね。

97 :世界@名無史さん:2005/12/27(火) 23:08:05 0

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【呪いのレス】
このレスを見た人はコピペでもいいので
10分以内に3つのスレへageて貼り付けてください。
そうしなければ一週間後にあなたは一日中
苦しんで、次の日に死ぬことになってしまいます。



98 :世界@名無史さん:2005/12/28(水) 00:27:56 0
>>42
一応、ビルマは明国からすると植民地というか属藩で、金人の本拠地から遠いからね。

99 :世界@名無史さん:2006/01/24(火) 00:12:56 0


100 :世界@名無史さん:2006/01/24(火) 00:39:03 0
小鼠チョン一郎が皇統を断絶します。

101 :世界@名無史さん:2006/02/02(木) 23:56:44 0
斬り死にかっこよく思滅亡じゃないけど義輝とか信長とか
これがなかったから豊臣はいまいちなんだよな。
秀頼出馬して特攻とかだったらかっこいい最期だったのに。

やパリ覚悟決めるときは決めないと駄目だね。
死兵にならねば成らぬときがあるようで。

102 :世界@名無史さん:2006/02/03(金) 02:38:40 0
で、このスレタイが現在、リアルタイムで現実のものとなっているわけだが
某総理大臣の所業により

103 :世界@名無史さん:2006/02/03(金) 11:56:04 0
満州国崩壊の惨劇がまだ出ていない不思議

104 :世界@名無史さん:2006/02/03(金) 21:23:32 0
東京は陥落してない

105 :世界@名無史さん:2006/02/03(金) 21:42:46 0
>>103
あれは悲惨すぎるね。
まともに義務教育段階の年齢で教えたら一生のトラウマになるだろう。
自虐教育とは別の理由で深入りして教えるべきじゃないと思う。

106 :世界@名無史さん:2006/02/03(金) 23:47:16 0
コンスタンティヌス11世の突撃。
まさに帝国の最後にふさわしい散華。

107 :世界@名無史さん:2006/02/03(金) 23:55:48 0
神聖ローマ帝国も文書だけで滅んだよね。

108 :世界@名無史さん:2006/02/04(土) 00:30:35 0
新羅滅亡から高麗への時期も凄まじかったらしい。
破壊、虐殺に王族強姦と古代的滅亡の典型例。
晩年の村松剛が小説形式でリアルに描いていた。
『Voice』の連載だったと思う。

109 :世界@名無史さん:2006/02/04(土) 00:31:39 0
『正論』だったかもしれない・・
読んだ人いれば指摘してください。

110 :世界@名無史さん:2006/02/04(土) 01:40:07 0
>>107
あれは滅んだというより、解散したと言った方が状況に合ってると思う。

111 :世界@名無史さん:2006/02/04(土) 11:14:03 0
>>105
ダイジョブでしょ。ショックを受けるのは最初だけ。
だんだん感覚が麻痺して慣れてくる。で、
「戦争とはそんなものだよ ○○君」で終わりになる。

で、味を占めた一部の馬鹿が
ソ連軍が・・やおもわずチムコが・・
のスレがオナネタになりやめられなくなる(w

末期症状にいたると ロマノフ朝の皇女は輪姦されて殺されたとか
ベルリン ハァハァとか普通の会話になる。
ただそれだけ

112 :世界@名無史さん:2006/02/04(土) 17:19:39 0
まあ、東ローマ帝国の場合、1000年以上生き延びた事の方が奇跡なんだが(途中、十字軍の影響の中断あり)。
あの場所は民族が行き交う地域そのものだったからな・・。
北からはゲルマン族やスラブ族の侵入、南からはイスラム教徒の侵入・・
よく変化を遂げながら、生き延びたよ。
オスマントルコの興隆期には、ギリシャの僅かな地域とコンスタンティノポリス周辺を残すのみだったから、
いくら皇帝が優秀でも、小アジア全域とバルカンの一部を支配する有能なメフメット2世相手ではどうしようもあるまい。
篭城兵を動員しようにも、後背地が全くないから、わずかな数のジェノバの傭兵を雇える程度。

113 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 09:21:24 0
>>110
あれは解散したというより、消滅したと言った方が状況に合ってると思う。

114 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 11:09:40 O
>>111 個人的にテンプレにしたい

115 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 11:49:50 O
神聖ローマはグダグダ流れ解散
有名無実の帝国にふさわしいヘタレ消滅

116 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 12:53:38 0
>>115
あなたそんなに、国家国民の総力をあげた聖戦で
一木一草残らず滅亡したいんでつか?

117 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 15:19:48 O
まあ日本が滅亡する時はそうならざるを得ないだろうと。
大陸的多民族帝国なら流れ解散もありだろうが、民族=国家の
日本では国家滅亡→民族滅亡と連想するのは当然。

118 :世界@名無史さん:2006/02/06(月) 00:54:43 0
大陸的多民族帝国、特に征服王朝の滅亡の場合、
旧支配民族のみジェノサイドになるケースが多いかな。

119 :世界@名無史さん:2006/02/06(月) 08:25:06 0
>>111
そいや第一次大戦後にはバルカン戦争ネタのエロ本出てるな。
邦訳有り。

120 :世界@名無史さん:2006/02/11(土) 21:36:04 0
東京遷都の詔がでなかったのは
東京がやられても
「首都は京都だ。まだ戦える」ってためだってまじですか?
だから今でも行幸のままという・・・
京都のが学校では普通に「京都が首都で東京は旅行先」って教えてますが。

121 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 01:17:39 0
>>120
松本に遷都ってか移る計画アリ。「松本大本営」で検索すると吉

122 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 07:42:48 0
その手の計画なら「京城移転説」もあったわけだが。

123 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 09:15:18 0
今の天皇陛下は遷都の詔、つまり勅令は出せるの?
出せないなら永久に遷都の詔が出せないわけで、
首都はずっと京都ってことになってしまう。
この先例えば千年このような状況が続いたとしても、
京都人はあくまで首都は京都だと主張するのだろうか。

124 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 11:25:05 0
>>121
松本じゃなくて松代。同じ長野県内だけど。
「松本大本営」でぐぐって145件もヒットしたのには笑ったが。

過去スレ読むと、中華帝国滅亡時に
日本に逃げ込まなかった云々という記述があったけど
確か鄭氏は徳川家に救援要請出して蹴られたはず。

125 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 17:18:42 0
>>124
>確か鄭氏は徳川家に救援要請出して蹴られたはず。

まぁ、一蹴されたというわけでもなく、日本側でも相当揉めたんだけども。
尾張だったか紀伊だったか、とにかくどっちかだかの殿様(家康の末子)
が偉く乗り気だったらしい。一時は幕府も、元和偃武以降巷に溢れ返る
浪人処理のために援兵を真剣に考えたらしいが、なにぶん朝鮮出兵の
苦い記憶がまだ鮮明だった頃のため、結局沙汰止みになったとのこと。

126 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 23:44:00 0
>123
それはいまだ玉座が京都にあって先帝までは京都で即位してたからだろう
今上陛下は東京で即位しているので平成からは名実ともに首都東京

127 :世界@名無史さん:2006/02/13(月) 13:09:10 0
>>126
わかってねーな。
今上陛下がどこで生まれたとか京都人には関係ないんだよ。

128 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 01:39:29 0
時々でいいですから広島大本営の事も思い出してあげてください

129 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 03:47:05 0
ヒント:井の中の蛙

130 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 10:04:53 0
>>125

田中芳樹がそのことで「日本はすぐ強いものにつく、卑怯な民族!」だと喚いていたな。
彼は漢民族マンセーで日本嫌い、漢民族以外の中国の民族も嫌いだから。

131 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 10:27:37 0
>朝鮮出兵の苦い記憶がまだ鮮明だった頃のため、
                  ~~~~~~

誰が巧いこと言えと言った。

132 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 21:18:40 0
朝鮮に負けたわけでも苦い思いしたわけでもないわけだが・・

133 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 23:33:20 0
>132
補給がやばかったり、外征に金がかかったりすることは苦い思いに入らないかね?

134 :世界@名無史さん:2006/02/15(水) 18:29:25 0
>>82
月代は剃らないんだが
何いってんの?

135 :世界@名無史さん:2006/03/17(金) 22:54:12 0
朝鮮ネタが絡むとスレが止まるな。。。

136 :世界@名無史さん:2006/03/22(水) 07:26:06 0
朝鮮出兵の苦い記憶があったから断ったという理由は胡散臭い。

137 :世界@名無史さん:2006/03/31(金) 13:04:30 0
  

138 :世界@名無史さん:2006/04/05(水) 01:12:23 0
>>108
後三国時代の動乱って日本では知名度ないけど、
半島の歴史上の内乱では相当戦ったほうなんでしょうかね。

139 :世界@名無史さん:2006/04/05(水) 02:38:55 O
つ大日本帝國

140 :世界@名無史さん:2006/04/05(水) 13:18:53 0
メキシコシティも一回陥落してないか?国終わってないけど

141 :世界@名無史さん:2006/04/07(金) 04:37:57 0
首都陥落=国家ジ・エンドじゃないからねえ。
7年戦争中のベルリンもオーストリア軽騎兵に一時的にせよ落とされてるし

142 :世界@名無史さん:2006/04/09(日) 16:41:34 0
京都は無敗の都だな

143 :世界@名無史さん:2006/04/09(日) 17:01:04 0
グラナダはまだ出てないのかい?
陥落じゃなく開城の上、ヨーロッパ人からすればザマミロでしかないから悲劇性は薄いが、
歴史的意義はコンスタンティノープルに次ぐものがあると思う

144 :世界@名無史さん:2006/04/09(日) 19:07:19 O
京都は完敗の都
地形的に防衛に適さず、攻めた側が常に勝っている

145 :世界@名無史さん:2006/04/09(日) 19:33:21 0
甲府とか無敗かな

146 :世界@名無史さん:2006/04/09(日) 19:45:10 0
何で桓武天皇は守りにくい土地を都にしたんだろうな。
蝦夷征討で歴代天皇の中では活発に軍事的行動を展開した帝なのに。

147 :世界@名無史さん:2006/04/09(日) 22:21:07 0
>>146
文字通り「平安」の世がきたと思ったんじゃないかな。

148 :世界@名無史さん:2006/04/10(月) 01:10:35 0
>146
大軍勢が展開できるのが南部だけで後のルートはすべて峠のため守りきれると思ったんだろう。
最初は長岡京(北部〜東部〜南部に河川があり堀の代わりになるので防衛が京都に比べ容易)にする予定が狂ったのもあった。

149 :世界@名無史さん:2006/04/10(月) 01:22:38 0
では日本における難攻不落の都市は?
奈良は京都と大して地形条件が変らないし、長岡京は京都以上に無防備。

鎌倉は山々と海に囲まれているが、これも結局新田義貞に攻め込まれたし。

150 :世界@名無史さん:2006/04/10(月) 01:31:52 0
鎌倉は陥落しているが難攻であったのは間違いない。
熊本は難攻不落だろう。
仙台は城に籠もって徹底抗戦すれば落としようのない城だが
仙台人は情勢不利だとあっさり降参するので、人の問題が。
大垣などは攻めるに難しそうだが…

151 :世界@名無史さん:2006/04/10(月) 04:13:11 0
小田原城も大坂城も落ちているからなぁ



152 :世界@名無史さん:2006/04/10(月) 08:27:41 O
このスレ日本史軍の攻撃により陥落!

153 :世界@名無史さん:2006/04/10(月) 20:15:58 0
お江戸はどうよ?

太平洋戦争ではボロ負けだったが、これは空からの攻撃で想定外だし。

154 :世界@名無史さん:2006/04/11(火) 15:05:33 0
これは何かの法則だろうか。

>620 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん :2006/04/02(日) 20:01:06 ID:Subp5k4n

>1936 ベルリン五輪
>1945 ナチス・ドイツ崩壊
>1980 モスクワ五輪
>1984 サラエボ五輪
>1991 ソ連滅亡
>1991〜ユーゴ紛争
>2008 北京五輪
>20?? …




155 :世界@名無史さん:2006/04/11(火) 16:31:12 O
1975年のプノンペン陥落は、全市民の運命を変えたという意味重大

156 :世界@名無史さん:2006/04/11(火) 16:33:58 0
3度あることは4度ある

157 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:56:20 0
>>144
鳥羽伏見の戦いでは攻めた方が負けているが?

158 :世界@名無史さん:2006/04/11(火) 20:00:27 0
>154
東京五輪とソウル五輪はカウントしないのか

159 :世界@名無史さん:2006/04/11(火) 20:53:48 0
会津は完敗の都
地形的に防衛に適さず、攻めた側が常に勝っている


160 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 11:14:36 0
>>158
ソウルはマジでなにかありそうで怖いな

161 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 11:40:21 0
>>157
鳥羽伏見は京都と言っても郊外の地。
蛤御門と間違えてないか。

162 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 14:18:23 0
郊外だからOKだのなんだのと必死こいてまで遵守しなきゃいけない法則でもねえよ

163 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 17:01:12 0
世界史上難攻不落といえばオーストリアのウィーンか?
陥落したことあったっけ?

164 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 17:36:05 0
ウィーンが難攻不落だったのか、
アナトリアから遠過ぎたのが原因なのか

165 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 17:36:13 0
>>162
そんなこと言ってたら事例が際限なく広がって情報の意味が無くなってしまじゃんかよ。

166 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 22:21:47 0
>>163
つ1945年4月13日

167 :世界@名無史さん:2006/04/12(水) 23:44:51 0
「ドイツ人の女性は老女から四歳の女児に至まで、エルベ川の東方(ソ連占領地区)で
暴行されずに残ったものはあまりいなかった。あるロシア人将校は、一週間のうち
少なくとも二五〇人に暴行された少女に出会った・・・・」(「スターリン」ニコライ・トルストイ著)

「ベルリンの二つの主要病院によるレイプ犠牲者の推定数は九万五千ないし一三万人。
ある医師の推定では、ベルリンでレイプされた一〇万の女性のうち、その結果死亡した人が
ー万前後、その多くは自殺だった。東プロイセン、ポンメルン、シュレージェンでの
被害者一四〇万人の死亡率は、ずっと高かったと考えられる。全体ではすくなくとも
二〇〇万のドイツ女性がレイプされたと推定され、繰り返し被害を受けた人も、過半数と
までいかなくても、かなりの数にのぽるようだ」
(「ベルリン陥落1945」アントニー・ビーヴァー著自水杜)
http://www.tamanegiya.com/rosianozanngyakusei.html

168 :世界@名無史さん:2006/04/13(木) 21:48:16 0
300万人が犠牲になったカンボジア内戦を賛美した
1975年4月19日和田俊記者の朝日新聞夕刊の記事。
罪深き悪魔の新聞が地獄の業火で灰になることを祈りましょう。
----------------------------------------------------------
「アジア的優しさ持つ カンボジア解放勢力のプノンペン制圧は、
武力解放のわりには、流血の跡がほとんど見られなかった。」

入城する解放軍兵士とロンノル政府軍兵士は手を取り合って抱擁。
政府権力の委譲も平穏のうちに行われたようだ。
しかも、解放勢力の指導者がプノンペンの裏切り者たちに対し、
「身の安全のために、早く逃げろ」と繰り返し忠告した。

「君たちが残っていると、われわれは逮捕、ひいては処刑も考慮しなければならない。
それよりも目の前から消えたくれた方がいい」という意味であり的を遇する上で、
きわめてアジア的な優しさにあふれているようにみえる。〈中略〉
カンボジア人の融通自在の行動様式から見て、革命の後につきものの
陰険な粛清は起こらないのではあるまいか。」

169 :世界@名無史さん:2006/04/14(金) 02:35:04 0
アステカ帝国が滅びなかったら、いまだに生贄の儀式やっていたのかな。

170 :世界@名無史さん:2006/04/14(金) 06:13:49 0
人身御供は多分キリスト教圏が認めないから生き残れない

171 :世界@名無史さん:2006/04/14(金) 09:28:34 0
そして人身御供の恐怖で周辺諸国を服属させていた帝国も、自然と滅びるだろうね(つw=

172 :世界@名無史さん:2006/04/19(水) 04:37:43 0
>>163
1805年にナポレオンに落とされてる

173 :世界@名無史さん:2006/04/20(木) 02:02:44 0
>>163,172
ロンドンは?

174 :世界@名無史さん:2006/04/21(金) 12:58:00 0
>>173
紀元61年ケルト人が占領
紀元1066年ノルマン人が占領

175 :世界@名無史さん:2006/04/21(金) 15:17:47 O
オーストリアはウィーン陥落前にナポレオンに降伏した


176 :世界@名無史さん:2006/04/21(金) 23:37:03 0
オーストリアはあのイタリアに負けたことがあるくらいのヘタレだからな…。

177 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 01:22:04 0
>>173
名誉革命は…陥落とは言わんか、しぶといなロンドン

第二次英蘭戦争のときに砲撃くらいはされたっけ?

178 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 02:01:56 O
オーストリアがイタリアに負けたのは第1次大戦と1859年の第2次統一戦争のときだけです
前者は連合軍、後者はナポレオン3世の仏軍の支援があり辛うじて勝てました
一方オーストリアは1848〜49年の第1次統一戦争でラデツキー将軍がクストツァ、ノヴァラで伊軍に大勝利し、1866年アルブレヒト大公が第2次クストツァの戦いで大勝、テゲトフ提督は優勢な伊海軍に対しリッサで海軍史に残る大勝利をあげています

179 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 10:45:28 0
箱根は難所と聞きますが、
そこで進軍を食い止めたことってあるんですか?

180 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 11:30:31 0
鎌倉幕府は承久の乱時、再び武士を労働階級に貶めようとする朝廷側の数万に達する圧倒的大軍勢の進撃をみごと箱根で防ぎましたよ?

181 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 12:08:29 0
いいかげんなこと書くな!カス
承久の乱では鎌倉の評定で消極策を主張した者は、箱根で防御ラインを設けるつもりだったが、
結局は積極派が議論を主導し、北條泰時が西上軍を率いて攻め上り、尾張や宇治で宮方を撃破。
入京して三上皇の流罪となった。
箱根の合戦は南北朝時代の竹之下合戦までない。

182 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 12:18:27 0
>>180は足利尊氏が新田義貞を竹之下(静岡県小山町)で撃破して、西軍の東下を
阻止した事例と勘違いしとるんじゃろう。

183 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 13:56:31 0
秀吉は東海道に子飼いの大名を配置して箱根以東の家康対策としたけど、それぞれはせいぜいが10〜20万石の中堅大名。
調略で連携を崩されて各個撃破される危険は考えなかったのか?
蒲生氏郷あたりを4,50万石の大名として統率させた方がよかったかと。

184 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 19:07:12 0
>>183
450万ってどこからどこまで支配させるのよ?
そんなにあげたら自分が京に攻め込むだろ

185 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 19:10:38 0
>>183
関ヶ原の時にそれが災いして東海道沿いの大名が居城ごと徳川に
寝返ったけどね。それの端緒が今の大河の山内一豊。
蒲生を対徳川への牽制とする案は氏郷の病死で没になった。
その代わりに会津に国替えされたのが上杉家。

186 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 20:02:46 0
450万じゃなく四十萬ないし五十萬てことだろ。
183の書き方も184の読み方もレベル以下

187 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 21:57:13 0
>>183
どちらにしろ蒲生は関ヶ原前に死んでいるので、
どこに配置されようとも転封されてるのでは?
でも生きていたら関ヶ原は起きなかったかも。
そしたら大阪陥落はなかったかもね。

188 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 22:22:07 0
>>182
箱根から関東に攻め込むには、やはり大迂回して御殿場線コースとらんといかんのか。
天下の険とはむべなるかな!

189 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 22:34:03 0
箱根突破は戊辰戦争の時が唯一のチャンスだったのだろう。
箱根難攻不落神話は永遠になってしまったな。

190 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 23:46:42 0
スコットランドはいくばくかの金でイングランドに売られたってのは出てないのかな?


191 :世界@名無史さん:2006/04/24(月) 10:27:06 0
>>180
東国生まれの連中が「天子様に背くなんて」と怖気づく中、京都生まれの
大江広元が「あんなのインチキだからw 悪帝を除くは忠臣の勤め」と
煽ったらしいね。

192 :世界@名無史さん:2006/04/24(月) 22:06:00 0 ?
>>189
確かに箱根に陣取った軍を打ち破った話は聞かないね。

193 :世界@名無史さん:2006/04/24(月) 22:12:15 0
どだい会戦の舞台になるような場所じゃないだろ

こないだ箱根をスクーターで超えようとしたら途中でエンストしちゃって一泊する羽目んなった。

194 :世界@名無史さん:2006/04/24(月) 22:20:31 0
>>190
それは逆の話。イングランドに封建関係を結ばされたスコットランドが
金でそれを買い戻したの。
ちなみに売り払ったのはリチャード獅子心王。売却金は十字軍遠征に使われました。

195 :世界@名無史さん:2006/04/25(火) 00:48:49 0
1453年、コンスタンチノープル陥落
1492年、グラナダ陥落

イスラム国とキリスト教国が東西で反対の運命に…ってドラマチック。

196 :世界@名無史さん:2006/05/20(土) 15:43:43 0
うほ

197 :世界@名無史さん :2006/05/20(土) 20:26:59 0
火山がドカーン!って噴火して滅亡したポンペイ。
神様のイタズラみたいでなんかスゴイ。



198 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 23:37:20 0
一回の自然災害で滅亡した国って他にあるっけ?

199 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 00:36:28 0
渤海国は白頭山の噴火で国力が落ち、契丹に責め滅ぼされたんじゃなかった?

あと、国とはいえないが、南九州の縄文文化は火山の大噴火で一度滅んだ。


200 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 01:14:01 0
クレタ文明とか。

201 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 01:25:21 0
クレタが滅んだのは海の民の攻撃だった筈。
それ以前にミケーネ人の攻撃で衰退して屈服してたが。

まあ、ある意味海の民も災害っちゃ災害だが。
東地中海じゃエジプト以外何処も生き残れてない。ヒッタイトすら滅んでる

202 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 10:13:26 O
火山爆発で壊滅したのはテラ島(現サントリーニ島)のアクロティリじゃないの
アトランティス伝説のネタ元になった

203 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 22:42:19 0
>>202
クレタの遺跡は何度も地震や戦争で破壊されている。

クノッソスの場合、紀元前1800年頃に大破壊を受けて旧宮殿時代が終わって
新宮殿時代が始まる。
紀元前1628〜1626年前後にサントリーニの噴火で、クノッソスも大打撃を受けるものの、
その後復興。紀元前1400年頃に外敵(ミケーネ人?)により宮殿が破壊される。

この辺の編年については、考古学者によって200年以上も誤差があるが、
最近は古い方の編年が正しいと考えられるようになってきている。


204 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 15:20:22 0
ムー

205 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 17:56:07 0
滅亡でないがザイールのモブツ政権、インドネシアの
スハルト政権崩壊の無秩序ぶりはすごかった。
軍・警察の機能停止で数日間にわたる暴動、略奪、白人や華僑への婦女暴行が凄く
在留邦人だった知人女性は精神に異常きたしてしまった。
独裁政権が崩壊すると、抑圧された下層階級の報復が凄い。


206 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 19:21:05 0
>>199
つーか喜界カルデラの火山灰は関東や東北にも届いてるし
西日本はそっくりアカホヤ火山灰に覆われてしまった
奇跡的に被害を免れたのが筑前と出雲
日本神話の起源と関係があるに違いない

207 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 19:22:49 0
平家は滅亡していなかった。朝鮮に逃れており、真の三種の神器も朝鮮にある。
安徳天皇の子孫(通称:安氏)が生き残っており、現在の天皇家が断絶した場合は…

ニダの野望。

208 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 22:13:37 0
東ローマと明の皇帝って結局行方不明のまま?

209 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 21:55:39 0
崇禎帝なら紫禁城の裏山で首を吊って自決したし、
永暦帝もビルマまで逃げたあげく清に身柄を引き渡されて、
雲南で一族もろとも殺されたんだから行方不明ってことはないんでは。

210 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 02:52:16 0
自刎は流石に難しいとしても、喉突いたり服毒とか方法は色々あると思うんだが、
なんでまた首なんか括ったんだろうな。

211 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 21:38:45 0
>>210

貴人の死は血を流してはいけないのが、中華の伝統だからと思われ。


212 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 01:53:44 0
毒を飲まなかったのはたまたま手持ちがなかったのか、吐血をおそれたのか…。

213 :世界@名無史さん:2006/08/04(金) 17:38:32 0
>>110
最後の皇帝が、
「もういやんなった。俺なんか居なくたっていいだろ。やーめた!」
と、退位した。


214 :世界@名無史さん:2006/08/06(日) 23:20:48 0
>>213
神聖ローマ帝国最期の皇帝フランツ2世(1792年 - 1806年)は既に
オーストリア帝国初代皇帝フランツ1世(1804年-1835年)だったから
神聖ローマのほうはどーみても駄目だしまーいーやってなもんですかね。

215 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 19:19:38 0
アジアの片隅で、人知れず一つの国が滅亡しますた・・・


http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1157016268

216 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 22:18:29 0
>>216
建国のニュースを記憶している漏れとしては
寂しい限り・・・

217 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 10:16:20 O
西ローマの最期は壮絶だった
無敵を誇った軍団は既に屍の山と化し
蛮族に包囲され遂に落城した永遠の都
男は殺され女はさらわれる阿鼻叫喚の中で
最後の皇帝はユピテル神殿に火を放ち、炎の中に姿を消す。
あるいは単身敵陣に切り込んで果てたとも言われる・・・

218 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 12:04:28 0
>>217

ソース

219 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 12:06:17 0
>>218
おそらく、歴史小説か叙事詩でしょうね

220 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 12:08:43 0
>>217
オドアケルは、一応、ローマの傭兵隊長で、
皇帝廃位後は、東ローマ帝国の代官の地位に就いたはずだが。

その後の東ゴート族は、寛容な統治だったちうし。

221 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 12:41:05 0
皇帝が敵陣に斬り込んで果てたのは、東ローマの最期だろ?

222 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 13:14:18 0
そもそも最後の西ローマ皇帝の父親はゲルマン人だしな。

223 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 15:37:52 0
しかもそいつ(美少年王ロムルス・アウグストゥルス・オレステッセン)は
親父オレステスの同僚だったオドアケルに
ラウェンナに幽閉されて
おもちゃにされたという話

腐女子が好きそうな話だな
ソースは「詳説世界史」

224 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 18:03:05 0
アウグストゥルスは残されたローマ軍団八百騎を率いて鬼神の強さを示し(この時『神よ、見たか!!ローマは弱くて滅びるのではないぞ!!』と叫んだという)

オドアケル軍の包囲を突破しルビコン川のほとりまでやってきた。ここの渡し守に

「ラヴェンナは小さな所ですが数千の海軍と多くの人が住んでいます、彼の地ではまた皇帝になるには十分でしょう。
 願わくは陛下、早く渡ってください。今は私一人が船を出し、蛮族の軍は至っても渡ることは出来ないでしょう。」

と言われたが、アウグストゥルスは

「神がローマを滅ぼすのに何故渡ろうか?カエサルが無敵の軍団八千人を率いてここから世界を征服したが、今ひとつも残された領土はない、
 たとえラヴェンナの市民が余を哀れんで私をアウグストゥス(皇帝)にしようとも、私に何の面目があろう?たとえ彼らがそれを言わなくとも、どうして私一人が心に恥を感じずにいられようか」

と断った。アウグストゥルスは、追っ手の中に旧知のセウェルスがいるのを見つけると、

「お前は私の古なじみではなかったか?オドアケルは私の頭に金を千と奴隷を万を懸けていると聞く、おまえにその恩賞をやろう」

と、言って自らの首を刎ね、その生涯を閉じた・・・


225 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 18:07:52 0
>>224
まるっきりファンタジーだな

226 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 18:27:51 0
>>224

史記の項羽本紀のパクリじゃねえか!
出鱈目をかりそめにも学問板で流すな。

227 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 18:29:51 0
そもそもロムルス・アウグストゥルスは没年不詳ではないのか?
どんな形で人生を終えたのかもよく分かっていない。

228 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 23:11:00 0
>>224

ネタ書くにしても、ちゃんと地理を考えようね。
ルビコンは長江のような大河ではない。裸足でわたれるような小川なんだよ。
渡し守なんか必要ないわ。

してみれば、「ルビコン川を渡った!」と宣言したカエサルは相当な誇大妄想家だなや。



229 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 23:23:52 0
そんな考証のほうがネタに見えるぞ
まんま項羽と劉邦の話の名前と地名をローマに変えただけなんだから

230 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 00:01:23 O
たぶん神聖ローマ帝国も千年帝国の誇りと共に、ナポレオンに徹底抗戦したあげく
皇帝以下の全軍が壮絶な討ち死にをしたことになるんだろう

231 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 00:04:48 0
>>229

項羽の話は中学校の教科書に乗っているからすぐにわかるわ。
ネタ書くなら
「アウグストゥルスが夜半目覚めると、ゲルマンの陣中からローマの歌が聞こえた。
アウグストゥルス大いに驚きて曰く。『蛮族すでにローマの地を得たるか。何ぞローマ人の多きや。』」
これが由来で、敵に包囲された状況の言い回し、「四方でローマの歌を聞く」が生まれた。

アウグストゥルスは愛人のマリアとともに剣の舞をし、
「おお、マリア、マリアよ!世は汝をいかにすべきか!」と悲憤慷慨・・・

これぐらいはやってほしい・

232 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 00:26:30 0
蛮族に包囲されたローマの街でアウグストゥルスはローマを守る為に集結した市民軍に向かって最後の演説を行った

「外は蛮族で満ちている
 だが、ここ(ローマ)は我らが生まれ育った土地
 なにも恐れることは無い!!

 敵の本陣まで一気に走りぬき
 オドアケルを討つことのみ考えよ!!

 倒れた仲間は見捨てていけ!
 たとえそれが身内であってもだ!

 よいな!!」

この幼い皇帝の勇ましい姿にローマ人たちは奮い立ったという

233 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 01:10:05 0
>>217

それはむしろ、西晋の最期だね。
匈奴に攻め込まれてあぼーん。

234 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 14:25:17 0
>>224
そもそもアウグストゥルスってローマにいたの?
末期の西ローマって普通にラヴェンナに皇帝いなかったっけか。

どうせならルビコンよりもポーのほうがよかったかも。

235 :世界@名無史さん:2006/11/20(月) 22:06:15 0
>>232
泣けるっす・・・

236 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 00:03:44 0
※カルタゴ滅亡への道(1)
BC151年にカルタゴはローマへの賠償金を完済する。
ヘレニズム時代の慣行では、講和条約の効力が満了することを意味した。
しかしローマ人は、カルタゴがローマに服属するという宣言は、イタリア半島内の他の同盟国と同様に永続的な条約と考えていた。

そうした齟齬の中でローマに唆されたヌミディアがカルタゴ領に侵攻をしてきた。
カルタゴは対ヌミディア戦にそなえ大規模な25,000人の軍団を編成するが敗れヌミディアに50年間の賠償を負うことになった。
ローマは、カルタゴが他国と開戦するときにローマの同意を得なかったことに不満を示した。
そして、ローマの元老院は討伐軍を召集しカルタゴに対して戦争を避けたければ「ローマを満足せしめよ」と伝えた。

ローマは、BC149年ウティカを占領後にカルタゴに宣戦布告をする。
カルタゴはローマと何度も和平会議を重ねカルタゴの良家子息300人をローマに人質に差し出す条件で、国土と自治を認めてもらうとの約束を得た。
ところが、約束通り人質が送られた後、ローマは大軍団をウティカに上陸させる。


237 :236:2006/11/21(火) 00:05:59 0
※第3次ポエニ戦争とカルタゴの最後(2)
ローマの執政官は、カルタゴに対して全ての武器と防具とを引渡し降伏するよう要求を加えた。
引渡しを終えた後、ローマはさらに要求を加え、カルタゴの町を焼き払うので住民は少なくとも10マイルは内陸に移るように伝えた。
これを知るに至ってカルタゴは和平交渉を放棄し、第三次ポエニ戦争が始まった。

カルタゴはすぐに包囲された。BC149年に始まるこの包囲戦に、カルタゴはBC146年の春まで持ちこたえた。
しかし最後は嵐が起き、スキピオ・アエミリアヌスによってカルタゴは陥落した。

包囲戦後半では多くのカルタゴ人が餓死した。さらに戦いの最後の6日間にはより多くの戦死者が出たのだ。
戦後に残されたカルタゴ人の数は5万人だった。戦前に比べるとわずかな数だったが、全て奴隷として売られることになった。

町は、10日間から17日間ほどでローマ軍によって手際よく焼き払われた。
町の壁や建物、港は完全に破壊され、周辺の土地は作物が育たぬよう塩が撒かれたといわれる。
塩を撒いた逸話は、ローマが敗者となった敵をどう扱うかの見せしめとして誇張した話かもしれない…


238 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 16:39:32 0
いきなりなんなんだ

239 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 17:59:41 0
>>238
ここは「国が終わる時」のスレじゃないの?
だから236は、カルタゴ滅亡の時を書き込んだのでは?
2chのよさはだれでも自由にいつでも参加できることだと思う

240 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 23:26:06 0
誰でもいつでも好きなように参加しても良いと思うが、
いきなり何の前置きもなく、それまでの話とも関係ない長文をがっつり投稿されるとびっくりするよ。

241 :世界@名無史さん:2006/11/21(火) 23:34:51 0
日本でこういう話はあまり聞かないね。
新田義貞の鎌倉大虐殺ぐらい?

242 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 00:56:08 0
>>日本でこういう話
だったら…大坂夏の陣での焼き討ちと虐殺もあるよ
大坂城に避難していた一般市民数万人を情け容赦なく大虐殺したそうだから
戦の後、秀吉の築いた大坂城と城下町を完全に破壊しその上に新たに大阪城
と城下町を築いたそうな…
家康は徹底していたね…

243 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 23:49:27 0
戦国時代だとやっぱし信長が一番すごいおー
日本で合理主義の改革派ヒーローって持ち上げられ始めたのは
戦争に負けて以降、つい最近の話なんですよ。

だから戦前の子供向けのメンコに書かれたヒーローには信長は居ない
平将門とか義経とかそんなん。

244 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 01:08:20 0
的を殲滅しないとまた反乱を起こす
別に殺すことは悪いことじゃない
当時の常識でしょ

245 :世界@名無史さん:2006/11/24(金) 01:16:05 0
> 新田義貞の鎌倉大虐殺
何コレ

246 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 00:45:13 0
>>236
カルタゴも滅亡はあっけないよな。。。
ハンニバルの頃にグダグダしてたばかりに。

247 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 03:05:44 0
>>189
>>192
確か足利直義を尊氏が破ったのは箱根じゃなかった?
それとも箱根より西側だったかな?

248 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 22:10:42 0
サッコ・ディ・ローマ。
略奪され市民は殺されたが、さすがに教皇までは手をかけられなかった。

249 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 14:37:50 0
>>245
鎌倉は、もともと軍事都市でした。

そこに北条方の軍勢が立て篭もって徹底抗戦し、ほぼ全員戦死という壮絶さです。
時は元弘3年(正慶2年,1333)5月22日でした。

>>新田義貞の鎌倉大虐殺
という表現は誇張ではないですね。

250 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 01:21:12 0
北条高時は一族郎党八百名とともに切腹の上、館に火を放ったんだよな。

跡地は現在でも著名な心霊スポット。

251 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 03:18:23 0
>>248
教皇が無事だったのは、ローマから逃げ出してサンタンジェロ城
という要塞に閉じこもっていたからじゃなかろうか?そんな気がします。

カール5世の部下たちはローマ市民が同じカソリック教徒なのに
しかもローマがカソリック教徒の聖都なのにお構いなしで徹底して
聖職者も一般市民も芸術家も学者も手当たり次第に虐殺し
奪い尽くしたのですから、逃げ遅れていたら教皇だって殺された
かも知れません(^^;。


252 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 23:25:13 0
赤穂浪士が討ち入りした時の略奪・強姦の記録は残ってないの?

253 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 23:42:56 0
吉良の農民乙

254 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 09:08:20 O
>>243
確かにね。
八幡太郎と「衣のたてはほころびにけり」とか
、熊谷直実と敦盛とかのほうが伝統的日本人好みだよね。

255 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 21:54:43 0
万が一本土決戦が行われていたら、日本各地で集団自決が起こってたのかな。
何百万という避難民が関門海峡にダイブしたりとか。

コードギアスで映像化してくれないかな。

256 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 22:01:45 0
サイパン島でも硫黄島でも一定の投降者は出ている。
さすがに日本人が全滅することはないだろう。

257 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 22:03:49 0
>>256
だろうね。亡命する人もいるだろうし。


258 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 22:29:03 0
硫黄島で降伏したのはほとんどが朝鮮人軍属だよ。

259 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/12/30(土) 23:53:04 0
>>211
煬帝が毒酒を望んで絞め殺されたというのは、殺された方も殺した方も北方
の文化で物を考えていたからでしょうか。金の最後の皇帝も服毒死していま
すが、これも中華といえば疑問符がつくか。

>>242
すみませんが、出典はなんですか。

>>249
当時の人間に「軍事都市」という概念があったかどうか。
鎌倉の選定も、源・平(北条)両氏の伝領・開発の地という意識ゆえでしょ
うし。「鎌倉城」と『玉葉』に書かれたことを述べておられるのかもしれま
せんが、当時「城」といえば、非常時に築かれたバリケードのことで、臨戦
体制にあることを示したものですから、鎌倉の地形自体と関連して書かれた
ものではないようです。
一族の死についてですが、宝治合戦でも生じたような数百人規模の自害が死
者数を増やしもしたようです(由比ガ浜からは戦傷のある人骨が出土)。
戦場での自害というものは、相手の手にかかるのを恥じて行われたもの。
私戦とは異なり、朝敵相手の公戦ならルールを無視してもよかったという当
時の風潮も思いつめた行動をとらせやすかったのかもしれません。
前九年の役の時も、一部の女子供を除いてその場にいつまでも残っていたも
のは殺されている(篭柵中は城外に出ようとした女子供も射殺対象。いつま
でもいてくれた方が、柵方の負担になるからでしょう)。

260 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 01:34:05 O
プノンペン陥落
サイゴン陥落
ビエンチャン陥落
この三つほど報道を通してリアルに伝わって来たものは少ないだろう

バグダッドは胡散臭すぎ

261 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 01:56:06 0
ベルリンは?

262 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 02:04:09 0
陥落より封鎖のほうが面白い。崩壊は単なるショー。

263 ::2006/12/31(日) 13:56:43 O
モガディシオ陥落は、CNNもBBCも ライブなしだったな。ブラックホークダウンのトラウマがあるんだろうな。

264 :世界@名無史さん:2007/02/18(日) 16:36:01 0
ゲームだと首都を陥落させるとエンディング。

265 :世界@名無史さん:2007/02/19(月) 17:08:19 0
      _,,:-ー''" ̄ ̄ ̄ `ヽ、
     ,r'"           `ヽ.
 __,,::r'7" ::.              ヽ_
 ゙l  |  ::              ゙) 7
  | ヽ`l ::              /ノ )
 .| ヾミ,l _;;-==ェ;、   ,,,,,,,,,,,,,,,_ ヒ-彡|
  〉"l,_l "-ー:ェェヮ;::)  f';;_-ェェ-ニ ゙レr-{   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  | ヽ"::::''   ̄´.::;i,  i `'' ̄    r';' }   | 久々に首都陥落
 . ゙N l ::.  ....:;イ;:'  l 、     ,l,フ ノ   | 戦闘工兵を突入させての
 . |_i"ヽ;:...:::/ ゙'''=-='''´`ヽ.  /i l"  < 首都破壊が昔の大戦略なんだよな
   .| ::゙l  ::´~===' '===''` ,il" .|'".    | 今の新参は弾道ミサイルでぶっ壊すから困る
    .{  ::| 、 :: `::=====::" , il   |     \________
   /ト、 :|. ゙l;:        ,i' ,l' ノト、
 / .| \ゝ、゙l;:      ,,/;;,ノ;r'" :| \
'"   |   `''-、`'ー--─'";;-'''"   ,|   \_

266 :世界@名無史さん:2007/02/19(月) 18:52:39 0
>>264
旧日本軍もそう思っていた
南京を落とせば蒋介石は両手を挙げると
泥沼の入口とも知らず

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