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○ 哲学者としての小林秀雄 ○

1 :考える名無しさん:04/08/05 11:27
第五次全集に「感想」が収録されたことだし、
哲学板でも小林秀雄について語りましょう。

姉妹スレ
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1063949234/l50

2 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :04/08/05 11:48
『本居宣長』についての評価の、宗教的観点からの新たな提起。
http://life6.2ch.net/test/read.cgi/psy/1088880871/72-90


3 :考える名無しさん:04/08/05 12:18
http://mentai.2ch.net/philo/kako/1011/10114/1011426783.html
http://mentai.2ch.net/philo/kako/1005/10057/1005785386.html
http://mentai.2ch.net/philo/kako/1005/10053/1005331733.html
http://mentai.2ch.net/philo/kako/990/990630583.html
http://mentai.2ch.net/philo/kako/976/976286787.html

関連ありそうなスレを、みみずんで拾ってきてみた。

4 :小林秀雄:04/08/05 12:19
僕はね、自分のことを哲学者なんて言ったことは一度も無いよ。
そうじゃないか?君。
じゃあこれで失敬するよ。

5 :考える名無しさん:04/08/05 12:27
全部、考えるヒントみたいなひと。
ヒントだけで、何も教えてくれない(笑

6 :考える名無しさん:04/08/05 12:33
いろんな意味で試金石みたいな人ではあるね

現在の保守派論壇人が全員突然死してもいいから

小林サン一人帰ってきてほしい

7 :小林秀雄:04/08/05 12:44
いいかい、僕はね、諸君に何かを教えようとして、
書いたり喋ったりしてるのではないんだよ。
君はプラトンを読んだことがあるかい?
ソクラテスはね、哲学を教えるのではなく、
それを想起する手伝いをしてるだけだ、
と、こう言ってるんだよ。君。
僕は実にそのとおりだと思うが、君はそう思わないか?

8 :考える名無しさん:04/08/05 12:48
きみは黙っててね

ていうか全然似てないしw

9 :考える名無しさん:04/08/05 17:48
>>1
高いよ

10 :考える名無しさん:04/08/05 17:54
今日たまたま「初夏」というのを読んだ
連結器に小便かけた話。

他にも
見ず知らずの人の家に押しかけて酒を出せとわめいたり、
へべれけになって芝居を見に行き一人野次を飛ばしたり、
行動がDQN

糞だな、こいつ

11 :福田恆存:04/08/05 18:46
そんなことはありますまい

12 :小林ひでほ:04/08/05 18:49
君たちは哲学といふ商品に踊らされていなひか?
哲学の困難は理性の逆説性に他ならぬといふことに気づくゎぬ
やふでは仕方なひが・・・

13 :考える名無しさん:04/08/05 20:06
スレが育ったらいいこと書いてやる

14 :考える名無しさん:04/08/06 06:04
小林秀雄の文章って、ケレン味たっぷりに「断定」と「決めつけ」
で、ぐいぐい引っ張っていく感じだな。途中で「人生論」を語ったり。
「モーツアルト」も、文芸評論家の語ったモーツアルト論なのだが、
小林秀雄という人格が完全に憑依したモーツアルトになっている。
幸福な音楽の中に響く「陰惨さ」「不幸」を感じ取るくだりが、
その頃の小林の心情を反映しているようで、非常に面白かった。

15 :考える名無しさん:04/08/06 06:24
4と7の文体は池田晶子愛読厨とみた 笑。

16 :考える名無しさん:04/08/06 09:46
残念

>>6>>8でした

きみって節穴のくせに粘着なんだね

17 :考える名無しさん:04/08/06 13:40
モーツァルトとゴッホについては素晴らしいと思うよ

18 :考える名無しさん:04/08/06 19:16
疾走する悲しみでしたっけ
あんなカッコイイ文章滅多にないですよね

速攻でCD買いに行きました

19 :考える名無しさん:04/08/07 09:48
小林先生にお伺いします。
いま日本の皇室は雅子妃の病気にみられるように、
その制度が限界にきているようにおもいます。
そういった状況の中、
先生は今後皇室がどうあるべきとお考えでしょうか。

20 :小林先生:04/08/07 13:02
宮内庁もどうにかならんのかね。

21 :考える名無しさん:04/08/08 22:26
さすが小林秀雄!
おれたちにできない「断定」を平然とやってのけるッ
そこにシビれる!あこがれるゥ!


22 :考える名無しさん:04/08/09 05:33
「ゴッホの手紙」も掛け値なしの名著。
ただ、後半からは「ここからは、もはやゴッホに語らせた方がよかろう」
とか何とかで、ほとんど手紙の「引用」を延々と続けていく。この「引用
だけで引っ張る力業」(笑)に、さすがは小林秀雄、と唸った記憶がある。


23 :考える名無しさん:04/08/09 06:42
小林秀雄を引用して説得にかかる知り合いがいるせいで
秀雄を好きになれない

権威が言ってりゃなんでも正しいのか
んなわけない

24 :考える名無しさん:04/08/09 14:09
小林訳のアラン、いいね。同じ本を中村雄二郎も訳しているんだけど、直訳的な表現が誤植と相俟って意味不明になってる。

25 :考える名無しさん:04/08/09 20:30
哲学書翻訳スレでも
中村訳フーコー『知の考古学』がウンコ扱いされてました

26 :考える名無しさん:04/08/09 21:19
小林サンのランボーも

語学的には?かもしれないけれど私は好きだな

これに対抗できるのは中原中也訳ぐらいかも


お、せぞん、お、しゃとー

けらあむえさんでふぉー


ああ季節よ、城よ

無傷な心が何処にある

(小林秀雄訳)


お城が見える、季節が移る

傷なき心がどこにある

(中原中也訳)

27 :考える名無しさん:04/08/09 21:37
こいつの文章はまったく非論理的で哲学的には無価値だな

28 :考える名無しさん:04/08/09 21:39
なるほど貴方がここに来る必要もありませんね

29 :考える名無しさん:04/08/10 20:38
胆力とは空威張りに過ぎぬ。といへば吃驚するひとも居るかも知れぬ。
今日話そうとするのは、其の事ではない。


30 :考える名無しさん:04/08/10 23:22
アラン読んでたら
秀雄ったらパクリかしら
と思った所があるのよ

31 :ひでじい:04/08/10 23:27
そんなこた、あるでしょ。沢山読んでりゃ。

32 :考える名無しさん:04/08/10 23:41
あら、ひでじい。

33 :考える名無しさん:04/08/10 23:44
秀雄信者は宗教板か文学板へいけよ

ベルクソン論の「感想」について話そうぜ

34 :考える名無しさん:04/08/10 23:47
>ベルクソン論の「感想」について

丁寧な説明というか、初心者っぽいというか

35 :考える名無しさん:04/08/10 23:49
おふくろさんよ、おふくろさん。花が死ぬ時蝶も死ぬ・・・

36 :考える名無しさん:04/08/11 00:18
小林秀雄さん

ずばり「哲学」ってタイトルの批評文がありますね。

チラッと読んだけど、要は哲学は「希哲学」だ、というようなことを言っていた。

「希」は希望の希で、「哲」は賢いとほぼ同義で使ってるんでしょうが、ソフィスト
的な知性じゃなくて真善美を求めるある種倫理的な姿勢が見て取れました。

ま、繰り返されるモチーフではあるけど勘所は押さえているなかなか手強い人だなあと
思いました。

こちらは読んでないけど「真贋」というのもありますね。
真を求める、贋と区別して選ぶという行為があるんじゃないかなと予想していまいます。
その基準は?それが例えばベルグソンの「生の躍動」なんかと関連してくるんじゃないだろうか。

ちょっと論旨が混乱してしまったかな


37 :考える名無しさん:04/08/11 00:32
ニセモノをつかまされて日本刀で一刀両断する話じゃなかったっけ?

38 :考える名無しさん:04/08/11 00:47
ホンモノ論ですな

39 :考える名無しさん:04/08/11 00:51
ニセモノですがいい仕事してますね。大事になさってください。

40 :考える名無しさん:04/08/11 01:11
中也は直知していた。
ニーチェの愚劣も中也には自明だった。
小林にはどうだったか・・?

41 :考える名無しさん:04/08/11 01:16
中原中也の写真ってサギだよね。
ずっと紅顔の美少年なわけないじゃん。
ていうかオヤジ写真みて萎えました。
夭逝するには遅すぎたかも。

その点小林秀雄は枯れるほどに良くなるよね。

42 :考える名無しさん:04/08/11 01:20
中也は永遠の少年でないといけないと・・・・
小林は「達人」イメージなのでね。

43 :考える名無しさん:04/08/11 01:23
電波ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

44 :考える名無しさん:04/08/11 01:25
ほらほら、これが君たちのマボロシさ。

45 :考える名無しさん:04/08/11 01:46
現実はいつも言葉より豊富だ。文体は単に装飾ではない。現実の豊富さを表現せんとして
工夫をせざるをえないものだ。

46 :考える名無しさん:04/08/11 01:48
「豊富」って形容があまりにも貧しくてとても「工夫」したものとは思えない。

47 :考える名無しさん:04/08/11 02:22
>> 36
希哲学の希は希望の希ではなく、希臘(ギリシャ)の希だと思うぞ。ラテンは羅甸。
中国簡体字では希「月昔」、拉丁ですな。

48 :考える名無しさん:04/08/11 06:38
ベルクソンと言えば、「笑いについて」(岩波文庫)。

正直失笑したな。学者の研究した「笑い」って、かなりズレてる。
トリビアでもあったよな。学者が考えた笑いネタ。
青年の主張で、第一声が「ボ、ボク、性欲が人一番強いんです!」

たけしが、馬鹿にしてた。「芸人のくせにベルクソン読んで「笑い」の
研究してどうすんだって」

「ゴッホなど複製で十分」と言い切る秀雄にとって、ベルクソンやシェストフ
など「ネタ」の一つに過ぎなかったろう。

49 :考える名無しさん:04/08/11 10:30
秀雄の独断論は長渕剛とか矢沢栄吉と同じ種類のはずなので
秀雄にかぶれるうちのクラスのエセ知識人は
秀雄の話に興味持たない人を無理矢理啓蒙しようとするのをやめてください

50 :考える名無しさん:04/08/11 10:35
電波ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

51 :考える名無しさん:04/08/11 10:56
>>49
>長渕剛とか矢沢栄吉

 松山千春の「足寄より」辺りの本だろ? 読書つっても。
 

52 :考える名無しさん:04/08/11 11:44
小林秀雄の言葉に心ふるわすこともあったけど
文章に説得力持たせるための引用として使うのはあまりすすめられない

53 :考える名無しさん:04/08/11 13:05
希はギリシャの希でしたか?ちょっとうろ覚えだったんですけど

ということはつまり、「哲学」という普遍的な志向を持つと普通思われている概念も、
やはり「ギリシャ哲学」というある特定の地の特定の時代に芽生えたローカルなもの
だった、という、保守・伝統的な見方なのかな?

ま、それはそれで一つの有力な視座だと思います。


54 :考える名無しさん:04/08/11 13:10
「哲学」という日本語は、
幕末から明治にかけて活躍した思想家西周(にし・あまね (1829-1897))が、
欧米のPhilosophie(独)、philosophy(英)、philosophie(仏)といった言葉の訳語として
作った言葉で、最初は「希哲学(希賢学)」と言われていました。
「賢きことを希(こいねが)う」というほどの意味です。
西周は「オランダ留学中か、その直後の作とみられる『開題門』」の中で、
「斐鹵蘇比(ヒロソヒ)」と書いていますので、英語を念頭に置いて訳したのでしょう。
(小泉仰『西周と欧米思想との出会い』三嶺書房、46頁)
そして、上記の欧米語はラテン語のphilosophiaに由来し、
このラテン語は古代ギリシア語のfilosfiva(フィロソフィア)に由来します。
つまり、哲学⇒希哲学(希賢学)⇒Philosophie⇒philosophia⇒filosofiva
というわけですね。

http://homepage3.nifty.com/ataraxia/ataraxia03/tokuchou.html


55 :考える名無しさん:04/08/11 13:27
>>47
>希哲学の希は希望の希ではなく、希臘(ギリシャ)の希だと思うぞ。

「賢きことを希(こいねが)う」=希賢学とすれば、ギリシャとは無関係
じゃないの? たまたま「希」が一緒なだけで。

56 :考える名無しさん:04/08/11 13:45
フィロソフィア=希哲学(賢きことを希う学問)なら原語に忠実だよね

フィロソフィア=フィレイン(愛する)+ソフィア(知)

でしたっけ?

57 :考える名無しさん:04/08/11 14:06
僕は多分希望の希だと思うんだけどね
哲学のことを愛知とも言うでしょう
知を愛求するという
だから希哲学というのは54殿の解説の通りだとおもう
でも小林秀雄はわざと違った脈絡で使ってたかもしれない
手元にあるので実際にテクストにあたってみますよ




58 :考える名無しさん:04/08/11 14:07
↑ 36ですが

59 :考える名無しさん:04/08/11 14:12
西周助、津田真一郎等の鋳造した「希哲学」は深き考窮の産物であったと考えられる。
彼ら両人は何れ漢学に就いても深い教養があって、特に西周助の如きは周濂溪の「太極図説」の説を歓び、
ここに述べられている「士は賢を希ふ」の思想に深く影響せられていたのであるから、
希哲学という訳字の源流を尋ぬれば、漢学の支配力の一産物であるかに考えられるけれども、
この支配力から脱出して、新しき訳字を創り出そうとした思索と努力とは充分高く評価せられねばならぬ。

麻生義輝『近世日本哲学史』





60 :考える名無しさん:04/08/11 14:16
上記の引用も含むココが参考になりますよ
http://www.ff.iij4u.or.jp/~yyuji/yakuji.html

61 :36:04/08/11 19:42
小林秀雄「哲学」を再読。希哲学はやっぱ「希う賢哲」でした。

ただ大半は孔子がどうの朱子学がどうのといったハナシなのでつまんなくて流し読み
その「希う」という姿勢と、東洋的な「徳」を関連づけてました
でもどうかな。ソフィスト、相対主義、ニヒリズム、ポストモダン等とは正反対の態度
だけど、どこまで有効かは疑問ですね


62 :47:04/08/11 21:55
ギリシャと思うぞ、と言った者です。つい、いい加減な口を聞いてしまい、すまん。
他意はない。面白かった。言い訳がましいが、さらに駄弁を重ねさせてもらおう。

正直、字を見た印象だけから何も考えないで前言を吐いてしまったけれど、>54の
リンク先などを読むと、希の字がギリシャを表すという主張の論拠を見出すのは難しいようですね。
希哲の語が通書志学章「士希賢」に由来するというか、対応するというか、対抗する意図を
込められているのは明らかですね。あえて混ぜっかえすなら、philosophy=「愛知」の意味だという
スジですなおに考えれば、愛知学、知学でもよかった。「学」も怪しいから、むしろ「知性論」で
オッケー、と私なんかでは思ってしまいそうです。そのリンク先を読んで、安易に「希哲学(希賢学)」
とカッコ書きを付けることや「理学」に拘泥することの無神経さにはやや義憤を感じました。

西周がその訳語を案出した過程も、今となっては偲ぶよすがさえほとんど残されてはいない事とは
思うのですが、とはいえ、希の字でギリシャの意味を念頭に置かなかった、という事も考えづらい。
だって、見れば誰でもそう思うんだもの。あまりに当たり前すぎるように見えてしまう。
・・・言うまでもない事柄は記録に残されないものなのだ。

案出後数年にして、「希」の字を省いた理由も定かではないが、おそらく、「希」の字に含まれる、
「まれな」とか「ギリシャの」という意味を取り去ってしまう必要性を感じたからこそ省略したの
だろう。「ねがう」の意味しか込められていないのであれば取り去る必要はないのだから。

ここはひとつ、案出した過程においてもその淵源は一筋縄ではなかった、と私は考えることにしたい。

・・・根拠のない単なる憶測ですまん。あまりこだわるとデンパになりそうなので、この辺で。では〜

63 :考える名無しさん:04/08/11 23:23
いやいや、そんなふうに思いついたこと臆せず言ってもらったほうが
スレが活性化して面白いよ

またたのんますw

64 :感徒:04/08/16 18:42
小林秀雄の哲学は、小林秀雄という一人の人間の中で完成している。
酒癖が悪かったというが、そんなことはワテは知らん。
しかし、どの著作の文を読んでも哲学者小林秀雄を感じる。

65 :考える名無しさん:04/09/17 20:10:35


66 :考える名無しさん:04/09/17 20:12:16
何がドゥルーズと関係あるんだ

67 :考える名無しさん:04/10/30 02:37:36


68 :考える名無しさん:04/11/23 11:53:44
こいつはオナニストだな

69 :考える名無しさん:04/11/26 18:36:04
皆さん!池田晶子スレでヘンなのが暴れています!
小林ファンの皆さん助けに来て下さい!お願いします!

70 :考える名無しさん:04/11/26 20:34:31
なにが?

71 :考える名無しさん:04/11/28 14:48:07
>小林の「物のあはれ」という認識論を理解する上で、示唆的だったのは、井筒俊彦の指摘だ。

井筒は『意識と本質』の中で宣長の「物」について次のように定義する。
《物にじかに触れる、そしてじかに触れることによって、一挙にその物の心を、外側からではなく内側から、つかむこと、
それが「物のあはれ」を知ることであり、それこそが一切の事物の唯一の正しい認識方法である、という。
明らかにそれは事物の概念的把握に対立して言われている》
そして井筒は概念的把握はその物をその場で殺してしまう「死の世界」であり、
みずみずしく生きて躍動する生命はないとする。
しかし現実にわれわれの前にある事物は、一つ一つが生き生きと自分の実在性を主張しており、
この生きた事物を、生きるがままに捉えるには、宣長の言う、自然で素朴な実存的感動を通して「深く心に感」どるほかに道はない。
そして井筒は宣長の言う「物」とはメルロー・ポンティ的に言うならば「今ここにある「前客体化的個体」
すなわち意識の対象として客体化され、認識主体の面前に引き据えられる以前の、原初的実在性におる個物。
そのような個物の「心」を捉える、つまり、その個物の「独自な、(言語的意味以前の)実在的意味の核心」を一挙に、
直観的に把握する」ことである。
それは「直接無媒介的直観知」であり、物を真に個物としてあるがままに、捉えることである。
そのためには、「一切の「こちたき造り事」を排除しつつ、
その物にじかに触れ、そこから自然に生起してくる無邪気で素朴な感動をとおして、
その物の個的実在性の中核に直接入っていかなくてはならない」。

このような井筒による認識論から見るならば、宣長の「物のあはれ」論に、近代の対象と主体を分離させる認識方ではなく、分節以前の物に肉薄する、
「分裂を知らず、観点も設けぬ、全的な認識力」を小林自身が認めていたことがより明らかになると思う。

http://www.geocities.jp/taka19602001/newpage3.htm

72 :考える名無しさん:04/11/28 15:02:11
小林の「本居宣長」は、ドストエフスキーとベルクソンの続編であり、結論だよ。
それに気づいているものは、少ないな。

73 :考える名無しさん:04/11/28 15:21:24
>>72
だからどの本読んでも同じことしか言っていないわけだな

74 :考える名無しさん:04/11/28 17:40:12
>>73

それは、小林に対する皮肉か?

75 :考える名無しさん:04/11/29 01:24:50
小林秀雄の非論理的な文章は21世紀には
既に共感不能となっています

言い換えると多様な読みが可能になっているということです

今世紀中に小林秀雄の再評価がなされることは間違いありません

76 :考える名無しさん:04/12/19 18:34:18
小林秀雄の文章の「恫喝」には学ぶべきところがある

77 :考える名無しさん:05/01/08 03:32:38



78 :考える名無しさん:05/01/15 00:14:22
b

79 :考える名無しさん:05/01/15 09:18:29
>>75
そんな簡単に一般化していいのかな
そもそも共感不能というのがよくわからないな
あなたは共感できない、と書いてくれた方がわかりやすい
(そういう意味じゃないのかもしれませんけど)

多様な読み方っていうのもわからん
そもそも読み手が多様であれば
読み方は多様だろう
読み方が同じなのは
すくなくとも手順書とかマニュアルみたいな文が目指すところだけど
そういうことじゃないよな

80 :考える名無しさん:05/01/25 01:20:10



81 :考える名無しさん:05/01/25 23:16:44
静かに暮れて行くね

82 :考える名無しさん:05/01/25 23:23:13
『宣長』なみにスカスカなスレだなw

83 :考える名無しさん:05/01/25 23:48:07
>>72
全集の読み方としては面白いですね

84 :考える名無しさん:05/01/25 23:50:41
それ常識だから。

85 :考える名無しさん:05/01/25 23:51:19
小林、なに言ったの?
知らないのよ、教えろ。

86 :考える名無しさん:05/01/25 23:52:03
言った中身によっちゃ許さん !!

87 :考える名無しさん:05/01/25 23:54:20
ひとみが綺麗ですね

88 :考える名無しさん:05/01/26 01:32:15
よくいわれます

89 :考える名無しさん:05/02/19 05:30:38
小林秀雄って浅田彰に批判されまくってたよね?
どういう内容か知ってる?


90 :考える名無しさん:05/02/19 06:33:28
浅田彰って
生きながら忘れ去られてません?

91 :考える名無しさん:05/02/19 11:20:50
で、どういう批判なんだよw
ま、ここの住人にゃワカランべやw


92 :考える名無しさん:05/02/19 11:22:03
>>91
知ってるが教えてやらない。
お前の態度が気にくわない。

93 :考える名無しさん:05/02/19 11:22:12
過去のひとでしょ
どうでもいいっす>何とかアキラ

94 :考える名無しさん:05/02/19 11:43:37
>>92
知らないから、教えることが出来ないんだな。
負け惜しみは恥ずかしいぞ。w

95 :考える名無しさん:05/02/19 11:50:07
知ってるがお前には絶対に教えない。

96 :考える名無しさん:05/02/19 11:56:38
そんな虚勢はることないよ。
無理ならいいんだから、無理なら。ww

97 :考える名無しさん:05/02/20 22:37:56
三島由紀夫  わたしは貴方が嫌いです

太宰治     わざわざ会いに来るってことは、好きなんだろ?ボクのことが
          あはは、そうか好きなんだ、そうかそうかw


98 :考える名無しさん:05/02/20 22:56:23
たかがそれくらいの知識を出し惜しみしてみせる
>>95は確かに知らないw
だがそんなに知りたかったら柄谷中上の対談を読むという手もある
ここの住人てマジでそれくらい知らないの?
と、マジで一瞬驚いてみせたりw


99 :考える名無しさん:05/02/20 22:59:37
え?浅田彰って まだ生きてるの?お茶っ葉の出がらし?

100 :考える名無しさん:05/02/23 14:32:58
ただの茶カスじゃん、アキラw

101 :チラシ配布中:05/02/24 14:54:42
坐禅と見性 第十四章
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1108144172/
一粒の芥子、よく須弥山(しゅみせん)を隠す。
一掬(きく)の水の中に人魚たちが心ゆくまで踊る。
私は終日汝に相対していて、劫初以来会った事がない。
看よ、東山全嶺が水上を歩いている。
エックハルトの乞食の挨拶 「[朝な朝な好(よ)き朝です」。 雲門 「日々是好日」
扇を扇と呼ぶな、鋤(すき)を鋤と呼ぶな。
昨日は痛かったが、今日は痛くない。 さっきは泣きわめいたが、今は笑っている。
腹が減れば食い、疲れれば眠る。
雪がすべての山を白く覆うている時、なにゆえにあるひとつの山は覆われずにあるのか。
清浄の行者、涅槃に入らず、破戒の比丘、地獄に堕ちず。
我の知っている事を汝は知らず、汝の知っている事を我はことごとく知る。
大力の人がどうして彼の両脚を挙げることができないのか。
柱が毎日動き回っているのに、どうして私は動かないのか。
わたしは釈迦の出現以前からさとりの状態にある。 光あれと命ずる以前の神と共にあれ。

102 :考える名無しさん:05/03/09 02:03:31
k

103 :ローカルルール審議中:2005/04/03(日) 11:21:30
koba

104 :ローカルルール審議中:2005/04/13(水) 19:15:52
104

105 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 08:59:00
浅田といえば、小林の「モーツアルト」の疾走する哀しみ辺りの
くだりに関して「例によってケレン味たっぷりw」だとか、そんな
ニュアンスで揶揄してたような。

小林ファンの知人がむっとしていたのを覚えている。

106 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 01:04:55
             _,,−-、 
        _,, .. _,,-‐'": : : : : :゙ヽ
     r‐'´: : : : : : : : : : : : : : : : ` 、
    /: : : : : : : : : : :,、: : : : : : : : : :_:ヽ、
    |_: : : : : : : : : /  \: : : : : : : :ヽ、
    {: : : : : : : : l'      ヽ、: : : : : :{、
    l__: : : : : : :i、       `丶: : t‐`
   /, ヽ: : :/´          |: : : !'
   { ru l': :/  ,/二丶、     }: :,,|
  _`iヽr‐!:丶   'tェッiヽ-'' , '‐-、/:/
  : :丶t': : : ヽ        'xェァノ:/  ボクが嫌いって・・
  : : : : : : : : : : i、        }    
  : : : : : ',: : : : ´  i!     _ノ    会いに来たってことは好きなんだよ
  : : : : : ヽ :   、_ `゙;;;;> .,r'/    
  : : : : : : \  - ,,`''‐--//`丶、.    太宰治
  : : : : : : : : :`-,; " ̄   /: : : : : :\
  : : : : : : : /       /: : : : : : : : : :',            
  : : : : : : :{    ,. -‐


107 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 02:15:45
最近の思想・哲学にない骨っぽさがあって不思議な安心感がある。
それと同時に小林を読むと人の持つ考えるという普遍性、他者に対する共感が
現在は単なる自己完結に成り下がってしまったのではないかと自分自身の思考に嫌悪を抱かせる。

108 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 15:04:26
107は勘違い。
小林秀雄の世界には自己完結性があって、
それがファンを安心させるのだよ。
これは善し悪しではなくて、小林の書き物の特徴。
吉本隆明にもやや似た面がある。

109 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 12:08:23
小林秀雄と映画館

http://d.hatena.ne.jp/sans-papier/20050702

110 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 10:09:33
55 名前:名無しさん@6周年[] 投稿日:2005/07/08(金) 17:04:21 ID:pwZBjGWc0
評論家の小林秀雄の話でこういうのを聞いたことがある。

小林秀雄の娘が、学校の模試(?)ですごく難しい文章が出てうまくできなかった
といって問題用紙を父親に見せた。
小林秀雄は「誰だこんなわけのわからん文章を書いた奴は」といったのに対し娘が
「お父さんよ」

111 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 13:22:51
論証なしの素朴な経験主義。
哲学として読むべき価値はゼロ。

112 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 14:19:59
>>110

なんか、野坂昭如の孫が、宿題で『火垂るの墓』が出て、その
中の設問に、“このとき作者はどう思ったでしょう”ってのが
あったから、野坂のところに聞きにいったら、野坂は「その時
は、編集者に追い立てられて、ヒィヒィ思った」って答えたの
を思い出したよ。

113 :考える名無しさん:2005/07/22(金) 11:03:39
小林秀雄の「お月見」を読む。
パソコン机に小林秀雄を一冊置いておく。
合間合間に読むから毎日読んでいることになって、苦手だったものを
好きになったようだ。

114 :107:2005/08/02(火) 04:43:02
>>108
上等だ畜生めッ!
恋は勘違いから始まるっていうなら別に構わんだろうが!
俺は小林に惚れ込んでるんだよ!
相手に嫌われようが好かれようがお前には関係ないだろう!
ってな具合に酒の勢いで言ってみるのも小林ファンなら許さなきゃいけないよw

115 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 07:04:13
竹田の「背理としての世界」はどう?
小林の自意識観はデリダとかより進んでるらしいよ。

116 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 18:38:13
へえ。何秒くらい進んでいるのかな?

117 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 18:45:36
>>111
同意。
小林は哲学ではない。
かといって、文学面の価値を全否定するものではないけどさ。
でも、文学の価値と哲学の価値が乖離するものではないと思う私は、
もう数十年、小林の本をひもといていない。
新規のロジックを立てようという思考は、
吉本の流し書きの文章にもあるけど、小林には皆無。
天才の思考のなぞり方教室の域を出ない。
国文やってるやつは、無視できないと思うけど、
面白く読んでる、そのパトスが理解できない。

118 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 19:24:10
いや、小林は西田に匹敵するテツガクシャだ。
近代日本では文芸評論家がテツガクシャを兼ねるという悲しい伝統がある。

人生観、世界観を総体的に網羅した立派な哲学だよ。

119 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 19:34:40
分析哲学者がイマイチ物足りないのはそういう理由なの?

120 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 19:36:01
>118
小林のテチュガクってなんなのさ?

宣長?
ドスト?
寺?
私小説万歳?
志賀直哉万歳?
モーツァルト万歳?

みんな、字面や音楽をなぞって、
追体験らしきした結果をもっともらしく書いていること以外のテチュガクってあるの?

121 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 19:37:48
>118
哲学者は、それなりのオリジナルな命題を残している。
小林のそれってなんなのさ?

122 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 19:45:35
概念はないが「純粋経験」のようなもの。
それを実践した。

123 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 21:52:20
>122
純粋「追」体験

124 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 21:58:55
ジェームズ&ベルクソン→西田
の劣化版じゃないか。
しかも小林本人は哲学書をネタ本にしているくせに、
批評の場では概念一般を揶揄するような啖呵を切る。
これは哲学に対する悪質な詐欺行為だよ。
理解力がある人間だけに、意識的に遂行されている分、かなりたちが悪い。

125 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 23:51:31
>128

例えばヘーゲルの残したオリジナルの「命題」って何なの?いや、別に他の誰でも
いいんだけど。

126 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 23:55:21
ヘーゲルなら「絶対精神」でしょう!

127 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 23:59:54
小林がぶつかったのは常に「個」だから、「世界」を記述しようとする意味での哲学者ではない。ただ、歴史哲学はあったといってもいいでしょ。

128 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 00:09:59
小林自身は哲学者はおろか自分は批評家でさえないと言ってたんだから、
そういう人物つかまえて彼がいかに哲学者でなかったかを論破して何が
いったい楽しいのでつか?不思議な人たちだわ。

129 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 00:14:15
哲学者=文芸評論家よりえらい

という前提がおかしいんじゃないの

130 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 00:15:57
猫=犬よりえらい

という前提があろうがなかろうが猫と犬とは別の生き物だろ。

131 :sage:2005/08/19(金) 00:16:58
そう、単なる「違い」であって、そこに上下関係は無いわけです

132 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 00:18:00
sage?


133 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 00:19:29
>129

そういう意味で「批評家でさえない」と言ったわけじゃないけど、ま、いいや。

134 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 00:19:30
哲学者が文筆家を兼ねることはあるから
文芸評論家に評論されても不思議はないと思われるよ。

135 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 00:20:41
>134

いってることがわかりません。

136 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 00:29:30
小林を生きる糧にしてる人がたくさんいる(らしい)という意味では、
テツガクシャと呼んでもいいんじゃないの。現象としてのテツガクシャ?

137 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 14:20:11
天才はどこからでも出てくる、っていう小林の言葉は、
小林が社会というものを意識的/無意識的に排除していたことは確かである。
その地平からは、天才のトレース以外のなにものも出てこない。
そして、小林自身は、何の問題意識も無い空っぽの脳髄であった。
だから、ひたすら、天才のトレース作業にいそしめた。
そこから、小林に、特異な文学評論ができあがった。
ただただ、個を持たないタブララサのごとき空っぽの脳髄を武器として天才をなぞる。
そこに小林の特異さのすべてがある。


138 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 14:23:42
>137
それは1つの奇異な才能といえなくもないが、小林がトレースした天才たちを超えるものではない。
ドストエフスキー等を読んで、自分なりに解釈できる読者は、小林のドスト論等を読んでも、疲れるだけ。

139 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 15:49:39
本当にそこまで空っぽだったらもっとすごいって
もし哲学との関係を探るなら、
「感想」のような大失敗作に着目すべし

140 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 16:07:09
「テスト氏」っていう小説があるが、あれ読んで、
テクニックだけで創作しようとした小林の空っぽさがよくわかったよ。
それ以来、小林の評論も読むのをやめた。
昭和王朝文学評論。

141 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 17:42:53
「小林読むのやめた」のに2chの小林スレは日夜チェックしている君の根性って
なんかサブい。

142 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 17:45:06
「天才のトレース」って何ですか?天才ってトレースできんの?

143 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 19:11:06
>141
>142
できると思って、後追いしたでしょ。小林が。
後追い以外の小林のオリジナリティっていうのがいまだにわからない。
だから、それを探しに、このスレを見てる。

144 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 21:45:10
そもそもタブラ・ラサなんてあり得ないでしょう

小林の武器は伝統的なブンガクの感性、共通了解じゃないの
それに対して自覚的であるというか。
ベルグソンその他西洋の思想家の影響は受けているかもしれないけど、手続きは無視して結果だけうまく
生かしているという感じじゃないですか。

言葉足らずでも理解しあえるような、ある種の日本的なノリですよ
ロゴスを重んじ、普遍的であろうとするのが哲学だとすれば、良い悪い別にして明らかに哲学者ではないね


145 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/19(金) 21:51:42
>144
あのう、経験論はtabula rasaを前提にしているんですが。
資質的に経験論者であった小林が、ロゴスを忌避したのは、
やはり、天才たちの思考奇跡の追体験に終始したから。


146 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/19(金) 22:02:31
だから、小林は、昭和王朝文学評論。

147 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 22:06:09
こいつ俗物だよ、騙されるな

148 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/19(金) 22:11:24
>147
あんたが俗物でないところ、み・せ・て。

149 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/19(金) 22:16:23
>>147
文学評論ってのはさ、原作者も気付かなかった、
強さ、弱さ、凄さ等を批評の力と独自性で引き出すのだよ。
この観点で、小林の功績というのがあるのであれば教えてください。
勉強しますきに。

150 :144:2005/08/19(金) 22:16:51
いや、字面通りのタブラ・ラサというのはあり得ないですよ

白紙に何かが書き込まれたところで、どうしようもないわけです。
それがそのままでただあり続けるというのが、文字通りのタブラ・ラサでしょう
知性は何かが書かれると、それに対してどういう方向からか力が働くわけです。
それは良い・悪い、とか美しい・醜いとか様々に
その時点でもうタブラ・ラサでは無いということです。
要はそこに、どんな方向からの力が働いているかと言う事でしょう

ニーチェの「力」とかフッサールの「志向性」のような概念から見るのが有効かと思われます。


>146
さて、昭和王朝文学評論とはどんなことを言っているのでしょう?
全く説明がないようですが



151 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/19(金) 22:31:07
>>150

>>149で書きました。

ここで、「文字通りのtabula rasa」とは、
カント等の、アプリオリに何かが所与のものとして与えられている、
という認識論の反語として用いています。
即ち、人間の認識はすべてアポステリオリなものではないか、
という仮説です。

で、小林ですが、資質的に経験論者であったがゆえに、
天才たちの思考、字面を後追いすることが、
彼の経験のすべてであった、ということです。

では、王朝文学とは何か?
日本の戦後の福永、中村等のマチネポエティクスの事例をみるまでもなく、
物語、韻文、叙事詩一般の、
「それ自体としての価値、美」を認めることをいっています。
小林は、このグループとの関係はありませんが、極めて、近い、という認識です。

152 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/19(金) 22:39:09
否。マチネポエティクスには、まだ、定着された文学作品に対し、
ラディカルなマルキシズム等のシュトルムウントドランクに対峙し、
構築された美を守るという基本姿勢がありました。

小林には、それも、無い。
ただ、字面を追うだけ。


153 :144:2005/08/19(金) 22:42:12
>151
「それ自体としての価値、美」を認めることをいっています

ここがまだよくわかりません。
もう少し展開して欲しいと思います。

154 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/19(金) 22:46:34
もちろん、文学評論を1つの領域として構築した功績は認めます。
単純に小林を射てるなんていうだいそれた妄想も持っておりません。
学者スレではないので、小林の1読者であった頃に考えていたことを書き連ねているだけです。
他の小林論等を考察し、客観的ななにかを、ここで書こう等という殊勝な基本姿勢等は
持ち合わせておりません。
俗物ゆえ。

155 :144:2005/08/19(金) 22:59:08

他の小林論等を考察し、客観的ななにかを、ここで書こう等という殊勝な基本姿勢等


この様なものは必要ないですよ
自らの感性・理性に従って思うとところを述べるのみです
哲学はソクラテス以来「対話」ですから、別に相手を論破するためのものではありません
対話によって真善美に近づきたいと願う(愛求する=フィロソフィア)ことですので
しかしロゴスを突き詰める作業というのは疲れることですので、やめにしたいならそうしましょう

156 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/19(金) 23:02:47
例えば、ドストエフスキー論でいきます。
吉本等は、ここから、何を読み取ろうとしたか。
イワンの大審問官に焦点を合わせ、その時代、思想、葛藤、革命感等を、
全力で抽出しています。
神とイワンの対決に独自に迫っています。
私は、これを読んで、カラマーゾフの深遠さに少し近づけた思いがあります。

一方、中学生時代に読んでいた小林のドスト論からは、
ドストの思考の軌跡の後追いはできましたが、
それが何?という領域からは一歩も出れず、
ドストの現代における価値、意味、
カラマーゾフ等の読み方を変えてくれる示唆のかけらも見出せませんでした。

ドストの思考軌跡はものすごいものです。
それは、1つの定着した価値、美、等にはおさまりきれるものではなく、
評論家の問題意識により、いくらでも新規の読み方を抽出できるほどの力をもっています。
これを、「それ自体としての価値、美」として、それをなぞりなおすことではなく、
評論家のいやでも負ってしまう時代の問題意識を矛として文学作品と対峙する、
というのが評論の持つ力であり、ミッションであると考えています。


157 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 23:11:31
結局小林秀雄はたいしたことないんだよ

なんつて

158 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 23:14:19
文芸評論最強は福田恒存で決まりでしょ

159 :144:2005/08/19(金) 23:18:55

小林のドスト論からは、
ドストの思考の軌跡の後追いはできましたが、
それが何?という領域からは一歩も出れず、
ドストの現代における価値、意味、
カラマーゾフ等の読み方を変えてくれる示唆のかけらも見出せませんでした。


この辺が詳しく聞きたかったが 、私自身が小林のドストエフスキイ論を読んでないから良くわからない
バフチンなら読んだのだが
近いうちにに読んでおきましょう。確か「ドストエフスキイの生活」でしたね




160 :144:2005/08/19(金) 23:23:58

「それ自体としての価値、美」として、それをなぞりなおすことではなく、
評論家のいやでも負ってしまう時代の問題意識を矛として文学作品と対峙する、
というのが評論の持つ力であり、ミッションであると考えています


ここは理解でき、共感できました

161 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 23:39:28
最強は福田和也

162 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 23:42:43
俗物、よろしく

163 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 23:44:46
てかナンタラ論とかうざい
どんなに偉大でもオレ様のための素材にすぎんよ
なんで他人の思索の中に閉じ込められなきゃいかんのよ?
しかも本人というより、赤の他人である評論家の
勝手な解釈、曲解の中に?

164 :考える名無しさん:2005/08/19(金) 23:46:35
だったら読むなよ。そんなに人目が気になるか。

165 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 00:34:31
>>163
「ナンタラ論ウザス」
という決まり文句を発明したのが小林秀雄なんだが

166 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 00:43:00
ってことは上のwisteria-1 やら144やらの論はウザース!だね

167 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 01:47:07
違うよ、どんなバカでも「〜論ウザス、具体的な物で万事ok」
と言えちゃうわけだが、
小林秀雄はそういう傾向を助長した。
学者とかイラネ
ってことになりかねないんだよ。
163はそれで歓迎なんだろうけどな

168 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 09:07:52
「〜論」であるうちは、その思想は不徹底(乗り越えられるもの)という意味。
具体的な物でokではなくて、それぞれの主観(体験)でokということを言っている。



169 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 15:38:34
小林秀雄を文芸批評をどうしたこうしただけで語る人が多すぎ。
結構、「権威」としては無防備なこと言っちゃってない。
「感想」前後で言おうとしたことがわかる人誰か解説してください。

170 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 15:44:18
っていうか、無常といふこと、に本当に「無常ということ」とは何か、が書かれているかな?

171 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 17:50:13
>170
手元に本ないけど、記憶の限りでは、
哲学たりえる(問題意識を持った読者に対する解を有する)
記述は、一切、無かった。

172 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 18:17:25
無常なんて、小中学生に読ませるものではないが、小林のは無毒、無害。
即ち、無常の本質について、何も書いてないから、
何も考えていない教師等は、読むことを推奨する。

173 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 21:15:51
「無常ということとは何か」とか「無常の本質」なんて言葉を平気で口にしてしまう自分の頭の弱さ、軽薄さをもう少し思い知った方がよい。だいたい、哲学って「解」なのか??

174 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 23:21:24
>173
それがたとえイデアであったとしても、
自分の求める解を求めていくプロセスが、所謂、哲学じゃね。

で、小林には、そのプロセスが無い。
頭の弱さ、軽薄さ、等と、平気で口にしてしまう自分の頭の弱さ、
軽薄さをもう少し思い知った方がよい。

175 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 21:24:12
「様々なる意匠」においても、
すべてを小林独自の無個性の強みで受け入れられることを示している。
だからこその評論家のひとつのありようではあるが、並列同価値で、
これもあり、あれもあり、まで。
問題意識を持って読むと、大方は裏切られた。
文芸評論家になりたくて、読んでるわけじゃない。

176 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 22:06:59
>>175
言わんとする意味がよくわからない。レトリックとしても破綻していない?

小林秀雄は皆が指摘する通り、「本質そのもの」を「〜論」で語らず、レトリックで本質の外縁まで迫るやり方を貫いた。
自分にはそういうところこそ信用できる根拠だが、哲学板では極めて評判悪いようですね。



177 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/23(火) 00:22:38
>176
本来、小林等の文学評論を読む基本姿勢として、文章自体の美、レトリック等を追求するものと、
哲学板の人たちに多くみられる、論理や現実社会や生きていくうえでの意味、価値、等を追求するものとは、
重複する部分の方が大きいはずなのです。
が、こと、小林を読む場合、哲学板では、後者の方に、どうしても偏向するのは、やむをえないことであり、
また、それが、間違った読み方であるとも思いません。
修辞学等の領域もありますので、そちらのスレの方の反応はわかりませんが、
私の知る限り、美学スレでも、小林をとりあげるケースは少ないようですね。
個々の人が、「何を信用するか」、は、その人の文学観、人生観、社会観、世界観等、
すべてに関わる思想そのものです。
「評判」というよりは、哲学板で、小林は、対象として漏れ落ちる人が多い、というのは、自然な傾向のように思えます。
私にしても、「レトリックで本質の外縁まで迫るやり方」、「本質の外縁」、という用語についていくのは、少し苦しいです。
もう少し書きますと、私みたいな俗物的な読書法しか知らない読者にとって、小林に、もし本質があるとしても、それが見えない。
ましてや、「レトリックの外縁まで迫る」、といわれると、余計に、本質って、レトリックにより外縁まで敷衍できるものなのか、
という俗物らしい、悠長さ、冗長さを先に感じてしまいますね。
ニーチェのいうアポロン的構成美よりも、ディオニソス的資質が勝っているのが俗物の常ですから。
カント、マルクス、サルトル、等の直接的な言辞でロジックを追求する思考形式と、
小林のそれとの相違点は、もしかしたら、あなたのいう、
「レトリックで本質の外縁まで迫るやり方を貫いた」小林の思考形式に起因するのかもしれませんね。




178 :考える名無しさん:2005/08/23(火) 00:48:14
>>177
>ニーチェのいうアポロン的構成美よりも、ディオニソス的資質が勝っているのが俗物の常ですから。
ずいぶん自分を偉そうに見せているじゃねーか
貴様の「俗物」って言葉は、
暗にインテリ全員をひっくり返すための方便なんじゃねーか?

179 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/23(火) 00:50:48
>178
どの言葉を見ても、意味不明につき、スルーします。

180 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/23(火) 00:53:27
アポロン的資質とディオニソス的資質は、普通の人間の中に自然に共存してますよ。

181 :考える名無しさん:2005/08/23(火) 01:05:40
は?インテリコンプが何言っても説得力ねーよ
ニーチェまともに嫁よ

182 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/23(火) 01:24:15
>181
小林やニーチェの何を主張したいの?
具体的に。

183 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/08/23(火) 01:26:03
>181
あるいは、「俗と聖」で、何を主張したいの?
引用でもいいから、具体的に。

184 :考える名無しさん:2005/08/28(日) 07:28:30
カントとかの「直接的な言辞でロジックを追求する思考形式」の限界は至るところで言われている。
フッサールとかゲーデルとか(ニーチェもそうか)。
その後のポストモダンとかは「レトリックで外縁をほのめかす思考」そのものだと思う。
自分にはデリダとかより小林秀雄の方が本物に思えるが。

185 :考える名無しさん:2005/08/28(日) 17:03:59
感想とか私の人生観はそんな中でも直截的な考えが出てて気になる。
だからこそ本人は後から否定的評価(照れ隠し?)を与えているみたいだが。
例えば「紺碧の海」を根拠にする思考はニーチェの永劫回帰とか何とか湖畔の啓示より好きだな。


186 :考える名無しさん:2005/08/29(月) 00:17:04
デリダより小林が本物とかアリエナサス
小林は日本ローカルに殉じているところが良さなんだから、
哲学のようなロゴスの学問と比べちゃいかんよ



187 :考える名無しさん:2005/08/29(月) 23:34:07
デリダ?何も分かっとらん

って小泉義之先生は仰ってますよ

188 :考える名無しさん:2005/08/30(火) 00:06:55
小泉ナントカさんが何を分かっていると言うのでしょう。

フツーなら小泉ナントカってダリダ?で終わりでしょう。

189 :考える名無しさん:2005/08/30(火) 00:56:33
そういう君はダリダ?

190 :考える名無しさん:2005/09/03(土) 15:35:24
いいから詩人の女奪って
逃げて疲れて
キャベツにかかった朝露をみて
「もおいい」って思ってみろよ

191 :考える名無しさん:2005/09/04(日) 05:26:11
吉本とは飲みたくないが
小林とは一杯やりたい俺は俗物かね?

192 :考える名無しさん:2005/09/06(火) 20:11:25
>191
吉本でも小林でもどちらでもいいが、
「一杯やりたい」というあなたは俗物かも

193 :考える名無しさん:2005/09/06(火) 23:40:42
吉本ばななと「一発ヤリたい」

…ってやつはいないか

194 :考える名無しさん:2005/09/07(水) 13:04:53
>193
吉本が義父だと、うるさそうだけど

最近はそうでもないか・・・・・

195 :考える名無しさん:2005/09/07(水) 17:35:06
>>194
もうすぐ死(ry

196 :考える名無しさん:2005/09/08(木) 20:32:08
漏れの70才近くの知り合いが大学生のころ講演会が流行ってたんだと

小林や三島由紀夫などうらやましくてたまらない面々の講演を
映画のチケット代程度で1時間ずつ6時間聞き放題
小林は今の人気バンドのライブ並の超満員だったらしい
その方は特に小林ファンではないけど
そのとき聞いた小林の「直感は確かに間違う。けれど論理的にするよりかは間違わない」
っていう言葉を今でも諳んじてて
きな臭いけどイイ時代だったんだなぁと思う

197 :考える名無しさん:2005/09/12(月) 19:00:58
>>184
自分にはデリダとかより小林秀雄の方が本物に思えるが。
←「自分の女はどの女よりもいい女」という程度のかなり根拠の薄い決め付けだな。

198 :考える名無しさん:2005/09/12(月) 20:05:47
>>184
>レトリックで外縁をほのめかす思考

コア無き思考に、外縁だけが存在するということはありえない。
レトリックは多かれ少なかれ、どの哲学者も駆使してるけど、
あくまでも、根本になるロジックの表出として用いている。
レトリックからコアに迫ることは確かに可能。
但し、コアが有る場合に限る。
さて、小林の場合は?

>>196
>直感は確かに間違う。けれど論理的にするよりかは間違わない

もし、小林が本当にそう言ったのなら、小林は、「直感」と「論理」の関数に関し、
まるで無知だったことになる。
そこまで、小林が論理を毛嫌いしていたとすれば、直感に対する過大依存だな。
両者は、相互依存、または、直感を介し何らかの論理に至るのが、普通。
ま、そこに、小林の矜持があったのだとして、では、小林のレトリックは、
哲学のどのカテゴリーに入るのか、まるで見当がつかない。



199 :考える名無しさん:2005/09/13(火) 00:48:58
講演内容をかなり端折ってまとめたのを暗唱って感じじゃないの?
一高って誰でもデカンショを読んでたらしいから。

200 :考える名無しさん:2005/09/15(木) 09:30:38
>>199
言っただろ「直感は〜」

思うに論理は一つの結果や発見を裏付けたり、共有するためのモノで
直感は経験も第六感も知識も入り交じった極めて個人的なモノ
卑近な例でいくと直感は「あっ!そうかっっ!!」
論理は「どうしてかというと…」
ところが「どうしてかというと…」で答えを探そうとすると、
裏付けだけで仮想の答えを組み立てることが往々にして起きてしまう。
ても論理は有効で有益なモノであるから、直感より尊重されることへの小林の警戒を表した言葉じゃないの?

自らの文章を「告白的」と評した小林だから言えた言葉で、
小林が科学者や哲学者なら言えなかった言葉だなw

201 :考える名無しさん:2005/09/15(木) 09:42:02
200>>賛成だ
哲学系思想家と文学系思想家の平行線・・・・

202 :考える名無しさん:2005/09/16(金) 11:41:41
小林が哲学や哲学者よりも美術・骨董・文学・音楽で自らを育んだというところが
小林のカテゴライズを難しくしているのかもね
「骨董をやって文学が分かるようになった」とか
「美しい花がある花の美しさという様なものはない」とか



203 :考える名無しさん:2005/09/17(土) 02:57:48
始点崙点

204 :考える名無しさん:2005/09/17(土) 22:21:57
もれは青山二郎のが好きだな

小林より純粋に直感的に芸術に生きたヤシ

ちなみに小林に骨董を教えた人

205 :考える名無しさん:2005/09/17(土) 22:31:02
青山二郎は言語化の努力を怠っているからろくでもないと思う


206 :考える名無しさん:2005/09/18(日) 08:19:18
>>197
それこそ「直感」(直観?)ですよ。

論理の積算で到達できるところまで連れて行って、最後のひとっ飛びを任せる。
仏教(竜樹とか禅とか)では、前半を徹底的な否定的言辞でやってて、
その他宗教(キリスト教、イスラム教とか)では、前半を端折るために白紙委任状を出させる。
哲学(デリダとかのポストモダン以降)は前者に近いが、最後のひとっ飛びについての言及・示唆がない。
小林は前半部分を端折りぎみ(レトリカルにさっさと終わらせる)であるが、最後のそれについては何かを言ったように思う。
同じ意味でデリダよりバタイユの方が先を行っていると思う。小林のバタイユ評ってないかな?


207 :考える名無しさん:2005/09/19(月) 16:06:33
>>206
私の人生観、感想あたりはそういう危うさを出していたけど、跡で感想は否定して本居宣長を書く。
その辺りを追求・分析している人はいないのか。


208 :考える名無しさん:2005/09/23(金) 21:02:16
>>207
このスレはアンチ小林が多いみたいだから
好きになってそこまで読み込んだ人間は少ないのでは

漏れもアンチではないけど2〜3年前にハマって5冊ほど読んだだけでそのまま

小林自身簡単に「分かる」ってことを軽蔑してたから
そういう人間が居たとしてもカキコしないんじゃないかな

209 :考える名無しさん:2005/09/26(月) 20:05:53
僕は小林秀雄全作品読破しましたが、小林によって外国文学の受容が歪曲されて、現在、この弊害を除去しなければならない状況になっている。

210 :考える名無しさん:2005/09/27(火) 16:20:09
ううむ、小林秀雄全集を全部読破した後、自分の中で小林秀雄全集を白紙にする。そして自分の全集を執筆する。正しい受容を心掛けながら。

211 :wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2005/09/27(火) 19:28:55
>>209
ランボーやドスト等を、小林を介して呼んでいる人間なんて現在はほとんどいないから、
弊害もほとんど無いと思うけど。


212 :考える名無しさん:2005/09/27(火) 23:08:59
>>211
たくさんいる。
高卒の読書好きにとって、
文芸世界の情報は、今なお小林秀雄経由で入ってくる。


213 :考える名無しさん:2005/09/27(火) 23:59:09
>>212
高卒の読書好き、恐るべしだな
おれなんか高校生のときは小林なんか
全然読めなかった
40すぎてやっと少しは読めるようになったよ

214 :考える名無しさん:2005/09/29(木) 20:46:46
「小林経由の人」はそもそも何経由で小林読むわけ?

215 :考える名無しさん:2005/09/29(木) 20:49:04
>214
文部科学省推奨教科書でしょ。

216 :考える名無しさん:2005/09/29(木) 21:05:42
やっぱり
俺小学校の教科書で読んだな。
ライターの話

217 :考える名無しさん:2005/10/06(木) 18:56:52
教科書で「人形」読んだことある……
その後ちょこっと手を出してみたけど「人形」ほど
不気味さをもった文章には出くわさなかった。

そういえば哲板向けではないかもしれないけど、
坂口安吾の「教祖の文学」という小林秀雄論はとても冴えていますね。

218 :考える名無しさん:2005/10/08(土) 23:12:58
>217
みんな口そろえてそう言うんだけど、ほんとにそんなに冴えてるかね?
まあ、あの当時によくそこまでずけずけ言ったという勇気は認めるけど。

219 :考える名無しさん:2005/10/08(土) 23:23:02
なんで人の尻馬にのって文句つけるのさ

220 :考える名無しさん:2005/10/18(火) 08:56:36
小林のベルグソンは彼の自意識についての問題意識を再度徹底的に俎上に乗せたものだと段々解って来ました。意識は本質的時間と同義なのであり、悟性がそれを掴まえようとする困難がある。ひいてはそれは人間を悟性的に論ズル困難にも通ずるという事ですね。

221 :考える名無しさん:2005/10/18(火) 22:14:17
>>220
わかって言ってるのか?
つまらんしゃれだ

222 :考える名無しさん:2005/10/18(火) 23:16:42
いや…あれを読めば誰にも解る最小公倍数的なまとめ方だと思いましたがね。正直予想以上の緊張感で小林自身の問題意識がベルグソンと交差するあの作品はやはり批評の古典だと呼んでいいと思いました。興味深い作品です。

223 :考える名無しさん:2005/10/18(火) 23:32:17
222は小林もベルクソンもわかっていない半可通だ

224 :考える名無しさん:2005/10/19(水) 00:53:20
ここで取り上げている問題意識とは所謂〈有‐有るもの〉の有論的差異でもあろう。《先に言ったような心理学的諸観念に照明を与えれば、どれも意識事実である純粋性質と外界、つまり空間たるより他はない純粋分量との妥協或は混同による中間的観念である事が判明する》

225 :考える名無しさん:2005/10/20(木) 21:50:23
>>224
そういうのがはやってんの?
無茶すんなよ

226 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 21:34:30
よく解らないけど、自分にとって「小林秀雄とベルグソン」と言えば超越への期待というか、ひらたく俗に言えば「オカルト的な救い」だな。
「私の人生観」的路線でエポケーし続けた先に到達した境地には、やっぱり何か期待を持ってしまう。


227 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 22:47:02
新スレ立ってる。
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1128499207/l50

228 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 23:29:48
小林秀雄はオカルト爺

229 :考える名無しさん:2005/10/27(木) 09:28:23
小林秀雄が後期もみずみずしい感性を持ち続けていた事はベルグソン論でよく解る。途中放棄を以て減点してもあれは良い仕事だと思われる。小林の核心をかなり露わに出しているのも興味深い。

230 :考える名無しさん:2005/12/01(木) 13:52:50
age

231 :アナハイム ◆yQngfguoAE :2005/12/01(木) 22:25:37
sageてるっての

232 :アナハイム ◆yQngfguoAE :2005/12/09(金) 00:55:53
あげます、あげます

233 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 17:33:49
「お化けを信じないやつはリアリストじゃない」って言ったそうですが、これの出典
分かりますか?

234 :アナハイム ◆yQngfguoAE :2006/01/09(月) 22:24:04
あけまして、おめでとうございます

235 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 20:22:31
吉本スレで小林の事を考えている内に幾つかの謎に突き当たった。小林が最も傾倒した哲学者はベルクソンだった、というのは小林研究の常識と化しているようだ。確かにベルクソンの〈持続〉は小林に合っていると思える。「私小説論」→

236 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 20:28:03
→で19世紀西欧文学者の問題意識を取り上げながら、それに影響された筈の日本の私小説作家に欠けていたものを挙げる手つきにも、まさにベルクソンが背景に透けて見えている。だが、それならば小林がハイデガーを正面から取り上げなかった理由がよく解らない。→

237 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/01/13(金) 20:32:36
>236
ハイデガーの原書がドイツ語だからだよ。

238 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 20:45:13
→何より、小林が「様々なる意匠」で既に自分の批評の中心テーマとしている〈宿命〉とは、ハイデガーが思索的生涯の初めから終わりまで問い続けた所謂〈被投的-企投〉、すなわち《有の中に立つこと》と同じでないか。たとえば『存在と時間』にこう書いてある。→

239 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 20:54:07
→《企投は、現事実的な存在しうることの活動範囲の実存論的な存在機構なのである。しかも、被投された現存在としての現存在は、企投するという存在様式のうちへと被投されている。》(『存在と時間』第31節)つまり、主体の能動性が、より根本的な〈時〉からみたら→

240 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 21:00:32
→一個の受動性だ、という問いが語られている。これは即、小林の根幹に到達する問いに他ならない。つまり〈宿命〉の理論に重なる問いに他ならない。しかし、小林はハイデガーを(おそらくは)知っていたにも拘らず、それを正面から相手にはしなかった。

241 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 12:07:13
小林秀雄の言葉で好きなのを書こうよ。それだけでも、小林秀雄の一端が
解るかも知れないじゃないか。
それでは、

絶望するにも才能が居る。

242 :考える名無しさん:2006/02/05(日) 22:02:20
日本が戦争に負け、それまでの天皇万歳、鬼畜英米から自由と平和の賛美に変わる世相をみつめ、



  利口な奴はたんと反省すればいいさ

  俺は馬鹿だから反省などしない

243 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 14:18:40
小林は哲学者ではない

244 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 14:35:32
小林は思想家でもない

245 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 20:07:14
じゃあ小林は何だ?

246 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 21:22:56
漫画家だよ!当然だろう


247 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 21:38:23
文学家

248 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 23:06:18
コヴァですか

249 :考える名無しさん:2006/03/15(水) 15:11:12
↑ヴァカです

250 :考える名無しさん:2006/03/21(火) 08:35:02
俺は馬鹿だから反省などしない

251 :考える名無しさん:2006/04/13(木) 18:19:02
小林秀雄が古いと感覚することは自分には苦痛でさえあった。けれども、そこから出発しなければ不誠実であることも明らかだった。

252 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/13(木) 19:43:48
ああああ、そういうスレもあったな。

『感想』を中断した理由は、ベルグソンを強く批判してるラッセルの
『西洋哲学史』が邦訳出版された頃だってこと忘れんなよ。

253 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/13(木) 19:44:54
「理由」じゃない、「時期」。

254 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/13(木) 19:48:52
中断理由を告白した相手が、ラッセルと同じ数学畑の
岡潔だったって点もな。

255 :考える名無しさん:2006/04/13(木) 19:52:13
>>252

はいはい偶然の一致。

256 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/13(木) 20:04:32
断言すんなやー。

257 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/13(木) 20:05:37
小林の「敗戦の弁」読んだか?w

258 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/13(木) 20:21:25
好敵手・戸坂も盟友・三木も敗戦を前後にして獄中の露と消え、
小林一人、「反省はしねえよ」と生き延びたかのようだったが、
終戦間もなく母を失い、追悼を兼ねた著作もこんな風に終わっ
たわけだ。小林は小林なりに敗戦によって何かを失わねばなら
なかった、という風。

「無学を乗り越えられなかった」、ラッセルよりも洞察力に鋭い
ところもあるだろうが、『哲学史』に比べると、『感想』はやはり、
個人的感傷の入り混じった素人芸にしか見えないからな。

259 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/13(木) 22:51:31
ラッセルの件については気付かなかったが、小林の「喪失」
については、前にも話したことがあるんだが。
あの頃はネットもやってないし、2ちゃんねるなんて知った
世界じゃなかったが。

戸坂の本を「発見」し、9.11の予兆のように小林の亡霊に出会い、
いろいろあったが、俺は曲げるつもりはないんだな。

260 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/17(月) 20:14:34
2ゲットしてるの俺だしw

「キリストが分からないから西洋のことは書かない」は、『感想』後だっけ。

261 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/17(月) 20:19:07
で、晩年は神仏習合の影響の濃い本居の国学の根底にある、仏教的な
無常観に拠り所を求めた。小林もまた、敗戦を逃れることは出来なかっ
た、という話だったのさ。

いかがわしい政治利用がされたから、始末はしないと。

262 :考える名無しさん:2006/04/17(月) 23:55:45
>好敵手・戸坂も盟友・三木も

 アホ草w 全然ランクが違うし畑も違うだろw

>晩年は神仏習合の影響の濃い本居の国学の

 『本居宣長』最初から読んだw?無教養そのものだな。

263 :考える名無しさん:2006/04/18(火) 04:15:58
はっきし言って小林から日本の「評論家」は何でもかんでもクチ出し過ぎ。柄谷なんか待つ必要もなく既に「トランスクリティーク」。思考過程を哲学者のように明らかにしない以上、せいぜいが「思想家」。

264 :考える名無しさん:2006/04/18(火) 04:17:58
主張を理解するための
何がしかの蓋然性か、
「な、わかるだろ?」で相手に通じてしまうような叙述の仕方は哲学じゃねえ。ただの宗教的著述家の深い心情吐露だ。

265 :考える名無しさん:2006/04/18(火) 04:19:36
どうしてもこういう小林タイプを哲学者として見たいなら唐木順三に留めておけ

266 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/18(火) 21:52:03
>>262
「もののあはれ」の一言しか知らんぞ(ゲラ

267 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/18(火) 21:56:51
万葉の世界も聖徳太子以後だったよな?


268 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/18(火) 23:39:28
日本列島の文明化は仏教移入後に始まったってのが、
俺的には定説なんだが、スレチガイだな。

269 :考える名無しさん:2006/04/18(火) 23:41:52
神代文字を知らんようだな

270 :考える名無しさん:2006/04/18(火) 23:42:45
たしかに仏教も異文化だよな。
気付かないことが多いけど。
人間が存在してりゃもう文明はあったも同然だ。

271 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/18(火) 23:42:58
来やがったな!?

272 :考える名無しさん:2006/04/18(火) 23:44:50
頭わるいから反省しません

273 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/18(火) 23:48:18
アツタネじゃなしにノリナガだったところが、まぁ小林の良識とか、
時々、言う。

274 :考える名無しさん:2006/04/25(火) 10:09:07
2チャンネラーとしての小林秀雄

275 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/25(火) 21:07:19
>>270
「縄文文明」とか「弥生文明」とか言わないだろ。

276 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/25(火) 21:12:08
でも、このポイントに拘り過ぎると、前時代的な「文字の使用を
もって歴史の始まりと見なす」になっちまうな。

弥生は「農耕文明」でもあるし。

277 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/25(火) 21:38:27
最近は、ご先祖様が空から降りてきた世界の住人多いからなぁ・・・。

正直、近寄って欲しくないんだけどw

278 :考える名無しさん:2006/04/25(火) 21:55:33
だから文明とは何か明らかにしなきゃ何が文明であるかなんてわかるわけないがな。
wikiでも見て、文明の定義をひっぱってくればいい。

まあ、「蘇我馬子の墓」などを読むと、飛鳥時代近辺を「日本文明の夜明け」と
形容しているから、やはり文字の使用開始と文明のはじまりは一致するという
古典的定義を小林秀雄もとっているとみていいだろうな。


279 :考える名無しさん:2006/04/25(火) 23:29:49
277は意味不明

280 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/25(火) 23:39:31
飛鳥時代っていつごろだっけか、中公文庫の『日本の歴史』を
開くのが、ああ面倒くさい。

資料的には古いが、考証は変に歪んでなくて参考になるぞ。

281 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/25(火) 23:40:41
冷戦終結後に書かれたものは迷走状態のが多いから要注意な感じ・・・。

282 :考える名無しさん:2006/04/25(火) 23:50:08
俺の先祖は空から降ってきたよ
シータの子孫だと言ってるんじゃないよ。念のため。

283 :考える名無しさん:2006/04/25(火) 23:53:29
最近は爺の粘土遊びで作られたヤツが多いからなー
ミミズが混じってそうでキモイんだけど

284 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 00:13:02
でも、宗教ってこういうもんだろ?
ある宗教を信じるのはその宗教を真理だと信じることだろう?
当然それ以外の宗教を信じてるヤツは間違ってると言わなければならない。
特定の宗教を信じてる者は信教の自由を認めても、他の宗教を信じてるヤツは
間違っている、馬鹿だ、と言うしかないだろう?

285 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 00:18:38
主観の問題だというのはその宗教の教えは真理じゃないと認めることだろう?

286 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 00:39:27
でも古事記より旧約聖書の方が面白いね

287 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 20:15:21
>>281
小林秀雄のことなら、ソ連崩壊前に亡くなっているけれど?

288 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/26(水) 21:58:56
「神の手」の発掘した出土品とかで年代狂ってたりw

>>284
宗教と神話の区別くらいしろ。

>>287
日本史の資料の話さ。義務教育で教わったことなんて、俺は何一つ
アタマに残らなかったもんな。知ってることは殆ど全部、自分で
勉強し直した。

289 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/26(水) 22:00:13
・・・俺はニセモノを掘り出したりなんかしないぞ(ゲラ

290 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/26(水) 22:13:42
>>285
それはまた面白い問題ではあるんだがな。信仰は超越主観の問題に
直結してるが、主観主義の主体である経験自我とは違う。

291 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 21:57:06
>>290
超越主観と経験自我の説明をお願いします。

292 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 22:55:26
>>290
おそいよ

293 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/27(木) 23:15:10
>>291
超越主観は背後にあるもの、経験自我は目の前にあるもの。

日本史の話も悪くないんだがな。歌田光が家永氏のファンだったネタとかっ

294 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 23:16:59
>>293比喩は分かってる人にしか通じません
分からないから質問してるのであります

295 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/27(木) 23:19:00
あらゆる名詞は比喩だ。感覚で把握するしかない。

296 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/27(木) 23:21:14
感覚は経験で養われる。言葉で説明されたことが、経験を上回っている
場合には正確な伝達が不可能になるが。

297 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 23:21:15
>>295
290は詭弁でつ!

298 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/27(木) 23:33:24
>>297
一秒差で俺の勝ち♪

299 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/27(木) 23:36:14
>>296はモーゼスの『霊訓』に出てくる「インペレーター」の言い訳
にちょっと似てるなw

300 :考える名無しさん:2006/04/27(木) 23:40:53
>>298
じゃ、290の説明をおながいします。

301 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/04/28(金) 21:14:04
ただほど高いものはないんだぞ?

302 :考える名無しさん:2006/04/28(金) 23:57:42
ある宗教を信じるということは、その宗教を真理だと信じることである。

303 :考える名無しさん:2006/04/29(土) 00:00:11
宗教を信じるか否かは主観による。

304 :考える名無しさん:2006/04/29(土) 00:04:29
論理や実証によって信仰が生まれることはない。

305 :考える名無しさん:2006/04/29(土) 00:06:41
信仰者が「宗教を信じるか否かは主観による」と言うことはできない。


306 :考える名無しさん:2006/05/05(金) 19:40:41
小林秀雄は形而上学的、思想的あるいは方法論的には今昔物語だ。今は昔。それを踏まえると志賀直哉の輝きは、文字通り光彩陸離としている。後輩の小林が古く、先輩の志賀直哉は現存するということの皮肉。

307 :考える名無しさん:2006/05/05(金) 20:16:05
(◔ิД◔ิ) ハァ?

308 :考える名無しさん:2006/05/05(金) 20:45:06
よりによって、志賀直哉?なぜと聞くことも出来ん。

309 :考える名無しさん:2006/05/08(月) 14:09:02
アメリカは日本が反米的に復興しては大変だというので、
実に巧妙にぶち壊したので民間運動というものが日本では非常に無力になっておる。
ソ連はその盲点を掴まえて、今度は民間運動を支援しては煽てたりして、これを把握した。
そしてアメリカが日本の政党だの政府ばっかり見てる間に、ソ連や中共の共産政権の方は、
世界のいろいろな民間団体、マスコミ機関、ジャーナリズム、知識人、文化人をどんどん呼んで、それに金をやって民間運動をどんどん起こさせた。アメリカの裏をかいたのであります。これは実に巧妙でした。

310 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/08(月) 22:49:37
乗るも乗らぬも本人次第。大拙との対談もあるんだな。

311 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/05/09(火) 17:58:29
>309
それ、志賀違い。

312 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/18(木) 21:28:46
宗教板でやった古神道談義、テメエでログ持ってた・・・。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~petercat/etc/sinto.htm

313 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 17:37:20
民俗板でやった邪馬台国談義、スレはさすがに残ってないな。

弥生時代が三世紀で切られているのは、以後が卑弥呼の時代に
なるからか。文化的には六世紀まで連続だな。

314 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 17:46:45
六世紀前後に大変動が起きて、仏教もその時、流入して来た。
古事記の成立も、・・・712年か。

315 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 17:51:36
大書店のぞいたら、中公文庫の『日本の歴史』シリーズ、
ずらっとあったな。一巻目の邪馬台国位置の比定の議論、
説得力あってね。政治的な歪みがない。傍証も民俗板で
やって見せたんだが。

316 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 18:12:26
地元新聞の日曜版に面白いコラムあってね。

網野氏もお亡くなりになられた。

317 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 20:38:07
ええと、中国大陸では隋(〜619)から唐(618〜)へ。
朝鮮半島では676年から初めての統一国家、か。

稲作は伝わってたけど、文字文明がこの頃から。
弾き出された連中が日本に大量流入、って感じかな。
色んな思想が入って来たが、一番広まったのは、
やはり仏教かな。

・・・陰陽道は神道に形を変えたってことか。

318 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 20:47:15
一緒に景教が入って来てもおかしくはない、と。

「上宮之厩戸豊聡耳命」の生まれたのは六世紀の終わり頃。

319 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 21:01:44
万葉集は七世紀後半から八世紀後半だもんな。

320 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 21:32:15
稲作の歴史はこんな風。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E4%BD%9C

弥生式土器の出土年代分布調べると、紀元前2000年前とか
出て来るし(笑

確かに縄文式作った連中とは、明らかにセンスが異なるね。
文明化されてて無駄がない。

321 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/28(日) 21:56:57
日本人は天皇制の繭の中で無宗教の居眠りをしてるもんだから、
未だに神話史観から抜け出せない。イスラエル人も似たような
ところがあるらしいな。

欧米は、骨抜きにされたキリスト教+進化論的唯物論。アメリカじゃ、
原理主義が創造科学、と。

322 :考える名無しさん:2006/05/29(月) 00:53:03
くだらないスレだな



323 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/29(月) 18:07:26
北九州と大和地方には地名相似があるって話は昔したな。
検索すると、ソースと一緒に結構、ヒットするw

だんだん思い出して来たぞ。>>315の傍証は、北九州説の弱点として
投馬国の問題を提出してあるのを(P241)、大規模集落の跡が最近
見つかったことで矛盾しなくなったって話。

朝廷の一門が有明海の山門郡一帯から、畿内・大和に移住したのは、
やはり大陸や半島の政治情勢に圧迫されてだろうな。

324 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/29(月) 18:46:42
こういうネタもあるんだよな。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163558705/

325 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/06/10(土) 17:47:12
ああ、良いオンライン資料見つけ。本は食うに困って
古書店にウッパラしちまったからなぁ・・・。

ttp://www.nagaitosiya.com/a/japanese_buddhism.html

326 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/06/10(土) 18:27:26
えーと、中公バックスの年表・地図によると、
倭の五王の一人、倭王武が征東将軍の号を
大陸から授かったのが502年。

327 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/06/10(土) 18:33:09
ってことは、朝廷の畿内への移動は噴火とは関係なかったって
ことかな?

継体元年が507年。分かりやすいなぁ・・・。

328 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/06/10(土) 18:38:54
534年、「この頃、馬具がいちじるしく発達する。
工芸技術も盛んになる」。
若干の年数のブレはありそうだな。

536年、「河内、尾張、伊賀等の諸国の屯倉の米穀を
九州博多のほとりに運ばせる」(日本書紀)。

・・・難民の大量発生かな?

329 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/06/10(土) 22:50:56
えーと、記紀神話だと初代の神武天皇が日向(九州・宮崎)から
東征を始めたことになってんだな。

邪馬台国畿内説って、どう考えてもデムパだよな・・・。

330 :考える名無しさん:2006/06/21(水) 11:37:58
古美術商だったんでしょう?

331 :考える名無しさん:2006/06/21(水) 20:53:29
üé

332 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 01:20:38
Sage

333 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/08/16(水) 09:36:37
保守?

334 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 20:55:30
柄谷が小林の後継者と見る見方は正しい。日本の批評は小林の存在から哲学に対し、優位に立つようになったからだ。

335 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 21:25:32
>
日本の批評は小林の存在から哲学に対し、優位に立つようになった

ぷっくっく。ホントかね。いずれにせよ日本人同士のハナシだろ

336 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 21:50:01
小林といったら小林よしりん師くらいしか知らないけど、
この人本当に偉いのか?

337 :考える名無しさん:2006/10/10(火) 16:09:54
万葉集は4世紀から8世紀までの詩歌を収録してあるのでは といいつつ 小林秀雄になぜこれが? 小林秀雄を翻訳すると、どう評価されるか という設問はいい設問だ が 徒労だ とも思う

338 :考える名無しさん:2006/11/12(日) 16:02:07
定期age

339 :考える名無しさん:2006/11/12(日) 16:11:28
>>336
秀雄>>>>>>>|| 超えられない壁 ||>>>>>よしりん

340 :考える名無しさん:2006/11/13(月) 03:20:06
44:オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!
5/10/19(水) 21:48:55
この事件で、7〜8年前にジゴロ気取りの新福隆太(当時21歳、G習院大)が
同居していた5歳年上の愛人の女性に路上で刺殺された事件を思い出した。
女性のマンションに住ませてもらい生活費・遊興費などの金も
かなりの額を出してもらいながら、日常的に暴力を振るう、
二股(それ以上かも)かけている恋人への電話を女性の目の前でかける
(ここで文句を言えば暴力)など最低の奴であった。
で、その女性には懲役12年くらいの結構厳しい判決が下された。

45:オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!
5/10/20(木) 00:58:06

新福は、反町似のイケメンと書かれていたな。確か。
ホストのバイトをしていたこともあり、そこでこの女性と知り合ったとか。

48:オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!
5/10/21(金) 01:33:19
>>44
調べたら懲役10年でした。
加害者の女性の親が、殺されたジゴロ学生の親に謝罪に行ったら、
「お嬢さんにはくじけないでがんばるように...」って励まされたようですな。

341 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/11/20(月) 21:06:06
>>337
重要なのは編纂時期だと思う。主観主義的な歴史認識の横行に『感想』
解禁が利用されちまったからさ。


342 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/11/21(火) 18:45:01
天の岩戸神話がクラカタウ火山の噴火を背景にしているとしたら面白い話だな。


343 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 12:18:47
保守

344 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 05:31:21
小林秀雄は一言で云へばニセモノで、天才コンプレックスの俗物に過ぎない。
彼の云ふ天才とは中原中也や青山二郎なのだから笑はせる!


345 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 07:37:49
岩波文庫からベルクソンの講演集『思想と動くもの』てのが出てるが、これを読むと小林秀雄がベルクソンの何処に共感し、その思想を自らのものとしたのか、かなりよく解る。
この本で主張されているベルクソンの思考の一つに哲学的概念への反命題ってのがある→

346 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 07:43:47
→そうしてその姿勢はそのまま、概念にたいする持続、への眼差しに移行し得る。ベルクソンのその主張はそのまま小林秀雄の批評の書かれ方へ流れ込んでると言っていい。小林は批評する己の本質をおそらくベルクソン的な持続、とみなしたがった。→

347 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 07:48:04
→小林の批評の解りにくさはだから書く主体の解体が初めから為されている、そこが既に出発点とされている。そこにある。近代文学同人との座談会で「僕は馬鹿だから反省はしない。利口な人はたんと反省するがいい」と語ったのは有名な逸話だが、→

348 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 07:53:32
→ここでの非‐反省への定位はこの時点で考えられたものではないだろう。むしろ小林の問題意識を底辺から規定するものに違いない。
 小林秀雄が何者だったかについて、ベルクソンの存在は貴重だろう。

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