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勝海舟は戦いもせずに江戸を明け渡した卑怯者だろ?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/07(土) 13:43:03 ID:/+QUa7G00
しかもなぜかそのことが「素晴らしい判断」であったかのようにされてるのがムカつくんですけど
薩長から見れば面倒くさくなくて結構だろうが、幕府側から見りゃただのヘタレの裏切り者だよ
戦って死ねよサムライなら!なんでこんなやつが持ち上げられてるんだワケワカラン
なにが内乱を回避しただ、結果論だろそりゃ。実際骨のあるやつはその後も抵抗し続けたんだからな
のうのうと生き続けて偉そうにしやがって、世間の評価をひっくり返したいナンバー1だぜコイツわ

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/07(土) 13:49:16 ID:WgntqqAJ0
------------------終了-------------------------

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/07(土) 22:51:33 ID:7/oRxCdHO
政治的決着を図るという発想も能力もなく、
戦って死ぬことそれ自体を目的として
勝てるかもしれないじゃなくて全く勝ち目のない闘いに
集団催眠で周りを巻き込んで突っ込んでいくという
カルトな武士道が昭和初期に蔓延した結果が、
学徒動員や神風特効隊、一億玉砕なんだが。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 00:18:51 ID:bYl231r00
>3
その武士道が衰退した結果が、
     今     なのだが。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 00:24:02 ID:I4gHgCcN0
今に不満か?
大東亜戦争の時代と比べれば今のほうが断然豊かなだろ。


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 01:55:01 ID:UN/C7F2d0
>>1は無知すぎ。
西軍は徳川家を滅ぼそうとしてるから、勝には抗戦案もあった。
しかし慶喜の主命で、抗戦はしない、且つ徳川家は存続させる
という線で交渉を任され、それを実現させたんだから、徳川方にとって
第一の功労者だろ誰がどう見ても。

ヘタレなら、周囲に同調して抗戦叫んでたろ。
命を狙われてまで損な役割してないだろうし。


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 02:47:57 ID:q/5coz2E0
>>1
話はわかった
日本人なら、今すぐ、単身で竹島に(ry

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 05:57:30 ID:Bg47z69Y0
敵と戦わず自ら国家の大権を放り出しひたすら命乞いをしたこと。
…端的に言ってしまえば勝の「功績」とはこれにつきる。

戦うべきでない理由として勝が説いた主張の要旨は以下のとおりで、
すべて屁理屈にすぎない。

1.社会の安寧は害すべきではない
…そもそも社会を混乱におとしいれ戦端を開いたのは薩長。
その敵が攻めてきているときに社会の平穏のために戦うなというのはナンセンス。

2.戦ったら慶喜の身の上が危ない
…将軍はいざというときは先頭に立って戦うのが職務。
将軍の保身のために幕府を解体せよなどという主張は本末転倒。

3.仲間同士で戦うのは外交上の不利益だ
…実際には外国干渉の動きはなかった。むしろ、少数の藩が
英国の援助のもと中央政府に反乱を起こすという事態そのものが、
一種の外交上の危機なのであり、これに対する正しい態度は、
中央政府として断固たる態度を示し、反乱派を殲滅すること。

福沢が言うとおり、勝が行ったことは、武士道の放棄であり古今の珍事。
さらに維新後の勝は、すぐさま切腹でもすべきなのに、
幕府を売った持参金で爵位を得、維新功臣と称して傲然としていた。
要するに勝は武士の風上にもおけない恥知らずな謀臣。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 06:40:04 ID:K/qRK+8RO
>>1もどうかと思うが>>3も何か違うぞ。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 06:53:11 ID:q/5coz2E0
1はきっと自分自身が今週中にでも、単身で自分自身が日本男児らしい
姿を、竹島で見せてくれるのだろう。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 08:22:17 ID:bn9bzgWD0
>>8
>その敵が攻めてきているときに社会の平穏のために戦うなというのはナンセンス。
戦って勝てる見込みがあればまだしも、戦い江戸で買った所で京都は敵に押さえられたまま。
朝敵の立場が変わらない限り、いつかじり貧となって負けるのは必定。
負けが確実な戦いを起こせば江戸庶民を巻き込み、無用な流血が出るだけ。
勝や慶喜の判断は正しい。

>将軍の保身のために幕府を解体せよなどという主張は本末転倒。
武士道をなんら理解していない意見。武士の忠誠心は主君と家名に向くのであって、大政奉還してすでに幕府はない。
徳川家臣の最高目的は、「徳川家の家名存続と主君慶喜の命を守る」事であり、勝はこの責務を全うした。

>実際には外国干渉の動きはなかった。
君は無知杉。外国干渉の動きはあった。イギリスやフランスは兵を横浜に配備し、いつでも介入できる準備を整えいている。
明治政府や勝双方とも諸外国の手を借りる事を拒み、局外中立させる事で干渉を防いだ。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 08:37:34 ID:q/5coz2E0
>>1
先ず隗より始めよという言葉があるよな

今週中の竹島での行動は、まず北朝鮮が崩壊→次に竹島問題
解決というのが望ましいので、まだ時期尚早だ、竹島解決は。
しかし、竹島は日本人の死、拘束という人柱がなければ、
事態は進展しないだろう。以前に人柱となりそこねた人もいるが。
ぜひ、日本男児らしい男気を
おまえ自身が北朝鮮崩壊後に竹島で見せてくれよ。


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 09:10:11 ID:9ML8HBQQ0
しかし、
徹底抗戦していたらどうなっていたんだ?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 09:29:31 ID:KcXaHdiK0
 江戸で戦って負けた場合は、江戸は焼け野原。徳川家の家名断絶。慶喜は切腹。
さらにあの時徳川家を動かしていた勝や大久保らも切腹。
江戸で徹底抗戦していると思われる会津藩主松平容保や庄内藩が、徳川宗家を見捨てて会津に逃げるとは思えないので、彼らも江戸で捕縛断罪される。
江戸は焼け野原になるが、会津戦争や東北戦争は救われる。また、長岡藩も越後戦争を戦う意味がないので戦争は行わない。

 江戸で勝ってしまった場合、京都を奪回できない徳川・会津・庄内・長岡など親徳川派と薩長を中心とする朝廷側諸藩との間で戦闘が長期化。
損得勘定で敵味方を嗅ぎ分ける藩が続出し、戦国時代か南北朝争乱の様相となる。
 局外中立をしていた英国やフランスが、これまた「争乱を納め、早く貿易再開したい」という名目の元、朝廷側と幕府側に分かれて軍事介入。
外国兵に勝てない日本の諸藩は、領地割譲や鉄道利権を外国に渡すなどして諸外国取り込みに奔走する。
 朝廷側、旧幕側どちらが勝っても、おいしいところは全部諸外国が奪われた形となり、中国と同じように植民地化への道を歩む事になる。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 10:53:21 ID:9ML8HBQQ0
徳川の側の勝算ってあったのか?

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 11:36:02 ID:W1RZ5zQ80
鳥羽伏見の戦いには勝算があった。
それ以後の戦いは、局地的かつ一時的な勝算(小栗や榎本が唱えた作戦)はあったが、
戊辰戦争で勝つ方法戦略は無かった。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 16:47:25 ID:x97jrFcpO
慶喜・勝と薩長は、どちらが主導権を握るかという点での立場こそ違えど、
これからの国のあり方を見据えその手段として政争や戦闘を相交えた。

これに引き替え、会津藩を筆頭に幕府にへばりついて
そのオコボレで悠々自適な生活を送っていた勢力は、
薩長にヒモり先を解体されることだけを恐れていた。

考えていたことの次元が違うわけだよ。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 17:04:15 ID:K/qRK+8RO
会津藩が京都守護職になるとき、カタモリがかなり固辞してたのを引っ張り出したヤツが幕府だか貴族だかに居たはずだが。
みんな嫌がってた京都守護職をカタモリに押しつけたんじゃなかったかな。
会津はよく戦ったよ。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 17:56:02 ID:JrgTi7XG0
んな事はない。
会津藩を引っぱり出したのは福井藩主松平春嶽。会津藩が京都守護職になった時、福井藩は将軍後見職だか大老だかになっていて江戸でがんばっている。
会津藩が守護職を一時辞めた時、会津藩の後を継いで守護職になったのも福井藩。
しかし、孝明天皇が是非とも会津藩を京都に置きたいという事で、あっというまに解任され、
会津藩が引き続き守護職となった。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 18:38:56 ID:Bg47z69Y0
勝は時代遅れの蘭語を少々囓っただけの男。
英語はからきし。世界に対する知見は皆無。
自信満々で艦長となった咸臨丸では船室にひきこもり無能っぷりをさらけ出す。
日本人に戦艦を建造することは500年かかっても無理と主張し横須賀造船所建設を妨害。
幕府と倒幕派の間を二重スパイとして渡り歩いて形勢を観望。
江戸開城は自分の出世のために幕府を売っただけ。
維新後は明治政府に冷遇され、不満たらたらの余生を送る。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 19:10:34 ID:m7MIohA20
>>20
>勝は時代遅れの蘭語を少々囓っただけの男。
当時の最先端技術は蘭学によって普及した。勝は蘭学者として認められ幕府内部で海軍奉行などを歴任。

>英語はからきし。世界に対する知見は皆無。
勝の世界観は当を得たものだった。英語は話せないが、当時英学をやった者は福沢諭吉ぐらいしかいない。

>日本人に戦艦を建造することは500年かかっても無理と主張し横須賀造船所建設を妨害。
当時の幕府体制では無理という事。明治政府によって幕府体制が倒れ、先進知識導入を国策としたため可能となる。
また横須賀造船所建設を妨害した事はない。

>幕府と倒幕派の間を二重スパイとして渡り歩いて形勢を観望。
意味がわからない。長崎海軍伝習所では幕臣だけでなく薩摩や佐賀の人と共に海軍知識を拾得。
神戸海軍操練所時代にも佐賀、薩摩の学生に教習し、勝の人望が薩摩に及んでいただけの事。

>江戸開城は自分の出世のために幕府を売っただけ
勝てぬ戦いをして主家を滅亡させるより、家名存続・主君慶喜の命を守ろうとしただけ。
これらは勝によって達成されている。新政府に拒否された場合を想定し、江戸を焼き払う等の徹底抗戦策も持っていた。

>維新後は明治政府に冷遇され、不満たらたらの余生を送る。
勝は海軍大臣も務め冷遇されていない。不満たらたらなのは江戸っ子特有の性質で、幕府内で出世する以前からそうだった。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/08(日) 23:25:42 ID:Ldrgir740
負けると分かっていても漢には戦わなければならないときがある。それをわかっているのがサムライではないのかね?土方しかり西郷しかり。
命より名を惜しめ。武士道とは死ぬことと見つけたり、ってとこだな

内乱にならないように大政奉還したはずなのに、それを一方的に薩長が侵略してきたんだろが。
それに対して白旗あげるなんてのは、サムライ以前に普通の人間の感覚としておかしいに決まってる。
勝を擁護する連中の思考形式はサヨっぽい。無防備都市とか異常なこと言ってる連中に近いな

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/09(月) 00:01:34 ID:5KXVDMn8O
>>22
負ける側が決着の付け方を一方的に決める権限を有しており
勝つ側はそれを受け入れなければならないという
前提に立たないと、成り立ちえない論理だな。

無防備都市宣言の電波サヨを超える非現実的な
脳内お花畑を展開しているようだが。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/09(月) 02:07:50 ID:a0Lrmg910
この件に関しては小栗が正しい。
最強の幕府艦隊を二つに分け、駿河湾から東海道の薩長勢を叩くとともに、
別働隊が江戸湾に入って艦砲射撃を浴びせる。

後に大村も小栗の主張が通っていたら我々の首は無かったと述懐してる。

勝は敵のスパイとして振る舞い勝機を潰したわけで、要するに売国奴だね。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/09(月) 13:15:03 ID:RWHPrKU50
勝は幕臣である前に、日本人だったんだろ。

26 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 14:17:41 ID:G2vtWl2Q0
>最強の幕府艦隊を二つに分け、駿河湾から東海道の薩長勢を叩くとともに、
>別働隊が江戸湾に入って艦砲射撃を浴びせる。

それ射程範囲外に逸れたらどうするつもりだったんだろうな?
大村の述懐も余興程度で言われたもんじゃないか?

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/09(月) 20:43:40 ID:Ra62a/rV0
勝は幕臣である前に徳川家の臣だったのでは
勝=徳川家の臣という見方で彼の行動をみると、
彼の行動は納得がいく。
事実大政奉還で幕府は消滅していたのだし、逆に徳川家は現在まで存続しているし、

仮に江戸城を引き渡さないとして戦闘になった場合、
幕府側は勝たなくとも、薩長連合に負けることは無かったと思われる。
徳川幕府の250年に渡る政権に終止符を打って、徳川家を存続させた手腕は大したもの。
彼の罪は政権を引き渡した相手が、目先のことしか考えない薩長のDQNたちだったことか。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/09(月) 23:16:23 ID:H0sHYHRy0
さも小栗の作戦が実行されたら勝てたみたいな事を言っているようだが。
前にも書いた通り「局地的かつ一時的な勝利」でしかない。
京都を奪回し、天皇を手中に収める為の戦略が無ければ、いかに優れた戦術があろうと負ける。
幕府艦隊は最強だったかもしれない。しかし京都に海はない。
また、小栗案が実行に移されれば、小栗の要請に従いフランス兵が参戦する。
フランスを押さえ込む事を目的に局外中立をしていたイギリスも中立する意味を無くすので朝廷側に参戦する。
世界最強の海軍国イギリスが参戦となれば、幕府艦隊何するものぞとなる。
むろん。フランスもイギリスもただで戦う訳ではなく、小栗はフランスに蝦夷地割譲を約束していたし、
イギリスもそれ相応の代価を朝廷に要求するだろう。
どちらが買っても美味しい所は諸外国が全部奪っていく。
そうなるまいと戦いを避けた勝と慶喜はまさに正しい判断をしたのであり、
負けはしたが、誇るべき負け方をしたと言える。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/09(月) 23:38:08 ID:5QWMzqqO0
>>24
ついでだから教えてあげよう。
東海道に幕府艦隊が出動する事は新政府軍も予想済み。
東海道はメインルートとして西郷や大総督府が進んだが、部隊の中身を見ると薩摩長州とも精強部隊はいない。
実は、幕府艦隊を警戒し薩摩や土佐の主力は東山道軍として東海道を避けており、奇兵隊など長州主力も日本海側から越後を通り江戸に向かっている。
江戸があっさり落ちた為、越後軍はまっすぐ東北へと向かった。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/10(火) 00:04:24 ID:dMyk3xng0

>内乱にならないように大政奉還したはずなのに、それを一方的に薩長が侵略してきたんだろが。

あ!!一番大事な視点を忘れてた・・・

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/10(火) 00:24:47 ID:pTUSx0cC0
>大政奉還
政権を朝廷に返した。
ここまでは確かに正しい判断であった。
しかし、返したのは政権だけであり、政権を維持する為の財政は徳川が握ったままだった。
明治政府は、徳川に政府を運営する為の財政分の領地返上を要求する。
この要求は土佐藩山内容堂と福井藩松平春嶽の尽力で「政府財政は、各藩が石高に応じて出す」「徳川は領地の一部を朝廷に返上し、官位剥奪はするが”元将軍”と名乗る事を許し名誉を奪わない」
などが決定し、徳川への辞官納地は骨抜きとなる。さらに岩倉具視は「慶喜が平和的に出頭するのであれば、徳川の新政府議会参加を認める」などの言質まで出てた。
これらの事を土佐・福井から聞いた慶喜は、主戦派であった会津・桑名と共に大阪に下っている。
ところが、これらの事情を把握していない江戸の幕府閣僚と庄内藩は薩摩藩を焼き討ち。
さらに江戸にあった主戦派が大阪に来るに及び会津桑名に飛び火し、慶喜の意志を無視して京都へ進軍してしまう。
平和的解決が彼らの軽率な行動で不可能となり、朝廷は徳川を朝敵とした。
幕府軍にとって勝機のあったはずの鳥羽伏見の戦いでは、幕府指揮官達は「大兵力で進軍すれば薩長が恐れ戦争にはなるまい」と考えており、
戦いが起こる直前まで行軍隊形のままであった。この甘い見通しは失敗し、行軍隊形のまま開戦した幕府軍は雪崩をうって敗北した。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/10(火) 03:55:24 ID:010sOH2R0
>>28
>また、小栗案が実行に移されれば、小栗の要請に従いフランス兵が参戦する。
>フランスを押さえ込む事を目的に局外中立をしていたイギリスも中立する意味を無くすので朝廷側に参戦する。
>世界最強の海軍国イギリスが参戦となれば、幕府艦隊何するものぞとなる。
当時、横須賀沖には強力なフランス艦隊が停泊、
一方、イギリス艦隊は遠く大西洋上にあった。
お前の妄想どおり、幕府艦隊にフランス艦隊が加勢したとするならば、
倒幕軍に勝ち目はないだろうね。
制海権を完全に封じられ補給を断たれた倒幕軍は、
延びた戦線を分断され、数に勝る幕府軍に包囲殲滅されただろう。

フランスが介入すれば幕府艦隊VS英国艦隊となるという妄想に関しては、
ばかばかしいのでノーコメント。

>小栗はフランスに蝦夷地割譲を約束していたし、
これは勝が撒いたデマね。
事実だと言うなら、蝦夷地割譲を約束した担保条項等を提示してごらん。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/10(火) 08:08:01 ID:r0R5Ltxo0
>>32
>幕府艦隊にフランス艦隊が加勢したとするならば、
それが戦果以外でどういう結果をもたらすのか想像してみれ。
>これは勝が撒いたデマね。
デマとはいうが、小栗は莫大な改革資金をどこから捻出するつもりだったんだろうな?
蝦夷を担保にしなくとも、だ

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/10(火) 09:55:23 ID:9OwJ9ktz0
小栗は案は優れているが自ら陣頭指揮に立つとか行動力においては
大村に大きく劣っている。
長州を討伐すると言ってボコボコに返り討ちにされたように、
小栗の案も絵に書いた餅のようなもので実際幕府が実行できたかどうかは怪しい。
勇ましく出陣した小笠原が小倉から身一つで脱走してきたように。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/10(火) 13:42:44 ID:GY4XlZHoO
鳥羽伏見の前に河井案を採用すれば、薩長に勝っていた。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/10(火) 14:53:09 ID:9OwJ9ktz0
城の中で紙に書かれた名案を採用しても大村のように自ら前線で陣頭指揮に立って
敵を破らなければどのような名案でも絵に描いた餅。


37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/10(火) 15:47:34 ID:aS6KTVCs0
武士じゃないと言うのはある意味で当たってるな。
所詮高利貸しの孫だし。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/11(水) 00:41:05 ID:AG3OHI6y0
>>32
漏れの一番言いたい事が伝わっていないようだね。
幕府が勝とうが薩長が勝とうがどっちころんでも諸外国に領土やら利権やらを奪われていくと言っている。
君は江戸での勝敗にこだわって勝ったの負けないだの言っているが、そんなものは極端な話しどうでもよい。
くどいようだが、一時的な勝利に何の意味もない。必要なのは戦争に勝つための戦略。
徳川に戦略が無く、あったのは攻め寄せる薩長をどう撃退するかという作戦だけだった。
そして、まかり間違って江戸で徳川が勝ち戦いが長期化すれば諸外国の思うつぼになる。
君のように目先の勝ち負けにこだわっている内は、戊辰戦争の全体とそれを取り巻く情勢は把握できないだろう。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/11(水) 01:11:13 ID:hvcIEy3E0
>>38は何か勘違いしてますね。内乱にして諸外国に付け入る隙を与えない、そのための大政奉還だったわけだが。
物事の前後関係ちゃんと把握してる???
諸外国の思う壺にならない最良の手段は、大政奉還で手打ちにして、薩長が江戸なんかに攻め上がらないことですよ?
それを「やったもん勝ち」みたいなことしてくる卑怯な相手に、勝がさっさと降伏したから偉い、ってヘンな理屈を振り回すというのは
頭のネジが何本か抜けてるとしか思えませんね

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/11(水) 02:34:20 ID:lbO9hqGOO
結局大政奉還は内乱を防げなかったのだね。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/11(水) 06:03:51 ID:YNaJHKq20
>>38
>勝ったの負けないだの言っているが、そんなものは極端な話しどうでもよい。
「勝ったの負けないだの」の妄想を言い出した>>28に文句を言えば?

>徳川に戦略が無く、あったのは攻め寄せる薩長をどう撃退するかという作戦だけだった。
長期的な戦略も展望も持っていないのは倒幕派も同じ。
むしろ来るべき近代日本のプランを持ってた徳川幕府のほうがまだマシ。

>そして、まかり間違って江戸で徳川が勝ち戦いが長期化すれば諸外国の思うつぼになる。
江戸で徳川が勝てばそれは薩長の敗北を意味する。
日和見諸藩も諸外国も薩長を見捨てるから長期戦にはならないだろ。

英仏は基本的に局外中立の立場をとり、日本の内乱に介入するそぶりは見せていない。
諸外国の介入があるとすれば、外国人の居留民や資産に被害が及んだ場合だ。
その意味で、>>39の言うとおり、倒幕派の武力クーデタは、とても危険な火遊びだった。

倒幕派が江戸攻撃を強行した場合、それは欧米外商に巨大な損失を与え、
倒幕派は外国の支持を失い国際犯罪者として扱われることになる。
幕府が事態を早期に収拾できればいいけど、
勝によって江戸は火の海にされてるから、幕府の信用も失墜する。
こうなったらまさに「諸外国の思うつぼ」。
やはり倒幕派を箱根で殲滅するという小栗の戦略こそが正しいね。

ちなみに倒幕軍は江戸攻撃を強行する姿勢だったけど、
直前にその報告を受けたパークスが激怒して反対したため思いとどまった。
勝と西郷の会談で江戸攻撃が中止されたいうのは作り話。
勝と西郷という二大馬鹿はパークスの英知に救われたんだよ。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/11(水) 06:12:47 ID:YNaJHKq20
>>33
お前の私見はどうでもいいから、
「小栗はフランスに蝦夷地割譲を約束していた」のソースをよろしく。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/11(水) 08:24:18 ID:DzGAHN4e0
>>42
お前読解力無いのか。もう一度よく読んでみれ

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/11(水) 23:48:35 ID:NkzJapY/0
>>41
むふ。何やら漏れを必死に論破しようとしている様だが無駄な努力だな。

>来るべき近代日本のプランを持ってた徳川幕府のほうがまだマシ
マシかどうかはやってみなければわかるまい?。やってもいないプランの評価など誰藻にできない。なにしろ結果がないのだから。

>江戸で徳川が勝てばそれは薩長の敗北を意味する。
>日和見諸藩も諸外国も薩長を見捨てるから長期戦にはならないだろ。
 江戸で徳川が勝っても薩長の敗北を意味しない。京都と天皇を握っている限り官軍であり、徳川は勝った所で賊軍。
賊軍の汚名が有る限り、日和見藩は徳川に味方する事を躊躇する。譜代藩は徳川方につくかもしれんが不確定要素が多すぎる。

>英仏は基本的に局外中立の立場をとり、日本の内乱に介入するそぶりは見せていない。
 前のレスを呼んでから語ってくれ。すでに言った通りだ。英仏共に兵を横浜に配備済み。戦争を睨んで平時の居留地警備よりも多い兵力だよ。

>倒幕派が江戸攻撃を強行した場合、それは欧米外商に巨大な損失を与え、
>倒幕派は外国の支持を失い国際犯罪者として扱われることになる。
 苦笑するしかない。そもそも意味がわからない。江戸攻撃するとなんで欧米外商に巨大な損失が与えられるのか?。
また徳川を完全に葬る事ができれば、それすなわち朝廷政府の成立になる。欧米が欲していたのは、
日本を統治する政権であり、徳川か朝廷か天秤に掛けている。だから徳川が倒れれば朝廷政権を諸外国は認知する。

>やはり倒幕派を箱根で殲滅するという小栗の戦略こそが正しいね。
それは作戦であり戦術レベルのものだ。戦略と戦術の区別がつかないのだろうか?。

>勝と西郷会談とパークス
誰もそんな事を聞いていないのだが?。
自分の知識をひけらかしてびっくりさせようとでも?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/12(木) 00:03:37 ID:uUuStIGr0
徳川家は家来を解雇出来ただろうか
秩録処分というのかな、あれこそ版籍奉還と並んで封建的身分制を終焉させ、
財政的にも人材の活性化面でも近代化の推進力になったと思う

町人に馬鹿にされる穀潰しの旗本御家人、これを処分して家禄の負担を
解消できなきゃ社会的無駄が多すぎ近代化どころじゃないと思うんだが、
どうも無理っぽい

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/12(木) 00:35:46 ID:Y+su14CJ0
徳川に徳川家臣の解雇は少人数なら出来ると思われる。
大量解雇はさすがに無理だろう。解雇できなかった分は、禄米を減らすなどして減給する。
それでも秩禄処分ほどの効果はあがらないと思われる。
実際にこれらは行われており、徳川家臣の無役ご家人のじり貧ぶりは若い頃の勝を見ればわかるし、
これらと同じ事は他藩でも実行されている。すでに武士を養うだけの経済的余裕が当時の日本に無かったと思うが。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/12(木) 00:36:27 ID:v8Kj8UE50
敵と戦わず自ら国家の大権を放り出しひたすら命乞いをしたこと。
…端的に言ってしまえば勝の「功績」とはこれにつきる。

戦うべきでない理由として勝が説いた主張の要旨は以下のとおりで、
すべて屁理屈にすぎない。

1.社会の安寧は害すべきではない
…そもそも社会を混乱におとしいれ戦端を開いたのは薩長。
その敵が攻めてきているときに社会の平穏のために戦うなというのはナンセンス。

2.戦ったら慶喜の身の上が危ない
…将軍はいざというときは先頭に立って戦うのが職務。
将軍の保身のために幕府を解体せよなどという主張は本末転倒。

3.仲間同士で戦うのは外交上の不利益だ
…実際には外国干渉の動きはなかった。むしろ、少数の藩が
英国の援助のもと中央政府に反乱を起こすという事態そのものが、
一種の外交上の危機なのであり、これに対する正しい態度は、
中央政府として断固たる態度を示し、反乱派を殲滅すること。

福沢が言うとおり、勝が行ったことは、武士道の放棄であり古今の珍事。
さらに維新後の勝は、すぐさま切腹でもすべきなのに、
幕府を売った持参金で爵位を得、維新功臣と称して傲然としていた。
要するに勝は武士の風上にもおけない恥知らずな謀臣。

↑痩せ我慢の説だね。
勝ヲタは福沢をちゃんと読んで目を覚ましたほうが(・∀・)イイ!!

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/12(木) 01:19:30 ID:uAdzjY2c0
小栗マンセーゆえに勝を嫌った福沢の言説を鵜呑みにするのってどうよ。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/12(木) 02:02:43 ID:Xz1NSKoR0
「社稷を重しとなし、君を軽しとす」
ぶっちゃけ主君より民の安寧が大事よ

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/12(木) 15:01:40 ID:NXv2QQOR0
「西郷先生、この度の朝敵征伐は是非も論ぜず進撃されるのですか?
先生は戦いをどこまでも望まれ、人を殺すことを専一となさって
おられるのか?」
江戸の地図に目を落としていた西郷は、ゆっくりと顔を上げた。

どうやってこの宿舎に入り込んだのか、見たこともない若造が
ものすごい形相で自分を見据えている。
男は幕臣・山岡鉄太郎と名乗り、西郷の返答を求めた。

<おいが人殺しを専一にするかとは妙なことを。
そげん一言を言うために、こん男は、命を捨ててここまで
来やったとか?>

心の中でつぶやきながら西郷は相手を無言で見つめた。
若者も目を逸らさなかった。
若者の目は鋭く光り、漆黒の瞳はどこまでも澄んでいる。

<江戸にもまだ、このような武士が残っていたか…>
江戸を火の海に変える覚悟はしていたが、
こんな真っ直ぐな目をした若者が幕臣の中にもいるのなら、
おのずと他の道も開けてくるかも知れない。

そんなことを考えながら西郷は首を横に振った。
「ただ進撃を好むのではごわはん。恭順の実効さえ立てば、寛典の
御処置がありもんそ」

「か、かたじけない!」
山岡は感極まって叫ぶなり深々と頭を下げた。
広い肩が震えている。
大粒の涙が足元の土を濡らしていく様を、
無言で見つめる西郷の口元にかすかな微笑が刻まれた。
江戸城無血開城へ向って時代が動き始めた瞬間だった。

参考「山岡鉄舟」(小島英熙)

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/13(金) 02:44:17 ID:/rCambNO0
>>1
>世間の評価をひっくり返したいナンバー1だぜコイツわ
禿同。間違った世間の評価の最たるものは咸臨丸の一件。
俗説では、勝が咸臨丸プロジェクトを立ち上げ、
艦長として日本人のみでの太平洋横断をなしとげ、
アメリカ大統領に謁見したことになってる。
なぜこんな事実無根のデタラが広まったのか不思議だ。

実際は、咸臨丸プロジェクトの契機をつくったのは岩瀬忠震。
許可を下したのは井伊直弼、まとめ上げたのは木村喜穀。
勝は木村に取り入って艦長に任命されただけ。

さらに勝は日本人のみでの航海を強行に主張したが、
長崎伝習所取締役として勝の操船技量を熟知してる木村は、
勝の妄言を却下し、サポート役としてアメリカ軍人を乗船させる。

そして、木村が危惧したとおり、勝は艦長としての役目を何ら果たせず、
航海中ずっと船室に引きこもってしまう。
勝の代わりに咸臨丸を指揮し、無事アメリカまで送り届けたのは、
アメリカ人のブルック大尉であり、彼の部下の水兵達であった。

ちなみに、太平洋の真中で「俺は一人で日本に帰るからボートを下ろせ」
と駄々をこね、木村やブルック大尉を困らせるなど、
勝こそが咸臨丸プロジェクトの最大のお荷物であり邪魔者だった。

また、アメリカ大統領に謁見して見事な外交交渉を行ったのは、
ポータハン号でアメリカへ渡った小栗上野介たち正使一行。
咸臨丸はその護衛役にすぎず、サンフランシスコ湾に短期停泊した後日本に引き返した。

…ところが上記の逸話について勝は後にこのように語ってる。
「外国人の手はすこしも借らないでアメリカへ行った」(氷川清話)

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/13(金) 03:13:31 ID:CORy+utQ0
>>32
横レスだが。
>事実だと言うなら、蝦夷地割譲を約束した担保条項等を提示してごらん。

途中で幕府が潰れたから、締結はされてないから、
そんなものを提示するのは無理じゃないかな。
ただ、そのラインで交渉していたのは事実。
正しくは蝦夷地の開発権だがね。

>むしろ来るべき近代日本のプランを持ってた徳川幕府のほうがまだマシ。

幕府にはそんなもんないよ、
あったのは新政府側、新政府側、正しくは木戸には倒幕前から、
廃藩置県の構想があり、強固な中央集権国家を目的としていた。
幕府にはそういう具体的な思想はなにもない。
小栗の郡県制など非常に眉唾なものだし、
そもそも小栗の妄想と、幕府の政策には関連性などない。

>日和見諸藩も諸外国も薩長を見捨てるから長期戦にはならないだろ。

ありえない。負けても箱根より西を占めていることは変わりなく、
徳川家が独立できるだけ。
また日和見の諸藩がどっちにつこうと、新政府側にとっては問題にならない。
徳川が勝つためには、再び西に攻めあがり、畿内を落さなければならない。
そしておそらく公卿と天皇、皇族は山口か薩摩にまで逃亡しているだろうから、
三度目の長州征伐を敢行する必要がある。

だが幕府にはそんな財産も財源もない。新政府が江戸を接取したとき、
江戸城に残っていた財産は、15万両程度。
そして商人からの550万両の借金と、外国からの数百万ドルの借款。
兵を動かすのはただではない、よって幕府、徳川家はどう足掻いても潰れるしかない。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/14(土) 14:57:13 ID:QvMlYMEJ0
勝ヲタのホラがどんどんトーンダウンしている件

>>28
>小栗はフランスに蝦夷地割譲を約束していたし

>>33
>デマとはいうが、小栗は莫大な改革資金をどこから捻出するつもりだったんだろうな?
>蝦夷を担保にしなくとも、だ

>>38
>漏れの一番言いたい事が伝わっていないようだね。
>幕府が勝とうが薩長が勝とうがどっちころんでも諸外国に領土やら利権やらを奪われていく

>>52
>途中で幕府が潰れたから、締結はされてないから、
>そんなものを提示するのは無理じゃないかな。
>ただ、そのラインで交渉していたのは事実。
>正しくは蝦夷地の開発権だがね。

「蝦夷地の開発権」の「ライン」じゃなんのことか全くわからない。
具体的に交渉の経緯・当事者・日時・目的となる権利の内容等について説明しろ。
それから今時「漏れ」はないぞ。白痴に見えるからやめたほうがいい。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/14(土) 19:08:07 ID:20ocYQDC0
>>53
お前の理屈なんかどうでもいいから

蝦夷を担保にする以外で、
小栗は莫大な改革資金をどこから捻出するつもりだったのか?

これに答えろ

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/14(土) 19:20:13 ID:0RQ1PwhJ0
薩長って政権取ってから、幕府の過去の借金とかもぜんぶ引き継いだんじゃないの?それでも結果的にどうにかなったんだから、
そのまま幕府が続いたところでどうにかして乗り切ったと思いますよ。勝が降伏なんぞしてすべてパーになったけど

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/14(土) 19:39:34 ID:0IPeWwQW0
鉄道敷設権という手もある。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/14(土) 21:46:55 ID:+5+eLMiYO
>>55
妙な理論を展開してるな。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/14(土) 22:42:37 ID:1yxpJFmY0
★勝海舟悪行記

@咸臨丸で乱暴三昧
・自分の家の旗を船旗として掲げようとする
・海が荒れると船室に引きこもり
・太平洋の真ん中で「俺は日本に帰る!」とごねだす
・海が穏やかになると、途端に勇ましくなり、身勝手三昧
A「興亜論」の提唱者である
・大東亜共栄圏や現在の東アジア共同体の根源思想
・日韓併合も韓国の興亜論者であった李容九の計画が変質した事
B家族から徹底的に嫌われる
・妻の遺言は「絶対に海舟と同じ墓に入れないで!」という言葉だった


こうした勝とは徹底的に対照的なのが福沢諭吉。
「興亜論」という空想論に対し、「お前はシナ人や朝鮮人が分かってない!」と意義を唱えたのも諭吉。
家族を徹底的に愛し、家族にも愛されたのも諭吉。
皮肉屋の勝に対し、生涯エネルギッシュだったのも諭吉。


冷静に考えれば、勝は「歴史のキーマン」であっても、「才能あふれる人」ではなかった。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/14(土) 23:37:30 ID:/sUSP0CH0
行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張、我に与からず我に関せずと存候。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/14(土) 23:56:37 ID:kJRnwePLO
>>58 勝の妻が同じ墓に入りたくないってのを詳しく
今氷川清話を読んでるんだが

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 01:42:08 ID:ObRMg0Ye0
>>53
>「蝦夷地の開発権」の「ライン」じゃなんのことか全くわからない。

俺は勝ヲタでもなんでもないし、52以外は俺じゃないが、
フランスと交渉しており、
蝦夷地の鉱山などの担保にするから、500万ドル借りようとしていたわけ。
交渉相手は、ロッシュ。
>>55
それは、無能な小栗がしようとした、借款の成立が難航して、
その間に幕府が潰れて、幕府の借款が、英国からの賠償金300万ドルと、
(これは開港すれば、本来払う必要などなかったのに、貿易利権の独占の為呑んだ、ほんと馬鹿)
フランスからの100万ドルで済んだから。
この上、500万ドルの追加借款なんてして、さらにそれを無駄遣いなんてされたら、
払えるわけがないから、北海道を始めとする日本の領土は奪われていただろうね、

そして幕府には、借金の返済など無理。
返済出来るのなら、英国からの賠償金300万ドルを無事払っており
関税率の引き下げられることはないし、
フランスからの借款を呑む変わりに、生糸の優先的な輸出などを、約束されることはない、
幕府と小栗を始めとする幕閣が無能だから、返すあてもない借金を雪達磨式に増やそうとしていただけ、
そして膨大な旗本の給料と、大奥の無駄な出費と、今の借金返済にまわされ、他の事業には殆どまわらなかったのをみても、
幕府には統治能力はない。

つか今の借金が返せないからって、新たにさらに不利な条件で、借金を申し込むなんて、
システム金融に引っ掛かった馬鹿となにが違うんだか。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 01:53:36 ID:ObRMg0Ye0
>>56
つーか、それも幕府はすでに手をつけていた。
明治政府がそういう計画を全て白紙に戻し、自主開発して
鉄道の敷設権、維持の為の軍の駐留権などを、与えないようにしたわけ。

ほんと幕府がとっとと潰れてよかったよ。
鉄道の敷設は史実より早く進み、全国に広がっただろうが、
日本全土が殖民地化されるところだった。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 02:26:13 ID:rTFn48bt0
小栗の功績は横浜造船所の件と、不公正なレートを米国に乗り込んで是正させたことぐらい?

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 03:24:15 ID:CJjgzkL50
小栗は日本ではじめてコンペニーを設立した人物。
コンペニーとは簡単に言えば事業を興し出資額に応じて利益を配分するスキームのことで、
資金調達の形態としては一種のプロジェクトファイナンス。

当時の日本は資本力のない日本商人が外国商人に従属し、
貿易利潤が外国に流出していた。
小栗は、このような実態を打破するため、
対外貿易を統括し日本商人に資金供与や与信を行うコンペニーの設立を急ぎ、
日本国内においては兵庫商社として実現する。

兵庫商社は、大阪の有力商人を出資者とし、
まず100万両の準備正貨を発行させ、
その融通を受けた幕府が兵庫開港の資金にあてる。
3年後には関税収入100万両を準備正貨と引き換え、
幕府発行紙幣100万両と切り替える。
結局、幕府は大阪商人の信用力を利用して、
100万両の資金を得ることになる。

さらに小栗はこれを国際的に展開しようとした。
>>61のいう「フランスと交渉」がこれで、
日仏貿易を統括する商社を相互に設立することが協議された。
実際に交渉を行ったのはクーレーで、
600万ドルをイギリスのオリエンタルバンクと、
フランスのソシエテ・ジェネラルが共同出資する契約がまとまる。
しかしこれに「蝦夷地の鉱山などの担保にする」という条項はつけられていない。

上で何度も出てるけど、
もし蝦夷地の鉱山などを担保にしたと言い張るなら、
その根拠条文を出してみろ。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 03:31:47 ID:CJjgzkL50
>>61
>英国からの賠償金300万ドル
そもそもは攘夷に狂った薩長の責任だろ。
それで幕府を非難するのは筋違い。

>フランスからの借款を呑む変わりに、生糸の優先的な輸出などを、約束されることはない
生糸の優先交渉権程度で横須賀造船所を建設し、巨大商社を設立できるんだから、
まったく無問題。
もっともフランスに出し抜かれたイギリスにとっては承知しがたいことだろうけどね。

明治政府の開化政策はほとんど小栗構想の二番煎じだし、
基本的に薩長政府できることは幕府にもできる。

勝の法螺話を信じ込んでる馬鹿はなぜこんな簡単な理屈がわからないんだ?

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 05:18:59 ID:ObRMg0Ye0
>>64
小栗ヲタは坂本ヲタと一緒だな、
実は、これこそ最初の株式会社とかうそぶく。

>結局、幕府は大阪商人の信用力を利用して、
違う違う、関税収入を担保に金を商人から借りただけ。

>もし蝦夷地の鉱山などを担保にしたと言い張るなら、
ttp://www1.odn.ne.jp/~notohatakeyama/retuden/oguri_tadamasa.html

>そもそもは攘夷に狂った薩長の責任だろ。

はい、また間違い、
この賠償金は、開港すれば払わなくてもよかったものです。
イギリスは、開港するか、賠償金を払え、と要求したわけです。
ですが、貿易利権の独占を図り、大坂の商人や諸藩には儲けさせたくなかった、
幕府はこれを拒絶して、賠償金を払うことを選びます、
で、余談だが、この賠償金の支払いが滞り、結局開港することになり、
さらに関税まで引き下げられましたとさ。
馬鹿です、本当の馬鹿です、小栗や勝以下の幕府の重臣は。

>生糸の優先交渉権程度で横須賀造船所を建設し、巨大商社を設立できるんだから、

生糸の輸出は、240万ドルの方だから、横須賀だな、ついでに巨大商社で金なんか借りてません。
んな事で、国土を売り払おうとしたなら、ホント国賊だ。
んで、借金の支払いとは別個だと分かっている?
金を貸して、当然高率の利子を払い、その上で、生糸を独占的に買い上げられることになったわけ、
結果、江戸の物価は高騰して、庶民は苦しむことになったとさ。

>明治政府の開化政策はほとんど小栗構想の二番煎じだし、

明治政府の改革は、薩長の藩政を全国規模でやっただけで、
小栗とは無関係、そもそも一致している点が少ない。当然幕府には絶対できません。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 09:14:04 ID:aD5b8Guq0
>>26
遅レスだが、薩睡峠を通過するためには、艦砲の射程内を通過するしかない。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 09:57:06 ID:fGF2ByDH0
幕府艦隊といっても、戦闘艦はほんの数隻でしょ
身軽な囮部隊でも出して無駄弾打たせりゃおしまい
交替しながら東海道を封鎖するような芸当は出来ないよ
海上が荒れたら砲撃どころじゃないし

真面目に受け取るような話じゃない

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 11:06:49 ID:lAni+mIQ0
IFだけど旧幕府主導による大政奉還以後の近代化のプラス面としては、列侯会議の開催により、
議会の発足へとつなげられる可能性がある。また幕府がフランスと友好関係を
結んでいたため、共和主義的憲法が採択されるかもしれない。近代化に関しても、
明治政府が旧幕府官吏を大量に雇っており、近代化のプロセスに遅れは出ないと思われる。
反対に、マイナス面としては旗本、奉行といった旧勢力が依然として力を持ってしまうこと。
また憲法・政体に関しても、当初は薩長明治政府も英仏のそれを参考にしており、
必ずしも民主主義にすんなり移行できるか分からない。さらに今でこそ中央集権は
時代遅れとされるが、近代化には必須項目。藩の力の強い幕府体制でどこまでできるか…
近代化の主役を旧幕府が握ろうか薩長が握ろうが双方にプラスマイナス両面あり。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 12:26:06 ID:3LCnZ1Up0
とりあえず藩を潰して武士を失業させないことには中央集権はできないのだから、
徳川幕府ではどうしても限界があるね。譜代の連中を切れんだろうから。
それにあの時期には、どのみち民主主義はまだ無理だよ。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 12:36:18 ID:XWHWasTv0
フランス革命だって押さえつけられた平民層が、主に経済力をつけることで発言権を増し、既得権もつ貴族や僧と対決していった結果だからな
思想的発展と実力。この二つがないと民主主義の自然発生は無理じゃね

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 13:15:18 ID:1TcbHXaq0
ふむ…久しぶりに見にきたのだが…
小栗ヲタはまだ必死に論破しようとしていたのか…
すでに漏れの言いたい事は出尽くした。
君の質問に答えた所で、君は屁理屈をごねるだけだろう。
漏れは水掛け論をだらだらと続ける気はない。
あとは、ここを見た人がどちらを信じるかだが、
それはその人が自らの力で調べ真実を見極める他ない。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 21:41:42 ID:78pbUwIi0
小栗は構想力豊かで見識も高かく、幕府軍の勝利を江戸嬢内で力強く力説したが
一日で彰義隊を潰滅させた大村のように実際に砲弾の飛び交う戦場で陣頭指揮を執ることは無かった。


74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/16(月) 09:51:21 ID:JwOQcI7m0
>>66
>関税収入を担保に金を商人から借りただけ。
お前のアタマでは"金融=悪"なんだな。
もう笑うしかない。

ちなみに明治政府もイギリスオリエンタルバンクから借金をしてる。
足元を見られ金利は15%という高金利。
さらに横浜の関税収入を担保に差し出してる。
幕府が残した製糸産業や横須賀製鉄所などの産業基盤がなければ、
日本は植民地になってただろう。

>>もし蝦夷地の鉱山などを担保にしたと言い張るなら、
>ttp://www1.odn.ne.jp/~notohatakeyama/retuden/oguri_tadamasa.html
これは何?この雑文がお前のネタかよw

「蝦夷地の鉱山などを担保にした」という説は勝の流言を一因とするデマ。
ということで既に決着がついてる。
ttp://tozenzi.cside.com/oguri/column/sikoku-tanpo.htm
ttp://tozenzi.cside.com/oguri/yokosuka/syakkan.html
ロッシュから樺太の鉱山採掘権譲渡の提案があったことは事実だけど、
これは幕閣により拒否されてる。
小栗・クーレー間で成立した契約には蝦夷地を担保にする条件はない。

ちなみに蝦夷地に関して言えば、幕府が守り抜いた樺太を、
実際に外国(ロシア)に明渡したのは明治政府だった。

何度も論破されてるのに、何の史料も出さず蒸し返す勝ヲタって馬鹿?
何度も出てるけど、もし蝦夷地の鉱山などを担保にしたと言い張るなら、
条文を出してみろ。

下関賠償金に関しては、そもそもは長州の国賊じみた行動が原因。
内外情勢の制約のなかで支払いに応じた幕府を馬鹿というなら、
その債務を拒絶もせず丸ごと引き受け、まともな減免交渉もできず、
残債を支払った明治政府も大馬鹿。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/16(月) 10:06:09 ID:JwOQcI7m0
>>70
その徳川幕府の限界を最も正確に理解してたのが徳川幕府。
幕末期にはすでに幕藩体制は財政的に維持不可能になってた。
幕藩体制→中央集権国家という流れは時代の必然。
だからこ横須賀造船所があり王政復古があった。

薩長にしても、維新当初は馬鹿げた復古思想に染まり、
近代国家の青写真を持ち合わせていなかった。
皇族・家族・士族といった特権階級をつくり、国家予算の多くをその家禄に当て、
旧来の既得権を最大限維持しようと努めてる。
しかし当然経済的に行き詰まり、泣く泣く士族を切り捨ててる。

日本の近代化は上からの近代化で、
旧幕府官吏がそっくりそのまま新国家に移行するわけだから、
幕府だろうと薩長だろうと近代化プロセスの大枠に大きな差は無いだろう。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/16(月) 10:17:56 ID:uYwG85KA0
実際には幕府軍が長州藩討伐でボコボコに返り討ちにされているように
中央集権どころか一藩相手にどうにもならないのガ幕府の実情だった。


77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/16(月) 10:36:32 ID:uYwG85KA0
陣頭指揮に立ったことのある慶喜から見れば実戦経験の無い小栗が
江戸城内で「必ず勝つ名案がある」と力説しても説得力が無かった。


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/16(月) 20:10:18 ID:Rt4Imrop0
もしも、高杉晋作・坂本竜馬・中岡慎太郎らが存命して下層からの革命を
実行しうる奇兵隊や陸援隊などが大久保一党に対し、先手をうって彼らを
排除していたらどうなっていただろう?うまく後藤象二郎が立ち回れば混乱を収められ、
貴族・皇族・士族といった特権者を打ち倒し、平民政府を実現できてたかもしれないね。

とはいえ、フランス革命でもロシア革命でも事態を収拾できるインテリ層が動くまでは
カオス状態となるのは避けられないんだけどな。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 00:40:06 ID:oVfAXDrv0
>>74
>お前のアタマでは"金融=悪"なんだな。

つまり、信用で貸したというのは嘘ということでいいね。

>ちなみに明治政府もイギリスオリエンタルバンクから借金をしてる。

借りた金額はたったの50万ドル。小栗のパーがした巨額の借款とは比べものにならん
ついでに、この借金は前倒しで返している。
なお小栗のパーはフランス政府から借りており、焦付いた場合、フランス政府は直接回収する、
もしくはそれを理由に、色々ごり押ししてくるから、わざわざ高率なのは覚悟して、
民間の銀行から借りたわけ、それがわかってないとは素人だねえ。

>「蝦夷地の鉱山などを担保にした」という説は勝の流言を一因とするデマ。

そのサイトはある筋では有名なので知っている。
そしてそのサイトこそ、管理人の妄想と、古文を曲解しているだけだぞw
ついでに俺の引いてきたところは、参考にしたものも書かれているのだが、みてないのか?

>何度も出てるけど、もし蝦夷地の鉱山などを担保にしたと言い張るなら、

だから言っているだろ、担保にしようとしていたが、色々あって時間がかかり、
金が振りこまれる前に、幕府は潰れて、契約は成立しなかったと、
だから契約書などあるわけがないと、だから関係者の言葉と、フランスや幕府の提案から、
どのような交渉が進められていたか、推測しているわけ。

>その債務を拒絶もせず丸ごと引き受け、まともな減免交渉もできず

払う必要もなく、イギリスとしても元々貰うつもりなかった、賠償金を払うことを決めた馬鹿はよくて、
その馬鹿が契約した賠償金を払いつづけた新政府に問題があると?
つか、政権を継承した政府が、国内外の債権と責務を引き継ぐのは当たり前だが?
払わない国は、国際社会から無視されることになるし、債権国と戦争になるかもしれん。
中国みたいに、袁世凱がした借款を踏み倒して、日本との戦争の火種をつくったようなことをしろと?
実際にフランスは、幕府が潰れたときに、借款の回収をしようと軍を動かしていたのにさ。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 01:00:04 ID:oVfAXDrv0
>>75
>幕末期にはすでに幕藩体制は財政的に維持不可能になってた。

だが、それがわからず、あくまで幕藩体制の維持にこだわり、国を潰そうとしたのが幕府。
幕府は現状を全く認識できていなかった。
貿易の独占の継続はもちろん、参勤交代の復活とか計画していたしな、

>幕府が残した製糸産業や横須賀製鉄所などの産業基盤がなければ、

明治政府がした政策の何十分の一だろうかね。
そして明治政府は国外から借金などせずに、官僚機構の効率化、既得権益層の排除で予算を捻出して、
産業の育成を図ったの比べれば、天と地の差がある。
返すあてもない借款をして、担保として国土や貴重な鉱山(鉱山の権益を守る駐留軍を要求される)
まで差し出してするとは、売国奴といっても過言じゃなかろう。

>近代国家の青写真を持ち合わせていなかった。

幕府と違って、新政府の指導層には、最初から青写真があったのが正しい史実。
例えば木戸などは、倒幕前から、廃藩置県を行い、強力な中央集権国家の構築も模索していた。

>皇族・家族・士族といった特権階級をつくり、国家予算の多くをその家禄に当て、

はい?江戸時代は全てそいつらの俸禄に消えていたんですけど、なにか?
そして一時金をだした、俸禄を次々に止め、
だが穏便にすませたから、大きな反乱もおこらず、歳出を削減できたんですけど。
大奥の改革すらできない幕府になにが出来るかってんだ。

>旧幕府官吏がそっくりそのまま新国家に移行するわけだから、

トップに雲泥の差があるので、方向は全く逆になる。
小栗も勝も、他の幕閣もみなパーなので、亡国以外選択肢はないよ。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 01:10:24 ID:oVfAXDrv0
>>78
それらはみな、(奇兵隊、陸援隊含む)既得権益を大久保に奪われる立場だ。
下層でもなんでもない。
なんでそいつらが立ちあがって、平民政府が出来るのか理解に苦しむ。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 03:32:37 ID:N6oOgYoQ0
とりあえず低脳の>>28を晒し上げ。
>小栗はフランスに蝦夷地割譲を約束していた
>>28の↑の主張は>>28=80によって自己否定されました。

>>79-81
なぜそんなに必死なの?言ってる事が支離滅裂だよ。

>借りた金額はたったの50万ドル
借りたというより借り替えね。
ソシエテジェネラルに対する旧幕府債務が維新後デフォルトしかけたので、
明治政府はご主人様であるイギリス・パークスに泣きついて、
オリエンタルバンクへ借り換えさせてもらった。
つまりこれが「小栗のパーがした巨額の借款」なんだよ。
その際、明治政府は高利を吹っかけられ、
必要も無いのに横浜の関税権を担保にとられてしまった。
馬鹿じゃん。

>そのサイトはある筋では有名なので知っている。
>そしてそのサイトこそ、管理人の妄想と、古文を曲解しているだけだぞw
ttp://tozenzi.cside.com/oguri/column/sikoku-tanpo.htm
ttp://tozenzi.cside.com/oguri/yokosuka/syakkan.html
お前がいってるのは↑のサイト?
内容は「小栗が蝦夷等を担保にした」問題に関する、
肯定説および否定説の列挙が主。
「管理人の妄想と、古文を曲解」があると言うのなら、
具体的にどの部分なのかご指摘よろ。
また、もしも大塚・坂本・石井などの否定説を「妄想」と言ってるのなら、
具体的な反証をよろしく。

>ついでに俺の引いてきたところは、参考にしたものも書かれているのだが、みてないのか?
みてない。「参考にしたもの」の内容を説明してよ。

>だから言っているだろ、担保にしようとしていたが、色々あって時間がかかり、
>金が振りこまれる前に、幕府は潰れて、契約は成立しなかったと、
>だから契約書などあるわけがないと、だから関係者の言葉と、フランスや幕府の提案から、
>どのような交渉が進められていたか、推測しているわけ。
「契約は成立しなかった」のなら金が振り込まれないのは当たり前。
しかし「金が振り込まれる」状況にあったのなら契約が成立していなければおかしい。
どっち?
また、お前の「推測」の前提となる「関係者の言葉と、フランスや幕府の提案」とは何?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 03:38:37 ID:N6oOgYoQ0
>>80
>そして明治政府は国外から借金などせずに
明治政府は外国からの借金で日露戦争を戦ってる。
万が一負けてたら日本はロシア・イギリスの植民地になってた。
しすて日露戦争は日本が負ける可能性が大きかった…

>幕府と違って、新政府の指導層には、最初から青写真があったのが正しい史実。
>例えば木戸などは、倒幕前から、廃藩置県を行い、強力な中央集権国家の構築も模索していた。
木戸の廃藩置県は「諸事神武創業ノ始ニ原キ」と表裏一体。
結果的に「中央集権」ではあるけれど非合理的で蒙昧なアナクロ復古思想だ。
近代合理主義の立場から改革を指揮した小栗とは雲泥の差がある。
…と頭ごなしに否定しては元も子もないね。
近代国家の「青写真」や「中央集権国家の構築」構想が最初からあったと言うなら、
どのようなプロセスで経済を変革して行くつもりだったのか?
その具体的な内容をよろしく。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 07:29:00 ID:XFiER/Y60
>大奥の改革すらできない幕府になにが出来るかってんだ。

これで十分な気がするぜ。
小栗自身、自分の群馬の領地を返上するなんて想定外だったんじゃないの。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 08:58:52 ID:nhkYHdIG0
小栗が郡県制の構想を持っていたとは言っても実際の幕府は
征長で長州一藩相手にボコボコに返り討ちを食らっていた。


86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 09:06:02 ID:iVJ0XSNJ0
小栗が指揮したら、うんぬんより、

内戦やってる場合じゃない、という勝の判断のほうが正しかったんだろ。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 09:57:05 ID:nhkYHdIG0
小栗は自分自身が陣頭指揮に立つという覚悟があったのだろうか。
江戸城内では勇ましかったようだが。


88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 12:54:31 ID:7pXO5p8T0
>>80
参勤交代復活ってソースは?

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 21:42:51 ID:COxyLHFE0
>>81
竜馬は平民政府を作りたい腹だったよ。
もし、彼の交渉力が『竜馬がゆく』で褒め称えられているほどのものならば、
岩倉や大久保すらも「人民主権で行こう」と説得できちゃうかもしれないw

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/17(火) 23:04:17 ID:nhkYHdIG0
老中・長岡藩主・牧野忠恭らが参勤後退復活や衣服の旧制の目論んだが
諸藩が反発して挫折した。


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/18(水) 08:35:26 ID:K5s2TYeW0
日露戦争はパックスブリタニカに組み込まれた日本が、
イギリスに代わって対ロシア戦のリスクを負わされたもの。

イギリスは日本の関税収入等を押えてたから、
日本が勝っても負けても損をしない

しかし日本は小栗の横須賀造船所がなければ日露戦争に負けてた。

勝が主張したように軍艦を外国から買いつづけていたら、
日本は間違いなく植民地になってた。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/18(水) 08:49:38 ID:d3g2IXNB0
>>89
当時の無知蒙昧な庶民の平民政治なんぞ所詮は幻想じゃないか?
あの当時の教養の低い庶民の意に委ねたって、大衆迎合を経て行き着く先は衆愚政治にしかならないと思うんだがな。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/18(水) 23:10:30 ID:GCFymmED0
昨日はサーバーが途中で落ちたみたいだな、投稿に失敗して書き直しになってしもうた。。。
俺の時間を返せ。
>>82
・・・どーも俺が28になっているな。
自分にレスする人間を同一人物だとする妄想にかかっていると思われる、
病院にいくとよかろう、精神病も治療すれば治るものだよ、きにしなさんな。

>借りたというより借り替えね。

その借金は鉄道敷設に、多くがまわされているんだがなあ。
どっちにしろ、前倒しで返済しているし。幕府のパーがした巨額の借款とは違う、
現実を見据えた適正な借金。それも政府が動かないように、警戒して利率の高いのを我慢して銀行にしている。
つかこれって幕府の尻拭いなんだけど、これでもって勝ち誇るおまいさんの思考形態が謎だ。
あと関税権じゃなくて、関税収入。金が払えなかったら、関税収入から貰うってこと。

>お前がいってるのは↑のサイト?

その管理人の個人的な解釈が開陳されているんだが、これは妄想というんじゃないのか?
また高村氏も問題がある。そのサイトにものっているが、↓
>芝原氏は傍線部分を<(フランス政府が)六十万ドルラルを納める>と読んだわけであるが、
どこにそんなことが書かれているのか教えて欲しいね。
芝原氏は、建設は四年、費用総計240万ドルかかり、、毎年60万ドルずつ借りて支払うと言っているだけ。つかここで幕府がしたのは四年のローン契約なのにね。
・・・というか幕府やお武家様は、金を借りても、文書としては、直接的な表現はさけるわけだし、
表現も極力やわらかくする。そういう見栄がわかってないんじゃないのか、この管理人は。

そして清算のところも、高村氏はおかしいな。賠償金とは別で、55万ドルとしているが、
明治政府が継承した対外債務は600万ドル(たしか日本円で280万円)にも達する。
(勿論幕府が借金した相手はフランスだけではない)
当然これには廃藩置県後清算した、諸藩が独自に結んだ借款とは別である。
このうち150万ドルは賠償金だが、残りの450万ドルの大半は幕府が作った借金。
なお新政府側の諸般、とくに主軸たる薩長土肥は殆ど外国から借りていない。なかで薩摩が少々借りていただけ。
高村氏は、フランスからは借りてないが、ほかの欧米からは巨額の借款をしていた、と言いたいのだろうか?

そして担保のところは、管理人の無知の為せるわざか、悪質な歪曲
何故なら担保が問題となったのは、600万ドルの追加借款であって、最初した240万ドルではない。
240万ドル貸した時の条件生糸の独占を、追加借款のときのようにあえて示している、
管理人が二つの借款の条件の違いを知らないで混同しているのか、、知っててあえて歪曲しているかはわからんがな。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/18(水) 23:20:46 ID:GCFymmED0
続き
>みてない。「参考にしたもの」の内容を説明してよ。

著名まで示されているんだから、読めよ・・・

>どっち?

最初52で言ったように、途中で幕府が潰れて、契約はご破算になり、
結局成立しなかったと言っているんだが、読めないのか?
そしてロッシュの提案や、勝を始めとする幕府閣僚の言葉から、交渉の経緯が伺える。

>>83
木戸は領地を全て、建前上朝廷に返し、藩を全て潰すつもりだった。いわば廃藩置県。
実際長州征伐で獲得した領土は、みな朝廷に返す旨を献言している。
また身分に捕われない器用なども、計画していたな。
大久保にもどうようの廃藩置県の構想が幕末にはすでに存在したことが手紙などからも明らかになっている。

んではてさて、小栗君は自分の領地くらいは、返上したのですかねえ。
全く構想も実行力もなかったですし、小栗の郡県制なんてそれこそ古代中国の制度だし、古すぎる。
なお明治政府の郡県制は、江戸時代の長州での宰判から派生したものであって、
小栗とは無関係です。

そうそう>非合理的で蒙昧なアナクロ復古思想だ。
というくらいだから、小栗が妄想していた幕権の強化との違いを説明してくれんかね。
小栗マンセー本は、小栗にもあった、いや小栗にこそあったとかいいつつ、その内実を明かさないのでわからんのだよ。
史学者の大半には、そもそも小栗は相手にされてないから、
廃藩置県の研究した本には、名前さえ出てこないし。

>日露戦争は日本が負ける可能性が大きかった…

それは違う。必勝とはいかないまでも、ほぼ勝てると確信していた、
だからこそ戦争を決断した。
シベ鉄の輸送力を甘く見ていたり、旅順の予想以上の要塞化で、
思惑と結構違っただけ。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/19(木) 22:47:45 ID:V1x3jFEm0
勝厨房がファビョりまくりw

>最初52で言ったように、途中で幕府が潰れて、契約はご破算になり、
>結局成立しなかったと言っているんだが、読めないのか?
読めないだろ。>>82が指摘してるように、勝厨の文章は、
契約はまとまったが履行されなかったと読める。
交渉がどの段階まで煮詰まってたかをちゃんと説明できない勝厨が悪い。

>そしてロッシュの提案や、勝を始めとする幕府閣僚の言葉から、交渉の経緯が伺える。
存在しない契約をネタに小栗を中傷し、これだけ大騒ぎをして、
結局、"勝の言葉"がソースかよ。
馬鹿っぷり全開だな。まぁ、せいぜい頑張れ。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/20(金) 10:54:26 ID:eX5y6rFq0
勝は時代遅れの蘭語を少々囓っただけの男。
英語はからきし。世界に対する知見は皆無。
自信満々で艦長となった咸臨丸では船室にひきこもり無能っぷりをさらけ出す。
日本人に戦艦を建造することは500年かかっても無理と主張し横須賀造船所建設を妨害。
幕府と倒幕派の間を二重スパイとして渡り歩いて形勢を観望。
江戸開城は自分の出世のために幕府を売っただけ。
維新後は明治政府に冷遇され、不満たらたらの余生を送る。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/20(金) 23:21:28 ID:DdMXmWdT0
勝は、西南戦争のとき、
どうせ西郷が勝利するから、大久保は辞職しろと、
陰口をたたき裏工作をしてた。

冷徹で勝などに目もくれない大久保よりも、
引き立ててくれる(可能性のある)西郷について行こうとしたんだね。

勝はコバンザメとしての嗅覚はあるけど、単独で何かできる器ではない。
本質は時代を読めないバカ。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/21(土) 00:01:00 ID:LgWCfqKn0
幕府対薩長は
仏対英の戦争になりかねなかった。
つまり朝鮮戦争やベトナム戦争のように

それを阻止して、日本の間接的植民地化を防ぐために、
総力戦を行わず江戸城を明け渡しのが勝海舟である。
薩長は愚かにもそのことに全く気づいていなかった。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/21(土) 07:24:29 ID:o6x3arKG0
ほほう〜。久しぶりにきてみれば、小栗ヲタが必死に反論をし続けていたのか。
でもソースを示しているあたり多少はまともに議論する気になってたらしい。
文体は相変わらず根性が曲がっているようだがw。

しかしあれだな。都合の良い事実だけを示し(ソースも示し)、
都合の悪い事実はあえて書かないあたり「この場で論破できれば真実などどうでもよい」という態度が伺える。
結局の所、それでは「水掛け論」にしかならんなw。
ま、それでたのしむ場らしいからがんばってくれ。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/21(土) 23:18:05 ID:BV8bU1S30
>>94
>そしてロッシュの提案や、勝を始めとする幕府閣僚の言葉から、交渉の経緯が伺える。
「勝を始めとする幕府閣僚の言葉」とは?
勝のホラは有名だけど、勝以外の幕閣の言葉とやらが何なのか、ちゃんと説明しなきゃ。
そしてもちろん「交渉の経緯」の具体的内容についてもね。

>>99
まさに法螺吹き勝のエピゴーネンらしい文章だ。
「真実などどうでもよい」という態度こそ勝海舟の本質。
そして「都合の悪い事実はあえて書かない」(書けない)のが勝ヲタの特徴。
だから勝ヲタはこの手の議論では必ず負ける。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/21(土) 23:58:02 ID:RaI7wMjC0
咸臨丸プロジェクトを立ち上げ提督に任を果たしたのは木村摂津守喜毅。
勝は木村摂津守に泣きついて艦長の座にありついたのはいいけど、
航海中は船室に閉じこもって何もしなかった(できなかった)。

勝を信用してなかった木村摂津守がアメリカ人水兵を乗船させてたおかげで、
咸臨丸はかろうじて太平洋横断に成功する。
勝に全てを任せていたら咸臨丸は間違いなく海の藻屑になってた。

無能で無責任な勝の正体を間近で観察してたのが福沢諭吉。
彼がその後勝をどのように評価したかはご存知のとおり。


102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/22(日) 09:18:19 ID:JlpzWFV30
>>100-101
議論?議論をしているつもりなのか?
ならば最初からお前は論点がズレているだろう。
最初の論点「江戸で新政府軍を破っても徳川は勝つことができない」に話しを戻せば、
小栗作戦が実施されても徳川単独では勝つ事ができず、諸外国に利権を渡す形でしか勝利する方法がない。
そして、その結果として徳川幕府は維持されるものの中国や他のアジア諸国同様に諸外国の傀儡政権もしくは
植民地の道を歩む。したがって勝の戦争回避は正しい判断という結論に対し、
お前は「小栗作戦で勝てた」としか主張できず結論が崩れていない。
苦しくなって論点をずらしておいて「議論に買った負けた」とはイタイな。

徳川に勝利への戦略は無く、あったのは小栗の江戸防衛策のみ。戦略無き戦争は勝てない。
鳥羽伏見の段階でしか勝利は望めない。勝の江戸城無血開城は「負けてしまった後の戦後処理」に過ぎない。



103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/22(日) 09:34:16 ID:WbQ7+fJa0
事実としては小栗は卓上で作戦は立てたようだが戦場で陣頭には立たなかった。
臆病で卑怯だからというわけではないだろうが。


104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/22(日) 10:40:24 ID:gUsriThD0
小栗は長く江戸に居続けている。すべてを江戸で判断していた。
その点徳川慶喜は長く京都に居続けて政治戦略の最前線に立ち続けている。
江戸にいる小栗の作戦や考えは、政局が京都で動いていた事を考えれば現実乖離を起こしていたという事だろう。
薩摩藩邸焼き討ちに続き、江戸から幕兵を大阪に送りなし崩し的に鳥羽伏見の戦いを起こした幕府側。
この時、小栗は江戸で要職にあった。結果として慶喜が土佐や福井と組んで仕組んでいた策にトドメを刺し、
徳川は朝敵となる。江戸に帰った慶喜は小栗を解任し勝を起用している。勝は政治派閥で考えた場合、
福井藩主松平春嶽系になるから、慶喜はあくまでも現実認識が甘い江戸派を排除し、徳川宗家の温存を京都政局に詳しい
土佐・福井の派閥に任せたという事だろう。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/22(日) 10:50:10 ID:gUsriThD0
でもあれだなw。
小栗ヲタというか勝批判をしている奴は「煽り」を必ず行う
根性曲がった陰湿な性格だという事だけは良くわかったw。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/22(日) 23:09:08 ID:jyLUFE+i0
そうすっと本土決戦回避した本土人はチンカスで
真の日本人は沖縄とサイパンと硫黄島にしかおらんな

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/22(日) 23:39:36 ID:4CMkdzLn0
>>105
氷川清話を信じ込んでる勝ヲタを釣るための釣堀で「煽り」に釣られるお前が馬鹿。

>>102
自分の妄想が破綻したからといってそんなにファビョるな。
そもそも「君は江戸での勝敗にこだわって勝ったの負けないだの言っているが、
そんなものは極端な話しどうでもよい。」と言ったのはお前だろボケ。

>(勝の戦争回避がなければ)中国や他のアジア諸国同様に
>諸外国の傀儡政権もしくは植民地の道を歩む。
当時、アヘン戦争により上海を押えたイギリスは、上海を中心に商圏の拡大を図った。
そして南北戦争終結により世界的に余剰となった兵器が上海に持ち込まれ、
グラバーなどの死の商人を介して大量の最新兵器が長州や薩摩に密輸された。
さらにオールコックは反幕意識の強い薩長などに、
「幕府による貿易独占」に反対し割拠するように刷り込んでる。

つまり倒幕派は物理的にも思想的にもイギリスの介入のもとに形成されたと言える。
倒幕派は外国の支持を得ることを最大の自己目的として行動しており、
その正体は「諸外国の傀儡政権」となんら変わりはない。
勝は日本の政権中枢を預かる立場にありながら、
このような得体の知れない傀儡に政権を投げ出したわけで、
その無責任な行為は非難されて当然だろう。

そしてもしも欧米が本気で日本を植民地化しようとしていたのなら、
戊辰戦争や西南戦争の過程ですかさず干渉の動きがあったはず。
パークスは江戸攻撃を命じ、卑屈な対応に終始する勝のせいで江戸は大混乱となり、
中枢を失った日本は欧米の植民地になっていたことだろう。

しかしそうはならなかった。当時の列強の関心はあくまでも中国に向いていて、
日本は、高いコストを払ってまで植民地化する対象とは見られていなかった。
戊辰戦争当時の英仏は、厳正中立・絶対不干渉の立場をとっており、
薩長に近づきクーデタの遠因をつくったイギリスでさえ、
本国の訓令があるため内戦への干渉はできなかった。

むしろ列強が心配したのは内戦の拡大により養蚕業が壊滅し、
絹貿易に支障が出ることで、それゆえパークスは倒幕派の江戸攻撃を中止させた。
また、パークスは薩長に接近する一方幕府に対する融和政策も捨ててはおらず、
幕府が勝とうが倒幕派が勝とうがどっちでもいい両面作戦。

結局、勝が自己正当化のためにでっちあげた「外国の干渉」というネタは事実無根だね。

>徳川に勝利への戦略は無く
意味不明。
そもそも徳川幕府は事実上の中央政府として認められてるんだから、
クーデタをおこした奸賊を叩き潰し幼帝を救い出せばいいだけ。
むしろまともな展望ももたずに暴発したのは倒幕派の側で、
西郷などは幼帝を拉致して広島で自決する計画だった。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/22(日) 23:53:25 ID:z5XXLK/D0
現代日本でたとえれば勝海舟は北朝鮮の工作員のようなもの。
北朝鮮が日本を侵略するような局面で、
戦争反対と隣国との融和を説き、
自衛隊の解体を工作した売国奴が勝。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 07:38:01 ID:98nOxPgW0
陣頭指揮に立った事も無く戦場での実戦経験の無い小栗が
江戸城中でどれだけ「必ず勝つ」と力説しても実感は無かったのだろう。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 14:24:51 ID:cLnovMDW0
小栗はただの官僚で軍略家ではないから。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 19:13:21 ID:yL/BykFj0
>そもそも徳川幕府は事実上の中央政府として認められてるんだから、
クーデタをおこした奸賊を叩き潰し幼帝を救い出せばいいだけ。

それが出来なかったから幕府は滅んだんであってな。
鳥羽伏見も初日で数も兵器も勝る幕府軍が小勢の薩長を蹴散らしとけば、幼帝は救えたんだよ。
当初宮中は「ここは幕府と薩長の私闘ということにしておこう」ということで朝廷の保全を図ろうとしていた。
でも初日の薩長軍圧倒的優勢の報を聞くなり宮中は薩長を官軍と認定。錦旗掲揚の認可が賜る。
それから幕府は形勢を覆せることもなく・・・。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 22:27:01 ID:xhPTDEix0
早い段階でおかしな公家を皆殺しにしとかなかったのが敗因。
公家なんざ腰抜けぞろいだから、生首目の前にぶら下げてやれば、すぐに靡くよ。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 22:44:48 ID:KSi1K6Nf0
>>111
鳥羽伏見は緒戦にすぎず、幕府は巨大な軍事力を温存してた。
小栗の主張のように本気で反撃してたら薩長に勝ち目はなかっただろう。
裏切り者の勝が幕府を滅ぼしたんだよ。

>>112
慶喜が京都を薩長の軍隊に明渡したため、
腰抜けぞろいの公家は薩長の言いなりになってた。
公家の責任よりも、京都を明渡した幕府のミスのほうが大きい。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 23:08:51 ID:98nOxPgW0
長州一藩相手に圧倒的優位を誇りながら凹られる幕軍の現状からして
陣頭指揮に立った事も無く実戦経験の無い小栗の江戸城内の主張に現実性は無かった。


115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 23:20:56 ID:v4HjoXI+0
>>113
軍事力の出し惜しみの結果、緒戦に敗れて大局を見誤るようでは滅んで当然だな。
だから征長ひとつも儘ならないんだよ。

しかし反撃出来るだけの余力があるなら小栗も功山寺決起の高杉晋作みたいに、違命覚悟に玉砕覚悟で自ら徴募兵だけでも率いて、
薩長軍に戦いを挑もうとはしなかったのかな?座してもどうせ負けるのだからさ。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 23:25:55 ID:xhPTDEix0
そこが官僚の悲しさ、そこまではできまい。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 23:30:48 ID:98nOxPgW0
小栗が君命を重んじ自重したのか己が戦場に立つのが恐ろしかったのかは定かではない。


118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 23:38:31 ID:tt+qMUqH0
ガトリング家老のこともあるので意外と小栗にも軍才はあったかも・・・

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 23:40:12 ID:O+xpaV/i0
川路聖謨は江戸開城の翌日に自決してる。
日本にとってかけがえの無い人材を失い、
勝のようなゴミがのさばったのが明治維新。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/23(月) 23:49:06 ID:98nOxPgW0
小栗は能吏ではあるがそれ故か陣頭にたって戦の指揮を執るような胆力には欠いていたようにも見える。


121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/26(木) 04:15:54 ID:0GYWkPzn0
>グラバー商会は、資金の大部分をオランダ貿易会社とジャーディン・マセソン商会に依存していたが、
>薩摩留学生の学資もジャーディン・マセソン商会(香港)の信用状にもとづいて、
>マセソン商会(ロンドン)が薩摩藩の手形を割り引く形で前貸ししていた。
>従って、実質的な薩摩留学生の支援者はジャーディン・マセソン・グループであった。

> この(5人の)長州留学生はジャーディン・マセソン商会(横浜、英一番館)の
>ウィリアム・ケズウィックや>英国領事ジェイムス・ガワーの協力を得て、
>ジャーディン商会所有のチェルスウィック号で上海に渡り、
>ロンドン行きの貨物船ペガサス号とホワイト・アッダー号に分乗しながらロンドンに到着している。

薩長とジャーディン・マセソン商会のダークな癒着…
ちなみにジャーディン・マセソン商会は世界最大のアヘン商人。
アヘン戦争を引き起こし、中国から香港を奪ったことで有名。

ttp://www.yorozubp.com/0411/041117.htm

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/26(木) 07:06:44 ID:u6WJDBpL0
中国は奪われたと思ってねェじゃん。
99年間統治させたんだよ

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/26(木) 19:17:46 ID:VVZ0yS5T0 ?
>>111
おいおいw 薩長のほうが少なくとも陸軍力は上だったろ。
近代兵器装備してさ。アームストロング砲とか、ムニエール銃とかさ。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/26(木) 19:53:07 ID:W2VYZthM0
>>123
幕府軍の半数近くを占める幕府歩兵隊は薩長連合軍と同等のミニェー銃を装備、
更に、その一段上のシャスポー銃を装備していた歩兵伝習隊が存在(両軍中でも最新鋭の装備力を誇る)。

銃数の点でも幕府軍が薩長軍を圧倒的に凌駕していた。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/27(金) 23:56:33 ID:8Oe2yJi30
福沢諭吉は高額紙幣の顔。
日本を代表する知識人として尊敬されてる。

しかし勝がお札の顔になることはありえないな。
今後も卑怯者&ホラ吹きとして罵倒され続けるだろう。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 06:01:31 ID:Z2fOWFRq0
>>125
ふ〜ん。福沢って幕臣で禄ももらっていながら戊辰戦争の時に何もせず、
しらんぷりして徳川が滅ぶのを傍観してた奴だろ。
すべてが終わって安全になった頃に勝への愚痴をはじめたんだっけ?。
なんで江戸開城の時に福沢は勝に文句言わなかったのかなw。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 06:10:06 ID:1ar23hol0
福沢は禄の支給を事実上拒否していたから幕府への恩義なんてこれぽっちもないw
ってか、あんなに貧乏な幼少時代には幕府も藩もたいして禄をくれなかったけど
蘭学やら英学を学んで重宝されるようになると幕府も中津藩も途端に福沢囲いに奔走するから
そりゃあ福沢も気分が悪かろうよwww

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 08:24:33 ID:P23EmMxL0
>>127
>貧乏な幼少時代には幕府も藩もたいして禄をくれなかったけど
貰ってんじゃん禄www
>福沢囲いに奔走するからそりゃあ福沢も気分が悪かろうよ
恩義無いなら幕臣などにならなければ良かったじゃんw
結局身分が欲しかったんだろ。それも徳川の恩義ってやつだよね。
徳川を利用するだけ利用し、利用価値が無くなると捨てる福沢。
その福沢の言葉と最後まで徳川を立て直そうとした小栗。
行動のまったく違う者たちの言葉で勝批判できそうな部分だけ
抽出して利用するバカの行動には理解できない部分が多いよねw。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 11:04:50 ID:MKHPrlna0
>>95ー100
フランスからは、貸して欲しければ蝦夷地の開発権を担保に差し出せと要求している、
そして幕府がそれを拒絶したものは残っていない。
そして幕閣にも、どうようの発言が残っている。
そして小栗ヲタが言うのとは違い、勝が嘘をついたなんて証拠もない。
そして小栗は、あくまで金を借りようとしていた。
でないと、貧乏な幕府は徹底抗戦などできないからな。

さてこれから導き出せる結論はなんだ?
蝦夷地の開発権を担保に金を借りようとしていた以外に、回答はない。
フランスが担保なしで貸してくれる、という結論に行きつくのかい君は?

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 11:14:21 ID:MKHPrlna0
>>96
横須賀は幕府になんら寄与していない。
金を食っただけで、これを他に回していれば幕府は滅びていなかったかもしれん。
日露戦争の主力艦隊は全て英国の戦艦で、
第2次大戦で活躍した金剛なども、英国で建造されたものだったりする。
>>97
勝は馬鹿だから、西郷みたいなクズを応援していたしな。
日本史上最高クラスの政治家である、大久保と木戸を理解していなかった。
>>98
列強は全て、中立を宣言している。これは長州征伐の時から。
長州が英国に、内戦に関与するなと、注文をつけて、
英国が諸外国にも働きかけたから。だから代理戦争にはなりえない。
そして江戸が戦場になるのは、新政府側そして列強も嫌っていた。
幕府が信性のアホでない限り、江戸は無血開城する予定。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 11:28:17 ID:MKHPrlna0
>>107
順番が逆。
薩長が幕府を潰す為に、英国を利用したに過ぎない。
そして幕府こそ、日本を売り飛ばそうとしていた国賊。
フランスは、英国が事実上貿易の独占(75%)しているのが気にいらなかったので、
なんとか、対日貿易を独占したかった。(フランスは当時10%程度)
だから、幕府をそそのかして、なんだかんだいって設備をつくらせ、
そして諸藩を討伐させることで、金を浪費させ、
そのかわりに恩を売り、シェアを増やし、日本の金や権益を少しづつ奪っていったわけ。
幕府が倒れた時には、借款の強制回収にも踏みこもうとしていた。

そのフランスの思惑にまんまと載せられた、馬鹿こそ小栗。

だが薩長土肥を始めとする新政府の中核の諸藩は、欧米からは殆ど金を借りず、
時前の財布で、軍備を調え、欧米から干渉される隙をつくらかなったのと対照的。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 12:00:14 ID:MKHPrlna0
>>124
大きな間違い。
幕府歩兵はそんなに多くない、せいぜい数千から万弱。
伝習隊になると,2000程度、おおくて3000あるかないか。
それも伝習隊は、町のヤクザなどを雇って即席でつくりあげたため、
忠誠なんてものはないし、規律も低い、連度も低く。
装備も十分揃ってなかった。そしてなによりサッパリ活躍していない。
伝習隊が強ければ、鳥羽から、奥羽まで何度も何度も負けてないよ。

で、片や長州だけで、ミニエー銃(16000)とその他のゲーベル銃などの洋式銃(4000)
を買いつけており(なお銃は隊士が、藩の援助を得て自費で購入)
その諸隊の数は200、その総数は諸説あるものの、最終的には二万にも及ぶといわれている。

薩摩は、戊辰戦争に参加しただけで、7000は越える。
それも大半がミニエー銃で、なかには、幕府のジャスポー銃を上回る、
南北戦争で使われた、連発式のスナイドル銃を数百はもっていた。

肥前になると、このスナイドル銃を数千丁は用意していたと言われている。

当然の事ながら、幕府ごときが、どうあがこうと、新政府軍には勝ち目はない。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 12:23:11 ID:0etdPj1u0
結論
 
 勝の行った江戸開城は正しい判断であった。
 小栗ヲタは妄想しかできない無知識くんだった。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 17:12:35 ID:0oRIZVGV0
小栗は幕府を勝利させる為の計画とか思案には熱心だったが
実際に自らが戦場で汗や血を流すようなことはしたくなかったのかもしれない。


135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 23:55:45 ID:jPLo7gGd0
>>129
勝の妄想をオウムのようにくり返してる信者はカルトじみてる。

小栗とクーレーとの600万ドル借款契約は成立している。
そしてその契約に「蝦夷地の開発権を担保」とするような条項は含まれていない。
この辺は>>82のサイトで名前が出てる坂本藤良などが明らかにしてる。

この借款は「フランス」とではなく英仏の銀行との間の契約で、
殖産興業によって産み出される将来のキャッシュフローを担保とする、
一種のプロジェクトファイナンス。
そもそもフランスにとっては日本との貿易によって得られる利潤が最も重要なのであって、
日本の土地を占有するなどという面倒なことにはほとんど興味を示していない。

ただしイギリス商人は日本の鉱山開発に熱心で、
グラバーは佐賀藩の高島炭鉱の経営権を獲得してる。
もちろんグラバーの最終的な狙いは日本を中国のような植民地にすること。
そしてグラバーから武器を与えられた薩長が内戦を起こし、
勝はなんら抵抗もせず権力を明渡した。

君は、勝とは一体何者なのかということを、きちんと吟味したほうがいい。

>>132
基本的に幕府は海軍を最優先に整備し、陸軍は後回しだった。
しかし長州征伐失敗後に軍制改革を行い陸軍力を強化。
歩兵・砲兵・騎兵あわせて1万数千人の近代的陸軍を擁してた。

また、いかに強力な銃を持ってても、補給がなければただの棒。
アメリカ南北戦争での南軍の敗北は、
制海権を奪われ補給に支障をきたしたことが大きな要因。

もしも幕府が陸海軍を総動員して組織的に薩長討伐を行ったら、
間違いなく薩長に勝ち目はなかっただろう。

しかし実際には幕府中枢が勝に乗っ取られたことにより、
幕府陸海軍は大混乱をきたし組織的な反撃がほとんどできなかった。
つまり勝の裏切りが薩長を破滅から救ったんだよ。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 00:09:57 ID:4bAcb5rTO
とある新聞連載 知識欲【アペタイトの男】小説家・山崎光夫

面白いよ!


珍しい佐賀藩の事柄

一度探して読んでくれ!

連載面白いけど内容は書けましぇん

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 00:20:31 ID:4bAcb5rTO
今みたら、小説・大隅 重信 【山崎 光夫】

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 00:49:04 ID:hiGP5MmG0
>>135
>この辺は>>82のサイトで名前が出てる坂本藤良などが明らかにしてる。

小説家の創作を事実だと勘違いしている痛い奴だな。
小栗ヲタってのはやはりこの程度か。
借款が成立し、金が日本に渡ったというのなら、
史料を示して欲しいね。成立したのなら、あるだろ?

>殖産興業によって産み出される将来のキャッシュフローを担保とする、

それは支払い方法だ、担保はそれが失敗した場合、返済が滞った場合、変わりに支払うものだ。

貴方が企業したとしよう、銀行に担保は?と聞かれて、
将来の収入です、と答えて借りられると思っているのか?

>また、いかに強力な銃を持ってても、補給がなければただの棒。

幕府の海軍とは、大島に上陸したが、高杉の夜襲にやられ逃げ出し、
上陸した5000あまりの兵は、たったの1000たらずの第二奇兵隊に、大敗を喫した例があるが、
これをまたしろと?
そもそも幕府には、そんな大軍を動かす金はない。江戸開城したときの空っぽの金子でなにをするんだよ?
(これが借款が失敗した証拠でもあるんだが)それとも隠し財宝でもあったのかw
大坂や江戸の商人からもすでに莫大な金を借りており、その返済だって、焦付いていた。
つか練度もさっぱりの幕府海兵に、どうやってそれだけの艦隊を動かせるつもりなんだか、
沿海の測量もまだ不充分なんだぞ、全て座礁するのが目に見えている。
そしてアームストロング砲を含む新政府側の大砲とどう遣り合うつもりだ?
なお馬関戦争の時は、長州だけで(アームストロング砲や当時としては西洋でも平均レベル砲だった)100門もの大砲があった。
これで英国の艦隊は、旗艦以下数隻が損傷しているし、
薩摩も薩英戦争では同様の損害をあたえることに成功している。
それより劣る幕府の艦隊で、どうやって有効な打撃をあたえるのだ?

>もしも幕府が陸海軍を総動員して組織的に薩長討伐を行ったら、

幕府が動員した兵力は12万。これがたったの4千程度に大敗して、逆撃を被り、
北九州と益田あたりまで、占領されている。これでどうやったら、
そんな夢みたいな話を信じられるんだ?

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 01:46:06 ID:xT1a/3QC0
どうやら小栗ヲタは完全に論破されたみたいだね。
反応がない所をみると逃げ出したようだw。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 02:53:52 ID:0y54YIDA0
>>138
坂本は小栗ヲタの経済学者、小説家ではない。
借款が成立した史料としてはロッシュの本国宛の報告書を参照のこと。
契約内容についてはソシエテ・ジェネラル及びオリエンタルバンクに照会すればいい。
なお、坂本や石井などの小栗擁護派のみならず、
「担保」の件で幕府を叩いてる芝原も借款契約は成立したとする意見だ。
もちろん契約は成立したけど履行前に日本で内戦が勃発したため、
融資は実行されなかった。

契約は存在しないが幕府は樺太を担保にしたはずだと妄想してるバカは、
「借款交渉がどの段階まで進んでいたか?」という事実関係を踏まえたうえで、
ソースを出して「樺太担保」の必然性を説明してみろ。

>貴方が企業したとしよう、
人は起業することはできるが法人になることはできない。

>銀行に担保は?と聞かれて、
>将来の収入です、と答えて借りられると思っているのか?
将来の収入を見込んで担保価値以上の融資を行うことは珍しくない。
そもそも途上国融資というものは本来そういうものだ。
逆に「蝦夷地(正確には樺太)の開発権」とやらに600万ドル以上の価値があると思う?
もしあるとするならば、樺太をロシアに盗られた明治政府は、
日本の富をロシアに売った売国奴だということになるぞ。

>幕府が動員した兵力は12万。これがたったの4千程度に大敗して、逆撃を被り、
長州征伐時の幕府とその後フランス型近代陸軍を整備した幕府とを混同してる。
長州がたったの4千程度で勝てたのはグラバーが与えた武器の優位のおかげ。
相手が同等の武装をすればその優位は消える。
さらに攻守が逆転し倒幕派の兵站は延びきっており、
資金も底をつきかけ何度も大阪商人をユスリるため往復する始末。
長期戦になって兵站を寸断されたら各個撃破されるのがオチ。
やはり倒幕派が勝てたのは勝のおかげとしか言いようがない。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 05:27:23 ID:BTIvhtP30
小栗は今までの幕府軍とは違うと必勝を力説したが、実際の戦闘経験の無い小栗が江戸城中いくらそういっても説得力は無かった。
口で言うより小栗自らが陣頭指揮に立って新政府軍を一回ぐらい撃破していれば少しは説得力があっただろう。




142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 05:40:46 ID:BTIvhtP30
小栗は戦場の経験が無い為に幕兵の装備を整えさえすれば即実戦でも戦えると錯覚していたように見える。


143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 08:09:10 ID:gLWa1nhE0
 勘定奉行小栗豊後守より、一ツ建言書を出せり。右は天下一般に金銀の不足を名とし、
紙幣発行あらば、大に公儀の利益にも相成べくとの趣意也。余の考ふる所は、
我越前国の紙幣増加よりして、現金銀の準備なき所より、大に紙幣の価下落し、
金壱円は紙幣四百文迄にいたれり。況や現今天下有志沸騰。
徳川家傾覆の境界に至るの時節に、紙幣流通は無覚束、
又民衆も信用せざるは論をまたざる所なり。当時会計上、
大に不足を生ずる時なれば、決て春嶽政事総裁職中、
此挙行ふ事難出来と拒絶せり。(逸事史補・松平慶永著)

 所詮小栗の経済感覚はこの程度。小栗の評価が過大評価なんだよ。
肝心な時に金がなく、幕府が滅びたのは小栗の責任だな。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 08:22:41 ID:5CNP4Nen0
>>140
>資金も底をつきかけ何度も大阪商人をユスリるため往復する
 それで戦争を継続する事が事実できた。金が無く長州征伐で軍を出せなかった徳川家よりマシ。
それに諸外国に金借りて、後日諸外国に利権を奪われるより良い。
 危険性については金が返せなかった時、商人が泣き寝入りで済む。
諸外国が相手なら戦争を仕掛けられて金を分捕られるか植民地になる。

>長期戦になって兵站を寸断されたら各個撃破されるのがオチ
 各個撃破されようとも官軍は官軍。賊軍の徳川と違い、諸藩に命令を出せば戦力の建て直しは利く。
賊軍の幕府は一度二度は勝てても、兵力を磨り減らしていずれは滅ぶだろう。
 自信をもって勝てると断言するお前の頭は腐っているとしか思えないなw。 

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 11:47:28 ID:Jr0NnY3Q0
ユスリる?
なるほどユスリるのかw。
ユスリるユスリるww

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 14:11:18 ID:14IGjBdq0
旗本がグダグダで、芋に負けた。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 20:10:09 ID:BTIvhtP30
小栗は強大なはずの幕府軍が長州一藩相手に敗走した現実を理解できなかった。
実戦経験が無い為に将棋の駒と実際の兵の区別がつきにくかったのかもしれない。


148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 22:32:32 ID:WBsDC2wk0
小栗は官僚だよ。所詮コ役人。
軍を指揮した事ないし、彼が考えた作戦も実行された事もない。
よくいるだろ。ド素人のくせに戦争の作戦や組織改革に首を突っ込みたがる奴。
あれだよあれw。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 22:50:27 ID:BTIvhtP30
小栗は強硬論を唱えながら自らは陣頭には立たなかった。
発言は強気だが行動は臆病な勝以上の法螺吹きではないのか。


150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 23:12:38 ID:uui4jq2r0
「我々が勝つことができたのは、小栗上野介のおかげだった」東郷平八郎

勝の謀略で横須賀造船所が潰されてたら、
日本はロシアの植民地になるところだった。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 23:38:17 ID:aufR0d3g0
>>150
東郷の勘違いだってw。もう論破されまくりで必死になっちゃってwww
役にたったのは船を造る為の造船所じゃなくて修理用のドック。ドックなんて横須賀以外にもいっぱいあるから。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/29(日) 23:55:32 ID:uy4/pV2N0
>>151

>ドックなんて横須賀以外にもいっぱいあるから。
たとえばどこ?
日露戦争で横須賀造船所に代わるドックがどこにある?

>もう論破されまくりで必死になっちゃってwww
過去レスを見るとことごとく論破されてるのは勝オタだよ?
とりあえず>>151が必死なのはわかった。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/30(月) 00:17:42 ID:/pQJ9/9d0
>>140
いや、彼は本業は小説家だぞ。
あれを経済学者とするなら、渡部昇一も経済学者になってしまうがな。
つか経済学者でもいいけど、なんで経済学者のいうことを史学板で信じなければならんのだ。
そして締結されたとするなら、文書しめしてもらおうか。

>将来の収入を見込んで担保価値以上の融資を行うことは珍しくない。

いや非常に珍しい、つかそれは担保じゃなくて、返済計画なんだが、
担保ってのは現在存在するものでなければならないからな。
将来の税収そのものを担保にしたというのなら、わからなくもないが、
そこまでやったら、もう国賊だぞ。
そして鉱山や森林の伐採権などの利権を確保、そしてその為に守備兵を駐留させる。
そうやって半殖民地化していくのが、列強の常套手段なんだが。

>長州征伐時の幕府とその後フランス型近代陸軍を整備した幕府とを混同してる。

いや、長州征伐のときにもいたんだけど。広島方面にな。
そしてその後も伝習隊や幕府歩兵隊は奥羽に転戦して、見事に大敗を繰り返している。
新政府軍で、奥羽で苦戦したのは、薩長土肥以外の諸藩、とくに小藩に限られている。
西南雄藩の諸隊は殆ど負けてない。
そして長州と肥前は、藩を潰した時でも、それぞれ100万両の貯金が残っていた。
少々負けても、戦争は継続できる。
そして軍備を増強していたのは、幕府だけじゃない。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/30(月) 06:30:18 ID:nQpSARqB0
修理用ドッグを建てたことと、小栗が指揮を執ってロシア艦隊を撃破できたかどうかは別問題。
勝利を指揮した薩摩の東郷が旧幕臣との遺恨を解かそうと勝利の功を小栗のおかげだとすることで
挙国一致の人心収攬の一面もzる。
小栗がドッグを立ててなければロシアの植民地になっていたという仮定法は
小栗が指揮を執る幕府海軍が日本海海戦を戦っていたのならバルチック艦隊に
凹凹にされて全滅していたかもしれないというほど現実味が無い。


155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/30(月) 09:31:39 ID:jVgTSUBy0
つか、ドッグは犬。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/30(月) 23:13:00 ID:HQILjkBO0
>>153
坂本は経営学・経営史が専門。
そして幕末・明治の近代化プロセスの理解には経済学者の視点が不可欠。
それが分からないバカは氷川清話の虚偽を見抜くことすらできないだろう。
ともあれ坂本の属性はどうでもいい、
重要なのはオマエが>>140の以下の問いにどう答えるかだ。
>契約は存在しないが幕府は樺太を担保にしたはずだと妄想してるバカは、
>「借款交渉がどの段階まで進んでいたか?」という事実関係を踏まえたうえで、
>ソースを出して「樺太担保」の必然性を説明してみろ。

>担保ってのは現在存在するものでなければならないからな。
では、英仏のバンクが厳格な土地担保主義をとっていたと仮定しよう。
そうすると600万$を貸出す前に担保価値及び回収リスクの査定が必要となる。
掛目60%とすると確実に回収可能な1000万$相当の担保を押えなければならない。
>>129によれば、「フランスからは、貸して欲しければ蝦夷地の開発権を
担保に差し出せと要求している」そうだから、「フランス」は「蝦夷地の開発権」に
1000万$相当の担保価値があると査定したことになる。
では、「蝦夷地の開発権」とはいったい何か?
フランスは何時どのようにして日本の国土の担保価値を査定したのだろうか?
樺太開発の経済価値がどのように見積もられていたかを具体的に説明してくれ。

>将来の税収そのものを担保にしたというのなら、わからなくもないが、
>そこまでやったら、もう国賊だぞ。
それをやったのが明治政府だ。
税収を担保にイギリスから金を借り代理戦争を戦った。国賊だね。

>そして鉱山や森林の伐採権などの利権を確保、そしてその為に守備兵を駐留させる。
すでに指摘されてるように実際に鉱山の利権をゲットしたのはグラバー。
佐賀藩はグラバーに鉱山を与えて武器を購入した。
薩長にとってはグラバーが命綱なんだから戦争が長期化してたら、
下関や鹿児島が英国の植民地になってた。

>そうやって半殖民地化していくのが、列強の常套手段なんだが。
原住民のなかに傀儡をつくり、原住民どうしを戦わせるのも列強の常套手段。
そして薩長はイギリスの傀儡となり日本を半植民地化するために盲動を繰り返した。
維新後、鹿鳴館で列強に拝跪してた井上は卑屈な植民地奴隷そのもの。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/31(火) 00:16:35 ID:4fEByPMt0
>>156
必死なのはわかるが、お前論点ずらすなよw。
「江戸で幕府軍が勝っても戊辰戦争全体では最終的に徳川が負ける」
「最終的に負けてしまうのが確実なので、勝の江戸開城は正しい判断だった」
小栗がどーのこーのと小栗ヲタの妄想爆発させているが、まだこの結論破れてないぞw。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/31(火) 06:02:20 ID:FzEDgbD40
勝が卑怯だと言っても、小栗はそれ以上に自らの身を戦場に置くようなことはせず、
危険に晒すようなことは極力避けていたのガ事実。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/31(火) 21:58:36 ID:fLIE9xZO0
>>157
見苦しい結果論乙

>>158
当時の江戸は、強盗・放火・殺人をくり返す益満一味によって治安が乱されていた。
中国人犯罪集団の凶悪事件が横行する現代とちょっと似てるね。
小栗はこの凶悪犯罪集団を断固として取り締まり、
影で糸を引いてた薩摩藩邸を焼き払った。当然の措置だ。
ところが勝は、江戸の庶民を無差別に殺戮した益満を自宅に匿い、
薩摩に送り届けてしまう。勝は卑怯な売国奴だ。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/31(火) 23:55:08 ID:hDMRihkI0
>>159
知識のない人だねw。ってか電波だねぇ。
中国人がどうのとか売国奴とかバカの一つ覚えのように繰り返してるし。

薩摩の江戸攪乱工作は、長州藩の桂小五郎
(徳川と真っ向勝負したら勝てないといった大村益二郎)と
平和的に政権委譲できるならそれで良いとした岩倉具視
(土佐藩と越前が岩倉を説得した)の要望で急遽中止。
益満らは当初攪乱工作を進めていたが、西郷の命令で
逆に便乗犯の盗賊団を取り締まる側にまわってしまっていた。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 02:31:58 ID:zHD5iase0
>>157
>「最終的に(幕府が)負けてしまうのが確実なので、勝の江戸開城は正しい判断だった」

>>160
>徳川と真っ向勝負したら勝てないといった大村益二郎

勝ヲタ矛盾しまくり。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 02:34:13 ID:XQSPLBKB0
海軍奉行のくせに船酔いして
坂本一派のテロリストを養成して
江戸を守らず

国賊とはこいつのためにあるような言葉だ

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/01(水) 08:05:42 ID:mewvdUwh0
真っ向勝負できるような幕府であれば征長の段階で難なく勝利していたし、
大村が「小栗の作戦が行われていれば我々に勝ち目は無かった」
というのも「小栗の計画など幕府の現実からすれば絵に描いた餅だ」
という皮肉にも聞こえる。
幕府兵は強いというなら小栗は自身が征長で歩兵の陣頭指揮ぐらい執って
幕府軍の健在ぶりを江戸城内で口先で言うのではなく戦場で行動で示すべきだった。



164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/03(金) 12:47:07 ID:KAWrUVxL0
桂・勝・竜馬・・

この辺だな。お前らの嫉妬の対象なのはw

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/03(金) 15:59:56 ID:J7f2mUmB0
正直、勝にも小栗にも、どちらにも肩入れ出来ないな。
むしろ、勝や小栗に何故そんなに熱くなれるのか不思議だ。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/03(金) 22:10:03 ID:LLs4SLli0
まぁ、予想通りの展開で勝オタの玉砕だね
いまだに勝の法螺話を真に受けてるアホが存在することが不思議だ

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/03(金) 22:55:15 ID:7StA+vUi0
まあしかし長州征討軍と戊辰戦争での幕府軍は
攻める側と攻められる側で、長州征伐のときは幕府はまだ余裕があったわけで、
戊辰戦争は幕府が長州征討の長州側のように絶望的な状況だった。
窮鼠猫をかむ、というから必死に戦うだろうから戊辰戦争ではうまくはいかないと
薩長側は判断したんだろう。
だからって薩摩は江戸を放火強盗させるなんて卑怯にもほどがあるw
おおよそ武士とは言えない、下劣な集団よ。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/04(土) 18:53:32 ID:hC3lOGoj0
勝は時代遅れの蘭語を少々囓っただけの男。
英語はからきし。世界に対する知見は皆無。
自信満々で艦長となった咸臨丸では船室にひきこもり無能っぷりをさらけ出す。
日本人に戦艦を建造することは500年かかっても無理と主張し横須賀造船所建設を妨害。
幕府と倒幕派の間を二重スパイとして渡り歩いて形勢を観望。
江戸開城は自分の出世のために幕府を売っただけ。
維新後は明治政府に冷遇され、不満たらたらの余生を送る。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/04(土) 18:54:37 ID:AOszsIMz0
武士ではなくて農民達ですが。なにか?

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/04(土) 19:11:40 ID:+7WNJSE+0
小栗の遺族もさすがに本気で日本海海戦の勝利の功は
東郷の軍才でもなく、海軍将兵の奮闘でもなく、只唯一の小栗の横須賀ドック建設であるなどとは真に受けなかっただろう。


171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/04(土) 20:39:50 ID:5/CTx2TV0
↑うわーバカもここまで来れば立派だな

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/08(水) 20:15:22 ID:6AFSOipj0
「薩長同盟、大政奉還、あれはみんな竜馬がやったことだよ。」

勝海舟がこのようなことを言ったのは、
別に竜馬を評価してるわけじゃなくて、
竜馬の飼主である自分をほめたたえよという意味。

勝は、維新の最大の貢献者である自分が無視され、
西郷や木戸などの端役が持ち上げられてる現状に我慢ならなかった。

なお、勝の著作を一覧するとわかるが、勝にとって坂本は、
どうでもいいパシリであり、それ以上でも以下でもない。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/10(金) 22:08:15 ID:YYAgcVJ80
勝海舟=小早川秀秋

裏切者は結局どちらの陣営からも軽蔑される

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/10(金) 23:28:06 ID:wWGGaO560
実戦経験なしで北越戦争に挑んだ河井って最強?

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/11(土) 10:42:01 ID:v8KhkVIz0
負けてるじゃん長岡藩
戦死してるじゃん河井

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/11(土) 10:52:42 ID:2Y/tSjTR0
そういえば、河井について、
町を戦火にさらしたとして地元では批判的な声も少なくない、
ってどこかで読んだことがある。


177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/11(土) 11:22:33 ID:njhPUfn90
小栗よりは陣頭に自ら立ったという意味では武士としては上だろう。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 11:10:58 ID:7sw7OQb60
なぜ、この手の話題は人格攻撃や罵倒をともなうのだろう。

実生活に何の関係もないお遊びなんだから、もっと気楽にやれや。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 11:49:30 ID:eIzpNCff0
結論
 
 勝の行った江戸開城は正しい判断であった。
 小栗ヲタは妄想しかできない無知識くんだった。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 12:05:56 ID:8GAK6EALO
日本を潰して徳川をとるか、徳川を潰して日本をとるかの
板挟みとなった勝の葛藤が理解できないガキどもばかりだな。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 12:21:17 ID:mzsaPi2E0
オメーさん、勝に言わせりゃ
行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張さ。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 14:06:16 ID:3rSUyVGR0
なるほど!つまり小栗マンセーバカのような奴は相手にしないという事だね

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 22:51:48 ID:96kXiQyu0
>>180
勝は徳川家を守るために日本を潰したんだよ。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 23:42:11 ID:V5OI+QLYO
勝海舟って神戦組を山梨にとこに飛ばした人ですか?
ゆるせませ!

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 00:44:02 ID:LMspwTWj0
それ、勝じゃなくて大久保一翁の方だよ

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 00:50:04 ID:LMspwTWj0
>>183
日本という国は今も存在しており潰れてませんが。なにか?

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 01:39:42 ID:DitIvukR0
勝海舟はただのほら吹きだから、実際すごくないよ

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 13:37:22 ID:h9HgGoMN0
確かにすごくないな。小心者で無能な小栗よりマシというレベルか

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 23:50:10 ID:t7HS6THa0
小栗も勝も無能なはずがなかろうが!!!

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/14(火) 00:08:03 ID:hWtqQRvV0
小栗も勝も凄いよ。
沈没する船で最後まで懸命な努力をした。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/14(火) 03:11:41 ID:oir0EOJ+0
小栗上野介:
 名門旗本の血筋。
 育ちがいいため人柄は無私で高潔。
 頭脳明晰で幕末期最高の知性のひとり。
 志の実現のためなら軋轢を恐れない。
 明治政府の開化政策のほとんどは小栗構想の二番煎じ。

勝海舟:
 高利貸しの祖父が御家人株を買って武士となった家系、
 武士とは言っても最下級の身分。
 卑しい出自のため強烈な成り上がり願望をもつ。
 知能は低いが持ち前の図々しさで詭弁を弄することが得意。
 幕府を売って新政府高官の地位をゲットしようと試みるが、
 恩を売った薩長に足蹴にされ、愚痴と法螺で余生を費やす。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/14(火) 22:27:07 ID:TPikFpVoO
勝は偉い人と話すときに自分の玉をニギニギしてたって聞いたんだが本当?

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/14(火) 22:30:36 ID:rvgJ/1jx0
>>192
人という字を書いて飲み込むのと一緒
落ち着くんだって

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/16(木) 15:57:40 ID:KpyMpuHe0
彰義隊
    伊庭八郎

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/16(木) 17:13:10 ID:vhrbqERC0
伊庭八郎って彰義隊?

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/16(木) 18:28:28 ID:2tPEAzIa0
勝の日記には「龍氏、来る。」の文字しかなく、竜馬が勝を斬りに来た
とゆうのはホラ話らしい。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/17(金) 00:18:33 ID:xdREAhfv0
竜馬が来たという部分は法螺じゃないな

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/17(金) 09:51:24 ID:PvKa4rkU0
案外、ずっと前から文通でもしてたりして。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 04:01:29 ID:EKEFQSoI0
竜馬が来た=会った=歴史を動くかしぃ〜の

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/21(火) 13:32:57 ID:w85wb4fy0
結論
タイムマシーン作れ
話はそれからだ

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/01(水) 11:13:25 ID:ZR0rfOtf0
なんにしろ勝海舟には最後まで胡散臭さがぬぐえない

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/05(日) 06:31:26 ID:BWNfuMl40
江戸城無血開城の真実をちゃんと理解しよう

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 12:10:38 ID:jf6WOatx0
この前カンボジアに行ってきたのよ。(旧仏植民地)
もし徳川慶喜が小栗案を採用して戦争したら、結果はどうなったかわからんが、
日本中にいくつかの軍閥が割拠して確実に何十年間は内戦だろ。
その結果産業の発展は大きく遅れて、国中に地雷はばら撒かれ、
まあ悲惨だろうな。カンボジアみたいにさ。
アンコールワットの上でそう思ったよ。
会津長岡には悪いけど、徳川慶喜は立派だったと思う。


204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/08(水) 01:00:24 ID:Ra3rqJ4iO
40万部のベストセラー『嫌韓流』の第2弾

『嫌韓流2』発売中

意外とおもしれーぞ

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/10(金) 19:26:23 ID:SZz/odSV0
>>203
それはないよ。当時の列強にはそこまで干渉する余力はない。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 08:48:11 ID:r8hZ1MUu0
龍馬が勝じゃなく小栗の弟子入りしてれば
そして小栗の右腕になっていたら凄かっただろうな

あと、三ツ矢サイダーが飲めるのは河井継之助様のおかげです。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 09:41:04 ID:/M3LyySU0
>>206
小栗だと勝より遥かに人脈の幅が小さいから、行動範囲も大分狭まるんじゃないかな。
むしろ活躍すら出来ないとも思える。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 21:50:32 ID:r8hZ1MUu0
小栗の人脈は意外と広いぞ!!
天下の三井がバックにいることを忘れるな!!

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 22:21:42 ID:Lzh1Cpg00
やっぱ小栗案採用してもだめだろ。
多分結果は同じだよ。
幕長戦争であれだけの大差でも一方的にやられて。
鳥羽伏見でも緒戦で絶対的有利に攻めていける状態でぼろ負け。
井伊、藤堂、稲葉に裏切られて。
徳川慶喜もだめだこりゃって思ったんじゃないの?
実際何万人っている幕臣の仲で彰義隊に参加したのはたったの2、3
千人程度だろ。
結局つぶれるしてつぶれたんだよ。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/16(木) 03:29:25 ID:QmyGGgfB0
鳥羽伏見の前に河井案を採用してればどうよ?

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/30(木) 12:37:23 ID:4of3kU0r0
維新直後のほうが面白い

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 03:05:02 ID:EqxCdOHJ0
慶喜が14代就任の頃に将軍になってりゃまだしもって感じだが
慶喜自身のモチベーションがその頃じゃどうだったかってのがある。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 20:54:29 ID:z3G4TdU90
モチベーションが高くとも将軍の命令を行政化実行する幕府閣僚が駄目駄目だからさ。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 22:51:30 ID:12zoCrP20
age

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 08:17:38 ID:ipkXWwkg0
昔、サイレントメビウスってアニメの幕末編に勝さんが起用されてたけど、
やっぱ小説で絡ませるのは勝とか竜馬がやりやすいんだよな。
福沢じゃどうも戦闘力の数値が低そうだし。組織運営できなさそうだし。
学者系の男の萌えキャラとかになっちゃうかな、ぎりぎり。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/20(木) 02:31:06 ID:+TKK8dpe0
>>1
現代人だからこそ言える台詞だな( ´ー`)
命がけで生きてきた人間に今更文句垂らすなよ。
もっとデカイ人間になろうぜ。漏れもな。

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/20(木) 04:24:33 ID:6twjVlhO0
強く同意

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/29(土) 23:57:06 ID:0eTzJV530
>>1
聞いたかみんなw
何を言ってんだか、そう思わねぇ?

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 04:09:16 ID:W2A0gaIjO
>>1
勝っても負けても、傷つくのは日本……

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 07:16:22 ID:mqb9uloA0
会津藩は無謀な会津戦争を起こして負けた愚か者だろ?

1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2006/01/07(土) 13:43:03 ID:/+QUa7G00
しかもなぜかそのことが「素晴らしい判断」であったかのようにされてるのがムカつくんですけど
薩長から見れば面倒くさくて面倒だろうが、無血開城した幕府側から見りゃただのヘタレの愚か者だよ
戦って負けるなら最初からするな!なんでこんなやつが持ち上げられてるんだワケワカラン
なにが幕府の為に戦って滅びただ、結果論だろそりゃ。実際知恵のあるやつはその後の明治時代でも活躍し続けたんだからな。
榎本とか大鳥とか。負けたくせに、斗南藩としてのうのうと生き続けて偉そうにしやがって

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 10:19:57 ID:fhe9N6K90
>>220
聞いたかみんなw
何を言ってんだか、そう思わねぇ?

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 10:42:25 ID:K0BqceUO0
勝は薩摩が無血開城承知しなかったら、やる気だったしょ?その為に
江戸市民の千葉までの脱出海上輸送船や航路の手配、そして博徒の
新門等に江戸放火、市民誘導とか・・用意万端だった。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 10:47:41 ID:K0BqceUO0
続き・・情けないと言うなら、慶喜公じゃねぇ?

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 11:06:07 ID:4TgKmuCj0
勝てると意気込んで始めた鳥羽伏見で負けた会津が悪いのさ。
勝っていたら慶喜も逃げ出さなかったろw。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 12:19:56 ID:/Uf4KPnQ0
>>224
聞いたかみんなw
何を言ってんだか、そう思わねぇ?


226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/03(水) 21:38:25 ID:jcxsLmXKO
だから副関白に慶喜を就かせればよかったんだよ。
坂本&中岡様の有難い案を蹴りやがって。

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 01:27:22 ID:wkBhJEKx0
勝は幕府を売った張本人じゃ。空になった城内の徳川の財産は勝が持ち出して
しまったし。晩年勝が慶喜公に何度か謁見しようとしたが慶喜公は勝を嫌って
会おうとしなかったのは有名な話じゃよ。

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 01:30:22 ID:wkBhJEKx0
>>220
下郎。

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 09:04:33 ID:lf0bRm6L0
>>227
大政奉還から勉強してこい。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 10:36:56 ID:w52EfxQz0
そもそも「勝」一族は正当な武士じゃないわけで・・・・・・・・
有能な商人出身なわけで・・・・・・・・・・・・・





231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 13:32:58 ID:0JvV3NLr0
2chネラってのはホントに面白いなw
勝よりも小栗ってw
反抗期の中学生みたいだな
良い大人が捻くれた意見言って悦に入ってんだもんな
坂本竜馬も嫌いなら長州藩も嫌い
そして新撰組も嫌いなんだろうな
お前らモテねーわw

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 13:37:33 ID:AN+oaQzbO


http://www.eva.hi-ho.ne.jp/iwaemon/


餅つけ、餅つけ

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 16:18:49 ID:TeAG2HYLO
会津・新撰組オタクにとって、
幕末の人物たちは単なる
脳内チャンバラ武士道ごっこの登場人物に過ぎないから、
>>1のような発想が出てくる。

戦は目的ではなく手段に過ぎないから、
当然それを回避するという選択肢もあるわけだが、
>>1のような会津・新撰組オタクにとっては
戦そのものが目的であって、
その先に何かビジョンがあるわけではない。

>>1のような奴が国の舵とりの主導権を握ったのが
大正デモクラシー後の日本であり、
そのために日本は暴走・崩壊の道を辿ることになる。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 18:16:54 ID:egEVsTcX0
>>227 どっからそんな話出て来るわけ??有名?アホか〜?

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/15(月) 12:39:14 ID:2rwexD3uO
>227機雷なら養子あげない罠

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/15(月) 23:00:28 ID:QTumZtE+0
多分、アンチ勝の正体はアンチの筆頭福沢諭吉の系列でしょう。
つまり、慶應関係者じゃまいか。
所詮私学のくせになww
日本じゃ東大・京大・東工大・一橋以外は、大学という名の保育所に過ぎませんよww

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/16(火) 17:33:52 ID:uyo9SlgJ0
>世間の評価をひっくり返したいナンバー1だぜコイツわ

福沢諭吉のことか?


238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/31(水) 16:10:55 ID:oqKmaeuo0
ま、でも、勝海舟が複雑な人間だったことは確かだよな。
「世界的視野をもった助言者」「歴史の曲がり角に必ず影を落とす妖精的存在」
「鵺か蝙蝠のような卑怯者」「ただのハッタリ野郎」
さて、はたしてどれが本当なのか。どれも本当なのか。

しかし勝海舟が何者であったにせよ、江戸無血開城については絶賛せざるをえないよ。
あそこで江戸が戦場になっていたら、明治の日本経済ははるかに立ち後れていたはずだし
明治政府の急速な立ち上げもユメに終わっていただろう。
内戦を回避したことで、悪いことなんてひとつもない。つまらん武士の意地をのぞいては。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/05(月) 15:45:20 ID:TfBfhrq10
勝海舟は、幕末以来、明治の「日清戦争」にいたるまで、一貫して日本・朝鮮・支那の三国同盟論を主張していた。東アジア3国の同盟により、欧米による侵略から守ろう、という立場を維持し続けたのだ。
日清戦争には「直接の開戦理由が、朝鮮の内政改革というきわめて説得力のうすいもの」であったため、勝海舟は大義名分がまったくないと反対した。
帝国主義にそそのかされて、アジアの兄弟である清国に勝ったとしても、イギリスやロシアに利用されるだけだと事前に忠告し、日清戦争が終わった後に、「それみろ、俺の言うとおりではないか」と繰り返し主張した。
まさに時代を先取りした発想に驚かせられる。
勝海舟は、もっと評価されて良い男ぞなもし。

反米嫌日戦線「狼」(美ハ乱調ニ在リ) 朝鮮は日本のお師匠様
http://anarchist.seesaa.net/article/14666063.html

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/05(月) 21:10:53 ID:zQ2lIFxkO
>>236
違います。
司馬遼太郎や武士道の本を自己啓発的に読み込んだ、
生まれがもう少し遅かったとしたら
細木和子にハマっていたであろう、そんなイタい方々です。

241 :無血開城:2006/06/07(水) 11:10:25 ID:OSOfyfEG0
>>238さんに同意。
当時は内戦中です。血走った連中・命知らず輩を議論で納得させたのです。
命懸けの仕事です。今の政治家にこれだけの仕事ができる人は
居ません。
頭脳だけではなく行動力と説得力がある、歴史上の逸材です。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 17:57:09 ID:/m/4p8tX0
歴史上非常にマイナーな小栗オタのプロファイリングしてくれ。
ちなみに自分は東海地方の維新とは縁もゆかりもない百姓の子孫の開業医だ。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 18:42:12 ID:t4Z7VoYq0
おこないは自分のもの、批評は他人のもの。
気にすることはない

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 03:38:12 ID:pgbb0Xmk0
★幕臣・小栗上野介(おぐりこうづけのすけ)


彼の先見性は驚くべきもので、
明治新政府の施策の多くは、彼の発案です。
郡県制などが有名です。

また、現在の技術立国日本の礎を築いた人でもあります。
横須賀造船所がそれです。

彼はポーハタン号での訪米の時(咸臨丸が同行)、一本のネジを持ち帰りました。当時日本にもネジはありましたが、一本一本手作りでした。
機械で作られたネジ、それに将来の日本の技術の目指すところを見つけたのでした。

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 03:39:40 ID:pgbb0Xmk0
858 :日本@名無史さん :2006/06/09(金) 23:01:36
明治維新で、東軍=徳川軍は、徳川慶喜公が江戸に引き返した後は、
内戦が万一、長引くと、欧米の介入を招き、日本は欧米の植民地になるという理由で、戦わずに明治新政府に恭順したが、
小栗上野介をはじめとする主戦派は、

幕府陸軍が静岡付近で敵を迎え撃ち、
フランス東洋艦隊に匹敵する戦力の、幕府海軍に背後をつかせ、
さらに、艦隊を二分し、一艦隊を大阪・京都に向かわせ、薩長軍の補給路を遮断する作戦を、徳川慶喜公に提案して却下されている。

西軍の参謀・大村益次郎は、「この作戦が実行されていたら、我々は負けていただろう」と後に語った。


西軍=薩長=薩摩藩77万石+長州藩36万石

徳川幕府800万石
だから当然だな。

よく、旧式装備の幕府軍が敗れたと語られるが、あれは薩長が後に流したウソで、
実際は、幕府側のほうが最新の装備を整えていた。

800万石の幕府が、薩長より装備が劣るなんて事はありえない。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 03:41:07 ID:pgbb0Xmk0
1868年正月 小栗作戦が実行された場合の近代日本史。

1858 井伊直弼が日本を開国。日本の近代化が始まる。
     近代化に反対する鎖国主義勢力を処罰する。
1860 新見使節団が米国を視察する。
     桜田テロ事件。反近代派のテロ。井伊氏が犠牲に。
1861 軍制改革が始まる。福沢諭吉ら知識人が活躍し文明開化が始まる。
1862 竹内使節団が欧米を視察する。留学生を送る。
     薩長の乱がおこる。(〜1868) 鎖国回帰を主張する
     復古勢力の反乱。一時京都を焼く。
1863 池田使節団が欧州を視察。
1864 反乱による政情不安続くも、小栗忠順らが政府の
     建て直しに活躍する。
1865 横須賀製鉄所をつくる。日本の工業化が始まる。
1866 薩摩藩・長州藩の起こした薩英戦争・馬関戦争により、関税率が下がる。
1867 兵庫商社をつくる。株式会社のはじめ。
     軍制改革がすすむ。
1868 徳川慶喜氏が大君(=大棟梁=大統領)に就任する。小栗らと連携し
     反乱鎮圧と近代化に尽力。
     政府が最終的に反乱を鎮圧し、首謀者および
     政府側内通者を斬首。6年にわたる政情不安が
     解消される。
     廃藩置県が実施される。
1869 鉄道が開通する。
1870 憲法が発布され、議会が開設される。
1871 日清 日朝間に平和友好条約が結ばれる。
1872 小栗らの主導により、富国強兵政策がすすむ。
1873 産業革命がすすむ。
1907 小栗氏が死去。日本近代化を指導した巨人。
1913 徳川慶喜前大統領が死去。

1945 すでに日本は世界屈指の平和国家・民主主義国家・経済大国に。
========

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 03:41:45 ID:pgbb0Xmk0
明治維新はテロ・暗殺・クーデターで成り立った。

薩長中心の明治新政府は、さまざまな醜い部分や真実を歴史から消し去り、謀略によって、おのれを正当化したのである。

その後、明治新政府は、冨国強兵という政策により軍国主義の道を歩み始めた。

こうして、明治維新後、百年間で幾多の戦争を引き起こし、多くの犠牲者を出し、
北方領土を全て、ロシアに、
一部の領土・大半の領空を在日アメリカ軍に、
むしり取られた。

日本の悲劇は、薩長を中心とする人らによって政府が作られた時からすでに始まったと言ってよい。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 06:04:13 ID:/S9S6Vvd0
>>245
無理だっちゅーにw
小栗案が採用された所で、官軍が江戸を攻略できないだけ。
南北朝争乱のように京都と江戸で長期戦になって、諸外国が各派を支援。
どっちが勝っても諸外国の傀儡政権ができるだけ。
武器に関してだが、薩長の捏造ではないよw。
幕臣が書いた記録「幕末小史(ソースね)」に書いてある事。
それを検証もせずに使っているのは会津や新撰組の研究家たち。
ちなみに、800万石と言われているが、実際にはそれほどない。
石高ではなく、貯金がどの程度あったかの方が問題。
薩長は貯金をしていたが、幕府は勘定奉行の小栗がいろんなものを
買ったり作ったりして借金だらけ。長州征伐の時には金が無く、
幕府歩兵を派遣できずに負けた。
この事も幕臣の残した記録にありますなw。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 06:36:01 ID:/S9S6Vvd0
よく考えたら、小栗案でも勝てないわw
>幕府陸軍が静岡付近で敵を迎え撃ち
違う。小栗案は箱根の天嶮で迎え撃つんだよ。
新政府東海道軍が箱根を越えられないだけ。

>一艦隊を大阪・京都に向かわせ、薩長軍の補給路を遮断する作戦
で、大阪京都を占領した幕府軍はどこから補給受けるのw
大阪京都で孤立するだけじゃんw。天皇は当然薩長が連れて逃げるよ。

やっぱ小栗案は欠点だらけだ。使わなかった慶喜は偉いよ。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 07:27:57 ID:pgbb0Xmk0
>で、大阪京都を占領した幕府軍はどこから補給受けるのw
>大阪京都で孤立するだけじゃんw。天皇は当然薩長が連れて逃げるよ。

現地調達か、軍艦に護衛させて輸送船で運ぶ。

薩摩・長州以外は、ほぼ全て日和見の大名だよ、
戦局が苦しくなれば、関が原の戦いのように西軍側は、裏切る大名が続出しただろう。

なにせ西国大名は、ヘタレばかりだからな。W


あと、天皇は、孝明天皇の弟で、上野寛永寺にいる、輪王寺宮を新しい天皇にすればいい。

新・南北朝時代だね。


>やっぱ小栗案は欠点だらけだ。使わなかった慶喜は偉いよ。

徳川家康の「関が原作戦」だって欠点は、あるだろ。

関が原の戦いで負けていたら、徳川家は滅亡していた。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 07:29:15 ID:pgbb0Xmk0
>幕府は百姓・町人から兵士を募り、洋式訓練を施して幕府軍の主力に据える事になった。
>皮肉な事に、旧時代の遺物である幕府の方が、尊王派諸藩よりも近代的な軍隊を持つ事になったのである。


幕府の軍事力
http://page.freett.com/sukechika/bakuhu/bakuhu03.html

幕末軍艦総覧
http://page.freett.com/sukechika/ship/index.html

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 07:29:54 ID:pgbb0Xmk0
小栗忠順

優秀な官僚で、不可能とすることがなかったといわれる。
当時日本に滞在して接したアメリカ人のほとんどが、「この時期に彼のような人材がこの国にいることが幸運であり奇跡」と評される程だった。

将軍徳川慶喜大政奉還後も徹底抗戦を主張し、戦略としては敵軍を小田原を通過させ箱根の山を越えさせたところで前方と後方の軍により挟撃。
また当時最強といわれた榎本武揚率いる海軍に艦砲射撃させるといったもの。しかし慶喜は、これ以上の戦の拡大をとめるために中止させた。

この策を聞いた大村益次郎が「その策が実行されていたら今頃我々の首はなかったであろう」と畏れるほど鬼策だった。

横須賀造船所の建設で相当な費用を幕府に負担させたという説もあるが、
後年日露戦争の英雄東郷平八郎は、「日本海海戦に勝利できたのは製鉄所、造船所を建設した小栗氏のお陰であることが大きい」とし、
地方の山村に隠棲していた遺族を捜し出し礼を述べた。その後、孫は内務省に勤務することにもなった。

1867年株式会社兵庫商社の設立案を提出。大阪の有力商人から100万両という資金出資をうけ設立したが倒幕につれ商社も解散。
しかし資金100万両というのは当時の設立していた株式会社の中でも、大きく抜き出ている巨大企業である。

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 07:33:59 ID:mBxOSmQi0
>>250
>現地調達か、軍艦に護衛させて輸送船で運ぶ。
だったら薩長だって同じ事をするだろw

>薩摩・長州以外は、ほぼ全て日和見の大名だよ、
>戦局が苦しくなれば、関が原の戦いのように西軍側は、
>裏切る大名が続出しただろう。

それも薩長を不利にする事にはならないよ。
東北は江戸に近いから幕府方だろうけど、西国諸藩は天皇を連れている薩長側につくだけ。

>新・南北朝時代だね。
だから、南北朝状態になったら。諸外国が幕府や薩長を軍事支援を条件に近づき、
その見返りとして、勝ったら領地割譲や利権譲渡を要求するだろ。それじゃダメじゃん。
そうならないよう、上手く負けて見せた慶喜は偉いね。徹底抗戦の会津や小栗は馬鹿って事じゃんw。

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 07:35:51 ID:mBxOSmQi0
>>252
んな事やってるから、幕府存亡の時に金がなくなるんだよ。
勘定奉行小栗が幕府を滅ぼした元凶

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 07:41:03 ID:mBxOSmQi0
>>251
幕府歩兵の内容は、薩長に引けを取らない内容なのは知っている。
大鳥の伝習歩兵の活躍を見ればわかることだが、問題は指揮系統だよ。
大鳥は身分が悪いので前線指揮官にしかならない。戊辰での活躍は、
彼が総司令官になったから出来た芸当。
長州征伐の時、幕府老中が指揮をとったがダメダメだった。
鳥羽伏見の時にも旗本が指揮をとったがダメダメだった。
優秀な人材に指揮をさせる事ができないんだよ幕府はね。

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 10:00:37 ID:rx5OFpZw0
>>255
ほぼ同意
特に慶喜恭順後の幕府各隊はバラバラに動いて確固撃破されていったな
彰義隊なんて良い例だ。
勝も一時的に総裁職になり、軍事・政治の最高職に任命されたが
影響力の強い筈の海軍の釜次郎達の暴走をとめることもできなかった。
言うことを聞かない百万の軍勢を与えられても戦にはかてねぇってことだ。
小栗案程度のことは幕府の人間ならだいたいが考えたこと、
別にたいした策ではなかったよ、どっかで下々の幕臣の日記をみたが
同じようなこと考えてる。




257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 11:16:22 ID:wMA9Owv40
っていうか、そもそも幕府創設以来、
江戸を守る防御壁として箱根(駿河)と甲州(甲府)は想定済み。
だからこの二国は天領なの。別に小栗でなくても徳川家臣ならみんな知っているよ。
問題なのは、この二国がなんの抵抗もせずに恭順しちゃった事だよ。
甲府城なんて空き家でしたよw。この事からも小栗作戦は机上の空論だよ。
実行した所で無理無理。

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 11:38:29 ID:aiUBOiPy0
朝日新聞は日本で最もまともな新聞であるということは
日本人ならほぼ誰も否定しないだろう。ごく一部の人間
は半ば狂信的に朝日新聞の評判を落とそうとしてるが、
自身の評判を落としているに過ぎないという事を、どうも
分かってないようだ。己の力もわきまえず、朝日に喧嘩
を売るなんてバカな事をしない様に、朝日を読んでその
正しさを確認しておこう。朝日新聞の記事の文章には正
義を実現しようとする情熱が溢れている。まさにマスコミ
の鑑である。朝刊の1面をかざるコラム天声人語も人情
味溢れる文体でみごとに社会の悪を斬っていく。社説の
方も明快な文章で政治などに潜む問題を暴き出す。か
といって堅苦しいだけでない。ユーモアを織り交ぜ肩の
力を適当に抜いてくれたりもする。さすが朝日新聞のイ
ンテリジェンスの集大成。朝日が最良の新聞なのは間
違いないことだ。少数の否定派が朝日新聞をどれぐら
い読んでいるのかは知らないが、彼らの文章にはけっ
して朝日新聞のような知性が感じられない。彼らは、え
てして貧弱な罵倒語しか使わず、建設的な批判をしな
い。それは彼らが朝日新聞のような正義の心を理解す
る事が出来るほどの知性を持っていないのが原因だ。
痛々しくおもうと同時に、なぜか哀れみの感情を彼らに
いだいてしまう。幼少から朝日新聞を読んでたら、朝日
新聞の高尚な文章に触れていたら、朝日新聞をまるで
聞くに耐えない悪口雑言で中傷したりしなかったろうに。



259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 13:58:05 ID:qx2ZWXTw0
会津人と朝日新聞をかけてみたのか?
朝日=右翼
会津=右翼
これでいいでつか?

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 17:37:55 ID:T6X30KGHO
腹黒スレか

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 22:33:04 ID:jbfXwk+q0
小栗の構想は現実に長州一藩相手に返り討ちにされた幕府軍の実情から浮いた空想に過ぎない。


262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 23:40:10 ID:DjZGR+wr0
楯読み

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 03:33:08 ID:gSMdSPyj0
>>253
薩長海軍のショボイ船じゃ、ほぼ100%に近い確率で制海権を取れないよ。

幕府が軍艦に投じた金は、333万ドル以上だよ。

幕府艦隊の戦力は、フランス東洋艦隊に匹敵する。


薩長は、幕府から没収艦は得られないし、
アメリカは、国際法により、内戦時の中立を守っていたから、甲鉄艦も得られない。


鳥羽伏見の戦いの時の阿波沖海戦でも、
薩摩海軍は、幕府海軍から逃げる事しかできず、
輸送船を1隻失って、逃亡し、
関西周辺の制海権は、幕府海軍が掌握している。

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 06:05:43 ID:TCiDMOGS0
相手が逃げれば良いが相手が逃げずに戦いを挑んできた
征長では圧倒的に有利なはずなのに幕府海軍は座礁事故などを引き起こして
艦船を失い敗退という現実。
征長以来負けっぱなしの幕府軍の現実の前には
小栗が江戸城中で兵や船の数が圧倒的に幕府が多いのだから勝つという
主張には説得力が無かった。


265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 13:36:29 ID:IOefdNgI0
>>263
幕府海軍かあ
確か幕長戦の偉大な活躍はすばらしいな、
大島では、長州の海軍に夜襲され、大被害をうけて、撤退して制海権を失い。
小倉では、長州海軍や陸軍の射程範囲に入らないように逃げまくり、
たまに近づいても、長州が砲撃してきたら、逃げ出していた(どうも射程が短かったようだ)
結果、制海権を長州に握られ、渡海してくる長州を防げなかった。

この無敵の幕府海軍には、誰も勝てまいw

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 13:58:58 ID:oo5QG9aN0
おーい!大切な事を忘れているぞ。
当時最強の海軍を持っていたのはイギリス。
薩長はそのイギリスに協力を頼める立場にある。
幕府海軍が日本の中では強いかもしれないが、イギリス海軍相手には勝てまい。
むろん、イギリスもただでは協力しない。薩長に相応の利権譲渡を要求する。
幕府もイギリス相手となれば、フランスを頼みにするほかなくなる。
フランスもまた横浜に軍事介入する為の兵力を上陸させ待機状態にあった。
コレが何を意味するかわかるかい。

もう一度同じ事を書いておこうか?
>新・南北朝時代だね。
だから、南北朝状態になったら。諸外国が幕府や薩長を軍事支援を条件に近づき、
その見返りとして、勝ったら領地割譲や利権譲渡を要求するだろ。それじゃダメじゃん。
そうならないよう、上手く負けて見せた慶喜は偉いね。徹底抗戦の会津や小栗は馬鹿って事じゃんw。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 14:48:22 ID:oYuVzZcy0
成算がないのはわかっていたが、戦う事自体に意味を見出していた可能性は?
武士の意地とかいう精神論を本気で叩き込まれてた時代でしょ

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 15:03:48 ID:oo5QG9aN0
武士の意地を貫き通すのはかまわないよ。
でもさ、その結果日本が植民地になっちゃー意味ねーだろ

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 15:04:27 ID:TCiDMOGS0
武士の意地を見せる気概が小栗にあったなら小栗自身が陣頭指揮を執ったはず。


270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 15:44:58 ID:aHNp6xhWO

小松帯刀 もわすれるな!

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 17:51:25 ID:wsILRqVc0
戦うとした目的はなんだったの?
戦争する以上は当然外交で得られるものより良い成果を狙わないと意味無いでしょ
単に戦う、だけならそれこそ主体的に戦争を終わらせる手段をもてないから、ズルズルいって日本植民地かとことんまで敗北するかしかない

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 18:32:33 ID:9gRwCXiM0
>戦う事自体に意味を見出していた可能性は?

そういう輩が一番やっかいだったと思うね、慶喜さんにしても勝さんにしても。
主君の意向に従えない家臣は切腹という道で訴えればいいのにね。


273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/12(月) 01:59:30 ID:vrITq+rK0
>>267
>成算がないのはわかっていたが、戦う事自体に意味を見出していた可能性は?

その考え方は二次大戦後、出てきたもんじゃねーの?

戊辰戦争時は、旧幕側も何だか意味不明な動きをしている小隊とかあるけど、
それなりにゲリラ戦法的なものを狙って動いていたフシがある。
ただし、大局的見地から計算して隊を動かしているわけではないので、
>>256が書いたような結果になった。
つまり、旧幕側は統制が取れていなかったということ。ただそれだけ。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/26(月) 15:06:46 ID:4kjHAeoP0
新潟港に来なかった幕府艦隊の謎

奥羽越列藩同盟の成立した慶応4年(1868)5月、新潟港は米沢、仙台、会津、庄内の4藩の協同管理下にあった。
無政府状態で開港を迎えた新潟で、各国は列藩同盟に大量の武器を引き渡し、蚕種を持ち帰った。江戸城無血開城が4月11日だから、
この時点で幕府艦隊は無傷のまま江戸湾に浮かんでいたことになる。

同盟軍は当時無敵の幕府艦隊に期待し、新潟港管理の中心だった米沢藩は榎本武揚に応援を要請し、
榎本も米沢藩の使者に「艦隊は佐渡に割拠し、越後の海路を遮り、越の応援を致し候」と答えた。
しかし、幕府艦隊は江戸湾から動かなかった。
米沢、会津の精鋭部隊が新潟港を死守したが、やがて新政府軍の握るところとなり、同盟軍の補給路は絶たれた。

タラレバであるが、幕府艦隊が新潟に来て制海権を確保するか、
あるいは艦隊が敵の薩摩、長州に向ったとしたら、ここでも別の維新が見られたかも知れない。

歴史の真実は、前将軍徳川慶喜が水戸から駿府に移り、
会津の劣勢がはっきりし、列藩同盟が崩壊するのを待つかのように、幕府艦隊は北に向うことになるのである。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~jigenji/kaigun.htm

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 05:41:24 ID:Zfd/FTvv0
百万の人間を戦いに巻き込んで、それに加えて首都機能麻痺なんてしたら
それこそ日本はもう駄目になってただろう。

それを意識した上でも、勝自身は会談で官軍側が少しでもひねくれたこと言ってきたら抗戦するつもりだったらしいが
まぁ相手は勝自身が一番評価する西郷隆盛というのもあって、全然不満はなかったみたいね。
西郷も後は勝にまかせるって感じで江戸ほっぽって行っちゃうしで

まぁ>>1よ、武士なら戦えとは言うが
切り捨て御免なんていうのは実際言葉だけで、人を斬ればそれなりの罰を与えられるから
武家でも自分が刀を抜くときは自分が死ぬときだと思えみたいに教育されてるし
当時の剣客にしたって「雨でもないのに雨具を着て歩くのはおかしいことだ」なんて言うように
やたら争いを好むような姿勢は批判してたりするのさ。

まぁ人を斬って世の中かき乱して威張ってるようなのは当時からろくなのはいないってことさ

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 22:43:59 ID:zu2eVpBQ0
今日の日本が在るのは勝さんの功績である。


277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 15:14:50 ID:NyEQ7e2l0
>>274
榎本艦隊が新潟港に行ったら、同じ時期に行われた徳川処分はもっと苛烈なものになっただろう。
徳川処分が、駿河70万石でお家存続が認められ、将軍慶喜以下徳川家の人間が死罪にならなかったのは、榎本艦隊の無言の威圧あったればこそだ。
徳川家家臣である榎本は、主君を守る為、最善を尽くしたといえる。
ちなみに、榎本は新潟港へ軍艦順動丸をちゃんと派遣していますが。なにか?

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 20:48:49 ID:QUGQN9fI0
>まぁ人を斬って世の中かき乱して威張ってるようなのは当時からろくなのはいないってことさ
幕府兵は禄に戦えもせず、数数の戦いで不様に負けて逃げ続け、とうとう幕府が倒壊してしまったというのが歴史の現実なわけだが。
確かに人を斬って威張っているのも禄でも無いが、それにも増して臆病な腰抜けの癖に幕府の権威は一丁前に振りかざしていた当時の幕府兵達も禄でもなかった。




279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/09(日) 15:07:57 ID:G/vHMKQ50
榎本の事は正直詳しくないのですが、慶喜の命あるいは江戸の街が無事であったのは
勝安房守が山岡鉄太郎と益満休之助に西郷への手紙ォ託し{この益満が効いている}
また英国公使パークスと談判し協力ォ得ている。尚、フランス公使ロセスとも談判しているが
フランス側は交戦ォ主張しかし幕府の方針は恭順に決まる旨ォ伝えフランス軍との雇いォ解約
したいと申し入れた。後にフランス軍は榎本武揚らの脱走兵について東北・函館に転戦している。
まだまだ勝の業績はあるのですが・・・
私は本当の功績は維新後にあると思うのです。

280 :妖怪・箱ティッシュ :2006/07/09(日) 15:16:26 ID:2dpx+qBM0
         _,,..i'"':,     妖怪 箱ティッシュ
         |\`、: i'、 
            \ \`_',..-i   オナニーして逝きそうになると
           \|_,. -┘    ティッシュが手元に無い。
  タタタッ    _ノ )  ノ    それは妖怪箱ティッシュの仕業です。
        ノ ///
       _//  | (_      弱点は水に濡れると死ぬ。
        .. レ´  ー`

奪ったティッシュは、このオイラのスレにあるのさ♪
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/jsdf/1150468063/

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/13(木) 22:02:01 ID:2IsgIWvH0
>>278
それが普通じゃない?
どこの兵隊だって不利なら逃げたがるやつはいるだろ
逆に伊庭みたいに遊撃隊で最後まで盾になって戦うような猛者達もいるし

むしろそれは幕府側の指揮系統がしっかりしてなかったという問題だろ
勝も氷川清話で、もうどうしようもないから俺の論説がわからん奴は勝手に逃げろ!って言って
脱走する奴らと、脱走兵を撃とうとする側に挟まれて死にかけたとか言ってるし
すべての幕府兵が腰抜けってわけじゃなかろうよ

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 19:26:44 ID:H2/U5dzg0
勝が住んでいた場所は、現在赤坂小学校

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 22:00:56 ID:gzMMXpwv0
氷川清話は全てを鵜呑みにしては駄〜目〜

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 22:41:37 ID:ypBKLYJU0
幕府兵は勇敢だよ。身分の低い幕府歩兵とか大鳥に率いられて最後まで戦ったもの。
で、直臣の旗本はどこへ逃げ散ったw

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 23:04:14 ID:jQKNW0TW0
実際に戦っていれば、ジリ貧は薩摩と長州のほうだった。
幕府軍は東北・越後など京都以東の直轄地や藩から兵糧は湯水のように沸いて出る
海軍を使ってまず土佐 次に長州も数日で落とせる
その後、足場を固めて肥後を攻めても数10日で落とせるし
ま、薩摩はおそらく難攻不落だったろうけど

薩長土肥連合が攻めてきたとき、上野介の案通り駿河で潰せていたのも戦略上明白となっている
ところが、薩長土肥を結びつけた男坂本竜馬、その師である勝は全く防戦も張らず
江戸を無条件降伏させてしまう

後世から見れば戦禍を防いだ、といえるだろうが
実際の戦力比較をしてみれば、旗本と軍艦を使えば薩長軍を一気に押し返すことは可能だった
獅子身中の虫が勝 上野介を追い落として船酔いにも耐えられないくせに海軍学校を開き
坂本一派の脱藩犯罪人をかくまい、テロリストを養成し続けた!
しかも、幕府の公金を使って!
明らかに勝のスタンスは卑劣としかいいようがない。

286 :285:2006/07/19(水) 23:05:18 ID:jQKNW0TW0
>>113
はげどう!
勝はテロリストとしかいいようがない!
あいつのやったことはクソ以下!

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/20(木) 00:42:23 ID:s9GrEREY0
戦力が上回っていても士気が落ちた上に統制が取れてない軍隊なんてまさに烏合の衆だろ
江戸まで進軍された時点で、相手の士気とこちら側の士気を考えれば勝の決断は当然だろ

例え押し返したとしても一番の拠点の江戸がめちゃくちゃになった後で、どうやってその後進軍するの?
ついでに言えばそこで外国に介入されたらもう日本も何もないだろうよ

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/20(木) 01:42:15 ID:ZAzNpFa40
勝てなきゃおかしい長州征伐負け、やはり絶対勝てるはずの鳥羽伏見でも負け。
どうしようもないだろw。幕府は一度も勝っていないんだから。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/20(木) 14:55:30 ID:Sg6Sq+Cp0
>>285
長州征伐では30倍の兵力をもってしても負け、鳥羽伏見では3倍の兵力をもってしても負け、
戊辰戦争でも幕府軍は東北で補給できずに苦労しまくり、結局北海道まで追い詰められたという歴史的事実があるのだが。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/20(木) 16:56:41 ID:/18E/Z+n0
数字上で兵力が新政府側を大きく上回っているというだけで実戦経験の無い小栗は幕府が有利だと錯覚していた。
現実に小栗が征長で幕府軍の陣頭指揮を執れば幕府軍がもはや駄目だと理解できたかもしれない。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/20(木) 22:41:42 ID:HzVPbzNY0
いや、そもそも幕府歩兵隊が長州征伐に全力出撃できなかったのは徳川家の軍資金不足だったからだが、
これを勘定奉行の小栗が知らぬはずはない。つか、いろんな面で幕府ダメダメじゃん。

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 03:00:08 ID:FlgPGsvz0
>>291
たぶん小栗は資金不足は知ってただろうけど
長州までは自力で制圧出来ると思ってたんじゃないかな?
だからその後にフランスから金と軍艦借りて進軍しようとしてたみたいだし。

だからよくあるような現実を甘く見過ぎたんだろうね小栗
いくら頭がキレるとか言われても代々世襲の幕臣らしい

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 08:41:56 ID:UvDDUYvD0
>>286
勝はテロリストとしかいいようがない!
あいつのやったことはクソ以下!

その根拠、教えて下さい。
幕末の薩摩藩はテロ藩だと思いますが・・


294 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/07/21(金) 12:46:21 ID:yYnfyxd70
>>293
テロとはマイナスにも思えんがな。一種の攻撃手段だろ?
昔を見たら、ワシントンも大英帝国にとってはテロリストさ。
フランスのド・ゴール将軍もナチスにとっては(間接的)テロリストだよ。

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 18:29:54 ID:LmZQp1v70
何よりも先に安政の大獄がテロル

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 19:03:28 ID:yQrs4BZAO
テロという単語でレッテル貼りして思考停止すんのはやめろ。

北朝鮮が日本人を拉致する行為はさすがにテロとは言わんだろと発言した政治家を
「テロとはそもそも恐れさすという意味であり…」と
屁理屈をこねてしたり顔でバッシングしていたマスコミと同じ不気味さを感じる。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 20:13:58 ID:LmZQp1v70
新撰組は幕府側のテロ集団

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 20:56:58 ID:zqcIvquxO
幕府にも見離された集団が

新撰組 (暴走族)

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 21:19:29 ID:qixu7ACk0
倒幕派のテロは悪行ねぇ。なるほどw
だが江戸幕府は260年の長きにわたり罪なきキリスト教信者を迫害弾圧し、
海外の良き知識を導入せんとした蘭学者を虐殺し続けた。
そして、幕末の頃に幕府の悪政を正さんとした人々を会津や新撰組を使って弾圧していた。
そもそも、徳川幕府は太閤豊臣政権から権力を力で簒奪した大義なき政権。倒されて当然。

なぁんて言ってみるw

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 01:29:36 ID:V1b989Vx0
勝てば官軍!世の常である。


301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 07:17:38 ID:HQIqO7es0
その言葉自体が負け犬の遠吠えだったりするw

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 12:17:38 ID:V1b989Vx0
薩摩&長州側からの言葉ですが・・

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 12:34:34 ID:HQIqO7es0
そもそも西南戦争や士族反乱の時に使われた言葉だな
会津戦争とは無関係

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 17:13:14 ID:V1b989Vx0
局地戦について言ってるのではないのです。
戦とは、そういうものだと・・・
薩長土肥が維新後要職に就いた事実。
まぁどうでもいいこなんだけどね。
それより、勝さんの功績があまりにも評価が低いので残念です。
今は教科書にも載ってないとか?
明治以降、勝さん&山岡さんがどれだけ旧幕臣の世話したのか
その活動が明治政府に如何に貢献したのかもっと知る必要が在ると思う。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 17:34:38 ID:Jq2l7YOOO
白州次郎 vs 勝 海舟

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 18:53:09 ID:IKYrQhMG0
勝の評価低いか?
これで良いと思うが

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 22:49:20 ID:zaZJtDTk0
坂本龍馬よりは評価高くて良いと思うけどな
薩長同盟でも、勝と西郷の親密さがあったのが前提だろうし
大政奉還についても坂本龍馬はあくまで勝の思想を継いだだけだろうし

坂本龍馬の行動力は評価出来るかもしれんが
昨今のドラマで思想を過大に評価して、ひどいのになるとアメリカに行ったことのある勝に向かって
「先生、これからは世界じゃー!」
とか言ってるのもあるくらいだからねw

実際は勝の方が見識は広いし、少なくとも龍馬よりは世界を見てる

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 05:35:46 ID:FslJhwBG0
>>307
周知のことを長々とレスされても・・・

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 12:25:27 ID:39tIjcyT0
歴オタは知ってても、一般人は坂本龍馬に比べると
勝海舟は名前は知ってても、何をしたか知らない人がほとんどだよ
山岡鉄舟になるともはや名前すら知らないんじゃないか?

310 :名無史さん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 15:46:15 ID:GEUD8Rhu0
勝はもともと西郷らとつながりがあっただろ。
有力諸藩で幕府に対抗しようという考えは明かしている。
薩長同盟も無血開城も頭にはあっただろ。
状況を見て判断したわけじゃなく、そういう状況に仕向けたと言った方が。

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 18:53:02 ID:Kh77RHAH0
官軍はあくまで戦おうとしていた。
西郷さんもである。

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 19:31:11 ID:eWxMYeYh0
>>310
それこそ勝の能力を高くし過ぎ。
勝は慶応元年の長州征伐の頃に、大名議会制を言い出しているが、
勝が考えた事ではなくて福井藩主松平春嶽が幕府内部で言っていた事。
勝と春嶽の仲の良さはご存じの通り。だから春嶽も勝も幕政の中心から外されてた。
その後、西郷と初対面し愚痴を西郷に言っているが、その愚痴の中に前述の構想が語られただけ。
薩長同盟や江戸城無血開城が長州征伐の頃にすでに勝の構想にあり、勝の思い通りに明治維新が行われた
というのは考えすぎ。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 19:33:26 ID:MI4CBxsdO



http://www.eva.hi-ho.ne.jp/iwaemon/

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/24(月) 05:16:16 ID:iRaxmyFo0
>>309
ここは歴オタが集う板だと思っていたが

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/24(月) 07:23:46 ID:GE9OuExI0
>>314
歴オタの話が一般で通じると混同するほど常識がない奴が集う板でもないだろうよ
それに歴オタでも戦国が得意な奴もいれば幕末が得意な奴もいるし
みんなが知ってるとは限らない

というかだから>>1みたいな奴がいてこんなスレがあんだろ

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 13:47:19 ID:VwK23sWUO
よく勝の対抗馬に小栗が出されるけど、実際はそんな仲悪くはなかったんだよね。
同じ直心影流門下だし

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 04:58:15 ID:y9IYncKc0
>>297-299
どう時代が揺れ動こうと、
我々の正義は、何一つ変わる事はない。


悪は即ちに斬つ、

すなわち、
「悪・即・斬」、

それが俺たち新選組だ。

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 11:00:57 ID:DyJXpsj2O
〜勝てば官軍
〜負ければ賊軍
クーデターの掟〜
簡単に言えない事だけど

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 12:57:37 ID:lAxCi6Eb0
>>318
負け犬の遠吠え定番セリフでもあるよねw

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 08:03:50 ID:yT+6rvlr0
山岡鉄舟のスレがないんでここで聞くけど
山岡は元は清河の思想に共感する尊皇攘夷派だったのに
無血開城のときには慶喜家臣とか叫んで西郷のとこに乗り込んでたりしてるが
途中、どういう考えの変わる経緯があったのか誰か教えて

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 00:07:33 ID:7y2g+s0m0
>>320
別に心境の変化があった訳じゃないよ
尊皇攘夷思想を持ちつつも山岡は幕臣だから主君も大事。
それが忠義ってぇもんだ。

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 00:52:31 ID:J1t9hAeQ0
>>321
そうなのかサンクス

いろいろ複雑な人なんだね。
無血開城のときには「朝敵、徳川慶喜家臣」とか叫んで乗り込んで
慶喜の身柄を確保して、明治になってからは天皇の側近したり

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 04:05:28 ID:6LhUP/+4O
勝 海舟 龍馬手なずけた賢人

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 04:08:53 ID:6LhUP/+4O
幕巨 勝 海舟 写真






http://www.eva.hi-ho.ne.jp/iwaemon/

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 05:29:05 ID:AuIdXgwO0
>>322
勝も似たようなところがあるね
明治政府に出仕しても主君慶喜の事を忘れず
ちゃんと徳川慶喜と明治天皇の会見を実現させて
朝敵の汚名を返上しているし

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 18:29:48 ID:E9iQxbG6O
>>318
近世以前に庶民がそんなことほざいてたらぶっ殺されてた。

明治には既に明治政府や長州を非難する劇作が堂々と上演されてたし、
つくづくいい時代になったものだよ。

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 23:12:35 ID:3EnQYSgR0
>>318
クーデターの何が悪いのでしょうか?
大化の改新や平家打倒や鎌倉幕府打倒にしろクーデターで成っているのですが?

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 10:12:26 ID:ThQehUPv0
>>327
別に>>318は「クーデターが悪い」とは言ってないのでは?
単にクーデターが起こったことによって状況が一変するのを
おちゃらけて表現してるだけだろ。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 08:10:42 ID:PtiSpU5w0
よく考えたら山岡は清河といっしょに横浜外国人居留地を焼き討ちして
結構過激な尊皇攘夷活動してたみたいだし倒幕の意志固めたりしてるんじゃ・・・?

やはり無血開城までには何らかの心変わりがあったと見ていいと思う
勝も山岡は元は俺を刺そうとしてたとか言ってるから(これは坂本龍馬と同じでジョークかもしれないけど)
元は強い尊皇攘夷思想で勝とは相容れない存在だったと思う

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 15:21:45 ID:xK+iwtJs0
龍馬も山岡さんもジョークではなかった筈です。

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 17:53:53 ID:DsB1HGc70
>>329
心変わりなんてしてないってば
尊皇だから倒幕派って考え方が短絡思考なの
当時の常識として、頂点に天皇が存在し、
その第一の部下として徳川将軍家があり、
諸藩を統括しているでしょ
だから、幕臣は将軍家の為に働く事が、ひいては天皇の為になるので立派に尊皇なの。
ただ幕末は天皇の攘夷命令に対し、幕府が攘夷不可能な事から混乱しているだけ
最初の頃の攘夷派とよばれる人々は、この状況を打開しようと幕府に攘夷を働きかける人で倒幕派じゃない
山岡の場合、尊皇思想だが倒幕思想は持たなかった人
勝も同じ。ただし松平春嶽同様議会制への移行を考えていた人。
井伊直弼だって尊皇攘夷派だったし、15代将軍徳川慶喜だって尊皇思想の人だよ。


332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 00:33:58 ID:4mtFN7FvO
一番気掛かりなのが、山岡は過激な倒幕思想を掲げた清河八郎の同志だということ
清河の計画は当然知ってただろうし、浪士組で一緒に上洛してたりするあたりがわからない。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 06:42:19 ID:O1gQqzhC0
>>332
清河は倒幕思想を持ってないよw
尊皇攘夷思想家で、攘夷を行わない幕府に苛立ち、
自分たちが先に攘夷をやって戦争を引き起こせば幕府も立ち上がらざるを得ないだろうと思ってたけど。
それに浪士隊と共に上洛し、程なく幕府が横浜で攘夷やるから江戸に帰ってこいと言ったら
浪士隊と共に江戸に帰った。全部幕府からの指示。
清河は幕府に従っていたりする。
どっちかというと浪士隊から分離して京都守護職配下に鞍替えした近藤勇の方が…w

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 12:40:40 ID:NRwU6dzl0
>>333
いやそれはさすがにちょっとどうかと
正確には倒幕ではないにしても、薩摩と通じて幕府をどうこうしようと計画しようとした時点で
これは幕府への反逆にはなる。

あと幕府が江戸に呼び戻したのは、まさに清河らを殺すための嘘でしょ
事実、石坂周造(山岡に大借金させた奴)も談話で暗殺されたときのことを話しているが
向こう(佐々木只三郎達)が親しい感じで挨拶をしてきて返そうとしたら斬りつけてきたとか言っている事から考えても

少なくとも清河は幕府に従っていた人間ではない。

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 13:33:41 ID:quHgergQ0
>>334
 そうか?薩摩だって公武合体派で倒幕派じゃなかったじゃん。
会津と組んで8.18政変起こし尊攘過激派の長州を京都から追い払っているし。
文久八年の段階では佐幕じゃないけど倒幕派じゃなかったよ。最終的に倒幕派になったけど。

>幕府への反逆
 幕府の方針「開国」に同意しなかった者がすべて幕府への反逆になるというのは変だよ。
 それじゃ会津藩だって幕府に反逆した藩になる。会津も孝明天皇の意志を幕府に知らせ、
 攘夷実行を幕府に進めてたんだよ。おかげで会津は江戸の幕閣から嫌われて守護職への手当停止までされている。

>幕府が江戸に呼び戻したのは、まさに清河らを殺すための嘘でしょ
 嘘だったにしても清河が幕府の命令に従って江戸に帰ったのはホントでしょ
 あの時点で反幕思想の倒幕派なら幕府の命令を無視していると思うけど?。

>清河は幕府に従っていた人間ではない。
 幕府に従ってはいないよ。
 幕府の開国方針をなんとか攘夷に向かわせようとしてたんだから。
 従ってたら攘夷できないもん。でも倒幕派でもないよ。
 同じ時期に決起した天誅組のように公然と幕府に反旗を翻したわけじゃないし。
 
 

336 :335:2006/08/14(月) 13:36:15 ID:quHgergQ0
失礼間違えた
文久八年→×
文久三年→○

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 14:25:26 ID:NRwU6dzl0
>>335
> 幕府の方針「開国」に同意しなかった者がすべて幕府への反逆になるというのは変だよ。
直訴でなく、薩摩から勅命をとりつけて挙兵まであげて「実力行使」のような方法をとろうとしたこと
これはさすがに意見に同意しなかったとかいうレベルではない、明かな反逆

>嘘だったにしても清河が幕府の命令に従って江戸に帰ったのはホントでしょ
>あの時点で反幕思想の倒幕派なら幕府の命令を無視していると思うけど?。
元は井伊直弼の桜田門外の変に影響を受けていて
攘夷のために幕府の転覆を狙ってたわけで、攘夷という自分の意見が一部受け入れられたんだからそら喜んで帰るでしょ。

>従ってたら攘夷できないもん。でも倒幕派でもないよ。
>同じ時期に決起した天誅組のように公然と幕府に反旗を翻したわけじゃないし。
これは一部同意はするけど 
横浜焼き討ちしようとか完全にテロ行為だし
確かに明確に反旗を翻したわけではないかもしれないが
無断でテロ行為をやる人間は明かな反逆の徒

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 15:41:17 ID:O+CmFDR40
>>337
あのなぁw
>薩摩から勅命をとりつけて挙兵まであげて「実力行使」のような方法をとろうとしたこと
薩摩の率兵上京のことを言っているのだと思うけど、あれが倒幕運動だと断言しているならオカド違い
倒幕思想をもう一度勉強しなおしたほうがいいね。
倒幕運動とは「幕府を倒そうとする思想」であって、幕政に介入することは幕政改革思想の範疇。
あの程度が反逆なら会津藩も反逆者ですが、その件に言及しないところを見ると、君は電波なのかなw

>攘夷のために幕府の転覆を狙ってたわけで、
 幕府転覆だってw。清河は幕府転覆なんて考えてませんが、そのソースはどこから出てきたのかな?w
 まず、根拠になる史料を出してみなw

>横浜焼き討ちしようとか完全にテロ行為だし
>無断でテロ行為をやる人間は明かな反逆の徒

 だめだこりゃw。こいつ何にも解ってないw。
 じゃあいいやw。お前は清河は文久三年の時点で倒幕を目論んだ反逆者だと思っててくれw。
 別に誰も困んないし。馬鹿には何を言っても無駄だろうしな。


339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 15:43:33 ID:O+CmFDR40
まぁ、あれだ清河のことを理解できずテロリスト呼ばわりしているうちは、
山岡のことなど理解できないよ。永遠にねw。

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 21:09:07 ID:Ph5vOI1H0
確かにNRwU6dzl0のような
「幕府に異論を持つ奴は皆倒幕を目論む謀反人だ」という認識を井伊直弼も持っていたし、
そういった認識が無分別な安政の大獄を引き起こし自らの墓穴を掘った。


341 :承狂:2006/08/23(水) 10:44:19 ID:jyKGXW+aO
マァ、アレだ。
兎も角、子母澤寛『勝海舟』と『逃げ水』を読め。
話はそれからにしろ。

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 19:01:30 ID:i54UVNZK0
>>341
読んだ事あるけど、小説は所詮小説。

343 :名無し名人:2006/08/23(水) 22:40:31 ID:tlXkRDjj0
>>341
「勝海舟」はおやじさんのことが多く書かれてて
あたし的には途中で飽きて面白くなかった

344 :承狂:2006/08/24(木) 10:41:08 ID:C1ksWXN1O
著者の子母澤氏の祖父は御家人で彰義隊に加わった人らしい。
勝氏がアノ小説の通りだとは誰も思わないだろうが、当時の人の考え方の一端だとは言えると思う。
社会がパラダイムシフトする時、一分を通そうとした方々の生き様が僕は好きだな。
親父さんの話とかも。
海舟語録には、小栗達がフランスから金を借りられなかった話とか、『国は、人が取るモノではない。内から潰して、西洋人にやるのだ。』ナンテ話があるよ。
南州と小楠と海舟が、当時の日本が植民地化されるのを防いだと、思う。

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 19:35:41 ID:OTZg038E0
>>343
勝の親父本人が書いた自伝は面白いよ。
子母澤の小説がいかに美化されているか判るぞ。

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 02:04:19 ID:CmVhNCXJ0
勝海舟がホントのところ、どれだけ仕事したか知らないけど、
こないだの戦争の時に、日本が負けないように立ち回って
くれる人がいたらどれだけかよかったろうに。

負けないってのは、結果としてってことね


347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 07:12:41 ID:PDH7BrX30
いいからお前しね!!!!

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 07:24:11 ID:PDH7BrX30
ふぁびょびょびょびょ〜〜〜〜〜ん!!!びょっびょっんびょっんんびょびょっきもけうまきにのもうむふろ

349 :名無し募集中。。。:2006/09/28(木) 21:47:53 ID:yvnXiowvO
氷川清話ちょっと見たけど勝海舟ってどんな偉い人の事も自分の同輩や後輩の事のように話すね
物怖じしないというか

350 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 13:09:07 ID:ihEEwvHH0
勝海舟は福沢諭吉にけなされても、鼻で笑った人だからな
実際、後世に>>1みたいな発言をする奴が出てくるであろうことも
予想はしていたんじゃねえの?
それでも敢行したわけだから、俺は凄いと思うぞ

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 12:00:40 ID:kXc9aIsX0
ttp://youtube.com/watch?v=T7MQN8QRX4M

セイセイセイセイ!
とりあえず見よう

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 01:17:01 ID:mA/hnIvc0
ひょうひょうしたイメージ。本当の意味での賢さを持っている点から
勝海舟は、中日の落合監督とイメージが被る。
俺の中では生まれ変わり確定なんだが、どう思うよ?

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 13:14:06 ID:F4KmkraX0
レベルが違う。
問題外!

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 05:36:20 ID:3vPmF7su0
シナ人を支配下におったって、どうせ奴らは面の皮が厚いから
支配させておいて後でたんまり賠償金を要求してくるから日清戦争なんて無駄

なんて言ってたりして見事にそこは的中してるんだよな
正直その先見性は当時の人間にはわからないだろうな
ほら吹きなんて言われてるのも福沢諭吉みたいなアホとかそこらへんの影響だろうか

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 06:56:00 ID:jGs0+g8F0
こないだ人気のない電車で隣に座ったおしゃれっぽい女子高生が
鞄からおもむろにスゲー古いカバーもしてない小説を取り出して読み始めた
何読んでんのかと思ってチラ見したら『氷川清話』だった

ちょっと萌えた

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 17:21:37 ID:pj4qyJwWO
勝ってよく暗殺されなかったよね。
幕末にしろ維新後は特に一番に暗殺されてもおかしくないのに。

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 05:04:23 ID:i6QmmMKcO
暗殺は何回もあっただろ。

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 01:07:35 ID:mCi8G4+s0
江戸=東京は基本的に治安が保たれていて、要人暗殺は例外的ケース。
京は危険だけど、勝クラスの高級幕臣なら見廻組・新撰組が命がけで守ったろうし、
岡田以蔵まで付いていたのでは手のくだしようがない。

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 08:35:03 ID:AJiSLC3s0
川島「舟」について
「神舟」は、「神州 shenzh?u」(中国の美称の1つで「神の国である麗しの中華」のような意味)と同じ音である。
朝鮮の申叔舟が日本・琉球との外交に必要な知識をまとめた書物
http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/eastasia/
王逸舟教授の中国新外交論
中国国際放送局に入局した記者・汪作舟。
中国美術界の重鎮、楊力舟・王迎春夫妻
ミュージシャン・豊江舟:狂気を放つ「ハエ」

幕臣勝海舟は近江の物部氏。■■☆★
第二章 日本の酒の歴史−黎明編
http://www.rakuten.ne.jp/gold/sakezo/bunka/bun5.html
ここに中国渡来人であった物部氏が作った日本(ヒノモト)という国家は、当町の全国でもまれな
粉々に砕かれた銅鐸発見など、抵抗する物部氏一族を徹底して葬り去ることで、新しい国家を築いたのです。



360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 09:22:13 ID:q1nNx5500
>>358
そうか?勝の弟子であった望月を池田屋で殺した新撰組を勝がアテにするとも思えんが?

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 18:11:15 ID:/EkxluRi0
見廻組も新撰組も浪人や郷士には容赦なかったから仕方がない。
今の会社でいうと、警備員のおっちゃんが正社員には何もいえない分
期間工や派遣労働者に威張り散らすのと一緒。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 01:26:26 ID:jsMOZlFt0
>>360
勝は身内を新撰組に入れてるがな

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 12:48:22 ID:WcX40eU80
>>360
新選組が攘夷浪士を叩き切る時に
勝の弟子かどうか確かめる余裕があるわけないだろwww
勝の弟子なんて山ほどいる訳だし。

まあ、勝は慶喜に嫌われて冷や飯を食っていたが、
敗戦処理を慶喜から無理矢理に任され、そつなくこなして
江戸を焼かなかったから、よくやったんじゃないか。

80年後の日本には勝のように肝の座った男は居なくて
日本中が丸焼けになって原爆まで落とされてしまったよ

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 23:33:51 ID:mz/PtQza0
>>363
リットン調査団報告書なんて、今にして思えば大政奉還策ぐらいのアマアマな内容だもんなあ。
何であれを落としどころにできなかったのか・・・

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 00:04:04 ID:gxaf6j9SO
生きて居るのは面倒臭いって言うのがいいよな

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 16:56:19 ID:xlYK3XMN0
>>352
落合は粋じゃないなあ・・・嫁とか息子とか。

でもまあ、自分に絶対の自信があるから、
名誉や欲にとらわれない、ブレ無い判断ができるってのは、
共通かもしれないね。

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 21:46:38 ID:ZFBBeW4D0
俺は勝海舟は好きとういうか心の支えの言葉を残してくれた人だ。
人に色々言われてその重圧に耐えられなくて本当に壊れそうなとき
自分が間違ったことをしたかどうか考えてみて、
間違ったことしてなきゃ
勝の「行蔵は我に存す・・・」という言葉を思い出す。
自分が間違っていれば反省しろ。自分が間違ってなければ
堂々としていればいい。


368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 22:40:10 ID:adeNeqsUO
勝海舟の話しほど明確で面白いものはないな
やはり実から出た論だからだろうね
会ってみたかった

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/17(水) 13:44:57 ID:+joNnxDL0
>173
戦国のひよこと幕末の漢を同じにするのがそもそも間違い。
何百年も昔の人に誉めるのは結構。だがこいつはおかしいだの間違ってるだのと評価する人の人格がおかしい。
まずお前が歴史を動かしてから物申せ。

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/17(水) 13:48:21 ID:+joNnxDL0
>173および批判めいた断言口調の輩
戦国のひよこと幕末の漢を同じにするのがそもそも間違い。
何百年も昔の人に誉めるのは結構。だがこいつはおかしいだの間違ってるだのと評価する人の人格がおかしい。
まずお前が歴史を動かしてから物申せ。

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 15:10:40 ID:po2brs0YO
まぁ何はともあれケイキが大坂城に家臣置き去りで逃げたのがいかんだろう!!
ヴァカトノだよマジで
戦国時代に同じ事した殿様いるの?多くの家臣を城に残して夜逃げって!頑張っていれば紀州や関東から増援きただろうに

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 16:23:10 ID:l88fDEHY0
>>371
ケイキって誰だ?

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 17:09:19 ID:po2brs0YO
慶喜(よしのぶ)
母は有栖川宮 半分公家の血が入ってる!戦国時代何もできなかった貴族の血が

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 17:23:03 ID:po2brs0YO
勝のスレッドだったねm(_ _)mごめん
勝は目立ち過ぎだとは思う!江戸城無血開城は慶喜が戦う気なかったからだろ
勝は後年言い訳言い過ぎ! 何も語らなければいいんだよ!!静岡移住組はベラベラ話して無いじゃん
内心みんな悔しいと思うよ まぁ朝敵がケイキで良かったよ!家茂だったら俺歴史ならう時悲しいもん

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 17:40:48 ID:OD2ResMt0
>>371
戦国とは少しずれるが荒木村重。

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 18:06:08 ID:l88fDEHY0
>>374
喋られなかったら喋らなかったで、色々と憶測と妄想が立ち、余計混乱していたかもしれないしなー。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/20(火) 15:46:08 ID:7TYk4P1x0
チョン=マゲはほりのぶゆきを時代劇的に
理解する髪型である
       ゝ,
     (゚д゚ ム
     (| y |)

この髪型を極めることにより…
      ,メ
     マ ゚д゚) ヨヨヨイヨヨヨイ
     (\/\/ヨヨヨイヨイ

娯楽効果は120%上昇
      ,メ
     マ ゚д゚)
     (\/\オトコノイカーリカ
          \オトコノイカーリカ


ネタ理解面では63%上昇
     ー=y;―
        ゝ,|
      (゚д゚ ム ヘイハチホウ ハッシャ!
 ー=y;_/| y |


チョン=マゲを結ったものは殿様と呼ばれる!
        ,メ
 ヒカエオロウ  マ ゚д゚) コノモンドコロガ
     \/| y |\/固

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