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天皇家と将軍家はどちらが格上だった?

1 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 16:31:12
よく分からないのだが・・・
http://ime.nu/www.youtube.com/watch?v=FsjYM3-B24o


2 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 16:32:43
天皇家に決まってるだろ

3 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 16:36:00
徳川家は腕っ節で天下を取ったのかそれとも天皇家から任されてたのか

4 :日本@名無史さん :2006/12/10(日) 19:50:03
天皇の喪、将軍の喪
では、圧倒的に将軍のほうが長いのよん。

将軍の方が日本では重要であるということを
天下に知らしめる目的。



5 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 20:21:09
徳川歴代将軍の官位は従一位〜正二位で、官職は太政大臣・左大臣・右大臣・内大臣。
征夷大将軍として大政を委任されていた。大政を委任されていたから
慶喜は大政奉還を行った。天皇の政(まつりごと)であるから「大政」といい、
それを委任されていた将軍が天皇に還し奉るから「奉還」という。
大政奉還は大政委任なくしてはありようがない。大政奉還はあった。
ゆえに、大政委任があった。

6 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 20:36:12
「江戸幕府初代将軍である徳川家康が、東照大権現という神号をもち日光東照宮にまつられていることは、
日本人の常識である。『権現様』『神君』『東照宮』と称されて、徳川将軍家、旗本、譜代大名、さらには
外様大名まで、カリスマとしてその精神的な拠り所、精神的支柱として重要なイデオロギー面での役割を
果たし続けた。だが、東照大権現の神号をおくり、神としてまつったのは、将軍ではなく天皇であった。
将軍には絶対まねのできない機能なのである。

 そして、神格を与えられた家康をまつる神社は、当初は日光東照社であったが、それに一段高い格を
与えて日光東照宮としたのも、幕府が勝手にやったのではなく、天皇であった。徳川家康を神にまつり、
その社に宮号をおくったのは天皇なのである。天皇なしに日光東照宮も東照大権現もこの世になかった。」

藤田覚(東京大学文学部教授)「幕末の天皇」(講談社選書メチエ)

因みに藤田は東大でも有名なマルキスト教授の左派でもある。


7 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 20:38:34
>>1
その「水戸黄門」の場面について。

徳川光圀(1628〜1700)は、1690年に従三位権中納言に叙せられている。
「黄門」とは権中納言の中国名「黄門侍郎」の略称で、ドラマで光圀を
中納言としているのは誤り。権中納言が正しい。
光圀が頭を下げている菊亭左大臣は、今出川公規(1638〜97)だろう。
ただ、公規は左大臣ではなく従一位右大臣。また、菊亭というのは
今出川家の通称で、今出川家では大納言までは菊亭を名乗り、大臣
になれば今出川家を名乗るので、その場面で菊亭と名乗っているのは
誤りである。
だが、いずれにせよ従三位権中納言たる徳川光圀が、従一位右大臣である
今出川公規に頭を下げるのは当然のことだ。

8 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 20:42:36
天皇

9 :日本@名無史さん :2006/12/10(日) 21:01:59
おい権中納言光圀!

左大臣閣下に土下座せんかい!
ちょっと無礼すぎるぞ!

10 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 21:32:17
権中納言はまだともかく、その臣下の者が土下座しないのはいかにもひどい(w


11 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 23:17:38
鎌倉や室町の場合はどうなんだろ?

12 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 23:30:42
>>1

なんかこれ見てドラマとは言えちとショック・・・
子供の頃からこの世で黄門様は将軍の次にもしくは年を取ってる分とてつもなく
偉い人間なのだと思ってたがこのスレ見てると上には上がたくさんいるのね・・・

13 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:00:38
ちょうど村上元三の水戸黄門第8巻を読んでいるところだよ。
あと少しで藤井紋太夫が手打ちになるところ。
タイムリーな話題でうれしいよw

14 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:05:41
馬鹿が洗脳される皇国史観でなら天皇

事実の歴史では将軍のほうが上

天皇が攘夷を泣いて幕府に頼んだが幕府は日本を守るために開国した
外国も幕府を相手にしており天皇は無視

15 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:19:52
皇国史観に批判的な俺が>14にはため息しか出ないのは何故だ
歴史をもうちょっと勉強しなさい
としか言えない。

16 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:32:01
幕府は天皇に攘夷を約束しておきながら何もしないので、天皇から
征夷大将軍を解職すると脅されて慌てた。

諸外国が条約締結のために来日した時、条約締結は天皇の大権なので
勅許を得るまで使節を待たせた。井伊直弼は天皇の勅許を得ずに条約を
締結したとされるが、実際は勅許を得るために最後まで努力した。


17 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:40:14
将軍補佐役であった松平定信は、15ヶ条からなる「御心得箇条」を将軍に
提出した。その中にこうある。

古人も天下は天下の天下、1人の天下にあらずと申候、まして60余州は、
禁廷より御預り遊ばされ候御事に候へば、仮初にも御自身のものと
思召すまじき御事に御座候。

征夷大将軍は天皇の統治権(大政)を委任されているだけであることを、
幕閣の重職にあった松平定信自身が将軍への諭しとしている。


18 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 02:02:57
>1
格は天皇が上。そんなの当たり前。我が国で天皇より上などない。
天皇の父が上皇で院であっても、格は子供の現天皇のほうが上。
問題は実質。院は誰を天皇にするかに容喙したが、その逆はない。
幕府は誰を天皇にするか容喙するが、朝廷が誰を将軍にするかに容喙はしない。

19 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 16:08:50
個人崇拝者は天皇や毛沢東やスターリンや金正日を絶対視するから常識が通じない。
崇拝者同士で教祖様万歳の世界しか知らないから。

20 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 16:29:59
>>1>>7

その悪公家の家名の設定が、「一条」は拙かったな 。
摂家になっちゃうじゃんw

>中納言としているのは誤り。権中納言が正しい。

それはそのとおりだけど、この時代の大納言・中納言・中将・少将は権官ばかりだから、
公式の場以外、一々「権」を付けて読んではいなかっただろ。

21 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 16:31:01
どっちも漏れより格下

22 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 17:10:35
大政委任論は幕府の政策
定信の政治施策

綱吉くらいから出てきた文治政策の一環
そこを読み違えると歴史観は誤る
藤田もそこは押さえている。
幕末にこれを利用したのが薩長

23 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 17:29:57
ヘタレの徳川慶喜が鳥羽伏見で逃げなければ、
または小栗上野介の主張をいれて箱根で海陸軍共同作戦で薩長を殲滅していれば
今頃>>1みたいなことを言う奴はいなかった筈。

大事な局面で本当に尊王かぶれのとんでもない奴が将軍になったもんだ。


24 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 17:40:27
>>3
家康に限らず、尊氏や頼朝も腕っ節で天下を取り、天皇から「任される」というカッコウを採ってきた。
あ、秀吉や清盛も文官系だけど同じ事だな。
当然「任す」方が格上。

25 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:03:59
_________征夷大将軍__________
:順番
(幕府内) 人名 在職年 備考(官位は、将軍就任時と退任時。そして没後の贈官位)
1 大伴弟麻呂 793-794? 従四位下→従三位
2 坂上田村麻呂 797-811? 陸奥出羽按察使従四位下陸奥守→大納言正三位
- 文屋綿麻呂 813 征夷将軍。参議従三位→参議従三位
- 藤原忠文 940 征東大将軍だが、異伝あり。参議正四位下→参議正四位下
3 源義仲 1184 従四位下伊予守→従四位下伊予守
4 (1) 源頼朝 1192-1199 1195年辞任の説あり。正二位前権大納言→正二位前権大納言
5 (2) 源頼家 1202-1203 従二位左衛門督→正二位左衛門督
6 (3) 源実朝 1203-1219 従五位下→右大臣正二位左近衛大将


26 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:05:38
7 (4) 藤原(九条)頼経 1226-1244 摂家(藤原)将軍。九条道家の子。正五位下右近衛権少将→正二位前権大納言
8 (5) 藤原(九条)頼嗣 1244-1252 従五位上右近衛権少将→従三位左近衛中将
9 (6) 宗尊親王 1252-1266 皇族将軍。後嵯峨天皇の皇子。三品→一品中務卿
10 (7) 惟康親王(惟康王→源惟康→惟康親王) 1266-1289 従四位下→二品
11 (8) 久明親王 1289-1308 後深草天皇の皇子。三品→一品式部卿
12 (9) 守邦親王 1308-1333 不詳→二品
13 護良親王 1333 二品兵部卿→二品兵部卿
14 成良親王 1335-1336 上野太守四品→上野太守四品
15 (1) 足利尊氏 (高氏→尊氏) 1338-1358 正二位権大納言→正二位権大納言。贈従一位左大臣。追贈太政大臣。
16 (2) 足利義詮 1358-1367 参議従三位左近衛中将→正二位権大納言。贈従一位
17 (3) 足利義満 1367-1394 従五位下左馬頭→准三宮従一位前左大臣。将軍辞職後、太政大臣。
18 (4) 足利義持 1394-1423 正五位下左近衛中将→従一位前内大臣。贈太政大臣


27 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:07:04
19 (5) 足利義量 1423-1425 正五位下右近衛中将→参議正四位下右近衛中将。贈従一位左大臣
20 (6) 足利義教(義宣→義教) 1429-1441 参議左近衛中将従四位下→従一位前左大臣。贈太政大臣
21 (7) 足利義勝 1442-1443 正五位下左近衛中将→従四位下左近衛中将。贈従一位左大臣
22 (8) 足利義政 (義成→義政) 1449-1473 正五位下左馬頭→准三宮従一位前左大臣。贈太政大臣
23 (9) 足利義尚(義尚→義煕) 1473-1489 従五位下左近衛中将→従一位内大臣右近衛大将。贈太政大臣
24 (10) 足利義材 (義材→義尹→義稙) 1490-1493 従四位下右近衛中将→参議右近衛中将従四位下。
25 (11) 足利義澄(義高→義遐→義澄) 1494-1508 正五位下左馬頭→参議従三位左近衛中将。贈太政大臣。
26 (10) 足利義稙 (義材→義尹→義稙) 1508-1521 再任。従三位権大納言→従二位権大納言。贈太政大臣従一位
27 (12) 足利義晴 1521-1546 正五位下左馬頭→従三位権大納言右近衛大将。贈従一位左大臣
28 (13) 足利義輝 (義藤→義輝) 1546-1565 従四位下左馬頭→参議左近衛中将従四位下。贈従一位左大臣
29 (14) 足利義栄 1568 従五位下左馬頭→従五位下左馬頭
30 (15) 足利義昭 (義秋→義昭) 1568-1573 実は出家時の1588年までは名目上在任。参議左近衛中将従四位下→従三位権大納言。将軍辞職後、准三宮
31 (1) 徳川家康(松平元信→松平元康→徳川家康) 1603-1605 従一位右大臣→従一位前右大臣。将軍辞職後、太政大臣。贈正一位
32 (2) 徳川秀忠 1605-1623 内大臣正二位右近衛大将→従一位右大臣右近衛大将。将軍辞職後、太政大臣。贈正一位


28 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:08:07
33 (3) 徳川家光 1623-1651 内大臣正二位右近衛大将→従一位左大臣左近衛大将。太政大臣宣下固辞。贈太政大臣正一位
34 (4) 徳川家綱 1651-1680 内大臣正二位右近衛大将→右大臣正二位右近衛大将。贈太政大臣正一位
35 (5) 徳川綱吉 1680-1709 内大臣正二位右近衛大将→右大臣正二位右近衛大将。贈太政大臣正一位
36 (6) 徳川家宣(綱豊→家宣) 1709-1712 内大臣正二位右近衛大将→内大臣正二位右近衛大将。贈太政大臣正一位
37 (7) 徳川家継 1712-1716 内大臣正二位右近衛大将→内大臣正二位右近衛大将。贈太政大臣正一位
38 (8) 徳川吉宗(松平頼方→徳川吉宗) 1716-1745 内大臣正二位右近衛大将→右大臣正二位。贈太政大臣正一位
39 (9) 徳川家重 1745-1760 内大臣正二位右近衛大将→右大臣正二位。贈太政大臣正一位
40 (10) 徳川家治 1760-1786 内大臣正二位右近衛大将→右大臣正二位右近衛大将。贈太政大臣正一位
41 (11) 徳川家斉 1787-1837 内大臣正二位右近衛大将→従一位太政大臣。贈正一位
42 (12) 徳川家慶 1837-1853 従一位左大臣左近衛大将→従一位左大臣左近衛大将。贈太政大臣正一位
43 (13) 徳川家定 (家祥→家定) 1853-1858 内大臣正二位右近衛大将→内大臣正二位右近衛大将。贈太政大臣正一位
44 (14) 徳川家茂(慶福→家茂) 1858-1866 内大臣正二位右近衛大将→従一位右大臣右近衛大将。贈太政大臣正一位
45 (15) 徳川慶喜 1866-1867 正二位権大納言右近衛大将→内大臣正二位右近衛大将。明治時代、従一位。公爵。勲一等旭日大綬章。贈旭日桐花大綬章


29 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:51:01
朝鮮人の血を守るために近親相姦を繰り返してきた日本書紀に記された韓人の子孫の天皇家と藤原氏。
日本人を異民族として蝦夷だの熊襲だのよんで差別してきた韓人の血を近親相姦で守り続ける天皇家。
だから天皇家に格なんか無いと思うのは愛国心にほかならない。

30 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 21:52:13
2位内大臣の将軍家が従一位左大臣の清華家に頭を下げることは幕末を除いて
無かったと思われ・・・・

31 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 21:57:57
>>19
キミって日本史板で何を学んだの?
天皇と毛沢東とかを一緒こたにするとか有り得ないんですけど
そもそも体系からして全く違うし

32 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 18:26:59
>29日本列島の土着民を追い払ってたてたのが日本国なんだから、それが愛国心云々というは疑問やね!日本人の大多数が大陸の移民だよ!また当然、格は天皇が上に決まってる!あくまでどちらが格下か格上の話であって、実力の上下を問うに非ず!

33 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 23:16:27
>>31
昭和期の天皇制は、北朝鮮にパクられアレンジされて主体思想に化けました。

共通する部分は大きいのでしょうな。

34 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 11:31:45
>>1
これは、2代目の黄門様だよね?
初代の黄門様の再放送でもほぼ同じ話を見た。

そのときの悪役公家は、六条三位(>>1は一条三位になってるけど)。
やはり、「麿は帝の臣じゃ〜!徳川の家来ではおじゃらん!」とやって、
そこで左大臣が登場。
で、うっかり八兵衛が助さんに「左大臣様ってそんなに偉いの?」と聞いて、
助さんが「左大臣様と言えば、摂政・関白様に次ぐ重職だ 云々」と答えるシーンがあった。

35 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 16:06:41
大政委任論は幕府の政策なんだけど。何か?

36 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 16:20:17
微妙な問題を扱った回だよな


37 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 23:34:42
>>35
無知だね、君w
大政委任論は、近世初期の浅見絅斎や山鹿素行が既に唱えており、本居宣長が
それを発展させたんだよ。
幕府自体も、大政委任論を権威付けの根拠にしていたよ。天皇から大政を委任された
征夷大将軍であることが、幕府の統治の拠り所。

38 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 23:56:49
まあ、武家権力に反感を持ってる奴らには朝廷をちらつかせ、
一般向け・対外向けには武家が日本国の統治権の主体であったと。
この点から、どっちが上かは明白。

実質的にも、武家は朝廷をコントロールできたけど朝廷は武家の言い成り・あるいは武家権力の範疇でしか
行動の自由を許されなかったわけで。

39 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 01:03:53
>>38
ようするに安倍首相のほうが天皇より偉いってことですね

40 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 01:07:03
日本においては、権威と実権は分離されてる事が
分からない人のスレ?w

41 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 04:49:46
格式の上下を問うならば、権威の頂点である天皇が上に決まってるじゃん!

42 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 05:42:44
天皇 統治者・神道教皇
徳川 大統領

43 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 17:25:58
はい基本中の基本
武家の憲法 御成敗式目
ここにね、
「これから、武家は直接天皇より官位をもらっちゃだめだよ。
将軍が天皇から官位をもらう窓口だから君たちは将軍からもらうんだよ。」
って事になった。 結果、日本中の武家が全部将軍の下に集まる事となった。
でもその権威の根本は、朝廷からの官位

朝廷が直接官位を将軍以外にも出したら、
将軍が統率できなくなるっていう理由

即ち、将軍が天皇より上ってのは全くありえない。

44 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 18:10:09
日本国では天皇は国民に従属する一公務員

45 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 00:30:34
天明の大飢饉が幕府の衰退を決定的にした。将軍のお膝元である江戸で大規模な
打ち壊しが勃発し、幕府の威信が大きく揺らいだ。
そんな時、光格天皇が即位した。大飢饉の余波で困窮した人々に京都所司代は何も
してくれなかった。人々は御所の千度参りをを行い、その数は万を数えるまでに
なった。光格天皇は幕府に庶民の救済を命じた。幕府はこれに服従した。以降、
幕府は日本に来航した外国人についての朝廷への報告等を義務づけられる。
現在の天皇家は、この光格天皇の直系。

46 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 06:29:37
左大臣様が悪さしてたら誰が懲らしめたのか・・・

47 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 10:35:24
>>46
関白殿下連れてきたんじゃない?

48 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 12:21:24
関白殿下が悪さすれば天皇陛下、天皇陛下が悪さすれば・・・


49 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 16:13:10
もちろん幕府。「当今御謀反」てやつ?

50 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 20:01:05
やっぱり天皇はチョンだった
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/asia/1166156342/

51 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 23:36:53
なぜ徳川将軍は正二位どまりが多いのだろう?
公家だと大臣までつとめた人で正二位どまりなのは早死にした場合くらいでしょ?


52 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 23:59:00
別に大臣の仕事してたわけじゃないし。
現代だって将軍どころか「大佐」が一番偉い国あるし。

53 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 03:01:28
日本の場合、形式的に言えば「将軍は天皇の弟」だ。

54 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 03:19:47
もっとも天皇の権威も中国の皇帝からの冊封を受けたことにハッするわけだが。

55 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 03:28:28
>>53   ちがう

将軍は天皇の臣下「朝廷内の征夷大将軍と言う一役職名」
朝廷の長が「天皇」だから将軍は正二位クラスの低い身分でしかない。

56 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 11:49:45
>>54
嘘つき発見。
日本の天皇の権威は、中国の皇帝の冊封を受け入れずに、独自の天皇と名乗ったことに起因するものです。

57 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 12:56:34
将軍家の方が格上とかいう奴、大丈夫か??
権威と権力の違い分かる?
将軍家は言ってみれば世襲している軍人首相みたいなもの。
内政・外交の権限を任されているだけ。
「じゃなぜ開国の時に朝廷を相手じゃなく幕府を〜」っていうのも、
各国要人が日本に来た際、交渉するのは首相でしょ?

58 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 18:37:44
天皇に権威があったとしたなら
そんな権威ある地位にありながらずっと日陰で貧窮に喘いでいたのは歴代の天皇がよほどのクズで無能だったことになる。
後醍醐のようなやつも人々の人望を失い世間から見放され結局天皇なんか要らないとなったのが歴史的事実。
権威ある地位に能力のある人物がつけば世の要望に応えられるだろう。
なのに天皇を求める人々はいなかった。世襲制の近親相姦一族ではクズが天皇になる。
天皇や公家=愚か者のイメージは京の人々が金のムシンに来る公家や皇族を実際に見て得たイメージだろう。
「今日(京)の諸受け(商家)の襖ガミ、うらを反せば供花(公家)の小門(証文)」
京の人々に天皇や公家は馬鹿にされ蔑まれている。

59 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 18:42:49
円の価値はペらぺらーで輸出依存の日本企業は得々だとさ。

60 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 19:03:53
だからその権威をありがたがるのは徳川以下の田舎武士どもなわけで、
実体を知ってる京都の住民が馬鹿にするのは当然。

61 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 19:07:56
>>58
それは言いすぎかと。。


第一、天皇の権威の拠り所は俗世の皇帝としてのものと神道の教皇の二つなわけだが、
武家政権によって前者の役割が薄められ、後者は仏教の浸透や本地垂迹説の定説化によって力を失った。
平安時代においても後者は大きな力を失っていたけど、天皇の側近たる貴族が皇帝としての権威を利用し、権威自体を高めていたから権威が後の世よりも高く見えるだけ。


62 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 20:45:17
疑問なのだが京の朝廷を攻めて天皇の権威を力ずくで奪う事とかできなかったの?

63 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 21:30:53
力ずくで奪うことが出来るのは「権力」。「権威」の方は国や時代で違う。
この国の最高の権威の必要条件は、アマテラスの直系であることなので力で奪うことはムツカシイ。
やろうと思えば出来たかもしれないが、温存する方が楽だったんだろう。

64 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 22:34:17
>>62
そんなことをすれば全国の大名、特に西国諸大名を敵に回すことになる。
幕府は西国大名が参勤交代の際に入京することを禁じていたのは、朝廷と
結びつくことをおそれたから。

65 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 23:39:28
朝廷にそこまでの「値打ち」があったかちょっと疑問だな。
諸大名をまとめる権威があったのなら、そもそも戦国時代にならないと思ふ。

66 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 00:04:33
現代では天皇家の権威なんて完全になくなっているから、後どれぐらい持つか
わからないな。
女系の議論の時もそうだが、そもそも臣民が皇室のあり方にあれこれ口を挟む
こと自体が不敬なわけだ。
そんな事もわからない奴らしかもう日本にはいません。

67 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 00:36:34
法律作るの議員さん。皇族に選挙権ありませ〜ん。

68 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 01:05:01
下々が何をどう決めようが、皇室は世俗の法規に支配されないのが実状だからな。

69 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 01:12:50
犬は物。天皇は象徴(モニュメント)。法律的にはあまり変わらないか?

70 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 02:30:13
下々が法律で何をどう規定しようが皇室には実質的に何の影響も無い。

71 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 04:36:51
天皇は国家の機関であるから、当然、その地位は法律によって影響を受ける。

72 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 04:50:26
下々ではそのように決めたのか。
まあ、関係ない話だが。

シリウスβの憲法を地球の何者が決めても実在のシリウスβ上では実質的に何の影響も受けないように、
下々の決めた話に皇室は影響されないのだよ。

73 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 05:12:59
名目的には天皇が上。現実的にはその時代によるわいなw

74 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 06:58:31
そりゃ格はいつまでたっても、天皇や摂関のほうが上。
何たって日本のナンバーワンとナンバーツーなんだから。(皇太子はよけといて)
しかし実質的には遙かに以前から武家の方が上。

75 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 08:45:25
権威はあるけど権力は無いってのが生き延びてこられた要因だと思うな
実際天皇に権力まで備わってたら今までづいてたか怪しい
その時々の権力者の良い様に天皇の権威を利用しながら共存できた

76 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 09:37:40
> 権威はあるけど権力は無い
これは戦後に天皇の戦争責任を回避させるために流布された神話。
実際の天皇は神聖不可侵で軍を統帥する専制君主。

77 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 12:39:34
>>76
昭和帝は自らの発言が会議の流れを左右することを嫌い、それこそポツダム宣言受諾のような重大な件以外では重臣に任せていたわけだが。。


78 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 19:07:26
>>76
話ごっちゃになってない? >>75は日本史通しての意見だと思うよ。
間違ってるけど、明治からの話ならまだよし。通しての話ならもっかい
お勉強しといで。

79 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 01:34:24
天皇は地上のことをあれこれなさいません。
地上のことは将軍や幕閣、いまでは総理大臣や国会でやります。
上に幕府には次の天皇を決める力があったとありますが、
現国会にも皇室典範という法を改める力があります。



80 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 02:08:49
近年の大不況や拉致問題、核開発は平成帝の徳のなさのなせる技。
昭和帝が暖かな徳で戦後の日本の復興を支えたのと大違いだ。
かくなる上は、陛下を弑いて奉り、敬宮殿下を新帝に即位あそばせるのが
臣下として取るべき道なのではないだろうか。

81 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 03:58:44
いっぱしの勤皇屋っぽい口ぶりだが、天皇自身に矛先向けとるとこで、似非
なのがバレバレよw 君側の奸を払う、という大基本を忘れてまっせ。
記述じたいがムッチャ的外れだしなw

82 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 23:12:40
え〜、でもよく「朕が不徳」とか言うじゃん。
もっとも>>80、戦前のことはどーなるの?

83 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 10:05:27
1971年のドルショックの際、1ドル=360円は動かない思っていた経済界は大混乱で、
当時大蔵大臣だった水田三喜男は、大蔵省の不手際をマスコミや企業からボロクソに言われ、
世論から叩かれつづけた。
水田は昭和天皇にも事情を説明しに行ったが、そこで天皇から「円が高くなる事は、
長い目で見れば日本経済にとって良い事ではないか」と言われビックリしたそうだ。
当時の日本人は誰もが円高を黒船来襲のような意味不明な脅威と思い込み、
そんな正論を言う人は誰もいなかったからね。
国際金融の知識なんて、どこから仕入れたんだろう。

84 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 13:57:26
天皇は権力は持たないが古代からのドン

85 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 03:42:26
>>71-72
公的な、国家機関・職務上の地位としての天皇と、
私的な、名家・神官としての天皇と、二種類ある。

前者は憲法と皇室典範で定義されるが、
後者は天皇家内の問題。

しかし、本来は後者であるべきところも、
前者の規則が及んでいるからややこしい。

86 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 02:27:57
黒田なんとかって学者が中世の天皇家・武士・寺社の相関関係を表現した学説
あったよね。あ〜記憶力の低下がもどかしい。

戦国大名はなぜあれだけ官位を欲しがったのか。既存の権威を悉く破壊
した織田信長も官位をもらい右大臣にまでなっている。幕府を開くには征夷
大将軍という官職を天皇家から賜らないといけない。
 しかし天皇家には武力がない。よって日本を統治する能力もない。武士には
権力があるけど権威がない。天皇家は権威があるけど権力がない。お互いが
対立する関係ではなく補完する関係であるみたいな。

87 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 14:39:10
あー、そういうのほぼ定説だよね。

ただ井沢氏じゃないが、何で日本では「権力→権威」にならなかったかは説明出来てないよな。
中国では劉邦や朱元璋みたいな人でもいったん天下を取ると、
「天命が下った」ってことで皇帝になれるけどココじゃ無理。
「天壌無窮の神勅」信じてた訳じゃないよな?

88 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 03:14:35




89 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 10:43:13
西郷隆盛みたいな例外を除いて誰であってもいざ権力者になってみたら、
最大の懸案はせっかく得た権力を他人に奪われない事につきる。

時間の経過に伴い知力と体力のピークを過ぎたら日増しに衰えていく自分とひきかえ、
若い実力者は次々と世に出現して権力闘争を挑んでくる。
権力の座に居座り続ける時間が長くなればなる程、
不利な条件での勝負を強いられていく訳だ。

誰もが年老いる以上、実力勝負に勝ち続けるのはどんな権力者にとっても厳しい課題なのだ。

日本では古代のある時期から権力者が「権威と権力の分離」を思いついた。
時間の経過に比例して増強される性質を備える権威を保護する見返りとして、
その権威に仕える臣下という立場に備わる権威を補強して貰うのだ。

こうすれば時間が経過して実力が衰えても、
天皇の臣下としての権威は日増しに増強されて権力闘争を有利に戦える助けとなる。

権力と分離しなかった諸外国の権威は権力闘争で政権が交代する都度リセットされてしまったが、

古代から権力闘争と切り離された天皇の権威はついに国際儀礼における元首の最高ランクに位置付けられる唯一の例となる程までに高められた。

90 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 10:49:56
明治維新は陰謀で成り立った

91 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 10:53:34
日本は不滅の永久帝国と化したのだ。

92 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 11:59:29
>>87
天皇が神の直系子孫なんだから「天命が下った」なんて無効にきまってるだろ。

93 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 12:10:28
権力を握った者はその正当性を権威に保障してもらいたい
欧州やイスラム諸国では宗教がそれを行っていた
中国では勝ったものが天命を受けた、負けた者は失った
という後出しの正当化を行った。
日本の天皇は天命を代行するもの、その意味では現人神

94 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 12:13:53
神そのものであれば天命の代行者は要らない

95 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 13:02:03
>>1
金も力もない天皇家が、何で祭り上げられてたか考えろ馬鹿。
考えるまでもなく天皇家がトップだ。もし将軍のが↑だったらば、
南朝のおちぶれ天皇を守るため、我が先祖は何故苦労したのか。

96 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 21:20:34
>>95
どなたの子孫ですかな?

97 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 21:38:02
実は「名目的な君主」と「事実上の君主である世襲軍人首相」が鼎立した例というのは、日本だけじゃない。
アッバース朝イスラム帝国の君主(カリフ)も、中期以降ブワイフ朝・セルジュク朝(・ファティマ朝)のトップに、
将軍(スルタン)の位を与えていた。実質的権力ゼロのアッバース朝を誰も倒せなかった(倒したのはモンゴル)のは、
アッバース家がマホメットの血筋だったから。

というわけで「権力は無くても血筋か良い」人というのは倒しにくいのだよ。
日本の天皇家も同じようなものだったのではないかな。



98 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 21:39:58
>1
格式だけなら天皇家が上でしょう。
将軍は天皇の臣下という体だし。



99 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 00:03:53
鼎とは脚部が三本の容器の事。

鼎立とはその姿に擬えて三者がお互いに関わりながら立つ関係を指す。
天皇と征夷大将軍の例なら二者なので鼎立とは呼ばない。

100 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 07:49:47
島国で外敵がなかったから身内の権力争いに便利に使っただけだろ?
そして、そのように使われる限り天皇朝廷は細々とでも存続する。

外敵を意識し無駄に天皇を祀り上げた明治政府は、そのキチガイじみた施策により
自滅したわけでさ。

101 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 14:02:31
別にキチガイじみても自滅もしてはいないよ。
外敵の侵略に備えた明治維新の体制は首尾よく強大な西洋列強の侵略を撃退し続け、
帝国は今年めでたく世界最長の伝統を誇る建国2667年を迎えた。

102 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 17:47:55
帝政日本は1947年5月に崩壊。現在は日本の第一共和政といえる。

103 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 18:07:58
立憲君主制だよ。
変わったのは憲法。王の権力が強い欽定憲法(明治憲法)が改憲された。

104 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 19:38:34
ウガンダ共和国にも伝統的部族王だったブガンダ王というのが、
政治的実権のない文化的な王として公的に認められてる。


105 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 20:17:55
そう言う例は時々あるね。

106 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 20:25:39
トンガの場合本来の王が祭祀王になって分家が政務を執っていたけど、
そのうちそれも形式化してそのまた分家が実権を握ったそうだ。
その後その実権を持っていた又分家が正式に王となり、それが今の王家。

ベトナムも最後の皇帝のご先祖は先王朝の権臣。
その死後娘婿に実権をとられてしまい南に逃げて半独立王朝、
ところが叛乱で滅ぼされて甥だけ逃亡。
その後傀儡皇帝共々北の政権も反乱軍に滅ぼされるが、
フランス人神父の援助を得たりして皇帝に即位。
叛乱がなければまだしばらく傀儡皇帝の元で南北鼎立が続いたんだろう。

107 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 12:31:39
>>102
「帝政」ってアホか?その時点で間違えてる。

108 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 13:35:32
大日本帝国は憲法発布から六十年も持たずに消滅したが。
多分二度と復活しないから地球上から永遠に消滅したと
言ってよい。スパルタや第三帝国だって当時の国民は
生きていたけど「国が続いている」ことにはならんし。

幕末期の天皇は、シーボルトやペリーのレポートにある
「近畿の一部地域に残る土俗宗教の司祭」という役どころで
OKでないの?将軍宣下なんかも過去の起源に溯って権威が
あるっていうもんじゃないでしょ。「大臣」っていうのが君主
制の国の役職だからっていまの自民党議員が王政と関係あるのか
っていう話で。

109 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 21:56:12
帝国の建国は皇紀元年
明治憲法が発布されるよりも2500年も昔だ。

明治憲法の停止を帝国の消滅と定義するのは非合理の極みだな

110 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:10:55
帝政日本(1968〜1945)
初代 明治天皇
2代 大正天皇
3代 昭和天皇

アメリカ占領下の保護国・帝政日本(1945〜47)
昭和天皇一代のみ

象徴天皇を存置した第一共和政としての日本国(1947〜現在)
元首は国会説、衆院議長説、内閣説、首相説など

111 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:35:04
そういえば嘗て衆参議長が小泉元首相に
「たかが行政の長(首相)が口を出すな」と発言した事があったが
三権の長(首相、議長、最高裁判官)の
任命権がある天皇ってすごいな。

112 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:36:21
明治天皇は初代ではなく帝国の第122代天皇だよ。

113 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:56:49
>>100
>島国で外敵がなかったから身内の権力争いに便利に使っただけだろ?

>>106のトンガは島国だが、>>97のアッバース朝は大陸国家。
それでも「名目の君主・実質の君主」の分離は起こったわけだ。

114 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:20:30
三権の長には上下関係はなく対等。
三者がお互いを補完・監視して均衡をとるわけだろ?
この三者の上にあって憲法公布して国会を開催して
外国との条約に調印して国家の象徴だったりするとすごくね?

115 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 03:38:04
>>111
天皇が任命するのは、征夷大将軍や関白も同じじゃん。
任命は出来ても、指名は出来ないのも伝統か。

116 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 07:24:30
それが日本という国

117 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 08:59:44
結局積み重ねだから、一度権威がかたまってしまえば、外から別の権威を持ってくるか、
大失敗で権威が失墜椎名限り、取り替えるのは難しいんだよね。
元々ころころかわって権威が安定しない時は簡単だけど。
英仏だって王朝は変わっても、初期を除けば一応前王朝・前々王朝との繋がりを権威付け
に使っているし。
大義名分があると反抗しにくいし、力は正義がいつも有効じゃあないんだよね。
島国とか宗教関係は権威が確立しやすいってことはあるな。

118 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 12:52:59
今の憲法って誰の名において公布されてるんだっけ?


119 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 13:50:19
君主制に関して実力の所在を問題にしてる馬鹿が居るけど、
それは朝青龍関が今の日本の元首なのだと言い張るのと同じ間違い。

帝国の元首は天皇家が世襲するという掟が過去2667年間続き、
それはいつの日にか帝国が消滅する日まで憲法の改廃とは無関係に続く帝国の伝統なのだよ。

120 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 17:42:38
共和制を経た事が一度も無い君主国は日本だけなんだってさ。

121 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 18:15:37
王朝が続いてるからね。

大和王朝(天皇制)は日本国のハードウェアであり
氏族制、律令制、封建制、立憲君臣制なんかは所詮はソフトに過ぎん。

122 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 19:00:26
「王は君臨すれども統治せず」はイギリスが日本からパクった。

123 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 20:07:14
>>118
憲法前文では国民が定めたとはっきり宣言されてる上、
将来の改正にあたっても、「国民の名において」象徴天皇が公布する。

天皇はあくまで形式的な手続きに関わるだけで、主人公は国民。
「国民の名において」天皇が公布する。

124 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 20:21:58
象徴天皇を持つ共和制だな。
日本国憲法のもとでの戦後レジームは、日本の第一共和政と言える。

125 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 20:50:05
格って話になればどう考えても天皇。
現実世界で権力を有していたかとかそういった話は別。

126 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 21:15:43
憲法前文
日本國民は、正當に選擧された國會における代表者を通じて行動し、
(中略)ここに主權が國民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
(中略)われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

憲法96条2項
憲法改正について前項の承認を經たときは、天皇は、國民の名で、
この憲法と一體を成すものとして、直ちにこれを公布する。

127 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 22:12:39
国民は公布できないの?主権者なのに? 国家の大権じゃん。

128 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 22:15:13
>>124
国民が国家元首を選ぶのが共和制の基本条件。天皇は国民に選ばれた存在ではない。

象徴天皇という言い方もおかしい。国事行為、すなわち国家の政治行為を行う象徴
など存在しない。憲法を天皇が公布するのも政治行為である。


129 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 22:17:48
公布ったって、天皇は単に署名してハンコ押すだけだろ。
しかも、天皇の名で公布することは許されず、主権者国民の名で公布するんだから、
エライのはやっぱり国民。

130 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 22:38:59
そう、憲法によって君主と国民にその権能を与えている。
明らかな立憲君臣制です。


131 :瀕死スレ救命隊:2007/02/21(水) 22:40:37
>1
格式だけなら天皇家が上でしょう。
将軍は天皇の臣下という体だし。

132 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 22:51:29
そうだそうだ、総理大臣は東征将軍であって、永田町から常に東北の反乱に
目を光らせてるのだ。

133 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 22:53:57
いえ、行政の長です。


134 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 22:56:04
>>123
憲法学者は無視するか「形式だけ」と言い張るが、実はその前文の前に「上諭」がついている。

つまり「国民が定めた」とする憲法本文を、天皇が認めたという形。

135 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 23:10:42
総理を含め、全ての国務大臣は国政をとある人物に内奏し質疑する。
通常、特別、臨時国会が閉幕するたびに衆参両議長が揃って
宮中に向かい、国会で起きた主な出来事を上奏して下問に答える。

座ってると各省庁の大臣・長官、立法の長、行政の長
なんかが自ら、国政を報告しにくる唯一の人間がこの日本には一人だけ居る。


136 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 01:09:05
まぁ明治憲法も現行憲法も立憲君主制でいいよ。
文章が違うだけで天皇の行動は基本的に変化ないし。

137 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 02:03:52
天皇は大元帥で、226事件のときには朕自ら近衛兵をひきいて暴動を鎮圧せんとしたし、
統帥権を持っていた。今は違うけどね。

138 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 04:44:10
近衛兵では鎮圧できんだろな

139 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 04:46:26
>1
格は、つまり形式上は、くさっても、どこまで行っても天皇が上。
しかし江戸時代には(幕末より前)、実質は逆転してた。
いや、室町後期ぐらいからかな。いや、もっと前からかな。

140 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 11:40:39
現行憲法には天皇を元首として定める規定は存在しない。
ただし憲法では元首が果たす役割について、なぜか唐突に憲法上は謎の存在に過ぎない天皇の役割として指定しているだけ。
つまり現行憲法では天皇を元首としている事が前提となる条文が存在しているが、
天皇自体の権威は憲法に由来していない。
これは天皇が憲法に根拠を持たない元首、
つまり専制君主である事を意味する。

ちなみに大日本帝国憲法では天皇を元首として指定する条文が存在するので、立憲君主制として分類される。

141 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 12:48:18
専制君主ではないだろ。
天皇も国民と同様に憲法の下に束縛を受けている。
憲法が立憲されてい国の中で君主も国民もそれぞれの機能と職責を有し
国家をそれぞれの形で形成している。

142 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 13:52:20
天皇の権威が現行憲法に立脚していない以上、
天皇は憲法に束縛されてはいない。
天皇は聡明なるが故にあたかも立憲君主のように振る舞っておいでだが、
それは憲法に制約されたからではなく専制君主としての自由裁量に基づく言動に他ならない。

143 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 16:17:34
天皇の権威の根拠は国民からの信託だよ。
憲法にちゃんと書いてるだろ。


144 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 16:51:52
憲法ではどこの馬の骨だか分からん天皇を国民が信託して国民統合の象徴として扱う事規定しているが、
それを以て天皇が元首という事にはならない。

元首に国民統合の象徴という性質が備わっているとしても特に不思議な話ではないが、
国民統合の象徴という性質を備える事物は必ずしも元首に限るとまでは言えないからだ。

145 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 18:49:07
主権者は国民

国権の最高機関は国民の代表である国会

天皇は主権者の意志により、いつでも廃止できる一儀礼機関にすぎない。

146 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 19:26:21
改憲手続きに従う必要はあるけどね。

147 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 19:30:13
現行憲法にどんな規定があろうが、天皇の権威が憲法に由来してない以上、
天皇は神聖不可侵の元首だよ。

148 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 19:47:15
結局、国民主権で国家の根本を変えようとすると、国民が一致する
必要がある訳で、でも言論の自由が認められてる限り、国民として
総意が一致するという事は不可能であって、
それが一致する時は、日本人が日本人としてまとまる時であって
逆説的に天皇が国民の象徴となっちゃう訳だな。

149 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 20:02:34
憲法第1条には、天皇の地位は主権の存する国民の総意に基くと明記されている。
主権者国民が憲法改正で天皇制を廃止することも可能である。

所詮、象徴天皇の権威など、主権者国民に付与されたものにすぎない。
国民は常に、「天皇はただのお飾りなんだ、立場をわきまえろ」と不断の監視を行う必要がある。

150 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 20:08:39
野心満々の後醍醐天皇2世が現代に登場したらどうなるか?

想像しただけでも興奮するw

151 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 20:37:23
国民投票で憲法改正して、天皇が廃止されると、
京都か吉野の山奥で、再び次の権力者によって呼ばれる時まで、
日本国とは別枠で、位階とか与えて商売して行くのかな???

152 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 20:48:15
現実的に国民投票というものに、国家の根幹を変えるだけの力は無い。

153 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:06:36
>>151
墺太利のハプスブルクロートリンゲン家のように
いろいろな活動を展開していくのでは?
あるいはブルガリアのシメオン元国王のように
国政の中枢を担うようになるか・・・?

154 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:12:50
屁理屈ばっかいってんなよ

155 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:16:24
現行憲法に立脚する権威ではないから、憲法の規定は天皇を侵せない。

156 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:27:59
今の憲法では国民主権を「宣言する」と書いてある。
勝利宣言が勝利とは無関係であるのと同様、
というか大抵の場合負けた方が勝利宣言を繰り返すようなもので、

国民主権を宣言する事が国民主権の証という事にはならない。

むしろ実際は異なるからわざわざ宣言する必要が生じる。

157 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:33:43
大政奉還して、陛下のご親政を要求すべき。今の政治のどこがいいのか!貴様はメリケンの奴隷か?

158 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:38:28
しかし廃止するまでもなく消滅する可能性が有るんだよね。
一応次の次世代までは後継者が居るけど、
仮に女系を認めても次次世代後継者は両手の指で数えておつりが来る人数。
この人たちの子孫がゼロの可能性は低いけれど存在する。
さて天皇が消滅した場合嫌でも憲法改正と言うことになるけど、
さすがに改憲自体は全党一致するだろうけど、
改憲の内容でものすごくもめるんだろうな。
天皇の国事行為を誰がするのか、あるいはなくすのかってことだけでも、
絶対に意見が一致しない。
さらについでに他も検討しようって動きは絶対出るからさらに大混乱。
所詮道具にすぎない憲法を実質的に改憲不能にしてしまった付けを
一挙に払う羽目になるんだな。
道具といえば天皇制も一面そうだけどね。
まあそのときには多分死んでるから関係ないけどね。

159 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:41:22
>>157
その「陛下」とやらが、現人神であり統治権の総覧者であり大元帥であった時代、
日本国民は勝手に「臣民」にされ、無謀な戦争で命も財産も失った。

メリケンの属国になった現在、独立国としての名誉や尊厳は傷つけられているが、
もはや政府のおこした戦争による惨禍で命を失うことも自由を失うこともない。

160 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 22:15:03
>>159
日本人が勝手に日本国民、すなわち国家の民にされていることは無視するのか?

161 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 22:37:17
日本人は朝鮮人とは違い属国である状態を独立よりも好ましく思わない。
日本を侵略しようとする反日勢力が大日本帝国や天皇を否定するという事は、
それが日本侵略に必要だからだ。

162 :日本@名無史さん:2007/02/23(金) 05:21:31
考えてみれば「国民主権を宣言する」なんて条文は変だよな。
「主権者は国民とする」とでも書けばいいものを

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