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【マルチチュード】ネグリ+ハート【<帝国>】

1 :考える名無しさん:2005/11/14(月) 11:41:27
『マルチチュード』出版記念!てことで立ててみますた。

■ 前スレ(dat落ち)
【ネグリ】<帝国>【ハート】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1043339245/

■ 社会学板
ネグリ・ハートの『帝国』について語る!
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1041880667/

2 :考える名無しさん:2005/11/14(月) 11:44:00
NHKブックス No.1041-2
マルチチュード (上)(下) <帝国>時代の戦争と民主主義

■著者
アントニオ.ネグリ 著 マイケル.ハート 著
幾島幸子 訳 水嶋一憲 監修 市田良彦 監修
■発売年月日  2005年10月29日
■定価 1,323円 (本体1,260円)
■ISBN 上: 4-14-091041-0 下: 4-14-091042-9

http://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&webCode=00910412005
http://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&webCode=00910422005



全世界が注目する〈帝国〉論の新たな展開、
ついに邦訳登場!

グローバル資本と結びついた、国家の枠を超える支配形態がまさに登場しつつある。
人間のあらゆる営みが市場に回収されるこの〈帝国〉時代には、貧富の拡大や紛争
の頻発などさまざまな困難が生じる。〈帝国〉に抗し、グローバル民主主義を推進
する主体「マルチチュード」の可能性を、世界情勢をふまえ平易に説く待望の書。

3 :考える名無しさん:2005/11/14(月) 11:45:39
現代思想 2005年11月号
定価1300円(本体1238円)
ISBN4-7917-1142-4

特集=マルチチュード
インタヴュー
マルチチュードとは何か マイケル・ハートとアントニオ・ネグリへの質問 M・ハート A・ネグリ 清水知子訳
マルチチュードとは誰か 『マルチチュード』の立場/非物質的労働/主権のありか/マルチチュードとは誰か/
オリベラリズムをめぐって/戦争と抵抗 市田良彦 小倉利丸

『マルチチュード』をめぐって
マルチチュードの未来 『マルチチュード』仏訳版刊行に寄せて P・マシュレ 桑田光平訳
マシュレへの応答 A・ネグリ 桑田光平訳
愛が〈共〉であらんことを マルチチュードのプロジェクトのために 水嶋一憲
非─全体Pastout 社会的リンクにおける〈対象a〉 S・ジジェク 長原豊訳

マルチチュードの闘争
現実主義的革命家とマルチチュード、そして闘争の最小回路 広瀬純
犬が野良犬になるについての労働の、あるいは戦争の役割 入江公康
ある晴れた朝、不可能な階級は…… 長原豊

民主主義と戦争
暴力批判試論 R・ルクセンブルクとW・ベンヤミン 市野川容孝
移動と再生産と戦争機械 平滑空間で愛を叫ぶ 矢部史郎

様々なマルチチュード
台湾─逆光的烏托邦 桜井大造
剥き出しの突飛な日常 石垣カフェとは何だったのか 篠原雅武
数々の脱出をつなぎあわせて女性ホームレスたちとの出会いから 丸山里美
グローバルな抵抗の時代におけるタイの社会運動 J・ウンパゴーン 石川耕三  長原豊訳

4 :考える名無しさん:2005/11/14(月) 13:05:03
有象無象

5 :考える名無しさん:2005/11/14(月) 14:50:06
いつまで<帝国>なんてフカシ信じてるんだよ

6 :考える名無しさん:2005/11/14(月) 15:00:03
誰か詳しく論じてよ。

7 :考える名無しさん:2005/11/15(火) 11:11:44
過去スレ追加

ネグリの『帝国』
http://makimo.to/2ch/academy_sociology/1037/1037877037.html


8 :考える名無しさん:2005/11/15(火) 20:13:51
誰か論じろよ!!!!!!!11111

9 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 00:21:48
>>8
自演乙>>1

10 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 00:35:36
『帝国』を100字で要約してください。
そしたら僕も論ずるよ。

11 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 00:49:56
>>10 ほい!
グローバル化による国民国家の衰退と、生政治的な社会的現実の中から立ち現われてきた世界秩序=「帝国」とは何か グローバル化を包括的に再考し、それに対するオルタナティヴな実践の可能性を構想する。

12 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 04:11:53
とんでも批評家の仲俣暁生さんがマルチチュードについてとんでも発言です。

ttp://d.hatena.ne.jp/solar/

13 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 04:27:52
あは。面白く読めるからいい!
少し決めつけが過ぎたり共産はいってるけど・・・。
これ位なら可笑しくて爽快。読み口の偏りは誰しもあるし、自分の得意分野にもってきがち。
ブログには正しさよりも面白さを求めるかも

14 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 11:47:42
>>12
>パリ郊外で暴動を起こしたアフリカ系移民たちは、いかなる意味でも
>マルチチュードではないだろう。日本のフリーターたちも、マルチチュードでは
>ありえないだろう。「マルチチュード」という言葉を振りかざす
>寄る辺なきインテリたち、彼らにとっての「あり得べき自己イメージ」としてのみ、
>マルチチュードという言葉は存在するのだと思う。
>
>「マルチチュード」という言葉の流通圏、もっといえば彼らの本が「商品」として
>マーケティングの対象としているものこそ、まさにこうした(先進資本主義国の)
>社会階層なのだ。マイケル・ハートは実に有能な「グローバル出版商品」「思想商品」
>のプロデューサーだが、はたしてそれ以上の存在だろうか。どんな思想でもそれが
>「商品」でもある以上(そしてそれは「思想」でもあるがゆえになおさら)、輸入業者
>や代理人が最初にその利権を獲得する。それはまだいいとして、業界人の間だけで流通し、
>キャッチボールされることで話題が増幅され、消費されるような「思想」にどんな意味
>があるのか。

こういう批判はいかにも素人臭いけど、確かに議論しなければならないポイントだと思うな。
ということで、仲俣乙!


15 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/11/16(水) 12:04:15
なんだかんだいってもサヨでしょ

16 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 14:54:27
なぜマルチチュード批判がインテリ批判になってしまうのか不思議

17 :考える名無しさん:2005/11/17(木) 15:40:25
ネグリの本はハンチントンなんかと同じで分析書ではなく計画書だからね。
つまりこれから世界の支配層はこうするってこと。
ハンチントンの「文明の衝突」も「文明が衝突する」のではなく「文明を衝突させる」
というのが本当の意味。
フクヤマの「歴史の終わり」も「歴史を終わらせる」という意味です。

18 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/11/17(木) 15:42:32
な、むちゃな。
歴史は終わったのですよ。覚醒しなさい。

19 :過去スレ追加:2005/11/19(土) 01:01:10
アントニオ・トニ・ネグリ
http://makimo.to/2ch/academy_philo/1028/1028822708.html
http://mimizun.com:81/2chlog/philo/academy.2ch.net/philo/kako/1028/10288/1028822708.html


20 :考える名無しさん:2005/11/30(水) 22:14:15
今日、帰りの電車の中で隣に座った50代くらいのサラリーマンが『下流社会』を読んでいた。
ああ、ベストセラーになってんだなーと思う(私は30分の立ち読みですませたけど)。
そのとき私はニンテンドーDSで「スーパーマリオアドバンス4」をやっていたのだが、
対抗意識を誘発されてカバンからネグリ/ハート『マルチチュード(下)』を取り出して読み始めた。

「俺は今、あんたよりもずっとずっと高尚な本を読んでいるんだ。
統計学的に怪しい単なるマーケターの書き飛ばしなどよりも、
こっちのほうが世界認識・射程・深度においてずっと、ずっと大きいんだ。
わかるか。
もちろん『下流社会』にも見るべきところはある。たとえば宮台の結婚を批判したくだりとかな。

今のところ俺は所謂フリーターだ。
あらゆる側面において完全に下流だが、人間としての誇りを失ってはいない。
あんたはどうなんだ?
俺はこれをして、あれをして、あれをしなかった。こんなことはしなかったが、
べつなことはした。そして、その後は?…」

などと心の中で叫びながら。

21 :考える名無しさん:2005/11/30(水) 22:52:49
>>20

22 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 13:11:03
今朝の朝日に柄谷が書評を書いているわけだが。

23 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:33:01
↑ ttp://book.asahi.com/review/TKY200512130283.html

24 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 03:23:42
ブルードン的交換銀行に失敗したアナーキストが
アナーキスト風新左翼を
プルードンだとレッテルを貼って叩くの図

25 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 23:57:24
『マルチチュード』(NHK出版)を上・下巻読み終わった。

様々な分析は、大枠で当たっているのだろう、たぶん。

しかし、この寂寥感、空虚感はなんだ。

なぜ俺は、彼らに「乗れない」自分を、自らの中に発見してしまうのか。

「現状分析に基づいた行動指針」という左翼の枠組みが、とうに失効しているとは
彼らは思いもよらないのだろうか。

もしこの分析が「間違って」いたら? もし「間違った分析」に基づいた行動が、
後から「無意味」だとされてしまったら?

なかったことにして、一言で総括して、次の「現状分析」をはじめるような気がする。

この手の変わり身の早い左翼は、いつでも、どんな時代でもいるんだろう。

彼らの言うように、現在の資本のあり方が、マルチチュードによる絶対的民主主義の
必然的な条件を生み出し続けているなら、別に今のままでいいじゃないか、みたいに
も思ったよ。「資本主義から社会主義・共産主義への移行は歴史的必然である」なら、
わざわざ「加速」させる必要もないんじゃないかって、昔からある冗談のようなマジ
話を思い出した。

真摯なのに軽い。「肉」について語っているのに、肉感がない。本質的な批判をしてい
るようでいながら、むしろ相手の条件にただ乗りしているだけ、という感じ。

ハートだけの問題ではない。ネグリの思考の体質にも由来する何かが、そこにある。


26 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 00:50:54
「マルチチュード(多衆)」的反乱の一つであるともいえるイスラム原理主義者であった。

27 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 00:54:57
著者がいう「帝国」は、もともと経験的な概念ではなかった。それは国家というよりも、世界的な資本のネットワークそのものなのである。それに対抗するものとしての「マルチチュード」も経験的概念ではない。
それは、人民や労働者階級という現象において消されてしまうような何かなのである。
マルチチュードは多種多様なネットワークとしてあり、また絶対的に民主主義的である。それは近代の国家と資本制経済の下でもたえず存在するのだが、国家や資本によってつねに疎外される。
ゆえに、マルチチュードを自由奔放に発現させれば状況を変えられる、と著者は考える。

28 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 00:56:05
ネチズンvs国家主義者

29 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 11:57:39
>>25
もう読んでるかもしれないけど。
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20051216
『現代思想』連中も本気で持ち上げてるわけじゃなくて、
これくらいしか縋るものがないから使ってるって感じ
なんだろーな・・・

30 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 16:01:18
マルチチュード独裁どころか、畜群独裁の世の中であります。

31 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 16:36:14
いや。彼らは本気で持ち上げてるくらいのバカなんだよ
そのくらい読み込めよ

現代思想は終わってる。死んでるってこと

32 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 19:33:59
>>29
サンキュ。

でも、稲葉はもっと嫌いなんだ。いつも口先だけで、何様の気取りか、って。

こういう輩も昔からいたんだよ。

で、メディアはこういうおしゃべりが大好き。原稿くれるもん。

33 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 03:29:13
ネットワークを介した〈共〉の行為が世界を変えるって?

電源切られたらおしまいジャン(w

34 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 18:11:39
とりあえず経済学批判している所は読んでてあまりにもイタすぎるから
誰かちゃんと批判してやれよwwwwww

35 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 18:38:06
つーか、お前がやれよ。

36 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 16:36:02
そんなのできるならとっくに論壇デビューしてる

37 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 18:32:17
ネグリが「マトリックス」三部作を観ていたとは(w
っていうか、ハートって、アメリカの浅田彰みたい。

38 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 19:00:33
>>33
基本的に同意。
「ネットワークを介した〈共〉の行為が世界を変える」
ネットワークがすごく管理に向いているメディアだという自覚
あっていっているのかね?


39 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 19:06:55
>>37
自分が書いたことが、期せずして保守派に利用されたところも似ているね。

40 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 20:40:07
血の滲むような親の苦労のお陰で大きくなった子どもらが、

親からの仕送りも絶対に止めさせず、国家による保護など
すっかりエポケーして、

「だって世界を、〈創造〉しているのは、僕たちだもんね!!」
                          (生政治的生産)

「親も国家も、〈完全に〉僕たちの言うことを聞くまでもっともっと
改造しちゃうぞ!!」
                         (絶対的民主主義)

「世界中の子供たち、君たち、本当は世界で一番偉いのは
自分だって知らないの? みんな、一斉に立ち上がって
こう叫ぼうよ」

         《親も国家も糞喰らえ!!!》

              (「マルチチュードによる革命」の鼓吹)

みたいに調子こいて、往年の「スキゾ小僧」よろしく、
はしゃぎまわっている図。

41 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 21:26:50
<帝国>がアメリカマンセーの本だったとしたら、
マルチチュードはナショナリズムマンセーの本だろwwwwww

>今日、私たちはこの祖国/郷土愛の感情を現実的かつ具体的なものにするよう
>努め、それをあらゆる傭兵と、傭兵によって私物化された祖国/郷土愛の
>理念に対置させる道を探らなければならない。(p103)

>愛国/愛郷主義の本当の伝統を再生する方法を見出さなければならない。(p104)

世界最高の反動思想家ネグリ=ハートwwwwwwwwwww

42 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 08:30:36
武力としての暴力は、「民主主義的に使われるなら」容認されるんだと。
「防衛的」暴力なら許されると。(下巻・238頁以降)

しかし、民主主義的か防衛的かを誰が判断するのか……

歴史は、暴力が容易に、民主的が専制的に、防衛的が攻撃的に
反転する事態を示しているのは周知の通り。

反抗に武力としての暴力が伴うことがあることは否定しないが、
もう少し洗練された基準の設定はできないのか。

43 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 13:48:49
世界に住むすべての人々にとって、今も昔も、未来においても、
覚えておいたほうが良い忠告が一つある。これは常に真実で、
間違いがない。




        アメリカ人の煽りには、気をつけろ




ネグリ、お前もだ。

44 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 14:14:55
神の王国があって、かつてそれは寡民小国の理想郷だった。
あるときより地上には帝国が現れて、専制を敷いた。
それはローマであり、オスマンであり、フビライの元、ナポレオン、ナチス、
そしてソ連でありアメリカである。

地上の帝国を倒し、神の王国を取り戻せ、これはユダヤ−キリスト教文化圏に属する人々の
絶え間なき願望であり理想であり、そして夢なのである。

45 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 15:38:02
ここは新進気鋭のカノレスタ政治学者、根栗氏のオフィス。根栗氏は横綱宮廷を優秀な成績で修了し、
死導狂喚の「世話」により植民地DQS私大に奉職している。かつてバカボンのパパも卒業したという有名なDQS大だ。
根栗氏のオフィスには今日も出版社の編集者が来ていて打ち合わせ中だ。かつてバブル華やかりし頃、大学の広告研究会に所属
していたという典型的なギョーカイワナビーだ。
根栗氏の著書『低酷』は、グローバリゼーションの進展により、第三世界が低い生活水準の過酷な状況に置かれていることを
告発した問題の書であり、世界中のDQS正義漢の心を鷲づかみにした。
「先生、めちゃくちゃ売れてますよ! 今のうちに関連書やイベントをどんどん打って、もっと盛り上げていきましょうよ!
 ファッション誌やアイドルグループとのタイアップも考えなきゃな!」
編集者は興奮気味だ。無理もない、根栗氏のわかりやすい切り口は世界中の世間と経済学を知らないアホ院生にバカ受けし
思想書としては異例の大ヒットを記録しているからだ。もちろん編集方針も販売戦略を12分に考慮に入れた。
いまや出版社の株価は急上昇、社員たちに臨時ボーナス出たほどだという。学術書の出版社といえども企業である。これを放っておくわけがない。
根栗氏のもとには次々と講演依頼や新たな企画が持ち込まれる。さすがの彼も少々食傷気味だ。
編集者が帰ったあと、彼はほっとため息をついた。だが悪いことだけではない。彼のもとには莫大な印税が入ってきているのだ。
少し休息を取ることにしよう。久しぶりに家族とバカンスにでもいくか。カネもあることだし、今年のクリスマスはカリフォルニアのネズミーランド
にでもいってみよう。若く美しい妻と天使のように愛くるしい娘の喜ぶ笑顔を思い浮かべながら家路に着く根栗氏であった。

どうみても資本主義の走狗です。
本当にありがとうございました。


46 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 04:12:09
ネグリ&ハート?

彼らのすべての思想が「カトリシズム」による世界支配のための、地ならしですよ。
彼らは常にアメリカのプロテスタントを批判する一方で、中世的思考の伝統を称揚
する。

国民国家を解体し〈帝国〉による支配への移行をネグリとハートが促すのも、
普遍主義を掲げるカトリシズムの世界支配を貫徹するための道程に過ぎない。

愛が世界を一つにする、これがカトリックの信仰告白でなくて何であろうか。

47 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 04:26:42
イタリアがカトリシズムの本家本元、源流であることを忘れてはならない。
ネグリの聖フランチェスコへの傾倒、イタリア系移民の系譜にあるハート
の中世スコラ哲学への郷愁。

彼らは、「ユダヤ-キリスト教文化圏」の中で、カトリシズムの復興を
目論む、オーセンティックな保守原理主義者とみなせる。

マルチチュードにおいて、特異性と一性が一致するという彼らの思想も、
カトリック内部の唯名論の伝統の中では、ありふれた主張。

48 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 09:08:24
やっぱりポスモダ系の連中って信用ならないんだよな。
神秘世界への回帰を狙ったウルトラ反動保守という評価しかもてないよ。


49 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 10:36:46
>>47
なるほど、「探究」の柄谷や浅田が批判せざるを得ないわけだ。
じゃあトラクリが上手くいってるのかと言えば行ってないんだろうけど。

50 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 13:35:44
,反スタ理論を突き詰めるとそうなっちゃうんだな。
資本主義の抑圧性の根源を近代理性そのものに見いだすわけだから。
思想史的にはプラトンに原型が見いだされ、
それに対置されるのはキリスト教の自由意志論というお話。

51 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 14:13:30
要するに彼らの仕事は、西洋思想の二大潮流、ヘレニズムvs.ヘブライズムと
いう古典的分類にすっぽりはまってしまう。

ギリシア起源のヘレニズムは、多様で変転きわまりない事物や人間の底を貫
く〈秩序と調和の原理〉を、〈理性〉によってくもりなく見ようとした。これは、のち
に近代合理主義・啓蒙的理性へとつながり、支配のイデオロギーと化した場合、
今日の管理社会をもたらした「諸悪の根源」とみなしうる。ハートとネグリによ
れば、これが、〈帝国〉側の論理の基礎。こちらは、プラトンに最も典型的に現
れているように、現実ではなく理念や理想を追求してやまない立場でもあるの
で、従来のマルクス主義理論や目的論的な弁証法もこれに含まれ、これまた
批判の対象となる。

一方、ヘブライズムは、〈唯一絶対の神の立場から〉あらゆる事物や人間を見
ようとする。〈神〉は、なにものにも依存せず制約されない「自由な意思」だから、
人間は無限の献身と服従をもって、神的なものに預かる努力をするしかない
が、その分、地上の総ての権威は相対的なものとなる。そしてそれだけ現実
主義の立場を人にとらせる。しかし、地上世界も含めこの世界を作ったのは一
者である神であるので、一切は神の元に包摂されている。「互いに愛し合いな
さい」がこの立場の倫理的命令であり、人間相互の愛による融合と調和が目
指される。ハートとネグリの言う、マルチチュードが抵抗の主体であると同時に
愛の主体であり、融合し合う全体であるというのは、こちらの立場。

結局、彼らは、二千数百年も続けてきたヨーロッパ思想史内の主導権争いを、
現代風にアレンジしただけに過ぎない。

52 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 14:28:55
蛇足だが、岩波ジュニア新書の岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』は、
上記のようにヨーロッパ思想の構造分析をする際に最良の入門書。
「蒙が啓かれる」とはこのことかと思うような体験をするかも。

もっともこの二分法自体は、19世紀のイギリスの詩人・文明批評家
M. アーノルドが『教養と無秩序』において述べたものの焼き直し
にすぎないが、方便だと思って使えば便利な分類ではある。

困ったのはスピノザをどちらの側につけるかだ。

西洋思想史では、「合理主義」と「神の愛」という二つの要素を
徹底して追求した両義的かつ希代の思想家ゆえ。

ネグリとハートは、戦略的にスピノザを選び出して、自分たちが
単なるヘブライズムの唱道者ではないこと(=マルチチュードが
「合理性」も持っていること)を証明しようとしている。

53 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 15:45:02
解説ありがとう。
アーノルドの本は、ルカーチやオルテガなど新カント派的社会批評の
隠れ雛型になっていると思う。
スピノザは旧帝国でいう新プラトン主義かと。
哲学が自己否定して信仰に逝っちゃうまでの中間形態。
ハートはドゥルーズ本で流出論じゃないと予防線張ってるみたいだけど。

54 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 16:37:17
確かにマシュー・アーノルドの大衆批判なんかの部分は、彼らの隠れ雛形というのは、言
えているかもね。

ただ、スピノザを新プラトン主義のバリエーションと言い切ってしまってよいかどうか…
確かドゥルーズが『スピノザと表現の問題』で、スピノザ=流出論説を徹底的に論破して
いたよね、曖昧な記憶だが。(違っていたかもしれない)

55 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 20:05:26

              /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /
              /ということで         /
             /   Hardt&Negriは   /
             /  終了いたしました   /
            /              /
            /              /
           /  誠にありがとう     /
          /      ございました  /
          /                /
         /        byモナー   /
         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/
  ∧_∧  /                /∧_∧
 ( ´∀`) /                /(´∀` )
 (     つ               ⊂     )
 | | |                   | | |
 (__)_)                  (_(__)



56 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 23:10:08
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/news/20051228dde014040018000c.html

57 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 23:28:03
昔から気になってたのだが、「しかし、難民や移民などになって、自分のいる社会に居場所がないと感じたり、社会自体が危機に直面して既存の価値観が意味を持たなくなった時、誰もが役割や身分を拒否した存在、マルチチュードになる可能性を持つという。」
こういうときにいう「意味」ってなに? これがよくわからん。みんなはわかる?
人生の意味とか、自分がいまここにそんざいするという価値、とかそういうの?
こういうのってみんないっつも考えるようなことなの? 俺としては実感としてはよくわからない。
「意味」ってそもそも存在するの? まじでわからん。

58 :スレ違いだったらスマソ:2005/12/31(土) 23:38:52
   なぜ哲学者が意味論にかかわるのか

 「○○とは何か」という表現の「○○」のところに適当な語句を代入すると、問いができあがる。
そして代入する語句が大雑把であればあるほど、問いは深遠に見える。「意味」という語も十分に大雑把なので、
「意味とは何か」は立派な哲学的問題だった。
 ところが、1967年にドナルド・デイヴィドソンが論文『真理と意味』を発表するにおよんで、この問いへのかかわり方はまったく変ってしまった。
「意味とは何か」という曖昧な問いを漫然と問う代わりに、「自然言語の意味論はどのような形式のものであるべきか、そのような理論が満たすべき条件は何か」という、
ちょっとはマシな問いを考えることになったのである。

     戸田山和久「真理条件的意味論と検証条件的意味論」(野本和幸/山田友幸編『言語哲学を学ぶ人のために』世界思想社)

これは言語哲学上の話だけど、>>57と関係ある?

59 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 03:48:52
新聞のインタビューは、しゃべった趣旨が曲解されて記事になるのが
普通だからね。詮索してもしょうがない

60 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 04:27:59
んなら、>>56さんの立場は・・・

61 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 05:07:25
※日本でのマルチチュード出現の兆候は、「不幸なことだが、自殺者の増加かもしれません」という。
 「自殺は文字通り社会の中から消える行為であり、『自分がどこにも位置を占めていない』という強烈な自意識を感じます」

てことはやっぱり「人生の意味」だとか「存在の意義」だとか「くだらんこと」を必要以上に考えすぎる自意識過剰な人たちのための概念なんだね、マルチチュードって。

※世間にまん延する単なる悲観主義は、『人間はしょせんこんなものだから、この程度の現状でも認めよう』
 という安易な現状肯定に結びつきます。彼らは、その『この程度でいい』という話を、もうやめたいのだと思います」

まったく理解できない。悲観主義?一体何の話をしてるの?ああ、もしかして近代的自然科学による世界把握で人間性が阻害されるとかいうやつ?
それで「人間はしょせんこんなもんだから・・・」って「悲観」するの? しかもそこから「この程度の現状でも認めよう」ってなるの?
わからん。俺にはさっぱり理解できない世界だ。

そういえば、進化論では「人間存在の意味」が見出せないから、無理やり宗教と結びつけて創造論とかやってる人たちがいるよね。
あれってキリスト教原理主義者だったっけ?

まあ、マルチチュードってのが月を見ては涙を流す、芸術的というか、高踏的というか、そういった感受性の持ち主のためだけの概念だって
ことがわかってよかったよ。俺みたいな即物的な人間にはまったく関係の無い話みたいだ。



62 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 19:58:47
じゃ、ねぐりん祭り、続きやろうぜ。
個人的には、56で市田の言っていることは、さっぱりわからん。
マルチチュードと自殺がどうして関係あるんだ? 
俺がアホなのは十分自覚しているが、それは市田がアホでないということの証明にはならんだろ。

63 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 00:22:59
本質主義的な意味論にはまると人は自殺したくなるってことじゃない?

64 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 01:45:26
ネグリとハートが言っているのは、資本主義の運動が地球規模で全面化すると、我々のすべての活
動が、生政治的「生産」と化し、情動やコミュニケーションや情報の生産という非物質的な労働の
プロセスに巻き込まれるということ。それを逆手にとって、この社会を構成している人全員の自由
と平等という権利の回復を求める運動をしましょう、そういう「生産的」な活動を一緒にやろうぜ、
みたいなのがマルチチュードによる民主主義の方向だよね。

で、自殺者というのは、前者のプロセスにも、後者の権利回復運動にも「生産としての意味」を見
いだせないわけ。だから、自殺者の増加という現象は、市田が言うようにマルチチュードのしるし
でもなんでもなく、単に、資本主義の成熟が、そこから「死」という形で完全に降りてしまう人を
生み出し続けてしまうという、ネグリとハートの期待する民衆像とは全く違う、彼らの「想定外」
の出来事が進行している兆候ととらえることもできるよね。

たとえばネグリの関わったアウトノミア運動は、資本の命令に反しても、自分たちで何らかのもの
を「生産」しようという運動だったが、自殺は、対抗運動も含め、あらゆる「生産」からの撤退だ
もの。


65 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 02:48:59
64は期せずしてネグリ擁護の様相を呈してしまったわけだが。

66 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 08:11:19
擁護するつもりはないよ。何でも生産、生産って回収するネグリたちのやり方は、
別の意味の資本家みたいだなあって、おもただけ。

ハートは単なるエディターだから無視するとして、少なくともネグリは生産の
可能性を心底信じているもの。自殺しちゃう人たちは、ネグリもうざい、うざ
すぎるって思ってるんじゃないかって。

67 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 16:22:35
たとえばさ、心にしみる風景に感じるところあって、誰かが一句作ったとするじゃない。
これも、その句が作られるまでの世界に何事か+αする行為だし、一回しか訪れない時間と空間の断片を切り取
り、残す作業だよね。そういった意味では、言語による、広い意味での「生産」になると思う。

でも、ネグリの頭にあるのは、それによって資本が価値を創出できる「生産」でしかない。非物質的労働とか言
っていても、そこで言われているのは、価値の源泉としての労働、資本にとって回収すべき価値を含んだ労働だ
ろ。非物質的労働がコミュニケーションとか情動とか言語とかに関わるのは確かだが、そこに俳句は含まれてい
ない。マルチチュードが創造性を発揮することをいくら称揚していても、彼は、世界中の人が俳句を作るように
なったからといって、少しも喜ばないでしょ(笑)。

生産という概念は、もっとうーんと広いと思うんだ。なにげない日常の中にも、絶えずミクロな生産があって、
それは必ずしも資本による価値創出の源泉とはならない。恋人とキスをするとか、メールを送るとか、人に「お
はよう!」と声をかけるとかさ。そんなのものもすべて「生産的な行為」なんだと、俺は思う。

でもネグリは、マルクスもどっぷりつかっていた18世紀以降の労働観と生産概念から、全く自由じゃないよね。
つーことは、労働価値説にせよ何にせよ、資本主義の屋台骨を作ったイデオロギーから少しも解放されていない、
ってことだと、俺は思うよ。

彼は創造と生産という概念を縮減していると思う。

68 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 20:31:51
俳句も回収されて商品として売ってますが何か。
回収不能な領域など無いから管理社会になるんじゃないの

69 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 21:02:52
そりゃ商売のネタになる俳句もあるし、本として流通する俳句もあるわな。

俺が言ったのは、商品にされないような(あるいは、とても商品にならないような)俳句。たとえば定退後のお
っさんが、自宅のノートに書きためているような俳句なんかを思い浮かべてくれ。自費出版とかのつもりじゃな
くて、おっさんが死んでから遺族が泣いて読むような俳句ね。
キスもメールも商品化はされない。万一されたとしても、それは、「その日・その時」の一回性のキスやメール
の総体ではあり得ない。でも、その出来事は広い意味で「生産」だ。世界を前と違った状態に変えているからね。

「回収不能な領域など無いから管理社会になる」 という考え方──これらはネグリ・ハートが力説するし、多
くの社会思想で暗黙の前提にされているようだが──が、単純に「誤り」なんだと、俺は思うよ。これは、別の
面から見ると、生きることに対する脅迫に近い。アガンベンに対して行った批判が、そっくり己の身に降りかか
るとは、少しも思っていないらしい、ネグリ&ハート。

人生は、そんなにヤワでも貧弱でも単純でもないよ。管理だの搾取だのからこぼれ落ちる領域の方が遙かに大き
い。結局、特異性だのシンギュラリティの解放だの言いながら、常に生(せい)の現実への暴力的な抽象でしか
ないと思うよ、彼らの思想は。

もっとも思想が、現実に対する暴力的な抽象でなかった試しなど、ほとんど希にしかなかったりもするんだが。


70 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 21:28:09


 ねぐりん がんばって! >_<

71 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 00:10:56
ネグリは新左翼周辺理論の面と、ポスモダのコミュニケーション理論と、
ポスモダのイマージュ論的生産一元論と合わせもってるから、
どれか一つの側面を還元論的に叩いても上手くないんだな。
ネグリ自身、先進国で最後まで周辺革命論が有効だったイタリアで
最後まで外部性に固執してた当事者なんだしさ。

72 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 06:03:39
ネグリとトフラーって似ている。

第三の波からパワーシフトあたりにかけての情報革命論なんか、ほとんど、変わらん。

73 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 17:11:05
氣志團=マルチチュード

74 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 21:02:48
↑ぅまい。

75 :市田良彦:2006/01/12(木) 22:56:34
信じてもらえるかどうか分かりませんが、本人です。ここで私のインタビューが話題になっていると人から聞いて、
やってきました。みなさんの議論に本名で介入するつもりはありませんが、一言だけ。
自殺に言及したのは典拠があってのことです。アガンベンが一書を捧げ、ネグリたちも引いているメルヴィルの
『代書人バートルビー』(邦訳、国書出版会)です。ドゥルーズがメルヴィルの仏訳に序を書いている(これも邦訳があるはずです。邦題『批評と臨床』(?)に入ってます)のが彼らの関心のいわばタネ本でしょう。
それはともかく、アガンベン、ネグリ&ハートがバートルビーに「拒否の戦略」の一極限を見ているのは確かです。
個人的な動機がはっきり特定できる自死と、バートルビーのそれはもちろん区別しなければならないでしょうが、
私には「最終的には」そうした区別もあやふやか、と。
新聞のインタビューというのは、かなり長く喋ったものを短く編集せざるをえないものですから、どうしても
舌足らずの印象になってしまうと思います。ご容赦あれ。
しかし自殺を「うざい」と感じるとき、それは実は自殺そのものについではなく、ある種の死に方
について思えることがらではないのでしょうか?つまりは「生き方」のほうに「うざさ」の根はあるのでは?
それから、ネグリを批判することはある意味でとても簡単なことです。彼にはそんな「スキ」がたくさんある。
けれども、それに云わばつけこんで批判しても、批判してるほうが逆に「アホやなあ」と思えるようなものが
多々ありました。アガンベンについて私はある意味でほとんど「敵」であると思っていますが、ネグリについて
はそんな「スキ」も含め、よい意味で考えるヒントを多々与えてくれる、と感じています。
以上、お騒がせしました。

76 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 15:59:53
記念かきこ〜

一両日放置かよw

77 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 16:00:24
浮上

78 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 16:23:45
市田さん降臨記念age
>>76 専門家が実名で来ると、皆引いちゃうんだよねー。

個人的には、
>アガンベンについて私はある意味でほとんど「敵」であると思っています
の一文の真意が知りたいとおもひまつ

79 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 16:25:19
あー、俺も知りたい

80 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 16:45:51
「同調」ではなく、「対立」に飢えているのはなぜなんだろうな?
思えばここ数年,PCは「統合」企業は「合併」人々は「平等」と、
これでもか!って位に調和をトレースするように仕組まれていた・・・から?


81 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 20:36:55
>>78
市田がアガンベンを敵だとみなす意味もわからず、おまえらネグリ叩きかよ。
読解力低すぎか、単なる不勉強。書き込む前に読書でもしてな。

82 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 20:41:19
>>81
あんたには訊いてない

83 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 21:20:52
ネグリとアガンベンは共闘してたんじゃなかったっけ?

84 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 21:21:05
>>75:市田良彦さま 皆様   (ストローブ=ユイレが「歴史の授業」と云うタイトルで映画化した)
ベルトルト・ブレヒト『ユリウス・カエサル氏の商売』がずっと絶版になっているんですけど、
<帝国>絡みで再刊させる事は出来ないのでしょうか。塩婆(実は種本にしている)に帯を頼んで(猛藁

85 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/01/14(土) 22:18:45
>>10
国家の枠を超えて「帝国」が出現している。
だからこっちも「マルチチュード」で対抗する必要がある。
スキゾキッズは縦の逃走だったけど、これには横の連帯が必要なのだ。
しろうと的には、多重人格に対する多相人格。


86 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 22:36:48
うるせーばか 東解離の尻でも追っかけてな

87 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/01/14(土) 22:55:31
>>56
自殺はあくまでも「出現の兆候」であって、マルチチュードとは言っていませんね。
自分的に甘く言い換えると、「ひきこもり」は出現の兆候だけど、
VIPにおける「ニート」はもう少し近いとか、そんな感じでしょうか。

>>57
共同体に所属していて、そこでの言語ゲームで意味を持つ、位の意味では。


88 :QUO VADIS DOMINI?:2006/01/15(日) 00:33:53
>>46-54 そう云えば、件のポーランドの小説家が、若き日に
カリフォルニアで風光明媚な土地を見つけて其所にコミューンを作る事を考えたそうですが、
その土地は(その土地の名前は、そしてその土地は今)‥‥

89 :考える名無しさん:2006/01/15(日) 00:46:50
バカが涌いてきた

90 :& ◆leAf1aNbyo :2006/01/15(日) 23:06:33
市田です。アガンベンについて一言(どこかで喋ったことではありますが)。
アウシュビッツを近代的統治のパラダイムと見なすことが彼の「生政治」の理解
であるなら、それは端的に間違っている、あるいは少なくともフーコーからの
後退であると考えています。近代の政治の必然的帰結がアウシュビッツであった
と語ることは一見左翼的に聞こえて、その実、ユダヤ人は殺されるほかなかったと
述べているに等しい。あるいは、誰でもよかったが歴史的に偶然の機縁が彼らを
その犠牲者にした、と。前者は哲学的本質の名において虐殺を正当化することで
あるし、後者は「神に選ばれし民」という思想を正当化する。
いずれにしても、アウシュビッツ=近代的政治のパラダイム、という図式は我々の
日常の「根源」にひとつの暴力を据え、すべてをそこから説明する通俗心理学的な
トラウマの言説でしかないだろうと思ってます。政治哲学的には、これは近年の
リオタールにその典型が見られる、ポスト・ポストモダニズムとしてのユダヤ主義
すなわち、接近も表象も不可能な「絶対他者」に倫理の源泉をみる考え方、あるいは
倫理をそうした意味での他者への態度に還元する思想と同じく、政治そのものの
倫理化(という名の道徳化)にすぎない。この点では私は実のところ、ネグリよりも
ランシエールに多くを負っています(彼の最近の著作が早く翻訳されるといいですね)。
私がネグリ派的なところ(あるいはドゥルーズ的なところ?)は、アガンベンが
アウシュビッツに代表させる「内と外の見分けがつかなくなる例外的な場所」を
あくまで、肯定的なものと捉えたいところでしょうか。権力関係の内と外が入れ子状態
になるのがフーコー的な「主体」であって、さらにはドゥルーズがバートルビーに認めた
「無差異のゾーン」であろう、と。

91 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 00:07:14
age


ageなんて最近使わなくなったなー

92 :手塚 ◆kZ3T7x69ws :2006/01/16(月) 02:43:35
>>90
市田さん、モチツケ。

仰っていることの是非はおくとして、論が性急にすぎるでしょう。仰られ
ていること、またインタビューの主旨はよくわかるのですが、こうした不
特定多数相手の掲示板では、解釈が解釈を呼び合い、それにいちいち
応じていたら切りがない。いってみれば、東浩紀なんかがいう郵便空間
の様相を呈しているわけで(笑)、市田さんの発言も下手をすれば誤って
解釈されかねない。したがって、本来の作法どおりにまずは今回のイン
タビューについてきちんと補足ないし然るべき応答をなされた上で、発
言をしていただかないと、後々になってつまらぬ問題で悩まされないとも
かぎらない(笑)

で、例のインタビューに関していえば、とりたててたいしたことが述べられて
いるわけではない。とはいえ、やはりマルチチュ―ドに関していえば、それ
を安易に我が国のある種の若者の「空気感」のようなものに接続する身振
りは、安易といわざるをえない。というか、危険でさえあるわけで。そもそも
スピノザ→ドゥルーズの流れをただでさえ強引に解釈したネグりなのですか
ら、それを現代の日本に接続するにあたっては、用心をしてしすぎることは
ないと思いますよ。

あと、ドゥルーズをアウシュビッツの主題系に絡めるのもちょっと問題がある。
ドゥルーズのいう「肯定」というのは、この外部なき実体としての世界=自然
をアウシュビッツや通俗的な人間主義、物語など馬鹿げたものを含め、まる
ごと笑いながら肯定することにほかならないわけで、それをアウシュビッツと
いう限定されたものにのみ適用することはできないし、はっきり危険だと思い
ます。もちろんネグりにはそのようなある意味過酷な現実認識はないわけで、
彼を介してドゥルーズを政治の出汁にするのは、考えものでしょう。

93 :手塚 ◆kZ3T7x69ws :2006/01/16(月) 03:23:35
>>75
「しかし自殺を「うざい」と感じるとき、それは実は自殺そのものについではなく、ある種の死に方
について思えることがらではないのでしょうか?つまりは「生き方」のほうに「うざさ」の根はあるのでは?」

例えば、こうした言説を仰られる、仰りたい気分はわかりますが、それを
不特定多数の掲示板で書くという行為はやはり危険ですよ。いくら2ちゃ
んねるの過疎板であれ、いちおうネグりスレなわけです。最近浅田彰な
んかもはてなダイアリーに参加しているとか聞きますが、いずれ良い結
果にならないでしょう。然るべき体裁を整えた場所で発言なされるならと
もかくとして、このような場所でましてやこのように発言なさるのは不用意
に過ぎる。個々の選択された言葉、つまり「自殺」「うざい」「生き方」といっ
た言葉が、あまりにも無媒介にネグりのテクストに接続されてしまっている
わけで。ネグりなんか読まない私でも、少し驚きますよ。

また例の、フランス現代思想におけるデリダとドゥルーズの差異、つまり否
定と肯定の差異を、そのまま政治的実践に持ちこむのは、ほんとうにやめ
ていただきたい。たいていその場合ドゥルーズの理解が、イメージ・レベル
でとどまっていて(誰とはいいませんが)、まったく理論的な強度を落として
いる。それこそ単なる物語の領域にドゥルーズを再び囲いこんでいることに
にほかならないわけでしょう。

94 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 03:38:53
(手塚さんの書き込みの間にこんな書き込みを挟んだら大顰蹙でしょうが)市田良彦さま:(稲葉振一郎『「資本」論』でも論じられていましたが)
ホモ・サケルとしての義体(攻殻機動隊等のね)、薬物投与、洗脳(そうチェチェンの"花嫁"たちの様な!)と云った概念は問題化されるべきでしょう。
http://d.hatena.ne.jp/zozo_mix/20051029に幾つか紹介されている『GUNSLINGER GIRL』についての論考
(一つだけ挙げれば紙屋研究所のhttp://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/GUNSLINGER.html
を踏まえた上で、http://pay.nifty.com/pay/servlet/pr?i=BGCO000606の伊藤剛のGUNSLINGER GIRL論そしてこのガンスリ論を中核に据えた
(このGUNSLINGER GIRL論から遡って『テヅカ・イズ・デッド』というテキスト全体を見直せば!)
『テヅカ・イズ・デッド』と称するテキストが「ひらかれたマンガ表現論」として挙って持て囃されるhttp://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/japanimation.html状況は、おぞましいです。
ところで、Multitudeとは「(各々違った目的で)神的霊感に導かれて広場(forum)などに集る、様々な人々の群れ」という意味ですが
休日の秋葉原(年末にNHKがすぐれたルポhttp://www.nhk.or.jp/omoban/k/1227_2.htmlを放映しました)やかつての原宿のホコ天、
そして盆暮れの有明(ビッグサイト)でのアレは、マルチチュードとは云えないのでしょうか、
我々にはあれらこそがマルチチュードの顕現なのですが。

95 :手塚 ◆kZ3T7x69ws :2006/01/16(月) 03:58:50
はっきりいってしまえば、市田さんの現状認識は、しろうとさん(私と同じ東スレの固定住人ですが)
>>85>>87の認識とある意味では、同レベルなわけでしょう。彼は面白くて切れるのですが、ドゥルー
ズはまったく読めていないわけで(というと教養の押しつけと怒られてしまうのですが)、帝国もまっ
たく自分の脳内で解釈してしまっている。つまりひとつひとつの概念に対する知的な伝統というもの
が、ぷっつりと切れてしまっているのが現状なわけです。

したがって、そうした東浩紀的な現状においては、おいそれとこんなところでアジるのは非常に危険
な行為になりつつある。それこそ「自殺」という言葉が何の媒介もなしに「マルチチュ―ド」に短絡して
しまうというのっぴきならない状況なわけですよ。2ちゃんねるとはいえ、一枚岩ではなく、北田なんか
の生産するイメージを信じて行動しても仕方がない。

さらにいえば、失礼ですが、市田さんの書きこみは、多少誠意を欠いている。もちろんこうした場に不
慣れゆえのことなのでしょうが、それにしてもひとつひとつの文脈がとうとつに過ぎやしませんか。まず
は、インタビューの「自殺」「悲観主義」といった日常言語についてきちんと応答する。ネグリとの概念的
な差異を説明する。それが筋ってものでしょう。このスレを見れば分かるとおり、ここにはまともに、アウ
シュビッツをめぐるフランス現代思想業界の文脈を押さえているものは、ほとんどおりません。したがっ
てそれでもこの場で発言なさるなら、もう少し初歩的なことから説明しなければならない。もちろん最初
からこんなとこでおしゃべりしないに越したことはないわけです。(おしゃべりを嫌ったドゥルーズのように)

以上、市田さんが時間を置いて再び書きこみなさったので、ちょっとこれは不味いだろうとあせり、こんな
ぶしつけなことを書きこませていただきました。もし上の書きこみが本人でない場合は、私の書きこみは、
それこそ「便所の落書き」以上でも以下でもないわけです。誤解なきよう。

96 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 04:50:14
手塚って本当に理解してる?

>つまり「自殺」「うざい」「生き方」といった言葉が、あまりにも
>無媒介にネグりのテクストに接続されてしまっているわけで。

こういうのを見ると、読まずに批判しているだけって気がする。
これまでのログ読んでる? しかしそれにしてもこれはひどい。
市田氏があんまりだ。あと批判ならわかりやすい文章で頼む。
批評は丁寧に、批判はわかりやすくは基本だろ。


97 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 04:58:21
確かにカント手塚の理解は上っ面だな w


98 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 05:07:14
>>97
内容に及んでないから当然だろうね。上のだってわざわざここに載せるほどのものじゃない。

あと手塚の文っていきがった大学生クラスの文章にしか見えない。
文体とか敬語表現とかもうすこし気をつかった方がいいんじゃないか。
無駄が多いというか、とんがっているというか。
2ちゃんねるとはいえ、無礼なやつだなあとか思うよ。
まあいいけど。


99 :97:2006/01/16(月) 05:16:20
>>98
そうですね。
カント手塚氏にはネグリがユダヤ側に潰されかけた革命家だという理性が純粋に欠落していますね。


100 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 05:28:03
手塚の場カップ利を市田さんがどう料理するか拝見。

101 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 05:57:57
>>100
市田さんにしてみてもネグリ本人の心情理解が不足しているな。
つまり、ネグリの父がどうなったとか。
まあ、失礼な言い方ではあるが、日本人特有の島国感覚が市田さんにはある。




102 :ネグリ、終わりなき叛乱:2006/01/16(月) 10:14:12
毎日のインタビューは長いものを圧縮しているのだから、学術論文とは違うでしょう。
字面や例に挙げられたものだけを捉えて、解説を本人に求めるのってどうかと思うけど。
「誠意」や「島国根性」とか何が言いたいのかさっぱりわからない。

ま、それはそうとして以下の映画でも見てください。
英語以外のとこには字幕入ってます。

Antonio Negri - a revolt that never ends
http://www.frif.com/new2005/anto.html

The two directors of the film, Alexandra Weltz and Andreas Pichler,
explore the background of Antonio Negri.
They research for biographical, theoretical and historical points of decision makings
and portray an unusual life between philosophy and revolt.
In meetings with Negri and its political fellows and friends
the film shows continuities and breaks from the 60's to today.

以下からBitTorrentで落とせます。
http://www.v2v.cc/node/98

103 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 13:20:06
市田です。
手塚さんという方がどういう方なのか存じ上げませんが、それ以上に言われている
ことの大半がよく分からない。「モチツケ」とか、「東浩紀的」とか。
私が「不慣れ」というのは確かで、そもそも最初に申し上げたように匿名での
議論に本名で介入する気はなく、少し発言したのは多少捕捉しようかな、その
結果はいかに?といういわば「スケベ根性」のみであります。しかしスケベ根性って
いけませんか?私は素人であることをぜんぜん悪いと思ってないし、それどころか
「専門家」のほうがしばしばやっかいだと感じています。「専門家」の話って、何が
いいたいのかよく分からんこと多いですし。ドゥルーズが嫌ったのも、「おしゃべり」
一般ではなく、理解しがたいそうした者どおしの討論でしょう。そんなものの理解に
時間を費やすよりは本来の仕事をしろ、という。私の最も分からんのは、手塚さんが
何をもって「政治的実践」とされているのか(何か「分かって」おられる様子なのは
おぼろげに分かりますが、それ以上は分からん)、そして「理論的強度」ということで
あります。たぶん私は「フランス現代思想業界の文脈」とやらを知らなさすぎるので
ありましょう。知らなくて幸いだと思ってますが。そんな業界がどんなものかもよく
知らん。あるのかないのかも。それを分かるためにこそ、「島国感覚」が必要なんじゃない
ですかね。
解釈が解釈を呼ぶ、しばしば誤った方向に、というのは確かでしょうけれど、私にはそれを
コントロールしようという情熱も、逆に、論文以外はいっさい発言せんなどという倫理も
ありません。なるべく仕事に集中したいですけどね。
私のネグリ本人に対する「心情理解」については他人に心配してもらうことではない。
でもまあ、もう本名での発言はやめときますわ。充分満足しました。


104 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 13:41:02
あー、おわちゃった。
賢明な判断です。

105 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 14:13:54
たしかに

106 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 16:15:34
この手の与太に説得力感じちゃう人ってクルーグマンやスティグリッツの研究や提言を
どう思うのかな。

107 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 17:32:47
>>103

>>96>>98を書き込んだ者です。読んでみてもっともな意見だと思いました。
たしかなバランス感覚を持っていらっしゃると思います。おそらく再度
手塚氏から何らかの反論があるかとは思いますが、市田氏が妥当でないと
思われる限り、返答はしないというのがよいと思います。
ただ、レスをしている人以外にも市田氏に賛同している方もいるのだと言う
ことをご理解頂きたいと思います。いったん火が付いてしまいましたので、
書き込みを控えるのが賢明かと思いますが、また顔を覗かせて書き込んで頂
けるなら、それもまたうれしいことです。


108 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 17:39:54
>>107
太鼓持ち情けないよ

109 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/01/16(月) 21:01:10
>>90
>(…)ユダヤ人は殺されるほかなかったと述べているに等しい。
>あるいは、誰でもよかったが歴史的に偶然の機縁が彼らをその犠牲者にした、と。
>前者は哲学的本質の名において虐殺を正当化することであるし、
>後者は「神に選ばれし民」という思想を正当化する。

東浩紀は、誤配なき運命=アウシュビッツと
誤配される運命=ソルジェニーツィンの「収容所群島」を対置していて、
その記述はどうしても東のこの図式を連想してしまいます。


110 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 21:28:08
自分の巣に(・∀・)カエレ!

111 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 22:11:14
>>109しろうとにネグリはいらないな w


112 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 22:56:35
まさに信者だな・・・

113 :手塚 ◆kZ3T7x69ws :2006/01/16(月) 23:33:55
>>109
まあ東とか岡崎も執拗にそうしたリオタールなどの、例のアウシュビッツは計測不可能だ
とかいう言説、市田さんがいうような通俗心理学(?)のトラウマ、つまり一なる徴というク
リシェを批判していたわけだ。それはただの否定神学だと。出来事を反復不可能な記憶
として「お前たちは、これに対して罪を感じる義務がある、恥を知れ」と恐喝するのではな
く、むしろそうした息の詰まるような死を、その出来事の起こる寸前から条件法で未来を語
る、そのように位相をずらす。(固有名の絶対性(アウシュビッツ)から、出来事の確率性(
収容所群島)へ)まあ、これが東の解釈するかぎりでのデリダ、郵便的=誤配的思考だっ
たのだけど、まあそれはフーコーにも通じるところはもちろんある。


114 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 23:47:00
まあなんですかね。本物のマルチチュー度ってのは、
愛国ブログでイスラーミー叩くアメリカ人とか、
ネットを通した指導者の曖昧なアジに煽られた自爆アラビア人、
日本のオタクアニメに喜んでる韓国人、日本人のヨン様おばちゃん、
2chづけのひきこもり、こういう人たちでしょう。
ネットワーキングに対抗するローカリズムってのは、
えてして嫌にやるほど偏狭で、その場の吹き上がりだけがすべてだったりします。
ラッダイトはなにかの解決になったんでしょうか。


115 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 23:47:34
(・∀・)カエレ!

116 :手塚 ◆kZ3T7x69ws :2006/01/16(月) 23:48:41
フーコーの主体というのは、市田さんのいうような「権力関係の内と外が入れ子状態」と
簡単に整理してしまうとだいぶ抜け落ちるものがある。そもそもフーコーじしんが途中で
行き詰まったのも、そうした権力関係についての思考によってなのだから。で、ドゥルーズ
いうところの例の熱情と情熱の差異、つまりフーコー=熱情でいえば、フーコー的な主体
というのは、知や権力とは異なる、システムの第三の領域において見出される。いうまでも
ないけど、そこでの外の線は、いってみれば死の線、死と自殺の見分けがつかなくなるほ
ど加速された線。で、それだとあまりにも剥き出しで危険だから、それを技法にする。それ
が自己への配慮であるのはいうまでもない。ということは、「社会で自分の居場所がないか
ら自殺します」という場合の自殺とは、まったく異なった力のありようなわけだ。その点は、
>>61に突っ込まれてもいいわけはできない。自意識過剰どころかまったく余裕のない切羽
詰った剥き出しの、外的な力に絶えず凌駕される生の状態において選択される生き方こそ
が、(ドゥルーズが解釈するかぎりでの)自己への配慮であったはず。生にスタイルを与え
ること。十全な喜びへの試み。賭け。受動から能動へと。かっこいいフレーズになるのだけ
れどね。しかしんなことは、それこそ素人でも一冊二冊読めば分かること。大事なのは、ん
な威勢のよいスローガンではなく、ドゥルーズやスピノザの哲学そのものをじっくりと読んで
いき慌てずに思考=イマージュをつくりあげていくこと。ネグリの知的緊張を欠いた駄本な
ど読む必要がないのは、いうまでもない(笑)

117 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 23:56:24
言説による領土化戦争か? まあいいけどよ。

118 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 00:27:20
議論と述語がとても煩雑になっていてよく分からないのですが
G・オーウェルの『1984』の主人公のような
なんかコレ違うんじゃねーのっていう意識を持ってしまった人を
「マルチチュード」って言うんじゃないんですか?
えーと、それから体制に対して声高に異を唱える者たち
そして暴動を起す者たちだけを「マルチチュード」と呼ぶのではないんですよね?

本当に稚拙な問いかけで申し訳ないのですが
皆さんとしてはそこらへんはどうなんでしょう


119 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 00:40:11
>>116
手塚タン、内容もそうだけどレスの目的がボケてる・・かなw
「ナニだから、どうしろ」と言ってるの?全体にだけど・・

120 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 00:43:50
>>119
確かに、カント手塚は知的緊張を欠いているな w


121 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/01/17(火) 00:49:19
>>113
「原罪」は最も基本的な神経症の身振りですからねえ。
>>118
現代の権力は「ビッグブラザー」から非人称の「データベース」(東浩紀)へと。

…ジジェクの「いただきます」っていう話があって、かつての階級闘争と、
現代の民族問題とか環境問題とかジェンダーとかの多様な闘争は別で、
だけど横断的な連帯が必要で、だからカルスタ。だからマルチチュード。


122 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 00:51:34
カスの二重奏

123 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 00:55:20
>>121
しろうとはエチカを嫁 w


124 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 00:57:10
>>121
しろうとはこのスレでナニをしようとしてるの?
ある程度の結論があるのなら書いてみて?

125 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/01/17(火) 01:28:42
近代は原子論的世界観というか、個人が集まって国を作り、それが集まって世界になる。
対してポストモダンは全体論的世界観というか、先にグローバル資本主義という、
欲動の機械的流れが全体を満たして、個的なものは疎外された浮島になることで、
逆説的に分化され現前する。だから意識的なレベルでは確かに孤立(自殺)しています。

しかしADSLが電話線の使っていない帯域を利用して常時接続するように、
資本の流通経路を逆手に取って横断的な運動を起こすことが可能になる。
しかし現状はブロガーみたいなプチ・マル派がせいぜい。どうやったら、
マルチチュードの可能性を引き出せるか。という問題意識です。


126 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/01/17(火) 01:42:28
マルチチュードの可能性というのが「スマートモブズ」、「知民」ぐらいに
胡散臭いですね。
マルチチュードの創発性とは、そこに事前になんらかの意図、意志が
見いだせないことだと思います。
そしてジジェクのいうように、それはどこまでも資本主義的なのですね。

とりあえず流行りに乗っかるということで、レスしてみました・・・

127 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 02:01:49
東スレの三羽カラス(ぴか、手塚、しろうと)

128 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 03:11:51
で?      


129 :PLAYBOY ◆VGMdSbKWD6 :2006/01/17(火) 03:56:43
2ちゃんねるとファッショ

匿名で【色々な態度】で以て、意見交換したりチャチャ入れ合ったりできるのが匿名掲示板2ちゃんねるのよさである。
そこには記事投稿人の責任回避バイアスが働いている様だ。(むしろ仮りに責任の放棄、にこそ価値があるのかもしれない)

登場人物は以下の三様。
@一般ユーザーA掲示板管理ボランティアB管理人(ひろゆき)

ここで
国家は2ちゃんねる、政治は掲示板管理、人民は一般ユーザー、と読み替えてほしい。
………富の配分の読み替えについては後述。




130 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 06:06:30
>>129は手塚さんですか?


131 :PLAYBOY ◆VGMdSbKWD6 :2006/01/17(火) 06:24:54
ここは企業でも共同体でもなく
【個人】運営の掲示板です。投稿記事にいくら思想や感情が籠められようとも、記事を掲示している場所(アドレス)はネット上のここに在ります。

基本的に多くの目に晒される場所は公衆(公共)という前提があるが、………しかし個人の専有するネットスペースがあるらしい。

個人運営サイト掲載分の著作物の権利の在処は、投稿者か、サイト管理人か、サイト運営人か。

創作記事についての著作の権利は基本投稿者にありますが、ここはネット上です成りすましや二次転用など容易くできます。

成りすまされて二次転用を許可されると撤回できません。

投稿時に名前があり投稿人だと証明できうる記事と、匿名での投稿記事で、所属先は変わるのか。

また二次転用著作物の所属は。


………自分には難しすぎたので筆を置きます。了

132 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 07:42:58
動物大行進だな。こういうのも荒らしの一種ではある。

133 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 10:09:59
なにを荒らしとするかはその人の判断。

134 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 10:47:44
sageてるのも手塚としろうとだけだな

135 : アロハ! :2006/01/17(火) 13:11:12
>>125 個人が集まって国を作り、それが集まって世界になる

その前提おかしくない?
思うに「国を作ろうとする者達がいて 個人はそれに属させられた」・・じゃない?
大半を占める「属させられた人々」は誰も国を望んだわけじゃなかった。
ひょっとしたら今でも・・違う?

そして世界(という行政単位)は「まだ 出現していない」できていないが、
便宜上一つの世界であるかのごとく語られている・・だけなのでは?

136 :考える名無しさん:2006/01/17(火) 15:04:47
ドゥルーズ=ガタリ的にはそっちが近いんじゃないの。

137 :考える名無しさん:2006/01/20(金) 15:49:30
ネグリの生産とか労働概念も今一新しい物ではないという意見もあるが、日本のマ
ル経のしょうもない議論に比べると少しは新しいな。なんと言っても、未だに、生産
的労働vs不生産的労働など言う議論を行っていたりする。重商主義から古典派に
掛けてはそれなりに意味のある議論だったとは思うが、それから一世紀以上も経っ
ているわけだし。

138 :考える名無しさん:2006/01/20(金) 23:46:03
>生産的労働vs不生産的労働
どこでこのような議論をしてるんですか?教えてください。

139 :考える名無しさん:2006/01/21(土) 11:04:12
選書メチエ
帝国論 編者: 山下範久
内容紹介
新たな闘いが始まっている
「帝国化」する世界を読み解くための全7章

21世紀、グローバル化する世界。<帝国>は脱領土化し、「言説空間」に闘争の場を移す。ネグリ/ハート『帝国』の問題提起を受け、「言説的権力としての帝国」によるヘゲモニー闘争として世界を読む画期的論考。

目次第1章 <帝国>状況を/から透かしみる――取り締まられるアメリカ都市空間、「ホームランド・セキュリティ」、人種――村田勝幸
第2章 「規制帝国」としてのEU――ポスト国民帝国時代の帝国――鈴木一人
第3章 <帝国>はどこにあるのか?――モンゴル国の土地私有化政策に見る<帝国>の現れ――滝口良
第4章 カール・シュミットの「アメリカ帝国」論――重田園江
第5章 ソ連崩壊後のスラブ・ユーラシア世界とロシア帝国論の隆盛――松里公孝
第6章 国際関係研究における「帝国」と<帝国>――芝崎厚士
第7章 帝国化する世界システム――「長い20世紀」とその帰結――山下範久

140 :考える名無しさん:2006/01/21(土) 14:53:50
>>138
要するに、サービス労働は生産的か否かとか。


141 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 01:01:17
国家とは。マルチチュード的あるいはネグり敵には
国家とは、なんなのだ。
やはり、階級支配のための装置に他ならないのか?

142 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 09:48:34
>>140
正確に言うと労働価値説で「サービス労働は価値を生むか否か」という論点だよね。
もしそうだったら今の日本のマル経学者はおおよそ「価値を生む」という結論に達してる
と思うけど、反対してる人もいるのかな?

143 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 11:25:21
>>142
サービス労働はなぜ生産物がない労働なのに「価値を生む」とマル経学者は結論できるのでつか?

144 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/01/22(日) 11:47:15
貨幣が支払われることで、事後的に価値が生じているのでは。


145 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 12:01:18
>>144
マルクス経済学の労働価値説からの説明が知りたいのですが。

146 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 12:30:20
価値はそのものが持つ本質と違うからそれで良いんでは。
以前OFWがにたようなことをいってた。
マルクスその人とマルクス経済学はまた違うのかも知れないけど。

147 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 14:25:57
>>145
私も素人だけど、
価値を生むか生まないかは労働の結果が(資本主義の)商品という形態をとるか否かで決まるのでは?
電力を作る労働は価値を生むし、日曜大工で椅子を作るための労働は価値を生まない。
よって、メイド喫茶のメイドさんのサービス労働も価値を生む、と。

148 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 22:55:34
「価値」ってのは「価格」とは別の、マル経独特の評価体系のこと。
単なる集計因子、計算のルールに過ぎない。
だから、価値を生むか生まないかは定義の問題。
「サービス労働も価値を生む」と定義した方が現代の経済構造を分析する際に
矛盾が少ないだろう、だから価値を生むと定義しましょう、ということ。

149 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 22:00:23
>「価値」ってのは「価格」とは別の、マル経独特の評価体系のこと
そんな手前勝手な能書きを受け容れなくちゃならない理由はない。

150 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 00:33:04
>そんな手前勝手な能書きを受け容れなくちゃならない理由はない。
そりゃそうだな。
ひとつの学説に過ぎないから受け入れるかどうかはその人次第。

151 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 01:37:21
今日、職安帰りの電車の中で隣に座った50代のサラリーマンが『下流社会』を読んでいた。
ああ、ベストセラーになってんだなーと思う(私は30分の立ち読みですませたけど)。

そのとき私はニンテンドーDSで「スーパーマリオアドバンス4」をやっていたのだが、
対抗意識を誘発されてカバンからネグリ/ハート『マルチチュード(下)』を取り出して読み始めた。

「俺は今、あんたよりもずっとずっと高尚な本を読んでいるんだ。
統計学的に怪しい単なるマーケターの書き飛ばしなどよりも、
こっちのほうが世界認識・射程・深度においてずっと、ずっと大きいんだ。
わかるか。
もちろん『下流社会』にも見るべきところはある。たとえば宮台の結婚を批判したくだりとかな。

確かに今のところ俺は無職、所謂ニートだ。
あらゆる側面において完全に下流だが、人間としての誇りを失ってはいない。
あんたはどうなんだ?
俺はこれをして、あれをして、あれをしなかった。こんなことはしなかったが、
べつなことはした。そして、その後は?…」

などと心の中で叫びながら。


152 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 06:30:25
「今日では…地中海の北岸と南岸の間にも、日本列島の南と北の間にも…
不均等な発展と不等価交換が存在する」(上268ページ)

日本では南北格差って言わないよな。表日本と裏日本のことか?

153 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 07:24:54
>>152
本州と北海道四国九州沖縄の経済格差って問題になってるんじゃないの?

154 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 14:07:23
マイケル・ハートの署名発見。

http://wasedadetaiho.web.fc2.com/i/top.htm


155 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 14:21:25
一番格差が大きい沖縄でさえ、中国辺りとくらべたら「格差なし」の部類じゃね?

156 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 14:34:11
>>152
ヨーロッパ人の例に漏れず、朝鮮半島と
日本列島の区別がついていない予感。

157 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 14:51:32
東北の貧しさを知らないのか

158 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 22:01:59
>>152
この程度の認識で本を書いてるんだったら
他の部分も疑ってかかった方がよさそう

159 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 23:58:18
>>155
そういう「程度」にしてしまったら、アイヌや琉球問題も、まあ解消されたという
ことになってしまうわな。


160 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 00:40:51
北海道、東北、北陸と関東、東海、関西を比べてもやっぱり歴然とした差はあるだろうな。

161 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 09:28:27
>>160
ということをちゃんと分かって書いているのか?
それとも朝鮮半島と間違えたのか?

162 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 21:23:25
>>161
ネグリ・ハートが実際に間違えてるかどうかは、聞いてみないとわからないが、
>>155がいう「程度」で考えるなということじゃないのか。朝鮮半島のような
わかりやすい「程度」の南北問題じゃないものが、先進国とよばれるヨーロッパ
や日本の国内の中にもあるってことじゃないのかな。日本と中国、韓国と北朝鮮
とか、そういう「程度」の比較では、もうだめだってことでしょ。そういう対立では
捉えられない格差の問題とか「マルチチュード」と関係してくるんじゃないのかな。

「帝国」や「マルチチュード」でも、先進国の内部に、今は第三世界もが存在する
っていう、たんなる南北対立では図れない問題を持ってくると思うけど。そういうことで
日本に言及してるんだと思うけどね。


163 :06/2/1(Wed) 知人の通夜に参列して来ました。 :2006/02/03(金) 20:57:40
06/2/1(Wed) 知人の通夜に参列して来ました。
http://d.hatena.ne.jp/gonzap/20060201

164 :考える名無しさん:2006/02/12(日) 06:55:32
「南半球の大きな人口を抱える国々、たとえばブラジルやインド」(下169ページ)

西洋人の地理感覚は大丈夫かね

165 :考える名無しさん:2006/02/13(月) 09:36:05
これは誤訳じゃないの?

166 :考える名無しさん:2006/02/13(月) 15:25:58
large and populous nations from Southern Hemisphere, such as Brazil and India
(p. 292)

ところでamazonで売ってるマルチチュードに3種類あるんだが、
ハードカバー版の2種類で総ページ数が変わってるな。
http://www.amazon.com/gp/product/B0008102EK/104-5557017-4455166
http://www.amazon.com/gp/product/1594200246/104-5557017-4455166
http://www.amazon.com/gp/product/0143035592/104-5557017-4455166
漏れが持ってるのは総ページ数427のバージョンだけど。

167 :考える名無しさん:2006/02/13(月) 16:59:26
おそろしや。マルチチュードマニアの存在w

168 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 02:43:07
市田良彦「統治性、主体、政治―フーコー晩年のプロブレマティックをめぐって」
ttp://kyodo.zinbun.kyoto-u.ac.jp/〜lumieres/pukiwiki.php?%5B%5B%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%E0%5D%5D


169 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 18:06:36
>>164
ここを批判しても揚げ足とりにしかならないけど、ちょっとアホだね。

170 :考える名無しさん:2006/02/16(木) 17:20:46
お粗末ですね。
ネグリもハートも編集者も気付かなかったのかw


171 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 19:44:25
一事が万事。
他の個所も怪しいかも知れんぞ。
漏れ達が気付かないだけで、見る人が見れば呆れるような。

172 :考える名無しさん:2006/03/12(日) 16:02:11
>>122
>large and populous nations from Southern Hemisphere, such as Brazil and India
>(p. 292)

そもそもそれを言うなら、from Southern Hemisphereじゃなくてin the Southern Hemisphereだろ。
ネグリは地理ばかりでなく英語もできないんだあ。



173 :考える名無しさん:2006/03/12(日) 17:27:02
単に豊かな北と貧しい南といいだけちゃうんかと。「南北問題」における南北とは実際の地理的
区分からずれている場合もあろう。

174 :考える名無しさん:2006/03/13(月) 10:38:55
>>172
そんな助詞前置詞レベルの重箱をつつくようなこと言われたって。

175 :考える名無しさん:2006/03/13(月) 10:40:14
前置詞を嗤う者は前置詞に泣く。

176 :考える名無しさん:2006/03/13(月) 21:45:20
文法至上主義は受験英語だけで十分。
修辞学も文法だけできれば大丈夫というわけでもなし。

177 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 01:31:51
最近出た論座4月号
姜尚中×水島一憲×毛利嘉孝の鼎談
「マルチチュードが〈帝国〉を変える」
が意外にも(?)良かったのでage


178 :考える名無しさん:2006/03/16(木) 01:32:24
ageですage


179 :考える名無しさん:2006/03/24(金) 10:24:43
↓こちらもネグリん論らしい
「スピノザ共同性のポリティクス」
http://www.rakuhoku-pub.jp/

180 :考える名無しさん:2006/03/24(金) 15:07:33
http://www.aguni.com/hon/back/187.html
洛北出版

181 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 12:47:28
マイケル・ハート・インタヴュー:「自律性は反帝国主義よりも強力な武器だ。」
http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/jhto4.htm


182 :考える名無しさん:2006/04/20(木) 00:41:13
>177

部分的には市田良彦が毎日新聞のインタビューに答えてた話の
焼き直しという説も……。

183 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:43:55
で結局、ハートとネグリに未来はあるのか?

184 :考える名無しさん:2006/05/24(水) 22:19:48
<帝国>という本を数十ページほど読み進めている途中なのですが、
なんとなく、スピノザの「神即自然」という枠組みを持ってきて
<帝国>、それを構成するのはマルチチュードでもある、マルチチュードの
反抗は、ローカルなものであっても、垂直的に<帝国>の核心に
打撃を与える、マルチチュードの連帯、みたいな結末になっちゃうのでしょうか。。。
「マルチチュード」という概念をスピノザから持ってきてるようなのですが、
当のスピノザ自身にとっては、この概念はどういう意味を持っていたのでしょう?

世界は資本家階級とプロレタリアートの二大決戦になる、って宣言した
(すぐ撤回したけど)「共産党宣言」の頃のマルクスを反復している
わけじゃないんですよね
<帝国>という新たな主権概念の実体はマルチチュードにより構成されている、
となってるんだから、単純に<帝国>vsマルチチュードという図式では
なくて、やっぱり「神即自然」というスピノザのラインで読むべきなんですかね
どなたか無知な私にご教示を…ていうか全部読めって感じですね…
大部な書物だから予感した結論だと嫌だったもので

185 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 12:39:27
で、銀河帝国と白色彗星帝国と、どっちが強いの?

186 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 14:08:59
マルチチュード=ネットウヨク

187 :考える名無しさん:2006/06/11(日) 09:19:33
マルチ中毒=熱湯欲

188 :考える名無しさん:2006/06/20(火) 23:18:47
マルチ中途=2ちゃんねらー

189 :考える名無しさん:2006/06/21(水) 23:45:08
マルチ中途、すなわち、「何をやっても中途半端」

これが自分のことではないと言い切れる香具師がどれだけいるだろうか

世界は「マルチチュード」に満ち溢れている

ネグリん&♥はやはり正しい

190 :考える名無しさん:2006/06/27(火) 22:48:00
まるちちゅーと☆

191 :考える名無しさん:2006/07/08(土) 06:52:44
>>189
つーか、それをいうなら彼らがそうだろ
本みりゃわかる

あちこち話が飛んで、どれも中途半端

192 :考える名無しさん:2006/07/14(金) 00:11:36
〈f u n w a k a〉が、私たちのまさに目の前に、姿を現わしている。この数十年のあい
だに、植民地体制が打倒され、資本主義的な2ch市場に対するアクセス規制の
障壁がついに崩壊を迎えたすぐのちに、私たちが目の当たりにしてきたのは、
妄想的・独善的な一方的レスの、抗しがたく不可逆的な日常化の動きだった。
2chとそのスレの複雑化に伴い、一方的なレス、無答責の新たな論理
と構造、ひと言でいえば新たな匿名の形態が出現しているのだ。〈f u n w a k a〉とは、
これらグローバルな一方通行を有効に活用する宗教的主体のことであり、この2ch
を統治している匿名的変態のことである。

    〜中略〜

〈f u n w a k a〉への移行は現代的主権が終わりにさしかかったころ、その黄昏のなか
から姿を現わす。帝国主義とは対照的に、〈f u n w a k a〉は権力の領土上の中心を打
ち立てることもなければ、固定した境界や障壁にも依拠しない。〈f u n w a k a〉とは、
脱中心的で脱領土的な変態オヤジなのであり、これは、そのたえず拡大しつづけ
る開かれた境界の内部に、グローバルな領域全体を一方的に組み込んでいくの
である。〈f u n w a k a〉は、そのコピペの分散状況を調節しながら、異種混交的な
アイデンティティと無責任なコピペ爆撃、そしてまた自らの正しさを孤独に咆哮するの
だ。要するに、帝国主義的な世界地図の国別にきっちりと塗りわけられた色が、
一方的な〈f u n w a k a〉の虹色のなかに溶け込んでいったわけである。

私たちが直面している〈f u n w a k a〉は、コピペとそれによるスレの廃墟
化からなるけた外れの権力を揮うが、だからといって私たちは、この事実を盾
にとって、かつての支配形態へのノスタルジーに耽るべきでは毛頭ない。
〈f u n w a k a〉への移行とそのコピペの無責任化へのプロセスは、それに
対する規制をめざすさまざまな力に対して、いくつもの新たな可能性
を差し出してもいるのだ。むろん、グローバリゼーションは荒らしのみの事態のこ
とではないし、グローバリゼーションとして認知される多種多様なプロセスが、
統合されたり、一義的なものに収斂することもないだろう。


193 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 02:06:17
それは明確ではない

194 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 02:10:13
こんなもん哲学ちゃうわ。
社会学板へどうぞ。

195 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 01:14:57
社会哲学だろ

196 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 13:14:23
>>194
こんな思弁だけで社会調査もデータ解析もないのは社会学とちゃうわ。

197 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 00:58:46
経済学や法学等の社会科学の仲間なるには、研究手法が体系立っていない
感覚的でいい加減なものだし、
かといって小説や評論等の文芸の仲間になる程には人気が無く…

結局、今の哲学は「雑学」の中に含まれるんじゃないかのう。
…でも、雑学者じゃかっこわりいもんなぁ。

198 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 10:46:29
実際、社会学系の研究者の間じゃ理論的要素が乏しいということで評価は低いよなあ。
三浦展の「下流社会」とにたようなもんか

199 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 17:33:32
プロレタリアートとブルジョアの対立を言い換えただけだしなぁ…。
哲学は100年間進歩なし、か。

200 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 18:06:15
蟻だな

201 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 19:44:38
>>199
ネグリとかハートってグローバルエリートを革命の担い手とみなしているんじゃない?

202 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 20:05:07
>>201
あなたが正しいです

203 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 22:04:08
マルチチュードっていかにも底辺の人々というイメージだが、
やっぱ、グローバルエリートのことだったのか…
最低だな今時のマルクス主義者ってw

204 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 14:47:55
トーマス・フリードマンは『レクサスとオリーブの木』で、「電脳投資家」は国家に「黄金の拘束服」を着せると言って、グローバリズムを賛美している。

小泉は金融の規制緩和でキチキチの黄金の拘束服を着た。
しかしその代わり靖国参拝で右翼勢力のガス抜きを図った。
そして、タカ派の安倍晋三が総理になったとたん、村山談話と河野談話を踏襲し、イデオロギー面でも黄金の拘束服を着るはめになった。

グローバリズムを推進して国家に黄金の拘束服を着せ、国家をグローバリズムのしもべにするのは良いことなんだよ。


205 :考える名無しさん:2006/11/16(木) 00:58:51
【ネグリ】労働の拒否【ガタリ】
http://makimo.to/2ch/academy_philo/1031/1031577436.html
http://mimizun.com:81/2chlog/philo/academy.2ch.net/philo/kako/1031/10315/1031577436.html


206 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 19:10:24
マルチ厨度

207 :考える名無しさん:2006/12/30(土) 18:23:42
age

208 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 02:30:49
アントニオ・ネグリ - 自由の新たな空間について
http://mentai.2ch.net/philo/kako/999/999983952.html
http://makimo.to/2ch/mentai_philo/999/999983952.html



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