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哲学板への挑戦状

1 :1:2006/04/26(水) 09:01:59
次の命題を証明してください

1.「私は私」
2.「自慢は自己満足の略」
3.「どうでもいいことはいいこと」
4.「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」

2 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 09:09:31
1は数学的に解決済み

3 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 09:12:10
3get!!

4 :1:2006/04/26(水) 12:56:17
数学的にどう解決済みなんですか?
知りたいです。

5 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 13:08:06
DQN( ´・ω・)テラコワス

6 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 15:05:04
たけしの挑戦状はすごいゲームだった

================== 終了 ==================

7 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 17:41:37
1、私=私
2、自慢とは自己顕示欲の一行動である事から、自己満足的だな
3、どうでもいい→どうでもよくなくない→悪くない→いい
4、元々はアカデメイヤが起源だしな

8 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 18:14:59
ケツ毛わっさ〜ですよ私。。。高校の時部活の合宿でみんなでお風呂に入って時、後ろ姿の私を見て、仲間の一人が『マ〇毛がおしりまでまわってきてる!マ〇毛長い〜』と言われましたが、完全なケツ毛。。。大会があったら優勝すると思います。



9 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 18:42:32

1.私=私
2.自慢=行動。自己満足=状態。よって略として成り立たない。
3.どうでも=At All Condition いい=状態の一形態=これをAと呼ぶ。At All Condition A=A
4.「何の学問かと問われたら」が条件。この条件が起動した場合に「哲学=すべての学問」。論理的な命題にもなっていない。

もうちょっとましな問題を。


10 :1:2006/04/27(木) 07:36:31
ちょっとヒント
2.「自慢は自己満足の略」・・・・漢和辞典引いてみて。
3. 「どうでもいいことはいいことでありその主体の幸せ(幸福)を
    陰で支えている。しかし、万物にとってどうでもいいことはなく
    ゆえに何者かが犠牲を払っている」
4.学問はすべてを対象とするがアプローチにおいて哲学はどうか?

11 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 08:13:51
1,私は他人じゃないから私。
2.自慢は自分の事を色々誇ること、他人には何の関係もないし褒められもしない
  なので、そいつがやりたくて勝手にやってるだけ、自己満足と言っても差し支えなし。
3、どうでもいいことは、どうでもよいことなのでAであってもBであっても構わない
  どちらの場合であってもよろしいということ。たとえばケリーとブッシュどっちが大統領になるか等です。
4、学問は知によって出来ています、ですから知を愛するならば学問をも愛する事です。

12 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 10:18:09
この問題が解けたとしても>>1に正解と一言われるだけの価値


13 :1:2006/04/27(木) 11:33:45
いやこの問題が解けたら
考え方、行動指標において役に立つと思います

14 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 11:38:46
もうちょっとましな問題を。

15 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 11:43:49
ぼくおなかすいたよ

16 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 11:45:24
>>15
戸棚にコーンフレークがある

17 :1:2006/04/27(木) 12:34:51
この板は哲学してるのか?
哲学評論者や批評あるいは知識を披露する場なのか?
日本人は哲学するのか?いや日本に哲学は必要なのか?
そもそも2chの哲学板は何をしてるのか?
養老氏著の「無思想の発見」を読んで

哲学的だと思われることを問いとして書いたが
知識的に書かれるとは・・・普通だな。

18 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 12:38:08
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \.

19 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 12:40:06
>>1が取り敢えず大真面目なのは解ったが、君が正解を準備しているとは思えんな。
自己啓発を人に薦めるのなら、私は他人を内包するとか言い放てば面白いものを。

20 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 12:43:00
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \.
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \.

21 :1:2006/04/27(木) 12:46:48
じゃあちょっとした賭けだが

命題を増やします。

5.「天才は自由な遊動点を持ち秀才は優秀なコピーを持つ」
6.「万物万象は条件と可能性に立脚する」

異常を証明してみてください。
スレかぶるけど許してね。

人により答えはいろいろでいいけど

それを一般論化するのもいいと思うよ


22 :1:2006/04/27(木) 12:47:59
異常×
以上○

誤変換でした。

23 :1:2006/04/27(木) 15:36:48
ていうか証明募集!?

答えはこのスレで出す。

誰もいないの?

命題解ける人


24 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 15:51:20
元々「命題を解く」なんて事ないからね。哲学では。
大学の哲学科でも行って見学して来い。
命題提示→個々の意見主張→グループに分けてまとめる→終わり
ですから。答えなんてないっつうの。
自分で「これはこうだと思います」って言うだけなの。

25 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 16:04:06
大した事言ってないよ。ただ表現が文学的なだけ。

5、は天才は色々な観点から物事をみて、秀才は知識が多い。

6、は意味が分からんが汲み取ってあげると、物事は条件と可能性に
よってなんにでもなる。例えばビールケースはビールビンを詰めてもいいし、
裏返して椅子にもなるし、その上に立って話をする台にもなる。

証明というより、僕はそう思うと言いたいだけじゃないの?

26 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 23:41:04
>>1
とにかく貴方の考えを聞きたい。
そこから議論も深まるでしょう。

貴方の考えを聞きたい。

27 :1:2006/04/28(金) 06:22:11
今はこの板において(または今の日本において)
哲学そのものが疑問視(別視)される風潮があるけれど
なにも哲学だって私が今まで挙げた命題
から一般的あるいは命題そのものが一般的とういかそれを狙ったというか
個人のでも大衆のでも一般的な事項に降ろすことによって
実際役立つようになると思う。

なにも超越的に語らなくても誰でも実際に置き換えることができる
哲学がいい哲学じゃないかと。

すでに周知の事実でもうまく命題を挙げることによって
その人の視点を養えるかもしれないし・・・。


28 :考える名無しさん:2006/04/28(金) 06:43:32
回りくどく表現すれば「哲学」というわけではないのだが。
子供の遊びじゃないんだから。

1.「私は私」
トートロジー。無条件で正しい。

2.「自慢は自己満足の略」
命題が偽。偽の命題を真だといえるわけがない。

3.「どうでもいいことはいいこと」
定義が曖昧。出題者は「どうでもいいこと」と「いいこと」を明確に定義せよ。

4.「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」
命題が偽。起源においては哲学は論理学・倫理学・自然学を含んでいたので、学問の基礎といえるかもしれないが、
現在の学問分類において、哲学=すべての学問ではない。基礎に哲学があるとしても。

5.「天才は自由な遊動点を持ち秀才は優秀なコピーを持つ」
出題者の勝手な定義。定義は証明されるものではない。

6.「万物万象は条件と可能性に立脚する」
出題者の勝手な定義。定義は証明されるものではない。


まず命題を主張する者が、その根拠を示せ。
そうでないと議論が始まらない。
根拠から検討していくのが哲学であって、突然結論となる命題を主張されてもその根拠が明確でなければ回答不能。

29 :考える名無しさん:2006/04/28(金) 06:55:50
>>1

penpack 聴いてないだろ?

それじゃだめなんだよ

30 :夫馬さんでつか?w:2006/04/28(金) 07:38:25
    / ̄ ̄ ̄ ̄\     
   (  人____)   
    |ミ/  ー◎-◎-)   
   (6     (_ _) )  
  __| ∴ ノ  3  ノ 雑談系の板じゃないんだから無理にスレ伸ばす必要ないでつよ
 (__/\_____ノ   


31 :考える名無しさん:2006/04/28(金) 17:15:09
pieさんとぼけてもむだでつよ?

32 :考える名無しさん:2006/04/28(金) 18:10:20
         ,..--‐‐‐‐‐‐‐‐---..
       /::::ヽ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;)
       |::::::::::/        ヽヽ
      .|::::::::::ヽ ........    ..... |:| 
       |::::::::/     )  (.  .||
      i⌒ヽ;;|.  -=・=‐  .‐・=-.|
     /::::::::::::::::::::::"ゝヽ    ヽノ
     /::::::::::::::彡彡,,ヾ, ヽヽヽ  i
    | ∵∴∵ ` ー--‐ '"'´∵∴|
    | ∵∴∵∴∵∴∵∴∴∵|   あ〜鰻琥くんくんして〜♥
     \ ∵∴∵∴∵∴∵∴/
    _ /:|\\  、.,,,,..  ,/入



33 :考える名無しさん:2006/04/28(金) 18:21:40
レスサンクスです。
沈皮一家は、今は皆 執行猶予付きなんですね。
YO−Cはかなり速いのばっかり食ってたんだろうね。

日によって上がり下がりが激しすぎたし。
でも、あのテクニック&笑顔は踊ってて楽しかったな〜。

34 :1:2006/04/29(土) 06:20:32
命題1の根拠

私とはなにか?どういったものであるのか?デカルトは「われ思うゆえに我あり」といったが、
私は私自身なのか他を含んでいないのか?まず哲学を考えるにあたって誰しもがあたる壁
であり、哲学の礎でもあろう。


命題2の根拠、私が私ならばその私と私の取り巻く環境とは何か?
       共通する万有する私と私との接点とは何者か?
       そこに普遍性はないのか?

命題3の根拠 私と私以外のものここではみなが求める「いいもの」
       とは何か?なにが価値的条件を決めるのか。
       なにに重しを置くのか?

命題4の根拠 哲学とはなににおいて必要とされるのか?哲学の起源を問うとともに現代において
       哲学がすべての学問でないのは確かであり。学問とは対象と結果によりできているので
       哲学がなにに於いての学問か?ということも含まれる。
       
命題5の根拠 人は天才と凡人と秀才に分けられるその違い
       の根拠とは何か?天才一般、秀才一般に共通
       する事項はないのか?

命題6の根拠 「万物は流転する」現在までこの言葉を基本において社会は発展してきたとするなら「万物は流転する」 
       =「万象」とするなら万物と万象はなぜあるのか?その始まりから現在に至るまであるいは未来永劫の 
       共通項はないのか?宇宙(哲)があらゆるものを内包するなら万物万象の理とはあるのだろうか?それとは 
       何だろうか? 

35 :蒙昧:2006/04/29(土) 08:02:04
1,「私は私」
そもそも「私」を主張する主観意思は外部に干渉されずに成り立つことは不可能であり、
 (外部刺激から思考・思想は生まれ、精神単独では意思たり得ないから)
「私」を外部を含まない主観意思と定義する場合、
 (普通「私」は外部を含む意味では使われないから)
主張者たる「私」(主観意思)は定義たる「私」(外部を含まない主観意思)では有り得ない

よって命題1は偽。

36 :蒙昧:2006/04/29(土) 08:06:51
あ、しまった。
命題1を否定しちゃったから命題2の根拠が成り立たない・・・。
根拠無視しちゃって良いかな?

37 :1:2006/04/29(土) 08:33:03
>>35
>>36
私は私を作っている外因要素の内包も含まれるため
何も私は私self自体ではないということです。

蒙味さん
ちょっと足らない思います。

38 :考える名無しさん:2006/04/29(土) 08:39:04
1はトートロジーだろ。

A=A



39 :蒙昧:2006/04/29(土) 09:02:34
2,「自慢は自己満足の略」  はとりあえず置いとくとして,

3,「どうでもいいことはいいこと」
「どうでもいいこと」を不特定の外部要素と定義する場合、
 (証明1の「私と外部」による世界定義を継承。どうでもいいということは、対象を特別視せずに、
  特定の「個」とする必要性を主観者が感じないものであり、故にそれは特定物として存在し得ず、
  また「私」の認識上のものは全て外部刺激であるため)
要素が不特定であり「私」の認識上に存在しない以上、
 (前出と重複。主観者が個別に判別し特定しないものは、認識という形で主観者に干渉せず、
  故に主観者にとって「存在しない」)
認識上に存在しなければならない「いいこと」とは同一にはなり得ない
 (「いいこと」とはすなわち希求されるべき事柄であり、希求という情動も希求という概念も
  主観者が取得する認識結果である。主観者の認識上に存在しなくては希求の対象ともなり得ない以上、
  認識上に存在しないものは「いいこと」にはなり得ない)

よって命題3は偽。

40 :蒙昧:2006/04/29(土) 09:16:22
>>37
それは定義の問題だろう。
>>35で使っている「私」は2種類あるが、前者はあなたの言うものに近いと思うが、
後者はあくまで一般的な言葉としての「私」の定義。
俺の考えでは前者の「私」は外部を内包している。

といってもあなたの言う外因要素の内包と俺の言う外部の内包は少し違うのかもしれんが。
結局のところ「私」の定義も人それぞれになる。デカルトとあなたと俺の哲学は違うだろうし。
ま、それでも足りない、って言うんなら自分の哲学を省みるよ。

41 :考える名無しさん:2006/04/29(土) 10:03:25
どんな定義を採用しても「私は私」だよ。

それがわからんのかねぇ

42 :考える名無しさん:2006/04/29(土) 10:24:12
            /⌒ヽ、
    ノ⌒⌒⌒⌒⌒ヽ/ヽir  /〜⌒〜⌒〜⌒〜⌒〜⌒〜ヽ. 
   |人つ人つイつ の  r:::::::::'::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::)~~~~ ~~~~~~'-,^^^^"'-
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   ヽ__` ー--‐ '"' _ノ  ::::| :'ィテでiンミ   ,: ',シでiン、 |::::~,/'"/~~~~~/'"/~ヽ        一瞬で解かれてムキになっちゃったのかね?w
    ノ:::::::: ̄ ̄ ̄ ̄ :∧r⌒ヽ|.   `''==ヲ'  l:.:^''==彡'"|  `,-'    `,-' ::::::ヽ
   (::::::::::/  V三'|:::/ ヾ|   ヾ  ` '' " ,r'、  ヽ` '' "  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|:::::::ヽ
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            ` ー--‐ '"    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    ̄ ̄ ̄


43 :考える名無しさん:2006/04/29(土) 23:46:37
    層醴醴醴醴醴醴醴嬲夢體醴靦gggji!;'..、..'` .. .(巳|jc'}i,.
  、 j醴醴醴醴醴醴鬱゚゚^    、 ゙゚゚『醴醴齟ggpu. ` '}II}カ^`|I
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  爼醴門醴鬱` . _y444egj,...      、,,,ggg,,,_'『攜醴齔j,.,..']][l .
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      、 ゙層蠶                          . _,  ' .
        . ']醴,     : .   -.(、... _.-   . .     .:,「
          層$.   . 〈lf%gj,、 . ```. _,gg&..   _i'゙..
          . ゚゚龜j、   ` ゙゚『}狐茲茲槊¶゚゙'゚!   .,,l゚
            . ゙゚髦. .     、.'''''~'゚'''` .    . ュf’.
              . `ラj,              ....jメ’

お杜玖椀したいとぞんじます


44 :凡人:2006/04/30(日) 01:50:16
>>1番さん
全てに思惟を巡らせる事で己の存在を知る「われ思うゆえに我あり」の本当の意味です。
デカルトさん、からの伝言を、お伝えします。
呉々も間違った解釈をしないでくれ、との事です。


45 :考える名無しさん:2006/04/30(日) 03:02:57
私ing 私 ?

46 :考える名無しさん:2006/04/30(日) 22:49:04
主体として「思う私」と、客体として「思われている私」って
一致しますか?

47 :考える名無しさん:2006/05/01(月) 02:33:31
当然一致しないよ。
私は私だから余計なことを考える。
抽象的にAはAである。なら
A=Aにしかならないでしょ。
石は石、草は草、人は人なんです。

48 :1:2006/05/01(月) 07:39:33
>>35蒙味さん
>そもそも「私」を主張する主観意思は外部に干渉されずに成り立つことは不可能であり、
> (外部刺激から思考・思想は生まれ、精神単独では意思たり得ないから)
>「私」を外部を含まない主観意思と定義する場合、
> (普通「私」は外部を含む意味では使われないから)
>主張者たる「私」(主観意思)は定義たる「私」(外部を含まない主観意思)では有り得ない

主張者たる「私」(主観意思)は「私」(外部を含まない主観意思)では有り得ない
と書いてくれましたが。

私自身は父親母親(他者)から生まれてきておりそのとおりかもしれません。
しかしある人が気に入った衣服を買いそれを身につけそれを「私」している
状況があるとします。そして何らかの理由でその衣服を処分したとします。

気に入った衣服を身に着けているのも「私」それを処分したのも「私」
着ないのも「私」

主観の私と外因的に決まる私は同じなのです。
外因的に決まる私と主観の私とそれをつなぐ私
超越的に考えなければならない感じもしますが。
主観的にも外因的にも「私は私」なのです。

私が命題としておいた「私は私」は「私は私である」とか
「私は私です」といったほかの文字を含みません

「私は私」

この証明に「私」は2種類存在しません。





49 :考える名無しさん:2006/05/01(月) 09:10:01
「命題」って言葉理解してんのか?



50 :1:2006/05/01(月) 10:04:01
現在までの皆さんが日常の考えていること
日常過ごしていることから
みれば、
私が挙げた命題は全部偽でしょうが、哲学的に考えれば
真となるはずです。

51 :蒙昧:2006/05/01(月) 10:36:43
>>48
>この証明に「私」は2種類存在しません。

む。そういう前提なら俺の解は的外れか。
ちょっと言葉遊びみたいなもんをやってるからな。
つっても俺は「最初から同じであると定義されたもの」を「それが同じである」と証明することに
意味を感じないんだよ。証明するのではなく意味を考察するのは面白いだろうけど。
とりあえず命題解くのやめといて少しあなたの考えに異議(?)を唱えよう。

>主観の私と外因的に決まる私は同じなのです。
>外因的に決まる私と主観の私とそれをつなぐ私
>主観的にも外因的にも「私は私」なのです。

主観の私は最初から外因により構成されている。「主観」と「外因的に決まる私」は
言葉で分けられるものではないほど同一であり、言ってしまえば「外因的に決まる私」などというものは存在せず、
それはすでに主観である。だから「それをつなぐ私」は存在し得ない。
(というか俺が主張した「外部の内包」とあなたの言う「外因の内包」はかなり違うもののようだ。
簡単に分けると、外因は過去のもの(今までに自分に影響してきたもの)であり、
外部は今のもの(今自分が認識しているもの)、かな。
外部を内包しない私、とはすでに「私」の部分で外因を内包しているわけだが・・・
ああなんか自分でも言いたいことがよく分からなくなってきたな)
まあ結論としては、「私」において主観的と外因的は分別不可能。
分けて考えることはできませんので、上のあなたの文は何かおかしい、と。
まあそれだけです。大きな思想の隔たりはなさそうなんで言えることがあまりない。

52 :蒙昧:2006/05/01(月) 10:38:27
>>50
哲学って人によって違うからそうとも限らないと思うが。

53 :凡人:2006/05/01(月) 18:06:53
>>50-1
われ思うゆえに我あり、の解釈が哲学的に間違いですよ。
全てに思惟を巡らす事で己の存在を知る、と>44番で伝えましたね。
全てに思惟を巡らす事をしなければ己の存在は無い、生きてる意味が無い、
だから、良く考えて生きなさいと言う教えですよ。
その基本的解釈を外して私と私も貴方と私も考えるだけ、無駄な事ですよ。

54 :考える名無しさん:2006/05/01(月) 20:54:07
哲学的にではなく、現実的に考えれば1は可哀相な奴かもしれない。
まだ若いだろうから、頑張って資格の勉強をしたほうがいいよ。
柄谷行人のスレなんか多分、哲学を知っている自分を知的だと勘違いした
廃人ばっかだよ。
哲学科にいった友達に哲学の話を振ったら、後悔しているという話をして
なんか俺は軽蔑された感じだったけど、今ならその気持ちが分かるな。
哲学なんか趣味の一つだよ。

55 :凡人:2006/05/02(火) 10:37:52
哲学は哲(物事の道理に明るい)に成ること、ですが、それを学では得ることができない仕組みに成っています。
じゃあ何故、哲学と言う学問を作ったのか、と言う疑問が起きますよね。
皆さんが理解できるか、は別として答えをだして仕舞いますね。
人類史の全ては物事の理に反する蒙昧意識に支配され人々は(物事の道理に昧「くらい」)
立場に追い込まれています。
つまり皆さんが物事の道理に明るく成ると知能が育ち知恵が産みだされる為に弱肉強食を
旨とする現人類社会は崩壊し平和に成って仕舞います。
今の人類社会を支配する者達にとって平和は尤も憎むべき敵なのですから人々に物事の道理
に明るく成ることを防ぐ為に哲と学を合体させたのです。
哲を学ぼうとした人達は心の闇に閉じ込まれ口々にバラバラなことを唱えるのは、その為です。
人が物事の道理に明るく成る方法は物事の理を悟れば済むこと、物事の理を悟るには物事の是非
、善悪を明確に弁別する心を育てれば良い、と誰でもできる簡単なことですよ。
超特急で説明しましたが、哲学の秘密お分かりに成りましたでしょうかか?


56 :考える名無しさん:2006/05/02(火) 10:43:22
あまりの無内容に反吐が出そうだ。

57 :考える名無しさん:2006/05/02(火) 13:54:47
善悪の客観的基準は存在しない
ある人の所属する集団とか、その中でのポジションとか
要因によって幾らでも変化できる

58 :1:2006/05/02(火) 16:00:11
>>55
凡人さん wrote
>哲学は哲(物事の道理に明るい)に成ること、ですが、それを学では得ることができない仕組みに成っています。
>じゃあ何故、哲学と言う学問を作ったのか、と言う疑問が起きますよね。

今までの哲学をあえて批判するなら
今までの哲学として人々が認識してきたのはそれを歌にたとえると

「歌は世につれ世は歌につれ」できたこと

時代の流れにそって、より高次の一般論をつくり続けてきたこと。

私の問いは(真の)哲学の入口に近いと私は思っており、
それ(問い)について なぜ?と考え確信にいたることで

少しでも哲に近づければという想いも
このスレを挙げた理由の一つです。


59 :考える名無しさん:2006/05/02(火) 16:11:20
ひげがアゴと繋がってていいねぇ〜

60 :考える名無しさん:2006/05/02(火) 16:23:47


           
       ___r'◎ ◎ヽ  
     r'"ヽ   t、 v  /
    / 、、i    ヽ_,,/_
    / ヽノ  j ,   j |ヽ 
    |⌒`'、__ / /   /r  |
    {     ̄''ー-、,,_,ヘ^ |
    ゝ-,,,_____)--、j
    /  \__       /
    |      "'ー‐‐---''

やっぱりオランウータンビーツこそが現在進行形のハウスであるという事実を認めざるを得ないようだね?
これが基本です。これを押さえておかなければ、全くお話になりません




61 :凡人:2006/05/02(火) 16:40:46
>>58-1
人が知恵を産みだす為に物事の理を悟り知能を育て無ければ成りませんが、それが哲学の事を愛智と言われる
心と同じ状況なのです。
物事の道理に明るく成るには物事の理を悟れば良いと言う簡単は話しですよ。
そして人は、どんなに頑張っても物事の理を悟らなければ知能が育たず知恵を産みだす事はできません。
育て無いで生涯、眠ってしまう知能は潜在知能と言うのです。
ですから、人は知能の僅かな残りカスで生きてる為に、いつまでも争いの絶えない社会を創って要るのですよ。



62 :1:2006/05/03(水) 06:34:54
命題1「私は私」
まず「これって何?」とあることに疑問を持つと
その問いはその対象に向けられると同時に自分の
中にも問い掛けている。
 デカルトはあらゆることに疑問を投げかけ、その
疑問を問うた自分自身はあるとした。
 この自分自身への問い、その対象への問い、それら
自分自身と問いの対象をも含むすべてへの問い、そして
自分自身の問いへの問いそれらを含んで「なぜなんだろう」
と思惟をつき進めてゆくと「なぜか私は存在しなぜかすべてに
問いを糾している?」となるここで確固たるのは私はありとあらゆるもの
に問いかけ私自身の意義にも正面から疑っているということ。
私を作るのは環境と私の意志であるならそれらを含んだすべてにおいて
あるのは「なにかと私と私を作る外部と私の知らないなにか」である
私(主観)が立脚している確かなものは無いといえるのかもしれない。
問いと私と自身とすべてこのことに共通な内包していることはどうあがこうが
「私は私」ということである。
ゆえに人は誰しも他に対することができるのである。

というのが私の考えた今のところの結論だけど
このことについて何かあるなら何でも書いてね。


63 :1:2006/05/03(水) 07:05:51
>>62-1
強引だったかな?

64 :蒙昧:2006/05/03(水) 08:59:45
凡人さんも1も「哲学には決まった答えがある」と決めつけているが、
その答えは誰が作ったものなのか。それが絶対正しいとあなた方が言う根拠はなんなのか。
決め付けられたものに従うだけが哲学ならば、哲学とはなんと意味の無いものか。
真なる哲学者とは教祖の教えに従うだけの盲目の信者にあらず。
自ら拓き自らにとって意味あるものを得る開拓者であるべきだ。
先達たる哲学者の答えを自らの思索の参考とするのはいいが、
その答えをただの「答え」で終わらせてしまうような輩はただの信者で終わるぞ。

65 :1:2006/05/03(水) 10:29:12
哲学も他の学問にあるよう
普遍なものを追究すべきでしょう。
さすれば人々から実際役に立つ
という言葉も返ってきます。

答えから答えへさらに上の答えへ
目指さなければ哲学は
「そうなんだ。」
で終わりです。

私は自身の答えを絶対正しいとは思っておりません。
使えるのではないか?とは思っています。

 このスレを立てたのもここに挙げた命題には普遍的であるところが
あるのではないか?と考えるに至ったからです。

でもこれらの命題は一般的で「哲」学の入り口にしかすぎないと
も考えており、ここに挙げた命題を真と証明できなければ
私個人の目的である「日本において哲学は実際使える」
実際多くの人が哲学を使うということを達成するには

今現在 私個人の段階ではこういうことでしか
できないんです。

66 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 10:50:26
そういうことじゃないんだよ。
もうすでにデカルトがナンセンスなわけ。

67 :凡人:2006/05/03(水) 11:16:12
蒙昧さん
>決め付けられたものに従う、、から終わりまで、全く同意見です。
少し違うのは自ら己を啓くまで哲学書は参考に成らず、読む事で思い込みを持つ為、危険な存在で有ると思っています。
>その答えは誰が作ったものなのか。
私の答えは私が作った、のでは無く私が心の探究した結果、私が捜しだした人の心の仕組みです。
貴方の指摘どおり、人の心は覚える事も成らず、習う事も成らず、為にその仕組みを純粋に探りだした結果の答えです。
>それが絶対正しいとあなた方が言う根拠はなんなのか。
今や人の思惟の届く限りの全ては、その仕組みが解明されて居ますが人の心の仕組みは取り残されています。
その原因は人類が物事の理に反する蒙昧意識に心を委ね物事の理を悟る事ができない状態に有るからです。
しかし、その事を理解できるのは物事の理を悟り知能を育て智恵を産みだす以外に方法は有りません。
自ら己を啓く方法、誰でもできる簡単な方法として、その仕組みを明らかにし訴え唱えています。






68 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 11:27:25
>>67
>今や人の思惟の届く限りの全ては、その仕組みが解明されて居ますが人の心の仕組みは取り残されています。

違うと思いますけど・・
ところで「誰でもできる簡単な方法」って何です?

69 :凡人:2006/05/03(水) 11:36:37
>>65-1
哲学と他の学問の違いは哲学は内に向かって探求し,他の学問は外に向かって探求する事です。
従って、心の核と成る哲学の道を啓かずに外郭の他の学問をしても、人類に良い成果を望めない、と
言う表現を哲学=諸学の源と言います。
哲学書で学んだり宗教や他人に学ぶ事は心の外に向かって智を望む行為で哲学には成りませんよね。

70 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 11:41:53
>>69
外と内はそう簡単に分けられるものではないよ。
哲学書で学ぶことも、結局は自己との対話であるからね。

71 :凡人:2006/05/03(水) 11:45:33
>>68
>違うと思いますけど・・
先に、違うと思われて要ることを教えて頂けますか?

72 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 11:51:22
違うと思うところは
「思惟の届く限りの全ては、その仕組みが解明されて居ます」
というところ。
心以外のすべての仕組みが解明されているとは到底思えない。


73 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 12:07:03
凡人の論理は宗教の論理

新興宗教の勧誘されたとき同じようなこと言われた

74 :凡人:2006/05/03(水) 13:11:12
>>72
心以外、人の思惟の届かぬ所の仕組みは解明されて居りません。
文章の一部(思惟の届く限り)を抜くと、その意味合いは大きく変わります。
お伝えしたい事は心以外の仕組みは数多く解明されたが人の心は等閑にされて要ると言う事です。
そして人の心にも仕組みが有る事をお伝えする為の文章として、問題の言葉を使いました。




75 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 13:15:04
>>74
そう?
人の心について、人間はとても関心を持ってきたと思いますが。
たとえば精神医学や心理学は、そういう心の仕組みを解明する方法ですよね。

76 :凡人:2006/05/03(水) 13:28:57
>>70
人は学び覚えた事が正しいとの思い込みに捕らわれ自己と対話の対象には成りません。
もし哲学書を読まれる前に物事の理を悟り己の心が啓かれて要るので有れば哲学者が記した書物の中から、
哲学者が記したその時の哲学者の心境や状況の全てを読み取る事ができ哲学者の誤りを見いだせるでしょう。
心の内に有るものを外で捜して見つかると思いますか?
アサリほりに川に行くのはお進めできませんね。

77 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 13:36:03
>>76
自己との対話を深めるには、いろんな意味での経験が必要です。
経験なしには、人間の成長はありませんね。
哲学書を特別なものと考えずに、人間が経験する様々なことの
中の一つと考えれば良いのではないですかね?

78 :凡人:2006/05/03(水) 13:58:31
>>75
人の心を解明するには物事の理を悟ることが不可欠です。
精神医学や心理学を行う人は書物から学ぶ事を旨とする為に物事の理を悟れず心の仕組みを解明
する目的を果たす事ができません。
人が物事の理を悟る為には悟る目的が純粋で有れば学歴、地位、人種、年齢、その他全てに関係無く、
誰でも簡単に悟る事ができます、とお伝えしている分けは、そこに有るのです。




79 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 14:00:22
>>78
はい、分かりました。
で、あなたが伝えようとしてるのは、どんな宗教?

80 :凡人:2006/05/03(水) 14:12:10
>>77
お気づきに成らないかも知れませんが人類史の全ては力を崇拝する蒙昧意識に依って支配維持されて居ります。
その中で経験する事は物事の理に反する蒙昧意識に強く汚染されるだけで何の意味も有りません。
哲学書を読み覚えて吹聴し、自分は人よりも知っている、との虚栄心を満たすだけでは有りませんか?
人が物事の理を悟る為の大きな障害に成るだけでプラスには成りません。


81 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 14:17:02
>>80
はい。ではあなたが悟った「物事の理」について説明をお願いします。

82 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 14:20:59
>>79
ホームページ見ればわかるよ。
まあ、よくある自己啓発セミナーだね。

83 :1:2006/05/03(水) 16:21:48
今までの哲学は実はより高次の一般論追究であった。

基礎哲学 哲学概論なんて本は無いのが証拠

でも哲学なんてずっと終わりの無い追求しつづける
学問なんで初めの誰しもが当たる基礎哲学を創りたい。


84 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 16:24:56
>でも哲学なんてずっと終わりの無い追求しつづける学問なんで
違うってば。
こういう誤解をする奴がなんでいるのかね。

わからないことを追求しつづけるのは学問ではなく宗教。

85 :1:2006/05/03(水) 16:34:28
じゃあ追求改め追究とします。

86 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 16:34:33
1、宗教的独善的思考しかできない奴がいる。
2、それでも自分が宗教的独善的であることは認めたくない。
3、自分を正当化してくれる適当な学問を探して哲学を発見する。
4、「自分は哲学的だ」と思い込む。

だいたいこういうプロセスを踏むのだと思われる。



87 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 16:37:56
逝っちゃってますな。
狂人達でぞんぶんに語ってください。外に出ちゃ駄目だよ。

88 :1:2006/05/03(水) 16:42:48
>>83

私は違いますよ。
追求・・・得ようと追い求めようとする
追究・・・明らかにしようとする

IMEに入っていました。

やることは追究ですけど、やる欲としては追求的
に書いてしまったのですいません。

でも物理や生物には終わりがありそうなのに
哲学には終わりはあるんでしょうか?
そこんとこ疑問です。

89 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 16:46:48
>>88
お前、なんでもいいから哲学の入門書と哲学史の概説書を読んで来い。
話はそれからだ。


90 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 17:04:22
>>88
真理が見つかれば終りじゃね
真理が分かれば全ての問題が機械的に解けるかも。。

91 :凡人:2006/05/03(水) 17:25:38
>>90
そう言うこと、
真理が分かれば全ての問題が論理的に解けますよ。
何故、人が今まで真理を見いだす事ができなかったのか、も含めてね。
哲学の終わりは人が道理に明るくなる哲の始まりですよ。

92 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 17:52:46
いつの時代の話をしてるんだよ。

哲学の歩みはおおまかに三期に分けられて、
「真理の探究」は第一期の課題だぞ。
思考が経験論ないしカントより前で止まってるのか?

「真理の探究」なんて恥かしくて、まともな哲学者なら口にも出さないよ。古代から近世以前ならいざ知らず。

93 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 17:53:49
オウム真理教みたいなスレですね。

94 :短パン:2006/05/03(水) 18:47:01
挑戦になってないんですが、ここら辺どうなっていますか?

95 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 19:38:26
>>92
クワイン先生の最後の御著書のタイトルですが何か?

96 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 20:16:38
クワインは”科”
”科”には真理の探究が残ってる。
わかるだろ。

97 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 21:55:06
なにこのバカw

98 :凡人:2006/05/03(水) 22:28:30
真理の探究は、その結論を見ずして曖昧に終わらしたのでは、、
真理の探究が終わって居るなら、まことの道理とは如何なる事か、知ってると思うので明確に説明できるでしょう。
それが終わって居れば哲学の役目も、遠の昔に終わっていますよ。
まともな哲学者は自分で理解できない真理の事を口にするのはボロがでるから御法度ですよね。







99 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 22:35:28
>>98
それは結局のところ老子のタオということですな?

100 :ちょwww何この日本語wwwwwwwww:2006/05/03(水) 22:45:35
真理の探究は、その結論を見ずして曖昧に終わらしたのでは、、
真理の探究が終わって居るなら、まことの道理とは如何なる事か、知ってると思うので明確に説明できるでしょう。
それが終わって居れば哲学の役目も、遠の昔に終わっていますよ。
まともな哲学者は自分で理解できない真理の事を口にするのはボロがでるから御法度ですよね。
真理の探究は、その結論を見ずして曖昧に終わらしたのでは、、
真理の探究が終わって居るなら、まことの道理とは如何なる事か、知ってると思うので明確に説明できるでしょう。
それが終わって居れば哲学の役目も、遠の昔に終わっていますよ。
まともな哲学者は自分で理解できない真理の事を口にするのはボロがでるから御法度ですよね。
真理の探究は、その結論を見ずして曖昧に終わらしたのでは、、
真理の探究が終わって居るなら、まことの道理とは如何なる事か、知ってると思うので明確に説明できるでしょう。
それが終わって居れば哲学の役目も、遠の昔に終わっていますよ。
まともな哲学者は自分で理解できない真理の事を口にするのはボロがでるから御法度ですよね。

101 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 22:59:56
わかるだろ。

102 :考える名無しさん:2006/05/04(木) 00:20:29
どうかな?

103 :蒙昧:2006/05/04(木) 09:15:39
1氏、凡人氏、真面目に返答してくれたことに礼を言う。

>>1
まず「哲学」という言葉自体に俺は疑問を感じる。
「哲学者」がやってきたことは学問として括れるものではないだろう。
だからといって呼び名を変える必要性は感じないが、「学問である」という考え方に縛られるのは
哲学に関わる誰にとってもマイナスとなる損な考え方だと思う。
基礎哲学、というのも求めるべきものだろうか。新しく哲学を志す者の足枷とはならないだろうか。
またそれは、ただの社会一般に対するパンフレットの意味合いしか持たないものに成り下がり得る。
哲学とは個々、あるいは複種の体系の中に在るべきだと俺は思う。

>>凡人氏
現存の哲学者が「真理の探究」を終えているとはまず思わないし、
哲学に終わりがあるとは思えないんだよな、俺は。
繰り返すようだが、哲学に統一された答えは無いんじゃないか、と俺は考えている。
あなたの答えはあなたの答えだし、あなたが答えにたどりついた手段もあなたの手段だ。
別にあなたを攻撃するわけじゃないが、あなたは「絶対的に正し」くは有り得ない。
いや、まず聞いとかなきゃいけないことを忘れてた。
   『あなたは自らの答えが絶対的に正しいと思っていますか?』

104 :考える名無しさん:2006/05/04(木) 09:34:34
そもそも哲学者が考える哲学にこれが答えというものは存在しない。
証明は数学の話であって哲学と数学は別物である。

105 :凡人:2006/05/04(木) 10:44:26
>>103
蒙昧さん、、
私は口べたで真実しか言えず申し訳ないと思っていますが、そうで無いとかえって遠回りに成ってしまいます。
哲学の目的は学ぶ者を物事の理から遠ざける為で、皆さんが哲学を目差す目的は人の心の仕組みを知る為では有りませんか。
哲学を学ぶ者の目的と哲学者も理解できない哲学の目的は正反対なのです。
哲学者が真理の探究を終える、と言うことは哲学者が物事の理を悟り人の心の仕組みを明らかにする事ですよね。
人の心の仕組みが明らかに成れば多くの人々が物事の理を悟り、その結果は知能が育ち知恵が産みだされてしまいます。
つまりは今まで人が使う事を阻まれてきた潜在知能を人々が使い始めたら物事の理に反する蒙昧意識社会が崩壊を始めます。
そこで困るのは現世界を支配する尤も強い蒙昧意識を持つ僅か一握りの者達ですね。
我々大衆が知恵を得たら従来通りの大衆の自我を利用して大衆を踊らせる手法が通じなく成ります。
と言う訳で、物事の理を悟る事を哲学の目的とし、その後は諸学の源と言われる様にそれぞれが自己の思いの侭に潜在知能と
言う愛智を活用すれば良いのです。
長々と済みませんでしたが、でも本当の事なんです。





106 :凡人:2006/05/04(木) 13:18:24
>>103
蒙昧さん
我々の生息する蒙昧意識社会に於いて、体制を支配する者達にとって善は悪で有り悪は善です。
私の探求結果は平和を望む大衆には正しく、平和を憎む体制側には悪いこと、正しく無いと言われるでしょう。
蒙昧さん、人は物事の理を悟る、それだけで誰でも人類が起こす全ての事象の真実を理解できますよ。



107 :考える名無しさん:2006/05/04(木) 13:20:46
>>106
凡人のホームページはどこ?

108 :考える名無しさん:2006/05/04(木) 13:25:44
>>107
メール欄にアドレスがあるでしょ。
それはメールアドレスだけど、まあサイトのアドレスもそれから類推すればすぐわかるわな。

凡人(大石忠志)でぐぐっても出てくるかもしんない。

109 :考える名無しさん:2006/05/04(木) 13:38:39
>>108
どうも。
ほぅほぅ、近代文学館でやってるんだ。
あそこは使用料安いんだよね。
たしかホールでも、一時間二千円ぐらいだったな

110 :考える名無しさん:2006/05/04(木) 13:42:52



濡れた制服
http://blog43.fc2.com/u/urathumb2/file/nurenure0005.jpg






111 :考える名無しさん:2006/05/04(木) 20:43:07
                  おっぱい一筋22年
     _
   ( ゚∀゚)x"⌒''ヽ、        鍛えに鍛えた左腕
   (|     ...::   Y-.、
    |  イ、     ! :ヽ      だがこれからすべき事はただ一つ
    U U `ー=i;;::..   .:ト、
          ゝ;;::ヽ  :`i      Nyanaのために腕を振る
            >゙::.   .,)
           /:::.  /;ノ         さあ皆さんご一緒に
     ゞヽ、ゝヽ、_/::   /              _   ∩
     `ヾミ :: :.  ゙  _/              ( ゚∀゚)彡 Nyana Goooood!!!
       `ー--‐''゙~                  ⊂彡


112 :蒙昧:2006/05/05(金) 09:26:00
>>106
・・・困ったな。あなたの考えを少し理解してしまった。
俺は他人の哲学を否定するときぐらいから書き込みをしないから、普通の返事をするのが
苦手なんだが・・・突っ込む所が見当たらない・・・。
言うとすれば、体制側の存在や意向が哲学に意味あるものとは思わないのだけれど。

で、1。
挑戦は終了しちゃったか?
誰か次の議題あるかー?

113 :凡人:2006/05/05(金) 10:33:00
>>112 蒙昧さん
人類史の全ては力を崇拝する蒙昧意識に依って支配維持されています。
従って、人類社会は水面に映る幻想の逆ピラミッドの形状で有り、下部の頂点に住まう人間性を失った者達が人類の全てを支配維持しています。
そして我々大衆の住まう場所は逆ピラミッドの底、つまり上部なのです。(少し想像して下さい)
そこで具合が悪いのは大衆が逆ピラミッドの奥に幸せが有ると思い、子育てから蒙昧意識社会で生き抜く知恵を渡してしまう為に物事の理から遠退いてしまうのです。
体制の意向と存在が哲学の目的とする「人が物事の理を悟る」意識の前に蒙昧意識と言う大きな壁を創り邪魔をしているのです。
人が物事の理を悟る事は体系的に考えれば簡単な作業ですが、それが成されない原因は、そこに有るんです。
短文なので説明が下手ですが少し御理解、願いましたでしょうか?




114 :1:2006/05/07(日) 15:06:18
>>65-1のことについてあまり返答がない気がします。
そのままでよろしいのですか?

命題 1 「私は私」は真であると受け取れましたか?
      若い人むけだと「エヴァンゲリオン」の
      綾波が言ってましたけど。


115 :凡人:2006/05/07(日) 17:02:40
>>114-1
哲学の哲は道理にあかるいこと。
従って、人が物事の道理にあかるく成る為に物事の理を悟れば全て決着がつきます。
しかし哲学の学は道理にあかるく成る為に学びを指して居ますが、そこに蒙昧支配の罠が潜んでいます。
もしも人々が道理にあかるく成ったら全てが理に反する現社会は崩壊し真の自由と平等を重んじる
平和な社会に成ってしまいます。
我々大衆が望む社会ですが蒙昧意識社会を支配する者達にとって平和は尤も恐れ憎むべき敵なのです。
その蒙昧意識に依って創られたのが学びでは絶対に得れない哲を合体させ哲学としたのです。
ですから道理にあかるい哲学者も悟りを啓いたと言う宗教家は一人もいません、でしょう。
哲は人の心の内面に向かって探求すれば、その目的を達成できます。
哲学は人の心を出口の無い闇に引き込む事を目的として組み込まれて居り危険ですので注意が必要です。

116 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 07:53:46
>>115
凡人さんの特徴・・
「全て」「絶対」が多すぎる。
まぁ、この真理を知れば「全て」が明らかになるっていうのは
安っぽい新興宗教に共通する特徴ではあると思うが、
知的レベルが一定以上の人には敬遠されますよ。
「全て」「絶対」という言葉には、胡散臭さがあるんだ。
多くの人はその胡散臭さに対して拒否反応を示す。

入試問題でも、「全て」「絶対」などの言葉が入っている選択肢は、
疑ってかかれというのが常識になっているしね^^

117 :凡人:2006/05/08(月) 09:32:27
>>116
全て、とは余すこと無く、絶対とは外に無いと言う意味で使って居ります。
知的レベルが一定以上と自負している方達は、それが障害と成って理を悟る事は叶いません。
何故なら覚える、記憶すると言う行為が知的で有ると勘違いして理を悟る為に必用な心を蔑ろにするからです。
哲学者が全ての哲学書を読み覚えても、全ての宗教書を読破しても理を悟る事ができないのは、その為ですよ。
>まぁ、この真理を知れば「全て」が明らかになるっていうのは安っぽい新興宗教に共通特徴であると思うが、
私は物事の理を悟れば全てが明らかと成る、と記していますので(真理を知れば)と変更しないで下さい。
理を悟る、とは原理に通ずる心で有り、其れに依って産みだされる心が真理、倫理、論理などの理がらみの心です。
ですから人が物事の理を悟れば全ての理に通じ、人の心の創りだす事象の全てが明らかに成る、と当たり前の事を伝えています。
理に詰まり新興宗教とすれば問題から逃げ出す事ができますが、理と心は絶対に切り放すことはできませんよ。
理とは何か、と問うので有ればいっでも3〜4行で分かり易く説明しましょう。



118 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 10:07:40
>>117
>何故なら覚える、記憶すると言う行為が知的で有ると勘違いして理を悟る為に必用な心を蔑ろにするからです。
>哲学者が全ての哲学書を読み覚えても、全ての宗教書を読破しても理を悟る事ができないのは、その為ですよ。

あなたは哲学を勘違いされているようです。
哲学は、記憶ではありません。省察です。



119 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 10:21:37
>>117
理とは何か?

120 :凡人:2006/05/08(月) 12:32:13
哲学が省察で有るなら、まず物事の理を悟り、知能を育て物事を省察できる知恵を産みだす必用が有るのでは無いでしょうか?
知恵を持たずに哲学書を読み覚えれば必ず、其れが正しいとの思い込みに捕らわれ取り返しが付かなく成りますよ。
宗教も同じでキリストはこう申しました、聖書の第何条にこう記されています、ブッダはこう申しました、カントはこう言っている
、ニーチェはこう言ったと、此の何処に哲学の省察結果が有りますか?
私は無理難題を言って居るのでは有りません。
知恵を産みだす為には智恵の母体で有る知能を育て無ければ成りませんし知能を育てる為には物事の理を悟らなければ成りません
と当たり前の事を申し上げていますが、それを新興宗教と言うのはどう言う事です。
理とは何か?で貴方の哲学的省察に依る結果を見せて下さい。


121 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 12:57:54
思い込みが強くて、自己批判がなく、人に自分の意見を押し付けるから、
新興宗教っぽい。基本的知識を抜きにした思考なんてないよ。

>理とは何か、と問うので有ればいっでも3〜4行で分かり易く説明しましょう。

で、理って何さ?3〜4行で分かりやすくね。5〜6行でもいいよ。

122 :凡人:2006/05/08(月) 13:07:49
>>119
理とは物事の是非、善悪を明確に弁別する心を指します。
物事の是非、善悪を弁別する心は誰にでも良心として備わって居ますが明確に弁別する心は欠けて居ります。
時と状況に合わせて長いものには巻かれろ、とか寄らば大樹の陰、等の曖昧さでは良心が延びたり縮んだり、また消えて
しまったりと到底、物事の理を測る物差しには成りません。
しかし物事の是非、善悪を明確に弁別する心を育てれば誰でもが全てに関わらず心の物差しの理を悟る事ができます。


123 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 13:27:05
しかし凡人は文章が下手だな。
つまり理は物事を善か悪か判断する能力って事ね。
そりゃ世界を善悪でニ分割すれば、見通しだけは良くなるけど、
そんな単純に世の中は出来てないの。

>>115
>もしも人々が道理にあかるく成ったら全てが理に反する現社会は崩壊し
>真の自由と平等を重んじる 平和な社会に成ってしまいます。

考え方がおかしいよ。

>>117
>ですから人が物事の理を悟れば全ての理に通じ、人の心の創りだす事象の
>全てが明らかに成る、と当たり前の事を伝えています。

どこも当たり前じゃない。長い文章を書くというのも能力なんだから、
哲学を基礎から勉強して、もっとちゃんとした知識を広めていって下さい。

124 :凡人:2006/05/08(月) 13:30:20
>>121
人が知恵を得る為に物事の理を悟り知能を育て無ければ知恵を産みだす事はできませんよね。
この当たり前な事が思い込みですか?
当たり前の事を伝えるのに自己批判する必用が有りますか?
当たり前の事は私の意見では無いでしょう。
当たり前の事が理解できないから理解する(物事の理を悟る)方法をお伝えしています。



125 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 13:30:34
>>122
「理は…弁別する心です」
「弁別する心を育てれば…理を悟ることができる」
これを繋げると「理を育てれば理を悟ることができる」となるね…
何も言ってないのと同じ。

126 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 13:35:08
つまりアレだろ。自分は善の陣営で、悪に侵された社会を救うため
一生懸命戦ってるんだろ。

127 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 13:44:47
>>122
あー、わかった。
善悪の判断ができるように子供を育てたいっていうのは、多くの母の思い。
凡人さんはそういう主婦をターゲットにして一儲けを考えてるわけですね^^
場合によっては、ついでにおいしい思いも…


128 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 14:16:42
よし、俺も理を育てるぞ^^

129 :凡人:2006/05/08(月) 14:17:27
>>123
人類史の全ては理に反し力を崇拝する蒙昧意識に依って支配維持されています。
ですから皆さんが蒙昧意識に捕らわれ物事の理を悟ると言う簡単な作業をこなす事もできません。
貴方が理を悟り知能を育て智恵を産みだす方法が自分で見いだせす哲学に頼る、のも貴方が無知蒙昧で有る為です。
他人の思いを記した哲学書を全て読み覚えても物事の理を悟らぬ限りは絶対に人の知能は育ちませんよ。
世の中は蒙昧意識に支配され我々大衆の啓蒙意識が曖昧にされ社会が構成されている、と言う単純な仕組みです。
その事に気づくだけの知恵が必用ですから物事の理を悟り知能を育てる事が先決では無いですか。
貴方は知恵を産みだす母体で有る知能を育て無くても勝手に知恵が産まれると考えて居ますか?
親が無くても子は育つ、と申しますが母親が無ければ子は産まれないでしょう。
私は当たり前の事を話して居ますよ。






130 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 14:25:21
>>125
あ〜ぁ、
次の質問の糸口を作ってあげたのに、君は気が付かないの?

131 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 14:39:10
凡人さん達、理の軍勢は、蒙昧意識を持つ人間達と戦ってるのね。
俺は哲学に全然頼ってないでしょ?今まで哲学の用語を一度も使ってないよ。
どっちかというと訳のわからない用語で、頭を使わず図式化してるのは
凡人さんだよ。
蒙昧意識がすべて悪いって、世の中を簡単に分かった気になれて楽な考え方だね。
善悪で物事を二分するような考え方からは、こんな世界観しかうまれないんだよ。
理の判断によると、力と哲学は悪みたいだけど、具体的に善は何で、悪は何なの?

132 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 14:40:26
>>126
人類は長年に渡り、正義を成す為にその戦いを繰り返してきましたが、その結果は益々弱肉強食の様相を強くしただけです。
戦いで正義を成す、何て事は有り得ないし間違いなのです。
人類の平和は我々大衆が物事の理を悟り知能を育て智恵を産みだせば支配する者達に踊らされる事も無く必然的に平和が訪れます。


133 :凡人:2006/05/08(月) 14:51:18
>>127.128
人が物事の理を悟る為に必用な条件は唯一、その目的が純粋で有る事です。

134 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 14:53:59
>>132
そうかあ?奴隷制で王が神みたいな権力を持つ時代から、
封建制の身分のなかでは権利を認められる時代になって、
民主主義で人は平等な権利を持つようになった。
社会は進歩していると思うが、本を読まないで理に頼ると
こんな考えが浮かんで、変な社会観を信じちゃうんだね。

135 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 14:56:04
>>131
具体的な善悪なんて無限にあるだろ。
凡人さんは、どんな場合にも善悪を判断できる究極の理のことを言ってるんだよ。
もちろんここからは有料だよ。

136 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 15:01:55
>>135
お金出してもこれからの人生の事を考えると、理の話は聞いておいたほうがいいね。

137 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 15:07:05
セックルしたい、金欲しいという目的は純粋じゃないんでしょうか?

138 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 15:13:51
三代先まで子供残したいなんて思って、セックlレしているのかねw

139 :凡人:2006/05/08(月) 15:32:41
>>131
勝敗を重んじる心は蒙昧意識が産みだす自我の一種ですよ。
そんな事を考えたら疲れますし世の中少しも変わりませんよ。
>123の哲学を基礎から、、、の記述は貴方では無いんですか?
知恵を産みだす為に理を悟る、と言う事が訳のわからない用語ですか?
頭を使って図式化できない依りも誰にも分かる様に簡単に図式化する方が大変だと思いませんか?
貴方が物事の是非、善悪を明確に弁別する心を育て、物事の理を悟れば人類の創り出す全てを理解する
と同時に、それに最善の対処方法も分かり私の伝える事も貴方の知恵が貴方に知らしめます。
「今の段階」では貴方に物事の是非、善悪を明確に弁別する規準と成る方法を伝えても無意味でしょう。
>133が不足して居るからです。




140 :凡人:2006/05/08(月) 15:45:23
>>134
資本主義社会に於いて主は資本家と決まって居るのに民を主とする民主主義が共生できる訳が無いでしょう。
どうなんだよ、答えて見なさい。
本に頼り理を否定して君が変な社会を信じて居るのでしょう。



141 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 15:54:17
凡人さん、とりあえず文章を短くしてください。
読み難い事この上ないです。理を語る貴方なら簡潔に物事を纏める能力はある筈でしょう?

142 :凡人:2006/05/08(月) 16:05:44
>>135
君たちが物事の理を悟り、悩みや問題の無い人生を送れば、それで私の目的は達成します。
何故だって?
個の意識が社会を創り、社会の意識が歴史を創りますので個が物事の理を悟れば連鎖的に
人類史が平和の歴史に幸転します。
物事の理を悟ると人間性が確立されて人は絶対、自我で動く事ができなく成ります。





143 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 16:16:36
物事の理を悟ることで、自我が束縛されるというのですか?
二つは根本的に別物だと思います。
自我がある自分が物事の理を理解し、吸収するのです。
凡人さんは矛盾しています。

144 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 16:24:59




ハローワーク ■ http://www.hellowork.go.jp/







145 :凡人:2006/05/08(月) 16:25:25
>>141
貴方も人が知恵を得る為に物事の理を悟る事が不可欠で有ると辞書には記して有りますが、その事で対話をするのは始めてでは無いですか?
その事を人に知らしめる尤も簡単な方法を模索していますが、貴方なら理を否定する人に理を説くにはどうしたら良いと思われますか?


146 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 16:34:46
>凡人
理を悟るために必要な「純粋な目的」って何ですか?

147 :凡人:2006/05/08(月) 16:43:26
物事の理を悟れば蒙昧意識の産みだす自我は自然消滅します。
何故かと言えば物事の理を悟れば啓蒙意識と成り自我を産みだす蒙昧意識が心の中から消滅する為です。
自我がある自分が物事の理を悟ると啓蒙意識が育ち自我を産みだす蒙昧意識は消滅する。
比重の軽い自我で満たされているコップに比重の重い理を注ぎ満たすと自我は外にこぼれ落ちます。
私が矛盾していますか?


148 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 17:00:45
>>147
矛盾もなにも「理を悟れば自我や蒙昧意識が消滅します」を4度繰り返して言ってるだけじゃないですかw

問題は、何が理で何が蒙昧意識なのかを判断する基準ですよ。
凡人さんは「純粋な目的がなければ、理を悟れない」と仰いました。
これを凡人さんの言う「理」を理解するための重大なヒントです。

どんな目的が純粋で、どういう目的は純粋じゃないんですか?
蒙昧意識、理といった用語を使わずにご説明ください。

149 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 17:01:43
それは自我ではなく、自我を生み出す蒙昧意識が消滅するということでしょう?
理を悟れば啓蒙意識に成るという根拠は何ですか?
貴方は何の核心があって、万人共通の倫理を立てられるのですか?

150 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 17:02:53
↑凡人さんへ

151 :凡人:2006/05/08(月) 18:46:18
>>148
理を理解する為のヒントでは無く、理を【悟り】理解する為に必用な心です。
純粋な目的とは自我に捕らわれぬ思い、で純粋で無い目的とは自我が産みだす思いです。
と言って簡潔に纏めると抽象的で納得できませんよね。
>146.148
自分の目的が望みで有るか、欲で有るか、夢で有るかを区分けして欲に属する目的の場合は物事の理を悟る事は叶いません。
己の欲望を満たす為に金力、権力や有名に成りたい等の願いは欲で有り、夢では有りませんからね。
当人の智を望む目的が分かれば判断しやすいのですが、



152 :凡人:2006/05/08(月) 19:15:07
>>149
物事の是非、善悪を明確に弁別する心を育てれば、その人の心は既に蒙昧意識から啓蒙意識に切り替えが済んでいます。
人は脳の3%を使えば生きられる、と言いますが蒙昧意識を心の主とすると物事の理が悟れず知能を育てられずに
3%以上の脳を使う事ができません。
貴方が物事の理を悟り、今と比較して30倍以上の脳を使えば私の伝える事を当然として捕らえる事ができるでしょう。
97%の脳を生涯、使わずに潜在させ後生、大事に締まって置くも良し、使うも良し、全ては貴方の自由です。
こればかしは無理に渡す事はできませんからね。



153 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 19:18:02
>>152
何を渡すの?

154 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 19:28:14
>>152
何人くらい理に気づいているんですか?
凡人さんが自分で考えたの?

155 :凡人:2006/05/08(月) 19:39:57
>>149
自我を産みだす蒙昧意識が消滅するということでしょう?
頭の中で数々の問題や悩みを創り出した自我を産みだす蒙昧意識が啓蒙意識と
交代した時には自我は、もう産まれません。
貴方と私に微妙な解釈の違いがあると思いますが、

156 :凡人:2006/05/08(月) 19:42:42
>>154
物事の理を悟る方法(仕組み)です。

157 :凡人:2006/05/08(月) 19:46:28
> 156は153の返事です。失礼、、


158 :凡人:2006/05/08(月) 19:56:56
>>154
これからは今まで蔑ろにされてきた心の時代ですので多くの人達が深い関心を寄せています。
全て私、個人の探求結果で、書物や哲学書などの他人の考えは一切、盗用して居ません。


159 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 20:09:54
それじゃ哲学板から宗教の方に移動してね。

160 :凡人:2006/05/08(月) 22:17:27
>>159
このスレの題名は哲学板への挑戦状ですよ。
貴方は宗教の決め事も知らないでしょう。
むろん、哲は学では得れない事も、ね。
それを無知蒙昧と言う事も勿論、知りませんね。
貴方は有る意味、幸せ者ですね。

161 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 22:42:13
はいはい、わろすわろす。

162 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 22:42:46
これは哲学じゃないでしょ?
だったらしかる場所に移転してね。

163 :凡人:2006/05/09(火) 14:54:45
哲学の哲は道理に明るいこと、つまり道理に明るく成る方法を模索するのが目的です。
それを飛び越えて何をしても無駄で有ることから哲は諸学の源と言われる由縁です。
人は道理に明るく無いと知能が発育せず知恵を産みだす事のできない無知蒙昧の白雉です。
その白雉が切り盛りしている社会を君たち一人々が物事の理を悟り無知蒙昧から脱却し
新しい未来を創造する使命が有るのです。
私の伝えてる事は今、現在に於いて、物事の理を悟る唯一の方法です。

164 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 15:14:36
>>163
物事の理を悟る唯一の方法だってことはどうやって証明するの?

165 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 15:18:31
>私の伝えてる事は今、現在に於いて、物事の理を悟る唯一の方法です。

そりゃそうだろう。
だって「物事の理を悟ったかどうか」は教祖たる凡人さんにしか判断できませんからねw

166 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 15:20:28
「物事の理」「蒙昧意識」これらも教祖にしか判断できませんねw

そうじゃないというなら他の人でも可能な判断基準をどうぞ。

167 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 17:44:46
凡人は気違いなのかな?

168 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 18:14:18
商売人でしょ。

わざわざメールアドレスをのせているし、自分の自己啓発セミナーのホームページもある。
どんなに叩かれても、ROMってる奴なんかが一人でも凡人に興味を持てば商売的には勝ちでしょ。

いい宣伝にはなると思うよ。
変な悩みをかかえてこの板をROMってる人は多いみたいだし。



169 :凡人:2006/05/09(火) 18:45:14
では、君達が哲学に関心を寄せる目的は馬鹿話しに花を咲かせる為ですか?



170 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 20:17:36
この程度じゃやっぱり客が集まらなくて、2ちゃんで営業か…
惨めだな。

171 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 22:53:48
>>169
それも確かにある。純粋な娯楽や好奇心としての哲学。

もうひとつは、自分たちの思い込み・勘違いをえぐりだし、成長し続けるため。
誰かのように「理を悟れば万事OK」と思考停止せず、あらゆる信念をがどのようなものかを疑い、検証し、分析する。

172 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 23:04:01
凡人さん
哲学2chは世間に馴染めず、社会の吹き溜まりにいる者達の集まりで
まともに相手できる者は一人もいないよ。
消却処分も埋め立てにも使えない再生不能なゴミくずの集積場所だよ。

173 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 23:08:26
>私の伝えてる事は今、現在に於いて、物事の理を悟る唯一の方法です。

自分だけが唯一だとかのたまう無知な人は多いわけだけど、一応聞いてみるか。
その唯一の方法とは何?

174 :考える名無しさん:2006/05/10(水) 00:03:42
>>172
凡人自体、世に馴染めなくて詐欺師になったにも関わらず、客が来ないで
2ちゃんで営業する人間だよ。このスレで馴れ合ってるのがお似合い。

175 :考える名無しさん:2006/05/10(水) 01:00:55
というか
>>172は、凡人。

176 :凡人:2006/05/10(水) 11:29:38
>>172
ご忠告ありがとう。
若者の精神は個々が自分自身の物だも思い、口々に身勝手な事を言いますが、其れも全て育つ段階に植え付けられたものです。
つまりは時代に依って創られた自分が、その枠内で書き込みをするだけで、その書き込みに当人の自由など一つも無いのです。
自由と言われる精神の全てを蒙昧意識に拘束されて居る不自由の中でしか生きる術の無い者達にストレスが蓄積し、この書き
込みに猜疑心や反発として現れるのです。
哲学の哲は道理に明るいこと、ですから物事の理を悟れば道理に明るく成り万事ΟΚなのに、勿体ない話しですが、それも当人達
の成せる業ですので致し方、有りませんね。





177 :考える名無しさん:2006/05/10(水) 13:02:15
命題:物事の理を悟れば道理に明るく成り万事ΟΚ
反証:この板では全然OKじゃない。
よって凡人さんは物事の理を悟っていない。
QED

178 :考える名無しさん:2006/05/10(水) 13:18:31
>176
>若者の精神は個々が自分自身の物だも思い、口々に身勝手な事を言いますが、其れも全て育つ段階に植え付けられたものです。

限りなく同等の環境、教育で育った双子でも意識の違いはあります。
時代によって創られた自分だから自由は無いと言いますが、では凡人さんにとっての
自由とは何でしょうか?時代によって創られた自己が「自由」という意識を作り出しているのですから、
それ自体を否定してしまっては、自己の自由など永遠に得られないでしょう。



179 :考える名無しさん:2006/05/10(水) 13:28:31
凡人がようやく仕方ない、無理だと諦めたんだから、質問なんかすんなよ。
自演して2ちゃんは馬鹿ばかりだよと書いて、そうですね仕方ないと
尻尾を巻いて帰るところ。
宗教家はどんな馬鹿で論理破綻してても頑固だから、説得不能なんだなあ。
営業成果はやっぱりゼロだったんだね。二日間頑張ったのにw
まあ地道に就職して頑張りなよ。

180 :凡人:2006/05/11(木) 12:30:49
>>177.178
哲学の哲は道理に明るいこと、これは分かりますか?
何故、道理に明るく成る必用が有るのか?
道理に明るく成らないと知能が発育せず知恵を産みだす事ができないからです。
君たちは人類史の全てを支配してきた蒙昧意識下で育ち道理に明るく成れない様に育てられて居ます。
>時代によって創られた自由が「自由という意識を作り出しているのですから、
時代は人に依って創られて居ますので他者の意図に依り作られた意識が君の自由の範囲では有りませんか?
それを容認したら人の自由など永遠に得られませんよ。
君たちの自由は物事の道理に昧い、ほんの僅かな3%程度の知能が産みだす自由なのですよ。



181 :w:2006/05/11(木) 13:49:55
>>180
人間は「能動と受動」「意志と運命」「自由と必然」のせめぎ合いの中に生きています。
それは哲学の重要なテーマの一つだと思いますが、しかし3%というような数字を示す哲学者はおそらく一人もいないと思います。
それに対して、そういう数字を示す宗教家はいます。
3%ぐらいという数字で示すことができる根拠は何かありますか?

182 :考える名無しさん:2006/05/11(木) 14:31:51
>180
自由について、凡人さんは178の意見を反対にしているだけです。
「意識は他者の意図により作り出された」という事実を容認しなければ自由を得られるということは、
凡人さんは既に自由を手にしておられると?
具体的な自由の会得法を何一つ提示していないのは、凡人さんの意見も他者によって作り出されているとは考えられませんか?
つまり誰かが「自由とはこれだ」と言っても、それすら時代の所為だとされるのがオチではありませんか?
否定する事はいくらでも出来ますが、肯定するような結論は永遠に出ないと思うのですが。

183 :凡人:2006/05/11(木) 15:42:11
>>181
私、個人の説明では納得できいでしょう、から辞書で知恵を索引して下さい。
その条件を満たしている人は誰かいますか?
もしも試験の答案が白紙の場合、貴方なら何点を付けますか?
私は答案用紙に名前が記して有るので、それを考慮し3点(3%)を付けました。
☆哲学の哲は道理に明るいこと、で有り其れに依って産みだされる知恵を使って諸学の源とせよ☆
この簡単な哲学の解釈を哲学者は解釈する知恵も有りませんよね。
人は知恵を使わないから戦争や貧困、問題、悩み犯罪などのせめぎ合いの中でいきて居るのです。



184 :考える名無しさん:2006/05/11(木) 16:36:36
>183
うーん、必要なのは知恵なのでしょうか。それとも理解や自覚?
だとしたら環境によって植えつけられた「ストレスの結成文」みたいな
責任もない一文一論すらけっして無駄ではありませんよーw
小学1年生の書いた適当な感想文もあながち捨てたものじゃないってことです。
何が必要なのか明確にしていただけると考察の余地ができそうなものなのですが
あなたがいっている理とは多角的思考による知恵の輪の発展性ですか、
それとも人々の精神状態の構築過程ですか、よくわかりませんとです。。。

185 :凡人:2006/05/11(木) 17:04:24
>>182
私は178に反対意見を述べて要るのでは有りません。
本当のこと(真実)は逆に有ると伝えただけです。
君達の解釈が間違っていても、そんな事は一切、関係ないんですよ。
物事の理を悟り、知能を育て智恵を産みだせば、自分の知恵が正当な解釈を伝えてくれますよ。
君の言葉を借りると(肯定する結論は物事の理を悟らずば永遠にでません)と成ります。
自由とは物事の理を悟り、道理に明るく成り蒙昧意識の小さな心の枠の中から自分の意識を解き放す事です。
其れこそが哲学の目的で有り、我々人類が待ち望む自由と平和を重んじる社会を創る礎なのです。
世界平和を願う思いを持って人の心の奥底まで探求した結果ですので私、個人の意見では有りません。
勿論、理の通じない宗教でも有りませんし、皆さんから利を得よう等の貧しい心も持ち合わせが有りません。
物事の理を悟る望みと純粋な目的が有れば誰でも、それが簡単に成されます。


186 :考える名無しさん:2006/05/11(木) 17:37:26
今ナポレオン戦争の本読んでるんだが、理を悟って蒙昧意識を打ち破れば、
自由と平和の時代が訪れるという純粋な思想がどれだけ危険かよくわかるなぁ

187 :凡人:2006/05/11(木) 17:53:54
>>184
もう十年も前に小学四年の女子が(個の意識が社会を創る)と作文に書かれた事が有ります。
大人には無い、純粋だから見える世の真実ですね。
何にも仕組みが有りますが人の心の仕組みは人類の知恵が及ばず解明されて居りません。
その理由は人々の心が理に反する蒙昧意識に依って妨げられ物事の理を悟れない為、解明できないのです。
理由の無い原因は何も有りませんよね。
物事の理を悟れば知能が育ち知恵を産みだす事ができる。
では物事の理を悟る為には物事の理に反する蒙昧意識の反対の意識を育てれば良いのですね。
蒙昧意識の反対の意識は物事の是非、善悪を明確に弁別する心ですね。
力を崇拝する蒙昧意識社会、いま我々の住む社会は物事の是非、善悪を明確に弁別する心が無いでしょう。
物事の理を悟れば知能が育ち、知恵は勝手に産みだされます。
私には貴方が物事の「理」を悟らずに「理」解しょう、として要る苦悩がよく分かりますよ。
自我を捨てろ、とか難しい事は言って居りません。
物事の理を悟る為に物事の是非、善悪を明確にする心を育てる事をお伝えするだけです。
それが個の問題も人類全ての問題も解消する知恵を産みだします。






188 :凡人:2006/05/11(木) 18:06:52
>>186
知恵とは物事の理を悟り、適切に処理する心です。
適切に処理する心の適切とは「全てに痛みを伴わぬ」と言う意味です。
従って、物事の理を悟り知能を備えた者が蒙昧意識を敵視する必用は有りません。
世界の民を苦しめた無知蒙昧なナポレオンが啓蒙の大切さなど分かろうはずが有りません。
ナポレオンが啓蒙意識を知る事は貴方が啓蒙意識を知る依りも数十倍も困難な事なのですよ。

189 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/11(木) 18:26:59
>>186
>理を悟って蒙昧意識を打ち破れば、自由と平和の時代が訪れるという
>純粋な思想がどれだけ危険
そうでもないですよ。
理とは無抵抗を力とすることです。
蒙昧意識とは無抵抗を力とする絶対者を攻撃する事で
結果的に自分が無抵抗になって力を得ている事に気づかない状態です。
攻撃すれば攻撃相手に力をつけさせることを自覚できれば恒久平和の完成です。


190 :考える名無しさん:2006/05/11(木) 19:53:03
つまりわしらは、蒙昧意識下で育って道理に明るく成れないから「哲学」の言葉に頼ってるってわけなんだな。だから「哲学的言辞」は一切受け付けないと。

てことはまあ柔道場に道場破りに来て、いくら背負い投げや上四方固めにされても、
「それは一本じゃない。まあ3点じゃ。チョキを出したわしの勝ちじゃ」
って言ってるようなもんだね。

191 :考える名無しさん:2006/05/11(木) 20:29:23
>>190
うまい喩えだね。

凡人がやってるのは哲学じゃないんだよな。
なんで、自分のやってることを哲学だと思うのかな?
「哲学の意味は・・・」とか言い出すのか?

それなら、「物事の理」とか言ってるわけだから、「物理学」を名乗ってもいいじゃないか。
よりによってなんで哲学を名乗るんだ?

192 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/11(木) 20:37:32
新幹線で福岡に行くのと徒歩で福岡に行く。
実用性では新幹線ですが、自分の何かに身に付くものは徒歩です。
んで、自力では無理なところは便利な方法(機械に頼ったり神に祈ったり)で行きましょう。
ここで言ってるのは新幹線を神を攻撃することになぞらえているんですよ。比喩ですよ。
新幹線で行くのにもレールを引く為に誰かが歩いているんです。
力を生むのにも無抵抗を通らなければ生まれない。これは確実な方法として私は実践しています。
哲学的言辞を受け付けないという人はツールの解像度が荒いのです。
大きなブラックボックスがあってそれはこれを入れればこう出る。その理解が荒い。
素子まで分解する理解力があればきめ細かいツールが出来るんです。
最大分解が無抵抗でAを入れればAが出るというものです。
電子機械も導線が無ければ何も出来ません。


193 :考える名無しさん:2006/05/11(木) 21:22:27
  /\___/\
/ /     ヽ ::: \
| (●), 、(●)、 |    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|   ,,ノ(、_, )ヽ、,,   |  < ま〜た始まった >>192
|    ,;‐=‐ヽ   .:::::|    \_______
\   `ニニ´  .:::/
/`ー‐--‐‐―´´\

194 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/11(木) 21:26:23
>>193
スルーされる事はあっても論破された事ないんで♪

195 :凡人:2006/05/11(木) 21:35:33
>>190.191
哲、抜きの哲学が君達の蒙昧哲学ですね。
寿司ならばマグロ抜きのマグロの握りですかね。
物事の理の探求が哲学の基本ですので忘れずにね。
>>192
人類は力を崇拝する蒙昧意識が創りだす欲望のブラックホールの中で知恵を持てずに苦しんで要るのです。
貴方の指摘するブラックボックスが有るのでは無く、既にその中に要るから人は道理に明るく成れないのです。
暗い箱に頭を入れて周囲の状況(人の心)を説明できないですよね。
その状況を打破する為に哲学の哲(道理に明るいこと)と言う文字が有るのですが、その事に気づく人も極わずかです。
それ程、人々は蒙昧意識に深く心を侵され病んでいる時代なのです。


196 :考える名無しさん:2006/05/11(木) 22:00:42
>>195
哲学抜きの哲学が凡人さんのジャンケン哲学ですね。
寿司ならばマグロとシャリ抜きのマグロの握りですかね。
アポケーが現代哲学の基本ですので忘れずにね。

197 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/11(木) 22:07:40
>>195
>人類は力を崇拝する蒙昧意識が創りだす欲望の
>ブラックホールの中で知恵を持てずに苦しんで要るのです
苦しみが必要なら進んで苦しみましょう。
無抵抗になると救われるというコンセプトは
どんなストーリーでもハッピーエンドになるというものです。
終わりも始まりも無抵抗という状態だろうと私は思っていて
そこで救われるのなら他の事が戯曲でも悲劇でもなんでもおっけです。


198 :考える名無しさん:2006/05/11(木) 23:20:42
基地外を論理で説得できるかというと、やっぱり無理なわけで。
馬鹿がのさばってるのを見るのは気分が悪いけど、親じゃないんだから
それで行けるところまで行けばと、ほっとくしかない。

199 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/12(金) 00:03:22
>>198
あはは、基地外ってだれのこと?
蒙昧意識は「真実をすぐに」虚構と分類して真っ先に「捨てる」から
蒙昧の蒙昧たるゆえんがあるのですよ。
つうか絶対神は敵が弱すぎるから塩送ってるだけなんじゃない?
ただの暇つぶし。
私は無抵抗を力に変える絶対神に帰依してるだけ。
出来れば自分でも出来るようになれたらいいな。
そうすれば無敵の未来が待っている。

200 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/12(金) 00:14:15
この宇宙で初めての生命は長い試行錯誤の末自分のコピーを作ったとしたら、
初めての生命はそのコピーが自分にたどり着くまでの長い試行錯誤を
コピーに要求するのではないの?

201 :凡人:2006/05/12(金) 00:43:04
>>196
思考停止が現代哲学の基本だって知りませんでした。
そう言われると皆さんの言動を納得できます。
成る程、有り難う、
>>197
物事の理を悟り産みだされる知恵が争わず適切に処理する方法を知らせてくれます。
人が知恵を得れば自分で自分の首を絞め、人類が人類同士で苦しめ合う人生と決別できます。
>>198
論理、倫理、真理、道理、理解と言う理絡みの言葉は物事の理を悟らずば使えません。
貴方は論理の意味を知らずに使って要るのですね。
無の理(理に通ずる心を持たぬ)を無理と言う事を知って居ますか?
私が理を悟る事は大切だよ、と言う意味がお分かりですか?
物事の理を悟らず、痴の状態を馬鹿と言うのですが誰の事かお分かりですね。


202 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 01:18:32
自分の主張に権威をつけるため、哲学と名乗りたいんだよね。
それを俗物というんだよ。
固有名詞の「哲学」なんだから哲がうんたらとか関係ない。
ここはアカデミックな「哲学」の板です。
ただ主張したいだけなら、宗教板にいってください。
本当に優れた意見なら、認められるはずです。

203 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 01:27:05
凡人って
俺は「理」を知っている。
お前らは「蒙昧意識」を持った馬鹿共だ。
俺は偉いんだぞ。
以外何も言ってないんだけど、よくこんなの相手にするね。

204 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 08:11:11
>>203
だって天然アポケーだからついツッコミたくなって。

「電気を使うから世界は不幸になる。
 電気を使わなければ世界は平和になる」
みたいなコト言ってるから、電子レンジ見せたら
説明書もロクに見ないでネコ突っ込もうとするし。

でもまあボケもワンパターンだからもう飽きた。

205 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 13:58:36
>本当に優れた意見なら、認められるはずです。
お前ら馬鹿か、
哲学に優れた意見が無いから探しているんだぞ。
凡人は理の大切さ、を馬鹿なお前達に説いてくれてるんだぞ。
アポケーはお前達だろうに。ノータリン

206 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 18:53:16
>凡人
で、なんであなたの考えは「物理学」ではないの?

207 :1:2006/05/13(土) 05:12:48
>>凡人氏へ
このスレは「哲学板」への挑戦状であるつもりで立てたもので
「哲学」そのものへの挑戦状としては私はそのつもりで立てたものでは
ありません。
蒙昧意識が人々の中に蔓延してるには今も同じでしょう。
でなければ哲学者といわれる人たちがくどい文章を書く必要
性は無かったといえるでしょう。

208 :1:2006/05/13(土) 05:26:04
『問い』(命題?)を浮かんでしまったので追加しときます。

7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」
8.「全知全能とはあらゆることに対処できることを示す」
9.「生物の肝要なことは『雄(男)は成すこと、雌(女)は気持ち』(雌雄
   がなきものはこの場合においては雌とする)」
10.「ありとあらゆることは棄却するか、包括するかの2つである」
11.「準備はなくとも準備はできる。また、立場がどうあれ結果は皆同じく
    受けとめたほうがよい」
12.「天才あらずして凡才なし、馬鹿阿呆なくして塵に同じああなんと
    すばらしいこの世界。」
13.「類は論をもってこれを生ずるなり」

なにかしら思ったら書いてみてください。

209 :凡人、どうした?:2006/05/13(土) 05:29:56
173 :考える名無しさん :2006/05/09(火) 23:08:26
>私の伝えてる事は今、現在に於いて、物事の理を悟る唯一の方法です。

自分だけが唯一だとかのたまう無知な人は多いわけだけど、一応聞いてみるか。
その唯一の方法とは何?

210 :1:2006/05/13(土) 05:47:59
要するに凡人氏は昔誰かがやってたことを
今やってる人なんだろうな(その可能性の
ある確率は高めだと思う個人的に)

211 :1:2006/05/13(土) 06:21:10
凡人氏へ
あなたがそのような意見をもっていることは
直接そのまま語りかけるより
表現者としての職業に生かした方がいいと思います。
今までの意見は自分の内に秘めて作家なり作詞者なり
歌い手なりダンサーなりそうしてその表現の形が作られたら
理解者も増えるんじゃないかと

時代が時代なら琵琶法師や狂言師、吟遊詩人に向いているのかもね。

212 :凡人:2006/05/13(土) 11:09:29
>>207-1
哲学板は有る意味、哲学を専門に志す人達や過去の哲学者と呼ばれる人々の気持ちが反映
されて要るのでは無いでしょうか?
その方達が哲の持つ意味を悟り、悟る方法を明らかにしていれば蒙昧意識の蔓延も防げ、
支配の無い啓蒙意識社会が構築されていたでしょう。
哲学者が道理に明るく無いからくどい文句と成り、般人に受け入れられず蒙昧意識の強い、
今の社会が結果と成って現れていると考えられます。
私は純粋な目的を持ち哲を望めば他の全てに関係を持たずして誰でも哲に成れると己の
心で確認が取れて居ります。
若者達の心や社会の在り方を批判するのは頭を使わなくても誰でもできますが、それを
如何に運ぶかが大切では、と思っています。
何故なら、それの全ては己の心の現れだからです。


213 :凡人:2006/05/13(土) 11:44:56
>>208-1
7.普通とは人間として哲を悟り知能を育て、産みだされる知恵を持って悩み苦しみの無い楽しい人生を
送る事なら私の望む、凡人として生きる事に合致しますが今の人々の生き方は人間として普通とは、
とても呼ぶ事はできません。
8.人の心が産みだす全ての事象に付いて対処の方法は心得ています。
9.全ては自由で有り、平等に生きる権利が有りますので男女の行為に対して差は考えて居りません。
産まれてから男女かまわず得意とする事と夢と希望を結び付け楽しい人生を送る事が肝要かと考えます。
10.全ては命と言う時空の旅の友であり、否定するもの無く和を持って共に生きるのが知恵で有ると思います。
11.13.抜かします。
12.天才とは誰もが生まれ付き育て使う事のできる才能で有ると思います。


214 :凡人:2006/05/13(土) 12:09:44
210-1
物事との理を悟れば、知能が育ちそれに依り産みだされる知恵が人類の抱える全ての問題を解決する、
と過去に於いて唱えている人は誰もいませんでした。
人の心の在り方を唱える方達や心の流れを伝える人達は数多く現れましたが現状を考査しますと、
その効果は現れて居りません。
そこで私は人の心の仕組みと知恵の持ち方を訴えて人々の意識を幸転すべく計画を練って居ります。
過去の人達と同じでは私の人生と言う命を私を産み育てた地球に恩返しせずに終わって仕舞います。

215 :凡人:2006/05/13(土) 12:51:42
>>211-1
ニーチェは百年、早く産まれて仕舞った、と言っていましたが私はニーチェ依りも百年遅く産まれました。
当時から比較すると蒙昧意識社会の支配手法も巧妙に成り世界全体が蒙昧意識に包み込まれて仕舞いました。
しかしアインシュタインが来日の際に世界の平和と未来を日本に託した通り、今の日本の宗教に捕らえられて
居る人達は20%以下と世界比最下位ですので日本人が最も真理に近づき易い立場に有ります。
物質的進歩だけが先行する、この時代に人の心の精神進化を促さなければ人類は取り返しの付かない時代に
突入しますので、それを防ぐべく人類史に足跡を残すつもりです。
人は誰でも、より良い未来を残すべく使命を持って産まれてきますが、それを意識せずば知能が育たず人間
として生きる事が許されない、と言う実に巧みに人の心は創られて居ますね。
貴重なご意見、有難う御座いました。これからも宜しくお願い致します。

216 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 13:04:15
>>215
時代のせいにしちゃいけませんよ。
あなたの言を借りるなら蒙昧意識に包まれている今だからこそ真理が輝くのです。
真理を証明したらもうそこには居続ける価値は無いかもしれませんが。。。

217 :1:2006/05/13(土) 13:08:09
>>212-凡人氏 wrote:

>哲学者が道理に明るく無いからくどい文句と成り、般人に受け入れられず蒙昧意識の強い、
>今の社会が結果と成って現れていると考えられます。

ここの部分は私からすると肯定しがたいです。
哲学者たちは道理に明るかったのかもしれない。
それはくどい文章に表れていると言おうとしたのです。私は
 哲学者は道理に明るくても一般の人は蒙昧的だとすると
啓蒙する時に蒙昧から読者を引きずり出さなければならない。 
 そこにはある意味くどく書かなければならないと過去の哲学者
たちは考えていたのかもしれない。言葉で解かりやすいように書くと
しらっと流されてしまうかもしれないという懸念があったのではないか
と(個人的に)哲学者の本を読むと思います。

あとこれは冗談ですが、人々に蒙昧意識があるから駄目なんですよね。
もし蒙昧意識が世間に必要だったらどうします?
あるいは蒙昧意識が人間の動物的(本能的)ものだったら?

そう考えたことはありませんか?

冗談ですのでさらっと流してくれてもかまいません。

218 :凡人、どうした?:2006/05/13(土) 13:09:47
凡人くん、君がどんなに屁理屈を唱えようとも
肝心要の「唯一の方法」が不在だという事実からは逃れられんよ
君もそれを自覚してるんだろう
だから傍証や外堀を埋めることに、一所懸命になることしかできない
中身が全くない

>物事との理を悟れば、知能が育ちそれに依り産みだされる知恵が人類の抱える全ての問題を解決する、
いるよ
20世紀に巨魁と呼ばれた人がね
だから君は無知なのだよ

しかし最近は本当にこの手の輩が増えた
困ったもんだ

219 :1:2006/05/13(土) 13:29:23
関係ないけど
気になったので茶々いれます。
>>216-NAS6 ◆o1AYEkZmQU さん wrote:

>真理を証明したらもうそこには居続ける価値は無いかもしれませんが。。。

真理を証明したらその真理を思う存分使えばいいじゃないですか。
そこに蒙昧があるといわれるかもよ。


220 :凡人:2006/05/13(土) 14:22:25
>>206
私が物事の理を悟る、と記したから貴方の解釈に間違いが生じたと思われます。
これからは、ものごとの理を悟る、ものごとの是非、善悪を明確に弁別する心、と表現を改めます。
ものごと、とは人の心が産みだす意識を指す言葉です。
ご指摘、有難う。


221 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 14:22:50
>>219
>真理を思う存分使えばいい
飽きるよ多分。
真理の証明の切り抜いた達成感の方が気持ちよさそう。

222 :凡人:2006/05/13(土) 14:29:35
>>216
勘違いして居ませんか?
この時代だからこそ真理が必要だと唱えて居るのですよ。
真理を証明したら、それを社会に知らしめる義務が必然として生じるでしょう。

223 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 14:41:30
>>222
ん?闇があるから光が輝くのでしょう。
>真理を証明したら社会に知らしめる義務
私は基本的に自己満足を追求しているので特に宣伝する必要は無いかと。
各自が自然と真理に導かれていくものではないでしょうか?
嚢中の錐というように、働きかけずとも出るものは出る。

224 :凡人:2006/05/13(土) 14:52:56
>>217-1
過去の哲学者の時代的背景も考慮しなければ成りませんが現在の哲学者を名乗る人達には依り
厳しい意識を持って考えて居ります。
くどく伝える事で大衆の納得が得られず哲学(ものごとの道理に明るくなり諸事に用いること)
が難しいと植え付けたのは哲学を仕事とする人達の責任と見ます。
純粋な心で哲を望む大衆の誰もが哲を悟れる様に哲を悟った哲学者で有るなら、それだけの知恵
を産み出せるはずです。
人が産まれたときの本能には蒙昧意識も啓蒙意識も全く無く白紙の状態です。
そこに原因を考える人の意識は、更なる探求心を封印して仕舞います。

225 :凡人:2006/05/13(土) 15:08:43
>>223
真理は宗教と違い闇の中に一条の光を投げかけ誘われてきた人々を美味
しく食べてしまう様なものでは有りません。
闇の社会全体を明るく照らすのが真理を諭す目的です。
自己満足を望む為に真理の探究をしても絶対に叶いませんよ。
それは純粋な目的から外れる蒙昧意識に依って産みだされる心ですので、、


226 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 15:22:31
>>225
説明しても全て伝わるわけではありませんので、各自が各自で自己流を磨けばいいのです。
自己流を磨くことを自己満足するんです。自分の真理を喧伝して他人が解答する機会を奪ったらいけません。
自分の真理が本当に真理ならば宣伝する必要も無いんです。自ずと明らかですから。

227 :凡人:2006/05/13(土) 15:23:34
>>209
理を受け取る入れ物(心)が穴の開いてるバケツでは納めるのは無理でしょう。

228 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 16:01:11
なんだか唐突にこんな疑問が浮かんだ。

凡人はウィトゲンシュタインをどのように評価するのだろうか?
凡人はゲーデルをどのように評価するのだろうか?


229 :凡人:2006/05/13(土) 16:03:53
>>226
蒙昧意識にも啓蒙意識にも自己流なんて有りません。
真理も一つだけ自己流はありません。
私の真理、貴方の真理は真理では無く真理は真理と言う唯一無比なのです。
力を崇拝する蒙昧意識下に於いて、ものごとの理を悟り真理を見いだせる人は長い人類史に於いても皆無でした。
その真理を見いだせた者が伝える事は人々に真理との巡り遇う唯一の機会なのです。
機会も無く、自ら明らかにできないのが真理なのです。




230 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 16:26:19
>>229
まぁ、そういう言い方もあるかもしれませんが、
自分の実感と書物などの知識を併せて自分の答えを出すんです。
それは芸や術みたいなもので自分のやり方を見つけるんです。
私の答えは「無抵抗という状況をエネルギーに転換する」ですが、
そこに至る道を模索しているんです。もうやっていると思うんですが、
いまいち実感や方法論として確立してないから試行錯誤してるの。
試行錯誤するのも私の答えと矛盾はしないですし。
真理を聞いて理解することは理屈だから出来るかもしれませんが、
実践となると話は別です。実践はとにかくトライアンドエラーで
自分なりに芸や術として身につけるしかありません。

231 :凡人:2006/05/13(土) 16:32:57
>>228
過去の常識を覆し新しい理論を見いだす事は人間として素晴らしい勇気と探求心の持ち主と思います。
しかし哲学を心で理解すれば簡単なのに、頭で理解する事を説くのは感心できませんね。
人が哲を悟れぬ原因を見いだす要素が不足している、と考えられます。



232 :1:2006/05/13(土) 18:04:14
凡人氏の言いたいことがわかってきました。
要は日本の人間が物質的に豊かになった。
そこで内面に関心が向けられている。
日本ではイデオロギーよりも実際を重視する
傾向が伝統的に高いため、内面はこうするべきだ
といった一般論が確立されていない。私も
今この時代に人間の内面の実際のあり方が
より良い形で出てくればよりいいと思う。
そこまでは同じ、

命題を挙げたのもこれらの命題全部がすべてに
かかわってくると私が想起したからであり。
内面だけでなくなんにでもつかえるようになる
せめて橋がかりにでもなって欲しいと思うからです。
すべてのために・・・・・・・

んで命題にもっと深く取り組んでみませんか?このスレだけで
ここまでくれば(いままでのこのスレッドのやり取りをみれば・・・)

命題2.の「自慢は自己満足の略」の証明のヒントがあったろうと
思います。

233 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 18:24:52
このスレは何?
どこかの病院の患者専用スレなの?

234 :凡人:2006/05/13(土) 18:44:59
>>230
人に智恵が無ければ自分で知識を会得する事はできません。
書物を開いて覚えても何ら知識の足しには成らないのです。
何故か?
書物に記されている是非を弁別せずに取り込み記憶が全て正しいとの思い込みを持つためです。
蒙昧社会に名を馳せる学者でも、ものごとの理を悟らずば知恵を持っているとは申せません。
何故なら人が知恵を産みだす為にものごとの理を悟り知恵の母体で有る知能を育てなければ恵を産み
だす事ができなからです。
変わりに学歴などに関わらず誰でも、ものごとの理を悟れば知能が育ち知恵を産みだす事ができます。
私は真理を悟る方法を理解し伝えられますが真理そのものを、お教えはできません。






235 :凡人:2006/05/13(土) 19:05:42
>>233
君にとっては雲上の話しでしょう、から関わらぬ方が良いでしょう。

236 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 19:07:33
そもさん!!

237 :1:2006/05/13(土) 19:08:43
>>233
そうだとしたらどうする?
なんて書いてもしょうがないし
どうでもいいことだろそんなこと

238 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 19:08:49
>>234
>私は真理を悟る方法を理解し伝えられます
おぉ、さすがです。
で、悟れば技術的なこと無しに使えるの?

239 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 19:22:15
私のは時間が遅くなったり浮かぶ感じがしたり自分を見下ろす視点で自分が行動したり
全部感覚だから伝えられないなぁ。そういうの皆ないのかな?

240 :凡人:2006/05/13(土) 19:37:17
>>238
哲学=諸学の源と言う意味は、道理に明るく成り人類の抱える問題の全てに使いなさいと指し示しているのです。
ものごとの理を悟れば、真理が悟れます。
自分の心が自分の全てを導いてくれますので技術的なことは何も関係ありませんよ。
悩みや問題、生き甲斐、夢など全て自己解決できる知恵を産み出せますよ。
金も係らないで一番の得策では有りませんか?




241 :凡人:2006/05/13(土) 19:43:04
>>232-1
良い質問をだして下さい。

242 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 19:47:27
>>240
いいなぁそれ。
感覚が変わったりする時は、いつも無抵抗になった時になるから、
ずっとその感覚を大事にしてたんですよ。というよりも
出来ちゃうというのが本当のところなんですが、
危ない目に何度もあってきたけど、今、生きていますし。

243 :解体屋:2006/05/13(土) 19:52:39

真理、真理というけれど、凡人氏のいう哲学の真理と宗教の違いがわかりませんね。

ま、ぶっちゃけていえば、相対主義に陥っておしまいなんじゃないのかな

244 :凡人:2006/05/13(土) 20:19:36
>>243
哲学の真理と宗教の違いは>225を参考にして下さい。

245 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 20:51:10
>>255は、

「真理」を「この宗教」に、「宗教」を「他の宗教」に置き換えれば、どの宗教の教祖でものたまってる話。


246 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 23:08:12
ドイツの本屋で興味本位に座り読みして面白いなぁと思った本があったのを思い出した。
それは、カルトのつくり方・カルトの運営のされ方の批判的解説みたいな本で、
世界中のカルト教祖には共通の主張方法があるって書いてあった。
大体↓のような感じだった。


****
私はAを知っている。
君たちはAを知らない(僅かしか知らない。暗黙のうちには知っているが確かな認識に至っていない、などのヴァリエーションがある)。
なぜなら、AはBから導き出されるものであり、私はBを(きっかけとなる適当なエピソードが入ることが多い)知った(啓示を受けた・悟ったに置換可能)からである。
君たちもBを知ればAを知ることができる。
私は君たちにBを教えてあげよう(大抵の場合有料である。無料の場合は本当の狂信者か自己満足が目的として設定されている場合である)。
BがBであることは明らかなのだ。なぜなら私はAを知っているから(循環論法に陥る。AであるのはBだから。BであるのはAだから)。
****


凡人っぽくない?

247 :凡人:2006/05/14(日) 00:40:51
>>246
一度、パソコンで知恵を検索して、その条件を貴方が満たして要るか、よ〜く考えなさい。
そうすれば馬鹿な書き込みに恥を感じるでしょう。



248 :考える名無しさん:2006/05/14(日) 01:38:42
>>246
凡人も見事に類型的だな

249 :蒙昧:2006/05/14(日) 09:03:19
ちわ。久々来ました。
なんかスレの流れが『凡人さん』vs,『凡人否定をしたい多数』が主流になって
1の挑戦が無視される流れになってるな。よくあることだが。

さて凡人さん。>>229は全力で否定したい。
哲学は一つではない。哲学の到達点も一つではない。
「ベースたる世界」は実質一つしか存在しないのだから『答えに当たるモノ』は唯一かもしれないが、
個々人の「認識する世界」は千差万別であり、認識と解釈が不可分である以上、
『答えに当たるモノ』に到達した人が見る『真実』あるいは『世界観』も唯一足り得はしない。
『あなたが真実と思うモノ』はあなたの哲学の到達点であり、あなたという自我が解釈しているそれは、
あなたという自我が介在しなくては存在できない『真実の一相』に過ぎない。

俺は真実なんぞ見えちゃいないが、この「世界観」は揺るがないんだよな。
言い様によっては俺のこれも『真実の一相』。

250 :蒙昧:2006/05/14(日) 09:19:56
>>242
あなたのそれは哲学というより神秘体験なのではないだろうか・・・。
あなたの哲学を教えてもらいたかったりする。面白そうだから。

>>232-1
俺は自分なりの解釈をするのが好きだから、答えを限定してあなたの答えを「正解」にするのはやめてくれ。
この板にいる連中は(俺含め)あなたの問いに答えてダメ出しを受けるのは望まないだろう。
あなたの哲学と証明を出し、「論破してみせろ」というやり方のほうが「挑戦」ではないかと。
あなたの添削を受けるために返答する気はないよ?最初のほうでやって少し不快だったから。
『命題』を自分なりの解釈で証明するのは面白いと思うが、何よりあなたの証明を書いて欲しい。

251 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/14(日) 09:34:06
神秘体験なのかな?
原付で車を抜こうとして左折巻き込みに遭いそうになった時だけど、
まず、「わ、あぶな」と思った時に時間も空間も無限に刻めるような感覚になって
小さな頃からの懐かしいような「あ、あの感覚だ」と思うんです。
その間に助手席に乗っていた人の驚いた顔が見えたりして、それから
浮くというか体重がなくなるというかGを感じなくなる。
そして気が付くと一人でバイクを止めて立ち尽くしてるの。
ちょっと、パチパチと放電した感じもあるときはある。
その今説明した間音は感じないんです。
後から考えても何でぶつからないで止まれたのか不思議に思うの。

252 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/14(日) 11:07:53
251は感覚が変になったときの一例ですが、そうなる時って
いつも無抵抗な瞬間なので、それに気づいてから思索を始めるようになりました。
失敗したら嫌なので自分からは試せないけどいつ来てもいいように心構えをしておこうというわけです。
いろんなところで言っているのですが、「無抵抗という状況をエネルギーに転換する」これが最終目標です。
ガンジーさんは非暴力不服従という無抵抗主義で独立を成したんですが、
大統領になって無抵抗という状態から外れたから暗殺されたんだろうと思います。
暗殺の機会は独立運動時でもたくさんあったはずですから。
>>219
>真理を証明したらその真理を思う存分使え
なんですが、私の真理では使いすぎると自分が無抵抗という状況から放逐されるので
余り使えない。使いすぎるとしっぺ返しを食らってしまうんです。
微妙な駆け引きみたいなものなんです。
ですからもし私の真理が証明できたとしたら、次に取る行動は立ち去るのみなんです。


253 :凡人:2006/05/14(日) 13:19:50
蒙昧さん
哲学の目的は各自バラバラでは無いんですよ。
まずはスタートラインに集合する事です。
スタートラインは哲(道理にあかるいこと、ものごとの理を悟る)に集まるのです。
それから各自が哲の心を持って自分の望む、好きな道(学)を目差すのです。
人がどんなに頑張っても道理にあかるく成らなければ(哲のスタートラインに立たなければ)
知能が発育せず知恵を産み出せない、と言うことは御存知ですね。
十数年の探求結果の発見ですので楽な神秘体験は何も有りません。


254 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/14(日) 13:51:47
楽とは言うねぇ。
スタートを目的にするというのは、スタートにたどり着いたと感じても
そこはまだスタートではなくスタートのスタート・・・と以下延々に
スタート(原因)を探ることで、ビッグバン或いは原初生命を目的とする
ことでいいですか?それだと広く議論が交わされているものなのですが。

255 :解体屋:2006/05/14(日) 13:53:25
>253
哲学の目的は各自バラバラでは無いんですよ。
まずはスタートラインに集合する事です。
スタートラインは哲(道理にあかるいこと、ものごとの理を悟る)に集まるのです。
それから各自が哲の心を持って自分の望む、好きな道(学)を目差すのです。
人がどんなに頑張っても道理にあかるく成らなければ(哲のスタートラインに立たなければ)


しかしこういう認識を疑うのもまた哲学なのですから。
「哲学を役に立てよう」という発想自体が非−哲学的なわけです。
哲学が何かの役に立たなければならないなんて義務はどこにもありません。
自明のスタートラインもありません。
 「哲学者の責任」だなんてのは噴飯ものですね。
 あなたが言っているのはむしろ宗教、ソフトに言っても倫理でしょう。



256 :蒙昧:2006/05/14(日) 14:11:39
>>252
あなたの哲学(?)を説明する上で重要な『無抵抗な状態(状況)』、
これがよく掴めないのですが、無粋かもしれませんが論理で説明して頂けますか?
そしてあなたの体験は神秘体験以外の何物でもないのでは?

>>253
個々人の思索を「哲学」という一つのカテゴリーにまとめてしまうには、
あなたの哲学定義は狭義すぎます。
あなたと同じ結果(「知恵」や「哲」を得て「自由」を得る)を求める者の目的はそれで合っているのかもしれないが、
俺は「自由」など求めてはいないし、俺の哲学は今の、あなたの言う蒙昧意識に支配された哲学のままで構わない。
「ものごとの理を悟る」必要性が見当たらないんだな。
俺の世界観である『真理の一相』において、智を拡げる上で「悟る」という行為は必要ない。
というか、様々な人の『真理の一相』に触れていければ楽しいから、それで十分なんだよね。

凡人さん、あなたの哲学の定義は、「あなたの哲学の定義」なんです。

257 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/14(日) 14:31:44
>>256
『無抵抗な状態(状況)』
は、自分の力ではどうしようもないという状況です。押すも引くも出来ないという感じです。
ボトムラインです。ボトムラインを何とかできるようになれば、V字タ−ンで何でも可能。
1回失敗したってまたボトムラインから何度でもやり直せば良いというスタンスです。

以下某所から転載-------------------------------
無抵抗を力に変える。というか攻撃された分強くなる。
攻撃した相手が逆に強くなるんなら攻撃自体が不毛になり恒久平和が達成できます。
だから私は敵が大好きなんです。わざわざ、力をくれに来るのデスカラ〜。
守られた内界から過酷な外界に出たら外界に存在するだけでも力が増えます。
ゲーム的に言えば力を経験値としてくれても結構です。
無抵抗の言葉だけで恒久平和もアガペーも永久機関も説明できるんですよ。


258 :蒙昧:2006/05/14(日) 14:36:43
>>257
返答に感謝。
でもそれって哲学なんすか?超能力開発に使えそうだけど。
てゆーかもしかしてそれって人間がもともと持ってるパワー!?

259 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/14(日) 14:49:41
>>258
哲学だと思うんだけど。
そうそう、この間友人に進められてマクロス7借りて見たの。
それだと主人公が戦闘にノコノコ出向いて、攻撃をかわすだけかわして
歌を歌って歌の力で敵と停戦するという内容なんだけど、それって
戦闘の真ん中で無抵抗で踊っているという私のイメージにぴったりと思ったんだけど。

あと、古代人は洞窟に入って行って奥底で手形を残して帰ると霊的なパワーが得られたらしい。
それも、無抵抗の力かなと聞いた時思ったよ。

260 :蒙昧:2006/05/14(日) 14:58:35
>>259
いやなんかもう哲学という段階は越えて
ある種の『境地』だと思うんですが・・・。
物理現象を伴うのは哲学の範囲か?

261 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/14(日) 15:00:17
あと、ヨハネの黙示録では羊が救世主なんです。
羊をキリストとダブらせているんだろうけど、
羊が象徴するものは犠牲とか無抵抗だと思っているの。

262 :1:2006/05/14(日) 15:22:07
各命題の私個人の証明は命題1は(>>62)で書きました。

あとはまだ言葉にするにはまだ足らず編集中です。
昔思いついたものでして、そこに至る過程を思い出すのも
結構難しいものです。

これは釣りですが・・・各命題が例えば真理とか普遍性を持ってたり
だったら
どうします?。
もちろんこのことは流してくれてかまいませんが。

別に
>>62について何か批判や否定する、疑うところはありますでしょうか?
 
 今まで各命題について書いてくれたことについてはは重んじて
います。


263 :考える名無しさん:2006/05/14(日) 15:33:45
【クラシック音楽】ベートーヴェン垂れ流しラジオ-Beethoven Radio
http://ex14.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1147585444/


264 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/14(日) 15:38:23
>>262
自己は前提だから自己認識は正確には出来ないのかも。
認識は比較。比較は差をとる。
私−私=ゼロ。
だから、私と私は差が無い(同じ)。
トートロジーだから説明にはならないのでは?

265 :& ◆NXzSS3B7P6 :2006/05/14(日) 16:10:57
ぶっちゃけ感覚では「私は私」なのだから
トートロジーでもいいですよ。
でも(必要かどうかはべつとして)
何においても最初の根拠を問われるとすると
>>62の展開で「私は私」と理性で展開してみたのです。
三木清著の『哲学入門』の最初の方かな
おなじようなことが書いてあったのは

266 :考える名無しさん:2006/05/14(日) 16:14:16
あのねぇ、感覚で同じとか、トートロジーでもいいとかじゃなくて、「私は私」だと間違いなくトートロジーなの。
A=Aでしょ。

そういった命題は、「私は、私の肉体である」とか「昨日の私と今日の私は同一人物である」とかそういったところから出発して考えていかないといけないわけ。
言語論的転回を経た俺にはどうでもいい話だけど。


267 :1:2006/05/14(日) 16:32:27
凡人くん どうした?さん wrote:
>>物事との理を悟れば、知能が育ちそれに依り産みだされる知恵が人類の抱える全ての問題を解決する、
>いるよ
>20世紀に巨魁と呼ばれた人がね

巨魁と呼ばれた人は何の魁だったんですか?
どういうことをしたんですか?
どういう人だったんですか?

しりたいな〜
教えてくれないかな〜

>>266
トートロジーなら「私は私」で結構じゃないですか。
そこに疑問をはさむ余地は無いということですよね。


268 :凡人:2006/05/14(日) 19:31:40
皆さんへ、、
数学、理科、社会と科目通りに学びますが哲学は何故か皆さん科目を忘れてしまいますね。
素直に哲(道理にあかるいこと)と言う、初心に返る事を望みます。

269 :考える名無しさん:2006/05/14(日) 19:38:22
>>1
私が私じゃなくてもかまわないんじゃないか?
「「私が私」だと思ってるのが実は私ではないなにか」であっても矛盾しないけど。
ちょっと電波かもしれませんが。

270 :考える名無しさん:2006/05/14(日) 20:57:42
>>269
「私=私」と「私=私だと思っているもの」は別の話でしょ。

271 :考える名無しさん:2006/05/14(日) 22:24:42
「私は私」が証明されても、現実にそうだとは限らないわけで

「私は私」「私は彼」「彼は私」が同時に成立してても別におかしくないし

272 :考える名無しさん:2006/05/14(日) 22:37:48
うむ。
そもそも「私」という定義によっていく通りもの解答が生み出されるわけだ。
しかし「私とはなにか」と問われても、なんなんだ???
私が私を知ることは可能なのか???

273 :考える名無しさん:2006/05/14(日) 22:52:17
>>271
現実を証明しろとか、「私は彼」について言及せよとは言ってないじゃん。

>>1はただ「命題」って言ってるだけでしょ。
命題ならまず論理的な観点からとりくまなくてはならない。また、当該命題以外に明記されていない問題に取り組む必要もない。
ただ、1は「命題」という言葉の意味を取り違えているようではあるが。

274 :271:2006/05/14(日) 23:21:00
>>273
>>269がトンチンカンなこといってたから指摘しただけだよ。
「私は私」が証明されることと、現実で私が私以外であることは矛盾しないし関係もない、と。

275 :凡人:2006/05/15(月) 15:37:52
>>267-1
>いるよ
>20世紀の、、、
私の何番の書き込みですか?
知りたいです。

276 :考える名無しさん:2006/05/15(月) 16:14:04
そのさぁ、>>267-1とかの参照は何?
いやがらせ?
ブラウザでうまく参照できなくなるんだけど。


277 :凡人:2006/05/15(月) 18:25:13
>>267-1
私は20世紀に巨魁と呼ばれた人がいる、何て言ったこと有りませんよ。
他の人の書き込みと混同していませんか?

278 :1:2006/05/16(火) 06:20:02
>>277-凡人氏へ
>>218で凡人、どうした?氏が書いてることです。
凡人氏じゃあなく>>218の凡人、どうした?氏の
書き込みのことです。
>>267の1の書き込みは。

279 :凡人:2006/05/16(火) 14:45:58
>>278-1
分かりました、有難う。
私が、そんな馬鹿な書き込みをする訳が有りませんので可笑しいな、と思っていました。

280 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 21:57:35
論理的には、彼も彼女もあなたもみーーーーんな「ひとつの私」だとしても矛盾しない。
・・ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル

281 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 22:03:21
意味がわからんのだけど。

282 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 22:18:45
あなたのは「わだす」かもしれないが「わたし」のは違うだす。

283 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 23:30:03

吾邊矧雑痲璽斐螺禰佐々砥笥簾邊匙

これも読めない低脳がはびこるようになったかw




284 :1:2006/05/19(金) 09:00:10
このスレをたてた理由

ぶっちゃけ哲学ってあるけど実際どうなの?という疑問が
ありまして私の思いつき(命題)をたたせてもらいました。

命題
1.「私は私」
2.「自慢は自己満足の略」
3.「どうでもいいことはいいこと」
4.「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」
5.「天才は自由な遊動点を持ち秀才は優秀なコピーを持つ」
6.「万物万象は条件と可能性に立脚する」
7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」
8.「全知全能とはあらゆることに対処できることを示す」
9.「生物の肝要なことは『雄(男)は成すこと、雌(女)は気持ち』(雌雄
   がなきものはこの場合においては雌とする)」
10.「ありとあらゆることは棄却するか、包括するかの2つである」
11.「準備はなくとも準備はできる。また、立場がどうあれ結果は皆同じく
    受けとめたほうがよい」
12.「天才あらずして凡才なし、馬鹿阿呆なくして塵に同じああなんと
    すばらしいこの世界。」
13.「類は論をもってこれを生ずるなり」

このことに関して真偽またはトートロジーなどを問うことによって
哲学板を問うことにしています



285 :凡人:2006/05/20(土) 12:06:52
>>256-蒙昧さん
人はものごとの理を悟る事で知能が育ち知恵を産みだす事ができます。
哲の意味は道理にあかるいこと、ですよね。
道理にあかるく成るためには、ものごとの理を悟らなければ道理にあかるくは成りません。
従って哲学の目的は理を悟る事ですが、哲学に悟ると言う行為は必要で無いなら、
それは哲学とは言えませんよ。
理を悟らず、理に無知な者が他人の『真理の一相』に触れる事など理に叶いませんよ。
それこそ、矛盾の極みでは有りませんか?



286 :蒙昧:2006/05/21(日) 02:49:52
>>285 凡人さん
根本的な世界観の差異、見解の相違、かな。性格の違いでもあるだろう。
その違いの生み出す結果である、あなたと俺の最も具体的な差異結果は、
――― 『哲学』という『言葉』に対する感応、解釈、定義。
つまり、哲学という『言葉』に持たせる意味の違い。

まず理解してもらいたいのは、
  「俺の言う『哲学』とあなたの言う『哲学』は全く別の言葉である」
ということ。

となると二人の話は絶対にかみ合わないわけだが、俺の世界観ではそれは是だ。あって然るべき。

全ては認識 解釈 定義 上の世界観であり思考主体こそが世界である。
それ以前にベースたる本質的世界は存在する(それがなければ思考主体は存在しない)が
思考主体ではそれを認識することも定義することもできない(思考主体に解釈された時点で
思考主体という異物を取り込んだそれは既にそれではない)、
つまり誰にも世界の本質は得られない、俺達にとって世界の本質は存在しない。
真理も現実も答えもその思考主体の持つ世界観の中のものに過ぎない。
希求者の数だけ真理はあり、思考主体の数だけ現実がある。
強調しよう、
                 【本当の答えなど無い】

長くなった。すまん、俺の下らん主張になってる。>>285への反論は次のレスで。

287 :蒙昧:2006/05/21(日) 03:13:09
>哲の意味は道理にあかるいこと、ですよね。
>道理にあかるく成るためには、ものごとの理を悟らなければ道理にあかるくは成りません。
>従って哲学の目的は理を悟る事です

言葉に縛られすぎかと。
『哲学』の名前に意味があるのではなく、『哲学』という言葉に持たせるイメージが『哲学』。
イメージは人によって違うわけで、つまり『哲学』は人によって違う。
ほら、これまでのレス見ても、俺、凡人さん、NAS6さんの『哲学』のイメージって絶対バラバラだろ?
三つめの文は「したがって(私の)哲学の目的は理を悟る事」になるべき。
というか哲学の本質が名前に現れていると思ってますか?
俺は思わないんだが。

>理を悟らず、理に無知な者が他人の『真理の一相』に触れる事など理に叶いませんよ。
>それこそ、矛盾の極みでは有りませんか?

他人の『真理の一相』に触れるのに必要なのは、
その人との対話と、自分の世界観に縛られずに他人の世界観を理解する想像力、受容力。
あなたの世界の『理』が無くとも、それらがそろえば触れられる。
いやまあ、俺の能力じゃ限界あるだろうけど。限界超えるのも楽しみかな。
っつーことで、俺の世界のルールには矛盾は無いかと。

288 :凡人:2006/05/21(日) 10:16:34
蒙昧さん
落ち着いて聞いて下さいね。
私が言葉に縛られて要るのでは無く、皆さんが哲学から逃げ出して要るのですよ。
理由は哲と言う道理にあかるいこと、とは何か?それが五里霧中で見当さえ付かないからです。
道理にあかるく成らないことを望み探求する哲学に矛盾を感じませんか?
>自分の世界観に縛られずに、、と書いて有りますが世界観に縛られない己の意識が必要では無いですか?
それに世界観とは世界の意識を掌握して無ければ理解できませんが、それはお済みですか?
>他人の世界観を理解する想像力、受容力は個の理が無ければ到底、触れる事はできませんよ。
言葉の羅列は誰でもできますが、その内容を理解するには道理にあかるく成る=ものごとの理を悟らないと
全ては覚えているだけで何も理解はできませんよ。
道理に昧いまま、ものごとの理を悟らぬまま、理解しょうとする事が既に矛盾しています。
貴方の今の限界は貴方がものごとの理を悟り、知能を育て智恵を産みだせば眼下に広がる
砂浜の一粒の砂にも満たない大きさです。





289 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 16:05:21
物事の理を悟れば、世の中の争い全部なくなるのか?結局誰が働いて誰が搾取
するかってことだけなんだよ。止揚できないことなんて世の中にいくらでもある。

290 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 17:05:31
「哲学」を漢字で考えれば、「理を悟ること」が目的ということになるだろうが、
philosophyの訳語と考えれば、「知を愛すること」が目的ということになる。

凡人がすごいのは、前者だけが哲学なのだと信じるだけではなく、
哲学すれば「世界を平和にできる」とか言ってしまうことだな

一つの真理が世界を覆おうとするとき大破壊が訪れるという歴史的事実は無視ですw

291 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 17:19:27
凡人がそう考えているの、それとも、本当にそうなのか。
これは主観に対するものが真理であることである。
真理は真理としてあり、我々の考えは我々の考えとしてあるのである。
我々の考えに対して、真理は我々の考えを含んでいないことであるから、
何事も確かなことが無いと考えることになりはしないだろうか。
一方、我々の考えが無くとも、真理が真理として成り立つのだから、盲目になるのではあるまいか。
つまり、真理に対して主観という考え方は独断か、思考の停止をせまるのである。
哲学を語る資格を放棄する態度であると考えます。

292 :1:2006/05/21(日) 17:47:37
さてみなさん
>>284
1の挙げた命題1〜13が真理だとしたら?
私は各命題すべてに証明はできませんが。

>蒙昧さん
「本当の答え」そのものは私にも見つかりませんけどね。
普通に結構同意します。
>凡人さん
歴史上の哲学者の系譜は真理を追究し続けています。
私が挙げた命題にもそれが含まれていると思います。
哲学は答えを出し続けてきています。
目的にあってないかもしれないけれど。
知は増え続けているのです。
その事実(歴史と伝統)を
切ってしまってはいけないのではないか?
と思います。私たちがここにいるのも
先達がそうしてきたからです。

293 :凡人:2006/05/21(日) 19:32:26
>>289
ものごとの理を悟る、と言う事は力を崇拝する蒙昧意識から離れ、知能が育ち知恵を産みだせる、と言うことです。
大衆の蒙昧意識を操り、利を得ていた体制の意の儘に知恵を備えた体制は動かせなく成ります。
一握りの支配層が自分達の利の為に力に依って支配していた人類史を大衆が知恵を得て従わなく成れば、その仕組みは消滅を免れません。
我々、大衆がものごとの理を悟れば自由と平等を重んじる詐取の無い社会に必ず歴史が向かいます。



294 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 19:57:07
唯一絶対の「哲学」が在る無しとは別に、ちょっと思うのですが…

凡人さんのご意見は確かに理想的な形をしています。それに向かって
人が進めば人類は「神も信仰も主義主張も」これ以上必要ないでしょ
うね。
でも、新たな宗教や主義主張が叫ばれるとき「同じ御旗」が立てられ
る処を指摘している名無しさんの意見はやはり無視できないですね、
私は。
「正しいであろう」と誰もが思う主張が通らない、その根底にある物
が曖昧さんの主張される「哲学観・世界観」と非常にダブるんです。
ここ興味深くて好きなスレですw

295 :凡人:2006/05/21(日) 20:25:29
>>290
ものごとの理を悟る経緯には人間愛の確立が欠かせません。
その人間愛が人の知能を育てる所に哲学=愛智と言われる由縁です。
それを理解できぬから、知を愛する事が哲学だと言う者達が大勢います。
>一つの真理が世界を覆おうとするとき大破壊が訪れるという歴史的事実は無視です。
歴史的事実とは、いつの時代でしょうか?
近未来に訪れる理に反する蒙昧意識から理を重んじる啓蒙意識に人々の精神が交代する
ハルマゲドンの事でしたら心配する必要は有りませんよ。
啓蒙意識は、その知能を使い、誰にも痛みを与えず蒙昧意識の交代劇が静かに完了しますので、


296 :凡人:2006/05/21(日) 20:37:41
>>291
ものごとの理を悟らなければ、人の心は盲目なのです。
今、現在が盲目なのに盲目に成るのでは、と心配してどうなるのですか?
哲学の道理にあかるいこと、とは真理に通ずる心を養うことです。
その道を放棄する事が哲学なのですか?

297 :凡人:2006/05/21(日) 20:47:14
>>292
哲学の先駆者の苦労は、その時代を思うと計り知れないものが有ります。
しかし、哲学の目的、社会に対する役目も明らかにされていない以上、その成果を認める分けには参りません。
従って、我々は過去の思いを断ち切って新たな意識を見いだす必要が有る、と考えます。


298 :凡人:2006/05/21(日) 21:08:46
>>294
見勝手な宗教や主義主張は蒙昧意識に依って産みだされます。
人がものごとの理を悟り啓蒙意識に幸転すれば知恵を持たぬ蒙昧意識のつけ込む隙は皆無と成ります。
誰もが受け入れを望む新しい哲学観が誰もが望む世界観に成れば宜しいのでは、とおもいます。
哲学は大衆の意識を反映してこそ、哲学の真価が発揮できるのでは、

299 :解体屋:2006/05/21(日) 21:16:39


何やらくどくど下手クソな文章で書き連ねているようですけど結局は単純な、リベラル・デモクラシー+ヒューマニズムですね。
しかもそれに対する懐疑が全く感じられない。
硬直した理想主義の悪例そのものです。
20世紀の全体主義(ファシズム、共産主義)の歴史を知らぬわけではないでしょう?
人間が、大衆が本当の哲学とやらを手に入れたところでそれを良いことのために使うなんて保証はどこにもありませんよ。


過去の哲学者の成果など認めないそうですが、一冊も読んでいんじゃないですか?


300 :解体屋:2006/05/21(日) 21:18:46
訂正

読んでい「な」い

301 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 21:32:30
読んだ上での結論かもですよ?それも一つの成果だし…

まぁ、哲学で「成果」を出せるほど私は境地に立ててないので凡人さんの
言わんとされる事を「理想や知識」でしか判断できませんから、そこが両者
(ここでは私と凡人さん)の「見識」の違いとして現れるのでしょうねw

>>1
回答を「一つに絞れない」からこそ永遠のテーマたりうる「私は私」w
考えたら自分が「駄々っ子」に思えますよ。


302 :凡人:2006/05/21(日) 23:51:42
>>299
私の言っている事は哲学の哲は道理にあかるいこと、道理にあかるく成る為には、
ものごとの理を悟らなけれ道理にあかるく成れません。
ものごとの理を悟る、事は人が知恵を産みだす為にも不可欠な事です。
ものごとの理を悟らずに皆さんが使っている知恵は、ものごとの理を悟り知能をて
産みだされる知恵と比較できない程、少ない知恵です。
だから、人は脳の3%を使えば生きられる、と言いますがものごとの理を悟らなければ
残りの97%の脳は潜在知能として生涯、使う事ができないんですよ。
ですから道理にあかるく成る為に物事の理を悟る、事をお進めして居るんです。
ものごとの理を悟ると言うことは人間性の確立を伴いますので蒙昧意識の我利、我欲
を満たす為に使う事ができないのですよ。
哲学書を読むのなら、それを記した者の時代的背景や立場、状況、誤り等を読む者に読み
取れる知恵が必要ですよ。
知恵を持たずに哲学書を読み覚えれば、それが正しいとの思い込みを植え付けますよ。
くどくど、と当たり前な事を言いましたが、それでも貴方の強い蒙昧意識が邪魔をして
納得できないでしょ。
しかし、蒙昧意識の産みだす自我の薄い方には御納得、頂ける人もいますよ。




303 :凡人:2006/05/22(月) 00:15:57
>>299 追伸
数式の不可思議も基本は単純な1+−×÷1から始まります。
人の心も単純な蒙昧意識と啓蒙意識、陰と陽、マイナスとプラス、表現は変わっても二つの何れを選ぶかの話しなのです。
前者の意識を撰んだ人類の苦悩の全てを解消する手立ては、人類の意識を後者に変える以外、無いのです。
文章が貴方のように綺麗でも書き込むことの意味に無知で有れば何にも成らないでしょ。
自由と自由主義の違いを理解していますか?



304 :凡人:2006/05/22(月) 00:38:09
>>301
人は蒙昧意識の我利、我欲に捕らわれずに望めば誰でも、ものごとの理を悟り産みだされる知恵を人生に活用する事ができます。
私は人生に於ける全ての要因が、偶然に相俟って地球と人類の幸せを望み人の心の仕組みの解明に取り組みました。
ここでの書き込みは、それの最後の仕上げをする意味も含んでいます。
諄いようですが、ものごとの理を悟れば、全ての問題に対して自由を侵さず解決する知恵が産まれます、のでそれに取り組んで見て下さい。

305 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 00:50:19
結局のところ、哲学書を読んだのか読んでないのかには答えてない

306 :解体屋:2006/05/22(月) 00:52:14

 やはり哲学書は読んだことがないのですね?

 私は自由と自由主義の違いだったら充分理解しているつもりですよ。
 自由主義は現代を支配している思想、アメリカニズムにその極を見いだすことができます。もちろん批判の対象ですが。
 自由とは哲学にとっては非常に重要なな概念です。
 自由に考えること、自由に疑うこと、あなたの考えのようにコチコチに硬直しないこと、ですね。
 いずれにせよあなたが293で述べた…

 大衆の蒙昧意識を操り、利を得ていた体制の意の儘に知恵を備えた体制は動かせなく成ります。
一握りの支配層が自分達の利の為に力に依って支配していた人類史を大衆が知恵を得て従わなく成れば、その仕組みは消滅を免れません。
我々、大衆がものごとの理を悟れば自由と平等を重んじる詐取の無い社会に必ず歴史が向かいます。

…このような蒙昧意識(これも奇妙な言葉ですが)からあなたが早く救われますように


307 :解体屋:2006/05/22(月) 01:13:45

以前の書き込みを読んで思ったが、凡人さんの思索はもう仕上げの段階にさしかかっているんでしょう?でしたら結論を聞かせて下さい。
その、「ものごとの道理」を。哲学の用語で言えば「アルケー」ですね。

例えばタレスなら「万物は水である」とか、プラトンなら「イデア」とか、ニーチェなら「力への意志」とかのように。

これは知的興味で言っているのです。きちんと答えてくれたら小馬鹿にはしません。「哲学書を読んだことがあるのか?」なんて意地の悪い質問もやめておきましょう。私は結構読みましたが。


308 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 01:35:49
解体屋はなんで「解体屋」なんだ?

309 :凡人:2006/05/22(月) 11:59:43
>>306
>自由主義とは批判の対象、自由とは重要な概念と書いて有りますが、質問の自由と自由主義の違いを理解してますか?の答えは無いですね。
>自由に考えること、自由に疑うこと、と記して有りますが、自由とは何か?の答えでは無いですね。
自由とは何か?貴方の知能の範囲で良いから答えて見なさい。
ついでに、哲学とは何か?も答えて見たら、、、できればで結構ですよ。

310 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 12:29:52
凡人の知能では哲学書は読めないから、
質問には質問で返すんだ!なんか文句あっか。

311 :凡人:2006/05/22(月) 12:46:33
>>310
自由と自由主義の違いを理解していますか?
この質問は>303で私が解体屋さんにだした質問ですが答えが未だですので再度、繰り返しただけですよ。
貴方は、その流れが分からないのでしょう。


312 :凡人:2006/05/22(月) 12:57:28
>>307
ものごとの道理とは(揺るぎなき良心が産みだす「人道」すじみち)です。
解体屋さん、ものごとの道理とは何か?答えて下さい。
答えられたら哲学書から盗用した蒙昧哲学、等と馬鹿にしませんよ。


313 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 13:22:12
>>311
>>299で先に解体屋が、哲学書を一冊でも読んでいるのかと質問している。
先に質問したのは解体屋だよ。
読んでないのが恥ずかしいんじゃんくて、それを隠して人に流れを分かって
いないという、心持ちが恥ずかしい。
道理を言う人間にしては、御粗末な人間の器が垣間見える。

314 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 13:48:47
>>311
理解しているつもり、って答えてるじゃねーかよww

315 :凡人:2006/05/22(月) 14:08:55
>>313
何故、私が他人の思いを記した哲学書を読み覚えて吹聴しなければ成らないのか?
哲学書を記した哲学者は誰の哲学書を読み覚えたのか?
哲学書を読み覚えれば道理にあかるく成り人間の器が大きく成るのか?
道理にあかるく成る為の大切な作業を哲学書でカンニングしょうとする行為こそ恥です。
カントは、こう言いました、ニーチェは、こう言ってる、では宗教と一緒でしょ。
聖書の第何条の何項に、こう記されています、ブッダは、こう申しました、と同じですよ。
哲学書の全てを読み覚えても人は、ものごとの理を悟らぬ限り知能が発育せず知恵を産みだす事ができないのですよ。
いつまでも、無知蒙昧を楽しんで無いで、理を悟り一度かぎりの人生を有効に消費しなさい。


316 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 14:11:25
それは誰の言葉ですか?
どこで使ってる文字だか示せないんじゃぁねぇ〜w

317 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 14:13:45
>哲学書を記した哲学者は誰の哲学書を読み覚えたのか?

ほとんどの哲学者はものすごい量読んでますよ?
結局凡人さんは読みもせずに否定してるだけなんですね。

318 :凡人:2006/05/22(月) 14:31:25
>>314
理解しているつもり?ほとほと手間がかかるね。
つもり、は思い込みだよ、理解しているつもり、は実際は理解してない
が理解していると思い込んでいることですよ。
理解とは、ものごとの理を悟り、始めて成される行為ですよ。
ものごとの理を悟らずに、つもりの理解は理解では無いのです。
ものごとの理を悟らずに理解できると言うのでしたら自由とは何か?
を答えて下さい。



319 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 14:39:01
本当にキレル奴は、本なんかヨマネーよ。
忙しいし。

320 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 14:41:27
>>315
俺はそういうことを言ってるんじゃない。
流れを分かってなかったのはどっちだ?って言ってんの。
先に質問してたのは解体屋だったろ。
自分が流れを分かってなかったのに、
>貴方は、その流れが分からないのでしょう。
と言った自分の間違いをまず認めろよ。
間違いを認められずに、またごまかして。
まず、哲学書を一冊でも読んだことがあるの?
次は、どっちが流れを読めてなかったのか?

まさか凡人の読書は、丸暗記のためなの?
この馬鹿は小説すら読んだことないんじゃないの。
普通の人は本を読みながら色々考えたりするんですよ。

321 :凡人:2006/05/22(月) 14:51:58
>>317
タレス、プラトンやソクラテスも紀元前500年ころの人達ですよ。
その時代に、ものすごい量の哲学書を読んだ、と本気に考えて要るのですか?
2500年以上も前の話しですよ、気は確かですか?

322 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 14:52:11
>>318
「つもり」ってのは「私は自分が理解してると思います」って意味だよ。
「理解しているのか?」という質問に対する答えにはなっている。
理解しているかどうかはまだ分からないけどね。

「本読んだのか?」に対して読んだ/読んでないを答えずに
「本読んでも意味ない」とか言い出すのとはわけが違う。

自由には二つの意味がある。

(1)かってきままであること(freedom)
(2)何かの制限を受けていないこと(liberty)

はい、俺は凡人のいう理なんか知らないが、「自由」の意味を説明できるよ?

323 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 14:55:59
>>321
タレスやソクラテスが読んだかどうかはしらんが(失われた書物も多い)
デカルトやカントやスピノザやニーチェやフッサールが死ぬほど読んでるのは確か。

凡人が生きてる時代はタレスの時代じゃないんだから、一緒にするなよw

324 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 15:16:07
解体屋さんがどんな意図で「哲学書を読んだか?」と質問したかは
本人しか分からんが、今の流れがなんだかなって方向に行ってる気
がするのは私だけ?
ちなみにしばらく前からロムってるし、解体屋さんの「どんな哲学
書…」の部分からう〜んって思う気も無いでもないが…

325 :凡人:2006/05/22(月) 15:25:13
>>320
>普通の人は本を読みながら色々考えたりするんですよ。
普通の人が読む普通の本なら読んでも害に成りませんが、人の精神に関わる哲学書は別なのですよ。
哲学書に記されている内容が正しいのか?それとも誤りなのか?を判断する知恵を持たずに哲学書
を読み覚えたら、どう成りますか?
ですから哲学書を読む前に、ものごとの理を悟り知能を育て哲学書の内容の是非を見極める知恵を
産みだしてから哲学書を読むのが良い、と言って居るのですよ。
尤も、ものごとの理を悟れば、哲学書を読んで他人から学ぶ必要が無くなりますけどね。
誰でも、ものごとの理を悟れば他人に頼らず自分で知恵を産みだせるのですよ。
智恵無しでは自由とは何か?と問うても答えられないでしょ。




326 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 15:28:24
>>324
哲学書を読むことにどんな意味があるかという問題と、
哲学書を読んだかどうかという問題とは別だ。

凡人は哲学書も読まずに過去の哲学者を否定しているようだが、
それはそれで認めればいい話じゃないか。
何か別の論拠あってそうしてるんだろ?それなら別に悪くない。

問題は、なぜそれを認めずに違う問題にすりかえるのかということだ。

327 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 15:30:22
まず、哲学書を一冊でも読んだことがあるの?
次は、どっちが流れを読めてなかったのか?
さっさと答えろ。

328 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 15:54:58
だから、答えない=応えないだけの可能性を残したまますり変える事
が、気に入らないし認めたくないのはあなたの流儀。
     ↑
とか言い出されたら収拾付かなくなるのは一緒じゃないのかなぁ?
という意味で言ってるんだけどなぁ。


329 :凡人:2006/05/22(月) 16:02:58
>>322
また同じ事の繰り返し、、
>理解してると思っていますは、つもりと同じでしょ。
次の自由とは何か?に進みましょう。
君の自由に対する解釈は、
(1)かってきままであること
(2)何かの制限を受けていないこと
我々大衆が君の唱える自由の解釈の基で生きたら人類社会は今より悲惨に成りますよ。
☆自由とは全てに痛みを伴わぬ意識と行動で有る。
自由ほど厳密な人間性を必要とする意識は有りません☆印の自由が理に叶った解釈なのです。
君の自由は身勝手な思いが産みだす(我が侭〉なのですよ。


330 :凡人:2006/05/22(月) 16:10:21
>>323
君の生きてる時代はデカルトやカントの時代なのかね。
その本人が哲学書を死ぬほど読んだ、って君が聞いたのかね。
馬鹿な話を聞くと疲れるから、馬鹿も休み休み言え、と言う言葉が有るよ。

331 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 16:33:27
>>329
>同じでしょ。
そうだよ。どちらにしろ答えにはなっていると言っている。

>我々大衆が君の唱える自由の解釈の基で生きたら人類社会は今より悲惨に成りますよ

そんなこと自由の意味とは関係ない話だろ。悲惨だったら自由じゃないのか?
いや、実際には悲惨であるかどうかと自由であるかどうかは独立に判断される。

とりあえず「自由はいかにあるべきか」という問題と「自由とはどういう意味で
あるか、どういう意味で用いられているか」という問題をごっちゃにするな。

「自由とは、人類社会を悲惨にするものであってはならない」
「その解釈では、人類社会が今より悲惨になる」
どちらも凡人の勝手な主張であり、しかも「理を悟らなければ、自由の意味は
分からない」という問題には関係がない。

332 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 16:38:04
>>330
タレスの時代にはできなかった(かもしれない)
デカルトやカントの時代には既にできた。
今でもできる。

凡人の質問は「哲学書を記した哲学者は誰の哲学書を読み覚えたのか? 」だぞ。
多くの哲学者は多くの哲学書を読み覚えているし、その上で自分の思考を本に
著したと答えただけ。タレスができなかったことと俺の答えには何の関係もない。

333 :凡人:2006/05/22(月) 16:55:59
>>327
私が哲学書を読んだ、と言えば凡人も自分達と一緒では無いか、と言うのでしょ。
読まないと言えば哲学書も読まずに理を語るな、と帰ってきますよね。
ですから、その判断は君達に任せます。
少し真面目に道理にあかるく成ることに取り組んだら、、

334 :凡人:2006/05/22(月) 17:04:04
>>330
>多くの哲学者は多くの哲学書を読み覚えているし、
と言う君が確信する、その根拠は何処に有るの?と聞いて要るのですよ。
確信の根拠を示して下さいね。


335 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 18:16:35
>>334
ほとんどの哲学者は、自分以前の哲学者の思想に対する批判あるいは新解釈
として自分の哲学を著しているからだ。

アリストテレス、ナーガールジュナ、アウグスティヌス、トマス=アクィナス、
デカルト、カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェ、ウィトゲンシュタイン、
ユング、ラカン、レヴィナス、デリダ。

ぱっと思いつくだけでもこのぐらいは出てくる。
そして、何も踏まえずに自力で哲学を生み出した人なんてほとんど見つからない。

「哲学者は自分だけで考えた結果を哲学書に書いている」というのは大ウソで、
書物に残された多くの先人たちの思考を踏まえて新たな思考を提出してるのだよ。

336 :凡人:2006/05/22(月) 19:56:19
>>335
それで永遠と受け継がれ磨き上げられた哲学書が君達に何を与えて呉れたのかね。
自分で考える事のできない者達を搬出するのが哲学書の役目に成って要るでしょ。
私は哲学の目的を明確に示しています、ので君達も哲学の目的を示して、哲学書を
読み覚えた成果を見せて下さい。
哲学書を盗用しても結構ですからね。

337 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 20:05:54 ?
>>336
凡人さん 掲示板ではお久しぶりです
質問があります

>>自分で考える事のできない者達を搬出するのが
>>哲学書の役目に成って要るでしょ。
凡人さんが指摘する
(哲学書によって考える事が無い人間の搬出)とは
Q1 何の哲学書であるか?
Q2 その哲学書の何の考えによってであるか?

返信お願いいたします。

338 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 20:23:22 ?
凡人さん こんばんは
>>読み覚えた成果を見せて下さい。
成果などを見たとして・・・
有るとすれば 有り
無しとすれば 無し

凡人さんが主張する事も 有るとするから 有り
他が指摘する事も 無しとするから 無し

自ら正しいとするから 間違いが相対的に成立し、
自ら誤りとするならば 正しさが相対的に成立する。

それぞれに肯定があるからこそ 否定が在る。
否定した正しさも 正しさに変りは無い。

自らが主張するが故に 正しいなら それは全てが正しい事になる。
他者に否定されるが故に 間違いなら それは全てが間違いな事となる。

339 :凡人:2006/05/22(月) 20:29:43
へ〜、悪魔さん、久しぶりですね。
哲学の目的を明確に指し示す事のできない、全ての哲学書です。
哲は道理にあかるいこと、学は道理にあかるい心を持って諸学の源とすること。
道理にあかるく成る為に、ものごとの理を悟れば良いので、簡単でしょ。
哲学者が、ものごとの理を悟れず知恵を産みだせない為に長々と書き記して自分
の無能さを隠すから世のため人のために成った哲学書が一冊も無いんですよ。
悪魔さん、のんびりと行きましょう。


340 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 20:34:53 ?
>>339
凡人さん 返信有り難うございます
Q1に対しては 全ての哲学書ですね
Q2に関して質問があります
どの様な哲学書の考えによって
(哲学書によって考える事が無い人間の搬出)が生じますか?
哲学書全てとの事ですので共通の考えと思いますが
ご教授ください。

Q2 その哲学書の何の考えによってであるか?

341 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 20:39:00 ?
凡人さん 更に疑問がわきました。
>哲学者が、ものごとの理を悟れず知恵を産みだせない為に長々と書き記して自分
>の無能さを隠すから世のため人のために成った哲学書が一冊も無いんですよ。

(世のため人のために成った哲学書が一冊も無い)
上記のカッコ内の根拠を教えてください。
哲学書を読むこと無しにその様に判断できますか?
哲学書自体のどの様な要素により その様に結論しましたか?

342 :凡人:2006/05/22(月) 20:42:25
悪魔さん
>338の書き込みは、どうでも良いじゃないか、と言う世捨て人、隠者スタイルですよ。
人は誰でも産まれた時に依り良い社会を未来に渡す、使命を持って産まれてきます。
ものごとの是非は、そう言う使命を感ずる者の良心に依って決められます。
ですから、ものごとの理を悟る為に物事の是非、善悪を明確に弁別する心が必用です、
とお伝えしています。

343 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 20:48:53 ?
>>342
凡人さん 返信有り難うございます。
人は誰しも正しくありたい。
それは凡人さんも同じ筈。

正しいと世の中の現象に 分別を行い
正しさを主張するからこそ 正しくないと思う事に対しての
対立が起きる。

人は正しくありたい。
他の者の正しさを 自らの正しさの為に否定が出来るのか?
それは 正しく無いのではないか?

正しさを主張して何を願うのか?

344 :凡人:2006/05/22(月) 21:05:21
悪魔さん
進展性の無い質問は疲れますので、まず貴方が考える哲学の目的を教えて下さい。






345 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 21:10:32
凡人さん、まず、その間違った漢字使いをなんとかしてください。

346 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 21:13:46 ?
>>341の質問が未回答ですが?
>>343の他者の正しさは正しさに変わりが無いと言う考えの
返答が欲しいです。
>>343の自らの正しさの為に 他者の正しさを間違いとする事は
正しいのかと言う疑問に未回答です。

347 :凡人:2006/05/22(月) 21:17:43
悪魔さん
>343それは正しく無いのではないか?の書き込みは自分の正しさを充分、主張してますよ。
本当に面白いですよね。

348 :凡人:2006/05/22(月) 21:31:37
悪魔さん
正しい判断基準はものごとの是非、善悪を明確にする心=依り産まれる
【理】に反する事柄が正しく無く、理にそぐう事柄が正しいのです。
他者に限らず自分の意識や行動も全て理に依って裁かれるのですよ。

349 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 21:39:53 ?
>>347 凡人さん
そのとおりです
正しくありません
そしてそれは貴方も同じであると言う事を認められるかと聞いています

Q4 貴方も私同様に正しくない 一人で有る事を認めますか?

>>341の返答も、お願いします。

>>348の理とは何ですか?
Q5 理の定義をお願いします。

Q6 理に沿ったとか反するとかの判断は
   何によりますか?
Q7 凡人さん個人の主観ですか?

350 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 22:33:29
>>336
またそうやって問題をすり替える。

俺の主張は「多くの哲学者は、哲学書を読み覚えている」という事実だ。
「哲学者は自分で考えて哲学書を著した」というのは間違いだということを
まず認めなさい。

というか今の時代、自分の頭で一から考えたって効率悪すぎるよ。
とりあえず先人が考えた路線を踏襲し、それを理解してから批判的に
自分で考え直した方がはるかに効率がいい。

勉強を軽視する凡才は、自分の頭で必死に考えた結果、2000年も前に
批判された結論に至るのがオチだよ。今の君のようにね。

ちなみに俺の哲学の基本は以下。

☆自分の間違いや思い込みを明らかにし、自分が何も知らないと自覚すること

351 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 22:51:29
k
toujou

352 :凡人:2006/05/22(月) 23:11:39
悪魔さん
人類史に於いて人々を(道理にあかるいこと)と言う哲に導く哲学書が有れば、
人類社会は自由と平等を重んじる平和な社会を構築していますよ。
そうで無い、弱肉教職の現社会が役立たずの哲学の証明ですよ。
理とはものごとの是非、善悪を明確に弁別する心から産まれる思いです。
>348で説明して有りますよ。
>理に添ったとか反する判断は何によりますか?
ものごとの是非、善悪を明確に弁別する心、に依って判断をするのです。
個人の主観か、そうで無いのか、それは悪魔さんの解釈の自由ですよ。
私も理を望まぬ者に理を説く、等と馬鹿な事をしてるのかも知れませんね。

353 :凡人:2006/05/22(月) 23:33:06
>>352
哲学書を沢山、読み覚えた、賢い貴方なら明確に哲学の目的を示して下さい。
最初に哲学に取り組んだ人は一体、誰の哲学書を読んだのかな〜
きっと空から哲学書が降ってきたのですよね。
人間らしく生きて行くのに必要な事が哲学の二文字に込められて要るのですよ。
その哲学を大衆から奪い特別な学問としたのが理に疎い哲学者なのですよ。
人類の精神進化の妨げに哲学者達が一役も二役も買ったから今でも争いが絶えないのです。
(道理にあかるいこと)は学ぶ行為で得るのでは無く、悟るのです。


354 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 23:36:21 ?
凡人さん返信有り難うございます。
>>人類史に於いて人々を(道理にあかるいこと)と言う哲に導く哲学書が有れば、
>>人類社会は自由と平等を重んじる平和な社会を構築していますよ。
>>そうで無い、弱肉教職の現社会が役立たずの哲学の証明ですよ。
これは341の返答ですね?
哲学書が世の中を築きあげる訳では無い。
人間が世の中を築き上げます。
世の中の在り方に不満があるからと言って、
それは哲学書が(世のため人のために成った哲学書が一冊も無い)と言う
証明に成りません。
それは貴方の主観でしかありません。
そもそも 為に成る 成らないと言う判断自体が主観です。
主観に於いて(世のため人のために成った哲学書が一冊も無い)と感じたと言う事で
宜しいですね。 これの返答をQ8とします。

>理とはものごとの是非、善悪を明確に弁別する心から産まれる思いです。
善悪を明確に弁別する心から産まれるのであれば、
凡人さんの主張する理とは 自身の判断であり 主観ですね?
348では 凡人さんが判断した事が正しくて 他は正しく無いと主張するのですね?
弁別する心は凡人さん本人の基準ですから それは主観です。
違いますか? 違うなら何故違うかご教授ください。 これの返答をQ9とします。

>個人の主観か、そうで無いのか、それは悪魔さんの解釈の自由ですよ
明確に説明できない 曖昧な事を凡人さんは絶対的に主張するのですか?
貴方は理も何も知らない私に理論的に崩されて居るのですよ。
説明お願いします。 主観ですか? 主観では無いなら何故違うのですか?
これの返答をQ10とします。

Q4の返答をお願いいたします。

355 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/22(月) 23:49:30 ?
>>353 凡人さん
>>その哲学を大衆から奪い特別な学問としたのが理に疎い哲学者なのですよ。
>>人類の精神進化の妨げに哲学者達が一役も二役も買ったから今でも争いが絶えないのです。
哲学が有ろうと無かろうと 争いは人の欲望によって引き起こされる。
哲学は争いを抑制する効果の側面もあるが、
Q11 争いが起こるのは あくまで人の欲望です 違いますか?
Q12 哲学者が人間の精神進化の妨げに成った根拠は何ですか?

>>(道理にあかるいこと)は学ぶ行為で得るのでは無く、悟るのです。
Q13 では悟りとは何ですか?悟りを定義してください。

356 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 00:16:11
物事の理を悟るのは結構なんですが、世の中にはいろいろな物事があるのだから
理同士が衝突してしまうというように思えるのですが。人間には108つの煩悩
があるといわれますよね。それがすべて消え去ってしまうのですか。

357 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/23(火) 00:29:35 ?
>>356
こんばんは〜
>理同士が衝突してしまうというように思えるのですが
理同士が衝突すると言うよりも
個々の主観同士で摩擦はあります。
人は正しさを主観しますが、正しさを決めた時点で
正しく無いと言う事も同時に決めてしまいます。

そして自らを絶対的に正しいとしてしまうと
他の正しさが受け入れられなくなり孤立します。
逆に自らも間違いがあるのだと間違い自体を受け入れると
他の間違いも受け入れられ共存します。
(間違うのが良いと言う意味ではなくて 存在を認める事です)

自らが絶対的に正しくて 他は全て間違いなどと言う哲学者は聞いた事が無いです。

煩悩は抑制は出来ると思いますが
消し去る事は無理と思います。
人間は良い部分も悪い部分も一体となって内面に在る存在と思いますよ。
その中で日々学び働き懸命に生きれば・・・
悔いが残らない様に生きれば良いと思いますよ。

358 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 00:35:15
>>353
だから話題を逸らすなって。
俺が哲学の目的をどのように考えているかは>>350に☆つきで記してある。
しかしこれは本題と全く関係ない話だ。俺は好意で書いただけだ。
ちゃんと本題に沿った議論をしてくれ。

「多くの哲学者は、哲学書を読み覚えている」
これは凡人の「哲学するのに哲学書を読み覚える必要はない」という
主張の論拠に対する反論なんだが。
認めるなら認める。認めないなら再反論をどうぞ。

359 :凡人:2006/05/23(火) 09:25:56
>>358
>☆自分の間違いや思い込みを明らかにし、自分が何も知らないと自覚すること
道理にあかるいこと(哲)が貴方の☆(学)を解決しますよ。
☆印は貴方が知りたいと思うこと、哲学の学の部分に成ります。
☆印を哲学にするには哲を加え無ければいけませんね。
「道理にあかるく成り、自分の思い込みを明らかにし、自分が何も知らないと自覚すること」
[    哲   ][            学 ]
哲が何故、学に結び付くのか?
道理にあかるく成る為には、ものごとの理を悟らなければ成りません。
『ものごとの理を悟る、行為は人が知能を育て智恵を産みだす為に絶対不可欠です。』 
この事は辞書で知恵を索引してお調べ下されば納得できると思います。
『 』は哲学の哲の部分ですが、産みだされた自分の知恵で学の部分の解決をします。
以上の論理を「哲学するのに哲学書を読み覚える必要はない」と言う証明と致します。

360 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 09:44:19
凡人さんは哲学を根本的に誤解しているみたいですよ・・
そもそも哲学は『読み覚える』ものではないですよ。
哲学書を読むのは自分で考えるための手助けに過ぎないですよ。
凡人さんだって、幼稚園、小学校・・と、いろいろ学んで、
自分で考える力が培われてきたわけでしょ?


361 :凡人:2006/05/23(火) 10:09:15
>>356
煩悩は仏語ですので信者で無ければ自我と言うのが宜しいと思われます。
自我とは人の心身をわずらわし悩ませる全ての心の事ですが、我々が暮らす蒙昧意識社会では幼少の頃から育てる者に依って植え付け
られます。
最初は我が子可愛さで競争心から始まり、やがて心の連鎖で闘争心、虚栄心、憎しみ、恨み、妬み、嫉妬、不安感、猜疑心、悔やみ、悲哀感、
支配欲、依頼心、独占欲、依存心、虚無感、等々108では到底、足りない心の枝葉を伸ばして成長を繰り返します。
しかし、人が理を悟ると自我を産みだす蒙昧意識から啓蒙意識に変わってしまう為に自我の成せる業の全てが手に取るように見えます。
他人の心が良く見え理を悟る事で産みだされる知恵が諸々な問題を最善の方法で適切に処理する事ができます。
自我が消えてしまう、のでは無く、自分の心身を悩ませ煩わせる自我を、わざわざ使う必要が無くなるのです。

362 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 10:39:39
今まで傍観していましたが、ここで初めて書き込みます。

凡人さんは哲学の「哲」の意味に固執していらっしゃるようですね。
しかし、それは江戸末期だか明治初期だかに強引に日本語に訳された、
いわば訳者の解釈が介在した言葉ですよね?
あと、自分で「理を悟る」と言っておいて繰り返し辞書を引用することは、
矛盾に感じるんですがどうでしょう?
とりあえず、「理」「悟る」「善悪」「自由」この頻繁に使用している単語を
論理的に再定義してもらえませんか?

これは凡人さんをバッシングしたいからではありません。
貴方の考えを誤解したくないからです。 

363 :凡人:2006/05/23(火) 10:55:17
>>360
哲学を根本から理解しているのです。
貴方は哲学書を読んでも覚えせんか?
何の知恵も持たずに哲学書を読み覚えたら、是非の如何に関わらず、その内容を信じてしまいませんか?
そして、、その数が増すに付け、判断も危うく成り、自分の心が哲学書の迷路の中を彷徨う様に成るでしょう。
人生の手助けどころか、心の周囲に乗り越えられない程の高い壁を作る原因に成りますよ。
哲学を素直に解釈し道理にあかるく成る方法を模索し、人生の基礎(諸学の源)とするのが正当では有りませんか?
哲学者に限らず皆さんが(哲)から逃げる理由は(理)を捕らえる事ができないから、でしょう。
哲学は(哲)道理にあかるく成り、諸(学)の源とするので哲を学ぶ事では有りません。
学ぶ事が哲学と思い込んできた人にはシヨックだと思いますが、それが哲学ですので、この真実は変えられませんよ。


364 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:05:31
>>363
>何の知恵も持たずに哲学書を読み覚えたら、是非の如何に関わらず、その内容を信じてしまいませんか?
>そして、、その数が増すに付け、判断も危うく成り、自分の心が哲学書の迷路の中を彷徨う様に成るでしょう。

これもかなりの偏見であるように思われます。
読んでそのまま信じると言うことはないでしょう。哲学書に限らず。
批判的に読むという教育を受けているわけですから。

判断が危うくなるというのは、ある意味では言えることです。
哲学は常識的なことまでいったん疑いますから、今まで素朴に
確かなことと思っていたことが確かでなくなるという状態です。
ですから確固たる支えがなければ不安になってしまうような人は
哲学には向いていないかもしれません。
そういう意味では哲学は強さを必要とすると思います。

「理」とは何ですか?

365 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:12:12
凡人って哲学を読もうとして、意味が分からなくて、
意味が分からないのも理解できなくて、意味がないんだって思ったんだろうな。
一冊を信仰するように読んだら危険もあるかもしれないけど、
例えば「理」だけを信仰したりするのとか。
けど普通は何冊も本を読むわけだよ。そのなかで考えというのは
修正されていくわけ。逆に一人で考えていると落とし穴に嵌りやすい。
凡人は精神病にかなり近づいているよ。
「理」は凡人しか悟ってないんでしょ?世界で一番真理に近づいているのが
自分だと思っているんでしょ?
そう思ってなくても論理的にそうなってくるよ。
そのうち自分を救世主だと思ったりね。
もしかして今も救世主気分なのかな?

366 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:24:18
>>363
「学ぶ」と「考える」を切り離している時点でアイタタタ
一面性を絶対化しているのは視野狭窄以外の何者でもない。
>>哲学を根本から理解しているのです。
そんな人間が2chにいることが疑問。
>>人生の手助けどころか、心の周囲に乗り越えられない程の高い壁を作る原因に成りますよ。
自分のことですよね?


スレタイと内容が合ってないが
1はどう思っているのか・・・・・・ふと

367 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 11:29:27
>>364
>読んでそのまま信じると言うことはないでしょう。哲学書に限らず。

つーか、俺なんかたまに哲学書を読んでも、なかなか理解できないから、
そもそも信じたくても信じられんよw

368 :凡人:2006/05/23(火) 11:39:35
>>362
哲学では無く、愛智の意でも、その源は些かも変わる事は有りません。
私の言葉では納得できない、でしょうから辞書に記して有る全てが正しい
のでは無いのですが辞書を引用しています。
手抜きと思いますが、有るものを利用するのも一つの手では、と思いまして、
理とは人としてあるべき道。(道理、人道、道徳と等しい意をもつ)
その道をあからさまに捕らえた心が悟り。
善悪とは揺るぎなき良心が弁別する心。
自由とは全てに痛みを伴わぬ意識と行動の範囲に収まるもの。
と私は承知して居ります。
皆さんの意識の逆ですのでパッシングもやむなしですが、見え見えだと疲れますね。
ところで貴方なら哲学を何て名付けますか。



369 :凡人:2006/05/23(火) 12:08:44
>>364
確固たる支えとは知恵では有りませんか?
>>365
答えるに及ばず、
>>366
哲と学の話です。
>>367
ものごとの理を悟らずに理を持って解する、理解は不可能です。
それは誰も同じです。
読むと理解せずとも覚えます。
白紙で有った哲学の覧に哲学書が記憶として書き込まれます。
正誤の分からない哲学書の内容が、です。

370 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 12:19:19
煽りじゃなくて、凡人マジでおかしいって。
バイトでいいから社会にでて、今の話をしてみれば一発だよ。
親に言ったらちゃんと病院に連れていってもらえるレベル。

371 :凡人:2006/05/23(火) 12:36:59
>>370
人類は力を崇拝し理を否定する蒙昧意識と言う心の天動説の中で生かされています。
人類に幸をもたらす、理を重んじる心の地動説が誤りだと言うのなら、それも結構な事です。

372 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 12:43:49
惨めな自分を、俺は「理」を知っているんだと思い込むことによって
ひっくり返そうとするのが、凡人の生き方なんだね。
努力が嫌いなんだね。
哲学を勉強したければ本を読んだほうがいいし、
偉くなりたければ一生懸命働きなよ。

373 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 12:50:45
>>368
私は「対象の論理的分析及び体系化による連関する事象の証明」
と自分の哲学を考えます。ま、単に思索って言ったほうが早いかもしれませんがね。
膨大な思考の先に「何か」があればいいなぁ、ってだけで目的はありません。
凡人さんとは異なっていますね。

 で、私の凡人さんに対する見解を述べます。
凡人さんがバッシングされるのは考え方が東洋哲学側に傾いているからですね。
東洋は基盤が道教や儒教etcなだけに
宗教的なニュアンスが強いと認識される傾向があります。
実際、唯一絶対の規範として用いられるならば、
「理」は教義的であり他者の思考を束縛するもの以外の何ものでもないでしょう。
「人」といったように対象を限定している以上、
その「理」は教義の域を出ないと考えます。
おそらく、普遍的な道徳を求めているのでしょうが
それを思索だけで手に入れるのは不可能では?
多くの経験とそれを補う読書なくして
人に道は説けないでしょう。
本当なら、2chで遊んでいる余裕は無いはずです。

374 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 12:57:07
マジで理とかわかってるならna
平日の昼間っから2ちゃんやってる奴が
人の道とか言うなってハナシ
ハタラケッ

375 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 13:01:52
だよな。凡人は真性だけど、周りがどれくらい本気なのか分からなくなって、
怖いスレに成長した。名スレだよ。

376 :凡人:2006/05/23(火) 14:33:12
>>373
人は誰でも知恵が有ると思い込んでいます。
しかし知恵を産みだす為には、ものごとの理を悟り知恵の母体で有る知能を育て無ければ成りません。
知恵を産みだす為の機能は誰もが備えて居ますが、肝心の理を悟る意識が社会的要因に依り育ちません。
誰にも、有りながら使えないで潜在する知能を使えば人類は平和で豊かな人生を送る事ができます。
普遍的な道徳は潜在している知能の中に含まれていますので理を悟らなければ気づく事は有りません。
私は、人がものごとの理を悟れば知能が育ち、今まで理解できずに悩みと成った問題の全てを解く知恵が
産まれる事をお伝えしているだけです。
書物を超越した知恵が産まれますので、心の知識を正誤の分からぬ書物で集める必要も無くなるのです。
2chは軽いウオーミングとして書き込んでいます。
御返信、有難う御座いました。

377 :凡人:2006/05/23(火) 14:41:47
>>374
貴方の書き込みは>373の解釈を間違えていますよ。
>>375
凡人が何故、神聖なのか?何故、怖いスレに成長した、と思うのか?
教えて下さいね。

378 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 14:43:59
>>359
相変わらず本題はシカトなので、俺の主張を認めたものとする。
「過去の哲学者を見る限り、哲学するのに哲学書は不要とは言えない」

>☆印を哲学にするには哲を加え無ければいけませんね

そんな必要はない。
「智恵を生み出すには、道理を悟ることが必須」が言えたと仮定しても
「哲学するには、道理を悟ることが必須」とは言えない。
なぜなら「哲学は智恵を生み出すための学問である」とは言えないからだ。

まず「哲学」とは「philosophy」の訳語なのだから、「哲学」という言葉の意味を
根拠に「哲=道理に明るくなること」が必須であるというのは転倒している。

「愛智」をしていた古代ギリシャの哲学者は「善とはなにか」も議論していた。
彼らが「理=善悪を弁別する心」を悟っていたならば、このような議論をする必要は
なかったはずだ。
凡人のように「自称悟っている人」はいたが、みな議論でメッキを剥がされた。
誰一人として理を悟っている者はいなかった。ソクラテスもプラトンも悟っていない。
ゆえに、哲学(愛智)するには理を悟ることは必須ではない。

379 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 15:03:27
>>凡人
で、つまるところあんたは「理」を悟ったわけ?


380 :凡人:2006/05/23(火) 15:23:10
愛智とは理に依って確立された人間愛が人の知能の発育を促す、所から定められた名称です。
ゆえに哲学は理を悟る事が必須条件です。
ソクラテスもプラトンも「理=善悪を弁別する心」を悟るに至らなかった、と言う事でしょ。
ですから貴方が、ものごとの理を悟ればソクラテスやプラトンを遙か眼下に見下ろす哲学が産まれます。
>>379
返答に値せず、、

381 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 15:26:50
凡人、自らボロを出す

382 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 15:43:25
>>380
>愛智とは理に依って確立された人間愛が人の知能の発育を促す、所から定められた名称です。

違うよ。たんに知を愛するから哲学なんだよ。
崇高な理念も哲学の内部で思考されるものであり、哲学の目的(哲学の外部)ではない。

>ソクラテスもプラトンも「理=善悪を弁別する心」を悟るに至らなかった、と言う事でしょ。

これも違う。
「理を悟るに至る」ことがありえないことを示したのがソクラテスであり、
哲学はそこからはじまってるんだよ。「無知の知」ぐらい理解しておいてくれ。
ちなみに、仏教哲学(唯識)も同じだからね。

凡人が信じる「哲学」はソクラテスや竜樹に批判された「エセ哲学」です。

383 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 15:50:44
ちなみに誤解のないように言っておくが。
凡人のいう「理」とは「善悪を弁別する心」であるから、ロゴスとは別だ。
ロゴスが哲学の前提であることは確かだが、凡人の言う「理」は前提ではない。

384 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 15:51:10
    o-o、
    ('A`)  イリグチ イリグチ
    ノ ノ)_


385 :凡人:2006/05/23(火) 16:19:04
>>382
愛智では理解できない、ではひっくり返して、知を愛する事にしたら分かりやすい。
理を悟らず知恵を持たぬ者達の単純な発想です。
愛智は、何処までも愛智、知愛では有りませんよ。
ソクラテスも人でしょ、他人が悟れ無いから自分も悟れない、と言う事ですか?
宗教は己の心を他人の教えに預けますので元々、悟れない仕組みに成っています。
ものごとの理を悟らぬで哲学を語ればソクラテスもエセ哲学と呼ばれますよ。
己の心で確認が取れた所まで認めますが、信じると言う無知蒙昧な事は致しません。



386 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 16:28:54
>>380
>愛智とは理に依って確立された人間愛が人の知能の発育を促す、所から定められた名称です。
智を愛求することが「愛智」だろ?
基本的な意味改変して何がしたいんだよ?

>>381
まったく、こんなとこでボロを出すとはna




387 :凡人:2006/05/23(火) 16:29:19
>>383
絶対無比の論理「ものごとの是非、善悪を明確に弁別する心=理」をロゴスと定めれば良いのでは、
貴方が思う絶対無比のロゴスを教えて下さい。

388 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 16:37:43
>>387
横槍ですいません。
凡人さんは 
「パトス=ロゴス」
を提示したのですか? 

389 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 16:43:22
ロゴス=論理=言葉のルール

善悪とか物事の是非から区別された、完全に形式的なものだ。
勝手に「(凡人の)理=ロゴス」と定めないでくれ。

390 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 16:47:02
心とロゴスを結び付けるとは
・・・・・・大丈夫ですか?

391 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 16:53:19
>>385
捏造、欺瞞、出鱈目、言い訳

392 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 17:25:00
>>385
>理を悟らず知恵を持たぬ者達の単純な発想です。

はいはいそうですね。

んじゃ本題に戻るけど、凡人が「愛智」は知を愛することではないと思おうが、
ソクラテスをエセ哲学者と呼ぼうが、それとは別に事実としてソクラテスは哲学者だし、
「知を愛すること」が哲学の語源なわけだ。

よって、「哲=道理に明るくなること」がなければ哲学にはならない
という凡人の主張は間違っていることが示された。

393 :目撃者:2006/05/23(火) 17:42:18
凡人は凡人である、それが故に凡人である。

394 :凡人:2006/05/23(火) 18:18:00
>>392
「知を愛すること」が哲学の語源なら何故、智愛としなかったんだ?
そこに貴方は矛盾を感じない?
「哲=道理にあかるくなること」を「望まなければ」哲学には成らない。
知恵を産みだせない者が、哲学もへったくれも無いだろうが、、
道理にあかるく成らなければ薄知なんだよ。(薄知と白雉を勘違いするなよ)
薄知の君達に哲学ができるか、良く考えて見なさい。
だから、潜在知能を使う方法を伝えて要るんだろうが。

395 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 18:21:40
>「知を愛すること」が哲学の語源なら何故、智愛としなかったんだ?
おい!
非論理的な妄想狂ってだけじゃなくて、基本的な教養もないのかよ・・・。



396 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 18:28:33
>>394
>「知を愛すること」が哲学の語源なら何故、智愛としなかったんだ?
>そこに貴方は矛盾を感じない?

そんなこと訳者に聞いてくれ。
俺が矛盾を感じようが過去の事実が変わるわけじゃない。

>知恵を産みだせない者が、哲学もへったくれも無いだろうが、、
>道理にあかるく成らなければ薄知なんだよ。

ところがあるんですな。知恵は生み出せない(真理がわからない)から、
ロゴスにのっとって対話することで探求しよう、無知を自覚した者同士で
真摯に探求しようというのが哲学のあり方でしょう。

非哲学的思索をすると、誰かみたいに「私が真理を知っており、それを伝える」
という実に残念な態度に陥ってしまうのです。

397 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 18:37:19
西周が頑張ったのに

398 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 18:37:55
>>394
>「知を愛すること」が哲学の語源なら何故、智愛としなかったんだ?
>そこに貴方は矛盾を感じない?
智愛こそ「愛を知る」だろ、教養不足にも程がある。
無知は罪だよ。厨房以下だ。

399 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/23(火) 19:16:11 ?
凡人さん
>>354>>355の返信が欲しいです。
それとも、説明できませんか?

400 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 19:30:23
漢語が動詞→目的語の順に並ぶということも知らないDQNがいるスレはここですか?

401 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/23(火) 19:52:01 ?
凡人さん
貴方は(認められたい 偉く思われたい 偉いと思える者がねたましい)と言う
欲望に基づいて行動しており、
その上 哲学的に無知で その自覚すらない。(エゴ執着・エゴ重視)

だから 話題などをそらして 誤魔化しばかり行い
他者からの理論を 理論で返せず大部分の人に認められない。
(認められたいだけなので 人の意見を聞けない 賛成を求めてるだけ 喜びたいだけ)

哲学者は理論的に考え、相手の聞きたい事を良く汲み取った上で
真っ向からその疑問に答えるのが普通ですが、
(学びたいだけなので 人の意見は重視する 特に反論は貴重)

凡人さんの哲学は 哲学を学ばず思い付きで発言して
指摘されれば誤魔化して逃げ回る事を指しますか?
(哲学の振りをしてるだけ 偽と証明されるのが怖いだけ)

このままの姿勢で行動を続けられても
凡人さんの願い通りには行きませんが?

Q14 凡人さんも私同様に 無知でみっともない人間と認められますか?
    大部分の意見が凡人さんの論に対して否定なのです。
    貴方も私同様に間違った人間と認められますか?
    沢山の評価を得られたではありませんか・・・

402 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/23(火) 20:03:43 ?
認められる事は 他者を認める事からはじまる。
偉く思われる事は 他者を尊重し、つつしみ在る事によりはじまる。

偉人や裕福な人への嫉妬は その苦しみを知らぬ事で生ずる。

403 :解体屋:2006/05/23(火) 22:10:56

>悪魔さん

つまりあなたもまた凡人さんを貶めることによって自分の欲望を満たしている、ということ?

その自己啓発本みたいな心理分析で─

みたいな?



404 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/23(火) 22:39:42 ?
>>403
>つまりあなたもまた凡人さんを貶めることによって自分の欲望を満たしている、ということ?
貶める事に関しては
お互いの意見と意見の衝突でしかなく 貶める事に当てはまるか疑問です。
凡人さんとは このスレ以外でもメールや他スレでもやり取りがあり、
論に対して 論で返してくれません。
仮に騙して罠に嵌めたければ 効率的な方法が他にあるので それを使います。

欲望を満たしてるのかに関しては
その通りです。
否定されれば否定する。道理が通らぬ否定なら尚の事。
一方的に否定されて相手が欲を満たせば
こちらも対抗して満たす。

今までのやり取りと私の論が間違ってる事を
話を反らさず返答して
私が間違ってると解かれば 謝ります。
納得できるから。

>その自己啓発本みたいな心理分析で─ みたいな?
的外れの可能性は存在する。
しかし その様な欲と考えが無ければ 現在の凡人さんの現象は発生しないのではありませんか?
どの様に分析しますか?


405 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/23(火) 23:00:29 ?
>>403
更にもっと言いたい事は
凡人さんは現在 自身は悟った人間で 他は全て間違いと言う考えです。
何というか・・・本来発想は全く逆であるべきではありませんか?

つまり 自らが最も無知で穢れた者として
自らも問題点が存在する一人として、学び考えるのが哲学の姿勢ではありませんか?

解体屋さんから観て、そっとしておくのが良いと見えますか?
どの様に感じますか?
意見を聞きたいです。

406 :解体屋:2006/05/23(火) 23:02:47
なるほど。いや失礼しました。長い経緯があったのですね。

どう分析します?ということですけど、もし分析したりするなら彼の心理うんぬんより、
彼の言う「哲学」とか「ものごとの道理」とか、彼の哲学的?な主張についてのことを
対象にすべきだ、と思ったのです。一応何かは言っているんだから、そっちが先でしょ
うという感じ。そう思いません?ま、一連のやりとりを見て今では私も興味薄になって
しまいましたが。

ところで欲望が満たされることにより、何が得られるんですか?


407 :悪魔 ◆3F.k3Wy1mI :2006/05/23(火) 23:18:10 ?
>>406
>>「哲学」とか「ものごとの道理」とか、彼の哲学的?な主張についてのことを対象にすべきだ、
実はですね 凡人さんの事を散々否定しておきながら言うのも何ですが・・・
凡人さんの考えの優れた所は 非常に優れていると思うのですよ。
優れた点
思想を広め 同じ思想同士の者が利他を重視して これを行い。
相互的な利他の反射(因果)により 苦しみの少ない救いのある環境の構築。
道徳と道理を重んじ 知徳在る徳政の世界。

目指す先は非常に素晴らしい!
しかし様々な問題点があります。
それを巡って順縁から逆縁に変りました。

>>ところで欲望が満たされることにより、何が得られるんですか?
何も得られませんね。
指摘される通りです。
感情的に成ってました。
教えて下さって感謝します。

私は凡人さんから離れます。

408 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 01:47:52
>>407
実際、パレスチナやイランで起こっていることは利他を重視するような思想を持てば解決されるんですかね。
蒙昧意識のためにテロや戦争が起こっているとは考えにくいのですが。結局、人間はいつか死ぬ、それに対する
救いを求めることから宗教が存在するのではないですかね。偶像崇拝を禁じるユダヤ教やイスラム教では、一つの
神を信じることしか許されないのであり、凡人さんの言うような、理を悟ればすべてうまくいくというような考え
方は人間の限られた能力に目をつぶって、実際の生活を無視しているようなきがするのですが。
とはいっても、未開民族の間では平和な生活が送られているようなきがするので、人間だけに
目を向けるのではなく動物や自然に目を向けていくことが大切なのではないでしょうか。
まとまらない文章ですみません。

409 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 02:01:40
多神教国家が戦争をしないワケではありません。
残念ながら争う理由はやはり何らかの欲を感じずにはいられませんね…
ただ、利他主義は個人の理念のレベルであって、国家レベルでどうなって
いるかで少しは違うかな?どうかな?自分以外の国民の為にもっと自国に
有利に外交努力をするか、グローバルな視点で国民一人一人が利他的に
振舞えるか…民度の試されるところですね

これは信仰の種類ではなく質の問題です、多分


410 :409:2006/05/24(水) 02:17:59
悪魔さんではないのに差し出がましい事をしました、申し訳ない。
しかも一方的に自分の考えだけカキコしてしまいました…
ホント申し訳ない。

ちょっと興味を惹かれたのでもしよろしければ
「動物や自然に目を向けていくことが大切」
の件について詳しくお聞かせ願えたらと思うのですが…?
どうも私、勝手にアニミズム信仰と勘違いして解釈したものですから
余計に尻のすわりが悪くって…w

411 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 03:07:59
>>410
動物や自然に目を向けていくことが大切というのは、人間は本来自然の一部であり、人間だけが特別
であると考え、人間同士のやり取りに心を奪われているのはよくないことではないかとおもったのです。
人間は動物だから、本来いろいろな物事に心を心をとらわれるのはおかしくて、妄想に駆り立てられて
いるので、本来ある状態としては、安心感があるはずだということです。ニーチェなんかに言わせれば
ちゃんちゃらおかしいのかもしれませんが、僕が考えたのはそういうことです。

412 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 03:31:00
>>411
なるほど、回答有難うございます。
確かにその通りなのかもしれませんね、その事についてはまだまだ
色々と考えたいことだらけながら…はてどこから手を付けてよいもの
やら。
確かに人間(と言うか私個人の事は)自然を見つめる、という行為を
あまりしなくなったのかもしれません。う〜ん…禅の境地の様な話で
興味深いです、残念ながら私は体験したことが無い(当たり前かw)
のですが…
いや、でも判ってる振りして判っていない事の一つだった気がします、
有難う。

413 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 10:01:47
>>410
現代哲学の課題には
「自然と共存していく新たな人間社会のモデルの提示」
が含まれていますしね。
>>373でも書きましたが、凡人さんの考えは
人間中心主義的。自然を善悪で語れますか?
そもそも現代の思想・経済等が複雑に交差している状態を
「善悪」などといった単純化した世界観で処理できるとは、
私には到底理解できません。その「善悪」の定義も不確定です。
個々の主体が持つ相対的な同一でない世界観を包括する、
現時点における普遍的な価値観を模索することが
哲学の目的ではないでしょうか?
その為に、膨大な知識が必要であるとは言うに及ばず。
過去の成功、失敗を知らずして拓かれた先は語れませんよ。
違っていたら悪いですが
凡人さんの視線の先にあるのは、過去の対称である気がします。

414 :凡人:2006/05/24(水) 11:15:40
悪魔さん
貴方は常に内容を進展性の無いことに引きずり込むのが得意ですね。
>私は凡人さんから離れます。
以前、メールで悪態ついて離れたのでは無いですか?
>401Q14
1凡人さんも私同様に 無知でみっともない人間と認められますか?
2大部分の意見が凡人さんの論に対して否定的なのです。
3貴方も私同様に間違った人間と認められますか?
4沢山の評価を得られたではありませんか?

1私は悪魔さんの様に宗教に汚脳されて居ませんので、無意味でみっとも無い人間でも有りません。
2悪魔さんの様に強い蒙昧意識に捕らわれ、他者の非難を恐れていたのでは何もできません。
3悪魔さん、何か勘違いしてないか?私が何故、君と同様に間違った人間で無くては成らないのか値?
4蒙昧意識社会に於いて沢山の賛同を得るのは簡単ですよ、大勢が指示する意識に飾りを施して唱えれば良いだけですから。
私は哲学を仲良しクラブに終わらせる、つもりは有りませんよ。
自分から別れを告げたが、宗教を根底から否定する私が許せずに、このスレに参加してきたのでしょ。
宗教に捕らえられた者は絶対に、ものごとの理を悟る事とができない、と言う真実を悪魔さんは許せないのでしょ。
悪魔さんのメールには憎しみが感じ取れます、と私が指摘しましたでしょ。


415 :凡人:2006/05/24(水) 11:31:53
>>406
>なるほど。いや失礼しました。長い経緯があったんですね。
解体屋さん。
自分に都合良く話せば相手を卑しめる事ができます。
直ぐに納得すれば、真実は隠されてしまいます。

416 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 12:05:10
凡人は漢文のレ点も知らないんだから、学力的に言ったら
中卒レベル。多分高校中退で社会に受け入れられなくて、
自分が悪いんじゃない、この弱肉強食の力による社会が
蒙昧意識におかされているせいで、自分が不幸になるんだと思い込む。
そして三流宗教家として「理」「蒙昧意識」だけを武器にデビュー。
まだよちよちですがあたたかく見守ってくださいね。

417 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 14:14:11
まぁ凡人は、善悪を明確に弁別する心を持ち知恵を育てることで、
どのようにより良い世界が達成されるのかを考え抜くといいよ。

これ一見可能っぽいけど、よく考えたら無理だって分かるから

418 :凡人:2006/05/24(水) 15:01:02
>>413
>人間中心主義的。自然を善悪で語れますか?
自分達の住まいで有る、地球の自然を破壊するのは人間だけですね。
その人間が善悪を明確に弁別し、自然に敬意を払いながら生きる事が大切でしょう。
自然は人類が地球を如何に破壊しょうとも自然の状況に任せるだけです。
膨大な知識が有れば知能の発育は必要無い、従って道理にあかるく成る必要も無い。
それなら話は簡単ですね。人の精神の根源に関わる哲学を否定しているのですから、
従来の因習に囚われず普遍的価値を見いだす事が哲学の二文字に含まれた目的と方法ですよ。
過去の哲学的成功とは何ですか?失敗の繰り返しで現在に至って要るのでは有りませんか?
>凡人さんの視線の先にあるのは、過去の対象である気がします。
その通りですよ。私の視線の先に有るのは過去の対象、平和な人類の未来社会です。
道理にあかるく成るために物事の是非、善悪を明確に弁別する心を育て全てに通ずる理を悟ること。
聞けば簡単で単純な作業、できる者には誰でもできるが過去、誰も知らず誰も理を悟った者もいません。
貴方の言うように哲学の道に膨大な知識が必要だ、とすれば多数決で決められる人類社会に変化をもたらせられますか?



419 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 15:06:21
>>414
>蒙昧意識社会に於いて沢山の賛同を得るのは簡単ですよ、大勢が指示する意識に飾りを施して唱えれば良いだけですから。
そんなに教祖様になりたいなら心理学でもやれよ
よっぽど建設的じゃないか

「智愛」はどうなったんだ?「善悪」の定義は?
都合の悪いことは無視かよ

でもまぁ、凡人信者ナ教えて厨 てワリといそうだよな
厨セミナーで信者作れたもんで勘違いして2chに営業にきたんじゃね?
それに凡人の考え方って、初めて社会の理不尽さに疑問を持った厨房 って感じがする。
ガキの頃ちょっとは考えたこと無いか?絶対の道徳振りかざしゃ平和になるってさ
で、無理って知るわけだ。そういう道徳って大抵、仏教か儒教だしな。
そんなことが可能なら、とっくに世界は平和なんだよ
そんな試みは既に実行済みなんだよ
教義的な集団が、今の宗教対立を生んだじゃないか。
都合が悪くなると「神」とか「理」とか持ち出して自分の思いどうりにならない奴を否定するんだろ?
あんたは立派に五流宗教家だよ。
ここは、哲学版。宗教版ではありません。
論理で語る気が無いなら営業は諦めよ!

長文すまんな

420 :凡人:2006/05/24(水) 15:21:18
>>416
理に叶った真実は武器に成りません。
>>417
>これ一見可能ぽいけど、よく考えたら無理だって分かるから
考える方法が間違えて要るのです。
常に貴方の良心を使い思惟を深めて下さい。
無理だって諦めた原因は蒙昧意識社会の構造的要因が絡んでいませんか?
ものごとの是非、善悪を明確にする心が有れば知恵が産みだされ、その問題
を解決しますので無理とか諦める必要が無くなりますよ。

421 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 15:23:32
だが、そうなっているのだ。

422 :凡人:2006/05/24(水) 15:39:48
>>419
君は理に反する教えを説く宗教と理を探求する哲学の区分けができないね。
理に無知な君が論理などの言葉を使わない方がいいよ。
理を持たず理を得ようともしない、理を否定する君が理を含む論理などの言葉を絶対に使わないこと。
頭の中に理が無いんだから使え無いでしょ。
財布の中にお金が入って無ければお金を使えないのと同じだよ。
理解できた?あ、ごめん君が理を持って無いこと、忘れてた。

423 :下に続きます:2006/05/24(水) 16:42:24
>>418
>その人間が善悪を明確に弁別し、自然に敬意を払いながら生きる事が大切でしょう。
人間主体でも共存の模索は可能である、と言うことには賛成しましょう。
>凡人さんの視線の先にあるのは、過去の対象である気がします。
私は>413で「対象」ではなく「対称」と記述したはずです。下手なご都合主義はやめていただきたい。
>過去の哲学的成功とは何ですか?
誰がいつ何処で「哲学的成功」と言いましたか? 限定の無い「過去」は人類史全体を指すんですよ
それとも言わなければわかりませんか? 下手な自演は迷惑だ。
敢えて言いましょうか?哲学第一の成功は、哲学の誕生です。
>失敗の繰り返しで現在に至って要るのでは有りませんか?
しかし、結果しか見えない人間が哲学とは恐れ入ります。それとも、生まれてこの方失敗なんてしたこと無いとでも言うのですかな?
貴方に「失敗は成功の母」と言っても馬の耳に念仏ですね。
そもそも、「過去は全て失敗である」と言う貴方の仮定に基づいて考えると
この世界に「成功」と認識できるモノは存在しないことになります。
では、過去の貴方は全て失敗、間違いということになりますがどうなんでしょう?
自分だけが例外で普遍を語れますか?
過去を否定するだけでは現在すら危うい。
貴方が立っているのは貴方の言う「全くの失敗」の上です。
そして、貴方が語る「善悪」「理」「道理」「哲学」もとい全ての言葉、
これらは全て失敗なんですよ?貴方の思考を支えている日本語と言う言語自体を
否定しているように思われますが?否定するだけなら誰にでもできます。


424 :上の続き:2006/05/24(水) 16:44:09
>膨大な知識が有れば知能の発育は必要無い、従って道理にあかるく成る必要も無い。
何を勝手に作っているのですか?誰の発言か指摘してください。正直、虫唾がはしりますよ。
私は、「知識の無い知能なんてOS入ってないPCですよ。井の中の蛙って言葉知りませんか?」
そう言いたかったんですが、理解してもらえず残念です。
>多数決で決められる人類社会
現行民主主義社会の間違いですよね?日本に限定されてる感もありますが 、、、
人類社会自体が多数決で決められていると本気で言うのなら示してください。
反証を挙げましょうか?具体的には「トルクメニスタン」。
力の支配を多数決で説明できますか?
>>凡人さん
貴方は知識を否定しているようだ。それは智を愛求する哲学に対する挑戦ですか?
知の開発を否定し、知識が必要ないというのなら先ず言葉を捨てるべきだ。
貴方の哲学は哲学ではなく俺様学。哲学ではない。


425 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 17:04:32
>常に貴方の良心を使い思惟を深めて下さい。
>無理だって諦めた原因は蒙昧意識社会の構造的要因が絡んでいませんか?

いえ。
良心に従って思惟を深めましたところ、まさにその良心、理にこそ
蒙昧意識の原因が含まれていることに気づきました。

凡人は自分が理を悟っており、私は蒙昧意識の中にあると思っている。
私は自分が理を悟っており、凡人こそが蒙昧意識の中にあると思っている。

私と凡人の良心が一致しないというこの事実。
そして、お互いに認め合うことができないというこの事実を見てください。

これこそが過去の失敗の繰り返しそのものです。

426 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 17:37:37
>>422
結局、都合が悪いことは無視らしい。
自分の誤謬を認めず、理=凡人を貫くなら
彼との議論は不毛。そもそも本来のスレの趣旨から外れている。
人数も減っているのだからやめるべき。
納得いかないなら、凡人は新スレ立てるべき。

427 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 18:02:46




今日もNEET DAYを満喫してましたかー?





428 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 18:07:38
なに?このキモいスレ?

無知露出教の集まりですカそーですカ


429 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 18:14:54
凡人てセミナー屋さんでしょw
そんなのと何まじめに話してんのwww

430 :凡人:2006/05/24(水) 18:35:57
>>423
>哲学第一の成功は、哲学の誕生です。
そして、哲学第一の失敗は、誰も哲学の意に添って哲学を目差さないことです。
歴史の結果は、ただいま健在なのです。明日に成れば明日が歴史の結果ですよ。
「失敗は成功の母」と言う意味を知らないのですか?
失敗を素直に認め、次の策に繋げる意識が産まれるから、と言うことですよ。
哲学書に頼り頭で哲学を理解しょうとする哲学の過去は全て失敗でしょう。
その失敗を素直に認め、心で哲学の真意を悟る事に切り替えるべきでは有りませんか?
私は自分の過去を反省しないで知識に埋もれる、坊っちゃん育ちでは有りませんよ。



431 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:01:30
凡人=プロDQN

432 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:23:55
小ヨハネと見分けつかんしw

433 :凡人:2006/05/24(水) 19:24:31
>>424
知能を育てずに知識を集めても使い道が無いでしょ、と伝えているのですよ。
貴方の言い方では全てのOSを集めれば、わざわざ覚えずとも、全て事足りるでしょう。
知能の無い知識をお望みですか?
独裁政治国家は独裁する者達の多数決で決められ、それに従う国民も暗黙の多数決で許して要るのですよ。
我々が住む日本も資本主義と相容れない民主主義を国民が認めて要るのも多数決なのですよ。
善悪に関わらず投票が無くても、その部署の多数が認めるか多数が容認すれば、それも多数決ですよ。
私は哲学=愛智で有り、解釈しやすいからと智愛にはしませんよ。
デタラメな智愛を主張し、それを哲学とすることは哲学を侮辱する行為です。
ましてや哲学の道理にあかるく成る事さえ否定して、何が哲学ですか?
冗談も休み休み言って下さいね。
知の開発は道理にあかるく成らないと知能が育ちませんので、できませんよ。
知の開発に必要不可欠な知能の発育を否定するのは私ですか?
もう一度よ〜く精査して下さいね。

434 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:26:07
この、むきになって長文連投するスタイルとかさww

435 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:40:45
みんなで凡人のセミナーに参加するオフ きヴぉんぬ

436 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:45:16
http://66.102.7.104/search?q=cache:3UQM7GcW_a4J:www.kokoronoshikumi.com/+%E5%BF%83%E3%81%AE%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%81%BF&hl=ja&ct=clnk&cd=3
http://66.102.7.104/search?q=cache:CdslU8YLHvAJ:blog.mag2.com/m/log/0000159844/106199665%3Fpage%3D1+%E5%BF%83%E3%81%AE%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%80%80%EF%BC%91%EF%BC%98%EF%BC%90%EF%BC%90&hl=ja&ct=clnk&cd=24

437 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:50:37
●心の仕組み・冊子 凡人著 A4版 ・・・ 1部 1,800円

438 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:51:44
>>凡人
セミナーはいくら?

439 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:54:24
>>433
4行目の、許して「要る」、というのは、一体全体どういう意味の言葉ですか。

440 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 20:21:07
凡人
冊子アップしてよ

441 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 20:53:19
>>デタラメな智愛を主張し、それを哲学とすることは哲学を侮辱する行為です。
初めに愛智は「人間愛を知る」みたいな事言って
>「知を愛すること」が哲学の語源なら何故、智愛としなかったんだ?
とか根本から「愛智」、、、むしろ日本語を勘違いしていたDQNは誰でしょうか?
それを追求したらスルーしやがったONE OF「自称悟ったDQN」s は誰だったカナー。
          
        某セミナー屋はフィクションです。 
           このDQNの書き込みは 
          実在の日本語・哲学用語とは
           一切関係ありません。


442 :凡人:2006/05/24(水) 21:14:01
>>441
愛智とは揺るぎない人間愛が人の知能を育てること、と記しましたが、それが何か問題ですか?
愛智を理解できないから、と言って智を愛する事にしたら愛智の意が狂うでしょ。
哲学も哲を放棄したら哲学に成らないでしょ。
私の言ってること、間違いですか?


443 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 21:21:41
どうみても間違いです。
ありがとうございました。

444 :蜜柑哲学:2006/05/24(水) 22:04:46
幾ら、知識と知能は等しく必要だと言っても凡人さんは
>知能を育てずに知識を集めても使い道が無いでしょ、と伝えているのですよ。
とか意味不明な回答しかしてくれないので、稚拙ながらカキコします。
凡人さんでなくても問題個所のご指摘がいただけると幸いです。

知能なくして知識は意味を成さず。
知識なくして知能は意味を成さず。  これを論考をふまえた観点から論じる。
<論>
知能=「思考」=A
知識=思考する主体が存在する空間内の「対象」=事実=B
意味=思考により写像化した図像=C  以上と定める。
命題1:Aが存在すればCは存在する。
    これは偽。何故ならCは空間内のどこかに結ばれた像。
    図像は事実を持たなくてはならない。
命題2:Bが存在すればCは存在する。
    これは偽。何故ならCは主体によって写像化されたものである。
命題1はBの不在。命題2はAの不在。
この要因によって偽であり、
命題3:A、Bがともに存在すればCは存在する。
    これは真。ただし、ABCに入る項はこの順序で決定される。
<終>


445 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 22:07:46
§==Э   §==Э               §==Э
  §==Э   §==Э          §==Э        §==Э §==Э
§==Э  §==Э§==Э       §==Э                   §==Э
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§==Э              §==Э         §==Э
 §==Э     §==Э        §==Э     §==Э                §==Э…(;';A;`;)  アッーーー

§==Э              §==Э         §==Э
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§==Э
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           §==Э        §==Э                  §==Э§==Э
§==Э

446 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 00:14:36
>>436
いかにも流行りそうもない自己啓発セミナーですねw

★啓蒙意識を望むものには全てを見通され蒙昧意識の者達の悪事の実行は不可能です。

このスレでも反論されまくって誰一人説得できてないのに、「悪事の実行は不可能です」
といわれても全く説得力ないなぁ

447 :凡人:2006/05/25(木) 00:26:50
>>444
何度も同じことを説明したのでお尋ねの件の文言は少し省きました。
正確には「知能を育てず、知恵を産みだせ無ければ知識を集めても使えないでしょ」です。
智恵無しで知識の正誤も分からずに集めた知識が役に立ちますか?当然使い物に成らないでしょう。
Aに依って集めたBは正しいCで有り、A無くして集めたBは正しいCを産みだせない。
と言うことですがA無くして集めたBはAを産みだす、との意識差です。


448 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:24:13
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%BF%83%E3%81%AE%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%81%BF&_adv_prop=web&ei=UTF-8&submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&vst=.com&yuragi=off&fl=0&n=30&vst=0&vs=www.kokoronoshikumi.com

449 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:29:57
セミナー4800円たかっ!
キャッシュにしか残ってないけどもうやらんの?

450 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 02:38:12
「誰でも分かる心の仕組み」セミナーを受ければ
みんな分かりますか?

451 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 11:05:43
キャッシュに電話番号が残ってるから、電話して質問すれば?

452 :蜜柑哲学:2006/05/25(木) 13:06:51
>>447
貴方と議論しようなどと思った私が浅はかでした。

貴方の行為は自己主張以外の何者でもありません。
議論によって自己の哲学を深める気が無いのなら、
その完成したと考えてる「エセ哲学」で金儲けでもしていてください。
自分の考えを広めようとしているようですが、それは貴方が>418で否定している
>多数決で決められる人類社会
の肯定です。この矛盾にすら気が付きませんか?
それともやはり、「理を悟った」自分は例外ですか?

セミナー屋が皆貴方のようであり、それを信じる人間がいるならば
なんとも残念なことです。

453 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 14:04:53
俺は凡人の多数決の幅の広い考えは参考になるな。
凡人の私的なことに首を突っ込んで誹謗中傷をするなんて浅ましいね。
みんな卑劣な連中だね。
それに乗っかる蜜柑哲学もケツの穴、小さいな。
逃げねえでとことん話し合うのが哲学じゃあ無いのかね。
ほんとにだらしねえな


454 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 14:07:33
正論乙。

455 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 14:20:47
それにしても悪魔こねえな。
凡人が悪魔の正体、暴いたからこねえんじゃないのか。

456 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 18:20:08
いいかい、お前ら。凡人は現実をきちんと見つめてるわけ。
げんじつを、きちんと見てるんだ。
ぶんがく(文学)だって「文」から離れたら成立しないだろ。てつがく(哲学)だって「哲」だよ。
馬鹿だと嘲笑するならそれでいいけど、損をするぞ。
というか、もう損をしてるはずだ。
ことにお前等、にちゃんねらーはそうだ。
気づけば幸せな平和な生活が送れるというのに。
凡人よりも理をうまく説明できる奴はいるのか?
!!!


457 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 18:49:34
善悪の区別を明確に弁別できるということは、明確に悪が分かるということだ。

ところがいくら凡人が理を説いてもこのスレの誰一人として納得していないように、
現実における悪もいくら理を説いても正されないわけだ。

さてどうすればいいんでしょうね

458 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 19:05:21
sage

459 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:06:33
凡人は俺たちを理に近づけてくれた気がするよな。
哲学書を読んでも能書きばっかし、俺たちの知りたいことが書いてないもんね。
俺たちに凡人の言うこと、納得する器量が無いんじゃねえの。
今までに誰も言って無いこと凡人はいってんだよな。

460 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:19:28
ひさしぶりに開いた口がふさがらないのはおれだけ?

461 :考える名無しさん:2006/05/25(木) 21:30:28
>>456はわかった。最後の「!!!」がヒントなんだな。
>>453>>459は、まだわからん。


462 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 02:38:42
>>460
ある意味凄い人物です!破格です

463 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 09:29:01
凡人
セミナーをやっていた事がばれたとたん出れないと言う事は
凡人は今まで行ってきた事や言って来た事の間違えを認めるね?

464 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 11:40:39
>>463での「間違い」とは
正しいと認識する側面も存在するが
同時に間違いと認識する側面が存在してしまう事を
認められるか?と言う事です。

465 :凡人:2006/05/26(金) 16:14:35
一日、留守にするとなに言われるか、分からないね。
>457の書き込みに少し触れて見ましょう。
善悪の区別が明確に弁別できると言うことは、「明確に悪が分かるということだ」
と難しい理解に苦しむ「 」が加えて有ります。
例えば君達が(ものごとの是非、善悪を明確に弁別する心)を備え、自分の心や他人、社会の在り方に非が有り悪が
有れば、それに気づく事ができます。
今まで1−1=2だと思っていた人生が実は間違いで有った事に気づけば1+1=2の人生に訂正することができます。
理を悟る、とは正しい心の計算方法を知ることなのです。
ですから( )の心を備えず、求めずに真理、倫理、論理、哲学を語る事ができないのですよ。
知恵を産みだす為には、『物事の理を悟り全てをあからさまに見る心』が必用です。
『 』は( )のことです。
それを成さないと誰もが生まれ付き育てる事のできる知能は心の中に潜在して知恵を産みだせないのです。
>>463
君も右に習えの薄智だね。
肉体の糧を得る為に働く者達が、精神の糧を与える者に肉体の糧を渡すのは当然のこと。
私は2chで宣伝を一度もしてませんよ。
君達が私を卑しめようと思っているだけですよ。
心を改めるのは君ですよ。
プライドが少しでも有れば恥を知らないといけませんね。






466 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 16:27:02
凡人なら凡人に分かりやすい文章でたのんま

467 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 16:59:42
凡人さんにお聞きします。

世の中には蒙昧意識の中に住む愚かな人間がたくさんいます。
彼らは理を説いても理解しようともしません。
理が存在するということすら信じません。目に見える力しか信じないのです。

そのような状況で、どうすればより良い人類社会を作っていけるのでしょうか?

468 :凡人:2006/05/26(金) 18:28:49
>>467
世の中、自身が全て蒙昧意識に捕らわれていますが、その度合いは人はそれぞれ違いが有ります。
その中で、ものごとの理を早く悟れる人は、蒙昧意識に捕らわれ方が薄く蒙昧社会の矛盾を感じ理を望む心を持っている人だと思います。
>彼らは理を説いても理解しょうともしません。
私は、この原因を自分の知恵不足に依り起こされる現象と捕らえています。
皆さんが、私に挑んで勝敗を求める心も蒙昧意識から産みだされますので、それも良く理解しています。
よく哲学は疑うことから始まる、と言われる人もいますが、解けない問題には、それに対処する自分の考えが真に正しいのか疑い再考査
することではと思います。
自分の心、自分の考えを疑うことから始まるのが哲学ですよね。
その点で2chは他人の心と他人の考えを疑う人が大勢いますので優れた哲学的教材の宝庫ですよ。
宗教心は有りませんがキリストが全ての罪は我に有り、と言った意味は自分の知恵不足で皆の心を解放(自由)できなかった
、ことを悔やんでの言葉です。
キリストが皆の罪を背負い十字架にかれられた、とデタラメな解釈は如何にも蒙昧的ですね。
>そのような状況で、どうすれば良い人類社会を作っていけるのでしょうか?
良い人類社会を未来に受け渡すことは誰もが、その使命を産まれた時に与えられています。
そのことに気づけば理が悟れ潜在している知能が育ち産みだされる知恵で夢ができて生涯に渡り楽しく人生を送る事ができます。
それは理を悟ると言うことからでも同様ですが、理を悟らずば、これと全く逆の現象で人生を送ることに成ります。
真に理を悟ったので有れば、世界中で手足の指の数にも満たないその者達が皆に変わり、その使命を担わなくては成りませんね。


469 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 18:32:38
凡人さんの夢をおしえてください。

470 :凡人:2006/05/26(金) 18:56:53
>>469
地球の自然を大切にして人類が争わず憎み合わず互いに互いを思いやる平和で安定した、
人類社会を築くこと、もしくわ礎の欠片に成ること。
今でも地球上の0.00001%の人が物事の理を悟り産みだされる知恵を使えば実現可能です。

471 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 18:56:57
>私は、この原因を自分の知恵不足に依り起こされる現象と捕らえています。

なるほど。理を悟っても知恵を育てるのはやはり大変なのですね。

>真に理を悟ったので有れば、世界中で手足の指の数にも満たないその者達が皆に変わり、
>その使命を担わなくては成りませんね。

素晴らしい考えだということは感じられましたが、また疑問が湧いてきました。

・理を悟った後、人類社会をよくできるほどの知恵を育てる方法とはどのようなものか
・理を悟っても知恵が十分に育たないと、人類社会を改善する方法論は分からないのか
(蒙昧な人々に理を広める方法を凡人さんがまだ見つけていないように)

これらの答えもお願いいたします。

472 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 18:57:35
凡人さんの言う事は
凡人が言う事を分かりにくくしたものだね

473 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 19:03:17
やっぱり人間中心主義的なおごりだね。
そっち行っても混乱するだけだよ。

474 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 19:06:09
凡人さんは哲学の前提条件を分かってないよ


このスレ参照
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1135662428/l50


475 :凡人:2006/05/26(金) 19:36:59
>>471は467ですか?
済みません、私の答え方が下手で。
理を悟れば知能が育ち、その者の望む限りの知恵を泉の様に産みだせます。
>自分の知恵不足に依り起こされる現象と捕らえています。
私は他人を攻めず、自分の知恵不足と考え方法を模索していますので貴方も、
その様に考え思惟を深めるが宜しいのでは、と言う意味です。
>467の書き込みほど、社会が見えているのなら貴方自身が、ものごとの理を悟り、
その産みだされる知恵を体感するが宜しいかと思われますが如何でしょう?
>467に彼らは理を説いても理解しょうともしません、と記して有りますね。
他人に理を説く貴方は既に物事の理を悟り済み、と言っているのですよ。
それらを踏まえて互いの為に成る質問をお願いします。





476 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 19:58:16
「悟る」とは何ですか?


477 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 20:01:47
>>476
昔、新日本プロレスで「タイガーマスク」として
一世を風靡した人。

478 :467:2006/05/26(金) 20:06:45
>>475
理を悟れば、知恵は泉のように湧き出てくるのですか・・・
私が思惟してもなかなか望むようには知恵が湧き出てこないので、
理をまだまだ悟れていないのだと思います。

そこで凡人さんの考えを伺いたいのです。
もちろん凡人さんの言う事を鵜呑みにはせず、自分で検討しますので。

・凡人さんはどのように理を悟り、どのように知恵を育てた(育てている)のか
・どうすれば蒙昧意識に覆われた人をその霧の中から助け出せるのか

479 :凡人:2006/05/26(金) 20:11:05
以後、無記名は継続性が分かりませんので、お答えしません。



480 :476:2006/05/26(金) 20:27:32
「悟る」とは
どの様な条件の時に
{悟っていない」と{悟ってる」に分類されますか?
例えば理を悟るとは
何を条件に「悟ってる」と「悟ってない」に分かれるのでしょうか?

481 :476(混沌):2006/05/26(金) 20:35:00
名前が数字だと駄目ですか?
それでは以後、混沌と名乗ります。

482 :凡人:2006/05/26(金) 20:45:39
>>478
ものごとの理を悟ると依り良い社会を未来に引き渡す、と言う隠れていた使命感が表にでてきます。
それを自分の得意とすることで夢が産まれますが、私はその心を誰でも悟れる方法を見いだし夢とする、事にしました。
「ものごとの是非、善悪を明確に弁別する心」が物事の理を悟る、と同様ですとお伝えしましたね。
この「 」の心の指針と成る簡単な【X】が有るのですが皆さんの心がそれを、お伝えするに至らないのです。
【X】は啓蒙意識の結晶で自分で啓蒙意識を育て蒙昧意識を無理なく心の中から立ち退いて貰います。
ものごとの理を悟る、と言うことは誰もが持っている知恵の泉を掘ることですから掘ったら知恵は止まりませんよ。
まずは、御自分が霧の中からでることが先決ですね。



483 :467:2006/05/26(金) 21:13:34
>>482
【X】=啓蒙意識の結晶が、理=「ものごとの善悪を弁別する心」になるんですよね。
私は どうやって理を悟り、知恵を育てればいいのか が知りたいのですが、
そのためには【X】=「啓蒙意識の結晶」が必要だということですか。

では【X】はどうすれば手に入るのでしょうか?あるいは伝わるのでしょうか?

484 :ニヴェラリストはこう言った。蝶人と「手遅れの人間」達。:2006/05/26(金) 21:37:42
嗚呼!!何時の間にやら、彼等は大地の上を覆い尽くし、真、忙しく飛び跳ねる!!          
「我々は理を育て上げ、知恵を慈しみそして幸福を、創り上げる事を理解する。」と、――――こう言って瞬きする間も無く、復讐する事に余念が無いのだ。 
            彼等は小さな昼の顔と小さな夜の顔を私に向ける。             彼等の精神を覆い隠す仮面の笑いには氷の冷たさが、やはり私に向けられている。           
そしてこう言うのだ、汚れた上に狂気的な、気違いじみた人物だと。
あなた方の様に毒グモに刺されその毒に狂い踊る位なら、気違いじみた道化師として私は、あなた方に“良き足”で踊る事を勧めよう。

嗚呼!!私の大いなる愛は又、一つの拾い物から、遣って来た。

『本能的な人間と大空への架け橋』を移り行き。

その移り行く事と引き替えに大地へその“良き足”を残し。

風に舞散る睡蓮の花弁と、ともに自由な風に舞う。

七色の橋から飛び立たたんとする!!彼等を!!嗚呼!!「蝶人」よ!!彼等への大いなる、愛を私は再び呼び戻そう。

「手遅れの人間」達に見つからぬ様に。


485 :ニヴェラリストはこう言った。蝶人と「手遅れの人間」達。:2006/05/26(金) 21:40:01
私は凡庸な認識者を名乗るあなたに、尋ねよう。

理とは何か?知恵が最も隠される場所は何処か?と。
私は倒れ行く彼等に私の、棒で突こう!!

やはり、彼等には理解が今だ早いのだ。

挙げ句、喚く。     
「彼等は理を理解しません、故に愚かにも彼は善悪の判断が、つきません。」 
「何故なら、彼は知恵を持たない無知なる人間なので、私達は彼の様な人間を恥じなければ成りません」と。

嘔吐!!嘔吐!!嘔吐!!
おお!!私の半神獣達よ!おお!!最も賢きアジ・ダハーカよ、最も勇ましき、フレス・ベルグよ!!

彼の魂の一体、何処に真実が在ると言うのか!!

道化師の“知恵”にすら、道連れを選ばず。

そして、真に私はあなた方に、こう言う。

善悪の判断が自らで可能だと、思われる。

理は、およそ善悪を評価出来る認識者で有る。

評価とは創造で有る事は、ゾロアスター教の詩人により語られた事は少なからず教えておこう。

彼等に何故、善悪の価値など、創り上げる事が出来ようか?!

何故に同等の価値を持つ、対極に有る価値の本質を、見抜けぬのか?!


486 :ニヴェラリストはこう言った。蝶人と「手遅れの人間」達。:2006/05/26(金) 21:41:18
良く聞きなさい、あなた方よ、良く覗きなさい、あなた方よ。

最も善き者が最も価値の在る事を実行する時は、自らで最もな悪意を与える時で有る。

最も悪とされる者が最も悪い事を実行する時は、自らで最も善い死に方をする時である。

そして、どちらにも結び付けては成らぬのが「同情」で有る。

仮に最も「善い善き人」が自らに不正を与える悪意を受け、その処罰を与える場合を想定して欲しい。

刑を執行する裁判官で在る「最も善い善人」が、もし「最も悪で在る悪人」に
「同情」を欲したら、どうなるであろう?

彼は許してしまうのだ、真愚かにも!!

そして、決して“その”時へは遡れない意志が苦痛と苦悩を意志と精神に宿り、
やがて「復讐」する。

そして終には「復讐」が、面を被り一切の「罰」だと名乗り出した。

私は言おう、こんな復讐心や嫉妬に狂った醜い社会を組み立てたのは「最も善い善人」を名乗る彼等が、自らに受けた不正を裁く時に
自らで「あなたは悪で在るだが、それが何だと言うのだ、あなたは私に不正として悪意を与えた。」

「それ故に私もあなた自身へ私の大いなる悪意により、罪を許しあなたは刑罰を受けねば成るまい。」


487 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 21:42:31




ハローワーク http://www.hellowork.go.jp/





488 :ニヴェラリストはこう言った。蝶人と「手遅れの人間」達。:2006/05/26(金) 21:47:14
何故、罪を許すのか、あなた方は此処で理解出来ない。

もし、仮に「悪人」で有る彼が「人殺し」を行なった事としよう、あなたは「人殺し」を死ぬまで許され無い事として認めるのか?

もし、許す事を認める事が出来ないの無いならば、あなたは、自らが殺される事を自らに許した事を認めねば成るまい。

何故なら殺人と言う罪を、もし、仮にあなたが行なった時にあなたも彼と同じ刑を受ける事を認めねば成るまい。

私は仮として、この「最も善き善人」を一般的な道徳に、より善悪つまり、正しさと不正の価値を評価する刑の執行者に冒頭で見立てた。

およそ、理解出来たで在ろうか?

「最も善い善人」は殺人と言う罪が許され無い犯罪だと認め、その罪を実行した「悪人」を

もし、仮に彼が「最も大いなる悪意。」を振るい彼を死刑にするならば「最も善き善人」も、同じ刑を受けざるを得ないのだ。

大多数の余計な人間達は、こう言う。

「人殺しは大罪だ決して許すな。」

すぐに彼等は人任せに、偽善だけを取り繕う。

何故なら、あなた方は善悪を裁きはしない。

故に判断の価値など、とは決して私はあなた方に可能だとは信じられぬ。

最も偉大な善人は最も偉大な悪意をも愛する知性の持ち主だ。


489 :ニヴェラリストはこう言った。蝶人と「手遅れの人間」達。:2006/05/26(金) 21:48:11
あなた方、あなた方、あなた方よ!!

悪意の中へ入りなさい、孤独の中へ飛び込みなさい。
残念ながら、凡庸を名乗る汚れた認識者よ、あなたには一切の真理、一切の真実など何処に持てよう事か!!

あなたは、蝶人との架け橋とはなれない!!

世界にはたくさんの汚物がある。“そこまで”は事実だ!しかし、だからといって、世界そのものが巨大な汚物にすぎぬとはいえない!

世界の多くのものが、悪臭をはなっていることのなかに、知恵がひそむ。嘔吐感そのものが、翼を生み泉をさがしだす力を創造する!!
ツァラトゥストラはこう言った。下巻・第3部・古い板と新しい板。より抜粋。
あなた方よ、悪意を愛する“知恵”を持つなさい。

あなた方よ、自らで進む勇気を愛しなさい。


490 :ジャイアンはこう言った。:2006/05/26(金) 21:55:06
お前の物はオレの物!
オレの物はオレの物!

凡人はこう言った。
お前の理はオレの物!
オレの理はオレの物!

491 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 22:17:53
やっぱニーチェはいいなぁw

492 :混沌:2006/05/26(金) 22:18:16
(ニヴェラリストはこう言った。蝶人と「手遅れの人間」達。)さん
長いので以後「蝶人さん」と呼ばせてください。

文書が長くて一瞬引きましたが、読んでみると興味が沸きました。
貴方の考え方が知りたいです。
そして私との誤差を知りたい。

文書の内容は一部しか解かりませんでしたが
1・殺人者を罰して死罪にするなら、
  死罪にする事も殺人に変わりないのだから
  同じ事をしてる事に気が付きなさい。
2・善悪は相対的に存在して本質は同じである。

この様な意味でしょうか?
又、これ以外の意味を含み置いていた場合、
教えて欲しいです。

493 :混沌:2006/05/26(金) 23:43:24
(間違いの良い面に関しての考え)
自らの考えられる事を超えた、新たな物事を知った時に
知る前と知った後では 考えられる幅が変ります。
広い範囲で考えられる様になる為に
既存の考えより 新規の考えの方が良い場合が出ます。

新規の考えに変更して 新規から既存を見た時に
既存の考えは 「間違い」だったと判断する訳です。

ですから「間違い」は悪い事と同じでは無い。
間違いとは 考えと考えの差に過ぎない。

そして 人は学び「間違い」を通して成長していきます。
正しいと言う無変化は成長に繋がりませんが
間違いと言う変化は成長に繋がります。

間違いを意識が拒否すれば人は精神的に成長しません。
間違いを意識が受け入れれば人は成長します。

494 :解体屋:2006/05/26(金) 23:58:02


わあ〜スゴイ伸びてる
凡人も未だ健在か…

それにしても1がきちんと命題を提出してたんですね。
特に異論が無いので絡めないのだが


495 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 00:02:43
命題1「私は私」
まず「これって何?」とあることに疑問を持つと
その問いはその対象に向けられると同時に自分の
中にも問い掛けている。
 デカルトはあらゆることに疑問を投げかけ、その
疑問を問うた自分自身はあるとした。
 この自分自身への問い、その対象への問い、それら
自分自身と問いの対象をも含むすべてへの問い、そして
自分自身の問いへの問いそれらを含んで「なぜなんだろう」
と思惟をつき進めてゆくと「なぜか私は存在しなぜかすべてに
問いを糾している?」となるここで確固たるのは私はありとあらゆるもの
に問いかけ私自身の意義にも正面から疑っているということ。
私を作るのは環境と私の意志であるならそれらを含んだすべてにおいて
あるのは「なにかと私と私を作る外部と私の知らないなにか」である
私(主観)が立脚している確かなものは無いといえるのかもしれない。
問いと私と自身とすべてこのことに共通な内包していることはどうあがこうが
「私は私」ということである。
ゆえに人は誰しも他に対することができるのである。


496 :凡人:2006/05/27(土) 00:12:27
>>483
【X】は極めて簡単です。
簡単だけに受ける心構えが必要です。
その言葉の真意も説明が必要ですので次の機会に回します。

>483以後に記された言葉遊びは人に何も徳をもたらしませんね。
知恵が無ければ著者が伝えようとしている事を理解できません、でしょう。

497 :混沌:2006/05/27(土) 00:13:52
命題1「私は私」
この考えは今まで考えた事がありませんが、
つまり 私は如何なる事も(私と言う枠)を通して、
世の中の全てを見てる。
即ち 私とは世の中全てを受感する主観である
と言った意味ですか?

捉え違いを指摘お願いします。

498 :凡人:2006/05/27(土) 00:40:25
>488の意
貴方達の善悪は、善は悪で有り悪は悪なのだ。
従って貴方達は善悪の弁別も付かない世界で生きているのだ、と諭してるのです。
>489の意
社会で誉め称えられている者達は真理、真実など触れることもできない。
下民と呼ばれる大衆の中にこそ、知恵の泉、理が有るのだ。
書き込みの蝶人、改め超人とする。で良いかな。

499 :蒙昧:2006/05/27(土) 00:40:30
>>288
物っ凄い遅レスですまん。週末しか来れないんだ。

>>自分の世界観に縛られずに、、と書いて有りますが世界観に縛られない己の意識が必要では無いですか?
>それに世界観とは世界の意識を掌握して無ければ理解できませんが、それはお済みですか?

上の2行目は凡人さんの世界観であり俺の思考とは一切関わりを持たない故に答えられないので、
1行目だけ答える。
確かに俺の意識は世界観に捕われているんだろうが、世界観を仮に構築した「仮想意識」とでも
呼べる『自分は信じていないが彼はこう信じているんだと考えられる世界観を世界観とした意識(世界)』を
造ることはできるだろう?故に問いに対する答えは「必要では無い」。

> 言葉の羅列は誰でもできますが、その内容を理解するには道理にあかるく成る=ものごとの理を悟らないと
> 全ては覚えているだけで何も理解はできませんよ。
> 道理に昧いまま、ものごとの理を悟らぬまま、理解しょうとする事が既に矛盾しています。
> 貴方の今の限界は貴方がものごとの理を悟り、知能を育て智恵を産みだせば眼下に広がる
> 砂浜の一粒の砂にも満たない大きさです。

これは全てあなたの世界観であり、あなたの言葉に過ぎず、これを真実ではないと考える俺には
凡人さんの世界観を理解する参考、という価値しかないので、俺の世界観には軋みも聞こえません。
長くなったんで一回切る。

500 :蒙昧:2006/05/27(土) 00:48:30
さて凡人さん、
あなたは『哲』『学』そして『哲学』という言葉の意味を大切にしている様子ですが、
それはそれらの言葉を定義した人に対する盲目的信仰であると言う事に気付いていますか?
文字の意味はこうなんだから、言葉の意味はこういうものなんだから、というあなたの哲学論拠は、
聖書にはこう書かれているんだから、釈迦はこう考えていたんだから、という論法と
何が違うのか、と俺は問おう。

501 :蒙昧:2006/05/27(土) 00:59:28
さらにもう一つ。
あなたはこれまでの哲学は全て失敗だと主張している。
それは(あなたにとっての)成功事例が無いからだろうが、あなたも今のところ何一つ成功事例は残していないでしょう?
あなたは過去の哲学者達、あなたの言う失敗者達と何も変わらない存在である、と俺は思うわけだ。
結果が無ければそこに価値は無い。
まあ、俺が言いたいのは、結果を出さなければあなたの言はなんの説得力も持たない、と。

502 :凡人:2006/05/27(土) 01:07:05
>>500
哲学は哲学の言葉の意味を大切にしないで、何を大切にしろと?
哲学は諸学の源ですが数学で数学の言葉を大切にしないと数学は何学ですか?
哲学の場合に哲学の意味を切り捨てると哲学は何学に成るのですか?
辞書と聖書、教典を同一と考える、には無理が有るのではと思いますよ。

503 :凡人:2006/05/27(土) 01:15:35
>>501
哲学で心の核に取り組むのは初めての試みです。
誰も立たなかったスタートラインに立った者に君には記録が無いから認めないよ、
と言うのも、どうですかね。
私は過去では有りませんよ。

504 :蒙昧:2006/05/27(土) 01:46:48
>>502
前にも言ったが、話の前提としてあなたと俺の言う哲学は別物なんだが。
まず哲学は学問ではなく行為、あるいはその方向性の便宜的な呼び名だよ。
全て科学の上に成り立つ「学問」と一緒に括れはしない。
哲学は学問というよりオカルトに近い位置にあるだろう?そもそも物理的に、
あるいは科学的に実在する「答え」を求めるものではないという時点で、
他の学問とは一線を画し、故にそれは学問ではない。
(心理学なども実在的な答えは無いが、哲学のように根本的な定義が議論されるようなものでなく、
学問かどうかはともかく研究の系統としては確立している)

まあこれも俺の世界観なんで、結構間違ってるかも。指摘歓迎します。

> 辞書と聖書、教典を同一と考える、には無理が有るのではと思いますよ。

どれもが何者かによる物事の定義とそれによって構築された世界観のもとに書かれたものだ。
それを無条件に信じるのは世界観の盲信以外の何物でもないだろう?疑ってかからないのだから。

>>503
どうですかね、とか関係ないんだよな、悲しいことに。
認めることが不可能なんだから、どうしようもないでしょう?
見とめるには理由が必要、と。

505 :蒙昧:2006/05/27(土) 01:48:05
ああ、上のレス分かりにくいな。
最初の行無視してくれ。

506 :蒙昧:2006/05/27(土) 02:00:37
>>497
よ、混沌さん。
>>1じゃないが、あなたの解釈に挑戦する。

『あなたが言う「私(主観)」と「世の中」の差異は?』

あ、試したりとかしてるわけじゃなくて、俺は人の考えを聞くのが好きなだけです。

507 :ニヴェラリストはこう言った、徳の祭壇。:2006/05/27(土) 04:02:29
やがて、私はあの熱風により下へと辿り着いた。

一人の独りぼっちが、私に歩み寄り語り掛ける。

「それでは現存する、道徳的価値観と私が示した理解の提示との私との他の関係の中で成立する差異を、語ってはくれませんか?」と。
私はゆっくりと歩みより、語り掛ける。

あなたの提示した、私への理解への移り行きは、素晴らしいと評価しよう。

だが幾つか、修正の言葉を呼び止めよう。

【混沌への返答、カオスの中に、こそ秩序がある。】
壱・返答

否、死刑そのものもどうかと思うが、同じ事を繰り返すのでは無く、繰り返し認める事を、認識しなさい。
つまり、自身が殺人や死刑を他者に認める事は自身も同じ事を認めている、事を学びなさい。

弐・返答

やや、倫理が不透明だが、
善悪はともに相対的な中で存在しているから本質的には同じ?

相対とは、

1他との関係の中で成立する事が出来るもの。

2どれも正しい・どれも等しく同じ価値が在る。と言う事。


508 :ニヴェラリストはこう言った、徳の祭壇。:2006/05/27(土) 04:05:09
模範。

善悪とは共に対極に位置する価値感なので、相対的に視察した場合に互いの価値が真逆に映されるた時、その存在の本質は一元論化する。

つまり、善悪は正義の関係性於いて利益と損失を計る性質を本質に残し、裏表に別れた。

本質は自己生命の状態維持測定器である。

この場に置ける正義は力だと言って置こう。

故にどちらか一方を否定する事は“生”これを否定する事と同義。

ならば、個々に在る価値の高みを目指しなさい。


509 :ニヴェラリストはこう言った、徳の祭壇。:2006/05/27(土) 04:08:11
【解体する事と創る事】             では、私の大まかな思想を少しだけ、広げよう。

私はもう、お分りだと思われるが動能的ニヒリズムの移り行きを自称する、道化師と詩人を飛び越え行く、一人の“孤独”で在る。

私は、まず其処から飛び立った。

【孤独修正主義者と虚無的修正主義者との移り行き。】
ニヴェラリストとは単なる言葉の組み合わせで、ニヒリズムとリヴェジョニシムを掛け合わせた、単なる表象的な記号だと言って置こう。

だが、此処に置けるニヒリズムは現存の固定観念の他に“虚無的な孤独感”と言う意味合いを持たせて欲しい。

リヴェジョニシムとは通常通りに修正主義者だと理解して貰おう。

ニヴェラリズムとは一切そう在った全ての孤独を、私がこの様に欲する事によって現存する“孤独”が持つ価値を最も高い空まで、はばたかせる事に移り行く人々に私は私の孤独を分け与えたい。

その、意志が放たれる場所は「力への意志」から移り行く「力からの意志」を能動的に逆向きのベクトルに解き放つ事を主体に置く事を意志する。

【思想学的価値観念の捕らえ方と道徳的価値観念の囚われ方。】

まず、私が始めに疑いを持ったものは、「あらゆる価値の転倒の試み。」により。
対極に置かれた価値は、その時代背景に置かれた若干の青草さを蔓延させ、やがて私の足元まで、転がって来た。

そして、こう考えた、「あらゆる価値の転倒」を成功させたとして、もう一度「全ての価値を転倒。」させる事が可能で全く同じ様に戻るで在ろうか、と。

一見、困難か不可能さえと思えた、思考実験の行き着いた移り行きは“ある”ものを度外視さえ出来れば
容易に可能だと理解した。

510 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 04:10:12
5 名前:|l |リ゚ ー゚ノl|<箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s [sageくうかんとうこ] 投稿日:06/02/27(月) 20:54:00 ID:0RbsEnA0
ならせめて kuukantouko@hotmail.com に。
メッセがしたいのです。セシル。あなたが望むならでいい。
あなたが望むなら、私はメッセをしたい。
そして、セシル!私を議論で打ち負かしなさい。
私程度を打ち負かせないようなら東大生などに手も足も出やしませんよ。
私は所詮中堅大学の五本の指の一人にすぎません。
クラスのなかでトップの議論や論文を書いたところであまり満たされないのです。
ただし、哲学で私を打ち負かすのなら、セシル。
エヴァや今のあなたでは太刀打ちできないと心得なさい。
私がほんとうに得意なものは、小説や詩ではなく、論文およびに議論なのですから。
なんでもあり板で私に哲学議論で勝てるのは、ものにもよりますが、Cさんだけでしょう。
ただ、哲学。それも、生きる意味、自殺、神の存在証明。
これらでは哲学板のコテハンにだって勝ってみせる!!
ただ、歴史はセシル。あなたの方がなんぼか上。
私がせめて勝負できるのは、哲学や思想、抽象思念だけね。


【お前が】箜間桐孤 ◆zrfOxD0F0s【キチガイ】
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1148578554/

511 :ニヴェラリストはこう言った、徳の祭壇。:2006/05/27(土) 04:12:11
それは、他でも無い自らの“意志”で有った。

私はこう考えた、およそ全ての概念には両極が存在しそれら、全ては一元論的な存在であり、認識を通し意志した時に二元論的に働き
空間に於いて多元論的な相対性のパラダイムにより撒き散らされた。

私は、やっと理解した、あらゆる価値の実証と創造的な破壊の衝動へ帰納する事により、私は私自身に評価を与えていたので有る。

故に最も理解に近い感覚はあらゆる、価値観を相対的に視察して移り行いた。

その時に、最も価値在る“没落”する姿が最も孤独を恐れ不安がる人々の孤独の海に沈み行く、あの太陽として移り行きたい、と。

【古い石板と新しい石板】
恐らく、私が自身に掲げる石の板に書かれた文字は。
「全ての価値は永遠に移り行くもので在り。又、故に現代哲学に置ける。」

「思考のフレームは“相対的”に捕らえて一元論性を示しつつ多元化に変わり行く一つの環状だと言う。」
「物事を思考と視察により判断し新たな価値を与える為、私はその価値が有り。対等的な対極を自らの精神により命が命を刻み込む事を感謝し喜ぶ事を。」


512 :ニヴェラリストはこう言った、徳の祭壇。:2006/05/27(土) 04:18:18
【放出的感性と内向的爆破。】
理性は本能に回帰すべき、場所を知っている。   
故に、あのデカルト哲学の原点となった定言も《デーオムニブス・ジビタシズム》(全てについてまず疑え)事を否定的に捉えないで欲しい。
我々、哲学的な思考が及ぼす感情へ、この疑う事が、作用する働きは、認識の選別機能により送られて来た外部の情報と内部に在る。
記録の照らし合わせにより誤認が起こす伝達情報が、誤差を読取る事を全く疑わずに誤った解釈の基盤から
許に創造した為におよそ、理解の不完全な儘の概念として感性に組み立てる命令を受け、事実的な事よりも語学的施工に忠実な事を。
《疑う》事に躊躇うのが、民衆に広がる人達には抵抗が反作用を起こしている。
何故なら、彼らは《疑う》事に疾しさを、引き連れてくる、そして彼らは、こう考える。        
何故、嘘など着かないのに彼らは《疑い》を持ち込むのだろうと。        
故に哲学的思考論を機能させた、理性で制御した、あの定言は実は、本能的に機能する。        
それは、感情と精神の記録外部の情報と同じ情報は、無いか探り出し。        
そのついでにその、情報に近い観念を幾つか記憶する。           故に我々は《疑う》と言う推理を、本能的な資質に放り込み、こう言う。        
「私は、その情報を知る事が本当無かった事と有った事を《思い出せ》と理解してる。」

何故なら知らぬ事など忘れられない。

513 :ニヴェラリストはこう言った、徳の祭壇。:2006/05/27(土) 04:19:07
【善悪の楽園。】

恐らく我々、思想家は真実の為では無く神の為の真実の上に座らせてた。   
善悪をともに等しい彼岸へ沈み、やがて善悪の価値感の安息まで用意するだろうか?

我々は自らで判定しなければならない、自己の善悪を
自己の善悪を評価する。 
嗚呼!!孤独よ、足を上下に振り上げろ!!    
嗚呼!!憂欝よ、偶然の床の上で体一杯!!    
理解出来るだろうか?              自らに宿る“孤独”は一人ではなく、地球上に生きる命の数たけ在る。    
嗚呼!!恍惚の朝日に、はばたけ、孤独の繭から移り行き自らの孤独を憂い救済する者よ!!      
あなた方こそ、呼ばれるが良い、自らの孤独を済す者とニヴェラリスト達と!! 
あなた方との差異は孤独を愛する事を望んだかどうかだけだ。

514 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 05:02:13
さすがにこの読みづらい長文はうんざりだ

515 :凡人:2006/05/27(土) 08:34:20
>>504
>哲学は他の学問と違い机上で答えがでないから一種のオカルトに近いのでは?と言うことですね。
この意識を産みだす根底には哲学の意を解さぬことが始まりと思われます。
貴方は御自分で理解できない、哲学=愛智=諸学の源と言われる由縁も全て否定なさるでしょうね。
哲学も精神的、答えが有りますが未だ世に答えが示されて無いのです。
それでも私は、これらの意を明確に認識しています。
哲学の意を知ろうとする者、知ってる者、知ろうとしない者、この差が貴方の私の差ですね。
辞書の全てが正しいとは申せませんので間違いは自分で訂正しながら使います。
疑ってかかれ、と言う意はまず己の心を疑う必要が有る、と言うことです。

516 :凡人:2006/05/27(土) 08:50:41
>>513
ご苦労様です。
>あなた方との差異は孤独を愛する事を望んだかどうかだけだ。
こと言葉の意を分かりやすく記して下さい。

517 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 08:54:37
しかし、そうなのだ。

518 :凡人:2006/05/27(土) 08:55:42
>>510
生きる意味、に付いて語って下さい。
名無しさん、では無く何か名前を付けて下さい。

519 :目撃者:2006/05/27(土) 09:01:12
>>518
名無しは、臆病者の印しである。

520 :凡人:2006/05/27(土) 09:18:08
>>519
そう言う気持では無いんですけど、相手の方が特定できないと、と思いまして。

521 :467:2006/05/27(土) 13:33:14
>>496
【X】=「受ける心構え」があれば理を悟る事ができ、理を悟る事ができれば
知恵は望むように湧き出てくるし、【X】のない蒙昧な人にも理を広めることが
できるというわけですか。

「受ける心構え」とはどんなものなのでしょう?
具体的にどうすればいいのでしょうか?

522 :凡人:2006/05/27(土) 15:19:46
>>521
「受ける心構え」智を望む純粋な心(目的)と【X】に至る流れの納得(理解に近い)です。
【X】は人の心の核を構成する蒙昧意識の正反対の啓蒙意識を育てる為の文言です。
その為に蒙昧意識の性質を知り啓蒙意識を望む心と知恵を得る為に知能を育て無ければ成らないこと等を、
納得の上で取り組まなければ目的の成就は叶いません。
私は、その方法(仕組み)をお伝えするだけですから聞くだけ聞いて見よう、何て人には効果が望めないのです。
方法をお伝えした後は、私が精神の切り替えをするのでは無く本人次第ですので、、
幾ら心の問題で論議しても精神の切り替えをして道理にあかるく成り知能を育て智恵を産みださなければ人類
は何も解決できませんよね。
受ける心構えは蒙昧意識下に於ける、自分の欲望を満たす為で無ければ良いのですよ。



523 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 16:04:34
哲学によって人生の意味を探っている人は哲学に失望してもしょうがない。
元々哲学ってそういうものじゃないから。
哲学が何なのかって簡単に書いてあるのは
竹田青嗣『哲学の味わい方』がおすすめ。対談本で読み易いです。

哲学を人生修行だと思っている方は
((((( グルジェフ考察 )))))
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1099151763/
オウムの「ワーク」の語源がこの人らしいです。
俺は詳しくないけど基本はカスタネダなのかな?
日本人だとこれまたオウムに影響を与えた中沢新一。
中沢新一の行き着くところを占うスレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1116255100/
『チベットのモーツァルト』は修業体験の本らしいです。

凡人レベルを偽者だと見抜けない人は、問題があるような気がします。
とりあえず本を読んでみて下さい。

524 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 16:59:06
>>522
つまり、純粋な心で智を望むという目的を持って、ある文言【X】を納得すれば、
理を悟り、知恵が望む通りに湧き出てくるようになるということですか。

>方法をお伝えした後は、私が精神の切り替えをするのでは無く本人次第ですので、、

凡人さんが「望むとおりの知恵が湧き出てくる人」ならば、本人の精神の切り替えを
凡人さんがする方法や、本人が切り替えるように仕向ける方法も分かるのではないでしょうか。

これは凡人さんの知恵不足ということでしたっけ。
望むとおりの知恵が出てくるはずのに、知恵不足ですか。よくわかりません。

まず凡人さんが私の蒙昧意識を実際に打ち払えるところを見せてくれないと、
蒙昧な人々がたくさんいる人類社会を良くできるなんて信じられませんね。

525 :467:2006/05/27(土) 16:59:48
>>524は私の発言でした

526 :凡人:2006/05/27(土) 17:42:00
>>525
確か、知恵を望まぬ者に知恵を望ませる、と言うことで私の知恵不足と言ったと思います。
私の考えでは知恵を望む者が知恵を得れば良いと、思っていますので、そちらには知恵を使っていません。
当然、知恵を望まぬ者に知恵を望ませる知恵は私が望んでないので、その知恵は産みだしません。
無理するな、無駄するな、ですので哲学その通りに使い、無意味な蒙昧哲学はしていません。
信じる、等は蒙昧意識の特権ですよ。
事実か否かを自分で確認し確認の取れた所まで認めるが宜しいかと思います。
蒙昧意識社会では信じろは騙すぞ、信じるは俺は騙されるぞ、と言っていると同じですよ。
でも下二行は非常に感じが良いですね。
>人類社会を良くできるなんて認められませんね、が良いですね。

527 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 18:04:11
>>526
凡人さんは今のところ、一部の者だけが理を悟り、知恵を育てられればよいと
考えているだけだから、蒙昧意識の者たちにまで理を広める知恵はまだ
産み出していないということなのですね。

ところで凡人さんは>>468で、

>真に理を悟ったので有れば、世界中で手足の指の数にも満たないその者達が皆に変わり、
>その使命を担わなくては成りませんね。

と仰っていますが、人類社会を良くするには、一部の理を悟った者を「皆」に
変えるところが一番難しいことだと思いますし、私はこの方法を知りたいのです。

「使命を担わなければならない」はずなのに、どうしてそのための知恵を
凡人さんは産み出さないんでしょうか?

528 :469:2006/05/27(土) 18:30:32
まず、蒙昧意識をなくして、即心即物といった境地に達するためには、自分のたどってきた履歴を知り、自分の構成要素を知ることが大事だと考えます。
つまり、自分の中の自然性を悟ること、たとえば植物の持つ意識とはどういったものかということに考えをいたらせる必要があります。
そのことをかんがえると、自分の脳内の言語化、意識化されていない部分、四角い形をして灰色の状態の意識、といったものに考えをいたらせる必要があるでしょう。
以上のことを考えれば、人の言動に不必要に左右されることもなく、自分自身を岩のような確固たる物として確立できるわけです。

529 :凡人:2006/05/27(土) 18:51:56
>>527=467さん?
一部の者では無く知を望む者がです。
知を望まない人には私も渡せませんよ。
方法は完了してますので今、(本)文章に纏めているところです。
その内容に、より多くの人達の賛同を戴ければ目的が、ほぼ達成すると思います。
>524
>まず凡人さんが私の蒙昧意識を実際に打ち据えるところを見せてくれないと、
精神的な力で相手を打ち据える、ような事は駄目なんですよ。
○理を悟る方法を知りに成りたいのか?☆理を広める方法を知りたいのか?
○なら、このスレで問答すれば大丈夫ですよ。





530 :467:2006/05/27(土) 19:02:39
>>527も私です。失礼しました。

>>529
表現はともかく(「打ち据える」ではなくて「打ち払える」)、結果的に
私の蒙昧意識がなくすことができれば大丈夫です。

理を悟る方法を詳しく知ろうと私が本当に思うには、それに価値がある、
効果があることを私が確認できなくてはなりません。今はまだ興味の段階です。

そこで、理を望まない者にも広める方法を教えてくださいとお願いしたのです。
理を広める方法を凡人さんはもう生み出したのですか?

531 :と、私が云うとでも思いましたか?:2006/05/27(土) 19:04:29


532 :凡人:2006/05/27(土) 19:09:03
>>528
確実に理を悟れない人がいます。
@宗教に己の心を預けた人A蒙昧意識の強い人B理を望まぬ人
>まず、蒙昧意識をなくして、
蒙昧意識をなくす方法も示さず、このスタート時点で理論的に無理が有ります。


533 :469:2006/05/27(土) 19:14:51
>蒙昧意識をなくす方法も示さず、このスタート時点で理論的に無理が有ります。
その後の文に方法が示してあります

534 :凡人:2006/05/27(土) 19:46:03
>>530
理を望まない者にも広める、のなら大変な根気と時間がかかるでしょうね。
でも、自分で理を悟らなければ理を広められないですよ。
蒙昧意識を無くすには啓蒙意識を育て無ければ成りませんので、その時は既に理を悟っています。
ものごとの理を悟る、と聞くと大変な事と思われますが心の核を支配する蒙昧意識を良心を使って
啓蒙意識を育てれば比重の軽い蒙昧意識は心の外にでざるを得なく成りますでしょう。
方法をお伝えしますので価値と効果は自分で行って確かめる以外に方法は無いと思いますが。
お金もかから無いし、宗教みたいに団体も無いし、得に成っても損は無いし、信じずに試すだけです。
笑(~o~)ってます。


535 :凡人:2006/05/27(土) 19:57:27
>>533
蒙昧意識の変わりに成る意識は何なの?
書き込みの状況だと人様を慈しみ人様に敬われる人間に成らないでしょう。


536 :467:2006/05/27(土) 20:06:42
>>534
「理を望まない者にも広める方法」を凡人さんは既に生み出しているのですね?

生み出しているのなら、まだ蒙昧意識の中にいる私に凡人さんが実際に
理を悟らせてくれれば、話は早いと思うのですが。
あとは、理を悟った私がその方法を他の人にも試せばいいだけですから。

ところで「大変な時間と根気がかかる」方法って、もしかして相手が悟りたくなるまで
説き続けるとかいう地道過ぎる作戦じゃないでしょうね?
そんな方法では、人類社会どころか哲学板すら良くできないと思うんですけど。

537 :凡人:2006/05/27(土) 21:13:58
>>536
理を望まぬ人に無理に押し付ける分けには行きません、と言う意味です。
哲学板の人達は書物で雑多な知識を記憶しているので、理を望む心はあるが
思い込みの激しい分だけ難しいのです。
私は理を悟る方法をお伝えしますので貴方が理を悟るのは貴方自身です。
私の伝える事に疑問が有れば貴方が納得するまで問うて下さい。
他の人の誹謗中傷が入れば私が片付けます。
後は数字では無くて何か名前を入れて下さい。



538 :467:2006/05/27(土) 21:44:51
>>537
「理を望む心を持った人たち」にすら悟らせるのは難しいのですか。

「理を悟った一部の人たち」を「皆」に拡大する使命があるというなら、
凡人さんにも私に理を悟らせる使命があるはずです。

ところが理を悟った凡人さんは、私に理を悟らせることができない。
私に心から理を悟りたいとも思わせてくれない。

こんな調子でどうやって、理を「皆」に拡大できるというのでしょう?
凡人さんの理は私一人すら動かせない。これが結果です。

実際には何もできない、素晴らしいだけの理想に興味はもうありません。
では。

539 :混沌:2006/05/27(土) 22:21:26
>>506 命題1「私は私」
蒙昧さん 初めまして、こんばんは

>>俺は人の考えを聞くのが好きなだけです。
私は「私は私」と言う言葉が表わす意味を知りません。
多分 私が知らぬ本や哲学者の言葉と思われますが
「私は私」と言う言葉から、思いつく事を言っただけです。
そして指摘される事を望んでます。

>>『あなたが言う「私(主観)」と「世の中」の差異は?』
人は世の中の現象から欲により 良を求める(分別)
分別した良により意識を構築する(意識)
様々な願望を持ち、意識で判断した結論が主観(主観)

つまり分別の時点で良だけを世の中の現象から抽出してる為、
分別時に捨てた「悪」を意識できない分 世の中と主観は差異が生じる。(差異の原理)
意識と無意識の差異は 主観と世の中(客観)との差異(質問の返答)

分別時に捨てた悪は無意識に蓄積する(無意識)
人の持つ欲(自我)により意識と無意識は分かれている(分離原因)
欲強く良を貪れば、悪とする部分が多くなる (意識縮小・無意識拡大)
欲抑え悪を認めれば 良とする部分が多くなる(意識拡大・無意識縮小)
意識が拡大し判断材料が多くなれば 大局的判断が出来る(見解の拡大)
意識が縮小し判断材料が少なくなれば 局所的判断と成る(見解の縮小)

人間の無意識領域の縮小と意識の拡大は 世の中と主観のズレを少なくする(客観に近づく)

不明部分をご指摘お願いします。

540 :混沌:2006/05/27(土) 22:24:54
>>506
蒙昧さん
539での良と悪は 主観の良悪です。

541 :蒙昧:2006/05/27(土) 23:19:12
>>540
混沌さん、返信に感謝する。
俺は人に指摘出来るほど完成した意識ではないが、可能な限り望みに沿おう。

> 人は世の中の現象から欲により 良を求める(分別)
この「欲」は人の何から形成され、「良」を定義するのか?
即ち、「分別」「意識」「主観」の順で思考主体が構成されていくなら、
「分別」以前の思考主体は存在し得ないのではないか?
人とは主観ではないか、それは循環論法ではないか、と。

> 分別時に捨てた悪は無意識に蓄積する(無意識)
「無意識」とは悪の集合か、他に何かを含んでいるのか(含んでいるのなら何を
含んでいるのか、また無意識とは器(内部の機能)か?集合(外部の干渉)か?)?

上は疑問、下は質問です。

542 :蒙昧:2006/05/27(土) 23:25:08
「二ヴェラリストは・・・」さん、あなたの醸し出す世界は俺の好みだよ。
・・・長いから「ニヴェラさん」でいいか?

543 :混沌:2006/05/27(土) 23:27:36
蝶人さん 返答有り難うございます。
読んでみましたが、私には直ぐには読み解けないようです。
読み解き後に再びお伺いします
私の無知をご容赦ください。

544 :混沌:2006/05/28(日) 00:07:56
>>541
蒙昧さん返信有り難うございます。
>この「欲」は人の何から形成され、「良」を定義するのか?
集合的無意識です。

>「無意識」とは悪の集合か、他に何かを含んでいるのか(含んでいるのなら何を
>含んでいるのか、また無意識とは器(内部の機能)か?集合(外部の干渉)か?)?
認めたくない自身の都合が悪い事は 意識したくないので認識しなくなります。
欲(自我)が欲が意識の一部を封じ込めるからです。
これにより人間の精神は楽を得られ(逃避)一時的な安定を得られます。

無意識は自身の都合が悪い事の集合であり、認識しなくなった意識です。

集合的無意識に関して。
集合的無意識は様々な欲が存在します。人類共通の精神のベース(素)です。
集合的無意識の状態から自と他に分別する事から意識は生じます。(集合的無意識に欲がある為)

集合的無意識以前の欲の形成は何だか解かりません。
何となく思った事はありますが、(仮説)

先ずは 集合的無意識の論証が先決と思いますが・・・
集合的無意識は何故欲が在るのか?
何故 人類共通なのか?
何故 存在すると言えるのか?
などの考えを言った方が良いですか?

ご指摘お願いいたします。

545 :混沌:2006/05/28(日) 00:18:44
蒙昧さん
ねむりますね
集合的無意識の論証を希望して頂けるなら
今日の夜にでも書こうと思います。

546 :蒙昧:2006/05/28(日) 00:30:52
>>544
混沌さん、返信に感謝する。

> 集合的無意識は何故欲が在るのか?
> 何故 人類共通なのか?
> 何故 存在すると言えるのか?
> などの考えを言った方が良いですか?
うん、よろしくお願いしたい。特に何故欲が在るのか、が気になる。

何故人は欲を持つのか、それは集合的無意識に欲が在るからだ、
何故集合的無意識に欲が在ると言えるのか、それは人が欲を持っているという事実があるからだ、

とか言う馬鹿を見たことはあるが、俺が納得する答えをいった奴は見たこと無いしな。

知性、と呼ばれるものは人間以外も持つといわれている。
イルカは集合的無意識に関連しているのか?とか思う。知性と精神は別か?
人類が特別な理由はあるだろうか。

なんかとりとめの無い文章になっているが、
集合的無意識の(俺の認識評価内における)オカルト領域からの離脱・昇華を期待する。

547 :凡人:2006/05/28(日) 00:38:14
>>538
赤子でも母親が口に乳を含ませるが、それを吸い飲むのは赤子です。
「母親が、その役目を果たしても赤子が乳を吸わなければ母親は赤子に乳を与える事はできません」
「私は理を悟る方法をお伝えしますので、貴方が理を悟るのは貴方自身です」
二つの「 」は同じ意味です。



548 :>「知を愛すること」が哲学の語源なら何故、智愛としなかったんだ? :2006/05/28(日) 04:24:03
凡人の超名言!!

>「知を愛すること」が哲学の語源なら何故、智愛としなかったんだ?
>そこに貴方は矛盾を感じない?


これはすごい、すごすぎるぞ!漢語の構造知らんのか?
フツーにバカなのね
これで「理」を悟っていると強弁するんだからムゴ過ぎ

549 :「知を愛すること」が哲学の語源なら何故、智愛としなかったんだ?:2006/05/28(日) 04:27:16
あと過去の哲学者は全否定するけど、哲学書は1冊も読んでいないんだったな。

550 :1:2006/05/28(日) 10:38:43
凡人さんへ
成功するには犠牲の上に立つことが重要です
自分自身の犠牲、他のものの犠牲、過去のものの犠牲、未来にあるであろう犠牲
それらは現在「伝統」「歴史」「文明」「文化」などど言われています。
否定するものはいつだっています。だれだって否定しています。
他を肯定することの肝要さ大切さを失ってはいけません。

そんな貴方にはこの言葉を送ります。(私が今までの言葉の内で
99.99・・・9%確かだと思える言葉です)
「最も偉大な聖人たちは悪に対する平均以上の能力を持った人間であり、
 最も邪悪な人間はしばしば今一歩のところで
 神聖に到達しそこねた者たちである」 グレアム・グリーン

貴方が後者になりそうだったらユニコーンの「大迷惑」でも聴いてください

551 :凡人:2006/05/28(日) 14:22:21
>>550-1
哲学の目的は哲学書に記して有る他人の言葉を吹聴する事では有りません。
道理にあかるく成る事が哲学の基礎で有り、その基礎が人類の抱える全ての問題を解決する知恵(方法)を産みだします。
道理にあかるいこと、とは人類が使っている理に反する蒙昧意識とは正反対の意識ですので理が望まずとも争いを挑まれます。
でも、それは当然なこと、当たり前なことなので私の心に何一つ影響を与えるものでは有りません。
ただ、私にとって良い教材に成ることは確かです。
私は既に前者で有り前者に至った者は後者に立ち戻ることは叶いません。
何故ならば心の道は全ての人々を含む後者から前者に向かう一方通行の道だからです。
皆さんが蒙昧意識に捕らわれる原因を含む理由は全て熟知して居りますので私は全てを肯定し全てを否定します。
1番さん、適切な御意見、有難う御座いました。


552 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 15:06:34
哲学の意味はそうじゃないって、何遍言われたら分かるんだろう…

553 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 16:19:35
>>552
凡人は事実よりも自分の定義を優先するということだな

「哲学」の語源が何であるかという歴史的事実を無視して自分の定義を優先する。
理では何もできない現実を無視して、「人類社会を平和にできます」と断言する。

まぁそう信じ込んでるんだから仕方ない。他人がとやかく言うことではない。

ただ、「自分の思想が間違っているかもしれない」という態度がない凡人には
誰かとまともな議論をすることはできないね。
彼が求めているのは、対等な議論ではなく「上から下へ」の教えでしかない。

554 :凡人:2006/05/28(日) 18:28:18
>>533
>理では何もできない現実を無視して、「人類社会を平和にできます」と断言する。
解釈の間違い
☆理の存在がない現実を直視して、「人類社会を平和にできます」と断言する。

社会に理の存在が有れば、貴方の解釈は正解でしょう、がそうで無い以上、解釈は間違いです。
蒙昧とは歴史的【事実】など、既存の非合理的思想を擁護し、自由で合理的思想に反対する態度です。
無知蒙昧な人、貴方の書き込みですよ。


555 :混沌:2006/05/28(日) 18:53:13
>>546
蒙昧さん返信有り難うございます。
> 集合的無意識は何故欲が在るのか?
説明条件
集合的無意識が存在する事を前提としてお話します。

結論
1・欲が無いと人は知る事が出来ない。

  赤子に於いて、知る事が可能なのは 欲が生まれ付いて存在すると考えます。
  欲は生まれた後に備わる物でなく、生まれる前から有ると考えます
a (欲が無いと分別不能で知る事が出来ない。)
b (生まれた時点で欲が無ければ
   知る事が出来ない為、新たな欲を作り出せない)
c (欲は一つの概念を二つに分ける能力です。
   分け方は一つの概念の中で
   他の概念(良と悪・優と劣)を引用して 二つに分ける。)
d (一つの概念を二つに分けられると言うことは
   機能的に他の概念を知らないと分別条件が無いので分けられないし、
   分別対象の欲が発生してなければ 分別する意図が生じずに分けられない。)
e  (生まれて来て教わる事無く,どの様に分けるかなどの分別条件を無意識で知り、
    実際に意図して物事を分別する意図を持つ。
    分別して意識に知るが生じる。)
f  (知る事を正確に言いますと
    分別して、類似した他の概念と同じで有ると合わせ知る事が「知る」。
    分別能力の欲と 統合能力の知の両方が無ければ 人は知る事が出来ない)
g  (分別したは良いが 合わせ方を間違えて、分別した片方だけを望み求める事が欲望)

556 :混沌:2006/05/28(日) 18:53:54
>>546
蒙昧さん
2・喜怒哀楽などの感情は
  教わる事無く知っています。
  教わらずに初めから知っているという事は 
  生まれる以前に欲は存在していると考えます。

1と2により 生まれる前の欲の在る所は何処かと言いますと
集合的無意識となります。

矛盾箇所の指摘と かなり解かり難いと思いますので
解かりにくい場所を教えてください。

又、集合的無意識が存在する論証に移っても良いです。

557 :凡人:2006/05/28(日) 18:56:20
>>553
私の思想が間違いと思うより、事実を優先する自分の思想が正しいのか?もう一度、精査するべきです。

>彼が求めているのは、対等な論議ではなく「上から下へ」の教えでしかない。

私が貴方のいる壺の中に降りて対等な論議をできないので私が伸ばした手を掴み、壺の外にでて貰えれば
貴方と私は有意義で対等な論議ができますよ。
一度、外にでたら壺の中の様子が良く見えますので、二度と無知蒙昧な壺の中に戻る事ができないのです。
手を離せば楽なのに、自分の手で自分の首を絞めて苦しんでいる壺の中に戻れますか?

558 :混沌:2006/05/28(日) 19:04:06
>>546
蒙昧さん
>知性、と呼ばれるものは人間以外も持つといわれている。
>イルカは集合的無意識に関連しているのか?とか思う。知性と精神は別か?
>人類が特別な理由はあるだろうか。

イルカだけでなく、あらゆる生き物が集合的無意識に関連してる可能性はあります。
しかし 私では論が上手く纏まりません。
解からないので 集合的無意識を人類共通と話しましたが、
人類以外も共通かもしれません。


559 :考える名無しさん:2006/05/28(日) 19:33:48
>私が貴方のいる壺の中に降りて対等な論議をできないので私が伸ばした手を掴み、壺の外にでて貰えれば
>貴方と私は有意義で対等な論議ができますよ。

この言葉をそっくりお返ししましょう。
事実を無視し、自分の言葉に溺れるあなたは私と議論するに値しない。

560 :凡人:2006/05/28(日) 19:52:00
>>559
事実を大切にし、真実を無視する貴方は私と論議する資格もない。
なんて真実をあからさまに言う私も感心しませんよね。

561 :混沌:2006/05/28(日) 20:54:23
蒙昧さん
555と556は微妙にズレた説明をしてしまってますので
補足を書きます。

562 :混沌:2006/05/28(日) 21:16:46
>>546
蒙昧さん >>555>>556の補足
蒙昧さんが事前に出した間違い例の
>何故人は欲を持つのか、それは集合的無意識に欲が在るからだ、
>何故集合的無意識に欲が在ると言えるのか、それは人が欲を持っているという事実があるからだ、
の考え方に私は大筋で賛成です。

私流に言えば、
「>何故人は欲を持つのか、それは集合的無意識に欲が在るからだ、」
赤子の段階で教わる事無く、分別する機能を持つ事から 欲があると考えるが、
何故 人は生まれながらに欲があるのだろうか?
それは 生まれる以前に欲の存在が有るからと仮定できる。
仮定する生まれる以前の欲の存在を 集合的無意識と定義

「>何故集合的無意識に欲が在ると言えるのか、それは人が欲を持っているという事実があるからだ」
何故、集合的無意識に欲が有ると仮定するのか?
それは 欲の存在しない物からでは 欲が発生出来ないからです。
欲を発生させるには 欲が必要であり 赤子の時点で欲が無ければ
赤子は知る機能が働かないのではないか?(知るには欲が必要)

生まれながらにして欲が在る為には 我々の精神的部分は欲から生じたと仮定しないと
我々の初期の欲の存在の説明が難しい。
であるからして 集合的無意識に欲があると考えます。

555は欲が無いと分別が行えない理由などです
556はその他での 生まれながらに知ってる事です。
私は よくすれた事 言ってしまいますので
その都度指摘してください。天然です!

563 :カオル ◆BBBRv/ousU :2006/05/29(月) 02:15:35

> 7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」

普通といっても人それぞれでしょうから、その人にとっての普通、
もっとも安定した状態が、良いということでしょうか。
こちらからは不快そうにみえる状況でも、その人にとってはそれが普通で、
その安定から抜け出さないというのも、よく見かけますよね。

もともとの土台の上に何かを乗せたから不安定になるのでしょうか。
その余計なものを取ると安定するのでしょうか。
余計なものってどこまでが余計なものなのでしょう。

石になりたいとか、消えてしまいたいとか、思ったりしませんか?
「私」とか「命」とか「世界」とか、そういう余計なものいらないって。
【普通】いつでもどこにでもあって、めずらしくないこと。(goo国語辞典)
を突き詰めていったら、ある、ということしかのこらないように思うんです。

〜にとって、そうであることは、うつろいやすくて安定しないから
〜にとって の 〜を すべてとっぱらってしまうのです。
そうすると、そうであることが、ずっーとそうであるだけなので
とても安定(安心)します。ぜんぜん普通じゃないかしら?(^_^;)

564 :考える名無しさん:2006/05/29(月) 11:28:59
そう、、普通がいいね、普通で無くちゃいけないんだよね。
人間同士が戦争して、死ななくてもいい人達を殺しちゃ普通じゃないんだょね。
豊かな国が自分達は普通を望み、貧しい人達のこと、考えなくちゃ普通じゃないんだよね。
世界中の人達が普通の暮らしを営むことを考えるのが普通の人間なんだろうな。
それとも他人や他国のこと考えずに自分だけが普通の生活を営めば良いと考えるのが普通の人間かな、、
弱者を思いやらず考えぬ、それなら、どこにでも普通は有るよね。



565 :1:2006/05/29(月) 14:45:17
7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」

ここでの普通とは一昔前に「並」と
いわれてたものです。

例、人並み

「並」と書いた場合限定される恐れがあるため
「普通」としました。

566 :1:2006/05/29(月) 15:21:38
また「普通」と「大多数」と「一般」
の区別をしてみて

前述の「並」をくわえてみると

普通がいちばんいい

の普通が見えてくると思います

567 :カオル ◆BBBRv/ousU :2006/05/29(月) 16:38:29

>「普通」と「大多数」と「一般」

>>564さんもおっしゃられていますが、たとえば飢餓の状態が普通で
そういう人たちが、大多数で一般的な共同体もたくさんありますしね。
普通をそういう相対的な視点でとらえているのでないなら、何かしらの
普遍的な概念として定義してみるとか、そういう手順が必要だと思うよ。
たとえば、わたいのいう安定への志向性(→フロイト「死の欲動」)とか
とりあえず、なんでもいいんですけどね。

あなたの主張の意図がわからないので、とりあえずわたしの答えはそのままです。
哲学的でなくていいなら、たんに普通がいいとは思わない。自由でいいと思うから。
日本の、世間の、コモンセンスの、弱者からしたら「渡る世間は鬼ばかり」の
大衆感覚における人並とか普通、学生生活でいうならイジメにあわない程度の
人並とか普通、いわゆる卑怯者の安定の源だと、わたしは思っていますが。

>見えてくると思います

ご自分の考えがあるなら、それを言ってもらえないと。


568 :考える名無しさん:2006/05/29(月) 17:52:06
普通の解釈も、人それぞれ自由と一般的普通では言われますが自由も一般では身勝手な我が侭のことを言います。
貴方の流儀だと言葉の意味を問うたら、ある、ということしかのこらないと思うんです。と言われていますが、
言葉の意味も分からず使い自己主張する風潮に危惧を感じています。
人は言葉の意味を知り、使うことが依り堅固な人生の土台を作るのでは無いでしょうか?
民主主義は資本主義でも共産主義でも有りませんが資本主義が世界支配のために便宜上、相まみえ無い二つの主義
を使い分けていますが自己保身の安定を望んでいるのか、誰もその矛盾に意義を唱えません。
もしも我々大衆が言葉の意味に通ずる心を備えれば矛盾が無くなると思います。
国語辞典を引いても自分達が使っている言葉の意味を知る必要が有るのでは、と思われます。



569 :1:2006/05/30(火) 05:26:40
7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」

この場合の「普通」の
具体例を挙げると
今の地球の人類では
「平穏で幸せを感じる生活」

が挙げられると思います。

アメリカも自由を訴えていますが
アメリカの人々の大多数は飢餓や人殺しそのものにベクトルを
向けていないでしょう

自由であってもアメリカの大多数が目指しているスタイルがある
それが「普通」(平穏で幸せを感じる生活)
です。

「大多数」はその時の多くであり、「一般」はその時の中軸で基盤です。
それに対して「普通」はいつの時代もありますが中庸でいろいろなことに
対して対処可能(自分自身のみの力だけでなく)です。それでもって汎用
的に意義を保てるのです。



570 :1:2006/05/30(火) 05:42:39
なにも現在の地球の人類における「普通」であることに
「平穏で幸せを感じる生活」以外のことは特に有効性が
無いのかもしれません。
 
 「大多数」はその時の多くであり、「一般」はその時の中軸で基盤です。
それに対して「普通」はいつの時代もありますが中庸でいろいろなことに
対して対処可能(自分自身のみの力だけでなく)です。それでもって汎用
的に意義を保てるのです。

 大多数と一般は差別されますが普通は差別されにくいでしょう。
普通を普通以外からみてもなにもおかしくはないですから
 ここにも普通のいいところがあります。
並であるので他から学べる点が多いのです。

 しかし普通であり続けることはまったくの健康体を維持するがごとく
難しいでしょう

571 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 10:57:00
前置きは、もう充分ですので普通と自由の意味を突き詰めず説明して下さい。

572 :1:2006/05/30(火) 18:09:57
>>571さんへの返答

普通についてはすでに述べました
>>565
>>566
>>569
>>570
なぜそれがいろいろあるけどその中で一番いいのか?
「普通」はあらゆる優れた(劣った)ものからの恩恵
を最大に受けることができ、その範囲も広いからです。
 また、自ら行うことに関しては自由度が幅広く、制約
も少ないし、選択の幅も大きい。集団的には最強の力を
得ます。「普通」は害を受けにくく利益を手に入れやすい
からです。

 また学問や行為に関しても「こうすれば普通こうなる」と
いうことを求めていますし普通への欲求は社会的には強い
と思います

573 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 18:14:19
利益??欲求??
もっと掘ってみてくれませんか?

574 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 18:28:09
>>572
 よいは、恩恵を最大に受ける、その範囲が広いということであるのか。
よい事には庇護のようなものが考えることができるようだ、ただ、庇護が
あるならば、何でもよいのだろうか。よいということは庇護者とは違う、
単に施しを与えることのみならず、我々の望ましさを表現しているのだ。
 何が望みであるのか。古代から、人間の三分説が上げられている。
私といえども、同じく扱えるものではないのではあるまいか。
そうだとすると、よいにことについて異なることがあるだろう。
 もしよいのならば、遍く貴重なことであるのではあるまいか。

575 :考える名無しさん:2006/05/30(火) 23:01:23
全て二通りの解釈がある。
一つは自己愛が産みだす解釈、もう一方は人間愛が産みだす解釈。
己の心が自己愛を主とし人間愛を望むと言う、どっち付かずだと曖昧な解釈しか産みだすことができない。
自己の利益を望む心を普通と捕らえたり、普通を望む心を欲求として捕らえる心は自己愛から産みだされる普通の解釈で有る。
力、欲求、利益での判断は自己愛の産みだす言語です。
>普通への欲求は社会的には強いと思います。
<普通への希望は社会的に大きいと思います。

576 :1:2006/05/31(水) 05:39:06
>>575
そうですね普通への「欲求」とは当てはまった言葉とはいえないでしょう
もっと言葉を選ぶべきでした。

><普通への望み(希望)訴えることは社会的に大きいと
言った方がよかった。

ここでの「普通」は自己愛的にみても人間愛的にみてもすべてから見下ろしても
消去法的にいちばんいいといいたかったのです。

ここではよいではなくいいと書いています。

付け加えるなら良い(よい)悪いに加え現代ではいい、駄目、普通が加わったと
私は捉えています

駄目<悪い<普通<よい<いい



の5元要素があるのではないでしょうか。


577 :考える名無しさん:2006/05/31(水) 14:38:12
>1番さん
人が生きるには自己愛と人間愛の何れか、一方だけを使う事ができます。
一人の人間が二つの心を都合に合わせて使い分ける事ができないのです。
従って、自己愛に於ける駄目>悪い>普通>よい>いい、
は人間愛の査定だと全く駄目>駄目>全く悪い>悪い>よくない、と良いが無くなってしまいます。
自己愛に依る曖昧な判断で賄われている人類社会を人間愛に依って正しい意識を得て争いのない
社会に変える方法を捜す為に哲学の存在価値が有るのですね。
古い哲学者の中には時代的要因から、その事をあからさま伝える事が叶わず書の中に、それとなく
含ませて書き記したのですが現代に至っても人々は自己愛に捕らえられ正しい解釈は成されません。
従って、哲学の道は数千年も前から、その道を閉ざしたまま、現代に至ったのが実状ではと推測されます。




578 :& ◆XLERYwQIrM :2006/05/31(水) 15:26:01
わたしはあなた

579 :解体屋:2006/05/31(水) 22:57:16
>577

そうかな。違うと思うな。「単なる愛」があるだけではないでしょうかね。  
そしてそれは「良い悪い」ではなく「大小」で判断されるべきでは?


580 :1:2006/06/01(木) 06:04:53
>>575さん
>>577さん
自己愛と人間愛の点から書いてくれましたが

私が挙げた命題の内の
13.「類は論をもってこれを生ずるなり」
を使って論じたのではないでしょうか。

私も
>>579 解体屋さんの
>そうかな。違うと思うな。「単なる愛」があるだけではないでしょうかね。  
>そしてそれは「良い悪い」ではなく「大小」で判断されるべきでは?
に賛同します。
「単なる愛」または「知(智)をもってすべてを愛する愛」
だとこの場合は話が繋がり深まりそうな感じがいたします。

581 :1:2006/06/01(木) 06:54:53
また
命題7.「いろいろあるけど普通がいちばんいい」
は人、人間だけにかかってくるのではないと考えます。
人間の自己愛、人間愛からの論点では
不十分ではないかと
物質や自然、他の生物(例えば群れ)やそれとの人間との
かかわりの中にもあるのではと考えたから
>>572で学問を取り挙げたのです。

>>577さんは
>古い哲学者の中には時代的要因から、その事をあからさま伝える事が叶わず書の中に、それとなく
>含ませて書き記したのですが現代に至っても人々は自己愛に捕らえられ正しい解釈は成されません。
>従って、哲学の道は数千年も前から、その道を閉ざしたまま、現代に至ったのが実状ではと推測されます。
とかかれておりますが
私の命題も私自身がゼロから考えいたったのではなく
今までの哲学(個人または文化、伝統の哲学観も含む)から私が
数学や物理でいったら定理や公式のようなものを
抽出してみた試みです(私の考えも含まれてはいますが)

どこから持ってきたのと言われれば時代の風潮や本そのもの
ひとびとが持っている観念や行為に見出してきました。

個人で情報収集するには本を読むのでは何十年かかってしまいますので
どこの引用なのときかれてもはっきりと答えられません。

582 :1:2006/06/02(金) 05:47:08
命題1.「私は私」
>>62
>>495
で書かれていますけども
今週の週刊少年ジャンプの「ブリーチ」という漫画で
「自分がどうあるべきか?」ではなく
「自分がどうありたいのか?」が大切だという台詞がありました。
私がおそれおおくもそれに付け加えるのなら
「ならば自分をどうもっていくのか?自身に糾し続ける」
ということを言いたいです。
own one's self communication(私の勝手な造語間違ってたらすいません)
とでも言いましょうか命題1.「私は私」の自分を深めるとともに
命題2.「自慢は自己満足の略」の橋渡しの役割を持つと思います。
自慢は自己満足の略についてはそのこと自体に私自身明確な言葉を
あまり持っていないので上記のことで解釈してくれる方を望んでいます。


583 :考える名無しさん:2006/06/02(金) 07:53:07
>>1
哲学に証明など不要。科学サーバーの板にカエレ!
二度とクルナ!
定義などしたら思考する
意味がないだろ。
~~~~
>1の定義とは思考を止めろ=哲学をやめろという意思そのもの。
簡単な仕組みで閉じた世界でしか物事を考えられない
科学万能主義のオマイラは無能なぐらい分からないのか?w

584 :1:2006/06/02(金) 08:19:44
思考をとめろ哲学を止めろというのではなく
私自身も哲学好きですし、科学も好きです。
哲学は自分が主体として取り組みやすいだけに
哲学板に書いているんです
むしろ哲学を出きるなら奨励して行きたいと思います。
簡単な仕組みといいますが、
本当に頭の良い人は難解な文章を書かないのスレ
も有りますし
簡単にいたるにあたっては難解な思考の壁を乗り越えて行かねばならないと
誰しもがわかるには簡単なとこから入り難解をへて簡単に帰る
その方法をとろうとしているのです
>>583さんは偏見と先入観を考えてみては・・・・・
先人の難解な文章群の中にも簡単な定理が含まれているのでは・・・。

585 :1:2006/06/02(金) 08:47:38
私は
「釣りは鮒に始まり鮒に終わる」
のように
「学問も哲学に始まり哲学に帰る」
だと思っています。
いろいろわかったって
結局自分がどうするかなんだし
哲学になると思います

586 :考える名無しさん:2006/06/02(金) 10:19:56
>>585-1
社会では命の大切さを訴える事は常識とされています。
しかし、それに全ての、と言う言葉を加え無ければ人類の精神的進化を促す事はできません。
自己満足の為に他の生物を傷つけたり、命を奪ったりと、傷つけ殺される魚に何の罪が有るのでしょうか?
哲学の道理にあかるいこと、とは、この様な非合理的精神を知能を備えた人間として他生物に恥じる事の無い心を養う為です。
哲の心で学を行う哲学は常に自分の心の核として育て、備え、共に生きる事に意義が有るのです。
人間の誰もが持ちながら使わない心、を使い人々が新しい人生や人類史を築く為の指針を誰でも得る事のできる哲学なのです。

587 :1:2006/06/02(金) 11:38:20
私は
アフォな書き込みを書き込んで哲学厨を釣るのを趣味としています
これが本当の哲学になると思います


588 :考える名無しさん:2006/06/02(金) 12:37:14
>>1
オマエの行動はそんなもんだ、反省して削除依頼だしておけw

589 :考える名無しさん:2006/06/02(金) 15:04:18
議題の内容を良くするのも悪くするのもスレを書き込む者達の心、次第です。


590 :考える名無しさん:2006/06/02(金) 15:30:04
しかしスレ立てるからには覚悟が必要とも思うぞ。
ここの場合カキコに押されてあっさり開き直ってんだろ。
つまりへたれww

591 :1(スレたて本人)改め権藤有二郎:2006/06/02(金) 16:18:35
>>587
は私ではありません
誰か他の人です。

つまり
>>587>>588
の1は私ではありません。

>>587
さんには最近の新書『他者を見下す若者たち』
をお勧めします。

592 :権藤有二郎:2006/06/02(金) 16:24:36
講談社現代新書/コウダンシャゲンダイシンショ
他人を見下す若者たち

でしたすいません


593 :1:2006/06/02(金) 17:28:13
>>591>>592
は私ではありません。
>>1
は私です。
最近私を語る偽者が本物のように発言しているのは
悲しいことです、自分でスレ立てればいいのに。
何故そんなことをするんですか?

594 :考える名無しさん:2006/06/02(金) 18:02:28
他者を見下す若者達、は自分の利害が絡むと他者に諂う人格に変貌します。
その若者を育てた大人社会の責任は、と問うと皆、及び腰です。
それぞれに有るそれぞれの自己責任を誰もが放棄して他人を攻める。
これじゃ世の中、真っ暗闇じゃござんせんか。
以後>1と似通った表示は誰もするな。



595 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 03:17:49
>587

また凡人かよ…

596 :権藤有二郎:2006/06/03(土) 05:30:54
>>593
さんへ
>最近私を語る偽者が本物のように発言しているのは
>悲しいことです、自分でスレ立てればいいのに。
>何故そんなことをするんですか?

私はそんな今作りました的な書き込みをしていないぞ
もし私があなた(達?)にとって都合の悪い書き込み
をしていたならそのことを指摘するほうがよっぽどいい
のでは?

>>594さん
結構同意です。

講談社現代新書
他人を見下す若者たち

は2ちゃんねらーや今を生きる日本人にとって
結構読んだほうがいいと思う
(特に仮想的有能感とか)

597 :& ◆PmqWyH5WTw :2006/06/03(土) 05:44:54
元1(本人)
一人キャップをつけてみました

598 :権藤有二郎◇kingkong1111:2006/06/03(土) 05:46:33
うまくいかなかったので
再挑戦

599 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/03(土) 05:51:07
今度はうまくいったかな?
こんなことで書き込み増やしてすいません

600 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/03(土) 05:56:53
以後スレッド作成者である
>>587
>>588
>>593
以外の今までの1は
権藤有二郎と名乗ります

601 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 08:59:42
世にもマレな素晴らしい隔離スレになってきましたね

602 :蒙昧:2006/06/03(土) 09:50:04
返信に感謝する、混沌さん。例によって遅レスですまん。
>>555
生まれ持つ『欲』と、知ることによって新たに生じる『欲』は
別物だと思うんだが、『欲』以外に表しようはないのか?
『欲』は概念として『括りすぎる』言葉だと思うんで、あまり使うべきでない、と。

>>556
感情は「知っている」とは言わないんじゃないか?
感情というのは精神の方向性の客観的評価に過ぎないから、「知る」ものではない。
感情っていうのはかなり物質的だし(脳の反応によるもの。刺激成分に影響され過ぎで、
精神的なものとは言い難い)、人間の精神を考えるときに考慮するものではないと思う。
また、読んでいてよく分からないが、喜怒哀楽を『欲』としているのか?
『欲』としているのなら何故喜怒哀楽が『欲』と言えるのか、論証を希望する。

603 :蒙昧:2006/06/03(土) 09:50:59
>>562
> 赤子の段階で教わる事無く、分別する機能を持つ事から 欲があると考えるが、
> 何故 人は生まれながらに欲があるのだろうか?
> それは 生まれる以前に欲の存在が有るからと仮定できる。
> 仮定する生まれる以前の欲の存在を 集合的無意識と定義
> 何故、集合的無意識に欲が有ると仮定するのか?
> それは 欲の存在しない物からでは 欲が発生出来ないからです。
> 欲を発生させるには 欲が必要であり 赤子の時点で欲が無ければ
> 赤子は知る機能が働かないのではないか?(知るには欲が必要)

まず、集合的無意識の定義、論証が欲しいが、それはこの後のレスに期待するとして。
とりあえず聞きたいことは、
 『赤子の行う分別とは何を指すか』
 『欲の発祥地点を集合的無意識とする必要性がないと思うが(人間とは同一の構造を持つ
  同一種であり同じ性質を持つのが自然。「同じ性質を持つ」と「特定のもの(集合的無意識)
  の影響により同じ結果が現れる」は全く違う)、そこに至る詳細な論証』    ・・・ってとこか。

604 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/03(土) 11:06:31
アフォリズム【aphorism】
物事の真実を簡潔に鋭く表現した語句。警句。金言。箴言(しんげん)。

>>587
確かにこのスレの私はアフォリズムを含んではいます。
ただし蒙昧さんのように
本当の答えは無いのかもしれないと思っています






605 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 11:15:12
全てを欲望から、と捕らえると本能も希望も夢も欲との区別を付けられず迷いが生じる。
その迷いを植え付け商売とする輩の口癖は、人は欲が無ければ生きられない、とか
死を恐れぬ者は誰もいない、等と勝手に決め付け人の心を誘い込む。
赤子は本能で生き、欲望は育てる者達の意識に依って植え付けられるもの。


606 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 11:21:43
全てに答えは有るが、答えを見いだす知恵が無いだけです。
諦めた時が終わりの時です。


607 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 14:01:15
【在日】「私は徴兵で日本に来たんだよ」と嘘をつく母と、「その時代に徴兵なんかないの」と嘘を暴く息子

「私は徴兵で日本に来たんだよ」と主張する母親と、「嘘を言うな」とたしなめる息子。
ずーっと探していた動画なんですが、YouTubeで見つかったのでリンクを貼っておきます。


http://www.youtube.com/watch?v=lCbB1BAcN3w&search=korea


事実もなんでも「思想教育」の賜物です。





608 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 17:06:11
戦争中に男女を問わず朝鮮から日本に奴隷として多くの人達が連れて来られました。
それを母親は徴兵と勘違いしているのでしょう。

609 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/03(土) 17:50:37
>>606
私はまだあきらめてはいません。

今は最低最悪でもこの2chの
記録として歴史に残り
後世にデータとしてでも引き継がれると思っています。

610 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 18:11:42
>>609
魂を残せ、情報は消えてなくなるもの。
意味がわかるか?

611 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 22:32:20
答えを見出せずば己の思惟を深める哲を悟れば良いのです。
未来に価値あるものを残す事に人生と言う命を費やす。
これが誰もが人間の子として産まれた時に架せられた、果たすべき使命ですね。


612 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 23:06:16
また凡人かよ…


613 :蒙昧:2006/06/04(日) 05:35:57
まぁ結局のところ、「答え」なんてのは主観の定義するものに過ぎないから
「有る」「無し」とか考えるものでもないんじゃないかと。
存在でもないものが存在するか否か、とか考えるのは
次元がずれているような気がする。

614 :未来啓蒙:2006/06/04(日) 10:32:01
答えを定義する主観が問題だから哲学の目的と役目が有る。


615 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/05(月) 06:45:08
>>613蒙昧さん
>>614未来啓蒙さん

私は思うのですよ
命題2の根拠、私が私ならばその私と私の取り巻く環境とは何か?
       共通する万有する私と私との接点とは何者か?
       そこに普遍性はないのか?

主観の問題も「私は私」の自己から来るとすれば
命題2の根拠からみれば
そこに単なる言葉としてはは当てはまらないとしても
私と私以外には
「自慢は自己満足の略」がその関係の深遠に内在するのではないかと。
私達皆 自己と外的なこととの関係の連続ですよね
私とすべての関係における共通項というのかな

あまり深いので気づくことは無いですけど
私は、わたしとすべてとの違和感を感じたことがきっかけで
この考えに至りました。

他とのコミュニケーション、自己とのコミュニケーションから
見出せると思います。

616 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/05(月) 06:52:40
他とのコミュニケーション
自己のコミュニケーション(自問自答など)
するときに
「自慢は自己満足の略」
と考えてみてください。
またはその言葉を置いてみてください。

617 :考える名無しさん:2006/06/05(月) 07:11:39
現代哲学最高峰ジャイアニズム学派
(お前の物は俺の物 俺の物は俺の物)

618 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/05(月) 19:03:46
>>617さん
「自慢は自己満足の略」がジャイアニズム(御前の物は俺の物 俺の物は俺の物)
とただ単に言葉として繋がってしまうと当時のルソーのように危険があると
私は思います。
>(お前の物は俺の物 俺の物は俺の物)
の中にも「自慢は自己満足の略」はあり、
それだけではいけないと考え
反省すべき点で浮き上がってくるでしょう。
自己の中または自己と他のなかに自己が見出す主観
に浮かぶ自慢は自己満足の略を
勝手にはき違えると破綻するかもしれません。

言葉試合をやり集合を思った方向にもっていく態度はよくない。

619 :& ◆39rucCy1Ck :2006/06/05(月) 19:30:34
>>617
ジャイアニズムは思想であり
子供の思想です
「自慢は自己満足の略」は哲学であり
事象の解明です。
混同しないで下さいネ。



620 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/06(火) 06:43:43
今の哲学には道徳の観点または心を持っていないと
いけない。

命題を追加します

これは私から観るととするとみなさん取り組みやすいでしょう。

命題14.「人の平等の一つに誰しも常に問題は山積みというのがある」




621 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/06(火) 11:17:02
「自慢は自己満足の略」が自己と他との間にみいだすことが
できないなら他からまたは他と他からみいだせる
物語の登場人物のコミュニケーションの中から
例えば「ドラエモン」なら
ドラエモン、のびた、しずか、すねお、じゃいあん、できすぎ
などの関係性の底にあるものを考えてみる。
 ルソーも悪とされているが(もちろん悪も有るが)
業績をあげるとデカルトの「我思うゆえに我あり」が霊感に根拠
することを検証し封建社会から「個」の確立をはかったという点であろう

622 :考える名無しさん:2006/06/06(火) 13:01:23
「自慢は自己満足の略」
苦し紛れに定義されたと、伺い知る事ができる。
哲学的には心の深層を無視して産みだされる事象を論議の対象とするのは無駄な事とされている。
「我思うゆえに我あり」
とは:人は考える事で己を見いだせる:考えなければ己は有って無い様なもの:と言う意味合いです。
それは封建社会でも現代社会でも同じこと、人類の有るべき姿です。


623 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/06(火) 18:27:30
仮に定義されたとしても定義するまでは苦し紛れであっても
この定義いや命題自体心の深層を無視したとはわたくし的に認めがたい。
心と理性においても物質の関係についてもこの命題は多くの関係性の深層にあるといいたい。

いままで「自慢は自己満足の略」についてこのスレ全部で見ましたか。
私とそれ以外の関係性を貴方なりに掘ってみましたか。
その証明を私は聞きたいのです。

私は探求した結果「自慢は自己満足の略」という言葉を当てはめるに至りました。

余計なことを書くと
貴方は「私」とその他に関して普遍的と思われることを見つけましたか?

624 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/07(水) 06:34:00
この世界なんでも「個」が成立し
そしていろいろと繋がっている。
「個」の成立を『私は私』とするなら
「個達」の繋がりを『自慢は自己満足の略』
という言葉に当てはめてみた。
ここで漢和辞典や辞書でで自慢は自己満足の略
を一文字ごと1単語ごとに引いて見てもらいたい
そしてown one's self communicationしてみてもらい
証明して見せて欲しい。

言葉はいつも足りないものかもしれない。
しかし言葉を掲げて欲しい次のために・・・。

これは私が好きな曲の一つグンの「super ape」
というCDアルバムの「daisy」という曲からの
引用だけど。そのまま引用してないけど。



625 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/08(木) 05:41:20
私的に命題2「自慢は自己満足の略」は少し置いといてもう書き込みも600を過ぎていることだし
 命題.3「どうでもいいことはいいこと」について私見を述べさせていただきます。

どうでも 【〈如何〉でも】
(副)
〔副詞「どう」に副助詞「でも」の付いたもの〕
(1)どうであっても。どのようにでも。
「そんなことは―いい」「―するがいい」
(2)どうしても。
「―行かねばならない」「此月は―約束の期限なれど/大つごもり(一葉)」
(3)確かに。やっぱり。
「是は―言文一途の事だと思立て/浮雲(四迷)」
――こうでも
「どうでも」を強めた言い方。どうしても。何としてでも。
「―帰らねばならない」

それに「いい」をつけ「どうでもいい」とは投げやりな態度を一般的に指すかも知れませんが、「どうでもいい」の内側
あるいは裏側にあることを考えてみると

1.「***なんて(だれだれにとって)どうでもいい」
2.「***だから???はどうでもいい」等挙げられます。
 人は誰でも問題意識を持っていて幸せを求めていますなのに「どうでもいい」ということが言える。
ということはそのことの問題性をその時、棄却し、いいことのように変えているということはないでしょうか?
 駄目−悪い−普通(並)−よい−いい の五元要素があるのではと前に言いました。
 「悪い」と「よい」にはそのままでも成立する場合があるのに比べ「普通」には「普通以外」「いい」にはその代償またはツケのようなもの
「駄目」には「こうすればいいのでは」といったものが必ずつくと思います


626 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/08(木) 05:44:45
>>625(前の続き)

どうでもいいとは何かに対して代償やツケがありその場で言っても成り立っても何者かが犠牲あるいは変わりにやってくれているということができます。
なので「どうでもいいことはいいこと」だと私は思います。

付け加えるなら「幸せ」には陰で「どうでもいい」ことが支えていることがあります。その対象においてどうでもいいことであっても
すべての個々は繋がっておりその視点からみると「どうでもいい」こと
はないのではないか?と考えるからです。
参考 谷川 俊太郎氏(詩人)「クレーの絵本」より「黄金の魚」

627 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 13:44:49
道理にあかるく成る為には全ての命を大切に思うこと、から始まる。
哲学も同様に無駄な論議で1分1秒の命を消費することはするべきでは無い。
権藤有次郎さんにはもっと有意義な書き込みをして貰いたいと思う。

628 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 20:13:12

また凡人かよ…

以前は名無しはやめろと自分で言っていたのに、自ら名無しで登場かよ

629 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/09(金) 07:21:58
命題3。「どうでもいいことはいいこと」
命題3の根拠 私と私以外のものここではみなが求める「いいもの」
       とは何か?なにが価値的条件を決めるのか。
       なにに重しを置くのか?

と私は書きました。

「どうでもいいことはいいこと」はその事象以外に言い方をかえればみんな(すべて)の
あり方を奥に秘めているのではと思います。

私はこのスレで挙げた多くの命題に「〜において」とか限定していません。
普遍的あるいは一般的に通用する要素が含まれていると思ったからです。
>>627さんの
>全ての命を大切に思うこと
は命題1と2に含まれていると思います。(それはいつの時代でも共通ではないでしょう)



630 :考える名無しさん:2006/06/09(金) 11:01:41
>☆全ての命を大切に思うこと、(それはいつの時代でも共通ではないでしょう)
では☆を皆さんは本当に大切な事だと考えて生きていますか?
それなら何故、戦争や貧困、犯罪、地球環境の破壊、等々が日常茶飯事の如く発生するのですか?
その原因は『全ての「何一つ漏らさず」』と言う言葉を抜いて考えて要るからでしょう。
この『全ての』を深く如何に思考を広める事ができるか、が人類の精神進化を促す起源に成ります。
もう一度、貴方は『全ての』に付いて共通認識が文字通りに確かで有ったか?考えて見て下さい。


631 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/09(金) 18:28:24
>>630さん
ここに書き込んでいるわれわれ皆生物でしょう。生物なら自分の命が大事です。人なら他の命も大事にできることでしょう。
哲学は知を愛することです。ならば私の感知している「すべて」も私は愛しています。(環境破壊のことも戦争のことも・・・も愛しています)
全ての命も知る知らないにかかわらず愛しています。命以外もそうです。(貴方は命以外も愛していますか。)
他の方の言葉ですが「知っていることを知っていること。知らないことを知っていること。知らないことを知らないこと。」
の三つも分かっています。
 飛躍すればHNの知らない貴方のことも愛していますそれとその書き込みも(恋愛のことじゃないですヨ)
 今『ある』ことを私は感謝し続けています。それで十分じゃないですか(^^)。
それらの愛をどういうふうに持っていくのか?使うのか?よいことに繋がるのだろうか?
が貴方の仰りたい事でしょうが、私は命題14.「人の平等の一つに誰しも常に問題は山積みというのがある」
を挙げることで答えることとします。

632 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 11:36:38
それでは、丸っきり不十分です。
☆印の解釈が曖昧で有るため既存の非合理的思想を擁護して、知能の発育が妨げられているのが現在の貴方です。
それは貴方に限った分けでは無く、人類全体が非合理的思想(蒙昧意識)に捕らえられています。
その矛盾を解消する大切な仕事が哲学に課せられた使命ですが、哲学自身も蒙昧意識に捕らわれ「哲学は知を愛すること」
等と非合理な解釈を当然の如く唱えて憚らない有様です。
道理にあかるく成る為には全ての命を大切に思うことから始まる、と言うことは人間愛の確立を訴えているのです。
哲学とは揺るぎない人間愛の確立が知能を育てる、ことを指し愛智とも言われるのです。
☆印から始まる人間愛の確立は潜在する知能の発育を促し、産みだされる知恵が人の抱える全ての問題の解消方法を伝えます。
昨今は身勝手な自由を唱え、平等を口にする人が少なく成りました。
何故か、は身勝手な自由にとって平等は敵対する意識だからです。
自由とは、全てに痛みを伴わぬ範囲に収まる意識および行動で有り、全ては自由の権利と自由を守る義務を平らに等しく有する。
私は見込みの薄い方に返答をして時間と言う命を無駄に消費しません。

633 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 11:42:43
凡人、再降臨

634 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/06/12(月) 17:53:58
>>632さん
あのねえ私の挙げた各哲学的命題は人間愛、人類愛(全ての命を一つももらさず大切に思うとか)
を超えて地球も宇宙(天文)も超えて世界(すべて)も超えて宇宙(哲学)も超えようとしているところにおける
普遍的だと思われるところにあるの。
 私が中学生レベルなら貴方のは幼稚園、保育所、小学校低学年までに卒業しないといけないレベルなの
そりゃあ私も貴方と同じレベルの時も過去幾度も経験したことありました。
大切に思う以上だもんね愛することは。
 しかも哲学にかぎったらある枠内にとらわれない方がいいと思いますよ。
ドグマ(教義、独断的)に陥ってしまいますよ。
 私だってまだ周りから習わなければならないことが山ほどあるのに人のことは言えませんけど。
私は一つ一つ大切に思い、それから愛せるようになるまで2X年かかりましたね。
勘違いしないで下さい。貴方を否定しているのではありません。確かに人間愛から理を悟ること
は間違ってないと思います。それを「どうもっていくのか?」だと思うんです問題は。

635 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 10:34:40
レベル?その様な差別意識の持ち合わせは私には有りません。
むしろ若ければ若いほど純真な心が失われて居らず理に通ずる事が早いと思われます。
>「どうもっていくのか?」の答えは遠の以前に探しだしています。
勘違いしないで下さい。
貴方が勿体ないと思っているから書き込みをしているのです。
対峙して話せば私は、30分で貴方の心の目を開く事ができますよ。

636 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 12:59:30
>確かに人間愛から理を悟ることは間違ってないと思います。
この言葉は揺るぎない人間愛が人にものごとの理を悟らせる事に確信を持っていないのでは有りませんか?
それで人間愛に付いて確定的な話しができるのでしょうか?
>それを「どうもっていくのか?」だと思うんです問題は。
「どうもっていくのか?」の答えは貴方が人間愛を育て、ものごとの理を悟れば全て理解できるはずです。


637 :大いなる正午:2006/06/15(木) 12:53:03
蒙昧さんと混沌さんの話しがおもしろかったので、ちょっと。その1

>>546

欲とは、何か?

具体例:

腹が空けば、食べ物を欲っする。−>食べると欲っしなくなる。
 (正常な身体状態に戻る。)
暴力を受けそうになれば、それに抵抗することを欲っする。
 −>暴力が避けられれば、抵抗することを欲っしなくなる。
 (安全な状態に戻る。)
不可解な論理に出会えば、それを理解することを欲っする。
 −>その論理が間違いか、正しい新た知識として理解され
 れば、それ以上理解することを欲っしなくなる(不可解な論
 理は、正常な理解されている論理つまり、通常の論理として
 理解される事態に戻る。)


638 :大いなる正午:2006/06/15(木) 12:53:59
その2

等々と考えると、欲望とは、身体や行動、人間関係、論理や
道徳の秩序構造の維持および、新たな秩序構造を構築しよう
とするとき、それに付随して生じる一種の内的感覚だと思う。
この感覚が生じると我々は、ある場合には、その秩序の不安
定化の要因を避けたり、不足を補ったり、理解しようと努めたり
して、秩序を維持、あるいは、新たなより豊かな(より複雑、高度
な)秩序を獲得しようとする。

物と有機体との差異は、有機体は、その有機体特有の秩序構造を
維持もしくは、より豊かなな秩序構造を構築する傾向があると言う点
だと思う。

すなわち、欲とは、有機体の本能(本質)である。

人間が生まれながらにして、合理的(論理的)、道徳的、審美的秩序
を欲っし、それを構築しようと努めるのは、人間が、有機体の遺伝子
を引き継いでいるからである。


639 :大いなる正午:2006/06/15(木) 13:11:44
地球上に、最初の有機体が現れたとき、
その有機体は、愚かな物質などとは、
比較にならぬほど、すぐれた知性を持っていた。
その有機体は、まず、やったことは、自らのコピーを作ること。
すなわち、A=Aである。
かくのごとくして、自同律は、成立したのである。


640 :考える名無しさん:2006/06/15(木) 14:43:26
>>639
最初の有機体と二番目の有機体は別の有機体だから同じではない、と言われたらどうする?
DNAの塩基配列や体の構造の違いには着目しても、生まれた時刻の違いは無視するといった
取り決めがなければ、「有機体A=コピーされた有機体A」は言えない。

自同律は、使った言葉の意味を途中で勝手に変えないという議論におけるルールから来てるものだろう。

641 :考える名無しさん:2006/06/15(木) 15:26:21
本能、望み、欲の区分けを明確に意識してから話をした方が良いと思うよ。
大いなる正午さんは人間、欲ありきとしての話しですね。
地球上に存在する全ての生物の中で唯一、人だけが地球を食い荒らす尤も下等な生物で有ることを忘れずに、、
人は、もっと謙虚に生きないとね。


642 :考える名無しさん:2006/06/20(火) 07:18:44
>>611>>627>>630>>635>>636>>641
まともそうなことを書いて冷やかしを入れるのはよくない
あなたは人の意見(または過去の哲学者の哲学)を否定すること
と自分なりの哲への姿勢を貫くことで成り立っているような気がするが。
自民党の案を棄却しようとすることだけをし有効な対案を出さなかった
過去の左に見出せる。
 また貴方の考えは共産主義の延長にありそれを発展させようとするもの
だろう。代わりの自分の意見、自分で悟った哲を書いてみてくれ。
あなたは態度が悪い。
さぁ!!自分の哲学を僕らに書いて見せてくれ!!

643 :考える名無しさん:2006/06/20(火) 15:03:06
まともそうなこと、では無くてまともなことですよ。
過去の哲学者が哲学の目的を誰か一人でも明確に一言で記していますか?
【哲学とは道理にあかるく成り(哲)それに依って育てられる知能が産みだす知恵を人生に活用する(学)である】
哲学に対する事実を述べているだけで哲抜きの哲学に対案など必要と思いません。
貴方にとって事実は述べると冷やかしで有り、態度が悪いと言うことですか?
貴方が共産主義の延長に感じるのは自由と言う言葉の意味合いを理解できないからですよ。
既存の非合理的思想を擁護し、自由で合理的な思想に反対する蒙昧主義の表れですね。
哲学とは何か?の答えもだせない哲学者は非合理的思想で有ると言えせんか?
人は、もっと謙虚に生きないと、大きな損失を産みだしますよ。


644 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/02(日) 06:49:40
>>643さんへ
なぜ「哲学板への挑戦状」に書いているのでしょうか?知らないけど
それが疑問1。

疑問2貴方のような人は前、凡人と名乗っていた人と同じようなことを
 いっていると思うのですが、貴方には他の人が蒙昧に見えるならそれで
 よい、けども相手は蒙昧なのですよ。おっしゃっていることから見れば
 貴方の印象は人からみたら「自分で分かってそうでこちらからは分から
 ない人」に見受けられます。ここんとこどうですか?変えたいと思って
 いるなら少なくとも高所から見ねばなりますまい。自分で小さいとこ
 大きいとこをみてそれでもいえるようなら書いたらいい。
 (タイトルは「挑戦状」でもここは「哲学板」なんですよ」)
 あなたは私を非合理的といったが少なくとも私は論理的に書いていると
 自負してますし、具体例が思い浮かべられない文を書く貴方も非合理的
 で論拠がよく見えないのですが。

 わかりやすく推敲して書いてくださいね。

645 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/02(日) 07:17:48
>>凡人氏や
>>643等のの名無しさんには
カントの「純粋理性批判」上 岩波文庫
の序文(第1版、弟2版)でも読んでくれたら
哲学は『理』があると分かっていただけると思う。
ためしに上巻だけでも買うことをお勧めする。

646 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/02(日) 07:33:34
>>643
>哲学とは何か?

哲学とはありとあらゆるものを対象とした学問である。
学であるための要素はなければならないが。(少なくとも発表する個人において)

現代までの学問で哲学だけがとしてべて(ありとあらゆるもの)をいかようにも
その学の対象とできる。伝統として踏む道はあるけれども。これは慣習である
自分の立場があるからもっともいろいろ書けないけどもね。
まぁ書き方によるんじゃない。

「哲学の名言」でネットで検索してみては?
過去の人が哲学について残した名言、格言はネットに一部あるよ

647 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/02(日) 07:44:56
いろいろあるけど結局どうするかは
その主体の哲学なわけ
>>646
>現代までの学問で哲学だけがとしてべて(ありとあらゆるもの)をいかようにも


現代までの学問で哲学だけがすべて(ありとあらゆるもの)をいかようにも

でしたすいまそん(死語?)

648 :考える名無しさん:2006/07/02(日) 08:02:50
細木の息がかかっているので死語ではなく罪。

649 :考える名無しさん:2006/07/02(日) 11:52:46
哲学とはありとあらゆるものを対象とした諸学の源である。
哲学は人類が諸事を行う際に必要不可欠な基本的精神の育成を促す行為である。
哲学の存在理由は人類社会に哲の意識(理)を取り戻し人間として正当な社会の構築を目指す行為である。
哲学の目的は哲を悟る、に着手する事から始まり哲を悟る事で完了し、それは全ての大衆に成し得る可能性がある。

純粋理性批判は不純理性の持ち主達に依って行われる、当然な行為です。
大凡、過去の哲学者達が唱えた明言、格言は感心するまでも無く、当然のことです。
記憶力と言う力に頼る哲抜きの哲学では、哲学の道を後退こそしても一歩も前進はしませんよ。
その証拠に今日まで、哲学を行う者達が人類史に些かの足跡でも残しましたか?
哲学は大衆の心の中に有る良心に育てられるもので有り、他者の思いを記した著書に感心を寄せ吹聴するものでは有りません。





650 :考える名無しさん:2006/07/02(日) 12:11:36
>>646
>自分の立場があるからもっともいろいろ書けないけどもね。
これが貴方の本音ですよ。
自分の立場を守る為に哲学に対して己の思いを素直に発表できないのです。
言い替えれば貴方が不信に思っていても自分の思いを殺さなくては成らない、と言うことです。
力を崇拝する蒙昧社会に於いて、それに服従する貴方に真理を探究することは叶いませんよ。

651 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/02(日) 12:52:33
>>650

真理なんて個人レベルでも探究、追究できます。
私が挙げた命題もそれ自身、事項として真理以上だと思います。
そのことを信じてはいないけど(誰でも間違いがあるから)
>>>646
>>自分の立場があるからもっともいろいろ書けないけどもね。
>これが貴方の本音ですよ。
>自分の立場を守る為に哲学に対して己の思いを素直に発表できないのです。
>言い替えれば貴方が不信に思っていても自分の思いを殺さなくては成らない、と言うことです。
>力を崇拝する蒙昧社会に於いて、それに服従する貴方に真理を探究することは叶いませんよ。

貴方ならできるんですね。
このスレで実践あるいは実際見せてください。

私の意見としてはそれが本音ではなく一種の条件であり
その時はそのまま書けないけども推敲して書けるようにすればいいのです。
そうじゃなくてもまだあとに可能性はあるのです。(常に可能性は実在するんです)

652 :考える名無しさん:2006/07/02(日) 15:52:16
>>651
在る時代には命を守る為に本音の言えない事が在りましたが、現代では己の立場を守る保身から本音を言えない哲学探究者それに変わってきました。
結局、双方ともに時代を幸転させる真の哲学は望めないと言うことです。
従って真の哲学は地位や立場に関係の無い大衆の中からしか産みだされません。
>649、【哲学の目的は哲を悟る、に着手する事から始まり、哲を悟る事で完了し、それは全ての大衆に成し得る可能性がある】
真実を語るに憶する者達は真の哲学の道を歩む事はできないのです。
全てに仕組みが有る様に哲学書で他者の思いを読み覚え、吹聴する者や地位や立場に拘る者達は真の哲学の道を歩めぬ仕組みに成っているのです。
純粋で謙虚な心を持って、真っさらな心で哲学を再考査する事を望みます。



653 :考える名無しさん:2006/07/02(日) 16:11:51
現実は恐ろしい。喜びのあとには必ず破壊がくる。誰でもわかるとおもうがそれでおわるようになっているとしたら。その先にいる。わかるか

654 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/02(日) 16:13:42
>>652
>>651
>在る時代には命を守る為に本音の言えない事が在りましたが、現代では己の立場を守る保身から本音を言えない哲学探究者それに変わってきました。
>結局、双方ともに時代を幸転させる真の哲学は望めないと言うことです。
>従って真の哲学は地位や立場に関係の無い大衆の中からしか産みだされません。

あなたの言うことに添うと私(1=権藤)は大衆だから私が挙げた命題はそれ自身、真理以上であると言っていいわけだ。

>649、【哲学の目的は哲を悟る、に着手する事から始まり、哲を悟る事で完了し、それは全ての大衆に成し得る可能性がある】
哲を悟る事で完了する以外はいいんだけどなぁ
哲学は完了しなさそうですよ。
哲学は今思うに私見だとendless storyって感じです。

655 :考える名無しさん:2006/07/02(日) 16:14:44
こころだ。わかるか。

656 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/02(日) 16:21:09
何でこのスレを立てかというと
outputしたかったからです。
頭の中にあってももやもやするし、
何らかの形で形として出さないと自分としてもそのまま過ぎてゆくのは
なんか・・・なぁと思って

>>653
それ考えたことあります。人生を例えると真っ暗闇の底なしの吹き抜けの中綱渡りしている
ようで今まで歩んできた後ろと現在の手ごたえの足元の細い線以外はすべて真っ暗の感じです。

657 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/02(日) 16:55:11
>>655
>こころだ。わかるか。

哲学とこころにどんな関係を見出したのですか?
こころですべて語れるんですか?

658 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 12:10:05
全てに仕組みが有る様に人の心も例外では有りません。
何故、人に人の心が理解できないかと言う理由は人が人の心を蒙昧と言う闇の意識に委ねている為です。
従って、人が人の心を理解する為には道理にあかるいことの哲を悟れば解決します。
道理にあかるいこと、とは物事の理を悟る事と同じですが人が知能を育て智恵を産みだす為の作業と同じなのです。
哲学をendlles storyと捉えるのは合理的思想を否定する従来の因習の表れです。

659 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 23:28:36
>>658
心の仕組みの前に
2ちゃんで宣伝して、セミナーで金儲けは出来ない仕組みを理解しましょう

660 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/13(木) 13:44:22
>>658
非合理だ合理的じゃないといわれますが・・・。「国家の品格」という新書にも
論理的、合理主義への批判がありますよ。 合理的、成果的な印象を受けますが。
果たして合理的、成果的な面だけでは全てを見る場合、駄目じゃないんでしょうか?
今の人間社会に当てはめると潮流としてなるほど、いいんじゃない
と思える「論理」「合理」「成果」「都合」も
哲学で宇宙(哲学)と対面するにあったてはその側面というその一部にしか過ぎず
そこから真理を導き出そうだなんて果てしないし
(どうしようもなく非合理、非論理等の事象にぶち当たるため合理的、論理的に解けない。何せあらゆることがあるため)
真理を導き出したらそれを使う時において(人間)社会的にしか通用しないものだと

今の時代の流れの中で仕事をしようとしてる人にすぎない訳だ。
「国家の品格」で出てくる「真のエリート」の第一条件が私にもあなたにもあるといいけどね。

んで
>従って真の哲学は地位や立場に関係の無い大衆の中からしか産みだされません。
はどのように産みだされるわけですか?

661 :考える名無しさん:2006/07/13(木) 19:09:27
もしも貴方が道理にあかるく成り、本当の知恵を産みだす事ができれば私の唱えることを理解できるでしょう。
国家の品格、等と言う集団的自己愛を煽り立てる言葉に踊らされず、人として産まれた人間の人格に目を向けて下さい。
非合理的、非論理的な全ての事象は理を持って解する事ができます。
何故、貴方は正誤の定かで無い他人の記した書物を信じ、自分の心を蔑ろにするのですか?
貴方が感じる全ての問題、全ての矛盾の答えは貴方自身の心の中に有ります。

662 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/17(月) 10:50:41
>>661さん
>貴方が感じる全ての問題、全ての矛盾の答えは貴方自身の心の中に有ります。
そうですね。そうかもしれません。でもあなたが書いていらっしゃることを私が貴方が成せたとしても
>>631で私が書きました
命題14.「人の平等の一つに誰しも常に問題は山積みというのがある」
ということも真であると私は思ってますのでこころで解決できないんですよ
文字通りユートピアは無いんですよ。解決されても問題は山積みです。貴方も問題が山積みではないでしょうか?
私は自分を蔑ろになんかしていません。過去の広くいきわったったデータを引用することで
補完しているわけです。
>>660の返答をもらいたいと思います。というか希望です。
>従って真の哲学は地位や立場に関係の無い大衆の中からしか産みだされません。
はどのように産みだされるわけですか? なぜそう答えが出たのですか?

663 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/17(月) 10:56:05
>>661さん
あなたは哲学をやるにおいて
全てのパターンや全てのあらゆる場合を頭においてないと思います。
どうしてそのような解が出たのか知りたいですね。

664 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 11:18:43
> 何故、貴方は正誤の定かで無い他人の記した書物を信じ、自分の心を蔑ろにするのですか?

2ちゃんねるのおまいの発現とかよりはまだ書物のほうが信頼に値すると思ってる。
「自分の心」なんてのも幼児期以来吹き込まれてきた雑多な情報の集積に過ぎないしなあ。

665 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 12:50:08
権藤さま
貴方の言葉、一つ一つの意識が全て誤りです。
哲学は、まず道理にあかるく成り、そのことで産みだされる智恵を人生に活用することです。
人は道理にあかるく成らないと知能が育たずに智恵を生みだすことができませんよね。
貴方の命題14も貴方の智恵不足と人類の智恵不足に依って産みだされる問題です。
>過去の広くいきわたったデータを引用することで補完しているわけです。
貴方は過去のデーターを御自分の心の規準として哲学を知ろうとしてませんか?
記憶と智恵との弁別が成されていません。
蒙昧意識の支配する人類社会に於いて、地位や立場を確保した者は己の虚栄心と満足感に包まれ合理的思想の探求に適さないからです。
哲学者や、それに準ずる教授でも本物の真理の探究は習い覚えた過去のデーターの全てを消滅に導く為に蒙昧社会に於いては反社会的思想と見なされるでしょう。
ですから、そういう立場の人達は過去のデーターの批評ごっご、で人生を費やす以外に生きる方法は有りません。
命を大切にする、とは口先だけで自分の命をゴミ箱に捨てていると同じことです。
人は誰でも依り良い時代を未来に受け渡す使命を持って産まれてきます。
私は、その事を深く意識し、奪い合い殺し合い苦しめ合う人類社会の現状の原因を根源まで探求し、その原因を探りだし取り除く事に残りの命を費やすつもりです。
しかるに権藤様に社会的立場が有っても智恵を得れば、その共有の方法も見いだせると考えて居ります。
>603の問いは、全てのパターンや全てのあらゆる場合を念頭に置いて考えています。
とにかく、怒りや憎しみ、争いの心を産まず冷静に考えて下さい。

666 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 13:00:33
宣戦布告に近い発言をされましたが・・・日本は友邦ではないって言い切ってます。
韓国も北朝鮮もなんら変わりませんね。もう国交断絶したほうがいいのでは?
いや相手のほうから断絶するかもねw 一気に攻められるかもしれないわこりゃ。
なんだか今まで一方的に韓国を友国と思っていた日本が哀れ・・・
っていうか、これ日本のマスゴミは報道するのかな? そっちのほうが気になるw

盧大統領「日本とは対決しなければならない」
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1153103578/l50
1 :マンセー名無しさん :2006/07/17(月) 11:32:58 ID:KYFMHDBH
こいつの任期中に戦争が起きる確率 ⇒○○%  さあいってみよーw
盧大統領「日本とは対決しなければならない」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/17/20060717000017.html
盧大統領「米国は証拠もなく北を斬ろうとしている」!?
波紋呼ぶ盧大統領の「先斬後啓」発言
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/17/20060717000015.html

667 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 13:09:25
>「自分の心」なんてのも幼児期以来吹き込まれてきた雑多な情報の集積に過ぎないしなあ。
その事を理解している貴方は素晴らしいと思います。
この場合の「自分の心」とは良心の事を指します。
人は物事の理を悟らないと知能が育たず智恵を産みだす事ができない、と言うことは御存知だと
思いますが物事の理を悟る為に良心の関わりが深く関係します。
理とは正統な心の在り方で純粋な良心に依る物事の是非、善悪を明確に弁別する判断基準です。
何も明確にしない書物に頼るも良し、とにかく出口を見つけるまで頑張って下さい。


668 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/17(月) 13:26:28
>>665さんの書き込みについて
書き込み自体に対してはなんか満足しました。そりゃよかったねって感じです。
まぁ私はなめられてなんぼなんで665さんの自分の考えをずっと通してもらってもべつに気にしないけど
別に怒りや憎しみ争いの心はありません。
>603の問い
って貴方(>>665さん)が蒙昧さんってことですかね。
蒙昧さんと凡人さんと今までの665さんのような方が
同一人物あるいは同じ志の方々だとすると実現向けてがんばっってください
とあと私はその中に入れないでねってことは言っておきたいです。
なぜかは(理由)はノーコメントです。あと>>665さんのような方に対する
主張の内容面の批判は私はしませんこれも理由はノーコメントです
それらに書く文字を私は知りません。
蒙昧なことの良さってのは無いんでしょうかね?
実践するにしても『来るものは拒まず去るものは追わず』にしてくださいね。
私見いたしますとちゃんと考えがおありなようなのでそれでいいんじゃないですか。

669 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 13:29:52
北朝鮮の現状は米国が日本国民の意識を日米安保条約の必要性を誇示する為に思想の違いを理由として経済制裁を行い創られたのは事実です。
従って北朝鮮の現状を維持する所に米国の国益が有り、米国が創り上げた北朝鮮の体制崩壊を米国は望むものでは無い。
資本主義社会に民主主義は共生できぬが、その異常な民主主義社会に世界が気づく時も間近だろう。



670 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 13:31:46
憐れみのこころは良心ではあるが良心と現実的な事象を区別している節がある。古来霊的な倭民族の自然性を思い出すことが現代には必要だと思います。ふざけることの嫌いと生かされていることへの楽観性は違うし

671 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 13:36:29
かんむやまといわれびこのみこと

672 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 13:48:57
権藤様
ですから、哲学は大衆の中からしか産みだされません、とお伝えしました。
理由に対しノーコメントの理由も推測できますよ。
私は常に来るものは拒まず,去るものは追わずで無駄なことはしませんのでご心配に及びません。

673 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 22:57:58


なんで凡人は匿名になったの?
やっぱセコイやつだったんだなあ

674 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 23:53:15
と言ってる人も匿名だけどヤッパ、セコイひとかな〜?

675 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 01:28:53
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%BF%83%E3%81%AE%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%81%BF&_adv_prop=web&ei=UTF-8&submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&vst=.com&yuragi=off&fl=0&n=30&vst=0&vs=www.kokoronoshikumi.com

未来プロジェクトの講師、凡人は大石忠志としっかり名前を晒しているし、
なんと住所、電話番号までネットに書いておいでだ。
>私は常に来るものは拒まず,去るものは追わずで無駄なことはしませんのでご心配に及びません。
と安心してセミナーに来てね^^と2ちゃんで営業活動をしている。
権藤有二郎さんは婉曲的、個人的に勧誘されてますよ。
全然凡人さんはせこくない。
哲学知識はゼロだけど、レスを見るとこれがプロかと唖然、感心させらるよ。
悩める人は電話して質問してみれば?


676 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 11:57:17
凡人が無記名に変えたのならセミナーの勧誘じぁ〜無いでしょう?

677 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 23:23:00
675も凡人だったりしてね♪

汎凡人説

678 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 09:09:07
凡人じぁー無いかな?と思える書き込みはスジが通っているし、何でもハッキリ答えるよね。


679 :権藤有二郎 ◆R7vKQKhhT. :2006/07/22(土) 06:58:37
凡人氏と思える文は一見さも正しそうに見えるが・・・・。
それを実践すると過去の多くの失敗例の一つになる恐れがある。
成功する条件としては
1.あらゆる要素を内包し
2.対象(この場合は人)を取り込み
3.全体を方向性をもっていかねばならないからであり。
ある一部分でも否定してしまったら駄目だからである
そして
4.リーダー格は全てを鳥瞰しつつもそこと個人的な要素を一体化させた
言葉を仲間(あるいは勧誘対象)に言わなければならない。

これらのことをずっとし続けなければならないのだ。
過去を否定しこれからはこうだというならば、評論にとどめた方がいいと思う。
私の良心ゆえにこれを書くのだが・・・。

680 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/22(土) 07:14:15
>>679ではキャップの言葉を間違ってしまいました
すいません。

いいなと思える部分があっても全体として自分が
何処から見ても全面的に入れると確信をもたなければ
私は入りませんということです。

681 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/07/22(土) 07:24:27
このスレは私(このスレの>>1(権藤有二郎))が今まで考えたことを
ホントはどうなのか?知りたくて哲学板にチャレンジしているスレッドです
命題は今まで14個あります。
命題
1.「私は私」
2.「自慢は自己満足の略」
3.「どうでもいいことはいいこと」
4.「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」
5.「天才は自由な遊動点を持ち秀才は優秀なコピーを持つ」
6.「万物万象は条件と可能性に立脚する」
7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」
8.「全知全能とはあらゆることに対処できることを示す」
9.「生物の肝要なことは『雄(男)は成すこと、雌(女)は気持ち』(雌雄
   がなきものはこの場合においては雌とする)」
10.「ありとあらゆることは棄却するか、包括するかの2つである」
11.「準備はなくとも準備はできる。また、立場がどうあれ結果は皆同じく
    受けとめたほうがよい」
12.「天才あらずして凡才なし、馬鹿阿呆なくして塵に同じああなんと
    すばらしいこの世界。」
13.「類は論をもってこれを生ずるなり」
14.「人の平等の一つに誰しも常に問題は山積みというのがある」

なお私はこれらの命題を自分ひとりで考え続けたため全て真で真理以上だと
思っています。信じてはいませんけども・・・。

このスレで凡人さんと同様の方もしくは同じ意見の名無しさんがずっと書いてきていますが
これにトホホ・・と思っています。

682 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 13:24:16
1〜14=3だね、

683 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 16:43:18
1.私は私ではない。(私という個は記憶と他と認識する相手との繋がりによって生ずる。)
2(.自慢は自己満足を得ても続かない。虚しい空を掴む様に。)
3.どうでもいいことはいいこと。←(価値がなければ生きていけない人間が、無価値を恐れる為に、良い事を探す話として、
後に土台を構築する為の言い訳に過ぎない。だが、二元的な(方向性)価値観が生じる)
4.五感による限定された情報の入出力の結果でしかない。すべての学問に為り得ないと同時に人間の能力と共に学問は制限されている。)
すべての学問とは、五感に縁る、人間が知りうるすべての学問となる。

684 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 16:44:14
あまり考えずに打った。(´・ω・`)今は反省している。

685 :考える名無しさん:2006/07/22(土) 16:55:12
下手な考え休むに似たり

このことわざは真理だ。

686 :蒙昧:2006/08/05(土) 04:42:31
とてつもなくお久しぶりです。
黙ってレス見てて少し不快な気分になりましたよ?

混沌さんからの返答は無し
議論の進展も無し

とかはまあ良いんだが,>>668における権藤さん。
あなたの発言は俺という一人の人間に対する侮辱か?
俺が凡人さんと同じ志を持つだと?俺の思想は固形化していないし、
人の話に耳を傾ける発展志向はあるつもりだ。
発言しなかった俺も悪いのかもしれんが、彼と括られるのは我慢ならない。

687 :www:2006/08/05(土) 05:24:05
証明ですかぁ。
「命題が成り立つことを証明する」っていうのは、
・一つでも例があれば証明したことになる場合
・全ての場合に成り立つことがわかれば証明できる場合
上記のどの方法で証明すればいいんですかね。

688 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 05:48:50
私の体から生えた肉棒を扱こうと思うのは私の脳だ。
そして、私の体から生えた私の腕がその物体へ向かい、私の腕先に付属する私の手が私の肉棒を扱く。
気持ち良くなるのは私で、間抜けな表情を見せるのは私の顔だ。
我慢できなくなり射精するのは私の肉棒で、直後に虚しくなるのは私の脳以外のなにものでもない。
地球の裏側にいるかもしれないゴンザレスさんは、この一連の流れに介入できないのである。
もしも私が私でないのならば、なぜ私は安部麻美ちゃんにこれ程までに欲情するのだろう?
35才童貞。20年続けた自慰行為が私の自発的自家発電でないのならば、私は一体何なのか?
こんな私を否定できるならばしてみるがいい。
童貞であり続けることこそが、永遠に止まることのない思考を生み出すのだ!カモン!

689 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 06:07:25
他者を知り自己の領域を覚知し存在を知り前と奥とを理解する。人間になり自分となったものには他者や世界を救うという義務がある。人間はどこから来てどこへ向かっているのかを知る義務がある

690 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 06:09:37
本当はないけどね。

691 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 06:10:49
本当は悪いけどね

692 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 06:12:24
つまり、麻美ちゃん結婚して下さい。なのだ!

693 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 06:17:56
アイロニーだな

694 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 06:25:57
いやオナニーだよ

695 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 13:34:12
>686
俺の思想は固形化してないし=(俺の思想は定まってないし)=未熟



696 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/08(火) 18:39:51

>>686の蒙昧さんへ
>>665さんの発言に
>603の問いは、全てのパターンや全てのあらゆる場合を念頭に置いて考えています。
とにかく、怒りや憎しみ、争いの心を産まず冷静に考えて下さい。
とあったので
おや!?
>>603は蒙昧さんの書きこみだったので
私が勘違いしたのかもしれません。
すいませんでした。
>>687のwwwさん
>・全ての場合に成り立つことがわかれば証明できる場合
でお願いします。
私は実際未熟ですがぜひ参画していきたいので
宜しくお願いします!!


697 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 19:46:36
289 >>ID:hFMtik7z0 (珍音車乗り)

>いや、俺たちは半端かもしれないが
>ここでしか生きてゆけない「チキン」よりはマシだ。

と、自己陶酔しちゃってるDQN珍音車乗りになんかいってやってください
他にも迷言多数↓
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/car/1154334009/289-

698 :質問!:2006/08/08(火) 21:13:39
若者の野球離れや高齢化社会とプロ野球界の観客動員数に因果関係ってありますか?

699 ::2006/08/08(火) 21:18:34
1、「私は私」とは神にしか言えない最も強烈な宣言である。自分以外の他者と区分けされての個としての私、
が自分以外の他者と区分けされないものを包含したすべてとしての私である、と言っているのだから。
2、「自慢は自己満足の略」とは、自己顕示欲が自身の嫌な部分の共感化を訴えている、とも言えるため。
3、「どうでもいいことはいいこと」とは、少し無責任のようにも聞こえるが、いいほうに解釈するならば、
相手のあらゆる行為を知り、認め、受け入れ、祝福することは、相手に自由を与え、愛溢れる世界にする
ために、いいともとれる。
4、「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」とは、生命の原理が機能・適応・
持続の3つであって、まず機能しようとすることから、生命の原理から派生したあらゆる学問は、機能が現す
倫理を扱う学問・哲学である、ということ。

700 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/10(木) 19:50:06
吉さんどうもありがとうございます。
>1、「私は私」とは神にしか言えない最も強烈な宣言である。自分以外の他者と区分けされての個としての私、
>が自分以外の他者と区分けされないものを包含したすべてとしての私である、と言っているのだから。

私がこの命題を思いたったのは疑問(この場合は疑問ということそれ自体のこと)が生じたからです。
デカルトと似ていたと後から分かったのでデカルトの「我思うゆえに我あり」もあとから先人のデータとして使いました
>>62の私の書き込みを見てみてください
素直に考えてみても「私は私」ですし今では私は
命題1「私は私」は個の確立だと思います。ありとあらゆるもので最初に何がくるかとすれば自己の事だと思います。
生命は自己のなにかのために行い。物質はあるものでそれ自体ができています。
吉さんに神が現れて「私は私」と言ったという事実があるならともかく、神は自分の頭の中にありまた吉さんがそう考えた
ならば自分の中に「私は私」と認める部分があると思います。
実際測ったことはないでしょうけど全て挙げてみるとこの世にあるものは全部オンリーワンの部分があると思います。時間を軸にしたって
大きさを長さを軸に知ったって全ての要素が同じものはないはずです。だから「私は私」は真だと思います。
>>62と上記のことを踏まえて「私は私」なので個々があるそれはいかような個々でもある。と思います。

(続く命題2について)

701 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/10(木) 19:52:16
>>699の吉さんへの返答>>700の続き命題2について

>2、「自慢は自己満足の略」とは、自己顕示欲が自身の嫌な部分の共感化を訴えている、とも言えるため。

これはそう捉えていてくれてもかまいませんが、私の造語的な部分も踏まえて一文字ごと区切って調べてみて欲しいです。
違う個々がなぜ今(今現在と捉えてください)のように触れ合っているのか?なぜ個と個の間においてつながりがあるのか?
の解だと思います。私見でぶっちゃけていえば。この世にあるものはなぜコミュニケーションしてるかの核なのだと思っています。
なぜあらゆる個は自己を顕示し満ちようとするに足るのか?それは「の略」に掛かっています。
この命題の「略」はWBCが何の略か?という略ではなく例えば「戦略」や「謀略」の略という感じに近いです。

「私は私」を考えたように「自慢は自己満足の略」を考えてみてください。
吉さんへ
今の私にはできませんがなぜ自己顕示しそれがなぜ共感化を欲するのか?を掘ってみて欲しいと思いました。
(続く)


702 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/10(木) 21:20:10
>3、「どうでもいいことはいいこと」とは、少し無責任のようにも聞こえるが、いいほうに解釈するならば、
>相手のあらゆる行為を知り、認め、受け入れ、祝福することは、相手に自由を与え、愛溢れる世界にする
>ために、いいともとれる。
改めて気づきましたがいいほうにも悪いほうにも解釈しても「どうでもいいことはいいこと」だと捉えることができることに
相手がどうでもいいならこちらは何やってもいいんですからね。

>4、「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」とは、生命の原理が機能・適応・
>持続の3つであって、まず機能しようとすることから、生命の原理から派生したあらゆる学問は、機能が現す
>倫理を扱う学問・哲学である、ということ。
失礼ながらそれに加えさせていただきますと哲学の場合学問する主体がいかなるものであろうとそのものの原理、源のようなもの(建物で言ったら定礎)
を踏まえなければならないそしてそのものの内省、OUTPUTについて使用するものだと思います。



703 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/12(土) 15:47:01
お暇だったらきてよね。わたしさびしいの〜♪
ってなことで
以下の5〜14の命題への証明も待ってます。

5.「天才は自由な遊動点を持ち秀才は優秀なコピーを持つ」
6.「万物万象は条件と可能性に立脚する」
7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」
8.「全知全能とはあらゆることに対処できることを示す」
9.「生物の肝要なことは『雄(男)は成すこと、雌(女)は気持ち』(雌雄
   がなきものはこの場合においては雌とする)」
10.「ありとあらゆることは棄却するか、包括するかの2つである」
11.「準備はなくとも準備はできる。また、立場がどうあれ結果は皆同じく
    受けとめたほうがよい」
12.「天才あらずして凡才なし、馬鹿阿呆なくして塵に同じああなんと
    すばらしいこの世界。」
13.「類は論をもってこれを生ずるなり」
14.「人の平等の一つに誰しも常に問題は山積みというのがある」

私としては命題1〜14が皆が使える正しい論理の論拠としてや何かをする上でこれだけは言える
といったものを導くことに使えるのでは?と思っています。

こんな勘違いしてるかもしれない私の命題
思いっきり否定してみてください。

704 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/13(日) 06:37:56
私は今までの全部で14の命題をこの世における数学で言う公理のようなもの
であり、真理の一部であり、それらを論理の正しい論拠として使用できますし
物事を行う上で少なくともこれだけはわかるといったことを導き出すための
使えることだと捉えています。哲学の結果をすぐ実際使えるわけです。
これに今までの歴史からくる経験則(伝統など)を足りないところにつかえば
おおよそちゃんとしたものがつくれると思っています。
 1〜14の命題のようなものこれらには別の名前を付けようかと思います。
全てがこれらの要素(各命題)でできているとして『極真源』(きょくしんげん)
と名づけてしまいます。1〜14の命題は極真源のほんの一部だと私は考えています。

ここまでくると妄想かもしれませんがこれらの命題を証明して欲しくてこのスレを書いたのです。

できればまだ付き合ってくださいまし。


705 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/13(日) 08:31:41
蒙昧さん
>>695さんの
>俺の思想は固形化してないし=(俺の思想は定まってないし)=未熟

はそう受け取らない方がいいと思いますよ。
丸山真男は
日本には思想がないと言い
養老孟司も
「無思想の発見」で日本は有思想ではなく無思想という思想の国
といっています。

思想が定まっていないのは日本において未熟ではないと思います。


706 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/15(火) 14:14:22
「私は私」が正しいと私が考えるのには他にも理由がある。
世の中のあらゆる個々の共通することは「それはそれ」ってことで
「それはそれ」だと人によっていろんな見方ができる場合成り立たない
ことがある。よって世の中のあらゆることが共通の核は『私は私』という
言葉を当てはめるにいたった。「それはそれ」はだれでもそう思うと思う。
『私は私』だとどんなことやものでも当てはまると思うからである。

707 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 20:09:01
「は」は数学でいうイコールの役目をしている
「私は私」の書き方を変えて「私=私」
すなわち「私は私」


708 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/16(水) 11:35:58
>>707
>「は」は数学でいうイコールの役目をしている
>「私は私」の書き方を変えて「私=私」
>すなわち「私は私」
そのようなことは私も日本人であるため承知している。
問題は「私は私」ということ自体が>>706を含めすべてに当てはまるかどうかだということ。

709 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/17(木) 14:39:58
以下の命題を偽ととらえる。または否定される方は書いてください。その意見を聞きたいです。
命題
1.「私は私」 2.「自慢は自己満足の略」 3.「どうでもいいことはいいこと」
4.「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」
5.「天才は自由な遊動点を持ち秀才は優秀なコピーを持つ」 6.「万物万象は条件と可能性に立脚する」
7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」 8.「全知全能とはあらゆることに対処できることを示す」
9.「生物の肝要なことは『雄(男)は成すこと、雌(女)は気持ち』(雌雄 がなきものはこの場合においては雌とする)」
10.「ありとあらゆることは棄却するか、包括するかの2つである」
11.「準備はなくとも準備はできる。また、立場がどうあれ結果は皆同じく 受けとめたほうがよい」
12.「天才あらずして凡才なし、馬鹿阿呆なくして塵に同じああなんとすばらしいこの世界。」
13.「類は論をもってこれを生ずるなり」 14.「人の平等の一つに誰しも常に問題は山積みというのがある」

710 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/08/22(火) 06:26:19
>>709
私は上記14の命題を正しい論理をする上での論拠としての
公理の一部と捉えています。

711 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 11:57:54
理を求める哲学に於いて無意味な問題を定義し、時間を無駄に消費することは命をドブに捨てると同様である。

712 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/12(火) 06:21:27
>>711さん
大勢の一般大衆が上を目指してあくせく動いているからそれが格差社会の原因の一つとなってしまうんじゃないでしょうか?
 あなたはあたりまえのことから生まれる理を考えたことがありますか?理はなにも秘密めいた結晶のようなものばかりではないでしょう。
理は貴方から生まれることはないようだが、人があたりまえのこと、当然のことと見過ごしているところの奥にも潜んでいると私は思ってました。
 私の試みはこれであって、私個人から見れば理の事なんですね。
 でもこう言う私も今の潮流に流されあくせく動いている一般大衆の一人ですけどね。
 でも余計なことを付け加えるならば日本は発展してってると思いますけど。

713 :711:2006/09/12(火) 21:49:48
>712
敢えて再度、申し上げます。
人は物事の理を悟らずば知能が発育せず誰にも痛みを与えず物事を解決する適切に処理する知恵を産み出せません。
これは辞書の広辞苑に記されている、知恵=物事の理を悟り、適切に処理する能力、に解説を加えたものです。
そして理とはことわりのことですが物事の理非を分かち定める心で人の持つ何事にも動じない揺るぎない良心に依って定められ万人に共通するもので有り万人が受け入れるもので有り、個の思いが創りだすことわりは存在しないのです。
貴方様の理を望む心は大切ですが、向かうが逆なので非常に勿体ないと感じます。
人はパンのみにて生きるに有らず、肉体の糧と精神の糧のバランスが大切ですが人類は精神の糧を忘れています。



714 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/14(木) 05:39:59
>>711さんの>>713の書き込みの返信
私はこのスレで貴方のような書き込みを多く見てきました。
はじめは凡人というHNの方が書いていましたが。今回は2chの多くにあるように返事しましょう。
 貴方の(ような内容の)このスレに書いた文章から見ると、貴方は理(ことわり)を探す旅の旅支度の整った段階に過ぎないようだ。
貴方が主張することは(聞き手にとって)肝心の部分が欠けているように思える
というのは物事の理を探す(探る、追究する)準備の段階においては貴方のような姿勢はよいことだと私は思うし
かつて私もそのようなことを考えていた(だから否定しなかったのだ)。しかし、旅立ってからは違う。そこから先の事をあれこれ書くというのは怪しさもさることながら、危険も十分にある。
私はすでに旅立ち貴方よりも先に進む探究者であり、このスレを立ち上げたのは私が見つけたものを里に帰り査定してもらうためでもある(outputした方が体にとっていいのではと思うところもある)
>>711さん貴方も物事の理を探しに旅立ってはいかがか?貴方のような書き込みは私が旅先で持ち帰ったものにあれこれ講釈を述べる学生や結果を知ってからでてくる評論家のように私には貴方のような意見が受け取られてならない。
私は自分の出した命題が万人に共通であり、やがて万人が受け入れるものであると思っているが。

715 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/14(木) 05:46:28
欠けているといったのはあなたが主張する「理(ことわり)」は具体的にどのようなものか
貴方は書いていないからだ。どのように書いてもかまわないが、(こう言う風に思っているでもいいが)
私は理を14の命題としてあげたがあなたははっきりと書いてない。

716 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 19:55:10
>714>715
哲学の哲は道理にあかるいこと、で哲学は道理にあかるくなる為のものです。
当然「理(ことわり」を悟れば道理に通ずる心が備わり、道理にあかるく成れます。
その理とは人の良心に裏打ちされた「全て」を納め、整え、取り裁くことのできる絶対無比の心です。
この「全て」とは貴方の掲げる14の命題も含まれます。
私は貴方の向かう目的地いるから貴方が歩む道が間違ってます、とお伝えしているのです。


717 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 21:39:30
2ちゃんねるに書き込むこと自体が自己満足の塊特にここは
自慢をすることによって他人に新たなことを与えられるならばその人の心理は自己満足と一概に言えない
けれど自慢をすることにより何も生まないのならば自己満足と取られても仕方ない
一般的に自慢=自己満足とされているから
けれどその人が絶対自己満足ために自慢をしたとは決して言えない
そこは心理学へ行け

718 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 23:45:10
>>208
>>681
すいません
>13.「類は論をもってこれを生ずるなり」
ってどういう意味ですが?わかりませんでした…

719 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 03:57:00
生き物は論議することにより生きている意味を提示するってことじゃね?

720 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/15(金) 06:18:57
>>717さんへ
付け加えが足りなかったのですが。
ここで言う「自慢は自己満足の略」とは自慢や自己満足といった人の心理だけではなく
私のあて字です
少なくともコミュニケーションの核には「自ら発することはそのこと自身と己の満ちるに足ることを他者へ発してそれが「略」となっている」
「略」は漢和辞典引いてください「みち」「すじみち」「めぐる」「はかる」「かんがえる」といった意で「省略って意味ではありません。」
自慢の慢はあなどる、おこたる、おごるなどの意がありますが、何者(ありとあらゆること)も絶対自らのみ満たしてはいないので自らから慢することになるそれは
どのような個々のつながりも自らを満たそうとする略であってどのような個々の関連にも少なくとも含まれている。
最低では
>自慢をすることにより何も生まないのならば自己満足と取られても仕方ない
とおっっしゃったようにその核が浮き彫りになるといったことだと思います。

721 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/15(金) 06:28:15
>>718さん
「類は論をもって生ずるなり」
は物事を区別するには判断する主体の論拠や理論があるといったことです。
その論拠、理論によって(主体によって違いますが・・・。)あれはあれ
これはこれなど決めているのです。
何も区別がつかないところから人は論をもって判断して区分したという風なことです。


722 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/15(金) 07:02:24
私の>>720はわかりにくいかもしれませんが。
「自慢は自己満足の略」はなにも現代の潮流の表層的な捉え方を
してしまっては>>717さんのような受け取りになると思います。
その文字の意を一つ一つ漢和辞典で先人の出した意をひいてくだされ。
そこからのことならより深い返事をすることが不肖私にも可能かもしれません。
「私は私」それはそれであるが個は確立しているが、それ(個)のみでは自らのみで
個を満たしていることはないということはわかってもらえますか?

723 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 15:45:05
>>721
分類という認識はそれを成り立たせる、それに先立つ論拠・理由がある ということでしょうか

因果応報、シニフィアンとシニフィエのようなものと関係があるかも、と思いました
シニフィアンとシニフィエ→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A8

724 :maya:2006/09/16(土) 06:54:22
どうでもよくないこと
http://bcaweb.bai.ne.jp/temondia/index.html

725 :蒙昧:2006/09/16(土) 07:05:17
凡人さんが出るとスレが伸びるな。発言の起点になる何かがあるのか。

>>722
「略」の意味に関しては>>720の説明があって初めて成立する種類のものだと思うが。

議論・発言では相手に自分の主張を理解させる努力が必要になる。
それを放棄して「漢和辞典をひけ」「言葉の意味が分からない奴は相手にできない」では
相手が議論・発言に消極的になるのは必至。
さらに、最初にそう言っておけば反応できた奴も少しはいた(かもしれない)だろうに、
相手の解釈を期待して「命題」として放り出すように無説明に提示したことで、
議論において解釈は必要ない、という暗黙の了解(必要にするのは自己満足でしかない。聞き手に
主張を理解させるという目的に準じれば、聞き手が意味付けするというのは間違っている)のもとで
議論している他者の理解を得られなり、あなたの意に添っての発言がされなくなる。
あなたの求める返答がない現状はあなたの責任、と俺は考えるが。

726 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/16(土) 14:43:32
>>725蒙昧さんへ
そのとおり、私に責任があります。
といっても私はこのスレに時間を余りかけられません。
ので現状こうなっているのです。
現状に対してとくにこうなってほしいということは
DQNがいなければいいのではというぐらいです。


727 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/17(日) 07:10:38
>>723さん
>分類という認識はそれを成り立たせる、それに先立つ論拠・理由がある ということでしょうか
そのように受け取ってもらっても結構です。
シニフィアンとシニフィエというよりはその関連記事の
「サピア・ウォーフの仮説」→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%95%E3%81%AE%E4%BB%AE%E8%AA%AC
の根っこ的なものかもしれません

728 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 14:22:21
問題を解決するには智恵が必要です。
智恵がなければ問題を解決できません。
そして智恵は他人の考えを寄せ集めて答える知識ではなく、自分の知能を育て産みだすものです。


729 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/09/29(金) 07:24:14
>問題を解決するには智恵が必要です。
>智恵がなければ問題を解決できません。
>そして智恵は他人の考えを寄せ集めて答える知識ではなく、自分の知能を育て産みだすものです。

それはわかりました
私もそのように思います

730 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 21:31:42
そもそも物事に答えも結論も必要ない。

731 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/18(土) 11:13:49
私が思うに宇宙(哲)とはありとあらゆるものを含むと思うんです。
ならば真理も存在しそれもひとつではなく多種多様なのかもしれない。
実際を重んじる今は
>そもそも物事に答えも結論も必要ない。
現状それでいいんですけど。これは余計なことかもしれないでも考えてみましょう
学問の始まりも仕事はすべて奴隷にさせていたからだという説もあります。
理論のための理論とどんどん高次になっていくことは果てしないかもしれない。
ここでこれまではいえるんじゃないかというのを命題として私流に集めてみたものです。
なので「極真源」と勝手に名づけてみました。これにはありとあらゆることの要素として成り立っていると
考えるにいたったからです。まだほかにあるかもしれません。逆にこれらから導き出すことができるかもしれません

732 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/18(土) 12:52:47
今は時間を持て余している人。実際にやることが多くて時間が無い人と二分化してるように思います。
ここのところ奴隷に仕事のすべてを預けていた市民と似ていると思います(あくまでも時間の使い方という点においてですが)
2chは多くの人に開かれており、これをもっと有効活用するには専門家のみならず専門外の方、一般の方によって
多くの意味が追究されることが現状より良い使い方ではないでしょうか?専門家は煽ったりROMしてる人が多いと私見では思うので
このようなサイトではより適切な一般を意図的に創って行けばいいんじゃないでしょうか?(ここんところ凡人氏と重なる部分もあるので
あえて彼のそういうところの否定はしませんでしたが・・・。彼はそこのところの商売人ですしね・・・なんでも商売というとなんかなぁと思うのが
私の思うところなので)

733 :考える名無しさん:2006/11/18(土) 17:40:11
>>731
(哲)とは、道理にあかるいこと、さといこと。を指し、それ以外に何も含まれていません。
ですから哲学は道理にあかるく成るために「物事の理を悟る」こと、のみを探求すれば良いのです。
「物事の理を悟る」と言うことは人の潜在する知能を育て智恵を産みだす為に不可欠な行為です。
我々大衆が物事の理を悟れば戦争や飢餓・貧困や犯罪・虐めなど全て消滅し自由で平和な社会で、誰もが生き甲斐を得て
幸せな人生を送れる人類史に幸転する智恵を産みだせるのです。
そして「物事の理を悟る」方法を見いだした者のみが、心の糧の普及を仕事とすることを許されるべきです。
哲学板への挑戦状では有りませんが哲学2chで従来の哲学を否定し新しい哲学の道を唱えているのは唯一人、凡人だけです。





734 :考える名無しさん:2006/11/18(土) 17:46:49
せっかくマトモなレスを書き込んでも
キチガイどもがあっという間に流しさる
まあ、そのためにキチガイが張り付いているわけだが



735 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/19(日) 08:01:02
学問は高次であり、より高次を追究するという姿勢よりは
ここまでは少なくともいえるという絶対揺るがない基盤をたてそこから
それ付け加えてここまではいえると打ち立てていったほうが学問研究の
結果におけるその後について差が出てくると思います。学問の利便性をあげるためにも
凡人氏のような方をこれ以上出さないためにもこれはやってみたほうが良いかと思われます
特に哲学においてですが・・・。

736 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/19(日) 08:42:57
>>733 凡人氏へ
いまだ哲学からは他の学問は生まれるがそれ自体においてわれわれにとっては
深遠なものに過ぎない。だから継承のために凡人さんが悟ったといわれる
>「物事の理を悟る」方法を見いだした者のみが、心の糧の普及を仕事とすることを許されるべきです。
の中身を公にしてほしいものだ。それが哲学にとってゆるぎない基盤そのものであれば凡人さんの
お仕事(人類にとってのなんたら)も進み発展するものであるものと私は思う。
>>735の私の意見はここ100年位で自然科学分野には浸透しているものだし日本人も現実に実際役立つもの
を重要視する傾向(養老孟司氏著「無思想の発見」)にあるようだから実をとる。
凡人さんは哲学科にある哲学専攻と宗教学専攻のどちらもとっている立場にあるように私見では見受けられるのだが
広義の哲学としてここでぶっちゃけ何らかの形で公に出すべきだと思う。(秘伝の商売道具なら話は別になると思うけれども)

737 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 11:15:04
>>733
>哲学板への挑戦状では有りませんが哲学2chで従来の哲学を否定し新しい哲学の道を唱えているのは唯一人、凡人だけです。

おまえがやっていることは、おまえの苦手な「具体化」を徹底的に避け、「悟れば分かる」、「全て解決する」、「人々は間違っている」という
、「どのように」が完全に抜け落ちた曖昧な思想のゴミ箱に何もかもを放り込んで、「矛盾しないからオッケー!」と、「論理」ではなく「感覚」で信じていることだけ。

そしてそれを間違いだらけの日本語でそこら中に出力しているだけ。

そりゃあ人生懸けて培った「我が思想」が間違っている訳にはいかない、ていう気持ちは分かるが、残念ながらおまえは聡明な中学生に劣る。

ちなみに、シュレッダーに引き籠もるおまえにはどんな言葉も届かないから、おまえ以外の人がおまえが間違っていることを「悟って」くれればそれで良いからな。

おまえには何一つ期待しない。

738 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 15:24:19
>>735
どうも哲学を諸学と混同して考えてるようですね。
学ぶこと、覚えることが哲学だと思い込んでいる方達にありがちですが
哲学は諸学の源と言う意味に付いて考えて下さい。
哲学の基本は道理にあかるいこと、ですが哲学の基本に忠実な考えが
現れると何か不都合なことがお有りですか。

739 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 16:30:01
>>736
>凡人氏のような方をこれ以上出さないためにもこれはやってみたほうが良いかと思われます
>の中身を公にしてほしいものだ。それが哲学にとってゆるぎない基盤そのものであれば凡人さんの
>お仕事(人類にとってのなんたら)も進み発展するものであるものと私は思う。
この二つの記述は矛盾していますね。
>凡人さんは哲学科にある哲学専攻と宗教学専攻のどちらもとっている立場にあるように私見では見受けられるのだが
哲学は、人間として正統な心の在り方を探求することを目的としています。
宗教は、過去に人間として正統な心の在り方を探求した者達の思想を盗用し人の人生を宗教に奉仕させることが目的です。
哲学と宗教、双方は共に人の心を扱っていますが、そこに大きな違いが有るのです。
では人生を哲学に捧げる者達は純粋で無ければ成らず、肉体の糧を得てはいけない、霞を食えと言う論法に誤りが有りますね。
従来の哲学と私の違いは「人間として正統な心の在り方を探求すること」
では無く「人間として正統な心の在り方を探求する心を育てる方法を伝える」と言う差だけです。
哲学は「探求すること」と私は「探求心を育てる事」の違いなのですが権藤有二郎さんは何れが哲学の目的に叶うと思われますか?
物事の理を悟りたいので方法を記した文章を送れ、と言われる方にはE-mailで、もう何十人にもお送りしていますよ。





740 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 16:40:25
>>737
折角、書き込みをするのなら正確にね。
「悟れば分かる」では無くて「物事の理を悟れば、全て解決する」でょう。
「物事の理」を抜かしたら意味合いが汲み取れないでしょ。分かるね?
言葉遣いは人格や知性を表しますので、もっと気を付けなさいね。

741 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 19:19:31
>>740
はいはい、何も言えてないことに一人だけ気付けない人は凄いねw

742 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 19:20:45
>>739
メールじゃなくてHP作ったら?

743 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 00:38:01
凡人さん。あなたに対する呼称に困るのでHNつけて下さい。
そりゃああなたの書きこみの内容を見ればみんなすぐにあなたが誰か分かると思いますが、
新参の方は名無しに対し「凡人」と呼びかけるやり取りがよく分からないと思うのです。
不慣れな方に優しくするのはあなたのあらんとする人格ではないのですか?
ていうかあなた、HN捨てた理由はなんですか?何故無責任な名無しに?
そこらへんあなたの人格は納得する理由をおもちなのですか?
どこかの論戦で勝てなくて逃げちゃったみたいな感じにしか見えませんよ?


744 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 00:53:06
哲学。
折れはあいかわらず理解不能のままで修士論文を書かされたぞ?
まあ馬鹿だから2chでしかな!
いったいこの学問はなんだんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
ぜんぜん奥も深くない学問だよ!!!(まあ、深淵だからよけいに・・・)
人生の迷いの迷路に苦しむだけじゃんか!
馬鹿たれ!
進路間違ったろが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


745 :THE グル:2006/11/20(月) 00:59:01
いいですか、

哲学とはすなわち杜玖椀

これが断言できます。

定説なんです。

どうかしましたか?

746 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 09:16:54
>>774
本来、哲学とは誰でも必要な理の探求を旨とするべきですが人類史との深い腐れ縁が有り、人類の殆どは大切な理から遠退いてしまいました。
理が何故、大切なのか?は「智恵とは物事の理を悟り、適切に処理する能力」ですが人が知恵を産みだす母体の知能を育てる為に物事の理を悟る必要が有ります。
その知能を育てる理が人々の心から遠退いてしまった人類社会には誰も智恵を産みだせる者がいない、と言うことです。
結果は御存知の通り、戦争や飢餓・貧困や犯罪・虐めなどの絶えない弱肉強食の奪い合いの心の貧しい社会と成ってしまいました。
哲学も例外では無く、理に疎い者達が愚にも付かぬ法則と難解な哲学用語を作り益々、大切な理から人の心を遠ざけて自己満足に浸っております。
しかし、幾ら理から遠離っても理は全ての人の心の奥底に潜み、明るい表舞台に出て活躍できる時を何時でも待っています。
哲学の目的は物事の理を悟る、だけですので誰にでもできる簡単なことです。
別のスレで物事の理を悟る方法を書きましたので、それを下に貼り付けますので参考にして下さい。







747 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 09:23:08
>>744
別スレの返事ですが参考にして下さい。
もっと詳しくとお望みの方にはE-mailでお送りしています。

物事の理非を悟り、是非・善悪を明確に弁別する心、を育てれば理の道を歩める。
と言うことは辞書を賢く見れば記されています。
尤も肝心な、これから先を記した書物は有りませんし、私もまだ些か未熟ですが御説明します。
人の心は蒙昧に捕らわれ自己愛を心の主とし結果、理を悟ることができず理の道を歩めない、と言うのが概要です。
で有るならば自分の智を望む核となる良心を使い、自己愛と相反する人間愛を育てる事で自分の心を自己愛から人間愛に入れ替えをすれば必然的に物事の理非を悟れ、是非・善悪を弁別する心が養われ理の道を歩む流れに乗ることに成ります。
自己愛は自分に有益なものだけを愛し他は否定する、か関心を寄せない性質を持っています。
その狭い自己愛の枠を取り外せば人間愛に移行でき智恵の物事の理を悟り、適切に処理する能力、と言う理で有り智・知の恩恵を受ける事ができます。
次は、その方法ですが、全てと言う何も漏らさずと言う意味を念頭に次の言葉に添って自分で人類が創りだす事象の全てが見えるまで深く思惟を繰り返し心を熟成させて下さい。
【無数の確率を潜り抜け得た、己の命と関連の全てに深い思いやりと感謝の念を育てること】
全ての命の大切さと、対象の全てに自分の心を転写して思惟を深く繰り返せば全てに痛みを与えず適切に処理する方法(智恵)が産まれます。
【 】の言葉を念頭に日に僅かな時間を費やして思惟を深めれば一週間でその結果が現れ、貴方の幸転に周囲の人も驚きますよ。
全てと言う言葉の意味を忘れずに、、



748 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 09:36:47
>もっと詳しくとお望みの方にはE-mailでお送りしています。

ホームページ作れ。

>で有るならば自分の智を望む核となる良心を使い、自己愛と相反する人間愛

どのように相反するんだよ。

>を育てる事で自分の心を自己愛から人間愛に入れ替えをすれば必然的に物事の理非を悟れ

なんで悟れるんだよ。一番肝心なところを誤魔化すな。

749 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/20(月) 15:41:03
今までの学問は「あたりまえのこと」と「基準」を積み重ねてここまできてる
んです。当たり前だのクラッカーが重要なわけです。


750 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 17:05:59
>>748
凡人を知らないみたいだから、一応言っておくと,ホームページはすでにあるよ。
「心の仕組みドットコム」ってやつ。
で、これはいわゆる自己啓発セミナーってやつ。
真面目に反論や質問しても意味ないよ。




751 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 17:25:46
>>794
学問は「学ぶ」こと、哲学とは道理にあかるく成る為に物事の理を「悟る」こと、
「学ぶ」と「悟る」この違いを知る、当たり前だのクラッカーが重要なわけですよね。
さすが権藤有二郎さんは良く「学ぶ」と「悟る」の違い、当たり前だのクラッカーを理解していらっしゃる。
「学ぶ」と「悟る」この違いも理解できずに哲学だ、なんて1000年早いですよね。権藤有二郎さん、
私も権藤有二郎さんと同意見ですよ。

752 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 18:44:50
>>751
はいはいバカ同士分かりあった気になってないで「違い」を説明しましょうねw

753 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 19:01:03
>>752
>>751に>学問は「学ぶ」こと、哲学とは道理にあかるく成る為に物事の理を「悟る」こと、
とハッキリ「違い」を説明して有るのに分からない君はバカ、アホウ、マヌケの何れに属するのでしょうか?w

754 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 21:08:08
>>753
はいはい名詞=動詞とか止めてくれよゴミクズw

755 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 21:14:05
問.
「学ぶ」と「悟る」の違いを説明せよ。

>>753の解答
学問は「学ぶ」こと、哲学とは道理にあかるく成る為に物事の理を「悟る」こと

どこまでもアホスwww

756 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 22:29:09
>>755
自分の都合で「問」を変えるなよな。
>>752の問
>はいはいバカ同士分かりあった気になってないで「違い」を説明しましょうねw
>>755の問
>「学ぶ」と「悟る」の違いを説明せよ。
話題の流れは学問と哲学の違いで有るのに、君の話しはバカ、アホウ、マヌケの何れにも属さず
「トンチンカン」と解釈して宜しいのかな?
>>752>>755の問では答えも変わるだろ、、




757 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 22:35:18
凡人は芸風を変えたのかな?
でも名詞の「話」を「話し」と書くのは凡人だけなので、すぐ区別がついてしまう。


758 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 22:45:00
>>756
おまえ以外の誰が見ても瓜二つな問いですが・・・今まで負け続けてるんだから、せめて「逃げ」くらいは達者にならんもんなんかなぁ(笑)

おまえが「凡人」と名乗るなど傲慢過ぎる。おまえは「平均より下」なんだから「愚者」と名乗るべき。

759 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 22:49:10
>>756
と、おまえの読解力の圧倒的欠如を考慮しなかった俺にも非はあるよな。スマナイ。
で、おまえは>>752を「どのような問い」だと解釈して>>753を発言してしまうに至ったんだ?
そこを教えてくれよ。

760 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 23:21:04

>>758>>459のトンチンカンさん、
スレ読んで少し話しの流れを見てごらん。
>>755から、いきなり
問.
「学ぶ」と「悟る」の違いを説明せよ。
だよ。
バカ、アホウ、マヌケは救いようが有るけど
「トンチンカン」には、幾ら私でも敵いませんよ。
負けるよ、トンチンカンに脱帽です。


761 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 23:27:07
>>760
はいはい凄い凄い。
おまえが凄いバカなのはもう分かったからさ。
で、おまえは>>752を「どのような問い」だと解釈して>>753を発言してしまうに至ったんだ?
そこを教えてくれよ。

762 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 23:45:10
>>756凄過ぎる・・・・

763 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/21(火) 06:17:33
凡人さんが認められるには凡人さんの「基準」を「あたりまえのこと」にしなければ
ならない。「あたりまえのこと」は世間が認めるものでもあるし、だから自己啓発セミナ
なんですね。まぁ私見では哲学をはじめるにあたっての備えておいた方がいいことのように思えます
哲学の門番みたいなものと位置付けてみます。ここまでいえるということを積み上げていくということは
学問、習い事はここまでわかったからそれを土台にしてつぎの土台を目指すということは哲学だけを
別視してするものではありません。哲学は諸学の源といえますが、いまでは同じ学の一つです。
典型的な面を見て私が現在まで一番進んでいると思うのが「医学」です。これは成り立ち、その対象からいって
段階的に進んでいます階段のようにy=xの様にに進むのとでは学問の結果の利用性実際の現場などにおいて学問そのものの
使い勝手が違うからです。階段のようにう進むことが自然、世間、人々に適しているのです。何故か?は今はあまりいえませんが
後哲学は発表後専門家などの議論を経て時が過ぎると人々の間に浸透します。カントの超越論的なこともいまでは常識の一つです。そういうことを創るのが偉大な哲学者であると思います


764 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/21(火) 06:32:01
まぁ諸学の源でもいいですが哲学のはじめの方の基盤という点において
私の言う極真源か以前凡人さんが言っていた「物事の理を悟る」ことなのか?
という点において両者は今のところ駆け引きしているということでしょうか?
私の場合は原理的で凡人さんの方は哲学をはじめるにあたっての最初の立つ位置というか人の主義、論理的
なあるべきいちを指すを指すのではないでしょうか?それなら別次元なのでいままでかみあってなかったことになります。

765 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 14:18:02
>>763
人類社会は「あたりまえのこと」の「基準」が大幅にズレていますね。
ですから、そのズレを修正することが「あたりまえのこと」なのか、ズレに合わせることが「あたりまえのこと」なのか、と言う問題点が有りますね。
勿論、そのズレに気づかなければ修正の手段は知ることもできませんが哲学が道理を扱うもので有る限りズレの修正を目的とする、と考えます。
哲学を諸学と同様に扱う風潮は道理にあかるく成る為に物事の理を悟る必要が有りますが、この作業は簡単で有るが蒙昧に支配されている人類に取っては非常に難解なことで有り、その為にその様な風潮が罷り通ることに成った、と思います。
つまり、思惟の届かぬ事柄「物事の理を悟る」は諸学と一緒にして纏めてしまえ、と言う乱暴な処理のしかたですね。
哲学を諸学の源と言いますが人が知能を育て智恵を産みだせる人間として生きる為には道理にあかるく成ることが不可欠ですので哲学は人類に取って最も大切なもの、の思いますよ。
非常に大切な哲学で有るにも関わらず多くの人々は哲学を難解で必要性の乏しいもので有ると思うのは哲学に携わる者達が物事の理を悟らず哲学を曖昧なものとして位置付けたことに責任が有ります。
今、哲学で大切なことは哲学の道を指し示すことのできなかった過去の哲学の亡霊を追うことで無く、全く新しい誰でも理解できる哲学の道を探るべきと考えます。
その点で貴方と私の意識差が生じるのですね。
道理にあかるく成る為に物事の理を悟れば知能が育ち、その知能が数々の問題を上手に解き明かす智恵を産みだしてくれますよ。
つまり哲学は遙か彼方に見える山の頂上を目指して道なき道を闇雲に進むのでは無く「物事の理を悟る」と言う頂上まで間違いも苦もなく行けるロープウエイの切符を手に入れることなのです。
ですから私は「物事の理を悟る」ことを唱えていますが辞書にも「智恵=物事の理を悟り、適切に処理する能力」と記して有る通りに人は物事の理を悟らないと、どんなに頑張っても知能が育たず智恵を産みだすことができないのです。



766 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 14:45:01
>>765
はいはい逃げない逃げない。
おまえが凄いバカなのは誰の責任でもないよ。
で、おまえは>>752を「どのような問い」だと解釈して>>753を発言してしまうに至ったんだ?
そこを教えてくれよ。

767 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 15:00:47
>>764
そう「哲学の極真源」=「物事の理を悟ること」なんですね。
ですから私の唱えることは「物事の理を悟る」ために主義主張や自我・思い込みなどは全て、放って置いて人の心を盲目にする自己愛から
人間愛に切り替えてしまえば終わりますよ、
後はロープウエイに乗って自分の好きな所まで行きなさいと言っているのです。
物事の理を悟らず智恵を産みだせない状態で人の心が産みだす事象を、あれこれ話し合っても何も進展せず従来の哲学と同様に成ります
ので心を産みだす心の核を支配する自己愛から人間愛に切り替えれば物事の理を悟れて全て上手く行くと言う寸法ですよ。
私は物事の理を悟りモノレールの切符を手に入れて自分達の目的地まで行きましょう、とお誘いしているのですが権藤有二郎さんは山に
霧が掛かっていてモノレールの先が見えないから自分は皆と一緒に山の周囲をぐるりと取り囲む切り立った崖に道を捜して徒歩で登る
よ、って言われるのです。
今、世間から反感を買わないような、右習えの考えでは人類史の将来を幸転することなぞはできませんよ。
2chの書き込みは自分の鍛錬にも成りますのでやっているのです。



768 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 15:15:38
>>766
また君か、、
今、人類は理に反する蒙昧に捕らわれ人間本来の意識から真逆の意識の中で暮らしています。
つまり、悪魔を神とし神を悪魔とする意識です。
君が言う凄いバカ、とは凄く賢い者を指す言葉です。
君が凄いバカと称する私に、
>そこを教えてくれよ。
と毎回、教えを乞うことに自分で矛盾を感じませんか?
甘えずに、自分で考えなさい。


769 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 17:10:01
>>768
知性の無さゆえに逃げるしかできないって大変だね(笑)

770 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 17:17:37
>>751-759における凡人のアホさは誇張でなく中学生以下。

771 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 18:05:39
>>769>>770
暇人、
つまらん書き込みは時間の無駄ですよ。
時間は人生、人生は命、その大切な命を有意義に使いましょうね。ボウヤ、


772 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 18:57:27
>>771
弱っ(笑)

773 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 18:59:56

        ____
   ,、ィウノ川川川W川ミ、
 、r'(リl | ノl | i l川川川川ミ、
 /ノ、ヽ`ノ人!ノ///ノM川川ミ、
,/'川`            ヽミリ、
|川リ             ミ川)
',り'゛             ミ川
.ヽミ;.:...         ___.;...   ノル.'~i
.r‐リ:.:;;r'_~_ヽ、___,ri' -ャゥヽ / |、 l
.'、 i=!i'゛`'゛ )‐‐!i  ` ~ノ'゛   ノ, !
 ', リ; '、~_.ノ .| :. `‐- '  .:....ヽし'
  '、_ノ、  ,r、i_ .;._,、`   .:.....|
    i:.:...'  _,, ... __;; .::..:.:...ト、
    ヽ:  `   ̄~.:...   ::/ノ::::::`.:.、
     \  ~~~   .:./::::/::::::::::::::::
  ,,、-‐'''"|ヽ、.;;;;;;;;;;;;、::' ,、イ:::::::::::::::::::
,、::':::::::::::::::::| ヽ     / /:::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::::::::|  \_/  /::::::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::::::::::ヽ  ∧  /::::::::::::::::::::::::::

  アゲンナ[Sigmund Agennat]  数学者
       (1929〜1997 オーストリア)

774 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 19:03:56
>>771
まとめ。
>>752>>755に対するおまえの解釈の違いを説明もできずに「全て逆」とか「暇人」とか「自分で考えろ」とか、知的弱者が好んで多用する(できる)逃げの常套手段を、臆面も無く用いてしまうその低いレベルがおまえの限界ということだ。
そろそろ自演でも始まるのかな?(笑)

775 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 20:22:40
>>774
>>773

776 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 22:20:56
>>775
素で何を言いたいのか分からん

777 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 22:50:14
問:上とか下とかそんなことこんなとこで競って意味はあるのかな?

778 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 22:54:51
>>777解答:きみはアホだが凡人ほどではない

779 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 01:19:37
例えば受験、例えば議論、例えばプログラミング、例えば将棋、例えばボンバーマンといった「知的」な作業において、物事の理を悟りし凡人はほぼ全ての日本人に負け、あるいは負けるだろう。
そのとき彼にできる(できた)唯一のことは、「全て真逆」「全ての勝敗に価値は無い」「自分は悟ってるんだから自分と違うことをする(言う)人間は全て無知蒙昧」と呪詛を吐き続けることだけだ。
具体的な論理ではなく抽象的な感覚を根拠に、自説の曖昧さゆえに自身にとって都合良い精神世界を内在させていることに、彼は死ぬまで無自覚である。
我々は彼こそを「愚昧」の象徴とし、絶対的な反面教師としながら、彼を嘲笑する立場に居るべきだろう。
――名無し

780 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 07:05:56
どうしようもないな今のところの展開・・・・。
私が勝手に作った極真源と呼んだ14(だったかな)の命題は
全てのあらゆることに当てはまりなんにでも使える真理以上
の内容のものだと思ってこのスレを書くに至ったがその中身について
議論することはそして理解することは各命題の証明が一番適切だから
と考えたからだがそして人が実際できる範囲内のことについては
極真源がそのメタ原理として働いているものと私は思う。
あまりちょっと知的風に荒らさないで欲しい。もちろん今はわからないが
世の中には真理以上極真源以上の核もあると考えている
14の命題は以前かいたので1〜4までだけじゃなく全部に取り組んで欲しい
他にも極真源はあるだろうが実際のところ私が上げた14個を利用すれば
問題ないと思う。


781 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 07:16:25
私の実際の山歩きはともかく例えなら私は一回は実際自分ひとりの力で山を
登ることをするだろう。ロープウェイに乗ったとしても。


782 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 07:20:56
つまり極真源(>>1つまり私)の挙げた14の命題は
全てのものの構成要素であり、メタ原理である。
と結論付けたいのです。しかし私の内容不足はいかんしがたいな。

783 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 07:34:06
14個の命題をありとあらゆるものの構成要素として
あなたのあたまのなかで現実のなんにでもいいから
に置き換えてみてください。

784 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 07:38:36
このスレの挑戦状
命題
1.「私は私」 2.「自慢は自己満足の略」 3.「どうでもいいことはいいこと」
4.「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」
5.「天才は自由な遊動点を持ち秀才は優秀なコピーを持つ」 6.「万物万象は条件と可能性に立脚する」
7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」 8.「全知全能とはあらゆることに対処できることを示す」
9.「生物の肝要なことは『雄(男)は成すこと、雌(女)は気持ち』(雌雄 がなきものはこの場合においては雌とする)」
10.「ありとあらゆることは棄却するか、包括するかの2つである」
11.「準備はなくとも準備はできる。また、立場がどうあれ結果は皆同じく 受けとめたほうがよい」
12.「天才あらずして凡才なし、馬鹿阿呆なくして塵に同じああなんとすばらしいこの世界。」
13.「類は論をもってこれを生ずるなり」 14.「人の平等の一つに誰しも常に問題は山積みというのがある」
これらの命題を証明してみせろ。何を用いてもかまわない。

785 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 07:46:46
これらを証明できねば真に頭のいいものはないする。
今までの頭のいいものは要領がいいか記憶力がいいか
他の言葉に置き換えることが出来るものとする。

これくらいかかないといまの2chではかいてくれないだろう

786 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 08:42:51
>>776

ageんな

787 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 10:09:07
>>784
1.「私は私」
何これ?A=Aはいつでも真。
2.「自慢は自己満足の略」日本語知らないの?偽。
3.「どうでもいいことはいいこと」
後者の部分集合が前者なので真。
4.「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」
命題の意味知ってる?(笑)解無し。
5.「天才は自由な遊動点を持ち秀才は優秀なコピーを持つ」
言葉が曖昧過ぎ。真偽どちらでも可。というか命題失格だこんなもん(笑)
6.「万物万象は条件と可能性に立脚する」
言葉が曖昧。真偽どちらでも可。ただし真の場合は条件が可能性を含有するので可能性は不要。命題失格。
7.「いろいろあるけれど普通が一番いい」
言葉が曖昧。「普通」が「平均」の意味なら偽。「普通」が「一番良い」の意味なら真。などなど。
8.「全知全能とはあらゆることに対処できることを示す」
なにこれ?日本語として当然だろ。真。
9.「生物の肝要なことは『雄(男)は成すこと、雌(女)は気持ち』(雌雄 がなきものはこの場合においては雌とする)」
前者の部分集合が後者なので偽。意味分かる?(笑)
10.「ありとあらゆることは棄却するか、包括するかの2つである」
独立もします。偽。
11.「準備はなくとも準備はできる。また、立場がどうあれ結果は皆同じく 受けとめたほうがよい」
前者は真でなければ準備が絶対にできない。後者は「受け止める」の意味が曖昧。真偽どちらでも可。
12.「天才あらずして凡才なし、馬鹿阿呆なくして塵に同じああなんとすばらしいこの世界。」
前者は相対的に当然なので真。後者は意味不明より真偽どちらでも可。
13.「類は論をもってこれを生ずるなり」
「これ」が「類」なら「A=BをもってAを生ずるなり」より偽。
14.「人の平等の一つに誰しも常に問題は山積みというのがある」
平等=問題は山積み?アホか。日本語として偽。

総括。頭結構悪いねアンタ。

788 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 11:32:35
>>785
熱くなりすぎた今では反省している。
証明され得なかった場合は極真源は超越論的公理として捉えてくれることが私の理想
です。私個人では発見にはこぎつけたものの(証明は)頭の中でいまだ言葉にできないのです。
もしこれによって超越論的観点を皆が持ってくれればわたしにとってこれ以上の幸せはないです。
超越論的視点を持つことは超越論的事項を理解しなければそれを養うことは甚だ難しいことと思われる。
(最低最悪でも超越論的具体的事項例を挙げようとした試みとなってほしい)
否定するせよ批判するせよ超越論的な考え方ややり方の一助になってくれれば幸いである。
なにもこの世は実際論ばかりでみたされるわけではないのだ。

789 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 12:36:27
>>788
いや、おまえのは凡人の主張と同じで間違ってるだけか曖昧なだけだから。

790 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 12:45:06
その線あたってます。ギクリ!!

でもネットで否定ばかりまかり通ってたんではネットの大元の使い勝手(学者間に見うけられる)
とは離れていくばかりです。

もっといいことないかなぁ〜

まぁ匿名で否定することをこれだけするってのは肯定的な需要は満たされつつあり否定的な需要が満たされてないのでしょうけど・・・。

791 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 13:22:52
>>790
いや需要とか使い勝手とかにズラすなよw
「1+1=3」とか「1+1=数値」とかの意見は批判されるべきであって、おまえの主張はそのレベルだって言ってんの。

792 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 17:02:13
>>791
>>790はただの馬鹿だが、おまえは性格の悪い馬鹿だよw


793 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 17:14:10
>>787
>何これ?A=Aはいつでも真。
(無限)集合を考えると、「A=Aはいつでも真」とはいえないよ。
「チワワは犬である」、「シェバードは犬である」は真だけど、集合としての「犬は犬である」は偽。
犬という集合の要素に「犬という集合」が含まれないから。

794 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 17:34:35
>>792
はいはいw

>>793
よく分からん上に調べ方も分からんので、できたら詳細plz
後、それが正しいとして「私は私」という命題に対して何かアプローチできる?

795 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 18:01:51
>>793
数学的(カントール的)な無限集合論で調べるか、ラッセルを調べるか、手抜きするなら野矢の『無限論の教室』を読むといいかも。
説明してもいいけど、2chだと図とか使えないので文章が長くなっちゃうから、今は遠慮しとく。
どうしても要請があったらするけど。

で、「私は私」へのアプローチだけど、「私」が様々な要素から成り立っている「集合の名」であると仮定すると、
つまり、「私は人間である」、「私は男である」、「私は真面目である」、「私は泣き虫である」などの集合として「私」を考えると、
「私は私である」は否定されるんじゃないかななんて思ったりしたわけ。

796 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 18:08:55
そこに私は私であるも集合の一部に含まれんじゃないの?

797 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 18:10:54
あ、こんな例はどうだろう?

「1は自然数である」→真
「2は自然数である」→真
「100は自然数である」→真
「941418353は自然数である」→真
「自然数は自然数である」→偽 (「任意の自然数を挙げよ」といわれて「1です」というのは良いが、「自然数です」というのは不可)

798 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 18:14:44
私をこのスレでどこまでもこき下ろしていいけどその他ではやるなよ。
その他でやったら面倒だ

799 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 18:19:25
>>795
集合なのに無限なのか・・・やっぱりよく分からんからひとまず信じないけど、また調べてみるわ。サンキュー

800 :793=795=795:2006/11/22(水) 18:21:44
えーっと。

つまり「図書館の蔵書目録」なわけで。
「図書館のカウンターに置いてあるこの蔵書目録は、図書館にあるすべての本を網羅しています」
として、でもその蔵書目録には蔵書目録が載ってない。

まあ、「自分自身を要素として持たない集合」つまり、ラッセル集合です。
「私」もラッセル集合だとすると、「私は私である」は偽になるわけです。
でもラッセル集合をつくってそのまま放置しておくと矛盾が生じてしまうので、そこで、タイプ理論が・・・・・・・・・・・

まあ、いいですね。

設問自体が幼稚なので、真剣に考えても意味はなさそうです。

801 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 19:22:59
とんちくらべですか?それじゃなかったら理路を教えていただけませんか?

802 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/22(水) 20:12:46
今度とても暇だったらみんなの相手するよ。しばらく出ませんじゃあね〜

803 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 22:22:16
1.私は私でなければならない。私が私を殺す事は許されない。それは他者からの行動。
不快要因は抹殺しなければならない。常に闘争状態。安楽の無い私。果て、私は私。
私は私であるけれども、私は私でなければならないのか?私は私として
機能し明日も・・・・。

804 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 22:24:50
1.私は私である必要性は無い。私が私を殺しても。他者からの全てを許そう。常に平穏である。
闘争の無い私。果て、私は私ではない。
私は私ではないけれども。私は私でない必要性が無くても良いのか?私は私ではないとして機能し明日は無い。

805 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/23(木) 05:49:09
今暇が出来たので>>793>>800さんに返信します。

>でもラッセル集合をつくってそのまま放置しておくと矛盾が生じてしまうので、そこで、タイプ理論が・・・・・・・・・・・
ここの内容をもっと詳細に聞きたいけどこれは放置して

具体例を挙げる実際論では昔の人が要領よく書いたある基準の文章ではかならずや穴が生ずると思います。
貴方はある家電製品を買った(ある集合)その箱を開けてみると(たくさんの説明書やパーツと共にパッケージの内容を記した紙が入っていた)
その紙には梱包内容書(本紙)とかいてあった。この場合はどうすんですか。
過去の要領よい事項(それそのもの)を基準を知識として自らの要領よい判断を元にしていてはこの命題の超越的視点にたった観測点を見逃し
あなたはおいしいアイスクリームを食べそのうんちくを語っている顧客に過ぎない。(そのアイスクリームの材料、工法、構造(たべたアイスクリームにおける)、作る人の思想、売り子の対応の分析、店の戦略)
などアイスクリーム全てを悟ったわけではない。実際には別にいいことだけどみんなが注目することじゃない
貴方は要領の良い人だ(頭は良いでしょう。あたまはよいのは認めるがいいとは判断できない)

この書き込みがあまり生産的でないと受け取った方にはむだに書き込んですまないと思っている
ヒントこの命題全部に超越論的に取り掛かってね(^^)あくまでもこのスレは哲学への挑戦状ですから。

806 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 07:36:24
キモイな〜ぁ

807 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 07:42:53
>>805
へえ〜。じゃあ「超越論的認識」のお手本を見せてくれないかな?
「自慢は自己満足の略」とかいう命題についてでいいよ。
日本語が変なのには目をつむるからさw

808 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/23(木) 14:23:29
超越論的認識は現段階ではできません(出来た人を知りません)
現代人で出来るのは超越論的観点です。最高度で出来ても超越論的視点(ここまでくると
昔の神そのものになっちゃうと思われるけど)でしょう。
でも仮に超越論的視点を持つ人がいたとしてもけっしてそのようなサインは出さないようにするでしょう

809 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 14:33:07
ちょっとわからない領域の話になると
たちまち「○○的」とか「○○論」で
誤魔化して逃げ出すからなぁ、稲かっぺは (^^;

進歩なんかするワケねぇw

810 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 14:34:49
権藤有二郎 ◆EN8cDNURt=自然数の無限も証明できない数学理論をふりかざすだけのいんちき超越論的認識論者

811 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 16:07:56
>>808
へえ〜。じゃあ「超越論的観点」のお手本を見せてくれないかな?
「自慢は自己満足の略」とかいう命題についてでいいよ。
日本語が変なのには目をつむるからさw

812 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 16:10:48
>>808
自然数の無限性は証明できないことも証明してみてみて

813 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 16:18:04
凡人とか808みたいな奴って「曖昧な言葉」に様々なものを封じ込めて「分かった気になってる」ことにどこまでも無自覚なんだよな。
で、当然のように具体性のある主張を求められ、答えられず、「こいつには理解できないんだ」とまた曖昧な否定に引き籠もって逃げる。
その後は凡人のように他スレへ移ったり、808のように「時間が無いのでさよなら」とか言ったり、でもプライドだけは高いから「時間ができた」とか言って頑張ってみちゃったりするんだよw

814 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 16:24:32
>813
そこまでいじめるなよ
かわいそうじゃないか
また現れるから、それまでは暖かく気長に見守ってあげようよ

815 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 17:10:04
>>813
>「曖昧な言葉」に様々なものを封じ込めて
言葉を理解できないと全て「曖昧な言葉」として処理しちゃえば考えなくて済むよな。

816 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 17:24:10
自分の理解してない言葉で何かを説明しようとするからオカシクなるのよw
つまりどゆことかというとだな、

自分でもよく分かってない事柄を
自分のよく分かってない言葉で説明したあげく
自分は分かってるがヒトは分かってくれない、分かろうとしない・・
てな具合にヒトの不理解のせいにするのは←ヤメとけってことぉ〜〜〜w

817 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 17:47:49

>>816
理を解する、理解するとは如何なることか説明してご覧なさい。

818 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 19:55:51
>>817
コラ、それが人様にモノを教えてもらう者の態度か、コレw

819 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 20:00:10
反対に、気取り屋ともいいますからw

820 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 21:37:41
>815
具体的な説明を要求されるといつもすぐ逃げだし、しかも回り込まれているのは誰かな?
「てにをは」を間違え、「反語」などの基本的な語彙の意味すら知らず、いつも間違っているか循環しているだけの論理を振りかざしし、最後には我が感覚だけを根拠に「自説は正しい」と勘違いしているゴミクズ。
それが凡人であり権藤なのだ。

ちなみに、凡人<<<権藤<平均人くらいだと思う。

821 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 23:13:52
>>818
>理を解する、理解するとは如何なることか説明してご覧なさい。
答えられぬのなら以後、理を含む言葉を使わぬこと、



822 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 23:17:26
>>821
どんなルールだよw
散々いろんなところで論破されといてw

823 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 23:21:48
ラスカリオ ファーン
って聞こえたんだけど
日本を客観的に見るなんそれ、、、、って
作家かなんかわかりませんが


824 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 23:35:49
>>822
君が汚い言葉を使うことを論破と言うのかい。
私を論破して見たいのなら、
>理を解する、理解するとは如何なることか説明してご覧なさい。

825 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 00:12:23
>>824
どうなってるんだおまえの読解力wアホ過ぎw

826 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 00:25:40
>>825
4回目
>理を解する、理解するとは如何なることか説明してご覧なさい。

827 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 00:28:32
独り善がりさん、なんで質問に答えてくれないのか考えてみたら?

828 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 00:34:00
>>826
コミュニケーション能力ゼロかおまえw悔しがり過ぎ。
まあ答えてやるよ。

理解する→内容や意味を分かる

で?まあ大体予想つくけど(笑)

829 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 00:48:55
>>828
>理解する→内容や意味を分かる
10点だな、
資料を見て、もう少し気の利いた答えをしてごらん。
そしたら100点だってあげるよ。
絶対に君の将来に役立つからね。
五回目
>理を解する、理解するとは如何なることか説明してご覧なさい。


830 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 01:28:37
>>829
はい予想通り(笑)
問い、採点方法を具体的に述べよ。
しかし本当カスのおまえに相応しい逃げ方だなw

831 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 01:30:19
>>829
あ、ちなみにもう答える気は無いから解答も書いてね。
論破してあげるから(笑)

832 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 01:37:34
>>821のレスとか書いてて恥ずかしくならないのかな

833 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/24(金) 07:18:47
ぼくが出来ることは以前に査定してもっらてるの例えと同じように発見したことを
発見の順路を書いてゆくことだけなんだなあ。つまりこのことは習った結果ではないだなあ
僕には知識が足らず、ボキャブラリーもたりない、つまり馬鹿の一般人なんだなあ
そこを証明することが学習に長けたみなさんだなあ。
個人を否定するのなら誰でもどのようにでもできるんだなあ今のご時世
頑張ってください。応援してます。僕の実感ではこの発見は大きなことなんだなあ。


834 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 07:21:47
>>833
ググってみたら、他所でも色々書き込みしてるんですね。
それと、
この板過疎ってるので、
よくよく考えてみると、気持ち悪いことになってたりしますよ。

835 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 08:58:41
腐ったインターネッツはここですか?

836 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 15:00:25
>>830
他人のことをカスだの言う人は自分の無能さを隠す為に汚い言葉を使うんだよ。


837 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 23:16:01
それにしても、なぜ凡人はコテハンをやめたんだろう。
やはり心に何か期すところがあったのだろうか。
それが気になる。

838 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 23:40:28
考える名無しさんが考えてもしょうがないよ。


839 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 23:44:17
omaemona

840 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2006/11/25(土) 13:44:57
自分自身にしょうがないと鞭打ち 今年最後にこのスレに書き込みます。
私の2chにおける超越論的観測点からしますと2chをよむと2chネラーは限りなく確かなことを意的根源とする「限確」(げんかくと読む厳格と幻覚との間における悟性(カント))
(勝手に造語致しましたが)を追究しているように捉えられるのです。
私のこのスレの書き込みも日本語の仕様である曖昧さなどを考慮し「限確性」を高めようとしたあまりに普通の文体より捉えにくくなっていると思います。
極真源はその文字からくるように限りなく確かなものを追究する私の態度から発見されと自負しここまではいえるんじゃないかと考えるに至ったのです。
心の哲学において実際には使えるようになるのかもしれません。14の命題を是非ご自身の観点に置いて見て悟性で判断すればおいしい料理かと思われる次第でございます。
なお権藤<一般人の分析は正しいです。

841 :考える名無しさん:2006/11/25(土) 13:58:42
>>840
オマイは極真道場にでも通ってろw

842 :考える名無しさん:2006/11/25(土) 15:29:09
>>840
理性と感性の中間に悟性が有るのだ(カント)
厳格と幻覚との間における悟性(カント)ジョークですよね。



843 :考える名無しさん:2006/11/25(土) 18:55:13
1.私は私、君は君、されど仲良き。
2.自慢はひかえめに。
3.どうでもいいことにはかかわるな。
4.哲学は何の学問か?と問われたら暇人の学問であるということ。


844 :考える名無しさん:2006/11/25(土) 20:57:19
1.自慢か、事実か。
2.哲学は志が必要。
3.どうでもよいこと等、存在せず。
4.暇人の哲学は哲学に有らず。
5.私は私、君は君、されど仲良き。


845 :1:2006/11/30(木) 10:57:03
本当にお前らクズばっかだなwww
解答をここらで教えてやるよwwww

1
私、とは、私を意識するその時の態度によって変容する。
私を意識する可能は、過去を連ねた私を、超越することによって、であるが、
その意識された私は、現在の私ではあり得ないため、私は存しない。
また私を意識しない場合には、私が存しないのは当然のことである。
したがってこの命題自体がナンセンス

2
自慢という世界への参加表明において、立ち現れる事物は判断者としての自慢に吟味される。
このとき自慢を「とりあえずその場において」するものは世界から超越しており、
世界から提供されるものどもと、自らの自慢という様相において要求する事物との一致、
これは世界と要求するものとの超越を超越した観念的な橋を生み、この橋をもって自己満足と定義できよう。

3
どうでもいい、という無関心は、関心されないものの観念的非存在を表現する。
非存在の表現とは、存在があり、これが個である、その限りにおいて、存在を許され、
と言うのも表現は、いかなる状況においても、個に先行することは不可能であるからである。

4
哲学は、意味の探求の唯一の学問である。


以上

846 :教授:2006/11/30(木) 11:01:25
0点

847 :考える名無しさん:2006/11/30(木) 11:29:39
>>845
再提出

848 :考える名無しさん:2006/12/01(金) 12:53:10
>>845
2 はいい線いってるんじゃないですか?

>2
>自慢という世界への参加表明において、立ち現れる事物は判断者としての自慢に吟味される。
>このとき自慢を「とりあえずその場において」するものは世界から超越しており、
>世界から提供されるものどもと、自らの自慢という様相において要求する事物との一致、
>これは世界と要求するものとの超越を超越した観念的な橋を生み、この橋をもって自己満足と定義できよう。


849 :考える名無しさん:2006/12/01(金) 13:06:27
1はとりあえずソクラテスでも読め。

850 :考える名無しさん:2006/12/01(金) 23:34:10
超越論的判断とはだね、まず、先験的判断論における超越概念に対する
ヘーゲル的批判、言い換えれば、物自体の不可知性についての悟性的態度と
理性的態度における差異自体が問題視されねばならず、この点に関して(ry

851 :考える名無しさん:2006/12/01(金) 23:59:02
こいつが挑戦してます

http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/car/1164005601/504-

852 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 12:28:53
理性と感性の中間に悟性が有るのだ(カント)と申していますが
理性や感性・悟性を育てる「知性の会得」こそ「哲学の目的」と考えます。
知性とは「頭脳の知的な働き」ですので、それを会得しないと先に進めないと思いますよ。



853 :1:2006/12/03(日) 13:30:31
>>849

てめえは悔しかったらメルロ=ポンティでも読んでみろよwww

>>850

21世紀に入ってもヘーゲル?プッwww

854 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 13:39:33
>>853
21世紀にメルロ=ポンティ?

855 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 17:08:20
ア〜ア
また蒙昧特有の勝敗を重んじる浅ましい非生産的会話に陥ったようですね。
過去に誰かが適切な哲学の道を指し示す意識を過去に開いていたので有れば人類はとっくの昔に知的社会を形成しており
皆さんの意識も人間的知性を備え希望と志に燃え楽しい人生を送っていますので、
哲学版に具にも付かない書き込みはしないでしょう。
諸学の源で有る哲学のに於いて他者が記した本を読んで自慢をしあう、など恥ずかしいと思いませんか?
他の学問と違い哲学は誰の頭の中にも初めから開けるようにセットされて産まれてきています。
てすから自分の頭を読み覚えた書物に渡さず、自分自身で使うことが一番、大切なことです。




856 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 01:58:59
855の書き込みだって、読まずに考えてる俺は偉いとしか言ってないじゃんw

857 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 15:56:30
>>856
貴方は互いに詰り合うことが哲学の進化に繋がると思われますか?
同時に過去の哲学者と称する者達は、人類の精神的な向上に如何なる成果を残しましたか?


858 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 16:34:52
>>1がアフォすぎた件

859 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 20:58:15
>>858
他人を罵る言葉は世間が己に向けた思いで有る、ことを知るが良いでしょう。

860 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 21:25:02
>>1

1.
「私」への認識は主観的思考にはじまる。そして、次に客観的思考で理解される。
つまり、「私」という一つのものに、主観と客観で観ている。
式で表すと、「主観的『私』=客観的『私』」になり、それは「私=私」の意味になっている。

2.
よくわからないが、その命題は間違っていると思う。
自慢は自己満足の要素だとおもう。

3.
よくわからない。
「どうでもいいこと」と「いいこと」は等しくはならないと思う。

4.
全ての学問も含む、全ての根本原理や抽象性な物事を扱う学問だから?




861 :考える名無しさん:2006/12/06(水) 15:16:58
>>1
命題が腐ってる。

862 :考える名無しさん:2006/12/06(水) 23:30:29
>>オマイラ

紙一重のマチガイは指摘する価値がある

しかし極度に露出したマチガイを とり上げてみたところで
同じ仲間に入りたがってる・・としか映らない

863 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 03:09:54
>>857もアフォ過ぎる件

864 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 16:01:37
>>863
どこがアフォなのか、指摘できない者のほうがアフォだよ。


865 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 16:44:30
悔しいのかよw

866 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 18:07:45

>>865
アフォが何を宣おうと毛ほどにも感じません。

867 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 19:08:24
煽りに逃げる者はとっとと相応の板に帰れ

868 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 01:25:02
>>866「悔しがってなさ」をそんな賢明に誇示しなくても良いじゃんw

869 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 01:26:12
>>866後、「宣う」の意味を調べとけよw

870 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 16:12:36
アフォが宣う、形容動詞だから「宣う」の意味だけを調べても駄目だよ。
アフォが付くと宣うの意味が全く、違ってくるからね。
尤も、それが分かればアフォとは言えないけどね。

871 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 20:16:25
>>870
外人さんとは知らず申し訳無い

872 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 20:48:55
>>871
をまいスワヒリ語わかったの?

873 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2007/01/07(日) 13:57:13
私 権藤が真の1です。権藤と名乗ってからは1と名乗ってません。
>>845
の1(偽)さんへ

>私、とは、私を意識するその時の態度によって変容する。私を意識する可能は、過去を連ねた私を、超越することによって、であるが、
その意識された私は、現在の私ではあり得ないため、私は存しない。また私を意識しない場合には、私が存しないのは当然のことである。
したがってこの命題自体がナンセンス

私は私は意識を持たないものにも通用します。そのものは(ある石であれ)その個独自の形態を持つものでありそれ以外に無いのです(同じ時や同じ場所にも無い)
>>860
さんにおける
>式で表すと、「主観的『私』=客観的『私』」になり、それは「私=私」の意味になっている。
ということを使うとなににおいてもやっていることです。

>自慢という世界への参加表明において、立ち現れる事物は判断者としての自慢に吟味される。このとき自慢を「とりあえずその場において」するものは世界から超越しており、
世界から提供されるものどもと、自らの自慢という様相において要求する事物との一致、これは世界と要求するものとの超越を超越した観念的な橋を生み、この橋をもって自己満足と定義できよう。

これは当たっている所が多いと思いますけどねぇ。私が言えることはそれが「私は私」の個々のコミュニケーションの核であるという点です。

>どうでもいい、という無関心は、関心されないものの観念的非存在を表現する。非存在の表現とは、存在があり、これが個である、その限りにおいて、存在を許され、
>と言うのも表現は、いかなる状況においても、個に先行することは不可能であるからである。
これについては
より具体的な説明をお願いします。

874 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2007/01/07(日) 13:57:57
2.『自慢は自己満足の略』にうつりたいと思います。

これは私が当て字をしたものです。これを構成する単語そのまま受け取ってもわからないこと
が結構あるのではと思います。

それぞれのありとあらゆる個々は自らのみで自身を満たしてはいないという事実から始まります。
なので自ら発することも含めどうあがいても自ら慢することとなる。『慢』とは
漢和辞典のあなどる、ないがしろにするという解字からきていて。1.おこたる2.あなどる3.おろそかにする
4.おごる5.わがまま、かってきまま等の字義をさします。
 自らだけでは満たすことをしていません(なんでもいいですが)それが自らを満たすに足ろうとする『略』となっている
のです。
 ここでいう『略』とは省略をさすのではなく。1.ほぼ。あらまし2.はかる。かんがえる。3.はかりごと。かんがえ。
4.おさめる。いとなむ。5.かなめ6.みち。すじみち。等の字義をさします。

自然であれ人力であれ機械であれ対象を変えてゆきます。
(いいかえると人々と同じくコミュニケーションしていますそこの核に『自慢は自己満足の略』があるのです)
具体例でいうと最近インターネットでブログが盛んになってきていますがなにも返事のつかないブログってかなりあります。
発信者は自らを満たすため何かを求めているのにそのままに放置されてしまう。そのページを見ると『自慢は自己満足の略』
が浮き彫りになっていると思います。
 ある人が自慢をして他に何も無かったと捉えられる時にもその核が見えていると思います。

個がその個のみで成り立っている(またはその個をみたしている)現実を知りません。何かのために何かをを求めているのが自然な姿ではないでしょうか。

ゆえに『自慢は自己満足の略』は個々のつながりの底にあるものといっていいでしょう。(と私は考えています

875 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2007/01/09(火) 19:51:08
2chじゃ哲学出来ないねこりゃ

876 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2007/01/12(金) 06:29:03
私の>>1とあとで加えた計14の命題を理性的に用いて凡人氏とみられることの主張を
感性的に用いれば哲学の礎を創れるかと思います。
それによって悟性で哲学を多くの人が使えるようになるのかもしれません
今までの書籍哲学は哲学の特徴(何でもゼロから始めなくてはならない)
からしてみて哲学事始だったといえるのではないかと個人的には思います
だから哲学自体は実際を重んじる日本社会には使えない、触れないほうがいいといままで
捉えられてきました。
 思想のある諸国において可能性にあふれたものとして励んでいるのだと思います。

877 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2007/01/12(金) 06:48:33
命題
4.「哲学は何の学問か?と問われたらすべての学問であるということ」
ですけど
すべての学問という点においては論理学には大衆のファン層、利便性、
使えるか?という点において将来勝てないでしょう。
哲学は結果においてあらゆることの礎をつくること変化することの理由となること
ありとあらゆることの基準を導くことありとあらゆることを包括すること
その他いかようにも出来ることだと思いますけど
哲学は「すべての」を対象としているので人それぞれでもあり、どこまでもつづくものでもあり
そこに時代の哲学者たちが明確に答えを出してきているのではないでしょうか?


878 :考える名無しさん:2007/01/13(土) 13:58:43
権藤有二郎さん、そうじゃ無いんですよ。
人は誰でも考えることができ、曲がりなりにも答をだすこともできます。
それを知恵だと思い込んでしまいます。
ところが知恵には知恵が産みだされる法則(仕組み)が有って、如何なる者でもその法則を飛び越えて知恵を産みだすことは出来ないのです。
1±1=の答を知らずに数学はできませんよね。
人の心が産みだす事象の全ての基礎、心の1±1=知恵が哲学なのですよ。
哲学の語源は愛智の意を啓蒙家の西周さんが日本語訳した言葉ですが、皆さんは愛智の意を理解できず知を愛することだ、と勝手な解釈をしていますが実際は揺るぎない人間愛が人の知能を育て知恵を産みだすことの意から付けられたphilosophyなのです。
ですから哲学の哲と言う文字は道理にあかるいこと、を指し道理にあかるく成る為に物事の理を悟り、物事の理を悟る為にものごとの是非・善悪を明確に弁別する心を育てる。
そしてものごとの是非・善悪を明確に弁別する心を育てる為には全ての人々が捕らえられている理に反する自己愛から理を重んじる揺るぎない人間愛に切り替えをしなければ成らない、と此処で愛智の意と哲学が繋がるのです。
早い話し視野の狭い自己愛から無限の広がりを持つ人間愛に切り替えれば知能が発育し本当の知恵を産みだす環境が整う、と言うことです。
問題を考える前に正しい答をだせる知恵を持つ必要が有るのでは、と申し上げているのです。
簡単なことなのですから、








879 :考える名無しさん:2007/01/13(土) 15:06:17
坐禅と見性第50章 公案と見性B流れる水
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1167920142/

880 :考える名無しさん:2007/01/13(土) 15:42:40
>>875
はやくgoogleで頭のほうに出てくるサイトに戻ったほうがいいよ。

881 :考える名無しさん:2007/01/17(水) 20:28:20
権藤も>>878もセンスなし。


882 :考える名無しさん:2007/01/17(水) 21:24:59
哲学とは愛智の意を分かりやすく語訳した言葉ですが、では語源の愛智の意とは如何なる事を指すのか?の問いには知を愛することだ、と答られると思います。
愛智の意を、ただ単に知を愛すること、としたのでは人の本質、真理を探る哲学の意味が有りません。
愛智の意とは、人が揺るぎない人間愛を育てることで物事の理を悟り知能が育ち知恵を産みだせることから名付けられた名称です。
何故、愛智の意を簡単に考えてしまうのか?人の知能を育てる為に不可欠な物事の理を悟ると言う悟る行為が理解できぬ為に簡素な解釈に走るのだ、と考えられます。
哲学の哲と言う文字は道理にあかるいことですが、やはり人が道理にあかるく成る為には揺るぎない人間愛を育てることで物事の理を悟り知能が育ち知恵を産みださなければ成りません。
この事を踏まえて権藤有二郎さんに哲学の基本を再考して戴きたいと思います。
>>881
貴方に哲学のセンスが有るのなら、そのセンスを少しでも伺わせる書き込みをして下さいね。


883 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 10:31:03
でもこういったスレがここまでのびるのは凄い。

884 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 16:05:50
>>883
権藤有二郎さんの考え方に少々間違いが有りますが、権藤有二郎さん
が哲学に真面目に取り組んでいる証ですよ。
私は権藤有二郎さんが好きだけど皆さんと同じで頭固いからね。
なんとか固い頭を解凍しようと思って頑張っているんですよ。
権藤有二郎さんの頭を解凍すれば必ず人類の未来に役立つ人に成る
ことは分かっていますのでね。

885 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 16:36:36
問い
王充の全く救いようの無い人生観を彼の性命論に言及しながらできるだけ詳しく説明せよ

886 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 20:14:30
>>883
確かにちょっと面白いね。
凡人の書き込みに内容はないのに、一時期はかなり煽りの威力を発揮したんだから。
たぶん凡人が1じゃなくて権藤が1だったからだと思うよ。
なんだこの命題は、くだらないなあって雰囲気のなか、
嫌味な感じでそれは違いますよって、さらにおかしな奴が登場したから、
お前も違う。って突っ込みをいれたい気分にさせられたんだろうね。
くだらないスレにしてはまともな人間が否定しだして、凡人のやり口を
分析したり、カルトの定石通りとか書かれたりして、否定する方の
レベルはこの種のスレにしては高かったからね。
さすがにもう飽きたみたいだけど、面白いスレだったよね。

887 :考える名無しさん:2007/01/19(金) 13:37:53
デリダを自己流に解釈したものをわざわざ載せただけじゃん。

888 :考える名無しさん:2007/01/20(土) 21:59:52
命題とか言う題名に何の価値もないよ。

889 :考える名無しさん:2007/01/21(日) 00:57:29
哲学をこういう場で語ることの意義について、
真剣に考えてくれる人はいないんだろうか。
無意味な部分も、有意義な部分もあるのだが・・・
とりあえず、明確な理由のない批判は避け、
理解できる、共感できる点があったら、
間違えの前にまずそこを指摘することでもっと健全化する気はする。

890 :考える名無しさん:2007/01/21(日) 13:18:48
無意味な議題は不健全の源、、、だよね。

891 :考える名無しさん:2007/01/21(日) 14:14:33
単純に興味が湧かない。
新しく考える材料にならなかった。

892 :考える名無しさん:2007/01/21(日) 16:13:29
凡人の参加が無ければこのスレは200台で止まってたよ。
892から凡人絡みのスレを全部、削除すれば分かるでしよ。

893 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2007/01/27(土) 21:14:04
まぁ文章の中に読み取れないっていうんでしょうね。
口語訳に慣れてしまった私らにはね。
14の命題は哲学における極めでもあり、哲学の限界でもあり、
本当のことを書いているために逆にそれをそのまま出されても無意味と捉えられるでしょう

挑戦の結果(このスレの目的)
まぁ頭のフックにかからなかった方が多かったので良いことです。

現状をもって私(このスレの>>1であり権藤有二郎である)の哲学板への挑戦は終わりです。

894 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 01:47:48
気がすんだら吊ってきてください

895 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 12:33:00
自分は正しい、聞く耳を持たぬ他人が悪いで逃げ出すようでは哲学は無理だな、
早く、聞く耳を持たぬ自分に気付くこと、ですね。


896 :考える名無しさん:2007/01/30(火) 22:22:56
今までさんざん言われてきたことを、さも自分で考えたことのように書き込んで
周囲を小馬鹿にして去っていく。
哲学がどうこういうレベルの人間ではないな。

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