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清和源氏一族の姓の者集まれ!

1 :日本@名無史さん:2006/01/02(月) 22:35:48
http://www5b.biglobe.ne.jp/~giemont/seiwaichizoku.htm
ちなみに我が家も一族なり

2 :日本@名無史さん:2006/01/02(月) 22:46:43
2

3 :日本@名無史さん:2006/01/02(月) 23:53:00
きっつい配色やな

4 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 01:09:08
清和源氏一族が清原一族に見えてしかたありません

5 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 09:37:47
清原氏は平安時代に栄えた貴族だよね
その子孫はどうよ

6 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 13:12:01
夏目漱石
板垣退助
大隈重信
芥川龍之介
武田信玄

は清和源氏の子孫

7 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 14:31:13
かんむ平家だけど・・・

8 :武蔵:2006/01/03(火) 14:53:32
俺は、足利源氏の子孫で尊氏の流れだ・・・

9 :武蔵:2006/01/03(火) 14:55:57
みんな親戚どうしじゃん

10 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 14:56:58
平家の主な苗字が書いてあるサイトねぇの?

11 :武蔵:2006/01/03(火) 14:58:09
みんな親戚じゃん
親戚どうし バンザイ!!

12 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 14:59:29
>>9平家も源氏もさかのぼれば同じ天皇の一族だから平家の子孫の自分もここにいるあんたらと親戚じゃん

13 :武蔵:2006/01/03(火) 14:59:34
俺たちって0,1くらいの血がつながってんじゃん

14 :武蔵:2006/01/03(火) 15:00:28
よ、親戚

15 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 15:01:01
>>11かんむ平家の俺もだよね?

16 :武蔵:2006/01/03(火) 15:03:07
源氏 清和天皇
平氏 桓武天皇
だぞ >>15

17 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 15:05:30
>>16
親戚だけど一族の敵だね(泣)

18 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 15:07:09
うちの姓がないぞ?
我が一族は村八分ですか?

19 :武蔵:2006/01/03(火) 15:07:51
まーだいじょうぶ
もう終わったことだから
俺足利だから
義家のながれだから

20 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 15:09:54
ちなみにみんなどこ住み?

21 :武蔵:2006/01/03(火) 15:11:21
実は、うちの姓もないの(泣)
太刀があんのに・・・
足利一族の・・長刀もあるのに


22 :武蔵:2006/01/03(火) 15:11:58
中部地方

23 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 15:12:02
会津です

24 :武蔵:2006/01/03(火) 15:12:31
福島と新潟あたり

25 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 15:14:00
三重の紀伊半島
奈良の吉野に近い

26 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 15:15:04
>>21
姓がないというのは?

27 :武蔵:2006/01/03(火) 15:15:07
会津ちか!!
阿賀町にすんでるよ
となりが会津だよ

28 :武蔵:2006/01/03(火) 15:16:54
>>1のところにない・・・
そーか祖母の先祖が、足利だった

29 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 15:17:55
会津といえば新撰組の礎の松平かたもりのいたところだ
新撰組ファンです
そろそろNHKで総集編するね^^

30 :武蔵:2006/01/03(火) 15:21:37
こっちだって長岡藩の河合継之助が会津藩と協力したよ

31 :武蔵:2006/01/03(火) 16:04:12
おーーーーい
親戚ーーーいるのか


32 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 18:16:47
石川 とか 林 ってのもこの一族なのね・・

33 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 18:18:39
会津ちゃんねる
http://jbbs.livedoor.jp/travel/1412/


34 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 13:52:28
島本姓の俺が来ましたよ。

35 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:19:32
源氏
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%B0%8F#.E6.BA.90.E6.B0.8F.E3.81.A8.E5.BE.B3.E5.B7.9D.E6.B0.8F
摂津源氏(源氏本流)
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%91%82%E6%B4%A5%E6%BA%90%E6%B0%8F
河内源氏(武家源氏主流)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%86%85%E6%BA%90%E6%B0%8F

36 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:26:26
岩松姓ですよっと。

37 :エチオピア駐日大使:2006/01/16(月) 20:13:35
俺は安房の里見の子孫だぁ。

38 :真性清和源氏:2006/01/22(日) 12:38:01
あなた方の大半は嘘つきご先祖をお持ちだ。血は争えませぬな。

39 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 13:26:38
俺の名前は土岐って言うんだけど

40 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 22:54:12
>>38
俺だけは本物

41 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 23:02:08
>>40
ワァオ!来た?もしかして、徳川さん?であればうそつきよん。

42 :40:2006/02/04(土) 22:45:32
正真正銘の清和源氏の子孫
代々の家紋も天皇家ユカリの桐紋
1000年前からその土地の大地主
医者、教師、学者のみを輩出してきた家系
〜のお殿様と呼ばれていた人物を曽祖父にもつ

43 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 14:18:53
>40, 42

多田神社(兵庫県川西市)の「清和源氏同族会」か
多田神社(東京都中野区)の「多田満仲同族会」に
入会されているのですか?

44 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 15:30:24
>>42
ってことは1000年前の昔から田舎者だったということでつね?
最高の名門ってこーゆー家のこと言うのか〜 羨ましいよ〜
高貴な御方には都は肌に合わなかったのでおじゃるな。

45 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 15:44:50
てゆうか>>42は釣りだろう。
短い文章なのにツッコミどころ満載で
マジにツッコミ入れてたら疲れるだけだよ。

46 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 15:46:11
なんだか、教師とか医者とか学者が偉いと思っているらしいのが
かなりな田舎者だね


47 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 15:52:37
近江源氏の出らしいです。吾妻鏡とかにも祖先とされる人が出てます。
ちなみに、家は商人やってました。
代々の地をずっと支配してて、源氏の家だと明確に分かり今も続く家なんて存在するの?
武田の甲斐源氏はじめ、各地の源氏も新興勢力に食われてるんですが・・・

48 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 15:55:32
事実、田舎だからこそ名家が存続できる訳で
つか田舎から出られないよ直系は
都会に出ていった奴らは放逐されたカスだらけさ

49 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 16:56:27
源氏は骨肉相食む有名な内ゲバ氏族で1000年も同じところに
住めるかどうか疑問だな
中でも清和源氏は本当は陽成天皇、妊婦の腹を割いたので有名な天皇が
始まりだ 激しい血筋で同じところで1000年も住めるというと
まさに奇跡だな

50 :157:2006/02/05(日) 19:09:18
>>44
1000年前は岡山は都会だったんだよ、江戸が出来る前から名家だもの。

>>46
別の言い方をすれば、商人がチヤホヤされ始めた時代(主に江戸時代)
よりはるか昔からその地方の庄屋として教育、警察、学問の総代として
代表を務めていたのが当家だ。
商人や金持ちの方が優れているとは思うが、代々家としての役割というものがあって
そうそう商売なんか始める事すら許されないのが清和源氏家系の我が家。

51 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 21:11:51
岡山だと赤松とか織田とか領主が変ってきてるよね。
それでも居られるっていうとよほど下か、乗り換え上手か・・・・
地を転々としながらも武士としてその役割をやってたのとは違うの?

それと清和源氏の家系だけど、よほど本家に近いか、神社系の特殊な家で無い限りそういう役割は保持できないよ。
近江源氏や摂津源氏はほとんどが商人や文化関係に移ってるし

52 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 21:45:20
神は遊行する
貴族に定職無し
侍はさすらうから侍
長年土着できたり、長年公務員などが勤まるのは百姓根性だから出来る技
身分高き者は、流浪する定めを持っている 流浪するから磨かれる

53 :日本@名無史さん:2006/02/16(木) 16:18:42
源義親という人は清和源氏なのか?
うちの家にある書物ではこの人が先祖に当たるらしいのだが…

54 :日本@名無史さん:2006/02/18(土) 20:53:28
そうだね。清和源氏だよ。
河内源氏だよね。清和源氏でも主流に近い。

55 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 00:18:21
源義光の末らしいが・・・範囲はどこまで?


56 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 00:23:48
甲斐源氏とか白河源氏とか近江源氏とか
ちょっと源氏大杉 いくつあんだか

57 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 00:25:36
荒川区源氏はないの?

58 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 00:32:05
関東に入ってる源氏っている?家康とか新しいの抜かして。
太田道灌や上杉は源氏だったよね?
鎌倉以前だと平氏ばかりだったと思うけど

59 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 00:37:35
平将門の乱で平氏が一掃されてからみんな自称源氏になったのか
くだらね

60 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 00:39:59
まあ もっと昔は荘園の荘官クラスがみんな藤原を自称したらしいが

61 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 01:26:24
>>58

源頼朝

62 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 02:44:42
>>59 将門の反乱(939)後も関東地方は平氏全盛だよ。百年後の平忠常の反乱(1028〜1031)で関東が再び戦乱になって源頼信(四天王)が討伐軍として関東に入国してからだね。

63 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 03:19:41
色々な源氏(清和源氏や武田源氏等)が在るのはわかったけど、源の姓を継いでる人っている?

64 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 03:41:04
>>58
関東に入った源氏:足利、新田、里見、佐竹。あと武田支流の真里谷も。
それと、上杉は藤原系だ。

65 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 07:02:26
>58-59上杉は藤原だろ
鎌倉御家人の大半は桓武平氏だろ!少しは勉強してからカキコ汁

66 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 07:08:18
>>63
いない、

67 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 07:50:55
>>66
居るだろうよ
超有名人が、君も知ってる筈だ

みなもと しずか

68 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 08:59:57
2823 源 * 1192 ゲン ハジメ ハジム
2823 源 * 1192 ミナモト ミナト モト モトシ
4016 十文字 735 ジュウモンジ トモジ トウモンジ ジュモンジ
4512 源田 616 ゲンダ ゲンタ モトダ ミナダ ヨシダ ゲタ
6832 源川 * 335 ゲンカワ ゲンガワ モトカワ
6832 源川 * 335 ミナガワ ミトカワ ミナカワ ミナトガワ ミナモトガ゙ワ ミナモトカワ

源は1900件くらい居るみたいね。読み方が「げん」「はじめ」っていう
読み方する家もあるみたい。

69 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 16:44:31
俺の妹のダンナ(義弟)の家は、多田神社(川西市)の同族会の一員です。
多田神社に一族の石碑も沢山たってますよ。

70 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 18:23:54
家康は、源氏じゃないでしょう。
徳川将軍は、源氏長者にはなってますが。。。
聖の末裔だとか。
便宜上ってヤツでしょうね。

71 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 20:55:08
姓は源氏、と言われるほど源氏の末裔は多い。
有名なのは、清和源氏ですがほとんど中央(朝廷)での出世は無い。
大方、地方官止まり。官位も低い。
源頼朝は、鎌倉幕府を開いた事になっているが、あれは中央ではない。

その意味では、
嵯峨源氏・宇多源氏・村上源氏のほうが遥かに中央での
栄達を極めていますが。

72 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 20:58:56
高野山奥の院の「源満仲(多田満仲)の墓を写真に撮ったら、
心霊写真になった。その後、霊に憑依された。

73 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 20:59:53
やっぱり、京都の六孫王神社に参拝してから語って下さいよ。

74 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 21:16:28
ttp://erai.jugem.jp/?cid=2

75 :日本@名無史さん:2006/03/10(金) 22:08:59
>>72
kwsk

76 :日本@名無史さん:2006/03/10(金) 23:27:05
http://www5b.biglobe.ne.jp/~giemont/seiwaichizoku.htm
↑結構いい加減。新田一族の項に、桃井(足利氏)や由良・横瀬が入ってるw
仁井田や小国が無いしな…

77 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 12:35:13
地方官って?
県庁勤務程度?

78 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 13:16:21
>>77
県知事だろ。

79 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 14:33:05
久我ですがなにが

80 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 14:44:25
いや、県知事ではないだろう。
県警本部の刑事部長あたりかな。

81 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 14:51:01
土岐ー明智ー林でいいですか?先祖 石川県なんですけど??

82 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 02:52:43
>>80
小学校の校長先生?

83 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 11:35:15
>72
>高野山奥の院の「源満仲(多田満仲)」の墓

これって満仲の遺骨とか納められているのかな?

満仲の墓って複数あるけど、一番信頼できそうなのは
多田神社(兵庫県川西市)の満仲・頼光の廟所のような気がする。

84 :河内渡辺党:2006/03/14(火) 14:40:52
私、嵯峨源氏の者ですが…。お呼びでない?失礼しますた。

85 :日本@名無史さん:2006/03/24(金) 16:49:04
age

86 :日本@名無史さん:2006/03/25(土) 18:13:42
若槻千夏

87 :日本@名無史さん:2006/03/25(土) 18:14:36
暗記科目屋って他の子音買え

88 :日本@名無史さん:2006/03/25(土) 22:07:21
http://page.freett.com/keizusoko/keizu/seiwa_genji/genji_seiwa6.html
ここの系図に、ご先祖様が居るんだけど、漏れも「源朝臣」を名乗っても良いのかな?

89 :日本@名無史さん:2006/03/25(土) 22:50:35
名乗るのは勝手だけど周囲の人からは哀れみの目で見られるぞ

90 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 04:12:15
呼ばれたので来ました

91 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 21:20:07
集まったら何かあるの?

92 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 02:27:17
集まりが悪いな

93 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 02:41:01
♪ようこそここへ遊ぼうよパラダイス

94 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 13:40:06
多田源氏、能勢則義、到当!!!

95 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 20:01:14
>>86

うん、まぁ陸奥六郎義隆の子孫である可能性はあるか。

96 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 23:17:21
若槻なんていう苗字の人には出会ったことが無いんで
若槻千夏が清和源氏子孫の可能性はあるな。

97 :日本@名無史さん:2006/03/28(火) 03:28:43
今夜も来ました

98 :日本@名無史さん:2006/03/28(火) 07:06:36
若槻礼次郎ならそれはありそうだけどあの馬鹿にはそれはないと思う
明治時代になって地主様にあやかったんじゃないのか?

99 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 00:26:30
義隆殿…。
僧兵の矢に喉を貫かれて死に、子孫はあの能無しタレント…。
浮かばれぬ。

100 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 03:42:19
まじで子孫なの?

101 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 09:44:01
>>99
確かに
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%BE%A9%E9%9A%86

102 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 12:06:45
俺も、家系図ありのれっきとした清和源氏の子孫だけど若槻千夏に負けず劣らずの
馬鹿キャラ(周囲にも馬鹿だと思われている)だぞw


戦国時代なら命知らず(なぜか死ぬのが怖くない)で、相手をドンドンぶった切る勢いかも。
(そしでそんな勢いだけで、深慮が足りないところが馬鹿キャラだと思われているwww)

実際は、戦国時代にも商人だったり、貴族だったりした人のほうが、現在では賢い人って思われてるんじゃない?

103 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 13:25:06
清和源氏でも武士以外になったのはどうなのかな?
うちの先祖と言われてる人は、源平の合戦以降商人として土着したらしいのだが。
それに隠しだか知らんが、苗字もずっと伝えられてきてたらしく他の商人とは毛色が違うらしい。
そういうのでも子孫というのかな?

104 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 14:09:57
清和源氏だけど、源平合戦で敗れて農家になったよ。
庄屋様
農家だけど血筋だけなら徳川より、秀吉より上

105 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 23:35:14
久々に、源朝臣を名乗れる俺が来たけど寂れてるなー

106 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 23:49:27
>>101
これって凄く詳しいよね。
義隆の子供なんて頼隆しか知らなかったんだけど、
他の三人についての出典は何なのかな?


107 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 17:16:00
徳川って清和源氏として認められてるのかな
ttp://www.tadajinjya.or.jp/genji_.html

108 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 00:50:53
>>107
そこのHPに
>現在の社殿は、徳川四代将軍家綱公の再建に依るもので
と書いてあるから認めてるんでは?

109 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 08:48:30
>>108
って事は金さえ出せば多少怪しくても清和源氏として認められるわけね


110 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 10:33:35
宇多源氏や村上源氏の主流は、堂上公家つまり貴族として続いた。
村上源氏の嫡流で、室町時代まで源氏長者だった久我家は、摂関家に次ぐ
清華の家格だから公家のなかでも高位の家(明治に侯爵)。

清和源氏は誕生当初から大臣に昇る者も出ず、地位が低かった。
その主流の家系が幕府を開くも三代で断絶。ってことで以後の清和源氏
は、朝廷の家柄意識からするとどうでもいいような連中。貴族を出して
いないので信用できる記録も僅か、どれが嫡流なのかもはっきりしない。
清和源氏ほどいい加減な源氏も珍しい。だから自称も容易。

唯一、清和源氏の公家に竹内家(明治に子爵)というのがあるが、
もとは久我家(村上源氏)に仕える諸大夫つまり家臣の家で、
清和源氏の末裔かどうかは怪しいらしい。清和源氏というのは、
実在する家系というより、伝説により脚色された「武家の名門」を示す
ただの記号と化してる観がある。

111 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 13:39:06
でも、一応源氏だから、その辺の輩とは別格でしょう。
しかも、武家・貴族うんぬんは別にして、天皇の子孫で一番栄えた(量的に)
のは清和源氏でいいのでは?

天皇の子孫の中で生き残っていて繁栄している奴らの中で、一番位の高い家はどこか?
っていう考え方でよろしいのでは?

また、別の生物学的な考え方をすれば「天皇」っていういわばボスの子供が清和源氏、武家として
新たな自分を中心とする新興勢力を形成して自分がボスになったという見方も出来る。

例えば、武田信玄や新田、足利などは「小天皇」であり、「小天皇に付いている小貴族、小公家」みたいな
のがいる。小笠原藩 藩主 小笠原氏(清和源氏)のもとで代々藩医を勤めた宇野氏(清和源氏)などなど。

こう考えると、馬鹿みたく天皇にくっ付いている公家や貴族よりも自分が小さいながらも天皇を目指した
といえ、ある意味で生物学的にいえば優秀かもしれない。
(どんな優秀な野生の動物もボスざるの子供は親猿の集団に属そうとは思わないはず)

112 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 17:17:03
>>111
天皇の子孫で、永く存続して、一番位の高い家って天皇家でわ?当然だが。
それに近世の260年ほどの間、実質国王として振舞った徳川の場合、
言うまでも無く源氏とは無関係でしょ。自称してるだけで。一時期は
藤原氏を称していたらしいね。貴族としての格は藤原氏のが上だから。

それと朝廷の場合、形式的には天皇がボスでも、実質的支配者は藤原氏
だよ。貴族が絶対君主に従属する、という寄生に近い状態は、
むしろルイ14世時代のフランスの宮廷とかに当てはまる話。日本の場合、
天皇の生母も、摂政も、侍従などの取巻きも、殆んどが藤原氏だから、
平安中期以降、天皇は傀儡にならざるをえなかった。

113 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 18:38:08
だからこそ、逆に行って藤原氏の支配を受けない方向性を模索したのが
清和源氏なのでは?

藤原氏に支配された朝廷を捨て、自身の力で天下を取れる武士になったと。
ただし、徳川には勝てなかったと。



114 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 18:57:20
>>113
清和源氏に限らず、藤原氏の一人勝ち状態に嫌気がさしていた人間
は多かっただろう。朝廷内でも。

それはともかく、ニセ源氏の徳川は別にして、鎌倉・室町幕府の
源氏の将軍家はどれも悲惨な末路を辿っているな。武家という割り
には、ひ弱で薄幸なイメージが強い。


115 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 19:08:01
所詮、藤原氏には勝てない(金融の世界でユダヤ人が一人勝ちなように)

だからこそ、夢を見る、奇跡を起こしたいと行動に移す、、、がやはり
現実には勝てない→所詮世渡りが上手い奴が世の中を動かしてる。

源氏に限らず正攻法しか知らないような奴は、一時期成功を収めてもいつか失敗する。
まあ、だからこそドラマになるっつーか、絵になるつーわけで、庶民に源氏は大人気な訳だな。

少女マンガやドラマでもそうでしょ?
貧乏だけど優秀で才能があって、真面目で爽やかな医学部目指してる主人公(源氏的)と
大病院の息子で、性格悪くて、我侭で、でも親父のコネでやりたい放題の私立大医学部にコネ入学

ドラマでは前者の正統的な方が、勝ったり幸せになったりっていうストーリーだけど
現実は、やっぱり親が大病院の院長の方が強いわけで、コネには絶対勝てないわけで。


116 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 20:46:05
経基も満仲も摂関家の犬となったから
清和源氏はその後繁栄した。

117 :日本@名無史さん:2006/04/16(日) 03:17:21
こんな俺も清和源氏の姓を持つ。
誇りをもって生きていくぞ!

118 :日本@名無史さん:2006/04/16(日) 04:55:35
滋賀県出身で佐々木。
明治になるまで名字なかったくせに図々しいにもほどがある我が先祖。

って宇田源氏はスレ違いだった。

119 :日本@名無史さん:2006/04/16(日) 05:54:56
無料の饅頭、喰いばっか

120 :日本@名無史さん:2006/04/16(日) 06:14:02
源氏の子孫て何十万もいそうだな
俺の一族だけでもかなりいるぞ
特に甲斐源氏系列はやたら多い気がする…

121 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 23:37:28
中央アジアにはジンギスカンのY染色体を持つものが人口の8%いる。
正直支配階級が一夫多妻を繰り返すような社会では500年もすればY染色体はほとんど支配階級のものしか残らない。
正直今の相当多数は苗字から推測すると大多数は工員か藤原氏だろう。

122 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 23:42:28
清和源氏は20万人だよ。

源氏系や平氏系の地主は逆に子供を多く作らなかった。
なぜなら土地や財産が分散してしまうから。

うちも清和源氏系の大地主だったけど、貧乏農家が8人も9人も子供を作っていた
のに大して当家は1600年代から子供は二人〜三人

しかもなぜか男子が多い。

このようにして当家の土地は何百年も護られていた。
そういう意味で実に子孫は少ないと考えられる。

海外みたくやたらめったら子供を作る訳ではないのだ。

123 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 23:48:30
古代無姓の奴婢や部民の子孫はどこへ?

124 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 23:55:20
>>122
そうでもないんだな。
そもそも鎌倉時代までは分割相続が常識だし。
で、庶民の苗字って案外古くて室町時代には発生していたんだけど、
それ以前は、古代的な姓を名乗っていた。
鎌倉異聞なんか見てみると、明らかに農民層なのにすでに源平藤原やそのた皇別のものが相当多数を占めている。
部姓などはむしろ少ない。やはり支配階級のY染色体の勢いが相当強かったというべきだろう。
現代の苗字でも佐藤や斉藤は実際藤原由来だろうし、源氏も非常に多いと思われる。

125 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:04:35
いや、「佐藤さん」が地主を勤めていた農民が「佐藤」を名乗っただけでしょ?

うちの家系図や、祖父やオヤジの行動を見てても「やたら滅多ら子孫を残す」って感じじゃないぞ。

「我が家はこの地域では名門であり、どこのどいつだか解らない馬の骨ともわからぬ娘とは格が違うのだ!!」

ってノリで、自分の尊い血がそこらへんの雑種と混じりあうのを本当に嫌っている感じだ。

支配者階級の遺伝子のばら撒きが頻繁に行われるっていうのは大陸的な狩猟民族的な発想だと思う。
日本の封建社会では寧ろ、貴種と雑種の線引きが明確にされており、それ程遺伝子の攪拌は行われていないと考えられる。

126 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:08:43
>>125
庶民の苗字が全国的にそのようにして作られたという証拠はないよ。
庶民もまた本来的に姓を持つ人間であり、土地野先祖伝来のものにしたがって苗字を名乗ったのであろう。
佐藤や斉藤は地名圧勝ではなく、実際佐藤流藤原氏なるがゆえに佐藤と名乗ったのだろう。

127 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:09:45
>>125
そもそもお前自分のわずか2代目の行動でそんな結論を出すのはナンセンス。

128 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:13:09
>日本の封建社会では寧ろ、貴種と雑種の線引きが明確にされており、それ程遺伝子の攪拌は行われていないと考えられる。

だからさあ、鎌倉遺文にでてくる農民の名前見てみろや。
ほとんどが支配階級と同じような姓名だぜ。この辺でお前の議論がすでに論破されている。

129 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:14:30
>>126

佐藤氏が地主をしていた土地の農民が佐藤と名乗ったっていうのは通説で有名な説だよ。
そもそもの地主の佐藤氏が、藤原氏の補佐をする人、、という意味で藤原氏とは関係ない場合もあるけれどね。


130 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:15:41
>>128

地主様の名前を有難く拝借した農民の方々が多かったのであろう

131 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:21:02
>>129
>>130
>>佐藤氏が地主をしていた土地の農民が佐藤と名乗ったっていうのは通説で有名な説だよ。

それが全国的に成立することを証拠づける古文書を提示してみろよ。

あんまりいかげんなこというなよ。ちょっと昔まで庶民の苗字は明治につくられてたという珍説が根拠なく信じられたんだから。

132 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:21:53
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%B0%8F

全国にいる加藤さんは実際の藤原氏や、歴史上の加藤氏とは一切関係ない

133 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:22:50
>>130
それだと同じ地域の農民なら全員同じ姓にならないとおかしいじゃん。
鎌倉遺文はそうなっていない。いい加減なこというな。

134 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:24:23
>>132

いいかげんだね。
庶民の苗字が明治にできたようなことかいてる。
だからちゃんとした古文書で証拠立ててみろよ。

135 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:25:30
>>133

農民は当時識字率も限りなくゼロに近かった。

紙すら貴重な時代に、文字を読み書きできる人はわずかだった。
したがって、地主の名前を拝借したり、お寺の住職に相談して相応しい名前をつけてもらったりした。



136 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:27:30
明治になってから苗字は出来たんじゃないのか?

137 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:27:48
前に数名言ってるけど、江戸時代といっても長いから一概に言えないんだよねw
特に、識字率は後期になればなるほど、商人との折衝のためなどで普及してる。
もちろん、前期や極貧の農村では余裕が無かったり、メリットが無いから0に近いけどね

138 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:29:23
>>135
残念ながら、その説は間違い。
戦後まもなく否定された珍説をいまだ信じている人がいるんだなww
もともと農民は姓を持っていて、武士の前では公称できなかっただけのこと。
漁民中浜万次郎も、桜惣五郎も江戸時代の侠客も、力士もみんな苗字持ってるじゃん。

139 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:35:03
農民や猟師が文字を読んだり書いたり出来るわけ無い。

よって農民が苗字をもっていた説は嘘だな。

早くとも江戸時代後期に「自称」した農民や猟師がいたくらいだ。

したがって、やはり大多数の庶民は苗字を持っていなかったと考える方が普通だ。

鎌倉時代の農民が「佐藤」なんて文字を書いたり読んだり出きると考える方がおかしい。

140 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:38:06
大体、紙ですら貴重で農民や庶民は買う事すら出来なかった。

戦前ですら田舎の農民は、鼻をかむ紙すら貴重で何度も乾かしながら使っていた。
紙おむつなんてのも貴重で、布だった。

そんな農民や庶民が一体何に文字を書いたのか?そして苗字を持ったのか?
江戸時代以前の農民の墓なんて、自分の家の文字もないよ、ただ石を載せただけ。

141 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:45:00
>>139
中央大学教授坂田聡『苗字と名前の歴史』吉川弘文館
43ページ
「近世の庶民が苗字を使用したという見解に疑いを挟む余地はなくなった」
さらに室町時代にも苗字が見られることを実証している。

お前の見解は完全に論破されている。

142 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:46:25
文字もかけない、よめない農民や庶民が「佐藤」「加藤」「斉藤」なんて書けるはずがない。
したがって、識字率が高くなってきた治期に苗字が出来てその結果佐藤や加藤、斉藤なんていう
苗字が全国一位や5位になったわけ。

したがって、清和源氏の珍しい苗字「武田」「雨宮」「米倉」「世良田」
なんていう苗字は農民が適当につけた名前ではなく由緒正しい家系という事を
証明する手がかりの一つとなり得る。

143 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:46:56
寺子屋の普及で教育率は世界に誇れるほどのだったんだが・・・
地方の古い寺など未だに学問を教えていた部屋とか残ってるよ。
>>140紙で練習するわけじゃなく、砂や灰で行うのが一番簡単な方法
また、書かなくても読めるってのが重要
そうでないと商人の言い値で買い叩かれるため。書類が残ってると訴えても負けるしね。
それに紙は貴重とは言え、かなり増産されてるから戦国期のように珍重されるものでもない。
美濃紙など商品物でなければ農家の副業で作ってる場合もあるしね

144 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:47:49
>>141

だからさ、一体農民はどこで漢字を覚えたんだよ。
加藤、佐藤、斉藤・・・こんな文字ひらがなすらろくに使いこなせない
農民がどうやって書いたり、読んだりした訳?



145 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:49:03
鎌倉時代の農民の名の例

清原守重・菅原末友・紀 安清・藤原清信・源貞明

これらの例から、農民が佐藤などと名乗るはずがないという意見がいかにばかばかしいかがわかる。

146 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:50:20
>>143

百歩譲って、江戸期後期の農民や庶民が苗字を持っていたとしよう。


田舎の農民や田舎の漁師は苗字持ってたの?東北の山奥の農村の村で佐藤姓が10%
を越すのはなぜ?

なんかピンと来ないんだよなー。そもそも小作農って寺子屋通うのか?
寺子屋って町人や商人の息子ってイメージだけど。

147 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:53:43
>>145

一体どこで字を覚えたのか?
農民が砂や灰で字を練習している姿がイマイチ想像できないんだが。
現代の普通の小学生ですら、漢字を覚えるのは大変な作業だというのに
学校も無い時代に、菅原 なんて漢字を書けるのかな〜?

148 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:59:37
>>147
あんたさあ。ほとんど文盲だった中国の農民は漢字の名前がなかったんでちゅか。


149 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 01:06:24
名前はあったとしても、苗字はあったのかなー。

なんか変なんだよなー。
武士と農民が同じような苗字と名前を持っていたなんて。


なんか腑に落ちないな。
明治期や江戸期後期になってやっと農民も苗字を持てた・・・識字率の上昇とともに

って考える方が自然だと思うが。

150 :市民派護憲教師:2006/04/20(木) 01:08:34
来るなら来い! ウヨを泣かしてやる! 完全論破してやる! 
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/mass/1145366829/l50
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(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


151 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 01:10:42
源五郎 とか 介三郎 なんていう名前はあっても

菅原源五郎 なんていう農民がいるのかな・・・なんか変だ。

しかも、貧乏農民の「佐藤源五郎」が藤原氏の子孫だなんていう話も支離滅裂だ。
やはり、農民はあくまで農民であると考える方が普通で、日本で佐藤姓が一位なのも
苗字の無い農民が、佐藤 と名乗ったからであると考えたい。

152 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 02:22:04
>>142
じゃあ清和源氏の非常に珍しい苗字の俺は清和源氏確定かな。

153 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 09:20:36
律令制の時代に戸籍を作ったことでわかるように
姓名は支配階級が必要としたもの
被支配階級が読み書きができるかどうかは関係ない


154 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 11:11:29
対馬姓。源義親(為義の父)の子、義信の子孫らしい。
太宰治(あちらは津島姓)も同じと父から聞いたことがあるが
これはあやすい

155 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 11:36:47


生物学的に見ても血統主義は幻想。
日本人である限り、誰の子孫でもありうる。
貴族と部落民の血統による違いなどないと結論付ける。
唯一違うものがあるとすれば、貴族とそれ以外を分ける家柄の違いだけ。

日本はもう一度氏姓制度からやり直した方がいい。
その時は絶対に朝廷など作ってはならない。



156 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 11:05:34
tv猪名川とかいうサイトで今月開催された源氏まつりの
ストリーミング映像が観れるんだけど、
結構グダグダw

ttp://tvinagawa.dip.jp/vtr/tvimch03.html


157 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 09:19:47
>>155
日本は、古代以降は、血統ではなく家系を基本とした。
家系よりも血統を第一としたのは天皇家だけで、
他はどんな名家名門でも、血統より家系を基盤にしてきた。
血統と家系の違いに注意すること。

158 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 09:54:16
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破

159 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 20:40:55
系図つーとぉ
桓武平氏貞盛流と九州藤原秀郷流につながりますでつが何か?

160 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 21:47:50
>>157
実際、大名も養子だらけだもんな

161 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 14:56:56
>>151
それが根拠がないんだよww
それどころか最近の研究では、「佐藤」さんの500年前の先祖も「佐藤」と名乗っていた可能性が高い。
鎌倉時代には普通に「藤原」姓だったのだろう。

162 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 15:01:53
>>149
中国の門網の農民も姓はありましたが何か?

163 :南京大虐殺の首謀者:2006/05/03(水) 17:28:47

南京城攻略の折、降伏した中国兵数千人を城壁の傍らに立たせておき銃剣にて全員を刺殺した時の司令官は
昭和天皇の叔父で天皇に顔がそっくりの朝香の宮と言う奴だ。
南京大虐殺は天皇家の命令で行われたことは明らかだね。
そうやって在日である天皇家は、日本の名誉を著しく傷付けるような指導を日本国民に対してして来た訳だ。
そんな天皇制にしがみ付いている奴はバカか狂人かのどっちかだね。

あるリベラルな知識人が二十年ほど前に、先の戦争は国民にも責任があると言ったことをヒントに、
天皇には責任が無いみたいなズレたことを言い出した右翼がいるが、
国民主権国家となってから、その天皇制を廃棄しないでいたことは今度は本当に国民の責任である。


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/index.htm


164 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 17:34:26
>>149
みんな苗字はあったよ。江戸幕府が身分支配政策上名乗らせなかっただけ。
もちろん二百数十年なのらなかったために、忘れちゃった家もあって、
いわゆる明治新姓をつけた家もあるけど、数的には江戸以前からの苗字を
再称した事例が圧倒的に多い。
(読みは同じで字を変えたりとか、逆に字は同じで読みを変えたりした例も含まれる)

165 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 20:57:38
つか、識字率と苗字の有無を結びつけること自体がナンセンス
実際、かつては武士でもほとんど紋網だったらしい。
承久の乱のとき、官軍の宣旨を、鎌倉方の武士に読めるものがほとんどいなかったという有名な話がある。
もちろん鎌倉武士は立派な名前を持っていたが。
結局この当時の下級武士や農民は、たとえば「みうら、よしとき」とか、名前の読みのみを各自は自覚していて、
漢字で書くときは「三浦義時」とか「三浦良時」とか、適当に書いていたんだろうと思われる。
実際、かなり上級武士でも、漢字の表記はかなり自由だからね。
将門の父は良正とも良将ともいうし、系図上は別人になっているが本当は同一人物だろうという。

166 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 22:02:09
まあ良正は将門と戦った全くの別人。
良将と混同されてるのは良持だろ。

167 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 10:39:36
凄い事に気が付いた。
源氏の家系図を見ていくと、鎌倉幕府成立つまりは源平合戦終結後に
急速に苗字が増えている!!!

それまでは源、もしくは源から別の一個の名前を名乗ってる。
でも、鎌倉幕府成立時以降に急に兄弟で別の苗字名乗ったり、いろいろな苗字を
一族が名乗ったりしている!

ひょっとして源平合戦で源氏が勝たなかったら苗字ってここまで色々無かったのか?
もしくは、源氏=苗字、苗字=源氏なのでは?

俺は物凄い大発見をしてしまったかもしれない・・・・

168 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 21:11:09
父の田舎に同じ名前がたくさんある日本で3数百番目に多い苗字の俺は
清和源氏の末裔らしい。
や、田舎侍だったらしいんで、たぶんどっかから家系図チョッパってきたんでしょうがw

169 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 21:12:35
3数百→3千数百

170 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 20:52:35
ヒント 軍事貴族

171 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 17:52:53
及川も清和源氏で桶?

172 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 18:23:54
源氏の末裔は=天皇家の末裔でもあるの?

173 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 04:39:04
来てみました
あまり集まってないね・・・

174 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 00:52:33
もう

175 :日本@名無史さん:2006/07/10(月) 19:32:14
田中

176 :日本@名無史さん:2006/07/25(火) 03:06:19
>>171の及川だけど。

これしか来てないのかよw

177 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 22:29:54
>>15だけど・・・

誰か平敦盛についておせーて

178 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 22:52:12
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179 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 23:04:09
明治新姓

たまたま苗字が同じというだけで○○の子孫になってしまうんだねw

180 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 16:35:20
家の実家周辺は農家ばっかりだが、江戸時代の墓には名字が刻まれてるよ。(子供・女性を除く)
我が家は下級武士だったらしいのだが、周りの農家の方がずっと裕福。
明治期以降は、小作農になって今に至る・・・。

我が家の名字は清和源氏の流れ、足利幕府の管領家と同じです。




181 :日本@名無史さん:2006/08/23(水) 14:30:25
土岐源氏参上

182 :総悟:2006/09/13(水) 22:50:35
頼朝公の子孫らしい。

183 :総悟:2006/09/13(水) 22:53:29
将軍家かな?大叔父がいってたからな〜

184 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 23:26:08
みんななんちゃってだろw

185 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 23:29:22
母の実家は清和なんです。
どうなんでしょうか?

母の父は大蔵省勤務でした。

186 :総司:2006/09/14(木) 22:44:56
将軍家でしょ

187 :総司:2006/09/14(木) 22:49:35
我の子孫は源氏であり徳川家に仕えていたらしい

188 :日本@名無史さん:2006/09/14(木) 23:11:33
非人としてつかえていたんだろ

189 :総司:2006/09/16(土) 17:47:43
苗字将軍からもらったらしい

190 :日本@名無史さん:2006/09/17(日) 03:50:52
ほんとは陽成源氏なんでしょ
うちは落武者で帰農
一体が同じ名前で親戚多い


191 :総司:2006/09/17(日) 15:56:08
まあ将軍家でも陽成源氏でも源氏ならいいけどね

192 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 15:59:38
親戚発見(・∀・)人(・∀・)

記念パピコ

193 :総司:2006/10/03(火) 21:09:47
誰と?

194 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 02:42:24
うちは武田の支流だ

195 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 03:11:13
うちもそうだ

196 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 04:15:36
うちは武田信満の三男を祖とする家系らしいです

197 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 04:31:35
うちは信広の子孫

198 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 20:50:00
うちは源三位頼政の子孫。

199 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 21:08:04
そして本物の直系子孫はこのスレにはいなかったとさ

200 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 03:37:25
うちは武田の家臣の子孫らしいです。

201 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 04:31:20
>>200
俺は武田の子孫だから、お前は俺の家来な。

202 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 04:24:24
>>201
でも徳川に寝返ったそうです。

203 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 04:33:06
>>202
徳川幕府では譜代の家老だったからお前も使ってやるよ。

204 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 04:33:26
>>202
私徳川の子孫だからお前は私の下僕よ

205 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 05:46:02
足利〜斯波〜大崎〜我家

206 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 08:40:20
>>204
俺は織田の子孫だからお前はパシリ決定。

207 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 15:35:14
うちは俺で分家してから18代目、
初代は、嫁さんもらって独立したが、急逝、
このままでは家が無くなるので、よそから婿を迎えて家名存続。。。

この時点で、血脈は途絶えているわけだが、
昔は家名の方が大事だったんだろうな。

本家は都会へ出て行き、俺もまた。。。



208 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 17:14:01
>>207
歴史の長い家で血脈がきっちり続いてる家のほうが少ないかも
うちも思いっきり養子取りまくり
婿養子だったり一族からの養子だったり他家からの養子だったり。

けどまあ、家なんてそんなもんだ。
DNAで平安あたりの祖先と現代の子孫を解析したら
繋がってる家って数パーセント位しかないんじゃないかと思うよ。

都会へ出て行くって事は過疎化で食えなくなったってパターンかな
都会は厳しいが、がんがって嫁もらって子孫残せよw


209 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 22:32:12
うちは義光流甲斐源氏。いまのとここのスレではいないっぽいか


210 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 23:40:18
しかし200万の子孫がいるってのはすごいな
清和天皇一人から200万・・・G並み orz

211 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 04:18:49
はげ

212 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 19:32:23
200万人もいるならあんま値打ちないなw

213 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 17:33:36
>>190 :日本@名無史さん :2006/09/17(日) 03:50:52
>ほんとは陽成源氏なんでしょ

それは最近、否定されているよ。
源経基が元平親王の子供というのは年齢的に無理があるし、
源経基が六孫王と言われていたのは、彼が貞純親王(清和天皇の第6皇子)の子供だったから。
また、この当時は兄弟で名前に同じ漢字を使う傾向にあるが
貞純親王の子供たちには、経○を使っていたことが分かっている。
元平親王の子供には、兼○を使っていたとか。

どうも、家系(所領)を受け継いだというのは本当のところだろう。
あと源氏爵の問題がからんでいるらしい。
これで、清和天皇の孫(源経忠)と陽成源氏の息子(元平親王)が
行動を共にして、無実?で罰せられたとか。
で、詳しくは↓

赤坂恒明 「 世ノ所謂清和源氏ハ陽成源氏ニ非サル考
── 源朝臣経基の出自をめぐつて ── 」 『聖学院大学総合研究所紀要』
http://www.geocities.jp/akasakatsuneaki/seiwa/seiwa.html

214 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 17:36:42
>>212 :日本@名無史さん :2006/11/03(金) 19:32:23
>200万人もいるならあんま値打ちないなw

その大半が偽証だろう?徳川家などの戦国期移行の大名だけじゃなくて
土岐氏のような鎌倉期移行の武家でも疑わしいらしい。
確実なのは、足利流で明確なところ(細川、今川、吉良)とか
武田流で明確なのくらい。

215 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 19:05:18
うんこ先祖、拝む、おがむ、拝み、
さらにまた、うんこに輪廻する呆庵

人のこととやかくいえない存在で妄想蚊






216 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 23:44:55
俺の先祖は丹波出身の源氏の郎党だから、最初っから源氏じゃない。
おまえ等の家臣です。 こんな俺で良ければどうぞ使ってやって下さい。

217 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 09:58:47
岩崎氏が清和源氏ってのは本当なんだろうか。
木曽流らしいが、なんか戦国時代の木曽氏の話「実は義高は生きていた」
ってのとゴッチャになっているような気がする。
おっと、上州の佐野氏の家臣の岩崎氏の事です。


218 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 11:23:35
>>217
木曾氏は、藤原氏を名乗っていたのが
偽証したというのが本当のところ。

清和源氏で確実なのは、成立当初から常に
朝廷と連絡・行き来していた
足利流と武田流くらい。

219 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 11:44:41
父方が足利で母方が武田の俺は勝ち組

220 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 11:46:31
おお、そうでしたか。ま、そんなとこだと思ってました。
そう言えば、その武田氏も、信縄(だったと思う。手元に資料が
ないので間違えてたならすみません。)以後はあやしい、次の当
主との間に直接の血縁関係がない、みたいな話を「歴史と旅」か
なんかで昔見た記憶がありますが、そこら辺の説は今、どうなっ
ているんでしょう。


221 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 14:19:08
>>220
初耳。詳しく。


222 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 14:20:26
摂津系の頼光の後胤を自称する家は
確かなことは分からないんだよね。
美濃源氏の土岐氏ですら確実とは言えないらしい。


223 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 23:23:08
土岐氏ってへたれっぷりが何か源氏っぽい
後に斉藤道三に乗っ取られるとこなんか。

224 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 03:29:56
土岐氏は一応、清和源氏じゃないか?
わりと初期の段階でも、同族の義家らと一緒に
源氏爵を受けていたり、
また、検非違使に任じられたり
保元・平治の乱にも清和源氏の一族として参戦したり
初期の行動も曖昧と言いながら、該当人物の任官も
記録に残っているし...
美濃の土着豪族と関係が深くて、何らか受け継ぐ形になったみたいだが
一応、河内源氏の連中と共に、朝廷での任官を受けている。

225 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 05:14:46
土岐は確かに大丈夫だ。室町時代に見える明智もオーケー。
ただ、光秀は怪しい。

226 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 11:30:37
土岐氏は鎌倉初期の系図が曖昧らしい。
明確に否定は出来ないが、絶対的に肯定もできない。

http://shushen.hp.infoseek.co.jp/keihu/toki/toki1.htm

227 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 01:35:02
金井 なんだけど、在日が通り名に採用する苗字で上位になっているんだよな。許せん!

228 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 22:19:21
岩手出身の斯波参上!

229 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 23:18:50
源氏も平氏も藤原氏も、現代ではみんな混血してますけど何か。

「私は源氏、平氏、藤原氏、どの血も混ざっていない」という人のほうが珍しい。

230 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 23:37:51
スレタイは清和源氏一族の姓の者集まれ!であって
清和源氏の血が混じってる者集まれ!ではありませんが何か。


231 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 02:45:02
俺は>>1の図に自分の名前があるのだが、親戚や親から源氏の一族だとか、聞いたことが無い。
どういう家系なのかすら聞いたことが無いし、家系図も存在しているのかさえ分からない。家紋も源氏とは関係なそうだし。。。
やはり俺は源氏の一族ではないのだろうか・・・
自分が源氏の一族だったらイイのになぁ、と思っていたので
>>1の図で名前を見つけたときは嬉しかったのだがm(__)m

232 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 04:41:05
本家の蔵でも探して証拠探しておいで。
しっかりした裏づけがあったら自信もてるだろ。


233 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 17:25:59
清和源氏姓の苗字って多すぎるだろ!?
常識で考えて・・・有難みがない。

234 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 17:31:09
きてみた。
集まっていったい何をするんでつか?

235 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 00:05:10
>>233
まあ、大してありがたみはないわなw


236 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 01:22:06
わたしホソカワですが、仲間に入れてもらえますか?

237 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 11:56:09
>>214
佐竹さんは?

238 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 18:20:44
そういや佐竹って在チョンがいた

239 :魔王:2006/12/11(月) 22:46:51
勝(すぐる)って源氏??

240 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 23:19:57
村主(すぐり)がもとで朝鮮系

241 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 01:43:59
佐竹の名でもかなり前から九州が地元の親戚がいる…

242 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 01:52:55
>>239
大和・摂津の勝・・・百済系(姓氏録)
美濃の勝、出雲の勝部
武蔵の勝呂・・・平姓村山党
幕臣の勝・・・本多氏族

243 :魔王:2006/12/12(火) 18:33:20
俺んちのばあちゃんもとのみよじ勝(すぐる)だからさあ・・・。どこの氏族だー!?

244 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 18:39:31
勝新太郎

245 :魔王:2006/12/12(火) 20:24:02
だれそれ?マィ先祖??

246 :魔王:2006/12/12(火) 21:21:12
演歌歌手やん!

247 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 06:41:55
中村玉緒の旦那だよ
ハワイでパンツの中に覚せい剤入れてつかまってた。
こいつの愛人が公家出身の芸者

248 :日本@名無史さん :2006/12/14(木) 21:44:42
1のせいでウイルスにかかった…。
ウイルス対策してるのに。

249 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 00:29:04
源 義綱が祖先の人はいるかい?
家にある家計図見ると、兄弟五・六人の内生き残ったの
たった二人みたいなんだよね

250 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 05:37:48
家系図信じちゃいけません
買い取ったとか偽造がほとんど

251 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 18:35:11
家は長曽我部に攻められて滅んだ三好の庶流、三好と言えば小笠原の流れ、
清和源氏を名乗ってもええですか?

252 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 00:16:48
一族の姓の者スレだから姓が同じなら別にいいんじゃないか
250万もいるし、まったく無関係でも姓が同じなら仮冒してもわからんしな

253 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 18:02:45
>>239
毛利元就に討たれた渡辺勝がいる
つーか嵯峨源氏じゃんw

254 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 18:08:40
>>213
どうやら経基は貞純親王の実子ではあるが
後に従兄の元平親王の養子になったことになってるらしい。


255 :日本@名無史さん:2007/02/23(金) 06:34:25
ややこしいなあ。

256 :日本@名無史さん:2007/02/23(金) 12:15:42
母方が清和源氏で家紋は桐で田舎出身。
父方は関東の農民だったみたい、というか詳しくは教えてもらってない。
分家の分家。家紋は剣かたばみ。

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