5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

本当の自由とはなにか?

1 :ローカルルール審議中:2005/04/02(土) 16:41:32
よく「自由には責任が伴う!」なんて言われてますけど。
責任が伴う自由などもはや自由ではないじゃん! なんて思いますw

自由って責任とか○○とかなんにも束縛されないのが自由なんじゃないですか?

どうなんでしょう?

2 :ローカルルール審議中:2005/04/02(土) 16:43:19
死ねばいいと思うよ

3 :ローカルルール審議中:2005/04/02(土) 16:44:43
どこまで行っても自分という束縛からは自由になれないと思います。
だから本当の意味での自由は存在しないと思うのですがいかがでしょうか?

4 :ローカルルール審議中:2005/04/02(土) 16:51:13
自分の意思のみに束縛されるのが自由。

まったく、何の束縛も無い、というのは、
意思が存在しないノと同じ。

5 :ローカルルール審議中:2005/04/02(土) 16:52:23
抵抗がなければまともに歩けません
重力がなければまともに歩けません
束縛があればこそ自由があるのです
まさに束縛こそが自由の母なのです
俳句は定型にしたがって俳句となる
もし型をはずせばただのキチガイだ


6 :小さなヨハネ:2005/04/02(土) 17:04:43
「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。
あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」ヨハネ8・31

7 :小さなヨハネ:2005/04/02(土) 17:10:12
スウェーデンボルグ・天界の秘義1947より
 「人間は再生しつつある間は、かれは主から与えられている自由から、自己
を強制し、またその者の合理的なものがそれ自身を服従させるために、その
合理的なものを卑しくし、また苦しめさえもし、そのことによりかれは天界
的な自分のものを受けるのであって、その天界的な自分のものはその後主に
より徐々に完成され、益々自由になり、かくてそれは善の情愛となり、そこ
から真理の情愛となって、歓喜を得、その自由の中にも歓喜の中にも天使た
ちの幸福に似た幸福が存在するのである。この自由がヨハネの書に語られて
いるものである―

真理はあなたたちを自由にするでしょう、もし子があなたたちを自由にする
ならあなたたちは実に自由になるでしょう(ヨハネ8・32,36)。

この自由の性質は良心を持たない者らには全く知られていない、なぜならか
れらは自分が好きなように行い、誤ったことをほしいままに考えたり、話し
たり、ほしいままに悪いことを欲したり、行ったりして、強制したり、卑し
くしたりはしない、ましてやこうした欲望を苦しめたりはしないことに自由
があると考えているが、真理はその逆そのものであるからであり、そのこと
を主もまた同じ福音書に教えられているのである―

罪を犯す者はことごとく罪の奴隷である(ヨハネ8・34)

この奴隷的な自由をかれらはかれらとともにいて、それを注ぎ入れる奈落の
霊どもから受けており、かれらはこれらの霊の生命の内にいるときは、また
かれらの愛と欲念の中にもいて、不潔な、排泄物のような歓喜がかれらに吹
き込まれ、そしていわば激流に流されるかのように流されて行くときは、自
分自身が自由の中にいると考えているが、しかしそれは奈落の自由なのであ
る。この奈落の自由と天界の自由との間の相違はその一方は死のそれであっ
て、かれらを地獄に引きずりおろすに反し、他方はまたは天界の自由は生命
の自由であって、かれらを天界へ引き上げるということである。」

8 :宇宙原理:2005/04/02(土) 18:54:14
「自由」という言葉の直感として、自由は「善」とか「すばらしい」という
一方的な評価で受け止められやすいけど、広義にみれば「何でもやりたい放題」で
場合によっては人殺しの自由(戦争など)などということもあったりして、
自由は必ずしもすべての人にとっていつも良いとみなされないときもある。

自由と同じく「平等」も良い面と悪い面両方を考えなければいけないだろう。
自由とか平等は一見すると良い面だけで評価されがちで、デメリットの部分には
あまり触れることがない。欠陥のある側面については、その対峙する概念で
補う必要があると思う。「相互補完」がなされないと、そのひとつの
価値観のなかの「良くない部分」によって行き詰るときがくるような気がするのだけど。

9 :ローカルルール審議中:2005/04/02(土) 19:00:16
で、自由って何よ。
そいつよカキコしてよ。

10 :自由=発狂でつよ:2005/04/02(土) 19:12:48
                 / ´ ̄ ̄`ヽ
                ノ         ヽ
               ノ  -=・=-∴-=・=- ヽ
              ノ            `、
              l              l
              `、 \      / ノ
               丶  ` ―― ´   ノ
                 \,_   _/ヽ、
    ┌──-、   \___/~..十──---、
         `ニニ_  \  /\    ノ |      .\
            `T  ヽ/\  ヽ/ ├──‐‐ヘ  \
             ヽ     ヽ/   |      \  \
              \_____,/     |        し、_ノ
             r─‐┤       ト、
           /// `⌒⌒⌒⌒⌒  ヽ
          ////川i        ii iミヽ
         /ヾレ巛巛川川川川川川リリリ!
         |   、/`ゞW人八从川川リリ
         |、、ヽ |       |    |
         小ヽ、 |       \   ヽ
          ト、′〈        ヾ、ヽ `ー、
           |   )         \   ノ
          |  /           _|  /
         ⊂,__」           (__ノ


11 :宇宙原理:2005/04/02(土) 19:14:55
>>9
「自由」ということばだけをとるなら、物質界においては原理・法則の範囲内で
何でもできるということだし、人の空想や夢などの世界においては、
物質界の原理法則を超えた思考がすべて可能だということだろう。

12 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 01:01:23
もし、神がいるとして神は自由なのか?
結局の所、完全なる自由意思なんてものは存在できないのかも知れません。
「何かをしたい」と思うのは、つまり、それをする為に造られたからです。
神も同様に、「何かを造る」為に造られたのかもしれません。
ロード・ダンセイニのペガーナの神々の冒頭にこんなくだりがあります。

まだこの世がはじまらない前の、
ふかいふかい霧のなかで<宿命(フェイト)>と<偶然(チャンス)>とが賽をふって勝負をきめたことがあった。
そうして勝負に勝ったものは霧を超えて、マアナ=ユウド=スウシャイのそばに近づきこう話しかけた。
「さあ、わしのために神がみをつくってもらおう。
わしは賽にふり勝ち、勝ちびとに渡されるものを手にいれたのだから」
その賭けに勝ったのはだれで、また、この世がはじまらない前の、ふかいふかい霧を超えて、
マアナ=ユウド=スウシャイに話しかけたものが、
<宿命(フェイト)>だったのか<偶然(チャンス)>だったのか
---それを知っている者は、ひとりもいない---

ロード・ダンセイニ 「ペガーナの神々」より


本当の自由を勝ち取ったとしても、それはつまり、
本当の自由を勝ち取る為に造られたに過ぎないのではないかと。

13 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 18:48:36
お前は無責任だ!って言われたらムカつかないのか?
自分で考え自分で意思決定をするとき初めて自立や独立が出来る
責任を持つことが自由になることだと思うけど

14 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 19:37:37
>>1
独房。

15 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 20:12:20
>>4
「自(おのれ)由(よる)」に、束縛を意味するようなものは含まれていませんが。

16 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 20:19:32
自由なんてない。

17 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 20:24:56
>>15
「自(おのれ)由(よる)」の「由(よる)」↓の(3)の意味じゃないの。

---
よ・る 0 【因る/▽由る/▽依る/▽拠る】


(動ラ五[四])
〔「寄る」と同源〕
(1)ある物事が起きる原因となる。《因・由》
「不注意に―・るミス」「金属疲労に―・る破損」「人言の繁きに―・りて/万葉 3464」
(2)ある物事の手段・方法、あるいは材料となる。《依》
「武力に―・る解決」「コンピューターに―・る処理」
(3)ある物事の根拠・基準・理由となる。《依・拠》
「法律の定めるところに―・る」「人は見かけに―・らないものだ」
(4)軍勢・人などが根拠地としてたてこもる。《拠》
「大坂城に―・った豊臣方」
(5)ある物事に関係する。物事の有り様に応ずる。《依》
「成功するかどうかは君の努力次第に―・る」「相手の出方に―・っては実力行使もある」「所に―・り雨」「事と次第に―・っては…」「冗談も時と場合に―・る」
[可能] よれる

三省堂提供「大辞林 第二版」より
---

18 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 20:47:02
>>17
(1)だろうね。
(3)に「由」は含まれて無い。

19 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 20:56:59
>>18
>(1)だろうね。
>(3)に「由」は含まれて無い。

君のその定義によると、
外界の影響から完全に遮断された状態は自由だね。



20 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 20:58:49
>>19
字義から離れた言葉遊びは、不毛だからやめた方がいいね。

21 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:16:37
>>20
どういう点で離れているの?

論理的帰結が、自分の意図と異なることを、
「言葉遊び」でごまかすのは安直な逃げじゃないかな?


22 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:17:52
おまいら国語学者の金田一さんにでも訊け

23 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:20:56
>>21
「自(おのれ)由(よる)」は、「俺の定義」ではなく
>>17の(1)により明確。
「おのれ」が「原因」となっている場合に、「自由」となる。
「外界の影響から完全に遮断された状態」などという解釈は、自分勝手なものに過ぎない。
まあ、それも「自由」かな。

24 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:34:35
>>22

他人によるんじゃ自由じゃない。自分で決めなくっちゃ。

25 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:39:20
>>23
ええと、「例示」と「定義」を混同してるようだが・・・・。

>「おのれ」が「原因」となっている場合に、「自由」となる。
が、「君の」定義なんだろ?

>「外界の影響から完全に遮断された状態」
というのは、その定義に合致する一つの例として示しただけ。


26 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:39:22
>>1

責任に束縛されるなら自由ではないね。自由には責任が伴うだろ。
責任も自分次第だよ。自業自得だね。

27 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:44:54
>>25
「外界の影響から完全に遮断された状態」から
「おのれが原因となる」ことができなければ
「自由」が成立する保証は無いね。
論理的な帰結であるならば、成立が保証されなくてはならない。
顔を洗って出直して下さい。

28 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 21:47:06
だから、「言葉遊びは不毛だ」と、予め釘を差しておいたのに。

29 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:22:33
>>27
つまり、自分が蹴っ飛ばした石が壁に跳ね返って、
頭に当たって怪我したら、これは自由で、
他人が蹴っ飛ばした石が頭に当たって汚したら不自由ってこと?

30 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:26:46
違う。というか例が不適切。
自由は自分でその理由を完全に決定できることを指す。
自分が蹴っ飛ばした石を確実に自分の頭に当てることが出来るならそれは自由だが実際にはそうではない。

31 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:28:06
>>30
>自由は自分でその理由を完全に決定できることを指す。

それは、
>>4
と、どう違う?

32 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:32:33
他の何かの干渉を受けずに、自分で状況をコントロールできる状態。
という意味では>>30>>4も同じこと

33 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:39:20
>>31
そもそも、「自由」という言葉においては、本来語られていない「束縛」という概念を
密輸しようという試みが、根本的に誤っているんだな。

束縛により、自由となることもあれば
束縛されることなく、自由となることもありうる。
というのも、「自由」という言葉においては
束縛を意味する概念が含まれていないからだ。

34 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:44:22
論理学においては自由と束縛は二値的に決定するんだが、
日常的には自由は束縛に対して相対的に使われるな。

「前の刑務所に比べれば自由だ。」

35 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:46:40
>>33
ようわからん。

>自由は自分でその理由を完全に決定できることを指す。

わけではないの?

36 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:56:40
>>35
「自分で決定する」のではなく、「自らに由る」だけ。
この場合、意思が介在することは、特に言及されておらず、束縛の概念も見出せない。
例えば、「原因のわからないひらめき」や「思い付きによる行動」などには
意思の介在を見出すのは、はなはだ困難だろう。
外的要因により、そのようなことが起こったとしても
「自らに由る」のであれば、それは「自由」だ。
つまり、「外的要因のような束縛」があったとしても
「自由」の字義においては、関知するところではないということ。

37 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:58:16
>>36
>「自分で決定する」のではなく、「自らに由る」だけ。
じゃあ、君の定義では、やはり、

>>29
は、真?

38 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 22:59:40
>>37
「俺の定義」ではなく、「字義」だと
何度言ったらわかるのだ。

39 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 23:00:23
束縛から解放されているだけではなく、自己実現が出来ること

40 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 23:00:58
>>38
で、その「字義」とやらでは、

>>29
は、真?

41 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 23:05:50
>>40
蹴った石がそのあとどのような動きをしようとも
蹴った人間の「自由」とは無関係だ。
他人が蹴った石なら言うまでも無い。
「自由」の意味が及ぶのは、「当人が石を蹴る」までだ。

42 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 23:05:55
児戯だか字義だかしらんが、用例を無視した言葉遊びはやめないか

43 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 23:12:24
>>41
>「自由」の意味が及ぶのは、「当人が石を蹴る」までだ。

でも「字義」とやらでは、
>この場合、意思が介在することは、特に言及されておらず
じゃないの?


44 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 01:27:52
>>43
「言及されておらず」=「言及されていても、されていなくても構わない」

45 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 02:01:27
>>44
>「言及されておらず」=「言及されていても、されていなくても構わない」

では、

>>36
>「自分で決定する」のではなく、「自らに由る」だけ。
>この場合、意思が介在することは、特に言及されておらず、束縛の概念も見出せない。

は、

>「自分で決定する」のではなく、「自らに由る」だけ。
>この場合、意思が介在することは、言及されていても、されていなくても構わない、束縛の概念も見出せない。

いったいここで「構わない」というのは、どういうことについて「構わない」ということを言っているのですか?



46 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 02:45:33
>>45
言葉遊びの付き合いもここまでだな。
ちょっとしたミスに、目くじら立てることしか出来ない程、論破されている訳だ。
そのミスを、文章に代入し変な文章を作る。
論理的に破綻したら、この程度の反撃しかできない。
さて、ミスを訂正し
「言及されておらず」=「言及されていても、されていなくても構わず」
とすれば
>この場合、意思が介在することは、言及されていても、されていなくても構わず、束縛の概念も見出せない。
となり、「されていても、されていなくても構わず」が「意思が介在する」にかかることになる。
「構わず」だけを取り出すことが、どれほど間抜けな行為かわかるだろう。

ここで俺が、相手にすることを打ち切れば、おまえはもはや、書き込む何ものも持っていないだろう。
何か持ってるなら、俺の書き込みに依存しない書き込みをどうぞ。

47 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 04:12:38
>>46
>となり、「されていても、されていなくても構わず」が「意思が介在する」にかかることになる。
いや、それは最初からわかっていますが。
まあ、それにあわせて、

>「自分で決定する」のではなく、「自らに由る」だけ。
>この場合、意思が介在することは、言及されていても、されていなくても構わず、束縛の概念も見出せない。

としてですね、この文章、日本語としてようわからんわけですよ。
これは、「自由」の「字義」を説明している文章のはずですね?

>「自由」の「字義」は、「自分で決定する」のではなく、「自らに由る」だけ。
これはよくわかります。
しかし、これに続いて、

>この場合、意思が介在することは、言及されていても、されていなくても構わず、束縛の概念も見出せない。
というのがさっぱりわからない。
>>36
のオリジナルの文、
>この場合、意思が介在することは、特に言及されておらず、
であれば、
「自由の字義では、意思が介在することは、特に言及されておらず、束縛の概念も見出せない。 」
ということで意味はわかりますが、これを、
「自由の字義では、意思が介在することは、言及されていても、されていなくても構わず、束縛の概念も見出せない。 」
とするとさっぱりわからないのですよ。




48 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 04:22:38
>>46
つまり、

>「自分で決定する」のではなく、「自らに由る」だけ。
>この場合、意思が介在することは、言及されていても、されていなくても構わず、束縛の概念も見出せない。

というのは、

 「自由の字義」においては、
 (自由であるかどうかを判断しようとする事柄について)
 意思が介在することが言及されていようがされていまいが構わず(自由の字義に適合すると言え)、
 束縛の概念は見出せない。

という意味なのか、

 「自由の字義」に、
 意思が介在することが言及されているかいないかは知らないが、
 それがいずれであろうと(自分にとっては)構わず、
 束縛の概念は見出せない。

という意味なのか、それとも、別の意味なのか、
あるいは、「自由の字義」とはまったく別のことを述べているのか。
ということですが。

49 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 08:06:11 ?
[自由](名・形動)
1.心のまま。思うまま。自在。freedom
2.他からの拘束・束縛を受けないこと・さま。freedom
  -用例:君の〜にまかせる。
3.政治上は、参政権その他の政治的行動に国家権力の干渉が無いこと・さま。freedom
  -用例:言論の〜。
4.哲学では、自分の権利・義務・認識に基づいて他から支配されないこと・さま。liberty
5.法学では、法律の範囲内における自律的活動。liberty

(講談社 日本語大辞典 1989.11.6 第1刷発行)

50 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 08:07:50 ?
そもそも「自由」って明治以降に作られた訳語じゃなかったっけ?
漢字1文字ずつに分解して意味があんのか?

51 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 08:22:56
>>50
>そもそも「自由」って明治以降に作られた訳語じゃなかったっけ?

昔からあった言葉ようです。

 じゆう(‥イウ)【自由】
1 (形動)自分の心のままに行動できる状態。思うまま。「子どもの自由にさせる」*長門本平家‐一「自由に任せて延暦寺の額を興福寺の上に打せぬるこそ安からね」
2 ある物を必要とする欲求。需要。*浮・日本永代蔵‐四「是は小紅屋といふ人大分仕込して世の自由をたしぬ」

/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

>漢字1文字ずつに分解して意味があんのか?

漢字は表意文字なので一字一字に意味がりますね。
自分にとって初見の単語でも漢字で書かれていれば
その意味が感じられる。 



52 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 08:36:01 ?
いつも忠実に表意文字として使われるわけじゃない。
熟語としてはじめてある読み方や意味を持ったりするだろ。

53 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 08:37:23 ?
なんにせよこのスレで漢字1文字ずつの由来をうんぬんする事が有意義だとは思えないけどね。

54 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 14:49:23
「本当の自由」を探求するにあたって、色々な角度で議論するのは悪くないと思いますよ。

55 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 15:08:09
辞典通りに、また一般的な用法通りに解釈していては
例えば、「規律ある生活に意義を見出す人は、本当は自由なのだ」という
見方は決して出来ない。
そして、そういう見地に基づけば、そのような人間が嫌がるのは
自由なのではなく、無秩序なのだという解釈を導くことができる。

56 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 15:12:44
>>1
範馬勇次郎

57 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 15:26:55
本当の自由がある、なら、うその自由もある
といいたいのか>1
自由かそうでなければ不自由だろう。
自由にうそもほんともないのではなくなくない?

58 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 15:54:27 ?
>>57
だからその「自由」の内容について検討したいんでしょ。
究極の自由とはどんなことか、みたいな感じ?

59 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 19:40:22
何を自由と感じるかくらい各自の自由でいいじゃないか?
あれでなくちゃ自由でないとかこれから解放されなくちゃ
自由でないなんて思う方が自由に捉われてることだろ。
おれはなんでもかんでも自由ではありたくないけど。
型に従うのは結構気持いい。いちいち型を作り出すのも面倒だ。


60 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 20:00:53
型に従ってりゃ、なーんも考える必要もないからな。


61 :ローカルルール審議中:2005/04/05(火) 20:05:40
「型にはまりたがる」ってのも、自由に入るな。

62 :ローカルルール審議中:2005/04/06(水) 08:28:28 ?
旧ソ連の空軍パイロットでアメリカに亡命した人が
「自由過ぎて何をしていいのかわからない(´・ω・`)」てなってたよ。

63 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 20:03:38
ある自由思想家は考えた…
「我々の逆…つまり『不自由を探求する人』の究極の形は
『マゾヒスト』なのだろう。
…すると我々、自由思想家の行き着く先は
その逆である『サディスト』ってことになる?」

結論:「自由とは、他人を拘束することによって得られる。」


64 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 20:12:37
>>63
不自由を探求すればマゾを突き抜けて永遠の奴隷に至るように、
自由を探求すればサドを突き抜けて永遠の主人に至る。
よって結論「自由とは絶対無限の主人たることである」

65 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 22:37:58
主人は奴隷に拘束されているな。

66 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 23:05:08
そうだな。奴隷が必要な主人は奴隷がいなくなると奴隷を支配する自由を失う。

やはり何も求めないのが最高の自由。


67 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 23:43:49
最高ってことは比較された自由ってことだな。
絶対の自由じゃねんだな。

68 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 00:03:34
自分の自由を追求すれば、他人の自由を奪うことになる。
他人を束縛する程度の束縛は、自分も受けることになる。
それが平等な社会というもの。

69 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 00:07:07
考えてみれば、今も言語や肉体という存在に縛られている。
・・・究極の自由はどうやら逆に不便なのかもね。

70 :四式:2005/04/10(日) 00:48:18
思考停止や本能は極めて戦後左翼の言う自由に極めて近いが
福沢諭吉のいう自由とはまた違うものである。

71 :四式:2005/04/10(日) 01:02:00
福沢諭吉が生きた時代は民族的良心が国家中に広がりお互いに
合意を得ていた時代であり、時代も人間も上等だった。
福沢諭吉が寄せた人間自由への信頼に対して答えられる資格は
戦後を培ってきた今の人間達にはないだろう。

72 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 08:26:41 ?
私たちは重力に縛られて生活していますが、
無重力な空間に放り出されたら身動き取れません。
私たちの体は重力があるところで地面を蹴って進むようにできているからです。

73 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 17:56:05








  本当の自由とは 何をするにしても

  本人の自由にゆだねられているということだ










74 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 21:05:46
>>72

自由とは何の関係も無いじゃん。
自由とはどういうことか何も解ってないじゃん。


75 :四式:2005/04/10(日) 21:46:30
制限こそ人の本質

76 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 22:11:06
>>74
結局のところ、束縛がなきゃ逆に不便なことがあるって事では?

あと、自由には責任が伴うっていうのは
自己の自由な考えによる行動には責任が付き纏うって事じゃないのかな?

77 ::2005/04/10(日) 22:20:47
責任が付きまとうんじゃなくて裁き懲罰を加えようとする人間がいる
といったほうが近いだろ。その裁定者はだれだか知らんが。

78 :ヾ四/:2005/04/10(日) 22:30:16
裁定と懲罰を加える自由がやはり一番の自由だよな
クソ宗教ババアファシストどもを見てみろよ。
人が求めてやまない本当の自由はこの俗物達の追い求める権力にある。

79 :ヾ四/:2005/04/10(日) 22:34:45
人間この俗物の価値観によるパン食い競争に善を見出したのが資本主義
金の配分能力や権力やポストというものを求めてこそ人間、人間の力なんだ。

80 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 05:36:22
>>78
観念の奴隷

81 :72:2005/04/11(月) 08:20:36 ?
>>74
わかりにくかったですかねえ?
たとえば他人との関わり合いが煩わしいからといって
独り孤島に住むことにしたとする。
そうするとコンビニも本屋もゲーム屋もネットも電気もガスもない。
衣食住ぜーんぶ自分でどうにかしないといけない。
何でも自分の好きなようにしていいけど、
できる事は制限されてしまう。
不自由だよね。

82 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 13:54:02
>>81

自由だから快適と思う方がおかしいのでは。
自分で何もかもすることは確かに不便な生活でしょう。
しかし、不自由な生活ではない。

83 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 18:20:20
>>82
実質的にできる事が制限されるんですよ?
テレビ見れない、ゲームできない、ネットできない、
どっかのお店のおいしいケーキ食べれない、
できない事だらけ。
不自由じゃないですか?

84 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 11:03:27
>>83
>できない事だらけ。
>不自由じゃないですか?

できない事があるからすぐ不自由になるわけじゃない。
できる事だけど規制されていて出来ないなら「する・しない」
の選択の自由が得られないから初めて不自由となる。
人間が素手で自由に空を飛びたいと思っても実際は不可能だ。
だからといって不自由だというわけでもない。
自由だけで生きられるわけでもないのは常識でしょう。
人は「法」によって生きるのです。



85 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 11:15:58
「規制されてできない」ったって、別に「できない」わけではないでしょ。
罰なりなんなりを受ける覚悟なら「できる」んだから。
そういう意味では人間は完全に自由ですよ。

86 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 12:57:07
>>85
>人間は完全に自由ですよ。

完全に自由なら「自由」が問題になることはない。
規制しなくてもいいことを規制すれば「束縛から
の自由」が問題となる。
自由は法との対立として問題が生じる。
不自由がないなら自由は目的にならない。

87 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 15:33:40
社会的な自由の問題もあるが、本質的な自由の問題もあるな。

例えば同一人物は別の場所に同時に存在することができない。5秒で火星に行きたくても行けない。

人間が本当の意味で完全に自由になるならこうした不可能をも可能にしなければならない。

88 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 15:53:45
>>86
自由が専ら「法との対立」の問題だとしたら、
完全な無法状態(無政府状態・ホッブスのいう自然状態)に
おいてのみ人間は完全に自由だ、ということになるが、
それは普通の言葉遣いではないだろう。むしろそれは
「不自由だ」というのが通常の理解。
>>87
「科学技術の進歩が人間の自由を増大した」というような
言い方はそういう理解が前提だな。

89 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 16:16:58
>>87
>例えば同一人物は別の場所に同時に存在することができない。5秒で火星に行きたくても行けない。

これらは自由と自然法の対立の問題でしょう。
ヒトは物理法則に反する行為はできない。

90 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 16:19:47
>>88

無法状態なら「法」がないのだから「自由」と
対立できない。
法があってはじめて自由との対立問題が生じる。

91 :ローカルルール審議中:2005/04/15(金) 18:37:19
法の無い古代にも自由、不自由はあった。
自由は自由を阻害する自然、病気など
すべてと対立している。
対極は法に限らないということだ。

92 :ローカルルール審議中:2005/04/15(金) 23:36:13
全てが選択可能 それが本当の自由

93 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 00:40:56
↓自由論議があった。
自由をいくつかに分類している。

www.geocities.jp/enten_eller1120/diary/2005/log_essay_2005.html

94 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 21:49:50
人間を超越すること

95 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 21:51:18
おめーら本とか読まねーの?
貧乏人?

96 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 21:57:53
読まなくても生きていけるけど?

97 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 21:58:53
所詮凡人人間が書いた本なんて私の人生の何の参考にもならない

98 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 22:00:23
ぎゃはは
おめーの書いたものが何の参考になるんだよw

99 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 22:01:34
別に?

100 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 22:24:25
人間じゃないものが書いた本と言うと、
ネクロノミコンみたいなの?

101 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 20:43:57
以前は道に迷う自由もあった

102 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 21:51:09
自由に責任を感じる人間は
自由を理解できない不安におびえている人間である。
自由を理解している人間は
「サガ」として責任を受け入れる人間である。

103 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 21:52:49
自由はどう説くかで異なる印象を与えるでしょう。
一概に、不安におびえている人間である、とは言えないのではないか。

104 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 22:11:15
「自由は説くものである」と言う時代は自由な時代ではない
真の自由は自らが掴むもの
そして、自然に自由である時代は
つぎの世代のものになる。

105 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 23:50:21
義務とか責任とか権利を叫ぶ人間は明らかに自由ではない。
そこには、命令と服従の関係があるからだ。
「〜しなければならない」というのは前近代的な考え方で、
薄弱な根拠や道徳観から生まれたに過ぎない。
また、希望や期待をしている人間も不確実な結果に拘束されているから自由ではない。
以上から、精神状態や観念に束縛されていない人間を自由な人間というのだろう。

106 :考える名無しさん:2005/05/23(月) 23:59:41 ?
あるのは空のみ。


107 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 00:01:45
あるのは苦うのみ。

108 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 02:15:46
自らを由(ゆかり)とするもの
つまり自己の能力にて行う事が可能なものを意味します

「自己の能力にて」ですよ。そこの所をよく考えてみてください。

109 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 23:30:21
>>108
自由の概念自体西洋からからの借り物だろう。
いちいち厨房の教師のような意見を提示しないでよろしい。
リベルテやフリーダムをラテン語・ギリシャ語の起源から遡るなら分からないでもないけどね〜(藁

110 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 00:17:27
・西洋ではいつごろ、どのように自由の概念が生まれたのか
・東洋には自由に該当する概念は無かったのか

111 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 01:17:53
自分の選択の意志があること=自由

つまらないことも楽しいことも自分の意志の選択の上ででしょ。


112 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:55:33
>>110
学生君じゃないんだから本当に知りたければ自分で調べろよ。
議論厨はウゼー

113 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 19:06:19
>>112
自分でろくに調べずに適当な主張をしてる奴の開き直りの典型だな。
「俺の主張の根拠をお前が調べて証明しろ。」といってるのとかわらん。

自由について何か主張が為されてるから、聞いてるだけで、
それ単体について質問してるわけじゃなかろう。



114 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 18:21:06
周囲から影響を受けない自由意志なんて存在しないと思う。

115 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 18:32:03
日本人はどうも 知識としての自由しか知らないようだ
「自由と独立の為に戦う」と言う経験が無いからしょうがない事だけど。

116 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/28(土) 20:47:44
自由にも色々な段階のものがあるでしょう。肉体的・自然的なレベルの自由、
社会生活上の自由、道徳上の自由等々です。しかし、最も内的な自由・高度
な自由があります。それは霊的な自由と呼ばれるものです。

霊的な自由とは、自己愛(支配欲、名誉欲など)、世間愛(金銭欲、物欲、
肉欲など)に打ち克った状態です。それらの欲から解放され、神に安んじ
た平安の状態です。そこに至るには自己との戦いが必要です。

117 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 20:50:19
ねらーやってる段階で負けまくってますが

118 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/28(土) 20:50:36
天界の秘義5660
「それは主から与えられる新しい意志から生まれており、(中略)自分
 自身を求めはしないで、主御自身を求める。天界的なものである自分
 自身のものを与えられている者はまたおだやかで平安である。なぜな
 らかれは主を信頼し、悪いことは何一つ自分にはふりかかりはしない
 と信じており、欲念も自分にとりついて自分を悩ましはしないことを
 知っている。天界の自分自身のものの中にいる者たちは自由そのもの
 の中にいる。」

119 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/28(土) 20:53:59
>>117
いいえ。2CHはなかなか良い漁場です。真理を求めている魚がたくさん
います。

120 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 21:27:47
おまいが釣られてんだよw
まわり見てみろよ

121 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 21:29:17
おれたち、魚か?

122 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 21:35:11
私がすなどりまつ

123 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 22:01:16
自由とは自らの「心」を自らの「心」で支える強い意志
「心」を「意識」と言い換えれば、「意識」を「意識」で支えるとなる
しかし支えるものと支えられるものが同一では、いかにもオカシイ
支えられる「意識」は自我、支える「意識」は主体である自己
人々は無意識のうちに主体である自己に気がつき始めている
そして自我という虚構に踊らされること無く
自己の主体性(自らの由来)を理解しつつある。

124 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/28(土) 22:23:40
>>120
皆さんが生け捕られる良い魚でありますように。

マタイ13・47−50
 「また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、
 いろいろな魚を集める。網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、
 座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。世の終わりに
 もそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをよ
 り分け、燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで
 泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」

125 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 22:28:57
>>124
123を読め、完結してるだろ!
論理無きものはどうするんだ?

126 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/28(土) 22:39:31
>>125
そうですか。私には意味が分かりません。

127 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 10:02:52
これまでにも多く述べられているように、<本当の自由>が指し示すのは
人間的自由であること、すなわち<本当の自由>というときの<本当>が
人間の外側でなく、<内側にある>という意味が込められているのだろう。

だから、自由と人間特有なものとしての意思とを並置した論述がおおくある。

ところでこの意思とは自己におけるものである。
であるからさらに自由と自己とは深いむすびつきがある、ともいえる。

では、ここでいう自己とはなんのことであろうか。

128 :考える名無しさん:2005/06/23(木) 10:10:20
>>108-113
「自由」という記号は支那から輸入されたモノ。
放埓とか快楽とかニャンニャンとか、そういう意味。

libertyはもともとのアングロサクソンの言葉に無く、フランスから輸入したもの。
freedomは-domを考慮して自由郷と訳すべき哉。只の自由ならfreeでいいはず。

まぁ、つまり輸入のそのまたの輸入だよ >自由

129 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 04:47:44
「記号は」輸入したものだがな。
まあ、漢字自体がそうだし。

これは言語学のスレなのか?

130 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 00:14:30
自由って誰かに指示されなくて操られなく束縛されず。すべてが自分の意識で自分を動かせる事なんじゃないかな


131 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 00:16:33
束縛がない状態というけども、物理の法則に始まり
無数の法則がこの世にはあるのでそこから逃れることはできないよ。

132 :TAR:2005/08/06(土) 00:21:50
誰かのついた嘘に束縛されないのが何より自由だよ。

133 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 00:30:07
サルトルが言ったのは、

自ら自由を望む自由とは、それがあるところのものであらず、あらぬところのものである存在である

だれか修正キボーン

134 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 00:31:20
人間に自由はないだろう。

135 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 00:37:01
あるがままの自分で在ることが自由である。
本来の大いなる自己であることこそ究極の自由である。
裸になれば良いのだ。
女に振られて泣きながら布団の上を転げ回って
チクショーと叫びながらオナニーをする僕が、
本来の自由な僕である。自由。

136 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 00:54:42
自分が自由だと思い込んでいる人間があまりにも多すぎるよな。

137 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 00:57:14
まぁ程度の問題だ。

138 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:21:00
自由が本来的に辛くて厳しいものだって理解してる人間が少ないよな。

139 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:27:49
物に不自由すると互助の精神が育まれるし欲を自制するべく
理性も育まれる。それらから阻害された人は自分で理性の働きを
再発見しなければならなく、それはとてもつらい作業だ。

140 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:27:56
>>135
欲望の奴隷

141 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:34:58
>>140
それはあなたの欲望が偽の欲望だからです。真の欲望に従うなら自由なのですよ。

142 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:37:03
>>141
欲望は単なる自己保存本能の発露。欲望だけじゃ犬と変わらん。
欲望を自分の理性で抑えてこそ自由。他人に抑えられるようじゃ
不自由さ。

143 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:39:58
>>142
それは、あなたが未だ真の自己をつかんでいないからです。

144 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:44:18
>>143
その「真の自己」というのは理性の事で、
個人の欲望を抑える方向に働くでしょ(藁

145 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:50:08
>>144
あなたの欲望は犬レベルなんですよ。犬並みの欲望では、真の自己の欲望
を理解することはできません。

146 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 01:52:11
「真の自己の欲望」が「犬レベルの欲望」を抑えるものなら
呼び名は何でもいいさ。普通は「理性」と呼ぶと思うが、
「集合的な自己(の欲望)」と呼ぶ人もいる。単に「大欲」と呼んだり。
別に「真の自己の欲望」と呼んでも一向に差し支えない。

147 :138:2005/08/06(土) 02:49:12
>>139
俺が言ったのは、そういう意味じゃないんです。
主体には「可能性」が多すぎるという問題です。
わかりにくいかな。

148 :138:2005/08/06(土) 02:59:06
「良心に従うならば、なすべきこと」をなさなかった、という罪の意識。

例えば、小さな例で言えば、自分の発言の3秒後に、
それを相手がどのように理解をするかを想像し、誤解に気づき、
言い直そうとするが、既に別の話題に切り替わっているため、それを諦める場合。

大きな例で言えば、社会問題を嘆くならば、政治的行動を起こすべき。
というのは理想論で、俺も含め、普通の人は様々な制約の下、諦めてしまう。

(´・ω・`)

149 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 03:06:02
うーん。思考は行動より自由度が高い。だから妄想なども
発生しうるんだが。自由に考えたり理想を抱いたりできるというのは、
却って行動できない事をきわだたせて苦痛だというのはわかるなぁ。
いっそ行動できることだけを思考したほうが幸せかもと
思うことは確かにある。

150 :凡人:2005/08/06(土) 19:59:02
自由とは他の全てに痛みを伴わぬ思考および行動です。
常に自己の良心と対話を繰り返し探求すれば答えを見つける事ができます。

151 :ぬえ:2005/08/06(土) 21:36:15
1しか読んでないけど。

単体としてならすべてが自由だけれど、群体として、社会としてなら自由は責任の上でしか成り立たないだろう。
ま、社会があるんだから人間は安心でき、そして補えあえるんだと思うよ。
そして人間は束縛があるからこそ安心できる。
社会、人間関係、この空間…色々な束縛が。
個体としては不完全なんだろうね。人間は…

152 :ねこぢる:2005/08/08(月) 04:32:26
社会的な自由じゃなくて、真の自由の在り方(完全なる自由)って言うのは、
「全てにおいて何にも縛られてない(←物理的にも精神や思想、魂でさえも)というコト」で、それは「全てから解き放たれた状態」だって事だと思うの。
それがめぐって最終的に辿り着く先は絶対的な「無」じゃないのかな。よって「無」こそが「自由」の本当の形で…。
そして、多くの人が求めている自由は「自由」と「無」との間に位置する「中途半端な自由」だと思う。だからいろんな形の中途半端自由ってのがたくさん存在する。
例えば、子供の頃に持ってた自分勝手でワガママな「利己的な自由」や「社会的自由(「責任が伴う」って大人がよく使うヤツ)」はこの中に分類されると思う。
と、いうのが自分が自由に対してもつ考え方です。
とらえ方によっては宗教的な面も入ってきてしまって申し訳ないけど(´・ω・`)

153 :ぬえ:2005/08/08(月) 06:37:46
まあ、無だったらすべてが自由であり、自由でないわな。

人間には、やっぱ自分ありきの自由しか得られない。だってエゴの塊、矛盾の塊なんだから。
世の中には束縛から逃れて自由になりたいって人間がいっぱいいるだろうけど…
人間には逃れられない束縛がある。
有機体のなかの動物のなかの哺乳類のなかの人という種の束縛が。
自由の前に人に生まれたんだから絶対の自由はないわなw
あと、人には間という社会の束縛もあるね。
人という束縛があるのに、社会という束縛もある。
人という束縛は捨てれないが、社会という束縛はいつでも捨てれる。
しかし、世の中には自由が欲しいって人間がいるが、何で社会を捨てないのか?
それは、人間にとっての自由とは社会という束縛の上に成り立つからである。
自分という存在が社会にあった上での自由が欲しいのだから。
だから人間にはある程度の束縛と、ある程度の自由が必要である。
よって人は矛盾の塊であり、エゴの塊である。

ごっつあんです(´Д`)

154 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 10:03:51
本当の自由 = 無法

155 :考える名無しさん:2005/08/08(月) 13:30:14 ?
怒りを無くす。愚痴をなくす。欲ばらない。

156 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 11:21:38
「俺はこうしたい」という実感が「自由」。たとえそれが神に操られていたとしても

157 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 11:44:11
本当の自由は死ぬこと。

158 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 12:41:46
本当の自由 = 殺される自由
守られていない、自己責任

159 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 12:45:19
自由なんて死と鉢合わせ。

まあ強く生きてくれ。

人間のほとんどは弱いから強者に自由を差し出し、保護されるもの。

自由を選んだら、強者になるしかない。

(ドストエフスキーとかの影響受けすぎかな)



160 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 16:55:29
線路のない列車は不自由
羅針盤のない船は不自由
ハンドルのない車は不自由
ルールのない社会は不自由

161 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 11:19:24
全ての物質に対して
束縛が見える。自由が見える。
全ての物質に対して反対性が見える。
虚な人々は束縛が見えない。
束縛は知らぬ間に一部となってしまっているから。

だから自由なんて口にだして言ってしまう。

162 : ◆KANGEN8FpQ :2005/10/18(火) 23:41:03
自由は何かと嫌がらせを伴っていて可能性を一個に狭める

163 :考える名無しさん:2005/10/19(水) 00:16:55
この世から自由であること。一所懸命に生きないこと。
死ぬこととは違う。比喩的な意味での死ではある。

164 :考える名無しさん:2005/10/19(水) 07:34:18
尾崎豊的スレだな

165 :ぬえ:2005/10/19(水) 13:41:13
本当の自由?
有機体としての不自由、動物としての不自由、そして人としての不自由。まだまだあるぞ。
地球にすんでる不自由、宇宙にすんでる不自由…
求める自由はなに?
人という種に縛られ、法律に縛られた上での自由?
それとも、全てを捨て去った上での自由?
あ、全てを捨て去ったら意味ないんだよね?
自分ありきの自由だもんね。
ちいさいね。

166 :コテ夫:2005/10/19(水) 21:20:20
これ僕の初スレッド。というか、それの場所(板)を移したもの。

侵犯の快楽としても、何としてもいい。
だれかちゃんと書いてよー↓意見頂戴

http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/feti/1129635110/l50

167 :コテ夫:2005/10/19(水) 21:23:52
ファルス中心主義という用語でデリダが扱っている
二極性という大きな問題を、ぼくは男子・女子便所に見出す。

てなことを、あるところで主張したら、叩かれた。
皆さんは、どう思いますか?

168 :凡人:2005/10/19(水) 22:04:53
真の自由とは真の人間として生きる為の思考と行動範囲を決定付ける言葉で有り他の全ての痛みを
返り見ない自由とは蒙昧意識下に於ける自己愛が創りだす自由と言う名称の欲望の一種です。


169 :考える名無しさん:2005/10/19(水) 22:11:19

哲学自体、何やっても自由だろ



170 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 00:01:23
哲学史を学ぶ自由から哲学書を精読する自由へ、
そして哲学書の引用関係を調べ上げる無限の自由へと羽ばたく。

171 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 00:05:32
羽ばたかねえよ

172 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 00:34:57
重量挙げでは、より重いものを持ち上げるのが自由であり、
困難な過大に取り組むことが自由であると一般化しうる。

173 :凡人:2005/10/20(木) 13:49:07
哲学の目的は一つだけですが、その目的を認識せずに哲学の道を目指すと出口の無い心の迷路に閉じ込められます。
哲学=物事の理を悟り真の道徳、倫理観に依って産み出される愛智を以て全てを成す。
物事の理を悟ると愛智と言う潜在知能が芽生え、その知能を諸学の源と名称してます。
哲学は【物事の理を悟る事】以外に何も有りません。


174 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 15:39:19
とりあえず人間関係に縛られないってことかなあ。
ロビンソン・クルーソーは人類の憧れでもある。

175 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 16:43:52
自由とは何でも出来ることじゃない
自由とは自分に由ることさっ

176 :コテ夫:2005/10/20(木) 21:48:40
こんな風に、なんでも字面に対して妄想してはいられる。
抽象的な単語なら、なおさらね。
自由に生きるというのは、そういうことじゃない。

ある時ふと、
自分が「自由だった」ことに気が付いてしまう悲劇。

それは一つの罠だ。あらゆる行為の有機的な統一感、
自律的な流れをふと止めてしまう、比類なき罠だ。




177 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 22:00:59
常日頃の生活が自由である。
自分で食事をし、トイレに行き風呂に入る。
自分の意思で行動でき、考え実行できるのが自由である。

178 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 22:03:04
養老院にも自由がある。


179 :コテ夫:2005/10/20(木) 22:49:50
「第二の脳」たる腸による思考。
そこから導かれるはずの自由、生まれているはずの
結果が理解されないのが不思議だ。



180 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 23:46:42
>179
<「第二の脳」たる腸による思考。>

荘子は実践したよ。


181 :コテ夫:2005/10/20(木) 23:47:31
できたらそれを盛り上げてほしい。
ありがとう!勉強する

182 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 23:52:31
>181
荘子は、時間の半分を脳で、残りの半分を脳髄で思考した。
ま、天才だね。

183 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 23:54:16
誤)荘子は、時間の半分を脳で、残りの半分を脳髄で思考した。
正)荘子は、時間の半分を太陽神経系(腸の位置、へそ下三寸)で、残りの半分を脳髄で思考した。



184 :コテ夫:2005/10/21(金) 00:13:15
本当だ、それらしい、ことが出てくるな

ぼくが考えてた話とは違うが☆
どうもっす


185 :凡人:2005/10/21(金) 14:03:33
本当の自由とはなにか?
不自由と思う原因から自己の心の中を模索する必要が有ると思われますね。
責任の伴わない自由は【身勝手な自由】と言う欲望の創りだす自我の一つで自由とは別ものです。
他の全ての自由を意識なく奪い取る自由など全て身勝手な者達が欲望を満たす為に作り上げた【身勝手な自由】です。
また、それを行使する者は人間的に卑劣と言わざるを得ません。
しかし乍ら人々はその事に気付くこと無く身勝手な自由が横行し世界に貧困と戦争が意図的に作られています。


186 :ミスターX:2005/10/21(金) 19:03:30
>不自由と思う原因から自己の心の中を模索する必要が有ると思われますね。

これだ。不自由感があれば改善するということ。簡単でいい

187 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/10/21(金) 19:16:39
>>185
国家が自らの体制維持のために行使するのが、秩序を維持/統制するための軍隊なり、警察の、国家による私的所有権と使用権。
観念の中だけに焦点を合わせると、本当の固有で自由な領域(この領域自体がイデアですが)を問い詰めるための障壁になってしまいます。

188 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/10/21(金) 19:31:27
もとより、共同幻想、対幻想等から自由になること等を志向することは最も悪い意味での観念論です。

189 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/10/21(金) 19:32:27
>188の「観念論」は、宗教の領域ですよ。

190 :考える名無しさん:2005/10/21(金) 19:41:18
簡単に言うと何をしてもいいって事だろ

191 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/10/21(金) 19:43:41
簡単にいうと「ほんとうに自由な領域等ない」ということです。

192 :凡人:2005/10/22(土) 01:06:31
力を崇拝する蒙昧意識下で作られた人類史の全ては物事の理に反する意識に依って構成されています。
従って蒙昧意識下の社会に於いては人の知能が育たず総体が偽善に依って賄われる矛盾した構造に組まれています。
その体制に疑問を感じず満足するので有れば真の自由な心は望めません。
蒙昧意識下の社会に於いては真の正義や平和は陰湿な支配社会を崩壊させますので同様に人が知能を得て真の自由
な意識に目覚める事も良しとされません。
身勝手な自由の社会に甘んじ大切な人生を淡々と消費するのか未来に良い社会を引き渡す為に己の人生を捧げるの
か、それは個々人生に対しての思いが決める事です。



193 :考える名無しさん:2005/10/22(土) 01:14:03
>>191 yes!

194 :バンクローバー:2005/10/22(土) 14:19:11


195 :バンクローバー:2005/10/22(土) 14:26:41
「自由」なんて曖昧模糊とした形容なんだろうか?
俺はコイツの根底にある、本質を此処に晒す。
現代にてこれ程、尊重される言葉も稀だ。他人の解釈と己の解釈と世間の解釈は同義を獲ない。解るな?つまりいくらでも姿形を変え倫理と論理の間を水の様に擦り抜ける。

196 :バンクローバー:2005/10/22(土) 14:37:34
俺が今まで生きる意志となった知識への探求を紐解く。俺達は肉体と精神が調律して「在る」らしい。つまり意識と媒体に分別出来る。そこから思考の速度を上げ押し迫る、肉体の自由・不自由とは短絡的に答えが出る。

197 :バンクローバー:2005/10/22(土) 14:46:48
と言うのは自己の意志の許に肉体を制御、可能か否か。短絡的だが許してくれ。そして次は「我の意識」コイツに手足を与えたい。
我々は空想と閃きに、磨きを描け進化した、この俺の脳内はまさに無法地帯で此処では秩序の存在意義すら個の性質ん確立出来ない。

198 :バンクローバー:2005/10/22(土) 14:55:46
つまり完全に独立したスペースと考る。此処では何の制約も受けずに、見てそして思いつく限り、実行にさえ移らなければ、すべて認識出来る感覚の上で仮初めの「自由」を堪能出来る。肉体と精神を媒体として生命が在るのなら、精神面の解放など、地上で何の意味も成さない。

199 :バンクローバー:2005/10/22(土) 15:04:08
そこから思考を始め、個の理と立体化させた、自己が紡ぎ合った情報達は、やがて、この場でその理論を主張し始めた。自由を知る事で自由を得る様に、我々は「明確な意志によって、知る事を望む事こそ自由」」では無いかと返答する。

200 :考える名無しさん:2005/10/22(土) 15:12:04
とぼけたって無駄でつよ?

201 :バンクローバー:2005/10/22(土) 15:17:30
つまりは「精神」が欲した、情報の足跡を示すのが「肉体」で有りその先の行動だ。その過程に一貫性を与えるのが「意志」で有り、その結果を知りたいと望み欲し、求める事により「自由」の大部分の意義は存在する。「自由とは明確な意志を持ち「知る」と言う事」である。どう?駄目?

202 :考える名無しさん:2005/10/22(土) 16:07:34
辞書嫁

203 :凡人:2005/10/27(木) 12:33:15
本物の自由を知りたくば物事の理を悟り知能を育てれば必然的に自由の真意を会得できます。
智恵が無ければ全ての問題も対処する事はできませんが智恵を得れば全ての問題の答えが簡単にでてきます。


204 :せつな:2005/10/27(木) 15:54:13
最初に存在するのは自由でなく不自由です。
自由を得た(不自由を自由な状態に改善した)のが自分なら、
その状態に自分が責任を持つのは当然なのではと思います。

205 :ハル:2005/11/04(金) 22:49:56
人は、生まれた瞬間から、不自由を背負っている。
どうしてこんな悲しい世界に生まれてきたのかと、人は悩む。
全てを喪失した時、人は真の自由を得るだろう。
しかし、我々は失うことを恐れる。
人はどこまでも自由を求めているのに、不自由を受け入れることで生きる意味を作り出している。
人はその意味で矛盾している。
そして、人は矛盾に満ち溢れた葛藤の中に自由を時折見つめながら、自由と不自由の限りない相互連鎖の中、生きるということを体現している。

206 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/11/04(金) 23:11:36
自由より先に不自由ありき。
自由とは、不不自由なのだ。

不自由/不不自由な世界だね。

207 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/11/04(金) 23:13:53
あと、非不自由っていうのもあるね。
不自由であることがわからない不自由ね。

自由とは、不自由であることに気づくところに生まれる。

208 :考える名無しさん:2005/11/05(土) 02:37:10
真の自由など人は望んでいないのだ。

人は生まれながらに不自由を欲しているのだ。友人を作り家族を作り、そしてそこに義理を発生させて自らをその義理の中に閉じこめて安心している。

真の自由とは他人はもちろん自分への執着を捨てた状態のことである。つまり、何も感じない世界なのだ。

209 :考える名無しさん:2005/11/05(土) 09:05:25
>>208
俺は嫌だな、そんな世界。
義理と人情が支配する世界なんて
地獄以外のなにものでもないよ。


210 :考える名無しさん:2005/11/05(土) 17:30:58
>>208家族も友達もいない俺は勝ち組

211 :考える名無しさん:2005/11/07(月) 04:56:28
自由になりたくないかい
熱くなりたくはないかい
自由になりたくないかい
思う様に生きたくはないかい
自由っていったいなんだい
どうすりゃ自由になるかい
自由っていったいなんだい
君は思う様に生きているかい

212 :考える名無しさん:2005/11/07(月) 15:01:41
>>211意図不明

213 :考える名無しさん:2005/11/07(月) 18:10:32
自由とは、不自由の対立概念に過ぎない。

214 :wisteria-1(本物) ◆3MvUSsmnEU :2005/11/07(月) 18:25:18
自由とは、現実世界の対立概念にすぎない。

215 :凡人:2005/11/09(水) 21:14:57
>>214番さん
現実世界が力を崇拝する蒙昧意識が支配する狭小な人の心の世界を作り上げている
から人は真の自由を求める対立概念が必然的に生まれると思います。


216 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2005/11/09(水) 21:31:40
>>215
真の自由と力の違いは何?

217 :考える名無しさん:2005/11/09(水) 22:06:26
205はロビーにかえりなさい

218 :マーボχの美意識 ◆Vl.LIe4j2A :2005/11/09(水) 23:33:07
フジモリ元大統領は自由であったか?またあるか?
大統領時代のフジモリ氏は自由であったか?
日本亡命生活中のフジモリ氏は自由であったか?
自らの意志でチリに渡り、警察に連行されたフジモリ氏の現在は自由か?

219 :凡人:2005/11/13(日) 21:09:51
>>216番さん
力は常に他の自由を阻害する意識「蒙昧意識」の中に存在しますが真の自由は他の全て痛みを
与えぬ思いやりの心から産みだされる意識です。
従って力を崇拝する人類の蒙昧意識下に於いての自由とは全て身勝手な自由の論じ合いで有り
真の自由とは全くの別ものです。
人がその事を意識する為には物事の理を悟り意識できる知能を育てなければ成りません。


220 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2005/11/13(日) 21:20:27
>>219
「蒙昧意識」の「蒙昧意識」があなたの言う「真の自由」だったりして。二重否定で。


221 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2005/11/13(日) 21:32:56
補足
蒙昧意識が一笑に付すところに真理があるから蒙昧意識は蒙昧だと。

222 :考える名無しさん:2005/11/13(日) 23:12:03
>>218
自ら望んでそこに居るのだから、自由であったし、自由であろう。
たぶん。

223 :凡人:2005/11/13(日) 23:35:58
人が智恵を得る為に智恵を産みだす知能を育てなければ成りません。
そして知能を育てる為には物事の理を悟る必要が有る事は辞書にも記して有るので皆さんもご存じでしょう。
>>220番さん
貴方が物事の理を悟り真の智恵を会得すれば全ての真実が明らかに示されることでしょう。
掛け替えの無い、ただ一度限りの人生を無駄にせず哲学の目的で有る愛知と言われる潜在知能を呼び覚まし
貴方の人世と人類史の幸転の為にお役立てくださる事を心から望みます。


224 :考える名無しさん:2005/11/13(日) 23:38:58
(´・ω・` ≡ ´・ω・`)

225 :修羅 ◆H2eVomuo1s :2005/12/29(木) 02:22:17
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1124117451/

226 :考える名無しさん:2006/01/21(土) 16:35:38
自由は本当であるのか。
私は自由だから、私は意志する。
私は望むところがあるから、私は行動するのだ。
それだから、私が考えを持ち、私は志望することができる。
では、私が望むところがあるから、行動することが本当だとする。
これは皆の周知のことであるとする、誰かがそれを彼に尋ねる、
あなたは望むところがあるのだから、行動するべきである。
何故なら、あなたは自分が志望しているのだから、その意志を示すべきだからだ。
だから、あなたが望んでいるから、行動できるのだ。
この対話は私の自由について忠告をしてくれている、と解釈できるかもしれない。
一見、思いやりがあると思われるが、それ故に、これは問題である。
彼が考えることから、私が意志するのだ。
そして、私が望むところがあるから、行動して、
それだから、確かに私が望んでいるから、行動するとしよう。
たとえ、その後にどのような成功が帰結したとしても、第一の始まりは彼の忠告から始まっているのだ。
私が死後に何かの世界があり得て、幸福になるとしても、
この先に延々と、私が自由だとは絶対に言えないのだ。
この先に延々と、私は誰かが忠告してくれた、それだから、思い直したから、意志をしなければならない。
この先に延々と、私は誰かの忠告を理由としなければならない。
このような自由は嘘だ。私は不具者だ。私は不自由だ。

227 :ヘイト ◆iyx/0deoUw :2006/01/21(土) 22:57:59
自由についていう時、哲学は宗教まで落ちる。
自分で生きなさい。自立/孤立で言えばどちらが自立できると思う

228 :ヘイト ◆iyx/0deoUw :2006/01/21(土) 22:59:21
揚げちまった
逝ってきまつ

229 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 00:11:27
>>1
自由という言葉のとらえ方があなたの考える自由と「自由には責任が伴う!」の自由では違うんじゃないかい?

230 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 03:50:38
>>227
この宗教性は試金石であるようだ。遠大な世界観はどこまでいってもその通りであることを試すものである。
高いと表現していいのでしょうか、あなたが忠告することを高い処において考えることなのだ、
自由であるから、意志することを言っている。
あなたの忠告は私が望んでいる事と併置されるものだ。その忠告と私のことがどのような関係にあるにせよ、
あなたの忠告は理由にできないのだ。
何故、宗教でしょうか、理由が神聖ですか。

231 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 04:19:47
十分な自己の確立ができる前に、自由に放たれることは、本当の自由を与えられることにはならない。

みたいな事を言った人って誰だかわかる人いませんか?
かなり曖昧な記憶なので、実際と大分違うかと思いますが、
わかる方いましたら教えてください。


232 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 05:16:58
自由論というのは、大昔からパターンが決まりきっている。
自由と放埓は異なり、放埓は自己破滅と社会不安をまねくとか、
自由の裏には義務や責任があるという日めくりカレンダー的教訓もの。
それか、人生全体を100パーセントの円グラフと考えると、
その円グラフの中で自分の自由になる割合を増やすには?
という考え方に縛られた思想。
頑張ってかなり偉くなって金と権力と時間と体力ができれば自由になる
範囲が増えるという考えと、貧乏臭く己の欲望やしがらみを
最小限にすれば自由になる範囲が増えるという考えの2パターン。

それらのカビ臭く古い自由論ではなく、新しい自由論を
俺は構想している。

233 :ヘイト ◆iyx/0deoUw :2006/01/22(日) 12:46:25
↑勉強しろ

>>230てか誰
強いてそんな感じにいうなら
神ニアイコール理想を持とう、みたいな
やっぱ愛だろ愛

234 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 17:10:47
自由って幸福のことだと思う。

1 幸福、幸福感のこと
束縛されていると感じるなら幸福でない。
2 選択の幅の広さ
たとえばネットを使える環境があること =幸福を選択する権利(自由)
3 やると不幸になる選択の幅の広さ
毒を飲む自由 =不幸を選択する権利(自由)※自殺は別
4 規範を乗り越える自由(自殺、殺人など)
楽しい場合もあるだろうし、不幸になる場合もある。

235 :234:2006/01/22(日) 17:23:48
補足です。
○「幸福」を「自由」と慣用表現している。自由=病気や事故、嫌な仕事などを
免れて、十分な幸福感を感じている自由。(「まあまあ幸福」から「ほぼ完全に
幸福」まで)
「十分に幸福でない」と感じる人は不幸(怨憎会苦、愛別離苦など仏教に定義されている
ようですが)で、その分「幸福である」という自由がない。
○ひまつぶしの自由。「自由時間」の自由。「よい選択権」の自由。
(毒を飲む、料理する、ネットをする、散歩するetc.)
○過程や結果に困難や不幸を伴う自由。(自殺のための服毒、殺人、強姦など)
何か書いていてルソーとかを思い出した。当然だけど、上に書いたことは
思想家や哲学者に語り尽くされた話題だろうな……それどころか、どこかで
読んだ内容がいつの間にかすり込まれているだけかも。

236 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 23:16:09
君が「思いついた限り」が自由のすべてです、ハイ。

237 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 18:47:15
>>234
束縛=不幸なら、結婚も子育てもしない方が良いな。

大人になり、決断し、なにかを築いていけば、必然的に束縛は増える。

だから、その束縛の存在自体が問題ではなく、
束縛が自ら選択し受け入れた束縛かどうか、を問題とすべき。

238 :考える名無しさん:2006/01/25(水) 14:58:55
株で稼ぎ、社会の使う者、使われる者のどちらにもならない。家族も含め全ての人間関係を切る。
金、人間関係、社会的制約、による束縛は無いが、肉体的、精神的には限界がある
自分でも自由に近づいたと思うが、今の状況が当たり前になって何も感じない
自由は人の描くただの幻想でそれそのものにはなれない、ただ近づく事は出来る
はっきり言って使われる者の中で、擬似自由を真の自由だと感じていた時の方が良かったのかもしれない
自由を求めたものにもはや自由は無い。

239 :ぽっくん:2006/01/25(水) 15:09:24
個々が自由に解釈すればいいじゃん。

240 :ヘイト ◆iyx/0deoUw :2006/01/25(水) 18:05:21
そして勝手に思っとけばいいじゃん

241 :考える名無しさん:2006/02/07(火) 23:58:34
自由と不自由は表裏一体、自分にとって都合のいい自由=不自由を選ぶだけ、自由に伴うリスクを自分で受け止めるのが本当の自由。

242 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 23:21:08
あなたが考える「自由の困難さ」とは?

243 :考える名無しさん:2006/03/06(月) 11:22:49
ttp://www.davidson.jp/image/oboegaki/slose.jpg

244 :考える名無しさん:2006/03/06(月) 11:54:49
束縛する自由もあるの?

245 :考える名無しさん:2006/03/06(月) 12:32:09
その根本として、考える事自体には束縛はないのでは?自由の責任の自由を考えてるそれは自由ですよね。それが自由でないのなら自己責任という思い込みに過ぎないと思いますが。

246 :?S?z????:2006/03/06(月) 12:37:31

実母=予言者=ハーフ

247 :考える名無しさん:2006/03/06(月) 16:40:19
ママ、乳母車
もとした〜

248 :JJR:2006/03/06(月) 23:31:05
人間は関係に縛られて生きている。
自由とは何かを決定するときに障害がないという条件のことであり、何かを決定するということは意志に基く行為である。
人間が関係に縛られている以上、無制限に外的障害がないということはあり得ない。

自由とは意志に外的障害がないことであり、それは自らの意志にのみ従うということであり、一言でいうと「自律」ということになる。

249 :考える名無しさん:2006/03/08(水) 01:08:54
自由の良いところ、悪いところについての考え聞かせて
小論文書けね('A`)

250 :考える名無しさん:2006/03/09(木) 16:15:43
死ぬことです><

251 :考える名無しさん:2006/03/09(木) 17:31:48
弱肉強食です

252 :考える名無しさん:2006/03/09(木) 18:00:06
オナニー後の倦怠感

253 :凡人:2006/03/10(金) 15:14:42
自由とは他の全てに痛みを与えぬ思想、及び行動です。
これに反する思想、及び行動は身勝手な自由(わがまま)と言います。
本当の自由を得たいのなら物事の理を悟り、智恵を得て、力を崇拝する
蒙昧意識から己の心を解放する事ですね。


254 :考える名無しさん:2006/03/10(金) 17:27:14
>>253
そう、物事の理を悟り、知恵を得て、
すべての蒙昧意識から己の心を解放
できる場所、それが2ちゃんねるだねっ!

255 :考える名無しさん:2006/03/10(金) 18:29:26
「本当の」と問うこと自体、自由の一般に使われている慣用としての意味の域を外れたものを
見ようとしているのであり、それは自由から切り出すものではないと思います。

256 :りくーつ・こねりー:2006/03/10(金) 19:22:59
普段使ってる自由って言葉は感覚的な比較な気がする
感覚的に、より自由であるとか、より自由でないとか、そんな感じ

でも、自由って、完全に理性のない者を何の束縛もない環境へ放り出した状態なのかな、
とふっと思ったりする

>>244
自由という名の束縛
なんとでもいえる、言葉遊びでもあるんだよな…

257 :自由=倫理:2006/03/12(日) 06:08:38
自由とは、異質な人間たちが協力しうための最低限の秩序(倫理)である。

「他人の自由(撰択)を尊重する。他者の自由を奪うことが悪」

このもとで理想的には、本人の意思を無視した強制は消滅する。

258 :断末魔の痙攣:2006/03/12(日) 16:03:52
人は自由であっても自由に行為する事は不可能です。
理性からの開放を企てたとしても、目的化された瞬間
直ちに理性の罠に陥ってしまいます
それは生産と消費を繰り返す事を目的化せざるおえない人にとって理性から
逃れる企ては、死を意味します どんな崇高な目的も達成されると、
あの忌まわしい理性によって新たな目的へと仕向けられます
やがて、目的に奉仕する途上であっても死が永久に飲み込んでしまうのです
往生際の悪い理性はそれに恐怖し抵抗します
歴史は理性が創作した擬似不老不死の伝承として今日に高度に発達した文明
を残しました天空に浮いた球体は理性が肥大化した脳となり
人に目的を与えます そう言うと蟻や蜂のようですが、彼らには死の
概念がありません 理性が無いのだから
奴隷のような労働も不平不満は無いのです
遺伝による本能プログラムを実行しているだけ!機械ですよ! 
不幸も幸福もありません 彼らは自由ですよ本能を認識する事なく本能の
まま生きられるのですから、でも自由すら認識
できない彼らの自由は不在なんです
人は概念上自由な存在です 妄想の中で鬼畜行為や
殺人を犯しても罪に問われません 言い換えれば妄想で人は殺せません。
現実の行為としての自由はあらゆる目的(自ら欲するものも含めて)から
の離脱であり不可能であります
しかし目的に意味を加えたり想像でストーリーを付ける事で、
あたかも自由であるかのごとく振舞う事は出来るのです 
人は自らのフィクションで幸福になれるのです。
空腹を満たす行為を生きる喜びとするか
まるで胃袋の奴隷だとするかは
人それぞれの自由なのだから。 


259 :考える名無しさん:2006/03/12(日) 16:15:10
自由を考えている時点で自由ではないのだ
自由という不自由に縛られている

260 :考える名無しさん:2006/03/13(月) 02:15:03
自由という概念自体が不自由の存在を仮定してるように思う。
だから…
詭弁だな。ごめん。

261 :考える名無しさん:2006/03/14(火) 13:31:54
ttp://www.davidson.jp/image/oboegaki/slose.jpg


262 ::2006/03/14(火) 13:39:02
既出かもしれないけれど、
真の自由なんてないんでないか。
逆の真の拘束みたいなのはあったとしても。

263 :考える名無しさん:2006/03/14(火) 13:43:05
すごい速度で産道の壁に擦り付けながら生まれてきたのだから、
肉沸き血が踊る奴に等しいわけだ。

264 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 08:20:36
htp://www1.odn.ne.jp/~aac65140/masks/fly.htm

265 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 08:27:22
ttp://momo.paslog.jp/image/127-2765_IMG.JPG

266 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 09:37:15
http://natto.2ch.net/diet/kako/1002/10020/1002065496.html

267 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 09:54:25
う〜ん、むずがゆいのかちら〜♪
だいじょぶでちゅよ〜♪
すぐかえてあげまちゅからね〜♪


268 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 17:58:44
ぼくちゃの腸にあわなかったのかちらね〜♪
もう、まんまがでてきちゃいまちた〜♪
うしちゃんのおっぱい、はやいのかちらね〜♪
いいこ、いいこ♪

269 :悪魔:2006/03/27(月) 18:28:44
自由と考えた時点で 対になる概念 不自由が生じると考えます。
自由と自身が認識できれば、それは自由であると考えます。
不自由と自身が認識すれば、それは不自由であると考えます。
自由と不自由は主観であると考えます。
自由か?不自由か?を考えない方が自由であると考えます。

270 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 18:58:16
 Who lie
               made by freeman
That is what is one soaring fly down fly down
like as hanggider
How high you fly from there only fall not rise
Come from your hight
If not your hightness,lose your balance,aren't you
But don't you know your hightness,you know
Though you are lie,you fly high
What the hell you are flyguy What the hell you are flyguy

271 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 20:12:27
>>270
どんな曲が似合うの?

272 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 20:29:11
当然、三重奏だろうね。
すると、表面に現れる曲調は或る範囲を行ったり来たりする範囲だろう。
その範囲は耳に心地よい繰り返しだ。
しかし、単調な決まりに縛られたくない、高い音と重低音の協奏から聞かせようとするだろう。
だから、表面的には単量な繰り返しだけど、
しかし、協奏曲である。

273 :考える名無しさん:2006/03/27(月) 21:40:17
http://.uji.cc/

274 :レドリル:2006/03/27(月) 21:58:03
自由とは正義と比べられるほど、重要な概念だ。
制度や規則に束縛されず、窮屈でない、解放された状態を意味する。
これは心身ともに意味するのだ。
でも人は年がとるほど、考えが固定化されて、柔軟性が失われるので、
そういう固執化された考えや思考は、自由とはいえない。
何ものにも縛られないとは、囚われないということを意味するのだ。

275 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 06:12:39
生まれてきた人間の自由をしばりつけるモノとはなにか。
それは「社会」でしょ?
社会からの束縛から完全に自由なオオカミ少年をうらやましいと
誰がおもうかね。
人間は自由など欲してはおらんのだ。わっはっはっはh

276 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 07:56:01
個人が思ったとおりに行動しているさまを自由という。

277 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 20:55:02
自由を考えやすくするために、とりあえず人間社会から逸脱したところから
考えてみればいいよ!
>>1が未開の無人島にいるとする。
食料を探して生き延びようとするのも自由
絶望して何も行動せずに飢え死にするのも自由

自由とは>>1が生きようが死のうが他人が知ったこっちゃないという環境



278 :考える名無しさん:2006/04/07(金) 02:09:54
人は自由な人を見ると嫉妬する。
自由になろうとする人を妨害する。

ってのは分かった。。

279 :自分を由宇にする百分の一のテスト。:2006/04/07(金) 06:52:54
さて?トラシュマコスよ?我々が思考するスカラーとベクトルの“自由意志”はどの座標を結ぶのだろう?
「我々はより身近に“真実”を座らせるべきではないでしょうか?」

ふむ、だが見て御覧の通り余り私は彼等がよりアグレッシブに倫理と議論の崩壊を促進するのでは?と懸念するのだよトラシュマコスよ。

「全くです、彼等は感情に理性がしばしば嘘を吹き込むのも気付きません。」

おお!!良い所に思惑を運んだな。そう、何故なら彼等の精神は未だ自由を噛み締める事が何よりも大好きなのだ。

そう、何者にも支配されないと言ってね・・・だから自由に歯を立て噛み付く!!

自由とはなんだ?!放任とは、どう違う?本当に自由なのだろうか?等など数え上げたら枚挙にいとがまい。


280 :自分を由宇にする百分の一のテスト。:2006/04/07(金) 08:30:18
自由とは“彼”の叫びを聞かなくては、理解にはおよそ、結び付かないだろう。
さて、トラシュマコスよ。一つ尋ねようか?

およそ、自由とは何を必要とするだろうか?

「何よりも自らの“意志”是でございましょう。」

そう、意志無き自由は、明日無き時空。

さぁそれではどうか、あなたの意志が精神より“自由”で在る為に何をしましょう?

【自由意志と指数貴志。】
では、自由とは何か?  それは、不自由であり、

不自然であり、何より余り本音を吐き出さない陰険な理性により過去と苦痛へ繋ぎ止められてる、と言って置こう。

では、トラシュマコス、まず我々が意志を自由に解放しようとした時に、一体何をするべきかね?

「まず私なら“一体”何時までに完治したいから、取り敢えず。」

「支配と被支配」が交互に入れ替わると言って置きます。」

「つまり、自らの意志による選択の基準。是が重要かと。結局、自由も不自由も皆、一緒だから得には関係無いかと?」


281 :自分を由宇にする百分の一のテスト。:2006/04/07(金) 08:32:04
はたして本当に、そんな、曖昧で言い訳ねぇだろ!!良く考えよう。カス!!

「それでは私と名乗る“俺”は何と偲惟に置かれるのです?ゴミ!!」

言い過ぎだトラシュマコスまぁ良い、よくぞ尋ね、やがったな、こん畜生!!

では、こう考えて見てはくれないか?

トラシュマコスよ今、君は働いている。そうマックの店員さんだ。バイトは六時で終わりそれからは、自由だ。

トラシュマコスよ君の時給は実は部長が軽くピンはねしてる、更に最悪なのが、君は愛想、笑いが死ぬほど苦手で仕事に集中する余り表情は凄まじく険しい!!
トラシュマコスよ、見て御覧、君に注文を言ってる客が苦笑いを必死に取り繕っている。嗚呼あの人は可哀相だ!!金出してまで、苦笑いを浮かべるなんて!!
「それ何か関係在るんすかねぇ?」

トラシュマコスよ、全く関係は無いが何を考えようと私の意志の自由では無いか!!

まぁ良い、やがて六時に成りピンはね上司が近付きこう言う。

『トラシュマコス君、悪いけど残業頼める?否なら別に自由に帰れって言うけど?』

さぁあなたの自由な六時が不自由に変化した、訳でもまぁ一理在るが重要なのは此処では無く、今の問いへの返答で在る。

「急に言われてもあれ何ですが・・・一体どうしたのですか?」

『嫌々、店に着く途中で、コンビニ寄ったら、強盗に会ってさ、何か人質に取られてるらしんだわ。』

「なんで?解ったんですか?」


282 :自分を由宇にする百分の一のテスト。:2006/04/07(金) 08:35:07
『君々、一社会人が会社に遅れたり休む時、位電話の一本入れると言うのが、常識だろう?それを今更何でと聞く方が宜しくないな。』

「はぁ・・・(在りえねえ!!どんだけ強盗間抜けよ?)解りました、引き受けましょう。」

『否ートラシュマコス君、最初かっらそう言えよ、全く以て煩わしい。さっさとそう言えよ!平の癖によう!』

そう正に、この瞬間、意志が自由だと言う事を叫ぶのだ。

「すんません、あなたの体が暫らく、自由が効かなくなるまで殴り続けて良いですか?遣ってられっか!!この禿!!死なすぞカス!!」

『否ー何を言ってんの?軽い冗談じゃないか?ねぇ?ん?トラシュマコス君。』
「止めようが止めまいが、私の意志の自由だろうが!!」

『あっそ?ポリポリ・・・早く帰れば?約立たず!』
「天に帰る時が来たみたいだな・・・裸凹!!」

『・・この子!本気よ!誰か!助けて・・チキンマック・・ぐふっ!!』

どうだろう、およそ全ての人が自由とは何か?を打ち破り真の自由に近付いた事だと思う。


283 :自分を由宇にする百分の一のテスト。:2006/04/07(金) 08:37:44
まとめと眼鏡。

自由とは自己を視察した、場合に正しく“支配”と“被支配”を認識してどちらも選択の余地の在る状態だと意志が認めて窮屈さから解放され初めての自由ではなかろうか?

つまり今、現在はバイトの“上司”と仕事の支配を、受け、その後に解放される事を前提に被支配の状態に在る、と認識しなければ、およそ、自らの意志により選択など出来ようものか!?

だが、此処すら出入口。 
『真の自由意志とは?』

【自らの意志による命令により支配者された、被支配に成る事では無かろうか?】
それでは、又来週の・・トラシュマコス君・・・どっか国家でさようなら。

ここらで宜しいかな?トラシュマコス君・・・。              「ええ!マックに誓ってソコラデス、鍵落としたの。」

284 :考える名無しさん:2006/04/07(金) 09:08:53




あんたらすごいね。


285 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 17:39:03
age

286 :考える名無しさん:2006/05/06(土) 21:29:18
考えない事
この瞬間に今を感じきる事
過去と未来に捕らわれない事

これが自由

287 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 00:04:58
なにが自由かは人それぞれで定義付けることがまず無理な話だと思う
安っぽい例えだけど、この世界にしても刑務所を出たばかりの人には自由な世界だし
普通に暮らしてる人には窮屈だと感じる時もあるし
最初は自由だと感じてもだんだんそうは思わなくなったり

288 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 02:05:22
自殺に違いない
多分きっと

289 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 22:43:44
快楽は身体によって制限されるとかって言われてたから、身体ベースの自由(嗜癖、自傷など)は
本当の自由になり得ないでしょ?死後の意識の問題もあるし。

290 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 16:10:57
自由ではない状態になったときに、始めて本当の自由を悟る事でしょう。

291 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 17:06:25
現世的自由は「お金」で買えます。
来世的自由は「お金」で現世的に買えるわけではありません。

292 :真の850:2006/08/23(水) 19:36:03
少なくとも人間は「人間である」という限界に縛られるがゆえに
自由な存在たり得ない

293 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 19:40:58
自由の概念を思考する人間に自由はない
執着心・欲望は自由とは無縁である

294 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 19:45:30
すべてが無に帰ったとき
そこに自由は出現するだろう

295 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 19:45:47
自由って選択肢があるってことだろ。
それ以上の意味を持たせようとするのが無意味。

296 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 19:53:42
すべてを選択できるならそれは自由だろう
しかしそんな人間はこの世にひとりも存在しない
どんな権力者であろうが「永遠に死なない」という選択はなし得ない

297 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 10:41:42
あらゆる束縛・拘束から解放されてこそ真の自由
だがそんなものがこの世に存在するであろうか?

298 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 15:21:48

 まずは、「トイレに行かない自由」から獲得したまへ。w

299 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 10:35:13
自由とは他の全てに痛みを伴わぬ思想、及び行動です。
皆さんの自由は身勝手な自己愛に依って産みだされる我が侭です。
自由と我が侭の区別もできない知能で自由を語ることなど論外です。


300 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 16:01:29
>>299
では自由を望むというワガママは成立しないわけですね?

301 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 16:18:48
>>297
冥界に立つ人は解放されています。
この世ではないでしょうけど。


302 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 18:14:04
>300
何故、本物の自由を望むことがワガママですか?
本物の自由〔他の全てに痛みを伴わぬ思想、及び行動〕に従えば本当の自由を得ることができます。


303 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 18:23:43
>「自由には責任が伴う!」
「権利には責任が伴う」の間違い。
糞スレ終了。

304 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 21:26:28
自由とは生命と理性の調和であるが、それを孔子は「欲するままに行動して則を越えず」
と表現した。


305 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 21:44:23
自由とは、「何者にもコントロールされず、自分で考え、したいことをし、自己表現できる」こと。

306 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 23:09:16
>304
人の欲には限りが有りません。
欲するままに行動した時は既に則を越えています。
孔子の間違いですね。
言い替えると「自由とは望むままに行動して人道を越えぬこと」ですね。

307 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 23:13:21
>305
他者からコントロールされないために自由とは正しい道を歩むことで得れますね。

308 :考える名無しさん:2006/08/29(火) 23:41:30
「ノー天気 それは自由を得た者をいう。」
ってのは?

309 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 15:30:21
雨の日は植物の喜びを感じ、風の荷はよどんだ空気が吹き飛ばされる気がして、
晴れてる日には広い宇宙に飛んでいる小さな地球の上で生きている喜びを感じる。
そんなノー天気な私です。

310 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:14:43
本当の自由とは誰もが認める価値を生み出しつづける能力を持っていることかな。

311 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:26:36
>>1
日本に生まれただけで生じる義務を全うする責任がある人は、
そういう立場に無い人に責任、責任と言うことで精神的圧力という
義理による任務を背負わせてるのが義務を果たす事でしか
精神的自由を味わえないわけです。
ソレを見抜いている人は気にせず自由に生きてますよ。



312 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 20:50:50
>>310
おまえ悲惨な生活をおくってるだろ

313 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 20:53:48
>>312
お前にとっての悲惨って因みにどんな生活よw?

314 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:02:36
>>312
自分の能力を超えた仕事をたくさん抱え、周りには敵だらけ。

315 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:12:14
>>314だが、>>314>>313へのレスのまちがい。

316 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:21:28
おまえ、そんな感じだろ?

317 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:27:35
勘悪いぞおまえ。

318 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 21:39:54
>>317
なら、どんな感じ?

319 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 22:11:15
>>317
おまえの劣等感は論にする余地のないところだろ。

320 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 23:19:30
そうか、お前が導き出した悲惨さは劣等感か、ご愁傷様

321 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 00:00:53
またまた言い争いが始まったな、
自我が強い、智恵がない、常に勝敗を気にする、脳みそが空っぽの証拠だよ。

322 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 00:12:03
あらそう。脳みそ空っぽの証拠なのね。
わっかりました。貴方はとても智恵があって自我の弱い方なんですね。
そういう方の言う事は間違いないと思いますよ。証拠まであるなら
なおさらですね。

323 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 00:14:56
理論のない人に限って争いだと思い込める脳みそをひけらかすんですよね
勝敗を気にしている証拠でも論理的に導き出してから
空っぽとか言うようにしないと、自我が弱くて話にならないんですけども。


324 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 11:45:28

>323
論理とは思考の法則で有るが、論理的に導きだす理非の心を君は備えているのかね?
君が理非の心を備えていれば、論理とは理非の理に属し、自我とは理非の非に属することは自ずと分かるだろう。

325 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 11:58:16
自由に生きていると責任を追及されますよ?と言う意味だと思うので。
残念ながら無責任な自由は存在しません。
ところが不思議な事に不自由に生きていても時々責任を追及されちゃうので
好きにすればいいと思う。

326 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 12:03:12
それは自分に非があるからだろう

327 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 13:38:38
>>324
あんたは、>>321で、自我が強い、智恵がない、常に勝敗を気にすると言い放ち、
脳みそ空っぽと結論付けたんだぜ、あんたの理非で。
人を脳みそ空っぽと批難し批判するなら勝敗を気にしている証拠を論理的に
導き出せと言われているのがあんたの理非では認識不能ですか?

勝敗を気にしている証拠も提示できず、論点をすり替え、自我とは理非の非に属する
云々って、「勝敗→脳みそ空っぽ説」とは全く関係のない話に意識飛んでってるよ、あんたw
自論展開する前に>>321があんたの理非によって導き出した論理的文章なら、キッチリ
証拠を論理的に導き出せよ、自我が理非の非に属するってあんたの仮説でいうならば、
常に勝敗を気にしているという結論によって導き出した脳みそ空っぽ発言の
論証するのが理非の見せ所。しっかり実証しなさい、論理的に。
それができたら、>>324に応えよう。


328 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 13:42:47
>>321>>324て別人じゃ?

329 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 14:02:17
ああ、そうなの?なら>>324の自論はどうでもいい、スルーだな。

330 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 15:22:47

>327
>おまえ悲惨な生活をおくってるだろ
>勘悪いぞおまえ
>おまえの劣等感は論にする余地のないところだろそうか、
>お前が導き出した悲惨さは劣等感か、ご愁傷様

この書き込みが、本当の自由を探る態度ですか?




331 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 15:59:48
自分は自由だ、と思う人間はそれまでに不自由を必ず経験しています。
他人の自由をうらやむのも自分が不自由だからです。
つまり自由は不自由を前提にしないかぎり成り立たないのです。
そして人間が自由にこだわるということは、人間が不自由といことになります。
常に意識が不自由を感じていてそれが一時的に緩和された状態が自由という
ことになります。
では何が不自由なのか、それは記憶です。
つまり本当の自由とは記憶に邪魔されない意識です。


332 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 16:20:23
>>330
それが自由を探る態度かどうか決めたら、本当の自由とは
なにかが論理的に説明できるならその態度を利用して論理的に
本当の自由を導き出せばいいと思いますよ。


333 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 17:34:44
>>330
態度が良ければ本当の自由を得られるのですか。
宗教のお題目とちゃうねんで。

334 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 17:46:45
自由な行動でも物理法則や心理法則など何らかの規則に従わざるを
得ない。選択肢は限定されている。
自由かどうかは主観的な開放感で決まる。思い込みの力だろう。
奴隷みたいに働いて誰かがルールを決めたショボい遊びで
満足して自由だと思ってんだから。

335 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 18:26:35
そういう点ニート層が自由人ってことになるな

336 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 13:44:28
智を望むには、まず第一に謙虚な姿勢(態度)が必要です。

目なし耳なしで口だけ達者で
>おまえ悲惨な生活をおくってるだろ
>勘悪いぞおまえ
>おまえの劣等感は論にする余地のないところだろそうか、
>お前が導き出した悲惨さは劣等感か、ご愁傷様
これでは、本当の自由とはなにか?何て理解できる術は有りませんね。
おまけに
>態度が良ければ本当の自由を得られるのですか。
>宗教のお題目とちゃうねんで。
こんなアホの書き込みをする馬鹿もでるしね。


337 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 14:32:21
智を望むには、まず第一に謙虚な姿勢(態度)が必要です。
目なし耳なしで口だけ達者では、本当の自由とはなにか?
何て理解できる術は有りませんね。
おまけにこんなアホの書き込みをする馬鹿もでるしね。





338 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 15:05:04
>>337
謙虚な人は、馬鹿とか、口だけ達者とか、理解できる術は無いとか言うのを謙虚な自分と勘違いしているらしい
ということでファイナルアンサー?

339 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 15:19:48
人の振り見て我が振りなおせが出来ない人に自由はない。悪しからず。
でファイナルアンサー

340 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 16:00:38
本当の自由とはなにか?

これ意外にも人類社会は問題が山積しています。
問題を解決できない原因は問題を解決する智恵が不足しているから、ですよね。
何か外に問題を解決できぬ原因が有りますか?
有るとすれば智を望む謙虚な心の不足が智を得ることを拒んでいる、以外は無いでしょう。
問題を解決する智恵を持たずに問題を解決する方法が有るんですか?

自由とは全てに痛みを伴わぬ思想と行動で有り、その域を逸脱するものは身勝手な我が侭と言います。


341 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 16:09:07
死ぬ事由があるから、あんた身勝手言ってないで死ね

342 :考える名無しさん:2006/11/12(日) 23:58:04
現代社会に生きるうえで自由な選択には良かれ悪かれ結果ってものが付き纏って来る
その悪い方の結果を責任と呼ぶんじゃないんだろうか。

その付き纏って来た責任は「ゴミ」みたいな物で
俺は取りあえず「ゴミ」は気にしない事にして横にチョンと置いて他の事をし始めるから
その「ゴミ」が回りに溜まってきて俺の身動きを制限してる。
そのゴミを掃除するのも自由、しないのも自由
誰れも掃除はしてくれないらしい・・・


自由とはかくもえがたき事よな・・・

343 :考える名無しさん:2006/11/13(月) 00:43:43
思えば、人が認識して物を区別していくことから始まったのかもしれない。
自分のことを理解し、それにかかわるモノを理解し、そして自分を通そうとする。
わがままとは、自分のままを通すことである。しかし、それは自分を通すことに通じない。
なぜなら、関わるものを通じて自分は周りに通されるからである。
赤ん坊がいくら泣いても、赤ん坊がぶつかった椅子はどいてはくれない。
それは、赤ん坊が椅子を理解しないからである。
わがままは、椅子というものに通されずに終わってしまう。
自分を通すためには、周りを理解する事と周りの承諾と理解を得る事が必要である。
自由とは、つまりその際に発生するものではないかと思う。
自他共に生産的に認めているわがままの部分ではないかと考える。

344 :考える名無しさん:2006/11/13(月) 13:16:25
自律。

345 :考える名無しさん:2006/11/28(火) 08:46:57
脳死

346 :考える名無しさん:2006/11/28(火) 18:01:21
>>335
>そういう点ニート層が自由人ってことになるな

マルクス主義的に言えば、ニートは自由人ではない。
なぜなら、彼らもやはり無職であってもプロレタリアート階級だから。

347 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 15:16:01
>>1 本当の自由とはなにか?
自由=「他の全てに痛みを伴わぬ」思考、及び行動。
智恵=物事の理を悟り、「適切」に処理する能力。
智恵の「適切」=「他の全てに痛みを伴わぬ」処理方法。
自由=物事の理を悟り、知能を育てた者が感ずる心。

348 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 16:20:33
>>347
>「他の全てに痛みを伴わぬ」

ということは、自には痛みを伴うと言うことか?

349 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 17:54:18
>>348
ごめん、他のが余分でした。
「全てに痛みを伴わぬ」で考えて下さい。

350 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 20:36:48
なら金儲けもだめだね

351 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 23:01:28
自由の概念は、不自由な事(不可能な事を知る、不快な束縛を認知する)を通して、
自由(可能な事を知る、束縛から解放される)を知ることによって作られると思う。
よって私は、自由とは、不自由を感じてこそ得られる不自由の対極の概念と仮定する。
だとすると、不可能な事や束縛が解消されて不自由を感じなくなれば、
それだけ可能な事や開放的な事対する自由が増えると考える。
現代の日本では、物理的に満たされてきて物理的に不可能な事は減った。
なので、不可能な事が減ったので、その分だけ私たちは自由になったはずである。
しかし、実際は不可能な事や不自由は減っていないように感じられる。
もし、人間がいつも同じだけの不可能な事や不自由を体感するならば、
物理的な選択肢が増えた分、非物理的な問題が増えた事になると考えられる。
つまり、一定量の中で可変であるからこの様な変動があるのだと考えられる。
この様な場合、「本当の」と限定的に定義するのは難しい。
それは、本質的に誰もが抱いている不自由を認知しなくてはいけないからである。
これでは、本当の自由について悩む事が不自由であるような気がする。

352 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 23:02:14
ところで、不可能な事や束縛について、何がそれを認知して考えるのだろうか。
それは、自分としかいえないだろう。自分が感じる不快な束縛や
不可能な事について、それを解消して自由を得ると考えられる。
本質的な自由とは、快に基づく認識である事はほぼ間違いないだろう。
だとすると、上記のような不自由の反対を自由と定義するよりは、
結果的に自分に対する反動や対象を含めた全体像として快を得られ、
それを無限に続けられるやり方の中にある選択肢こそが自由である
と言う方が、社会的には正しいと思う。
それは、不自由の反対に対する自由はそれを求める行為の段階で、
不自由であると認知できるからであり、安易な思考停止によって
利己主義的な自由を呼んでしまうと考えれられる。
これにより、自由が無限に不自由を呼ぶと仮定できるからである。
これは、どう考えても自由と言う空想であって、根本的な不自由である。
これは利己的で不自由な自由に対する対極の全体/社会的な自由を導いた事になる。
不自由な自由と言う事態がある以上、不自由←→自由ではない。

353 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 23:02:52
むしろ、不自由≒自由である。ここで一つだけ言えるのは、
自由になる(継続する)過程=不自由ではないという事である。
全体/社会的な自由でも、その自由を継続する過程は不自由であるとも言える。
よって、自由になる(維持する)過程=不自由では、永遠に自由にはならない。
そうすると、本当の自由はそうなる事を含めて維持する段階でも不自由を感じない事であるといえる。
利己的自由でも、全体/社会的自由でも、自由を求める事や維持する事を不自由と
感じないのなら、総じてそれを自由と言っていいのではないのだろうか。
ただし、私たちは社会の中に生きています。そして、自由が利己的である場合に
誰かの自由を奪うのなら、社会がその自由を奪う事になるのは決まっている事です。
よって、利己的な自由はよほど孤立的でない限りは、社会的自由がポピュラーな自由である事になります。
しかし、ポピュラーだからと言ってこれが本質ではなく、
自由とは、それを成すのに際して不自由と感じない事が本質であると私は考えます。

354 :考える名無しさん:2006/12/25(月) 21:01:44
>>350
>なら金儲けもだめだね
集め方も問題ですが、集めた金の正しい使い方、が自由には必要ですね。




355 :考える名無しさん:2006/12/26(火) 02:22:01
自由とは希望の成就へと向かう活動である。


356 :考える名無しさん:2006/12/26(火) 17:10:12
>>353
つまり、チョコボや飛行船に乗れるようになったり、
銀の鍵や金の鍵を見つけていく過程が自由だと?

確かに、その瞬間は、行動範囲が広がり、自由になった気はするけどね・・・

357 :考える名無しさん:2006/12/27(水) 00:17:18
>>356
過去と現在の対比から未来へと進む段階での選択肢を自由と言うなら、
自由は選択肢の数に比例すると考えられるので、物事が限界を迎えれば
自由を求める選択肢は失われて、結果的には自由ではなくなると考えられます。

また、エゴを通すことが自由であるなら、自分の限界に達するなどして
破綻した瞬間に、自分の束縛から離れられずにそこで自由が消えます。

どちらにしても、連続的な自由はいつまでも何かしらの選択を続けることである。
もし、いつまでも自由であるのならそれは結果を求めないことになると考えられる。
しかし、結末を選んで結果を求めようとするから選択なのであり、
選択した以上は結果を求めないことなどできない。
自由でいるためには、常に同じだけの選択肢を見つけられる技術が必要になる。
それも、いつまでも破綻しない方法でという条件付の上で。
どうやら、自由で居続けるのはこれほど難しいらしい。
一定の容量のあるゲームだと、やはりゲームの枠を超えてしまいますね。
(これが本当の意味でのGameOverですね。)
だから、束縛や限界を知ると自由(ゲーム)の価値が下がる。(=飽きる。)
だから、ゲームの自由は一過性ではないのかと思われます。

358 :考える名無しさん:2006/12/27(水) 01:13:57

意識の問題だな。 自由に感じられるかどうか。 それだけ。

当事者に聞いてみないと分からないことだ。

359 :考える名無しさん:2006/12/27(水) 05:27:20
デカルト、ホッブス、ロック、シュタイナー

360 :考える名無しさん:2007/01/31(水) 06:31:24
自らがして、由とする。つまり、自分がこうしたいと思ってする。できる事を自由って言うなら、結局自分その物、観念がルールになる。社会的な規範だけ守っても不自由であり、法を知らなくても、善悪は価値観として誰にもある。

361 :考える名無しさん:2007/01/31(水) 06:35:07
つまり、本当の意味で自分がしたい事、体面や、悩み、不安を乗り越えて、それをする事に、如何に勇気を伴うか、誰だって知っている。

362 :考える名無しさん:2007/01/31(水) 06:37:32
つまり、本当の意味で自分がしたい事、体面や、悩み、不安を乗り越えて、それをする事に、如何に勇気を伴うか、誰だって知っている。そしてうまく行くとは限らないのだし。僕はこうしたい・って気持ちがある内は自由だ。

363 :考える名無しさん:2007/01/31(水) 06:44:21
完全な自由でなければ自由ではないなどという考え自体が間違えている。
その証拠が今悩んでいる>>1さんだ。
完璧にこだわるがあまり何もできない。
望むもの自体が今生きてる世界と調和していないからだ。

自由を妨げているのは実は責任ではなく、それに対する「恐れ」
そのものなんです。

364 :考える名無しさん:2007/01/31(水) 14:14:33
自由には無秩序が伴う
それは文明社会では仕方ないからそれを受け入れなさいってことじゃない?

365 :考える名無しさん:2007/02/02(金) 15:29:52
唯物論的な自由こそ本当の自由。
リベラリストの唱える法的自由はブルジョワ的自由しか考慮していない。

366 :考える名無しさん:2007/02/03(土) 09:00:49
>>1
「自由には責任が伴う」
の「責任」は自己責任のことだろ
つか、自由なんてどこを焦点にするかで内容が変わるだろうが
焦点とする所がないのに、自由について語れるかよ


367 :考える名無しさん:2007/02/04(日) 09:23:44
>>366
馬鹿かw
焦点が必要なら設定すりゃいいだろ

368 :考える名無しさん:2007/02/04(日) 10:10:03
>>365
マルクス馬鹿のキマリ文句。

369 :考える名無しさん:2007/02/04(日) 23:24:34
>>367
なんで馬鹿なのかわかんねー(笑)
つか、設定しろとか俺じゃなくて>>1に言えよ
お前意味わからんぞ


370 :考える名無しさん:2007/02/05(月) 12:54:46
>>365
いまどきのリベラルはちがうけどね。

371 :考える名無しさん:2007/02/05(月) 19:23:54
>>369
ウスラトンカチだなおまいw

焦点とする所がないと自由について語れない・・と
書いてるのは>>1じゃなくてオマイだろがコラw

372 :考える名無しさん:2007/02/05(月) 23:23:20
>>371
うん、お前理解力なさ過ぎ
>>1がスレたてて、「自由とは何か?」と問い掛けてるんだから、>>1が自分の言う自由の焦点を設定するべきだろ
なんで>>1の言う自由を俺が設定すんだよ(笑)
本気で言ってたなら、小学校の国語からやり直したほうがいい


373 :考える名無しさん:2007/02/05(月) 23:33:25
>>372
救いようのないスットコドッコイだなw
非論理’の最先端を目指してるようだな・・  (ノ_ _)ノ オマイ、、

374 :哲学者最上位(´Д`)y─┛〜〜 :2007/02/05(月) 23:39:18
そんなに自由がほしいなら無人島で一人で生きろ。

375 :考える名無しさん:2007/02/05(月) 23:58:46
>>1
人は、状況に抗う時にではなく、状況に流されている時に、「自由」を感じているものだ、と言う。
(老醜を晒した)サルトル曰く 「人は自由であるべく呪われている」

「僕らは自由だね、いつかそう話したね」オフコース

何れにせよ、われわれは、状況の中に投げ出されてあり、
常に、われわれは、われわれを、われわれの在り方を、選択し続ける、定めにある。

376 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 00:12:48
>>375
選択しているようで選択していない。
自分以外に誰もいなく、誰からも指図される事が無いとしても思考の選択は出来ない。
なら、選択していると信じて疑わないのが幸せ。

377 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 00:26:45
>>373
共有の焦点を設定しないと、議論にならねぇんだよ
>>1は共有の焦点を設定すべきだったんだよ
個々で焦点を設定したら、意見交換でも何でもなくだろが
これでわからなかったらお前ちょっとキツイわ


378 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 00:38:28
>>377
確かに自由って言ってもいろいろあるからね

379 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 22:01:01
>>378
馬鹿かw

自由がいろいろあってたまるかよ
自由といったらひとつ
言いたいことを言い、したい事をする、思うままってことよ自由は

どうせオマイラには分からない世界だから、もう寝ろw

380 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 22:12:43
>>379
社会的なリテラシーの無い方はもう来ないでください。

381 :哲学者最上位(´Д`)y─┛〜〜 :2007/02/06(火) 22:24:21
>>379
自分勝手とはこの人そのものである。

382 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 22:34:03
>>379
自由を定義してください。

383 :750:2007/02/06(火) 22:55:08
人間の自由の領域がどこに見出せるかが問題です。
>>382
特徴づけも知らないのですね。シェリングの自由論でも呼んでみてください。
まず自分で選択し、自己限定することがあげられる。

384 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 22:58:18
>>381
自己本位と自分勝手の区別がいまだに付かないよ〜だなオマイw

>>382
目「も」悪いのか?耳の穴かっぽじってよく読め >>379にちゃんと書いてるだろ
自由というのはね・・「言いたいことを言い、したい事をする」ことよ
物理的制約を離れ思うままに考え、物理的制約の範囲で行動を選択するって事さ

分かっても分からなくても、もう寝ろ

385 : 377な:2007/02/07(水) 20:11:11
>>384
ええ、マジで言ってるのか、お前
お前は「自由」っていう言葉の意味を言ってるだけだから(そんなことは辞典にでも書いてるわ)
あのな、ここで>>1が聞いてのは言葉の意味じゃなくて、自由の対象となるモノを聞いてんだよ
それをまずわかれ
そして、論点とするところによって自由の対象となるモノは変わることを理解するんだな
つか、お前が同じ土俵にさえ立ってなかったとはな
相手して損した


386 :考える名無しさん:2007/02/07(水) 21:20:32
>>385
ワハハ、初めて>>1を読んだw
んで、>>1は単純に自由の意味を問うてる
そして自由は「 free 」だと主張している

おれほど具体的で正確な言い方はできなかったようだが
ま、2ちゃんの田吾作としてはイイんでないのw

でだ、自由の「対象」もなにも自由を先に定義付けなかったら
その対象なんて言ってもさらにボケちまうだろ、、オマイみたくw


387 :考える名無しさん:2007/02/07(水) 22:05:53
>>386
定義してみて。
がっかりするようなのは無しで。

388 :考える名無しさん:2007/02/07(水) 22:15:49
>>387
耳の穴かっぽじってよく読め→ >>384

389 :考える名無しさん:2007/02/07(水) 22:21:40
>>388
目からうろこが落ちた

390 :47機アップ ◆47UPs3CZTE :2007/02/08(木) 02:43:34
「本当」の自由ってなんですか?

自由に偽者もくそもないでしょう。
そう主張している本人が信じきっているなら、それも自由でしょう。
1つと思うなら1つ。多種と感じるなら多種。
なんか許容範囲が狭い気がするのは私だけすか?

391 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 02:56:24
>>390
個人的にはいろいろな自由があっても別にかまわないけど
話し合いをするとなるとルールが必要になるというだけ

392 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 09:17:21
自由ほど、自分の思考の拘束を受けるものは無い。

393 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 09:37:56
本当の自由など存在しない。
まぁ仮に言うと、その可能性があるのは死後くらいなもんだ。

394 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 19:40:38












       「本当」・・てなに?














395 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 20:10:28
自由はそれのみで存在しない また他人の自由を侵害する権利はない
私には自分の思う事を述べる自由があるが
他人が思う事を述べる自由を奪う自由はない
身体の自由 住居移動の自由 職業選択の自由 学問の自由
恋愛の自由 経済活動の自由 思想信条の自由 政治活動の自由
かつての封建社会ではこれら一切はなかった すべて生殺与奪権からなにまで為政者が
握っていた 人類の歴史とは一握りの人間が掌握していた自由を大勢の人間に
分配する歴史である そしてそれらが人の持つ権利となり憲法となり為政者に対する命令となる
自由には責任が伴わないと考える信条は自由だがその信条からくる結果の
責任は必ずあなたがとる事になるケースがほとんどである
自由とはアホな犬だが責任という見えざるリードが付いてる事が救いだ
責任を負う事を恐れるあまり自ら奴隷になっていく人間もいる
責任の前に人間は傲慢にもなるし奴隷にもなる
本当の自由などない 自由は全部本当だ 人間の創った概念の虚構性を
いくら突き詰めても本当なんてものは見つからない なぜなら「本当」というのも
人間のつくった虚構だからだ

396 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 20:20:41
>>395
先生のくれた薬ちゃんと飲んでるか?

397 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 20:22:32
    ./ ̄\|_CD_|/`ヽ
    l r'~ヽ ゝ__.ノヽ~ l       
    .| |  l#´・   ・ l |   んだ掲示板よっぉ      
     ゝ::--ゝ,   ▲ ヽ:ノ | 
    / ⌒ヽ   皿  }  |  |         __________て
   /  へ  \   }__/ /             | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | |(
 / / |      ノ   ノ           | | \      / | | |’, ・
( _ ノ    |      \´       _    | |   \ ノ(  /   | | | ,  ’ 
       |       \_,, -‐ ''"   ̄ ゙̄''―---└'´ ̄`ヽ   | | | て 
       .|                        __ ノ _| | | (

398 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 20:22:59
他人に束縛されないことが本当の自由でいいんじゃないの?
突き詰め過ぎても自由自体が無いって事になるんだし

399 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 20:28:18
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii  す そ あ .iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiii|  い こ き  |iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|  ま で ら  |;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|  シ  め  |;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|  |  .た  |:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:
;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|  ン   ら  |:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:
:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:ヽ、      /.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:
:. :. :. :. :. :. :. :. ‐‐--‐‐':. :. :. :. :. :. :. :. :. :. :. :.
: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ,.‐- 、 : : : :
                  廴ミノ
                 ///¨' 、
                 y':;:;:;:/⌒i!
                J:;:;:;:;};:;:/;},
      ;il||||li'       t`'---‐';:;:;:l
     ,.r'"''、,┘        7;:;:;:;:;:;:;:;「
    ノ3 (⌒i        .}:;:;:;:;:;:;;/
   /..,__彡{, |         `i:;:;:;:;:;}
   (  .ミi!} l、         .」:;:;:丿
  クュ二二`Lっ)        `==='

400 : 377な:2007/02/08(木) 23:12:45
>>386
負け惜しみ言い過ぎだ
俺が自由の定義を誤解してるみたいなこと言ってるし
実際、俺は一度も自由の定義については語っていないだが
>>393
生きてる限りは自由はないって言いたいんだろうけど
死んだら存在しなくなるから、自由でも何でもないだろ
それにこれは自由の使い方を間違ってるな
束縛の内容を表さないと自由を言うことはできないぞ
自由は単体だけで意味を成す言葉ではないからな
日頃、単体で使っている「自由」は「Aからの自由」の「Aからの」を省略しているだけだから


401 : 377な:2007/02/09(金) 00:16:07
>>384
お前の言う 自由の定義 の間違えも指摘してあげとこ
俺ってやさしいな
>>自由の定義は「言いたいことを言い、したい事をする」ことよ
物理的制約を離れ思うままに考え、物理的制約の範囲で行動を選択するって事さ

↑これをお前は「正確で具体的」と言ってんのか
「不正確で具体的」思うけどな
「物理的制約を離れ、物理的制約の範囲で行動する」←これは矛盾しまくってるな
お前が言いたいのはたぶん「ある物理的制約離れてはいるが、他の物理的制約からは離れていない」ってことだろ?
当たり前のことを言ってるだけだな
定義でも何でもない
それに「物理的」と限定しないほうが良い
「精神的」もあるから

余計な部分を省いて、「制約からの解放」とした方が良いな
「制約」って言葉も微妙だけどな
まぁ「正確」でないのは確かだ


402 : 377な:2007/02/09(金) 01:03:52
俺が自由の定義を言うなら、それは『定めからの解放』ぐらいかな
ちょっと具体的に言うと『固定しているモノからの解放』って感じ

ちょっと余談だけど
この世界は全ての物事に法則や規制などがあり、それら全ては束縛とも言える
これを理解することで、「自由など存在しない」と言う人もいるんだけど
束縛の内容で自由の意味合いも変わるので、この発言は不適切
自由には定義はあるが、対象となるモノは全て同一というわけじゃないんで、「自由」を単体で使ったり表したりするのは不可能
つまり、単体の「自由」は存在しないわけな

皆わかりきっているだろうことをあえて言っといた


403 :李春日 ◆RiHal4cBQE :2007/02/09(金) 01:06:00
大辞林で引いてみた。

じ‐ゆう〔‐イウ〕【自由】
「じゆう」を大辞林でも検索する


[名・形動]

1 自分の意のままに振る舞うことができること。また、そのさま。「―な時間をもつ」「車を―にあやつる」「―の身」

2 勝手気ままなこと。わがまま。

3 《freedom》哲学で、消極的には他から強制・拘束・妨害などを受けないことをいい、積極的には自主的、主体的に自己自身の本性に従うことをいう。つまり、「…からの自由」と「…への自由」をさす。

4 法律の範囲内で許容される随意の行為。

[派生]じゆうさ[名]

[類語](1)自在・随意・任意・存分(ぞんぶん)・不羈(ふき)・勝手・気まま・心任せ・フリー・フリーダム・リバティー

404 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 02:56:04
雨の中を傘を差さずに踊ることができるのが自由ということだ。
理屈に支配されている奴に自由などないし、理屈で自由などを
説明するのも不可能な域だろう。


405 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 09:52:07
>>404
理屈の支配を超えるという意識を持った時点で、理屈を意識していることになる。
まだ理屈の中に居ることになるから、その説明不可能な自由が本当の自由であるかは、
あなたにも特定できない事になる。説明不能な自由を認識できないので、証明もできない。

406 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 10:20:49
>>404
>雨の中を傘を差さずに踊ることができるのが自由ということだ。

でも物理的には、そいつが踊ることは、踊る前から決定しているわけだが、
決定論の世界の中で、自由があると思っているの?
俺は両立すると思っているけど。

407 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 11:00:41
最終的にはやわらかくなる宿命だろうな。

408 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 11:01:59
>>406
AとBは両立するか、なんてAとBの定義次第だろ。

409 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 11:53:37
本当の自由とは、他人の自由を侵害することだ。
これが自己の自由の最大目的。
この世界も社会も、全ての人間の発し、欲する自由を全て受け入れられるほど大きくない。
お互いの自由同士がぶつかり合うのは、論を待たずして明らか。
マナーだの法だの倫理だの道徳だのといいつつ、相手の自由を自主規制させて
自分の自由を押し通す。
その為の地位と権力と財力を得ようとして、人は日々奮闘しているのだよ。

410 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 12:56:56
>>406
物理的に決定していることと、決定していないことが同時に
存在できることを理解できないのはまだまだ思考が足りない
浅いな浅すぎる、そんな浅知恵では何も理解できない。

411 : 377な:2007/02/09(金) 16:48:58
>>409
あんたが言ってるのは人間社会においての自由だけ
このスレはありもしない「本当の自由」を議論するとこみたいだから


412 :47機アップ ◆47UPs3CZTE :2007/02/09(金) 18:13:22
>>409
自他の自由がぶつかるのが明らかというのは同意。
だがそのときに自他ともに譲り合った場合、
そこには自由がないとはコレ、いかに。
それとも「譲る」という行為も他人の自由を侵害することか?

>>410>>411>>377)も、
自由の議論をしたいんじゃなくて、
ただ反論してくるやつに勝ちたいだけなんだろ?
むしろそれが人間の本意ですか。

413 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 18:50:28
無、無念・・・

414 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 19:49:08
>>404
スミス乙!

415 :考える名無しさん:2007/02/09(金) 23:26:52
>>410
物理的に決定していないものなどない。人間が知りえないことはあるが。

416 : 377な:2007/02/09(金) 23:35:19
>>412
スレの流れを見て言ってるのか?
何のつもりで言ってるのか知らないが、とにかく失礼な感じだ
俺は他人の意見を否定するだけじゃなく、自分の意見も述べているぞ
反論自体が「勝ちたいだけ」とでも?
なぜそう思ったか気になるとこだな
それとも、ただ中傷したかっただけか?


417 :47機アップ ◆47UPs3CZTE :2007/02/10(土) 02:03:46
>>416
ふむ、オレはスレの流れのを見て言ったんだが、たしかに御幣があったみたい。
とくに>>416>>377)はここんところでの長いレスが目に付いたから利用させてもらった。
無駄な罵詈雑言が多かったから、その批判みたいなものと思ってくれ。
まぁそれが2chみたいなもんだから、オレの言っていることは的外れかもな。

気を悪くしたらすまん、>>416
反論も見てるし、中傷したいともとくに思わん。
要約すれば2chを利用しながら、その内容に失望してるみたいな感じよ。
>>402の6行目の「自由など存在しない」と考える方だから。ある種、だけど。

本筋とは関係ないレスだな、スマン。

418 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 08:22:40
>>415
>物理的に決定していないものなどない。人間が知りえないことはあるが

決定の意味を勘違いしてるだろw
すべてが物理的に決定しているなら「知りえない」ことなど無い筈じゃん
試しに聞くが


         例えば「何を」・・知りえないと言ってるんだ ?!


「精神的に決定していないものなどない」と言いたいのなら同意しとくw

419 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 08:26:41
>>418
例えばπの値は決まっているが、知りえない。

420 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 08:57:22
>>419
どう決まってるって?

421 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 09:03:20
私は想像力だと思います。

422 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 09:37:48
>>419
πの値は決まっているが言えない・・の間違いじゃないの?
単に「知らない事」は言えないって話じゃんよw

423 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 10:39:08
>>422
すべての桁の値は「知りえない」

424 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 10:42:06
>>423
だから、「どう」決まってるのよw

425 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 10:48:59
>>424
どの桁も値は限定されており、変わったりしない。
それが分からない奴には説明するだけ無駄だけど。
どんな必然も無知になることで主体にとっては偶然になり得る以上、
決まっていないと思ってしまうこと自体は間違いではないし、
決まっていることを認識できなくても仕方が無いとは思う。

426 : 377な:2007/02/10(土) 12:29:37
>>425
全ての物事に物理的法則が存在する
つまり、全ての物理的運動は変化し得ない
って言いたいんだよな?(俺上手く言えてないかも)
しかし、物理的運動が変化するかしないか 真の物理的法則が存在するか否か は人が確認できることじゃないから
人が「Aは物理的法則だ」と決定して、初めてAは物理的法則として扱われる
ってことで良いんじゃない?
そうすると>>424の、「決定してるモノと決定されてないモノが存在する」は間違ってもいないように思える


427 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 14:07:05
>>425
πの値が「どう」決まってるか」の答・・まだぁ〜w


428 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 15:02:10
決定が、決定論の決定になってるな

429 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 15:56:47
>>426
>人が「Aは物理的法則だ」と決定して、初めてAは物理的法則として扱われる

でも、その物理法則として扱われる事象自体は、人間が物理法則と呼ばなくてもそこにあり続ける。
事象は人間の認識能力とは無関係に成立している。

>そうすると>>424の、「決定してるモノと決定されてないモノが存在する」は間違ってもいないように思える

もちろん、そうともいえるけど、それは決定論のいうところの「決定」とは違う。
人間が決定できているものと出来ていないものがあるだけ。

430 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 16:04:08
「π」で計算してるんだから、「π」が値なんじゃないの?

431 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 19:09:47
   _ _ ∩                                    _ _ ∩
  ( ゚∀゚ )ノ )))             ⊂ヽ                  ( ゚∀゚ )/ 
  ( 二つ    おっぱい!    ((( (_ _ )、   おっぱい!     ⊂   ノ   おっぱいぱい!
  ノ 彡ヽ                γ ⊂ノ, 彡         .     (つ ノ  
  (_ノ ⌒゙J            .   し'⌒ヽJ          .    彡(ノ    

432 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 19:54:06
>>430
ではπの計算は・・・

433 : 377な:2007/02/10(土) 23:54:23
>>429
「物理的法則が存在する」ってのはすごく不確かな事なの
法則とは「変化しない関係など」を言うわけだけど
この「変化しない」ということは人がそう定めているだけのことかもしれない
実際は周期的に物理的関係などは変化しているかもしれない
これを人が確認するのは不可能
人が言う物理的法則は人が定めたから存在してきたと言えると思う

でも、ここまで話しておきながら言うけど
俺とあなたの違いは決定論上で話しているか否かだけようだね
もし俺が場違いで(決定論上ではないことを)言っていたのなら、誤ります
ゴメンナサイm(_ _)m


434 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 00:18:07
自由は、時代に則した経験論と形而上学によってしか語れない。
ていうか哲学は人の歩いた痕跡であるから、素人といくら専門用語
を覚えたって所詮本に書いたことをそのまま書き写すぐらいしか
できないだろうww

435 : 377な:2007/02/11(日) 00:38:41
>>417
俺はまず>>366であったんだ
>>366>>1に対しツッコミ入れてた
それから>>367と論争してきたわけだけど(たどれば何番が俺かわかると思う)
確かに罵倒が多い論争だったと思う
>>367の口の悪さ(俺も口悪いけど)にも影響して俺も罵倒してしまった
いつも丁寧に話しているわけじゃないが、罵倒は好きじゃないし、しなかった
けど、その俺が罵倒に反応して(腹が立って)罵倒しかえすのは、俺が自分を見れてない奴だったからだと思う
「人は鏡」っていう言葉が身にしみる
反省する


436 :367よ :2007/02/11(日) 12:51:18
>>435
そうやって己の行為を他人のせいにして、、いったい何が望みなのよ あ〜たw
ろくにモノゴトの本質も分からぬまま放言を繰り返し、、あげく弁解に終始w
馬鹿丸出しだにゃ、、がははは !!

437 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 13:00:24
>>430
円を作って、その周長をはかって、半径で割る。

438 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 13:44:08
自由に責任が伴わないのなら新たに「責任者」という職業が必要になる
責任に関しては任すということで・・・。

439 :438 ◆EN8cDNURt. :2007/02/11(日) 14:09:51
ただ単なる(なにか)自由を手にいれることは出来ない。
何でもその代償やら、負担やらがある。
現実自由である代わりに何かが付随するといっていいのでは?
お金払ってるでしょ、努力しなきゃ手に入らなかったでしょ?
というわけで自由が欲しかったなら責任ぐらい最低いるということなのでは。
あるものが自由(何でも自由)なら自由でないもの達に対して示すことのできるツールとして一番いいのが責任なのではないかと。
思いますけどね。
ある人がずばりそのことを言えるのには歴史的確証性などの絶対性があると思うけどね。
そこを扱うのが哲学じゃないスカ。

440 :スミス:2007/02/11(日) 14:29:37
君達に自由などない!君達は私達によって作られたのだよ、アンダーソン君。

441 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2007/02/11(日) 14:57:35
否定できる欲望を満たせていいね。
その私達が君達になにがおきても責任とってくれるのね。
じゃなきゃね


442 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 15:22:25
本当の自由の元に平等は無いし、本当の平等の上に自由は立てないのだよ、アンダーソン君。

443 :権藤有二郎 ◆EN8cDNURt. :2007/02/11(日) 15:27:42
>>442さん
ならば出来るだけ早く本当の法律を創ってくださいね。
歴史的に法律もまだ出来たばっか(法は前からあったけどね)でコンピューターより進んでないと思うのでね

444 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 19:41:08
いいか、御前ら。
自由とは決められたルールの中でどれだけうまくやるかなんだよ。
わかったか

445 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 19:43:13
>>444
ええこと言った。


446 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 19:45:29
>>444
ずいぶん「不自由」そうだな、、、お前の自由はw

447 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 20:09:07
>>445
Thank you
>>446
否定はできないな。御前はどうなんだ?

448 :哲学者最上位(´Д`)y─〜〜 :2007/02/11(日) 20:28:50
自由ってアメリカの宣伝文句じゃねえの?

449 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 20:36:31
>>447
>自由とは決められたルールの中でどれだけうまくやるかなんだよ

曖昧さの極み’だなオマイってw
その「決められたルール」って何よ、「うまくやる」って何?

いいでつか、、、「何かを説明する」のに不明な言葉や概念を用いちゃ駄目でつw !!

450 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 20:48:07
>>449
決められたルール→社会で決められたルール、常識、約束
うまくやること→そのルール、常識、約束をやぶらずに自分の好きなようにすること

451 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 20:58:47
>>450
アホー !! またやってんじゃんよw

「社会」てなに?、、、村?国家?世界?

     「常識」てなに?、、、村の?国家の?世界の?

          「約束」てなに?、、、そもそも【誰と誰の間】のよw



452 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 21:04:10
ではそのルール、朕が専制的に定めて遣わそう。

453 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 21:06:34
>>451
社会=世間と考えて貰っても構わない。
約束、ルール、常識等の定義は俺が説明しなくても良識ある人間ならわかると想う。

454 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 21:10:35
>>433
>実際は周期的に物理的関係などは変化しているかもしれない

変化していたとしても、それは人間の意志によるものではなく、
その変化するという真の物理法則に従って世界が決定されているというだけになる。
つまり、人間の手に負えない何かによって勝手に決まっているというだけのこと。

決定論とは、人間が知りえない要素まで含めてそれによって世界が決まっているというものであり、
否定することは、原理的に不可能なんだよ。

455 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 21:30:07
じゃ、物理学と関係ないわな。

456 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 21:44:44
>>455
無関係じゃないよ。物理学は近似であるが、近似に対応する先のものがあるってことだから。

457 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 21:58:19
人間の行動できる範囲は、人の思考の限界よりも狭い。

458 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 22:51:15
勝手な思考は日常の抽象に過ぎん。

知り得ない要素とは相互作用がないので、そういうものを「無い」と言う。

決定論とは、人間が知りえない要素まで含めてそれによって世界が決まっているというものであり、
言うだけ意味が無い。


459 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 22:56:29
>>458
いや、それはキミにとって意味がないだけ。意味があると思う人もいるわけで。

>知り得ない要素とは相互作用がないので、そういうものを「無い」と言う。

完全な間違い。カオスのような現象を理解していないからそういう勘違いをする。
初期値が知りえない要素であっても、影響は受けるんだよ。

460 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 23:16:37
>>459
もしもし。
技術的問題で知り得ないのと、原理的に知り得ないをごっちゃにすると、話がおかしくなるよ。

461 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 23:21:25
決定論的不確定性と量子力学的不確定性はまったく別物だからね。

462 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 23:25:37
>>461
量子力学的不確定性じゃなくて、カオス理論の話をしてたんじゃないの?

463 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 23:27:48
>>460
原理的に知りえないことでも影響を受けるといっているだけだが?

464 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 23:28:40
カオスは、理論的には初期値をいくらでも精確に決定出来るし、非線型な発展は、
解析的に解けないというだけで、いくらでも細かく演算してみる事が出来る。
原理的に決定論、古典論の範囲だ。
「本質的に知り得ない」こととは違うからね。


465 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 23:34:14
>>464
>カオスは、理論的には初期値をいくらでも精確に決定出来るし、非線型な発展は、

無理。コンピュータ上のシミュレータでも、ハッシュと三体問題が合体すると、
初期値を解析することは不可能になる。

466 :考える名無しさん:2007/02/11(日) 23:45:26
それは有限時間、有限要素の条件付きでなく?

467 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 00:05:47
>>454
>世界が決まっている

聞くが、決まっている(決定してる)て、どゆこと?
なにをもって「どういう条件を満たすこと」をもって「決定」と呼んでるワケ?
寝言はそれ説明した後でネw

468 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 00:06:45
>>453
救いようが無いなw

「世間」てなによ?
「良識」て?

なんにも考えずに今日まで来たようだなオマイw

469 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 00:08:30
>>466
無理。無限でも解が複数あったり、収束せずに振動したりする余地がある。
有限要素の条件を付ければ、解析は可能だが、付けないと本気で不可能になる。

470 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 00:09:37
>>467
>決まっている(決定してる)て、どゆこと?

過去の状態のように、他の要素によって束縛されているということ。
ある時間tにおいて、他の状態になることがありえないと言うこと。

471 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 00:12:57
原因と結果の関係が完全に一意的で、因果関係に幅がない事?

472 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 00:17:46
ナヴィエストークスが解けねーってことか。

473 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 00:19:26
計算ゴーストのような気がするんだがな。。

474 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 00:49:24
横レスだが、何で学問板が人大杉なんだよっ!!
VIPだのの馬鹿どもに容量使い過ぎなんと違うか?

475 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 01:31:44
森林伐採をして文化の発展に貢献することだと思わないか

476 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 03:00:51
そんなバナナ事は思わない。

477 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 03:02:50
意図的にハッシュ関数を組み込まれた逆問題の計算ゴーストのような気がする。

478 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 04:11:51
自由という言葉に価値置き過ぎ。
人間社会内での生活上の価値体系の中では「権力−自由」の対立項で
自由は語られるが、
別論理である自然界の価値体系では、「自由−死」の項を含む。

人間社会内の自由は、かっちりしたルール内でしか存在できない。
スポーツでは、ルールあるが自由と感じる。

479 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 08:50:52
審判がむこう向いてる間はルールは存在するのかね?
審判がルールのむこう向いているときはどうなのか?

480 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 09:14:48
>>479
何が起こるかわからない。
その安全性は100%とは言えない。

ルールには秩序を維持するという「目的」はあっても
起こる現実を阻止する物理的なバリケードにはなりえない。

481 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 09:30:38
>>480
>秩序を維持する

それ「誰の」秩序よ?
大きなかん違いしてるのに気付けやボケナス君w

482 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 09:34:52
奴隷を殺す自由。
これこそリバティークオリティー。

483 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 10:08:53
奴隷だってさwwwwwwwww
この人自分のいる世界、時代を理解できてるのかな?
カッコつけてるつもりでも、正直言って
ガキっぽいよね!ゲラゲラ

484 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 15:09:19
哲屋=観念の奴隷のくせしてw

485 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 07:51:07
魂のおもむくまま
生きる、俺が俺でいることだ。
肉体、行動を縛る。
理屈で考え方を縛る。
心、信じるものを縛る。
おまいら程度では理解できない価値観だ。

486 :考える名無しさん:2007/02/14(水) 02:42:43
魂が嘘っぽ

487 :考える名無しさん:2007/02/14(水) 03:17:21
体を鍛える=体を自由に近づける。
能を鍛える=能を自由に近づける。
てのはどう?

488 :考える名無しさん:2007/02/15(木) 10:21:23
脳ね。

489 :考える名無しさん:2007/02/15(木) 19:08:52
Oh,脳!

490 :考える名無しさん:2007/02/15(木) 19:12:39
極度の自由主義は専制を産む、らしい。

491 :考える名無しさん:2007/02/15(木) 19:23:55
極度の平等もキム王朝を産む、らしい。

492 :考える名無しさん:2007/02/15(木) 19:37:29
>491
おぬし、できるな・・

493 :考える名無しさん:2007/02/15(木) 20:55:24
自由の権利を国家が保障する必要などない

494 :考える名無しさん:2007/02/15(木) 22:04:49
>>493
自由を行使できなくならないか?

495 :高木の神:2007/02/16(金) 01:26:45
>>485
自由は魂のおもむくままということに賛成です。
善しにつけ悪しにつけ自分に負うことになることも厭わないのです。
>>1は善き思いでスレを立てたなら、1000まで届け、悪心でスレを
立てたならこのままダット落ちせよ。

496 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 09:51:06
魂は無い

497 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 10:45:37
>>489
芸術性のある間違いですねw

498 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 11:10:40
生きていること自体、魂がやっていることだ

499 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 11:14:14
自由なんて
限りなくゼロに近い
忘れなさい
無いと思いなさい

500 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 11:22:07
       /  / /    |    /|   /:::/:.:.:.:.:.:.:|::::::
       /  〃 i     .::|   /:.:.|  |::l::|:.:.:.:.:.:.:.:|::::::
      ,゙  /|   |   .:::|. \|:.:.:.:|   |::l::|/:.:.:.:.:.:j/::
      ! ,' !  ::|    ::::|!. ,ィ|≧ゝl、_.;|::ィ|/_:._/ィllヘ
      l ,' │ ::|:..  ::::|く/ {ひlll|::|ヾ|:.N:.::´〃ひlllリ::
      ヾ  '、  |\  ::::|:.\\こソ:.:.:.:.:.:.:.:.:.:、、\こソ
           '、 :|  \ :::\:.:._,、__彡 _' -─ 、`゙ー=
           ヾ、/.::>:、:;ヽ、__  /ーァ''"´ ̄ ヽ        嘘だッ!!
           / .::::::::::::::::ヘ ̄   {|::/       }
            /...::::::::::::::::::::::::::\  V      j}


501 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 13:03:29
霊・魂・魄の違いについて述べよ

502 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 13:30:16
お金の自由。つまり唯物論的自由がないところには自由など幻想。
古典的自由主義者の自由が嘘っ八なのはそのため。

503 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 13:37:23
>>501
霊=神的な視点、魂=自我の視点、魄=肉体的視点という
解釈のしかた。
霊=客観的、魂=主観的、魄=機械的とも置き換えられる。

漢字では霊は雨+普などの作りからの意味、魂は云+鬼の意味
魄=白+鬼という意味がある。
それぞれ漢字の根元の意味からたどる解釈が必要があるので省略。
これは中華的な解釈から日本式解釈へ変化しているので単純評価は無理

日本では霊は雲のような特徴をもつ実態の無いものを表す熟語の意で
単体では概念を表すもので特定するのは愚かです。
魂も霊のようなもので、曖昧に存在する自我の根本。絶対的に
存在するものではなく物の性質や特徴を識別する場合の基本だろう。
魄はそれらを格納するための抽象的な入れ物。魄の白い部分が空間
を表している。物体そのものが霊的な概念を保存する特徴の入れ物
(構造のある形)がそれ自身だろう。

504 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 14:13:45
あきらめなさい
あなたには
一つの自由もない

505 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 14:21:44
>>503
danke

506 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 14:23:07
ほう。自由って、可算的なんだ。

507 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 15:20:25
>>499
>ゼロにちかい。
あなたも認めてるじゃないですか。自由が存在する事を。

508 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 19:53:59
自然法則というのは超越的な神の意思(統御)によって成り立っているのか、
それとも素粒子の単なる自由運動の集合的現象にすぎないのか、いったい?

509 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 19:58:50
>>508
知りようが無いからなんとも言えない
神の存在は否定できない

510 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 20:00:44
>>503
徘徊してないで早く病室に戻ってください><;
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/philo/1153716800

511 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 23:36:20
人間に自由意志などなく
すべて押し付けられたもの
そこから解放されるものは
ほとんどいない

512 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 23:42:00
アレを喰うかコレを喰うかぐらいの自由はあるだろう

513 :考える名無しさん:2007/02/16(金) 23:43:11
ない

514 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 06:10:13
経済的束縛だろ、9割は。

515 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 07:53:36
いろいろな束縛、制約、規則、規定
しがらみ、
選択範囲内での選択も、理性、感情などに左右される


516 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 12:33:02
広辞苑で一発解決のネタぢゃん

517 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 12:34:47
>>515
定められている全ての事柄を束縛と解して、自由の存在を無くすのは間違っている
自由と束縛は片一方だけが存在することを許す関係じゃない
自由はあり得ないと言える事柄は束縛にもなり得ない
つまり、人にとって、解放され得ない定められている事柄は束縛ではない


518 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 12:39:12
>>517
そうだね、ルールがある中でも「融通が利く」
「自由が利く」っていうこともあるし。
縛ってはいるけど、縛られているほうにとって選択肢があるし、
それが嫌じゃない。
にっちもさっちもいかない、ということはない。

519 :517:2007/02/17(土) 12:40:10
訂正
>>515 ×
>>511


520 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 12:42:30
いい加減、自由の定義を統一した方がいい
決まりの中の自由とか他人から強要されないことが自由だとか言いたい放題じゃないかい

521 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 12:50:07
まずは辞書にある意味から見直すべきかもね。
深い意味にこだわりすぎ。


522 :517:2007/02/17(土) 12:51:51
すまない
↑の訂正を取り消す
>>517>>515に対しての発言で適切だった


523 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 12:53:37
>>521
何が深いのか
辞書で満足するならこの板に来てもしょうがない

524 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 13:51:09
辞書のあの軽薄な語句説明をみると卒倒しそうになる (^_^;)

525 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 13:55:30
羽のない人間に
鳥の自由はない

526 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 14:12:23
羽根のある鳥に人間のような「羽根のない自由」はない
鳥って死ぬまで羽根に束縛されて生きるしかないんだよな、、

527 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 16:26:55
>>526
羽はあればあるで空を飛べるし、使いたくなくてもそれほど邪魔にならない。
従って鳥は人間より肉体的には自由である、と人間から見れば思えるはず。

528 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 16:37:37
>>527
でも手がないから自由だとは思えんし、思えるはずといわれても俺は思わない。
自分の考えを一般的だと思うな馬鹿。

529 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 16:48:23
>>528
二重論理

530 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 17:19:18
>>526
鳥は空を飛べるっていう業を背負って生きてるって言いたいのかな?

531 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 17:20:27
欲望ゼロの人間に自由は無用
欲望無限の人間にこそ自由は有用
だが、適えられる欲望は有限
有限÷無限→ゼロ(極限値)

532 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 19:23:20
>>528
一般的な考えだとして発言しているのではなくて、他人に意味が伝わるように
呼びかけてみたのである。真偽を確認するのは、もちろん他者にゆだねられてい
るのである。

533 :折橋康雄:2007/02/17(土) 19:39:53
俺みたいな、顔面性器がつかまらないのが自由です。


534 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 20:46:14
結局、なんらかの欲望に支配されている

535 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:12:29
社会的な自由と本質的な言葉通りの自由と区別できる感覚があればすぐ分かるんじゃない?
自由とは自分が今いる場所によって定義がすべて変わるものじゃない?常識的に考えれば・・
なんか理論的に自由=無限大と考えるけど、それは自分勝手極まりない思考じゃない?自由だと感じられる感覚をルールの中で見つけることが重要なんだけどな。
ま、一般的に成熟してないと無理とされているがね。
自由=無限思考者は大きく儲けてネオニートになればいい話なんだよ、でもそんなロマンの無い寂しい人生誰も送りたくないんだと思うよw


536 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:26:43
ロマンの中で自由を探し生きていく
そして自由の中でたくさんの発見があるかもしれない
>>535
深いですね

537 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:29:29
>>526
「鳥は本来、羽がないもの」ということにならないか?

538 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:42:42
>>535
ニートのニュータイプかな?

539 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:47:48
>>538
そうなのか?
最近のニートは哲学ゴッコにこっているのかい?

540 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:49:46
ニータイプだよ

541 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:55:14
ほの板からきました。よろしくお願いします。

542 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:57:09
>>540
ニータイプですかどんな特徴があるんですかね

543 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 22:00:32
自由は自ら掴み取るものじゃないでしょうか?
故に人は、努力をする自由を掴み取るために
それだけの価値、魅力があるものそれが「自由」の定義では。

544 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 22:04:41
ニータイプより
そこらへんの秋葉系ヲタの方がよっぽど輝いてる
彼等は自由を掴みとっている!

545 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 22:07:43
>>544
賛同します。

546 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 22:16:06
本当の自由があったとする
すると本当の自由以外の自由は偽物の自由になる
すると偽物の自由を選択することは自由ではなくなることなる
これが人を束縛するシステム
本当という言葉と自由は最も相性の悪い。殆んど矛盾した概念
バーリン読めば

547 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 22:27:26
ゆえに本当の自由なんてのはない
自由があり、ただ自由があり、比べるものなくただ自由がある

548 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 22:43:18
自由より幸せであれば俺はそれでいい

549 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 22:51:15
限定つきの自由は
自由ではない

550 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 22:58:40
自由と義務は二つの極から発した二つの相反するベクトルであって各々は何者にも束縛されずただ互いにぶつかりあい規定される

551 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 23:48:48
それが現実世界にいる人間ということで
つまりは、人間は自由ではないということだね。

552 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 00:01:14
社会的存在を否定すれば義務からは解放される
だが、それは微々たることで
物理的には、限定つき平面的自由度、空間的には、さらに限定つき
精神的には、理性と感性に制限される
まったく不自由な生き物

553 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 00:11:45
不自由って何でこんなに心地良いんだろ。
あー自由になんてなりたくね。

554 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 00:44:17
>>553
そんなあなたには自由を放棄する自由すらない。

555 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 00:59:31
>>554大いに結構、人と社会のために生きてますよ、ちゃんと。
だいたい、自由を放棄する自由すらないってどんだけ小さな世界なんだよ。


556 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 01:06:51
自由意志はあるが、未来は決まっている。
自由意志と決定論は両立する。

557 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 04:29:19
決定論じゃない尾

558 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 07:25:08
意志の生成自体
いろいろと制約されている

559 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 08:22:38
あなたには生きる自由も
死ぬ自由もない
すべて諸条件に左右される
だから、自殺する人を責めてもいけないし
生きる人を馬鹿にしてもいけない
自分の意志ではないのだ
殺人者もまた同じこと

560 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 08:54:49
>>559
なにもかもが決まってるのなら、

自殺する人を責めても「良い」し、生きる人を馬鹿にしても「良い」だろ
だって・・何を言ったにせよ「自分の意志ではない」のだし
仮に殺人を犯そうが、それもまた「自分の意志ではない」

裁判所や警察、弁護士ももういらないナ、学校も企業も国家もいらないし
自由意思を問う選挙など無用の長物、、ぜんぶ要らないw

561 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 09:08:18
そのとおり

562 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 17:07:49
>>560
>自殺する人を責めても「良い」し、生きる人を馬鹿にしても「良い」だろ

決まっているだけで、良いも悪いも糞もない。

>だって・・何を言ったにせよ「自分の意志ではない」のだし

いいや。自分の意志であり、それが決まっていただけのこと。

>仮に殺人を犯そうが、それもまた「自分の意志ではない」

いいや。自分の意志。

>裁判所や警察、弁護士ももういらないナ、学校も企業も国家もいらないし
>自由意思を問う選挙など無用の長物、、ぜんぶ要らないw

要るか要らないか、誰がどう思うかは決まっているだけ。
裁判所や警察、弁護士が生まれるのも決まっていたし、
学校も企業も国家もどのようにできるか決まっている。
自由意思を問う選挙が出てくるのも決まっており、お前が要らないと思うのも決まっていた。

映画の登場人物が何を思おうと、行動しようと、それは製作者によって既に決まっていたことなんだよ。w
愚かなお前にはそれが認識できないだけ。認識できないように決まっていたからな。w

563 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 17:47:26
真実と現実は別物
「人が人を裁く権利などない」
これは真実
「実際に法を犯せば人は裁かれる」
これは現実
「人に意志などない」
これは真実
「法は人の意志を定義する」
これは現実
哲学とは真実を追究するものであり
現実とは別物

564 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 18:26:43
 これは合成語であるとわかる。本当と自由だ。

本当というと、例えば、予想していたけれど、実際に起こってみて初めて、本当である
と考える。これが予想して、どれだけ先のことを見通していても、やはり本当かどうか
わからないと考える。精々、考えたらそうなることもあるとか、それぐらいのこととして
考えておくだけだ。
自由も、私と原因の文字を持っている。単に結果したものでなくて、始めるものである
と考えたい。しかも、それが私なのだ。
 つまり、こういうことなどを考え合わせると、私から何かを始めるということを考え、し
かも、将来を見通していたものが実際に起こるということを言っている。
 こういう考えは、完全性、補完性、網羅、つまり、遺漏の無いような考えをもっている
。目的を明確に知りたいという考えなのである。

 しかし、自分自身でも何を望んでいるのか判らないことがある。実際にやってみて、
良いと思っていたものが実は大したものじゃなかったなんてあるのだ。そうすると、実
際にそうであることに合わせるのか、私自身の思いを優先するかという葛藤を迫られ
る。ここで態度を決めなかったり、これらの問題に無自覚であると迷うのだ。

 自由というからには結果のみに合わせたいのではない。私の考えの延長上にある、
現実のものを認めていきたい。現実を認めるだけでは、私を原因としたい望みを果た
せない。大体、こんなことを考えているのが、本当の自由だ。


565 :750:2007/02/18(日) 18:57:47
>>564
何を知覚して本当とするのか?問題ではないですか、
それが現実であると言うことはどうゆう事なのか哲学的に考察する必要がある。
人間の性格学的な段階と人間に廃止に銃祐があるのかが問題になる。
段階としては、願望、欲望、衝動、本能ですね。
意志的な概念的思考、純粋思考で認識して実行するのが、自由ではないのですか?




566 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 19:02:04
結局自由とは空虚の産物って事じゃない?これが真実だよ。

567 :りくーつ・こねりー:2007/02/18(日) 19:03:05
>>563
> 「人が人を裁く権利などない」
> これは真実

と、あなたが規定している現実だと俺には思えたりする

> 「人に意志などない」
> これは真実

と、あなたが規定している現実だと俺には思えたりする

というのも、ここで使われている真実という言葉が、
なにを根拠にして使われてるのか、さっぱり分かんないからだと思う

例えば、自然法則の場合はどうなるのだろう?
真実なのだろうか現実なのだろうか

568 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 19:14:51
現実とは、真実の一つである。



569 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 19:18:31
人は意志が無いなんて言うけど、確かに事実かもしれないが。人は社会と切っても切れない関係である以上
意志の無い人間が社会に出ても廃人扱いされるだけで・・そんな真実が役に立つ例なんか無いぞ。
それを真実だと位置づける以上、人間が意志を持たない意味を理論付けてほしんだけどな?
それが出来ないなら人々が社会と適合できる思想を持つべきじゃない?

570 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 19:44:35
意志と呼ぶものはあるが、その振る舞いは決定している。

571 :りくーつ・こねりー:2007/02/18(日) 19:47:13
>>568
> 現実とは、真実の一つである。

はいいんだけど、

 >>567
 > なにを根拠にして使われてるのか、さっぱり分かんないからだと思う

というのは、いまだにさっぱりだったりします

572 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 20:13:14
>>565
 それが現実であると言うことはどうゆう事なのか。
 現実的とは、どういう関係にあるだろう。思惟と現実の違いは、何かしら概念と概念
の結びつきが思惟ということであり、物と概念とか何かしらの感じが結びついているこ
とが現実である、これぐらい違うと考えた。
 自由を考慮する。ありとあらゆる物があるでしょう、これに概念や感じが自分の用意
するものだ。しかし、判らないものや少しも感じないものは、自由でないものである。
物を考慮しないことは、現実の関係に無いので省略。
 現実である。自由か物である。物である。だから、現実であり、物である。
 しかし、物が判らなくても認めるには、現実感が嘘のように感ぜられる。
 だが、判らないものは判らないものとして認めてもいい。私にも知らないものはある
はずであり、私は感じたり知らなくて、そういったものに出くわしても、これは現実で
あると考える。
 やんぬるかな、嘘ということでは私達は暮らしにくい。真のことで考えておくと、
安定するのだ。
 だから、判らないことがあっても、真のこととして認めておいていいと思うのだ。

573 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 20:15:29
さっぱりわからん

574 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 20:20:58
相撲取りを想定し給え、あなたがツッパリを相手を押し出しても、
相手がいなくなっても、あなたは相撲であると認めよということなんだ
判った?

575 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 20:32:53
やっぱりわからん。かたじけない

576 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 20:36:43
そういうこともよくあるよね。

577 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 20:54:10
一つだけはっきりしているのは
自分を自由だと感じられる者は幸福者ということです
生涯病院で過ごす病気の人は、
なかなか自由には感じられないでしょうね
絶対的自由はなくとも相対的自由はあるわけで
ささやかな自由で満足できる人は、幸せです

578 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 21:48:06
>>560
この意見って極端だけど真実なんだよな
アメリカの裁判でも実際にこれと似たことを主張して無罪を勝ち取ろうとした弁護士がいた
まぁ認められなかったけど

579 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 21:51:03
>>562
厳密な決定論は否定も肯定も出来ないから宗教に近い
信じるものは救われる

580 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 21:56:38
  /  \ /  \
 |iii○iiiiiiii○iiiiiiiiiiii|
 |   i●●i    |    マジで!?
  \  //_//   /
   \//∇//

581 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 22:02:32
>人は意志が無いなんて言うけど
違う、自由に選んでるのかどうかが問題
人間が自由に選べているとすると魂みたいなものが必要になるんだけど、証明できないから何とも言えない。
無いなんてことも言えないしね。
魂が無いのに自由に選べているとすると身の回りに存在するすべての物質に自由意志があることになっておかしな事になる
物質が自由に何かを選んでるとか何か妙だし。状態を確定させるものが自由意志だとしても何かおかしいし。
第一、物質の状態を確定させるのってある程度の電磁波で出来るんでしょ?確か
その電磁波の発生元まで考えると初めから厳密に決まっていたとも言えるのかもしれないような気がする。

582 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 22:17:23
「罪を憎んで人を憎まず」
なぜか

自分の意志ではどうにもならないもに突き動かされて犯罪を犯すから

つまり、自分の意志など
あってないようなもの
人間は皆マリオネット
総理大臣も同じ
悲しい生き物
それでも、自分を自由と思える人は、幸せ者

583 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 22:19:08
それでもピノキオは夢を捨てない
いつか自由なるという

584 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 22:20:01
でもそれは
死んだ後かもね

585 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 22:20:16
>>582
故に65歳未満は哲学禁止にすべき。

586 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 22:22:03
>>581確かにすべては条件がそろい次第決定されるけど。
究極のところで議論すると話が進まない欠点があるし、
逆に未来を想定できても良いんじゃないかとも思う。

587 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 22:25:37
>>586
人間の寿命の幅の範囲でなら近似で十分だしね

588 :考える名無しさん:2007/02/18(日) 22:52:58
>>587でもあらゆる可能性を探求する事をいろんな角度から研究する事もまだまだ十分とは言えないさ。
形式が惑わす種になるよね?この場合。こだわる必要は無いんだけど、癖みたいのはあるよwそこが難しいよ。


589 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 17:40:01
>>555
>>>554大いに結構、人と社会のために生きてますよ、ちゃんと。

あなたには、つまり、利他的に生きようとする自由すらないのです。

590 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 17:44:36
>>556
>自由意志はあるが、未来は決まっている。
>自由意志と決定論は両立する。

だね。言い替えれば、個人がどんなに自由に放蕩に生きても
どこまでいっても神の意思に反していないことになる。
自由意志と決定論は矛盾しない。決定論はあらゆる自由を包含しているから。

591 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 17:47:02
>>578
だね。自分が決定した行動でないものに責任をとれという法律がまちがっている。
責任をとる主体がいるとしたら神ただ一人だ。

592 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 18:07:39
神が主体であるかどうかは疑問だ

593 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 18:22:53
主体思想

594 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 19:36:26
>>592
神という語を出したのは単なる皮肉だろ。つまり自由意志のないところに責任主体などいないということ。

595 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 20:53:32
>>594
皮肉は何のために

596 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 20:55:54
アメリカはイギリスによってデモクラシーを与えられたのではなく
イギリスから勝ちとったのである
同様に日本はアメリカ占領軍からデモクラシーを与えられたのではない
がそう思ってるポチが多いw

597 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 21:20:32
アメリカだろ・・ナチスからイギリスのデモクラシーを守ってやったのは
アメリカ占領軍だろ・・軍閥封建政治から日本にデモクラシーをもたらしたのは

598 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 21:21:40
>>592
これは宗教の議論から見たら解りそうだ。
「神は人間をつくった」という議論。

599 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 21:25:22
皆して何言ってんのさ。神、神って。

600 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 21:30:18
>>596-597
どっちがほんとうなの?

601 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 21:38:26
>>600
オマイは北へ帰って「将軍様マンセー♪」やってろw

602 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 21:40:44
>>601
なんで?

603 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 22:50:24
>>590
厳密な決定論なら自由は無いよ
厳密じゃなかったとしても人間に選択肢は無い。
物質の状態が確定しない事に自由を見出すならあると言えなくも無いんだろうけど、そんなんじゃ自由に選んでるとは言い難い。
人間には原理的に知ることが出来ない部分に自由があると主張するんだから宗教に近いしな。
自由意志は観念論の中にある。

604 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:03:15
デモクラシーは外部から起動することはできない
民衆の内的衝動から起こるのである
よってアメリカ占領軍はデモクラシーとは関係がない
むしろデモクラシーが不在だからこそすんなり居座っているのである

605 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:06:04
>>603
>厳密な決定論なら自由は無いよ

そんなの自由の定義しだいだろ。
決まっているからといって自由じゃないとは思えん。俺は決定論と両立する自由で考えている。

決まっていなくても、自分がしたいことが妨害されれば不自由に感じるし、
決まっていても、自分がしたいことができれば自由に感じる。

606 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:06:19
自由と勝手を履き違えるな!

607 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:12:36
できる範囲内で満足できる人は
ささやかな自由を満喫できて良いですね

608 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:15:21
不屈の「にだだ!」スピリットのことでしょ自由って

609 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:27:59
>>606
>>607
決定論と両立しない自由を考えるなら、その自由とやらを定義してくれ。
どんな世界であっても決定論は成立するんだけどな。

610 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:36:39
決定論の中に非決定論を置くことが出来るからな
この世が厳密な決定論であることが知る事が出来なかったとしても

611 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:41:05
決定論つまり因果律は過去つまり原因に縛られることにすぎない
逆に自由とは未来つまり目的に仕えることにすぎない

612 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:42:26
自分を自由だと思える人は幸せで
そうでない人は不幸ということなのでしょう。


613 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:42:58
じゃあ自由は「何となくいろいろとある選択肢の中から何にも左右されずに自分の意思で選んでるよ〜という確信のようなもの」
でいいよ
それともみんなが思う自由を出して平均値を暫定的な自由にする?w

614 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:44:56
自由意志とは目的意識にほかならない
決定論とは単なる自己疎外にすぎない

615 :考える名無しさん:2007/02/20(火) 23:52:49
自分を宇宙と同一視する時
はじめて自由な心になれる

宇宙の意志=自分の意志
そう思える人は自由で幸せ者

616 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 00:13:59
霊我かよw

617 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 00:20:35
>>611
因果が成立しない、つまり、自分の直前の意志すらも反映されないのが自由なのか?

始めは紅茶が飲みたいと思っていたのに、
気がついたらわけもわからずコーヒーが飲みたくなってコーヒーを飲んでしまい、
コーヒーを選んだんだと納得することののどこが自由なのか意味不明だ。

618 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 00:29:17
途中で気がかわるのは衝動であってそれこそ決定論的疎外状態
自由意志つまり目的意識は衝動にあらず

619 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 00:30:11
私達の純粋さでなくて、権利を主張するところは自由でない

620 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 01:07:04
すべては必然。わたしの自由意志もすべて神の啓示によるもの。

621 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 02:47:16
>>613
全く違う。
意志させるのは神。だから人は正しく選択できる。
それが自由意志。

622 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 07:45:37
自由のような
自由でないような

仏陀にならないと駄目かな

悟りを開きなさい!!!

623 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 13:09:04
  ┃   ┏━┃  ((;;;;゜;;:::::(;;:  ∧__,∧ '';:;;;):;:)):).) .     ┃┃
━┏┛ ┏━┃ ━(((; ;;:: ;:::;;⊂(`・ω・´)  ;:;;;,,))..).)━━┛ ┃┃
━┏┛ ┛  ┃    ((;;;:;;;:,,,." ヽ ⊂ ) ;:;;))):..,),)).:)      ┛┛
  ┛       ┛   ("((;:;;;(;::  (⌒) |. .どどどどど・・・  ┛┛
                     三 `J

624 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 14:33:19
決定論者は衝動を意志と勘違いしてるようでつねw

625 :考える名無しさん:2007/02/21(水) 15:38:05
>>624
決定論じゃなくて唯物論だよ
あと意思、だけだと曖昧

626 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 01:50:59
非決定論である。

627 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 03:02:59
>本当の自由とはなにか?

それは自由とは何か考えないことである

628 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 11:53:17
今週のチャンピオンのバキがそんな内容になってる

629 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 13:24:38
脳に自由意思はない。遺伝子の奴隷。

630 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 14:27:55
みんなピノキオなんですね

631 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 14:32:15
遺伝子に自由意志はない。主人は奴隷である。

632 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 14:54:43
自由意思があるかないかを考えているのは脳である。
自由意思がないなら自由について考えることも無いだろう。

633 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 15:59:13
遺伝子ですべて決まるなら、一卵生双生児の指紋、網膜血管、虹彩等が違うのはどうしてかね?

634 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:01:15
こんなの理論上の自由意志問題じゃんw
因果を土台にする理論の性格上
理論的自由なんて自己矛盾だからありえんでしょ

635 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:01:49
遺伝子が9割

636 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:04:57
>>633
一卵性双生児でさえDNAの合致率は75%だぞ?

637 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:19:15
遺伝子に自由意志がないとも言い切れないんじゃ
もちろん進化論的な意味で環境に制約された自由であることはたしかだが

638 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:25:58
>>636
じゃあ、同一個体中でもDNAの一致率はそのくらいってことか??

639 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:29:10
シンプルに  「選択肢があること」

640 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:46:48
>>638
スマン。ミスだ…。75%は一卵性型二卵だった…

一卵性は確かに遺伝情報は同一


それで違いがあるとするなら設計図の読み方と材料の微妙な違いじゃないか?



641 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:50:14
ささやかな、制約された自由を楽しみなさい

642 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 17:10:45
本当の自由――そこには、贋の自由にはない自由がある。

643 :官権ジョージ:2007/02/22(木) 19:35:57
自由を自由と決めるのは誰だ。

644 :(゜▼゜) ◆Paiman/3cQ :2007/02/22(木) 19:37:11
自由意志だ

645 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 21:59:16
霊我だよ

646 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 22:15:21









    自由ってなによ?


                  意思ってなに?









ハナシはそれから、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ニシロ !!

647 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 22:33:50
まるで哲学クイズだな
論じろよ

648 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 22:35:36
自由=いっさいの束縛からの解放=死

649 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 22:36:49
>>647









    論じてから


             論じろと言え










救いようのないカスだな、、、、、、、、、、、、、、、、、、オマイは

650 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 22:53:51
人によって自由が違うから言いっぱなしばっかり
どっかのトンデモみたく断定やら言いきりやら使ってればなんかそれらしくてかっこいい、見たいな感じの多いし

651 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 22:55:55
>>632
正直なところその通りだと思うよ。
所詮暇つぶしだよ、自分の場合。

652 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 23:31:46
それはそれでほとんど驚くことができません、ほとんどの人間はそれを考えれば、これに全く気づいていません、
ほとんどの人間は、さらに私たちの時代の初めのキリストのイベントの発生に気づきませんでした。
カーリー・ユガは1899年に終わりました
今、私たちは新しい時代に順応しなければなりません。
この時期に始まるものは、ゆっくり新しい魂機能のために人間性を準備するでしょう。

653 :考える名無しさん:2007/02/22(木) 23:35:46
>>652
日本語でおk

654 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 00:02:25
>>633
>遺伝子ですべて決まるなら、一卵生双生児の指紋、網膜血管、虹彩等が違うのはどうしてかね?

指紋は意外だけど、同一だったら個人認証システムには使えないもんね。
でも犯罪捜査で証拠になる指紋鑑定も完璧な証拠にはならないらしいね。DNA鑑定同様。
脳の機能局在が先天的に決まるのか後天的かとか、遺伝決定論的か構造的かで諸説あるしね。
脳の機能局在が後天的である証拠として水頭症の少女の事例をそのむかしテレビで見たことがある。

655 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 01:04:15
いまだ古代ギリシアの哲学発生以前の段階にある
日本土人の頭で何を解明するってんだwww

656 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 02:07:44
>>654
別に個人認証のために虹彩があるわけではない。

657 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 07:48:21
自由とは何に対して価値を求めるか?そして自由なのかと言う事が。
例えば健康体の人そうでない人。金持なのか貧乏なのか。生まれた場所とか、才能があるとか無いとか様々な価値観がある。
人々の自由とは同じ価値観を共有した時に感じられないだろうかね?むしろ自由というより一体感みたいなものがある。
もしそうならば、人とのコミュニケーションがとても重要になると思う。
常識を超えてとにかく思った事を発言する、これが大切な事かもしれないかな。

658 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 08:18:05
>>657
君の日本語はめちゃくちゃだと発言させてもらう。

659 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 08:44:58
最後の「かな」が気に入ったかな。
自由とはカナカナである。

660 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 08:55:01
終わりよければすべてよし

661 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 10:36:12
>>657
>むしろ自由というより一体感みたいな

それは自由ではなく一体感だと言わせてもらう

662 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:00:15
>>657
自由意思は一体感とは対立する価値を担わされてきた言葉のように思えるけどなあ。

ポストモダニズム論者の言い分が正しければ、近代社会が擁護してきた自由意思なるものは
ぜーんぶ錯覚だったということにされてしまう。近代の終焉。

663 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:02:22
>>662
>正しければ

れば’が通れば道理が引っ込む、とかくこの世は、、

664 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:06:51
錯覚だということはモダニストも思想に折込済み

665 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:08:29
ポストモダニストはしばしばコミュニタリアンと同一視されることがあるけど、
それって正しいの?

666 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:44:34
一切のどんな小さな欲にも支配されなくなったら自由。だけど、生きてるかぎりそんなの無理…。

667 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 12:32:34
自由とは人大杉ないこと

668 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 12:38:51
自由とは何も感じないこと。

あらゆる相互作用をなくせば、何にも束縛されない。が、見ることも触ることも無い。
すべてのもが存在していないかのように素通りしていく、無の世界だ。

669 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 12:52:39
色即是空
空即是色
渇!!!

670 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 13:35:38
自由とは人大杉に逆らって進軍することだ!Byナポレオン

671 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 13:45:03
喜怒哀楽を自然に表現する人たちの気持ちはまさに自由。
これ本当かもしれないね。

672 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 13:50:15
>>671
でもそれは宇宙の始まりから決まっていたことですけどね。
自由に感じるだけで未来は変えられません。
自由とは、自由に感じるというだけのことです。

673 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:09:17
自由の条件を主体に限定してるからそう思ってしまうんだろうな。
人間では決して出来ない事をしている生物ないし自然現象を
目の当たりにすると人間はそれを自由と呼ぶだろうし
その対象との比較から自分も自由と呼べるものを持っている事を
確かめるだろう。

674 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:10:15
自分の器より大きな世界を知る事が自由の始まりなのかもしれない。
今の未完成な世界のままで自分を終わらせない事が大事だ。

675 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:12:28
自分が自分である限り、同じ状況なら同じ意志決定をするでしょ
でも、だからといって不自由ではないわね
それが自分の意志なんだから
自分は自由かどうかを考える前に、自分とは何かを考えるべきですね

676 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:16:39
自分など存在しておらず
感性と理性があるのみ
それらが状況に反応しているだけ

677 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:18:26
その感性と理性こそが自分なんだけどな

678 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:49:54
自由は始まりも無ければ終わりも無い。こういう世界はあまり良いものではない、
みんな分かったところで何もしなくなるのが人間であって。自由は始めから存在しないし、だから全ての現象は必然的に決まっていた。
肝心なのは人間の生き方だよ。不器用なのはとても不自由だけどそこに人間が生きる本質があるのであって、その道からは外れたくないな。


679 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 15:33:34
楽しいときに楽しいと思うことは不自由
楽しくもないのに楽しいと思うことこそ自由

680 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 16:22:01
楽しい時は楽しい
悲しい時は悲しい
それで良いのだ

681 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 16:25:02
↑それは不自由

682 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 18:45:27
↑なぜ?その人の自由じゃん。
君が決める事じゃない。

683 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 18:49:57
↑外的要因による強制感情かもしれない

684 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 18:54:35
↑それは見る角度による。

685 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 18:56:57
>>678だって678さんの角度から見た一つの「自由」。
だからみんなそのままにしている。

686 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 18:57:26
雨が降ると憂鬱になり
天気が良いと晴れ晴れとなる
それで良いのだ

687 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 19:06:43
雨が降ってるときに
晴れの日のような気分で
いることこそ自由
つまり自由の本質とは
外的要因から内的活動を
独立させることにある
環境からの自律

688 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 19:07:09
>>686
てるてる坊主つくったので 雨降って欲しいって思ってたら 降りますた o(^-^)o ワーイ
嬉しくて とても憂鬱になんか なれないんですが、せんせ?

傘を買ったので雨降って欲しいと思ってるのに きれいな晴れですた  (# `Д´) クヌー
どうやっても 晴れ晴れした気持ちになんかなれないんですが、せんせ?

178 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)