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【海援隊士】陸奥宗光【外務大臣】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 23:03:30 ID:QflmYrax0
えらい出世!!もちろん血の滲むような努力をし初めて英国との条約改正に成功、三国干渉をすばやく収拾
。ぜひこの人に総理大臣になっていただきたかった!初の藩閥外総理大臣。今からとゆう時にもったいない。
ということで幕末・明治の伊達男。宗みっチャンについてかたろうぞよ。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 23:18:30 ID:ordvjWIY0
岡崎久彦の「陸奥宗光とその時代」、「陸奥宗光 (上下巻)」は、
陸奥の切れ者ぶりが伝わってきて面白いよね。
岡崎氏の遠戚でもあるのを差し置いてもね。

勝海舟の「氷川清話」では、勝は、出世しても挨拶に来ない
陸奥のことは好きではなかったみたい。でも、上記の本で褒めてはいるけど。
ただ、勝、曰く「上に立つよりは参謀的な地位に置くと活きる」のが陸奥らしい。
好きですね、この人の大局を見通した洞察力。
伊藤博文とのコンビは、まさにベスト。
日清戦争を起こすあたりの、手腕は凄すぎです。


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 07:34:07 ID:KIY9H5VZ0
( ゜Д゜)奪おー

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 10:25:57 ID:lR9SO5nuO
さっ坂本さーん

5 :1です:2007/01/21(日) 14:35:28 ID:j4cguwgZ0
私もみたよ。今は下巻の最初までやけど。最初は龍馬が好きで色々みてたら龍馬が「今路頭に迷っても一人で生けていけるのは陸奥とおれだけだ」みたいな事をゆってたから
どんな人やろぉーておもったら「商法の愚案」という西洋の同盟商法の原理、商品の海上輸送保険、商売専門の隊士を置く事についてかかれてたいとか幕末の頃からもう外務大臣の種をもってたんやなぁと思い今も
勉強中です。そこでひとつ聞きたいんですけどプロシア憲法と英国憲法
の違いをアホな私のためにわかりやすく説明していただけないでしょうか?

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 16:32:59 ID:cXjEbfb9O
送る言葉〜♪

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 00:24:49 ID:5/9/cLhtO
イギリス型
一般に裁判所の判断(判例)を前例とし、重要な法規範とする。
また憲法においては、歴史的故事や歴史的文書(前者:衆議院の解散、後者:権利の章典など)が法源であり、
慣習法も事実上の憲法法源となっているのが特色。
上院は貴族から勅撰される。
そして裁判所は上院に設置される為、
法曹を一代貴族として叙任した後に裁判官として任命する。
つまり選挙制度は下院のみで、かつ形式的には三権が未分離である。
ジョン=ロック思想の影響があり、革命権思想が根底にある。
また、数多の議会・市民と国王の歴史や伝統が、
今なお君主権を制約する重要ファクターとなって作用している。

8 :1です:2007/01/24(水) 17:41:58 ID:z1TyYQ+O0
有難うございます。下巻を読んでても単語単語で書かれてるのでなかなか先に進まないんですよ。
あと「欧米では科挙の制度をマンダリン制度」という。の「科挙」ってなんですか?

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 08:41:16 ID:bYFij3fLO
通りすがりですが、さしもに、それ位は辞書引くなり、ネット検索した方が早いと思われます。自分で調べた知識は定着します。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 11:05:17 ID:BrTm2oJL0
王道の狗の陸奥めっちゃ格好良かった。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 07:57:43 ID:sbsBuzDWO
科挙
唐代に成立し、清朝まで続けられた高級官吏登用制度。
進士科ほか複数の科からなり、科ごとに人選をするので科挙という。
試験は学科試験(地方一次・中央二次)、問試。
郷党や門閥一族が多すぎる中国にあっては、
有能な人材を選抜する目的の他に、
門閥血縁者の任官を制限する意図があったものと思われる。
実際、科挙施行後も官吏の事実上の世襲は続いた。
なお、マンダリンは揶揄または侮蔑を込めた言い回しである。

12 :1です:2007/01/26(金) 08:26:55 ID:qNTjUAWN0
>7、11さん
同じ方ですか?たいへんわかりやすい説明ありがとうございます。9さんの仰るとおりそれぐらい自分で調べなとゆわれて初めて気づく私...私の周りに明治の外交に詳しい人がいないので
つい甘えてしまいました(ノ_;)これからはなるべく自分で調べます。でもやっぱりまた聞かせて下さい(笑)
あと>10さん
陸奥宗光は結構登場されるんでしょうか?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 09:51:48 ID:sbsBuzDWO
趣旨はともかく陸奥スレはあってもいい。
が、アンカーは半角でつけようよ。。。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 14:43:43 ID:VW2Y8LPl0
萩原延壽の本のほうが知的でいいと思う。ちと古いけどね。

15 :1です:2007/01/26(金) 19:29:23 ID:qNTjUAWN0
>13さん

これでいいのでしょうか?
>14さん
それは陸奥宗光の小説なんですか?陸奥宗光にお詳しいのなら、なにか面白いエピソードあれば教えて下さい。


16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 19:39:44 ID:sbsBuzDWO
>>15
ある意味面白いが不思議と笑えない。
数字も半角で

17 :1です:2007/01/26(金) 21:50:14 ID:qNTjUAWN0
(笑)なんかすいません!その青い数字みたいなのはどうやってだすのですか?

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 23:08:56 ID:sbsBuzDWO
>>17
↑を真似しなさい。半角で。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 02:22:07 ID:EYmQFv1x0
>>15
陸奥宗光の学術的な伝記です。人間・陸奥宗光の複雑さ、奥深さがよくわかる本だと思います。
また、中央公論の「日本の名著」シリーズのなかに、
萩原編集の「陸奥宗光」という巻があります。こちらは絶版なので図書館で見ていただくほかないですが、
陸奥の著作「蹇蹇録」と、萩原による解説が載っていて、お得です。

陸奥に関する有名なエピソードと言えば、二人目の奥さんが綺麗ということでしょうか。
英国の外交官アーネスト・サトウが唯一その容姿をたたえている日本人女性だそうです。
現在の視点から見ても美人です。留学先からの奥さんに対する手紙は微笑ましいです。
まあ、萩原の本で読んだことですが。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 02:32:44 ID:J9jLPiCc0
>>12
後半は主人公のライバル的ポジションで出番多いよ
古河財閥との繋がりや李鴻章との交渉がネタになってた

21 :1です:2007/01/28(日) 19:16:45 ID:xBwec7X10
>>18さん
真似しましたぁ。できてるのか不安...

>>19さん
わざわざ有難うございます。ちなみにそのタイトルは何とゆうのでしょう?
陸奥の著作「蹇蹇録」と、萩原による解説の方はさっそく図書館へ駆け込みます!!ところで亮子さんはすっごい綺麗ですねぇ!!私もあんな鹿鳴館の花のような美人に生まれたかったです(。p_q 。)
でも横顔の写真しか見たことないんです。正面の写真、ご覧なられたことあります?でもほとんどかかさず手紙を書いていたなんて素敵ですよね。ところで、一番目の蓮子さんの写真はご覧なられた事あるのですかぁ?

>>20さん
有難うございます!!陸奥宗光下巻読み終わったらさっそくかいにいきます!!これでまた楽しみが一つ増えました!!
教えていただき有難うございました!!

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 19:48:33 ID:wgWs5Z7E0
>>21
萩原の本は、そのまんま「陸奥宗光」です。僕が読んだのは図書館にあった上下巻のものでした。
亮子夫人の写真ですが、たしか日本の名著に載っていたと思います(陸奥夫妻と、先妻との間の長男の三人で)。
最初の奥さんの写真は残ってないのではないでしょうか。肖像画は何かの本で見かけた気がしますが・・

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 20:15:31 ID:62s8BcfnO
>>1育成型のスレってめずらしいな

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 20:43:43 ID:xBwec7X10
>>22さん
正面顔も綺麗ですかぁ?蓮子さんの肖像画のこってるんですかぁ。
初耳です!!女の人の肖像画ってめずらしいですねぇ。見てみたいです。
あと萩原延壽の陸奥宗光上下高いですね...でも数少ない陸奥本なのでいずれ買います!!ちなみに幕末の頃の陸奥に詳しく書かれてる本はご存知ですか?坂本龍馬の海援隊の本にはまあまあ載ってますけどなんかもの足りないというか...
まあ明治に活躍した人だからやっぱりないですよね(。x_x)

>>23さん
アホな私のために丁寧に皆さんが教えてくれるんですごく嬉しいです!!よろしければ海援隊、明治外交(陸奥以外でも)についてエピソードなり
知識なり教えていただけたら嬉しいです。


25 ::2007/01/28(日) 20:44:42 ID:xBwec7X10
すいません...1です

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 23:07:27 ID:pXvH8uDP0
岡崎久彦の陸奥宗光とその時代は面白いと思う
まぁ、陸奥・伊藤のコンビを持ち上げすぎな気はするが

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 23:20:51 ID:62s8BcfnO
若い小村に「しばらく我慢すれば、いずれそれなり(欧米公使)のポストに」
と言ったら「その頃まで閣下が外務大臣の椅子に座っている保証はないでしょう」
と切り返されて、さすがに黙ったらしいね。
明治日本を代表するこの2人の外交官は揃って小生意気で、
極めて細かい神経の持ち主でありながら豪快を装う癖があり、
苛烈な外交環境の中で早死にするという共通項がある。

28 :1です:2007/01/29(月) 00:22:27 ID:rGvWHs/n0
>>27さん
有難うございます。思わず笑ってしまいました!!小村寿太郎はたしかポーツマス講和会議の時の全権外務大臣ですよね?陸奥宗光もかじりはじめたばかりでまだ周りの関係者はさっぱりわかりません。(情けない)
原敬、星亨など陸奥が愛した人達のこともいずれ勉強しようと思っています。この人達を主役にしたお勧めの本などあれば教えて下さい。それと一つ気になっていて、仙台の監獄生活の時に洗濯婦との間に一人女の子ができたそうですね。
その時に伊藤痴遊やその後の大衆作家が面白おかしく語ってるみたいで岡崎さんの陸奥宗光は割愛されてるので
このエピソードもご存知でしたら教えて下さいませ。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 01:06:09 ID:3Mk1Vfut0
天満屋事件で斉藤一が中井庄五郎ではなく陸奥宗光を斬っていたら歴史はどう変わっていたのか。
明治の元老の中には新撰組に命を狙われた者は多いが、自分から新撰組に斬り込んでいったのはこの人ぐらい。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 07:53:26 ID:8m5CZ1fFO
>>29
人数分の合印用意して疎漏なく配布したり…
というような、荒事するにもまずは段取りから、
ってな事務屋根性と、事務家として非常に有能なところを
司馬がユーモアと多少の皮肉を込めて書いてたような

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 14:59:47 ID:liytUDc50
原敬と陸奥の、最後の会見の話は泣ける。
彼らも血の通った人間だというあたりまえのことを再認識させられた。

32 :1です:2007/02/02(金) 20:19:36 ID:VbuWcJEv0
>>29さん
考えた事もなかったです!!おもしろい視点ですね。よほど龍馬を殺されたのが無念だったのでしょうね。私的には龍馬がいきていたら陸奥のその後は
どうなったのかですね。やはり世界の海援隊めざして明治政府のパトロン的立場で岩崎みたいにささえたのでしょうか?頭が弱いのでこんな発想しかできません...
>>31さん
原敬との最後の会見、面倒でなければ詳しくお願いします!!私は中島信行が最後に訪れた時のエピソードは何度
読んでも泣けます。たしか中島も海援隊出身でしたっけ?

33 :1です:2007/02/02(金) 20:24:03 ID:VbuWcJEv0
<私的には龍馬がいきていたら陸奥のその後は
どうなったのかですね>
文章がおかしいですね(笑)すみません。
どうなったのですかね。やはりはカットで!!

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 02:29:52 ID:Wy+HnpDL0
>>32
岡義武の書いた「原敬」に載っています。

35 :1です:2007/02/05(月) 19:05:16 ID:rT+SAbbg0
>>34さん
ありがとうございます。今の本が読み終わったら探してみます。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 21:15:34 ID:zvlRNGpk0
>>35
失礼、間違えました。
岡義武の「近代日本の政治家」という本の中の一章が原敬に割かれていて、それに書いてあります。
その本には他にも伊藤博文、大隈重信、犬養毅、西園寺公望の評伝も載っています。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 21:58:45 ID:UXQZpVn6O
条約改正は幕末からの懸案で、その是非善悪を疑う者のない業績だった。
が、半ば謀略的に大陸進出の端緒を作り、
それは(正義などではなく)「国益のため」だったと言い切った辺りに評価が別れるね。
大陸積極策と、謀略的な既成事実化という悪しき前例を作ったのは否定できない。
ただ、沸騰世論を尻目にそれは「国益のため」だったと冷厳に言い切るあたり、
逆に陸奥はファナティックな国威高揚主義者ではなく
冷静な打算家(美称である)と読みとることもまたできる訳で、
この辺りの評価論は本当に別れる。
俺としては功4罪6だったのではないかと考えている。
功4のうちの2は、小村と原を見出したことだが、
これは罪6のうちの2にも相当する。

38 :1です:2007/02/05(月) 22:14:27 ID:rT+SAbbg0
>>36さん
わざわざご丁寧に有難うございます。それはいい本ですねぇ!!ぜひみなくては。それにしてもこの時代の外交って本当に大変だったんですね。西欧に遅れすぎてるため井上みたいに何でもかんでも
西欧風にする。みたいな事をして追いつこうとしても世論の反発をうけ、だからといって国粋主義者になってると時代遅れといわれ、こう口では上手くいえないですけど党やら派閥やらあるなかでよく条約改正に成功した陸奥はほんとすごいですね。
血の滲むような努力とそれを成し遂げようとする強固な意志、出会い、時期が見事に重なり」あった感じですね。

39 :1です:2007/02/05(月) 22:16:22 ID:rT+SAbbg0
>>36さん
わざわざご丁寧に有難うございます。それはいい本ですねぇ!!ぜひみなくては。それにしてもこの時代の外交って本当に大変だったんですね。西欧に遅れすぎてるため井上みたいに何でもかんでも
西欧風にする。みたいな事をして追いつこうとしても世論の反発をうけ、だからといって国粋主義者になってると時代遅れといわれ、こう口では上手くいえないですけど党やら派閥やらあるなかでよく条約改正に成功した陸奥はほんとすごいですね。
血の滲むような努力とそれを成し遂げようとする強固な意志、出会い、時期が見事に重なり」あった感じですね。

40 :1です:2007/02/05(月) 22:25:48 ID:rT+SAbbg0
>>36さん
わざわざご丁寧に有難うございます。それはいい本ですねぇ!!ぜひみなくては。それにしてもこの時代の外交って本当に大変だったんですね。西欧に遅れすぎてるため井上みたいに何でもかんでも
西欧風にする。みたいな事をして追いつこうとしても世論の反発をうけ、だからといって国粋主義者になってると時代遅れといわれ、こう口では上手くいえないですけど党やら派閥やらあるなかでよく条約改正に成功した陸奥はほんとすごいですね。
血の滲むような努力とそれを成し遂げようとする強固な意志、出会い、時期が見事に重なり」あった感じですね。

41 :1です:2007/02/05(月) 22:35:34 ID:rT+SAbbg0
>>36さん
わざわざご丁寧に有難うございます。それはいい本ですねぇ!!ぜひみなくては。それにしてもこの時代の外交って本当に大変だったんですね。西欧に遅れすぎてるため井上みたいに何でもかんでも
西欧風にする。みたいな事をして追いつこうとしても世論の反発をうけ、だからといって国粋主義者になってると時代遅れといわれ、こう口では上手くいえないですけど党やら派閥やらあるなかでよく条約改正に成功した陸奥はほんとすごいですね。
血の滲むような努力とそれを成し遂げようとする強固な意志、出会い、時期が見事に重なりあった感じですね。

42 :1です:2007/02/05(月) 22:39:03 ID:rT+SAbbg0
ごめんなさい。こんなにいっぱい入って」るとは...さっきは入らなかったのに...気持ち悪いですけどどうか気にしないでください。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 04:14:09 ID:lx7uS6NL0
邪魔だ

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 20:58:37 ID:wFbhVr7fO
37さんの様な内容の見解には、あの選択を取らなかったらば、日本がどんな状況に置かれたかについての理解が浅いね。やられなければ、やられる。それが帝国主義の時代。そこに、いや歴史に善悪の物差しを持ち込むと真実の歴史は見えて来ません。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 21:34:27 ID:rMihOZEtO
>>44
いやいや、是非善悪はともかく、
大陸進出の端緒を切ったのは陸奥であり、さらに進めたのは小村であり、
国家外交を謀略先行で追認させる手法を維新以降最初に本格的に使ったのも陸奥ですよ。
それこそ善悪の問題じゃない。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 22:43:06 ID:UNKFixcE0
>>45
で、結局あなたは、そのような大陸進出政策を否定的に評価してるわけだよね。
それはそれでいいんだけど、なぜそう評価するのかってのをもっと詳細に説明した方が説得力あるよ。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 00:38:54 ID:+xmjMKilO
日清戦争を起こさずにただ手をこまねいていたら、ロシアの南下政策にも太刀打ちできず、ロシアの植民地ですね。日清戦争に勝利して賠償金を軍備増強に当てられたのは、それだけでも国益にかなっています。結局、当時はロシアからの脅威にどう立ち向かうかなんですね。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 08:32:10 ID:aLYGEz9q0
>>47
>日清戦争を起こさずにただ手をこまねいていたら、
>ロシアの南下政策にも太刀打ちできず、
>ロシアの植民地ですね。
当時のロシアは、ニコライ皇太子の暗殺未遂事件という空前の不祥事すら
不問に付したほどの超親日国。日本にとって脅威なんてなかったよ。
日露関係がおかしくなるのは日清戦争後の三国干渉から。

>日清戦争に勝利して賠償金を軍備増強に当てられたのは、
>それだけでも国益にかなっています。
賠償金なんて、それまでに使った戦費を補填してもらっただけのこと。
最初から戦争なんかせずに、その費用を国家インフラの構築にあてておけば
もっと効率がよかったし、1万人もの戦死者も出さずにすんだ。

>結局、当時はロシアからの脅威にどう立ち向かうかなんですね。
繰り返しになるけど、「ロシアからの脅威」も「清国からの脅威」もどこにもなかったんだよ。
戦争を起こす口実が欲しかっただけ。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 11:06:57 ID:+xmjMKilO
本気で、ロシア分析してその認識だとしたら、歴史に対する勉強を一からやり直すのを進めます。ペリーが来るさらに前からロシアは極東、日本の領土を狙っていたのはロシア側が資料で残しています。よくお調べ下さい。

50 :45:2007/02/09(金) 11:21:45 ID:5PICx4u4O
>>45です。

>>46
大陸進出そのものよりも、国内を半ば欺いて事を為す手法は後々に悪影響として響いただろうね。
大陸進出策そのものについては、敢えてコメントは避ける。

>>47
日清戦争時点ではロシアはあまり関わりがない。
朝鮮での主導権争いというのが日清戦争の本質であって、
義侠心や憤慨で出兵したのではないことは陸奥自身が認めている。
むしろ日清戦争によって日本が大陸進出し始めたその出端、
折しも露土戦争によってエーゲ海進出に頓挫したロシアが極東進出に転換しつつあったため、
相互がぶつかりあう形になってしまった。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 13:21:26 ID:+xmjMKilO
朝鮮は地政学的にも、ロシアは必要としていたのは明白です。同時に日本の国防の点でも重要な緩衝地帯です。当然、遅かれ早かれロシアとはぶつかります。あのタイミングで日露戦争に持ち込んだのは正解です。シベリア鉄道が完成したらアウトです。


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 13:31:05 ID:+xmjMKilO
つまり、日清戦争の本質とは、清との勢力争い止まりではなく、ロシア側の国家戦略を見据えての朝鮮確保という役目も果たしているのです。日本が取らなければロシアが取りますから。

53 :1です:2007/02/09(金) 13:50:02 ID:nyeuevoe0
話の腰を折ってすみませんが陸奥が農商務大臣の時の功績として度量衡法がありますよねえ。それについて調べたんですけどよくわかりません。
これを作る背景と意味をわかりやすく説明いただけたら助かります。

54 :48:2007/02/09(金) 15:22:18 ID:aLYGEz9q0
>>49
2chにはあなたのような人が多いけど、ずいぶん歪んだ歴史観を持ってしまっているね。
ロシアが「狙って」いたのは、日本と国交を開いて貿易をすることだよ。
ロシア極東地区では食料や物資が常に不足していたので、日本との貿易で補おうとした。

>ペリーが来るさらに前からロシアは極東、日本の領土を狙っていたのはロシア側が
>資料で残しています。
ロシア側の資料なんていわなくても、歴史の教科書レベルでも、ロシアに日本侵略の意図が
「無かった」という史実ならいくつも載ってるよね。
独断で日本を武力襲撃したレザノフは、本国の支持も得られずに帰国して失意のうちに死んでる。
幕末に対馬を一時占拠したロシア軍も、幕府の説得に応じて撤退しているよね。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 15:49:16 ID:+xmjMKilO
ロシアが貿易だけしか望まない?一体どこからそんな結論を導き出すのですか?不凍港の確保という国家戦略によりロシアが動いていたのはご存じか?当時の列強のやり方は、軒先を貸りて母屋を取る。貿易が真の目的ではありません。日本の教科書に惑わされ過ぎです。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 15:53:29 ID:+xmjMKilO
また、ペリー来日時にアメリカに呼びかけて日本を脅そうとしたのはご存じか?もっともアメリカにあっけなく断られましたが。あまりにロシア側の内在論理にまで考察、勉強が及んでいないのには理解に苦しみます。もっと、知的に誠実な歴史資料を幅広くお読みになって下さい。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 16:30:57 ID:tsfVz1YH0
ウラジオストクという都市の名前は、ロシア語で「東方を征服せよ」と言う意味だそうな。
まあそれはともかく、ロシアの侵略性だけをことさらに強調する必要はないと思うけど、
ロシアが平和的な手段のみで通商をしようとしてたと考えるのはあまりにナイーヴだな。
当時は帝国主義の時代だったわけで。
日本が侵略の意思を持っていたように、ロシアもそうだったんだよ。どっちも遅れて来た国だからね。

>>50
あなたは>>37と同じ人だよね。
>>37では、「大陸積極策と、謀略的な既成事実化という悪しき先例」と述べている。
つまり、あなたは陸奥が国民を欺いたことだけでなく、大陸政策についても悪だと批判してる。
何でいまごろ言及を控えるのか、よくわからん。

58 :45:2007/02/09(金) 16:45:49 ID:5PICx4u4O
>>45です。
ロシアがシベリア地域の慢性的な食糧不足で悩んでおり、
日本をシベリアのストッカーにしたがっていたのは事実です。
日本から食糧を買って人を養い、シベリアを開発し、
毛皮で決済できればシベリアが発展する分だけロシアが得をする。
その意味で、ベルリン条約が発効する19世紀後後半までは日本への侵略意図は薄かったでしょうね。
不凍港が欲しいって言っても、ロシアの第一希望はあくまでヨーロッパなんです。
凍らなきゃ何処でもいいわけじゃない。
それを実現しようとしたのがクリミア戦争や数度にわたる露土戦争だし、
露骨にでたのがサン=ステファノ条約だ。
前述したようにこれがベルリン条約で停滞ならまだしも後退して、
極東に対する関心が高まってくる訳です。
そうすると、ベルリン条約でイギリスにしてやられたのとよく似た島が東にもあった。
それが対馬。
ロシアが日本本土を狙っていたというのは妄想に近いが、
成り行き次第では対馬くらいは欲しがったかも知れない。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 16:51:26 ID:5PICx4u4O
>>57

>>45です。
「悪しき」が「謀略」だけに係ると読むこともできますよ。
で、何故コメントを控えるかというと、
「大陸積極策の結果どうなったか」ということは論じられても、
「大陸積極策そのものが是か非か」を論じるのは難しいから。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 16:57:33 ID:tsfVz1YH0
>>59
>「悪しき」が「謀略」だけに係ると読むこともできますよ。
えええええ・・・・、もういいや。

61 :45:2007/02/09(金) 17:04:16 ID:5PICx4u4O
>>45です。

>>60
そうそうw
「係ります」と断言せず「読むこともできます」としたのも故意です。
ってのは、突っ込まれて初めて、
その辺りの評価論はいくら話しても決着しないなと、気づいたから、、、
(どうして決着しないかは>>59

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 17:06:23 ID:tsfVz1YH0
>>61
歴史は結果で判断すればいいんじゃね。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 17:11:10 ID:5PICx4u4O
>>45です。

>>62
そういう割り切り方できる人、この板には少ないから。。。
「それは結果論であって、当時は…」
の話になると俺も対応しきれないよ

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 17:19:05 ID:tsfVz1YH0
>>62
結果論としても、悪かったのかね。
当時の国民のレベルを考えると、欺くほかないんじゃないか。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 17:19:53 ID:tsfVz1YH0
>>64
アンカミスった、>>63で。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 17:28:39 ID:+xmjMKilO
ロシアが国境は少しでも遠い方が良いとの方針で戦略を持っていたのはご存じですか?西にも東にもです。シベリア鉄道の建設目的を考察ください。当時の国際情勢について識見が不足しすぎです。


67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 17:29:36 ID:5PICx4u4O
>>45です。

>>64
日清戦争って、結局は朝鮮問題の中の1シーンですわね。
で、朝鮮の処置については陸奥自身失敗を感じてたようだわね。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 17:31:50 ID:tsfVz1YH0
>>67
オネエ言葉噴いたww
そう、日清戦争は結局朝鮮半島をめぐる争い。
そこで止めとく手もあったんじゃないかな

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 18:40:41 ID:5PICx4u4O
>>45です。

>>66
自分の国際情勢観は>>58でいくらか述べました。
不勉強ですか?
精進します。

>>68
それは俺の手には余る話柄かも知れない。
俺は専門家でも何でもない1人の好事家にすぎないが、
止めることが出来たであろういくつかの事実をほじくり出すよりも、
止めなかった結果どうなったかを検証する方が史学という学問の趣旨に添う気はするが。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 22:28:24 ID:+xmjMKilO
45さん。対馬の事件もイギリス艦隊に威嚇されたから帰っただけです。勝が在北京のイギリス公使に依頼した結果です。あなたの認識には1853年、「おろしあ国の船」長崎来航海事の長崎奉行のナイーブさが重なります。ロシアの分析にはキッシンジャーの「外交」をお薦めします。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 22:39:15 ID:+xmjMKilO
付け加えますと、レザノフが皇帝から許可を得られなかった件も、当時、1805年はナポレオン戦争、真っ只中で極東に戦力をまわす余裕がなかったためにすぎません。


72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 05:48:28 ID:S889AWwi0
>>69
「止めなかった」結果は自明だろ。「止めなかった」要因のほうが興味あるな。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 09:33:28 ID:onD2IoNEO
>>45です。

最前からどうも1臭い>>70-71
陸奥の言葉で応答します。
「趣旨がよく分からない」。

>>72
それはそれでいいんじゃないのかな

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 10:08:20 ID:3YaEQ0XoO
ロシアの脅威がなかった等とは不見識も極まれり、という事ですよ。やはり、理解は難しかったですか・・・。それはそれで結構ですが。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 10:47:34 ID:onD2IoNEO
>>45です

>>74
そんな主張してないけども。
ただ日露戦争は帝国主義と帝国主義の争いだったということを申し上げているだけですよ。
国民感情は別として、要するに利権争いです。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 11:17:47 ID:TpfVU8Tw0
>>71
アウステルリッツでロシア皇帝がひどい目にあってる頃に、
のんきに択捉焼き討ちとかやってたわけか>レザノフ
こんなショボい奴じゃなくて、クトゥーゾフとかバグラチオンとかの
歴戦の猛将が派遣されていたら、徳川幕府もやばかったかもしれんね。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 11:20:02 ID:DTkLY8Jo0
当時の日本の政治家には朝鮮半島をロシアに押さえられたら、日本は終わりだという
ノイローゼに近い恐怖心があったんだよ
実際そのぐらいロシアの極東への進出が露骨だったんだけども


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 11:39:53 ID:3YaEQ0XoO
45さんは、主張に矛盾がありすきです。58で「ロシアが日本本土を狙っていたのは妄想」と言っています。私は、その認識が不見識だと指摘しつづけたのです。上の書き込みの方の見解には同意ですね。極めて常識的な認識です。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 13:49:02 ID:onD2IoNEO
>>45です。

>>78
日本本土は範疇の外でしょう。
日本の側から言うとコンパスの針はあくまで朝鮮です。日本本土ではない。
そして、それは日清戦争で朝鮮に主導的な権益を持ってしまった為で、
これを強行したのが本スレの陸奥ですよね。
対してロシア側にしてみれば、大枚叩いてシベ鉄作っても、
タイガのド真ん中に降りたんじゃ旨味がないわけです。
ロシアの常套戦略である「人様の土地を通行して海へ」、つまり日本海か東シナ海には出たい。
つまり権益の調整が折り合わない為の戦争、帝国主義間の戦争であり、
満鉄沿いに戦線が北上して行ったことからもこれは明白ですよ。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 14:57:16 ID:3YaEQ0XoO
過去の書き込みの通り、ロシアの日本への戦略は、日清戦争前から一貫しています。そこからも対馬で目的を終える事はないわけです。本土にまで及ぶのは明らかであり、朝鮮が防衛線を果たすのは山県も言及した通りです。このあたりについての分析が浅薄と言わざるを得ません。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 17:01:55 ID:onD2IoNEO
>>45です。いつまで続くのやら。

>>80
要するに「日清・日露戦争は祖国防衛戦争だった」と仰りたいのは分かります。
しかし、日清戦争は朝鮮での主導権を清と争う面が色濃く、
日露戦争は日清戦争で得た朝鮮での権益を守る争いだった面が強い、
と再三申し上げております。
そもそも日清戦争を始めた頃の認識では、朝鮮は「利益線」とされていました。
しかし日清戦争後から日露戦争にかけての戦間期で、朝鮮は「防衛線」へと、扱いが歪曲されて行きます。
満州についても同じです。
日露戦争当初は満州を日露間の緩衝地帯とし、
列国向けにはロシアの独占的蚕食を排し、機会均等と門戸開放を実現する、
という触れ込みで支持を取り付けましたが、
日露戦争後は早々と、日本による(排他的な)満州の属国化という動きが生まれています。
退いたロシアの替わりに日本がつんのめるようにして入って行く、そんな光景です。
この間、桂、児玉などいわゆる山縣閥の暗躍もありますが、
基本的には陸奥が山頂から転がした雪だるまが膨らんで行っているわけなので、
功罪46かと申し上げております。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 18:06:20 ID:3YaEQ0XoO
利益線と防衛線を別物に見てますが、それはあまりに表層でしか当時の情勢を捉えていません。陸奥について功罪を論じてますが、戦争せずに放置したら結局、戦争に負けたと同じになるという判断があり初めて戦争に踏み切れます。当時の最善策なのは明白です。


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 18:35:51 ID:onD2IoNEO
>>45です。

>>82
では表層的でないあなたのご意見を拝聴しますから、
是非ひとつ構造だったところをお聞かせねがえますか

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 19:44:51 ID:3YaEQ0XoO
今までの書き込みで私の見解は出てます。私が45さんの見解で疑問を述べ続けているのはロシアの極東政策への認識です。ロシアの公式の発言だけを見て分析するとあなたの理解の様になりがちです。実際の行動は発言と異なるのがロシアです。このあたり、「外交」をお読み下さい。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 20:11:12 ID:onD2IoNEO
>>45です。

>>84
あなたのこれまでの書き込みですが、
(「ロシアには国境が遠ければ遠いほどいいという考え方があった!」など)
断片的、かつ漠然とし過ぎていてお話になりません。
せめて因果が分かる程度にお話して下さい。
たとえば、ロシアにそのような考え方があったからといって、
日本本土への侵略意図があったという証明にはなりませんよね。
「遠い国境」を目指すだけなら、極東のうち、
何も日本に限らずとも、ベトナムでもラオスでもよい訳です。
そういう部分、(読む側からはこういうのを「飛躍」といいます)があるので、
因果が分かるように再構成して下さい。
次のあなたのレスでそれが為されなければ、
結局は出来ないのだと見做して以降黙殺しますのでご了承くださいまし。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 20:41:17 ID:S889AWwi0
>>81
そもそもどの時点での「功罪」なんだか。 

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 21:14:28 ID:3YaEQ0XoO
内容に関わらず、黙殺されるつもりなのでしょう。それでも結構ですが。ピョートル大帝の北太平洋経略、スパンベルグの日本探検、ピョートルの勅令による世界初の日本語学校、18世紀中の度重なる千島探検。これらをご存じなら、論議も進展しますが現状では難しい様子ですね。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 21:18:07 ID:S889AWwi0
そもそもロシアの脅威は傍論だろ。陸奥の話はどこへ行ったんだ。
>>45の主張を>>46で相手にしちまったのが間違いだったかな。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 21:47:56 ID:onD2IoNEO
>>45です。

>>87
断片的に単語を出すばかりじゃ仕方ないよね。

>>88
そうなんだよね。
なんか知らんけどロシアの話で見識不足だの表層的だのなんだの、
やたら突っかかって来る人がいて俺も困ってる。
見識不足なら自分の見識披露すりゃいいだろうに…。
仰る通り、陸奥はどうなったんだ状態。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 21:53:21 ID:S889AWwi0
>>89
オレが思うに、あんたは、「近代日本の国家理性の方法論が、陸奥によって決定され(陸奥の主観的意図はここでは問わない)、
それがその後の政策、とくに国民への情報操作の方法についての悪しき先例になった」と考えてると思うが、どうでしょ。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 21:55:44 ID:S889AWwi0
とりあえず、ロシアに当初から日本侵略の意図があったかどうかは分からん、少なくとも積極的な要素はない、としておくべきかと。
日露戦争でロシアが勝って、満州から朝鮮、千島までロシアの勢力圏になってたら、また別だろうけど、それはifの話なので。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 22:38:56 ID:onD2IoNEO
>>45です。

>>90
陸奥という軸で考えるとそんなとこです。
とはいえ、当初は単なる雑談ぐらいの話でしたんで。
どうも2ちゃんねるでは日本の大陸政策に批判的=教科書史観=不勉強という固定式
があるみたいで、ステロタイプのがなり屋は一体どっちだと言いたい、
と、疲れたラーメン屋を営むぼくの父が申していました。
ぼくが言った訳じゃないのです。父が

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 22:46:24 ID:S889AWwi0
>>90
まあ、歴史に簡単に現代的視点からの評価を持ち込むような人達のことは、この際スルーすればいいじゃない。
あんただって、結局大陸政策そのものへの評価は慎重にも避けたわけだしさ。


>とはいえ、当初は単なる雑談ぐらいの話でしたんで。
んじゃ、そんなに深く追究してたわけじゃなく、論拠の裏づけも弱いのか。残念だな。
陸奥以前以後で、国家理性のあり方に現れた変化を具体的に論証し、その後の政策への影響も論じられれば、
それなりに面白い話になると思ったんだが。
まあ、それができれば、卒論くらいには膨らませそうだな。2ちゃんでやるには費用対効果が悪いなんてレベルじゃねーぞ、ってとこか。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 23:22:32 ID:onD2IoNEO
>>45です。

>>93
まあ、人に帰すか現象に帰すかはさておいても、
そういうしっかりしたものを書く人がいるとしたら自分は読む側でしょうねぇ。
陸奥の時代とWW2は当然ながら無関係ではないと考えてますけどもね。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 00:39:20 ID:hwDzMvE20
>>45さん
かなりの長文失礼ですが。以下、見解です。

ロシアの東方進出には西欧諸国とは異なる歴史的背景があります。
そもそもの発端は、タタールの軛からの解放です。
半世紀、彼らと戦い東進。シベリア東北端到達は1649年。
ネルチンスク条約で撤退した黒竜江沿岸地方併合は1858年と1860年。
こういったロシアの拡張は、当初は生存のための自衛的なものです。
広大な草原に住んでいて、いつタタールの劫略を受けるかわからない状況では
国境線は1メートルでも遠い方が良いわけで。拡大した部分の防衛のために
領土を無制限に拡大しようという論理が出てくるわけです。
「一度、ロシアの国旗が掲げられた土地においては、決してそれが降ろされてはならない」
という、ニコライ1世の言葉の裏にはそういったロシアの歴史的伝統が
見え隠れしているわけです。
ロシア政府の発言を額面通り見れば、ロシアは終始周辺を侵略する意図は
なかったとも言えます。しかし、多くの場合、結果として領土を拡大しています。
大きな流れで見れば、結局、平和的に拡張できればそれはそれで良いし、
力を使えば得な場合は必ず力を使って、どんどん進出してきたのは
否定しようのないところです。こういったロシアの言行不一致ぶりは、
1868年のサマルカンド占領時ゴルチャコフ首相発言、1872年の
ヒバ公国における副官シュバロフ伯爵発言の例示で足ります。
要は、極東におけるロシアの政策と行動分析は、結果として起きた事実だけを
正確に辿ればいいんです。言行不一致なのがロシアの伝統なのですから。
ピョートル大帝の北太平洋経略は1739年、スペンベルグの牡鹿半島、
房総半島への到達に及びます(もうひとつ、ベーリングのベーリング海峡とアメリカ大陸発見も
、この経略あってのものです。)。
スペンベルグは、千島列島の北部はロシア領にする事が可能と報告していますね。
ロシアの領土拡張への用意は周到です。現地事情の十分な調査が必要という点から
現地の言葉の習得から始めます。ピョートルが勅令で設置した世界初の日本語学校の
設立意図はそこです。日本語教師になったのは、カムチャッカに漂着した日本人達ですね。
よって、幕末来航時にはロシアはアメリカよりも日本を分析し尽くしています。
その後も18世紀を通じて、ロシアは度々千島を探検してるわけです。
その後、露米会社設立に伴い、日本との修好を求め断られます。
当初の目的が修好であろうとも、機会があれば領土拡張をも意図していたのは
レザノフ、フボストフの樺太襲撃を見れば明らかです。
その後、明治維新までの半世紀、黒竜江を通じ本格的に極東進出を図りましたね。
1853年のペリー来航時には米露艦隊の共同行動を提案し、対日圧力の
倍加を考えてます。しかし、アメリカは元来ヨーロッパ列強と協調しての
第三国への侵略的行動は取らないと決めてますから、拒否されます。
それならば、と今度は長崎来航時に、アメリカの侵略からロシアが守るために
来たと宣います。当時のロシアの海軍力ではアメリカの海軍力にかなうわけもないのにです。
暴力と懐柔を用い、既成事実を作っていくロシアの良い例です。黒竜江域占領と
同じ手法です。この後、日清戦争に至るまでの間、日露関係は無風状態ですが
それは極東進出のための基盤作り(樺太等の新植民地経営と軍事基地建設に没頭、
シベリア鉄道建設、ヨーロッパと極東の二大洋艦隊の増強)に過ぎません。
こういった歴史の大きな流れが、日清戦争以前からのロシアの日本戦略を証明しているのです。
「妄想」などとは言えません。陸奥にも当然、この洞察がありますから、日清戦争の意義が
表祖的に、清との朝鮮の利権争いにとどまるものではない訳ですね。
それから、日清戦争の賠償金は八幡製鉄建設をはじめ、各方面に使われましたので
インフラ整備に使用されなかったわけでもありません。








96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 00:49:23 ID:hwDzMvE20
>>45さん
かなりの長文失礼ですが。以下、見解です。

ロシアの東方進出には西欧諸国とは異なる歴史的背景があります。
そもそもの発端は、タタールの軛からの解放です。
半世紀、彼らと戦い東進。シベリア東北端到達は1649年。
ネルチンスク条約で撤退した黒竜江沿岸地方併合は1858年と1860年。
こういったロシアの拡張は、当初は生存のための自衛的なものです。
広大な草原に住んでいて、いつタタールの劫略を受けるかわからない状況では
国境線は1メートルでも遠い方が良いわけで。拡大した部分の防衛のために
領土を無制限に拡大しようという論理が出てくるわけです。
「一度、ロシアの国旗が掲げられた土地においては、決してそれが降ろされてはならない」
という、ニコライ1世の言葉の裏にはそういったロシアの歴史的伝統が
見え隠れしているわけです。
ロシア政府の発言を額面通り見れば、ロシアは終始周辺を侵略する意図は
なかったとも言えます。しかし、多くの場合、結果として領土を拡大しています。
大きな流れで見れば、結局、平和的に拡張できればそれはそれで良いし、
力を使えば得な場合は必ず力を使って、どんどん進出してきたのは
否定しようのないところです。こういったロシアの言行不一致ぶりは、
1868年のサマルカンド占領時ゴルチャコフ首相発言、1872年の
ヒバ公国における副官シュバロフ伯爵発言の例示で足ります。
要は、極東におけるロシアの政策と行動分析は、結果として起きた事実だけを
正確に辿ればいいんです。言行不一致なのがロシアの伝統なのですから。
ピョートル大帝の北太平洋経略は1739年、スペンベルグの牡鹿半島、
房総半島への到達に及びます(もうひとつ、ベーリングのベーリング海峡とアメリカ大陸発見も
、この経略あってのものです。)。
スペンベルグは、千島列島の北部はロシア領にする事が可能と報告していますね。
ロシアの領土拡張への用意は周到です。現地事情の十分な調査が必要という点から
現地の言葉の習得から始めます。ピョートルが勅令で設置した世界初の日本語学校の
設立意図はそこです。日本語教師になったのは、カムチャッカに漂着した日本人達ですね。
よって、幕末来航時にはロシアはアメリカよりも日本を分析し尽くしています。
その後も18世紀を通じて、ロシアは度々千島を探検してるわけです。
その後、露米会社設立に伴い、日本との修好を求め断られます。
当初の目的が修好であろうとも、機会があれば領土拡張をも意図していたのは
レザノフ、フボストフの樺太襲撃を見れば明らかです。
その後、明治維新までの半世紀、黒竜江を通じ本格的に極東進出を図りましたね。
1853年のペリー来航時には米露艦隊の共同行動を提案し、対日圧力の
倍加を考えてます。しかし、アメリカは元来ヨーロッパ列強と協調しての
第三国への侵略的行動は取らないと決めてますから、拒否されます。
それならば、と今度は長崎来航時に、アメリカの侵略からロシアが守るために
来たと宣います。当時のロシアの海軍力ではアメリカの海軍力にかなうわけもないのにです。
暴力と懐柔を用い、既成事実を作っていくロシアの良い例です。黒竜江域占領と
同じ手法です。この後、日清戦争に至るまでの間、日露関係は無風状態ですが
それは極東進出のための基盤作り(樺太等の新植民地経営と軍事基地建設に没頭、
シベリア鉄道建設、ヨーロッパと極東の二大洋艦隊の増強)に過ぎません。
こういった歴史の大きな流れが、日清戦争以前からのロシアの日本戦略を証明しているのです。
「妄想」などとは言えません。陸奥にも当然、この洞察がありますから、日清戦争の意義が
表祖的に、清との朝鮮の利権争いにとどまるものではない訳ですね。
それから、日清戦争の賠償金は八幡製鉄建設をはじめ、各方面に使われましたので
インフラ整備に使用されなかったわけでもありません。








97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 00:56:13 ID:NbN/+Fgy0
>>95
まあ、>>45さんも、日本の大陸政策それ自体についての価値判断は控えているのだから、ロシア自体の話はもういいじゃないですか。
それに、>>45さんの関心は、むしろ大陸政策にともなう国家理性のあり方にあるわけですよ。
一方で、>>95さんはロシアの侵略性をある種帰納的なやり方で論証しようとしているので、二人の話がかみ合ってないんですね。
陸奥それ自体の話をしましょーや。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 00:56:33 ID:hwDzMvE20
重複投稿ですね、失礼致しました。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 01:00:25 ID:hwDzMvE20
>>97さん
そうですね、スレ趣旨から外れ気味ですね。
私も、陸奥は非常に関心のある人物ですので、今日は失礼しますが
また、陸奥の話を致しましょう。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 07:47:19 ID:V4ihIbgRO
>>45です。

>>95の趣旨は>>97氏が見事に看破されておられるので、
それを踏まえて述べますと、
>>95の結論としては、陸奥の思考もまたそのように制約されていた、
と相成る訳ですが、これは人の頭の中のことなので、確かに一概に否定も(肯定も)できませんね。
というのが陸奥に軸足を置いた場合の私の答えです。
ロシアの状況の捉え方には少々異論のある場所もありますが、
本スレの趣旨からは逸れます。
ここは>>97氏の労に敬意を表して、
やるなら世界史板でやりませんか>>95

101 :1です:2007/02/11(日) 09:26:33 ID:E7IN6F3h0
や、やっと私も入れるのかな?なんかスレ立てた自分のあまりの知識のなさにしばらくへこみました...

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 12:43:19 ID:md7mokwLO
45さん、ご提案はお断りします。95で主張の大意を終えましたので。上記史実をご存じの上での45さんの見解でしょうから、これ以降、不毛です。私は自説を押し付けたい訳ではなく、証拠主義は大局的判断とは無縁だ、とロシアへの認識の違いで主張したいだけでしたから。


103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 12:55:38 ID:md7mokwLO
付け加えるなら、「恐露病」を取り上げるまでもなく、ロシアへの見解は陸奥を含め、当時の日本指導者層に通底した洞察であったのは論じるまでもありません。これは、陸奥に関しての書き込みですのでスレ主旨にかろうじて外れないという点でご容赦下さい。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 19:05:51 ID:NbN/+Fgy0
>>103
そもそも政治家の考えって、思想家や著述家と違って明確にしづらいはずだ。
陸奥は著作や日記を残しているが、彼は職業的な物書きではなく、主張の一貫性を必ずしも問われない政治家なわけで。
それに陸奥も、どこまで著作に自分の本当の思想を反映させているかは、判断しづらい。
だから政治家の日記や書簡、関連資料から推し量っていくのが、迂遠だが一番慎重なやり方。

あなたはどのようにして、日本指導者層の対外認識をそのように判断するにいたったんですか?

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 20:23:11 ID:V4ihIbgRO
>>45です。もうね、渋々。

>>102-103
その「通底する洞察」に立っていたはずの陸奥が、
ロシアとの摩擦を当然惹起する遼東半島割譲を敢えて下関条約に盛り込んだのはロシアへの挑発かい?
であるにも関わらず三国干渉に屈するというのは随分破綻してるよね。

あらかじめ言っておくけど、華麗なる一族始まったらレス返さないからね。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 21:05:16 ID:zfL99K5b0
風林火山→李香蘭とつなぐのが日本史板&近代史板住人の常識

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 22:42:37 ID:V4ihIbgRO
>106
そんな常識知らんがな
東京から来たオノボリさんはこれだから困る

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 00:00:13 ID:eRpakbmx0
>>95さん
単刀直入に、伺います。
陸奥の「蹇蹇録」の内容を何らかの形ででも
読んだ事がありますか?問題を論じるに基本的下地ができていない
方とは議論が全く成り立ちません。
あなたのご質問への回答は、陸奥自身の筆により、明治28年に答えられています。
又は、講和条約交渉に先立ち、伊藤博文が上奏した文章の結論部分にも答えが出ています。もう少し、語るに足る準備が出来てからお話し致しましょう。
私にも、相手を選ぶ条件がありますから。
>>104さん
この問いに答えますと、日清戦争開戦前に伊藤が陸奥に天津条約違反への
対応を訊いた際の互いのやりとり、明治23年の山県も「外交戦略論」26年の
政府への長文の意見書、などの例示で事足りると思います。

ただ、当時の日本指導者層の立場に立って日本周囲の情勢、歴史のいきさつを
考えるだけでも、上記の認識に現代の我々が思い至るのはそう難しい事とは
全く思いません。


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 00:02:58 ID:eRpakbmx0
失礼。上記のレスは、もちろん45さんに対してですね。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 01:01:05 ID:yzwSzMINO
いわゆる「タゲられ」渦中の人、>>45です。

>>108
もはや内容には返しません。きりがないから。従ってsageます。

まあ自説に都合の悪い話は全部「不見識」と喝破される訳ですから、
あなたが「相手を選ぶ条件がある」と仰るのであれば、
その「条件」に見合う相手をお探しになるのが、
あなたにとっても、また私にとっても一番なのではないでしょうか。
このスレの流れを見て頂けば明白なように、
私としては強いてお相手を頼んでる立場ではないです。

という訳で、「大意は出尽くした」とあなた自身仰ってるんですから、もうロシアはいいでしょう。
ひつこいねん。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 02:18:08 ID:y1svTCi/0
>>108
どうも。依拠するネタはあったわけですか。
本当はもっと資料収集や資料解釈への厳密さを要求したいのですが、まあ2ちゃんですからね。
>>106
風林火山は、今川義元の性悪さがよかった。
李香蘭は、上戸彩のチャイナドレス姿がよかった。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 09:05:14 ID:XaF3s+AXO
45さん、私はあなたの質問に誠実に対応したにすぎません。あなたには質問に答えていただけない(答える事ができない?)様ですが・・・。顔の見えないネット上の議論と言えども知的誠実さ(知らない事は知らないと言える謙虚さと言いますか)は大切です。


113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 09:53:13 ID:yzwSzMINO
>>45

>>112
どうぞ、どう解釈頂いても結構です。
同じソースから同じエビデンスに至るとは限りませんね。
以降スルーしますので。

>>1
というわけで陸奥に関する話題振ってたよね。
すまないがもう一度概略載せてんか

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 10:06:01 ID:XaF3s+AXO
45さん、あまりに恥ずかしい姿だとは、ご自分でも思われませんか?今後、あなたがこのスレで何か述べても信用されませんよ。学生さんですか?あまりにも自己の言論に無責任。陸奥の大陸政策についての考察も、私が指摘した問題点への視点が欠けてる故、全く見当違いです。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 13:07:59 ID:y1svTCi/0
>>114
あんた、前のレスで、ロシアのことで絡んでる人=1って疑ってなかったか。

まあそんな揚げ足取りはなしとして、>>53で度量衡法の話が出て、フォローされてなかったな。
正直わかんないので、私は偉い人のレスを待ちます。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 13:10:41 ID:y1svTCi/0
>>115
間違えた、>>113です。人にイヤミ言ってる場合じゃねーな、反省・・

117 :1です:2007/02/12(月) 19:09:12 ID:ZjnJmMAm0
議論をいいあうのはこのスレに関係してる事ですし全然かまいませんがもう少しおだやかにいきませんか?
同じところを勉強していても人それぞれ解釈も違いますし、違うことでまた新たな視点からもみることができて学べるじゃないですか。
その時代の出来事、人物を完璧になんて知る事はできないんですから、いろんな人の解釈をみる事も意味もあるし楽しいんじゃないですか?
議論をおしつけてないとゆわれても私には押し付け合いにしかみえません。そんなにしたいのであれば他にスレをたててそちらでお願いします。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 20:08:24 ID:yzwSzMINO
>>45です。

>>1
ですね。すいません。
実際、ここ数日このスレにいるのたった4人だ。

119 :1です:2007/02/12(月) 23:40:48 ID:ZjnJmMAm0
>>45さん
わかっていただけて嬉しいです。私は45さんやその他の方達みたいに議論をするだけの知識がまったくありません。
それでも陸奥のたどってきた人生を辞書を片手に少しずつよんでます。歴史上の人物で辞書を片手に学ぼうと思ったのは初めてです。
ですから一緒に楽しく陸奥について語りませんか?

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/16(金) 19:48:03 ID:5ak50wXm0
陸奥って当時の国民にはいたって不人気だったそうだね。
小村寿太郎と似たようなもの。
松岡洋右が国民から絶大な支持を受けていたことを考えると、
外交というのは本当に難しいと思うね。

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☸☸☸☸☸☸☸☸☸ああ, /  .,/゙゙゙'''ヶ―''''″   `
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