5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

言語論的転回

1 : :03/11/17 01:26
明日のレポート間に合いません!!
誰か助けて!

2 :考える名無しさん:03/11/17 01:27
はい、どうぞ。

3 :考える名無しさん:03/11/17 01:28
でもなんか、今文学板に殴りこみに行ってるよ
ここの人達。

4 : :03/11/17 01:35
適当にレポートにするから
オマイラ かってに議論してください

5 :考える名無しさん:03/11/17 01:35
哲板vs文板のバトルやってるの?

6 :考える名無しさん:03/11/17 01:36
何のバトル? おせーてー

7 :考える名無しさん:03/11/17 01:37
哲板の住民が、スレを立て、
苦しいノリで謳います....Jazz.
行けばわかるさ

8 :考える名無しさん:03/11/17 01:37
ええい 弾幕が薄いぞ 骨を召還しろ 焦土にしてやれ

9 :考える名無しさん:03/11/17 01:40
漏れは理系だから。科学哲学までは興味あるけど、文学の泥沼には
嵌まりたくない。よしとくよ。

10 :考える名無しさん:03/11/17 01:46
ttp://plaza27.mbn.or.jp/~homosignificans/language.htm

11 :考える名無しさん:03/11/17 15:43
おせーて!


12 :校長が強盗:03/11/17 16:36
この事件は報道されていません。教育委員会も校長を処分しません。
 皆様の力でこの事件を広めてください。
被害者先生のサイト
 http://www.geocities.co.jp/NeverLand/8595/
 事件究明を求める署名サイト
 http://chiba_273.at.infoseek.co.jp/
   ∧_∧
  (  ^^ )< ひろめよう


13 :考える名無しさん:03/11/17 18:46
誰なんだ、言語論的展開とか言い出した奴。
お陰でこっちはいい迷惑なんだが。

14 :考える名無しさん:03/11/17 18:57
>>13
リチャード・ローティ。


15 :考える名無しさん:03/11/17 20:09
>>13
社会科学系?
おれもそう かなりメイワク
まあ最近は落ち着いてきたらしいがね

>>14
ローティーは名前付けただけでしょ?

16 :考える名無しさん:03/11/17 22:48
あらゆる認識が言語的である、とまで言われた時代があったね…

17 :考える名無しさん:03/11/18 14:49
>>15
じゃ、フッサール。

18 :考える名無しさん:03/11/18 15:03
ゲンゴロウ的転回

19 :考える名無しさん:03/11/18 15:47
板長!プログラムのML板、プログラマーのCOBOL板で
発見しました。
http://homepage3.nifty.com/Aransk/
プログラミング言語論的転回?

20 :考える名無しさん:03/11/18 18:28
やはりフッサールとウィトが諸悪の根源か・・・


21 :13:03/11/18 20:03
>>15
歴史学です。
歴史学の危機、歴史学は終った、とか言って。
こっちはそんなことわかった上でやってるっつーの。
ていうか、あんなこといったら人文・社会科学系の学問ほとんど終わりでしょ。


22 :考える名無しさん:03/11/18 20:53
>21
やはりというべきか 歴史学でしたかw
僕はまだ歴史学に期待してますが 時代遅れなんすかね?
まあ歴史学がまったく変わらないで良いとも思いませんが

とにかくいまは哲学系の議論を横目で見ながら自分でやれることをやるだけですね



23 :考える名無しさん:03/11/19 13:33
>22
歴史的事実自体が日々書きなおされてるんだから、歴史学が
変わらないわけないでしょうがぁ。


24 :考える名無しさん:03/11/19 20:34
>23
そういうイミではないと思うが
もっと抽象的というか理論的というか そんなことなんじゃん?


25 :考える名無しさん:03/11/19 21:39
歴史学の方法論を言いたい訳でしょうか?
哲学的な議論を横目にみながら…ってフレーズには
古典沈潜的ニュアンスを感じる。

26 :考える名無しさん:03/11/19 22:49
古典沈潜的か うまい言い回しですね
新しい手法だと 例えば言説分析とかになるのかな
でもこれはもう特に新しくないか

ところで肝心の言語論的転回の話になりませんね
当方 哲学の素人なもので 我こそはと思わん方の議論を見たいです
ではROMに戻りま〜す



27 :考える名無しさん:03/11/20 23:36
>>1
ウィトゲンシュタインの事を言ってるのか?

28 :考える名無しさん:03/11/27 07:17
hosyu


29 :考える名無しさん:03/12/07 22:11
2ちゃんではよく「言語論的転回は既に見切られた」って表現をみるけど
その根拠はあるのですか?
読みたいのでサイトなど教えてください
もしや竹田の本か何かが根拠なの?


30 :考える名無しさん :03/12/08 00:20
よーするに表象手段としての言語が透明か不透明かってことだろ。
何深刻に悩んでんだ?>>1

31 :考える名無しさん:03/12/08 01:49
これ読めばだいたい分かる。

言語論的転回 / 新田義弘 [ほか] 編
東京 : 岩波書店, 1993.6
vii, 326p ; 22cm. -- (岩波講座現代思想 / 新田義弘 [ほか] 編集 ; 4)
ISBN: 4000105345

32 :考える名無しさん:03/12/09 02:05
>>29
戸田山和久の本あたりが、そこら辺について語ってる。

33 :考える名無しさん:03/12/09 02:15
>>32
なんてタイトル?

34 :考える名無しさん:03/12/09 16:18
>>33
科学を考える―人工知能からカルチュラル・スタディーズまで14の視点
とか

35 :33:03/12/09 16:43
ありがとう!

36 :29:03/12/09 20:58
>>32さん
ありがとう! 読んでみます


37 :考える名無しさん:03/12/09 21:24
>>29
「言語論的転回は既に見切られた」という根拠のレポよろ。

38 :29:03/12/09 21:28
>>37
多分おれにはそんなムズイことはムリっす・・・
目を通すだけで精一杯と思う
申し訳ない


39 :考える名無しさん:03/12/10 20:45
「言語論的転回は既に見切られた」って外国でもそう言われてるの?
日本の思想界が認めるまでもうちょっと時間かかりそうだけど
外国の思想界が認めたら日本も一気になびくんだろねw


40 :考える名無しさん:03/12/10 21:03
>>39
言語論的転回を否定するということは、20世紀の哲学の
全部を否定するに等しい。
「見切られた」なんていっているやつはどうせDQN

41 :考える名無しさん:03/12/10 22:33
>>41
だからどうしょうもない20世紀哲学全体に見切りをつけろってことだろ
ゲンゴロウさんを見切るには哲学関係者に生活保護手当てを支給しなきゃできないかもね



42 :考える名無しさん:03/12/10 22:56
>>40
それ誇張。
かなりの成果は残る。
別に分析哲学も現象学もポストモダンも傷つかない。
一昔前の分析哲学や構造主義的言語学ぐらい。

43 :40:03/12/10 23:02
>>42
どういう成果?
たとえば、分析哲学は言語分析が第一の仕事だろ? 
その重要性を強調する点に言語論的転回の意義はあった。
それなしに分析哲学はありえないんじゃないのか?

44 :考える名無しさん:03/12/11 02:36
言語論的転回が標的にした「内観」は、
認知科学が再定義した「非言語的な認知」とは別物。

ようは認知科学の進展を受け入れつつ、言語分析を拡張していくというのが
今の分析哲学。

45 :考える名無しさん:03/12/11 03:40
>>44
「認知科学が再定義した「非言語的な認知」」
を認めて、「言語分析を拡張」することが、
なぜ「言語論的転回に見切りをつける」ことになるのか?
それどころか、ますます言語が重要になるのではないか?

46 :考える名無しさん:03/12/11 06:48
>>44
???

47 :考える名無しさん:03/12/11 07:10
>>1は間に合ったのかな?

48 :考える名無しさん:03/12/11 07:26
間に合ってるといいですね(笑)

49 :考える名無しさん:03/12/11 07:30
>>44の言いたい事はまるきり逆だと思うぞ。
「言語分析を拡張していく」って理解が正しいかどうかは、ともかく。

50 :1:03/12/11 14:06
結局レポートにはなんと書けば良いのですか?
先生に待ってもらってます
早くしてください!


51 :飛べないカラス ◆hslonKolMc :03/12/11 14:11
言語学板のスレはみたの?

52 :1:03/12/11 14:14
〜ここまでのマトメ〜
言語論的転回とは、よーするに表象手段としての言語が透明か不透明かってことである
このことにより社会科学、特に歴史学がメーワクを蒙った。
しかし最近は、「言語論的転回は見切られた」という議論が始まっているが、
これは20世紀哲学の根幹を問う議論になりかねないため、未だ結論は出ていない。
以上

これでAがもらえますか? Aじゃなかったらみなさんのせいですよ?!


53 :1:03/12/11 14:17
>>51
言語学板のスレはどこですか?


54 :考える名無しさん:03/12/11 19:29
言語論的転回が過去のものになったって事と、
その遺産を否定するって事は別なものだって事だけは、忘れたら駄目だな。
それいったら、古代ギリシャからたくさんの遺産があるわけだが。。

55 :  :03/12/11 20:08
>>52
別に歴史学は迷惑なんか蒙ってないよ。
主流はこんな議論徹底的に無視してるからな。
ヘイドン・ホワイトの「メタヒストリー」も邦訳は永久に出そうにないしw
まあ、哲学や文学から馬鹿にされてるという意味では
知らずに被害蒙っているとは言えるが。

56 :考える名無しさん:03/12/11 20:54
>>54
「言語論的転回が過去のものになった」ってことは
その成果を自明の前提条件として、これからの哲学を考えよう
ということでいいのですか?
「言語論的転回は見切られた」と上で言っている人たちの感じだと、
転回するのは止めに(つまり否定)して、認知科学の哲学をやる方が
今風、というように読めるのですが。

57 :考える名無しさん:03/12/11 21:10
>>55
ホワイトの邦訳については、単に富山がヘタレなだけ。
こいつはポール・ド・マンの訳も握りつぶした。

58 :考える名無しさん:03/12/11 21:31
>>55
たしか「メタヒストリー」は五年前の『現代思想』の
ニーチェ特集号に部分訳があったはず。
富山太佳夫訳じゃないがw

59 :考える名無しさん:03/12/11 21:35
>>56
自明の前提条件ってのはさすがに違うかと、その成果の内、妥当と思えるものは当然受け入れるということ。
で、その妥当と思うものは何かだけど、それは当然人によって意見が異なる。
゛言語論的転回゛や"認識論的転回"自体が一枚岩でなかったの同様。

60 :ぴかぁ〜:03/12/11 22:06
言語論的転回は20世紀最大の変革と言われるわけだが、
その重要性は、「私とは言語である」という観点にある。
その意味するところは、哲学を本格的に還元論に導いたのである。
すなわち私が言語であるならば、言葉により還元することにより
哲学史上、あやふやであった認識を詳細に解体、構築できることである。
これは科学が世界を数量化により還元し、世界を再構築するという
科学革命を起こしたことを、哲学においても可能にするのである。
その大きな期待から言語論的転回は20世紀最大の変革と成り得たのである。
ラッセルは記述理論により、現実に言語を還元する方法を提示し、
さらにヴィトゲンシュタインは、写像理論により還元された言語が世界
そのものを表していると示した。
まさに言語論的転回は革命を起こしたのである。。。ように見えた。
しかしその夢は一次的なものであった。
その後、ヴィトゲンシュタインは「言語ゲーム」によりあっさりと、革命が夢で
あったことを自ら宣言したのである。
「言語ゲーム」とは、言語は論理により単純に解体、構築できるようなもの
ではなく、使われる状況を含んだあやふやなものでしかないということである。
しかしその後も還元要素を探した言語論転回は、言語が意味を持に至る
構造の解析(構造主義)として進む。
しかし言語による認識を還元することの限界を示した「言語ゲーム」は、
決定的なように思われる。それはやはり言語であり、認識であり、
思考であり、それらは認識の一部でしかないという事実である。

61 :考える名無しさん:03/12/11 22:31
>>60
間違い。
あなたが語っているのは論理実証主義の言語観であって、
言語論的転回の総体ではない。論理実証主義は、言語論的転回の
最初の一歩に過ぎない。確かに後期ウィトゲンシュタインは
論理実証主義の言語観の限界を示したが、言語ゲームの概念は
言語論的転回の基本姿勢(つまり現実を言語へと還元し言語を
通じて把握しようとすること)を徹底化させた帰結であって
言語論的転回の否定ではない。

62 :考える名無しさん:03/12/11 22:32
「メタヒストリー」の邦訳抱えて逃亡しているのは富山太佳夫ではない。
山崎カヲルおよびその子分達だw
ちなみに『新しい歴史教科書を作る会』の今は亡き学習院大教授、
坂本多加雄も院のゼミであの本を輪読してたらしい。
言語論的転回ってのは危険な方向にも利用可能なんだよ。

63 :ぴかぁ〜:03/12/11 22:39
>>61
確かに言語ゲームの概念は言語論的転回を否定しているものでは
ないです。実際に言語ゲームの概念はさらに言語論を展開させる
役割を担っています。
しかし私は言語ゲームが言語論的転回の否定をまさに暗示しているのでは
ないかと考えたのです。
それは続く構造主義は、言語論転回の発散過程になると思うのです。
それが悪いとか、いいとか言いませんが、
言語論転回が20世紀最大の変革と成り得たのは、
言語を研究するそのことそのものにあるわけではなく、
認識を還元する夢故だと思うのです。

64 :61:03/12/11 22:47
>>63
すまない。意味がよく分からない。
「言語論的転回の否定」とは? 「言語論転回の発散過程」とは?

それから「還元」という日本語の用法がおかしい。
AをBに還元する、AをBへと還元する、と言わないと意味を成さない。

65 :ぴかぁ〜:03/12/11 22:53
たぶんに偏見なので、聞き流してもたって結構ですが、

言語論的転回の意味は、哲学家のコンプレックスから
来ているのではないかと考えています。
16世紀以降の数量化による還元論という科学革命は、
哲学にとっては致命的な一撃を与えました。

それが科学が到達しえない認識の世界、それはまさに
哲学にとっての最後?のパラダイスなわけですが、
そこで言語論による還元論という革命が行えれば、
哲学の逆襲のまたとない機会です。
言語論転回とはそのような哲学家の夢であったのではないか。

66 :ぴかぁ〜:03/12/11 23:02
>「言語論的転回の否定」とは? 「言語論転回の発散過程」とは?
「言語論的転回の否定」
 言語論的転回の本質(認識を論理により還元するというコンセプト)を否定する
「言語論転回の発散過程」
 言語論的転回の本質(認識を論理により還元するというコンセプト)の検討から、
 意味論、構造主義等、言語論的転回の本質を離れ、言語そのもの研究を多様化させる。
 
>それから「還元」という日本語の用法がおかしい。
>AをBに還元する、AをBへと還元する、と言わないと意味を成さない。

多様で複雑な物事を何らかの根本的なものに置き直し,帰着させること。
科学的還元 物質を原子に還元させる。
言語論的還元 認識を言語(要素命題)に還元させる

67 :61:03/12/11 23:11
>>66
だいたい了解。
定義はあなた次第だが、言語ゲームの概念は、言語論的転回を否定したのではなく、
展開ないし発展させたのだ、と言わないとミスリーディングになるということは
繰り返しておきます。

68 :q1nu&:03/12/11 23:16
新自然主義的転回もよろしく。

69 :ぴかぁ〜:03/12/11 23:27
>>67
たとえば、言語ゲーム後の言語論の目的はなんですか。
多様化する言語論はどこに向かおうとしてますか。

70 :考える名無しさん:03/12/11 23:34
>>62
いくらでも恣意的な解釈が可能になるってこと?
自分に都合が悪いことはみなくて済むんだもんね


71 :ぴかぁ〜:03/12/11 23:38
こんな感じですか?

物理学を中心とした機械的唯物論思想は量子力学によって否定された
しかし量子力学によって物理学はさらに発展している。
言語学を中心として言語還元論思想は言語ゲームにより否定された
しかし言語ゲームによって言語学はさらに発展している。

72 :考える名無しさん:03/12/11 23:42
>>65
>それが科学が到達しえない認識の世界、それはまさに
>哲学にとっての最後?のパラダイスなわけですが、
>そこで言語論による還元論という革命が行えれば、
>哲学の逆襲のまたとない機会です。

「論考」のウィトゲンシュタインも、論理実証主義の哲学者たちも、
還元主義者であり、旧来の「哲学」を排しようとしたというのが一般的な見解ですが。
「論考」でも、カルナップの著作でもはっきりと言ってるし。

73 :61:03/12/11 23:44
大き過ぎる茫漠とした質問なんで、こちらも簡単に答えると、
言語使用に伴う倫理の問い、というところか。
つまり言語とは何かという問いは、どのように用いるかという
行為論的な問いを抜きには考えられないということ。
後期ウィトゲンシュタインの倫理学講義なんかはそう
いう方向だったと思う。その後に続く現代の哲学者
ローティ、フーコー、ハーバーマス、レヴィナス、等々が
皆政治や倫理の問題に取り組んできたのはそういう流れが
あるからではないだろうか。
これで降りるとします。

74 :考える名無しさん:03/12/11 23:44
>>71
>言語学を中心として言語還元論思想

ちゃう。敢えて言うなら論理学と集合論が中心。

75 :考える名無しさん:03/12/11 23:46
言語論は哲学者の逆襲かあ
あながち間違いというわけでもなさそう
誰か哲学史の文化政治学的解釈をやってみなよ
おもしれーの出てくるかもよw


76 :考える名無しさん:03/12/11 23:48
自作が始まったな・・

77 :「機械的唯物論」者:03/12/12 00:04
>>75
最近それをやって一時「流行」したのは、エイズで亡くなった「あの人」
です。(「最近」でもないんですかね?)

78 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:04
>「論考」のウィトゲンシュタインも、論理実証主義の哲学者たちも、
>還元主義者であり、旧来の「哲学」を排しようとしたというのが一般的な見解ですが。
>「論考」でも、カルナップの著作でもはっきりと言ってるし。

同じ意味だと思うのですか。

79 :考える名無しさん:03/12/12 00:08
>>78
少なくとも「哲学の逆襲」じゃないだろ。

80 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:10
>>73
私のもともとの疑問は、
なぜ20世紀の哲学は言語論に「偏向」してしまったのか?
というものです。

それはやはり20世紀初頭に提示された言語還元論という夢だと思ったのです。
かりに言語還元論が唯物還元論のように一時期でも成功すれば、
社会の価値観に、唯物還元論にも匹敵する革命を起こせるかも知れない。
20世紀初頭のこの夢に哲学は言語論へ偏向していって、
今に至るのではないのか。
また偏見ですが、現在における哲学の言語論への偏向はその余波ではないか。
とうことです。

81 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:14
>>79
哲学の逆襲です。
ウィトゲンシュタインも、論理実証主義の哲学者たちも
旧来の「哲学」を排しようとしたということは、

旧来の中途半端に哲学に見切りをつけ、
還元論を武器に科学に対峙したのではないかということです。
哲学の復権を願ったということです。

82 :「機械的唯物論」者:03/12/12 00:14
>>80
哲学に「夢」の概念を持ち出すこと自体「間違い」です。
「アカデミックに一つの理論で『統一されること』のこと」だとしたら、
哲学が哲学のレゾンデートルを放棄して「宗教化する」ということです。

83 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:17
>大き過ぎる茫漠とした質問なんで、こちらも簡単に答えると、
>言語使用に伴う倫理の問い、というところか。

>>73の言うことがみなが考える見解かどうかわかりませんが、
「言語使用に伴う倫理の問い」という動機で
1世紀もの間、哲学全体が言語学に偏向するとは
考えにくいのです。


84 :考える名無しさん:03/12/12 00:17
機械はぴかーと別人だったということか?ふむ。

85 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:18
>>82
哲学に「夢」の概念を持ち出していませんよ。
哲学者に「夢」の概念を持ち出しているのです。
哲学者もただの人ですから。

86 :考える名無しさん:03/12/12 00:23
大体日本語しか使えないくせに「言語論」がどうのこうのとえらそーに語る
自称哲学者どもは、経済的価値を何ら生み出さないと言う意味で雑談バアア
以下だな。バアアどもは雑談の結果購買意欲をかき立てるからな。
日本語の構造でしか思考できない奴は英語グローバリズムにF**Kされるだけ。

87 :考える名無しさん:03/12/12 00:26
>>85
つーより日本の哲学者は、哲学をメシの種にしたい凡人だと定義すべきだな。

88 :考える名無しさん:03/12/12 00:27
>>81
>還元論を武器に科学に対峙したのではないかということです。
>哲学の復権を願ったということです。

言いたいことはなんとなく分かるんだが、
科学史・哲学史(あるいは科学哲学史)を見る限り、
哲学は科学的知識の内在的考察を常に一つの大きなテーマとして来たわけでしょ。
「論理主義・論理実証主義」に格別、復権の意味は無いと思うんだが。

89 :考える名無しさん:03/12/12 00:30
>大体日本語しか使えないくせに「言語論」がどうのこうのとえらそーに語る
>自称哲学者どもは、経済的価値を何ら生み出さないと言う意味で雑談バアア
>以下だな。バアアどもは雑談の結果購買意欲をかき立てるからな。
>日本語の構造でしか思考できない奴は英語グローバリズムにF**Kされるだけ。

あなたと違って、
哲学者の方々はまともな教育受けてるでしょうから、
英語と二外ぐらい使えるでしょうよ。

90 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:31
さらに偏見をいうと、
大学というのは、学問的時間差が生まれることが有名です。
学問的時間差とは、
研究者は若い頃に始めた研究内容を教授になり体感するまで
変えない。これは人の能力もありますが、大学のシステムの
ためでもあります。
学問の新しい展開が広がるには、1世代かかると言われています。

これから考えると、言語論は21世紀も哲学の主流であり得るのか
ということです。


91 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:41
>>88
>哲学は科学的知識の内在的考察を常に一つの大きなテーマとして来たわけでしょ。
>「論理主義・論理実証主義」に格別、復権の意味は無いと思うんだが。

確かに哲学は科学の内在的考察を一つの大きな仕事です。
しかし哲学の本質は合理主義にあると思います。
科学が成功する前には合理主義の価値観を勝ち得ていたわけです。

ウィーン学派はそもそも、言語学のみを対象にしていたのではないと
思いますし、哲学者の集まりでもなかったと思います。
論理実証主義はその中から言語論に偏向したものだと思います。

92 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:42
科学が成功する前には合理主義の価値観が勝ち得ていたわけです。

誤字脱字すいません。


93 :考える名無しさん:03/12/12 00:42
22=75です ぴかタソじゃないですよ
>>77
ふぅこぉ ですか? みんな似たようなこと考えるんですね


94 :考える名無しさん:03/12/12 00:44
間違えました
29=75でした スマソ

95 :考える名無しさん:03/12/12 00:45
>>91
正直に言って欲しいのですが、少し「機械的・・」の影響を受けていませんか?

96 :考える名無しさん:03/12/12 00:51
>科学が成功する前には

何をもって科学の成功と?科学史的事実で例示してくれ。

>合理主義の価値観を勝ち得ていたわけです。
論理実証主義もそうだろ。つまるところは科学の合理主義的基礎付けでしょ。

97 :考える名無しさん:03/12/12 00:54
>ウィーン学派はそもそも、言語学のみを対象にしていたのではないと
>思いますし、哲学者の集まりでもなかったと思います。
>論理実証主義はその中から言語論に偏向したものだと思います。

ポパーみたいな鬼子はいたが、
「論考」の影響を考えれば言語論への偏向は必然的だろ。

98 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:57
>>96
科学の成功とは、16世紀ごろの欧州で起こった数量化革命ですね。
社会的認識に革命を起こしました。
そしてその後、それまで辺境だった欧州が
科学技術価値観をもとに世界を席巻していきました。

合理主義はまずかったですか。
神的合理主義または観念論ということでしょうか。

99 :ぴかぁ〜:03/12/12 00:58
>「論考」の影響を考えれば言語論への偏向は必然的だろ。

何故に必然なんですか。
そこを行っているわけです。

100 :考える名無しさん:03/12/12 01:17
6.53
The right method of philosophy would be this:
To say nothing except what can be said,
i.e. the propositions of natural science,
i.e. something that has nothing to do with philosophy:
and then always, when someone else wished to say something metaphysical,
to demonstrate to him that he had given no meaning to certain signs in his propositions.
This method would be unsatisfying to the other
-- he would not have the feeling that we were teaching him philosophy
-- but it would be the only strictly correct method.

ここ見れば象徴的だが、「論考」
形而上学的な言明を排した自然科学の命題の正しい語り方を追求する哲学=論理実証主義
の先駆的発想なんだよ。まあ論理実証主義者が解釈する限りだが。
他の「論考」解釈があるなら提示してくれ。

101 :100:03/12/12 01:18
日本語版はWEBで見つけられんかったから、英語で代用。

102 :100:03/12/12 01:21
>ここ見れば象徴的だが、「論考」
>形而上学的な言明を排した

「論考」は、だね。

103 :ラッセルソシュールヴィト:03/12/12 01:42
>>89
>あなたと違って、
>哲学者の方々はまともな教育受けてるでしょうから、
>英語と二外ぐらい使えるでしょうよ。

いずれにしろ「ラテン語をベースにしたヨーロッパ言語」だな。
アラブ文字が右から左に書かれることは、左脳(言語脳)と右脳(音楽脳)
の機能差を生み出す・・・・というのも「欧州言語的発想」ということかな。
「かな」「カナ」「漢字」を駆使する日本語が使う「脳の使い方」は
「世界普遍」でないことは確かだ。

104 :考える名無しさん:03/12/12 01:53
>>103
だから何?w

105 :ぴかぁ〜:03/12/12 08:56
いろいろ書きましたが言語論に詳しいわけでなく
以下ことはどのように考えますかということです

20世紀哲学はなぜ言語学に「偏向」したのか
21世紀も言語学は主流であり続けられるのか

106 :考える名無しさん:03/12/12 09:10
>>105
君の大好きな構造主義が横行したからだよ。
それに加えて、哲学研究者達が「ポストモダン」を理解するのに時間がかかったから。

新しい時代はもう始まってるよ。

107 :考える名無しさん:03/12/12 10:24
>>105
20世紀における形式論理学の発展というのも大きかったと思う。
証明を形式的記号の操作として扱うというのは、
論理学や数学における言語論的転回とも言えるんじゃないか。

ただその結果として、形式的記号だけでは上手くいかないという事も
分かってきたわけだし、言語論的転回を見切る事ができるのも
言語論的転回を経たからだろうね。

108 :ぴかぁ〜:03/12/12 10:48
まったく同意見です
そこにわたしは哲学者たちの壮大な夢と挫折の物語を見るわけです
特にラッセルとウィトの物語ですが
まったく哲学的ではないですが
相対主義、歴史主義的にはおもしろいわけです

そしてこれから哲学はどこに向かうか想像するわけです

109 :ぴかぁ〜:03/12/12 10:49
>>107へでした

110 :1:03/12/12 23:15
で、結局どうなるというのですか?
私はレポートになんと書けば良いのですか?
私はAが欲しいんですよ! Aじゃなきゃ大企業に就職できないじゃないじゃないですか!


111 :考える名無しさん:03/12/12 23:17
a=キス
大企業ってどこ?


112 :1:03/12/12 23:23
>>111
釣りですか? Aとは成績の優に決まってるじゃないですか!!
私は商社か代理店に就職して、ギロッポンのカフェバーでアサダの本を小脇に
抱えながらデルモのちゃんねえパーナンしてテルホでパツイチキメるんですよ!!
これが私のあるべき人生なんです!
哲板のヒキコモリどもが私の人生邪魔する気ですか?!


113 :考える名無しさん:03/12/12 23:32
哲板の引きこもり君達は君の人生を邪魔なんてしないよ。
いい女とsexしたいだけなら、「優」とらなくてもいいんじゃない?

114 :100:03/12/13 00:19
>>ぴかぁー
何か答えてくれよ。「論考」以降、論理実証主義の、
言語論への偏向が必然じゃなければ何なのか。
どういうあり方が可能だったのか。

115 :ぴかぁ〜:03/12/13 02:06
>>114
>ウィーン学派はそもそも、言語学のみを対象にしていたのではないと
>思いますし、哲学者の集まりでもなかったと思います。
>論理実証主義はその中から言語論に偏向したものだと思います。

先に述べましたが、そもそもウィーン学団は科学的に世界を把握しようという
主旨であり、論理実証主義はその一部でしかなかったのです。
ウィーン学団が論理実証主義へ偏向?していったのは、
ラッセルによる論理主義をシステム化する試みやヴィトの「論考」が
発表される中で選択されていったのですね。
ではなぜ言語論が選択されたのか?ヴィトがあれほど信仰?されたのか

つなるところ、20世紀哲学はなぜ言語学に「偏向」したのかということです。

116 :考える名無しさん:03/12/13 03:05
言語論的転回が見切られたとしたら何がこれから変わるのか
具体的に論じてください


117 :考える名無しさん:03/12/13 04:27
なんつーか、これはイメージでしかないんだが、皆が何が正しいか、全体のために
今何をすべきかってことを、言葉にすることなく了解しているという風潮になると思う。

だから、言葉よりも絵画や音楽といった抽象的な物事に価値が見出されるようになるんじゃないかな?
それで、そういうことを理解できない奴は返って、強烈な言葉をあびることになると思う。

正論の暴力が横行するかもしれないし、逆に理想郷が現れるかもね。
抽象的な話で申し訳ないが。

118 :考える名無しさん:03/12/13 04:33
哲学の潮流くらいで社会全般が変わるとは思えないな。

それに所謂自然主義的転回が具体的にどのようなものになるかはわからんし。

119 :考える名無しさん:03/12/13 04:38
>>118
歴史を見ろ。時代が哲学の潮流で変わったのか、哲学の潮流が時代で変わったのかは分からんが、
明らかに、どちらかが、どちらかを象徴してるんだよ。今の世界の状態を見れば分かるだろ?構造主義とポスト・モダンの対立そのものじゃないか。


120 :考える名無しさん:03/12/13 04:42
吉田哲学で日本は変わりました。

121 :考える名無しさん:03/12/13 04:42
で、現代哲学が社会をどれだけ変えたんだ?

122 :考える名無しさん:03/12/13 04:44
100年後誰かに聞いて。

123 :考える名無しさん:03/12/13 05:10
>>117の規模での変化が起こるとは考えにくいな。

124 :考える名無しさん:03/12/13 05:16
>構造主義とポスト・モダンの対立そのものじゃないか。
何だってー。
構造主義とポストモダンのせいだったのか。



125 :考える名無しさん:03/12/13 05:26
ぴかタソの意見では哲学者の夢は終わったってことでしょ
ますます観念論的な意見は影響力を失うのでは?


126 :考える名無しさん:03/12/13 05:40
言語論的転回の見切り
○第一哲学としての言語哲学の拒否
×言語哲学の放棄

127 :考える名無しさん:03/12/13 06:58
>>126
では、第一哲学に何が来るのでしょう?
なんだかここは自然主義的転回と言っている人が多いみたいですが
戸田山和久にしろ誰にしろ、科学哲学とか認知科学とかの流行に
翻弄されているだけでしかない、了見の狭い考え方に思えます。
それらの研究の意義を否定するつもりはないですが、
私はフッサールやハイデガーといった大陸哲学の伝統も同じ
ぐらい重要だと考えます。現象学も存在論も言語哲学の重要
性抜きには語れません。
それを拒否するのはおかしいのではないでしょうか。

128 :ぴかぁ〜:03/12/13 09:58
言語論的転回が起こった時代背景を考えると、
16世紀の数量化革命という還元論が科学の発展につながり、
19世紀後半は科学により世界が理解できるという欧州ではある種の高揚感が
あったと言われています。
ウィーン学団にも見られるように科学的に世界を理解できる幻想があり、
言語論転回もその流れの一部と考えることができます。

しかし20世紀に入ると幻想であることに築かされるわけです。
よく言われるのが、相対性理論によりニュートン力学による絶対的世界観が
崩れ、さらに量子力学、不確定性原理による還元論が崩れる。
そして哲学では論理による世界の構築が不完全性定理や「言語ゲーム」により
早々と挫折します。
社会的には二回の世界大戦は特に欧州には大きな挫折感を味合わせたました。
人類史始まって以来の人の大量死、そしてそれが信仰していた科学技術による
ものであった。

129 :ぴかぁ〜:03/12/13 10:26
しかしその後も世界を引っ張るのは科学技術です。
その中の大きな流れが、脱還元論です。
そのターニングポイントがDNAの発見です。
これはいままの還元的世界観に対して、
DNAという構造が大きな意味をもつということを示しました。
これは還元論から非還元論への転回です。
そしてこのような非還元論を可能にしたのが
コンピュータの発展です。いままでは基本的にこのような
複雑なシステムは計算する方法がなかったのです。
このような非還元論は複雑系、システム論の発展につながります。
今までの科学の中心の物理学が生物学につながり、さらには
認知科学という人の解明につながり、さらには社会、経済の解明に
までつながっています。
哲学においても構造主義が流れます。もともとは言語論の中の一つ
であったものが社会構造についてなどへ展開されています。


このような非還元論の発展は、構造論、システム論

130 :ぴかぁ〜:03/12/13 10:49
科学の非還元論的転回はまだ始まったばかりです。
しかし21世紀には従来の科学、物理中心主義から
生物学、認知科学、社会学、経済学、哲学?の
ある種の統一的な世界観を示すと思われます。

131 :ぴかぁ〜:03/12/13 11:01
今後の思想という意味では、
このような非還元論、構造論、システム論が中心になると思います。

それは科学が人を説明していく。科学哲学がいままで以上に
大きな位置を占めると思います。
また現在の哲学の構造主義は、現在の言語論として発展する。
哲学が言語にこだわるのは、言語が認識の大きな部分を占めている
ということがありますが、
それは科学に追いやられたきた哲学が見つけた位置という意味でも
大切なポジションだと思われます。
言語は科学では表されない。または認識を科学する方法が言語である。
ということです。
しかし言語のみによる認識には限界があるように思います。
本当の意味での認識の構造は、言語の構造+人の関係性+社会性+
歴史的背景などを含めた構造化が必要だと思われるからです。
すなわち構造化の脱言語主義ですが、これはまさに科学の
非還元論や科学哲学が目指すものをオーバーラップします。

このような非還元論、構造主義まだまだ思想化、社会への浸透性という意味では
ほとんどなされていませんが、
21世紀に精神的革命をもたらす可能性はあると思います。
たとえば、この板でも多くの方がデカルトから続く
認識論、私中心主義という見知立っていますが、
それは世界との関係性、世界の一部としての私という
認識へと移っていくのではないでしょうか。

132 :ぴかぁ〜:03/12/13 11:03
以上たぶんに私感ですが、今後の思想についてでした。

133 :考える名無しさん:03/12/13 13:55
>>127
>では、第一哲学に何が来るのでしょう?
何も来ないだろ。というか、戸田山氏らの主張は
全てに先行する第一哲学と言う企てに対する不信なんだから。
>翻弄されているだけでしかない、了見の狭い考え方に思えます。
そう思うのはあなたの自由ですが、ひょっとしたら向こうは向こうであなたの方こそ
言語哲学至上主義的な、了見の狭い考え方と思ってるかもしれませんよ。
>私はフッサールやハイデガーといった大陸哲学の伝統も同じ
正直、俺は馬鹿だから、自然主義がどこまで哲学を覆えるかはわからない。
でも、ハイデガーやメルロ・ポンティの議論こそ、心理学・認知科学と無関係には成り立たないのでは?


134 :考える名無しさん:03/12/13 13:58
クワインの自然主義って
要約するなら単なる自然科学マンセー論だろ?

135 :考える名無しさん:03/12/13 14:02
>>134
そうだと思う。
でも、そのあとも実際に言語哲学を続けているし
現実的には単に言語哲学の「位置付け」を変えただけで
第一哲学と言うイデオロギーを批判してきたそれまでの活動の一環程度に捉えればいいかと。

136 :考える名無しさん:03/12/13 14:08
>>133
>でも、ハイデガーやメルロ・ポンティの議論こそ、心理学・認知科学と無関係には成り立たないのでは?
だったら、言語ゲーム論だってそうなっちゃって、ぴかと同じになっちゃうぞ。

137 :考える名無しさん:03/12/13 14:09
自然主義かたるのに哲学の中で閉じてちゃしかたないよ
科学からかたらないと

138 :考える名無しさん:03/12/13 14:11
ラカン読まないとどうしようもない。

139 :考える名無しさん:03/12/13 14:18
この板に溢れかえる
理系>>>>哲学
みたいな説にお墨付きを与えたのがクワイン?

140 :考える名無しさん:03/12/13 14:24
>>139
ブルーバックス

141 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :03/12/13 14:24
私は近代以降、哲学は科学に対して相対化した位置に追いやられた?
と考えています。
言語論転回が近代以降の唯物還元論革命の流れととらえるのは
哲学板の方は認めがたい考え方かも知れません。
今後も社会的思想の根底を哲学が引っ張ることは
むずかしいように思います。
しかし哲学の利点は即効性にあると思います。
それはまたは芸術に近いものです。
科学は発想したあとに実証しなければなりません。
これは時間的、コスト的に制約を受けます。
これに対して哲学は発想を文章化なりにし即、
公開することが可能です。
社会的思想の先導となるためには、
科学の方向性を理解しないと難しいのではないでしょうか。

142 :考える名無しさん:03/12/13 14:29
>>139
それは違う。

143 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :03/12/13 14:33
>>139
私はクワインは読んだことがない。ブルーバックスは昔良く読みましたが。
科学的な哲学は哲学と異なる勉強?法になると思います。
哲学の勉強はみなさん原本を読めと言われます。
それに対して科学的な哲学は、そのものが科学そのものにありますので、
科学哲学の原本を読むことがそれほど重要視されないと思います。
科学的な考察の本はそのような有名な科学哲学家に本以外に
溢れています。そして科学は多様で日々進歩していまsので。


144 :考える名無しさん:03/12/13 14:34
やっぱりブルーバックスか!?

145 :考える名無しさん:03/12/13 14:36
ブルーバックスにはまったやつはもう手遅れ。
科学無理。

146 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :03/12/13 14:40
>>144
ブルーバックスは面白いですね。
学生時代は良く読みました。
最近は自己組織化に傾倒していますので、
ブリコジンやカウフマンです。
といっても難しすぎて、完読できていませんが。
その他は、最近でた「数量化革命」は面白かったです。
作者は忘れました。読んだ本の作者はほとんど覚えないというか、
そもそもみません。

147 :考える名無しさん:03/12/13 14:43
>>136
意味だの倫理だのも、物理的な世界の中で起きている。
そんなことなぜ可能なのか、って問題は非常に重要だろう。

…結局、(反自然主義的な哲学と同じように)満足な説明はできないと思うが、
だからこそ、この問題は問われつづけるだろう。。

148 :考える名無しさん:03/12/13 15:36
BBが科学を紹介する読み物だと気付かず来てしまったら・・・やはり終わってるな


149 :考える名無しさん:03/12/13 15:37
>>131
>本当の意味での認識の構造は、言語の構造+人の関係性+社会性+
>歴史的背景などを含めた構造化が必要だと思われるからです。
>すなわち構造化の脱言語主義ですが、これはまさに科学の
>非還元論や科学哲学が目指すものをオーバーラップします。

へー。
言語化されない構造化があるとでも言いたいのかな?
示して欲しいものですな。

150 :ぴかぁ〜:03/12/13 15:50
そうですね
ここはポイントですね
言語的転回の認識は言語化されるということでしょうが
私はこれは逆だと思うんです
言語論的転回の本質は言語化されるものが認識であるという考えだと思うんです

151 :考える名無しさん:03/12/13 15:56
そして、言語とは何か?へとループしてしまう罠
アホは基本的な部分を飛ばしてくるから、議論参加する気が失せるんやね〜

152 :ぴかぁ〜:03/12/13 16:04
たとえばあなたは日々歩いているわけですが
この歩くという行為をメカニズム的に言語化できますかということです
これは言語としてあらわすのは困難です
これは言語論的に歩くということまで認識でそのメカニズムは認識ではないということになるのかもしれません
ほんとにそうですか
このようなことで私はできているのに
認識とはなんですか
ということです

153 :考える名無しさん:03/12/13 16:08
>>146
『散逸構造理論』何年か前に買ったけど1頁も読んでないな・・・


154 :考える名無しさん:03/12/13 16:38
>>152
>これは言語論的に歩くということまで認識でそのメカニズムは認識ではないということになるのかもしれません
>ほんとにそうですか
>このようなことで私はできているのに
>認識とはなんですか
>ということです

さっぱりわからんよ。

155 :ぴかぁ〜:03/12/13 17:53
わかりませんか
いままで認識、意識という観念的であやふやであったものを
言語化できるものが意識であると全体枠を規定するわけです
次に言語を論理性で再構築する
するとまるで世界を数量に還元し、
数学という論理で再構築し成功した科学と同じことができるのです
これが言語論的転回の本質だと思うのです

156 :考える名無しさん:03/12/13 18:25
>いままで認識、意識という観念的であやふやであったものを
>言語化できるものが意識であると全体枠を規定するわけです
そんなこと誰も言ってない罠。
そもそも、お前の言う認識って、
knowledgeなのかcognitionなのかはっきりさせてくれよ。

157 :あちょー:03/12/13 20:21
言語論的転回は言語を解明すれば他のことまで芋づる式に解明されるという論。
これは言語学の進展を急かすためのもの。
僕は脳科学や現象学的アプローチから解明したほうがずっと早いと思う。

158 :考える名無しさん:03/12/13 20:53
ぴかぁ〜のキャラ

 ・似非科学・哲学型(ぴかぁ〜、 q1nu&、q1ou&、「機械的唯物論」者、「哲学的」者etc)
 ・世間話型(Γ ◆m0yPyqc5MQ、我無、ぴかぁ〜etc)
 ・反ルール型(死刑スレ867、懲役13年スレ1、ニヒリストetc)
 ・質問連発型(名無し・レス番コテで殺人ネタ系スレで登場)
 ・変態型(ヘラヘラ、骨、自演バレた後の自演)
 ・叩き用自演型(格坂、教導者etc)
 ・規制議論用(シリア)
 ・スレ立て逃げ名無し(殺人ネタ系、頻出ネタ系、アホキャラ系)
 ・自演否定するためだけに、タイミング良く登場する名無し
 ・脳科学、数学、心理学に、異常なほどご執心
 ・数学板、理系板で、異様にレス数が少ない糞スレ立てまくってるヤシと
  キャラが被ってるもよー。
 ・昼間からカキコしまくりー。

159 :考える名無しさん:03/12/13 21:56
>>157
ぴかぁー以上に香ばしいな。

160 :考える名無しさん:03/12/13 21:59
ていうかぴかぁ〜=あちょーだろ。

161 :ぴかぁ〜:03/12/13 22:39
再度、書きます。
言語論的転回では、人は言語を越えて、言語以上に知り得ない。
という見知に立ちますが、本当にそうだろうか。

たとえば私が街をぶらぶら歩いている。
この歩くという行為をどこまで言語化できるのか。
たとえば歩くというメカニズムを言語化することは、
とても困難です。
これを言語論的展開で考えると、「歩く」ということまでが私の認識であり、
そのメカニズムは認識ではないということになるのでしょう。

ほんとにそうでしょうか?
私という存在は、このような言語化できない構造であり、行為です。

なのに、私は言語を越えて、言語以上に知り得ないという枠組みを作ることは
正しいのだろうか。

162 :ぴかぁ〜:03/12/13 22:49
私は歩き方を「知り得ない」のに、実際は歩けているということ。

163 :考える名無しさん:03/12/13 22:53
その類の反論は出尽くしたよ

164 :考える名無しさん:03/12/13 23:02
>>161
突っ込みどころ満載。

>言語論的転回では、人は言語を越えて、言語以上に知り得ない。
>という見知に立ちますが、本当にそうだろうか。

お前以外に誰がそういう見解持ってるんだよ。

>たとえば私が街をぶらぶら歩いている。
>この歩くという行為をどこまで言語化できるのか。
>たとえば歩くというメカニズムを言語化することは、
>とても困難です。
>これを言語論的展開で考えると、「歩く」ということまでが私の認識であり、
>そのメカニズムは認識ではないということになるのでしょう。

「歩くというメカニズム」について「知る」ためには、科学が必要。
つまり、言語化が必要になる。

165 :考える名無しさん:03/12/13 23:21
如何に基礎教育が大切かを思い知らされるわけだ。 ぴかーを見てると

166 :考える名無しさん:03/12/14 02:22
よくいるんだよな。自分で勝手に読み違えて、その妄想に反論してる奴。
だいたいB型。

167 :考える名無しさん:03/12/14 02:24
B型だけはほんとにいらない。

168 :B:03/12/14 02:36
166は酷い馬鹿ですね

169 :考える名無しさん:03/12/14 02:40
ぴかぁ〜って、エラー・レートが飛び抜けて高いから、
誤りを指摘島くる必要があって、誰もがうんざりしてる。
結果、初心者の人か、暇人の遊びでしか、誤りを指摘されない。
これが、彼が「自分は頭脳が優秀である」という妄想の裏付け。

170 :考える名無しさん:03/12/14 02:42
>>168
Bか。クズだな。

171 :1:03/12/14 03:16
おっ、なかなか盛り上がってきましたね
あなた方もやればできるじゃないですか!
がんばって私のためにレポートの良いたたき台を作ってください

言語学板のスレってどこですか?


172 :1:03/12/14 16:37
言語学板のスレはどこなの?
そこは私のレポートに役立つスレですか?
Aもらえそうなスレですか?


173 :考える名無しさん:03/12/14 17:27
>>1
一ヶ月経ったんだが期限はまだなのかい?
どーせここに居たって、
役に立つ議論も無いんだから入門書でも読んどけ。( ´,_ゝ`)









・・・ひょっとして釣られた?

174 :1:03/12/14 18:18
>>173
何ですか あなた?
わけのわからないこと言う前に 少しは人の役に立つことしたらどうですか?!
みんなまじめに議論してるんですよ? 恥ずかしくないのですか?


175 :Tanaka_st.Maria:03/12/14 18:38
言語論的転回というよりは、アメリカとかに限ってはそっちの方が主流だって事じゃないかな。



176 :考える名無しさん:03/12/15 03:47
言語論的回転という概念は、哲学史の範疇であって、
哲学とは無関係なんだけどね。



177 :考えない名無し:03/12/15 03:48
転回を回転と間違えてるだけであふぉ決定。

178 :考える名無しさん:03/12/15 03:55
>>177
案の定アフォが釣れました。
しかも、こんな時刻にもかかわらず。たった1分で。w

179 :考える名無しさん:03/12/15 05:40
>>178
見苦しいからキ・エ・ロ

180 :考える名無しさん:03/12/15 05:45
 。 ,゚.。゚. ゚.。 .。
   . .   ゚  . o    ゚  。  .  , . .o 。 * .゚ + 。☆ ゚。。.  .
               。       。  *。, + 。. o ゚, 。*, o 。.
  ゚  o   .  。   .  .   ,  . , o 。゚. ,゚ 。 + 。 。,゚.。
 ゚ ,   , 。 .   +  ゚   。  。゚ . ゚。, ☆ * 。゚. o.゚  。 . 。
。 .  .。    o   .. 。 ゚  ゚ , 。. o 。* 。 . o. 。 . .
        。   .   。  . .゚o 。 *. 。 .. ☆ . +. .  .
 。 .  . .   .   .  。 ゚。, ☆ ゚. + 。 ゚ ,。 . 。  , .。
    ゚  。   ゚  .  +。 ゚ * 。. , 。゚ +. 。*。 ゚.   . . .  .
 。  .   . 。 。゚. 。* 。, ´。.  ☆。。. ゚。+ 。 .。  .  。   .
  .   。  ゚ ゚。 。, .。o ☆ + ,゚。 *。. 。 。 .    。    .
 ゚ .゚ ゚  。゚ + 。. +。 * 。゚。゚., ,+ 。゚. 。 . .   ,    ,   .
゚。゚+゚`, o。。.゚*。゚ 。.゚ 。 ☆+。。゚. ° 。 .   ,      ゚    ゚
 。, .゚。 + ☆。,゚. o。 。+ 。゚.,  . ゚   ,   。     。   .   .
 ゚. o * 。゚。゚.。゚。+゚ 。 。 ゚。 ゚ 。  ゚
゚` .゚ .゚. ゚. . ゚  .  ゚  .   ,  .     .  .   。      ゚ .
 .  .     . ,     。       .           .  ,    .
      。                 ゚   .           。
 , .        .           ,       .     .

     。          ∧∧   ∧∧       。
                ( :;;;;;:::)  ( :;;;;: )
.   .            /:;;;;;: |    | :;;;:ヽ
              〜(::;;;;;;:/    .|:;;;;;;: )
   ‐''"´''"''''"""''"`'''""`""""''''''"´'''"""''"`''"""'''"'''''"`""''''``''‐

181 :考える名無しさん:03/12/15 05:46
178、必死だね・・・

182 :1:03/12/17 18:05
哲学者よ、恥を知れ!!!
言語論的転回は完全に間違いだった!
科学の原則を無視した、デタラメのインチキ理論だったのだ。
そして、その言語論的転回の世界的な浸透は
哲学者、現代思想勢力による世界支配のための思想戦略なのだ!
また、言語論的転回の思想によって戦争が起こり、
貧富の差がひらき、終末的な絶望感が世界に蔓延しているのだ。
言語論的転回は世界の平和を揺るがす、悪の元凶となっているのだ。
言語論的転回とは、
「表象手段としての言語が不透明である」という理論である。
この理論は、哲学者・現代思想の創造神話(言語が世界を創り出す)そのものである。
言語論的転回の実態は、科学理論ではなく宗教思想なのである。
「真空」には時間も空間も存在していて『無』ではない。
『無』は文字通り、存在するものではないのだ。だから、
『無』は科学的に証明できるものではない。
そして、『無からの誕生』も科学で証明できるものではないのだ。
だから、言語論的転回が仮説である可能性は、0%なのだ。
言語論的転回は完全に間違いであり、宇宙は時間も空間も無限なのである。
言語論的転回が科学の正統であるという思想を、世界中の人々に
浸透させる戦略が成功したことにより、哲学者・現代思想勢力の
世界における優位性が確立されていったのだ。(20世紀に)
そして、その思想的支配の最たるものが、哲学者や現代思想家による
言語論的転回なのだ。
言語論的転回の浸透により、世界中に終末思想(世界の終わり)が蔓延してしまっている。
そのことにより、自己中心的、せつな的、短絡的な考え方が社会に広がっている。
科学的に間違っている言語論的転回から脱却しなければならない。
そして、宇宙は無限だということを理解しなければならない。
人間は本当の宇宙観、世界観を構築し、新しい時代に進んでいかなければならないのだ。
言語論的転回が世界を支配している限り、平和な世界にはならないのだ。
そのことを哲学者は重く受けとめるべきである。
さらば言語論的転回!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

183 :1:03/12/17 18:07
1です レポートの概略がまとまりましたが >>182
私の知識補足はいかんともしがたく みなさんのお知恵を拝借させてください
これを完成させて先生に提出する予定です
Aとれるようにおながいしまつ

184 :荒しSophia ◆8ADoZCl6.k :03/12/17 19:15
言語論的転回って訳わかんない。
くるくる回ってるだけじゃないの?

185 :考える名無しさん:03/12/17 19:53
>>182
ニーチェじゃないんだからさ・・・

186 :1:03/12/17 20:04
>>185
たしかにニーチェっぽいですね 読んだことないですが
で、私のレポートの完成に協力していただけますか?


187 :考える名無しさん:03/12/18 01:17
>>184
>くるくる回ってるだけじゃないの?

哲学自体がそういうもんですが…。
あ、西洋哲学の話ね。

188 :1:03/12/19 01:01
私がレポートの概略を提示してから既に丸一日経ちました
なのにまともなレスがまったくつかないのはどういうわけです?!
あなたがた、やる気ないのですか? 未だに言語学板のスレも示さないですし
わかりました、こちらが下手に出るととことん付け上がるあなたがたなのですね
温厚な私もいいかげんキレますよ?


189 :考える名無しさん:03/12/19 02:19
この冬一番の寒いレス?

190 :考える名無しさん:03/12/19 04:59
>>1


                | ̄``''- 、
                |      `゙''ー- 、  ________
                |    ,. -‐ ''´ ̄ ̄`ヽ、_        /
                |, - '´ ̄              `ヽ、     /
              /               `ヽ、ヽ   /
             _/                    ヽヽ/
           / / /   /  /  /            ヽハ
          く  / /!   |   〃 _/__ l|   | |   |  |  | | ||ヽ
           \l// / |  /|'´ ∧  ||   | |ー、||  |  | l | ヽ
            /ハ/ |  | ヽ/ ヽ | ヽ  | || /|ヽ/!  |/ | ヽ
            / |  ||ヽ { ,r===、   \| _!V |// //  .!   |
            | ||   |l |ヽ!'´ ̄`゙   ,  ==ミ、 /イ川  |─┘
            | ハ||  || | """ ┌---┐  `  / //  |
            V !ヽ ト! ヽ、    |     !    / //| /
               ヽ! \ハ` 、 ヽ、__ノ    ,.イ/ // | /
    ┌/)/)/)/)/)/)/)/)/)/)lー/ ` ー‐┬ '´ レ//l/ |/
    |(/(/(/(/(/(/(/(/(/(/│||      |\  〃
  r'´ ̄ヽ.              | | ト    /    \
  /  ̄`ア             | | |  ⌒/     入
  〉  ̄二) 知ってるが    | | |  /     // ヽ
 〈!   ,. -'                | | ヽ∠-----', '´    ',
  | \| |   .お前の態度が   | |<二Z二 ̄  /     ',
  |   | |               _r'---|  [ ``ヽ、      ',
  |   | |   気に入らない >-、__    [    ヽ      !
  \.| l.              ヽ、      [     ヽ    |
    ヽ|              \    r'     ヽ、    |



191 :1:03/12/19 13:10
>>190
キレましたよ?


192 :考える名無しさん:03/12/19 13:55
>>1
ホレ、言語学板のスレだ 大事に使えよ
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1062511541/

193 :1:03/12/20 01:25
そうですか 2ちゃんねるでも誰も私の相手をしてくれないんですか
いつもそうなんです 友達になれるかな?と思った人もみんないなくなるんです
でも 本当は私だって友達が欲しいんです
もう言語論的転回なんてどうでも良かったんです
ただここでみなさんと楽しくお話したかっただけなんです

学校でみんなの前だととてもこんなこと言えない でも、ここでなら言えそうな気がします
みなさん、今までごめんなさい 僕はいつも強がってばかりでみんなと軋轢を引き起こしてきました
でも 本当はただ友達が欲しいだけなんです
今度から気をつけます だからお友達になってください

194 :q1nu&:03/12/20 01:27
じゃあ、俺が。

195 :考える名無しさん:03/12/20 03:21
そうか・・
友達になりたいのか、知らなかったよ
実は俺も・・(ポ)
俺は友人にするには尊敬できなくちゃ駄目なんだ
お前の事は、俺も良く分かっていないのだけど一番上か一番下か極端な扱いにしてしまうんだ
だから俺と勝負してくれよ


196 :考える名無しさん:03/12/20 03:24
不思議ですね 身の回りの隣人であなたは尊敬している人などいるのですか?
では、尊敬とは何だろう

197 ::03/12/20 03:32
おぶりがあと >>195
確実に私の下ですが 今後ともよろしく。

198 :考える名無しさん:03/12/20 03:52
俺は他人に何かしらの役割を与える事ができる人だと思うね
友人なら友人 クラスメートならクラスメート 教師なら教師 肉親なら肉親
では、機能的な役割だけであなたは人と付き合うのか あなたは機械論者なのかと考えないで欲しい
人にはそれぞれ特徴があるよね 裕福な人もいれば、物覚えのいい人もいれば、
おっとりした人もいるし、積極的な人もいるだろう
あなたが裕福で毎日学校の帰りに一皿六百八十円もする抹茶ムースを食べるのが習慣だとしよう
お茶をしながら世間話をして親交を深め、そこからもっと親しい付き合いに発展していく事があなたの
スタイルだとする
じゃあ、甘いものが苦手な人やそれ程裕福で無い人と何かしら親交を深めたいと思った時にあなたはどうすればいいだろう
私は他の人とは甘いものを一緒に食べて、クリームアンミツやクリームソーダやシナモンロールやマロングラッセの話や
デパチカの限定食品についてあれこれ噂しあう事が一番の仲良くなる早道だと思う
だから、甘いものがあんまり好きでないあなたも何とか食べるようにしてくれないと付き合ずらいな
あんまりうれしそうでないけど、折角の私の心遣いを何だと思ってるの?
あなたはこのような状況に置かれたらこの台詞を言えるだろうか
穏やかな人ならある程度付き合いで食べるだろう 気の強い人ならここで気分を悪くするだろう


199 :考える名無しさん:03/12/20 03:59
役割を振るだけなら、あなたは甘いものが好きな人にしたいから何とか食べるようにしてあげる
これで全く問題は無い
だが、こんな付き合いの仕方はないだろうか
俺は甘いものはあまり好きではないけど俺は映画が好きなのだ
甘いものを食べる代わりに今度映画でも見に行かないか?
何も喫茶店でお話をするだけが付き合いではない

200 :考える名無しさん:03/12/20 04:00
で?

201 :考える名無しさん:03/12/20 04:09
もう一つ例えをあげよう
あなたがお昼にレストランに入ったとする
メニューでA定食にする事に決め、店員を呼ぶとあなたの友人であった
友人もあなたの事に気付き、笑いながら接客口調で注文を聞く
そこであなたはこのような疑問を持つだろうか
この人は私の友人であるのに何故このような他人行儀な口調で話すのだろう
はて、友人であるなら親しげに話す事が友人である証ではないか
接客する友人は、友人であるのか、それともただの知り合いか

202 :考える名無しさん:03/12/20 04:14
友人は仕事という契約に縛られた義務を負うので彼は現在店員である
義務が無くなれば、それに基づく彼の流儀も消え、友人となる
よって、義務を持つ友人は、友人ではなく店員である
故に、店員として扱い、友人として扱ってはならない
一見これは正しいように思えて本当にその通りだろうか

203 :考える名無しさん:03/12/20 04:22
これを自分の流儀とするなら問題があるように思う
義務を持つ友人が店員なら、全く友人ではないのであり
義務のある仕事中にあなたに対して笑いかける事も、これは問題ありだが、少し多めに料理を盛る事も許されず
全く店員として振舞わなければいけない事になる
果たして、あなたや私はこのように他人について考えているのだろうか

204 :考える名無しさん:03/12/20 04:36
精神的な領域ではこの二つが成り立つが物理的な領域ではどちらか一方に絞らなければならないと
疑問を持つかもしれない
では、アルバイトの最中の友人に対して店員であるのか友人であるのか選択する事があるのだろうか
どちらか一方を完全に考えず、片方だけどする事はあるのか(当然日常生活では選ぶ場合もあれば、
どわざわざどっちかにする必要のあるものもある)
日常生活ではそのような事はする必要はないであろう
店員であり友人であり、その他自分の知らないホールリーダーであったり、色々な性質がその人には
あって決してそれだけではなく単に優先順位があるのみである どちらかがあって、他方は全く無く
なる事にはならない(ちなみに、バイト中に会って「今、俺はバイト中だから君の友人ではない」
そんな風に言うものは幸か不幸か友人ではなくなる事は確かだろう)


205 :考える名無しさん:03/12/20 04:48
当然、仕事中の店員である友人に対して、
俺とお前は友人である 
親しげな口調で話したからにはお前は今、友人である
よって、今から俺とお前は遊びに行く!
これはどうだろう
これも選択の余地無くその友人は友人で無くなり以後、店員になるであろう




206 :考える名無しさん:03/12/20 04:55
うん うん それで


207 :考える名無しさん:03/12/20 04:57
この話をそれで良しとするなら問題ないのだが(いたら何でいいのか教えてちょうだい)
何かしら引っかかるものがある この違和感はどこから来るのだろうか


208 :考える名無しさん:03/12/20 05:16
例え話ばかりで恐縮だがこれ以外に上手く伝えられそうもないので我慢してね
上の例では自己の方針をどうするかについて考える人についての話である
更にもう一つ挙げよう
他人の方針ばかり聞いて回る人間は果たして自分の方針が無いのか否か
自分に全く考えが無いならそもそも疑問自体が湧くことが無いであろう
何かしらの自己の方針があり、自分一人の事柄では無いと考えるので相手の
考えを聞くのである 自分一人で型がつく問題なら自分一人で動き、終わらせ
ればそれで問題が無い
多人数に係わり合いがある事について話をするなら自然とそれぞれの意見を含む
ような包括的な事柄、或いは抽象的な話題となる
そのようなものを思考の上部に置いて、それについて話し合う事で意見の優劣や
会話を楽しむ

209 :考える名無しさん:03/12/20 05:35
他人の方針を聞くというよりこの上部に位置する事柄について話をしているのであり
、これこれこような状況であるけどどう思う?という問いにはいや、この部分はが違っているよ
という答えを求めているのであり特にあなたがどうしたいのかと聞いているのではないように
思われる この上部の状況から推理がしたいのである
この包括的な話題を設定するには幾つかの方法がある
あらかじめこのような事について考えましょうと議題を設定して
その影響下の元に合致するような正解を探していく方法
または、それぞれの意見をぶつけ合い、その中から最も優秀なものを
選出する方法である
恐らく、これ以外にも意見を選出する方法はあるだろう


210 :考える名無しさん:03/12/20 06:07
ある議題を設定して、その庇護の下で戦わせるならある程度ルールを守り
崩れる事無く安心である
反面、議論に伸びが無く、ルールから外れているよという指摘により不自由であり、
詳しいものに独断上となり、そ知らぬものは蚊帳の外である つまらん
議題を設定せず、各自の競争の中から意見をぶつけ合い、その中から優秀なものを
選出する方法は、良いものや悪いものやどっち付かずのどうしようもないものが出
る可能性があり博打のようなものである
これだけで競争しようとするとチキンゲームや議論内容の粗悪化を招く
何故かというと自由というより放埓であるからだ
このルールは議論自体の破綻も内に含んでいる 何故なら何をしてもよいのだから

211 :考える名無しさん:03/12/20 06:13
書くの疲れたおしまい

212 :考える名無しさん:03/12/20 06:21
理想通りなら統一国家ができるのー
まあ、無理だな

213 :兎嗣:03/12/20 06:35
テキトーに書き込んでみます。無視してくれてけっこうです。
相手に合わせなければ友人になれないのなら、僕はなりません。
友人というのは合わせようとしない場合の方が、仲が良くなると思います。
なぜなら、お互いが全く合わせようとしないから、お互いの特徴がわかり、そのお互いの
特徴にひかれるから、仲良くなる、と思います。だいたい、どっちかに合わせてたら議
論にもならないでしょう。

そーゆー事、思いつきました。それだけです。ではでは。

214 :考える名無しさん:03/12/20 06:37
エゴってのがあってよ
力で押えつけて、自分より力の強い人間には従うというのはどんな人間の現れ方なんだろう
内心は自己を一番に押し上げたいという方針であり、実際の決定は他者との力関係という
物事の決定には外的な要素の比重が強いやつなんじゃねえかな
博愛主義者のように見えるやつってのは外部のものがどんなものであれそのようにするって
感じだろ?つまりだ 外部の要素より内部の要素の比重が恐ろしく高いやつなんじゃねえかな
上手い事興味の対象がええものに移ればオ^ケーだけど、一歩間違えたら聖人か極悪人になる
タイプだね
おそろしや

215 :考える名無しさん:03/12/20 06:40
合わせるっていうよりそいつにはそれが普通なんじゃん
仲良くなるとか考えてねえんじゃねえかな
そいつはそおいう風にする事がそいつなのじゃ

216 :兎嗣:03/12/20 06:59
なるほど、参考になります。
人と対話していると、時々、僕が思いつかない意見を出されることがあります。そーゆー
のは凄くためになります。なにせ自分では思いつかないのですから、一生自分よがりの解
釈のまま過ごすことになるかも知れません。その方が僕は嫌ですね。

ではでは。

217 :1:03/12/20 20:46
友人についての哲学的考察も結構なことだと思いますが
肝心の言語論的転回についても引き続き議論お願いいたします。
それをまとめてレポートにさせていただきたいので

>>194 ありがとうございます 感謝しております 私も一度お友達と居酒屋というものに行ってみたいのです
>>195 何の勝負ですか? よくわかりません 謙虚さではおそらく私の勝ちですよ?
>>197 ニセモノ 氏ね


218 :考える名無しさん:03/12/20 22:15
そうか、謙虚さではあなたの勝ちか
でも、釣りなら俺のほうが上だね
ギャング釣りは名人級だからね

219 :1:03/12/20 22:53
>>218
このスレ自体が私の壮大な釣りですよ?
釣りでも私の勝ちではないですか?


220 :考える名無しさん:03/12/20 23:02
なるほど
でも、釣った魚を陸に上げる網を忘れたようですね
早く陸地に上げないと、糸を見破られるか、針を飲み過ぎて糸自体を
切らないといけなくなりますよ

221 :考える名無しさん:03/12/20 23:15
>>219
真面目なレスがなかったのは、みなさんが釣りだと気づいたからでは?

222 :考える名無しさん:03/12/20 23:19
それともサオを海に立てるのが趣味のサオ師ですか?

223 ::03/12/21 17:29
もういいです。氏にます。
今後>>1と名乗る人が出てきてもニセモノなのでよろしく。

224 :1:03/12/22 11:11
>>223
私は謙虚に生き延びますよ? 女性を知るまで死ねますか?
ニセモノ 氏ね

225 :考える名無しさん:03/12/22 11:46
>女性を知るまで死ねますか?

ワラタ
童貞さらしあげ

226 :^^:03/12/22 21:29
>>193
あの〜……マジレスしますね。
私は相手をしたツモリですよん。
まぁそれはともかく……

お友達はね、他で作ったほうがイイよ。
ココの連中は、見ず知らずの 分からず屋です。
そんな人たちに「好きになってもらおう」だなんて、
しんどいだけ。

> 誰も私の相手をしてくれない
あなたはね、個性的なんですよ。その辺の人よりも。
大事ですよ〜。それは!
その個性には「生きる意味」があります。

「なにかが人より優れている」とかでなく、
あなたは唯一無二の存在です。
「生きる意味」を探しましょう。
趣味に没頭しましょう。
好きな物を、人よりウンとやりましょう。
それが「生きる意味」です。
その中で、お友達なんてのはその内できてきますよ。

2ちゃんに頼らないで
その孤独に打ち勝ってください。
涙の数だけ……

227 :1:03/12/23 01:28
>>226
マジレスですか? あなた良い人ですね
私のネタに対してこうも真剣に取り合ってくださいますと、私としても良心が痛みます
あなたとはリアルで出会いたかった 2ちゃんにもあなたのような方がいらして 世の中まだまだ捨てたものじゃないですね
>>225
それに比べて あなたはクソですね あなたは女性を知っているというのですか?
もっと謙虚にならなきゃモテませんよ?


228 :^^:03/12/23 09:58
>>227
ありがとう。このスレは最初から雑談目的で立てたんでしょ。

229 :1:03/12/23 15:10
>>228
いえ マジで言語論的転回について知りたかったのです はじめは
いつの間にか自分でネタスレにしてしまったのが失敗でした


ところでみなさん明日のイブはどうされるのですか?
自分は何とか後輩を口説いて、下宿で二人でナベする予定だったのですが、
先走って 会いたい とメールしたら バイトが入ったと逃げられてしまいました
うかつでした 決して女性を知らぬわけではない自分ですが 余りにも高価な代償を払ってしまいました
これは私のリアル世界でのマジネタです

一つ提案ですが、明日の夜一人の方は、モニタの前で酒でも飲みながら言語論的転回について
アツく語り合いませんか?
私は無知であまり議論に加わることはできませんが いかがなものでしょう?


230 :q1nu&:03/12/23 20:06
言動からするとこの板には向いてないのでは。
もっと楽しい事はあると思いますが。

231 :366:03/12/25 21:13
 言語論的転回は、フレーゲが準備してWが実践した、ってのがおれの感想で、多分常識的にもそんな外してないと思う。
 フレーゲにも文脈原理などにその傾向は窺えるけど、本人がはっきり自覚してたかどうか自分が読んだ限りでは、明確でなかったと思う。

 だから、言語論的転回の方向のアプローチを強く打ち出した『論考』関係の本を読むとイメージ掴みやすいと思う。
 半端な例で恐縮だが、例えば『論考』ってのは、序文にある通り思考の限界を定めることを目的とした本だけど、でもWはその目的を達成するアプローチとして直接思考とか観念を直接扱うことはしない。
 それやったら旧来の観念論と方法論同じだもんな。
 そうじゃくて、Wはそこで「言語の限界」を定める、という方法を採用する。これが言語論的転回ってわけだ。
 目的はあくまで思考や観念の限界の明確化にあるんだけど、搦め手から攻めようっつーわけだ。

 このアプローチの正当性や将来性には色々観念論とは別の問題がつきまとうけど、その辺はおれもまだ整理できてない。

232 :^^ :03/12/25 21:15
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

233 :考える名無しさん:04/01/03 07:04
戸田山和久age

234 :考える名無しさん:04/01/03 10:26
「言語論的転回」ってよく知らないけど、ローティが言ってるらしい。

235 :考える名無しさん:04/01/03 20:56
別にローティ以外の人間だって使う言葉だが。

236 :考える名無しさん:04/01/18 22:35
age

237 :考える名無しさん:04/01/19 00:15
ゲンゴロウの回転

238 :考える名無しさん:04/01/20 08:31
戸田山さん以外には言語論的転回を批判(否定?)してる方はおられないのですか?
これは最近の分析哲学一般の傾向なのですか?
海外の学会や言語学の世界ではどのように捉えられているのでしょう?


239 :考える名無しさん:04/01/20 11:02
>>238
戸田山読んでないだろ?

240 :考える名無しさん:04/01/22 22:07
やっと今日読んだよ(てかざっと目を通した) 俺みたいなド素人には大層キツかったよ
で、クワイン以来の分析哲学の流れってことですか?いわゆる自然主義的転回だとまず認知科学との
連携を目指すべきで、観念的な「お遊び」はやめろということ?
いまの科学哲学では分析哲学系でなおかつ自然主義が主流なの?
心理学の話とかでてきたようわからん。こんなの理解できる科学哲学系の人は尊敬するよ
要は言語論的転回を採用すると、非現実的な偽命題になってしまうということでしょうか?

余計なことかもしれないが、戸田山氏自身も触れてたが、これだと哲学の自殺行為にならないの?
人事ながらちょっと心配です。話によると哲学史の書き換えが必要になるみたいですね。

とりあえず、これくらいで。
どなたか解説お願いいたします。


241 :240:04/01/22 22:20
感想にもなってない文章で申し訳ない。
何日かしたらまた読み直してもうちょっと理解してから書き込んでみます。
もし、さらなる参考文献などあればご教示くださるとありがたいです。


242 :考える名無しさん:04/01/25 20:17
age


243 :考える名無しさん:04/01/25 23:49
>観念的な「お遊び」はやめろということ?
>要は言語論的転回を採用すると、非現実的な偽命題になってしまうということでしょうか?
自然主義ってスローガンの下にある立場も一枚岩ではないから、それに近い立場もある模様。
だけど、一般的にはそこまでは言ってないだろう。
例えば、「記憶」とは何かを考えるときに、記憶という言葉の用法や「観念的」な分析をしたとして
そのとき、それを心理学とかの研究と無関係に行えるし、それと矛盾しても「これは心理学じゃなくて哲学的議論」だから問題ない。
と言うのは無理だし、インチキだ、ってのが一般論的な話。
ただし、その場合穏当な自然主義と反自然主義との区別はつきにくくなる。
>余計なことかもしれないが、戸田山氏自身も触れてたが、これだと哲学の自殺行為にならないの?
あるいはなるかもしれない。
けれど、自然主義者が実際にやってる哲学は、基本的には概念分析をそう外れるものではないように見える。

>もし、さらなる参考文献などあればご教示くださるとありがたいです。
日本で自然主義を前面に押し出しているのは、戸田山和久くらいのものじゃないだろうか?
手に入りやすいものとしては、やっぱ戸田山和久『知識の哲学』かな。
あと、岩波書店からでてる雑誌『思想』2003年四月号に戸田山氏がもう少し詳しく(難しく)自然主義を解説したものが載ってる。

244 :240:04/01/26 00:34
>>243
このスレでもでてきましたが、言語論的転回の成果をどの程度受け入れるかは、論者により異なる、ってことですね。

最近、ハッキングの「言語はなぜ哲学の問題になるのか?」を読み始めました
これは参考書として適当でしょうか?
自然主義というのは、いわゆる素朴実在論と考えてよいのですか? きっと論者により違うのでしょうね
クワインなどは反実在論(的?)だそうですが・・・
講談社の例の入門シリーズのクワイン本も読んでみようと思います

他にもパットナムなども調べて読んでみようと思います

ありがとうございました


245 :考える名無しさん:04/01/26 00:49
>>244
>これは参考書として適当でしょうか?
よいと思います。
>自然主義というのは、いわゆる素朴実在論と考えてよいのですか? きっと論者により違うのでしょうね
素朴実在論とはちがいます。もちろん、論者によって違うのですが。
素朴実在論は、日常的なもの(椅子や犬)を実在するというものです。
チャーチランドなんかも反実在論的傾向が強いですね。
自然主義的実在論の典型的なものは、物理主義と呼ばれるものが近いのではないかと思います。
椅子や犬ではなく、素粒子のような物理学的に基本的なものが、世界の基本的実在とする立場です。
ここら辺の議論も上の雑誌で触れられていますね。

246 :考える名無しさん:04/01/26 01:07
この人も自然主義を前面に押し出している。
ttp://web.kanazawa-u.ac.jp/~philos/shibata.html
ttp://web.kanazawa-u.ac.jp/~philos/shibata1.htm

247 :240:04/01/27 03:35
>>245
「思想」を図書館でコピってきました 野家さんの文も面白いですね
これから時間つくってじっくり読んでみます

いま他のことを勉強してるのですが、だんだん哲学を専攻したくなってきました
哲学って面白いですね

しばらく勉強してから、またいろいろと質問させていただきたいと思います
その際はよろしくお願いいたします

248 :考える名無しさん:04/01/28 23:53
ゲンゴロウの回転

249 :考える名無しさん:04/01/31 05:19
932 名前:考える名無しさん[] 投稿日:04/01/31 04:06
現象学は<思考の原理>である。
竹田著 ちくま新しょ

で分析派やウィト、言語論的てんかんがぼろくそにいわれてたぞ。
おまいら、なんとかいえ。

250 :考える名無しさん:04/01/31 05:27

なんだかよくわかりませんが、ここにプティングおいときますね。

    _
   /〜ヽ
  (。・-・) 
   ゚し-J゚


251 :考える名無しさん:04/01/31 22:00
つまり分析からも竹田現象学からも言語論的転回は見放されたという結論でよろしいわけですね?
>>ALL


252 :考える名無しさん:04/02/01 13:16
>>240
何を読んだのかわからないけど、
『知識の哲学』に出てくる心理学なら、
般教レベルだからそんなに心配する必要はないし。
コネクショニズムに関しては、戸田山和久を含めて1冊本が出てた。
面白そう。

日本心理学会に「心理学の哲学」研究会というのがあるみたいですね。
渡辺恒夫 他編(2002)『心理学の哲学』(北大路書房)は関係あるのかな。
ウィトゲンシュタインはとくに関係ない。

>>246
柴田正良『ロボットの心』は良書。

253 :考える名無しさん:04/02/01 15:45
>>251
good!!

254 :240:04/02/01 17:18
>>252
パンキョーレベルということは「心理学入門」や「心理学概論」といった本を数冊
読めばよろしいわけでしょうか?
認知科学についても同様の入門書でよろしいでしょうか?

そろそろ自分の専門の勉強もはじめないといけないので
がんばって時間作って読んでみます うーうー

ありがとうございます


255 :240:04/02/01 17:20
>>252
申し忘れてましたが 読んだのは「科学を考える」
に収録されてる戸田山さんの論考です


256 :考える名無しさん:04/02/04 16:19
>>245
物理主義と自然主義をごっちゃにするな。
>自然科学の結果を尊重する態度、哲学理論が著しく自然科学に反する結果を出したとき、
>説明責任は哲学の方にあるという意味の「自然主義」(これは実に健全なもののはず)と、認識主体と因果的な連関を持つ物理的対象以外の対象の存在を拒否するという意味の「物理主義」がいとも簡単に混同されていることに気づく。悲しいことだ。
http://www010.upp.so-net.ne.jp/intruder/diary.htm


257 :240:04/02/05 15:48
ハッキングもムツカシイので とりあえず 服部先生の『言語哲学入門』から
読むことにしますた
すみません、ダメダメで・・・


258 :考える名無しさん:04/02/07 18:07
歴史学の対象となるもの、ならないもの。
歴史と認識されるために要する時間。
について、教えて下さい。

259 :考える名無しさん:04/02/09 04:35
>>254
心理学の基礎の本は、こんな感じ。
鹿取廣人 杉本敏夫 編 1996『心理学』東京大学出版会 \1650
今田寛 宮田洋 賀集寛 編 1991『心理学の基礎』改訂版 培風館 \2300

認知科学については、東京大学出版会から「認知科学選書」シリーズが24冊ほど出てるので、好きなのを選ぶ。

>>256
自然主義と物理主義との違いが端的によく解りますね。
ただ、戸田山さんの立場は、物理主義に近いような気も。
どうなんでしょうね。

260 :兎嗣:04/02/09 05:32
〉258

僕は、研究者が対象としようと思ったものは全て歴史学の対象となる、と考えています。
そもそも歴史学とは、過程を考える学問、と考えています。

僕は、現在がすでに歴史の一部、と考えています。
一般的には、ある事象が現在に直接結び付かなくなった時から、でしょうか。

実は、歴史哲学関連の本を読んでみたのですが、辞書にも載っていない専門用語ばかり
(しかも解説が無い)で意味が分かりませんでした。
何か良い本はないでしょうか?

まあ、スレ違いでしょうね。ごめんなさい。

261 :240:04/02/24 01:00
なぜか書き込めなくなって お返事できず申し訳ありませんでした
参考文献を教えてくださった方々 ありがとうございます

『科学を考える』の田村論文はわかり易くて面白かったです
あれも自然主義なのですかね 哲学史を見直そうという試みの一つですね


262 :考える名無しさん:04/02/24 23:49
age


263 :考える名無しさん:04/02/24 23:50
sage

264 :考える名無しさん:04/02/25 02:02
竹田は自然主義転回については何て言ってるの?

265 :Sophia ◆8ADoZCl6.k :04/02/25 02:08
心理学の本は
「ヒルガードの心理学」、とかそんな感じかな?

266 :考える名無しさん:04/02/26 04:52
フレーゲ(1848-1925)でいいみたいですよ。

ロック × フレーゲ
ttp://homepage1.nifty.com/kurubushi/card35174.html
●フレーゲの登場によって起こった言語論的転換は、観念から意味への転換である。
観念は自我に現前する限りで、あるいは「〜とは何か」という問いに対する内省で
問われる限りで私的だが、意味は、心象から切り放され、言語使用から問われる限
りで公共的である。
●ロックのみならず、またイギリス経験論のみならず、あらゆる「観念」論者が多
かれ少なかれ取るであろう、語が「観念」を表すという見解(そして句や文が観念
の複合を表すという見解)が、フレーゲが否定した心理主義の温床となっていたこ
とは明らかである。語が話し手や聞き手の心に引き起こすところの心象は、その語
の意味に何の関係もない、とフレーゲは主張する。
●これに結び付いて「文脈主義」のテーゼが現れる。「語が意味を持つのは文のコ
ンテクストにおいてである」。言い替えると、語の意味とは、実際の言表において、
当の言表行為を正確に確定するために、その語がいかなる寄与をするか、という役
割に他ならない。このテーゼを守らないなら、「語の意味を孤立させて問い求める」
という「誤謬」に陥ることになる、とフレーゲは言う。つまり先に排した心理主義
に戻り兼ねない訳だ。

転回じゃなくて、転換になってますけど。言語への転回を用意した、分析哲学の祖。

267 :考える名無しさん:04/02/26 13:55
>>266
有益なレス、三クス。
でもソシュールはどうなんのよ(丸山圭三郎の本でも読んでみて)。
言語学の方でも「言語論的転回」は言われるわけだが。
それからフレーゲだけじゃなくてフッサールの『論理学研究』の言語論とかも
大事。現象学の文脈でも「言語論的転回」は語れるよ。

268 :考える名無しさん:04/02/29 17:06
『知識の哲学』読みました
認識論の社会化って最近聞くけど あれは構築主義的な概念?
それともハーバーマス? ルーマン?
どうも『科学を考える』に載ってるようなのでそちらも読んでみまつ


269 :考える名無しさん:04/03/01 04:51
>>268

戸田山の社会化は、『知識の哲学』にあるかぎりだと思うが……。

270 :考える名無しさん:04/03/01 04:55
>>268
参考文献に伊勢田哲治のが乗ってたと思うが、ネットで読めるよ。

271 :考える名無しさん:04/03/01 04:56
×乗ってた
○載ってた


272 :☆キキ+キ゚Д゚♪ ◆ooOooooopo :04/03/01 05:03

≧(´▽`)≦アハハハ

273 :考える名無しさん:04/03/01 08:00
では伊勢田先生の論文をこれから読んでみまつ
ちらっと見たところ、SSKのことのようでつが
穏健な構築主義を採用するということなんでつかね?
強い構築主義だと見切ったはずの言語論的転回に引っかかるということになるんか?

とにかくいろいろ探して読んでみまつ ありがとうございまつた


274 :考える名無しさん:04/03/01 08:34
>強い構築主義だと見切ったはずの言語論的転回に引っかかるということになるんか?
言語論的展開とくくられている流れって強い構築主義と見切ったはずなのか?


275 :考える名無しさん:04/03/01 08:37
日本語になってない…。
論理実証主義、日常言語学派からクワインまでの言語論的展開とくくられてる連中って
強い構築主義と言い切れるもんかな?

276 :273:04/03/01 19:39
いえいえ 強い構築主義って言語論的転回が理論的根拠になってたのだろうと
僕が勝手に思ってただけでつ
こちらの勉強の浅さだと思ってください


277 :考える名無しさん:04/03/07 19:28
「現象学を自然化する」ってクワイン流の分析哲学意外にも自然主義者が
いるということ?
その場合でも第一哲学の放棄(基礎付け主義の放棄?)が主張されるの?

どーも門外漢にはよーわからん


278 :240:04/03/14 11:56
えー 一応いろいろと読んでみました
まず、言語論的転回とは技術的には第一哲学に言語哲学をもってくることであるが、
クワイン系の分析哲学の流れによると第一哲学路線は放棄されるため、言語論的転回は起こりえない。
また、言語論的転回により、妥当な認識の可能性が取り沙汰されたが、
(クワインと戸田山さんでは少し意見が違うけど)人間がこれまで地球上に現れた生物の中で
なぜこれだけ発展できたかというと、それなりに正しく世界を把握し、それなりに適切な危機への対処が
できたからではないのか。つまり人間にはそれなりに正しい認識にいたる能力があると考えられる。
なんというかフツーに考えてコモンセンスを大事にせよ、ということですかね。
それと、人間が社会生活を営むにあたって必要なのはそれなりに、ほどほどに、まあまあ正しい知識であり
必ずしも絶対的に正しい知識ではない。だからこの程度の認識能力で取りあえずは十分である。
それから現代は経験科学が細分化され、デカルト流の懐疑論への対抗では非現実的である。
一応専門家の成果を信頼するためのシステムを構築しないといけない。
だから知識の総体について社会学的な考察が不可欠である。

こんな理解でよろしいでしょうか?


279 :考える名無しさん:04/03/14 12:40
>>278
>なんというかフツーに考えてコモンセンスを大事にせよ、

要するにそーゆーことなんだよね。戸田山の言っていることは。ローティ以下。
であとは、経験科学の婢たるべく、時流にあった認知科学のローカルな問題を
ちょこちょこいじってればいいということなのか。くだらない哲学観。


280 :考える名無しさん:04/03/14 15:04
>なんというかフツーに考えてコモンセンスを大事にせよ、
どっちかって言えば、これは戸田山ってよりクワインだろ(w

281 :240:04/03/18 22:16
えーと やはり過激な意見なためか嫌われるようですね笑
でもこういう考えが最近流行ってるというのは現実的な主張だからですかね
ところで伊勢田さんの疑似科学本も読んだのですが、伊勢田さんのような
穏健な基礎付け主義だと穏健に言語論が転回することになるのでしょうか

まあポストモダン科学論が衰退した後 こういったタイプの科学哲学が流行するのも
もっともな気がしますが

今後は哲学史の入門書を数冊読んだ後、デカルトとカントを読んでから
ロックやヒュームにいきたいと思います。
なんだか英米分析哲学へまっしぐらな予感w
ヘーゲリアンの友達とは話が合わなくなるだろうなあ・・・


282 :考える名無しさん:04/03/22 03:09
>>278 >>279
>なんというかフツーに考えてコモンセンスを大事にせよ、
『知識の哲学』のスティッチの紹介の所はどう読んだ?
あの部分は戸田山が、その手の発想に否定的ってことを表してると思うんだが。


あと、彼の言う自然主義転回の哲学ってのが具体的にどうなるか、ちょっとわかりにくいと思う。
これとか聞いてみても、今までの概念分析的哲学を全否定しているようには思えないし。。

右と左について −空間哲学への招待−
ttp://www.nagoya-u.ac.jp/att/openseminar/
ttp://www.nagoya-u.ac.jp/att/openseminar/ram/1st4thAug.ram

283 :考える名無しさん:04/03/22 21:13
大庭健『はじめての分析哲学』

おすすめよん

284 :考える名無しさん:04/03/23 00:03
>>283
もう無理

285 :考える名無しさん:04/03/23 04:27
>>282

ウェイソン課題にしても、味覚嫌悪条件づけにしても、すごく独断的な引用。
これはスティッチが悪いというより、ここに持ってきた戸田山が悪いかも。
それ以前に進化論に訴えるクワインが(ry

スティッチのインパクトってそんなにすごいか?
100年前ならともかく。

双子宇宙の話で、「H2OとXYZとは見た目がいっしょ」と「H2Oが透明でXYZが不透明」って矛盾してる?

286 :282:04/03/23 07:44
>>285
どうも。
まあ、聞きたかったのはそういう話ではないんだけれども、参考にします。

287 :考える名無しさん:04/03/23 20:59
>ウェイソン課題にしても、味覚嫌悪条件づけにしても、すごく独断的な引用。
実際にはどういう話なの?

288 :240      :04/03/25 00:10
>>282
確かにおっしゃるとおりです 戸田山さんはプラグマティックな解釈をされてますよね
一応 丹治さんの「クワイン」や伊勢田さんの↓
ttp://www.info.human.nagoya-u.ac.jp/~iseda/works/epistemology.html
を読みました

それから最近文化人類学で話題になった本に
ttp://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/4-7885-0812-5.htm
こういう本がありますがいかがでしょうか?
私はまだ途中までしか読んでいませんが・・・

とにかく安易な進化論的解釈は問題があるのでわ?ってことが282さんのご意見だと
考えております
以前紹介された心理学の入門書など読んで勉強してみます
ご指摘ありがとうございました

>>284
いまその本読んでる最中なのですが、もう内容的に古いということでしょうか?



289 :240:04/03/25 00:12
>>282さん
あとラジオもこれから聞いてみます
ご教示ありがとうございます

290 :考える名無しさん:04/03/25 00:48
>>286
そうか。すまぬ。

>>287
>ウェイソン選択課題について
あくまで進化論的な文脈で、この課題がスティッチの主張を支持するのに妥当性があるのか。
言い換えると、自然な判断能力にとってものすごく難しい課題を与えたのなら、正解できなくて当然だろう。
『知識の哲学』から引用すると、
「システマティックに、妥当でない非合理的な推論戦略をとってしまうということ」から、
「たいてい真なる信念に至るような推論や判断のシステムを備えているということはちょっと怪しい」まで、
ギャップがあるのではないか。
「たいてい真なる信念に至るような推論や判断」ということで想定されている推論状況のうちに、
ウェイソン選択課題が含まれているかどうか不明だろう。
含まれているかどうかは、進化論的・生態学的な妥当性を確かめないと。

ウェイソン選択課題については、ゲルト・ギゲレンツァーとクラウス・フークの研究があります。
「領域固有的推論」という言い方をしていますね。
Gigerenzer, G. & Hug, K. 1992. Domain-specific reasoning: Social contracts, cheating, and perspective change. Cognition, 43, 127-171.
以下でアブストラクトが読めます。
http://www.sciencedirect.com/science/index.html→Journals→雑誌の最初のアルファベット「c」
→Cognition→Volumes 41-50→Volume 43 Issue 2→Pages 127-171

偉そうに書きましたが、雑感でしかないので、深く突っ込まれても困るんですが。

291 :考える名無しさん:04/03/25 01:09
>>290
素人目にはその批判の仕方自体が諸に自然主義的に見えるんだけれども
それは置いておいて。
>「たいてい真なる信念に至るような推論や判断」ということで想定されている推論状況のうちに、
>ウェイソン選択課題が含まれているかどうか不明だろう。
>含まれているかどうかは、進化論的・生態学的な妥当性を確かめないと。
『知識の哲学』で問題になってる知識の中核は自然科学(ってか、人文社会科学も含むか)
自然科学が扱っている問題は、人間の認知の進化論的・生態学的な背景を大きく離れた世界なわけだけれども
進化が「たいてい真なる信念に至るような推論や判断のシステムを」与えるという考えを疑問視しているのは
そのことを前提にしているのと読んだ、
だとするなら、生態学的・進化論的に適切な環境を考えろ、ってのはちょっと外してるんじゃないかな?

292 :考える名無しさん:04/03/25 01:12
>>287
>味覚嫌悪条件づけ
ビールの苦手な人がビール飲んで吐くと、それ以降ビールを飲めなくなる現象と同じ。
スティッチが変だなと思った点は2つ。

味覚嫌悪条件づけは、味が変なら何でもOKかというとそうではなく、
嫌悪の結びつきやすい組み合わせとあまり結びつかない組み合わせがある。
いわゆる選択的連合。
ガルシアとケリング(1966)の実験で、次の4つのグループにラットを分けた。
「味あり水+X線でゲロ」「味あり水+電気ショック」「クリック音あり水+X線でゲロ」「クリック音あり水+電気ショック」
X線でゲロったラットは味あり水を嫌いになり、クリック音あり水はとくに嫌いにならず。
電気ショックの場合は逆だった。
だいたい、クリック音あり水は、味が変であるわけではないし。

加えて、何も食べ物を回避するのが、味覚嫌悪条件づけだけによるものではない。
通常のオペラント条件づけ(スイッチを押して、餌が出てくるなら、スイッチを押すことを学習し、
嫌なものが出てくるなら、スイッチを押さないようになるというような、行動の変容をもたらす)があり、
味覚嫌悪条件づけは、あくまでそのサポートと考えられる。
スティッチは、味覚嫌悪条件づけだけ取りあげて、信念形成戦略が云々と述べているが、
それだけで信念形成戦略が働いているわけじゃない。

「味が変なら何でもいいよ」「味覚嫌悪条件づけだけ考えて信念形成戦略を考えるよ」
というスティッチは、なんか変と思った。


293 :考える名無しさん:04/03/25 01:32
>「味が変なら何でもいいよ」「味覚嫌悪条件づけだけ考えて信念形成戦略を考えるよ」
スティッチってそんなこと言ってるのか。確かに変だ。
でも『知識の哲学』での紹介のされ方では、その批判は当たらないと思う。

294 :考える名無しさん:04/03/25 01:56
>>291
>>293
重箱の隅を突っつくようなレスなのに、丁寧に答えてくれてThx。

スティッチの主張がどうのこうのということではなく、
スティッチがウェイソンやガルシアを引用したのは、それ以前だと思うということ。

>自然科学が扱っている問題は、人間の認知の進化論的・生態学的な背景を大きく離れた世界なわけだけれども
そうかなぁ。
とくに行動科学(認知科学を含めて)だと、理論の生物学的な妥当性も問われるでしょう。

ウェイソンによって進化論に頼る議論を批判しようとするときに、
ウェイソン課題自体が進化論的にどーよ?ということを検討しないなら、それを引用する意味がないのでは。

ガルシアに関しても同じで、そこまで特殊な考え方をして、ガルシアを引用する意味があるのかと思う。

ただ、スティッチのオリジナルの文脈が書かれていないのも問題。

>でも『知識の哲学』での紹介のされ方では、その批判は当たらないと思う。
これは同意です。

295 :考える名無しさん:04/03/27 10:20
>>240
情報提供
「記憶のメカニズム―ニューロン・AI・哲学」にパトリシア・チャーチランドの軽い伝記が入ってるよ。

296 :240:04/03/28 00:15
>>295さん
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309250653/qid=1080400402/sr=1-16/ref=sr_1_2_16/250-1143064-1509063
この本ですね ありがとうございます
図書館で探して読んでみます


297 :240:04/03/31 16:43
質問させてください

○上のほうのレスで、クワインが進化論を取り入れたことへの批判がありますよね。
図書館で「心と認識−実在論的パースペクティブ」 昭和堂 梅林・河野編
という本をみつけました。この中で進化論的認識論が議論されているのですが、
こういったものは、ここにいらっしゃるみなさんは評価されませんか?

○もう一つ。これまた上のほうのレスで、「自然主義的転回で変更を余儀なくされるのは
一昔前の分析哲学と構造主義言語学」というものがありました。
構造主義言語学とはソシュール、一昔前の分析哲学とはフレーゲ、ラッセル、ウィトあたり
かと私は考えたのですが、ソシュールと自然主義的転回を扱った文献などご教示くださいませんでしょうか。
ウィトやソシュールの議論は、第一哲学に言語論をもってくることを前提にしてるから
今後はヤバい、ということでしょうか。

結局クワインや戸田山さんの批判は、「世界は言語により構成される」ということへの
批判なのでしょうか?

むずかしくてワケわからなくなってきました・・・


298 :考える名無しさん:04/03/31 17:58
よそで見つけたのではっときますね
http://daen.net/hatena/20031220dora-wittgenstein.gif

299 :考える名無しさん:04/04/01 00:56
と言うか、構造主義言語学に自然主義がどう傷をつけられるってんだ?


300 :240:04/04/01 01:40
えと >>42に「自然主義的転回で変更を余儀なくされるのは
一昔前の分析哲学と構造主義言語学」といったニュアンスのレスがあったもので
>>297のように考えました。

言語論的転回が説明される際に、「ソシュール以来の〜」というものが多いと思いますが
クワイン-戸田山流の考え方だと、言語学方面からの言語論的転回はどのように扱われるのでしょうか。

私は言語哲学と同様に、構造主義言語学においても「全てに先行する言語認識」
とでもいうものが「見切られた」のかと思いました。

単に私の勉強不足ですね・・・



301 :考える名無しさん:04/04/01 02:08
全てに先行する言語認識ってことを現代の構造主義言語学
つまり、現代の言語学は唱えていないと思う。

302 :240:04/04/01 11:07
>>301
言語学板のソシュールスレを見ると、丸山圭三郎がソシュールを過大評価したって
いわれてますが、ソシュールに沸いてるのは哲学系の人で、言語学系の人は
わりと落ち着いた評価だ、という印象は確かに以前からありました。
ちょっとそのあたりを言語学板でも聞いてみます

どうもです


303 :考える名無しさん:04/04/01 12:42
>>301
そんなことはないよ。シニフィェ/シニフィアンの系列は言語の物質的側面では
なくて形式的な側面を言い表すものだから(つまり示差的な価値)、認識にとって
のアプリオリな条件(といっても各ラングに依存するわけだが)という位置づけで
考えなくてはならない。そうでないと言語論的転回をソシュールと重ね合わせる
人が出てくるわけがないよ。構造主義やラカン以降の精神分析も全部その成果に
負っている。それと302は丸山の『ソシュールの思想』ぐらいはちゃんと
読もうよ。2ちゃんで質問するのはその後だよ。

304 :240:04/04/01 13:26
>>303
おっしゃる通りです 丸山さんのソシュール論はむかーし新書を読んだきりでした
反省いたします


305 :考える名無しさん:04/04/01 17:09
>>303
確かにソシュールは言語中心的なことを書いてた記憶があるし
それが構造主義哲学に受け継がれたってのも事実だろうが
それが言語学者の通説になったわけでもないし、言語学とラカンやアルチュセールと言った現代思想とは分けて考えるべきでは?

306 :考える名無しさん:04/04/01 17:57
>>305
303に書かれてあることは、ソシュール理解としては極めて初歩的なことで
たんに『一般言語学講義』を読めば出てくる議論。
言語学では通説が異なるなんて次元の話ではない。
君も丸山の本ぐらいはしっかり読んだ方がいいよ。

307 :考える名無しさん:04/04/01 18:01
ソシュールの話じゃなくて構造主義言語学の話をしていたと思ったのだが。

308 :考える名無しさん:04/04/01 18:08
さらしあげ

309 :考える名無しさん:04/04/01 18:11
何でソシュール読めじゃなくて丸山読めなんだ?

310 :考える名無しさん:04/04/01 18:15
言語が認識を規定するって説を生成文法派のピンカーも批判してたな。

311 :考える名無しさん:04/04/01 18:22
もちろんソシュールを直接読むに越したことはない。
ただ『一般言語学講義』は弟子が編んだ本だからね。
草稿などの編纂や異同や解釈の点でいろいろと微妙な問題があるわけ。
加えて日本語訳の問題もある。素人がいきなり手を出すと火傷するよ。
そうした問題もふくめて丸山の本(『ソシュールの思想』岩波書店)
はクリアーしているから、とりあえずはこちらをすすめる。


312 :考える名無しさん:04/04/01 18:44
生成文法ってチョムスキーじゃないの?

313 :考える名無しさん:04/04/01 18:51
チョムは構造主義言語学だろ。

314 :考える名無しさん:04/04/01 18:55
構造主義言語学は普通ソシュールに端を発するフランス語圏の言語学。
チョムスキーの言語学はその潮流とは別で
「アメリカ構造主義言語学」と呼んで一般には区別される。

315 :考える名無しさん:04/04/01 18:59
おいおい、アメリカの言語学もソシュールの考え方を受け継いでますよ?
それにチョムスキーをアメリカ構造主義言語学とはいわないだろ。


316 :考える名無しさん:04/04/01 19:03
>>311
この人はどう?
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334032087/
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4327376914/

317 :考える名無しさん:04/04/01 19:04
お前ら、言語学板へいけ。

318 :考える名無しさん:04/04/01 19:07
>>316
>>311じゃないが町田健は生成文法の人だったはず。

319 :考える名無しさん:04/04/01 19:13
だから、言語学板でやれって。

320 :考える名無しさん:04/04/01 23:21
そうだね

321 :考える名無しさん:04/04/02 02:47
>>310
スティーヴン・ピンカーは、言語が自律的な構造を持つことを良しとしないんでしょ。
生成文法は自然主義ではないかと。

NHKブックスの『心の仕組み』にあったエディプス・コンプレクス批判はお粗末だった記憶が。
なんだかんだいって、進化心理学が精神分析にいちばん近い分野である気もする。
解説の長谷川寿一もピンカーと同様、「自然主義の誤謬」を恐れもしない進化心理学者。
とはいえ、わかりやすく書けるのはすごいと思うということで。
http://cruel.org/books/pinkercorrect.html
邦訳の誤りが書いてあります。

ピンカーといえば、animal kingdom(動物界)を「どうぶつ王国」と訳されてもいました。

322 :考える名無しさん:04/04/02 02:51
どうでもいいが、>>311は、「丸山圭三郎を読んだだけの素人」としか思えないのだが

323 :考える名無しさん:04/04/02 02:52
>>303
ラカンで思い出したけど、エディプス・コンプレクスと言語とをつなげたのはすごい。
ラカンについて素人同然なので、はっきりとは言えないけど。
5歳ごろに自己の行動を再帰的に調整できるようになるんだけど、
それを媒介してるのは言語と考えられている(旧ソ連のルリアとか)。

もしかしたらまったく違う内的過程なのかもしれないし、
同じ5歳児を見てるから、というのもあるのかもしれないけど。

324 :考える名無しさん:04/04/02 02:52
言語論的展開というスレの趣旨とあってるかどうかは分からないが、
チョムスキーの言語哲学(言語知識生得説)についての話題は、哲
学板だろ。

325 :考える名無しさん:04/04/02 03:07
>>322
うざいよお前。せっかくレスもらってるのに

326 :考える名無しさん:04/04/02 03:23
>>322
反論してる方もソシュール専門家には見えないぞ



327 :考える名無しさん:04/04/02 12:03
言語学板:チョム←→認知言語学者
心理学板:チョム←→言語習得説論者
哲学板:チョム←→構造主義者

こんな感じ?

328 :考える名無しさん:04/04/02 12:36
チョムチョム

329 :考える名無しさん:04/04/02 12:40
アメリカの言語学で構造主義というと生成変形文法より一世代前の人た
ちのことになるんじゃないの?

330 :考える名無しさん:04/04/02 14:11
>>329
そうだよ。ブルームフィールド。

331 :考える名無しさん:04/04/02 15:49
みんな、逃げてーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 __
        /:::::\
      /:::::::::\
      /::●:::: ●:|
      |::::/ ○\: |
      |:: /三 | 三|:|  
      |:: | ト‐=‐ァ' |:|  食ってくれるわ
     /:: | ` `二´' |:\ 
    /::::|___/:::\
    /::: /    \:::::\
   /::/       \:::::|
   |::|          \:::|
   |::|               |:::|
   |::|               |:::|
   |::|               |:::|
   |::|               |:::|

332 :考える名無しさん:04/04/02 19:10
$◇a

333 :考える名無しさん:04/04/03 00:44
>>321
生成文法は哲学じゃないしから自然主義vs反自然主義の区分を持ち込むのはおかしいと思う。
さらに「言語が自律的構造を持たない」とピンカーが考えてるかどうかはともかく、それと自然主義はイコールではないでしょう。

334 :考える名無しさん:04/04/03 01:33
いや、俺の脳内では認知科学とかコネクショニズムによって
生成文法が再燃しつつある昨今、自然主義代表としてのチョム
と反自然主義代表としてのソシュールみたいな戯言が出てくる
のは自然主義代表戸田山、反自然主義代表金森修ばりに笑える
ネタだと思うが。

335 :考える名無しさん:04/04/03 01:33
ついでに言えば両者とも同じ穴の狢。
ヴィト読め。


336 :考える名無しさん:04/04/03 01:41
生成文法やコネクショニスト的文法みたいな理系?っぽくない、普通の?言語学も
経験科学で実証科学だからな。


337 :考える名無しさん:04/04/03 12:51
>>334
キモイ


338 :考える名無しさん:04/04/03 13:25
>>333
「哲学じゃないから」というのが理由になるのかなぁ。
チョムスキーが言語モデュール云々と述べるのは、ふつうは言語学と考えられている領域を超えているし。
チョムスキーが自然主義だからといって、
彼に対立する立場が非自然主義ということにはならないし。

チョムスキーとピンカーとでは言語の発生について意見が違う。
チョムスキーが大脳に言語モデュールがポンと登場したと考えるのに対して、
ピンカーは自然淘汰の結果と考えている。
ピンカーは認知科学者だし、自然主義だと思う。

一方で、生成文法を論じているすべての言語学者が、
言語の進化的・発達的基盤について述べているかどうか知らないけど、
生成文法の進化的・発達的基盤を、チョムスキーだけ見て論じるのは、仰るとおりおかしい。
生成文法の具体的な研究は、とくにそういう基盤まで考えてやる必要はないし。

339 :考える名無しさん:04/04/04 21:27
>>338
反自然主義ってのは、自然科学の領域の事柄について考えないことではなくて
科学に還元できない固有の領域(道徳・合理性・知識・同一性・志向性・美など)問題があるということでしょうし、
自然主義というのはそういった問題を扱う哲学もまた科学の営みの一貫だと言うものですよね?(戸田山氏の影響受けすぎ?)
その理屈だと、自然科学者は全て自然主義者ということになってしまいませんか?
また、言語哲学の問題を言語学による自然言語研究の一部であり、自然言語の実証的研究(つまり、言語が実際にどうあるか)によって
言語哲学のテーゼが吟味されなければならない、と言う哲学的立場(をとる人が現実にいるかどうかはともかくとして)があったとして、
それが言語の神経科学的基盤に言及しない限り、その立場が反自然主義だと考えるのはおかしいのではないでしょうか?
(クワインによる認識論の自然化論は、脳科学ではなく心理学に還元する話でしたよね?)

340 :考える名無しさん:04/04/06 20:19
さらしあげ

341 :考える名無しさん:04/04/06 20:25
>>309
内容はともかく、もうちょっと文章を推敲してほしいものだな。

342 :341:04/04/06 20:26
あっ、309じゃなくて339だった。もうちょっと推敲すべきだった。

343 :考える名無しさん:04/04/07 00:15
>>339
自然主義と反自然主義とについては、だいたいその通りだと思います。
>>338は別にそれに反するような意図はないです。

>自然科学者はすべて自然主義者か?
そうだと思います。
しかし、それはその人が科学者として発言しているときのみ、としか言えないかもしれません。
たとえば、物理学が基本的に自然主義であるとはいえ、
ある物理学者が「道徳は自然科学に還元できない」と思っていても、
その人の理論が道徳に及ばないかぎり(ふつうは物理学をやっていても及ばないでしょう)、
その人の立場が一貫してないことについての説明は、義務にならないと思います。

>神経的基盤に言及しない自然言語研究は反自然主義か?
視点によって答え方が変わってくると思います。
自然言語を想定し、それに法則性があると考えるなら、その意味では自然主義でしょう。
しかし、そのような自然主義を取るとしても、その言語体系が脳に還元できないと考えることは可能であり、
その意味では反自然主義といえるでしょう。

>クワインの認識論の自然化は、脳科学ではなく心理学に還元する話では?
この質問の意図がちょっとわからなかったです。
すいません。
心理学ということで、クワインは認知心理学を考えていると思います。
認知心理学では、生物学的妥当性(脳科学などに矛盾しない)が問われるので、
脳科学に還元している面ももちろんあるでしょう。

344 :考える名無しさん:04/04/07 00:20
>>341-342
おまえかわいいな(  ̄∇ ̄)σ))ToT)

345 :考える名無しさん:04/04/07 00:57
>>341
ごめんよー。文意がおかしくなってるとこもあるねー。
>>343
>そうだと思います。
>しかし、それはその人が科学者として発言しているときのみ、としか言えないかもしれません。
自然科学の領域について発言すれば即自然主義であり、しかも、それ以外の領域についての発言との整合性が問われないのであれば
自然主義という概念自体が無意味なものにはなりませんか?
>>321での「自然主義の誤謬」とは何のことでしょうか?(ピンカーは意識の問題は科学で解明不可能と考えていますね)
>しかし、そのような自然主義を取るとしても、その言語体系が脳に還元できないと考えることは可能であり、
脳に還元できないが経験科学の領域に還元できる、との考え方が反自然主義としてみましょう。
では、脳科学や進化生物学や生態学がより基本的な諸学(物理学や化学や生理学や地球科学?)に還元できないと考えることはどうでしょうか?
>心理学ということで、クワインは認知心理学を考えていると思います。
そうですね。クワインは物理主義者と名乗っていましたし、還元されることには賛成だろうと思います。
しかし、「真理を追って」の中で認識論が「心理学や認知科学」に取り込まれると並列していることもありますし
議論の批判対象から言っても自然化を「経験科学」の内に置きたいとしている、と読むのは無理があるでしょうか?

346 :考える名無しさん:04/04/07 02:51
>>345
>自然科学の領域について発言すれば即自然主義であり、しかも、
>それ以外の領域についての発言との整合性が問われないのであれば
>自然主義という概念自体が無意味なものにはなりませんか?

その意味では無意味でしょう。
だから「義務ではない」と書きました。
一貫性を示さねばならないような文章を書く権利があるからです
(典型的には、脳科学で“宗教的体験は神秘的なものではなく、側頭葉うんぬん……”
というような文章を想定していますが)。
こういうときには、とくに自然主義かどうか問題になりますよね。
反対に、そのような総括的な議論に興味がなく、
日常的には神秘的体験がほんとうに神秘的なものなのだと考える自然科学者がいても、
その非一貫性を説明する義務は、その人にはないだろうと思うわけです。

>脳に還元できないが経験科学の領域に還元できる、との考え方が反自然主義としてみましょう。
のくだり。

作為的な定義ではないかと。
脳科学が物理学に還元できるかどうかに関係なく、脳科学は自然主義だし、むしろ還元主義の問題かなぁと。
自然主義と還元主義とを同時に論じるのは、議論が錯綜するだけのような気がします。
うまくまとめられればよいけど。

なので、>>343を撤回して、自然言語研究をやっていて脳の活動に還元できないと考えている問題も、
いずれにしろ自然主義であって、還元主義かどうかというのが問題になっていると考えます。
一般的にそれを自然主義といっているかは別になりますが。

347 :346とか:04/04/07 03:09
還元主義と自然主義とについてですが。

>では、脳科学や進化生物学や生態学がより基本的な諸学
>(物理学や化学や生理学や地球科学?)に還元できないと考えることはどうでしょうか?

実際のところ「還元」ということで何を言っているのか、が問題になると思います。
心が脳の生理学的法則依存していることを疑う心理学者はいないでしょう。
その意味では、ほとんどの心理学者は還元主義者であり、物理学のほうが基礎的な学問といえます。
しかし、心理学的法則と生理学的法則とがどれほどの類似性を持つのか

(あるいは、心理学的法則そのものを生理学的法則に還元できるかどうか)は、また別の議論。
むしろ、実際の心理学では、心理学的法則と生理学的法則との対応関係を調べることが、
両方の分野で重要な一部となっているのでは。
その意味では、還元できるかどうかというのはつねに先送りされる問題であり、
どちらが基礎的な学問かとはいえないでしょう。

348 :考える名無しさん:04/04/07 03:12
デイヴィドソンは犬死にかよ

349 :考える名無しさん:04/04/09 00:35
結局、言語学方面からの言語論的転回はどうなるんだ?w


350 :考える名無しさん:04/04/09 00:38
分析哲学の言語観は、言語学から見ると相当独りよがりのようだ。
命題関数の濫用が鼻につくとのこと。

351 :考える名無しさん:04/04/09 00:59
言語学者は哲学のつまみ食いしてるだけ
(と煽ってみる)

352 :考える名無しさん:04/04/09 01:27
>>350
ポモの中の方?
延命活動ご苦労様です


353 :考える名無しさん:04/04/09 01:43
>>349
そんなものは起きなかった。
ってのは駄目?

354 :考える名無しさん:04/04/09 10:31
>>353
ダメ ソシュールをいなかったことにするなら別だが。

355 :考える名無しさん:04/04/09 15:21
>>354
たぶん、そのあとに言語学では「言語論的展開」は起きなかったっていいたいんじゃ?

356 :考える名無しさん:04/04/09 15:24
>>354
いや、ふつう「言語論的転回」ていったら
19世紀末から20世紀初頭の出来事のことでしょ。
分析であれ何であれ。
言語学はソシュールで「転回した」ということ。

357 :考える名無しさん:04/04/09 15:25
誤「>>354」→正「>>355

358 :考える名無しさん:04/04/09 15:31
>>357
>言語学はソシュールで「転回した」ということ。
言語哲学を第一哲学としておくのが言語論的転回なんでしょ?
言語学がそんな転回をしたの?


359 :考える名無しさん:04/04/09 15:39
言語学が転回しなくても現代思想は転回した。

360 :考える名無しさん:04/04/09 15:44
>>358
転回したからこそ、丸山圭三郎のような人がたんなる言語学者
ではなくて、思想家として活躍できたわけです。

361 :考える名無しさん:04/04/09 15:45
言語学者が聞いたらびっくり?

362 :考える名無しさん:04/04/09 16:09
言語学者は哲学を知らないから仕方ないよ

363 :考える名無しさん:04/04/09 16:57
哲学者も知らないからお互い様

364 :346とか:04/04/09 19:41
>>356
言語学はもとから言語を扱っているわけだから、「言語論的転回」って意味不明にならんか?
言語論的転回ということで、ウィトゲンシュタインの言語分析を指すのなら、
言語学でのソシュールの構造の発見を指すことは難しいような。

365 :356:04/04/09 21:23
もちろん「転回」かどうかは事後的なパースペクティヴからの判断。
しかしソシュールの言語学の革命がなければ
レヴィ=ストロースの構造やラカンの象徴界といった
構造主義の広汎な展開は生まれなかっただろう。
(LSは数学の知見とも関係あるわけだけれど。)
言語学だけで閉じているようには考えてはならない。
(もっとよく知りたいなら「岩波講座・現代思想」の
「言語論的転回」の巻でも嫁。)

366 :考える名無しさん:04/04/09 21:32
>>365
>レヴィ=ストロースの構造やラカンの象徴界といった
>構造主義の広汎な展開は生まれなかっただろう。
だから、それは
>言語学はソシュールで「転回した」ということ。
とは違うと何度言ったら…。
言語論より先に日本語を勉強しろ。


367 :346とか:04/04/09 21:34
>>365
>>356で「言語学」って限定してるのでは?
構造主義の思想を含めるなら話が別というのはわかります。

構造主義に比べて、生成文法って、他の分野への波及が少ないような気がする。

368 :考える名無しさん:04/04/09 21:34
「知の欺瞞」あたりのラカンやクリステヴァ叩きが
「構造主義言語学」一般にまで敷衍されることがあって、激しくウザイ。
言語学でのソシュールの継承と現代思想への影響は分けて考えるべき。

369 :346とか:04/04/09 21:36
>>367
ちがった。
>構造主義に比べて、生成文法って、他の分野への波及が少ないような気がする。

「構造言語学に比べて、生成文法って、他の分野への波及が少ないような気がする」

370 :356:04/04/09 21:41
>>366
だから、繰り返すが、事後的なパースペクティヴによる判断だって。
後の歴史的展開を考えれば、ソシュールで「転回」したと見做せるわけ。
構造主義の起源をソシュールとLSに求めるのは常識だろ?
ソシュール以降言語学がクラチュロス的言語観を脱して
構造主義言語学を形成したのも有名な話だろ
(ヤコブソンやイェルムスレウなど)。




371 :考える名無しさん:04/04/09 21:50
>>370
ソシュールが言語学に革命を起こしたのは事実だけど
それは「>>358の言うような意味での「言語論的転回」とは違う、と言ってるの。
「意味」や音等が他の語や音との差異による、という主張は受け継がれたけれど
>>358のような強い意味においてではない。
純粋な「差異の体系」しか存在しないなんて思ってる言語学者は…少なくとも主流派ではないな。
あくまで言語というものの性質を理解するものとしてだろ。

372 :考える名無しさん:04/04/09 21:56
だから、言語学板に行ってやれ。
何なら建ててきてやろうか?

正直、嵐扱いされそうで嫌なんだが。

373 : :04/04/09 23:43
つーか 単にラカン屋さんが「ソシュール流の言語論的転回」とやらが
否定されたら困るだけだろ
なんでここでラカンや精神分析がでてくんだ?


374 :ジョニオ:04/04/09 23:47
書かずにはいられない一言ですか。
おしゃれです。

375 :考える名無しさん:04/04/10 00:26
>>373 馬鹿が一匹

376 :考える名無しさん:04/04/10 00:35
ラカンは数学や言語学の概念を勝手に乱用する馬鹿にしたい馬鹿が一匹いるようだな。
数学や言語学の知識においてラカンの足元にも及ばないのだろうが。

377 :240:04/04/10 04:22
えーと、やはり言語学板にスレを立てた方がよろしいでしょうか?
このスレには言語学の方はいらっしゃらないですかね?

私の余計な一言から迷走?がはじまってしまったようで申し訳ありません。
ですが、引き続き言語学における言語論的転回について議論いただけると
ありがたいです。


378 :考える名無しさん:04/04/10 04:23
>>377
>このスレには言語学の方はいらっしゃらないですかね?
いても確認できない。

379 :240:04/04/10 04:25
>>378
なるほど おっしゃるとおりですw


380 :240:04/04/10 22:48
ここまでを自分なりにまとめてみました

○分析哲学の言語論的転回
 ・第一哲学に言語哲学を持ってくる
  →全てに先行する言語認識
  →世界は言語により構成される

○言語学の言語論的転回
 ・言語は直接の指示対象を持たない(言語は不透明)
  →世界は言語を通じてしか認識できない
  →世界は言語により構成される

○現象学の言語論的転回
 ・   ?
  →  ?
  →世界は言語により構成される

>>267さんのご指摘に現象学方面からの言語論的転回とありましたが、
詳しい方の解説お願いします。

で、現在話題になっていることとして

○分析哲学の言語論的転回
 →第一哲学路線はありえないのではないか?
○言語学の言語論的転回
 →そもそも「すべてに先行する言語認識」という強い主張がなされたか?
○現象学の言語論的転回
 →?

こんな感じでよろしいでしょうか?


381 :考える名無しさん:04/04/10 23:24
あげときますね


382 :考える名無しさん:04/04/11 06:48
>>380
>○言語学の言語論的転回
> →そもそも「すべてに先行する言語認識」という強い主張がなされたか?
言語学にはド素人なんですが、>>316の本によるとそんな感じの事をソシュールは主張したらしいです。
ただし、それは現在の言語学では否定されているらしい。


383 :240:04/04/11 08:51
>>382さん
情報ありがとうございます 2冊とも町田健さんという言語学者さんですね。
「すべてに先行する言語認識という強い主張」が現在の言語学では旗色が悪い、
ということが明記されていたわけでしょうか?
私もその2冊にあたって、さらに参考文献も調べてみることにいたします。


384 :考える名無しさん:04/04/11 22:44
>>380
ソシュールまで言語論的転回に入れるんなら、
・オックスフォード日常言語学派(オースティン、サール)
・プラグマティズムの言語学(パース、ミード、モリス)
・ハーバーマス、アーペル、ガダマーあたり
は入らないのかな?

385 :考える名無しさん:04/04/11 22:48
あげ

386 :くろしろ@社会学白痴断見教教祖:04/04/11 22:57
ふははははははははははは

数学出来ないやつは ア ワ レ w


387 :考える名無しさん:04/04/11 23:00
206 :くろしろ@社会学白痴断見教教祖 :04/04/06 20:31
>>204
数学的には楽だよ。算数しかでない感じ。
ただ文章は(((( ;゜Д゜)))ガクブル

529 :くろしろ@社会学白痴断見教教祖 :04/03/14 19:57
あ、あと

利潤率低下傾向の式で
            
    M      M/V
r=――― =――――――
   C+V   C/V+1

って式をよく見ますが、
要するにM/(C+V)をVで割っているわけですよね
なのになぜ左辺rはr/Vにならないんでしょう?
すいません。数学リア厨以下なんで。。。
ご説明できる方いれば一つ。


388 :考える名無しさん:04/04/11 23:17
僕は漠然と、構造主義も言語論的転回も用語というよりスローガンかなと
思ってます。ソシュールにはなんとなく構造主義の御大というイメージがあ
るんですが、そもそも言語論的転回タタキって、ポスト構造主義の構造主
義タタキと同様の印象がありませんか?

新商品発売記念大特価キャンペーンみたいで気になるんですが、
何か役に立つんでしょうか?

389 :考える名無しさん:04/04/11 23:40
別に言語論的転回を擁護する必要もないのでは?
誰が困るわけでもあるまいし

390 :考える名無しさん:04/04/11 23:48
>>384
>・オックスフォード日常言語学派(オースティン、サール)
一般に、言語論的展開と言うとき論理実証主義も日常言語学派も分析哲学のそれに含まれてんじゃないかな?
と言うか、そもそも分析哲学という呼び名自体日常言語学派((日常)言語の分析哲学)が語源だったはず。

391 :考える名無しさん:04/04/11 23:48
チョムスキーが転回叩きのハシリだろう。


392 :考える名無しさん:04/04/12 00:06
>>390
そうですね。
オックスフォード日常言語学は既出ということで、他のはどうでしょ?

393 :考える名無しさん:04/04/12 00:19
現象学は分析哲学の言語論的転回を身体論的転回で迎え撃ったという一文を読んだことがある。
意味は知らない。

394 :考える名無しさん:04/04/12 00:30
身体的な現象であれ自然的な現象であれ
結局言語によって分節されなければ何の意味も
なさないのだから、ひとつの知として認識を
扱う以上、言語の優位性は揺るがないと思うがなあ。
単純に言語論的転回がどう批判されることになるのか
説得的な意見を聞いたためしがない。
単に時代が過ぎて言語論的転回の成果が忘れ去られようと
しているだけなのだとすれば、分析哲学であれ構造主義であれ
断じて言語論的転回の成果を擁護すべきではないだろうか。

395 :考える名無しさん:04/04/12 00:33
>身体的な現象であれ自然的な現象であれ
>結局言語によって分節されなければ何の意味も
>なさないのだから
それ言ったら、言語は自然現象であり身体現象(って言葉があるかは知らんが)じゃんか。

396 :考える名無しさん:04/04/12 00:44
>>395
「自然現象であり身体現象である」ことそのものを認識し理解するのは
言語の力によるものだよね。言語以前に何かを立てても、言語というフィルター
を外せないとすれば、やはり言語の優位性は否定できないと思う。

397 :考える名無しさん:04/04/12 00:54
>>396
それを言ったら、その言語を認識し理解するのは脳の認知的過程だろう。
それに「認識し理解する」事が純粋に言語の領域だけで行われているってのは無理があるでしょ。

398 :考える名無しさん:04/04/12 01:00
自然現象も言語も数学的に表現されます。
つまり、第一哲学は数学の哲学です。

399 :考える名無しさん:04/04/12 01:14
>>397
いや、だから「脳の認知的過程」も言語で記述するわけよ。
>>396 はそういう話。言語以前にみえるものも言語を通して把握される。

>>398 数学も、本来は数学の言語であって、
さまざま言語のなかの一つの特殊な言語形態です。

400 :考える名無しさん:04/04/12 01:25
>いや、だから「脳の認知的過程」も言語で記述するわけよ。
>>396 はそういう話。言語以前にみえるものも言語を通して把握される。
いや、そう言うだろうとは思ったのだけれども、その把握自体も純粋に言語の問題ではない。
いや、そのこともまた言語によって語られ(ry
と幾らでも循環できるでしょ?>>394は最初のところでボタンを掛け違えてるように見える。

401 :考える名無しさん:04/04/12 01:35
>>400
循環できる。まさにそうです。しかしそれもまた言語によって解決されるか、
さらに問い直されるしかない。ではどんな言語を用いるべきか。
前期ウィトゲンシュタインの言語の論理を精緻化しようとする問いは
まさにそういうところから出発していた。つまり論理によって
言語の閉じた循環を乗り越えようとした。しかしそれも挫折し、
後期ウィトゲンシュタインでは、言語ゲームという考え方に移った。
ある意味でこれは完全な言語内在論であり、ここに言語の優位性
(つまり言語的循環の乗り越え不可能性)が確立されたのだと思う。

402 :考える名無しさん:04/04/12 01:42
>>400-401
第一哲学の放棄ってのは、そういうことなのかね?
これを放棄すれば「第一哲学は何か?言語の哲学なのか、自然現象の哲学なのか?」という問い自体が放棄される。

403 :240:04/04/12 01:45
>>384さん
プラグマティズムの言語観てハーバーマスなんかに影響与えてるやつでしょうか?
ハーバーマスの(アーペルも?)コミュニケーション理論って言語論的転回を「超える」
ためのものではないのでしょうか?
ガダマーの言語論的転回は解釈学的循環ってやつですか?
これらは分析哲学、言語学、現象学の言語論的転回とは別路線ということですか?

さすがにいろいろな問題がでてくるわけですね。
逆にこれらの分野が認知科学の発展やいわゆる自然主義的転回の問題提起に
どう答えていくのかも気になりますし。

ご指摘ありがとうございます。


404 :考える名無しさん:04/04/12 01:50
>>400
>いや、そう言うだろうとは思ったのだけれども、その把握自体も純粋に言語の問題ではない。
その把握自体も言語以前の認識によって語られ、ならともかく
純粋に言語の問題ではない、なら
>いや、そのこともまた言語によって語られ(ry
という突っ込みは成り立たないと思うが。

405 :240:04/04/12 01:56
>>398
第一哲学に数学の哲学をもってくるということは、世界は論理的に把握されるということですか?
それって論理実証主義とはどのように異なるのでしょうか?

>>399
えーと、それだと赤ちゃんや動物は世界をどのように捉えるのでしょうか?
あまりにバカバカしい質問で申し訳ないですが。
ここまでくると、「世界は言語により構成される」という強い意味での言語論的転回を
含意しないように思われるのですが。

もちろんこれらは余りに素人的な疑問なのでスルーしていただいて結構なのですが、
スレの内容が高度化してかなり専門的になってきましたので、しばらくROMらせてください。


406 :考える名無しさん:04/04/12 02:03
>>394-401
>身体的な現象であれ自然的な現象であれ
>結局言語によって分節されなければ何の意味も
>なさないのだから、ひとつの知として認識を
>扱う以上、言語の優位性は揺るがないと思うがなあ。
>単純に言語論的転回がどう批判されることになるのか
>説得的な意見を聞いたためしがない。

言語によって分節されることによって成される意味と、
知覚によって分節されることによって成される意味とがあるという考え方はできないのかな。
ものすごく安易な考え方なのはわかってるけど、それに対してはどう対処するのかと。
言語の優位性があるとしても、そこからすべてが言語による認識かどうかは結論できないでしょう。

407 :400:04/04/12 02:03
>>401
>循環できる。まさにそうです。しかしそれもまた言語によって解決されるか、
問い直されることに関してはともかく、解決されることが言語によらなければ成らないとも限らないでしょう。
非言語的な理解が存在しうるなら。非言語的な理解をそもそも「理解」と呼べるか、という問題はありますが
(言語をもたない動物が理解したり知識をもったりすること否定する人も多いようで)
そもそもこれを「言語的循環」と呼ぶことは適切なのか?
>さらに問い直されるしかない。ではどんな言語を用いるべきか。
こういう風に飛ばれると頭の悪い人間にはちょっとついてゆきづらい。

408 :考える名無しさん:04/04/12 02:13
>>406
ネズミがチーズとゴムを区別してチーズの側に向かっていったとしても
ネズミが「ここにチーズがある」と思っていると考えるべきだろうか?と言う立場の人もいる。
言語をもつ人間なら「ここにチーズがある」に対応する「ここにチーズがある」と言う文を持つことでチーズを指示できるけど
ネズミはそれができないのでチーズを認識することは不可能。と言う考え方。
更にこの特殊バージョンとして、ネズミの脳の中にチーズだの何だのを表す記号があってそれが作る文で、
ネズミの行動が支えられているならそれは心の言語なので、言語的認識に一種である。と言うのもある模様。

多少、勘違いして紹介しているかも知れんが。


409 :408:04/04/12 02:33
サールは『志向性』の中で動物に志向性(物事を指示するという性質)がないと考えるのは
哲学的ドグマに執着する物だけだと書いていたけど、>>408みたいな議論のことを言ってるんだと思う。

410 :考える名無しさん:04/04/12 03:02
>>408
なるほど。
にしても両方とも極端な感じですね。

前者について。
人間はそのようにすればチーズを認識することができる。
しかし、人間が言語を獲得したあとに言語から離れて認識することができないために、
人間の認識にとって言語が決定的であるだけで、
言語を持たない他の生物がチーズを認識できないことにはならないのでは。
他の動物が人間と同じような認識の仕方では認識していない、ということ以上はいえないでしょ。

後者についても同様で、そういった神経のコミュニケーションが、
当該個体に言語として認識されているかどうか不明。
脳のなかにチーズを知覚的に認識させる記号があったとしても、
それがどう処理されたら言語なのかいわないと、
脳のなかに表象されているものはすべて言語になってしまうのでは。

411 :408:04/04/12 04:09
>>410
人間が「ここにチーズがある」と思ったとき、それが実はゴムだったら間違った認識。
でも、ネズミがゴム製チーズを食べようとしたとしても、ネズミは間違えた認識をしたといえるのか、って話だったかと。
味がおかしかったら食べるのを止めるけど、そこからは刺激に反応した事が言えるだけだ
もしも味がチーズ味で柔らかければ食べつづけたはずだ。だったら、間違えた認識をもったといえないだろう。
視覚的刺激に反応してチーズやゴムに向かい、刺激に反応してチーズを食べつづけたり食べるのを止めたりするだけとなる。
間違った認識がないなら、そっから区別される正しい認識もない。事態の認識なんてネズミは行ってない。
命題を表す言語なしにはあらゆる認識がありえない。ってな感じの主張だったはず。


412 :考える名無しさん:04/04/12 07:36
>>411
すみません。
人間とネズミとの違いがわからないです。

413 :考える名無しさん:04/04/12 09:45
>>412
人間はチーズをを作れるけど、
ネズミはチーズを作れないから、根本的に違うでしょう。

414 :考える名無しさん:04/04/12 10:06
>>411

>もしも味がチーズ味で柔らかければ食べつづけたはずだ。

そりゃ人間でも食べるわな。
認識の有無と認識の正誤は問題が違うよな。
対象の知覚に対して言語という付随感覚も備えた生物を
まず人間(一般の言語獲得者としての)とし、
そこから他の動物と比較して類似性を考えるべき。
動物同士で対象に関するやり取りがあるなら動物の言語?
その可能性が開けるんじゃないの。

415 :考える名無しさん:04/04/12 19:14
僕はフレーゲやソシュールを読んだわけでもない素人ですが、まさに議論が
>266にある心理主義に基づく観念論的誤謬に陥っているのではないかと思い
ます。僕自身、「転回」という言葉にはちゃぶ台返しや東郷ターンのイメー
ジがあって好きになれませんが、あまり「言語論的転回」を叩く気にも限定
する気にもなれません。しかしその感情が、それがないとどうも世の中が不
便になりそうな気がするという漠然とした直感に依っているため、なんだか
出かかったしゃっくりが止まっているようなむずがゆい思いはあります。

>チーズ 1 [cheese]
>動物の乳のタンパク質を酵素を加えて分離、凝固させ、発酵させた食品。
>そのままのものをナチュラル-チーズ、加工したものをプロセス-チーズと
>いう。乾酪(かんらく)。

例えば『大辞林』によれば、「チーズ」に関して上記のような「説明」がな
されており、ここから言語論的転回の痕跡を見てとるかとらないかは論者に
よりますが(僕としては見えるような気が・・)、この多義性をもつ「常識
的説明」の現実が議論からすっぽり抜けて、実験心理学的・認知的議論に退
行してしまっているのは何故でしょう?この「説明」をどうすればより満足
できるのかが見えません。

416 :考える名無しさん:04/04/12 19:14
1)そもそも「説明」がナンセンスなので、説明をやめる
2)人間と動物に共通する生理学的分析を反映させる
3)辞書は「死んだ言葉」しか反映しないから「生きた」言葉にする
4)コミュニケーションに必要な要素をもっと加える
5)人間的要素を排除する(例えば数式化)
6)詩的・文学的要素を加味する
などなど、いろいろ思いつくことは思いつきますが、説得的な理由がさっぱ
り・・・そこの所をはっきりできれば「言語論的転回」の条件と限界を明確
にし批判も可能ではないかと思いますが、今の段階では知的興味をそそられ
ることも責任感を煽られることもない・・・かも。

417 :考える名無しさん:04/04/12 20:24
>>415-416
すみません、もう少しわかりやすく説明していただけますか?

418 :考える名無しさん:04/04/12 20:46
>>417 むり。

419 :飛べないカラス ◆hslonKolMc :04/04/12 20:55
ウィトが言った、
言語が世界を現している、言語を理解することが世界を理解することにもなる
これが言語論的転回の思想を最も端的にあらわしている。

420 :考える名無しさん:04/04/13 01:36
>>415

フレーゲのほうが「はじめに言ありき」というような誤謬に陥っていると考えることはできない?
チーズがイメージで捉えられるとしても、
「すべての」認識がイメージないし観念を媒介とすると主張するわけじゃないし。
イメージによる認識があることの主張、即、心理主義というわけではないはず。
今の心理学なら、言語の重要性を無視することはないでしょうし。

文脈主義のように、一元化するほうが偏った見方では?
言語である以上、文脈主義は免れえないけど、語の意味はそれで終わるものなのか?と。

>チーズ

どの点に言語論的転回の痕跡を見てとったのか言ってほしいです。

421 :考える名無しさん:04/04/13 02:10
言語的「理解」だけが「解り方」じゃない。「体得」「会得」「暗黙知」「了解」etc
ある。

422 :考える名無しさん:04/04/13 02:15
>>421 問題なのは、言語的理解以前の理解があるかどうかではなく、
そうした前言語的理解自体も言語化されなければ、理解できないという
循環の問題なのですよ。仮に「体得」という概念を「体得」したから
といって、それは説明したことにはならないわけです。


423 :考える名無しさん:04/04/13 02:20
体得の概念の理解がなにごとかの「体得」であるわけがないのは当たり前でしょう。

424 :考える名無しさん:04/04/13 02:24
>>422
言語論的転回ってそんなしょうもない話しだったっけ?
その理解もまた、言語以外のもの抜きにはってことになっちゃうだろ。

425 :考える名無しさん:04/04/13 02:25
そもそも「説明」が成り立つのは「言語以前」的な経験や知があってのことでしょう。

426 :考える名無しさん:04/04/13 02:32
>>423
その当たり前のことが問題なのです。「体得」が前言語的理解であるならば
その理由を説明しなければならない。それは概念化され、言語化されなければ
ならない。「ね、分かるでしょ」と同意を求めているだけではダメなわけですよ。
言語化しえぬものがあることを言語化して説明することは、
みずからの行為と主張のあいだで矛盾が生じてしまうわけです。つまり
前言語的理解の存在を証明したければ、それ自体も前言語的に説明すべきだ
ということです。

>>424 ちょっと意味が分かりません。

427 :考える名無しさん:04/04/13 02:36
>>426
説明は(テキスト)デジタルですが、行為はアナログなのですよ。

428 :考える名無しさん:04/04/13 02:37
>>425
繰り返しになりますが、言語以前的経験があるとしても、
それが言語というフィルターを通してしか把握できないところに
問題があるわけです。「言語以前的なもの」は所与の言語から
遡行的に見出されたものなのだとすれば、むしろ言語こそ、
「言語以前的なもの」を構成しているのだということが
問題となるわけです。

429 :考える名無しさん:04/04/13 02:40
>>428
同じ事を何度も繰り返すな。

430 :考える名無しさん:04/04/13 02:40
>>427
そのアナログ性がデジタル性によって媒介されて見出されており
「アナログなもの」そのものは語りえないということが問題になっているのです。
>>429
すみません。同じ反論ばかり出てくるので。もう止めますね。

431 :考える名無しさん:04/04/13 02:41
パロールはエクリチュールより情報量が多く、行為は一層多い。
つまり、言語は粗雑にしか表現できない。

432 :考える名無しさん:04/04/13 02:42
>>428
繰り返しになりますが、言語的理解があるとしても、
それが言語以前の活動を通してしか把握できないところに
問題があるわけです。「言語的なもの」は所与の非言語的理解から
構築されたものなのだとすれば、むしろ言語以前こそ、
「言語的なもの」を構成しているのだということが
問題となるわけです。


433 :飛べないカラス ◆hslonKolMc :04/04/13 02:42
>>428
言語はあくまでイメージの通信手段。今自分が思い浮かべるイメージと合致する言葉を知っていれば
それが想起される。

434 :考える名無しさん:04/04/13 02:43
>すみません。同じ反論ばかり出てくるので。もう止めますね。
同じ事ばっか繰り返すからだろ。

435 :考える名無しさん:04/04/13 02:43
同じ曲はどんな歌手が歌っても「歌詞」としては同一である。言語はその程度ということです。

436 :考える名無しさん:04/04/13 02:47
>>432
オリジナルが微妙に改ざんされていて、非対称性がかえって際立ち、
かえって>>428の主張を裏付けることになっている。

437 :考える名無しさん:04/04/13 02:49
>>435
音楽のたとえは「前言語的な経験」を喚起するのにいい例ですが、
それとてデータ化され、言語化されるわけですよね。CD がそうであるように。
言語はテキストとして書かれている文字だけではありませんよ。


438 :考える名無しさん:04/04/13 02:49
>繰り返しになりますが、言語以前的経験があるとしても、
>それが言語というフィルターを通してしか把握できないところに
>問題があるわけです。
何故、そうなるのか不明。それを言ったら言語も言語以外の理解やフィルターがあってこそ成り立つ。
>「言語以前的なもの」は所与の言語から
>遡行的に見出されたものなのだとすれば、むしろ言語こそ、
これも論拠なし。

439 :hey:04/04/13 02:51
>>433
「千角形」は、それを表象することは出来ませんが
ちゃんと理解できるし、相手にもそれが何だか
伝えられますよ。


440 :考える名無しさん:04/04/13 02:53
>>422
>>426
>前言語的理解の存在を証明したければ、それ自体も前言語的に説明すべきだ

よくあること。
「手順記憶」のような前言語的概念を説明するときに、
「自転車の乗り方といったようなコツなど」と述べるとき、
相手の前言語的(とされている)体験に訴えるわけだし。
それを説明する言語表現のみで説明を完了させようとすれば循環に陥るが、
外部への(たとえおざなりだとしても)参照を駆使すれば、前言語的説明は可能。
あらゆる説明が、少なくとも日常的には、ある概念を説明する言表のなかで
説明内容を閉じなければならない(外部への参照というズルをしない)という義務を持つわけではないし。

441 :考える名無しさん:04/04/13 02:54
>>439
それだけでは理解できないし、伝えられないよ

442 :考える名無しさん:04/04/13 02:54
「千角形」は「操作的」定義として理解されるのであって、「イメージ」
としては伝わらない。(あえてイメージすれば円とほとんど同じだけど)

443 :考える名無しさん:04/04/13 02:55
>>438
端的にいうと私の問いは、言語以前のものがあるかないかということではなくて、言語以前のものをいかに「正しく」説明できるのかということです。
というのも、その説明ができなければ、言語以前のものの有無を主張することが
不確実なものになってくるからです。


444 :考える名無しさん:04/04/13 02:56
>>442
>「千角形」は「操作的」定義として理解されるのであって、「イメージ」
>としては伝わらない。(あえてイメージすれば円とほとんど同じだけど)

その「あえてのイメージ」でじゅうぶんでしょ。
すべての表象がくっきりしている必然性はない。

445 :hey:04/04/13 02:57
>>441
「1000個の頂点を持ち、1000個の線分に囲まれた平面図形」
で理解できませんか?


446 :考える名無しさん:04/04/13 02:58
>>440
アザラシの水泳
鳥の飛翔

は?

447 :考える名無しさん:04/04/13 02:58
>言語化しえぬものがあることを言語化して説明することは、
>みずからの行為と主張のあいだで矛盾が生じてしまうわけです。
言語以前の理解が存在することと言語化できないものがあることは、全然別のこと。
言語以前の理解に言語が支えられていることを、言語で主張することは別に矛盾したことではない。



448 :hey:04/04/13 02:59
>>443
>「千角形」は「操作的」定義として理解されるのであって、「イメージ」
>としては伝わらない。(あえてイメージすれば円とほとんど同じだけど)

いや、円のような形である必要さえない


449 :考える名無しさん:04/04/13 03:01
>>446
どういうこと?

450 :考える名無しさん:04/04/13 03:01
>>445
平面上ということに限定してないでしょ

451 :hey:04/04/13 03:03
>>450
多角形というのは、常に平面図形です


452 :hey:04/04/13 03:06
私の「千角形」の例は「言語はあくまでイメージの通信手段」という考えに
反対して出されたものです。


453 :考える名無しさん:04/04/13 03:06
言語は、言わば結節点だけつーか、間引いているわけだよね。間引き方の良し悪し
てのもあるわけだけど。

454 :考える名無しさん:04/04/13 03:07
>>451
平面でも
凹多角形を考えれば
円に近いとは限らない

455 :考える名無しさん:04/04/13 03:08
>>452
イメージがはっきりしている必然性はないというのはどう?

「言語があくまでイメージの通信手段」という極端な主張って、このスレでは誰もしてないと思うけど。

456 :考える名無しさん:04/04/13 03:08
>>440
>「自転車の乗り方といったようなコツなど」
なるほど。そうした説明形式があることについて
おっしゃりたいことはよく分かります。
しかしそのような説明を「前言語的理解」と便宜上呼ぶことにしても、
一般に「理解」という語を使えるほど確実で正しい説明たりうるのか
疑問です。というのも、明らかにそうしたコツを何度教えても
「自転車に乗れない」人は一定数いるわけですから。
果たしてそれを概念化し客観化することのできる言語的説明と同列に
扱いうるかどうか。日常言語ではそれを「理解」したと呼ぶのかも
しれませんが、それはたんなる用語の混乱だというふうに見えかねない。


457 :447:04/04/13 03:09
>>443
じゃ、言語についてなら正しく説明できるのか?

458 :hey:04/04/13 03:12
>>455
433にはっきり言明されておりますが

>>456
そうですね。自転車の乗り方は「理解した」とか「理解してない」という問題ではなく、
「乗れるようになった」か「乗れるようになってない」かの問題であると思います。


459 :考える名無しさん:04/04/13 03:13
数学・論理学は日常言語の派生態であって、極めて厳密な「操作的」定義の
集積であるが、その分イメージ性は乏しくなるわけですよ。

460 :考える名無しさん:04/04/13 03:16
じゃあ写真とか絵画をどうやって考えるのよ?
絵を描くことによって絵を「説明」するときも言語過程が働くと?

こうした困難ゆえに、
言語に限らない記号認識や、
あらゆる記号認識を可能にしている認知プロセスが注目されるようになったのだろう。

461 :hey:04/04/13 03:17
>>437
>音楽のたとえは「前言語的な経験」を喚起するのにいい例ですが、
>それとてデータ化され、言語化されるわけですよね。
例えば、ハイフェッツの弾くブラームスと、ヌヴーの弾くブラームスとの違いは
私にははっきり分かりますが、特別に言語化されてはおりません。



462 :考える名無しさん:04/04/13 03:17
>>456
>「自転車に乗れない」人は一定数いるわけですから。
>果たしてそれを概念化し客観化することのできる言語的説明と同列に
>扱いうるかどうか。
言語的説明なら誰でも覚えられるってわけでもないし。
さらにいうと、言語の意味を理解するとは使えるようになることだよ。
それでも外国語を覚えられない人は幾らでもいるわけだし(母国語は生物学的な理由だろう)。

463 :考える名無しさん:04/04/13 03:23
素朴な質問なのですが
カラオケで歌おうと思って曲を覚えて
歌えるようになるっていうのは言語的に理解しているのですか?

464 :考える名無しさん:04/04/13 03:26
とりあえず「発音できれば」下手なりに「音痴」として歌うことも可能です。

465 :hey:04/04/13 03:28
>>463
1拍目で8分休符分おいてA音で歌いだして
2拍目で半音下げて、3拍目で・・・・
なんて考えながらメロディーを覚えるわけじゃないよね


466 :考える名無しさん:04/04/13 03:30
音程やリズムは勿論ですが「コノテーション」をどれほど「理解」あるいは
「消化」、「表現」し得るかが評価を決定するのでしょうが。

467 :考える名無しさん:04/04/13 03:32
>>465
でもパソコンに演奏させるのは
そういう理屈ですよね?

人間も脳内ではそういう処理がされてるのか?
されてないならどういうことなのですか?

468 :考える名無しさん:04/04/13 03:33
>>456
「概念化し客観化することのできる言語的説明」として、たとえば何を想定しています?

「コツ」だと半ば同語反復的なので、「自転車に乗るといったような技術の要領」に変えます。
支障ないはず。
自転車に乗れなくても(そもそもコツは言語的に教えることはできないですし)、
そのアナロジーで、この文脈でいう「技術の要領」がどんなものか理解できるでしょう。
焼き肉をひっくり返すタイミングでも何でも良いわけですから。
ここでは、言語的な説明と前言語的な経験に訴える説明とが相補的に働く必要があります。

>果たしてそれを概念化し客観化することのできる言語的説明と同列に扱いうるかどうか。
扱う必要はあるのでしょうか。
これと同列に扱えないということから、
ただちに「前言語的なものを言語で正しく説明できない」ということは導かれない。
それを用語の混乱として片づけるまえに、
(あなたの言う意味で)混乱していても、上で述べたように、
非言語的なものを言語でそれなりには説明できるのはなぜかを考えるほうが先では?

469 :考える名無しさん:04/04/13 03:35
>>458
そうではないです。
「自転車の乗り方」ではなくて、「手順記憶」や「コツ」といった概念の理解の話。

470 :考える名無しさん:04/04/13 03:35
>>462
それならば、何かを伝えたり教えるということの
客観性や普遍性が崩壊しませんか。
言語的理解も行為論的次元で捉えるとした場合、
その使用が成功するか否かは完全に予測不可能だということに
なりますよね。結果として実際に使えているかどうか、自転車に
乗れているかどうか、という事実性だけが拠り所になるわけですから。
それは何事かを説明したり伝達したりするという概念そのものを
破壊してしまうように思われます。
教えるたり伝えたりするのが上手い人もいれば下手な人もいる
といった凡庸な事実に行き着くだけにすぎないのではないか。
その上手さや下手さの理由そのものを説明する必要はないのでしょうか。


471 :考える名無しさん:04/04/13 03:35
脳内処理はコンピュータをモデルにして発想することが多いようですが
大抵は間違ってることが多いようです。

472 :hey:04/04/13 03:38
>>467
マニアックな話になっちゃうけど、ロックやポップスにおいて
ドラムでハイハットを刻むでしょ、
あれはうまい人間がやるのを、機械ではどうしてもまねできないらしい。
どう精密にプログラムしても人間のノリが出ない。
人の身体能力は驚くほど精緻なんじゃないかな。
桁違いに細かいデジタルなのか、アナログなのかはよく分からないけど。


473 :hey:04/04/13 03:40
>>469
概念とは言語なんだから、そりゃあ理解可能でしょう。


474 :考える名無しさん:04/04/13 03:41
>>473
非言語的なものについての概念はありうるか?
その言語化された概念の説明は、正しいといえるのか?という話になってるモヨウ。

475 :考える名無しさん:04/04/13 03:41
>>470
生活空間の一致(ちg

476 :考える名無しさん:04/04/13 03:42
>>474
大概のものは非言語的だよ。
犬もボールも言語ではない。

477 :考える名無しさん:04/04/13 03:43
おいおいみんな
今夜はどうしたんだ?

478 :考える名無しさん:04/04/13 03:43
>>470
客観性や普遍性があるかどうかと「親や周囲が子供に物事を教える」ことは
別物でしょう。

479 :考える名無しさん:04/04/13 03:45
>>470
今は、自転車の乗り方じゃなくて、
自転車の乗り方を引き合いに出して「コツ」という概念を説明すること
の話じゃないの?

480 :hey:04/04/13 03:45
>>474
概念化された時点で概念は言語でしょ。
言語が対象とするものと言語自体は異なる。

ただし、言語が対象とする物も言語によって分節化されるしかない
というのが現代思想なんだっけ?


481 :476:04/04/13 03:46
浅薄の一言で切り捨てられそうだけれども、前言語的認識があったとして、それを言語で表現してはいけない。
もし言語で表現できるのなら、それは言語によって構築されたものとみなされなければならない、という主張は
この徹底的に浅薄な理由で自明とはいえない。

深淵さを振りかざすな。

482 :考える名無しさん:04/04/13 03:47

          ____
        /∵∴∵∴\
        /∵∴∵∴∵∴\   
       /∵-=・=-∴-=・=-|  
       |∵∵∵/  \∵|  
       |∵∵ /三(u)三| |  要するに、概念≠言語であり万万美が露ということだわな。
       |∵∵ | ____ | | 
       |∵∵ | ____ | | 
       |∵∵ | ____ | |
        \∵ |  === .|/
         \|___/


483 :考える名無しさん:04/04/13 03:50
というか、言語論的転回ってそういう話じゃなかったと思うんだよな…。

484 :考える名無しさん:04/04/13 03:52
「コツ」には呼吸やタイミングがあって、それは「実地」で「そこだ!」
とか「いけ!」とか言って教えるわけだ。言語と行為がからみあった中でしか
可能ではない。

485 :483:04/04/13 03:54
×というか、言語論的転回ってそういう話じゃなかったと思うんだよな…。
○というか、言語論的転回ってこういう話じゃなかったと思うんだよな…。


486 :考える名無しさん:04/04/13 03:54
>>468
>「概念化し客観化することのできる言語的説明」として、たとえば何を想定しています?

たとえば教科書なんか典型的だと思います。出来不出来はあるとはいえ、
最低限伝えるべきことを言語化し説明している(ことになっている)。

>(あなたの言う意味で)混乱していても、上で述べたように、
>非言語的なものを言語でそれなりには説明できるのはなぜか
>を考えるほうが先では?

言語的理解を行為として捉え、それがうまくいくかぎり言語であろうが
なかろうが説明と呼んでいいではないか、というプラグマティックな主張は
分かります。それはそれとして認めます。
ただ私の最終的な疑問は >>470 のようなことです。



487 :考える名無しさん:04/04/13 03:57
「自転車の乗り方」の「概念」?

488 :考える名無しさん:04/04/13 03:58
>>486
言語論的転回について本で読んだ知識はどれくらい?

489 :hey:04/04/13 03:59
>>483
「事物−観念−自我」関係で考えるのではなく、「事態−命題−我々」関係という
土俵で考察を進めるんだっけ?

490 :408:04/04/13 04:02
>>414
>そりゃ人間でも食べるわな。
「ここにチーズがある」という文は偽でも、食べつづけることに真も偽もないっしょ。
食べてるのが人間でも。と言う話。

491 :考える名無しさん:04/04/13 04:05
言語論的転回への批判て
すべてをコトバ遊びにすんな て理解じゃダメ?

492 :考える名無しさん:04/04/13 04:07
>>486
「自転車に乗るコツ」は私も無理だと思いますが、
「コツ」という概念なら可能では。

493 :考える名無しさん:04/04/13 04:07
命題たってな〜、「事態」とすごくかけはなれてるよな

494 :考える名無しさん:04/04/13 04:08
>>491
駄目とも駄目でないとも言えない。
当てはまる相手も当てはまらない相手もいる。

495 :考える名無しさん:04/04/13 04:10
楽しいか?

496 :考える名無しさん:04/04/13 04:16
>>489
ソシュール系統の構造主義は違う。
(言語学とは言ってないので突っ込まないでね)

497 :考える名無しさん:04/04/14 00:25
>>428的にはネズミの認識も人間の言語が作ったことになるのかな?

498 :考える名無しさん:04/04/23 02:16
>>497 あるいはネズミの認識などというものはないということになるのかな?

499 :考える名無しさん:04/04/24 23:50
うりゃ、ageるぞ ゴルァ


500 :考える名無しさん:04/04/28 23:45
春休みが終わったとたん低調になったね
GWにはオマイラ総出で議論すれ


501 :240:04/05/02 10:01
自然化された認識論というのは、大げさに言うと人間中心主義の拒否と
理解してよろしいでしょうか。
なんとなくこれがポイントになりそうな気がするのですが。


502 :考える名無しさん:04/05/04 03:20
ttp://www010.upp.so-net.ne.jp/intruder/diary.htm
ここでの自然主義批判がよくわからない。


503 :502:04/05/04 03:20
ごめん、こっちだ。
ttp://www010.upp.so-net.ne.jp/intruder/books.htm

504 :240:04/05/05 09:45
門脇さんの本の書評の部分でしょうか?
むしろ反自然主義に「もっとしっかりせい」と言ってるようにみえますが・・・

例えば、『科学を考える』の田村さんの論文のように、自然主義というのは哲学者に
対して根本的に世界との関わり方の変更を求めてるように見えるのです。

反自然主義者・・・世界は人間の精神により成り立つ
自然主義者、科学者、一般人・・・世界の中に人間がいる

こんな感じで、もちろんあまりに乱暴な括り方なんでしょうけども。

505 :240:04/05/05 10:02
http://www.iwanami.co.jp/shiso/0916/shiso.html
あとこれの野家伸也氏の論文は、現象学に認知科学を導入して
言語論的転回を乗り越えよう、というもののようです。
ただ、クワイン−戸田山さんとは違う方向性のようです。

僕が読んでもよくわからないのですが、一応参考までに、と思いまして
(みなさんは専門家だから既にご存知だったのかもしれませんが)

506 :考える名無しさん:04/05/07 23:11
age






507 :考える名無しさん:04/05/07 23:31
>>505
ありがとう。

508 :考える名無しさん:04/05/08 06:44
>>502
この自然主義は、現象学の話なので、このスレの流れとは関係ないと思う(とりあえずは)。
フッサールが自然主義/反自然主義の区分を乗り越えようとしていたのに対して、
門脇が取りあげているフッサール像はかなり矮小化されている、という話のようだ。

509 :502:04/05/11 21:50
いや、自然主義批判じゃなくて物理主義批判の話だ。
場がわれわれと因果的に作用しないと言ってるのか、存在者じゃないといってるのか。
どっちにしろ妙じゃないか?

510 :考える名無しさん:04/05/11 23:50
>>509
竹内薫『「場」とはなんだろう』、講談社、2000
↑この本?
ちゃんと書名を挙げてほしかった。

物理主義というのは、クォークとレプトンというような基本的な単位的となる実在を設定したうえで、
それらの機械的な相互作用によって、すべての力を説明しようとするもののことだろう。

場は、それとは反対に、物質粒子を電磁場と同様の形で表現しようとしたもの。
離散的な粒子を、連続的な場に還元する。

我々と因果的に作用するということは、物質と力とを分けた考え方であり、
そのような考え方を退けるという話ではなかろうか。

雑学レベルでしか知らないのでよくわからん。

511 :考える名無しさん:04/05/11 23:53
いずれにしても、すべての問題を物理学に還元しようと主張する「物理主義」とは関係ない。

512 :考える名無しさん:04/05/18 20:28
>物理主義というのは、クォークとレプトンというような基本的な単位的となる実在を設定したうえで、
>それらの機械的な相互作用によって、すべての力を説明しようとするもののことだろう。
これはどっからでて来た話だ?

というか他の文章も何を言ってるのかいまいち意味が取れない。
>我々と因果的に作用するということは、物質と力とを分けた考え方であり、
物質と力?を分けることが、因果関係と何の関係がある?

513 :考える名無しさん:04/05/18 23:28
どうでも良いことだが、このスレ「言語論的転回」でぐぐったら
かなり上位にきてるな


514 :考える名無しさん:04/05/19 23:38
物言語

515 :考える名無しさん:04/05/21 18:53
デイヴィドソン
「言語」なんて存在するのだろうか

森本浩一(もりもと・こういち)著 
日本放送出版協会

本体1000円  19cm 125p (シリーズ・哲学のエッセンス )
分類:801.01 件名:言語哲学 04026689
4-14-009314-5 / 2004.05

516 :考える名無しさん:04/05/24 13:59
物理主義なんて近代の遺物、年取った親父はまだ取り付かれているが、
若いやつには、白い目で見られてるねw
今は、なんてったって、計算主義、これだよ。
現在理論物理って他って、ほとんどがシミュレーションだからなw

517 :考える名無しさん:04/05/24 14:02
>>515
その本は、ここで紹介されてるってことは言語論的転回に言及があるってこと?


518 :考える名無しさん:04/05/24 18:02
>>517
あるよ、ちょっとだけ

519 :考える名無しさん:04/05/24 20:28
>>518
arigato!


520 :dark lucifer ◆hslonKolMc :04/05/24 20:38
言語こそが世界のすべてなんだよ。
つまり言語をしらない赤子は何も考えることはできないし
言語を習得することもできないわけだ。
これがわからない人はWの論考レベルからやりなおしだね。

521 :考える名無しさん:04/05/24 23:58
>>515
その本、入門系のものとしては久々にヒット。
とても明快でかなりいい。デイヴィドソンの解説ってこれまで
専門的なものしかなかったから、貴重だよ。

522 :240:04/05/28 09:09
おはようです

>>505
は http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1076085970/73
のことなんですかね 結局


523 :考える名無しさん:04/06/05 02:40
hosyu


524 :考える名無しさん:04/06/06 18:52
http://mentai.2ch.net/philo/kako/958/958350687.html

525 :考える名無しさん:04/06/06 19:30
すぐ終わった。

526 :猫電波:04/06/07 07:34
動物が”何を信じているか”、どういう状況なら誤ちを犯したと言えるか、って問題は
デネットの『志向姿勢の哲学』によると結構人気があるみたいですね。(人気のある例はネズミより蛙だそうですが)

自分も子供の頃にテレビで、蟻が死ぬとその体から特殊な化学物質が出てくる
 その物質に反応したまわりの生きた蟻はその死体を処理する
 それどころか、生きた蟻にその化学物質をつけると、付けられた蟻が女王蟻であっても、”誤って”処理されてしまう。
ってのを見て、蟻が何を考えていると見るべきか、悩んだ記憶があります。
果たして、蟻は「死体がある」という思って、生きた蟻を処分しているのか
それとも、その化学物質に汚染された「汚物がある」と思って処理しているのか、って。
前者なら”偽なる信念”で蟻は行動していますし、後者なら”真なる信念”で行動していて、過ちなど犯してないことになるでしょう。

行動から動物の信念を特定していこうとした場合、やりようによっては「常に動物は誤らない」ということに出来てしまう。
というか、「刺激−反応」だけで、信念などと言うものはない、というか。
そしてヒトの言語についても自然現象である物理的な振る舞いだけから、その意味を特定していこうとすると
「馬」と「人間に馬と同じ刺激を与えるもの」との区別がなくなってしまう、と考えられているそうです。
それを根拠に、言語が事物を指示するということは、自然現象だけからは説明できない、と考え
自然主義を批判する立場もあるそうです。

527 :考える名無しさん:04/06/08 04:10
戸田山さんのこれもその関係?
知識と情報:動物は信じない 森際康友編 『知識という環境』 名古屋大学出版会
ttp://www.sis.nagoya-u.ac.jp/frame/profile/CRIug/todayama.html


528 :考える名無しさん:04/06/08 11:06
>>526
トマーリンの報告で、チンパンジーが嘘をつくというのがありますね。
以下、チンプのルーシータソとファウツ先生との会話。

部屋の中にヽ(・∀・)ノ●ウンコーが落ちている。
どう考えてもルーシータソが犯人。
ファウツ先生「あれ何だ?」
ルーシータン「あらルーシー知らないわよ」
ファウツ先生「知ってるだろ。あれ何だ?」
ルーシータン「汚いわねぇ」
ファウツ先生「誰の“汚い”なんだ?」
ルーシータン「スーのじゃないかしら?」
ファウツ先生「スーのじゃねぇだろ。誰の?」
ルーシータン「ファウツ先生のじゃないかしら?」
ファウツ先生「違うだろ(藁)。 “ファウツ先生”のじゃねぇ。誰の?」
ルーシータン「ルーシー……。汚い……汚い……。ごめんなさい……。ルーシー……」

全部手話です。

529 :考える名無しさん:04/06/08 17:56
>>528
それは言語でないかね?

530 :考える名無しさん:04/06/12 04:22
w

531 :考える名無しさん:04/06/27 20:50
回転すれば言語論が楽しめる

532 :考える名無しさん:04/06/27 21:43
まあ、哲学やってるような奴には言語くらいしか拠り所ないからな。

533 :考える名無しさん:04/07/07 02:29
猿に言語はありません。
by野矢茂樹

534 :考える名無しさん:04/07/07 03:34
>>533
野矢がサルの何を知っているというのか。

535 :考える名無しさん:04/07/07 05:09
** 倫理学 **
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1080441548/477-492
の関係か?
>動物の「ねばならない」は、一見すると規範性があるとみる向きもあろうが、
>それは違う。あくまで「手段としての有効性」であって規範性ではない。
で、言語は規範性である。

536 :考える名無しさん:04/07/12 07:22
バフーチンについて、一般的な解説をまとめてるページありませんか?
英語でも良いのですが。
あまり見つからず苦労してます。
もしご存知の方いらしたらよろしくお願いします

537 :考える名無しさん:04/07/12 08:10
>>528は言語じゃない。人間の意訳が加わっていることも明記されてない。
無責任なカキコだ。

538 :考える名無しさん:04/07/19 11:57
動物にも言語ってあるんでしょうか?
http://mimizun.mine.nu:81/2chlog/psycho/piza.2ch.net/log/test/read.cgi/psycho/942361463/
http://mimizun.mine.nu:81/2chlog/psycho/piza.2ch.net/log/psycho/kako/942/942361463.html

なんかひろゆきが2ゲットしてるよ。

539 :考える名無しさん:04/08/12 02:12
hosyu


540 :考える名無しさん:04/08/12 02:12
ひろゆきさんΣ(゚Д゚)

541 :考える名無しさん:04/08/12 02:17
ないと思う、、、

542 :考える名無しさん:04/08/16 20:42
わーい、天下一ソロバンだ。
わーい、イチジク浣腸だ。
わーい、腹減った。
おい、芸能部長、この危機的状況を何とかせい。

543 :考える名無しさん:04/08/17 10:34
>>537
何の理由もなく「言語じゃない」と書くのも無責任ですな。

544 :考える名無しさん:04/08/18 02:11
http://academy2.2ch.net/philo/kako/1049/10493/1049330931.html

545 :考える名無しさん:04/08/21 15:30
おい、542サンよ、このスレにHannibal=芸能部長が出没してるんか?

546 :考える名無しさん:04/08/22 22:39
>>515 を今読んでる途中だけど
ディヴィドソンにとっては意味論の立場から言語論的転回は拒否されるの?
むつかしい・・・

547 :考える名無しさん:04/08/29 08:27
hosyu

548 :考える名無しさん:04/09/14 11:19:19
hosyu

549 :考える名無しさん:04/09/14 13:40:13
だるまさんがころんだ>言語論転回

550 :考える名無しさん:04/09/16 16:09:52
野球拳>だるまさんがころんだ

551 :考える名無しさん:04/09/30 10:44:31
言語論的展開>野球拳

552 :考える名無しさん:04/10/02 22:39:23
源五郎的典型こそ闇夜のフンドシ。

553 :考える名無しさん:04/10/07 22:13:09
>>543馬鹿ですか?
ボノボやチンパンジーに喃語はあるか?
どこからか捕まえてきたサルに言語を教え込んで何が分かるんだ?
彼らが自然状態でどんな言語を用いているか示せよ。

554 :考える名無しさん:04/10/08 21:44:20
おれ、花ビラ3回転の方が好き!
みんなもそうだべ?

555 :考える名無しさん:04/10/15 02:42:56
>>553
そういうことではないよ。
ボノボやチンパンジーに「言語」がないのは確か
(たとえば、文法の理解や産出に関するデータはほとんどないし、あってもデータの解釈が怪しい)。

ただ、それはヒト以外の種にヒトの持つ言語がないと言っているのと変わらない。
現生の最近縁種である大型類人猿に言語(手話、図形文字言語)を教えて、
何が理解・産出できて何ができないのかを調べ、
そこから翻ってヒトの言語について知ることができるということ。
言語は言語として一枚岩ではなくて、さまざまな性質があるので。

だから、言語ではないと書くこと自体が無責任というわけではなくて、
どういう点で言語ではないかと思ったのかを明らかにしてほしかったということ。

あと、自然状態でのコミュニケーション行動にこだわることはなくて、
自然状態が認知上の限界を示しているわけではない。
で、(言語を教え込むというように)類人猿をわざわざ実験に持ち込むということにも意味がある。

556 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 03:06:03
>>555
>(たとえば、文法の理解や産出に関するデータはほとんどないし、あってもデータの解釈が怪しい)。
こういう言い方はないと思います。
じゃあまずあなたが、データを出せってことになるから。

>ただ、それはヒト以外の種にヒトの持つ言語がないと言っているのと変わらない。
>現生の最近縁種である大型類人猿に言語(手話、図形文字言語)を教えて、
>何が理解・産出できて何ができないのかを調べ、
>そこから翻ってヒトの言語について知ることができるということ。
>言語は言語として一枚岩ではなくて、さまざまな性質があるので。

知ることができるのではなく、ただ確認できるだけだと思います。
すでに人間は、多くの言語についての知識を獲得しています。
おそらく、それを知らないのは科学者ぐらいのものでしょうね。

おそらく、根本的なことがわかっていないような気がする。
チンパンジーに言語を教えることはできます。
チンパンジーに文法を教えることも可能です。
チンパンジーに数学を教えることも可能です。
少なくとも類人猿には、それくらいの知能はあるのです。
では何がそれとは、根本的に違うか、
どれだけ、チンパンジーに人間の言葉を教えようが
それがそのチンパンジーの子供に伝わらない。

これが伝わって初めて、つまり、
言語機能としての価値が成立する条件妥当なのだということです。
そのようなことを、なにかの本で養老猛子は言っていました。
つまり同生物上の伝達、つまり究極において、親から、未成熟な子へ
その伝達が、可能となるものが言語だと言うことです。


557 :考える名無しさん:04/10/15 10:18:35
>>556
>文法について
ボノボのカンジですね。
Savage-Rumbaugh, E. S., Murphy, J., Sevcik, R. A., Brakke, K. E., Williams, S., & Rumbaugh, D. M. (1993).
Language comprehension in ape and child. Monographs of the Society for Reesearh.
Child Development, Servial No., 233, 58(3-4), 1-22.
語順に反応したと主張されてますが、語順に縛られなくても、
それ以外の意味になりえない文がほとんどじゃないか、という批判があります。
ただ、微妙な文については、ちゃんと語順に反応していたようですが。

>知ることができるのではなく、ただ確認できるだけだと思います。
>すでに人間は、多くの言語についての知識を獲得しています。
>おそらく、それを知らないのは科学者ぐらいのものでしょうね。

ヒトと他の大型類人猿との種間研究によって知識が得られることがあります。
それはヒト種内研究では知られえないことでしょう?
今まで知られたことが確認されることはあるでしょうが。

558 :考える名無しさん:04/10/15 10:19:31
>おそらく、根本的なことがわかっていないような気がする。 〔以下〕
「では、何がそれとは、根本的に違うか」は、それは論じている人によって変わります。
言語にはさまざまな特徴があり、どれが欠けてもヒトの言語にはならないのだから、
どの特徴が目立っているかを主張できても、どれが根本的かを論じるのは難しい。
ヒトにしか見られない特徴をあげて、言語はヒトにしかないと論じたりとか、
他の種にも見られる特徴をあげて、言語はヒト以外にもあると論じたりとかは意味が薄い。

伝達に関しては、チンパンジーには存在するでしょう。
生得的な行動ではなく、シンボル(約定記号)使用行動が集団内で通用することがあり、
コミュニケーション行動は親子間で伝わっていきます。
(シンボル使用、親子間の伝達は、別々にしか読んでいないので、
推測になってしまいましたが、十分可能だと思います。)
ただし野生チンパンジーでは教授行動は見られません。
ただ1例、カンジが養子ルーリスに手話を教えたというエピソードがあるだけです
(これでも教授行動が見られたということで十分にすごいことなのですが)。

559 :考える名無しさん:04/10/15 10:22:59
しかしなんでこのjunて野郎はどこでもコテハンで書き込むかな。
なんか意味あんのか、コテハンで書くことに。

560 :考える名無しさん:04/10/15 10:23:16
誤解のないように言うと、
言語の何が根本なのか論じること自体が無意味ということではないです。

他の種に言語が見られるか?というときに、
>ヒトにしか見られない特徴をあげて、言語はヒトにしかないと論じたりとか、
>他の種にも見られる特徴をあげて、言語はヒト以外にもあると論じたりとかは意味が薄い
ということです。

561 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 19:54:07
>>557-558 >>560

返答どうも、
そっちょくに言って、根本的にわかっていないのは、わたしの方でしたね。
偽りの非難をしてしまい申しわけありませんでした。

もし今後も、好意にわたしの分を判断してくれるのならば、
わたしの主張の狙い、わたしの根本的スタンスを、理解してくれるものと思います。
では、たびたび疑問に思ったことができたので、
いくつか批判、質問したいと思います。



562 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 19:54:54


    >>557 文法について

わたしが、文法に対しての批判を講じたのは確かではありますが、
ですが、
その反証と採用するものが、「語順」の明晰性では、
まだわたしには不十分であると思われました。
たとえば、>「りんごが食べたい」
      >「食べたい、りんご」 

これでは、どちらもまったく同じ意味として通じるものと思います。
ですから、
語順を文法を内包すると考えることこそ無理があるとわたしは考えます。
むしろ、語句における、名詞の格変化、動詞の活用の範囲を限定し
それを使い分けることこそ、「文法」を定義することに、
よりふさわしいと考えたりするのですが。
そういう観点で論じるならば、チンパンジーに、
文法を理解させるのは "困難" と言うよりは、
むしろ、当然できるものと、わたしは思う。
また資料を提出しない個人的な主観で言うのなら
そういった資料か映像を過去見て驚いたことがあります。



563 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 19:55:37
(つづき)

>伝達に関しては、チンパンジーには存在するでしょう。
>生得的な行動ではなく、シンボル(約定記号)使用行動が集団内で通用することがあり、

これについて思うことを申し上げます。
この事例が、充分に満たす範囲は、
シンボル使用が、とある生物において一般的である。
と言うことだけだと思います。
むろん、当然の批判であるその場合においてもシンボルを規定するのは
人間であると言うことは忘れてはいけないのでしょう。
しかし、文法の意味において、最初に行われることは、名詞と動詞にわける、
つまり"対象"と"現象"に分けることの原理的理解が為され、かつ、
そのコミュニケーションが成立することだと思うのです。




564 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 19:56:25

つまりサルにおいて言うのなら
「あのXというサルが、こっちに来る」
「あのりんごは、うまい」

というような簡明なコミュニケーションが、
成り立っているかどうかが、基本的に重要だったりするのです。
こういったコミュニケーションの獲得が、非-人間の動物社会で獲得できるのか?
それが文法に対する理解だとわたしは思うのですが?

ちなみに、サルのコミュニケーションで、

「この椅子は木でできている」
「このバナナは黄色い」
と言う構文は、
その文自体が、そもそものサルの目的を
規定することができないので、
それは無意味と退けることができるはずです。



565 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 19:59:42
(つづき)

以上で具体的な反論は終わりですが、
せっかくですから、これからわたしの、文法について思うことを書きます。

見て、"あるがままのもの" を分ける。
それが文法なのだとわたしは思うのだということ。

ちなみに文法の「法」とは、あえて仏教という宗教的なセンスを、
かりて表現するならば達磨(ダルマ)のことであり、
つまりそれは、物事や事情すべてに通じる「理法」であるとのこと。
あなたの言う形での"約定"の約束ではなく、
きわめて現象が本質の中に内属された、
生得的なものであるという判断をわたしは持っています。

つまり元来は文法とは、生得的なものであるというのが、
わたしの主張のスタンスであるということ。
そして、語順をマスターすることは、
たしかに、文法を理解することと同一の形態を所有すると思いますが、
その"分ける"の秩序が、思考の中で、成立される、
つまり、生得的にマスター(獲得)されていなければ、
やはり文法は理解されたとは言えないと思うのです。
そしてこの点において、チンパンジーに文法を理解させることは
可能であるとわたしは言っているわけです。
その点の主張を、では今から講じます。



566 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 20:00:19

"分ける" という認識の作業は、事象が解体され、
次に伝達されるために "固定化される" このセンス(感性、素質)が、
文法であるとわたしは考えます。つまり、あくまで語順ではない。


では、語順の反証の前に、“物事を分ける”の具体的事例です。
たとえば、

   ■ A ■「わたしは昨日、病院に行った」
ということばを

   ■ B ■「わたしはきのうびょういんにいった」
と表現するだけで、文法の支配から遠くなるはずです。
なぜなら、ひらがなと漢字を分けていないから。
まだわからなければこうします。

   ■ C ■「ワタシハキノウビョウインヘイッタ」
すらすらと読めますか?
では、分けると、語順の違いにおいて言います。
分けることにおいて

   ■ D ■「わたし、昨日、病院、行った」
と単純に四つのセンテンスに分けられるかと思います。
(助詞(は、に、を)は、体系に支配されるのでこの場合はずしました。)

そしてこの四つのセンテンスをどのように入れ替えても
意味は一つにまとまるはずです。例証は出しませんので
自分で考えてみてください。

567 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 20:01:06


ですから、語順は文法ではないです。(きっぱり)
では、物事が分けられていない事例を言います。

   ■ E ■「わたし、わたし、昨日、行った 私 昨日 病院 昨日 昨日」
これが物事が分けられていない人の言葉です。
そして、サルにたとえるのなら

   ■ F ■「椅子、バナナ、椅子、バナナ、食べる、立つ、座る、座る」
と連呼するさまを、言うかと思います。
そしてこの文が、体系化されているか、どうかが文法において慣用なのです。

われわれはすでに生得的に、
一番目のバナナと三番目のバナナを、同一のものと考えていますが、
サルにとっては同一のものではないのかもしれない。
まったく違うバナナなのかもしれないわけです。
でも、誰もそう思わないのは、
つまり連呼を当然のものとして、
考えているからだと私は考えます。
それはつまり “あるがまま” をも、
前提にしているだけのことなのです。





568 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 20:01:53



そのサルにとってそのバナナと、あのバナナは、まったく違うのかもしれない、
立って食べるバナナ、座って食べるバナナが違うのかも。
でも、あの構文【 F 】なままでは、
そんな風には絶対に受け取れませんよね。
つまり、“あるがまま”が、分けられていないということになります。
ですから、この分けられることをおいて、文法を理解したと私は呼びたい。
それが可能であるからこそ、チンパンジーにも文法の理解は可能との
結びつきがあると思うのです。




569 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 20:02:55




>ヒトにしか見られない特徴をあげて、言語はヒトにしかないと論じたりとか、
>他の種にも見られる特徴をあげて、言語はヒト以外にもあると論じたりとかは意味が薄い。


わたしの思っていることだけを簡単に述べますが、
その意味は強いと思います。
薄くさせるのも強くさせるのもそれぞれの主観です。
とりあえず、ぜんぜん意見がまとまっていないですが、
そのまま載せたいと思います。まとまっていないのは、
わたしの問題意識が未分化であるだけですので、
その辺はご容赦ください。
いちおう今回の論を提出するに当たり、
論軸にしたのはハイデッガーの「形而上学入門」にあたります。(今、通読中ですが)
もしご存知であれば、たしょうですが、わたしの話の理解は早いかと思います。
つか、長文、つまり内容的な余計、余分が多いとは思いますので、
その場合は、どうぞスルーしてください。




570 : jun  ◆bYRNL78mlE :04/10/15 20:03:34
>>559


申し訳ないけど、
こういう他学のエキスパートが参入される可能性の多い場では、
できる限り、コテハンで意見することにしようというスタンスでいます。
わたしの場合、習うより、慣れよという感じなので。




571 :考える名無しさん:04/10/15 20:25:31
人が集まると見れば、荒らして回ってるな。こいつは。何かの発作か?

572 :考える名無しさん:04/10/16 00:55:07
>>562
もちろん語順だけで十分とは言っていません。
類人猿の学習した「言語」に文法があるかどうかについては、
形態論を含む統語論で議論されていること全体に目を向けなきゃいけないのは確かです。

>>563-564
>>558では野生でのシンボル(社会的な集団のなかでの約束によってのみ成立する記号)の
使用について述べただけで、文法については触れるつもりはありませんでした。

野生ではなく、人工的に手話を教えた場合では(チンパンジーのウォショウなど)、
命題的な言語使用もでき、それを使用してチンプ相互にコミュニケートしているそうです。
エピソードになりますが、手話で独り言や寝言も見られるというのは面白いですね(詳細は下)。

573 :考える名無しさん:04/10/16 00:57:00
Q. How do the chimpanzees use ASL?
A. Under double-blind conditions, we have found that the chimpanzees communicate information
in American Sign Language (ASL) to human observers. They use signs to refer to natural language
categories: e.g. DOG for any dog, FLOWER for any flower, SHOE for any shoe, etc. The chimpanzees
acquire and spontaneously use their signs to communicate with humans and each other about the
normal course of surrounding events. They have demonstrated an ability to invent new signs or
combine signs to metaphorically label a novel item, for example: calling a radish CRY HURT FOOD
or referring to a watermelon as a DRINK FRUIT. In a double-blind condition, the chimpanzees can
comprehend and produce novel prepositional phrases, understand vocal English words, translate
words into their ASL glosses and even transmit their signing skills to the next generation without
human intervention. Their play behavior has demonstrated that they use the same types of
imaginary play as humans. It has also been demonstrated that they carry on chimpanzee-to-
chimpanzee conversation and sign to themselves when alone. Conversational research shows the
chimpanzees initiate and maintain conversations in ways that are like humans. The chimpanzees
can repair a conversation if there is misunderstanding. They will also sign to themselves when alone
and we have even observed them to sign in their sleep.
http://www.cwu.edu/~cwuchci/chimpanzee_info/faq_info.htm

ウォショウは今はファウツのところ(CHCI)にいます。
読んでいないのですが、上で挙げたことのもっと詳細なことはこの本にあるかと。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047913375/
原著が6年も前の本なので、最近のエピソードはフォローされていないでしょうが。

574 :考える名無しさん:04/10/16 00:57:46
>>565
私の言ったのはシンボルの約定性であって(これはシンボルの定義にもなりますが)、
文法が生得的か経験的かは、まだ論争中ですね。(しかも食傷気味?)
広く深い論争なので、私は詳しいフォローができてません。
ただ、あなたが文法が生得的であると主張する理由がよくわかりません。
「分ける」の秩序は、社会的な相互作用によって、徐々に学習していくことも可能です(語順だけじゃなくて)。

>>566-567
「語順」が「意味のまとまり」に影響を与えることは、けっこうあります。
通常、能動態と受動態とは同一の「意味」を持っていると考えられますが、
  Many people love few people.(多くの人は少数の人しか愛さない)
  Few people are loved by many people. (少数の人しか多くの人に愛されない)
このように、語順によって意味が規定されることがあります。
文法を考えるときは、語順と意味とのビミョーな関係を考えなきゃいけない。
生成文法では、標準理論で深層構造(意味にかかわる)と表層構造(語順にかかわる)との関係が単純だったのが、
語順が意味に与える例がけっこう発見され、統率・束縛理論に移行していくことになったようです。
文法については、語順も意味も、どちらかだけではいけないということですね。
こう考えたとしてもあなたの結論が変わるわけではないので、すんなり理解していただけると思いますが。

>>568
チンパンジーに文法の理解・産出が可能であるという結論へのつながりがわからないです
(文句じゃなくて、ほんとにわかってないだけです)。
チンパンジーには、ヒトとは違う「分け」られ方のある文法は認めることができるということですか?

575 : ju〜n  ◆bYRNL78mlE :04/10/17 16:49:33
>>572-574

気合の入った返答どうもありがとうございます。
ちょっと返事に時間がかかりましたが、
(実は英語ができないため、気合を入れるのに時間がかかったのです。)
とりあえず、あなたはすごい人だってことは、なんとか知ることができて
それを伝えることができて、よかったと思っています。
ちなみに >>573の英文を翻訳サイトで翻訳して、それを今読んだばかりなので
紹介されたサイトはまだ見ていないのですが、そのうち時間がとれた時には、
必ず見ようと思っていますので、理解が追いつかない部分は多少あるとは思うのですが
その辺はご容赦ください。

とりあえず>>573の文を翻訳したものを↓に載せます。
おおざっぱですが、多少、ロムの方の理解の足しにはなると思ったので。



576 : ju〜n  ◆bYRNL78mlE :04/10/17 16:50:25
   (>>573を翻訳サイトで翻訳したものです。)

 > Q. チンパンジーはどのようにASLを使用しますか。
 > A. 二重盲検の条件の下では、私たちが、人間の観察者にチンパンジーが
 > アメリカの身振り(ASL)の中の情報を伝えることを知りました。
 > それらは、自然言語カテゴリーを参照するサインを使用します:
 > 例えば任意の犬のためのDOG、任意の花のためのFLOWER、
 > 任意の靴などのためのSHOE。チンパンジーは、人間と、
 > および互いに出来事を囲む正常なコースに関して通信する
 > それらのサインを得て自然に使用します。
 > 例えば、それらは、新しいサインを発明するかあるいは
 > 比喩的に斬新なアイテムにラベルを付けるサインを組み
 > 合わせる能力を実証しました。ハツカダイコンをCRY HURT FOODと呼ぶか
 > スイカをDRINK FRUITと呼ぶこと。
 > 二重盲検の状態で、チンパンジーは斬新な前置詞句を理解し生産し、
 > 音声の英語の言葉を理解し、言葉をそれらのASL光沢に翻訳し、
 > 人間の介在のない次世代にそれらの署名する技術を送信することができます。
 > それらのプレー振る舞いは、それらが人間と同じタイプの想像上のプレーを
 > 使用することを実証しました。
 > 孤独な場合、チンパンジー会話およびそれら自身へのサインチンパンジーに
 > それらが続行することはさらに実証されました。
 > 会話の研究は、チンパンジーが人間に似ている方法で会話を始めて
 > 維持することを示します。
 > 誤解がある場合、チンパンジーは会話を修理することができます。
 > さらに、孤独な場合、それらはそれら自身に署名するでしょう。
 > また、私たちは、署名する(睡眠中に)ためにそれらをさらに観察しました。



577 : ju〜n  ◆bYRNL78mlE :04/10/17 16:51:02

いちおう上の文を読んでもやはり、変わらない私の意見を言わせていただきます。
この実験に使われている、シンボルを開発したのは、やはり人間であるということです。
つまりこういうことです。「猿の惑星」という映画に触れれば、わかるのですが、
人類が滅亡した何万年後の世界に猿は人間と同等の知能で、その世界で繁栄していました。
猿たちは、人間の開発した文明の利器、および言語、文化や技術を利用することで、
その繁栄を実現したわけですよね。ここで考えてもらいたいことというのは、
その猿たちは開発したものは、一つも無いのだということです。
言語は言うに及ばず、科学の到達点は、幾何数におけるようにその抽象性にあるかと思います。
ことごとく余計な概念を剥ぎ取り、そして概念としての無形の姿を実現したものが、
数学の基礎になったわけです。実際人間もそうだったのかは分からないけれど、
論理的に考えるとそう考えざるをえないわけですよね。物事を抽象化するのは人間であり、
この人間の特化された能力を持つ生物は今のところいないわけです。
すなわち、シンボル、つまり意味そのものを開発し続けるのは、そしてその意味を
保持し続ける能力を持つ生物はいないわけです。こう言ってしまえれば簡単です。
 ・猿に、自然状態で三角形を作り出すことはできない。
 ・あるいは、三角形を教えた猿に円を生み出すことはできない。
 ・また、猿に抽象の意味を覚えさせることはできない。
 ・猿に時間の概念を理解させることはできない。
 ・猿は、「物自体」を所有することは永遠にない。



578 : ju〜n  ◆bYRNL78mlE :04/10/17 16:51:59
しかし猿は、その人間が発明したシンボルを、使用することはできるということです。
もしかしたら、「時間」だって使用することができるかもしれない。
でも絶対に「物自体」は使用することはできないと思います。
それが猿と人間の差異だと私は思います。
それがあなたの対話を通して、理解したことですね。
あまり参考にならないかもしれませんが、よろしかったらどうぞ。

あと語順については、とりあえず簡単に。
語順は、文法自体を理解するために先立つものとしてあるだけのことを言いたいのでした。
つまり文法理解のための道具的存在-概念が語順なのだということです。
文法を組み立てるためには、語順が必要という先立つ語順が受け持つ支配関係ではなく、
むしろ文法の約定の中で、支配されているものが、語順であるということです。

これは、言語の体系によってさまざまに変異する、
人間の理解の仕方を見れば分かると思います。
中国語と英語と日本語、脳の回路の使い方(認識体系)は、
それぞれまったく違います。
また概念の取捨選択の順序(語順)も違うと思います。
これは私が以前読んだものですが
「木を見る西洋人、森を見る東洋人」リチャード・E・ニスベット著(ダイヤモンド社)
を踏まえての意見です。
よろしかったらどうぞご覧になってみてください。
まあおそらく、あなたはとっくに了解していることだとは思いますが、
この場にて紹介しておきたいと思います。



579 : ju〜n  ◆bYRNL78mlE :04/10/17 16:52:55


そしてこれで、だいたい私の意見をわかってくれるものだと思います。
つまり、この辺がいまのところの到達点だということです。
これまでの感想を言うと、さまざまな学者が、言語に対してのさまざまな意見、
一定の見識を持ち合わせています。ソシュールだとか、ラカンだとか、ハイデッガーだとか、
どれも一義的には収束せず、テクニカル・タームもそれぞれの立場で分かれ、
共通見解は言語に関しては得られにくいのだとは思います。
しかし、その物事が指していることものは、つねに一緒だなあという感想があります。

差異、反復、同一性、同時性、反復の差異、接近と分離、これらの言葉は、
ぼくの言語を使用するときの印象です。そして、
言語をイメージするとき常に時間をイメージするのは、やはり顕著な特質だと思います。
ぼくが言語を理解したいと思うのは、そういった時間に支配された、意味の物語の世界に
参入できるからだと思うのですね。おそらくあなたも、
そういった世界に魅力を持ったから言語を極めようとしているのかもと思いました。
とりあえずそんな感想ですがよろしくお願いします。
私の意見いちおうはこれで以上になります。
お付き合いしていただいてありがとうございました。





580 :考える名無しさん:04/10/17 16:58:49
根拠は猿の惑星かよ。

581 : ju〜n  ◆bYRNL78mlE :04/10/17 17:06:32
>>580
「猿の惑星」は説明のために使ったのであって、理解のために必要なもの
根拠、つまりアプリオリに必要なものではないですよん。
参入のために、人間であるという個体の同一性のために必要なのです。
とりあえず、自分はだいたい言ったのでこれで失礼しようと思ってます。
それでは。




582 :考える名無しさん:04/10/20 02:13:05
>>576
ASL光沢→ASLでの解釈
署名する→手話する
プレー振る舞い→遊び行動

>孤独な場合、チンパンジー会話およびそれら自身へのサインチンパンジーに
>それらが続行することはさらに実証されました。
手話でチンパンジーどうしの会話や独り言ができることも実証された。

>また、私たちは、署名する(睡眠中に)ためにそれらをさらに観察しました。
彼らが睡眠中に手話している(寝言)のさえ観察しました。

583 :考える名無しさん:04/10/21 00:23:41
>>555
553はひどい言い方だった。すまん。

555には異論ないんだけど
>ボノボやチンパンジーに「言語」がないのは確か
という時の「言語」と
>言語は言語として一枚岩ではなくて、さまざまな性質があるので。
とかの場合の「言語」は違うだろ?
もし「文法がなくても概念を指し示す何らかの表現があればそれを言語とする」とか
の前提があるんなら最初にそう言っておいた方が誤解がなくていいと思うよ。

584 :考える名無しさん:04/10/21 00:59:28
もともとの動物に言語があるか、って問題提起は
言語は命題(真か偽か真理値を割り振れるもの)を表彰できる何か
を動物が持っているかだったな。

585 :考える名無しさん:04/10/21 05:54:22
で、結局ゲンゴロウさんは回転するん?

586 :考える名無しさん:04/10/23 00:34:42
>>577
ヒトだけがシンボル能力に「特化」しているのは当然として。

前にも書きましたが、自然状態で「シンボルを使わない」ことは、
「シンボルを使えない」ことを意味しないんです。
言い換えると、自然状態はそのまま認知の限界を示すわけではない。

>すなわち、シンボル、つまり意味そのものを開発し続けるのは、そしてその意味を
>保持し続ける能力を持つ生物はいないわけです。
シンボル使用だけでなく、シンボル産出(および社会で通用すること)は、
チンパンジーの社会で見られます。ヒトほどの数はありませんけど。

シンボルは、記号と指示対象とのつながりが恣意的なその記号として理解します。


587 : ju〜n ◆bYRNL78mlE :04/10/23 11:24:28
>>586  

えーと返事を書きます。
恣意性について考えるのならば、『恣意性』には。すでに「自然的な結びつきがない」という
語義上の意味があるので、あなたの自然状態からの言及は論点先取りだと思います。

私が抽象化という言葉を前提とするとき、つねに捨象という概念を含ませていました。
>>577が前提としていることは、「自然」、「事象(あるがまま)」、「物」、「道具」、「幾何学」、
「記号」、「言語」、「概念」、「観念」
と抽象化の形態が変化し先鋭化していることは、おそらく想像できたことだと思います。
それには気づかれませんでしたでしょうか?

そして、このような抽象化は、つまり無駄なものを捨象によって切り落とすことによって成立します。
例えば、幾何的に考えていくならば、
「四角形」、そこから角を一つ取れば(捨象すれば)、「三角形」に捨象されます。
それから、辺の均一性によって、「正三角形」になります。
そして「丸」をイメージします。それから面積を取り除いた、
「点」を創造(想像ではない)することができます。
その「丸」と「点」の間にあるものは何か? 
それは「観念」であり、「中身」という意味です。

こういう風に「捨象」していく能力は、人間に特別なものだと、
私は考えますがいかがでしょうか?

いちおう言っておくと「抽象」と「捨象」は、認識においてはまったく同じ行為です。
まあご存知でしょうが。
そしておそらくこの捨象能力の有無が人間と動物(サル)との違いを設ける、
確実な判断だと今、私は考えています。 あなたはどう思われるます?



588 :ju〜n ◆bYRNL78mlE :04/10/23 11:29:01
ちなみに私の文章が荒いのは重々承知していますが、
どうかご容赦いただければと思います。


>>583
どうもありがとうございます。
とても助かりました。


589 :考える名無しさん:04/10/23 15:58:41
>>587
>恣意性について考えるのならば、『恣意性』には。すでに「自然的な結びつきがない」という
>語義上の意味があるので、あなたの自然状態からの言及は論点先取りだと思います。
「自然状態」の「自然」と「自然的な結びつきがない」の「自然」は無関係です。

あと、サルに抽象ができないと仰っていますが、どういうことでしょ?

590 :ju〜n ◆bYRNL78mlE :04/10/23 17:17:32
>>589
>あと、サルに抽象ができないと仰っていますが、どういうことでしょ?

シンボル使用と、抽象化作業、つまりシンボルの抽出化作業は、違うということです。
ちなみにサルと連想ゲームの遊びなんてできないですよね。

でも、もうこれ以上は、説明できません。
あなたが、どこまで私の言っていることを理解しているのか、
していないのか分からなくなったので。
それでは。


591 :考える名無しさん:04/10/24 10:00:21
>>584
    ∧∧   
    /⌒ヽ)   文がなきゃ無理ぽ。
   i三 ∪    人工語を使って自分の意志を表現するだけじゃ足りないぽ。
  〜 三 |
   (/~∪     
   二三
  二三
 二三

592 :考える名無しさん:04/10/25 08:35:07
戸田山氏と野家氏の他には日本語で読める、言語論的転回は既に見切られた、って論文ない?
「第一哲学としての言語哲学」に多くの哲学者たちは見切りをつけ始めた、ってのはいくつか読んだけど
それらは特に言語論的転回の見切りを直接論証したものではなかった。

593 :考える名無しさん:04/10/26 21:46:17
sage

594 :考える名無しさん:04/10/26 22:07:20
言論のそもそもの感覚は、個人差の相違に
分類化されるという矛盾を論理的に整合していくことをしている哲学者
そうでないものにわける事じたい真理にたいしてはバイアスという蓋然性が
演繹される現状について初歩的なと思われる、感覚のそれの誤謬のすくない、から
始めて己の哲学の普遍性、有用性を斬新的に論証するべき必然性にたいする認識が
薄いのは士ね。



595 :考える名無しさん:04/10/26 22:18:19
  _, ._
( ゚ Д゚) <マジっすか

596 :考える名無しさん:04/10/26 22:36:40
マジだよおれがリプレイはずすときぐらいは、大花火のこり20Gぐらいの

597 :考える名無しさん:04/10/27 18:34:37
すっごい厨な質問ですみません。
ttp://www.iwanami.co.jp/shiso/0966/kotoba.html
形而上学の復権と言語論的転回の見切りって関係あります?
いや、論理実証主義なんかが「言語論的転回」と「形而上学の死」を宣言(宣告)
したからカンケーあんのかなあ?というきわめて幼稚な発想なのですが。

598 :考える名無しさん:04/10/27 23:54:15
>>590
抽象を、さまざまな事例を、ある特徴を持つかどうかという基準で、
あるカテゴリに入るかどうか振り分ける作業と考えます。
たとえば、ライオン、ウサギ、ウマのように、
4つ足でふさふさという基準を満たすのが「けもの」みたいに。
当てはまる事例は、特徴を共有するために類似しているが、
まったく同じものと思っていてはいけなくて、
つまり、例では、ライオン、ウマを「けもの」と考えても、
ライオンとウマとの区別ができていなければならない。

ハトやサルでは、このような意味で抽象は可能です。
来そうな反論としては、
1 分類しているのは実物ではなく、写真やスライド。実物に対応するものだとわかっているのか。
2 特徴を結びつけているだけなのか、
  その「事例」が当てはまる/当てはまらないものだとちゃんとわかってのことなのか、決まらない。
3 そもそも類似性に反応しているだけではないのか。
こんな感じ。

1に関しては、実験数は少ないのですが、保証されているようです。
2、3に関しては、確かめる方法があります。
方法の1つは、「ある概念Cに属する事例が呈示されたらPという反応をせよ」としておいて、
このとき抽象をして概念を形成していたのなら、
「その概念に属する新しい事例を呈示して別のQという反応をせよ」という次のステップで、
学習が妨害されて遅くなるだろうと考えられます。
この方法を用いた実験は知らないので、教えてほしいくらいですが。

これに関しても「抽象」の定義によりますが、サルに抽象ができないと単純にはいえないのでは?

599 :考える名無しさん:04/10/30 11:49:36
げんごろうの回転

600 :考える名無しさん:04/10/30 13:57:09
>>599
意味なく上げるなハゲ。

601 :考える名無しさん:04/10/30 17:49:37
意味なくハゲるな上げ。

602 :599:04/10/30 21:41:50
>>600
面白かったろ?脂肪の塊!

603 :電波おやじくん ◆B5j0Fhef0w :04/10/30 22:42:46
 >>597 9行目以降の記述には自信がないが、試しに記してみる。

 597のリンク先の野家啓一氏の解説に、次のような一文がある。

>形而上学の再活性化へのギアチェンジを行ったのは、
>本人の意図は別にしてクリプキの『名指しと必然性』(初出一九七二年)
>であったと言うべきだろう。

 『名指しと必然性』は、言語哲学の書物でもあると言ってよいと思う。
したがって、形而上学の復権は、言語哲学の見切りによるというよりは、
言語哲学の展開に基づくのではないだろうか。


 ところで、形而上学という語には、
少なくとも二つの意義があるように思われる。
 一方は、「不動の動者」という言葉に象徴されるような、
「超自然的かつ神学的」な意義である。
 他方は、『範疇論』でなされたとされる探求とも関連する、
「言語哲学的」な意義である。
 後者は、実は、「自然の探求の前提となるもの」
なのではないだろうか。

 アリストテレスに関する興味深い読み物
http://itpro.nikkeibp.co.jp/NIP/nip04_bn.jsp?BN=Y&OFFSET=1

604 :じゆん ◆bYRNL78mlE :04/11/04 10:24:43
>>598 遅レスですが、、、

>抽象を、さまざまな事例を、ある特徴を持つかどうかという基準で、
>あるカテゴリに入るかどうか振り分ける作業と考えます。


   私が言いたいことは、
   抽象はカテゴリーに振り分ける/【分類】などではないんです。
   カテゴリーを持つことなんです。
   カテゴリーの前提は識別ではなく、使い分けられるかのような気がします。
   とりあえず、これ以上の説明はさけますね。
   理解している、いない云々ではなく、
   自分はもう、すでにこんがらがってきたからです。
   勘弁してください (笑)


>1 分類しているのは実物ではなく、写真やスライド。実物に対応するものだとわかっているのか。


   これに対しては確認は取れているようですね。
   しかし2、3については取れていない。
   では、あなたの意見は反論ではないと判断させてください。



605 :じゆん ◆bYRNL78mlE :04/11/04 10:25:09

>これに関しても「抽象」の定義によりますが、サルに抽象ができないと単純にはいえないのでは?


   もちろん、定義によるでしょう。でもこれ以上は無意味です。
   認知の領野において単純さを求めること自体、ナンセンスと考えるからです。
   私も認知科学の領野は好きで、そういう実験のことについては、
   ニュースや、科学雑誌などでたまにですが情報を追っています。
   今回、あなたとは動物という観点で議論をさせていただきましたが、
   自分の認識が覆ったという印象は残念ながら、ないです。
   むろんそれよりも、あなたとの議論の方が面白かったのですけれどね。
   まあ、あなたもそうだとうれしいのですが。

   まあ実は、私は。"動物実験"、という方法論そのものに、
   懐疑を示しているつもりなのです。人間の実験結果の操作性もさることながら、
   その実験結果自体に「実証」という意味が、どこまで求めていいものなのか? 
   そう今私が述べることは、哲学徒さながらの科学批判です。
   きっと実験技術というものも、進歩するはずなのです。
   人間にある能力は、きっとサルにもあるのだろう。そう思って、
   科学者は実験のプロセスをつくり実験を始めるのだと思います。
   であれば、その実験は、サルにも同様にあることを前提として
   実験を作り上げるはずなのです。



606 :じゆん ◆bYRNL78mlE :04/11/04 10:25:32

   いや私は科学の内情など知りませんから、これは私の勝手な
   憶測なのですけれど、つまり、失敗すると分かっていながら、
   そう、人間だけが持つ能力が、サルにはやはりないのだと分かって
   いながら、その実験を始めるものなのでしょうか?  アメリカ合衆国
   が先頭に立って進められる、バイオテクノロジーの産業では、我先に
   新たな遺伝子の新発見を、開発をと叫ばれます。昔そんな情報テレビ
   を見ました。そのような成功だけを求める環境では、あらゆる失敗は、
   封印されるのではないでしょうか?そんな疑惑が私の中にはあるのです。

   むろん、これは科学者が見ればそんな事はないと、
   一蹴してしまうのでしょうけれども。まあこれは、
   あなたに言うことではありませんけれど、そう思ったので記しておきます。


   今、このたびの議論で、もし私が、あなたに反論するのであれば、
   実証としての、実験での不可能例、失敗例を出したほうが早いって
   ことが事実としてあります。しかし私は、一般の素人ですから科学の
   領域で、科学者がどのような失敗をしたのか知りません。ですから、
   あなたへの反論は無理です。英語の論文でも読めればいいのです
   けれど、英語を読むのがすごく遅いです。ですから、私の立場からの
   反論が、そもそもの不可能事なのです。しかし、いちおうは動物と人間
   の違いと言うものを、私の、哲学的操作によって識別することは成功しました。
   それだけでもよしとしたいです。そうさせてください。



607 :じゆん ◆bYRNL78mlE :04/11/04 10:26:10


   言語を中心として考えたときに、サルは言語を持てるか?
   サルに言語を持ったコミュニティーを形成させることができるか?
   つまり言い換えれば、サルに人間になれるか?
   あなただって、否(不可能)と答えるはずです。
   これがあなたと私との議論の接点でした。
   もし、人間が自分が住める新たな惑星を見つけたとき、
   最初に人間がすることは移住ではなく、
   そのような壮大な実験が始まるような気がします。


   えーと最後に、自分はほとんど言いたいことは言ってしまいましたので
   なんかいきなり勝手に纏めるような形になってしまいましたけど、
   まだ、あなたが、言いたいこと、言い足りないことがあれば言ってください。
   もちろん、言語関連ではなくてもいいです。
   あなたとの議論は非常に有意義でした。

   ちなみに私は科学で今注目しているのは脳科学の分野です。
   もしスレを移っても、あなたと議論ができるなら非常に嬉しかったりするのですが、
   いかがでしょう。またーり進行ならいくらでも付き合えます。
   その前に、テーマが必要ですけれどね。
   私の気持ちはそんな感じですね。
   とりあえず、それでは。



608 :考える名無しさん:04/11/09 23:40:52
>>592
論文ではないけど
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000261932/qid%3D1100011028/249-3545436-1142760
の冨田さんの文章とか。

609 :考える名無しさん:04/11/17 05:56:51
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4812203155/qid=1100638497/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-6713575-5545012
これの野家論文とか

610 :609:04/11/17 05:57:26
>>592
へのレスです

611 :考える名無しさん:04/11/18 00:15:16
ありがとう

612 :考える名無しさん:04/11/18 00:15:58
ごめんなさい
あげてもうた

613 :考える名無しさん:04/11/22 00:19:26
ttp://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/files/Ghiselin-metaphysics.html

614 :考える名無しさん:04/11/29 10:13:13
>>613
このスレに関係ないじゃん

615 :考える名無しさん:04/12/02 09:25:30
hosyu

616 : ERRANCE :04/12/02 09:29:42

するな。


617 :考える名無しさん:04/12/02 23:27:32
あのさ。








ゴルァァー


618 :考える名無しさん:04/12/03 02:56:12
>>617
なにが?

619 :考える名無しさん:04/12/08 18:49:30
おしえてあげない。

620 :考える名無しさん:04/12/09 09:57:36
いじわる。

621 :考える名無しさん:04/12/13 14:27:23
いいモナー、ググルから。

622 :考える名無しさん:04/12/21 20:54:59
ところがコネクショニズムの考え方では、思考のかなりの部分は非言語的な情報処理であり、
符号やラベルのついていない『前・記号的表象(pre-symbolic representation)』の形成や変換であるとする。
意識される思考過程というのは、ただたんに、ものごとの一貫性をチェックしたり、
真実性を吟味したり、あるいは他人とコミュニケーションをもつために、
人間が「わざわざする」言語化行為の結果であって、
それはその場その場での行為を直接的には制御も支配もしていないということである。

佐伯胖「思想の言葉」『思想』771号、1988年

623 :考える名無しさん:04/12/29 23:46:37
age

624 :考える名無しさん:05/01/02 16:51:25
hosyu

625 :考える名無しさん:05/01/08 21:05:25
fosyu

626 :考える名無しさん:05/01/15 00:15:17
f

627 :考える名無しさん:05/01/19 20:44:41
言葉責めでイカせたい

628 :Ar=As-Ab/As ◆XEF65wQsug :05/01/20 00:28:34
>>627
略して「リンガ/責め=イカ」。 全裸で

629 :考える名無しさん:05/02/01 02:23:52
全裸age

630 :考える名無しさん:05/02/11 00:56:00
>>622
「思考」というより「情報処理」じゃないかな、
この文脈なら。
それは当然じゃない?

631 :考える名無しさん:05/02/11 01:01:47
ちなみに佐伯胖氏は「決め方の論理」という名著の著者さ

632 :考える名無しさん:05/02/11 02:29:59
>>630
思考とは何か、って考えた事ある?
一応、「科学的世界像」が仮定した上で、思考とはどういう営みなのかって。

633 :考える名無しさん:05/02/12 00:09:07
>>632
論点をはっきりさせないと。

634 :考える名無しさん:05/02/12 01:01:30
あるよ

635 :考える名無しさん:05/02/12 01:15:07
言語論的転回って100年前のできごとだよね。
その後ハイデッガーだのデリダだのって
出てこれたのはなぜ?

636 :考える名無しさん:05/02/12 01:18:23
思想界のローカリズムのせい

637 :考える名無しさん:05/02/12 02:12:56
英米哲学によって大陸哲学が駆逐されつつある
現状は思想のグローバル化といえるのかな。

638 :考える名無しさん:05/02/12 02:15:11
駆逐なんて起こってないから。

639 :考える名無しさん:05/02/17 01:45:01
哲学の

存在論的転回
   ↓
認識論的転回
   ↓
言語論的転回
   ↓
自然主義(認知論)的転回

640 :考える名無しさん:05/02/17 10:01:43
転回バカ

641 :考える名無しさん:05/02/17 11:02:13
カバ回転、これが言語論的転回!

642 :考える名無しさん:05/02/17 13:00:50
コペルニクス的花びら大回転

643 :考える名無しさん:05/02/17 14:32:15
軟骨体の骨折

644 :考える名無しさん:05/02/17 14:47:19
>>630
思考=意識にのぼるものと思ってない?
意識に上らないプロセス込みの話だよ。

645 :考える名無しさん:05/02/17 15:07:46
心は言葉じゃねーだろ

646 :考える名無しさん:05/02/17 16:00:52
言語論的展開が過去の遺物だと思ってるようなボケは

Karen Green の Dummett: Philosophy of Language
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/074562295X/249-7633351-1993165

読んでから出直して来いってさ
ウチの先生がいってた

647 :考える名無しさん:05/02/17 16:05:08
過去の遺物だってば。
どうせ「強いテーゼ」と「弱いテーゼ」を区別して、
後者を救済する試みだろう。

648 :考える名無しさん:05/02/17 16:09:29
と、ボケが申しております。

649 :考える名無しさん:05/02/17 16:37:30
Vokay …こんなスペル?

650 :考える名無しさん:05/02/17 17:52:40
勃茎?

651 :考える名無しさん:05/02/17 18:33:46
ウチの先生って野●●一先生?
現代思想誌の分析特集号でもダメットは誰もが失敗だと考える論理実証主義ときわめて
似てるのになんで人気があったのか20世紀哲学のナゾ、とか書かれてたよね。


652 :考える名無しさん:05/02/18 02:28:33
論理実証主義は失敗だった。
だがそれは偉大な失敗だった。

てことじゃないか?

と意味不明瞭な事を書いてお茶を濁してみる。

653 :考える名無しさん:05/02/18 11:21:06
そうか?
かなり幼稚な科学主義だろう。
さっさとそんな発想と手を切ったからこそ、
分析哲学はまっとうになったんだと思う。

654 :考える名無しさん:05/02/18 12:45:44
幼稚なねらーキター

655 :考える名無しさん:05/02/18 13:00:31
>>653
論理実証主義の「発想」って、何だと思ってるの?

656 :ジン:05/02/18 13:09:35
>>655
おまえ、何調子にのってんだ?

657 :考える名無しさん:05/02/18 13:33:55
>>656
答えられまきゃ、そう言えや
許してやるからさぁw

658 :ジン:05/02/18 13:35:16
てか、答えようとしてねーよぼけ
釣られやがってw
お前文系だろ?

659 :考える名無しさん:05/02/18 13:35:51
ゴンベが種まきゃ、カラスがほじくる。

660 :考える名無しさん:05/02/18 13:50:53
>>651
あんたアホやろ

661 :考える名無しさん:05/02/18 14:38:01
>>658
厨房ホームレスにそう言われてもw

662 :考える名無しさん:05/02/18 17:48:50
>>651
>ダメットは誰もが失敗だと考える
>論理実証主義ときわめて似てる

 記述的形而上学の解説でだっけ?

 しばらく前の『思想』のフレーゲ特集における
ダメットのインタヴューにおいて、
ダメットは次のように述べていた。

すなわち、
「多くの人々が検証条件的意味論が失敗だと考えていたが、
 その人々はなぜそれが失敗なのかを言うことはできなかった。」
と述べていたのである。

 ところで、論理実証主義とひとまとめにして、
それとダメットが似ていると言うのはまずい言い方だと思う。

そのような言い方が許されるならば、
次のような言い方も許されなければならない。

たとえば、
「(論理実証主義者に分類されるカルナップの)
 状態記述に可能世界意味論が似ているから、
 可能世界意味論が流行したのは謎だ。」
という言い方も。

663 :考える名無しさん:05/02/18 18:05:59
>>662
ますますアホやろ

664 :考える名無しさん:05/02/18 18:19:12
今みたいな世界的哲学者になる以前にダメットの人気が高まったのは
基本的にはオックスフォード周辺でのことだし、
その背景には、オックスフォードではダメットが「クワイン派」みたいな役割を
果たしてた、つう事情があるだろ。
といっても、ダメットがクワインのエピゴーネンとか言ってるわけじゃねーから
誤解するなよ。

665 :考える名無しさん:05/02/18 18:44:34
 はじめに謝っとく。適当なこと書いてゴメン。

>記述的形而上学の解説(>>651

 その解説を書いた加地氏の
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4886791506
のあとがきをざっと眺めたことがあるんだが、

そこで次のようなことを言っていたのは記述的形而上学の
人だと思うんだな。
「ヒュームの懐疑論の衝撃によって、
 最近(ここ300年w)、哲学の中心課題が無視される傾向にある。」

 ところで、正当化可能条件(≒検証条件)は、
懐疑論を受け流す為にも重要な役割を担っていたと思うんだな。

 でも、懐疑論を真面目に検討しない人々にとっては、
そんなことはどうでもいいのかもしれないね。

666 :651:05/02/18 19:40:39
すみません 私が一番アホです。
無視して議論を続けてちょんまげ

667 :考える名無しさん:05/02/18 21:01:21
下には下がいるから安心すろ

668 :考える名無しさん:05/02/22 05:35:35
ぴかぁ〜さんによると自然主義的転回の次は宇宙論的転回らしいよ。

669 :考える名無しさん:05/02/25 07:31:22
ぴかりえるものについて人は明晰にぴかりえる。
ぴかりえないものついて人はチン剥くしなければならない。

670 :考える名無しさん:05/02/25 11:42:24
このスレで言及された現象学者で言語論的転回を批判されてる野家伸也さんて
(おそらくは)言語論的転回擁護派(と思われる)の野家啓一さんの弟さんじゃなかったっけ。
ご兄弟で喧々諤々の議論をされるのであろうか。

671 :考える名無しさん:05/02/28 21:53:01
>>259
一年以上前の書き込みに質問ですが、言語論的転回に直接関わる心理学(認知科学)の入門書もそれらの本でよろしいでしょうか?

672 :考える名無しさん:05/02/28 22:29:06
日本語の入門書でそんなのあるの?

673 :考える名無しさん:05/03/01 12:12:05
ようは>>622みたいなことが書いてある本だろ。
探せばあるんじゃないか?

674 :考える名無しさん:05/03/01 13:34:38
>>673
「ハイデガーと認知科学」
「シリーズ心の哲学」全三巻、特に第2巻
チャーチランド「認知哲学」
デネット「「志向姿勢」の哲学」他
アリストテレス「霊魂論」

675 :考える名無しさん:05/03/01 14:45:18
アリストテレスの認知科学的解釈?

676 :考える名無しさん:05/03/01 16:05:01
>>671
心理板より この本がお勧めらすい
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4320029011/qid%3D1109660579/250-5041294-5117031

677 :考える名無しさん:05/03/01 16:07:51
>>676
そらただの認知科学では?
>>671あたりにとっては常識レベルと思われ。

678 :考える名無しさん:05/03/02 13:53:55
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1106588780/l50

679 :考える名無しさん:05/03/06 02:24:31
age

680 :考える名無しさん:05/03/07 23:59:59
>>674
なんでアリストテレスが出てくるの?

681 :考える名無しさん:05/03/13 15:04:03
fosyu

682 :ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 13:08:56
a

683 :ローカルルール審議中:2005/04/22(金) 05:17:15
fosyu

684 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 12:36:00
turn

685 :考える名無しさん:2005/05/15(日) 23:17:38
turn it out !

686 :考える名無しさん:2005/05/15(日) 23:20:52
言い出しっぺのローティは、
もうとっくに言語論の優位を信じていなさそうな気がする

687 :考える名無しさん:2005/05/30(月) 06:01:45
結局、言語論的転回って何だったの?
誰か総括しちくり

688 :考える名無しさん:2005/05/30(月) 06:05:41
ローカルルールスレで発言していた僕の意見ですと、
言語論的転回ももう古いものかと思われます。

689 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 09:37:23
心理学とは無関係に哲学しようとする試み。
しかし認知科学がさらに発達した現在では、過去の産物。

690 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 11:52:06
>>689
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
これで形而上学が復興した
じゃん。たしかに、概念分析
の手法そのものは雲行きあ
やしいけどさ。

691 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 16:55:45
言語分析による形而上学の除去という目論み自体が失敗だった、と言いたいのでは?

692 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 22:01:16
言語論的転回も過去のものとなった。
次の転回は何がくるのか。

693 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 23:17:10
自然主義的転回w


694 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 02:42:37
hosyu

695 :考える名無しさん:2005/07/12(火) 00:53:06
5 名前: 考える名無しさん Mail: 投稿日: 05/07/12 00:35:40

関係ないが、加賀野井秀一は本当にボンクラだよ。
救いようが無い。

696 :考える名無しさん:2005/07/28(木) 00:26:15
h

697 :考える名無しさん:2005/08/14(日) 15:48:38
h

698 :考える名無しさん:2005/08/28(日) 13:09:22
>>692
少し古い話だけど昔の雑誌に、なんで英米哲学の主流が言語哲学から心の哲学へ移行しつつあるのかの解説がのってたよ。

『現代思想』14-2(1986年2月号)にダニエル・デネットのインタビューがあるんだけど、
それの訳者解説のとこ。


699 :考える名無しさん:2005/08/28(日) 13:56:15
そんなに時流に乗りたいかい?
言語哲学に興味があればそれを研究すればいいし、
心の哲学に興味があればそれを研究すればいいじゃないか。
流行に乗ったって、金が儲かるわけでもないのに。

700 :考える名無しさん:2005/08/29(月) 07:44:46
分析哲学って、
良い意味でも悪い意味でもアメリカ社会のありかたに影響受ける。
流行を追わないと無意味な哲学なんだから仕方ないだろ
有力アンソロジーに執筆してこそ実力が発揮されるんだから

701 :考える名無しさん:2005/08/29(月) 08:12:18
私は分析哲学者ではありませんが、
時代の影響を受けない思考なんてありうるのか?
「世間」と隔絶して象牙の塔にこもることが良いこととも思えないけど。
「ポストモダン状況」とやらはなんだったの?

702 :考える名無しさん:2005/08/29(月) 13:40:51
アメリカ社会の分析哲学への影響って何?
皆無ってことはないだろうが具体的に思いつかない。
そんなに影響あるか?むしろ社会情勢の影響を受けにくいタイプの哲学だと思うが。

>流行を追わないと無意味な哲学なんだから仕方ないだろ
>有力アンソロジーに執筆してこそ実力が発揮されるんだから
社会の影響じゃなくて分析哲学の流れの話じゃん。

703 :考える名無しさん:2005/09/03(土) 02:44:48
認知科学や脳科学の展開と接合を果たすこととか。

704 :考える名無しさん:2005/09/03(土) 11:36:25
分析哲学が科学の権力性に批判的になれない、とは良く言われる。
軍産複合体に組み込まれている、とも。


705 :考える名無しさん:2005/09/03(土) 11:51:57
分析哲学でも科学を相対化したり社会的構築物だの言ってる人はいるじゃん。

軍産複合体に組み込まれてるってのは意味不明。

706 :考える名無しさん:2005/09/04(日) 22:34:56
被害妄想ですからほっといてあげて☆

707 :考える名無しさん:2005/10/30(日) 05:42:29
hosyu

708 :考える名無しさん:2005/11/28(月) 23:56:43
h

709 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 23:23:50
はい、どうぞ。


710 :考える名無しさん:2006/02/12(日) 14:08:10
sage

711 :考える名無しさん:2006/03/09(木) 11:07:14
2006-02-18 言語論的転回について
http://d.hatena.ne.jp/vir_actuel/20060218

712 :考える名無しさん:2006/03/10(金) 19:39:08
ttp://d.hatena.ne.jp/CO-RE/20060227


       ≡ (゚(゚(゚(゚∀゚ )
     ≡ 〜( ( ( ( 〜)  「名前は名指すだけ!」
      ≡  ノノノノ ノ

 (゚∀゚ ) ≡ 
 (〜 )〜 ≡ 「名前は名指すだけ!」
 く く ≡

713 :考える名無しさん:2006/03/32(土) 14:11:55


714 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 08:51:00
分析哲学の言語的転回から認知的転回に至った経緯を詳しく!

715 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 12:34:09
認知的転回は言語論的転回と矛盾しないだろ

716 :考える名無しさん:2006/04/29(土) 03:33:13
kwsk

717 :考える名無しさん:2006/04/30(日) 10:30:04
フレーゲ

718 :llllll:2006/04/30(日) 10:30:49
犯罪者情報です。
 私は、見てしまいました。見てしまったのです。まだ、逮捕されていないよ
うなので、一刻も早く逮捕追放されるように協力してください。
【車】日産 グロリア か、又は、そのような車。 【色】黒
【ナンバー】岐阜 33 77−77
【年齢】見た感じ20代 【性別】男性
【備考】犯行後、運転席と助手席の窓ガラスを黒いフィルムで覆った。
    ナンバープレートにも犯行後、黒いカバーをかぶせた。
子供からお年寄り迄、住み易い平和な世の中をみんなでつくって行きましょう。
ちょっと前、別件でやったぞ。逮捕、なぜされないの?


719 :考える名無しさん:2006/06/15(木) 12:35:43
はい、どうぞ。

720 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 00:48:28
源五郎おじさん

721 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 00:14:24
言語論転回を、自らの体験にもとづけて論じなさい。

とゆうレポートがあるんですが・・・・

日常生活で言語論転回のようなことって起きますか??

722 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 00:44:43
その教師はおそらく言語論転回の意味を誤解していると思う

723 :721:2006/07/19(水) 00:53:22
そうですよね〜過去の見て
ならったこととまったく違うと思ったんですよ・・・・

「ことば」が先で「現実」が後=言語論転回

ってノートに書いてあって(;´Д`)

724 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 00:55:49
おまえの大学を特定したwww

725 :721:2006/07/19(水) 00:57:52
(゚∀゚)アヒャ すごいですね〜☆
有名なんですか?この問題

726 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 01:01:03
だって俺も同じ大学でいまそれやってるもんw

727 :721:2006/07/19(水) 01:03:00
・・・?!
なんか悲しい偶然なような(;´Д`)
自分の体験思いつきました??

728 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 01:07:42
いや、それを見つけにここにきた…

729 :721:2006/07/19(水) 01:12:22
見つからないですよね・・・
たぶんグッチの問題は選ばないです


730 :考える名無しさん:2006/07/19(水) 01:23:23
ふじ○かが取りやすいらしいけど2回とも休んだ…
まあ お互い頑張ろう

731 :721:2006/07/19(水) 01:28:42
ふじさんは割りと簡単に考えれましたね〜♪
はい☆がんばりましょう!!

732 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 13:01:52
ふじさん??

733 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 14:06:07
転回展開しよう

734 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 03:33:20
つまんねー

735 :考える名無しさん:2006/11/08(水) 20:01:09
ゲンゴロウさんが転んだ

736 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 13:03:06
つまんねー


737 :考える名無しさん:2007/01/25(木) 13:55:26
よし!

228 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)