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認識論を社会化する!

1 :社会人:04/12/01 06:56:20
近頃なにかと話題の「認識論の社会化」 夏にはそのものズバリの書名を持った本も出版されました。
「知識の個人主義」という近代哲学の「神話」への批判、認識論に社会科学を受け入れることの
意義と問題点。
認識論と経験諸科学の関わりはどのようなものであるべきか。
論ずることは多そうです。

参考文献などは>>2以下

2 :まう:04/12/01 06:59:41
       ;;;;;;;:::::::::::::::::::::::::::::;;;;;;::::::::::ヽ
      ノノノノノノノノ'''"))''  ;;;;;:::::::ヽ
     ノノノノノノノノ/   性欲猛者  ヽ;;:::)
     ;;;:::::::::::::::::::::::ノ         ;::/
     :::::::::::::::::::/  ;;;;;;;;;;;;;;   ,,,,,,, |
     ::::::::::::::::::)  ''''/ ̄ ̄ヽ_/ ̄丶
     ::/ ̄ ̄::;;; ̄ ̄| ⌒  | | ⌒  |
    ::( ( ⌒| ::;;    ヽ__/  ヽ   /     
     :::ヽヾ  :;;  :::   (_,,  ::)一ヽ
     :::::ー’   ::  /    ̄ ヽ 丿
       |  ゝ     ----─-  /   
       |  ::ヽ     ヽ±±/ /    2げっと 
       ノ   :::         γ     まう。
     /ヽ   ::\    ⌒  /
    /   \    ヽ___ノ            〜不死鳥復活〜

3 :社会人:04/12/01 07:04:39
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/481580298X/qid%3D1101851773/250-1041836-1322621
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4815804893/qid=1101851838/sr=1-3/ref=sr_1_10_3/250-1041836-1322621
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4782802080/qid=1101851907/sr=1-10/ref=sr_1_10_10/250-1041836-1322621
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4782801297/qid%3D1101851952/250-1041836-1322621
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4762821292/qid=1101851907/sr=1-9/ref=sr_1_10_9/250-1041836-1322621
ttp://www.info.human.nagoya-u.ac.jp/~iseda/works/kkthesis.html
ttp://www.info.human.nagoya-u.ac.jp/~iseda/works/SSK.html
ttp://www.info.human.nagoya-u.ac.jp/~iseda/works/epistemology.html
ttp://www.p.u-tokyo.ac.jp/~kanamori/Shohyo1.htm
10) 書評:「<隔絶した認識主体>の止揚に向けて」、『図書新聞』第2322号、1996年12月14日


4 :考える名無しさん:04/12/01 23:08:46




5 :考える名無しさん:04/12/02 15:45:52
名古屋スレッドと化すのか?

6 :考える名無しさん:04/12/02 19:12:01
名古屋組スレないからちょうどええやんか。

7 :考える名無しさん:04/12/02 19:14:24
みなさん 名古屋へ起こしの際は是非に。
http://www.yamachan.co.jp/index.html
安くてうみゃーでよ

8 :考える名無しさん:04/12/04 15:00:52
age

9 :考える名無しさん:04/12/05 01:31:35
>>1
とりあえずなんか話題ふれや。

>>3
リンク先で思い出したくない名前を見てどきっとしたあるよ。

10 :考える名無しさん:04/12/06 08:36:32
素人ですが、知識の個人主義を徹底的に(可能な限り)批判する!
というのはどうでしょうか。

>>9
なんかあったの?

11 :考える名無しさん:04/12/12 18:50:22
age

12 :考える名無しさん:04/12/13 14:29:34
>>10
個人主義と個人主義じゃない側(社会主義?非個人主義?)の対立点は
知識の持ち主は個人かそれとも集団か、というところにあるんでしょうか?
それともある信念が知識だと判定するのは個人か社会かというところに
あるんでしょうか。
前者だったら非個人主義は集団的な心とかのあやしい形而上学に陥りそう。
後者だったら、そもそも個人主義者もそれには反対してない気がする。

13 :考える名無しさん:04/12/21 21:18:23
>>12
そうですね

14 :考える名無しさん:05/01/02 15:07:45
age

15 :考える名無しさん:05/01/02 17:22:46
世界中に自分1人しかいない
又は無人島に1人ぼっち

この場合、自分=社会と考えてよいだろう
まこの場合は社会は不要であり自然消滅だが

これが多数と同時に存在する場合は少し異なり
自分は認識者にもなり他者や自分からみた否認識者にもなる
観測者により立場は変わると考えられるな

社会に自分は常に含まれておる、複数の観測者の集合体を社会と考えた場合、認識を行うのは自分でもあり他者でもあり又社会でもあるといえよう

16 :考える名無しさん:05/01/02 21:56:20
ひきこもりが社会復帰を目指すスレはここですか?

17 :考える名無しさん:05/01/03 00:11:27
>>16
う〜ん残念 少し主旨が違うんだなあ

18 :考える名無しさん:05/01/03 02:32:40
やっぱり、どうしても、
最終的には個人の認識でしかないと思うけど、

状況に流されちゃうってことは、よくあることで。

19 :考える名無しさん:05/01/04 22:44:28
●1月3日(月)
 休みの日。

わぉ、某2chで『認識論を社会化する』スレを発見。でも私、この本読んだのに、スレで何の話をしてるのかまったくわからない…。
ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/3053/pp05jan.html#title

20 :考える名無しさん:05/01/04 23:18:51
この人のサイト以前見たことあったなあ
モヒカン君でしょ?
ぜひおいでくださいませ。楽しく議論しませう

21 :考える名無しさん:05/01/04 23:19:17
社会と個人は連続的にとらえるべきだ。どちらも言葉でとらえるしかない。本当に個人的なものはそもそも言葉で表現できない。すべては、これらのことを前提にせざるをえない。

22 :考える名無しさん:05/01/04 23:27:29
>>19
そんなにこのスレって難しいのか?
色々勉強して層に見えるけど。

23 :考える名無しさん:05/01/05 15:14:40
>>22
そうじゃなくてここのカキコの内容と、自分の理解した内容と異なっている、
ってことを婉曲的にいってんじゃない?

24 :考える名無しさん:05/01/05 23:09:58
>>23
『認識論を社会化する』という本は科学についての認識論は
科学の社会的側面を考慮にいれなきゃいけない、というような
趣旨の本だったから、それを念頭においてこのスレを見ると
「科学」のひとことも出てこないのが妙に感じるのでは。


25 :考える名無しさん:05/01/06 03:20:35
>>16
ワロタ

26 :考える名無しさん:05/01/06 12:37:36
ひきこもりは社会をどのように認識するか?
ひきこもりの認識論から認識の社会化を考察
できるのではないか。


27 :Tar ◆SQIDAUQYpc :05/01/06 13:08:16
どこの星から来たんですか?>社会人

28 :考える名無しさん:05/01/06 13:19:55
ここもきちがい限定か。。。

29 :考える名無しさん:05/01/06 15:35:13
哲学は非常識で狂気だと昔から決まってる。

30 :考える名無しさん:05/01/06 21:54:24
哲学のなかにも本当に非常識なものは少ない。だからフランスでは大学より下の学校
でも教えているし、正式な科目だ。

31 :考える名無しさん:05/01/07 14:18:35
俺の妄想を社会化する

32 :考える名無しさん:05/01/07 14:46:27
喪前らとりあえず伊勢田の本読んでから来いや。

33 :考える名無しさん:05/01/07 17:10:13
『疑似科学〜』だけじゃだめでつか?

34 :考える名無しさん:05/01/07 17:10:46
独我論を社会化する!

35 :考える名無しさん:05/01/07 17:32:34
ここですか、「分析哲学PART4」と化しているスレは?

36 :考える名無しさん:05/01/07 17:33:44
>>35
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1105030287/l50

37 :考える名無しさん:05/01/07 17:53:09
>>33
『疑似〜』には科学社会学に関する記述もあるから、読んだ後ならこの本を理解するとっかかりにはなる
、と思う

38 :考える名無しさん:05/01/07 17:56:29
そういえば 社学板には科学社会学のスレってないよね。

39 :考える名無しさん:05/01/07 19:20:12
社会的には、
科学も迷信も、
同列だもん。

40 :考える名無しさん:05/01/07 19:35:28
>>39
詳しく

41 :考える名無しさん:05/01/07 19:42:07
黒い雲が空を覆うことによって、
やがて雨がふつだろうという予測と、

黒い猫が目の前を横切ることによって、
やがて悪いことが起こるだろうという予測は、

まったく等価である。

狂牛病や鳥インフルエンザに対する社会的な反応は、
科学的根拠に基づく判断であるには違いないが、
その根拠が仮に迷信であったとしても、
区別はできない。

42 :考える名無しさん:05/01/07 19:42:27
・・・言うまでも無く、

ふつだろう→ふるだろう

43 :考える名無しさん:05/01/07 19:43:53
ちなみに、
ダイオキシンに対する規制法案が存在するが、
科学的根拠は、無かった。

少なくとも、
科学的根拠がない段階で、
法案は成立した。

44 :考える名無しさん:05/01/07 19:51:34
完全性をもとめる詭弁ですね

45 :考える名無しさん:05/01/07 19:56:13
でも、事実だろ。

46 :考える名無しさん:05/01/07 19:57:32
完全性をもとめる詭弁ですね

47 :考える名無しさん:05/01/07 20:04:56
なんの完全性?

48 :考える名無しさん:05/01/07 20:15:44
事物・概念の

49 :Tar ◆SQIDAUQYpc :05/01/07 20:16:56
完全性をもとめる詭弁ですね

50 :考える名無しさん:05/01/07 20:23:51
>>43
本来は科学的根拠が明確でないまま政策が決定したら
責任者を追求できるシステムなわけだが
そのシステムが機能していない事と混同してないか?

51 :考える名無しさん:05/01/07 20:26:06
完全性をもとめる詭弁ですね


52 :考える名無しさん:05/01/07 20:32:36
法律の策定に、
必ずしも科学的根拠は必要無いってことでしょう。

念のための予防措置、
ってことで。

53 :考える名無しさん:05/01/07 20:33:42
しかし、

ダイオキシンを規制する法律がある、
だから、ダイオキシンは危険だ、
という根拠も、社会は見出すわけで。

54 :考える名無しさん:05/01/07 20:35:17
論点をずらす詭弁ですね

55 :考える名無しさん:05/01/07 20:49:56
話は変わりますが 社会認識論というのは内在主義と外在主義に大きく二分されるのですよね。
日本の哲学界においては社会認識論について論じられてる方は名古屋組以外でもいらっしゃいますでしょうか?

56 :考える名無しさん:05/01/07 20:56:33
話を変える詭弁ですね。

57 :考える名無しさん:05/01/08 03:03:38
話は変わりますがガールフレンドに検便と駅弁を求めるのはどちらが変態扱いされますでしょうか?

58 :考える名無しさん:05/01/08 10:37:33
見つかった。
ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/3053/pp05jan.html#title


59 :考える名無しさん:05/01/08 11:25:03
>>55
社会認識論が、というより、認識論全般が外在主義と内在主義に分かれる。
正当化の要件がknower 本人にとってaccessibleである必要があるか
accessibleでないものでもかまわないか、についての立場の差。
社会認識論における社会が正当化の要件として出てくるのなら、
社会認識論は外在主義ということになるような気がする。


60 :59:05/01/08 11:27:10
>>55
そうそう、阪大の中山さんも『共同性の現代哲学 心から社会へ』
という本で社会認識論っぽいことを書いているみたいです。

61 :考える名無しさん:05/01/08 18:49:41
>>59
でも伊勢田さんは内在主義者じゃなかった?

62 :考える名無しさん:05/01/08 20:26:57
>>59
そういえばそうですね>内在外在 いろいろとありがとうございます
>>58
名無しさんで降臨されればよいではないですか!

63 :考える名無しさん:05/01/09 01:48:05
ttp://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/kg-portal/aspI/RX0011D.asp?UNO=12486&page=3
中山先生ってこの方ですね。
ドイツで学位を取得されたようですが、ドイツでも科学哲学は分析系なんですか?

64 :考える名無しさん:05/01/09 10:35:14
>>63
分析って言うよりも
Formal Ontology
が盛んだから、それ
つながりかと。

65 :考える名無しさん:05/01/10 21:52:25
形式存在論?ですか?
ありがとうございます

66 :伊勢田:05/01/12 14:45:59
>>61
だいぶ下がったのでこっそりお答えしますが
わたしの立場は非個人主義的内在主義です。
社会を共同の認識主体としてとらえると、社会的
過程による正当化も内在主義的正当化になりうる、
という立場です。

67 :61:05/01/13 18:22:21
>>66
おお!ご本人自ら解説ありがとうございます。

68 :考える名無しさん:05/01/13 20:50:30
ばーか
正当化も無しに信じ込むなよ

69 :考える名無しさん:05/01/14 01:34:17
以前にも自分のスレに書き込んでいたから、ほぼ本人で間違いないでしょ。

70 :考える名無しさん:05/01/14 01:53:47
ばーか

71 :考える名無しさん:05/01/14 02:01:00
>>69
justification つうのが根本的に分かってねーかよ糖尿
「以前にも」て何だよ頻尿

72 :66:05/01/14 14:40:24
>>67-71
まあこういう場で本人かどうかを問題にしてもあまり意味がないので
以後書き込む時は名無しにします。
一応66が本人だった証拠に自分の日記にも書いておきました
(と思ったが日記自体、どこでも名乗っていないのだった)。


73 :考える名無しさん:05/01/14 15:13:54
トリップ付けなはれ

74 :考える名無しさん:05/01/14 15:45:32
>>72
掲示板(N)に「私はIである」と書き込み、かつIのブログに「「私はIである」とNに書き込んだ私はIである」
と書くことは「私はIである」とNに書き込んだことを正当化するのでしょうか?内在主義的にはどうでしょうか?…
(もっともこれは認識論上の問題ではないかもしれません。問題提起の仕方がおかしい、あるいは間違ってたらごめんなさい)

75 :考える名無しさん:05/01/14 15:48:14
匿名掲示板においては自己同一性が保たれていません

2ch利用者が自己同一性障害を来たしていることからも明らかです

76 :考える名無しさん:05/01/14 15:56:21
名無しでも、
叩かれりゃ気にするだろうよ。

77 :考える名無しさん:05/01/14 16:09:43
>>74
認識論というか哲学的な問題でさえないだろ
内在主義云々というレベルの話じゃない

78 :考える名無しさん:05/01/14 16:26:56
哲学的でない正当化に関する問題があるのか?
哲学と意識されない場合はあるだろうが。

79 :考える名無しさん:05/01/14 16:45:08
伊勢田先生降臨乙

>>74
正当化の概念をどう分析するかに懸かっている、と言うしかないだろ。


80 :考える名無しさん:05/01/14 16:52:56
>>74
つうか、あなたはひょっとしたら、「書き込む」という行為の正当化とゆう問題と、
書き込まれた内容の認識論的な正当化とゆう問題とを混同しちゃいないか?

81 :考える名無しさん:05/01/14 17:30:31
>>74
>「私はIである」とNに書き込んだことを正当化する
というと確かに80の言うように書き込むという行為の
正当化の話になるんで、まあ認識論の話題ではなくなりますが、
本当は
「「私はIである」というNにおける書き込みを正当化する」
かどうかが聞きたかったのでは。
そう読みかえて解釈すると、
古典的な認識論でいうところの正当化としては弱すぎるが、
文脈主義や社会認識論なら少なくとも正当化の一部として
機能することはありえるかもしれない。

82 :74:05/01/14 21:26:21
>>81
ありがとうございます。おっしゃる通り「私はIである」というNにおける書き込みを正当化する」
といったほうが正しいですね…

83 :考える名無しさん:05/01/14 21:43:46
読みかえるのはいいけどさ、それでも問題が曖昧杉るだろ。
少なくとも伝統的に言われてきたような正当化つうのは、
誰にとってのどういった状況での正当化なのかが問題となるわけだから。
例えば、二人の人が同じ内容の信念を持ってたとしても、片方の人はそう信ずることを
正当化されて、もう片方の人は正当化されないとか、
同じ人が違う二つの時点に同一の内容の信念を持ってても、片方の時点ではそれが
正当化されて、もう一つの時点では正当化されない、といった具合に。

ちなみに、「…書き込みを正当化する」てゆうんだと、
少なくとも日本語の言いまわしとしては、
書き込みする人本人にとっての(何らかの)正当化を問題としてるようにしか読めないと
思うけど。

好意的に解釈すれば、「書き込み内容を(読み手が)信ずることが正当化される」かどうか
つう問題なんじゃないの?

84 :考える名無しさん:05/01/14 22:44:25
知識論の文脈で「正当化」と言ったら、それは信念に対してなされるものだもんね

85 :考える名無しさん:05/01/15 12:23:59
>>83
>>81がいってるような社会認識論なら問題ないんじゃない?
伝統的な認識論とは違うんだから

86 :考える名無しさん:05/01/15 13:15:45
最近確信した。哲学板にまともに議論できる人間はいない。
ここにいるのは、

(1)能力はあるが、人格的に問題のある人間
(2)人格的には問題ないが、能力(勉強)の足りない人間
(3)能力もなく、人格的にも問題のある人間

だけ。

才能もあり、人格的にも優れている人間はどうも別の場所で
議論する機会も情報を入手する機会もあり、ここには定着しないようだ。


87 :考える名無しさん:05/01/15 13:18:56
>>86
キミ自身はどのタイプかね?

88 :考える名無しさん:05/01/15 13:35:29
>>85
それは単に、正当化が問題となるような信念の主体を、個人として捉えるか、
それとも(個人を超えた)社会的な共同体みたいなものとして捉えるか、
てだけのことだろ。
もちろんこれは、そもそも正当化を問題とするとして、の話だけど。

89 :考える名無しさん:05/01/15 13:39:42
>>87
てけとーに分類するタイプ

90 :考える名無しさん:05/01/15 13:54:31
決め付けおやぢタイプキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!

91 :考える名無しさん:05/01/15 15:10:00
伊勢田先生、日記が消えてますよ。



92 :考える名無しさん:05/01/15 21:48:14
伊勢タン先生キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!

93 :考える名無しさん:05/01/15 22:01:05
考えてみたら、「擬似哲学」のスクツみたいなこのクソ板に
よく降臨なさったものだ。

94 :考える名無しさん:05/01/15 22:02:11
>>87
まだ板のかね?w

95 :66 ◆uCYgrl6DCs :05/01/17 13:01:29
>>91
どうも。なおしました。

正当化が問題になっていますが、社会認識論
(というか自然化された認識論全般にいえることですが)
ではepistemic appraisalの対象となるものは信念には
限りません。「書き込むという行為」がepistemically good
かどうかというのは社会認識論では十分意味のある
問いになりえます。(ずれているかな?)


96 :考える名無しさん:05/01/17 13:24:00
なんと80年前の論文に起源があって、日本社会は血液型に汚染されるようになりまった。AERA最新号

今日は、AERAに載った養老氏の血液型批判を論議する予定です。どうぞふるってご参加ください。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1103640221/


97 :考える名無しさん:05/01/19 01:30:14
[ネット関連の事件]
 奈良市の小学生・有山楓ちゃん誘拐殺害事件の犯行内容と似た「さくら
たんの歯をムリヤリ抜く」「さくらたんを水が入った水槽に」といった書込み
があったことや、多数の犯行予告の書込みなどで知られるインターネット
上の掲示板『2ちゃんねる』に、名○屋大学情報文化学部の助教授が書
込みを行っていたことが明らかになった。通常は匿名で投稿される掲示板
に、助教授は自らの名前を名乗った上で投稿し、さらに自身のホームペー
ジ上でもその書込みが自分のものであることを発表していた。書込みは平
日の昼間に複数回行われた。
 大学側はこれに対し、沈黙を守っている。

98 :考える名無しさん:05/01/19 10:32:42
書き込むといけないの?この書き込みだと何が問題なのか分からないのですが?
「」内に示されたようなことを書き込んでいたのなら、それは問題でしょうけれど。
何を書き込んだか示していないと、何が問題なのか分からないのですが。

99 :考える名無しさん:05/01/19 19:33:05
単なるネタだろ

100 :考える名無しさん:05/01/20 16:42:06
そろそろ話題を本題へ戻しましょうよ。


101 :考える名無しさん:05/01/20 17:17:46
これも関係有るよね

http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1106191480/


102 :考える名無しさん:05/01/21 11:26:03
伊勢タン先生、落ちてますYO!

>>95
あーと、それは別にいいのです。
視力検査の結果をepistemic appraisalだと考えても別に構わないっす。
それより問題なのは、その場合に "epistemic" つうことをどう考えるか
とゆうことだと思うので、そんでもってこの問題にはやっぱり、
認識論の社会化なり自然化なりといった流れの哲学的な動機付けを
どう捉えるかとゆう問題が大きく関わってくると思うので、
結局なにを言いたかったかとゆうと、
一つは、認識論の「社会化」というものと「自然化」というものを
(差し当たっては)分けておいた方がよいのではなかろか、ということと、
もう一つは、認識論(とか知識論とかゆわれるもの)の自然化という動向を
心の哲学での心的内容の自然化といった動きとの絡みでどう位置付けるか、
ということであるわけなんですが、
何を言いたかったのか忘れてしまった。


103 :考える名無しさん:05/01/21 15:22:56
>>66
内在主義は個人主義だと思い込んでいた。
社会を一つの認識主体としてとらえる非個人主義的内在主義
(「社会化された内在主義」)の立場もあるわけですね。

でも、言葉尻をあげつらうようだけれども、
同様に「社会化された外在主義」ともいえる気がする。
とすると、社会化すると、内在主義も外在主義も、結局同じようなところに
たどり着くことになって、それを「内在主義的」と呼ぶか「外在主義的」と
呼ぶかは視点の問題になる気がする。

なんていうか、折衷案をとると、内在主義でも外在主義でも
なくなる気がするんですよね。社会を一つの認識主体と考えれば、
確かに内在主義的と言えると思うけど、正当化が問題となるのは
あくまで個人のもつ信念じゃないのかと考えると、社会化された認識論は
外在主義的であるような気もするわけです。(>>59のいうことも
もっともである気がする。)
もはや,内在主義/外在主義の定義の問題なのかな?

わたしなにかを混乱している気がするので
指摘してくれるとありがたいです。
(『認識論を社会化する』をしっかり読めば誤解は解ける?)

104 :66 ◆uCYgrl6DCs :05/01/26 17:06:03
>103
おっしゃる通りで、内在主義は伝統的には個人主義と理解されています。
ただ、グループレベルでの正当化もaccessibleな正当化に
含めていいかどうかという問題は実はほとんど論じられないまま
グレーゾーンになってきたところで、内在主義に含めるのも外在主義
に含めるのもそれなりに根拠があると思います
(私自身は内在主義の拡張として理解した方がよいと考えていますが)。
ということで、何も混乱はしてらっしゃいません。

105 :考える名無しさん:05/01/26 20:57:23
hosyu

106 :考える名無しさん:05/02/02 18:52:16
ほしゅ

107 :考える名無しさん:05/02/02 19:05:57
教育により内部の判断力を奪ってしまい、社会の構築により外部で本来
の規則にはあり得ない事柄を恣意的に実現したら、人間は何故外部の事
を知りえないのかと考えたらそれは当たり前すぎるほど当たり前の事柄
だと思われる。経験以外に無いと考えられるかも知れないが、少しずつ
主観の条件を減少して、外界の量を多くするならば、それは自己に帰す
る範囲に調整する事が人間の理性なのか。

108 :考える名無しさん:05/02/02 19:13:24
>>107のような事柄が現象の外側を、細部に渡らないまでも、捉えていると考えている。
これを認識する事ができるのか。ひょっとして、判断をすると、それぞれ根拠が無い
のだから、認識ができないのではないか。認識を社会化するならば、異なる根拠が必要
なのではないかと試しに書いてみる。

109 :考える名無しさん:05/02/02 20:01:23
いせだせんせいの
すきなたべものはなんですか?

110 :考える名無しさん:05/02/02 22:20:31
社会はキビシイなあ。。。
きちがい多杉だし。。。

111 :考える名無しさん:05/02/02 22:30:01
「知ったか」の認識論

112 :111:05/02/02 22:30:35
 川〜


113 :ゴータマ・シッタカールタ:05/02/02 22:33:54
この板の信頼性は著しく低いわけです

114 :考える名無しさん:05/02/15 11:31:36
おいおい、「科学哲学」の書評もかよ。
いったい伊勢田せんせいの中の人は何人いるのら?

115 :考える名無しさん:05/02/18 01:31:19
>>66氏も次に著書を執筆なさる際には対話調でお願いいたします。
それが分析クオリティ

116 :考える名無しさん:05/02/18 03:17:24
対話の合間には無駄な人物描写を入れて失笑を買ってください
それが分析クオリティ

117 :考える名無しさん:05/02/18 05:00:01
なんかイヤミなやつがいるな
>>66さん、所詮2ちゃんですので気にせず流してください。
でもできれば次に入門書を執筆される際は対話調でおながいします。
それが分析クオリティ

118 :考える名無しさん:05/02/18 11:39:32
話し言葉で哲学やるのって名古屋ではやってるの?

119 :考える名無しさん:05/02/18 18:02:26
哲学は台所の言葉でなされねばならない
by 大森大先生

120 :考える名無しさん:05/02/19 13:18:24
哲学は大森の言葉でなされねばならない
by 大森大先生エピゴーネン


121 :考える名無しさん:05/02/19 13:20:20
哲学は厨房の言葉でなされねばならない
by 2ちゃんねるの大森大先生

122 :考える名無しさん:05/02/19 16:07:43
哲学は大盛りの言葉でなされねばならない
by 常駐悲喜ねらー

123 :66 ◆uCYgrl6DCs :05/02/22 12:07:26
>>115-117
対話形式というのが知的営みの社会性(共同性)を有効に生かす形で
使われているのなら、そういう形をとるのはよいと思う。
戸田山さんの本は一応文系、理系、科学哲学という三つの視点の
対話という形をとっているのでその点はクリア。ただ、あくまで
戸田山さんの中の文系的なものと理系的なものの対話なのであまり
根本的に対立しない(フランス現代思想オタクという設定が生きない)
のが難点。

しかし単に読みやすくするためという理由で対話形式を採用するのはどうか。
そういう場合、実は内容に関心がある人にとってはかえって冗長で
読みにくくなっているのではないか。

ということで有効に利用できそうならそのうち対話形式でやってみます。

124 :いなば:05/03/02 12:58:19
そうだよねまったく生きてないよねテツオ君の設定。
それさえなければとてもいい本なのに。

125 :考える名無しさん:05/03/02 15:34:32
私はまったくの素人ですが『科学哲学の冒険』も『疑似科学と科学の哲学』もどちらも楽しく読むことができました。
(『経済学という教養』も良い本だと思います。おかげで『ダーウィンの危険な思想』や『現存した社会主義』の存在を知ることができました。がむばって読んでみたいと思います。)
まったくの素人向きの啓蒙書の場合、いきなり難しい言葉使いや概念を持ち出されても敬遠されるだけだと思うので
いろんな叙述スタイルの実験にチャレンジされることは良いことだと思います。
たまーに新書なのにやたら難しいのがあるじゃないですか。(てか、文体が硬い)多くの知識を圧縮して述べるために仕方がないのかもしれませんが、
その分野の「ファン」を育てるためにも楽しい本を作っていただきたいです。

編集者や研究者の方々にとってはむちゃくちゃな要望かもしれませんが、以上好奇心だけはあるオチコボレ学生からのお願いでした。

※もちろんここで私が述べているのは、まったくのド素人向けの本の場合であって、
 多少なりとも予備知識がある層へ向けた概説書の場合はまた話が違ってくると思います。

126 :66 ◆uCYgrl6DCs :05/03/07 18:40:26
>>124
そういえば稲葉さんも書評でそういうことを書いてらっしゃい
ましたね。

>>125

どうも、『疑似科学〜』お読みいただいたそうで
ありがとうございます。
「ファン」を作るというのは確かに大事だと思います。
『疑似科学〜』もけっこうがんばったつもりでしたが、
戸田山さんの本はさらに一段アクセスしやすくなっていて
その点は高く評価しています。

ただ、哲学の中には別にアクセスしやすさのためではなく
対話法を使うという伝統があって、哲学書を対話形式で書く
からにはその伝統にも恥じないものにしたいという欲張りな
気持ちがあるわけです。
>>123で言いたかったのはそういうことです。


127 :考える名無しさん:05/03/15 00:05:27
a

128 :通りすがり:05/03/19 01:00:15
(´-`).。oO(アクセスしやすさという点では『疑似科学』くらいでも充分じゃ
ないかなあ。野矢さんや笹澤さんのような本を書くなら話は別だけど、
某柏木なんたらみたいなのは悲惨としか言いようがないしなあ。
しかし共同性を生かした対話形式ということであれば、動物解放論に
関しての賛成派/反対派の議論を対話形式で、そしてできれば新書で
書いてもらえたら嬉しいし、>>66先生が新書で書いたとなれば確実に、
その分野で第一に読むべき必読書となるだろうなあ。)

129 :考える名無しさん:05/03/19 21:03:57
英訳でゼニの取れるもの書きなはれ

130 :考える名無しさん:05/03/20 00:07:29
>>128
> その分野で第一に読むべき必読書となるだろうなあ。
つうか売れそう。俺も絶対読むし。
ここ見てる新書関係の編集の方、よろしく。


131 :考える名無しさん:05/03/20 01:25:34
売れないと思うぞ。
動物の権利関係って時点で。

132 :考える名無しさん:05/03/20 08:35:30
ヘッダは空白でいいんじゃないの?

133 :考える名無しさん:05/03/20 12:33:44
とりあえずは『堀江式英単語学習帳 ほりたん』に対抗して『いせたん』だろうなあ

134 :考える名無しさん:05/03/20 12:56:08
良質な入門書で啓蒙して裾野を広げていくのは大事なことだけど、まずは専門の研究書っしょ、やっぱ。


135 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/03/23(水) 01:07:26
>>128
それはいい企画ですね。今度編集者に話してみます。
といっても、動物倫理についてはすでに別企画が…

>>134
おっしゃる通りです。なんとか両立させていけるよう精進します。

スレのタイトルにそった話題を一つ。日大の古田さんが認識論の
社会化の動きを支持する論文を最近かかれたようです。
古田智久「外在主義的知識論から社会化された認識論へ」
 『日本大学精神文化研究所平成14年度・平成15年度共同研究報告書
  近現代知識論の動向とその21世紀的展望』所収、99-143ページ



136 :考える名無しさん:2005/03/24(木) 14:18:51
精神文化研究所! スゴイ名前ですね。
関係ない話ですみません。

137 :考える名無しさん:2005/03/28(月) 02:35:33
>>135
スレ違いな質問になってしまうのですが、科学哲学の場合業績(論文)
があれば研究者になれるのでしょうか?
経済学の場合はなれるそうです↓
http://www.ichigobbs.net/cgi/15bbs/economy/0657/

…すいません、ふと↑を見ていたら疑問に思ったもので
(ちなみに私は哲学専攻ではありませんが、先生の著書を読んで最近少し興味
をもった者です)

…お気に障るようでしたらスルーしてください



138 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/04/06(水) 00:53:47
>>137
哲学全般に言えることですが業績があってもポストが少ないので就職は大変です。
わたしは非常に運がよかったためにさっさと就職できましたが。
しかしそういう話題はもっと適切なスレッドがあるのではないかと。

139 :ローカルルール審議中:2005/04/07(木) 17:26:24
認識論ってなに?わかりやすく誰か説明して

140 :ローカルルール審議中:2005/04/07(木) 17:42:29
知識論のこと

141 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 01:25:26
認識論を真面目に研究して、
認識論を自然化・社会化すると、
どういう意義があるの?
自然化・社会化に成功すること自体が嬉しいの?
それとも、その成功に基づいて何か有意義なことができるの?

142 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 01:36:57
私はまったくの素人で、こんなこと言うとご専門の方から叱られるかもしれませんが
社会化したほうが、知識論として学的探求の「実態に近い」ということもあるのではないでしょうか。
そういう論文を読んだような気がします。大沢さんだったかな?

143 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 11:58:55
>>133
ネタに便乗すると哲学、倫理学の専門用語の英単語帳ならほしい。
哲学倫理学英和辞典でもいいけど

144 :sage:2005/04/28(木) 18:26:53
>>141

社会化については素人ですが、自然化について一言

成功することが嬉しいというより、自然主義は第一哲学の
否定に本領があるというのがポイントだから、これまでの
基礎付け主義的な認識論が間違っていたことを示そうとする
点にポイントがあるんじゃないですか。(戸田山先生の
『思想』論文を読めば最近の動向はつかめます)

んで、成功するかどうかは分からない(模索中)というのが
正直なところだと思う。

有意義なことが言えるかどうか。有意義かどうか
観点にもよるが、学際的な研究しない限り知識に
ついてどうのこうの言えないようになる、っていう
方向に向かっていくとは言える。つまり、認識論の
研究が哲学書だけ読んでも意味がなくなっていくって
いうこと。


145 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 23:37:59
彼女です
ttp://202.212.248.37/cgi-bin/up/img/49752.jpg

146 :考える名無しさん:2005/05/30(月) 07:15:41
fosyu

147 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/06/06(月) 17:45:56
>>144
社会化することで、知識というものについての理解が深まる、
より包括的な議論ができるようになる、ということでいかがでしょう。

本の宣伝ですが、来月以下のような本が出る予定です。
伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』ちくま新書
http://books.yahoo.co.jp/bin/detail?id=r0130567
あまり宣伝文句には謳っていませんが、クリティカルシンキングを
社会化しようという目論見の下に書かれた本です。
興味のある方はどうぞ(残念ながら対話形式ではありません)。


148 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 01:04:27
新書キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!

149 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 01:08:08
宣伝age

150 :125:2005/06/08(水) 03:05:13
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
絶対買います 安いし(笑)

151 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 11:57:46
宣伝キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!
私は貧乏なので安くても買いませんw
つか、『認識論を社会化する』の値段高杉イクナイ(俺は買ったが)

152 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 20:51:57
学術書が高いのは今にはじまったこっちゃないし >>66さんのせいじゃないでしょ。
研究者と院生くらいしか買う人いないからなんだろうけど、
出版社には、せめてハードカバーはやめれ、って言いたい。
箱入りなんて論外w

153 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 03:21:33
箱入り娘は好きですが何か?

154 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/06/21(火) 20:22:19
もう一件、若手フォーラムのテーマレクチャーの宣伝です。
このスレッドでもすこし話題となった非個人主義的内在主義の話をします。

ttp://www.wakate-forum.org/data/2005/theme.php

>151
高い本を買っていただきどうもありがとうございます。


155 :考える名無しさん:2005/07/06(水) 00:55:36
スレ違いだけどこんなの出るんだ。
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480062459/

156 :考える名無しさん:2005/07/07(木) 14:15:13
そういやvan Gelderも最近はクリチカルシンキングとかやってんのね

157 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 15:23:07
新書記念発売age
表紙裏の顔アップ写真(ハアハア)、でも少しこの写真
右下さがりに偏位してないか?

158 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/07/18(月) 16:29:11
>>157
どうも。何か感想などあれば教えてください。
ちなみに写真が歪んでいるように見えるのは被写体のせいです。

159 :考える名無しさん:2005/07/18(月) 19:58:57
新書読んだ。
予想以上にしっかりしていてびっくりした。
…あと大学改革とか予算配分とか哲学は結構苦労しているんだなあと思った。


160 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 02:14:18
『哲学思考トレーニング』は読んでみた。
「対人論法」の説明にちょっと違和感を感じたけど、全体として丁寧に書かれてると思う。
でもなんか受容のされ方が心配なんだよな。
大学一年生くらいで哲学入門(あるいは哲学入門・入門)て感じで読まれるのが
一番いいと思うんだけど、その世代はだいたい今西錦司とか知らないんじゃないの?
むしろ竹内久美子とか取り上げた方がよかったんじゃないかと思うんだけど。
てことで、なんかけっきょく応用哲学っぽい感じでビジネス書として受け取られることになりそうで、
それも別にいいんだけど、何となく釈然としないオレがいる、みたいな感じで…。


161 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 20:05:43
>>160

> てことで、なんかけっきょく応用哲学っぽい感じでビジネス書として受け取られることになりそうで、
> それも別にいいんだけど、何となく釈然としないオレがいる、みたいな感じで…。

本人がどのような受容のされ方を望んでいるのかは知りませんが、
冒頭で控えめながら哲学も役に立つみたいなことがうたわれている以上それは本意にかなったこととすべきだと思いますが。
っていうか、ビジネスに限らずいろんな局面で役に立ってこそのクリシンなわけで、
哲学入門に自足してしまうのは一番良くないかもしれませんよ。

162 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 21:35:18
amazonに3つレビューが出てますが
66先生はそれらについてどうお考えですか

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/-/books/4480062459/customer-reviews/ref%3Dcm%5Fcr%5Fdp%5F1%5F1/

163 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/08/02(火) 20:40:58
>>159
文系全体が大変です。こういう本を読んで文系への認識を少し改める
人がいてくれればいいんですけどね。

>>160
あまり哲学入門したくないような層も読者として想定しているので、
おっしゃるような読まれ方はまあいいのではないかと思います。

>>162
「哲学は役に立つ」という主張がどこに出てくるかわからない、という
三つ目のレビューですが、全編哲学の話ばかりしていたつもりだったし、
第四章などは哲学系の本でなければ絶対出てこないような話題を扱った
つもりだったのですが、読んだ人が全然そういう印象を持たなかったと
いうことは喜ぶべきか悲しむべきか、難しいところですね。


164 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 22:27:26
おそらく、「哲学は役に立つ」ということ実際に 示す ことじゃなくて、
「哲学は役に立つ」という議論を 語って ほしかったと思われ。

165 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 03:08:16
まあ読まれ方自体はどうでもいいと言えばどうでもいいけど、
これ読んで「よーしパパ、今夜はクリティカルシンキングしちゃうぞー」的な反応をしちゃうような
読者層に対しては、おまいら一体今までどうゆう人生歩んできたのよ?
という疑問もハゲシク浮かぶわけなので、それって何だかなーという思いもあるわけです。
まあいずれにしてもとても良い本なので、>>164みたいなアホを含めて若者はみんな読みましょう。


166 :164:2005/08/03(水) 03:10:55
俺なんか変なこと言った?

167 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 12:00:18
とりあえず、>>165は自分の主張の理由を説明するべきだな。
誰か(何か)を批判するときにはそれが基本でしょ。

168 :164:2005/08/03(水) 17:00:24
>>167
ようするに66氏はそんなこと承知の上なのだから>>164のようなことをわざわざ書くのはアホと>>165はいいたいのだろうか?
それとも根本的にレビューを誤読してるってことなんかな?
何かいまいちどんな理由かいまいちピンと来ないので、確かに説明してほしいところ。

169 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 17:05:06
いや、>>164は言われてみりゃなるほどな、と思えた。
でも実際やるには鬼門じゃないかと。。。

170 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 22:27:20
>>167
きちんと批判をして欲しければきちんと内容のあること書けばいいじゃん。
「それが基本」だろ?
「示す」だの「語る」だの、いまどき小学生でも言わねーよ。

171 :考える名無しさん:2005/08/04(木) 00:49:17
ω・`)つ【思いやりの原理】【協調原理】

172 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/08/04(木) 14:42:46
なんだか荒れてますね。思いやりの原理を発揮しながらまったりいきましょう。

>>164
163でふれたレビューを書いた方は、この本はクリティカルシンキング
の方法論の話ばかりしてて哲学の話がなかった、と感じたようです。
ということで、たぶんこのレビューを書いた人向けに必要だったのは、
実はこういうのはもともと哲学由来のツールだし、きちんとこういう
ツールを使いこなすには哲学のトレーニング受けた方がいいですよ、
という明示的な議論だったということになるでしょうか。
その意味では「語る」ことが必要だったとも言えると思います。

>>165
その「何だかなー」をもう少しはっきり言葉にしてもらえると
今後の糧になるやもしれません。


173 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 15:54:58
クリシン本やっと今日買ったでー
目次パラパラめくったけど『疑似科学〜』で予告されてた今西批判読むのが楽しみやでー

ttp://d.hatena.ne.jp/odanakanaoki/20050713
こういう書評もあるでー

174 :考える名無しさん:2005/08/17(水) 01:51:05
ttp://d.hatena.ne.jp/CO-RE/20050811

175 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/08/19(金) 11:12:36
>>173
また感想などあれば教えてください。
小田中さんの書評は非常に好意的に書いてくださっていてありがたい限りです。

>>174
この書評は辛口ですね。
「哲学は思考のスキルを身につける上で役に立つ」と「恥ずかしげもなく」
本書で書いているのは、戦略的な配慮があってのことです。あとがきでも
少し書いていますが、教養部廃止やら法人化やらといった一連の動きの中で
大学の中での哲学の立場は確実に悪くなっています。今、哲学の教員が一人
定年退職したときに、その後任のポストを哲学系の教員で埋めることができる
保証はまったくありません。そういう状況で次の世代のために職場を確保して
いくためには、使える論理はなんでも使わなくてはいけない、というせっぱ
つまった状況があるわけです。「アイデンティティの危機」なんていう抽象的
なレベルの話ではない、ということを理解していただければ、と思います。
ついでにいえば、本書の中で昔ながらの古典読解を弁護しているところ(p.51)
がありますが、これも同じ文脈で戦略的に書いている面があります。
もうひとつ、本書で扱っている思考のスキルは別に哲学に特有のものではない
のではないか、という疑問にもお答えしておきたいですが、それはまた後ほど。

176 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 23:19:50
>>175
そうゆう戦略ってそんなに有効なのかなあ。。。

177 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 01:47:47
>>175
穿った見方をすれば、哲学研究者が既得権益にしがみついているだけのようにも
思えてきてなりません。このまま哲学が安楽死してしまったら将来的に困った
事態が起こりうるということをもっと説得的に主張すべきなのではないでしょうか。
「お前に言われなくてももうとっくにやっとるわい」と言われそうですけど。

178 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/08/20(土) 02:03:31
>>174
本書で紹介した思考のツールが哲学に特有のものではないの
ではないか、という点については非常に多様な答え方が可能だと思います。
そのうちいくつかを以下に書きます。

(1)まず、本書では確かに哲学に特有ではない思考のツールも多く紹介しています。
しかし、他の分野でも使われているからといって哲学の思考ツールではない
ということにはなりません(たとえば、『社会調査法』というタイトルの本で
統計学の説明をしているときに、「統計学は他の分野でも使うからそんなことを
社会調査法という本で紹介するのは不適当だ」と批判するのは筋違いでしょう)。
(2)また、科学の諸分野と違い、データで勝負することができない哲学においては
議論の技術が占めるウェイトが高いため、哲学を学ぶことでこうした技法を
特によく身につけることができる、というくらいのことは言えるのでは
ないでしょうか。
(3)それから、前の書き込みでも書きましたが、他の分野ではまず使わないような
思考のツールも本書では多く取り上げています(デカルト的懐疑、価値命題の
普遍化可能性テスト等)。文脈主義についても、デカルト的懐疑をふまえない
で単に前提を受け入れるのとは違うのだ、というのを本文中で力説しています。
なお、哲学を特徴づけるのはどういうテーマを扱うかではなく、「普通疑わない
ようなことまでとりあえず疑ってみる」という姿勢だとわたしは思っています。
その意味ではデカルト的懐疑はすぐれて哲学的な思考だと思います。


179 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 05:45:10
そういえばクリシン本では「人生の意味」をテーマに取り上げていますね。
日本の分析系の哲学者でこのテーマに言及してる方は>>66さん以外にはどなたかいらっしゃいますか?
野矢さんくらい?

180 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/08/20(土) 11:33:52
>>176-177
177さんのおっしゃるとおりで、社会政策の視点からいえば、
アカデミックな哲学研究のなくなった社会がどういう意味で
望ましくない社会なのかということを正面から論じる必要が
あると思います。
でもとりあえずまわりの大学院生や後輩の就職を心配する
立場からは、もっと分かりやすい「役に立ち方」をアピール
したくもなるわけです。あわよくばクリティカルシンキングが
授業科目となって、(少し前の応用倫理学のように)就職の
糸口としての役割を果たすようになってくれればいいと
思うんですけどね。


181 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 17:35:12
>>179
クリシン本のことですけど
「生きる意味」について、問題をそらしたり説教したりせず
正面からキチンと問題として論じてたのはすごく新鮮でした。
そうなんだけど、生きる意味の問いって、問題というよりは
専ら対人的に扱うべきものとも思えます。
「どういうお仕事なさってるのですか?」みたいな。
正解を考えるのではなく、どういえば聞き手が満足するかを
考えるのが、多くの場合適切な反応の仕方ではないのかな?
問題にまともなコアがあるとしても、「意味」なんて言葉を
使わずに同じ問題を表現しなおした方が生産的になる気がします。
「この人の人生は有意味か無意味か?」なんて問いは
なんかちょっと、と思うし。
私素直な読者じゃないけど、すごく考えさせられました.

182 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/08/22(月) 15:26:41
>>179
どうも。英米の分析系ではジャンルとして存在するにもかかわらず
日本の分析系ではほとんど取り上げない話題のひとつ、ということで
「人生の意味」の問題をとりあげてみました。
野矢さんが人生の意味について書かれているエッセイ風のもの
(東大での連続講義かなにかをベースにした文章でしたか)も見ましたが、
あまり分析系のツールをつかってぎちぎちとやっている感じでは
なかったですね。もし野矢さんが理論的に書かれているのを
ご存知だったら文献情報をお願いします。

>>181
意味という言葉を使わずに言い直した方が生産的だろうと
いうのは私も同意します(本の中でも基本路線はそうなっていた
と思います)。対人的、というのも、人によって言い直し方の
内容がかわるはず、という意味ではまったくその通りでしょう。
ただ、相手を満足させればそれでよい、という意味で「対人的」
な反応をするのであれば、それはクリティカルシンキングからはずれて
しまうことになりそうです。

183 :考える名無しさん:2005/08/31(水) 17:54:13
分析系の「人生の意味」問題についてのサーヴェイ論文書いてください

184 :考える名無しさん:2005/09/01(木) 20:52:31
保守

185 :考える名無しさん:2005/09/02(金) 14:22:37
>>183
それ面白そう。なかなか一般には知られていないから有意義だと思う。

186 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/09/09(金) 13:55:00
>>183
そのうちまとめるつもりではありますが、今は書いている時間がないので、
以下の英語のサーベイをご覧下さい。(本の文献リストにも挙げてあります)
Metz, Thaddeus (2002) "Recent Work on the Meaning of Life"
  Ethics 112, 781-814.

187 :考える名無しさん:2005/09/09(金) 15:31:38
>66 ◆uCYgrl6DCs

『諸君!』10月号の「今月の新書」完全読破で
クリシン本が今月のベターに選ばれてました。

188 :考える名無しさん:2005/10/03(月) 10:30:37
個人的には、
心理学から「OL進化論」
教育学から「知的複眼思考法」
哲学から「哲学思考トレーニング」
という、高校生に勧めやすい本が揃ったなぁ、という感じ。
自然科学系ではあったかな。

189 :考える名無しさん:2005/10/07(金) 05:28:46
今度はインタビューかよ。
東タンといい勝負だなw

190 :考える名無しさん:2005/10/19(水) 19:59:14
保守

191 :考える名無しさん:2005/10/19(水) 20:46:13
地震よ!地震!!

192 :考える名無しさん:2005/10/19(水) 20:57:07
地震を認識すれば社会が動揺する。


193 :考える名無しさん:2005/10/19(水) 21:26:24
地震は外界の揺れを平衡器官で知覚したのではなく心の揺れが原因である

194 :考える名無しさん:2005/11/30(水) 13:59:52
もう保守る意味ない?

195 :考える名無しさん:2005/11/30(水) 16:15:08
伊勢田氏の進化心理学が社会学諸理論統合の基盤になるってのがよくわからない。
伊勢田氏自身が進化倫理学に突っ込んでるように、進化論と社会現象を関連付けることはできるかもしれないけど
伊勢田氏が言うように進化心理学自体が社会学理論の是非を説明する裁判官になりうるとは思えないんですが。
むしろ進化心理学理論の妥当性が実証主義的社会科学との整合性によって決まるんでは?

196 :考える名無しさん:2005/11/30(水) 18:48:26
>>195
何の話だ?どっかの論文?

197 :考える名無しさん:2005/11/30(水) 21:05:40
>>196
伊勢田氏のサイトにある論文。

198 :考える名無しさん:2005/11/30(水) 23:49:00
>>195
「社会学理論の進化的視点からの拡充をめぐって」
これね。

というか読めなくなってるよ。

199 :66 ◆uCYgrl6DCs :2005/12/04(日) 21:37:30
>>194
確かにもうあまり意味がないかもしれませんね。

>>198
『認識論を社会化する』の第六章(だっけ?)の後半に
改稿したものを収録しています。
ウェブに載せているものはエンコーディングをshift-JISに
変えていただけると読めるはずです(時間ができたら修正します)。

>195
進化心理学の利用を提案しているのは、
社会学と独立に妥当性が確認できるから、というより、
生物学的視点を付け足すことが社会学を豊かにしうる上に、
共通言語になりうるからという理由によるものです。
裏返せば、進化心理学は自らに大した根拠がないことを自覚して
もっと謙虚に自らを売り込むべし、というのが進化心理学者
側へのメッセージでもあります。


200 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 16:38:16
>>194
まだまだ終わらんよ!

201 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 17:12:50
このスレは来年の新刊まで持つかなぁ。

202 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:04:47
感傷性hoshu

203 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 18:40:58
そうだn

204 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 03:15:04
>>201
それはどういったテーマの本ですか?

205 :66 ◆uCYgrl6DCs :2006/01/11(水) 14:48:32
>>202
ご注目ありがとうございます。科学的実在論関係の論文を
もう一本アップしました。

>>204
とりあえず次に出るのは『生命倫理学と功利主義』という編著です。
ナカニシヤから出ます。初校も済んだので春には出版されそうです。
その次は、まだ書いていませんが、倫理学の教科書「みたいなもの」
になる予定です。


206 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 17:27:39
動物さんテーマの論文も収録されていますか?

207 :66 ◆uCYgrl6DCs :2006/01/13(金) 17:31:46
>>206 
それはまた別の本で。

208 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 08:11:09
ありがとうございます

209 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 02:22:57
タグの閉じ方が

210 :考える名無しさん:2006/02/02(木) 22:40:51
先生は2ちゃんねる専用ブラウザをご利用ですか

211 :考える名無しさん:2006/02/05(日) 07:57:51
web上で「科学的実在論はどこへ向かうのか」読みました。
議論の流れが分かりやすくてとても勉強になりました。
ところで、ミスタイプっぽい部分があったので一応ご報告します。
2-2の3つ目のパラグラフの末尾が、
> 関係するはずであるのはずである。
となってます。
あと、文中で(注3)とすべき所が(注2)になってます。
以上です。では

212 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 20:58:21
哲学思考トレーニング(第1刷)を拝読している途中です。

P.53の4行目、P.55の5行目
「必要な限りの情報を提供する」は、「必要な情報はすべて提供する」にしたほうが
誤解の余地が減ると思います。
私は当初、その直後にある「関係のないことは言わない」が「必要な限りの情報を提供する」とは別に立てられているのを疑問に思いました。「限り」に限定的な意味を感じとり、「関係のないことは言わない」も当然にそこに含まれると理解したからです。

P.143の7行目
「デーモン仮説などはほとんどの問題について、ここで排除されることになるだろう。」
は、
「デーモン仮説などはほとんどの問題について、ここで消されることになるだろう。」
としたほうがよいと思います。
ここではデーモン仮説は「排除する必要のない仮説」としてリストから消される、
という文脈(^^;)ですよね?(やや自信なし)。そうだとすると、
「排除する必要」がないのに「排除する」かのようで、混乱します。

213 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 01:22:10
よおし、おとうさん、『科学哲学の冒険』を一気によんじゃうぞお。

214 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 01:49:14
ヴフォッ
ヒュームが自然主義の親玉みたいな人てまじすか!

215 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 02:44:07
なあ、フミオ。科学の方法というのは、宗教とか迷信とかオカルトとかとは違った
性質をもっていて、それゆえに、実在のありさまについて詳しく知るという目的に
は、他の方法よりずっと優れたもになっている、ということは譲れない論点だと思
うんだよね。

216 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 02:46:38
つまり、どんな方法も世界認識の方法としては同格、という相対主義から、
科学的合理性を守るってこと。わかるか、フミオ。

217 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 02:50:36
おとおさあん、実在って何?
おとおさんが知りたいっていう実在って何なの?

218 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 02:59:43
フ、フミウォ〜。おとおさん、ちょっと急な用事だから、あっちでテレビ見てなさい。

(震える手で『科学哲学の冒険』のページをめくる父ヒロキ・・)

219 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 03:20:04
おとおさあん、ボク寝るよ。

フミオは父親の部屋をのぞきこんだ。紫煙をくゆらせてふりかえるヒロキ。なにやら得意げだ。

なあ、フミオ。実在ぐらい分からないと駄目だろお。おとおさん、ずっこけちゃうぞ。
まあ、今日はもう遅いから教えてやる。実在てのはなあ、世界のほんとうのすがただ!

ポーズを決める父ヒロキ。


220 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 03:23:41
目をこすりながらつぶやく息子フミオ。

ほんとうって何だよ。どうやって決めんだよ。



221 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 03:27:31
ヴ、ヴフォ〜ッ。煙草を落とす父ヒロキ。息子にこう言うのがやっとであった。

と、とにかく今日は寝なさい。



・・。ヒロキは深夜をかえりみず、弟カズヒサのもとへ電話したのであった。

222 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 03:31:33
おい、カズヒサア、頼むよお。実在てどういう意味だ? 
ほんとうのすがたのほんとうてどういう意味なんだよ?





つづきは、みなさまで御作り下さい。

223 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 03:34:43
sage進行で。

224 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 08:56:38
なにこのすれ

225 :66 ◆uCYgrl6DCs :2006/02/09(木) 12:58:54
>>211さん
ご指摘ありがとうございました。とりあえずウェブ上のテキストは修正
しておきました。「関係するはずであるのはずである。 」は校正の
際にも見落としていたのでプリントバージョンの方はそのままですが。

>>212さん
ご意見ありがとうございます。確かに修正した方が誤解が少なそうですが
訂正を入れるほどではないグレーゾーンかなという気がします。

>>213-222
戸田山と伊勢田によるメール対談が『別冊「本」RATIO(ラチオ)』という
今度創刊される雑誌に掲載されます。話題は実在論論争です。
よければご覧ください。

>>210
専用ブラウザではありませんが、どういうコメントをしても
さしさわりがありますので。そっとしておいてやってください。

226 :考える名無しさん:2006/02/20(月) 20:56:13
連載なんだ。

227 :考える名無しさん:2006/03/09(木) 20:54:05
認識論を理科化する!

228 :考える名無しさん:2006/03/11(土) 14:37:33
( ´_ゝ`)フーン

229 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 03:23:29
なんでJournal of Philosophyとかに載らないの?

230 :考える名無しさん:2006/04/20(木) 00:10:10
過去の「活動家」たちによって
認識論を社会化するなんてことはとっくになされてます

231 :考える名無しさん:2006/04/24(月) 16:44:56
「活動家」って宗教系やフェミ系のこと?
昔は「科学の権威」をこき下ろすために、科学的議論における社会的要素の介入が指摘されてたけど、
最近ではむしろ、そのことが科学的合理性を保障するとか肯定的に受け止められてきてるんじゃないの。

232 :考える名無しさん:2006/05/02(火) 13:30:25
違う。マルクス主義者のこと。

233 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 23:17:34
マルクス

234 :考える名無しさん:2006/06/10(土) 16:11:26
マルクス主義的な認識論ってどんなの?

235 :考える名無しさん:2006/06/17(土) 19:17:16
この本の訳者あとがきで疑似科学と科学の哲学が援用されてた

やっぱ疑似科学派もよむんだなあと
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/4309906079/

236 :考える名無しさん:2006/06/18(日) 16:57:52
hosh

237 :考える名無しさん:2006/06/18(日) 16:59:23
hosh

238 :66 ◆uCYgrl6DCs :2006/06/20(火) 18:04:03
ご無沙汰してます。
哲学若手研究者フォーラムの『哲学の探求』に論文が載りました。

伊勢田哲治「認識論における非個人主義的内在主義」
『哲学の探求』第33号、7-21ページ

認識論の社会化というトピックのなかでは狭い意味での認識論よりの
話です。関心のある方は書店ないし若手フォーラムから直接お求めください。

>232
マルクス主義系の知識論についてはマンハイムとかフェミニスト認識論
とかを経由して間接的にしかしりませんが、現在の社会認識論の主な
検討対象である科学者共同体の内部のしくみにはそれほど関心はなかった
のでは?むしろ階級やイデオロギーの認識にあたえる影響についての
研究ですよね?

239 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 00:38:22
sage

240 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 02:45:43
稀少スレあげ

66さんの精力的な活動を見習いたいと思う今日この頃です。

241 :241:2006/09/15(金) 05:05:22
 その前に、基本に立ち返って、認識論を独我論化してほしい。

242 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 10:48:52
意味が分からない。

243 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 12:58:57
全ての説が改定可能なら
「ホーリズム説」も棄却可能ですか?
物理学理論とどっちが捨てやすいですか?

244 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 13:11:17
>>66さんが書いていることって単なるモナドロジーでは?

245 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 06:26:02
系統樹と言えば介入実在論とか構造実在論の立場から歴史的事実の地位って論じられてるんでしょうか?
議論の土台が違いすぎて論じようがない?

246 :考える名無しさん:2006/11/08(水) 03:24:02
これからの日本の哲学界において中核的な位置で活躍していかれるであ
ろう伊勢田先生にお尋ねしたいのですが、やはり哲学を真剣にやる学生は、
ラテン語や古典ギリシア語を勉強しておく必要があるのでしょうか。

247 :考える名無しさん:2006/11/08(水) 06:53:46
ヤフー検索:c点による時空論ーーー参考にして

248 :66 ◆uCYgrl6DCs :2006/11/15(水) 23:43:48
>>244
モナドロジーという言葉を非常に広い意味で使えばそうかもしれませんが、
そうするとたぶん社会科学はすべてモナドロジーってことになりますね。

>>245
介入実在論や構造実在論は、観察不可能なものについて
考えるという文脈で考えられたものなので、過去のものという、
観察可能だが過ぎ去ってしまたものについて論じるときには
別の道具が必要だと思います。ただ、両者に共通する基本的
枠組みとして最善の説明への推論なり奇跡論法なりというものは
考えることができるとおもいます。

>>246
哲学でもラテン語やギリシャ語を使わない分野はあります。
ただ、私自身はこれらの言語をちゃんとやっておかなかった
ために仕事の幅が制約されてしまっていると感じることが
多々あります。

249 :考える名無しさん:2006/11/16(木) 02:09:01
科哲の大会の時のことの日記に「首大の岡本さん」と
書いているのにはガッカリしました。


250 :66 ◆uCYgrl6DCs :2006/11/17(金) 00:56:12
>249
そうですか。
プログラムでの所属の表記が「首都大学東京」になっていたので
ご本人も首都大所属と自認しておられるのだろうと思いそうしたのですが。
そのあたり、当事者の方の現在の感覚がどういう感じなのか、外からは
よくわかりませんので、ご教示いただければ幸いです。

251 :考える名無しさん:2006/11/17(金) 16:31:27
単に略し方の問題ですよ。ご自分も「首都大所属と〜」と書いてらっしゃる
じゃないですか。首都大でなくクビ大と略されるのはむかつくということです。

252 :考える名無しさん:2006/11/17(金) 20:38:17
「クビ大」じゃなくて「首大」だからいいんでないの

253 :66 ◆uCYgrl6DCs :2006/11/18(土) 22:58:08
>>251
ごたごたしていた時期によく見かけた略記だったので気にせず使ったの
ですが、調べてみたらやはり特定の立場からしか使わない略称のようです
ね。以後気をつけます。

254 :246:2006/11/23(木) 02:28:01
>>248
ラテン語やギリシア語を使わない分野を専攻する場合は、
必ずしもそれらの言語ができなくてもいいのですね。
ありがとうございました。

255 :考える名無しさん:2006/11/24(金) 01:43:25
首大って蔑称なの?

256 :考える名無しさん:2006/12/27(水) 02:50:41
年の瀬

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