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 自我ってなによ? 

1 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 06:52:14
だれか教えれ♪

2 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 09:03:39
別名エゴといいますね。
これは自分が愛していると思っているもの、
好きだと思っているもの、
信じているもののことなどです。

3 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 09:13:56







   ♪ ど〜でもいいですよ








4 :2ゲト:2005/04/30(土) 09:30:38
>>1
精神面の人類最大の発明が神なら、
             発見のほうは「自我」かも

「隅っこで ジッと見ている できるやつ」ってあるじゃん
あれのことじゃね?

5 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 16:43:10
>>4
どの神話を見ても、神は人間に先立って存在している。
従って、人間が発明する、という表現は誤り。神は発見されるだけ。


6 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 20:38:12
自我というのは感覚によって生まれる推論の産物。
自分が自分のものであるとは証明できない。
自分を定義するものとは、常に自分以外のものであり、
自分の食べる物や自分の言語は自分のものではない。
自分の体でさえも自分以外の存在によって自分であると定義されるものであり、
自分とは呼べない物理法則によって構成されている。
全ての自分と言う感覚は借り物に過ぎない。

7 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 20:59:43
>>5
その神話を創ったのは人間だろよ。
そして神話という人間の創作物の中の神を
人間に先立たせたのもまた人間の仕業というほかあるまい。

神は人間の発明だという以外に説明つかないってことさ。

8 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 21:03:56
>>1
アムロ「人が人に罰を与えるなどと!」
シャア「私シャア・アズナブルが粛正しようというのだ!アムロ!」 ← コレ



9 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 21:18:39
自我は本来の自分はこうではないという
反省への気づきでしょう。
本能的な選択による行為の結果が自分の
思いとちがう何か変だと反省する。
それが自我でしょう。

10 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 21:20:26
自ゃ我ーなら、俺の愛車だが

11 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 21:25:42
それぞれのものがあるところが自我だ。
それを考えたり、感じたり、纏りを付けたりするのだ。

12 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 21:33:35
自我持参

13 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 22:17:36
>>6
まるで逆のこと考えるやつもいるんだなw
自分を定義する者こそが自我だろ。つ〜か、それが自我の最大の使命。

一方、他は他によって必要な定義がなされており、他独自で存在している。
たとえそうであっても、それをさらに定義しようとする自分があるにはあるが、
利用できる間だけ、自分のもののような錯覚は与えてくれるだけのことで
あって、他はあい変わらず他として存在し続ける以外にない。

そうした中で、唯一他の影響を受けず、存在し続けるのが自我。
だれにも自我は侵せない。

14 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 22:46:26
>>7
>人間に先立たせたのもまた人間の仕業というほかあるまい。
ここの立論が甘いな。
神の業を人間が認識したというのが真実である。
神のなせる業を人間が記述したのが神話なんだよ。
神話は真実を記した物語。
どだい、全能の神を小さな人間が認識しようと試みるのが無謀だ。
でも、可能性が零じゃないところに一縷の希望がある。




15 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 23:03:50
>>14
神話を「人間が記述したと」いうのであれば、
人間の記述には間違いもあればウソ・作り話もあるのだから
それを考慮すると、人間の記述した神話が間違いやウソ、
作り話である可能性を誰も否定できない。

それどころか、記述の元をなしたはずの「神の口述があった
証拠などどこにも無い」という事実を上記と考え合わせると
記述した者は間違いなくいたが神は存在していないと考え
たほうが自然であり合理的だ。

16 :考える名無しさん:2005/05/02(月) 15:39:54
よく中世の騎士道文学に騎士が竜を退治する話が出てくるだろ。
この竜が洞穴に隠して番をしているお姫様や財宝が自我の象徴なんだ。
そして竜は人を自我に結び付けるものの象徴。
人は皆心の中に退治すべき竜を持っているんだ。
それを手助けするのが精神分析医の仕事。

17 :考える名無しさん:2005/05/02(月) 16:17:42
竜って意識の奥に先入した固定観念のことかな?

18 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 22:16:07
固定観念かどうかは分からないな。
この辺りの関係は僕もよく掴めてない。
ただその竜にとってお姫様や財宝は役立つどころか
使い方すら分からないものだ。それが自我らしいよ。

19 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 12:33:49
自我をハケーンしまつた。

一切の言葉での思惟をやめてみよう。自我がかなり怪しくなりますよ。



20 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 15:30:49
自我ってなんなんだろね?

21 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/06/09(木) 20:15:59
>>19さん
入り口ですね。

22 :19:2005/06/09(木) 20:59:15
見つけるのは、入り口ばかりでつ。www


23 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 21:02:50
痔がとは苦である。

24 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 22:09:07
痔なら苦に決ってるだろw

25 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 22:31:20
痔が苦であることを決めるのは自己自身
しかし、痔が苦であることを自己自身が明確に認識しているのだろうか?

26 :考える名無しさん:2005/06/10(金) 00:23:12
脳は痔の痛みを感知し、その大きさに応じた集中力を発揮して、
痔が何であるかを理解しようとし、現状復帰のために取るべき
行動を選び出す。その一連の過程はほぼ自動的に記憶される。

そうやって第一回目の痔の痛みに関する認知が発生し、ふつう
なら「将来避けたい肉体的な苦の一種」として認識される。
すると認識が脳の意識の活動である点は疑い無さそう。

この認識こそが自己自身(自我?)であるという観点に立つなら、
自我はすなわち脳の機能の一部ということになるが、自我は
認識とは、また違うものという実感が強い。

自我は脳の意識や認識の背後に在って、冷静なるウォッチャー
をつとめてるって感じ…w

ま、脳が肉体的な苦痛に極めて弱い側面がある事を考えると
フィジカルな場面で自我の考察をするのは適当ではないかもw

肉体的苦痛というあまりの緊急性に、脳が気を盗られすぎて
いるため、そのノイズで自我の出番があまり無いって感じw

27 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 09:47:44
>>15
神話は二次創作

28 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 11:06:06
神は人間が創った

29 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 11:16:12
うみねこに聞け

30 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 11:26:44
うみねこも人間に創られた
凄いな人間!

31 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 11:28:02
痔が苦であるだろうと言う将来への予測、怯えの質感が
自我の一部として、自己自身(本質)にとっての認識対象として
客観的に存在しているだろうと予測できるのだが。
しかし、その質感(怯え)が客観以上の存在感をもって
自己自身(本質)に浸透している私(自己自身)を見つめると
自我とは自己自身(本質的主観)という構造に浸透する客観としての認識対象
又は、認識対象化した主観の一部ということと感じる。

32 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 11:31:47
狂気の法案を拉致問題の安部晋三先生と阻止しよう!!【■■2ちゃんねるが消滅します】

とんでもない言論弾圧法案=「人権擁護法」が国会に提出されようとしています!!!
この法案の真の狙いは、
@社会的には、2ちゃん/ブログをはじめとしたネット世界の一般人の小うるさい言論の圧殺であり、
A政治的には、拉致問題強硬派&在日参政権反対の自民右派の消滅です。
民族(朝鮮・中国・韓国)/ 同和 /信条(宗教・層化・赤化)他に関する一切の差別的発言を禁じるという狂気の法律です。

この法律の前例の無い恐ろしい特徴は、特定人に関する言動は当然、不特定多数の集団に関する一般的発言
(朝鮮人は〜〜と書くこと)までも圧殺しようとする点にあります。
◆違反者には、無令状捜索・差押、出頭要求、矯正教育が待っており、それを拒否すると、
さらに罰金30万&氏名・住所などの全国晒し上げを食らう(61条)という仰天内容です。

一刻も早く、防戦する安部先生達に、日本国民の怒涛の援護射撃をお願い致します!!!
※※以下5つともアドレス中に★をはさんであります、★を消去の上、どうか必ずご覧下さい!!※※ 
http://zinkenvip.fc2web.co★m/
http://blog.livedoor.jp/no_gest★apo/
http://blog.livedoor.jp/monste★r_00/
↑↑【凶悪法案の問題点&背景の全て】
http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goik★en.html
↑↑【首相官邸ご意見フォーム】イメージと違って、ここは非常に効果ありです!
全部読んでくれます、投稿テーマで返事が変わります!
http://meyasu.jimin.or.jp/cgi-bin/jimin/mey★asu-entry.cgi
↑↑【自民党目安箱】事態は急を告げています。文章は簡単でいいので、国民の「人権擁護法」への反対意思を、
とにかく 1 秒 も 早 く 党本部に伝えて下さい!
■□■人権擁護法ストップin日比谷公会堂 6/19(日)12:30〜16:00・無料・超大物国会議員登場・皆さん大挙してご参加を!■□■

33 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 11:46:47
>>31
「質感(怯え)が客観以上の存在感をもって
自己自身(本質)に浸透して来る事」はないだろ。

自我は怯えから遮断されて存在している。
外部からも脳からも何の影響も受けず
怯える脳(の意識)の観察者のごとく。

34 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 11:47:40
人権擁護法案漫画
http://f17.aaa.livedoor.jp/~mikami/comic/01.html

35 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 11:56:10
そうかな?脳は機械だから怯えることは無い

36 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 12:45:56
怯えは脳の意識活動の結果だろ

37 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 19:24:52
脳の奔放ぶりにはときどきギョッとさせられる ^^;

38 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 19:36:09
脳は発狂を是認する。
発狂は苦痛からの逃避が生む

39 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 19:45:02
脳は二元論的壁となって俺の中に立ちふさがっている。

40 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 20:19:41
>>33
俺の意識は自律神経をも動かすのですが?
鳥肌も立つし、胃も痛くなる、気持ちしだいでね。

41 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 22:50:43
好きな娘がいるんですが、狭隘な自我を乗り超えなければ告白できそうに
ありません。どうすれば自我を乗り越えられるのですか。教えてください。


42 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 22:57:57
告って振られたらカッコわるいとか思ってるんじゃない?
もしくは告ることじたいダサいと思ってるとか。

余計なことに気をとられず「好き」であることにまっすぐなってみたらどうか。
すなおな方が気持ちがうまく伝わることもある。

43 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:00:55
41の者ですが、それを哲学的に教えてください。

44 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:01:15
そのひとを「好き」だという自分をみつめる自分について深く考えすぎてしまう。
だから乗り越えられないんじゃないか。

解決になってなかったな・・

45 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:04:18
深く考えずにはいられないんです・・・・。それをどうすれがやめられる
んでしょう・・・・。

46 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:07:01
同時レスしてしまったw


現実に没頭している自分とその没入している自分をみつめるもうひとりの自分。
この対立を葛藤と捉えず、双方ともしぜんな自分とかんがえてみる。
そうしてみると移ろいやすい気持ちや考えをもった自分となってしまうが、
その移ろいやすさがそもそものすがたなのかもしれない。

「好き」であるために必要となる自分のなかの部分と必要でない自分の部分とを
使い分けれるようになれないだろうか。
想いのありったけの言葉にするのでなく、言葉を選び想いをそこに凝縮するように。

恋って葛藤だなww

47 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:07:53
経験だな

何度も転んで転んで転んで転んで転んで転んで
ようやく転ぶことがたいしたことではないと気付く

そのまま動かずにいたらずっとそのままだなw
車の免許を考えてみろ
ペーパードライバーで終わるつもりか?

48 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:12:07
つまり自分を相対化して思い悩まずに、素直に自分の思いを伝えろという
ことですね。それはよく分かるんです。言い忘れていたことがあるんです
が、彼女はものすごいお金持ちの家なんです。それを思うと、貧乏な自分
が彼女に告白して受け入れられても、彼女の親が恋愛を許してくれないんじゃないか
と不安になるんです。僕って馬鹿ですよね、彼女を奪って逃げればいいのに。

49 :42=44=46:2005/06/21(火) 23:15:45
>>45
またもレス読まずレスしてしまった。すまん。

>深く考えずにはいられないんです・・・・。それをどうすれがやめられるんでしょう・・・・。

考えることを止めることはできないとおもえる。
だが、できるだけ考えないという方向に自分をもっていくことは可能と思える。

>>42とはある意味で反対のことを述べるが、
好きな娘のまえではその娘を「好き」であること、「だけ」を
考えるようにしたらいい。
何がイイとかワルイとか考えず突き進んでみる。
率直過ぎることはときに他人や自分を傷つけるが、それもまたひとつの経験ではないか。
そこから学べることもある。

無責任のようだが経験談だ。

50 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:19:23
お返事ありがとうございます。でも僕が自分を客観視して見てしまうのは
先ほども書きましたが、彼女がお金持ち、僕が貧乏という、ジレンマから
なんです。おそらく。その現実がある限り狭隘な自我を乗り越えることが
出来そうにありません。こんなに人を好きになったことはないのに・・・ぐすん。

51 :42=44=46:2005/06/21(火) 23:26:21
>>48 >>50
どんな男女(ときに男男もしくは女女もあろうが)であっても、
「違い」がある。
むしろ違いがあってあたりまえではないか。

それが外面的なものであったとしても内面的なものであったとしても、
違いを乗り越えて、この「同じではない」二人が想いを交わすことができる。
それが恋とか愛とかいうもんじゃないだろうか
(ほんとうのことは知らんが)。

違いがあってそのうえで交際ができるという前提がもしも成り立つなら、
もともと「違う」ことはいっそのこと明白であった方がいい、とおもえる。
なぜなら障害がおおければその分、相手を気遣おうとする気持ちがつよくなるだろうから。


どうでもいいがワタシは10歳うえの女性に熱愛中だ。
まだ直接的なことは何も伝えていないが、好きであるために年の差はなんの「現実的な」障害ともなっていない。

52 :42=44=46:2005/06/21(火) 23:32:59
なんだかキルケゴール『反復』の観察者になったような気分だなww


ついでに言っておく。

失恋したっていいじゃないか。

反復、すなわち過去を未来へと向ってとりもどすことはおそらく可能なのだ。
否、かりに失意に落ち込んだとしてもなお立ち上がろうとする気力があるなら、
反復は可能だとみずから確かめてみたらよいではないか。


アア…イッタイナニヲオレハイッテイルンダ……
若い人ヲダシニジブンデジブンニナニカイイキカセヨウトシテイルダケデハナイカ…

53 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:39:06
彼女は中学校でアイドル的な存在なんです。僕以外にも狙っているのはいくらでも
いると思います。でも僕は学校でも目立たないタイプ。かっこいい男子もいっぱい
いるわけで、勝ち目があるとは思えません正直焦るのは、彼女が他の男子とそのなん
というか、セックスをしているのを想像するときです。たぶん彼女は経験はないと
思うんですが、このまま告白しなければ、そうなってしまう。焦れば焦るほど
告白できなくなってしまうんです。どうすればいいんでしょう。初恋なんです。
初恋って報われないっていうけれど、そんなの納得出来ません。助けてください。

54 :42=44=46:2005/06/22(水) 00:08:23
君(こう呼ぶことを許してください)と彼女とが一対一で相対したとき、
>>53の内容がいったいどのような意味をもつというのだろう。

>彼女は中学校でアイドル的な存在なんです
「アイドル」と捉えているのはほかでもない君自身ではないのか。
高嶺の花とかそんなことかんがえちゃいけない。
恋のうちに彼女へのつよい憧れがあったっていいじゃないか。
むしろその憧れが君にとって彼女に好意を抱く原因ではないのだろうか。

>でも僕は学校でも目立たないタイプ
だが「目立たない」と決めているのは彼女なのか。
ひょっとすれば彼女はそうは思っていないかもしれない。
あるいはまた君が「目立たない」ことは彼女にとってなにか不利益なのか。
ひょっとすればそれは君にとってなにか有利なことかもしれない。

>勝ち目があるとは思えません正直焦るのは、彼女が他の男子とそのなん
>というか、セックスをしているのを想像するときです
もしも君が自分にその経験がないことを恥じているなら、それは誤りと私はおもえる。
このことについては先ほどと同じく「余計なこと」にとらわれない方がいい。
そのときになれば解決されることだ。
必要であるなら必要となったときに「道程」であると率直に伝えればいい。
それとももしも、君が彼女の純潔を大事におもっているのだというなら、また話は別だ。
純潔であることが彼女を好きな原因なのか、それとも
彼女がもし純潔でなくなられば君と彼女との距離は遠くなるというのか。
これもやはり「余計」なとらわれだろう。
いま彼女がどうであるかはむろん大切ではあろうが、
もし君がうまく彼女との距離を狭めていくことができたなら、いま以上に
ほんとうに彼女を好きなのだと思える、そんな想いがかならず現れる。
でなければ関係を継続して深めていくことはできないだろう。

55 :42=44=46:2005/06/22(水) 00:15:25
>初恋なんです。
>初恋って報われないっていうけれど、そんなの納得出来ません
よし、いま君がほんとうに初恋をしているとしよう。
ならば初恋だからこそ恐れず立ち向かってみる価値がある。
初恋は一生もんだからね。迷わずぶちあたってみたらいい。
けれどももし、ほんとうにもし、君がこの恋にやぶれたとしよう。
だがそれでも君がひとを好きであろうとすることをやめない限り、また好きな女性が君に現れるだろう。
そしてまたひょっとすればいまの恋をうわまわるぐらいの恋として、
それが初恋と呼べるような、そんな経験が待っているのかもしれない。
(ただしこれは経験則ではなく、たんなる希望的観測だ)


長くなりすぎた。
それよりも説教はよくない。よくない癖だ。

長くなりすぎたついでだ・・・。あとは聞き流してほしい。

結局のところ、悩みの原因は弱気ではないのか。
それも自分自身を原因としての。

よく考えてみてほしい。
ほんとうは誰も「弱い」のではないか。「強い」と呼べる人はどこにいるのか。

そしてさらに。
「自己」とはまったくの独りであることではおそらく、ない。
他者との関係において、いわば輪郭づけられるようにして浮かびあがるようなものではないか。
誰かと比較して自分を「弱い」と決めつける必要はない。
逆説のようだが、
誰かとの関係を求めることで「強く」なれればいい。

56 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 00:27:04
・みんなが彼女をアイドルと思っているんです。
・みんなが僕を目立たない人間だと言っているんです。
・身勝手かもしれませんが、僕は処女しか愛せません。
・処女の彼女がほしいんです。
・彼女が一生処女でいるのなら、僕も一生童貞でいたいと思います。
・もしかすると、僕は彼女の身体など望んでいないのかもしれない。
・僕はただ処女の彼女を見ていたいだけかもしれない・・・・

57 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 00:28:42
嗚呼、書き過ぎだ。
如何せん自分で自分が嫌になる。
が、これもまたいっときの感情では、或る。

それとしても、この恥ずべき発言がweb上に半永久に残る。
ならば恥をしのんで、恥ずべき人生をまっとうするしかないのか・・。

いったい、いかにして自我のとらわれから開放されるのか。


どなたか、救い主が現れんことを切に祈る・・・。

58 :42=44=46:2005/06/22(水) 00:50:17
またレスがついた・・・。
ほぼ私の勝手な独白にたいして応答がある。これは素直にうれしい・・・。

が、私はいま私が述べていることに価値があるとは到底おもえない。
きわめて無責任状態である。
価値があるとすればそれは悩める私自身にたいしてのみ、であろう。

さて。
すれ違ってしまった>>56へ私の述べれるところのみ、を述べてみよう。(恥をしのびつつ・・)
それはただし、もし為しうるなら、
ほかの誰かではなく私自身に向ってなされる言説であるかのように。

>・みんなが彼女をアイドルと思っているんです。
>・みんなが僕を目立たない人間だと言っているんです。
先に、
>君(こう呼ぶことを許してください)と彼女とが一対一で相対したとき、
>>53の内容がいったいどのような意味をもつというのだろう。
と述べておいたことをもういちど反芻してみよう。
もし君(=私)以外の者いっさいが彼女をアイドルと認めていたとして、いったい
それがどんな意味を持つであろう。
優越感に浸れる?
自尊心を満たすことができる?
それははたして恋をするための必須事項であろうか。
私が彼女を好きであるのは、彼女がアイドルであるというそのためであるのだろうか。
また、もし私が「目立たない」人間であったとしても、これと同じことをかんがえてみよう。
すなわち、「目立たない」ということがそれだけで、私が恋ができなくなる条件なのだろうか。

では、私と彼女といがいに、ほかのいったい誰が恋というものの
条件をつくりあげてくれるというのだろう。
そのような条件がもしあったとして、それがなければ恋が成り立ちえないとしたなら、
この恋は事の始まりからしてほんとうの恋であったのだろうか。

59 :42=44=46:2005/06/22(水) 00:59:39
>・身勝手かもしれませんが、僕は処女しか愛せません。
>・処女の彼女がほしいんです。
>・彼女が一生処女でいるのなら、僕も一生童貞でいたいと思います。
よろしい。
もしこれが私の本望だとすれば以下のようにかんがえることとしよう。
すなわち、
かりに彼女が処女でなくなったなら、私は彼女を愛すること・もとめることをあきらめよう。
かりに彼女が私も含めて誰とも関係をもたず処女でありつづけるなら、
私は一生童貞でいることとしよう。
(ただし私は過去において非‐童貞となってしまっている。ここでは栓なきに非‐童貞を童貞として守りぬこう)
(またただし、彼女が処女であるか否かは最終のところ私に確認すべき手立てはない。
 であるからここでは、私にとって彼女が処女にみえるか否か、をその条件とすることとしよう)

なぜならば、上述は現実に反しないために為される唯一の選択であり、
私が夢想世界に陥り自己矛盾で張り裂けるのを唯一しりぞけてくれるみちであろう。

60 :42=44=46:2005/06/22(水) 01:12:37
さて、のこされた次の2点についてはくれぐれもよくかんがえてみなければならない。

>・もしかすると、僕は彼女の身体など望んでいないのかもしれない。
>・僕はただ処女の彼女を見ていたいだけかもしれない・・・・



61 :42=44=46:2005/06/22(水) 02:19:00

ひととおりの思考を廻らすのにじゅうぶんな時間が経過したであろうか。

気持ち、感情といったものは私自身のものでありながらときに私を欺く。
このことにじゅうぶん留意しつつ思考してみなければならない。
(だから、求めつつもまたどうじに求めない、という事態がじゅうぶんにありえるのだ)

いま、私が「私自身」の悩みとして抱えていること、これは容易に解答が
得られることでは、おそらく、ない。
だが何も為すことなくときを経る、ということがいったいに不可能とおもわれるいじょう、
なにがしかの「たしかなこと」をひとまずの応答として、私のこころに記してみることも
まったくの無為ではないであろう。
(それを、吐き出すという行為は私のエゴであるかもしれないが、いやエゴであるのだがそれとしても)

では、たしかなこととは何か。やはり経験として為されたものであるだろうか。
また、不‐たしかなこととは何か。いまだ経験として為されていないものであるだろうか。
為しえたところのもの、これはやはり何か切実なものである、とはひとまずかんがえうるのではないか。

他のなにも欲しないというようにして唯ひとりの女性だけを求める、ということがありえる(ありえた)。
だがまた反対に、自分が求めないにもかかわらず他者の行為によって傷といったものを負う
ということもじゅうぶんにありえる(ありえた)。

「恋」という行為によって人は(私は)、なにかを得ることも、また失うこともありうる、と
上述から帰結することは、はたして不自然であるだろうか。

62 :42=44=46:2005/06/22(水) 02:23:34
さてところで、ここで扱われているのは、「恋」であり「愛」であり「自己(自我)」であった。
私はこれらについて、これらの単体「のみ」でなにか「たしかなこと」をあらわしうるであろうか。

おそらく、否、である。
「恋」も「愛」も「自己(自我)」も、それ自身のみならずすくなくともここでの他の項ともまた、かかわりゆく。
「恋」か「愛」か「自己(自我)」か、いずれかだけをたしかなこととして述べることは、私には適当とおもえない。

なぜならば、
自己とはかかわりゆくものであり、そのかかわるものが自己であるが、この自己はまた、
それ自身すなわち自己(自我)のみならず、他の自己(他我)ともまたなにがしかの仕方で
かかわりつつ「ある」と、私にはそう、おもえる。
自己が自己へとかかわりゆく「関係」でありつつ、自己(自我)はまた他我へかかわりゆく「関係」である。
あるいは自我が他我へとかかわりゆく「関係」、この「関係」について自己はかかわりゆく「関係」である。
(ちがうだろうか。)

だとすれば、この「関係」するということのうちに「恋」と「愛」とがあるとみることはできよう。

では、
他とのかかわりゆく「関係」そのことを、ひとまず「恋」と「愛」とについてときを同じくしつつ
「関係」としてつきつめてみること、これはさて、いかなる領野まで可能なのであろうか。

63 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 03:59:37
>>53
>初恋って報われないっていうけれど、そんなの納得出来ません。助けてください。
確かに「初恋って報われない」ってのは論理としてあまり根拠ないよな。
でも「非イケメンは報われない」。これで納得できるだろ。
処女云々に関しては、俺はそこに何か考察すべき価値があると思うから、
「僕は処女しか愛せません!」って胸張っていいと思う。
世間一般にはわがままってことになってるが、俺はそうは思わんね。

64 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 19:16:31
ありがとうございます。
僕はおそらく処女しか愛せないんです。ということは自分が彼女とセックスをして
しまうと最早、彼女に魅力を感じなくなる。それでは一生むくわれる恋愛が
出来そうにないんです。どうすればいいですか?助けてください。

65 :42=44=46:2005/06/22(水) 21:14:38
>>64
レスどうもありがとう。
>>62までつづけてレスを行っていた者です。

昨晩、立てつづけのレスで述べ放題を述べてしまったことを振りかえってみて、
すくなからず自分自身で自分に辟易しております。

いま、>>64のあなたのレスを拝見し、改めてことの痛切さをじっかんしています。
誇張なしにいえば、あなたのきわめて率直とおもえる言葉のつらなりに、
人生というものの静ひつさを感じとっています。

既に述べたことなのですが、私がこのレスで試みている自己との格闘は、
あなた(>>41>>64)のためであるとともに、私自身へのためでもあります。

以後、いままでに述べられたこととこれから述べるべきことを慎重に検討して
みてから、あわてすぎることなく思考とその表明を試みたい、とかんがえています。

今晩中には再度レスするつもりですが、しばらくの時間をいただきたく、
ひとまずのレスをしておきます。

66 :42=44=46:2005/06/22(水) 21:16:57
>誇張なしにいえば、

は、「誇張をおそれずにいえば、」とするべきところでした。

言葉にたいしては慎重でなければなりませんね。

67 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 22:06:52
自分なりにがんばってみます。ありがとうございました。

68 :応答:2005/06/23(木) 00:15:51
よい回答です。心からそうおもえます。

私はあなたを煙りにまいてしまっただけかもしれません。
ですが後悔するよりも、ことの真偽はあなたにゆだねようとおもいます。

このスレッドであなたと私が出会ったこと。
この知り合うことがなにか価値を含んだものであったと、
そう私にはおもえています。
あなたの応答が私にとってプラスのことであったと。
たとえわずかであっても、たしかなことであったのだと。
だからありがとう。

それでは、健闘をお祈りしています。


69 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 01:04:41
わたしの自我は左ききだ

70 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 06:50:59
おすすめ新書

自我の哲学史
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<ぼく>と世界をつなぐ哲学
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71 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 12:09:06
主体(自我)は物質である
自我を考えると如何してもその二元論的虚構性にとらわれやすいが
それは自我がクオリアというバーチャルを知覚するだけの存在であって
それ以上の機能を持ってないからです。
時間は自我の状態により早く感じたり遅く感じたりしますが、たとえ意識を
失っても人と人との間の相対時間はほとんど変わる事は無く無情に流れていく様に見える
このことは自我(主体)が物質である見逃してはならない決定的証拠です。
そして自己の同一性が保たれることも物質としてのもう一つの証拠です。

72 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 12:22:13
自分のルーツをしり気が付くことじゃないかな〜?
オヤジが死、その遺言にかーちゃんのことを愛してると
書いてあるのをみたとき。
ああ、こうやって俺は生まれたんだな。。って
芯が熱くなったっけ。

73 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 00:42:56
どこ熱くしてんだ、こら!

74 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 01:37:36
>>73
72はイイ話じゃねーか・・・
それをお前って奴ぁ・・・ orz










GJ!! (ゝ_ )b だw

75 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 18:47:21
人を「がん自我らめ」 にするものだよ。

76 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 18:53:26
自我は地獄。他我は雲

77 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 19:32:18
自我とは他人に押し付けること、
他我とは自分に気付いていること。

78 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 07:21:45
自我とは自分の意思があること」だと思います。

79 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 07:40:18
自分が全くこの印象であることや自己実現

80 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 10:24:30 ?
自我とは、
身体、感受性、思い、意思、意識です。
それらは常に変化しています。
自我は真我の成長の為、様々な経験をしています。

81 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 11:57:06
宇宙。

82 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 14:55:00
感覚の束

83 :凡人:2005/08/19(金) 16:45:15
自我、欲望が創りだす意識の総称と思います。
蒙昧意識の支配する人類社会では適切な言語が有りませんが例えばお腹
が空き体が食物を求めると食欲が沸くと言いますが必要な量を摂取する
事は食望で有り、必要以上の量を摂取する事は食欲としなければ成りま
せんがその区切りの言語が有りません。
他人の心を巧みに堕落させる事を洗脳と言いますが本来、洗脳とは心を
綺麗にする事で汚す事を言語では有りませんので私は汚脳と洗脳の使い
分けをしています。
人は欲が無ければ生きる事ができないと言いますが希望と欲望と夢の
区分けができない人達の曖昧な意識です。
現代は個人の欲望を満たす事が夢とされています。
人間は欲望が創りだす自我の必要の無い自由と平等を重んじる平和な
人類社会を構築する手段として哲学が存在します。
全ての事象に仕組みが有る様に人の心も例外では有りません。
哲学の語源で有り諸学の源で有る所の【愛智の意】を会得すれば全てが
必然的に開ける仕組みに人の心は組まれています。
又、人は愛智の意を会得できずば知能が育たず戦争などの奪い合いを
繰り返しやがては自然破壊に依って地球規模の災害をもたらして人類は
こぞって崩壊の道を歩む事と成ります。

84 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 20:39:35

ジオログ 3月25・26 自我・脳と心

http://www.geocities.jp/bluewhitered34/index.html

85 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 21:29:45
自我とは変化
三次元では無く(三次元+余次元)の断片としての事象とその知覚現象。

86 :考える名無しさん:2005/09/13(火) 21:44:47
「感覚の束」も詩的でいいけど
「欲望が作り出す意識の総体」のほうがわかりやすいね









87 :ハル:2005/11/24(木) 08:11:03
生命の営みが生み出した根拠なき何かかと

88 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 03:49:09
自我って、いいな
身勝手なこと考えて、言って・・・・一度は自我に感謝しろ
そうすれば、きっと未来が見えてくるさ

89 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 05:23:10
>>53
じゃあ、初恋の奥義を教えようか。
まず普段が大事なんですね。
自分に少しでもよい所があると思うなら、それは普段の生活態度にも表れるでしょう。
だからそれを特に恥ずかしいと思ってはいけない。
そうやってなるべくお目当ての子のそばにいつもいられるようにして、
さりげなく好意があるということを相手にわかってもらうことが第一段階。
どうやって話しかけたらいいのかがわからないんだろうけど、普通は誰でもそういうもんですよ。
だってあなたはその人のことをまだよく知らないんだから。
ちょっと鉛筆かりていい?とか、今何時だっけ?とか、教科書持ってる?とかでいいから。
この場合おどおどしてたら逆に馬鹿にされると思うので、恥ずかしがらないように。
最近見た映画の話とか、音楽の話とか、友達の話でもいいし、
相手に合わせる形でどんどん友好的な空気を作っていく。
あと、女の子というのは横のつながりが結構あって男の社交性を見ているもので、
自分の男友達とも友好的な関係でいなければならない。
それで、ある程度急速に仲良くなったら(当然そうなったらメルアドとか電話で)
デートに誘えばいい。年頃の女の子というのは呼べば結構ホイホイとついてくるもので…。
でも最初のうちは映画館には行かない方がいい。
何故かというと、映画を見ている間の1〜2時間はじっくり映画を見てしまい、
映画を見終わった後も感想話だけでかなり時間が費やされてしまうから。

90 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 00:23:00
なるほど、そういうもんですか

91 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 03:42:10
まぁ全然相手が掴めてないだんかいで
何を喜ぶのかも、何処に行ったら良いかもわかんね
状態なら逆にディスコミュニケーショん空間な映画館デート
はそこでお互いを計り知る事への時間稼ぎ的キーになるよ

相手が何を観たがるのか、コーラかアクエリアスか

肘掛けはどちらを使うか、感受性は豊かか否か、ウンコかオシッコか…

当然良いデートとは言えないけど大きな失敗もないかな

92 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 03:56:57
今のガキに初恋の奥義なんてねーよwww

カッコイいかカッコ悪いか

生理的に受け付けるか無理か

やれるかやれないか

彼が気にしてるレベルってのはそういうもので、
受け付けられない奴が側うろついて話かけたら
それだけでキモい扱いされませんか?

って端的に言えばこういうレベルだよ

淡い自分の初恋に重ね合わせて今のガキに適当教えちゃダメぽ

小学生からセクロスする時代だよ?

ゆとり教育で頭ん中幼い分やること早いよ

先生、生理こないんだけど…

個別塾講バイトしてるけどこんなんばっかwww

そっちで合格してどうするってやかましいわ!

93 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 11:01:49
ファーストラブねぇ
小3の頃だったかなぁ〜
まだ幼かったけど
おれの中で自我が芽生え始めたのも
その頃だったよ〜な気がする・・

なんか自分より大切なものの出現・・て感じ
自我は大事なものを見つけることで存在を開始し
それが増えれば増えるほど自我は
強固になってくってことなんだろうか?
なんだろねぇ、自我って・・

94 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 17:43:19
地球の毒=人間

95 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 23:00:22
>>92
誰が誰であろうと誰とでもつきあえる、
というわけがなかろう。
人というのは格好の善し悪しよりも、
相性の善し悪しが肝心なのだな。
容姿のいい人間だけしか人間関係を結べないというのなら、
この世はとっくの昔に美男美女だらけだ…。

96 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 23:53:48
>>1
俺にはあってお前にはないもの

97 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 01:15:03
>>96
前科?

98 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 01:42:16
無意識をどう思う?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1127440243/


34 名前:【 淘汰圧 】 投稿日:2005/10/10(月) 00:44:11

  もちろん試合後の反省会などでは、「シュートコースを防がれてい
 たから、パスしたんだ!」などと、自分の思考過程を言葉に変換して、
 判断の根拠を説明します。ここで自分でも初めて、自分の思考過程を
 "意識"し、自分が考えている(思っている)ことを"意識"するわけです。

  この自分の思考過程を一度言語に置き換えて、その置き換えた言語
 がもう一度フィードバックされて、自分が考えていることを認識する
 作業こそが、文字通り"意識"の正体なのではないでしょうか?

 「自己とは?」という問いも、「自分」という言葉の存在がキッカケ
 を与えており、その言葉が無ければ 漠然とした「それ」 について考え
 始めることすら出来なかったように思うのですが、いかがでしょうか?

 この点で"意識"の発生は、"言語"の獲得と密接に関わってるのだろう、
 などと考えてしまいました。処理速度の代わりに、理論を積み重ねる
 能力を獲得したのでしょうか?



99 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 01:56:54
>>97
敢えて言うなら、大量のライブドア株かな〜

100 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 11:28:29
>>98
君の脳と私の脳は構造がちがうんだろうか?
私の脳は考えるとき言葉なんか使わない
「シュートコースを防がれていたから、パスしたんだ!」などという
状況考察は一瞬のイメージで処理する…電気の速度でね

意識活動をするのに対象やその評価をいちいち言語に置換して
たら結論出すまでに膨大な時間を食ってしまい、遅くてしょうが
ない気がする。たとえば危機の際に対応できず手遅れになる

言葉を用いるのは他者とのやり取りをする時「だけ」のように思うが

101 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 11:32:04
>>100
ヒント つ>>もちろん試合後の反省会などでは

リンク先のスレを読んでみることをお勧めする。

102 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 12:46:48
>>101
君は考えたことを「伝達する手段」を
「考えることそのもの」と混同してるように思う

103 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 12:59:30
>>102

『君は考えたことを「伝達する手段」を「考えることそのもの」と混同してるように思う』

君が言葉を持たなかったとしたら、はたしてこの考察(↑)を行うことができたかな?

君は「危機の際のとっさの状況判断」と「通常の思考(考察)」を混同してるように思う。

104 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 13:13:04
>>103
この考察「言葉なし」でしたよ
言葉はその結果を君に伝えるのに使っただけ

よく考えてごらんよ
思考が言葉以前に行なわれて「言葉にできる状態」が
あったからこそ考えを言葉にできるのよ
そうでないものを一体どうやって言葉にできる?
そんなの不可能だろ

105 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 13:17:41
>>104
そうですか、では、君の脳と私の脳は構造がちがうんでしょう。


106 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 13:49:28
>>105
大して違わないと思うよ
自分の脳の思考するプロセスを君がをウォッチできてないだけだとおもう

君のいう「言語を用いて人は考える」を主張するには
まさにそういう事例を出さないとまた失敗すると思う
こうやって言語を使ってコミニュケーションとってる事が君に
「人は言葉で思考してる」って錯覚をもたらしてるんだと思うよ

ひとりで何でもいいから自分の思考を自分の脳の思考するプロセスを
ウォッチしてごらんよ、言葉なんか使ってないのがわかるから

107 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 14:00:54
>>106
そうですね、よくウォッチできているかどうかの違いの可能性が高いかもしれませんね。
貴方も、もう一度、自分の思考過程を振り返ってみることをお勧めします。

私から「考察できたか?」という問いがなされたとき、貴方がどう思考を開始したか。

私であれば、まず「考察」という言葉の定義の再確認をする。そしてその概念
(思考結果)の固定を言語によって行う。そして思考を積み上げていく。

まあ、脳の構造が違えば、思考過程も違うでしょうから、水掛論かも知れませんが(w



108 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 14:01:54
「言葉」で日本語とか英語のような自然言語だけを考えるのか、
もっと広く「記号」を考えているのかの違いかも知れないよ。
「一切の記号を用いることなく考える」ということがあるか否か?

109 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 14:09:52
>>100
>>私の脳は考えるとき言葉なんか使わない
>>「シュートコースを防がれていたから、パスしたんだ!」などという
>>状況考察は一瞬のイメージで処理する…電気の速度でね

その割には君のレスは遅いね。
2・3秒でレスが返ってきてもよさそうなもんなのに。


110 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 14:11:37
まあ「このスレに張り付いている訳じゃないので」と言い訳すると思うが

111 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 14:32:49
>>107
君の自己の間違いを認める態度はよいことだ思う

>>108
着眼点はいいとおもう
基本的に思考は「言葉」「記号」以前の記憶(イメージ)を
用いて考えてるんだと感じる
思考する際、脳の中に言葉が飛び交う状態を観察したことが
無いから、そう言うんだが


>>109-110
遅いのはネットゲームを1件、他スレ5件ほどカキコしてせい
君はずっとここに張り付いてたの?

112 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 14:47:32
>>110
ビンゴ

113 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 14:50:54
>>104
凄いなお前(w

114 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 14:50:59
みんな難しくかんがえすぎ。
自炊というのは、自分で食べるごはんを自分で炊くことだよ。

115 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 16:22:00
人間の心の構造は自我とエスで構成されているという説。
自我は自分だと思っているもの。エスは無意識。

116 :考える名無しさん:2006/03/25(土) 14:49:09
自我にとって耐えられない事・・それは
唯一絶対無二、天上天下唯我独尊と思ってるのに
「いなくても世界はなんてことない」・・って事


117 :考える名無しさん:2006/03/25(土) 15:17:12
本能と理性はたまに相反することもあるけど本能に自我はあるの?最初は理性を利用してたけど最近は本能にとって理性ってウイルスみたいなもの?

118 :悪魔:2006/03/25(土) 16:16:53
自我は欲ではありませんか?
我執(エゴ)は欲への執着ではありませんか?

119 :考える名無しさん:2006/06/17(土) 22:56:40
自我=アイデンティティ
自己の存在価値・存在理由を認識する意識の主体としての人間の「個」の根源

自我=エゴ
その認識欲を元とする「個」としての人間の利己的な欲求・欲望


自律的な自我
他との相異・区別の意識によって、その認識を確立する自我

他律的な自我
他との類似・同化の意識によって、その認識を確立する自我

120 :考える名無しさん:2006/06/18(日) 01:11:41
自我とは本質と実存のはざまにある惰性態です。

121 :考える名無しさん:2006/06/18(日) 01:21:30
自我は心が魂によって揺らぐのを一定に保とうとする形の1つ

122 :考える名無しさん:2006/06/19(月) 21:34:59
字賀。習字のひとつ

123 :考える名無しさん:2006/08/17(木) 16:02:31
自我とは愛だね。これからどうしたいのか。
人間が人間になる。それが自我。

124 :考える名無しさん:2006/08/17(木) 17:05:06
自我とは、遺伝子によって遺伝子の利益のために操られる部分と、生後の親子関係や周りの環境によって固まる脳内ホルモンの配分によって決まるところの性格(個性)部分の合計。

125 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 23:07:26
意識+無意識?

126 :考える名無しさん:2006/12/12(火) 14:19:25
t

127 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 19:18:05
t

128 :考える名無しさん:2006/12/15(金) 13:29:42
t

129 :考える名無しさん:2006/12/16(土) 08:46:58








   自我とは その個体の脳の嗜好の総体

   つまり「人格」をいう










130 :考える名無しさん:2006/12/16(土) 11:29:11
これが自分です。と指を指すのは
自分の家に指を指すことと等しい
比喩として土地を例に取ると、ここからは私の領分、そこからは他者の領分と分けますよね?

そっくりそのまま、このくらい私は優しく、ここから向こうほどまでは優しくなれない
このくらいは悪人だけれど、これ以上の悪人ではないと区切りをつけますよね?
その区切り(包括)の中に私達は自己を認識しますよね?
ここからは私の部屋でここからは皆が通る廊下でここからは私の部屋と壁で区切って家族と私とを分別しますし、その分別された空間や領域の内に暮らしますよね?

大地と云う大きな土は鉢に移された途端に大地(大きな意識)から切り離され、

鉢で区切られ、すぐに自我を認識します。そして自らに生える花(名誉やら学歴ら)に一喜一憂したり、
自らが宿る鉢(肉体など)の美醜に一喜一憂したり、自らの内に住む虫(醜いと思う部分など)を隠して他の鉢中の土の内に住む虫を蔑んだり。

誰かに似ていませんか?

釈迦は自我の比喩を家で例えましたし
壺と水で例える人も居ますし、
私は土と鉢で例えました。

共通点は他と己に区切りとなるものを分別の基準などにして居るとかです

そして、自我はその区切り(これが


131 :考える名無しさん:2006/12/21(木) 19:17:52
人間の肉体のうちに無形の実体が宿っているに違いないことは、今では多くの科学者も認めるようになってきている。
たとえば1963年にノーベル賞を受賞したジョン・エックルズ卿は、 公然と唯物論的な考えに挑戦し、
人間は肉体組織と無形の霊の両方からなる、と主張した。そしてこう述べた。

「もし人間の自己の独自性が、遺伝法則から説明できないとしたら、また経験から由来するものでもないとしたら、
これは一体何から生ずるのだろう。私の答えはこうである。それは神の創造による。それぞれの自我は、神の創造なのである」

http://www.ne.jp/asahi/seven/angels/utyuu.htm

132 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 14:49:53

実は理性的な人ほど自我が強いんだよね。
自我が強いという事は要するに強欲であるという事。

理性=自我=強欲

133 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 15:54:22
>>132
自己の欲求を達成するには、その自我にまみれた自分勝手な欲求を
「達成可能な合理的な目標」に置き換えてあげる必要がある
そこで理性・・つまり合理的思考の出番とあいなるわけだが・・

この欲求なる目的を達成する手段として身につけて来たはずの理性を
いつの間にか、、理性こそが目指す目的であるという勘違いを侵すヤツ
が必ず出て来るのよね ^^;


134 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 16:42:53
理性の源泉は欲望である。
従って強欲な人間ほど理性が強い。

135 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 16:44:26
追記

科学と資本主義の関連を見れば分かる。
資本主義(欲望)を満たすために科学(理性)が発達した。

136 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 16:47:20
>>134
源泉つ〜か理性は欲求達成のための道具に過ぎんだろ
その証拠に、達成できないと新しい道具(新たな理性)を求める

137 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 16:56:12
追記

自我(強い欲求) > 自我(弱い欲求) > 理性   ←て順じゃネ?

問題なのは手段だったはずの理性(資本主義/共産主義、○論/○説)
がいつのまにか目的化・・つまりその主義を守り通す事に目的が置き換え
られてしまうのが余の常つ〜か大衆のノ〜タリンなとこw


138 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 17:00:57
理性とは感情的欲望に左右されず思慮的に行動する働きを指します。
従って科学者に理性が有れば、資本家の欲望に左右されることは有りません。
欲望が産みだす数々の自我と理性は全く相反するもので有り自我と理性を同じ枠内に置き考えるものでは無いのです。
ほとほと呆れますね、、

139 :考える名無しさん:2007/01/06(土) 17:38:11

理性・論理⇔感性・直観

ですよ

自我は理性・論理と関連します

140 :考える名無しさん:2007/01/07(日) 18:27:02
理性・論理は感性・直観=では有りません。
感性・直観も自我では有りません。
哲学に宗教用語を用いるのは好ましく有りませんが自我とは欲望が産みだす数々の煩悩です。
つまりエゴや自己愛と言う、自己陶酔に依って産みだされる心の総称を自我と呼びます。

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