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 アソシエーショニズム 

1 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 06:28:30
って、何?

2 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 06:41:42
チン毛を燃料にして動く工場

3 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 06:55:55
柄谷がNAMで言い始めて流行ったけど
彼の造語というわけでもないようだ

4 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 07:01:20
アソシエーショナリズムが正しいとも聞く。

5 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 07:30:23
金の使い方に気をつけろ。ください

6 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 10:41:34
マッキーバーによれば
アソシエーションとは個人の自由意志で加入も離脱も結成も解散も
可能な自発的結社によってつくられる社会。たとえば学校・会社・組合などの結社。
その対極にあるのがコミュニティ。
コミュニティとは個人の意思と無関係に人間が全人的に生まれこむ社会。
たとえば家族・地域・民族・階級・性別など。
アソシエーションによって社会全体を編成しようというのがアソシエーショニズム。
わが国では柄谷行人・田畑稔・松尾匡・松井暁などが提唱。
伝統的文化・慣習など個人に先行する共同体を重視するのがコミュニタリアニズム。
わが国では青木孝平・菊池理夫・佐伯敬思・宮崎哲弥などが提唱。


7 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 11:19:12
なるほど

8 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 22:51:08
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154270457/l50

9 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 00:41:51
宮台もアソシエーショニズムという言葉を使う。
アメリカ建国の由来、と言ってるところが興味深い。


http://www.miyadai.com/index.php?itemid=322

米国的処方箋とは何か?】

■「人間であること」に小さな期待しか抱かないこうした傾きは、
米国社会の多人種構成に対処するところから導入された「役割&マニュアル」
優位のサービス提供や人事管理にそもそも見出される。
更に遡れば建国の歴史に由来するアソシエーショニズムに行き着く。


10 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 10:46:23
アメリカはもともとルソーの社会契約論で
人為的に設計した国家だからアソシエーショニズムに
決まってるじゃん。あたりまえ過ぎて何が興味深いのかわからん。

11 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 11:04:35
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%82%A2%E3%82%BD%E3%82%B7%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0&lr=
でも、アソシエーショニズムって言葉自体が、
まだ、これしかグーグル検索しても出てこない、
柄谷が言い始めて流行った言葉だろ?

12 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 11:07:55
アメリカが人工的な国なのは誰でも知ってる(当たり前だ)けど
そういうのを「アソシエーショニズム」って言うということは
最近知られるようになったんじゃないか?

13 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 11:16:22
大貫妙子の「くすりをたくさん」という歌にも
♪ほら、どんなことがあっても、当たり前なんて思っちゃダメ♪
っていうフレーズが在ったよ

14 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 11:19:36
http://tv8.2ch.net/test/read.cgi/movie/1134439867/
アメリカがアソシエーショニズムだというのは↑このような映画が多く作られてるということにも表れてるんじゃ?

15 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 14:57:09
1990年代から欧米では
アソシエーショニストとコミュニタリアンの
論争が活発に行われている。
この論争については
青木孝平『コミュニタリアニズムへ』で
柄谷批判も含めて詳しく検討されている。

16 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 15:17:29
いいよなぁ

17 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 15:23:55
>>15
次の八百長会場はここですか?

18 :四式:2006/08/29(火) 19:44:55
>>6
>>6
アメリカの根源思想がアソシエーショニズムというならむしろキャピタルファンダメンタリズムだと思う
それと双子の兄弟である共産主義的な社会形成をコミューンとかコミュニズム、コミュニタリアニズムとか言って、
>伝統的文化・慣習など個人に先行する共同体を重視するのがコミュニタリアニズム。
>わが国では青木孝平・菊池理夫・佐伯敬思・宮崎哲弥などが提唱。
これはナショナリズムとしたほうが俺的にはしっくりくるんだが、、

19 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 19:55:18
ところで、柄谷はいつ青木さんに謝罪するの?

20 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 20:43:49
>>18
コミュニズムとコミュニタリアニズムを混同してはいけない。
たしかにコミュニズムはアソシエーショニズムと双子の設計主義。
しかしコミュニタリアニズムは人間による合理的・人為的なな社会設計を
拒否し、その地域固有の伝統や文化によって創られた共同体を重視する。
それは必ずしもナショナルなものに限定されない。家族や地方、時には
階級や種族もこれに含まれる。要するに個人が社会をつくるのではなく、
多層で多重の社会関係の複合が個人のアイデンティティをつくることを
認めるのがコミュニタリアニズム。

21 :Kurihara:2006/08/29(火) 21:35:38
家族を大事にし、人為的に作られた標準語を拒否して
関西地方の方言で通す亀田一家はまさにコミュニタリアニズムの
鏡である。金に対する飽くなき執着などもいかにも大阪的
である。彼らのアイデンティティはまさに大阪的諸関係によって
作られているといえよう。

22 :Kurihara:2006/08/29(火) 22:09:11
のみならず、亀田一家は協栄ジム、TBS、ヤクザ、
企業スポンサー、ピットクルーなどといった多層で
多重の社会関係の複合の所産であって、このような
多層で多重の社会関係の複合を捨象して、亀田一家
を語ることはできない。

23 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 22:54:12
柄谷のいうアソシエーショニズムは、統整的理念で、まだ地球上で一度も
実現してない、というものだが、
宮台は、既存の国アメリカがアソシエーショニズムだと。

24 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 07:52:21
これからはこの語が流行るよ

25 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 08:20:46
柄谷はアソシエーショニズムを理想視しすぎている。
それは個人の任意の加盟と離脱の自由な結社以上の
意味をもたない。マッキーバがいうように、
会社も学校も組合NGOもサークルもみんな
アソシエーショニズムで編成されている。
統制的理念なんて気取って祭りあげても
しょうがない。この点では宮台の方が
正しい。アメリカは社会契約で人為的に
国家を設計しようとした。まさに
統制的理念としてのアソシエーショニズムが
建国の精神だ。

26 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 09:13:18
アメリカ経営学は極めてアソシエーショニズム的な学問じゃね?

27 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 10:22:51
経営学だけじゃなくミクロ=新古典派経済学や分析的マルクス主義、
現象学的社会学など、現代アメリカの社会科学はぜんぶ
方法論的個人主義を採用しており、アソシエーショニズムに
親和的であるといえる。唯一、政治・法・経済哲学の
コミュニタリアニズムだけがアソシエーショニズムに
対抗しているのが現状だ。

28 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 12:29:39
なるほど

29 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 16:10:33
http://bunkacyaya.at.webry.info/200607/article_6.html

柄谷はエリック・ホッファーの翻訳やったりして
彼の著書に、
「大きな仕事を難無くやり遂げてしまうアメリカの平凡な人々」
という言葉が出てきたと思う。

これがアソシエーショニズムへの布石か?

30 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 17:35:32
柄谷がいうアソシエーショニズムは学校・会社・組合などの結社
を「LETS」を媒介にして連合されていくという運動を意味するのであり、
状態を意味しているのではない。
とはいえ、NAMの実験の失敗で、さて困ったというのが現状だろう。

NAMではLETSを巡って、柄谷と西部が激しく対立したわけだが、逆に
このことは柄谷が非常にLETSに期待していたということを窺わせる。

市場は貨幣を中心に組織され、市場の周りには各種の結社が組織
されているが、このような貨幣を中心とする市場化の運動がそもそも
アソシエーショニズムだと言えるが、柄谷のそれは、貨幣が納まる
中心の座にLETSを導入し、既存のアソシエーショニズムを組み替える
ことを目的としていたと考えられる。柄谷のそれは、既存のアソシエ
ーショニズムに対し、「New」が付く所以であろう。

New Associationist Movement

31 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 18:42:42
実験だったんだアレ。
日本じゃあ表立ってみんなに「何かやるために力かしてください」は退かれちゃってムリだよ。

32 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 20:00:10
NAMは無償で力を貸すという奇特な人はいないし、そういう自己犠牲
を負担させる運動はそもそもあってはならないという前提
の上に、力を貸してくれた人にはLETSを支払いますという
運動だったけど、まあ、それでも上手くいかなかった。

33 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 01:15:55
もっと、遊びみたいなところから、はじめりゃよかったな。

例えば、むかしデヴィッド・ボウイがロック債なんて発行してたけど
坂本龍一がアルバム作ります、世界ツァーやります、
そのための資金を〜ってな感じで

34 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 04:05:49
http://www.platon.co.jp/~nowhere/anadi/okiniiri.html
↑マルコムXは、消費生産組合をやろうとしてた?

35 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 04:07:46
つかたに君もがんばっとるようじゃな。


36 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 10:01:29
>>6
田畑稔
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/memo0408.html

37 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 10:02:57
>>6
松尾
ttp://www.std.mii.kurume-u.ac.jp/~tadasu/

38 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 10:04:16
ttp://www.ritsumei.ac.jp/ec/~matsui/
松井
>>6

39 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 10:30:34
青木孝平
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154270457/-100

40 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 10:44:59
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4784508503/249-1580740-1338724?v=glance&n=465392


41 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 11:34:15
http://www.amazon.co.jp/%30a2%30bd%30b7%30a8%30fc%30b7%30e7%30cb%30ba%30e0%2015%30a2%30e1%30ea%30ab%793e%4f1a%5b66%601d%60f3%53f2%7814%7a76/dp/4409030434/ref=sr_11_1/503-8924673-5788754?ie=UTF8

42 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 13:35:55
青木ヲタ必死だなwwwwww

43 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 04:12:39
いい日本語訳がまだ出来てないな。
アソシエーショニズムの。
組合主義じゃなんか、なんたら書記長の顔が浮かんできて、ダサいし

44 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 04:14:32
自立した個人の集まりが調和するというので「立和主義」とか

45 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 06:04:38
「組織主義」

46 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 10:07:46
すでに「結社主義」が訳語としてほぼ定着していると思われます。

47 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 10:16:01
アソシエーショニズム →結社主義
コミュニタリアニズム →共同体主義

48 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 11:32:34
http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-mdp&p=%b7%eb%bc%d2%bc%e7%b5%c1%20%a5%a2%a5%bd%a5%b7%a5%a8%a1%bc%a5%b7%a5%e7%a5%cb%a5%ba%a5%e0
「アソシエーショニズム 結社主義 」
ヤフー検索 2件


49 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 11:40:29
プルードン『連合の原理』

50 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 11:53:48
社会主義で良いと思う

51 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 11:55:08
ttp://www.miyadai.com/index.php?itemid=363
宮台も結社主義という語も使ってるね

52 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 13:09:19
>>50
社会主義はまったく違います。
がんらい社会主義は個人主義の対義語として考案されました。
アソシエーショニズムは社会共同体より個人を重視し
個人の契約的連合としてのみ社会の存在を認めるものです。
その意味では、コミュニタリアニズムの方が社会主義に
近いと思われます。

53 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 14:13:12
ここにも自作自演癖のある、単なる「反柄谷行人病患者」がうろついてるから
気を付けたほうがいいな。
アソシエーショニズムもコミュニタリアニズムも、
実は右翼も「アナーキズム」として纏められる。これが柄谷や福田和也の見解。
「うっかりNAMに入って騙された」という愛憎裏返しのアンチ柄谷(元信者)。
その転向バイブルとして次に崇めてられたのが、「青木孝平」とやらのインチキ本。
その本を宣伝するためだけに姑息な自演洗脳行為を、
通算4年も必死に粘着してるのが2ちゃんねる上限定の「コミュニタリアン」ということ。

54 :何が起きてもこんな酷い見世物は誰も見たことがないw:2006/09/01(金) 14:17:09
名前:ふま。消えろこの粘着野郎。ごみ虫が。w  投稿 いなば[] 投稿日:2006/08/29(火) 23:55:12
名前:夫馬さま コメントを頂戴し、恐れ入ります。[] 投稿日:2006/07/13(木) 13:45:27
夫馬さんこのaa作るのに一体時間どのくらいかかったんだい?[] 投稿日:2005/11/30(水) 23:42:58
このAA作れる奴が基地害でなかったら一体他の何なんだ?w
          ,r' ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
         /            l
         l,r――――――、   l
         .l |=・=‐,  、-=・=-|   l    うおっppい1!i 発狂¥ウンコみれにして
        l |   ,,ノ(、_, )ヽ、,, |  l    ヘラヘラwwそれはどうかな?マnコ!・・・猛稽古w
        l |   `-=ニ=- ' .:::l_.,l    まだやってるのかね? ∴.-=・=-  -=・=-|かな?
         ''\  `ニニ´  .:::::;;/'    プゲラウヒョー楽しいそうだね?うへhhhそいつはどうだい?
        /::::|___/:::\   よしよぷっwwぷっププワプワプワラワぷっwwぷっww゚プワフ       
        //,',';;  ノ´ ̄ ̄!, ',',;;::',',゙i   ト‐=‐ァ' てろごろ∴.-=・=-  -=・=-| るだろってろるだろに
       ./,',',';;" //     \ ',',',;;,'i   ワプワプぷっwwぷっまだやってワぷっwwぷっww゚プのかw
       .i 、  /       ヽ ',;::'、|  ッツピックツクップッピパッピュカッ(●)(●)(●)してあげようかね?
       .|   〈         ヽ''  {   いっちょ発狂してww亡霊とヘラゲラ戦ってwwようかね


55 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 14:31:06
↑ご苦労さん。お前はお呼びでないから。

56 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 14:33:25
クピエラさんを邪険にするでない!

57 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 15:24:28
柄谷的な共同体と社会の区別を前提すれば、
アソシエーショニズムが社会主義なのは自明。

社会…共同体を出た個人が自発的に作り出した結社の連合体

58 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 15:55:13

それをコミュニティ&コミュニズムと区別するために
アソシエーション&アソシエーショニズムという語を使ってるわけだね。

「社会主義(アソシエーショニズム)・・・」とハッキリ書いたくだりも
あったと思う。

59 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 16:27:12
だから「コミュニティ&コミュニズム」というのがそもそもの間違い。
    
    コミュニティ&コミュニタリアニズム
    コミューン&コミュニズム

コミュニズムとコミュニタリアニズムの区別くらいつけてよ。

60 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 16:45:07
確かに>>58は不正確で、柄谷の区別では、
社会&社会主義(アソシエーショニズム)
共同体&共同体主義(コミュナリズム)
という区別になるはず。

そして、コミュナリズムはもちろんコミュニズムではない。


61 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 17:36:57
>>60
すみませんが
コミュニズム、コミュナリズム、コミュニタリアニズム
この三つの概念を素人にもわかるように区別して整理してください。

62 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 20:32:16
コミケに通うのがコミュニズム?

63 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 21:10:14
>>61
コミュニズムとコミュニタリアニズムの区別については、
差し当たり、>>59の区別で正しい。

コミュニズムとはまさにコミューン主義のことなのだけど、
コミューンとは中世ヨーロッパで、領主・国王から住民による
自治を許されていた都市のことを意味した。なので、コミュニズムとは
その通俗的イメージとは違い、都市を重視する思想で、コミュニティを重視
する思想ではない。例えば、柄谷行人がコミュニズムという際、
明らかにこういう意味で使っている。

それに対し、共同体重視のコミュニティ主義がコミュニタリアニズム。

コミュナリズムは地方を重視する思想、あるいは
宗派主義という意味だが、共同体主義という意味でも使われる。
柄谷行人は共同体主義の意味で使っているが、しかしあまり
一般的には使われていないようだ。
共同体主義では、コミュニタリアニズムという言い方のほうがメジャー。


64 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 21:37:55
名前が似てれば中身も同じようなもんなんだよ。
木内みどりと木の内みどりも、昔は全然違ったけど
今はだいたい同じようなもんだろ?

65 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 21:56:35
柄谷のいうアソシエーションと、マッキーバーのいうアソシエーションの
違いを教えてください

66 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 22:12:00
「世界」というものがとにかくアプリオリに実在する、
という素朴実在論の時代があって
”神が死んだから”、
諸感官への刺激を各個人が統合して世界を構成するという現象学的な世界像の
時代へと移行した。
最近ではそれも独我論的だというので、各個人が世界を構成するんだけど、
それは各個人の意志じゃないところで、例えば遺伝子コードなどに従って
「構成させられる」のだ、という感じになってきた。(アフォーダンスなど)

アソシエーショニズムは、自立した自由な個人の連合だから、
二番目の「各個人が世界を構成する」という段階で、
コミュニタリアンは、三番目の、その「世界を構成してる各個人」も
自分の意志より「共同体」のコードに従って構成してるのだ、という段階。

67 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 22:34:19
第二段階を実存主義
第三段階をそれへの批判としての構造主義

だとすると、別に「最近」の議論ではない。


68 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 22:40:52
十年一昔の逆で
100年今とも言うじゃないですか

69 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 22:43:36
アフォーダンスなんて、文字通り阿呆が踊らされてるだけ

70 :考える名無しさん:2006/09/02(土) 11:06:10
ゲゼルシャフト&ゲマインシャフトと
アソシエーショニズム&コミュニタリアズム
は、どう違うのですか

71 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 06:46:30
前者はクールな感じがする。
後者は生温い感じがする。

72 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 08:26:28
>>63
コミューンとアソシエーションっていうのは同じか。
コミュニズムっていう言い方避けてアソシエーショニズムって言い始めたのは
それが、ソビエト共産主義と混同されるのを避けるため?

73 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 11:52:33
西尾維新こそアソシエーショニズムの後継者
東大書籍部でも上位に入ってる
http://www.utcoop.or.jp/CB/rank.php?kind=shinsho

74 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 12:07:40
>>72
まったく違います。
アソシエーションというのは、個人の自由意志で
参加も離脱もできる結社すべてを意味します。
学校も組合も会社もサークルもそうです。
コミューンというのは地域的に限定された協同組織。
むしろアソシエーションの反対語はコミュニティでしょう。
個人の意思と無関係に生まれつき所属し
個人のアイデンティティをつくる共同体。
したがってアソシエーショニズムの対立概念は
コミュニズムではなくコミュニタリアニズムです。

75 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 15:13:52
>>73
「世界共和国へ」って西尾維新の著作だったのかwww

76 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 15:40:49
>>72
柄谷の文脈では、コミューンとアソシエーションは
同じ概念になる。ただ、言われるように、
コミュニズムというと、いかにそれが誤解だと強調しても、
ソ連の計画経済の意味に解されるのがオチだし、意図的に
誤読してやっつけようとする連中もいるから、コミュニズム
という言い方を避けて、アソシエーショニズムという
言い方を採用したという経緯は確かにある。

柄谷がアソシエーションという言い方を採用するにあたり、田畑稔
の業績からの影響があるが、遡ってはプルードンからの影響も
無視できないだろう。ただ、大澤真幸が「柄谷さんのいうアソシエーション
とマッキーヴァーのいうアソシエーションとはどう違うのか」と
柄谷本人に聞いていたように、柄谷のアソシエーション論は社会学系の文脈に
押し込めて理解されてしまう危険性がある。その意味では、アソシエーション
という言い方も避けたほうがよかったのかもしれない。

例えば、柄谷においては、アソシエーションは「第四の交換様式」
という位置付けが与えられているが、大澤がいうように、社会学系の議論では
商品交換による社会編成がアソシエーションだと理解されている。
ところが、柄谷においては商品交換は「第三の交換様式」の位置付けなので、
そもそもそれは第四の交換様式であるアソシエーションとは位相が異なる。
しかし、社会学系の議論に引きずられるならば、アソシエーションは
第三の交換様式=商品交換の意味で理解されるのがオチになってしまう。

77 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 16:10:12
そもそも第四の交換様式なるものがマユツバなのさ。
自立した個人が任意に参加する形式はもともと
契約=商品交換以外にありえない。
それを市場を「止揚」した新たな交換様式などと
カント的形式論理ではないヘーゲル的弁証法論理を
もちこんで、さもまったく新しい交換様式が
あるように見せかける。これはインチキだ。
この意味で、マルクス=宇野の市場批判からは、
アソシエーションではなくコミュニタリアニズム
しかでてこないという青木孝平の指摘の方が正しい。

78 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 17:44:51
柄谷のいうアソシエーションがマルクス理論や宇野理論から
演繹したものではないというのは正しい。また、
マルクス理論や宇野理論による裏づけも必要ない。

例えば、柄谷はアソシエーションの具体例としてLETS
をあげたが、これは直接にはマイケル・リントンの発案した
もので、マルクスとも宇野とも関係がないのは自明だし、
関係つける必要もない。

そして、LETSを第三の交換様式と等値するなら、それは
ただLETSにたいする無知を曝け出しているというだけのこと。

79 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 17:55:36
アソシエーショニズムじゃなくて
エクセレントカンパニズムと言えば良かったwww

80 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 18:00:24
このスレで元気なコミュニタリアン諸君は一体何がしたいのかという問題。

81 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 18:26:37
LETSは剰余を生まない等価交換であるそうな。
そもそもそうした交換の想定はスミス、リカード、マルクスの
単純商品生産社会における労働価値説の貫徹という誤解に
もとづくもの。資本主義的でない単純商品は
共同体と共同体の間にしか存在せず、そこでは
労働による交換への規制は作動しない。
あらゆる商品交換は剰余を生む可能性があるというのが宇野。
剰余を生まない共同体内の交換は贈与であり等価を必要としない。
無償の供与の連鎖でしかない。それは第四の交換ではなく
第一の互酬でしかない。したがってそこに自立した個人の
アソシエーションはない。あるのは共同体主義だけだ。
言い換えれば自立した個人の自由意志なるものは
資本主義市場経済以外にありえない。
アソシエーショニズムは統制理念としても幻想だ。

82 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 18:46:02
LETSは貨幣退蔵、信用創造を阻止するという点で、
資本主義的商品交換からは区別される。一言でいえば、
貨幣フェティシズムが起こらないような交換、それがLETS。
むろん、貨幣フェティシズムの否定は貨幣の否定ではない。

貨幣の改良を通じて市場のありかたを変えようとする運動は
オーウェンなどの初期社会主義にみられるが、マルクスには
むしろこういう観点が希薄だった。彼の目論見は貨幣の廃棄
による市場そのものの廃棄だったから、当然といえば当然だが。


83 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 19:36:06
貨幣の廃棄、市場の廃棄は不可能な幻想であり、
のみならず、もしそれを実行に移すなら資本主義社会
より劣悪な社会を帰結するだろうという前提の上に、
ニューアソシエーション(第四の交換様式)の運動
は存在している。それは貨幣や市場を廃棄不可能なもの
だと認める点で、第三の交換様式(これはオールドアソシエーション
と呼ばれるべきものだ)と似たところがある。
しかし、従来の市場のあり方には欠陥があると認める点で、
それは第三の交換様式とは区別されなければならない。

もし、例の連中がやっているように、ニューアソシエーショニズム
の運動を第三の交換様式に押し込めようとするなら、それは
貨幣や市場の改良は不要だというに等しいのであり、それは
暗黙裡に貨幣フェティシズムを肯定しているという点でむしろ
最悪の市場主義を擁護していのだと言われねばならない。

84 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 19:57:27
難しい議論はよくわからんが、自立した個人
になるということは普通に大事なことだよな。
いい年こいて親からの贈与で養ってもらっている
ニートなど問題外で、いい年になったら親から自立して
自分で生計を立てねばならんよな。それが大人になる
ってことだからさ。でなければ、結婚もできんよ。

85 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 22:38:12
>LETSは貨幣退蔵、信用創造を阻止するという点で、
>資本主義的商品交換からは区別される。一言でいえば、
>貨幣フェティシズムが起こらないような交換、それがLETS。

で、そのような第四の交換なり貨幣なりはありえなかったし
これからもありえない、というのがNAMの失敗の結論。
ポラニーだって、市場と互酬と再分配の3類型は
認めていたし、それ以外に交換はありえないことを
知っていた。妙なアソシエーション運動は
あらかじめ失敗を運命つけられた運動にすぎない。
ソ連と同じ設計主義社会しかうみださない。

86 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 22:42:24
>>85

だったら「世界宗教」の運動を説明できる理論がなくなる
「第4の交換様式」について考えざるをえない

87 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 23:12:36
NAMは「アソシエーションのアソシエーション」たること
を目指していたが、肝心のアソシエーションの参加がなく、
そもそもアソシエーションのアソシエーションたることが
できなかったところに困難があった。
とりわけ、LETSの場合、法人の参加が見込めないならば、
活発な取引は期待できない。

諸個人の結成した学校、会社、組合などの結社があり、そのような
各種のアソシエーションをさらにアソシエートする段階で
NAMやLETSの出番のはずだったが、そもそもその出番がなかった。
要は、NAMはニューアソシエーショニズムの運動になりたくても、
なれなかったわけだ。NAMは諸個人のアソシエーションではあったが、
アソシエーションのアソシエーションではなかったところに
困難があったと考えられる。


88 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 23:13:06
具体的な何かを念頭に置いてるはずだよな>アソシエーション

理念といっても、それが結実した瞬間っていうのはあるだろう。
すぐダメになっちゃったとしても。

89 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 06:44:12
普遍宗教が、第四象限を理念として開示したが
現実に定着してく過程で
共同体的、国家的なものへと変質していった。

芸術作品が模倣されて、通俗的になってくのと同じようなものか

90 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 09:20:56
株式会社制度の基本理念自体が、
アソシエーショニズム的と言えるのではないか?
日本では、株というと、財テクでキャピタル・ゲインGET!みたいなこと
ばっかり話題になるけど、
本来、「なんか面白い事業企んでるヤツがいる」
→「その事業に賛同するヤツが有限責任で皆でちょっとずつ出資する」
→「利益が出たら配当と言う形で返してもらう。
 元本以上の額が戻ってきたらなおハッピー!
でも、そうじゃなくても面白い事業に参加できたからいいや」

株式会社って大体こんな感じで始まったんじゃないか?
キャピタルゲインで財テクとかいうのは派生的なものであってね。

91 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 10:31:57
世界には三つの経済形式がある。
商品経済(市場)
互恵経済(共同体)
再分配経済(国家)
これ以外はすべて人為的設計主義的な幻想だった。
したがって現代の問題は第四の経済などという馬鹿げた錯覚を
ふりまく狂人をすみやかに除去し、
この三つのバランスを適正に配分するしかない。
商品経済的自由で世界を一元的に編成しようとするリバタリアン。
国家の再分配による平等を過大評価するエガリタリアンやリベラル社民。
共同体で世界を制御できると考える一部のコミュニタリアン。
これらはすべて間違いである。
ただし現代の問題は、ケインズ的福祉国家と市場グローバリズムが
それゆえ機能的再分配と市場的自由が中間的社会=共同体を
掘り崩してしまったことにある。それゆえ三つの経済の
バランスの回復には、当面コミュニタリアン的施策が重要であると
思われる。繰り返すがアソシエーションなるものは、市場の契約理念を
なんら超えるものではない。それは市場的自由の一形態にすぎない。

92 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 17:18:01
いや、創造性のある組織というのがアソシエーショニズムで
それは、市場経済の中にある全ての企業とか会社と全く同じじゃないだろう。

たとえば、小学生が学年末の文集で、「将来の夢」なんて書かされたりするけど
低学年くらいまでだったら「夢のある職業」を書く。
だんだん「公務員」とかになってくけど。
それがアソシエーショニズムという統整理念に過ぎないけど
「在る」としかいえない交換様式の存立基盤だ

93 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 17:59:43
ばかばかし!アソシエーショニズムは小学生の夢のレベルかよw
それなら現実には永遠に「無い」としかいえない交換様式だなw

94 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 19:22:07
       /::  青木孝平  \       あ…ありのまま 今 起こった事を話すわ!
       /::.  .---‐'  """\ ヽ       『おれは奴の前で倒れてたと
      |::〉 ,_;:;:;ノ、   ●" |       思うたらいつのまにか勝っとった』
    (⌒ヽ             |)
     ( __     ( ∩∩ )    |       な… 何や言ってるのか わからんと思うけど
      |           /          おれも何をされたのかわからへんかった
      / )   / ̄  ̄7 / 
     /_/  (──-┘ /             頭がどうにかなりそうやった…
    // 二二二7___/_ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \    八百長だとか買収だとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなチャチなもんや 断じてない
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }  もっと恐ろしいもんの片鱗を味わったわ…

95 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 19:34:28
マッキーバーのアソシエーショニズム論はどの本で読める?

96 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 19:35:29
>>93
統整的理念なんだから、それでいいんだよ

97 :柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2006/09/05(火) 19:37:25
頭の悪い君には理解できないでしょう。

98 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/05(火) 21:34:09
確かに「第4の交換様式」ってイメージしにくいけれども
しかし発想を変えてみたらどうか? スピノザが神学とデカルト哲学の対立を「止揚」したように

真の交換様式はアソシエだけであり、その他は、その疎外態にしかすぎないと

ネーション=妄想狂=コミュニタ
国家=偏執狂=ネオリベ/リバタリアン
資本=分裂病=リベラル/社民

として捉えれば現代を支配する交換様式は「交換の病理」にしかすぎない

99 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 21:38:51
恥ずかしいトリップキタコレ

100 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:25:12
アソシエーションってそんなにイメージしにくいかね。
例えば、保険というシステムを考えてみよう。
これは個人の任意参加を前提とし、かつその上で相互扶助を
実現しようとするものだ。加入者が困難に見舞われたら、
加入者全員で援助する。もちろん、これは共同体の
原理とはまるで違う。相互扶助といっても、見ず知らずの者同士で
助け合うわけだから。地縁、血縁関係なし。

このような保険が一例だが、要は、見ず知らずの他人同士で、
相互扶助の仕組みを作っていく、それがアソシエーションの運動なのだ。


101 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/05(火) 22:36:01
>>100
確かにそうなんだけれども

「ネーション=妄想狂=コミュニタ 」のレベルで生きてる人達には
保険制度って資本と国家が牛耳ってるようにしか見えないんだよな
で、「搾取」されてると思い込む

ネーションー国家ー資本の「ボロメオの輪」って強力なんだよ

102 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:16:46
まあ、保険は相互扶助という理念を忘れ、投機資金の
収集マシンに成り下がっているケースもあるのは確かかな。
しかし、これはアソシエーション原理の資本制的使用
とでもいわれるべきもので、アソシエーション原理の相互扶助的使用
とは区別されなくてはならない。
この区別がないと、資本制を批判するあまり、産湯とともに赤子を流す
が如くアソシエーション原理まで洗い流してしまうことになる。

103 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:44:00
だから交換様式という捉え方からして根本的におかしい。
アソシエーションはたしかに市場と同様の相互他人的な関係であり
契約だろう。マルクス的にいえば物象的依存関係だ。
しかし共同体内部の人的依存関係はそもそも交換様式ではない。
それは相手への依存的感情そのものを根拠にした
見返りを期待しない一方的贈与だ。
国家もそうだ。それは収奪した財の再配分であり
社会的弱者への一方的保護である。交換ではない。
けっきょく交換は市場以外に存在しない。
アソシエーションも相互他人同士の交換という意味で
市場と同一の交換関係とみなしてよいだろう。
われわれは自由な個人の任意の関係を
すべて広義の市場経済と呼ぶ。アソシエーションによって
市場経済を超えることはできない。

104 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:49:25
>>53
たしかに一部の青木孝平のファンは信者といってもよい。
異常なカキコミをしている。しかし青木孝平の本を
インチキ本というのは何を根拠にしているのか、
理解できない。青木の名誉のためにも
どこがインチキなのか、具体的に説明すべきだろう。

105 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 00:31:02
アソシエーショニズムはコミュニタリアニズムと
対概念ではない。
コミュニタリアンはリバタリアンと喧嘩でもしていればいい。
よって、コミュニタリアンはこのスレには要はない。
スレ違いだ。


106 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 01:00:13
>>104
>たしかに一部の青木孝平のファンは信者といってもよい。異常なカキコミをしている。

「一部の青木孝平のファン」の名誉のためにもどこが信者でどこが異常なのか、具体的に説明すべきだろう。

>しかし青木孝平の本をインチキ本というのは何を根拠にしているのか、理解できない。

青木孝平の本がインチキ本ではないというのは何を根拠にしているのか、理解できない。
柄谷行人、エマニュエル・カント、分析的マルクス主義者、アソシエーショニスト、新カント派マルクス主義者、
USラディカルズ、レギュラシオン学派、ユーティリタリアン左翼(ピーター・シンガーetc)、リベラリスト左派、
マルチチュード派、ポスト構造主義者、等々・・・の名誉のためにも、どこがインチキではないのか、具体的に説明すべきだろう。

107 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 08:35:41
柄谷は感性派だな

108 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 11:19:28
>>106
 だから、青木本は上記のうちUSラディカルズとユーティリタリアン以外
ほとんど全面的に批判してるでしょ。インチキ本と言い出したのは
あなたなんだから、あなたに説明責任があるでしょ。

109 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 12:14:05
>>108
>ほとんど全面的に批判してるでしょ

だから、青木本のどこに「ほとんど全面的な批判」が成立しているの?
インチキ本ではないと言い出したのはあなたなんだから、
あなたに説明責任があるでしょ。
それに、ここは「アソシエーショニズム」のスレですよ。

110 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 12:27:00
柄谷行人、エマニュエル・カント、分析的マルクス主義者、アソシエーショニスト、
新カント派マルクス主義者、レギュラシオン学派、リベラリスト左派、マルチチュード派、
ポスト構造主義者、等々・・・の「ほとんど全面的な批判」を終え満面笑顔の青木氏。
http://www-h.yamagata-u.ac.jp/~yasuda/furihata70_5.htm

111 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 13:18:48
>>109
だから誰もインチキ本であるともないとも言ってないでしょ。
>>53が、インチキ本と決め付けてるから、>>104は、
その根拠を説明してほしいといっただけでしょう。
>>106>>109>>53と同一人物かどうかは知らんが、
もし同一なら、客観的にみてやはり説明責任があるよ。


112 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 13:51:13
>>111
だから誰もインチキ本であるともないとも言ってないでしょ。
>>104がインチキ本ではないと決め付けてるから、>>106は、
その根拠を説明してほしいといっただけでしょう。
>>108>>111>>104と同一人物かどうかは知らんが、
もし同一なら、客観的にみてやはり説明責任があるよ。

113 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 13:55:51
>>110
どことなく竹田青祠と芸風が似てるね。

114 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 14:14:36
>>113

たしかに主張はぜんぜん違うが、なで斬りスタイルで
消去法的に自己のスタンスを明らかにしていく「芸風」は
竹田と青木は似ているかも知れないと思う。

115 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 14:17:37
>>112
>だから誰もインチキ本であるともないとも言ってないでしょ。
いや、>>53は、はっきりとインチキ本という言葉を使って断定しています。

116 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 15:05:00
いいから>>115は早く>>53に反論しろよ。
インチキ本ではない根拠を説明できないならインチキ本決定。

117 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 15:05:26
信者の振るまいとそのウザがられかたも似ている。

118 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 15:24:30
         メ _|\ _ ヾ、
       メ / u 。 `ー、___ ヽ
      / // ゚ 。 ⌒ 。 ゚ u  / つ
     / //u ゚ (●) u ゚`ヽ。i l わ
     l | | 。 ゚,r -(、_, )(●) / ! ぁぁ
     ヾ ! //「エェェ、 ) ゚ u/ ノ あぁ
     // rヽ ir- r 、//。゚/ く  ああ
   ノ メ/  ヽ`ニ' ィ―' ヽヽヾ  ぁあ
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  / /ヽ,,⌒) ̄ ̄ ̄ ̄ (,,ノ   \
/  /_________ヽ  \
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/bitstream/2324/1044/1/KJ00000656822.pdf

           _|\ _
         / u 。 `ー、___ ヽ
        / ゚ 。 ⌒ 。 ゚ u  / つ
       /u ゚ (●) u ゚`ヽ。i  わ
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     il  ! //「エェェ、 ) ゚ u/  あぁ
 ・ 。  || i rヽ ir- r 、//。゚/ i   ああ
  \. || l   ヽ`ニ' ィ―'  il | i  ぁあ
 ゚ヽ | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | ダンッ
。 ゚ _(,,) 青木八百長    (,,)_ / ゚
 ・/ヽ|             |て ─ ・。 :
/  .ノ|________.|(  \ ゚ 。
 ̄。゚ ⌒)/⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒ヽ\  ̄ 。

119 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 16:08:48
麻生しえチャン

120 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 16:52:11
宇野派のマルクス読解による価値形態論からは柄谷式のアソシエーショニズム
は出てこない、という批判は当たっていない。
柄谷の『トランスクリティーク』における価値形態論への言及はマルクスの
トランスクリティークを言うためであって、別にアソシエーショニズムの
基礎論として書かれてはいない。
柄谷によれば、「交換」を単なる流通形態だけに留まらず、広い意味の概念で
使った場合、世界は3種類の交換から成り立つ。互酬・再分配・貨幣交換。
価値形態論はこのうち貨幣交換の基礎論として捉えられる。柄谷の構想する
アソシエーションはこの3種のどれでもない交換形態として提示される。
従って価値形態論が柄谷のアソシエーショニズムの経済原論というわけではない。

121 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:54:30
そうではない。
柄谷のいうアソシエーションは生産=消費者という単独者、
経済学的にいうなら小生産者が自由意志で取り結ぶ協同組合を指す。
それはマルクスの「自己労働にもとづく所有」の「否定の否定」
つまり生産手段の共同占有にもとづく「個人的所有者」の連合
であるアソシエーションだ。分かりやすくいえば柄谷の単独者は
生産=消費、あるいは労働=所有の個人の連合を意味する。
それは価値論的にいえば価値実体論(労働価値説)を基礎にする。
リカード派、ラサール派、プルードン派など古典派経済学による
社会主義は、概ねこうした協同組合論だ。マルクス=宇野の
偉大さは、こうした古典派的な価値実体論を否定し、
ベイリーにならい実体(労働=生産)を捨象した勝ち形態論を確立
した点にある。柄谷の生産様式ではなく交換様式という発想は、
この形態論を基礎にしている。それゆえ互酬・再分配・市場交換
と同様に、第四の交換様式なるもの(アソシエーション)があるに
しても、そこに生産=消費者や労働=所有者といった実体的個人を
前提にすることはできない。それゆえ個人的所有者のアソシエー
ションは想定できない。これが価値形態論とアソシエーションの
関係ということだ。

122 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:56:22
「宇野理論の再構成」やら「マルクス主義の現代的再生」
なるものをやりたい連中は、勝手にやっていればいいんだよ。

アソシエーショニズムはそういうものとはそもそも無縁だし、
また無縁でなくてはならない。


123 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:29:59
別に無縁でもかまわないが、経済学的根拠なしに
生産者=消費者の協同組合(アソシエーショニズム)やら
剰余=利潤を生まない通貨(LETS〉やら言われても
そんなものは今までも、これからもありえない、と
いうしかないんだよね。


124 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:42:34
一組の男女が合意に基づいて婚姻届を提出し、夫婦となること
を婚姻というが、要は、結婚するというのは、男女の相互間の
合意に基く以上、これはアソシエーションである。合意の前提には
自由意志がある。なので、合意に至らない場合も勿論あるし、
離婚という形で、後に夫婦の関係を解消することもできる。
つまり、合意に基き離脱できるという意味でも、夫婦の関係は
アソシエーションである。

しかし婚姻が男女間の合意に基くとはいえ、両者の合意に達したのに
男女の両親が口をはさみ、それを阻止するという場合がある。
例えば、芥川龍之介は、吉田弥生という女性と結婚したいと
考えていたが、芥川家の反対にあい、吉田弥生との結婚を断念
するほかなかった。芥川の自由意志が芥川家により潰されたわけだ。
この意味では、龍之介には自由意志はなかった、というより、
許されていなかったといっていい。
尤も、この挫折が、後の彼の自殺の遠因にもなったといわれる。

125 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 19:38:52
LETSの研究者で有名なのは西部忠という人だが、
彼は東京大学大学院経済学研究科第二種博士課程修了
で、現在北海道大学大学院経済学研究科・経済学部助教授。
専門は進化経済学。

西部は宇野理論の再構成やマルクス主義の現代的再生には
興味ないだろうが、経済学者である。
LETSに「経済学的根拠がない」というなら、以下のサイトに
メールだして、論争すればいいんじゃないのかね。

西部忠ウェブサイト
http://cc.econ.hokudai.ac.jp/

126 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 19:52:47
西部氏は大学院時代は宇野派で青木氏などとも親しかった。
しかし就職し留学してソローの進化経済学を学び
宇野からもマルクスからも離れた。
彼はマルクスや宇野に依拠するかぎり
地域通貨は不可能だと、柄谷に忠告している。
さらに彼はアソシエーショニズムそのものに
批判的である。彼はLETSをアソシエーショニズム
ではなく、地域コミュニティに結びつけようとしている。
その意味ではコミュニタリアンに近い面もある。

127 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 20:15:09
>彼はマルクスや宇野に依拠するかぎり
地域通貨は不可能だと、柄谷に忠告している。

だから、西部はマルクスにも宇野にも依拠
していないというだけのことだよね。マルクスからも
宇野からも離れているんだから、当然だよね。

>彼はLETSをアソシエーショニズム
ではなく、地域コミュニティに結びつけようとしている。
その意味ではコミュニタリアンに近い面もある。

LETSは個人の任意参加だから、アソシエーションだよね。
LETSは地域に根を張ったとしても、参加は個人の意志に
任されている。入りたくない人は入らなくていい。団体参加
の場合にしても同じこと。

128 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/06(水) 20:36:48
コミュニタリアンによれば共同体間の交換(市場)だけが真の交換と呼びうるもので
共同体内部の互酬、国家による略取は「交換」じゃないと

これなら解る、がしかし

婚姻、財産の所有権、相続権、参政権などの政治的権利問題等々、グローバリゼーションの進む現代において
共同体内部での微調整ですむ問題なのか?

現代の状況を考えてみれば時代錯誤にしかならないのじゃないか?過去を再現できるのか?
コミュニタって、ノスタルジックにしか見えない

アソシエって、この現状から出発してる

129 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 20:52:50
>>121
ベイリーとリカードをカント的に批判総合したのがマルクスの価値形態論だ
というのが柄谷の宇野読解の基礎にある。柄谷のアソシエーショニズムの
基礎にはこのような価値形態論は当てはまらない。価値形態論は貨幣交換
(市場経済)の価値論的表現に過ぎない。
柄谷は第4の交換のタイプの内実を『トランスクリティーク』では明確に
提示していない。しかし少なくとも価値形態論を基礎とする第3の交換の
タイプの外部にある交換形態として志向されているのは明らかだ。だから
この第4の交換のタイプの基礎にはやはり価値形態論は妥当しない。
また、>>121の読解に従うなら、柄谷のアソシエーショニズムは独立小生産者
たちの協同組合ということになるが、そのように読めるのならば、121氏が
言うように、これはベイリーによる価値実体説批判以前の、リカード的な
価値実体論を基礎としたものとなる。これでも価値形態論は無関係という
ことになる。

130 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/06(水) 21:07:59
価値形態論って「ブルジョワジーの神学」を解体するための道具にしかすぎない

ここを見落とすと大変なことになる

131 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 21:50:03
生産者=消費者ないしは労働=所有者のアソシエーションの
どこが駄目かといえば、端的に言って、社会は労働能力保有者
ばかりではなく労働能力の欠如者すなわち障害者や老人、植物人間や
寝たきりなどが存在するという事実だ。マルクス的にいえば
人間労働はいつの時代も必要労働を超える剰余をうみだすのであり、
自己労働はリバタリアンのいうような個人的所有を保証するものでは
ないという認識だ。アソシエーショニストは労働=所有の個人の
任意契約を前提とするが、コミュニタリアンは労働と所有に
何の関わりもないと考える。労働にも所有にも常に倫理的な
他者への配慮(とくに労働無能力者への配慮)が前提にある、
人間は社会関係のアンサンブルだというのはこの意味だ。
自立的な個人が契約で社会に入るのではなく、
社会関係の総体が個人のアイデンティティをつくる。
アソシエーショニズムではなくコミュニタリアニズムが
要請されるというのは、そういう意味だ。


132 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 21:55:30
救貧法みたい

133 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 21:57:15
難しくなってまいりましたね

134 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 22:02:27
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/books/1153992242/l50
↑「世界共和国へ」スレ

135 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 22:03:45
>>130
だから「ブルジョワジーの神学」こそ古典派経済学であり
価値実体論すなわち労働価値説であり「自己労働に基づく所有」
というロック的自然法であり、そうした個人が自由意志で
取り結ぶ社会契約説なんですよ。アソシエーショニズムという
のは、そのまんま「ブルジョワジーの神学」なんじゃないですか?
マルクスのコミュニズムは個人の能力に応じて働き、必要に応じて
受け取る社会、それは労働=所有の自立的個人を解体することで
始めて成り立つんです。コミュニズム=コミュニタリアニズムです。


136 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/06(水) 22:08:33
まあ、ここはアソシエスレだし、コミュニタスレじゃないし
別にコミュニタを全否定するつもりはない

>コミュニタリアンは労働と所有に 何の関わりもないと考える

これはアソシエも同じだよ、ただ「贈与」でやるか「契約」でやるかの違いだ
やってることは同じだ、排除する理由はお互いないはず?

137 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 22:18:35
なるほど自由で平等な単独者の連合は、一種の社会契約説かな。
それから前提になるのが自由で平等な個人にかぎられるのも問題。
世の中には自由でも平等でもない労働のできない人間がいる。
しょせんアソシエーションなんてのは、交換様式というより
労働によって自立できる個人を前提とした生産中心主義かな?
なんか、ものすごく古い社会契約説や古典派経済学だな。



138 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 22:24:55
>>136
そんなことはない。アソシエーションは生産者=消費者の連合でしょ?
つまり労働者=所有者の契約でしかない。単独者が「負荷なき自我」
として前提されてしまっている。価値実体論そのものだ。

139 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/06(水) 22:26:50
曲解だね、やることは同じ、繰り返すけど、お互い排除しあう理由はないはずだが?
コミュニタの優位性を主張したって実践的意味はない

ここはアソシエスレなんだけれども?

140 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 22:35:33
青木派コミュニタリアンって何でこんなにキモイ奴ばっかなの?

141 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 22:43:36
インチキ本決定。

142 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 22:44:42
「働かざる者食うべからず」の考えが貫徹されている
ならば、日本人の半分は既に死んでいなければならない。
総人口のうち、半数は非労働人口である。しかし、
実際はそうなっていない。

むしろ、今度問題になってくるのは、少子高齢化により、
労働人口への負担が今以上に大きくなるということである。
いずれにせよ、労働人口が非労働人口を食わせていかなくては
ならない。その場合、減少する労働人口を外国からの移民
で補充するという現実的案があるが、ネーションに
固執する連中はこれに我慢ができるのかというのが
むしろ問題である。

143 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 22:51:59
インチキ本信者によるインチキスレ決定。

144 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:06:58
アソシエーションの原理からすれば、外国からの移民
が流入することに反対する理由はない。

しかし、ナショナリストは移民の排斥を叫ぶこと
になるだろう。

145 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:10:35
もう「マルクス=宇野」って言うな。
なんだよ「=」って。

146 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/07(木) 00:25:53
アホ木派は今度はアソシエーションスレで粘着してるみたいだな。やれやれ。
今週の柄ヤン's書評は読んだか?
http://book.asahi.com/review/TKY200609050248.html
これ読むと柄谷はアホ木の付け焼刃的摂取よりもよっぽどアメリカ政治思想に精通しているのでは?
コミュニタリアンではチャールズ・テイラーにも通じる認識だと思われ。やっぱソリッドですなぁ

147 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 00:30:21
アソシエーショニストって、けっきょくリバタリアンとどこがとがうの?

148 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 00:38:24
柄谷もイワナミとアカヒじゃ、リベラル・進歩派文化人へ一直線だな〜〜


149 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/07(木) 00:44:40
だって元からリベラル・進歩派だろ?何を今さら。

150 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 00:54:42
ホメオって、柄谷が好きなの嫌いなの?
それとも青木信者への対抗で柄谷を
褒めてるだけ?リベラル・進歩派って
フツーは悪口でしょ?ちがうの?
それから毎日2ちゃんねるに
よくカキコする時間あるね?
たしか軍手の営業マンやってんでしょ?
売れてるの?サオダケヤみたいに
つぶれない方法があるなら
本を書いてみたらどう?
きっと売れると思うよ。
才能ありそうだし。
これからも頑張ってね。
ヨロシク。

151 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 07:31:56
>>146
その憲法以前の「アメリカ的封建主義」こそが
アソシエーショニズムであると言いたげだな。

152 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 07:34:33
>>147
柄谷的なアソシエーショニストという意味でいってるのなら、
理想は同じだけど、それを実現するに当たっての現状認識が違うのでは。

153 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 10:22:23
>>149
なんだ、から谷ってただの進歩派リベラルなにか?
んなら、読むのも馬鹿馬鹿しい。や〜めた!

>>151
憲法以前のアメリカ的封建主義って、ふつうアソシエーショニズム
じゃなくって、それこそコミュニタリアンなんじゃねーの?


154 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 11:31:21
でも、中間的な組織がどうたら、
っていうのはアソシエーショニズムっぽくね?

155 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 12:46:10
このばあいの「封建主義」っていうのは、
人為的でなく伝統的土着的な意味だろうから
やっぱコミュニタリアニズムだろ。

156 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 14:24:48
         メ _|\ _ ヾ、
       メ / u 。 `ー、___ ヽ
      / // ゚ 。 ⌒ 。 ゚ u  / つ
     / //u ゚ (●) u ゚`ヽ。i l わ
     l | | 。 ゚,r -(、_, )(●) / ! ぁぁ
     ヾ ! //「エェェ、 ) ゚ u/ ノ あぁ
     // rヽ ir- r 、//。゚/ く  ああ
   ノ メ/  ヽ`ニ' ィ―' ヽヽヾ  ぁあ
   _/((┃))_____i |_ ガリガリガリガリッ
  / /ヽ,,⌒) ̄ ̄ ̄ ̄ (,,ノ   \
/  /_________ヽ  \
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

           _|\ _
         / u 。 `ー、___ ヽ
        / ゚ 。 ⌒ 。 ゚ u  / つ
       /u ゚ (●) u ゚`ヽ。i  わ
       | 。 ゚,r -(、_, )(●) /  ぁぁ
     il  ! //「エェェ、 ) ゚ u/  あぁ
 ・ 。  || i rヽ ir- r 、//。゚/ i   ああ
  \. || l   ヽ`ニ' ィ―'  il | i  ぁあ
 ゚ヽ | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | ダンッ
。 ゚ _(,,)『コミュニタリアニズムへ』(,,)_ / ゚
 ・/ヽ|  なんてどうだ!  |て ─ ・。 :
/  .ノ|________.|(  \ ゚ 。
 ̄。゚ ⌒)/⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒ヽ\  ̄ 。

157 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 18:22:31
               ,,....、 ィ===、
             ,ィ彡彡Yミミ三三ミミミ 、
           ,ィ彡ミミミミミ三三三三ミミミ、
          ィ彡彡三三三三ミミミミミ}}}ミミミミi
           〃彡彡三三テ'⌒ヾミミミ三ミミ巛ミミ!
          iリ}}lii)) }}彡''´   `ヾソ/´ `}リ}liミミミ!
        jllリリソ' ー''´      }リ'    i州}}}ミ}}
        {{リリ                  i川ミリソi
        ミミ'   ´━ヽ  ,.'´━`      {川ミミリ
         |l  ,r ・ ュ i  ;:.. r ・ ェ 、_    ミミy'
          |  ` ´ /  .;;,..゙ー        lリリ''´
          |     ,.'  ,. 、    .;:.'  lソ ヽ  告訴マダ〜? コロンビア大学教授マダ〜?
          l   ,. ' ー.__ァ‐. i ヽ .. : ::  :;: l  ノ
             l ー '   .: ::,.: ...  ヽ ,;'    l ー'
          : {;: ..‐)トェェェェイ(_,,..  .,;;:  /
           、 、  、__,,..    .;;;:; ;: ,イ
           ヽ_、  .:::... ::..  ィ ,. ' !
              ヽ..,_,__,ィ_,. "  |\
         / /,{             ハ, \
        /  / ゝ   .: :;.. :.:,  /  }  ` 、

158 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 23:54:04
(1)労働者は所有者である
(2)所有者は所有の一部を非労働者のためのファンドとして提供する
(3)非労働者はそのファンドで生活する

このように、労働者=所有者を前提としても、ファンドを設けることで
非労働者は生活できる。
よって、労働者=所有者という前提からは非労働者は生活できない
という結論が必ず出てくるというなら、それは出鱈目である。
さらにこの種の出鱈目を根拠にして、労働=所有を解体せよというなら、
およそお粗末である。

159 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/08(金) 00:38:51
つーかさ、所有者の中に、労働者or非労働者(労働能力保持者)と、
非労働者(労働能力非保持者)がいて、
非所有者(?)の中にも、労働者or非労働者(労働能力保持者)と非労働者(労働能力非保持者)がいる。
少なくとも6種類いて、どこから手当てするか(どこの手当てを削るか)でしかないんじゃないの?
この場合、非所有者がじゃあ「何を持ってないのか」ってのが相当デカイと思うんだけど。

160 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 01:33:24
五体満足で義務教育レベルの知識があり、にもかかわらず
働かない怠け者には福祉手当ては必要ないよね。

例えば40歳無職(小説家志望)みたいな人には手当ては必要ないし、
もちろん、役所に行き生活保護の申請をしても、手当ては
下りないだろうがね。飢え死にするのが至当。

161 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 05:07:11
そこをなんとか!

162 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 11:29:03
なんか所有の意味を誤解してない?
オレがいってるのは、労働者は自己の身体の所有者であるという
J.ロック的「自己所有権」のこと。これを自然法的前提にするのが
リバタリアンやアソシエーショニストだけど、もしこの前提から
始めるとノージックのように、身体の所有=労働力の所有=
労働力を消費して生産した労働生産物の所有という結論に至る。
当然にも労働生産物は必要生産物と剰余生産物から成るが
俗流マルクス主義は剰余=利潤が労働者のモノにならないことを
搾取と呼んで批判した。これが労働=所有論であり労働全収論。
しかしこれはリカード派社会主義やプルードン派の主張で間違いと
いうのがマルクス説。マルクスでは、いつのどんな社会でも
労働者は労働生産物のうちの必要労働部分だけを所有し労働力の
再生産に充てる。これは共産主義でも同じ。そして剰余は
拡大再生産のファンドや公共的インフラ、労働能力の欠落者の
再生産などに充てられる。つまり労働者が労働生産物を全て
所有する社会は、これまでもこれからもありえないということ
になる。労働者が自己の生産物を所有し交換するアソシエーション
はまったくの幻想だと結論できる。

163 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 13:48:53
いいから早く告訴しろよ。
いつコロンビア大の教授になるんだよ。

164 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 13:51:15
告訴って何のこと?

165 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:08:25
反アソシエーション論者の青木孝平が、
柄谷行人に対してコロンビア大学教授の座を譲るよう告訴するそうだ。
(ソースは2ちゃんねるの青木ファン)

166 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:16:45
それは見物だね。青木孝平の見苦しい売名行為として思想史に残るよ。

167 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:18:37
告訴って
どういう訴状で告訴するんだい

168 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:24:46
さあ? 青木ファンの頭の中ではできあがってるようだが。マダ〜?

169 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:44:16
論理的に批判ができないと、
一部の非論理的信者を叩いて
話をごまかすのは、もうやめようや。
青木の信者ではないマジメな勉強家も
いるんだから。それに>>162
青木なんて一言も言ってないじゃん。
純粋にアソシエーションの不可能性を
論じているだけだろが。
論理には論理で反論するのが仁義だよ。

170 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:51:24
教授の座を譲れ、なんて裁判あるか?wwwwww

171 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 15:11:02
どうせホメゴロシオトコの自作自演だろw
まず青木信者を演じてホメて
次に名無しでコロシをやる。それでもって
東大現代哲学研やなんかのマジのカキコから
話をそらさせる。いつもの手だよ。
なにがコロンビアだw くやしかったら
アソシエーション批判に答えてみろよ。

172 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 16:06:21
勝訴したときに、「判決。被告は原告に教授のポストを譲ること」なんて
裁判長が言うのか?wwwwwww「

173 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 17:42:50
ホメゴロシの粘着の自作自演オトコ、
いいかげんにしろよ。
マジで相手してやるよ。
教授のポストは教授会が決めるのさ。
訴訟だのコロンビアだの自作自演で
話をごまかすな。卑怯者め。

174 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 17:43:13
(1)労働者は所有者である(具体的には以下を参照)
   ⇒労働者は自己の身体の所有者である
   ⇒労働者は所有している労働力を消費して生産した労働生産物の所有者である
(3)労働者は所有(労働生産物)の一部を非労働者のためのファンドとして提供する
(4)非労働者はそのファンドで生活する

このように、労働者=所有者を自明の前提としても、ファンドを設けることで
非労働者は生活できる。
よって、労働者=所有者という前提からは非労働者は生活できない
という結論が必ず出てくるというなら、それは出鱈目である。
さらにこの種の出鱈目を根拠にして、労働=所有を解体せよというなら、
およそお粗末である。

加えて、労働者=所有者はファンドとして提供した以外の所有は
交換に出すなり、自分で消費するなり、任意である。
このように、労働者が自己の生産物を所有し交換するアソシエーション
と非労働者への扶助(ファンド)は両立する。よって、両者は両立しないというのは
出鱈目である。 さらにこの種の出鱈目を根拠にして、アソシエーションは
不可能であり幻想だと結論するなら、およそお粗末である。

175 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 17:56:36
アソシエーショニズムがなぜ駄目か?
世界共和国がなぜ駄目か?
かんたんに言えば、それは現代資本主義、
すなわち新自由主義化しグローバリズム化する
現代資本主義そのもののイデオロギーだからだ。
現代資本主義は世界のすべてを市場化しつつある。
そこでは個人の自由意志と自己決定と自己責任が
一切の正義の基準となりつつある。
現代の左翼は保守と戦うのではない。
個人が自由意志で参加する契約社会とこそ
たたかわなければならない。
アソシエーショニズムはリバタリアンすなわち
新自由主義的個人の契約による結びつきに過ぎない。
それは現代資本主義を崩すどころか、逆に補完する
イデオロギーだ。我々は右翼や保守反動と闘うのではない。
現代資本主義というボーダレスでグローバルでウルトラ自由で
超個人主義的な社会と闘わねばならないのだ。
アソシエーショニズムにそれを求めることは不可能だ。

176 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 18:08:33
>>174は、ロック=ノージックの自己所有権テーゼを
認めるというのか?ノージックはまさに「自己所有権者」の
社会契約論から任意参加のアソシエーションの形成を説き、
その連合としての最小国家論を導きだした。すなわち
国家が社会的弱者の保護のためにおこなう福祉的徴税は
国家による剰余労働の搾取であり「自己所有権」の侵害だと
いうロジックだ。自己所有権(労働=所有)を前提とするかぎり
福祉へのファンド=徴税は個人の自由意志であり任意のものと
ならざるをえない。それは社会的弱者を切り捨てる新自由主義
=リバタリアニズムのイデオロギーにしかならない。

177 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/08(金) 18:43:41
何必死に一人芝居やってるのかね?
俺の役まで演じて。

178 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 20:25:35
(1)自己所有権(労働=所有)を前提とするかぎり 福祉ファンドへの加入は個人の自由意志
   であり任意のものと ならざるをえない。

(2)ファンドへの加入は任意であるということは、
     (A)加入しない(B)加入する
   という二つの選択肢があるということである。労働者=所有者が必ず(A)
   を選ぶという保証はない。任意だから当然である。

(3)よって、(1)から必ず弱者切捨てという結論が出てくる
   わけではない。弱者切捨てという結論を必ず導くためには、(2)で
   労働者=所有者が(A)を必ず選択するという暗黙の前提を要する。
   しかし、労働者=所有者が必ず(A)を選ぶということは、むしろ
   彼に自由意志はないということを意味する。(A)しか選ぶことが出来ない
   というのだから。ところが、これは(1)に反する。よって、このような
   暗黙の前提は不当であるし、不当な前提を挿入し、弱者切捨てという結論を
   導くこともまた不当である。

(5)言うまでもないことだが、労働者=所有者が(B)を必ず
   選ぶという保証もない。任意だから当然である。この任意性を強制に
   変えるためには、確かに、国家による徴収も便利かつ安易な方法である。
   とはいえ、労働者=所有者が倫理的な義務感を持ち、自発的にファンドに
   加入するのが望ましい。あるいは、自分ももしかすると病人になり、非労働者
   になるかもしれないという備えのために、加入するのも勿論望ましいことだ。
   少なくとも、老人にならないような人間はいない。老後のために、
   強制されなくとも、自らファンドに加入する人は多いことだろう。

(6)労働者=所有者はファンドとして提供した以外の所有は 交換に出すなり、
   自分で消費するなり、任意である。 このように、労働者が自己の生産物を所有し
   交換するアソシエーションと非労働者への扶助(ファンド)は両立する。
   よって、両者は絶対に両立しないという主張は出鱈目である。 さらにこの種
   の出鱈目を根拠にして、アソシエーションは 不可能であり幻想だと結論するなら、
   およそお粗末である。

179 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/08(金) 20:46:24
アソシエ批判の理論的根拠は解った、社会の全体的市場化批判という事だろう
この認識はアソシエも共有するが、しかし、ならば

社会の全体的市場化が進行した以前の状態に、前近代的な状態に、いまさら戻れるのだろうか?

アソシエは、もう後戻りは出来ないという厳しい現実から出発している



180 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 23:07:38
>>178
完全にノージック型のリバタリアニズムだな。
最近はアソシエーショニストでもエルスターのように自己利益を
最大化するゲーム理論を使っても囚人のジレンマによって
福祉ファンドの所有権からの控除を説いたり、スタイナーの
ように自己所有権から自由競争を導き出すが、土地・不動産などの
外的資産については初期平等配分の強制を認める者も多い。
たしかにロールズのように「無知のベール」の仮定を置いて
自己が不遇な条件に陥ったときの保険を導入すれば福祉ファンドを
個人の任意で設定することも可能だが、そもそも「無知のベール」
という原初状態の想定に無理があろう。さらにアマルティア・セン
のいうように年齢・性別・遺伝的特質・身体状況・環境はほんらい
ひとりづつ不均等であり、そうした潜在能力のままで『自己所有権」
を前提することに無理があるという議論も有力だ。つまり自己所有権」
(自由で平等な労働=所有)という前提そのものを見直す必要がある。
つまり自由な個人の連合としてのアソシエーショニズムは
統整理念としてもリバタリアニズムないし新自由主義に陥る可能性を
秘めており、現代資本主義を寸分も超えられないということだ。

181 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 23:31:53
(結論)可能性は必然性を意味しない。


以上。

182 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 23:35:36
では今度は柄谷を最大限に好意的に理解してみよう。
柄谷のメリットは、社会をスミス、リカードのように生産様式から
捉えるのではなく、資本論のマルクスや宇野にならって交換様式から
捉えた点にある。市場交換だけではなく再分配も互酬も、生産を
捨象した交換様式としてのみ見る。それゆえ倫理的には、一切の
正義は交換的正義に集約される。したがってアソシエーションも
その前提に小生産者的な「労働にもとづく所有」や自己所有権を
想定する必要がない。これが英米のアソシエーショニストに対する
柄谷の独自性だ。つまりマルクスや宇野の価値実体論(労働価値説)
批判がアソシエーショニズムに生かされる。その交換に労働で
軽量される等価性ははじめから存在しない。すべての交換は不等価
であり、不均等であり、それゆえ贈与である。財の提供と報酬とは
もともと無関係である。そこには他者に対する高い倫理的配慮が
織り込まれる。したがって他者への福祉的ファンドも交換のうちに
実現されることになる。こういうアソシエーショニズムなら私も
認めよう。ただしそれはもはや自立的個人の連合ではなく、最初から
他者との社会関係の中で構成される人間であり、アソシエーションと
いうより、コミュニタリアニズムというべきことになる。

183 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/09(土) 00:09:21
>>182
>ただしそれはもはや自立的個人の連合ではなく、最初から
>他者との社会関係の中で構成される人間であり、アソシエーションと
>いうより、コミュニタリアニズムというべきことになる。

その「鶏が先か卵が先か」的な話が、
超国家的なり中間集団なり草の根なりの「結社」の話とどう関係するの?

184 :Kurihara:2006/09/09(土) 02:20:10
>社会の全体的市場化が進行した以前の状態に、前近代的な状態に、いまさら戻れるのだろうか?

戻ろうとした人たちはいましたよ、オウムですね。
オウムは加入は任意だけど、脱退は不可という一種の共同体原理を
採用していました。
脱退しようものなら、追跡して連れ戻し、監禁していましたからね。
脱退は任意ではないわけですね。
あと、出家信者は教団への財産の寄進(贈与)を要求されたはずですね。
で、サティアンという共同体で市民社会を拒絶した共同生活へと突入するわけです。
コミュニタリアニズムの実践例と見ていいでしょうね。

185 :Kurihara:2006/09/09(土) 03:56:42
あと、現代で見出せる具体例としては刑務所ですね。
まず、刑務所への加入は任意ではない。
刑務所に入りたいといっても入れないわけです、犯罪を犯せば別ですが。
また、刑務所からの脱退も任意ではない。脱獄として処罰される。
終身刑の囚人は一生刑務所の外には出れません。

刑務所内では市場経済は死滅していますね。囚人の生活は
配給制で成り立っている。衣服、住居(牢獄)、食料などはすべて
刑務所側からの贈与です。囚人には文字通り自由はない。

コミュニタリアニズムの理想が実現していますね。

186 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/09(土) 03:58:54
なるほど〜。さすが。
亀田=コミュニタリアン説に続きオウムとは。
しかも私のような凡人にも理解しやすい説明です。
(これは別にホメゴロシてるわけではなく)


187 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 08:31:14
アソシエーショニズムはカッコいいんだよ、だから正しい

188 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 09:40:11
>社会の全体的市場化が進行した以前の状態に、前近代的な状態に、いまさら戻れるのだろうか?

アソシエーショニズムもコミュニタリアニズムも、そのような通時的進化軸によって
社会を構想することを放棄したのではなかったか?そのような歴史の進歩を
前提として世界を見るのはヘーゲル的マルクス主義の名残だ。
歴史的必然性と断絶したところに、はじめてカント的倫理が、したがって
統整理念がテーマカタイズされるのではなかったか?

それから答えるのも馬鹿馬鹿しいが、マッキーバ的類型ではオウムは
自我の後発的欲求集団だからアソシエーションであり、刑務所は
権力のヒエラルキー的編成だからオーガナイゼーションと
いうことになる。どちらも自我に先行するコミュニティとは無関係。

189 :Kurihara:2006/09/09(土) 09:55:00
麻原の娘は生まれた時からオウム教団内にいたので、
彼女にとっては、オウム教団は自我に先行する共同体ですね。

で、今、彼女はオウムを出たいといって、江川紹子に助けを
求めている。信者からの世話で生きるのがイヤで、教団や家族から
自立したいそうですよ。

http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200608/sha2006082901.html

190 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 10:25:05
>>189
マキーバ的分類でも、そういえるでしょう。
たとえば家族という社会集団も、
男女が婚姻によって任意に形成する生殖家族はアソシエーション、
誕生する子供にとては定位家族でありコミュニティ
ということになります。ほとんどのオウム信者にとっては
アソシエーションでしょうが、浅原の娘にとってはコミュニティ
といえるかもしれませんね。社会学的には
関係性と自我への規定性によって決まることになります。

191 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 10:45:38
自我への規定性が一律に同質ではないので個性が析出するのね

だからコミュニタリアニズムによる「負荷なき個人」は説得力に欠けるわけ

192 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:01:52
>自我への規定性が一律に同質ではないので個性が析出するのね

勘違いしてんじゃないの。それがまさにコミュニタリアニズムの主張。
共同体的関係の多層性と重層性が人間のアイデンティティの源泉だ、
というのがコミュニタリアニズム。まず初めに超越的でアプリオリな
自我(負荷なき自我)を置き、それが任意の契約で社会をつくるというのが
アソシエーショニズム。だからコミュニタリアニズムは「負荷なき自我」を
ひはんしてるんだよ。

193 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:20:29
ちなみに柄谷の国家論もかなり乱暴だね。
柄谷は、民族国家(nation-state)を批判するが
民族と国家の結合は近代の所産でしょ?
民族(nation)はたしかに柄谷の嫌いなコミュニティと
いえるが、国家(state)は、多面的に理解しうる。
たとえばヘーゲル的ドイツ観念論では民族的理性を具現する
有機体として民族に回収されるが、ウエーバー社会学などでは
人為的官僚的組織体としてオーガナイゼーションに位置づけられるし、
そもそもロック、ルソー、カントといった社会契約論の系譜では、
国家は個人の任意契約による権力の委譲体、すなわち
アソシエーションそのものとみなされる。
アソシエーショニズムが中間団体主義のようにみなされるのは、
主として大陸的な国家と市民社会の分断論を前提とするからであり、
英米的な契約国家論にたてば、ことさらアソシエーションによって
近代国家がひはんできるわけでもない。

194 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/09(土) 15:48:50
なら、アソシエーション批判じゃなくて、こっち帰って近代国家批判しなよ。ほれ。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154270457/l50

195 :Kurihara:2006/09/09(土) 18:35:43
柄谷行人が共同体の例としてよくあげるのは、例えば
「ヤマギシ会」のようなものですが、これはマッキーバー的分類
でいえば、オウムとおなじ自我の後発的欲求集団で、むしろアソシエーション
となる。だから、アソシエーション主義の柄谷がアソシエーションである
ヤマギシ会を批判するのは的外れになりますね。

しかし、柄谷行人はヤマギシ会を認めないでしょう。
認める認めないの目安となるのは、市民社会から自己を閉ざしている
か否かにあるのであって、ヤマギシ会は市民社会から隔絶した閉鎖集団を
組織しているからダメだとなる。つまり柄谷が共同体の主要なメルクマール
として見出すのは、閉鎖性ですね。自我への先行性というものではない。

196 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 18:46:28
株とか社債は、一種の「志域通貨」じゃないのか。
株式会社とは、志を同じくする者の集まり(結社)。
ストックオプション制度みたいに、株で報酬を払う場合もある。

197 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/09(土) 22:33:47
>>182

>つまりマルクスや宇野の価値実体論(労働価値説) 批判がアソシエーショニズムに生かされる。
>その交換に労働で 軽量される等価性ははじめから存在しない。

いや〜これはマルクスでも宇野でもないよ、価値形態論以前の認識だ
マルクスー宇野の議論の核心は等価交換が公的に成立してるにも関わらず何故剰余価値が発生するのか?って
疑問に、どう答えるかが問題なんだ、等価交換が成立すればプラス/マイナスゼロ、剰余価値が発生する余地はない
だからこそマルクスは価値形態論(等価交換の系譜学)を「資本論」の冒頭においたわけだし
宇野は、それを重視した、

>すべての交換は不等価 であり、不均等であり、それゆえ贈与である。財の提供と報酬とは もともと無関係である。

これはマルクスー宇野というより、リカード左派とかプルードンだよ
すべての交換が不等価だったら、そもそも「交換」は成立しない
短期的に成立したとしても法的には詐欺にしかならない

「歴史的必然」の意味は、このように解釈した方が良い、「歴史の進歩」を言ってるわけじゃない


198 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:31:02
宇野は資本論の冒頭の商品論から価値実体としての労働を排除し
商品・貨幣・資本の展開を価値形態・流通形態に純化した。
したがって商品の等価交換(価値通りの交換)なるものは存在しない。
等価交換の系譜学なるものは商品論も価値実体(労働価値説)を
前提にしてのみ成り立つ。価値形態というのは、商品の価値が
労働ではなく貨幣でのみ尺度されることを証明する理論だ。
いいかえれば商品は常に価格変動を通じて交換されるのであり
資本論3巻的にいえば、費用価格プラス平均利潤=生産価格で
交換される。あなたのいう商品の等価交換なるものは
商品の価値を直接に労働に求めるリカード=プルードン的誤解
にすぎない。柄谷も宇野にしたがい強調するように
商品は貨幣に買われなければ、売られることはない。
この商品どうしの等価交換の不可能性、商品(売り手)に対する
貨幣(買い手)の優位、売り手と買い手の非対称性の論証過程が
価値形態論だ。これらはすべて価値実体論の捨象によって
可能となった。ここでは、この非対称性を不均等と表現した。

199 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/10(日) 00:10:32
商品論を捨象したからこそ価値形態論は成立する、と「資本論」の注釈でマルクスは言っているのだが
絶対商品としての「貨幣」が成立するには個々の商品の性質は捨象せざるをえない、それ故の等価交換だからさ、
価値形態論は「貨幣」の存在がなければ成立しない、だから系譜学っていうのだが

それ以前の「交換」ってなんだ? 「労働価値説」も市場経済化以降の認識なんだが

そもそも、全ての交換は不等価交換に過ぎんってプルードンの「全ての富は窃盗である」と、どう違うんだ!



200 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 07:03:04
まず初歩的な認識として価値形態論の目的は
商品は相互に絶対に「交換」できないことを証明することにある。
商品の交換過程ではなく、商品の価値の表現過程が価値形態論。
したがって商品世界は貨幣形態を生み出し、この貨幣の側の
購買によってのみ商品は始めて「交換」される。ここでは労働という
「価値実体」が捨象されているから、そもそも等価交換だとか不等価交換
だとかは、問題にならまい。これが柄谷のいう「交換様式としての市場」。
プルードンの「所有は盗みである」というのは、前にも書いたが
すべての労働生産物は労働者の所有であるというリカード派の労働全収説
にもとづいている。要するに労働価値説に基づいて剰余価値も労働者のもの
であり、これを資本家が所有するのは不当であり盗みであるという論理。
しかしもともと人間の労働は、いつの時代も必要労働部分を越える剰余を
生み出すのであり、必要労働部分の消費によって労働力を再生産する。
それゆえ労働力商品を待って始めて価値(必要再生産労働)通りの売買が実現する。
これを等価交換というなら、労働力の等価交換によって、資本家は
剰余価値を所有する。それは「搾取」でもプルードンのいう「盗み」
でもない。資本家の正当な権利だというのがマルクス説だ。
要するに市場経済における「交換」は、貨幣の側の商品の購買であり
非対称的であること。そこでは労働価値説は問題にならないこと。
これに対して資本主義における労働力だけは価値どおりの「交換」が
要請され、これが資本家の剰余の所有を正当にしていること。

201 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 07:27:19
アソシエーションは生産様式ではなく交換様式。
市場交換・互酬・再分配と同様に、「主体」が捨象されている。
財がどこで誰によってどのように生産されたかは問題にならない。
アソシエーションも市場交換も、それゆえ「労働価値」や「等価交換」は
問題にならないし、問題にできない。この財の移転の局面を「形態」(交換様式)
として「実体」(生産様式)から分離したのが柄谷の最大の功績だ。

マルクス
価値形態→貨幣による購買→譲渡にもとづく所有→資本家的所有(労働力の購買による所有=正当)〜交換様式
リカード=プルードン
価値実体→労働による等価交換→自己労働にもとづく所有→資本家的所有(不払い労働領有=盗み)〜生産様式


202 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 13:59:52
        、z=ニ三三ニヽ、
      ,,{{彡ニ三ニ三ニミヽ
     }仆ソ'`´''ーー'''""`ヾミi
     lミ{   ニ == 二   lミ|
.      {ミ| , =、、 ,.=-、 ljハ
     {t! ィ・=  r・=,  !3l
       `!、 , イ_ _ヘ    l‐'
       Y { r=、__ ` j ハ─
.  r‐、 /)へ、`ニニ´ .イ /ヽ
  } i/ //) `ー‐´‐rく  |ヽ   麻生シエーションってわかってるか?
  l / / /〉、_\_ト、」ヽ!
  /|   ' /)   | \ | \

203 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/10(日) 21:16:09
>>198-200-201
最初から、こう書けば解りやすいと思う

>すべての交換は不等価 であり、不均等であり、それゆえ贈与である。財の提供と報酬とは もともと無関係である。

故に価値形態を媒介にするマルクスも価値実態を媒介にするプルードンも「等価交換」を前提にしてるので
間違ってると

これだったら、まだ理解できるけれども狭義の経済学の範疇を超えている
バタイユの「普遍経済学」というか栗本経済人類学の「交換」概念に近い
ほとんど神秘主義と言って良い

問題はこうした認識をマルクス/宇野の理論、用語で語るところだ
歴史的に等価交換が成立したからこそ、資本主義という「信用=信仰」が成立したわけだし
そもそも等価交換はあり得ないと考えるならマルクス/宇野を媒介にする必要もない

204 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/10(日) 21:26:58
例えば青木孝平さん(はどんな家に住んでるのかな?
もし分譲マンションを所有して住んでるならば、
「管理組合」という区分所有専用のアソシエーションに
所属しているはず。所属は規約(社会契約)によって義務付けられ、
そもそも同意していなければ購入もできないし住めないんだが。
その規約自体も全員の合意で成立している。(もちろん後から合意により改定を決議することもできる)
そして、管理組合どうしの任意加入の協会もある。
出入業者(掃除や植木の手入れや工事)
の入札やったり、
コンサルタントや建築士などの有資格者を呼んで知識を共有し
なるべく安く良質な消費を求めて支え合っている。
青木さんが言ってるコミュニティも、一家庭の玄関の一歩外に出れば、
「住む」だけでも個人の合意によるアソシエーションのメリット
を相当享受していることが分かるはず。
と言うより、一家庭の暮らしをアソシエーションに支え成り立たせている。
だから個人が先か関係(共同体)が先かなんて二者拓一ではなく
(これは答えが出ない虚偽問題だと思うよ)、
スイッチの切り替え、マルチタスク的に考えるべきではないか?
これがカント的な考え方だと思う。
なにも主体万能の根拠付けをやってるわけではないんだ。
生まれによるアイデンティティ形成の問題も怪しいよ。
共同体の物語を教えられ、学んだ、主体にとっては結局後天的なものだし。
復古的な話じゃなくてこれからの高次の互酬制の話なんだよ。
確かにフィクションかもしれないが、人はフィクションによって
選びながら現にここまでやってきたとも言える。

205 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 22:41:51
いや、マルクスにも宇野にも忠実なつもりです。
向上さんの方がマルクス経済学の初歩を間違ってるのではないですか?
ベーム・バウェルグ以来、マルクス経済学の最大の問題は
資本論1巻の価値による交換(等価交換)と3巻の生産価格による交換の
矛盾問題です。一般に価値の生産価格への転形論争といわれる問題です。
で、今日では学派によらず商品の等価交換なるものは否定されています。
繰り返しますが等価交換論はスミス、リカードの素朴な投下労働価値説に
もとづく誤解であり、そのような主張をするマルクス経済学者は1人も
いません。マルクスがいうのは総労働と総商品の価値が合致するという
ことだけであり、個々の商品が労働=価値どうりに交換されるなどという
主張はどこにもありません。マルクスの価値形態論もかなり誤解して
理解しているのではありませんか?向上さんが何をいいたいのか
まったく理解できません。


206 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 22:48:24
以前に別スレに書いた価値形態論の解説を貼り付けときます。
簡単にいえば、マルクスは抽象的人間労働(価値実体)を前提に、
価値形態論を展開したために、左辺(相対的価値形態であるリンネル)と
右辺(等価形態である上着)の関係を、両辺の投下労働の等値として展開した。
そのため「簡単な価値形態」から「拡大された価値形態」を説いた後、
左辺と右辺を逆転させて、一般的価値形態すなわち貨幣形態が成立するものとした。
これは「交換過程」において二つの商品の物々交換の不便から貨幣を導き出すに等しい。
すなわちマルクスにおいては相対的価値形態の商品(リンネル)が貨幣になることになる。
これに対して宇野は、商品論から労働生産過程を外して、価値論をひとまず価値形態論に
純化し、相対的価値形態の商品の価値を等価形態の商品の使用価値によって表現するものと
みなした。言い換えれば価値形態論を左辺から右辺への一方的価値表示関係として
理解して、マルクス的な相互の逆転の論理を封殺した。それゆえ相対的価値形態にたつ
複数の商品の価値表示が単一の商品(一般的等価形態)に収斂してゆく過程によって
貨幣の必然性を説いた。これによって左辺の商品と右辺の貨幣の労働による相互交換性という
マルクス的論理は全面否定され、商品交換はゆいいつ貨幣による商品の購買としてのみ
実現されることが明確にされた。これが商品(売り手)に対する貨幣(買手)の優位論。
したがって商品の価値は労働で計られず、貨幣によってのみ尺度されることになる。


207 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 22:52:43
ホメオさんへの答えにもなると思います。
付け加えれば、宇野はリンネル(相対的価値形態)から上着(等価形態)への
一方的価値表現をいうために、リンネルの側に所有者という人間を導入し、
リンネル商品所有者の上着の使用価値に対する欲望を価値形態論の展開の
動力とみなした。このことが青木氏には気に入らなかったらしい。あらかじめ
人間の欲望を前提として商品経済的関係を展開するのは、論理の逆立ちではないか。
そのような自由な近代的個人の価値表現すなわち意思表示によって、人間が
商品経済的関係に入るという想定は、ロック、ロールズ、ノージック流の
社会契約説と基本的に同じことになるのではないか?という疑問だ。むしろ
逆に資本主義の商品経済という物象的関係が、イデオロギーとしての自由な近代的
個人を作り出していくのではないか。それで青木氏は、商品論から労働主体とともに
商品の所有主体をも消去して、相対的価値形態から等価形態への一方的ベクトル関係
としてのみ価値形態論を設定し、商品所有者が価値表現するのではなく、反対に
価値形態論の展開によって所有主体という「人間」のイデオロギー的構成過程を
明らかにした。これは宇野価値形態論の発展か、それとも後退か、議論の分かれる
ところだ。しかしコミュニタリアンによるリベラルの超越的主体批判の応用である
とはいえるだろう。


208 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/10(日) 23:31:10
やっぱり問題は「資本論」だな、この著作者はマルクスの著作じゃないんだよ
エンゲルスが編集してる、2巻以降はエンゲルスの著作だ

もともと分裂した本から一貫した理論を導きだすのには無理がある
宇野の間違いはそこだけれど、「経済学批判」と「資本論」の一巻を2巻め以降と結びつけたから
このような混乱がおこる

まあ、いいや、段々「宇野派教義問答」になりつつある

>マルクスがいうのは総労働と総商品の価値が合致するという ことだけであり

これが等価交換、で

>個々の商品が労働=価値どうりに交換されるなどという 主張はどこにもありません。

これは価値形態論と労働価値説の混同、社会的労働と労働価値説を同一視した結果にすぎない






209 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 23:59:39
>>204
私は青木氏がどんな家に住んでいるかしりません。
それから個人が先か共同体が先かというのも確かに答えの
でない堂々巡りです。私は別に共同体が先だといいたいのでは
ありません。ホメオさんも私もようやく感情的な反発ではなく
冷静な議論ができそうになってきたので嬉しいです。
でも私の柄谷理解もかなり勘違いに基いているかもしれませんが
ホメオさんや向上さんの青木理解も、失礼ながら本を読まずに
思い込みだけで批判しているように思います。
このさい、思い込みだけですれ違いの議論を延々と続けるより
いったん議論を中断してお互い論敵の書物をもう少し冷静に
読み込んで改めて議論したく存じます。
向上さん、ホメオさん、そういうわけで暫らくお互い勉強期間を
設けるということで、私の方は書き込みを中断させていただきます。
暫くしたら、より柄谷批判をパワーアップして戻ってきます。
そのさいは、他の青木ファンと区別するため、コミュニタリアンと
いうコテハンを使う予定です。どうかお2人も青木『コミュニタ』を
実際に読んでみてください。それでは又いずれ。


210 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/11(月) 00:32:58
>どうかお2人も青木『コミュニタ』を
>実際に読んでみてください。

え?

211 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/11(月) 00:33:39
>>209
マジレスありがとうございます
当方も青木/コミュニタに関しては、「宇野派の特種変異」として、かなり偏った見方をしていました
このような2ちゃんねらー的な対応を反省したいと思います

できれば別スレでやりましょう、ここはアソシエスレだし、ちょっとスレ違いかなと思います
まあ、「向上委員会」って名付けにくいスレでも、なるべく解りやすいようにするつもりですから

それでは、また

212 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/11(月) 00:45:37
>>210
どうもホメオ氏とはレスがシンクロするねw

まあ、これで「向上委員会」とホメオ氏が同一人物じゃないことが証明されるわけだが
書き込みの時間を見れば一目瞭然、一分以内に同一人物は書き込めないわな

まあ、どうでもいいかw お互い「コミュニタリアン」氏の降臨を待つ事にしよう

213 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 02:44:20
自己の身体の所有権を持たない人を昔は奴隷といったものなんだけどね。
奴隷の身体は奴隷の所有ではないとするなら、じゃあ、誰が所有者
なのか。いうまでもなく、奴隷主だ。奴隷は奴隷主の所有物だったから。

したがって、自己の身体の所有権の確立と奴隷解放宣言は不可分離。

214 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/11(月) 03:08:08
コミュニタリアニズムとは簡単に言えばヤ○ザやギャング、マフィアの理屈ですよ。


215 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 11:07:36
自己の身体の自己所有権はあると仮定します。
所有権とは、いうまでまなく使用・収益・処分の自由です。
では自己の身体や臓器を自由に処分しても、たとえば
誰かに売り飛ばしてもいいのでしょうか。
いま生命倫理学の脳死や安楽死、臓器移植問題で
自己所有権論が強く批判されているのを知っていますか。
立岩真也さんや小松美彦さんらです。

216 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 14:19:07
自己所有権=自殺の自由と身体販売の自由、売春の自由、奴隷になる自由

217 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/11(月) 20:20:37
スレ違い

少なくともコミュニストは「自己所有権」を認めてない、リバタリアンと混同しないように

社会契約する「主体」は「所有権の主張」という意味ではない、むしろ「主体の放棄」
公的法のみが唯一の所有権の保持者

共同体の慣習/道徳こそ「私的所有」に他ならない

218 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 21:26:38
そんなことないよ。
J.A.コーエン『自己所有権・自由・平等』をはじめとして
現代の分析的マルクス主義は、ほとんど自己所有権をみとめてるよ。
リバタリアンが福祉国家を自己所有権を侵害する搾取だといったこと
に賛成して、資本家の搾取は労働者の自己所有権の侵害だと言ってるよ。
それから分析的マルクス主義者はほとんどアソシエーショニストだよ。

219 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/12(火) 00:41:33
(このスレにコミュニタリアンは何人いるんだろうね。)
生命倫理の「いい/悪い」なんぞ、その時置かれた経済状況如何によって変わってしまう。
「金持ち優生学」的状況に危機意識を持っている。そんな状況だからこそ、
小松さんなんかが「尊厳死」「死の自己決定」「命のリレー」という「美名」に反対してるわけでしょう。
私、小松さんの講義を聴いたことがあるけど、別に、ロックやノージックに反対してるんじゃなかったと思う。
(最近知らないけど、もし今、反対してるならおかしいと思う)

220 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/12(火) 01:07:53
>>218
>分析的マルクス主義者はほとんどアソシエーショニストだよ。
逆じゃないすか? アソシエーショニストに懐疑的・否定的な人が主流のはず。
ローマーとか吉原直毅とか。アナ○以外でも似たものとしてハンガリーのコルナイとか。
統制経済でもなく協同組合でもなく、そのあいだでやれそうなことを考察している。

221 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 08:13:04
立岩真也『私的所有論』は自己所有権批判そのものがテーマですよね。

コーエン『自己所有権・自由・平等』はアナマルの立場からマルクス主義は
ノージック的リバタリアニズムの自己所有権を認めざるをえないと言ってます。

アナマルのエルスターやスタイナー、コーエン、ロジャース、パレースなど
がアソシエーションから社会主義への方向を主張してます。

222 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 08:25:27
小松善彦『共鳴する死』は、単なる優生学批判ではないと思います。
文字通り生命は私ひとりのものではない。
生は周囲の近親者や友、愛する人の共感に支えられ、
人は周囲の者の共鳴によって死んでいくという
一種の共同体論だと思いました。

223 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/12(火) 12:40:45
>>221 >>222
は要するにコミュニタリアニズムの話がしたいんだろ?
>>209と同一人物か?
それとも>>163->>173で俺のフリまでしてる病的な劇団ひとりか?
これ以上「青木孝平ウィルス」を撒き散らすのはやめてくれないか?
読者がこんな異常な振る舞いことしてたら青木の主張なんて誰も受け入れないよ?

224 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 14:11:56
私はコミュニタリアンじゃないです。まして青木も関係ない。
>>213が自己所有権を否定するのは奴隷制だとかいうので反論しただけ。
それに>>219>>220のホメオさんのカキコが間違ってるから反論しただけ。
誰もコミュニタリアニズムの話なんて一度もしてないよ。
自分の主張が批判されると、なんでも青木信者のせいにするのは
やめてくれないか。これではホメオさんに誰も反対できなくなる。

225 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/12(火) 14:47:57
別に反論は自由です。間違いだったらすみません。
私は某青木信者の悪質なカキコがトラウマになって、
仰るとおり過剰に牽制しているだけかもしれません。
失礼いたしました。

226 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/12(火) 19:56:37
>>218-221
穴丸ってのはね、ローティーのアイロニカルリベラリズムののネガと考えた方が良い

穴丸にマルクス主義を代表させてはいけない

227 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 21:19:08
じゃあローティと穴丸を両立させれば完璧か

228 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:40:48
柄谷は青木さんにコロンビア大学教授の地位を無償で
贈与すべきだと思う。柄谷は必要以上に様々な地位を持っている。
コロンビア大学教授であるだけでなく、本出せば売れるし、
知名度も高いし発言力も強い。
だから、必要以上の地位を持つ柄谷は余剰の地位を青木さんに無償で
贈与しなければならないし、柄谷ほど地位を持たない青木さんにはそれを
受け取る資格があると思う。
そして、柄谷が無償で青木さんに贈与しないなら、それは弱者切捨てだ。
でも、アソシエーショニストである柄谷は隠れリバタリアンに過ぎないので、
弱者切捨ては当然だと思うだろう。
だから、柄谷からはやはり国家の力によってコロンビア大学教授
の地位を強制的に剥奪した上で、青木さんに再分配しないといけないと思う。

229 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/13(水) 00:16:19
すげーの来たなwww
こいつだよ変態青木信者。
お前何? 学生? ニート?
どうしてお前がそんなに柄谷に怯えてるの?

230 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 00:53:48
むしろ柄谷が青木さんに怯えて逃げ回っているのが現状だ。
その証拠に『世界共和国へ』でも青木さんへの言及が
一つもない。柄谷は2chの存在を知っているので、柄谷スレッドなどで
展開されたアソシエーショニズム批判も知っているはずだ。
それに脅威を感じ、こっそり青木さんの『コミュニタリアニズムへ』
を読んだはずだ。そして、柄谷にまともな論理的思考力がある
なら、自分のアソシエーション論が完全に論破されたことを
悟ったはずだ。でも、柄谷は印税を得たいがために『世界共和国へ』
の発売を強行した。これは青木さんのアソシエーショニズム批判を黙殺して
逃げたに等しい行為だ。このような卑怯者は絶対に許せない。
柄谷批判、アソシエーショニズム批判を決して緩てはならないのだ。

231 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/13(水) 01:29:19
うわ、大きく出たねこりゃ。

232 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/13(水) 01:37:52
こちらへどうぞ。
http://www.iwanami.co.jp/aidoku/index.html

233 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/13(水) 04:58:42
青木の柄谷に言及(「完全論破」)してる文章って、
結局、前に誰かがリンク貼ってたやつだけですよね。
結局「コミュニタリアニズムへ」という本にあれが入ってるというだけ。
あれのどこが完全論破なんでしょう?
ピントのボケた要約と、ご都合的なパッチワーク(こじつけ)の羅列。
感想文としても批評としても論文としても不完全で尻切れトンボ。
全て「リベラル」に決め付けて、あとは個人的な嫌悪感の表明。
その「リベラル」だって一枚岩ではないし曖昧な概念なのに。
肝心の何故ダメかが説明できてない。
あと柄谷は「カントとマルクス」なんだから、
特にカント批判やカント派社会主義への言及がお粗末すぎ。
反対するならするでカントに対する言及を増やして欲しいんですけど。
トラクリだって「可能なる〜」所収の結論部(暫定)しか読んでないじゃない。
あれは「さわり」ですよ。カントとマルクスから何を読み取るべきかという。
まあ青木よりも全然具体的だが。青木は申し訳ないが方向性が未だに不明瞭です。
青木の主眼は「マルクス主義にかぶれた者は宇野と広松を信奉したまま、
いかにこの日本で開き直って余生を生きるべきか」なんでしょう?
新書出して欲しいですホントに。売れると思いますよそういう新書。


234 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 11:56:19
漏れの分析では2ちゃんに青木孝平信奉者が4種類(たぶん4人以上)いるとみた
1.宇野経済学だけ知ってて、哲学・倫理にほとんど疎いヤシ
   (現在 休養中。今たぶん哲学思想入門の補強をしてるかな)
2.ちょっとばかし政治哲学や倫理を知ってるが経済学音痴のヤシ
   (アソシエーショニズムやリバタリアン批判中心にこだわる)
3.文字通りの青木信者  経済も倫理も不案内だが青木に心酔してるヤシ
   (ただただ青木さんはすごい、柄谷を論破したと宣伝する)
4.柄谷とくにNAMへの怨念だけで青木を持ち上げるヤシ
   (NAMやホメオ氏を罵倒する、乱文やAAに特徴がある) 

235 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 12:51:19
Kuriharaはどうした。

236 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/13(水) 22:02:55
>>234
鋭い分析だと思う、2ちゃんのネタ/ベタの弁証法を知ってるからこその書き込みだよ

これだから2ちゃんねらーやめられないんだよな〜w

237 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 20:13:00
アソシエスレ向上委員会さんって、柄谷スレ向上委員会さんと
おんなじ人ですか。ほかでも向上委員会をやってるんですか?

238 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/14(木) 20:21:20
やってるよ

239 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 20:25:48
この板の糞コテだよ。

240 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 20:26:16
連環とか縁覚のことここで話していいか?そもそもなんでこんな馬鹿なことになったかというと全員が何かを切っていったことに起因するわけだがしゃれにならんぜ

241 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 20:28:28
すべて自然なことであって下手なことするなよ本当にミスティックリバー「暗くて深い川」になるぜ

242 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/14(木) 20:31:37
ID無しの匿名掲示板でリキンでもしょうがないよw

ここはアソシエスレだ、お忘れなく

243 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 23:28:34

おまえ、リベラルだろ(藁

244 :光のマナ識 希望の阿頼耶識:2006/09/16(土) 23:40:26
松木だ

245 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 23:52:10
おまえらにいいたいのは誰ももらすなということだ総崩れになるからな

246 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 02:20:27
利潤は安く買って高く売ることで得られる差額である。
なら、やみくもに高く売れば利潤が得られるかといえば、そうではない。
あまりに高く売ろうとすれば、消費者にそっぽを向かれるからである。
だから、売る場合、市場の平均的な価格で売らなければならない。

市場の平均的な価格で売らなければ市場で生き残ることはできない。
その上で、差額=利潤を増やそうとするなら、いかに安く買うかを
考えなければならない。例えば、商品を労働者に作らせるならば、
人件費をいかに抑えるか(つまり、いかに労働力を安く買うか)が
問題になる。従って、利潤原理と労働者の賃金の向上は基本的に
両立しないと考えてよい。裏返して言えば、労働者の厚生を考えるなら、
利潤原理とは異なる原理を市場経済で採用しなければならない。
とはいえ、利潤原理とは異なる原理で作動する市場経済は可能なのか?
それはアソシエーションは可能かという問いと同じである。

247 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 10:36:19
柄谷のような左翼に対してはやはり国家の力のよる制裁が必要だと思う。
柄谷は日本国家や日本の伝統的共同体の滅亡を願うだけでなく、「自由であれ」と
称して、国家や共同体へ主体的に反逆して破壊せよとを扇動している極めて危険な
左翼思想家だ。
このような危険人物が何のお咎めもなしに野放しにされているのが
信じられない。
いちはやく危険な左翼を取り締まれる法を整備すべきだし、
徹底的に取り締まるべきだと思う。さもなくば、日本民族のために
ならないと思う。戦前は自由主義思想と左翼思想は危険思想に認定されて
いたが、それは現代とて変わらない。それどころか、今ほどそれらが
危険に感じられる時代はない。だから、戦前以上に厳しい取締りが必要だし、
取り締まりの第一号は、左翼として強い影響力を持つリバタリアンの柄谷行人
がふさわしいと思う。

248 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/17(日) 13:59:26
↑危険人物。

249 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 14:50:42
↑ 大哂い人物。

250 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 20:51:02
スガっていいよなぁ

251 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 20:52:41
シカオは良い曲書くよ。

252 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 21:16:33
スガシエーショニズムは取り締まらないの?

253 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 21:21:40
三島由紀夫っていいよなぁ

254 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 02:50:35
やいホメオ、アカネで勝負つけようぜ。
当日は絶対濃いよな、逃げるなよ。

255 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 13:23:26
ダメっていいよなぁ

256 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 13:51:44
時代は、

スガシエーショニズムVSアオキタリアニズムVSアカネーキズム

257 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 22:20:36
http://www.mediawars.ne.jp/~tairyudo/tukan/tukan2797.htm
アソシエーションとしてのバウハウス


258 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 03:01:47

おまえ、リベラルだろ(藁


259 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/20(水) 21:11:31
バウハウスはアソシエの理想に近いね

国家的でも共同体的でもコマーシャルでもあって、さらにそのどれでもない
交換様式Xとしか、言いようが無い

260 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 21:49:03
スゴイデスネーッ青木クン

261 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 08:38:19
バウハウスはナチスに潰され、アメリカでニューバウハウス
イリノイ工科大の前進だっけ?

262 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/21(木) 21:01:45
>>261
アメリカの美術ー建築ーデザイン教育ではバウハウスの理念が定着してるみたいだね
これもナチス様々のおかげだよw

まあ、デリダの言う散種の実例だわな


263 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 13:40:04
アソシエーションとしてのバウハウスについてもっと知りたい!

264 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 00:18:43
発見されてないここが実質柄谷スレの本スレなんだから、本スレがいくらピエの
アホに荒らされても良いじゃない。

265 :アソシエスレ向上委員会:2006/09/24(日) 00:33:34
>>264
俺もここで「向上委員会」続けるのはやめるよ

ここは良スレだし、荒らされたくないしね、名無しで書き込むよ

266 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 13:32:52
きっとアンチ柄谷の荒らしは最近の著作は読まずに
アソシエーショニズムなんて聞いても柄谷と無関係と思ってるんだろうな〜

267 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 14:13:31
さすがにそれはない

268 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 20:09:24
浅田彰「マルクスがめざすようになるには、言うなれば「交通」の束
としてのアソツィアツィオン、そういう非常にダイナミックなもの
ですよね。」(柄谷・岩井・浅田「マルクス・貨幣・言語」)



269 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 22:01:45
アソツィアツィオン これがドイツ語でいうアソシエーション?

270 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 22:07:17
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=2779

271 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 22:27:14
>>269
英語のアソシエーションをドイツ語に訳すとアソツィアツィオン。

因みに、「マルクス・貨幣・言語」という討議は1983年に
行なわれたもの。浅田は随分前からマルクスとアソシエーションを
結び付けていたわけだ。

272 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 23:26:29
>>271
逃走論所収だね


273 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 23:27:18
>>270
地域通貨とストックオプションは似たような試みと書かれている。

274 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 13:11:27
コミューンがアソシエーションと同義で、
コミュニティのようなムラ的なものじゃないとしたら
アメリカこそがコミュニズムの国?

275 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 19:53:40
コミュニズムはそもそも国ではない

276 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 20:42:39
>>274

>アメリカこそがコミュニズムの国?

ある意味正しいんじゃないか?、アメリカの良さって、ある意味コミュニズムを実践してるところだ
藤村の「破戒」の主人公にしてもアメリカに移民ー亡命するだろ?
中上健次も亡命するならアメリカしかないって言ってたように記憶する

アメリカって国家でありながらアソシエーショニズムも取り込んでる

277 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/25(月) 22:04:55
ロバート・オウエンが先駆者。

278 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 22:09:51
80年代終わりから90年代初めくらいの頃に、柄谷は市場としてのアメリカと
国家としてのアメリカを分けていたと思った。そのころは市場としてのアメリカを
評価していたけど、今は微妙なんだろうな。

279 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 22:21:44
俺もアメリカに脳内亡命

ディスイズアペン

280 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 22:25:59
ふる〜、今時、ディスイズアペンだって

281 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 22:47:45
日本っていう「市場」だって中国人や韓国人から見れば「アソシエーション」だろ?

自国で生活ー商売するよりましだもんな

282 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 10:39:36
269〜281

アホ同士の会話、プッw

283 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 13:21:10
>>282
オマエが利口な話題を展開してみろよ

284 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 19:50:50
マルクスを保守の視点から読むのが
青木の「コミュニタリアニズムへ」だよ〜ん。

285 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 20:13:45
はいはいw

フリーライダーズ連中が真面目に青木をプッシュすればするほど青木が駄目な存在に見えてくる
青木も可哀想だよ、こんな連中に見込まれて、柄谷が切ったように青木もこのネット愚連隊を切った方が良い
青木って、もうちょっとマトモだよ、まだ批判するにたる

まあ、青木スレでやってくれ、ここでやりたいなら、何か問題提起してみな

286 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 20:17:04
            ____
   n      /⌒  ⌒\
   | |    /( >)  (<)\
  i「|^|^ト、/::::::⌒(__人__)⌒::::: \ >>282乙だお!
 |: ::  ! } |    /| | | | |     |
  ヽ  ,イ \  (、`ー―'´,    /
            ̄ ̄ ̄



287 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 20:39:03
コミュニタリアンとアソシエーショニズムって相補的なもんじゃないのか?
アソシエーショニズムって村から排除された奴らの思想だろ?
村が無ければアソシエーションも無いわけで

288 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 20:48:22
アソシエーショニストからすればコミュニタリアンって村で威張ってるだけにしか見えんのよ

外部の接触を避けて、引きこもってるようにしか見えない

289 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 15:38:26
まあ、思想というのがそもそも、
村から排除された人が生み出すものだろうから
「村の思想」などというものはありえない?

290 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 16:45:07
287〜289

ぷっ、アホ同士の会話ww

291 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 17:12:26
>>290
おまえうざい

292 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 23:03:29
新生NAMをやりたいのならば、やればよい。
そして、マグカップでもなんでも売るがよいだろう。
しかし、その売上はすべて青木さんに無償で贈与
しなければならない。
それが新生NAMに課せられた倫理的義務にほかならないし、
新生NAMの原理の第一条でなくてはならない。
全ての売上を青木さんに贈与することを自己所有命題に基き
収奪だと言うなら、およそ馬鹿げている。
そんなものはリベラル・イデオロギーに過ぎない。
売上の全てを青木さんに贈与することこそ、リベラリズムを超えること
なのであり、新生NAMがリベラリズムを超えることを目的とするなら、
売上の全てを青木さんに贈与することを原理の第一条にしなければ
ならないのは論理的必然なのだよ〜ん


293 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 23:13:05
NAM再生のメドあるの

294 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 23:13:41
NAM再生のメドあるの?って訊いてるの!


295 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 23:18:18
NAMのネットワークは現在活動中だ、参加したいなら自分で調べたら良いよ

296 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 00:18:56
ok


297 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 00:23:50
http://www.freeassociations.org/whatsfa
これか?

NAMでググってもあんまり出てこんよ?

298 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 00:39:35
農業でもハッキングでもパフォーミングアートでもNAMは現在進行形だよ
まあ、WEBで公開してないみたいだけれども(やってるかもしれないけど)

自分がやりたければ、接触できるんじゃないかな

299 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 00:45:55
地域通貨とくじ引きって言葉だけ聞いて、ダセーッと思ったが
くじ引きのほうはなんかいいかな、と思った。

地域通貨のほうは相変わらず

300 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 00:54:27
NAM的なものが広まるのが目標だから、NAMは失敗してもいいのだ。

301 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 00:58:18
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4872335422/sr=1-1/qid=1159458915/ref=sr_1_1/503-7478205-8071916?ie=UTF8&s=books
しかし、廃刊にすることもねえだろ?

302 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 01:40:23
柄谷のアソシエーショニズムだけじゃなくマッキーバーのも頼む

303 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 12:15:21
社会主義の「社会」も
「組織」という語も、大杉栄の「連合」も
もともとはアソシエーションみたいな意味だったのに堕落して
単なる「集団」みたいな感じになってしまった。そしてムラ化。

アソシエーションもいつかはそうなっちゃうよ。

304 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 12:52:23
アソシエーション内に選別と排除の構造が残存する限り、
アソシエーションのムラ化はありうるだろう。
異物を選別・排除し、同質化を押し進めれば、
アソシエーションもただのムラだ。

305 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 13:24:19
>>303-304
つーか、それってアソシエーションの堕落した形態で「共同体」って言った方が良いと思う

306 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 14:47:15
アソシエーションとコミュニティを、そういう善悪や堕落・選別・排除
といったイデオロギー的基準で理解しているかぎり、永久にバカで終わる。
アソシエーションもコミュニティも関係性の態様であり事実認識にもとづく
社会集団の類型にすぎない。

303〜305はヴァカ、まさに「プッ」の典型

307 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 15:20:32
アソシエーションという語も堕落して、っていう意味だけど

308 :303:2006/09/29(金) 15:49:06
アソシエーションという語が、>>306の言葉で言えば
「関係性の態様であり事実認識にもとづく社会集団の類型」を指す語であるのに、
伝播していく過程で、用法が堕落して、
単なる「集団」という意味になっていく危険性を指摘したんだけど。

いずれにせよ、>>306は「厨房って言葉を使いたがる工房」だな

309 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 16:19:14
306ってピンポンダッシュレス以外にも書けるんだ

でも何か浮いてるよねw

310 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 16:21:29
ムラ化ってのが分からない。
都市は善でムラは悪という価値判断?
それがアソシエーションとコミュニティに対応してんでしょ?
それ堕落だ選別だ排除だ、と勝手なイデオロギーで意味付与。

だから、ヴァカの典型、ぷっ!とか言われるんだろが。

311 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 16:31:43
>>6
> マッキーバーによれば
> アソシエーションとは個人の自由意志で加入も離脱も結成も解散も
> 可能な自発的結社によってつくられる社会。たとえば学校・会社・組合などの結社。

そこに学校がなぜ含まれるの? 会社、場合によっては組合も微妙だな。
その分類じゃ、ゲマインシャフト、ゲジェルシャフトといった伝統的な社会思想、
ないし社会学用語の分類となんら変わらない認識じゃん。

312 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 16:40:03
もしも仮に学校や会社がアソシエーショニズムにもとづく集団や組織なら、
不登校やニートが個人の自由と見なされるよりも不適応や発達障害だと
治療や矯正の対象のように見なされて、社会が問題視したりしない筈だろう。
矯正や治療と称して強制入院させられたり殺される事件まで起きているんだから。

313 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 16:44:51
このスレ二つの流れが混在してるんだよ

一つは柄谷系アソシエーショニストと青木系コミュニタリアンの水面下での暗闘
もう一つはアソシエーション、コミュニティーについての社会学的定義について

両者の対話ってないみたいだね

314 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 16:46:30
マッキーヴァーの区別は、
自我を構成する集団(コミュニティ)と自我によって構成される集団(アソシエーション)。
テンニェスのような機能主義的分類とは無関係。
たとえば分かり易い例として、マッキーヴァーは家族を両方に含めた。
相互に他者としての男女が契約的につくる家族を「生殖家族」と呼び
アソシエーションに含めさせた。これに対して、子供の視点から
自己の意思と無関係に存在する関係であり、逆に自己の個性を構成する
場所としての家族を「認知家族」と呼びコミュニティの一例とみなした。


315 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 17:11:11
>>311
(正)ゲゼルシャフト

316 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 17:17:42
>>314
そうすると、マッキーヴァーの区別では、学校や会社や組合は
アソシエーションで、家族はコミュニティだというふうにきっぱり
区別しきることはできない訳じゃん。
つまり、生徒個人にとって学校はアソシエーションというよりは
むしろ限りなくコミュニティに近いし、労働者個人にとって会社も
コミュニティとしての性格を強くもつ。
アソシエーションといえるのは、そのなかではせいぜい組合くらい
なものじゃない?

317 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 17:21:45
学校に就学すること、会社に就職することがほぼ義務や規範になっている
社会システムにおいては、学校や会社はムラ共同体と変わらない宿命化
された帰属集団でしょう。そこからの離脱は社会からの脱落を意味する。

318 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 17:24:46
>>314
> マッキーヴァーの区別は、
> 自我を構成する集団(コミュニティ)と自我によって構成される集団(アソシエーション)。

それだったらやっぱり、伝統的な社会学の用法である第一次社会化集団、
第二次社会化集団の分類法にそのままにおさまるんじゃない?

319 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 17:31:33
国民の三大義務

@教育の義務(26条2項)←不登校児が違反
A勤労の義務(27条1項)←ニートが違反
B納税の義務(30条)

320 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:00:50
私たちは誰もが、特定の社会的アイデンティティの担い手として
環境に接する。私は誰かの息子あるいは娘であり、また誰かの従兄弟
あるいは叔父である。私は特定の都市の市民であり、特定のギルドや
職業団体の一員である。私は、ある一族、ある種族、ある民族に属して
いる。それゆえ私にとっての善とは、これらのさまざまの役割を担う者
としての善にほかならない。私はそのような人間として、私の家族、
私の都市、私の種族、私の民族の過去から、さまざまな負債・遺産・
期待・責務を相続している。それらが私の生活の前提となり私の道徳の
出発点となっている。それらこそが私の生に一定の倫理的性格を付与
している。 →(コミュニティが自我を構成するってこういうことです)


321 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:35:39
>>320
そこまでコミュニティの意味を広げるならば、引きこもりもニートも
コミュニティによって構成された自我を演じていると考えてよさそうだね。

322 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:41:07
>>316
柄谷のいうアソシエーションはおそらくマッキーヴァーよりもずっと厳しい
規定だから、組合以外の学校や会社は含まれないんじゃないかと思う。

323 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/29(金) 18:41:39
だから何なのサンデル君。

324 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/29(金) 18:50:14
>>322
いや、柄谷は自分の気に入ったものなら何でもアソシエーションにしちゃうところがある。
いい加減。

325 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:54:08
>>324
だからアソシエーションというのは、個人が気に入るか気に入らないか
によって恣意的にアイデンティティを選好できる共同体でしょ。

326 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:58:29
柄谷もマルクスもおそらくはコミュニタリアンよりもずっと
全体主義的だと思うよ、方法論的に。
個人の選好、つまり自由の概念が共同体と対立しない
ところまで徹底した全体主義の立場をとっている。

327 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:59:44
(訂正)個人の選好、つまり自由の概念がなんの抑圧も意識せずに解放されて
尚且つ共同体と対立しないところまで徹底した全体主義の立場をとっている。

328 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 19:00:24
なんだ結局アソシエーションとコミュニティーの区別って曖昧じゃん

それを無理矢理区別しようとするのも科学じゃなくてイデオロギーだよ

329 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 19:04:20
>>328
> なんだ結局アソシエーションとコミュニティーの区別って曖昧じゃん

まあ境界ってものはどこかに曖昧さが付き物だから。確率的問題になってくる。

> それを無理矢理区別しようとするのも科学じゃなくてイデオロギーだよ

0か1か(真か偽か)というふうに無理矢理区別するところから科学は始まっているじゃない?

330 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 19:10:18
そうでもない、論点ははっきりしてきた

自我を構成するのがコミュニティーでの役割であり
自我を括弧に括るのがアソシエーションの役割だ

331 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 20:09:51
柄谷が好きなのがアソシエーション
ゆえに、阪神タイガース=アソシエーション
他は、ムラムラ・コミュニティ

332 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 20:10:48
自我を括弧にくくる?

333 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 20:13:50
柄谷は実際はかなり女に執着するタイプだよ。欲動の根本がやっぱセックスだな。
あの歳で、3歳の子供いるんだぜ?文学が終焉したのちの世界は江戸時代のような
性風俗が日本にまた復活するというのが最近の本の主題だろ。

334 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/29(金) 20:14:27
>>330の区別よいと思う。

335 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 20:28:39
>>331>>333
柄谷スレでやってくれ、邪魔だ!

336 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:04:13
アソシエーショニズムは、自我を括弧にくくってなんかいないだろ。
自我をあらゆる負荷から開放して裸のまま剥き出しにするんだろ。
アソシエーションは自我の露出狂だろ。

337 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:06:41
アホ木派はまだ死んでなかったのか
これ以上恥をかく前に死になさい

338 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:20:26
柄谷の自由って、一般的な意味と真逆なんだけどな。
この程度の理解じゃ、元だめ連の連中をオルグすることすら出来ないよ。

339 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:28:56
自我の露出狂って331や333だろw

この二人ってアソシエーショニスト? そうは見えないけれどもw

340 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 01:23:59
愛だろ、愛

341 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 07:48:24
自我を括弧に入れるのはコミュニタリアンじゃなないの?
だって、「人間」は社会的諸関係のアンサンブルで
関係性の結節であり項である、つまりまずは人間なき関係を
想定して(括弧に入れて)しかるのちにそのアンサンブル
として個人のアイデンティティを見出そうっていうこと
じゃないの?たぶん。


342 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 08:21:21
あんた何年たっても進歩しないな。

343 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/09/30(土) 09:37:23
読みやすい中山元訳のカント「啓蒙とは何か」でも読めば?

344 :330:2006/09/30(土) 20:39:36
>>341
ちょっと説明不足だったかも、もっと詳しく言えば自我を構成するのはコミュニティーだけども

自分の所属するコミュニティーの外部の価値観に触れて、アイデンティティークライシスに陥った場合

自分の所属するコミュニティーの価値観を是とするなら「自我の崩壊」って捉えるだろうが
自分の所属するコミュニティーの価値観を非とし、かつこれを「自我の再構成」の契機と捉えるならば
その人はアソシエーショニストになる、「自我を括弧に括る」って「自我の再構成」って言い換えても良い

一方

「自我の崩壊」を契機にコミュニティーの再生、強化を考える人はコミュニタリアンになる



345 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 22:22:10
おい、おまいら、もっとアソシエーショニズムについてビシバシ語れや

346 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 11:17:16
コミュニタリアンはどう考えても保守主義者にしか見えないが、
青木あたりからすれば、マルクスまでもが保守だったとでも言いたいのだろうか?

347 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 11:20:22
>>330
> 自我を構成するのがコミュニティーでの役割であり
> 自我を括弧に括るのがアソシエーションの役割だ

アソシエーションも自我を構成しますがなにか?
ただしその動機付けが個人主義的というだけで。

348 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 11:35:25
>>341
どちらの言い方も矛盾しないよ。330も341も。
>>341の言うような構造主義的な自我観念は、柄谷のようなアソシエーショニストも
当然踏襲している。彼ほどそこから影響を受けた者もいないだろう。
つまり、自我とは共同体によって常に参照された関係性の相でしかないという意味で、
自我の秩序立った同一性とあらゆる社会を貫徹する普遍的な発達段階仮説を否定する。

コミュニタリアニストはそこで構造主義的展開を特定のローカルな共同体に普遍化された
ものとして動機づけて終わらせてしまうけど、アソシエーショニストは更にその構造主義的
展開を徹底していき、関係性といったものを普遍化しない。コミュニタリアニストは結局その
関係性概念をカンケイではなくモノに変えてしまう。

349 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 11:38:45
関係の静態性を強調するのが保守やコミュニタリアン、
関係の動態性を強調するのが構造主義を継承したアソシエーショニスト。

350 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 12:29:44
この程度のことはアホのピエだって知ってるのに。

351 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 12:36:12
本気でNAMに絶望した連中を引っ張りたいなら、負荷無き自我なんて言葉で
批判した気になっちゃ駄目だよ。NAMで起きたことはその正反対のこと
だった(少なくとも絶望した連中はそう思ってる)んだから。

352 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 13:09:25
NAMの失敗に眞鍋!(かをり)

353 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 13:26:49
>>350
その程度にさえ達していないおしゃべりがこのスレで展開されて
いたようなんで、その程度のことで議論しているのかとツッコミを
入れたまでだよ。
コミュニタリアニストが実は構造主義以前の自我概念に舞い戻って
いることを誰も指摘しないからね。
コミュニタリアニストが言っていることなど、最も保守的な精神分析論者
が手垢がつくほど言ってきた以上のことじゃないし、所詮「その程度」のこと。


354 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 15:22:12
>>353
もちろんそういう意味で、何年たっても全く進歩しない青木信者に呆れて
こう書いたわけですよ。まあ、柄谷に対する理解が彼らよりは深いNAM残党
が跋扈する柄谷スレの方は全く機能してないわけだから、彼らよりは
青木信者の方が役に立ってるといえるけど。

355 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 20:44:30
>>347

>アソシエーションも自我を構成しますがなにか?

アソシエーションによって構成された自我って「負荷のない自由」によって構成された
せいぜい「自意識」という程度の薄っぺらなものでしかない
リバタリアンのいう「自己所有」と全然変わらない

>>349

コミュニティーの構成する自我とコミュニタリアンの重視する自我の差異について
コミュニタリアンは構造主義革命の洗礼を受けたが故、コミュニティーに回帰する
静的/動的といった回路で分けられない、青木氏も西部氏も、そう考えてる



356 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 21:03:41
↑す、するどい!青木派のニューフェース登場だな。

357 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 04:54:55
>>355
やはり自我が薄っぺらなものじゃないというその信念。
構造主義以前に舞い戻っているようにしか見えないなあ。
自我が単に構成されるという程度のことは構造主義以前から言われていたことだが。


358 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 08:16:51
というか、同じ意見の繰り返し。
NAM崩壊の実態を全く理解してない。

359 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 12:50:26
NAM崩壊の実態とは何かを説明してから言いなはれ
説明したつもりになった輩ばかりで困る

360 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 18:59:22
NAMの失敗は、自立した自由な個人、つまり、自己所有命題に
固執し、自己を犠牲にした奉仕や贈与を否定したからである。
例えば、対価が支払われない自己犠牲的な労働をNAM会員は
したがらなかった。NAM会員の言い分では、私達にタダ働きを
させるな、タダ働きなどしたくない、というわけである。
しかし、こんなものは、薄っぺらな自己の利益に固執し、労働が
他者への奉仕であり無償の贈与であることを理解しなかったことの
現われに過ぎない。
実に彼らの頭脳はリベラルイデオロギーに汚染されていたのだ。
だから、新生NAMができるならば、その参加者には無償の贈与とは
何であるかをまず理解させなくてはならない。そのためには、
新生NAMで事業を行い、何らかの利益が出た場合は、それを全て
青木氏に贈与すべきである。つまり、彼らに青木氏への奉仕を義務付ける
べきなのである。もし、それを拒むならば、新生NAMは未だに
リベラルイデオロギーを脱していないということを意味するに過ぎない
ことはいうまでもないだろう。

361 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 19:37:47

これは面白いし鋭いけど真意が分からない。これは
NAM=柄谷へのアイロニーなのか?それとも
青木=コミュニタへのアイロニーなのか?

362 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 19:40:41
リベラルリベラル連呼するくせにリベラルを理解していないアホ木派

363 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 20:06:10
>>359
攝津のブログとか、Qや重力のサイトに行ってみたら?
連中を引っ張りたいなら、それぐらいしないと話にならないよ。
そういう最低限のことをしないで何年もトンチンカンな批判を
繰り返してるから馬鹿にされるんだよ。
>>360
皮肉だとしたら面白いね。
NAMに入って連中が、柄谷の意向を理解してなかったから
そうなった、つまり柄谷自体には賛成と読めるけど。

364 :ホメオ ◆N8n1ZThgrI :2006/10/03(火) 22:59:16
>>360
何故、あなたの考える奉仕や贈与は、自己犠牲を前提にするのか。
奉仕や贈与には、自己犠牲が伴わなければならないのか。
「ボランティアの義務化」にも似た意地汚い発想だな。
NAMはタダ働きよりひどい。会員制高級柄谷教クラブであり、
単なる消費者集団、道楽者集団、趣味のサークルである。
労働を理解していないのはあなたである。
労働とは他者の利益と自己の利益の共存共栄を探る営みである。
私はリベラルではない。功利主義者である。
柄谷がリベラルといえばリベラル、ソーシャルだと言えばソーシャル、
ファシズムだといえばファシズム柄谷に靡くことで自分の価値が上がるという
錯覚に陥った、エピゴーネンども、単なるフニャチン野郎どもがNAMだ。
彼らには無償どころか、有償の贈与とは何であるか、「払って働く」とは何かを
まず理解させなくてはならない。それが分からないなら、
彼らは一生労働者ではなく消費者で終わる。彼らにとっての労働とは、
高級フィットネスクラブの会員が、快適に汗をかくようなものだ。
ところで、お前(>>360)バカじゃねぇの? 狂ってるとしかいいようがない。
あいた口がふさがらない。

365 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 23:34:51
やっぱ「負荷のない自由」が生産する薄っぺらな自我の問題が深刻だ

このスレではホメオとか、後それから向上委員会っていう2ちゃんの馬鹿パフォーマー達
を見てれば解るよw

366 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 23:35:44
また低学歴か・・・

367 :アソシエスレ向上委員会:2006/10/05(木) 00:20:55
ん〜ん、ここ良スレだし、荒らされたくなかったんだけども
名指しでやられちゃ〜なw

ここでも「向上委員会」再結成するしかないか

まあ、355=365の出方しだいだな

368 :考える名無しさん:2006/10/05(木) 00:30:52
ここまでアレだと、もう本当の青木信者は2chには来て無くて、
かつての彼らの奇妙言動を悪のりしてパロってるやつしか
いないんじゃないかと思う。
かつて栗原憲二をパロったKuriharaがいたみたいに。

369 :アソシエスレ向上委員会:2006/10/05(木) 01:01:12
>>368
だねw

370 :考える名無しさん:2006/10/05(木) 01:51:36
NAM原理、再刊のメドは

371 :考える名無しさん:2006/10/05(木) 01:52:15
NAM原理、再刊のメドは?って聞いてるの!

372 :アソシエスレ向上委員会:2006/10/05(木) 23:43:32
NAMは現在進行形だ、参加したけりゃ自分でやるべし!

373 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 01:24:25
いや、本の話さ。
運動自体がかっこ悪く瓦解したからって
原理の本自体を絶版しちゃうこともないかと思ってさ

374 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 01:25:17
ないかと思ってさ  →ないと思ってさ

375 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 22:25:22
柄谷の「近代文学の終わり」の対談で大澤が疑義を呈してたけど
マッキーバーの定義ではアソシエーションとコミュニティーって対概念なんだけど
柄谷の使う「アソシエーション」って全然違う意味だって
柄谷的アソシエーションってイメージしにくいって

これは解るんだよな

376 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 01:57:27
宗教が開示した「他人を手段として出なく目的としてみる」互酬性を持つのが
アソシエーショニズム
具体例出さないと分かんないよ
バウハウスなんていってるけど。

377 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 15:55:35
労働が他者への奉仕であり、無償の贈与であるということが
理解されていないのは、NAMにおいてだけではない。
例えば、企業のいわゆるサービス残業を非難する連中がいる。
彼らの言い分もまた、我々にタダ働きをさせるな、タダ働きなど
したくない、というわけだ。
残業代をちゃんと支給しろ、というわけである。
残業代を支払えなどというのはいかにも薄っぺらい自己の利益に
固執しているわけだが、繰り返すが、こんなものは自己所有命題に基く
リベラルイデオロギーに過ぎない。
対価が支払われないサービス残業とは、労働の無償の贈与だ。
だから、サービス残業を非難し、残業代を要求することは、
労働が無償の贈与であることを否定するリベラルイデオロギーで
しかないのである。労働が他者への奉仕であり、無償の贈与である
ことが理解されているならば、左翼政党が要求するサービス残業の廃止
などありえないことはいうまでもない。それだけではない。
われわれの日本がリベラルイデオロギーを根絶し得た暁には、
労働の無償の贈与としてのサービス残業はむしろ倫理的な義務と
なるだろう。それが美しい日本だ。われわれはその実現のためにリベラル
イデオロギーの根絶に邁進しなくてはならないのである。

378 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 21:47:22
>>376
互酬性ってコミュニティーじゃないの?

379 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 04:23:23
共同体の持っている互酬性を保持しつつ
市場の自由な交換も持っているっていうことさ

380 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 09:26:59
自己所有命題の発祥の地であるヨーロッパでは、労働者はサービス残業は
しないし、労働組合もそれを許さない。もしそうなれば、デモだストだと
ギャーギャー騒ぐわけである。
そこには労働が他者への奉仕であり、無償の贈与だという考えはまるで
ない。つまり、働いた分はきっちり支払って貰うし、契約した労働時間以上は
労働しないという契約思想が浸透しているのである。
まさにリベラルイデオロギーが深く浸透しているのだ。
しかし、我が国日本ではサービス残業は広く行なわれているし、労働者も
それを受け入れている。それに反発して、デモだストだと騒いだりしないからだ。
幸な事に、日本におけるリベラルイデオロギーの浸透はヨーロッパほど
ではないのである。
しかし、そのことに不満を持ち、日本でもリベラリズムをさらに浸透させ、
ヨーロッパ並に契約思想を徹底化させようとしている連中がいる。
それが日本におけるリベラル左翼であり、進歩派といわれる連中だ。
この連中は常にヨーロッパを手本とし、それに基き日本を「遅れている」
と非難してきたし、現在もしているのである。
われわれはこの連中がばらまくリベラルイデオロギーから日本のサービス残業を
守らなければならない。なぜなら、対価が支払われないサービス残業には、
労働とは他者への奉仕であり、無償の贈与だという労働観が息づいているからだ。
そこには日本の伝統的な労働観である滅私奉公の精神が息づいているのである。
これを撤廃せよなどという要求は、ヨーロッパ主義的なリベラル左翼の策謀
に過ぎないのだ。

381 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 09:33:38
>>377 は?労働が他者への奉仕?どこの誰がタダで働くよ?生活の為に決まってんじゃねーか、
紙切れを動かす為だけのくだらねー仕事誰が好きでやるかって、
とりあえずお前が朝から晩までタダ働きしてみろや!毎日な、


382 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 09:47:59
働くことなんて金と同じですべてのなかのひとつにすぎない。すべてがあれば普通になる。それよりもまいったな藤原たち

383 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 09:49:32
働くことなんて金と同じですべてのなかのひとつにすぎない。すべてがあれば普通になる。それよりもまいったな藤原たち

384 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 09:57:57
柄谷も、ついでにギートステイトの東浩紀も労働を軽視しすぎているね。
その両者と関わった鈴木健が怪しい。

385 :コミュニタリアン:2006/10/08(日) 12:14:59
マルクスの偉大さは、労働=生産過程と流通=交換過程を
まったく別のものとして峻別した点にある。
人間は、いつの時代も、自然対象に労働を投下して
労働生産物を生産し、そのうちの必要労働部分を
消費して労働力を再生産する。そして剰余労働部分は
社会的・公共的な蓄積にあてられる。(超歴史的過程)

これに対して商品は交換=流通の中でのみ購買され
価値を尺度され所有され市場をつくりだす。(特殊歴史的過程)

重要なことはこの二つの過程はまったく無関係だということだ。
ただしゆいいつ資本主義だけが、この二つの過程を合体させる。
すなわち労働・生産という超歴史的過程が商品の価値形態と
結合される。こうして労働が価値を生むものとして幻想される。
これが労働価値説というイデオロギーだ。
間違ってはいけない。労働したところで報酬(貨幣)が得られる
わけではない。労働ではなく労働力という商品を販売するから
貨幣が得られるにすぎない。そこは労働過程ではなく流通過程だ。
「労働にもとづく所有」というイデオロギーは、労働=生産過程と
交換=流通過程の混同・合体による錯認である。

386 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 13:28:01
>>385
柄谷みたいなことを言うコミュニタリアンだな

387 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 15:20:18
マルクスは以下のように言っている。

「価値を付け加えながら価値を保存するということは、
活動している労働力の、生きている労働の、一つの天資
なのである。そして、この天資は、労働者にとっては
なんの費用もかからず、しかも、資本家には現にある
資本価値の保存という多大な利益をもたらすのである。
景気のよいあいだは、資本家は利殖に没頭しきっていて、
労働のこの無償の贈り物が目に見えない。」(「資本論」第一巻)

マルクスは労働者が行なう剰余労働が資本家への無償の贈り物である
ことを見抜いていた。ここにマルクスの偉大さがある。
しかし、リベラル左翼は、自己所有権というリベラルイデオロギーを
楯に取り、対価なき労働の無償の贈与を資本家による「搾取」だとして
非難しているのである。

しかし、人間はいつの時代にも剰余労働をしてきたのだ。
例えば、中世の農奴は封建領主のために賦役という剰余労働をした。
賦役とは農奴による封建領主への労働の無償の贈与であることはいうまでもない。

われわれはマルクスの導きによって、封建制を廃止して成立した資本制
においても剰余労働が消えておらず、労働の無償の贈与が行なわれている
ことを見出すのである。まさに人間はいつの時代も労働の無償の贈与、
剰余労働をその時代の支配階級のためにしてきたのだし、被支配階級の
労働者が労働の成果を全て取得したことなど有史以来一度もないし、あってもならない。
さもないと、支配階級が死滅してしまうからだ。
ところが、あろうことか、リベラル左翼は支配階級の死滅を望んでいるのだ。
彼らが労働の無償の贈与を「搾取」だとして攻撃するのは、そのためだと
いってよい。リベラル左翼には自己を犠牲にしてでも支配階級を豊かに
してあげようとする倫理的配慮が少しもないし、その義務感も全くないのである。
むろん、われわれはこのようなリベラル左翼の攻撃から資本家を守らなければ
ならないのはいうまでもない。

388 :コミュニタリアン:2006/10/08(日) 18:16:11
↑この人、何いってるの?まったく意味不明です。
そうではなくて、マルクスの言っているのは
生産過程における「労働」と流通過程における「所有」は
ぜんぜん無関係だということです。
別に剰余労働は贈与でもなければ搾取でもありません。
資本家は労働力を市場で買ったのであり、その労働力を
どのように使用(消費)しようと自由です。
労働力の使用価値(労働)は剰余も含めて
すべて買った者のものです。これが流通過程の原理です。
支配階級が死滅しようと生きようと、労働者に何の
関係もありません。別に無償の贈与をしている訳ではありません。
労働者は労働力を価値どおりに販売したからこそ
労働力の再生産費としての賃金を受け取ります。
重要なことは「所有」とは労働過程の問題ではなく
流通過程にのみかかわることだという事実です。
そうでしょう?みなさんはあらゆる財貨をどのように
手に入れたのですか?人間がモノを所有する方法は
原理的に貨幣で買うという行為のみに根拠があります。
資本家は労働力を買うし、労働者は賃金で必要物を買う。
これが「所有」のすべてです。

389 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 18:31:42
ほんとお前ら壊れたレコードだな


390 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 19:47:30
われわれは自己所有権というリベラルイデオロギーによる搾取批判が
無効であることを論証した。資本制には搾取はないのだ。
だから、資本家による搾取とはそもそもリベラル左翼お得意の捏造に
ほかならないのである。
われわれはこのような捏造に基く資本制批判を決して許してはならないし、
リベラル左翼による不当な攻撃から資本家を守らなければならないのである。

391 :コミュニタリアン:2006/10/08(日) 20:02:49
↑ 自己所有権による搾取批判が無効であるというのは正しい。
だけどそういう事実命題から、どうして資本家を守らなければならない
という規範命題が出てくるのか、さっぱり分からない。
こういうのが自然主義的誤謬という論理位相侵犯の典型だね。


392 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 20:23:34
自己所有権というリベラルイデオロギーだってさ(爆笑)

393 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 21:38:08
われわれはリベラル左翼が資本制を攻撃し、労働者のアソシエーション
を作ろうとしていたことを知っている。われわれはその企てを阻止
しようと活動してきた。リベラル左翼は、資本制には搾取
があると主張し、その主張を根拠にして資本制を攻撃し、搾取のない
労働者のアソシエーションを作るべきだと主張してきたのだ。

しかし、われわれは資本制に搾取があるというリベラル左翼の主張が
そもそも虚偽であり捏造であることを論証し、従って、搾取のない労働者
のアソシエーションなどそもそも幻想であることを暴露してきたのである。
なぜなら、撤廃されるべき搾取などそもそも存在しないのであり、存在
しない搾取を撤廃などそもそも出来やしないからだ。まさに幻想というほかない。

資本家はリベラル左翼による「お前は搾取者だ」という根も葉もない攻撃にあってきた。
のみならず、その攻撃は革命という名の暴力行為にまで発展したことを
われわれは知っている。資本家はリベラル左翼によってその貴い命まで狙われてきた
のだ。
しかし、われわれが搾取の存在がそもそも捏造であることを論証した以上、
資本家はもうリベラル左翼による根拠なき搾取批判に怯える必要はない。
われわれの論証により、資本家はようやくリベラル左翼による不当な攻撃から解放
されたのである。


394 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 23:27:04
393この人ってぶっ壊れてんのかな、なにいってんのかよくわからないけど指摘には答えたら?

395 :考える名無しさん:2006/10/09(月) 04:06:44
同じ穴の狢どうしの茶番劇にしかみえない。痛いスレ。

396 :考える名無しさん:2006/10/09(月) 04:08:10
>>387 >>393
スネオwwwwwwwwwwww

397 :コミュニタリアン:2006/10/09(月) 08:47:35
>>387>>390>393

意味不明、判読不可能です。
コミュニタのパロディー?
NAMへの怨念?
たんなるメンヘル?
どれでもないよなぁ。

やっぱ、もうこのスレに近づくの、やめとこう。
サイナラ!


398 :アソシエスレ向上委員会:2006/10/10(火) 00:13:12
>>397
おや、こっちにいたんだ

経板のマルクススレでやった方が良いよ

399 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 01:01:44
アホ木ネタ終了

400 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 07:21:28
400ゲット?
アソシエーショニズムを極めたい

401 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 17:57:42
もう日本はイヤ!NYに脱出する若い女性が増加 米紙が特集
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/23426

402 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 19:20:15

アーヒャヒャヒャ 負荷なき自我にすぎない

403 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 22:27:59
ホントに現代人にはコミュニタリアニズムが求められている。
リベラリズムの過剰を痛切に感じさせる記事だ。
日本でいま、コミュニタリアニズムの本が静かなブームに
なってるのも理解できる気がするね。

404 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 23:14:44
青木っていいよなぁ

405 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 07:26:53
NYなんて、大した街じゃないのに
今時NYだってww

406 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 09:56:30
まぁ、オトコはもう自由な自立した個人とかいう
ステレオタイプのお説教に飽き飽きしてるんだろうね。
いまだにフェミなんて言ってるバカ女だけが
NYへ行ってリベラルだアソシエーショナルだと
カンチしてんだろうねw 時代はすでにコミュニタリアン。

407 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 10:44:24
>>403
ハァ? まったく逆だろ。

408 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 13:00:10
>>407
そんなことぁない!
日本が前近代的共同体社会だなんて、デマもいいとこ。
フリーセクス、不倫、ヘルス、親殺し、子虐待
フリータ、ニート、援交、離婚、非婚、中絶、孤独死
日本は世界一のリバタリアン社会。
個人主義とリベラリズムの過剰へのアンチテーゼとして
最近の風潮は「保守」というよりコミュニタリアン回帰。

409 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 13:41:06
江戸時代

・遊郭 夜這い
・間引き
・穢多 非人
・三行半


410 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 13:52:48
慶應元年(1865年)、麹町12丁目。143人の戸主(世帯主)
のうち、38人が日雇い仕事で暮らしていました。約26%です。
同年、四谷伝馬町新一丁目では96人中13人で14%。
こちらは住民に武士が多い土地柄なので、数字が低くなっています。
慶應3年、宮益町では172人中69人で40%にものぼります。
さすがに現代の日本で、世帯主の4割がフリーターという話は聞
きません。江戸の世では、結婚してもフリーターでいるのがおかし
くなかったのです。


411 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 14:49:05
16世紀後半、信長・秀吉の時代に日本に滞在したポルトガルの宣教師
ルイス・フロイスは、そうした西洋庶民の考え方を知ってか知らずか、
著書の『日本史』で、日本の子殺しと捨て子の多さを、さも珍しい
ことであるかのように記しています。

 日本では婦人の堕胎はきわめて頻繁で……何ぴともそれを不思議
とは思わぬのが習わしである。ある婦人たちは、出産後、赤児の首
に足をのせて窒息死せしめ、……堺の市は大きく人口が稠密なので
、朝方、海岸や濠に沿って歩いていくと、幾たびとなくそこに捨
てられているそうした子供たちを見受けることがある。

 『日本史』中の別のエピソードでは、野良犬に食われそうになっ
ていた捨て子を助けたある司祭が、日本の信者たちから、二度と
そういうことはしないようにと忠告を受けています。もしこれが
世間に知れたら、毎晩たくさんのこどもが司祭館の前に捨てられる
ことになる。そうなると、キリスト教を敵視している仏僧たちに、
バテレンは赤児を集めて食っているのだ、とあらぬウワサを立て
られますよ、というのが理由です。
 江戸時代になっても相変わらず子殺しは続きます。『徳川時代
児童保護資料』では、これは江戸時代が発展を禁じられていた
時代だったからと説明しています。社会体制の維持と社会の発
展は相反するものであると考えた徳川幕府は、体制維持を選びました。
ある程度まで農地の開拓が進むと、米の生産を担う農村の人口は、
増えも減りもしないのが理想とされたのです。
 江戸末期ともなると農民の間にも幕府の意向が根づきます。
3人以上の子だくさんは身の程をわきまえぬ恥知らず、が常識
となり、間引きが日常的に行われます。江戸末期の農学者佐藤
信淵は、出羽と奥州(現在の東北地方)で毎年1万6、7千人、
上総(現在の千葉県)では3、4万人の赤ん坊が間引きされている、
と記録を残しています。

412 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 15:04:26
・春画
江戸時代に流行した性風俗(特に性交場面)を描いた浮世絵の一種

http://www1.ocn.ne.jp/~matikado/index.html
http://www.tsunoda-jiroh.co.jp/06_yugm/ukiyoe/

413 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 15:14:12
1799年までの大名百家、旗本百家での女性の離婚率は約11%。
再婚率も59%である。現在、日本では離婚が増えたと言われて
いるが、離婚率は平成14年でも約2.3%である。これはいかに
江戸時代、離婚、再婚に抵抗がなかったかを示している。
離婚そのものについても、夫の一方的な恣意ではなく、
今と同じ協議離婚がほとんどであった。


414 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 18:07:53
×NAMへの怨念
○NAMの怨念

415 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 19:25:23
日雇い、離婚、子捨て、堕胎の和が問題なのではありません。
それがリバタリアン的個人主義に基づいていることが問題なのです。

416 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 20:00:59
はいはい、青木孝平っていいよなぁ

417 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 20:56:04
●三年前

877 :考える名無しさん :03/11/02 02:02
それにしても青木孝平の『コミュニタ』は
爆発的ヒットこそなかったが、
じわじわと今でも確実に売れ続けて
静かなブームの様相を呈してる。
これがもっとつづいて欲しい。
日本の読書層も
まだまだ捨てたもんじゃないね。

青木孝平『コミュニタリアニズムへ』
Amazon.co.jp 売上ランキング: 128,514

●現在

403 :考える名無しさん :2006/10/15(日) 22:27:59
ホントに現代人にはコミュニタリアニズムが求められている。
リベラリズムの過剰を痛切に感じさせる記事だ。
日本でいま、コミュニタリアニズムの本が静かなブームに
なってるのも理解できる気がするね。

青木孝平『コミュニタリアニズムへ』
Amazon.co.jp ランキング: 本で300,771位


418 :アソシエスレ向上委員会:2006/10/16(月) 21:04:51
スレの空気が汚れてきたなw
煽りっつーか、ネタっつーか、書き込もう

リバタリアンでOKじゃない?笠井のアナルコキャピタリズムもリバタリアンに好評だけど
シュティルナー、プルードンも、それなりに面白い、アナーキズムって面白いんだよ
リバタリアン=アナーキストだったら読むに値する

でもコミュニタは御免こうむる

419 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 21:11:51

おめーみたいなリベラルサヨがいるから、汚れるんだろ(藁

このスレはコミュニタリアンが占有したんだ

わかったら、とっとと出て行け

420 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 22:22:44
いまNYいくのはバカだよ

421 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 22:52:14
柄谷も一方で「倫理21」みたいな本を出しておきながら、自分でリバタリアン
的社会主義だとかいうから誤解される。

422 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 10:24:32
>>408
> >>407
> そんなことぁない!
> 日本が前近代的共同体社会だなんて、デマもいいとこ。
> フリーセクス、不倫、ヘルス、親殺し、子虐待
> フリータ、ニート、援交、離婚、非婚、中絶、孤独死
> 日本は世界一のリバタリアン社会。
> 個人主義とリベラリズムの過剰へのアンチテーゼとして
> 最近の風潮は「保守」というよりコミュニタリアン回帰。

じゃあ、夜這いとか若衆道とかも認めるの?

423 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 11:34:46
>じゃあ、夜這いとか若衆道とかも認めるの?

認めるとか認めない以前に、すでにそういう慣習そのものが消滅してる。
コミュニタリアンは復古主義じゃないよ。それぞれのコミュニティに現実に
根付いているコモン・グッド(共通善)を尊重しようと言ってるつもりだ。




424 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 11:41:34
> > フリーセクス、不倫、ヘルス、親殺し、子虐待
> > フリータ、ニート、援交、離婚、非婚、中絶、孤独死
これは共通善じゃないの?

425 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 12:24:54
あたりまえでしょ。市場による共同体破壊の果てに現われた
リバタリアン的自己決定・自己所有・負荷なき自我の
個人主義的暴走でしょ。アトム的個人の自由意志の
刹那的・偶発的発現にすぎない。
どこに「共通」つまり関係の第一次性がある?
どこに「善」つまる他者への信頼がある?


426 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 12:30:22
くりかえしになるが、個人の自由な意思から出発するかぎり
利害と打算と刹那のアソシエーションは形成されても
共通善に裏付けられた他者との関係に基礎をもつコミュニティは
つくられない。ここにアソシエーショニズムとコミュニタリアニズムを
分かつ分水嶺が判然として存在する。

427 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 12:53:38
アホ木派って相変わらずシャドーボクシングが上手いよなあ
ついつい憧れちゃうよなあ

428 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 13:35:22
>>425
共通でなければ、問題視する必要ないと思うけど。

429 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 13:41:43
>>426
あと、NAMで起きたことをちゃんと調べてみた?
あそこで起きたことは、悪い意味で「倫理21」的なことだとは思わない?

430 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 13:49:24
共通善なんてものがどこにあるのか、あったのかも知りたいな。
田舎の方だと性的規範は戦後しばらくの間まで緩かったみたいだけど。

431 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 14:01:00
ttp://diary.jp.aol.com/putjtkhsvehm/1150.html
柄谷が個人の自由な意志なんてものを信じてないなんて事は、
柄谷をほとんど読んだことのない層で、「半分も理解してない」
って自分で言うような人でも理解してるわけだが。

432 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 16:35:11
>>430
要するにオウム真理教ならオウム真理教という名のコミュニティーのなかで
その教団利害に反する信者は死んでもらいましょう、ということでしょう。


433 :アソシエスレ向上委員会:2006/10/17(火) 19:58:38
三面記事的なシモネタが横行してきたな
誰が主犯なのか、よく解るよw

まあ、ここはアソシエスレなのでスレタイに沿った書き込みを

434 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 06:54:22
アソコミエーショニズム

435 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 15:59:42
http://www005.upp.so-net.ne.jp/oosakatarou/suzuki4.pdf#search='%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%20%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE'
プルードンの株式会社論

436 :考える名無しさん:2006/11/01(水) 12:21:55
ここんとこレスつかねえな

437 :考える名無しさん:2006/11/01(水) 12:29:47
アソシエーショニズムなんて一時の流行でもう消えたもんね。
そこいくとコミュニタリアニズムは長く静かなブームが続いてる。
この違いは大きい!!


438 :アソシエスレ向上委員会:2006/11/01(水) 23:59:31
つーか、暇な2ちゃんねらーが常駐するスレが延びるだけ

439 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 18:16:01
アソシエーションは常に統整的理念としてしか存在しない
資本=ネーション=国家の接合の仕方が変わるだけ

440 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 18:37:44
まだ、アソシエーションなんて、本気で信じてんの?
統整的理念なんて柄谷の言い訳を本気にしてんの?
バカな新興宗教だぜ、それ。
コミュニティのような伝統と歴史に裏付けられてない
リバタリアンの妄想の類だね。柄谷本人だって信じてない。
ジョークだよ。病院いったらw

441 :アソシエスレ向上委員会:2006/11/02(木) 20:07:41
>>440
>>418

442 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 20:14:08
リバタリアニズム=新自由主義
向上はブッシュ=小泉のスパイか?

443 :アソシエスレ向上委員会:2006/11/02(木) 20:18:33
いや、リバタリアニズム=アナーキズムって考えてる

コミュニタよりはマシ

444 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 02:36:37
>>440
伝統なんて言葉も所詮は崇高な統整的理念でしかないだろ。

445 :考える名無しさん:2006/11/26(日) 00:54:05
岩田弘の世界資本主義よんだか?
IT革命で個人の自発的結合が真のコミュニズム
すなわちコミュニティ主義だそうだ。
この爺さん、もうろくしちゃったな。
それってアソシエーショニズムだろが。
青木氏のコミュニタリアニズムを
言葉だけ受け売りしてるみたいだが
言ってることは頓珍漢のボケ老人だぜw

446 :考える名無しさん:2006/11/26(日) 09:47:39
アホ木信者はどうしようもなく馬鹿だな
幼稚園児と暗算競争しても負けるだろう

447 :アソシエスレ向上委員会:2006/11/26(日) 21:32:24
コミュニタって概念って日本の文脈で適応するのは
創価学会って感じかな

448 :考える名無しさん:2006/11/27(月) 10:42:20
>>445
意図的に青木とは正反対のことを言っているんじゃないか。
青木よりその岩田って人のほうが百倍増しなことを言っているよ。

449 :考える名無しさん:2007/01/05(金) 02:59:12
2ちゃんが静かになってから、不思議なことに
反対に青木のコミュニタリアニズムが
着々と売れてるね。5年近く売れ続ける本って
そうはないんじゃないの?
2ちゃんの落書きよりも、ホントの読者の口コミの力って
すごいね。本物の静かなブームに驚いてる。

450 :考える名無しさん:2007/01/05(金) 03:10:30
誰でも自分に都合の悪いところは見ないようにして、都合の良いところ
しか見ないんだよ。

451 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 00:07:58
青木孝平っていいよなぁ

452 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 00:11:21
着々と売れてるね。

453 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 00:13:11
ホントの読者の口コミの力ってマジですごいなぁ

454 :考える名無しさん:2007/01/16(火) 20:20:12
原理、図書館で借りてきました。

法律家の朽木水の生産協同組合、インディーズ音楽から出てきたというのは
象徴的な感じがする

455 :考える名無しさん:2007/01/25(木) 10:43:46
地域通貨って肩たたき券みたいwwwww

456 :考える名無しさん:2007/01/25(木) 10:51:13
くじ引きでリーダー選ぶってのも
いま、総理だって社長だって
どうしてもこの人であるべきっていう必然性がないほうが多い
くじ引き制みたいなもんじゃ?

小泉は、時代の必然という感じがしたけど。

でも、高級官僚は、依然として、難度高い試験をパスしないと
なれない。偶然性は弱い

457 :考える名無しさん:2007/01/25(木) 13:40:09
くじ引きで三人から選ぶとしても、
その三人が同一の派閥に属してるってことになったら
結局同じことじゃ

458 :考える名無しさん:2007/01/25(木) 13:49:24
自演スレ

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