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♂♀  生 贄  ♂♀

1 :天之御名無主:01/11/21 13:35
日本にも「生贄」って風習あったの?
いつごろまであったの?

2 :天之御名無主:01/11/21 19:31
姥捨てとはまた違うよね。
どうだろ?あったのかな?
秘祭は結構ありそうだけどね。
生贄までは・・・。
縄文以前ならありそう。

3 :天之御名無主:01/11/21 20:09
人柱の伝承とかあるじゃない。
事実が伝承化した場合は、
生け贄の一種と言えると思うけど。

4 :天之御名無主:01/11/21 21:44
日本でも遠洋航海のとき「持衰」という者を船に乗せて、
海が荒れると海神への捧げものとして海に放り込んでいた。
藤原純友の時代にはまだあったらしい。

5 :天之御名無主:01/11/21 22:38
持衰の事詳しく知りたいんだけど、魏志倭人伝以外になにか記述残ってますか?

6 :天之御名無主:01/11/21 23:40
興味津々

7 :天之御名無主:01/11/21 23:43
兵庫県のある村では、雨乞いの儀式で馬の生首を淵に放り込んでいたらしい。

8 :gab:01/11/21 23:51
即身仏とかが結構いるんじゃないかな?
悪いことは人のせい・・・やっぱこれかな
世界の大勢のように神が「俺がやった」とかないからね
ま、今でもレール&ダイ仏 とかいるけど

9 :天之御名無主:01/11/22 00:03
即身仏も生贄になるのかな?
この場合
大多数を救うがために
少数の身代わりを出す生贄のことでしょう。
僧侶が世の中を救うために自らミイラになるってのも
おんなじ意味ではあるが..>

10 :gab:01/11/22 00:09
カップ僧だろ

11 :ヒロヒトラー天皇:01/11/22 00:14
関西人は現代の生贄・・・二ヤリ。

12 :gab:01/11/22 00:26
ヒロトラー・・・???・・天皇・・???
Jap天皇には一族郎党解雇を代理人に申し渡したんだが・・・
あー 条件付だったな 相変わらずトンでも条件だけど・・・

13 :天之御名無主:01/11/22 00:37
「日本においては人柱は存在しなかった」というのが民俗学における定説です。
(「民俗学事典」を参照のこと)

14 :天之御名無主:01/11/22 00:39
んじゃ日本には生贄は存在しなかったってこと?

15 :gab:01/11/22 01:07
だから 即席だってーの
ミイラも即席なら坊主も即席
民俗と仏教とか宗教は別系統
民俗の記録に宗教はでてこないでしょ
民俗でミイラ作っても即座に宗教板に転送
いやー JAP的な死捨て無ザンスネー

16 :天之御名無主:01/11/22 01:15
生贄って言うからには
十代の処女でなくてはならぬ!!

17 :gab:01/11/22 01:24
生の幸せの丸い貝かー・・・・
どの貝が一番似てるかなー
色は別として形態的には煮た牡蠣かなー・・・・・

18 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:01/11/22 01:24
 いけねぇーよ・・・

19 :天之御名無主:01/11/22 01:32
インドネシアの地鎮祭では今でもブタや鳥などの命を捧げます。

20 :gab:01/11/22 01:38
レール&ダイヴの連中も普通はただの自殺者だが・・・
J&アールあたりで即身仏化されてんのかなー

21 :天之御名無主:01/11/22 02:19
マジレス欲しい

22 :kapa:01/11/22 02:28
実は・・・いま・・とても重い病で・・・・
食事はのどを通らないし・・一人ラマダン・・・ウソ
マジで故意の病レス・・・
このままいけば即神仏や聖人は間違いなし・・・

23 :日本@名無史さん:01/11/22 02:30
議論済みれす。過去ログあたりましょう。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/min/997027668/

24 :天之御名無主:01/11/22 02:31
>22
くだんねーから心おきなく逝ってくれ!

25 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:01/11/22 03:11
 ひとを箸にはかけぬ神門こそをんとしる。

26 :天之御名無主:01/11/22 09:38
仁徳天皇が堤防をつくったとき、川に人柱として二人の男を
放り込んで、一人は死んだけどもう一人はヒョウタンをもってたおかげで
助かった話が日本書紀に載ってます。

27 :天之御名無主:01/11/22 14:45
23で「人柱」は議論済みのことはわかった。
ただしかーし・・・
「生贄」には19のように人間以外の動物も含まれるよな。
幅広い議論もっとぎぼんぬ!

28 :天之御名無主:01/11/22 15:15
てか 19の話は事実か?
インドネシアで「地鎮祭」て??(笑)
バリに何度も行ってるが見たことないぞ!(本土じゃなくてスマソ!!)

29 :19:01/11/22 16:10
「日本における肉食文化」スレに続いてこのスレがあるとタイトル並んできしょいからアゲ!(w

>>28
マジれす。
10年ほど前の話ですが、行政の企画で
インドネシアの「トアルコトラジャ」と言う民俗伝統的?高床式家屋を復元建立する仕事をしました。
その時にボルネオのそれもかなり奥地の職人さんと現地資材(竹材等)を
そのまま取り寄せて全て彼等の手により復元したのですが
日本で言う地鎮祭的な儀式がやはり彼等にもあって、
その時に「生きたブタと鶏を用意してくれ!」と。
それらの首を刎ね、地面に血を撒いて清め、
更に関係者全員が血を飲み無事故を願わなければならぬ!と。
そのまんま行政側に掛け合いましたが保健所の関係も含めムリだとのお達し。
しょうがないので朝一番に処分された各々の鮮血のみ
トサツ場からビニール袋に入れて入手。
その血を撒き、そして私も飲むフリだけしました。無事に無事故にて完成しました。
長文ごめんなさい。

30 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:01/11/22 16:22
 あるいみにてはそこまでともも・・・直、このくになかの「やくたち」たちには味あわ背てあげたいもも・・・

31 :天之御名無主:01/11/22 17:31
人柱より生贄の方が守備範囲広いけどな。
しかしこれをやると風紀にチェックされるという諸刃の剣。素人にはお勧めできない。
まあ>>1、お前は、銀色でもやってなさいってこった。

32 :天之御名無主:01/11/22 18:09
まーったく、ここには一体何人エロゲマニアがいるんだ?(^^;

確かに面白そうなトピックではあるよね。
あんまりスレが分かれるのはどうかと思うけど・・・。

33 :天之御名無主:01/11/22 21:04
生贄に捧げる動物は、ちょっとでも傷がついたらダメだったらしい。
埴輪の馬が去勢されてないのもそのせい。

34 :天之御名無主:01/11/22 23:15
それで処女なのか

35 :天之御名無主:01/11/23 00:27
1で〜す!
グロや煽りのレスも少なく皆さんのタメになるカキコ、
大感謝です。
特に持衰、仁徳天皇、インドネシア地鎮祭の話等々、感激の極みです。
もっとマジレスでお願いします。
ただし31さんご指摘のとおり風紀に関わるグロいのとかはご遠慮を。
勝手言ってスマソ!!

36 :天之御名無主:01/11/23 00:32
でも、考えてみたら持衰は生贄とはちょっと違うよね?
航海が無事に済んだら、ご褒美もらえるんじゃなかったっけ?

37 :天之御名無主:01/11/23 01:10
「日本における肉食文化」スレに続いてこのスレがあるとタイトル並んできしょいからアゲ!(w  ←2度目

38 :天之御名無主:01/11/23 02:05
お備えでよくある「尾頭付きの鯛」も活魚だったら生贄だわな。

39 :天之御名無主:01/11/23 02:15
そう言われてみれば、ごちそうのことを贄って言わない?
金沢あたり。

40 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:01/11/23 02:43
 なるほど、うーん。因に、狂った呪いなんかは馬はしない世な。海がハーラーの神さんのそのおやごころからすればけして人身御供だけはいみのうむに関はりなくいらんそうだ。

41 :天之御名無主:01/11/23 03:09
↑訳してくれ!

42 :>39 大辞林見てみた:01/11/23 05:42
にえ にへ 【▼贄/▽牲】
(1)神仏・朝廷へ捧げる供物。特に初物の食べ物や諸国の特産物。貢ぎ物。
「塩と―とは、また郷土(くに)の出す所に随へ/日本書紀(孝徳訓)」
(2)贈り物。進物。
「伊予の最手(ほて)―奉る/宇津保(初秋)」
(3)犠牲。いけにえ。
「弾圧の―となる」

ごちそうとは微妙に違うけど、(1)や(2)は確かに普段食べるものより
ランクが上っぽい気がする。

43 :天之御名無主:01/11/23 05:52
>>42

>>にえ にへ 【▼贄/▽牲】
「牲」の字なんか まさに..って感じだねぇ

44 :天之御名無主:01/11/23 06:51
みんな知っていうとは思うけど・・・
この前京都の貴船神社にいったら馬の銅像があって絵馬の由来が書いてありました。
もともとは生きた馬に願をかけて神様に捧げてたとの事、やがてそれが絵馬になったとか・・・
これもやっぱり生贄でしょうか?なんとなく馬が生贄なのが日本人ぽくないな〜と違和感を感じていたのですが・・
神道って時々ミステリアス・・

45 :天之御名無主:01/11/23 10:12
>44
古墳で埴輪にかたどられてる動物は、ほとんどが生贄にされたもの
らしいです。
多いのは馬・猪・鶏など。

46 :天之御名無主:01/11/23 14:11
>>41
なるほど、有意義な議論が続いていますね。
ちなみに、生贄に捧げられた馬が祟ることはないように思います。
神様の心からすれば、人身御供だけは意味の有無に関わらずいらないそうです。

---
俺は異議ありだな。
人身御供は生きたまま神に捧げられる人のことで必ずしも命を奪われない。
むしろ神の嫁。
人間が差し出さなくなっただけで、神は殺されるまで欲していたよ。

47 :gak:01/11/23 15:05
JAP天皇のとこで
殺したものへ絶対触らずに捧げる儀式があったような・・
殺された神は誰?

48 :天之御名無主:01/11/23 16:32
昔話とかで、若い娘が竜神とか河童とかの嫁さんになるなんてのは、
あれは何だろ。元ネタになるような事実があったのかな?

49 :天之御名無主:01/11/23 21:07
元ネタとなる事実は放浪民との婚姻じゃなかろうか。

50 :天之御名無主:01/11/23 22:20
不条理な水死・行方不明を合理化したとも考えれる。

51 :天之御名無主:01/11/24 17:12
>>50
なるほど。有り得るね!

52 :天之御名無主:01/11/24 19:57
何かを祈願する時に差し出してこその生贄だと思ふぞよ

53 :天之御名無主:01/11/24 20:42
「何かを祈願する」
このプロセスは確かに重要ですな!

54 :天之御名無主:01/11/25 00:32
昔、鳥取城だったと思うが、石垣が崩れた時人身御供になったと思われる
人骨が発見されたと言う事件の記憶がある。

55 :天之御名無主:01/11/25 18:02
>>54
詳細希望

56 :倭人:01/11/25 18:57
贄と言う知名が三重県南部にあります。
伊勢神宮へ鮑・海老などを奉納することを続けていたようです。 
場所は度会(読めますね!)郡にあってもちろん度会神道より先に有った名前です。
神道の贄らしく当然生きたままで血が出ていなく傷が無いものを選んでいたようです
 一般的な生贄のイメージとは全く違う感じですよ
貝・海老類は切っても血が見えないから神道にはぴったりなんでしょう!
  

57 :天之御名無主:01/11/25 19:39
いまだにあるよ。
交通事故死が無いと、ガ−ドレ−ルとか信号は出来ない。
痴漢の被害が無いと、街灯が出来ない。

58 :天之御名無主:01/11/25 19:40
 オニギリデシ
        /■\ オムスビデシ
   /■\  (,,・∇・)
  (,,・Д・) 〜|っ●o
〜(,,u▲)   uu

59 :天之御名無主:01/11/25 22:01
>54
関係ないけど、ハンガリーにも城を建てる際その基礎に人間を
生きたまま埋める習慣があったらしい。

60 :天之御名無主:01/11/26 15:01
もっと知りたいage

61 :天之御名無主:01/11/26 16:39
読んでないけど、「怪異の民俗学」シリーズに「生贄」ってのがあったな。

62 :天之御名無主:01/11/26 20:30
なんか日本の場合人間を海や川に放り込む、あるいは生き埋めにする
のがほとんどで、外国みたいに家畜を屠るようなやりかたとか、
生きたまま火の中に投げ込む、なんてやり方はないね。

63 :天之御名無主:01/11/26 23:47
>>52-53
祭祀だけしている女性を食わせておけるほど生産力に余裕がないので、
巫女は湖畔で機織りなどするのが仕事であった。
増水などで水に飲まれると、村人は巫女が水神に召されたと考えた。
そんな説があったと思う。
つまり、>>50-51で説明する場合、祈願は常になされていると解釈するのでは。

俺は>>49だけどこのスレとはちょっとズレてる感じがするから主張しないことにする。
すまんね。

64 :自転車小僧:01/11/27 00:18
親戚に神主がいるが、神道の葬式では白い布で光をさえぎった部屋で神下ろしの
儀式をする。その時には上にもあるように活きた鯛もしくは鯉を包丁で捌いて神
への供え物にする。包丁式と言う儀式が今も古い神社に伝わっている。

それから、海難事故を避けるために昔は必ず身障者、特に精神障害者を船に乗せ
ておき、海が荒れると海神への捧げ物としたそうだ。そしてその捧げものとなっ
た者のいる家系は代代エビス(戎、夷、胡、恵比寿、蛭子)という姓を名乗った
と言う話を聞いたことがある。確か遣唐使も海神に生贄を捧げて嵐を静めようと
したと言うのをどこかで読んだ覚えがある。

65 :天之御名無主:01/11/27 14:27
>>64
包丁式の話はなんとなく知っていたが、エビスさんの話は初耳でした。
蛭子能収先生を思い浮かべると、あの容貌、作品の風味、競艇狂い等々、
なんだかすごく繋がりがあるような気がします。。。。。
蛭子先生、スマソ!!

66 :天之御名無主:01/11/27 15:54
インドネシアはわかったとして今でも東南アジアなどでは生贄があめのか?

67 :天之御名無主:01/11/27 17:12
「日本における肉食文化」スレに続いてこのスレがあるとタイトル並んできしょいからアゲ!(w←3度目

68 :天之御名無主:01/11/28 11:59
「生贄」だったのね・・・
「生簀」(いけす)かと思って飛び込んじゃったら
とんだスレ違いでした。。
すまん。

69 :天之御名無主:01/11/29 14:25
蛭子さんは長崎出身だったよね。ありうるね

70 :天之御名無主:01/11/29 16:40
一つ目小僧とゆうのもわざと目を突いて神社に奉納(無論願い事)した
名残りだとか、ずーーと昔民俗学誌で読んだような。

71 :天之御名無主:01/11/29 20:18
人間を生き埋めにする代わりに、その人の影を埋めるというやり方も
あったらしい。
影を埋められた人間はしばらくして死んだとか。

72 :天之御名無主:01/11/29 21:46
物部守屋の息子だか甥だかの名前が「贄子(にえこ)」だったような記憶が。
どんな意図でつけた名前なんだろ。

73 :天之御名無主:01/12/01 13:56
>>71
そるは恨みを晴らす「呪術」であって生贄ではないのでは?

74 :天之御名無主:01/12/01 19:11
>>72
物部贄子は守屋の弟だったと思います。石上神宮を預かっていたんだったと思いましたが。
「にえこ」の「贄」に字は音韻表記のみで、「贄」の意味じゃないんじゃないですか。
まあ本当の意味はしりませんけど。

75 :天之御名無主:01/12/01 20:49
 以前、北陸を旅行した時に戦国時代の柴田勝家の息子(甥?)がお城を
 建てた時に人柱を募集したそうです、それに幼い子供(♂)を持つ女性
 が「この子が成人したらお侍さんにしてもらえるなら」と条件付で
 人柱になったと言う話を現地の方から聞きました。

76 :天之御名無主:01/12/02 00:27
「人柱」と「生け贄」はベツモノです。

77 :天之御名無主:01/12/02 00:55
>>76
どこがどう違うと考えられるのか、
なぜそのような区別をした方がよいのか、
などの解説をお願いしたいと思います。

78 :天之御名無主:01/12/02 01:18
人柱 土木工事にあたって基礎に突き込める人間
生贄 神に捧げる生物

民俗学的に考えられる云々以前に日本語として違う。
人柱は生贄に含まれますが。

79 :自転車小僧:01/12/02 01:25
>65,69
個人的な問題に触れるので余り言いたくなかったが、かの漫画家先生はその家系です。
彼自身がどこかで書いた雑文にそのことが載っていました。
また、私の友人に平戸出身の霊媒師がいますが、長崎辺りではやはりそのような信仰
は根強いそうです。

80 :天之御名無主:01/12/03 17:48

とうとう霊媒にまで話がいっちゃったYo!

81 :天之御名無主:01/12/04 23:21
災いを一身に背負わせて川に流す「形代」。
これも生贄の代用かな?

82 :天之御名無主:01/12/04 23:59
>>81
違う。
「形代」は媒体。

83 :自転車小僧:01/12/07 22:55
>80
私も一緒に遊んでいて、実家は何してる?と聞いて霊媒師と答えられた時は目が点に
なりました。(藁

84 :天之御名無主:01/12/10 13:02
>79、83
長崎や佐賀の西部あたりは、今でも多いみたいですね。
隠れキリシタンの里、大村市にしばらく滞在したことあったけど、
でかい神殿のような建物が多く、
それらすべてが新興宗教の総本山だったりしてビックリしました。

85 :天之御名無主:01/12/14 19:10
新興宗教では今でも生贄とかありそうだな・・・・・・

86 :>85:01/12/14 22:07
教祖様が若い女の生贄をいただく
どの教祖も同じだ。

87 :天之御名無主:01/12/16 08:03
>79
どこかで根本敬が蛭子さんに係わった人は不条理な死に方をするということを
書いていたのだが。
何か負の力を発生させているのだろうか。

88 :天之御名無主:01/12/18 15:33
>>87
蛭子さんの奥さんは早く逝きすぎたのかもしれんが、
あれだけ旦那と仲良い生活をマットウしたのだから幸せだったんじゃない?

89 :天之御名無主:01/12/20 14:01
あげ

90 :天之御名無主:02/01/04 17:28
興味あり。あげ

91 :天之御名無主:02/01/04 21:34
 蛭子さん、実家漁師のはずだよ。

92 :あびき:02/01/08 00:08
「雉も鳴かずば」の話とか。
あと諸星大二郎のマンガ「召命」がな。

93 :天之御名無主:02/01/08 00:59
生贄に動物ささげるのもアリですか?アイヌの熊送り、イオマンテありますね。小熊を殺して魂を神の国に使いとして送るやつ。
ギリヤーク、オロッコ、アメリカインディアンにも同様の儀式があったようですし、東北にもあったかと聞きました。
インカの生け贄なども、そのココロは意外と同じではないかと想像しています。(人を殺して魂を使いとして神の国へ送る)

94 :天之御名無主:02/01/08 02:05
マヤ、インカの生贄は
太陽を長生きさせるための食糧って感じ

95 :天之御名無主:02/01/10 14:04
>93
えらい!勉強になった!

96 :天之御名無主:02/01/10 22:52
>93に関連
昔読んだぞ。土産と書いてミヤゲ、あきらかにあて字だ。
熊送りの小熊をミンアゲと呼ぶんだったっけ?
少なくとも中国から文字が入る以前に日本語にミヤゲといふ言葉があり。
それは神の国へ「身を上げる」アイヌ語のミンアゲが語源。
マタギは仕留めた獲物にまじないをかけて天に送る。
縄文の貝塚には鹿や猪や時には人の骨がある。
そこでも儀式があったはずだ。
縄文の日本に、あるいは歴史時代でも山の民や海の民に
生け贄があっても必然。
インカ滅亡のきっかけはスペイン人の神父が生け贄の野蛮さを指摘して
口実としたものだが
キリスト教では理解不能な、
生者と死者をつなぐのが生け贄じゃないかな。
だからインカの生け贄は、案外神に会うのを楽しみに
心やすらかに自ら死んだかなとも考えられる。

97 :天之御名無主:02/01/10 23:31
キリスト教はイエスを生け贄にしました。

98 :天之御名無主:02/01/10 23:45
イエスは処刑ぢゃないのか?
神に捧げたんぢゃなくて「神を冒涜する罪で死刑」宣告。
司 会「そうぢゃないの、イエスさん?」
イエス「イエース。」

99 :天之御名無主:02/01/11 01:31
日本に生け贄はあったのか?というテーマに対して、
縄文、古代にももちろんあったと思うが、中世まで
あったら、もう充分「日本にもあった」と確信できる。

そこで民俗学の板としては、「人身御供」を語るだけで
もう結論は出るんじゃないかな。

○諏訪神社では、三年に一度諏訪の大神に村の娘を犠牲
 として供えていたと言われている。
○奈良の倭文神社の言い伝え。大蛇のいけにえとして毎
 年幼児を神前に捧げる風習があった。
○尾張大国霊神社では「儺負人(なおいにん)」として
 往還の村人を無差別的に捕え殴る蹴るの暴力を行いな
 がら神社へ連行する祭りが近世まであった。
○七尾の山王神社へ毎年「白羽の矢が立った」美しい娘
 さん一人を人身御供に差出すのがならわしであった。

「人身御供」の話は書ききれない。どこの県へ行っても
神社の伝説、祭りの起源、そして語り継がれる昔話の中
に、無数にある。日本は実は「人身御供」の国だったん
だ〜〜。

アイヌの熊送り的なものは、狩猟採集を背景に、新たな
恵みを願う平和的な生け贄であるのに対して、
「人身御供」は、農業社会において天候不順、凶作、飢餓
の恐怖が動機になっていると思われる。より残酷だぞー。

100 :山野野衾:02/01/11 09:32
>98
当時ローマでは磔にされたのは宗教関係者では無く政治犯であったので
寧ろ「世間の人間を扇動した罪」の方が大きかったのでは無いかと。
一般のイメージではローマの総督ピラトが寛大であった様になっていま
すが、寧ろこちらが処刑に乗り気だった様ですし。

101 :天之御名無主:02/01/11 23:53
どなたか私に 処女の生贄を捧げて頂けませんでしょうか?
よろしくお願いします。

102 :天之御名無主:02/01/12 01:04
>101 誰だ?
バイモドオキ神か?

103 :天之御名無主:02/01/12 02:36
>97
ワラエナイヨ・・・

>99
「人身御供」は、農業社会において新たな恵みを
願う平和的な生け贄であるのに対して
アイヌの熊送り的なものは、狩猟採集を背景に
不猟の恐怖が動機になっていると思われる。より残酷だぞー。

という意見はどうか?

104 :天之御名無主:02/01/12 11:53
>103

農業=残酷 狩猟採集=平和 というのは単純すぎる。
左翼ならそれでヨシかも。
でも狩猟採集=残酷 農業=平和でも無いぞもちろん。
一つの集団の中で儀式やまじない、あるいは一つの考え方が確立されると
殺人も許されるってのは、現代でもありそうだ。
神に捧げるかどうかは別として

105 :天之御名無主:02/01/12 12:01
http://www.MintMail.com/?m=1934443
上記のアドレスからSign-Upして、登録すれば、
メールが送られてきます。それを読むだけでお金持ち!
そんなうまい話はまだまだ無いけど、
今度はそのIDで会員を獲得すれば、とってもどんどんお金が入ってくるみたい。
お金は郵送。月20万程度。

106 :天之御名無主:02/01/12 12:54
>>105
出て行け!!

107 :103:02/01/12 19:44
いやいや、>99がえらく偏った意見だったからちょっと煽ってみただけ。
生け贄に平和も残酷もないよ。

108 :天之御名無主:02/01/12 20:59
人身御供で言い伝えが多いということはなるほどそういうことがあったのか
と思うが史実として確認されている事例はあるの?博学なヤツおらんか?

109 :天之御名無主:02/01/12 21:22
生け贄、人身御供は現代も生きてるね。ちょっと頭のおかしい犯罪者の頭の中に。
「誰でも良いのだ、殺して○○神に捧げるのだ」神戸の事件もこういう発想だったと思う。
それが性的に異常な少年独自の発想というより、人類にインプットされてる記憶みたいな
もんじゃないか。
同時に古代の共同体が共同でそういう夢想に陥ると他の共同体に広がったり、
あるいは異常な状況でなくても共同体の規範になったりする。

110 :天之御名無主:02/01/14 03:51
アイヌのイヨマンテなんかも生贄じゃない?

111 :天之御名無主:02/01/16 12:49
1並びゲット!!

112 :天之御名無主:02/01/17 04:11
>>111
数字を3つ揃えた人を生贄にすることになっとります。

113 :天之御名無主:02/01/17 19:47
>>112
生け贄を宣告なさったあなた様はもしかして、、、、?

114 :天之御名無主:02/02/03 22:12
良スレ

115 :天之御名無主:02/02/13 23:28
出雲神話のクシナダヒメ(ヤマタノオロチに食べられそうになっていた人)は
氾濫した川を鎮めるための生け贄を象徴しているそうだ。

116 :天之御名無主:02/02/13 23:44
なまにえ?

117 :天之御名無主:02/02/13 23:44
生煮え?

118 :天之御名無主:02/02/13 23:49
>110
イオマンテは生け贄の儀式ではありません。
そもそもアイヌは熊や狸などの狩猟の対象動物は、
「神様が人間のために肉と毛皮を携えてこの世に現れた姿」
だと信じていました。その彼らにとって「狩り」とは、
神を迎えておみやげを有り難く受け取る行為以外の何者でも
ありません。そして、イオマンテは
「春の猟で生け捕りにした小熊をコタンに連れ帰って大切に
養育し、人間界の楽しさをたっぷりと見せたあとでドッサリと
土産物を持たせて神の国に送り帰す行為」なのです。
こうすれば神の国に帰った熊の神は人間界の楽しさを他の神にも
語ります。そうして人間界の楽しさが口コミで伝わり、更に
多くの神が土産をもってくることを期待する儀式なのです。

熊を生け贄にするのではなく、熊そのものが神なのです。


119 :天之御名無主:02/02/14 02:57
イオマンテ、是非生きた熊を使ってちゃんと行って欲しいものです。
動物愛護だかなんだかよく分からないですが、イオマンテの様な儀式は
正確に行われることによって、自然の大切さを再認識出来るんだと思いますね。


ってちょっと話がずれましたか。ごめんなさい。

120 :天之御名無主:02/02/15 15:06
北海道の鉄道・トンネル工事では病気や怪我で動けなくなった囚人を
人柱として埋めた、という話は聞いたことがあります。
明治・大正の頃だったそうです。都市伝説のたぐいかもしれませんが・・・。

121 :天之御名無主:02/02/15 22:15
>120
それは都市伝説ではありません。立派な真実です。
石北本線の常紋トンネルは囚人労働やタコ労働者によって作られた物ですが、
重労働と粗末な食事のためにばたばた倒れる労働者達をトンネルの壁に
塗り込めていたそうです。昭和四十年代、トンネル修理の際にそのような
人骨が実際に発見されました。頭部には明らかに暴行による頭蓋骨陥没の
あとが有ったそうです。
道北の朱鞠内湖も朝鮮人労働者によって作られたダム湖。心霊スポット
として有名です。北海道の開拓の裏には必ずこのような荒っぽい怪談が
存在します。

122 :天之御名無主:02/02/24 23:22
明治にもなって生け贄か・・・

123 :天之御名無主:02/03/05 21:12
オレはもう北海道人を白眼視することにした..

124 :天之御名無主:02/03/06 20:33
土建業者にはドキュソが多いからね・・・

125 :天之御名無主:02/03/07 02:00
>>123
そんな話探せば全国にもっともっとあるよ。


126 :nagami:02/03/07 09:32
昔はそりゃあったでしょう、人柱。
詳しく知ってる訳じゃないんで何時とは明言できませんが。
まあ人に限らず、中国の方には犬を生贄にする風習ってのもあるから、
それが伝わってた地域もあったかもしれない。
故・柳田氏は、目印として片目を潰された生贄がどうたらという説を
出した事もあるから、その辺を調べてみても宜しいかと。

127 :天之御名無主:02/03/28 02:41
あげ

128 :天之御名無主:02/04/15 15:00
人柱って、神主が埋めるのだろうか。それとも陰陽師?坊さん?
宗教的というか呪術的な行為なわけだから、素人が適当に埋めたわけじゃないとは
思うんだけど、じゃあ実際誰が埋めてたのかがよくわからない。
埋めるときも儀式とか決まりとかあったのかな。角度とか。

129 :天之御名無主:02/04/15 16:56
>>128
地元(千葉県)の話なんだけど、
堤を作るのが上手くいかなくて、さすらいの坊さんに聞いたら
「明日の朝一番に通りかかる人間を人柱にすればいい」って言われて、
通りかかった母子を無理やりその場でみんなで埋めたっていうのがあった。
それで済んでたんだから、儀式とかっていらないんじゃないかな?
それこそ素人が適当に(w
田舎の土手とおえらいところの建築物とでは事情が違うのかも知れないけどさ。

130 :天之御名無主 :02/04/16 04:52
(古典的な)人類学の考察によると人身御供はほとんど全ての民族でやってたんでしょ?
シンボリズムの深読みしなくても、やってたと推定するのが合理的。
日本の近世の築城・治水・治山にまつわる伝承も同じじゃないのかな。

131 :寝不足趣味人:02/04/16 13:43
こ毒(漢字わかんない><)や犬神に代表される呪詛も人ではないが、ある意味生贄かな?

人や動物を殺して、神となってもらいその場所を守護してもらうって話はたまに聞きますね。
でも、無理やり殺して祟られることはないんかな?(笑
ちなみに、即身仏は生贄ではないにしろ、やることは同じですよね。
自分でやるか、他人にやられるかの違いなだけで(笑

132 :天之御名無主:02/04/16 23:00
 書紀の垂仁天皇のところで、近くつかえまつりし者を集へて悉に生けながら
にして陵の域に埋み立つ…亡者に殉はしむるは、是甚だ傷なり。…今より
以後、議りて殉はしむることを止めよ とあります。垂仁天皇偉い。

133 :sdf:02/04/16 23:17
>65
エビスと言う姓は、元は夷、戎、胡だから良い意味はないね。

134 :天之御名無主:02/04/16 23:56
土建系の生贄に関連がある…のかは分からないけど。
小学生の頃に、
「…泥の中さ埋められて 死んだ〜…」
といった歌詞のある歌を音楽の授業だか合唱コンクールだかで聞いた記憶があるのですが、
これはどうなんでしょう。誰か知ってる方、いますか?

>>132安彦良和の「蚤の王」に、そのエピソードが。


135 :天之御名無主 :02/04/17 00:47
>>132
殉死者と犠牲は違うんでは?

まあ人柱も殉死も近代までやってたからな。


136 :天之御名無主:02/05/01 08:18
トーナメントがきっかけでこの板に来ました。
遅レスなうえ聞きかじりなので恐縮ですが……

>>71
の影を建物の土台に埋める風習はギリシャ、
あるいはルーマニア辺りのものだったと記憶してます。
人を土台石の辺りまでおびき寄せて秘密のうちに影の寸法を取り、
それを建物の土台に埋めると壁が丈夫になるが、
影を取られた本人は年内に死ぬと信じられていたそうです。
トランシルヴァニアには建築家に影を売る商人がいたとか。
出典はフレイザーの金枝篇だったと記憶しています。

137 :天之御名無主 :02/05/02 16:41
>>136
「金枝篇」の斯界での評価はDQNだそうです。
最近ではまともに参照する人もいないのでは?

138 : :02/06/07 22:58
age


139 :天之御名無主:02/07/15 03:26

あげときまひょ!

140 :天之御名無主:02/07/15 16:10
>>131
蠱毒

141 :天之御名無主:02/07/27 10:22
古代にあった猿神信仰の贄の名残は結構最近まで存在していたそうな。
幕府の家老やら土地の地主やらに若い娘を捧げるなんてのがそれにあたる。

142 :山崎渉:03/01/11 03:24
(^^)

143 :天之御名無主:03/01/28 07:56
A

144 :天之御名無主:03/01/28 15:08
>>137

145 :天之御名無主:03/01/29 00:16
遠野物語で、なかなか橋がかけられんからどっかの浮浪者親子を説き伏せて、
二人で人柱になってもらうって話なかった?似てますね。>>129

146 :天之御名無主:03/01/29 10:44
金枝篇も母権論も古典だよ。読んでないと話にならん。
端からくさす奴に限って読んでないんだな、これが。

147 :天之御名無主:03/01/30 01:31
御柱祭りは?


148 :天之御名無主:03/01/30 13:14
インカの生け贄は、マリファナを吸わせて
幸せ一杯のところをさくっとやったという記述を何かで読みました。
幸せ一杯というより、麻酔として使ったのでは?
と愚考したものです。

さて、日本では神社にしめ縄というのがあります。
しめ縄は麻で出来ており、麻はもちろん大麻の麻です。
茎はしめ縄に使われましたが、葉っぱはどうしたのでしょう?
吸ったのでしょうか。

日本だけではないですが、
護摩をたくことに表されるように火を神聖視するのは
たき火の中に麻の葉を入れて祭祀を行った記憶からでは?とさらに愚考。
日本の神社では神さまに捧げる縄が麻で出来ているわけですから。

縄文の祭祀遺跡からは生け贄は
今のところ見つかっていませんね。



149 :山崎渉:03/03/13 13:10
(^^)

150 :辰子姫:03/03/19 08:10
しゃーむにずむにおける生贄には自発的な要素が多いと思います。
……………私の場合も……

151 :天之御名無主:03/04/02 11:49

島嶼部の秘祭など、
まだ生贄の風習が残ってる気がする。

152 :山崎渉:03/04/17 09:25
(^^)

153 :山崎渉:03/04/20 04:52
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

154 :天之御名無主:03/04/20 23:40
しめ縄って本来は生贄の首を絞め殺すためのものでしょ?

155 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/04/20 23:45
>154
神霊を迎える道や潔斎中に家や部屋の前に張るものとしてしか出て来
ませんが・・・ソースはおありで?

156 :天之御名無主:03/04/24 16:05
雲仙・普賢岳みたいな火山が噴火したら、火口に生け贄を突き落とすとか
聞いたことはあるけど、実際噴火している最中の火口まで行けるものなの
だろうか?

157 :天之御名無主:03/04/25 12:28
関東大震災時、皇居の下からから人柱として埋められたとおぼしき
人骨が出てきたという話を聞いたのですが

158 :天之御名無主:03/04/25 12:45
ああああああああああああああああああああ

159 :天之御名無主:03/04/25 22:03
処女が生贄にされやすいなら、生贄にされたくない女性はさっさと所帯を持つのが正解?
そういう考えで娘をさっさと嫁にやったりとか、本人が必死で結婚相手をみつけたりとかあったのかなあ?

160 :天之御名無主:03/04/26 18:07
>>157
いや、あれは改修工事のときじゃなかったっけ?
ソースどこにあるか忘れたけど、ぐぐればあるはず。
「皇居 人骨」とかで。


161 :天之御名無主:03/05/03 07:46
 オニギリデシ
        /■\ オムスビデシ
   /■\  (,,・∇・)
  (,,・Д・) 〜|っ●o
〜(,,u▲)   uu




162 :天之御名無主:03/05/22 20:50
どの建築工事でも建築中の事故があったと思うが、
その事故件数と、完成後のその建築物での事故状況の相関データってないかな?

163 :天之御名無主:03/06/30 16:25
あげ

164 :天之御名無主:03/06/30 21:27
>建築物での事故状況の相関データ
人柱と生き埋め事故とは、発掘状況が違うそうな。
古いデーターは無いが明治時代、某所の河川の改修で贄が捧げられた一例のみを読みました。
儀式を行った宮司によると、人柱は薬物などで酩酊(急性中毒)状態にした後、厳重に囲われた穴に、立った状態で捧げられる
これは神に仕える家臣、または婚姻者を捧げる儀式であり、贄の苦痛を排除しないと祟られると考えていた。
儀式は現場責任者も除いた、宮司と儀官のみで行われる神事。記録者は後日、権力者の協力の元に簡単なインタビューをしただけ。
綺麗な衣装を着、禊を行った健康な未婚の男女(男神には女、女神には男)が捧げられる。
詳しい場所や、宮司の氏名、権力者の氏名と日時、それに儀式の内容は書かれていなかった。

都内の東洋研究の資料室にあった、ごく短い文献。偽物だったのかも。

165 :天之御名無主:03/07/02 03:07
<人身御供>
 古代の諏訪社では、神のために人の命を捧げる人身供犠が行われていた可能性があるといわれる。
 一年神主としての大祝の殺害が主に有名なようだが、他にもいくつかの伝承があるため実際にどのような形で行われていたのかは、はっきりとはわからない。
 旅行家で多くの随筆、旅日記を残した菅江真澄は1784年に諏訪を訪れ御頭祭などを見て『すわのうみ』を残したが、その中に御贄柱という概念と縛り付けられる大祝の少年が書かれている。
 しかしそれも、すでにかなり近代化した祭事だったようで元がどのような形式だったのかはわからない。
 ただし、それらに共通するのが、人身御供や人柱と呼ばれる者に選ばれるのが、未成年の男子だったということだ。
 日本各地の昔話や伝説を見る限り、人身御供に選ばれるのは未成年の女子である例が圧倒的に多いため、諏訪社は珍しい例だといえるかもしれない。
 また日本のシャーマン(霊媒者、寄坐)といえば、巫女やイタコなどに見られるように、女性であることが一般的だが、
 諏訪社で一年神主としてシャーマン役を果たしていたといわれるのが男子という点も、同じく珍しいと言えるだろう。
 逆にいえば、男子は生神としての崇拝対象にされるだけの者だった可能性もある。この場合は、アジア各地に見られる神輿(みこし)や山車(だし)に乗せて運ぶための生神役に似たものだろう。
 また大祝(おおはふり)という呼び名だが、もともとハフリとは神職のことを指し、特別シャーマン的な要素を持たない言葉だ。そしてハフリには別に”葬り”という意味もある。
神の移し身として”即位”した生神を殺し葬り、祝いの祭事で奉り神へ昇華させる意味を大祝という言葉は含んでいるのかもしれない。
 それが人工の神を作り出す祭事だったゆえに、祭事を司るミシャグジ(御社宮司)の呼び名が神の名として定着していったのだろうか

166 :天之御名無主:03/07/02 03:22
>>137
>「金枝篇」の斯界での評価はDQNだそうです。
>最近ではまともに参照する人もいないのでは?
誰だったか忘れたけれど、否定している学者は居ますね。でも、その人の否定の根拠は
昔の学説だからいい加減だ というDQNなものだよw

フレイザーや折口、柳田、南方など、昔の文献に頼らなければいけないのは、民俗学が廃れているせいでもあるかも。
新説の発表も、事に民俗学はそのまま信仰に関係する場合も多く、いろいろ面倒な場合も多いと聞きます。

帝謚考なども無視されているけれど、同等の研究の末に否定を述べた研究者が皆無なのが情け無い。
否定者の殆どが、旧説を否定する事で売名するだけの、手段として使っているだけなのが現状。

167 :天之御名無主:03/08/25 22:09
ho

168 :天之御名無主:03/09/05 05:01
sh

169 :天之御名無主:03/09/05 05:52
http://www.shitamachi.net/ranking/cgi05/ranklink/ranklink.cgi?id=05mercur

170 :天之御名無主:03/09/21 02:35
>>165
え、じゃあ今も伝わる諏訪大社の「御柱祭り」の御柱って、
大昔は人柱だった可能性があるってことかな。
いつの頃からか人柱の代わりに木の柱を立てるようになった、と。

171 :ex:03/09/24 13:04
東大寺のお水取り・修二会も、昔は五体投があったらしいですね。
さだまさしが歌ってますよ。

172 :天之御名無主:03/09/24 16:43
大正時代に日照りが続いた農村で貧乏人の娘を人身御供にしようとした事があって、
その貧乏人は僅かな金で娘を生贄とすることを承諾するのだが、
人身御供の儀式を行う直前に雨が降って儀式は取りやめとなり村人はその貧乏人に金を返すように求めたが貧乏人はそれを断り裁判にまでなったそうだ。

むかしモノの本で読んだ話なんで信憑性は分からんが裁判記録とかも残ってるらしい。

173 :天之御名無主:03/09/24 19:27
生贄に選ばれた人は、片目を潰されたり片足を切られたりして不具者にされて、生贄になるまでの期間は神聖な物として崇められていた

174 :天之御名無主:03/11/02 19:50
処女しか認められない。

175 :天之御名無主:03/11/08 01:06
a

176 :天之御名無主:03/11/08 02:35
板違いだけど、電撃文庫のMissingに通じるね。

177 :天之御名無主:03/11/08 03:03
チョト違うで>>170さん、
>165さんの言ってる"柱"は御頭祭で使用される「御贄柱」のことでしょう。
御柱は聖域を囲むものだよ。
あのあたりって小さな祠にも、キッチリ柱4本立ててあるのが印象的でした。

178 :天之御名無主:03/11/09 17:37
>>177
結界みたいなもんか。

179 :天之御名無主:03/11/10 06:58
>>176
Missingを知る人がこの板にいたとは!

180 :天之御名無主:03/11/19 19:50
a

181 :天之御名無主:03/11/22 05:16
>121
東北もあるよ、多分。

特に古いダム湖なんか。

182 :天之御名無主:03/11/23 19:44
悪いことをしてはいけにぇ

183 :天之御名無主:03/11/29 23:59
>>182
座布団没収。

184 :天之御名無主:04/01/24 00:46
昔マルコ・ポーロの伝記で読んだんだが、元の奥地での話
旅行者を丁寧にもてなす→それを殺す→その家の守り神になってもらえる。
という迷信が信じられてる村があって、本人も危うく犠牲になりかけたとの事。

185 :天之御名無主:04/02/17 23:58
>>121
>>181
戦前には当たり前のことだったようです
10年程前、東B鉄道のOBの方が
鉄橋やらトンネルやらに衰弱したり病気になった半島人を
埋め込んだことを聞かせてくれました
コンクリが硬くシマって丈夫になるのだと真顔でいっておりました

今なら当時の生き証人がまだまだ存命かと思いますが
興味のある方は関係者をあたってみたらいかがでしょうか







186 :天之御名無主:04/02/19 23:12
角度オチのためだけに4行もカキコしてくれた>>128に敬礼

187 :天之御名無主:04/03/22 11:33
a

188 :天之御名無主:04/04/01 18:51
>>99さんのところで紹介された……、

○諏訪神社では、三年に一度諏訪の大神に村の娘を犠牲
 として供えていたと言われている。
○奈良の倭文神社の言い伝え。大蛇のいけにえとして毎
 年幼児を神前に捧げる風習があった。
○尾張大国霊神社では「儺負人(なおいにん)」として
 往還の村人を無差別的に捕え殴る蹴るの暴力を行いな
 がら神社へ連行する祭りが近世まであった。
○七尾の山王神社へ毎年「白羽の矢が立った」美しい娘
 さん一人を人身御供に差出すのがならわしであった。

といった類の話が、詳しく載っている本ってないでしょうか?
特に、生贄や人身御供等が関わる祭などに興味があります。

どうぞ宜しくお願いします。


189 :天之御名無主:04/04/04 01:47
え〜と、『生贄と人柱の民俗学』礫川全次 編 とか?
新しいトコで『神、人を喰う』六車由美 とか。
>99さんの話にマッチするならこのへんかな、
私もそゆの好きでコレは持ってますが…あとは何だろ。
他にいいのがあれば教えて欲しいです。

190 :188:04/04/04 02:12
>189
レス、有難うございます。

>新しいトコで『神、人を喰う』六車由美
私もこの本に大変興味を持っているのですが、如何せん地元の本屋に在庫がありません。
(出来れば、立ち読み等をして内容を知ってから購入したいので…)
紹介文を読むと、民俗学的な視点から「人身御供」を分析している印象を受けたのですが、
祭そのものの詳細は載っていますでしょうか?
(人身御供や生贄と関わるのある、そういったお祭りの全体的な流れや、
儀式のおこなわれ方等を詳しく知りたいのです)

質問ばかりで恐縮ですが、またレス頂けますと嬉しいです。

191 :189です。:04/04/04 13:21
尾張の”難追祭”は次第というか概要が『尾張名所図会』などから引用されていますが、そうですね、考察が主体ですよね(ルポライターの方じゃないので)。
六車由美さんはご本人のサイトに目次が載ってます、値段も手頃なので、興味がある分野なら「うわ、やられたw」感はないと思うんですが。
礫川氏のはスクラップブックみたいな中身でし〜(笑 個人的には面白かった)
古典(?)の柳田翁の『一つ目小僧の話』とかは既にお読みでしょうか?

纏めてあるのが189に挙げた本であって、
式次第を詳しくというのは、個別に探すか、論文とか古文書を当たらないと中々無いのでは。でなきゃフィールドワーク?
私は専門に勉強したわけでは無いので判りませんが…

私的には、読んだ本に記載されている参考書籍を探して読む、といった方法で興味あるテーマを掘り下げていってます。
あとは諏訪が特に好きなので、現地に行った時、地元書店で郷土史の本を探したり博物館でパンフ購入したり、ですね。

192 :188:04/04/05 21:48
>191
ご丁寧なレス、本当に有難うございます。

>考察が主体です……値段も手頃なので、興味がある分野なら「うわ、やられたw」感はないと思う
そうですね。まだ私は、こういった民俗学の分野に興味を持ち始めたばかりなのですが、
質的にハズレではないのなら、買う価値は大ですよね。

アマゾンに在庫があるようなので、早速買ってみることにします。
どうもお世話様でした。

193 :189です。:04/04/06 17:35
こちらこそです、同じ好みの方が居るって心強いです。
よい文献を見つけたら是非教えてくださいませ。

194 :天之御名無主:04/05/04 04:48
>>185
あなた研究者ですか?
フィールドワークでそこまで語ってくれる方おられますかねえ。

千葉県北西部で関東大震災の時にあった事件の話を調査していた方は
聞き及んだあっち系の方々に吊るし上げられて、追い返されちゃったそうですよ。
事前に自治体やしかるべき人を通して「お願い」してもこのザマです。
関係者が存命しているほど、逆にこの手の話を聞くことは難しいんじゃないですかね。
ムラとは違って都市化して久しい地域らしいんですが。

195 :天之御名無主:04/05/21 18:51
フレイザーの金枝篇の完訳が出るんでしょ?

196 :天之御名無主:04/05/26 00:15
a

197 :天之御名無主:04/06/01 14:39
近所に「贄」って苗字の人がいるけど。
生贄と関係あるのかな?



198 :天之御名無主 :04/06/25 02:14
補陀洛渡海だな・・・

199 :天之御名無主:04/06/25 23:32
補陀洛渡海はスケープゴートじゃありませんぞ。
現代にたとえるなら、宇宙飛行士みたいなもんで、志願者がすすんで流されたわけでして。

200 :天之御名無主:04/06/26 00:35
補陀洛渡海も基本的に三パターンに分かれます。
一つは本気で補陀洛観音浄土を目指して渡海しようとする場合。
もう一つは、単に世をはかなんでの自殺の形態の一種として。
最後は、生贄としてです。
補陀洛渡海は、熊野那智地方を中心に各地から出帆しましたが、
その地方で飢饉が続くと渡海僧を出すべき寺の信者から圧力が
加わり、それに応じなければ寺の存続が不可能になることから、
六十歳を過ぎた僧は止む無く渡海させられた場合があります。
いっぱんに、北風の吹く日の夕刻に沖で放たれ漂流させらたと
なっていますが、その場で重石をつけれてて沈められたり、火を
着けて燃やされたりすることもありました。
また、渡海船は外から釘打ちされて出られないようにしたことは
これがある種の生贄でもあったことの証しと言えるでしょう。



201 :天之御名無主:04/08/03 23:26
NHKの熊野の世界遺産登録記念番組でやってたな。

202 :天之御名無主:04/08/14 18:06
>197
うちの地元の地名がそれとよく似た名前
なんだけど、生贄とか関係なしに収穫物を
奉納して土地柄だからからそういう名前になったらしい。
多分その人のご先祖様が、同じようなお仕事を
なさってたのではなかろうか、と勝手に思ってみた。

203 :天之御名無主:04/10/14 22:17:46
御柱は世界樹信仰(?)では?
世界は大きな木が支えているとか、いないとか。


204 :天之御名無主:04/10/15 08:32:02
ミシャグチさまとソソウ様

205 :天之御名無主:04/10/25 11:11:12
諏訪の御柱は一説によると縄文以前にまでさかのぼる古い儀式らしい。
だから、人柱が御柱に変わったのではなく、人柱と御柱は並行して実施
されていた可能性が高い。

と、この前、うちの町に来たエロいひとが講義していきました。


206 :天之御名無主:04/12/07 23:54:29
西洋の古代・中世の「魔女」と呼ばれた(実際は呪い師)人々は生贄を捧げたのだろうか?

207 :天之御名無主:04/12/08 07:55:05
100

208 :天之御名無主:04/12/08 11:57:11
いつ頃の話か知らんが、きっと江戸時代。
実家近くの神社には人柱として幼い少女がいけにえにされたという言い伝えが。
神社にはその子の名前がついている。
「この神社(水の神様)を作るにあたり、明日一番最初にこの前を通ったものをいけにえとする」
っつうことになって、次の日、病気の母の為に薬を買いに行くためその前を通った
少女をいけにえ(生きたまま埋めた)裸子。
血も涙もねぇ…_| ̄|○

その前を通るのは嫌だったなーーーってその場所因みに今じゃ役所の敷地内なんだが。


大きくなって読んだ、地元の民話の本では、『いけにえに立候補する人がみつからなくて(あたりまえだ)、
工事の責任者のオッサンが自ら飛び込んだ』となっていた。

209 :天之御名無主:04/12/25 17:59:43
魔術師が悪魔に生贄に差し出すシーンがあるのだが、本当に行なってきたのだろうか?

210 :J-G:05/01/07 14:32:33
友人に贄という苗字の人がいて、その友人の住んでいる近辺には贄という苗字を
持つ人ばかりが暮らす部落があります。
しかも愛知県の豊川稲荷から割合近い所に。
神仏をつかさどる所には、贄という言葉が関わりあっている事が多いと思うけど、
例えば三重には、贄湾があるし。
その友人の苗字の由来もひょっとしたら、贄か生け贄に関わってたりするのかな?


211 :天之御名無主:05/01/09 04:48:06
あげ

212 :天之御名無主:05/01/09 04:48:52
あげ

213 :天之御名無主:05/01/09 17:07:54
呪い師、魔術師、魔女の生贄伝説の話題無いの?
日本だけじゃつまらない。

214 :天之御名無主:05/01/31 08:03:24
>>80
ワロタw

215 :天之御名無主:05/02/13 08:04:42
贄っていうのは、普通に食事のことだぞ

216 :天之御名無主:2005/04/11(月) 12:45:02
あげ

217 :天之御名無主:2005/05/15(日) 07:34:09
中国の殷周時代の青銅器には、なまなましい生贄祭りの様子がよく彫ら
れたりしてるよ。鬼道の祭りらしい。

218 :天之御名無主:2005/06/24(金) 20:09:59
かつての
インドネシアへの生け贄=
デヴィ夫人


219 :天之御名無主:2005/07/13(水) 00:02:50
南米には生贄なんざ、ごろごろ日常茶飯事ででてきますです。はい。

220 :天之御名無主:2005/07/16(土) 22:53:47
>>210
豊川稲荷より砥鹿神社のほうが関係ありそう。
あの辺、大昔は豊橋辺りまで海だったらしいし。
オイラの知ってる地区と一緒なら210の友達の住んでる地区って
他の土地より高い場所じゃねー?
なんか大昔は港だったのかなーって思った。

221 :天之御名無主:2005/07/20(水) 10:29:56

三重の地名由来が「贄」だったりしてな。。。>>210

222 :天之御名無主:2005/08/18(木) 21:45:21 ?
731部隊終戦記念特集話題あげ

223 :天之御名無主:2005/08/27(土) 03:46:37
子供を生贄として箱に詰めていく儀式がある村があったらしいのですが。
戦後辺りから生贄を子供から人形に変えたらしいんです。
生贄を止めた年からはその村に災難が相次いだため、生贄を止めることはなかった。
こんな村が東北地方にあると聞いたのですが、どなたかご存知ないですかね?
俺も東北人なんですが、聞いたことがなくて・・・。


224 :天之御名無主:2005/09/06(火) 01:48:49
なまにえってなんですか。

225 :天之御名無主:2005/09/06(火) 01:52:54
百舌鳥がばったを刺す奴さ。

226 :天之御名無主:2005/09/07(水) 14:16:12
そりゃ「はやにえ」だろ

227 :天之御名無主:2005/09/07(水) 23:08:07
嫁殺し田という類型民話も生贄の一形態だろうな。
意地悪な姑や家人が嫁に、「今日中に一人で田を植えよ」と命じられ嫁は懸命に植える
が植えきれずに疲労で死ぬか、罰として殺される。全国的なのでこれは慨然的に行われ
ていたものだったのだろう。
>長野県北安曇郡松川村、静岡県富士郡須津村、駿東郡清水村(現清水町)庵原郡高部村
(現清水市内)、静岡市北安東吉塚、同日坂、石川県能登郡七尾 等

弥生以降の農耕社会の閉鎖的なムラにおけるイジメやネタミの凝縮と発散の一形態、生殖
能力の象徴的な若い「嫁」を耕作地にタネとして撒く事で、象徴的にも、実質的にも滋養
させる意味があったのだろう。
三河の花祭や、信州新野の雪祭、磐田郡水窪町西浦の田楽などで、孕み女の姿をした者が
出てくるが、これは嫁の子どもを産むという生殖能力を豊作に結びつけたものであった。
嫁殺し田も、その田に嫁を生贄にしたという事により、豊作を願ったのであろう。
農地に縛られ、ムラの狭い世界の中で、肉体労働的に男性より軽視された女性はこうして
処理されたケースも多かったのだろう。
自然と接する農村社会を美化する向きがあるが、こけし等にみられるような新生児の間引
きや、老人・障害者を山野に捨てる姥捨て等、農耕生産に直接貢献しない者に対しては非
情にドラスチックな習慣と民俗で処理していたムダのない経済性を追求していた事を忘れ
てはならない。

228 :天之御名無主:2005/09/08(木) 04:36:51
まさか「こけし」が「子消し」だとか、姥捨て山が本当にあったとか、
全国的に広がっている民話のベースが当時の慣習だったとか、
そういうトンデモ説を頭から信じ込んでいる人じゃないでしょうね?

229 :天之御名無主:2005/09/08(木) 13:20:33
姥捨て山ってなかったの?

230 :天之御名無主:2005/09/08(木) 23:43:57
ちょいスレ違いになるけど、生贄とか人柱とか、どっちかと言うとオカルトに近い民俗学
を学べる大学ってありますかね?
一応大学スレも大雑把に見てきましたが良い返答が・・・orz

231 :天之御名無主:2005/09/09(金) 00:06:55
>>7
淵って実際にあるの?

232 :天之御名無主:2005/09/09(金) 01:41:50
>>230
大学の民俗学ってのは、基本的には民俗学という学問の方法論なんかを学ぶところだから
とくにどの分野を集中して学ぶのにどこがいいってことはあまりない。自分のテーマを持ったら
そこからは個人がフィールドワークするなり図書館で文献を漁るなり、自らの手で情報収集するほうが大事になる。
もちろん先生にお話をうかがうのも重要だけど、大学は学問を教えるところであって、必ずしも情報を与える場所ではない。

でも、生贄も人柱も民話以外は歴史学の範疇になってくるから(「民俗」としてはほどんど知られていない・残っていない)
そこらへんも覚悟しときましょう。

233 :230:2005/09/10(土) 00:05:48
>>232
詳しく教えてくださってありがとうございます。
受験も大変ですが、その合間をぬって図書館で文献探したり眺めたりするのが面白くて。
自分次第ってことですか、ありがとうございました。



234 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/10(土) 22:24:48
尾張大国霊神社(国府宮神社)で旧暦1月13日に行われる、
難追神事で難負人(神男)が祭りに参加した厄年の裸男達に
殴る蹴るの暴行を受けるのは、今でも続いています。
神男は殴られ過ぎ、殺されないように、相撲取りを雇って護衛させるのです。
それでも、過去には神男が死亡してしまった事もあるようですが、
うやむやに消されてしまっているようです。
地元のテレビでは毎回取り上げられますが、難追神事が終わって直ぐの神男は
表に出てくる事はありません。
全身痣だらけで、顔は2倍に腫れ上がったりしてるので、入院したりする事もあるとか。

235 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2005/09/11(日) 11:22:18
>>228
人権だの、民主主義だの、この国でいいだしたのはほんの60年の話。
君は、まず自分の常識から脱却し、学問を追求する姿勢からはじめるべきだ。

236 :天之御名無主:2005/09/12(月) 03:28:49
>>235
妄想を語る前に、まずは姥捨てが実際にあったということを証明してみよう。
自分がいかに先入観にとらわれているかわかる。

237 :天之御名無主:2005/09/14(水) 21:25:41
生け贄ですか。
ちょうと仮面ライダー響鬼の映画で
生け贄が扱われていたので、タイムリーかな。


238 :天之御名無主:2005/09/14(水) 22:33:28
>>236
土木関係者の者ですが、名前に「老」「翁」「捨」「婆」等のつく
山林は、まず出ます。
不動産関係の方々もまずこの手の山林についてはよくご存知です。


239 :天之御名無主:2005/09/14(水) 22:52:34
北海道の常紋トンネルは、囚人労働が廃止された大正元年から三年が
かりで建設されたトンネルで、当時、「タコ」と呼ばれた囚人労務者
が生贄にされたと噂されていた。
その話では常紋トンネル付近には、苛酷な労働によって死亡したタコ
の死体が埋められており、その数は百数十人と言われている。

昭和12年から周辺の発掘作業が始まり、昭和34年6月24日の
地蔵建立までに、常紋トンネルの周辺から49体の白骨が発見され
た。人骨は全て、トンネルに至る線路の土台に寝かせられる形で発
見された。その後昭和45年9月10日、トンネル内の待避所の壁
が崩れ、中から立ったまま埋められた人骨が発見された。
現地の民間団体が中心となって47年にトンネル内部の発掘作業が
行われ、55年までに計10体の人骨が発見された。「常紋トンネ
ル」という本の中に、その話が載っている。

これが、生贄・人柱なのか、単なる死体遺棄なのか、タコを暴力でま
とめるための見せしめ私刑なのかは、人骨発見だけではわからない。
現在、トンネルのある留辺蘂町には、常紋トンネル殉難者追悼碑も建
てられているが・・・

他のトンネルも実は・・・こういうの、学者は見向きもしないからね。

240 :天之御名無主:2005/09/14(水) 23:19:48
糸魚川沿いにある、新潟県中頚城郡板倉町の猿供養という集落には
人柱堂と言うお堂があります。
この地域は地滑りが多く、村人が困っているのを見かねた遍路の僧
が生贄にされたという伝承が伝わっています。
昭和12年、田の仕事をしていた村人が偶然、人骨と宋銭の入った
大甕を掘り出し、調査の結果、鎌倉時代中期のものだと判明したそ
うで、その人骨を祀っているのが人柱堂だと言うことです。

いつごろまであったの?という点については難しいですが、1930
年代の道北、朱鞠内ダム建設・鉄道建設に朝鮮労働者や囚人労働者が
強制労働させされていましたが、工事が上手くいかないので人柱を4
名募集したところ、悲惨な生活に絶望した労働者から倍以上(!)応
募があったことの目撃者証言があるらしいですので、その頃当りまで
は生贄・人柱の風習はあったのでしょう。


241 :天之御名無主:2005/09/14(水) 23:52:40
>>235
富士山南麓の富士宮市山宮に「バンバー穴」と「姥穴」という二つの
溶岩洞窟が残っていますが、入り口は狭いですが、双方の穴とも大変
深い穴で、入り口から垂直に十数メートル落ち込んでおり、落ちれば
即死は免れないと思われます。
昭和39年、ある探検隊の調査で、人骨らしき大腿部の骨等が見つか
っており、現地にある姥捨てが行われたという「枝折山」説話は実際
にあったものだといわれています。

その他にも、千葉県安房郡鋸南町にある人骨山(292m)にも姥捨て伝
説があり、過去に人骨がでたような話は地方には多いです。



242 :天之御名無主:2005/09/15(木) 07:11:55
>>241
そのような人骨の発見は逆に偶発的な事例と考えるべきです。穴なら事故の可能性が高い。
また、単に人骨ならどんな山からでも見つかるのは当然でしょう。
姥捨て山説話はもともとインドの民間説話が日本に仏教とともに導入されたもので、
日本の風習が説話になったわけでもありません。
ただし非常時に赤子を捨てる風習は存在しました。

243 :天之御名無主:2005/09/15(木) 21:58:19
>>242
無知なようなので教えてあげると、枝折山って富士山の別名なんだ。
富士宮だけでなく、富士周辺では枝折山伝説(姥捨てで背負われた老人が、息子の
帰り道の目印にする為に折ってやるという話)が広く知られており、富士山周辺の
樹海にある天然洞窟を現地で「人穴」と呼ぶのも、元は人を捨てる穴という意味
だった。

千葉や静岡だけでなく、工事や土砂崩れで、山深い谷や斜面から人骨が集積して
でる事は別に珍しい話ではない。棄民は昔から日本人の特徴的な風習です。

244 :天之御名無主:2005/09/15(木) 22:23:42
>>241
山梨に石和温泉があります。途方もなく大きな岩石や鉱物がゴロゴ
ロした寂しい寒村です。深沢七郎はその石和に生まれた。『楢山節考』
の作者である。

辰平「運がいいや、雪が降って、おばあやんはまあ、運がいいや、ふ
んとに雪が降ったなあ」と言わせるあたりは泣かせます。

なんぼ寒いとって 綿入れを 山へ行くにゃ 着せられぬ・・・


そうですか。楢山節考も富士の周辺の話なんですよ。富士にもあった
んですね。奇遇です。

ttp://dokusho.info/showa02/narayama.html

245 :天之御名無主:2005/09/15(木) 22:39:12
誰も知つた信州姨捨山(をばすてやま)の話の外に伊豆にも棄老傳説がある
と云ふのは(郷土研究三の二四三)棄てられた老人には氣の毒だが、史乘に
見えぬ古俗を研究する人々には有益だ。一九〇八年板ごむの「歴史としての
民俗學」第一章などを見ると、今日開明に誇る歐羅巴人の多くの祖先も都々
逸(どゞいつ)御順(ごじゆん)で、老は棄てられ壯きは殘る風俗で澄(ス
マ)して居たらしい。吾邦固より無類の神國で、上代の民純朴だつたは知れ
切つた事ながら、時世と範圍相應に今日から見ると、奇怪な習慣も隨分行は
れたは大化の初年迄人死する時、人を絞して殉ぜしめ、信濃國で夫死すれば
妻を殉ぜしめたなどで訣る。されば地方によつて老人を棄て風も有つたのだ
らう。昨年押上中將から惠贈せられた高原(タカハラ)舊事に、「飛騨の吉
野村の下に人落しと云ふ所あり。昔は六十二歳に限り此所へ棄てしと云ふ」
とある。さて親を棄てに行つた子が、自分も其齡になれば棄てられると考へ
付いての發意で、此事が止んだと云ふのは、漢の皇甫謐の孝子傳・萬葉集・
今昔物語・ぐりんむの獨逸童話其他に多く見えて、歐亞諸邦に瀰漫した譚で
ある。(南方熊楠)

出典:「土俗と傳説 第壹卷 第壹號」文武堂店1918(大正7)年8月

246 :天之御名無主:2005/09/17(土) 09:14:04
皇居からでたのは、あれは人柱か?

247 :天之御名無主:2005/09/18(日) 10:56:00
長野・北陸には姥捨山伝説・説話が多いですよ。

248 :天之御名無主:2005/09/18(日) 12:36:51
生け贄といえば、河にキュウリを流すのは
河童へ対する生け贄だったとか。
後は使役する猫を強化させるために猫に河童を食わせるとかいう生け贄は存在したっぽい。
文献は忘れた。

それよりか水神に捧げる生け贄に「処女」しかいないのは
万葉集の影響のせいか?

249 :天之御名無主:2005/09/18(日) 14:44:38
田んぼで殺すのは、嫁だけだべ。

城に埋めるのは、侍だべ。

人贄に出すのは、神さまから印をつけられたもんだ。
キズのあるもん、不自由なもんは、神に返ぇすだ。

250 :天之御名無主:2005/09/18(日) 18:24:23
うむ。ヒルコ神の思想は確かに、海川に返すところから始まるのですが
・・・今でいう遺棄ですな。

251 :天之御名無主:2005/09/18(日) 21:39:39
熊野街道、佐野の蟻通神社にも姥捨話があります。

蟻通神社の名前の由来ともなった伝説です。
昔々、唐の国の大帝が、日本をかすめ取ろうと難題を仕掛けてきます。
第1問、「白木」の根元と末の見分け方は、如何に?
第2問、「二匹の蛇」の雌・雄の見分け方は、如何?
第3問、七曲りにくねった小さな管玉に、糸を通せ!

 時の帝は、知恵者を呼びますが、答えが出ません。
これらの難問に誰も答えることができずに、困りはてていると、
ある中将が、答えを差し出します。すると、見事に答えている
ではありませんか。喜んだ帝が、ほうびを授けようと希望を聞
くと「 何もいりません。ただ、この答えは、私でなく、両親
が考えたものです。どうか、老人たちの命を助けて欲しい」と
申します。
(この頃、帝の命で、老人を殺して捨てる棄老が行われていま
した。)
親思いの息子が、帝の命にそむいて、年老いた両親をひそかに
かくまっていたのでした。この年寄りの知恵で、日本が救われ
たと言うことです。

これ以来、帝は、老人の大切さを知り、政治を改め人々を大い
に喜ばせます。やがて、中将の親を神として祭り、蟻通明神と
名づけて奉ったということです。
インドだけでなく、中国でも昔から姥捨てはあったのですよ。

252 :天之御名無主:2005/09/19(月) 18:33:40
恵比寿とはなんだったのか? 蝦夷の事?

253 :天之御名無主:2005/09/19(月) 22:03:33
江戸時代、東北が大飢饉に見舞われた際に姥捨て、間引きは東北各藩
で行われました。鷹山以降の米沢藩と白河藩は例外ですが。
東北では姥捨て、間引きは当たり前。山形県天童市の「じゃがらもが
ら」は元・姥捨山。お土産などで売られるこけし人形は、【子消し】
とご当地では書く。口べらしで間引きした子供を供養する人形。
少女の身売りも日常茶飯事。なかでもトップは山形県(貧乏だった)。
豊かな生活を夢見る満州開拓団への参加も、山形がナンバーワン。
月山スキー場は実は、月山本体ではなく尾根続きの姥ヶ岳にあるの
ですが、地元の人が言うには、以前姥捨てがあった山だそうです。

東北の歴史は暗いです。しかし長野県千曲市にはかないませんが。なん
せ、姨捨という駅まであるくらい。信州は棄老王国ですね。

254 :天之御名無主:2005/09/20(火) 21:29:07
姨捨駅は姥姫様の伝説の駅です。信州おこしの際は、どうぞお参りください。

255 :天之御名無主:2005/09/21(水) 21:20:56
姥姫・・・やっぱりババアの姫様でつか?

256 :天之御名無主:2005/09/24(土) 20:05:59
神さんに備える生贄はあったの?

257 :天之御名無主:2005/09/30(金) 21:23:05


第21回 新宿セミナー @ Kinokuniya

『へこたれへん。』(角川書店)刊行記念対談
辻元清美×姜尚中 「日本の行方」

■日時 10月2日(日) 18:30 開演 (18:00 開場)
■料金 1,000円(全席指定・税込)
■会場 紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4階)


ttp://www.kinokuniya.co.jp/01f/event/shinjukuseminar.htm#seminar_21




258 :天之御名無主:2005/10/01(土) 22:53:41
日本の行方・・・21世紀は半島、大陸へだね。

259 :天之御名無主:2005/10/08(土) 17:44:49
また大量の生贄が必要になるんではょうね。

260 :天之御名無主:2005/10/09(日) 10:31:38
ユカタン半島では現代も年に何人か、生贄の習俗を繰り返しているのが
いるらしいよ。行方不明もいれるとかなりの数だと。
昔は国教行事、今はただの猟奇殺人。

261 :天之御名無主:2005/10/13(木) 11:03:51
>251 お願い!2番の答えを教えて!
   あとはわかるからいいや。

何年か前、なんとか杏奈とかゆう女優さんが東南アジアのレポをしてた。
そこでは家を建てるときに生贄として小鳥を使ってたな。
ピーピー鳴いてる小鳥を家の柱を立てるときの穴に入れて、
そのまま柱を立てて押しつぶしてしまうの。

月読が自分に排泄物を食わせた女神を切り殺して、その死体の
穴という穴から穀物が生えてきたという話しに似たのは
あちこちにあるみたいなことも言ってたかな。うるおぼえじゃ。
これも生贄なのかな。


262 :倉乃男:2005/10/13(木) 22:56:58
>>261
いわゆるハイヌヴェレ型神話ですね。生贄の一種でしょうね
バラバラにした女神の体から食物が生まれる話は、世界各地にあるみたいです。
「日本の土偶をバラバラに壊してして埋める」という行為は、その女神殺しの呪術的な擬似行為という説があります。
これも、豊穣を願うために生贄を擬似的にささげる行為と見ることができるのではないでしょうか。
吉田敦彦先生や大林太良先生がくわしく書いていたと思います。

ついでに、月読が女神を殺す方は日本書紀にかかれていて、古事記の方では女神を殺すのは須佐之男になっています。


263 :天之御名無主:2005/10/14(金) 00:51:39
>262 レスありがとう。
》ついでに、月読が女神を殺す方は日本書紀にかかれていて、
 古事記の方では女神を殺すのは須佐之男になっています
これも実は知りたかったことです。
山岸涼子の漫画では月読が女神を殺していたのだけど
(昔読んだ子供向けの神話の本でもそうだった)
雑誌か新聞のコラムではスサノオになっていたので、「???」だったのです。
どうもありがとう。

264 :天之御名無主:2005/10/15(土) 13:10:46
>>255
昔、開姫というお后がいた。この開姫の姉、姥姫は容姿が醜く、さらに嫉妬心もひどく、他人が憂えているのをみて喜ぶほど性格も悪かった。
そのためか四十才になっても独身で、さらに性格は悪くなり他人を悪く言い、自分を讃える。そのため、妹の開姫やその夫とも不仲で合った
で、この開姫の子の長女の木の花姫が十三才で嫁ぎ、子を儲けたわけだが、それに対して姥姫が「あなたは幸せそうで羨ましい。私はなぜか四十を過ぎても独り身で、切ない」と悲しんだ。
それに対して木の花姫は「貴女が独り身なのは、心がひね曲がって、嫉妬深いので、誰も妻に迎え入れようとしないのだ。素直になりなさい」と諫めた。
素直な心になろうと思った姨姫は、姨捨の田毎の月を見て改心し、懺悔して姨石から身を捨て、天に登った。
以来、この山を姨捨山と言い伝えている。

265 :らいこ:2005/11/04(金) 12:08:36
全部読みました。おもしろかったです。
最近こういうのにはまったのですが、もっと生贄の儀式が詳しく紹介されている本やサイトがあれば教えて下さい。

266 :天之御名無主:2005/11/05(土) 09:16:44
生贄の儀式>R16指定なので自粛

ただ、御饌は神に捧げる幣帛のことで、新鮮な生のまま神前に供える生饌
と加工した熟饌とでは処理の仕方が異なっていました。
本来、食物の恵みを神に感謝する行為であり、神事では神の恩恵にあずか
る意味から、捧げた生贄を必ず氏子一同で食しました。

267 :天之御名無主:2005/11/06(日) 10:36:24
「たたら場」が「たたり」や「祟る」という語の語源というのは
ほんとうですか?


268 :天之御名無主:2005/11/06(日) 23:50:30
>>264「懺悔して姨石から身を捨て、天に登った。 」
今でいう投身自殺?それで天に昇る?辻褄が合わないのではないの?

269 :天之御名無主:2005/11/08(火) 22:12:02
いまの老人は幸せである。

270 :らいこ:2005/11/09(水) 12:01:01
本とかご存知じゃないですか?


271 :天之御名無主:2005/11/09(水) 18:12:01
橋姫とかは?

272 :天之御名無主:2005/11/09(水) 22:20:42
暴力のオントロギー 今村 仁司 勁草書房, 1982/01
排除の構造―力の一般経済序説 今村 仁司 筑摩書房, 1992/10


273 :天之御名無主:2005/11/09(水) 22:40:41
袖ヶ浦市坂戸市場にある坂戸神社は白鳳2年の創建で手力男命を祀る
が、毎年7月に境内の老松巨樹で古来人贄を献ずる神事があった。

栃木県那須郡那珂川町の健武山神社でも、神贄があったときいた事が
ある。この神社では今も髪焼祭というものがあり、一年間、婦女の髪
を集めておいて、祭りに境内で焼く儀式が残っていて、名残という。

274 :らいこ:2005/11/10(木) 03:41:01
大変興味深いです。そういう知識はどこで学ぶのですか?
ご自分で調べて歩かれたのですか?
そういう事を書物で学ぼうというのは無理な事でしょうか?

275 :天之御名無主:2005/11/10(木) 17:25:18
らいこ、とりあえず大きい本屋の「歴史」とか「民俗」という棚のへんを探してごらんなさい。
ここに出てきたキーワードを頼りに、書名や目次を見るのだ。

276 :天之御名無主:2005/11/10(木) 20:58:47
この程度、ネットでもあるが、そんなに書籍がほしかったらアマゾン
いってこいや。

「神、人を喰う―人身御供の民俗学」六車 由実 (著)
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788508427/250-1126972-3164249


御贄狩や御贄採の神事は日本中、あちこちにあると思うが。

穂の国(東三河)の国造であった兎上足尼命は初め平井の柏木浜に祀
られたが、間もなく二川に遷座になった。
兎足(うたり)社には、人見御供があり"○の大祭"の初日にこの街道を
最初に通る若い女性を生贄にする習慣があったと伝えられている。

伝説としてある年のこと、贄狩に奉仕する平井村の人の前を若い女性
が故郷の祭礼と父母に逢う楽しさを胸に秘めて、暁の街道を足早に通
りかかり橋の上まで来た、見ればわが子である、「ああいかにすべき
か」と苦しんだが、神の威光の尊さに「子だが止むを得ん」と、遂に
生贄にして神に奉った。
それからこの橋を、子だか橋と呼ぶようになったということである。
現在、兎足神社では、十二羽の雀を贄に替えて行われている。

277 :天之御名無主:2005/11/10(木) 21:13:02
これは青森の↓

ttp://www.pref.aomori.jp/nseibi/03hiroba/01manabu/01rekisi/intro.html

278 :天之御名無主:2005/11/10(木) 21:19:30
幸せは他人の不幸によって作られている

279 :らいこ:2005/11/11(金) 00:11:17
今も昔も変わらないんですね。
色々教えて下さってありがとうございます。
六車さんのは少し前から気になっていて図書館に予約しに行ってきました。
ネットで色々調べていて思ったのですが鳥居が沢山並んで立っている所が
ありますよね。あれは何か意味があるのでしょうか?
ご存知でしたら教えて下さい。

280 :天之御名無主:2005/11/11(金) 21:02:36
寄付した個人・団体が沢山あったんでしょう。

281 :天之御名無主:2005/11/12(土) 11:16:19
地元の者ですが、坂戸神社は戦国時代末期まで人贄祭りがあり、
大俎板の上で御贄狩にかかった生贄を切り刻む神事がありました。
江戸期にはいり、その真似事の神事に変わっていきました。

282 :天之御名無主:2006/01/07(土) 20:29:15
諏訪の御柱祭りな。昔生け贄があったという話しは聞く。今はない。
生け贄はなくなったが御柱は今も続いている。

っというのがこのスレでの諏訪大社の御柱の祭りについての文献上、テレビでの認知だ。

ところがな、じつは今でも生け贄は捧げられている。というか出ている。
子供が捧げられている訳ではないがだいの男が捧げられている。

地元付近に住んでいるから知っているが、御柱祭りの御柱を運ぶ作業。
ニュースなどで急な土手を下るがほぼ毎回の頻度で人がひき殺されている。
毎度生放送で流しているからケガ人はすぐに人混みに隠してしまうが巨木の下敷きになっている人がいるらしい。

神が贄を欲している。ってところかな?


283 :天之御名無主:2006/01/26(木) 22:31:36
      

284 :天之御名無主:2006/01/27(金) 23:21:32
神贄とは、今もそうですが、神と共に神子社人が饗をする事です。
動物は兎や蛙、魚鳥から猪まで、植物は五穀、山菜を備え、潰して料理し、
皆で食すのです。

つまり人身御供も、つまるところ神供に形を借りたカンバリズムだった訳。

285 :天之御名無主:2006/02/03(金) 11:48:17
日常豚や牛の肉を食べることも広義の意味で生贄なんだぜ

286 :天之御名無主:2006/02/03(金) 13:20:18
>>253
こけし=子消し

初めて知った。子供を供養する為の人形だったのか。どおりで不気味な訳だ(ガクブル
日本昔話は怖杉!

287 :天之御名無主:2006/02/03(金) 18:52:55
>>286
こけしについては↓のスレでいろいろな説が出てる

【東北】謎の多いこけし【子消し】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/min/1093518151/

288 :天之御名無主:2006/02/03(金) 22:02:12
日本の人柱の歴史は古い。文献と残っている中では「魏志濊伝」が最古だろう。
その中に、濊(朝鮮半島東岸部)の国の更に東海の島での出来事が綴られている。

「国人、嘗て船に乗りて魚を捕うるに、風に遭い吹かるる事数日、東の方、一島
をうる。上に人有り、言語相覚らず。其の俗常に七月を以て童女を取りて海に沈
む」と。

地理的な点からこの島が日本である事は動かしようがない。旧暦の7月頃に行わ
れていた日本海沿岸部での習慣がここに伝えられているが、これは魏志倭人伝と
同じ時代の話だ。日本が史書に現れた最初が人柱習俗の特殊性だったといっても
過言ではない。

これは記紀のヤマタノオロチ神話・クシナダヒメ入水説話と傍証できるものだ。
日本は生贄から歴史がはじまった。

289 :天之御名無主:2006/02/05(日) 10:39:53
生贄は神代の昔から・・・・

290 :下諏訪市民:2006/02/07(火) 00:50:39
>>282
「ほぼ毎回」なんて嘘つくな。
死人が出たら即ニュースになるくらい少ないぞ。

291 :1:2006/02/12(日) 00:44:03
嬉しいねぇ。
5年目に突入なw

292 :天之御名無主:2006/02/12(日) 12:28:51
それほど人気のないスレなんだ・・・

293 :天之御名無主:2006/02/12(日) 16:35:54
この板では気にならないがな。
どのスレも長生きしてるよ。

294 :天之御名無主:2006/02/26(日) 02:24:28
>>282
あんた地元民じゃないでしょ。
地元民なら「御柱を運ぶ作業」「急な土手を下る」なんて絶対言わない。
ちゃんと「山出し」「木落とし」「里曳き」って言うはず。
わけのわからないガセネタを流さないで。

295 :天之御名無主:2006/02/26(日) 07:59:43
御柱だから「山出し」「木落とし」「里曳き」。
人柱だったら?

296 :天之御名無主:2006/02/26(日) 08:03:32
>33
五年前越しのレスでアレなんだけど、馬の去勢って最近。
明治に外国人の軍人さんに最近の流行を教えてもらってた時にビビられてたハズ。

297 :天之御名無主:2006/02/26(日) 23:48:49
なんか、御柱と神使の話が混ざったんじゃないのか?

298 :天之御名無主:2006/03/01(水) 00:02:42
>>295
…人柱は山から切り出したり、坂道を突き落としたり、
町中を引きずり回したりはしないだろw

299 :天之御名無主:2006/03/01(水) 22:57:41
>>295
すぐ埋めるんでないの?

300 :天之御名無主:2006/03/02(木) 20:49:56
>>299
埋めるだけではないようです。

ttp://www.pref.aomori.jp/nseibi/03hiroba/01manabu/01rekisi/hitobasi.jpg

301 :天之御名無主:2006/03/05(日) 00:43:27
>>300
これは罪人を処刑しているように見えるな。
説明文か何か無いの?

302 :天之御名無主:2006/03/13(月) 13:55:57
インカかマヤか忘れたが、青年を一年間神様として扱い、
4人の処女を嫁として与えた後で、生贄にしたそうだ。

303 :天之御名無主:2006/03/13(月) 21:42:13
>>301
それぐらいてめえでググれや。ホレ。

ttp://www.pref.aomori.jp/nseibi/03hiroba/01manabu/01rekisi/intro.html#002

ttp://www.pref.aomori.jp/nseibi/03hiroba/01manabu/01rekisi/intro.html

304 :天之御名無主:2006/06/12(月) 20:15:25
恐怖の人食い大観音。
それは、天保の飢饉に喘ぐ貧村に突如として現れた。
カラーン!カラーン!乾いた鐘の音と共に、
身の丈、三十丈はあろうか、ゆっくりと歩む青銅の観音。
おお!有り難い事じゃ!観音様が現れなさった!
おおーい!村の者、広場に出るのじゃあ!
ざわざわ・・、おお、観音様じゃ!観音様がこっちにいらしゃるぞ!どうかわしらを救って下され!
手に印を結び、どこか狂おしい笑みをたたえた大観音が、ゆっくりと地面を滑るように村人に接近する。
カラーン!カラーン!とうとう、村人の所までやってきた。
ありがたや、南無〜。地にひれ伏す村人達。
ぎぎぎっ、観音は身をかがめると、フフゥ〜とやさしく村人達に息を吹きかけた。
グエ、グフッ!たちまち強烈な腐臭と死臭があたりにたちこめる。
動転する村人、その瞬間、観音の巨大な手が目にも止まらぬ速さで、村人を掴む!
ブチッ!ブチッ!ギャッ、ギャーッ!次々と手にかかりその狂った笑みをたたえた口で、思い切り貪り食う。
あたりは、血と飛び散った臓器の海、悲鳴と絶叫がこだました。
とうとう一人残さず食べ尽くすと、鐘の音と共に観音はいず方へと去って行った。

305 :天之御名無主:2006/06/18(日) 22:51:52
>227
嫁殺し田なんて初めて知りました。
農耕生産に直接貢献しない者に対しては非情に
ドラスチックな習慣と民俗で処理していた農村が
現在嫁不足なのは何とも皮肉な話ですね

306 :天之御名無主:2006/07/08(土) 11:13:52


307 :天之御名無主:2006/09/29(金) 16:07:46
>元逆手神社と称した。

坂戸神社って以前は逆手神社だったらしいけど、
生贄の祭りと関係あるのかな

308 :天之御名無主:2006/10/29(日) 12:43:01
興味津津あげ

309 :天之御名無主:2006/11/03(金) 16:58:03
農村が、のどかで自然と共存とかいうイメージは近代以降のの幻影。
戦前の農村の生活の窮乏と閉鎖性、大地主の横暴は、農村の前近代の実態だった。

310 :天之御名無主:2006/11/04(土) 01:21:11
雛祭りの原形も人身御供だったとモノの本で読みました
毎年少女を川に流し……
これが後の流し雛だそうです


311 :天之御名無主:2006/11/04(土) 08:58:14
日本の人柱の歴史は古い。文献と残っている中では「魏志濊伝」が最古だろう。
その中に、濊(朝鮮半島東岸部)の国の更に東海の島での出来事が綴られている。

「国人、嘗て船に乗りて魚を捕うるに、風に遭い吹かるる事数日、東の方、一島
をうる。上に人有り、言語相覚らず。其の俗常に七月を以て童女を取りて海に沈
む」と。

地理的な点からこの島が日本である事は動かしようがない。旧暦の7月頃に行わ
れていた日本海沿岸部での習慣がここに伝えられているが、これは魏志倭人伝と
同じ時代の話だ。日本が史書に現れた最初が人柱習俗の特殊性だったといっても
過言ではない。

これは記紀のヤマタノオロチ神話・クシナダヒメ入水説話と傍証できるものだ。
日本は生贄から歴史がはじまった。


312 :天之御名無主:2006/11/04(土) 16:27:09
       ↑ >>311
          ∩_ 
           〈〈〈 ヽ
          〈⊃  }
   ∩___∩  |   |
   | ノ      ヽ !   !
  /  ●   ● |  /
  |    ( _●_)  ミ/ <こいつ出来るな! 面白い !
 彡、   |∪|  /
/ __  ヽノ /
(___)   /



313 :天之御名無主:2007/01/20(土) 19:05:57
都城に神柱神社があり、神柱という姓もあるが、
こ、こ、これは まさか 神を生贄としたのか?

314 :天之御名無主:2007/01/22(月) 09:03:03
釣りか?w
おおかた神御柱とかだろ?

315 :天之御名無主:2007/01/24(水) 21:34:39
中南米のインテイライミだか太陽の祭りっていうような儀式に使っているリャマは
本物なんですか?生きているんですか・


316 :天之御名無主:2007/02/10(土) 13:42:29
生け贄コワス(T_T)

317 :天之御名無主:2007/02/14(水) 20:58:38
年収500以下は贄じゃないか?

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