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【万物】「荘子」を読む【斉同】

1 :考える名無しさん:05/02/22 08:02:08
自分は特に哲学に詳しいとか、中国古典をたくさん読んだとか、いつも哲学的な事を考えてるとか
そういう人間ではありませんが、この「荘子」という本にはとても興味をひかれる所があるので、
哲学板のみなさんの意見を聞きながら読み進めて思索を深めて行きたいと思います

2 :1:05/02/22 08:14:47
とりあいず手許にあるのは明治書院の新釈漢文体系のものですのでこれを読んでいきます

荘周について
周代にいた蒙の国の漆園の役人をやっていたらしいです
この漆園というのはうるし畑という説とそういう名前の地名であるという説があるそうですね、たしか。
孟子と同時代の人だそうです

3 :考える名無しさん:05/02/22 09:23:39
>>2
いきなり質問。
そのあなたがこれから使おうとしている明治書院の新釈漢文体系ってのには
『荘子』は全文収録されてるの?それとも抜粋?

4 :1:05/02/22 16:46:21
>>3
抜粋では無いですね。全文のようです

5 :1:05/02/22 17:09:09
逍遥遊第一

この篇はまず何千里あるが分からないほど大きい鵬という鳥の比喩が出てきて、その壮大な様子が書かれています
鯤という魚が変化して鵬となるというのはとても面白い
輪廻のようなものでしょうか。自然の移り変わりのような感じです。
というのは、一粒の種が大樹になりますが、実際には地面や大気から養分を吸い取って大きくなるのですね。
地面や空が森に変化した、とも言えるわけです。
意外な事のように思えますが、そのような大きな変化はごく自然に起こっているのでしょう。

6 :1:05/02/22 17:37:23
この鵬という鳥が飛ぶ時はさらに「其翼若垂天之雲」で、
海が荒れると北冥という所から南冥という天池に移ります。天池とは海の事だそうです。冥とは暗くて涯の無い事を意味するそうです
なぜ暗い場所なのでしょうか。あまりにも遠いので日の光が届かないとでもいった理屈なのでしょうか。
「斉諧」という怪異が記されている書物には、鵬が冥界に移るとき、水は三千里に渡って荒れ、旋風に乗って九万里昇って、六ヶ月後に休息すると書いてるそうです
いかにも怪しいですね、昔の中国にはこのような伝説があったのかもしれませんね「海が荒れてる、鵬が通っているのだろう」というような使い方をしていたのかもしれません

7 :1:05/02/22 18:03:10
「野馬也 塵埃也 生物之似息相吹也」
この行は本の解説では
「(空に上がるのは鵬ばかりではない)かげろうが立ち上り塵の舞い上がるのはすべて造物主が息を吹くからである」
とありますが、そうすると「相」というのはどういう意味なのでしょうか。
生物を生きている物という意味で捕らえ、「相」をお互いにというように捕らえると
「かげろうやちりが舞い上がるのは生き物がお互いに息を吹いているからである。」
という風に解釈できます
これは生き物の息が風になるという発想ですね。こういう解釈は漢文的にはどうなのでしょうか
その次に天が蒼いのは正しい色では無いのでは無いか?ただ果てしなく遠いがために蒼く見えるだけではないか?空から見た時も同じように見えるだろう、と書いています
やはり世界が相対的である事を示そうとしているのでしょう

8 :考える名無しさん:05/02/25 22:02:15
支援します

9 :ロウシ ◆SRBroushi6 :05/02/25 23:25:35
ガンバレ

堯、天下を許由に譲りて曰く、
「日月出でて火爵(火へんに爵)息まざれば、其の光における、また難からずや。
時雨降りてなお浸灌せば、其の沢における、また労ならずや。
夫子立たば天下治まらん。
而るにわれなおこれに尸たるは、われみずから視て欠然たり。請う天下を致さん」。
許由曰く、
「子、天下を治めて、天下すでに治まれり。
而るにわれなお子に代らば、われ、はた名の為にせんか。
名は実の賓なり。
われ、はた賓の為にせんか。
鷦鷯森林に巣くうも、一枝に過ぎず。
偃鼠河に飲むも、満腹に過ぎず。
休を君に帰せん。
予は天下をもってなすところなし。
庖人、庖を治めずといえども、尸祝、樽俎を越えてこれに代らず」。

荘子 逍遙遊編より

ぼくはこの中の「名は実の賓なり」という言葉が好き。
老荘の思想とフランツ・カフカの文学は、
常に「真実は全て虚飾という服を着る」事に言及しているような気する今日この頃。


10 :考える名無しさん:05/02/26 00:52:25
万物斉同というのはなかなかいい考え方だな。西洋哲学にはない考え方だし。

物事の差異を綿密に分析して、そこから原理を導き出そうとする西洋哲学。

そうした差異は表面的なもので、本質は同じなんだと見抜く東洋哲学。

この両方の考え方があってはじめてバランスのとれた見方ができるような気がする。


11 :考える名無しさん:05/02/26 01:19:14
>>10
> 万物斉同というのはなかなかいい考え方だな。西洋哲学にはない考え方だし。
「反覆と差異」嫁。

12 :1:05/02/28 19:55:16
続きから

「水積無厚、則負大舟也無力 〜 則其負大翼也無力」

水が厚く積まれなければ、大きな舟を負う力は無い
地面のくぼんだ所に杯の水をこぼせば、ごみは舟となるが、杯を置けば膠着する
水が浅く、そして舟が大きいからである
風が厚く積まれなければ、大きな翼を負う力は無い
と、だいたいこのような意味でしょう
小さくて濃いものは大きくて薄いものによって支えられ成り立っている、というところでしょうか。これには一匹の鯨の為にものすごい数のプランクトンが必要であるという様な事を思い浮かべられさせます


13 :1:05/02/28 20:02:26
みなさん応援して下さってありがとうございます

>>9
なにか老荘思想は言葉(名)への不信が根本にある、というような事を本で読んだ事があります

>>10
荘子における本質とは「道」でしょうか。しかしざっと見た所、荘子の「道」は曖昧な感じがします。本質とは曖昧なものなのでしょうか

14 :ロウシ ◆SRBroushi6 :05/02/28 20:52:15
>>13
>なにか老荘思想は言葉(名)への不信が根本にある、
>というような事を本で読んだ事があります

そう、その通り。
例えばレモンの味。
あの酸っぱい柑橘系の味は、世界中のどんな言語をもってしても完全に表現は不可能。
でも、食べてしまえば一目瞭然。
そのレモンの味さえも表現できない言語で、
それより遥かに踏みしめる事の難しい「道」をどう表現しようか。

15 :考える名無しさん:05/03/05 00:11:59
荘子は論理で非論理を説明しようとしたのだ。
言葉で言葉の非なるを説明しようとしたのだ。
偉大な哲学者なのである。
ただ、荘子といえども古人の糟粕である。
その事には注意しなければならない。
まあ、今の世に糟粕以上のものがいるとはあまり思えないがね。

それはそうと、1は新釈漢文大系があるんですか。すごいな。

16 :1:05/03/05 21:19:59
「故九萬里 〜 今將圖南」
ゆえに九万里ならば、風は翼の下にあるはずだ
その後初めて風に乗り、青天を背に負って
抑え止めるものは無い
そこで始めて南を目指して進もうとする

鵬の描写ですが
どんなものであっても基盤…この場合空気、薄いものの集りですが…があって始めて成り立っている
ということでしょうか

17 :1:05/03/05 21:28:43
>>14
それは「レモンの味」と言えば表現出来ているのでは
レモンを食べた事が無い人には分かりませんが…

>>15
古人の糟粕の話は面白いと思います。まだ先ですけどね…このペースでは何時そこまでいくか分かりませんね
例えばこの2ちゃんねるで話し合える人の意見は古人の糟粕では無いのではないでしょうか
ちなみにこの本は古本屋で買いました
図書館で読んで読みやすかったので

18 :考える名無しさん:05/03/06 19:06:50
>>17
>>14さんの例があまり良くなかったのかもしれませんが
言語(もしくは言語でかかれた書物)への不信として
荘子に古人の糟粕の話があるのですね。
老いた車大工が車の輪を削り方を教えるのに、
そのコツを子供に言葉ではとても教えられず、
未だに自分が車大工をしている、という話。

さて鵬の話ですが、
九万里もなければ鵬を乗せるほどの風がない、という事ですね。
鵬の大きさを想像させる文なのでそれほど考える事はないと思います。
まあ、その後の蜩と学鳩の言葉のための描写でしょう。
逍遙遊篇のこの最初の所の雄大さは好きですね。
その割には大きな魚の名前を「鯤」とするなど
面白いところもありますし。

19 :ロウシ ◆SRBroushi6 :05/03/07 00:16:26
ありゃま。
例がよろしくなかったのね。
わかりにくくてスイマセン。

レモンを食べた事が無い人に、レモンの味を言葉で伝えるのが不可能なように、
道を体現した事の無い人に、道を言葉で説明するのは不可能、
と言いたかったのです。

20 :十二使鳥:05/03/13 15:28:22
荘子は俺様が
「こんなもの!」
と投げた本である。
あまりにも荘子という人物像が俺様に似ていたため
「俺が俺を読んでもしょうがない。どうせ読むなら違うものを・・・」

二十歳をちょっと過ぎた頃、止まってるトラックにバイクでぶつかり
大腿部粉砕骨折で入院している時、叔父が[荘子]というたしか中央公論
の本をもってきたのだった。
その時は投げたのだが印象にそれでも強く残った為、最終的には読むに
は読んだ。7年後のことである。

道家という枠なき枠は、たまたま同じような思想となった者を道家と称して
いたらしい。となると俺様も道家ということか。荘子にしても老子にしても
俺様にしても生きる基盤が同じところにあるのだろう。

21 :考える名無しさん:05/03/15 19:28:48
>>20みたいな感覚を持つ人が多いが、
本当は荘子の基盤はそんな人たちとは違う所にある。
そんな人たちの考えは
『列子』の一部にある考えや楊朱のような思想があてはまると思う。
荘子の思想は人が思う以上に難しい思想である。
禅仏教でいうなら野狐禅になりやすい、ということ。

22 :考える名無しさん:05/03/15 22:00:01
スレタイが「茄子」に見えたわけだ

23 :考える名無しさん:05/03/16 17:03:28
アンダルシアの夏

24 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 01:16:22
>>22
それは吉夢だ!

25 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 05:10:33
なんで?

26 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 05:44:10
Zhuangzi
↑頼むからこれの発音教えて。

マルチスマソ。

27 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 22:44:09
鯤っていうのは、「巨大な魚」という意味と「魚の卵」っていう意味があるんよ。
つまり、世界の始まりに存在していた強くて巨大な魚は、小さくて弱いつぶつぶの卵からできているわけ。
「最大の単位=最小の単位の集合体」
これは、
世界=粒子の集合体、もしくは社会=人間の集合体
ともいえる。

28 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 22:46:59
漫画もあるよね。

マンガ老荘の思想 講談社プラスアルファ文庫
蔡 志忠 (著), 和田 武司 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062560585/249-5309681-3841961

29 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 16:23:42
ここまで読んだお。だめぽ

30 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 11:29:00
荘子は面白い


荘子に列子という人物がたまに出てくるが
列氏の奥さんが「哲学じゃ食えないだろ!」と列氏に文句をいう下りがあった。
まあ後世の人間が付け足したのだろうけどいきなり現実的な話が出てくるのは面白い。


31 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 11:29:38
荘子は面白い


荘子に列子という人物がたまに出てくるが
列子の奥さんが「哲学じゃ食えないだろ!」と列子に文句をいう下りがあった。
まあ後世の人間が付け足したのだろうけどいきなり現実的な話が出てくるのは面白い。




32 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 11:48:19
荘子は基地外です。荘子は消極的だからです。

33 :考える名無しさん :2005/07/17(日) 12:29:01
老荘に触れて素通りできるひとがいるの?

34 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 15:16:17
いるでしょ。

35 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 15:16:55
老荘に触れて、何ができるの?

36 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 17:46:15
荘子は儒家が書いたもの、パパラギはヨーロッパ人が書いたもの。ファンだけどね。

37 :無為:2005/07/18(月) 10:23:48
>>36 「荘子は儒家が書いたもの」という根拠は?
   生半可な知識を振り回すのはやめなさい。

38 :二酉:2005/07/18(月) 17:15:26
横レス失礼。
>>37
無為さまって、もしかしてあの無為さま?(・∀・)ドキドキ

39 :無為:2005/07/19(火) 01:27:27
>>38さん
「あの無為様}」とはどなたですか? 私は投稿3回目ですから、別人ですよ。
ところで、>>36さん、荘子は儒家が書いたという根拠は何ですか? まだ、お
答えいただいておりませんが。


40 :二酉:2005/07/23(土) 22:55:36
>>39
人違いスマソ(´・ω・`)
むかーし、フランクなのに中国関係に滅法お強いコテさんがいらっしゃいまして、
その方かと思ったのです。色々と良くして頂いたのでいつかご恩を返したい所存。

>荘子と儒
自分は「荘子は決して儒家が書いたものではない」までは言い切れないと思うです。
荘子の儒家理解はびっくりするほど正しいと思うので。
激しく自説を入れてない分、孟子より分かってるのでは、とか思う。
儒教精神を継いではいないから儒家とはいえないと思うけど、
理解としてだけみれば結構いい線いってると思うのです。

パパラギは、未開部族の酋長の演説ってことになってますけど、実際にゃ
ヨーロッパ人が書いてます。荘子も、老子風味な儒家が書いたと言えなくもない。
ちなみに諸橋先生も、「修養は儒教的で、気分だけは老子風の人かも」って仰ってますです。
自分は36さまじゃないですけど、そゆとこを採って仰ったんじゃないかと思うですが、どうでそ。

41 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 22:46:14
age

42 :考える名無しさん:2005/09/17(土) 23:48:22
過疎スレ・・・

43 :考える名無しさん:2005/09/17(土) 23:52:48
>>1
荘子読むのやめちゃったの?

44 :考える名無しさん:2005/09/18(日) 00:49:17
寂しいな・・・漏れも荘子大好きなのに。1よ、どうか帰って来てくれ〜。°・(>_<)・°。

45 :考える名無しさん:2005/09/18(日) 19:05:36
マジで誰か居ないの?もっと語ろうよ〜

46 :考える名無しさん:2005/09/18(日) 19:12:17
44、45は漏れ。なんか寂しい・・。

47 :十二使鳥:2005/09/19(月) 01:40:49
荘子は現在にいたっては難解な書とされているが
荘子の存在した当時はそれほど難解なものではなかったと思う。
というのも荘子という書は当初、デタラメ、支離滅裂、破いてしまえ、
燃やしてしまえと散々な評価であったそうである。
仮にその当時、難解な書であったならばそのような評価はでなかったはずだ。
なぜならば誹謗中傷を得意とする馬鹿な奴等は難解な書は理解したつもりに
なり、理解しようとするからである。

48 :十二使鳥:2005/09/19(月) 01:56:12
 ★老子の第41章(中国の古典 学習研究社 麦谷邦夫訳)
すぐれた人間が道のことを聞くと、努力して実行するが
並の人間が道のことを聞くと半信半疑の行動をとり
下劣な人間が道のことを聞くとまったく馬鹿にして笑いとばす。
彼らに笑いとばされなければ真の道とは言えないのだ。
・・・省略・・・
この笑いとばされたのが荘子である。難解な書では笑いとばされることも
なかっただろう。

そして俺様も結構笑いとばされているわ。

49 :考える名無しさん:2005/09/19(月) 02:02:18
太極拳や禅に触れたら、急に荘子の云う事がしっくりくるようになったことから、読むだけでは分かりにくいのかも知れない。道家思想は文化大革命の時にも弾圧されてしまったらしいね。

50 :十二使鳥:2005/09/19(月) 02:16:34
>>49
道家思想は文化大革命の時にも弾圧されてしまったらしいね。

ふ〜ん。弾圧されたんだ。
そうかもしれないな。道家思想は見方によっては[反]が強く映るだろうからな。
政府にとっては邪魔なんだろうな。

51 :修行人(44-46、49です):2005/09/19(月) 02:50:21
50
ソースは高校の時使っていた世界史便覧でつ。近年は復活の兆しを見せている、とも書かれていた記憶が。文革では数多くの人が処刑されてしまったと言われるので、きっと老荘家の他にも色々な人々が弾圧をうけたのかな・・・。

52 :十二使鳥:2005/09/19(月) 03:04:20
でも老荘家といわれてもピンとこないな。

キリスト教や仏教だったらまだしも・・・・・
そもそも道家っていう人達はたまたま同じような思想になった人達の
総称で・・・というようなことを聞いたことがあるし、
実際俺様も老子や荘子の部類だなとは思うけど、道家という看板を
掲げてる訳でもないし、、、
中国では文革の前では道家という看板掲げている奴等いたんか?

まぁいいや。そろそろ寝るべ。

53 :修行人:2005/09/19(月) 04:02:54
52
スマソ、言い方が悪かった。老荘家の「家」は読書家とか努力家の家くらいのニュアンス。俺の様に老荘を敬愛する人、みたいな。儒家は昔は公に儒家を名乗り、儒家の服装とかも有ったみたいだけど、老荘家(道家)はそういうこともしていない。               
 俺も寝まつ ZZzz。。.. 

54 :考える名無しさん:2005/09/19(月) 20:47:17
道家ファッションって霊玄導士のイメージがあるんだが
大極マークを好むとか

55 :十二使鳥:2005/09/20(火) 04:09:39
>>54
     ★老子 第42章        
道が一気を生じ、一気が陰陽二気を生じ、
陰陽二気が交わって陰陽冲和の三気が万物を生み出す。
万物は陰気を背負い陽気を抱き、冲和の気によって調和を保っているのだ。

大極マーク意味を文字にするとこうなる。

56 :修行人:2005/09/20(火) 08:49:44
>>54 >>55
う〜む、勉強になるなぁ。文革については52の言うとうりだと思う。服装があったからといっても看板を掲げたとは考えにくい。

57 :十二使鳥:2005/09/20(火) 13:43:55
そして大極マークを絵にしたものがインド哲学にもある。
現在日本ではヨーガなので7つのチャクラを示すとき使われる仏の絵である。
本来この絵には3本の線が仏の頭上より描かれているのだが、
ヨーガのチャクラの説明で使われる絵では7つのチャクラのみで
この3本の線は省略されている。

さて、この3本の線だが一本は直線。そして残りの2本は2重螺旋である。
【道が一気を生じ、一気が陰陽二気を生じ】
となる訳である。

58 :修行人:2005/09/20(火) 16:32:42
>>57
すげぇ・・・。俺太極拳とかヨガとかやってるけど全然知らなかった(・_・;)

59 :十二使鳥:2005/09/21(水) 01:52:32
▲▲▲ 統一理論(重力、光熱、電磁。そして万物)▲▲▲▲
小物のボーア君も東洋哲学をしてたそうで・・・・・老子を引用します。
  ★老子 第40章    (中国の古典2 麦谷邦夫訳 学習研究社)
根源に立ち返るのが道の動きで:、柔弱なのが道の働きだ。
この世界の万物は有から生じるが、その【有は無から生じる】のだ。

よく問題にされる[有は無から生じる]を解りやすく現しているのが交流発
電機で、磁石【SN、NS】をくるくる回すだけでコイルに電子が発生します。
磁気というものには実体といえるものはありません。その実体のない磁気
【無】が実像的な電子【有】を生み出します。ビックバン説などのように何も
ないところから物体が生まれるというのとは違います・・・の訳がない。
重力にしても熱気にしても同様でこの実体のないものの働きにより実像的
な現象を生み出すのです。
軽軽熱熱S S (波動の正体)  
↑↓↑↓↑↓
重重冷冷N N

60 :十二使鳥:2005/09/21(水) 01:53:16
     ★老子 第42章        
道が一気【↑】を生じ、一気が陰陽二気【↑↓】を生じ、
陰陽二気が交わって陰陽冲和の三気【=】が万物を生み出す。
万物は陰気を背負い陽気を抱き、冲和の気によって調和を保っているのだ。

一気というのは【一つの方向性、時間(生命)】のことでですが時間には実
体はありません。その実体のない時間が実像的な【運動】を起こします。

一気を宿したものはやがて陰陽二気、つまり実体のない二つのベクトルを
生み出します。つまり物理的には【陰気を有した雌】と【陽気を有した雄】
との間で【融合と分裂】という【変化】を起こします。変化は全体に対する個
というものを決定づけるものであり、それは全体の時間(ひとつの時間)に
対して固有の時間というものを決定付けるものでもあります。

重くなれば(↓)大地に融合され、軽くなれば(↑)大地から分裂し、冷たくな
れば(気体→液体→固体)融合され、熱くなれば(固体→液体→気体)分裂。

61 :十二使鳥:2005/09/21(水) 01:54:16
さて、同極は引き合い、異極は反発するという現象こそは見ることができ
ますが、磁気でも↑↓で融合と分裂が本当に起こるのでしょうか?
これは極微の世界で認識することができます。対消滅と対発生です。
二つのベクトルは、分裂する時、融合する時に、起こります。しかし分裂し
た後、融合した後、は【気の変動はなくなり冲和(=)】されます。
観測というのは観測対象となるものの磁気変動をとらえ、その磁気変動が
観測者側に実像を生み出すのです。よって磁気変動がなくては観測でき
ません。それがあたかも物体が真空に対消滅したり、真空から対発生して
見えるのですが、これはただの融合と分裂なのです。
何もないところから物体が発生したり、消滅するわけがない。

自然界に存在する4っつの力?熱はどうする?生命は?生命だって自然
界に存在するもの。物理学の統一理論はまるでダメ。未だ電磁と重力すら
まとめれない始末。つまり理がないからいつまでもまとめれないのである。
人も時間(魂)を宿し変化を成します。【この世は有と無からなる】のです。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

62 :十二使鳥:2005/09/21(水) 02:09:08
太極図の示すものは物理で言う統一理論であり、
哲学で言う根本原理であり
よく言われる普遍の理、この宇宙の真理である。

もともと太極図にそのような意味があることは知られていたのだが具体的
にとなると・・・・・・・

>>58
知らなかったのは無理もない。何てったって俺様が言っているだけだからな。
信じる。信じない。は修行人の勝手である。

63 :修行人:2005/09/21(水) 03:00:26
・・・う〜む・・・・、読んでいて思わず般若心経を彷彿した。太極拳でも敵と戦う時に地面からの反作用、相手の力、勢いなどを利用する。自分の力だけで押す事はない。あくまで他者との関係せいで動く。この辺も繋がりがあるかも。

64 :十二使鳥:2005/09/21(水) 03:18:00
>>63 太極拳でも敵と戦う時に地面からの反作用・・・・

ほう。太極拳のマンガで地面を踏み込む練習をやたらしていたのはその為
だったのか。繋がりがあるかもな。

65 :考える名無しさん:2005/09/21(水) 04:40:48
tp://www.movies.co.jp/highheel/

66 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/21(水) 06:59:42
>>59
>よく問題にされる[有は無から生じる]を解りやすく現しているのが交流発
>電機で、磁石【SN、NS】をくるくる回すだけでコイルに電子が発生します。
>磁気というものには実体といえるものはありません。その実体のない磁気
>【無】が実像的な電子【有】を生み出します

磁石を回すと電子が生じるわけではありません。「電流」が生じるのです。「電流」の
正体は電子の流れであって、新たな素粒子、物質が生じてるわけではありません。
さらに、電流自体も磁石やコイルの運動エネルギーが電子の運動エネルギーに
変換されただけであって、エネルギー保存の法則は働いており、決して無から有を
生み出したわけではありません。

知ったかで変なこと言って却って荘子を汚すようなことは止めなさい。

67 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/21(水) 07:14:16
>>63
般若心経に「不生不滅」とあるでしょ。どうして「無から有を生じる」が
おかすいと気が付きませなんだ?

68 :修行人:2005/09/21(水) 07:43:20
>>67
いや、読んでたら色即是空 空即是色が頭に何となく浮かんだだけでつ。

69 :十二使鳥:2005/09/21(水) 13:17:59
▲▲▲言語 エネルギー▲▲▲▲▲▲▲▲▲
エネルギーとは何でしょうか? エネルギーとは【力】のことです
つまり【気の変動】となり、空間概念のことです。
熱力学に熱エネルギー、このことからも同じであるといえます。
★ 空間 ★⇒⇒⇒★  空           間  ★
エネルギーも力もほとんど変わらないといってもいいものですが、しいて
いえば傾向として、エネルギーという言葉は【個体が多数系、もしくは
個体認識の困難なもの】に使われます。

たとえば相撲の場合は「力と力のぶつかりあい」といったように[力]が使
われますが、多人数の祭の場合、力よりもどちらかといえばエネルギー
を使ったほうがなじみます。
また、エンジンという個体がはっきりしたものは馬【力】を使い、今度は
そのエンジンの燃焼室の方に視点を向けると、個体は霧状のガソリンで
あり、個体としての認識が困難になり、熱【エネルギー】が使われます。

70 :十二使鳥:2005/09/21(水) 13:19:31
ちなみに【エネルギー保存の法則】というのがありますが、エネルギーは
変動そのものなので保存というのは変動ではなく、エネルギーではない
ので、ちとマズイ。物理屋さんは知っていそうで実はだれも知らないという
ことをいいことに、この[エネルギー]という単語使いながら訳の解らぬ論理
をするのです。

ついでに「時間と空間」という言葉もやっておきますか。
略して時空。音の響きもよく、よく使われる言葉ですが、これは頭痛が痛い、
一人オニャニー、ゲリの糞を脱糞して漏らした。に近いものがあります。
時間も空間もどちらも無の概念で、言葉としては「時間と運動」[空間と物
体」とする方が望ましいのですが・・・ま、[時間【と】空間]を[時空間]という
一つの単語とした場合は問題なしともいえますが・・・
新しい言葉が次から次へと生まれてきますが、枝分かれした言葉も元を
たどっていけばだいたい同じような所にたどり着くものなのです。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

71 :十二使鳥:2005/09/21(水) 13:41:37
梅毒斎はエネルギーの意味をご存知で?
>>47-48
今でこそ梅毒斎は荘子を敬愛しているようだが荘子の時代にいたなら
荘子をデタラメ、支離滅裂と笑い飛ばしていただろうな。
【常識破壊の書】は難しくはないのだが見る人にとっては理解できないものである。
常人とは視点が違うのだからな。

72 :十二使鳥:2005/09/21(水) 13:43:43
      老子第70章
私の言葉はたいへん理解しやすく、たいへん実行しやすいのに
世の中には理解できるものがいず、実践できるものがいない。
わたしの言葉にはその大もとがあり、わたしの事業にはその主催者がある。
そもそもそれがわからないから、そこで私を理解できないのだ。
私を理解するものはめったにいず、私を手本とするものはほとんどいない。
・・・・略・・・・

73 :修行人:2005/09/21(水) 15:06:56
う〜〜〜む(・ω・;)物理始めようなかな・・。と言いつつ今日も外で新鮮な空気吸って道家養生功&太極拳。

74 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/21(水) 18:54:51
>>71
>梅毒斎はエネルギーの意味をご存知で?

改めて聞かれても知らねーよ。十二指腸の>>70の説明聞いてもわかんねー。
とりとめがないんだよ。素人にも解るように筋道立てた説明出来ないのか?
それともこういう風に煙に巻くのが君のやり方かね?

とりあえず、フレミングの右手の法則で生じるはずの電流が無から有を生ずること
であることと、電子が無から生じることの説明をしてもらおうか。

>今でこそ梅毒斎は荘子を敬愛しているようだが荘子の時代にいたなら
>荘子をデタラメ、支離滅裂と笑い飛ばしていただろうな。

荘子の時代にいたならとなどと、絶対にあり得ないシチュエーションを設定して
個人攻撃するのが十二指腸のやり方かね?君性格悪いな。>>72の言葉そっくり
君に贈るよ。少しは心を磨きたまえ。

75 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/21(水) 18:59:12
まー本当に荘子の時代に漏れが居たら、荘子を「シャレ」と受け止めたろうな。
今でも敬愛と言うよりは「シャレ」として受け止めてる。ただ、シャレの中にキラリ
と光る物があるから、その点が敬愛か。

76 :考える名無しさん:2005/09/21(水) 21:53:45
お、スレが進んでいるじゃん。

>>57
ギリシャ神話に伝わるヘルメスの杖、カドゥケウスを連想させるんだよね。
サハスララ=ヘルメスの鳥?
ヒドラ型や、オルフェウス型の神話等にも言えるが
シルクロードを通じて密儀宗教は、どの程度、どんな形で伝わっていたのだろうか?
ヘルメス思想と老荘思想を絡めるとは、我ながらデンパだ。

それとも古今東西のシャーマンが霊感によって「同じもの」でも視たのだろうか?

77 :修行人:2005/09/21(水) 23:55:30
>>75
確かに荘子は普通の本じゃ無いな。変わった人物や生き物も出て来るし、天下篇だかにも書いてあったが、常識外れの言葉を使って読む人を驚かせてばかりいる。でもその中に輝く物が見える。そんな所が俺は好き。(・∀・)

78 :十二使鳥:2005/09/22(木) 02:23:55
>>74
じゃあ破壊(オス)と建設(メス)で説明してみるかな。
破壊と建設は実像[有]である。その破壊と建設を生み出すのは
人間の実体のない必要意識[無]である。その必要意識が高まると↑
実像的な建設が始まり、必要意識が低下すると↓実像的な
破壊が始まるのである。
同様に実態のない磁気[無]のN→Sの流れが実像的な電子のオスを
生み出しN←Sの流れが電子のメスを生み出すのである。
(電子には正と負、つまりオスとメスがある)
梅毒斎は頭悪そうだからこの説明でもダメだろうな・・・

・・・それからフレミングの右手の法則はしっかり忘れちまったわい。

79 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/22(木) 06:49:22
>>77
修行人さんは気功とかされてるみたいですが、「踵で息」しますか?

80 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/22(木) 07:04:50
>>78
>梅毒斎は頭悪そうだからこの説明でもダメだろうな・・・

頭悪くてわるうござんしたね。全然解らんわい。てか、てめーが本当に解ってない
から解るように説明できないんと違うんかい?つか、理を通して反論せずいちいち
人格攻撃せな気が済まんてめーの心はどうよ?

とりとめのない例え話は荘子を真似てるのかな?偽物が猿まね
したってみっともないだけだぞ。

>・・・それからフレミングの右手の法則はしっかり忘れちまったわい。

知りもせん物理法則を否定するとはいい度胸だ。結局おまえ何も知らない
だけで、適当な電波垂れ流してるだけじゃねーか。

>実態のない磁気[無]

観測・計測・計量出来る磁気のどこが「無」なのか、煙に巻くような例え話でなく
筋道立てて説明してもらおうか。

>(電子には正と負、つまりオスとメスがある)

普通の発電器の中で陽電子が発生したという話なんて聞いたこと無いわ。
あるならソースを示してもらおうか。

81 :修行人:2005/09/22(木) 07:18:49
>>79
太極拳やヨガ、東洋養生功をやっています。取りあえず呼吸はお腹からする様にしていますが、稽古を積めば踵から出来る様になるかもしれません。そういえば荘子にも、凡人は喉元で息をし、真人は深々と踵から息をする、とかいてありましたね。

82 :修行人:2005/09/22(木) 07:27:30
ただ、太極拳では下腹部に気の塊があると説きます。気は呼吸から取り入れる載、にそこに送り込み、古い気と入れ替えるわけです。踵まで意識を集中するとそれがうまくいくのかも知れません。試して見ます。太極拳は地面からの力を利用するので、足の裏が大切、だとも言います。

83 :修行人:2005/09/22(木) 07:30:57
>>82
Χ取り入れる載
〇取り入れる際

変換ミス。スマソm(_ _)m

84 :十二使鳥:2005/09/22(木) 10:53:35
梅毒斎は予想通り、かなりのパーだな。

磁気と同様に観測・計測・計量出来る【熱】に実体があるといえるのかな?
それでも実体があると言い張るなら熱を掴んでみるがいい。

>発電器の中で陽電子が発生したという話なんて聞いたこと無いわ。
電子にはオスとメスがある。ということを知っているだけで十分だろ?
ゆえに発電機からもオスとメスの電子ができる。発電機からはおかまの
電子が出ると主張したいのか?

ソースは俺だ。誰かに認められたものでなければダメなのか?
梅毒斎は北朝鮮に生まれ育てば北朝鮮の教科書をそのまま受け入れる
タイプだな。

85 :考える名無しさん:2005/09/22(木) 14:49:38
あはははは。
「発電機」は「電子を作る機械」だとでも思ってるんだね。
面白すぎ。

こういうのを「望文生義」っていうのかね?

86 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/22(木) 19:37:02
>>81
>凡人は喉元で息をし、真人は深々と踵から息をする

とりあえずは凡人の息の仕方はまずいでつね。浅い呼吸の戒めだと思いまつ。


>>82
太極拳では、呼吸の空気と気は別物と思うのですか?私がやるときは別物とは思わず
にしますが。実際の呼吸は鼻から肺の間を出入りしてますが、想念上、下丹田まで
空気が来てると思ってします。それの応用で「踵から足を通って下丹田を出入りする」と
思ってやったりします。荘子が言ってるのは、下丹田までじゃなく、踵まで持ってこい
ということなのでしょうかね。

「白隠禅師の内観の法」というのがあって、頭の使いすぎで頭熱足寒状態になって
体を壊したりノイローゼになったときに気を降ろして下体に気を充実させる法があり
ますが、禅問答のような想念を凝らすのです。だから本当に疲れ切ってるとそれすら
マンドクセーになりますので、この「踵で息」はそんなとき便利ですね。

野口整体というのがあって、それでは「背骨で息をする」といいます。これも実際は
鼻から肺を出入りするのを想念上背骨から息が出入りしてるようにおもうのですが、
これも体力回復には結構効きますね。

87 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/22(木) 19:38:40
>>84
>梅毒斎は予想通り、かなりのパーだな。
>梅毒斎は北朝鮮に生まれ育てば北朝鮮の教科書をそのまま受け入れる
>タイプだな。

いや、漏れの分析はいいから、「磁気が無」「普通の発電器から電子・陽電子が生ずる」
ことの説明を早く。

>それでも実体があると言い張るなら熱を掴んでみるがいい。

熱のことなんて聞いてねーよ。磁気のことをお願い。

>発電機からはおかまの電子が出ると主張したいのか?

そんなこと一言も言ってませんので、漏れが言ったみたいに言わないで下さい。

>ゆえに発電機からもオスとメスの電子ができる。
>ソースは俺だ。誰かに認められたものでなければダメなのか?

漏れが認めなければダメ。漏れを「パー」「北朝鮮」「頭悪い」と言ってないでその
「パー」「北朝鮮」「頭悪い」にも解るよう説明して下さい。

88 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/22(木) 19:40:49
>>84
あー、十二使鳥君、君に貸した100万円返してくれたまえ。

借用書、すなわちソースは

「ソースは俺だ。誰かに認められたものでなければダメなのか?」

89 :修行人:2005/09/22(木) 20:07:30
>>86
気を取り込む、とは説きますが、吸った空気が即ち気なのか、その中に気があるのか、自分には正直分かりません(>_<)。新鮮な空気を吸うと気持ちがいいことは確かなんですけどね。(^_^;)

90 : ◆GUGENiOq0w :2005/09/22(木) 20:24:35
どこになにがあるかわからない様では指揮どころか盆雑さが具現化するだけであろう

91 :修行人:2005/09/22(木) 20:58:18
すると下腹部に気の塊があると言う意味か分からなくなって来た。合気道や太極拳でも手から気を出すし。吸った空気から気を吸収したのかな?中医学でも気は全身を巡ると言ってたような・・。それとも気って言葉は色んな意味があるのかな。分からないorz

92 :mechanism...&rlo;りくらか ♦&lro; ◆dIcXXXXlPE :2005/09/22(木) 21:04:45
団塊世代に対する報復というか仕返しで失業保険に群がる香具師には能力以上の貿易黒字という悪循環な問題がある
             / ̄ ̄^ヽ   /::.__  .:::::::::::::  __   ヽ_
             l       l / /  ヽ_ヽv /: / ヽ   ヽ
       _ /,--、l       ノ /   ̄ ̄ √___丶 ̄ ̄    |
   ,--、_ノ:: `ー'::   、ミー---‐,,l |      // tーーー|ヽ       |
  ,/   :::         i ̄ ̄  | |      ..: |    |ヽ       |
/          l:::    l:::    l  |       | |⊂ニヽ| |      |
l   .   l     !::    |:::    l  |     | |  |:::T::::| !       |
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|   l .   }    l:::::,r-----    l  \::      ̄ ̄^ヽ    丿
ヽ  :l::::   ト:;;;;;;;/-/__...........  /

93 :修行人:2005/09/22(木) 21:12:26
>>90
そうですよね。(91を書くのに妙に時間を喰って90を読むのが間に合わず、前後してしまった)身体で理解しようとする事が稽古になり、勉強になり、修行になりますよね。頑張ります。m(_ _)m

94 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/22(木) 21:19:59
>>91
先ほど言及した白隠禅師は、瞑想の力によって様々な感覚や、
解剖学的に説明できない存在感を「唯心所現」と説明されてます。
ぶっちゃけ「気のせい」ですw。その、「気のせい」を積極的に利用して
健康や心の成長に使うのが太極拳や気功じゃないですか。

何のせりふでしたっけ?「考えるんじゃない、感じるんだ!」

95 :修行人:2005/09/22(木) 21:30:35
>>94
肝に銘じておきます。             感謝!!(・∀・)

96 :観念とは不可抗力 ◆GUGENiOq0w :2005/09/22(木) 21:32:30
一概に生命力といっても「生きる力」については定かではありませんね
無論動物の世界では弱肉強食が当然だとしても人間界に於いて生きる力
すなわち生命力とは一体全体何か不明ですが図体が巨身である場合とか
団塊の世代が偶然運良く遊んで暮らせる境遇であるとしても生きる力が
同じではありませんね多分どこになにがあるかわからない様では指揮どころか盆雑さが具現化するだけだけど
優越感や劣等意識の相殺現象が何かしら本来の自然体を発揮するには程遠い運動不足や不安が募る事であろう

97 :考える名無しさん:2005/09/23(金) 00:50:25
鳥が議論してるの久しぶりにみた

98 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/23(金) 01:11:55
>>89
>気を取り込む、とは説きますが、吸った空気が即ち気なのか
小周天とか大周天とかあるじゃない。あれがよくわからんなあ。
少なくとも吸い込んだ空気じゃないだろう。
>>94
あれも「気のせい」なのかねえ。

99 :十二使鳥:2005/09/23(金) 02:18:39
>>97
普通、俺様には議論してこないからな。せいぜい馬鹿、あほ、まぬけ止まりだ。
ま、それが正解だな。やったところで負けるのみということをよく心得ている。
・・・でも今やってるのって議論か?

>>87
パーのうえに、面倒臭い奴だなぁ。
磁石の上に画用紙をひいて砂鉄をまくと磁束ができるのだが、見ているのは
磁気の作用が及ぼす【砂鉄】であり、【磁気】ではない。磁気を直接認識する
ことはできないんだよ。だから無。計測器も同様。磁気が及ぼす・・・

発電機は電子を発生させる機械。発電機を回してうんこが発生することは
ないのです。・・・もしかして電線にある電子をところてんのように押し出して、
なんて考えてないだろうね。そんな感じで説明している書をみたことがあ
るけど。
あと、考えるな!感じろ!はブルース・リー

100 :修行人:2005/09/23(金) 09:36:23
>>98
>小周天とか大周天とかあるじゃない。詳細希望!

101 :修行人:2005/09/23(金) 09:38:16
>>98
>小周天とか大周天とかあるじゃない。詳しく!

102 :修行人:2005/09/23(金) 09:44:42
重複スマソ。m(_ _)m 文を直して書き込んだら前のやつが既に・・・。

103 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/23(金) 18:39:23
>>99
>馬鹿、あほ、まぬけ
>パーのうえに、面倒臭い奴だなぁ。

普段からそう言われてるから、いちいち人格攻撃の前置きしなければ気が済まなかった
のね。でもそれは正しい相手にぶつけなければダメだよ。そう言うことは結局自分自身を
傷つけるんだよ。そしてだれも認めない己一人高しという態度ではいつまでも成長しないよ。

>磁気を直接認識することはできないんだよ。だから無。

直接認識することが出来ないのがどうして無なの?そこにあるのに。

>発電機は電子を発生させる機械。

ですからそれを早く証明して下さい。あと、普通の発電器で陽電子が発生してることも。

>発電機を回してうんこが発生することはないのです

そんなこと言ってませんし、聞いてもいません。要らんことはいいから要点だけで。
そうだ!おまいのことをこれから「うんこ発電器」と呼ぼう。「十二使鳥」なんて打ち込ん
でも「十二指腸」としか出んからいちいちコピペしなければいけないし。

>もしかして電線にある電子をところてんのように押し出して、なんて考えてないだろうね。

違うのか?ちがうのなら説明して下さい。

それと早く100万円返して下さい。人に金借りて踏み倒すつもりですか?
踏み倒すために小理屈こね回してごまかそうっったて、そうはいきませんよ。

104 :修行人:2005/09/23(金) 20:31:11
十二使鳥さんも梅毒斎さんも一回落ち着いて下さい(>_<)。
相手をけなし、叩き会うのはやめて欲しい。
俺にとっては二人とも物理や化学に無縁だった俺に新しいものの見方を教えてくれた人なのに・・・。
上善如水とも言うじゃないですか。
それに、相手の説を受け入れる余地を心に残す事が勉強や修行のコツじゃないですか?
元々人数の少ないスレだし、穏やかに議論しましょうよ。
携帯からなので、改行のしかたが変だったらすみません。

105 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/23(金) 21:03:38
>>104
解り申した。「けなす」のと「叩く」のは止めよう。

でも、疑問は糺さなければならない。
はっきり言って、漏れは別に物理も電磁気学も専門でない。「サルでも解る電磁気学」
とか言う感じの一般向け入門書とかで一般常識の延長で知ってるにすぎない。

そう言う半端素人の漏れにとって普通の発電器で電子や陽電子が発生してると言う
事実があるのであればそれは新しい知見であるし、興味深いことでもある。発電器で
発生してる電流は「>電線にある電子をところてんのように押し出して」発生している
と、思ってたので、それが間違いであるなら漏れはそれを改めなければならない。

106 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/24(土) 00:23:18
>>100-101
急かすなよw
よくわからんけど、丹田にエネルギーを溜めるような、なんか訓練をする。
と、そのエネルギーがぐつぐつと煮えたぎったようになってくるので、
それを会陰部を通して背中の方に回す。
次に背骨?に沿って頭の方へ登らして、百会を通して喉、胸と降ろし、
丹田に戻せば体内を一周したことになる。
そうやって体内だけでエネルギーを回らせるのが小周天で、
天地の気を取り込みながら回らすのが大周天。らしい。
強烈なイメージ操作、つまり「気のせい」ともとれるんだけど、
「気」の関係の本を読むと、どうもそれだけじゃないらしい。熱い何かが、
実際に体内のチューブを通っていくような書き方をしてるんだよね。

107 :考える名無しさん:2005/09/24(土) 00:51:56
>>106
>熱い何かが、実際に〜
ピンときました。(・∀・)
太極拳やタントウ(立禅ってやつか?字が出ない・・・)、養生功をやっていると手が温まって真っ赤になる。自分の丹田に意識を集中することもあれば、天を仰ぎ意識を広げることもある。どちらも呼吸が大切。
小周天も大周天も無関係では無いと思います。天人合一という言葉も有りますし。

108 :修行人:2005/09/24(土) 01:07:29
名前打ち忘れた(-.-;)。107は勿論私です。107にちょっと付け足しを。
>イメージ操作
そうでも無いかも知れません。太極拳が上手い人は肌寒い日でもお湯の様に温かい手をしていた記憶が。気功をする人に至っては病気の治療まですると言われているし・・。

109 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/24(土) 02:12:55
うーん、うまく説明できないんだけど…。
イメージに集中することで掌を暖かくするのはできると思う。
同様に、暖かいものが背骨を登ってくるのを「イメージする」ことはできる。
しかし、実際に熱い何ものかが背骨を伝わってくるとなると、
それが何なのかがわからない。ピンと来ない。

110 :修行人:2005/09/24(土) 02:35:23
太極拳も力抜いてやるものですけが手をはじめ、身体に意識を集中しろと言いますからね。私は熱いものが何かという問題はこの際置いといて、身体で実感したいと思います。名可名、非常名 とも言いますし。

111 :修行人:2005/09/24(土) 02:41:34
>>110
>力抜いてやるものですけが
「け」が余計・・・・。(-.-;)

 そろそろ寝まつ。m(_ _)m

112 :十二使鳥:2005/09/24(土) 02:51:25
>>105それが間違いであるなら漏れはそれを改めなければならない。

やっぱりトコロテンか。じゃあ改めなさい。
まずトコロテン方式のマズイ点は押すと出てくるという論調でド早い電流の
スピードに答えてはいるが実に疑わしい。1kmの実物のトコロテンでも作って
やってみればたぶんわかるだろうが押したところでなかなか出てこない
はずである。
そして電気と磁気は密接な関係があるはずなのにトコロテン方式では磁気
に関してまったくふれていない。
そんでもってトコロテン方式では電波が飛ぶ理由が説明できない。

あと今、勘違いに気がついたのだが俺は陽電子が発生するとはいってい
ない。正と負(雌雄)の電子が発生する。である。
確か陽電子というのは電荷がプラスの電子のことで、たぶん正と負(雌雄)
の電子とは考え方が違うものだと思う。俺も陽電子に関してはよくは知らな
が、そういえばトコロテン方式では陽電子での説明がでてきていたような・・・

113 :考える名無しさん:2005/09/24(土) 07:55:35
あのさー、ちょっと前の方の話だけど、
フレミングって左手の法則じゃなかったっけ?
最近は右手の法則って習ってんのか?
話の流れには関係なさそうだからまあいいんだけど・・・

114 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 08:22:07
>>112
いや、それは修行人さんに答えた事だからそこにレスしないで>>103に答えて。

>1kmの実物のトコロテンでも作ってやってみればたぶんわかるだろうが押したところでなかなか出てこない はず

押し出す力の伝達速度が電流の場合は光の速度とちがうんかい。
とかレスしたいけど、ややこしいので止めとく。電子の話も改めて>>103への
レスにしなさい。

115 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 08:23:38
>>106
「気のせい」の力も、塵も積もればなんとやらで。

116 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 08:37:46
>>113
電磁誘導で起電力の向きを説明するのが右手の法則。
電磁力が働く方向を説明するのが左手の法則。

ttp://www.tepco.co.jp/corp-com/elect-dict/file/fu_007-j.html

117 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 09:33:02
してみると、世間一般に「気のせいだョ」で、済ましてることも、
不安定ながらも実体のあることかもな。

118 :考える名無しさん:2005/09/24(土) 18:12:46
じゃあ扇風機は、空気(窒素とか酸素とか)の分子を発生させる装置、つまり
無から有を発生させる機械なんだな、きっと。
でも風の流れをつかまえることはできないから、空気は「無」なんだな。

つか、荘子も読んでいないし中学理科も知らないデムパを真面目に相手してる
梅毒が、言っちゃあ何だが、一番アフォだな。

119 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 20:07:05
>>118
ハァ?漏れが本気で相手してるとでも思ってるのか?これからゆっくりギャグの世界
に引きずり込んでおもちゃにしようとしているのだが、見ててそれが解らん藻前が
シャレのわかんえー無粋な香具師。どうせ顔もブスいんだろうw しょせん
「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知るや」だな。

この世に使えねー物など一つもない。荘子の中の話だったか荘周のエピソード
だったか忘れたが、超巨大ひょうたんを得た人が、酒入れやヒシャクとかひょうたん
として使おうと努力したが、使えんから薪にして燃やしてしまった。それを聞いた
荘子が「だったら舟にしたらさぞかし風流だったのに」と言ったそうだ。

120 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/24(土) 21:40:03
>>110
映画『マトリックス』の最後の方で、功夫アクション(もどき)が出てくるじゃない。
力、入りすぎなんだよ。あんな無様な功夫アクション(もどき)、見たことない。
>>115
それがイメージ操作なら、まあ、そのままイメージ操作を続けておけばいいんだし、
イメージ操作じゃないとするなら、自分の現状ではイメージ操作しかできないから、
やはりイメージ操作を続けるしかないな、私としては。

121 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 22:03:45
>>120
Hannibalさんは、実際には小周天は知識だけでやったことはないのですか?
まあ、私も神道(=ダン中のちょうど裏)までしか持ってきたこと無いですが、
確かに最初はイメージですが、ちゃんと存在するような感覚がありますよ。

まあ、がんばって下さいな。

122 :修行人:2005/09/24(土) 22:15:32
この辺りは、やっぱり実践が大事ですよね。

123 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 22:25:48
>>122
これだけは、やってみた人しか分からないからね。

解剖学的にはあり得ないんだけど、下腹部に水風船のような物がある感じがするんだ。
そこで一つ勉強になったのは、「霊が見える、声が聞こえる」とか称する人の言うことを
笑い飛ばすんで無しに、その人がウソをついてるのかその人にとって真実なのか先ず
見極めようとする態度が身に付いたね。

124 :考える名無しさん:2005/09/24(土) 22:26:14
http://home.kg21.net/user1/letdie9/Marvelous.asf
なにをどうやったらこうなる

125 :考える名無しさん:2005/09/24(土) 22:27:31
かっこいい腹を手に入れたいと大抵の人は考えていることでしょう

126 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/24(土) 22:38:20
>>121-122
私は「知識よりも実践」を声高に、かつ細々と主張している人間ですよ。
しかし、小周天をやるって、実際、何をどうやったらw
まあ、「イメージする」のならしたことはあります。立禅とかしながら。
あとは、矢山利彦のDVDを見ながら、
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00009NKBT/
「背骨を柔軟かつ強靭にする運動」を、たまにしてみたりする。
これは、かなり気持ちいい。
同じDVDに「気のボールで小周天のルートを開く」というのがあるけど、
これは体感できなかった。あるいは、できていない。

127 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 23:14:04
>>126
>ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00009NKBT/

¥5040は高いっすよう。
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4051034178/qid=1127570823/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-8219484-8282715
漏れ的にはこれ一冊で充分だと思いますが。¥5040出せば類書もみて研究できますね。

128 :考える名無しさん:2005/09/24(土) 23:19:44
『荘子』の話じゃなかったっけ?

老荘思想の『無』の概念と仏教の『空』との違いについて教えてください。

129 :考える名無しさん:2005/09/24(土) 23:27:23
『道』もです。1の人、戻ってきて...。

130 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/24(土) 23:28:02
>>128
後回しにしてくれ。
>>127
それなら昔、読んだことがある!
ニンニクとかニラとか、いっぱい食べるやつだ。
「異性の心をつかむテクニック」なんかもある。
今夜あたり、やってみようかな。

131 :考える名無しさん:2005/09/24(土) 23:29:13
老荘の無は根源、仏教の空は実体性の無いこと

132 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/24(土) 23:42:13
>>128
仙道には「命功」(気をどうこうする)と「性功」(意識をどうこうする)の二つがあって、
「性功」には老子や荘子の学習が不可欠なんだよ。

>老荘思想の『無』の概念と仏教の『空』との違い

基本的に違いは無いんじゃない?仏典を漢訳するとき、老荘思想の「無」を
利用してるし。般若心経もサンスクリットの原典で、「空」の意味の所を「無」と
訳してる所がある。

漏れ的にチョト思うのは、般若心経が後ろの一部を除いて空の体験を直接吐露した
ように思えるのに対し、荘子の「無」「無無」「無無無」は聞きかじってきたような感触
がする。

133 :修行者:2005/09/25(日) 00:17:10
今日は盛り上がりますね。(^ ^)般若心経は私もよく読経していますが、日々辛い事や嬉しい事、新しい発見が有る度に般若心経の言いたい事が少しづつ見えて来ます。
そして、般若心経も荘子も同じ事を言いたいのではないか、と思います。
荘子の内篇、斉物論篇にこうあります。
「昔の人は、その英知に最高のゆきついた境地があった。そのゆきついたところとはどこか。もともと物などはないと考える無の立場である。
至高であり完全であって、それ以上のことはない。」

134 :修行人:2005/09/25(日) 00:55:47
×修行者
○修行人
名前間違えるとは・・・。
>>133の続き
そして、これが荘子の無の思想を一言で言ったものだと思います。
般若心経でもやはり、何もかも無い、無い、と言います。しかしながら、仏教では空や無に拘り執着するのを頑空というそうです。
私が思うに、あれは無いとかこれは空だとか頭で思っても、結局は意識していて分別知に囚われているわけで、それでは本当の無の境地、色即是空、空即是色では無いと思います。
荘子の>物などはないと考える の「考える」もまた、長年培った経験など、意識レベルを超えた認識でしょう。
有るとか無いとか以前の有るがままの姿を見ろと言いたいのではないでしょうか?
無い無いと言うのは人々が無よりもまず有に執着してしまうからでしょう。
さて、荘子にも万物をありのままに見よう、という記述は内篇を始め、あちこちに見られます。この点で、両者は共通していると思います。
以上が今の私の見解です。余りに長々しくダラダラ書いてすみませんorz

135 :考える名無しさん:2005/09/25(日) 01:30:39
老荘の「無」と仏教の「空」とを混同するのは、中国仏教初期の「格義仏教」の立場で、
仏教理解がすすんだ中世以降には、これらを混同するのは「外道」だとされました。

136 :修行人:2005/09/25(日) 01:42:54
>>135
空は滅びや移ろいといった、無の属性を併せもつ「有」かもしれません。今を生きる私たちも「死」をかかえていますし。
・・・・何か上手く言えないorz

137 :修行人:2005/09/25(日) 01:56:27
>>133 >>134
読み返すと後半で話が脱線してる・・・。とにかく、空の思想と無の思想は共通点が有る、と言いたかったんです。

138 :修行人:2005/09/25(日) 02:05:22
無と空の違いについての考えは136で書た通りでつ。度々スマソm(_ _)m

139 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/25(日) 11:03:58
いつもは2時3時と不健康な時間に書き込んでやがるうんこ発電器の書き込みがない。>>118が余計なことしゃべらしたから、ビビってしまったのかな?


140 :修行人:2005/09/25(日) 13:57:45
>>139
× うんこ発電機
○ 十二使鳥

141 :修行人:2005/09/25(日) 21:24:56
>>129
1じゃなくて申し訳ありません。そういえばまだ誰も答えていませんね・・・。
『道』を言葉で説明するのは私には無理です。
ただ、私見ですが、臨済禅師の言った、「仏に逢うては仏を殺し、祖師に逢うては祖師を殺す」(臨済録)という有名な言葉が今まで見た中で最も『道』に一番近いかと思います。


142 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/25(日) 22:00:24
論語の「朝に道きかば夕べに死すとも可し」の『道』を『タオ』と訓ずると、
あ〜〜ら不思議、孔子も道家の求道者にみえちゃう。

143 :修行人:2005/09/25(日) 22:36:05
>>141
× 最も『道』に一番近い
○ 最も『道』に近い orz

144 :128:2005/09/25(日) 22:42:13
皆さんどうも有難うございます。

>>131
実体性が無いとは、普段我々が日常的に使う無の概念と同じということでしょうか?無い、空しいみたいな感じです?

>>修行人さん
いっぱい答えてくださって有難うございます。
無の属性を併せもつ「有」というのも、難しいです。無いというものが在る、みたいな感じですか?

145 :128:2005/09/25(日) 22:58:30
つまり、有がなくなった状態って言うんじゃなく?

それから、道についてですが、何にも囚われることの無い境地ってことです?何でもガンガンしちゃう、みたいな?

>>梅毒斎さん
孔子の道っていうのは、先王の道ってことですよね?尭舜やら周公旦とかの。徳治主義を目指していたのは、老荘も孔子も一緒なのでしょうか?大きな政府と小さな政府との違いはっても。

146 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/25(日) 23:21:36
♪二度としな〜いわ 恋な〜んか
  それが女の〜ぉ〜タオな〜らば〜
あ〜〜ら不思議、ぴんから兄弟も道家の求道者にみえちゃう。
>>127の本は学研『ムー』系のオカルト本ということもあるし、
ニンニクやらニラばかり食ってると昼間、仕事ができないので、
真面目になって読まなかったんだけど、いま読み返したら、
「武息」「文息」などの呼吸法について書いてある。
こりゃいいかもしれない。小周天の「実践」とは、これだったか。
いい本を思い出させてくれて、ありがとう、梅ちゃん!


147 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/25(日) 23:26:43
>>145
例えば、同じ頃のインドでは仏陀をはじめ六師外道九十五派のバラモンと、シナの
諸子百家の興隆と似たような新思想の隆盛があったわけだが、ほぼ大体目的は
「解脱してニルヴァーナに至る」と言うもの。

んで、シナも今となっては、訓古学の隆盛もあって老荘思想と断絶が成されてるが、
当時はそれほど厳密なものではなかったのでは無いかと想像するのよ。その根拠は、
「孟子」に「浩然の気を養う」という記述が出てくるのだが、これは今の気功じゃないかと
思うんだ。漏れがそう思うだけだが。
ある人が孟子に「その強力な意志と実践力はどうやって身につけたのか?」という問い
に対して、「浩然の気を養ってる」と答えた。「浩然の気」の正体については文献上の
証拠は何もなく、漏れが勝手に気功でないかと想像してるだけだけど。

で、古代インドでは瞑想の基本的な技法がどの宗派にも共通して行われたように
古代シナの、荘子や孟子の時代(両者は同時代)ぐらいまでは気功が諸子共通して
行われたのではないか?
「道」の意味も厳密な違いがあったわけではなかったのでは?と、想像する。

148 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/25(日) 23:36:48
>>146
>学研『ムー』系のオカルト本

あのシリーズは怪しさ全開だかんなぁ。無理ないっすよ。
高藤氏の本は他のも読んだけど、全部売り飛ばして手元に残ってるのはこれ一冊だけ。

149 :修行人:2005/09/25(日) 23:42:16
>>144
上手く言えないなあ・・・。
例えば私たちは「死」を抱えて生きていますよね。
明日死ぬかも分かりません。少なくとも死は100パーセント来ます。
まあ、生が有で、死が無です。どこかの坊さんは、歳をとって死に近付くほど有から無に近付くと言ってましたけど。
物にも死と同じで滅びというものが有って滅びを内に抱えながら日々それに近付いています。
端的に言うと、私たちは半分死んでいて、物も半分壊れています。それが私たちの、万物の真実です。色即是空と言う言葉はこの様な意味を持つと思います。
それに続く空即是色という言葉は、空こそがそのまま万物の真実であると言いたいのでしょう。このような立場からすると、死や滅びは悲しむべきものでは無いのかも知れません。そういえば荘子も・・・・。
それと、言い忘れていましたが、空という言葉にはもう一つ、他のものに依存しなければ存在出来ない、という意味があります。
例えば私たちは両親から生まれ、食べ物をとり、空気を吸いながら何とか生きています。光の力を借り手ものを見、他者がいるから自分という考えが表れ、人から教えを受けて成長します。こんな感じです。

まあ私は今のところ、空というのはこういう意味だと考えます。メチャクチャ長くなった上に、上手く言えなくて大変申し訳ありませんでした。orz

150 :修行人:2005/09/25(日) 23:47:00
>>144
上手く言えないなあ・・・。
例えば私たちは「死」を抱えて生きていますよね。
明日死ぬかも分かりません。少なくとも死は100パーセント来ます。
まあ、生が有で、死が無です。どこかの坊さんは、歳をとって死に近付くほど有から無に近付くと言ってましたけど。
物にも死と同じで滅びというものが有って滅びを内に抱えながら日々それに近付いています。
端的に言うと、私たちは半分死んでいて、物も半分壊れています。それが私たちの、万物の真実です。色即是空と言う言葉はこの様な意味を持つと思います。
それに続く空即是色という言葉は、空こそがそのまま万物の真実であると言いたいのでしょう。このような立場からすると、死や滅びは悲しむべきものでは無いかも知れません。そういえば荘子も・・・。
それと、言い忘れていましたが、空という言葉にはもう一つ、他のものに依存しなければ存在出来ない、という意味があります。
例えば私たちは両親から生まれ、食べ物をとり、空気を吸いながら何とか生きています。光の力を借り手ものを見、他者がいるから自分という考えが表れ、人から教えを受けて成長します。こんな感じです。
まあ私はこう考えます。メチャクャ長くなって大変申し訳有りませんでした。

151 :修行人:2005/09/25(日) 23:54:26
えっ?重複?( ̄○ ̄;)何で・・・・一回添削はしたけど・・・。書き込み押したあとリセットしても遅いかったのかな・・。
こんな長いのダブらせてすみませんorz
荒らしでは無いですm(_ _)m

152 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/26(月) 00:03:17
>>146
>ぴんから兄弟

鬼子母神の一番末の子は「氷羯羅童子」(ぴんがらどうじ)と、言うそうですが、
鬼子母神の一家のことですか?



下らないから下げ。

153 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/26(月) 00:15:01
http://members-abs.home.ne.jp/yoogi/essay94.htm

154 :128:2005/09/26(月) 00:46:42
>>150
森羅万象は、滅びる過程を映したものであり、滅びる過程こそが、万物の姿であるってことですか?
永遠不変のものなんて無いよって感じ?

色即是無、無即是色とした場合は、万象は、超越的な根源であり、それが万象となってあらわれているんだという感じですね?

155 :修行人:2005/09/26(月) 01:30:13
>>154
確かに万物は何も滅びる過程しか見せないわけではないかもしれせん。
生き物にも、台風や波にもピークというものがありますから。
上り調子の時も有るでしょう。ここは訂正します。御指摘有り難うございました。
万物がそのまま超越的な根源かどうかは・・・分かりかねますので、もうちょっと修行します。すみません。
ただ、無は有を有たらしめるためのものと思います。老子の無用の用と言う言葉が有りましたよね。あれが鍵になりそうです。


156 :考える名無しさん:2005/09/26(月) 17:12:12
名前の無い所へ戻ることも大切・・・
「道」に優れた人は「道」に驚く・・・
でしたっけ???


157 :考える名無しさん:2005/09/26(月) 20:45:34
老荘思想は赤子の境地を至高としてますよね。それって、如何と思うんです。こだわりを捨てて捨てて捨てまくり、その捨てるということも忘れてしまえということでしょうが、じゃあ、生まれてこなかったほうがマシ?って疑問が...

158 :修行人:2005/09/26(月) 21:42:35
>>157
「昔の真人は生を喜ぶ事も、死を憎む事も知らなかった。
生まれて来たからといって嬉しがると言うわけでなく、死んで行くからといって嫌がるわけでない。
ただ悠然として行き、悠然として来るだけである。
どうして生まれて来たのか、その始まりで悩む事もなく、死んでどうなるかその終わりを求める事もしない。」
内篇 大宗師篇にこんな意味の一文が含まれています。荘子は運命を愛する人でもありました。

それに、お釈迦様も入滅の際こう言ったそうです。










「この世は美しい」

159 :考える名無しさん:2005/09/26(月) 22:35:33
運命を愛する荘子と釈迦はいいとして、昔の真人って白痴?

160 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/26(月) 23:16:05
>「この世は美しい」
ドン・ヴィトー・コルレオーネみたいだね。

161 :修行人:2005/09/26(月) 23:19:20
そうでもないと思いますよ。その文にはさらに続きがあります。そこでこんな一説が有りました。
「この様な者は、その姿は静寂そのもので、その額は豊かに広い。
ひき締まった清々しさ秋のようで、暖かな優しさは春のようである。
その感情の移ろいはまるで季節の変化のように自然である。
外界の物事に適切に対応し、それが果てしなくつづいていくのだ。」

イメージ的には太極拳や合気道の偉い師範の先生みたいな感じです。


162 :修行人:2005/09/26(月) 23:22:32
>>161>>159へのレスです。念のため。orz

163 :修行人:2005/09/26(月) 23:24:31
>>161>>159へのレスです。念のため。orz

164 :修行人:2005/09/26(月) 23:25:55
またやってしまった・・・・。

165 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/26(月) 23:27:16
何べんやったら気が済むんだろう…

166 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/26(月) 23:34:47
携帯で見てると言ってたしなあ。やっぱPCより操作しにくく見にくいし。

167 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/26(月) 23:41:31
>>159
「大賢は愚なるが如し」、「大賢は大愚に似たり」と言うことでしょうね。
白痴と真人の違いは何も知らないかすべて知ってるか。

168 :考える名無しさん:2005/09/26(月) 23:47:27
大愚は賢に似る。ケータイの超高機能化とか。

169 :考える名無しさん:2005/09/27(火) 00:27:09
じゃあ十二指腸は大賢かもしれないw

170 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/27(火) 01:27:59
>>169
自分では賢いと思ってるじゃん。アレは小愚か矮愚だよ。

171 :1:2005/09/27(火) 03:22:59
1です。三日坊主してしまいましたが、もういちど読み始めたいと思います

蜩と鳩の話からですね


蜩と鳩はこれを笑って言う
私が勢い良く飛び立ち楡やまゆみにとまる
時には至らずに地に投げ出される 九万里を南に上るなどとんでもない

郊外の地に行くものは三度の食事で帰ってきても なお満腹である
百里を行く者は前の晩に米をついておく
千里を行く者は三ヶ月食糧を集める

この二匹の蟲が何を知るというのか

小さな知は大きな知に及ばず 小さな年(寿命)は大きな年に及ばない
何を以ってそれがわかるのか
朝に生えて晩に枯れるきのこは月の終わりと始めを知らないし
なつぜみは春と秋を知らない これは短命だからだ
楚の南に霊冥なるものがあり、五百歳を春とし、五百歳を秋とする
遥か昔、大椿なるものがあり、八千歳を春とし、八千歳を秋とする

彭祖は今、長命によって特に有名で、衆人はこれに匹敵しようしている
悲しいことではないか

説得力のある解説ではあります
本には霊冥というのは木の名前とありますが、北冥や南冥と関係があるのでしょうか

172 :1:2005/09/27(火) 03:24:34
>27
私の本の解説には小魚とあります。魚の卵という意味もあるのですね。でも卵の集合体であるとは書いてないような気がします。大きな卵かも
>27
私の本の解説には小魚とあります。魚の卵という意味もあるのですね。でも卵の集合体であるとは書いてないような気がします。大きな卵かもしれないのでは

>129
仏教は分かりませんが、荘子の道は無とは違うようです
無については外篇の知北遊に面白い寓話があります

光曜(光線)が無有(空間)に問う
あなたは有るのか 有る事が無いのか
光曜は何の答えも得られ無いのでそれ以上問う事もできず その(無有の)様子を熟視すると 深遠で空寂としている
終日これを視ようとしても見えず 聴こうとしても聞けず 手で打っても手応えが無い
光曜は言う
至れり 誰が此処に到達できよう
私は無という概念について悟っていた しかし無が無い事は悟っていなかった
(私のように)無有にこだわるようでは、どうして此処に至る事が出来よう

道に関しては、荘子全体で道について語っています 例えば道は遍在する(どこにでも有る)そうです
仏教の無も遍在するのでしょうか

>159
真人については内篇の大宗師に詳しく書いてあります。
真人は水に入っても濡れず、火に入っても熱くないそうです。中国四千年ですね

173 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/09/27(火) 04:43:21
>>169-170
何度も重複レスをする間抜けが大賢かもしれない。
>>172
>仏教の無も遍在するのでしょうか
偏在? 偏在とは即ち「在る」ことだ。
在る無しにこだわっていて、どうして其処に至ることができよう。


174 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/27(火) 17:54:15
>>171
まだそこか。朝三暮四の話しや、漏れ的にツボに来た鳶と腐れネズミまで、まだまだだな。

175 :修行人:2005/09/27(火) 19:05:44

いつも迷惑をかけて申し訳ございませんでした。
過去レスを読み返してみると二重レスだけでなく、打ち込みや変換のミスも多いですね・・。以後気をつけます。

本当にすみませんでした orz


176 :1:2005/09/28(水) 16:55:52
「湯之問棘也是巳 〜 此小大之辨也」

湯という殷の初代の天子が棘という湯の大夫に以上の寓話(北冥魚有〜不亦悲也)の話をします
今までのまとめというか、短縮版のようです。人に話すときはこの位の長さが良いのでしょう
ここでは鯤の大きさが、広さ数千里で長さは誰にも分からないというように書かれています。また笑うのは鳩と蝉ではなくみそさざいという鳥です
ここまでで、大小の違いは大きさだけでは無く、他の事にも係わってくるという事を、かなりはっきり示そうとしているように思われます。大小の違いは確実に在るため、小さいものの基準を大きいものに適用すると、結果はおかしくなります



荘子は、いくつかの話を取り上げて端的に表そうとしている解説が多いように思われます。
老子に関してはそれでもいいかもしれませんが、荘子は具体的な話の連続なので、全体を通してみた方が確実だろうと思います

>>20
中央公論の荘子は、私も読みました。古代中国の実存主義とかいう副題がついてましたが、実存主義との比較は少なかったですよね

>>21
列子はちゃんと読んだ事は無いんですけど、荘子の雑篇に近いという印象があります

>>40
荘子の儒家理解がびっくりするほど正しいというのは、どういった点から分かるのでしょうか?

>>59
確かに荘子の気には今で言う熱とか磁気とかの意味合いがありそうです

>>173
私は真人でも至人でもないのでこだわってもいいのです

>>174
まだまだですね。実は何回か通して読んではいるのです
個人的には外篇が好きなのですが、そこまで進むかは分かりません

177 :修行人:2005/09/29(木) 18:36:12
>>176
中央公論の荘子・・・懐かしいですね。古代中国の実存主義と聞いてハッと思い出しました。
あれは昔初めて読んだ荘子の解説書でした。
あの時はまるで面白い小説に当たったように夢中になって読んだ記憶が有ります。とても暖かい文体でした。今も私の手元に有るのでもう一度読んでみようかと思います。

178 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/29(木) 19:07:52
漏れは岩波の荘子を読んだのだが、中央公論の荘子はそんな解説がついてるのか。

どなたか読み比べた方居ますか?

179 :修行人:2005/09/29(木) 19:34:34
>>178
すみません、言い方が悪かったです。岩波は原文の訳本で、中央公書は荘子について語った本です。まあ分析本みたいな感じです。

180 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/09/29(木) 21:54:46
>>179
そうなの。まあ、もう一度読むんだったら感想よろしく。
みんなに諮りたい記述とかあったら晒してね。

いい感じになってきたが、まだ200いってないのね。次スレはスレタイに「南華真経」と、
入れてくれと、岩波本を見て思たが早いな。

181 :考える名無しさん:2005/10/05(水) 17:35:38
万物は道の観点からみれば等価値なのである一つで物事の真実たる「道」を知ることが、充実した生を生きることだと考えた。
人はとかく是非善悪といった分別知をはたらかせるが、その判断の正当性は結局は不明であり、また、一方が消滅すればもう一方も存立しない。
つまり是非善悪は存立の根拠がひとしくて相対的であり、それを一体とする絶対なるものが道である。

このようにみれば、貴賤などの現実の社会にある礼法秩序も、すべて人の分別知の所産による相対的なものとわかる。
それどころか、生死ですら相対的である。 人は生をよろこび死をにくむが、生も死も道の姿の一面にすぎないということ。

182 :修行人:2005/10/05(水) 21:43:12
>>181
般若心経もやや表現の仕方が違うとはいえ同じ事を言っていると思います。

是緒法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減・・・・無無明亦無無明尽、乃至無老死亦無老死尽

とか。この辺大好きです。
空という言葉ももしかしたら「他との関係性のもとでしか存在できないので確かでない(つまり相対的)」と解釈できるかもしれませんね。


183 :十二使鳥:2005/10/09(日) 00:03:00
▲▲▲ 量の起源 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
人々は宇宙を途方もなく大きいものだと認識していますが、実は宇宙は
とても小さいものなのです。
 ネズミは人間から見れば小さな生き物ですが、ダニにしてみればネズミ
は大きな生き物です。そしてダニから見た人間は途方もなく大きなものな
のです。その途方もなく大きな人間も鯨から見れば尻尾の先でしかありま
せん。その鯨も・・・ 実はこの宇宙というものは神様の鼻くその一部でしか
ないのです。【我々人間は大きいものを大きいと認識して、小さいものを小
さいと認識していますが、果たしてそれらは真に大きいものであり、真に小
さいものなのでしょうか?】

【この世は有と無から成ります】
まず、何も無い空間。その空間には大きさも重さも何もありません。
全ての【認識は不可能】です。 (存在無し)
次にその何も無い空間に一点の有(物体、個体)をイメージします。
そこから【認識が始まり】ます。(存在)

184 :十二使鳥:2005/10/09(日) 00:05:11
無(空間)は有(物体)に働きを与え、有は様々な現象、実像を起こします。
一点の有には一方向の時間(無)という実体の無いものの働きにより運動
(有、変形)が起こります。
時間を宿した有はやがて二方向の実体のないものの働きによりAとaの
二点に分裂(有)されます。
Aとaの分裂は新たなる個々の時間の発生を意味しますが、同時に一つ
の全体の時間というものにAとaは繋がれています。

A★  ★ B★              ★
さて、AとBの星から星までの距離はAは→Bより距離が短く、Bは→Aより
距離は長い。といえますが、このAとBの量の違いは空間(無)の違いでし
かありません。しかし空間(無)そのものには量はないのです。何も無い空
間に二つの星(有)が存在することで、始めて量としての働きが生まれます。
重さ(地球と林檎)にしても同様で【量は空間(無)と二点(有)で決まります】

185 :十二使鳥:2005/10/09(日) 00:09:50
二点の内の一点(基準)は我々個々に存在しています。
その(人間)基準から見れば宇宙は間違いなく大きいものなのです。
 【我々人間は大きいものを大きいと認識して、小さいものを小さいと認識
していますが、果たしてそれらは真に大きいものであり、真に小さいもの
なのでしょうか?】この愚問には基準が存在していません。量の認識は
不可能。となります。
そしてこの逆が人間の言葉でいう【無限】です。基準は存在しても量を決
定するもう一点がないものです。
【無】は限りがありません。大きくも小さくもなく、広くもなく狭くもありませ
ん。しかし人間は量があるかのごとく無限【大】などとして形容します。
無限に大きいものは存在しません。分かる範囲のみが量として成立する
のです。つまり量は【有限】なのです。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
>>176 ちなみに大、小に関する俺様のコピペ

186 :十二使鳥:2005/10/09(日) 00:20:21
>>181
あいにく生、死、は相対的ではありません。
   
  ★老子 第42章  >>60        
道が一気【↑】を生じ、一気が陰陽二気【↑↓】を生じ、
陰陽二気が交わって陰陽冲和の三気【=】が万物を生み出す。
万物は陰気を背負い陽気を抱き、冲和の気によって調和を保っているのだ。

生死はこの老子第42章の一気に当たるもので、相対的なものは陰陽二気を
有するものです。

荘子は気が集まれば生。気が散れば死。
と、いうようなことを言っていたそうだが・・・

187 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/09(日) 08:13:54
>>183->>186うんこ発電器

たわ言を言って自分に酔ってないで、

・磁気は無。
・普通の発電器から電子と陽電子が発生している。
・電流は電子のところてん式でない。

ことを早く説明してくれ。

それとなあ、それとなあ、それとなあ、

1 0 0 万 円 返 せ 泥 棒 !

188 :考える名無しさん:2005/10/09(日) 09:02:20
↑おまえ馬鹿だろ?
ネタはひっぱるな、消費しろ

189 :修行人:2005/10/09(日) 16:12:42
>梅毒斎さん





















もう止めましょうよ (´・ω・`)



190 :& ◆LMRaV4nJQQ :2005/10/09(日) 21:27:40
>>189
それはむしろ十二使鳥に言うべき言葉だろ

191 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/09(日) 23:35:58
>>188
じゃあ藻前が見本を見せろ。出来なかったら藻前は「馬鹿と言う香具師が馬鹿」の見本な。
いくらネタ探しでも、こんな「読むと却って頭が悪くなる本」みたいな文章2回も3回も読めんわ。

>>189
でも、香具師が居なくなってからの方がいい感じになったじゃない。

>>190
多分漏れの方が話が解ると、心の底では思ってるんだろうね。うんこ発電器には何言ってもムダだとも。

192 :ねず公:2005/10/09(日) 23:51:54
>>183
というか、見る生物次第だよね。それは。だから、人間な自分達にとっては
やっぱり宇宙は大きいよね、うん。

でも、現状とかに行き詰まった時には思考の転換で凄く良い考え方になるよね。


193 :十二使鳥:2005/10/10(月) 02:52:09
修行人は気功にも興味があるようだけど
周天法では男と女では逆に気を取り入れた方がいいということを聞いたことが
あるが・・・

イザナミ(女神)は右回り、イザナギ(男神)は左回り、出会った所で
   性の営みをした。     古事記より

幼児を集めて実験をしたのをテレビで見たことがある。
用意ドンで、突き当りが左右に分かれるT字路を走らせたら女の子は
ほとんど右へ男の子はほとんど左へ走っていったのである。

現在風に言うなれば右脳と左脳でどうたらこうたらと説明するのだろうが・・・
男と女とでは気の流れが逆なのだ。

194 :考える名無しさん:2005/10/10(月) 03:00:12
>>193
寝言たれながす前に、せめて質問くらいには答えないと、
誰もキミの言うことなんか信用なんかしないよ?

195 :修行人:2005/10/10(月) 03:57:59

今思ったんですが、せっかく皆でこのスレにいるんだから、無理に、訊く→答える という方式にしなくても良いかと。別に「〇〇が質問に答えて行くスレ」って訳でもないし。
だから梅毒斎さんも十二使鳥さんが答えられないからといって責める必要も無いし、
十二使鳥さんの方も、「分からない」って言ったり、意見をどんどん訂正していったりしてもいいんじゃないですか?
難しい問題は皆で考えた方がいいし、無理に論破しなくても良いかと。スレが伸びるにつれて色んな人が来てくれるだろうし。(´・ω・`)


196 :考える名無しさん:2005/10/10(月) 04:01:33
↑以上、妄想ですた
↓引き続き、妄想です

197 :考える名無しさん:2005/10/10(月) 04:48:09
>>40 二酉くん、まだいたんだね。


198 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/10(月) 07:39:14
>>195
>梅毒斎さんも十二使鳥さんが答えられないからといって責める必要も無いし、

答えられないから責めてると言うより、
「人格攻撃+新たな謬論」で答えられたら、こっちも徹底抗戦せざるを得ないよ。

現に修行人さんほっといたら発電器から電子が発生してる、磁気は無、電流は
電子のところてん式じゃないと思うでしょう?私が折れたらそういう間違った知識が
広まってしまうんだよ?

199 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/10/10(月) 17:28:48
>>193
>>126で挙げた矢山利彦氏によれば、男は背中から頭を通って前回り、
女は胸、喉から頭を通って後回りとなるらしい。左右逆ではない。

200 :考える名無しさん:2005/10/10(月) 21:48:55
>十二使鳥さんの方も、「分からない」って言ったり、
それが言える人間と言えない人間とが存在するんです。

201 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/10(月) 22:39:15
>>200
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥ですな。
うんこ発電器も現実では「恥にいちゃん」で通てるのだろうか?

202 :考える名無しさん:2005/10/12(水) 02:12:21
>>198
確かに私は知識が無いので納得できます。また、「人格攻撃」をとっても、してはならない事です。しかしながら人格攻撃には完全に相手にだけ原因があるんでしょうか。とんでもなく性格が悪いんじゃない限りイキナリ最初から人格攻撃するはずもないですし。
結構相手の出方って自分の態度で変わること無いですか?
また、いくら人格攻撃されても、うんことか泥棒とか言ったら相手も態度を柔らかくする筈無いし、十二使鳥さんも自論を人格攻撃までして守る必要はも無いと思います。学問板の、それも荘子のスレにあるまじき空気つくることになりませんか。

それに、余りやり過ぎると、スレ建てした時に「皆さんの意見を交えつつ読んで行きたい」と言っておられた最近復帰された>>1さんにも都合が悪い知れません。

自分にアンチテーゼを示す人間こそが考える機会をくれて、本当の意味で為になるのだと私は考えます。お互い人間ですからね・・・・

捨己従人ってやつです。。

203 :考える名無しさん:2005/10/12(水) 02:31:00
右回り左回りの差異を生み出したのは人間の知覚。
知覚したものを意味付けし征服下に置くのは・・・

やはり人間の人間たる所以。
肥大した脳のもたらす働きで精神安定の為に必要。

わからないもの意味のないものを排除する。世界はわからないもの意味のないもので成立しているのに・・・

204 :考える名無しさん:2005/10/12(水) 14:45:36
>>186
知ったか野郎氏ねカス

205 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/12(水) 18:14:44
>>202
あなたの言うことは一理ある。しかし二理三理、九里よりうまい十三里・・・・・
冗談は置いといて、ちゃんと過去ログ見てますか?

>とんでもなく性格が悪いんじゃない限り
そうなんじゃねーの?
自分の謬論を突っ込まれて、それにちゃんと答えずに、人格攻撃してくるんだから。
こういうのを「自己愛性人格障害」というらすい。

>うんことか泥棒とか言ったら
・誰も言ってもいなければ聞いてもいないことを脈絡もなく言ったり、
・科学的な実験と観察を真っ向から否定したり、
したら、そう言われても仕方ないんじゃない?世間ではこういうのを「身から出た錆」と言う。

>捨己従人ってやつです。。
その結果がこうなんだが↓
71 名前:十二使鳥 投稿日:2005/09/21(水) 13:41:37
梅毒斎はエネルギーの意味をご存知で?
74 名前:梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. 投稿日:2005/09/21(水) 18:54:51
改めて聞かれても知らねーよ。十二指腸の>>70の説明聞いてもわかんねー。
とりとめがないんだよ。素人にも解るように筋道立てた説明出来ないのか?
78 名前:十二使鳥 投稿日:2005/09/22(木) 02:23:55
>>74
じゃあ破壊(オス)と建設(メス)で説明してみるかな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
梅毒斎は頭悪そうだからこの説明でもダメだろうな・・・

206 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/12(水) 18:19:09
>>202
>>205の書き込みだが、「>捨己従人ってやつです。。」漏れに対して言ってるんじゃなかったらスマソ。

207 :考える名無しさん:2005/10/13(木) 18:31:15
小学生の時読んだら死にたくなった

208 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/13(木) 19:46:43
>>207
どこらへんが?

209 :修行人:2005/10/13(木) 21:21:18
>>205 >>206

梅毒斎さんが妥協出来ない理由が分かりました。

手段を選ばず持論を守り通すことはいけない事ですよね。間違った知識を広げないように抗戦する事には確かに理があると分かりました。

理論を変更する事は結構勇気が要る事です。
でも学問をやるからには・・・・

210 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/13(木) 22:00:05
>>209
。・゚・(ノД`)・゚・。ありがとう。解ってくれて。

実は人格攻撃されたことには別に何とも思ってないんだ。「頭が悪い」以外本当の事でないしw
「>ソースは俺だ。誰かに認められたものでなければダメなのか?」が、一番腹が立った。
こんな科学的な実験と観察を真っ向から否定するヤツなど、哲学を語る資格はない。
追い出したいと思ったね。仏典で言う「難共語」だね。恵施もここまでムチャクチャ言わんかったろう。
それとか、「・・・定説です」が口癖の詐欺師が居たね。アレも想い出したり。

>でも学問をやるからには・・・・
特に、哲学というのは(現状はともかく)学問をリードする学問なんだから。

で、荘子ってそう言う人の息抜きみたいなもんだとおもうのよ。
専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。

211 :考える名無しさん:2005/10/14(金) 03:26:10
>>210
死ね

212 :1:2005/10/14(金) 22:04:30
「〜 故夫知効一官 〜 聖人無名」
故に知が一つの官職に効果を示し 行いが一つの村に合い 得が一人の君主に合い 才能が一つの国に表われる者が 自らを見ればこのよう(恐らくみそさざい)だ
宋栄子はこれを笑う そして世を挙げてそれを褒めても 努力するわけでもない 世を挙げてそれを誹っても 意気消沈するわけでもない 内と外のちがいを定めて 栄誉と恥辱の境を分けるだけだ
彼は世に対して 未だ心をわずらわせ無い 然りといえども まだ未完成な点がある
かの列子は風に乗って行く 冷然(軽妙)として善い 十五日後に帰る 彼は福をもたらすものに対して 未だ心をわずらわせ無い 行く(歩く事)を免れるといっても なお待つ所の者がある
天地の正に乗り 六気のちがいにのって 無窮に遊ぶ場合 それは何を待つというのだろう 故に至人は己が無く 神人は功が無く 聖人は名が無い

213 :1:2005/10/14(金) 23:06:34
窮髪之北 〜 聖人無名 までが湯が棘に問うた話と思われます

宋栄子は違いをはっきりさせることによって、心を煩わせることが無い。 みそさざいと鵬が違うように、私と他人は違うのであって、さらに違うからこそ比較することが出来ないものであって
他人からの評価と、自分の意見は実は何も関係が無いってことですね
「猶有未樹也」ってなんなんでしょうか。何が立って無いんでしょう。宋栄子のなにが未完成な点なのかについては、はっきり示されてません

荘子は対句が面白くて、とても平易な文章で、中国語なんか解からない私ですら名文に思えます



>183-186
十二使鳥さんの話は分かりにくいのでもう少し文章を分かり易くしてほしいです。
二方向の実体の無いものって、無に方向なんてあるんですか?空間が無で時間も無なんですか。

>210
>荘子ってそう言う人の息抜きみたいなもんだとおもうのよ。
専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。
この台詞では死ねって言われるのも当然かと。

214 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/14(金) 23:16:44
>>213
別にスルーするつもりだったから気にしてないけどね。

1さん的にはそう捉えたら悪いのかな?

215 :1:2005/10/15(土) 00:32:32
>>214
ええ、私も死ねと思いました

216 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 00:47:35
>>215
荘子ってそんな肩肘張ったもんでないと思うし、そう思うと全人格否定されにゃならんのか?orz...................

217 :修行人:2005/10/15(土) 00:52:41
>>215
横レス失礼します。

1さんにとって荘子とはどのような存在ですか?

218 :1:2005/10/15(土) 01:39:56
>>216
宋栄子を見習ってちがいをはっきりさせるべきです
荘子が専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな息抜きであることと
荘子が肩肘張ったもんでも無いという事は違いますし
死ねといわれる事と 全人格を否定される事は違いますし
単に頭の中で思う事と、2chの哲学板に一つしか無い荘子スレに書き込む事は違う事です

>>217
魅力的な本ですね、だいたいは天下篇に書いてある荘子評価と同じ意見です

219 :修行人:2005/10/15(土) 01:52:12
1さんは荘子に対して4コマとか息抜きとか言ってはならない、と考えられていると解釈するべきでしょうか?

220 :修行人:2005/10/15(土) 02:16:24
>>219

×考えられている
〇考えておられる
ちなみに>解釈するべきでしょうか?
の「解釈」の主語は私です。

読み返したら文の意味が違くなってしまっていました・・・訂正です。orz

221 :1:2005/10/15(土) 02:35:46
>>219
いいえ
ただ、自分にとってとても思い入れの深い、思想の本を、210みたいに言われたらどう思いますか?

222 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 07:14:09
>>218
>死ねといわれる事と 全人格を否定される事は違いますし

「全存在」と訂正しよう。

>>221
その思い入れを否定するつもりはないが、軽く扱われる事で、相手の全存在を否定
するのはおかすいと思う。
>>1
>みなさんの意見を聞きながら読み進めて思索を深めて行きたいと思います
と、ちょっと違うんでないかい?イエスマンの意見しか聞く気無いのか?
荘子を全否定して笑い飛ばす人間が来たらあなた死ね死ね団になるのかい?

223 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 07:42:12
>>218
>宋栄子を見習ってちがいをはっきりさせるべきです
>>213
>私と他人は違うのであって




私と1は違うことを先ずはっきりさせて下さい。

私も1とは違うことをはっきりさせて「死ね」と思ったことについてはもう何も言いません。

224 :1:2005/10/15(土) 13:38:38
梅毒斎氏はためしにパレスチナに行ってコーランや聖書を全否定して笑い飛ばしてきたらいいでしょう
それに、あなたは2chにおいて死ねという言葉が全存在の否定だと本気で思っているんですか?

「で、荘子ってそう言う人の息抜きみたいなもんだとおもうのよ。
専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。 」
からどんな考察を進めろっていうんですか?
じゃあわざわざ古典である荘子を読むのを止めて、わかりやすい4コマ漫画を読もうっていう考察ですか?

225 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 13:51:32
>>224
1氏は2chだから「死ね」という言葉が許されると言うメンタリティをおもちなんですね。
私は「死」という言葉を2chとはいえ軽々しく使えないメンタリティを持ってます。

>どんな考察を進めろっていうんですか?
別にスルーしてくれても結構ですよ。
>>218
>宋栄子を見習ってちがいをはっきりさせるべきです
>>213
>私と他人は違うのであって

ですから。

荘子を軽く扱われたら死ねと思うのが1氏
荘子をシャレと思ってるのが梅毒斎。

226 :1:2005/10/15(土) 14:21:35
私は「2chにおいて死ねという言葉が全存在の否定だと本気で思っているんですか?」と聞きましたが
「「死ね」という言葉が許されると言うメンタリティを持って」いる。などと言った覚えはありません
あなたは「と、ちょっと違うんでないかい?イエスマンの意見しか聞く気無いのか?
荘子を全否定して笑い飛ばす人間が来たらあなた死ね死ね団になるのかい?」
と言いました。この台詞は「自分の意見によって思索を深める事ができる事」が前提として必要です。
それならば、もっと明確な根拠を示して、きちんと筋道をたてて意見するべきです
「荘子ってそう言う人の息抜きみたいなもんだとおもうのよ。
専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。 」
このような台詞では、それについての明確な根拠すら解からないので、始めから
思索を深めるような事は出来ないからこそ、私は「死ね」と言われるのも当然だと言いました
さらに私は「荘子ってそう言う人の息抜きみたいなもんだとおもうのよ。
専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。 」
に対して「死ね」と思ったのであって「軽く扱われた」からではありません
現実に、「荘子ってそう言う人の息抜きみたいなもんだとおもうのよ。
専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。 」
という意見を目の前で言われたとしても、私は死ねと言うでしょう

227 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 14:39:20
>>226
まあまあ。ちょっと「踵で息」まねごとでも良いからやってごらん?カッカしてもツマンネーヨ。

>「荘子ってそう言う人の息抜きみたいなもんだとおもうのよ。
専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。 」
このような台詞では、それについての明確な根拠すら解からないので、
始めから思索を深めるような事は出来ないからこそ

それはすまなんだ。根拠はこのスレの過去ログで言えば>>36->>40当たりの議論か。
実際どこら辺だったか覚えてないが、墓泥棒や孔子VS泥棒の大親分、儒家の服装
の話とか、漫画的な話があるし。
また、今となっては古典だが、著された当時はそんなに言葉が難解なものでも
無かったと思う。シャレの分かる人は読んでおもしろがったと思う。

228 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 15:11:45
斉物論二(岩波文庫版を引用)に「大知は閑閑たり。小知はケンケンたり。大言炎炎たり。
小言センセンたり。」とあるが、普段恵施みたいなのとケンケンセンセンな議論してる
荘周のため息が聞こえてきそうだ。

229 :1:2005/10/15(土) 15:13:04
では、
まず墓泥棒や孔子VS泥棒の大親分、儒家の服装の話について、それが漫画的であるとはどういうことか
という点と
さらに荘子中に漫画的な話があることが、どうして荘子が「専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。 」ものである事という事について
それから
36-40の議論が、どうして根拠になりうるかという点
さらにどうして「シャレの分かる人は読んでおもしろがったと思う。」事が
「哲学というのは(現状はともかく)学問をリードする学問なんだから。で、荘子ってそう言う人の息抜きみたいな」事になるという点について
筋道を立てて話していただけますか?


230 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 15:44:18
>>229
>筋道を立てて話していただけますか?

え〜〜マンドクセー。

荘周も恵施とかとそんな細かい議論をしてたんだと思う。
そこでそれを半分揶揄気味に、また批判的に、また息抜きに
著したのが荘子。と言うのが、私の取り方。


>>筋道を立てて話していただけますか?
どうしてもというなら、ゆっくり筋道立てて説明するよ。今日はもうマンドクセーから
勘弁してくれ。

231 :1:2005/10/15(土) 16:06:14
いつでも良いですからついでに「荘周も恵施とかとそんな細かい議論をしてたんだと思う。」根拠と
「そこでそれを半分揶揄気味に、また批判的に、また息抜きに著したのが荘子」
であることの根拠もお願いします。
もしも、こういった皮相的な意見だけを吐き捨てていくのなら、やはり死ねと言われても当然でしょう

232 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 16:18:26
>>231
君の質問に答えるためには「出典」「典拠」を明らかにして一つ一つ理屈を積み重ねば
ならぬだろう?それをするのが仕事でもないのにマンドクセーんだよ。荘子にあるのは
確かだがどこにあるのかわかんねー。最初から探さねば。使える漢字もろくに無いし。

まあ、猶予くれるってんなら全部答えるよ。

233 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 16:35:25
>>231
>こういった皮相的な意見だけを吐き捨てていくのなら、やはり死ねと言われても当然でしょう

つーか、

>>218
>宋栄子を見習ってちがいをはっきりさせるべきです
>>213
>私と他人は違うのであって

と、そもそも矛盾しないか?

234 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 17:07:11
>>1
一つ聞きたい。君は正直私に出て行って欲しいかね?
「専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。 」
が、君的に本当に腹が立って「正直な気持ち、梅毒斎に出て行って欲しい」
と思った?

235 :修行人:2005/10/15(土) 18:09:13

私はまだ荘子を読み始めて二年ちょっとです。
取りあえず岩波の訳と分析本を四冊ほど読みました。

梅毒斎さんの4コマ漫画や息抜きみたいという見方には、確かにムッとするのは分かります。1さんの意見に反論は有りません。ですが、私の見方は示しておきます。

文が細かい塊に分割されていて展開が早く、古来奇文といわれるように軽やかでとりとめの無い比喩のなかで深い哲学をかたる荘子は、同じ哲学でも西洋の物とは違います。
以前スピノザに荘子と共通のものを見出だして『エチカ』を読んでみましたが、荘子に慣れた私にはとても文が堅く感じて読み難く、直ぐに飽きてしまいました。

また、論語や老子を読んだ時は、荘子って本当に粋な文章を書くんだろうと思いました。荘子だけはつい昨日今日書かれたような新鮮さでした。思想書にとどまらず、文学的価値が高い本だと言われているのも頷けます。

短い文章のブロックの中で奇文を巧みにあやつり起承転結を決める『荘子』は4コマという表現もありかな、と思ってしまいます。最低限の長さで結論まで持ってく4コマが別に低俗だとは思いませんし。

また、頭かかえて定義とか証明とか目的とか考え込んでる哲学科の知り合いでもいたら『荘子』を紹介したいですね(^_^;)柔らかく柔軟な心や遊び心は必要な時もあります。小難しい汎神論を語るより、「糞や小便にだって道はあるよ」と言ったほうが早いかも知れません。

なお、『荘子』は聖書やコーランとは違います。荘子は信仰心とは関係無く、絶対的存在の言葉ではありません。



236 :修行人:2005/10/15(土) 19:26:03
そういえばちょっと前に、古代中国の各派の思想が分かりやすく4コマ調に描かれた本が実際に出版されていたのを見た気が・・・

237 :考える名無しさん:2005/10/15(土) 20:50:14
    ムショク ナメルナ!

        パーン
 ( ・∀・)
  ⊂彡☆))∀・) ←>>234

238 :考える名無しさん:2005/10/15(土) 20:55:59
なぜテクストのほうが「そうじ」と読むの?

239 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/15(土) 23:24:11
>>235
荘子に目をそれだけ通したのなら、荘子に記述されてるから存在したことが伝わってる
恵施の黒白論とかご存じでしょう?あと、恵施の墓の前を通った荘周が「彼みたいな
香具師でも居なくなったら寂しいな」と、述懐する場面があります。黒白論の他にも
ゼノンのパラドックスを彷彿とするような時間論もありました。アレを論破するに荘周
はきっと神経衰弱になりかけたかも知れません。そんな荘周が息抜きに著したのが
荘子と言いたいのです。

240 :修行人:2005/10/16(日) 09:16:24
>>239
荘子には確かに他派との違いや記述や他派との論争を避ける立場を示す記述があります。
少なくとも、荘周の思想の成立は他派と無関係では無いと思います。論争に疲れ果て、或いは他派の絶え間ない論争を目の当たりにした事から、荘周は万物斉同の境地を見つけた可能性は多いに有ります。
また、彼を受け継ぐ外篇、雑篇の人々はかなり儒家に対抗する姿勢を見せています。


241 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/16(日) 09:36:48
>>240
1も>>239のように言ったのなら納得したのかな?漫画云々は砕けすぎか。

242 :修行人:2005/10/16(日) 09:41:58
>>238
儒家に曾子と言う人物がいて、その人やその人の書いた『そうし』と紛らわしいから荘子の書いた『荘子』をそうじと読んだ様です。また、これで人物としての荘子と書物としての荘子の区別が付く様にもなっています。

ちなみに荘子をそうしと読んでもそうじと読んでも、現代中国では同じ「チャン・ツ-」という読みです。昔は少々発音がちがかったかも知れませんが、やはり二つとも変わらないでしょうから、昔の人も混同する事は無かったかと。
現代では庄子と書きますが、この字でも読みは変わらず「チャン・ツー」です。

なお、曾子は「ツォン・ツ-」です。



243 :修行人:2005/10/16(日) 09:55:53
>>241
確かに私も>>239によって梅毒斎さん言いたかった事がはっきり分かりました。
言い方って難しいですよね。

244 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/16(日) 11:58:49
>>243
修行人さんが納得しても1氏が納得するかどうか。
そして筋道立てて説明する約束はしたしなあ。
そのためにパラパラと荘子みてて、はっきり言って「こんな作業やっとられん」と思た。
それで1氏が気持ちとして私に出て行って欲しいなら
「>皮相的な意見だけを吐き捨てていくのなら、やはり死ねと言われても当然でしょう」
で、構わんし>>234の答え待って出て行こうかと思うんだが。

245 :考える名無しさん:2005/10/16(日) 12:33:29
>>244
つまらん、おまえの話はつまらん!

246 :修行人:2005/10/16(日) 13:01:10
>>236でいった本は、立ち読みしたところとても面白かったんですけどね。

例を上げると、荘子が夢の中で髑髏と話をしてる場面など、荘子の中ではやや思い感じが部分です。
が、この本ではデフォルメされた荘子が髑髏に、お前さんを生き返らせてあげようか、と言うと、これまたデフォルメされた髑髏が頭だけ(髑髏だから当たり前ですが)で、
「ヒャー、トンでもない」と慌てて逃げ出す様子は、作者の画力のせいも有りますが思わずクスッと笑ってしまいました。

自由奔放に荘子を絵に変えて行く作者は、荘子は哲学と言うより、素直な気持ちで笑って天寿を楽しんで、悔い無く死んでゆく事を解くために『荘子』を書いたと考えたのかも知れません。

太極拳の世界でもこう言っています

「ニコニコしている人こそ、本当の意味で強い」

また、どっかの坊さんはこう言っていました

「笑って、笑って」






取りあえずこの本は探して見ます。

247 :修行人:2005/10/16(日) 21:26:53
>>246
×荘子の中ではやや思い感じが部分です
○荘子の中ではやや重い感じがする部分です

意味分かりません orz

懲りない自分・・・(TдT;)パソコン欲しい

248 :考える名無しさん:2005/10/17(月) 02:00:12
は?PC無いの?www

249 :修行人:2005/10/17(月) 02:58:18
>>248
PCというか、ネット繋ぐ金が有りません orz

250 :1:2005/10/18(火) 02:30:28
>>233
何が矛盾してるのかさっぱりです
あなたは宋栄子をどう解釈しているのでしょうか?

>>234
別にあなたを追い出そうとする戦略ではありません
本音を言いましょう
176で「いくつかの話を取り上げて端的に表そうとしている解説」が、あまり確かではないといいましたが
あなたの言説「哲学というのは(現状はともかく)学問をリードする学問なんだから。
で、荘子ってそう言う人の息抜きみたいなもんだとおもうのよ。
専門雑誌に載ってる業界や学問をネタにした4コマ漫画みたいな。」は
文脈を無視して語られる「いくつかの話を取り上げて端的に表そうとしている解説」
この生きた実例の一つに数えられる事であると、私がまともに批判するためには、
やはりちゃんと筋道と論拠をはっきりさせてもらわなければなりません
そうでないなら、死ねというか以下のような曖昧な煽りしかできないのです
---------
へえ?やっぱり根拠は言えないわけですね。そんなの元々無いんだからしかたないですよね。
だって自分の大まかなイメージでしか語ってないのだから。
そんなイメージだけで、荘子はあくまで哲学の付随物であって本論ではないとまでいうわけですか。
「「・・・定説です」が口癖の詐欺師」と大して変わりありませんね。まだ「ソースは俺だ…」の方がまだはっきりしてますよ
ちなみになんで哲学を語るのに科学を信仰しなくてはなんないのかもかなり謎ですが…
---------

>>235
「パレスチナ〜」は単に関係が似ているだけのだけの比喩でした。確かに誤解をまねくおそれもありますね
知北遊の「東郭子問於荘子曰 〜 彼為積散非積散也」は道について述べているかなり重要な箇所だと思います。
だからこそ寓話も上手く出来ているのではないでしょうか

251 :1:2005/10/18(火) 02:32:05
>>239
やはりあくまで荘子は息抜きにすぎないと言うわけですね

>>240
「他派との論争を避ける立場を示す記述」は荘子のどこに書いてあるんですか?
それから「彼を受け継ぐ外篇、雑篇の人々」こういう前提はおかしいんです
明治書院の新釈漢文体系の荘子の解説には
「一般に荘周自身の思想を最もよく伝えているのは内篇の部分であるとされ……
しかし、内篇にあっても、後人の付加と考えられる箇所があり、また、逆に外・雑篇の方が先に書かれたという主張もあるほど……」
とあります。だから外篇だから…とか、雑篇だから…とかいうのはあまり確からしいとは思えないんです。
ここは荘子本人が書いたものであり、ここは後学の者が書いた云々というような解説は、文献的な根拠すら浅い、勝手な解釈だと思います


252 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/18(火) 21:13:42
>>249
修行人さん、あなたとの交流は楽しかった。ありがとう。
太極拳がんばって下さいね。

253 :梅毒斎 ◆Xx4dmR0X3. :2005/10/18(火) 21:14:40
>>250
>あなたは宋栄子をどう解釈しているのでしょうか?

そもそもは君が「宋栄子を見習え」と言ったのだろうが。荘子で宋栄子が自他の違い
を認識することの重要性を説いてると言わせてる所を引いて。

宋栄子は、「他人の侮りを受けても恥辱じゃない、だから戦争を止めよう」と、説いた
人だそうだが、私も宋栄子を見習って2chでの侮りを恥辱と思わず、自分の心の
幸せのために逃亡することにしよう。

>別にあなたを追い出そうとする戦略ではありません

そうなのかも知れないが、私は君と対話していてさしのべた手を叩かれたような気分だ。

>へえ?やっぱり根拠は・・・・・・・・・・・しなくてはなんないのかもかなり謎ですが…

と、言う議論とは無関係な事を、

>以下のような曖昧な煽りしかできないのです

と、内容に一切反論できない仕掛けを施した上で発言する君の「心」はどうかと
考えると薄ら寒いものを感じる。

254 :1:2005/10/18(火) 22:15:48
>>253
どこが議論とは無関係なんでしょうか。私には関係がある事にしか思えません
曖昧な議論を避けるために区別したに過ぎないなので反論したければして下さい
そして根拠があるならちゃんと示して下さい
宋栄子について、結局何が矛盾しているのか解からないんですが…

255 :修行人:2005/10/18(火) 22:42:34
>>251
論争を避けるというのはやや主観の入った言い方でした。言い方が悪かったです。一応そう思ったもとになる記述は挙げておきます。

聖人は議するも弁(別)せず
聖人はこれ(道)を懐にし、衆人はこれを弁じてもって相い示す

大弁は言わず

ゲキ欠、王倪に問いて曰く、子は物の同じく是とする所を知るかと。曰く吾れ悪ぞこれを知らんと〜 の下り

若し我と若(なんぢ)とをして弁ぜしめんに、若我に勝ち、我若に勝たざれば、若果たして是にして我果たして非ならんか〜 の下り
(以上斉物論篇)

外篇、雑篇の人々が受け継いだ云々については、私自身成立については勉強不足なので撤回します・・・orz




>>252
私の携帯はパケット定額なので、一応大丈夫ですが・・・打ちミスには今後も気をつけますね(-.-;)

256 :考える名無しさん:2005/11/08(火) 22:33:07
万物斉同は無時間・無空間の上に成り立つ

257 :考える名無しさん:2005/11/09(水) 10:52:10
0点。もう一回よく考えな。

258 :考える名無しさん:2005/11/10(木) 01:20:39
>>256
東洋哲学に対してそんな言い方ないだろ。実際に生きて、生き続けて様々な発見や経験をしていく中で万物斉同という境地を究めるんじゃないの。

259 :考える名無しさん:2005/11/13(日) 01:22:18
無為自然は神によってなされる。

260 :考える名無しさん:2005/11/13(日) 23:24:14
誰がそんなこと言ったんだよ…。
大体それ無為じゃないだろ。

261 :考える名無しさん:2005/11/15(火) 12:02:07
/:::::::|/::::::::::|   ...|:::::|.i::::,,,---::::::::i:::::::i::::||:::iあっははは! なあに? この変なマンガ本の山は?
:|::::::::::::::::::::::i...ii  .i::::::ii::/.,,─-,,"ヽi:::::::i:::ii:::::|「おにいちゃん、もうダメッ……!!」って、何これ?
:i::,,-""""-::::i..i:i  |:::::::::::.i  .. i...i:::i:::::i:::ii:::::iあんた、いつもこんなの見て、その粗末なモノを一生懸命こすってるの?
i:i .,-""..ヽ::::ii:::i ..i"".. "..,,__丿ヾ:i::::i:::ii::::::|道理でイカ臭いわけだわ、このマンガ本。ページもガピガピだし。
i,,i |   ..|." ...i i         ...i::i::::ii::::::|どうせあんた、現実の女と寝たことなんてないんでしょう?
i::",,,ヽ ,,/   ii          ....i:::::i:::::::|こんな子供の裸見てオナニーなんて、人間として恥ずかしくないのかしらね。
::::::::""      i          ...|::::::::::::::i……あら、どうしたの。私に罵られて勃っちゃったわけ?
:::"        ..ヽ:::::::::::::      i::::::::::::::|幼女趣味だけじゃなくて、そっちのケもあるの? サイテーね。
ゞ        :::::::::.,,, --,,"    ,":::::::::::::|そんなサイテーなあんたは、せいぜいそこで一生しごいてなさい。え、何?
-".,,      --,,,"   ./    .,"::::::::::::::::l私にやって欲しいって? あっはははは、冗談でしょ? 私が? あんたのを?
::|::::ヽ       ."- .-"::::::::: /::::::::::::::::::::|誰がそんな汚いチンポに触ると思ってんの? 寝言は寝てから言いなさいよ。
::::i::::|:"--.,.,,,   :::::::::::::::::::::::::/:|:::::::::::::::::::::::iこうして見てあげてるだけで有難く思いなさい、ロリコン童貞!
::::::::::::::::::_,r-┤"--.,,,,,:::::::::::,-":::├、,:::::::::::::::::::lほらどうしたの。さっさと出せば? いつもやってるでしょ? あっははは!

262 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 01:57:54
あげ

263 :十二使鳥:2005/11/16(水) 04:03:15
荘子に比べりゃ分かり易いはずだが、、、おまえも変な奴だなぁ。

>無に方向なんてあるんですか?
とりあえず、無に方向といえるようなものはありません。ただベクトルで
考えると理解しやすかと、、、例えば熱気。熱気には実体といえるものは
はなく、有か無か、といえば無であり、方向といえるようなものはありません。
が、熱気は寒くなったり暑くなったりします。これをベクトル表示すると
寒い→暑い 寒い←暑い
となります。このベクトルを方向性といっているのです。いい方を変えると
陰気、陽気。のことです。
>空間が無で時間も無なんですか。
なまじ視覚で空間はこういうものだということを認識しているから空間と時間
を[無]という同じ扱いにしていることが理解できないのだと思います。
もし、目が見えなかったらどうでしょう?実体の無い空間をどのように捉える
のでしょうか?

264 :十二使鳥:2005/11/16(水) 04:05:08

>>263>>213のレス

265 :考える名無しさん:2005/11/18(金) 01:01:33
上げ

266 :考える名無しさん:2005/11/18(金) 13:59:43
真人と至人の違い教えてくれヨン

267 :十二使鳥:2005/11/19(土) 01:57:48
>>266
俺はどちらも使ったことがない言葉なので、
双方使わなくても困らないという意で同じ。
要は考えようでどうにでもなる。
じゃ、、、面白味に欠けるか。

イメージとしては   真人>至人  かな。
でも、これだけでは弱いので逆をつかってみる。
真人の逆は偽人。=嘘つき。もしくは、人ではない。=ひとでなし
至人の逆は至らない人。
よって、  嘘つき、ひとでなし>至らない人

作用が大きいほど反作用も大きいのです。
暑いの反は寒い。暖かいの反は涼しい。暑い>暖かい  寒い>涼しい

268 :考える名無しさん:2005/11/19(土) 02:09:04
老子のほうが格上

269 :十二使鳥:2005/11/19(土) 02:19:31
>>267
ほー。老子はもう少しセンスがいい答えを出したのかな?
ま、それもアリだろう。
要は考えようでどうにでもなる。 からな。

270 :考える名無しさん:2005/11/19(土) 22:33:10
>熱気には実体といえるものははなく、有か無か、といえば無であり、
>方向といえるようなものはありません。

おまえ正気か?
高校で「温度」とか「熱容量」とか習わなかったのか?

271 :考える名無しさん:2005/11/20(日) 21:21:54
スレタイと内容が一致していない

272 :考える名無しさん:2005/11/21(月) 14:21:47
>>267
知ったか乙wwwwwwwwっwっうぇwww

273 :考える名無しさん:2005/11/24(木) 19:30:03
>>267
あほ

274 :考える名無しさん:2005/12/01(木) 23:09:33
>>266
違わないんじゃない?
「至人」と「真人」は比較してないんじゃないかな。
「古の道人」や「古の人」、「古の君子」なんかも
似たような感じ。



275 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 01:56:45
>>274
正解〜
荘子はほぼ同じ意味で使ってる、あと神人なんかも

276 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 02:01:23
そういえば臨済さんも仏という意味で真人という言葉使ってた。

277 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 01:25:27
いや、俺の読んだ感じによると微妙に違う >至人と神人 でも解説書とかにはみんな大差ないとか書かれてる事が多い

278 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 19:25:14
どう違うのか説明してみろよ

279 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 21:04:23
ってか武術の道場なり寺なりに行って凄い人探して話しさせてもらえばいいじゃん。
現代の真人がいるかもよ。

280 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:32:08
逃げたかw

281 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 21:46:21
道を問いて而してこれに応うることあるものは道を知らざる者なり。
道を問う者と雖も亦た未だ道を聞かず。
道は問うことなく、問うも応うることなし。
   荘子 知北遊篇


道は知に属せず、不知に属せず。
知は是れ妄覚、不知は是れ無記。
若し真に不疑の道に達せば、
猶お太虚の廓然として洞豁なるが如し。
豈に強いて是非す可けんや。
   『無門関』  十九 平常是道


282 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 21:56:32
で?

283 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 16:26:58
荘子の哲学は『般若心経』に酷似していると思う。

284 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 22:52:40
じゃあ「般若心経の哲学」とやらを語ってみてくれw

285 :283:2005/12/11(日) 10:09:57
>>284
上手く言えんが、両者とも、「全ては一つ」と言おうとしてる気がする

286 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 14:51:19
そもそも「全て」の実在を否定してる般若心経と一緒にするのは無理っぽい

287 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 15:24:57
>>286
>一緒にするのは無理っぽい
荘子内篇でも物など無いと考える「無」の立場が最上だという記述が有るよ。

>「全て」の実在を否定している
無い、無いと言う般若心経だが、「空即是色」とある。これは、無と有の同時成立という解釈をする説も有る。
無に固執するニヒリズムとは違うと思われる。

主観だが、荘子もやはりどう読んでもニヒリズムとは思えない。

288 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 21:33:45
道=自然の巡り、四季のようなもの、人間も道と一になることが最上だ

289 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 11:03:51
それって自然外道(じねんげどう)・・・・・・

290 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 23:59:33
>>288
ほほぅ、なかなかやるな

291 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 01:16:47
>荘子内篇でも「無」の立場が最上だという記述が有る
>般若心経だが、無に固執するニヒリズムとは違う
つまり違うんじゃんw

292 :283:2005/12/23(金) 13:52:19
しばらく来れなかったが、せっかくレスを付けて頂いたので、取りあえずここでまとめて書いて見る。
哲学科でも無い素人の主観が入りまくった戯言だと思って適当に読んで欲しい。

東洋的な意味の「無」はニヒリズムでいう「無」とは違うと思う。
禅宗の坊さんの生き生きした様子を見ても分かる。般若心経にも「真実不虚」とある。
荘子にも、真人の事が大宗師篇に書かれているが単なるニヒリストとは思えない。
そこでは完全で極めた人のように書かれている。(真人は虚無どころか、「何か足りない様に見えるが全く充実してる」ともいうし)
臨済宗にも老荘色の強いこんな言葉がある「無相の相を相として、行くも帰るも余所ならず、無念の念を念として、歌うも舞うも矩の声」
仏教にしろ荘子にしろ、東洋では無い事によって、大切な物が「有る」んだろう。いい意味でいう無ってことか。
この辺り、西洋の論理学とは結構違うと思う。


思ったより長くなってしまった。申し訳ないorz

293 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 16:32:07
ある時、私は蝶になった夢を見た。
私は蝶になりきっていたらしく、それが自分の夢だと自覚できなかったが、
ふと目が覚めてみれば、まぎれもなく私は私であって蝶ではない。
蝶になった夢を私が見ていたのか。
私になった夢を蝶が見ているのか。
きっと私と蝶との間には区別があっても絶対的な違いと呼べるものではなく
そこに因果の関係は成立しないのだろう。
〜荘子〜


294 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 18:42:55
主観が入りまくった素人の戯言だな。

295 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 18:50:54
クロウトキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

296 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 17:33:20
あげ

297 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 02:39:22
そもそも中国では仏教を理解するのに荘子思想を援用したって話を聞いたが・・。
さらにそれが日本に入って来た現実を考えると・・。

298 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 02:42:22
>>297
・・・と?

299 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 02:42:54
つまり荘子が般若シンキョーに似ているのではなく般若シンキョーが荘子に似ているのでは?

300 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 02:54:49
>>299
サンスクリット原典があるから漢訳と比較してみたら?
岩波文庫なんかにあるよ。
ただ、伝来当時の、仏教をよく知らない人たちは
老子や荘子の思想を下敷きにして般若心経を読んだだろうね。

301 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 03:06:12
>>300
原典との比較は面白いですね。
何らかの影響はあったでしょうな。

302 :神社、仏閣版住人:2006/01/05(木) 18:42:18
『荘子』は昔読んでたけど、たまーに色即是空 空即是色っぽい記述が有った気がする。
自分が禅仏教に興味をもったのも荘子が関わっている。

303 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 11:53:05
禅寺の坊主どもは仏典並にに先秦諸氏を好むしね。
ま、漢詩の解釈は仏マンセーになってて無茶苦茶だが

304 :考える名無しさん:2006/02/12(日) 23:15:14
双葉山の木鶏についての逸話が荘子を洞察的にイメージするのに良い例だと思う。

305 :考える名無しさん:2006/02/13(月) 00:16:13
エヴァンゲリオンの『心よ原始に戻れ』という曲は見事に荘子の思想を表していると思う。

306 :考える名無しさん:2006/02/13(月) 07:28:59
なるほど。。。

307 :考える名無しさん:2006/02/13(月) 22:47:03
荘子のは外の世界と内の世界との調和のついて語っているもので..いわゆる、自然体であれと言うに尽きる...
そうなので、いわゆる直裁的な教訓的な色彩は弱く..一通り読み終わった後に”じわっと”腑に落ちてくるものが多い。
大宗師の中から...
以刑為体
以礼為翼
以知為時
以徳為循

308 :305:2006/02/14(火) 00:27:34
>>305に補足

おやすみ
すべてに一途すぎた迷い子たち
はかなさが希望(ゆめ)に進化する日まで

おやすみ
モラルに汚れていた指も耳も
この腕の中でもう眠りなさい

命は目覚めて時を紡ぎだす
自然の法則(ルール)にその身をまかせ
そして光が胸に届く
心よ原始に戻れ
(抜粋)

この辺りとか特に荘子っぽい(主観)
この曲を勝手に荘子のテーマソングにしてるエヴァオタで荘子好きの漏れですorz

309 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 02:16:38
あげ

310 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 07:15:10
仏教と荘子とは似ているが...本質的な違いがあると思う。
少なくとも 荘子は”教”とか”派”とか言った概念はまったくなじまないと思う...

311 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 12:50:30
出家とか在家とかも無いしな

312 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 16:38:05
主観的なイメージとしてだけど...
荘子はゆったりとした波...鳥とか虫の静かな声とかやわらかさを感ずる。
仏教はなぎ...静寂とかかたさを感じる。
...

313 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 17:25:50
読経、念仏とかお題目をあげるとか言う行為は荘子には似合わないよね...

314 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 23:17:37
ただ、禅宗の、日常動作を修行と区別せずに無念無想の三枚境で行う様子は無為自然にも似てると思う。

315 :考える名無しさん:2006/02/15(水) 07:04:42
無念無想の三枚境とは?

316 :考える名無しさん:2006/02/15(水) 12:53:51
ものを対象化しないこと。無心。

317 :315:2006/02/15(水) 21:31:32
>>316
なにか..リンクとかは無いのですか?
荘子は外界を閉ざしているような思想では無いと思いますが??


318 :考える名無しさん:2006/02/15(水) 23:44:36
>>317
本から得た知識や禅宗の坊さんから聞いた話をまとめると…

対象化するとしただけ視野が狭くなる。また、意識的に対象を掴もうとすると反って真の姿が見えない。
無限の視野をもち、物の真実の姿を見るには無心になることだ。

無の哲学ですな。
『荘子』にたしかこんなんが有った。

「耳で聞くな。心で聞け。いや、心で聞くな。気で聞け。」

319 :考える名無しさん:2006/02/16(木) 08:50:42
>>314 >318
禅における行いの事を言っているのでしょ? 
”三枚境”って検索してもヒットしないのだけど何処かに引用は無いのですか?

320 :314 316 318:2006/02/16(木) 15:24:45
レス多いなw

三昧→(さんまい、ざんまい)一体化
境→境地
(一体化した境地)

高校時代に読んだ現代文に三昧境という言葉が使われていた。
坊さんも「座禅三昧」って言ってた。

321 :考える名無しさん:2006/02/16(木) 19:03:30
そうか..特定した行為ではないんだな...了解。
荘子は修行した結果至ったかどうかは本質的な事でないと思うよ。
ましてや、根を詰めるとか、一心不乱に.**するって言うのは合わないね。
もっと、しなやかさを大切にしてると思うね。

322 :考える名無しさん:2006/02/17(金) 19:55:17
荘子は人それぞれの生活基盤についてはとやかく言わないね...
ましてや..坊さんとかいった、職業的な思想流布者は念頭においていない...
それぞれの生活の中での姿勢を語ってるに過ぎないと思うね...

うまくいけないかも知れないけど....
例えば。。力士において。。
部屋での稽古の仕方..基礎体力の付けかた..それは..それぞれ専門なのだから、科学的に取り組んでいるでしょうって事で..
しかも..本割での取り口も稽古の賜物だろうから..それもとやかく言う事でない..
荘子の語っているのは..いわば..何度か行う、仕切りの時の心の置き所を語っているって事だと思うんだけどね..


323 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 20:01:46
荘子の基本は..違ってるかも知らんけどね
その考えとか思想を..生活基盤にしてないって事だと思うね...
職業にしたとたん..濁ったものが出てくるとともに手段とか手法とかを求める一般大衆の要望に応える必要が生じるからね
っていうか..手段の容貌に応じれば..自分の生活を維持する手立てが見つかるからね...

日本の21世紀...必要なのは本音だよね...自らの肉体が必要とする生活基盤を維持する為に思想を捻じ曲げないことだね...

324 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 20:05:43
少々...観念的かね〜〜 後から補足するつもりだね...
俺は荘子の哲学こそ..21世紀の人類の直面する様々な課題に。。しなやかに向かう人類の唯一の態度だと思うけどね...

325 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 20:16:33
わかりやすいのは
”すべての事にこだわらない”って事だね....つまり本音って事..
健全の育った、健全に生活している..身体が欲する事に素直にって事だね..

326 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 20:20:26
自然に対し、素直に生活してる身体が感じるに勝る真実はないって事だね...
外界に対し開かれた感受性を持てたってときは...自らの感受性に素直になりなさいって事だね...
これが...全て...

327 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 20:22:31
一途に念仏するって類は...違うね〜

328 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 04:43:34
自然と放埒の混同を恐れて修行を説いたのが仏教?

329 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 09:48:12
こだわらないって言うのは、”守る”って事から心を開放する事だね...
身の安全、財産、名誉、家族、国家、その他の利害関係を”守る”って事だね。
守る事によって得られるものより心を広くした事によって得るものの方がかけがえ無いものだって事だと思う..
そのためには空間的には宇宙の立場で..時間的には無限の中で..
それが..無為自然って事だね....心も自然法則に素直に沿ってって事だと思う。

330 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 12:52:59

勉強になった

331 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 14:53:52
E.フロムは”精神の自由”をテーマにしているが..
俺は、仏教より、これが意味する事の方が荘子に近いと思う。
もっとも..フロムは禅に関心を寄せてたけどね..
ただ、少なくとも職業的ではないけど。

332 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 15:14:36
南宗禅では「意を起こさない」無念無想の中におのずからなる知があると説き、座禅修行さえ切り捨てたらしい。
仏教の中では荘子に最も近いかも知れない。

333 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 17:57:21
あるがままをすすめて行くと...自らの肉体とか精神を動かしている自然法則をこよなく愛するという境地になるって。
病気、5体の不自由な事、そして、死さえも...その時が来た時、それを愛し受け入れるって事。
なかなか、そうにはならないよね...

334 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 18:02:38
フロムは孤独とか不安を恐れ、そこから逃れようとする行為によって..精神の自由が失われる連鎖を起こすのだって言っている。

335 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 18:25:09
孤独の恐れとか不安というのは..集団とかあるいは自らの経験とかで予測可能な範疇に自らの肉体や精神を閉じ込めたいと思うところから発生するものって言っているんだと思う。
つまり、空間とか時間を限定した範囲に留めようってって事か...
それが..多分..生体の安全とか子孫の繁栄にとって...必要って感じるメカニズムがあるんだろうね...
そこに...もっと大きな自然法則との間にアンバランスが起こっているんだって言っているんだとおもう...
そして..個個の生体の安全を促すままに行動すると精神の自由が失われていくんだって事を言ってるんだよね。

卑近な例では会社の為に...法を犯してしまうってやつだね....



336 :考える名無しさん:2006/02/20(月) 00:03:20
荘子の根本は「万物斉同」だから、これを理解できなかったら
荘子は全く理解できない、と般教の先生が偉そうに言ってた。

337 :考える名無しさん:2006/02/20(月) 00:13:10
…かなり良スレになって来た。哲学板はこうでなくちゃ。

338 :考える名無しさん:2006/02/20(月) 15:02:13
あげ

339 :考える名無しさん:2006/02/21(火) 12:48:14
荘子を東洋の実存主義と言う人がいる...
しかし、西洋における実存主義は ルネサンス、産業革命を...
合理主義、実証主義のあるいは弁証法等の成果を体験してきた上に思想が成り立っている。
荘子はその点についての弱さと言うか、曖昧さが欠点と言えなくもない...

340 :考える名無しさん:2006/02/21(火) 14:49:49
あの縦に細長い緑の表紙の本か。
俺も読んだことがある。


どちらかというと西洋人で荘子に近いのはエピクロスやスピノザあたりだと思う。

341 :考える名無しさん:2006/02/22(水) 09:41:27
西洋実存主義との対応を述べているのは、福永光司だ。
ちょっとしつこい感じがするけど...
徳間書店の 荘子は原書を素直に訳しているのに留めているので読みやすい。
その他 大濱皓の 荘子の哲学...
安岡正篤は双葉山と木鶏の逸話が有名らしいが、まだ読んでいない。

全体的なイメージとしては..調和感があるんだけど...
批判的に読むのが結構辛いんだよね..


342 :考える名無しさん:2006/02/22(水) 13:36:12
青い背表紙の講談社学術文庫『老子・荘子』はGJだった。
訳は岩波が好きだな。

343 :考える名無しさん:2006/03/10(金) 23:47:16
『荘子』なつかしいなあ。
高校の頃徳間書店のを読んだ。
インキリムシ(漢字忘れた)とか、「無用の用」とかね。
でも「荘子の毒」に当てられて、なんでも相対化すればよいと思ってしまい、
一時期無責任になってしまったなあ。
それから、荘子と仏教を同一視することもできるけど、
中国仏教ではその後「空」と「道」とは違うことが認識され、
道家思想で仏教を解釈することは格義仏教として批判されたんだよね。



344 :考える名無しさん:2006/03/25(土) 02:01:54
荘子は世俗的価値観を捨てよと言ったが
その方法を導くには至ってない
仏教は世俗を離れる「方法」まで説いた
というのが両者の大きな違いのひとつでしょう

345 :考える名無しさん:2006/03/25(土) 02:05:10
>>344
もしかしたら荘子はもとから何でもこなせる器用な人間で、釈迦は不器用な人間だったのかもしれない。

346 :考える名無しさん:2006/03/26(日) 01:43:42
お金にも名誉にもならない思想をこれほどまでに作り上げた彼の活動はえらいと思います。
儒教的価値観についていけなくなった人を救うためだったんでしょうか??

347 :考える名無しさん:2006/03/26(日) 18:13:17
>>346
荘子はむしろ孔子の晩年の思想の継承者ではないか、
という考えもある。(白川静 孔子伝)
孔子と顔回の対話なんてのも多いし。

348 :考える名無しさん:2006/04/19(水) 23:27:43
荘子ってイイ。
全てを捨てているようで
実は全てを受け入れている。
ストア派ぐらいしか匹敵できる思想はない。

349 :考える名無しさん:2006/04/24(月) 21:27:27
あげる。

350 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 02:04:21
>>348
つ 仏教
つ スピノザ

351 :考える名無しさん:2006/05/10(水) 05:28:12
あげ

352 :考える名無しさん:2006/05/15(月) 18:32:01
空と道とは同じなのかな?
佛教に詳しい人教えて?

353 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 03:31:05
空と玄が同じだと、教えられたことがある。


354 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 03:33:04
老子も荘子も人生の生き方については悩んでない。

355 :FETI:2006/05/21(日) 20:48:20
基本だね!

356 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 20:56:03
荘子はいいんだけど老子は下らない

357 :野狐:2006/05/21(日) 21:52:19
>>135
禅宗の訓話に、道家の道・儒家の礼・仏の法の三種を持ち禅とすると言うのがあったはず。


358 :FETI:2006/05/21(日) 23:36:03
正しく、野狐さん流石!

359 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 01:02:50
初めて来たが、前半に壮絶なバカが一匹いるな。
ちょっと眩暈すら感じたw

360 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 07:22:18
仏教に近い。時代から考えて最初に仏教があって、それが中国風に変容したのではないか。


361 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 13:46:33
>>360
無茶なことを言われますね。仏教が中国に入ってきたのは後漢ですよ。

362 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 04:25:26
>>361
晋の法顕上人が最初だと思ってたが、後漢にすでにあったんですかね。

363 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 10:40:04
>>362
65年に劉英(楚王英)が仏を祭ったという記録があるはず。

364 :考える名無しさん:2006/06/05(月) 05:58:26
荘子雑編の最後の、道家のまとめと批評の章については皆どのように考えているのかな
特に、荘子>老子って考えの人は。
俺はその雑編の章の考え方に共感しているんだが、
すごーく乱暴に言ってしまうと
荘子ってのは、なんでもかんでも相対化して、なんでもかんでも曖昧
老子ってのは、現象界は相対化する、でも現象界と玄の世界の区別はつけて、ひたすらに玄に寄り添っていく
みたいな感じ

てかさあ、随分一括りにされてるけどさ、普通に両者で道をどのようなものと考えているかが明らかに違うよね。

365 :考える名無しさん:2006/06/06(火) 21:47:46
老子はルサンチマン的といったらいいかどうなのかわからないが
逆転の発想が目立つ。

荘子はそれに比べると考えていること自体が
突き抜けているというかなんというか。
道は糞小便にもあるなんていうのを見るとそう思う。


366 :考える名無しさん:2006/06/07(水) 01:47:48
>>365
汎神論だね

367 :考える名無しさん:2006/06/07(水) 07:01:13
>仏教が中国に入ってきたのは後漢

資料が少ないので断定はできない。順序からいえば仏教の方が早いので、その影響で老荘ができたと考えた方が自然だ。

あまりにも発想が似すぎている。


368 :考える名無しさん:2006/06/07(水) 07:05:57
↑仮説ありきで根拠を探す馬鹿

369 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 01:17:41
先に仏教から入った人VS老荘から入った人

って感じ。

どっちだってかまわないじゃない。

370 :考える名無しさん:2006/06/09(金) 00:47:44
荘子の哲学はは仏教と似ていると言われるが、荘子には特有のしなやかさというか、
のびのびした感じがある気がする。
仏教には苦悩とどう向かい合っていくかを重視する傾向があり、
自己との戦いや、時に悲壮観も見える。

自分は仏教徒だが、荘子は仏教の目指す境地に全く別のルートで到達しているようにも見える。
仏教は色即是空と言ったが、荘子は胡蝶の夢と言う話で鮮やかに、空を表現した。
また、身分別、無我、無心の一念も生じない「無」の境地をありのままの自然にゆだねる事だとといた。

あらたに視野を広げてくれる荘子の言はどれも新鮮で魅力的である。
もしかしたら荘子を通じて仏教を学んでいるのではなく、
荘子に近づく為に仏教を学んでいるのかも知れない。

…いや、正解は両方だろう

371 :考える名無しさん:2006/06/09(金) 17:12:30
>>356>>365
同意
しかし欧米人は荘子より老子に注目する人が多め
仏教というと創価に行ってしまう的な残念さを感じる
俺は荘子の文学性や知の泳ぎ方に学びたい
>>370
俺はキリスト教にも仏教にもイスラム教にも敬意を表しているので(それぞれ危険性はあるよ勿論)
仏教徒を名乗る必要を全く感じていないが、とても共感した
あ、宗教として一括りにするかはおいといて、儒教や道教やユダヤ教はあまり好きくないです…

ちょっとスレ違いでしたね

超有名どころだが一応張っておく↓
ttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0726.html

372 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 00:47:10
仏教と一口には言えないと思う。
仏陀の考えなら、「スッタニパータ」「ダンマパダ」を読みましょう。
中村元先生がパーリ語から直接日本語に訳してるよ。
こういうのが読めるようになったのは、なんと昭和に入ってから。
それ以前は中国経由で仏教が入ってきてたわけだから、
一般的に日本人が仏教と思っているものは、当然、儒教、道教が混入しているよ。
加地伸行先生なんかは、日本人が仏教と思っているものは、
ほとんど儒教じゃないかという説を展開している。




373 : :2006/06/10(土) 18:00:48
荘子は教えとか戒律とかあるいは宗派とか言ったものとは全くなじまない。
しかも、檀家とか葬式の為の儀式の為のなんだとかいったものとは程遠いと思うよ。
あくまでも..この世で意識をもって居るときの心持の話なんだね。
極楽とか、49日で魂がどうのとか、輪廻とかって思想とは全くなじまないと思うね。
仏教ってのは言ってみれば世俗受けし、職業になってしまってるって思うね。


374 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 18:28:36
こんなステレオタイプは久しぶりに見た

375 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 22:07:00
別に仏教の肩を持ちたいわけではないが、
荘子と比較したいなら、シャカとかナーガールジュナではないのか。


376 : :2006/06/11(日) 09:24:23
どうしても、類似性と言うなら...
中国では”受容、あるがまま”に代表される老荘思想があったので..
仏教の考えが比較的受け入れやすかったって程度だと思う。
考えは近いって事を言いたいのだろうけど、現実問題として、散見される群れて、力入れるてるのとは全然合わないね。
それに、荘子は 菩提樹の下で瞑想して到達したものとは程遠いと思われ..

377 : :2006/06/11(日) 09:30:09
>>372
それに、儒教と老荘思想は正反対と言っても過言で無いほどだよ。

378 : :2006/06/11(日) 11:22:08
荘子には”木鶏”言うのがあるが
沢山あるお経の中にそういう類のものはあるのかな??

379 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 13:11:15
仏教や荘子のような厭世虚無思想が東洋の没落を招いた

380 : :2006/06/12(月) 14:03:14
>>379
それは、買いかぶり どちらにしろ国家単位で文明の進歩を決定的に左右するような影響力は無かったね。
大体が何をもって没落というと言っているか理解できないが。
慮って想像するに..弁証法とか合理的精神、産業革命とかが何故東洋で自発的に起こらなかったかって事を分析する事だね。
これはひとつのテーマになると思うけど..何せ、日本には合理的に思考を深めるのに必須な文字も無かったんだから。
それに、虚無とか言うけど、大衆仏教は結構エネルギッシュな歴史があるんだよ。
荘子は、生活の為は当然ながら身を委ねないとならない機械文明、経済第一主義の近代社会の中で心の軸足を得るひとつの方法だと思ってるね。
どんなものであっても身近な生活と相容れないわけではない...霞を食う方法といている訳ではないね。
心の持ちようって事だね。 

381 : :2006/06/16(金) 07:28:47
>>379
以前に >>329 とか >>335 でレスした事だが、
荘子は現代社会で活動して行く際に失いがちとなる心のバランスをとる意味を語り、
しなやかに生活している知恵を示唆していると思ってる。
決して厭世的ではないし、むしろ、生きる勇気を与えてくれているとすら思える。
”静か”ではあるけどね..


382 :考える名無しさん:2006/06/18(日) 04:21:10
あけ

383 :考える名無しさん:2006/06/20(火) 17:07:52
講談社のマンガは出来が良かった
蔡志忠の絵の飄々さと、元来が短編集的な荘子との組み合わせは、本当にしっくり来た

384 : ◆KjLLUs/IFY :2006/06/20(火) 17:17:07
久米仙人よろしく。

      謝謝

385 :纏足 ◆SAdR5Pbfjk :2006/06/20(火) 17:59:44
>>384
http://homepage3.nifty.com/hakuhou/kume.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E4%BA%BA

http://home.att.ne.jp/wind/pei/my/2003/1018/1.html

参考にどうぞ。

386 :FETI:2006/06/20(火) 18:13:47
あげ

387 :考える名無しさん:2006/06/20(火) 18:48:13
ここで、一旦CMです。
http://www.sharpheel.com/english/pages/ourgirls/shiqian/Sq.jpg

http://www.chinaheel.com/cgi-bin/highheels/onepic.fpl?v=g05&p=04

388 :考える名無しさん:2006/06/21(水) 22:32:48
斉物論
何が正しいの正しくないのと論じたところで決着のつくものではない。
いっさいの対立をおのずからなる差異のまま受け入れて、自然のなりゆきのまままかせておくことこそとらわれぬ自由というものではなかろうか。
正しいの正しくないの、然りの否のといった判断が絶対のものでないのにそれに固執することの無意味さを悟り、いっさいをあるがままに受容することだ。
生死を忘れ、是非を忘れて、無窮の世界に逍遥しようではないか。そうすれば、無限に自由な境地を獲得できる。


389 :考える名無しさん:2006/06/21(水) 23:08:18
>388
さらにその境地から現実世界に降り立つことがGOALと思われ。
その無限の境地にとどまるだけでは道半ばだ。

390 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 00:32:41
相対の世界を超えたと喜んでいたら、
現実世界の相対世界(無限の世界)に来ただけだったということね。

391 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 00:41:29
荘子「斉物論」
夢の中で歓楽をつくした者が、一夜明けると辛い現実に声をあげて泣き、夢の中で泣き悲しんだ者が、一夜明けるとけろりとして猟を楽しむこともある。
夢を見ている時は、それが夢だとは気付かない。
夢の中でさらに夢占いをすることさえあるが、目覚めてはじめて夢だったと気付くのだ。
人生にしても長い夢のようなもの、真の悟りに到達した者だけが、その夢であることに気付くのだ。
だがおろかにも人々は目覚めた人間をもって自任し、小知をこれ見よがしにふりかざして、何が貴いの何が賎しいのと論じたてる。
まったく、救いのない連中だ。
孔丘にせよ、お前にせよ、みな夢を見ているのだ。
いや夢だといっているこのわたしでさえ、例外なしに夢を見ているのだ。
こういえばさぞかし奇怪千万な意見ととられるだろう。
わからないのが当り前、この説を受け容れてくれる大聖人は、数十万年にひとり出るか出ないかというところなのだからな。

392 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 01:15:11
しゃ〜り〜し〜、
しきふ〜い〜くう
くうふ〜い〜しき
しきそくぜ〜くう
くうそくぜ〜しき…

393 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 01:26:38
>391
長々と言葉を尽くすところからして現実世界からの逃避そのもの。
無意識の合理化。
あなたの夢の世界を持って現実世界に出ておいで。

「まったく救いようのない連中だ」と現実を否定する。
これが万物斉同とはいかに?
あるがままを受け入れるとはいかに?

394 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 01:32:30
173 名前:馬鹿は晒しておくに限る :2006/06/22(木) 01:16:04
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1148229635/143

395 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 06:38:49
価値の相対から抜け出れば、それだけでオッケー
では、無窮の世界に逍遥してはいるが、現実の煩いから十分逃れられているとは言えない
荘子の限界なんだって
それを超えてるのが老子ですよ
なぜ雑編の最後のヤツを皆読まないかねぇ?
現代社会で辛い目あって、荘子読んで、モノの捉え方が広がりました、チャンチャンっと
大変結構なことだけれども、
道というすべてを包括する思想・生き方など混ぜ込んだ何か究極的なものってのを少し突っ込んで考えてみようって気にはならんのかと


396 : :2006/06/22(木) 07:51:14
それほど、人生枯れてないんだよね。(笑)
ずれているかも知れないが、仙人の境地になりたいと思うにはもう少したってからかも。
それに ”道”を強調されると..また、宗教とかオカルトがかってきて、本能的に拒否反応がね。
大切なのは、感性を素直に、心に関する事はあまり力入れない、ひとそれぞれって事...

397 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 18:28:26
荘子「列禦寇」
知巧を弄する者は、身心をすりへらすだけで何の得るところもなく一生を終える。
だが無能を自覚した人間は、いっさいの欲求から解放され、腹を満たすだけで満足して気ままな生活を楽しむ。
波のまにまに漂う小船のように無心になりきって、自由な境地を逍遥できるのだ。

398 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 18:57:33
エゴイズムの哲学だよね。
漱石さんみたいに

399 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 19:55:49
396みたいなの多いね、哲学板なのに
枯れてないんだったら、なぜ哲学板なんて覗いてるんだと、しかもわざわざレスまでくれて
哲学なんて暗い世界ほっといて、普通人生楽しんどけばいいんじゃねぇのかと
行動の自己矛盾にきずいてるのかね、こうゆう人は

道は荘子だろうが老子だろうが、思想のコアであるのは明白
強調しないで本質には触れられないと思われるが
あと宗教の道教の話じゃないからね、あくまで思想の老子・荘子の話
道はまあミステリアスだけど、それがどうゆうものか考えることがオカルトか?
仙人修行始めるとかとは次元の違うことだろ

400 : :2006/06/22(木) 20:55:37
>>392
その様に力をいれるところが
私が、荘子から受け止めた事との大きな乖離を感じてしまうのですね。


401 : :2006/06/22(木) 22:01:57
アンカーの間違いでした。
>>392 → >>399

402 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 22:06:44
よりよく生きるのが目的だからね
エピキュリアンもいいけど物事をかざらず純粋に
ありのままに受け入れれる人になりたい
頽廃的な快楽主義には走りたくないな

403 :考える名無しさん:2006/06/23(金) 00:43:42
深層において
「万物斉同」を幸せになるためのツールとしていることに
気づかない・気づきたくない人は多い。

404 :399:2006/06/23(金) 05:20:15
>>401
反論してみたら、一切の噛み合うコメント無しで、「私とは感覚違う」で一蹴
こっちこそあなたとの感覚との乖離に大変驚愕しますよ
繰り返すけれども、荘子を現代社会の癒しツールとして使うことは大変結構なことだ
哲学板なんで、そこで止まらないでもっと突っ込んでみないと提案しただけなんだが
これが力んでることになるのかねぇ、力んでると言えなくはないが、神経質ではないの?
荘子を単なる癒しツールにしていることに気づきたくないってのは、
癒しツールを自分で真摯に思索したとでも思い込みたいのか?、薄っぺらい欺瞞だな

さらに、荘子の力入れない生き方ってのは、
価値の対立をさせない>争わない>力む必要がないってことなんだが
俺の言っている事に反感があるとか言ってたら、即、価値の対立を引き起こしているよ
自分の感受性に閉じこもることが、あなたが荘子から学んだことなのか?

405 : :2006/06/23(金) 05:38:52
>>404
>哲学板なんで、そこで止まらないでもっと突っ込んでみないと提案しただけなんだが

そう言わずに、まずは自分で具体的な例をあげて突っ込んでみたら..
出来ればなるべく身近な事例の方が薄っぺらは私にも理解しやすいのだが...
荘子はまさにその様な記述なんで..俺も”なんとなくって言いたいのだろうが”腑に落ちるところがあるんだわ。

ところで、ブラジル戦を見てるのかい..どうも後半は一方的だね。

406 : :2006/06/23(金) 06:51:12
>>404
きわめて一般的な事だけど、東洋哲学と言うか思想は、論理性に弱いね。
そういう中で、理屈っぽいことを持ち出すのは、危険だって事を感じるね..私は。
弁証法をルーツに持つ西洋哲学ほど、純粋な批判精神をもって読みきる事は私には出来ないね。
自然と前頭葉の手綱を緩めているんだわ...
衆知のとおり、東洋思想の特徴は、全体性、感性、生活している人の身体で感じている事との符合が高いって言う事だね。
それが、あるがままとか、受容って言う事とつながるのでは無いかと思っている。

これは..個人的な捉え方と言う事で結構だけど...なぜ、オカルト的な危険性があるかって?...
この腑に落ちたものをして..頭の中だけで..あるいはあちこちから都合の良い事をつなぎ合わせて
理解を深めようって事自体が問題なんだね...
アプローチとしては、いわゆる賢者の生き様をアプローチして行くって事がしっくりくるんだね..しかも、できれば近い時代が良いね。
東洋哲学の研究を重ねている人に対し失礼あたるかも知れませんが...

それをもって ”薄っぺら”と言ってるのかな〜
貴方も自分に気づいた方が良いよ....

407 : :2006/06/23(金) 06:52:36
さて、朝飯を食って..今日の生活が始まる...

408 :考える名無しさん:2006/06/23(金) 14:53:30
古の真人は踵で深い呼吸をする。
現代の浅はかな人は肩で浅い呼吸をする。

というのが面白いと思うたよ。

409 :考える名無しさん:2006/06/23(金) 17:15:20
ひとつひとつの薪は消えてしまうけど
火は永遠に燃えつづけていくんだ
ていうのが気にいった
養生主ね

410 :あゆ:2006/06/23(金) 17:26:44
素敵に感じるのは私だけでしょうか??
http://page2.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/b67268943

411 :方丈記:2006/06/23(金) 18:29:43
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人と栖と、またかくにごとし。


412 :考える名無しさん:2006/06/23(金) 19:21:38
角煮?

413 :399:2006/06/24(土) 02:36:18
本当に噛み合わないね、ひたすら自分の考えばっか、俺のコメント読んでレスしてくれよ?
もう語る気も失せるが、いわれっぱなしもなんだから書き込む
まずちょうど荘子が現実世界から逃れられてないってテーゼが>>393に出たから、
それに関連し雑編の最後とか皆どう思ってんのかなっと書き込んだわけだ
んで、>具体的な例をあげて突っ込んでみたら
具体的じゃないが、雑編の最後を議論の先駆けとして紹介している
これは、道家の思想史のまとめとそれぞれの道家の批評って内容
というわけで、西洋哲学ばりの精緻な思考なんて要求してない(できたらいいが)、老子と荘子の道を比べるだけでもなかなか有意義だと思う
もっとラフな意味で「考えよう」と言っている
んで、こんな風にちょっと考えることが常識的にオカルト要素含まないと

東洋思想を西洋哲学ばりに批判することは都合の良い事をつなぎ合わせて理解を深めようって事になると、賢者の生き様をアプローチして行くって事がしっくりくると、
欺瞞のための論理ではなく、純粋にそのように考えていることを「薄っぺら」なんて言っていない
癒しツールを自分で真摯に思索したとでも思い込みたくて、そのように考えているなら欺瞞であると指摘しただけ
>貴方も自分に気づいた方が良いよ
俺は本当に大それたことは言っていない、凡人がちょっとした提案をしたに過ぎないと思っている
何に気づいて欲しいんだい?

あと、次もこっちの議論を真っ向無視したレスつけたなら、それに対するレスはもうしないんで
文字通り、話にならない

414 :考える名無しさん:2006/06/24(土) 04:29:55










415 : :2006/06/24(土) 10:17:20
袖触れ合うも他生の縁、土埃、舞い上がり、再び地に帰す。

416 : :2006/06/24(土) 18:49:37
シベリウス交響曲第2番
峡谷、雪を着ている森、木々、そして、静かにたたずむ北の海..
いのちを持っているがごとく、身体の内面にあるものへ語りかけている...
呼応して、あせり、構え..身を強張らせる事が無く、議論に振り回されない.
ちょうど太陽を周回するごとく、自由にではあるが、
自然の摂理に逆らうことがなく、しなやかにな心が沸きあがろうとしている事を感じる。


417 :考える名無しさん:2006/06/24(土) 23:57:09
EUフォードの車
一見してどこにでもあるような地味なデザイン。
だがシンプルな中にもどこか凛とした美しさが漂う。
走らせれてもごく普通の実用車と思いきや、
しなやかにして重厚な足回りと軽快で安定したハンドリング。
凡庸な中に光る非凡な性能。
静かなたたずまいの中に包含された無限なる躍動。
実用を超越した実用車。
ある自動車ジャーナリストに
“宇宙一のハンドリング”と言わしめた車。
違うのです。
“ハンドリングが宇宙そのもの”なのです。
EUフォードに宇宙を感じているのは僕だけではあるまい。
それもそのはず、
EUフォードの車両開発コンセプトは“TAO”。



という夢を見た。

418 :考える名無しさん:2006/06/25(日) 14:02:19
ジャーナリストなんてもっともらしい適当なことしか書かない

419 : :2006/06/25(日) 17:24:38
西洋の分析的な哲学において...
構造化と言うのがあります。
これは、自分の認識において...周り(自らが知覚するもの)を価値あるもの、そうでないものを分けて行く行為です。
賛成も反対もしません...
しかし..この行為を行う事によって、自己の存在感が高まるのはどうも確かなようです。
しかし...それは相対化、刹那的な逃亡ではないかと思ってしまうのですね。

そうは言いながら...殆どの経済活動は価値あるものとそうでないものを区別する行いなのでね..

420 :考える名無しさん:2006/07/01(土) 13:01:02
age

421 : :2006/07/04(火) 21:16:51
昨日、今日の話題として ”中田”の引退表明と ”ヤギ、トーレス”の判決がある。
荘子は、この様な話題と一切関係ないのだろうか??
荘子はもともと..歴史的に持て遊ばされた、庶民の生活から生まれた思想を受け止めていた。
荘子を大切にする人は、いずれの話題にしろ、いわゆる、世間相場とはちょっと異なった受け止め方があるとは思うが。


422 :考える名無しさん:2006/07/05(水) 01:27:36
関係ないといえば関係ない。
関係あるといえば関係ある。

423 : :2006/07/05(水) 07:37:18
中田は相対的な価値観とは違うところで自分の道を選んでいると思える。
そして、それが、可能性の段階でしかないものに、ひとかたならない努力を注ぐ事ができている。
静かで持続する信念が伴わないと出来ない事だと思う..
その様子が荘子を読んだ時の心持と共通性がある事を感ずる。

集団の中で生活している人間にとっては ”まだ充分通用するのに勿体ない”と言う反応を起こすのだろう。
本当の理由は解らないが..
彼が活躍し人に感動を与えている、与えていた世界より、中田は自分の中にもっと大きな世界が広がろうとしているのを感じているのかも知れない。
それは..相対的な価値観から想像できる世界を超えているのではないかとも思える。

424 :考える名無しさん:2006/07/08(土) 20:36:43
「万物斉同の境地で現実世界の運命に随順する。」
荘子の世界観は本当に素晴らしい。
心が晴れ晴れしてくるなぁ。

425 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 05:46:11
荘子の境地は禅の悟りと99.9999パーセント同じに見えるんだが…

426 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 07:26:30
残りの0.0001%が天地を分けるということもあるわな

427 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 08:17:37
ものの本によると、

はっきりした「修行」や「戒律」があるかどうか


これ以外は決定的な違いらしい違いは見あたらないらしい。
それでも時には距離が縮まっている。
『荘子』は外篇に入ると修行らしき記述や
禅問答のようなやりとりが見られるようになりますます禅に接近してるし、
また禅宗の方も南宗禅の神会が座禅を否定した事で無為自然に近づいているという。


考えてみると、禅宗は信仰、礼拝、供養という要素も薄いし、
臨済録では「仏」の意味で「真人」という語が使われている。
(ちなみに近所の坊さんも荘子好き)

両者はかなりそっくりだと思う

428 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 12:27:53
確か玄侑宗久は
「禅は老荘思想の子供のようなもの」
と言っていたような。


429 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 12:31:50
自分が倫理学好きなものだから、
荘子は倫理学的には果たしてどうなんだろうと思ってしまうんだけど、
でも、そういうのを考えないとすると、荘子にはすごく心惹かれてしまう。

430 :考える名無しさん:2006/07/09(日) 22:42:25
>でも、そういうのを考えないとすると、荘子にはすごく心惹かれてしまう。

心惹かれる自分も自分だ。

431 :考える名無しさん:2006/07/10(月) 04:38:01
>>428
たしかに荘子は修行を説かないし、無為自然がモットーで楽そうだけど、
実はかなり実践が難しい哲学だと思う。人間は有為の生き物だから
太極拳や合気道をやっていて肩や腕に力が入るのを無くすのに苦労するが、それに近い。
心の力み(悪い意味の有為)を取ることは奥義みたいなもの。
だから禅宗は厳しい修行をするし、
『荘子』の後世の人が書いたとされる部分の一部にもそれらしき記述が見える。
(牛の解体とか蝉とりとか矛の鍛造とかを通じて)

はっきりとした修行無しでそんな境地に達した荘子その人は天才としか思えない。
いや、荘子のことだから
修行や鍛錬←→それ以外
なんて分別的な見方をしなかったのかも

だとすると曹洞宗の教えにも通じる所がある。



「難しい時代を生き抜く事自体が考案禅だ」
なんて言葉もあるけど、
これは戦国の大乱世(仏教的に言うと末法)
を生き抜いた荘子にもそのまま当てはまるんじゃないかな。

432 :考える名無しさん:2006/07/10(月) 04:39:22
訂正

×>>428
>>427

433 :考える名無しさん:2006/07/10(月) 06:07:10
悪く言えば諦めの思想。良くいえば無欲の思想。

ほとんど仏教と同じ。特に日本の仏教はそう。

434 :考える名無しさん:2006/07/10(月) 06:52:53
うーん,老荘は10年前に読んだ。
成るほど,良い木は人間に切られ,利用されてしまう。
雑木はそのまま人間に相手にされず,そのまま残る。

出来る人間の譬えと思うが,一面では,冷酷非常な
処をユーモラスに,そして詩的に描写している。

何か日本人の「粋」に通じるではないか。
芭蕉も老荘を読んでいたと思う。

達磨で「面壁九年」
オイラじゃ,ひたすら六道輪廻の世界を彷徨うばかり。
十年経ってからの感想文です。〇

435 :考える名無しさん:2006/07/10(月) 07:05:50
良い木は光と共にアーメン

436 :考える名無しさん:2006/07/11(火) 02:59:40
>>431
確かに「無為」を「有為の無い限定された状態」とすれば、
その境地に達するのは至難の業。
しかし荘子の根本思想「万物斉同」は
有為も無為も含めた「万物全て」を斉しいとして運命随順すべし
としている。
日常起こる全ての出来事を淡々と受け入れ、流れのままに
呼応してゆくことでOKなのでは?

437 :道玄:2006/07/11(火) 11:26:45
>>1......................... >>436
修行のなかで一番難易度が高いと
言っておこう。

   俺は、今遊んで暮らしている。

438 :考える名無しさん:2006/07/11(火) 15:24:52
スゴい人来た

439 :考える名無しさん:2006/07/11(火) 23:14:21
難易度が高いというよりも
ほぼ不可能でしょ。


440 :考える名無しさん:2006/07/11(火) 23:53:26
問題は不可能な現実とどう向き合うかだね。
禅宗では煩悩即菩提という考えを示したり。

441 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 00:00:56
そもそもなぜ
「修行」=「無為に至る」
になってしまうのか。
固定観念ではないか。


442 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 00:03:10
修業がどうのとか、難易度がどうのとか、
そんなこと言わないで、もっと自然体で行こうぜ。
それじゃ、「俺は他の香具師よりも上」と考える自己満足が得られないから、
だめかい?w

443 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 01:59:21
うろ覚えだが、>>442みたいのを本覚思想という。
(既に真実を生きているから取り立てて修行する必要はない)

一方禅宗などでは有る程度自分を縛り付け(修行とか作法とかで)てこそ仏の心(自然な心)になれると言う。

まあどっちにしても怠惰は不味いと。

444 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 02:04:48
ヴィパッサナー瞑想では、
無念無想の境地に至るために
呼吸や周囲の音や雑念の観察に意識を釘付けにするらしい。

445 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 21:30:57
あげ

446 :考える名無しさん:2006/07/16(日) 21:38:51
内篇読み終わりました。
外、雑篇は後世の人が作ってちょっと外れてるっていうふうに
聞いたことがあるんだけど それもやっぱり必読?


あと、岩波と中央公論のみてみたけど皆さんどれ読んでるよ。

447 :考える名無しさん:2006/07/16(日) 22:32:21
「荘子T」森三喜三郎著:講談社学術文庫
を読みました。つーかこれしか読んでません(爆)

>外、雑篇は後世の人が作ってちょっと外れてるっていうふうに
>聞いたことがあるんだけど それもやっぱり必読?

まずは本当にそうかどうか
自分で読んでみることが必須と思われ。

448 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 02:57:50
>>446
必読。
岩波の荘子第三冊が面白い。

一巻≧三巻>四巻>二巻
ってかんじ。


外篇以降は荘子派の人々の中でも分裂が…

449 :考える名無しさん:2006/07/17(月) 10:01:06
外篇でもその中の「秋水篇」は必読!!

450 :考える名無しさん:2006/07/18(火) 01:22:03
荘子はスピノザを理解するヒントになった

451 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 15:27:18
家をたてたり、食べ物を調理したりするのは人為じゃないの?

452 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 23:22:17
↑当然、人為でしょうね。
人間は完全に「無為」を実践する構造にはなっていない。
あくまでも2元世界(相対世界)生きることしか出来ない。
なので「有為」を用いて「無為的な認識」に至るしかないと
私は思います。

453 :考える名無しさん:2006/07/20(木) 00:38:10
ことさらに何かしなければいいんでないの

454 :考える名無しさん:2006/07/20(木) 04:32:23
必要最低限のことはするけどそれ以上はしないということ

455 : :2006/07/20(木) 05:01:52
>>451
無為とは生活の行為とは違うのでは その行為をする心の持ち方を言っていると考える。
結果的に行為にも影響は出てくると思うが...
むしろ、その人の置かれている社会、日常生活の場での心の持ちようを語っている。
荘子は草鞋職人、それを編みながら脚を刑によって斬られた人が往来に行く様を見ている。
こういう経験が少なからずその思想に影響を与えている。


456 : :2006/07/20(木) 06:51:43
>>455
今、夏場所をやっているが、
稽古、本割についてでは無く...
いわば、何度かの仕切り直しをしている時の心の動き、身体の中の気の流れについて語っているとでも言うのか。
それが 立ち会った時の稽古で積み上げて来たものを相手の動きにあわせ素直に現れて来るとでも言うか...
哲学板としては卑近すぎるかも知れないが...

457 :考える名無しさん:2006/07/20(木) 23:22:27
>>450
スピノザって、素のピザか?
欧米化?


458 : :2006/07/21(金) 09:21:54
>>450
一元論は比較的共通点があるかもね。
ユング派に受け継がれているのでしょう。
最近ではミンデルのプロセス指向心理学がその流れを汲んでいる感じがするね。
彼も ”道”という単語をさかんに使ってる(笑)
共感するところがあるけど、人気が出てきて、極僅かだけど、オカルトがかってきているところも見られる。

459 :仏教徒:2006/07/24(月) 02:57:38
スピノザの「神」は仏教で言うと大日如来だと思う

460 :考える名無しさん:2006/07/24(月) 05:07:42
スレタイとは関係ないけど
スピノザ自身にとってランクや役割付けした多神教の概念はないと思いますけどね。
荘子もそうだけど..万物斉同...

461 :考える名無しさん:2006/07/26(水) 10:34:28
保守的な思想だね。
自信や積極性や物事への興味を失った俺は最近荘子に逃げてるOTL

462 :考える名無しさん:2006/07/26(水) 22:53:29
>>461
そうかな?
運命を善悪、好嫌無く全てをあるがままに
受け入れるという意味では
超積極的だと思うぞ。
受け入れることが可能であればの話だが。

463 :考える名無しさん:2006/07/27(木) 01:08:43
リスクを伴ってまで何かを始めたり、
発展させたりする事を好まない様に見える

知足や安住といった要素が強い。


464 :461=463:2006/07/27(木) 04:46:14
荘子から読みとった事

知足
自足
受容(受け身)
超然
環境適応
現実肯定(我慢を越えた境地)
個人主義

他人に期待しない
捨己従人(とりあえず空気読んで人に合わせる)、
事なかれ(悪い意味ではなく)
決して目立たない(出る杭は打たれる)
ゴリ押ししない(思い通りにならない、しようとしない)


自分が屑だとやっと分かり始めた俺には魅力的な生き方だ

465 :考える名無しさん:2006/07/27(木) 07:38:21
>>464
前半の受け止め方は大方賛成だね..

いろいろ解釈はあるだろうけど、それも含めて人それぞれって言うところかもね。
音楽、絵画を見るが如く、実生活とはしばし離れ、思想としてその美しさ、大きさに酔いしれるのもひとつ。

しばしの癒しを求めてるに過ぎないとか言う人も居るかも知れないけど、それもこだわる必要はないと思うし。
子供の頃は控えめであった人間がある道に没入し、無我夢中それこそ、周囲の人や自分の置かれている環境も目に入らず取り組んでそれなりのところまで行く。
しかし、限界を感じたとき..ふと我にに帰り、荘子の思想を触れ、自分の眠ってした本質との再開と共に、静かな心でさらに深い精進を積む道を見つけると言う事もあるし。
これを、一時的に外から見ているとアグレッシブでなくなったとか見えるのかも知れないね..
ただ、実際にそうなる場合もあるかもね。

宮本武蔵、双葉山、近々では中田がもしかしたら...

466 :考える名無しさん:2006/07/27(木) 21:59:14
保守的だろうか
保守するべきものは何も無いんじゃないか

467 :考える名無しさん:2006/07/28(金) 11:16:14
>>466
ないす!痛快!そのとおり!


468 :考える名無しさん:2006/07/28(金) 13:12:45
今の現状や自分の本性を守る事を説いている気がする

例を出すと…


「一旦人として形を受けたからには、形を変える事なく
そのままにして生命が尽きるを終えるのを待とう」(斉物論篇)

「有限の身で無限のことを追い求めるのは危ういことだ」(養生主篇)

「自然から受けたままを十分に享受してそれ以上を得ようとするな」(応帝王篇)

顔を付けられたが為に死んでしまったのっぺらぼうのコン沌の話(応帝王篇)

荘子がで官職を辞退した話(秋水篇)

どこにあったかは忘れたが、はねつるべを使おうとしない農夫の話


469 :考える名無しさん:2006/07/28(金) 19:59:26
精神の自由を得るため、結果として行為は「保守」となる。

「保守」は相対的な価値基準により判断した結果の言葉。

万物斉同の視点から見れば「保守」という概念はない。

同様に「革新」もないが。

たんなる状態。プロセス。

470 :考える名無しさん:2006/07/29(土) 02:13:22
なるほど、狙って保守してるわけじゃないのか…
確かに狙ってやったら荘子らしくない

471 :考える名無しさん:2006/07/29(土) 18:59:16
最近知ったのだが、
TAOを実感することで自己の全体性を取り戻す手法
「プロセス指向心理学」というものがあるそうだ。
「プロセスワーク」とも呼ばれる。
ユング派のせらぴすとミンデルという女性が体系化
したらしい。
↓これみたのだけど、かなり面白そうだ。
http://www.ayakofujisaki.com/process_j.html

472 :考える名無しさん:2006/08/01(火) 23:00:15
荘子の目的って、荘子書を通して道を知る(悪い意味で)ことであって
荘子書から何かを学び取る事じゃないと思う
道自体から影響を受けるべきで、道の影響を受けたものから影響を受けるべきじゃない
ちょうど
道→仁→(略)→礼→儒者
が駄目なように
道→荘子→荘子書→私
も駄目で、
   
道<<↓ ←私  
↓  ↓
→(荘子書)      (※←は知る →は影響する)
であるべきなんじゃないかな

473 :考える名無しさん:2006/08/01(火) 23:57:37
いいんじゃないの?
どんな方法でもやり方でも。
好きなように好きな解釈で。
「べき論」自体がそもそも無為じゃないし。
万物斉同なのだからナンデモ良いのよw

474 :考える名無しさん:2006/08/02(水) 00:08:40
人間だもの。
どうしても是不是を言いたくなるのよね。

475 :472:2006/08/02(水) 21:39:16
そもそも荘子書の存在自体が無為じゃないからな
本当に無為だったら誰もこんな本なんか書かないし、
無為だったら本なんか読まないし、
さらにここに何か書き込んだりなんかしないだろ

476 :考える名無しさん:2006/08/02(水) 23:17:14
>>475
おぬしもまだまだやの。
無為は有為も含むのだ(笑)
これが「対立する概念」と思うからこその書き込みじゃな。
無為は限が無いのじゃ。ほっほっほっ…ゲホッ

477 :考える名無しさん:2006/08/02(水) 23:26:05
無為の「無」は「相対無」ではない。
無為の「無」は「絶対無」なのよね。


478 :考える名無しさん:2006/08/03(木) 02:25:45
坊さん「無一物中無尽蔵。無 即有です」

479 :考える名無しさん:2006/08/03(木) 08:40:08
このすれ勉強になるなぁ

480 :考える名無しさん:2006/08/03(木) 15:58:14
結構良スレ

481 :472:2006/08/03(木) 22:01:50
>476
俺がいつ有為なんて言ったんだ?
荘子書は無為じゃない(不無為)って言ったんだよ
今気づいたけど473ってべき論をするべきじゃないって言ってるのかw

482 :472:2006/08/03(木) 22:07:38
ただ万物斉同からなんでもありなんていう考えには到底賛同出来ないな
対立してようがいていなかろうが無為は有為を含まない
すべて含むのは無ではなくて一だ

483 :472:2006/08/03(木) 22:08:23
少なくとも荘子ではね

484 :考える名無しさん:2006/08/03(木) 23:25:01
あらっ、荘子書で学んでるじゃないw

485 :考える名無しさん:2006/08/03(木) 23:28:22
472は「言葉」の牢獄に捕らわれていると思われ。
否定が多いなぁ。

486 :考える名無しさん:2006/08/03(木) 23:49:12
ttp://saito-therapy.org/comparison.htm

ここを読むと、荘子本人は神経症だったのかもしれない と思った。

健全な状態にあってそれを特に自覚したり有り難がった
りしない健康人を真人と呼んで羨ましがったのでは無いだろうか?


(かなり『荘子』、特に内篇を読み込んだ人でないと言いたいことが分からないかもしれない)

487 :486:2006/08/03(木) 23:52:23
特に下から三番目と四番目が…

488 :472:2006/08/04(金) 02:48:39
言葉の牢獄に捕われているのは、荘子も含めてここに書き込んでいる全員だと思うんだが
それと俺の言っている事は知北游編あたりを読めばすぐ分かると思うんだが
言葉で知る以上無為謂には決して辿り着けない
だから、言葉である荘子書を通じて道を真に理解することはできない
だから、荘子書を読むことは言葉を使って道を理解する(知る)ことだ
ってこと
で、そうしてもらう事が荘子の目的なんじゃないかって事

それと486のページは極端じゃないか? 神経症が治った世界がすごすぎて笑える

489 :考える名無しさん:2006/08/04(金) 02:56:17
確かにすげえ境地だw
つまり人はみな有る程度病んでるわけか

っていうか>>486の通りだったら普通に考えて今の時代の
殆どの人間がどちらかというと神経症よりだろう

490 :考える名無しさん:2006/08/04(金) 08:54:18
>>472
だったら自分でそうすればいいだけの話じゃないか。
何もわざわざ声を大にして書き込む内容ではないのでは?
読む側からするとすごく傲慢に感じるな。
「この学び方が絶対正しい!」と。
大丈夫!
あなたにとっては間違いなく正しいからw

491 :考える名無しさん:2006/08/04(金) 09:12:41
>>472
>だから、言葉である荘子書を通じて道を真に理解することはできない
>だから、荘子書を読むことは言葉を使って道を理解する(知る)ことだ
ってこと

分かりにくい…

そもそも荘子を読むだけで
TAOの境地に至ろうなどと思っている人は
少ないと思われ。

492 :472:2006/08/04(金) 21:23:07
なんか勘違いしてないか?
俺は荘子書の目的について話してるんであって
別にみんなにこういう風に荘子を読むべきなんだよ!って言ってるわけじゃないんだが

493 :472:2006/08/04(金) 21:32:51
分かりにくい?分かりやすく言うと>472になるんだけど
これが分かりにくいっていう人は知北游於玄水乃上の比喩をどういう風に理解してるんだ?

494 :考える名無しさん:2006/08/04(金) 22:24:06
タオとかいわれると萎える

495 :考える名無しさん:2006/08/04(金) 22:32:06
>>472
結構くどいのねw
執着の塊?

496 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:36:34
西田哲学と荘子って
何か似たようなものを感じるのだが…
誰かオセーテ

497 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 01:45:22
夏目漱石の即天去私も荘子や禅仏教と同じ。


荘子≒禅≒西田さん≒漱石さん

かな?

498 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 19:01:16
>>497
西田や漱石が老荘や禅などの漢籍を読んで
影響を受けていた世代なだけでしょ。
江戸時代生まれは今の人と違って漢籍読む人が多かったのよ。
幸田露伴なんて寝転んで漫画のような感覚で
十八史略読んでたんだから。

499 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 14:44:35
おい荘子。何が「無用の用」だ?何が「使えない奴ほど長生きする」だ?
今の時代能力がないと職場でハブられて苛められて生きていけねえんだよ OTL

500 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 14:46:05
いや、コネのあるやつは生き残るよ?

501 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 22:37:31
鳴かない鶏が居ますね

502 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 10:09:18
>>499
>今の時代能力がないと職場でハブられて苛められて生きていけねえんだよ OTL
じゃハブられないように、苛められないように生きればいいじゃないですか。
人生は人それぞれ。どう生きようがOKです。あなたが納得していればそれでよいのです。
柔軟に生きてください。
soji

503 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 10:42:23
悟った人間は働いたりしない

504 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 11:12:35
その「悟り」は道半ばだ。
半ば道三郎だ。

505 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 13:32:35
504 名前:考える名無しさん 投稿日:2006/08/20(日) 11:12:35
その「悟り」は道半ばだ。
半ば道三郎だ。

506 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 13:58:53
荘子の思想は隠居者専用。

世に出て現役で活動してる人にとっては混乱のもとにしかならない。

507 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 20:09:38
それは「無為」を誤解しているかも。
「無為」は何もしないことではないのよ。
「無為」の境地で現実世界にしっかり生きることよ。
禅の「還相」と一緒よ。

508 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 20:18:39
問題や議題から逃げてる様に見えるんだが…

509 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 21:29:25
一見>>506みたいに見えるし、そういう紹介もあるけどちゃんと読むと全然違うんだよな


510 :506 508:2006/08/23(水) 00:02:46
内篇ではないが、儒教道徳に妥協する記述も見られる。
また、当時の老荘に理解のあった知識人たちも外では儒家の顔をしていたらしい。

職場とか人の世は戦場であって、頭に血が上って肩に力が入って
視野が狭まってうずらみたいになるのは有る程度仕方がない。
そんな状態の奴に究極的な事を語ってもなあ…

正直一般人にはキツいよ。大木とか、あかぎれの薬の話も有るけどさ。

まあ「隠居者専用」や「逃げ」は言い過ぎたと思うが。

511 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 00:10:38
読んだ本が何かわかる書き込みが多いね

512 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 00:41:38
>>511
勉強家だねw

513 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 23:55:02
良スレあげ

514 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 21:56:55
中華思想というか諸子百家が少ないね、ここは。

「胡蝶の夢」
好きな概念です。

515 :考える名無しさん:2006/08/26(土) 23:57:05
大宗師篇のいわゆる「運命随順」が、どうもしっくりこない。

斉物論篇であれだけ晦渋しつつ万物斉同を説いたのに比べ
「命(運命)」は筆が滑りまくってるくらい軽く持ち出しすぎる。
まあ、それを云々する事自体が不自然だからかもしれないが。

516 :考える名無しさん:2006/08/27(日) 12:11:19
万物斉同の境地であれば、
運命など何が起ころうが皆一緒ということではないだろうか?
あえて「重く」捉える必要はないからだと思うが。

517 :考える名無しさん:2006/08/27(日) 21:45:28
今大宗師篇を読み返してみたんだけど、「運命随順」ってどこに書いてあるのか分からなかった
仲良し四人(子祀とか)と三人(子桑戸とか)のくだりの事?

518 :考える名無しさん:2006/08/27(日) 23:29:54
森先生の本だと
人間の力の及ばない事柄で出てくる天、造化、命などをひっくるめて
「運命」と総称してる模様。福永先生だと「宇宙の理法」。
どちらにしても神をはじめとする人格をもった創造主とは無関係っぽい。

最初の二編は文学的で、ある程度良くまとまってるから
これらと比較するとちょっと酷かも >他の編

519 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 05:01:15
>>486
おい、俺、確実に右側って言えるの2〜3しかないぞ…

520 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 23:38:22
右側の方が多いやついる?
俺もほとんど左なんだけど

521 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 23:36:06
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1156359978/
★アジア留学生に奨学金、日本で就職促す 2千人に国支給

 中国、韓国などアジア諸外国の優秀な人材に、日本企業にもっと入ってもらおうと、
日本の大学で学ぶ留学生への無償奨学金制度を07年度から経済産業・文部科学
両省が始める。大学・大学院に、採用意欲のある企業と提携して、留学生向けの専門
講座やビジネス日本語講座などの2年間の特別コースを新設してもらい、その受講生
1人あたり、住居費分、学費免除分、生活費など月計20万〜30万円相当の支給を
検討中だ。支援対象は約2000人を想定している。

 特別コースは企業の中核を担える人材の育成が目標で、電機・IT業界、環境関連
産業など特定分野の企業群と提携し、それらのニーズにあった専門性の高い授業を
想定。また、留学生の日本企業就職率が伸びない理由となっている、日本語の力不足
や企業風土の特徴をあまり知らないことなどを解消するため、特別コースには実用性
の高い日本語会話の授業や日本の企業文化などを教える授業のほか、インターンシップ
制度も盛り込んでもらう。両省が授業内容を審査し、奨学金制度を適用するかどうか
決める。

 両省は関連予算として07年度予算の概算要求に約60億円を盛り込む方針。この中
には、同じ目的で、既存の国費留学制度を使っている留学生らが無料参加できる就職
支援プログラムも加わる。

 経産省によると、04年度は約3万人の留学生が日本の大学・大学院を出たが、日本
国内で就職した留学生は約5700人にとどまった。留学生支援策の拡充で、アジアの
優秀な人材の定着を増やそうとしている。

朝日新聞 2006年08月20日06時24分
http://www.asahi.com/job/news/TKY200608190397.html




522 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 12:51:30
高校時代に荘子を呼んだがために人生が変わってしまった

523 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 22:13:33
いや、そうなる運命だったのよ。

524 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 01:47:32
荘子は意志の自由に関してはなんと言ってる?

525 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 08:37:00
>>524
その方向からのアプローチは
40年以上前の中公新書「荘子」だろうなあ。
同じ著者による朝日文庫の荘子内篇と併読すると完璧。

526 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 09:13:05
>>524
俺も知りたい

527 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 06:00:33
あげ

528 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:00:13
『荘子』の「万物斉同」という考え方なんですが、
それって、私が思うに、
「人はみな自分自身を正しいと思い、他者を間違っていると思う。
それゆえ、みな自分自身を正しいと思うのだから、
もし、その思いが真実ならば、
間違っているものなど無いことになる。
また、みな他者を間違っていると思うのだから、
もし、その思いが真実ならば、
間違っていないもの、つまり、正しいものなど無い
ということになる。だから、正しいものなど無いし、
間違ったものも無いのである。」
という論法のような気がするんですが、
どう思いますか?

529 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:28:48
荘子は正しい何かを求めてるのではなくて、なぜ(その状況で)それが正しいのかを求めている
で、その答えの
「全ては道の働きである」っていうのが万物斉同
万物を道という見方の元、同じだとしてしまおうということ

530 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 19:34:31
>>522
高校時代ですか。すごいね。そんなひともいるんですね。私は40歳で荘子
と出会いました。


531 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 23:40:40
2ちゃんねるに出会ったのは何歳のときですか?

532 :522:2006/09/23(土) 04:00:01
>>530
倫理や漢文で興味を持ったせいですかね。それに元々内省的で色々考える気質でした。

最近は大人になるにつれて今度は荘子の心からどんどん遠ざかって行っていますわ…orz


533 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 08:03:14
万物斉同は文字通りすべて同じという意味。ものごとに区別はなく、表面的な差異にとらわれてはいけないということ。

534 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 11:25:04
>>532
おやおや。やっぱり出会う状況がそれぞれですからね。
40歳で出会って、
私の場合はますます荘子そのものです。ひそかに荘子の
一番弟子を自認なんかしちゃって。
ここの荘子ファンにしかられるかな

535 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 13:51:09
うわー全員馬鹿じゃないの?

536 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 17:28:11
いい反応だぞ

537 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 08:58:59
最近は荘子よりもブッダに興味がわいてきた。
ブッダのほうがシンプルで分かりやすい。

538 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 18:47:56
中国にブッダの思想が入るとき中国では老荘の思想を借りて仏教を消化
したんですね。そういうフィルターを通さないと仏教というものがなに
ものかわからなかったんです。逆にいえば中国ではそのころすでに
老荘思想が芽吹き始め育ちつつありました。

老荘のちからを借りて理解した中国仏教にはたぶんに老荘思想
がはいっている。
東アジア朝鮮半島からニッポンに伝播したブッダ思想は老荘、とくに
荘子のエキスたっぷりに習合したわけです。それは禅と浄土思想に
十分溶け込んでみられます。いわば、荘子がつくった東アジアと極端に
いえばいえるわけです。
ですから、われわれは仏教をみているつもりでも荘子に依拠している
ことを知らずにいますが、それでも荘子はへぇー、と笑ってだけでしょう

539 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 00:17:13
テーラワーダ仏教などは純粋にブッダの教えを継承していますね。
個人的な理解では、ブッダが言う涅槃と荘子の万物斉同の境地は同じものだと思います。
荘子はただただその境地を語っただけですが、ブッダはその境地への実践手法を中心に説いた。
荘子は無為を主張し、修行などを否定したが、仏陀は有為な訓練で誰でも到達できるとした。
プロセスは違えど、行き先は同じような気がします。
荘子は天才だったのでは?だから凡人に教える道(TAOではありません)が説けなかったとか…

540 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 01:20:51
スピノザやデモクリトスも仏教や荘子と同じ事を言っている

541 :考える名無しさん:2006/10/05(木) 17:34:17
調息や気功、易や陰陽五行を生んだ原土壌と荘子を生んだ土壌はきっと
リンクしてる。つまり荘子は突然生まれたわけではない。
当時のあらゆる土壌のエキスをこなした結果の修行者みたいだ。

542 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 05:12:26
荘子って言ってることおかしくね?
努力や修行なしに人間が良くなるわけないじゃん。
怠惰や逃げを肯定してるの?この人って。

543 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 07:31:54
>荘子って言ってることおかしくね?

どの部分?

544 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 14:40:46
無為自然とか

545 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 14:42:11
それは老子でしょ

546 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 14:45:19
はは〜ん さては読まずに格好付けるためだけに出鱈目で書いたな
と 思われたくなかったら ちゃんとその部分か引用して

547 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 16:42:55
高校時代に少し読んだだけですが

「天下を以て為す所なし」
↑犯罪者の巣窟になるし人の暮らしが豊かになるはずがない
大体、何もしないことが効果を生むのはおかしい

「(真人は)万事有るがままにまかせて思慮を巡らす事がなかった(岩波訳)」
↑進歩しない


本当は、荘子は詭弁家ではなく真の求道者だと思うんです。
しかし今の自分にはこんな風にしか見えません。
誰か自分に荘子の本当に言いたかった事を教えてください

548 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 20:18:56
厳しい修行をする禅宗を見ると荘子が特異なものに感じる

549 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 23:22:43
>>547
>豊かになるはずがない
「はずがない」と、決めているのは誰だね?
寧ろ私などは、道徳的な人間が、非道を行う人間よりも
心が満たされている様に見える社会なら、犯罪など起こらない
素晴らしい社会だと感じる。理想ではあるが。
現実、長い歴史を通して、文明化されるほどに
道理を感じつつ生きる者が減っている。
心を壊した者たちが金や権力にしがみつき
悲劇が繰り返される。
それが「荘子」の中での歴史への嘆きだろう。
真人を志す者なら、本当に人であろうとする士ならば
悲劇の渦中にある人々の悲しみを、己の悲しみとするだろう。
それは、世間で思慮分別と言われているものから、離れたものだろう。
だが、その人の自然な心の顕れなのだ。
人は、その人を道化としてあざ笑うかもしれないが
私は、そんな人と同じ道を歩きたい。

要は「考えるな!感じろ。」ってこった。

550 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 00:25:51
>考えるな、感じろ
これは一般人には無理でしょう
大体、無為と放埒の区別がつく人など滅多にいません

荘子は失敗と恥辱と苦痛まみれの苦しい人生を送って
ついにこのような境地に至ったのかと思います
一般人が荘子を読んでそのまま従う事に意味があるのか疑問です


551 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 11:16:18
横レスだが
「考えるな!感じろ。」は
映画「燃えよドラゴン」中のブルース・リーの台詞

552 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:51:05
道を得る者のみ知る、ですかね

553 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:20:31
コンパクトに理解する場合は、老子の方が面白い。
エッセー的に読みたいなら、荘子の方が面白い。
経営学的に理解するなら、孫子が面白い。
犯罪心理学的に理解するなら、韓非子も面白い。

554 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:22:40
 かつて中国では、公での場では儒教、私の場では道教という使い分け
がされていたようだが…。この頃の中国は最も思想的に充実していた。
他の思想家の良いところはきちんと取り入れていたし、韓非子の中に
も老子の逸話が入っていたり、孔子にも老子との話がある。
 俺個人としては、現代の「荘子」には儒教に対して学際政治的に
「俺達の方がえらい」 と多分盛り込まれている気がしないわけでもな
い。
 でもこれは単に目指しているところが全然違うだけにすぎないのかも
しれない。
 恐らく後世の道教研究者の意図的な資料編成によるもののせいで、荘子
個人の意図することではない。だから荘子個人を責めるのは完全にお門違いと
思ったほうが良い。
ttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0726.html
松岡正剛千夜千冊「荘子」

555 :549:2006/10/15(日) 23:00:49
>>550
だから、決め付けは良くないと思うよ。
「一般人」だとか「フツー」だとかレッテル張りすると、目が見えなくなる。
貴方のおっしゃる「一般人」が、それを証明してるでしょ。
リー先生も、お弟子さんに「心を水にするんだ!」とか言ってたとか。
ネット触ってるような、若い層なら案外と、理解できることも多いんじゃないかな?
寧ろ、頭を抱えるのは、団塊の世代に対して。
>>554
とかの問題。エライ、エラクナイとか権威主義が大好きな人達て、救えるのかね?
まさに、万物斉同への理解の問題ではあるが。

一休さんが、どんな生き方をしたかぐらい常識として知っとけっての。

556 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 15:59:46
最初に「一般」「フツー」はダメ、みたいなことをいって
最後に「常識」とかいいだしたから、笑ってしまった

557 :550:2006/10/17(火) 03:33:54
ttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0927.html
松岡正剛千夜千冊 「狂雲集」一休宗純

ああ、確かに過激な坊さんではあったな。
昔、坂口尚の最後の作品「あっかんべい一休」(マンガだけど物凄い迫力
があった)を読んで「狂雲集」とか読んだことあった。
「争いを無くしたいのであれば、平安を求めぬこと」
「この世は夢と夢がぶつかりあっている」とか権威主義に対して真っ向から
対立したという意味では荘子とは完全に行動が違うけど考え方は近いかも。
因みに俺は「荘子」の個々の逸話自体は捻じ曲げられているとは思ってない。
何故なら孔子の「論語」にもその話はうかがい知れるし、孔子は努力型の人間
である意味人間くさい。かつての幼馴染が落ちぶれている姿を見て、よぼ
よぼの足を杖で叩いたりしているから、人格者とは程遠い。寧ろ自覚はしてい
たからそれを意識するように努めたから理想主義になっていったと考えた方が
すっきりする。つまり凡人にはまだ規範が必要というのが孔子の考えで、自覚
的存在となったならそこから手を離すべきである、というのが老子や荘子の考
え方ではないか、という気がする。


558 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 03:42:21
 考え方対比すれば、現代の状況は、実は孔子的であって、規範が空洞化してい
るという現代の状況を超然と見たいと考えるなら老子や荘子が合っているという
ことになるのではないか?いずれにしても、老荘のエッセンスは競争社会では、
むしろ劇薬であるし、嘗ての中国の戦国時代もそういう競争社会ではあったから
そこから自由でいたいなら荘子も良いであろうし、社会で優位の立場でいたいな
ら孔子でも読めばよい。それだけのことだ。

559 :550:2006/10/18(水) 01:58:16
確かに公的な場では通用しません。
今では荘子が通用するのは家でくつろいでる時だけ。
自分の世界の中だけです

大体、面接で荘子的な事を言ったら即ハネられますよ。

かといって荘子を読めば私的な場が充実するかどうかは疑問。
救われたのは荘子本人だけです。
いきなり彼の文をいきなり読んでもわけ分かりません。

考え直してみると、結局色々な経験を経て上の境地に至った人が上から言ってるだけ
(というかは反芻しているだけ)
まさにエッセイで「教え」とは言えないでしょう
(荘子の言いたかった事を教えて欲しいという発言は撤回)

後世の人間にはやはり如何にして無為自然、
万物斉同の境地に至るかという指標が必要です。
禅などがその一つだと考えられますが、限界が有る模様(不立文字)

一体どうしたら良いのでしょうか。

560 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 02:25:56
無為は何もしないのではなく、人為を排するの意で、幼児が転びそうになったら
支えてやるのが自然な心情に発した行いというものです。

561 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 03:38:50
自然とはなにか
怠けるのが自然か
毎回妥当だと判断してそれを実行するのが自然か

562 :549:2006/10/18(水) 20:00:38
上士は道を聞けば、勤めてこれを行う。
中士は道を聞けば、存するがごとく亡くがごとし。
下士は道を聞けば、大いにこれを笑う。
これは老子か。

>規範が空洞化しているという現代の状況
この状況が異常。歴史上の日本社会の中でも末期的。
道徳というものが、建前としか考えられない人間が大量生産された
戦後史を、もう一度点検することを薦める。
元はと言えば幕末からだが・・・。
自らの頭で思考する自由さえ奪われ
心さえ失ってしまった哀れな者たち。畜群。
そして彼らの住まうマトリックスでは、士道を説こうものなら基地害呼ばわり。
赤い薬を飲めば、マトリックスから開放される。
青い薬を飲めば、また日常に戻れる。
>>550はどちらの薬を飲むかね?

563 :550:2006/10/18(水) 21:05:32
>>562 俺は青い薬だなw
なぜか。
ttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0883.html
「ヴァリス」フィリップ・K・ディック
俺はこの小説の様な状況になれるほど世間知らずではないし、
公で突然あるヴィジョンを見たからどうとか、神からのメッセージ
がどうとか、それこそ世間ではまさに電波扱い。
 家族を放棄して旅立つなんでできない相談だからね。

564 :550:2006/10/18(水) 21:10:29
重要なのは、柔軟な思考とどんなにがんばっても客観的な正しさとか、
絶対的信念なんか持たない方が楽である。
 こう考えると不謹慎かもしれないが、大事な家族がある日事故で無く
なったらどうか、会社勤めしてある日突然倒産したらどうか(事実俺は
この両方に遭遇したが…)、そんな時心の「覚悟」というべきか、思考
の転換が必要な場合が出てくる。そういうケースは想定しておく必要が
あるとは思うよ。

565 :550:2006/10/18(水) 21:18:22
 柔軟な思考を持つために老子や荘子は読んでおくとあるときのアクシ
デントに頭の切り替えが早くなる。それは思う。最も社会生活を送る上
ではほとんど役にはたたないのが老荘思想とも思うけれど。
 荘子の中にも妻が亡くなった時の話があったが、荘子とて亡くなった
時は悲しかったが、妻は安らかに眠ったのだ。ここで嘆き悲しんだら、
今まで語ったことが全て嘘になってしまう。だから嘆かないといったそ
うだ。どこの内容かは忘れたけれどこんな感じのことが書かれてあった
気がする。

566 :550:2006/10/18(水) 21:19:30
>>564の「柔軟な思考と」の部分は無しねw

567 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 22:14:15
荘子自体が、そもそも古人の糟粕であるにすぎない

568 :549:2006/10/18(水) 22:54:46
ヴァリスは、まだ読んでないな〜。
量子論と神秘主義思想のからみってのも
ttp://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=nb_ss_b/503-4758565-8453533?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%8Em%98Y%90%B3%8F@
みたいなメジャーといって良いような、日本のSF漫画家なんかもネタにしているんだよね。
もっとも読者が理解してるかについては…厳しいものがあるが。
結局、絵空事として「理解」される。
ttp://www.tdk.co.jp/techmag/magnetism/index.htm
研究されているところでは、研究されているのだが、存するがごとく亡くがごとし。
要は実践なんだがね。やっぱり読んだだけでは実践にならない。
>会社勤めしてある日突然倒産したらどうか
私は逆。実践を心がけたら成績を(自分で信じられないほど)上げた。
そうしたら、周りが嫌がること嫌がること。あることないこと、さえずりあった後、いやがらせ、暴力。
そして、辞めさせられた。
その2ヶ月後聞いた話では、会社の体制にあきれた、まともなスタッフがぞろぞろ辞めていったそうな。
もちろん私に共感してではない。
あれだけ出し続けていた、その会社の求人が出なくなったがどうなっただろう?
どっかのエライ人が言えば、道理が曲がると彼ら末人は信仰しているらしい。

話を、一時期のアメリカ西海岸に戻して
ttp://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hct/_floorB1F_ct.html
革命は、パラダイムシフトは起こせないだろうか?
異端者、魔女、狂人、超人、ミディアン、アウトサイダー、魔術師、ヨギ、仙人、道化と嘗て呼ばれた者たちの視点で。

569 :559=550(本物) ◆L7iMStJg5M :2006/10/19(木) 01:17:28
何で俺が沢山いるんですか?

このスレでもうしばらく話をしたいんで一応トリをつけときます

570 :TAO:2006/10/19(木) 03:08:05
>>569 番号間違えたかもしれないw
とりあえずは以後このネームで行きますわw

ディックがそもそも「ブレードランナー」の原作者であることは、
SFファンには有名のことであろうし、士郎正宗にしてもこの映画の影響
はかなり受けているからね。

571 :TAO:2006/10/19(木) 03:12:20
まあ、同じ行動をしたからといっても同じ結果になるとは限らないし、
だから柔軟な思考をもっておくことは大切なんだよね。

572 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 00:08:42
老荘思想から自由になりたいなあー!道を意識することから解放されたいなあ!

573 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 00:33:13
>>572
大丈夫。「道を意識しない道」という道があるではないか!

574 :549:2006/10/20(金) 20:54:03
>>570
マイノリティレポートにしろディックって見ようによっては
恐ろしくメジャーなんだが、何をテーマにしてるかを
理解している視聴者ってどれくらいいるんだろう?
そもそもハリウッドの人々は、何を意図してあれらを撮っているんだろう?
スピルバーグやウォシャウスキー兄弟、ルーカスの思想的立場はどんなもんなんだろうか?

もっとも、かく言う私も中学のとき「電気羊」に初めて手を出したとき
予備知識がなく「なんじゃこりゃ?」になった思い出がw

>>572
老荘に囚われるって、どうやって囚われるの?寧ろそっちが分からん。

575 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 02:37:41
■わずか50年前のチマチョゴリ写真
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
                -ーー- 、
             ./三 -ー- \
           __/二 /-、  r- Y
           {_|三/ ー-  -‐ |
           ==(_ミ{_   。。  |
             | |  -=ニ=- !
          __∧ ヽ  `ー' /_
        /:::::::::::\\`ー─ '/7::::::ヽ
        /:::::::::::::::::::::\\  //::::::::::::::i
        |:::::::::::|:::::::::::::::\\//:::::::::/:::::|
        |:::::::::::|:::::::::::::::::/ i | i:::::::::::|:::::::|
        |:::::::::::| ̄ ̄ ̄ r | |/ ̄ ̄ヽ::::l
        |:::::::::::|、 @ ノ__l ||  ◎.ノ::::|
        l:::::::::::{>─-  ─L!|.` ー┤:::::|
        ヾ::::::::`ヽ_______,}:::::::l
        ./\::::::::::\  i |  l! ./:::::::|ヽ
       /  \:::::::::::> .| l   /:::::::/  \
       /    \/ \   / ̄ ̄l    \
      ./      ヽ_!_!_j_}  └|_!_!_!j      \

ttp://blog.joins.com/media/folderListSlide.asp?uid=fabiano&folder=9&list_id=4598098&page=8

…オッパイが出ています。
実はチマチョゴリとは「オッパイを出す為」のデザインなのです。
朝鮮女性にとって男子を産む事が最大の仕事でした。
そして男子を産んだ女性だけが、スカートと上着の隙間からオッパイを出す事を許されたのです。
しかし現在は隙間が布で塞がれています。
その為、スカートが無意味に腰高になり、不恰好になったのです。


576 :考える名無しさん:2006/11/07(火) 01:01:37

フギャー、ポケー!

 おでは老荘思想よりも、早漏歯槽で悩んでいる。嫁もだ。





    それだけ

577 :考える名無しさん:2006/11/22(水) 18:37:58
【中韓】「漢字発明は韓国人」「孔子は韓国人」との主張に「荒唐無稽」と中国憤激★2〔11/22〕
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1164162519/l50

578 :考える名無しさん:2006/11/23(木) 02:15:36
老子はゴミクズ

579 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 02:10:23
あげ

580 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 02:16:11
>>578はスルーで

581 :考える名無しさん:2007/01/20(土) 11:34:34
>>572
華厳思想の解説でも読め

582 :考える名無しさん:2007/01/24(水) 02:10:11
禅は理解できる気がするが、荘子だけはどうしても分からん
荘子読み始めてはや5年…

583 :考える名無しさん:2007/01/24(水) 22:42:44
>>582
雪景色のたんぼのあぜ道にひとりの老乞食僧が待っているよ。




















                   内も、良寛だ。

584 :考える名無しさん:2007/01/25(木) 04:55:22
ますます分からん

585 :考える名無しさん:2007/01/25(木) 11:27:11
>>582
こだわって5年か。なにか気になるということなの? 荘子はきっかけが
必要なんだ。忘れずにおくことだね。いつか、さっとわかるときがくる。
荘子にホントに出会うとひっそりとジンセイの勝者になれるんだ。


586 :考える名無しさん:2007/01/26(金) 01:26:31
きっかけは<人生>には負けることか・・?

587 :考える名無しさん:2007/01/26(金) 09:13:18
このスレは強者が多いな(皮肉じゃなくてマジ)

588 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 21:10:16
>>586
そう。挫折です。そのとき大いなる内面の可能性に気づきます。無為自然とは
そういうこと。ただやはり深刻なザセツを経験しないとね。それまで能天気に
ふつうの人生をかけめぐるしかない。

589 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 19:44:22
>>588
ちょっと精神的にボロボロだった高校卒業前に読んでぐっときたなあ。
それで大学が法学部・経済学部・文学部の3つ受かってたんだけど
文学部(歴史)選んだなあ・・・。
東洋史なんて苦手だったんだけど、
荘子の生きた時代をもっと知りたくて。


なぜか卒論は儒教だったんだけどねw

590 :考える名無しさん:2007/02/01(木) 06:32:09
就活意識し始めてますます荘子から遠ざかる今日この頃
止まる事のない意欲、人智、現状改造、発展進歩の発想
これが無いと生活出来ずに餓死しちゃうのね


チラシの裏スマソ

591 :考える名無しさん:2007/02/01(木) 07:24:39
荘子ツカエネ
社会に適応しない限り死ぬ

592 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 09:50:40
そりゃ今の社会生活に荘子を適用しようというほうが間違ってる

593 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 00:40:21
適用するとかさせるとかそんな考え自体荘子にはないんじゃないかね?
社会なんてどうでもいいんだもんw

ビジネス関係の書物に孫子みたいな感じで
荘子なんて出てきたら腹抱えて笑うだろうな。

594 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 03:18:23
決めた!俺は面接に備えて名家になろい

荘子は定年退職後から

595 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 03:21:03
×なろい
○なろう

携帯書きにくい…

596 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 06:04:42
荘子の時代なんて後にも先にも無い

597 :考える名無しさん:2007/02/13(火) 10:31:57
>>593
一部のどうしても社会に適応出来ない人にとっては
社会なんてどうでもいいという確信を持つからこそ逆に適応出来るようになれる
最初から問題なく適応出来てる人にはまったく必要ないけどな

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