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ワシントン軍縮会議全権☆加藤友三郎

1 :無色庵:2006/03/25(土) 01:20:46 ID:ljIztrTC0
自分が進めた八八艦隊を放棄し、軍縮を推進した海軍良識派の巨人。
天があと十年の命を与えていれば、戦争を回避しえたかもしれない
唯一の人物。その早すぎる死に、大地が泣いた名宰相、加藤友三郎
について語ろう。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 12:27:35 ID:VHC27jMQO
大地が泣くとか…

>>1頭わるいな

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 17:53:26 ID:IjuaLowF0
あだ名がろうそく・・・。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 18:06:25 ID:es7RXxKN0
>天があと十年の命を与えていれば、戦争を回避しえたかもしれない
無為無理 それほど主張する男ではない 戦争回避できる器というのは
独裁もいとわないほどの我を通す男でなければ不可能
また軍縮が戦争回避に繋がるかとえば必ずしもそうとはいえない

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 18:14:52 ID:VHC27jMQO
『残弾ナシ』のヘマとか…
戦闘の時にテンパる奴はダメ!

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 19:22:36 ID:qP0OHs4G0
>>4
軍縮=非戦ではないかもしれないが、ロンドン会議でいわゆる条約派が
ボロボロにされたのは事実。
加藤友が生きていれば、東郷も妄動してないはず。寛治とかとっくに
予備役じゃろ。佐藤鉄みたいに。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 20:05:49 ID:VHC27jMQO
だいたい艦隊派が間違っていたのか?
彼等は結局先を読んでいたじゃないか!
条約派が『米国の西進政策』を甘く見ていただけだ!
条約派や加藤友三郎を過大評価してるのは『阿川かぶれ』だけ。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 20:09:45 ID:6ZRHtPZe0
ある一定時期だけ艦隊をパリティーにしてみたところで日本に勝ち目はなさそうだが

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 21:00:41 ID:VHC27jMQO
どのみち勝てないでしょ…

しかし
※艦隊派=米国に不信。油断なくその動きを注視し不覚をとらず激烈に戦い、敗れたりとはいえ敵の出血大。米国民に(日本恐るべし!)の観念を植えつける。

※艦隊派=対米協調重視。しかし結局は虚を突かれ、敵に一指も触れずに(極端に言えば)大敗!米国被害少にして圧勝!米国民をして(日本民族惰弱なり!)の観念を植え付け、その禍根、我が民族が子々孫々さいなまれる…
って事になると思う。


10 :9訂正:2006/03/25(土) 21:03:14 ID:VHC27jMQO
下の艦隊派は『条約派』の事…
失礼m(_ _)m

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 21:36:24 ID:Dd2TxaDA0
そもそも対米協調を重視する日本に米国が攻撃をしかける理由が分からんね。
根拠付きで説明して欲しいもんだな。

軍縮条約は日本の海軍力を削ぐよりも米英の海軍力を抑制したわけで
軍縮条約なしに対米六割なんて海軍戦力が維持できるわけがない。
加藤が提案した根拠地防備制限では日本は東アジアにおいて有利な立場を手に入れたわけで
ワシントン会議では日本が一番実益を得たんじゃないかな?

加藤友三郎については統帥権干犯論争を収めるくらいの力はあったと思うけど
それがイコール避戦につながるとは思えない。
加藤の見識の高さは井出海軍次官に宛てた「加藤全権伝言」に示されてるな。
こういう当たり前の発想が出来る条約派軍人が及川人事で主流から排除されたのは痛かったな。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 22:15:00 ID:VHC27jMQO
根拠つき?

ワシントンで条約のんだ(米国に譲った)
パネーでむちゃくちゃ謝った。米国も結局は許した。
時を経て《ハルノート(海外権益全て放棄せよ!)》
(その他ハワイに太平洋艦隊の根拠地を進めたりとか対日圧迫を挙げればキリがない。)
協調して不戦とか妄想!
日米戦が起こるかどうかの最大の鍵は米国のシナ門戸解放政策、西進政策の大幅な変更こそが最大の鍵である。
これは協調して撤回されるべき性格の政策ではない。
協調は『つけ込まれるだけ』と考えた当時の強硬派は戦いに敗れたりとはいえ『敵の意図を正確に把握していた』点で評価されるべきなのだ。

さらなる協調を重ねたならば《一戦も交えず》降伏に追い込まれた。
戦わずに敵の軍門に屈したならば…今の我々の生活水準はどうだっのか?
2ちゃんでのん気に書き込みすらできないような生活じゃないの?

ドイツも日本も《一定の気概を見せた》から諸外国から指弾される一方それを上回る評価をされてるんだと思う。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 23:08:28 ID:Dd2TxaDA0
>>12
ハルノートには海外権益全て放棄せよ!なんて書いてありませんが?
仏印、中国全土からの撤退(満州を含むかどうかは疑問)からの撤退を求めてあるだけ。
そもそもハルノートは三国同盟の締結、日中戦争の激化、南部仏印への進駐を受けて
日本側に手交されたもので、上に上げた3項目は、常に米国の国益に反するものとして警告を受けていた。
種々の対日対抗策は日本の大陸進出の結果として実施されたもので
米国が一方的に日本への攻撃意図を持っていたわけではないですが?

14 :無色庵:2006/03/25(土) 23:18:38 ID:nPr5QiLR0
>>11
大東亜戦争終結に至る「昭和の動乱」が、ロンドン条約にはじまること
は共通認識だと思いますが(岡田益吉著「軍閥と重臣」から)。
結局、堀悌吉をはじめとする条約派が海軍中枢を追われたことが、
「アメリカには勝てない」という肝心なことを海軍の省益のために
言えなかったことにつながったのだから。
「歴史にifはない」ことから、「後10年生きていれば」というのも
繰言に聞こえるかもしれませんが、この人なら対米不戦を実現できる
海軍人事が可能だったと思います。


15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 23:37:00 ID:VHC27jMQO
>>13うん。ハルノートは確かに海外権益を全部放棄は明記していない。
しかし当時の指導者達が《明記してある所のみから撤退→明記してない地域での反日運動激化→朝鮮半島で独立運動激化→明記している以外の場所からも撤退せざるを得なくなる→明治維持の時の領土にもどる》と事態の推移を厳しく見積もって
戦わずに領土を失う事は出来ない!として対米戦に突入したわけだ。
ハルノートを受諾すれば結局は海外権益を全て失う事になると判断した『希望的観測を排した判断』は正確で評価に値すると思う。

※戦って全てを失う
※戦わずに全てを失う

予想される結果が同じなら戦う事を選ぶのが賢明。

当時に人々は大変だったろうが、戦って全てを失ったおかげで我々はまだ『今の国際的地位』を維持出来ているのは事実である。(つまり我々は先人達の血を流した恩恵を無条件に受けている)

戦わずに全てを失った国民など世界中から嘲笑されるのは確実!
少なくとも今の日本の国際的地位は絶対に『今以下』である。




16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 23:43:22 ID:Dd2TxaDA0
>>11の訂正
及川×
大角○
なんかごっちゃになるんだよなw

>>14
確かに可能性はあると思う。
自分は日米交渉の破綻は必然ではなく偶然だったと思うので。
海軍側が避戦に傾けば、日米開戦は避けられた可能性もある。
ただ加藤が10年長生きしても1933年までだから、それこそ可能性の話しにしかならんかな。
むしろ永田鉄山が生きていれば、と思う。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 23:52:38 ID:VHC27jMQO
種々対日対抗策なんか日本の大陸進出とは無関係だよ。
アラスカ大陸買収は《中国市場に進出を容易にするため》と米国側の記録に明記してあるし。
アラスカがいつロシアから買収されたかはあなたもご存知でしょう?

対日対抗策の根源はあくまでも米国の『西進欲、中国門戸解放政策』にある。

日本の対米強硬派はその意図を正確に把握していただけで非難されるよりむしろ『評価されるべき』である。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 23:54:10 ID:Dd2TxaDA0
>>15
>《明記してある所のみから撤退→明記してない地域での反日運動激化→朝鮮半島で独立運動激化
→明記している以外の場所からも撤退せざるを得なくなる→明治維持の時の領土にもどる》と事態の推移を厳しく見積もって

指導者がそのように判断した根拠は?
というかそんな判断してないよ。
そんな判断しなくても、ハルノートが米国の最後通牒だと判断したし、そのように判断するのは当然。
現実にハルノートを手交した段階では米国は戦争する気だったから。
問題になるのはハルノートが出るまでの日本の行動の方。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 00:25:42 ID:OjO3tslmO
18>>では…少し長いが。

対米交渉の重責を担っていた外務大臣東郷茂徳はハルノートについて次のように考えていたことが東京裁判によって明らかにされている。
『ハルノートは日本にシナ、仏印からの撤兵を要求していた。〜略〜日本がハルノートを受諾して撤兵、警察官までも即時引き揚げることになれば、
中・南支でも日本がそれまでなしていたことは水泡に帰し、日本の企業は全部事業を遂行出来ない事になる。
又南京政府(おう兆銘政権《おうを変換できず》)に対する日本の信義は地に落ち、地方で排日侮日感情は強くなり日本人はこの地方から退去しなければならなくなる。
更にハルノートは満州方面も同じ要求をしており、従って日本は満州からも引き揚げなければならなくなり、
その政治的影響はおのずから朝鮮に及び、日本は朝鮮からも引き揚げなければならない事になる。
換言すれば日本は満州事変前の状況より悪くなる〜略〜このような要求であったので日本としては受諾できなかった。以下略』
奥宮正武著「真実の太平洋戦争」より

俺も自説の根拠となるソースを示したのだから、あなたにも示して頂こう!
ちなみに東郷外相は対米強硬派ではない。
そのような人物でさえ当時このような感慨を抱いていたのだ。


20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 00:30:56 ID:OjO3tslmO
ちなみに15=19ね。
>>18氏。反論待ってるぜ。
『根拠つき』でな。
ソースがあればなおいいが…

21 :無色庵:2006/03/26(日) 00:38:52 ID:YDQkuZjj0
申し訳ありませんが、ハルノートにまで飛躍されるのはいかがなものでしょう。
加藤友三郎が元帥になって、現役で睨みを利かせていたら、伏見総長宮人事も、
「死中に活を求める」式の無謀な戦争にはまり込むことよしとする永野修身の
軍令部総長人事もなかったはずという点で議論していただければ幸いです。
日本が窮地に追い込まれたのは、アメリカの禁油政策により、石油の備蓄が
減っていくことへの焦燥があったからだと思いますが、南部仏印進駐が直接
の経済制裁の理由とされています。
が対蒋援助の妨害のためどれだけ効果があったのか、また、
アメリカの強硬姿勢を読めなかったのかは外務省や陸軍の読みの粗さが
原因でしょう。これが日米交渉の破綻、ハルノートへとつながっていく
わけですから。


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 00:40:13 ID:clZLPa+h0
>>6

少なくとも、ワシントン条約のときには、加藤友三郎は東郷を押さえきっている。
そのことから考えても、友三郎がいる限り、寛治が東郷を担ぎ出すことはありえない
それに比べて、ロンドンの財部は・・・

23 :無色庵:2006/03/26(日) 00:44:50 ID:YDQkuZjj0
>>22

まったく同感です。東郷の後ろ盾がなければ、次長の末次はともかく
完治は手も足も出なかったと思います。完治は226の後でも小心なところ
を露呈していますし。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 00:49:53 ID:OjO3tslmO
>>21ハルノートを受諾しても『日本は海外権益を失わなかった』と>>18氏は主張しているんだからぜひ聞きたいね。
なんせ他人をガセ呼ばわりしたんだから。
それ相応の根拠があるならこちらも自論の修正のしようもあるしな。
後学のために是非とも『ハルノートを飲んでも海外権益を保持できた』という>>18氏の根拠ある見解を伺いたい。
無理にとは言わないが。


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 00:59:17 ID:OjO3tslmO
>>21陸軍の読みの甘さ?北進を断念して陸軍が南進に傾いた原因は何故だか知ってるの?
『陸軍が読みが甘かったから南進した』とか言わないでよ(^_^;)
北ばかり向いていた陸軍が何故仕方なしに南進したんだろうね?


26 :無色庵:2006/03/26(日) 09:55:05 ID:9f4zTDX70
>>26
南部仏印進駐を実施してもアメリカは座視していると外務省は考えた。
これが外務省の甘さ。
陸軍の甘さは、支那事変に対する杉山陸相の昭和天皇にする奉答
「事変は一ヶ月くらいで片付く」をあげれば十分かと思いますが。


27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 09:59:47 ID:U+3i68790
対米協調派が正しかったことは
その後、現在までの歴史が文句ナシに証明しているところだと思う。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 10:06:13 ID:a8egq6030
>>19
>更にハルノートは満州方面も同じ要求をしており、従って日本は満州からも引き揚げなければならなくなり、
この内容、ハルノートのどの部分にあるの?


29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 11:10:35 ID:a8egq6030
>>26
松岡外相は南進すれば大事になると反対して更迭されたわけだが?
(まあ、北進を強硬に主張もしたが)

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 11:38:41 ID:EI4gt0Hh0
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31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 15:05:14 ID:OjO3tslmO
>>28ハルノートで当初『満州を含まず』という一文を加えようとしたが
『完成直前にそれを削った』と言う話がある。
未読だが文春新書にそれをテーマにした一冊もあるね。
で結果的に言葉足らずのハルノートが《満州は含まずのアメリカの真意が》日本に正確に伝わらず
『なんでアメリカは満州まで干渉するんだ?』と非戦派まで『対米戦やむなし』と決意を固めた。
しかし>>19に示した東郷外相の述懐は『具体的に撤兵要請してない部分をも撤兵においこまれるだろう』という『深刻な洞察』だ。
《A地域から撤兵せよ。》それを履行したらB.C地域からも撤兵しなければならないではないか!と深い絶望のうちに戦いを決意した《対米戦回避に熱意を燃やした外相の感慨》と言う事だ。

ちなみに>>19の引用部分には何ら変更を加えてないので悪しからず。

>>26あんた《阿川本や半藤本》どっぷり海軍マンセーだろ?

だから南部仏印がどうのこうの以前の北進か南進かの議論が参謀本部内で白熱した時に『対ソ強硬派の参謀達』が〜軍の猛烈な大反対で嫌々南進したと言う事実は知って
『陸軍の読みが浅いから南進したとほざいてるのか?』と尋ねてるんだが??
〜のヒントは阿川弘之が大好きなもの!(鉄道ではない。なんだろね?)

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 16:24:35 ID:a8egq6030
ハルノートは従前からのハル四原則の蒸し返し(再確認)にすぎないと思う
この4原則の中のChinaには満州は含まれていないと東条首相など政府首脳は
認識していたはずだが。11月5日の御前会議で原枢相の質問に対する東郷外相の
説明の補足に立った東条首相は「・・・10月2日の米提案は美なるも其精神及態度には
変化なく・・・・・・更に重大問題は駐兵撤兵の問題なり。・・・唯うに撤兵は退却なり
百万の大兵を出し、十数万の戦死者、遺家族、負傷者、四年間の忍苦、数百億の国帑を費やしたり
・・・・・若し日支条約にある駐兵をやめれば、撤兵の翌日より事変前の支那より悪くなる。満州朝鮮台湾
の統治に及ぶに至るべし。・・・・」。撤兵すれば植民地にまで影響が及ぶという判断は東郷と同じ認識
(当否は別にして)だが、満州はChinaに含まれていない、という認識はしていた。東郷ら閣僚が敗戦後
明治維新の状態に逆戻りするのを認めるわけにはいかず開戦に同意したと言い出したのは
開戦に賛成した自分らの判断を正当化する後知恵の気がする


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 17:15:45 ID:OjO3tslmO
>>32うんうん。

俺は裁判中の東郷外相の感慨は後知恵ではなくハルノートを受け取った直後の本心と解釈してるが、

あなたのいう『戦後の後知恵』という推察を是とするなら、それは納得できる解釈だ。

東郷外相も裁判中わけのわからん事口走ったりしてるしね《真珠湾がらみで伊藤軍令部次長に脅されただの…》

しかしハルノートに対する裁判中の回想は東郷外相にかぎらず当時の日本人の大多数の感慨と大差ないので《伊藤次長に脅された的な切羽詰まった妄言》とは違う本心と《俺自身》は解釈してるので>>19で根拠として提示した。

しかしあなたの主旨は理解した。

34 :無色庵:2006/03/26(日) 18:50:11 ID:ECf/OEAV0
>>31
私が海軍善玉、陸軍悪玉という立場にないことは、14で提示した書籍をご覧
いただけば解ける誤解と存じます。
なお、阿川氏や半藤氏の書籍も一部目を通してはおりますが、この板の題材
加藤友三郎は、豊田氏の書籍を読んでから個人的に研究しているものです。
引き続きよろしくお願いします。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 18:56:15 ID:OjO3tslmO
>>34わざわざご丁寧にどうも。

こちらも決めつけて失礼しました。m(_ _)m

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/29(水) 00:52:11 ID:OH9LVCflO
>>34豊田ファンなら『海軍軍令部』よんだ?
本編はどうとも思わないが巻末の参謀座談会がとても面白い。
軍令部第一部第一課参謀座談会

司会豊田穣

出席者
佐薙毅:海兵50期 大佐
三代一就:海兵51期 大佐
土肥一夫:海兵54期 中佐
三上作夫:海兵56期 中佐
奥宮正武:海兵58期 中佐

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/29(水) 00:58:52 ID:Fs8PQ+dy0
【特定】個人情報をギリギリまで晒すスレ【上等】
http://etc4.2ch.net/test/read.cgi/kouri/1142445710/

↑のスレの>>287に眞鍋かをりと思われる書き込み。
現在祭り中


38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/29(水) 18:40:53 ID:XJgEu+8J0
井出次官は女性問題で、加藤が首相専任となる際、大臣に昇格できず、
加藤と不仲な財部が後任海相になったと聞いたことがありますが、
詳細をご存知の方、いらっしゃいますか?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/30(木) 07:52:42 ID:+rO+Mc7R0
井出謙治は元々機関学校へ入ったが機関学校が兵学校に吸収されたため海兵卒
の肩書きに・・・。大臣はおろか艦隊長官にも鎮守府長官にも就いたことがない
それで大将になれたのは潜水艦導入の先駆者という功績のためと言われている


40 :無色庵:2006/03/32(土) 17:42:17 ID:skXZ8BJO0
>>39

38さんの記事で初めて知りましたが、加藤友三郎と財部彪は不仲だったの
ですか?そのあたりの事情をご存知ならお願いします。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 08:38:51 ID://6MwCQY0
加藤と財部が特に不仲だったという事実は知らない。でも、(友)は同じ姓(加藤)の寛治
や定吉はおしゃべりだからて嫌っていたらしい(逆に財部とは条約派の流れで合いそうだが)
財部は元々クラスヘッドで将来を嘱望されていたが山本権兵衛の娘を嫁に貰ったためか
異例ともいえる出世を重ね、また、嫁(いね子)が公私混同などで評判が悪く、更には
ロンドン条約での妥協などで東郷や加藤寛治など艦隊派からも嫌われて最後は散々な悪評で
海軍を去ることになってしまう

42 :無色庵:2006/04/02(日) 20:20:21 ID:YnrRXsQ/0
>>41
加藤友三郎が死の病にありながら、財部彪を後任の海相にしたのはどういう
理由があったのでしょうか?
41さんも友三郎と財部大将は条約派の流れで合いそうだとのことで、その辺の
事情でしょうか。それとも財部の義父にあたる山本権兵衛大将の力は未だ海軍
から消えていなかったのでしょうか。また、昇進の早かった財部大将がハンモ
ックナンバーから見て、大臣に一番適した地位にあったのか。
どう思われますか?


43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 00:52:17 ID:gRT0Eq5R0
>>42
加藤友三郎が海相を降りた時期に、薩派が山本権兵衛内閣擁立運動を行っていたことと
関係あるのでしょうか?
薩派が山本内閣での外相候補に推していたのは斎藤実ですから。
「財部親王」は海軍部内では不評だった気がします。
クラスヘッドとはいえ、海兵15期なのに大将昇進が12期の二人と同時で、13期、14期の
誰よりも早く、横並び意識の強い日本海軍では嫉妬されやすかったのではないですか?

44 :無色庵:2006/04/04(火) 22:50:30 ID:QJUR6CJb0
>>43
加藤友三郎が海相を降りて首相専任となったとき、すでに第二次山本内閣の
擁立運動があったのですか。
それで、加藤死後、組閣の大命が山本に下ったわけですね。
でも、第二次山本内閣に斎藤実は入閣していませんが、何か支障があったの
でしょうか。
大正時代の政争というと政党間のものと考えがちで、軍部大臣や貴族院の動き
とか(昭和戦前と比べて)あまり知らないので、これからもご教示ください。


45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 05:57:47 ID:HmeFGXJy0
余談だが、財部と山本の娘の縁談が纏まりかけていたとき、財部が級友に、
部内で飛ぶ鳥落とす勢いの山本の娘婿になると今後何につけても義父の力で
偉くなったと陰口をきかれかねない、と悩みを打ち明けたのを聞き同期の広瀬武夫
が山本邸に乗り込み、婚約の解消を申し入れたというエピソードが残っている
この時の印象が深かった山本は、後に海外留学の候補にあがった広瀬を海兵席次
64/80という成績にもかかわらず採決(許可)の印を押したとか

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 08:37:05 ID:BspKHmUD0
>>45
権兵衛が広瀬の言うことを聞いていれば帝国海軍は今も健在だったかもしれないのにorz

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 13:42:54 ID:by4yePsC0
ワシントン会議で加藤寛治に火をつけて、放っておいて死んだ加藤友三郎の責任は大きい。
本来ならこのときに加藤寛治を予備役に編入しとけば禍根を残さんですんだかも。
会議での暴れっぷりから言って、予備役編入は厳しい措置かもしれんけど
左遷して退役まで窓際に置いとくくらいの処分はあっても良かったんじゃないか?

48 :無色庵:2006/04/05(水) 22:16:25 ID:Eq/5OtnS0
>>47
加藤友三郎の責任の大小はともかくとして、「加藤寛治を予備役にしておけば」
というご意見はまったくそのとおりだと思います。
佐藤鉄太郎中将(秋山真之と並ぶ戦略・戦術家といわれ、日本海海戦時の第二艦隊参謀と
して知られる。)を、海軍の伝統に反する軍令部強化発言により予備役にしたと伝えら
れる加藤人事にしては、ワシントン軍縮会議海軍主席随員でありながら、条約の内容が
不満で腹痛と称して帰国した加藤寛治中将(当時)を現役にとどめたのは、結果として
重大な失策といわれても仕方ありません。
ただ加藤寛治大将は、山本権兵衛に愛され、また財部彪ともよかった(ロンドン会議以来
両立しなくなるが)とされていますので、その辺りも原因ではなかったかと思います。


49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 22:39:39 ID:Y9yI8XPk0
>>44
最大の理由は、斉藤が予備役だったこと。
当時は、首相と軍部大臣以外の閣僚に現役・非現役を問わず、
将官が就任することは事実上できなかった時代。
それが実現するには軍部大臣以外の閣僚への軍人への就任が実現するのは
226事件の後。

また、当時、山本首相は各党に連立を呼びかけていたので、
薩摩派よりもそちらを優先したのだろう。
(実際に入閣したのは犬養だけだったが。)

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 00:20:51 ID:mHb8pkvp0
>>49
外務大臣に就任したのは薩摩出身の外務官僚伊集院彦吉だから、
外務省と薩摩派が妥協した人事なのではないか?

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/09(日) 07:14:28 ID:KOtddOGd0
>>49
予備役陸軍大将の田中義一がそのわずか2年後に政友会総裁になって、
その2年後には首相兼外相になってますが。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/09(日) 09:05:10 ID:2xedkMUM0
斉藤実にはシーメンス事件の松本和中将から金が渡っていた
検察側は知っていたが調書にいせず幕引き。この後、待命、予備役編入
これらの負い目もあり、しばらく謹慎してたのだろう。だが、s2年現役復帰
朝鮮総督、子爵、ジュネーブ全権委員の後、後備役、退役、再度の朝鮮総督
s7年には総理大臣に就任している

53 :無色庵:2006/04/09(日) 09:39:29 ID:fUMhFa7R0
>>51
田中義一は首相として外相を兼摂したとも考えられ、これだけをもって
49さんのご意見への反証とするのは如何かと。
おそらく当時は官僚の縄張り意識が強く、外務省のトップに党人ならと
もかく将官(とはいえ陸軍省・海軍省の官僚)に、自省の権益というか
ポストを取られたくなかったのではないかと思います。
現代でいえば、外務事務次官に防衛庁の局長が就任するようなもので
しょうから、外務省の抵抗もあり、山本総理も妥協したのでは、という
点では、50さんの意見に賛成です。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/09(日) 11:16:19 ID:2xedkMUM0
若槻内閣時代の外務省主流の考えは対華内政不干渉、いずれ蒋介石の北伐が
完了して中国を統一するとみていた。だから南京事件(1次)に際しても英国の
出兵要求にも応じなかった。これに反発する陸軍や政友会は軟弱外交と非難
おりからの満蒙問題も絡み反若槻、幣原(外務省)の動きも活発化していた
こうした中、田中は陸軍機密費3百万円(現在値×4〜5千倍)を持ち出し政友会に
指し出し総裁に就任。膨大な金額から陸軍の了解の下で持ち出されたのは想像できる
後に議会内で中野正剛が機密費問題を追求した際、宇垣陸相は恫喝して押さえ込んだ
こうした経緯で成立した田中内閣が対華協調政策の外務省から外相を選ぶことは考え難い

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/09(日) 11:20:33 ID:2xedkMUM0
南京事件は一つしかなかったか(度忘れw)?by54

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 01:12:27 ID:zJx/aiAo0
>>53
うーん。いくら軍縮時代とはいえ「将官が大臣として忌避される」時期があったとは思えないんですが。
とりわけ外務省は、戦前は純粋な党人は一人も大臣になってないのに対して
軍人出身は田中、野村、豊田と三人もいるし。

57 :無色庵:2006/04/11(火) 19:43:02 ID:MzCLCEgs0
>>56
そういえば一応、宇垣さんも外務大臣になっていますね。
ただ、田中義一以外はいずれも226以降ではありますが。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 20:20:25 ID:maujpd8N0
>>53
元海相の斎藤が山本内閣外相に就任していたら、
今でいえば元防衛事務次官が外務事務次官になるようなものでしょう。

59 :無色庵:2006/04/12(水) 22:29:44 ID:a0i7K1G20
>>58
おっしゃるとおりです。53のたとえは訂正します。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/18(火) 00:49:47 ID:F2NXjBUT0
>52
加藤さんの話をする際には、シーメンス事件は
不可避ですね。
斎藤の後、加藤さんが海相にならなかったのは、大隈
内閣が例の八八艦隊関連の予算に難色を示したからだっ
たでしょうか。それで、旧友の八代に番が回ったので
しょうか。



61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/18(火) 14:51:18 ID:D/iEFm2S0
加藤(友)は清浦奎吾に大命が下った際、軍艦建造費950万円(88艦隊の初期費用)
を予算計上することを入閣の条件として出したからね。これを拒否したため清浦内閣は
流産、大隈(2次)内閣になった経緯がある。大隈とは内々で予算を計上する話はあったにしろ
では入閣するとは見え透いているので間を置いた。同じ年の7月には一部652万円の予算がついて
面子も立ったので翌年8月には八代に代わって海相に就任している


62 :無色庵:2006/04/22(土) 09:08:30 ID:yKi7Fk/i0
>>62
清浦内閣流産の経緯に、加藤友三郎の海軍拡張予算を条件とした入閣辞退が
原因であったことは事実ですが、八代海相が実現したのは、シーメンス事件
の徹底解明のためと思います。山本権兵衛や斉藤実まで予備役に編入してい
ますし、八代海相の功績ももっと評価されるべきと思います。
訓人が予備役に編入されるということは、事実上クビになることであり、影響
力は激減します。たとえば、陸軍の山縣有朋は、元帥となり終身現役であるこ
とで、陸軍内部に影響力を維持しつづけました。
今の官僚で、部下が収賄したからといって、免職(懲戒ではなく諭旨免職。退
職金は至急される。)されるトップがどれだけいるのでしょうか。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/22(土) 20:30:04 ID:mRfbKG5w0
斎藤実は賄賂貰っていたからね。
予備役編入を条件に、平沼騏一郎に見逃して貰ったのだろう。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 02:43:54 ID:xv5IyOdZ0
チャーチルの「対日世界大戦回顧録」から

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて
要求 を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せて
こそ政治家としての点数があがるのに、それができない。それでもう一度
無理難題を 要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、いままで
以上の要求を しろという。

無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人が
まったく 別人の顔になって、 「これほどこちらが譲歩しているのに、そんな
ことをいうとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違え
るしかない」 と言って突っかかってくる。

英国はその後マレー半島沖合いで戦艦プリンスオブウェールズとレパルス
を 日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。
日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人
は外交を知らない。

65 ::2006/04/23(日) 12:38:41 ID:PwDH/iwL0
五・五・三の比率の時には、日本も対英米七割の線でかなり突っ張ったはずだが?

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 01:13:24 ID:AEc7V1PP0
>>65
それはロンドンのときでは(補助艦の比率が対米69.75%)

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 10:31:35 ID:rVTgawnK0
>>64
いやまあ、戦争にしか役に立たない首相として、戦後さっさと地位を追われた人が
外交の何たるかを理解しているか疑問ではあるが。

それと「対日」ではなく「第二次」ではないのかな?


68 :無色庵:2006/04/27(木) 21:53:13 ID:GweY4pu/0
チャーチルの批判は、世界史のスレの方が妥当かと。
さて、日本の対米六割が非で、七割なら是とする方、石油がなくてどうやって
軍艦を動かすのでしょうか。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 11:57:05 ID:Wrj7W3Kl0
米英は太平洋と大西洋に艦隊を二分する必要があり、日露戦争時のロシアと
同じ。帝國海軍は艦隊決戦だけなら、太平洋のみに集中できるので、対米
五割で十分。大西洋艦隊は、対馬の二の舞。


70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 12:20:09 ID:7vzU8H/fO
>>69つまり君は七割論を生み出した佐藤鉄太郎とそれを支持した秋山真之(資料によっては秋山が発案したとも…)は馬鹿って言ってるわけだ?


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 13:00:14 ID:lWSpTpTi0
7割だろうが10割だろうが油がなけりゃ軍艦なんて只の鉄塊
その油を米国から輸入してて対米戦を考えるのもどうかと・・・

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 13:15:12 ID:7vzU8H/fO
>>71油が有るうちに戦う事もあり得る、という事を全く考えない
『自衛否定の非武装中立論者』には聞いてない。
>>69どうなんだ?

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 13:19:29 ID:lWSpTpTi0
勝手に他人の内面も知らず『自衛否定の非武装中立論者』と決め付けるな!!!!!

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 13:23:27 ID:Cs3M3bZb0
>>70
馬鹿は乗せられた加藤寛治だけだよ。
七割って数値はプロパガンダだから。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 14:06:23 ID:7vzU8H/fO
>>74プロパガンダなんて浅い物ではない。
『近代日本の軍事戦略概史』黒川雄三(防大卒陸将補)によると

《この思想(7割論)は四十年代(明治)初期に秋山大佐や佐藤大佐によって主張されたという。
秋山はあらゆる海戦史を研究した結果、『進攻艦隊は迎撃艦隊に対して五割(一、五倍)以上の兵力を必要とする。従って、迎撃側は仮想敵国の艦隊の七割以上を確保する必要がある』との結論に達した。》

つまりプロパガンダではなく日本海軍屈指の戦略家が心血を注いで研究した結果だ。
七割論を安易に否定する人間は発生過程すら知らない。
阿川作品(陸軍悪、軍令部悪、艦隊派悪、条約派善)だけで戦史やら海軍史なんか知った気になるから『プロパガンダ』とかとぼけた事ぬかすんだよ。


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 15:13:22 ID:pgKGXgKt0
>>19
全くの詭弁。ハルノートはただの交渉のたたき台としてアメリカが提示してきたものに過ぎない。
それにハルノートの何処に中国からの「即時撤兵」などと書いてあるのか?。事実を捻じ曲げちゃ
いけないよ。
 
つでに書けば「朝鮮からまで引き上げ無ければならなくなる。」なんて言うのは何処から
そんな詭弁が言えるのかね。交渉事で一旦妥協すれば最終的に全て相手の思うようになる
なら社会においても国家間においても誰も妥協などしない。現実はそうじゃないだろ。
日本は三国干渉で臥薪嘗胆しその結果はどうだったのかな?。
 
更には歴史的事実として、日本は戦争に踏み切り、敗戦し満州・朝鮮ばかりか、千島・樺太まで
失い、更には現在は北方四島・竹島まで他国に実効支配されているんじゃないか。



77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 15:22:22 ID:Cs3M3bZb0
だから秋山と佐藤が宣伝役をやったんだろう。
あらゆる海戦を調べれば都合の良い資料はいくらでも見つかる。
都合の悪い資料もそれ以上に見つかるけどな。

英国の二国標準主義と同じように海軍戦備の数値目標だよ。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 15:31:45 ID:pgKGXgKt0
結局日本は明治維新の国是「富国強兵」を軍人達が「強兵富国」にすり替えたところに
問題があった。軍拡のための予算を国富のためにもっと使うべきだったのだろう。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 17:23:27 ID:7vzU8H/fO
>>77
>だから秋山と佐藤が宣伝役をやったんだろう。

…お前ww
頭わり〜なww

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 18:01:14 ID:7vzU8H/fO
>>78
>結局日本は明治維新の国是「富国強兵」

???
国是は『開国進取』だよ。

>軍人達が「強兵富国」にすり替えたところに

従ってそんなすり替えはない。

>軍拡のための予算を国富のためにもっと使うべきだったのだろう。

八八艦隊構想を放棄した事も知らんのか?
お前『軍人蔑視』の妄想で書き込むな!!
少しは勉強してから書き込め!馬鹿野郎!

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 18:17:07 ID:6sMefeiV0
軍部による倒閣を行った友三郎は悪い奴だよな?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 18:45:58 ID:lWSpTpTi0
もし、八八艦隊計画をそのまま推進してたら戦う前に日本は亡国、それを
救ったのはワシントン軍縮条約。大正10(1921)年の軍事費は731,000,000円
歳出比率49%(うち、海軍費484,000,000円、比率32.5%)国家予算149,000,000円
軍縮条約の結果、軍事費支出は年々減って1922年42.3%(海軍26.2%)
1923年、32.8%(同、18.1%)、1924年、28%(同、15.3%)と下がってきた
(海軍歴史保存会「日本海軍史第七巻」)

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 18:51:22 ID:lWSpTpTi0
訂正
国家予算、149,000,000→1,490,000,000円

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 19:08:26 ID:6sMefeiV0
天皇が組閣を命じた総理大臣を統帥権をたてに否定して組閣させなかった加藤友三郎は悪い奴だよな?

85 :無色庵:2006/04/30(日) 19:12:42 ID:43aummdj0
いつになく議論が進んでいます。
ただ、秋山・佐藤両中将の七割論については、論理的な根拠が説明できなかっ
たから、ワシントン会議で加藤全権は対英米六割を受諾することを決意したの
では。
そもそも、日露戦争の時、日本は対露七割の艦隊を有していたのですかね?
もし、対露七割未満であれば、秋山・佐藤両中将の七割論は、日本海軍の勝利
という現実の前では、説得力に欠けていたのもやむを得ないと思います。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 19:19:54 ID:lWSpTpTi0
>>85
ワシントン会議のころ、加藤(友)はこの世にいないでげせう。加藤寛治は
全権随員で妥結に猛反対して途中帰国だったのでは?
こん時の全権は財部彪、でも彼は東郷、加藤寛治らに忌避されて海軍を去った

87 :86:2006/04/30(日) 19:23:25 ID:lWSpTpTi0
御免ちゃい!ロンドンとごっちゃにしてた>>85

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 19:45:32 ID:7vzU8H/fO
>>85
>ただ、秋山・佐藤両中将の七割論については、論理的な根拠が説明できなかっ
たから、ワシントン会議で加藤全権は対英米六割を受諾することを決意したの
では。

七割論は日本の国防を全うするための『日本海軍独自の戦略論』なので、あなたの書き込みの『理論的に説明できなかった云々』ってのは米国(英)にはどうでも良い話でさ
ライバル国の軍備を『より挫折させよう』と交渉するはずだが??

>そもそも、日露戦争の時、日本は対露七割の艦隊を有していたのですかね?

それで薄氷を踏む思いで佐藤秋山両氏は戦ったわけだ。
日本海海戦で完全勝利をおさめたとはいえ二人は『天祐だ』と受け止めていた。
日露戦争の勝利の隔絶した兵力差による勝利は軍人の勇戦敢闘もあったが幸運にも恵まれていた
あなたのいうような『幸運を当て込んで軍備計画する国家、軍隊』など世界のどこにもない。

加えて言うなら七割論の発案者である二人があなたの言うような、
『日露戦争の日露の兵力比を仮想敵国との兵力比の基準とせよ』と『お花畑発想』でなかった事が
彼らを『名戦略家』たらしめたのだ。

89 :無色庵:2006/04/30(日) 22:46:23 ID:43aummdj0
>>88
早速の対応ありがとうございます。説明不測で申し訳ありません。
私が申し上げているのは、加藤寛治主席随員が対米七割に固執したことに
対して、加藤友三郎主席全権が論理的な説明を求め、主席随員は主席全権
すら説得できなかったことです。
自国の主席全権をも説得できないような理論武装で、外国の理解を得られる
とはとても思えません。

日露戦争のとき、対露七割未満というという状況でしたが、日本は勝ちました。
海戦では。明らかに。
時の連合艦隊参謀長たる加藤海相(当時)が、六割で可と認めたものを、どのよ
うな根拠があって七割なら可でそれ未満は非とされるのでしょう。
東郷元帥も、ワシントン会議のときには、ロンドン会議のような行動はしてい
ません。

「国力がないのだから、国力に見合った軍備をする。そして、国力のはるかに
違う仮想敵国に逆に軍備の制限をかける。」というのは、非常に高度な戦略眼
だと思うのですがどうでしょう。


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 23:08:04 ID:7vzU8H/fO
>>89あなた加藤元帥がなぜ所謂『艦隊派』(便宜上艦隊派という言葉を使う)になめられてたかご存知かね?
加藤友三郎は連合艦隊参謀長として特別な働きはしてないよ?
特に日本海海戦直前は
同期の島村速雄と藤井絞一の方が功績あるんだけど?

これらの指摘の意味が分からないようなら
相当勉強不足だよ?

あんた加藤ファンの割には日露戦争の時の加藤友三郎の知識が皆無なようだな。
その程度の知識でスレたてるなよ。


91 :19:2006/05/01(月) 00:35:16 ID:ZenUtpTxO
>>76
>事実を捻じ曲げちゃ
いけないよ。

19で俺が示した話はソースをそのまま載せたもので何らねじ曲げてない。
>全くの詭弁。

突きつけられた事実を承伏しがたいのは分かるが事実に対するあなたの態度こそが詭弁的だ。

>交渉事で一旦妥協すれば最終的に全て相手の思うようになる
なら社会においても国家間においても誰も妥協などしない。現実はそうじゃないだろ。

歴史を全く知らないようだな?
残念ながら歴史上では
《交渉事で一旦妥協すれば最終的に全て相手の思うようになる
なら社会においても国家間においても誰も妥協などしない》事実は無数にある。

>日本は三国干渉で臥薪嘗胆しその結果はどうだったのかな?。

そういう論法でくるなら仲牟田軍令部長の慎重論を取り入れて日清戦争は開戦しなかった方がよかったのか!と反論させてもらう。

しかしソースに基づいて書いてる俺に『ねじ曲げて』だの『全くの詭弁』だの罵声を浴びせながらあなたの>>78の書き込みのお粗末さはなんだ!

明治政府の国是が『富国強兵』とはww
>>80氏の指摘通り『開国進取』が国是である。(富国強兵と間違える人は多いが素人にありがちな初歩的なミス)
そんな間違いをする人間が近代史に詳しい事は有り得ない。(76での御託も無知故の妄想に過ぎない)
>>76の俺に対する罵声は無知で不勉強なあなたにそっくりお返しする。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 00:45:49 ID:oixpYBbW0
>>90
業績優秀な営業マンが必ずしも優秀な管理職、果ては経営者とは限らない。
 
別に個人の軍功の知識があってもも頭の悪いやつもいるだろう。
 
逆に、君の言った功績の有る島村速雄や藤井絞一とやらより功績が少ない
にもかかわらず加藤友三郎の方が上に行ったという事実だけでも加藤友三郎の
優秀さが分かる。



 

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 01:21:47 ID:wXBCSBOR0
>>92営業マン云々の例えから察するに・・。
あなたは軍功の知識のない頭の悪い奴かな?

加藤は日本海海戦の直前には北方移動論者だった。
つまり対馬をがら空きにしょうとしてた。
それを防いだのが島村、藤井だ。
この二人がいなかったら『加藤総理』の誕生まで日本はなかった。
すなわち島村、藤井の功績は絶大だった。

加藤が島村藤井より上に行った事実云々とあるが・・。
総理になった人間が全て優秀とは限らない。
馬鹿な総理もちらほらいるが?

あなたの様々な稚拙な言い回しから察するに
『軍功の知識もない頭の悪い奴』というのがあなたにはふさわしい。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 10:51:28 ID:nk6qH/ha0
野村實の「日本海海戦の真実」によると、北進説を言い出したのは秋山参謀らしい

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 11:34:11 ID:oixpYBbW0
>>91
ハルノート読んだこと無いんだろ。そして「即時撤兵」と何処に書いてあるのか教えてくれ。まずはそれからだな。
多分ハルノートの原文を探す能力も無いだろうから、エール大学法学部の資料リンクしておいてやるから。
>>http://www.yale.edu/lawweb/avalon/wwii/p1.htm
 
どうやら歴史に無知なのは君の方なようだね。日清戦争も同じだろ。ただこの場合は我慢するべきは清国の方
だったと言うこと。日本はやる気満々で行ってるんだから引く必要など何処にある?。清は朝鮮などにこだわらず
東学等の乱を抑えて目的を達したら面子などにこだわらずさっさと朝鮮から引き上げて戦争を回避し、まず自国を
近代的国家に作り直すべきだった。そして日本がまだ朝鮮から撤兵しなければ、条約違反をたてに外交交渉で粘り
強く交渉し、朝鮮への影響力低下を極力抑える。結局、清は我慢ができなかったために朝鮮への影響力ばかりか、
台湾まで失い、更に莫大な賠償金までとられ清朝は滅亡するはめになった。一方日本は日清戦争の十年前の甲申
事変では、清仏戦争が終わってしまい見込みが違ったと見るや、日本は金玉均を見殺しにしてまで計画を一旦見切
るという賢明な行動をとってる。
 
大体、譲歩が全て完全敗北につながるなんてばかげた話は誰も信用しない。
他にも例が欲しいなら、アメリカに脅かされて幕府は鎖国を止めさせられ、開国させられたがその後日本はアメリカ
植民地にでもなったか?。更には独立国家としての主権を侵害するような「治外法権」を認めさせられ、又「関税自
主権」も取り上げられた後、日本は欧米強国の植民地になったか?。日本人は見事その屈辱的両条件を取り返して
強国の一つに数えられるまでになった。それには当然日本人の非常な努力があった。勿論、それらを撥ね返す努力が
日本は欧米の植民地だったろう。先にあげた三国干渉の後も「臥薪嘗胆」する我慢と努力が無ければ、朝鮮半島は
ロシアの植民地かロシアそのものになっていただろうがね。史実はそうならなかった事を示してるんだろ。
 
中国から撤兵させられたらその後ずるずると朝鮮まで取り上げられるなどと言うのは常識のある人達にとっては
見苦しい責任逃れのための詭弁的弁解に過ぎないのだが、自分でそれを検証する力も無く真に受けてそのコピーを
貼りまくる馬鹿が2chには大勢いるようだが。
 
ところで貴君は交渉事では譲歩したことが無く、連戦連勝で最終的に全ての相手のケツの毛まで抜いているのか?。
それとも一度譲歩したがためにズルズルと全てを失ってしまって、その経験からあんな詭弁を信じてるのか?。



96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 11:40:57 ID:oixpYBbW0
>>93
無色庵氏の論理的書き込みに対しての回答が「軍功」なのか?。国際的な外交交渉の話に場違いな「軍功」など
持ち出し聡明な無色庵氏を論破などできると思ってるのかな?。
 
>>この二人がいなかったら『加藤総理』の誕生まで日本はなかった。すなわち島村、藤井の功績は絶大だった。
こんなのは全くの詭弁。勿論二人の日露戦争での軍功は認めるが、この二人だけで日本を救ったとでもいうつりか?。
彼らがどんな良い作戦を立て、機を見るに機敏であっても、それを実行する人達がいなければ日本の勝利は無かった
のじゃないか?。つまり指示通りに操船し、砲弾を敵船に当てるための日頃大変な訓練をしてきた海軍軍人達。
それらの全てが日本を救ったんだろ。日露戦争においても軍人、一般人も人はその持ち場持ち場があり、各自がその
持ち場で能力を発揮したから勝利があった。
 
加藤は軍縮での外交交渉でその役割を発揮した。日露戦争での「軍功」などを持ち出すのは詭弁だと言うこと。
 
最後に加藤の考えかたをあげておくから是非みんなに読んで欲しいね。
>>http://www2b.biglobe.ne.jp/~yorozu/sub3-8.html
 米国提案の五・五・三の比率受諾を決意した加藤は、海軍省宛伝言を口述し、堀悌吉中佐に次のように筆記させた。
「国防は軍人の専有物にあらず。戦争もまた軍人にてなし得べきものにあらず。国家総動員してこれにあたらざれば
目的を達しがたし。・・・平たくいえば、金がなければ戦争ができぬということなり。・・・日本と戦争の起こる
probability(可能性)のあるのは米国のみなり。仮に軍備は米国に拮抗するの力ありと仮定するも、日露戦争のときの
ごとき少額の金では戦争はできず。しからばその金はどこよりこれを得べしやというに、米国以外に日本の外債に応じ
得る国は見当たらず。しかしてその米国が敵であるとすれば、この途は塞がるるが故に・・・結論として日米戦争は
不可能ということになる。国防は国力に相応ずる武力を備うると同時に、国力を涵養し、一方外交手段により戦争を
避くることが、目下の時勢において国防の本義なりと信ず。すなわち国防は軍人の専有物にあらずとの結論に達す」
(旧海軍記録文書)
この加藤友三郎の口述伝書は、敗戦の日まで、海軍省の金庫に機密文書として封印され、日の目を見ることはなかった。
参考文献 新名丈夫氏(評論家)諸論文『日本海軍の興亡』他


97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 12:34:39 ID:ZenUtpTxO
>>94それに加藤が北進論て書いてあるよね。

>>96あんた相当頭悪いね。
日本海海戦で日本側が敗れたらその後の日本が存在しなかった。
もし日露戦争で日本が敗れてロシアの植民地下におかれていたら
実際の歴史の大正時代の加藤の活動した歴史は有り得なかった。

スレ主が理論的とは思わんね。
スレ主は軍人の良し悪しを考察する頭を持ち合わせてない。
尾崎行雄とかを研究するのが向いている。

>>96も軍人の良し悪しを考察する頭がない。
『戦場の功績は一切無効』と主張するあなたも
《尾崎行雄程度》の事を考えてるのがお似合いだ。
96は頭が悪い割には詭弁が上手い。

98 :無色庵:2006/05/01(月) 18:42:23 ID:0xvpW4pU0
私は軍人の良し悪しを論じるつもりはありません。
特に、「戦略」と「戦術」の違いが理解できなかったような方々については。
「日本海海戦で日本が敗れていたら」という仮定は、「明治維新で徳川慶喜が
朝廷を要する薩長に下ることを潔しとせず、フランスの植民地になっても、
幕府を守ろうとしたら」といった仮定と同じで、あまり議論しても意味がないの
ではありませんか。
島村速雄元帥や、藤井較一大将の軍功は否定するつもりはありませんし、特に
クラストップの島村元帥が、軍令系統に徹し、軍政部門は加藤友三郎に委ねた
のは、大変な慧眼であったと思います。
不明にして、島村元帥もワシントン軍縮会議に特に反対であったとも聞いたこ
とはありません。島村元帥は軍事参議官という閑職にはありましたが、現役で
大正12年1月になくなったのは脳血栓が原因と聞いています。
おそらく、ワシントン会議の軍令部への押さえは島村元帥があたられたのかなと
も考えています。
島村元帥の考えとかもご存知の方がいらっしゃったら、ご意見をお願いします。




99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 19:08:37 ID:ZenUtpTxO
>>98
>私は軍人の良し悪しを論じるつもりはありません。

ならなぜ軍人である加藤の良さを論じてるんだ?
>「日本海海戦で日本が敗れていたら」という仮定は、「明治維新で徳川慶喜が
朝廷を要する薩長に下ることを潔しとせず、フランスの植民地になっても、
幕府を守ろうとしたら」といった仮定と同じで、
どこが同じなんだ?
全然ちがうが?

>特に、「戦略」と「戦術」の違いが理解できなかったような方々については。

それをわかってない君がなかなかでかい事言うなww

ところで加藤が上村長官の下でなにをやらかしたかなぜ言及しないんだ?


100 :無色庵:2006/05/01(月) 21:44:03 ID:0xvpW4pU0
>>99
政治家としての加藤友三郎の良さを論じているつもりですが。
私が戦略と戦術がわかっていないことと、国力も考えないでアメリカと戦争
して勝てると考えていた軍人の方々に戦略が理解できていたかどうかは、
また別の話だと思いますが。
加藤元帥と上村大将とのことについて触れないのは、政治家、加藤友三郎
を語りたいからです。
そのことで、加藤友三郎を批判されることは大いに結構です。


101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 21:55:56 ID:qoSfKbkz0
で、何で友三郎は清浦内閣を流産させちゃったの?
軍部横暴の走りじゃん?

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 22:23:31 ID:ZenUtpTxO
>>100
>私が戦略と戦術がわかっていないことと、国力も考えないでアメリカと戦争
して勝てると考えていた軍人の方々に戦略が理解できていたかどうかは、
また別の話だと思いますが。


↑強大なアメリカが攻めて来たらどうするか?
と事前に作戦計画を練るのが軍人の仕事だろうかww
まるで最悪の場合に備えて作戦計画を練り軍備計画を立てるのが悪いような言い方だな?


『国力も考えないでアメリカと戦争
して勝てると考えていた軍人の方々に戦略が理解できていたかどうかは…』

↑誰これ?
『強大なアメリカが攻めて来たなら負けないように必死に作戦を練ってた軍人』は沢山いるけど
『国力も考えないでアメリカと戦争
して勝てると考えていた軍人の方々』

↑こんな脳天気な馬鹿はいね〜ぞ?

特に『勝てると考えていた』って浅薄な放言が素人臭さを醸し出してるな。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/02(火) 06:08:09 ID:kb1txLwn0
ryon_cancer w

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/02(火) 10:54:31 ID:GzSklUjqO
それで軍務大臣を出さずに組閣を妨害した加藤の評価を聞きたいんだが?
何で口をつぐむの?

105 :無色庵:2006/05/02(火) 22:03:51 ID:nGTF0gYo0
>>101
軍部横暴の走りは、2個師団増を認めなかった第2次西園寺内閣に対し、単独
辞職した上原勇作陸相と、後任を出さなかった陸軍(山縣元帥が実質的に指示し
たと思われます。)ではないかと思います。

その結果、西園寺内閣総辞職後誕生した第1次山本権兵衛内閣では、軍部大臣
現役武官制は廃され、予備役の大将・中将でも軍部大臣に就任できることに
なっています。
清浦奎吾は、司法官僚出身で山縣直系の政治家とされ、シーメンス事件で山本
内閣を倒したのも、山縣元帥の意向が大きかったと聞いています。海軍として
は、軍備拡張を求めていたことはもちろん、そうした清浦子爵の山縣の代理人
的性格に、反発したのも不思議ではないと思います。
清浦内閣流産の時に、大隈内閣となりましたが、大隈首相は八代六郎を説いて
入閣を承諾させています。清浦子爵にもそういう選択肢はあったはずなのに
誰も入閣しなかったのは、むしろ、清浦子爵自身に大隈のような人脈がなかっ
たことが原因だと思います。
また、加藤友三郎が海軍大臣として八八艦隊を目標としていたことも知ってい
ます。

>>102
昭和になっての話になりますが、第3次近衛内閣は、南部仏印進駐を行っ
アメリカは行動しないと考えていたことは、アメリカの経済制裁に対応で
きなくなり、総辞職に追い込まれました。当時の東條陸相や及川海相が
アメリカが攻めてくるなどと考えてなかったことは、明らかだと思います。

海軍にとってアメリカは仮想敵国ですから、対米戦を必死に考えていた人々
が多数いたことは事実ですが、日米開戦時の軍令部総長永野修身大将は、昭和
天皇から「絶対に勝てるといえるか」との問いに対して、「必ず勝つと奉答
しかねますが、全力をつくして邁進すのしかありません」と必勝とはいいかね
るが勝つ見込みが高い旨、奉答しています。少なくとも、あの当時、永野総長
はアメリカに勝てると思っていたはずです。




>>104
当時海軍の実質的トップであった山本権兵衛や、直系の斉藤実の意向にそむいて
まで、自らの軍備拡張の主張が受け入れられない加藤友三郎が、入閣を固辞した
のだと思います。
加藤友三郎が取った行動自体は、大命を拝受した清浦子爵に協力しなかったという
点で責められるのは当然です。しかしながら友三郎の死後ですが、清浦内閣が成立
し、護憲三派によって半年で総辞職したことをみれば、清浦子爵に首相の器がなか
ったことは明白です。あくまでも結果論ですが。
あの時、

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/02(火) 22:44:03 ID:MtmUAuquO
>>105君自身、永野元帥が『勝てると確答しかねるが勝つべく邁進する』と陛下に奉答した事実を確認して、その事実を踏まえ『永野は勝てるかどうか曖昧』と君自身が認めてるのに
なぜその結論が『勝てると思っていた』に飛躍するんだよ?

自分が下した認識をなぜ最終段階で急角度で飛躍させてねじ曲げるんだ?
つまり君はいい加減な人間で事実を己の偏見でねじ曲げ、しかも自分も認識した事すら『偏見に基づいた誤った答え』に合致させるために歪曲してるに過ぎない。

永野元帥が昭和16年9月6日の御前会議で述べた『戦わざれば亡国と政府は判断された。戦うもまた亡国であるかも知れぬ。
戦わざる亡国は魂まで失った真の亡国であり、最後の一兵まで戦うことによってのみ死中活を見出しうるであろう。
戦ってよし勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我らの子孫は再起、
三起するであろう《戦争を決定せられた場合我ら軍人はただ大命の下で戦いに赴くのみである》そして最後まで戦い抜くであろう。』

↑これのどこが『単純にアメリカに勝てる』と思った人間の発言なのか?『勝てないかもしれないが全力を尽くして最後まで戦う』と書いてある。
お前の脳内に存在する『アメリカに勝てる』と思っていた単細胞軍人など実際はいね〜んだよ!

歴史の事実を歪曲して見てる人間の《加藤讃歌》など糞だ!

107 :60:2006/05/02(火) 23:21:26 ID:451hlus20
>>61-63
いつぞやは質問に貴重なレスを頂きありが
とうございました。

>>98
当時の軍令部長は、山下源太郎海軍大将だったと記憶
しています。そして、彼も対米七割論者だったはずで
す。
史実の裏付けはありませんが、もしかすると、島村さ
んは軍事参議院や軍令部に働きかけて、加藤さんの
“援護射撃”をしたのかもしれませんね。確か、東郷
元帥も軍事参議官になっていましたが。
軍令部長を辞めた後の島村さんは、公式記録にはあま
り登場しませんね。

ちなみに別レスの通り、対馬で待つよう進言したのは
島村さんと藤井さんだったようですが、後に東郷元帥
の武勲ということで、今日まで語り継がれているよう
です。確か、『極秘明治三十七八年海戦史』という史
料に、二人の進言が書かれていたように思います。

108 :無色庵:2006/05/02(火) 23:46:53 ID:nGTF0gYo0
>>106
「勝てると確答しかねる」というのは、「勝つとは思うが、勝負だから
万一のこともある。」という意味にとらえるのが普通ではないでしょう
か。それを「最終段階で急角度に飛躍させてねじ曲げる」というのは、
いかがでしょう。
仮にも大元帥の幕僚長たる軍令部総長であれば、「6分4分で勝つ」く
らいの見通しもなく、「絶対に勝てるか」という質問に「全力で邁進する」
では的確に答えたとはいえないでしょう。
東條内閣成立の時に白紙還元された、9月6日の御前会議の決定に固執し、
結局は、戦っての亡国も護国に徹した日本精神など残らなかったわけですし。
アメリカに勝てると思っていた軍人が1人もいなかったのなら
なぜ、日米戦争は始まったのでしょう。(単細胞というのはいかがかと
思いますが。)日米開戦回避に尽力した武藤章陸軍軍務局長(当時)は、
参謀本部の主戦論の参謀の方々に眼の敵にされていたこともご承知の
はずかと思いますが。

開戦の詔書に副署している軍人には、東條大将、嶋田大将がいますが、
勝てないと自覚していたならなぜ、辞職されなかったのでしょう。
また、終戦直前、大西瀧次郎軍令部次長は、「あと二千万人の特攻
を出せば必ず勝てる」とおっしゃられていましたが、あの時点でさえ
(沖縄も落ち、原爆が落とされるなど主要都市のほとんどが焦土と化し
ても)そういう発言をされていた軍人がいらっしゃったことも事実です。
(大西中将には、そう信じざるを得ない事情があったこともよく承知して
いますが。)
永野総長が、アメリカには勝てないから陸軍と喧嘩してもよいかと聞いた
及川海相(当時)の意見を採用していれば、あんな結果にはならなかったと
思います。アメリカの狙いは中国の利権であり、朝鮮・台湾・南樺太・南洋
諸島にそれほど関心があったとは思えません。
勝てると思ったから戦争を始めた、その中心は統帥部であったことは
事実であると思いますが。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 00:39:28 ID:0GuN4p/9O
>>108
>「勝てると確答しかねる」というのは、「勝つとは思うが、勝負だから
万一のこともある。」という意味にとらえるのが普通ではないでしょう
か。それを「最終段階で急角度に飛躍させてねじ曲げる」というのは、
いかがでしょう。

↑いかかでしょうかって…君は105でそんな事は全く言ってないぞ!!
君が>>105で語った君自身の永野論が結論で飛躍してるよ。

冒頭『勝つと確答しかねるが…』
結論『永野は勝つと思っていました。』…
結論で飛躍してるね。

>開戦の詔書に副署している軍人には、東條大将、嶋田大将がいますが、
勝てないと自覚していたならなぜ、辞職されなかったのでしょう。

辞職したら何がどうかわるんだ?(事態がどう好転する?好転する根拠は?)


>(単細胞というのはいかがかと
思いますが。)

↑これは君の認識を指摘しての事だが?

>国力も考えないでアメリカと戦争
して勝てると考えていた軍人の方々

↑この浅薄な認識を
『そんな単細胞な軍人はいないぞ!』とたしなめたんだが??

105で君が展開した論を106で俺が指摘し108で自らが105(それ以前の君自身の論をも)で展開した持論を忘却し『議論のすり替えをし』開き直っているが?

105で君自身の展開した論の拙さを全て『こちらの』責任にして開き直る君の図々しさには全く恐れ入る。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 00:42:27 ID:b9S/CQxA0
>>108氏、書き込みに中傷文つけるような輩の相手をしても無駄だと思いますよ。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 01:01:06 ID:0GuN4p/9O
>>110スレ主の展開してる論の綻びを突いてるだけだぜ?
変な合いの手をいれるなよ。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 05:42:30 ID:v8f3OGlx0
ryon_cancer WWW

113 :無色庵:2006/05/03(水) 08:31:50 ID:WVpVr/mP0
>>110
ご忠告ありがとうございます。ただ、108さんの意見も反対意見として貴重
と思いますので、できるだけ対応してまいりたいと思います。

>>109
まず、論点を整理しましょう。
私が「単細胞な人間」というご批判は、認めます。単細胞な人間には、直接
そういっていただいた方が、わかりやすくてありがたいのですが。

永野総長の対米戦勝利の認識については、意見は平行線です。
他の方に判断を委ねたいと思います。

開戦の詔書への副署ですが、宣戦・講和は天皇大権ですが、国務大臣の副署
がなければ発効しません。仮に東條首相が辞職すれば内閣総辞職となりますが、
嶋田海相が単独辞職して海軍が後任を出さなければ、同じく後任を出さなければ
内閣は総辞職に追い込まれます。
次にできる内閣も、開戦の閣議決定に海相が反対し、いざとなれば単独辞職・後任
を出さないをくりかえせば、対米宣戦布告はできません。
終戦のとき、鈴木内閣が懸念したのは、阿南陸相がこの手を使って倒閣を図り、
終戦に持ち込めなくなることでした。
つまり、アメリカには勝てないと、ほとんどの軍人(現役大・中将)が考えていたなら
開戦の閣議決定ができなかったと申し上げたいのです。

十分なご回答とは思いませんので、ご意見よろしくお願いします。



114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 09:27:58 ID:iRCSQHpW0
違うだろ?
加藤友三郎がシーメンス事件の粛軍に乗りたくなくって海軍利権を守るために海軍大臣を出さずに清浦内閣を流産させたんだよ。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 10:41:34 ID:0GuN4p/9O
>>113ほ〜
なかなか闘魂があるね?
>次にできる内閣も、開戦の閣議決定に海相が反対し、いざとなれば単独辞職・後任
を出さないをくりかえせば、対米宣戦布告はできません。

↑だから日本国内が内閣改造やっただけで何故
刻々悪化していく世界情勢、さらに言うなら対米関係が好転すると言い切れる?

それであなたの読書範囲が極めて範囲が狭く『日本側に開戦原因の全てがある』という浅薄な『阿川、半藤作品』とその他二、三冊とばれるんだよ。(自称豊田ファンらしいが?)

『アメリカ側が巧妙に仕掛けた』とするルーズベルト周辺の『米高官の証言』を君はどう消化するんだ?

日本側の開戦論者は米国の『第二次大戦への参戦意欲を正確に把握していた』と評価に値する。

嶋田大将は『我々は米国の刻々の軍備の増強を驚愕の眼を以て見守っていたが《どう考えても単なる対独戦のみを考えての軍事的行使とは考えられなかった。》
米国大平洋艦隊は遥か以前からハワイに移動して日本に脅威を与えていた。《米国の対日政策は冷厳で、その要求を容赦なく強制する決意を示していた。》窮地に陥ってはいかんともならない、というのが当時の日本における切迫感であった。
如何なる国家といえども自存の為の行為をなし得る権利を持ち、又如何なる事態の発生に依りその権利を行使できるかを自ら決定しうる主権を持つことを余は些かも疑わなかった。
政府は統帥部と連携して真剣に考究したが統帥部中誰一人として米英との戦争を欲していた者は無かった。
日本が四か年に亘って経験ししかも有利に集結する見込みの無い支那事変が手一杯であった事を軍人は知りすぎる程承知していた。』

↑米国高官の証言を知る者ならば嶋田証言を読み当時の《開戦論者の慧眼》に舌をまき…
知らない者は君のように
>《国力も考えないでアメリカと戦争
して勝てる》と考えていた軍人の方々

↑と彼らを馬鹿にし

>次にできる内閣も、開戦の閣議決定に海相が反対し、いざとなれば単独辞職・後任
を出さないをくりかえせば、対米宣戦布告はできません。

↑日本側が開戦しなければ対米戦があり得なかったと『お花畑』をぬかす!
しかも対米戦回避の手段は『内閣改造』と馬鹿な事をぬかす。


116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 11:56:46 ID:v8f3OGlx0
WWW


117 :無色庵:2006/05/03(水) 20:41:29 ID:WVpVr/mP0
>>115
 アメリカに第二次大戦への参戦意欲があったことは事実だと思います。
 ただ、国内世論から、支那事変を理由に対日開戦できる状況ではなかった
ので、日本に宣戦布告させたがっていたのではないでしょうか。

 なぜ、当時の軍令部総長永野大将、海相嶋田大将は、その慧眼をもって認識
していた内容のとおり、大元帥に伝えなかったのですか。
 また、支那事変解決で手一杯なら、陸軍は関特演など行ったのでしょうか。
 関特演は、極東ソ連軍の対独戦への移動状況によっては対ソ戦を決意して
のものであったはずです。陸軍統帥部が年内対北方武力行使を断念したのは、
昭和16年8月9日です。

 対米線回避の手段は、支那事変の全面撤退による解決という非常手段しか
残されていなかったと思います。
 東條首相兼陸相がそう決断し、断行すれば、アメリカも対日禁輸を解除せ
ざるを得なかったはず。もちろん、東條大将には、お腹を召していただくこと
になるでしょう。阿南陸相が昭和20年になされたのと同様に。

 アメリカの刻々の軍備の増強を驚愕の眼を以て見守っていたのは、無条約時代
だったからでしょう。ワシントン・ロンドン両条約を更新していれば、こうは
ならなかったはず。
 国力差を考えず、無条約時代に突入したのは、外交官だけが無能だったから
でしょうか。 


118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 23:14:06 ID:0GuN4p/9O
>>117
>なぜ、当時の軍令部総長永野大将、海相嶋田大将は、その慧眼をもって認識
していた内容のとおり、大元帥に伝えなかったのですか。

↑コレなんの冗談だ?



119 :無色庵:2006/05/04(木) 09:11:30 ID:+tXBXc240
>>118
 昭和16年9月6日の御前会議で、国運を賭して戦争するかどうかを決する帝国
国策遂行要領が決定されましたが、昭和天皇は原枢密院議長の質問に対して、
東條陸相、及川海相が答弁した後、
「枢府議長のただいまの質問は、極めて重要なることで、もっともな尋ねで
ある。これにたいして政府の考えはわかったが、統帥部の答えがないのはなぜ
であるか。」と発言、
これに対し、永野総長は、
「唯今政府より答えましたところは、政府統帥部一致の意見で、統帥部も十分
交渉に協力するものであります。」と奉答しています。
 永野総長は、このとき、対米戦は天佑神助がない限り必ず敗れます。陸軍が
支那から撤兵し、対日禁輸を解除させなければなりません。」と付け加えれば
良かったということです。昭和天皇も支那撤兵を決定されたのではないでしょ
うか。
 そもそも、統帥大権については、大元帥たる天皇が単独で命令できる(両総長
は大元帥を「輔翼」しているに過ぎず、奉勅命令を伝宣しているのみであり、
副署など必要ありません。軍部大臣は国務大臣として「輔弼」している、つまり
副署しないと勅令は発効しないのとは根本的に異なる部分です。)のですから、
海軍の幕僚長である軍令部総長の意見をご嘉納になり、参謀総長に対して、支那
撤兵の命令を起草せよ、と昭和天皇が命じれば、杉山総長も起草せざるを得なか
ったということです。
 また、永野総長は帷幄上奏してアメリカとの開戦不可を天皇に直接申し上げて
ることも可能でした。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 09:48:11 ID:BuD4Bw66O
この人何いってるの?憲法とその運用を無視して急に天皇責任で親政をやれというのか?
恥を知れ。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 09:51:44 ID:H791+921O
>>119
君が

>なぜ、当時の軍令部総長永野大将、海相嶋田大将は、その慧眼をもって認識
していた内容のとおり、『大元帥に伝えなかったのですか。』

↑これを書いた時点で君が歴史的事実を何も知らない事を暴露してるんだよ。

それを覆い隠すための悪あがき的な>>119のレス…。119で無知をごまかすための『恥の上塗り』をしちゃったね。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 09:54:42 ID:QbdvXSnh0
ryon

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 09:58:07 ID:BuD4Bw66O
開戦しなければただで平和が手に入るとはお気楽だな。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 10:05:44 ID:opK+sKc60
>119
永野総長は海軍の人だから陸軍作戦、政府問題に首を突っ込むことはできないと思うが?
ちなみに彼は昭和16年7月の時点で天皇の問い質しに対して「対米戦は大勝はおろか勝利も覚束ない」と答えている。

あと立憲君主として撤兵問題は政治的問題も絡んでくるから
天皇が直接命令をする事はできないだろーね。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 10:26:25 ID:QbdvXSnh0
戦前の日本が立憲君主国だって?!ケッケッケッケッケッ大笑

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 11:00:20 ID:BuD4Bw66O
天皇自身が統帥大権を発動したことなんかあるのかよ?
補弼、補翼、翼賛の意味を考えろ。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 12:16:06 ID:iYf9avnd0
>>113
えーと、永野修身海軍軍令部総長が対米戦の勝算について、なにを論じたかでよろしいですか。
彼は本気で対米戦勝算ありと主張したようです。

1941年7月21日の連絡会議(対日石油禁輸前)で、
永野さんは「米に関しては今は戦勝の算あるも」と論じています。

同年9月3日の連絡会議でも、
永野さんは「今ならば勝利のチャンスがあることを確信する」と暴言を吐いています。

その意味では無色庵さんのほうに軍配が上がるようです(続く)。

128 :127の続き:2006/05/04(木) 12:23:28 ID:iYf9avnd0
>>119
>>124

問題は無色庵さんが挙げている例なのですが、
7月31日の上奏に関するものだとすると次のような話です。
少なくとも119さんがおっしゃっておられるのは、この話かと。

永野の上奏を受けて、やはり、勝てるような話が書いてあるのですが、
陛下は流石に慧眼で、その問題点に気づかれたわけです。

陛下から「提出された書面には勝つと説明があるので勝つとは思うが、
日本海海戦のような大勝は困難ではないか」と追求されて、
はじめて永野は「勝つかどうか覚束ない」と告白します。

つまり、永野自身が印象操作をして、勝てるようなイメージをばらまきながら、
実際には計算が立ってないということです。

しかし、永野は反省しないで同じことを繰りかえし、
東條ほか閣僚は統帥権の建前から追求できず、
陛下も立場上発言できないので、軍令部の間違った対米戦勝算あり説が広がりました。

従って、無色庵さんの主張そのものは誤りではありませんが、例が特異なもので誤解を招くかと。


129 :127の続き・2:2006/05/04(木) 12:58:56 ID:iYf9avnd0
>>128
文中の119さんは、124さんが正しいですね。訂正します。

議論が混乱しているのは、勝てると思っていた、という言葉の解釈かと。

永野大将と海軍軍令部の公式・非公式見解を集約すれば、
論理的帰結として、かれらは対米戦勝算ありと確信していたことになります。
なにしろ、これほどの重大決定について、
嘘をつくなんて無責任で悪質なことは普通は考えられませんから。

組織としての公式見解を、海軍軍令部と永野修身の考えととらえるなら、
無色庵さんの主張は筋の通ったものです。

ただ、7月31日の上奏における解答は問題を投げかけます。
つまり、永野大将と海軍軍令部は陛下や政府、陸軍に嘘をついたかもしれないのです。
だとすると、勝算の少ない国を滅ぼす戦争を嘘をついてまで推進したわけなので、
軍事専門家の判断はなおさら疑ってかからなければいけないということになります。

現実には、ここまで非道徳的な人々が海軍の高級軍人だったとみなすのは難しいので、
勝てると思いこんで、突っこまれると気づくのだけど、
あとになるとまた忘れて、勝てると思いこんでしまう、くらいのほうがありそうなことかと。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 13:11:15 ID:BuD4Bw66O
一番勝算のある時に開戦したかったってことを言っているわけだが。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 13:26:42 ID:iYf9avnd0
>>130
7月21日の永野発言を追加いたします。

「比島の占領も今なら出来るし、比島を取れば後は楽だ」

一番勝算があるときに開戦したかったというのは事実でしょうが、
そこで「楽」とまでいっては、
勝算の程度について大いに誤解を与える発言をしていたといえるでしょう。

従って、永野は勝てると主張したということは事実かと。
なにより、そうでなければ7月31日の陛下の所感はありえないわけで。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 04:32:23 ID:kzzPsE+Z0
なんでこのアホは 勝てない から 開戦が間違い と脳内定義してんだ?
戦争は政策の一つにすぎないんだから政治の妥当性を考えろ。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 06:06:43 ID:PYH+1+9N0
勝てない(負ける)戦したら国民がどんな悲惨なことになるか知ってのことか
兵隊として死ねばまだいい、遺族には恩給つくからな。空襲や艦砲射撃で死に
家や財産を失い戦災孤児になってもそのまま放置された民は数知れず
極めつけは、祖国は強国の属国以下の扱いで民の稼いだ国富は宗主国に吸い上げられる
外国軍隊が半永久的に国土に駐留、それの移動にも金を差し上げる。自国に防衛する力
がないから当然だという売国的カキコもあるが、その惨状をつくりだしたのは誰か?

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 06:12:42 ID:kzzPsE+Z0
なら日清戦争や日露戦争はどれだけ勝てる見込みがあって開戦したんだよ?
みんな政治的に必要があるから戦争してんの。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 06:21:51 ID:PYH+1+9N0
加藤の書簡にもあったろう。戦争には金がいる。
日本が金を調達できるのは米国のみ。その米国とことを構えたら
何処から金を調達できるのか?石油も然り。金も資材もないまま
戦に飛び込めば敗戦は自明の理。短期決戦で決着するというが
相手のある戦でなんで思い通りに戦争が推移すると思うのか
ww1でさえ4年の長きにわたっている。まして国力無限の米国に・・・

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 06:31:25 ID:kzzPsE+Z0
へー、アメリカと戦争しない方が開戦するよりも悲惨にならないってのはどんな政治的判断なんですか?
当事者とは全く見解を異にしていますが?

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 06:35:59 ID:PYH+1+9N0
三国干渉の際、黙って引き下がったが悲惨なことは何も起こらなかった
中国から撤兵してどんな惨事が起こるというのか?

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 06:40:23 ID:kzzPsE+Z0
未だ開戦判断妥当性を勝ちか負けかの見込みだけで判断する奴がいるとはね。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 06:43:06 ID:PYH+1+9N0
当たり前だ!負ける戦と知りながら開戦すれば売国奴

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 06:49:53 ID:kzzPsE+Z0
だったら日露戦争の開戦責任者を何で売国奴呼ばわりしないんだよ?

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 07:00:16 ID:PYH+1+9N0
だから〜、日露戦争では資金調達の目途がある程度あったろうが
後押ししてくれる国(英国)もあった(英国の自国の国益が絡んでいたが


142 :141:2006/05/05(金) 07:04:49 ID:PYH+1+9N0
これから外出だからしばらくカキコないよ

143 :無色庵:2006/05/05(金) 07:35:33 ID:an4ckmnG0
>>134
 日清戦争や日露戦争のころまでは、第一次大戦のような殲滅戦総力戦
とは違い、植民地争奪が主目的の帝国主義的な戦争が主流でした。
 日清戦争は海軍はともかく、陸軍は近代化が遅れていた清国軍との
戦いであり、戦闘自体には勝つ見込みがあったが、この勝利に対して
列強がどのような干渉をしてくるか、が焦点で、結局三国干渉には屈して
います。
 日露戦争は、かなり勝つ見込みは少なかったことは事実です。しかし、
帝政ロシアの国内問題という相手方にも欠点がありました。児玉源太郎
大将(開戦前の参謀次長)もこれを利用して、ロシアの革命運動を支援する
ため明石元二郎らに謀略活動を実施させていました。
 また、伊藤博文枢密院議長は、早期終戦を目指し、アメリカを仲介者
と想定して、金子堅太郎をアメリカに派遣しています。金子には外債募集
という目的もありました。
 相手方の内部分裂誘導、限定戦争のための仲介者の選定、財源確保という
ことにより、各戦闘が優勢であったこととあわせて日露戦争が日本優勢のま
ま講和にもっていけた理由です。
 もちろん、ロシアには敗戦の認識もほとんどなく、海戦では本当に勝利し
ていますから、ロシア軍が日本本土上陸ということはできなかったでしょうが、
満州の陸軍は講和成立時には、ロシア軍のヨーロッパ方面からの増強
により、相当の戦力差になっていました。
 ポーツマス条約では、賠償金を早々と断念し、講和を優先せざるを
得なかったものです。
 確かに勝てる見込みは少なかった、特に長期戦になれば大陸から全面
撤退という自体に追い込まれたと思います。
 しかし、一時的にせよ優勢な局面をつくり、相手方の同様を誘い、
妥当な仲介者を得て優勢のまま講和するというのが、伊藤議長、山縣参謀総長
をはじめとする元老や桂首相、小村外相達政府首脳の共通認識だったと思います。
 もちろん、相当の目途があったから、開戦の決断をしたというのが
実情でしょう。
 政治的必要性だけで、戦争をしていたわけではないと思います。

>>138
開戦判断妥当性は、やはり勝敗の結果で判断しないといけないと思います。
少なくとも、勝つ見込みがなくなった、サイパン陥落時には、降伏
を受け入れる決断が必要でした。

>>132
 相手国から宣戦布告され、受けてたつ場合はともかく、勝利(少なくと
も負けない)までの構想がなければ、戦争を開始してはいけないと思います。

>>136
戦争しない方が、戦争したよりよほど悲惨なことになりました。
元首相であるため重臣として意見を求められた米内海軍大将は、ジリ貧を
おそれてドカ貧にならないようにと警告していたはずです。当事者ではな
いかも知れませんが。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 07:50:27 ID:kzzPsE+Z0
結局は結果論かよ。
当時の政治を考える力が足りないようだ。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 08:10:17 ID:FvqwYk020
客観的に見てkzzPsE+Z0の負け

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 08:22:50 ID:kzzPsE+Z0
結果論ならそうなるだろうね。
勝つ戦争が正解で負ける戦争が間違いなんてのは子供の論理。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 09:10:41 ID:l8svpXPuO
146=阿川作品に思考を縛られてない賢人。

148 :無色庵:2006/05/05(金) 10:08:00 ID:an4ckmnG0
>>146
私は「勝つ戦争ならいい」といっている訳ではありません。
いわゆる平和主義者ではありませんが、戦争は、しないほうがいいに決
まっています。
孫子も「百戦百勝は最善ならず、戦わずして勝つことが最善」といっています。
戦えば勝ったとしても戦死者は出るし戦費は甚大。戦わずして勝つことが最善で
あります。
そのために加藤友三郎は、国際協調を機軸として戦争に巻き込まれないようにしながら
国益を図ろうとしていたと申し上げたいのです。
加藤友三郎以外にも、児玉源太郎大将なども国際世論を重視した視点をもっておられ
ました。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 10:17:44 ID:l8svpXPuO
>>148国際世論が『絶対に日本を拒否』して追い詰めたならどうするんだ?
とりあえず土下座して『敵の善意にかける』お花畑戦略か?

なんの事はない
結局のところ、お前は『非武装中立論者』と変わらん。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 10:25:07 ID:kzzPsE+Z0
不同意だね。
戦わずして勝つ平和もあれば、戦わずして負ける平和だってある。
孫子が言っているのは政治的に妥当な判断をしろと言うこと。

日露戦争だってそれほど見込みのある戦争ではなかった。
あそこまでイギリスが肩入れしてくれなかったら?
 バルチック艦隊への妨害、ロシアが購入する可能性のある軍艦の差し押さえとうの中立国としての裁量は確約されていなかった。アメリカ同じ。
戦費だってイギリスだけでは充足されていない。
ロシアの弾き方と世論の動き、指導部がもっと強気であれば?もう少しマシな戦い方をしていたら?
日本はかなりラッキーであり、ポーツマス条約まで持ち込めたが、それでも戦中の上村艦隊への非難や日比谷公園焼き討ち事件は起きた。

勝利の見込みがなければ戦争をしなければいいという論理は、喧嘩せずとも済む金持ちだけに許された自由である。
開戦は政治判断であることに留意せよ。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 10:34:57 ID:l8svpXPuO
>>150
>不同意だね。

そりゃ左翼なら不同意だろうな。

>孫子が言っているのは政治的に妥当な判断をしろと言うこと。

阿川厨が孫子?
笑わすな。
孫子の説く理論の外のレアな『国際情勢、戦略状況』も歴史上には存在する。


152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 10:49:20 ID:kzzPsE+Z0
>>150>>148へのレスね。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 10:53:19 ID:l8svpXPuO
>>152了解。失礼ね。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 13:10:58 ID:mtIDZvQX0
>>132
>>136

このスレは午前中に延びるんですね。
海軍軍令部の問題は、勝てない戦争を勝てるといったことで、
従って政府と陸軍を騙して、間違った前提で戦争を行わせたことですよ。

勝てない戦争をしなければならないかどうかは、それとは別のことです。
勝てるにしろ勝てないにしろ、
政府と陸軍に充分な情報を渡さなければいけません。
陛下を謀ってはいけません。
海軍が対米水上戦闘に自身がないなら、別の戦争の進め方もあるんです。

>>150
>戦費だってイギリスだけでは充足されていない。

それはもう、イギリスの林公使が某方面に完全に網を張っていますよ。
シフとか、ウォーバーグとか、カッセルとか、ロスチャイルドとか。


155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 14:30:22 ID:ihRBE2YP0
>>154
戦費がらみの話がもっとききたい。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 15:00:03 ID:mtIDZvQX0
>>155
日露戦争ならあまりスレ違いでもないでしょうから。

もともと在ロンドンの林公使は英国金融界を牛耳るカッセル、ロスチャイルドと懇意でした。
また、ニュー・ヨーク金融界の帝王シフは、
日露戦開始とともに周囲の資本家を結集して日本を支援する決定を下していました。
ニューヨークでシフが動くということは、
ハンブルクで、その親戚でドイツ金融界の帝王であるヴァーブルクが動くということです。

つまり、日本側は伝説とは違い必勝体制を固めてから日露戦争の戦端を開いたわけです。
イギリスだけで戦費を充足しないのはむしろ予定通りかと。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 17:41:08 ID:eLpNTfWx0
ドイツのヴァーブルクが日本支援に動いたというのが事実なら、ドイツ帝国
自体も必ずしもロシア寄りではなかったということか。
高橋是清や、金子堅太郎による国債募集も、人がいうほどのものではなかった
ような実態がありそうということかな。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 18:09:28 ID:mtIDZvQX0
>>157
高橋、金子なども、充分な準備と仕込みがあってはじめて動けたということかと思います。
黒子としての林公使の役割はもっと強調されていいかもしれません。
なお、高橋とマックス・ヴァーブルクの親密な関係は、高橋が殺害されるまで続きます。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/06(土) 00:05:02 ID:BWsd2ZLtO
>>154海軍の別の戦争の進め方とは、
例えばどのような?

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 11:57:53 ID:YAmrEDwg0
>>159
まぜっかえすなよ。折角に日露戦争まで戻ったのに。
大体、無色庵も悪い。板あげたのなら、板に責任持てよ。
日米開戦のことなんかほっとけよ。加藤友三郎ってあのときとっくに故人だろ。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 12:32:00 ID:Frdje/1K0
二年で講話できたからいいようなものの、日露戦争でも長期化いれば破綻していた。
何で対米戦が間違いで対露戦が正解なのか理解に苦しむ。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 12:32:41 ID:Frdje/1K0
開戦の妥当性は政治的な妥当性のあるなしで判断すべき。

163 :160:2006/05/07(日) 12:54:56 ID:YAmrEDwg0
加藤友三郎の板だろ。
日露戦争開戦時、加藤は第二艦隊参謀長で、開戦の意思決定に参画
してたわけじゃない。
日米開戦じは没後18年たってる。
少なくとも、日露戦争のときは生きてたから、戻ったっていったんだよ。
開戦(?)の意思決定で加藤が絡むのは、シベリア出兵くらいだろ。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 13:00:35 ID:MSuEERkwO
>>163加藤亡き後の『条約派』『艦隊派』に議論が及ぶ事もありだろ?
それに伴って大東亜戦争の開戦の是非に議論が及ぶ事もあるだろう。


165 :160:2006/05/07(日) 17:46:53 ID:vO4Sx/oE0
条約派、艦隊派という言葉自体、加藤の死後のロンドン会議からの色分け
大戦への言及は、別の板でやってくれ

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 17:54:22 ID:MSuEERkwO
両派の正義を信じる者が
知識の限りを尽くして議論すれば良いだけの事だ。

加藤の正義を信ずる者は知識の限りを尽くして彼を弁護すればそれで良いだろう?

何か困る事でもあるのか?

167 :無色庵:2006/05/07(日) 19:31:38 ID:3gzh+rqg0
>>160
貴重なご意見をいただき痛み入ります。
ただ、加藤友三郎の日本海軍史における位置づけを考える上で、77年間と
いう日本海軍の生涯において、加藤以降の歴史もその影響が及ぶ範囲で議論
していただければと思います。
引き続きよろしくお願いします。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 21:37:07 ID:tkglgUHo0
>>166
じゃあ、艦隊派の勝利条件。
米国が仮想敵、ワシントン条約を結ばないのだからたぶん英国も敵という条件で、
無条約で対米七割を実際に可能にする方法を考えること。
それができないなら、
条約によって対米七割に近い数字を確保できる条約派の方法のほうが有利。

無条約で対米七割を達成しようとする場合、
財政面はどうするか。米英を敵にして資金をどこから調達するのか。
既存の計画だけでなく、アメリカは必ず本気で建艦競争をしかけてくると思われるが、
その場合に国力に劣る日本が、どのようにして対米七割を確保するか。

ただでさえ苦しい財政は、完全破綻するのではないか。
増税でまかなう場合、これ以上の増税は可能か。
共産主義者がこれを機に内部から掘りくずしにきたらどうするか。
政党をどのように説得するか。
なにより予算問題での最大の敵である陸軍にどのように勝利するか。

アメリカ、イギリスが日本に原料や資材の供給を取りやめた場合、
どのようにして日本は軍艦を作るか。
自前の資材・原料・機械だけで、日本は質量共に対米七割を確保する軍艦を作れるか。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/08(月) 10:38:42 ID:gE78m74o0
>>168
一応、日英同盟は継続の可能性ありとしてもいいんじゃないかな。
それでも財政破綻と建艦能力の差は絶望的だが。
ワシントン会議の時点で、八八艦隊は半分が未起工で、13号艦級は
設計も済んでない。もちろん建造予算のあても無い。完成分の維持費
だけでも一杯一杯だ。
一方アメリカの3年計画艦隊は全艦起工済み。たぶん、13号艦級が
そろうころには、第2次3年計画艦隊が出来上がってるよ。下手をしたら
第3次あたりまで行ってて、対米6割どころか5割を切ってたりして。
後の月刊エセックス、季刊サウスダコダ、アイオワの勢いを考えるとねえ。

それに、対抗するのに7割が必要って、戦場での話でしょ。防衛側は
全戦力を出せるけど、攻撃側はそうそう本国を空っぽにはできない。
保有量6割でも、それがそのまま戦場での戦力比になるとは限らない。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/09(火) 19:09:16 ID:+LOAB6L60
太平洋の防備制限の条項も忘れないでくれ。
これは日本から対米七割を諦める条件として提案されたもの。
これがなければ太平洋戦争初期の快進撃も怪しくなるよ。
シンガポールやフィリピンをああも簡単に攻略できたかどうか・・・

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 09:06:43 ID:cOPWFiPdO
日露戦争が太平洋戦争並みに四年間続いていたら日本は負けており。大陸利権を失い、安全保障を脅かされ、多額の賠償金と負債にあえぐ一次大戦後のドイツのような国になっていたかもしれない。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 09:44:03 ID:oabCacITO
>>171
  ァ  ∧_∧ ァ,、
  ,、 ( ´∀`) ,、
 ,、 ( ⊃ ⊂) ,、

  ギャーッハッハッハッ !
    ∧_∧ ミ
 o/⌒(;´∀`)つ
 と_)_つノ ☆
  腹痛え バンバン


173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/12(金) 14:08:33 ID:6sVkoiMcO
どの辺が?
本土を占領されずとも経済崩壊で社会不安と混乱で悲惨なことになるのは当然。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/12(金) 14:40:30 ID:KgdeRpTm0
長期戦となり日本の形勢不利となれば金貸す国、金融業者いないからね
軍艦も近代兵器も自前で造れぬ国は外国から買うしかない。その金を
調達できなければ負けるのは自明

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/13(土) 00:07:25 ID:LZUhGCN60
>>557
というわけで、具体的な発言を投下しますね。

永野さんのせりふ(7月21日)
「米に関しては今は戦勝の算ある」
「比島の占領も今なら出来るし、比島を取れば後は楽だ」

永野さんのせりふ2(9月3日)
「今ならば勝利のチャンスがあることを確信する」

高木さんのせりふ(8月8日)
「今日なれば武力戦に算立つ」


176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/13(土) 00:45:39 ID:LZUhGCN60
>>175
誤爆スマソ

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/13(土) 17:06:28 ID:EMCyWj740
こちら広島では、太平洋戦争中に金属供出で失われた加藤友三郎の銅像復元の話が
でている。
しかし、元帥海軍大将の銅像をなんで供出しちゃったの?
戦意喪失するだろ。

178 :無色庵:2006/05/13(土) 21:32:09 ID:xmoCYKX30
>>177
やはり軍縮を推進したのが原因だったのかと考えていますが、ほかにご意見
のある方がありましたらお願いします。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/14(日) 13:38:50 ID:L+lMFcif0
全国の銅像はどうだったんだろ。東郷さんのは無事だったようだが。
他は大概持ってかれたんじゃないの?

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/14(日) 14:16:36 ID:8Twq/oLz0
下関の乃木希典像や神戸の伊藤博文像なども戦時中撤去、供出されてる

181 :水帝神撃:2006/05/14(日) 15:09:22 ID:my/boCQM0
444


44444天皇家が大犯罪人でした44444
坂本龍馬暗殺の黒幕は天皇家でした。「証拠」はこれです。→「事件がグレイである事」「正月になぜか二階から手を振る」
「なぜか、ケーキを食べる事がお仕事」
「大きな家に住んで居る」
「大元帥の「大」の字を使って居る事」
「人を、殺して置いて自分は、死んだ事が無い」
「嘘を着く事」
「人々を殺せるが「生き返らす事が、出来ない」
「木村克英が生まれた瞬間に一位だった事の説明が出来ない事 これはおかしい」
「市井さやか引退の説明が着きません」
「天照家の子孫と嘘を着いて演じた事」
「天照・ディス・グランド・エイダス・フォース」が産まれたのは「1973年2月25日」
「体が光って居ない」
「顔が悪い」
「1988年5月15日に東京が消滅がした事」
「世を平にしたいとゆって置いて自分は、、、象徴の地位から降りなかった....事」
「この世を作ったのは「木村克英」です」
「木村家の親戚と本田美奈子さんと夏目雅子さんの癌に寄る死を犯した、、、、、責任」
「明知光秀「天皇家の命令」に寄る織田信長殺害」
「ファーストインパクト・セカンドインパクトに対応出来ていない」
「独裁者スイッチ」
「GS人の物を盗むGS」
「一年の半分は栃木で休む」
「何もしない」「祭り下げられた家系である事」
「壬生義士伝 富田敬殺害」
「太平洋戦争を起こして、、、A級戦犯死刑になっていない事」
「特攻した事が無い」
「横綱大砲の死「北海道」」
「根性すら知らない」
「司の時に、踊って居る事」
「椅子に座って居る事」
「カーテンが赤である」
「幼稚園児殺害」
「子供をレイプしている」
「なぜか人の肉を食べる」
「ニュースで最近「子供がよく殺される事や。「幼児虐待の多発」
「凶暴な事件の多発」
「人々を完璧に護れない事。」
「坂本竜馬が殺された時に、地位に着いた事「普通の人は....そんな事はしない」←これは生きた証拠です。
「宮崎勉事件の発生」
「「光では無く「闇の帝王」」
「単相生命体」ではなく「老けた老人が地位に着いている」」
「吉田松陰の死を説明してみてよ」
「この世は子供とスーパーアイドルが主役なのに」これは変態です    →     「なぜか老人が目立っている」て言う事は、子供を護る気が無いとゆう事ですよ・・・・   
「時間は、存在しませんよ、それと、リアルタイムですので、私は全責任を取ると言いましたが、無にして無力ですが、悪人にレイプされる、言われ和ありません、ですから、天皇家は、あたしをレイプしたことになります、ここで、科学的に犯罪確定ですな」
「「「「後、なんで、天に、皇帝、が、居るだよいる訳が無い「独裁者」「告知」ですな「奇特ですね」」」」を、犯したので、SSSSA級戦犯です、理解しましたねwu...、、逮捕して下さい....「USAIRフォース」
「勉強不足は、だめですよ、天皇家の皆さん」「科学は否定できませんよ」  
天照帝  烙印


182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/15(月) 15:10:00 ID:rNAQMMFGO
秋葉の軍神広瀬像も溶かされたし。

183 :無色庵:2006/05/28(日) 21:33:26 ID:uNiKr/od0
昨日の午後2時5分に書き込む予定でした。
「艦長。取舵一杯。」

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 21:28:51 ID:Z4mKOAfp0
今日のテレビで、加藤友が首相になったときの提灯行列(!)を6月15日に
地元で再現したというのをやってましたね。

185 :無色庵:2006/07/05(水) 23:14:57 ID:g3Tbc/Ns0
銅像復元会の方々が東京へ墓参ツアーを行われました。復元する銅像が昭和
18年に供出されたものでないことに不満の方もあるようですが、軍縮のシ
ンボルともいえる加藤友三郎には、軍縮会議の服装がふさわしいと思います。
(旧像は史実を再現していないということもあります。)

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 23:34:42 ID:6dfyt687O
反日左翼無色庵は北朝鮮のミサイル発射に笑いが止まらないww

187 :無色庵:2006/07/13(木) 22:25:57 ID:etxVlkKx0
>>186
確かに。加藤友三郎が健在であれば、まだ、日本の一部だったはずのところが、日本
をミサイルの標的にしているんですから。
そのうえ、日本を戦争に追い込んだアメリカや、北の独立を支援してきたロシアや中国
も手を焼いているのをみると、笑いたくもなりますよね。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/13(木) 22:55:21 ID:GkEyqQyn0
加藤友三郎またはワシントン会議時の情勢についておすすめの書籍は
ありませんかね?           

189 :無色庵:2006/07/16(日) 17:16:12 ID:84dZTN100
>>188
加藤友三郎のお勧め書籍としては、
小説「蒼茫の海〜軍縮の父加藤友三郎の生涯〜」(豊田譲:著)
  絶版、図書館等では豊田譲全集の方がおいてあるところもあります。
実伝「加藤友三郎」日本宰相列伝9(新井達夫:著)
  これも図書館で探したほうがいいですね。
  「わが国の軍備縮小に身命を捧げた加藤友三郎」(田辺良平:著)
  広島の郷土史家の書かれたもので比較的新しく(2004刊行)、安価(千円)
  ですが、郷土史ものは他都道府県の方には入手困難かも。
  「加藤友三郎」歴代総理大臣伝記叢書第13巻(御厨貴:著)
  戦前に書かれたものの復刻版で今年2月の刊行ですが、税込み14,700円と
  ちょっと高いですね。これも図書館(多分禁帯出)にあると思います。
 加藤友三郎関係の著作で眼を通したのは上記4冊です。
ワシントン会議関係としては最近読んだものでは、
小説「昭和の宰相たち」第一巻(江藤淳:著)
  題名に惑わされてはいけません。二巻以降は昭和ですが、一巻は原首相
  の暗殺やワシントン会議がメインです。



190 :188:2006/07/16(日) 23:07:52 ID:c8CZIke+0
無色庵さん情報ありがとうございます。
明日にでも近所の図書館をあさってみます。


191 :無色庵:2006/08/02(水) 21:40:11 ID:oJ0WiR0s0
加藤友三郎の銅像復元の会の掲示板に書き込みしていますが、銅像復元反対派の
方々に袋叩きに合っています。でも、負けませんよ。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/03(日) 18:17:49 ID:3xII57YS0
加藤友三郎って、大震災のときの首相だったような

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/03(日) 19:30:30 ID:8gDRpLlY0
それ山本権兵衛

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 21:01:08 ID:ZRZIlFUY0
え、山本権兵衛内閣って、震災の翌日にできたんじゃなかったの。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 00:12:19 ID:/bbMRUeJ0
>>194
大命降下は地震前で組閣中に地震発生では

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 19:48:10 ID:flGYyxlI0
山本権兵衛は軍政家としてはまずまずといえるが、首相としてはツキに見放されたような感じ。
首相で及第点なら、元老になれたかも。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 13:08:46 ID:FqauAOhm0
最後の元老が西園寺でなければ元老になれた
元老になれなかったのは西園寺が反対したため


198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 16:50:14 ID:eu8c60nc0
シーメンス事件がなければ、山縣の死後、松方・西園寺の二元老時代になら
元老になれたと思う。松方は山本を薩閥の後継者にしたかったのでは。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 17:15:25 ID:0WjtUpJd0
銅像復元の会のHPがリニューアルして復活してるよ
新たなバトルがまた始まるのか

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 17:48:39 ID:pfXTcxnW0
加藤友三郎は、海軍の中でも異色の人材では?

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:33:40 ID:ua9kzMkv0
坂之上の雲で秋山と加藤の描写が面白い。

日露戦争で作戦中に、秋山がポケットからそら豆を出して、食ってると
「このバカが!」と心の中で怒ってる場面があるが、別に注意したわけではない。

戦闘前か、胆力が出るとかで、ベルトを制服の上から締めていると
さすがに加藤がいやな顔をした、という場面があったが、とっくに注意したわけではない。

このヘンは、司馬さんは加藤の人柄を描きたかったのだろう。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 14:04:40 ID:kgWz5LZA0
酒飲みすぎこのひと。似合う歌は夏の感情です。お日様の真下。


203 :無色庵:2006/11/25(土) 00:15:32 ID:Fvu+KejvO
勝てない戦争ならしない方がよい。
今の日本も戦争やっても勝てないから自衛隊なんか解体した方がよい!…って事を加藤元帥の人生は教えてますよね。
その洞察力の高さに感動して私はこのスレを立てました。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 02:28:38 ID:tGP+Fvlv0
ということは
アメリカ軍以外の全ての国の軍隊は解体した方がよいと?

205 :無色庵:2006/11/25(土) 07:05:32 ID:Fvu+KejvO
その通りです。米軍には勝てません。
艦隊派はその点だめです。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 20:58:53 ID:791C42mZ0
>>205
米軍も占領地を継続して安定的に支配してできるわけではない。
近くはイラク戦争、かつてのベトナム戦争を見ればわかるはず。
ナポレオンだって、スペインのゲリラ戦には結局勝てなかった。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 16:21:20 ID:6UZXjA4h0
米軍に勝てないから自衛隊を解散するというのは飛躍し過ぎ。
ロ、中には勝てないかもしれんが、北には勝てるんじゃない。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 17:07:36 ID:xPGE7nnx0
防衛庁が省に格上げだそうだが、今の自衛隊の任務は、国防より災害対策の方が多いのだから、いっそ警察庁、消防庁、海上保安庁も外局にした「危機管理省」を作って、防衛庁のままでよかったのでは?
自衛隊は防衛大臣、消防は総務大臣といった具合に所管大臣が分かれていて、うまく機能するのか?
危機管理担当大臣て、平時には何をやってるんだろう。


209 :無色庵:2006/12/31(日) 00:22:49 ID:EepMQsG40
「危機管理省」もいいですが、略称は「危管省」でちょっと抵抗があります。
また、消防庁や会場保安庁はともかく、警察庁は独立させておくべきでしょう。
クーデターとかやりたい放題になりそうな気がします。
むしろ、「国土保全省」とか「国土防災省」とかも検討の余地はあったのでは、と思います。
後者なら、略称は国防省(「国交省」と同様ですね。)、大臣は国防相とか名乗れるし。
(国保相だと社保庁の仕事をやるみたいな印象になるので、今一つですか?)
国民にとっては、天災もミサイル攻撃も被害を受けることでは同じですから、次の省庁再編ではその辺りを検討して頂きたいと願っています。
文部科学省は文部省でいいし、厚生労働省は厚生省のままでよかったのでは?
総務省は、やはり内務省でしょう。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 00:23:23 ID:OmwONSSU0


9条は日本人の心の故郷なのです。変えさせません。

故郷を変える人が居るのですか?


http://that4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1165452884/l50





211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 14:38:20 ID:dYQSS0Ip0
まず、日本人の心の故郷が9条である証明をすべし。

こういう駄コピペをする人間の神経がわからんな。

212 :無色庵:2007/01/08(月) 19:05:43 ID:doW5JTjG0
憲法9条の改正の是非についての議論は、やはり飛躍しすぎでしょう。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/17(水) 09:43:40 ID:ZtJ+kghZO
>>212さすがアカだな。
お前の反軍思想に脱帽

214 :無色庵:2007/01/20(土) 19:01:08 ID:KIRPK38T0
靖國神社崇敬奉賛会正会員ですが、「アカ」と呼んでいただけるとは光栄です。



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