5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

構造主義・ポスト構造主義を超えて2

1 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/08 18:12:48
前スレ

構造主義・ポスト構造主義を超えて
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1087078968/


2 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/08 18:13:13
2

3 :考える名無しさん:04/12/08 18:16:04
>>1
,/:::::::::::::::::::;::/"     ,|,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,|
   ,l::::::::::::::::::::::;./      |,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i||
   |:::::::::::::::::::::/;;;;;;;;;;;;;,_   |,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,iミ|
   |::::::::::::::::::;/"~  ~"";: |,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,i,ミ|
    |/"/|::       / |ミミミミミミミ=ー"彡彡||,/" ,|
    |l,"l,:|:      ;::" ,|ミミ:::::i,||;;ミミミ彡彡||||||/  |     
   ,l'ヾ,,,|:    /(、_ |ミミミ::::::)///==||||||||||) ノ /     
   ノ:::::::::|       ⌒=,_i,=-"ソ彡彡||三彡||||||l ` ,/i;:;:i     
  ''""""l,   i, _,,,,,,,,=-;;|彡ミミ三ミミ彡彡 ||||l',,,,/ ,;;::',',゙i
      ヽ;:  ヾ-=,+-==i==二,ニ=:;,;:ミ三≡||/;:i!',;:;;;::',',゙i    
       l;:.  ヽヾ=,|,,,|,,,,|,,_|__,,i;=";i||彡|| ||||/;:;i \',,,',',;;,'i
       ヽ;:..  \   |::::::::::::;;;/彡////',',';;i   ヽ',;::'、 |
        \   ~"'''=|=-||||彡彡ミ ////!',;;::',',゙i   ヽ,,''  {
         \   ””|”彡ミミ::|||||  !,,,',',;;::',',゙ i   |、  i 
         /;;;,,\      ,-'' ;;;;;:;;;ヽノ \',',',;;,' i   ! ',',;;i  
        //,',';;  ト┬-― !,,, ',',;;::',',゙i  ヽ',;::'、 |  ヽ',',','|
        /,',',';;" //,',';;  /|,,.\ ',',',;;,'i   ヽ''  {   !,',;,;'|
       i 、  //,',',';;"/. |',',;; ヽ ',;::'、|   |、  i   |:::;;;i
       |   〈  i,,,、 /  |,;;: / ヽ''  {   ! ',',;;i   }'''|
       ト,   i |',',;; .}  .i';;;;i  | 、 i   ヽ',',','|  } ヽ、
       |',',;;  } |,','、/   /.. .i  ! ',',;;i    !,',;,;'|  └ュュュュ

4 :考える名無しさん:04/12/08 18:18:26
構造主義(こうぞうしゅぎ)とは、数学、言語学、精神分析学、
文芸批評、生物学などにおいて何らかの形で構造を重視する立場である。

一般的には、研究対象を構成要素に分解して、その要素間の関係を
整理統合することでその対象を理解しようとする点に特徴がある。
例えば、言語を研究する際、構造主義では特定の言語、例えば
日本語だけに注目するのではなく、英語、フランス語、etc.など
他言語との共通点を探り出していくメタ的なアプローチをとり、
さらに、数学、社会学、心理学、人類学など他の対象との構造の共通性、非共通性などを論じる。

5 :考える名無しさん:04/12/08 18:19:37
ポスト構造主義

構造主義の成果と反省を踏まえて、登場したフランスの思想運動。
代表的な思想家はジャック・デリダ、ミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズ、
フランソワ・リオタールなど。ただし、「構造主義の後に」という括りがあるだけで
これら思想家の間には思想的な共通性や関連性は必ずしもない。


6 :考える名無しさん:04/12/08 18:32:11
重複です。お前らこっちでやれっつーのw
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1100417064/l50

7 :考える名無しさん:04/12/08 19:01:38
「連続量とは多を媒介としながらもそれを契機として止揚し定立された一である。
非連続量とは一を媒介としながらもそれを契機として止揚し定立された多である」
この弁証法的テーゼに絡めて、最小単位の問題について述べよ。

では、しろうとさん、これへの回答よろしくお願いします。

8 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/08 22:29:10
とうとう、1000カウント突破でしたか。
凄いなぁ〜。
しかも、結構密度の濃いスレッドでしたから。
今回はどのように進めるのか。
前回の反省から、テーマを絞ってやった方が良いかも知れませんね。
でないと、バラバラになってしまう感じで、最後には、論議ではなく
言いぱなしや煽りになってしまううのですね。
ですから、皆さんが興味のある本を読んで、理解を進めるのはどうでしょうか?
例えば、田原さん推薦の例の本なんか、皆さん興味のあるところでしょう?
私も熟読していませんので、良かったら進めてください。
と言っても、投げ出して、どうぞでもまずいですね。
どうしますか?それとも、分野を絞り、今まで通りフリー・トーキングで
進めて行くってのも良いですね。自由な発想で多様に読むのです。
ご意見を書いてください。



9 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/08 22:36:02
「存在論的、郵便的」

ポーの盗まれた手紙について

本来郵便物はあて先の人間に届くのか?

この質問についてどうでしょうか?




10 :考える名無しさん:04/12/08 22:53:42
782 名前:考える名無しさん[] 投稿日:04/09/12 23:57:42
じゃあ、パレルゴンさんに群論を語ってマライショ。

786 名前:考える名無しさん[] 投稿日:04/09/20 06:36:34
パレルゴンさんに群論を語ってもらいましょう。

913 名前:考える名無しさん[] 投稿日:04/10/09 17:49:28
パレルゴンさん。早く群論を語ってください。



11 :考える名無しさん:04/12/09 00:55:59
しろうとは逃げたし、パレルゴンは恥知らずだし、もうダメだこりゃ。

12 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/09 22:28:49
皆どうしたの?
止めますか?

スレッド立てただけですか?
読書した方が良いかもしれないな。

それでは、私もアガンベンでも読みますか?
ぴかぁ〜君元気かい?
近頃静かですなぁ〜。何してるの?
デリダ批判ですか。デリダはダメダって。
いい線行ってるかもしれないけどね。批判を続けてみては?
どう言う批判か具体的に書いたら面白いかも。
最主体化と歴史肯定。現前の肯定という線でどうでしょうか?


13 :考える名無しさん:04/12/09 22:34:24
>>12
なに仕切ってんだ?こいつ。

14 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/09 22:35:16
皆は力むから書けないんだよね。
分からない事は質問すればいいのだ。
それを、調べてから書こうとするから、書けなくなる。
お互いに素直に書くと言う姿勢で良いのではないだろうか。
知らない事は分からないと言おう。そして、交流しながら
高める。知らない事は恥ずかしい事ではない。
知らない事を知っていると言うからおかしくなるんだと思うけどね。

15 :考える名無しさん:04/12/09 22:37:24
>>14
お前は>>7に答えてからそういう偉そうなこと書けよw
わからないならわかりませんと言ってごらん。ほれほれ。

16 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/09 22:38:38
13さん。
君は、「構造主義・ポスト構造主義を超えて」@
を読みましたか。
あのスレッドを立てたのは私ですよ。
その続きがこのAです。このスレッドを立てたのはしろうとさん
ですが、その辺の背景を知っていましたら、申し訳ない。

17 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/09 22:40:59
15さん
煽らないでね。
私は全ての質問に答える義務はありません。
それともあると言うなら、その事を証明してくれないかな。


18 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/09 22:42:09
バレがぼけ老人みたくなってきていると思うのは私だけ?

19 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/09 22:43:00
同時に、君の哲学的な背景は?
誰に傾注しているのかな?


20 :考える名無しさん:04/12/09 22:44:44
スレ立て者にスレの議論内容を拘束する権利も義務もないぞ。
構造主義・ポスト構造主義のあとに来るものについての書きこみならなんでも
いいんだよ、匿名掲示板なんだから。
君や他の数名のコテの問題意識、読書歴を勝手に大前提にしないでくれよ。

21 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/09 22:45:23
ぴかぁ〜もきつくなったな。
昔はその様な誹謗・中傷はなかったけどね。
そこが君の良い所だったのに・・・・
残念・・・・

22 :考える名無しさん:04/12/09 22:46:30
>>18
おまえはぼけガキだろーがw

23 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/09 22:46:58
20
その通りだ。

24 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/09 22:48:25
それでは、おやすみなさい。


25 :考える名無しさん:04/12/09 22:49:46
>>23
そうでしょ?だから>>8>>9>>12>>14なんて余計なお世話なんですよ。
淡々と書けばいいだけ。君の自意識なんてどうでもいいの。

26 :素人の疑問:04/12/09 22:50:28
なんで、この板のポモ系コテの言うことはインチキ臭く見えるのか?

たまたま?それともポモ自体がそうだからか?




27 :考える名無しさん:04/12/09 22:52:18
>>26
近代思想の捉え方が甘いから。ほとんど竹田をざっと読んだ程度の理解しかない。

28 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/09 23:04:58
>>26
ポモ自体がインチキ臭いからだね。
インチキ臭くない言説を解体するのが、ポモなわけ。

29 :考える名無しさん:04/12/09 23:05:07
パレルゴンさん早く群論を語ってください。

30 :考える名無しさん:04/12/09 23:50:46
インチキなやつがはまるものだから。
最初からポモで哲学に入るのが、
そもそもの間違いなんだよねえ。。。

31 :考える名無しさん:04/12/10 02:12:15
>パレルゴン

じゃあ話題を広げるために。

前スレでパレルゴン自身が言っていたことに突っ込んでいってほしいんだが、
メルロ=ポンティの身体と、ドゥルーズの器官なき身体とに、
どのような共通点が見られるか。
動物性ということで結びつけているようだが、動物性とメルロ=ポンティ、
動物性とドゥルーズがどのように関連するのか、解説ヨロ。

読むのって、アガンベンの何?
『ホモ・サケル』?

32 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/16 23:19:36
ではない。「開かれ」であると言ってたではないか。


33 :考える名無しさん:04/12/16 23:24:10
>動物性ということで結びつけているようだが、動物性とメルロ=ポンティ、
>動物性とドゥルーズがどのように関連するのか、解説ヨロ。

こっちが本題だろ?


34 :考える名無しさん:04/12/16 23:31:58


パレルゴン マタニゲタ━━(゚∀゚)━━( ゚∀)━━━( ゚)━━( )━━(゚ )━━(∀゚ )━━━(゚∀゚)━━!!!!!



35 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/16 23:40:22
くどいな。
前回の1で書いているだろう。
身体とは理性による認識と言う捉え方を剥奪したんだ。
つまり、理性とは真理の発見能力ではなく、理屈をつけて
リビドーを切断した、ぎこちなさを人間に齎したと言う事だ。
だから、メルロ=ポンティは身体を探求した。つまり、
流れる連続性であること、つまり、動物性であることだ。

36 :パレルゴン ◆mL2ZRk1cK. :04/12/16 23:42:40
理性による信頼を剥奪し、身体の反応に、ある真理を見出そうとした。
ドゥルーズは人体を分裂の方に持っていき、その分裂する身体を生きたんだ。
内在哲学とはそう言うことだ。

37 :考える名無しさん:04/12/16 23:48:16


パレルゴン マタニゲタ━━(゚∀゚)━━( ゚∀)━━━( ゚)━━( )━━(゚ )━━(∀゚ )━━━(゚∀゚)━━!!!!!






38 :考える名無しさん:04/12/16 23:54:05
ほんじゃま・・・・・
グーグー

39 :考える名無しさん:04/12/16 23:59:07


パレルゴン マタニゲタ━━(゚∀゚)━━( ゚∀)━━━( ゚)━━( )━━(゚ )━━(∀゚ )━━━(゚∀゚)━━!!!!!




40 :考える名無しさん:04/12/17 00:10:18
「知ったかでもなんでも、風呂敷広げるだけ広げといてあとは逃げりゃいいんですよ(笑)」

これが俺流ならぬパレ流

41 :考える名無しさん:04/12/17 00:26:40
すごいな まだこんなゲンセツが交わされる場があるなんて
ゲンゴゲームが全く違いますね

42 :考える名無しさん:04/12/17 00:35:24
まさに「『構造と力』はボクちゃん的ミーイズムの正当化のために使われた」(浅田彰)
を地でいくスレですねw

43 :31:04/12/17 09:56:09
>>32
いや、パレルゴンはもう『開かれ』は読んだみたいなので、
次に他の何かを読むのかと思ってたもので。

『開かれ』良いね。
生政治についてたくさん読む込んでいる人には物足りないみたいだが。

>>35-36
端的にまとめてくれてどうも。

>メルロ=ポンティ
たしかに前人称的な実存的身体を考えたけど、それを強調することもしなかったと思う。
彼の社会理論も、人間が、社会への投げ入れられていることと同時に、
自律性も持っていることも主張しているので、「動物性」というのは、しっくり来ない……。

メルロ=ポンティを動物に引きつけて考えることはできても、
メルロ=ポンティが(いま取り沙汰されている意味での)動物性について論じていた、
と判断するのは難しいと思う。

>ドゥルーズ
についてはよく知らないので、たぶん間違ってるから指摘キボーンщ(゚Д゚щ)なんだが、
器官なき身体は、社会を欲望の観点で捉えたときに、死の欲動に対応するものでそ?
そう考えると、動物性は器官なき身体ではないにしても、それに近いものということ?

44 :考える名無しさん:04/12/17 23:12:01
詳細な説明有難う。
確かに、動物性を考える時、これはもう、アガンベンですよね。
つまり、アガンベンの動物性な訳です。
それは、東の言うポストモダン的な表現とは違う気がするんです。
つまり、前者は、ヘーゲルの絶対知に到達した後=今 は
否定性がなくなる。この事は弁証法を理解していれば分かるでしょう。
つまり、否定に於いて、奴婢は王を凌駕するように、成長のですね。


45 :考える名無しさん:04/12/17 23:17:09
ゴメン。44は私です。
と言う事は、否定性を超越した点は、否定性のない点=動物性の開放
だと言うのです。(この説はコジェーヴだと言っている。)一方バタイユは
その絶対知の地点でも「用途なき否定性」があるのだと言っているのですが
これは、つまり、「差異・差延」と言うデリダの概念を先取りしている
という気がするのです。

46 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/17 23:26:40
いや、パレルゴンの名前が消えてしまいます。
つまり、バタイユのように考える時、それは、かなり東に近くなる。
ポストモダンとイクオールの概念になってしまうのです。
勿論、アガンベンの「動物性」と言う概念は、宗教的な意味もありますし
一概に上述した二点に絞り込む事は出来ません。

例えば、「開かれ」と言う意味からは、ハイデガー的な
開かれている=情態に投げ込まれてある という人間存在の特徴
があり、その中で、意識しない雰囲気にいる場合を見るとき
まさに動物的だと見ているわけです。
これもまさに、認識=意識以前の 虚脱状態は投げ込まれてある
と言う、動物状態な訳だと考えているようです。

47 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/17 23:32:23
否定性のない=情態 こそ アガンベンは動物的と言っているのです。
それは、弁証法の完結後であり、ハイデガーの被投性の中の
ボーットした「気分」であり、理性的な認識を遠く離れた時に
我を忘れて「ただある事」の雰囲気に浸っている状態
こそ、動物性であると言っている気がします。

48 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/17 23:40:52
メルロ=ポンティについては、歴史的に俯瞰した時に
認識論から現象学、そこから身体へと言う大雑把な流れがあるわけです。
その意味で、簡潔に、身体とは理性中心から見ると、
所与の身体=超越を表すのであり、 身体と言う動物的な器官
を否定できない事を前提にしているわけです。
ここから、認識論から身体へと言う流れが、理性から動物へと言う
流れであるのではないかと考えたわけです。


49 :考える名無しさん:04/12/17 23:42:16
なんか、コジェーヴ的ヘーゲルというのがヘーゲル主義、弁証法、ひいては近代
を駆動してきた根本原理という妙な前提で話しているけど、それがフランス
現代思想の限界になってるように見えるね。ヘーゲリアンもハイデゲリアンも
コジェーヴなんて思想家は多分相手にしてないと思うw。精神現象学偏重、
主奴の弁証法偏重のヘーゲル理解というのは現代の思潮ともいえるけどあまり
いいこととは思えない。しかも、否定性のない点=動物性の開放、なんていう
コジェーヴどころかFフクヤマレベルの卑近な話に繋げられるとちょっと呆れて
しまうなあ。

50 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/17 23:43:25
ですから、アガンベンの動物性を基準とすると
君の言う方が正しいと思います。

51 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/17 23:49:23
ドゥルーズについては、どう言えばいいか、単純ではありません。
彼の数ある概念の中で、動物性を言い表わしたものは
「成る事」でしょうか?あるいは器官と言うシステムを超えた「身体性」
身体は原理や因果を越えたものとして、多様性=創造性に開かれている
無限=多様であり、創造なのです。そこには身体は出来事として
回収不可能のものなのでしょう。この点を動物性と言って良いかどうか
不明ですが、少なくとも、認識論ではないと言う事です。

52 :考える名無しさん:04/12/17 23:53:46
アガンペンは読んでいないのでなんとも言えないけれど、指摘したかったものの一つ
は、フランス哲学のドイツ哲学受容にはかなりのバイアスがかかっているのではないか
ということです。精神現象学はもちろん偉大な業績だと思いますが、あれはあくまで
ヘーゲルにとって学への導入としての準備考察であることも忘れるべきではないと思う。


53 :考える名無しさん:04/12/17 23:57:55
>>52
ヘーゲル→コジェーヴ→ラカンその他フランス系思想という伝達ゲームの中で
ヘーゲルが勝手に換骨奪胎されていってるというのは確かだね。

54 :考える名無しさん:04/12/18 00:02:03
現象学と構造主義の関係はどうなんだろう。形相的還元後に見い出された構造が
構造主義のいう構造だと俺は聞いたことがあるんだが。

55 :考える名無しさん:04/12/18 00:05:27
やれやれ

56 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 00:06:19
そうですね。
確かにドイツ哲学からフランスが持ち込んだものは多かったわけでしょうね。
ソシュールなんかも、フランスではかなり遅かったわけで。
ドイツには大きく分けて二つの流れがある気がします。
1)ハバーマス、アドルノの流れですね。
2)フッサール、ハイデガー、ベンヤミン
後者はフランスに大きな影響を与えています。
前者はむしろ英米系に流れている気がしますが、
この辺のフランクフルト系の全体が見えてこないのがフランス哲学
のような気がします。所謂コミュニケーション論とか
論理実証主義とか・・

57 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 00:11:38
俺もよく分からんが、現象学と構造主義とは大きく異なる気がする。
現象学はあくまで全ての外的な存在者は、個の現象としてしか現れない
と見ているわけで、構造と言えば、物は、その人の超越論的領野に意味として
しか現れないと言う事になるのだろう?
だとすると、その意味(志向性)の前提に、超越論的構造があるのかも?

58 :考える名無しさん:04/12/18 00:15:43
>>56
その分類はちょっと恣意的だなあ。良くも悪くも現代的というか。
1)ドイツ観念論の流れ
2)現象学の流れ
というより上記の二つの流れでしょう。ドイツ観念論のフランス的受容はあまり
面白くないと思う。あまりに矮小化してしまっていてね。

59 :考える名無しさん:04/12/18 00:19:26
>>57
よくわからないな。それだと主観的観念論にならないか?もしくはマッハ主義。

60 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 00:23:59
ハイデガーの存在論はどうするのですかね?
あるいはニーチェは?
いずれにしても、バウハウスとフランクフルト系に類似性を感じるのだよね。
抽象絵画とコミュニケーション論・言語学的合理性と言うか?
ウィトゲンシュタイン的言語無矛盾性の探求ってのか?

61 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 00:29:09
マッハ主義は知らないけど、構造主義と現象学で見ると、
独我論には相反するのが構造主義な訳で、
社会組織構造に影響され、言語構造に影響されて、主体化されるのが人間
と考えるのが構造主義ならば、自分の現象から組み立てるのが現象学
な訳で、180度反対ですね。

62 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 00:32:07
それでも、無理に類似性を見出そうとするならば
共に、客観を否定した事だろうね。
一方は、超越論的主観性において、他方は構造によってしか世界は見えて
こないって事でしょう。

63 :考える名無しさん:04/12/18 00:34:01
>>61
いや180度反対ではないと思うけど。現象学的還元(セマンティクスの判断留保)に
よって見い出されたものがいわゆる「構造」だとずっと思ってたが・・・
違うのかいな。

64 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 00:38:51
たとえ、仮に、それが構造だとしても、所謂構造とは全く異なるでしょう。
構造主義とは、社会的な構造ですからね。現象学では、個人の超越論的な
領野にある構造であるわけで、社会の構造が先にあるわけではないのですから。

65 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 00:41:37
つまり、構造主義とは人類学(レヴ=ストロース)、言語学(ソシュール)
精神分析学(ラカン)と言う風に、全て、社会性を帯びている。
一方現象学とは個人の現象からですから。

66 :考える名無しさん:04/12/18 00:56:19
キミのいう構造主義的構造を知覚するには神の視点が必要になんないか?
社会は「閉じない」から社会なのであって、絶対知でも持ち出さない限り、
「先験的に社会の構造がある」などとは言えないような・・・

67 :考える名無しさん:04/12/18 17:57:09
そうだよ。

68 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/18 21:17:05
現象学と構造主義の関係というのは良いテーマですね
最近哲学に関係ないトピックが多かったので自分も少し述べます

例えばかつての柄谷行人なら「内省」という言葉で
現象学と構造主義をくくったと思いますが、自分的には異なると思います

メルクマールは精神分析だと思います。
(ラカン的)精神分析は現象学じゃなくて構造主義じゃないかな

つまり個人の意識を超えた「集合」という単位を想定している点で
違いが現れると思います


69 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/18 21:21:33
>>66
構造は事後的に見出したもので
構造主義者は「先験的に社会の構造がある」などとは言いません

体系内で矛盾しなければ構造は複数あって構わない
ここら辺は公理系の話と重なってきますけど


70 :考える名無しさん:04/12/18 23:27:25
>>68
柄谷は「現象学が構造主義によって乗り越えられたというのは救いがたい誤解である」
とかなんとか言ってたね。その後彼は、フッサールの超越論性とカントの超越論性との
差異を強調するわけだけれども、そのへんのまとめをしろうとさんに聞きたいな。
>>69
>構造は事後的に見出したもので
>構造主義者は「先験的に社会の構造がある」などとは言いません

その通り。パレルゴンは単に間違っている。

71 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 23:31:18
66
仮に、事後的に構造を発見したとしても、構造は私の存在の以前にある
と言う事にならないかな?つまり、レヴィ=ストロースが
未開地で発見する構造は、その中で生きる者にとって、アプリオリな
ものであり、その存在すら意識し得ないものであるのではないだろか。

72 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 23:37:34
つまり、事前・事後の捕らえ方は、フーコーを見れば歴然だと思うけどね。
つまり、歴史的な布置によって、物の捉え方が変わってくるト言う事は
逆に言えば、私個人が言語構造を変化させえないことでもあるわけだ。
だから、生れ落ちた言語構造・思考構造に否応なく従属させられる
事になえる。つまり、事後的に見出すのは研究者であり、
アプリオリに従属しているのは、我々人間存在なのではないかと言う事です。


73 :考える名無しさん:04/12/18 23:39:01
>>69
構造主義者は、アプリオリとかアポステリオリだかというような議論はするの?

74 :考える名無しさん:04/12/18 23:40:23
>>71
>仮に、事後的に構造を発見したとしても、構造は私の存在の以前にある
>と言う事にならないかな?
いや、意味がわからない。そうすると>>66の言うように絶対知でも持ち出さないと・・・

75 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 23:41:42
そこのところを如何にすり抜けるかが、サイード、スピヴァクらが
やってきたことです。ドゥルーズにしても還元論を超えようとしたのですよ。
ポスト・構造主義とはその既存の構造=無意識を超えようとしたのです。
個々の所を明確に認識しないと、無意識を我々に人間個人が観察し
勝手に変えられる(コントロールできる)と言う、サルトル的誤解に
なっちゃう気がしますよ。

76 :73:04/12/18 23:42:43
>>71
カントの言うアプリオリとフッサールの言うアプリオリは違うんじゃない?
現象学が言っているアプリオリは、絶対不変なものっていう意味じゃん?

77 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/18 23:44:19
事前に構造があるのは当たり前
事後的ってに構造があるって、単なる認識論

78 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 23:48:59
構造主義とは科学主義といわれているけど、つまり、人間不在な訳ですよ。
その中で、合理的な組織を見出そうとした。
そうすると、構造は動き様がなくなる。つまり、静態的なのですね。
すると、その構造が絶対的な真であるかどうかを問う視点が証明できなくなる
のです。と言うのも、ある分析をする視点は客観的な視点足りえないからです。
だから、構造主義の見方は、神の不在を隠し持っているのは事実でしょう。
サイードは明らかに未開地のデスクールは西洋からの差別に於いてしか
語ってはいないとしているわけです。

79 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/18 23:51:40
>>78
また湾曲ポスモダ、人間不在なわけがない。
科学主義に、神の不在などいらないだろう。

80 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 23:52:12
77
ぴかぁ〜ちゃん
その通りです。ここを勘違いすると、認知論・脳科学の優位性に
なっちゃうのですよ。人間は科学的に全てを知りうるって事に。
つまり、郵便はあて先に必ず届くと言う事になってしまうのですよ。

81 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/18 23:54:19
>>80
はぁ?意味がわかりません・・・
手紙は必ず届くの意味がわかってる?

82 :考える名無しさん:04/12/18 23:56:28
人の話をよく聞け、おまいら。
構造がアプリオリなものであるはずないじゃんよ。

83 :考える名無しさん:04/12/18 23:57:33
>>72
別に人間存在が時代時代のエピステーメーに従属するわけではないでしょう。
表象形式、思考形式が従属するだけであって。
>>78
構造主義はその構造が絶対的な真であるかどうかを問うことは放棄しているといった
ほうがいいでしょう。というより放棄することによってしか構造は見い出せない。
そこに(流行の言葉で言えばw)否定神学やオリエンタリズムを指摘しても仕方ないような。


84 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/18 23:59:53
まとめ。
1)構造はすべて恣意的な慣習によって、あるいは力関係によって
  構成されてある。
2)その構造は個人的に意識的に変えうるものではない。

3 我々は生まれながらにその生れ落ちた時代と場所の構造に
  捉えられている。
4 我々はその生れ落ちた構造が正しいかどうかを証明できない。
  なぜならば、その証明をしようとする思考パターンが既に
  我々の構造に依存しているからである。
  (クレタ人のパラドックス参照)

85 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:01:23
>>83
結局、認識論=毒蛾論的いきずまりをどのように扱うかってことだね。
それを絶対的な真を放棄しているといってしまうと、
すべてがフリーズしてしまう。

いわば、それまでの認識論の放棄ですね。

86 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:04:20
フロイト、ラカン、フッサールも
結局デカルトへ回帰しているが、認識論は放棄しているところが
おもしろい。


87 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:06:28
とうい事になる訳と思いますよ。
人間存在とエピステーメーを繋げたのは言い過ぎかもしれないけど、
つまり、存在論的なあり方も含めてすべて、エピステーメーに従属している
のです。そして、そのエピステーメーの真偽探求はクレタ人のパラドックス
に陥るのみののです。ですから、真理は力によるという事だと思います。
「構造と力」とはそう言う意味ののではないかと思います。


88 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:07:47
>>87
フーコー自体は、途中でエピステーメー自体は放棄しているけどね。

89 :考える名無しさん:04/12/19 00:08:26
>>84
1.2.3.はともかく4が極めて曖昧。その場合の真とは形式論理的真をいうのか?そうなると
ゲーデル濫用の「知の欺瞞」になる。悪い癖ですね。
>>85
あっ、ごめん、君は放置ね。


90 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:11:05
>>89
ここで、ゲーデル濫用の「知の欺瞞」かよ、一気に低レベルへ(爆
いや、こっちから放置お願いする。

91 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:11:35
ぴかぁ〜さん。
それはないでしょう。
デカルトへの回帰なんてないでしょう。
ないと思いますよ。デカルトを認識論ではないといえるか疑問です。
私はむしろ認識論に位置付けていますけど・・・

外界そのままの姿は神のお創りになった人間に見出しえないはずはない。
よって、世界は真理として人間に捉えられると考えているのでは

92 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:13:53
>>91
フッサール、フロイト、ラカンが
コトギの再解釈の構造をもっていることは、誰もが認めることだよ。
認識論の放棄というか、正確には毒蛾論の放棄かな。


93 :考える名無しさん:04/12/19 00:14:04
例えば、ニーチェは真善美の統一の崩壊は認めるとしても、安直な相対主義者では
なかったと思う。「真理は醜い」と言っているだけであってさ。
ポスト構造主義はニーチェを援用しながらニーチェとは程遠いとこに行ってる気がするなあ。

94 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:16:38
>>93
「真理は醜い」=安直な相対主義者だね。
ある意味、安直であるからインパクトがあった、ということだね。
そりゃ、ニーチェとほど遠いでしょ。
いつまでも、「真理は醜い」では、話が持たない。

95 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:17:31
89
では、4)を論破できるでしょうか?
多分出来ないでしょう。
この問題点を巡りながら、構造主義はポスト・構造主義にシフトしていった
わけです。ラカンの対象A、クリステヴァの間テクスト性、
デリダの署名、オリジナリティの消失、ドゥルーズの器官亡き身体
どれをとっても、メタレヴェルの後退によって、絶対点の消失
を意識しているのですよ。

96 :考える名無しさん:04/12/19 00:20:10
>>93
ドゥルーズ「ニーチェと哲学」を読んでみれば?まあ、ドゥルーズ的ニーチェだが。
>>94
無理に会話に入らなくてもよろしいw

97 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:20:19
>>95
また変だ。
(クレタ人のパラドックス参照)という時点でおかしいわけだが。


98 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:22:34
ようはポスト構造主義はバレが言うほど、
ポスト構造主義ではないということだね。
なんせ、たかだがポストなんだから。

構造主義にすでに含まれていた動性を強調しただけ。
流れ的には、構造主義(含むポスト)→システム論 ととらえるのが正しい。

99 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:22:43
真理とは弱さの現れかもしれない。
その画一化された価値基準にすがる事で、善悪に境を設ける
このようにして世界は差別・被差別を内包する形で、二項対立的な
認識・構造を齎したって事だよ。
そこにメスを入れたのが、ポスト・構造主義特に、フーコーの
監獄の歴史でしょう。
認識論と存在論の境目は、フッサール・ハイデガー・ニーチェ
なのでしょうかね。

100 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:23:21
>>96
おまえかよ。コテにするか、出てけよ。

101 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:25:24
>>99
大味だな・・・

102 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:26:56
ラカン、バルトがいなけりゃ、デリダはいないが、
ラカン、バルトがいなくても、ルーマンはいた。
ということだね。

103 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:27:15
ぴかぁ〜くんは、システム論に向かっているようだけど
どう言う事を考えているの。
なぜシステム論なの・・・
ハバーマス的コミュニケーション論のように全て上手く
行くのかい。コミュニケーションは誤解のない交流になるのか?

104 :考える名無しさん:04/12/19 00:28:20
>>95
間違っているというより、曖昧だと言いたい。ちなみにソーカル厨じゃないですよw
悟性的、科学的思考形式では「真」には至らないというのはカント以来常識です。
超越的態度から超越論的態度への態度の変更ですね。
「我々はその生れ落ちた構造が正しいかどうかを証明できない」の証明の意味が
変わったわけです。無理にラカン、クリステヴァ、デリダ、ドゥルーズを持ち出さなく
ともよろしい。

105 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:28:52
ルーマンは知らないが、どう言う事かいな。

106 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:30:28
104
持ち出しても良いでしょう。
私の理論展開のあり方ですから。

107 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:32:31
>>103
ハバーマス的コミュニケーション論のなにが全て上手くいくのか
わからない。ハーバーマス自身も上手くいかないことは認めて、
それでもあえて、実践をもとめてが、ハーバマスの良さなわけだね。
ハーバーマスの論争好きはそれをそのまま表しているよね。


108 :考える名無しさん:04/12/19 00:33:36
>>98
そうじゃなくて、パレルゴンさんの問題設定>>84は別にポスト構造主義を持ち出す
ほどのものじゃないということね。
>>104
同意。

109 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:33:39
カントの場合には悟性の形式(範疇)は物自体を映し出してはいないとしても
人間の側の間主観的認識は同一化されるのですかね?
そこが、真理と言う事になりませんか?

110 :考える名無しさん:04/12/19 00:35:30
>>107
そして、君はハーバーマスのように論争好きかい?
さっきから全て俺の発言は無視されているんだが。

111 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:36:33
いわゆる、全ての人間には悟性形式がアプリオリに備わっている
とするならば、外界に対し同じ認識になると言う事ですかね?

112 :考える名無しさん:04/12/19 00:36:50
>>109
カントは「間主観的認識が同一化される」なんて言ってたか?どこからの引用?

113 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:37:30
システム論は細かく語るといろいろあるが、
大局的には、ニーチェ以降はシステム論と言える。
神に変わる者が、システムなんだよ。
すなわち偶然から意図が生まれるシステムについて
考えるってこと。

たとえばニーチェは、神の構造を暴露してた。
そしてそれを力への意志(生の欲動)という
生命的なもの=有機構成=システムに求めたわけだね。

それ以後は、そのシステムをより詳細に描くことで
きているわけ。
マルクスもラカンも、デリダも、ドゥルースも

114 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:39:03
>さっきから全て俺の発言は無視されているんだが。

誰が誰がわからん???

115 :考える名無しさん:04/12/19 00:39:05
カントに言わせればポモ系の言説は「構想力と悟性の自由な戯れ」でしかないだろう。

116 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:40:28
>>115
ヴィトに言わせれば、「おまえら、語りすぎなんだよ」ってことね(w

117 :考える名無しさん:04/12/19 00:45:50
>>113
ニーチェはキリスト的な神もその後に神に変わるものも含めて「死んだ」と言った
んだよ。だからそれは間違い。別にニーチェを絡めなくともシステム論は成り立つ
だろう。あと、マルクスはニーチェよりも年上だし、マルクス-ニーチェの思想
影響関係は全くないよ。これ厨房レベルの常識ねw
>>116
まあまあおもろい。放置は取り消したる。

118 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:45:56
113
ニーチェの「力への意志」をシステム論に持っていくのは
違う気がするよ。むしろよく分からんが、システムが何かの目的の為の
構造とするならば、やはり、二項対立的であって、善悪の基準がある
きがする。そうすると、ニーチェは善悪と言う構造的思考の批判であり、
善悪の彼岸でしょう。力への意志とは虚勢されない、欲望の崇高なる肯定
であり、システム論とは全く逆でしょう。

119 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:48:42
悟性には自由に戯れる能力を与えてはいないでしょう。
むしろ、理性では・・。
「・・・・でしかない。」のではなく、そう言う戯れこそが
抑圧・単一的な価値からの逃避・多様性だと言う事でしょう。

120 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:50:39
一時までにしようね。
皆さん。楽しいですね。
今、皆さんは何を読んでるすか?

121 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:50:42
>>117
そりゃ厳密なシステム論はニーチェなど関係ないよ。
システム論は科学だからね。

そうではなくて、時代の思想的な流れを説明しているわけ。
マルクス-ニーチェの前には、ダーウィンがいて、その前に
ヘーゲルの弁証法があるわけだけど、
ここに神から、システム(偶然)へのシフトがあるわけだね。
(すぐつっこむから、ヘーゲルはまだ神であるわけだが)

122 :考える名無しさん:04/12/19 00:51:27
パレルゴンの動物概念の理解を見てると、ほんとにわかってるのかなあと思う。
あくまでニーチェにとって「人間は動物と超人の間に張られた一本の綱である」
なのであって・・・

123 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:52:33
システムは偶然だと言う事は、構造主義の言語の恣意性と同じな訳ね。

124 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:53:50
そのシステムの複雑化の中で、
構造主義があり、ほんとの意味でのシステム論があるわけ。

個人的にはいま一番おもしろいのは、
構造主義(含むポスト)とシステム論の融合=科学化だね。

とかく意味不明と言われるポスモダが、科学化されていこうと
されている。「まなざしの快楽」のその一翼(お遊びだが)を
担っているわけだね。

125 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:55:09
>>123
恣意性もそうだが、一番は差異の体系が
まさにシステム論的にも重要。

126 :考える名無しさん:04/12/19 00:56:01
>>119
カントはちゃんと読みましたか?「悟性と構想力の自由な戯れ」はカント思想の
最重要キーワードの一つですよ。それでポスト構造主義を超えると言われても・・・
そういえばドゥルーズにカント論あったけど、あれも読んでない?

127 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 00:59:16
122
俺もその通りだと思うよ。
ただ、人間の世界観と言う物も、「認識できる」から「現象に映る物」
になり、「存在論的」から「身体」そこから、「動物性」になっちゃう
のは、寂しいな。地に落ちたのよ人間は。神に見放されて
動物な訳よね。だから、認知科学・脳学のように
一方で人間の能力を再度見直そうとしているのかもね。
今後はフランスを吸収発展させて英米系の哲学が発展する番かもしれんな。
認識する脳の構造を分析する事で人間を再度科学的に掌握するね・・・・?

128 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 00:59:58
>>118
システムが何かの目的の為の構造?
システム論は、因果律がないんだけど。

力への意志は簡単には生命力ですよ。
生命は、徹底的に生きることに利己的であるということでしょう。
まあ、ほんとの生命は利己的ではないのだが・・・
その意味で、神の代わりに、生命力を持ってきているわけ。

129 :考える名無しさん:04/12/19 01:01:15
>>124
その融合の理論的骨子は複雑系数学になるのかな?ぴかぁ〜が数学に強ければ
化ける可能性はゼロではないが・・・。現段階ではやっぱハッタリの域を
出ないよ。数式でもバーッと並べ立ててみれば?

130 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 01:01:37
>>127
今度はだれも受け売り?
今読んでる本に左右されすぎ(w

131 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 01:04:18
>>129
システム論の数学表記、複雑系って・・・
なことしたら、単なる認知科学で、デカルトに逆戻りだよ。

132 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 01:05:19
126
読んだ読まないはよしましょう。
君の考えを聞きたいだけですよ。
構想力と悟性と言った場合には、どうなの、構想力が悟性を引き出すのか
悟性が構想力を使うのかと言えばどちらでしょう?
私は、古典を専門にしていないので、説明宜しく。
私の感じでは、構想力が悟性のカテゴリーを利用するって事ですか?
利用すると言う表現がまずいかな?(笑)
それよりも、理性に自由を与えているのがカントではないの?

133 :考える名無しさん:04/12/19 01:06:48
>>127
このレスはいいね。確かに、認知科学・脳科学、英米系の哲学が逆に大陸系の
哲学(俺はフランスよりもドイツが重要だと思うが)の思想圏に食い込んできてる
のは彼らの自意識とは関係なく明らかだと思う。対して大陸系の思想が膠着化してる
というねじれも感じる。

134 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 01:09:29
>>133
単に心の問題に科学ががんばってるだけ。
英米/大陸の対立以前に、哲学/科学の対立でしょう。

135 :考える名無しさん:04/12/19 01:10:04
>>132
いつも読んだ読まないを言うのは君のほうじゃないかw。自分で読めw。
ぜんぜん専門的じゃないことだからさ。そこまで説明してたら哲学板じゃなくなる。

136 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 01:10:07
だから、自由な構想をテーマにする場合には、実践理性から解釈したら
と思うわけよ。その「構想力と悟性」の関係と
理性の関係はどうなんだろう? 前者はあくまで認識論であり
後者は実践・道徳論?

137 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 01:11:21
>>127にいえば、バレはなに日和見ってるわけ?
構造主義好きなら、人は動物ではない、
どこまでも、欲望するものといえよ(w

138 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 01:12:19
135分かったよ。了解。
所で、このスレッド今何人いるの?

139 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 01:14:03
137
俺にとっては、構造主義と動物化は全く別物なんだよ。
もっと本を読むよ。
アガンベンが好きだ。

140 :考える名無しさん:04/12/19 01:15:25
>>134
頑張ってるのは認めるけど、哲学畑の人間が読んで満足、納得できる科学系の
心論、意識論てないよね、実際。河本もシェリング、ヘーゲルなんかも扱ってる
けど読めたもんじゃないし。別に哲学的専門性を科学者に求めるつもりはないが、
浅薄すぎて読めないというのが実情ジャン。よく「逆・知の欺瞞」が出てこない
もんだなあと思うよ。

141 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 01:17:55
ぴかぁ〜のシステムと言う概念が今一わからんよ。
システムとは何かの目的を達成する為の構造でしょう?
違う?

142 :考える名無しさん:04/12/19 01:19:15
  _____________
  |__/⌒i__________/|   
  | '`-イ:::    -・=- , (-・=-   |  俺がいるからじゃないですか?
  |ヽ ノ (6    ⌒ ) ・ ・)( ^ヽ   |      
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 


143 :考える名無しさん:04/12/19 01:20:27
>>141
ぴかぁ〜は目的論的思考、因果論的思考、構造論的因果性、などをごっちゃにしていて
自分でも整理がついてないと思うね。

144 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 01:20:34
ジジェクもいいね。
今日は楽しい一日でした。

そろそろお開きにしない。
眠いよ・・・
ほんじゃま・・・
今日は有難うです。
また、宜しく。

145 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 01:21:27
>>140
どこ部分をどのように言ってるのかというのがあるが、
それはそれで良いのでは、
「知の欺瞞」もそういうことだと思うんだよ。

結局、解釈の仕方でしかない。やっぱり違う思想からみると、
そういう批判はでてくる。
でも違うんだよ。まあ、これはわしもよく言われるんだけど
批判なんだけどね。
コジェーブのヘーゲル解読とかね。そういう正当はでない
色々あって良いんだとおもうんだよね。



146 :考える名無しさん:04/12/19 01:22:22
>>144
おやすみー。もし失礼な言動があったとしたら許してねー。

147 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 01:24:08
>ぴかぁ〜のシステムと言う概念が今一わからんよ。
>システムとは何かの目的を達成する為の構造でしょう?
>違う?

まったく逆。システムとは、悲還元論性、有機体性なんだけど。
根元は、神がいないとして、偶然からいかに秩序は生まれるのか
ということだよ。


148 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 01:25:35
>ぴかぁ〜は目的論的思考、因果論的思考、構造論的因果性、などをごっちゃにしていて
>自分でも整理がついてないと思うね。

まだ、自転車操業だからね。そこまで体系化し整理するところまで
確かに来てないかもね。

149 :考える名無しさん:04/12/19 01:25:52
ぴかぁ〜さん、プリゴジンの思想をコンパクトに纏めてくれませんか?

150 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 01:26:58
>>149
ぐぐれや、かす!

151 :考える名無しさん:04/12/19 01:37:26
だれか「クラインの群」について詳説できるかたいませんか?構造主義の
入門書を買ったのですが、「だから何?」という感想しか出てきません(笑)
よろしくお願いします。

152 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/19 18:19:25
>>66から>>84に限定してレスします(ぴかぁーは放置)
自分はスレ主でもないし、グダグダにならないよう論点を絞ります
「構造はアプリオリ」かどうかという話ですね

自分の主張は>>69です
構造主義的構造はアプリオリな真理とかでは無いんです


153 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/19 18:20:06
構造主義は数学における構造とか公理系とか
また論理実証主義とかそういうある種の形式主義を継承しています
つまり構造主義者は実体論を放棄しています

パレルゴンさんが私の意識に構造が先行する、と強調するのは解ります
しかし構造が主体に先行するかと、構造が認識に先行するか
というのは全然別の話です


154 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/19 18:20:36
主体が意識しないところで、つねにすでに構造が機能している事と
構造は認識に先行する実体ではない事は両立します

ここを混同すると構造が実体じゃないならインチキだとか
または下部構造がすべてを決定して主体は操り人形みたいな
不毛な二択になると思います


155 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/19 18:23:30
ここら辺の論点を端的に示すのは「神の見えざる手」ですね
神の見えざる手を構造と捉えても構わないでしょう

この比喩は神に操られているというような事は言っていない
それは何か認識を超越したり先行したものではないですが
主体が意識的に好きなように操作できるものでもありません


156 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/19 18:36:53
>>70
一言で言うと「超越的主体なきカント主義」あたりの話でしょうか
柄谷は目的論的なフッサールと構造主義の違いを認めつつも
結局は内省による哲学(現象学的-構造論的還元)と総括します
ならば当然、柄谷とカントはどこが違うんだ? という話になりますが
たぶん否定神学を抜け出せるかという(東的な)話になりそうで厄介ですね


157 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/19 18:46:24
>>84
4)はもう少し細部を詰めてみると面白い論になりそうですね
自分的にはここで構造の複数性が効いて来ると思います

>>109>>111
カントでのアプリオリな形式というのは各人のものでしょう
間主観的な共通性云々を言うのはむしろ構造主義です

>>151
クラインの四元群ですか。ヴェイユ(とレヴィ・ストロース)が参照しました
未開人の婚姻の規則と抽象的な数学の操作が一致するという点が斬新だったんです


158 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 20:32:22
正直、精神不安定のしろうとと絡みたくないんだが、
あんまりにトンデモなので、一言だけ。

>ここら辺の論点を端的に示すのは「神の見えざる手」ですね
>神の見えざる手を構造と捉えても構わないでしょう
>この比喩は神に操られているというような事は言っていない
>それは何か認識を超越したり先行したものではないですが
>主体が意識的に好きなように操作できるものでもありません

神の見えざる手は、システムそのもの
認識の超越性、超越論性議論は不毛。
いわば、位相性というべき。

159 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 22:18:34
今晩はこの一回の書き込みで終わりますが、
しろうとさんの参加で、今後より高度な議論ができる
のではないかと楽しみにしています。
レスごとの批判・意見は今日は避けます。
いや、十分な理解が、短い文章からは出来ているとは
言いがたく、この状態で、再度意見を反論として加えると
誤解の元での、一方的な満足に終わるのがオチだと言う
気がします。いずれにしても、しろうとさんと同時の
書き込みによって、双方の哲学の違いを明確にし
相互理解を深めたいと思っています。
その内に宜しく・・・。



160 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/19 22:26:14
ただ、一言いえば、構造を古典主義的な「Invisible Hand」と言う
予定調和に見立てるのは、僕は、賛成できない気がします。
構造主義=科学主義的に見る見方と、恣意性を強調する
偶然性に見立てる場合がある気がしますが、僕は後者的に
見ています。あくまで古典主義的ではなく。
「神の手」を失った後に、構造主義は現われたのではないか
と言う説です。この所は、大変面白いですね。
レヴィ=ストロースが前者ならば、後者はソシュールってのはいかがでしょう?

161 :考える名無しさん:04/12/19 23:15:59
ぴか、竹田読んだ成果が出てないぞ。

162 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/19 23:20:27
>「神の手」を失った後に、構造主義は現われたのではないか
>と言う説です。この所は、大変面白いですね。

なことだから知の欺瞞とか言われる。
認識論以後、構造主義などが哲学に閉じることができなくなっている
ことが、理解できていない。

メタ哲学はいいが、構造主義に閉じたメタ哲学の陳腐さが、
しろうとと、バレに共通しているものだね。
ボクが哲学板を引っ張るという過剰な自意識と、
まったく同じところをぐるぐる回っていることが、
登場以来、同じことしか言っていないつまらなさだな。

というマジつっこみは野暮だね。ではでは。

163 :考える名無しさん:04/12/19 23:34:44
しろうとさん、書き込みありがとう。でもこんなことを言うのは失礼かも
しれんが、それくらいのことは解ってるというかなんというか(失礼!)、
辞書的定義やまとめではなく具体的に構造主義の思想内容を聞きたかった
んですね。みなさん、柄谷的というかなんというかw迂回がお上手でいらっしゃる
けれど、正直あまり見えてくるものがない。
しろうとさんやパレルゴンさんの理解での構造主義であれば、理性批判、物自体不可知
主義を貫徹したカントですら「なら構造主義は俺の思想とは全く関係ないな」とでも
言うでしょう。カント哲学は主体がどうこうできないアプリオリな認識形式だけでなく、
主体がどうこうできない物の存在も認めているからこそ成り立つわけですから。
(カントを全く捨ててしまうのなら話は別ですがね)

ちなみに構造主義は揶揄的な意味も含め「超越論的主体なきカント主義」と呼ばれたの
であって「超越的主体なきカント主義」ではありません。よろしく。


164 :考える名無しさん:04/12/20 01:24:51
>>153
>構造主義は数学における構造とか公理系とか
>また論理実証主義とかそういうある種の形式主義を継承しています
>つまり構造主義者は実体論を放棄しています

ここが曖昧。構造主義者は実体論を「放棄している」のではなく、単に「問わない」。
この差異は重要で、しろうともパレルゴンもそのスタート地点が曖昧だから、つい筆が
すべると構造主義を過大評価し過ぎることになり、(抽象的な)未開人の婚姻の規則と
抽象的な数学の操作が一致するということが「いつのまにか」人間存在一般が構造に
捉われていることに拡大解釈される。柄谷の「現象学が構造主義によって乗り越えられ
たというのは救いがたい誤解である」というのは、つまり現象学者が成否は別にして、
実体論を含めた古典的哲学的問題全て(全てというのが大げさなら構造主義よりも広い
領域を扱っていると言ってもよい)を問うているのに対し、構造主義者は放棄したものを
別の場所(宗教、芸術、倫理etc.)で問うているだけのことであり、現象学に対する構造
主義の優位を説くのはもともとナンセンスだという意味だ(カントを絡めると説明しやすいが、
この頃の柄谷氏のカント理解は極めて曖昧なのでカントについてはあえて省く)。
どっちにしろ「いつのまにか」拡大解釈をするのはよくない。その「いつのまにか」を
排除していく過程が哲学であると思うから。

165 :考える名無しさん:04/12/20 02:26:33
お兄ちゃん、本質主義は「主義」と名付けられたときに、
すでに脱構築されているんだよね?

             まずポスト構造主義は、構造主義が
             「差異の体系」とみなした空虚な構造を
             実体視するに至った事に反発してね…

      ∩─-∩      ∩-─∩
     ( ´・(ェ)・)      (・(ェ)・` )  人間の勉強はむずかしいクマー
    Φ___ )_     Φ___)
   /旦/三/./|   ./旦/三/ /|
  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |
  |愛媛みかん|_/   |愛媛みかん|_/


166 :考える名無しさん:04/12/20 03:43:40
ほほえましいAAですね。>>165

167 :考える名無しさん:04/12/20 03:46:54
                        
                            
                                      
`~ ̄ ̄ ̄~\ ̄ ̄ ̄~\  ̄ ̄ ̄~\ ̄ ̄ ̄~\        
人____)____) ____)____).        
  ー◎-◎-)ー◎-◎-) ー◎-◎-) ー◎-◎-)     
    (_ _) )  (_ _) )   (_ _) )       
∴ ノ  3 ノ .ノ  3 ノ .ノ  3 ノ .ノ      
      ノ      .ノ      .ノ          
      \_      \_      \_              
    ノ\_)   ノ\_)   ノ\_)   ノ\_)      
 ⌒ヽ´ .(  ⌒ヽ´  (  ⌒ヽ´ .(  ⌒ヽ´     
 ヘ  )===ヽ ヘ )===ヽ ヘ )===ヽ ヘ )===ヽ 
ノ=`J====.ノノ=`J⌒`)ノノ=`J====ノノ=`J====ノノ=`
================⌒`);⌒`)=====⌒`);⌒`)==⌒`
  ドドドドドドドドドドォォォーーーーーーーー!

168 :考える名無しさん:04/12/20 03:51:03
;;ヽ____   ___/;;;;ノ<シィー
____(〒)____]
:::::/        \:::::::.\
::/           ヽ:::ヽ::ヽ
::|.    ∩_∩    .|:::::|::::|
::|     ( -(エ)-)   .|:::::|::::|
::|  | ̄.○ ̄ ○ ̄|  .|:::::|:::::|
::|.   \_____/  |:::::| ̄ヽ
:::\          / ::::|__丿
:::::::::\_____/ _:::::::|

169 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/20 20:57:47
>>163
まあ確かにレスが雑だったり凡庸だったりします
けど迂回という事で言えば、単に>>163さんが
カントと構造主義の関係はこうだ、と書けばいいんじゃないですか
つまり、後だしっぽい

自分が興味あるのは一言で言うと(これも柄谷と関係あるけど)
構造主義の後で自由な主体をどう立てるかみたいな話です
正確かつ独創な文章を書くのは難しく、どうしても自分の言葉になるから
間違いを発見する欲望には答えられないし、我田引水なんで自分のスレに書きます
一見今の話題と関係ない文学の話でもしようかと思います


170 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/20 21:06:57
>>164
問わないと言ってもいいですよ別に。曖昧というならはっきりさておけば
ある記号システムの外部の実在は構造に関係ないということですね
(しかしポスト構造主義では構造の生成という形で再提起される)

>(抽象的な)未開人の婚姻の規則と抽象的な数学の操作が一致するということが
>「いつのまにか」人間存在一般が構造に捉われていることに拡大解釈される。
ええ、深層構造が表層の痕跡の原因になっている訳ではありません
構造は経験を抽象化したものだということを押さえないと
例えば「人間は無意識に操られている」式の通俗的な解釈になってくるでしょう

>構造主義者は放棄したものを
>別の場所(宗教、芸術、倫理etc.)で問うているだけのこと
「語りえぬものには沈黙」式の区分ですから、全くナンセンスという訳でもないと思う


171 :しろうと ◆AUSirOutoE :04/12/20 21:52:50
>>160
>構造を古典主義的な「Invisible Hand」と言う予定調和に見立てる
まあたとえに出しただけで一例ですから
構造自体は中立で幅広く使える概念という事ですね

>構造主義=科学主義的に見る見方と
>恣意性を強調する偶然性に見立てる場合
しかし、その二つは両立しますね
科学主義というより公理主義・形式主義から見ると分かりやすいと思う
じっさい数学の公理系も矛盾を起こさなければ公理はなんでもいい


172 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/20 23:21:28
今日も時間がなくて。
一言だけのレスですが。
しろうとさんのスレッドあるんでしたか?知りませんでした。
今日感じた点ですが、形式主義とは、公理形は何でもいい
と言う事が事実であるならば、構造主義的だと言う事に同意できますね。
但し予定調和を例えとして述べたに過ぎないとしても、
やはりまずい気がします。「予定調和=神の存在」を批判したのが、
構造主義にはあるのではないかと思うからです。
もし予定調和が正しいとするならば、それは、世界=現前は見えるもののように
あらねばなりません。しかし、ポスト・構造主義が言う様に、世界は多様です。
多様である事は非予定調和です。予定でも調和でもない、恣意的構造の現れであり
時代の開かれた価値体系によって開かれてあるのだと思います。
予定調和には「万物はすべからく神によって創られており、よって、世界は
合理的に現れており、数式によって発見されるものは
美しい結晶であり、神の姿に他ならない。」と言う
古典主義的世界が現れてきそうです。
それも、良い事ですですけど。時代遅れかな(笑)


173 :考える名無しさん:04/12/20 23:28:19
だめだこりゃ。次スレのタイトルは「なんとなくフィロソフィカル」にけってーい!

174 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/20 23:33:48
形式主義が、中味のない形式が矛盾なくあれば、それで十分
とするならば、どの公理系が優れているのか証明することは出来ない
のでしょうね。公理系間の関係はどのようなものなのか?
構造主義の言う様に内部と外・・・その外に向かってポス構造主義者
は脱領土と領土を繰り返したわけで・・その外を見出した時、それは
内部になると言う事を繰り返し・・・脱構築・・差延と言う概念を編み出した
のでしょう。
それと、カントによる構造主義の説明について
それはそれで良いんでしょうが、何故カントで説明するのが良いのか
不明ですね。構造主義とカント(ドイツ観念論)は大きく違う
訳で、カントから見た構造主義はあくまでも構造主義者の見る
構造主義とは異なるでしょう。どうしてもカントからと言うのならば
何故かと言う点を述べる必要もあるでしょう。

175 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/20 23:42:41
カントは大陸合理論とイギリス経験論の問題点を解決する為に
現れた哲学だと言われています。つまり、外の世界はあるがままに捉えうる
とする前者に対して、全ては分からない、観念連合に過ぎないとした後者
この両者の相違を一気に解決するために、悟性のアプリオリな形式を
持ち込んだわけです。つまり、外は分からないが内部の悟性形式にはっきりと
現れるものが全てだとした。この事がカントの功績です。
しかし、カントで全てを測るのはどうでしょうか?
構造主義が現れる背景が見えてこないでしょう。

176 :レヴィ−ストロース:04/12/20 23:43:37
すべてはボクのしゃべりすぎが原因なんだよね。後世のみんな、すまん。
ボクが未開民族の婚姻規則つまりはインセストタブーによる共同体間の女性(財)の交換
規則ををソシュールちゃんの構造言語学の業績を応用して解釈して、それがたまたま
うまくいっちゃったもんだから、勢いでデカルト的コギトまで無効宣言しちゃったわけ。
まさかみんながここまでボクの半トンデモを信じきるとは思わなかったんだ。
ごめんね。


177 :考える名無しさん:04/12/20 23:46:41
>>175
添削
>つまり、外は分からないが内部の悟性形式にはっきりと
>現れるものが全てだとした。この事がカントの功績です。

つまり、外は分からないが内部の悟性形式にはっきりと
現れるものが「現象の」全てだとした。この事がカントの功績です。

ここで「いつのまにか」カント思想が歪曲されている。


178 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/20 23:52:14
つまり、間違いを恐れずに言えば、構造=形式の証明が出来ない
と言う中心点に開いた「無」、これを存在論的と言おうが、器官亡き身体
と言おうが、原エクリチュールと言おうが、動物的と言おうが
あるいは「アブジェクシオン」「永劫回帰」「タナトス」と言おうが
全て、カントにはなかったことです。理性に開いた風穴こそ
しろうとさんの言う、公理系は何でもいいと言う事です。無矛盾であれば
良いと言う事でしょう。存在に開いた穴、これこそメタレヴェルの無限後退
なのでしょう。証明は無限後退的にメタを必要としているのでしょう。

179 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/20 23:57:30
公理系の証明が出来ない事、それは、人間が人間を証明できないこと
の現れでしょう。自己言及性とは、そう言うことです。だから、一刻も早く
王を殺したのです。口を封じる事で、無限遠点に頂点を封印したのです。


180 :考える名無しさん:04/12/21 00:00:11
カントは理性の構成的使用を戒めたのであって、統制的使用は認める。それが超越的な
メタならぬ超越論的なメタです。全て、カントにはなかった、のではなく、すでにカント
にあったのです。

181 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/21 00:00:28
そこから、多様に流れ出る規則を封印した。これこそ、古典主義だった。



182 :考える名無しさん:04/12/21 00:03:02
ちがうよ、自己言及性のパラドクスに出会って超越的形而上学から超越論的形而上学
に転回したのが古典主義だよ。

183 :パレルゴン ◆jUC237y.B6 :04/12/21 00:17:16
182
君の言う古典主義を正確に定義してみてくれない。
古典主義が自己言及性と言う概念より後・・・?(笑)
180
カント中心に構造主義を捉えるのは限界があると思うよ。
前述の私の意見を読んでみてください。背景が異なるでしょう。

同時に夫々君達もコテハンをつけてくれませんか。
部分的な発言ではなく、構造主義全体について君らの意見を書いてみてください。

明日早いので、今日はこれで・・・

184 :考える名無しさん:04/12/21 00:20:57
自己言及性問題は古代ギリシャ哲学からすでに扱われてたっつーの(笑返し)

185 :考える名無しさん:04/12/21 01:31:59
パレルゴンさんは当然数学基礎論や数理論理学をマスターして発言されていますよね?

186 :山本舞衣子 ◆d2gmSQdEY6 :04/12/21 15:55:19
肯定すれば形而上学 否定すれば否定神学
どっちに転んでも駄目じゃないか
脱構築っていっても結局は肯定するから駄目だし

187 :考える名無しさん:04/12/21 19:35:31
問題は否定神学がなぜいけないか?というのに「デリダ、柄谷、東、が言ったから」
という理由しかないとこだね。「存在論的、郵便的」の東の説明もよく読むと、
突き詰めれば、ハイデガーはナチだからダメ、という遠景を漠然と前提としていな
ければ実は成り立たないことだから。
彼らに転移している連中はまったくそのことが見えていない。

188 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/21 23:49:05
>>187
っぷ

189 :山本舞衣子 ◆d2gmSQdEY6 :04/12/22 04:56:34
否定神学は禁止を前提にしてるところが駄目
絶対に真理に到達できない だからこそ到達できるのだという理屈ですね
絶対他者=神ということですね

190 :アントナン・アルトー:04/12/23 00:48:28
ポスト構造主義者ってさあ、ボクを過大評価しすぎなんだよね。
ボクだって本当は平凡な人生を送りたかっただけなんだ。
だから、狂人の苦しみも知らないくせに、ボクにいろいろ理屈をつけて飯のタネに
するのはもうやめてよ。いいかげん頭にくるんだ。

191 :グレン・グールド:04/12/23 00:54:07
>>190
ほぼ同意。

192 :考える名無しさん:04/12/23 10:12:01
アルトーが「器官亡き身体」と初めて言ったんだって。
スキゾを実践した。分裂症的身体アーティスト。
でも、ポスト・構造主義(ドゥルーズ)は色んなタームを「と」で繋いだ訳だ。
だから、アルトーもその内の一つなのよ。

193 :考える名無しさん:04/12/23 10:16:02
否定の連続は肯定でもあるんだな。
「否定は肯定である。」スピノザ
聞いた事ある?否定は概念の否定を通じて
ある反対概念を構築している事を隠し持っているって事だな。
「肯定は否定である」と同じである。
肯定はある否定性を隠し持っている。

194 :考える名無しさん:04/12/23 18:17:00
そういう単純な理屈だから否定神学は嫌われるんだね


195 :考える名無しさん:04/12/23 20:26:25
スピノザは「全ての規定は否定である」じゃなかったか?

196 :考える名無しさん:04/12/23 23:22:08
「あらゆる規定は否定である」(Omnis determinatio est negatio)
From スピノザの書簡。

197 :考える名無しさん:04/12/23 23:37:17
この際、ドゥルーズによるカント、スピノザ、ライプニッツの珍解釈は忘れましょう。


198 :考える名無しさん:04/12/24 09:02:01
器官なき身体=脱中心化=ゼロ記号=シニフィアンの戯れ

199 :考える名無しさん:04/12/24 09:09:50
アルトー
「身体は身体だ。ひとりだし、器官(オルガン)なんか欲しがらない。
身体は有機体(オルガニスム)なんかではない。有機体は身体の敵だ。」
自分の耳を切ったゴッホ。器官の自明性が解体した瞬間だ
みんな、器官のなき身体を持ちましょう

200 :考える名無しさん:04/12/24 21:56:08
部分的に述べるのではなく、構造主義、ポスト・構造主義について、
纏まった意見をレスしよう。
197:それでは君はドゥルーズのカント、スピノザ、ライプニッツの
   解釈を少なくとも知っていて、そう言っているのでしょうね?
   そうであるならば、君の理解している所をレスしてくれ。
   そしてドゥルーズの解釈を否定して、君自身はどの様に、3人の
   哲学を解しているのか?書いて欲しい。

201 :考える名無しさん:04/12/24 22:01:24
「パレルゴンさんは当然数学基礎論や数理論理学をマスターして発言されていますよね?」

なぜマスターしないといけないのか述べていませんね。
それでは君はポスト構造主義を理解して上記の発言をしていますか?
と言う質問でお返ししましょう。

いや、感情的にならずにいえば、数理論全般に全く興味がありません。
それは、疎外された人間の、超自我による、暴力だからだと言う気がします。



202 :考える名無しさん:04/12/24 22:09:22
俺は、むしろ、新たな器官が欲しい。
サイボーグ・フェティシズムだ。

物理的実体には拘らない。
仮想であっても、携帯性を考慮すれば、
むしろ、より役にたつ。

203 :考える名無しさん:04/12/24 22:56:21
数理論は、ある単位「1」や記号「+」など規則を恣意的にルール化して
それを高度に組み合わせているに過ぎないのに、
まさに真理を証明するかのような錯覚を無自覚に信じているのだと言う事
に全く気付いていないのです。

問題点はここにあります。つまり、数理論は前段を隠蔽している。
つまり、「1」とは何かと言う事です。
それは、自明のものでしょうか?
数理論はそれを疑い得ない前提としているのです。
このことから、如何なる高度な数理論も同じ点を隠しているのです。
以上から、私は、フレーゲも好きに離れません。

204 :考える名無しさん:04/12/24 23:00:28
数学の場合、それが特定の条件下においてのみ成立するのだと、
自覚している場合には、何も問題無いと思うが。

普遍性を求めるのは、無茶だ。

205 :考える名無しさん:04/12/24 23:02:59
身体は器官に還元される事を拒む・・・・
現勢化されたものである器官に対し潜勢化する内在の謀反であり
永遠に回収されぬ過剰が器官を超え出ることであり、それは内在性
「強度・力」なのだと言う事です。ここに何ものにも還元不可能な
ドゥルーズの器官亡き身体が開かれるのです。

206 :考える名無しさん:04/12/24 23:03:56
204:数学が普遍性を求めないのならば、数学とは何なのか?


207 :考える名無しさん:04/12/24 23:04:41
しろうとさん。
答えてくれ。

208 :考える名無しさん:04/12/24 23:11:39
数学とは理性の「おままごと」です。
真理の証明から離脱・・・、それは量子力学と不完全性定理と
ノイズ理論、大数の法則によって、あらわになった数学の恣意性です・・
それでも数学の意義を求めるならば、道具としか言い様がありません。
経験的な事は繰り返すと言う仮説によって、明日も日は昇ると言う
前提を疑わずに、数理論を組み立てているのです。
つまり、帰納法的であるしかないのです。

209 :考える名無しさん:04/12/24 23:14:14
ほんじゃま・・・
上記のような会話をスムーズにできる相手は哲版にはいないな。
さらばじゃ・・・

210 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/24 23:15:16
>>209
ぷっ・・・

211 :考える名無しさん:04/12/24 23:15:39
普遍性を求めるのは、哲学じゃないのか?

212 :考える名無しさん:04/12/24 23:18:14
しろうと・ポール・ぴかぁ〜
頑張れよ。
もっと、勉強をだね。読みがたりない。
思った通りに言う事。
調べて言おうとしない事。
今の知識をぶつける事。
後で調べる事。
間違ってもいいこと。
以上が私=パレルゴンからの言葉である。

213 :考える名無しさん:04/12/24 23:22:16
パレルゴン=額縁の外=外の思考=永遠に外部へ逃走する者
外部を求めるもの=内部は「それ」としかいえない

これが、パレルゴンの意味である。(デリダ)
ぴかぁ〜はもっと緻密に本を読む必要がある。
実力以上のものを見せようとしすぎているので
逆に未熟さが見えるのですよ。

214 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/24 23:27:33
>>213
バレ〜・・・
おまえにいうことは一つだけ。
「その中のどこに君があるのか?」
この意味がわかるまで、おまえは変われない。
というか、正直、おまえと関わる意味がもうない。

215 :考える名無しさん:04/12/24 23:29:27
それでは、がんばってけろ。
君らは素晴らしい素質がある。
本の名前だけを羅列することなく、その哲学者の論理を展開する様に書く事です。
そのためには、決して負けない意志と哲学を人一倍愛する事。
それと人を論理によって打ちのめそうとするのではなく
自分の無知を知る事です。そうすれば、相手との交流も
スムーズに進む気がします。
生意気な事言って申し訳ありません。
それでは頑張って下さい。


216 :考える名無しさん:04/12/24 23:32:21
パレは少し頭おかしいんじゃないか(笑)。柄谷が言った「ポストモダンというのは
単にヒュームへの回帰である」というのは当たってるな。

217 :考える名無しさん:04/12/24 23:32:42
ぴかぁ〜さんへ
言っている意味君自身分かっているとは思えないな。
君の論理は一貫性がないよ。
創作としては面白いと何度も言ったはずだ。
しかし、哲学的な分析力に於いては、目立たないと思うよ。
みんなもそう思っているのでは・・・

218 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/24 23:35:56
>>217
そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。
なことどうでもよいんだよ。
いい加減わかれよ。おまえがいかにしがみつこうが、
今のおまえには、もう絡む意味もないんだよ。

219 :考える名無しさん:04/12/24 23:36:45
216
だから、私が言ったように、単純な語彙でもって、哲学を知ったか
するなと言ったんだよ。分かってないから比喩のような短い文章で
相手を打ちのめそうとするんだよ。
本当に分かったらそんな単純な文章で結論付ける事は出来ない。

220 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/24 23:38:27
バレ、ほんとごめん。おまえもういらなんだわ。
もうわしに近づかないでくれ・・・キモい。

221 :考える名無しさん:04/12/24 23:39:37
218
ぴかぁ〜君。
冷静に君の求めるルーマンでも完璧に理解して、レスしてくれ
その時には俺も拝聴するよ。

感心させてくれ。俺は、人に感心させられたいだけなんだ。
今のところ誰も俺を感心させてはいない。

222 :考える名無しさん:04/12/24 23:41:46
>>219
何言ってるんだ。

>数理論は、ある単位「1」や記号「+」など規則を恣意的にルール化して
>それを高度に組み合わせているに過ぎないのに、
>まさに真理を証明するかのような錯覚を無自覚に信じているのだと言う事
>に全く気付いていないのです。

このような、数学は真理の言葉である、みたいなこと主張してる数学者、哲学者
が今どこにいる?具体的に名前とその人の思想をあげてみてくれ。
たぶんあげられないだろうね。そんな数学者、哲学者は君の脳内にしかいないからだ。

223 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/24 23:42:39
>>221
おまえは、だだっこか?(w
そこまで落ちぶれることもないと思うが、
その前にこの場から去れよ。

224 :考える名無しさん:04/12/24 23:43:18
と言う傲慢な言葉を残して去る辛さを俺はしみじみ感じている。
ぴかぁ〜君は偉いよ。
まあ皆さんがっばってください。
俺はもっと磨く。もっと素早く、鋭く。凡才になる事。
それでは・・・もっと秀才を与えたまえ

225 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/24 23:45:45
>>224
それがキャラでできれば、良いんだから。
おまえは天然だから。
ほんと頭悪いよな。もうちょっとさ、空気読んだり、メタレベルの読みが
できないもんかね。
まあ、私生活でも苦労しているんだろうが・・・

226 :考える名無しさん:04/12/24 23:45:50
「このような、数学は真理の言葉である、みたいなこと主張してる数学者、哲学者
が今どこにいる?具体的に名前とその人の思想をあげてみてくれ。
たぶんあげられないだろうね。そんな数学者、哲学者は君の脳内にしかいないからだ。」

それでは、数学とは何だろう?
外の世界の事実=真理の表現出ないとしたら何だろう?
アンサー・プリーズ



227 :考える名無しさん:04/12/24 23:46:28
>>224
さよならー。あと十年くらいたったらまた来てね。

228 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/24 23:47:03
どうせ来週末また来るんだろう(w

229 :考える名無しさん:04/12/24 23:49:07
特定の状況下において成り立つ一般原則を示してるだけで、
ほとんどの自覚的な数学者は、普遍的な真理なんぞ志向しとらんでしょ。

何らかの原理原則を打ち立てる場合は、
まず、それが成立する条件を把握するのが科学者であって、
それができない(受け入れたくない)から、哲学は哲学なんだよ。

230 :考える名無しさん:04/12/24 23:53:07
そうかもね。(笑)
ぴかぁ〜
ほんとにルーマンでも何でも良いので、一つだけでも論理的に
書いて欲しい。頼むから・・・

231 :考える名無しさん:04/12/24 23:55:20
成立する条件を把握する数学者はどう言う状況(視点)にいるのか
を証明できないのが数学者・科学者ってのはどう?

232 :考える名無しさん:04/12/24 23:56:10

恐ろしくレベルの低い議論が展開中。


233 :考える名無しさん:04/12/24 23:56:53
つまり、条件を掌握するその立場は証明されていないことを無視する
と言う事ですが?

234 :考える名無しさん:04/12/24 23:57:29

恐ろしくレベルの低い議論が展開中。



235 :考える名無しさん:04/12/24 23:57:58
>>231
それは「できない」というよりも、する必要がないってことじゃないの?
そこまで突っ込むなら、数学の哲学とか、科学哲学になるんだろう。

236 :考える名無しさん:04/12/24 23:58:33




237 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/24 23:58:33
>>230
どこまでわしに頼る気?
そこそろ独り立ちするか、去るかしなさい。
迷惑なのぐらいわかろうよ。大人なんだろう。

238 :考える名無しさん:04/12/24 23:59:24
>>226
質問を質問で返すなよ。数学が真理を証明するかのような錯覚を無自覚に信じている
思想家は具体的に誰だ?どういう思想だ?と聞いているんだよ。つまり君が批判してい
るのは誰だ?どういう思想だ?という質問。端的に「・・・の考えだ」と答えれば
いいんだよ。そこで逃げちゃダメだ。


239 :考える名無しさん:04/12/24 23:59:31





240 :考える名無しさん:04/12/25 00:00:12
232
感情的で煽りのような発言です。
何処がレヴェルが低いと言えるのですか?
貴方にとってレヴェルが低いのならば、君の高さを証明するために
建設的な意見を書いてください。
そして皆が読んでみて、本当に高いのであれば、君に多くの質問が
浴びせられるでしょう。

241 :考える名無しさん:04/12/25 00:00:45

ばーか


242 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:01:21
結局、バレに絡むと損するからやなんだよな・・・

243 :考える名無しさん:04/12/25 00:01:40

建設的だってよ
アハハ

244 :考える名無しさん:04/12/25 00:02:09
つーより、前提を認めなきゃ、
先に勧めないのが他の学問だよ。

そこんとこが曖昧だから、哲学は、
素人に口を出されても、対応できない。

245 :考える名無しさん:04/12/25 00:02:51


恐ろしくレベルの低い議論が展開中。



246 :考える名無しさん:04/12/25 00:02:58
数学者は全て真理を明らかにする事が使命でしょう。
数学が真理を示さないならば、それは何ですかと聞いているのです。
1+1=2が真理ではないならそれは何でしょう?

247 :考える名無しさん:04/12/25 00:03:43

アハハ〜

248 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:04:21
いまどき希少価値の高い真理主義者が混ざってるな・・・

249 :考える名無しさん:04/12/25 00:05:04

真理主義者なんて聞いたことねーよ
精神心理学部くらいありえねー

250 :考える名無しさん:04/12/25 00:05:23
前提とは何ですか?
先に進むとは何?
そこのところとは?
曖昧な点とは?
全て不明につき討論不可能です・・・・・・・・?

251 :考える名無しさん:04/12/25 00:05:54

ありえねーくらいヴァカ

252 :考える名無しさん:04/12/25 00:06:01
アンカーくらいつけてくれ。

253 :考える名無しさん:04/12/25 00:06:08
1=1であることを認め、
1+1=2であることを前提にして、
その中での法則を考えるのが数学なんだよ。

だから、1=1ではない条件下では、
前述の法則は、成り立たない。
それだけ。

異なる条件下では、
異なる法則が成り立つ。

誰も、普遍性なんか求めちゃいない。

254 :考える名無しさん:04/12/25 00:06:38
>>164で答えは出てるだろ。数学も構造主義もギリシャ以来伝統的に言われてきた
形而上学的な「真理」は問わない、ということ。はじめから問わないと宣言してる
学問に「問うてる」とイチャモン付けて勝手に暴れてるのがパレルゴン。

255 :考える名無しさん:04/12/25 00:07:26

氏ねヴァカ
でも死ぬ前に『算術の基礎』くらいは四度こうな

256 :考える名無しさん:04/12/25 00:07:43
真理主義とはなんでしょう?
いきなり名付け親でしょうか?
概念を定義せずに名付けるもう 
もっと本を読まないと言っている事が分かりません?
ほんじゃま・・・
後はヨロ・・・

257 :考える名無しさん:04/12/25 00:09:08

アハハハハ〜
おまいらバカ


258 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:09:45
>>256
ぐぐるぐらいしろよ!カス!

259 :考える名無しさん:04/12/25 00:10:18
最早、構造主義とは無関係なスレと化したな。

で、構造主義って何よ。

260 :考える名無しさん:04/12/25 00:10:31

おれも真理主義で逝こう
プ


261 :考える名無しさん:04/12/25 00:11:21


恐ろしくレベルの低い議論が展開中。



262 :考える名無しさん:04/12/25 00:11:36
256
ソックリお返ししましょう。
ドゥルーズでも読んでからいらっしゃいね。
254

数学は神の姿を捉える=真理探究の手段だったと思いますよ。
今は君が言う事は理解できますが、デカルトでも読めば分かりますよ。


263 :考える名無しさん:04/12/25 00:12:22

おまいら日大出身者かよ
プ

264 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:13:07
バレが寝たな。
結局、バレの週末の暇つぶし、かまってくんに付き合わされる
だけなんだよな。・・・わかっていても、可哀想でかまってしまう・・・
なんか切れない、捨て猫みたいなヤツなんだよな。

265 :考える名無しさん:04/12/25 00:14:20
平面と球体の表面では、
条件が異なるんだよ。

古典物理学も、
厳密さが不要なら、
今でも実用できるんだよ。

266 :考える名無しさん:04/12/25 00:15:12
だから、もっとしっかり本を読んだら、「ばか・くそ」と言う
感情的な発言は出てきません。
かじった知識だから、すごむのですよ。
哲学以前の問題ですね。

267 :考える名無しさん:04/12/25 00:15:15

中学生だったよ
プ


268 :考える名無しさん:04/12/25 00:17:06
265
分かってますよ。リーマン曲線(幾何学)ですね。
君の理解は正しいと思います。
それでは・・ぴかぁ〜 オヤスミ

269 :考える名無しさん:04/12/25 00:18:44
>>262
デカルトの時代とは、数学をめぐる状況が違うでしょう。

270 :考える名無しさん:04/12/25 00:20:25
>>262
あのね、だからね、なんと言えばわかるのかなあ・・・。いいかげん疲れてきた。
君が「数学は神の姿を捉える=真理探究の手段」という考えを批判するのはいい
ですよ。なんの異議もない。でもそんなことは別にポスト構造主義が初めて批判した
わけではない。カント以降はそのような数学神秘主義は潰えたのであって、そこで
強引にポスト構造主義のタームを使って説明すべきではない。明らかに衒学趣味です。


271 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:21:39
>それでは・・ぴかぁ〜 オヤスミ

ったく、名前呼ぶなって(w
ほんと雨にぬれた捨て猫だな・・・
いい加減、独り立ちほしいよ。


272 :考える名無しさん:04/12/25 00:21:40
数学は人間が生きて行く為に利用するツールである。
決して、真理ではない。この事を君から聞いて
本当に良かったと思います。
君の才能に乾杯です。
その能力を生かして、世界を救ってください。
今日は君に会えた事が最高に嬉しかった。
それでは、おやすみなさい。
今日はありがとう。
失礼の数々お許しください。
貧しきものより

273 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:30:20
バレの捨て猫劇場の次回公演は、30日の晩を予定しています。

274 :考える名無しさん:04/12/25 00:30:48
でもパレルゴンみたいな香ばしいコテがいてくれるからこそ哲学板は盛り上がるわけでw

275 :考える名無しさん:04/12/25 00:33:28
>>273
パレのアホさに乗じてお前がしゃしゃり出てくるのはもっと醜いぞw

276 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:33:51
でもしろうとといい、最近の天然キャラの台頭は、なにかの傾向なのかね。

277 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:36:45
>>275
ぴかぁ〜、ぴかぁ〜と捨て猫が泣くのよ・・・

278 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:37:57
正直、バレはぼけたオヤジよろしく、ここ数年、同じことしか
いってなんだから。
くり返し同じ話される身にもなってくれよ。

279 :考える名無しさん:04/12/25 00:39:29
>>276
お前も含めて、知識人ゴッコしたいだけだろ?パレやしろうとがキレる瞬間て、
知識人ごっこの暗黙のルールが破られたときだけだよ。思想内容なんてまったく
関係ない。批評空間の共同討議ごっこだよ、こんなの。

280 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:44:18
>>279
知識人ゴッコ?まだまだだな。その奥を見ろよ。
パレやしろうと見て見ろよ。単にかまって欲しいだけだよ。
やつらもまずわしのように自給自足率を上げないから、
インフレを起こして、パニクる。
そんざけ。

281 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 00:48:56
単に知識の開示では、インフレを起こすのは当たり前のこと。
バレはドゥルーズネタ、しろうとはアスペクトネタを
リピートして1年以上。
ここの知識系コテがしばらくしていなくなるのは、そのため。
(それが悪いことではないが。)

わしがバレに「そこにおまえはどこにいるのか?」と問いつづけているのは、
そこに自分の考え、未完成でも、稚拙でも含めないと
インフレは解消されないということ。
ならおまえは、いつまでこの板にしがみついてるの?
今日みたいにほんとに唯のかまってくんに成り下がるだろう、
ってことだね。


282 :考える名無しさん:04/12/25 01:05:21
>>281
お前もあんまり図にのるなよw

283 :考える名無しさん:04/12/25 01:53:57
http://shinta.tea-nifty.com/nikki/2004/12/post_6.html

世の中の文系の人っていうのは、自分の論じている内容のトートロジーに意外なほど鈍感だよね。

284 :考える名無しさん:04/12/25 02:13:29
パレルゴンよ、いちいちageるから祭りになっちゃうんだよ。sage進行にしろ。

285 :考える名無しさん:04/12/25 05:19:08
構造って伝統的支配と大差ないな。

286 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/25 22:14:10
インフレを起こしたコテがいうことは、いつも同じ。
「より正確に」・・・
これは、社会的にもパターンだね。
閉塞した、固定化した、様式化した、すなわち変わる力を失ったものは
いつも「ルールの正確さ」規律にこだわる。
すなわち象徴界の、シニフィアンの連鎖に流されるのみ、
生の欲動を失ったものはいつも・・・
汚物を溢れさせる力を失った者は・・・


287 :考える名無しさん:04/12/26 12:52:00
ただ今下げのテストだす。

288 :考える名無しさん:04/12/26 21:03:35
哲学にインフレという経済用語を使うってどう言うことでしょうね。
概念不明。

289 :田原総一郎 ◆AnY8kC9F/A :04/12/27 00:00:11
こんばんは、田原総一郎です。提案ですが、もうこの際、ドゥルーズについての話題一本
に絞ってみたらいかがでしょうか、このスレッド。構造主義・ポスト構造主義を超えて、
ではテーマが大きすぎて細部に話が行く前に概論(というか個々の立場表明?)で会話が
終わってしまいます。それどころか無益な党派的煽りだけの場合も少なくない。
個人的には、ミル・プラトーの中の「いかにして器官なき身体を獲得するか」あたりが
ドゥルーズ思想の中心になっていると感じているのですが、どうでしょうか。そしてあ
の章は私は文学としてはイメージが掴めすぎるほど掴めるのですが、「なるほど!」とま
では正直いきません。
有機体的思想の王ヘーゲル?にゲリラ戦を挑む機械の思想家ドゥルーズ。「エチカ」をCsO
についての偉大な書物と呼び、ヘーゲル的スピノザ理解を嘲笑するドゥルーズ。
そのあたりに細かく突っ込んでみません?パレルゴンちゃん。


290 :考える名無しさん:04/12/27 20:44:44
「それは油断のならないものだ。捉えそこなうことが大いにありうるからだ。
ときにはまた恐るべきものであり、きみたちを死に導くこともある。それは
欲望であり、しかも非欲望である。それは観念や概念ではなく、むしろ実践
であり、実践の総体なのだ。CsOに人は到達する事がない・・・・・
いつまでも接近しつづけるだけ、それは一つの極限なのだ。」Mill Plateaux
by Gilles Deleuze


291 :考える名無しさん:04/12/27 20:51:59
まさに、フロイトの「タナトス」破壊の欲望であり、欲望する機械なのだ。
だからそれは手がつけられないものであり、論理的思考に敵対するものである。
それは決して認識など出来ない。ただ、触れるだけであり、感じるだけだ。
いやもっと近くにいようとすると、全く遠いものであり、
唯一それに近付く方法があるとすれば、「成る事」においてである。
「成る事」それは認識する事ではなく、取り付かれることによって、
私は生成する。主体としての私は喪失し・私とは呼べない何かになる。
狼の様な「叫び」に身を任せ、獣に成る事だ。

292 :考える名無しさん:04/12/27 20:55:11
あるいはリビドーにのって歩く事である。走る事・行為全てが
実践全てが、欲望に張り付いているのだ。その根底にあるものは、つまり、
反理性・反虚勢であり、普遍・論理であるのは間違いない。

293 :考える名無しさん:04/12/27 20:58:57
去勢によって、我々は人格を持つ。この人格を喪失する時、Csoになる。
喪失とは肯定である。すべてのものが「然り」と成る時、全ては失われる。
そしてそこに欲望する機械が復活するのだ。


294 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/28 14:24:02
>こんばんは、田原総一郎です。提案ですが、もうこの際、ドゥルーズについての話題一本
>に絞ってみたらいかがでしょうか、このスレッド。構造主義・ポスト構造主義を超えて、
>ではテーマが大きすぎて細部に話が行く前に概論(というか個々の立場表明?)で会話が
>終わってしまいます。それどころか無益な党派的煽りだけの場合も少なくない。

汚物性を排除したスレに生きる道はない。

295 :考える名無しさん:04/12/28 21:50:13
なぜ、マゾッホとサドだったのか?いたって簡潔に言えば
ドゥルーズが求めていたものが器官を窒息させて、インテグレート
させるものを拒否したからだ。器官とは因果であり、
因果以上のもの、余剰を回収してしまうからだ。
だから、器官の活動を阻止し、表層の感官に多様性=創造性を求めたと言う事。
この皮膚表層は内在平面でもあるのだと思う。内在する平面に
欲望機械・抽象機械などリヴィドーの連続とその切断機械が乱立する
フールドこそ表層であり、内在でもあるのだろう。

296 :考える名無しさん:04/12/28 21:59:53
機械とは欲望であり、欲望の流れる組織でもあるのだろ。
この組織によって欲望は流れる。資本主義機械は金の流れによって
統括される。「もっと遠くへ行こう。我々はまだCsOを見つけてはいない。
我々の自我を解体していない、と。」ドゥルーズ 千のフラトーP174参照。
「回想よりは忘却を、解釈よりも実験を」つまり、回想は回収されるからだ。
解釈は論理に還元されるからだ。だから、実験は結果不明の状態で回収されな
いからだろう。今日はここまで・・・・・。FROM パレルゴン

297 :考える名無しさん:04/12/28 22:03:16
今後は田原さんも書き込んでください。
但し、煽られないように、sageで行きましょう。
実験はわくわくしながら眼差しを送るからだろう。

298 :考える名無しさん:04/12/28 23:23:38
>>288
インフレーションて物理学でも使われてるが

299 :考える名無しさん:04/12/29 23:10:55
「CsOとはあらゆるものを取り払ってしまった後に、まだ残っているもののことだ。
 われわれが取り払ってしまうのは、まさにこの幻想、つまり、意味性と主体化
の集合なのだ。」ミル・プラトー
と言うように、ドゥルーズは精神分析学を批判する。つまり、精神分析とは
一つの物語であり、ある一つの意味を精神の状態を還元するからである。
つまり、この「私」をこれが「私」であると言う客観に証明することが
私と言う流れを切断する事になるからある。
私と呼べないものに「私」をあてがう暴力に反旗を翻したものこそ
ポスト・構造主義なのである。

300 :考える名無しさん:04/12/29 23:21:43
だから、主体化させられた事への批判は前主体化への運動となる。
主体化されない前とは「アンチ・オデイプス」なのだと言う事である。
エデイプス・コンプレックスにおいて、私は「私」になったのであり
その批判こそ、スキゾフレニーであり、ドゥルーズの思想の根底に横たわっている
ものである。「CsOは強度にしか占有されない。」
強度とは意味ではない。意味は目的性を帯びているのだ。
強度とは、反省ではなく、リビドーのヴェクトルなのだ、風の中を走る
ノマドのように、感性の流れの強弱なのだ。意味とはその事後的な解釈
結果としてしか現れぬものであり、それは、燃えカスに過ぎない。

301 :考える名無しさん:04/12/29 23:30:05
ジジェクならば間違いなく「前ー存在論的」と言うに違いない。
とすれば、「存在論的」とはエデイプス後を指している事であり、
実存的な状態にある事は間違いないだろう。
分かりやすく解説すると、

1)「私」とは原抑圧によって主体化される事によって生まれる。

2)この「私」と「私以前」とは、ぎこちない関係にある。

3)ポスト・構造主義はこの「私以前」の開放を求めた。

4)「私」とは国家権力に抑圧されたものである。

302 :考える名無しさん:04/12/29 23:33:38
きょうはここまで・・・・。
静かだね。だれもいないかな?
難しすぎるか?
田原さん意見を求む。

303 :パレルゴン:04/12/29 23:48:51
年末年始にこの章を全ぶ再読して、纏めたいと思いますが、
貴方が提案したのですから、田原総一郎さんの意見を貰いたいものです。
一方的にレスするのは勘弁願います。
面白くありませんので。


304 :パレルゴン:04/12/29 23:51:01
下げます。

305 :田原総一郎:04/12/30 00:15:01
こんばんは、田原総一郎です。今ミル・プラトーを読み返しています。それでちょっと
パレルゴン氏、しろうと氏がこのスレッドで展開していた「動物」という概念の理解に
疑問を持ちました。端的に言えば「動物」とは逆に器官だけの身体のことではないでしょ
うか。ヘーゲルが非有機的、機械的知を止揚し、彼の哲学史の中で言う「思惟する悟性の
時期」の哲学者たち(デカルトから始まりカントで頂点を迎える)によって分裂・対立させ
られた知を有機的に再統一したとするならば、対してドゥルーズは非有機的、機械的知を
さらに機械的に捉え直すことによって(そしてドゥルーズはその徹底した機械論の先駆を
スピノザ、ライプニッツに見る?)超克しようとしたといえるでしょう。私はそう感じて
います。なので、コジェーブ的ヘーゲルに端を発し、東−しろうと氏が問題とする「動物化」
とは有機的思考の究極、歴史の終焉であり、ドゥルーズ−パレルゴン氏が問題とする「動物に
なること」は徹底された機械論的思考(欲望する諸機械)の究極であり、全く対極的なのです。
私は、強引に図式化すれば以下のような図式で考えています。

動物=有機体的思考=器官なき身体の消滅
動物になること=機械的思考=器官なき身体を獲得すること

306 :田原総一郎:04/12/30 00:27:33
>>305はまだぜんぜん詩的、抽象的、直感的な書き方でありまして、今後、私は
「エチカ」と「スピノザと表現の問題」、ライプニッツの諸論文と「襞」の精読を
予定しています。なのでもうあまりこのスレには書けませんが、続けておいていた
だけると嬉しいです。おそらくは、パレルゴン氏が基底としている浅田的な、そして
しろうと氏が基底としている東的なポスト構造主義のまとめにはどうも納得がいかない
部分が多いので(年のせいもあるでしょう。私は意外とじじいなのですw)、なるべく
ドゥルーズの思想に直で触れなおしたいという気がしています。それではまたいつか。

307 :パレルゴン:04/12/30 00:50:59
そう言う捉え方もあるかも知れませんね。
しかし、「動物化」を絶対知の地点と考えると、それは否定性のない位置な訳で
それは、明らかに「原抑圧」の弛んだ世界であり、つまり、器官亡き身体
と言われる、感覚の・抑圧以前の世界になるわけで、
田原総一郎さんの見方ではない気がします。
ドゥルーズを読めば分かりますが、動物になることが「器官亡き身体性」にはある
のですから。動物とは思考しない事ではないかと思うんです。
ラカンの言う様に、原シニフィアンによって、象徴界(言語世界)には入り
思考が始まるのだと思います。
また、田原さんの意見では、ドゥルーズの言う「機械」と言う概念の捉え方
が不明な気もします。機械とは欲望する無意識と言った方が分かりやすい
のです。だから機械とはマシンという無機的なものと言うよりも、ニューロン
的な有機体の自己組織化に近いイメージのほうがいいのではないかと思うのです。
自己組織化だから、常に組織は動いていて、静態的なシステム=メカニック
では全くない気がします。「戦争機械」と言う表現を見ても分かる気がします。


308 :パレルゴン:04/12/30 01:08:14
表現が抽象的でしたので、再度纏めると、
田原さんの仰る「動物」は器官亡き身体性を持っていない、つまり
身体性に過ぎないという発言は、正しいと思います。
ただ、それは、器官亡き身体の消滅の結果なのではなく、動物には原抑圧による
ズレがないから、一度も経験されなかった事なのです。
だから、動物に有機体的思考があるとは思えません。しかし、自動的に反応する
そのあり方が有機的であると言う事は認められます。
だから、ヘーゲルにいたる思考を動物と言うのは問題なのではないでしょうか。
むしろ、西洋形而上学と言うべきです。
一方。ドゥルーズは形而上学批判をやったわけで、だから「動物化」された
否定性のない差異=逃走だった。機械とは無意識であり、メカニカルな意味では
ないのだと思います。過剰な増殖ですから。


309 :田原総一郎:04/12/30 01:09:34
>>306だと当分書かないと取られるかな?ドゥルーズ−スピノザ−ライプニッツの
交互読み計画の途中経過的なことなら書きますよ。

>>301
そのまとめは難しすぎるからダメなのではなく、簡単すぎて俗っぽすぎるからダメです。
君の言葉をもじって言えば、エデイプス以前−主体以前、を求めるならば、ハリウッド
とメジャーリーグとMTVとマックでよい。それが新たな(超コード化された)帝国的
ヘゲモニーと親和的であるのはアメリカを見れば明らかです。ポスト・構造主義は
「私」でもなく「私以前」でもなく、私以後の超人を求めるのです。
非人称的な動物化と非人称的な超人化、それがごちゃごちゃにされ、それぞれの安直な
部分だけ選択されてしまう・・・そのへんが日本のポストモダンの弱点であり、つまら
ないところだと思います。

310 :パレルゴン:04/12/30 01:14:50
年齢の事は別にして、田原総一郎さんのような書き手は必要です。
是非、レスを続けて下さい。
また、しろうとさんも続けて下さい。
私も、襞は読みましたが、ドゥルーズの概念は把握したと思えばこぼれ落ちる
気がします。あれは創作であり、古典的な無矛盾の論理的構築ではない気がします。
適当にレス願います。

311 :田原総一郎:04/12/30 01:22:33
ドゥルーズの言う「機械」と言う概念の捉え方はいわゆる機械論的思考よりもさらに
徹底した機械論的思考ですから、自己組織化だと思います。その通りです。しかし、
そこから意見が違うのは、有機体と自己組織化は対立するということです。
勉強不足のためどうしても詩的な表現になってしまうのですが、いわゆる機械論的思考
の不徹底さによってこぼれ落ちるものの肯定(反形而上学)をヘーゲルが有機体的思考に
よってなしたとするならば、ドゥルーズは不徹底な機械論的思考を徹底することにより、
こぼれ落ちるものの肯定をしたともいえる。

312 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/30 01:22:41
>非人称的な動物化と非人称的な超人化、それがごちゃごちゃにされ、それぞれの安直な
>部分だけ選択されてしまう・・・そのへんが日本のポストモダンの弱点であり、つまら
>ないところだと思います。

なかなか鋭いというか、東の「動物化」に対する反論として
言われ続けたものですね。
ボクのまったくこの考えに同意します。
そして動物化と超人(間)化の短絡が起こるのは、
もう一つの東の視点、環境管理型権力だと思います。
すなわち、社会の生理化がこの短絡を起こしている。

もっと具体的にいえば、高度情報化社会によって、欲望が加速する
(満たされる速度が上昇する)と、対象aは欲望の対象であり、また原因なのですから、
さらに欲望が増幅するわけです。
このときに、逆に欲望が欲求化しているように見えるということだと思います。

まあ、もともとコジェーブの動物化はかなりいい加減な概念ですからね。
そのはじめから、この短絡が起こっているとすれば、
東の動物化概念そのものに、この短絡が織り込み済みと見れれますが。
それでも東は、動物=欲求にこだわっていますね。



313 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/30 01:26:58
欲望が加速する=対象aが有形物から無形物(知識、情報)に移るときに、
必然的に象徴界は活性化され、いままでの静的な秩序を維持できなくなります。
そこときに、共有される次元が、現実界に近づく。
これが東のアーキテクチャーによる管理、環境管理型権力ということで、
筋書きです。これは動物化よりも、説得力があると思います。






314 :パレルゴン:04/12/30 01:31:10
少しずつでも、田原さんの意見拝聴したいですね。
「非人称的な超人化」とは面白いですね。また、「非人称的な動物化」
との差異を教えてください。
私も田原さんと同じくスピノザの「エチカ」に興味があります。
途中まで読んで止めましたが、いつか又読もうと思っています。
ライプニッツ「モナドロジー」については読みましたが、予定調和ですか
布置と言う概念が構造主義に影響を与えているのかなと言うくらいの理解度ですね。

ジジェクを読んでいます。「身体亡き器官」と言うドゥルーズの「器官亡き身体」
をパロディ化したものでしょうか?その後はどうするか未定ですが
もっと古典を熟読しようかなとも思っています。
あるいは、ガタリの本を読んで、ドゥルーズの概念の発想を学ぼうかとも思っています。
地政学的なところも面白いですから。
それでは、今日はこの辺で失礼致します。



315 :田原総一郎:04/12/30 01:33:03
>>312
>まあ、もともとコジェーブの動物化はかなりいい加減な概念ですからね。

はじめてあなたに同意。
加えて、東は非人称的な動物化と非人称的な超人化、どっちが楽しいのか正直わから
ないんでしょう。そのわからなさを表明しているところは人間的には素直でいいと
思うところもあるのですが、それをそのまま、現代の批評家は非人称的な動物化と
非人称的な超人化、どちらも解らなくてはいかん、そして俺は両方解っているんだ、
偉いだろう、というwのに流用しているふしがあり、私はあまり好きにはなれません。

316 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/30 01:33:19
>田原総一郎

ひさしぶりに、まともなコテですね。
知識に偏りが少ないし、文章がわかりやすい。

>そこから意見が違うのは、有機体と自己組織化は対立するということです。
>勉強不足のためどうしても詩的な表現になってしまうのですが、いわゆる機械論的思考
>の不徹底さによってこぼれ落ちるものの肯定(反形而上学)をヘーゲルが有機体的思考に
>よってなしたとするならば、ドゥルーズは不徹底な機械論的思考を徹底することにより、
>こぼれ落ちるものの肯定をしたともいえる。

言いたいことはわかりますが、
ここで有機体と自己組織化は、同じ流れにあります。
英語でいえば、オーガナイゼーションですね。

ヘーゲルとドゥルーズの差はシステム論=有機体論の高度化と見る方がよいと思います。

317 :パレルゴン:04/12/30 01:39:36
そうですね。表現=タームの違いによって、同じ事を言っている
可能性もありそうですが、ヘーゲルは反形而上学と捉えると
ドゥルーズのヘーゲル嫌いが消えうせそうですけど。
今日はもう寝ますので今後とも宜しくお願いします。
ぴかぁ〜はもっと正確に書くように・・

318 :田原総一郎:04/12/30 01:41:19
>>314
ドゥルーズによる最大の哲学史のディコンストラクトはスピノザとライプニッツ
の読み直し、気取って言えば「変奏」ですからね。でも私もドゥルーズによる
スピノザとライプニッツの最大の読み直しはこれだ!とすぱっと書くほど勉強
してないので、ピエール・マシュレなども参考にしながらまったり勉強するつもり
です。またよろしく。

319 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/12/30 01:42:01
>>317
きみの文は、知識に偏りがありすぎて、よくわからん、
というか、自分の立ち位置がないから、軽いんだろう(w

320 :考える名無しさん:04/12/30 12:43:20
大陸哲学は「知恵」の探求を第一義的なものと考える。
哲学がそもそもの初めから取り組んできた「人生の意味」や「よく生きる」といった問題圏へのこだわりである。
しかし、このこだわりが度を越して「科学の拒絶」にまで行き着き、「経典の釈義」に明け暮れるようになると、
哲学は学問性を失い、哲学者はこけおどしの秘教的ジャーゴンを振り回す「尊師」とその口真似をする忠実な「弟子」とになりさがる。
                                 野家啓一
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000268724/qid%3D1104359929/249-1006186-7285906

321 :kurahito ◆XEF65wQsug :04/12/31 05:49:12
(ぶっちゃけ)稚拙ではあるのでしょうが、
CsOを私は、王の身体だと思っています。
神々の名(壺)の基へと臓器を預けて折り、
それ自身としては帯のようなコードに身体を
取巻かれる図(ミイラですが)を思い描きます。

322 :考える名無しさん:05/01/08 10:41:04
ほう。
てことは、それは「超コードの身体」ですから
「器官亡き身体」ではない気がするのう。

323 :考える名無しさん:05/01/08 14:08:43
野家さんは知らんが、ジャーゴンなき哲学は如何にその論理を証明したといえるのか
が不明である。つまり、正しいと考える「概念」がどうして正しいと言い得るか
の証明がなされていないのではないか。

324 :考える名無しさん:05/01/08 14:20:14
彼らは一体何を持ってジャーゴン・ジャーゴンと騒ぐのであろうか。
つまり、複雑な概念を理解できないので、ソーカルの背中に乗って騒いでおるに
過ぎないのだ。

325 :考える名無しさん:05/01/22 20:05:39
2チャンの哲版では、ソーカルは一種の宗教的様相を呈して
ポスト・モダンを理解できない者を集めた巣窟と化した。

ソーカルは独自で、出鱈目の文章を作成し、ポスト・モダンに係る
賞を得た。同時に彼は、自分の専門分野である、物理学で
功績がある。勿論前者が彼の創作(偽りの作り話)である事を
事後的に告白し、ポストモダンを罵倒した。

そこでだ、果たして彼は本当にポストモダンを罵倒しえたのか。
あるいは、彼が罵倒したポストモダンの論文を書くときに
彼は創作(自分では出鱈目に書いたと言う)したのであり
これこそモダンを超え出る行為ではなかったかと言う点が疑問として残るのだ。

326 :考える名無しさん:05/01/22 20:13:18
物理学にあっては、決して創作が自由にできる事は無い。
例えば、一つの論理=数式 は現実世界に適応されて
矛盾なく適応されねば、その論理は認知されないだろう。
一方、ポストモダンにあっては、認知=適応性の証明が
物理学ほどに明確になされるわけではない。

とは言っても、出鱈目である事は無い。一方が物質世界の
根ざした対象を持っているのに対して、片方は人文を対象とする
つまり、人間世界のありようを分析するのを本業としている。

この差の中に、ソーカル乱入したのである。しかも、ルアーと言う
造作文書を人文側に投げ入れ、まんまとトロフィーを釣り上げたのだ。



327 :考える名無しさん:05/01/22 20:25:25
このような理工対人文の摩擦は他にもある。
それは、先日来 当哲版を騒がせていた、「認知科学(脳内物質)決定論(クオリア)
対自由」の対決でもある。果たして物理学=科学の言う様に、我々は
全てを、分析でき、ラプラスの言う「ある一瞬において人体を構成する
分子ないしは原子の位置と、人体に影響を及ぼしうる宇宙の全原子の
位置と運動がわかれば、我々はこの身体が属している人の過去・現在・
未来の行動を間違いなく的確に計算する事が出来るだろう。」(市川浩・ベルグソン参照)
と言えるのか?

328 :考える名無しさん:05/01/22 20:36:26
このラプラスの問題は、質感と言われるクオリア説によって
本当に証明されるのであろうか?
脳内物質は我々人間の感情を確定し、脳の構造は人間の認識能力の
限界を示し、その事を科学的に実験・分析する事で、我々人間は、人間在り様と
人間の認識の予測がある程度可能になるのかもしれない。

そこで、認識と対象と言う二項対立的な無事に解消され、認識はそのまま
脳内物質の実態となりうるのだ。つまり、今まで不可能であった、物自体
と認識と言うカント的な構造が一変する事になる。

329 :考える名無しさん:05/01/22 20:38:31
クオリアに関する議論って、そういう脳内物理状態への還元論に対する
疑問として出されてるんじゃないの?

330 :考える名無しさん:05/01/22 20:45:52
それは、旧来より分析され、哲学上の大問題となっていた
主体と客体の問題が、無反応な物体を対象とした事で、解釈が解釈を生み
数式が数式に取って代わられたためである。無反応な物体が何であるか
その反応を調べるには、無限の宇宙空間に存在する物質全てを熟知せねば
ならないからだろう。そう言うことは不可能である。
ところが、認知科学には人間の脳内物質やその反応から生まれる、クオリア
(質感)をモチーフとしている。よって、人の反応と脳内物質の相対的関係
が明確になれば、それは、ある程度の確立で予測可能となる。
つまり、主(実験者)と客(実験対象)とが一つの物質(身体)である事
において、主客の分離の不安は取り除かれるのである。

331 :考える名無しさん:05/01/22 20:47:26
329
自説記入ねがいます。
俺は、自然哲学ではないので、書いてくれ。

332 :考える名無しさん:05/01/22 20:52:07
あんたも自説を記入したら?入門書並みの知識を並べないで。

333 :考える名無しさん:05/01/22 20:57:03
ところで、このクオリアがどのようにしてニューロンと言う物資から
発生するのかと言う問題について、これは、デカルトの「松果腺」や
「動物精気」説と同じ問題だと言えよう。
そこには、メカニカルな人的構造は判明したとしても、その動きが
何によるのかが、判然としないのである。ニューロンという物質から
精神的なもの感情がいかに生まれるのか?この、物質から精神への
橋渡しは上手く説明されていないのが実態ではないだろうか。

334 :考える名無しさん:05/01/22 20:58:57
332入門的レヴェルならば、君の上級的な意見を書いてくれ。
  俺は君の言う入門的レヴェルの意見しか書けない。
  お手並み拝見です。煽りではないよな。

335 :考える名無しさん:05/01/22 21:03:22
自説を書きたいのだが、俺には「クオリア」って言うのが何のことだか、
よく分からないんだよ。

336 :考える名無しさん:05/01/22 21:05:46
入門書に書かれていることをまとめればそれが自説なのかい?w

337 :考える名無しさん:05/01/22 21:07:55
君の自説はお気楽でいいね

338 :考える名無しさん:05/01/22 21:08:44
例えば、質感と言う定義は、赤い光が目に刺激を与え、赤いものと言う
質感が脳に発生するとしても、それは、実際に赤い光が外の世界に
あり、そのあったものが身体に認識されるとしても、それが外にあった「赤」
と言いうるかどうかと言う、依然としてカント的な「物自体」と言う
問題の解決には至っていないのではないか。
あくまでこの物体(身体)がこの外的物質(赤)をどのようにキャッチしたか
と言う問題である事に変わりは無いのである。
身体の器官から取り入れた外的情報(刺激)を脳内がいかに反応するかを
臨床実験的に分析したに過ぎないのではないかと言う事である。

339 :考える名無しさん:05/01/22 21:10:29
本の丸写しと思う。僕のレヴェルを知らん脳・・
335ネットで検索すれば分かる。

340 :考える名無しさん:05/01/22 21:12:13
>ネットで検索

藁w

341 :考える名無しさん:05/01/22 21:20:24
例えば、ここでは、フサールの志向性を竹田先生的に説明すると、
ある鉄格子のオリがあるとしよう。そこに2人の人間が閉じ込められている
としよう。この時に、このオリが意味するものは、鉄格子の幅とこの2人の
人間の身体の幅の相対的な関係である。
このことこそ、このオリの意味であり、物理的なこの幅が何センチかと言う
問題ではないのだ。つまり、外的な刺激はその器(器官)には意味意味としてしか
表せないのである。この器は長い人間の歴史で、齎されたものであり、
この生物が生きていくために必要であった器官であり、これをかいして
人間と言う生物は生命を営むと言う事だろう。

342 :考える名無しさん:05/01/22 21:24:34
つまり、外的な客観的な赤い光存在すると言う証明は永遠に出来ないと言う事だ。
この生物が身に付けた器官に依存して世界は開かれると言う、ユキュスル
的・ハイデガー的モチーフを超えられないのではないかと言うのが
私の意見である。

343 :考える名無しさん:05/01/23 00:26:44
>フサールの志向性を竹田先生的に説明すると

違う。竹田著「現象学入門」から引いて説明しよう。

──────────────────

1 <知覚>は知覚事物(机)をけっして一挙に全体として与えることはない。
 <知覚>はつねに知覚事物のある一面を、つぎつぎに異なった相で与える
 だけだ(これは「射映」と呼ばれる)。
2 意識には、事象の知覚は必ず「射映」というかたちでのみ与えられるが、
 それにもかかわらず意識はこれを、同一の事物(机)の知覚として受けとっている。

論理上わたしたちは、<知覚>は微妙な違いをもった射映の連続として
与えられるのに、なぜ同一の机を見ているという確信が生じるのか、と
問うことができるわけだ。

───────引用終わり──────

現実に机を見るといつもそれは机の一部分でしかないが、
認識する上でその「机全体」「ひとつの机」を見ているという
確信を抱く。このさまざまな<知覚>を瞬時に統一して
「ここにひとつ机がある」というドクサを作るはたらきが志向性(統一)。

幅の相対的な関係とかではない。

344 :考える名無しさん:05/01/23 00:27:46
多読はいいけど、一冊一冊ちゃんと読んだほうがいいよ、ぴか。

345 :田原総一郎:05/01/23 00:36:08
こんばんは、田原です(なんかこのキャラ飽きてきたなw)。名無しで書いてるのは
パレルゴンさんですね。ドゥルーズによるスピノザ−ライプニッツ解釈についての
理解はなかなか進みません。やっぱ難解ですわw。なのでこの数レスにレスします。

「客観的な−赤い光」が存在するか否かという問題設定が間違っているのではないか。
カント的にいえば「赤い光」というのはすでに総合判断ですから、その妥当性は、感性、
悟性、構想力の総合において成立するものである。同時にそれは主客分裂を前提にし、
物自体を不可知のものとして残すカント的思考のもとでのみ成立する妥当性である。
よって、物自体=客観物=科学によって捉えられる「物」、と考える無思想な科学主義者
を批判するにはそれでよいのだが、哲学的にはそこには依然として問題が残りつづける。
パレルゴンさんの好きな浅田彰の整理で言えば、1 物自体を彼岸に残す(つまりは無視する)
観念論の現代的形態である構造主義。2 向他有をすべて捨象した自体有という単なる思惟の
抽象物は絶対知の中で解消されるという観念論的弁証法。3 物自体を「加工する手に確かな
抵抗感を伝えてくるような真の意味でのマテリアル」と捉える唯物論。この三つがちょっと
ごっちゃになっている議論に思えます。昨今の科学、特に脳科学などはこのうちの3の視点で
捉え直すことが最も生産的だと思います。パレルゴンさんの場合、思考を産出する脳の科学的
「定義」はマテリアルそのものの定義ではなくつねにすでにアプリオリな構造に媒介されている
のだから・・・という理由で1に戻ってしまうきらいがあると感じます。そうではなく、
終わらない唯物弁証法を哲学から脳科学に導入することと、現在、最も活発である脳科学という
分野の知見を哲学に導入すること(真の意味でのマテリアルとしての脳、神経系の研究)。この両者
に私は新しい思考の可能性を感じています。

346 :考える名無しさん:05/01/23 00:51:48
構造主義って新しい形の運命論なの?


347 :田原総一郎:05/01/23 01:44:00
>>346
構造主義は決して運命論や決定論ではなく、ただ、アプリオリな認識形式(構造)を
絶対不変なものとして見る、もしくはアプリオリな存在形式(構造)を絶対不変なもの
として見るもの。粗く言えば、前者はカントと基本的に変わらない。当為、実践の
領域は構造によって捕らわれず、その彼岸として残す。後者はハイデガーかな?
ハイデガーには詳しくないのでパス。
カントの道徳律、もしくは構造主義の道徳律?への批判はそれが非歴史的、非現実的
な抽象的個人にしか通用しない抽象的道徳律であるという批判あり。例えば、男と女、
金持ちと貧乏人、先進国の市民と後進国の住人、などに同じ抽象的道徳律は成立しない
と考えるのが普通だと思う。抽象的で普遍な万人の道徳律が具体的な単独者を抑圧する
という側面が残る。そこでヘーゲルは家族−市民社会−国家という歴史、現実を内包
した有機的トリアーデにより、具体的で普遍な道徳律が顕現するとした。続いてマルクス
はその有機的トリアーデもさらに弁証法的発展により崩壊し共産主義に移行、人間社会の
前史は終わると主張。さらにドゥルーズはボルシェビズムによるモル的階級闘争ではなく、
階級闘争=分子的戦争機械と捉え直す。しかしながら、どの思想にも運命論、決定論という
ものは忍び込む可能性があり、ドゥルージアンを気取りつつ、いざ事が起これば単にアトム
的個人の抽象的道徳律に逃げ込むという先進国知識人のダブルスタンダードについては
サイード、スピヴァクらの痛烈な批判がある。

348 :考える名無しさん:05/01/23 02:04:04
>>347
>非歴史的、非現実的
>な抽象的個人にしか通用しない抽象的道徳律であるという批判

要するに、欲望を理性で完全にコントロール出来ているような人にしか
通じないような道徳律なんだよね。カントの奴は。
「よく考えた上で、良いと思ったことを成せ」だもの。

349 :考える名無しさん:05/01/23 09:37:15
そうですね。相変わらず鮮明な分析感服いたします。
哲学とは個々のアプローチのあり方に大きく影響されると言う事ですね。
私にとっては、物自体を超え出る方法は見当たりません。
例えば、外の世界のある物体(石)にしても、それが何であるのか
科学的な分析によって、答えられるような気がします。
ところが、既に何度も述べているのですが、我々は外的な情報を偶然に取得した
器官に全面的に依存しています。同時に第二の関門ですが、こうして入手した情報は
カントの言うような、アプリオリな悟性範疇と言う共通の認識格子が存在し、それを
通して、共通の認識が出来上がると言う事も証明できないのではないかとの考えです。


350 :考える名無しさん:05/01/23 09:44:54
それは、多様な民族の社会構造が証明してくれました。(レヴィ=ストロース)
つまり、私のスタンスから見るとき、構造主義とは、この悟性の範疇が民族の思考
の中で、恣意的なルールとして置き換えられ、現れたと解する事になります。
ルールは悟性の範疇ではなく、恣意的な体系によって決まると言う事です。
このような視点から見るとき、果たして脳内物質=クオリアの決定論が
恣意体系=構造主義的な呪縛からいかに逃れえたのかと言う事ができるのか
私には不明なのです。


351 :考える名無しさん:05/01/23 09:54:26
例えば、脳内物質論が正しいとして、それでは、脳内物質の研究は、
実は脳内物質が行っていると言う「自己言及」をいかに超え出るのか
と言う問題にどのように答えたのか、よく分からないのです。
この問題は構造主義・ポスト・構造主義のテーマでした。
(クリプキのクワス論・ラカンの大文字のAなど)
この点をいかに超え出るのかが、このスレッドのタイトルです。

つまり、DNA配列の研究によって、人間の物体としての青写真は
入手できるでしょう。以前から考えていた事ですが、しかし、
こう言う研究は実は我々の恣意的器官によって、入手されたデータに
依存しています。この恣意性と研究によって見出される客観的な
DNAとはどの様な関係にあるのか、疑問です。


352 :考える名無しさん:05/01/23 10:04:23
つまり、こう言う点を延長・拡大して行くと、経験論的になっていかざるを
えません。つまり、外界の連続するデータを恣意的な人間器官が観念連合し
辻褄を合わせると言う事で、「恣意的論理が生まれる。」つまり、作り話だと言う事です。
仮に、科学がそれ自体の論理によって、外界をそれ自体として(物自体)
認識出来ないとするならば、脳内物質=クオリアとは客観的なものではなく
経験論的に脳内のある物質が人間の質感に影響を与えていると考えると辻褄が合う
と言うくらいの事しか言えないと言う事です。



353 :考える名無しさん:05/01/23 10:14:33
このような人間存在の恣意性は、我々がこの様な
器官をもち、このような社会にいると言う、全てを自作すると言う
可能性に見捨てられ、偶然性に縛られていると言う事です。
恣意的・偶然性に(神の悪戯)によって
この五感を与えられて、この肉体に投げ込まれていると言う、遅れてあること
に起因する気がします。つまり、意図する事の彼岸と言う事です。

この彼岸こそ、逆に多様性の可能性としてあるのです。つまり、無限遠点の
頂点としての神の視座にいつもヅラされてある人間存在は実存的にあるしかない。
こう言うテーマに私は今いると思います。

354 :考える名無しさん:05/01/23 10:24:23
少し、私のテーマから見たタームで繋ぎましたが、
私は、今、ジジェクを中心にして、スレッドのテーマに沿って
ポスト・構造主義をいかに超え出るかの研究を進めています。
おそらくジジェクの「否定的なもののもとへの滞留」にヒントを
見出すでしょう。それでも、全面的な賛同にはなりえません。(笑)
哲学とは人の数だけあると言う事でしょうから。
彼はポスト・構造主義に見られる相対主義をカントの経験論の乗り越え
やプラトンのソフィストの乗り越えに類似して、活路を見出そうとしている
気がします。

私は、今、ドゥルーズは一時中断にしていますけどね。


355 :考える名無しさん:05/01/23 22:20:18
>>352
君、クオリアという言葉の意味、間違って使ってない?以下のサイト参照。
ttp://www.qualia-manifesto.com/index.j.html

356 :考える名無しさん:05/01/23 23:18:01
パレやん、メタメタやがな

357 :考える名無しさん:05/01/24 00:24:53
>>355
大丈夫か茂木ちゃん
先走りすぎじゃないか?
無関係な俺が心配することじゃないけどさ

358 :考える名無しさん:05/01/24 02:59:26
>>352
つまり、外界の連続するデータを恣意的な人間器官が観念連合し
辻褄を合わせると言う事で、「恣意的論理が生まれる。」つまり、作り話だと言う事です。

煽るつもりはないが、ちゃんと科学哲学を少しでもかじったうえで言っているんだよね?

359 :考える名無しさん:05/01/24 06:58:50
入門書とか概説を読んで得た単語を、意味も分からず並べてるだけ。
パレルゴンはいつもそうでしょ

360 :考える名無しさん:05/01/24 11:22:18
なんでポモ系コテは覚えたての哲学用語を無理に使いたがるわけ?
ぴかぁ〜とかパレとか見てたらポモの評判を落としたがってるとしか思えない。


361 :考える名無しさん:05/01/24 23:06:27
【サイエンス】黒木玄先生(東北大)【・ウォーズ】
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/math/1106568412/

362 :考える名無しさん:05/01/24 23:38:43
>>361
夫馬さんが暴れてますね(w

363 :考える名無しさん:05/01/25 14:15:22
(「今日のぼやき」[2000.3.6]より引用)

宮台君や、そのたの、マーダ、ポストモダンを,言っている人たちがいるようですが、残念ながら、もう、世界規模では、捨てられた思想です。
37歳ぐらいからうえが、感染している病気ですね。
東なんとか君の本など、どうせ、何を、いいたいのか、なにを、かいているのか、わけがわかりませんから、ご心配なく。
はじめから、この人たちは、「読者に、わけが分かるようには、」書きません。
「 大正デモクラシー」のころの、(ロシア・ボルシェビキ革命の世界的、影響です)からの、「新カント学派」の、影響で、
とにかく、訳が分からないように書く。読者より、自分が、頭がよいように思わせるように書く。これが、この手の人たちの、本性です。

愚劣きわまりない伝統であり、日本知識人の劣勢遺伝子のかたまりです。室町・鎌倉期の五山の、僧侶たちも、こうだったのでしょう。
かれらは、坊主(僧)だったのに、密かに、朱子学(南宋学)の本をよんで、分かった振りをしていた、おもしろい人たちでした。
これと、今の、おフランス思想かぶれの残党たちは、よく似ています。

じつは、フランスでも、一番頭のいい、ドゴール主義者(ゴーリスト)の政治知識人たちは、
フーコーらのような、人文(じんぶん)主義の、衒学趣味ではなく、本気で、どうやったら、
アメリカの支配から、脱出できるのか、を、国家戦略研究所に集まって、研究しつづけているのです。
日本人のような、東アジアのモンゴリアン・インディアンには、フーコーぐらいが、文化輸出するのに、丁度いい、と、考えていたのです。
フーコー自身が、来日したとき、「ク、ク、ク」とわらいながら、そういうことを、吐いています。

(引用おわり)

364 :山形浩生:05/01/26 10:51:18
「ソーカル問題」より日本にとって切実なのは「黒木玄問題」かもしれない。

「黒木玄問題」とは:

日本の大学教師の人事では実力による評価が行われず、公正な競争も無い。
(理系より、評価の難しい文系の方が顕著)
大学人がやる気を無くして、ボスの機嫌取りだけを気にするように成り易い風土である。

そのため、国立大学の設備コンピュータHPなどを、本来の研究成果の発表などに使わず、趣味に使っている例がかなりある。

「黒木玄」の場合はネット上なので公になったが、「小人閑居して」 趣味にばかり走るだけでなく、セクハラなどに走る大学教師もいるだろう。

このような問題を「黒木玄」が象徴している。

365 :考える名無しさん:05/01/26 18:45:00
黒木が問題になるのなら、論文はおろか講義もやっているかどうかよくわからん
浅田さんはどうなるのかと

366 :考える名無しさん:05/01/26 20:27:36
 授業はうまいらしいよ。

367 :kurahito ◆XEF65wQsug :05/01/31 17:52:25
>>321
「どろろ」っぽい。

368 :考える名無しさん:05/02/03 00:22:52
構造主義の構造、っていう言葉は具体的にどういう概念なのかいまだにわからん・・・
具体例とかで誰か教えてくれませんか・・・

369 :ピープル2号:05/02/04 10:04:43
だから、フレームとか文法が「構造」なんでしょ? 日本語、2ch、哲板
は、それぞれ「構造」でしょう?


370 :考える名無しさん:05/02/08 16:00:33
>>368
宮台さんの社会学講座を読むといいよ。

371 :考える名無しさん:05/02/08 16:14:17
>>368
大ざっぱにいうと、ピープル2号さんのご指摘にもあるように>>369
例えば文法のように、話者が意識しないでその規則にしたがっているものが構造だね。
日本語を母語とする日本人は日本語の文法知識がなくても日本語を喋れる、というように。

レヴェ=ストロースの「構造」概念にはブルバキの影響があるといわれるので、
数学的な概念から演繹してつくられた観察モデルとかいわれるんだけど。

372 :考える名無しさん:05/02/08 16:18:26
>>368
変換規則といわれたりするね。
歴史は変化するものだけど、その歴史的変化を無意識に規定しているような
比較的変化しない規則というのを背後に想定して、それが構造概念になる。

373 :考える名無しさん:05/02/08 16:23:39
>>368
レヴェ=ストロース自身が書いた構造人類学の著書を読むといいよ。

374 :考える名無しさん:05/02/08 16:26:24
生物でいうと遺伝子?


375 :考える名無しさん:05/02/14 20:59:17
春から放送大学で現代思想の授業が始まるね。

376 :考える名無しさん:05/02/18 13:46:34
>>374
遺伝子も確かに構造概念で説明できないこともないね。DNAは構造だから。

377 :考える名無しさん:05/02/18 13:52:58
>>371
「文法」と言ってしまうとやや語弊があるようにも思うんだけどね。
文法は「体系(システム)」であって「構造」ではない、というふうに主張する
構造論者もいるからね。その場合、機能構造学派は、システム論者であって
構造論者ではないと言われたりもする。

378 :考える名無しさん:05/02/18 23:24:26
私も、ジジェクの罠に嵌ったまま身動きが取れません。
もう少し彼に付き合って、構造主義批判を進めてみようかと思っています。
つまり、主体化すると言う「原抑圧」=父親のノン 以前に 既に彼は明らかに
主体を見出そうとしているのではないでしょうか。
つまり、主体化以前に何かわからないものを見出すと、何かわからないもの
に遅れをとってしまうからです。このことは、全ては、何かに前提されてあると言う事で
人間を把握できない物にしてしまうからです。
「私はあったのだ」私以前はないこと。このことで、類似の問題であるビッグバン
についても、それより以前を消滅させる事が出来ると言うことでしょう。
無限は掌握された、このことで、定立不能と言う、ズラシは消え去ると言う事。
そう言う風に考えうるのだろうか。そのようにして、ジジェクは超えようとしたと。
ジジェクはポストモダンのタームを紡ぎながら、明らかに脱出する
カントからヘーゲルへ向かって・・・

379 :考える名無しさん:05/02/18 23:36:50
身体亡き器官=部分欲動
器官亡き身体がエコノミー(器官のインテグレート)を否定したのとは反対に
身体亡き器官は器官が先行する。つまり、器官はすでにあるのだ。
機能するものがツルー状態としてある。これは、局所的な組織かなのだろうか。
未組織な組織が、我々の身体以前にある事。意識の前に組織=器官が
既にある。この事でかれは、身体性の偶然性の未組織を組織化することに
シフトする。てか?



380 :考える名無しさん:05/02/18 23:45:43
彼は、まさに、ドウルーズに忠実に論点を進めていく。映画=ヒッチコック
への傾注。あるいは小説をテーマに据える。
哲学的なテーマは常に文学的なテーマに変化する。
全ては、芸術の中での検証が必要であるかのようだ。
全ては引用と痕跡とを実際の経験の中で見出すしかないかの様に。
すでては、論理的な未経験な世界を論理的に形式的に言い表わすのではない。
全ては、参照である。全ては、経験される中に参照されるのだ。
こう言う点はまさに、ポスト・モダンの残滓である。
そう言う類似のスタイルを持ちながらも、決して同じ所にあるのではない。
彼は脱皮しているのだ。ヘーゲルに向かって。
賛成できんがな・・・



381 :考える名無しさん:05/02/18 23:55:30
私にとって、ヒッチコックはどうでもいいことだ。
それよりも、映画は我々に、論理的な分析にない見方を垣間見させるのだ。
つまり、素振り・眼差しと言う、フレーム・背景・コンテクスト
を探りながら、見えるものに接近する。それは、見る者毎に異なる
視点を与えるのだ。


382 :考える名無しさん:05/02/19 08:02:44
そしてジジェクは、カメラの視点が、主人公でもないあるいは映画に出ている者でもない
Xの視点を露にする。それは、こぼれ落ちたものものである。
つまり、丹生谷の言ったように、俳優が持っている癖を、意図しない中に
映し出す事。クリントイーストウッドの走り方は、明らかにダーティ・ハリー
のそれではない。ハリーがむしろ意図されないクリントイースト・ウッド
の性癖に蝕まれているのだ。こぼれ落ちるもの、それは、意図からの離脱であり
無意識からの小文字のaのかけらと言えないだろうか。

383 :考える名無しさん:05/02/19 08:21:39
彼はラカン主義者である。ラカンの言う(バッテン)SとS1
によって、彼は象徴界に重きを置いているのだ。
その事によって、ラカンをポスト・モダンから救い出す。
彼は、バッテンS以降を重視する。
このバッテン以前に事を起こすと、ポスト・モダンの泥沼に入る
のを、知り尽くしているからだろう。
或意味では、無視するかのように、避けて通っているのだ。
そして、主体の開いた亀裂(ばってんS空間とでも言う)が
トートロジーに陥ると、そこには主体としての可能性
を持ち込むかのようである。トートロジーとは、自己言及
であり、我の可能性として開かれる空なのである。
つまり、デカルト的に我を定立するかのように、いや、
それを隠すかのようにヘーゲルの差異を持ち込み、主体化と
今だ主体化しない物の吸収をもって、拡大する定立を行っているのだろう。
あくまで、差異は回収されるそう言うスタイルなのだ。

384 :考える名無しさん:05/02/20 00:37:47
なんだこりゃ?高橋悠冶の詩かw

385 :考える名無しさん:05/02/20 08:28:43
人間自分に必要な情報かどうかは眠くなるかどうかで区別できる。
便利なもんだ

386 :考える名無しさん:05/03/08 01:57:35
構造とかシステムなどといわれるのは、起源を忘れられた社会構造のことだ。
深層とか暗黙などといっても、ことの始まりにおいては極めて意識的なもので
あったに違いあるまい。

387 :考える名無しさん:05/03/13 02:27:03
>>386
そういう発生論的な考え方を否定したところに構造主義の神髄があったんだよ。
「つねにすでに」という言葉はもはや紋切り型だけどもw、いまさら「最初の一撃」
的なものを持ってくるのはナイーブすぎる。原抑圧にしろ本源的蓄積にしろ、
あくまで「つねにすでに」から遡行することによって「発見」されるものと考えられる
べきでしょう。

388 :考える名無しさん:05/03/15 14:37:19
>>387
> そういう発生論的な考え方を否定したところに構造主義の神髄があったんだよ。

その言い方は微妙だな。発生論的というよりは進化論的史観だよね。

389 :考える名無しさん:05/03/18 23:49:07
構造主義はやはり「既にあった。」のですよ。
私の意識が如何なる構造を選択する、あるいは、設定する
事なく、その以前から、私の意識せざるまえに、私に
取り付いていたと言う事。これが、構造主義の前提であり
尚且つ、この構造と言われる(言語・社会規範)に私は
抑圧によって参加させられたのであろうね。


390 :考える名無しさん:05/03/19 00:07:51
でも構造主義には構造が「既にあった」ことの証明が足りないということもこれまた
確かですよね。構造主義は構造自体の説明は数学を使ってものすごく緻密にやるのだが、
カントのアプリオリズムのようにポンッと「構造ありき」ということを出してくるだけで、

>その以前から、私の意識せざるまえに、私に取り付いていた

この部分の説明がない。意識の成立と構造の成立は同時不可分であるというのならまだ
話はわかるのだが。


391 :考える名無しさん:05/03/19 00:11:06
つづき  

>この構造と言われる(言語・社会規範)に私は抑圧によって参加させられたのであろうね。

だから、〜であろう、という仮説的な言葉しか出てこないのではないか。現抑圧という
仮説、本源的蓄積という仮説・・・

392 :考える名無しさん:05/03/19 00:13:22
構造主義のつまらなさはそこだね。
構造は絶えず改変される。まさに朝令暮改である。言語も勿論そうだ。
最初の一撃というよりも細かい変化の集積であり、また、ある時期には
ドラスティックな変化も生ずるわけで、それが革命とか維新だったりする。

393 :考える名無しさん:05/03/19 00:23:13
でも現在のポスト構造主義、ポトコロニアル思想系の思想家はそういう細かい変化
をいかに見逃さないかの合戦になっていて、それもまた瑣末でつまらないような気もする
けどね。サブカルに媚びたりさ。そういうのにもあんまり未来はない気がする。


394 :考える名無しさん:05/03/19 00:28:20
>>393
細かい変化から大きな潮流を見ないなら余り意味はないね。

395 :考える名無しさん:2005/03/21(月) 23:49:00
>>389
構造主義において、構造が「既にあった」というのは
>>386とはなんら矛盾しないように思うんだけど。

396 :& ◆3l83E4Wv5c :2005/03/24(木) 03:44:11
構造ったって、ある時期のtypicalなモデルってだけだろう。

397 :考える名無しさん:2005/03/24(木) 04:32:17
広義の意、狭義の意、ジャンル、学派により構造主義という言葉は非常に広い領域を指し
示す言葉であるが、例えばレヴィ=ストロースの思考法を例に取ってみると、彼はまず、
「人間社会には近代・未開を問わずになんらかのインセストタブーが存在する」という
経験的事実から出発する。そして、Aタイプ、Bタイプ、Cタイプ・・・という個別的
インセストタブーから普遍的なnタイプの構造を見い出す。ここで重要なのは、不変構
造nが見い出されるのは、あくまで「経験的事実」と共同体間の財(女性)の交換という
「目的」が前提されている場合のみということである。


398 :考える名無しさん:2005/03/26(土) 23:44:05
仮にも学術的に何かを論じる際には、使用される用語は厳密に定義され、
正当性/客観性の立場から吟味されなければならないのは当然の話。

「そういう些末なことをつついてくるばかりで」云々という「逃げ」は通用しない。
それとも人文系の人間にはそういう配慮が欠けているのが普通なのだろうか?

これは学問に限らずメディアで何かを述べる人間は身に付けておくべきデリカシーなわけで

399 :ローカルルール審議中:皇紀2665/04/01(金) 22:06:10
329
そう、だから、ポスト・モダンは構造主義批判だったのですよ。

400 :ローカルルール審議中:皇紀2665/04/01(金) 22:11:58
静態的な構造は動態的な構造運動に置き換えられる。
ただし、簡単ではない。なぜならば、構造内にいる者にとって
全ての基準が、構造の思考形態に影響されているからだ。
だから、いかに脱構築するかがデリダの中心的な課題だったのである。

401 :ローカルルール審議中:皇紀2665/04/01(金) 23:59:36
構造主義者にいわせれば、多くの構造主義批判は構造を体系(システム)と誤解
しているのだと。静態的構造とは体系であるに過ぎず、「見える体系」内の記号分析
に終始し、「見えない構造」のダイナミズムを捉えていないのだとか。

402 :ローカルルール審議中:皇紀2665/04/02(土) 00:07:52
ソシュールの有名な波のイメージ図。ラカンが波動に似たイメージだとエクリで言っているもの。
それが(言語)構造のイメージだね。

403 :ローカルルール審議中:皇紀2665/04/02(土) 01:27:02
日本でのブームから20年、結局何の進歩もないのか。

404 :ローカルルール審議中:2005/04/02(土) 08:22:02
知的ブームとして消費されるだけの風潮には当時から批判があった。
当時最もニューアカ批判をしていたのが現代思想系の人たち。

405 :あいうえお:2005/04/02(土) 14:44:16
構造とは体系ではなく、見えない構造である。
と言う事は、言語構造は構造でしょう。
それと、思考パターン、習慣、作法、優劣のつけ方、これら全て
差異化された体系は全て構造と言う事でええんでないかい?

406 :ローカルルール審議中:2005/04/07(木) 22:04:26
大変、興味深く読ませていただいています。

構造主義・ポスト構造主義を超えて
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1087078968/

の方がdat落ちで見れません。
どなたか、.docファイル等でupしていただけませんか?

407 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 16:33:20
>>406
にくちゃんねるで見れますよ。
http://makimo.to/2ch/

構造主義・ポスト構造主義を超えて
http://makimo.to/2ch/academy3_philo/1087/1087078968.html

時々とんでることありますけど、時間ずらせば大丈夫です。

408 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 16:48:36
>>407
何故か最近文字化けして読めない。
ブラウザの文字エンコードの解釈変えても無駄だから
データが壊れてる予感。
何かゴミが付いてるっぽい。

409 :406:2005/04/09(土) 01:33:26
>>407

ありがとうございます。
こういうのがあるとは知りませんでした。


>>408
うちは標準のIEですが、1〜1001まで読めましたよ。
すごく時間がかかったり、途中までしか読み込めなかったり
することはありましたが、最終的には問題ありませんでした。


410 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 06:56:30
>>409
経由してるサーバの問題なのかもしれないけど、
元データが壊れてるとしたら
Win IEだと読めちゃう状態なのかも。
だとしたら誰も壊れてると思わないよね。

411 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 14:00:52
にくちゃんねるってあるんだ

412 :考える名無しさん:2005/05/17(火) 18:15:51
ポスモダどもへ
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1116175495/

1 名前:人文男 2005/05/16(月) 01:44:55
>ポスモダどもへ

もうおまいらには愛想がつきた。
ただでさえ大学改革の時期で人文系は予算もポストも学術誌の誌面も削られそうで頭痛いのに
さらに他分野からの信頼失うような恥さらしやがって。
世間様はポスモダでない人文系も一括して「これだから人文系は・・・」としか見てくれないんだぞ。
この責任どうしてくれる?
これで人文系全体のパイが減って俺がアカポスつけなかったらおまえらのせいだからな。
科学哲学の連中も、科学哲学ってだけでポスモダ相対主義者って思われるって怒ってたぞ。
実際の科学哲学系の連中はポスモダ嫌いが多いのにさ。
哲板の科学哲学スレ行って謝ってこいよ。

>自然科学系/社会科学系/教育行政担当者さんへ

頼むからポスモダと人文系全体を一緒にしないでください。
少なくとも私は非ポスモダの人文系です。
ポスモダ連中の処理は、そうですねえ、首都大学東京にでも一括して送り込んで、
「都市ポストモダン学部」でも開設したらどうでしょう?

413 :質問です:2005/05/18(水) 02:25:29
ポストモダン系の人たちは80年代の日本を「高度資本主義」などと買いかぶりし過ぎていたのではありませんか?つまり基本的なデータが間違っていたんじゃありませんか?

414 :考える名無しさん:2005/05/18(水) 02:34:55
日本人てのはいつも大げさな自己定義をする民族だってこと。
戦前の「近代の超克」と同じよ。
高度資本主義なんて西武デパートや大手広告業界の社員の自意識の中にしか
なかったのさ。
あとの99.9パーセントは法人資本主義一直線だったよ。

415 :考える名無しさん:2005/05/18(水) 08:50:54
「高度資本主義」ってなに?

416 :質問です:2005/05/19(木) 00:38:27
スタティックじゃない哲学的記述方法などあるのですか?またあるならばどんなスタイルになりますか?

417 :考える名無しさん:2005/05/19(木) 01:16:13
記録され得るものが全てスタティックというならどんな記述も駄目だね。

418 :考える名無しさん:2005/05/19(木) 02:38:50
だから「高度資本主義」ってなにさ
それをはっきりさせなきゃ、その有無を判断しようがない。

419 :考える名無しさん:2005/05/19(木) 03:24:50
80年代の書物や雑誌にはポストモダンという言葉と共に高度資本主義という言葉がセットのように出てきていました。今思えば単に消費レベルが上がっただけのような感じがします。言いたい事は記号消費による抵抗という戦略は余りに無力だったという事です

420 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 06:18:32
はたしてそうかな?

421 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 21:23:13
『マトリックスの哲学』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893678728/250-7157747-4979408

ポストモダンちっくな映画批評というのは、もうホントにワンパターンな
ことしかできないのを如実に示しているトホホな本。映画「マトリックス」
をネタに空論学者が議論をしているのだけれど、それがもう泣きたいくらい
ありきたり。

 フェミニズム学者は、後頭部にプラグを差し込む行為に性的な深読みを
してみせるし、文化相対主義者は、すべてはシミュレーションかもしれない、
というのを嬉しそうに言うだけ。その他、予想がつく議論がまるっきり予想
のつく形で展開されるだけの無力な本。映画そのもののおもしろさや可能性
を踏み越える論文(というよりただのエッセイ)は一本もない。

422 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 22:00:42
日本の現代思想の紹介本の中にはやたらとヘーゲルを悪者に
仕立て上げる本が多かったのですが、あれはなんでなんでしょ?
マルクス主義の影響でしょうなの?もっともらしい理由が書いてあったのを
見たことはないし、未だに謎です。

423 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 22:07:10
全体主義に思想的基盤を与えたとして非難される
代表的な人物は、ルソー、ヘーゲル、マルクスなどでしょうか。

424 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 22:29:57
戦後インテリはそもそも全体主義のどこが悪いのかを徹底的に論じていない。(私は全体主義者ではないが)


425 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 00:04:16
>>424
そもそも負けた戦争にもちゃんとした意義があったって本音を
言えないような世論が形成されてたからねえ。本音をしばらく口にしないと、
何が本音なのか分らなくなるし。

それはさておき、ポモの人たちが好きそうなスピノザだって全体主義的と取られかねない
ことは言ってた。4部のどこかの、徳に関するところで。詳しくは忘れたけど。
○○が全体主義的だからとか言って、そこで切り捨てることの意味が分らんとです。

426 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 00:18:26
          私たちは、民主党の
  ∩∩   『国家主権の移譲』 政策を支持します!  ∩
  (7ヌ)                              (/ /
 / /                 ∧_∧            ||
/ /  ∧_∧     ∧_∧  _<ヽ`∀´>   ∧_∧   ||
\ \( `ハ´)―- < `∀´ > ̄      ⌒ヽ(@∀@ ) //
  \       /⌒   ⌒ ̄ヽ北朝鮮 /~⌒    ⌒ /
   |      |ー、      / ̄|    //`i 朝日  /
    | 中国 | | 韓国 / (ミ   ミ)  |    |
   |    | |     | /      \ |    |
   |    |  )    /   /\   \|       ヽ
   /   ノ | /  ヽ ヽ、_/)  (\    ) ゝ  |
   |  |  | / 

427 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 00:21:16
政体における全体主義と哲学における全体性とはそもそもぜんぜん違うもので
あって、前者は、外部に征服されるべきものとしての他の集団や国家を悪無限的に
必要とする、実態は相対主義である全体主義。
スピノザやヘーゲルの思考はそういうものには全く縁がなかった。
彼らは、彼岸を認めない絶対的な「この世界」を肯定する全体主義(=絶対主義)。

428 :考える名無しさん:2005/10/01(土) 19:00:47
レヴィストロースの「野生の思考」って何で文庫にならないの?

429 :考える名無しさん:2005/10/01(土) 20:31:53
みすず書房の本は、あまり文庫にならないよ。

430 :考える名無しさん:2005/11/21(月) 22:37:31
構造主義を使った法学者っているの?

431 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 21:15:54
哲学板の皆さんへ

文学板から来ました。
レヴィ=ストロースのサルトル批判とそれについての意見反論について
ご意見求めています。宜しくお願いします。

http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1118504892/l50

432 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 21:16:56
私も期待されているようだね?

433 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 21:17:35
だが、哲学板には期待はできないと思うがね?


434 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 04:36:55
あるなしあるなしあるなしあるなし

435 :考える名無しさん:2006/02/10(金) 00:56:59
親族や神話の構造を分析する方法ではなく、ある個人に属する芸である。

436 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 23:36:45
age

437 :考える名無しさん:2006/02/16(木) 15:48:28
ポスト?wwwwwwwwwwww
ただのデッドエンドだろうw

438 :考える名無しさん:2006/02/19(日) 23:12:27
仲間内でだけ通じる隠語を使うことで
外部から隔離された自分たちの趣味の世界を
維持しなければならない。
対話など望んではいない。
自らの思想が相対化されてはならないのだ。
対話を成立させたときが夢の終わりだ。

439 :考える名無しさん:2006/02/20(月) 17:10:43
それはむしろ日本のソーカル支持者(黒木、山形)の方だと思われ

440 :考える名無しさん:2006/02/20(月) 22:43:09
ウンコな議論
なのかね?

441 :考える名無しさん:2006/02/21(火) 00:51:19
ウンコな議論だよ。

死ぬまで遊んでればいい

442 :考える名無しさん:2006/02/21(火) 22:59:43
自分の主張を、それを主張する文章自体で実践してしまい
対話不能にしてしまう遊びこそがポストモダンなのだよ?

443 :考える名無しさん:2006/02/27(月) 03:14:09
気の毒

444 :考える名無しさん:2006/02/27(月) 22:58:57
何も言ってないに等しいのだよ?

445 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 15:30:07
残飯もむさぼり切ったことだし、
食べかすを掃除しておけよ。

446 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 15:30:39
のだよ?

447 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 22:57:47
おけよ。

448 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 01:06:12
うん そうだね。

掃除

449 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 02:55:29
フランスをね そおっと 地中海に 沈めるの

掃除

450 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 13:24:48
おい 片付けておけよ そのボロクズを!


掃除

451 :考える名無しさん:2006/03/11(土) 23:05:51
一向にポスト・構造主義を超えていないよな。
早く超えてくれ。

452 :考える名無しさん:2006/03/17(金) 19:08:55
ポスコロも行き止まりか。

旧植民地側から影響力のある哲学者・思想家が出て来ないとなぁ




453 :考える名無しさん:2006/05/16(火) 16:19:40










     近 代 超 え ち ゃ っ た と こ ろ で 一 体 何 を ど う す ん だ ろ っ て い つ も 思 い ま す ね 〜www

454 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 00:35:10
また、何らかの形態にコード化されるに決まっているのよん。

455 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 01:37:52
超えるとか超えないとかいう話は構造主義で終しまい。

456 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 04:05:24
独創性の欠如を言語によって補おうとするむなしい試み

457 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 05:35:47
コードという語の意味を知りません

458 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 20:35:35
この部屋には河馬しかいません

459 :考える名無しさん:2006/06/29(木) 22:29:33
↑大きなお世話(笑)

460 :考える名無しさん:2006/07/01(土) 12:25:14
いんにゃ、頓馬も馬鹿もいまっせ。

461 :考える名無しさん:2006/07/03(月) 18:58:48
コピペ→うぜぇ→転移ですね、ボクへの思い入れが強すぎる→うぜぇ→コピペ
       ↑
       いまここ

462 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 14:09:34
静かだねぇ〜。
ポスト構造主義も。
フーコーもドゥルーズもデリダもレビナスも逝ってしまった。
これで、終わりなのだろうか?
これで良いのか。


463 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 16:49:03
まだだ!まだ終らんよ!
思想は流行りすたりではかるものでもあるまいに!

464 :考える名無しさん:2006/08/05(土) 21:32:14

ルノー&フェリーの「68年の思想」読んだけど、批判されてるポスト構造主義者に魅力を感じてしまったよ。
反−人間主義という響きがまたカッコイイ!!
でも日本における「人間」と、フーコーとかが解体しようとしている「人間」ってほとんど逆の意味だね。
だから日本における反−人間主義ってむしろ「近代主義」のことだな。

465 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:10:47
ageageago

466 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 23:41:36
ポストモダンの問題点は、この渡邊二郎先生のこの言葉に現れているんじゃないか? ちなみに渡邊二郎先生は、実存主義者。

渡辺二郎訳 『イデーン』 訳者あとがき

「昔からもあったことだが、真の哲学的探求を阻む退廃的諸現象も、相変わらずその根を絶っていないのは残念である。
奇矯な言辞を弄し何やら才気走った論評をものにすれば、それでもう一廉の哲学者なりと自他ともに許しうるかに錯覚する軽佻浮薄は、いぜんとして存続しているように思われるし、
また一方、おのが偏狭固陋に固執して、他説を曲解しまたこれに的外れな駁撃を加えてその裏でおのが皮相な立場については都合のいい文献引証に拠ってこれを糊塗する衒学趣味も、やはり依然として幅を利かせているようでもあり、さらに困ったことには、
現今の学問諸領域の流動化と慌ただしい変貌にも眩惑されて、基本的な研究思索や文献精査を等閑に付し、境界的学際的な場面や諸潮流間の迫間に身を置いて、
四分五裂の討議応酬に明け暮れすれば、何やら最先端の哲学に与り得たかに思い込む躁病的狂気が、真の哲学と混同されるという風潮も、時折見受けられる。」

467 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 00:15:37

ポストモダン「現象」の問題点についてだろう。
まったくもって表面的。
ポストモダン思想そのものについては何にも言及してない。


468 :考える名無しさん:2006/08/22(火) 16:01:41
白熱してますね〜、でも話題自体が社会学っぽいけど。

469 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 05:06:16
超える、ポストだって。ポスト主義したら。

470 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 23:22:25
民営化されますた

471 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 22:54:14
ぶっちゃけ、ラカンなんて学んでも雑談以外にメリットはない。
若いんなら、そんなもんに貴重な時間を使わないでほしい。
認知科学分野からみたら、ただの与太話にすぎないんだから。

ラカンには制御モデルが無いので、言いっ放しのこじつけ理論モドキ。
それは、つねに事後解釈でしかなく、都合よく辻褄合わせをしているに他ならない。

過去しか語れないものは、理論では無い。ただの茶飲み話。
もちろん、暇潰しのネタとしての価値は十分あるがな。血液型性格占いとか。
理論として語りたいならば、未来を語れないとダメ。
疑似科学理論の多くは一回性というタイプ論に逃げ込むが、現代科学はそのような
フェノタイプに逃げることなく、ゲノタイプに挑み続けた結果、
現在の成果を挙げている。
要素還元主義などという昔ばなしを持ち出してお茶を濁しても無駄。

現にラカンは患者をろくに治療できなかった。
理論が機能していなかった何よりの証拠だ。

472 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 00:39:42
      ∩___∩
   (ヽ  | ノ      ヽ  /)
  (((i ) / (゜)  (゜) | ( i)))  オランウータンビーツ
 /∠彡    ( _●_)  |_ゝ \
( ___、    |∪|    ,__ )
    |     ヽノ   /´
    |        /



473 :考える名無しさん:2006/11/18(土) 03:43:45
>>453
知的ルサンチマンに苛まれている不貞腐れたバカボンパパみたいなルックスの
初老リーマンが書き殴った酔っぱらいの戯言のごとき「思想批判」を鵜呑みにして
哲学板でバカにされ発狂した人間が必死の思いで立てた「批判者ウォッチスレ」が
こともなげに削除されてるね。


474 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 21:47:46
ポストモダンは何かを間違えたのか?
そう言えるか?
大体、ポストモダンはなぜ発生したのか?
モダンとは何か?
ポストモダンを批判するには、
これらの質問に答えるだけの知識は必要だろうな。

475 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 22:12:23
>>474
ポストモダンとは音楽における十二音音楽、美術におけるDADA、などなど
いろいろあるけど、哲学的には結局は反ヘーゲル主義につきるね。
哲学でモダンとはヘーゲル主義のことだ。


476 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 22:47:24

民主化がすすむにつれて、あらゆる領域において自己言及性が露呈していく
わけだけども、構造ありきでやっていたときと、バラバラの個々によって
再構成された構造とは質的に異なるものであるということ。

477 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 22:27:58
ヘーゲル批判だけでポストモダン批判が十分ではないだろうな。
まず、西洋形而上学批判であり、主体批判がある。
ルネサンス以来確固とした人間賛美の批判でもあるだろうな。

478 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 22:29:01
476
民主化と自己言及性の関連を述べてくれ。

479 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 22:38:24
階層的分化社会から機能的分化社会への以降によって
自己準拠化・自己言及化が生じるっていうことでは
例えば資本主義とか、与党でいることが第一目的になる政治とか

てか社会学の受け売りだけど

480 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/22(金) 22:45:54
封建社会では場への強い帰属によって、自己そのものが浮上しない。
民主化は、場の離脱から始まり、自己が浮上するが、
そもそも自己なんって存在しないわけで、コギト状態になり、、
自己を自己で定義するようなパラドクスが生じるわけでしょう。

481 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 22:49:51
480
そうだね。確かに、自己=主体なんて無いと言うのが
ポスト構造主義の狙いて言うか、批判のポイントなのだな。
それと、自己言及について、それど、「自分が自分をのたまう。」
事がどうして問題なのかな。

482 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 22:55:58
自己言及こそが、パラドックスであったのだ。
語れる事が不可能である事を証明したのが「自己言及性」だ。
つまり、アンチ・デカルトによって、ポスト構造主義は
生まれたのだ。西洋形而上学批判として、組織化される個の
開放としてだ。

483 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/22(金) 22:57:23
主体批判は構造主義でしょう。サルトル批判から始まるわけで。
構造主義は主体の空虚に構造(無意識)を見たわけだけど、
ポスト構造主義は、その構造さえも解体するわけですが、
その差は言われているほどないと思います。

自己言及そのものになにか問題があるのでしょうか。

484 :2ちゃんの敵:2006/12/22(金) 22:58:04
アンチ・デカルトっておかしくないか わり

485 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2006/12/22(金) 23:03:23
デカルトはコギトの正しさを神によって保証します。
まだそこに逃げ道があったわけです。
しかしその後、神は死ぬわけで、そこに宙づりだけが残る。

それを何で埋めるかが問題ですが、お金か、趣味か、仕事か、自由か、平等か、
どちらにしてもつかの間のものでしかないわけですが。

486 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 23:28:30
主体を実体と見るのを否定して超越論的統覚としてのコギトとして提示した
デカルト-カントはほとんど構造主義の祖といえるのじゃないかな。

487 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 04:52:15
それヒュームじゃなくて?笑

488 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 09:32:43
主体=実体と考えるのは、デカルトの精神と延長が実体と考えると言う事
から来ているのではないかい。
しかし、コギトを超越論的統覚とは言わないだろう。
また、カントの場合にも、先験的悟性範疇と言う。
超越論的統覚はフッサールでないかい。

また、自己言及については、デカルトのように、人間が外の世界を
そのままの姿で言い表わせないと言う事、つまり、言い表わしている自分
がどのようなものなのかを証明できないと言う事で、
分かりやすく言えば「クレタ人はうそをつかない」と言うパラドックス
なのだよ。


489 :アンチ・ドゥルーズ:2006/12/23(土) 19:10:11
ポスト構造主義は誰でも超えるだろうが構造主義は超えるというより継承すべきもんだな。つまりドゥルーズやデリダはダメだがフーコーはいいという事

490 :考える名無しさん:2007/01/08(月) 18:54:55
m9(^Д^)プギャー

491 :考える名無しさん:2007/01/08(月) 20:32:14
「ポジティヴ・ロー positive law というのは、次のような思想だ。法(法律)は人間が決めるものであって、神や自然のような、
目に見えない「幻想」が決めるのではない。「法」とはこの地上の人間が定めるものであって「天」や「自然」や「神」が決める
のではないという法思想である。ナチュラル・ローに対する痛烈な批判として始まった考えである。「神」やら「自然の摂理」
やらを言う人々全員を敵に回す思想である。

したがってこの「ポジティヴ・ロー」は「人定法」と訳すべきである。それがどういうわけか日本では、何十年もの間これを
「実定法」と訳してきたので、法学者たち自身が頭が混乱してわけがわからないのである。
ポジティヴを「実定」などと訳したので意味が不明なのだ。法学者たちがわからないのだから、その他の社会科学者や文科系
知識人たちがわかるはずがない。」
(副島隆彦著『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』講談社プラスアルファ文庫、2001年刊 より)


492 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 00:28:06
(副島隆彦の学問道場「今日のぼやき」[2000.3.6]より引用)
宮台真司(みやだいしんじ)君や、その他のまだ、ポストモダンを 言っている人たちがいるようですが、残念ながら、
もう世界規模では捨てられた思想です。今の 37歳ぐらいから上の人間が、感染している病気です。
東なんとか君の本など、どうせ何をいいたいのか、なにを、かいているのか、わけがわかりませんから、ご心配なく。
はじめから、この人たちは「読者にわけが分かるようには」書きません。

「 大正デモクラシー」のころの(ロシア・ボルシェビキ革命の世界的、影響です)からの「新カント学派」の影響で、
とにかく訳(わけ)が分からないように書く。読者より自分の方が頭がよいように思わせるように書く。
これが、この手の人たちの本性です。愚劣きわまりない伝統であり、日本知識人の劣勢遺伝子のかたまりです。
室町・鎌倉期の五山(ござん)の僧侶たちも、こうだったのでしょう。 かれらは、仏教の坊主(僧)だったのに、
何と朱子学(南宋学、儒学)の本をよんで、分かった振りをしていた、おもしろい人たちでした。
これと、今のおフランス思想かぶれの残党たちは、よく似ています。
じつは、フランスでも一番頭のいいのは、ドゴール主義者(ゴーリスト)の政治知識人たちです。ゴーリストたちは、
フーコーらのような、人文(じんぶん)主義の衒学(げんがく)趣味ではなく、本気で「どうやったら自分たちは
アメリカの支配から脱出できるのか」を国家戦略研究所に集まって、研究しつづけているのです。

 日本人のような、東アジアのモンゴリアン・インディアンには、フーコーぐらいが、文化輸出するのに、丁度いい、と、
考えていたのです。フーコー自身が、来日したとき、「ク、ク、ク」とわらいながら、そういうことを、吐いています。
(引用おわり)


493 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 00:28:44
左翼思想家が好むフーコー
最近の流行は工作されたものだな


494 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 08:04:35
>デカルトはコギトの正しさを神によって保証します。

いつそんなことをした?

495 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 08:28:23
「探求」は越えてますね。

496 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 12:02:18
ルーマン準拠のミヤダイがポストモダンてw
「一番頭のいい」とかって表現にも妙な観察図式を感じるわけだが…
これどこのDQN?

497 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 12:17:02
ものすごく地味な研究なんだな…
文献研究の域を出てないんじゃないか

498 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 13:51:41
>>497
ものすごく派手だよ…

>副島隆彦(1953-)
>福岡市生まれ。早稲田大学法学部卒。銀行員、代々木ゼミナール講師を経て、常葉学園大学教授。
>主な研究分野・著書 現代政治思想の研究 Political Thoughts Study

>『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』、『政治を哲学する本』、『リバータリアニズム入門』(訳者)、
>『アメリカの秘密』、『ハリウッドで政治思想を読む』、『現代の予言者・小室直樹の学問と思想』、
>『悪の経済学』、『逆襲する日本経済』、『墮ちよ!日本経済』、『日本の危機の本質』、『アメリカの大嘘』、
>『悪賢いアメリカ、騙し返せ日本』、『属国・日本論』(五月書房)など多数。

ちなみに『人類の月面着陸は無かったろう論』の作者

499 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 16:43:21
>人類の月面着陸は無かったろう論

ここだけキチガイだw

500 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 21:55:54
もっと本を読んでみれば、ポスト構造主義の凄さが
分かるよ。なぜ、西洋形而上学は批判されねばならなかったか。
考える必要がある。それを踏まえての批判ならば良いと思う。

501 :考える名無しさん:2007/01/10(水) 04:27:08
ケン・ウィルバーやピーター・ラッセルはやはり間違っていたという事。「アートマンプロジェクト」は特定の人間を犠牲にして行われるべきではないのは常識的に分かっていたはず。これから全ての人間に分担してもらう

502 :考える名無しさん:2007/01/12(金) 22:28:27
つまり、ポスト・構造主義は政治的に超えるのか、又は、コンピューター・ネット
ワーク的に超えるのかだな。前者が「帝国」であり、後者がポスト・モダン的
サブカル系へ流れる。

503 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 13:07:28
「ポストモダンは何を間違えたのか」は1000カウントになったので、続きは
こちらで進めよう。
ところで、再度主体論にフォーカスすると、ジャン=リュック・ナンシーは
『主体の後に誰が来るのか?』と言う本でフランスの思想家達の回答を集め、
また、最初にナンシー自身の意図・意見を書いていたとの事だ。
内容は西洋主体批判であり、現前に対する支配と、普遍的規範(真理と考える)
に対する偏差を差別としている点にあった。そこから、普遍と呼ばれる
現前=再現前の主体論の流れを断ち切る必要があった。
そこで、西洋の思想は主体を絶対的に固定化したものと考える。そしてその絶対的な
主体をもって、外在するものを我有(認識)するのであると考える。

504 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 13:13:00
次スレたてろ

505 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 13:20:23
そこから、彼の主体論は絶対的に固定したコギトのようなものではなく
その場その時で対面し、関係するもので、本質をもたない流動的なもの
と考える。つまり、自己一貫性のないものとなる。つまり、ポストモダンの
哲学者とほぼ同じスタイルである。ドゥルーズならスキゾフレニー
(分裂症的)と言うだろうな。
自己を形成するのは他者であり、他者との関係性によって自己は作られ
固定される事なく、流動化する。
最終的には、ネットワーク型主体として、自己完結しない開かれた脱自存在
としている。接続し切断する運動として関係性として主体を考えてる。
最終的には「触れよ」「口づけせよ」と言うエロチックな表現に進む。
この辺は最近翻訳版が出ており、デリダがナンシーを論じているので
読むといい。

506 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 13:21:46

【脱ぎ~脱ぎ~☆】第五弾 パンツだけはこの手で脱がしたい~~~・・・♪
お尻が揺れるほどバックから突きまくって♪
今日のエロ画像
長澤まさみ 3年前のグラビアで見せた超可愛いロリロリ水着映像+バレー合宿..
超変態SMプレー M女を苛めるぞぉ 【17分動画】これはw顔が歪んでるww
【安藤美姫】  生放送中に乳首を晒してしまった伝説の事故映像他全6本動画..
佐藤和沙 & 仲間由紀恵 のエロ動画 & 援助女子高生のSEX動画
街撮り盗撮!おっぱいチラッと見えたちゃったぉ♪
アニメ4種ローゼン+はにはになど◆同人誌5冊ハルヒ+ローゼン+すももなど
グラビア画像【原史奈】
【おもちゃ】ぐしょぐしょに濡れちゃう〜
休止
■今日の盗撮動画伊藤●咲似!?個室BOXで大開脚オナニー ?■今日のアイドル動画[後..
秒刊FLASH動画とぴっくす
★ おっぱい ★ すげぇ! 爆乳〜 いやらしすぎ! 揉みたいパイ♪ 10連発!!
固いチンポを正常位で楽しむお姉さん♪
Powered By DrecomRSS


507 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 13:32:16
波平へ。
意見として理解するが、その様に語る主体をどの様に考えるのか
と言う問題点を如何に超えたのかが述べられていない以上
ポスト・構造主義が指摘した西洋形而上学の問題点である、主体論
を超えていないと思うが。つまり、ナンシーも言っているように
何が正しいかを語ることによる支配と言う問題点を超えない限り
君の言う事は、やはり何が正しいかと言う事になるだろう。
だから、君の理論を読んでいくと、構造主義はこれで、ポスト構造主義は
これで、次に、科学技術的な管理型社会がはじまり、一方享楽に基づく
流行が(ポピュラリティ)流れを社会決定すると言っているに過ぎない。



508 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 13:40:20
つまり、ポスト構造主義者と言われる者達が苦闘した事
つまり、主体の崩壊と哲学者として述べる事の狭間で、
西洋形而上学と言われる何が真理で何が間違いかと言う事の
選別が被抑圧する者を作る事を恐れ、自己を消滅させ、多様な視点
脱構築・差延など多くの概念を紡いだことをすべて忘れている。
そして、次々に繰り出す概念がコギトを是認しているような素振りに
見えるのだね。

509 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 13:47:13
西洋主体論を超える事がポスト構造主義を超える事だと
思う。これは僕の哲学のモチーフだからだね。
色んな哲学があって、お互いに接触・切断せよであって、
東浩紀さんのように「切断し転送せよ」ではないよな。
でないと、一つ考えが増幅し支配する事になる。

510 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 20:19:08
もう終わったのこの主体論は。それで良いのか?

511 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 20:20:44
波平はぴかぁ〜ではない。波平はしろうとである。
どう思う?

512 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 21:22:59
ぴかぁ〜のしろうと化
しろうとのぴかぁ〜化

513 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/27(土) 21:39:25
>西洋形而上学と言われる何が真理で何が間違いかと言う事の選別が
>被抑圧する者を作る事を恐れ、自己を消滅させ、多様な視点脱構築・差延など
>多くの概念を紡いだことをすべて忘れている。
>そして、次々に繰り出す概念がコギトを是認しているような素振りに見えるのだね。
>西洋主体論を超える事がポスト構造主義を超える事だと思う。
>これは僕の哲学のモチーフだからだね。

たとえばこのように問うとどうでしょうか。
「そもそも主体は存在したのか」
仮に主体なるものがなければ、構造主義も、
ポスト構造主義も、いない敵への遠吠えになる。

ボクが言っているポイントは「ポピュラリティ」です。
主体でも、スキゾフレニーでも、ネットワーク型主体でも、
ポピュラリティがチョイスしたブームであるということです。
人はいつも主体であり、スキゾフレニーであい、ネットワーク型主体でも
多面的な存在です。

では、「ポピュラリティ」はどこから来るのか?
主体論→構造主義→ポスト構造主義
この流れに漠然とした、進歩史観が見え隠れする。
すなわち近代以降の技術進歩に同期しているようだ。

ということです。

どなたか、「ポストモダンは何を間違えたのか」次スレ立てていただければと・・・

514 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/27(土) 21:42:49
これはデカルト、ドゥルーズ、デリダを批判しているというよりも、
これらの関係性を紡いで、物語を語るとき、
まさに技術史観にもとづく、ポピュラリティが作動している、ということですね。

515 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 22:41:13
つまり
ポピュラリテイとはデカルト的なコギトとしての主体に基礎付けられている
のではないのかと言う気がするんですね。つまり、理性的な、或は、本能的な
享楽の個人が気に入る物を選択する結果として、人気=流行が全てと言う事
になるのではないでしょうか?だとすると、この流行は多数派によって社会が
流れる、いや、価値観が流されると言う事になりますよね。
つまり、ポスト構造主義が暴いた、マイノリティへの差別をこの多数決は
隠し持っていることになると言うことです。

516 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 22:47:39
僕は全面的にデカルトを否定しようとは思っていないが、
ポストモダンを終了させるには、主体論再考と言う問題を明確に
クリアーしないと、問題があやふやになると思うんね。
だから、波平に確認しているんだけどね。
僕の絡みからは、ナンシー・ジジェク・バトラー辺りの、主体・差別・政治
の問題が重要になるんだ。だから、少絡んだだけ。

517 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 22:57:58
それと、この三人の考は、専制的な管理社会とは正反対だと思うね。
確かにPCの発達によって、色々な裏道・悪行・犯罪が生まれている事
は分かるし、多様な匿名行為によって個人識別が不確実になりつつある
のは理解出来るが、かといって、国民背番号制見たいな管理や個人行動を
過度に監視するライブカメラをいたるところに設置する事は問題だと思う。
管理ではなく、個人の自由な行動に対し、事後的に
必要なときに個人の情報を参照する技術は必要だろうと思う。
これは、管理ではなく、把握能力の向上と言う事だろうと考える。

518 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 23:04:10
つまり、波平には主体があったのかなかったのかそんな事は
選択=ポピュラリティには関係のないことと言う意味に取れるんですが。
もしそうならば、構造主義・ポスト構造主義を再確認する必要があるな。
主体とは何か?ジャン=リュック・ナンシーを読む必要があると思う。

519 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 23:13:07
波平は主体があるかないかに係らず、選択=ポピュラリティには全く
関係がないと考えているような気がする。選択する者はなにかと言う
ところが明確になっていないようだね。選択する私とは何か?
あるいは選択させられている者かもしれないものとは?
与えられた中から選択させられていると言う洗脳の可能性だってある。
こう言う点が見えないんだ。

520 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 23:18:22
つまり、自由な意志をもって判断する人間個人と言う
デカルト的な主体が前提になっていると言う事が、
波平の論理にはあると言う事ですね。

521 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 23:49:47
延々と続く、ということですね、ということですね、ということですね、ということですね、ということですね、
ということですね、ということですね、ということですね、ということですね、ということですね、ということですね。

522 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/28(日) 00:08:17
「科学技術の見えざる手」

ポピュラリテイとはデカルト的なコギトとしての主体に基礎付けられているのではないのか
と言う気がするんですね。つまり、理性的な、或は、本能的な享楽の個人が気に入る物を
選択する結果として、人気=流行が全てと言う事になるのではないでしょうか?

ポピュラリティは創発性ということに近い。すなわちシステム論的であり、むしろポスト構造主義的です。
システム論への一般的な批判は、結局、現状維持でしかないということです。
たとえばアダムスミスの「「神の見えざる手」ですね。

しかし「神の見えざる手」ならば世界には恣意性がなく、偶然性が支配しているはずが、
近代以降は科学技術という強烈な一次元性が発生している。
そして「神の見えざる手」に大きく影響せざる終えないだろう、ということです。
これを「科学技術の見えざる手」とてもいいましょう。
これがボクの世界観です。

これは正確にいえば、哲学ではない。哲学とは、特に近代以降において、倫理と同じだからです。
これが、複雑系ということで近いことを言いながら、現状を記述する科学としてのシステム論と、
ポスト構造主義の大きく違うところです。

この世界観を倫理につなげれば、この「科学技術の見えざる手」を脱構築することです。
強烈な一次元性=進歩史観には必ず、「科学技術の見えざる手」が働いている。

近代主体→構造主義→ポスト構造主義という流れて語るときもそうです。
脱主体のような言説もそうですね。


523 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/28(日) 00:12:44
「科学技術の見えざる手」の一番の言説が、ネオリベラル、グローバリズムです。
そこに進歩史観=「科学技術の見えざる手」が当然のように、前提とされています。

524 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 00:22:32
延々と続く、ということです、ということです、ということです、ということです、ということです、ということです、
ということです、ということです、ということです、ということです、ということです、ということです。

525 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/28(日) 00:26:33
環境管理社会に対するボクの批判は、「環境管理社会は存在しない」というものです。
そこには「科学技術の見えざる手」が働いている。そしてそれはいつも機械論的な姿をして現れます。
人間を離れたところで、先行して機械的に世界を管理するというような。

環境管理社会はそのようなものではなく、人の欲望が蠢く、泥臭いものです。
ネオリベラル、グローバリズムも同様です。

526 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 00:32:15
経済競争と脱落の恐怖が脅迫的にグローバリゼーションを
加速的している。これは燃え盛る車輪である。
見えざる手は今や吹き荒れる市場商品開発技術競争的大量生産
大量消費環境破壊的暴風となった。
もはや山に庵を結んでつつましく暮らすことも許されないのか?

527 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 00:37:18
自由な自立した市民などはどこへ行ったのか?


528 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/28(日) 10:00:50
「帝国」、フラット化、ポストヒューマン、グローバリズム、ネオリベラル・・・

529 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 10:49:34
延々と続く単語の羅列、言い換え、ひとりよがりな「ということです」断定、自作自演じみた「ということですね」同調。

530 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/28(日) 11:03:12
動物化・・・

531 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/28(日) 12:57:37
すなわち主体を否定する言説の根底にあるのは、この「科学技術の見えざる手」です。
人は主体的であり、ポスト構造主義的でもある。
だから人は多くにおいて非主体的ですが、
だからといって主体は安易に否定されるようなものでもない。
主体を否定するそのときにこそ、主体的である、ということ。


532 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 13:16:59
すなわち、すなわち、すなわち、だから、だから、だから、ということです。

533 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 15:47:07
波平ってヤツ全スルーでお願いします。
コイツ変なコピペばっかりやってる荒しなんだよ。

534 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 23:52:52
「主体は世界の内には存在しない。」
主体において世界が「ある」のだから。
これは、主体と世界を追求した哲学者の共通意見でもある。

535 :考える名無しさん:2007/01/29(月) 00:13:33
主観概念は意味的に構成される同一性として常に既に意味概念を前提としており…

536 :考える名無しさん:2007/01/29(月) 00:30:36
概念と「それ」は普通違っている。
概念が精錬されるほど「標準化」され、安っぽい国語辞典の記述に近づく。
が、そうなるほど実際の「それ」は「概念」とズレが大きくなるのだ。

537 :第三の波平 ◆V8RGN/F1uY :2007/01/29(月) 10:32:04
近代のイデオロギーは科学技術という「人間の手を介さない」ふりをして現れる。マルクスの唯物史観、
ナチの優生学、アメリカのネオリベラリズム、グーグルの検索装置。この機械に潜む欲望の次元を見いだす。

創発的なポピュラリティと科学技術という数量化の外部技術による正確な伝達、反復による1次元的性
という知識の生成構造において、それらを動かす動力としての欲望。

538 :考える名無しさん:2007/01/31(水) 16:30:27
「欲望の次元」ってなに?

171 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)