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【生命】オイおまいら!「命」を定義せよ。

1 :考える名無しさん:05/03/12 03:40:13

命/生命とは何か。

動物、植物、これらは「命」をもち”生きて”いるだろうか。

水、空気、時間、空間、細胞、
…これらは「命」をもたず”生きて”いないだろうか。

2 :考える名無しさん:05/03/12 03:43:02
>1さんは陰核をもたずに生きていませんよね。


3 :考える名無しさん:05/03/12 03:46:49
そんなもん無くても生きてるちゅーねん

4 :考える名無しさん:05/03/12 03:49:12
>1さんは男根がなくても生殖できると信じていませんよね。


5 :考える名無しさん:05/03/12 03:50:49
そうか弾痕・玉とったらそれは最早生命ではないんだな

6 :考える名無しさん:05/03/12 03:52:38
「生殖能力→生命」説 キター

7 :考える名無しさん:05/03/12 03:58:08
>1さんには受精能力がありますよね。


8 :考える名無しさん:05/03/12 03:59:04
石原流に言えば生きている価値はないかもしれないが
生きてはいるだろう

9 :考える名無しさん:05/03/12 03:59:35
自発的に活動してなければ生きてるとは言えんだろ。
細胞は自発的に活動してるから命はある。
空気や水は生命の源ではあるが無機物だし論外。
時間や空間は流動的だから生きてると
比喩する事は出来るが本質的には間違っている。

10 :考える名無しさん:05/03/12 04:03:48
無機物の生命は存在し得ないか

11 :考える名無しさん:05/03/12 04:08:53
生きるにはエネルギーの元である有機物(炭素化合物)が必要
細菌なんかは酸素だけで生きられるが
細菌を構成している中に炭素が含まれる。

12 :考える名無しさん:05/03/12 04:09:06
自発的とは何をもって「自発」ということができるのか。
例えば水に熱を加えると蒸発する。これには自発性は見出せ無いだろうか。
単なる「反応」と「自発」の間にはどんな差異があるのか。

13 :考える名無しさん:05/03/12 04:11:28
>>12
水に熱量を加えている時点で自発ではない。
それは誘発。

14 :9:05/03/12 04:12:18
間違えてメル欄に9を入れてしまったorz

15 :考える名無しさん:05/03/12 04:12:52
なんの刺激も与えず「自発」はあり得るのか。

16 :考える名無しさん:05/03/12 04:21:11
自発とは誘発なり

17 :考える名無しさん:05/03/12 04:32:56
命くれない?

18 :考える名無しさん:05/03/12 04:33:36
自発も反応の結果でしかないというのは
「無から有は生まれるか」という問いに似ている。

19 :考える名無しさん:05/03/12 04:35:50
なんの刺激も与えず「自発」はあり得るのかというのは
「無から有は生まれるか」という問いに似ている。
だな(汗

20 :考える名無しさん:05/03/12 04:54:14
仮に自発が誘発によるものであるとすれば
それを自発と感じるか否かの問題になって客観的な定義にならない。
しかし自発的で無くとも生きている非自発性の生物も否定できなくなってくるな。
まあ、逆に他発的なものも自発的であると言えるのかもしれないが。

21 :考える名無しさん:05/03/12 08:17:00
「自発」というが、何をもって「自」というのか。

22 :考える名無しさん:05/03/12 13:19:33
どこからどこまでが1つの生命体であるのか。
完全に独立した生命が無い以上、全ての生命は一体と見なすべきか。

23 :考える名無しさん:05/03/12 13:37:31
結論を言えば、
「何が生きている」か、という問いは無意味である。
我々がアプリオリな「生命」という観念を投影できる対象が
生きているものなわけであって、
要するにこれは、「我々が生きていると思うものが生きている」ということに過ぎない。

では、我々は何を「生きている」と見做すか。
動物・植物は生きている。
石や水は生きていない。
原生動物のようなものも、多分生きている。
↑これは人によって多少違うかも知れんが、
それは単に人によって定義の仕方が違う、ということに過ぎない。
何等本質的な問題ではない。

問題となるのは、
高度なロボット(鉄腕アトムのような)が出来たときにそれをどう扱うか、ということだろう。
勿論これもそのロボットを「生きている」と見做すか見做さないか、という問題に
過ぎないわけだが、しかし人によってその定義が異なってくる可能性がある。

ここで注意すべきは、我々は現状で鉄腕アトムのような高度なロボットと共存する必要に迫られていない、
ということだ。
この種の問題は、実際にその必要に迫られた時に、ある意味プラグマティックな基準により
概ね社会的総意が形成されるものと考えられる。
そのようなロボットが存在しない現状で、アプリオリにそのような定義を行うことには意味がないと思う。

24 :考える名無しさん:05/03/12 14:07:09
>高度なロボット(鉄腕アトムのような)が出来たときにそれをどう扱うか
原子爆弾の比喩じゃねーの?あれ。「科学ーの子ー」核融合に混じるアトム。

25 :考える名無しさん:05/03/12 14:21:16
なぜアトムほど高度でないアイボは生きていないと言えるのか。
現在において>>23の中で問題となっていないに過ぎない。

26 :考える名無しさん:05/03/12 14:26:35
「命とは比喩である」ってどう?おおまかすぎ?

27 :考える名無しさん:05/03/12 14:37:43
哲学の用語を使えば、「生物」というのが「自然類」なのかどうかが問題だ。
「生きている」ということの内容(=本質)と、「生物」という語の外延が
どう関係しているのか、ということだね。

28 :考える名無しさん:05/03/12 14:39:40
命/生命とは 部分である。は?すなわちエネルギー全般。

29 :考える名無しさん:05/03/12 14:47:58
生まれて死をむかえるまでの期間を「生きている」と言えるだろう。
そしてそれを生命と定義できる。
どの時点・状態を「誕生」とし「死」とするかは結局主観に頼らざるを得ないだろう。

30 :考える名無しさん:05/03/12 14:49:04
辞書でもひいとけくだらん

31 :考える名無しさん:05/03/12 14:55:52
辞書でおなかいっぱいになるようならそもそもこの板向きの人間ではないだろ

32 :考える名無しさん:05/03/12 15:12:45
幼稚なスレ題だな

33 :考える名無しさん:05/03/12 15:22:01
幼稚さによって思考が停止するようならそもそもこの板向きの人間ではないだろ

34 :考える名無しさん:05/03/12 15:25:16
つまるところ、DNAという化学結晶の再生、結晶成長の一種なわけよ。
ダイアモンドだって、条件さえ揃えば成長するわけだけれど、野ざらしではその条件にならない。
しかし、結合強固なので、一旦出来てしまえば、成長条件から大きく外れた環境中でも、分解速度
が極めて遅いために、存在し続けられる。
対して、DNA(RNA)は、晒せばすぐに壊れる脆弱な結晶であるため、コアセルベートのような
特殊な環境内に、たまたまはまり込んだ物だけが残るようになった。
いわば、結晶成長と分解の化学平衡が、僅かに成長有利な環境にとどまれたものが、結果として
徐々に殖えながら、より残存率の高いシステムに淘汰されて来たのである。
少なくとも、地球上では、DNA結晶の再生産が生命であり、それに適する環境が生物である。
あるいは、生物まとめて、DNAシステムの巨大触媒と思えばよいか。

35 :考える名無しさん:05/03/12 15:27:39
>>20
むしろ誘発という事象自体が生命の証しなのではないか

36 :考える名無しさん:05/03/12 15:31:37
命には生きている命すなわち生命と
死んでいる命すなわち死命がある。
「いのち(命)」の語源は「息の霊」
である。


37 :唯識 ◆Vidya0E1.s :05/03/12 16:05:39
意義深いタイトルのスレですね。
「命」こそ科学と宗教を繋ぐ唯一の架け橋でしょう。

38 :考える名無しさん:05/03/12 18:12:05
このスレの余命はあとわずかとか。くだらん

39 :考える名無しさん:05/03/12 22:36:10
ちんちーんは、↓これどう思う?

34 名前:考える名無しさん 投稿日:05/03/12 15:25:16
つまるところ、DNAという化学結晶の再生、結晶成長の一種なわけよ。
ダイアモンドだって、条件さえ揃えば成長するわけだけれど、野ざらしではその条件にならない。
しかし、結合強固なので、一旦出来てしまえば、成長条件から大きく外れた環境中でも、分解速度
が極めて遅いために、存在し続けられる。
対して、DNA(RNA)は、晒せばすぐに壊れる脆弱な結晶であるため、コアセルベートのような
特殊な環境内に、たまたまはまり込んだ物だけが残るようになった。
いわば、結晶成長と分解の化学平衡が、僅かに成長有利な環境にとどまれたものが、結果として
徐々に殖えながら、より残存率の高いシステムに淘汰されて来たのである。
少なくとも、地球上では、DNA結晶の再生産が生命であり、それに適する環境が生物である。
あるいは、生物まとめて、DNAシステムの巨大触媒と思えばよいか。


40 :考える名無しさん:05/03/12 22:38:23
ごめん、面白いから持ち出そうとしたら落しちゃった。

41 :考える名無しさん:05/03/13 00:50:16
定義できないもの

42 :考える名無しさん:05/03/13 00:56:32
心理学とおんなじないのかな

43 :考える名無しさん:05/03/13 09:03:13
近い将来、人は千年生きられるようになります。

44 :考える名無しさん:05/03/13 14:46:00
>>43
あと50年くらいで実現するかな?

45 :考える名無しさん:05/03/13 15:05:05
千年生きるだって? 介護保険の破綻をどう防ぐんだ?

46 :考える名無しさん:05/03/13 15:13:45
>>45
爺いが+920年生きるわけではない。老化の抑制、ということだ。

47 :考える名無しさん:05/03/13 15:41:05
現在のレベルで介護を必要とする期間が5年間ぐらいの人が、
その時代には50年間介護が必要になるんだろ? 
やっぱり介護保険制度は崩壊するよ。w

48 :考える名無しさん:05/03/13 15:51:47
>>47
馬鹿ですか?
老化を押さえる技術の事を言っているのです。
20〜60代の老化の進みを何十倍かに引き延ばそうと言うことです。


49 :考える名無しさん:05/03/13 15:55:56
抗エントロピー低下症候群

50 :ワサビ茶漬け:05/03/13 15:58:28
>>23氏と同意見です。

ある言葉が存在するのだから、それは明確に定義できるはずだ、という点をまず疑うべきです。
「生命」という言葉があるからと言って、
全ての物事を「生命」と非「生命」に分類し得るようなキレイな定義を作り得る事が保証されている、
という事はないだろう、という事です。

もともと私たちはただ、動いて、頭や体があって、食べたり、逃げたり、子供を作ったり
そういう属性を認められる存在の事を「生き物だ」とか「生きている」とかと呼んでいるワケです。
その程度の認識で使われ始めた言葉に、全局面での使用に耐えられるほどの普遍的な定義を与えられる保証はどこにもないワケです。

たとえば「砂粒」、「石ころ」、「岩」という3つの言葉について考えると、大雑把に言って
握れるくらいなら石ころ、それより大きければ岩、それよりずっと小さければ砂粒、
といった感じで認識されているでしょうか。
もともとこの程度の認識で言葉が使われ始めるのですから
あとになって「どこまでが石ころで、どこからが岩かを明確に定義できないのは何故だ!」
と悶えても、それは言葉というのはそういうモノなんですから仕方がないでしょう。

「石ころ」「岩」という言葉があるからと言って、その間を明確に分かつ論理の存在が保証されているワケではないのです。
同様に「生命」という言葉があるからと言って、「生命」と非「生命」の間を明確に分かつ論理の存在が保証されているという事ではないワケです。

ここらへんの所を考えてからでないと、議論が泥沼に陥る気がしますです。

51 :考える名無しさん:05/03/13 16:09:08
>>50
>>34で文句はないだろう?

52 :うあああ:05/03/13 16:18:12
>>51
・DNAと同一の原子から成りながら、二重螺旋形ではなくツイスト形となってしまった分子は
 生物か否かという件について
・RND系は生物か否かという件について
・海底火山等からエネルギーを得られる環境で発達する
 比較的レアな結晶構造は生物か否かという件について

53 :うあああ:05/03/13 16:26:21
なんか、分子単体でも反応の効率性に基づいて進化するらしいよ。

で、環境が悪化した際に相性のいい分子同士が出会うと、
相互に依存し合う形態に移行しまって、離れられなくなる。

そうやって分子や細胞は高機能化してきたらしいよ。

54 :ワサビ茶漬け:05/03/13 16:35:34
>>51
・ラバはどうなるでしょうか。
ラバは雄ロバと雌ウマとの間に生まれる雑種で、生殖能力がなく一代限りの存在です。

55 :考える名無しさん:05/03/13 16:41:33
>>54
生殖能力は無いだろうけど、細胞分裂能力(≒DNA結晶の再生産能力)はあるんじゃない?

>>51
ということはつまり、肝細胞を培養すれば永遠の「命」が手に入りますね。
ものの形は変われども、命は永遠につきまじ。ロマンですね。

56 :23:05/03/14 00:42:27
>>51
我々が通常「生命」と呼ぶものは大抵DNAを持っている、それは確かだけれど
それは単に「生命を持つもの」と「DNAを持つもの」とが対応する、といういだけの話で
「生命とはDNAのことである」、というのとはちょっと違う。
あなたのような、概念を外から定義づける方法では、この種の問題を解決することは決してできないと思う。

>>52>>54もそうだし、他にも
もし宇宙に生命がいて、DNAではない別の原理で生きていたら、それは「生命」とは呼べないのか?
もし俺が夢の中で、DNAを持たない生き物を見たとしたら
俺は「生き物」の夢を見たことにはならないのか?
とか色々考えられる。
そもそも、もし生命がDNAのことであるのなら、
DNAを知らなかったわずか数十年前までの人々は、自分が日常使っている「生命」という語の
意味さえ全く知らなかったのか?という話にもなる。

57 :23:05/03/14 00:58:41
何度もいうが、この問題はやはり>>23で明確に解決していると思う。

では、「生命とは何か」という問いは、本当に単に定義だけの問題になってしまうのか?
それは確かにそうなんだが、しかしそう言ってしまうだけでは割り切れない何かが残っているようにも感じる。

例えばものすごく簡単な原生動物を生きていると呼ぶかどうか、
ロボットを生きていると呼ぶかどうか、それは何度も言うように、呼びたいように呼べば良い、という問題に過ぎない。
しかし、例えば友達の岡田くんは生きているのかどうか、これは単に定義の問題だろうか?
更に言えば「私」は生きているのかどうか、これは単に定義の問題なのか?

ここで気がつくのは、第一に「私」、次に「私」と同一の理性を直接投影しえる他の人間、
こういったものは、どうしても「生きていない機械」とは思えない、ということだ。
もし世の中に「認識する私」というものがなく、単に機械的に物理学の法則に従って動くものしか
なかったのなら、「生命とは何か」などという問題を考える必要はなかっただろう。
「生命とは何か」と我々が考える時に抱く不思議な感覚というのは、
実は「対象化することの出来ない私」というものから、他者・動物・植物・微生物・・・と
どこまで降りていったら「生命」という枠を脱するのか、その境界はどこなのか、
という疑問と等しいことがわかる。


まとめると、「生命とは何か」という問題は>>23のように簡単に解決される。
ではなぜ我々はそんな単純な問題が恰も大問題であるかのように感じるかというと、
実はここでは「生命とは何か」を通して「私とは何か」が問題になっているからである。

だから>>37のような、
「命」こそ科学と宗教を繋ぐ唯一の架け橋である、というような言い方は完全に間違えている。
そう言うならばむしろ、「客観化し得ない、認識する私」こそが科学と宗教とをつなぐ唯一の架け橋である、というべきだ。

58 :考える名無しさん:05/03/14 04:22:26
>>52
複雑な分子に異性体が存在すること珍しいことでもないし、反応性や機能が異なり、有効な結晶再生産
システムとして残れなかったのであれば、生命と見なす必要はないのでは?
RNA系は、多分DNA系の前段階で、DNAシステムの一部として含まれてもいるので、生命に準ずると見
てよいのでは?DNA型RNA型を問わず、ウイルスの類は完全に生命とは言い切れないし、アンドロメダ
ストレインのような形で自己増殖する結晶があれば、生命でないとは言い難い。
魂があるから生物、ないから無生物とか、特定の化学物質に限り生命とも言えない。
で、少なくとも地球上では、螺旋型DNAの再生産活動が生命であろうということ。
ウイルスよりは無生物寄りだけれどもプリオンが完全に生命現象でない(ただの毒物)とも言い切れない。
オンオフの完全な線引きというのはないんじゃないだろうか。


59 :飛べないカラス ◆hslonKolMc :05/03/14 04:40:34
自分には自我があって、自分は何故他人ではなく自分として産まれてきたのだろう
という疑問を持つことが出来ます。また、自分の自我の存在以外は実在しなくて、
夢の産物じゃないかと疑うことができます。
自分以外に自分と同じように自我を持っているだろうと信じることができる対象を
生命と呼んでいたのではないでしょうか。

>>52-53
細胞の複雑な組織も分子のちょっとした組織も組織という点では同じですね。
エネルギーを得られ自己を維持できる形態に組織が進化していきますね。

60 :考える名無しさん:05/03/14 08:58:48
>>58
だからあなたの言ってるのは、あくまでも「何を生命と呼ぶか?」であって
(現状で知っている地球上の生物については、DNAを持つものを「生命」と呼ぶことが多い、という
 あなたが認めるようにプラグマティックで不完全な線引きをしているだけであって)、
「生命とは何か」という問いとは、いちおう、違いますよね。
それを認識した上で言ってるのなら良いけれど。

61 :考える名無しさん:05/03/14 13:22:45
>>60
毛深い香具師の腹毛と陰毛の境は決められないからね。
存在と概念はあるが、厳密な境界の線引きはできないのさ。

62 :考える名無しさん:05/03/14 13:25:42
まあなんでもいいがどっから湧いてくるんだよ

63 :考える名無しさん:05/03/14 14:55:47
>>62
何が?

64 :考える名無しさん:05/03/14 15:51:00
最近すぐ「死にたい」とか言う奴が多いけど、そんなお前らに
生まれてきた事がどれだけ奇跡的な事なのか、ちょっと教えてやるよ
まず、地球上の人口何十億の中でお前らの両親が出会い、そして結婚までに至る確率なんてすげー低い
それはもう考えられないぐらいの偶然
で、お前らの親父が一生で作る精子の数は何兆って数、マジ半端じゃねー数
それにお前らの母親が一生で作る卵子の数も数百個
これら膨大な数の精子と卵子のたった1つの組み合わせでお前らが生まれたってわけ
これだけでも十分すげーつーのに、これと同じ試行を祖父母、曾祖父母…ってな具合で何世代もの祖先にまで遡る
勿論その果ては何十億年前の原生生物にまで至るんだから一体何世代を経るのか見当もつかねー
もー凄すぎ、無量大数とか天文学的数字なんて目じゃない。考えただけで気絶しそうな低い確率。ほとんどゼロ
お前らはそれを何の努力もせず全く偶然モノにすることができたってわけ
な?生まれてきた事がどれだけ奇跡なのかよく分かったろ?
なんか生きてるだけでハッピーじゃね?よかったなお前ら、生まれてこれて
てゆーか>>1氏ね

65 :考える名無しさん:05/03/14 16:45:55
最近すぐ「自殺するな」とか言う奴が多いけど、そんなお前らに
自殺する事がどれだけ奇跡的な事なのか、ちょっと教えてやるよ
まず、地球上の人口何十億の中でお前らの両親が出会い、そして結婚までに至る確率なんてすげー低い
それはもう考えられないぐらいの偶然
で、お前らの親父が一生で作る精子の数は何兆って数、マジ半端じゃねー数
それにお前らの母親が一生で作る卵子の数も数百個
これら膨大な数の精子と卵子のたった1つの組み合わせでお前らが生まれたってわけ
これだけでも十分すげーつーのに、これと同じ試行を祖父母、曾祖父母…ってな具合で何世代もの祖先にまで遡る
勿論その果ては何十億年前の原生生物にまで至るんだから一体何世代を経るのか見当もつかねー
ここまででも十分すごいのに、生まれてきてから更に自殺で死ねる人間ってなると、もう地球上の人間のほんの3%だけ。
たった3%だけなんだよ?大抵のやつはガンだとか、心疾患だとか、もうほんとありがちな死因で死んでいくの。
もー凄すぎ、無量大数とか天文学的数字なんて目じゃない。考えただけで気絶しそうな低い確率。ほとんどゼロ
お前らはそれを何の努力もせずロープにぶらーんと釣り下がるだけでモノにすることができるってわけ
な?自殺する事がどれだけ奇跡なのかよく分かったろ?
なんかもう「死のう」とか思えるだけでハッピーじゃね?


66 :考える名無しさん:05/03/14 17:26:18
地球も宇宙も寿命があるっていうし
オレって人間もそんな1つの命の構成員なのかもな

67 :考える名無しさん:05/03/14 23:56:37
いい事に気がついたよーだな

68 :考える名無しさん:05/03/15 18:30:53
>>60
>「生命とは何か」という問いとは

「生命とは何か」という問いは何を問題にしているの?
 生命を機能としてその必要十分条件を明確にしたいという
 ことかな?

69 :考える名無しさん:05/03/15 18:51:39
日の鳥

70 :考える名無しさん:05/03/15 19:57:01
命とは何かが了解できないものは、
既に生ける屍。

71 :考える名無しさん:05/03/15 20:19:00
命とは何かなんて知らなくても生きていける。

72 :考える名無しさん:05/03/16 00:24:54
命、ボンバイエ

73 :考える名無しさん:05/03/16 23:46:17
>>68
「時計とは何か」という問いで問われているものは、時計の「本質」なわけでしょ。
「本質」というのは「そのものをそのものたらしめるもの」なわけだけど

時計の「本質」というのは、例えば「時間を計る機械(ないし器械)」というようなことですよね。
これに対して、
「時計とは大学の時計台の頂上についているものである」という答えをしたとする。
「大学の時計台の頂上についているもの」は確かに時計なのかも知れないけれど、
これは時計の「本質」ではないわけです。なぜならば、

・いかなる場合にあっても、時間を計ることができないものは「時計」とは呼ばれない。
・それに対し、大学の時計台の頂上にないものでも、時計であることができる。

だから、「時計とは何か」と言われて「それは大学の時計台の頂上にあるものだ」と答えたら
そんなの答えじゃないよ、と思われてしまうわけです。

それと同じように、DNAは、生命の「本質」ではない。
もしかしたら、DNAを持たない生物も地球外にはあり得るかも知れないわけです。
(↑これは本当にそう。)
世の中にはアンチ本質主義者というのもいるわけで、そういう人ならば
「生命とは何か、という問いに答えは存在しない。何故ならば生命の本質などというものは
もともと存在しないからだ」と言うでしょうけどね。

74 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/03/31(木) 22:21:13
>>73
ちょっと比喩が不適切で、難解になってないでしょうか?
例えば、「時間とは何か」という問いに対して、
「時間とは時計によって示される、だから時計を調べれば、時間について多くを得ることができる」
とする考え方が、生命とDNAについての関係に比されてしかるべきじゃないでしょうか?

「時間とは何か」に対して、右手にドライバー左手に時計をもってする考え方が、
「生命とは何か」に対しての、DNAを持ち出す考え方と瓜二つに見えます。

「映画はどうやって誕生したのか」「それは映写機による光線の操作によってだ」
「生命はどうやって誕生したのか」「それはDNAの再生産能力によってだ」
…こんな具合に、生命についてDNAを持ち出す科学的思考は、
それ自体合理的で反駁し得ないし、排除したくて言うのでは決してないんですけど、
滑稽です。非意義的(ナンセンス)で、それのみでは不完全だと思います。

75 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 00:32:01
何らかの変化が認められる(一定不変でない)ものは
生きていると言える可能性があるな。
ここから先はなんとも言えない。

76 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 06:12:02
時間とはなにか?→時計を分解する科学者はまずいないW

77 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 08:33:02
>>76
しかし生命とは何か?と言われてDNAだと答える人は
なぜか、沢山いるんだよね。このスレを見てもわかる通り。

78 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 13:03:32
動いているもの皆生命

79 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 18:57:35
命は人間が定義したもの
人によって微妙に異なる

80 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 23:40:38
ミコト

81 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 23:43:49
命があるものは死ぬ
命が無いものは死なない

82 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/04/20(水) 00:13:00
>>76>>77
俺は、ずっと唯物論を横目に見ながら観念論を勉強してきた人間ですので、
生命にDNAを持ち出す考え方が、変てこに見えるんです。
いろいろ考えてみました。

―生命にDNAを持ち出す考え方は、、、
 "○○の思想とは何か、どんなものか"という問いに対して、
 「○○の思想は、文字によって現われる、つまり観察できるようになる」…という着想から、
 「そうか、文字が黒で紙が白いことが、この人物の思想の全てなんだ」
 「インクの黒が紙の白に対して、できるだけ引き立つ(それも長時間)ようになるための成分が、
 この人物の思想の根源なんだ。この成分の頭文字をとって、思想の本質をホニャララとしよう」
…こんな考え方と、瓜二つに見えるんです。

いいえ、こんなことを言って、DNAを持ち出す人たちを馬鹿にしているんではありません。
そういう考え方を、排除してやろうとか葬ってやろうとか、思っているのでもありません。
そうではなく、科学的な考え方だけでは、哲学として不完全じゃないかと訴えたいのです。

83 :たま:2005/04/20(水) 00:50:59
命とはたとえ一瞬であっても独立して成り立つ世界を内在した
環境抗力である。

84 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 00:53:50
warota warota

754 名前:ローカルルール審議中 投稿日:2005/04/20(水) 00:40:06
ES細胞は、化学誘導を受けないと大脳細胞になるんだと。

755 名前:ローカルルール審議中 投稿日:2005/04/20(水) 00:41:04
お前ら、アクチビンたっぷりだったろう?w

756 名前:ローカルルール審議中 投稿日:2005/04/20(水) 00:51:27
総筋肉造り


85 :bbs:2005/04/26(火) 17:43:32
生きていると思うことが命があるということです。
結局は認識問題でしょう。

86 :ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 18:49:02
食べ物をたべるなら、命だと考えられるだろ。


87 :ローカルルール審議中:2005/04/27(水) 14:06:56
>>82

 そういうのを科学的な考え方だと思ってるのかい??さすが観念論系だ

88 :考える名無しさん:2005/04/27(水) 23:59:10
翼と足の数を足して4になれば、それは人間の食べ物である。

89 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 00:34:58
命:細胞分裂ができる

90 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 01:24:35
その前に男らしさを定義してみろ。

91 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 01:33:55
「命」とは言葉です。

92 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 01:38:45
>>88
中国では、手の数と脚の数を足して4でもいいらしいぞ。

93 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 16:14:07
>>89
単細胞生物はどうしたらいいんですか?(アメーバ以外)

94 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 22:49:47
DNAと脳を分離して考えれば命は定義できる。

DNAによる生物形成と脳による自我両方が成立する場合「完全生」
DNAによる生物形成と脳による自我片方が成立する場合「部分生or部分死」
DNAによる生物形成と脳による自我両方が成立しない場合「完全死」

95 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 22:59:01
命:オレ

96 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 23:13:57
DNA固執はいくない。
アンドロメダ・ストレインでも嫁。

97 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 23:17:40
みこと?

98 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 23:20:29
生命は継続する世代なしには規定できない。

99 :考える名無しさん:2005/06/16(木) 03:53:46
>>98
バクテリアに世代と言っても、定義難しいだろう?

100 :考える名無しさん:2005/06/16(木) 04:01:37
「命」=「永遠」
それは形をかえて・・・。それは魂となっても・・・。続いているのです。
すべての医学的定義を差し置いても、そう信じたいものではありませんか。

101 :考える名無しさん:2005/06/16(木) 04:03:11
>>100
魂=妄想

102 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 14:23:39
>>59に同意。
>自分以外に自分と同じように自我を持っているだろうと信じることができる対象を
>生命と呼んでいたのではないでしょうか。
じゃあ自分の生命ってのはなんなのよって話になるけど、
結局、生命≒(或いは=)自我と言ってもいいんじゃないかな。
だからロボットに自我があることが証明できれば生き物として認められる。
ただ、証明されない限りは各個人が自我の有無を推理して信じるしかない。
だから>>23が言うように、必要に迫られたらプラグマティックな基準で社会的総意を形成するわけだね。
まあ仮に自我が証明されても成長しない鉱物の塊が生き物だという事に抵抗を感じる人もいるだろうけど、
それは理屈としてでしかロボットが自我を持っていると理解してなくて
今までの自分の「こういうのは自我を持っているだろう」という感覚とズレがあるからだろうね。
7+8=15って少なくね?の感覚と一緒で。
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1083161561/

103 :飛べないカラス ◆hslonKolMc :2005/06/20(月) 04:28:27
そうでした。
>自分以外にも自分と同じように自我を持っているだろうと信じることができる対象は
という意味で書いたつもりでした。訂正します。
自我を持っていると思われるものが生命と呼ばれてきたのだと思います。
しかし、DNAが化学法則に従っているだけだということがわかってくると、もともと曖昧だった
従来の自我の存在の確認方法で生命を区別することが疑われてくるかもしれません。

104 :考える名無しさん:2005/07/22(金) 09:55:01
シーモンキーって飼ったことある?
おれはあのとき生命を創造してたんだ

105 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/07/22(金) 23:51:41
>>103
遅レスで恐縮なんですけど、
DNA云々で解明されるのは、「生物とは何か?」という問いの方なのでは???
あなたの考え方では、「生命とは何か」という問いは、
途方もなく放ったらかしの待ちぼうけ状態になってしまうと思うんですけど。

この世界全体のことを考えてみて、「生命」と「生物」って、
ほとんど一緒くたに扱われても仕方ないと思います。
でも、ただ一点においてのみ、区別をつけるための方法があります。

それは、、、(笑わないでくださいよ)
…"俺自身"や"飛べないカラスさん自身"は、生物なのか生命なのか、
について考えることですよ。
内在的で、俺や飛べないカラスさん以外の誰も、大きな助けにはならず、
他者と共同しようとすると、確かに曖昧にもなってしまう方法ですけど。

106 :考える名無しさん:2005/07/22(金) 23:54:42
日光を浴びるとムンムクムクムク育つのものが生物だ!!

107 :飛べないカラス ◆hslonKolMc :2005/07/23(土) 00:57:43
>>105
> あなたの考え方では、「生命とは何か」という問いは、
> 途方もなく放ったらかしの待ちぼうけ状態になってしまうと思うんですけど。

オレは生命と非生命を本質としては区別しないです。我々の日常世界に生命の特徴を備えた
ものと非生命の特徴を備えたものが分かれて存在する場合、区別して呼ぶことにソシュール
言語学的に利便性があるのですが、生命自体に本質があるのではなく、コミュニケーションが
出来て共通の目的意識を持てるといった、我々自身を中心とした相対的概念だと思います。

108 :考える名無しさん:2005/07/23(土) 12:53:27
そうだな「いのち」定義するなら、
宇宙150億年の進化の最先端に位置する系としたい。
元素や単純化合物は進化しないから物質であるしいまのところ情報自体も「いのち」ではない。
たんぱく質は「いのち」に準ずるものだが「いのち」ではない。
ミームはそれ自身で進化しはじめたら、「いのち」になり得る。

109 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/10(水) 23:46:28
>>107
生命と非生命を本質的に区別しない、と考えることは、俺にはできませんね。
"存在している"というポイントに、両者に共通するものを見ますけど、
形を伴って存在している、形を伴わずに存在している、こういう点に本質的な違いを感じます。

漫画を読むと、誰だって、登場人物に生身の人間と同じような躍動するものを感じますよね。
実際は、白い紙に黒い線で、人間の姿に似せたものを描いたにすぎないんですけど、
そんな読み方は普通、漫画の読み方とは言われません。

白い紙に黒い線で人間の姿を描いたものに、生身の人間と同じものを見るというのは、
動物が剥製を仲間と勘違いしたり、
炎の揺らめきが人の姿に見える写真に心霊を認めたりするような、
とんだ勘違いとも言えると思うんですけど。

でも、人間はその勘違いをあらかじめ了解しながら、漫画を漫画として読む。
なぜなら、登場人物の躍動を通じて、生身の人間に対するのと同じもの、
精神的な交接を感じるからではないでしょうか?
剥製を勘違いする動物や、写真に心霊を認める人間は、
そこに生命を見ているから、不思議がったり恐れたりするのであって、
これと同じように、漫画の登場人物に生命を認めながら、人は漫画を読んでいるのではないでしょうか?

こういう点を考えていくと、
形を伴っていない生命という概念が、心のひだの辺りにヒットしませんでしょうか。

110 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/10(水) 23:47:48

もっと突っ込んだ話をしましょう。

英語のlifeとかフランス語のvieとか、「生命」と「生物」を(それから「生活」まで)一緒くたに一語で扱います。
こういった考え方に慣れると、日本人である俺は、意味を混同してしまいそうになって、困ってしまいます。

昔々のそのまた昔、プラトンは自分で自分を動かすものを、魂(プシューケー)と呼びました。
この言い方に、生命や活力といった意味を含める学者さんがいるみたいです。
百数十年前のトルストイは、生命を「幸福への志向である」と言っています。

自分で自分を動かす以上、何らかの目的を設定しなくちゃなりませんから、
「幸福」という概念を登場させるわけです。

111 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/10(水) 23:49:06
生命といったら、このように魂を有するもの、幸福への志向をもつもの、ではないでしょうか。

物質は生命を有していません。
コーヒーの中に角砂糖を入れてみたとき、
この角砂糖は、外界の法則に従って、沈んだり溶けていったりするわけで、
ここにどんなに幸福への志向を認めようとしても、できないからです。
沈んでいって、次第に溶解していくこの角砂糖が、
幸福への志向を持っていて、自分でそのように動いているだなんて、
一体どうやって考えられましょう。

植物は生命を有しています。
このことについてはトマス・アクィナスが次のように言っています。
―生命ある物体の中でこれと最も近い場所を占めるのは植物である。
 すでに植物においては、内的なものからの流出が行われるのである。
 それは植物の内部の液が種子にかわり、そして土の中に入った種子が植物へと成長する限りにおいてである。
 だから、ここですでに生命の最初の段階が見出される。
 というのは、自らを働きへと動かすものが生命あるものなのであって、
 外的なものしか動かし得ないものは、全く生命を欠くものだからである。
 従って、植物においてはそれらのうちにあるものが何らかの形相へと向かって動く、
 ということが生命のしるしである。

「自らを働きへと動かす」とか「内からの流出」という点に、
幸福への志向や魂を、この人は感じたんでしょう。

112 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/10(水) 23:50:30
動物も生命を有しています。
感覚し得る力を持っていて(神経を持っていて)、個我というものを持っている生命です。


…ここまで来て、これらの説明は全て遺伝子で片付く、と考える人がいるかもしれません。
魂だの幸福への志向だの、こんなもの目に見えないし、
顕微鏡や望遠鏡を使っても存在を確認できないし、
だから、コイツは幻を題材に生命を定義づけようとしている、
時代錯誤も甚だしい、とんだたわけ者なのではないのか、
…とまで考えるかもしれません。

いいえ、でもそんなことはありません。

人間、特に自分自身を題材に取ると、生物と生命が截然と分けられるようになり、
遺伝子を有するのは生物であって、生命とは異なる、
と考えられるようになります。
時間と空間に対する関係が両者でまったく異なりますし、
その応用で、「人生いかに生きるべきか」という問いに対して、
生物としての人生と、生命としての人生とで、
まったく違う答えが展開されるからです。

長文、連投、失礼しました。

113 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 23:51:53
化学構造の、特殊な維持形態。

114 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/10(水) 23:55:51
>>111
雪の結晶は成長しますから、植物と同様生命です。
物理法則に従って変化しているものは、すべて生命であり、
また生命は、物理法則に従って変化しているだけです。
人間も例外ではありません。所詮複雑な機械です。

115 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:18:42
>>111
SYNさんは、精神の存在って認めますか?
情報処理システムを代用して物理的プログラムに組み入れたりするのかな? どうなのかな?

「人体は機械」とか「精神はプログラム」とか考える人たちの行動って、不可解です。
一言でいうと、まるで"生命を相手にしている"かのような応対をしてくるんですもの。

例えば、「人間は機械じゃありません。生命はそんなものじゃないです」と口にするAIBOがいるとします。
あなたはこのAIBOに対して、"それは違う"と議論を吹っかける気はありますか?
ここで必要なのは、AIBOのプログラミングを変更することではないんですか?

プログラミングを変更しさえすれば、
「人間は機械じゃないです」だなんて、たわけたことは、永劫に口にしなくなりますし、
プログラミングを変更しなければ、「何言ってんですか、人間は機械じゃありません」とかいう発言を、
永劫に繰り返すだけなんですよ。

116 :闘わないラーメンマン:2005/08/11(木) 00:19:03
そんなこと考えるなんて

みんな若いな〜

命なんて人の作った定義だろ?

単なる偶然の重ねあわせの産物です。
増殖しないものより増殖するものが増え
死にたいと思うよりも生きたいと思う者が生き残り。
知能が無いよりもあるほうが生き残っただけなんじゃない?

ただ、うん万年とかそういった時間をかけて
より死を回避したものよりから免れようとした結果が今だろ
死にたくないということはそれだけ歴史を重ねて研鑽されているわけだから
死を避けるという感覚?感情?は、おそろしく強いだろうね。
死にたいという人間ですら中々死ねない始末だし

人間は他より余裕が出来ちゃったから
死にたくないを考えなくてもいいぶんだけ
その他のことを考えているに過ぎないよ

命とは、死を回避しようとするプログラム
魂というバッテリーがあがらない限り
プログラムは始動し続ける。
なにもかもやりつくして精魂果てたとき
命は終焉に向かっての消耗を始める。

まあ、隠居生活だったり、死んだときだったなんだけど


余裕とは雑念みたいなものさ

117 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:20:21

そして、今、機械であるところの俺も「人間は生命です」と言うわけです。
あなたに必要なのは、いま現在のパソコン使っての対話ではなく、
俺ん家に工具(?)を持ってやってきて、俺を羽交い絞めにするとかして、
オペを行い、プログラミングを変更する(?)ことなんじゃないんですか?

でも、まさにこうして話し掛けてくるわけです。
こういう、話し合って思惟を通い合わせる点に、人間の生命の本領を見るんですけど。

このとき、物質では起こりえないことが起きているので、
生命は物理法則に従って変化するものではありません。

118 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:27:36
あ、でも世界全体の物理法則を、それはそれで一つの精神として認めているのかな?
仏教の一切空、無自性、縁起のような考え方ですね。

119 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/11(木) 00:33:30
>>115
>SYNさんは、精神の存在って認めますか?

当然認めています。
物理現象と意識は、同じモノの表裏に過ぎないと思います。
それを
・客観的に観測すれば、物理現象
・主観的に観測すれば、意識
と呼んでいるだけだと思います。

120 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/11(木) 00:36:16
>>117
>このとき、物質では起こりえないことが起きているので、

そのようなものが観測された事はありません。
生命も物質の形態の一部です。

>生命は物理法則に従って変化するものではありません。

生命は物理法則に従って変化するものです。

121 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:36:56
>>116
俺の知っているラーメンマンは、もっと剛毅木訥としていて、
もっと深い考えをもって生きて行動している存在に思えるんですけど。

122 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:46:27
>>119
それで、話しかけると、俺の脳の物理法則が変化すると考えて、こうやって話し合っているんですよね。
精神の変化による、脳の物理法則の変化を期待しているのかな?
ん、先に物質の方が変化して、俺の考え方が変わるのを期待しているのかな?

こう言う話し合いによる思惟や意識の変化が起こるとき、
物質か精神かどちらかが先んじて、後者を導くのは間違いないと思うんですけど、どうですか?
それと、考えを交し合って、頭の中の物質が変化するのは、どうしてなんでしょうか?

123 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/08/11(木) 00:48:54
>>122
物理現象と意識は同じものなので、同時に変化します。
どちらかだけが変化しないということはありません。

124 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/08/11(木) 00:52:06
ごめんなさい、
―物質と思惟が同時に変化して、
 それを客観的に見れば物理現象、主観的に見れば思惟の変化、
こんな具合ですよね。
先んじる導くの質問は愚問でした。

それと>>120なんですけど、明日以降に返事します。

125 :ハル:2005/08/11(木) 01:09:49
>>124
思惟の変化と言うより思惟の内部の要素が直観的に変化したように見えると言う方が正確なのでは?

126 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 02:17:51
生命現象が物理法則に従っていないという香具師は、めでたくオカルト。

127 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 02:28:49
意識はそもそも物活論的にできている。(何でも命の有るものに見える)
が、抽象、反省、客観化などにより生命なき物質という概念・見方に達した。

128 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 02:46:45
生命は物質に付加されるにあらず、様態なり。

129 :ハル:2005/08/11(木) 02:48:49
どういう様態?
そう見えること?

130 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 02:53:26
>>129
どういう様態かはかなり解ってるでしょう。
DNA、RNA、アミノ酸、ペプチド、二次構造、三次構造、細胞、代謝系・・・
すべて物理化学法則に従っている。

131 :ハル:2005/08/11(木) 03:00:22
>>130
ですが、そういうものがあることは命に直接的に繋がるものでは本来ないでしょう。
人間が勝手に自分が特別だと言って俺たちには命があるとして、その意味を適当に生物に還元しているだけでしょう。
命とは本当は人間の妄想でしょう。だからこそその幻を守ろうと人は必死になるのでしょうが・・・。

132 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:06:03
>>131
様態としてあるものを否定は出来ない。
消し炭を持って来ても駄目だ。

133 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:06:57
すべての命を大切にしよう。アリンコだって朝顔だって、石ころにさえ生命を宿しています。地球は生きているのです。

134 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:09:30
>>133
ごめん。この前、蟻の巣コロリ使った。

135 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:12:09
子を生み育て、自分のコピーを残すことにのみ生命の意義があります。
地球ではそうゆうルールだからです。コーディ達の連鎖、それを生命と呼ぼう。

136 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:22:03
奪ってみれば、わかるかもよ イヒヒヒヒイッヒ

137 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:37:54
>>135
意義ではない。結果論だ。

138 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 03:43:00
理性的思考と心は別だと思う。全ての生き物に心がある。
人間には心があり、さらに理性的思考もあるということ。
理性がないから人間以外の生物に心がないというのは間違い。
21世紀の哲学は必ずこうなっていく。

139 :ハル:2005/08/11(木) 04:30:40
>>132
存在するものを否定できないとは言うが、この世界が存在する事を証明することも出来ない。
存在に関しては「一応」肯定しないと始まらないということで「一応」否定できないと言っているだけだ。

140 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 08:08:50
人間、
男、女、
子供、大人、老人、
感じる、概念を持っている、
性欲、寝る、食欲、運動、代謝や治癒、
頭、胴体、足、手、
性器、目、鼻、体毛、口、首、耳、指、臍、爪、
個人、集団、社会、
私、友人、愛人、一般人、
私、親族、上司、部下、

141 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 14:20:50
細胞が生きてても、
イノチを失うわな。

細胞集合体としての連携的機能の喪失、
これを、イノチを失う、と、一般的には言うんじゃないか。

多細胞生物としての機能と、
細胞単体の機能は、
区別せにゃ。

142 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 15:20:03
神の創造した「おもちゃ」。

143 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 15:30:21
神が出てくるととたんにつまらなくなる

144 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/04(火) 23:42:00
>SYNさん
一から勉強し直してみたんですけど、雪の結晶を生命と捉えるのは、難しいですね。
植物の成長と似た動きを、雪の結晶に見ることはできます。
でも、生命としての幸福への志向というか、エラン・ヴィタルと言われているものが、
まったく認められないんですもの。
ですから、春になっても結晶を保とうとして、
そういう何らかの変異を果たす生の飛躍が観測されたら、
それによって、俄然と生命と認められやすくなります、俺の場合。

145 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/04(火) 23:43:27

>>131
>命は人間の妄想でしょう。
『ミリンダ王の問い』の「存在なくして名辞あり」の部分みたいですね。
「大王どの。
それがしにつきましても『ナーガセーナ』とは、頭髪、膚毛、…脳髄に依存し、 
様態・感受・知覚・表象・認識に依存して、ここではじめて、
呼称・標徴・記号表出・言語的通念・名のみのものとして成立する一方、
絶対的次元におきましては、ここに特定の人格的実体が存在するとは認められぬ、
という次第であります」

「大王どの。
それがしにつきましても『生命』とは、頭髪、膚毛、…脳髄に依存し、
様態・感受・知覚・表象・認識に依存して、ここではじめて、
呼称・標徴・記号表出・言語的通念・名のみのものとして成立する一方、
絶対的次元におきましては、ここに特定の(?的)実体が存在するとは認められぬ、
という次第であります」
…という具合に。

唯物論を突き詰めていくと、大乗仏教の空の考え方に通じるんでしょうかねぇ。

146 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/04(火) 23:45:36
二ヶ月近くも前のことの続きですけど、人間の話しに移ります。
人間の生命と言ったら、結論から簡単に言うと、【理性的な幸福の志向】とでも呼びたいもののことです。
語を換えて言うと、「考える内容の正否によって、その生死が左右される生命」ということです。

物理法則に生死が左右されるのは、例えば心配機能によって生死が決定されるのは、
動物としての人体の生存であり、これとは異なって、
【論理的な矛盾、知的誤謬、倫理的罪過などによって、死が決まる】のが、
人間という生命なのではないか、と考えたわけなんです。

147 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/04(火) 23:46:20
皆さん自身は生命ですか? それとも自己も生命も名のみの存在の幻でしょうか?
生き死にとはどんなものですか? それとも生き死にというのも名のみのもので、全ては物理法則だけでしょうか?

人間の身体は、あくまで動物としての生命であり、
つまり別種の幸福への志向を抱いた別の生命であり、
誕生年月日から死亡年月日までを、動物としての幸福を志向したまま、動物として生きていく。
一方で、人間という生命は、動物としての人体を一種の同棲仲間(?)として、
幸福のある部分(欲)では事情を同じにし、
別の部分(呼吸や鼓動)では、彼の権力に任せっきりという事情の中、
この人体が活動して生きている間、
ひたすら問答をおこないながら、人間としての理性的な幸福を志向する…

…人間という生命の生き死にについて、俺はこんなことを考えているんですけど。

148 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/04(火) 23:47:08

述べ切っていない部分がかなりあって、すごい恐縮なんですけど、
これまでの愚見を、ひとまずまとめると以下のようになります。

A.一体全体、生命とは何なのか?
Q.物質や物理法則との関係は未だ勉強中ながら、
 この自然界に躍如している幸福への志向のことではないだろうか。
 それは幸福の種類によって、いくつかに分けられる。

人間的なもの― 理性的な(形而上の)幸福への志向
動物的なもの― 経験的な幸福への志向
植物的なもの― 一番目の幸福への志向
物質― 0<n<1としたときの、n番目の幸福への志向

149 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/04(火) 23:48:24
適切な批判を頂戴するためには、やっぱりもう少し説明が要るでしょうね。とくに人間という生命について。

繁殖を幸福として考えた場合、一本の草が動物に捕食されるのは、幸福を完全に損なわれることですよね。
止まっている状態の草が、動く動物による捕食を免れるのは、かなり困難です。
植物にとって、動物は天敵であるということが言えます。
動物同士にも天敵があります。そうして食物の連鎖ができあがります。
食物連鎖の頂点に立つ動物には天敵がいないかというと、知性や技術を持った人間がいます。
人間は意識的に頂点の動物を殺そうとはしませんけど、必要があれば、あれこれ知恵を絞って、
いつでも殺すことができます。
動物の天敵は、物知りである人間ということが言えそうだ、というわけです。

ここから先、人間になると事情が変わって、形而上の矛盾や誤謬や罪過が天敵になりはしないでしょうか。
論理的な矛盾を犯してしまったときのどうしようもなさ、
決定的な知識の欠如に気がついたときの絶望、
罪過が確定的な場合の恐怖、
何か志向があったとして、それまでの志向の活力を大きく損ねてしまう、これらの強制的な力は、
植物にとっての動物の動き、動物にとっての人間の知性と、同等の力をもっていないでしょうか。

捕食されるのを免れることで、動物が生存し、植物が繁殖するのが幸福であるように、
人間は、その考える内容が矛盾や誤謬や罪過から免れていることで、幸福であって、生きていて、
それが人間という生命だと昔の人は呼んでいたのではないか、
…というのが俺の考えです。

150 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/04(火) 23:49:16
唯物論者は、人間は物理法則に従う機械なんだと言います。
自由意志は客観の見地からすると錯覚なのでした。
哲学徒であり、ヒューマニストである小生は、不遜ながらも、もっと別の言い方を用います。

万物万事の根源となる唯一の真理があって、
人間がこれを理解するには道具としての言語が粗雑にすぎるのだが、とにかく個々の事物は、皆これに則している。
物質においては物理として、言語においては論理として、
人間においては、、、エデンの園から追放されたという人間においては、倫理として、
これらの事物は、万物万事の根源となる唯一の真理に従っている。
人間が事物を探究する際に、真理という呼称を便宜的に使い分ける必要があって、物理論理倫理と
分離独立して互いに排斥し合うようにまでなってしまったが、元を辿ると一つなのではないだろうか、と。

人間は物理法則に従う機械なのか、それとも形而上の倫理に従って動く一つの生命なのか、
どちらか片方なのか、それとも双方を汲み取って活力を保てる言い方が哲学的に可能なのか、
悩ませる問題であります。
ネックになっているのは、自由意志の問題でありましょう。

長文、連投、いつもいつもスミマセン。

151 :考える名無しさん:2005/10/04(火) 23:54:55
身体がなくても生きていなくても 命は宿る のか?
無生物に命を見いだした事はありませんか

霧や風や夕日の赤。地球の営みに。玄武岩の地層に。結晶体の煌めきに。壮麗なビルディングに。

それは人が元々持つ 命のイメージ への囚われ

152 :考える名無しさん:2005/10/04(火) 23:58:20 ?
よっくわかんねーや。
自分が共感して観る事ができるもの。
仲のいい他人、ペット、愛着のある道具。その他、その他。
なんにも共感できない対象はそいつにとって死んでるんじゃない?


153 :考える名無しさん:2005/10/05(水) 00:55:47
自然界にはグレーゾーンがある。
脳活動が停止した「瞬間」に生命はあるのか無いのか。
心活動が停止した「瞬間」に生命はあるのか無いのか。
なだらかなグラデーションに、どこで生か死かと区切りを入れるのか
分からない。

154 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/05(水) 01:02:24
>>151
胃の表面を這い回るピロリ菌は、胃が生物体の一部であることを知っているんでしょうかね。
この観点から鑑みるに、地面を這う人間にとって、地球は生命なのか? 否か?
…俺は軽い気持ちで判断することができません。

物質に生命を認めるのは困難ですけど、
物質が元になっていないと植物という生命も成り立たないし、
植物としての生命が元になっていないと(細胞のこと)動物という生命も成り立たないし、
動物から人間も同様ですよね。

この調子で続けていって、人間の先を考えてみた場合、
過誤を犯さない存在というのが、あるのかないのかわかりませんけど、想定はできます。
過誤を犯さない言動を行い(?)、
もし過誤を犯すのなら時空間を操ってでも正すことができるかもしれない、
そういう非人間的な存在でしょうか。
前者だけだったらロボットが期待できます。

「それは神か?」というとそうでもなくて、準・神とでも言うんでしょうか。
そこからさらに万物万事の創造、この現実に実在性を付与する力を持った存在が
神なのではないかと思います、ってこれは余計な話しです。

155 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/06(木) 01:53:13
あー、>>148のQ.とA.の使い方が逆だ。
チキショウメ。これはどうしようもない、ひでぶーですね。


それで、昨日の続きで自由意志問題なんですけど。

俺は人間の倫理に注目しています。
倫理が人によって異なるもので、人が普遍的な倫理を考えつけないのがなぜなのか、
非常に興味深いんですけど置いておくとして、
この倫理の相違によって、同じ事象に対する、人の応対の相違が発生する気がします。

客観を念頭に置いて観た場合、自由意志が幻なのは間違いありません。
主観を念頭に置いた場合、すなわち通常の自意識の状態では、倫理が意志に大きく関わっています。
誰にだって、おそらく殺人鬼にも、殺人鬼なりの倫理があって、それに従って行動しているのだと思います。
(殺人鬼のそれは、世間の慣習における倫理や法律における倫理には反しますが。)

それで、もし自分の倫理について完全に精通している人がいたら、
その人は、外界の事象に応対する際の自身の言動について、
いつでも決定論的に知っていることになりはしないでしょうか。
「こういうわけだから、今、俺がする行いはこれ一つしかないな」という確信が、
自分の倫理について精通している完全さの度合いが高ければ高いほど、強くなるということです。
その人は、主観上の自由意志においても、まるで何かの制約を受けているみたいに、
決定論的に行動するし、またその意志を確実に実現するのかもしれぬ、というわけです。

156 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/10/06(木) 01:54:29
いわゆる"以心伝心"なんか、当人同士、相手の倫理観を知っているから、
相手の言動を決定論的に予測できるから、起こるのだと思います。

一方、物理法則から以心伝心を行おうと試みた場合、
最初に物理法則の勉強があって、
次に人間のうちの植物としての生命(DNAや細胞)の垣根、動物としての生命の垣根、
ヒトという動物としての心理学の垣根、その心理学を相手に相当させる垣根と、
勉強につぐ勉強のそのまた勉強のそのまた…になって、
倫理によるそれよりもずっと困難になると思います。


ですから、機械論者の方が強調する、人間が物理法則に従っているという言い方は、
「主観上は倫理に従って行為する」という項目をつけ加えた方が、
哲学的に適切なのではないでしょうか、
科学的には不適切なれど。

それで、人間の一生は客観を念頭に置いて観た場合、物理現象だが、
主観上は倫理現象(変な言い方ですね)であり、他にも論理や知性などが集まってあれこれ会議している、
形而上的な現象であり、人間とはそういう生命で、
俺が口やかましく強調している、理性的な幸福への志向とは、こういうことなわけです。

157 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 23:53:01
Limahlさん、あなたの真摯な哲学的姿勢に感銘を受けながら、全て拝読
しました。私を、お側に置いてください。

158 :ネームレス:2005/12/22(木) 23:59:26
死ぬことがあるなら生きているのでは?

159 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/12/24(土) 01:02:14

>>157
批判はないんですか。
批判してくれるんなら、俺は返答しますし、
そうすると傍にいることになると思いますよ。

もう二ヶ月も経ってしまったんですね。
俺は、一人で勝手に考えを煮詰めすぎて、このスレを駄目にしてしまったと思っていました。
煮詰めすぎて駄目になった鍋を生ゴミに捨てるときのような、
トホホな気持ちで、このスレが落ちるのを目にしていましたよ。

160 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 10:14:58
批判するだなんて、そんな力量、私にはないです。ただ、あなたの真剣な
哲学的姿勢に皆が畏れをなしたことは、確かなんじゃないかと揣摩します。
しかしそのことで、あなたは落ち込むことは無いと思います。上記の私の
言葉に偽りはございません。あなたのような人がいることを知り、触発されて
もう一度哲学真面目に勉強してみようと思ったんですから。
それに哲学的スタンスでは私はあなたに組するものです。
理性的認識(科学)はそれがどんなに精緻であろうと、所詮はフィクション
でしかないし、人々の信仰によって成り立っているのもです。
科学者はこの現象界の複雑さに絡めとられ、どこかで陥穽に陥いる危険性
を常に念頭に置く必要があると思います。

161 :Limahl:2006/01/29(日) 01:12:01
哲学的姿勢か…。

「哲学とは何か」スレ http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1128892886/l50
の296、297に、俺の哲学観を書いておきましたので、目を通してみてください。

俺は、「真」を理想とする知の働きと、「善美」を理想とする情の働きとの関係に、
すなわち、哲学における科学や形而上学の営為と、倫理や美の営為との関係に、
生物における雌雄の関係を、繰り返し頻繁に重ねます。

ですから、哲学上のさまざまな議題において、
「真」を理想とする知の営為と、「善美」を理想とする情の営為とが交接すると、
哲学がそれだけ続く、新しい展開を見せる、と読んでいます。
逆に、交接がないままだと、その議題は哲学として、それだけ用済みになってしまう、
そういう仕組みのことを念頭に置いています。

このスレでは、科学の傾向が強いなと思ったので、
幸福だとかそういう「善美」の理想を前面に出した考えを述べたんです。
もし、どこかに生命についてやたらと強く「善美」の理想を体現していて、
つまり一方的な生命の賛歌を標榜しているような、そういうスレがあったら、
俺はここで書いたことを棚に上げて、とぼけた顔で、
「生命とは、単に物理法則に従って動いているもので、云々」と口にするかもしれません。

いずれにしても、俺は、
―簡単に哲学が終わってほしくない、
―哲学のあるテーマが解決されて、見向きもされなくなることに対して非常に慎重である、
そういう姿勢をとります。

これが、俺の哲学的姿勢の種明かしです。

162 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 19:28:42
命を創造できるのか。

163 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 12:02:39
生命とは,周りの環境に対して常に影響を受けて,
中味(ソフト)だけでなく,その入れ物(身体・ハード)自体も
動的に変化する現象である.

パソコンは外部から情報を受けたりするが
それによって,CPUがクロックアップしたりしない.
アイボもしかり,生命では無い.
アトムは知らん!

…つまり,材料と環境の条件が合えば創造可能だろうと思う.
(現に生命の誕生している)
あとは,未知の物理法則に従い生命が発生する.
(そのうち何かわかるかも知れないね.その時また,謎が現れるのだろう.)

しかし,これは人間が創造した事になるのかわからない…


164 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 12:07:41
生命とは感情をもつ物体である。

165 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 13:29:51
エントロピー閉鎖系を外部からの情報なしで維持できるシステム...

166 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 23:42:07
僕は世界の構成者ではなく定義者です

167 :考える名無しさん:2006/04/12(水) 17:39:04
元々無い想像上の物に名前を付けちゃったんだろうなー


168 :考える名無しさん:2006/06/02(金) 20:05:14
命はオカルト的なものだろ。

169 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 16:49:37
定義したものから命は生まれない。

170 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 17:13:09
>>1

ウィルスは生命か非生命かで学者の間でも意見が別れるらしいね

ちなみに全てはエネルギー。時空も物質も

171 :考える名無しさん:2006/06/03(土) 23:00:12
定義するもんじゃねーよこういうのは。
定義って言葉の意味からちゃんと考えてみろよ

172 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 14:10:30
>>171
科学では定義して思考停止する学問、哲学では定義せず永遠に考える学問。

173 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 14:31:14
命とは定義すらも包み込むものである。

174 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 14:56:55
すべての定義はトートロジーである。

175 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 15:28:45
字義からひもといてみよう。

いのち、命ずるとも書くな。
つまり、天命だよ。
天が我々に命じた使命(命の使いどころ)。
俺たちがここにいる目的、理由。
それは運であり、名を与えることであり、
祝福であり、寿である。

孔子曰く、五十而知天命
命の答えはそのとき明かされる。

176 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 15:32:25
ちなみに使命は普通、命の使いどころとは訓読されないので注意だよ。

177 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 16:41:13
聞いてよ

この前NHKで血液にカメラ入れて 心臓の中写してたのよ
動いてる心臓の中にね

それ見ると ただのポンプみたいだったわけ


心臓はね


脳みそは さすがに無理だと思うけど

178 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 19:11:57
たしかに理性的に考えると心臓はポンプだね。
でもさ、トキメいたりするとき、心臓がドキンとしたりするよね。
人間の魂が、心臓や腹にあると考えるのも肯けるって言うか
そう考えるのって自然な感情だよね。たぶん。


179 :考える名無しさん:2006/06/05(月) 09:10:31
堵虞慧螺かね?

180 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 00:46:41
***歌手の夢、叶えて***
1 :ららら ◇ALOALOROQI :2005/07/09(土) 22:53:39 ID:ERYQoty/
歌手希望の人、詞書いて!!

おめーらムカつくんだよ。死ねよ俺のために。
1 :名前はいらない :03/11/17 20:39 ID:hH9BaDX/
アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


うぜえええええええええええええええええええええええぇぇっぇぇぇっぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇっぇぇ
ムカつくんだよ!”死ねよお前らマジで



181 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 00:53:33
命=杜玖椀

182 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 01:05:10
命とは有機体の性質と考える。
生とは有機体の働きと考える。
生命とは有機体の性質上の働きと考える。
有機体とは意図によって組み上げられた有機能的構成体と考える。
意図とは欲と考える。
何の欲かは貴方の名前と考える。
何故生じたかは・・・

183 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 01:13:20
またもや 実在論 対 唯名論 の議論か。
でもこの問題に関しては現在までの分子生物学の知見から、すでに結果が出てる。

命は唯名論的なもの。実在している何かではない。

以上終了。

184 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 01:21:39
>>183
>>命は唯名論的なもの。実在している何かではない
1・名を付けるのは何故ですか?
2・実在とは何によって実在すると考えますか?

185 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 07:10:24
LIFEと命は違う、このぐらいを認識したほうがいいな
命の本質を見ることはできない、命とはその方向性とか属性とか性質だろ。
絶対的なもので表そうとするから間違えるんだ。

186 :考える名無しさん:2006/07/26(水) 01:17:24
生命って難しい。生命倫理の定義づけってなんでしょう?

187 :考える名無しさん:2006/07/26(水) 02:28:31
細胞の活動で定義することはできる。細胞が生きているのか死んでいるのかの
判断は生理学で簡単。細胞の統合体としての命は概念に過ぎないから定義は不
可能。中絶問題においてはっきりと結論を出すことが不可能なのもこのため。

188 :考える名無しさん:2006/07/26(水) 12:42:04
>>186
命であって、生命ではない。


189 :考える名無しさん:2006/07/26(水) 12:53:52
意識

190 :考える名無しさん:2006/07/26(水) 21:14:36
いのちはどこにあるのですか

191 :考える名無しさん:2006/07/27(木) 00:09:59
呼吸していること

192 :考える名無しさん:2006/07/28(金) 19:26:53
命とは泉だよ。湧き出ている泉だ。
そして生きている間にこの世に放出する熱量こそが命のわざだと思う。
光だよ。太陽に帰存する光量と熱量の変換。
一度だけで永遠にかえってこないと悟らせるもの。

193 :考える名無しさん:2006/07/28(金) 19:37:42
命とは、なくてはならないもの。

194 :考えない名無しさん:2006/07/29(土) 13:19:29
命とは、死がある物体の事。

195 :考える名無しさん:2006/07/30(日) 10:44:43
命が消える物なら消費物だろう。
だが自分と命はくっついてないと思う。
自分(記憶)は消費物じゃなく貯めるものだから。

命を使って自分を作ってるとするカッコイイんじゃないかな。まんこ。

196 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 15:29:11
命とは時間の流れ

197 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 16:14:51
まず、「LIFE」と同じか違うかをはっきりしてほしい。

198 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 16:42:29
日本語は日本語で定義すればよろしい

199 :がっぱい:2006/08/26(土) 22:11:49
ワシシラン シージューサン ユーガー ウワー
(忘れられない、やり過ぎのにがうり豚だ)

クウトウシ チョッチョナー テーゲー イチマン ユンタンジャ ヤー 
(今年は、うぐいす、たいがい糸満の読谷山の家だよね)

アンダグチ イフーナ
(おせじは変だよ)

チラ・・・
(顔・・・)

ヒントナ 
(辺土名のあたりかな)

イヌチラ
(同じ顔だ)

チュラカーギー ヤー
(美人の家)

アンマサン イクサ 
(具合が悪い戦争だな)

200 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 16:41:43
すべてはまぼろし

201 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 01:09:50
猪木!

202 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 06:48:20
人間は意思と運動神経で生きていると俺は思う

203 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 07:29:23
人間は性欲と、食欲で生きているニダ

204 :考える名無しさん:2006/10/09(月) 05:38:42
命あるもの、何かを生み出す根本となる土台。
生きているもの、秩序に満たされ動きあること。

さらに生命には魂も必須条件となる。

205 :考える名無しさん:2006/11/30(木) 16:03:36
生き事

206 :考える名無しさん:2006/11/30(木) 16:07:47
命の定義は、それが自分たちにどれだけ似ているか、どれだけ共感できるかによる。

207 :考える名無しさん:2006/11/30(木) 17:35:52
人間が生命だと思うシステムを生命と定義し、そのシステムを持ったものを生物としたわけだろ。
論じることが出来るのは人間が生命と思うシステムとは何か、ということ。
そうでないと無と有の対比とかまでいってただの徒労にしかならない。

208 :206:2006/11/30(木) 17:40:47
>>207


209 :207:2006/11/30(木) 17:42:57
あれ?俺なんか恥ずかしいこと言ってたりする?w

210 :206:2006/11/30(木) 17:45:29
>>208は間違えました。すいません。

>>207
つまり、命の定義は人それぞれなので、そのそれぞれが定義するにいたるシステムを定義とした訳です。


211 :207:2006/11/30(木) 17:53:25
>>210
よかったw

人それぞれ定義が違うからそのそれぞれの定義の全てを含んだものを命とする、ということなら無限ですよね?
普遍性のある前提、それこそ辞書引いたら出てくるようなものを元に考えないと、やはり元も子も無い気がします。

212 :考える名無しさん:2006/11/30(木) 18:49:40
>>211
しかし、人間がこの世にいなくなると、"命"はなくなる。
それに定義の数は、単純に考えると人間の総人口に比例する。

213 :考える名無しさん:2006/11/30(木) 20:16:38
比例じゃなくて一致だろう。
ただし、命の定義とは、とうことを全人類が考えているとは思えないが。

人間にとっての生命とは、という切り口でしか語ることができないことに関しては207に同意。

214 :206:2006/11/30(木) 20:42:10
>>213
比例も一致も同じ。

>生命であると思うシステム
それが、定義の対象であり、このスレの目的であると思う。
そして、その定義の答えとして>>206を書いた。


ちなみに、212は私です。


215 :考える名無しさん:2006/11/30(木) 21:50:01
「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」である。

人間が生命であると感じるシステムとは何か。
俺は「自発的に行動している、と人間が勝手に解釈しているもの」だと考える。

果たして本当に生命は自発的に行動しているか、といえばそれは間違いである。
自発とは誘発されておこる事象であり、無から有が生まれ得ないのと同じことである。

しかし、人間が自発的に行動している、とみなす条件とはこれとは異なる。
誕生し、死を迎えるまでの間、何らかの行動を他の生命体の直接的な補助無しになす。
これがまさに人間が自発的に行動しているとみなす条件である。

つまり、生命とは
「誕生と死を迎える物体で、その間何らかの行動を他の生命体の直接的な補助無しになす
ということを自発的な行動として人間がみなすシステム」
であるとまとめたい。

直接的、という表現の曖昧さと、生命の定義のために生命体という言葉を使っている点に関しては
ウンチ的な感じだと思うが、俺の文章力ではこれが限界だw

ただ一つ言えるのは、どこまで行ってもあくまで「人間としての解釈」ということが付いて回るということじゃないかな。

216 :考える名無しさん:2006/11/30(木) 22:54:13
>>215
新参で申し訳ないですが、永久に『〜と人間が解釈するもの』と続いていくということでしょうか?

217 :206:2006/11/30(木) 23:04:05
>>215

>直接的、という表現の曖昧さと、生命の定義のために生命体という言葉を使っている点に関しては
>ウンチ的な感じだと思うが
曖昧さがあるのを自覚しながらも、それを定義としてまとめたことにより、定義としての意味をないがしろにしているように思える。
故に、文章力の問題以前の話だと思う。

ここで反論なのですが、人間単位での生命について書かれていますが、人間の肉体は細胞で成り立っている。
そして、その人間から切除してもなお、生き続ける事が出来る。つまり、人間はよく考えると、生命体の集合であると思われる。
しかし、「直接的」「補助」などの重要な部分が曖昧であるが故、反論文として成立しているかわからない。
そこのところを、具体的にしていただきたい。


218 :考える名無しさん:2006/12/01(金) 01:52:21
>>216
俺はそう考える。

>>217
まぁ、確かにその通りなんだが、何と言うかその、ちゃんとした言葉・文章としてまとめるのが
面倒になった、むしろそうするとグチャりそうだと思った、といったほうが分かってもらえるかもしれない。

とりあえず直接的補助っていうのは物体自体に即時反応のある作用を引き起こすこと、のつもりです。
例えば、人が他人に「〜したほうが良いのではないか?」という言葉を予め受け取っていた結果、
〜する、ということを決断するということは直接的ではなく間接的とみなします。
つまり、その言葉の結果によって行動を起こした、ともその言葉に関係なく行動を起こした、とも取れる場合です。
一方、水に熱を加えたら沸騰した、木を切って形を変えた、というのは直接的とみなす、ということです。
そもそもが、人間の思考においての概念的なものなのではっきりとした線引きは難しいはずです。
(というか、結論自体も人間が感ずるところ、という領域を超え得ないので至極当然ではある)

人間単位で細胞を切り離した場合、ということですが、切り離した結果複数の生命が存在するということは間違いではないでしょう。
人間は生命体の集合であり、1つの生命である、と考えます。

とかげの尻尾を切ったとき切られた切られた尻尾は死に、新たな尻尾が生えます。
この切られた尻尾は切られるまでは1つの生命の部分であったということは間違いない事実でしょう。

また、仮に生命体の集合は生命でない、とした場合、生命とされるものは細胞の中の分子の原子の…と
人間がいまだ発見しえてない最小の単位まで続くことになります。
これは「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」という前提に対して不毛であると考えます。

とりあえず、曖昧な文章で定義と言い切ってしまったのは確かに問題があったと思うのでそこは申し訳ないです。
ただ、あくまでも「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」という前提にたった人間からの視点で物事を
考えるわけで、普遍的に人間が感じるシステムでなければならないということに変わりはありませんので、
根本的な主張としては直接的、補助という言葉の意味が明らかになっていない、なっている
にしても大した問題では考えていました。

219 :考える名無しさん:2006/12/01(金) 01:59:39
長々となってしまったのでまとめると

「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」

であるが故に、証明に用いられる事柄もまた、人間が〜であると感じえる何か、となる。
つまり、人間が何かを感じるのは何故か、ということについての話へと繋がっていくわけだが、
このことに関しては自由意志を否定した機械論や独我論、あくまでも観念的なものに
過ぎず、意識を生み出した結果の物質の作用であるとする観念論の自由意志許容論とでも
言うべき立場に分かれ、いずれも証明・否定、両方ともに成しえていないわけであるから
人間の感覚によるところという前提がある以上、人間の感性を用いない生命の定義は出来ない。
そして人間の感性が非常に曖昧である以上、定義は曖昧となるを得ない。

220 :考える名無しさん:2006/12/01(金) 06:34:04
自分を再生できるものが生命
だから子供を作ろうとしないおまいらは生命体ではなく、生きてもいないんだよ
固体が消滅すれば無になる
ただ単にモソモソと動いてる物体にすぎない

221 :206:2006/12/01(金) 09:06:55
>>218-219

>「生命」とは「人間が生命であると感じるシステム」
この定義の意味は、対象となる事象に関わらず人間が決めることでると、言っているのでしょうか?
それとも、「生命であると」と感じることが生命である、といっているのでしょうか?

222 :考える名無しさん:2006/12/01(金) 09:08:03
>>220
この前、怪我をしたが、再生した。

223 :低能ハイチオール:2006/12/01(金) 13:53:12
生命とは「口から肛門までの消化活動」×排便回数=無

こんなに腐ったスレ 大感動!!!!!!!!!!!! やっぱり人間てクズだね!
哲学もすてたもんじゃないね!20から38まで思想の効用の結果、このような
人にナリアシタ。
では行きます。二足歩行と糞尿eatingは陰部への刺激がgood
脳がココチヨインデス。アグリッパです。
与作のふんどし引き裂いて筋をいじります。筋は通るこれがてつがく浣腸大王
なんという欺瞞。当然の自己保身!生とは刺激への一本道
興奮してきた。エキサイトチンポイダヨみんな!!!!!!!!!!
キクアキツウキキュタウyリュチクユキジェシフウジョキオオクイオイキオイオdジョsjpg
業務中でもモンダイナイヨ。だからちんぽからカウパーでてるよ。。。。
モンダイナイヨ  悩む暇にチンポいじれよ。自殺するなら暴力ふるえよ。
ナニモコワクナイ 絡み合う二律背反肛門のヒダ・・・人生のヒダ・・そしておくヒダ


224 :考える名無しさん:2006/12/06(水) 19:58:55
A死んの馬鹿社長死ね死ね死ね!金払えよ死ね死ね死ね!頭悪い癖に偉そうなこと言うなクズ!
お前は馬鹿だからリース契約とかで騙されるんだよwwwww死ね死ね死ね

225 :考える名無しさん:2007/01/19(金) 07:58:10
命って"包まれてるもの"かと思ったけどそうでもないのかな。
命って炎なのか?種なのか?

あーそうだ。当たりだ。
命は"当たり"だ。
はずれは命なんかじゃない。
まんこ。

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