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法解釈は文学と何が違うのか

1 :法の下の名無し:2006/07/21(金) 05:41:48 ID:+0y76In/
文学部の者だけど、お前らがやってる法解釈って
条文の言語的解釈だろ?文学と何が違うの?

2 :法の下の名無し:2006/07/21(金) 09:54:49 ID:GfekCoeY
素材と解釈ルールが違うだろ。

「ボールを使ってるアメフトとサッカーはどう違うのか?」
と聞いてるのと一緒だな。

3 :法の下の名無し:2006/07/21(金) 10:11:58 ID:04l5q4PG
文学が解釈素材に条文を選択したら、法解釈は文学に取り込まれてしまうんじゃないのか?
解釈ルールというが、条文という文献素材を解釈する以上、法解釈のルールは文学の解釈の
ルールともいえるだろ。

4 :法の下の名無し:2006/07/21(金) 18:55:58 ID:IZOmAvMV
あっきーは盗聴盗撮魔

5 :法の下の名無し:2006/07/22(土) 02:29:00 ID:Dwd/NaX9


6 :かなや:2006/07/22(土) 03:46:23 ID:3LwCIZxT
法解釈は現代社会とそのルールに関係して場合によって、真実の追求に関係するけど、文学は作者の歴史と自分の価値観に関係して場合によって真理に関係するんじゃないか?文字だけ追ってれば良いわけじゃないよね

7 :法の下の名無し:2006/07/22(土) 04:20:09 ID:y2rm7Vav
意味がわかりません。



だから、簡単な話、文学の解釈も法の解釈も、テクストや条文のことばの解釈でしょ?

だったら法学は文学に取り込まれてしまうのではないか

条文だって趣旨や目的や語義や立法者意思で解釈するとなると、それはまさに作者の価値観に
かかわっているではないか

8 :法の下の名無し:2006/07/22(土) 09:15:02 ID:Tf388+lQ
 文学研究?なんて妄想オナニー相互鑑賞会だろ。だから、社会とは関係ないだろ。
 法解釈は第三者に影響がある。だから、単なるオナニーでは済まされない。

9 :法の下の名無し:2006/07/22(土) 14:33:42 ID:7Uxeh7qS
法解釈なんぞ、出来損ないの文学批評にも満たない。
そこらのおっさんでも考えそうな単純なことばかり。
ややこしいとすれば、いかに曲解してみせるかという要素がある点かな。
法解釈には発展らしい発展もない。現代の批評理論は法解釈に比べて相当高度。

第三者への影響だって?論点ずれているよ。て、いう感じで問題の核心を
意識的か無意識的かはともかく、さりげなくずらすインチキも法解釈ならではってことかな。


10 :法の下の名無し:2006/07/22(土) 15:09:48 ID:2x/qSXMz
やたら難しい解釈にしたら、法規範として使えないだろ…。

11 :法の下の名無し:2006/07/22(土) 21:56:07 ID:DuQjee/n
>>2が「解釈ルールが違う」とわざわざ付け加えてるのに。。。

12 :法の下の名無し:2006/07/23(日) 11:42:37 ID:+rtX6lXC
文学の中でも解釈ルールが違うものが存在する

解釈ルールは法学と文学を分けるものにはならない

13 :法の下の名無し:2006/07/23(日) 11:43:51 ID:+rtX6lXC
>>9が核心。


法律バカはこれにきちんと反論してみろ。ごまかしは許されない

14 :法の下の名無し:2006/07/23(日) 11:44:41 ID:+rtX6lXC
相当因果関係なんて、確かにおっさんでも考え出せるわなwwwwwww

15 :法の下の名無し:2006/07/23(日) 11:47:51 ID:+rtX6lXC
>>8みたいな程度の認識しかない法律知識バカが社会にうじゃうじゃしていると思うと

16 :法の下の名無し:2006/07/24(月) 01:55:44 ID:ROb8QIao


17 :法の下の名無し:2006/07/24(月) 13:42:30 ID:GITYXLZX
>>12
麻雀の中でも地域によってルールが異なる。

それゆえに、ルールの違いは麻雀とポーカーを区別する基準にならない。

( ゚д゚)ハァ?

18 :法の下の名無し:2006/07/24(月) 14:51:52 ID:uS7JVFEp

1、解釈にはある程度の共通の納得がえられねばならない。
2、条文のから直接出てこない要素(たとえそれが立法者の意思、
であっても条文の制定過程)はできるだけ捨象する。
3、事実への適用が簡単でなければならない。
4、一般人が聞いて分からないような難解な解釈原理は不必要である。

19 :法の下の名無し:2006/07/24(月) 20:47:58 ID:0HlE+fLa


  法解釈学は、条文というテクストを読み解く文学といえてしまうのですが反論は?

20 :法の下の名無し:2006/07/24(月) 21:32:22 ID:5I/Rbvyt
文学っていうのは、人間の精神に深く関わるものじゃないの?

21 :法の下の名無し:2006/07/24(月) 23:13:52 ID:n9h4FX0L
そして法という規範も人間の精神に深く関わる

22 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 00:43:21 ID:WUik703x
とりあえず藻前らはRonald DworkinのLaw's Empireの第1章を百回くらい
読み直してからこの問題を論じなさい。



23 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 00:59:05 ID:QVxfVkjf
文献指定して逃げるのが法学バカの常套手段。
てめえのクチで説明しろや

24 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 01:23:10 ID:zAj7hbKP
その論理なら文学が法学にとりこまれる可能性もあるのに
なんで一方しか主張しないの?
文学屋さん教えて

25 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 01:31:33 ID:QVxfVkjf
池沼発言きたな


たとえばヴォードレールのどこが法学だ

法学が文学にとりこまれることはあっても
逆はない

26 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 01:47:02 ID:e69zEyWq
条文の解釈の幅が存在してその間で選択を迫られる場合は法理念の問題
ですのでこの場合単なる国語と根本的に違います。
ただし法学・文学の両方を文献学の延長と考えるのは賛成ですけどね。

27 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 02:10:54 ID:e69zEyWq
ちょっと話し外れるけど、
国語・算数ー>文学・数学・理科・社会
ー>文学・数学・物理・化学・生物・地学・語学(英語)・法学・会計学・史学
ー>大学で専門分野(工学、経済学、政治学、哲学など)
にするのが理想じゃないかな。戦後にアメリカの真似してへてれたね。

28 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 15:00:35 ID:zAj7hbKP
>>25
その理屈なら

たとえば誤想過剰防衛の解釈論のどこが文学だ

って言われたらどう答えるの?


君の論法は、文学から解釈学的要素のみをとりだして
同様に法学からも解釈学的要素のみをとりだして比較して、ほら同じだろって言ってるだけだもん

それなら両者に優劣はないよ 論点先取りだね


もっと議論の仕方を勉強したら?

29 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 15:32:45 ID:YUKA96Ra
護送過剰防衛もまた条文というテクストの範囲内で、テクストから帰納された法理念に
照らして解釈するんだろ
やっぱり文学と変わらない

文学テクストが作者の意図に照らして解釈するように
法学は条文というテクストを立法者意思に照らして解釈する


やっぱり文学だ

30 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:12:45 ID:V898N9B7
>>29
「テキスト解釈はすべからく文学である」と定義して、
「法学はテキスト解釈である」
「法学は文学である」

と三段論法で演繹するなら、それには反論のしようがない。
が、それは定義から演繹してるだけなので、法学の発展にも
文学の発展にも資さないただの言葉遊びだな。

ところで、法学が文学だといったい何がどうなるのか?

31 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:18:16 ID:jDk02smw
法学部でやっていることは文学部でもできることとなり
法学部のアイデンティティは実質的にないも同然

32 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:23:33 ID:V898N9B7
その場合、文学部の中に法律文献用の文学徒と文芸小説用の文学徒に
分かれて、前者が一学科を形成するだけだろうな。いずれにせよ、法律を
きちんと学ばない後者の文学部生に出番はない。

33 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:28:27 ID:jDk02smw
法学部でやっているような文献解釈学は、文学部の1分野にすぎない

法学部は要らない。文学部で法テクストを専攻すればいいだけの話

34 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:29:16 ID:jDk02smw
しかも、法学部の主力は95%が文献解釈学で

立法論や基礎法学はカスみたいなものだというwwwwww

もはや形骸化というしかない

35 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:29:57 ID:V898N9B7
そして、法テクスト学科はその他の文学部諸学科よりも入学が難しく
就職もよいのでした。

ちゃんちゃんw

36 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:31:00 ID:jDk02smw
学科に入学があるかよアホ

37 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:33:11 ID:jDk02smw
文学部法コースがあるだけ



38 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:44:33 ID:gIj+IWqr
>>36
文脈を理解しろよ

39 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 16:46:42 ID:jDk02smw
司法試験なんて、条文っていうテクストを解釈してアウトプットするだけだろ?

ソレナンティブンケンカイシャクガク?

文献解釈ごときが達者なだけで弁護士が頭いいなんて
理系が聞いたら怒る

40 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 19:34:42 ID:V898N9B7
文学の次は理系か。ごくろうなこって。

41 :法の下の名無し:2006/07/25(火) 21:05:15 ID:Y3NE2P7v
実質的にも、法学なんて文献解釈なんだよ

文学部でやれ

42 :法の下の名無し:2006/07/26(水) 00:31:11 ID:Xnhh6Sc+
妄想しかしてない文学ヲタに言葉は通じないって、よくわかったよ。

43 :法の下の名無し:2006/07/26(水) 02:21:57 ID:Xjzl0Hi5
それなんて負け惜しみ敗北宣言?

44 :法の下の名無し:2006/07/26(水) 10:00:56 ID:Y9QthsIE
すでに文学厨は論破されてるじゃんか


45 :法の下の名無し:2006/07/26(水) 11:41:56 ID:87CfTf6I
どこで?

46 :法の下の名無し:2006/07/26(水) 12:32:29 ID:fwMV4lWv
文学の「文」意味として文芸という意味と文献という意味があります。
だから史学・文(芸)学・哲学・古典(漢文・古文)は文学部にある訳です。
文献学という文学の古典的な意味において法学部は明らかに文学から派生しています。
日本の法律のもとになる大陸法はローマの法律に関する古典文献を元にしてるん
ですから。

47 :法の下の名無し:2006/07/27(木) 06:28:54 ID:fei5tpmD


48 :法の下の名無し:2006/07/27(木) 09:41:02 ID:o7tdEP32
 まあ、文学厨にこんなことを言われる法学の惨状も反省されねばならんのだろうな。

49 :法の下の名無し:2006/07/27(木) 11:31:56 ID:vQHddwqM
法って理論体系つうか、一つの価値観だろ?
普通の奴でももってる価値観をことばで必死に
説明してみたのが法だろ?

50 :法の下の名無し:2006/07/27(木) 15:35:16 ID:JPywprSC
法学は実務(最高裁判例)を常に意識しないといけないが
文学に実務?があるのだろうか。

法学は「枠」を創造するのが役割であって
文学は「枠」の中、あるいは外を創造するものだろう。

具体的には、表現の自由。
法学は表現の自由の範囲を扱うが
文学は表現の自由の内実に努める。時にはその範囲外にも及ぶ。
内心にある分には問題ないが、外部に表現することは「枠」に縛られる。

ということで如何?

51 :法の下の名無し:2006/07/27(木) 15:58:07 ID:JPywprSC
>>50
スレタイに対する見解としてね。
「解釈」の対象と範囲が違うということは
同じ「解釈」という表現であっても別物と扱われるだろう。

人間の精神的営みとしては、法学解釈も文学解釈も同じといえるが
メルクマールが既に別のものになっている。
精神活動にとどまらず外部的活動まで縛ってしまうという実証的な意味でも
両者は異なるであろう。

なお、文学解釈が法学解釈を取り込んだと言えるのは(かつての)神学であろう。
聖書による裁判などはその典型例。
当然のことながら、現在の(少なくとも近代的な)法解釈は文学解釈から派生したのではなく
独自の世界観を持って構築された解釈学として現在まで発展してきた。


こんな感じ?添削してみてください。


52 :法の下の名無し:2006/07/27(木) 20:51:11 ID:bWMtFRvK
文学にも理論はあって、実務は小説家とか翻訳家じゃないの?

53 :法の下の名無し:2006/07/27(木) 23:28:02 ID:xmRW94IN
法解釈の背後には実力行使というものがあります。
裁判所が解釈したことにそって有無を言わさずに実行されます
(まあ、学説には実力行使はないでしょうけど)

文学解釈には実力行使は無いです。
どう解釈しようがその人個人の自由です。

54 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 00:25:52 ID:Q/wEG9l9
それはそういうしくみなだけの話だろ

法解釈が文献学で、文学部の範疇になりうることの否定にはならない

55 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 00:49:34 ID:y5dcD0eB
文学部の文献学って反対解釈とかするのかな。

何か具体例挙げてみて。


56 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:01:49 ID:X+I2mwsI
反対解釈だって?
そんな幼稚な解釈など「解釈」の名に値しないぞw
テキストからどのようなレクチュールが可能かを様々な
文学理論に基づいて解きほぐしていくことこそ解釈なのに、
ただ字面追ってるだけの解釈とは訳が違うんだよ!

刑事訴訟法198条の文言を反対解釈して身柄拘束を受ける被疑者の
取り調べ受忍義務が認められるだの、相殺についての民法511条の反対解釈で
差押前に自働債権が存在しているならなんちゃらとかいう、馬鹿げたやり取りなんて
恥ずかしくで見てらんないよw

57 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:05:02 ID:y5dcD0eB
>様々な文学理論
の具体例を挙げて。

58 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:12:01 ID:y5dcD0eB
>>56
それはそうと
前半と後半が矛盾しているのは何か理由があるの?

59 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:25:51 ID:y5dcD0eB
三連投ついでに
文献学に詳しいみたいだから聞くけど

どのテキストに書かれていないことであっても、ある種の解釈を導き出しても良いの?
仮に良いとしてそれに何ほどかの意味があるの?

60 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:26:11 ID:X+I2mwsI
文学批評理論の要諦を知りたけりゃイーグルトンの「文学とは何か」でも
読めよw
解釈学から構造主義・ポスト構造主義的批評理論が一応概説されているから。
反対解釈とか言ってるレベルじゃないんだよ。

61 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:29:06 ID:X+I2mwsI
>>59
あのな、テキストの意味が一義的に決定できりゃ誰も苦労しねえっていうのw
テキストの意味なるものが一義的に決定できない、というのは今じゃ常識中の常識
なんだけど。まずはポール・ド・マンでも読め!イェール大学の教授の本だよ。

62 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:33:11 ID:y5dcD0eB
>>60-61
>解釈学から構造主義・ポスト構造主義的批評理論
何でもありってことですね。すなわち、何も言っていないのと同じ。

>テキストの意味なるものが一義的に決定できない、というのは今じゃ常識中の常識
解釈したけど分からないって結論はどうなの?何もしていないのと同じ。

63 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:33:12 ID:X+I2mwsI
ほんと単細胞ばかりだな。これだから法解釈学はこまったちゃんなんだよw
きっと読むことのアレゴリカルな構造なんて考えたことねえんだろうな。
そこらのおっさんのレベルと同じだもん。まいっちゃうよw

64 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:35:49 ID:X+I2mwsI
>>62
法解釈学みたいに単細胞じゃねえってことだよ。
意味が一義的に決定できるなんて言語についての省察を欠いた斉藤野人の妄言甚だしいことw
おめでたいというかなんというかw


65 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:39:58 ID:y5dcD0eB
>>64
わからないという結論もまた人間として正しいですが、結論を出せないという限界もまた単細胞であります。

66 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:42:14 ID:X+I2mwsI
>>65
結論が出ないということを反省した上で導くことと、ナイーブに結論が存在するもの
と思い見なして、その営為そのものを対象化しえない幼児性とは大きく異なるぜw

67 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:44:15 ID:X+I2mwsI
「人生はならぬ法解釈学は一行のボードレールにしかない」(BY 俺w)

68 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:49:28 ID:y5dcD0eB
やたら英語やフランス語混じりの
中途半端な書込みも幼児性が見て取れる。

69 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:51:54 ID:X+I2mwsI
反論できず?
なんなら法解釈学についてやりあってもいいぜw
もう寝るけどw

70 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 01:53:31 ID:y5dcD0eB
1つだけ確認させて

>>1と同一人物?それとも今日だけの一見さん?

71 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 02:05:55 ID:X+I2mwsI
俺?
俺は>>1じゃないよ。俺は残念ながら法学部。
それに法解釈学は文学の一部であるとは思っていないw
文学ってのはもっと凄い学問だっていう敬意があるということと、法解釈学に
対する失望があるってこと。俺の友人でフランス文学専攻しているのはやっぱ
凄い。

72 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 02:38:07 ID:cuQniXdv
法学部生は既存のルールを何も考えず頭に詰め込んでその通りに国を動かしていくための道具だろ

法学は学問じゃねぇ

73 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 02:39:56 ID:cuQniXdv
ちなみに

相当因果関係

だの

目的解釈

だのは、おっさんの思考を洗練させてるだけで、ほんと、学問としての高級さも
難しさもないと思う

74 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 04:42:36 ID:oKp/lxmJ
これも>>1が立てただろ?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1152637598/l50
とりあえずシケタイでも読んで出直してくる方がいいよ
わかんない奴に何言っても堂々巡りになっちゃう

75 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 06:08:16 ID:uGehY/6H
1だけど立ててねーよw

76 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 14:05:18 ID:yymZedM5
文学の解釈は作者の意図を理解するために、条文の解釈は条文を
現実の事象に適用するためにする。目的が違うね目的が。

77 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 17:06:29 ID:Lxapj5FN
あのね、君らはまず学問ってのが何か分かってないね。
世の中には様々な事象があって、それらの意味を考える(=解釈する)
ことを学問っていうんだよ。
理系と文系を分けて考えてた馬鹿がいたけど、論外。
解釈をするっていう意味ではどの学問も理系だろうと文系だろうと
全く差は無いわけ。
ただ、解釈する対象が違うから、違う学問として便宜的に分かれているんだよ。
だから、文学にも法学にも当然、解釈するという要素はあるんだよ。
そんな当たり前のことも見えないヤツがしょうもない論理で勝った気になって
文学及び法学を語るなんて笑わせるなよ。


なんか、このスレを立てたヤツの思考パターンが、
日本の文化は南朝鮮が起源ニダーとか言って優越感に浸る
チョンのそれと似ていると思うのは俺だけか?


法学部のヤツら、この程度の論理にもならない論理にうまいことやられてんじゃねーよ。
同じ法学部生として情けない。

文学部およびこのスレを立てたDQNさん、まず学問とは何か
ということからしっかり考えようね。法学部に対して何かコンプレックス
があるんだろうけど、それは自分の才能で晴らそうね。
法学部の人が自分の分野だけに閉じこもるというなら、自分にも同じことを言ってみようね。

78 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 17:24:01 ID:X+I2mwsI
>>76
違うぞ!「作者の意図」がどうたらこうたら言ってるのは、単なる読書感想文の域を
出ない代物。いまどきそんな解釈方法なんて誰もとらんぞ。「作者の意図」なんちゅうもんが
同一性として措定できないという、つまり作者とテクストは独立していることが言われているわけでさ。
意味の同一性を素朴に信じちゃってたらまともな批評なんか成立せんよ。

>>77
解釈という意味では同じでその対象が違うだけだって?
冗談はやめてくれよ!
解釈という語義で指示されようと、全く異なる方法に基づいて学問的営為はなされているもんだよ。
意味を考える=解釈するじゃないんだよ。解釈とは何かについて示唆に富む
スーザン・ソンタグの「反解釈」でも読め!フレドリック・ジェームソンでもいいぞ。
邦訳されていないかもしんないけど。

79 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 17:27:50 ID:X+I2mwsI
ほんで、法解釈学と文学とは異なる。どっちがどっちの一部に包含されるという
関係に立つわけではない。法解釈学なんざ、与えられた解釈方法(ものごっつい単純な)に
則って擬制された法的推論を通して妥当な結論を導く技術にすぎん。
しかもこの法的推論なんてのが実に怪しいわけで、あたかも正しい推論に則って結論を導出
しましたなんて装っているだけなんだから。

80 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 17:38:47 ID:X+I2mwsI
前にも言ったが、法解釈学で使用される例えば「反対解釈」なんちゅうもんは、
実に単純なものだよ。小難しくしようとしているのかもしれんが、なんのことはない
講義聴いてても「なんじゃこりゃ?」ってな代物。
差押と相殺をめぐる無制限説の根拠の一つとして最高裁も取り上げた根拠といえば、
民法511条には「支払の差止めを受けた第三債務者は、その後に取得した債権による
相殺をもって差押債権者に対抗することができない」という文言。
これを「反対解釈」とやらを使用すると、差押前に取得した債権であるなら、差押債権者に
対抗できるということになる。この対抗を無制限に認めようとしたのが、昭和45年大法廷判決、
いやいや自働債権の弁済期が受動債権のそれよりも先の場合に制限しようというのが制限説という
違いはあるんだけど、最高裁のたまわく511条の反対解釈として、差押前に第三債務者が取得した
債権による相殺は例外的に差押権者に対抗し得ると解されている理由は、第三債務者が差押前に取得
した債権を有するときは、差押前にそれでもって相殺をしようとする期待があるからである、と。
敷衍すると、つまり差押よりあとに取得した債権をもって被差押債権との相殺を主張することは認められない。
このことから、一応差押と相殺に関して利益調整がなされていると考えられる。そこでこの条文を反対解釈すると、
支払の差止めを受ける前から有していた債権をもっての相殺はできるということになる。

81 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 17:40:07 ID:yymZedM5
>>77

>世の中には様々な事象があって、それらの意味を考える(=解釈する)
>ことを学問っていうんだよ。

ウソだろ。学問とはモデル形成ね。つまり概念による模型作り。
例えば、物理学なら自然現象から速度や加速度、質量、力といった概念を抽出してきて
これらの諸概念を合理的に一定のモデルに構成する。こうしてできた模型が仮説ね。
あとは実験や自然観察でその仮説を証明してゆく。証明できれば一応その仮説は正しいとされる。
もっと厳密にいえばその仮説と矛盾する実験データや自然現象はまだ見つかっていないというべき
自然科学はすべて、概念の抽出、仮説モデルの形成、実証という手続きの繰り返しで
発展してきたんだ。学問を世の中の事象の解釈だなんて言ってる君には
わかるかな? わかんねだろうな。



82 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 17:40:37 ID:X+I2mwsI
ちょっと変になったw
制限説は昭和39年大法廷判決ね。昭和45年に判例変更したんだ。
でもなんのことはない。要するに銀行に勝たせたかった、ただそんだけw

83 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 19:11:14 ID:h6PohowZ
>>81
>例えば、物理学なら自然現象から速度や加速度、質量、力といった概念を抽出してきて

m6(^д^) プギャー

84 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 19:31:15 ID:wVzOcV6x
>>83
>m6(^д^) プギャー

??? 何のこと?日本語知らないアホですか?




85 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 20:22:20 ID:uGehY/6H
>文学の解釈は作者の意図を理解するために、条文の解釈は条文を
現実の事象に適用するためにする。目的が違うね目的が。


裁判官は条文というテクストから法の意図を探って、そこから演繹するんじゃなかったっけ?
だったら文学と一緒じゃないか

86 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 20:36:57 ID:uGehY/6H
法学は価値観です。ある意味価値観の押し付け。
学問ってのは価値観に関係なく誰にも認められるものだから
価値観にすぎない法学は学問じゃない。さっさと認めろ法学厨

87 :法の下の名無し:2006/07/28(金) 22:51:08 ID:Lxapj5FN
補足
>>81
少々説明が悪かったらしい。
学問とは、物事の意味(なぜそれは起こったか)を考えること。
意味を考える上で合理的に説明できる方法を見つけることができれば、それは有力な説となりうる。
その意味で、理系も文系も差は実はそんなに無い。

>>85
なんで君は文学先にありきなんだ?たまたま、文学にカテゴライズされたものを君が先に勉強したってだけでしょ?
それに、解釈をするということが学問の本質なんだから、文学にも法学にも
同じような思考方法があって当然。学問の分野がはじめから分かれていたわけじゃない。

ついでに、人間の作り出すものに、価値観から自由なものなど存在しない。
学問ってのが価値観に関係ないなんてのは全くのうそ。
文学が価値観から自由なのか?

88 :法の下の名無し:2006/07/29(土) 00:10:05 ID:nY9s73z/
上からものおとシテしたにおちるのは価値観じゃないだろ

89 :法の下の名無し:2006/07/29(土) 02:34:35 ID:F+t+LAz1
>>86
万物は神によって創造されたんです。
進化というわけの分からん価値観を押し付けないでください。







90 :法の下の名無し:2006/07/29(土) 10:25:20 ID:Ut/waMus
例えば「財物を窃取したる者は・・・」という条文があったとき、この財物とは
どの範囲までをさすのかを画定するのが法解釈ね。有体物だけなのか、無体物
も含めるのかといった具合に。有体物オンリーだとすると電気などの無体物を
盗んでも罪にはならないことになるね。

91 :法の下の名無し:2006/07/29(土) 14:49:38 ID:fupGwAmw
>>90
あなたをけなす訳じゃないけど、法解釈って低レベルな議論をするんですね。
学問の名に値しないと思います。

92 :導来軒の店員:2006/07/29(土) 15:25:35 ID:HS5tl3mN
>>91
法解釈なんて別に高級なものでもなんでもないよ。
そのことについては、法解釈学をある程度勉強した者で法解釈とは何かを
多少真面目に反省したことのある者は皆承知しているんじゃないかなあ。
逆に法律をあまりに知らない人が、法律と聞くだけでさもご大層な学問を
やっているかのような思いを抱く傾向にあるんじゃないかと思う。
それもあって、やたら法律家に対して自らへりくだる人が多いのだろう。
でも実際はへりくだる必要なんか全くないわけであって、単に法解釈のテクニカル
な部分に秀でているに過ぎないのだから、価値判断の部分では何ら法律家に劣るわけでも
なんでもないんだよ。

時々法律家とか法解釈学に対して過剰な妄想を抱いて、俺らは凄いといきまいているバカが
いるけど、それは法解釈学をあまり勉強したことがなくて、しかも自らを反省したことすらない
単純な人間だからね。法学部といってもそんな単純なバカばかりではなくて、
法解釈学の学としての条件とは何か、何を以って自らの解釈の正当化根拠を見出せばいいのか
など思案している者やら、とまどっている者やらも存在するというわけですよ。

93 :法の下の名無し:2006/07/29(土) 15:30:50 ID:Ut/waMus
>>91
低レベルっていうけど、電気窃盗をした人にとってはこの条文の解釈
しだいで犯罪者になるかどうか決まるわけだから大問題だよ。

94 :法の下の名無し:2006/07/29(土) 15:33:09 ID:ADT5Kibz
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=2306868

19男です。
現在14歳の彼氏がいます。
彼とセックスしたら、犯罪になるのでしょうか?
13歳未満がダメ?
18歳未満がダメ?
色々と、情報がありますが、良く分かりません。
よろしくお願いします。

95 :法の下の名無し:2006/07/30(日) 07:19:21 ID:tI87dWOP
PならばQである
の反対解釈は
notPならばnotQである
なわけだけど、
数学の時間で習ったんですけど、
これって数学で言う「裏」ですよね。
裏って同値変形じゃないですよね。
対偶じゃないと同値変形になりませんよね。
いったいこれはどう考えたらよいのでしょうか?

96 :法の下の名無し:2006/07/30(日) 07:44:51 ID:aIyYGpgw
それはただの形式論理。その条文の目的から考えて、裏が成り立つ趣旨かどうかを
個別具体的に考えるのが法解釈。
そんな形式論理は社会じゃクソの役にも立たないよ。条文の趣旨目的を推測できる
知識教養や国語力、語彙力などの総合的な判断

97 :法の下の名無し:2006/07/30(日) 07:49:07 ID:aIyYGpgw
要するに条文には直接書いていないが、その条文の意図に照らせば
notP⇒notQも含みこんでいるといえるときに、反対解釈ができる。
で、けっきょくそこは社会通念

98 :法の下の名無し:2006/07/30(日) 07:50:22 ID:aIyYGpgw
その法律の大目的や、ほかの条文などとの関係から、
notP⇒notQをも含んでいると解することは出来ない場合は
形式論理上の反対解釈ができても、実質論理上反対解釈は出来ないとされる。

99 :法の下の名無し:2006/07/30(日) 13:38:39 ID:PTkpCJkc
>>98
どんな条文でも反対解釈できるよ。するかしないかは裁判官しだい。
法の分野で問題になるのは個別の事案に反対解釈した条文を適用するか否か
ということ。数学みたいに反対解釈が真か偽かが問題じゃない。

100 :法の下の名無し:2006/07/30(日) 23:03:06 ID:LuriT9Bh
そもそも条文には真も偽もないよ。事実文じゃないんだから。

101 :法の下の名無し:2006/07/30(日) 23:07:54 ID:4MDzKMq3
リンゴならば果物である
を反対解釈すると
リンゴでないならば果物でない
となりますよね。
これは偽の命題です。

一方、リンゴならばリンゴである
を反対解釈すると
リンゴでないならばリンゴでない
となりこれはOKです。

つまり、反対解釈が許される場合と言うのは
要件と効果が同値のときのみということになるのでしょうか?


102 :法の下の名無し:2006/07/30(日) 23:32:27 ID:LuriT9Bh
>>101
その前に、

「人を殺すならば死刑に処す」

これは真?偽?

103 :法の下の名無し:2006/07/31(月) 02:13:28 ID:+k+I5LC9
>>96-98を読み返せ

104 :法の下の名無し:2006/07/31(月) 05:02:11 ID:bZb6jLES
法解釈なんて、そんな大したもんじゃないことくらい、みんな分かってやってんじゃないの?
大したことない上に、金稼げる仕事見つけられる確率が高いんだから、楽でいいだろ。
文学やって田舎で高校の教員にでもなるか、街で会社員やったり弁護士やったりの差だから、
結局大した差じゃないけど。

105 :法の下の名無し:2006/07/31(月) 07:56:11 ID:0W8oXQ9K
>>101
数学の命題と法律の条文の違いが理解できない人がいるみたいですね。

106 :法の下の名無し:2006/07/31(月) 07:59:59 ID:w54XKQ1t
あほだなあ。文献学はことばが担っている枠の中で経験的に最良のものを
確定するものであって、形式論理学じゃないんだよ

107 :法の下の名無し:2006/07/31(月) 11:19:05 ID:qyWbCgFe
>>102
条文に真偽を求めるのは愚問。有効か無効かを問うべき。

108 :法の下の名無し:2006/07/31(月) 13:22:53 ID:BDJ4YXqg
ここのレスが、解釈できん。

109 :法の下の名無し:2006/07/31(月) 22:37:16 ID:DtTqrT1E
「黒い目のきれいな女の子」

A説:目が黒くて目がきれいな女の子
B説:目が黒くて美人な女の子
C説:黒人の目がきれいな女の子

A’説:目が黒くて目がきれいな女性、の子供
B’説:目が黒くて美人な女性、の子供
C’説:黒人の目がきれいな女性、の子供

D説:目がきれいな女性、の黒い子供
E説:美人な女性、の目が黒い子供


110 :法の下の名無し:2006/08/01(火) 01:30:03 ID:IBxTw7Hi
小松秀樹 著 医療崩壊 88ページ
「法律家もせめて高校生レベルの数学のセンスを持って何が正しいのか考えてほしい。」

裁判官の頭は中学生レベルと言ってるわけですよ。小松秀樹先生は2ch医者板で言われていることを
まともな筆致で表現しています。要は法律家は数学も満足に理解出来ないバカと言ってるんだよね。

111 :法の下の名無し:2006/08/01(火) 05:34:24 ID:hdZ1E54E
数学も満足に理解出来ないバカってのは、
私立専願の奴だろw

112 :法の下の名無し:2006/08/01(火) 05:43:24 ID:H4DeDI7W
東大理学部数学科卒の弁護士が文系馬鹿を痛烈に罵倒しています
http://www.atmarkit.co.jp/fsecurity/column/ozaki/29.html

>>理系では常識とされる論理思考・論理的直感が法曹などの超文系世界では非常識
>>とされることにしばしば驚く。

>>「論理感覚」は法曹界の人材の大多数にはないものと思った方がよい

結論:暗記馬鹿の文系は能無し。影響力の大きい馬鹿ゆえに社会に与える害悪の大きさは看過できない。

113 :法の下の名無し:2006/08/01(火) 09:47:28 ID:jUv21puu
>96
> そんな形式論理は社会じゃクソの役にも立たないよ。条文の趣旨目的を推測できる
> 知識教養や国語力、語彙力などの総合的な判断

でもね。

http://www.atmarkit.co.jp/fsecurity/column/ozaki/29.html

>例えば、「A and B」という論理式がある。AもBもともにtrueになったときにのみ式全体がtrueになる。
>では、この反対をとったらどうなるか。
>(中略)
> 法廷でよく問題となるのは、契約文書に「甲及び乙が共に○○したときは〜」と書いてあるのに対して、
>その反対の法律効果を得たい場合である。
> 理系頭脳のある方なら「甲又や乙の一人でも○○しなければ」反対の効果が得られるはず、とすぐ分かるだろう。
> しかし、法曹の多くは、「甲・乙ともに○○しない場合」としてしまうのだ。
> 先ほどの式でいうと右辺を(not A)and(not B)にしてしまう。

この程度のことは判っていて欲しいね。



114 :法の下の名無し:2006/08/01(火) 09:54:26 ID:7FKB5gbl
その程度のことは俺でも分かるわw

だいたい法曹は東大京大がおおいから
その程度の形式論理知識は持ってるだろ

115 :法の下の名無し:2006/08/01(火) 10:05:55 ID:jUv21puu
>114
その程度のことが判らない文部省キャリアが実在してるぞ。

その時は酒を呷りつつ「ゆとり教育」の必要性を熱弁していたから、ついアルコール燃料で
論理を飛び越えたのかもしれないが。

116 :法の下の名無し:2006/08/01(火) 17:07:52 ID:wP11sFYd
分かってないな。

依頼人が論理的に不利なときにどうするかが弁護士の腕の見せ所だぞw

117 :法の下の名無し:2006/08/01(火) 21:46:55 ID:jzrnK2z8
まあ、あれだな・・、一ついえることは、文学部の学生では
司法試験に受かることは、限りなく不可能に近いことだ・・・

118 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 00:12:50 ID:bxHYb2lW
>>113
これよく貼られてるコピペだけど、

> 理系頭脳のある方なら「甲又は乙の一人でも○○しなければ」
>反対の効果が得られるはず、とすぐ分かるだろう。

これは文言解釈のときのみそうなる。
「甲及び乙が共に○○したときは〜」(日常文)=「甲が〜し、かつ、乙が〜したとき」(論理文)
はあくまでも字面はそう見えるというだけ。

ちなみに、「1ヶ月以内に甲及び乙が売買の準備を完了したとき売買契約が結ばれる」
という停止条件つき契約で、甲が準備をし終えて乙がしないときに、はたして「文言解釈
なら『甲又や乙の一人でも○○しなければ反対の効果が得られる』」で済むのか?

これは結構きわどい。たぶん、法曹関係者の多くが、「甲・乙ともに○○しない場合」と
読み替えるのは、その方が依頼人に有利かつ社会通念上も妥当な処理ができるから
だと思う。

119 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 03:25:41 ID:M9osbKi5
>>118
少なくとも論理学に反した議論を社会通念云々いうなら、前提条件を別の表現にしろよ。
自然科学の基礎たる数学を簡単に否定するなよ。恥ずかしくないか?

120 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 03:45:30 ID:bxHYb2lW
>>119
だから論理学には反してないっての。
日常文が論理学における厳密な意味とは違う、ということ。
仮に、

「甲及び乙が共に○○したときは〜」(日常文)=「甲が〜し、かつ、乙が〜したとき」(論理文)

なら弁護士が間違ってるが、そもそも=で結べるかどうかは解釈次第。

「100万円の馬Aまたは200万円のBの馬を引渡せ」

でABともに引渡して「論理学ではそういう解釈だから300万払え」
は通らないんだよ。

121 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 04:26:48 ID:M9osbKi5
>>120
「または」と「かつ」の意味が論理学と違うというだけじゃん。アホクサ。

122 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 06:54:37 ID:gQuNhbnJ
おい話を元に戻せ。

法学は所詮文献学だろ。

123 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 06:55:37 ID:gQuNhbnJ
その文献学の中で、たまたま形式論理を使う部分があるだけだ。
立法論として形式論理を使うのは、それがわかりやすいからなだけ。
行政法は形式論理が多いよな。

しかし民法や憲法は実質論理ばかり。むしろこっちのほうが大半。

124 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 06:56:28 ID:gQuNhbnJ
法律では、形式論理よりも、ことばが担う意味の範囲内での実質論理が命だ

そして実質論理とは常にグレーである

125 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 09:03:24 ID:M9osbKi5
形式論理と同じ言葉で意味が違うのは非常に紛らわしいのでは?
「倍」という言葉が法学では「×10」を意味していたりするようなものだ。
また、論理学は厳然と存在するのにその理解があやふやな奴が極めて多いのも大問題だ。

126 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 09:07:54 ID:TzZll1Wm
↑わけのわからないことを言い出したら終わり

真理は簡単な言葉で説明できるものだ

127 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 09:31:26 ID:27K7oA0u
法解釈は条文の言語的解釈には違いないけど、条文は個別具体的事案
に適用しないといけないから、具体的には何を意味するのかを明らかに
することだね。例えば、「私権の享有は出生に始まる」といった条文があった
とき、出生とは具体的にはどのような状態をいうのかを明らかにする。
つまり、新生児の体の一部が母体から露出したときなのか、それとも
全身が母体から出たときなのかといった具合にね。

128 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 09:33:46 ID:M9osbKi5
>>126
「かつ」と「または」の意味が論理学と違うのを当然としているのは大問題だと思うが・・・
たとえば、外国の企業との契約でも同じような調子で仕事をしていて大丈夫なの?
向こうは厳密に論理学的に考えて契約書の文言を作成しているのに、日本側が「実質論理」とかいう非論理的な
理屈を言って納得してもらえるのかな?

129 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 10:32:28 ID:z46Ill/T
なんかレベルの低い奴ばかりだな
俺は東大だけど、なんでこうも何回も説明しなきゃいけないんだろう
2chってやっぱレベルの低いやつばかりなのか?

130 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 10:58:45 ID:Y1Wwc8L2
>>128
その点は企業法務がちゃんとやってるから無問題。

当事者が論理的な用語法で文書を作成するならその通りに解釈し、
庶民や中小企業がそういう用語法を守らないなら、当事者の
合理的意思解釈を行えばいいだけ。

「いかなる文書の用語法も論理学のそれに従う」
「専門家の文書と非専門家の文書は解釈上区別されない」

なんて法律はないので心配する必要はない。

131 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 11:07:08 ID:z46Ill/T
社会科学に言う論理は、ライヘンバッハがいうように、ある確率において正しい
ものであって、その連関は常にある確率において正しい。しかしその確率が
定量化できないのだからかなりあいまいなものにならざるをえない。

132 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 13:09:58 ID:8Zj2xIM6
ライヘンバッハを理解してないこと丸出しだな。
本当に理解しているかどうかを見分けるにはいかにやさしく説明できるか
を見ればよい。

133 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 13:38:15 ID:z46Ill/T
ライヘンバッハなどどうでもいいんだよ

法解釈学はただの文献学にかわりはない

134 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 14:40:42 ID:8Zj2xIM6
文献学といわれても分からない。
要するに包括的に書かれた条文を具体的な事件に適用しないといけないから
条文の内容を具体化することが法解釈学であることには間違いない。
この点、形式論理学がどうのこうのといってる奴は全くの的外れの議論を
しているわけでおそらく法学が学んだことのない人でしょう。

135 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 15:09:32 ID:z46Ill/T
「要するに包括的に書かれた条文を具体的な事件に適用しないといけないから
条文の内容を具体化することが法解釈学であることには間違いない。」

その具体化というやつが実に怪しい。結論が妥当になるようにうまいぐあいに条文を読んでいる
だけで、条文から演繹的に正しい結果がでてくるわけじゃない。それは科学や学問に値しない。



136 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 18:40:41 ID:wx+dnCuo
要するに、あらかじめばくぜんとした抽象的なことばを並べておいて、具体的事件ごとに
都合よく読み直すわけだろ。
これはことば的な技術ではあっても学問じゃないわな

137 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 18:42:15 ID:wx+dnCuo
法律の解釈っつうのは、背後にばくぜんとした法的な価値観みたいなのがいっぱいあって
その結論にもってくために条文をこねくりまわしてるだけ

138 :導来軒の店員:2006/08/02(水) 19:10:52 ID:KR7Rzv/i
まあ当たらずとも遠からずってところかな。
もっともどう考えても許されない解釈つまり解釈の許容範囲を逸脱した部分にまで
解釈の射程を延ばすことはできない。
ところが許容範囲内でありながら、どちらにも結論を転がしうるものもあって、
要は一定の価値判断を前提にした解釈でしかないと言われても仕方がない。
たとえば、例えばBという結論を出したいために前提Aを持ってきて、

A→B
ーーーー


とあたかも論理的に導きだしたように取り繕うわけだけど、
実はAからはBを導出はできるが、CもDもEも導出できて、しかもB,C、D,Eは
互いに矛盾するっていうようなことになっている場合もあるんだよね。
もちろんAからはBも導けるわけだから推論が間違っているとまでは言えない。
でも別の帰結も導き出せるなら、Bを言うための説得的な理由としてAはふさわしいとは
必ずしも言えないわけで、要するに説明になっていないんだよ。

そういうところを突っ込まれたらどうしようもない。まあいい加減ってことだよ。
いい加減をいい加減と知りつつ結局は世間で「常識」として受け入れられるだろう結論に
法を適用して導いたことを仮構するための技術ってことじゃないかな。
法解釈学を学んできてそう思ったよ。

139 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 19:55:07 ID:exYk1t4W
>>138
それは、解釈作業と論理的なあてはめを混同している。

形式論理は三段論法の枠組みを与えてくれるが、

「大前提のAと小前提のAの意味は同一か?」

という解釈基準はあたえてくれない。論理学はあくまでも解釈に
ぶれがないことを前提としている(同一記号には同一の意味)。
もちろん、

「大前提のAと小前提のAは同一だが効果は生じない」

とやったらそれは論理違反だが、

「ここでいう小前提のAは実は大前提のAと違うから効果は生じない」

というのは解釈レベルの話。

140 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 19:57:10 ID:exYk1t4W
ちなみに、算数(あえて数学とは言わない)をやった人なら、

1+1

の解も、この計算式の解釈基準(どういう文脈で与えられているのか)
によって変化するということに気付くだろう。

141 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 19:59:42 ID:TDwVF1b8
↑それは公理というものが分かっていない

142 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 20:00:14 ID:TDwVF1b8
1+1を解釈することなどない

数字は数字で切り離して演繹していく

143 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 20:06:30 ID:exYk1t4W
>>141>>142

1+1=2
1+1=1
1+1=0
1+1=11

この状況だとどれが正解かは分からない。

144 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 20:10:04 ID:TDwVF1b8
1+1=2と決めているのが数学であって
正解が分からないわけがない。

145 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 20:16:44 ID:exYk1t4W
>>144
>1+1=2と決めているのが数学であって

ブール環が与えられてるときに1+1=2は×。

ちなみに、>>143は上から、
整数観環で3進法以上のとき(2進法なら10)、
論理学で1が真理値を表しているとき、
ブール環のとき、
プログラミングで1と1を組み合わせるとき、

それぞれそうなる。

146 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 20:27:46 ID:NFQ5U+VN
バカだな

そのときは特別な記号を使う

たんに1+1としか書いていないときは、=2ときまっている

147 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 21:53:52 ID:hRe/7E/4
>>138

「とあたかも論理的に導きだしたように取り繕うわけだけど、
実はAからはBを導出はできるが、CもDもEも導出できて、しかもB,C、D,Eは
互いに矛盾するっていうようなことになっている場合もあるんだよね。
もちろんAからはBも導けるわけだから推論が間違っているとまでは言えない。
でも別の帰結も導き出せるなら、Bを言うための説得的な理由としてAはふさわしいとは
必ずしも言えないわけで、要するに説明になっていないんだよ。

そういうところを突っ込まれたらどうしようもない。まあいい加減ってことだよ。
いい加減をいい加減と知りつつ結局は世間で「常識」として受け入れられるだろう結論に
法を適用して導いたことを仮構するための技術ってことじゃないかな。
法解釈学を学んできてそう思ったよ。 」


が正解。法解釈なんてこんなもんだよ。学問というより、ことば的技術。レトリック。修辞学。
どこにも一義性や論理性がない。

あと、知らないだろうけど、最高裁は条文の文言を無視した解釈もする。判例を探してみるとよい。
つまり法解釈ってのは、条文の範囲じゃできない解釈までやってのけるんだよ。
価値観ありきで、条文は建前。

148 :導来軒の店員:2006/08/02(水) 22:08:32 ID:KR7Rzv/i
もちろん条文上そのように規定されていないものまで解釈で修正してしまうことも
あるよね。学説もしかりだけど。
民法612条の解釈などその際たるものだろうね。
無断譲渡・転貸の効果として契約解除できることになっているけど、
判例はそうは解釈しない。たとえ無断譲渡・転貸があろうと、賃借人が
賃貸人に対して背信的な所為を働くなど賃貸借契約を維持継続するにつき、
契約当事者である賃貸人・賃借人間の信頼関係が破壊されたと判断しうる
特段の事情がなければ、612条の規定があるもののなお、賃貸人は信義則上
解除権を行使し得ない、と解釈しちゃうし、
有名どころでは、94条二項でも明文では、第三者保護要件として善意のみを要求
しているが、学説の一部では無過失必要説が唱えられているし、判例は明文どおりだが、
類推適用される場面では無過失要求説を採る場合も見られる。478条の解釈にしても然り。
96条3項での「第三者」として保護されるには、対抗要件とは別の権利保護資格要件として
登記を要求されるとする解釈など枚挙に暇がない。

149 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 22:15:54 ID:5CNXsiE7
自然科学と違って、理論の美もなけりゃ、客観性もない
解釈は裁判官によって変わる
こんな曖昧でいい加減で権威的なものが好きというやつはどうかしてる


150 :導来軒の店員:2006/08/02(水) 22:18:32 ID:KR7Rzv/i
民法だけでなくて憲法ともなるともっと酷いよ。
裁判所の価値判断でなんとでも転ぶ。
仄聞するところでは、某革新政党系の弁護士が立った事件では、なるべく
勝たせないでおこうという暗黙の了解があるとか。要するに最高裁事務総局の
意向に沿わないものは勝たせない。勝たせてやりたいと思えばあれやこれやの
屁理屈をつけて勝ちにもっていく。とくに政教分離が絡んだ裁判では、津地鎮祭訴訟
最高裁大法廷判決以来、司法審査の基準として採用されることになった目的効果基準など
基準として機能しているのか否かわからんわけで、評価のしよう如何では、なんとでも合憲
にも違憲にも転ばしうる。基準を設けるその段から価値判断からめちゃっているし、もちろん
それが一概に悪いわけじゃないけど、法解釈学なんざ世間で思われているほど論理的な厳格さなんて
なくてかなりいい加減なものなんだよ。

151 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 22:26:23 ID:5CNXsiE7
みなさん良く勉強してますねぇ
私なんかやる気起きないですよ
つまらなすぎて頭に入らないというのが正直なところ

152 :導来軒の店員:2006/08/02(水) 22:37:58 ID:KR7Rzv/i
>>151
その気持ち痛いほどわかる!
でも俺はパンのためと割り切ってるよ。
飯食うためにはしょうがないじゃん。
まあそんだけ。
国際政治学の方が個人的には面白いなと思ってる。
法学部オンリーで考えた場合にはね。

153 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 22:39:17 ID:eHl7HpJ1
>>147
じゃあ法学は科学であることを放棄した学問である
と理解してよろしいのでしょうか?

154 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 22:40:57 ID:5CNXsiE7
だから文献学だって


俺はパンのためとすら割り切れない。あらゆる面から法学に馴染めない。
論理学や数学みたいな真偽値のあるものなら受け入れられるが、
法学ほど曖昧で恣意的でいい加減なものは脳が受け付けない。
なんつうか、勉強しよう!って気にならないんだよ

155 :法の下の名無し:2006/08/02(水) 22:43:57 ID:5CNXsiE7
だいたい憲法判例とか覚えたって、所詮は政治判断の所産だろ
民刑でも多かれ少なかれ政治判断
こんなの100も1000も頭に詰め込んだって、キリがないじゃん
砂を噛むようで虚しい。道具だと割り切っても虚しい


156 :導来軒の店員:2006/08/02(水) 23:09:53 ID:KR7Rzv/i
>>154
割り切っちゃいなよ、その方がらくだから。もちろん解釈法学への懐疑は
常に持ち続けてたほうがいいけどね。おめでたい人間にならないためにも。
ただ価値判断を多分に伴う領域だから、この点を考慮すればどうしても恣意的な面が
出てきてしまうのも仕方がないんじゃないのかな。
解釈法学に数学とか理論物理学みたいな超高度な抽象性(特に整数論とかさ)を要求
され、そのために論理的な厳格性も要求されるような上等な学問であることを期待しても
だめじゃないかなあ。もともとそんな学問じゃないわけだし。
前に別スレで法学には天才など観念しえないと言うことを書いたんだけど、
そりゃ当然で法学っちゅうもんは常人離れした才能でもって独創性を発揮して、
発表当初は世界中の優れた頭脳ですらその内容を理解することが困難なほどの
新たな領野を開拓していく学問じゃなくて、単なる常識知の集積で、小奇麗な整理が
できるかできないかだけ問われるもんだし。

あと、文献学というのは他の文献学にも失礼じゃないかと思う。文献学って
もっと緻密で中身もあるし。解釈法学はそれ以前という気がするんだよね。
判例覚えることは実務家としてやっていくには仕方がないよ。判例法の伝統の
ある英米なんかだともっと大変みたいだよ。それに比べればたいしたことないよ。
もちろんあの大して中身のない悪文を長々と読まされるのは苦痛以外の何ものでもない
かもしれないが、実務に携るなら避けて通れないわけで。まあ実務において憲法判例は
あんまり必要としないだろうけど。受験に必要というだけ。
民法の判例の理解は絶対必要だし。


157 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 00:57:43 ID:QHq0wQB1
>>154>>155
論理学と数学には真偽はないよ?
そもそも論理学が真偽のルールを定めるわけだが。

158 :導来軒の店員:2006/08/03(木) 01:22:57 ID:l2SoB/+m
おそらく与えられた前提から一定の推論規則により導かれた命題について、
その真理値が決定できる、ということを意味しているんじゃないの?
結論が真か偽であるかはっきりするわけだしね。
もっとも、命題がコンスタティブでなくてパフォーマティブな命題だとするなら
真か偽か問うことは無意味だろうけどね。

早い話が解釈法学のいい加減さを嘆き失望しているのだと思うよ。
この点、俺も同感だからよ〜く気持ちは理解できる。

159 :導来軒の店員:2006/08/03(木) 01:31:12 ID:l2SoB/+m
ただ一定の推論により導かれた結論について、その真理値が決定できるという
条件を満たす学問というのは、かなり数が絞られてしまうのではないかと思う。
経験的なものを対象とする事実についての学問であるならば、必ずしもみながみな
数学のようなその本質において経験的対象に依存しない学問とは異なり、経験的事実に
関わるので、むしろ論理学や数学が諸学問の中でその本質を異にしている学問で、
精緻な体系を持つ物理学とも全く本質が異なるわけで・・・・

要するに学としてどこまでの厳密性を要求するのか、によるだろうね。

160 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 01:58:41 ID:EgtHovvf
そうですね。

というか、科学とか学問のいいところは、個人の主観や思い込みや思惑から離れて
およそあらゆる考え方を持った人々に共通して納得させうる力を持っているところですが
(ものを上から落とせば重力で下に落ちる、素数は無限にある、など)、法学の場合、
個人の主観や思い込みや思惑が本質になっているからいやなのです。それは
憲法判例の例でも分かります。

161 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 02:02:22 ID:EgtHovvf
統治行為論なんてのも、概念を用いて「論」などともっともらしく整理していますが、
あれはしょせん背後に「裁判所に判断できないこともないが、裁判所が杓子定規に
判断して国家を硬直させかえってわが国に不都合な結果を招くより、行政や立法府
の判断にまかせとくほうがいいだろう」という、最高裁の老人の経験からなんとなく
帰納されたあやふやな総合判断みたいなのがあって、それがまさに統治行為論の本質
なわけで、法学の本質は、老人のなんとなくな経験則になっている。
それが嫌なのです。

162 :導来軒の店員:2006/08/03(木) 02:44:01 ID:l2SoB/+m
寝る前に一言。
>>160-161
学問的営為から、あらゆる主観や価値判断を排除することは困難だろうし、
実際不可能に近いんじゃないかと思う。とりわけ経験的事実を対象とする
ほとんどの学問領域では、多かれ少なかれこの問題は避けて通れないと思う。
もちろん程度問題だろうけどね。あとは証明方法なり検証方法により明確に
テストされ、その「客観性」(これも難しいかもしれないけど)をどう担保するかという
ことに関してある程度方法論的に整備されている学問であるかそうでないかという
区別はできるので、どれも個人の主観や価値判断が介在しうるのだから、その意味では同じだとして
その内容の質を問わずに全部いっしょくたにしてしまうのは避けねばならないだろうけど、
いずれにしてもこの問題はどの学問領域でも問われうるだろうね。

それに主観や価値判断が入り込むこと自体は避けられないだろうし、それが一概に悪いわけではなく、
問題は、ある見解なり主張の「正しさ」を担保するための証明ないし検証について方法論的な整備が
なされているのかどうか、という点が一つ。もう一つは価値判断や主観の内容の質がどの程度のレベル
であるのかという点。
法解釈には多分に価値判断や主観が介在する。しかし価値判断や主観自体の内容は、解釈学内部のテクニカル
なものとは一応独立しているわけで、まともな価値判断をしうるにはそれこそ、法解釈学以外の分野やら
社会や人間についての豊富な知識・経験を持つ者が下す価値判断の方が信用できるわけであって、法解釈ばかりを
生業としている人間に豊かな知識・経験に裏打ちされた教養があるとは必ずしも言えない。
法解釈に精通している者が得意なのは価値判断ではなく、法解釈のテクニカルな使用にあるのであり、
価値判断の部分にも法解釈のテクニカルな知識と同様の判断力は備えているわけではないということ。
極めて貧しい教養しかない連中でも、法曹になれるわけだし、事実貧困な知識しかないにもかかわらず
法曹として威張っている連中なんてごまんと存在するよ。官僚もそうだろうけどさ。

163 :導来軒の店員:2006/08/03(木) 02:53:14 ID:l2SoB/+m
典型的な例が憲法13条の幸福追求権の法的性格についての解釈の変遷が
挙げられる。
当初は幸福追求権に具体的権利性などないという解釈が一般的であったが、
60年代を境に憲法上明文規定のない権利であっても、当該権利が人格的生存に
とって不可欠であり、その内容がある程度明確であるならば、13条は包括的基本権を
定めたものであって、具体的権利性が認められるという解釈が大勢を占めるようになる。
その理由は早い話が社会情勢の変化があって、とりわけ高度情報化社会になるにつれて、
プライバシー権の要保護性が増してきたとかそういう理由付け。
判例も京都府学連事件を機に具体的権利性を認めるようになった。
別に論理性があるわけではない。具体的権利性を認める方がいいだろうという
判断をする憲法学者が多くなったというだけのこと。

164 :導来軒の店員:2006/08/03(木) 02:57:21 ID:l2SoB/+m
そうそう比較衡量なんてその最たるもの。これが一番露骨にてめえの価値判断で〜すと
言っているものはないだろうね。
なんとでも屁理屈つけりゃどっちの結論でも導けるし。最高裁はこれが大好きだから。
なんでかというと最高裁の判事連中が導きたい結論を法的推論に従って導き出しました
という体裁を取り繕うのにめっちゃ都合がいいから、単にそれだけ。
大真面目に考えるだけアホらしい。

165 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 03:02:28 ID:tJ46x0kb
 文学部の人たちは本当にヲナニーしかできないんだねえ。

166 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 04:18:05 ID:zebZDeji
法律は道具だよ。プログラム知識みたいなもの。

しかし、プログラムはものを作って動かすと面白いから必死で学ぶけど
法律はどうも面白みがない。紛争を解決したりするのも、面白いわけじゃない。

167 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 13:40:15 ID:zBVLmix/
>>163
何を言ってるんだか。憲法13条にはいまでも具体的権利性なんかないよ。
単に新しい人権を生み出すときの根拠規定とされるだけで
13条の幸福追求権自体の実現を裁判で請求はできない。つまり具体的権利性なんかない。
13条を根拠に新設されてたプライバシー権に具体的権利性が認められるに過ぎません。

168 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 13:42:45 ID:6ylmdk5E
あほだなあ。店員氏の言ってるのは、法律はいい加減でくだらないということだ。
一部を切り取って揚げ足をとり、話をはぐらかそうとしてんじゃねーよ無教養の法律ソルジャーごときが

169 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 13:44:08 ID:6ylmdk5E
>>167が言ってることを簡単にまとめると


13条は打ち出の小槌wwwww

10文字で済むことをもっともらしく長々と書くのが法律家のバカなところ

170 :導来軒の店員:2006/08/03(木) 16:29:26 ID:l2SoB/+m
あのね、芦部「憲法学U」でも読めよ。
13条の幸福追求権の法的性格とは何かにつき、それが包括的基本権を規定
しているものであり、人格的自律ないし人格的生存にとって必要不可欠である
権利として認められる権利内容を持つものであるならば、それを直接の根拠として
裁判上の請求が可能となる具体的権利性を持つ、と書いているよ。
佐藤幸治の本でもおそらくそうだろう。
よ〜く見ろ。幸福追求権自体というよりも、
「60年代を境に憲法上明文規定のない権利であっても、
当該権利が人格的生存にとって不可欠であり、その内容がある程度明確であるならば」
と留保をつけてるだろうが。
この留保をつけたあとに、そこから導かれる権利として例えばプライバシー権は
と触れたんだよ。人の文章をよく読んでから反論しろよな。

171 :導来軒の店員:2006/08/03(木) 16:37:16 ID:l2SoB/+m
敷衍すると例えばプライバシー権という権利の内容がある程度具体的なものと
して同定され、当該権利が人格的生存ないし人格的自律にとって必要不可欠な
ものとして認められるならば、13条を根拠として裁判上の請求が可能となる
というわけ。つまり14条以下に個別的に明記されている人権ではないものの、
それが先述した権利内容を持つものであるならば、13条が補充的機能を果たす
ことにより、新しい人権をされる当該権利は当該条文を根拠にすることができる。
ここに具体的権利性が認められると言っているわけであって、実は60年代以前は
具体的権利性を認められる「新しい人権」なるものは13条から導き得ないという
解釈になっていたところ、それ以後は時代状況の変化に対応して具体的権利性を持つ
人権の根拠規定として13条を持ち出すことができるという解釈に変化したわけだ。

じゃあね。

172 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 18:00:47 ID:zBVLmix/
>>170
芦部「憲法学U」は、
13条の幸福追求権の法的性格とは何かにつき、それは包括的基本権を規定
しているものであり、プライバシー権等が人格的自律ないし人格的生存にとって必要不可欠である
権利として認められる内容を持つものであるならば、13条を直接の根拠として
プライバシー権等は裁判上の請求が可能となる具体的権利性を持つ。
と読むわけです。分かったかな?

173 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 18:15:29 ID:Lxntq7Mo
脱線すんな法律馬鹿

174 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 19:08:07 ID:dz0G/YDq
たとえば、素数ってあるでしょ。あれ2,3,5,7,9って続くわけだが、隣接素数の差に
最大値はないことが証明されてる。そういう証明が演繹的に出来るのが感動的なんだよ。
法学の場合、ただのレトリックでどんな結論もこじつけられるだろ。数学はそうじゃない。
100%狂いのない演繹で、とうてい予想もできないようなことがきれいに証明できる。
そこが感動的。法学は感動どころかシラケさせられる。日本社会も二割司法で、法律は
あまり使わないようになってる。これじゃ何を楽しみに勉強していいのか

175 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 19:09:36 ID:dz0G/YDq
ああ、2,3,5,7,11の間違い

176 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 19:45:47 ID:rej0I03W
>>174
結局、「演繹」と「解釈」の区別が何度説明されても分からないわけね。

177 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 19:51:37 ID:dz0G/YDq
解釈は自分の主観によって対象に意味を属せしめる行為だから
無理がなければなんとでも言えるし、面白みがない

178 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 21:08:02 ID:Wa7CwYcY
>>174
君の嗜好をここで披露されても困るわけだが。

俺は寿司が好きだ。ピーマンが嫌い。

179 :法の下の名無し:2006/08/03(木) 21:24:57 ID:NIWSt6rT
嗜好の問題じゃない。
演繹と解釈では必要な知能と面白さが格段に違う
法律を専門にやってるやつの大半が
「実は面白くないけどパンのためにやっている」と答える法学には根本的なつまらなさがある


180 :法の下の名無し:2006/08/04(金) 02:35:33 ID:6eAyVBUZ
面白くないのなら、自分が面白いと思うことをされればよいだけなのでは。
人がどうしようが何言おうが関係ないでしょう。

181 :法の下の名無し:2006/08/04(金) 07:30:35 ID:rzgMRcI0
いいたとえを思いついた。

君らは、「どんな虫を好きになろうが人の勝手だ。その虫が嫌いなら、自分が好きな虫を
さがせばいいのでは。人がどうしようが何を言おうが関係無いでしょう」

といっているわけだが

おれがしきりに嫌だといっている虫はゴキブリだ。ゴキブリが好きという人がいる可能性も排除できないが
圧倒的多数の人はゴキブリを好きになれない。
研究によると、サルでさえゴキブリを嫌うらしく、祖先がサルの人間がゴキブリを嫌うのは遺伝かもしれない。

だから、俺がゴキブリを嫌うのに自由意志はないかもしれない。





ゴキブリ=法律、ね

182 :法の下の名無し:2006/08/04(金) 09:46:13 ID:C4SdKIua
>>181
要するに嗜好の問題なんだろ。

自称論理好きでそこまで見事に論理破綻してると笑えるわw

183 :法の下の名無し:2006/08/04(金) 10:00:18 ID:Nhtvm12Z
嗜好じゃねえって
俺は法律というゴキブリが嫌いなんだよ

184 :法の下の名無し:2006/08/05(土) 00:26:36 ID:TQoPaYKJ
ああ、社会不適合者ね。
思想関係の板かアウトロー板にでも逝ったほうがいいんでないの?

185 :法の下の名無し:2006/08/05(土) 07:02:14 ID:r+6p67Fp
バカか?
お前がゴリゴリやっている法律学は学問にも科学にも値しない
幼稚極まりないものなんだよ


186 :法の下の名無し:2006/08/05(土) 07:03:21 ID:r+6p67Fp
体制の思惑で解釈が変わるような憲法判例などプギャワロス
そんなへんちくりんで幼稚くさいものに真面目に取り組める
無神経さがプギャワロス

187 :法の下の名無し:2006/08/05(土) 13:06:11 ID:oNHWkIm/
法はその時代の社会をコントロールするための道具なんだから、
社会の状況に適合するように解釈を変えて行かなくてはならないのは当たりまえ。

188 :法の下の名無し:2006/08/05(土) 13:08:02 ID:gPmY3vdz
それはそうだが、それは学問ではないので、そういうことは法律専門学校でやってればいい。
法学部は不要。

189 :法の下の名無し:2006/08/05(土) 22:10:06 ID:XpzhCcRh
本質が見えていないアホな人ばっかり

190 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 04:12:40 ID:sa3h4ltC
すぐ本質とか言う奴はただの馬鹿だと柴田孝之が言ってたな

191 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 13:24:20 ID:iguCNwR6
文学って正解に言えば文芸学だろ。
文献学って意味の文学とは別。

192 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 13:27:45 ID:iguCNwR6
>>187
>法はその時代の社会をコントロールするための道具なんだから、社会の状況に
>適合するように解釈を変えて行かなくてはならないのは当たりまえ。
馬鹿。社会の状況に適合するように憲法も含めて法律を変えていくのがあたりまえ。
都合に応じて条文の解釈を変えたら法の意義が消滅するだろうが。

193 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 13:28:38 ID:iguCNwR6
>>187は司法による議会制民主主義の乗っ取り。

194 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 13:31:06 ID:Av6Oebs+
法解釈は条文を素材にした文学。

195 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 13:34:11 ID:rTBOHPtJ
俺は法学部でも文学部でもないが、このスレでの議論を見ていると
やはり法学は文学の一部でしかないのは間違いないと言えるな。

196 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 13:38:04 ID:rTBOHPtJ
>>188
確かにロースクールができた今、法学部なんて無用だな。
大学院だけ残して文学部とかに吸収合併してしまったほうがいい。

197 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 15:39:47 ID:iguCNwR6
>>193
アメリカはそうだよ。憲法第四条
「不合理な捜索および逮捕または押収に対し、身体、家屋、書類および所有物の安全を保障されるという
人民の権利は、これを侵してはならない。令状は、宣誓または確約によって裏付けられた相当な理由に基
づいてのみ発行され、かつ捜索すべき場所、および逮捕すべき人、または押収すべき物件を特定して示し
たものでなければならない。」
これが最高裁でプライバシーの権利であると拡大解釈され犯罪捜査と関係ないときにも適応され、さらにそ
こからプライバシーの権利には中絶の権利が含まれているとされた。これで立法を押し切って司法が中絶を
アメリカで合法化した。俺としては文「芸」的法解釈の頂点に当る判例と認識してるけどね。アメリカの最
高裁の判事ってデリダ読んで頭いかれてるんじゃない。

198 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 16:27:42 ID:S9ZwoUsW
前に判時で見た東京高裁「和田勉セクハラ事件」控訴審判決は、3流官能作家が書いたエロ小説みたいでワロタ。
裁判「官」の中学生並の性的知「能」で書いたのも官能ってかwww

199 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 16:33:08 ID:HE4URXkN
文学ってのはそういう意味じゃないだろ。およそ法解釈は条文というテクストに
書かれた語義の範囲で行うから文学なんだ。


200 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 17:48:42 ID:iguCNwR6
>>199
デリダかぶれ。

201 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 19:23:02 ID:jeZ0aouN
法学はただの知恵の寄せ集め

202 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 19:35:36 ID:jeZ0aouN
形式の上では法学と文学は分けられているが、実質は法学は文学だよな。
法学の9割以上を占める法解釈学は条文を解釈するという文献学だし。
大体、もともと条文なんて適当に書かれているだけで、立法者意思というのも
架空の話。
よくセンター国語の小説文で、正解になっている選択肢をその文章の作者に見せたら
私はそんな意図で書いたのではない、っていうじゃん。立法者意思なんてあれと
一緒で、法学者が都合よい結論を導くために仮設した前提なんだよ。

要は、法学をやるのに必要な知力は、文学をやるのに必要な知力以下。
しかも法学なんて文学と違って、お偉いさんのした解釈を暗記するのが中心だから
文学より頭使わない罠。

203 :法の下の名無し:2006/08/06(日) 21:34:11 ID:uISWdun+
偉そうに言ってる以上、政治家や官僚にコネがあって
それなりに確かな「法の趣旨」を論文に書いてるんじゃないの?
「一般的に」ってのも何かアンケートのデータがあるんでしょ

204 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 03:02:55 ID:75DUOEn2
ここに狂った騒音DQNがいます(ノA`)
ビシッと言ってやってください

http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/car/1154334009/189

205 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 06:16:06 ID:ypzeqo+q
立法者意思なんて解釈をやりだしたら確かに法学は文(芸)学ですね。
英米法ではそういう解釈に対して非常に批判的ですが、ヨーロッパのほうでは
どうなんでしょうか。

206 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 13:32:32 ID:XosFbmXH
立法者意思解釈なんておよそ使われたことないと思う。
これは英米大陸問わずそうなんじゃない?

207 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 14:49:04 ID:ypzeqo+q
英国の司法ではできる限り言葉の普通の意味に従うっていう法解釈の黄金律って
のがあるんですけど、日本の司法はどうなんですか。なんか政府の意向に沿うよ
うに都合よく解釈してるってイメージがあるんですけど。

208 : ◆8.l9QChbVs :2006/08/07(月) 14:58:07 ID:x7kSXG2d


209 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 16:40:48 ID:zEdYGLkj
207

条文を普通の意味に解釈するのが黄金律だなんて言ってみても、
普通の意味とは何かを解釈しないといけないから、
結局、その黄金律とやらはどのように解釈すればよいのか
の答えにはならない。

210 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 17:23:33 ID:9a9z1ode
都合の良い結論を出すために条文の趣旨目的を操作することなんて日常茶飯事だよな

211 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 17:25:27 ID:9a9z1ode
法解釈学は基本は文献学なんだけど、科学性をよそおって権威付けるために
趣旨目的を公理のように扱って、そこから演繹している
だが、結論ありきで、公理のほうを自在に変更できるので、科学とはいえない
科学のふりをしているだけ



212 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 17:26:36 ID:9a9z1ode
さらにいうと、その趣旨目的が他の条文の趣旨目的と抵触していたり、といった
問題が明らかでない。調和をすることもあるが、調和といってもよくわからない概念だ
とにかくあいまいで、恣意の入り込む余地はどこにでもある

213 :凶気の桜:2006/08/07(月) 17:52:29 ID:X85qpbt5
法解釈学は文献学だという人がいるようだが、いわゆる文献学というのとは
性質を異にしている。一体何をもって文献学としているのか理解しがたい。
例えば法解釈と古典文献学における方法・対象等の学問内容の核心が同じもしくは
類似しているとでも言うのだろうか?
法解釈学は文献学であるという主張は、法解釈学および文献学双方の内容・性格を
見誤った主張と言えるのではないかと思われる。

「科学性をよそおって権威付けるために趣旨目的を公理のように扱って、
そこから演繹している。だが、結論ありきで、公理のほうを自在に変更できるので、
科学とはいえない科学のふりをしているだけ」
確かにこの表現は完全に誤りとは言いがたい。法解釈学が完全に論理的な整合性を充足して
いるかと言われれば、端から無理な話であって、現実に法を適用し妥当な帰結を導き出すために、
様々な修正を施さざる得ないだろうし、その中で恣意性が多分に認められるだろう。
とはいえ、それが何ゆえに文献学ということになるのだろうか?それは文献学に対しても失礼に
当たるのではないだろうか?

さらに法解釈学を科学であると称している人間はほとんどいないと思われる。
というのも科学のイメージとして物理学を理想型とするならば、当然に満たさねばならない
諸条件が法解釈学に欠けているわけだから、この前提によるならば法解釈学は当然に科学ではない
との烙印を押されるのは決まりきっているからである。
しかし、法解釈学は科学とは言わずとも学問として成立することはもちろん可能である。
仮に物理学をモデルとして科学と見なすならば、ほとんどの学問は科学とは言えないことになるわけだが、
とはいえそれが正しい科学の捉え方か言われれば必ずしも一義的にその主張の正しさが決まるわけではないし、
ましてや学問ということになれば、仮にその科学像を受け入れるとしてさえも、かかる狭義の「科学」に限定
されるべきであるとの主張に必然性はないし、また現にそのような主張は学者の中でも受け入れられた主張とは
なっていないのである。

214 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:04:35 ID:9a9z1ode
長々と書いておられますが、せめてスレを1から読んだ上でお願いします。

法解釈学が文献学だというのは、「法解釈が条文という文献を読み解くものだから」ということは
再三指摘しております。



215 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:09:05 ID:9a9z1ode
法解釈が、法典の条文というテクストの意味内容を、立法者意思や趣旨目的に照らして読み解く
ものだとすると、それは文学において、評論なり小説なりの意味内容を、作者の意図などに照らして
読み解くのと何ら変わりがありません。
具体的事実への適用を予定して読み解くというのであれば、それは文献学以下の、修辞学でも
あるというべきです。都合のよい結論を出すために、条文の趣旨目的や立法者意思を勝手に
仮定するのであれば、もはや科学というより、恣意でしょう

216 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:10:57 ID:9a9z1ode
ある知識体系が科学であるというためには、その結果が、個々人の主観や思い込みに
左右されず、およそいかなる人にも共通に理解される可能性を有していなければなりませんが
法学の場合、人によって解釈が変わったり、論理の付け方が変わるのであり、これは科学とは
いい難い。

217 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:19:32 ID:s/l3o5Sw
>>211
>しかし、法解釈学は科学とは言わずとも学問として成立することはもちろん可能である。

いや、学問として成立してないから。学問を名乗る資格はないよね。

218 :凶気の桜:2006/08/07(月) 18:22:51 ID:X85qpbt5
だから法解釈学を科学であるとはほとんど主張されていないのではないだろうか?
もちろん科学にどの程度の意味を付与するのか、それ自体恣意が入り込むわけだが。

条文という文献を読み解くものだという点のみが共通しているというわけ?
それは法解釈学は文献学だという根拠としては極めて乏しい。
それを言うなら何だって文献学となるだろう。
もっとまともな根拠はないのだろうが?

それと法解釈学に過剰な期待を込めているようだが、法解釈学とは文献学でもなければ
もちろん科学でもない。
社会統合のための技術についての知でしかない。それ以上でも以下でもないのである。
法が社会統合のために制定されているのだから、恣意が介入するのもやむをえない。
ただしまったくでたらめな恣意というわけにもいかないので、とりあえず一般的確実性を担保
しつつ、その中で具体的妥当性を探求するということをしているのであって、それが
世界について何事かを解明し、語るという類の学問でもなんでもないのである。

法解釈学の恣意性と今更指摘されても、ごく当たり前のことしか述べられていない。
法解釈学に科学性を持つことを期待する方こそ、法解釈学に過剰な期待を持っていると
言えるだろう。私見によれば、法解釈学は科学でもないし文献学ですらない。
あくまで社会統合のための技術に他ならない。

219 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:32:22 ID:thzMdaq3
>>218

後半部同意。しかしそれなら法学部はなぜ必要か。そんな技術知なら法律専門学校で
いいのではないか。

220 :凶気の桜:2006/08/07(月) 18:34:32 ID:X85qpbt5
法解釈学とは何かについて書いてある、我妻栄博士の「民法講義」の一文を
参照してみよう。もっとも民法解釈学の心得ということになるだろうが。

「民法の解釈には,二つの使命があるということである。
一つは,民法法規に対して,人によっても,事件によっても,その結果が異ならないような,
一般的な確実性をもつ内容を与えることであり,
二つは,民法法規に対して,それぞれの場合に適用されて妥当な結果をもたらすような,
具体的な妥当性をもつ内容を与えることである。
この一般的確実性と具体的妥当性とは,法規範の有する二大使命であるが,民法のように
一般的な社会生活を規律する法律においては,とくに重要なものである。
しかるに,この二つの使命は,容易に調和しない。
一方を尊重すれば,他方が犠牲にされる傾向が強い。
従って,民法解釈の理想は,一般的確実性と具体的妥当性を調和させること,一層適切にいえば,
一般的確実性を脅かさずに具体的妥当性を最大限に発揮することだ,といってよいであろう。」『民法講義T』(岩波書店)

221 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:36:25 ID:thzMdaq3
>>220

老人学者がもっともらしいことを言っているけど、何一つ明らかにならないよね
調和ってのは背後に経済学があるんだろうが、それを読んだところで、別に
頭がすっきりするわけでもない。
調和みたいなマジックワードはどうもねえ

222 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:38:43 ID:zEdYGLkj
217

学問て何だ?まず学問の定義から聞かせてくれ。
受験勉強は学問か?
学問の語源はスコラー、つまりヒマつぶしじゃなかな。


223 :凶気の桜:2006/08/07(月) 18:39:17 ID:X85qpbt5
>>220
法解釈学といえども、法律の専門学校では無理だろう。
なぜなら法律の専門学校は、なんら解釈学における業績を打ち立てた存在は
いないからである。すべては学者の業績をピックアップしてそれを元につぎはぎして
寄木細工のようなテキストを編纂しているにすぎない。
要するに基本書の寄せ集めといったところだろう。彼らが基本書をものすることはない。

さらに法学部といっても法解釈学のみではなく、法哲学・法社会学もあれば法制史もある。
政治学も法学部に含まれている(そうではないところもあるようだけど)。
法学部が法律の専門学校に還元されるということはないと思われる。

224 :凶気の桜:2006/08/07(月) 18:40:43 ID:X85qpbt5
間違った
>>219

225 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:41:56 ID:s/l3o5Sw
>>219
激しく同意。学部教育で法学を教える意味が不明。

>従って,民法解釈の理想は,一般的確実性と具体的妥当性を調和させること,一層適切にいえば,
>一般的確実性を脅かさずに具体的妥当性を最大限に発揮することだ,といってよいであろう。

で、この考え方が正しい根拠が何の法律の何の条文に書いてあるんだ?
これ自体法学者の妄想なんじゃねえの。妄想の上に妄想を重ねた法解釈学など技術ですらない。

226 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:42:45 ID:thzMdaq3
>223

しかし法律というのは結局経験知だから、社会経験の浅い学生ごときに法制度史だの法哲学だのを
講じてノートに書き付けさせても、身につくものはほとんどないだろう。教授の自慰にはなっても
それよりも、その法技術知とやらを、おおざっぱでもいいからさっさと頭に叩き込ませて社会に出し、
経験を積ませるべきではないか。
そう考えると、法学部の存在意義は薄い。法律専門学校のほうが学生には向いている。学生はさっさと
技術を覚えて社会に出たほうがよく、基本書や学説などにのめりこむのは余り意味がない


227 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:45:01 ID:thzMdaq3
思うに、大学法学部とは過去からの惰性と教授の利害で動いているだけで
ほとんど意味がないように思う



228 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:48:29 ID:thzMdaq3
教授というのは狭い世界に閉じこもっているから、エゴイズムに陥りやすい
何が何でも法学部は必要だと思い込んでいそうだ
まぁ法学をやる者、自分を相対化できなければ失格なのだが
で、広い視野にたって公平な視点から見ると、法学部はもはや意味を失っている
法律専門学校と社会経験こそが法律をものにする近道だ
基本書や学説にのめりこんでも変なジャルゴンを振り回す法匪ばかり量産されて無意味だ

229 :凶気の桜:2006/08/07(月) 18:49:06 ID:X85qpbt5
そうだろうか?
わが国の法学部は日本社会の中枢を担う官僚をはじめとするエリートを養成してきた。
またその期待にこたえるべく東大法学部は存在してきたのであれはないだろうか。
そしてこの構図はおそらく我々が生きている間は変わりようがない。もちろん多少の
構造的変化はありうるだろうが。
湯呑み量産学部と罵られた東大法学部であっても、実際に多くの官僚や大企業の幹部等
日本社会のエリートを最も多く輩出してきたことには変わりないのだから。

230 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:51:13 ID:thzMdaq3
>>229

それは東大法学部の中身のおかげではなく、東大法学部の入試の難しさと
東大法学部が社会の中枢を占めてきたという既成事実とOBの権力といった
形式のおかげではないか
東大法学部自体は、エリートに対して微々たる作用しかしていないと考える

231 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:53:14 ID:thzMdaq3
じっさい、教養学部は素通り、学部へ来ても湯飲み教育が形式的に
行われているだけで、ただ試験が難しいというだけの東大法学部が
卒業生にどんな作用をもたらしたのか?
むしろ、東大法学部が社会の中心であるという既成事実とOBの力、
文1が受験界の最高峰という形式によって支えられている

232 :凶気の桜:2006/08/07(月) 18:53:50 ID:X85qpbt5
いやそんなことはあるまい。
東大法学部あってこその近代日本であったと思われる。
官僚の社会では東大法学部における優の数は出世にも響くほどである。
東大法学部での席次これが非常に重要であることにかわりない。

233 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:54:48 ID:thzMdaq3
>>232

この発言は>>230 >>231の趣旨を正確に理解した上のものとは思われない

234 :凶気の桜:2006/08/07(月) 18:57:42 ID:X85qpbt5
文Tが受験界最高峰であるかはともかく(必ずしもそうなってはないのが実情だけど)、
それほど東大法学部の魅力があるからこそ受験難易度は高くなる。
もっとも学問研究が盛んであるかと問われれば疑問なしとはしない。
相変わらずのマスプロ教育、ゼミがあるとはいえ半年ごと、しかも半分は入らない。
これがまともな大学教育かと問われれば心もとないともいえるかもしれないが。

235 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:58:47 ID:thzMdaq3
ここまでくると、教授側が大学の真意を包み隠そうとして頑張っているだけとしか見えず
とても議論とはいえない。

236 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 18:59:49 ID:thzMdaq3
学生にアンケートでも取ってみれば、旧態依然とした法学部教育より
法律専門学校でも作って法学部は廃止してくれと言うほうが多数になるのは
明々白々な気がするが

237 :凶気の桜:2006/08/07(月) 18:59:55 ID:X85qpbt5
>>233
当然ではないか。
>>230,>>231を読む前なのだからね。36秒で読んですぐに答えられると思うか?

238 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 19:02:39 ID:thzMdaq3
学生はおおまかな技術を身につけてさっさと社会に出て経験を積みたいと考えているし、
経験の浅い学生がいくら学部の講義を聞いても実感として身につくものは極めて少ない。
学部で講義される知識はあくまで経験豊富な大人の教授だから理解できるのであって
学生は覚えられても理解は出来ていないと思われる。大体、取引もろくにしたことがない
学生が、なぜ民法を理解できるのか?ありえない。頭では理解できてもカラダでは理解できない


239 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 19:04:01 ID:thzMdaq3
それなら、専門学校でおおざっぱな知識を習得させて、ただちに社会に出し、取引等の
経験をさせるべきだ。その中で知識は急速に確実となる。いつまでも大学学部や大学主催の
ロースクールなどで本ばかり読んでいるから、知識が確実なものとならぬのだ

240 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 19:05:32 ID:thzMdaq3
それに法学部生の9割以上は、別に法学をやりたいとは思っていない。
法律技術を身につけて社会で使いたいと思っているのであり、大学の単位は
制度だからしかたなく集めている。
法学に対して意欲の乏しい多数の学生にいくら法学を講義ても、効果は少ないだろう

241 :凶気の桜:2006/08/07(月) 19:06:50 ID:X85qpbt5
>>238
その理屈で言うならば、他の学問についても同じことが言えないか?
現実の市場を知りもしないくせに経済学なんぞ片腹痛しということになってしまう。
その他も然り。要するに大学はいらないということになってしまいかねない。

法律を完全に理解できるようにはならない。だから法学部なんざいらないというのは
至極乱暴な「論理」と言わざるを得ない。

242 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 19:08:16 ID:thzMdaq3
段々感情論になってきているとしか思われない。
貴方の意見は大学当局に近い人の党派的な意見にみえ
この論点についてこれ以上議論しても水掛け論にしか
ならぬと思う

243 :凶気の桜:2006/08/07(月) 19:12:53 ID:X85qpbt5
>>242
そうだろうか?
あなたの意見は法解釈学に挫折した者の意見にしか見えないのだが。
たかが法解釈学ではないか。さっさとマスターしてしまえばいいだけのこと。
基本書の方が体系的理解が進むと思うよ。予備校テキストは知識の整理として
利用すればよろしい。それ以上のものを求めてもねえ。
法解釈学が科学ではないとか言うのに、なぜ論理も支離滅裂な箇所が散見される
予備校テキストを書いている専門学校を言うのか理解に苦しむ。では。

244 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 19:22:30 ID:C62tV6Ri
学問じゃないならCOEは要らないな

245 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 19:22:54 ID:thzMdaq3
法解釈の論理非完全性や法学教育の不適切性を説いたら
法解釈学に挫折した者となるとは

246 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 19:56:52 ID:HrNPJj93
それは認めてるんでは?レッテルはりしたのはどっちがさき?

247 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 19:59:51 ID:thzMdaq3
助手乙

248 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 20:14:26 ID:s/l3o5Sw
「法学部を廃止せよ」スレでも立てようか?w

249 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 20:15:36 ID:thzMdaq3
立てるのはいいが、クソスレ化しないように、テンプレを充実させてね

250 :207:2006/08/07(月) 21:01:25 ID:ypzeqo+q
イギリスの場合は憲法に当るものが存在しないから違憲判断なんてことはありません。
それに内閣制ですから行政に都合が悪い法律は議会で変えてしまえはよいわけです。

日本の場合は憲法改正が政治的に不可能に近いと見なされてきたので行政が司法に
介入して曲解を迫るって構造になってるんじゃないですかね。

251 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 21:28:29 ID:0YYAHg0y
高校生には法律学は文系の中でも一番理系に近い学問に見えてしまう。
論理を駆使するところがね。
だからこのスレに書いてあることは高校生には知っておいてほしいことだよ。
18〜22歳という人生でもっとも油の乗りきっている時期に、無駄な時間を使わせないためにもね。
おれは理系と法学部迷った挙句結局理系にしたけどね。

252 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 22:44:08 ID:CQ08oXbU
イギリスにおける法学は、文学というより歴史学。
「法解釈」を批判といって、「日本の法解釈の現状」を批判してるだけではないか?

あと、ついでに↓に燃料。

「解釈せられた法を適用するということとその前提としてなされる法の解釈は論理的には別個の問題であり、
前者を任務とするものが裁判であり、後者を任務とするものが科学すなわち法解釈学であり、裁判は技術であるが、法解釈学は科学である。
法解釈学をもって科学ではなく技術であるとする主張は裁判と科学としての法解釈学を混同したものである。
なるほど、裁判は法解釈なくしては不可能であり、法解釈は裁判の不可欠的要件であり、
その意味において法解釈学は実践と深く結びついてはいるが、法解釈学はそれ自体論理的には固有の科学性を具備している。
そのような意味において、法解釈学従って刑法解釈学をもって単純な技術にすぎないと解するのは妥当ではない」(木村亀二)


253 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 22:54:28 ID:U/XrAyqB
科学とは「反証可能性のあるもの」ですよ。
最高裁が出した判例(法理論)に反証可能性ありますか?
無いでしょ?
有無を言わせず従わされるんだから反証可能性なし
つまり科学じゃないんだよ。

254 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 22:55:04 ID:thzMdaq3
法解釈学はそれ自体論理的には固有の科学性を具備している。



ここに何の理由もついていないのでダメ

学者が実務からの独自性をアピールしようとして必死に考えた屁理屈としか思えんね

255 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 23:02:25 ID:thzMdaq3
法ってのは結局、法規範を支配してる諸価値をことば的に整理しただけなんだよね
で、ことばってのはグレーゾーンがあるから、法の論理にもグレーなところがところどころでてくる
刑法ってのは比較的そういうのがないから科学みたいにみえるんだが、科学じゃなくて価値体系
にすぎない

256 :法の下の名無し:2006/08/07(月) 23:08:07 ID:U/XrAyqB
>>254
>法解釈学はそれ自体論理的には固有の科学性を具備している。

なにこれwww
長い文章にまぎれこませて、どさくさにまぎれて科学ってことにしようとしてるな。
笑えたよ。

257 :凶気の桜:2006/08/08(火) 00:44:57 ID:WxvD66Ik
>>253
まず確認しておきたいのだが、法解釈学はいわゆる「科学」として理解されている内容から
すれば、科学のカテゴリーに含まれるものではない、ということはつとに指摘しているところである(@)。

次に
「科学とは反証可能性のあるもののことだよ」
というが、本当にそうなのだろうか?つまりカール・ポパーの主張であるのだが、
この主張の正当性はどこにあるのだろうか?というのも、ポパーの著作を読めばわかるように、
彼の主張にはいくつかの綻びが存在し、科学とそうでないものとを区別するために彼が提示した
「反証可能性」の主張は、今日科学とそうでないものとの区別を行うための基準足りえていない
と思われるからである(A)。

念のため確認しておこう。
ポパーの反証可能性の主張は、全称命題で表され、経験的内容を持つ仮説は正当化されない。
そのような仮説はただ反証可能であるのみであり、反証されるか否かの条件は演繹論理でのみ
与えられるのであり、反証可能であるものが科学的命題であり、そうでないものは非科学である
となる。
しかしこのようなポパーの演繹主義は維持できないということである。反証可能性の主張の核心ともなる
「反証された仮説や理論は捨て去るべきだ」との見解でさえ、何らかの帰納を前提にしないと理解できないはずである。
また反証の基盤となる基礎命題の受容は規約によるものとされるが、規約の妥当性あるいは合理性が全く論じられていない。
それなしでは、観測データの信頼性のみならず、観測の精度という概念さえ理解不可能となってしまう。
さらに、仮説や理論の合理的選択基準は、厳しいテストを切り抜けたという「裏づけの度合い」により
与えられるというが、「裏づけの度合い」からも「最善の仮説」という方法論的評価からも、将来への含意が取り除かれている
ことにより、「合理性」の内容はほとんど空虚でしかないことになる。
また基礎命題に関する規約と演繹的論理に基づく反証では一体何が反証されたのか不確定であることもあげられる。
反証の対象を絞るために何らかの論理外の前提や要因を導入しなければならないはずである。

ざっと見渡してみても、科学と非科学の境界設定として反証可能性を持ち出す主張は到底維持しがたいと
思われるし、今時こんな素朴な科学論を展開しているわけではないだろう。
もっともこの問題はこのスレの趣旨とは異なるだろうし、そもそも法解釈学が科学であろうと科学でなかろうと
問題ではないので(「法解釈学は科学である」と主張しているわけではないので)どうでもいいわけだけど、
それはともかく、科学を説明するに際して単に「反証可能性」を持ち出すのは、お粗末至極としか言いようがない。
(まあ反証可能性という単語だけ知っていて、ろくすっぽポパーを読んだことないのだろうけどね)。

258 :凶気の桜:2006/08/08(火) 02:44:22 ID:WxvD66Ik
法解釈学はもちろん実践法学と呼ばれる領域に属するものであるのだが、
この実践法学は、大別して法形成に資するものと法実現に資するものというように
二つに分けられる。前者が立法学と呼ばれるものであり、後者が法解釈学である。そして
かつても今日もこの法解釈学が法学において最も枢要な位置を占めてきたことは
言うまでもない。

もっともこのあり方に関しては周知の通り、キルヒマンの批判がある。
ベルリンの検事であったキルヒマンは、「法学の科学としての無価値性について」という
講演において、「立法者の三つの訂正の言葉によって全図書館が反故になる」と言い、
法解釈学の無価値性を論じたものである。つまり実定法の恣意性・可変性を理由として、
これを対象とする法学の学問的性質を否定しようとしたのである。

もちろんこのキルヒマンの批判は法解釈学の学問的価値を否定する者たちが小躍りして
引用する文句であるのだが、もちろん学問の対象を静態的なもののみ見なすのならば、法現象
動態的であるのだから対象の可変性は否定できないだろう。しかし可変的であるのは、何も法学の
対象にばかりに限定されるものではなく、数学・論理学以外のほとんどすべて学問の対象は可変的であるとも
評価できるだろうから、この点にのみ定位して学問の価値を判断するならば、ほとんどすべての学問は無価値ということ
にもなるだろう。恣意性という点を強調するならば、確かに法解釈学には多分に恣意が介在する。ところが、
恣意といってもまったくでたらめな恣意というわけでもなく、その意味はほとんど主観的相対性という意味程度であるとするならば、
法解釈学以外の他の学問分野にもそのことは指摘できるのだから、ことさら法解釈学のみの無価値性を問題にした
議論にはならないはずであろう。



259 :凶気の桜:2006/08/08(火) 02:45:17 ID:WxvD66Ik
とはいえ、法解釈学の解釈学としての価値を主張するには、法解釈学における「客観性」を問題にしておくべきであろう。
しかしその「客観性」が自然諸科学で言われる「客観性」と同義であるとは限らないという点を確認して
おかねばならない。もちろん自然諸科学の言う「客観性」がどこまで字義通り客観的と言いうるのかについて、
単純な素朴実在論的見解を採らない限り安易に前提できないことも確かであるのであるが、この点については
論点がずれるので他日を期したい。

法的安定性という法理念から、法解釈がなるべく客観的なものであるべきことが要請される。
このことは法規範が個人を超えるところの社会的な規範であるということからも裏付けられる。
しかし果たして法解釈は完全に客観的なものでありうるかどうか、法解釈はいくら客観的であろうと
つとめても、解釈者によって解釈が分かれてくるのは当然であろう。
法解釈が客観性をもちうるものであるかどうか、または果たして客観性をもつべきものかどうかという
ことが問題になってくる。

ある一つの規定を解釈するについて、論者甲はある見解をとり、論者乙は他の見解をとる。
このように無数の見解の対立を生じ、その場合にどの立場が絶対的に正しいものであるということを
判断する決定的な決め手が存在しない以上、それは各論者の単なる主観的な意見に過ぎないのであるという
見解も登場するだろう。その場合に、それが単なる偶然的な見解の相違であるのか、偶然的でないとするならば、
何がその選択をさせることになるのか、例えば法を社会的コントロールの手段と見る立場からすれば、
その社会的コントロールに最も適当な見解が最も正しいということにもなるであろうし、また法に倫理的な色彩を
強く認める立場からすれば、倫理的要請に最も適する見解が選択されるべきことになるであろうし、
また社会の改革を目指す立場からすれば、改革に最も適する見解が選択され、また保守的見地をとる立場からすれば、
そのために最も都合のいい見解が選択されるべきことになるであろう。このように法の解釈は畢竟それぞれの論者の
立場の問題に帰着する。
ただし究極的には自己の世界観的立場を支えとして一つの解釈論的見解を主張することは、一見主観的に思えなくもないが、
必ずしも単なる主観性とは形容できない側面を持っていることがわかる。
というのも、人はいくら主観的であろうとしても、素質・環境のもとに客観的なものの制約を免れず、その意味で誰の意見にも
多かれ少なかれ客観的要素が認められるからである。法解釈について様々な解釈が持ち出され、それが判例に反映し、判例の形成に
おいてこれらの見解の一つのもの、あるいはいくつかのものが、そのままの形であろうと修正された形であろうと、
あるいは複合的な形においてであろうと採用され、このようにして法そのものが客観的に形成されていくと考えることもできるだろう。

客観的要素を

260 :凶気の桜:2006/08/08(火) 02:46:14 ID:WxvD66Ik
内臓している個々の解釈論的見解が、司法過程に組み込まれてとき、より本来的な意味で客観性を帯びるものに
なっていくと考えるわけである。判例の中にも無数の矛盾・対立が見られるが、それは社会的要請の部分的反映であることが多く、
やがて判例が一つのまとまった潮流になっていくとき、それは社会的基盤に基づく客観性を獲得すると考えることもできないわけではない
だろう。その際、国民もまた法の担い手として、司法過程に間接的ながらも働きかけ、それが判例・法解釈の社会的客観性の担保になっている
と言ってもいいかもしれない。
つまりはじめからある解釈内容が客観的に存在していて解釈者がそれを発見するものと見るべきではなく、
法解釈の主体性を通じて法解釈が客観化されていくということになるだろう。
個々の解釈者のレベルにおいて、すでに法の解釈は客観的=主観的ともいうべき構造を
持っており、ここの法解釈における主観的=客観的構造が司法制度という機構を通じ、判例という形式に
おいてより社会的な意味における客観性ー主体性を獲得すると考えるわけである。

要するに法解釈に客観性を付与するのは、法の社会性であろう。無数の可能な解釈の中からある解釈が特に
浮かび上がってくる場合、その背後に社会的背景が看取されるべきであるが、そのことを超えて、
解釈者が個々の解釈の中に意図的に社会的要請を盛り込むという意味において、法解釈の客観性の基礎が与えられる
という側面もあり、すなわち法解釈の客観性は、法解釈学の実践法学的性格の見地から、司法過程において主体的実践的に
動的に確保されるべきものであって、確保されることが可能かもしれないと見ることもできるし、それが法解釈が単なる恣意の
なせる業というありうべき批判に対する法解釈学側からの返答とすることもできる。
もっともここでの客観性は間主観性としての客観性であることは言うまでもない。
それ以外の客観性ということはそもそも法解釈学においては意味をなさないからである。

261 :凶気の桜:2006/08/08(火) 03:10:54 ID:WxvD66Ik
ちなみにわが国を代表する法哲学者である碧海純一東大名誉教授の『新版法哲学概論』から
参考になる見解を紹介しておこう。

「法解釈学が経験的所与としての法の認識をもって能事おわれりとする理論科学ではなく、
このような認識に立脚しつつもさらにみずから実定法の形成・運用に参与する実践的な応用科学
である」。
「客観性とは、エドムント・フッサールによって用いられた間主観性という意味であり、
客観性を間主観性と言い換えることによって、認識論的に過大な要求を避けることができると
わたくしは考える」。

もっとも、私見では「科学」という言葉は使用するべきではないと思われるが、この点を除いて
この碧海純一先生の見解は極めて的を射た主張であろうと考える。

262 :凶気の桜:2006/08/08(火) 03:19:35 ID:WxvD66Ik
あと、わが国を代表する刑事法学者であり元最高裁判事である団藤重光博士による
『実践の法理と法理の実践』も参考になる。
法哲学者の見解や、実定法解釈学者でとりわけ刑法学・民法学の泰斗である
団藤博士・我妻博士の見解も法解釈学ないし解釈法学とは何かを考えるに当たり
大いに参考になるだろうと思われる。

「人類の営みが永遠であるように、法のダイナミクスも永遠に続くべきわれわれの
主体的な営みであり、その主体的な営みの過程こそが重要なのである」。
                           
                               団藤重光

263 :凶気の桜:2006/08/08(火) 03:32:55 ID:WxvD66Ik
団藤重光博士を知らない人のために一応簡単な紹介をしておきたい。

団藤重光
1913年生まれ。
東京帝国大学法学部を首席で卒業。
助手、助教授を経て東京大学法学部教授、法学部長を歴任後、
最高裁判所判事に就任。東京大学名誉教授。
文化功労者、文化勲章受章、勲一等旭日大綬章受章、勲一等旭日桐花大綬章受章、
東宮職参与、宮内庁参与、日本学士院会員、日本刑法学会理事長、同顧問、
ミシガン大学名誉法学博士、東京大学法学博士、国際刑法学会名誉理事、国際社会防衛学会名誉理事、
アメリカ学芸・科学アカデミー外国人名誉会員。学士会理事長など。
名実ともにわが国を代表する刑事法学者である。

264 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 06:18:59 ID:Oyr+0e6f
ご高説乙。でもツマンネ。論理とか、合理とか、悪い冗談だろ?
あのな、社会科学も人文科学も純粋な科学ではないよ。自然科学とはまるで違う。
いくら表面的に論理性を装っても、そもそも基幹が数式ではないんだから。
社会保障や人権はおろか、所有権の発想自体、ポッと思想家の頭に湧いた概念だ。
つか、共産国家や独裁国家では根幹からして全く別な思想だろ。法解釈もへったくれもないよ。
それ以前に俺が日常的にあほらしいと思ってるのは、罰金という概念だな。
ある犯罪に対して50万の罰金、また別の犯罪に対しては100万の罰金だとする。
でも、それって完全に恣意的なものだろう。50万が51万だっていいはずだ。
50万でなければいけない必然的な論理など無い。それにインフレ時とデフレ時の50万では
金額の重みが違う。こういう事実だけでも、事務的に取って付けた罰則だという事がわかる。
それに、地域によってはEUのように死刑が全敗されて久しい地域もあるのだ。
同じ罪を犯しても、かたや死刑、かたや終身刑だぞ。なーにが法解釈だよw
科学の言語は一つであるはずだ。ところが法はどうだろう。所変われば法も変わり、
法解釈も変わるということだ。こんな都合のいい学問が科学を名乗っていいわけがない。
それ以前に、法そのものが正義にかなっているのか極めて疑わしい。
では何の為に存在するんだ?漏れは取って付けた馬鹿馬鹿しい決まりだと思うね。
自然科学では法則が発見されれば、逆にそれを元に現実世界にアウトプットできる。
蒸気機関が発明されれば列車が走るようになり、電波が発見されればラジオが普及するのだ。
ところが法学はどうだね?刑法のおかげで犯罪率が下がったのか?
民法のおかげで離婚率が減ったのか?憲法が完璧ならば戦争にはならないんですか?
結局法律ってのは、馬鹿馬鹿しい取り決め。ガンになればまぁまず間違いなく死ぬが、
違法行為は海外にシラバックレちゃうか、頭おかしくなっちゃえばいくらでも訴追を免れられるw

265 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 08:06:52 ID:yuKn86w1
で、君はその「馬鹿馬鹿しい取り決め」に従っているわけだw

266 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 08:39:29 ID:TXlMI2aZ
法学は科学であると偽ったことはないぞ。そんなんは香具師の社会科学でのこと。
ついでにイギリスの法解釈は史学じゃなくて文献学ね。確かにウン世紀前の立法者
(議員・判事)の意図の解釈なんて正当化するのは難しいけどね。アメリカの憲法
解釈論の一つであるOriginalismは史的に正確な条文の意味は存在するが統一された
律法意思など存在しないという立場を取るけどね。

267 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 11:06:47 ID:YKswNmdx
ってか、科学性を気にしてるのって社会学と経済学くらいだろ。
経済学は数式で語るようになってからマシになったけど、社会学はね^^;

268 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 11:28:37 ID:vaJmjmUr
>>266-267
>>252嫁。明確に「法解釈学=科学」だという主張がなされてるだろう。

269 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 11:30:13 ID:CGqHEhNt
法解釈学が科学じゃないとかいってる奴は、法解釈学のこと何も知らないんだろ。
法解釈学は、故意と過失を二変数関数にして偏微分してみたり、社会権との関連で素数の問題に取り組んだり、
窃盗犯を遠心分離機にかけてみたり、殺人を量子論的コペンハーゲン解釈したり、思いっきり科学なんだよ!

270 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 11:33:27 ID:Bf9ra8yc
数式があるかないかで科学がきまるの?誰だよそんな珍説主張してるのは?

271 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 11:35:10 ID:vaJmjmUr
>>269
kwsk。大変興味深い。文献名を挙げてみてくれ。

272 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 11:44:33 ID:Bf9ra8yc
科学と言っても科学者の頭で浮かんだものにすぎない。

273 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 13:07:37 ID:TXlMI2aZ
>>270
>数式があるかないかで科学がきまるの?誰だよそんな珍説主張してるのは?
経済学。法学も科学病に犯されていると知ってショック。

274 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 14:11:20 ID:eq32LLLW
喰いつきいいなこの連中は。
教祖杉浦に宜しくねw

275 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 16:15:23 ID:OV8VoDBg
↑言葉に窮してメタな発言しかできなくなった馬鹿

276 :凶気の桜:2006/08/08(火) 17:14:49 ID:WxvD66Ik
>>264
当たり前だろう。誰が自然科学と同義の科学であるなどと言ったのだ?
むしろ「科学」という言葉を闇雲に使用するべきではないと主張している。
本当に人の主張を読んでいるのだろうか?

あと、数式が云々という点に関しては、あまりにお粗末な認識なのでコメントするのも
馬鹿馬鹿しいが、大体科学を定義するのに数式云々言っている人間がどこに存在するのか
教えていただきたいね。何らかの実験的データを定量的に把握するのに数式が要する学問分野も
あるが、それが直ちに科学であることを証し立てる根拠にはならないし、まともな学者でそのような
馬鹿げた定義をものした御仁がいるのか、正直訝しくなる。

277 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 19:21:21 ID:sb7SW549
>>257
>ポパーの著作を読めばわかるように、
>彼の主張にはいくつかの綻びが存在し、
>科学とそうでないものとを区別するために彼が提示した 「反証可能性」の主張は、
>今日科学とそうでないものとの区別を行うための基準足りえていない


靖国参拝に目的効果基準を使っても結論が違憲にも合憲にもなり得ますよね。
要するにテメーのサジ加減でどうにでもなるんですよね。

>区別を行うための基準足りえていない
よってこの言葉をそのままお返しします

278 :凶気の桜:2006/08/08(火) 19:40:59 ID:WxvD66Ik
>>277
論点を摩り替えないでいただきたい。科学と非科学との境界設定を行うにつき
その基準として持ち出された「反証可能性」の見解は、実際は科学と非科学を区別する
基準にはなっていない、つまり理論的な欠陥がありますよ、と指摘したわけで、
ろくにポパーを読みもせずに闇雲に「反証可能性」を持ち出すから、適切に反論したのである。
だから、この点につき再反論したければ、反論内容に定位して再反論すべきことになる。
にもかかわらず、靖国参拝の話に論点をずらすとは、極めて幼稚と言わざるを得ない。
一体目的効果基準の曖昧さを持ち出して何が主張したいのであろうか。理解に苦しむ。
仮に法解釈はすべてにおいて一義的な区別を設定することができるにもかかわらず、反証可能性の主張は
そうではないではないか、と述べているのなら、そういう反論の仕方も幼稚ではあるものの、ありうることかもしれない。
しかしここではそんなことを言ってはないことは明らかである。
単に馬鹿の一つ覚えよろしく、「反証可能性」「反証可能性」と連呼しているようなものである。
だから、それをうけて実のところポパーの演繹主義・反証主義は科学的説明の定義としては欠陥が
多すぎますよと指摘したまでのことである。
法解釈において一義的な区別が可能な概念などそうはないということはこれまでも確認してきた
ところである。

279 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 20:53:21 ID:M65C7mPy
実務で否定されたからと言って、解釈が誤りだったわけではない
と言うような論理も法学者は使うよね
本当に無敵だと思うよ、法学者は

280 :凶気の桜:2006/08/08(火) 21:24:41 ID:WxvD66Ik
明らかに成り立ちようがないという解釈以外は、みなそれ相応に成立しうる解釈であるのであって、
絶対的に正しい/誤っているということを言うことが困難なのが法解釈学である。
ある教授は法解釈学に「正しさ」などない。どの解釈が法を現実に適用するに際して
妥当であるか否かが問題になるのである、と。
これは言われてみれば至極当然のことなのであり、法解釈学が「常識」に基づきつつ、
法解釈において許容される範囲内でという限定は付されるものの、可能な限り法規の現実への
適用にあたっては妥当とされる結論に持っていくための一定の体系的な技術的知識の集積である
ことからの帰結ではなかろうかと思われる。

例えば、民法372条により準用される民法304条からすると、抵当権における物上代位を行うには、
「払渡しまはた引渡しの前」に債権を差押さえる必要があるのであるが、なぜ差押さえを要するのかという点に
関して物上代位の性質と関連しておよそ三つの学説に分かれているところ、平成10年の最高裁判例によると、
学説上少数説でしかなかった第三債務者保護説を採用したのである。他の優先権保全説や特定性維持説の方が
はるかに有力であったにもかかわらずである。もっとも他の事例では優先権保全説を採用したと思われる判例も
あることにはあるのだが、いずれにせよ判例に採用されなかったからといって、学説が誤りであるというわけではない。
判例実務と学説との間に程よい緊張関係が見られるのが法解釈学の現実の姿なのであり、
またその緊張関係があるからこそ裁判所も学説を常に念頭に置きつつ判決を行っているわけである。

事実、民法においては我妻説がかなりの部分で未だ判例通説であり、相当の影響力を死後も及ぼしているし、
第一線を退いた団藤重光博士の学説も部分的に修正されてはいるものの、基本的な路線は未だ団藤説の延長に
あるといっても過言ではないのである。
学説があまり反映されにくい憲法においてすら、それ相応に芦部信喜博士の学説などが力を持っている
といってもいいだろう。

281 :凶気の桜:2006/08/08(火) 21:34:31 ID:WxvD66Ik
法解釈における学説と実務の間の関係ついて、わが国を代表する刑事法学における第一人者で
しかも最高裁判事まで務めた団藤重光博士の『実践の法理と法理の実践』や『この一筋につながる』
さらに『わが心の旅路』が参考になると思われる。

『わが心の旅路』(有斐閣)
生いたち、なぜ法律の道を選んだか、戦後の刑事訴訟法の立法作業、大分紛争、
最高裁判所の9年など、初公開の写真や筆蹟を織り込み、博士の人間形成・学問形成の過程をたどる。
赤裸々な半生の自伝。

282 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 22:24:01 ID:M65C7mPy
マイナスイオンや波動パワーと同じで
科学的、客観的の定義が違うってこったな

283 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 22:37:12 ID:DIOjzzfA
>ろくにポパーを読みもせずに闇雲に「反証可能性」を持ち出すから、適切に反論したのである。

あなたの「科学の定義」を示してくれないと反論になりませんよ。
あなたの定義はポパーのそれよりゆるいんですか?きびしいんですか?
そしてあなたの定義で行くと法律学は科学なんですか?
そこまで言っていただかないとこちらとしてもなんとも言いようが無いですね

284 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 22:42:14 ID:DIOjzzfA
あなたの文章を読んでいるとポパーの定義では不十分だと言っている。
つまりあなたは科学というものを狭く捉えているようである。
であるなら何故、法律学を擁護するのか。
あなたの定義だとおそらく法律学は科学に入らなくなってしまいますよ?


285 :法の下の名無し:2006/08/08(火) 22:58:02 ID:TXlMI2aZ
>なぜ差押さえを要するのかという点に関して物上代位の性質と関連しておよそ
>三つの学説に分かれているところ、平成10年の最高裁判例によると、学説上
>少数説でしかなかった第三債務者保護説を採用したのである。他の優先権保全
>説や特定性維持説の方がはるかに有力であったにもかかわらずである。

おいおい。なんだこりゃ。実証(史学)の立場からすれば実際に法律を書いた人間
の文献を掘り出す以外に答えは存在しないぞ。文献・資料不在での勝手解釈は文芸
評論に過ぎないぞ。

286 :285:2006/08/08(火) 23:01:42 ID:TXlMI2aZ
追記
実証の立場からすれば「第三債務者保護説」・「優先権保全説」・「特定性維持説」
は全て未実証の仮説。これの一つでも(法的)事実として最高裁が採用するなんて
問題じゃないの。なんで立法の問題であるとして判断を保留しないの。

287 :五十川卓司:2006/08/08(火) 23:25:09 ID:Ir7/1Z8f
「狂気の桜」さんとやらじゃないが
これは幾らなんでも無知すぎるだろ。

>>284
>あなたの文章を読んでいるとポパーの定義では不十分だと言っている。
>つまりあなたは科学というものを狭く捉えているようである。
>であるなら何故、法律学を擁護するのか。
>あなたの定義だとおそらく法律学は科学に入らなくなってしまいますよ?

本当にポパー(とポパーに対する批判)を知らないんだな…
反証主義だと一般に科学だと認められる進化生物学とかが
科学カテゴリに入らなくなったりするんだよ。
ポパーによる科学の特徴付けは狭すぎて不十分なの
(科学哲学業界的にはほぼ確定した評価といってよい)。
だから、反証可能性がなくても科学的だと認められる学問分野は
存在するわけ(例えば進化生物学)。
アブダクションに基づく仮説形成とか本当に知らないのかね?

ま、法解釈学が科学かと言うならそれは無理筋もいいところだと思うが。
「学問」かといわれればまあそうなんじゃないかとは思うな。
外から見てどう思うと、神学は立派な学問だからな(皮肉ではない)。

288 :285:2006/08/08(火) 23:39:19 ID:TXlMI2aZ
反証可能性はあまりにも長い記述なので無視してきましたが、明らかに間違いの
記述があるのでコメントさしてもらいます。進化論は時代の違う地層で年代の異
なる化石が掘り出されたら反証になります。反証可能性のない学問分野は科学
じゃないとおおいに他の科学者から叩かれますよ。反証可能性の問題点は何をもって
反証とするかの判断自体があいまいな場合があることです。これ自体は反証可能である
ことが科学の基準であるということを覆すものではありません。

ついでにこれまでの議論、フォローしてなかったんですが、反証可能性と法学のどこが
問題になってるのか教えてくれません。長いレス読むのめんどくさいで。

289 :凶気の桜:2006/08/08(火) 23:48:05 ID:WxvD66Ik
>>283
はあ?
ポパーの演繹主義・反証主義に基づく境界設定は、境界設定機能を果たさないことに
なりますよ、と言っているわけで、なぜこちらが「科学の定義」やらを言わなければ
反論にならないということになるわけだ?
悪いが君、レベル低すぎるよ。おそらくカール・ポパーのテキストを一行たりとも読んだ
ことがないということが丸わかりである。勉強してから出直してくれ。
こっちは哲学を専門的に勉強しているわけではないが、さすがにポパーのテキストぐらいは
目を通しているよ。科学的説明についてのラカトッシュとかジェボンズ、ヒューウェルやら、
クーンやファイヤアーベントぐらいまでは最低限押さえてからものを言っているつもりである。
あと法律学は科学であると誰も言っていないよ。何を誤読しているのだ?
むしろ科学という言葉を使用するべきではないと言っている。科学とは何かについて細かな分析が
必要となるだろうから、少なくともその面倒を避けるためもあるし、さらに科学のモデルとして
ある物理学を基準とするならば、明らかに法解釈学は「科学」の範疇から外れることは間違いだろうから
という理由が二つ。つまり法解釈学は科学ではないだろうが、学問として成立している分野であろうと
と述べているまでである。まずは日本語を勉強しなおされることをお勧めする。

290 :凶気の桜:2006/08/08(火) 23:53:51 ID:WxvD66Ik
>>285
はあ?
これまた頓珍漢な!
法解釈学は、実証学でもなんでもありませんよ。あなたの分野の基準を法解釈学にまで
押し付けないでいただきたい。
法解釈学でも立法者意思を解釈するという方法ももちろんありますが、そればかりではありません。
というか立法者意思の解釈そのものは法解釈にとって最終的な目的ではありません。
具体的事例を前にしてそれに法を適用し妥当される解決に導けるかが目的です。
なぜ実証史学の基準に合わせなければならないのか完全に意味不明です。
もうこれなどは、単なる言いがかりもいいところで、全くお話にならないと思われます。

291 :凶気の桜:2006/08/09(水) 00:24:11 ID:FIrEGMnt
>>287
もちろん法解釈学は私見ではいわゆる「科学」に含まれるべきではないと考えます。
それは前に言ったので繰り返しはしません。
あなたのおっしゃるとおり、正しく「神学」といった方が適切でしょうね。
神学と法学は密接に関わってきています。
歴史的に言えば、ローマ法によって人法iusと神法fasに分かれ、したがってローマ法学に
宗教的要素がほとんど見られなくなりましたが、ただヨーロッパ中世のスコラ学派になると、
例えば聖トマスはアリストテレスの考えをカトリック神学と結びつけて発展させたのであって、
永久法lex aeterna、自然法lex naturalis、人定法lex humana、は相互に結びついたものです。人定法は
自然法の適用であるべきであり、自然法は人間の自然の理性の光による永久法(世界を支配する神の意志の発現)
への参加であるとされます。中世では、法学を含めすべての学問は「神学の下女ancilla teologiae」として階層構造に
組み込まれていったわけでしょう。

いずれにおいてもドグマについての解釈学であり、だからこそ解釈法学はドグマ的法学dogmatische Rechtswissenschaft、
Rechtsdogmatikということに位置づけられてきたのでしょう。

292 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 00:39:47 ID:c+U7HUs1
ちなみにあなたはどこの大学で何を専攻されている教授ですか
>凶気の桜

293 :凶気の桜:2006/08/09(水) 00:47:58 ID:FIrEGMnt
>>292
法学部に在籍している学生の一人。
どこの大学かはご想像にお任せ。
専攻というかコースは一応私法・公法・政治に分かれているけど実際あってないような
もの。講義など基本的に同じだから、どういっていいやら。ともかく憲法学に興味がありますよ。

294 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 00:50:39 ID:c+U7HUs1
何年生ですか
将来は教授になるんですか?

295 :凶気の桜:2006/08/09(水) 00:59:21 ID:FIrEGMnt
>>294
研究者という選択は今のところ考えていません。


296 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:00:47 ID:c+U7HUs1
研究者にもならないのによくこんな知識ばかり無駄に覚えてますね。
ゼミはどこですか

297 :264:2006/08/09(水) 01:05:30 ID:hq6HfJPX
あの、スレタイに戻るけど、漏れは法解釈は文学に含まれるとオモ。
漏れが科学は数式って言ったら結構反発あったけど、法は数字じゃなくて言語で記されるんだから文学だろ。
文学の醍醐味は書かれたテクスト群の中に、いかにして屁理屈を見出して珍説をでっちあげるかってこと。
妥当性よりもユニークな曲解が評価される節がある。その曲解の評価ってのは時代とともに変わる流動的なもの。
漏れは法学は知らんが、実務では法律を可能な限り曲解して押し通せた弁護士が大金降らせられるんじゃないの?
漏れはそう見てるんだけどね。法というテクストの解釈に際して、司法当局は可能な限り公権力におもねる方向で
解釈しようとするし、逆に弁護側は可能な限り自分の懐が潤うように曲解する。
まぁ大概は両者とも「落としどころ」みたいのわかっちゃっててもっとシラケた手続きで終わっちゃうんだろうけど。
要は、まず解釈する人間の意思ありきで、その影響抜きに客観性なんてアリエネとオモw 政治だよ政治。

298 :凶気の桜:2006/08/09(水) 01:05:54 ID:FIrEGMnt
学問というのは別に研究者になりたいからするのではないと思われますけど。
知りたいと思えばこそ、勉強するわけでしょう。それにここの法学部に進学した以上、
いずれにせよ世の中おさめるのに必要な技術・知識を身につけとくにこしたことはないわけですよ。
ゼミといってもうちでは半年ごとに変わってしまうんですよ。したがってゼミに対する所属意識はなく
もっぱらとるとしても授業の一つとしてでしかない。とらなくてもかまわないし。


299 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:08:56 ID:c+U7HUs1
言っとくけど「永久法lex aeterna、自然法lex naturalis、人定法lex humana」
こんな知識、社会に出て使わないよ。社会に出て使うのは、司法試験がカバー
してるような実用法律だろ。基礎法なんて本当に使わない。

300 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:13:12 ID:c+U7HUs1
>>290のように言っているくせに、法は科学だが法適用は技術であるという
のは矛盾しているのでは?
結局、法学部でも、判例を素材にするように、法と法適用は不可分一体
であって、両者を切り離して考えるのは困難である。ある条文の趣旨を
どのように解するかは事実との関係で決まっている

301 :264:2006/08/09(水) 01:13:50 ID:hq6HfJPX
>>298
漏れは藻前の大学の文学部だが、藻前は哲学科にでも逝け。
読んでて明らかに実務家肌ぢゃないw 哲学科には藻前みたいのいるぞ。
藻前の考えは法学ではなくて法哲学だな。法学部より哲学科の方がしっくりくるとオモw

302 :凶気の桜:2006/08/09(水) 01:14:15 ID:FIrEGMnt
>>297
前半部分に関しては同意しかねるところはあるが、後半部分に関しては
当たらずとも遠からずってところかな。
法解釈学は主として価値判断と法律構成から成立していて、全く無茶な法律構成は
許容されないが、少なくとも許容されうる範囲ないであるという限定が付されるとするならば、
価値判断が大きく影響していることは確か。逆に言えば価値判断があって、妥当だと思われる
結論に向けて法律構成していけるかという技術に秀でているかということが腕の見せ所であるのであって、
元来ratioとはいかに相手を説得ないし言い負かせるかという能力を包含するものであってみれば、
東大法学部というのは、このratioを鍛える場でもあるわけです。エリートがエリートして社会を統治していく上で
必要欠くべからざる知恵ないし技術の一つが法解釈学ではなかろうかと思われます。事実、官僚養成機関として機能して
きたわけで。

303 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:14:32 ID:ugMGazKw
>>299
君は社会に出て使わないことしか大学で学ばなかったのかい?

304 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:16:00 ID:c+U7HUs1
>>301

地下食堂が近くてよろしいですねw
私も一号館の方でしてw

305 :凶気の桜:2006/08/09(水) 01:16:55 ID:FIrEGMnt
>>300
いつ法が科学であると言いましたか?むしろ何度も言うように科学ではないだろう、
あるいは科学という言葉を使用するべきではないと主張しているのですけど。

306 :285:2006/08/09(水) 01:18:45 ID:sjXmJBje
>>290
>法を適用し妥当される解決に導けるかが目的です。
これが問題。法の目的は法律の条文の適用だけのはず。複数の解釈説が存在する
ということは条文の言語上の内容だけでははっきりしないものがあるということですか?
この場合は仮説の解釈論なぞ立てずに未決として議会に更なる立法を求めればすむはず。
どうも貴方の表現だと「妥当(と)される解決」とは裁判官が法律の条文の外から
価値観を導入して「妥当」を勝手解釈しているように感じるのですが。これは思想
先行の文芸批評にあたると述べているのです。

文学における文献批評にはいくつかの代表的な手法があります。
(1)史的手法を駆使して著者の意図を解き明かそうとする手法(伝記的・実証的手法)
(2)文章にだけ集中して言語的分析を行う手法(NewCriticismとかTextualismとか言われます)、
(3)著作の思想的背景を読み取る、逆に思想によって著作を評価する手法(哲学的手法)
などがあります。これまでは法学は基本的に(2)だと思っていました(1)の実証学ではありませんが
非常に厳密な条文の読み取りが要求される立派な論理学ではあると思っていました。
どうも貴方の話を聞いていると(3)が含まれているようでこれは基本的に政治・立法で解決すべき
問題だと思います。間違いがあればご訂正お願いします。

307 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:23:09 ID:c+U7HUs1
っていうか、凶器の桜みたいなのが、官僚や法曹などの実務家
として勤まるわけないじゃん。実務家ってのは雑でもいいから
仕事が早くこなせる人材が適材だが、こんなにねちねち理屈こねる
人は、研究者にでもなった方がいい。実務では使えない。っていうか
こういう理屈屋が官僚になったりするからバッシングを受けるのか?

308 :285:2006/08/09(水) 01:26:47 ID:sjXmJBje
ついでに反証の境界を引く難しさはポッパー自身がアドホックな仮説の設定で
言及し、後にクウィンあたりが詳しく考察している。これは例えば化石が発見
され聖書の創世記が否定されたとする場合も、「悪魔のいたずら・神の試練」
のような仮説を導入すれば反証不能になるというもので科学理論が反証可能性
により定義されるのを覆すものではない。

309 :264:2006/08/09(水) 01:34:59 ID:hq6HfJPX
「狂気の桜」氏は素頭はいいようだが自分の事はよくわかっていないよーだなw
コテハンで「狂気」を名乗るくらいだから藻前は深淵を覗き始めてたんだよ。
ファーストキャリアとして実務やるのも乙だが、藻前みたいな人はいずれ学問に戻るとオモ。
つか、そういう気質ってのは成長後に変えられるもんではない。名を残したかったら研究やれ。
それにしても漏れの知り合いの法学部のヤシたちはもっと馬鹿ばっかなんだがなw

310 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:36:17 ID:c+U7HUs1
そもそも、最高裁が第三債務者保護説を採用したのは、その事例ではこれを
前提にした方が都合のいい結論が出るからでしょ。他の事例では別の説を
とって結論を正当化するかもしれない。つまり、民法300何条だかの趣旨目的
は、事例との相対関係でコロコロ変わってしまう。これについてどう考えるのですか


311 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:38:31 ID:c+U7HUs1
>>309
まぁ学者は学者でお互いをほめ、実務家は実務家でお互いをほめ、
学者は実務家を馬鹿といい、実務家は学者を馬鹿というのが世の常
ですからな。そもそも法を扱うものが「馬鹿」という言葉の定義について
真剣に考えないのもおかしいが


312 :285:2006/08/09(水) 01:40:50 ID:sjXmJBje
>>310
そう。「都合のいい結論」の根拠は憲法も含めた法律の条文?
それとも最高裁判事の哲学・目的論・価値判断?

これをはっきりさせてほしい。

313 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:44:37 ID:c+U7HUs1
>>312
最高裁判事が当該事例を見たときに、これ、と思った解決が都合のいい結論
だろう。そして、学説に上がっている三説のうち、その結論を都合よく演繹
できるのが第三債務者保護説だったわけ。しかし他の事例で民法300何条
だかの趣旨目的が第三債務者保護説になるかどうかは分からない。このように
事例によって趣旨目的の平仄がとれていないというのはどう説明するのかね
結論のほうにあわせて異質な趣旨目的をいくつも用意するのではとても学問
とは言えないと思うが

314 :凶気の桜:2006/08/09(水) 01:46:10 ID:FIrEGMnt
>>306
もちろん法学の中には分析法学という分野もあり、法概念やら条文の構造を
言語分析的手法を交えつつ議論していくという分析的アプローチを採るものもあるでしょう。
しかし法解釈学の方法は必ずしもそういうわけではないのです。
別に条文の言語的分析をしようと現実の法律問題が妥当な方向で解決されなければ無意味だからです。
立法者意思を推量するということもありますが、しかしそればかりではない。
さらに法解釈学における学説というのは別に科学における「仮説」を意味するものではありません。
かく解釈したほうが妥当な解決が導けるだろうし、しかも条文整合性も確保できるだろうなどという
理由で各学者がよかれと思われる解釈を提示しているだけなのです。
もちろん語の厳密な意味において正しい/誤っているということは言えないわけです。
真偽が決定できる類のものではないからです。
例えば、優先権保全説と特定性維持説、第三債務者保護説というのは解釈をめぐる学説の対立であって、
決して仮説というわけではありません。なんらかの仕方で実証されるというものではない。
そもそも法解釈学に「実証」なんてものを観念するわけにはいきませんから。なんらかの真あるいは偽を決定
すべき判断を前提にしたものでは決してないからです。
現実の法律問題を妥当な方向で解決するのに貢献しつつ、なおかつ他の条文との整合性等をも勘案して、
最も適当だろうと思われる解釈が多数を占めていくことで当該学説がいわゆる通説として認められていくと
いうわけです。
敷衍すると、例えば民法372条により準用される304条において、なぜ「払渡し又は引渡しの前」に
物上代位可能な被担保債権の債務者の債権を差押えする必要があるのか、ということは条文から直接はわかりません。
そこで立法者意思を探るということもされるでしょうが、別に立法者意思を確定すること自体は法解釈学にとっては
問題にはならないわけです。あくまで結論を導くためにそれが役立つものであるならば、持ち出されることは
あるでしょうが、そうでない限りはあまり重要ではない。
優先権保全説は、抵当権に基づく物上代位は、本来抵当権とは登記による公示機能が認められるために、
第三者に対しても優先権を主張できるところ、抵当目的物が滅失してその交換価値が変質したものである債務者の債権については
公示がなされているとは言いがたく、不当に第三者に侵害を与えてはいけないので、法は304条によって差押えを必要とするのである
と考えるわけです。逆に言えば本来、抵当目的物が滅失したのだからその優先弁済権は物上代位として当然には第三者に及ばないが、
304条により「払渡し又は引渡し前」に限ってならば、差押えを条件として優先権を保全するために特別に物上代位が認められるのだ、
と考えるわけです。
これに対して特定性維持説は、抵当目的物が滅失しようが抵当権とは当該目的物の交換価値を把握し、そこから優先的に自己の被担保債権を
弁済してもらう権利であるのだから、その効力は目的物の交換価値が変質したところの価値対象物(例えば損害賠償に基づく金銭債権など)にも
当然及ぶのであり、公示性に関しても抵当権設定登記をした時点において既に公示性が認められるのであるから、304条の趣旨は、あくまで
債務者の債権が一般財産に紛れ込むことを防ぎ、被担保債権を実現するための抵当目的物の交換価値の特定性を維持することにこそある、と考えるわけです。
第三債務者保護説は、公示性に関しては特定性維持説と同様ですが、その趣旨を第三債務者による二重弁済などの危険をあらかじめ防止するためである
と考えるわけです。これら学説はどれも明らかに誤っている説とは言いがたく、条文整合性に関しても最低限の条件は満たしているわけです。
最終的にはどの学説を採るかによっていかなる結論に至るのかという点が重要になってくるわけです。
とりわけ優先権保全説を採るか後者二説を採るかで現実の法律問題が生じたい際に結論が違ってくるから、喧々諤々の対立にまで
いたるわけですが、どれが正しい/誤っているかは一義的に決定はできません。
言うなればどの学説がより妥当な解決に導くことができるのかという点が決定的に重要となるわけです。

315 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:48:07 ID:c+U7HUs1
300何条だかの趣旨目的として、3つ説が上がっている。んでどれか一つが
正しいわけだろう。仮に3つともそれなりに理由があるとしても、学問と
してはどれか一つに固定しなければならないだろう。なのに事例ごとに
趣旨目的をコロコロ変え、固定しないのでは、法適用と切り離した法体系
のみの学問は存在しえないのではないか。結局、事例を抜きにしては、
ある条文の趣旨目的も定まらないからである。

316 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 01:57:11 ID:c+U7HUs1
A説、¬A説だったらどっちかに固定しないといけないが、かならずしも
そういう関係にないものは折衷するのが一番いいのか?
では304条の場合、どういう関係にあるの?この3説はすべて304条の
趣旨として成立しており、事例に応じて最も適当なものが使われる
ということか?

317 :凶気の桜:2006/08/09(水) 02:04:38 ID:FIrEGMnt
どうだろうか。法解釈においては一方で法的安定性も重視しなければならないので、
そうコロコロ判例を変更するわけにはいかないと思われる。
とはいえ具体的な法律問題を前にしてかく解釈するわけにはいかないということで判例が
変更されるということはありえる。例えば304条をめぐる問題についてもこれを判例変更とみるか
どうか意見が変われるだろうが、例えば差押えと相殺をめぐる問題(これは主として民法511条が問題に
なった事例であるけど)では最高裁は明らかに判例変更を行った。そのことは最高裁調査官解説も述べているところ。
つまり制限説から無制限説への判例変更という具合に明確に判例を変えたものもある。

318 :凶気の桜:2006/08/09(水) 02:09:15 ID:FIrEGMnt
法解釈学において重要なのは、もちろん知識の絶対量は要するものの、中でも
常識に基づくバランス感覚が最も大切である、としばしば言われる。
法律の知識に基づきつつ、その中から最も妥当な解決を導き出していけるリーガルマインド
を養うことが法解釈学の枢要であろうということである。そこには取り立てて世界をあっと言わせるような
独創性や天才は不要である、と。
これはあながち間違いではない。それどころが正鵠を射た表現であろうと思われる。

319 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 02:09:18 ID:c+U7HUs1
仮に、将来、民法304条がらみの重要事件が最高裁まで上がってきた
として、判例である第三債務者保護説によったのでは妥当な解決ができ
ない事例であった場合、最高裁としてはどのような判断をすべきなのか。
もし、判例を変更して、別の都合の良い説をとって事例を解決したとすると
その事例についてはよいが、過去に第三債務者保護説で解決した事例は
どうなるのか。すでに解決した事例はさかのぼって影響がないというロジック
もとれないではないが、そうすると、実務的にはよくても、法の学問として
は極めてお粗末なものになるのではないか。

320 :凶気の桜:2006/08/09(水) 02:13:22 ID:FIrEGMnt
>>319
過去に第三債務者保護説を採ったものにまではもちろん影響はしませんよ。
基本的に判決は当事者のみしか拘束しませんから。
つまり当事者に対する拘束力と判例の変遷につき法的安定性が維持されているか
という問題は別問題でしょう。

321 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 02:17:39 ID:c+U7HUs1
そのようなロジックは実務的には都合が良いが、学問的に
どう整合が取れているのか今ひとつ理解できない。なぜ30
4条の趣旨目的が判例変更されたのに、304条の趣旨目的に
ついて過去に取った判断に影響がないのか。
法適用と切り離した客観的な法の学問体系があるとすると、
趣旨がコロコロ変わったり、趣旨が変わったときに以前の
事件に影響がないというのはいかにもおかしいのではないか

322 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 10:17:50 ID:RY9TvF/s
以上より、法解釈は文学と何が違うのか、という問題は、設定自体失当として却下する。

323 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 10:24:23 ID:c+U7HUs1
↑こいつ最高に馬鹿。設定自体失当として却下と言いたいだけだろ

324 :キュルンベルガー:2006/08/09(水) 10:45:59 ID:f1n4F6VM
>>1-321……そして、>>323の主張はすべて>>322に尽くされている。他はただざわめきや喧騒が聞こえたにすぎない。

325 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 10:58:36 ID:c+U7HUs1
法学は文学の一派

326 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 10:58:40 ID:gfiIJrZ4
>>322
その通り。法解釈が文学に包含されることはあまりにも明白な事実であり、
本スレの問題提起は「我々は生きているのか?」と問うことに等しい無意味さと言えよう。
しかるに設定自体失当として却下され、「法解釈は文学の一部でしかない」のである。

327 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 11:07:47 ID:c+U7HUs1
>>326

したがって、法学部には名目的な存在意義しかなく、文学部と
併合したとしても、何ら差し支えない。特に大学改革やロースクール
設置がさかんな昨今、法学部はもはや不要だろう。
大学側の見苦しい言い訳は聞きたくない。

328 :285:2006/08/09(水) 12:27:22 ID:sjXmJBje
>>314
「妥当な解決」の「妥当」の判断基準はなんですか?憲法なのですか?そうでないなら判事の見解ですね。
日本国憲法のどこに司法に立法権があるなどと書かれているんですか?「語の厳密な意味において正しい/
誤っているということは言えない」場合は判断を保留するのが論理学的にも司法の役割上も正しいはずです。

つぎに条文整合性ですがこれは突き詰めると条文に言語的矛盾が存在するということですね。この場合はその
矛盾を指摘するのみに留め議会に法律の訂正を促すべきです。勝手に都合よく条文を限定的に解釈して辻褄を
合わせるなんて単なる曲解です。さらにその辻褄合わせが判例となれば「語の厳密な意味において正しい条文
の解釈」から遊離することになります。司法の中立性・客観性の権威を著しく損ねる行為です。立法が条文を
改善して矛盾を解決すれば曲解の必要はありません。

最後に「なぜ払渡し又は引渡しの前に物上代位可能な被担保債権の債務者の債権を差押えする必要があるのか」
の問題はは立法「者」意思の問題です。この場合、史学的には実際に議会での議論の記録の文献から記述を探す、
あるいは法律を書いた議員(日本の現実では官僚)に直接尋ねる、当事者が死亡している場合は日記・議事録な
どに記録が残っていないか探す、などによって事実認定を行うのが史的手法です。もちろん法律は史学ではあり
ません。法的に正しい行為は最高裁判所が「なぜ払渡し又は引渡しの前に物上代位可能な被担保債権の債務者の
債権を差押えする必要があるのか」の質問を議会に送り事後確認を求めれば解決する問題です。この場合議会は
「妥当な解決」の目的論に基づいて優先権保全・特定性維持・第三債務者保護のどれかを選ぶかもしれません。
場合によっては三説と全く違う回答を出すかもしれません。どれを議会が選ぼうが司法はその判断に従えばいい
のです。何を妥当と判断するかの役割は議会にあるはずです。ただし議会の選んだ目的の説明が他の条文と整合上
の問題を起こす場合は司法はその問題点を指摘し議会に矛盾の改善を求めればいいはずです。

どうも貴方の話を聞いていると法解釈論はフィクションの創作活動であると言わざる得ません。文献学ではなく文芸
です。これは日本の憲法からみて判事のすべき行為ではありません。越権行為を犯すゆえに司法はその客観性・中立性
を著しく損ない、その権威の凋落を招いているとしか思えません。「ご都合主義」などの批判がこのスレにちらほら
見られますがまさにそうなのではないでしょうか。ついでにこれはコモンローと変わらないというのが感想です。

329 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 13:06:29 ID:sjXmJBje
文学部はこれまでの古典的文献の解釈・批評をうっちゃって解釈・批評そのもの
で文芸活動を行うようになったことを考えれば、文献学の伝統の正統継承者
は法学。文学部の教授を首にして新しい人材を法学部から雇う方がよい。

330 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 13:22:07 ID:kdRlrIat
326

例えば、名誉を毀損した場合は処罰するという条文があったとしても
これだけでは具体的事件に条文を適用できない。そこで、名誉毀損行為
の意味内容をもっと明確にする必要がありそれが法解釈学。
名誉毀損とは名誉感情を傷つける行為をいうのか、それとも社会的評価を
低下させる危険のある行為を指すのかとった具合にね。これがなぜ文学に
包含されるのか?文学とは何の関係もない。

331 :285:2006/08/09(水) 13:35:31 ID:sjXmJBje
>>330
「名誉を毀損した場合は処罰する」なんていい加減な法律を書いた奴の責任。
意味内容を明確にする義務は立法にある。言語的には辞書にいくつかの定義
が載っているように名誉感情と社会的評価の両方の意味がある場合、言語的
には名誉感情と社会的評価の毀損の両方が処罰されるべき。これを勝手
に一方の意味だけであると曲解するのは司法の立法行為。

332 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 13:36:46 ID:LUjyuXXK
解釈学と実証とを混同してる馬鹿がいるなあW

333 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 13:40:43 ID:LUjyuXXK
立法行為ってW 意味わかってんのかなあ。

334 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 13:49:03 ID:2mYQFifg
>>331
刑法230条を裁判所が介入する余地がない程度に明確に記述してみてよ。

335 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 13:52:20 ID:gfiIJrZ4
>>330
無教養乙。
どうみてもそれこそまさに文学の一部です。
本当にありがとうございました。

336 :凶気の桜:2006/08/09(水) 14:21:35 ID:FIrEGMnt
何か言いたいことが錯綜している感がしないでもなく、法解釈学を批判するのは別に構わないとしても、
他の分野を批判するのなら最低限当該分野について知るべきであろうと思われるところ、どうやら基本的な誤解
があったり、ご自分の分野を棚にあげて過剰にないものねだりしてくる姿勢が見られることは極めて残念と
言わなければなりません。もう最後には単なるいちゃもんレベルですから。

>>328
法解釈は、具体的な法律的な問題が生じた際に、これに法を適用し宣言することにより、当該問題を終局的に
解決するために為されるものだから、当該問題を法律問題として扱ったときに、条文等により可能な解釈を施し、
かつその中から妥当とされる方向に結論を導いていくわけです。そこで「妥当な判断」の基準は何かということですが、
妥当であるか妥当でないかは、社会通念というか常識というかそのようなものであろうとしか言いようがありません。
別に方程式の解を導くこととは次元が異なるのであって、常識的に見てどちらの利益を優越あるいは劣後させることが適切か、
ということをもちろん条文等の法源となるべきものに照らしつつ、常識を背景にした当事者の価値判断を踏まえて
結論が導ければ法律論としてはそれでいいわけです。
勘違いされているようなので何度も言うますが、別に立法者の意思がなんであったかは第一義的な問題ではないのですよ。
具体的な法律問題を妥当とされる方向性で解決されなければ無意味なのです。

裁判所がそれに基づいて判決を下すところの法源について、例えば民法では民法の条文はもちろんのこと、慣習・条理等も
法源になります。また類推解釈も認められているわけですよ。刑法に関してはそうではないですがね。
どのような条文を設けようと、ありうる法律問題は無数にありそれらは千差万別であるので、いついかなる場合でも
「解釈」は必要になるわけです。そこまで立法に求めるというのでは現実的に司法は機能しないことになるでしょう。
たとえばあなた自身はどうやら法解釈学のことをほとんど知らないようですが、あなたが法解釈学に対して下している解釈の
妥当性は何を基準にしていますか?問われたとき、どのように答えますか?
あなたの専攻する実証史学とやらを基準にするのですか?それとも別の基準を?しかしいずれにせよ、それは
あなた自身の価値判断でそのように解釈しているだけのことであって、どこにも客観性など担保されません。
あなたが言う立法者意思一つとっても、どうとっても解釈が生まれます。ある基準を設けても当該基準がなぜ妥当なのか
ということを問いただすことは無限にできるでしょうし、そうなればいつまでたっても基準を決定することはできません。
実証にしても同じことではないですか。私は実証史学のことは知りませんから、あなたのように知りもしない他分野について
学問間の性格の相違をも無視して土足であがりこむなど厚顔無恥よろしく堂々と罵倒するような真似はでいないわけですが、
実証といっても何をもって実証とするかを決定する基準はあるのでしょうか?どんなに基準を持ち出そうと、所詮そうのように
取り決められているに過ぎないとも言える訳であって、法解釈学とは性格を異にしてはいるでしょうが、畢竟当該学問を専攻する者の
取り決めないし一致が見られるというに過ぎないと思われます。

最後に、ご自分の分野を基準として罵倒するのではなく、他分野なら他分野の性格等をきちんと弁えた上で、なおそれでも批判が
あるのなら批判してくれても結構ですが、これはいささか酷いと思われるようなものはおやめになったほうがいいですよ、ということ
を申しあげておきたいと思います。

337 :凶気の桜:2006/08/09(水) 14:42:33 ID:FIrEGMnt
>「妥当な解決」の「妥当」の判断基準はなんですか?憲法なのですか?そうでないなら判事の見解ですね。
>日本国憲法のどこに司法に立法権があるなどと書かれているんですか?「語の厳密な意味において正しい/
>誤っているということは言えない」場合は判断を保留するのが論理学的にも司法の役割上も正しいはずです。

これなどは噴飯物のいちゃもんといっていいほどです。
妥当な判断を下すという行為がなぜ立法行為となるのでしょうか?そうみなすあなた自身の基準は一体
何なのか説明いただきたいぐらいです。
法解釈学を知りもせずしてよくこのような罵倒が書けたものかとある意味感心してしまいそうですよ。
書店には適当な法学の入門書があるでしょうから、まずはそれの何冊を読んで、できれば基本六法でも
のいわゆる基本書でもそれぞれ数冊ずつでも目を通してその内容をある程度理解してから法解釈学について
文句をつけるなりすればよろしいものを、な〜んにも知らない人が単に批判しているとするなら、それは
ほとんどやっかみいちゃもんの類でしかなく、よほどうらみか何かを背負っている御仁なのかなと疑われて
しまいますよ。

338 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 15:17:58 ID:sjXmJBje
混乱を招くようなのでこちらの経歴ですがこちらの法学の知識は英米系の大学の
商学部で習った商法です。

条文の言語の厳密な意味において判断できない場合には「妥当な解決」を司法
の判断で生み出すとは、その判断基準が条文の言語の外にあるということを宣
言していますね。これは司法が勝手にルールつまり判例法を設定しているに等し
いと述べているのです。大陸法には判例法がないと思っていたので驚いたわけです。
あくまで訴訟の諸事実が法律の条文といかに対応するかの判断だけであると勘違い
していました。ついでにこれは政策の問題ですが判事が条文の言語の外で出す解釈
活動を中止して立法に任すことに異論があるのですか。

339 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 15:37:07 ID:LUjyuXXK
英米系だってW

340 :285:2006/08/09(水) 15:38:21 ID:sjXmJBje
アメリカの憲法の権利章典の修正第四条には
「不合理な捜索および逮捕または押収に対し、身体、家屋、書類および所有物の安全を
保障されるという人民の権利は、これを侵してはならない。令状は、宣誓または確約に
よって裏付けられた相当な理由に基づいてのみ発行され、かつ捜索すべき場所、および
逮捕すべき人、または押収すべき物件を特定して示したものでなければならない。」
とあります。
アメリカの司法判断で有名なロー対ウェイド裁判ではロー女史の中絶の権利を争ったわ
けですが判決において"Constitution does not explicitly mention any right of privacy"
としながらも上記の条文を根拠にプライバシーは憲法に保障される権利と宣言されさらに
"this right of privacy...(to be)...broad enough to encompass a woman's decision
whether or not to terminate her pregnancy."とされました。

上記の条文から中絶の権利が保証されていると解釈するのも「妥当な解決」なんですかね。
こは極端な例ですが日本でも本質的に司法は同じ事をしているようですね。

341 :285:2006/08/09(水) 15:39:25 ID:sjXmJBje
>>339
CommonLawの訳は何が適当ですかね。

342 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 15:50:02 ID:sjXmJBje
文献学では言語上の意味を正確・厳密に理解・表現するのが目的で、当然それ以上
に判断が不能な場合において文の意味あるいは著者の意図などを勝手判断するのは
実証に反する行為。司法においては判決を出すことが目的。「これ以上はわからない」
と宣言するのは文献学では必要であるが司法ではあってならない。よって都合解釈
となる。文献学と法解釈の違いは目的論にある。文献学では文献の解明そのものが
目的だが、法学では文献(法律条文)はあくまで訴訟解決の手段。

343 :285:2006/08/09(水) 16:04:12 ID:sjXmJBje
>あなたが法解釈学に対して下している解釈の妥当性は何を基準にしていますか?
上位の法律、最終的には憲法以外にありえません。言語上それで判断できない場合は
妥当な解釈など存在しません。解釈を出すこと自体が妥当でありません。
社会通念とか常識とか人権・自然権などは条文として明記されてこそ法です。
政策的な妥協として(架空の)臨時判決は認められますが、最終的には国・県・市の議会で判断
されるべきです。議員(官僚)の仕事を増やせばすむ話です。もちろん臨時判決が
追認されることが多いでしょう。現行制度は三権分立と民主主義の理念に反します。

344 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 16:13:29 ID:kdRlrIat
331

条文はある程度包括的に規定しておかないと、あまり個別具体的に
規定すると条文がいくつあっても足りなくなる。また、包括的規定にして
あるからこそ、その時々の社会状況に応じて法解釈により柔軟に適用できる
ことになる。

345 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 16:29:29 ID:sjXmJBje
>>334
上位の法律を包括的に規定して下位の法律を変えていけばすむ話。
法律の条文が裁判所の判決に変わるだけ。
司法でできることを立法で柔軟に適用するのに問題あるの。
裁判官を選挙で選ぶなら問題ないけどね。

346 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 16:43:07 ID:3kMxkjnJ
【心の】旦那には絶対言えない過去【奥に】
http://human5.2ch.net/test/read.cgi/ms/1154259322/

・新婚早々、同居していた高校生の義弟に体を許してしまったことです
・大学生の時に、バイト先の社長と定期で会ってたこと。ピル服用、週2回の条件で月10万円は魅力でした
・旦那(当時彼氏)と交際中、4マタかけて、どの人と結婚しようか選んでいた
・長女の血液型、A型になってるんだけど実はABだってこと
・レディースだったこと。子供三回堕してること
・学生時代にシャブ中だった事。親からの仕送りも、殆ど覚醒剤に消え、風俗嬢と愛人やりながら、薬にドップリ溺れ逮捕された事は、旦那には絶対に絶対に言えない
・援、風呂、整形、堕胎。言ってない
・援 風 整形 過去の犯罪歴 隠して結婚してます。
・中学の頃円光・整形・家出・乱交やりまくり・
風俗・家庭内暴力・過食嘔吐・薬首吊りリスカの自殺未遂でicuに入った事
・経験人数40人以上
・結婚後の経験人数が40人超えてる私はどうなるの(笑)
・娘が実は旦那の子じゃない事
・援、風俗経験あり。ナンパや出会い系で知り合った男数人からあらゆる手段でお金をふんだくった。
・同棲、中絶、アソコの整形....。今の旦那とは全くイケないこと(フリしてる)。墓場まで持ってく。
・中絶・パチスロ・お水・風俗・へビスモ。おまけに股も緩い。でも、何故か見た目が無駄に真面目そうに見えるらしく
旦那を初め、過去を知らない人は、完全に騙されます
私の過去をほぼ全て知ってる従妹に喧嘩したとき
「あんたみたいに虫も殺さない顔して超絶DQNって一番許せない!!」と言われた

【番外編】・もし処女が良いと言っている男性諸君がいるなら敢えて告げて置こう
今は若い女性の方が処女率は低いと言う事だ
それは10代ぐらいの時から少女雑誌にそういう特集が書いてあって
処女だとカッコ悪いとかそういう者に躍らされて早く捨ててしまうからだ
・今どきの風潮では15歳で非処女は「だっせ〜」という感覚らしく
とある中学生の女子グループの中でひとりだけ処女の子がいて
リーダー格の子の命令で半ば無理やり同級生の男子に捧げさせられたそうです

347 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 17:34:10 ID:LUjyuXXK
285の主張も解釈にすぎないんだよ。誰も相手にしない解釈だろうけどさ。だいたい実証って何だよ?法解釈に実証ってさあ。

348 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 17:40:38 ID:LUjyuXXK
285さんよ、法律に無知すぎるよ。

349 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 17:59:31 ID:gfiIJrZ4
どうやら勝負あったようだなw
法解釈は文学の一部ってことでファイナルアンサー!

350 :凶気の桜:2006/08/09(水) 18:19:13 ID:FIrEGMnt
>>285
再度あなたの発言を見ていきましょうか。

>おいおい。なんだこりゃ。実証(史学)の立場からすれば実際に法律を書いた人間
>の文献を掘り出す以外に答えは存在しないぞ。文献・資料不在での勝手解釈は文芸
>評論に過ぎないぞ。

とありますね。
まず法解釈学をあなたの言う「実証史学」とやらと結びつけそれ基準を判断していることから
既に誤りというべきでしょう。法解釈学は実証学問でも何でもありません。
文献やら資料やらの整理はあなた方お暇な史学者が為されればいかがでしょうか?
古文書でも好きなだけ読んでいてください。もっともそれでも何らかの解釈が入り込むわけですけどね。

法律論としては、もちろん手前勝手な解釈までは許容されないでしょう。
条文や条文に現れている制度趣旨等を勘案し、他の判例なり条理・慣習等を参考にしながら、
現代社会における具体的な法律問題を妥当な仕方で解決せしめるに必要な解釈を施していくわけで、
手前勝手な解釈でしかなければ、当然に批判がなされて学者やその他実務家においてありうべき解釈の
一つとしてさえも認められず淘汰されていくことでしょう。

しかし可能な複数の解釈においては、当該解釈の真偽は決定できないことも確かなのです。
というのも法解釈学において学説上批判にさらされながらも生き残っている解釈は、そのように
解釈することが法解釈学上許容されているわけで、単にその解釈を採用する支持者が少ないという
理由で少数説にとどまっているに過ぎなく、明らかに誤りであるものを除き、相応の理由があるわけです。
何度も例に挙げている、優先権保全説、特定性維持説、第三債務者保護説も、いずれもその解釈が誤っている
というわけではありません。372条により準用される304条の趣旨をどのように見るかという問題は、
真偽の問題でもなんでもないからです。要するに見方の違いに過ぎません。
仮にその制度趣旨そのものをも条文上明記しろと言われても、この問題について解釈上の争いがなくなっても
別の解釈上の争いが生じてくるでしょうね。

351 :凶気の桜:2006/08/09(水) 18:22:13 ID:FIrEGMnt
法律上の条文にどこまで具体性を持たせるのかについては、法律の条文が一般性を持たねばならないという要請から、
あまりに具体的であることはでいないという点が一つ指摘できます。
包括的な規定でないと、法律問題としては類似していようと現実の法律上の争訟は個別具体的です。
それぞれ微妙に事案を異にしているわけであって、どこまで共通性を見出し、どこからが個別的なものであるのかの峻別はもとより、
個別的であるがゆえに解釈によって意味を充填せざるを得なくなるわけです。
この判断自体は裁判所の裁量権の範囲内であって、この裁量権すらないというのは司法権を認めないも同然の暴論です。
どのような条文を設けようと、必ず解釈論は発生します。解釈論は立法行為だなどと叫んでいるアホな法学者がいるのですかねえ?
三権分立云々と叫ばれていますが、どう見ても三権分立を理解しているとは思えません。
三権分立は何も裁判所による裁量を一切認めないものでもなんでもありませんよ。
裁判所は憲法や法律その他法源となるものを基準としつつ、当該基準を運用するに際しては一定の解釈をともなうことから、
相応の裁量権の範囲内で司法判断を下していくわけです。司法権が権利義務についての具体的な争訟につき、これに法を適用し
終局的に当該紛争を解決する国家の作用であるわけだから、紛争解決に資する判断を先ほど申し上げた法源に基づきつつ下して
いくわけです。その際、裁量権の範囲内ではあっても、裁判所が妥当な解決と思料するする方向に結論を導くためにも裁判所自身
の価値判断が反映することでしょう。これは裁判所のみならず弁護人も然りです。

法律論は価値判断と法律構成により成立すると先述しましたが、何度も言うように法の解釈には必ず価値判断は伴います。
価値判断なくして解釈などありえません。このことは法解釈学のみならず他の分野にでも言えることではないでしょうか。
客観的基準であると思っていても、それは当人がそのように見なしたいという価値判断があるからこそそうなっているのであって、
それ以上でも以下でもありません。
それが社会的に認知されているのは、学者共同体等の当該分野に関与する者の多数がそのように解釈しているに過ぎず、
あくまで間主観的な概ねの一致が見られる以上の根拠などありません。実証ということに盛んにこだわっておられるようですが、
まず法解釈において実証とは何を意味するのかを明確に示していただかないと、実証などという概念が法解釈学上流通した汎用的
概念にはなっていませんので、おそらく独自説を主張なさってのことでしょうから、少なくともどのような意味で使用なされているのか
はっきりさせるべきであろうと思われます。

さらにこれも既に触れたことですが、実証といってもそれは解釈の結果そうなっているというだけのことであって、
乱暴にいってしまえば実証すら実証だ思っている者の思い込みに過ぎないとも言えなくもありません。
まあ実証云々は本題ではないでしょうから、別に等閑してすませばいいのですが、ついそうからかいたくもなりましょう。

352 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 18:26:14 ID:sjXmJBje
文献学の観点からすれば言語上根拠のない勝手解釈が肯定される法解釈はいい加減。
「社会通念とか常識が根拠なんです」ってそれじゃあ論理的根拠がない。学問とはいえない。
日本のエロビデオって強姦・ロリコンなんでもありなのに性器だけはぼかし入ってるの
何でってよく聞かれるけど、日本の最高裁判事の社会通念と常識が根拠ですと答えれば
言い訳ね。「検閲は、これをしてはならない。」って憲法に書いてあったような気が
したけどたぶん自分の妄想ですね。

353 :凶気の桜:2006/08/09(水) 18:28:16 ID:FIrEGMnt
>>343
そういう意味で申し上げたものではありません。
あなたが法解釈学に対して述べている薀蓄を述べ立てるにあたって、その基準と
なっているものは何ですか?と申し上げたわけです。
なるほどあなたは>>285において

>おいおい。なんだこりゃ。実証(史学)の立場からすれば実際に法律を書いた人間
>の文献を掘り出す以外に答えは存在しないぞ。文献・資料不在での勝手解釈は文芸
>評論に過ぎないぞ。

と述べているわけで、少なくともあなたの言う「実証史学」とやらを持ち出して
文献を掘り出す以外に答えは云々と頓珍漢なことをお述べになっているのでしょうね。
しかしこんなもの誰が見ても噴飯物のやっかみ以上のものではないでしょう。
異なる分野ですので、御自分の分野を唯我独尊のごとく主張して他分野を非難するのは
おやめになってはいかがかと、これまた再度申し上げておきます。

354 :凶気の桜:2006/08/09(水) 18:34:59 ID:FIrEGMnt
>>352
検閲の意味を調べてから発言されてはいかがですか?
他分野を非難罵倒するのなら、まず他分野でどのような議論が交わされているのかを
ある程度勉強してから言うべきですよ。

検閲の意味について広義に解するか狭義に解するかで学説も分かれるところですが、少なくとも
最高裁判例に基づくと、検閲とは行政権が主体となって、表現物が公表される前に、思想内容等表現物を、
その発表を禁止することを目的として網羅的一般的に審査し、これを発表させることが不当であると認められれば
当該表現物の発表を禁止する措置のことを指します。そしてかかる検閲に該当するものは憲法21条により絶対的に
禁止されているわけですが、裁判所による事前抑制に関しては一定の場合の例外を許容するものであって、これは検閲に
該当しないと解されるとするのが最高裁判例の立場です。

355 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 18:50:26 ID:KFyEsEMF
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356 :凶気の桜:2006/08/09(水) 19:36:55 ID:FIrEGMnt
>>352
法解釈学は学問ではないと断定されていますが、一体いかなる意味で学問ではないのか
お尋ねしたい。文献学とは異なることは理解できても、文献学と異なることを以って
学問ではないと断定するのは、それこそ非学問的態度ではないですか?
あなたの言う学問とは何かをそれこそ手前勝手な解釈ではなく、世界の学者等に汎用されている
概念を以ってお答え願いたい。それが出来ずして法解釈学は学問ではないと断定するのは単なるあなた自身の
与太話でしかありません。

法学の学問としてのあり方について、疑問なしとはしないという見解であるならば、私も思うところもありますから
同意できる点もあろうかと思いますが、法解釈学の中身を大して知りもしないで頭ごなしに「学問ではない」などという
に至ってはもはや何をかいわんや、といったところです。

後学のためにご承知かもしれませんが、ハンス・ケルゼンという法学者を紹介してきます。
ケルゼンは、私の好きなカール・シュミットと好対照でありながらもシュミットと同じくドイツを代表する法学者の
一人です。ケルゼンは元々は哲学・数学・物理学を専攻したかったが、様々な事情で気乗りはしないものの法学部に籍をおいた
と言われています。確かに法学部はドイツでもエリート養成機関としての役割を担わされていましたので、
法学部の方が何かと好都合だったということもあるでしょう。この点日本の現状とあまりかわりなかろうと思われます。
ケルゼンは、認識論や存在論といった哲学上の大問題(まあこれは学問全体の大問題ともなるでしょうが)に関心があって、
哲学やこの問題を解明するのに必要不可欠であろう数学や物理学といった高度の抽象能力を要する学問分野に憧れたと言われています。
法学に対してケルゼンは何を思っていたかといえば、法学の学問としての後進性でした。
要するにケルゼンは、法学の領域において彼の言う「イデオロギー性」が法学から払拭できないものであるかを散々悩んだようです。
そこでイデオロギーが可能限り介入することのないように、実定法学の任務を実定法の認識にのみに限定し、その他を法実務に委ねる
という区分けをしたわけです。
ケルゼンにとって法学における「イデオロギー性」や曖昧性は許しがたかったのかもしれません。
もっともこうしたケルゼンの法学観は後に批判を受けることになるわけでしょうが、いずれにせよ、
ケルゼンという偉大な法学者ですら法解釈学に対して疑問を抱いていたことは確かで、そのことについての
問題意識はおそらく法解釈学者なら誰しも共有しているのではないだろうかと思われます。
わが国でも川島武宣という民法学者・法社会学者は、法解釈学の学問性に相当悩み苦しんだと言われています。
もちろん極端に法解釈学は学問ではないとまでは言ってはおりません。しかし、学問であると認められているとしても、
そこにはどうしても恣意性がぬぐい切れないことは間違いないので、この点に学問であることのみに拘れば拘るほど
悩みもいっそうつのることになったものと想像されます。

357 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 21:14:59 ID:a6hBPpdW
相手が神学者である以上
こっちに出来ることは信じるか信じないかだけ
論破とか無理だと思うよ


358 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 21:37:08 ID:gfiIJrZ4
法学は文学のはしためである。

359 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 22:06:21 ID:FK8bhb87
まあ、文学自体が科学でも学問でもないのだが。

360 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 22:17:27 ID:gfiIJrZ4
うむ、つまり法学はますます学問の名に値しないということだろうな。

361 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 22:46:53 ID:LUjyuXXK
学問ってなに?

362 :法の下の名無し:2006/08/09(水) 23:37:31 ID:3T+EzPwf
反証可能性がない学問で、
その学問の権威者を論破することは可能なのでしょうか?
もし可能でないとしたら、仮に権威者の主張が間違っていた場合
いったいどうするのでしょうか?
間違っている学説を甘受するしかないのでしょうか?

363 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 03:39:50 ID:NKvJPrf8
360 362

学問をいかに定義するかで何とでも言える。つまらない議論だ。
学問の権威者だって、アホらし。間違いのある学説を何故甘受するんだ?
頭は大丈夫か?

364 :264:2006/08/10(木) 05:08:41 ID:SfRx+Ot5
母校のことよく知らない漏れが言うのも何なんだが、東大法と東大文は昔は法文学部とかいう名称で、
同じ学部だったんジャマイカ?今でも本郷の法文一号館は繋がってるぢゃん。
法治国家って政体自体が一つの思想に過ぎないわけで、世界にはそれ以外の価値観が支配する土地も
現実的に存在する。漏れは法律は知らんが、刑法で最も罰が重いのが国家に対するテロだよな?
でも、それが万一成し遂げられれば、当該国家の法体系は全て白紙に戻るってことだべよ。学問かこれ?
フランス革命とかはまさにその類いだったんじゃないですか?殺人も大いに正当化される。勝てば官軍。
法解釈がそれ自体、学問としての体系をなしているかどうかに固執する人がいるようだけど、それって
意味あるのかな?結局砂上の楼閣なんだとオモ。社会が複雑化したら法体系をあたかも学問のように整備せずには
治安が安定しないから、なんとか体裁を整えてるけど、法ってやっぱいつも技術の進歩に対して後手、後手に回るしね。
IT分野とか。それ以前に、見てっと日本の法曹界って米・EU法の追随(てかパクリ)しかしてないだろーよw
国家としての主体性なんてゼロなんなんじゃね?自衛隊出せって言われればてめぇの憲法を曲解して、出しちゃうしw
日本の法体系をたとえるなら、まるで米軍の空母の上に乗っかった楼閣だね。もぅ文学のほうがよほどマシかと。

365 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 07:53:06 ID:2u/flk3/
法学も経済学も経営学も社会学も政治学も医学も薬学も工学も理学も音楽も
ビジネスもファッションも食い物もコンピューターもインターネットも何から
何まで欧米のものを受け継いでますが何か?

366 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 09:01:25 ID:4kSIaxlL
このスレで反証可能性を批判していた方にお聞きしたいのですが

反証可能性がない学問で、
その学問の権威者を論破することは可能なのでしょうか?
もし可能でないとしたら、仮に権威者の主張が間違っていた場合
いったいどうするのでしょうか?
間違っている学説を甘受するしかないのでしょうか?

この質問に答えてほしいです。
よろしくお願いします。

367 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 09:36:30 ID:0jUj7epv
凶気の桜のおかげでかなり良スレ化しているが、それでもスレタイに正面
から答えているとは思えない。長文や薀蓄を披露しているがスレタイに答
えるという意味では、逃げている気がする

368 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 10:12:54 ID:4yJzFuJ4
スレタイそのものが何を尋ねているのがが判然としない。
小説や随筆などの文学と条文の意味内容を明らかにする法解釈を
なぜ比較しようとするのか理解できない。


369 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 10:17:59 ID:0jUj7epv
スレタイの意味も分からないなんて頭悪いんとちゃうか?
法学は文学以下の低級学問じゃないんですか?ってことだ

370 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 11:08:07 ID:0uNvX4ae
>>363
つまり、定義のしようによっては、法学は簡単に学問の埒外におかれてしまうという
非常に脆弱な似非学問である、ということで負けを認めたということでよろしいですね。

>>368
無教養乙w

371 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 11:45:49 ID:0jUj7epv
狂気の桜に質問。

法学における論理とはどういうものか。ある論理のつながりがあったとして
その論理が正しいというための条件は何?数学では同値であることだけど
法学では何?

372 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 13:09:51 ID:4yJzFuJ4
>>369

学問の高級、低級を決める基準は何か言ってみろ。
物理学と化学はどちらが高級か答えてみろ。
アホとちゃうか。

373 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 13:15:51 ID:4yJzFuJ4
>>371
>その論理が正しいというための条件は何?

答え。国会の議決が正しさを担保している。
条文は法律要件を具備すればどういった法律効果が生じるかという形
で規定されている。この法律要件と法律効果のつながりの正当化ならしめる
のは議会による議決以外にはない。

374 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 15:01:18 ID:0jUj7epv
物理学の方が高級。想像力を多いに使う。
法学なんぞ何となくこんなもんかなぁ?で済むところが実に低級。
結果が正しいかは厳しく問われない。感覚に合致してればOK。
物理学はそれじゃ済まんのやボケ。なめとったらあかんぞ、われ!!

375 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 15:21:13 ID:4yJzFuJ4
374

お前が一番低級なのがよく分かったよ。(笑

376 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 15:33:03 ID:0jUj7epv
その理由を述べない奴が法学だとw

377 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 15:45:17 ID:0uNvX4ae
>>374は正しい。物理と化学でどちらが高級かなど問うまでもない。
そんなこともわからん>>375が一番低級なのは間違いない。

378 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 16:17:04 ID:0jUj7epv
「なぜわれわれがこの100年もの間、法学の欠点をひたすら隠し、法学を持ち
上げ、法学は優秀な者にしかできない学問だ、と喧伝してきたか分かるか?」
「それは、法学が難しい学問だから・・・」
「法学をやる者が無能だからだ!無能な人間ほど鼓舞しておだてれば思い通りに
勉強してくれるのだよ。大体法学なんざ普通にしてればつまらなすぎてやり手が
おらん。だから特に無能な奴を捕まえておだてて無理矢理やらせるのさ」
「な!」「俺はこれからどうすれば。もう二振していて・・・」
「見苦しい。君はどっかの企業の法務にでもなっとれ」
「・・・」


379 :凶気の桜:2006/08/10(木) 16:55:05 ID:O6mjJfqW
物理学が高級で法学は低級である、と正しく感覚的におっしゃっているところが
実に面白いのですが、対象も方法も役割も全く異にしている諸学問を一律の物差しに
当てはめて(もっともその物差しが何かは何も明らかにされているわけではありませんが)、
裁断する、しかも己の基準に照らして。実に愚かで馬鹿馬鹿しい所業と言わねばなりません。
むしろ、大してご自分の学問分野も大して知りもしないのでしょう。だからこそ居丈高になって自分の
専攻する学問が優越しているのだ、と悦に浸っているのかもしれません。おそらくここには、自分の専攻する
分野と自分自身に投射してあたかも自分が優れていると勘違いなさっているものと思われます。
もちろんこのことは大きな勘違いであるわけですが(数論等本当に難しく高度な抽象力を要するだろう学問と
それを専攻する者とは同じにできないことは当然でしょう。法学も然りです)、いずれにしても本当に自分の学問に
誇りを持っているのなら、さして知りもしない分野を罵倒するような馬鹿げたことはしないだろうと思います。
例えば、物理学という学問分野は人類の生んだ最も優れた学問分野であろうと敬意を持っていますが、それが直ちに
当該専攻に単に籍を置いているだけで実際は無知でしかない者の肯定にはなんら結びつかないでしょう。
湯川秀樹博士も朝永振一郎博士も様々な学問分野の学者と交流を持ち、また相応に諸学問について学んでおられた
ようですが、彼らは実に謙虚でした。もちろんご自分の学問を唯我独尊のごとく持ち上げ、他を罵倒するというような
馬鹿げたことなどはしませんでした。さらに言うならば、唯我独尊のように振舞っている者は他分野については言うまでも
なく、自分自身の分野についてもおそらく無知なのであろうと容易に想像されます。
私自身の経験一つとってみても、理科系の分野を専攻する友人は、こと学問に関しては特に謙虚でした。
自分がさしても知らない分野についてはいろいろ尋ねてはきますが、罵倒したり非難したりはしません。
当然でしょう、何も知らないのも同然なのですから。一知半解で他分野について吹聴することが己の無知を
さらけ出す恥ずべき行為であることを心得ているからです。

380 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 17:49:05 ID:0jUj7epv
何を言っているんだ。結果の正しさが厳しく問われる学問と、そうでない
学問では、必要な知力に差があるのは当然。巧みに言を弄して煙に巻こう
とするのはよくない。

381 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 17:49:44 ID:ND7puJ/C
凶気の桜さんにお聞きしたいのですが

反証可能性がない学問で、
その学問の権威者を論破することは可能なのでしょうか?
もし可能でないとしたら、仮に権威者の主張が間違っていた場合
いったいどうするのでしょうか?
間違っている学説を甘受するしかないのでしょうか?

この質問に答えてほしいです。
よろしくお願いします。


382 :凶気の桜:2006/08/10(木) 18:29:02 ID:O6mjJfqW
>>381
その前にあなた自身が「反証可能性」ということで何を意味しているのかを
ある程度明らかにしてから質問していただかないと。
前にもありましたが、反証可能性という単語だけを書いて、どうやらその中身を
ご存じないのではないかと思われる書き込みが見られましたので。
私がポパーの反証可能性の主張に対して持っている疑念は前に書いたので、そこを読んで
から再度お尋ねいただけますか?ポパーの反証可能性についての主張を十分に咀嚼してからでも
遅くはないのではないですか?

>>380
いやいや、論点を摩り替えないでいただきたい。物理学は極めて高度な学問であろうと思われますよ。
しかし単に籍をおいている者あるいは自称物理学徒が優秀であることは何ら関係ありませんよ。
何をもって優秀とするのか人により異なりましょうが、少なくとも入試においては東大文Tと理Tとでは
文理異なりますが、明らかに入試難易度の点では前者が勝っているでしょう。
もちろん入試難易度が当該専攻に属する者の優秀さを計る物差しとは必ずしもならないことも確かでしょうが、
物理学科ないしは数学科に在籍するだけなら誰でもできますよ。要は当該分野においてどれだけの業績が残せるか
否かが問題になるに過ぎません。どうもあなたの言説みていてとても「知力」があるとは思えないのですが・・・

383 :凶気の桜:2006/08/10(木) 18:53:31 ID:O6mjJfqW
ちなみに私の理科系の友人の言を借りて申し上げますが、
私の大学の理学部の数学科に進学すること自身は非常に簡単であるようです。
教養から進む段において進振りの際要求される成績もほとんどフリーパスというのが
実情です。ですから籍をおくことそれ自身は別にたいしたことはない。
ましてや単に在籍しているだけで、当該学問の権威を振りかざしてさも偉くなったと
思い込む勘違いほど、他からみて滑稽なことはありません。よほどご自分に自信がないから、
虎の威を借る狐と形容できるように、それを身にまとい居丈高に振舞っているだけに過ぎないのでは
あるまいかと揶揄したくもなりましょう。

こうは言っても私は数学科で為されている学問を非難罵倒しているわけではありませんよ。
そんなことすれば、どこぞの無知の輩と同種の人間とされてしまいましょうから。
高等数学は受験数学とは比べ物にならないほど、抽象力・想像力・思考力が要求される分野であると
門外漢ながら耳にしております。そして、その業績の内容までは詳らかには存じませんが、世界において
輝かしい業績を打ち立てた偉大な数学者を日本の大学で数学を専攻した者のなから輩出してきた歴史に鑑みると、
驚嘆の連続であり、その輝かしい歴史を最大限の敬意を持ちます。そしておそらく法解釈学とは比較にならぬほど
高度の頭脳が、いや持って生まれた天凛が要求されるほどの分野であろうと思われます(裏返せば凡人がよってたかっても
それほど画期的な業績が得られることが期待できない分野であろうと、となればほとんどの人は徒労に終わる可能性が
極めて高い分野と言えるのかもしれませんが・・・)。
しかしそのことと、法解釈学の内容をさして知りもせずに闇雲に罵倒を連ねている厚顔無恥な連中とは何ら関係がない
とも言えるでしょうし、その方が当該学問の名誉を守ることにもなるでしょうね。まさかこのような馬鹿がいるとは思いたくも
ありませんでしょうから。

384 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 19:08:24 ID:0jUj7epv
つまんないなあ。だから、言を弄して誤魔化してるだけだって。法学は
明らかに低級な学問なんだよ。ただやり手がいないから、ちょっとでも
魅力的なものにするように法学者が必死にプロパガンダしてるだけ。
あんたもそれに騙された者の1人だけどね。
じっさい、法解釈学なんてただのテクスト読解=文学にすぎんわけよ。
言葉を読んで常識の範囲でその意味内容を明らかにするという営為に過
ぎない。そんなのはこつこつ努力していれば誰でもできる。
法解釈学は受験で言えば現代文のレベル以下。
狂気の桜の意見は角張った言葉で煙幕を張りながら感情論を押し付けているだけ

385 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 19:10:14 ID:0jUj7epv
まぁ法解釈学に時間と労力をかけた人間に、法解釈を客観的に見ろという
のが、無理な要求なのかもしれない。

386 :凶気の桜:2006/08/10(木) 19:25:40 ID:O6mjJfqW
テクスト解釈でもないのですよ。
テクストを解釈すること自体が自己目的ではありません。
それはお暇な人がやられればよろしい。
問題は、具体的な現実の法律問題をどう処理するかということです。
法解釈学は社会統合のための技術についての知であると申しましたが、
統治する側にとって必要欠くべからざる知識でしょう。
わが国を統治していくためにも、統治者の側に回るであろう者にとっては必要な
技能の修得というとでしょう。

それから低級か高級かどっちでも構わないのですが、さしたる根拠も述べられていませんよね?
それこそあなたの思い込みでは?もちろん最終的にはどれも思い込みの所産とも言えなくもないわけですが。
やり手がいないということはないでしょう?
事実東大文Tは文科系で言うならば、最高峰に位置づけられています。
むしろ必要以上に罵倒を繰り返している者、どうしても文学の一部と思い込みたい者の言説を聞いていると、
東大文Tないしは京大法学部に入学できなかった文学部生の僻みが丸出しのように思えてなりません。


387 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 19:33:16 ID:0jUj7epv
こないだは文1は必ずしも最高じゃないとかいっときながら、なんで今回は
最高と断定するのか分からない。
とにかく法解釈が実質的にテクスト解釈である。具体的事件に応じてテクスト
を解釈しているだけ。具体的な法律問題を処理するかどうかは関係無い。
あと、立法論は確かに技術知だけども、解釈論はほとんどテクスト解釈である
そして、常識を洗練させたにすぎない法解釈は、要は常識と日本語読解力があ
れば誰にでもできるのであって、さして高級な知能は要らない。
あと、文1は偏差値が最高なだけで、そこに入ってくる人材の知能が最高か
どうかは保障されていない。

388 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 19:34:41 ID:0uNvX4ae
>>382
論点をすりかえているのはお前自身であるということになぜ気づかない?
当該専攻に属する者の優秀さなんて誰も問題にしてない。
人ではなく専攻分野そのもの高級さを問題にしているのだよ。
たとえば現代において神学は数学と同じくらい高級な学問と呼べるだろうか?
この問いに対する凶気の桜の意見を拝聴したい。

389 :凶気の桜:2006/08/10(木) 19:35:43 ID:O6mjJfqW
>>387
だからわざわざ「文科系で言うならば」と限定をつけたのです。
難易度だけではおそらく理Vの方が明らかに難しいですから。さらに
京大医学部もありましょうし、医学部を含めれば文Tの難易度は最高ではない
ということです。

390 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 19:45:04 ID:0jUj7epv
大体、その時々の具体的事件を妥当に解決するような解釈が法の解釈だと
いうことになったら、それは条文を利用したただの便宜論ではないか。
法の学問というものがあるとするなら、具体的事件から離れて、法を体系化
しなければならないはず。

391 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 19:54:34 ID:0uNvX4ae
学問の学問としての価値を規定する、あるいは学問か否かの境目となる因子は
学問としての「普遍性」だろう。人種も時代も国境も越えられるか否か、
それがあらゆる学問の高級さの尺度であると多くの人は捉えている。
残念ながら、法学にはこの点が完全に欠けている。所変われば品変わる、
他国に行ってしまえば、維新でも起これば、法律書など全て塵芥程度の価値しか残らない。
法学を学ぶ諸君には大変痛切極まりないことだろうが、それが「常識」なのだよ。
これもまさに法解釈学でも拠り所としている「常識・社会通念」から得られた結論なのだ。
法学徒のしていることと全く同じこと、まさかイヤだとは言わないことだろうね。

392 :凶気の桜:2006/08/10(木) 19:56:38 ID:O6mjJfqW
>>387
もちろん文Tに入学できた人間がみな知能が高いとは必ずしも言えません。
ある学問分野に籍を置いているからといって、知能が高いというわけ
でもなんでもないということです。
もっとも入試難易度は、学問の質をなんら問題にしているとは言えませんが、
ある程度学生の質の選別の役割を果たしているのではないかと思われます。
つまり優秀な学生が存在する蓋然性が高いという意味において。
難易度の高いところから低いところには行けましょうが、逆は無理でしょうから。
もちろん例外的に難易度がそれほど高くないにもかかわらず、優れた頭脳が埋もれている
可能性はあるでしょう。東大法学部より京大理学部の方が、優れた資質を持った極く一握りの
天才の卵が潜在的にいる可能性は高いということもできないわけではないでしょうから。
東大や京大がそれ以外の大学よりも優れた学生を見出す確率が高いでしょう。入試難易度が
学生の質を完璧ではないにせよ選別する一定の役割を果たしえているとも言えるでしょう。
どこかわからぬ三流私大よりも東大の方が優れていると言われるのも、東大入試が難しいということと
相関しているわけでしょう。

あと、低級であるか高級であるかは知りませんが(別にあなたがどのような意味で高級・低級と言っているのか
一向に理解できませんから)、少なくとも前にも書いたとおり、数学と法学とについては>>383で既に触れております。
要求される能力の程度が端から異なります。数学には天才がいても、法学には天才など存在しない。
いや天才など必要とされていません。高度の抽象力等を要求される学問でもなんでもないからです。
逆に言えば、極く一握りの天才が牽引し、後の大多数がそのおこぼれで生き延びるというような分野ではありません。
友人が言っていましたが、例えば数学の中でも数論など、頭の構造が常人とかけ離れているような偉大な頭脳の持ち主で
ないと、相応の業績を打ち立てられないほどの、つまりは安易に近づくべきではない分野もあるでしょう。
しかし法解釈学はそれとはまるで異なります。ごく普通の頭脳さえあれば、何とかついていけるものです。
医学部の知人も医学自身は数学者のような才能は不要であり、人並みの頭脳さえあれば可能だとも言っていた
ことを想い起こします。数論幾何学の最先端にいる者から言わせれば自然科学すら劣っているというかもしれません。
いずれにせよ、法学それ自身については、前にケルゼンについて触れたと思いますが、私も若干ではるものの、
ケルゼンが法学に対して思い抱いた感想を持っていることを否定しはしません。


393 :凶気の桜:2006/08/10(木) 19:58:34 ID:O6mjJfqW
>>391
ずいぶん乱暴な「ご意見」でそれこそ普遍性はないものと思われますが・・・
まああなたの「思い込み」ということで受け止めておきましょう。

394 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 20:11:54 ID:B+MdXS5x
東大法学部至上主義

395 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 20:12:06 ID:0uNvX4ae
>>393
君が「普遍性」という尺度から意図的に目を背けているだけなんだよ。
気持ちは分かる。誰も自分の学んでいる分野が馬鹿のやるものだと罵られたくはない。
しかし、そのような感情に左右されるのは、研究者としては決して誠実な態度とは言えない。

396 :凶気の桜:2006/08/10(木) 20:16:30 ID:O6mjJfqW
>>395
あれ?あなたは学問分野と当該学問分野を専攻する者とは同じではないということ
を数分前に述べていたのでは?
それを言うのなら、東大文Tは文科系では最高峰ということになりますよ?
もちろんそれを以って私は法解釈学が最高だなどを馬鹿げたことを言いたくは
ありませんが。
失礼ですが、あなたは法学部に行きたくて行けなかった、あるいは司法試験に万年
落ち続けている他学部出身者ではないですか?失礼を承知でこう思わずにはいられません。
感情的に法解釈学を罵っているのはあなたの方ではありませんか?私は他分野に関して
直接罵倒するような真似はしておりませんよ。あなたと同じにしないでいただきたい。

397 :凶気の桜:2006/08/10(木) 20:18:49 ID:O6mjJfqW
そもそも私は研究者でもなんでもない。法学部に在籍している学生の一人に
過ぎません。

>>394
私は別に東大法学部至上主義者ではありません。
他にも優れたところはあるでしょう。それを否定するものでは毛頭ありません。

398 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 20:27:42 ID:GgGHGmlE
>>390
それは、刑法解釈学がやってるでしょ。
刑法解釈学は他の法解釈学と違って、裁判無視の学問やってる。
でも、社会的にも実務的にもまったく役に立たない。
司法修習で真っ先に「現実には役に立たないので忘れろ」といわれるのが刑法学説。

399 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 20:49:56 ID:0jUj7epv
だらだらと書かれてあるが

「立法論は技術知だが解釈論は文学である」

という命題への反論がない。
大体、本当の自信があるなら、短い文で反論できるはずだ。長々と
書くということは、何かを守るために言い訳をしているだけなのではないか

400 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 20:55:09 ID:FlmNisjo
五十川卓司さんにお聞きしたいのですが

反証可能性がない学問で、
その学問の権威者を論破することは可能なのでしょうか?
もし可能でないとしたら、仮に権威者の主張が間違っていた場合
いったいどうするのでしょうか?
間違っている学説を甘受するしかないのでしょうか?

凶気の桜さんではお答えいただけないようですので
よろしくお願いします

401 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 20:56:22 ID:0uNvX4ae
>>396
何を意味不明なことを言っているのかな?
「東大文Tは文科系では最高峰」、そんなの当たり前のことじゃないか。
入試の難度と中に入っている人間の優秀さでは。しかしそんなことはどうでもいい。
法解釈学の学問としての高級さには全く無縁な話だ。
「研究者としては」という文は「君は真の研究者としての才能なしだね」
という意味で書いただけだよ。学生だってのはとっくに知っている。

別に、法学が他学問を罵倒しようがしまいがどうでもいい。
ただ我々が法学を一方的に罵倒しているだけ。実際に学問として低級である
と我々は考えているのだから仕方がない。それをただ説明しているだけだ。

402 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 21:08:29 ID:0jUj7epv
狂気の桜って実は東大法学部の教授なんだけど、教授がこんなところに
書き込んでたら後で責任問題になりかねないから学生と偽ってるわけじゃ
ないの?

403 :凶気の桜:2006/08/10(木) 21:19:47 ID:O6mjJfqW
>>399
解釈論は技術知でしょうに。
法解釈学の内容も知りもせず、おそらくはあなたがおやりになっている
文学研究(実際どうだかは知りませんが)と同視しているだけではないですか?

>>401
高級、高級って馬鹿の一つ覚えのように連呼すること自体ちっとも高級ではございませんが?
むしろあなたの低級さを物語るものでしかありません。
高級って何ですか?あなたがそう思い込みたいだけに過ぎません。
私は法解釈学を高級だなどと口が裂けても言いませんけどね。
なるほど罵倒したいほど個人的な恨みでも何かあるのでしょうね。尋常じゃないですから、あなたの
法学部に対する恨み節は。法学部にそれだけ憧れがおありなら受験しなおすなり学士入学されるなり
されればいかがですか?

>>402
妄想もたいがいにして下さいよ。私はただの学生に過ぎません。
教授ならばこのような馬鹿げた議論に参加しないでしょう。
馬鹿げた議論に参加するのは、学生の分際でしかない私ごときペーペーで
十分です。

>>400
答えるもの何もあなたは「反証可能性」についてポパーの主張を理解しているようには
思えないし、私がそれについて触れた箇所に対しても何ら言及がないものだから、
あまりに無知な者に対してまともな返答をすること自体があほらしいというに過ぎません。
もう一度該当箇所を参照するになりして、それについて反論があれば適切な反論でもよこしてくださいな。

404 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 21:21:48 ID:B+MdXS5x
単なる法学部コンプレックスだろう。

405 :凶気の桜:2006/08/10(木) 21:31:18 ID:O6mjJfqW
だいたい他分野のことを厚顔無恥甚だしく罵倒するような人間は、自分の分野も
ろくすっぽ知らないだろうことは容易に想像がつきます。
法学部コンプレックスかもしれませんし、その他何か個人的な事情があるのかも
知れません。かような憶測を及ぼしたくなるほどに、異常な罵倒が続いています。

法解釈学の方では自分たちのことを高級であるなどとは言っていないにもかかわらず、
高級ではない高級ではないと連呼するだけなのですから、いやはや何と申し上げてよいのやら。
高級である・低級であると判断する画一的な基準は何かを教えていただきたいものです。
異なる分野間の比較というのは、本来共通の物差しがないのだから、ほとんど無意味に近いものと
思われますが、それが可能であると断言して物を言っておられるようなので、どうか御自分の「思い込み」
ではなく、共通の物差しとその根拠を示してもらいたいものです。

406 :凶気の桜:2006/08/10(木) 21:35:44 ID:O6mjJfqW
法律みてえな低脳学問で盛りあがんなカスども
http://school5.2ch.net/test/read.cgi/shihou/1151639067/

まさかこのスレッドもここで罵倒を繰り返している者の仕業なのでしょうか?
主張が一辺倒で内容が酷似しているので、ついそう思いたくもなりましょう。
仮にそうならとことんどうしようもない輩であることがわかります。


407 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 21:48:11 ID:0uNvX4ae
>>403
連呼することそのものは高級か否かに全く関係しない。
数学で3という数字がたくさん出てきたら低級になるのだろうか?そんなことはないだろう。
高級さとその尺度については上にわざわざ説明してやっただろう?
学問としての「普遍性」に基づいてそのような罵倒がなされている、と。
これは単に解説しただけに過ぎない。それを完全にスルーして、

>高級である・低級であると判断する画一的な基準は何かを教えていただきたいものです。

などと繰り返すのだから、君は完全に目をふさいでしまっているんだよ。

>私は法解釈学を高級だなどと口が裂けても言いませんけどね。

というのは、君が心の中では「法解釈学が本来低級である」ことに気づいているからなんだよ。

408 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 21:49:28 ID:Hn9QvL2v
こんなに専門外の分野に対する謙譲の念を
持つべきと考えている法学系の人がいるんだな

医療過誤裁判で諦観の極みにはまっている
医者達に教えたいね

409 :凶気の桜:2006/08/10(木) 21:52:47 ID:O6mjJfqW
いや、だからね、あなたの言う高級・低級という際の基準がいまいち理解に苦しむというわけですよ。
あなたの思い込みに過ぎないのではないかと。ちっとも普遍的でもありませんよ。その言説自身が。
数学と法学との比較(本来比較すること自身が無意味というか、共通の物差しがないので
比較のしょうがないわけですが)については、先述したとおりです。
まあ数学からすれば、あらゆる学問は厳密さに欠けるということになるでしょうけどね。


410 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 21:56:10 ID:0uNvX4ae
法学部コンプと言っている輩がいるが、悪いが法学部なぞ眼中にない。
低級な学問だと思う法学になぜコンプなぞ持たねばならないのか?意味が分からない。
ガリレイが「それでも地球は回っている」と言ったとき、彼はコンプで動いていたのだろうか?
それは違うだろう。まあコンプを広義に捉えれば、コンプと呼べるかもしれない。
すなわち「真実に対するコンプレックス」だろう。「自分が求めるものは真実のみだ」
その強烈な感情がコンプレックスの域に達し、結果的に自らの命を失うこととなった。
自分は同じように真実を求め、「法学は低級な学問である」という説は真実であると考える。
それゆえ、自分は「法学は低級な学問である」と説明している。それだけの話だ。

411 :凶気の桜:2006/08/10(木) 21:57:51 ID:O6mjJfqW
>>408
謙譲といいますか、知らないことについては謙虚であることが知的誠実さだと
思っていますので、どこぞのお馬鹿さんのようにろくすっぽ中身を知りもしない輩が
他分野に土足で上がりこんで自らの汚物をぶちまけるような醜態をさらしたくない
というだけのことなのかもしれません。

412 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 21:59:15 ID:0uNvX4ae
>>409
言説が普遍的であるとは言っていない。常識的であるとは言っているが。
君が法学部の中の人だからそれが常識的であることに気づいていないだけなんだよ。

413 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 21:59:46 ID:0jUj7epv
狂気の桜は東大法学部の学生証を@ピタにでもうpしてください
でなければ信用しません

414 :凶気の桜:2006/08/10(木) 22:04:28 ID:O6mjJfqW
>>410
もちろんガリレイは法学部なんぞにコンプレックスを持っていたわけないでしょうね。
しかしあなたはガリレイでもなんでもなく、私と同じくただの人です。
現代の受験ヒエラルキーの中に組み込まれている存在の一つに過ぎないわけです。
あなたが遠く及ばない天才を引き合いに出しても無意味です。
湯川秀樹があるいは志村五郎が法学部にな〜んにも感じていなかったことでしょう。
そりゃ当然です。湯川なら理論物理学者として、志村なら数学者として他の凡人が及びもつかない
学問的業績を打ち立てたほどの才能の持ち主なのですから。彼らにとって受験ヒエラルキーなど馬鹿馬鹿しい
ものでしかなかったでしょうね。
しかし、あなた自身はただの人でしょう。
ろくに才能もないのに何を勘違いしてか己に才能があると思いながら実態はそれに遠く及ばず、
失望した挙句についには掲示板にて法学部の罵倒を繰り返すという哀れな末路を辿っているのが
今のあなたであるということを早くお気づきくださいね。

415 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 22:07:10 ID:Hn9QvL2v
>>411
それが研究者の態度だと思うよ
日本の裁判官も、急速に医療過誤だのIT時代の著作権だの
分けわからん特許裁判に巻き込まれて可哀想だけど
変な判決出す前に、正直に分からんことは
分かりません、調査員とか専門家をもっと付けて下さい
とか言えばいいのにな

416 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 22:19:20 ID:0jUj7epv
狂気の桜は煽り耐性がない純粋培養の官僚志望ですか?

417 :凶気の桜:2006/08/10(木) 22:20:51 ID:O6mjJfqW
>>415
そうですね。私は研究者でもなくまた研究者を志望してすらいない単なる
学生に過ぎませんが、醜態だけはさらしたくないという思いもありますし、
まともに勉強している他分野の人に敬意を持っていますから(もちろん他分野と
言っても法学についてはもとより自分の専攻する分野ですらろくに知りもしないのに
他分野を罵倒することに地道をあげている馬鹿を除きますが)。

司法の審査能力については、これからも深刻な問題をもたらすだろうことは予想は
していました、実務の現場では大問題になっているわけですか、やはり?
まだ実務を経験していない身なので、感覚的にしかわからないのですが。

418 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 22:26:38 ID:0jUj7epv
地道じゃなくて血道じゃない?

419 :凶気の桜:2006/08/10(木) 22:30:35 ID:O6mjJfqW
>>416
「煽り耐性」って何ですか?これらはみな煽りでしかないということですか?
どうでもいいことですが、私の志望自身あなたには無関係でしょうから想像に
お任せします。いずれにせよ研究者志望ではありません。助手として残るなり大学院に
進むなり、大学に残ることは今のところ考えておりません。
>>418
申し訳ありませんね。変換ミスとご承知おきください。

420 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 22:32:43 ID:0jUj7epv
血道は地道とは変換ミスしようがないよ

421 :凶気の桜:2006/08/10(木) 22:36:17 ID:O6mjJfqW
あと気になるのですが、「純粋培養」とは具体的に何を意味しているのでしょうか?
受験システムの中で勝者となるべく教育されてきたことを以って純粋培養と言うのでしょうか?
それとも別の意味があるのでしょうか。
仮に受験システム上、その勝者となるべく教育されてきたということを指すのであるならば、
現代の日本において教育を受けている者はすべからく「純粋培養」ということになりましょう。
敢えて言うならば、「ブロイラー」と言えなくもないわけで、分かれ目は同じ「純粋培養」でも
出来不出来に違いが生じたということでしかありません。
まあさしたる意味もないのでしょうけど。

仮に官僚を「純粋培養」というならば、そこらの会社員も同じく「純粋培養」ということになるでしょうね。
ただし出来の悪い。

422 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 22:37:03 ID:0uNvX4ae
2ちゃんらしくなってきますたwww
凶気の桜もついに低脳な感情論に堕ちたようだ。

「知らないことについては謙虚であることが知的誠実さ」?
とんでもない!他分野に土足で立ち入って何が悪い?
衝突を恐れて他分野に口を出さないことこそ知的不誠実だろう。
ある分野の学問は時として蛸壷化し、特に法学の如き下らん妄想に耽ることが多い。
それを罵倒し、正そうと努めることこそ、本当の知的誠実さと言えるだろう。

というわけで、私は挑戦しているだけだ。反論してみろ。
「法学は文学の一部でしかない低級な学問である」という主張に。
できないんだろう?いい加減負けを認めたらどうだ?w

423 :凶気の桜:2006/08/10(木) 22:41:10 ID:O6mjJfqW
>>422
知らないことについてさも知っているかのように振舞うことを知的不誠実と
言うと思われますが。
誰も衝突を恐れて云々とは申し上げていませんよ?知りもしないくせに、恥知らずな
言動をするなと申し上げているわけです。おわかりになりますか?

勝ち負けって一体なんです?あなたの思い込みについて云々しても仕方ないでしょう。
むしろ問いを「あなたはどの分野にも無知なくせに罵倒することしか知らない低級な人間である」という
主張の是非について議論されてはいかがですか?もっともくだらなすぎて誰も議論しないと思いますけど。

424 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 22:48:04 ID:0uNvX4ae
>>423
「知らないくせに」というのは完全なる逃げの言葉でしかない。
医師が医療過誤して「知らないくせに」と言われたら裁判官はどう思うだろうか?
それでは、非法学部の人々が何を知らないから法学の高級低級を
こうして論じているのは意味がないと感じているのか?
それを説明してみてはどうかな?言えるものならね。

425 :凶気の桜:2006/08/10(木) 22:57:05 ID:O6mjJfqW
>>424
裁判官が裁判において判断を下すことと、ここで問題になっていることとを
同じに論じても議論が錯綜するだけだと思われます。
もっとも裁判官といえども全くわからないことについては判断することはできませんから、
裁量権があるとはいえ、司法の能力を明らかに超えた問題については判断できないということ
なりそうですが、法律上の争訟が裁判に持ち込まれれば、裁判所としては何らかの判断を下す
必要に迫られます。裁判所が当該訴訟においてどこまでの判断を下すべきは個別具体的事例により
異なりましょうが、難しい問題を抱え込むことになるでしょうね。

そのことと、法解釈学は低級だと絶叫している者の話とは同列に論じられないでしょう。
そもそも法解釈学について全く知らない者がどうして低級だと絶叫しうるのでしょうか?
比較するなら比較の基準を提示して(もっとも比較基準が共通の物差したるべき条件を満たしているのか
否かは問題になるでしょうが)、当該学問の具体的中身を斟酌しないことには何もできないでしょう。
法解釈学について全くの無知であるなら、そもそも比較のしようがないわけですから、
無意味でしょうね。それでも敢えて絶叫なさるなら、どうぞお吠えくださいというしか
ないんじゃないですか?

426 :凶器の佐倉:2006/08/10(木) 23:02:11 ID:0jUj7epv
主文

俺は相手を言い負かす練習をしているだけ

理由

法解釈学は主として価値判断と法律構成から成立していて、全く無茶な法律構成は
許容されないが、少なくとも許容されうる範囲ないであるという限定が付されるとするならば、
価値判断が大きく影響していることは確か。逆に言えば価値判断があって、妥当だと思われる
結論に向けて法律構成していけるかという技術に秀でているかということが腕の見せ所であるのであって、
元来ratioとはいかに相手を説得ないし言い負かせるかという能力を包含するものであってみれば、
東大法学部というのは、このratioを鍛える場でもあるわけです。エリートがエリートして社会を統治していく上で
必要欠くべからざる知恵ないし技術の一つが法解釈学ではなかろうかと思われます。事実、官僚養成機関として機能して
きたわけで。
私は東大法学部生である。したがって私は日頃からratioを鍛えている。ここは
それを発揮するのにちょうどいい。だから試しにこの馬鹿どもを言い負かしてみよう。

427 :凶気の桜:2006/08/10(木) 23:04:10 ID:O6mjJfqW
断ってきますが、他学部の人間でも法解釈学について云々議論してはだめだとは
間違っても言っておりませんので、念のため。
法解釈学について云々したければ、最低でもその中身をある程度理解してから主張すべきことを
主張してくださいと申し上げているわけです。
例えば法学部生が物理学について何も知らないのに、物理学は低級であるだとか、
相対論は誤りであるとかわけのわからないことを絶叫しても無意味でしょう?
物理学について、その学問性を論じたければ、物理学が具体的にどのような学問であり、
すなわちいかなる対象をどのような方法により分析し、どのように理解しているのかといった
ことを、ある程度弁えていないことにはほとんど無意味な駄弁と化してしまいましょう。
法解釈学についても同様で、法解釈学についてその学問性なりを議論したければ、少なくとも法解釈学の
具体的な中身を勉強してからにしてくださいよ、と申し上げたいわけです。おわかりになりますか?

428 :凶器の佐倉:2006/08/10(木) 23:25:33 ID:0jUj7epv
じゃぁ問題

債権者取消権における相対的取り消しとは何ぞ。

429 :法の下の名無し:2006/08/10(木) 23:26:04 ID:0uNvX4ae
>>425
だから、何を知らないといけないと言うのかな?できるものならそれを説明してみなさい。
こんな板にいる人々が法解釈学について全く知らないなんてことはありえないだろう。

ヒントをやると、こちらは「法学は普遍的ではない学問である」という主張をしてるのだから、
少なくとも、君のすべき反論の仕方としては、1.法学は普遍的学問である、
2.普遍性は学問の高級低級の度合いに関与しない、3.あらゆる学問に高級低級
という観念は無効である、という三通りの主張くらいしかないと思うんだがね。
これの中からいずれかを選んで、その理由を言えば立派な反論になるだろう。
君は相手の主張を受けて的確に反論するディベートの練習が足りないと思うね。
官僚になれば、うまく相手を煙に巻く反論の仕方がうまいと尊重されるかもしれんがね。

>例えば法学部生が物理学について何も知らないのに、物理学は低級であるだとか、
>相対論は誤りであるとかわけのわからないことを絶叫しても無意味でしょう?

無意味だとは全く感じない。法学徒から見て無意味と感じるのならどんどんやればいい。
物理側はそれに対して物理学の学問的意味について強く反論するだろう。
それが健全なあり方で、それ自身が学際的な交流とも呼ぶべきものだろう。
他分野からの批判を免れる学問になぞ存在価値はない。

430 :凶気の桜:2006/08/10(木) 23:38:58 ID:O6mjJfqW
>>428
それ誰に質問しているのですか?私にですか?
そんな債権総論やれば法学部生なら馬鹿でも知っていますよ。
債権者取消権または詐害行為取消権(民法424条)の法的性格をめぐる
学説の一つとして相対的取消権説がある。学説上の争いとしては主として4つの
学説が対立しているものの、判例・通説がこの相対的取消権説です。
さて、この説は債権者取消権について
@債権者取消権とは、詐害行為を取り消し、かつこれを根拠として、逸出した財産の
取り戻しを請求する制度である。
A取消訴訟の被告は、受益者または転得者である。債務者は被告適格を有しない。
B取消しの効果は、債権者と被告との間で相対的に生じるだけであって、取消訴訟に
関与しなかった債務者、受益者または転得者に対する関係では、問題の法律行為は依然として有効である。
等々を主張する学説のことです。

で一体何をいいたいのでしょうか?

431 :凶気の桜:2006/08/10(木) 23:44:05 ID:O6mjJfqW
>君は相手の主張を受けて的確に反論するディベートの練習が足りないと思うね
もちろん私の非力もあるでしょうね。しかし絶叫してる人に言われたくありませんね。

432 :凶気の桜:2006/08/10(木) 23:53:59 ID:O6mjJfqW
>>429
ディベート云々と他人に講釈たれておられる割にははちゃめちゃな感じがしないでもありません。
普遍性は高級低級の度合いに関与しない、って誰がそんなこと申し上げました?
まず高級低級を計る共通の物差しは何ですか?またそれを根拠付けるものは何ですか?
それを示さないと答えようがないではありませんか。
さらに法学は普遍的学問であるとも言っていませんね。勝手に捏造しないでいただきたい。
これもそうなのですが、まずあなたの言う「普遍性」の意味を明らかにしてください。
そしてそう主張する根拠も合わせて述べていただきたい。
あらゆる学問に高級低級は無効である、ですか?まずここでいう「無効」って何です、無効って?
私は逆にお尋ねしているわけです。あなたが一向に高級低級を計る共通の物差しとその根拠をおしめに
なられないから困惑しっぱなしなのですが。

正直申し上げますが、人にディベート云々と講釈たれるほどのことを言ってはいないように
思われるのですが・・・・・

433 :凶気の桜:2006/08/10(木) 23:56:36 ID:O6mjJfqW
さらに「法学は普遍的ではない学問である」と主張しているのだが、とかおっしゃりますが、
主張内容がころころお変わりになるのですねえ?
先だって法学は学問ではないと絶叫されてたのではないですか?
まったくころころご意見がお変わりになるものだから、暖簾に腕押しという感をますます
強くしているところです。

434 :凶気の桜:2006/08/11(金) 00:10:57 ID:kCfSTWW6
あっそうだ!
せっかく物理学を専攻しているらしい方が現れたので、試しにお尋ねしてみましょうか。
@∫cosx^2dx
A∫sinx^2dx
を計算してみてください。

もっと簡単な問題です。
B三角関数の加法定理をオイラーの公式を利用して証明してみてください。
理科系なら教養課程のさわり程度の人でもできるようですから。

435 :264:2006/08/11(金) 00:59:56 ID:N6Aaewdq
東大文学部の連中は東大法学部をやっかんでるだって?おいおい勘弁してくれよw
誰も何とも思っちゃいねーって。フツーに興味ねぇからやらないだけだよ。
つか、狂気の桜は東大落ちてても法学やってたのか?アホ大で法学志すならまだしも、
東大法の頭の中は何%が学究心で、何%が虚栄心だかわかったもんじゃねーな。
狂気の桜はマンマと政府の思惑にハマってるわけだ。素で言ってるっぽいのが怖ぇ〜よw
こういうヤシってのは絶対王政だったら当然王様の犬学者やってたんだろうな。
パスカルの言葉に「哲学を軽蔑する事が、哲学をする事である」ってのがあるけど、
学歴に信仰心持っちゃってる人間には学問なんて一生わからない言葉だと思われ。

436 :凶気の桜:2006/08/11(金) 01:13:57 ID:kCfSTWW6
>>435
必ずしもそのように言ったわけではない。もしそのように思えたのなら、
こちらの言葉足らず。平にご容赦を。
ただ私としては常軌を逸した法学部攻撃を見るにつけ、そのように勘ぐることも
できるだろうと申し上げたまでで、文学部にてまじめに学問に取り組んでいる方々を
批判する他意はないということをお断りしておきます。

図らずもご指摘あるとおり、法学部生にどれだけ学究心ある者が存在するのかと問われれば、
残念ながら少ないのかもしれません。単に受験ヒエラルキーにおいて上位に位置しているという
理由や、そのために社会において指導的な地位に就ける可能性が大であるとの見込みがあるとか、
その他虚栄心のために選択した者もいるでしょう。
もっとも今となっては他の学部の学生も似たり寄ったりかもしれませんが。大学全体が動物園と
揶揄されてから久しいわけで、この点においては同様の現実を抱えているとも言えるでしょうね。

とはいえ、例えば理学部や文学部といった、どちらかというといわゆる「実学」ではないとされる
学問分野が集中している学部の中には、学問を志す人の割合が相対的に高いのかもしれません。
事実法学部生は司法試験や公務員試験のために予備校に通う人もいますし、とりわけ将来官僚に
なろうと志す人の中では、成績のみを気にして、つまり出世に直結しないものは切り捨てるといった
了見の狭い人間もちらほら見受けられるところを見るにつけ、一体何のために大学にまで来たのかと
一瞬疑問に思うこともあることにはあります。もちろんその中で学問に関心が向いて貪欲にいろいろ
取り組んでいる者も存在します。まあ相対的な話ではあるのですけどね。

437 :凶気の桜:2006/08/11(金) 01:20:20 ID:kCfSTWW6
大学でまじめに学問研究に取り組む人が相対的に多いだろうと思われる
理学部や文学部に対しては、本来の大学のあるべき姿であろうと思っていますし、
いや理学部や文学部こそ「大学の華」であろうとすら思っているということを
申し添えておきます。アカデミズムの中心であるべきであって、本来ならば理学部・
文学部こそ大学のメインストリームであろうと思われます。本物の学者なら総長なんて
どうでもいいポストでしょうが、基礎学問を重視する研究重視型大学であるのなら、
そこから総長が出ることが最もよいことかもしれません。

438 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 09:32:03 ID:Uu3qbTOv
法解釈は条文をどのように解釈したら社会をうまくコントロールできるか、とか
そのように解釈しても他の条文との整合性を保てるかなんていったことを
追求している。
文学の解釈にはこのような観点はないから文学とは全く異なるね。
真理を追究しているわけじゃないから自然科学とも違うね。

439 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 09:52:43 ID:a55TGyWw
おそるべし!東大法学部ってところかな。まあ、ちょっと嫌味な表現もあるけど。

440 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 13:10:39 ID:Vz1ko6wH

アホらし。世界的には3流大学でしかないのに。

441 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 13:42:17 ID:sQZleP8l
東大法学部が叩かれるのは有名税みたいなもんだな。叩かれるってことは
結局は東大法学部はすごいところってことだ。本当にどうでもいい大学は
言及さえされない。
叩いてる奴は逆に持ち上げてるって事に気づけよなwww

442 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 14:08:00 ID:9pPqVH8d
一度でも理三を目指した奴から見れば文一なんて屁みたいに簡単だよな。

443 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 14:14:10 ID:FSO9PNLW
まぁ、最近の論文みればわかりますが、所詮、法解釈はその大半がコピー&ペースト学にすぎません。

444 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 17:44:15 ID:Vz1ko6wH
条文なんてどのように解釈しようが正解も間違いもないわけだから
その意味ではいい加減なものだな。自然科学みたいに実験という
絶対的な判定手段がないから、必然的に解釈した人間の地位とか権威
とかが物をいう世界になってしまう。我妻だとか何だとか。このスレでも
やたらと有名教授かなんかの名前を持ちだして自分の主張を正当化したがる
のがいるしね。

445 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 17:56:36 ID:O1whYQfD
>>444一概にそうとも言え無いかもね
例えば
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/jsdf/1145305314/

446 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 19:03:25 ID:F/R5rWJq
>条文をどのように解釈したら社会をうまくコントロールできるか

マキャベリズム!
法実証主義ってどういう学問か知ってますか?

447 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 19:49:39 ID:WpfFQCQy
>自然科学みたいに実験という
>絶対的な判定手段がないから、必然的に解釈した人間の地位とか権威
>とかが物をいう世界になってしまう。我妻だとか何だとか。このスレでも
>やたらと有名教授かなんかの名前を持ちだして自分の主張を正当化したがる
>のがいるしね。

これこそまさに反証可能性の無い学問の宿命でしょう。

>反証可能性がない学問で、
>その学問の権威者を論破することは可能なのでしょうか?
>もし可能でないとしたら、仮に権威者の主張が間違っていた場合
>いったいどうするのでしょうか?
>間違っている学説を甘受するしかないのでしょうか?

↑この質問にもいっこうに答えようともしない。
答えられるわけ無いよな。自らが芦部だの我妻だのといった権威者に
すがっているような人間なんだからな。

448 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 20:00:27 ID:a55TGyWw
反証可能性って何だ?

449 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 20:04:59 ID:p8B3Nyoq
学問上の命題が論理的に否定できる余地があるってこと
論理的に否定できないのならただの宗教

450 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 20:06:36 ID:a55TGyWw
反証可能性ってが実に怪しいってことなんだからそれについて反論しないとな。

451 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 20:08:35 ID:p8B3Nyoq
ちなみに法学はグレーなところは反証可能性がないだろ
グレーじゃないところはないとはいえない

452 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 20:25:12 ID:a55TGyWw
反証可能性ってそんな意味じゃないよ。そんな単純な意味ではなかったような。

453 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 20:27:00 ID:p8B3Nyoq
いやそう言う意味だ

454 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 20:29:47 ID:a55TGyWw
反証可能性ってことばが一人歩きしてるよ。

455 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 21:27:04 ID:8VFtGOrx
法解釈学における反証の仕方は主に以下のようなかんじ

1、ある学者がAという論点についてa説を採用した場合、その学者の体系からは論理的にa説を採用することができないことを指摘する(自己矛盾の指摘)。
例「○○はBについてb説を唱えるのは、××という思想が根底にあるためであるが、この××を前提にするとAについてaを採用することは論理的に不可能である」

2、ある学者がCという論点についてc説を採用した場合、その見解によっては現実の事件を解決することができないことを例示する(解決不能性の指摘)。
例「○○はCについてc説を主張するが、c説によっては例えば△△のような事例を解決することができない」

3、その条文の解釈としては適切だが、別の条文ないし原則と趣旨と矛盾することを指摘する(法体系の誤りの指摘)
例「○○はDについてd説を主張する。なるほど、Dについてd説は適切であるが、その場合論理的に□□という原則を採用せねばならなくなり、□□を採用すると結果的に論点Eについての条文と矛盾する」

4、別法との矛盾の指摘
例「○○の見解は▼▼法の解釈としては正しいが、▼▼訴訟法においてそこまで考えることは不可能である」


456 :凶気の桜:2006/08/11(金) 22:35:38 ID:kCfSTWW6
反証可能性の問題について、どうやら反証可能性という概念を理解されないまま
使用されている方が未だ後を絶たないようなので、再度確認しておきます。
反証可能性により科学と非科学の境界を区別する指標としては難点が多すぎるだろう
という旨を>>257において開陳しましたので、反証可能性についての私見の要旨はそこで
確認していただければそれで済む話なのですが、さらにこれに敷衍するかたちで反証可能性
という問題を考えてみたいと思います。

ポパーによれば、個別命題から全称命題へ一般化する推論は帰納的推論と呼ばれます。
妥当な演繹的推論では、前提が真であるならば結論も必ず真であるところ、かかる帰納的推論が
正当化されるには、ポパー曰く「帰納の原理」が確立されることを要します。
つまり、帰納的推論には隠れた前提として何らかの「帰納の原理」があり、個別命題とその原理に
より全称命題が正当化されるはず、ということになる。しかしこのような帰納の原理の正当化根拠を
付与することはできない、とポパーは断言します。そこで、ポパーは帰納法を退けるわけです。
もっとも、このポパーの考え自身多くの批判にさらされていることは言うまでもないでしょう。

議論のためにこの問題自身のポパーの考えに対する批判はさておき、仮にポパーの考えを認めたとして
多くの問題を抱えることになります。そしてこの問題はポパーの反証主義・演繹主義の決定的な致命傷とも
言えるだろうものであるのです。
>>257でも指摘したとおり、全称命題で表現され、経験的内容を持つ仮説は正当化されません。そのような
仮説はただ単に反証可能であるのみであり、反証されるか否かの条件は演繹論理によってのみ与えられます。
そして反証可能であるものが科学的命題であり、そうでないものは非科学である、ということになります。



457 :凶気の桜:2006/08/11(金) 22:36:29 ID:kCfSTWW6
ではある仮説が反証されるということはどのようなことなのかを考えてみましょう。
ある仮説「重さ4g以内のすべての角砂糖は、温度が60℃以上で200ccの水に入れると
、1分以内で溶けて見えなくなる」をAとしましょう。
この仮説を検討するためには適当な条件を整えて、いくつかの砂糖のサンプルをテストしてみなければ
なりません。いま、選ばれた砂糖のサンプルsは次の条件を満たしていたとしましょう。
初期条件「sは重さが3.5gの角砂糖で、温度が65℃で200ccの水に入れられた」をBと
します。
そうすると、仮説Aと初期条件Bから
予測C「sは1分以内に溶けて見えなくなる」
という結果が演繹されます。
ところが実際に試してみると、「1分後にまだ溶けていないsの残りが見られた」(c’)とします。
このとき観察結果c’は「cでない¬cを含意し、Bとc’を前提すればAの否定が結論されるから、
「Aは反証された」と言われるわけです。つまり、
(A∧B)→c A∧¬c ∴¬A
という推論となり、これが反証の基本パターンです。この推論はでは演繹論理のみが用いられています。
しかし、特定の仮説Aのみならず、科学の典型的な法則や仮説は一般に全称命題で表されることが多い。
そこで仮説から具体的で検証可能な予測や帰結が演繹されるというとき、一般に仮説だけから演繹される
のではなく、仮説と初期条件(あるいはその他条件)との連言から演繹されます。
初期条件が満たされていることは、観察の結果と同様、仮説をテストする文脈では真であると前提されています。
これは、それらの命題が疑問の余地なく立証されているという意味ではなく、ポパーによれば、
これはそれらの命題がこの文脈では疑問の対象となってはいないことを意味するにすぎません。
仮説を反証するときの基礎となるB、c、c’、¬cのような命題は、すべて経験的事実を述べる単称命題であって、
これらを基礎命題と名づけます。ポパーによれば、基礎命題も科学的命題であるから反証可能であり、別の文脈では
テストの対象となりうるとします。このような基礎命題の相対性を認めることから、上記論理図式により反証を成立
させるには、論理以外の他の要素が必要となります。
反証の基礎となる基礎命題は、当面のテストに関する限り十分であるという科学者たちの受容ないしは取り決めあるいは合意に
よって決まります。つまりポパーは基礎命題に関して、それが取り決めないし規約としての側面を有することを認めざる得ません。

反証された仮説が受容されないことは認めたとしても、反証されていない仮説が複数あるとき、それらの優劣をどのように判定すれば
いいのか、この点につきポパーは「最も内容豊かな仮説を選択しろ」と言います。
そして内容豊かな仮説とは、ここでは反証可能性の大きさに置換されています。
ポパーは言います。すなわち「反証されるチャンスがより大きいにもかかわらず、テストに耐えた
仮説の方が、より厳しいテストに持ちこたえられたという意味で優れた仮説である」と。
しかし、一般性の大小や予測内容の正確さが異なるだけで両立しうる仮説の場合だけではなく、
互いに両立しない仮説つまり論理的な含意関係に基づいて、内容の大小を比較できない仮説について、
内容の大小を比較できなければ、仮説選択の基準としては使い物になりません。

よしんば、反証可能性の大きさが測れるとしても、ポパーがその際に採用する「裏づけの度合い」の概念が
裏づけになんら貢献していないことをも指摘しておくべきでしょう。
例えば二つの仮説hとh’について、前者の方が反証可能性が大きいとします。
同じテストでもそれぞれの仮説に相対的に厳しさが異なります。同一の仮説に対する二種の異なるテストも
厳しさが異なります。結論から言うならば、手持ちの仮説の反証を試みてみて最も高い裏づけの度合いを得た
仮説を暫定的に最善の仮説とみなせというのがポパーの選択基準ということになるでしょう。



458 :凶気の桜:2006/08/11(金) 22:37:23 ID:kCfSTWW6
ところで、ポパーの方法論では演繹論理のみを使って仮説の検証を試みることにより、最善の仮説を暫定的に
選び出すことができるものの、しかしこれはある仮説が最善の裏づけを得たと見なすわけにはいかない
ということを指摘しておかねばならないでしょう。
つまり、当該仮説が過去にあるいは対抗仮説と相対的にいかに厳しいテストを生き延びてきたかという記録に
すぎないのであって、その仮説が将来においてもテストを切り抜けるであろうとか、その仮説が信頼できるという
含意を全く持ちません。というのもポパーからすれば、科学的命題は、全称命題だけでなく単称の基礎命題ですらも
正当化されないということになっているからです。もしこれに他の含意を認めるということになれば、ポパーが
退けたはずの帰納を受け入れることになってしまいます。もちろん完全な論理破綻ということになりましょう。

私が>>257において反証主義に対して持っている疑念というか批判についてわかりやすいよう若干敷衍して次第です。
以上を踏まえて>>257の要旨を再掲しておきます。

「ポパーの反証可能性の主張は、全称命題で表され、経験的内容を持つ仮説は正当化されない。
そのような仮説はただ反証可能であるのみであり、反証されるか否かの条件は演繹論理でのみ
与えられるのであり、反証可能であるものが科学的命題であり、そうでないものは非科学である
となる。
しかしこのようなポパーの演繹主義は維持できないということである。反証可能性の主張の核心ともなる
「反証された仮説や理論は捨て去るべきだ」との見解でさえ、何らかの帰納を前提にしないと理解できないはずである。
また反証の基盤となる基礎命題の受容は規約によるものとされるが、規約の妥当性あるいは合理性が全く論じられていない。
それなしでは、観測データの信頼性のみならず、観測の精度という概念さえ理解不可能となってしまう。
さらに、仮説や理論の合理的選択基準は、厳しいテストを切り抜けたという「裏づけの度合い」により
与えられるというが、「裏づけの度合い」からも「最善の仮説」という方法論的評価からも、将来への含意が取り除かれている
ことにより、「合理性」の内容はほとんど空虚でしかないことになる。
また基礎命題に関する規約と演繹的論理に基づく反証では一体何が反証されたのか不確定であることもあげられる。
反証の対象を絞るために何らかの論理外の前提や要因を導入しなければならないはずである。

ざっと見渡してみても、科学と非科学の境界設定として反証可能性を持ち出す主張は到底維持しがたいと
思われるし、今時こんな素朴な科学論を展開しているわけではないだろう。
もっともこの問題はこのスレの趣旨とは異なるだろうし、そもそも法解釈学が科学であろうと科学でなかろうと
問題ではないので(「法解釈学は科学である」と主張しているわけではないので)どうでもいいわけだけど、
それはともかく、科学を説明するに際して単に「反証可能性」を持ち出すのは、お粗末至極としか言いようがない」。

459 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 22:41:08 ID:3y3l7ENa
長くて読む気がしなくなるってことに気づけ

あとお前の書き込みの著作権はひろゆきのものだぞ

460 :凶気の桜:2006/08/11(金) 22:42:15 ID:kCfSTWW6
反証可能性という単語ばかりを連呼して、ついぞその中身について検討すらしない
方はいまからでも遅くはありません。
The Logic of Scientific Discovery,Harper Torch Books(1959)
でも読まれればいかがでしょうか?

461 :凶気の桜:2006/08/11(金) 22:50:14 ID:kCfSTWW6
>>459
反証可能性という言葉を連呼しているだけで、その内容について全くご存知なさそうな
御仁に対して向けられたものですので。

もっともこの問題自身は私の関心外のことなのですけどね。というのも私は法解釈学を
科学であると主張してはいませんので。むしろ物理学を近代以降の科学モデルとして最高の形態
であるとするならば、間違いなく法解釈学は科学とされる理想像とは程遠いわけであって、
しかも法解釈学自身も科学を志向してはいないからです。
何度も申し上げますように社会統合のための技術知の集積という側面が大であるところの
学問分野の一つに過ぎなく、それ以上でも以下でもないということです。

462 :法の下の名無し:2006/08/11(金) 23:55:32 ID:a55TGyWw
東大法学部卒には教養がない、と誰かさんが言ったが、このスレを読む限りそうでもないなあ。東大法学部おそるべし

463 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 00:05:05 ID:1GNKFQ1o
いや東大法学部は教養ないよ
マスとして

464 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 01:54:31 ID:AB3Zve5/
いや、やっぱ頭いいと思う。

465 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 02:47:54 ID:HZVc5ANV
文学も法学も文字で世界を作ろうとする、それ故限界もあり、例外もできる。そのレジンマを楽しむもの

466 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 03:10:57 ID:ivtgW17L
ひっかけですか?

467 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 04:48:41 ID:eZJ3antJ

凶気の桜っていうのはそんな長文じゃ誰も読む気がしないってことに
気づかないのかな?だとしたら恐ろしく人間心理に疎い人だな。

468 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 04:52:30 ID:eZJ3antJ

自分の主張を簡潔に分かりやすくまとめられないのは頭があまりよくない
という証拠でもあるが。

469 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 05:03:12 ID:5bmHTWvO
>>232
>いやそんなことはあるまい。東大法学部あってこその近代日本であったと思われる。
>官僚の社会では東大法学部における優の数は出世にも響くほどである。
>東大法学部での席次これが非常に重要であることにかわりない。
おいおい。実力主義であれば就職後は学歴は無関係であるべきだろ。実社会で仕事
始める前の成績が出世に響くなんて組織自体が糞な証拠。ついでに日本で発展
した産業と行政規制は反比例してるだろ。

470 :285:2006/08/12(土) 09:24:16 ID:5bmHTWvO
日本の教育制度においては教育はあっても教養がない場合が多々にあると思います。
議論において問題の核心を論じていないため書き込みが膨大になるなどの場合が見
られます。数日空けていたので議論の進行を確認するのに時間がかかりましたが
「反証可能性」などという明後日の方向に議論が流れていて議論が殆ど進展していな
いようですね。まとめて答えるので長いスレになります。申し訳ありません。

471 :285:2006/08/12(土) 09:28:01 ID:5bmHTWvO
>>350 
>まず法解釈学をあなたの言う「実証史学」とやらと結びつけそれ基準を判断していることから
>既に誤りというべきでしょう。法解釈学は実証学問でも何でもありません。文献やら資料やら
>の整理はあなた方お暇な史学者が為されればいかがでしょうか?古文書でも好きなだけ読んで
>いてください。もっともそれでも何らかの解釈が入り込むわけですけどね。
この発言には驚愕させられました。コモンローのスレでCivilLawとCommonLawの違いを説明してくれと
頼んでいたのですが、これがそうなのか、それともこれはあくまで日本の法学だけの特徴なのか判断
しかねます。まずコモンローの立法者意思解釈論においてこのような発言をする学者は皆無です。
「立法者意思」あるいは「法令の目的」が解釈に適応される時は実際の議会や審議会での議事録などの
資料が使われます。また古い法律において言葉の意味が現在の用法と違う場合はその当時の文献を掲示
することによってその違いが示されます。アメリカの憲法の権利章典の修正第四条が拡大解釈されプラ
イバシーの権利が認められたのも憲法発行の当時において法令の「実際の」執行はプライバシーの保護
に当っており「法令の目的」としてプライバシーの権利が存在したと解釈されたからです。もちろん
「立法者意思」・「法令の目的」の多用による拡大解釈に反対する保守派の解釈論も存在します。中絶が
女性のプライバシーに当るという解釈は大半の法学者に批判されています。しかし法解釈において「立法
者意思」・「法令の目的」が「根本的」には実証論であるべきだというのはコモンローにおける共通認識です。
もちろんこれは一つの「解釈論」ではありますが、はっきり言ってそうであるべきではないという主張を
どのように正当化できるのか理解に苦しみます。事実と無関係に「立法者意思」・「条約の目的」を勝手
解釈できるというのであれば法解釈がでっちあげであると宣言しているようなものです。日本の法解釈と
はこれほどまでに出鱈目なのでしょうか。

472 :285:2006/08/12(土) 09:33:34 ID:5bmHTWvO
>>354
>検閲の意味を調べてから発言されてはいかがですか?
もちろん拡張解釈・縮小解釈の存在は知っています。問題にしているのはこれらの類の解釈が選択される
根拠はなんであるかということです。これもまた大陸法、あるいは日本の法学の特徴なのかもしれませんが
条文の解釈において言葉の普通の意味と文法が原則として採用されることになっていないことには理解に苦
しみます。以下はイギリスの法解釈の「黄金律」に関する判例です。「法令解釈において使われている言葉
の普通の意味と文法構造に従うのは非常に有用な規則であるが、法令そのものから推論される立法府の意図
から遊離する場合と明白な不条理あるいは不義の状態に陥る場合にはそのような不便を避けるために言語を
変えるあるいは修正することが許されるがそれ以上であってはならない。- Becke v Smith (1836) 2 M&W 195 per Parke B」
http://en.wikipedia.org/wiki/Golden_rule_%28law%29
日本の強姦とロリコンはよいが性器の描写の検閲は検閲に当らないという「検閲」の用語の縮小解釈の根拠は
「社会通念と常識」のようですがこれは詭弁なのではないですか。まず日本の法判断においては官僚のによって
支配されている最高裁事務総局、ひいては警察も含めた行政府の意向が第一。その次に判事の「通念と常識」でしょう。
つまり、まず最初に「お上の意向」、次にジジババ判事の偏見と道徳観が日本の裁判所の法解釈の根拠なのではないですか。
そうでないというならなぜ日本の方判断は学問の基本である実証・論理と言葉の常識をこうまで無視するのか説明してください。

473 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 10:25:26 ID:WSUpD0Xu
>>463

東大、東大とうるさい奴だね。
教育施設の建物の名前がそんなに大事なの?

474 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 10:53:53 ID:AB3Zve5/
おいおい、英米系の方が裁判官の立法裁量は広いし、いい加減だぞ!

475 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 11:15:06 ID:AB3Zve5/
285はちゃんと法学入門から履修したほうがいいよ。なんか誤解しまくってるし。

476 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 12:25:12 ID:Ph/7r8pR
昨今、文学部廃止論が叫ばれているが、正しい時代の流れだと思います、
紙に書いてある活字を解釈するだけの学問は既に時代遅れだし、文学が好きなやつは、
ブログや街中でやればいいと思います。
以上

477 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 12:33:49 ID:dYHzfvS0
昨今、法学部廃止論が叫ばれているが、正しい時代の流れだと思います、
紙に書いてある活字を解釈するだけの学問は既に時代遅れだし、法学が好きなやつは、
ブログやVIPでやればいいと思います。
以上

478 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 13:15:19 ID:WSUpD0Xu

文学部、法学部を廃止する前に何とかならないか教養課程。
あんなの時間のムダ以外の何者でもないね。
一般教養なんか高校までで十分だよ。

479 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 13:20:06 ID:dYHzfvS0
>>478
軽薄乙


480 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 14:32:13 ID:cs3yJ0r9
シケタイ読んだら簡単にいろいろ分かるようになった。

481 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 15:15:52 ID:+e9l1pBU
結論を先に決める学問ってはじめて見た。
こんな学問ほかにあるんですか?

482 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 15:17:13 ID:+e9l1pBU
仮説ではなく結論を先に立てちゃうところがすごいです

483 :285:2006/08/12(土) 15:34:13 ID:5bmHTWvO
>>474
>おいおい、英米系の方が裁判官の立法裁量は広いし、いい加減だぞ!
そうであると自分も勘違いしていたのですが、日本の司法においてこれほど勝手解釈
が正当化されていると知らされて考えを改めさせられました。
既存の政令で規定されていない場合において裁判所はイギリスの最古の判例にまで遡
って類似の判例から判決を出し、これが判例法になるわけです。イギリスの法学が史学
と揶揄される理由がここにあります。判例法を建前として認めていない日本の場合は条
文の解釈を引き伸ばして辻褄をあわせる必要があるようで、そのために政令の厳密な解
釈が逆におろそかになっているようです。
まず基本として政令の条文を普通の言語と文法に基づいて理解する。次にこれがまず政令
の条文に明記されている目的に適うか吟味する。例えば選挙法で「他の投票者を偽っての
投票は無効」という条文があり、死人を偽って投票した者がいました。死人は投票者で
はありえませんので「他の投票者」を偽っていませんが政令の目的に反するということ
で無効投票と判断されました。さらに逐語的な解釈では明らかに不条理な結果を招く場
合においては、その不条理を修正する範囲においてのみ拡大解釈が行われるべきである
という理想が前提にあります。建前と現実が異なるのは世の常ですが、法解釈の目的・
理想がなんであるかという共通認識は存在します。
(判事の)道徳観と(お役所の)都合に合わせるのが法解釈の役割である、「立法者意思」
の解釈に事実資料は関係がない、などという主張が何の疑問もなく主張されるなどという
「非常識」は驚きです。日本の法学・法解釈は権力者(判事、役人)の価値・都合にあわせて
法が解釈されるという法の意義の逆転が起こっており、論理も事実も無視したものであるので
文献学ではありません。権力者の文芸活動であると思います。

484 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 15:38:47 ID:87/smcub
結論

法解釈は文献学

485 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 16:04:49 ID:5bmHTWvO
でさえもない。

486 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 16:11:48 ID:WSUpD0Xu

文献学てどんな学問?
あまり聞いたことのない学問なんだけど。
オセーテヨ。

487 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 16:50:44 ID:Z+28m/Vv
社会はすでに完成しちゃったのに、官僚志望は何が面白くて官僚になるの?

488 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 17:28:43 ID:88u0MTA8
つ美術品(文学)と実用品(法学)

489 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 19:45:13 ID:lSG3GO0K
法律学において「命題」って存在するんでしょうか?
例えば
取消前の第三者は96条3項で処理し、取消後の第三者は177条で処理する
という法理論は真か偽かを考えることが無意味です。
(何故なら理科のように実験で確かめることも出来ず、数学のように演繹されたわけでもないからです)
つまり法律学において「命題」は存在せず、
じゃあこれは一体何かというと、「単なる言葉の定義」なのではないのでしょうか?
言葉の定義には真も偽もありません。
つまり法律学においては命題は存在しないのではないか?
法学部の人が習っているものは「命題」ではなく「定義」なのではないか?
普通の学問では理論といえば真か偽かの命題なわけですが、
法律学での理論とは単なる言葉の定義なのではないか?
と思うのですがどうでしょうか?

490 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 19:53:24 ID:Z+28m/Vv
いや、条文が公理みたいなもんになってるんだよ。
みんなで決めたことだからここは疑わないようにしましょうという約束。
で、その公理から演繹しているようにみせるのが法解釈学だろう
もちろんことばの定義も適宜行うよ

491 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 19:58:26 ID:lSG3GO0K
「解釈」を別の言葉で言うと「定義」ってことじゃないですか?
その人がそう解釈したということは、その人がそう定義したということですよね?
私が聞きたいのは法律学に命題はあるんですか?ということです。

492 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 20:07:02 ID:Z+28m/Vv
だから数学にも約束事があるだろ
同じように法律にも約束事がある=条文

で、法命題ということばがあるように、命題はある

493 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 20:22:44 ID:BGlD3DE4
この人はわからない人ですねぇ。。。
いいですか?
数学は約束事(定義、公理)から演繹して定理を「導く」んですよ。
じゃあ取消前の第三者は96条、取消後は177条という理論は
何かから導かれたんですか?違うでしょ?そう「決めた」んでしょ?
じゃあこれは命題じゃないですよね?
定義ですよね?
違いますかね?

494 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 20:23:49 ID:BGlD3DE4
あと、法命題って具体的にどのようなものなんですか?

495 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 20:38:23 ID:DttScXWh
憲法解釈学・・・単なる政治判断
民法解釈学・・・単なる常識判断(民法自体が公序良俗・信義則などの考慮を認めてる)
刑法解釈学・・・法解釈学の中で唯一の学問(すでに承認されている原則と条文から演繹解釈で結論を導く。類推解釈を唯一禁止する法解釈学)
手続法解釈学・・・知識と技術の体系

496 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 20:53:32 ID:qFmJZDSi
じゃあ取消前の第三者は96条、取消後は177条という理論は


これは諸条文=諸約束事から帰納される一般的な法的価値から
演繹されたんだよ

497 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 20:54:56 ID:qFmJZDSi
つまり、法の約束事である多数の条文の背後には、ものごとを規範的な意味で
円滑に処理しようという高次の約束事がひかえていて、そこから演繹すると、
取消前の第三者は96条、取消後は177条という理論をつかうことになるんだよ

498 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 21:18:10 ID:BGlD3DE4
演繹したのであれば
「取消前の第三者は96条、取消後は177条という理論」
は真ということになりますが
本当にこれは真の命題なのでしょうか?
これは命題ではなく定義なのではないのでしょうか?

499 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 21:20:59 ID:qFmJZDSi
社会科学に厳密な真理値はないよ
社会通念上真であると認められる程度であれば真という決めうち

500 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 21:49:24 ID:4wmmqK4S
じゃあ「真である」のではなく「真であることにしよう」と「決めた」のであり
定義なのではないのでしょうか?

501 :きんぴら:2006/08/12(土) 22:16:26 ID:7VYLaPjs
公務員を背任罪、横領罪、もう少し立ったら反逆罪とかで訴えよう。




502 :法の下の名無し:2006/08/12(土) 23:16:35 ID:AB3Zve5/
立法者意思の推量に資料はいらんとは誰も言ってないだろう。それが唯一正しい法解釈の方法ではないしそれが目的じゃないし。

503 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 01:29:10 ID:Xo1P+fZ1
>>502
凶気の桜は>>350
>法解釈学は実証学問でも何でもありません。
>文献やら資料やらの整理はあなた方お暇な史学者が為されればいかがでしょうか?
と言っておりますが。

504 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 15:25:38 ID:UUD54XnQ
法理論って命題なんですか?
もし命題というのであれば具体例を教えていただけたらと思います。
特に狂気の桜氏にご意見を伺いたいです。
法理論は命題なんでしょうか?

505 :285:2006/08/13(日) 17:24:08 ID:Xo1P+fZ1
科学における命題は実験・観測。この解析に数学や既に確立された科学理論が使われる。
法学における命題は法律の条文のはず。この解釈に文献学が使われる。
実験結果や条文の解釈においての案内人は論理。これから外れると学問とはいえない。
凶気の桜氏の説明を聞いていると法学とは法学者と判事で行われる美人コンテストの
ようなものであるかのような錯覚を覚えます。つまりある条件(背丈・プロポーション
・性別)などの基準を満たしていればあとは誰が選ばれても構わない。今年はこれまで
黒人が選ばれたことがなかったからアフリカから優勝させようとか、インドの視聴率が
一番高いからインド人を選ぶなんてことが行われる。

法学も史学も文芸学も思想史も昔は文献学の一分野だったはずですが法学の場合は「親の心、
子知らず」ですね。推論ですが日本の場合は司法が行政に従属しているために辻褄合わせに
始終した結果、理念・哲学が著しく損なわれこれが法学全体に波及したと思います。

506 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 17:33:50 ID:BfHZGezq
お前ら馬鹿すぎて話にならない。

数学で1+1=2と公理を決めるように
法学では議会で条文という公理を決める

そしてそこから可能な限り演繹していくのが法解釈学

507 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 17:39:47 ID:e5Yy+PHF
ここまでを要約すると日本はやっぱりダブルスタンダードなんだなってこと。

508 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 17:54:11 ID:BfHZGezq
法解釈は文学かという問題に的を絞って回答しろよ
無駄が多すぎる

509 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 18:14:23 ID:Xo1P+fZ1
>>506
>>そしてそこから可能な限り演繹していくのが法解釈学
そしてそこから行政の都合、判事の偏見、マスコミの煽りにあわせて
可能な限り曲解していくのが日本の法解釈学。

>>508
法解釈は文献学であるべきなのだが判事と官僚のご都合主義の文芸活動
に成り下がっている。これを法学者が臆面もなく支援する。よって法学
を文「学」と呼ぶのは文学にとって迷惑。

510 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 18:17:17 ID:BfHZGezq
まぁしかし、判事や行政官になってみれば、いやおうなく歪曲した解釈
をせまられるよ。ほんと。なんだかんだいって法は政治の道具だし、
自分の都合も実現したいし、学者が言ってるような厳密な解釈など
やらない。
うるさい国民が窓口でぎゃーぎゃー騒いでいたら、公権力をふりかざして
おいかえしたいんだよ

511 :285:2006/08/13(日) 19:16:12 ID:Xo1P+fZ1
司法は立法の意思である政令を忠実・厳密に解釈し行政は立法の意向を執行する
のが役割のはず。判事や行政官になってみれば、いやおうなく歪曲した解釈をせ
まられるなんて憲法・国民・国家に対する背信行為。
行政の道具に過ぎないはずの官僚が現実には法律を書き、最高裁事務総局を通し
て司法も支配しているという歪んだ現状に問題の本質がある。これにお墨付きを
与えているのが日本の法学。

512 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 19:23:08 ID:U/COfRZ1
法命題でググってみたが、Rechtssatz(法規)という言葉を一部のセンセイが誤訳してるだけじゃねーの?

どっちにしろ、命題(:真か偽、いずれかに定まる平叙文)という原義とはまったく関係ない。

513 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 19:24:23 ID:6OtfCsQI
まぁ実務で働いたkとのない奴が頭の中だけで理屈をこねても説得力ナシ

514 :法の下の名無し:2006/08/13(日) 21:37:47 ID:Xo1P+fZ1
コモン・ローには法解釈における基本前提みたいなものはあるよ。
法命題と言い換えることができるかもしれない。

政令府は普通の言葉を普通の意味で使っている。
政令府は政令を将来を見込んで立法している。
政令府は不条理あるいは不義(unjust)な結果を意図していない。
裁判官および陪審員の事実判断は正しい。
政令は整合性を有する。
反対解釈(expressio unius est exclusio alterius)
一般法は特定法を損じてはならない(generalia specialibus non derogant)
とか。
大陸法の場合はどんな前提が存在するの。

515 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 06:56:36 ID:lFa34/yF
>512
むしろ、「法命題」が正しい訳であり、それを「法規」と
誤訳し続けてきたというのが真相ではないでしょうか。

516 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 07:09:28 ID:H0Y7NajL
直訳は権利命題だそうだよ。

517 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 07:13:00 ID:zrfAx/ZO

法学の基本書には法命題なんて言葉はないよ。数学には命題という
用語があるからカッコよくて難しそうに聞こえるから合成したんじゃないの。
日本人の悪いクセで難しそうな言葉使って少し分かりにくくしておいた
方が高級な学問に思ってもらえると考えてるんだろうな。カントの哲学書の
翻訳なんかにその傾向がよくでているよ。簡単な言葉で平易に説明すると
バカにされるんじゃないかと恐れているんでしょうね。

518 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 11:16:07 ID:c4r3RHeu
>簡単な言葉で平易に説明すると
バカにされるんじゃないかと恐れているんでしょうね。


同意だが、平易だと馬鹿にされるのが俗世間の常。

519 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 14:10:03 ID:M0DtJ1xe

完璧に理解している人というのは、難しいことでも実に簡単な言葉で
分かり易く説明するよ。難しいことを難しくしか説明できないのはその人が
本当に理解できていないという証拠なんだ。
このスレでもやたら長い文章かいて難しそうな用語並べているの人がいるでしょ。
十分理解できていないことがまる分かりだということに気ずいて
いないようですね。

520 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 17:21:28 ID:mHJaRwcy
>>516
>直訳は権利命題だそうだよ。

誰ですかそんなこと言ってるのは(w
ttp://de.wikipedia.org/wiki/Rechtssatz

521 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 17:27:13 ID:nnC3NIKd
たまにしか上がらないのに、糞レスだったらがっくりする

522 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 18:47:08 ID:H0Y7NajL
"Set of Right"=権利一式。
どうあがいても法命題は無理な訳。

523 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 18:50:21 ID:nnC3NIKd
法律はしょせん価値判断とことばの技術だろ
それ以外にない。工学みたいなもの。ただ工学と違って
言語が少し曖昧というだけでね

524 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 18:58:42 ID:H0Y7NajL
自然法が存在すると仮定するんだから宗教に似ている。

525 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:13:13 ID:nnC3NIKd
数学だって1+1=2と決めれば自然が解明できると仮定しているんだから
宗教だろう

526 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:31:41 ID:H0Y7NajL
数学で問題なのは数・記号が定義としてなんであるかが問題。
数が実在するかどうかは関係のない問題。

527 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:33:23 ID:H0Y7NajL
自然の解明は科学の課題。
文系馬鹿を暴露しましたね。

528 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:34:51 ID:nnC3NIKd
馬鹿はお前だよ。1+1=2というのは定義であって真理ではない。
メタ数学という領域から逃げてきたようだね

529 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:36:24 ID:nnC3NIKd
じっさい、今の数学体系じゃ、素数の無限積が4π^2になるなんていう
矛盾がおきているからな

530 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:36:51 ID:kNR3AlHF
>>522
>"Set of Right"=権利一式。

Rechtssatz = legal maxim
で、法規でも法命題でもどちらでもかまわないってことでいいんじゃないかな。
法規という場合、日本では条文法に拘泥しすぎるという偏向、命題と言うと
日本では英米(+ウィーン)系の形式論理学に執着しすぎるという偏向がある
ということを留意してれば。

531 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:42:12 ID:nnC3NIKd
どうでもよくないか?法学なんて
大体法は事件解決の技術だろ
細かいところを穿ったって生産性がないじゃないか

532 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:42:30 ID:kNR3AlHF
legal maxim は「法諺」じゃないからね。「法的格率」ー>「言語表現された法規範」
程度が手頃かな。いわゆる「法諺」も「法的格率」の一種と言えるけど。

533 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:54:54 ID:kNR3AlHF
>>522
>"Set of Right"=権利一式。

"Set of Right"を生かしたいのだったら「権利(義務関係)の集合」というのも
ありうるな。ただしこの場合、日本では小中学校の教師が集合論をまったく
理解せずにガキンチョに「集合」の定義を教えてるという問題を考慮に入れる
必要がある。このあたり、数学科からいらっしゃった皆様よろしく(ワタシの専門じゃないんで)。

534 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 19:56:30 ID:oOHGmJL/
英米法学と大陸法学との違いを捨象して議論しても無意味じゃないか?
英語のrightとドイツ語のRechtでは意味も違うわけだし。

535 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 20:25:38 ID:r6s6MHy0
>523
>法律はしょせん価値判断とことばの技術だろ
>工学みたいなもの。

工学は科学技術ですよ。
科学技術とは「科学と技術」という意味じゃないですよ。
科学を使った技術と言う意味です。

それにたいして法律はことば技術なんですね。
科学を使ってないんですよ。

同じ技術でも両者には越えられない壁がありますよ

536 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 20:45:52 ID:nnC3NIKd
広義の科学である人文社会科学を使っているので、自然科学を使った工学より下というのは
いかがなものか

537 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:00:08 ID:mwSKq+wc
法学に公理系が存在しうると証明できれば、きっと数学とタメはれるよ。

538 :H0Y7NajL:2006/08/14(月) 21:04:59 ID:H0Y7NajL
>>528
「真理」なんて用語は使っていません。勝手に事実を捏造してますね。

一方で「数学だって1+1=2と決めれば自然が解明できると仮定している」
をどう言い訳するつもりですか。文系御馬鹿のnnC3NIKdさん。

539 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:06:49 ID:zrfAx/ZO

何が公理系だよ。公理とは何かもよく知らないくせに。
単に難しいこと言ってみたいだけなんだろ。

540 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:07:30 ID:mwSKq+wc
>>539
公理=誰の目から見ても正しいと思われる道理。

541 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:10:52 ID:LHuAOfml
>>538
馬鹿はお前だようんこり系

>>540
その解釈からすると、条文が公理だな。条文は疑わないことにしているから

542 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:11:52 ID:H0Y7NajL
>>534
権利一式が自然法として存在し、それが法律として文章で表現される
という考えですから法実証主義と自然法論の対立という法哲学の問題
で特に大陸法・英国法と区別する必要はないと思います。
ついでにこれを「法命題」とする場合、法解釈とはあまり関係はない
のではないでしょうか。

543 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:13:08 ID:H0Y7NajL
>>537
法学に分析哲学を応用すれば面白いことになるね。

544 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:18:17 ID:mwSKq+wc
>>541
条文は修正されたり、変更されたり、廃棄されたりすることがあるから、公理というのはちょっとね。

>>543
このスレでそれに類したことは既にさんざんやられているのではないかと類推。

545 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:20:23 ID:LHuAOfml
法解釈において疑わないのは条文だろ

だから条文が公理といえる

数学だって、公理は廃棄される可能性はある。ただなかなかされないだけの話
すでに現在の公理系でも諸矛盾が知られている

546 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 21:55:24 ID:H0Y7NajL
>数学だって、公理は廃棄される可能性はある。ただなかなかされないだけの話
>すでに現在の公理系でも諸矛盾が知られている
おいおい

547 :法の下の名無し:2006/08/14(月) 22:00:26 ID:H0Y7NajL
同格の法律には矛盾がないと仮定するのは法解釈の命題と言える。

548 :平下流:2006/08/15(火) 00:05:36 ID:5fd6zDBc
参考に。皆さんはどう思われますか。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/jurisp/1152637598/l50

136 :法の下の名無し :2006/08/12(土) 10:21:15 ID:WSUpD0Xu
>>134

戦力とは侵略用の戦力を指す。交戦権とは侵略戦争を行う権利を指す。
これを縮小解釈と言います。法解釈とは実に便利な法技術で、条文を
変えなくても現状に適合させることができます。
あなたの言ってるのは条文の文言通りに解釈する文理解釈というやつですね。
条文の解釈の仕方は他にもあるのだということを学んでくださいね。


137 :平下流 :2006/08/12(土) 10:53:12 ID:w+suuO4+
>>136
では、どちらの解釈が正しいのですか。
一般社会では、縮小解釈は屁理屈としか思えませんが・・・。
憲法は一般国民には理解できないものなのですか。専門家にしか理解できないものなのですか。



138 :法の下の名無し :2006/08/12(土) 11:18:23 ID:WSUpD0Xu
>>137

ほら、その質問自体が的はずれ。条文の解釈に正しい、間違いなんて
ないのです。その時々の政府や裁判所、法学会がどのような解釈をして
いるのかというだけなんですよ。
ちなみに今の自民公明連立政権は縮小解釈を採用しています。
もし、これが共産党政権になればあなたと同じ文理解釈をするかも知れませんね。


139 :法の下の名無し :2006/08/12(土) 11:24:12 ID:WSUpD0Xu
続き
憲法の条文を読めば一般国民でも一様表面的には理解できますよ。
しかし、個々の条文を判例や通説はどのように解釈しているかを
知ろうとすれば、少し本格的に憲法学を勉強する必要がありますね。
一般国民は勉強もせず条文を読むからどうしても条文の文言に引きずられて
文理解釈だけをしてしまうことになります。


140 :平下流 :2006/08/12(土) 11:24:59 ID:w+suuO4+
>>138
ということは法学は学問ではないのですね。
各自の政治的な思惑でかってに解釈すればいいのですね。
裁判官も自分の好みで解釈をして判決を下せばいいのですね。


549 :515:2006/08/15(火) 00:43:05 ID:qDBt0hi3
瑣末なことに拘泥して申し訳ありません。

>542さん

520さんのご指示によるwikiの記述に、

”Der Rechtssatz formuliert dabei in der Regel den Tatbestand und die
Rechtsfolge der Rechtsnorm”

とあるように、’Rechtssatz’は、要件と効果の結合したformであることに
ポイントがあるわけです。

すると、「法規」を「誤訳」とまで断定してしまうのは行き過ぎでしたが、
「法規」は「法規範」(Rechtsnorm)との混同を生じやすいので、必ずしも
よい訳語とはいえず、直裁に「法命題」としたほうが適切であった、とまで
はいえるのではないかと思います。いかがでしょうか?

>516さん
周知のように、Recht/rechtは、「法=権利」なわけですから、「権利命題」
がまったく採用できない訳ではないことは確かです。しかし、特定の法主体
に具体的な権利を付与するわけではない法条もあり、’Rechtssatz’を、絶
対に「権利命題」に限定しなければならないわけではないように思います。
すると、やはり「法命題」のほうがよりよい訳とはいえるのでないでしょうか。

550 :515:2006/08/15(火) 01:17:37 ID:qDBt0hi3
なぜこんなつまらないことにこだわるかにつき、一言弁明を。

有権者が人工的に定立した「法命題」を厳密に解釈することで、個々の
法事例に適用できる法規範を導き出す、という思考方法は、実は、必ず
しも「法学」一般が採用してきたところとはいえません。

このような、手順は、18世紀末〜19世紀いっぱいくらいの欧州大陸諸国
における法典編纂運動と相互に影響を与え合いながら成立した、いわゆる
大陸法系の法学の流儀に過ぎないわけです。そして、このような手順を
最も突き詰めて追求しようとしたのが、19世紀から20世紀初めのドイツ
法学界であり、日本の「法学」は一応これをモデルとしています。

しかしながら、このような法学の流儀には、早くから批判が浴びせられ、逆に
こうした手順を擁護する議論も盛んに行われたわけです。356で凶器の桜
さんが引いておられるハンス・ケルゼンの議論も、こうした「法命題の解釈」
としての法学方法論を吟味する中で生まれたものです。

ところで、このスレッドで、「法解釈学」「法学」に対して点が辛い方々の
ご意見として表明されているもののうちには、以上のような「法学」の
ある特定の形態に対する違和感と、それを超えて「法学」一般の推論・論拠付け
に対する批判(その意味では、日本やドイツとは異なった方法を採るイギリス・
アメリカの法学にもあてはまる批判といえます)が混在しており、それが充分に
意識されていないために、やや議論のすれ違いを増幅しているような気がするの
です。

せっかく興味深いスレタイで面白い議論が進みそうなのに、これは少しもったい
ないように思います(もっとも、それが2ちゃんだということかもしれませんがw)。
というわけで、「法命題」の語などという小さなところからでも、少し粘着して
詰めていくと、議論の方向が整理されやすいのではないか、などと思ったしだいです。

(そうはいっても、上の記述だって間違いがあるでしょうから、余計混乱を増した
だけに終わる可能性もありますwので、そこのところはご批判をよろしくお願いします)

551 :封建主義者見習い:2006/08/15(火) 07:59:03 ID:1+IF7VLx
>>421
すべからく[須く]=すべきこと(は)
         ≠すべて

東大法学部らしいが、古文漢文はわすれてしまったのか?

こういう「民主的」なマチガイはイカンぞ。
インテリ志望ならな。


552 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 08:15:51 ID:BFV7zLsu
>>548
>ということは法学は学問ではないのですね。

それは学問をどう定義するかで何とでもいえますね。
学問とは何かについてあなたの定義をお聞かせください。


553 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 09:48:47 ID:18Nx6pPH
育児板【独りで】虐待をやめたいと思う人 5【悩むな】
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/baby/1151998845/

21 名前:名無しの心子知らず[sage] 投稿日:2006/07/06(木) 17:15:49 ID:C9eIZrXF
さっき、オムツ替えてる時に吐いたりしたからイライラが一気に爆発してかなり強くお尻と太ももの後ろ側を叩きました
ベビは物凄く泣いて真っ赤になって声が擦れて出にくいのに、泣きまくっています。
それに、またイライラして頬を力任せにつねりました。ベビは泣きまずにずっといます。

28 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2006/07/06(木) 19:26:34 ID:ZMKP+FEy
毎日一緒にいると疲れてイライラしてひどい罵声とともに叩いてしまう。
外では優しいいいお母さんのところに生まれて幸せだね、何て息子に声をかけてくれる人がたくさんいる。
でもそれは外だけ、私は鬼母です。最近は息子はおびえています。さっきも頬が真っ赤になるまで叩いてしまった。

32 すぐカンシャクを起こし、ごはんを食べない一歳二ヶ月の赤を怒鳴りながらビンタしてしまいました。

61 赤のほっぺをつねってバタバタもがきながら泣いてる姿を見たら楽しくてスカッとした。
お尻もつねって青く腫れた。腫れた赤のお尻をまた指で弾く。
ギャン泣き通り越してひきつけ起こすかってくらい絶叫泣き。このまま、ひきつけ起こしてほしいよ。

78 赤は、叩いたりつねったりしたり眠らせなかったのでひきつけ?みたいな(過呼吸みたいなの)を起こし、
唇が紫っぽくなり顔が青白くなったので一時預かってもらえました。今は赤と離れてホッとしています。

149 夜旦那が仕事でいない間気持ちのコントロール出来ないで子供を蹴ったり殴ったりしてしまいます。

276 まだ産まれて12日目なのにイライラして叩いてスッキリしてしまった。あたしは心の病気?それとも育児疲れ?

既婚女性板【心の】旦那には絶対言えない過去【奥に】
http://human5.2ch.net/test/read.cgi/ms/1154259322/
・援、風呂、整形、堕胎。言ってない   ・経験人数40人以上
・中学の頃円光・整形・家出・乱交やりまくり・風俗・家庭内暴力  他多数

554 :平下流:2006/08/15(火) 10:04:27 ID:5fd6zDBc
>>552
学問とは少なくとも、自分の好みを入れない、ご都合主義でしないこと。
その最低限のことが法学研究者や裁判官には解らないらしいです。

555 :285:2006/08/15(火) 15:39:36 ID:76yXCui6
>>552
>それは学問をどう定義するかで何とでもいえますね。
>学問とは何かについてあなたの定義をお聞かせください。
平下流氏ではありませんが最低の基準として論理と実証に基づかないものは学問とは
いえません。役人・検察・警察の都合に応じて法律をこじつけるような法解釈は学術に
基づいたものであるとはいえません。

またこのような現状にお墨付きを与えるような説は学問であるとはいえません。
「現実(政治ー>政府)に妥当な解釈が望ましい」とか「社会通念(判事の偏見)が根拠」
とか「中立的観点も一観点に過ぎない」などの言い訳でしか弁明できない解釈論は学問
としては破綻しています。時折とんでもない判決が出て「やってらんねーぜ」と感じる
方も多いのではないですか。このような判例を非難せず、学者が説明(弁明)に終始する
のは政治的に中立であるというより政治に屈服しているに過ぎないと思います。
政令に厳密・忠実な解釈が法の保守主義(Conservativisim)であるべきで、役人主導の
最高裁事務総局のご機嫌取りの解釈は単なる右翼です。

556 :516:2006/08/15(火) 17:35:37 ID:76yXCui6
>>549
ウィキに「権利命題」と載っていたのを書き写したのだけど、考えてみると「権利=法」と「命題」が正しい訳とは思えない。
まずFormuliertは英語ではFormulate。主義,問題点などを明確に系統立てて述べる、公式で示す、 案出するという意味。
Formula(公式)の動詞形でFormの動詞形ではない。次に「法=権利」という解釈は法哲学において合意が形成されていない。
自然法論においては天賦の権利が存在し、法律とはそれを言語で表現するに過ぎないとされる。法実証論においては逆で法律が
権利の根拠。どちらにしても命題とはある特定の事実・状態(人は動物である、など)を述べるものであり「表現の自由は尊重
されるべきである」などの主張・見解と同一ではない。観念として存在する自然法から法律(実定法)が展開されるとする
考え方と、不定の目的に応じて議会・裁判所が立法するものが法律であるという考え方は手順が別。権利=法命題という訳は一つの
法思想を真実と仮定してのみ成り立つ訳。「権利郡」、あるいは「権利一式」と直訳して関連する対立意見を説明するのが妥当と思う。

557 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 18:03:31 ID:x+NI0CZX
>>556
おいおい、Recht(法=権利)を検討するのに、どうしてGesetz(法律)の話がでてくるんだ?
Gesetz=権利でないことは明らかだろ。
Rechtはsubjektives Rechtとobjektives Rechtとして具体化されるんだろ。


それに「権利群」、「権利一式」がRechssatzの直訳だって?
Satzが「一式・一組」とされるのは数詞的用法(ein Paarやein Stückなど)で使われる場合、
たとえばein Satz Briefmarken, ein Satz Erzといった場合だぞ。
Satzといえば「文」または「命題」が直訳だろ。
Rechtssatzの直訳は「法文」、「法命題」、「権利文」、「権利命題」などで、「権利一式」ではない。
「権利一式」ならein Satz Rechte

法学の問題というよりドイツ語能力の問題だと思うけど、たのむよ



558 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 18:30:31 ID:76yXCui6
法=Law=Gesetz、権利=Right=Rechtと辞書で直訳されています。
もちろん権利が具現化したものが法律で権利とは理想論における法であるとの
思想が存在するのは事実です。しかしその思想を先取りしてRechtを法と訳して
しまうとGesetzの替わりにRechtを法の意味に適用するという意図的用法の
意義が消滅してしまいます。

559 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 18:33:11 ID:76yXCui6
Satzに関してはそのとおり。訂正あんがと。

560 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 19:00:38 ID:1INuBSHj
>自然法論においては天賦の権利が存在し

これはホッブス、ルソー、米国独立宣言時あたりの歴史的特異表象でしょう。
一般的に自然法論で天賦とされるのは、アリストテレス的な包括的法体系だったり
「天賦」を神が与えると考えて自然法則、社会規範等すべてを含む神学知の大系だったり、
現代だったら文化人類学、社会心理学等の実証的枠組みの中でおのずと現れてくる
社会構造の可能な諸類型でしょう。Jus, Recht はこの文脈では権利ではなく法です。
フランス語、loi<ー> droit の関係はちょっと微妙なのでまた別の議論でやらなきゃいけないな。

561 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 19:07:28 ID:1INuBSHj
>どうしてGesetz(法律)の話がでてくるんだ?

うふふ。Gesetzには自然法則のような意味での使い方もある。
これは自然現象という、人間の関与しない事象に人間の認識様式を当てはめて
ポジティブ(人定、実証、実定)化したものと見るのが近代科学論だね。

普通「法実証主義」と自然科学的「実証主義」は関係がないと説明されてるけど、
このレベルでは同じパラダイムにあるということがわかる例だ。

562 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 19:19:50 ID:1INuBSHj
ついでに言うと、Satz もsetzen 置く、設定する、ポジティブ化するという
原義なのだから、結果の表象である「文」、「命題」だけに囚われるのは
>法学の問題というよりドイツ語能力の問題だと思うけど、たのむよ

嫌味な書き方してスマソ。今日は機嫌が悪いんでね。

563 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 19:21:03 ID:1INuBSHj
結果の表象である「文」、「命題」ー> 結果の表層である「文」、「命題」

564 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 19:26:34 ID:nXxlij/e
だれかまとめのサイトを作ってね

565 :557:2006/08/15(火) 19:52:39 ID:x+NI0CZX
>>558
>法=Law=Gesetz、権利=Right=Rechtと辞書で直訳されています。
どの辞書?
Rechtに法と権利という意味があって、Gesetzは法律・法則。英語のlawやrightとは正確に対応しないからね。
英語では不可算のlaw+rightがRechtに近く、可算のlaw(a law, laws)がGesetzに近い。
たとえばヘーゲルのPhilosophie des Rechtesは英訳がPhilosophy of Law(不可算のlaw)

ドイツ語では法と法律は別の概念だから、注意が必要。
Recht(法ないし権利)の話をしているときにGesetz(法律)の話をするのは論点ずれ。


>>561
法実証主義はRechtspositivismusで、Gesetz実証主義ではないが、法実証主義においてRecht=Gesetzになりうる可能性は否定するものではない。
しかし、法実証主義を前提としないかぎり、Rechtの話でGesetzがでてくるのはおかしい。

>>562
意味不明。Satzがsetzenから出てきているのはそのとおりだが、それではRechtssatzを直訳するときに、
Satz部分を「文」、「命題」とする以外のどのような訳が可能なのか。「一式」が使えないことはすでに説明した。
「文」、「命題」の訳語があらゆる独和辞典で第一、第二に置かれているうえ、ドゥーデン、グリムの独独辞典もSatzの意味として「文」「命題」をトップに持ってきている。
Rechtssatzを直訳するならばSatzを「文」ないし「命題」とするのが当然だろう。
>「文」、「命題」だけに囚われる
と書いているが、それではどのような訳がRechtssatzにおけるSatz部分に適当なのか示してもらいたい。




566 :549:2006/08/15(火) 20:32:57 ID:qDBt0hi3
>556さん
ありがとうございます。’Form’のお話は、そのとおりです。実は、
打っている最中にformulierenの名詞形がFormelなのか、それともFormular
なのか分からなくなってしまい、後で調べようと思いながら忘れて投稿して
しまったのです。大変失礼いたしました。549は、

’Form’→'Formel'として訂正いたします。

>556,558,560,561のみなさま
550で、「法典編纂運動と相互に影響を与え合いながら成立した、いわゆる
大陸法系の法学」などと、相当ごまかして書いた部分を、早速衝かれてしまい
ました。
この、GesetzとRechtの関係については、「法律実証主義」と「法実証主義」の
違いや、さらに一般的には、「『法』の定立権限を独占する」と称する者
(たち)が定立した命題が現に目の前に存する場合に、裁判権を委ねられた者(たち)
はどのような態度を採るべきか、といった問題にかかわってくると思うのですが、
自分の中で、まだどうにもうまく理解できていないところです。
本スレッドに即していえば、初めのころの議論に、「日本の裁判所が行っている
解釈は、『解釈』の範囲を超えて実質的に立法を行うものであり、裁判所の価値観
を『法』とする恣意的なものである」といった趣旨の見解が散見されますけれども、
こうした批判にどのように応えるべきか(応えられるか)、ということに関わる
と思います。みなさまはどのようにお考えですか?




567 :549:2006/08/15(火) 20:36:24 ID:qDBt0hi3
失礼、投稿のタイミングの差で、565さんの投稿を参照できません
でした。しかし、いま拝見する限り、566の趣旨を変更する必要は
ないようです。

568 :549:2006/08/15(火) 20:45:48 ID:qDBt0hi3
なお、補足して述べますと、このスレの問題提起である

「文学部の者だけど、お前らがやってる法解釈って
条文の言語的解釈だろ」

という見方と、556の最後のほうで引用したような見解は、「法学」
に対する否定的な見解という点は共通するわけですが、「法学」が一体
何をしているのか、については、実は対極的な見方をしているわけです。
「法学」について弁明を行う際には、この両者を区別することが必要なの
ではないか、と思います。

569 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 21:03:46 ID:BFV7zLsu
>>565 566
一体何を言いたいのかさっぱり分からない。
もう少しちゃんと理解して頭の中を整理してから書けばいいのに。

570 :562:2006/08/15(火) 21:05:41 ID:KxBIXo+t
>と書いているが、それではどのような訳がRechtssatzにおけるSatz部分に適当なのか示してもらいたい。

コーヒー飲んだあと、カップの底に残るコーヒー滓がカフェーザッツ。
ヴェネチアやジェノヴァの商人達の商習慣がロッテルダムやリューベックの商人達にも
そのような合理的共同規範として認識されるようになったのがレヒツザッツ。
条文化されてる必要はない。
どう日本語にするかは適当に考えてください。

571 :566:2006/08/15(火) 21:09:26 ID:qDBt0hi3
まだ、板に残っておりましたw

>>569さん
理解不足はもとよりなのですけれども、どのあたりがご批判の対象と
なっているのでしょうか。もしよろしければ、教えてくださるとよいのですが。

572 :>>569それではまとめる:2006/08/15(火) 21:32:04 ID:x+NI0CZX
557のまとめ
結論:Rechtssatzの直訳は「法文」、「法命題」、「権利文」、「権利命題」などとなるのであって「権利一式」にはならない。Rechtは「法」ないし「権利」と訳されうる。
意義:556氏が、RechtsとGesetzを混同していることに対する批判。
Gesetzに相当する「法律」を持ち出してRechtが法と訳されることを否定するのは論点がズレているという指摘。
Satzは「文」ないし「命題」と訳される。(RechtssatzにおけるSatzを「一式」であるとか「楽章」であるとか「沈殿物」などと訳すのは不可能)

565のまとめ
558氏に対して
結論:Rechtには「法」の意味がある。したがってRechtを「法」と翻訳できないと主張することは不可能(そしてGesetzと混同することも妥当性を欠く)。
意義:558氏がRecht=rightであってlaw=Gesetzとしていることに対する批判。
ヘーゲルの例を出したが、Rechtswissenschaftが「法学」と訳されている例を出してもよかったかもしれない。
558氏のようにRechtをrightとしか考えずにGesetzにこそ法の意味をもたせるなら、Rechtswissenschftは法学と訳せなくなる。

562氏に対して
結論:Satzを「文」ないし「命題」と訳すのは当然である。
意義:562氏がSatzを「文」ないし「命題」とするのは表層にとらわれていると主張したことに対する批判
論点はRechtssatzのSatzをどのように「直訳」するかであったのに対し、
562氏がSatzを「文」ないし「命題」と訳すのは表層に囚われていると主張したので、それではどのように訳すべきなのかを問うたもの。

>>570
>コーヒー飲んだあと、カップの底に残るコーヒー滓がカフェーザッツ。
>どう日本語にするかは適当に考えてください。
それはそうだが、RechtssatzとKaffeesatzのSatzが直訳で同じ語になるはずがないだろう。完全な論点ずれ。
そもそも「Rechtssatz」の直訳は何かという論点だった。Kaffeesatzは「コーヒーかす」」などと訳すだろうが、
Rechtssatzを「法のかす」「法の沈殿物」などと訳す可能性がない以上、あなたの例にはまったく意味がない。


573 :562:2006/08/15(火) 21:46:51 ID:KxBIXo+t
>Rechtssatzを「法のかす」「法の沈殿物」などと訳す可能性がない以上、あなたの例にはまったく意味がない。

商習慣が沈殿、定着すると慣習商法、という理解は法学部的にも重要だと思いますが。

574 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 22:00:23 ID:x+NI0CZX
>>562
>商習慣が沈殿、定着すると慣習商法、という理解は法学部的にも重要だと思いますが。
それは確かにその通りです。
もちろん、Rechtについても天にまっすぐ伸びるイメージを持っていること、正義の意味合いがあることなども理解としては重要です。
(古田裕清『翻訳語としての日本の法律用語』参照)
商慣習が「落着いてくること」「定着すること」それがSatzになるというのを、まったく否定するものではありません。
Gesetzもまたしかり、日本語の「掟(おきて)」もまた「置きて」なわけです。それは、深い理解のためには当然必要です。
しかし、私の最初のレスとその前を見てもらえばわかるように、問題になっているのは「Rechtssatzの直訳」なのです。
私は法的な観点についてレスしたのではなく、「Rechtssatzの直訳が権利一式となるのはおかしい」という訳の問題のみを指摘したわけです。



575 :566:2006/08/15(火) 22:35:26 ID:qDBt0hi3
565さんが丁寧にお答えになったのに比べて、私のほうは相手にボールを
投げるだけで、少し不親切な対応であったかと反省します。
そこで、さしあたりどのようなことを念頭において566を書いたのか、
につき明らかにする必要があるわけですが、私個人の力量では足りません
ので、代表的な教科書からの引用をもってこれにかえます。

「サヴィニーおよびプフタにおいては―かれらが紛れもなきローマ法学者
であったにもかかわらず―自由意志の主体としての抽象的人格が体系化の
出発点であり、個々のローマ法源への依存度は実際にはそれほど大きく
なかったのに対して、それに続くローマ法学者たちにとっては、ローマ
法源の意義はますます増大してゆくことになる。すなわち、資本主義経済
の発展に伴ってもろもろの具体的利益衡量(たとえば「取引の安全」)
により抽象的な体系の内容をみたす必要が生まれ、そのさい多種多様なローマ
法源のなかから、その都度適切と思われるものが選びとられ、利用される
こととなった。そのさい、ローマ法源に拘泥することなく慣習法ないし条理に
よって妥当な解決を根拠づけることも論理的には可能であった。しかし
19世紀の中葉になると、実定法の相対性・可変性の承認は、もはや歴史主義
というかたちをとらずに、端的に制定法を第一順位の、ほとんど排他的な
法源と見る思考に示されるようになる。そして継受されたローマ法は
ドイツ人にとっての制定法にほかならぬとされ、もろもろもの利益衡量は
制定法としてのローマ法源による正当化を必要とするようになったのである」
(村上=伊藤ほか編『法学史』東大出版会1976 p147〔村上淳一執筆〕)

なお、これはドイツの出来事で、おなじ「大陸法」とくくられても、
フランスの場合は少し様子が異なります。ただ、それまで引用すると長く
なりすぎますので、省略します。


576 :法の下の名無し:2006/08/15(火) 22:37:28 ID:nXxlij/e
ちょっと聞け。
法律ってしょせん人間に対するプログラミングだろ
工学のプログラミングは相手が機械だからさっぱりいくけど
人間は複雑だからそうはいかない
曖昧で当然

577 :566:2006/08/15(火) 22:40:39 ID:qDBt0hi3
念のため申し添えますと、上記引用時期のドイツ法学の状況が直ちに
現在の日本における、「法学」や「法解釈」をめぐる議論において、
決定的な論拠になるとは考えません。あくまで、直接の議論を整理する
補助線の一つでしかないと思います。

578 :法の下の名無し:2006/08/16(水) 04:12:37 ID:n1CdXtx4
>>571

結局、主張したい結論は一体何なの?分かり易く簡潔に言うと。
主張したい結論とそれに対する論証の部分がごちゃごちゃに記載されて
いるから何を言いたいのかさっぱり分からない。
実際の訴訟でも素人が本人訴訟する場合にあなたと同じようなことをする人がいっぱいいるよ。
主張と証拠を分けて書かないで、ごちゃ混ぜに書くんだ。だからどれが主張
の部分でどれがそれに対する証拠についての記述なのかさっぱり分からないんだ。

579 :法の下の名無し:2006/08/16(水) 05:49:55 ID:TZW20ajw
お前らこんなのどうでもいいから、法典の編纂を手伝ってくれない?

580 :571:2006/08/16(水) 14:56:14 ID:k4NYBigx
>>578さん

なるほど。ご批判の趣旨は分かりました。
ただ、私自身はもう少し「本人訴訟式」wでやってみようと思います。
どうかお許しください。

581 :571:2006/08/16(水) 15:17:26 ID:k4NYBigx
580のつづき:
なお、566の後段は、何らかの主張を積極的に展開したものではありません。
もし敢えて主張と考えるとすれば・・

第一点:
「GesetzとRechtの関係」についての論点(@)は、以下の問題と密接に関連
すると考えられる。

@’「法律実証主義」と「法実証主義」の 違いとはなにか

@”「『法』の定立権限を独占する」と称する者 (たち)が定立した命題が
現に目の前に存する場合に、裁判権を委ねられた者(たち) はどのような
態度を採るべきか

第二点:
上記@〜@”の問題は、本スレッドの現在までの議論の展開における、次の
ような問題と関連する。

A「日本の裁判所が行っている 解釈は、『解釈』の範囲を超えて実質的に立法を
行うものであり、裁判所の価値観 を『法』とする恣意的なものである」と
いった趣旨の見解にどのように応えるべきか(応えられるか)


582 :法の下の名無し:2006/08/16(水) 16:51:56 ID:4jnA9MYB
>>581

「法律実証主義」と「法実証主義」の 違いとはなにとあなたは考えるのですか?
裁判権を委ねられた者(たち) はどのような態度を採るべきとあなたは
思うのですか?
Aについてどのようにあなたは応えるべきと考えるのですか?

なんだか中身のないカラ箱みたいですね。自分の主張というものが
何も入っていません。



583 :法の下の名無し:2006/08/16(水) 16:53:47 ID:uIB65XQ+
だからまとめページ作れっていってんだろうが
ボケ度もが

584 :581:2006/08/16(水) 18:27:23 ID:k4NYBigx
>>582さん

>なんだか中身のないカラ箱みたいですね。自分の主張というものが
何も入っていません。

分かりにくい書き振りで申し訳ありませんでしたが、このご指摘の
とおりでして、581でも申し上げたごとく、566後段は何らの積極的な
主張を展開したものではありません。むしろ、単なる質問です。

私はそのつもりでおりましたところ、578さんから「お前の主張は
結論が論拠と分節していない」との批判を頂いて、正直申して戸惑って
いたのです。
「自分の主張というものが 何も入っていない」旨、ご納得いただけたの
でしたら、幸いです。

585 :法の下の名無し:2006/08/16(水) 20:53:29 ID:n1CdXtx4
>>584

何を質問したいのですか?
国会の制定した法律を裁判所が勝手に解釈するから裁判所が第2の国会になって
いるんではないかとの疑問をいだいているのですか?
やたらと難しい言い回しをしていますが要するに上記のことが疑問なんですね。
そんなことありませんよ。裁判所も法律が何のために制定されているのかという
ことを考えて解釈しますから。あなたの好きな難しい方で表現するなら
目的論的解釈な〜んて言うんですけどね。

586 :584:2006/08/16(水) 22:57:43 ID:k4NYBigx
>>584さん
ありがとうございます。ただ、質問の趣旨とはやや異なるお答えのようです。

やはり566での質問が、曖昧であったことが問題であったのだと思います。
かえって混乱を招いてしまったので、これ以上流れを切らないため、
質問は撤回いたします。どうも、ご厄介をおかけしました。
(とくにお答えを頂いた585さんには、失礼をお詫びします)

587 :584:2006/08/16(水) 22:58:57 ID:k4NYBigx
訂正

>>584さん  ×
>>585さん  ○

588 :法の下の名無し:2006/08/17(木) 13:13:56 ID:pp0hypO5
>>584
>お前の主張は結論が論拠と分節していないとの批判を頂いて、正直申して戸惑って

分節だなんて難しい言い回しが好きですね。結論と論拠を分けて書くと言えば済むのに。
家の中でもそんな難しい言い方をしているのですか?
早朝意識が覚醒した後、朝食の摂取を実行し、新聞の俯瞰及び歯の研磨を実施した後
職責遂行の目的で外出したものである。なーんてね。ノイローゼになりそうですね。
朝起きてから朝飯食って、新聞よんで歯を磨いてから仕事にでかけたでいいんじゃないの?

589 :法の下の名無し:2006/08/17(木) 19:34:45 ID:e3Qtz6X6
>いいんじゃないの?

近頃流行の庶民原理主義ですか? これ中曽根元首相が言ってた「ポピュリズム」の特徴ね。

590 :520=589:2006/08/17(木) 19:53:46 ID:e3Qtz6X6
>520さんのご指示によるwikiの記述に、
>”Der Rechtssatz formuliert dabei in der Regel den Tatbestand und die
>Rechtsfolge der Rechtsnorm”

>とあるように、’Rechtssatz’は、要件と効果の結合したformであることに
>ポイントがあるわけです。

そうですね。ここは意外と重要なポイントなのだけれど、英米語の権利/法、
大陸語の権利/法のズレで核心が飛んでしまいました。

テーマにもどります。普通国内刑法では構成要件と法効果が一つの条文で結合してますね。
ところが民法ではそうじゃないでしょう。民法をここで言う「法命題/法規」ではない
という主張は法学の世界でも、普通の日常常識でもありえないと思います。
民法で、ある条文に記された規範から外れると、他者に請求権が発生するという場合が
多いですが、これは当該条文には示されていなくても、法制度全体で保障している
ということではないですか? この部分を法解釈の余地と見る事は十分内輪に
見積もった見解でも間違いはないと思います。それ以上の法解釈がどうなっているのか、
というあたりからさらに議論が進展するのじゃないか、というのがいままでのところの
私の感想です。たとえば「事情変更」の適用範囲、条件とか。


>すると、「法規」を「誤訳」とまで断定してしまうのは行き過ぎでしたが、
>「法規」は「法規範」(Rechtsnorm)との混同を生じやすいので、必ずしも
>よい訳語とはいえず、直裁に「法命題」としたほうが適切であった、とまで
>はいえるのではないかと思います。いかがでしょうか?

この部分。「命題」というのがやはり一般用語としては特殊な見方をされているので、
「ポピュリズム」を自覚的に利用なさろうという方々に足をすくわれる弱点になるの
ではなかろうかと危惧してますが、論理的には御説のとおりでかまわないと思います。

591 :法の下の名無し:2006/08/17(木) 19:58:42 ID:yRIpmhjf
>>589

庶民原理主義?ポピュリズム?
またまた分かりにくい言い方しますね。何のこと?説明してみて。



592 :520=589:2006/08/17(木) 20:01:58 ID:e3Qtz6X6
>「法規」は「法規範」(Rechtsnorm)との混同を生じやすいので

みなおしたらまたわからなくなってきた。
法規範というのは成文法の前にあり、それが条文表現されると「法命題/法規」と
なる、という見方と、裁判官が既存の「法命題/法規」を個別ケースに適用、解釈
して個別の「法規範」を判決ないしは判決が予測する法効果として提示(分節化する
でもいいですが、ウルサイからw))するという表現の仕方があって、この場合、
規範はザッツのどっち側にあるんだ、より抽象的なのか、より具体的なのかという
紛れが出てきますね。

『「法規」は「法規範」(Rechtsnorm)との混同』というのが、単なる混同では
ないようなので、いずれお暇な時にさりげなくご説明いただけると有り難いです。

593 :520=589:2006/08/17(木) 20:08:21 ID:e3Qtz6X6
>庶民原理主義?ポピュリズム?
>またまた分かりにくい言い方しますね。何のこと?説明してみて。

ポピュリズムというのは小泉的政治について中曽根さんがいろんなとこで何度も
言ってるからある高校生程度でもわかるはず。

イスラム原理主義でも、キリスト教福音派原理主義でも、これはほんとはかなり粗雑な
宗教倫理解で、ちょっとアブナイんじゃないか、知的伝統の蓄積からかなり逸脱
してるんじゃないかと、本人達もわかってながら、「これがほんとの庶民の理解じゃ」
と居直るのが原理主義。「庶民原理主義」というのは私が今即席で作った熟語。


594 :520=589:2006/08/17(木) 20:09:34 ID:e3Qtz6X6
ある高校生程度-> 高校生程度

595 :法の下の名無し:2006/08/17(木) 21:10:36 ID:yRIpmhjf
>>592 593

頭大丈夫?意味不明の言葉いろいろ寄せ集めるのは言葉のサラダと
いって統合失調症(精神分裂病)の特徴の一つですよ。

596 :法の下の名無し:2006/08/17(木) 22:53:52 ID:Yw0cFPBt
「法規範」、「法規」、「法命題」、「法解釈」は時代や学派によってずいぶん
意味が違うからサラダ記念日(古い!オヤジギャグ自爆)だけど、ポピュリズムや
原理主義は話題になってわりと新しいからわかるんじゃないですか?
判決文に使っていいかどうかっていうと、文脈上必然だったらいいんじゃないかな。
たとえば宗教法人の認定取り消し、異議申し立て、なんて道筋で出てくる判決。

597 :586:2006/08/17(木) 23:19:36 ID:L7O+RwyW
>>588さん

>早朝意識が覚醒した後、朝食の摂取を実行し、新聞の俯瞰及び歯の研磨を実施した後
職責遂行の目的で外出したものである。なーんてね。ノイローゼになりそうですね。
朝起きてから朝飯食って、新聞よんで歯を磨いてから仕事にでかけたでいいんじゃないの?

ははは、これはなかなか面白いですねw。日記もこの調子で書いてみようかな。

「分節」の件ですが、確かに”お里の知れる”品のない言葉遣い
になってしまったかもしれません。ただ、幸いにして、申し上げたい
内容には誤解が生じなかったようですし、ささっと書いたものですので、
どうぞお見逃しください。

>みなさま
本日23時59分をもって職責の遂行を免ぜられる期間が終了し、
明日以降、職責遂行の義務を履行する目的で外出しなければ
なりませんw。
したがって、いろいろなご疑問にお答えするのに、少し間が
空くと思いますが、ご了解願います。

598 :法の下の名無し:2006/08/22(火) 02:52:46 ID:f6XfatW3
狂気の桜はバカ

599 :法の下の名無し:2006/08/22(火) 23:06:41 ID:lDDO1APH
>狂気の桜はバカ

バカではないでしょう。ドイツ第三帝国の憲法観、それを裏口から密輸入した米国ネオコン、
こういう人達の法思想を日本にも定着させようという立派な心がけではないですか?

600 :法の下の名無し:2006/08/22(火) 23:53:11 ID:NNYI3CRs
>>1
学者のプライドです。

601 :法の下の名無し:2006/08/24(木) 01:18:35 ID:4JzFL/Ju
取消前、後の第三者の理論って1000年後も生き残ってると思う?
普遍性のない学問の悲しい宿命ですな。

司法試験だってそうだよ。
今までなら中卒でも受けれたのに、今度は法科大学院を出ないと受けれなくなった。
法律ってほんと普遍性ないよね。
じゃあ今までのはなんだったの?って話だよ。
過去の法律は偽で、今の法律は真なのか?
で、また改正されたら今度はそれが真になるのか?
真ってそういうもんじゃないだろ。
真っていうのは永遠に真なんだよ。
あきれたよ。

602 :法の下の名無し:2006/08/24(木) 01:22:34 ID:yIa6KRpm
>>601
司法板に帰れ!かえれー!

603 :法の下の名無し:2006/08/24(木) 02:07:35 ID:zH/NWy48
何故、法学が文学の一種であるという主張に対して
それほど過剰に神経症的に反応するのかがわからない。

実際、批判法学やフェミニズム法学などでは、文学における
批評理論の適用が行われているし、法解釈の範囲を限定する
領野の分析は法学にとっても有意義であると思う。

法学が対象とする範囲を限定する行為は、それ自体、法学の
可能性を不必要に狭めてしまうように思われるのですが。

また法学と文学の違いを指摘するとすれば、それは各テクスト
が背景とする「制度」の性質の違い(相対的な)であると思う。

これまでの様々な主張は無批判的な「法学」にアイデンティティ
を求める、素晴らしく模範的なものであると感心しました。やはり
旧帝大の法学部は廃止すべきです。無批判的な法学徒ほど社会に
とって有害なものはないですからね。

604 :法の下の名無し:2006/08/25(金) 03:06:48 ID:cg0AcsF8
>>601
その通り。
いくら学者の通説でも、国家権力や最高裁のお墨付きが
ないとリアル社会で堂々の主張できないのが法律理論
本当に真なら何の助けも借りずそれだけで通用するはずなのに

605 :597:2006/08/29(火) 09:26:36 ID:G4hePzTV
久しぶりに来てみたら、どうももう終わってしまったようですね。少し
残念です。

606 :597:2006/08/29(火) 09:59:39 ID:G4hePzTV
>>590さん

遅くなりすいません。もうご覧になっていないかもしれませんので、一言だけ。
法命題と法制度については、『法律家の歴史的素養』(東大出版会 2003)
のUに載っている、児玉先生と石部先生の論文がご参考になろうかと思います。

それから、法規範と法命題については、確かに両者を厳密には分けて考えない
ことも可能ではありますが、一応はっきりと区別しておいたほうが、問題が
明確になるだろうと考えたわけです。一度分けて検討した上で、やはり
別に考えることはできないだろうという結論にもしなるとすれば、それはそれでよい
だろうと思います。

607 :597:2006/08/29(火) 10:25:06 ID:G4hePzTV
それから、「法学が文学の一種であること」という考え方を検討することが、
神経症的であるとの見解が述べられていましたが、そうは思いません。

まず、法学が文学(または文芸作品の研究)と密接な関連を持っていることは、
575で引用したようなドイツ法学の潮流から出発した歴史家が、第2回ノーベル
文学賞を受賞していることから分かるように(Theodor Mommsen)、明らかであろう
と思われます。

だからといって、法学と「文学」が全く同じことをしているというわけではない。
では、どこからどこまでが一緒で、どこがどう違うのか、それはなぜか、その違いは
きちんとした理由に基づいているのか。こうしたことを検討してみるのは、法学、
「文学」いずれを好んでいる者にとっても有益なことではないでしょうか。

このスレッドは、時に感情的なやり取りもありましたが、少なくとも以上のような
問題に向き合おうとする方々も多くお見えになっておられたように思います。
その議論を、すべて一緒くたにして、「神経症的」とするのは、根拠に乏しい
議論であると思います。

608 :法の下の名無し:2006/10/16(月) 17:55:31 ID:2lnVjnNF



609 :法の下の名無し:2006/10/18(水) 20:05:39 ID:n+OXSRYo
【命の重さ】どうなる日本の死刑制度 2【償い】
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/court/1161081097/
の常駐コテの一人が、社会が悪いから死刑囚が生まれるので、死刑廃止という論戦を過去スレで延々と繰り返している。
法に詳しい識者の判断はどうなのですか?
意見求む。

610 :法の下の名無し:2006/10/19(木) 00:53:51 ID:K6zxYDCK
文学じゃメシは食えんわなw

611 :法の下の名無し:2006/10/23(月) 04:12:58 ID:MCr9Jleg
山村美沙サスペンス、原作者の娘だから
山村紅葉が役者として毎回レギュラー出演できてる件

612 :法の下の名無し:2006/11/06(月) 06:12:41 ID:bjJvC1Tm


613 :法の下の名無し:2006/11/08(水) 00:07:13 ID:YZusuK8h
文学者はよく自殺する。芥川龍之介、太宰治、有島武郎、三島由紀夫、川端康成・・・。
法学者の自殺はほとんど聞かない。命を賭けているほうが、思想が深いと思う。

614 :法の下の名無し:2006/11/30(木) 16:40:08 ID:Ta8FlWy8
あの、目指すところが違うだけでいいんじゃないですか?
法解釈→現実問題の解決
文学→文学的な何か

615 :法の下の名無し:2006/11/30(木) 16:40:44 ID:Ta8FlWy8
あげちゃった。
ごめんなさい

616 :法の下の名無し:2006/11/30(木) 18:10:35 ID:/LH7PZB/
京都産業大法出身の者ですが、こういう高度な議論をしてるときは全員固定ハンドルを
付けてください 優秀な人は神と崇めますので

617 :法の下の名無し:2007/01/17(水) 10:29:16 ID:uHrz9omT
法解釈の特徴?

1権威ある学者様の言うことが絶対であり、学生はその感覚を
理解することが基本。
2その学者様は学生が名前覚えられるぐらいの少数の人間。
3その少数の学者様の思想や主観に多大な影響を受ける。
4解釈においてなんの法則性も明示されていない。
5結論先にありき。


618 :法の下の名無し:2007/01/17(水) 10:43:30 ID:uHrz9omT
そして、東大という天才たちの集う大学の教授陣がその学者様の本拠地なわけだが、
なぜ、賢い東大生様がそんな学者様の言うことを素直に聞いて納得しているのか。

まず、東大受験で、人の言うことをすんなり受け入れることに力を注いできたために、
疑うことを知らない。
さらに、多少の疑問を抱いたとしても、その次に来る、司法試験や国Tの試験で勝つことに注力しており、
疑問を広げすぎることは競争に不利を招くために、権威主義を受け入れざるを得ない。

619 :法の下の名無し:2007/01/21(日) 16:24:48 ID:kNSGk/Og


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