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日本の“無宗教”は一番自然な宗教か。

1 : ◆qoy3ATFjH6 :04/07/11 21:05
日本の国教は一応仏教となってはいるが、今日そんなのに縛られている
日本人ははっきり言って少ない。
一般家庭で、釈迦の誕生日「花祭り」をしますか?しませんよね。それどころか、
生まれてから死ぬまで、お宮参り、七五三、バレンタイン、クリスマス・・・。
多宗教国とも、無宗教国とも言われていますが、これってある意味一番自然じゃ
ないかな、と思うんです。

もし名前をつけるなら「人間教」・・・。一番自由に、人間らしく考えて、好きなこと
やってますからね、日本人って。クリスマスだって、「キリストの由来ある日だ・・・」
なんて敬謙に考えてる人なんて少ない。「わーいクリスマスだケーキだ雪だぁ♪」
これが一番多いと思いますw

皆さんは、日本の“無宗教”“多宗教”をどう思いますか?

2 :考える名無しさん:04/07/11 21:06
またぴかぁ〜か!!

3 :THE END.:04/07/11 21:07
宗教板があるでしょう!


4 :考える名無しさん:04/07/11 21:09
コトバを失うほどクダランスレだな。

5 : ◆qoy3ATFjH6 :04/07/11 21:09
すいません、しかし「宗教」という言葉を多用していますが、宗教とは関係ない、
思想の話と思ってここに立てましたが・・・。

6 :考える名無しさん:04/07/11 21:11
ぴかぁ〜なら、宗教なき国の宗教があるって言うんじゃないかな?

7 :考える名無しさん:04/07/11 21:13
>6 
ぴかぁ〜ってなんだ??

8 :考える名無しさん:04/07/11 21:16
つーか、「国教」ってなんだよ。
いつ、仏教に決まったよ。

9 :考える名無しさん:04/07/11 21:17
江戸時代の寺請け制度のときじゃない?

10 :考える名無しさん:04/07/11 21:22
なんか、国教=仏教なんていってる奴見ると
草加認定したくなるな・・・

11 ::04/07/11 21:22
国教・・・例えばアメリカのキリスト教のように。あるいはタイの仏教のように。
   その国で一番信仰人口が多い宗教を国教に定めるのが一般的。勿論例外有。 

12 :8:04/07/11 21:26
>11

じゃあ、日本の国教は神道。

無論、統計の取り方に異論があるのは承知している。

13 : ◆qoy3ATFjH6 :04/07/11 21:38
>12
ぅぁ!そっか。申し訳ない。断定的な発言をして御免なさい。(mm)

ちなみに、私は今無宗教です。祖父母は仏教ですが。
宗教的なものを生活の指針にしてはいませんが、あえて指針にしているもの
があるとするなら「道徳」です。

14 :考える名無しさん:04/07/11 21:39
季節によって違うんじゃない?

15 :考える名無しさん:04/07/11 21:40
>14
冬はクリスマスでキリスト教、春、桃の節句は神道、夏はお盆で仏教ってかw

16 :考える名無しさん:04/07/11 21:44
>>15

同様な考え方で

生まれたときはお宮参りで神道
教会で結婚式を挙げてキリスト教
死んだときは仏教でお葬式

ていうのがあったなあ。

17 : ◆qoy3ATFjH6 :04/07/11 21:46
>>16
そうそう、それです。好き勝手に色んな宗教の儀式をつまみ食いしてますよね。
ドレスが素敵だから教会で結婚wみたいな。

18 :考える名無しさん:04/07/11 21:49
宗教学やってる人いる?

19 :8:04/07/11 21:59
マジレスすると

日本人の大多数は仏教の教団に所属しているが
仏教を信仰しているわけではない。

顕著な例として
日本でも大衆的な教団である浄土真宗は、
霊の存在を教義的には認めていない。
しかし、その信者は、霊の存在を信じている。

生活規範としても日本の大多数の仏教教団は妻帯肉食であり
厳密な話をすると仏教と名乗っていいものか疑わしい。


20 :8:04/07/11 22:03
つづき

多数の日本人が自分を指して無宗教と答えるのは、
この矛盾に内心気づいているからだと思う。

しかし、これは信仰心、宗教心が無いというのとは
明らかに異なる。

私の持っている結論を言わせてもらうと
やっぱり、日本人は「神道」の信者なのだと思う。

仏教が入ってきても、キリスト教が入ってきても
都合の悪いところは捨てて八百万の神の一柱にされているんだと思う。

21 :8:04/07/11 22:18
さらに付け加えると

仏教やキリスト教などの創唱宗教は、
通常の道徳(社会規範)より一段高い(と信じられる)所に
教義を設定し、これを守らせようとする傾向があるが、

神道などの民俗宗教は、社会道徳を守っていれば十分であり
それ以上を求めない傾向が強い。

そういう意味でも1氏を含む多くの日本人は、
「神道的なもの」の信者と定義できるかもしれない。

22 :考える名無しさん:04/07/11 22:20
>私の持っている結論を言わせてもらうと
>やっぱり、日本人は「神道」の信者なのだと思う。

理由が不明。。

23 :8:04/07/11 22:29
>>22

15、16のような現状。
から
>仏教が入ってきても、キリスト教が入ってきても
>都合の悪いところは捨てて八百万の神の一柱にされているんだと思う。
という、結論を出した。

わかっているとは思うが、厳密な意味での「神道」の信者ではない。
21に書いているとおり仏教よりキリスト教より「神道的なもの」を
信仰心の基本に置いているという意味で「神道」の信者と結論した。

24 :考える名無しさん:04/07/11 22:36
もうなんでもありだな。
なんとなく日本人の宗教観を「神道的」と規定した上で
日本人の宗教観がどういうものか考えれば「神道的」になるのは当たり前。

25 :8:04/07/11 22:44
>>24

じゃあ君はどう考えているの?

俺は、なんとなく規定しているのではない。
いくつか例を提示して日本人の宗教観が
「仏教的」でも「キリスト教的」でもないと結論している。

「神道的」が嫌なら「民俗宗教的」でもなんでもかまわないが、
日本の民俗宗教を総称しようとすると神道的と言わざるを得ないと思うが?

それとも、24にとっての「神道」は明治以降の「国家神道」かい?

26 :考える名無しさん:04/07/11 22:55
>>25
>「仏教的」でも「キリスト教的」でもないと結論している。
それをもって神道的とも民俗宗教的な信仰をもっているともいえない。
>それとも、24にとっての「神道」は明治以降の「国家神道」かい?
と言うか、君にとっての”神道”が明治以降進行し続けている世俗化された社会に
なお宗教的要素が存在していることをもって「民俗宗教的」といっているに過ぎない。

27 :考える名無しさん:04/07/11 23:02
×なお宗教的要素が存在していることをもって「民俗宗教的」といっているに過ぎない。
○なお宗教的要素が存在していることをもって「民俗宗教的」といっているに過ぎないのではないか?

悪い

28 :8:04/07/11 23:08
>>26
じゃあ、君にとって現代社会に存在する宗教的なものとは
仏教やキリスト教、さらには神道的でもない全く新しいものなのだろうか?

俺は自分の乏しい知識と経験から民俗宗教的な流れは十分生きていると思っている。
次は君の説を聞きたい。

29 :考える名無しさん:04/07/11 23:19
>>28
>じゃあ、君にとって現代社会に存在する宗教的なものとは
まず、宗教的な物自体が現在ではほとんどなくなっていると言う事実は無視するべきではない。
>仏教やキリスト教、さらには神道的でもない全く新しいものなのだろうか?
神道や仏教やキリスト教やその他の宗教・オカルトの影響のもとに、
僅かに残る星占いや霊の信仰はあるだろうし、それは民俗学的対象となるだろうという意味で
民俗信仰といえるだろう。さらに言えば、実際に信じられていない、単なるお遊び的なものや
心理ゲームなんかも民俗学の対象となるだろうし、これは相当に勢力があるが、
これを神道と呼ぶのはばかげている。

30 :考える名無しさん:04/07/11 23:26
ちょっと文章が途中で飛んでるな。
このあとでかけないといけないんで急いでいてスマン。
このスレが消えなければ後でまたレスする

マイナーなオカルト信仰やクリスマスや初詣などの慣習を神道と呼ぶことを
正当化する理由は何か?
単に仏教やキリスト教と同一視できないことでは不十分。

>仏教やキリスト教、さらには神道的でもない全く新しいものなのだろうか?
仏教やキリスト教や神道の影響は受けているだろう、当然。
けれど、この世俗化された宗教的慣習化されたそれは、
前近代やましてや仏教以前から伝わる神道性にもとめることは
相応の正当化が必要。

君のいう神道的がきちんと定義されてないので無数の回答が必要とされる。
単に日本に残る宗教慣習

31 :考える名無しさん:04/07/11 23:37
1.占星術や血液型による性格判断などは民俗的であるが神道的だとは思っていないし、
これらが信仰心を規定しているとも思えないので当初から「神道」または「神道的なもの」
という表現にしている。

2.
>宗教的な物自体が現在ではほとんどなくなっていると言う事実は無視するべきではない。
この意見には明確に反対させてもらう。

何度もいうが、現代の大多数に日本人にある信仰心とは、
創唱宗教のように教義を規定しそれを信じ従う事ではない。

しかし、大多数の人は漠然と死後の世界を想像し、この世ならざるものの存在を信じている。
改めて問われれば「私は信じていない」と言うかもしれないが、

年に一度は神社に参拝し、自分以外のものに何かを誓う。
靴紐が切れればなんとなく不快だし、事故に生き残って生を実感すれば先祖に思いをはせる。
家を建てるときは地鎮祭をおこない、御札が倒れればよくない事の前触れかと心配になる。

信仰心は十分生きている。あたりまえすぎて気が付かないだけで
ずいぶん不条理な事で気にしたり心配したり安心したりしている。

32 :考える名無しさん:04/07/12 00:04
神道的なものを私なりに簡単に定義すると

「自然や祖先を一体とした八百万の神に対する信仰。」

そういう意味でオカルト的な占いなどはあえて省かせてもらう。
もちろん、純粋な神道というものは存在しないし、
神道の教義も存在しないから、
「神道的なもの」と言わせてもらっている。


33 :8:04/07/12 00:04
32は8ね

34 :考える名無しさん:04/07/13 13:50
>何度もいうが、現代の大多数に日本人にある信仰心とは、
>創唱宗教のように教義を規定しそれを信じ従う事ではない。
明示的に教義が規定されている必要はないが(創唱宗教でさえその協議を明文化することは不可能に近い)
いくつかの宗教的態度を「神道的」とくくるためには、その宗教的態度が一つの連関をなしており
しかも、神道的伝統の内になければならず。それが日本人にとって本質的であるためには
日本人にとって本質的でなければならない。つまり、仏教やキリスト教起源の伝統より本質的であることを示す必要がある。
たとえば、日本人がクリスマスを祝うことや結婚式がキリスト教的形式で行われることなどから、八百万の神の中にキリスト教の神が取り込まれた
と言うためには、その理由が単に宗教的伝統が衰退してファッションとして、異郷の習慣が楽しめるようになっただけでなく
神道的な伝統がその背景になければならないだろう。
(確か、クリスマスは明治期のキリスト教会が布教のため、異教徒の日本人も受け入れて祝ったことなどが、定着の大きな理由だったとどこかで読んだことがある)

>しかし、大多数の人は漠然と死後の世界を想像し、この世ならざるものの存在を信じている。
>改めて問われれば「私は信じていない」と言うかもしれないが、
冥福を祈って見せる、葬式に出る等の慣習的なものはあるし、遺体を粗末に扱う気にはなれないだろう
だが、それは必ずしも漠然と出さえ信じていることの根拠になるのだろうか?
そうは考えないからこそ、改めて問われれば「私は信じていない」と答えるんじゃないか?
君の視点からすれば、そう答えるのは彼らが愚かで、自分の信じていることさえ理解していない、となるのかもしれないが。

35 :考える名無しさん:04/07/13 14:23
>年に一度は神社に参拝し、自分以外のものに何かを誓う。
単なる慣習という側面があるし、何かを誓う日本人は少数派ではないだろうか?
何かをお願いする人のほうが一般的だろう。しかし、実際に願いがかなうことを期待している人がどれだけいるかは知らない。
>靴紐が切れればなんとなく不快だし、
完全に皆無ではない、ということを示しているに過ぎない。
また、黒猫構えを横切っても不快”かもしれない”。朝の星占いの運勢が悪くても不快”かもしれない”。
縁起が悪いみたいななものは、残ってなくもないけれど、君が神道的でないでないと言ったものと異質なものなのだろうか?
完全に皆無ではない、ということとの絡みで言うなら、誰かの使ってる茶碗が突然割れる等の
特殊な事例では不安にもなるだろうが、そういうめったにない事態やその起きた時期の生活の状態
が重なったときに、知識としてある「不吉な前兆」が頭をよぎって不安感が現れたとして
本人が否定しているにもかかわらず、普段から”漠然と信じていた”といっていいのだろうか?
>事故に生き残って生を実感すれば先祖に思いをはせる。
これはよくわからない。そんなものか?君がそうだという話じゃないのか?
俺の見聞が狭いだけ?
>家を建てるときは地鎮祭をおこない、御札が倒れればよくない事の前触れかと心配になる。
上に同じ
その手のジンクスや”信仰”はある程度現在しているだろうけど、
仏教起源や西洋起源や中国起源のものも多々あるわけだし、神道系のだけ出して
これが日本人にとって本質的というのは不適切だろう。
たとえば、昔この板で子供が「神様どうか、ポチを生き返らせてください」と祈るとき
複数の神を想定しそのうち誰かに祈っているというより、固有名詞的なニュアンスで「神様」といっているのではないか、
というレスがあったが、これが正しいとして、この一神教”的”な祈りよりも
「自然や祖先を一体とした八百万の神に対する信仰。」の方が根源的といえる理由は何だろうか?

36 :考える名無しさん:04/07/13 14:30
>神道的なものを私なりに簡単に定義すると

>「自然や祖先を一体とした八百万の神に対する信仰。」
これが自分を無宗教とみなす日本人が持っていると考える理由は?

37 :考える名無しさん:04/07/13 16:22
>>32 >>36
祖先崇拝は中国の影響。
日本にあったのは氏神。
ただし、現在では祖先崇拝も神道に混合しているがね

38 :36:04/07/13 16:57
これが自分を無宗教とみなす日本人が持っていると考える理由は?

これが自分を無宗教とみなす日本人の宗教的態度の本質だと考える理由は?

39 :考える名無しさん:04/07/13 20:36
無の宗教。

40 :8:04/07/13 20:58
正直言って議論を枝葉末節に持っていきたくない。
例外はどこにでもあるし、完璧な日本人のサンプルなど存在しないからだ。

神社に参拝する事を大多数の日本人は宗教的行為と考えず、
自分は無宗教であると考えている。
しかし、他の排他的な宗教の信者から見ればこれは明確な宗教行為である。

>君の視点からすれば、そう答えるのは彼らが愚かで、自分の信じていることさえ理解していない、となるのかもしれないが。

私は彼らが愚かだとは思わないが「あたりまえすぎる事」の本質が何かを気が付いていないのは確かだ。

君は、現代日本人の宗教観(信仰)を既定するものが「神道的なもの」という私の主張に
反対のようだから改めて意見を聞きたい。

1.現代日本人に宗教(信仰)は残っていると思うか?

2.残っているとしたらそれは何か?

あと
>「神様どうか、ポチを生き返らせてください」と祈るとき
↑私はこれを一神教的な祈りと思わない。

>>37
「神道的なもの」と私が言ったのは日本特有と意味ではない。

41 :36:04/07/15 16:42
>>40
>正直言って議論を枝葉末節に持っていきたくない。
どこら辺が枝葉末節だと思った?
正直、こちらからすると君のあげている例の方が特殊だったり恣意的に見えるから
批判しているだけで。
>例外はどこにでもあるし、完璧な日本人のサンプルなど存在しないからだ。
神社の例でも、むしろそっちの方が一般的じゃないか?、と言っているんであって
少数の例外も無視するな、といってるわけじゃないよ。
枝葉末節にこだわって大局が見えないのもよくないんだろうけど、
あんまり深く考えないで適当に、結論を出すのもよくないよね。俺も深く考えてるとは言い難いけど。
>しかし、他の排他的な宗教の信者から見ればこれは明確な宗教行為である。
別に神社に参拝している以上、神道の信者とみなしてもいいんじゃ?
と言われたのなら特に反論はしない。別にそうみなしてもいいと思う。
ただ、君の主張は日本人の信仰心が本質的に神道的なものである、という内面的な問題に関するものだよね?
日本人が”本質的には”仏教の信者ではない、という事が許されるなら
そんな理由は神道の信者であることの根拠にはならないと思う。


42 :考える名無しさん:04/07/15 17:03
>>40
>1.現代日本人に宗教(信仰)は残っていると思うか?
>2.残っているとしたらそれは何か?
これには前も答えたが遠まわしすぎたようなので、答えなおす。
これは信仰の定義にもよるけれど、”残って”いるとみなすことは不可能ではないと思う。
ただし、世俗化されて大規模な宗教的社会制度が周囲から消失していった中で
神道や仏教やキリスト教と言った様々な伝統からなるものが、ばらばらに内面に入っていて
一つの統一体をなしていはいない、と考えている。
その根拠として、日本人の多くが日本人のことを宗教的にいい加減だ、と考えていることを上げてみよう。
「八百万の神々」への信仰が、根底にあって他を規定しているのではなく、
何か名指しされるような本質なしに、断片化され周縁化された”信仰”の集まりを持っているに過ぎないことを
自分自身を振り返って見るに、理解しているからこそ、そういうのだろう。
だから、「君のあるとしたら、それは何か」という問いの立て方自体が間違っていて
>私は彼らが愚かだとは思わないが「あたりまえすぎる事」の本質が何かを気が付いていないのは確かだ。
彼らの方が、よほど自分達のとことをよく把握していると思う。
>>「神様どうか、ポチを生き返らせてください」と祈るとき
>↑私はこれを一神教的な祈りと思わない。
そう祈るとき一神教の神に祈ってる、と考えているわけではないだろうね。
でも、八百万の神に祈っているわけでもないだろう。

43 :考える名無しさん:04/07/15 17:04
>>40
>私は彼らが愚かだとは思わないが「あたりまえすぎる事」の本質が何かを気が付いていないのは確かだ。

>>「神様どうか、ポチを生き返らせてください」と祈るとき
>↑私はこれを一神教的な祈りと思わない。
出来るだけ理由も書いてくれると助かる。

44 ::04/07/28 05:15
日本人の民族的特質を考慮すれば、無宗教が自然であると言えない事もないだろう。
日本人の民族的特質の根幹は言うまでもなく世間による個人の呪縛である。
ゆえにそれぞれが独立した社会的存在に昇華される事ははなはだ困難である。
世間の人々との情的結託がいつまでも視野に入っているから、それ程結びつきがつ
よいのであるが、形式的な部分が大きい。
それが世間による縛りである。そして簡単に1が多になり、逆もである。
ゆえに秩序を維持・統制するための利便的な機能である宗教が日本人に今づくわけがない。
日本人の秩序は世間性によって構築される所が大きい。それほどに個が抑圧されやすい
のかもしれないが。

45 :考える名無しさん:04/07/28 11:33
なんか、これまでの議論で宗教学的なアプローチがあまり無いのが気になる。
哲学板だからそれはやむを得ないのかもしれないが、
これまでの宗教現象学や宗教社会学等の研究を反映した議論を望む。

46 :考える名無しさん:04/08/08 21:13
コジェーヴ嫁。

47 :考える名無しさん:04/08/08 21:25
>>45
たとえば?

48 :考える名無しさん:04/08/08 21:30
>1
日本人の無宗教・多信仰の伝統は聖徳太子の哲学に端を発します。
詳しくは堺屋太一さんの『日本を創った12人』を参照のこと



49 :考える名無しさん:04/08/08 21:53
「人間教」というより「自然教」じゃないの。
自然の恵みに感謝し畏敬の念を持つ、というか、人間なんて所詮は
自然の一部、というか。言葉(理性)を過大視しない、とか、
「進歩」よりは「循環」がしっくりくる、とかもその結果。

体系的な哲学に欠けていて、確かに欠陥も多いが、これからの時代には
マッチしていてなかなか悪くないと思うが。


50 :考える名無しさん:04/08/09 10:21
自然科学がここまで発達しているのに
循環思想のわけないよ

51 :考える名無しさん:04/08/18 12:22
つかよ、
ある宗教を信じてる奴にとってはそれが自然で、
別の宗教を信じてる奴にとってはそれが自然で、
互いに比べたら、互いに不自然だろ?

一番なんてあるのかよ?

52 :考える名無しさん:04/09/02 02:19
 

53 :考える名無しさん:04/10/30 08:32:17
宗教観に違い。

54 :考える名無しさん:04/11/05 16:20:28
日本はただのチンコマンコ崇拝国。

55 :考える名無しさん:04/11/05 18:08:16
>>45 オマイラに知恵付けてやっても、何の得もないからな。(笑
自分で調べて考えろや。

56 :考える名無しさん:04/11/05 18:11:26
イザヤ・ベンダサン(山本七平)でも読めよ。
すでに結論は出てる。

57 :考える名無しさん:04/11/06 12:32:43
>>1
「自然」なんて言ってるが、現代の日本の見た目に宗教色が比較的薄いのは、
明治政府が徹底的にそれを破壊したから。
全然、自然なプロセスじゃない。

それまで数万はあったムラという共同体の神社を
明治政府が国家神道の布教のために2千にまでその数を減らし、
同時に仏教的な装飾はすべて破棄された。

その際、学校教育において、散々クリスト教会をモデルとして
偶像をご真影に、司教の説教を校長の訓話に当てはめて
崇拝感情を培おうとしてたクセに
「国家神童は宗教でない」と詭弁を吐いた。

このことに反発した当時の宗教者・知識人が弾圧される事件が起きたから、
他の宗教関係者らは保身のためにその主張を認めざるを得なくなった。

つまり、この時代に「宗教」や「信仰」という言葉の意味が
無理矢理つくり変えられたわけ。

つーかそもそも
>一番自由に、人間らしく考えて、好きなことやってますからね、日本人って
この外国を差別する意識がおかしい。
別に他の国の特定の宗教をもつ人間だって、人間らしく考えて好きなことやってる。
現地の人々を見れば一発でわかることなんだけどね。

58 :考える名無しさん:04/11/16 16:07:14
神を絶対的な幸福者と仮定したら、
絶対的な不幸とはどんな風に定義付け
られるだろう。

59 :考える名無しさん:04/11/16 16:28:02
その仮定が間違っているので何も言えない。
悪魔とでもしとけば?

60 :考える名無しさん:04/11/16 16:37:09
>>58
その仮定でいくとしたら、
不幸なものなんていない、と言うことになる。
逆に神が絶対的な不幸だとしたら、
幸福なものなんていない、と言うことになる。

61 :考える名無しさん:04/11/17 12:01:51
テレビが心霊写真とかを騒ぎ立てるのは仏教の影響じゃないのか?
見るたびに下らないと思うんだが

62 :考える名無しさん:04/11/23 13:15:01
心霊写真はアメリカのスピリチュアリズムが起源。

63 :考える名無しさん:04/11/23 18:32:09
宗教なんか信仰したってマイナスしか無いんだ
日本人はそれに気づいたから頭がいいんだよ

64 :考える名無しさん:04/11/23 19:14:53
日本でニーチェの「神は死んだ」って言葉はそれほど衝撃的ではないからな

65 :哲子:04/11/23 19:16:09
>>64

日本では「死んだら神様よ」ですね。


66 :二酉:04/11/24 01:35:41
>>65
死人が神様に祭られるのは神葬のときだけでわ。
神様と仏様は違うよ。神様にはご利益があるけど、仏様は基本的にストーカー
・・・じゃなくって見守ってくれるだけ。

67 :哲子:04/11/24 17:48:11
>>66

ホントの仏教なら死んだら仏様じゃないね。
即身成仏、娑婆即寂光土のほうがブッダに近い。

68 :考える名無しさん:04/11/24 20:02:44
日本人は無宗教でなく多宗教。原始的な信仰形態をいまだに引きずっている。
それは無意識の信仰であって、意識化された信仰がいわゆる宗教と呼ばれる。
その意味では宗教以前の段階に停滞している。

69 :考える名無しさん:04/11/25 23:58:56
教会のマリア様も八百万の神

70 :考える名無しさん:04/11/26 00:21:37
まあ、カトリックの場合、神は一人でも、八百万の聖人、天使、その他諸々
があるな。

71 :考える名無しさん:04/11/26 01:33:57
>>56
『にせユダヤ人と日本人』でも読んどけ

72 :考える名無しさん:04/11/26 07:20:17

日本人の神は他人だよ、お世間様に、人様 迷惑は掛けちゃ駄目だと

73 :哲子:04/11/26 08:45:58
「おてんとうさま」が神様という人々がだんだん
 少なくなってきた、今日この頃です。


74 :考える名無しさん:04/11/26 09:42:48
うちなんて神棚にヨン様だよ

75 :考える名無しさん:04/11/26 13:23:01
神なんて死んでいいよ

76 ::04/11/26 20:47:10
っとまあ
このように神を冒涜するような分を羅列してもバッシングを受けないあたりが、日本の健全さなんだろうな


77 :考える名無しさん:04/11/26 20:53:37
ほんとに神様がいるんなら冒涜者をバッシングする必要なんかないもんな。

78 ::04/11/26 21:01:55
>>77
うぉ!
確かにそのとおりだw

79 :無署名:04/11/26 21:20:59
日本人には、あらゆる外来の宗教(仏教、儒教、キリスト教)を作り変える力がある。
孫引きで正確でないが、芥川龍之介の言葉。
その根底には、聖徳太子以来の「言霊(ことだま)」信仰がある。井沢元彦氏による。

80 :考える名無しさん:04/11/26 23:26:59
世界には今だに宗教を信じてる遅れた国が多い。こういう迷信から抜け出した精神先進国は日本くらいしかない。


81 :考える名無しさん:04/11/26 23:28:51
>>80
キリスト教原理主義に侵されつつあるアメリカ、やばい!

82 :二酉:04/11/26 23:29:21
という宗教もあるよ、というお話だったのさ(AA略

83 :考える名無しさん:04/11/26 23:31:26
日本は無宗教だから倫理も一貫性もない変な国
日本人はそれで満足かもしれんが世界からは永久に変な国としか思われんだろう

84 :考える名無しさん:04/11/26 23:34:22
何かの本で読んだけど、西洋の人は日本人が無宗教と聞くと、
「宗教がなくてどうやって子供に道徳を教えるんだ?」と疑問に思うらしい。

85 :考える名無しさん:04/11/26 23:37:53
でも実際は無宗教と言っときながら宗教の影響を受けているんだよな。
ただそれが宗教観念だと知らないだけで

86 ::04/11/26 23:47:39
>>85
特定の宗教にこだわらないというのは無宗教と言えなくも無いのではないだろうか?
正月に神社
盆には寺
クリスマスには賛美歌
これで何か信じていると言えるのか?
日本人の宗教観は「信じる」ではなく「利用する」なのでは?
日本人の宗教って基本的にお祭りだしね

87 :考える名無しさん:04/11/27 00:34:46
>>84
哲学があれば宗教がなくても道徳を教えられるさ!定言命法!

88 :考える名無しさん:04/11/27 00:46:55
カント万歳!
でも無宗教では実践理性の3要請が満たされない……

89 :考える名無しさん:04/11/27 00:57:24
>>84
たぶん新渡戸稲造の「武士道」だろう。

俺は、日本の宗教っていうのは「カミ」だと思う。それを「神」と言ってしまうと
誤解が生じるんだけどね。「お上」とかの「カミ」と「神」っていうのはあまり
区別のない言葉で、天皇=「お上」=「神」という図式だったわけだ。

90 :哲子:04/11/27 19:22:03
「苦しい時の神頼み」だから「ああすればこうなる」で
過ごせる日常は科学万能であり宗教の出番がない。
藁にもすがりたいとき藁より「神」がまし、と思うのではないか。
宗教なんてそんなもんだろう。

91 :考える名無しさん:04/11/28 13:33:03
向こうの宗教学ではまさに「自然宗教」と呼ぶ

92 :考える名無しさん:05/02/19 15:16:01
犬や牛には色覚が無い。彼らは色の無い白黒の世界に住んでいる。
もし突然変異で“色が分かる犬”が現われて
「色ってのはこういうものだよ」
と仲間の普通な犬に教えたとしよう。
仲間たちはどんな反応をするか? おおよそ見当は付く。
「ハァ? 色? んなもんあるわけねーだろ。おまえバカか(プゲラ」

・・・しかし、現実に色は存在している。

犬→人間、色→超感覚的な世界、と置き換えていただきたい。
超感覚的な世界の存在を否定することはできないと俺が思うのは
こういう理由からである(証明もできないけどね)。

93 :考える名無しさん:05/02/19 15:23:28
むしろ、宗教が必要とされるまでに条件がない国と考えられないだろうか。
宗教が保障している社会制度や地理の密集性が既に合意を形成しているのだ。

94 :マトン:05/02/21 23:08:16
>>92
白黒でも濃淡はあるでしょうに、んで、その濃淡を色として話が合致するだけ
葡萄ってのはこういうもんだよって言われて、想像するものが巨峰とハニーブラックの違いであっても話がかみ合うのと一緒

95 :考える名無しさん:05/02/22 21:44:51
>>84
道徳は人に教わるものじゃありません(byプラトン)

96 :考える名無しさん:2005/04/19(火) 23:10:10
私は無宗教ですという宗教

97 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 14:07:04
>>1
>日本の国教は一応仏教となってはいるが、今日そんなのに縛られている
>日本人ははっきり言って少ない。
>一般家庭で、釈迦の誕生日「花祭り」をしますか?しませんよね。それどころか、
>生まれてから死ぬまで、お宮参り、七五三、バレンタイン、クリスマス・・・。
>多宗教国とも、無宗教国とも言われていますが、これってある意味一番自然じゃ
>ないかな、と思うんです。
>もし名前をつけるなら「人間教」・・・。一番自由に、人間らしく考えて、好き
>なことやってますからね、日本人って。クリスマスだって、「キリストの由来
>ある日だ・・・」なんて敬謙に考えてる人なんて少ない。「わーいクリスマスだ
>ケーキだ雪だぁ♪」これが一番多いと思いますw
>皆さんは、日本の“無宗教”“多宗教”をどう思いますか?

この質問に関しては次のような視点ないし論点があると思います。

1.日本の宗教ないし、宗教行事のルーツ
2.宗教なしでよいか。道徳が宗教の代替となり得るか。
3.現在の日本の無宗教と思われる状況は何のためにあるか。

98 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 14:28:43
1.日本の宗教ないし、宗教行事のルーツ

(うろ覚えの知識で申し訳ありません。スウェーデンボルグを一応の
 論拠としていますが、私の独断が大半とお考えください。)

まず、1に関してですが、まず宗教のルーツは神からの啓示によるという
ことです。そして古来神はカナンの地一帯に啓示を垂れました。なぜなら、
そこはユーラシア、インド、アフリカを繋ぐ要衝の地だからです。
そこから宗教は各地に伝播されて行きます。旧約聖書の前にも啓示された
書はあり、「戦いの書」とか「ヤシャルの書」などと言うそうです。

神は人類を無宗教にすることはなく、どの民族にも宗教を持たせます。
それはその地から伝播したのです。たとえば「殺すなかれ」「盗むな
かれ」など十戒に類する宗教的戒めはどの民族、どの宗教にもあり、
ダッタン人の地にもそれがあるとスウェーデンボルグは言います。

99 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 14:32:54
ちなみに「十戒」の「十」には「すべての」「凡ゆる」「完全な」と
いう意味があります。「十全な」という表現があるのは御存知の通り
です。

100 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 14:56:43
ですから、宗教のルーツは同じであり、同じ唯一の神、すなわち「創造主」
を礼拝するものです。
しかし、人はそれが同じ神であることを知らなくなり、民族ごとに違う
神であると思うようになります。それが多神教の発生する原因でもあり
ます。ヘブライ民族は一神教と言われますが、そうではなく、多神教
そのものだったようです。なぜならヤハウェ(エホバ?)、シャッダイ、
等々かれらは神をたくさんの名で呼び、氏族ごとに神があり、あるいは
自分達の役に立つ神を礼拝し、エホバもその中で最も強い神として
選ばれただけだったようです。

101 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 15:29:35
キリストは仏教徒

102 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 15:37:18
宗教は世界各地で別々に生まれた。だからみんな異なっているわけだ。

したがってどの宗教が起源ということはない。ある宗教が世界に伝わったと主張するのはその宗教がイカサマである証拠である。

103 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 15:42:42
宗教てのはその土地の風土に強く影響されるんだよ。
例えば厳しい気候のアラブでは結束力を固めるために戒律の厳しいイスラム教って感じ。
自然豊かな地域じゃ多神教というか精霊信仰が生まれたんだろうね。
人間はちっぽけな存在と感じるか特別な存在と感じるか。

>>97-100
実に都合の良い解釈ですねw
カナンの地とやらから宗教が生まれて広まるまで、その他の地域にゃ
宗教は無かったというんですかい?(・∀・)ニヤニヤ
>たとえば「殺すなかれ」「盗むなかれ」など
>十戒に類する宗教的戒めはどの民族、どの宗教にもあり
宗教とか関係無いだろw
まぁ何言っても馬耳東風だろうけど。

104 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 17:00:19
また、多神教の発生する原因は、神を人間からの外観によって怒れる神
とか、優しい神とか呼び、あるいはその神の持つ特性により、すなわち、
愛の神、知恵の神、等々と呼ぶことで不変の唯一の神がついには複数
存在することになってしまうことによります。
ギリシャ神話、ヒンズー教の神々、日本の八百万の神はその例と思われま
す。あるいは、当初のエジプト象形文字もそれぞれは神の特性を表す意味
を持っていたのですが、時代が降ると、エジプト人自身にもその意味が
分からなくなり、それぞれが神であるかのように思うようになったとの
ことです。

105 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 17:08:31
まあ、無神論の人からすれば、神も宗教も人間の想像の産物ということ
になりますから、神がたくさんいようが、同じ神でなかろうが、どうでも
よいことであり、神がそれぞれ異なることは当然のことと考えるでしょう。

106 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 17:19:35
しかし、神の存在を確信する者からすればやはり神は唯一の存在なの
です。なぜなら神は万物の創造主であり、人類の創造主ですから、
民族が違おうが、肌や髪の色が違おうが、人間としての仕様としては
同じなのですから(結婚すれば子供が生まれます)、同じ唯一の創造主
によって人類は創造されたと考えるのは自明の理です。

107 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 17:24:24
ところで、宗教や神を信ずると言いながら、互いに争いとなるのは、
本当は神を理解していないし、信じてもいないからではないかと
思います。本当に神を信ずるなら、すべては本来、同一の神である
ということは当然の帰結です。

108 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 18:19:52
しかし、神に対する理解が薄れてしまう度に、神は人間が亡びるのを
防ぐために、カナンの地に預言者を通じて啓示を授けます。
なぜなら、人間自身のもの(プロプリウム)は本来悪であり、真の神や
宗教を離れては、互いに殺し合いとなり人類は滅亡してしまうからです。

そして、ついに神は霊的に退化してしまった人類を救うために、御自ら
肉をまとい、人間となって降られたのが主イエス・キリストです。
つまり、主イエス・キリストは父なる神、唯一の創造主エホバその方で
した。(しかし、これは本題とは関係ありませんでした・・・。)

109 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 18:28:04
ところで、「日ユ同祖論」(つまり、日本人とユダヤ人のルーツは同じ
とする説)に関する本を読んだ方は御存知かと思いますが、確かに
日本の宗教的諸行事が古代イスラエルのものとよく似ている点は
多々あります。私は日本人とユダヤ人の民族のルーツが同じとは思いま
せんが、宗教的諸行事が時間をかけて伝播して行ったのであろうこと
は認めます。

110 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 22:31:02
さて、いくつか共通するものをあげてみましょう。
まず、一番に注目されるのは神社の祭礼の際の御輿し(みこし)です。
これはイスラエルの民が神からいただいた十戒の石版を入れて荒野の中を
運んだ聖櫃(アーク)を意味しているのだろうと思われます。御輿が
途中で川や海に入ったりしますが、これはヨルダン川を渡って、カナンの
地に入ったことを意味します。カナンの地とは天界を意味しています。

111 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 22:38:48
次に、伊勢神宮などに見られる、屋根の骨組み、何と言うのか知りま
せんが木が交差して剥き出しになっている、神社のあの屋根です。
あれは、聖櫃を収める幕屋を意味していると思われます。まさに
テントそのものから来た形です。砂漠の移動を一時中断して留まるとき、
彼らは聖櫃を幕屋に納めたのです。

112 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/03(火) 22:52:46
伊勢神宮が20年ごとに社を替える(遷宮)そうですが、これは
イスラエルの民がモーセに導かれ、荒野を40年間さまよって、
カナンに地に入ったことを意味していると思われます。さまよう
度に幕屋はあちこちに移されていったのです。
40とは試練を意味する数字です。そもそもイスラエルの民とは
霊的な人間のことを意味し、エジプトとは自然的な状態、地獄の
状態を意味し、そこを出ることは人間が誤謬から抜け出ること、
そして荒野を彷徨うことは試練を意味、カナンは天界、すなわち
人間の再生した状態を意味しています。つまり、イスラエルの
歴史は人間の「再生」の物語を表象しているのです。
2倍、3倍された数字はもとの数字と同じ意味を持ちます。
従って、20は40と同じ意味を持ち、20年で遷宮することは
40年の荒野の彷徨(試練)と同じことを意味します。

113 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 22:53:18
ごほうびに これを とてもおいしい
http://vimon.ld.infoseek.co.jp/FarEast_of_Latin/index.html


114 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/03(火) 23:17:40
確か伊勢神宮の石灯篭にはダビデの星が刻まれてるんだよ。
違ったっけ?

115 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 23:35:25
ダビデの星が、いつの時代から使われ始めたか?が、問題。

116 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/03(火) 23:51:26
>>115
なるほど。
日ユが同祖云々って話は、確かシーボルトあたりから始まるんだよ。
その幕末〜明治の日ユ同祖論に影響されて、伊勢神宮がダビデの星を
石灯篭につけちゃった、というのは、ちょっと考えにくいけどね。

117 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 12:32:02
違う、ユダヤ教がダビデの星を使い始めた時代。ちなみに聖書はbc3世紀に完成したと聞いてる。

118 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 13:15:56
聖書にでてくるノアの話なんかはメソポタミア神話からの借用だな


119 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 13:23:21
じゃあ、著作権法違反か

120 :うあああ:2005/05/04(水) 14:03:36
大抵の日本人は「あのことは笑って水に流そう」などに代表される
神道由来の「穢れ信仰」に染まっていることに、気付いていない。

無宗教?はぁ?魂や自由意志を信じているのに?馬鹿?

121 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 14:11:09
>>120
「笑って」はいらなくねーか?

122 :うあああ:2005/05/04(水) 14:12:32
鋭いな>>121。そのとおりだw

123 :うあああ:2005/05/04(水) 14:18:15
ハレとケ。非日常と日常。
花見や月見、正月やクリスマスやバレンタインなど、日本人には
他の民族に比べ、非日常を好む傾向がある。

眺めて楽しむために桜を植えるなどという非合理的行動が、
日本人の宗教でなくて何なのか。

たった1度の失敗でエリートコースから脱落する官僚たち。
それが穢れ信仰。
日本人の心にべったりと染み付いて、名前で呼ぶ必要も無いほど
常識に混ざり合って存在する、日本の宗教だよ。

124 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 15:38:25
> 日本人には 他の民族に比べ、非日常を好む傾向がある。

その根拠ってあります?

125 :うあああ:2005/05/04(水) 17:08:25
>>124
盆(仏教)と正月(神道)とクリスマス(キリスト教)を祝う分別の無い祭り(非日常)好き。
花見、月見、紅葉狩りなどに代表される自然の非日常に対する信仰。
初物、赤飯などに代表される非日常をありがたがる風習。

同様に、相撲の女人禁制に代表される「血を嫌う」信仰も、日本人を特徴付けている。

126 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/04(水) 22:19:33
>>113
有難うございます。全部は食べきれませんでした。人のものを読むのは
大変です。自分のものも人にとってはそうだろうなと考えた次第です。
>>114
確かそう指摘されています。皇室の菊の紋章と同じものがエルサレムの
神殿の門にあるというのも読みました。


127 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 22:22:07
つーか、「国教」ってなんだよ。
いつ、仏教に決まったよ。



聖徳太子のころ。飛鳥時代

128 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 22:22:59
仏教は神道より上

飛鳥時代から。

129 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 22:23:50
大化の改新


130 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 22:26:04
みんな、死んだら寺逝って御経で送られ墓に入る。お線香。



131 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 22:26:24
仏壇って高いよな。


132 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/04(水) 22:37:28
>>125
正月は神道というご指摘ですが、実はこれも旧約聖書に似たものが
あります。出エジプト記の「過越し」の箇所です。

「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。」12・2
 (・・・年の初め、正月)

「あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守る
 べき不変の定めとして祝わねばならない。七日の間、あなたたちは
 酵母を入れないパンを食べる。」12・14−15
(・・・餅?)

「酵母を入れないパンを苦菜を添えて食べる」12・8
(・・・七草粥?)

「その夜、主は、彼らをエジプトの国から導き出すために寝ずの番を
 された。それゆえ、イスラエルの人々は代々にわたって、この夜、
 主のために寝ずの番をするのである。」12・42
 (・・・・大晦日?)

133 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/04(水) 22:46:25
>>131
ネットで仏壇仏具をいろいろ調べてみたんだけど、創○学会用の仏壇なんか、
驚くほど安い。なかには数千円なんていうのもある。
デザインも新婚家庭用? みたいなファンシーなものがあったりする。
是非を問うのはやめておくけど、他の宗派より需要はあるんだろうなあ。

134 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/04(水) 22:48:05
また、過越しの中に、子羊を屠り、その血を取って、家の二本の柱と鴨居に塗る、
その血を見たならば主はあなたたちを過ぎ越すとあります。(12・7、13)
113氏ご紹介のHPには神社の「鳥居」は十字架から来ているとあったかと
思いますが、「鳥居」がしばしば赤い色をしていることを考えると、ここから
来ているのかもしれません。

135 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/04(水) 23:05:19
過越しの祭りとは、イスラエルの民がエジプトから脱出する際、主
がエジプトを討ち、彼らをそこから導き出したことに感謝を奉げる
祭りで、これを年の初めの月と定めています。スウェーデンボルグ
は、過越しの霊的意義は、主の現存によって私達が地獄の誤謬から
解放され、「再生」を開始することを意味していると言います。

136 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/04(水) 23:16:37
確かにそれは大きな出来事であり、過越しの祭りがユダヤ教で
恐らく最大の祭りであり、我が国でも「正月」が年中行事の中で
も最も重要な地位を占めていることと極めて符合しています。
その後彼らは過越しの祭りには国中からエルサレムの神殿に登りました。
私達もお正月に初詣をする習慣がありますが、これも共通しています。

137 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/04(水) 23:36:00
また、過越しの祭り(除酵祭)を含めて年に3回の祭りを定められます
(出エジプト記23・14)。後の二つは初物を刈り入れる刈り入れの
祭り、畑の産物を取り入れる取り入れの祭りです。
それらは皆、スウェーデンボルグによると、人間の「再生」の各段階
に相応し、そのことを主に感謝するという霊的意義を持っています。
日本の夏祭り、秋祭りも恐らくこれと関係があるのではないかと
思われます。

138 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 23:54:04
おそらく日本の夏祭り、秋祭りがユダヤ教に伝わったんだろうな。ユダヤ教の起源は日本の神道だからな。

139 :考える名無しさん:2005/05/05(木) 07:52:58
日ユ同祖論が正しいか正しくないかは別としてこれを政治的に利用しちまえばいいんじゃね?
小泉首相が「日本人とユダヤ人は元は同じ民族です」って言えば、世界的にセンセーショナルになり
日本人の多くがそう言い張れば、世界の日本人に対する考え方も大きく変わると思う。

140 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/05(木) 23:55:02
>>138
・・・!!
さて、神殿とその庭(二重の庭)が3重になっている天界を現しているそうで
すが(出エジプト記27・9、スウェーデンボルグ・天界の秘義9741)、神社
の構造も恐らくそこから来ていると思われます。幕屋に似た社の構造のみならず。

141 :考える名無しさん:2005/05/05(木) 23:58:27
日本人がテロの標的になる。やめれ

142 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 00:05:42
ところで、天狗と山伏は似ています。天狗は当時日本に来た、あるいは
中国にいたユダヤ人(ユダヤ系の白人)であった可能性があります。顔が
赤く、鼻が高い点が強調されています。山伏が頭につける小さな帽子のよ
うなもの、「ときん」と言ったかと思いますが、それはユダヤ人が聖句の
入った小さな箱をひもで頭に付けるのとよく似ていると指摘されています。
また、山伏の衣装に千鳥格子の柄がありますが、それはあの故アラファト
議長の頭巾(?)の柄そのものです。

143 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 00:15:28
また、「平安京」という名は「エルサレム」(平安の都)と同義
なのだそうです。平安京を設計したと言われる秦氏は大陸から来た
ユダヤ人であった可能性があります。他にも、京都の大避神社
(すみません、本当はしんにゅうがありません)の大避はダビデ
の意味である、とか、そこにある(?)井戸の名が「いさら井」
(イスラエル)という名であるなど、他にも色々あるようです。

144 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 00:17:53
なんか学研のムウ・シリーズみたくなって来たな。


145 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 00:18:38
ユダヤ教の顔中にヒゲを生やしてるやつは山伏そっくりだな。あれはおそらく日本にいた山伏がイスラエルに渡って日本の神道を伝えた証拠だな。これがユダヤ教の起源である。

146 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 00:25:12
ユダヤ教の「シナゴーグ」というのも日本の「品川」がなまった言葉で、これはモーゼが品川出身である証拠である。


147 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 01:15:20
なんか男塾の民明書房より抜粋ってかんじがするな。

148 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/05/06(金) 01:19:30
ダビデの星、六芒星で思い出されるのは「籠目」である。
では、ここで「かごめうた」の謎について考えてみよう。

「かごめ、かごめ」
 これはユダヤの預言者に託された預言である。
「かごの中の鳥は、いついつ出やる」
 救世主は、いつ現れるのだろう。
「夜明けの晩に」
 夜明け前の、最も暗い闇の中からその救世主は現れ、
「鶴と亀がすべった」
 やがて鶴と亀とが支えるこの大地を統べるだろう。
「後ろの正面」
 裏日本から正面に臨む朝鮮半島、そこに現れる救世主とは、
「だあれ」
 いったい誰だろうw

149 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 01:21:02
おお、ハニンニバルの浦島太郎か・・・。


150 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 01:21:50
助けた亀に連れられて、竜宮城に行くがいい・・・。


151 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 02:13:43
小ヨハネはどうしたのかな?


152 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 06:37:52
イエスは言いました
キリスト教は邪教です、と。

153 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 13:54:02
それを聞いた信者はこう言いました。

オー!イエス!

154 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 14:26:45
おぉ、(どうしてしまわれたのですか)、イエス。



Oh! Yes!

か。

155 ::2005/05/06(金) 14:45:05
俺は「無宗教」とかはおかしいと思う。他スレにも書いたが何かを判断するには基準がいるだろう??
>>1も世界各国の宗教の多さを基準にしているだろう?人が何かを奉り、敬うのはごく自然の流れと思う。それは歴史が証明している。結論を言えば無宗教は普通じゃない。って事だ。少数派だからな。
だが世界で宗教が普及しているから必然的に「無宗教」がでてきたのかもしれないな。ちなみに俺はその「自分教」だw自分しか信じない。寂しいやつさ(泣)

156 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 15:31:30
日本の「多宗教的無宗教」な日本文化は
日本人の依存性多重人格気質が作り出した病的な文化です。

157 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 16:39:11
  日本の無神教というべきものだね
神はほんとはいないと考えるのはいいんだけど,人類の各信仰の神はすべからく意味がないと,間違って信じてるところが無神教の所以

158 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 16:43:22
>152
イエスでななくてニーチェが言ったんだと思う。

159 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 16:53:59
日本人特有の「長いものには巻かれろ」と言うような
自分の主義主張にはこだわらない、自分の立場や考えと言うものは
一時的に横に退かして置けるという性格がおもしろい。


160 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 18:19:48
社会が意識を生む。

脳細胞の複合体としての社会が意識を生むように、
個人の複合体としての社会もまた、意識を生む。

日本人は古くから「それ」を……「和」を信仰してきた。

ユニークな民族だ。とても、とてもユニークだ。

私はそれを誇りに思う。

161 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 18:24:30
148は漫画の読み過ぎ。
日本語とヘブライ語の話もしますか?
・拍手=ハカシュ・走る=ハシル・辱める=ハズカシュメール・本=ホン
古事記と旧約聖書の内容が極めて似ている点も含めて一時話題になったなぁ。


162 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 19:12:37
「和」と一日のサイクルの中でころころ変身する「個人意識」
この二つの意識の間に矛盾は起こらないのかな?
ストレス、自殺、JR二西日本の事故、これらは
この二つの意識の間の矛盾が引き起こす悲劇じゃないのかな。
江戸時代なら矛盾なく「和」が成り立ったと思うけどね。

163 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 22:41:14
>>161
なるほど。シオンと祇園が同じとも言われますね。
>>160
日本人はユニークであり素晴らしいものを持っていると私も思います。

164 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 22:59:34
スウェーデンボルグは人類の教会の歴史を最古代教会、古代教会、ユダヤ
教会、キリスト教会と変遷して来たと説明しています。
アダムとは人類の父祖の名ではなく、最古代教会の意味であると言います。
そして、古代教会から宗教的儀式が各地に広まったと説明しています。
神殿や教会、お寺で香を焚く習慣などは確かに共通しています。

165 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 23:05:00
ご参考に少し引用します。興味のある方はお読みください。
天界の秘義10177[10]
 『香をたくこと』が上へ挙げられて、神的なものにより受け入れられる
事柄を意味したため、それでそれはまた異教徒によってもその宗教の儀式
に用いられた。乳香、香炉、香箱がローマ人の間に、また他の諸国民の間
にも用いられたことは歴史から知られている。こうした種類の宗教儀式は
古代教会から伝わったものであり、古代教会はアジアの多くの地域に、例
えばシリヤ、アラビヤ、バビロン、エジプト、カナンにひろがっていたの
である。この教会は表象的な教会であり、かくて天的なものと霊的なもの
である内なるものを表象する外なるものから成っており、この教会から多
くの宗教儀式が周囲の諸国民のもとへ伝えられたが、その中に香をたくこ
とも含まれており、それらのものからギリシャを経て、イタリ―へ伝えら
れたが、不断の火も同じく伝えられ、それを守るために貞潔な処女が任命
され、これをかれらはベスタルズ[ベスタ女神の処女たち]と呼んだのであ
る。

166 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 23:20:05
我が国の神道は日本古来のものと考え勝ちですが、意外に新しく、大陸から
の影響を大きく受けているように思います。そしてそのルーツは古代オリエ
ントから来ているのではないかと推測します。そして神の名はそれぞれある
のでしょうが、結局、唯一の創造主を礼拝しているものと思われます。

167 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 23:32:07
では仏教はどうかと言うと、これも同じ神を礼拝しているものと思います。
紀元前の釈迦の仏教は無神論の道徳ですが(小乗仏教)、紀元前後に発生
したと思われる大乗仏教は阿弥陀仏を拝む有神論の宗教です。
阿弥陀仏(阿弥陀如来)はサンスクリット語のアミターユ、アミターバ
(無限の命・愛、無限の光・知恵)が語源と言われます。これはイエス・
キリストの名称の意味するものと同じであり、12使徒の一人トマスが
キリストの死後インドで布教したと言われていることを考え合わせると、
阿弥陀仏とはキリストその人の可能性があります。

168 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 23:41:33
阿弥陀仏信仰はインドから中国を経て我が国に伝わり、浄土宗、浄土真宗
となりましたが、当人たちは知らなくとも、実はキリスト教そのものなの
ではないかと思います。また弥勒菩薩の語源はマイトレーヤであり、それ
はメシアから来ていると言われます。

169 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/06(金) 23:55:28
ですから、私たち日本人はクリスマスを祝い、お正月に神社仏閣に初詣を
し、あるいは生まれたら神社にお宮参りに行き、死ぬとお寺で葬式をする
ことが無節操、無宗教と言われますが、結果的にはそれは矛盾したことで
はなく、非常に合理的かもしれません。なぜなら同じ唯一の主を礼拝して
いるからです。そしてこれが可能なのは私達日本人だけなのです。

170 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/07(土) 00:02:02
そういう意味で、1氏の言う「日本の“無宗教”は一番自然な宗教か」
という問いは正しいと思います。

171 :四式:2005/05/07(土) 00:16:18
西方浄土エルサレム説が出る日も近いな。

172 :四式:2005/05/07(土) 00:27:05
大和民族ユダヤの十氏族説とかアマテラス、アミターユス説とか
語源関係の因縁って大概下らないの多いのよね、完全素人の俺でさえ
いくつかの間違いを指摘できるよ。

173 :四式:2005/05/07(土) 00:34:32
昔は仏教から神道への接近というかプロパガンダがあって
そうゆう下らない争い無意味な見苦しい政治的努力の結果嫌気が差して
末衆合宗教観を持つようになったというのが日本の今の宗教観だろうが
そのあいまいさが鎌形赤血球のような民族の精神的禍根となって
現れているというのが現状だろうよ。

174 :四式:2005/05/07(土) 00:44:59
民族としての純粋で強固な意志があり、共感があり
それで初めて民族としての厚みのある行動ができ人民の調和と
防衛を成すのであれば、そのために我を捨てるのが宗教的意思であるべき
仏教が無我を我が物としているが、歴史的に我を主張し続けてきたのは
仏教であり、それは日本の仏師が好んで彫った憤怒の像によって裏付け
られるのではないか?我を捨て魂に身を委ねるなら成すべき事はひとつであり
それこそ尊い信仰といえるひとつの精神ではないか?
こんな事リアルじゃ絶対いえねえなコンチクショウ

175 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 00:47:16
「井沢 ヨーロッパにおけるキリスト教の存在が明治国家統一原理と倫理の確立に
大きな影響を与えたということですね。

山折 ヨーロッパの体験に対する反応を伊藤は天皇家に求め、新渡戸は武士道に
求めたわけです。(以下略)」 「誰が歴史を糺すのか」 詳伝社黄金文庫

176 :阿弥陀:2005/05/07(土) 10:38:55
は〜い!
阿弥陀一族の あみちゃんで〜す!
なにか?

177 :くろしろー(本物):2005/05/07(土) 11:16:23
俺は共産主義者だが神社好きだぞ。「大吉」だと最高の気分で家ま
で持って帰るな。

178 :阿弥陀:2005/05/07(土) 11:42:57
共産主義者は三次元までしか理解できないとみた!

179 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/07(土) 19:46:32
ところで、確かに、日本のポテンシャルは認めますが、しかし、本当に無宗教
では人間は救われることは出来ません。道徳だけでは人間は救われないのです。

180 :阿弥陀:2005/05/07(土) 19:58:54
179 救う必要のある人間だけ救ってください。
人は強くなる必要があるんです。

181 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/07(土) 20:44:29
>>
もちろん救われた人は強いです。強くなるためには救われる、すなわち
「再生」する必要があります。
阿弥陀様はすべての衆生を救おうと熱望されましたが・・。(弥陀の本願)

182 :阿弥陀:2005/05/07(土) 21:05:19
パンドラの箱は開いてしまったのですよ
今はそれに打ち勝てる力を持つための
種を植えているところです
そしてそれは世界中で育っています
しかしそれが育つには大変な苦労があります
そして育たずこぼれて行く人たちもいます
そういう人たちをこそ救わねばなりません
そういう人たちは一目で判ります、助けを求めています
でも、そういう人たちはここにはいません
ここにいるのは強く成ろうとしている人たちです
ここに居るの人たちは喜怒哀楽、つまり動揺しながらも進もうとしている人たちです


183 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/07(土) 21:18:44
>>182
なるほど、結構です。しかし、どうやって救うのですか?
あるいはどうやって強くなろうとする人を助けるのですか?

184 :阿弥陀:2005/05/07(土) 21:45:40
強くなろうとしている人を助けるなんて思い上がりも甚だしいですよ
あなたは主観性の奥まで自分の心が見えますか?
それを見ることが強くなるってことですよ!
でも、これ以上はいえません、心の弱い人がショックをうける。

185 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/07(土) 22:01:43
>>184
なるほど。では、救う方はどうですか?

186 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 22:09:27
弱い強いが価値尺度か。君、留年。

187 :阿弥陀:2005/05/07(土) 22:33:40
それは全ての人たちが助けを求めている人たちを救うのですよ
ヒューマニズムが救うのですよ
人の心に映し出されているのは現実だけではないのです
と言うよりも現実はほんの一部
それ以外は苦痛の非現実から快感の非現実まで
幅広い非現実が映し出されているんです
でもそれらは全て行き過ぎた苦痛や快感を打ち消し
人の心の許容範以に現実を収めるためのもの
それらの仮想現実を守るのがヒューマニズム
厳しすぎる現実にさらされ助けを求めている人が
身の回りにいませんか?強くなろうとしている人に
余計なおせっかいをしていませんか?
自分にできることを、自分に何ができるか?
その人に合わせて下さい。
真実を見つめるための種は人を動揺させます。
ヒューマニズムは全てを被い尽くす仮想現実です
愛とも言いますよね
これを守ることが、人を救うこと
身近なことからでいいんですよ。
大切なことは「暴走する保守派」に利用されなにこと
彼らは自分の組織を守る為には手段を選ばないですから
でも一人一人はいい人たちですよ。

188 :阿弥陀:2005/05/07(土) 22:39:11
宇宙の全ての因果関係は
力関係が決定する。


189 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 22:42:10
因果関係を後に人間が力として解釈しているだけ。
力として解釈されてきた引力も実は「力」ではなく
空間のゆがみである重力にすぎなかった。



190 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 22:45:14
ウィルスは無力でも動物を殺します。

191 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/07(土) 22:49:25
>>187
うーん、そうですか。私はヒューマニズムは善いことであり、必要とは
思いますが、人を救うのは究極的には神、したがって宗教だと考えてい
ます。しかし、正しい宗教の概念がないため混乱が生じ、それが機能し
ていないと考えます。

192 :阿弥陀:2005/05/07(土) 22:50:39
重力も力そしてヒモヘ
そして宇宙は公視的に見ると絶対的不動の実在です。

193 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 22:55:20
そこであれだ、宇宙動説が出てきて今までの議論は全部無駄じゃん。
ってことになる。

194 :阿弥陀:2005/05/07(土) 23:04:23
それはショウガナイ
次元を変えると全ては違って見える
三次元の話は三次元でしないとね
失礼な話だが 相手の次元の合わせないとね!
現実はクールです。 小さなヨハネさん

195 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 23:06:10
>>194
ヒモの話は10何次元の世界でどうたらとかじゃなかったけ?

196 :阿弥陀:2005/05/07(土) 23:08:04
それは物理学者に聞いてくれ
おれは単なるリベラルです。

197 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 23:16:33
力を手に入れるならカプセルに乗り込んで太陽に送ってもらえば
太陽神の一部に成れますよ。たぶん地球生命初の快挙。

198 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 23:19:38
>>196
オマエのレス全部ポエミスティックでしかも長いから読む気がせん。
完結に何が主張したいのか序論本論結論形式で書いてミロや。

199 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 23:23:57
宗教否定論者はサヨク。

200 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 10:57:51
物理的な世界において、恐らくすべての光とエネルギーは太陽から発している
と思われます。私達の身体の熱は食物を体内で消化し、熱に変えています。
食物となる植物、動物を育んだのものは太陽のエネルギーです。また、私達の
使う電気の灯りももとはといえば太陽からのエネルギーの産物である石炭、石油
などによるものです。(原子力発電のウランは動植物の油からというわけではあ
りませんが。)太陽のエネルギーが私達の肉体のエネルギーを支えているように、
私達の知恵も実は神から来るものです。


201 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 11:03:20
知識、知恵、理性、理解力、認識力は霊的な視力です。肉体的な視力が
太陽からの光によって機能するように、霊的な視力も実は神からの
照らし、照示によって機能します。

202 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 11:10:49
ですから、理解力、認識力を高めるには、神を向いて、霊的な光をたくさん
取り入れることにかかっています。しかし、それは全く否定されています。
宗教も神とは縁を切ってしまいました。神を認識できなくなってしまった
ので、神を向くことをやめてしまったのです。神からの光をさえぎった雲
は私達の自己愛、そこから発生する自己の理知に対する誤った過信です。

203 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 11:20:44
哲学も同じではないかと思います。ソクラテス、プラトン、アリストテ
レスなど古代の賢人の時代までは真実と正義を求めていた。しかし、それ
も人間の理性の黄昏の時であり、神から離れるに従って、闇は深まり、今
や何が真理で何が正義かも分からなくなってしまいました。主が来られた
のもつかの間、主の神性もあっと言う間に闇に覆い隠されてしまいました。

204 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 11:33:11
日=ユ同祖説 = 天照大神=ヤーウェ = 天皇=救世主

= 大東亜主義=シオニズム

205 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 11:44:24
絶望しているらしき所が神の子らしくないわけだが。
神に抱かれているならば希望の中にいるはずだよ。

206 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 11:45:09
私が読んだ哲学者の本はショペンハウウェルの「意志と表象としての世界」
とカントの「視霊者の夢」だけで、あとは最近簡単な哲学史の本などを読ん
だだけですので、全く素人です。ですからおよそ部外者の勝手な感想として
聞いてください。

207 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 11:46:26
天皇「エロイ、エ ロイ、レマ、サバクタニ」

208 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 11:51:02
>>205
もちろん希望の中にいます。しかし世は闇だというのは事実です。
地上を覆う黒雲を突き抜けると光が広がっています。皆さんとそこへ
行きたいと切に願っています。

209 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 11:51:22
>>206
人間の罪とは何ですか?
そう、りんごを食べたこと。
遅かれ早かれ人間はバベルの塔を完成させる存在。
近代とは完成後の社会。バベルの塔に住んでいる
我々に神はどのような啓示を与えられると言うの
でしょう。「塔を破壊せよ」と言っているのなら
私は明日にでもパイプ爆弾を製造します。

210 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 11:57:39
皆さんの真理を求める情熱は非常に価値あるものです。しかし、どうも
方法が間違っているように思います。暗い部屋で探し物をしている。
哲学史の本に(ブライアン・マギー・知の歴史)カントが神の存在証明は
できないと言って長い間の哲学論争を一気に粉砕したとありますが、それ
がそれほど大した発言なのか、耳を疑いました。

211 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 12:10:43
恐らくカントは神を信じるにまで至らなかったのでしょう。その告白を
婉曲に表現したのだろうと思います。ショペンハウウェルはカントを師と
仰ぎ、神に代るものを盲目的な意志と名づけました。しかしニーチェに至
っては、婉曲を通り越して神などいない(死んだ)と言っています。
まことに何という暗闇!これが哲学界の巨人たちの発言であるとは!

212 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 13:08:22
視野狭窄です。
どうでもいいが闇の中で嘆いてばかりいないで希望を語れと。

213 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 14:35:44
>>212
確かに。
どう言ったらいいのか分かりませんが、キリストが神であったという
事実が新しい真理です。この真理こそ闇を切り裂き、世界に朝の光を
もたらすでしょう。そしてその真理を認めることが出来るのは私たち
日本人だけです。なぜなら、日本は従来の宗教の軛から自由だからです。

214 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 14:46:05
ペテロは岩のことです。岩とは石のことですが、石は真理を意味します。
ペトロの上に教会を建てると言われたのは、真理の上に信仰を建てると
いう意味であって、人のペテロを意味しているのではありません。(まし
て教皇の上に支配権を置くという意味ではありません。)さらに貴石である
宝石は貴重な真理を象徴しています。中でも「真珠」は主(イエス・キリス
ト)は唯一の神ご自身であるという真理の中の真理を意味しているのです。
真珠は明治の人、御木本幸吉が世界で初めて養殖に成功した我が国の特産
物です。これはまことに象徴的です。


215 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 14:50:25
最近こういう奴多すぎ。
いかつい格好、テンション高すぎて逆に寒い。
ポジティブの塊みたいな考えしてるし。
何考えてるのか分からないウザい奴。格好、テンション、考え方全てが理解不能。

口だけが威勢のいい背の低いヤンキーのような。
店でも入ったら、入店してくる奴の顔を毎回確認する鳥人間だし。
パチンコやったら台殴り、後ろばかり見るし。

喋りでウザいチビヤンキー=中居正広、ロンブー敦系?の粗悪版みたいなタイプばかり
今ではそういう奴らがジャニーズ系、ホスト系、B系に派生してるし
もう真剣 こいつらがどんな風に子供育てるのか怖い。思いやりとか持ち合わせてないし
もうヤンキーが丸くなるとかいうレベルじゃない、根本的にウザ男だから直しようがない。


216 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 14:55:29
主(イエス・キリスト)が神であるとはクリスチャンは殆ど誰も思っていま
せん。そんなことを言ったらすぐさま異端とされて、昔なら宗教裁判で刑罰
に処せられたことでしょう。カトリックの国でもプロテスタントの国でも、
凝り固まってしまい、その真理を認めることは困難です。しかし旧来の宗教
の誤謬から自由な日本人は可能です。

217 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 14:59:26
>>215
あー、しかし、道徳や倫理では無理なのですよ。

218 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 18:05:35
>>215
そういう男を手玉に取ってる女も存在するわけだ
俺はそっちのほうが恐い

219 :わさび茶漬け:2005/05/08(日) 18:18:40
日本の信仰はドグマティックではない所が好き。
例えば・・
俺のじいちゃん家では、仏壇の上に神棚が置いてあって、
さらにはその隣にダルマやら招き猫やらが置いてあって、
突っ込みどころ満載です。

220 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 19:35:55
うちの田舎じゃ土葬の墓に遺骨を埋めたり、先祖が埋まってるとこ
掘り返して新入りをまた埋めたり、何でもありだ。

221 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 20:25:49
とにかく、神を信じられないということが大手を振ってまかり通るの
ですから、何と言うこと。しかもそれが格好がいいとか、知性的だと
でも言うのでしょうか?神を認識できないということは認識力がない
と表明しているのと同じだということに気がつかねばなりません。
欧米の認識力とは今やその程度なのです。

222 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 20:28:43
>>1
あほ〜

223 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 20:33:07
>>221
神って男?女?
女ならSEXさせてほしいなー(´・ω・`)

224 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 20:33:56
神を信じることのできない認識力の人間に、キリストが実は神ご自身で
あったということが信じられるでしょうか?
キリストが神ご自身であったと表明したのがスウェーデンボルグとサン
ダー・シングです。プロテスタントのスウェーデンではスウェーデンボ
ルグの説は受け入れられませんでした。インドではキリスト教は主流
ではないのでサンダー・シングがどうだったかということはありません
でしたが・・。

225 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 20:36:33
なんだ、キリストか、男じゃん

じゃ、信じない

226 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 20:59:00
とにかく、神を信じられないということは、道路や駅の床に坐ったり、
電車の中で化粧するのと同じくらい恥ずかしいことです。まさに世も末
とはよく言ったものです。大人が大人なのですから。


227 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 21:11:36
カントはスウェーデンボルグの天界の秘義を読んだと言っていますが
何も感じなかったようです。恐らく全く理解できなかったのでしょう。
カント自身に関しては気の毒なことだと思います。当時すでに神は信じ
られていなかったでしょうし、その時代の空気を反映したものが彼の
哲学だったのでしょう。しかし、そのカントが崇拝されるのは問題
です。同情こそすれ、崇拝までするのは全く間違いです。
先日、本屋さんでカント全集を覗いて見ると、「視霊者の夢」の巻の
解説者が、スウェーデンボルグを鼻からけなしているのを見て、あき
れてしまいました。何も知らず、分からないのに、よくこんなことを
無責任に言えるなあと思いました。これが学問をする者の誠意かと。

228 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 21:18:05
神を少しでも理解した者にすれば、神を証明できないとか神はいるか
いないか分からないなどという人間は、たとえそれが世間で有名な学者
であろうと、全くつまらない存在でしかないのです。まして、自分では
何も分からないのに、恥も知らずにその尻馬に乗るなら、笑い者でしか
ないのです。

229 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 21:26:16
確かに私たちは神が存在するということを教わらなかったのですから、
神を信じられないことは責められません。しかし、神はおられるし、
それはキリストでした。スウェーデンボルグ、サンダー・シングの
言うことは正しい。
欧米のキリスト教国ではそのことを信ずるのは無理です。また、宗教に
熱心な回教国やヒンズー教国、仏教国でも同様でしょう。それは無理
ですし、責められません。しかし、日本は別です。世界で唯一そのこと
を信じられる可能性を持っています。

230 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 21:33:21
シュライエルマッハー貼っとく
http://semi.natura-humana.net/2002/bunken/schleiermacher/schleiermacher-resume.html

231 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 21:34:07
欧米でも過去にキリストが神であることを知った人間はたくさんいます。
しかし、キリスト教がそのことを否定する環境のもとではそれを表明す
ることは叶いませんでした。「キリストに倣いて」の著者(トマス・ア・
ケンピスといわれています)も文章を読むと、明らかにキリストを神
であると確信しているのが分かります。

232 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 22:24:06
>>230
有難うございます。添付いただいたものは試したのですが、うまく開きません
でした。シュライエルマッハーをインターネットで調べてみると、やはりこの
人もキリストを神と認識できていない人のようです。キリストの神意識という
言葉を使っているようですが、それはキリストはただの人であると言ってい
るのと同じです。
他教徒でなく、キリスト教徒であるなら、キリストが神であることまで分か
らないなら、後は何を語ろうが、それは誤謬です。三位一体論の域を出ません。

233 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 22:30:45
しょーがねーなー

神信じてやるよ

アッラーアクバル!
アッラーアクバル!
アッラーアクバル!
アッラーアクバル!

234 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/08(日) 23:02:32
ところで、私は数学も論理学も知りませんが、AはBに含まれ、(A⊆B)、
BもAに含まれる(A⊇B)なら、AとBとは等しい(A=B)と言える
のではないかと思います。父と子の関係はまさにこれです。すなわち、子が
父の内におり(子⊆父)、父が子の内におられる(子⊇父)なら、子と父と
は一つに重なり、すなわちイコールになります(子=父)。

スウェーデンボルグは父と子の関係は、人間の霊魂と身体の関係に等しいと
言います。主の霊魂は父なのです。霊魂が父ならその身体も一体となっており、
つまり父本人なのです。わたしたちの霊魂と身体が別々の人格を持っているの
ではなく一人であるように、それを分離して違う人格だというのは間違いです。

ですから三位をこのように(○=○=○)並列的に考えますと、どうしても三人
の別の神を考えますが、一人の神が持つ三つの性質のことであると理解すれば、
つまり並列的ではなくこのように((○))重層的に考えれば分離は生じませ
ん。それは文字通り霊魂と身体のように一体であり、しかも三位を否定しても
いません。
「わたしが父の内におり、父はわたしの内におられる」(ヨハネ10・38、
14・10)、「わたしと父とは一つである」(ヨハネ10・30)というの
はそのことです。つまり「三位一体」とは主のことを意味しているのです。
主は3分の1の神ではなく、主の中に3つの特性があるという意味です。
3分の3、イコール1(3/3=1)であり、本来、「父と子と聖霊」とは
1である神を3分の3と言っていただけだったのです。

235 :四式:2005/05/09(月) 02:28:33
たいした意味もない事をもったいぶって長文で書かなくても
ゴッドとキリストとその使途は全てゴッドですよコンチクショウで終わるじゃえか

236 :四式:2005/05/09(月) 02:37:55
ヨハネの黙示禄が偽典だった事も見破れずにのこのこと
真実標榜しやがって詐欺師の営業活動もたいがいにしなさいよ。


237 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 02:55:10
>>234
勝手にほざいてろw
てめぇの戯言なんかに誰も騙されねーよバーカ

238 :わさび茶漬け:2005/05/09(月) 12:49:25
>>234
ヨハネさん。
「信じることで幸せになれる何かを」を、そうしてあなたが見つけたのなら
その信仰はご自身の胸の内で大切にしておけばいいのではないですか?

ミ−ム学で言えば、今のあなたはまさにMembotです。
http://www.churchofvirus.com/lexicon_4.html

239 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 18:48:21
信念の元に行動するという意味では一番自然だと思うが

240 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 19:28:05
神を信じないやつは
死刑にすればいい。

241 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 19:55:37


Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΛΕΥΘΙΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ

真理がわれらを自由にする (新訳聖書 マタイ伝より)



242 :四式:2005/05/09(月) 20:14:15
>>234
キリストの使途をGODの仮の姿として認めないと
ヨハネパウロ何世とかが教皇の地位についたりする事が
キリスト原理主義とかで崩されたりして、宗教闘争が起きる
可能性があるから三位一体といわれる奴を本筋としているそれだけだろう。

243 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 20:30:39
>>242
おまえ、適当すぎるな。
三位一体も教皇の地位も理解できてないだろ。

244 :四式:2005/05/09(月) 21:25:36
>>243
特に覆される意見にぶつかったことは無いが
ヨハネパウロ何世の教皇?にいる理由はいったい何。

余談
#日本は資源も土地も無くて科学技術によって成り立つ国だから
#はっきり言ってGODを感じる超感覚なんか、あのへんの文化圏でいう
#魔女に等しいだろ。俺はたまたま酔狂で三位一体とか理解する気があるほうだが
#理解しても有害にしかならない事はいうに及ばず。科学技術への信仰が大和民族を救い
#子弟を教育し行く末を助けるのは誰が見ても明らかだ。

245 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 22:29:00
ひんやりした岩の上にねっころがって
青空でもながめてみましょうか。

246 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 22:34:53
三位一体は教皇とも使徒ともなんの関係もない。
教皇は漁師の後継者。
キリストの使徒をGODの神の仮の姿と認める奴なんかそもそもいない。
三位一体は父・子・精霊だぞ。
んでもってヨハネパウロはもう教皇じゃないし。

247 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/09(月) 23:27:45
>>238
残念ながらHPは開けませんでした。ミームをインターネットで調べて
見ましたが、何となく今ひとつでした。恐らくその理論では事象の結果
レベルの話であり、原因、まして目的にまで到達することは難しいでしょう。
例えば、その理論では神を何と説明しているのでしょう?あるいはキリスト
を何だと言っているのですか?それらを聞けばお里が知れるでしょう。

248 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/09(月) 23:35:07
神を知ったら伝える義務があります。多くを与えられた者は多く与える
義務があります。井戸のそばで主を知ったサマリアの女はそれを知らせる
ために水がめを放り出して町へ行きました(ヨハネ4・28)。少年は
自分のわずかな食べ物であるパンと魚をすべて提供しました(ヨハネ6・
9)。女や少年までそうしたのです。


249 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/09(月) 23:41:36
道徳、モラル、倫理ではだめなのです。人間は再生しない限り、世の中
はよくならないでしょう。全員がそうなれば素晴らしい、しかし、それは
無理です。でも少しでも再生した人間が増えればはるかによくなるでしょう。
道徳、倫理では限界があります。卑近な例を挙げれば、無神論の共産主義は
一体何を成し遂げたのでしょう?それが人間のモラルが目指した結果です。
また、人間は再生しない限り救われることはありません。

250 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/09(月) 23:58:10
神を忘れて人間は救われることはありません。死に際を云々するのは
フェアではないかもしれません。しかし、それを思わざるを得ません。
ソクラテスの死に際は立派でした。真実と正義、すなわち神を求めて
いたからです。なぜなら神は真実と正義でもあるからです。
神の存在は証明できないと言ったカントは認知症となり、神は死んだ
と言ったニーチェは狂死しました。(ショーペンハウウェルはどう
だったか知りませんが。)
スウェーデンボルグは84歳に至る最後まで「真の基督教」という大著
を出版して英国で客死、その使命を全うしました。サンダー・シングも
チベットへ伝道に行く途上、ヒマラヤの山中で行方不明となり、その
短い40年の天命を終えました。
神を信じることがいかに人間に剛毅を与えることでしょう。

251 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/10(火) 00:09:29
私自身は低いレベルでも、自分のレベルを超えるものを与えられました。
それは主にお返ししなければならないのです。興味のある方はお聞き
下さい。

「あなたは力が弱かったが、わたしの言葉を守り、わたしの名を知らない
と言わなかった」(黙示録3・8)。

252 ::::::::2005/05/10(火) 02:49:14
ってかキリスト教とかって絶対歴史捏造してない?
折れには浅原もキリストも一緒にみえますが?

253 ::::::::2005/05/10(火) 02:57:58
クリスマス

キリストさんありがとう  ×
サンタさんありがとう   〇

まさにジャパニーズクオリチ〜


254 ::::::::2005/05/10(火) 03:03:28
>>248 ねずみ講
>>249 再生って・・・
>>250 結果論
>>251 意味不明


255 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 16:53:48
宗教はみな同じに見える
神や仏ドウコウ自体詐欺だし
ただ先祖敬う気持ちは必要

256 :わさび茶漬け:2005/05/10(火) 17:29:22
>>247
>その理論では神を何と説明しているのでしょう?あるいはキリスト
>を何だと言っているのですか?
ミーム学はキリストは何か、神とは何か、など中身に関することは云々しません。
ただそれがどういう性質の考え(ミーム)なのか、という事を論ずるのみです。
その観点から少し論じてみますと・・・

まずキリスト教は不寛容(intolerance)なミーム複合体(meme-complex)です。
つまりキリスト教ミームを持つ人は、キリスト教ミームを持たない者に対して、
攻撃的な行動(meme-allergies)をとる、という事です。
例えば「神はいない」などと聞くと、いてもたっても居られなくなって、攻撃してしまうのがその典型でしょう。
こういうのを外毒的(exo-toxic)なミーム複合体と言うようです。

そして餌(bait)とフック(hook)と脅し(threat)、というモノを持ったミーム複合体とも言えます。
「信じれば救われる」これが餌です。
そのミームを保有する事で、ご利益がありますよ、という部分のことです。
餌のついたミーム複合体は、人々に保有され易くなりますね。

「神を知ったら伝える義務がある」これがフックです。
そのミームを保有する人に対し、さらにそのミームを他者に広めなさい、という部分の事です。
フックのついたミーム複合体は、拡がる速度が速くなりますね。

「神の存在は証明できないと言ったカントは認知症となり、神は死んだ
と言ったニーチェは狂死しました。」これが脅しです。
そのミームを保有していないと不幸になるぞ、と脅かす部分の事です。
脅しを含んだミーム複合体の方が、捨てられにくいですよね。

上に挙げたような性質は、普及している宗教一般に対して言えることでもありますが
ミーム学の観点からキリスト教を語ると、こんな感じになります。

257 :わさび茶漬け:2005/05/10(火) 17:45:30
最後に大事な点・・・ミーム学は分析をするだけで、価値的には中立です。
こんなんダメだ!とか、これイイ!とか、そういう事は言わずに、黙々と分析してるだけなので
別にヨハネさんの信仰がオカシイなんて事は、全く主張していませんよ。

ヨハネさんのその信仰、これからも大切にされたらいいと私は思います。

258 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/10(火) 23:06:14
>>256-257
>まずキリスト教は不寛容(intolerance)なミーム複合体(meme-complex)です。
>つまりキリスト教ミームを持つ人は、キリスト教ミームを持たない者に対して、
>攻撃的な行動(meme-allergies)をとる、という事です。
>例えば「神はいない」などと聞くと、いてもたっても居られなくなって、攻撃
>してしまうのがその典型でしょう。

なるほど、そのように見えるだろうことはよく分かります。しかしそこに
大きな前提の誤りがあるのです。それは、所謂「キリスト教」なるものの
前提です。確かにそれはおっしゃる通りでしょう。しかし、実はそれは
「真のキリスト教」ではないのです。世間で言われる「キリスト教」が
「真のキリスト教」とは似て非なるものだとうことを知らない議論です。



259 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/10(火) 23:19:30
世間で言われる「キリスト教」はキリストが神であることを否定していま
す。父なる神を神と思っているのです。しかし、人間は自然的な考えしか
出来ませんので、父なる神という何か分からない、理解できないものは
把握できないのです。すなわちそれは神を信じていると言いながら、実は
信じていないのです。なぜならそれは不可能だからです。
結局それは無神論なのであり、キリスト教では全くありません。
「真のキリスト教」というのはキリストを唯一の神、創造主、目に見える
父なる神ご自身と信ずるものです。それが理解できた者はあなたの仰るよ
うな行動は取らないでしょう。私の言葉は少々きついかも知れませんが、
そのような行動はしません。まず、怒るということはあまりないのです。
防衛するということはあります。また、同胞が騙されているのを放って
おくことは潔しとしないのです。その行為が怒りのように外見は見える
かもしれませんが、憎んでいるわけではないのです。それは「熱くなる」
ということなのです。

260 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/10(火) 23:27:53
ですから、人智によるものはそのように前提からして間違ってしまう
ことがあり、その上に精緻と見える屋上屋を重ねても、間違いは間違い
なのです。哲学の経緯を御覧なさい。それは先人の考えの否定に次ぐ
否定だったはずです。中国の易姓革命のようなものです。最新の理論
も、あてにはなりません。いずれ人間の哲学自身がそれを否定するで
しょう。いつまで行ってもそうでしょう。人智によるものはそのよう
なものなのです。

261 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 23:32:12 ?
日本は八百万の神だろ。
神は山に住み、地に住み、家に住み、日本では神は万物に住み給う。

ギリシア人に続け・・・



262 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/10(火) 23:39:49
>>257
>最後に大事な点・・・ミーム学は分析をするだけで、価値的には中立
>です。こんなんダメだ!とか、これイイ!とか、そういう事は言わずに、
>黙々と分析してるだけなので別にヨハネさんの信仰がオカシイなんて
>事は、全く主張していませんよ。

ははは。十分言っています。人間のする行為に、意志・意図のないもの
などないのです。価値観と無縁に黙々と分析することなどそもそも有り
得ないし、非難しながら非難していないということも矛盾です。
虚構に次ぐ虚構です。そのような屁理屈に騙されてはいけません。

263 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/11(水) 00:03:40
>>254
>再生って・・・

さて、重要な「再生」について述べなければなりません。
再生とは人間が霊的に生まれ変わって、いわば「真人間」になることです。

ヨハネ3・3
「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。はっきり言ってお
 く。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」

「水」とは真理のこと、「霊」とはそれに従った生活のことです。
真理によって誤謬から抜け出て、行為でもってその真理を身につけるところ
まで行って、初めて人間として生まれ変わるのです。それにはまず、真理を
神の啓示から学ぶこと、それを理解すること、それを欲すること、それを
行うこと、この4つの段階を経て人間は再生します。その時、「試練と
「悔い改め」が伴います。スウェーデンボルグは現今再生する人間は極めて
少ないと嘆いています。それは実際苦痛を伴うことです。


264 :乞食ペトロニウス:2005/05/11(水) 00:30:24
ちいさなヨハネ氏は


遠藤周作の作品の、典型的なワキ役タイプでありますなあ…

265 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 00:36:04
悪とは何ですか?

266 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 00:43:08
>>265
(あらゆる意味で)力を伴わぬ善意のこと。

267 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 00:46:19
話の長い人みたいに?

268 :乞食ペトロニウス:2005/05/11(水) 01:05:49
しかし、素材としてのクソスレが、小さなヨハネ氏が登場してから、スンバラシイ勢いでスムーズにネタスレに移行してますね。


これが哲学板クオリテーか!

通りがかってよかった

269 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 01:09:35 ?
意味わかんねえよ。


270 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 01:12:04 ?
どうでも良いけどよ、哲板なんだからさ、少なくとも意味わかる文で
頼む。

>(あらゆる意味で)力を伴わぬ善意のこと。
言葉たらな過ぎだろ。文系かよまじ。


271 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 01:24:48
「すべて解釈というものは、ある現象の意味を決定することである。
その意味はまさしく諸々の力の関係のうちに存する。」 ドゥルーズ「ニーチェ」P.43

「悪とは、(広義に創造)力を伴わぬ意志のこと。」ならば、意味は通じよう。

272 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 18:20:37
今までの善だの悪だのは人間の主観なんでコロコロ変わる。
本当は善も悪もないのだ。もしあるとしてもそれは生物全体として通用する必要がある。
生物全体としての悪は「生を妨げる」ということしか考えられない。

そして宗教とは関係のないところへ。

宗教とは生きるための智恵をはば広く与えるもの。
無宗教=俺教 個人的な生きる智恵、故に個人的な宗教とも言える。

273 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 19:38:07
善や悪を生物全体として通用させる必要があるの?
人間の作り出した概念をその領域を超えて使用した途端
それは誤謬ですよ。
哲学的意味は無くなってしまう。

274 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/11(水) 22:51:48
考えがまとまらないので引用でも読んでみましょう。
スウェーデンボルグ/天界の秘義4538
「主が人間を新しくされる時は、主は先ずかれに信仰の諸真理を教え
られるのである。なぜなら信仰の諸真理がないなら人間は主とは何で
あるかを、天界とは何であるかを、地獄とは何であるかを知らないし、
(中略)かれがこれらの事柄を学んでいない中はかれは善の何である
かを知ることはできないのである。
なぜならその善によっては社会的な善と道徳的な善が意味されてはいな
いからである。(中略)善によっては霊的な善が意味されていて、その
善は聖言では仁慈と呼ばれており、この善は全般的に言って、何ら利己
的な理由からでなくて、情愛の歓喜から他の者に善を欲し、善を為すこ
とである。この善は霊的な善であって、この善には何人も信仰の諸真理
によらなくては達することはできないのであり、その真理は主により聖言
と聖言を宣べ伝えることを手段として教えられるのである。
人間は信仰の諸真理を教えられた後で徐々に主に導かれて真理を欲し、
また欲することからそれを行うようになるのである。
この真理は真理の善と呼ばれている。なぜなら真理の善は意志と行為に
おける真理であるからであり、それは教義のものであった真理がそのと
き生命のものとなるため真理の善と呼ばれるのである。ついにその人間
が善を欲し、それを欲することからそれを行うことに歓喜をおぼえると
き、それはもはや真理の善とは呼ばれないで、善と呼ばれるのである。
なぜならかれはそのとき再生していて、もはや真理から善を欲して善を
行うのではなく、善から真理を行うからであり、そしてかれがそのとき
行う真理もいわば善である。なぜならそれは善であるその起源からその
本質を得ているからである。」

275 :こじきこり:2005/05/11(水) 22:57:03
スウェーデンボル グは、仏教学者の鎌田茂雄氏も好きみたいですね



オチは
ありません

276 :通りすがりですが…:2005/05/12(木) 05:33:13
>>226 「神を信じられないのは恥ずかしい事」と仰る貴方が可哀相に見えました。

本当に大切な事は、神や教えではなくて、「愛」です。
キリストが伝えようとしていたのも愛ではないですか?

知識を沢山詰め込んで、何かを信じてもそこに本当の教えを見出せなければ
それは意味を成すどころか、エゴイズムになってしまいませんか。
教えは様々な人々と長い時を経て現在に繋がっています。
人の手を伝ってきた教えの全てを鵜呑みにしてしまうのは宗教の怖さです。

純粋な教えは、ただただ全てを愛する事を教えています。
神を信じる、信じない、そんな事に神はこだわりはしません。
愛が全てです。

277 :四式:2005/05/12(木) 09:24:02
仏教が慈悲、キリスト教が博愛を説いても本人たちのする事は
市場の囲い込みであったり、侵略の道具であったり偏狭で野心的なのだから。
歴史の精神において人が続いてきた事をみれば全て愛という精神が発見されるだろう
そうゆう意味で必要なのは歴史的精神であろう。


278 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 13:09:31
>>276
「愛」って何ですか?

279 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 13:11:51
>ただただ全てを愛する事を教えています。

ストーカーの愛は愛なのか?

280 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 19:49:22
愛は全てを奪う

281 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/12(木) 22:56:17
>>275
鎌田茂雄氏を知りませんが、そう言えばスウェーデンボルグの本を初めて我が国
で翻訳、紹介した人は鈴木大拙博士でした。

>>276
うーん、何とも言いようが・・・。

282 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/12(木) 23:00:16
スウェーデンボルグ/真の基督教36
「愛の本質はそれ自ら以外の他の者達を愛し、彼らと一つになることを欲し、
 彼らをそれ自らによって幸福にさせることである。」


283 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/12(木) 23:08:50
マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P133

「(前略)先生、どうしても必要な徳は、どんな徳であるかを教えてください
 ませんか」

「それは愛の徳と言い、もし愛することを知っているなら、聖人となるはずです。
 それはいと高き御者に対する愛、そして隣人に対する愛であり、そこからすべて
 の徳と善業が生まれます」

284 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/12(木) 23:20:40
聖ヴィアンネの精神P67
「天国では、信徳と望徳とはなくなります。天国では、私共の理性に暗くたれ
 こめている霧は消え去るからです。知恵は、この世で隠されていた事柄を知
 るでしょう。すべてがあるのですから、もう何も希望しなくなります。宝を
 持てばそれ以外のものを獲得しようと、望みません・・・だから愛徳は、ああ、
 私共は愛に酔いしれるでしょう。神様の愛の太陽の中に、溺れ沈み、イエス様
 のこの広大な愛の中に溶け込んでしまうでしょう・・愛は、この世ながらの
 天国の味わいです。もし、愛を悟り、感じ、味わうことができるならば、どん
 なに幸福になることでしょう。それなのに、人々は神様を愛しないのです。」
 聖ヴィアンネの精神P68
 「神様を愛することができるというこの幸福を理解するならば、いつまでもじっ
 と恍惚の中に陥ってしまうでしょうに・・・。」



285 :四式:2005/05/12(木) 23:21:32
思い出したぞ、イエズス会のザビエルは日本に香料をいかに高く売りつけるかとか本国と連絡していたし
カトリックのデマルカシオンによって来た日本侵略の斥候だったらしいな。

286 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 23:26:07
パリに用意された360台の断頭台が年中無休で稼動して首がそこらに放置されていた
という事実はやはりキリスト教の博愛精神のなせる技ですか?ヨハーネ

287 :四式:2005/05/12(木) 23:29:27
ヨハーネの大好きっぽいマリア様も鉄の処女マリアバージョンが存在して
人間の急所を貫かずただ苦しめる為に体の要所を串刺しにする器具があるらしいのだが
ヨハーネは自分の持つこの人類への原罪について思うところを表明してもらいたい。

288 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 23:31:33
はけ水車で悶絶したりねずみ部屋で生きながら足をかじられた人間の恩讐はどこにいくんだろうね?
やっぱGODの博愛精神で救われるのですか?

289 :四式:2005/05/12(木) 23:35:55
キリスト教圏に何百年も植民地支配されたインドや今も禍根が続いているアフリカ大陸というキリングフィールドを見て
よくもまあ都合のいい記憶力で博愛を語るもんだよ。俺はそうでもないが死者の魂の代弁として言っておく、帰れクソ野郎。

290 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 23:50:51
哲学の神々も、ホトホト・・・

291 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 01:06:52
愛とは、
依存するものではなく、渇望するものでもなく、
そこに自分のエゴはなく、ただただ認め、許し、包み込む心だと思います。

崇高な愛に、自我は存在しえないと思います。<キリストはそれを教えていると思う
現代では家族愛や恋愛、母親が子供にそそぐ愛でさえも
自我や欲によって汚れ過ぎているのではないでしょうか。
だから犯罪や環境破壊は酷くなるばかりだと思っています。
自己欲を満たすものは本当の愛ではなく、エゴだと思います。
つまりストーカーは利己主義者。

292 :四式:2005/05/13(金) 01:26:45
>>291
何がストーカーだよヨハネが俺の覗くスレに勝手に出てくるんじゃないか。コンチクショウ
つうかキリストも仏陀も自我でありエゴイズムには違いない。それが俺の中の神道の歴史的エゴと
対立してるのだろ。自然的慣習の連続が文化と社会の安定にとって必要であり人間の精神と魂を
継承する過去の先達にたいする義理なら先住するものがエゴを通して何が悪い。死ね侵略者。


293 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/13(金) 22:58:05
>>285
>>286
イエズス会や断頭台と一緒にしていただかないように・・・。
前に申し上げましたが、従来のキリスト教とは全く異なります。従来のキリスト教
はキリストが神であることを否定しています。ですから、名ばかりのキリスト教
です。真のキリスト教とは、キリストが唯一の神であることを信ずるものです。
これは天動説と地動説くらい異なるのです。

294 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 23:11:10
相対性理論とは天と地ほど異なる訳ね。

295 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/13(金) 23:56:21
スウェーデンボルグ/真の基督教824
「多くのロマ・カトリック教徒は、特に修道僧は霊界で聖徒を特に彼ら自身の
教団の聖徒を探し求めるが、これを見出さない。かれらはこのことに驚くが、
しかし聖徒達は天界がまたは下界に居ると告げられる。何故ならこれらの聖徒
は自分達に捧げられている礼拝を知らず、これを知って、まつられようと願う
者は気が狂って愚物のように語るからである。天使達は聖徒礼拝の考え方に
身震いする。何故なら人間に礼拝が捧げられる時、主に対し礼拝は拒まれ、
而してこのように礼拝が分かたれると、彼らの幸福の源泉である主との交わ
りが破壊されるからである。

296 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/13(金) 23:57:56
(続き)私がロマ派の聖徒の性格を知り、これを記すために、自らが聖徒
の列に加えられていることを知っている約百名の者が下界から私の許へ連
れられて来た。その大半は私の後から来、只僅かな者のみが前から来て、
その一人がザビエルとして私に紹介された。彼は愚物のように語ったが、
然し彼はその監禁されている所では愚物ではなく、ただ聖徒としてまつら
れようと願う時にのみ愚物になるという事実を辛うじて私に告げたのであ
る。私は背後の者らからもそれと同じ意味の呟きを聞いたのである。天界
にある所謂聖者はこれと異なっている。彼らは地上に為される事を少しも
知らず、また迷信的なカトリック教徒とはその誰とも語ることを許されて
いない、これは彼らにそのことで愚かなことを考えさせないためである。」

297 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/14(土) 00:01:49
スウェーデンボルグはザビエルのみならず、かのパウロさえ地獄にいると
彼の備忘録に記されています。それは彼の死後、「霊界日記」として公開
されました。

298 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/14(土) 00:03:34
このことだけでも、スウェーデンボルグの言う「真の基督教」はいかに
従来のものと異なるか分かるでしょう。

299 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/14(土) 00:06:48
宗教から自由な日本人でなければ、スウェーデンボルグは受け入れられな
いと思う理由はそこにあります。

300 :四式:2005/05/14(土) 00:36:06
>>293
おいおい、キリスト教の洗礼の常套文句は「父と子と聖霊の名において」だろ英語はしらんが
ここでいわれる父はGOD、子はキリスト、聖霊はst.か使途って奴か?
これ三位一体でキリスト=GODじゃん。あんたと同じだって。

301 :四式:2005/05/14(土) 00:41:00
>>298
日本なら好き勝手できるとか宗教ビジネスで一旗あげれるとか
思い込んでいるようだが、日本は日本で精神性の興隆があるんだよ。

さっさと異端審問に帰れ。

302 :291ですが・・・:2005/05/14(土) 05:57:41
四式さん、いつも怒っているのですか?
「何がストーカーだよヨハネが俺の覗くスレに勝手に出てくるんじゃないか。
コンチクショウ 」
という意味が分からない…
私は>>279さんがストーカーは愛か?と聞かれているので、私の考えを述べただけですが…

帰れとか死ねとか、どうして言葉にするのだろう?
というか、どうしてそんな事を思うのですか?
すみません、ちょっと疑問に思ったもので…

303 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 09:23:29
帰れとか死ねとか言葉にするだけの者なら
愛を唱えながら侵略を行う者よりもまだ善い


304 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2005/05/14(土) 13:01:41
>>300-301
了解しました。退出します。一番下に沈んでいたスレッドをお借りし
たつもりでしたが、静かに住んでいる方がいらっしゃったのですね。

私も日本を愛する者です。
「日本刀」。世界で最も鋭利な剣。剣・刀の霊的意義(言霊)は
 戦う真理です。誤謬の闇を切り裂く真理。
「侍」。神にさぶろう者。
「桜」。我執なくはらはらと散る桜。まさに天界の春。
「富士」。不二。世界に二つとない唯一の神を表わす霊峰。

日出る国、言霊の幸う国、日本。日本には迷妄の闇に沈んだ世界を
照らす、神から招かれた特別の使命があると思います。皆さんの、
真理を求めて止まない心に期待しています。目覚めよ、日本。

305 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 14:25:16
うわー、薄っぺらい日本観だ。こんな不勉強な馬鹿が増えているなんて
なげかわしいにもほどがあるね。

306 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 22:24:17
日本人じゃないからだろ

307 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 22:31:06
なんだ三国人か。

308 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 22:41:36
智将にも困ったもんだ。

309 :ジョン・レノン:2005/05/21(土) 19:16:46



↓こっちのスレで無神論者が惨敗してますよwwwww

http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1116032354/l50





310 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:54:09
ジョーンズ氏、「失われたアーク」の発掘調査始める−イスラエル
1 :ν速記者ψ ★ :2005/05/25(水) 22:04:46 ID:???0 ?##
この度、映画インディ・ジョーンズのモデルとなったとされる考古学者ヴェンディル・ジョーンズ氏が
"アーク(聖櫃)"の位置をほぼ特定し、イスラエルにて発掘調査を開始するとのこと。
アークとは、かつて旧約聖書(出エジプト記)に記された、モーゼがヤハウェ神から授けられた十戒の
石板を納めるべく作られた"契約の箱"である。アークはその後ペリシテ人に強奪され、ダビデが取り戻した
後は、エルサレム神殿(ソロモン神殿)内に安置されていたとされるが、神殿の崩壊(バビロンの捕囚)
と共に旧約聖書の中からその姿を消し、現在では"失われたアーク"として知られている。

発掘を行うジョーンズ氏によれば、タルムード(ユダヤの口伝律法をまとめた書)には、アークはかつて
ソロモン神殿が建立されていた"神殿の丘"の地下に隠されていると記され、実在するその地下道は南方に
凡そ18kmの長さで続き、ユダヤ砂漠の下にまで延びているという。

http://israelnationalnews.com/news.php3?id=82226
http://x51.org/x/05/05/2420.php


311 :わさび茶漬け:2005/05/28(土) 15:54:24
フラッと浅草寺に行ってみました。あの雷門がある所です。
創建から1400年近くもたつ、非常に歴史のあるお寺のようですね。

本堂が敷地の中心にあって、ここで皆お賽銭投げこんだりオミクジ引いたりしてました。
で、驚くことに、この本堂のすぐ隣が神社でした。
そうです、寺の敷地内に「神社」があるんですねw

日本人の宗教的な包容力を実感したとです。

312 :わさび茶漬け:2005/05/28(土) 16:56:57
ちなみに神社の隣はラブホテルでした。

313 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 05:27:45
日本じゃ神社に参拝する時点で神道信者としてカウントされるそうだね。
まあ、信じてなきゃ参拝するわけ無いから変でもないかな。

314 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 08:19:00
>>311
寺の中に神社があるのは珍しくもなんともないぞ。
神護寺なんてのもあるくらいだからな。




315 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 13:30:31

神社の中に寺があるのも珍しくもなんともないぞ。
「国宝平家納経」が厳島神社にあるのを、不思議だと思った事ないだろ?

316 :考える名無しさん:2005/07/14(木) 21:15:58
>>311
伊勢神宮だけはその辺、徹底してるんだよな
仏教色をほとんど感じさせない
少なくとも素人目には

317 :考える名無しさん:2005/07/23(土) 01:44:59
無神論者の叫び(心と宗教版)
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1121785343/

318 :考える名無しさん:2005/07/23(土) 02:27:22 ?
ファジーからの脱却。
宗教{信じる}、思想{こう思う、考える}曖昧さでは、現状の
問題を乗り越えられない、明確な認識{如実知見、一目瞭然}を
求めてての、無神論と信じたい。

319 :考える名無しさん:2005/07/23(土) 02:35:14
あいまいの知

岩波書店
河合隼雄・中沢新一

320 :考える名無しさん:2005/07/23(土) 02:36:10
ファジー
これまたふるい言葉使う奴がおるな
年配の癖してがんばりすぎるなよ

321 :考える名無しさん:2005/07/23(土) 02:49:41
神様信じて何になるの?

322 :考える名無しさん:2005/07/23(土) 02:51:20
癒されるの!

323 :考える名無しさん:2005/07/25(月) 21:43:54
>>1
国教って政府が奨励してる宗教じゃないの?

324 :考える名無しさん:2005/07/25(月) 23:18:09
ホラー映画で日本人が怖がるのは霊的な感じの幽霊だし
アメリカじゃゾンビなど実体化したモンスターに怖がる
この辺のマインドの違いは完全に宗教的だろうな

325 :考える名無しさん:2005/07/26(火) 01:19:20
日本人は無宗教ですから、仏滅に結婚式したり、友引に葬式したり、
ご本尊で尻ふいて便所に捨てたり、聖水盤で顔を洗って歯を磨いたり、
親の死体を燃やした灰をガンジス河に投棄しても、全然平気です。

326 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 17:42:14
>>325
最後の一行はむしろ敬虔な宗教行為のような。
インド人はガンジス川の岸辺で火葬して灰を流します。

327 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 17:59:30
これ読め
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480056858/qid%3D1122454738/250-6945281-0089830

328 :考える名無しさん:2005/10/23(日) 17:37:54
日本人には宗教あるでしょ。

俺の家じゃ仏壇に線香とお供えをするし。盆の送り迎えもするし。
神棚に祈ったりもするし。神主を持ち回りで務めたりするし。
俺は俺で、神道の呪文とか陰陽師の呪文とか知ってたりするし。
そのくせ家族全員、幽霊は信じて無いし、オカルト話は笑い飛ばすし。

要するに信仰が多面的なんだよ。
社会的には村八分を恐れて無宗教を装うが、家の中じゃあ
それはもう宗教がまかり通ってる。まあ、そういうこった。

329 :考える名無しさん:2005/10/25(火) 01:50:17
宗教という言葉自体は明治にキリスト教に対して作られた言葉だった覚えが
あるけど、その意味に引きづられてはいないのかな。
宗教学では宗教の言葉の定義はなされていない。

330 :考える名無しさん:2005/10/25(火) 01:55:56
日本はまさにいわゆる「霊的な国」だけど宗教としての名前をしょってないだけ

331 :考える名無しさん:2005/10/25(火) 02:28:09
そうそう、だから宗教というとかえって分からなくもなる。
外国人は精神性の高さに驚くそうだ。「霊的」な話で。
この「霊的」もキリスト教徒だと違う語感が出て来そうだけど。

外国人にしたら目に見えないものの存在という意味で使われたりもするかな。
それに対する意識が高いということ

332 :考える名無しさん:2005/10/25(火) 03:38:04
物に魂が籠もるなんて…

333 :考える名無しさん:2005/10/25(火) 21:36:20
 魂が籠もるということで物を大切に出来てたりしたのなら悪くはなかった。
プラグマティズムで主張するつもりはないのだけれど、魂が籠もるという
ことをナンセンスとして切り捨てるのでは哲学的ではなくなる。
 魂というものを命として理解するのではあまりに単純化しすぎた解釈ではな
のだろうか。 

334 :シニア:2005/10/26(水) 13:28:11
宗教とは、全人類規模の派閥です。

335 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 16:07:17
超越的存在を感じることと
そのことにより敬虔な気持ちを持つこと
自分のためにひとのために祈ること
それらを生きていくうえでの(潜在的な)糧、指針にすること

これらは人類に共通にあることかもしれない

宗教という観点から見れば
それらの思考、行為に関して他人が判別可能な具体的な行動形式がどれほど
明確化されているか、統一的か
形式実行の強制力や権威の存在がどの程度あるか
などにおいて差が見られる

日本の場合は形式に関する権威の強制力が世界で最も低いレベルにあることが
特徴的なのではないかな

336 :考える名無しさん:2005/10/29(土) 18:52:17
>>332
そうか。君は付喪神を見たことが無いのか。

では何故、さも魂というものを分かったかのような物言いをするのか。
君には魂の輪郭でも見えているというのか。
生物が死んだ瞬間に何かが消え失せるのが分かるとでもいうのか。

本来、万物に魂など無いのだ。
この僕にすら、そして、 君 に す ら 無 い の だ 。
科学的探究の示し続けているのは、魂の虚無だ。
人間と器物の間に明確な違いなどこれっぽっちも無いのだ。
君の感じている生物と死物のラインなどというものは、
妖怪変化と全く同じ慣習的な幻想に過ぎないのだ。

だがだからこそ、人は魂を在ると見做す。
己や親や兄弟や友人や人間の中の何処かに、必ずそれがあるのだと見做す。
ならば。
魂とはそういう精神的な約束事なのだ。
魂と感じるものが魂なのだ。

ならば、物に魂があると感じる者がいる限り、物に魂は籠もるのだ。
付喪神は何処にでもいるのさ。ここが日本である限りはね。

337 :考える名無しさん:2005/10/29(土) 22:24:28
>>336
チューリングテストを通ったAIには、魂の存在を認め、その人権を保護するべきか。

338 :考える名無しさん:2005/10/29(土) 23:29:34
>>337
魂の有無は保護とは無関係だよ。
毛の無い猿に魂を認めるなら、豚や牛にも魂があるのだろうさ。
なら豚に権利を認め、保護するかい? しないだろう。

魂の欠けた人だって人間だ。知能の足りない人だって人間だ。
だから権利があるのだよ。
結局、人類が特権を振りかざすのは、つまりそれが人類だからであって、
魂の有無や知能の高低とは無関係なのだ。

日本で犬猫が庇護されるのは魂や知能によるものではない、単なる慣習だ。
鶏、豚、牛が殺されるのは家畜と言う慣習故だ。
そしてこのスレの主旨に即して言うなら、布教機構の欠落した
日本の宗教なんてものは、慣習以外の何者でもないのだ。

339 :考える名無しさん:2005/10/30(日) 00:48:33
I CAN SEE NOTHING!

340 :考える名無しさん:2005/10/30(日) 09:21:52
文明的側面から宗教を語らせてもらう。

 まず、文明と言うのは水源に依存している。人類は安定した水の供給無しじゃ
生きられないからね。これは当然だ。
 で、大河のほとりには文明が栄える。雑多な宗教が生まれる。
 大河には大量の水があるから、潜在的なインフラと言うか、人間が生きられる
限界と言うか、とにかく沢山の人間が生きられるわけだな。
 だから、「布教する」宗教が意味を持つ。雑多な宗教の中で、布教がシステムに
組み込まれ、熱心に布教が行われた宗教が現れると、それは当時の大河文明の
権力者と結びついて生き残る。他の宗教に敗北することなく広域での生存競争に
勝ち抜いてきたわけだから、世界三大宗教などは極めてバイタリティの高い
宗教になっていて当然なのだ。

 一方、日本には大河が無い。平原が無い。山と川しかない。
 そのため、インフラが整備されるまでの長い長い間、雑多な宗教は雑多な
宗教のままだった。
 宗教政治の時代から、権力政治の時代に移行し、天皇というシステムが
生まれ、国家らしい国家が成立した。しかしながら、それは日本全土を統治する
というには程遠かった。ローマのように地方政治を認めつつ、形だけ編入させる
という、折衷的なものだった。
 時代は下り、平安京などの大規模な都が作られると、仏教やら陰陽道やらが
流行った。つまり「都が宗教を要求した」のだ。

341 :考える名無しさん:2005/10/30(日) 09:27:57
 さて貴族が衰退し武士の時代になると、中央集権的な耐性が崩れ、
天皇を崇めるよりも「仏」や「神(その地方で有名な過去の人)」を頼ることが
多くなった。雑多な宗教がまた優勢になってきたわけである。
 江戸時代には出版技術が向上した。これが、雑多な宗教に形を与え、
ちまたには妖怪変化に魑魅魍魎が跋扈した。宗教のキャラクター化である。

 んで江戸幕府が倒れて武士の時代が終わると、また天皇を中心とした
中央集権が復活した。注意して欲しいのは、尊皇攘夷によって「神道が
復活」したわけではなく、単に「天皇が有名になった」だけだということである。
 倒幕からの流れに乗って一躍有名になってしまった天皇の名声は、
太平洋戦争において軍の広告塔として使われてしまうことになる。
 が、終戦によってこの傾向は終わりを告げる。中央集権は崩れた。

 さて天皇が求心力を失い、宗教の自由が保障され、また時代は雑多な
宗教に傾いた。もはや宗教を一つに決める理由は無いのであるから、
即時的なメリットのために宗教は選択されるようになる。実際今の日本の主流は、
冠婚葬祭のときだけ「地元の」神社・仏閣・教会に一時的関係を持ち、
デメリット無しにメリットだけを要求するという、およそ信仰とは言い難いものである。

 しかしながら、日本には大河文明のような共通の風土が存在しない
のであるから、雑多な宗教こそが日本の正しい宗教のありかたなのだと
言えるのではないだろうか。
 神道の成立以前から、日本には八百万の神々があったのである。

342 :考える名無しさん:2005/10/30(日) 09:59:02
日本はムラ社会ぽ
みんな村八分が恐いんだぽ
自分の置かれた環境ごとのルールを信仰しているだけの単純な民族だぽ

343 :考える名無しさん:2005/10/30(日) 10:25:57
>>342
 逆にそういう状況で教育されてきたからこそ、日本人は宗教を客観的な立場から
判断できるようになった。科学知識が宗教に優先されるから、旧約聖書も新約聖書も
古事記も仏教史も世界各地の神話も、現実には有り得ない物語や寓話としてしか
読まれない。だから日本で心の拠り所を真剣に求める者は、必然的に科学や哲学に
向かうことになる。その中で、日本人は宗教に匹敵する高度な概念を形成する。

思考停止を推奨する巨大な宗教が存在しないことは、高度な精神性を育む土壌に
なっているとも言えるのではないか。

344 :考える名無しさん:2005/11/15(火) 19:13:28
アニミズムは汎神論なの?

345 :まま:2005/11/15(火) 21:55:08
宗教に関する新しい意見です。見てみてください。http://otd9.jbbs.livedoor.jp/1000007900/bbs_plain

346 :考える名無しさん:2006/01/31(火) 11:12:44
歴史書があるわな。

347 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 23:59:54
高校生の時聖書を読んですごく感動し
教会へ見学に行ったり通うようになった

しかし深入りすればするほど
得体の知れない気持ち悪さに悩まされるようになった
教会はまるで病院や施設のような感じで
牧師さんや信者達はそこに収容されている奇形児や低能児のように感じた
カトリックやオーソドックスはまだましな方だったが
福音派のプロテスタントの教会は特にひどかった
結局教会へ行くのはやめその後大学でニーチェやマルクスを読んで気持ち悪さの正体がわかった

つまり人間が本来自然に持っている
自由奔放なパワーを抑圧し型にはめて人工的に変形させるからだ

かと言って悪魔崇拝や古代人や未開人の偶像崇拝も気持ち悪い
キリスト教とは正反対の気持ち悪さだ
混沌のみで秩序がなく
破壊と創造のみで安定がない
言うならばヘビやミミズのような生き物が無数にグチョグチョ蠢いているような感じ

結局近代化な無神論がバランス的にも一番いいって訳だ


348 :考える名無しさん:2006/02/12(日) 00:01:38
高校生の時聖書を読んですごく感動し
教会へ見学に行ったり通うようになった

しかし深入りすればするほど
得体の知れない気持ち悪さに悩まされるようになった
教会はまるで病院や施設のように感じ
牧師さんや信者達はそこに収容されている奇形児や低能児のように感じた
カトリックやオーソドックスはまだましな方だったが
福音派のプロテスタントの教会は特にひどかった
結局教会へ行くのはやめその後大学でニーチェやマルクスを読んで気持ち悪さの正体がわかった

つまり人間が本来自然に持っている
自由奔放なパワーを抑圧し型にはめて人工的に変形させるからだ

かと言って悪魔崇拝や古代人や未開人の偶像崇拝も気持ち悪い
キリスト教とは正反対の気持ち悪さだ
混沌のみで秩序がなく
破壊と創造のみで安定がない
言うならばヘビやミミズのような生き物が無数にグチョグチョ蠢いているような感じ

結局近代的な無神論がバランス的にも一番いいって訳だ


349 :考える名無しさん:2006/02/12(日) 01:00:22
とりあえず、現実的な問題として
うちの親がバリ創価なんだが
逆折伏するにはどうしたらいいか教えてくれ

350 :考える名無しさん:2006/02/22(水) 01:59:41
イスラム原理主義と手を組むとか・・・

351 :考える名無しさん:2006/03/19(日) 23:44:12
>>349
京極堂に憑き物を落としてもらえ。

352 :◊ν◊† &rlo;急特超ビンゾ&rle; ◆f..iwwwwwg :2006/04/11(火) 00:57:53
ヤクザが増えるとどうなるか

353 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 19:34:57
>>349
人生相談板へ

354 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 19:38:31
>>348
>つまり人間が本来自然に持っている
>自由奔放なパワーを抑圧し型にはめて人工的に変形させるからだ
それをいうなら、政党だってそうでしょう。

>結局近代的な無神論がバランス的にも一番いいって訳だ
なんでそうなる? 内村鑑三の無教会を知らないのか?


355 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 19:41:49
>>343
>日本人は宗教に匹敵する高度な概念を形成
してないだろ。日本の有名な哲学者は、誰がいる?
和辻?

>高度な精神性を育む土壌に
なってないと、少なくとも精神性はね。物質は別だろうけど。

>逆にそういう状況で教育されてきたからこそ、日本人は宗教を客観的な立場から判断できるようになった。
って、判断できてないだろ。そういう教育のせいで、国家神道などを客観的に判断できなかったんだろ。



356 :考える名無しさん:2006/04/20(木) 18:30:33

 無宗教ってゆーより

 無責任で御都合主義なだけだよ、一般大衆は。

 釈迦の生命の無明性、厭世観を突き詰めて考え受け止められるのは

 本物の出家でもごく少数者だけだろう。いわんや、悪人をや。

 だから、超簡単ワープ論の大乗仏教が広浅に一般化した。ご都合主義の

 なせるわざだ。もちろん、輪廻からの解脱や成仏とは無縁の衆生だ。

 葬式仏教と誹られるゆえんだ。

357 :考える名無しさん:2006/04/20(木) 18:45:07
パワーを人工的に抑圧するのはマルクスレーニン主義です。
ソ連時代の教育に関する法律を調べてみてください(笑)

358 :考える名無しさん:2006/04/20(木) 18:46:05
釈迦が解脱した聖なる瞬間−徹底的に思考する瞑想

『そこで、わたしに、正しい道理にかなった思いが起こった。
患いであるという念いが現れた。世を厭う気持ちが定まった。
次いで、私の心が解脱した。』

ナーガサマーラ長老
『仏弟子の告白─テーラガータ─』(76ページ)中村元訳、岩波文庫


359 :考える名無しさん:2006/04/21(金) 00:21:41
それにしてもボクサーは総合で実績しめしてないなあ。

なんか総合みたいにいろいろ中途半端にやるより
強力な武器を磨いた競技スポーツの方が強いって意見あるけど、
それならそれで、オープンフィンガーの普段より軽いグローブで殺人パンチ(?w)繰り出して
どいつもこいつも軽〜くのしてくれればスッキリするんだけどねぇ。
観る側としてもこんなに楽しい場面はないと思うんだけど?
なんでそうしてくれないのかねえ。


360 :考える名無しさん:2006/04/30(日) 18:50:09
>>355
宗教が歪んでいるから思考で補う必要が出てくるんだよ。
西洋哲学なんてキリスト教の矛盾を押さえ込むガムテープみたいなもの。

361 :考える名無しさん:2006/05/09(火) 21:46:16
動物や植物が宗教を持たないんだったら
それの方が自然なのでは?

まあ人間も自然の一部なので宗教も自然と捉えることができるが、
無宗教も自然だとすることもできる。

362 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 12:20:27
>>1
日本の無宗教はまったく「自然な宗教」じゃない。
確固たる信仰は時代や環境により偏屈なものとみなされる。
日本の無宗教はこれらの宗教が介入されないので、「川の流れ」のようで「自然」だと言われる。
ただこれは「自然信仰」であるが、日本も「自然」を排除する方向で発展してきたので、
さらには「超合理主義・超科学主義」が「自然」だなどということになる。
つまるところ「場当たり主義」だ!

363 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 12:51:08
>>357
(笑)www

364 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 22:48:01
『無宗教』っていう宗教なんじゃないの。
「無思想の発見」という本には
「無思想という思想」についてわかりやすく書いてる。

>>>「無」宗教の「無」って仏教の無じゃないの。だって般若心経なんか盛んに無というんだから。
それなら無宗教じゃなくて、じつは仏教徒じゃないの。自分は無宗教だと思ってるわけで自分の考えが
まさか仏教だとは思えない、って勝手に言ってるだけかもしれない。

オレ無宗教のつもりなんだけどそういう考えがすでにとうの昔の仏教のなかにあったなら
けっこうびっくりだよな。
けど無宗教っつっても、単なる都合主義かもしれんし。

365 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 00:08:28
知識量が増え判断が高度化するに従い、御都合主義や日和見主義と
呼ばれる思想が――もっとマシな言い方をすれば現実主義が――宗教に
取って代わるんだ。

宗教家はそいつを堕落と呼ぶがね。実際は、どうなんだか――

366 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 07:07:51
「無宗教」な日本人の多くは死後の世界を漠然と信じている
「裁き」や「審判」抜きで
つまり神道の「死んだらみんな神様」がいまだに根強いのでは

367 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 16:48:05
>>366
「死後の世界」体験は脳に遺伝的に組み込まれてる。
どんな無宗教の人間でも、頭に電極差して刺激すれば臨死体験する。
だから、世界から隔離された島国で「死後の世界」宗教が生まれるのは
むしろ当然。必要最低限の生物学的思想としてそれがある。

逆に、「死んだから全て無くなる」的な宗教なんてほとんど無い。
その意味で、真の無宗教なんてものは人類に存在しないし、
してはならない。よって共産主義者は死ぬべき。なんちゃって。

368 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 17:46:09
宗教自体が悪いというよりも、
それを信じる人間がその宗教全てを「完全なる善」と崇めたて(信仰してるからしょうがないけど)、
杓子定規に色んなものにその善を当てはめるからいけない。
人間、悪いことをしてるっていう意識があるときは少しはブレーキというものもかけようが、
いいことをしてるっていう意識のときはブレーキなんて端から頭にない。
だからタチが悪い。

369 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 17:51:14
1
宗教ってそもそも精神の支えじゃないの?信仰による救済を求めるもんでしょ
無宗教はその考えから自然な状態ではあるかもしれないけど宗教という枠には入らんと思う。

370 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 17:52:36
別に宗教なんかやってなくても、自分は良いことをやってると
思いこんでる奴なんかいっぱいいるよ。違法行為なのに正しい
と信じててブレーキがない。
しかもそういう奴は、宗教を持ってないから道徳心もない。
そのくせ正しいと信じ込んでいるから、もっとタチが悪い。

371 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 17:57:51
や、通常はそういう奴らより全然マシなんだろうけど、
例えばオウムみたいになってしまったときはマジコワス(´・ω・)

372 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 19:09:47
日本における無宗教(多神教)はいいあんばいだと思う
堅苦しさがないし、拝みたいときに拝む。これ一番。
他の宗教文化をみごとに融合させてるあたり
日本人の器の大きさを感じる

373 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 19:44:52
なんですって!日本人が無宗教ですって?

だとしたら日本人ほど第三者によって洗脳された国民はいないということ?

374 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 20:35:55
無宗教というよりも、アニミズムの域を脱していないだけだと思いますよ。

375 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 20:45:07
小さなヨ(ry によって、思考の幅を狂的に狭められないという意味での無宗教の良き面を知った。
周りの人間全部がアレだったら、自我なんて簡単に歪みそうだ…

376 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 21:05:15
皮膚感覚で宗教を感じることのできない人に哲学は無理だろう

377 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 21:13:49
宗教で思考停止するやつに、哲学は無理だろう。

378 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 21:16:40
ある意味世界の宗教観も日本っぽくなっていくのかも
キリストもイスラムも煮詰まった感がある
も少し風通しよくしないとこれからの時代にはマッチしない

資本主義も共産主義も両方煮詰まってるし
新しい変革の時期なのかもな


379 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 21:31:27
宗教を理解できない奴に哲学は無理だろう。


380 :彼の者:2006/05/21(日) 21:38:00
とりあえず俺は宗教に頼らずとも生きていける
日本に生まれてよかった
ま、もしかしたら神様には頼ってるのかもしれないけどね

381 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 21:48:23
>>377
上手いww
>>380
その神とは??

382 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 21:53:43
哲学は脳がつくる「概念」というやつでとことん考え抜くこと。
ただ、たかだか数キロの脳が解釈する世界が、全てではないと
いってるのが宗教だろう。
当たり前かもしれないが、この世は脳で出来てるわけじゃない「はず」だから。

383 :彼の者:2006/05/21(日) 22:03:43
いるかいないかわからないということは
もしかしたらいるかもしれないってことでしょ
それはSFちっくな精神生命体とかかもしれないし
精霊みたいなものかもしれないし
アーカイブ星の人たちかもしれない
そこら辺は大きく尺を持ってありがとってことですよ

384 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 22:05:06
宗教と知性は両立しないと説くのがいわゆる「日本教」の特徴。

一般教養のある人には常識だが、世界の人々にとって宗教とは極めて知性的なものだ。

385 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 22:12:42
そうか。俺は神は信じない。
だが、おかげで俺たちがものを考えられるのは、考える対象が存在するからだとは気付いた。
我思う 故に 思われるものあり
て事か??物質や概念個々では無く、存在の存在そのものを以て俺は神と呼びたい。
わかりにくくてごめん

386 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 22:16:59
>>384
「宗教なんて〜」と言ってる奴に限って「日本教」にどっぷり浸かっているのが現実だよ。
彼らにとっては「日本教」は空気のようなものだから、日本教の狂信者であることを自覚できないんだよね。

387 :彼の者:2006/05/21(日) 22:21:51
別に信じなくてもいいと思いますよ
そしてそれを神と読んでもいいと思います
ただ、もしそういう存在がいたとして
人知れず守ってくれてても無視されたんじゃかわいそうじゃないですか

388 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 22:28:24
>>382
認識は脳が行っている以上、
世界は脳がつくっているというのは可能だろう。
少なくとも、宗教的な世界観では、脳内妄想の域は出ないよ。
科学的な世界観では、抜け出すことは可能だけど。


389 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 22:35:01
>>388
>>383を読んでみてくれないか??
君の意見には前半同意するが、最後の「科学によってなら可能」については、
「科学すべきものが存在すること」について思うところはないか??

390 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 22:59:28
>>389
科学はあくまでも、一人の脳内妄想だけでは出来上がらないと仮定しているよ。
すべてが、脳内妄想であれば、科学と宗教の区別はつけること自体が無意味だから。

また、すべてを関連付けている全能の存在を夢想することも可能だとは思う。
ただし、それは、それぞれの脳内妄想によるだろう。
結局は、脳内妄想の共同幻想に近い。


391 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 23:08:24

神様も、脳みそが作りました。 以上


392 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 23:15:36
>>390
俺が言いたいのは、万物を関連づける全能の存在ではないよ。それは確かに、いるかいないかどちらとも証明できない人間の想像の産物だ。
科学的事実が存在し得る事、数学的法則が成り立つ事、これらを指して神とよんだ。固有名詞じゃなくて状態名詞だと捉えてくれ

393 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 23:22:34

言葉の定義を無限に広げれば、あらゆる解釈が成り立つが
そりゃ詭弁じゃないの?


394 :382:2006/05/21(日) 23:24:49
>>388
>認識は脳が行っている以上、
世界は脳がつくっているというのは可能だろう。
少なくとも、宗教的な世界観では、脳内妄想の域は出ないよ。
科学的な世界観では、抜け出すことは可能だけど。

認識は脳が行っている以上は
極端に言えば、宗教だけでなく科学も脳内妄想(この語が当てはまるかどうか)の域を出ない。
ただ宗教は、脳の認識できない世界が存在するはずだ、と言っている。
特に仏教の場合はそれがわかりやすい。あれだけ科学について論じながら
矛盾にも思考が全てではないだろう、と阿含経典で示している。

395 :392:2006/05/21(日) 23:28:57
詭弁か??敢えて神と呼ぶ必要がないのは確かだが…。
俺は力の象徴としての神を求めない代わりに、なぜ世界が存在するのかについてはずっと悩まされ続けている。根本的な疑問の根源に名前をつけたかったのかもしれん

396 :オッスおら393:2006/05/21(日) 23:38:23
>>395
>>393だけど、ちと言い過ぎた。ごめんなさい。
少し違うかもしれないけど、存在の根本を探求したいという392の気持ち、俺にも少し判るよ。
俺の場合は「世界の存在」ほどデカクなくて、自分の思想の根底にある
日本の道徳や価値観の本質に関心があって、日本の倫理思想史なんかを勉強してるんだけど・・・
あんまり関係ないか。

397 :392だ:2006/05/21(日) 23:48:19
>>393ありがと。理解は期待してなかったが、そのぶんしてもらえた時は嬉しい。
日本的感覚の追求か…。俺は、恣意的存在としての人間の自由と普遍性を信じながら、それに囚われ魅かれている自分が嫌だった。
研究して、これは、という何かは掴めたか??

398 :オッスおら393:2006/05/22(月) 01:51:55
>>397
考えてみたけど、勉強不足でイマイチ書く程のことが思いつかなかったw
話しの流れでなんか考え付いたらまた書くよ。ゴメンネ

399 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 02:03:47
>>398
おう、じゃあまたな。

400 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 02:17:44
無宗教と言う方に見ていただきたいのですが
たいていの人は要は宗教団体に入るというアクションを起こしてないだけ。

コラム日本人の宗教嫌い
http://iwatam-server.dyndns.org/column/47/

他のとこでも聞いてるのですが
これ見てどう思うか無宗教の方ご感想をお願いします。

401 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 02:19:49
無宗教ではなく、原始宗教、アニミズムの段階だろ。

402 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 05:37:46
どのへんが自然を崇拝したりしてる段階なのでしょうか?

403 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 19:39:55
アニミズムや原始宗教は現代においては欧米のヒッピーが信仰してるが、日本にはそれすらないね。完全な無宗教だと思う。
日本人は世界や神について考える事が少ない。哲学書や壮大なテーマを扱った小説などを読むことが多い人でも自分自身の世界観、信仰する対象を持ってる人は少ない。

404 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 20:56:35
>>403
つまり日本人は幼稚ってこと?

405 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 21:08:33
幼稚でも良いんじゃない?
幼稚な負け猿が人間なんだからw

406 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 21:13:33
向上心の無い猿ハケーン

407 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 21:25:08
向上心とかそういう問題じゃないよ。
森を追い出された負け猿の、いつまでもたっても幼いままに成ってしまった子孫が我々だw
猿に幼稚だと思われるのが嫌だからと言う理由で猿になりたいと思う人間がいるか?


408 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 21:35:30
確かに宗教の有無は人類と猿を区別する基準になるかもしれません

409 :考える名無しさん:2006/06/12(月) 22:52:30
>>404
難しいな。日本には宗教に基づかない倫理があったため宗教を必要としなかったとも言える。
ただ、確固たる思想を持たない点で哲学的には幼稚と言えるかもしれない。宗教の役割は倫理による秩序の維持だけではない。
日本人は自分は無神教だとか科学を信奉してると思ってることがあるが、それは無神教の精神(唯物論など)や物理学的な宇宙論を理解した結果ではないし、自分の思索の結果でもない。

410 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 01:40:47
宗教なんて思考停止、現実逃避の最たるものじゃね?
しかし無宗教でも別の方法で同じ結果に陥ってる訳だが。

411 : ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ :2006/06/13(火) 01:43:08

    / ̄ ̄ ̄ ̄\
    (____人 )
    (--◎-◎一 ヽミ|
    ( (_ _)     9)
    ( ε   (∴  | 〜プ〜ン
    ヽ______/
   /`        ´\
  / ,          \
  〈 〈     | ̄ ̄ | | ̄ ̄|
  \ \  (⌒,|.幼女.| |  llll.|
    \ \||l ||__m__|
     |ヽ(ヨl| | l|  |ヽ_ノ
     |  |l| l|.| |l  |
   / ,(__

412 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 01:46:06
>>410
あのさー、それでよく思うんだけど
無宗教って便利じゃない?気分次第で
教義変えられるんだもん。

それに比べて宗教やってる奴はなんか必死さがあるよ。
その宗教の看板背負ってるし。

413 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 18:32:42
>>412
便利っていうか自由なのは確かだね。
俺が無宗教なのは根拠の無い前提が理解できないからだな。
観測も証明もされてない「神」という仮定を受け入れるほど現実逃避できないよ。

414 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 19:28:30
無宗教を衒う人も信仰心篤い人も、思想信条や行動様式の前提条件の中に
立証不能なものを含んでいる、という点では同等。
両者の違いは、立証不能な前提条件を認識するか認識しないかの違いだけ。

415 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 20:15:15
無宗教なのも根拠の無い信念(神は居ない)を前提にしてるんじゃないか?


416 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 22:52:02
>>415
いると証明されない限り「いない」と考えるのが科学的スタンス。
証明もされてないのに「いる」と考えるのはキ○○○。

417 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 22:54:09
「いる」とも「いない」とも言えないっていうのが
科学的スタンスじゃないんだ。

418 :考える名無しさん:2006/06/13(火) 23:39:50
またその無意味な論争か。
神を抽象化して居るだのいないだのというのは馬鹿げている。
靴下を語らずに靴下の穴について語るようなものだ。

419 :考える名無しさん:2006/06/14(水) 00:16:22
>>416
はいはい、科学を知らない人は気楽でいいですね。

420 :考える名無しさん:2006/06/14(水) 06:17:45
いると思えばいる。
いないと思えばいない。
どこにいるかって?
信じる人の心の中にいるんだなぁ。
だから見つからないの。って心ってものも証明はできないが・・・
偶然の産物もあるだろうが。
科学の多くの発見だって(ある)という信じる気持ちがあったから発見できたのではないですか?
ないと思えばあるものも見つからない。

421 :考える名無しさん:2006/06/14(水) 06:24:24
キリスト教徒はキリストの夢は見たとしても、仏は出てこないだろう。
仏教徒は仏の夢を見たとしても、キリストは出てこないだろう。
でも、無宗教だと胸をはって言うこともないと思う。
無神論者と無宗教って同じか?

422 :とと ◆EUWetoJOkI :2006/06/15(木) 00:23:26
宗教による善悪観・価値基準の固定を回避するという意味で、無宗教は確かに自然な状態だと言えると思います。
宗教は目的を持って人為的に作られたものであり、精神的救済や価値観の統一を果たす役割を定義的に負っています。
ひたすら真理を追求する哲学は言わば虚学ですが、学問としての純粋性は目的の排除無しには有りえないと思うのです。
思想統制としての宗教が無いという点では、無宗教はより自然な状態でしょう。

423 :考える名無しさん:2006/06/15(木) 00:26:54
無宗教という名の宗教

424 :考える名無しさん:2006/06/15(木) 00:53:43
仏、キリスト ⊂{万の神}

425 :考える名無しさん:2006/06/16(金) 02:14:11
成仏をねがったり多神教的な神を信じたかと思えば無神論者
といいはり都合のいいときだけは一神教的な神を信じたりする。
それでいて自分達を「科学的」と豪語し
「科学的」な血液型性格判断や健康法を信じる。

ある人は自分が無宗教者や無神論者であるということに不思議な自信
を持っていて、なにものにも属していないという立場から
自分達が「冷静に、客観的に」物事を見れていると確信する。
世界的な宗教(特に一神教)を信じている人間を「他宗に寛容でない」
として内心見下す一方で自分達は少数派の考えやカルトなどに関しては
キリスト教徒もびっくりの不寛容さを発揮する。

それもひどくなると「無宗教主義」を日本人の美徳として
能天気に讃えだし、饒舌に日本論を語り、それに酔う。
激しい苦しみの末に無宗教という立場をとった哲学者達の
悲劇を理解せず、その恩恵にだけは与ろうとする。
あるいは苦しんでいる「ふり」をする。
それで自らの無能ぶりを隠したつもりになる…。

426 :考える名無しさん:2006/06/16(金) 07:21:32
不寛容って言っても、さすがにぶっ殺したりはしないからなぁw

427 :考える名無しさん:2006/06/16(金) 13:02:37
日中戦争から太平洋戦争にいたる時代は、日本人全員が理性を喪失し、
狂信的な国家神道信者となった時代。当時に日本人と比較すれば、現代の
イスラム原理主義者ははるかに理性的です。

428 :考える名無しさん:2006/06/16(金) 15:51:04
>>426
いや、ぶっ殺しまっくてるって。
少数派に対する迫害はすごいよ。日本。
ま、どこの民族、宗教も似たようなもんだがね。

ただキリスト教やイスラム教のように
その原因たる宗教、思想が特定できないのが厄介な気がする。
カメレオンのように考えがコロコロ変わり、批判の矢面に
立たされるような宗教、思想が存在しないと思う。

あと、カルトに関していえば例えばアメリカならば
キリスト教国ながらカルト擁護団体なるものも存在する。
議論の土壌がある。

429 :考える名無しさん:2006/06/16(金) 21:03:07
>>428
今現在の話だぞ?

430 :考える名無しさん:2006/06/17(土) 02:36:13
大和民族は太平洋戦争で死滅しました。今いるのは抜け殻だけでっせ。

431 :考える名無しさん:2006/06/23(金) 22:40:27
>>430 >>427
サッカーの報道見た?

マスコミの妄想報道は戦時中の大本営発表そのまんま。
精神論に拘泥した大馬鹿者の大和民族ここにあり。

432 :考える名無しさん:2006/06/24(土) 00:51:29
どこの国、人間にもなんらかの「宗教観」はあるだろ。
日本はソレがふらついてるだけ。
無宗教なわけではない。

433 :考える名無しさん:2006/06/24(土) 03:52:15
中国や朝鮮をやっつけた太平洋戦争の時の日本が一番理性的。現在の方が異常。


434 :考える名無しさん:2006/06/24(土) 07:33:30
日本史の基礎知識も無い馬鹿は書き込むなよ。

435 :月桂冠:2006/06/24(土) 07:34:48
強くたくましい者が優れているという自然崇拝になるだろうね

436 :考える名無しさん:2006/06/24(土) 20:57:52
>>1
日本人は別に無宗教ではない。
中国人と同じように拝金思想がある。

437 :考える名無しさん:2006/06/24(土) 21:18:44
日本人の信仰は、鰯の頭

438 :考える名無しさん:2006/06/25(日) 00:02:55
宗教が意識に与える最大の効果は何であると考えますか?

439 :考える名無しさん:2006/06/25(日) 03:22:07
結局、最終的に信じる事が出来るのは、頼る事のできるのは自分以外にないのだから、あらゆる思想あれども、
如何にそれを自分の中で解釈する事に尽きるよ。
結局、神といえるものが存在するのは自分の中以外にないのだから・・・

440 :考える名無しさん:2006/06/25(日) 10:52:02
>>438
実用的な宗教もあるよ。

陰陽道とか。

441 :考える名無しさん:2006/06/25(日) 12:48:10
>>440
私は哲学を本気で勉強してはいません。ここのスレでは馴染まないかもしれません。
興味があるのは、ある文化における人間の認識によって生み出される社会構造です。
科学、道徳、法、習慣、宗教などは、人の、どこまでも進んでいってしまう認識の無限ループを切断する効果があると思うんです。
例えば陰陽道でいえば、何かを選択実行するとき陰陽思想や五行思想、儀式等を駆使して説明実行していくのだと思います。
もし陰陽道によって社会が動かされているとしたら、陰陽の考えから万事バランスが大事だ、五行の考えから相性が大事だという思想と社会構造が現われてくると思います。
だとしたら、日本人のような絶対的な宗教行為や信仰なしの、世間の主流を規範とするような社会では、いったいどんな社会構造が形成されるのだろうかと。
社会構造を現象学や勢力均衡論を使って完成させたいのですが。


442 :考える名無しさん:2006/06/25(日) 20:57:50
フ━( ´_ゝ`)━ン

443 :考える名無しさん:2006/07/05(水) 02:37:58
本で読んだけど、日本は島国でずっと攻められたりすることがなく(海外だと言語も文化も違う民族に攻められたりする)、神という意識自体を認識するのが当初曖昧で遅かったそうな。
大和朝廷が本州を統一した時に地域にいたいろんな神様が整理整頓されて、都合いいように、書きなおした。
仏教伝来した当初の釈迦は神様の中の一つだったけど、今は逆に神様が釈迦を守るようになってる。
戦争があって後、日本の文化が崩壊したのも原因の一つだが、大半の日本人は「どっかにいるわ神様教」だから、神社でも寺でもよくて寛容なんだってさ。長くてごめんなさい。宗教の話って面白い。

444 :考える名無しさん:2006/07/31(月) 07:01:49
宗教の本質は思想。
世の中のすべての現象を人は論理的には理解できないが、
非論理的に理解することにより、思考が可能となる。
この理解を助けるのが宗教の思想である。
非論理的な思想を人に刷り込むのに必要なのが儀式である。
無宗教の人間とは、思考のできない人間という意味であり、日本人には当てはまらない。

445 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 19:35:40
きもい

446 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 19:48:10
日本は無宗教というより、ご都合主義なんだよ。
必要であれば国家統一の為に国家神道や仏教も国教とするし
必要であれば資本主義・民主主義も取り入れる。
ご都合主義国家。わかったかい?

447 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 19:56:50
わかんない

448 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 20:20:07
無宗教ゆえにご都合主義とも言える
神という絶対的な基準がないがゆえに思考の核というものが存在しない
およそ原則という概念を理解するのが苦手でありルールを作りそれを
順守するということもまた苦手である

449 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 21:04:10
>皆さんは、日本の“無宗教”“多宗教”をどう思いますか?
どうでもいい。
オレ自分教。

450 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 03:31:11
池田犬作

創価学会の息のかかった企業リスト一覧
http://nvc.halsnet.com/jhattori/rakusen/AntiSouka/souka.htm

451 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 07:11:05

無宗教?

こんな言葉は元来日本語には無い。
ところが○翼が好んでこの造語を使用し、そちら系の新聞に誤って使用される始末。
また、驚いたことに某朝までダラダラ生TVで某○○党の党首○○議員が平気で
この言葉を使用していたことだ。

正しく言うならば、非宗教である。
わかったかな >>1

452 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 07:20:02
また、現在ではわざと無神論を無宗教と称して、この言葉を使用しているケースもある。
無神論では印象がイメージ・ダウンされる、ただそれだけの理由からである。

正しくは言うならば、非宗教である。
わかったかな >>1

453 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 07:32:28
若しくは、「無宗教」と称する新たな新興宗教として、近年勃興してきた宗教の一つと
分析する宗教、社会学学者もいる。宗教とは社会、文化、歴史、生活などと密接に
つながり、切っても切り離せない相互依存の形態にあるものもめずらしくはない。
どことなくアナーキリズム相通ずるものがある。

よって正しくこの言葉を使用するのであれば、「無宗教」と称する一宗教形態であることを
明示するべきである。

わかったかな >>1

454 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 07:39:35
日本人っていわゆる島国根性+より小さく緻密にって文化的な流れでかしらんけど
共同体への欲求として宗教ほど巨大なものを必要とはしてないんだよね。
5人〜10人の輪で満たされてしまう。

無宗教というよりは小宗教というべきじゃないかな、と。

455 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 07:40:13
宗教とは?この問い、それ自体、及びその問いに対する見解が欠けた言葉が
所謂俗に言われる無宗教という造語である。
イデオロギー、文化、社会、国家形態、社会経済活動なども宗教になる場合がある。

よって正しく自己の所属を言い表す時は、非宗教である。

わかったかな >>1

456 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 08:02:45
海外に行ったときに必要となる手続きとして、空港などのゲートで入国許可申請書に

 「所属する宗教」という記述欄

がある。
ここで無宗教などと書くと、米国ですら要注意人物のリストに挙げられることを
ご存知であろうか?日本人の中で無知な者は兎角平気で無宗教と書いてしまう。
このような宗教観の違いを比較すると日本はむしろ世界からみて特殊な地域である。

457 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 08:04:58
無宗教、非宗教も世界からみればアウト・ローよ。

458 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 08:12:57
>>456
おそらくそういう日本人は井の中の蛙で世間知らずなんだろうな。
自分たちがどういう目で見られているかも知らずにね。

459 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 08:24:27
むしろ米国は日本の土着信仰をぶっ壊した張本人なのにねえ

なんていってみる

460 :考える名無しさん:2006/08/27(日) 12:47:06
>>456

所属する宗教: 科学

461 :考える名無しさん:2006/08/27(日) 12:49:09
アニミズム

462 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 11:52:55
日本にも宗教があるやん。テレビ教ってのが。

463 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 19:20:20
日本人のアニミズムって考え方はとても素敵だと思うのよ
それはいいんだがアニミズムは果たして宗教か?
民族固有の価値観と宗教の線をどこに引く?

結論 引けない
よって日本人はアニミズムを基調として、右翼左翼モーオタジャニオタ
ニヒリストモラリストその他諸々
様々な信条をもった宗教家であふれています

464 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 22:13:07
所属する宗教: Google教

465 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 23:07:32
現代宗教は科学では理解できない死生観と倫理観を理解するために存在しますが、
人生には意味が無くDNAによりすべての行動が支配されるということを完全に
理解していれば宗教が無くても問題無く生きていけます。
それを小学校で徹底的に教えこめば、真の無宗教国家が完成しますね。

466 :考える名無しさん:2006/08/31(木) 23:48:40
>それを小学校で徹底的に教え込めば

それ、宗教。

467 :考える名無しさん:2006/09/01(金) 02:28:01
つーかさ
日本の仏教って例外なく
仏像を拝み
位牌を祭ってる
この時点で、執着を禁じる釈迦から破門されると思うのだが

468 :考える名無しさん:2006/09/02(土) 10:54:57
>>465
優生学教信者乙。


469 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 16:11:21
無宗教より、自然崇拝の方がいいとは思うけど、、、
ただ、自然崇拝が優れてるかというと、そうでもない気がします。

470 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 16:13:28
オナニー教


471 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 05:59:51
>>1
「信仰」ってのは、一種の「神経症」。

472 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 06:01:15
>>470
それいいな。

じゃあ俺は、「Don't think. Feel.教」な

473 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 13:09:29
自然(じねん)思想から来る「世間教」で凝り固まってます
従って、日本は無宗教ではない

474 :考える名無しさん:2006/10/10(火) 10:02:12
>>473
もう少し詳しく

475 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 17:06:32
常識を省みない奴だ

476 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 18:29:30
弘法大師が「功徳のありそうな神はみな拝め」とか言い始めて以来の伝統じゃないかな


477 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 19:25:21
お前らも何らかの主義者だろ。

478 :短パン:2006/10/13(金) 20:28:54
「日本の“無宗教”は一番自然な宗教か。」
・・・、深い論点だと感ずる。
・・・言わば、文化人と名の付くうんこたれが、現在の文化をなんとかしようと、考えている昨今だよな?
で?だったら、それは「テリー伊藤」かね?それとも「デーブスペクター」かな?

「日本の“無宗教”は一番自然な宗教か。」
との問いに対し、私が繰り出す答えは、ひとつしかない。
『答えは、否。』
・・・色々言われるけど、宗教=陰謀とか、マインドコントロール、とか言うのも、『どぅなのだろうか?』ね・・・?
多く、信仰とは、生きとし生ける者の為に存在するはずの概念であろう。と、思っている。
死んだ者に敬意を払うか払わぬかは、生きとし生ける者の「心の問題」である。
僕等は、永遠を求め過ぎているから。TVの箱の中の演者も、なんだか大変そうだぜ?

いつか。自分で、見つけられるようになるといいね?(漏れも、まだ。探してる・・・)

でわ。


479 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 20:34:00
>>478
何?このノーベル文学賞取れなかった人みたいな文章は。

480 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 09:33:36
無宗教は詭弁で、何も考えてないから言語化できてないだけだろ

更に言えば、宗教の本質(俺が勝手に本質だと思っている)からみれば、日本人は、生まれた時から民主主義教に入っています

481 :考える名無しさん:2006/11/12(日) 18:11:05
★★日本の宗教雑考★★
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1163146726/

482 :考える名無しさん:2006/11/12(日) 21:27:19
人間が作るものなどたかが知れている。
多神教は一番間違いのない宗教だな。
それが結果的に良かった。

483 :考える名無しさん:2007/01/08(月) 00:29:53
神とともに生きてるから無宗教。友達と生活してて友達拝まないだろ

484 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 15:39:24
紙とともに生きてるから拝金教。金をありがたがらないやつなんていないだろ

485 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 17:51:43
>>484
だってお金は実用性があるもの。
神様をありがたがっても実用性は・・・?

486 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 18:12:51
中島義道が揶揄して使う「優しさ教」があるw

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