5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【紀伴菅江在】 マイナー氏姓 【マケルナ源平藤橘ニ】

1 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 16:56:31
日本の姓氏は何かと源平藤橘で代表されていますが、
いわゆるウジカバネでは、そのほかにも紀朝臣とか菅原朝臣、
清原真人や高階真人、古くは物部氏(石上朝臣)蘇我氏(石川朝臣)
までもっといろんな氏姓があったはずです。
中世以降に活躍した源平藤橘以外の人々について語りましょう

2 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 16:59:50
中世以前の間違いじゃねえ?

3 :1:2006/01/21(土) 17:29:06
中世ではたとえば大江朝臣を名乗った毛利一族とか
惟宗朝臣を名乗った島津一族なんかはどうですか?
日下部宿禰姓の朝倉氏もありますが

4 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 20:34:11
たしかに朝倉氏の出自はあまりにもマイナーすぎて、かえって信憑性がある。
戦国時代においても日下部氏なんてどんな家柄か誰も知らなかったと思われ。

5 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 01:00:25
周防大内氏は多々良朝臣だな

6 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 03:09:38
四国、安芸氏は蘇我臣赤兄の末裔を称している。
赤兄は壬申の乱で流罪になってから、その後は消息不明。真偽はわからない。
自称でも、こういう人を祖先というセンスは好きだな

7 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 03:30:16
織田は忌部の子孫という説なかったか?

8 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 05:29:09
チョウソカベも蘇我じゃないの蘇我の部民だけど

9 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 08:47:58
長曾我部は秦氏

10 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 09:36:42
長宗我部も香宗我部も蘇我氏ではないけど、蘇我部に関わりはありそう
だいたい蘇我部は渡来人が多かったんじゃないの?

11 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 11:46:25
橘氏もマイナーグループに入れてよくね?
江戸時代には橘氏を称する大名、堂上公家は一家も無し。

12 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 11:47:24
朝鮮人がYAP空っぽになったのは一文字姓と
天孫信仰があったからだろう。
金の子孫ばかりが増えてしまったのでYAP空っぽに
なってしまったのよ。
日本も藤原さんの遺伝子ばっかり濃くなると
朝鮮の人みたいになってしまいます。
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/tennouichiran.html

13 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 11:52:47
物部(穂積、鈴木、五十猛、五十鈴=朝鮮出戻り、児玉)
が一番の渡来姓だろ、ニギハヤヒだぞ。
朝鮮のアイテム持ってる日だ。
彼が、日本に最初に入った
ツングース族だよ。
宮崎に子孫天下りさせたのもこいつやし、悪の権化

14 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 12:03:10
物部って孝昭天皇の末裔でもあるらしいが、
その前にもこの一族天皇家に嫁がせてるね。さいあく


15 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 12:10:35
皇別も早く分かれてる姓の方がいい、後の方になると
五十 鈴人の血が濃くなってるのでまんま朝鮮系になってしまう

源氏のころになるとまんま朝鮮系になってるし 東人白旗

16 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 12:28:01
后が純血の高麗人だからね、天皇族は。
一代目で分かれるのが吉。


17 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 12:32:05
神別だとやっばり物部氏が多いの?
鎌倉時代に武家に転じた大江氏も元は神別だったね

18 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 12:39:44
http://www.myj7000.jp-biz.net/clan/01/01.htm
でおまえらどのあたりで分かれてる?
漏れは、一代目で分かれてる。
それと記紀見る限り片親の方はどうやら
ニギニギに后を排出した一族みたいだ

19 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 12:40:54
日本も地域によってだいぶ違うよ。
天孫氏姓が多いのは東日本。

20 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 12:50:41
東日本は元々、国津神、島津神に変わる形で天孫系の氏族が
支配層に収まってるんだが、東にいた国津神、島津神も
ニニギの系統で高句麗系なんだよ。
一方、西日本は土蜘蛛や熊襲の非高句麗系の土着の一族が
支配していたんだ。
だから物部などの天孫氏姓は西では圧倒的に少ないの。

そして中世、宇都宮などの東人が西の支配層に収まるけど、
これは西に天孫系の支配者が殆どいなかったせいなんだ。

驚いただろ、東朝鮮人どもめ

21 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 19:21:12
>>11
でも一応ひとくくり四姓と呼ばれているしね。
橘オンリーの話題は橘氏スレに、流れのなかでは橘氏や藤原京家もマイナーにいれてよいかと

22 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 20:35:21
清和源氏、村上源氏以外の源氏もマイナーに入れてもいいですかね?

23 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 21:02:02
数こそ少ないけど摂津源氏や河内源氏などのいわゆる京武士はマイナーにはならないかと。

24 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 21:40:43
マイナー氏姓の筆頭はやはり豊臣朝臣でしょう。
大名では豊後日出の木下家と備中足守の木下家が豊臣朝臣だね。

25 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 22:28:08
最大の大名、前田家が菅原朝臣を称したのは、
源氏と称したら「将軍位を狙ってるのか?」
平氏と称したら「源氏である徳川家に取って代わろうと考えてるのか?」
藤原氏なら「関白にでもなりたいのか?」
と徳川将軍家に警戒されるから?
菅原氏なら政治的野心を疑われず、かつ菅原道真の後裔と言えばカコいいからか?

26 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 22:46:21
朝臣賜姓は豊臣氏が最後じゃね?

27 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 23:12:29
あんたらマジで皇孫(高句麗人の子孫=天孫=ニニギ)
であることが自慢なの?

もれは恥こそすれ、自慢したいとはおもわんぞw


28 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 23:17:02
熊の子孫て言われるよりかはマシかと

29 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 23:19:57
>>14
>物部って孝昭天皇の末裔でもあるらしいが
それ、皇別系・春日氏族の物部(布留)氏だな。
神別系の物部氏とは別系統。

>>15
逆だろ、真人姓

>>20
足元(河内、大和)をよく見よう

30 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 03:40:00
文室氏

天武天皇━━長親王━━文室智努(浄三)

31 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 07:19:23
平氏は赤旗だから
倭人伝で倭人が体に朱塗ってたので先住民だよ。
鹿児島の平氏は日本書紀によると、
葦原中津国(九州)の日向にニニギが畿内から天下りし
阿多隼人(海人)の妻を娶ってる、この妻の名は「阿平姫」だよ。
つまり、平は先住民の一つの立派なステータス。

平は「たいら」とは読まない、「ひら」とよむ、
この「ひら」は中国地方の方言で「端」という意味があるらしい、
なお、アイヌ語でも「ビラ」は崖、端という意味がある。
つまり平氏は先住民の末裔を標榜してたわけだよ。
源氏白旗はもちろん朝鮮人の白装束だ。

源氏は半島に帰ってね★

32 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 08:24:17
平氏(赤旗=先住民の色)はどこに拠点があった?
源氏(白旗=朝鮮人の色)はどこに拠点があった?
南朝はどこに拠点があった?北朝はどこに拠点があった?
水神と共に祀られる平氏、水神といえば西日本だよね。
平氏も貴族だから朝鮮の血は濃いよ、しかし先住民の
反乱だったんだ。あれは単なる権力闘争じゃないんだよ。
南朝しかりだ。よーく考えよう。
記紀、倭人伝、東夷伝、風土記をよーく読もう。
先住民はいま朝鮮人(源氏=東日本人)により根絶やしに
されようとしているのである。

33 :ツングース:2006/01/23(月) 09:02:15
>31 おまいこそ先に帰れよ

34 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 09:24:11
>>33
あんた知ってるんだ?
日本国?の秘密?
漏れと一対一で話するか?

35 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 09:32:02
ねーどうすんの?
他にも考えあるけどどうすんのよ。
情報統制もしてるんだよね

36 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 15:37:25
>>11
空気を読まない遅レスで申し訳ないが、源平藤橘」はメジャー氏族だから一括りに
されているわけではなくて、確か皇后を輩出したことがあるとかそんな意味合い
だったと思うが。

37 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 21:10:15
それで思い出したが、紀氏は天皇の生母をだした数少ないマイナー氏族だ。

38 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 22:15:53
伊藤博文は越智宿禰だそうですね

39 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 22:29:15
きゃあエッチ!!

40 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 22:49:51
エッチ少ねぇ

41 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 23:31:15
>>38
伊藤博文は足軽朝臣

42 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 23:41:08
朝鮮と言っても、古代朝鮮と今の朝鮮は
民族的に別物だからね。

43 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 01:37:20
三善朝臣氏と大江朝臣氏は鎌倉幕府に入って公家から武家へと生き延びたよね


44 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 21:15:51
毛利が明治維新まで大族として名を残したのは考えてみればすごいことだな
祖先の土師氏は古墳づくりのエキスパート集団だった。

45 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 23:31:54
野見宿禰だっけ、埴輪の始まりの伝承から古墳づくりに従事するようになったのは

46 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 23:52:06
結局「葬式担当氏族」であることを嫌がって大江や菅原に改姓>土師氏

47 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 01:08:59
しかも平城天皇の子孫ということにまでしてしまった

48 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 10:35:13
私の実家も本家に伝わる系図では先祖は大江氏だそうです。

49 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 14:08:32
>>48 武家大江氏の流れですか?


50 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 22:13:18
>>48
うそくさい源平藤より、マイナー大江氏を名乗れるというのは
うらやましいかぎり。日本史板的には自慢してよい話ですな。

51 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 22:17:42
大江広元は藤原の血が濃かったよな、確か。

52 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 23:12:51
その藤原の縁で鎌倉に下ったんだろ

53 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 20:15:55
大江広元に藤原の血なんか入ってねえよ

54 :日本@名無史さん:2006/02/04(土) 09:31:29
徳川吉宗の母の実家が巨勢氏を称してたという話も。

55 :日本@名無史さん:2006/02/04(土) 20:35:49
源氏でも、嵯峨・宇多・村上・清和以外は、マイナーだしここで語ってもいいのかな? あと、桓武平氏以外の平氏で後世に名を残した人っているか、教えてもらえませんか?

56 :日本@名無史さん:2006/02/04(土) 20:41:58
織田信長

57 :日本@名無史さん:2006/02/04(土) 20:42:46
は、桓武平氏を称している

58 :日本@名無史さん:2006/02/04(土) 22:41:25
桓武平氏にあらざれば平氏にあらず

59 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 20:25:04
善法寺通清(紀氏)
二人の娘がそれぞれ天皇と足利将軍の母となりながらも別段、権勢を振るった様子がないが、本人はもう死んでいたのか?


60 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 14:28:39
戦国時代はとにかく源平を僭称した輩が多いが、
鎌倉時代はまだ豪族達は姓を変えたりすることはなかったんだろうか

61 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 14:58:20
>>32 おいおい
ヒント教えてやるから考えなおせ。
タイラは元は多比良で。
金毘羅フネフネしゅらしゅしゅしゅ〜
多々良=多田羅で何が多いかて言うと朝鮮南部は鉄の産直であり、
小国が沢山あったからさっ。

62 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 15:37:12
織田氏(忌部姓?)
羽柴氏(豊臣姓 もとは不明)
徳川氏(賀茂姓?)  毛利氏(大江姓)
島津氏(惟宗姓)  長曾我部氏(秦姓)
河野氏(越智姓)  宇喜多氏(児嶋姓?)
鈴木氏(穂積姓)  朝倉氏(日下部姓)
秋田氏(安倍姓)

戦国時代は流石に四姓以外が多いね

63 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 23:14:25
>>60
鎌倉御家人でも系図を詐称している家はけっこうあるよ。
大友とか宇都宮とか。

64 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 23:20:05
徳川家は葵紋がいかにも賀茂氏らしいかんじなんだがな
結局清和源氏を僭称しちゃってつまらないなぁ


65 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 00:26:02
朝鮮南部なら日本だな。

66 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 05:51:08
豊臣は姓だから、羽柴太政大臣豊臣秀吉?
詠み方も「とよとみ の ひでよし」かな?

67 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 14:11:02
>66 豊臣に朝臣がつきます


68 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 21:04:50
藤原純友の乱前後に、伊予守紀淑人がいたが(大河で細川俊之が演じてたかな?)、
その後子孫はどうなったんだろう?

69 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 21:06:14
尊卑分脈見たか?

70 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 10:59:33
ひさかたのひかりのどけきはるのひに
しづこころなくはなのちるらむ

文人あり武官ありの紀氏
子孫の方いますか?

71 :善法寺通清:2006/02/19(日) 11:05:58
>>70
岩清水八幡の社家が紀氏ですね。

私も友紀のその歌好きです。

72 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 11:09:38
徳川は名門でもないのに名門を気取りすぎてなんかやだ

73 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 15:49:38
紀時文が古文の資料集にでてきた最後だ

74 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 15:55:27
 源平藤橘とあと菅原ともう一つどこだかくらいは主典にしないという習慣があったそうだ。
 やはりマイナー氏族の中では菅原はメジャーだ。

75 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 00:39:11
藤原は名門でもないのに名門を気取りすぎてなんかやだ




・・・と石上宅嗣が申しておりました

76 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 01:04:57
中臣は元は卜部である

77 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 01:30:18
世の菅原姓は、やはり皆土師氏のゆかりなのだろうか?
菅原姓って結構多いよね。

78 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 02:43:28
古代賤民の末裔?は珍しい
ttp://www2.harimaya.com/sengoku/html/hyu_gunzi.html

79 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 20:40:03
( ゚Д゚)ウマー

80 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 22:31:16
カムヤッコを賤民とするかどうか見方は別れるかな

戦国・朝倉氏は日下部姓だ

81 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 14:47:16
藤堂氏は中原姓。井伊氏は三国姓か
厚東氏や浅井・脇坂氏は物部姓か

82 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 19:42:57
大江って結局土師なの?皇孫なの?

83 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 21:32:14
>>82
土師

84 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 23:27:12
土師氏も昔はよかったんだけどね
だんだん古墳は小規模になるわ、薄葬になるわ、さらには土器も須恵器が主流になるわで
大きく没落しちゃった。平城落胤説を流布してなんとか回復を図ろうとしたんだね

85 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 01:03:27
蘇我姓はなかなかいない
土佐の安芸氏 対馬の阿比留氏。。。

86 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 04:29:57
うちは紀姓らしいのだが・・・
よくわからん
しょうこなにもなし

87 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 04:30:56
しいて言えば家紋が似ているぐらい・・・
よわいな

88 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 21:50:53
旧豪族の中では紀氏と大伴は最後まで頑張ったほうだな。
菅原は豪族ってほどじゃない気がする、土師でも傍系っぽいし、
古人以後の4代で学問を武器に成り上がった感じだ。

89 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 21:52:00
浦島太郎は日下部氏

90 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 22:35:43
寛政譜に清川忌寸姓(?)とかあった。
諸蕃はアイデンティティーが強いのか。

91 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 18:02:57
結構マイナーな氏姓名乗ってる大名も多いな。
ttp://www.myj7000.jp-biz.net/table/daimyou.htm

92 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 20:44:21
皇別の文室氏、良峰氏、在原氏なども、平安初期までは公卿を輩出
してるが、その後はどうなったのやら。いちおう、地下官人には
その後裔を称する家系もあるも疑わしいし。

石清水八幡宮の別当の家系は紀氏だよね。院政期にすでに紀氏姓で出てきて
るからかなり確実なんだろうな。御厨子所預を世襲した地下の高橋家も
紀氏だったような。

93 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 23:37:12
何が院政期だよ。摂関期からとっくに紀姓で出てくるよ。

94 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 23:45:01
つか、石清水を創建した人物が紀氏なんだが。

95 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 23:54:41
朝廷から離れることで、藤原氏による他氏排斥から逃げおおせた、いい例だな。

96 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 00:30:41
>>94
行教の俗姓が紀氏ってことを言いたいの?
>>92
いや、別に院政期以前には無かったと言うつもりはないよ。
御厨子所預の紀氏も摂関期にも文献に出てくるようだし。
だけど、頻度が多くなるのって院政期ぐらいのような気がしたん
だよね。実際どうなの?


97 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 00:47:10
頻度も何も。代々そうなんだからw

98 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 00:53:19
石清水の別当の紀氏って、平安初期に中納言だか参議だか、
とにかく公卿だった何某の末裔っていう伝があるよね。
もしそうだとすると、宇佐宮祠官の紀氏(行教の系統)とは、
同祖だとしても別家系ってことになり、その点が気になるんだよね。

99 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 01:03:42
てゆうか、藤原氏ほどには強大になれなかった紀氏などの場合、
疑い無い、と言えるほどに系譜が明確なんだろうか?
何しろ紀氏は平安初期以降は全く公卿を輩出してないし。

100 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 01:06:58
初代神主は行教の甥・紀御豊。のち俗別当に御豊の曽孫・良常。
以後別当職を紀氏が独占。良常の子聖清の時から世襲。
29代別当慶清が田中を家号とし、32代祐清が善法寺(菊大路)を称し、
二流に分かれた。以降、紆余曲折を経ながら、田中・善法寺の二家
が相次いで社務につき、現代にいたる。

101 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 01:25:50
紀氏の嫡流はどの家系?

102 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 01:37:27
>>100
地下官人の多くと同様、結局 華族になれずじまいだったね。
その二家。

103 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 01:42:51
>>62
宇喜多は三宅姓っしょ。秀家が豊臣姓貰って変わるけど。

104 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 09:43:20
>>55
遅レスなんだが、三十六歌仙のひとり平兼盛は光孝平氏。
光孝平氏ではほぼ唯一の著名人だとおもう。

105 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 21:45:11
いまの石清水八幡宮の宮司って田中さんていうんだよね。
もしかして社務家の田中家の子孫なのかな?

106 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 08:22:08
大伴ってなんで宿禰のままだったのかな?
有力氏族は大抵は朝臣になってるよね。

107 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 23:56:40
八色姓で物部、中臣が朝臣に格上げされたのと比べても大伴は冷遇されている
土師や秦など改姓で朝臣になった氏族もいるのに

108 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 05:45:07
清原は真人のままか。
真人や宿禰のままのほうが漏れ的には萌えるが。

109 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 08:30:36
真人は一応朝臣よりは上だったからね


110 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 13:08:27
高階や文室は真人から朝臣へ

111 :日本@名無史さん:2006/03/02(木) 01:32:25
海宿禰から清原真人は(゚Д゚)ウマー

112 :日本@名無史さん:2006/03/03(金) 08:44:35
坂上氏も姓では差別されている感がある。
恵美押勝の乱の時、部下の牡鹿連島足が宿禰になったのに、
坂上苅田麻呂は、忌寸が大忌寸になっただけ。
せいぜいが陸奥の豪族の子弟らしい(もしかすると蝦夷)の島足が連から宿禰で、
曽祖父が四位相当の贈位、祖父が外従五位下、父に至っては正四位上、
父の代で既に忌寸であった苅田麻呂はわざわざ大忌寸を新設しての中途半端な改姓。
子の田村麻呂があれだけか活躍して、正三位大納言にまで至っても、
これまた朝臣にはなれず大宿禰(これは県犬養宿禰→県犬養大宿禰の前例あり)どまり。せいぜい五位になった程度の大したことのない家が結構朝臣に改姓されていることを
考えるとかなりの冷遇ではあるまいか?

113 :日本@名無史さん:2006/03/03(金) 17:13:40
実力の藤原
血統の物部
大伴は?

114 :日本@名無史さん:2006/03/03(金) 21:41:33
種継の子が藤原から井手宿禰に改姓してるね

115 :日本@名無史さん:2006/03/04(土) 19:39:14
しかし平安時代半ばになってくるとカバネなんてそんなに意味無くなるだろ。

116 :日本@名無史さん:2006/03/04(土) 20:50:24
村主ふみえ正四位叙位

117 :日本@名無史さん:2006/03/04(土) 23:39:13
ダウト

118 :日本@名無史さん:2006/03/05(日) 18:41:36
村主さんとか宿禰さんとか
そのまま近代の苗字なってしまった人たちって

119 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 15:57:29
百人一首を見ると、最初の方は柿本とか山部などのマイナー氏姓が多いね。
だんだん、平安後期になると中央の政治情勢に連動してか、藤原、源ばかりになるけど。
坂上田村麻呂の子孫が、歌人をやってるのがなんか悲しい・・・。
平安中期になってもしぶとく頑張っている、春道列樹と曾禰好忠が割と好きだ。

120 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 16:40:28
春道宿禰と曾禰連は物部氏族

121 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 21:47:29
118
そういえば、同級生に連(むらじ)さんっていたなあ。でも、このパターンだと、姓わかるけど、肝心な氏がわかんないね。

122 :日本@名無史さん:2006/03/08(水) 19:47:26
吉田兼倶(卜部氏)室町後期の神道家。吉田神道の創始者。中臣氏を偽称。
吉田兼好(卜部氏)鎌倉末・室町初期の歌人・随筆家。『徒然草』の著者。
卜部兼方(卜部氏)鎌倉時代の神道学者。日本書紀の注釈書『釈日本紀』の著者。

塚原卜伝(卜部氏)戦国時代の剣豪。鹿島神宮の社家・卜部覚賢の子。

卜部季武(平氏)平安時代の武士。頼光四天王の一人。でもなんで卜部になった?

123 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 00:13:42
行基・高志史  玄ム・阿刀連
道鏡・弓削連  行表・檜前調使
空海・佐伯直  最澄・三津首
義真・丸子連  円仁・壬生公
円珍・和気公  良源・木津忌寸

124 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 23:26:24
法然=漆間宿禰?
親鸞=藤原朝臣(日野)
一遍=越智宿禰(河野)
栄西=賀陽朝臣
道元=源朝臣(久我)
日蓮=三国真人(貫名)

125 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 20:50:07
乙!
坊主めくりの歌人達も俗姓わかっているのが多いよね

126 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 00:54:37
検討も付かないのは、猿丸・喜撰・蝉丸・恵慶・良暹くらいか

127 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 21:48:52
春澄善縄(はるずみのよしただ)

伊勢国員弁郡の地方豪族、猪名部(いなべ)氏の出身。仁明天皇のもとで
東宮博士、文章博士に就任。文徳天皇の命で、藤原良房、伴善男とともに
「続日本後紀」の編纂を行う。参議に昇進、公卿に列せられる。
菅原道真の父、是善と交流があり「在朝の通儒」(万事に通じた学者)と
賞される。貞観12年(870)、74歳で死去。

128 :日本@名無史さん:2006/03/21(火) 00:08:41
百人一首といえば、春道列樹も素姓あやしき人物だな

129 :日本@名無史さん:2006/03/21(火) 00:37:23
>>128
>>120

130 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 08:36:30
現代の菅原姓は、「すがわら」と「すがはら」と発音する場合
の2通りあると思う。
読みの違いはなにか理由があるのだろうか・・・?

131 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 14:02:37
>>98
>石清水の別当の紀氏って・・公卿だった何某の末裔っていう伝・・・
参議紀広浜の系統だな。
紀氏のルーツ ttp://homepage2.nifty.com/ihmm/index.html

132 :日本@名無史さん:2006/03/28(火) 11:34:22
垂仁天皇は紀氏
銅鐸も紀氏
大伴はクメール人
忍者も大伴氏
久留米は美人が多い
大友龍太郎はセリフが聞きとりにくい

133 :日本@名無史さん:2006/03/28(火) 15:20:38
「りゅう」の字が違うよ

134 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 01:51:33
織田は押熊王の後裔。

135 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 01:58:17


>>128

そうそう


京都嵐山に百人一首博物館

オープンしたね〜

136 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 02:07:16
「ろう」の字も違う。

137 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 15:02:33
相撲の五条家は菅原氏
でも京都相撲は衰退するし
相撲司家は吉田追風に占められて
相撲の権威としては家名を残せなかったね

138 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 23:16:03
唐橋家も菅原だが、マイナー氏族の
半家のなかではましな知行高だ。
マイナー氏族のなかには三十石三人扶持の家も多いね

139 :日本@名無史さん:2006/04/16(日) 09:45:18
>>137
五条家は横綱免許権を持ってたんだよね

140 :日本@名無史さん:2006/04/16(日) 10:17:07
>>128
120がいうように、春道氏は物部氏の一族ということになってるから、
平安貴族の末席に名を連ねていてもそう不思議でないとおもう。
百人一首の歌人で系譜未詳といえば壬生忠岑・忠見の父子とかかな。
官務の壬生家(小槻氏)とは無関係だし。

141 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 19:12:07
>>140
忠岑・忠見は壬生宿禰。甲斐国造の末裔らしい。

142 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 23:17:40
どんな一族でも無名な庶民として生き延びているものは数知れないだろう

143 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 23:46:53
江戸期の地下官人には町人・農家出身者も居たわけだけど、
彼らの姓氏はどのように決められていたんだろ?
自由に選べたんだろうか。
あえて菅原、伴、宗岡(つまり蘇我)、紀
とかを称したんだとしたら歴史ヲタというか拘りが凄い。

144 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 01:01:52
賜姓じゃないかな? 地下家は堂上家の家礼になっていて、官位をもらうにも主家の執奏が必要。
その際、無姓の身分の者には官位とともに主家ゆかりの姓を与えられたのでは?
下官人で自分から姓を名乗れる者ばかりとは思えんな

145 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 01:12:44
>>122
俺の本姓も卜部氏

146 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 17:55:19
無姓の卜部?

147 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 19:35:52
夢精のト部

148 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 20:47:24
織田も卜部

149 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 00:16:50
織田は斎部宿禰

150 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 00:13:08
>>141
壬生直だったかも知れん・・・ よく分からんな。

151 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 10:38:57
親氏が婿入りする以前の松平氏は賀茂姓だったのですか?

152 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 19:15:03
そのようですね

153 :日本@名無史さん :2006/04/30(日) 22:29:37
賀茂神社の社紋が葵だから徳川家(松平家)の家紋が葵なんだろ?

154 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 00:11:19
そういえばもうじき京都の葵祭が始まるな
上賀茂神社、下鴨神社

155 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 00:20:24
>>151-152
ちがう。親氏が賀茂姓で、松平氏は在原姓。泰親は源姓。

156 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 00:31:34
泰親から僣称したのか? でも酒井も源姓だろ?

157 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 00:38:39
でも源氏ってゆうのは家康が征夷大将軍になる正当性を示すために
捏造したって聞いたことがあるけど・・・?

158 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 01:10:22
>>156
僭称じゃない。
親氏は賀茂姓、松平氏は在原姓。
源姓新田氏世良田流徳川氏は泰親。
松平信重の長女の聟が親氏で、次女の聟が泰親。
三代信光は親氏の子で、泰親の養子となった。
家康は血系は信光の子孫だが、家系では信重の子孫、また泰親の子孫
でもあるから、源姓でもあり、在原姓でもあり、賀茂姓でもある。
僭称というなら、それは藤原姓。但しこれは家康より前、すでに
信光の頃に称していたんじゃなかったかな。

159 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 08:37:49
在原朝臣のまま征夷大将軍になっていたら
メジャー姓に逆転だったのに

160 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 10:18:02
徳川は新田支族には間違い無いとして、家康の松平家がその徳川の
家系と言うのはウソ八百と言う事でOK?

161 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 16:39:20
オーケー オーケー OK牧場

162 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 20:35:33
荒尾が在原姓というのも仮冒じゃないかと。

酒井はもと大江姓だっけ?

163 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 01:45:13
息長氏はどこいったんだろな

志摩・紀伊の木本氏は息長姓?
南北朝期に木本盛房がいる

164 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 13:40:07
豪族じゃないパンピーは藤原部(ふじわらべ)の某、というふうに言われていたの?

165 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 13:58:35
伴と大伴は違うの?

166 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 15:19:39
>>165
一緒だよ。平安時代に大伴皇子に配慮して大伴から伴に改姓した

167 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 20:33:55
>>164
賤民だと名前しかないケースも

168 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 00:56:05
>>166
大伴親王=淳和天皇

この天皇が即位した翌日に大伴氏は伴氏にウジナを改めた

169 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 01:50:43
大伴親王は母親が大伴氏?

170 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 02:56:19
乳母が大伴氏

171 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:07:22
平群氏は?

172 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:11:20
有道は?

173 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:15:49
エロいよ。

174 :教育基本法改悪:2006/05/05(金) 11:23:03

伝統というと何でも良いものだと勘違いしている者が時々居るが、大きな間違いだ。
悪しき伝統、悪弊と言うものも有る。
天皇制は正にそれに当る。

天皇制が出来てからと言うもの、日本人は長い間、重税や徴用に苦しめられて来た。
自民党と公明党は教育基本法を改定して子供達に「伝統を重んずる国を愛する心」を押し付けようとしている。
伝統に固執した時、進歩は止まる。
インカやアステカの様になると言うことだ。
男尊女卑、封建的上下意識、天皇万歳、談合、天下り、癒着、町内会。
みんな伝統だ。
悪しき伝統、悪弊を断つ改革なくして、進歩は無い。
その進歩に必要な心を子供達から摘み取る積もりらしい。

国の行く末は子供達がどんな教育をされたかによって決まる。
間違った教育を受けた場合、もう、自力では元へ戻すことが出来なくなるのだ。
それが教育の恐ろしいところだ。
またバカをやって外国の軍隊に進駐してもらって正してもらうしかないだろう。
まぁそれまで、国民は散々苦しむだろうな。


175 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 12:16:38
>>172
児玉党

176 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 12:40:43
民玉党代表尾沢一郎

177 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 13:19:42
>>174
ドアホ

178 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 16:04:48
>>171
本宗ではないようだが、鎮守府将軍平群永盛(11世紀初め)
ttp://www2.harimaya.com/sengoku/html/hineno.html

島氏や椿井氏も平郡姓かも知れんが確証は無い。

179 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 18:54:31
>>174
氏ね

180 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 23:33:59
物部本流は残れなかったの?

181 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 00:33:28
なんか土佐に逃げて末惟(すえのぶ)氏になったと聞いたが。

182 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 02:05:22
>>180 石上神宮社家
ttp://www.harimaya.com/o_kamon1/syake/kinki/s_isogam.html

>>181
ttp://shushen.hp.infoseek.co.jp/keihu/sizokugairan/mononobe2g.htm
>・物部鏡連、物部文連。ともに土佐国香美郡に見えるが、同郡大忍庄
>山川村の領主・石舟明神祢宜で物部姓の物辺、末延氏は族裔か。
これね

http://www.minaminokaze.co.jp/book/tosa/tosa.html
>物部氏の伝承と土佐物部氏 石船神社(天忍穂別神社)
子孫?が本出してたwww

183 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 15:26:41
蘇我と曽我は違うの?

184 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 16:21:26
小野あ滅亡?

185 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 23:50:07
>>184
横山党

186 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 00:57:28
>>184
地下家としては、大膳職に就いた徳岡家がある。
横山・猪俣党の小野姓には疑問。池坊は論外w

187 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 01:24:23
>>184
妹子が現代にタイムスリップしちゃったので
間が飛んでるだけ。

188 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 05:31:09
尊卑分脈の内容の多くは信用できるの?

189 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 13:26:49
>>187
タイムスリップすると希に性転換することもあるらしいな。

190 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:26:28
>>188
公家部分はほぼ信用してよい。
武家部分はまず疑ってかかれ。

191 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 18:49:46
武家はみんな貴族出身にしたがるからねぇ・・・

192 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 01:22:01
私は、小学3年です。私には、彼氏がいます。
彼とわたしは、デートの時、どちらかの家に行き、 だれもいないとき、部屋で横になって裸でだきあいます。
それがだんだんエスカレートしていって、 学校の体育倉庫で服をぬがされ、まだ3年生ですが学年で1番大きいおっぱいを、つかむように触られたり、しゃぶったりされます。
最初は、苦手だったんだけどだんだん気持ちよくなりサイコーです。
しかも、わたしは、学年1美人でもてます。
彼も同じで、美男美女でよくみんなにうらやましく、思われます。
このカキコ見たあなたは4日後に不幸がおとづれ44日後に死にます。それがイヤならコレをコピペして5ケ所にカキコして下さい。
私の友達はこれを信じず4日後に親が死にました。 44日後友達は行方不明....。
いまだに手がかりもなく私はこのコピペを5ケ所に貼り付けました。
すると7日後に彼氏ができ10日後に大嫌いな人が事故で入院しました。
信じる信じないは勝ってです


193 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 21:28:07
ふるしゃ

布留今道と石上並松

194 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 01:22:16
良峰朝臣とか。
丹羽長秀が末裔だっけ。

195 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 02:42:36
良峰朝臣姓は仮冒で、実際は椋橋宿禰姓と見られる。
もっとも藩翰譜の児玉党説をとれば有道宿禰姓だが。

>>163
鹿児島神宮社家の一、桑幡(桑畑)家が称息長宿禰姓。

196 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 22:16:12
朝日将軍源義仲の信州軍勢の実質は、おそらく巴御前の出所の中原(姓)一族。
中原一族はどうなった?

197 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 00:56:13
巴に近い族裔としては、今井兼平の子孫や樋口氏(直江兼続の実家)

198 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 01:41:29
でも直江兼続の子孫は江戸時代に断絶したんじゃなかったけ?

199 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 04:59:53
諸橋轍次マジ?
ttp://park2.wakwak.com/~fivesprings/toti/jinbutu/morohasi.html

200 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 20:13:38
 聖武天皇に姓を申請して却下された御方大野の父親って誰ですか?
 天武朝の親王らしいんですけど、天智皇子?天武皇子?
 御存知の方教えてください。

201 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 21:00:35
>>200
俺の知る限り、結論は出ていないと思う。
「大野之父於浄御原朝庭在皇子之列」を単純に解して、天武の皇子と
するのが一般的。 磯城皇子とする説もあるが、彼には皇籍を奪われた
形跡がない上、その子は二世王として叙位されていることが証明済み。

一方で、「浄御原朝庭在皇子之列」が天武の皇子に限定される必要は
ないとして、天智の皇子とする説も唱えられている。扶桑略記に「(天智
天皇)王子男六人女十三人(略)但一人不載系図」とある一人を「大野
之父」と見なせるというが、後世の史書がどこまで信用できるかは疑問。

202 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 19:57:28
そうですか、やはり定説はないんですか?ご教示ありがとうございます。
あと不思議なのは、大津皇子説はないんですか?
686年没ですから、749年(大野はこの年までは生存)に遺児の生存は有りえますよね。
大津皇子の年齢から言って子供がいたとしても乳児でしょうから、助命だけはされたとか
ありそうですが。
子孫が判然としない川島皇子か弓削皇子の子とかってことはないですかね。どちらも処罰
された形跡はないですけどね。
あと天武朝で皇子とすると、天智&天武の弟(高齢すぎるか?)とか、有馬皇子に弟がい
たとか、皇位継承に縁がないほど母方の血筋が悪い皇子の一人や二人いても不自然ではな
いような。

203 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 01:22:21
>>197
兼続の養家の直江家の方は、藤原京家の末裔を自称してたんだっけ。
それも珍しいよな。菅原とか大江なんかより遥かにマイナー臭がする。

204 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 19:47:48
武家の藤原氏って南家か魚名流って印象があるけど、他のもいるのかな?
永手流とかもマイナーな感じだ。
南家でも仲麻呂流とかもいてもいいよな。

205 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 19:58:39
偽京家は平安時代からいたらしい。五位の京家枠獲得が目的。
ところで多治比氏って結局どうなったの?

206 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 20:11:15
なぜ家康は、自分の代から松平ではなく徳川と名のったのか?

207 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 20:40:35
>>204
北家の上杉、菊池

208 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 21:58:27
- 四姓以外の主な武士 -

物部(→有道)姓 ‥ 児玉党(児玉・本庄・秩父・人見・小幡 等)
小野姓 ‥ 横山党(横山・稲毛・荻野・糟屋・海老名・由木 等)
     猪俣党(猪俣・岡部・甘糟(甘粕) 等)
橘 姓 ‥ 楠木氏<異説あり>
多治比姓 ‥ 丹 党(丹・由良・勅使河原・加治・高麗・小鹿野 等)
日奉姓 ‥ 西 党(西・平山・日野 等)
私部姓 ‥ 私部党(私部・箕田 等)
大江姓 ‥ 毛利一族・長井氏・那波氏・海東氏
菅原姓 ‥ 美作菅家党
高階姓 ‥ 高氏
越智姓 ‥ 河野一族(河野・得能・別府・土居・一柳・稲葉・林・得居・来島(久留島) 等)
惟宗姓 ‥ 島津一族(島津・山田・伊集院・伊佐・新納・樺山・北郷 等)
多々良姓 ‥ 大内一族(大内・陶・右田・山口 等)
日下部姓 ‥ 朝倉一族秦姓 ‥ 長曾我部氏
安東姓 ‥ 安東・秋田一族
大蔵姓 ‥ 大蔵(原田)氏・筑紫氏

209 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 22:24:02
- 続き(四姓以外の、上記以外の主な武士) -
【九州二島】 阿蘇大宮司家・肝属氏・禰寝(根占)氏・土持氏・緒方氏・草野氏・宇佐大宮司家・宗像大宮司家・阿比留氏
【中・四国】 安芸氏・綾氏・海(安摩)氏・厳島祠官佐伯家・出雲国造家・吉備一族・三宅氏
【関西】 穂積(鈴木)氏・湯浅党・紀伊国造家・和田(にきた)氏・建部氏・(伊勢内宮)荒木田神主家・(伊勢外宮)度会神主家
【三関以東】 熱田大宮司家・伴氏(設楽・富永)・土方氏・富士大宮司家・三枝氏・神家党(諏訪氏)・神保氏・長(長谷部)氏・滋野(海野)一族・上総坂上党・奥州坂上党・紀清党(紀姓猿子(=益子,ましこ)氏と,清原姓芳賀氏)

210 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 23:45:17
>>208
乙。朝臣や宿禰等のカバネも付してほしいが

丹党の多治比姓は疑問大かな。あと、安東姓じゃなくて
安倍姓かと。物部(→有道)姓も有道姓としたほうが良い。

211 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 11:41:29
阿波民部大夫こと田口重能は田口朝臣だっけ?
蘇我田口臣の後裔だとか何かで読んだ。

212 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 12:28:11
楠木氏は猪俣党説(網野)あり。

213 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 15:49:55
楠木氏はもともと河内の一族じゃないって本当!?
先祖は源頼朝に仕えていたというのを聞いたことがあるんだが。

214 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 16:00:06
>210御教示ありがとうございます。
しかし、戦国末の大大名のうち、東国は四姓{伊達・長尾上杉・後北絛・武田}なのに、中央より西はそれ以外{織田(忌部姓?)・毛利・島津・長曾我部}とは面白いですね。

215 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 16:01:35
>>213
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1029478701/44(網野説)
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1029478701/58(筧説)

216 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 17:28:37
>>202
川嶋皇子の子孫は淡海朝臣の姓を賜っているし、弓削皇子には
子がなかった可能性が高いといわれる。大津皇子は一考の価値
があるかも。有間や天武の弟はいたとしても年齢的に厳しい。

>楠木
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1029478701/80-81
熊野国造説の真偽はともかく、流布している「熊野国造系図」は
その用字などから後世の偽系図の可能性が高いと聞いている。

217 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 19:21:15
守部姓・・・山内首藤氏
佐伯姓・・・波多野一族

218 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 01:02:30
文室姓は?

219 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 02:36:58
>>218
明確に文室姓を称しているほぼ皆無と思うが、ただ・・・
ttp://www2.harimaya.com/sengoku/html/akai_tate.html
上野館林城主の赤井氏。 系図の上では藤原氏となって
いるが、末尾に文六郎などと見えているように、文屋康秀
(六歌仙の一)の子孫を称していたこともあると聞いている。
あと、静岡市駿河区八幡神社の神主八幡氏も文屋姓と。

7000傑は播磨の二星・池田、伊豆田方の南条、越後の
五十嵐の諸氏を挙げているが、詳細を知らないので保留。

220 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 02:43:17
×称しているほぼ皆無
○称している例はほぼ皆無

221 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 21:13:28
 佐伯三野って今毛人の弟でしょうか、子供説もあるみたいですが。
 あと佐伯真守(生年不祥)は今毛人の兄とされているようですが、官位昇進を見ている
限りでは弟みたいですね。まあ今毛人の昇進の方が異常(四位あたりまでは藤原氏主流並)
なのでしょうが。

222 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:24:00
>>219
怪力伝説のある五十嵐小文治、太平記に五十嵐
文四・文五と見える一族に関係があるらしいです。

かの紀国屋文左衛門ももと五十嵐氏で、名は文吉
だったはずですが・・・ まァ、妄測は止めませう(汗

223 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:32:27
物部=有道?


224 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 23:43:55
有道氏は物部氏と同祖同族の関係にあるということ。
物部氏を宗家と見れば、有道氏は初期の分流になる。

225 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 00:54:41
久自国造=物部姓

226 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 01:12:51
丈部(大部)姓だろ。平安初期、有道に改姓。

227 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 01:41:25
>223-226
伊香色雄命┳(物部)十市根━5代略━守屋
     ┗○━(大部)豊日‥‥稲守━(有道)氏道

228 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 08:31:11
物部一族は奥羽にゆかりがあったのか?

229 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 09:11:39
>228久自 → 常陸國久慈郡だぞ! 大丈夫か?

230 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 09:21:54
>>229
どーゆー意味?

231 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 10:21:23
>230
228は、陸奥國糠部郡久慈郷(→岩手縣久慈郡)と勘違いしてるのだろう。

232 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 18:41:24
田使姓・・・難波・清水氏
宮道姓・・・蜷川氏
建部(阿保)姓・・・比企氏

233 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 19:24:52
K−1の武蔵は蜷川氏の子孫らしいが宮道姓とは別流だろうか

234 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 00:05:32
同じ

235 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 07:24:01
862 :日本@名無史さん :2006/05/16(火) 02:48:38
藤原南・京・式家の生き残りは公家に居ない


863 :日本@名無史さん :2006/05/16(火) 09:43:40
南家流は皆無ではないはずだが。


864 :日本@名無史さん :2006/05/16(火) 21:03:23
子孫が絶えた京・式




236 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 19:26:48
系図は書かれてある通りに見ても無意味。
たとえば下野国の宇都宮氏は、藤原氏北家の藤原道兼の後裔の藤原宗円を祖とするとされるが、
下毛野氏子孫説ほかがある。
このように、藤原、源の子孫の系譜を持ちながらも、古代氏族の子孫説のある氏は意外と多い。
これは、藤原氏の者が、下毛野氏の娘に子種を孕ませたということだろう。
子供は、母親の家である下毛野氏の方で育てるため、下毛野氏の家の子となる。
しかし、藤原氏の種だから氏の血筋の上では藤原氏の子になる。
下毛野氏としては藤原氏と結びつくことが有利と判断し、その子の父の藤原氏を、その子を基点にして祖にし、
藤原氏後裔の系譜を作る。
地方の豪族の大半は、このようなもので板東の平氏も、古代氏族の子孫だが、都から下向してきた平氏の子種から
系譜を平氏に変更したものが大半。

237 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 21:04:37
公式系図にも母方記しているのでは?宇都宮氏系図に下毛野氏娘と記載されているの?

238 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 23:53:33
>都から下向してきた〜
中央貴族から養子を迎えたとか、配流された貴族から氏が発生
したとか、地方に活路を求めた中央貴族が地方に下って武士の
起りとなったという所伝自体を疑問視すべきでは。源平藤などの
貴姓を称していても、実際の血縁関係はないことが殆どだろう。

239 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 00:27:47
父親から「認知」されたらいいのか?

240 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 00:48:14
小野朝臣横山党のようなのですが帰農しますた・・・orz

241 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 02:31:41
日中韓(日本・唐・朝鮮のほうがいい?)で氏のバリエーションてどんなもんです?
源、平、藤原、橘、高階、紀、(大)伴、菅原、大江、在原、土師、小野、秦
丹(治比)、日奉、私市、越智、惟宗、多々良、日下部、安倍、阿部、大蔵、蘇我
物部、息長、佐伯、坂上、滋野、金、清原、穂積、忌部、良岑、文室、尾張、有道
井上、葛井、海部、毛野、

姫、呂、曹、徐、黄、馬、劉、孫、ウォン、チェン、王、関、張、趙、毛、江、

金、李、張、黄、ペ、朴、チャン、リュ、チェ、イ、ノ、

242 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 19:04:26
嵯峨源氏以後に賜姓された皇族で源平以外ってありますか?

243 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:18:49
在原

244 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:37:09
>>238
秀郷流藤原氏は母系(下野国鳥取氏)で繋がってる。
坂東八平氏などもそうだろう。
在地勢力が王胤貴種の血統を取り入れる。
ただ、系図で見ると父系で繋がってる。こういう所が詐称だろう。

245 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:51:36
読み返すと説明が悪いか。

王胤貴種は種付け馬みたいなもんで、その子供は母系の在地豪族の地盤で成長する
みたいな感じ。
在地豪族化した王胤貴種もいたようだが。

246 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 23:17:06
>241
姫なんて思いっきり周の王族限定の氏なんだが、
ときどき陜西省あたりの貧しい農民の姫さん
とかTVにでてきて「周の文王の末裔なのかな?」とか思う。

247 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 23:44:56
縄文系どころか倭人系の苗字ってあるんかいな?

ほとんどが皇族か半島系の姿勢ばっかじゃん。

248 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 00:22:53
>>242
嵯峨・・・春朝臣
淳和・・・統朝臣
仁明・・・貞朝臣
光孝・・・滋水朝臣

>>247
神別の天神系

249 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:08:50
>>248
滋野氏を抜かしてはいけない

250 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:58:05
( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )

251 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 04:34:24
        _    -―-- 、  _
      , ', -、ヽ'´       `'´, -、ヽ
      ! {  /             ゙   } i
        ヽ`ー,'   ●  _  ●  ゙ー'ノ   
         ` !     , '´ ▼ ヽ   l"    な、なんだって──!?
         / `ヽ   i   ○   i   ノヽ、
        ヽ./  `==ァ'⌒ヽ==' ヽ/
          ヽ,     {(^)   }    〈
          !     ヽ!l__,ノ     ゙

252 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 06:55:42
>>236
宇都宮は中原氏の後であると系図に明記されている

253 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 13:27:48
海野一族(滋野朝臣)が清和源氏に比肩すべく、
清和皇裔を仮冒したことは常識と思っていたが。

254 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 15:17:47
宇都宮って天王寺で楠木に負けた宇都宮?

255 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 18:01:17
宇都宮公綱
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E5%85%AC%E7%B6%B1

256 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 14:34:34
その後の平群氏は?

257 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 15:57:42
>>256
>>178

258 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 09:55:42
 確か中世の場合、源平藤橘等の貴姓は、主典(近衛将曹・兵衛志・馬属・八省録・職寮
の属の類)には建前上は任命しないという習慣があったらしい。
 逆に実際に任命する時は、藤原は藤井、橘は立花とか仮の姓をつけたらしい。
 それで平の場合は平群にしたそうだ。(源は忘れた。)
 あるいはそれを逆手にとって平に化けた平群もいるかも知れない。

 それにしても平群って伝承ではすごいけど歴史時代にはいってからはぱっとしない。

259 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 14:52:26
平群氏出身の人物ってだれですか?

260 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:38:26
伝承時代の大臣は別として奈良時代でも五位くらいになったのはいくらかいるけど、印象
に残るようなのはあまりいない。
続日本紀によると763年に渤海使を送る判官に任命されたけど船がぼろくて乗らなかった
奴がいる。それで代わりの責任者が帰路に事件を起こしたので名前が残った。
けど別に処分もされなかったみたいで後に五位になっている。平群姓で名前は虫麻呂だっ
たかな?

261 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 03:01:56
平群女郎(へぐりのいらつめ)
越中守大伴家持に贈る歌「君により我が名はすでに龍田山絶えたる恋の繁きころかも」

平群朝臣広成 天平五年、第九次遣唐使の判官
帰路、季節風に流され南ベトナム漂着。現地人に襲われたりして、一五〇人以上の
死者を出しながらも捕虜となって最後の生き残り4人に入る。唐の商人に買われ(?)
て長安に戻る。阿部仲麻呂の奔走により、同一〇年、渤海に渡る。
一一年、日本に向かう渤海使節に便乗。この時も嵐にあって正使の乗った船は難破
するが、広成の乗った船は無事に到着。帰国を果たした。
帰国後は順調に出世して、最後は武蔵守となって武蔵で没した。

平群朝臣虫麻呂 第七次渤海使を辞退。>>260の説明通り。

262 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 22:32:33
平群広成さんかわいそう・・・


263 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 00:23:48
仲麿のほうがかわいそうかも

264 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 00:25:02
吉宗の母親は郷士平群氏?

265 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 02:45:51
あれは巨勢氏だろ

266 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 15:25:09
tes

267 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 23:49:22
>>254
泥〜

268 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 23:09:59
小氏族が源平藤に吸収合併されていったのが中世〜近世?

269 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 01:48:28
菅原氏で公家に残ったのは?

270 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 09:02:25
>>269
高辻家や唐橋家などいくつかある
文章道を家業としていたので、
公家社会でそれなりに生き残ったのだろう

271 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 23:13:58
古代には「成り上がりもの」いなかったの?
「豪族」出身ですらないものからの

272 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 23:25:07
柿本は?

273 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 23:34:00
>>272
春日氏と同族

274 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 00:26:16
石見の大族、御神本・益田氏を柿本人麻呂の後裔とする
「石州益田系図」なるものがあるが、果たしてどうかねぇ?

275 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 23:24:38
紀寺の奴益人→紀朝臣益麻呂→田後部益人
 解放(764)→紀朝臣賜姓(764)→従六位上(765以前)→従五位下(765、三階)→正五位下(767、
二階)→陰陽頭(767)→伯耆介(770)→従四位下(770、二階)→免官・田後部に改姓(771)
 奴から四位まで行ったのはこの人くらいでは?

羽栗臣翼(?〜798。父は遣唐使の従者)
 正七位上遣唐録事(775以前)→外従五位下遣唐使准判官(775、五階)→大外記→勅旨大丞→
丹波介→内薬正→侍医→左京亮→内蔵助→正五位上(797)

276 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 20:45:27
>>268
熱田大宮司家や奥州藤原氏みたいに
平安時代から始まっていたんじゃないか?

277 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 03:05:56
>>276
熱田大宮司家は結果的に
藤原氏が乗っ取った家だよね。

278 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 11:11:53
戦国時代熱田大宮司家は結果的に
織田氏が乗っ取った家?

279 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 23:53:19
鎌倉北条氏が平氏というのも怪しいとか

280 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 05:08:50
>279
それは昔からよく言われてるよ。

281 :日本@名無史さん:2006/06/19(月) 19:57:39
百済王氏って結構三位の人がいるのに、なんで参議はいないの?

282 :日本@名無史さん:2006/06/19(月) 23:55:56
>>279-280
関東は源氏じゃなくてもともと平氏が広く土着して拓いた土地柄。
平氏系の武士団はたくさん存在している。
北条氏が平氏の流れでもおなしなことは何もない。


283 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 01:49:02
古代地方豪族の流れでもおなしなことは何もない。

284 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 06:41:10
>>283
具体的になんという氏族?

285 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 07:12:27
北条が平氏であることは間違いないが(熊谷氏の庶流)
時政は平氏嫡流ではなく庶流の庶流。

286 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 21:09:50
熊谷も北条も平氏の庶流の庶流でしょ。
別に北条から熊谷が分かれたわけではない。
どっちも平直方流。

287 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 01:16:26
スレタイ嫁。平氏はお腹いっぱい。

288 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 02:38:11
よし、じゃ熊谷つながりでいうけど
熊谷は平氏流という説と別に丹治比氏(古代の丹遅真人)という説もあるぞ。
これでどうよ?

289 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 19:46:55
前にちょっと話題になった平群氏
8世紀の内五位以上官人の数(倉本一宏氏の「日本古代国家成立期の政権構造」より)を見ると、
 大伴宿禰154、阿部朝臣163、巨勢朝臣82、紀朝臣177、石川朝臣139、
 石上朝臣62このあたりの多士済済組にはまけるのはしょうがない。
 それでも平群朝臣も30と数では健闘しているんだけど、
 同程度の粟田朝臣35、小野朝臣35に比べても印象が薄い。
 というか半分程度の中臣朝臣16、佐伯宿禰14より全然目立ってない。
 中臣と佐伯が少ないのが意外だ。少数精鋭って感じか?
 やっぱ平群はスターはおろかタレントクラスもいないないからな。

290 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 23:31:43
>>288
丹党が多治比氏というのは仮冒

291 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 05:02:19
語部 笛吹部 白髪部 六人部 刑部 山部 海部 川人部


292 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 06:34:05
>>290
熊谷氏は丹党じゃないぞ。

293 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 21:36:50
>>292
>>288

294 :日本@名無史さん:2006/06/24(土) 03:22:22
>>293
あのね。

288=292=漏れ、なんだけど。

熊谷氏は丹遅氏から分かれた私市氏のそのまた分かれと自称している。
(自称だから史実とはまた別ね)
しかし、熊谷氏は武蔵七党のうちのどれか(丹党ふくめて)に専属はしていない。
丹党や私市党の旗頭を務めたことはあるようだがこれも自称であって事実かどうかはわからない。
仮に事実としても一時的な雇われだろう。実際は独立系の零細領主。

295 :日本@名無史さん:2006/06/24(土) 13:53:32
>熊谷氏は丹遅氏から分かれた私市氏のそのまた分かれと自称している。

ソースきぼん。 熊谷氏=私市党説は仄聞しているが、
丹遅氏から分かれたという私市氏の存在を知らない。
私市党の出自は但馬国造か千葉国造と言われてるが。

296 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 04:21:34
>>295
いやだから熊谷氏は私市党じゃなくて、独立系の零細領主。
所領はちょうど丹党と私市党の中間あたりに位置しており
丹党とも私市党とも離れている。

私市党は系図上(だから史実とは別ね)では但馬国造でしょう。
千葉国造って説はきいたことないのでむしろソースください。

私市氏が丹遅氏からわかれたというのは熊谷系図の独自の説。
初期の熊谷氏は自分らの出自について丹党と私市党の両者に
等距離で親近感をもっていたことの表われかとも思うが
よくわからない。

297 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 01:23:00
千葉国造説は但馬国造説の批判に立った憶測であって、ソースは無い。
但馬〜説を採ると、わざわざ但馬から武蔵に移動している理由が不明瞭なの
で、『日本後紀』に見える「千葉国造大私部直善人」の族裔と考えた方が自然。

しかし早くにも千葉国造の系譜は失われたらしく、『姓氏録』に「大私部/開化
天皇皇子彦坐命之後」とある記述を誤解し(大私部直は大私部の伴造)、自ら
を彦坐命の子孫すなわち但馬国造の系譜に結び付けた・・・・というのが大要。

298 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 02:38:21
千葉国造と但馬国造は単純に大私市部同士で同族だったんでしょう。
遠く離れていても出雲国造と武蔵国造みたいに同系を称する例はある。

299 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 04:06:42
ttp://www.myj7000.jp-biz.net/clan/02/021/02126.htm
千葉国造は武蔵国造と同族といわれる。
大私部直と大私部は全くの別族だろう。

300 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 09:06:02
直がついてる方は伴造で、ついてない方は部民でそ。

301 :日本@名無史さん:2006/06/30(金) 20:00:42
続日本紀とかに下道朝臣がちょいちょい出てくるけど、あれは吉備真備の親類?

302 :日本@名無史さん:2006/06/30(金) 20:25:51
うむ

303 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 01:22:18
地下官人の中には懐かしい名前が・・・・

304 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 10:24:13
大宝元年以後維新までコンスタントに各世代で五位以上を出し続けたのは、
藤原朝臣は当然として、あと神官を除けば、
中臣朝臣→大中臣朝臣と、土師連→土師宿禰→菅原朝臣くらいかな?
土師→大江朝臣はどうだろう?
地下の大伴は古代の大伴の系統じゃなさそうだし

305 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 23:41:55
>地下の大伴

何かあったっけ?

306 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 18:47:57
土師といったら大江の前に菅原でしょう!

307 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 20:30:34
土師って言ったらまずは秋篠(土師氏最初の参議)?
後はぱっとしないけど

土師氏の系統は良くわからないけど、とりあえず古人は土師の四腹の一派の中の嫡流にかなり近い筋(強大化従兄弟程度)かな?

308 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 02:35:38
秋篠安人の父は 宇遅(宇庭)か? 千村か?

309 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 22:54:57
分からん

310 :日本@名無史さん:2006/07/10(月) 20:40:28
大江広元は大江氏のとおりでいいのか、
それとも中原氏なのか、藤原氏なのか

わからん

311 :日本@名無史さん:2006/07/21(金) 21:45:09
わかるよ

312 :日本@名無史さん:2006/07/21(金) 23:48:01
土師氏の四大氏族のうちの最後のひとつはなんという氏族?

313 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 00:00:51
大枝?

314 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 01:37:28
秋篠?

315 :日本@香具師:2006/07/22(土) 04:17:04
 天皇宗家出身の皇族から下野した家系、天皇家と縁戚関係を結んだ
以降に貴族に列せられた家系、さらに皇族を中心とした縁戚関係から
派生したと言われる家系が氏姓(官職のシンボル)を受けたのが始ま
りで、支配階級を意味した氏姓が地方に散った後も細々と繋いで武士
になり、あるいは豪族となり、後に○○源氏、○○平家を代表として
歴史の表舞台に台頭し、ひいては源頼朝、足利尊氏、徳川家康(自称
源氏)といった征夷大将軍というそれぞれの「幕府」の始祖となった。
 日本は、皇族の末裔が地方支配層を作り、地方支配層から天皇宗家
を支える図式を作り上げて今日に至る。国民の苗字とは意味合いが違
うのであるが、苗字の多くはこうした支配層たる氏姓制度になぞらえ
て好きな苗字を名乗って定着している。
 四大氏族等は、本来の氏姓(世襲官職)を繋いでいる家系である。
なんて香具師が炒っちゃっていいですか。

316 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 05:03:15
むしろマイナーな古代からの氏族名を名乗っている人間のほうが本物末裔?

317 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 05:18:54
>>315
そんなわかりやすい歴史なら教科書もいらないよね。

318 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 09:33:19
土師の四流のうち一流(桓武に連なる流れ)は大枝→大江
残り三流は菅原か秋篠を適当に名乗れってことだったみたい。
なんか後に秋篠から菅原に改姓した連中もいる。
あと多分末流なのか、従属民で血縁関係がなかったせいか土師のままだったのもいる。
後に土師から改姓したのもいる。

319 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 17:41:43
土師氏の4大氏族は互いに血縁関係はなく、親族関係を擬制していた
だけなんですよね?

320 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 18:30:53
従属民=「部」のつく姓の人間?

321 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 19:10:42
>>316
マイナー氏姓の多い地下官人なんかほとんど
成り上がり者が養子縁組で家系を乗っ取ってる

322 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 19:22:19
うちの近所に物部姓の人が住んでいるけど、
まだ生き残っていたのか、と思ったね。

323 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 19:48:17
部が井に変化した物井姓の人も、元は物部。

324 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 19:56:40
どうも大江は土師の中でも傍流だったらしい。
秋篠安人と菅原古人(道真の祖父)が兄弟ってのはどの程度信憑性があるんだろう。

325 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 23:03:42
源平藤橘につぐナンバー5は結局何?

326 :日本@名無史さん:2006/07/23(日) 15:30:56
菅原じゃない?右大臣にまでなっているし。皇族出身ではないところがやや不利か。

327 :日本@名無史さん:2006/07/23(日) 18:12:05
藤原だって神別だし。

関白だした豊臣というのもあるが、実質わずか二代で終ったから。


328 :日本@名無史さん:2006/07/23(日) 19:24:29
平安中期以後で言えばむしろ菅原は橘以上では?
清原とかも同様。

329 :日本@名無史さん:2006/07/23(日) 23:20:58
菅原に1票

330 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 21:52:45
やっぱ菅原でしょう
菅原に一票

331 :日本@名無史さん:2006/07/25(火) 02:57:40
錦小路、土御門もよろ

332 :日本@名無史さん:2006/07/25(火) 04:14:30
高階氏に萌え。
美人で才女が多そうな気がする。
具体的には、高階貴子、高階栄子しか知らないが。

子孫はどうなっているのかしらん。
近世になって有名なのは、堀尾氏だけ?

333 :日本@名無史さん:2006/07/25(火) 09:34:57
安倍氏が上古の阿倍氏とつながっているなら一票入れたいところだが
陰陽家はたぶん別系統だから

334 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 23:49:34
唐橋もいいな〜
でも本家菅原に一票

335 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 00:11:35
>>334 氏と家の区別してる?

336 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 09:40:22
豊臣姓は木下家が名乗り続けた

337 :日本@名無史さん:2006/07/29(土) 14:30:05
>>336
さすがに宗家が滅びるとナンバー5とは言い難い。
細々生き延びた感じだな

338 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 22:02:55
そんなことはない
菅原は5位だよ

339 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 23:13:09
>>337
宗家といっても秀吉だけだし、枝族もほとんどない
そこがナンバー5になれない弱み


340 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 00:56:11
源平藤橘菅□
        ↑
じゃあ、次も決めようか

341 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 01:32:32
>>339
橘は?

342 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 08:16:50
生き残りでは清原と卜部かな?
卜部は出だしがしょぼいけど。

343 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 07:44:35
http://www.picsmaster.net/gallery/atk/46be1d/

344 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 22:34:59
↑何の関係があるんだろ

345 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 23:51:01
見ちゃだめだよ〜

346 :482:2006/08/05(土) 00:04:19
ブラクラ!?

347 :日本@名無史さん:2006/08/05(土) 22:42:13
>>342
しょぼい

348 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 01:18:34
各天皇の派生氏族を分かりやすくまとめたサイトない?

349 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 20:18:20
ttp://shushen.hp.infoseek.co.jp/keihu/sizokugairan/SIZOKUG.HTM

350 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 21:42:47
菅原が日本一ぃぃぃ!!

351 :日本@名無史さん:2006/08/16(水) 12:23:30
唐橋在数惨殺事件

352 :日本@名無史さん:2006/08/16(水) 20:58:22
俺の苗字が唐橋なんだが・・・

353 :日本@名無史さん:2006/08/16(水) 21:04:16
天皇家
中臣氏
忌部氏

が御三家

354 :日本@名無史さん:2006/08/16(水) 21:32:23
>>352
そなたを菅家嫡流にする

355 :352:2006/08/17(木) 20:02:10
ははーっ
ありがたく頂戴いたしまする。

356 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 00:25:46
菅原なら唐橋より高辻だろ?

357 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 22:53:03
確かに橘が氏長者を九条家にとられたことを考えると
菅原はがんばってると思うよ


358 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 01:07:16
紀、角、秦、金、多、笠、都、菅原、日奉、私市、越智、惟宗、多々良、坂本
日下部、吉備、大蔵、蘇我、石川、田口、桜井、林、佐伯、忌部、尾張、井上
葛井、海部、毛野、車持、三原、朝野、槻本、藤井、小槻、三善、大神、大石
豊原、丹波、中原、山部、凡河内、斎部、安曇、山上、山口、鳥取、平群、木津
檜前、高志、三津、壬生、和気、弓削、阿刀、丸子、椋橋、牡鹿、漆間、野見
柿本、賀陽、高麗、大野、巨勢、美努、高向、粟田、高市、氷上、吉美侯、三宅
伊勢、英保、伊和、他田、丈部、息長、息長丹生、山道、波多、坂田、南淵
道守、三国、酒人、丹治(丹・多治比)、為名、路、守山、甘南備、飛多、英多
大宅、大原、島根、豊国、山於、吉野、桑田、池上、海上、清原、香山、春日
高額、橘、登美、蜷淵、当麻、三島、小野、淡海、高階、三園、笠原、氷上、岡
文室、豊野、三原、永原、春原、惟原、広根、良岑、長岡、源、在原、久賀、平
統、文室、春、貞、滋水、物部、石上、春道、曽祢、有道、穂積、(大)伴
卜部、中臣、藤原、大中臣、井手、布施、阿部、安倍、完人、高橋、許曽倍
阿閉、竹田、名張、百済、高野、菅野(津)、県犬養、坂上、伊蘇志、栢原
滋野、土師、秋篠、大江、飯高、猪名部(春澄)

ちょっと足したけど氏、多すぎ。

359 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 03:24:40
何から引用したのか知らんが、
選択基準や順序が不可解だな

完人は宍人(シシヒト)の誤りかと思われ

360 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 13:00:10
三原が2つある。
朝臣と何だっけ?

361 :日本@名無史さん:2006/08/31(木) 01:24:52
>>359
公卿補任とか新撰姓氏録とか。
順序は天皇別に古い順からにと思ったが、収拾つかなくなった。

362 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 00:56:22
>>358
阿部と安倍は違うの?

363 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 08:22:21
菅原を仮冒した前田家の正体

中国の和邇族(現ハニ族)。日本で和族。北九州奴の国の王家。
奴の国滅亡後、和邇氏族原家は尾張国海東郡で斎藤系前田家に婿入り、前田を称す。
和邇氏⇒和邇氏族原家⇒和邇氏族斎藤家⇒斎藤前田家=江戸時代=菅原氏族前田家

同族に和邇氏族阿倍家。大和筒井家。柳生家もいる。

364 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 14:32:55
>>362
平安初期に阿倍が安倍と表記されるようになった

>>363
証拠は?

365 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 09:59:34
古代及び中世氏族の系譜関係
ttp://shushen.hp.infoseek.co.jp/keihumokuji.htm

ttp://shushen.hp.infoseek.co.jp/keihu/maeda.htm
武家で梅鉢紋を使用した諸氏は菅原姓と称しても、実際には海神族とくに
和邇氏族の流れを汲むものが多かったことが知られる。

ちなみに源氏だが名字の地が東国に集中しまさに蝦夷である。
エミシ=アイヌ語刀であり本当は渡来朝廷より古い民族なのですが、
朝廷から抹殺の対象となり出自を隠す為に家系を御門氏に繋げたものです。
仮冒の歴史は古い。御門のような自称「神の子孫」は腐るほどいる。

366 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 21:26:40
あー、やっぱりそこだったかw

367 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 23:07:23
本物の王族は少ないはずだ。常識で考えれば分かる事

368 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 04:26:02
まーねw
でもそこまで詰めてしまうと、上代における「王族」「豪族」と
いう概念自体も改めて問い直す必要があると思うんだよね。

369 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 17:14:28
互いに婚姻しまくってるから血は王族も各氏も入り混じってるけどね

370 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 22:39:01
ウチの先祖は古代豪族としての系図を名門一族に改竄し
東北人も天皇カルトに洗脳され、今や蝦夷である事を恥とするようになった
この「韓国の総国民捏造」みたいな卑屈さには情けなくなります

371 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 21:58:14
でもそうしなきゃ生きていけなかったのかもしれないしね

372 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 22:10:10
天皇家と物部連の先祖は空飛ぶ鳥人間

373 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 00:24:42
>>370
白紙の上に書いてるから
捏造ではなく妄想だね。

374 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 14:30:23
>>365
和邇氏を海人族とかいってるアホは完全なる電波。

375 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 17:25:55
>和邇氏を海人族とか

これは正しいと思うけど。海部と深い
関係にあったことも指摘されている。

376 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 21:24:31
古代〜中世、大江氏は歴代秀才を輩出し参議など高官にいたった
人もいるそうだけど、息子に馬鹿が生まれたときはどうしたんだろうね

377 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 18:32:41
没落の一途

378 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 10:22:31
大江、菅原は勉強ができなかったら、ただの役立たずだからね
芸事が家職の家柄ならごまかしも効くが
学問が家職で頭悪かったら話にならん

379 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 22:35:37
菅原も大江も先祖は相撲の神様なのにね

380 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 22:58:52
菅原氏の五条家は相撲のアガリが入ったから
頭悪くてもなんとかなったかもしれないな

381 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 13:37:15
しかし、百済の王子のとか、
新羅の王子のとか胡散臭いと誰も思わないのか?
まぁ、そんな奴って向こうでも金と学はあったんだろうけど。
でも油谷町の楊貴さんは楊貴妃の子孫ってはガチっぽい。
聖徳太子がなんか建ててあげてたったかな?

382 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 13:40:40
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●              ●              ●
●              ●              ●
●              ●              ●
  ●            ●            ●
    ●         ●           ●  
      ●       ●         ●           _( "''''''::::.
        ●    ● ●      ●__ ____,,,... --‐'''^~   ヽ   ゛゛:ヽ
         ●  ●    ●  ●:::::::::....:""""  ・    ・  . \::.   丿
          ● ●    ● ●:::::::::::::::::::       ・  ....:::::::彡''ヘ::::/
           ●       ●:::::::::::::::::::::::::::::;;;;;,, ---‐'' "^~
            ●●●●●-‐‐ ''^~
ⓑーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

383 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 15:18:43
百済王氏だけはガチ

384 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 21:04:04
>楊貴さんは楊貴妃の子孫

十二分に胡散臭いからww

385 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 03:03:18
源朝臣徳川征夷大将軍家康とどっちが怪しい?

386 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 08:15:08
>>381
中国系が祖先ってのが一番怪しい。

387 :柿本:2006/09/16(土) 21:08:53
柿本氏も氏のはず!
天皇の后を多く輩出した和邇氏の支族であり小野の妹子や山上憶良などと同族で、柿本人麻呂などが有名。
なにか姓名で二番目の位である朝臣をもらっている。

388 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 22:31:26
春日大朝臣

389 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 22:42:54
>>387
柿本の末裔か?

390 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 22:33:20
中世以降で柿本朝臣名乗っていたのっている?

391 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 12:04:55
多分いないだろう。>>274の話くらいしか知らない。

392 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 18:31:53
平家または平家関係の名字には「鬼」という字がつくそうなんです。
私の叔母が「鬼」という字が名字についてて先祖は平家と母に教えたそうなんですが鬼がつくと平家の人物って本当ですか?

教えてください。



393 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 18:42:39
そうですおばさんは平家の末裔あなたも平家の末裔です
ついでに部落民も平家の末裔で有名です
そしてここは源平藤橘以外の氏姓のスレです
スレタイ読めないのかヴォケ


394 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 22:31:20
でも「鬼」がつくのは海賊や山賊のことだと聞いたことあるが・・・
関係ない?

395 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 22:34:25
海賊は苗字に鬼が付くってのは聞いたことあるな

396 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 16:50:20
>>393
すいません;

>>395
日本に海賊なんていたんですか?

397 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 16:51:50
いたよ。ちょっとはググリましょう

398 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 18:17:49
>>397
すいません;
勉強になりました ありがとうございます

399 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 02:14:44
九鬼は称藤原姓

400 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 14:50:03
百鬼はやっぱ平家じゃないですか?

401 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 16:20:39
百目鬼(どおめき)さんも平家?

402 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 16:44:04
百目鬼も四月一日もみんなへいけへいけ

403 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 16:48:53
百鬼って源氏かもしれないと他の板に書いてあったけど平家でおkですか?


404 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 17:47:54
マルも平家モロも平家
平家みちよも平家

405 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 18:02:07
>>404
華族と同じ苗字のエタヒニンがいるように、苗字で出自はわかりません。
そしてここはマイナー氏姓のスレであり、源氏や平家などのメジャー氏姓は除いた氏姓のスレです。


406 :405:2006/09/30(土) 18:02:55
失礼、>>403宛てでした

407 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 18:37:09
百鬼という名字の奴が無知でしつこいってことはわかった

408 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 18:09:40
糞スレ

409 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 00:10:45
>>375
いや、電波だろ。

和邇氏と海部氏の関係なんて具体的になにかあるか?

どうせ和邇氏のワニとはワニザメのことで
どうたらっていうこじつけネタだろ?

410 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 23:03:41
海部氏系図と和珥系図を見れば分かるよ

411 :日本@名無史さん:2006/10/10(火) 20:58:37
和迩の本宗は小野氏
春日、柿本は後付け

412 :日本@名無史さん:2006/10/10(火) 22:46:35
春日小野臣→小野臣な訳だが

413 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 00:48:47
家康以前の松平氏は在原朝臣を名乗っていたのか?

本当にそうだとしたら、大逆点だな


414 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 01:33:09
在原姓というのもかなり怪しいが

415 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 02:40:44
廬原って氏姓は確認されてないのかな?
廬原って苗字がわずかに残ってるが、廬原国造や豪族の子孫だったりしないかな…

416 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 04:18:30
五百原

417 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 01:40:30
>>415 たぶん末裔
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%B5%E5%8E%9F%E6%B0%8F

418 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 21:30:54
「忌寸」の姓の大名はいないよな

419 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 05:41:27
>>417
dクス
だが、氏が何かわかんないな〜
それに、庵原でなくて廬原って名字が存在してる理由が…

420 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 19:24:43
>>418
秦氏は忌寸姓じゃなかったっけ?
とすると長宗我部は忌寸姓だったということか。
江戸時代以降の大名ではいないんじゃないかな。

421 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 01:15:58
秦氏ってそこまで解かってるものなの?

422 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 04:57:21
秦氏は結構研究されてるよ
トンデモ本も多いけどね

423 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 16:03:38
長宗我部氏は惟宗朝臣を名乗っていたようだ
秦氏の多くは平安期に惟宗朝臣に改姓している

424 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 00:47:15
>惟宗朝臣を名乗っていた
ソースきぼん
長宗我部の祖は秦能俊と言われてる。

惟宗に改姓しなかった秦氏も多いぞ。
伏見稲荷社家とか地下の三上家とか。

425 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 05:33:19
改姓したのとしなかったのの差はどういう理由だったんだろうね

426 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 19:29:33
島津は惟宗氏なのに清和源氏を称してる?
それともどっちも信憑性ない?
島津家の家系図はどうなってるんだろ。

427 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 22:08:13
コピペだけど

徳川光圀が編纂させた諸家の系譜集に、 − 島津氏はもと惟宗氏、
忠久から義久、義弘までは藤原氏を称し、家久に至り清和源氏をとなえ − 
とあるのが『大日本史料』に出ていて、江戸時代はじめになって、
源姓に三転したようになっているが、竹内理三教授も指摘しているように、
室町期に源姓を名乗った「日隅薩三州大守島津陸奥源忠国」という
古文書も残っている。忠国は、忠久から数えて第十代の当主である。
 また、島津氏の分族で重臣でもあった山田聖栄が、文明二年(1470)に
書きはじめた「自記」にも、家祖忠久は、源頼朝の子であったという伝承が
記載されていて、これが『島津国史』や『西藩野史』の忠久伝の原拠と
なったとされているが、この伝承は、それよりもなお五十年前の広永末年ごろ、
島津家内部では自認されていたという研究が、鹿大の三木靖講師の
『薩摩島津氏』にも載っている。
ttp://www.town-takajo.jp/syoukai/tyosi/007/002.htm

428 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 06:56:36
その後は源氏をとなえていたということだね?
正親町三条実愛が作成したと言われる倒幕の密勅でも源朝臣だったよね

429 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 22:25:51
>>158
409 名前:可愛い奥様 [] 2006/11/05(日) 21:34:07 ID:a9SHUcPX
在原も加茂も、願望的可能性の一つとしての仮説にすぎないことをお忘れなく。
普通に考えて、その辺の農民の大規模になったものが松平家の開始。


こんな返しが来ました。
その辺の農民てw 

430 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 23:26:22
山賊の間違いだろw

431 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 13:00:13
松平益親が地頭職にあったことや、松平信光が
三河守護細川成之の要請をうけて兵を動員したことをしらんのだろう。
その辺の農民が一、二代のうちにこのような地位にはつけない。

432 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 14:46:41
だよなあ

433 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 18:36:04
>>64
徳川家の葵紋は本多家(賀茂朝臣だけど藤原朝臣を自称)の葵紋にインスパイアされたもの
本多家はもとは賀茂神社の神官の流れ

434 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 19:12:03
天皇が桐紋を下賜しようとしたら、うちには先祖縁の葵紋がございますのでって蹴ったんだよな

435 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 15:30:11
>>433
167 :日本@名無史さん :2005/03/30(水) 09:05:15
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
松平家に臣従した本多家が賀茂氏族であり、
松平郷のある加茂郡が、賀茂氏と関係の深い土地だった、
というのが大きな理由だと思われ。
よって、松平家自体は、賀茂氏族では無いのかもしれんが、関係は深かった。
それが理由に、松平家は葵の紋が欲しくて、本多家から譲ってもらった、
みたいな史料が出てきている。
徳川家のルーツと十八or十四松平Part2
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1090595662/167

436 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 15:35:12
大岡は社家出身

437 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 22:18:58
徳川は源氏じゃねーの?清康の代には新田支流てゆう伝承があったらしいじゃん!

438 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 23:19:38
>>429
こういうレス見ると鬼女板は低脳とキチガイしかいないと言われるのもわかるな
無知なのに自信たっぷりなのが笑える


439 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 00:46:00
山賊というのなら、
解からない訳でもないかもしれない。

440 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 01:07:16
↑ほんま!ほんま!

441 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 15:13:27
松平氏が在原姓てのはどういう文献にでてるんですか?

442 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 16:47:53
松平氏が在原姓というのは、どういう文献にでてるんですか?

443 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 17:04:47
なんで二回言うんだ

444 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 20:47:38
在原姓だったら堂々と名乗るのでは?
一応、皇族だし。

445 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 22:03:23
松平太郎左衛門信重は在原姓。その長女に婿入りした親氏は賀茂氏。
ちなみに信重室は賀茂有(在)親(親氏の父)の娘、つまり親氏のおば。
信重の次女に婿入りし親氏の跡を継いだ泰親がいわゆる新田姓徳川氏。
しかし泰親の後、3代目を継いだのは親氏の子信光で、家康はこの
子孫なので、彼は血系では賀茂氏、家系では在原姓松平氏となる。
源姓を名乗れる根拠は、遠い先祖の2代目が源氏だったということだけ。

446 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 22:16:07
そういや長野業正は本当に在原姓だったんだろうか?

447 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 22:19:10
>>446
石上姓

448 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 22:24:24
そーすきぼん

449 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 12:31:17
系図の冒頭だったかで「在原業平後裔の石上朝臣」と書いてるんだっけか。

450 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 21:21:01
ほう。石上の在原寺と関係あるんじゃないの?

451 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 21:02:06
>445どういう文献に書いてあるんですか?

452 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 22:30:56
おまえしつこい。自分で探せよ

453 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 00:42:31
伊藤博文は越智氏らしいけど、伊藤やのになんで藤原氏ちがうねんやろ?

454 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 00:43:57
どうせ嘘っぱちだし

455 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 05:43:43
>>453
林家(称越智氏)の生まれで、伊藤家の養子となったんだよ

456 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 10:11:23
>>453
関西弁下手すぎw

457 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 05:04:02
>455なるほど!養家の氏は名乗らんかったんやね

458 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 04:45:41
他の維新の元勲の氏ってどんなかんになってるんですか?桂家や木戸家はやっぱり大江氏かな?

459 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 23:40:46
藤原朝臣実美
菅原朝臣重信
藤原朝臣利通
平朝臣正形(退助)
平朝臣隆盛
大江朝臣孝允

460 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 00:37:33
板垣って相当怪しくないか?

461 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 04:55:20
>>460
1 板垣退助の旧姓は本当に乾なのか?
2 乾は本当に板垣氏の分流なのか?
3 板垣氏は平氏なのか?
4 それがちゃんと繋がるのか?
こう見ると確かに怪しいな。

462 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 06:26:41
板垣に限ったことじゃないでしょ。
下級武士あたりは事実か事実じゃないかは別にして
客観的な説得力を持つような系図ってあまりないんじゃないか?

463 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 21:13:50
板垣は、甲斐源氏名乗ってなかったっけ?西郷隆盛は菊池裔名乗ってたから、藤原朝臣じゃないの?三条、岩倉は本物でしょ!公家やし

464 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 21:18:28
そりゃそうだ。


465 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 22:33:18
マニアックな氏姓の著名人いてないかなあ

466 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 03:47:12
斎部宿禰信成

467 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 10:14:46
>466
平姓を仮冒したからちがうな


468 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 10:50:38
島津って何者?
源平の頃は平家方じゃない?

469 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 12:04:48
島津は惟宗朝臣姓

470 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 15:53:35
宮道朝臣昭生

471 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 17:21:34
養子や跡継いだ娘婿の姓で変わ(え)るんだよね
島津なんかもそうだっけ

472 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 06:19:36
滋野朝臣幸村
滋野氏はほんとに清和帝裔?



473 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 15:31:52
安倍頼時
阿部仲麻呂

474 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 02:39:12
>>472
滋野朝臣は紀国造家の一族と見られる。
清和源氏に比肩すべく、清和帝裔を仮冒。
ttp://www.kakeiken.com/report004.html

475 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 09:54:40
前田慶次郎菅原朝臣利益


476 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 21:08:50
矢野弾左衛門秦大忌寸集房

477 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 21:14:16
大江氏も平城帝裔に非ず。土師氏の裔

478 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 03:34:02
奥平九八郎有道宿禰信昌

479 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 08:01:00
高武蔵守高階真人師直
通称がわからんので授領名で

480 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 08:01:47
470>誰のこと?

481 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 09:05:50
よくそんな器用なアンカー出せるな

482 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 01:57:18
>>480
武蔵

483 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 04:44:12
>482ありがとう

484 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 05:05:11
>>481
携帯厨だからだろw

485 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 17:30:21


486 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 01:26:33
そういや林姓で、伊藤博文の子孫とか名乗っている奴が小学校の同級生にいた。
あんまり賢くない奴だったけど、なんか医者になったな。林博通。
http://www1a.biglobe.ne.jp/kmed/kobetu/hayasinaika.html


487 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 01:49:09
最近、メディアで注目されてる歌手が菅公の子孫らしい。

488 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 04:48:05
>>487
誰?

489 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 06:24:40
恵美の子孫は絶滅か

490 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 07:09:41
>>487
いったいどういった末裔なのかも一切公表してないね。
芸能リポーターも調べ切れなかったらしい。
本名も分からんし、歌に合わせた宣伝じゃないかと思ってる。
道真の末裔というくらいなら家系とか云々じゃなくて当てはまってもおかしくないだろうし。

491 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 08:32:38
誰のことかサパーリだが菅公みたいな超有名どころを持ってくる辺り
偽者臭がぷんぷんするぜ

492 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 08:51:06
今はブランドっぽいけど元々菅家は位も低くてそれほど高貴ではない。
各地で天神祭りがあるけど、やってるのは菅家や菅家ゆかりの人じゃないし、どちらかっていうとアレなひとがおおいし(これは祭り全般かな?)、名乗っても価値が上がるともおもえない。
平安や鎌倉時代に名乗るなら信用してもいいかも。
どうせ偽称するなら、そのころは源氏や平氏のほうが益が多いもんね。
で、誰なの?

493 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 09:57:02
平安や鎌倉時代に名乗るならまあ信用してもいいかも
で、誰よ?

494 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 15:07:36
>>492
高貴かどうかってのは問題じゃないし、
源氏や平氏のほうが益が多いって意味不明。
偽称ならなおさら。具体的になんの益があるわけ?
高貴って尺度なら一部を除いて源氏や平氏だってほとんど馬の骨レベルだろうが。

495 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 20:25:19
菅原道真の末裔が歌う“合格ソング”
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070128-00000033-dal-ent

これっぽい

496 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 23:08:02
d。やっぱ知らないやw
しかし本物だとしても売るために出自を利用するのはなんか下品なキガス

497 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 00:01:05
ご先祖様をヒジョウに尊敬しているからなんだよきっと
しかし道真の後裔って歌を売るにはつくづく微妙な…

498 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 04:52:24
菅直人は?

499 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 09:01:36
菅原朝臣って言っても同族とされる秋篠朝臣(多少怪しい)からの改姓もあるし、
同族関係が怪しい土師諸流(宿禰・連・無姓)からの改姓もある。
また菅原姓でも宿禰や連等からの後からの改姓もある。
土師でさえなく、やはり同族とされる出雲(多分嘘)からの改姓もある。
もっとも菅原自体、土師の本系かどうかもわからない。
道真もはっきりしたことは曾祖父までしかわからないし、
必ずしも菅原の主流だったとは言えないかも。

500 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 09:46:58
道真は一族の出世頭ですから、象徴的な人物として直接関係のない人もそう扱ったんでしょう。
道真登場以前に分岐しているにもかかわらず、同族だっていってたのが、いつの間にか子孫だっていう風になってたりしていって・・・。

501 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 10:56:55
まあ古人系は間違いなく道真の同族だから、子孫のふりしてもまだ罪が軽いが、
あとはわかったもんじゃない。

502 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 00:53:51
大隈でも菅原が名乗れるんだお

503 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 17:53:47
>>494
では、利益もないのに何故偽称などするわけ?
何らかの利益があるから偽称するんでないの?
道真公からすると、血が何年もかけて薄まったうだつの上がらない直系子孫が道真公の業績にすがるより、
怪しげでもいいから道真公の業績に恥じない功績で菅原の名を上げてくれるほうが喜ばしいのではないのか。
その点、大隈も立派だったし、彼が道真公の名を汚したことにならない。
先祖を誇りに思うなら、それに負けない立派なことをしてくれよ。
今では学問の神様として受験生にも人気なんだから。
それと菅直人に関してだけど、江戸末期の公家に多額の献金をして菅公末裔のお墨付きをもらったそうだから、
がたがた言うのだったら、お金を返してから文句をいえよ。
まあ、どちらも情けなくて言葉を失ってしまうわ。
少林寺拳法と中国の少林拳の関係に似てて、どちらもかっこ悪いよ。

504 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 20:24:12
まあ宮家の女王がやりマンな位だし

505 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 06:50:40
加賀百万石の前田家も立派だよ!柳生も!

506 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 07:14:23
高円宮承子さんのヤリマンビッチ具合はすごいな


507 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 10:12:19
>>503
何かに強い思い入れがあるのは分かったが、
言いたいことは意味不明だ。

508 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 11:32:09
道真が官僚生活を始める頃には古人流が菅原の嫡流って言うのは、
すでに菅原諸流のコンセンサスと思われる。
多分大枝以外の土師諸流にとっても嫡流だったんだろう。
それと同時に嫡流兄弟中で一番学問ができる者が、
兄弟順や母親の身分にかかわらず当主ってのも暗黙の了解だったのでは?

509 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 07:59:42
で結局真相もへったくれもわからないまま収束か。
偽称や売名行為と言われても仕方ないくらいのウンコだな。
大方、合格ソングの話題づくりだったんだろう。
薄汚い商売だ。

510 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 11:33:27
オリコンで順位上げてるな・・・

92 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)