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■現象界:物質も情報だから脳は感覚にすぎない■

1 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 02:38:59
感覚情報一元論の世界或いは唯センスデーター論・・・・
「我々の脳神経系統という感覚器官」は単に低次感覚情報郡の収斂システム
という高次の感覚情報複合体の1つのあり方に過ぎず、決して感覚情報そのも
のを創発する唯一のシステムなどというものではない。
全ての事象は実体無きセンスデーターの諸形態の絡み合いでしかない。「物質」
という観念も「精神」という観念も、ともに諸センスデータの関係性の中で発生
したセンスデーターの1つのあり方に過ぎない。
「観測者としての脳を持った生命体」という情報形態が全く存在しない可能世界
においても感覚情報、センスデータのみが世界内部の相互関係性であるような
、そのような可能世界Pは可能である。

「突如として,私の自我をも含めた世界は連関しあった感覚の一集団である、
ただ自我においてはいっそう強く連関しあっているだけだ,と思えた。」

エルンスト・マッハ


2 :決定論国民:2006/07/18(火) 02:49:35
>>1
決定論スレからの独立宣言ですか・・・?
これもクオリアが解明されていないのに乗じてのことでしょうか。
クオリアの謎については興味深く神聖でありますけれども、
マッハを出すなら、マッハの原理等の略説も添付したほうがいいと思いますよ。
機械さんの決定論スレからの独立はこれまでもありましたが
どれ一つ成功していないことを肝に銘じて努力して下さい。
それから「現象学」とその独我論の相違をきちんと示しておかないと重複だと言われますよ。



3 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 02:52:29
カール・ポパーの『自我と脳』を読め。終了。

4 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 03:51:50
しゃーりーしー しきふーいーくう
くうふーいーしき しきそくぜーくう
くうそくぜーしき

5 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 09:25:44
ノーバート・ウィーナーのサイバネティックス

6 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 12:03:41
感性的要素一元論に関するどっかからのコピペ


「自然は感官を通して与えられる諸要素から成り立つ。」

「世界に固有の要素は物体ではなく、色・音・圧・空間・時間,
われわれが通常感覚と呼んでいるものである。」

「現象界」とは,こうした「感性的諸要素」が相互に関数的
に関連しあいながら,絶えず離合集散している世界にほかな
らない。

7 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 12:15:32
マッハの現象界には主観的な我、独我論はありえない。
「感性的諸要素」そのものが相互に関数的 に関連しあ
いながら絶えず離合集散している現象世界においては
「クオリアの独在性」などという見方そのものが最初
から存在しない。




8 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 23:27:22
唯物論×独我論<<<<<<<<<<<<中性一元論・感性的要素一元論<悟り

9 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 00:05:50
脳が無ければ、感覚も情報も物質も現象界もない


               糸冬 了





10 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 02:26:48
「自分が無ければ相手も無い」
これが真実に最も近いのだ  by荘子



11 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 13:41:11
物質がなければ、脳もない。

12 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 13:55:05
ノー!

13 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 14:34:50
全体の感覚情報プログラムシステムは「物質である脳とその機能」という観念を
現象界の任意の座標点においてたまたまアフォードした。


14 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 14:53:09

般  羯 多 呪 多 得 想 掛 所 亦 無 耳 不 是 異 蘊 観  摩
若  諦 呪 能 是 阿 究 礙 得 無 意 鼻 増 舎 色 皆 自  訶
心  羯 即 除 大 耨 竟 無 故 老 識 舌 不 利 色 空 在  般
経  諦 説 一 神 多 涅 掛 菩 死 界 身 減 子 即 度 菩  若
      呪 切 呪 羅 槃 礙 提 盡 無 意 是 是 是 一 薩  波
   波 曰 苦 是 三 三 故 薩 無 無 無 故 諸 空 切 行  羅
   羅   真 大 藐 世 無 陀 苦 明 色 空 法 空 苦 深  蜜
   羯   実 明 三 諸 有 依 集 亦 聲 中 空 即 厄 般  多
   提   不 呪 菩 佛 恐 般 滅 無 香 無 相 是 舎 若  心
        虚 是 提 依 怖 若 道 無 味 色 不 色 利 波  経
   波   故 無 故 般 遠 波 無 明 觸 無 生 受 子 羅
   羅   説 上 知 若 離 羅 智 盡 法 受 不 想 色 蜜
   僧   般 呪 般 波 一 蜜 亦 乃 無 想 滅 行 不 多
   羯   若 是 若 羅 切 多 無 至 眼 行 不 識 異 時
   諦   波 無 波 蜜 顛 故 得 無 界 識 垢 亦 空 照
        羅 等 羅 多 倒 心 以 老 乃 無 不 復 空 見
   菩   蜜 等 蜜

15 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 17:00:13
>>14
最下段脱字多いぞ。

16 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 17:03:35
>>15
ドラッグが足りなかったようだなw

17 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 17:22:25
へー。縦の行がズレてないのが凄いね。

18 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 17:37:21
唯物論だの主体的な我ありだの別スレ同じとこ堂々巡りでいい加減疲れた・・

19 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 18:09:28
なんか最近どんな哲学も最期は般若心経に吸収されるように思えてきた…

20 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 18:14:00
早まらないほうがいい。あなたは疲れているようだ。

21 :19:2006/07/19(水) 18:17:36
18=19に見えてきた

22 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 18:35:51
スピノザといいオーストリアのヴィトゲンシュタインといい決定論といい、
東洋の大昔の思想にどんどん接近してる気がする
「言葉が当てにならない」なんて『老子』にとっくに書かれてるし
汎神論も荘子が早くに唱えてる
般若心経にも決定論らしきことが書いてある。

「結局全て空だった。相対的、相互依存的だった。」
近代になって西洋人はようやくここまでたどりついたが
東洋の思想はとっくの昔に、既にこの認識を踏まえた上で更に先に進んでいる。

やることが早いとしか言いようがない。

23 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 18:51:32
まっ思想だけ考えりゃそうだろうな。
文化を考えりゃ、東洋のそれだけにこだわったら
社会は開発途上国の段階
にすら辿り着いてないかもな。

24 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 18:58:20
西洋はイスラム文化圏が近かったしね。ヨーロッパだけだったらやはり心細い。


25 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 20:27:40
なんかこっちのスレは絶望的に低レベルだね。

26 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 21:00:46
「それを描くことができなければ、それを理解することはできない」
アインシュタイン

「私たちは、何かの外見でないような、最終的な本質を手に入れることは決してないだろう」
デイビッド・ボーム

27 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 21:49:24
現象界の内に無限な可能的パターンとして遍在している感覚情報の相互関係
性が微分的な全座標点に対し常に任意の表現形式を絶えず瞬間的な帰結とし
てアフォードし続けている。

28 :考える名無しさん:2006/07/20(木) 01:03:55
現象界は感性にとってのもので、原子や素粒子などは現象界に属していない。
抽象的に考えられたものは現象界には含まれない。
拡張された現象界というなら多少分かるが。

29 :考える名無しさん:2006/07/20(木) 01:12:32
ジャンル分けされてなければ
ハウスと浪曲を間違って買ってしまう程度の頭だったり
遺伝子的および血統的分類ができる犬と、
音楽とを同列に扱うような抜けた頭だったりするなら
そんな頭にバレアリックハウスなんぞ聞かせても無駄!
病院に行った方がよっぽどよいと思う。
世の中のすべての音楽はバレアリックハウスが基本だと思う。
バレアリックハウス以外いらない!
音楽=バレアリックハウスなんだからジャンルなんていらない!!
とにかくぜったいにジャンルなんかいらない!!
なにがなんでも断じてジャンルはいらない!


30 :考える名無しさん:2006/07/20(木) 01:13:59
>>1
「○○は△△に過ぎない」って言ってるバカへ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1152324925/


31 :考える名無しさん:2006/07/20(木) 08:34:21
>>22
いくら思想が先に進んでいようが、人間のやることはあまり変わらんな。
中国を見ればそれがわかる。

32 :考える名無しさん:2006/07/21(金) 01:30:19
脳を持った動物全てにとって「認識」とはその特定の動物種が周囲との関係性
のなかで必然的に持たざるを得なかったような種類の認識の仕方でしかない。
したがって同じ動物である人間の心的活動もまた遠近法的な意味での相対的な
認識のあり方でしかない。そしてそこから派生した思考の所産である「アトム」
「力学」「霊魂」「クオリア」なども遠近法的な解釈であり、現象である。
そしてこのような成り行き上たまたま派生した現象としての認識の背後には
絶対的な形而上学的原理はなんら存在し得ないのである。

33 :考える名無しさん:2006/07/21(金) 01:45:00
「アトム」 「力学」「霊魂」「クオリア」などの言葉の背後には形而上学
的原理への本能的動機が潜んでいることは言うまでもない。つまりこれらも
また人間という生態系内部においての特定の器質的特性にとって固有であり
宿業的な情報形態の一つであるということ・・・。

34 :考える名無しさん:2006/07/21(金) 02:16:24
全ての人間はその時点での認識の仕方しかもってはおらず、しかもそれは
たまたま派生した相対的な表現方法でしかないということは見えすいている。
他ならぬ「その時点での認識の仕方」の範疇そのものでしかないものはどう
やっても「その時点での認識の仕方」を超え出ることはできない。
「物理的記述からはみ出したという意味でのクオリア主体としての我」は
ただ単に「その時点での認識の仕方」の限界を示しているというだけであって、
いわば「現時点での大多数の人間種にとっての認識の仕方では究極的な原理
であるように見えるような、というよりむしろそのように見えていなければ
現時点での大多数の人間種にとっての生が成り立たないような或るもの」と
いうことになる。

つまり真であるか偽であるか、ではなく、ただ単に・・・。



35 :考える名無しさん:2006/07/21(金) 02:50:32
>>31
当時は哲学はインテリ層や坊さんだけのもの。

36 :考える名無しさん:2006/07/21(金) 09:59:22
マッハとニーチェ

37 :考える名無しさん:2006/07/21(金) 13:13:44
物質は観念

意識も観念

観念とは環境に無限に内在するセンスデータの絡み合いから出てくる現象

アフォーダンス理論

38 :考える名無しさん:2006/07/21(金) 23:24:29
いつも思うんだが、決定論や>>37のような理論を極めた学者はやはり
修行を積んだ坊さんのようなあらゆる執着や妄念を
離れた境地にいるのだろうか?

39 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 00:39:01
この手の理論について書かれた本を読む前と後に般若心経を唱えてる

40 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 00:52:06
センスデーター 般若心経 ナーガルジュナ エルンスト・マッハ アフォーダンス

単なる言葉の思考ではない、感得する真諦はいずこ?

41 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 00:59:30
わたしはアホーダンスと思います。という私みたいな人達が沢山いるということ?

42 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 01:04:45
皆様の心に 愛のともし火 いつまでも

43 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 01:16:53
涙に暮れた孤独の季節には

見慣れた景色すら輝いて見える瞬間がたしかにあった

今はもう日常の喧騒にまみれて忘れてしまったが


44 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 01:25:19
こころに 還ろう

45 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 01:29:28
今度は僕らのほうから

光のうちにあって祝福しつつ

46 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 14:47:53
あげ

47 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 01:10:16
各々の個別的な情報形態の実在性とはシステム全体の相互関係性の局所的な
表現そのものである。




48 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 01:16:46
現象界とは日々の暮らしの世界のことだよ。

49 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2006/07/23(日) 01:21:36
>>43
佳い「詩」ですね。才能があるかもしれません。
なんだか涼しすぎる夜は眠れないですね。

50 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 01:27:17
デカルトの充満渦動説およびエーテル理論は量子論における仮想粒子生成の場
としての「沸き立つ真空」という新たな情報形態によって甦ろうとしている。



51 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 01:29:27
>>49
ありがとうございます。
偽物スレへようこそ。本物さん。

52 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 01:30:25
>>50
それなら、むしろ老子でしょうね。

53 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 01:33:38
>>52
すみません。よくわかりません。

54 :太平楽:2006/07/23(日) 01:41:50
>>53
つまり
大いなる有は無に似ているということですね。

55 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 01:46:44
>>54
ああ、なるほど、
本当の意味で無、つまり何もないと思われていた真空こそが実は有のより根源的な
生成の場であり、つまり大いなる「有そのものであった」という意味ですか。

56 :太平楽:2006/07/23(日) 01:52:41
おおよそ、そうなのですが、「有そのもの」に到達したかまでは不明です。


57 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 01:53:31
「より」根源的ですね。

58 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 02:33:28
自然現象のあらゆる要素は局所的に相互作用しつつ影響到達距離は無限大である。
EPRパラドクス及び量子の非局所的相互作用は理論物理を構成する公理系に対する、
時空モデルの選択と取り扱い方の問題である。非ユーグリッド空間内部における
新たに派生した定理はユーグリッド空間の無矛盾であることを要請する。たとえ
ば球体表面空間モデルにおけるユーグリッド公理系の要請は文脈として当然矛盾
することはない。
内観そのもののの量子要素としての組み込みは主観性をそのまま客観性としての
自然現象の範疇へと組み込むということであり、そして先にも述べたように、
自然現象の諸要素は局所的に相互作用しつつ影響到達距離は無限大である。


59 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 02:41:52
それでは

皆様の毎日が喜びで満たされてありますように。

60 :考える名無しさん:2006/07/23(日) 02:42:14
充分に狭い空間はユークリッド的に扱えるというのはいいですけどね。
影響範囲は無限大ではなく光速に制約されるでしょう(事象の地平)

61 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 14:24:28
普遍的な客観性とは、その言葉の定義から、
明らかに量子弁証法によってのみ追求可能なのである。

西洋思想が今いる場所は仏教・儒教が2000年前に通過した場所だ。
仏教・儒教の伝統を捨てて西洋思想に傾倒した軽佻浮薄な連中は
バカにされて当然。

日本の自然科学者の中には仏教・儒教などの東洋思想への造詣が
深い者が少なくない。また、欧米の哲学者・科学者が東洋思想に注目し始めて
既に100年以上たつというのに、未だに西洋思想の受け売りをする人は
学問の大きな流れを見る目が無い。東洋思想を学ぶ企業経営者は多いが、
西洋思想は完全に無視されている。東洋思想よりも格段に劣っていることが
素人の目にも明らかだからだ。

数学や理論物理は教科書を読めば誰だってロジックを理解できる。でも、直観が
働くレベルまでイメージを膨らませて理解するには、並外れた修練が必要だし、
そのレベルまで理解しないと研究を始められない。高校から大学、修士までは
大天才と呼ばれていても、研究レベルでは雑魚扱いされるし、その多くが
崩れ去っていくのが数学と理論物理。

量子弁証法は少なくともこれらを赤子の手をひねるように扱える人間だけが
正しく理解し運用できるもの。


62 :考える名無しさん:2006/08/18(金) 15:39:44
>>43
これなんだか感動するうただ
>涙に暮れた孤独の季節には
>見慣れた景色すら輝いて見える瞬間がたしかにあった
>今はもう日常の喧騒にまみれて忘れてしまったが
 俺も幽かに佇む過去の景色に
 同じ感覚で再び心躍らせたいな
 あの感じは言葉で表せないな

63 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 03:04:36
メモリーだろ、40年前に消された記憶

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