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哲学の基本は対話

1 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 19:39:51
すべては「対話」から始まります

2 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 19:40:32
つまり応用学問ということですね

3 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 19:45:08
興味あります。もう少し続けてください。いつ誰とどこでどのように
何を対話するのか。よろしく。

4 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 19:47:11
宗教の基本は対話

5 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:32:43
他人と議論するより自分で自分を反駁する方がマシだ、と思うことがある

6 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:35:48
対話の相手に恵まれてるやつはいいよな。哲学の素養がない人間ばかりじゃ哲学の基本にならないな。

7 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:45:55
>>1さま

スレ立ててくださり、ありがとうございます。
大切に使わせていただきます。

8 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:47:28
歴代の哲学者たちは、人間嫌いだったり、孤独だったりと一人で思考している
ように思われますが、彼らは先達の哲学者たちの遺した書物を読んでいました
すなわち、書物をとおして先達の哲学者たちと「対話」していたのです
デカルトは自らこう書いています

9 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:48:03
「すべて良書を読むことは、著者である過去の世紀の一流の人々と親しく
語り合うようなもので、しかもその会話は、彼らの思想の最上のものだけを
見せてくれる、入念な準備のなされたものだ」

――「方法序説」岩波文庫・谷川多佳子訳・p13

10 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:48:35
「私の見るところデカルトほど哲学の本質がこのような対話であることを
みずからの哲学を通して明らかにしてくれた人も少ないのだ。
というのも、彼は徹底して思考がこうした対話にほかならないことを
実践することで、ついにそうした思考の言葉が最終的にはいったいどこに
向けて発せられるものなのかを示す地点にまで達したように思われるからで
ある」
――「われ思うのは誰なか」・斉藤慶展

11 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:49:37

(同・つづき)

「それは、主題をかたちづくることで展開してゆく思考をもっとも深いところで
養っているもの、いわば思考を貫く地下水脈のごときものを、あらゆる仕方で
浮かび上がらせることだった」


12 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:50:21
(同・つづき)

「対話とは、あなたと私との間で何ごとかをめぐって、何ごとかについて、
交わされるはずである。対話はある主題をめぐって、あなたと私との間で
交わされる。つまり、主題のない対話はありえない」

13 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:50:58
(同・つづき)

「もちろん、そこで話されている内容などどうでもよくて、ただただお喋りが
続くことが肝心であるような対話も存在する。この手のお喋りでは
その主題は二の次で、大事なのはあなたと私がそこで何がしかの時間を
共有することである」


14 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:51:32
なるほろ。プラトンも対話編って言うしな。産婆術だったか。
哲学が対話から始まったのなら、哲学の基本が対話ってのも真かもな。

15 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 20:52:00
(同・つづき)

「そのようにして私とあなたが互いに他方を受容し、他方に受容されることが
肝要なのだ」

また、斉藤慶展氏は主題を持つ対話に対し、「お喋り」とは挨拶である、
と指摘しています。
そして、その「お喋り」とは「はたして聴き届けられるかどうか定かでないままに
捧げられる祈りのごときもの」であると。

16 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 23:04:46
脳内対話も対話の範囲内である。

17 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 23:14:26
>>16
違うだろw

18 :哲学者最上位(´Д`)y─┛〜〜 :2007/02/10(土) 23:25:19
>>10

嗚呼、なんと素晴らしき、我思う故に我あり。

19 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 01:02:10
ダイアローグってロゴスの間って意味だっけ?

20 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 01:04:59
>>14
>プラトンも対話編って言うしな
「書かぬ人」ソクラテスもまた対話の人であり
ソフィストたちもそうだった。

21 :20:2007/02/11(日) 01:07:53
>>16
>脳内対話も対話
微妙かな。モノローグとの境界が曖昧だ。
>>17
>違うだろw
まあ基本的には違うんだろうけど
書物との対話、故人との対話というものを考えると、
まったく違うとも言い切れない。

22 :20:2007/02/11(日) 01:15:22
デカルトのコギト(我思う故に我あり)は
主観性とロゴスに根拠を求めたのに対して、
間主観性という概念を持ち出したフッサールでは、
ロゴスの問題はディアロゴスの問題へと向かうんじゃないか。
――すなわち、モノローグからダイアローグへと。

23 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 02:55:29
>>20
>「書かぬ人」ソクラテスもまた対話の人であり
まさしくそうですね!
哲学の開祖ソクラテスは問答法、つまり対話法を編み出しました
知者と対話する前に、ソクラテス自身は神託・ダイモニオンの声を聴き
ダイモニオンと対話していました

ダイモニオンとの対話が脳内対話かどうかは微妙なところですね

24 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 03:03:37

「そして、私とデカルト、あるいは読者であるあなたと私との間で交わされる
対話の媒体は言うまでもなく言語である」

――「デカルト・われ思うのは誰なのか」・斉藤慶展

25 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 03:04:45

クオリアで有名な茂木健一郎氏の講義に出たことがあります
講義の最後に必ず質問と対話の時間を設けていました

茂木健一郎氏曰く「言葉に出すことは考えをまとめるひとつの訓練です。
頭のなかでもやもやと思っていたことを言葉にすることで、
思考は鍛えられます。また、みなさんの質問に私が答えることで
私の考えも新しい展開が開かれます」

26 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 03:05:48
斉藤慶展氏は、主題のないお喋りは挨拶であり、祈りであると指摘して
いますね。
「祈り」、それは人智を超えたものに対して捧げられる言葉、
遥か彼方の存在するか否かもわからない人に対しての呼びかけの言葉、
聞き届けられるかどうかはまったくわからないいわば賭けのようなもの

27 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 03:06:23
では、いったい人は聞き届けられるかどうかもわからないものに対して
なぜ言葉を発するのでしょう?
それは、やはり人間に「言語」が与えられたからに他ならないのですね。
お喋りが祈りであるならば、祈りのいきつく先は何でしょう?
神でしょうか? それとも神以外の何か大いなるもの……?
ここには宗教が介在してきます

28 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 04:22:16










とりあえずここはプラトン・ソクラテススレってことでFA?

29 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 06:12:16
今人気のアートディレクター佐藤可士和氏も
考えて言語化してノートに書くことで何が解ってて何が
解ってないのか解るって言ってたな あと図にしたりしても解りやすくなるって
キリストも孔子も釈迦もソクラテスも残ってるのは弟子が
彼らの言葉を纏めた文章だけらしいね まあそのころは対話が
媒介だったんだろうな 本よりも

30 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 07:40:57
まず他に開かれない
世界が同一である
未知のものに対しては嫌悪しかない
ステロタイプの憶測で乗り切ろうとする
万事がこうである

31 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 08:14:11
対話ってことなら弁証法でヘーゲルとちゃうんか?

32 :20:2007/02/11(日) 10:13:49
>>30
>まず他に開かれない
まさに「他者」がいなければ、本物の対話は不可能。
>>31
>弁証法でヘーゲルとちゃうんか?
ヘーゲルの弁証法にはその「他者」がいるのかどうか。
アンチテーゼは後で回収されることが予定調和的になってるところの
他者にみせかけた自分の分身ではないだろうか。

33 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:02:21

>>29
>考えて言語化してノートに書くことで何が解ってて何が
>解ってないのか解るって言ってたな 
思考が言葉でなされる以上、やはりその言葉を書き記すことで
思考がより明確に確立されるのでしょうね

>キリストも孔子も釈迦もソクラテスも残ってるのは弟子が
>彼らの言葉を纏めた文章だけらしいね まあそのころは対話が
>媒介だったんだろうな 本よりも
そうですね
当時は書き言葉である文字よりも、話し言葉である対話が主流だった
のでしょうね

34 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:04:02
>>31
>対話ってことなら弁証法でヘーゲルとちゃうんか?
まったく同意です
ソクラテスの問答法に始まって、次はやはりヘーゲルの弁証法抜きでは
哲学における対話の重要性は語られないですよね

>>32
>他者にみせかけた自分の分身ではないだろうか。
「他者」か。興味ある問題提起ですね
誰の言葉だったかな? 
「私とはひとりの他者である」

35 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:04:41
「たとえそれが沈黙の内に、いわば私の心のなかでつぶやかれた独り言だと
しても、もしそれがつぶやかれたのであれば、すでにそれはもう一人の私、
すなわち受け手にして問いかけ手としての私に聴き取られている」
――「われ思うのは誰なのか」・斉藤慶展

36 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:05:15
(同・つづき)

「デカルトの真理の建築術としての思考は、それは思考において獲得された
ものを自らの上へと高く積み上げてゆくような思考ではなく、自らの足元に
ぽっかりと口をあけている見えない深淵に何度となく立ち戻り、いわばそこに
蹲るようにして思考の言葉を紡いでいくような思考である」

37 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:05:50
(同・つづき)

「いったいこの思考の言葉は、どこに向けられているのだろうか?
自らに言い聞かせる言葉のようにも、無の深淵に捧げられた言葉のようにも
響くこの言葉は、むしろ祈りの言葉に似ていないだろうか?」

38 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:06:24
(同・つづき)

「われ思うのは誰でもないのだとすれば、そのような何ものでもないものに
とって他者がいるかと問うことは無意味に思われるかもしれない。
だがそうではない。
もはや誰でもない単なる思うこととしてのわれ思うには、他者の痕跡が
残されている可能性があるのだ。
しかし、そこで言われている他者とはいったい誰のことか。
それはいったい何のことか」

39 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:07:29
(同・つづき)

「私と同じ思考することであり、かつ完全性についての観念をもつもの、
しかも私の存在の創造者たりうるものとは何か。
それは私の存在をいわば無から創造するほどの力能をもつものでなければ
ならない以上、行き着くところは、自らの存在も含めてすべてを無から創造
しうる力能を備えた存在者、すなわち自己原因としての神以外にはもはやない」

40 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:08:17
私が思う、問いかける、思考する、そうした対話はすべて私を創造した神に
向けられている、ということでしょうか?
私の思考は神からくるものであり、私のつぶやき、ひとりごともすべて
他者、すなわち神に向けられたものなのでしょうか?
私とあなた、私と他者の「対話」の背後には神が潜んでいるのでしょうか?
対話とは祈りに似たものであるのなら、その祈りはすべて神に捧げられたもの…?

41 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 14:42:28
プラトンの対話篇について詳しい方
コメントお待ちしております

42 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 20:38:06
アカデメイアの碑文には「幾何を学ばざるもの入るべからず」という文言があったといわれる
ぐらいだから、対話だけでは片手落ちなのですよ。

43 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 21:08:36
幾何専門の方ですか?
どうぞご披露ください

44 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 21:15:29
そういえば、デカルトは数学者でもありましたね
幾何と対話、遠くて近きものたち・・・

45 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 00:11:48
書物との対話も対話かな?

46 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 00:24:44
日本哲学は哲学的知識の盲目的吸収からなります

47 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 01:26:13
>>45
デカルトによればそうですね

48 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 00:54:29
>>45
柄谷も対話って書いてた。

49 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 01:38:24
    /゛ヽ 丿     ゝ、、_ \   ̄\  |\  )、        、 i
   / ヽ | /     ヽ||iii';;=、 、 \    \| \丿 \       ||/
  /  ,| |/       `"'< `i ゛ヽ`=''  、,___,;--―'ノノ      /
 | / ヾ ||     '  ノ-,=―--_,/'/    ,i ノ
 | | |      ;       ''~  i  ( / ||ii|||""> /   / ''
 | ヽ        '          | |  ̄゛゛ ' / /ノ/
  ヽ                /   ,  |      //i
  嗚呼なんてすばらしき東大法。
強烈な於饅蛇絽。人気実力すべてにおいて勝利宣言しようかね?



50 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 02:51:36
「一人で思考し続けている哲学者など偽者だ
哲学者とは常に対話していなければならない、
哲学とは永遠の破壊と構築である」
                ・・・中島義道

51 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 14:09:29
正確無比にして破壊的。理知的にして叙情的。
そんなものに、私はなりたい・・・訳ではない。

52 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 14:20:03
>>47
>>48
ただの詭弁ですねw
対話と言うのがかっこいいと思ってるのでしょう。

53 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 15:08:55
ふと思ったんだが、世間的な意味での「有名性」ってのは非対称性の
マスメディア空間の中で成立するもんだよな。双方向性のメディア空間
であるインターネットの世界で多少名が知られても、本質的に別の
次元の問題だな。

54 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 15:12:18
ネットの利用の仕方っていろいろあってさ、俺みたいに誰でも
割り込み可能な場所にツラ出す場合もあれば、アクセスは可能だが
割り込みは不可能な空間にしかツラを出さない奴もいるだろ。

55 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 15:14:17
一般人の割り込み不可能な空間ってのは、つまり商業サイトのことな。

56 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 15:15:08
一見、地続きなように見えて実は断絶した空間なわけよ。

57 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 15:40:15
2ちゃんねるが商業サイトじゃないかって言ったら必ずしもそう
じゃないとは言い切れないわけだが、無資格で誰でも割り込み
可能な限りにおいて、ここは「普通の人」の空間なわけでさ。

58 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 17:21:26
まだメディアがインタラクティブだなんていい加減にしろよ
リテラシーの高い人間の草刈場なんだよこの世界は
お前はマルクスやってるくせに不平等の本質がわかってない
しっかりマルクスと対話して来い


59 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 17:32:06
ネット概念の基本さ〜。高飛車に構える割には自説のない厨房は
逝ってよし!

60 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 17:49:52
一般人の世界もこうやってお面付けて噛みついてくるバカが多くて
大変さ〜。

61 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 18:13:38
ごめんごめん
でも有名性はコール&レスポンスの量であったり信頼性だったり頻度でもあるじゃん?
ネットは自作自演でもそれを稼げるじゃん?場所としてまずダメじゃん?
ある程度の敷居がある世界と開かれてる世界はアクセシビリティーを
高めるために要求される競争量とストラテジーがまったく違うじゃん?
お前はいつでもいなくなれるじゃん?おれもいなくなれるじゃん?
お面つけれるし適当こけるじゃん?普通の人も馬鹿になれるじゃん?
有名税は高いじゃん?責任取れないじゃん?
ネットとマスは全然ちがうんじゃん?覚悟がいるじゃん?

62 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 18:27:05
いや、俺が言いたいのはこういう場所から見るとロムするだけの
商業サイトに顔を出す連中は、テレビや雑誌で顔を見るのと本質的な
違いはないってことさ。いくら同じインターネット空間でもね。

63 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 18:41:02
確かにこの2ちゃんねるも、不特定多数の人物が
自由に閲覧可能であるという点ではオフラインの
世界での一般的なコミュニケーションとは本質的
に異なる。

しかし、普通「有名人」というものは、雑誌やTVの
ような非対称性の割り込み不可能なメディア空間に
おいてしか存在しない。少なくとも、そういう特権的な
空間を中心に存在するものだ。俺はそういう空間には
決して顔を出さない。俺は「有名人」じゃない、「普通の
人」さ。それだけの話。

64 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 19:06:50
商業メディア空間の色情狂のブタども、ウザくてよー。

65 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 19:12:01
>>64
哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板
哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板哲学板
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66 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 19:59:36
可愛そうなライダーよ
生きてて楽しいか?人生は一度きりだから大切にな
自分を愛する事から始めてごらん




67 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 20:02:18
業界人なんてもんは一人残らず撲滅すべきだな。

68 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/21(水) 20:11:58
芸能人なんてもんは見かけ次第、例外なしに虐殺で。

69 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 21:41:02
ライダーがんばれ 人生はいくらでもやり直せる



70 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 00:21:41
芸人いなけりゃ退屈するだろがボケ

71 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 11:53:16
《「普通の人」さ》以外処刑に同意ww

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