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死は存在しない

1 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 22:56:15
死は存在しない

2 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 22:57:34
その心は?


3 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 23:00:01
(´・ω・`)

4 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 23:00:12
死は言葉としてしか存在しない

5 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/01/13(金) 23:07:53
末期癌の青年が言った。
「死ぬことは怖くない。忘れられることが怖い。」と。

6 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 23:15:50
「死を与える」

7 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 23:27:57
>>1
あなたの考えでは、存在するといえるものは何かあるの?

8 :Tar ◆SQIDAUQYpc :2006/01/13(金) 23:37:11
>>1さんは死んだ事がないんだね。

9 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 00:34:27
どうせ他のものに成り変るからね。
死んだはずの豚も、今じゃ俺の一部になってら

10 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 00:36:07
愛する生命が永遠に失われたときだけ存在するんでしょ。エリアスだっけ。

11 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 00:37:32
>>7


12 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 00:45:29
以下、すべて、勝手な思いこみに過ぎないが、
浅田氏は、かつて語った言葉・言説・見解にあまりに忠実・拘束されてなくはないだろうか?


13 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/01/14(土) 00:46:46
浅田はなんと?

14 :12:2006/01/14(土) 00:49:14
浅田スレへの誤爆だ罠

15 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 00:59:05
まぁ、哲学の教科書には必ずと言っていいほど書いてあるね。

1 我々は現在の時点で生きている以上、そこに死はありえない。
2 我々が死んでしまえば、もはや我々はこの世に存在しないのだから、存在しない我々にもはや死はあり得ない。

要するに、死を具体的に経験するのは、生と死の狭間の一瞬(刹那)に過ぎない。

16 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 04:11:06
死者は存在する。

17 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 08:32:46
「大丈夫、ずっと死んでる」

18 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/01/14(土) 12:21:16
>>15
ありがちですね。
しかし死は極限として存在するんです。数学で極限を使うようにですね、
実際に死んだことがなくても、たぶんそこに収束するだろうな〜という。

>>16
死を経験してない以上、死者が死んでいるかも本当は分からない訳ですね。
さかのぼって、他者が自動人形でないか分からないし。

とすれば、医学的な死の条件をもって死の定義とすると、操作的に受け入れるか、
生命はすでに身体にとりつく幽霊だと考えるか。「魂に対する態度」ですね。


19 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 01:15:54
死んでんじゃん。変な線ひたってほんとのアキレスは亀を追い抜く。

20 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 19:18:56
数学の極限と死を極限と考えるのってなんか違う気がする。
数学の極限って「ずっと在る」って感じだけど
死はひとつの「通過点」というか…
自分自身の死は生きている以上認識できないけど他人の死は少なくとも感じることはできる
それが死と呼んで正しいものなのかはわからないかもしれないけど。

21 :TAKE ◆Aly8.nO9vQ :2006/02/01(水) 20:21:14
「死」という言葉があるとはどういうことだろう。

22 :通行人:2006/03/14(火) 05:34:30
存在するのは他人の死で自分の死は存在しない。

23 :考える名無しさん:2006/03/14(火) 21:41:53
骨折の経験のない人にとっては骨折は存在しないとでも?

24 :考える名無しさん:2006/03/15(水) 01:37:36
『死』は『存在』しない

と書くと意味が変わったような気がする

25 :通行人:2006/03/16(木) 05:47:12
23>骨折と死は同じだとでも?

26 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 09:50:18
結論

自分は死なない


27 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 11:17:05
死ぬということは別れるということ。
別れた向こう側を「死んだ」という。
向こう側から見れば、私が死んだのかもしれない。

28 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 13:12:17
向こう側から見れればね。
もしかしたら寝てる間は死んでるかもね。
医学的な観点を差し引いたらだけど。

29 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 13:34:46
関係が絶たれると死なら、
すれちがう人はほとんど死んでるって「表現」しなきゃ。
死は死、活動の永久停止じゃないかもしれないけど、
肉体の腐敗のスタート。

30 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 14:48:47
すれちがう人とは関係が絶たれてない。

また会うことはいつでもできる。

31 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 16:20:50
試しに死んでみたら?

32 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 16:27:10
死んだということがどうしてわかるのかということが、このスレの趣旨だと思うが。

33 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 17:49:48
生と死は本来同等、、生=喜び、死=哀しみというのは間違ってる
例えていうなら我々の存在してる空間は小学校で、、生=入学、死=卒業みたいなもんだな
死を畏れるのは、今いるステージ(小学校)が充実するように神によって仕組まれたものだから。
とにかく我々は生きてる期間(小学校)を真面目に取り組み(勉強)し、次のステージ(中学校)に備えなければならない。
怠ればそれが次のステージでも結果としてあらわれるだろう。

34 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 17:53:05
次のステージでも、また次のステージのことを考えるのか?

なんか空しくないか?

35 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 21:05:49
次のステージってのが理解できないや
どのように生きようとも生きていることには変わりないし、
死ぬことにも変わりない
生きていることを基準に価値を設定しているのでは
全ては無価値でしかないだろう
それより先の事については、何ら論じ得ない

死の先を考えるってのは、虚無主義的ではないかな

36 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 21:07:37
存在する死

37 :考える名無しさん:2006/03/17(金) 00:14:06
死は現象であって存在者ではないということか。
生の欠如が死であるということか。


38 :考える名無しさん:2006/03/17(金) 02:07:02
死という観念は他人の死を経験するか、あるいは教育によって獲得するものだから、
自分の体にも果たして死という現象が起こるのかどうか、わからない。

他者の死を観察することによって分かることは、
何も喋らなくなる
体が動かなくなって、冷たくなる
しだいに腐って原型を留めなくなる

ぐらいなもんだが、
そんな死という観念を自分に適用したとき、
意識の存続ということに関心が集中してしまう
体がなくなくなっても意識は存続していて、何らかを知覚したり想起したりする、
という状況は容易に想像できるが、意識がないということがどういうことなのかは分からない

39 :考える名無しさん:2006/03/17(金) 07:17:12
死んでもまた目が覚める気がする。

40 :考える名無しさん:2006/03/17(金) 15:11:54
ES細胞

41 : ◆utqnf46htc :2006/03/17(金) 17:20:23
あるから

42 : ◆EXL0e3BPfs :2006/03/17(金) 17:21:08
ない

43 : ◆Ug5dwfppA. :2006/03/17(金) 17:21:45
なんで

44 :1:2006/03/17(金) 17:26:13
 俺は悟った
「死ぬことは怖くない、ただ生きてても忘れられることが怖い」

45 :考える名無しさん:2006/03/17(金) 17:26:15
>死という観念は他人の死を経験するか、あるいは教育によって獲得するもの

<死>の観念は、人間がみな、出生するときに獲得するものではないだろうか。
苦痛に満ちた心身の極限状態である誕生の体験によって、<死>の観念の原型が構成されるのだと思う。


46 :考える名無しさん:2006/03/17(金) 17:54:53
「人」は死ぬ。

「意識」は死なない。

47 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 06:06:04
>>45
誕生は苦痛に満ちた心身の極限状態なのか?どういうことなのかわからない。
だとしても、なぜそれが死の観念に結びつくの?

死という現状に触れさせない空間に放り込んで人間を育てれば、
死の観念は獲得できないのではないかと思うけど。

48 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 06:10:29
意識がなくならないとしても、

生きている間でさえ、体の一部を欠損したら目が見えなくなったり、
耳が聞こえなくなったりするのに、
体の全機能が停止したら一体どういうことになるんでしょうね
意識のなにが死なないんでしょうね

49 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 06:11:58
>>47の訂正
死という現状じゃなくて
死という現象

50 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 06:13:05
子どものころ、人間は死ぬときに、
「何とかレンジャー」の悪怪人みたいに、
爆発するもんだと思ってたよ。

「死は存在しない」とかいう言説が流布されると、
身勝手な輩が増えて嫌だな。

51 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 06:21:41
死は存在するか?
皆死ぬために産まれたんだろう?

焼かれて風になるも
埋められ土に還るも

君たちの養分や経験、知恵や夢、
全てがこの地球にとけ込むんだ

それが死だ
死は始まりだ

52 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 06:28:14
>>51
わざと言ってるんですか?
観念に踊らされてないですか?

夢が地球に溶け込むって、おい

53 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 06:31:56
>>62
君が言う夢とはなんですか?


54 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 06:38:03
夢の話を持ち出したのは君じゃないか

55 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 18:16:52
死は永遠じゃないんだね

56 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 18:49:59
人はいつ死ぬと思う? 銃で頭を打ち抜かれたとき?…違う! 毒キノコのスープを飲んだとき?…違う! …人に、忘れられたときさ…

57 :考える名無しさん:2006/03/18(土) 18:51:10
定義上無が存在する訳無いんだから死が存在する訳無いだろ

58 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 00:08:05
>>56
何だっけそれ。ドッ蚊で見たことあると思う

59 : ◆/XvJ1z5Egs :2006/03/19(日) 06:01:50
>>45
最近の子供の中には「人は死んでも生きかえる」と本気で思っている子が結構いるらしい。
ゲームの主人公たちが死んでも次のターンとかで復活するのを見て、現実でもそうなんだと思いこむようだ。
この例は少しモノが違うとは思うが、誰も教えていなくともこんな考えを持つこともあるのだから、
教育や環境によっては「死」の概念を全く持たない人間も育ち得るのではないか。

60 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 06:34:26
いるわけがない

61 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 07:15:32
いやあ いるかもよ

62 :偽善者どもへの言辞 ◆ybvG0fBJHc :2006/03/19(日) 12:26:00
>>51 FF7的?
>>58 ワンピース

死を意識の停止だとする。そうすると死んだものにとって死自体は意識し得ない。
我々が恐怖するのは「死の痛み」や「自分と言う存在の消滅」であって、「死」がそれらの無い物つまり
電気的に自己の意識状態を記録し自己のクローンにいれたり、苦痛の全くない死しか存在しなくなったとき
死は恐怖の対象ではなく通過点でしかなくなる。
または、その人にとって存在の消滅や痛みが生きるよりも恐怖でなくなったとき。
その日が早く来ないかなぁ、と思う今日この頃。

63 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 12:37:19
アホか、死というイベントは存在するじゃんよ
そのイベント後どうなるかの問題だ


64 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 12:40:27
イベントが無いと、死んでないなんて(ry

65 :偽善者どもへの言辞 ◆ybvG0fBJHc :2006/03/19(日) 12:43:59
>>63
あくまで「死を意識の停止」とするならばですが、他人の死は意識できる、自分の死は意識できない。
故に、無限の虚無を味わうような自分の死は実質上存在しない。
誰も自分の死というイベント後を見たことは無い。それは死なないと解らないが、死を意識の停止とせずに
天国への入り口とか、地獄への引越しとするならば死は存在こそするが、
それは只の「強制的引越し」に他ならないし(あくまで自分の意見ですが)大きな意味を持たない。

66 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 15:37:26
人間は自分が死んだかどうか確認できない
他の人間が死んでるから、自分もいつか死ぬんだろうな、と思ってるだけで
本当は違うのかもしれない
周りの人間の死から推測してるだけだ

67 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 15:43:40
AV女優の南波杏が島田荘司(ミステリ作家)の姪っ子にあたるという事

68 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 17:30:50
クローン技術と脳の移植により、死は無くなるのか?


69 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 17:44:03
主観的な死は死んだことある人が
「俺死んじゃったけどこうだったぜ」といわないと分からない。

70 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 21:02:07
>>62
電気的に意識をクローンに移し変えることが出来たとしても、
それは本当にかつての自己だったのか
同じように、眠る前の自分と起きた後の自分が、
本当に同一であるのか
そういう事を考えると不安になりませんか?

71 :偽善者どもへの言辞 ◆ybvG0fBJHc :2006/03/19(日) 22:06:08
>>70
私見ですが、私の意識は常に同一ではないと思うので特に不安になりません。私を作る要素は
記憶だと思うのですが、その記憶は常に更新されていますので常に同一ではなく変化しているといえます。
そうではなくて「同一」を意識の一貫性という意味で言っている場合は次のような感じです。
一貫性とは記憶の連鎖反応だと思うのでその一貫性をなくすと言うことはすなわち、
私が居たことが「未来の私」にわからなくなることだと考えられます。
おそらくあなたの例では、私の意識は、寝ているうちに痛みを感じず一瞬で消えてしまうのでしょう。
だとしたら、私は「自己の消滅」は恐怖ではなく安息だと感じていますし私にとっての死の恐怖は「痛み」のみなので
むしろ一貫性の消滅が起こってくれたほうがうれしいくらいです。
将来の理想は寝ているうちに殺されることですからw
そういう事もあって、私は今の幸せのみを考えて行動しています。が、今の幸せが将来への備えであることも
多分にしてあるので一応日常生活は普通に送れています。

72 :考える名無しさん:2006/03/20(月) 15:10:10
人は朝起きると、財布に24時間という新品のお札を無条件に手に入れる
そしていくら浪費しようと、また次の日の朝おきると、24時間というお札が財布に入っている
いくら無駄遣いしても何の罪にも問われないし、どんな人にも毎日平等に供給される素晴らしい財産である

73 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 01:14:44
時間は貨幣ではない。交換不可能だからだ。

74 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 06:26:15
時間は貨幣ではなく、盗まれない究極の財産だ

75 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 15:45:54
逆。時間の貨幣化が問題。

76 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 17:39:41
時は金なり
時間は貨幣化しない。絶対的存在。

77 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 18:41:40
生産物という形で外在化する。

78 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 19:22:26
時間は貨幣という例えはおかしいと思うけど。仮に貨幣として毎日与えられているのであれば支出を収入分より少なくし貯金することができるはずだ

79 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 20:44:05
毎日与えられるんだから貯金の必要はない

80 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 21:08:22
>>78
>仮に貨幣
と考えるとダメ。交換も貯蓄もできない。

81 :考える名無しさん:2006/04/07(金) 08:09:13
何故存在するかという問題や、そもそも存在の定義自体あやふやなものだけど、我々は存在すると仮定した時、死は無に帰するという考えは変だと思う。
意識もなくなる訳ではないと思う。
違う形でも存在し続けると考えるのが自然かな?
我々は神が作った完璧なプログラムの一部なのだから、全ては上手く出来てる筈だ。

82 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 08:29:36
到達しえないことと存在しないこととは違うっていつも言っているじゃないか!

83 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 09:01:06
予想や推論は確定ではありません。
実際に天国を見て、神様に聞くまで真実はわかりませんよ!
もっとも天国や地獄を見たところでそれを実質的な証言とするのなら
「唯物的である」となるのでしょうか。
哲学と思考の矛盾と繰り返しはそこにあるのかもしれませんね。

84 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 10:09:58
>>意識もなくなる訳ではないと思う。
>>違う形でも存在し続けると考えるのが自然かな?
>>我々は神が作った完璧なプログラムの一部なのだから、全ては上手く出来てる筈だ。

全く根拠無しw

>>哲学と思考の矛盾と繰り返しはそこにあるのかもしれませんね。

そこにはありません

85 :考える名無しさん:2006/04/12(水) 07:03:55
死の定義を聞きたい

86 :考える名無しさん:2006/04/12(水) 08:51:06
誰もが納得する絶対的な定義は存在しない。だから議論してるわけだ。

87 :考える名無しさん:2006/04/12(水) 14:16:28
死の定義=命の定義=物質の定義=原子の、、、、、、、、、、、、、、

88 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 22:12:53
死という具体的な定義はないため死は存在すると言えない。
だが万物は生々流転を繰り返しているから死が存在しないとも言えない。

89 :考える名無しさん:2006/07/25(火) 22:38:19
(~o~)人は皆、時空の旅人です。
過去から時を受け取り生が始まり、時を未来に受け渡す時、その役目を終え、
全てを産み育てた母なる地球に帰り、意識の無い永遠の安息と言う死を迎えます。




90 :考える名無しさん:2006/07/29(土) 21:51:56
死と言っても昔親しかった友人も
一切連絡を取らなければ自分にとって死んでいることと同じではないのか?

自分の意識を中心においた考えを持つと
普段持っている死の認識は変わるね


本ばかりで考えることばかりでなく、身近なところから考えることが出来ると思う

91 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 07:21:47
知覚出来ないものは存在しないとされる。
つまり死は存在しない?

92 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 20:40:34
当然漏れは死なない

93 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 01:15:42
円の中心はモノのようには存在しない。

94 :考える名無しさん:2006/09/02(土) 09:07:21
孫!

95 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 23:35:38
村上春樹の小説に
ちょっと言葉は違うかもしれないが
死は生の対極としてではなく、その一部として存在する
といった一説がある

こちらのほうが、より真な気がする
事故死するような人を除いて
普通は誰もが、少しずつ死んでいくのではなかろうか

最近俺もめっぽう目が悪くなた

96 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:44:44

死ねばわかる

97 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:03:42
死っていうのは言葉だもんな。とらえかたしだいだろ?

98 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:07:09
死んだら分らない。


99 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 17:05:57
シュレディンガーの猫

100 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 00:59:03
死ねばそれまでの生が永遠になる。

101 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 01:20:17
現代科学者の5割は死後の世界があると考えてるらしいがまじか?
複雑系の影響らしいが

エントロピーの法則が否定されたからってことだろうけど

102 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 21:20:59
死後の世界はないだろう。意識は人間の脳に発生した電気ネットワーク
みたいなものだし、脳がないと切れるだけ。
電気発生してから150年でここまできた。40万年後とかこのさきあるんだろうけど
どこまで技術が発達するのか。

これを考えると、今生きている人はまた生き返るという事を考えていても普通。

103 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 21:24:23
であるから、科学者に、遺体をれいとうして きちんと保存しておくと
未来で生き返る可能性はあるかときけば

結構な人間がYESと答える可能性がなくはない。

死後の世界というより、未来の世界と言うことですね。
今現在の科学力だと死でも未来だと仮死状態とみられることだってありえるわけですし。

104 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 21:25:48
たとえば、今の科学力だと氷の湖におちて、心配停止しても
2時間後いき返すことができる。 この間は死んだとはいわない。
だけど、古代だといき返しようがないので、死と呼ぶ。

であるから遺体を冷凍した状態が、現在の死でも未来では
仮死となる可能性は十分にありえる。

105 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 22:25:43
>>11
生はなぜ存在しているといえるの?

106 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 09:34:59
「死は存在しない」は存在している

107 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 09:22:51
人は死が何かを誰も知らない
なのに人は死ぬと人は言う
人は自分でも知らないことを、まるで知ってるかのように言う

人が人は死ぬと言う時、人は自分が何を言ってるのか、本当は知らない
そして、人はそれを知らぬまま、生きて、そして、死んでいく

と、いうことに人生というものはなってるみたいですね
一応、今のところは・・・

108 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 09:34:38
時間は夢を裏切らない
夢も時間を裏切ってはならない

109 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 15:08:42
>>108
ハゲワロ

110 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 15:19:48
自分の死は自分では確認出来ないような気はするな。確認する部分も死ぬから。
もし確認できないならば自分の死についてはないのと同じだ。

111 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 08:25:37
肉体は死ぬが、精神は死なない
肉体の死は見えるが、精神の死は見えない
いや、そもそも精神は見えない
故に、精神の死は見えない、と同時に精神の生も見えない

精神は生きもせず死にもしない
精神はただ存在する 

肉体は生きて、そして死ぬ
精神は存在するところにただ存在する


112 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 16:33:53
>>107
そういうことを言い始めるのなら、私達は死だけでなく、自分自身について何も知らないことになる。
私達人間に自由意識というものが存在するのかさえ決定的な答えはでていないし、
たとえ脳の伝達物質が意識を作り出しているとしても
私達は脳のはたらきについてほんの少ししか解明できていない。
精神病患者に処方される薬は、脳内で不足した伝達物質を補うものだけど
その物質がなんで病状に効くのかだって科学的に説明はできてない。
治験の集計から結果論的に効果があると判断してるだけで。

113 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 17:32:42
人はやがて来る死を恐れながら生きているが、
死の何たるかを知らない人は
自分が何を恐れてるのかを知ってはいない

人は死に向かって生きているが、
自分がどこへ向かって生きているのか知ってはいない


114 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 19:54:26
       千の風になって

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています

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