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あなさがな。古語辞典のミスをあげつらう。

1 :ひがもの:02/02/14 12:35
「かかやく」に他動詞の用法はない。

「昼も夜も来る人をなしとて何しにかはかかやきかへさむ」(枕・
里にまかでたるに)は「昼も夜も来る人をどうして不在だといって
恥ずかしがらせて帰せるだろう」という意味である。しかしここの
「かかやく」は「恥ずかしがらせる」という意味の他動詞ではない。
そう解く古語辞典が複数あるが、あやまりである。「かかやきかへ
す」は「かかやきかへる」ようにさせる、ということで、意味的に
は「かかやきかへる」の使役形だといえる。「かへす」の持つ使役
の意味あいが、「かかやきかへす」の「かかやき」にも及ぶのであ
る。使役の部分が共通因数になっているので、展開して「はずかし
がらせ、帰らせる」としても意味は同じである。「かかやく」単独
でハズカシガラセルという意味になりうるわけではない。「かかや
く」はあくまで自動詞である。
このようなことはさほどめずらしいわけではない。源氏・ははきぎ
の、指食いの女のところにある、「いかで懲るばかりのわざしてお
どして、この方もすこしよろしくもなりさがなさもやめむ」の「な
り」も、「やめむ」(=ヤメサセヨウ)の使役性が及ぶ結果、「な
し」と同義になる。諸注あやまる。同例、いま数個収集したるも、
省く。


2 :名無氏物語:02/02/14 12:56
ちゃんと文献引証しろよ。これじゃ使えんぞ。

3 :名無氏物語:02/02/14 14:59
>>1

どの古語辞典なのか言ってくれよ
これじゃ使えんぞ

4 :あっはっは。:02/02/14 22:30
そうともいえないんじゃない? 君に古文の基礎があればね。

5 :調べ魔:02/02/15 01:22
旺文社古語、旺文社全訳、小学館全訳、三省堂全訳読解、
三省堂霊界、三省堂新冥界、ベネッセ古語、ベネッセ全訳、
明治書院詳解、などです。

問題は何より、件の文法的事実の認知度では?


6 :名無氏物語:02/02/15 12:46
辞典ってのはコピペだから、
1つでたまたま間違えると、
芋づる式に間違えてしまうの。

7 :名無氏物語:02/02/15 23:12
しってる。ここまでいもづるだと笑える。

8 :名無氏物語:02/02/16 14:32
その2「いかなる」に「何らかの」のような訳語を追加すべきこと。

いかなる讒言などのありけるにか 源氏・柏木  何らかの讒言など
があったのだろうか。「どのような讒言があったのだろうか」では文
脈にあわない。
よからぬ御うしろみどもの心にていかなることかありけむ 源氏・若
菜下
(何らかのことがあったのだろうか)
かの大将殿、いかなることか聞き給ふこと侍りけむ、宿直する者おろ
かなりなどいましめおほせらるるとて 源氏・蜻蛉 何らかのことを
お聞きになるということがあったのでしょうか 

ほかの疑問詞にも同様のことがある。たとえば「いづち」は時に「ど
こに」ではなく「どこかに」という意味になり、「いつ」は時に「い
つか」を意味する。
かかることには涙もいづちかいにけむ、 ただうつぶしふし給へり 源
氏・椎本
こういうできごと(父の死)では、涙もどこかにか行ってしまったの
だろうか、ただただうつぶしていらっしゃる。

ありし御さまを、よそながらだに、いつかはみんずる 源氏・手習
これなどは、何と!というべきか、「いつかは見るだろうか」という
意味。


9 :名無氏物語:02/02/22 17:21
「聞く」といふこと、今の「耳を澄ます」といふ心なるも多く見えたるに、
さぞとたしかに言へるふみこそ少なかめれ。まくら草子にうぐひすを、う
ちに十年ばかり候ひて聞きしにげにさらに音もせざりき、まかでて聞けば
あやしき家の見どころもなき梅などには花やかにぞ鳴く、などいへる「聞
く」も、今のにはことなり。

10 :名無氏物語:02/02/23 12:40
少なくとも、新明解の上代は、ましだと思う。書いてる人が書いてる人だけに。

11 :名無氏物語:02/02/23 13:32
全体として古語辞典がとてもよくなってきたのは事実。上代に限らず。
細部にはまだ色々問題がある、といっているだけ。たとえば、

助動詞「る」「らる」の語義を記述する時、間
接受身とか被害の受身と呼ばれる用法が古文に
もあることは落とせないはずですね。さるに、
明記している辞書は少ない模様。

「宮はそのころまかでたまひぬれば、例の隙も
や、とうかがひありきたまふをことにて、大殿
には騒がれたまふ」  源氏・紅葉賀
「源氏を騒ぐ」の態を変えたものではないこと
に注意。



12 :名無氏物語:02/02/24 19:53
あまりうるさくもあればこのたび出でたる所をばいづくともな
べてには知らせず (枕・里にまかでたるに)
この「なべて」などは「春」「山」「限り」などのたぐひ(名
詞)とぞいふべき。かかるもあるに、さるべきふみどもを見れ
ど(見テモ)、あやしう、ただ「なかなか」「いささか」「や
がて」などのたぐひ(副詞)とのみいへり。今の人のいふ「す
べて」はこれにもかれにもありとたしかにことわれるを思ふべ
し。



13 :名無氏物語:02/02/26 00:56
「枕」の「はしたなきもの」に「あはれなる事など人
のいひいでうち泣きなどするに、げにいとあはれとは
聞きながら涙のつと出でこぬいとはしたなし。泣顔つ
くりけしきことになせどいとかひなし」とある「つと」
は、「急には」という意味ではなさそう。ほかの用例
とも合わないし(有名なのは「おもかげにつとそひて」
か)、そもそも枕のここの文脈にも合わない。急に
(は)出てこないというのでは、後になって出てきた
みたいではないか。「つと」は今の「ずうっと」に近
い用例が多い(すべてそうというのではない)。涙が
ずうっと出てこない、涙がいつになっても出てこない、
というのではないかね。



14 :名無氏物語:02/02/26 07:13
これ、メチャ良スレ。

あんたら、紀要でいいから書いてる?

15 :よろこびまうさむ:02/02/26 19:40
「ず」の訳語としてもっぱら「ない」しか載せないのは、
随分よくない。たとえば「見ず」は「見たことがない」
と訳すべきことも、「見ていない」と訳すべきこともあ
る。この点に関する間抜けなミスが、しばしば立派な注
釈書にも見られる。

16 :age:02/02/26 19:59
万葉集の現代語訳がのってるホムペのURLを教えてください

17 :いさ:02/02/27 18:23
さても日記めきてもあるかな。


「ず=タコトガナイ」の例
うれしきもの。まだ見ぬ物語の一を見て (・・・) 枕
いまだ芋粥にあかせたまはずや 宇治拾遺
「ず=テイナイ」の例
実には似ざらめどさてありぬべし  源氏・ははきぎ
今は「似ていない」というが、「似たらず」とは言わない。
古今仮名序「これかれえたるところえぬところたがひになむある」
 「えたり」の否定は「えたらず」ではない。

ちなみに「思ひたらず」はもっぱら「思っている様子だ」という意味。
今は「私はそう思っている」などいうが、「我はさ思へり」とは言わ
ない模様。アスペクトに関しては、今と昔とでたいへん微妙な違いが
数々ある。それが面白いところでもある。



18 :名無氏物語:02/02/28 23:25
古文では格助詞「を」の使える範囲が今よりも広い。
この御ことにふれたることをば道理をも失はせ給ひ  桐壺 
 →この「を」は「に関して」「について」などに当たる。
右近を、いざ二条の院へとの給へど 夕顔 →「に対して」
などに当たる。「対象」「経過点」「期間」などなどという
ような分類はずいぶん恣意的で、客観性もあまりない。これ
に対して、例えば平安中期の格助詞「を」に対応する標準的
な現代日本語はこれこれだということは、客観的な事実の記
述だといえる。

むろんこの「を」は省略可能。
枕(角179)に「暁にはとくおりなむと急がるる、
「葛城の神もしばし」など仰せらるるを、いかですぢ
かひ御覧ぜられむとてなほ臥したれば(以下略)」と
ある「急がるる」は「急がるるを、」と同じこと。直
訳的には「急がれる、そのことに関して」というよう
なこと。四つばかりの注釈を見るといずれも「急がる
る。」とする。しかし連体止めのふさう文脈ではない。

接続助詞の「を」も省ける、と考えるとうまく説明で
きることがあるのではないか。両者はもともと別物で
はないし。



19 :名無氏物語:02/03/02 21:16
問題。「したなめずり」「ざこ」「たらひ」「ながゐ」/
「さりげなし」「なだかし」/「あぶる」「ながびく」/
「ありのままに」「おひおひに」の十の古語の共通点は?

答えは、どれも基本的に古今同義だということ。ところで
古語辞典とは現代人のためにひとつひとつの古語に関する
事実(お望みなら「情報」といってもよい)を記述した書
物であろう。昔から腑に落ちないのは、たとえば「ざこ」の
項に「種々の小魚」のような説明(そしてそれだけを)を載
せる意味があるのか、ということである。「さりげなし」の
項に「そうしたことがある様子でない」のような“訳語”を
載せる意味があるのか、ということである。「「ざこ」とい
う古語に関する事実として何より重要なのは、それが基本的
に古今同義だということである。古語「ざこ」は基本的に今
の「ざこ」と同じと思っていいのか悪いのか。「さりげなし」
は「さりげない」と訳しうるのか訳しえないのか。古語辞典
はそれに明示的に言及すべきではないか。「言い換えなくて
よい」はその古語に関する重要な事実であり、情報(いやな言葉だ)
である。「(項目)ざこ。(説明)名詞。種々の小魚」では、
古語「ざこ」に関する最適の訳語を与えていないということになる。
「(項目)ざこ。(説明)名詞。ざこ」の方が、むしろ正確だし、
現代語訳する時の指針としての有用性もある。(ちなみに古語
「ざこ」=現代語「ざこ」はトートロジーなどではない)。古語
辞典は(現代語の)国語辞典ではない。かれはこれとは用途が異なる。




20 :初心者:02/03/03 14:05
 あのー、ここでこんなこと聞くのもなんなのですが、良いスレだし、その道の方
が集まっていそうなので質問。 一冊古語辞典を買うとしたら何がよいですか?
旺文社の新しい版も出ましたが・・・。

21 :名無氏物語:02/03/04 10:48
三省堂の全訳読解、旺文社の全訳、小学館の全訳古語例解などか。以上
三つは優先順位ではない。岩波などは、店員にマークされるので素人に
はおすすめできない。さて、

若紫の巻に「かかる所にはいかでかしばしも幼き人のすぐしたまはむ」
などある「すぐしたまはむ」は「すぐしたまふべき」といふ心(要スル
ニ、可能、ナイシ可能性ノ推量)なり。徒然草に「とびおるともおりな
む」とあるも論なう「おりぬべし」といふ心なり。「ぺし」になずらふ
べき「む」のあるなり。

「心あてに折らばや折らむ」といへるも、「心あてに折らばや折るべき」
といふにやあらむ。「さらでは折るべきやうなし」となり。さるべきふ
みどもを見しに、げにとおぼゆることこそなかりしか。さるはいとあま
たも見ねど。


22 :名無氏物語:02/03/06 00:29
「けふ」ははっきり「その日」と訳すべき場合がある。
大鏡・頼忠伝(流布本)「あまりよろづしたためあまりたまひて、
殿のうちに宵にともしたる油を、またのつとめて、侍に油瓶を持
たせて女房の局までめぐりて残りたるを返し入れて、また今日の
油にくはへて、ともさせたまひけり。あまりにうたてあることな
りや
この「けふ」は発話の時点ではなく、話題になっている出来事の
起こった時点を指している。つまり問題はダイクシスということ
にかかわる。

こぞのけふ、などもそう。


23 :名無氏物語:02/03/06 11:19
状態の「て」は動詞にも付く。
もののけくははりて見えさせ給ふ(若紫)は河内本では
「もののけくははれるさまに見えさせ給ふ」とある。
「て≒たるさまに」のような言い換えができることがあ
るのである。古今の「袖ひちて」もこれ。

ほかにはさまかはりて見ゆ 335(数字は「大成」)
「うれしくおもふ≒うれしとおもふ」の語法もからむと
「て≒たるさまに≒たるさまなりと」ということになる。
やうかへてをかしうおもひつづけ 207
やうかはりておぼさる 101
なかなかさまかへておぼさる 117

これらの「て」を状態の「て」と別扱いにするのはうまくない。


24 :名無氏物語:02/03/07 10:48
「ぜってー行きてー」といふこと、昔は
「いかで行かむ」「いかで行かばや」など
いひけむ。「いかで」をばふみどもに「何
とかして」「どうかして」などやうの心と
のみいへるが少しあかぬなり。「いかで」
の所に「是非」「是非とも」などいふ言葉
をあらせばやとこそおぼゆれ。「いかでそ
のことせむ」などいふ「いかで」、ふるき
ふみどもにはいと多かり。今「何とかして」
といふことにはこよなうまされり。「どうか
して」は聞き知らぬも多かるべし。「いか
で」は、さらなり、もとは「いかなるやう
にて」などいふ心なれど、初山踏には「そ
のしかいふもとの心」にまつはるまじきこ
となりとあり。げにさることなり。「用ゐ
る心」を見るに、なほ「是非とも」などを
あらせまほしう思ふなり。「絶対」、少しし
どけなき心地すれば、のすべきにもあらず。
「ぜってー」、あまりなり。らうがはし。



25 :名無氏物語:02/03/09 12:05
「いやし」に「けちだ」という意味はあるか。
十種の古語辞典を見たところ、「けちだ」「けちくさい」という訳語
を挙げたものが六種、挙げていないものが四種。「けちだ」という訳
語を挙げた六つのうち五つがが「枕」の積善寺供養のところの一節「い
かにいやしく物をしみせさせたまふ宮とて」を例文に挙げる(今一つ
は芭蕉の文)。「けち」という概念は「下品」という概念よりもずっ
と限定されており、古文にでてくる「いやし」を特にことさら「けちだ」
と訳さなければならないという用例があるのだろうか。あるかもしれな
いが、少なくともこの枕の文はそうでない。ここは「いくら下品なこと
に物惜しみする宮だからといって」というのではないか。渡辺実のいう
「先導批評」。ただ氏はここは「けち」説。しかしそうすると「物をし
みす」と重なりすぎる気がする。

26 :名無氏物語:02/03/09 22:21
平安中期の「おぼゆ」が「(人に)思われる」という意味(受身)になる
ことはあるか。「ゆ」の起源はこの場合判断材料にならない。あくまでも
実例主義で行く必要がある。検索すればあきらかだが「思ふ」の受身形
「思はる」の用例は枚挙にいとまがない。「おぼゆ」は基本的には「思ふ」
の自発形という位置付けがよいようである(「思はる」の「る」が自発に
なることは、少なくともたいへん少ないであろう)。「思はる」が受身の例。源氏。
今さらにしか忍びたまひけむこと知りにけりとかの人にも思はれじ、ただ
大臣にいかでほのめかし問ひきこえて、先々のかかる事の例はありけりや、
と問ひ聞かむ。
法師なれどいと心恥づかしく人柄もやむごとなく世に思はれたまへる人なれば
他方、「おぼゆ」が自発ではなく受身である明確な例は、少なくともたい
へん少ないようである。古語辞典には、
この世の中にはづかしきものとおぼえたまへる弁の少将の君  落窪巻一集成73頁
世の中に手書くとおぼえたる上中下の人々にもさるべきものども思しはか
らひて尋ねつつ書かせたまふ 源氏・梅が枝
が載っている。
しかしこれらは単純素朴な「おぼゆ」の受身形というものではなく「評判
になっている」というニュアンスをともなっている。(ここで思い出され
るのは源氏・若紫の「この世にののしりたまふ光源氏」という言い方である。
この「たまふ」は源氏への敬意と取るしかなく、すると「源氏<が>この世に
ののしりたまふ」という言い方になる。そこでこのような「ののしる」は
「人びとが大声をだしてうわさする」から転じた「高名だ」というような
意味とするわけだが、「おぼゆ」にも似た事情があるのかもしれない。

夕顔の「かう長かるまじきにてはなどさしも心に染みてあはれとおぼえた
まひけむ」を受身の「おぼゆ」の例とするのはあやまり。「どうして夕
顔さんは私によって〜思われたのだろう」なんていうバタくさい言い方は
しないし、そうかといって間接受身と取ることもむずかしい。「彼は私に
ピアノを弾かれた」とは(特殊な文脈や修辞的意図がある場合は別として)
言わない。



27 :声をかしうて:02/03/12 11:02
少将「(・・・)」と声をかしうていへば 大和173
この「声をかしうて」は「をかしき声にて」と同義(cf.「律師のいと尊き
声にて(・・・)とうちのべて行なひたまへる」(榊))。
この「声をかしうて」式の言い方は古文に多く、今は少なくかつ古風。「趣の
ある声で」のように語順を入れ替えてしまった方がよいことも多く、時にはさ
らに言葉を補う方がうまいこともある。これは広く観察されるところの、
trivialではない言語的事実であり、何らかのかたちで辞書にのせるべきもの
だと思われる。
紫の上の御心よせことにてはぐくみきこえたまひし故 匂宮 →格別の御
心よせで・特別目をおかけになって)
紫の紙立て文すくよかにて藤の花につけたまへり   をとめ 全集=
「きちんとした立文の形にして」
もとの品高く生まれながら、身は沈み、位みじかくて人げなき  ははきぎ
  全集=「もともと高い家柄に生まれながら」
いとけはひをかしく物語などしたまひつつ 若菜上 たいそう明るい雰囲気
でお話をなさったりして
木の花は 桜の花びらおほきに葉の色こきが枝ほそくて咲きたる 枕 細い枝に
あふことは雲居はるかになるかみの音にききつつこひわたるかな 古今
「かみ、くもゐはるかになる=雷が遠い空で鳴る」)
音羽山けさこえくればほととぎすこずゑはるかにいまぞなくなる 古今142 
遠くの梢で(配列から見て初音。梢のはるか遠くで、と見るよりもこの方がいいのでは)


28 :名無氏物語:02/03/13 21:31
「見る」に直接、例の意味があるわけではない。むつかしくいうならメトニミカル
な転義trope、かつ婉曲語法として、「見る」がそれを意味するのである。「何々を
婉曲的に指す言い方」、のような説明をすべなきのだ。

29 :名無氏物語:02/03/14 13:26
「のたまふやうに物はかなき身には過ぎにたるよそのおぼえはあらめど、
心に堪へぬもの嘆かしさのみうち添ふや、さはみづからの祈りなりける」
(若菜下、紫の上の科白)。この「いのり」は「大鏡」師輔伝の安子に
関する「かやうなる御心おもむけのありがたくおはしませば、御祈りと
もなりて、ながく栄えおはしますにこそあべかめれ」の「いのり」とま
ったく同じ用法。「結果として幸福を増進させる効果を持つもの」とい
うようなこと。若菜上の「師走の二十日余りのほどに中宮まかでさせ
たまひて今年の残りの御祈りに奈良の京の七大寺に御誦経布四千反この
近き都の四十寺に絹四百疋を分かちてせさせたまふ」の「いのり」も。
ここでは品々を奉納することが「いのり」。

30 :名無氏物語:02/03/15 00:16
野球豚の巣窟(藁

http://ime.nu/www.baseball-lover.com

31 :名無氏物語:02/03/15 10:28
よろこぴながら=うれしくなって、さっそく。
ひとつのイディオムマティックな言い方であり、辞典に載せるべき。
いかにいかにと日々に責められ極じてさるべき折うかがひつけて消息しお
こせたり。喜びながらいみじくやつれ忍びておはしぬ。 若菜下
宮も欠伸うちしたまひて「宵まどひをしはべればものもえ聞こえやらず」との
たまふほどもなく鼾とか聞き知らぬ音すれば、よろこびながら立ち出でたま
はむとするに  朝顔
袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほ疎まれぬ大和撫子とばかりほのかに書
きさしたるやうなるをよろこびながらたてまつれる。例のことなればしるし
あらじかしとくづほれて眺め臥したまへるに胸うち騒ぎていみじくうれし
きにも涙落ちぬ。 紅葉賀



32 :「より」のニュアンス:02/03/16 14:14
今の古語辞典の「より」の説明は随分粗い。実際の多様な用例、
微妙な意味の記述がおろそかになっている。
ほどよりは=割には。よくある形だがこれすら落ちている辞典
がおおいのでは。
「よりは」が今の「よりは」とは同一視できず、「より」「よ
りも」と同じと見るよりほかない例もとても多い(古文には「強意
のハ」も多いということの系)。たとえば「〜よりはこよなく
(こよなう)」は「よりもずっと」という意味。面白いことに
「よりもこよなく」は源氏に五例、「よりはこよなく」(含音
便形)はむしろ多くて、十例。意味の差はどうみても、ない。

をこがましうて人に見つけられむよりは鬼も何も食ひ失へと言
ひつつつくづくと居たりし
かうもの思はせたてまつるよりはただうち語らひて尽きせぬ慰
めにも見たてまつり通はましもの
この二例は「〜するくらいなら(いっそ)」という意味合い。

かくてのみつくづくとながめさせたまふよりは時々は渡り参ら
せたまひて御心も慰めさせたまへと思ひはべる 浮舟  「物
思いばかりしていらっしゃらずに」のような気味合いであろう。

ま近くてつらきをみるはうけれどもうきはものかは恋しきより
は(後撰)
これぞ別れの門出といひしらせしほどのかなしさよりは、たひ
らかに待ちつけたるうれしさもかぎりなけれど 更級
のように、「に比べるなら」と訳すほか無いものや、

かねていみじき心をつくしたまふやんごとなきあたりどもより
は、ならはぬ草の枕をめづらしとおぼして、そののちはよひあ
かつきのつゆけさもしらずまぎれたまふよなよなつもりけり 狭衣
のように「と比べて」と訳すほか無いものもある。


33 :名無氏物語:02/03/17 23:28
今は「私に子どもが三人いる」というが、昔は「我子三人あり」
といった。この小さくない差に由来する誤解も多そうである。
「かならずかやうのことわがおこたりにて流されたまふにしも
あらず。よろづのこと身にあまりぬる人の、もろこしにもこの国
にもあるわざにぞ侍るなる」(大鏡・道隆伝、伊周に関する言及)
。これは「あちらでもこ
ちらでも、(そういうことは)身に余る人に起こるものだそう
です」というようなこと。「身にあまりぬる人」は「自分とし
てのあるべき限度を越えるさいわいを得てしまった人」という
ような意味。以下も同形。
ことぐさ物の名など心得たるどち片はし言ひかはし目見あは
せ笑ひなどして心知らぬ人に心えずおもはする事、世なれず
よからぬ人の必ずある事なり 徒然78
何事も珍しき事を求め異説を好むは浅才の人の必ずある事な
りとぞ
徒然116


34 :名無氏物語:02/03/19 11:41
「びんなし」の代表的な訳語として「不都合だ」を前面に出すのはよくない。
もはや古風すぎる。「よくない」「まずい」などの訳語をあらせたい。

下二段の「たまふ」の訳語として「させていただく」も問題がある。「さ思う
まへて」と「そう思わせていただいて」が意味上とても近いなんてことはない
ではないか。 たしかに「そう思いまして」と訳してもニュアンスがややズレ
てしまうけれど、「させていただく」で決まり、というような言い方は不当。

上代の「めり」の唯一の例という「勝ちめり」を根拠に、上代東国では「連用
形接続」といってしまう本が少なくないが、今でも東北では「寿司」(すし)
を「すす」に近く発音するんでしょ? 「勝つめり」がすこしなまったものと見
る方が自然では?




35 :名無氏物語:02/03/19 22:54
大学でベネッセ古語辞典を指定されているんですが、どうなんでしょうか?

36 :名無氏物語:02/03/21 22:48
少なくとも特によいものとはいえない。


「なる」を補って考えるべき例というべきだろう。体言+接続助詞
「を」という形の場合すべて「なる」を補えると見られる以上、そ
のことに言及しないまま「体言接続のこともある」といってしまう
べきではない。例えば「私のものだ」という意味で「我がなり」と
いえるが、だからといって「断定のナリには格助詞ガが接続するこ
ともある」という言い方をすべきだといえるだろうか。「忘れじの
行く末までは」という用例から、「の」には助動詞「じ」も付くとは
いえまい。

ちなみに
大納言ばかりに沓とらせたまふよ 枕
駿河の清見が関とあふさかの関とばかりはなかりけり  更級
なども「なる」を補い「ばかりなる」という形と見るべきもの。



37 :名無氏物語:02/03/23 11:41
「するやいなや」は、いわゆる即時の「より」のよい訳語か。ランダムな採集
例は以下の通り。
1 命婦かしこにまで着きて門ひきいるるより、けはひあはれなり 桐壺11
2 御車よするよりはなやかにけはひことなるを 薄雲608
3 御かどひきいるるよりけはひことにひろびろとして 玉かづら741
4 うちみるよりめづらしくうれしきにもひとつなみだぞこぼれける  須磨432
5 うちきくより胸ふたがりておほゆれど 明石468
6 (我が子柏木を失った致仕大臣を夕霧が)みたてまつりたまふより、いと
しのびがたければ 柏木1259
7 ふねより御車にたてまつりうつるほど日やうやうさしあがりて(明石入道、
源氏を)ほのかにみたてまつるより老いもわすれよはひのぶる心地して 明石
8 はるけき野辺をわけいりたまふよりいとものあはれなり さかき334
9 近き渡殿の戸おしあくるより御簾のうちの追風なまめかしくふき匂はして
  やどり木 1767

いずれも「ちよっと何々しただけでもう何々」という気味合いであることに注
意すべきである。「するやいなや」は例えば「トイレに入るやいなや電話が鳴
った」「彼女は『いや』と言うやいなや、失神した」のように「ちょっと何々
しただけでもう何々」というニュアンスを伴うとは限らない(たぶん伴わない
ことの方が多い)。このズレは無視できない。「即時」という命名にも問題が
ある。
要するに問題の「より」は「吹くからに秋の草木の」などの「からに」に近い
わけである。(ヨリとカラ。事後的にはナルホド、というわけ)
「するやいなや」に当たるのは「ままに」だというべきだろう。


38 :おわびと訂正。:02/03/23 22:17

接続助詞「を」がまれに体言にも付くというのはよい説明のしかたで
はない。「白露の色はひとつを(=ひとつなるを)」などの例は、
「なる」を補って考えるべき例というべきだろう。体言+接続助詞
「を」という形の場合すべて「なる」を補えると見られる以上、その
ことに言及しないまま「体言接続のこともある」といってしまうべき
ではない。例えば「私のものだ」という意味で「我がなり」といえる
が、だからといって「断定のナリには格助詞ガが接続することもある」
という言い方をすべきだといえるだろうか。「忘れじの行く末までは」
という用例から、「の」には助動詞「じ」も付くとはいえまい。

ちなみに
大納言ばかりに沓とらせたまふよ 枕
駿河の清見が関とあふさかの関とばかりはなかりけり  更級
なども「なる」を補い「ばかりなる」という形と見るべきもの。



39 :意外にも。:02/03/24 11:50
「〜するうちに=〜スルウエニ」という語法が落ちている辞典が多い
(数種見た限りでは、ないか、不当な説明)。

京の御住処尋ねて時々の御消息などあり同じさまにのみあるも道理な
るうちにこの月ごろはありしにまさる物思ひに異事なくて過ぎゆく 若紫

優秀な源氏読み達の経験的に知っていることが辞典に反映されていない、
ということはほかにも色々あるのではないか。



40 :名無氏物語:02/03/25 17:39
「今は」のひとつの訳語として「さよなら」を載せるべきだろう。実際、
現代語の「さよなら」にいちばん近い中古語は「今は」だと思われる
(つねにそれが最適訳だといいたいのではない)。
今はとて別るる時は天の川わたらぬさきに袖ぞひちぬる  古今182
今はとて君がかれなば我が宿の花をばひとり見てやしのばむ  古今800
これらの「今は」は「もうお別れだ」「もう行かなくては」のように訳さなく
てはならない、というようにはいえないだろう。“Good morning”
や“You know”のような会話の決まり文句の訳語を考えて見ればよい。

「やや」に「あのう」という訳語も欲しい。「もしもし」だけでは「やや」の
守備範囲をおおえない。


41 :名無氏物語:02/03/26 11:53
いわゆる危惧を示す「もぞ」「もこそ」の訳語として「〜たら困る」
「〜といけない」「〜と大変だ」がうまくないこともある。

1 今はかひなきものゆゑ常にかうのみ思はばあるまじき心もこそ出
で来れ、誰がためにもあぢきなくをこがましからむ、と思ひ離る  さわらび
2 またゐざり出でて、「かの障子はあらはにもこそあれ」と見おこ
せたまへる用意、うちとけたらぬさまして、よしあらむとおぼゆ。  椎本

問題の語法の性質上、1のように仮定節がつくことも多いが、このよう
な場合、「〜したら、・・・したら困る」のような形になって奇妙で
ある。これは単なる瑣末な表現の問題ではなかろう。「もぞ」「もこそ」
と「〜たら困る」「〜といけない」「〜と大変だ」では構文的性質がちがうのだ。
このような場合「かもしれない」が使える。「〜が出て来るかもしれな
い」で十分。これで「そうなったら困る」という気持ちは言外に十分でる。
もともと「もぞ」「もこそ」は危惧感を言外にただよわせる語法というべ
きだろうから、ますます結構である。
2の「あらはなり」は一語で対応する現代語がないのでしばらくそのまま
にすると、「あらわだったら困る」はあきらかに奇妙。「あらわかもしれな
い」はずっとよい。
「かもしれない」は望ましい予想にも使えるという点で「もぞ」などとは
異なるものの、危惧の「もぞ」「もこそ」を「かもしれない」と訳すと不
当になるケースはない。ピンポケになるケースが出てくる(さることもぞ
いでくる!)と予想するむきもあろうが、それも実例を見ると杞憂に近い
ようである。「〜たいへんだ」「〜困る」は危惧感を明示し過ぎるという
点と、構文上の差という問題点がある。「〜するおそれがある」は後者の難点は
ないが、前者の難点はあり、また言い方が硬すぎるという問題もある。


42 :名無氏物語:02/03/27 23:24
逆接の接続助詞はさまざまあり、それぞれに個性がある。「ものゆゑ」の
個性はかなりはっきりしている。収集例の三分の二は「どうせ〜のに、そ
のために」と訳しうる。敷衍するなら「どうせ望ましい事態は実現されな
いのに、あたかもそれが可能であると思っているかのように何かをする」
ということになる。
この「どうせ」という訳語を載せている辞典は、少なくともごくごくわずかで
ある模様。逆接と順接をかねている、という言い方もできるが、そのようない
言い方はかえって曖昧。「どうせ〜のに」のようないい方の方がキメが細かい。

こひすれは我か身はかげとなりにけりさりとてひとにそはぬものゆゑ
(古今528)
待つ人もこぬものゆゑにうくひすのなきつる花ををりてけるかな
(古今100)
いまはかひなきものゆゑ、つねにかうのみ(中君ヲ)おもはば、あるま
じき心もこそいでくれ。(さわらび)
人かずにもおぼされざらむものゆゑ、われはいみじきものおもひをやそ
へむ(明石)
うけひかざらむものゆゑ、行きかかりてむなしくかへらむうしろでもを
こなるべし。(須磨)



43 :名無氏物語:02/03/28 21:53
「だに」の訳語について
辞典に見えるいわゆる「最小限」の「だに」の訳語は、もっぱら「せめて〜な
りと」「せめて〜だけでも」だけだが、この「なりと」「だけでも」にこだわ
るべきでない例も少なくない。そのようなときは「せめて」だけで十分。もと
もと「だけでも」「なりと」の部分よりも「せめて」のところにこそこの手の
「だに」のニュアンスがでている。

この御服のほどは、一筋に思ひ乱るることなくてだに過ぐさむ、となむ深く思
しのたまはするを  夕霧 1366  同上。「せめてあれやこれやと気を
使わずに過ごそう」で十分。

暮れぬれば「例の、あなた」にと聞こえて御湯漬けなど参らむとすれど、「近
くてだに見たてまつらむ」、とて(・・・)  総角 
「せめて近くでだけでも拝見しよう」はほとんど非文法的。このようなとき、
「せめて近くで拝見するということだけでもしよう」とするのはありふれた手
だが(scopeに関する基本的事実)、くどい。間がぬけている。「だけで
も」に固執せず「せめて近くで拝見しよう」で十分。「せめて」だけで「だに」
のニュアンスは十分出ている。
 
「今年だに声すこし聞かせたまへかし」  末摘花  「せめて今年は声を少
し聞かせてください」で十分。昨年は聞けなかったけれどもせめて今年は聞か
せて欲しい、ということであり、「せめて」だけで「だに」のニュアンスは十
分でている。「だけでも」にこだわると、「せめて今年だけでも」では「来年
は声を聞かなくてもよい」というような気味合いがでてしまうので、「せめて
今年からは」のように補訳することになるが、勝手に「から」を足してよいな
どということはない。

今年だにすこし大人びさせたまへ  紅葉賀  同上。

「今だに名のりしたまへ。いとむくつけし」とのたまへど  夕顔 これも同
上。(もっと早く聞きたかったけれどもそれはそれとして)せめて今、名乗っ
てください。


44 :名無氏物語:02/03/29 20:24
文法のパラドックス??
「その山は駿河の国にあり」の「に」はどう見ても格助詞だというべきであろ
う。しかし今の学校文法では、以下のような次第で《断定の助動詞「なり」の
連用形》ともいえてしまう。
1 「それは富士の山にあらず」の「に」は断定の助動詞「なり」の連用形で
ある。
2 断定の助動詞「なり」には「断定を表す用法」と「存在を表す用法」があ
るが、どちらの場合にも同じ「断定の助動詞」であることにはかわりない。
3 よって「その山は駿河の国にあり」の「に」は断定の助動詞「なり」の連
用形である。
学校文法の枠組みではこの結論を奇妙だとして退けることはできない。むろん
これは学校文法の体系の不備を意味する。では何が問題なのか。(つづく)



45 :名無氏物語:02/03/29 22:19
掻練ってなんて読むの?

46 :かいねり:02/03/30 11:51
いろいろな問題がある。以下はそのひとつ。
「壷なる御薬奉れ」の「なる」はむろん「にある」の縮約で、この「に」が「京
に住む」「京にのぼる」などの「に」と同じく格助詞であることは自明。この
「なる」をひとつの助動詞としてもよいが、その場合その活用は「なら・なり・
なり・なる・なれ・なれ」とすべきである。連用形に「に」を置くべきではな
い。「てあり」の縮約である存続の「たり」の活用を「たら・たり・て・たり・・・」
などとしないのと同じこと。《存在の用法の「なり」はさまざまに形を変える
が、そのさまざまな形のひとつとして「に」という語形がある》という理解の
仕方はどう見ても不当である。

問題の「なる」は「にあり」の縮約形だといっておけば十分で、これを一語の
助動詞と見ることにさして意味はない。この「なり」は助動詞だ、周知のよう
に助動詞は本質的に何々だ、だからこの「なり」も何々だ、おお、実際そうだ、
というようにして何か生産的なことが起こるなら、助動詞説も結構だが・・・。


47 :名無氏物語:02/03/31 10:11

「いとやんごとなき際にあらぬが」の「に」、学校文法が断定の助動詞「なり」
の連用形というものの正体は何か。断定の「なり」が「に」(それが何なのか
はともくとして)と「あり」の縮約であることは自明。「〜なり/〜にあり」
「〜ならず/〜にあらず」のどちらの語形も見られることそのほかを考えれば、
中古においてこの「なり」か「にあり」の縮約であるという意識がなくなって
いるという可能性はないといえる(たとえば「〜か知らん」の変化した形「〜
かしら」を一語の終助詞と見なすのは一般には起源が忘れ去られていると考え
るから)。断定の助動詞「なり」のとりうる様々な語形のひとつとして「に」
という語形があるという理解の仕方は苦しい。
1 なり=に+あり
2 に=なり−あり
数学では1がいえれば2もいえるけれども、文法的事実の説明ということでは
2のような引き算型の説明は異様である。この「なり」とこの「に」は同じ語
だが活用形が違う、といってしまうことは、「活用」(語形変化)という概念
をたいへん曖昧にしてしまうことである。「なり」の本質的な構成要素のひと
つである「あり」を取り去った物が、なおかつ「なら」「なり」「なる」など
と同列のひとつの語形だという考え方は妥当であろうか。酸素を水から水素を
とりさったものだと言ったり、酸素は水の変化した形だというのはあまりに素
朴すぎる言い方である。この「に」はもともと「に」であり、ほかの何かのひ
とつの活用形というべきではない。この「に」は不変化詞である。既製の品詞
論の枠組みではあきらかに助詞に分類すべきである。


48 :名無氏物語:02/04/01 10:51
ありうべき反論:しかし、問題の「にあり」の「あり」は補助動詞と見るべき
だから、その前には格助詞などではなく、連用形が来ると見るべきではないか?
返答:ところがね。例えば「見る」では敬意が示せないので「見る」の連用形
「見」に補助動詞を足して「見給ふ」とする、というようなものが補助動詞の
基本の流れでしょ? 問題のケースではどうなる? 「歌なり」だけでは何か
言い足りないので、「なり」の変化形のひとつである「に」に補助動詞「あり」
を足して「歌にあり」という言い方にする(そしてそれが時に「なり」に縮約
されることもある)、というストーリーになるのか? これでは論理的に「な
り」が「にあり」よりも先行することになる。問題の「に」を何かの連用形と
見なしたいということはわからないでもないが、そうだとしても、「なり」の
連用形とするのは奇妙である。連用形「に」という語形しかもたない助動詞、
という考え方なら何とかイケるが(defective auxiliary
 verb)、本質的に不変化の語と見る方が自然である。
 補助動詞の前には助詞「て」が来うる。補助動詞の前にはある種の連用修飾
成分が来ればよいのであって、連用形が来るというように限定する必要はない
し、限定できない。


49 :「とて」は述語相当。:02/04/02 10:23
ありうべき反論:「これはAにて、かれはBなり」の「に」が格助詞だという
ことになると、「て」は連用形接続とは限らなくなってしまう。
返答:「とて」の「と」は連用形ではないでしょ? 格助詞「と」と、いわゆ
る断定の助動詞「たり」の連用形(といわれるもの)「と」の関係は問題の「な
り」と「に」のそれと同じ。
さて、この「とて」と「にて」の比較は実に多くを示唆する。「とて」は周知
のように「と言ひて」「と思ひて」などと同義と見なせることが多いが、これ
は、意味上、動詞を含んでいるということである。要するに、このような「と
て」は述語相当語である。これは奇矯の言ではない。「とて」はふつう述語に
なる(お好みなら陳述になるといってもよい)。いいかえれば「とて」は主語
を持つ。

「寝なむと言ふものを」とて(紫の上は)強ひて引き入りたまふにつきてすべ
り入りて、(源氏は)「今はまろぞ思ふべき人・・・」 若紫

「といひて」とパラフレーズできるこの「とて」は、主語として紫の上を持つ
述語である。「と」や「など」の場合このようなことはない。「とて」はそれ
はとは異なり「言ふ」「思ふ」などの動詞を要求しない。「とて」自身がすで
に述語なのだ。「太秦にまうづとて(枕・角213)」(=お参りしようとし
て)の「とて」も述語である。このような性質を持つ「とて」を一語の助詞に
分類するのは不当である。といって、助動詞、たとえば断定「たり(トアリの
縮約)」連用形とは見なせない。従来からしばしば言われるように、「連語」
とする方がよい。この「と」は「と思ふ」の「と」と同様助詞であり、この「て」
は「あしたに起きて」の「て」と同様助詞である。


50 : :02/04/02 13:15
50



51 :名無氏物語:02/04/03 10:14
問題の「に」は不変化詞である。繰り返すが、たとえばひとつの助動詞が場合
により「な」となったり「にとなったり「ぬ」となったりするという意味で問
題の「に」が「なり(=にあり)」などになったりするのではない。この「な
り」なり「なる」なりのなかには、本質的には「に」が形を変えずに、つまり
活用せずに、入っているのだから。存続「たら」「たり」などのなかに本質的
には助詞「て」が入っているのと同じである。実際このふたつの比較は意味が
ある。

1 いとにほひやかにうつくしげなる人  桐壺
いとめづらかにむくつけけれど 夕顔
むろんこれは「にほひやかなる、うつくしげなる」「めづらかなれど、むつか
しげなれど」に何とかパラフレーズできるが、これは「に」が助詞でない証拠
などではない。

2 心にまかせてやすらかなる御すまひ  浮舟 1870  
おしたちてかばかりなるありさま 若菜上1060
「あり」を補って「心にまかせたる、やすらかなる御すまひ」などとできるが、
さりとてこの「て」を助動詞「たり」連用形とはいえない。


52 :名無氏物語:02/04/04 10:11
「とて」が述語相当だといったが、やや不正確だった。重要なのは「とて」の
機能を考えるなら、「いふ」「おもふ」「す」など何らかの動詞が潜在的にあ
ると見なすほかないということである。

山の桜はまださかりにて 若紫
の「にて」のところに「あり」のような意味が潜在的にあると見なせること
と比較できる。「舟にて渡る」の「にて」に関してはそういえない。

ある種の「と」にも、ある種の「に」にもそれがある。

かかる人も世にいでおはするものなりけりとあさましきまで目をおどろかす
/いきやかへるといだきたりけれど/まことかと見もてゆくに

いとにほひやかにうつくしげなる人  桐壺  /心にまかせてやすらかなる
御すまひ  浮舟  

その人、「あないみじ」となむ。・・・→「となむいふ」
これはその人の歌になむ。・・・→「になむある」

「と」と「に」、「とて」と「にて」のちかさという事実は多くを示唆する。
問題の「に」は格助詞だということである。


53 :名無氏物語:02/04/06 10:01
周知のように多くの辞典の断定の「なり」の項のはじめに《格助詞「に」にラ
変「あり」が付いた「にあり」の変化したもの》と書かれている。単に縮約さ
れたことを変化と言っているとすると、縮約されていない「やむごとなき際に
はあらぬが」の「に」は格助詞だということになるが、これはそれに続く語義
の説明とは異なる。どうやら大方の辞典によれば、「やむごとなき際にはあら
ぬが」の「に」はすでに格助詞ではないもの、格助詞が「変化」したもの、具
体的には「なり」の連用形、ということになるようである。しかし、すると、
一体いつ、この「に」は格助詞から助動詞に「変化」したのか。断定「なり」
が成立した段階で、であろうか。しかし「なり」が成立してもなお格助詞「に」
はある。すると「なり」の成立段階である種の格助詞「に」は格助詞ではなく
助動詞と見るべきものに変化したのだろうか。しかしこれも苦しい。断定
「なり」に関する辞書の説明は十分整合的でない。

格助詞? 日本語の様々な助詞を適切に分類できると考えることがナンセンス
だし、そもそも「助詞」と呼ばれるものが実体的にあるわけではない(英語学者
は英語の前置詞を分類しないだろう)。
例えばいわゆる状態の「て」(うつくしうてゐたり=)は、接続助詞ではなく
格助詞というべきである。

問題の「に」を不変化詞、助動詞「なり」の連用形などではなくある種の「て」
やある種の「と」に近いものと見なす方が、いくつかの言語的な事実をうま
く説明できることはあきらかだろう。断定「たり」についても同様。実際断定
の「なり」「たり」がほかの助動詞とは異質の異端的存在であることは周知で
あった。 問題の「に」についてはここで措く。



54 :名無氏物語:02/04/07 10:30
「〜の心なり=〜の気持ち次第だ」というイディオムがある。「そは御心なり
=それはあなたのお気持ち次第です」のようにも使う。心=意向、という語義
からは説明できない言い方なのでイディオムとして記載すべきである。簡略な
がら載せている辞典もある。
   世の中を何なげかまし山桜花見るほどの心なりせば  紫式部(後拾遺、
紫式部集、古来風体抄)
もこの語法だろう。いくつかある注釈はあまり説得的でない。山桜を見ていら
れる期間がこちらの希望次第ならば、(いつまでも好きなだけながめられるの
だから)世の中をどうして嘆こうか、というのはないか。「山桜が咲いてすぐ
散るようにはかなきもの、と世の中を悟ったら、世の中をなげくことなどない
だろう」のように解くものもあるが、原文をそういう意味にとるのは恣意的に
すぎる。




55 :名無氏物語:02/04/08 10:37
千載集に、
   春をへて花散らましや奥山の風を桜の心と思はば 
とあるを、よくも思ひ解くかなとおぼゆるふみぞなき。あまたも見ねばにやあ
らむ。この「心と」は「心つから」といふ心にはあらざるべし。たれかは、桜
、奥山の風を心つから思はねば、散る、と詠む人のあらむ。源氏の物語の東屋
の巻に、
かしこく思ひくはだてられけれど、もはら本意なしとて、ほかざまへ思
ひなりたまひぬべかなれば、同じくはと思ひてなむ、「さらば、御心」
と許し申しつる。
とあるを思ふべし。心と許す、思ふままにせよかしとて許す、同じ心なり。「奥
山の風を桜の心と思はば」といへるは、桜、奥山の風を、心なり、思ふままに
吹けかし、ここには知ることかは、など思はましかば、散らざらまし、といふ
むなり。吹くとも吹かずとも事にもあらずとは思はで、吹く風にさは我もとな
びけば、散るなり。「春をへて」は「春過ぎて」といふにはあらず。「春ごと
に」にいたくもはなれぬ心ならむ。千載集に、
      春ごとに花かぐはしといへる心を詠める
春をへてにほひをそふる山桜花は老いこそさかりなりけれ
とあり。


56 :名無氏物語:02/04/10 10:06
人はみな萩を秋といふよし我は尾花がうれを秋とはいはむ  万葉2110
萩の露玉に抜かむと取れば消ぬよし見む人は枝ながら見よ  古今222
「よし、かう聞こえそめぬればいとたのもしうなむ」とて(屏風を)おしたて
たまひつ  若紫
これらの「よし」は「さはれ」にいたくもはなれず。さるを、あまたのふみど
もに、これらの「よし」を「まだ」「よも」「やがて」などのたぐひ(副詞)
といひ、「縦し」とも書くべしなどいへるは、いかなるにか。さらにこそ心え
ね。「人はよし思ひやむとも」(万葉149)などいふ「よし」こそ、「よも」
などのたぐひとはいへ。「縦」といふ文字の心にもたがへり。

この「よし」は、なほ「やや、ものきこえむ」「すは、 稲荷よりたまはるしる
しの杉よ」などある「やや」「すは」などのたぐひといふべし。これらを「感
動詞」などいふこそ、かへすがへすものぐるほしけれ。いかなる感動ならむ。

「そのハイは感投詞か副詞か、どつちだ」(我輩は猫である)

57 :名無氏物語:02/04/13 11:21
自発の訳語。例えば、
いそがれぬ年の暮こそあはれなれ昔はよそに聞きし春かは   新古今701
のはじめを「自然に急がれない」としても何のことやらわからない。「急がずにいられ
なくもない」などもナンセンス。「急ぐ気にならない」「急ごうという気にならない」であ
ろう(諸注そうなっている)。

花見てはいとど家路ぞいそがれぬまつらむとおもふ人しなければ  新古今765
大学の君、 胸のみふたがりてものなども見いれられず、 源氏・少女696
なども。



58 :名無氏物語:02/04/14 22:23
「はじめ」に「きっかけ」「端緒」という訳語が欲しい。
げにこのふしをはじめにてこの君の御曹司におはしてけしきばみ寄る  竹河
(〜ヲキッカケトシテ)
わが身に愁へある時なべての世も恨めしう思ひ知るはじめありてなむ道心も
起こるわざなめる  橋姫

母の思ひに侍りける秋法輪寺に籠りて嵐のいたく吹きければ
憂き世には今はあらしの山風にこれやなれゆくはじめなるらむ  俊成  新
古今795  「この滞在が嵐山の山風になれるはじめなのか」はやや熟さな
い。なおこの歌は統語論的に見ても面白い。「日本が世界に誇れる、これは作
品だ」(=これは日本が世界に誇れる作品だ)」のような語法は昔もあったわけ
だ。



59 :名無氏物語:02/04/16 21:53
「恋ふ」に「なつかしむ」という訳語は必要か。古語としての「恋ふ」は「現
前してほしい何かが現前していないことがもたらす悲しみ」を原因とし、現代
語としての「なつかしむ」は「現前してほしい過去のものがあたかも現前した
<かのように>思えることによる嬉しさ」という要素を必要条件として含む。現
にある種の再認が行われて始めて、「なつかしさ」が生じる。他方この要素が
あったら「恋ふ」は使えないのではないか。「伊勢」第四段(月やあらぬ)の
「こぞを恋ひて」を「去年をなつかしんで」とする辞典が複数あるが、ミス
二つの微妙な差は無視できるものではない。
 古語「こひし」と現代語「なつかしい」も基本的な方向が逆であろう。
なほ梅のにほひにぞ、いにしへのことも立ちかへり恋しうおもひいでらるる。
(徒然19)
これは昔が「なつかしく思い出される」のではないのではないか。梅の匂いに
よって、ああ昔と同じだなぁと思える状況と、今あるのは昔とは似て非なるも
のだとしか思えない状況の違いは大きい。兼好はここで懐かしがっているので
はないと思う。「春のあはれ」を言い、「心も浮きたつ」(古今異義)、「よろづ
にただ心をのみ悩ます」というのに続いて上記引用があることも、この考え方
を支持する。



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61 :名無氏物語:02/04/18 09:43
「さ」のところになぜ 「ああ、あのように」 という訳語があるべきではないか。
そもそも、現代語では「こう/そう/ああ」の三分割、古文では「かく/さ」
のニ分割なので、「こう=かく、そう=さ」では「ああ」に機能上対応するも
のがなくなってしまう。実際には「かく=こう・そう」「さ=そう・ああ」の
ような対応になっている模様。

何にさることをさださだとけざやかに見聞きけむ   葵 307 全集本「あの
ようなことを」
たれにより多くはさるいみじきこともありし世のさわぎぞは  若菜上 1071
全集本「ああした恐ろしいこと」
僧都はよもさやうにはすゑたまはじを 若紫 全集本「ああして」

「さばかり」の項にも不備のあるものが多い。
さばかりおぼしたれどかぎりこそありけれ  桐壺 19 「アレホド」
我身をばさしおきてさばかりいはまほしきことやはある 枕 「アレクライ」




62 :名無氏物語:02/04/20 10:06
「かく」を「こう」ではなく「そう」と訳すべき例。
「かくのたまへど誰とこそ知らね。確かにのたまへ」とのたまへば、ただそれ
なる御ありさまに、あさましとは世のつねなり。  葵  全集の訳は「そん
なことをおっしゃるけれど」。
ちなみに、ここの「たしかに」は「明確に」という意味。「たしかなり」とい
う古語の記述も、まだ不十分な気がする。例えば「(言語表現が)明確だ」と
いうような訳語がほしい。「たしかにいふ」は「明確にいう」「明確な言葉でい
う」のような意味で使う。現代語「はっきり言う」は「(礼儀やこちらの利害
を考えることなく)歯に衣着せず言う」のようなニュアンスが強く、「ぶしつ
けなこと」という含意がある。「はっきり言ってください」は「おなかにある
ことをぶちまけてくれ」ということを意味しがちだが、古語「たしかにのたま
へ」にはこのニュアンスはないようである。「はっきり言ってください」は「つ
つまずのたまへ」などであろう。



63 :buddhist:02/04/22 00:23
いろんな辞書で、「5条袈裟」と「7条袈裟」と「9条袈裟」の図が入れ違い過ぎ。5条に「横被」は着けない。

64 :名無氏物語:02/04/25 14:43
紫式部が「世の中を何なげかまし山桜花見るほどの心なりせば」と詠める歌、
よく心えたる人こそすくなかめれ。さいつころも申ししことなれど、またかく
もいふべしと思ひえたることもあれば、今ひとたび、同じくはかういとふるめ
きたるさまに申さむ。この歌は「桜の花を見るほど、心ならねば、世の中なげ
かる」といふ心なり。「心ならず」とは「心のままならず」「思ふままならず」
といふ心と、誰か知らざらむ。この山桜だに我が思ふままに久しくあはれにお
もしろく咲きたらましかば、よろづのこと憂くおぼゆとも、世をかうなげかし
くは思はざらまし、といふなるべし。「山桜を見るほどは物を思はぬものなり、
同じやうによろづのことにふれて物思はぬ心ならましかば世をなげかざらま
し」などやうの心なりとのたまふ人びとあれど、誰かは、とく散りなむとも思
はずただ心やすくのみ花を見る人のあらむ。世のつねなさを思ひしらましかば
世を嘆かざらましといふ心なるべしとのたまふ人もあめれど、いかに心得てさ
はのたまふならむと、あまりにやとぞおぼゆる。




65 :名無氏物語:02/04/26 00:19
>63
なべての人びとの見るふみどもには、のたまふやうなる物のかたはをさをさ
見えざめれど、そのすぢを立てたる人びとの見るらむ物にはさもやあらむ。
横被は七条に付くるものと、世界大百科にはあめり。
いかなるにか、なにがしをはなちてsubstantialなることをおほせらるる人
ひとりなかりつれば、たまさかにおはしましけりとは知りながら、かつがつ
よろこびきこえむ。

66 :名無氏物語:02/04/26 14:20
「いみじきもののふあたかたきなりとも見てはうち笑まれぬべきさまのした
まへれば」などいふ「とも」と「さる憂きことやあらむとも知らず心には忘
れずながら消息などもせで久しくはべりしに」などいふ「とも」と、心いと
異なり。はじめのは「たとひ物の心知らぬもののふなりとも」といふなり。
のちのは「たとひさる憂きことやあらむとも」といふにはあらず。
源氏の物語の薄雲のまきのはじめつ方に、光る君、明石の若君を二条の院
におはせさせむとて、大井におはして母君にとかくのたまひ気色を見たま
ふに、明石の君、さてはなかなかなることもやいでこむ、など思ひやすら
ふを、

「あらためてやむごとなき方にもてなされたまふとも人のもり聞かむこと
は、なかなかにやつくろひがたく思されむ」とて放ちがたく思ひたる、こ
とわりにはあれど

など書けり。さるべき人びと、これを「たとひしかもてなされたまふとも」
とのみ解きたまふめれど、いかにぞや。「しかもてなされたまふと人もも
り聞かば」「しかもてなされたまふと人もり聞きもせば」となり。「なか
なかに」とあるをよく思ふべきにや。いかがは「しかめでたくもてなさる
とも、なかなか苦しからむ」などは思はむ。「しかめでたくもてなされば、
なかなか苦しからむ」とあらむに思ひくらぶべし。

毛を吹き疵(屁ならず)をもとむべきかはといふ人もあらむ。されど疵は
疵なり、屁は屁なり。


67 :名無氏物語:02/04/27 14:37
紫式部集に、
心だにいかなる身にかかなふらむ思ひ知れども思ひ知られず
という歌がある(56)。

岩波新書・紫式部「(自分のような)つまらぬ者の心でも、どのような身の
上になれば満足するというのだろう。どんな境遇になったところで、心とい
うものは充たされないとわかっていながら、とてもそうはあきらめきれない
ものだ」
岩波文庫「心は生まれながらにある自分のものだから、せめて自分の心だけ
は、自分の思う通りにしたいのだが、それはどんな境遇になれば、可能なの
だろう。どんな境遇になったとて、思う通りにはならないものと知ってはい
るが、悟りきっては、しまえない」
古典大系「せめて私の取るに足らない心なりと、どんな身の上になったらこ
れに適合するのだろうか。どんな身の上になっても適合できないだろうとわ
かってはいるのだが、悟りきれないことだ」

どうであろうか。どれも随分奇妙な日本語ではないだろうか。これらは直訳
ではないので(原文と比べれあきらか)、その意味では意訳である。しかし
意訳とは意味が通るような文にしたてることではないか。このような訳文を
載せるよりは、「難解歌。全体でこれこれのような意味だと考えられる」と
いうような注釈にとどめることもできたのではないかと思うが、ともあれこ
の歌はさしあたりどんな意味なのか。 (つづく)


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69 :名無氏物語:02/04/28 16:17
1 「いかなる身にかかなふらむ」は「どのような境遇に合っているだろ
うか」ではなく「何らかの境遇、何かしらの境遇に合っているのではない
だろうか」という意味であろう。私に合う境遇、満足できる境遇があるので
はないか、というのである。たとえば、「手習」(大成2003)に、

かくや姫を見つけたりけむ竹取の翁よりも珍しき心地するに、いかなるもの
の隙に消え失せむとすらむと、静心なくぞ思しける。

とある。 何らかのすきに消えうせるだろうとあらかじめわかっていると
いうことはないので、「どういうすきに消え失せるだろうか」という意味
には取れない。「何か目を離したすきに消え失せそうだ」「何か目を離した
すきに消え失せるのではないだろうか」という意味である。

宮、御心の鬼にいと苦しく、人の見たてまつるもあやしかりつるほどのあや
まりをまさに人の思ひとがめじや、さらぬはかなきことをだに疵を求むる世
に、いかなる名のつひに漏り出づべきにかと思しつづくるに身のみぞいと心
憂き。  紅葉賀  
これも、冷泉誕生の秘密を隠しとおせる見込みがないわけではなく、それ
をめぐりうわさがたつであろうことは確実なものとして前提できないので
(実際、名はもりいでなかった)、「どんなうわさが漏り出るだろうか」
ではなく「何かしらのうわさが漏り出るにちがいない」という意味だと見
られる。

このような例は少なくない。(つづく)



70 :名無氏物語:02/04/29 08:58
承前
わが身かくてはかなき世を別れなばいかなるさまにさすらへたまはむ、と
うしろめたく悲しけれど、思し入りたるに、いとどしかるべければ (歌)
生ける世の別れを知らで   須磨  私が死んでしまったら、さぞかしよ
るべない生活をなさるだろう。「さすらう」ことを既定のこととしてしまう
のはいくらなんでもいきすぎである。「いかに悲しかりけむ」がしばしば「さ
ぞとかし悲しかっただろう」を意味するのと同じような意味論的メカニズ
ムがあるともいえるだろう。

(薫ハ)定めて(匂)宮をしも疑ひきこえたまはじ、いかなる人か率て隠
しけむなどぞ思し寄せむかし 源氏・蜻蛉  「思し寄せむかし」とある。
「誰かが連れ出して隠し据えたのだろう(隠し据えたのではないか)、とお
考えになるだろう」ということ。「思ひ寄す」はある方向に考えを進めると
いうような意味で、「誰がつれだしたのだろうと<思ひ寄す>」というような
言い方はしないのではないか。

この宮(匂宮)、例の御心ならば月ごろの程にいかなる好きごとどもをしい
で給はまし、 こよなくしづまりて 源氏・蜻蛉  何かしらの好きごとを
しでかしなさるだろう、という意味に見る方が自然。



71 :名無氏物語:02/05/01 09:38
承前
「思ひ知れども思ひ知られず」がさしあたり「思い知ろうとするが思い知ることが
できない」を意味するといってよいことは以下の例を参照。
まねべどもえまねばず 土佐日記一月十八日(37字の和歌に関して)
いとかうしも見えじとおぼししづむれど、さらにえしづめあへさせたまはず、御覧
じはじめし年月のことさへかき集めよろづに思し続けられて  桐壺16  →お気
持ちを鎮めようとなさるが
ありし世のことおもひいづれど、住みけむ所、たれといひし人とだにはかばかしく
もおぼえず 手習2000  →思い出そうとするが
昔のことおもひいづれど、さらにおぼゆることなく、あやしういかなりける夢にか
とのみ心も得ずなむ 夢の浮橋2069 

ところで「思い知る」の語義は。



72 :名無氏物語:02/05/01 14:16

             ∩
                 | |
                 | |
        ∧_∧   | |    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       ( ´Д`)//  < いとをかしーーーーー♪♪
      /       /     \_____________  
     / /|    /        
  __| | .|    |
  \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
  ||\             \
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
     .||              ||

73 :お約束??:02/05/01 19:20
妙なスレもあるものだと眺めておりやんしたぁ。

ものすごく不思議なことがあるのですが。

みなさん数字やアルファベットを全角で書くのは古典業界のお約束なのでしょうか?

冷やかしているわけではないんです。非常に不思議だったので。

74 :お約束??:02/05/01 19:22
そうそうそれと・・・。

改行入れないでまさに書き連ねるのもとても不思議な光景です。
読みにくくないですか??

75 :名無氏物語:02/05/04 11:34
ものうければはぶきてむ。

心だにいかなる身にかかなふらむ思ひ知れども思ひ知られず。「せめて心だ
けは何かしらの境遇に合っているのではないか(何らかの境遇で満足できる
可能性があるのではないか)。そう思おうとするが、そう思えない」という
ことである。「幸福を感じられる境遇はあると得心しようとするが、得心で
きない」というのである。
さて「心だに」という言い方からは、心以外のものも満足できる境遇があっ
たら本当はそれに越したことは無い、という含意があると考えられるが、そ
の心以外のものとは何かというとね、それはやはり「身」であろう。「身」
という語をめぐる言葉遊びの要素もこの歌にはあると見られる。「身」の、
差異を含んだ反復と、「思ひ知る」の、差異を含んだ反復が対応する。「こ
の身=この私」が何らかの「身=境遇」に合うだろうとは思えない。せめて
心だけなら、適合する境遇もあるだろう。そう感じてみようとするが、そう
は感ぜられない。
「私はどのような身の振り方をしても、違和感を感じるほかないのだ」と
いう大意に関しては、引用した三つの解釈もまちがってはいない。歌集の配
列から見るならこれは出仕に先立つ時期の歌で、身の振り方に関してさまざ
まなことを思っている人の歌として自然なものだということになる。



76 :名無氏物語:02/05/19 21:18
まくら草子に御前の雪の山のことをいへるに、清少納言、「ここにのみ」
などいふ歌を人して言はせたれば、式部丞忠隆たびたびかたぶきて「返し
はつかうまつりけがさじ。あざれたり。御簾の前にて人にをかたり侍らむ」
とて立ちにき、などある「あざれたり」を、「されたり」といふ心なりと
やうに人々解けれど、源氏の物語に「あざる」「あざれたり」「あざればむ」
「あざれがまし」などいへるをあまた見もてゆくに、それさもあらじとこ
そおぼゆれ。「あざれたり」「あざればみたり」「あざれがまし」は「す
きずきし」「ないがしろなり」「かろがろし」などいふ心ぞかし。ものの
ありさまをいふなり。「なまめきたり」といふこと、「なまめかし」とい
ふ同じ心にて、みなもののありさまをいふを思ふべし。「されたり」と
「あされたり」と心たがへり。「あ、されたり」と解けるはなほいみじ
うあやし。「あはれ」とこそは言はめ、「あ」とばかりいふこと、この
頃のものには見えざめり。とくかへりことせばおろかに思はれむとて言
ひけることともおぼえず。さては「あざれたり」といふ心にはなれたり。
おほやけの御使ひにて来たる人の位高くなどもあらぬがかかる折にかへ
りごとせむ、あまりおほけなしとて「つかうまつりけがさじ」といひ、
かつはあまりすきずきしくもありとて、「あざれたり」とは言ひけむ。
もとよりくちをしからぬ歌思ひえなましかば、さだめて言ひいでてまし。
さもあらざりければ、あまりすきずきしとて逃げにけるなるべし。


77 :名無氏物語:02/05/22 00:15
たとえば「あいなし」の基本的語義が「関係ない」だなんておかしい。
「関係ない」は「AはBと関係ない」というように通常ふたつの必須成
分が必要でしょ? もし「あいなし」が基本的にその意味なら「AはB
にあいなし」などという言い方が多く見られていいはず。しかし実際に
はそんな用例は、少なくともざらにはみられない。多分、ないのでは? 
「枕」の雪山のところの「これはあいなし」も「これはよくないわ」
くらいの意味と見られる。結局のところ、「あいなし」は二者の関係
の欠如というような論理的なことがらではなく、ある種のネガティヴ
な感情を示すのだし。



78 :名無氏物語:02/05/24 18:27
age

79 :名無氏物語:02/05/25 11:24
「源氏」に出てくる「おもなし」はみな「あつかましい」というよ
うな意味のようだよ。複数の古語辞典が「面目ない」の語義で「源氏」
の例文を挙げているが、誤解。

80 :辞書編集者:02/07/13 23:53
拝見しました。

81 :うわさで。:02/08/25 20:26
一部でかなりもりあがりました。

82 :ひさしうもなりにけるかな:02/09/30 22:06
「な〜そ」の訳語は「てくれるな」なんていう、現代語訳になるの?という
ものを載せているものも多い。「〜するな」が不十分なのはわかるけれど。。。
「〜てはいけない」は、少なくともかなり優秀な「な〜そ」の訳語だと思うよ。

83 :名無氏物語:02/09/30 22:12
ああっ、もうダメッ!
ぁあ…ウンチ出るっ、ウンチ出ますうっ!!
ビッ、ブリュッ、ブリュブリュブリュゥゥゥーーーーーッッッ!!!
いやああああっっっ!!見ないで、お願いぃぃぃっっっ!!!
ブジュッ!ジャアアアアーーーーーーッッッ…ブシャッ!
ブババババババアアアアアアッッッッ!!!!
んはああーーーーっっっ!!!ウッ、ウンッ、ウンコォォォッッ!!!
ムリムリイッッ!!ブチュブチュッッ、ミチミチミチィィッッ!!!
おおっ!ウンコッ!!ウッ、ウンッ、ウンコッッ!!!ウンコ見てぇっ ああっ、もうダメッ!!はうあああーーーーっっっ!!!
ブリイッ!ブボッ!ブリブリブリィィィィッッッッ!!!!
いやぁぁっ!あたし、こんなにいっぱいウンチ出してるゥゥッ!
ぶびびびびびびびぃぃぃぃぃぃぃっっっっ!!!!ボトボトボトォォッッ!!!
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84 :名無氏物語:02/11/05 20:56
>>83
なんだよこれぇ

85 :山崎渉:03/01/11 09:41
(^^)

86 :山崎渉:03/03/13 13:22
(^^)

87 :山崎渉:03/04/17 09:50
(^^)

88 :山崎渉:03/04/20 04:34
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

89 :山崎渉:03/05/28 15:24
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

90 :山崎 渉:03/07/15 12:38

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

91 :名無氏物語:04/05/04 18:20
age

92 :名無氏物語:04/05/10 09:15
100位のスレッドにカキコ!  

93 :名無氏物語:05/01/18 17:19:42 ID:Oqc9JWYE
age

94 : ◆ABIRUGz4M2 :05/02/22 00:09:15 ID:aPNMX8tf ?
http://lzfenix.hp.infoseek.co.jp/
アンケートでことし流行語になりそうな言葉アンケートとってます。

95 :名無氏物語:2005/06/09(木) 09:46:51 ID:lbyvsaXg
   

96 :冬のオイラ(「勇俊):2005/11/10(木) 02:44:51 ID:zHuIZzvR
        \        見          イ  /
          \       て    ∧_∧ ス  /
             .\       る γ(⌒) ・∀・ ) ラ ./      ぅぉぇっぷ
神道教徒↓     \   な .(YYて)ノ   )ム /       〃⌒ ヽフ
  ∧_∧ 神道>イス.\  っ     | | | 教  /       /   rノ
 ( ´∀`)           .\!    (__)徒  /       Ο Ο_)***
 (   /,⌒l              \      ∧∧∧/    『これがイスラムクオリティ』
 | /`(_)∧_0.         \   < イ ま > 深夜、赤信号で停車すると襲われます
 (__)(゚∀゚; )⊃←イスラム教徒 \< ス     >追突され、運転席を離れた途端、車が奪われます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~    < ラ た >そんなことをするのがイスラム狂徒です
―――――――――――――――<ム     >―――――――――――――――――――――
        ___ オラッ!      < か    >          ハハハ
    ドッカン | 出て来いイスラム教徒  ∨∨∨\          ∧_∧
    ∩∩  |   |   |  ∩∩     /\ │ /\        ( ^∀^)<あほか
   | | | |  |   |   |  | | | |     /  / ̄\    \     ( つ ⊂ )
  ..(  ,,) .|   |   | (・x・ )   / ─( ゚ ∀ ゚ )─   \    .)  ) )
  /  .つ━━ロ|ロ ドカン l   |U  /    .\_/      \  (__)_)     (^∀^)ゲラゲラ
〜(   /   |   |   |⊂_ |〜./    / │ \       \    『イスラム名物』
  し'∪   |   |   |   ∪ /いすらむ〜いすらむ〜     \暴動(車放火4000台)

          ̄ ̄ ̄ ̄     /  .∧__∧       ∧__∧     \ひったくり・ぼったくり、殺人行為
      ガッキーン       /  ( ゚∀゚ )いすらむ( ゚∀゚ )      \体を見せない、ひき逃げ

97 :名無氏物語:2005/12/17(土) 08:58:47 ID:bZaSGJgz
図書室にある古語辞典2ページ足りない

98 :名無氏物語:2005/12/17(土) 09:06:47 ID:BXOGY7vk
>>97
誰かが一枚破ったんだろ・・・

99 :名無氏物語:2006/01/08(日) 08:13:33 ID:6xGMIIwb
胡沙の語源がアイヌ語だと妄言を言っている辞書がある。

100 :名無氏物語:2006/01/08(日) 08:17:38 ID:6xGMIIwb
ももちをぞ取る。

101 :名無氏物語:2006/03/10(金) 17:11:35 ID:W7JClwbp
>>97-98
ワラタw

102 :名無氏物語:2006/10/05(木) 14:58:21 ID:dSk65oBV
(●^o^●) 

103 :名無氏物語:2006/10/30(月) 15:39:28 ID:h+oWaa5n
?(´・ω・`)

104 :名無氏物語:2006/11/24(金) 14:17:33 ID:Ph/kaKqN
(●`.ー´●)やっちありがとう                        

105 :名無氏物語:2006/12/20(水) 18:43:11 ID:7NbU9TWb
?(´・ω・`)  

106 :名無氏物語:2007/02/07(水) 11:54:57 ID:9BgTBWib
(o^∇^o)ノ                               

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