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秦(はた)一族とは?

1 :天之御名無主:02/10/06 15:48
仮説ではヘブライ人の血筋とか・・。一体何物?

2 :天之御名無主:02/10/06 16:04
もうおなか一杯です。

3 :天之御名無主:02/10/06 16:45
オカルト板をおすすめします。

4 :天之御名無主:02/10/06 17:19
>>1
重複
日ユ同祖スレで激しく既出

5 :天之御名無主:02/10/06 21:30
秦氏は渡来人で、新羅系ですね。能登半島の先端、珠洲市の珠洲神社は神主は秦という姓だ。

6 :天之御名無主:02/10/06 22:03
泰一族
ttp://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1033848124/l50

7 :テラ銭ドロボー:02/10/06 22:31
人類みな兄弟!一日一善!

8 :天之御名無主:02/10/07 00:20
>5
新羅系というな。ツングース系のフヨ族や秦の乱で半島に逃れてきた
西域雑居ペルシャ系や柵外の秦人らが秦韓をつくり、さらに馬韓、伽羅(任那)
の3国時代をつくった。伝説では高句麗王ヘブルの息子の一人フツ(山彦)が
日向のフツに天孫降臨。
新羅、出雲、河内遠征で初期大和朝廷の始祖ニニギー神武ー応神となった説もあり。
日本書紀では一応、応神天皇の支援を受け、新羅攻撃をかわし逗留地の百済から
2万人の人民を抱え秦氏ウズマシャ(族長)弓月王が古代最大規模の移住をなしたとしている。
(勿論氏族伝説、弓月クアンユは自称秦始皇帝15世)







9 :天之御名無主:02/10/07 00:21
応神、仁徳と巨大化する墳墓と馬具出土は、その後続く秦氏系渡来とは無関係ではない。
最古の存在確認がなされている秦大津父は初代大蔵卿で、記紀によると次期天皇の夢に現れ
捜索され召抱えられたのち、古代律令制の基盤となっていく庸、調などの税収を先例として
全国の秦氏一族に課すことで基盤の弱かった天皇家の藩屏としたらしい。
大化の改新以降、藤原氏が後に妻をたびたび秦氏からとっているように、祭祀、経済、文化
の基盤領域からでることはなく、日本独特の二重構造の礎もなす。

10 :天之御名無主:02/10/07 00:22
おなか一杯というより、すでに体調を崩して死にかけているような予感・・・

11 :天之御名無主:02/10/07 00:22
京都を開墾し聖徳太子の上宮家
パトロンをしていた有名な6代目河勝の半島、中国チャネルは、列島が倭人から日本人の国に
変貌した事実をアジア諸国に知らしめ,故地のシルクロードとの交流にも役だった。
後に近江秦氏ら全国の秦氏協力による平安遷都のおり、河勝の邸宅は都市開発の要である
御所になっている。松尾神社、賀茂神社のお水とり、広隆寺の牛追い、伊勢神宮の移動型
神殿、天皇家の祭祀と秦氏らが体系化した神道の関係に、東方カバラ、原始ユダヤキリスト教
の影響をみるエンターテイメントが明治以降華盛り

12 :天之御名無主:02/10/07 01:22
>>8 ツングース系のフヨ族や秦の乱

なんていうと民俗板の祖、柳田某、折口某とかが戦後徹底してアンチ騎馬民族説
にたってるから、ここではカルト扱いされてしまうよ
ここの連中はいまだに土俗の倭人が巨大墳墓をつくり、鉄器と列島にいなかった
馬の存在を無視したままで、日本文化の根源とやらを研究してるみたいだからw
ていうか、門外漢だけど、日本の神話学って存在してるのか?

伊勢の常世信仰も、記紀では「秦河勝こそ神のなかの神、常世の神」
と謡われたといってるし、秦氏は蛇,狼を助ける貴人として描かれている
渡来氏族にしては異様な分量で何人も登場し、極端に聖徳太子をあがめる
日本書記の狙いが、秦氏と連携をもつ藤原不比人の複雑な政治宗教状況を
物語っている(確か中臣は対馬の亀甲占い師だよな)


13 :天之御名無主:02/10/07 01:33
カルトとオカルトを混同するヤシに語ってもらいたくないのう
>>all
重複 。
日ユ同祖スレで激しく既出 。

14 :天之御名無主:02/10/07 02:10
江上の師匠の佐伯博士は
アラム語のイエフダ(イスラエル?)−ハダ(秦)と読んだ
よって、スレタイの「秦(はた)一族とは? 」は
秦(はだ)の間違い?
書紀にも「媛の吉備鴨氏の葉田(はだ)に応神が逗留
して、鴨氏の息子達が競って饗宴をした」とでてくる
大和天皇家は最初から女系は秦氏だったかもしらん
鴨氏は今も続く賀茂神社の天皇祭事葵祭りを司る鴨氏

秦(はた)説は、波坦(パタン・海を渡る)の韓国学者説ーーー×





15 :天之御名無主:02/10/07 02:27
>騎馬民族説がオカルト
なら奈良あたりで発掘されてる3世紀以降のオンドルや、馬具、ポシエット
あれなんだよ?長江あたりの大陸弥生人のものか?(w
せめて日ユ論と秦氏論は切り離して語れや
ちなみに佐伯氏の「景教ーー秦氏論」は本人もその後否定している


16 ::02/10/07 02:38
http://www.i-chubu.ne.jp/~tomomi-h/marion/navi/navi.cgi?links=20311

17 :天之御名無主:02/10/07 22:19
まぁ、ここも日ユ同祖スレみたいになっていくんだろうけど(w、
せめてsage進行でいってもらいたいもんだ。

18 :ふ〜ん:02/10/10 04:06
いや、タイトルがマイナーなんですぐに消える運命

19 :天之御名無主:02/10/11 21:24
日本史板でし

20 :ヘレ夫:02/10/12 18:22
nnnn

21 :スノーク:02/10/12 18:39
これまた はたはった

22 :天之御名無主:02/10/12 19:55
秦氏ネタで卒論を書こうとしているお嬢さんに何かアドバイスをください。

23 :天之御名無主:02/10/12 20:10
>>22
まず自分の画像をうpしる

24 :22:02/10/12 20:53
>>23
俺は♂だよ
お嬢さんは俺の友人だよ

25 :ふーん:02/10/13 03:03
成城大にたしか専門研究者がいて、本をだしてる
最初の律令制度、隼人など披征服豪族の藩屏化、などの主題で
おそるおそる天皇制度確立へのフィクサーとしての秦氏を
地味にやっていたような。
巨大土木工事、平安京建築、神社建設、蚕とかの殖産などについては
たんたんと流していた、ミステリアスすぎて取り扱いしずらいんだろうな
けっしてアスカ本などの影響で、カバラうんぬんはやらないようにw
やはり、聖徳太子と河勝あたりからやるのが、基本でしょう
子孫の世阿弥から現代の東儀までにみる、雅楽などペルシャの大和分化
への影響などをいれれば、オリエンタルテーストで好感度も高くおしゃれでし。

26 :天之御名無主:02/10/17 01:06
なんだ、ふーんはこっちにいたのか
日本史板に秦タイ人説というスレがあるが、説教しなくていいのか

27 :天之御名無主:02/10/17 01:10
はた→秦
たい→泰
 
ああ、似てる、似てる。はいはい。

28 :天之御名無主:02/10/19 13:26
はためいわくで、おめでたいはなし

29 :天之御名無主:02/10/20 02:58
大化の改新のちょっと前に秦河勝が常世信仰を東国で広めている大生部多と
いう人物を撃ったっつうのを前になんかで読みました。でも秦氏は常世姓を
賜わってたり常世信仰とは深い繋がりがありそうだす。こりはようするに同
族が同族を撃ったということなのか。12の言うとおり河勝自身が常世神な
場合は殺す必要はないはずだが?なにか裏がありそうだ

30 :天之御名無主:02/10/20 08:39
電波入ってるね、ここ。

31 :天之御名無主:02/10/24 13:07
>>30
こっちのほうがすごぞ。

【ロマン】日ユ同祖論が真実ならばPart2【妄想】
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/min/1018626657/

Part1からこのスレの最初のころまでは、まだ、否定論者の人たちが
一つ一つぷちぷちと反論していたけど、そのうち、圧倒的な電波量に
あきれたかレスがなくなり、それと同時に、ロマン派を自称していた、
歴史的事実はどーあれ楽しもうという人たちも、一方的な電波垂れ流
しにあきてしまっていなくなった。

おかげですっかり電波隔離スレに。正直、最初からスレに目を通すと
頭がくらくらしてしまうので、要注意(w

32 :山崎渉:03/01/11 03:19
(^^)

33 :天之御名無主:03/01/31 02:29
>秦氏は常世姓を
>賜わってたり常世信仰とは深い繋がりがありそうだす
常世さんって人は渡来系?赤染氏も。


34 :天之御名無主:03/01/31 04:49
>>29は支離滅裂。
常世氏はもとは赤染氏といって後に改名したもの。最初から常世氏だったわけではない。
つーかそもそも秦氏ではない。

35 :天之御名無主:03/02/25 21:41
何故、平安時代以後は歴史の表舞台から消えてしまったんだ?

36 :天之御名無主:03/02/27 23:57
秦姓だと祭事、技術職、税務職の専門に押し込まれるので、藤原姓に
すりかわった

37 :天之御名無主:03/02/28 00:57
>藤原姓にすりかわった

また、はっきりした証拠もないことを自信満々に断言するなぁ・・・。

38 :天之御名無主:03/02/28 05:36
>>37
詳しくは知らんが、あれだけ強大な勢力を誇り、京都を支配していた秦氏が
なぜか消滅に等しい状態になり、逆に消滅寸前だった中臣氏(藤原に改名)が
突如として強大化して京都で栄光に輝き出した。
この藤原氏と秦氏は系図上、濃密な姻戚関係で結ばれていたことになっている。
それって、ずばり、「藤原氏=秦氏じゃないの?」という仮説は成り立つ。

39 :日本@名無史さん:03/02/28 05:59
聖徳太子の側近にしてもその後の天智の側近にしても邪魔者は殺されてる。
秦氏がその後、各地で信仰の対象になったことも考えると、やはり歴史の表舞台
から抹殺されたのではないだろうか。想像だけど。

40 :天之御名無主:03/02/28 10:55
>逆に消滅寸前だった中臣氏(藤原に改名)が
>突如として強大化して京都で栄光に輝き出した。

中臣氏が消滅寸前だった?
藤原氏の祖である中臣鎌足は、当時、有力貴族しか入れなかった南淵請安の私塾にも通っているし、皇極3年には朝廷祭祀官への要請もなされている。
しかも、これをわざわざ固辞して別宅に退き、軽皇子や中大兄皇子との関係を深めていたのだから、消滅寸前というのはおかしいだろ。

あと、藤原氏が強大化した理由は小学生の教科書にも載っていると思うんだが。


41 :天之御名無主:03/03/01 15:23
長宗我部氏も秦氏だよ。歴史から消えてはいない。

42 :天之御名無主:03/03/01 18:45
秦氏と関係が深かったのは蘇我氏じゃなかったけ?

43 :天之御名無主:03/03/01 20:26
>>42
http://us.i1.yimg.com/us.yimg.com/i/fifa/gen/tr/pl/s/177754.jpg

44 :天之御名無主:03/03/10 01:03
秦対加茂の権力争いも興味有るな


45 :天之御名無主:03/03/10 02:14
>>44
秦族と上賀茂族・下鴨族は、山城の地で仲良く共住していたのではないのですか。

46 :天之御名無主:03/03/10 05:17
秦氏と上賀茂族・下鴨族は同祖同族だろ

47 :天之御名無主:03/03/10 07:41
元はカザフの王族ってまじ?

48 :天之御名無主:03/03/10 12:47
秋田名物 八森 はたはた
男鹿で男鹿ぶりこ
ハイ、サカサッサー


49 :山崎渉:03/03/13 12:48
(^^)

50 :天之御名無主:03/03/14 01:21
age


51 : :03/03/14 09:10
日ユ同祖論すれ、誰か立てて。

52 :天之御名無主:03/03/14 09:33
>>51
★★★★★日本とユダヤの関係って★★★★★
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1044945069/
ほらよ

53 :( ;‘e‘)チャーニィたん ◆rcccharnyg :03/04/07 01:15
( ;‘e‘)<秦氏や藤原氏の子孫って今何してるの?
       日本の中枢の要職に就いているの?

54 :考える名無しさん:03/04/07 19:59
けっきょく、秦氏と藤原氏は別物? 

55 :ハタハッハ:03/04/09 21:39
菊池山哉好きだけど、
秦氏原住民説だけはいただけない。
どういう思考過程を経てそう思うにいたたっか、
小一時間 以下略

56 :天之御名無主:03/04/09 23:16
秦氏から羽田孜までの系図を教えて

57 :天之御名無主:03/04/10 04:24
はたはった

58 :天之御名無主:03/04/11 01:09
秦の時代に日本に来た、徐福の一族というのは、
ガセネタですか?

59 :山崎渉:03/04/17 09:18
(^^)

60 :山崎渉:03/04/20 04:57
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

61 :山崎渉:03/05/21 22:46
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

62 :782:03/05/27 14:21
http://www2.odn.ne.jp/~caj52560/seinohousoku.htm こちらを参考にしたらいいですよ

63 :7gれrj:03/05/27 14:23
http://arashiyama.hp.infoseek.co.jp/tyosogabe1.html

64 ::03/05/27 14:27
http://www.museum.comet.go.jp/hasegawa/exhibition/shouzui.pdf
こんなのもあります。根気よく読んでみて

65 :山崎渉:03/05/28 14:50
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

66 :山崎 渉:03/07/15 12:50

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

67 :天之御名無主:03/08/21 14:13


68 :天之御名無主:03/08/21 15:56
古田のせいで外野に追いやられますた。

69 :天之御名無主:03/08/21 21:19
◎弥生人は朝鮮を経由していない!!

「土井が浜の弥生人骨は、160センチメートルを遙かに超えた長身、華奢な四肢骨、
細面の顔に低い鼻、のっぺりとした、それでいて端正な顔立ちで、いわゆる北方系
「新モンゴロイド」の特徴がありました。
彼らのルーツを求めて朝鮮半島南部の慶尚南道金海と南部の勅島(ヌクド)の人骨、
中国は山東省の漢代の人骨を対象に調査されました。ところが、朝鮮半島2ヶ所の
人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず、中国山東省の人骨は、極め
てよく似た形質を持っていることが確認されました。弥生人のルーツはやはり中国
だったのです。」
http://sakezo.com/shumi/rekisi/keta1.html

ところが、朝鮮半島2ヶ所の人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず
ところが、朝鮮半島2ヶ所の人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず
ところが、朝鮮半島2ヶ所の人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず
ところが、朝鮮半島2ヶ所の人骨には土井ヶ浜の人たちと同じ形質は認められず

70 :リアル秦:03/09/17 14:36
こんにちは、秦です。

71 :天之御名無主:03/09/25 17:36
秦氏=秦朝の子孫、って伝承は、どのくらいの時代までさかのぼれるんだろう?
文字の一致から出てきた伝承だろうけど「秦の滅亡時に王子が東海へ逃れてきて……」
なんてそれらしい尾ひれが付いてたりして、結構古い時代からあった話なのかも
しれんと思ってたんだが。


72 :天之御名無主:03/10/13 13:56
秦教って宗教(?)って秦氏となんか関係あるんですか?

73 :天之御名無主:03/10/13 21:51
>>72
>秦教って宗教(?)
ローマのことを中国で「大秦」と呼んでいて、大秦からきた宗教であるキリスト教を
「大秦教」「秦教」と呼んだようでつ。

>って秦氏となんか関係あるんですか?
日ユ同祖論の傍証のひとつとして、「秦」の字の一致を、なんらかの関係がある
だろうとする見方があるようでつ。

74 :天之御名無主:03/10/22 23:25

1・全国の8割の神社仏閣が秦氏建立。
2・平安京は秦氏がつくった

もし秦氏が言われているように景教キリスト教 だったなら、
日本は世界有数のキリスト教国になってしまうんだな。


75 :天之御名無主:03/10/23 16:54
神道は道教の影響が強いのでは?
道教のルーツはチベット密教?
薬師如来と12神将は原始キリスト教の民を
仏化するのに利用したの?


76 :天之御名無主:03/10/23 16:58
イエスは内モンゴルの景教寺院で教育を受けた
のか・・・???

77 :天之御名無主:03/10/23 17:01
202 名前: 天之御名無主 投稿日: 02/08/16 04:38

イエス キリスト教開祖。アリアン人。エッセネ派ラビ。ユダヤ異邦人地区に住むエッセネ派の両親のもとに生まれ、東方組織で教育を受ける。
エッセネ派 ユダヤ教の一派。預言者エリアと関連。アリアン人によって構成された東方組織。イエスは12歳から同教団のチベット、インド僧院で学んだといわれる。
モンゴル 景教 ネストリウス派キリスト教 内モンゴル景教寺院から、ユダヤ教エッセネ派の文書が発見された。イエスはエッセネ派のメンバーで、東方で教育を受けている。

契丹族 モンゴル、バイカル湖地域。騎馬民族。北倭人と関連。

トルファン トルファンの黄金冠 スキタイ人彫金技術   中国トルファン地方 
  敦煌 新羅朝鮮半島 経由  渡来王族   奈良藤ノ木古墳 

78 :天之御名無主:03/10/23 17:43
薬師如来は日本以外では敦煌や半島にしかないらしいけど・・・・

79 :名無しさん:03/10/26 11:05
司馬遼太郎のペルシャの幻術師という、短編集の文庫のなかの短編のなかに
まさに秦氏のユダヤ人説の実証系小説が!!


80 :天之御名無主:04/01/16 14:08
ユダヤ人って本当なのか

81 :天之御名無主:04/01/30 14:14
羽田孜元首相はユダヤ人(の末裔)だったのか!

82 :天之御名無主:04/02/05 20:05
>15
>ちなみに佐伯氏の「景教ーー秦氏論」は本人もその後否定している

その後の記状に「秦氏=原始キリスト教徒で間違いない」としている

83 :天之御名無主:04/02/06 02:54
近作『精霊の王』とかで、
秦氏に注目した中沢新一が、ユダヤー景教譚を
かなり注意深く避けてたのはなぜなんだろう?
中沢新一なんて、その手の話に最も食い付きのいい香具師かと
思ってたんだけど…。

84 :万年救護大本尊の朴蓮     :04/05/17 20:19
秦って苗字の家を見つけたりすると「おおっ」って思うよね。

もっとも浄土宗の開祖法然上人の母親の名前は
「秦氏の君」なのだが。

実は秦氏ってさぁ 仏教教団にかなり紛れてるんじゃない?

朴の実家は真言宗だけどそこの経文の発行元を見てみたら
なんと「徳島県秦の庄」とかって地名になってるんだよね。

真言宗も浄土宗も「仏」様の名を借りて
実はヤハウェをまつっているんだと思うな。



85 :天之御名無主:04/05/18 01:28
>>15
きみの例に挙げたは既に軒並み論破されている。
騎馬民族説渡来批判本をきみは実は
まったく読んでないだろ?

86 :天之御名無主:04/05/18 01:34
>>12
古墳は秦氏渡来以前から巨大化してましたよ。
本当に
「門外漢」
だね。

87 :天之御名無主:04/05/18 09:43
補足しておくが、秦氏渡来人説はほぼ学者の間でも意見は一致している。
騎馬民族説が否定された、と言うだけ。
支那や半島から馬に乗らなきゃ日本にやって来れない、という事はない。
あと鉄器はともかく馬は一般に思われている程効率的な道具ではない。
実際すぐに馬はロバや駱駝にその地位を奪われている。
ナポレオンなんかが実際に乗っていたのもロバ。

88 :天之御名無主:04/05/18 17:13
羽田孜はヘブライ人か……

89 :天之御名無主:04/05/18 19:04
JUDEかどうかは分からないけど、鉄工技術をもった中東系の集団と若干混血があったことは確かだね。鉄勒人っていうくらいだからね。浄土宗にJUDEの影響があるにしても仏教化しているし、混血比率では北東モンゴロイド以外の何ものでもない。

90 :天之御名無主:04/05/18 21:17
>>12の誤りをもう一つ指摘しておく。
秦河勝を讃える詩は正確にはこう。
「太秦は 神とも神と 聞こえくる 常世の神を 打ち懲ますも」
(太秦…秦河勝は神の中の神と言える。常世の神を打ち破ったのだから)
これは要するに、当時社会現象と化していた常世信仰の祖、多生部多を討ち取った秦河勝を讃える詩であって、秦河勝が常世の神と言うのでは無く、「常世の神」を討って懲らしめてしまう秦河勝は神の中の神だ、と言っているわけだ。
あの引用だと後半部分をどう言うわけか略しているので、意味が逆転してしまっている。

91 :天之御名無主:04/05/19 06:59
中沢新一もそこまで馬鹿じゃないって事だろ。

埋蔵教典(笑)「チベット死者の書」
に引っ掛かった経緯があるしな。
本人に一杯喰わされた自覚があるかどうかは知らんが。
オウム事件の時もオウム擁護にまわって株を下げたし、少しは軽率な発言を謹むようになったんじゃないの?
…少ししたらまた元に戻るに一万ペリカ。

92 :天之御名無主:04/05/19 07:20
>>87
ナポレオンはチビだったからでは?

93 :天之御名無主:04/05/19 21:54
>>92
この話をするとみんなその台詞言うから凄いよな(笑)
ナポレオンの背丈は関係ない。純戦力として考えると馬はけっこう燃費が悪い。

94 :天之御名無主:04/05/20 22:00
このスレは書き込みしてる人間の知識次第ですごい良スレになるはずなんだが…騎馬民族説が敗北した時点で秦氏の謎は深まる一方。

95 :天之御名無主:04/05/24 17:52
都人

96 :天之御名無主:04/05/29 01:08
畑姓と畑作はやはり関係があるのか?

97 :天之御名無主:04/05/29 01:12
秦→畑に転化

98 :万年救護大本尊の朴蓮  :04/05/29 23:45
「畑」って名の有名人はムツゴロウさんしか知らないや。

99 :天之御名無主:04/05/31 00:27
>>97
畑は国事。
支那ではそれに似た漢字として、火因 があるが、相関関係は不明。

100 :天之御名無主:04/05/31 07:30
はーい、畑↓
http://www.kitombo.com/mikami/0422.html

101 :99:04/05/31 08:22
>>100
そりゃ支那人だって思いつかねぇつーの。
飛鳥ファンはこれだから

102 :天之御名無主:04/05/31 20:21
推論しているうちは、五十歩百歩だべ? へへへ

103 :天之御名無主:04/06/01 00:22
キャッチャーやってた頃は中途半端だったけど、
外野手一本になったぐらいから、元々良かった打撃がよくなりだして、
晩年は左の代打の切り札。
なんシーズンか、「はた」でボードに名を連ねてた

104 :万年救護大本尊の朴蓮  :04/06/05 23:19
田がエデンの園かぁ

で、畑が失われたエデンの園?

ふーん なんか深いね。




105 :天之御名無主:04/06/06 01:15
大学に秦という中国語の教授がいます。

106 :サイ九郎:04/06/06 08:34
>>104
わかりません、あまりに奥が深すぎて…!!!

107 :天之御名無主:04/06/06 19:25
とりあえず太秦にきなよ
すべてがきっとわかるから

108 :天之御名無主:04/06/07 02:53
古語ジュウイツに、秦氏の記載あり。
「百済と秦と漢は、それぞれ1万人程度の民となっている喜ばしい」

ここ重要。秦や漢は百済出身とは認識されていないのだ。別なのだ
やはり、弓月国なんだろうな

109 :天之御名無主:04/06/07 03:08
言っとくが、古代の氏族は血族ではないぞ。ここ大事。

110 :天之御名無主:04/06/07 18:37


111 :天之御名無主:04/06/08 00:23
>>108
秦は「柵外の民」
も意味するのでそれは早計。

112 :天之御名無主:04/06/08 05:48
「木綿調の君」、つまり、生業を繊維縫製製品製造業とする集団
の入国移民をその国民経済への波及効果を認め、その指定居
住地への居住を許可した、こういう風には考えられんか。

113 :天之御名無主:04/06/08 05:52
すなわち、中国古代史の秦とは無関係乃至は薄い関係で実質的には
機織を職業とする人々が大勢渡来したってことさ。

114 :天之御名無主:04/06/08 07:59
夕月のツキは搗きに類似した作業で終戦後小学生が教科書
との交換のため桑の皮を剥いたものを干して供出したもの
であるが、それをほぐす作業で、究極的には繊維を得るこ
とと解釈してはどうか。飛騨を中心に東北方向に分布する
とされる縄文晩期の石冠という石器は祭祀に使われたよう
であるがこれも本来はそうした作業用のものであった可能
性が残る。TEXTURE/TEXTILE/TEXT等の印欧語の起源は石器
時代の搗くというオペレーションとする解釈があり、日本
語のTUKUも石器時代のユーラシア共通語から派生したもの
かなーとも思う。

115 :天之御名無主:04/06/08 10:04
秦氏=機織り集団説
は相当苦しい。
需要と供給のバランスを考えた方がいい。
「ウズマサ」の語源はうずたかく絹が積まれた様、と言う俗説もあるが、誰も相手してない(笑)

116 :天之御名無主:04/06/08 10:25
絹というのは出てこないけど麻はある。調布、麻布なんてのは
武蔵に渡来した連中がうずたかく麻を作って謙譲していたと見
るべきでは。養蚕って桑の栽培、蚕室、保温装置など極めて
複雑なシステムなので、オンドル技術のある地方の渡来者が
関与していることは考えられるけど、かといって麻も捨てがたい。

117 :天之御名無主:04/06/08 20:52
それだったら素直に麻も絹も一手に牛耳ってた連中って考えたら?
太秦が打ち破った
「多生部多」
(名前がちらっとあがってましたね)
の提示した
「常世信仰」

「蝶の幼虫に似た虫」
を神と呼んで民衆に崇めさせてたって話だからね。
これを秦氏とは別ルートで上陸(ないし袂を別った)養蚕産業の形と見るのは当然可能。
なんでも多生部多はその
「神」
を使って奇跡を起こしたそうだ。
グロテスクな蚕の吐き出す糸から見事な織物を造って見せたら昔の人には奇跡と映ってもおかしくない。

118 :天之御名無主:04/06/09 07:52
一般化された繊維縫製業者的概念だとは思っていたが養蚕とは
まことに驚き、あれは神業だから。

119 :天之御名無主:04/06/10 03:02
で、ユダヤ説には与しなかった中沢新一の
『精霊の王』秦河勝論は、皆さんどう思ったの?

120 :117:04/06/10 21:45
いま本屋で立ち読みしてる最中だが、蚕と秦氏についての解釈は俺とほぼ同じ見解か。
不 名 誉 だ。
(笑)

121 :天之御名無主:04/06/28 10:17
>>113
古来からの大きな神社の8割以上が秦氏が建立、応神天皇陵・仁徳天皇陵等、巨大古墳造営・・・
単なる機織職人とはちがうんだよ。

で、結局、通説をまとめるとどうなるの?
トンデモ説じゃない立場からの結論が欲しい。

ちなみに、うちの近所にいる秦さん、とってもいい人だよ。 w

122 :霹靂:04/06/28 11:13
はた織部と関係ありますか?神奈川県秦野市と関係ありますか?徐福と関係ありますか?八幡と関係ありますか?秦始皇帝と関係ありますか?騎馬民族ですか?調子わりい

123 :天之御名無主:04/06/30 10:17
age

124 :天之御名無主:04/08/31 00:40
あげてごめんなさい。
親戚なんですが、「稲倉」という姓は、稲荷神の稲倉魂神と関係ありますか? そして稲荷つながりで秦一族にもつながるのでしょうか?

125 :天之御名無主:04/09/01 12:46
↑の124です。私なりに調べてますが、自分の想像が安直だったのに気づきました。逝っときます・・・失礼しますた。

126 :天之御名無主:04/12/04 19:37:06
過疎みたいなんで、上げておく。

秦河勝。能楽の金春家と雅楽の東儀家が共に祖先にあげているねぇ。
個人的には、金春禅竹『明宿集』(『金春古伝書集成』表章・伊藤正義に原文が所収)にある、
秦河勝が「ウツボブネ」に乗って、播磨国坂越へ行き、
その地で祟りを起こし、「荒神」となったって著述に興味がある。
「うつぼ舟」と言えば、謡曲『ヌエ』にも出てくるし、蛭子にも通じる。
『明宿集』によると、秦河勝は聖徳太子作の「柔和・憤怒の」2面を授かったとされている。
秦河勝を祀った赤穂の大避神社には、今でも2つの面が伝わっている。
ひとつは、雅楽「蘭陵王」に似た面。
もうひとつは、
雅楽「採桑老(舞うと死ぬという伝承で有名)」か、もしくは翁と目される面。

トンデモな話は分からないけれど(笑)、
室町時代の日本において、こういう秦氏観ができあがっていた事はおもしろいと思う。

127 :天之御名無主:04/12/04 19:50:48
ついでに
文化元年(1894)に発刊された『播磨名所巡覧図会』には、
「大避神社…祭神、秦ノ川勝(ママ)の霊といへり。(中略)
 皇極三年に、東国富士川のほとりに、大生部ノ多といふ者、
 異虫を養ひて、常世の神也と号け、信ずる者は財宝心にまかすなどと、
 郷里の人をたぶらかす。河勝、是を悪みて、大生部を捕へて、
 妖術を糺明す<日本紀>。」

 常世虫=蚕と見ている説が多いけど、他説を知っている人がいたら教えて欲しいです。
 

128 :天之御名無主:04/12/04 19:56:27
はた織部の人達は「服部」になったんでしょう

129 :天之御名無主:04/12/05 09:10:20
>>128
 服部も秦氏が元だとか。
 (ネットの情報なので、決定打に欠けるけど)

130 :天之御名無主:04/12/06 00:12:42
ttp://www.harimaya.com/o_kamon1/seisi/90-100/hattori.html

131 :天之御名無主:04/12/08 15:12:17
古代ユダヤは日本で復活する
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1096463926/l50


132 :天之御名無主:04/12/14 02:20:14
つのだじろうの家系は、実は秦氏の系列なんだって。
ムーのマンガに本人がそう書いてた。

133 :天之御名無主:04/12/14 14:57:07
バイト先に、秦って言う人がいる。ものすごく気になる。
それとも、四国(徳島、香川あたり)にはそれなりにある苗字なのかな?

134 :天之御名無主:04/12/21 23:04:46
土佐の長宗我部は秦氏の末裔などと称していた

135 :天之御名無主:04/12/22 19:31:28
韓国の昔ハタと呼ばれていたところに秦と
言う姓の人が大量にいたらしい
そして、秦氏は加羅にいた時にすでに
秦からきたと言う伝承を持っていたらしい

136 :天之御名無主:04/12/22 19:44:07
高知県にはモロ「幡多郡(はた)」があるぞ。

137 :天之御名無主:05/01/03 02:38:30
>>12
>秦河勝こそ神のなかの神、常世の神...
◆◆    秦河勝は何者だ??? ◆◆
http://mentai.peko.2ch.net/history/kako/1005/10056/1005678839.html

138 :スサノオの子孫:05/01/03 15:47:30
秦一族とは、・・・・お前のことだよ日本人。

139 :天之御名無主:05/01/03 15:57:17
>>97
>秦→畑に転化
はないだろ。>>113の機織りも>>121の言うように、もっと広汎な工業技術集団だし。
やはり東漢氏と同様に出身地名か。ハタって地名あったかな。

140 :天之御名無主:05/01/03 18:43:56
おれの実家もろに「秦」って地名だ。
古代に秦氏が支配していたとかいう。高知市の北のほうだが。

141 :天之御名無主:05/01/03 20:02:36
>>140
高知市の北のほうだと、>>136の幡多郡内とは違いますね。
秦氏が土佐国一帯に広がり、生業は何だったのかな。

142 :天之御名無主:05/01/03 23:42:27
桓武天皇737〜806の寵臣で造長岡京使藤原式家宇合の孫種継737〜785の母が
秦氏出身。秦忌寸朝元の女。

143 :天之御名無主:05/01/04 01:41:40
土佐は流刑の地だからなぁ。
都を追われた渡来人かね、秦氏というのも。
そういや幡多郡は古代は土佐国とは別の国だったな。

144 :天之御名無主:05/01/08 01:22:09
桓武天皇の第五皇子葛原親王の子で、桓武平氏の祖
高見王の母は一説に秦忌寸福代の女。

145 : :05/03/14 00:40:40
age

146 :天之御名無主:05/03/19 13:06:41
はたと言えば丹古母鬼馬二

147 :天之御名無主:05/03/19 23:14:36
ところでさ あなたたち職業は何?ここに書き込んだ後社会生活送るの凄いストレスにならない?
僕はもう疲れたんだよ 自分からおかしい人になっておかしいことを貫き通したいものだけど狂人が何か行ってもああまたかくらいなものだからな 
金を稼ぐのは大変なことだ

148 :天之御名無主:05/03/20 02:33:19
はた坊だじょー

149 :天之御名無主:2005/03/25(金) 21:18:55
こんなこと聞いちゃいけないかな?
ハタはハタというおさかなさんじゃないかな?


150 :天之御名無主:2005/05/20(金) 15:49:18
徐福age

151 :天之御名無主:2005/06/13(月) 02:26:36
でもこのスレ、もうネタ切れですから! 残念!

「波田陽区ともども賞味期限切れ」 斬りっ!

152 :天之御名無主:2005/06/21(火) 15:57:37
友達に幡手って人がいるんだけどやっぱり関係あり?

153 :天之御名無主:2005/06/29(水) 05:42:34
幡多

154 :ニッカ:2005/08/18(木) 00:54:17
秦氏は改名するのが常。
だいたいの日本人に秦氏の血はある。

綿矢りさ 金原ひとみ
高橋 橋本 石橋 小橋 橋田 柴田 
大幡 鳥畑 鳥山 居鳥
斎藤 後藤 藤原 藤井 藤岡 藤本
服部 羽鳥 畠山 
もっとある。
秦氏の特徴は 静か 目立たない 猫 神社みたい

155 :ニッカ:2005/08/18(木) 01:00:41
秦氏探しは楽しい。

原 小原 大原 和田 大和田 小和田 綿引 
佐藤 工藤 堂本 藤木
渡辺 渡部 鍋田 太田

秦氏はヘブライ語は古いので捨てて漢字を創造した。

特徴 偽装が得意 うそつきだ。きれい好き

 

156 :ニッカ:2005/08/18(木) 01:04:43
北陸にも多いらしい。
そこから関東や北海道に移動したらしい。
秦氏は遊牧民の魂を持つ。

平安京は秦氏の作品だが札幌の作りと似ている。

157 :ニッカ:2005/08/18(木) 01:10:55
失われたイスラエル10支族と2支族が秦氏。
そのまえの日本は弥生人と縄文人とどこかの先住民族だったはずだ。

とぶけど秦氏の先祖はアダムで天地創造の7日目に創られた。
ニッカのオリジナルの新説だ。
恵まれた多くの人は6日目の金曜日に作られた。
5日目に獣
6日目に人
7日目に人の形を真似した人形

158 :ニッカ:2005/08/18(木) 01:15:42
塚は墓の意味で神社と同じ要素をもつから秦氏だろう。
秦氏は連想ゲームみたいにして名前を作る才能がある。
ニッカも秦氏だから感覚がすごくわかる。

漫画の祖 手塚治虫 赤塚不二夫 ハタ坊も登場してるし
静かなるAVの祖 ヘンリー塚本

小林 林 麻原 。。

159 :ニッカ:2005/08/18(木) 01:23:28
香取慎吾 香取神社 
草薙剛 熱田神宮の草薙の剣

神社に関わっていれば秦氏だ。
先住民族にそんな名字与えないはずだ。

中居の居は鳥居の居だ。あやしい。
肌は浅黒い。秦氏だ。
松本人志と浜田も肌の色からみて秦氏だ。
娯楽の王になれる。

華原朋美 篠原ともえ も。

みんな名前 漢字 に騙されてる。秦氏の偽装の技だから。

160 :ニッカ:2005/08/18(木) 01:33:16
加護亜衣のかごは籠神社を連想させる。
辻望美のつじは十字架が入っている。
矢口真里の矢はヤー(神)だ。矢追もそうか。ついでに江原もそうだ。
つんく 寺田光男の寺は神社と同じ要素だ。
名に神がつけば秦氏だろう。
プレステのキングスフィールドは神という名字の人が作った。
すごく静けさのあるゲームだった。

村上龍は秦氏である高橋と結婚した。
群れる神 多神教につながる。神道は多神教だ。
坂本龍一の坂は天の逆矛のさか。うーん。。

秦氏のガド族は天皇家だ。支配する血があるはずだ。

161 :ニッカ:2005/08/18(木) 01:43:29
神社は赤い
赤西仁 あかほりさとる 赤井秀和

青はどうなんだろ。
倉木麻衣は青野麻衣だしな。

宇多田ヒカルは間違いない。
藤のつく親もいるし。宇佐美神宮の宇だし。

浜崎あゆみの歌詞も神社っぽい。つまり人を神聖な気持ちで考えさせる。
そして宗教的な二元論思想が多い。
松浦もあやしい。

秦氏は天地創造の土曜日生まれ。
土曜の文字は十字架で死んだイエス。
土からアダムが創られた。
だからお墓につながり神社につながる。お祭りにつながる。
土曜日は娯楽を提供するのが使命だ。
やすらぎの日。安息日だ。休みの日。


162 :ニッカ:2005/08/18(木) 01:50:55
ちなみにニッカの高校の土地の名は小幡だった。
やはり秦氏は秦氏にゆかりある地や人に導かれる。
甲子園ではったりホームラン打ったのも橋本だった。
橋を変換すれば端がでてくる。はたと読む。

服も秦氏の得意分野。服部として名も残る。
福のつく人も秦氏だろう。
土曜日は幸福になるために作られた日だから。
福山雅治 福富
ニッカは茨城の25の男だが富山の福光のスタンドで運命的に
車にぶつけられ、そこからレンタカーアリオン(有音)で旅をすることになったんだ。
はじめに音があった。音から言葉ができた。言葉は神だった。

163 :ニッカ:2005/08/18(木) 02:55:25
ニッカは神武天皇が日本を征服したようにこのスレを占領する。
崩れたものを立て直すのが秦氏だ。
偉そうだが主従関係がないと日本はダメになる。
ボス リーダー 師 モデルは絶対に必要だ。

もっといろんな人に会って血を調べたい。
名前と顔と性格と思想とか調べたい。

ごとー勉もとうがつくので秦氏。

だいたい文化 時代を創るのは秦氏だから。
周りを気にしないでマイペースに1位をとってしまう高橋尚子。
人の常識を超えてメダルをかじってしまう。
まさに秦氏テイストだ!

164 :天之御名無主:2005/08/18(木) 05:05:41
日本は秦の子孫ばっかりじゃねーか
漏れが純血の倭人。

165 :天之御名無主:2005/08/18(木) 07:08:23
 
 ★★★ また韓国、意図的な、でっち上げ反日報道 ★★★

 韓国の大手テレビ局が8月15日夜のニュース番組で報道した“旧日本軍による生体実験”と称する映像が、実は中国映画の盗用でっち上げだった。

 韓国のマスコミは、反日キャンペーンのために、この種のでっち上げ“歴史歪曲(わいきょく)”をよく行うが、今回の事件で「日本糾弾ならウソも平気」といった体質が、あらためて確認された。

 報道は戦前、旧日本軍の細菌戦研究七三一部隊が「自ら撮影した」生体実験の様子だとして、生きた人間から臓器を取り出す“残酷場面”などを「白黒の記録フィルム風に」紹介した。

 しかしニュースを見た視聴者から「映画の場面と同じだ」との指摘や非難、抗議の声が上がり、MBCは調査の結果、悪質なでっち上げが判明した。

 この中国映画はカラー作品だが、テレビでは本物に見せかけるために「白黒に」変えられ、意図的なでっち上げであることが明白になっている。

 日本の民主党(岡田党首)は、日本国内に数十万人いる反日的な在日韓国・朝鮮人に、日本の選挙権を与えようとしている。
 

166 :天之御名無主:2005/08/18(木) 07:17:47
何言ってるだに。
それ秦の子孫だに。

167 :ニッカ:2005/08/19(金) 01:02:43
http://www.kitombo.com/mikami/back.html


168 :天之御名無主:2005/08/19(金) 17:36:12
>>165
嫌韓中親米台反民主親自民工作員ご苦労様!
この長文のソース出せよ!
板違いだから出てけ!

169 :天之御名無主:2005/08/19(金) 18:55:49
>>168
おまえもでてけよ

170 :天之御名無主:2005/08/23(火) 20:42:22
>>167
地下家に秦姓三上氏があったの思い出したw

171 :ニッカ:2005/08/31(水) 05:00:30
林が秦なんだから木や森も秦なのか。
森田一義。
森山直太郎。

森→守→主イエス

こういう高級な漢字を土着民につけるのか?

172 :天之御名無主:2005/09/02(金) 04:14:57
大阪の寝屋川に、「秦」というそのものズバリな地名があるよ。
近隣には「太秦」の地名も。

また、同市内の「蔀屋北遺跡」からは
馬の全身骨格や大量の製塩土器が発掘されてる。
土坑跡から出土した木枠は、廃船となった西都原式古代船から
転用されたことがわかってる。
当時はこのあたり一帯が河内潟とよばれる広大な湿地帯で、
生駒山系のすぐ近くであるこの地域まで船が入れたらしい。

ということで、古代この一帯には日本最大の馬の放牧場があり
秦氏を中心とする渡来人が、大陸の馬産技術を使って
馬の育成を進めていたんじゃないか……?

……とか考えています。
にわか考古ファンなもんで、穴があったら申し訳ないです。

173 :ニッカ:2005/09/03(土) 05:36:41
騎馬民族渡来説を強化する情報でいーんじゃないすかー。
もっとないかな。

174 :天之御名無主:2006/03/17(金) 17:46:22


175 :天之御名無主:2006/03/17(金) 18:10:58
聖徳太子の側近といかサポート役に秦河勝ってひとがいたな。・・

176 :天之御名無主:2006/03/17(金) 18:20:41
>>175 中沢新一も注目してたね。

蚕の社の三本鳥居、見に行った。
向いてる方向が意味ある方向らしいけど
そんなノウハウって、どこから来たもんなんだろう?
それ以前にそれが意味ある事なんだろうか???

177 :天之御名無主:2006/03/17(金) 18:27:50
秦氏はがんばって三井家になりました。

「あれ?三井さんって藤原じゃなかったの???」

「うっさい ボケ!!」

178 :天之御名無主:2006/03/17(金) 18:40:32
     ミミ ヽヽヽヽリリノノノノ                           .  |
    ミ   ,,、,、,、,、,、,、,、、 彡                          .|
     l  i''"        i彡                          |
     | 」  ⌒' '⌒  |          
    ,r-/  <・> < ・> |      ボク
    l       ノ( 、_, )ヽ |                            |
    ー'    ノ、__!!_,.、|                           ..|
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    /   l | /  | |                            ....|
__/    | ⊥_ーー | ⊥_ ___________________|
   |  `ーヽl_l_l.} ヽl_l_l.}                                \
  (、`ーー、ィ   } ̄`   ノ                                 .\
    `ー、、___/`"''−‐" 


179 :天之御名無主:2006/03/17(金) 19:05:59
>>176
>それ以前にそれが意味ある事なんだろうか???

生命の樹の三本柱のことだろ。そんなの当然じゃん


180 :左危機!:2006/03/17(金) 19:13:27
あの、朝鮮の方々には受けたのでしょうか?

181 :天之御名無主:2006/03/17(金) 21:21:07
>>179 意味って言うのはいわゆる
一種の呪力が発散されてるのかな?って意味です。
自己満足だったら、なんだかつまんないし。
純粋な信仰心を否定するわけじゃないけど。

ホリエモンは三井には愛されてなかったでしょうね。
『ロンドン』の『三越』にわざわざ事件の新聞貼ってたし
それが繰り返し報道されてたし


182 :天之御名無主:2006/03/17(金) 21:46:31
>一種の呪力が発散されてるのかな?

発散ってよりも結界封印してるんじゃない?
見えるわけじゃないが。


183 :181:2006/03/17(金) 22:09:25
>>182 そうだね。封印かもしれないですね。

でもあんな薄暗い森の中に建ってるとは。
もっと明るい所でしげしげと見たいような気が…

隅田川の三井の方はどうなってるんだろう?

184 :天之御名無主:2006/03/18(土) 18:24:09
三囲神社

185 :天之御名無主:2006/03/18(土) 19:23:51
関係ないかも知れないけど一応・・・
クラスに秦って苗字の人がいる。


186 :天之御名無主:2006/03/18(土) 22:55:52
畑正憲

187 :天之御名無主:2006/03/19(日) 22:40:32
>>176
「いさらいの井戸」はイスラエルのことみたい。やっぱダビデの星でユダヤ人で正解?
http://www.hi-ho.ne.jp/kyoto/kaiko.html

188 :天之御名無主:2006/03/20(月) 22:34:02
秦の始皇帝

189 :天之御名無主:2006/03/23(木) 13:41:13
春に稲がどうとかって説明されたなー

190 :天之御名無主 ◆OyHIfoErVU :2006/05/21(日) 19:50:49
のびないな

191 :天之御名無主:2006/05/22(月) 09:52:26
三囲神社の近所に住んでるが、三角鳥居はこじんまりとしていて
見ても「なんだこんなもんか」と思うかもしれない。
でも神社の雰囲気はちょっと不思議な空間に感じられる。
敷地内にはいろいろ祭られているものがあるのだが
なぜこの場にあるのか、なんで祭られることになったのか、
いまひとつよくわからないものばかりなのだ。

192 :天之御名無主:2006/05/23(火) 00:07:26
流れも過去レスも読まずにレス(>_<)

秦氏ってペルシャ人だろう。
京都にある太秦(うずまさ)は大秦国、すなわちアケメネス朝ペルシャから来た渡来人が築いた街だよな。
ウズマサって読みはペルシャ語由来だろ。


193 :天之御名無主:2006/10/10(火) 19:13:48
羽田首相

194 :天之御名無主:2006/10/10(火) 22:51:39
ここみんなむちゃくちゃなこと書いていますね〜
最初から秦大津父が「記紀」に書かれているとか、
ちょっと驚いてます。
なんというか古事記は継体天皇から推古天皇にかけては皇子皇女や后妃の事以外は
物語としては何も書かれていないんです。
秦大津父は継体の皇子の欽明天皇が探し出して寵臣とした、というのですが
そういうのは日本書紀のみが書いているのです。
日本書紀と古事記、風土記、新撰姓氏録の研究、あたりはちゃんと読んでください。

ところで秦の子孫で騒ぐんでしたら島津のお殿様なんかいかがです?

でもともかく多くの従者を引き連れてきたわけで、その従者も秦と言い出したら
おおよその日本人はどこかで秦の血が入っているでしょうね。
なぞの多いそれだけ魅力的な氏族です。

大和岩雄さんの『秦氏の研究』大和書房なぞ、なかなか面白いですよ。
本気で興味がある方にお薦めです。

195 :天之御名無主:2006/10/17(火) 21:39:42
羽田恵理香

196 :天之御名無主:2006/10/18(水) 02:32:39
185
シバいとけ!

197 :1/2:2006/11/24(金) 23:29:49
古代AD701年の大宝律令の制定によって日本の律令制が加速し
中央集権国家として官僚制による地方政治の統治が確立した
そして朝廷で官僚として政治を司っていたのは半島からの渡来人で
超ばっくり分けると百済系と新羅系の二大勢力
その二派がその時々の天皇を味方に引き込み、他方を排斥するということを繰り返してきた
わかりやすいのが平氏・藤氏=百済、源氏・橘氏=新羅

AD794年の平安遷都にて時の桓武天皇に取り入った百済系氏族が
それまで官僚として表舞台で政治を取り仕切ってきた新羅系氏族の多くを排斥し
政治の表舞台から追放しただけでなく尊卑の位の卑の地位に一部の新羅系氏族を落とした
そのときの卑の位が現在の被差別部落に繋がっているというのが有力な説
新羅系氏族は当時の科学芸術神事医学分野において世界トップレベルであったので
そのまま建設土木治水製鉄演芸生物解体などが被差別部落民の主な生業となった
卑の位に落とされなかった例でわかりやすいのは神事仏事を司る役職
卑の位とせずにそのまま新羅系氏族に引き継がせた

新羅系氏族で超一大勢力を誇っていたのが秦氏一族で
日本の神社の9割以上の神官宮司は今でも秦氏による世襲である
八幡神社、稲荷神社、白山神社などすべて秦氏のものであり
現在の皇室に関わる神宮の神官宮司なども秦氏系
学習院などの皇族系教育機関や皇宮警察などの長も秦氏系氏族の世襲が現代まで続いている
ちなみに仏教を日本に伝来させたのも秦氏で古代は神仏分け隔てがなかった

198 :2/2:2006/11/24(金) 23:30:32
関西において被差別民の多くが寺社の管理下に置かれていたのはそういう背景があったから

関東では穢多頭の弾左衛門の支配下で各地域ごとに非人頭をおいて被差別民を管理していた
弾左衛門は秦氏族であり白山神社を信仰していたのもそのせい

関東では非人頭を長吏と呼ぶが、関西では寺社の首長僧を長吏と呼ぶ
天台宗や真言宗の総本山の延暦寺、三井寺(園城寺)、高野山金剛峰寺などの首長僧も長吏
長吏の大元は中国の漢代における官吏の呼称で、官位の高い者のことを長吏と呼んだ

ちなみに秦氏は中国の秦の始皇帝氏族の末裔で
朝鮮半島を経由して倭(日本)に移動してきたという節が有力で
その大元はペルシャ系ユダヤ民族であると言われている
現在の秦氏は国家という枠から離れ
一族による秘密結社的なネットワークを形成しており
日本の政治経済と被差別部落という尊卑の世界を裏で支配しており
その利権を手中に収めることにより日本社会をコントロールしているという節が有る
世界経済を裏で操るロスチャイルド家の日本版ということ

間違っている点があったら指摘修正よろしくエロい人

199 :天之御名無主:2006/11/25(土) 00:13:27
羽田空港はその名からして秦氏が造った空港である可能性が高いと思われる

200 :天之御名無主:2006/11/25(土) 10:26:13
>>197
>>198
というより、まずソースを提示してくれ。

 よくまとまってるけど、これじゃあ日本にきた大陸系渡来人は百済・新羅人
しかいなかった事になる。
要するに、いつもの
「日本のものは全部朝鮮のもの!朝鮮民族が古代日本の中心だった!」
史観の1パターンでしかない。
当時の日本には高句麗人もいたし坂上田村麻呂の出身豪族だった、中国系の漢
氏もいた。
ペルシャ系なら秦氏よりも蘇我氏だろう。

秦氏が各地に建設した神社のスタイル、建造物の配置、祭礼の形式等がキリス
ト教やユダヤ教のものに似ている事から、日ユ同祖論とのつながりで秦氏のル
ーツ探しが話題になったが、ペルシャ系ユダヤ人と言うよりはユダヤ人原始キ
リスト教徒の方が近いのではないだろうか。


201 :天之御名無主:2006/11/25(土) 17:33:25
>>198
うちは秦氏だけどBは一族中が大嫌いで忌み嫌ってますよ


202 :天之御名無主:2006/12/02(土) 10:35:03
能登半島は越の国や山陰地方及び北九州と並び、古代大陸や朝鮮半島の先進文化を直接に吸収し、大陸や半島と同質の文化圏を形成していた地域である。
従って、当地方は渡来系といわれる人々が多く住み着いていた。
中でも新羅・加羅系の文化が栄え、渡来人の中では新羅系の秦氏が多かったようである。
神社については、能登半島の神社の八割が渡来系の神であるといわれている。
新羅神社に関係が深いといわれるのは田鶴浜町の白比古神社で、古くは新羅神社といわれていた。
中島町の久麻加夫都阿良加志比古神社も、新羅の天日槍と同一人物といわれている都怒我阿良斯等神を祭神としている新羅(加羅)系の神社である。

能登を含めた越前・越中の地方は古代、越(高志)の国といわれ、対馬海流を北西の季節風に乗り対岸の朝鮮半島から多くの渡来があった。
なお、当地方も越の国と同様に、弥生時代には水稲耕作と玉造りの兼業が行なわれていたようである。

能登半島の神社で有名なのは気多神社(羽咋市)、白比古神社(田鶴浜町)、久麻加夫都阿良加志比古神社(中島町)、更に渡来人の子孫といわれる秦澄の創建した白山比刀iしろやまひめ)神社である。
白比古神社と久麻加夫都神社の由緒は夫々新羅系と高句麗系といわれているが、現在に残る祭りの形態等から考えると、二社は共に新羅系の渡来人が祭った神社であると思う。

203 :天之御名無主:2006/12/02(土) 10:36:13
若狭地方は北九州・山陰・北陸などの地域と同様に日本海沿岸の古代日本の先進的地域であった。
若狭(ワカサ)の語源は、朝鮮語のワカソ(往き来)であるともいわれている。
弥生時代の水稲は朝鮮半島から直接に伝来したものであろう。
若狭地方は敦賀市から小浜市に渡る若狭湾に面した地方である。
湾内には敦賀半島、中外海半島、大島半島をはじめ数多くの入江や島が存在し、西隣は丹後国である。

当地方も新羅・加耶系氏族に係る伝承や伝説が多く、神社の祭祀氏族としては、秦(はた)氏(朝鮮語のパタは海の意で、渡来海人であろう)が圧倒的に多い。
秦氏については古代中国の秦氏の移民説や加羅氏族説など、異説が多い。
当地の神社で新羅神社と標記される神社は現存しないが、標記の方法を変えて新羅(しらぎ)信仰を今に伝えている神社がいくつか残っている。
敦賀市の「白城(しらぎ)神社」(所在地・白木)、「信露貴彦(しろきひこ)神社」(沓見(くつみ))、小浜市の「白石(しらいし)神社」(下根来(しもねごり))などである。
これらに加え「気比(けひ)神社」「角鹿神社」「須可麻(すがま)神社」なども新羅・加羅系の氏族が祖神を祭ったといわれている。
当地方は応神天皇や継体天皇とのつながりが強い地方であり、いわゆる古代三王朝の内、二王朝、即ち応神王朝(応神―武烈)・継体王朝(継体―現在)が、越前・若狭地方と関係している。
両王朝共に新羅・加羅等と係わりが深かったであろう。

継体天皇は近江で生まれたが、越前で育っており、越前・若狭・近江などを含んだ地域は一つの文化圏といえる。
この時代、敦賀と大和の間を結ぶ重要な交通路である琵琶湖西岸には三尾氏、東岸には息長氏が勢力をもっていた。

204 :天之御名無主:2006/12/02(土) 10:37:45
京都府には北部から南部まで新羅の神々が祭られている。
北部では丹後地方、南部は山城地方の宇治市である。
南部の京都盆地には「新羅牛頭(ごず)山に座す素盞鳴尊」を祀る八坂神社や新羅系渡来人秦氏とつながりの深い賀茂神社がある。
丹後地方は古来、大陸や半島との往来が頻繁にあり、弥生時代には王国があったといわれている。
特に弥栄(やさか)町の新羅明神(溝谷神社)は渡来の人々(特に新羅系、或いは秦氏系の氏族)が祭ったといわれる。
丹後地方は但馬の出石郡に隣接しているが、出石郡は地理的には丹後の一部であり、新羅の渡来人、天日槍(あめのひぼこ)と縁の深い土地である。
また、京都府の太秦や園部町から続く丹波地方も新羅系渡来人の痕跡が非常に濃い。

205 :天之御名無主:2006/12/02(土) 10:38:36
新潟県は弥生時代の古代から新羅(加羅)系氏族が勢力を持っていた。
越の国といわれ、中でも新潟県は越後と称された。

新羅明神を祭る神社は頸城(くびき)郡妙高村関山の関山神社である。
妙高村関山は、正式には新潟県頸城郡(久比岐)妙高村関山といい、長野県との県境に近い。
妙高山の麓にあり、妙高山やそれに連なる山岳地帯を流れる関川に沿った街である。

元々当地方を開拓したのは日本海を渡って移り住んだ朝鮮半島や中国大陸の人々であり、
新羅(加羅)系の人々が本格的開拓を行ない、従前の信仰の対象である妙高山や関川と共に祖神を祭ったのであろう。
従って、当地方の開拓神は恐らく素盞鳴尊であった。
つまり出雲族と同族である。

206 :天之御名無主:2006/12/02(土) 12:36:53
半島からの密入国者=渡来人
北朝鮮工作員=渡来人

207 :天之御名無主:2006/12/07(木) 07:53:24

912 名前:桃太郎 :2006/12/06(水) 23:51:12
いいよ〜、みのもんた〜
今夜の12チャンネルは意外によかったよ。特に秦河勝亡命の地、赤穂の
「大壁神社=ダビデ祖霊」は説得力があった。坂越面は、秦氏世阿弥でも有名だから
中世当時から中東渡来伝承は上流には知られていた。うつぼ船。
でも、いすらいの井戸の12石構造ははじめて知ったよ。12氏族というより、
エルサレム教団のイエス12使徒との関係じゃないかな。
すでに源氏物語に「昔はなにかのいわれがあったという広隆寺のいすらい井戸」
という逸話がでるほどに、秦氏と井戸は古来より深い関係。松尾の神。
日ユ同祖定番の葵祭りや祇園祭り伝説を紹介しなかったのは、時間が
なかったか、有名すぎるので省略したんだろうね。
秦氏ユダヤ文化伝承説の立場で、続編きぼんです。
スタッフは、おつかれさま。みのさん、朝からいつも見てますよ〜


208 :天之御名無主:2006/12/07(木) 07:57:17
末裔の皆さん、日本史板もよろしく、四国、吉備、宇佐方面の秦王国末裔が
集まります。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1157465721/l50#tag697
【シルクロード】日本人と謎の秦氏?【始皇帝】

1 :秦氏末裔 :2006/09/05(火) 23:15:21
全国の秦氏末裔よ、なにかとネタにされる秦氏だが、逆襲といこう。
秦人(騎馬遊牧北方系)は、西域〜中国西北部の土木・水利技術 集団?
秦造系氏族は始皇帝15世弓月王が率いる古代最大の大規模移民団?
吉備瀬戸の秦王国が応神大王と同盟して大和朝廷連合、大規模古墳時代が到来?
赤穂山城の秦氏太秦(族長)河勝が聖徳太子顧問として、17条憲法など律令税収にトライ?
正倉院、宮内庁雅楽に残るペルシャトルコ中東由来文化は、景教徒説秦氏の力技?


209 :桃太郎:2006/12/07(木) 08:29:48
>>194「大和岩雄 1993 秦氏の研究 大和書房」
国内でもっとも分厚く高額な研究書だが、総合的な構想力に欠ける。
それぞれの課題研究は、古い研究者各氏の自説紹介レベルで断片的。
ハダ・ハタ、の語源や随書の秦王国研究についても、吉備=葉田=応神・仁徳天皇の
外戚などのことは無視。ましてや吉備秦の紀元8年の王蒙の貸せん発掘など、古代華僑コロニー
の時代のハダ氏の記述はなし。つまりこの人は末裔や秦氏系神社によく取材していない。
加羅新羅系の7世紀以降の 新規渡来秦氏の祭司宗教関連の伝承研究の集約はよくされています。
(ただし、よくコピペされる江戸期の被差別頭弾左衛門のネタとかも誤解が多い)
吉備王(秦氏拠点)は、大和連合朝廷始祖の応神天皇に軍事同盟し、兄媛をいれ外戚として
半島南部諸国との同盟強化で、北九州、百済、新羅をけん制し、現在につながる天皇家強化に
協力しています。昨夜のみのもんた特番で話題になった弓月王の127県渡来伝承も、吉備秦では
いまも末裔に語り継がれる事実であり、神話ではない。華僑系コロニーの住民として大陸と
交易していた太秦グループの研究としては、リカバー率40%くらいかな。天皇制度確立に
17条憲法や12クラス制度で、蘇我氏ら在地豪族に対立しつつ、ユダヤ立法的な律令を求めた
建国の功臣、聖徳太子顧問=秦川勝の研究とかが弱いのも奇妙。

210 :きじ:2006/12/10(日) 12:38:00
雅楽のとうぎさんが
秦氏の末裔だと はじめって知ったよ
よく皇居で遊んでいると言っていたが
まじだったんだな

211 :天之御名無主:2006/12/13(水) 17:48:35
桃太郎さん 194です。
面白いご意見ありがとうございました。
実は一つ伺いたいのですが、大和岩雄さんの著作物のなかに
「最澄も秦」というのがあるのです。そこがいまひとつ私には分からないことなんです。
どういう根拠で秦というのか。裏づけが知りたい。
秦系の渡来人が多かった香春山と最澄の伝説があって、最澄と秦は何かしら繋がりはあるような気は確かにするのです。
また比叡山のあたりが新羅系だということも分かるのですが 新羅=秦とも言い切れないですし。
「最澄も秦」というなにかを知りたくて、と、ご本人に一度お手紙でもしてみようかと思いつつ10年は経つかな〜(笑)
桃太郎さんは何かご存知ですか?


212 :天之御名無主 :2006/12/13(水) 23:01:36
秦の河勝のやしは
川の堤防技術にすぐれていたんだろうなー
で、川に勝つで「かわかつ」かな?
ちん○の皮を、割礼したやしと言う意味じゃーないよなw
仏教では、そんな儀式はしない。

213 :月光仮面:2006/12/16(土) 12:35:14
基本的には馬韓月支国功満王の集団。カザフスタン・南露・東欧と移動したキプチャク・
クマンと同義で、アルタイクマン族であろうが、対日進出は燕人衛満の南下の頃から
始まり、前漢武帝の頃にはすでに出羽に達していたようだ。ユーラシアからアフリカを
席巻したフンの前身とでも言うべき存在であり、シュメール・インダス・夏・殷商文明を
生んだものであろう。カワカツとはコーカサスといって意味であろうか。ユダヤなども
秦集団の影響を受けている可能性がある。コーカサスには磐舟のあるアララト山と
バン湖があり、物部などの持つ磐舟神話はこれを伝承したものだろう。

214 :月光仮面:2006/12/16(土) 12:52:06
スサノオにより鹿・亀の背に乗ってヤカミから気多神社に案内されるケト人はクマンと
行動を共にするアファナシエフ・アンドローノボ文化系の鹿飼いであり、コーカソイド。
そして能登を越えると「なまはげ」、これは、鹿児島県甑島にも残るが、白馬を四隅突出
御柱型祭壇で田の神、大地の神に捧げ、首と生皮を葬儀などの儀式に使用するもの。
沖縄、青森、クラコフなどに春駒として儀式が残る。クラコフのはタタールが導入したもの。
ナマハゲの面はスイスにも入り、儀式自体はアメリカでクリスマスとして商業化されている。
クマンは臼のことをsokoといい、むぎこがし、うどんを好み、おわん、まげわっぱ等の白樺
の木工技術に長じ、岩手・黒石寺のようにコマギをばら撒いたり、餅投げのようにむぎ製品
をばら撒くと言う。人間のことをキジというが、木師とにており、吉備津彦のイヌ・サル・キジ
が狗奴国、猿田彦(土公)国、木師(越、出羽)のスキタイ連合軍によるウラ(山戎系か)との
第一次戦争であったのではないかと思われる。

215 :月光仮面:2006/12/16(土) 13:04:54
クマンというのは白鳥人という意味であるものの、熊の頭を顎のところで木に縛った
ものを上が二股になった柱の上に持たれかけるという。日本の本州浦日本側に
この白鳥伝説が広がっている。また、オオクニヌシが助けたウサギ(宇佐の人間かな)
の皮をはいだワニとは、和邇<ウワニ<烏丸ではないかと思う。琵琶湖の瀬田大橋の
近所に烏丸半島という地名があり、京都にも地名が残り、琵琶湖西岸には和邇川が
ある。彼らも生ハギ習慣を持っていたのだろう。

216 :月光仮面:2006/12/16(土) 13:27:57
岩手の黒石寺近辺は蛇紋石の産地であり、渡来系蝦夷と坂上田村麿の攻防は
蛇紋石資源をめぐるものとも考えられる。殷の時代にタリム盆地小河墓遺跡に
小麦文化と共に到来した小河墓遺跡文化集団は南方500kmの崑崙山から輸入
した蛇紋石を死装束に縫い付けている。小河墓遺跡の墓標には六角形のものが
多く、驚嘆すべきは木棺を初めとするで、木工技術の高さであり、この起源が非常に
大きな謎であったが北方のアルタイ文化から出たものと解釈するとつじつまが合う。
また崑崙山脈における蛇紋石採鉱、玉加工も遼河文明の方向から来たものと解釈
できるのではなかろうか。


217 :月光仮面:2006/12/16(土) 13:37:48
>>214
狗奴国とは古の高句麗、つまり、菊理媛の白山神社、飛騨、犬山方面にあった
イヌカイ、トルコカンガール犬などと同じ語源で現在にチベタンマスチフのような
狗(Hound)うぃ軍用犬のように駆使する部族でなかっただろうかと思う。日本では
いち早くイヌカイとなったが、フヨでは国名となったのであろう。

218 :月光仮面:2006/12/16(土) 14:36:00
>>214
カミヤライ、国譲り、天孫地祇等は歴史的事実ではなく、単なる出来合いの神話であった
可能瀬衛が強い。と言うのはアルタイ、クマン族の神話では:
「天界の王の弟、魔界・冥界の王エルリクは最初の全能のカム、すなわち、シャーマン
によって冥界に落とされるが、激戦があり、完全にエルリクを撃破することができな
かった。このため、人々は天界の王ウルゲンだけではなくエルリクにも又お供えをし
なくてはならないのである。」つまり、スサノオとか出雲をあいてとする戦争等はなか
ったのかも知れない。では倭人伝の狗奴国との戦争は魏から鏡を貰うための詐欺行為
だったのかと言うと・・・ムー、やはりなんかあったのかなー。

219 :月光仮面:2006/12/16(土) 14:59:08
大シャーマン・カメネクは天界の王ウルゲンの娘と地上に駆け落ち、ウルゲン第二の
世界のものと一緒になった娘に大いに怒り、3度彼女を蹴った。このため彼女の生んだ
子は長男がどもり、次男が巨人、三男がビッコであり、三男はウルゲンがクマン族に
偉大な鍛冶屋、シャーマンを生むようにした。・・・この話記紀にも一部あった記憶がある。

220 :月光仮面:2006/12/16(土) 15:22:26
エルリクというのはラップ神話にも出てくるという。↓
http://www.pandaemonium.net/menu/devil/Erlik.html
ロシアとフィンランドの国境付近のオネガ湖畔からはBC7千年紀から新石器時代
BC3千年紀の間、モンゴロイドとコーカソイド両方の墓が運営されてきたとのこと。
最近Y-HgのN型の研究でもこうしたことが裏付けられている。

221 :天之御名無主:2006/12/16(土) 19:46:54
秦礼子

222 :天之御名無主:2006/12/18(月) 05:45:26
秦河勝の末裔は奈良県田原本町です。
知り合いです。
歴史詳しくないのに来ちゃいました。

223 :天之御名無主:2006/12/18(月) 12:44:51
系図とか残っていたら凄いが・・。


224 :月光仮面:2006/12/18(月) 13:26:06
中国神話には神農、共工、蚩尤など牛頭であり、羌、姜などの西戎との関連の深そう
なものがあるが、失脚するものが多い。これはスサノオにも似ているが、その背景には
これら神話がもともとえらるアルタイのウルゲン・エルリクの天界・冥界の対立から出て
いるので、テクノクラートの神は失脚するしかないのかもしれない。話は変わるが銅鐸に
蚩尤のような神があるが、時代的に言ってアルタイの神ではないかと思われる。これを
兵主信仰にしてしまうのは山東半島から秦始皇帝時代に渤海湾を横断した方士徐福の
子孫ではないかと思う。


225 :月光仮面:2006/12/18(月) 13:33:59
「ウラル」アルタイのエルゲン・エルリクというのが間違って入力されていた。

226 :月光仮面:2006/12/20(水) 07:51:31
>>224
しかし、アルタイのウルゲンは鍛冶屋とシャーマンをもたら
したものであり、考古学的に新疆ウイグルに鉄器時代の到来
するのはBC10世紀頃の黒海スキタイ文化の普及と同じ頃のこ
とである。これは中原には及ばないようだが沿海州・北部
九州にはこの時代の鉄器の出土及び鉄器を使用したのではな
いかと見られる杭などの出土報告がある。この頃冥界神が必
要悪とでも言うように完全に抹殺されないのは地下資源を採
取するシャーマンが天界地上を支配するシャーマンに従属する
神話体系があったのではないかと考えられる。これは鉄器
時代以前、銅・青銅器時代からそういうことがあり、中国の
蚩尤・共工などは失脚するのであろう。


227 :天之御名無主:2006/12/24(日) 00:48:34
月光仮面ってヤシの話、ウザくて一人で盛り下げてる。

228 :天之御名無主:2006/12/24(日) 12:36:55
同感
月光仮面 正義の味方ならもう消えろ

229 :月光仮面:2006/12/24(日) 13:12:06
香具師の神は神農、山師の神は共工・蚩尤ではないかと言うことだが、ヤマシイことが
あるかな?

230 :月光仮面:2006/12/24(日) 13:25:02
クダラというのはギリシャ語のスクーター、弓を射るという意味の言葉がスキタイ
となったらしいんだが、月弓、月支、月氏、クダラ、月読命とは皆同じ意味となって
しまう。くだらないことではなくクダルことかもしれない。

231 :月光仮面:2006/12/24(日) 13:34:17
穴師の里に三輪そうめんを持ち込んだ香具師は薬も持ち込んだスクナヒコナ
ではなかろうか。

232 :月光仮面:2006/12/24(日) 14:39:38
中締めとして、三韓はスキタイが支配していた。ハタというのはスキタイの神官であり、
白い服(ハタ)を着ていた。軍事担当にはサカ族(大避、大酒、坂上、佐伯等に残る)、
貿易鍛冶担当がアラン族であり、裏日本・西九州とは弥生時代から通商関係があった。
有馬の殿様とはアーリア族であった・・・これはあまりにも遠いか。しかし、穴師と安羅
任那は相当近いだろう。


233 :月光仮面:2006/12/24(日) 14:55:26
しかし、スキタイに混じってユダヤ系のようなのがいるようだ。
「欽明 六月
百済の使、久貴・馬次文が帰国することになり、
倭王は阿賢移那斯、佐魯麻都等が勝手に高句麗と通じていたことについて
仔細を捜査、追求する人材を送ることと、」
http://homepage1.nifty.com/moritaya/mimana2.html
阿賢移那斯・・・これはなんだかユダヤ系の気がするんだが、
佐魯麻都・・・これはスキタイのサルマートではないか。


234 :月光仮面:2006/12/24(日) 15:08:03
スキタイにはクダル、シロキ、ロクサラン、サラパル等もいる。シロキなどは直に日本に
入ってきたのかもしれない。

235 :天之御名無主:2006/12/24(日) 19:45:25
月光仮面、遠慮せずに続けろ

半分くらいは使える。

236 :月光仮面:2006/12/25(月) 07:45:42
言語的に日本、朝鮮の場合はインドにアーリア語が入る前のドラビダ乃至タミール語
が入る状態と似て、同じ膠着語のアルタイ語が入り、印欧系はアルタイ系の匈奴に
よって三韓において流入が阻止され、遺伝子的にも消滅乃至は追い返されたのでは
ないだろうか。しかし、新羅に残る古墳、装飾品は紛れもなくスキタイのものであるし、
推古・斎明時代のトカラ人の来朝などではコーカソイドの入ってきたことがわかる。
神話では初めにイザナギ・イザナミ型(2神)からスキタイ構造というか3貴神に移行し
ている。そして月読命、スサノオが失脚し、アマテラスの一神教改革的な形をとる。
これは天地型の方形周溝墓、四隅突出墳丘墓、楯築中円双方墳、前方後円墳などに
対応する。

237 :月光仮面:2006/12/25(月) 07:59:47
皇室は男系でなくてはならないという制度はユダヤのラビなどの制度であるが、
こうしたものが確立する時代に記紀がユダヤ・キリスト教的内容によってまとめ
あげられたのだろう。しかし、朝廷がこうした皇室典範のような制度を取り入れた
ということとユダヤ人が皇室の祖であるとするのは全く話が違うと思うが。

238 :月光仮面:2006/12/25(月) 08:16:21
最初にアルタイ語が入った時は明石屋サンマが北朝鮮のテレビキャスター
をやらされるような抵抗があったんじゃないかと思うんだがなー。

239 :天之御名無主:2006/12/25(月) 10:39:20
煽るから またいい気になって 始めたじゃないか
もう いいから 黙れ

240 :天之御名無主:2006/12/25(月) 11:49:33
皇室は男系でなくてはならないというのは明治になってからできたんじゃ
常識だけどな〜


241 :天之御名無主:2006/12/25(月) 15:06:50
法的に定めたのが明治であって、
文書化しなくでも口伝奥義として伝わってきた。>男系。

女性天皇と女系天皇は違う・・という事すら今の人たちはわかってない。
それなのに一端の顔をして、あーだこうだという。
無知の状態に人を置いて、その場の雰囲気で投票させ
多数決です、ハイ決まりましたでは、奥義も伝統もあったものではない。

242 :天之御名無主:2006/12/25(月) 21:00:25
そうね 孝謙称徳天皇以来、たしかに暗黙の、という意味では



243 :天之御名無主:2006/12/25(月) 21:01:06
そうね 孝謙称徳天皇以来、たしかに暗黙の、という意味では



244 :天之御名無主:2006/12/26(火) 23:28:31
親戚は技術者多し、先生も多い
先祖は商人系
親は近江と伊賀
頭は天然パーマ
顔は外人顔
ウィトゲンシュタイン(ユダヤ人)が最大の感心事
異質なものになぜか惹かれる。
よく子供のとき鳥の絵を書いていた(鳥葬を連想)
そういえば親戚の家が十字紋(島津との繋がり)

245 :天之御名無主:2006/12/28(木) 03:24:44
得意分野は祭祀と軍事と薬学じゃなかったっけ

246 :天之御名無主:2006/12/30(土) 19:07:39
俺秦氏の子孫だよ。母方だけど。母方の親戚みんな濃い顔してるよ。
シルベスタースタローンみたいなのとか、若い頃のチャップリン(素顔)
みたいのとか。
俺も大学生の頃は塾の生徒(小学生)達に「アメリカ人」とか言われてた。

俺の親戚の多い特徴といえば トイレ。
ウンコのときはオシッコが出ないというヨーロッパ的特長。

俺は違うけどね

247 :天之御名無主:2006/12/30(土) 19:26:52
バカだね、それ迷信だよ。↑
うんことおしっこは同時にでるよ
ヨーロッパ人もスカトロポルノみてしった。

248 :天之御名無主:2006/12/31(日) 13:23:12
1.いまのイスラエル人、ユダヤ人 外人系のかお。
2.で、秦氏、ユダヤ人かも。??
3.だから秦氏の顔、外人臭い・・という連想止めれ。

イスラエルが認定した、ヤウマトウのマナセ族の顔みろ。
全くの弥生顔。

秦氏も騎馬民族のモンコロイドらと混血して外人系の顔には
なってないと思うぞ。似ていて縄文顔。

249 :天之御名無主:2006/12/31(日) 23:58:04
http://inri.client.jp/hexagon/img/jjmark.gif
↑これがユダヤの家紋ですか?西武もユダヤ系なんですよね?近江はチョンの国という説がありますが、これはアルタイ系と混血をした結果、ということですか?

250 :天之御名無主:2007/01/01(月) 11:46:48
正確には古代イスラエルの各民族のマークだな。
んで、そのマークの分類がちょっと違う。


当初子宝に恵まれなかったアブラハムだが、エジプト人の女性ハガルとのあいだに
イシュマエルが生まれ、これがアラブ人の祖先となった。その後正妻のサラからイサクが
生まれアブラハムはこれを後継者と認め祝福した。そのイサクは双子をもうけ兄をエサウ、
弟をヤコブと言う。ヤコブは後に神と格闘して負けなかったので祝福を与えられ
「イスラエル(神に勝つもの)」と名乗る事を許される。ここからがユダヤ人
(イスラエル人)となる。

その子孫が12人いて各支族の長となる。聖書によると

1.ルペン  2.シメオン  3.レビ   4.ユダ   5.ダン   6.ナフタリ
7.ガド   8.アシェル  9.イッカサル10.ゼブルン11.ヨセフ 12.ベニヤミン

となっているが、一般的に3.レビは祭儀専門支族で別格とし、11のヨセフの息子11−1.
エフライム、11−2.マナセが独立させた支族を指し含みて「12支族」として扱うのが
通例である。(「聖書」はエフライムの言葉を使うのを避けるために敢えて違う分類法を
採ったとされる。エフライムは北系10氏族の中で一番の力を持ち「北」の象徴的存在の
部族であったが、それは偶像崇拝している北の背教の象徴でもあると「南」はみていた。
自らが正統ユダヤであるとする「南」は、聖書に背教を象徴する部族の名前を入れたくないと
いう意思から、このような処置をしたものとされている)



251 :天之御名無主:2007/01/07(日) 09:17:32
普通に機織り氏族と思われ・・・・

252 :天之御名無主:2007/01/07(日) 13:03:41
只の天皇家だよ

253 :天之御名無主:2007/01/07(日) 14:37:17
秦氏の得意技は「土木」

繊維産業ではないことは
本流の考古学会でも
だんだん見直されている事。

天皇家は十支族。
秦氏は2支族。

254 :天之御名無主:2007/01/07(日) 18:14:30
芸人に波田陽区っているだろ?正月の特番にこの人の兄貴が映ってたんだが、
兄弟ともに顔が長くて鼻が大きくて・・・
正直、日本人には珍しい顔付き
秦氏と関係あんのかな(w


255 :天之御名無主:2007/01/07(日) 22:23:37
商業経営も得意でそ
近江商人あれ秦氏ね
あと芸能もね
それから宮内庁と警視庁は秦氏の縄張りね

256 :天之御名無主:2007/01/07(日) 22:50:32
>>254
日本人のほとんどは秦氏の血をくぐっていますよ
秦氏だらけです

257 :天之御名無主:2007/01/08(月) 18:28:25
煮詰まってる○スレ

258 :天之御名無主:2007/01/08(月) 22:06:25
>>254天皇系の顔だな。
ちなみに彼は山口県出身

259 :天之御名無主:2007/01/10(水) 15:15:44
>>253
土木の目立った業績は葛野大堰ぐらい。
だから土木は葛野の秦氏(秦氏の中心)がやった程度。
秦氏全体の得意技が土木なら日本全土で大活躍してるわ。アフォくさい。

260 :天之御名無主:2007/01/11(木) 13:13:11
>>259
日本全土で大活躍してますがww
秦氏の作った何の変哲もない溜池とか解体して
現代の建築家が舌を巻いてるよ。

逆に繊維は漢氏とかが専門とか言われてるんだよ。

261 :天之御名無主:2007/01/11(木) 23:06:20
>>260
そうだったのか知らなかった。
ぜひ文献・資料を紹介してください。

262 :天之御名無主:2007/01/12(金) 13:26:58
>>261
何年か前の京都新聞文化欄
漢氏は何かの本。

スマン詳細は手元に無い。
新しく刊行された個体資本なら書いてあると思う。

263 :天之御名無主:2007/01/15(月) 00:50:04
>>255
宮内庁と警視庁は秦氏の縄張りってどういうこと?詳しく知りたい。

264 :天之御名無主:2007/01/15(月) 08:16:09
秦氏状
ジャイアンへ

放課後体育館の裏へ来い!

    のび太

265 :天之御名無主:2007/01/15(月) 13:33:07
>>263

おれは255ではないけど、秦氏は大酒神社祭っているので
解るように十支族ではないから。

宮内庁はレビだから、両方に寛容されている。

警察はしらない。ユダヤ人なら何族なのよ。

266 :天之御名無主:2007/01/16(火) 01:23:26
う〜ん。皇族ですら自分達に出自がよくわかってないのに、秦氏が渡来人で、
もとは朝鮮半島にいて、そのまえはユダヤで、日本の神社の神主系列で、
土木技術で日本を席巻し、各地に地名を残し、今でも○○という苗字は秦氏の子孫...
なわけないよんぁ。
秦の国王の子孫だと言い張る大規模な集団が、ある程度の土木技術を持って京都の一部に住んでいた。
今は同化してどうなったか変わらないが京都とそのほか一部に地名としてのこっている。
ぐらいしか分からないだろう。
近江商人が渡来系なんて思っている人は日本人のごく一部。
大阪には数十万人の韓国・北朝鮮国籍がいるが、通名で暮らしているから、
戸籍を見ないと分からない。戸籍がなければあっというまに同化しているでしょう。
人間は物忘れが激しいので、自分の祖先の事、他人の祖先の事などすぐ忘れる。
血族なんてほとんど妄想です。
秦氏なんて、すぐに他の氏族と混じって、わけわからんことになっているでしょう。

267 :天之御名無主:2007/01/16(火) 13:48:27
>>266
皇室の出自がわかってないというのは嘘。
皇室に苗字がないというのとおなじ。あえて言わないだけ。
何故言わないのかという説明をしなくてはならないから
「ない」とされているだけ。

秦の国王の子孫と言うのは、ただの箔付け。当時のほか豪族もやっている。

当時の渡来人と今の外国人を並べる事自体がおかしい。
何故帰化人と呼ばずに渡来人というか調べてみろ。
当時の外国人の立場を勉強するべき。

自分の血族祖先を忘れるのは、一般人には関係ない情報になってしまっているから。
しかし、例えは現政権の要職や、大企業の幹部の血筋を調べるだけで「ええーっ」となるぞ。
大企業といっても成金は関係ないからな。間違えるなよ。

支配する側と、される側は、はっきりと別れている。
ただし一発屋はちがうから間違えるな。


昔は、いわゆるその成金や一発屋を許さない体勢だったが
今は許容されている。それだけだ。それが日本の
民主社会主義といわれる所以だ。

268 :天之御名無主:2007/01/17(水) 04:37:57
その通りだな


269 :天之御名無主:2007/01/18(木) 18:37:36
系譜は調べられても血筋は調べられん


270 :天之御名無主:2007/01/19(金) 00:37:56
>>266←バカ?( ´,_ゝ`)プッ

271 :天之御名無主:2007/01/21(日) 01:34:38
>>246
昔ヤクルトに秦真司という選手がいたのだが典型的な日本人の顔をしていたよ。
どう見てもスタローンやチャップリンの若い頃には見えない。

272 :天之御名無主:2007/01/21(日) 08:53:09
そりゃ、どの秦氏も同じ混血度なわけじゃないからあたりまえ。

田舎に住んでって関係者ばかりと結婚してれば特徴は残るし、
都会に住んであれこれやってれば名字だけが残る。

273 :天之御名無主:2007/02/03(土) 12:35:32
愛知川周辺

274 :天之御名無主:2007/02/10(土) 18:01:04
えちがわ?

275 :天之御名無主:2007/02/17(土) 23:27:11
天皇家の姓は「姫」氏という説がある件
よみかたは「き」

276 :天之御名無主:2007/02/17(土) 23:36:26
坂上田村麻呂

277 :天之御名無主:2007/02/18(日) 08:43:43
>>272
たとえば特徴ってどんなの?

278 :天之御名無主:2007/02/18(日) 23:06:55
>>275
周の姫昌の姫?

279 :天之御名無主:2007/02/19(月) 01:00:51
>>275
そそ。姫
平安時代に歌会だか勉強会だかで天皇さん自ら言ったんだっけ

280 :天之御名無主:2007/02/19(月) 01:13:33
>>278
姫昌の伯父、太伯の子孫説はあるよ。

邪馬台国に魏使が来たとき、ルーツをそう説明して、それなりに
納得(刺青などが理由、姫氏国と呼ぶ習慣もそう)された。

太伯は呉に行った、日本の水稲のDNAを調べると中国江南産、
天皇家の先祖が船で稲穂を持ってきたことになってるなど
状況は一応つじつまがあっている。

あと、平安時代くらいの日本書紀の注釈本に
Q.天皇家の氏姓が姫と言われることがあるけどどうして?
A.ぶちゃけ分からんけど、女神が先祖だからかもねー。
みたいな注釈がある。

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