5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

あなたは幕府ファン?薩長ファン?

1 :幕末のお茶:2005/11/19(土) 22:09:47
あなたは幕府ファンですか?薩長ファンですか?

2 :日本@名無史さん:2005/11/19(土) 22:12:06
藤堂ファンです

3 :幕末好きなお茶:2005/11/19(土) 22:14:23
藤堂平助ですか?

4 :日本@名無史さん:2005/11/19(土) 22:15:24
津藩の藤堂です

5 :日本@名無史さん:2005/11/19(土) 22:15:45
奥羽越列藩同盟ファンです。

6 :幕末好きなお茶:2005/11/19(土) 22:16:07
津藩?会津ですか?

7 :幕末好きなお茶:2005/11/19(土) 22:16:54
幕府ファンですね!俺も生まれが昔譜代の藩だったところ出身なので幕府ファンです

8 :幕末好きなお茶:2005/11/19(土) 22:19:29
というか薩摩と朝廷の一部の人物以外は基本的に好きです

9 :日本@名無史さん:2005/11/19(土) 22:53:56
孝明天皇ファンです

10 :日本@名無史さん:2005/11/22(火) 06:28:23
金沢藩ファンです。

11 :日本@名無史さん:2005/11/22(火) 07:57:09
会津藩に強制徴用されて、畳一枚を持たされ
最前線で薩長軍に対する人間の盾として奮闘した
会津農民のファンです。

12 :日本@名無史さん:2005/11/22(火) 08:39:58
見事なクソスレだな。

13 :日本@名無史さん:2005/11/22(火) 20:23:56
幕府好きだけど薩長も好きだし…。

14 :日本@名無史さん:2005/11/23(水) 13:55:29
>>9ワロタwww

15 :日本@名無史さん:2005/11/26(土) 12:14:47
世羅修蔵の生首の糞壷漬け
(仙台藩を代表するインテリ玉虫左太夫の渾身の一作)と、
昼飯大好きでちょっとオチャメなドンゴリ仙台藩兵のファンです。

16 :日本@名無史さん:2005/11/26(土) 12:35:12
>>1
お前がなにか語れよ。

17 :日本@名無史さん:2005/11/26(土) 14:00:07
幕末一の雄藩である水戸のファンです

18 :日本@名無史さん:2006/01/03(火) 20:44:44
長岡・会津同盟ファン。


19 :日本@名無史さん:2006/01/04(水) 04:34:37
大室富之助(2代目明治天皇)ファンです。

20 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 21:27:16
19>
その件に関してはいろいろ言われとるが、
維新以前から長州が大室家を南朝系の天皇として保護してきたのは事実!
明治維新後にみる薩長独裁!すり替えないはずはないよね・・・。
 だが俺は朝敵、「備中松山藩士」の玄孫!徳川マンせー!


21 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 21:58:38
薩摩人ですが幕府ヲタでごわす

22 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 21:59:46
松下村塾最高ですvv

23 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 22:03:34
とりあえず伊藤哲也は氏ね

24 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 00:51:52
>>10
サンクス
新潮新書の武士の家計簿は話題作になったね

25 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 19:22:05
熊本人ですが最強肥後藩オタばい。

26 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 19:43:38
水戸出身ですが
幕府も薩長も嫌いです
お前らオイシイ所持ってきすぎだコラ

27 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 21:23:49
水戸は破壊をひき受けたので栄華栄達は長州に譲り自らは特攻精神で逝った。


28 :日本@名無史さん:2006/02/21(火) 13:05:01
幕府に決まってる

29 :日本@名無史さん:2006/02/21(火) 13:17:35
>>27
ひたすら内向きの特攻だったなw
特攻というよりむしろ文革のほうがイメージに合う。

30 :日本@名無史さん:2006/02/24(金) 04:54:35
榎本武揚ファンです

31 :市松:2006/03/05(日) 14:14:34
薩奸長賊 とにかく下種外道の集まりだな。


32 :日本@名無史さん:2006/03/05(日) 15:54:06
長州様が好きだがあの水戸天狗党の狂気ぶりは侍を感じる



33 :日本@名無史さん:2006/03/05(日) 16:27:06
慶喜ファンはどっち?

34 :日本@名無史さん:2006/03/05(日) 16:29:06
島津でも斉彬ファンは薩長ファンと言えない、でも幕府でもないな

35 :日本@名無史さん:2006/03/06(月) 16:35:47
会津の小鉄一家ファンどす。

36 :日本@名無史さん:2006/03/06(月) 17:25:00
合田一家最強!

山口組も蹴散らした

37 :日本@名無史さん:2006/03/06(月) 17:30:13
清水次郎長は幕府側って分類なのかな?

38 :日本@名無史さん:2006/03/06(月) 17:35:57
もう1度幕府開こうぜ

39 :世良酒蔵(仮) ◆j.J.FeP6ec :2006/03/06(月) 20:51:29 ?
会津庄内同盟ファンです。

40 :日本@名無史さん:2006/03/06(月) 23:41:24
清河八郎ファンです。
八郎が策を弄して浪士組結成してくれてなけりゃ、良くも悪くも新撰組の結成はあり得なかった。
明治維新の魁と称されるだけあって、全国遊説でその気にさせた尊皇攘夷派浪士は相当な数。
近藤ら新撰組は別として^^八郎本人は地味だけど、その人脈はすごかったみたい。
賢くて(ずる?)、剣も北辰一刀流免許皆伝、同門の坂本竜馬がかなわなかったらしい。

http://www.town.shonai.yamagata.jp/hachiro/index.html


41 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 02:40:14
岩倉具視

公家のわりに策略家で腹黒いw
そして精神力が強い

彼が錦の御旗ののぼりを考案しなければ、鳥羽伏見の勝利はキワドカッタだろう

42 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 02:53:56
戊辰戦争の官軍によるレイプとか白虎隊の衣服を剥いだのが会津の民衆だったとか、
そういう悲惨な話が好き。


43 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 03:36:37
姉歯ふぁん

44 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 04:25:00
>>41
朝廷は、初日の薩長軍圧勝の報告を受けて
錦旗の掲示を許したんだが。

45 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 05:53:09
和宮ラブ

46 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 12:05:15
何、この軽いノリのスレwww。嫌いじゃないがな〜。

47 :統一教会:2006/03/07(火) 15:46:24
大おお大大大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大オオ大

48 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 19:03:25
>>45
同意w

49 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 20:45:51
瀑布ファン。日本の滝はいいもんです。

50 :日本@名無史さん:2006/03/08(水) 20:28:17
幕府の天領の百姓だったので幕府ファン。

51 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 00:34:58
新撰組が大好きなので幕府側です。
永倉さんマジ大好きです。

52 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 00:59:17
父方の家系が幕臣だったのと、彰義隊とか好きなので佐幕派なんだけど
母方の実家が奈良で、天誅組関連の史跡がすぐ近所に沢山あるもんだから
そっちの方にも、結構思い入れがあるんだよな…

53 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 01:12:16
ファン・ファン・ファンはビーチ・ボーイズ
でもマジレスすると平安王朝時代が良かったなぁ・・・そもそも風流でしょ
と、言うわけで、京都は嫌いではないよ。かしこ

54 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 01:18:07
羽田空港のロビーで、
子どもたちの歓声に笑顔で応えているのを目撃して以来の久光ファン。
薩摩は嫌いだけど久光は好き。

55 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 01:27:53
戦えば勝てたのに、戦わなかった幕府はアホだから嫌い。
情熱で不可能を可能にした長州は好きだな。

56 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 01:43:57
水戸斉昭と島津斉彬のファン・・・・どこの側になるの?

57 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 01:48:39
水戸ファンにしとけ

58 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 01:50:59
水戸も薩摩も廃仏毀釈仲間
あくどいよ

59 :日本@名無史さん:2006/03/09(木) 02:06:36
確かに>>56の二人は別けるのに困るなw
幕府側でも官軍側でも、いわゆる薩摩・水戸でもない。
開明的尊皇派ってのも違うしなw

60 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 16:23:04
 「明治以降、薩長側から近代史研究が進められたこともあり、評価されず歴史の中に眠っている人物は
関東以北に多い。これからもそんな人物を掘り起こしていきたい」
http://www.sankei.co.jp/news/060313/boo005.htm

61 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 12:01:00
鳥羽伏見での維新軍の奇跡の勝利、甲府での乾VS近藤、上野戦争、北越、会津、最後は五稜郭と歴史に刻まれる戦いが展開された戊辰戦争を、コーエーはなぜテーマにしないか!決戦みたいな感じで出したら絶対はまると思うんだけどなぁ。
長岡の河井継之助とか出てきたり、もちろん薩長が巻けるシナリオも用意してあってとか・・難しいのかなぁ・・

62 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 11:46:01
巻けるのか。
塊魂?

63 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 12:11:10
当時大坂は、直轄やから、どうにも盛上らんなぁ。

とりあえず薩長も土佐も江戸も氏ね。

64 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 12:24:10
>>56
とりあえず納豆と薩摩切子を買っとけ。

65 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 12:48:56
>>61
政治色が強い問題で、あちらこちらから文句言われそうだから。

66 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 12:55:03
そうか?せいぜい会津若松か萩の歴史愛好家からクレームがつくくらいのもんだろ。
というか、すでに出てなかったっけ?何とかの嵐みたいなタイトルで。

67 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 20:31:19
戊辰戦争ゲームあるの?

68 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 20:46:08
俺はアイヌファン

69 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 20:55:08
基本的には幕府が好き
でも貧乏郷士の鬱屈した生き様も好き

70 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 21:18:39
幕府の犬と呼ばれたい

71 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 21:45:24
会津娘子隊ファン 

72 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 21:47:37
會津磐梯山はよ〜♪

73 :コーゾー:2006/04/10(月) 21:50:27
会津さ帰んだげっちょ
雪の具合どーだっべ?
いっぺー積もってっがよ?
長靴にすっかズッグにすっか迷ってんだげっちょ


74 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 21:55:27
実働部隊の裏で暗躍する貴人ってパターンが好きなので、
岩倉具視 激ラブ

75 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 22:40:26
薩長こそ朝敵。俺は今でもそう信じてる。
てか、俺の中で戊辰戦争はまだ終わってない。
当然現政権も認めてねえよ。
拝金的町人と邪宗門の野合である自公連立政権も朝敵。
俺は崇徳上皇の直臣として今日も簒奪政権とその売国支持者どもを呪い続ける。

76 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 13:18:01
古い体制でなんもできん徳川なんぞ屁のカッパ
そうやって朝鮮みたいに一生負け惜しみ言ってな
南の雄藩薩摩と西の雄藩長州をなめるな!

77 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 14:09:41
高杉晋作萌え〜!

78 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 16:49:22
岩倉が貴人だと (ヮラ

79 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 16:57:08
明治維新=うだつのあがらない下級武士と下級公家の反乱

80 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:41:54
>>76
まだこんなのが居るよ。w

81 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 20:42:03
>75-76が同じ人間なら相当アホ。かまってちゃん

82 :名日本@名無史さん:2006/04/11(火) 21:12:23
>75
それを言うなら、徳川幕府の創始者も天下の簒奪者だが?

83 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 02:17:40
戊辰戦争がまだ終わってない?
崇徳上皇の直臣?

そっか、うまく社会に順応できなくて辛いんだね、君。

84 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 02:49:53

「長州さまは、正成をなさるそうな」

85 :日本@名無史さん:2006/04/13(木) 17:44:52
ペリーのファン

86 :日本@名無史さん:2006/04/13(木) 22:51:44
スネル兄弟マニア

略してスネ夫

87 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 19:04:16
高杉晋作が大好きです(笑)

88 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 19:12:30
ジョセフ彦が大好きです

89 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 21:16:53
近藤勇が大好きです

90 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 15:20:41
明治維新はクーデターで成り立った。

91 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 15:37:41
「この辺に楠という武士やある」

92 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 16:40:03
会津ファン。薩長に対して一歩も引かない幕府の懐刀、かっこいい。
チキン幕府はあまり好きじゃないが

93 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 17:09:57






http://www.eva.hi-ho.ne.jp/iwaemon/

高杉晋作

94 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 17:35:06
>>92漫画の読みすぎ

95 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 18:06:02
>1
先に賊軍の幕府を持ってきてるのが
このスレの流れを決定づけてる

96 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 22:58:13
逝く松のファン

97 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 09:38:12
鎌倉幕府倒幕派ファンですが。なにか?

98 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 22:14:44
しかし水戸の御老公の人気に及ぶものはそうはいないだろう。


99 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 18:22:47
会津以外のファンです

100 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 18:24:34
問題です

西郷隆盛が連れていた犬の名前はなんでしょう??


101 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 18:30:13
河合奈保子のファン。  今でも  これからも

102 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 18:59:04
ツンデレ

103 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 08:54:33
会津生まれの薩摩ファン。
薩摩人って魅力のある人物がたくさんいるね。

104 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 09:02:36
薩長以外の倒幕派かな?

105 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 09:46:05
土方さんファンv

106 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 10:45:47
ファンファン

107 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 11:03:17
鹿児島生まれなので、当然薩摩ファン



しかし小栗さんのような、近代化に尽力する幕府重臣の物語も好きだなぁ...

新撰組や会津藩の、最後の武士達のロマンも魅力だし。
まさに武士道!ってのには弱いw


この時代の漢達は、かっこよすぎ。


108 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 11:12:24
セガファンです

109 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 11:28:23
明日が不安

110 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 10:15:03
今の国家公務員を見てたら幕末期の旗本連中そっくりだよねえ。
特権に甘んじて保身のことしか考えず外国勢力にへつらい……。

111 :日本@名無しさん:2006/06/09(金) 00:05:40
>>110 今の公務員や政治家は薩長子孫が多いよ。
特定郵便局も世襲だし、特殊法人なんかだと明治からずーと世襲よ。
幕末期云々ではなく、明治期からの利権であたふたしてるのよ。
黒幕は勿論薩長土肥末裔たちです。徳川子孫の利権はほとんどありませんよ。
太平洋戦争後も生き残った薩長利権。自らの特権に甘んじて国民に毛毒を
撒き散らしているのは、これらの人々です。

112 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 05:42:11
警察と海自には薩摩閥が残ってると聞くね。
長州閥は昭和に入る頃にはほぼ完全に瓦解してたんじゃない?

大正時代の後半、宮中某重大事件で
山縣の権威が失墜し死に体となった長州閥を、
佐賀派を取り込んだ薩摩派と
陸大出身のバーデンバーデン密約組が連携して、
一気に政府と陸軍から追放することに成功した。

これらの長州閥を追い落とした勢力のうち、
皇道派は2.26で、統制派は敗戦で瓦解するけど、
陸軍悪玉論をリードすることで薩摩閥はうまく責任を切り抜けた。

113 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 08:07:46
>>111
特定郵便局は日本各地の地主さんが元になっているので
薩長閥というわけではない


114 :日本@名無しさん:2006/06/10(土) 01:47:11
>>113 薩長政治家傘下で取り繕ってもらった地元民=献金=ワイロということ

115 : 日本@名無史さん :2006/06/10(土) 02:32:34
 でも意外と75みたいな見方しないと、
一部政治家の売国行為の裏とか見えてこないかもな・・。

 

116 :日本@名無しさん:2006/06/10(土) 14:46:34
>>112 貴族院の半数は長州人。
中級以上の公務員も長州利権。これだけで十分利権維持できているかと。

117 :日本@名無しさん :2006/06/10(土) 15:53:31
たしかに自民党の大物利権政治屋もよく島根だとか広島、山口みたいな
わけのわからん中国地方から地元企業の後押しで出馬してくるもんな。
現行政府の腐敗は戊辰敗戦がすべての始まりか・・・、悲しいな。

118 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 16:57:42
つまり現代日本の問題はすべて会津が弱かったせいか・・・

119 :日本@名無しさん:2006/06/10(土) 19:59:40
>>118 なんだそのおちw

120 :日本@名無しさん:2006/06/14(水) 14:20:42
会津と長州の言葉合戦模様
http://www2.2ch.net/2ch.html

121 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 15:09:50
当然幕府ファンV
だって新選組ファンだもん
新選組は誠の武士だよ。
それに比べて薩長なんかテロリスト集団ぢゃんか!
許せないよ!!

122 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 16:08:04
幕府のまま今に生かされたら、お前らニートはこの世に存在しないだろ!


通常の常識W

123 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 16:11:38
後、付けたし!


一般で言う、賃貸アパート

特に、公共の団地や借家の安い場所しか選択できない

連中は、幕府時代には生きられないね!

124 :日本@名無しさん:2006/06/15(木) 00:24:01
この2チャンで会津って検索してみな。
長州人と会津人の論争が面白く繰り広げられているから

125 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 22:38:19
冷戦だな

126 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 13:54:02
ふう

127 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 16:49:10
ペリーふぁん

128 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 13:58:57
>>122
浪人ってニートのことでしょ

129 :江戸っ子:2006/08/02(水) 16:09:58
こんにちは

イイトコ見つけたのかな?

アンチ「薩長・竜馬ファン」です。
117の方、同感です。
>>61オモシロそうですね。

130 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 16:23:20
大垣藩ファン。

131 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 16:26:17
大垣藩ファンだから、前半は会津寄りで 後半は薩長寄りだよ!鶴が城なんかぶっ飛ばせ派だね

132 :江戸っ子:2006/08/02(水) 16:33:52
前半後半って、幕末の…ですか?

133 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 17:25:36
彰義隊よえーwww
たった1日で壊滅?なにがしたかったんだ?って感じだよ。

134 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 17:39:02
大垣藩→禁門の変で会津を援軍。鳥羽伏見で幕軍先鋒。会津の戦いで、薩長軍の先鋒

135 :江戸っ子:2006/08/02(水) 17:46:42
薩長さん。
もともと幕府は鎖国などしてませんし、勝手に外国船攻撃して、賠償を幕府に支払わせる。
諸外国に適わないと解ると、昨日まで「攘夷攘夷」と叫んでいた、その夷荻から銃砲を輸入。「腰巻錦旗の迷彩」で「腰抜け慶喜幕府」に追い討ちしかける。
あげくは「開国」!?などと功績の如く喧伝。
天皇棚上げで新政府の陣容を薩長土で争う始末。
「尊王攘夷」ってドコ行っちゃったんでしょうか?


136 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 18:37:46
幕府が弱かったのがいけなかった。強ければ幕末の混乱自体が無かったはず!!

137 :江戸っ子:2006/08/02(水) 18:52:42
136の方。私、幕府での要因は、
「長州の執念深さ」「薩摩の狡猾さ」に気付くのが遅かった「家茂の幕閣達と慶喜」
そして「海舟の事なかれ主義」だと思います。
結局、幕府が弱かった…になるのでしょうね。

138 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 20:25:16
ん〜 結局両者とも、変革へと動いてたんだよね
結局のところ「体制を維持しながらの変革」か「体制をぶち壊して変革」の違いって考えてしまう。
後者が主導権を得ただけの事であって、時代を急激に動かしてたのは薩長の幕府も同じかと。

時代の変革者って人達は、いつでも狡猾であったり間抜けだったり賢かったり愚かだったり・・・
どちらかが秀でたからではなく、時流にのった(のってしまった)方が勝ち残った。
あるいは掲げてた物が違ったから、結果的に勝者と敗者が決まってしまった。

って考えたら、薩長も幕府側にも浪漫を感じるなぁ。


139 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 21:42:11
世が世ならご主人たまなので薩摩でつ…

140 :江戸っ子:2006/08/02(水) 22:41:33
興起君見てました。男の人達・兄弟愛が羨ましいですね。
私、たかが剣道二段ですが、薙刀の方と突然試合させられて「お脛/お脛!」
って「参りました!」剣道で「お脛」って何?初めてでした。
薩長さん、そんな事「えぇ?!」って思う方が馬鹿 位に思われるんでしょうね?
でも薩長さんの銃砲は「お脛!」みたいなモノですよ。

141 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 22:51:49
↑メンヘラー

142 :日本@名無史さん :2006/08/02(水) 22:53:18
>>140
歴史を見てみなさい。
政権簒奪にしろクーデターにしろ革命にしろ
君が言う剣道で「お脛」により歴史は変わるのです。
徳川幕府も豊臣家からの天下簒奪により成立したんでしょ。

143 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 22:59:25
劣等者を駆逐して生物は進化する。
幕府が劣等だっただけのこと。

144 :江戸っ子:2006/08/02(水) 23:00:27
140の方、歴史の実際を語るなら授業で学びましたよね。
私感で「どうなの?」を発言して否定されるなら即刻退出いたしますわ。

145 :江戸っ子:2006/08/02(水) 23:02:21
ごめんなさい142の方でした…

146 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 23:52:37
>>144
是非、退出して下さい。

147 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 01:02:25
近代史板にも電波な人が登場してたが・・・

148 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 11:46:46
>>144
否定されるのが嫌ならここで発言するべきじゃなかったですね。
いろいろな考えを持つ多くの人たちがここを見る対象になるわけですから、
私感で「どうなの?」っていう発言ですべて肯定されようと思うのは
都合が良すぎます。



149 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 17:03:55
日本語がヤバ過ぎる

150 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 17:12:11
>>149
オマエガナー

151 :長州ファンA:2006/08/07(月) 17:38:19
俺の出番かな・・・

152 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 22:43:06
農民ファンとか町人ファンはおらんのか?

153 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 22:49:49
勝 海舟 ファンです。

154 :通りすがり:2006/08/07(月) 22:53:20
幕府どす。新選組ファンどす。官軍のたわけどもが、この腐った世の中を
作ったんじゃぁぁぁ。なんとか、せい!!
幕府だって、世の中を変えようと画策しとったのに・・血の気の多い
ばかちん達が、狂わせて・・。250年の鬱憤をはらそうとしたんだか
しらんけど、馬鹿としか思えん。芋も小力も、犬も
(薩摩も長州も土佐も)

155 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 22:54:35
花魁ファンです。

156 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 23:15:46
土佐ファン

157 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 23:28:36
>>154
世の中を作ったのは神です。薩長や土佐ではありませんが。なにか?

158 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 00:01:45
薩長というか、長州のファンです。もっと言えば、高杉晋作を神と崇めてます。
でも次点で好きなのはなぜか榎本武揚だったりします…

159 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 00:11:25
北に流される新撰組・・・・

160 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 00:14:44
薩長ですね。
どう言い訳したって、幕府が信じられんくらいの悪政を働いて、買わん
でも良い恨みをかって自滅したってのは事実っしょ。
世の中変えようとしてたっつーんならそれを表明して、外国にはこれこれこうして
対抗します。って言えてたんじゃないかね。
そういう建設的なことちょっとでもやってたっけ?
一部の人間が開明的な考えを持ってたところでそれを実現できなきゃ絵に描いた餅。
責められる部分もおおいにあるとはいえ、幕府よりは薩長に変わってよかったとおも。

161 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 02:14:36
土方 歳三

いろんな藩邸めぐって士官先さ迷って門前掃いばっかくらって


泣きべそかきながら蝦夷地に向かった馬鹿な奴。

162 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 02:17:15
>>161
>泣きべそかきながら蝦夷地に向かった
事実を示すソースをキボン

163 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 02:35:41
http://wolfpac.press.ne.jp/daimyo06.html


http://www.eva.hi-ho.ne.jp/iwaemon/


http://www.town.chiran.kagoshima.jp//cgi-bin/hpViewContents.cgi?pID=20041207154724

164 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 04:20:01
>>163
該当の記述は見当たらない

165 :坂本龍馬:2006/09/01(金) 06:12:05
わしが示した合議が叶えば、それが良かったんじゃァ・・・

薩長の卑劣な挑発行動で、幕府側が暴発しちまったせいで戦争じゃきに。
戦争なんか始めよったがために、民は長い間飢饉に苦しんだきに。血もいっぱい流れたき。

大政奉還に納得できんかった幕府側も、合議に納得できんかった薩長も両方馬鹿もんじゃ。愚かもんじゃ。戦争を避ける道を選べんかった、ガキどもじゃァ。

166 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 07:09:49
蝦夷共和国軍の奉行土方は日本一貫禄がある武将です

日本軍なんかチョン臭いし

167 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 19:51:54
長州(岸信介、安倍晋三、陸軍、山県有朋)
薩摩(小泉純也)
どっちも大嫌いだから、消去方で幕府

168 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 20:24:49
後桜町天皇

169 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 21:32:24
幕府!
備中松山藩士の玄孫だから(自慢している訳じゃない。いわゆる朝敵で維新後は
没落。今だ貧乏。)。
 岡山県内の藩では、唯一最後まで徳川に従い明治新政府にそむいた。
維新後、勝山藩等が明治新政府に寝返り、孤立!
ついに、明治新政府から岡山藩等に朝敵征伐が下る。
当の藩主、板倉勝静は大鳥、榎本らと東北へ逃げ回る有様。
藩の侍、農兵は最後の一人まで戦う決意!
しかし、百姓から藩政を担うまでに成り上がった山田方谷が
独断で備中松山城、無血開城・・・。へたすりゃ、会津と同じ運命を
たどるとこやった。そうなってたら、俺も今おらんかも・・・。



170 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 22:06:39
会津士魂を読んで以来の会津ファン、結構幕府好き。薩長は
ただの愚連隊。

171 :中岡慎太郎:2006/09/01(金) 22:42:39
>>165
ん?おまんは薩長幕府の衝突の際、敗北可能性の高い薩長側の保険のために大政奉還をしたんじゃなかったかの?
西郷どんも、幕府と衝突しても勝てんと事前に読んでおったきに。
慶喜公を救うちおまんの言葉も旧幕・会津の狗どもから救うち意味じゃったのぅ
それでもおまんは幕府と衝突する覚悟は出来ちょった筈じゃ。

なんか司馬ちゅう作家が勝手におまんの人物を別人に作り上げたようじゃの。

172 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 19:37:57
あくまでも中立。
どちらの言い分も理解できる。

173 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 20:18:10
長州は幕府軍の実態は張子の虎であることを征長の役で確信していた。

174 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 21:27:32
大村は薩長だけでは幕府は倒せないと踏んでたんだけど、
薩摩が武力倒幕を強行したんじゃなかったっけ?

175 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 21:31:59
大村にしても勝てる確信は無かっただろうが少なくとも負けない自身はあった。
現実に圧倒的に有利なはずの幕府軍の不様な敗走を目の前で見てきたし。


176 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 02:36:00
徳川の世が続いていたら、日本はフランスの植民地にされて、日本人は
パリで奴隷として売られていたよ。
 某公共放送では、逆賊の犬、新撰組を大河ドラマで流していたが、山口県
にまで放送するなよ。(先祖が新撰組に殺された人もいるのに)
 徳川が最低の鬼畜集団と認定する理由
・ 豊臣を滅ぼした時に、秀頼の子、国松を斬首したこと。敵の大将の子に
 情けをかけて、自分の妻子を殺された平清盛の悪例があるから、殺すのは
 仕方ないが、太閤の孫にして、右大臣の実子を切腹ではなく、斬首とは
 徳川は武士の情けを知らない鬼畜。(太閤も信長の三男、信孝を殺したが
 それでも、武士の情けで切腹させた。)
・ そのくせ、徳川慶喜は醜い命乞いをして、のうのうと明治まで生き恥を
 さらした。
・ 関が原以来の恨みと禁門の変での恨みを晴らすためにも、慶喜は切腹の
 上、萩郊外に晒し首が妥当な処置。
・ 毛利は伝統的に、敵の大将に甘い所があり、元就が尼子を滅ぼした時も
 捨扶持を与えて当主の子を助命している。
・ 敵に甘い、毛利の伝統なのか、逆賊徳川は、徳川宗家、慶喜家、水戸家
 と公爵を三つも確保。毛利は本家こそ公爵だが、吉川、徳山毛利、長府毛利
 など分家は子爵止まり。
・ 海国日本なのに、貿易や造船を奨励するどころか、大名の大船建造禁止、
 と鎖国で日本人には島国根性が宿り、造船技術は退歩した。
・ 鳥羽伏見の戦いの当時、岡山池田と鳥取池田の藩主は慶喜の兄弟。両池田
 家が後方を遮断すれば、幕府軍が勝っていた可能性もあったのに、味方につ
 ける工作に失敗。身内すら説得できんのか慶喜は。
・ 


177 :反長州人:2006/09/03(日) 08:31:07
孝明天皇とその息子を自己の私利私欲にて無残にも殺した長州人には適わない

178 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 09:08:35
>177
 証拠もないのに、冤罪だよ。
 不平等条約を逆賊徳川が結んだことで、どれだけ明治政府が
苦しんだことか。条約改正は明治政府にとって最大の懸案事項だった
んだよ。
 徳川が明治政府並の近代化政策を行えたのか疑問、一部軍隊などに
はフランス式装備を整えたようだけど。政治制度にまで踏み込めたか
どうか。徳川の近代化政策だと軍備や技術のみの近代化で終わった、
清の洋務運動と同じになっていた可能性大。

(明治政府の近代化政策)
・ 士族特権の廃止。
・ 中央集権制の実現(廃藩置県)
・ 憲法の制定
・ 議会の開設
・ 欧米列強との対等条約の締結

 士族特権の廃止一つとっても、旗本・御家人の反対を押さえ込むことが
徳川にできたとは思えん。仮に実現しても藩士のみで幕臣は士族特権を温存
していた可能性大だな。
 薩長は旧薩摩藩士、旧長州藩士からも士族特権を奪った訳で。
 廃藩置県にしても、御三家などの徳川親藩を藩として存続した可能大だな。

179 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 14:01:48
>>170
>会津士魂を読んで以来

w

180 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 14:02:43
会津系作家が下品で電波なのが多いのに嫌気がさして薩長ファン。


181 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 21:20:51
万世一系破壊は長州人伊藤博文によるもの

士族特権の廃止などされてない。当時の現職警察官の士族に対しての応対マニュアル
などが存在している事実がある。

182 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 21:23:06
士族に対しては言葉づかいを使い分けた明治警官

183 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 01:19:59
言葉遣い程度で済むなら安いもんだ。江戸時代みたいに土下座しなくていいんだからな。

184 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 12:49:00
幕府時代より国土が縮小した原因をだれが作った?

185 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 12:51:32
>>184
政府と官庁から政治家と官僚を蹴り出して、
国を乗っ取った挙げ句暴走させた東北人。

186 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 13:11:49
そりゃ大日本帝国主義者の特に長州人が中国国内で暴走したから国際的に孤立したんでしょ

187 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 13:14:01
佐賀の名物インパール牟田口なんか最高だと思う!
彼に付いていったら9割がた死ぬ運命だろうw

188 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 13:36:28
幕府でも薩長でも、どちらが悪かった、などということでは無い。

>>178
会津を逆賊よばわりするのは、いただけないね。
それなら、同じ表面上で長州もまた「逆賊長州」になるさ。

だが実体は、どちらにとっても「逆賊」なんざ言葉は当てはまらなかった。
第三者として聞いてて、聞き逃せるものじゃない。そんな言葉なんざ使わんでいい。

189 :188:2006/09/04(月) 13:39:28
178の場合は徳川か。アンカー先を間違えた。
どちらにせよ、徳川もまた、逆賊の言葉には当てはまらぬ。

190 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 20:59:13
>

191 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 15:07:19
>>86
ルーズベルトが毒電波ばら撒いたから

192 :【^▽^】酔鯨ジョーカー土佐守ジーモン ◆.5DV4fMpf6 :2006/09/05(火) 21:30:22
俺は巨人ファンじゃい!
だからローズを残せつったんだよっ!
それだけじゃいない。
ラロッカとデイビーをセットで拾えとも言った。
だが巨人は俺様の意見を無視しやがった。

193 :【^▽^】酔鯨ジョーカー土佐守ジーモン ◆.5DV4fMpf6 :2006/09/05(火) 21:35:28
明日は俺様にとって【関ヶ原】。
男子がお生まれになれば、男系維持派しかも
秋篠宮派のおいらにとっちゃ維新回天よっ

194 :【^▽^】酔鯨ジョーカー土佐守ジーモン ◆.5DV4fMpf6 :2006/09/05(火) 22:02:52
小泉死ね!

195 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 23:53:58
薩長ファン。
よくやったと思う。あんなに有能な政府はそうそうない。
大久保利通の予定どおり、大阪へ遷都しておけばもっと良かった。
長州にも薩摩にも関係ないし、天領だったけど徳川家が嫌いでな。
まあ、大坂城代領だから仕方ない。

196 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 10:30:24
>181
廃刀令、秩禄処分は士族特権の廃止ではないのか?
 士族特権の廃止がなければ、薩長のお膝元で、萩の乱・西南戦争は起こらなかった
と思うけど。
 新政府が薩長優遇なら、薩長両藩の存続。旧薩長藩士の士族特権の温存ぐらい
やったと思うが。


197 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 18:23:41
薩長も幕府もだめだね土佐が一番魅力的だな
つうか龍馬がいなければ幕末自体関心もたなかった

主役が西郷や大久保じゃ玄人好み杉

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 19:57:25
>>196
明治の戸籍法。華族、士族、平民、新平民。
これら官軍がその後自分たちの優越性や特権(貴族院や佐幕派から没収した土地の不正取得など)を
固定化して一般庶民とは別次元な格差を図っていく・・

199 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 20:00:31
つーか薩長が飛躍したのはほぼ100%商人への大量の借金を踏み倒したから。
ただそれだけの話し。実は薩長もそんなに経済改革は成功してない。
確か薩摩は150年分割払い、長州は37年据え置きだったか。
そんなインチキをして強引に商人からの超高額の借金を踏み倒した。
そんなのは幕府にとっても予想できない出来事だ。
えらそうに「何故、薩長は倒幕に成功しえる力をつけたのか」とか
ご高説を垂れる奴がいるがそんなのは単なる勘違いでしかない。
それと幕府の外様統制も本来は完璧だったが、そんなインチキな裏技には
対応できなかっただけ。

200 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 20:09:13
>199
 それでも、200年間平和を維持できたのは大したもの。
 大名統制に失敗し、戦国乱世を招いた足利幕府よりはマシ。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 21:06:57
>>199>>確か薩摩は150年分割払い、長州は37年据え置きだったか。
そんなインチキをして強引に商人からの超高額の借金を踏み倒した。

こりゃ、すげーな。150年ローンか。このことを聞いたことあるような無いような。(古い記憶内?)

202 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 21:20:42
>>199
それで薩摩が借金を踏み倒したお陰で日本国内が大きなインフレ不況を迎えたかい?
薩摩藩が踏み倒したって一部の人にしか影響は無いだろ。
借金を踏み倒すのも手腕の内よ。ご高説の内の一つさ。

それにそんな裏技に幕府が対処出来なくなった地点で幕藩体制の崩壊は始まっていたってこった。

203 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 21:30:35
しかし踏み倒された商人にとってはたまったものではないぞ。
あと150年ローンではなく確か250年ローンだ。

204 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 21:38:24
水戸在住の俺はどうすれば?

現在、地元では異常なほど歴史を語りません
内部抗争で疲弊した過去があるから?

江戸時代までは全国一歴史に関心があって
資料もあふれ返っていたのに
収集に藩財政傾くほど


205 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 21:43:28
必死に語る必要がないのはいい事じゃん

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 21:49:55
>>203 ありがとためになった

207 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 21:52:37
先祖の一族に敦賀で刑死した人がいるが、
その話しを死んだばあちゃんは水戸が攘夷に拘ったことは
視野が狭かったと恥じているようだった。
無駄死にだった先祖達のことを恥じていてあまり話したくない感情があることは確か。

208 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 00:08:00
>>207
大垣藩の資料によると、彼らの惨たらしい末路が長州の幕府徹底抗戦路線に傾かせたという記録があり
また薩摩の西郷・大久保も天狗党の処置に憤慨した日記がある。
この事件が特に薩長の対幕政策に動揺を与えたというのも否定は出来ない。
彼らの結末は政局に大きな衝撃を与えていることからも天狗党の死は無駄死にとは思えん。

209 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 00:54:29
加賀藩は彼ら天狗党の行動は尊王の志に発するものであるとして寛大な措置を
願い出たが、幕府は厳寒のなか鰊倉に閉じ込め数十人を凍死させ
残った3百数十人を斬首。
もちろん、高杉なども憤慨し復讐を誓っている。

210 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 17:30:54
>209
高杉が明治まで生きていたら、慶喜を始め、佐幕派諸藩の藩主は晒し首だな。
 欧米列強の侵略を防ぐためにも、国内統一が優先したため、木戸や岩倉は慶喜
や佐幕派諸藩の藩主に寛大な処置で済ませようとしたんだよ。
 禁門の変等で会津に煮え湯を飲ませれた長州藩しては、容保と全家老の切腹ぐら
いは要求するのは当然。
 大坂の陣では、徳川は秀頼の子、国松(8歳)を斬首し、豊臣方の者は落人狩り
と称して、末端の足軽まで斬首。
 それに準じるなら、会津藩は容保は勿論、家老から足軽に至る全藩士を斬首する
のが妥当。
 

211 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 17:56:53
『防長回天史』で末松は、前述した奥羽鎮撫総督府が会津藩に対して送った
「会津藩が謝罪の態度を示すならば、寛大な処置にしても良い」という通達は、
既に徳川慶喜が寛大な処分を受けていたことを前提に出されたものであるのは
明らかであるのに、それを色眼鏡をかけて見るかのように、
会津藩側が「これは総督府の謀略である」と勝手に考えて、
「徳川家の家名がどうなるかを見届けない内は謝罪をするつもりはない
」と挑戦的な回答書を送り返すこと自体に疑問を感じずにはいられない、
というようなことを書いています。


212 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 18:07:49
>211
 謝罪とは容保の首、それとも全家老の首?
 第一次長州征伐で長州藩は家老三人の首を幕府に差し出したが。

213 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 18:26:55
>>212
謝罪の態度とは、必ずしも藩主や家老の処罰を意味しない。
謝罪の姿勢が見えればそれで良かったはず。
事実、朝敵第一等の徳川家では党首の慶喜も降伏時の徳川家指導者勝海舟も切腹していない。
徳川家の罪を被って死罪になった者はいないのだ。ただ不戦の態度を最初から徹底して示し続けた。
これと会津藩を比べた場合、朝敵第一等の徳川家に切腹者を出させなかったのに、朝敵第二等の会津藩に首を要求する訳にはいかない。
バランスが取れないから。会津の場合は、謝罪の姿勢を示さず、武備恭順を主張したのみで、半生の色がまったく見えなかった。
首の要求に関しては、朝敵宣言をした一番最初の頃は徳川家、会津藩桑名藩などすべてに藩主の首を要求している。
その後、桑名藩や徳川家は無血開城などで謝罪の姿勢を目に見える形で示したので、死一等を減じて寛大処分とした。
本来会津も同じ手法で恭順すれば良かったのだが、会津が余りに閉鎖的だった為、戦争せざるを得なくなる。
戦争をしてしまうと、死一等減じるなんて甘い事は言えなくなるので、その時点で「首」はどうしても必要になる。


214 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 18:35:09
一番の違いは、徳川家も桑名藩も交渉に次ぐ交渉を行い、
ギリギリの妥協案を引き出したあとで開城し、最終的な処分交渉を行って寛大処分を引き出した。
開城(恭順の態度)が先で処分は後(素直に恭順したので処分は寛大にする)だった。
会津の場合、まず交渉に消極的で武器を集め兵学を西洋式にして武備の増強をした。
新政府側との交渉が始まると武備恭順を主張し、寛大処分を示されなければ戦うという意思を示した。
つまり処分が先であり、開城はその後とした為、会津に対して「素直に恭順したので寛大な処分にしよう」という方法が成り立たず、
当初案の厳しい処分がそのまま適用されてしまった。

215 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 18:40:50
>213
 容保の実家である、高須藩も恭順していたのにね。
 新政府は、最後まで抵抗した榎本の首すら取らなかったし。
 
 

216 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 18:46:28
>>212
>第一次長州征伐で長州藩は家老三人の首を幕府に差し出したが。
一番最初は、長州藩主と世継ぎの二人の首を要求した。
ただし、こんな厳しい要求を長州が飲むはずはないので、
内々に藩主を惑わせた重臣の首三つでも良いとした。
この処分案は、西郷と征長軍指令官とで決められたもので、
幕府本体から出されたものでなない。
この為、三家老の首を幕府に差し出した後で、
会津藩や幕府は「その首は幕府が要求したものではなく、長州が勝手に差し出した首」
と決めつけ、正式な処分案として「長州藩主父子を徳川家(もしくは会津藩)預かりとする案」を示す。
つまり藩主を人質に出せと要求した。会津藩が主軸となり朝廷内で運動を行っている。
幕府と会津以外の藩は、三家老の首で謝罪の姿勢は立ったとし寛大処分案を支持している。
この為、長州藩は会津藩に対して激しい憎悪を向けている。

217 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 18:50:44
>>215
っていうか、会津敗北降伏後でも会津藩主の首取ってません。
ただ藩主を惑わせ誤った道を進ませた重臣三人の首を出せと要求した。
しかし、家老達の多くが戦死してしまっていたので、代表者一人の首だけでOKにしている。

218 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 19:01:00
>217
 萱野権兵衛だろ。佐幕基地外の養子藩主が全て悪いのに、家老にそその
かされたことにされた訳ね。
 容保を斬首して、薩摩藩主か長州藩主の次男三男を養子藩主にすれば、
恭順案は最高だったのに。
 

219 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 19:32:15
っていうか、最初から西郷隆盛の所に「恭順します」と言いに行けばよかった。
同時に尾張藩主(第一次征長総督)に交渉仲介を頼みに行く。
尾張徳川家藩主は、高須藩から養子に出た容保の実の兄で、桑名藩恭順の際も仲介している。
薩長は、御三家が見方になるか敵になるか非常に警戒していたので、味方になっている尾張藩の要求をむげにはしない。

220 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 19:34:51
こんなバカスレがあったのか!

221 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 13:21:54
>>219
> 尾張徳川家藩主は、高須藩から養子に出た容保の実の兄で

徳川慶勝は腹違いの兄。慶勝は正妻の子、容保は側室の子。

> 桑名藩恭順の際も仲介している。

桑名藩と会津藩では、官軍(特に長州)の憎しみの度合いが全く違うよ。
桑名藩なんて藩領も城も官軍に占領されている流浪の主従なんだから
遅かれ早かれ恭順するしかなかったし。
会津藩は「列藩同盟と共に戦う」「篭城する」「城を枕に討死にする」という
手が残っている以上は、闘うしかなかったでしょ。

222 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 01:00:54
>221
側室腹の九男坊で、実家は3万石の小大名。28万石の大名になれた、容保
は幕末一の幸運男か?
 会津藩の家老たちは、「黙れ、小大名の冷飯食いが。」叱る家臣はいなかった
のかな。
 本来なら、高禄旗本の養子か、尾張藩の家老クラスが妥当な養子先。(兄貴
の慶勝が尾張藩主になった関係もあるので)
 案外、尾張藩家老の養子になった方が会津藩にとっても、容保にとっても幸福
な選択だったと思われ。
 尾張藩と高須藩は本藩と支藩の関係だから縁が深いし。

223 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 02:01:17
 薩長が明治維新を断行しなかったら、日本はフランスの植民地。
 小栗は日本人奴隷の斡旋業で財を成して、贅沢三昧していただろうな。
 

224 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 07:20:41
>>>222
会津藩家老西郷頼母がいた。
断固恭順をと叫んだ会津国許派家老。
残念ながら在京家臣たちと江戸在府家臣たちの反対を受け、
さらに白河での敗戦責任を問われて失脚。
藩主から暗殺されかけて、会津から脱出した悲運の会津藩筆頭家老。

225 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 07:31:00
>>221
>桑名藩と会津藩では、官軍(特に長州)の憎しみの度合いが全く違うよ。
憎しみ度合いなら同じだと思うよ。だから朝敵第二等に仲良く会津と桑名が並んでる。
違ってたら桑名が第三等ぐらいに下がっているはずじゃない?。
それに東海道総督府を指揮してたのは西郷隆盛で、長州より薩摩の意見が通る状態にある。
江戸無血開城を行ったのも彼ら。
桑名藩は桑名藩で、篭城か全員で江戸へ下り藩主に合流するか、無血開城かで悩んでいるので、
最初から新政府に下る道しか無かった訳じゃなく会津同様に選択肢はあった。

226 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 07:54:10
殿様に決定権はありません。
家臣に逆らえば、大関家のように暗殺されるのが関の山w

227 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 16:41:34
>>225
尾張慶勝に仲介してもらえば
会津藩は官軍に許して貰えたと、真剣に思っているのか??
信じられないぐらいのアマちゃんだなwwwwww

228 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 19:59:54
少なくとも戦争にはならなかったと思う。
恭順すれば、戦争を仕掛ける理由が無くなるからね。

229 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 21:12:10
>>227
会津藩がどんな謝罪をしても許してもらえないと真剣に思っているのか??
イタイ奴だなwww信じられないぐらい無知だよ。
もっと勉強しないと難しい話しについてこれないよwww

230 :盛岡藩士:2006/10/14(土) 22:43:19
と、アホどもの殻の跡

231 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 22:46:28
と、盛岡藩士の名を騙る会津人の意地汚さ
会津人としては、誤っても許してもらえなかった事にしておかないと、
みんなの同情が貰えなくなるもんなw。

232 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 22:51:19
会津の武士道

会津こそ武士道

会津のみが武士道


・・・・チョン芋ヘタレな幕府
美しく生き美しく死ぬ
在チョンやブサヨクには理解出来ない真理



会津を誹謗中傷するのは厨と非日本人だけだろうね

233 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 23:36:29
いや、お前みたいな会津至上主義者は会津人だけ
日本人の常識としては会津武士は、自分の意地を貫くためだけに戦争を起こし、
会津領民を巻き込んだ上に、盾のようにして虐殺した殺戮武士集団と認識されている。
会津賛美するバカは日本人ではなく、日本パッシングするチョンの同志。

234 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 00:43:00
はいはい、白痴は黙ってなさい

会津的規範が現代日本人の美徳なんだよね

認めたくないばい、ぶち認めない、認められるかよてやんでい


は無意味

歴史は捏造できませんからね

235 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 01:24:09
なるほど、白痴的防衛線の会津戦争が規範になったから
太平洋戦争で負けたの?

236 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 01:25:12
>226
 佐幕派の藩主は暗殺ではなく、領内の山中で狩猟中、銃が暴発して事故死
したことになっているよな。
 機を見る敏な、重臣連中は殿様が作った洋式軍隊を薩長に献上、賞典禄
5000石をもらってている。
>234
 養子藩主の首を守るために家(藩)を潰すの美徳か?
 武士道で最も重要なことは鎌倉以来、家名存続・本領安堵。
 主君の忠義も、家名存続・本領安堵の前には霞むよ。
 容保が「余の首一つで家名と家臣の命が助かれば安いもの」と切腹
すれば白虎隊の悲劇もなかったのだよ。
 

237 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 02:08:21
>>234
ハァ?
会津的規範が現代日本人の美徳だってwww
誰がそんな事決めたんだよw
会津人の脳内妄想だけで日本人の美徳を決めてもらいたくないなぁ
会津人がそう思い込みたいのは解るけど、その会津の美徳がもてはやされたのは
太平洋戦争中の日本。軍部によって白虎隊などを美化し、学徒出陣を正当化した。
子供を戦争に狩り出して、何が美徳なのか??
子を守る為に意地を捨てる事こそ美徳だ(現代日本人のジョーシキ)
女子供にまで戦わせ、会津農民の田畑も戦争で荒れ果て、藩とは関係の無い領民をも巻き込んだ
どこが美徳だというのだろう?会津人ってこんな非常識人しかいないの?

238 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 02:36:04
>238
 日本人の判官びいきだから、例え逆賊会津に同情的なんだろうよ。
 大正まで続いた長州閥に対する反発もあっただろうけど。
 会津・徳川の天下が続いていたら、日本はフランスの植民地になって
いたことを理解すべき。

239 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 02:43:14
植民地は言いすぎ
最悪でもフランスの傀儡
今の日本だってアメリカの傀儡

240 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 03:03:58
>239
 アメリカの傀儡かも知れんが、逆賊徳川が締結した不平等条約
と違って、日本在住のアメリカ人(観光旅行者含む)に治外法権
や関税自主権の不在は認められていない。
 大体、先の大戦で負けたのは長州閥を陸軍から追い出した、旧
朝敵藩出身者が陸軍の要職を占めたからだよ。
 

241 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 03:12:13
たしかに長州閥が軍を握っていたうちは無謀な戦争はしなかった。

242 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 08:23:12
アメリカの傀儡なんて言っちゃって痛すぎ
お前らに聞きたい
んじゃ、日米経済摩擦はなぜ起こったのwww

243 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 08:32:24
>>240
米軍に永久占領され、地位協定なんて不平等条約や思いやり予算という軍事費の搾取が
あるけどな。

244 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 09:28:38
>>243
イタイよw
永久占領なんてされてません。土地を貸しているだけです。
地位協定に米軍を優遇する項目や思いやり予算があるのは確かですが、
そのかわり日本は米国の戦力を戦争抑止力として利用しています。
在日米軍基地があるかないかで、北朝鮮の攻撃のし易さが変わるって事ぐらい理解できないのかなぁw。
また、地位協定も日本の意思がまったく入っていないわけではない。
持ちつ持たれずの関係が日米同盟。

245 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 10:11:39
やれやれ、そうやってあくまで「対等」と思いこみたいのかね。
日本は自分の意志で国防や外交にフリーハンドの決定権なんて持ってないよ。

主権国家の建前上、対等ってことになったるけど、実際には敗戦による占領が
恒久化しているのが戦後60年。

ま、アメリカに他力本願してる姿勢を日本人自体が持ってる以上、こういう惰性が
延々続いてるって面もあるがね。

246 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 10:27:11
>>245
対等なんだよ国家としてはw
お前が単に植民地だと思い込みたいだけだろwww
>主権国家の建前上、対等ってことになったるけど
建前だろうがなんだろうが対等だっつーのw
条約内容が日本に不利なのは、日本の外交努力が足りないだけ。
戦後日本は、国際平和になんの貢献もしてこなかった。
その分、日本がわりを食うのは当然だろ。
それが嫌なら、お前がアメリカ行ってデモでもやってこいよw
漏れたちはココで応援しててやるからさ

247 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 10:35:22
敗戦による占領→米ソ冷戦や朝鮮戦争→米ソの核開発競争にベトナム戦争

日本が外交面においてフリーハンドを握れる余地など全くない状況が連続した上、
戦争の惨禍や軍部の横暴に懲り懲りした日本人自身が自らの手による国防に消極的で、
改憲や再軍備、自主防衛をめざした鳩山一郎などの路線とかは否定された。

まさにウヨがよく言う「去勢」された状態となり、保守の連中もそれに安住している。
内政面では独立国であっても、軍事・外交とか世界戦略での自主性は全くなし。
ある意味、保護国に近い状況ではあるな。

248 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 10:37:42
>>246
去勢されたわりに、口だけは威勢がいいなw

249 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 10:47:55
去勢された上にマインドコントロールされている哀れな住人が一匹いるな
現実を正しく認識できないならROMってたほうが無害でつよ

250 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 10:52:07
>>247-249
あーあーw
とうとう自作自演で荒らし始めたかw
正論を論破されると人格個人攻撃に切り替えるあたりがかなりイタタタw
これだから右翼思想に汚染された基地害は誰にも信用されなくなるんだよなw
一般常識をもうちょっと勉強しようなw。

251 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 10:55:35
そこの右翼
スレ違いだよw
荒らすならどっか逝けよwww

252 :249:2006/10/15(日) 11:04:36
248≠249 な

主権国家であるのは事実だが、アメリカの傘の下で守られている

>条約内容が日本に不利なのは、日本の外交努力が足りないだけ。
アメリカは守ってくれる親分であるし、商売のお得意様でもあるから強く出るのは無理
アメリカ並みの武力と産業力と根回しを含む外交力をもたねばいくら口先が達者でも適わない

>戦後日本は、国際平和になんの貢献もしてこなかった。
>その分、日本がわりを食うのは当然だろ。
日本なりの貢献は産業復興レベルで行ってきた(汗とカネは出してきた)

>それが嫌なら、お前がアメリカ行ってデモでもやってこいよw
>これだから右翼思想に汚染された基地害は誰にも信用されなくなるんだよなw
下衆な釣り文句はみっともないよ 俺もマインドコントロールで釣ってしまったスマソ 



253 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 11:47:57
>>252
だからなんだ?
んじゃ、お前のいう植民地ではない常態とは
「日米同盟を破棄し、日本が軍隊を持つ事」
「米国との友好関係を破棄し、完全独立の確立」
とでも言うのか?。なんだか学生運動時代の主張に似てますなw

>下衆な釣り文句はみっともないよ 
 漏れに言うなよ。漏れに噛み付いてきているバカに言えw
最初にやったのはそいつ。漏れは真似て似たような煽りを入れてみただけ


254 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 12:42:49
>>253
親米ポチってのは現状維持以外はみんなサヨで学生運動に見えるのか。
なんて極端な奴だw誰もアメリカと絶縁しろとか対立しろとは言ってない。

まず、アメリカと緊密な友好関係(日米同盟って言葉をふりかずすのは厨っぽい)
にある先進民主主義国の中で、日本とドイツの駐留米軍の兵力は突出している。
これは第二次大戦の敗戦国だったことと米ソ冷戦時代の東西対峙の名残であって、
日本に関しては冷戦終了時には現状を変える余地はあった。

そのうえで米軍の駐兵を最小限度にし、将来的には米軍の駐兵なき友好協力関係を
構築する努力を行う絶好のチャンスだったのに、自民党も外務省も現状に安住して、
それを怠ってしまった。

しかし、この先、50年も100年も日本に米軍を駐留させたままが常態化しないためにも、
駐兵なき友好協力関係=本当の意味での対等な関係を実現すべきだ。
首都のすぐ側に外国軍隊が駐兵してるようでは、真の対等なパートナーとはいえない。

255 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 16:47:25
>>254
だからそれがなんで植民地なの?w
別に在日米軍がいようがいまいが日本が自治独立国である事に違いは無い。
日本とドイツに在日米軍が多いのは、別に日本とドイツが敗戦国だからいう理屈は成り立たない。
これは戦争抑止力による戦争防止戦略によるもの。
ドイツがヨーロッパの中心部にあり、そこに大兵力展開し、
地中海地域危機があった場合の即応戦力としている。
日本も同じ。極東アジア危機の即応戦力だ。
特に極東は北朝鮮と中国、かつてはソ連があり、朝鮮半島は今でもアジアの火薬庫。
その地域から戦争抑止力を抜いて、日本だけで極東アジアの安全が確保できるとお思いで?w
憲法第9条ある限り、そんな事は無理。
まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど、軍隊がいようがいまいが日本の国家利権は守られている。
米軍に守ってもらっている部分もある。その分を米国に分配しているとも言える。
ただで命を張ってくれる国家など無いのだから当然だ。
したがって、植民地の定義を日本に当てはめる事はどう考えても無理だね。

>そのうえで米軍の駐兵を最小限度にし
 現在の状態で最小限度なんだよw。
米軍の再配置で、機動力の増した米軍はフィリピンや韓国から一部兵力を本国へ戻した。
在日米軍の兵力に関しても同じでつよ。ただ、日本に総司令部機能を移したので、日本から見て
対して部隊を減らしたように見えないだけでつ。

256 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 17:49:26
つか、植民地表現から真の対等なパートナーとはいえないという表現に軟化


257 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 20:35:16
火病ったチョン臭の自演ってわかりやすいねw

日本史板なのに異様にスレ伸び



258 :日本@名無史さん:2006/10/16(月) 02:21:08
幕末について語るスレだと思たのに…(ΘoΘ;)
マチガイデシタ…

259 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 21:11:45
>>257 チョン臭(長州人)だからね〜。
火病発祥するの得意だし、同族のチョソを大陸から大量に連れてきたしね。
日本国籍まで与えていたんだから世話ない罠。

260 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 21:16:11
と、会話に入っていけなかった知識の無い会津人たちが何か言っているw

261 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 21:18:22
日本人→会津



朝鮮人→芋&チョン




シナ人→幕府

ここまで好みが別れるのは判別するのに便利ですね

262 :東人:2006/10/20(金) 02:48:42
武州多摩に僕は生まれました。だから佐幕派^^
井伊直弼が大好きです。徳川四天王の末裔って感じがして☆
徳川総軍の先鋒隊、譜代家臣筆頭先駆けの家柄。武田の山縣隊の
赤備えを継承。赤鬼 格好よすぎ
戦場に臨む男の気概が、政治の方に発揮された気がして・・・
息子さんは戊辰戦争で西軍の先鋒に寝返りましたが、親の仇の
水戸慶喜だから仕方ないのかな^^;
少なくとも井伊直政、直孝、直弼公は許さない気がしますが^^;
徳川家茂さんも優しいそうで好きですね、平和な時代に和宮と
幸せに暮らして欲しかったなぁ♪


263 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 03:31:31
http://www.google.co.jp/gwt/n?u=http%3A%2F%2Fwww.toshizo.com%2Fname%2Findex.html&hl=ja&mrestrict=xhtml&q=%E6%96%B0%E6%92%B0%E7%B5%84&site=search&source=m

264 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 13:17:13
>>262
細かい指摘だが、山県三郎兵衛が赤備え衆を率いたことを確証付ける当時の記録は無いぞ。
武田の赤備え衆を率いた武将は、確認出来るだけでも三枝守友と小幡信貞ぐらい。
まぁ井伊の赤備えは三枝・小幡衆を継承したと言った方が正しいでしょう。

265 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 05:17:18
>264
井伊は旧今川家臣で、譜代筆頭とは言え、限りなく外様に近い訳だし。
 裏切るのは当たり前か。
 直政が今川を見限って徳川家臣となったように。
 徳川が落ち目になったら、薩長に媚を売ったまでのこと。

266 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 08:48:13
武家っていうのはそういうものだよ
無条件の忠義などない
お家の存続が何よりも優先され、
忠義と恩は契約的な関係
恩が期待できなければ忠義をする必要は無い

267 :まく:2006/10/26(木) 21:48:05
と、武士未満の商人気質者がいっております

268 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 01:20:14
のちの坂本竜馬である

269 :まく:2006/10/27(金) 17:36:39
偽武士か

さすが無知行者

270 ::日本@名無史さん :2006/10/27(金) 19:23:30
まあどっちにしてもな、在日団体が薩長の政治団体を応援しても会津や東日本の
政治団体を応援することは有り得ない。この理由が歴史と土地柄にあるわけだが、
今の長州阿部政権見ても統一(韓国)とパチョンコとサラ金と利権構造のみならず、
精神面でもズブズブ。それで福島叩き即効で始めたろ。福岡じゃ中国とズブズブ。
こんなの見せられて薩長が日本人だと思えって方が無理。在日率高すぎ。

271 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 19:40:29
ここ嫌韓厨のバカスレなの?

272 ::日本@名無史さん :2006/10/27(金) 19:45:14

親韓厨は工作員並に必死だなw。

273 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 19:47:27
薩長を応援したのは同和ですよ。幕府は差別政策とってたので。

274 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 19:51:00
↑ 会津は黙れどあほ!

275 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 21:05:13
会津は、死体を取り扱う穢多としゃべることすら忌避して死体を放置していた
別に禁止されていなかったのだが禁止されていたのだと官軍のせいにした。結局
伴という男に穢多の格好をさせ近隣の穢多を集めて処理したのだが、その際に偽金を
使って穢多を騙したことが問題となった。粗悪な鋳造だったが会津は幕府から許可を
貰っていたので落ち度はないと開き直ってる。

穢多からの告発をうけ民政局の越前藩士久保村は、贋金関係者を取り締まったが
それを逆恨みした伴の卑怯な暗殺をうけることとなる。暗殺に関わった人間は
偽名を使って明治の世も生き残ったという。

276 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 00:08:24
______________________________________________
//ノハヾヽ                               〃"´´"':、 
从*゚〜゚从<ここまで読んだ   では気を取り直して次いこか> :::゚ω゚;  ゙;;        
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


277 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 17:38:24
命を投げ打つ覚悟で国賊井伊掃部頭に天誅を加え義挙に散った憂国の志士達こそ真の武士の鏡と言えよう。


278 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 22:09:56
>>277
アルカイダにももとる犯罪テロリスト集団水戸浪士賛美者乙

279 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 00:05:38
 ふらんすの犬=会津、
 白虎隊=フランス外人部隊
 函館戦争では、フランス人将校(のちにフランス陸軍少将)が軍事顧問
として賊軍に参戦。


280 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 00:57:40
それ考えると独学の近代戦術でフランス仕込みの幕府軍に勝った薩長ってすごいよな

281 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 01:08:52
>>277
テロを美化するのは良くない
新撰組も合法テロ組織だから同類

282 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 01:15:09
>280
 大村益次郎がいたから。
 佐賀藩から借りたアームストロング砲もあったし。

283 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 01:21:18
大村益次郎のおかげで勝ったんですよ!会津戦争の時に勝が3ヵ月かかると予想していたが実際は1日。やつは天才だな

284 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 01:35:46
天才だけど奇人。性格が良ければ頃されずに天寿をまっとうできたろうに

285 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 16:10:58
>>282
新撰組が合法テロ組織=それは間違い。
新撰組は、当時京都で暴れまくっていた不法テロ組織である長州浪士団
(団長・桂小五郎)を取り締まっていたのに過ぎず、彼等をテロ組織と
定義付けたのは、その後所謂明治維新と呼ばれる軍事クーデターによって、
政権を奪った長州浪士団と、その親玉連中なのである。   以上

286 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 16:47:25
どっちもどっちだ。イラクみれば一目瞭然。好き嫌いで判断すなw
あぁファンスレだったな。くだらねぇ。

287 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 17:40:48
いじめ問題に「什の掟」問い合わせ続々

北海道と福岡の児童・生徒がいじめを苦に自殺するなど、学校でのいじめが社会問題化する中、江戸時代の「什の掟(じゅうのおきて)」が教育関係者の注目を集めている。
会津藩が藩校「日新館」入学前の子供たちに唱えさせたおきてで「弱い者をいじめてはなりませぬ」など7項目と「ならぬことはならぬものです」の結びの1文で構成される。
現在は博物館となっている日新館には、全国の学校から問い合わせが連日届いている。

什の掟は、会津の子供たちがたたき込まれた武士の心得だ。5代目会津藩主松平容頌(かたのぶ)の家老田中玄宰(はるなか)が「会津藩の興隆は人材の育成にあり」として藩校「日新館」を開学した1804年ごろできたといわれる。
当時、日新館入学前の6〜9歳の子供は、遊びの集団「什」をつくって遊び、夕方には反省会で「什の掟」を毎日唱えたという。

現在は博物館となっている会津藩校日新館には、全国の教育関係者から問い合わせが相次いでいる。
同館によると「九州、四国を含め、全国の小学校の校長先生から『現代風に変えて子供たちに教えたい』という声が多い」という。

(中略)

教育をめぐる問題では、受験対策のための必修単位の未履修問題などの不祥事も発生している。日新館では「教育は今日明日に結果が出ない100年の計だが、子供の模範たるべき大人がまず再認識する必要がある」としている。

http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20061029-109918.html



288 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 17:59:12
安政の大獄そのものがテロル。


289 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 22:19:52
>>286
好き嫌いで判断をしている訳ではない、歴史を客観的に見た上での判断
である(まぁ、薩長政権にて脚色された反徳川の「皇国史観」にどっぷり
浸かっている手合いには判るはずもないが)

290 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 22:28:10
とりあえず軍事クーデターなんて起こっていない訳だが。
王政復古は軍事クーデターでは無い。まずそこから間違っている。
それに安政の大獄自体が体制側のテロである以上、合法テロ組織というのは間違っていない。
安政の大獄が何であるかの捉え方によるだろう。

291 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 23:47:42
>>289
>薩長政権にて脚色された反徳川の「皇国史観」

>>285
>所謂明治維新と呼ばれる軍事クーデターによって、 政権を奪った長州浪士団と、その親玉連中

かなり乱暴な物言いだな。頭の中が整理されていないことがよくわかる。
「歴史を客観的に見」ることも結構だが、なんだかなぁ。

とりあえず大政奉還から鳥羽伏見戦までを時系列でおさらいしてくれ

               話 は そ れ か ら だ

292 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 01:35:57
291は、議論の仕方をわかっているのか?

293 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 06:24:30
>>292
議論する為の基礎知識が無いと>>291は言っているのだと思われる。
しかし、知識の無い>>292が反論できず、意図的に議論の仕方についての
ネタ振りをしている点は戦術としては正しいかもしれない。
なぜなら、>>292に知識が無く正攻法で議論ができないからだ。
しかしこの戦法は長続きはしないので、早めに人格攻撃に切り替えることを進める。
人格攻撃ならバカにもお手軽にできるから、お前には似合いだw。

294 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 14:50:04
>>291が知識を有するつもりならば、それを出せばいいだけのこと。
「話はそれからだ」と持ってくる時点で、むしろ>>291に堂々と発表できるだけの知識は無いというこった。
「かなり乱暴な物言いだな」そりゃ、こんな返答はバカにもお手軽にできるわなw。

それから、
先におまいらの中での「テロ」の定義をはっきり示しておくことを薦める。
双方でこの定義の食い違いがあれば、まずはそれを正してからがよろしい。

295 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 14:58:05
ま、いっとくが私は>>285ではない。
新撰組が合法テロという言い方は、見方によるだろう。
テロをどう定義づけるかでも違ってくるだけの話。
合法テロだろうがなんだろうが、新撰組がしたことを歴史的意義の観点で否定できない。
よって、呼び方うんぬんの話なぞくだらぬ議論だと思うがね。

296 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 16:22:40
テロル 《恐怖の意》暴力行為あるいはその脅威によって、敵対者を威嚇(いかく)すること。
テロリズム 政治的目的を達成するために、暗殺・暴行・粛清・破壊活動など直接的な暴力やその脅威に訴える主義。
戦争 軍隊と軍隊とが兵器を用いて争うこと。
内戦 一国内における、同じ国民どうしの戦い。内乱。

>>294
うーむ。丁寧に言えば、大政奉還から鳥羽伏見戦までを時系列でわかっていれば
>>285のようなレスは書けない、と言いたかっただけ。

ここで知識を展開する云々ではなく、知識の上でどうレスするかが問題。
>>293さんが述べているように、知識があることを前提に議論が成り立つ。

スレタイのレベルで「おらぁ幕府が好きづら」「わては薩長ファンゃ」のレベルで
半端な知識丸出しのレスする方とは議論もできないねぃ。それだけ。

297 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 22:35:48
>>296
テロリズム政治的目的を達成するために、暗殺・暴行・粛清・破壊活動など直接的な暴力やその脅威に訴える主義

「天誅」と称して暗殺・暴行・略奪を繰り返し、あまつさえ、京都の街を焼き払い天皇の拉致
を企てた(これが池田屋事件の端尾と言える)、長州の浪士勢がこれに該当するのでは、ない
のかね?。新撰組はあくまでもこれらの無頼漢を取り締まっていたわけで、隊の規律に反し、狼藉
の限りをつくした芹沢鴨(長州の連中が金科玉条のごとく奉っていた「水戸学」の発祥地の水戸出身)
などは当然隊の規律に従い処断された訳で、隊全体は京都所司代の指示の元に市内の警備にあたって
いたわけです(まぁ、相手が相手ですから少々やり方は手荒だったかもしれませんが)

まぁ、大政奉還によって「倒幕」の大儀を奪われた薩長が、将軍である慶喜を出し抜いて「王政復古」
を独断で発布し、なおかつ薩摩藩邸を自ら焼き討ちするなど挑発的な態度をひけらかし戦にもちこみ
挙げ句の果てに偽の「錦の御旗」振りかざし敵の戦意を喪失させるなど「狡猾かつ卑劣」な戦法で西方
が勝利に至った経緯を時系列で論ずるのも結構だけど、それまでの経緯も時系列に論ずる必要があるの
ではないのでしょうか。 以上



298 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 23:53:57
錦の御旗は偽物ではありません。ちゃんと朝廷の許可を取ってます。
初日に薩長側が勝ったので朝廷が錦の御旗を上げる事を許可しました。
初日の戦いに幕府が勝っていたら良かっただけの話です。
それに戦に持ち込んだのは幕府側。非戦派だった慶喜を押し切り、会津や老中達が先走った。
薩摩藩邸の焼き討ちは庄内藩ね。
後、王政復古は一応形式的には朝廷が出しています。慶喜よりも薩長を朝廷が取っただけ。
明治天皇の外祖父を薩長は仲間に引き入れていたしね。

ついでに安政の大獄は体制側のテロリズム、それに反発して長州他の浪士がテロリズムを起こし、
それを更に新撰組というテロリズムで収めようとしただけの話でしょう。
テロリズムがテロリズムを生んだ訳だね。

299 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 00:20:51
天誅はテロリズムだろう
>>296が言うように

テロル 《恐怖の意》暴力行為あるいはその脅威によって、敵対者を威嚇(いかく)すること。

という基本定義があるから、暗殺という恐怖で敵対者の行動を阻害しているからだ。
 一方、テロの定義は政治的な反政府活動や治安活動まで含む。
したがって、新撰組は幕府の治安維持組織ではあるが、一般の犯罪者を追いかける組織ではなかった。
あくまでも倒幕派を捕縛弾圧する為の幕府機関である。
この場合幕府を政府と見たてると、幕府側の政治方針と敵対する政治組織に対し、
新撰組という弾圧組織を用いて惨殺していた事となる。
つまり、幕府側は新撰組を用いてテロル 《恐怖の意》暴力行為あるいはその脅威によって、
敵対者を威嚇(いかく)することを行っていたのだ。これを白色テロという。

つまり、天誅はテロだが新撰組も白色テロを行っていたテロ組織という事になる。


300 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 00:24:03
 結 論

 幕 末 に 活 躍 し た 者 は 全 員 テ ロ リ ス ト 



  -------- 終 了 --------

301 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 00:31:21
>>296
おーい
錦の御旗が出たのは、幕府軍が京都に武力侵攻したからだぞw
岩倉具視は徳川が平和的に対応するならば徳川家を新政府に招くと言っていた
福井藩や土佐藩は小御所会議を骨抜きにして王政復古を有名無実化した
慶喜は平和裏に事を進めるために京都を引き払い大阪へ下った
薩摩の挑発に乗ったとはいえ、それは江戸の話し
抗議の使者を送るだけならいざしらず、
突如軍勢を差し向ければ、そりゃ朝廷としては錦の御旗を出すでしょうよw

そうそう、偽の錦の御旗だけど倒幕の密勅にあわせて薩長は準備はしていたんだ。
でもね。大政奉還で倒幕の密勅が無意味になり、その結果偽の錦旗もお払い箱w。
鳥羽伏見の時は、徳川側が戦争を仕掛けてきたので正式な手続きを踏んで出された公式なものなんだ。

302 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 01:28:02
>>296のおかげで本格的な良スレになったなw

303 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 05:25:32
おう

304 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 06:25:30
>>295 同意。名づけなぞ、どうでもいいこったと…

305 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 06:26:48
もともと、反体制側がさかんに言われていた言葉をもじっただけだもんな

306 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 22:28:46
>>298のレスは、ちょっと説明が足らないのでは、
確かに、薩摩藩の焼き討ちは幕府軍と譜代である庄内藩が藩邸を襲撃した
結果だけど、それは西郷隆盛の指示で動いた浪士連中が江戸で散々狼藉を
働いた事に対する報復(西郷は、あくまでも武力倒幕を考えており、開戦
に持ち込む為にやった事であり、それに乗った幕府側も愚かだが)である
事。又、王政復古は朝廷の布告だとは言え、陰で討幕派の岩倉具視や大久保
一蔵が暗躍して天皇以下を薩長側に付くよう丸め込んだ結果であり、そして、
「錦の御旗」は、元来旗そのものの存在がなく、岩倉や玉松操が考えたもの
を大久保が京都の西陣で作らせたものをその頃はすっかり薩長派になってい
た朝廷に認めさせたものであると言うこと(知っていると思いますが、佐幕
派であった孝明帝が亡くなられた時に殺害の疑惑が出て、その黒幕に岩倉が
疑われている事実があることを、つまり倒幕に持って行きたいので、佐幕派
である天皇を亡き者にし、年少である明治天皇を担ぎ上た疑惑)。

つまり、全て正当な手続きで天下を取ったように見えるが、その裏では様々な
カラクリがあったということである。


307 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 23:37:01
>佐幕派である天皇を亡き者にし、年少である明治天皇を担ぎ上た疑惑)。
孝明天皇は確かに倒幕派ではなかったが「佐幕派」というのは改竄だろう。
倒幕派の跋扈に嫌悪を抱いていたと同じ位
幕権派の幕閣の官位剥奪など幕府の専制にも強い警戒を抱いていた。


308 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 00:44:18
>>306の補足
>西郷隆盛の指示で動いた浪士連中が江戸で散々狼藉を働いた

 薩摩藩邸の根拠地に三箇所で同時武力蜂起を計画していた。
しかしそのほとんどが鎮圧されてしまい、残った相楽総三ら関東と薩摩の志士たちが江戸で乱暴狼藉を働く。
その頃、京都では福井藩の松平春嶽や土佐藩の山内容堂らの働きがけで、
徳川家に対する辞官納地要求が骨抜きとなり、さらに岩倉の説得に成功し、
慶喜が平和裏に朝廷に出頭し、徳川家の現在の領地より200万石程度(国政運営費の返却)朝廷に返すならば、
徳川家を明治政府に招くという案が岩倉より出てくる。
大村益次郎は軍事的な面から、徳川家及び旧幕府軍と戦った場合勝てないという判断が下され、
桂小五郎は安全策を取るとして非戦を宣言。長州主力のほとんどは長州に残し、
朝廷警備として、わずかに800人を京都へ入れた。
武力倒幕を意図していた薩摩にとって、長州が非戦になった事は大きなショックだった。
また、薩摩と長州のほか倒幕に賛成していた芸州藩が土佐藩に同調し武力倒幕に反対非戦派となり、京都への派兵を取りやめた。
薩摩が頼りにしていた岩倉が和平派に転じた事で、西郷はしぶしぶ武力倒幕を諦め、
江戸の撹乱部隊に中止の指示を出す。
しかし、江戸では薩摩藩邸の撹乱部隊に便乗した盗賊団が暴れまわっており、
薩摩藩邸の相楽らは作戦中止になった事で、あわててこれら盗賊団を捕まえて斬ったりして、
撹乱どころか江戸の治安維持を始めてしまうという滑稽な状態となる。
相楽らは盗賊団を斬ると、そこに札を立て「この者、偽の薩摩藩士なり」といった事を書き付けている。
結局、事態が飲み込めない庄内藩と新徴組が怒りにまかせて薩摩藩邸を襲撃してしまった。
この事は「相楽総三とその同志たち」という本に書かれているので読んでみるとよい。

309 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 00:49:00
>>306
正当な手続きを取って朝廷が認める、或いは行った以上、それは正当なことだと思いますが。
朝廷工作は幕府も行っていた訳で、それを否定するとそれ以前の幕府の行動も正当ではなくなります。
仲間を増やし、敵対者を丸め込み、案件を通すのは何時の世も変わりません。
裏で岩倉や大久保が幾ら暗躍していようと結果として朝廷はそれを認めました。
その時点で錦の御旗にしろ、王政復古にしろ、朝廷がしたことになります。

310 :話がまのびするが:2006/11/01(水) 09:29:10
つまり、実際にいうところの「朝廷」が認めたかどうかは、別の話です。
「朝廷」そのものの意思とは、もとより関係なく、
工作に成功した側が「官軍」で、その敵対側は「逆賊」とされた。

人物ひとりひとりの、それまでの朝廷との関係に焦点をあててみれば、
彼らが実際に逆賊であるはずがなかった事は明らか、
まあ今でこそ、これらは承知のことですが。
長い間、汚名を着せられていた彼らの無念はいかほどか。

(自分はどちら共のファンであるとしかいいようがないので、
かなしい闘争をしている薩長VS会津を視点にいれた意味合いでレスしているわけではないと注記しておきます)

311 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 14:02:22
朝廷が認めた以上、それは朝廷の意思です。
それに朝廷の意思を無視していたのは何も新政府だけではありません。幕府も朝廷の意思を無視したことが何度もあります。
朝廷を操ることはどちらもやっていたことでどちらかが非難される理由にはなりません。どちらも非難するのなら構いませんが。
それに逆賊とされたのは鳥羽伏見以降であり、それさえ起こさなければ彼らは逆賊などでは無かったのですから、朝廷工作とは別問題です。
王政復古から鳥羽伏見以前では彼らは逆賊には当て嵌まっていません。
慶喜が新政府に参加することが決まり、新政府側に戦う意思が無かったのに、大軍を京都に差し向け、京都に居た兵を集めたのは開戦派の幕臣や会津、桑名などです。
この時点でも、彼らは逆賊ではありませんし、朝廷及び公家達は新政府と旧幕府、どちらにつくべきか迷っていました。
けれど、初日に新政府軍が勝利したので、朝廷は新政府側に立ち、錦の御旗を許可し、慶喜追討が決定、彼らは逆賊になったのです。
鳥羽伏見自体も新政府側の勝利に終わり、朝敵第一等として幕府が第二等として会津、桑名が名を連ねることになりました。
尊王の志が幾らあろうとも、朝廷に弓矢を引いてはどうしようもありません。
これは以前の長州も同じで結果、長州は朝敵として征伐されました(第二次では幕府側が負けましたが)
逆賊の汚名を被りたくなかったのなら進軍しないか、もしくは鳥羽伏見で勝てば良かったのです。
幕府側のほうが兵の人数も圧倒的に多く、装備も優れていました。普通に見れば勝てる状況でした。
(鳥羽伏見で幕府軍が負けたのは指揮系統がなっていなかったからで装備が負けていたからではありません)
自分から進軍し、負けた以上、彼らが逆賊の汚名を被るのは仕方が無いとしか思えません。
自ら動いた結果、彼らは逆賊になったのですから、その責任は自分で背負うべきです。
(最も彼らが人間的主観的な感情で新政府を恨むことを否定している訳ではありません)


312 :話がまのびしたが:2006/11/01(水) 17:16:25
>>311
一応申し上げると、どちらか一方を非難したおぼえはないですよ。
もちろん元幕府も工作をしていたし、長州もまた逆賊の汚名を
着させられたことがあったのも踏まえたうえで、
今は鳥羽以降の段階の話であるから、焦点を絞りました。
今回、私が横槍でつぶやきたかったことは、
「彼らが実際には逆賊であるはずがなかった」ですため。

>>それに逆賊とされたのは鳥羽伏見以降であり、それさえ起こさなければ
彼らは逆賊などでは無かったのですから、朝廷工作とは別問題です。
>>どちらにつくべきか迷っていました。けれど、初日に新政府軍が勝利したので、
朝廷は新政府側に立ち、錦の御旗を許可し、慶喜追討が決定、彼らは逆賊になったのです。

ここの段階での朝廷への介入を「工作」として言いました。
そして、

>>自分から進軍し、負けた以上、彼らが逆賊の汚名を被るのは仕方が無い

この部分に関し、もうひと呟き。
「自分から進軍し負けた以上しかたない」では、
自ら進軍しても勝てば「官軍」ーーー
勝っていれば、朝廷への工作を行い”錦の旗をあげる機”を得たのは
元幕府の側であったわけですから、
薩長が負けていたならば
薩長は攻め込まれた側であるが、負けた以上、賊軍の汚名を被るのは仕方無い
ということにならないだろうか。

313 :話がまのびしたが:2006/11/01(水) 17:17:40
なにも「もし」の話をしたいわけではないのですが、
あなたの「しかたない」は少々投げやりに響いたので反例で挙げました。
勝てば官軍、負ければ賊軍である歴史を仕方ないと言い切る方もいるでしょう、
しかし、ほんらい朝敵ではない人物が、朝敵として貶められ、正当な評価から妨げられてきたこれまでの
長い時期を「しかたない」の一言で片付けてしまえるものだろうか。


314 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 17:55:09
スーパーサイヤ人薩摩


坂本竜馬 暗殺の謎!


さて、幕府が殺害したか薩摩が殺害したか?

315 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 18:34:50
>>313
短く要約出来ませんか?
俺の解釈する限りの反論だと、
敗者側にも正当な評価を下すかどうかは個々人によるものですが、
政治・戦争は結果責任である以上、長い時期を「しかたない」の一言で片付けてしまえる側面もあるものと思います。
一番重要なのは、その敗因から何を学び取るのか(「薩長が卑怯な手段を使った」と思考停止はせず)、ではないでしょうか。

まぁ賊軍官軍なぞ上辺だけの名称上のものですから、私自身興味はありません。
かつては逆賊の汚名を着せられようと、源頼朝・北条義時・足利尊氏の如く情勢を大変せしめた人物もいるわけですから。

316 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 19:06:39
>>315
>>敗者側にも正当な評価を下すかどうかは個々人によるものですが

なぜ、まるで敗者側には正当な評価を下さぬでもよい、ような言い方なのでしょうか。
それに、>>敗因から学び取るか、の一方的立場の話ではなく、
日本人全体の話なのだから、
維新の後の長く続いたこの件の歴史からなにを学び取るか、のほうであるべきだと思います。

賊軍官軍の区分け自体は、現在でこそ”名称上のもの”であっても、
私たちがいまここで扱っている世は、今の天皇体制の世ではありません。
維新後において、それがただの名称上のものなどと言い切ってしまうのは少々苦しいのではないかな。

317 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 19:09:59
>>313
本来朝敵、逆賊ではない、というのがおかしいのですよ。
実際に彼らが進軍し、負けた以上、彼らが朝敵であり逆賊なのは明白です。
どれだけ尊王の志があろうとも、朝廷に弓矢を引いたのは彼らなのですから。
そして勝てば良かったものを彼らは負けました。その時点で充分、朝敵です。


>薩長が負けていたならば
>薩長は攻め込まれた側であるが、負けた以上、賊軍の汚名を被るのは仕方無い
>ということにならないだろうか。

その場合は倒幕などという無謀なこと(と仮定しておきます)を画策したことが失敗だった、
という部分が薩長が逆賊となった場合の仕方ないと感じる原因に当て嵌まります。
何かしらの動きが無ければ、彼らは逆賊になりようがありません。
そして、誰もが動きを起こす時、自分の行動に責任を持たなければなりません。
薩長は倒幕の動きを起こし、負けた場合、機が熟すまで待てば良かった、
もしくはそのような行動自体起こさなければ良かったということになります。
そしてその行動を起こした以上、逆賊となっても彼らの責任です。
それは旧幕府側も同じであって、鳥羽伏見の戦いを始めなければ良かったのです。
これも同じように行動を起こした以上、逆賊となっても彼らの責任です。
どちらにせよ、仕方が無いとしか思えません。

正当な評価、というのが何なのかは知りませんが、
実際に負けた以上、その「負けた」という事実を持って評価が低くなるのは当然だと思います。
勿論、その他の政治能力や性格、人間関係などを別にして、彼らの功績としての評価ですが。

318 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 20:54:40
>>317
幕府=朝敵というのは、あくまでも「勝者の論理」(逆に幕府が勝った
場合も同様ですが)であって、第3者である我々は「勝ち負け」という
一つの結果にとらわれることなく、それに至るまでの過程やその他を総合
的に見てその上での評価をするべきではないのでしょうか?。つまり「朝敵」
云々はあくまでも薩長と幕府の間だけの評価であって、それに我々までもが
追従し、「負けた側の」全てを否定するのは少々乱暴ではないかと思います。

319 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 21:15:39
>>318
全てを否定している訳ではありません。
「負けた」という結果により、評価が下がるのは当然だと言っているのです。
その人のその他の政治能力や性格、人間関係などを否定している訳ではありません。
ただ、鳥羽伏見に至るまで、どうして倒幕がなされたのかという点において、
彼らには失策があり、その結果が「朝敵」であっただけの話です。
(例えば、第二次長州征伐に勝利していれば、四候会議の決裂がなければ、倒幕はなされなかったはず)
朝敵になったということはそれまでに失策があったということであり、
そこの点により評価が下がるのは当然と言えましょう。

320 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 22:06:59
>>308
確か相楽総三は、その後「ニセモノ」を騙ったとかで処刑されたと
聞きましたが・・

321 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 23:30:54
>>320
偽官軍にされたというのが事実
年貢半減令が原因というのは甚だ疑問
相楽らが言っていたのは「幕府領内の年貢半減」だった
京都から信州まで相楽ら赤報隊は進軍したが、その途上の幕府領など微々たるもの
実際の所、年貢半減を取り消そうと近江にいる相楽らに京都帰還命令が出され、
相楽もそれを受けていたにも関わらず、命令を無視して中山道を進んだことが悪かった
困ったことに赤報隊は東海道軍の所属で、本来は東海道を進むべき部隊
東海道軍の総指揮は西郷で、相楽らは西郷直下に配属されていたのだが、
彼らは東海道を進んだが故に、庇護者西郷の管理下を外れてしまう
そして、ゆく先々で各藩に勝手に外交交渉を行ったり、戦争を行ったりして信州でトラブルを発生させている
最後には相楽を庇い信州諸藩を敵として戦争するか、信州諸藩の言い分「相楽らは偽官軍である」を信じて相楽を処刑するか
という選択になってしまう。もっとも、信州諸藩は新政府軍から出された「偽官軍が出没している」という情報を鵜呑みにし、
それが相楽らの部隊だとして戦っていただけだった。
結局の所、新政府としては救済手段が無くなってしまい相楽らを助ける事を断念
偽官軍として処刑している。
京都帰還命令を受けて京へ帰った赤報隊二番隊と三番隊は、部隊を再編成され新政府軍幹部として転戦している。
処刑されたのは相楽の一番隊だけ


322 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 02:22:40
>>317、319
「負けた」という結果により、評価が下がるのは当然だと言っているのです。

どうも、いまひとつ。もう少し、そうお考えになるわけを
説明していただけないでしょうか。
評価、という意味をどう使われているのだろう。
歴史を見たときに、あなたは勝ち負けをもって「評価」をするのですか。

323 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 03:01:33
>>322
勝ち負けというよりも、それに至るまでの失策がマイナス点なのです。
幕末の幕府という組織を評価するのに、結果的に幕府が倒幕派に負け朝敵となったのは、
幕府という組織がもう駄目だったことの何よりもの証拠では無いでしょうか。
それは慶喜という人間を評価する際にもマイナス点になります。
彼が結果的に朝敵となったということは、彼自身に何かしらの失策があったはずだからです。
(四候会議の決裂、鳥羽伏見前に幕府軍や会津桑名を抑え切れなかったこと、新政府を甘く見ていたことなど)
勝ち負けというのはそれまでに失策があったことが一番解り易い例です。
勿論、失策があった上でそれを処理し勝利に導いた例もありますが、
本当に何の失策も無く負けるなどということはありえません。敗者には負けるだけの理由があるのですから。

例に慶喜を上げましたが、私は彼のことをその他の部分で評価しておりますので誤解なきように。

324 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 08:02:29
世界大戦で勝ったアメリカと、敗北した日本、
この点において後世、歴史はどっちを中心に語るかな。世界の大方の大勢は一致。
日本人からしてみると勝とうが負けようが関係なく日本を中心に
語り継いで行くでしょうが


325 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 08:58:19
説明ありがとう。あなたが意味する「評価」はよくわかりました。
あなたは勝ち負けという結果をもとに歴史を紐解いてゆくのですね。
しかし、どうでしょう。
歴史における働きを決める(評価する)はずが、
ただ敗戦にいたる失策でその組織・人物への「評価」を下げてしまうというのでは、
それは正しく評価したことになるでしょうか。
良し悪しを決めているのはないのです。
そこから私とあなたで食い違っているようです。

326 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 16:06:38
>>321
困ったことに赤報隊は東海道軍の所属で、本来は東海道を進むべき部隊
東海道軍の総指揮は西郷で、相楽らは西郷直下に配属されていたのだが、
彼らは東海道を進んだが故に、庇護者西郷の管理下を外れてしまう

なんど読み返しても、よく分からないのだ
書き間違えか?私が読めてないのか?

327 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 16:08:26
お、書き間違えか。
>>命令を無視して中山道を進んだ
と先の文で書いてるな。
失礼した。

328 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 20:29:58
>>325
そもそも正しい評価とは何でしょう? そこを説明して頂けませんか。
評価とは人によって違いますし、どちらかを贔屓目に見ている場合も勿論あるでしょう。
倒幕佐幕問わず片方を詰っている本が何と多いことか。
人が十人いればそれぞれ考え方も歴史の見方も感じ方も違います。
個々の価値観の問題なのですから、正しい評価などというもの自体が始めから無いと私は思うのですが。

後、聞きたいのですが、良し悪しを問わないのなら、何を問うているのでしょうか。
人物や組織の歴史的な働きを評価するというのは非常に基本的なことであり、
彼ら(幕府や薩長)の行動の上に今、私達が生きている現在があることを思えば、誰もが評価していると思います。
ただ、それとは別に彼らの行動の詳細について、良かったのか悪かったのか、その行動が引き起こした結果を見た上で、
それが良策であったのか、失策であったのかを考えるのが歴史における評価の仕方では無いのでしょうか。
事件ひとつひとつを辿り、それに対して彼らがどう動いて、それが何を引き起こしたのか、
そしてそれは良策であったのか、他に代替案は無かったのかなどを問わなければ、歴史を学ぶ意味が無いと思います。
良策であったのならそれから教訓と出来るもの、応用出来るものなどを学び取り、
失策であったのならそうならないためにどうすれば良いのか、という点を学び取ることが私は歴史を学ぶ意味だと思っています。

それに客観的にただ史実を見ただけでも、幕府が失策を重ね、結果的に朝敵になったことは明白です。
本当に失策が無かったのなら、あったとしてもそれを処理し事態を幕府の良いように持ち込めていたなら、
倒幕はならなかったし、幕府が目指していた諸候による共和制へと移行出来たはずですから。
長州も薩摩も始めから倒幕派ではありませんでした。
あの長州ですら、ペリー来航の際、幕府に従い喜び勇んで沿岸警備を行っています。
彼らは幕府が失政をしたからこそ見限ったのです。

329 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 20:31:57
幕府というのは政治機関です(と同時に軍事機関でもある)
その幕府を評価する際は政治的軍事的観点でしか評価出来ないのではないでしょうか。
そして政治軍事が結果責任であり、政治軍事的に彼らが失政をした以上、評価が下がるのは当たり前です。
人物を評価する場合はそれに性格や普段の行いなど様々な要素が絡み合って来ますが、
その要素のひとつには政治や軍事能力も含まれるので、
その点で政治的軍事的に失敗した(=朝敵になった)ということはマイナスになります。
勿論それは全体的に見た場合の話ですし、個々の要項をそれぞれ評価した場合はまた違う結果になるでしょう。
性格や行いなどは個人的な価値観により変化しますから人物を評価する場合は更に複雑になります。
捉え方によって、その人物の評価は如何様にもなるのです。

結果というのは一番何が失策で何が良策だったかが解り易い例です。
様々な要因が重なり良策が失策になったり、失策が良策になったりしますが、
どちらにせよ結果責任であり、結果的に失策だったか良策だったかが体制への評価に繋がります。
ペリー来航(=幕末初期)からの事件をひとつひとつ見ていっても、失策もあれば良策もあります。
けれど、結果的に失策が大きく情勢に響き、倒幕が為されることになります。
様々な政治情勢の中、これが本当に正しいと思って行ったり努力をしていたりしたことは、
個人の評価をする場合には大きく影響するでしょうが、
組織を評価する際にはほとんど影響されません。基本的に結果が全てだからです。
極端な例ですが太平洋戦争時、上層部が幾ら努力していたんだといっても、
結果的に原爆が落とされ無条件降伏をした以上、彼らに政治軍事的責任があるのと同様です。
彼らが同じ努力をしていても勝った場合と負けた場合の評価の差は歴然としているでしょう。
それは勝てば良策であり、負ければ失策であるからです。戦争ほど解り易いものはありません。
太平洋戦争だって勝てていればあそこまで当時の内閣が避難されることは無かったでしょう。
勝てば官軍というのはその点(勝てば良策、負ければ失策という点)で間違ってはいないのでは、と思います。

330 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 23:29:54
>>327
あ、スマソ
書き間違えてますな。

彼らは東海道を進んだが故に→×
彼らは中仙道を進んだが故に→○

詳しくは「相楽総三とその同志たち」という本に書かれているので読んでみてくれ。

331 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 01:36:40
俺は幕府

薩長死ね

332 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 10:03:21
>>328
まず、良策・失策の判断自体を否定したのではありません。
前レスで”歴史評価とは良し悪しを決めるのではない”と申したわけは、
あなたが「評価」を上げ下げするものとして捉えているため
評価を上げる行為、即ち、良しと捉える事、
そして評価を下げる行為、即ち、悪しと捉える事、として受け取ったのです。

>>人物や組織の歴史的な働きを評価するというのは非常に基本的なことであり、
彼ら(幕府や薩長)の行動の上に今、私達が生きている現在があることを思えば、誰もが評価していると思います。
ただ、それとは別に彼らの行動の詳細について、良かったのか悪かったのか、その行動が引き起こした結果を見た上で、
それが良策であったのか、失策であったのかを考えるのが歴史における評価の仕方では無いのでしょうか。

もちろんその点では同意見です。
良策、失策であるかどうかを判断する、それは私が意味したところの
「正しい評価」にあてはまります。
しかし、私たちの仕事はそこまでではありませんか。
歴史の評価はそもそも点数のようにマイナスにされたり
プラスにされたりするべきものなのでしょうか。
それとも、あなたは良策・失策と判断することを、評価を上げる・下げるという表現で
あらわしているだけでしょうか。それならば分かりますが。

333 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 10:06:17
訂正:
そして評価を下げる行為、即ち、悪しと捉える事、として受け取ったのです。

そして評価を下げる行為、即ち、悪しと捉える事、として受け取ったためです。


前レスで私が、あなたのいう「評価をマイナス」は「失策と判断する」の意味ではないと受け取ったわけは、
あなたが先のレスで、「彼らが逆賊の汚名を被るのは仕方が無い」と言われたためです。
たしかに、幕府があなたのいうところの”失策”を重ね、
結果的に逆賊の汚名を被ったことは仕方無いとあなたが感想を言うのは自由です。
そして、
>>十人いればそれぞれ考え方も歴史の見方も感じ方も違う
そのとおりです。
ですが、だからといって評価の段階で、
>>個々の価値観の問題なのですから、正しい評価などというもの自体が始めから無いと私は思うのですが。
ということにはなりません。
個々の価値観で歴史をみていては、
どちらかの側に立っている一方的な見方をしているのと同じことになってしまいます。

そういった方法で掘り下げてゆくのは、それぞれの側を理解する際に有効ですが、
歴史の事象を評価する事とは別の話です。
私たちは歴史に対して、こちらの価値観を押し付けた見方をするべきではありません。


334 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 10:07:31
それから、
>>勝てば良策であり、負ければ失策であるからです。戦争ほど解り易いものはありません。
強引な判断かと思われます。
もしかしたら、私があなたの意を酌めていないのかもしれませんが、
あなたの言葉をそのまま受け取った印象では、
米国が原爆を投下した件を良策としてしまうことになります。
本当に、「良策」でしたか?(もちろん、米国側の立場に立てば「良策」ですが)
勝てば良策であり、負ければ失策と、最終結果でひとつに括ってしまうのは強引すぎます。
あなたがもし良策、失策と判断することをもってのみ、歴史の評価としているならば、
その場合は、個々の事象に留めるべきです。

335 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 23:21:18
会津マンセー以外は認めない

336 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 01:23:03
>>331>>335あちこちでこういうの書き込んでるバカなんざ、低俗ぶりからいって、よく出没する特定の一人だな
どうせ本当のところ会津なんかきらい、ってところだろwだからわざと会津の印象悪くなるよう仕向けてるってオチじゃねーのw

337 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 07:26:23
ただの煽りだろ
その程度で釣られるなよ会津ヲタw

338 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 07:47:29
>>331>>335>>337
わざわざ返事しなくていいよ
有名な餓鬼んちょクンw

339 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 08:33:04
また会津お得意の脳内妄想w
あーんど被害者妄想炸裂だねwww

340 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 19:44:25
>>337 了解した

341 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 20:20:23
おら、松平容保、西郷隆盛、榎本武揚が好きだ

342 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 20:26:11
おら、松平容保、西郷隆盛、榎本武揚が好きだ

343 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 02:18:50
>>339 煽りが低俗w

344 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 20:14:12
あたしは土方、大鳥、伊庭が好きだから断然幕府の味方よぉ

345 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 20:52:10
幕府=無能

薩摩長州=朝鮮人


サムライ好きには会津ファンしかいませんよねo(^-^)o

346 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 07:12:38
薩長会奸どもが必死だなw
おまい等がどんなに騒いでも悪代官・悪家老を懲らしめる御老公の人気は変わらんよ。

347 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 07:30:15
ごっ・・ご老公様・・!!
ははァーーー!!

348 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 21:55:53
いつのまにか駄スレに逆もどりも自然の摂理

349 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 15:36:01
日本政府は会津人に謝罪しる!会津戦争の損害を賠償しる!

350 ::日本@名無史さん :2006/11/11(土) 15:37:37
なあ、皆そろそろ気付くべきじゃないか?

邪馬台国九州説 (福岡県考古学研究団体)
大久保利通偉人説(薩摩)
牟田口中将有能説(佐賀県)
吉田松陰マンセー(山口チョン民)
山県有朋善人説 (山口県)
幕府叩き    (薩長)
会津叩き    (薩長)

まだまだ限がないほど糞スレはあるが・・・
全国広といえどもこれほど厚かましく板占領して選民思想前面に押し出してる
自己中は見た事がない。そろそろ自己の都合で歴史を捏造しようとしてるこい
つら叩かないか?他の県にこんな馬鹿な連中いるか?


351 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 15:40:14
さりげなく

薩長叩き  (会津)
徳川慶喜叩き(会津)
会津大虐殺 (会津)

が意図的に抜かれているあたり、捏造を繰り返す会津らしいw

352 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 00:00:27
福沢諭吉 「脱亜論」(明治18年)  旧幕臣

 日本の不幸は中国と朝鮮だ。
この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、
もともと人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。
情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、
過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない。
国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。
もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。

「東アジア共同体」の一員として その繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。
日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない。
ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。
この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。
悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。
私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。

353 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 14:19:16
>>351
それは、本当は
薩長叩き  (会津人になりすましたドンゴリ)
徳川慶喜叩き(会津人になりすましたドンゴリ)
会津大虐殺 (会津人になりすましたドンゴリ)
だからだよ。

354 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 21:56:07
そういや戊辰の戦後処理で福沢は仙台批判してたよな

355 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 20:39:17
>>354
つーか、戊辰戦争において仙台以外に批判の対象となりうる当事者は存在しないぞ。

356 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 17:22:24
米沢は?

357 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 10:54:59
>>350
幕府叩いてんのは倒幕派というより佐幕派だろ。
なんでも、戦わずして白旗を揚げた腑抜けのヨシノブや勝は、
彼らの信仰する武士道に反するらしい。

358 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 11:15:32
>>357
今の佐幕ファンの言っている事がへんだからな

>戦わず大阪から逃げた徳川慶喜
慶喜が逃げた原因は、会津が鳥羽伏見で負け、
薩長側に徳川の武力攻撃から朝廷を守るという大義名分を与えて
「錦の御旗」を出させてしまった事。
会津は自分が負けた事を棚にあげ、敗北原因を慶喜に擦り付けた。
たいした忠義だよw

>勝は会津を見捨てた
 勝は日本人同士で戦う事に反対していた。鳥羽伏見に軍を出し戦いを始めたのは会津。
しかも負けて徳川を朝敵にしている。幕臣なら、会津を罵倒すべきで見捨てられて当然。
さらに慶喜は恭順を決め、勝も江戸攻撃阻止に動いているさなか、会津は江戸で決戦を叫んでいる。
会津の思惑道理に進めば、江戸は火の海だ。
戦争したければ自分の領地でやれ!と勝でなくても言うだろ。

仙台に至っては佐幕ですらない。仙台が幕府を輔佐した事など無い。
大政奉還後、つまり幕府が無くなった後で薩長が気に入らないと叫び始め、
自分が仙台幕府を夢見て戦争を始めただけだろ。
どこに武士道があるんだかさっぱりわかんねw


359 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 11:33:40
>>352
さすが偉人という言葉がふさわしい福沢諭吉・・・恐れ入った
この人がいたら第2次世界大戦も日本の敗戦もなかっただろうに・・・
まずアジア植民地政策などなかっただろうからね。



360 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 11:35:41
第2次世界大戦も日本の敗戦も ×
第2次世界大戦の日本の敗戦も ○


361 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 16:41:15
>>358
せっかく説得力あるのにひと言多いからぶち壊し。

362 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 16:04:51
>358
仙台藩は薩長以上に幕府が仮想敵扱いしていた。
 薩長より、仙台は江戸から近く、62万石の大藩。
 水戸・会津などの有力親藩を配置したのもそのため。
 徳川が落ち目になったら、薩長にいち早く恭順するのが外様大名の正しい道。
 佐幕派を貫いた故に、爵位は一ランク下の伯爵となり、分家の宇和島藩(侯爵)
より格下となってしまった。
 宇和島藩の藩祖は、伊達政宗の長男であるにも関わらず、側室腹ゆえ、家督を
正室腹の弟に奪われた恨みもあるし。
 

363 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 01:43:26
家康自身も伊達は気にしてたもんな。
たとえ>>358の言うように漁夫の利狙って立ち上がったにせよ、結果的に
幕府擁護の立場とはなんだか皮肉なもんだ。弱くなきゃ一波乱あったかもな。

364 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 02:17:13
仙台藩の江戸時代の年表見れば、飢饉ばっかり。幕政に口出しする余裕なんてなかった
藩政改革で体力を蓄えた薩長と石高だけで比較するのは買いかぶりすぎ
世良修蔵の一件がなければ恭順していただろうに

宇和島八代藩主伊達宗城は先代とは直接血は繋がっていない(五代藩主の次男の孫)。
藩祖はともかく怨恨は残るわけがない

365 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 04:53:46
>>356
はるかに罪が軽い。

366 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 19:09:43
しかし、どこの藩も経営苦労してるよなー。

367 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 16:03:23
>>864
世羅修蔵の件も口実として利用しただけ臭いぞ。
藩の命運を賭けた選択で、あんなことが決定打になるのか?
その後今に至るまで、盛んに世羅の極悪性をアピールしてるのもひっかかるし。

368 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 16:04:15
↑アンカーミス訂正
>>364

369 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 16:08:19
小栗 ネ申

370 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 17:42:35
榎本は、なぜ腹を切らず、新政府に組したのか?納得がいかないがな。    彼と供に戦った獅子達は、うかばれないだろう。、、

371 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 22:02:03
>>364
世羅暗殺は大藩の意地というか、奥羽の同盟構想も見え始め、
発言力の拡大を狙った仙台の対外戦略というのも考えられる。
藩内恭順派をなし崩し的に抑え込む目論見もあったかもしれない。

372 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 23:58:49
榎本はただの糞

373 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 00:02:51
>>371
たしか、米沢藩の宮島誠一郎が世良暗殺を激怒っていた。
「これで新政府に対して交渉権を喪失した」
と。

374 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 00:36:52
それが狙いだったんじゃないか?
同盟内で非戦を貫く米沢派の指導力を削ぐために仙台としては、
対立軸である抗戦に活路を見出したかったとすれば。

375 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 07:51:33
>>374
非戦派よりも弱っちい主戦派ワロス。

376 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 09:37:54
そう、仙台の弱点は弱かったことだ。

377 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 12:33:56
大垣藩は強い!

378 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 21:50:17
薩長土肥以外で関東以西で強かった藩はどこん?

379 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 15:03:24
やっぱ佐賀でしょ アームストロング持ってたんだし

380 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 15:56:51
佐賀=肥前

スペックがバレたな。晒しage

381 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 16:00:24
私は、朝鮮半島に面した藩、長州が

まさしく、私の誕生の地となった運命を、幸福な定めだと考えている。

私には、この小さな国境の街が、大きな使命のシンボルのように思える。

というのは、この小さな街は、二つの朝鮮人国家の境に位置しており、

少なくとも、この両国家の合併こそ、われわれ青年が、

いかなる手段をもってしても実現しなければならない、終生の事業と考えられたからだ。

同一の血を持つ民族が、共通の国家に属するのである。

日本・朝鮮は、母国、大日本に復帰しなければならない。


〜長州藩士の手記〜

382 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 16:25:00
長州は合理主義の冷たいイメージがある。

383 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 19:37:52
肥後は強いんじゃないの?あと宇和島の技術力も侮れない

384 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 20:00:04
肥後と肥前を間違える人多そう。
肥後もっこすや肥後ずいきは有名。

385 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 22:21:58
薩長土肥=薩摩・長州・土佐・肥後と書いてるホムペをたまに見かける。

386 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 23:09:43
>>381 それねつ造文章だろ

387 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 02:44:39
>>380 意味が分かりゃいいだろ 人の粗捜しばっかしてんじゃねーよ
バーカ

388 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 02:59:02
【肥後ずいき】 ひごずいき

ハスイモの茎の皮を剥いて乾燥させた紐のこと。これを陰茎に巻きつけ女性自身を刺激、女に“随喜”の涙を流させる補助器具として昔から重宝がられた。
ずいきからは、掻痒性成分サポニンが染みだし、それが膣や亀頭の粘膜にむず痒さを生じさせ、性感を喚起する。

江戸時代:細川藩(肥後の国:熊本県)が徳川将軍家への献上品に定め、参勤交代のお土産として持参したと文献にはあり、現在でいう大人のおもちゃ「こけし」の原型とも言えます。
簡単にいうと「江戸時代の伝統ある大人の暇つぶし」という事ですが、将軍様に寵愛(ちょうあい)されたなら当然出世しますので、世界最大のハーレム「大奥」ではもちろんのこと、
他の藩でも数多く使用されたそうです。

肥後ずいきは熊本のお土産として普通に売られている商品で、お湯又は水に浸すと柔らかくなりますので、大人の為の手工芸品(おもちゃ)として、昔から大変重宝がられたそうです。


389 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 03:06:08
>>387
ひと言多かったな。すまなかった。

390 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 03:41:16
>>387です >>389さんこちらこそ感情的になりましたスイマセン

391 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 11:17:15
熊本は幕長戦争で長州撃退したよな確か。

392 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 11:40:01
長州側が渡海のために大砲を持ってこられなかったってのもあるけどな。
小倉口では唯一食い止められるだけの実力を持ってたが、そのために交代もさせてもらえず、
もともと長州には何のうらみもない肥後は馬鹿らしくなって撤退した。

393 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 18:44:49
肥後、宗家を頼みおく

394 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 20:12:32
世論が味方だったとはいえ、長州もよく幕府の大軍退けたよな。

395 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 21:47:30
この場合、戦に世論は関係ないんじゃない
幕軍っていっても、実態は厭戦気分の多国籍軍だったわけだし

>>382
長州は実質官僚制みたいなものだったからな
藩主主導の薩土肥と比べると機能的というか機械的

396 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 22:27:57
 関ヶ原の時と違い、支藩から裏切りを出さなかったのが良かった。
 それに門閥家老(右田毛利・厚狭毛利などの一門家老。国司・益田などの
永代家老。)が徳川の切り崩しに会わなかったのも良かった。
 長州藩家臣団は寄合所帯なのにね。
 幕末の徳川将軍が元就だったら、謀略工作で長州藩家臣団を内部から切り崩し
されていたとおもうけど。

(長州藩家臣団の種別)
一門 毛利家の一門 元就の嫁実家である吉川、元就の娘婿である宍戸なども毛利一門。
譜代 元就以前からの家臣 国司、児玉、桂など
国衆 元就以前は臣従していなかった安芸・備後の豪族 高杉、平賀など
外様(大内系) 旧大内の家臣団 内藤、益田など
外様(尼子系) 旧尼子の家臣団 佐々木(尼子より改姓)、乃木など

 旧大内・旧尼子系の家臣は切り崩しし易かったと思うが。

397 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 22:37:18
一応それなりに関係あると思うよ。長州同情論と財政難が重なった形でしょ、第二次征長は。
長州自身が同情論を振りまいて、世論を味方に付けてた。

長州は藩主・家老じゃなく中級武士が藩政握ってたし、
(だから書生が活躍出来、また暴走が起きたともいえる)
藩校での成績次第で後々の出世の度合いが決まるという学歴重視な官僚制。
確かに他藩に比べると機械的だね。

398 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 22:38:13
↑こういうアホっているんだよね


399 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 00:57:10
 幕府海軍は何をしていたの?
 

400 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 01:01:55
>>399 勝 海舟

401 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 04:50:13
世論が「征長めんどい」だから厭戦気分が満延したんじゃないのか?

402 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 00:26:17
防長合議書とか(何十万部も配布したらしいので全戸)で領内世論を作り上げ
あらゆるチャンネルから情報コントロール。遊説などによって志士外交も。
肥後兵が引いたのも河上彦斉(肥後浪人)の働きかけがあった。河上は
肥後藩親兵選抜出身で宮部と並ぶVIP。四境戦争では長州の浪人隊に所属していた。
ちなみに巷説では人斬りにされてるが脚色らしい。肥後の佐幕派の誹謗が要因。

403 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 02:27:33
まあ、とにかくさ、幕府のままだったら、
欧米列強の植民地になってたよ。
薩長にさえ勝てないんだから

404 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 03:39:07
そのとおり!!!

薩長が頑張らなかったら今ごろロシア


お前ら薩長様には感謝するんだぞ
愚民どもがw

405 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 03:43:26
長州めちゃかっけーよ。


406 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 05:42:41
会津・仙台はともかく、庄内萌え。

407 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 07:19:30
ヤオイ好きだから断然幕府!

408 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 13:02:51
>404
幕府が存続していたら、フランスの植民地の方が可能性大。
 ベトナム同様、フランス人に搾取される地獄の日々。
 パリでは、日本人奴隷が酷使され。
 売国奴小栗一族は奴隷仲介業で財を成し、贅沢三昧。
 フランスに国を売ろうとした、徳川幕府は売国幕府。
 
 

409 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 13:22:19
いや、大英帝国の植民地だろ間違いなく笑

410 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 13:50:34
>409
フランスは徳川幕府に食い込んでいるから、幕府が存続していたらイギリス
が介入するのは難しい。
 フランスは函館に篭城した榎本一党に対しても、建前上は局外中立を通した
が、フランス人将校を軍事顧問として派遣している。(一応、退役した形には
してるけど、戊辰戦争の終結後に、現役復帰させている)
 

411 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 13:54:59
 会津は徳川親藩の本分として、佐幕を貫いただけ。
 理解できないのは、東北一の外様雄藩である、仙台。
 外様大名は徳川の武威に平伏しているだけの存在だから、徳川が
落ち目になったら、素早く薩長に媚を売るのが外様大名の正しい道の
はず。
 藩祖、伊達政宗公もあの世で激怒している思われ。

412 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 14:16:53
NHKで見たんだが、薩英戦争を機に近代兵器の有効性を悟った薩摩藩は
幕府には極秘で、独自にヨーロッパに留学生を送り
西洋文明や西洋の兵器、戦争技術を研究していたらしい。
幕府が欧米列強と一戦を交える前にこういうことがあったので、
日本はすばやく近代国家に移行することができたんだよ。

413 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 15:34:42
>>410
箱館までいったらフランスも植民地なんか考えちゃねえだろ。
どう考えても幕府残党が盛り返すのは無理があるからな。武器販売の金づるとしてだよ。

414 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 19:02:08
フランス人軍事顧問(フランス軍将校)は武器販売のセールスマン兼業
ってことか。
 明治新政府は初期こそ陸軍はフランス式だったが途中でドイツ式に変えるし。
 フランス式なら、軍事顧問(フランス軍将校の再就職先)・フランス軍中古武器
の転売と言うビジネスがあったのにね。

415 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 20:45:24
薩長に国賊の審判が下った瞬間。

 脳裏に、地獄が印刷された。
始まりの刑罰は五種、生命刑、身体刑、自由刑、名誉刑、財産刑、様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける刑罰を与えよ
『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を呵責し嗜虐する事の溜飲降下』『名誉栄誉を没収する群
体総意による抹殺』『資産財産を凍結する我欲と裁決による嘲笑』死刑懲役禁固拘留罰金科料、私怨による罪、
私欲による罪、無意識を被る罪、自意識を謳う罪、内乱、勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、
自傷、強姦、放火、爆破、侵害、過失致死、集団暴力、業務致死、過信による
事故、誤診による事故、隠蔽。益を得る為に犯す。己を得る為に犯す。愛を得る為に犯す。
徳を得る為に犯す 自分の為にす。窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨
による攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いおまえは汚い償え償え償え償え償えあらゆる暴力
あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『この世は、人でない人に支配されている』 罪を正す為の良心を知れ
罪を正す為の刑罰を知れ。人の良性は此処にあり、余りにも多く有り触れるが故にその総量に気付かない。
罪を隠す為の暴力を知れ。罪を隠す為の権力を知れ。人の悪性は此処にあり、余りにも少なく有り辛いが故に、
その存在が浮き彫りになる。百の良性と一の悪性。バランスをとる為に悪性は強く輝き有象無象の良性と
拮抗する為強大で凶悪な『悪』として君臨する。始まりの刑罰は五
にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす
自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分
の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為
にす勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、侵害、汚い汚い汚い汚いおまえは
汚い償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『死んで』償え!!!!!! 





416 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 16:43:19
いや、どっちに転んでも外国の植民地には
ならなかったろう。

417 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 16:50:40
経済的に植民地化状態にはされるけどね

418 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 02:04:34
やっぱ租界が出来たんだろうか。

419 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 10:22:59
どんどん打ち出す薩長土。トコトンヤレトンヤレナ。

420 :H・Kさん:2006/12/22(金) 10:10:57
 薩長がやったことも、近代化としては多分中途半端だったのかもしれませんね。
それから、物事を全うするということが成功というなら、やっぱり失敗に終わった面
も多い。天皇を担いでしまったということも、かえってまた違った身分秩序をつくって
しまったという面もある。会津の人が、未だに長州が悪いといってるのも問題でしょう
けどね。今の、鹿児島と山口どれだけ人材出してるんでしょうか・・・?
 今は、学歴社会だから予備校なんかが多いところじゃないと、先ず学歴ではじかれ
ちゃうから、どうしても大都市じゃないと難しいといったことはあるんでしょう。
 そういう意味では、昔の薩長にしても、会津にしても、結構人材は出してるんでしょう。
ただ、東京でえらくなった人と地元に取り残された人とでケンカになっちゃたという
ことでしょうか・・・
 ところで、小栗の路線だったらどうだったか・・・アメリカ見てきて、大統領が
平民の出身だとかいうことも知ってたらしいですね。いずれは、将軍(大君か?)
も大名も廃止にして、天皇・公家も石つぶしということで廃止なんてこともあった
でしょうか?反対すれば親仏派ということで処刑台送りなんてことも・・・
 いや、それで保守的な会津の人がついてこれたか・・・まあ、じゃあ、警備隊
は小栗の地元の群馬からでも連れてくれば良かったんでしょうけれど。









421 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 18:38:50
今や山口と福島は低学歴県の両巨頭らしいな。
例年、県内の全高校を合わせても東大合格者が一桁しかいない。

422 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 18:49:14
先人たちもあの世で悲しんでるな。

423 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 20:29:21
薩摩は嫌いだけど幕府方と長州は好き

424 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 01:07:58
>>423
キ ミ の キ ム チ も ワ カ ラ ン で も な い が な w

425 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 01:54:40
「花さか天使テンテンくん」の作者が
小栗上野介の子孫だとはちょっと信じられんな。

426 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 04:15:21
>>425
あー、軍事板の戊辰戦争スレでもそれ言ってた。
まさかと思ったけど。

427 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 19:39:41
三河武士かぁ

428 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 00:13:54


118 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)