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日本の地主の歴史

1 :日本@名無史さん:2005/11/12(土) 23:37:19
地主って何者?
歴史上での評価を聞きたい。
http://townweb.litcity.ne.jp/nakai/onko/top.htm
例えばこの村の大半は一つの家系みたいだね。

こういう世間から隔離された村の地主だったり
東京のど真ん中の地主って何者なの?

http://townweb.litcity.ne.jp/nakai/onko/nakai_fuudoki.htm

この家系図を見ると源満仲って人がこの地に下ってから
何百年以上もこの地の主みたくなっているようだが・・・

2 :日本@名無史さん:2005/11/12(土) 23:38:25
2

3 :日本@名無史さん:2005/11/12(土) 23:42:51
つまり地主って何千年もその土地を守り続けていた人なの?
まあ東京みたくその土地の持ち主がどんどん変わり続ける土地もあれば
田舎みたいに歴史のある土地もあるのだろうが・・・

4 :日本@名無史さん:2005/11/13(日) 00:29:11
鈴木三右衛門

5 ::2005/11/13(日) 01:15:06
宿題なのかい?まあいいや
【地主】自体は土地(村・地域)の有力者の意味ですよ、基本的には豪農(田んぼをたくさん持ってる)
の家だね。ただし、豪農といっても色々パターンがあって1のサイトなら源満仲の子孫(家を継いだもの)
がその村の有力者だね。このように大昔に権力者から任命された者が住み着く場合と・特に任命されてないが
昔からその村の有力者だったパターンと平家の落ち武者村みたいにある少数の人間が新たに村を創ったパターンがある
 今でも田舎に行くと同じ名前の家が集中してる村があるけど、その場合その内の本家が大体地主だと考えて間違いは無い
地主の役目としては、年貢の集積(1箇所にまとめて領主に届ける)・労働力の確保(河川工事や城作り)・犯罪者の捜索
が主な仕事、これが中々厳しくて年貢が集められないと地主が自腹で負担するなど結構大変な役目。
 その代わり農民でも名字帯刀か許されてたり余った年貢は地主が管理したりの特権はあった、まー判りやすく言えば
今の地方の役所(役場)みたいな仕事をしてたって事かな。
 ただし現代の地主はただの土地所有者の意味しかない場合もあるから気おつけてね
 また細かいこと判んなかったら質問しておくれ

6 :日本@名無史さん:2005/11/19(土) 14:29:11
地主の大半が源氏の子孫である可能性はある?

7 :日本@名無史さん:2005/11/19(土) 17:42:12
鎌倉時代に派遣された地主はそうじゃないの?

8 ::2005/11/19(土) 18:23:25
可能性だけなら0ではないがほぼ無い。
どちらかと言えば地元民の可能性のほうが大きいだろう、立場上武士の経験がある
豪農の家系と考えられるが源氏につながる可能性といえばほぼ皆無と見て間違いない


9 ::2005/11/20(日) 20:55:33
うちは鳥取の地主だったが先祖は源氏だと聞いている。
同じように自分と同じ苗字の家が岡山の地主で調べてみると
同じように源氏であるという。

仮定で日本各地の地主が源氏で(というか天皇の血が入っており)
文字通り日本は神の国なのかな。。。と

10 :日本@名無史さん:2005/11/20(日) 21:07:25
日本国の一番古い地主は大国主だろ。
その後、天皇家が譲り受けて今に至る。

11 :日本@名無史さん:2005/11/20(日) 21:16:40
天皇家を神というなら、イワレビコより先に天下った
ニギハヤヒを祖神に持つ物部氏の方が古い。

12 :日本@名無史さん:2005/11/20(日) 21:19:52
うむ物部君も天孫の一族の証はもっていたからね。
しかし、天皇家のがより正統な天孫の一族だったわけだ。

13 :日本@名無史さん:2005/11/20(日) 21:24:56
反戦一坪地主の苦難の歴史について語っていきましょう。

14 :日本@名無史さん:2005/11/20(日) 21:31:34
よし日本の国土を全て天子様に
お返し申そうぜ!

15 ::2005/11/20(日) 21:44:24
1000年以上その土地を守ってきたらしいです。

16 :日本@名無史さん:2005/11/20(日) 21:49:56
うちのじいちゃんは戦前まで小作人だった。

今は地域で1番の土地持ち。他の人達はバブル期にいろいろ手を出して土地を失ったらしい。

17 :日本@名無史さん:2005/11/21(月) 21:25:35
漏れの母親は田舎の大地主の家(農地改革で没落)の出身なのだが、気に入らない人の話題が上ると、
「ちっ、小作人が」
と物凄い形相でぼそっと言う。

18 :日本@名無史さん:2005/11/21(月) 21:29:27
最低の土民レベルのお母様ですね( ´∀`)

19 :日本@名無史さん:2005/11/21(月) 22:37:05
品性のない地主って多いよね
多摩地域に、平家出身だと思われる地主がいるんだが
やっぱりそんな感じ。
今でも、元自分の土地に住んでいる人間を小作人だと思ってるw
でも、その人の家は興味深い
一族が住んでいる土地は、敷地の周りを堀らしきものが
めぐらされており、敷地内に神社や墓地もある。
昔は武家屋敷だったんだろうな

20 :日本@名無史さん:2005/11/21(月) 22:55:52
>>19
多摩方面だと、家柄良い家も多いからまだマシじゃない?

都市近郊だと、家柄悪く、土地成金の金持ちで態度もデカイ!
出が出だけに、品性のかけらも無い。
実際、訛りも秩父、児玉、多摩などの方が少ない。

21 :日本@名無史さん:2005/11/21(月) 22:58:31
うちは源氏系の思いっきり血統のよい地主でした。
なんでも不作の時にご近所の人に土地を全部あげてしまったとか・・・

22 :日本@名無史さん:2005/11/21(月) 23:07:12
>>21
そういう没落した旧地主に代わって台頭してきた階層が、
東京・埼玉・横浜、都市近郊地主の主流。

23 :日本@名無史さん:2005/11/21(月) 23:14:34
訂正

>>21
そういう没落した旧地主に代わって台頭してきた階層が、
東東京・南埼玉・横浜・川崎、都市近郊地主の主流。

24 :日本@名無史さん:2005/11/21(月) 23:24:30
特定郵便局局長

25 :黒田:2005/12/03(土) 17:46:39
曽祖父・吉三郎(大阪府堺市出身、大阪で土管を作っていた平民) 
祖父・慶太郎(明治15年生まれ、上海紡績代表取締役会長)
父・慶次郎

26 :日本@名無史さん:2005/12/21(水) 15:16:08
age

27 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 18:14:44
俺の家も地主
働かなくても生きていけるし

28 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 14:13:50
戦前日本最大の地主は実は天皇家

29 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 20:11:36
農地改革で没落した元地主は多いよね
やる気無くすし肉体労働に向かない体質の家系なので
一代か二代で貧乏人の仲間入りw

30 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 21:27:18
まあそれ以前はおいしい思いをしてたんだから、いいだろ

31 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 21:35:47
>>30 そうでもないぞw
新興の地主は知らんが、村の相談役や仲介役とかやってたから。
今の町長とかの仕事とヤクザ関係を合わせたものだと思えばいい。
ちなみに>>27で言う様なのは、捨扶持、部屋住みの次男・三男のイメージだと思うよ

32 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 21:48:13
父方が新興地主で議員とかしてた。
工業関係の地域だったので、その地域一帯で原料から製品までを作って都市に運んでた。
一族総出で各監督から揉め事の仲裁、地域の人たちの面倒を見たりと暇なんてなかったとのこと。
他にも、地域の治安維持で役人と掛け合ったり、今で言うヤクザさんとつるんだりもしてたみたい。
戦後は、ほとんどを摂られちゃったけど、面倒をみたということで周りから助けてもらったって

33 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 18:47:19
日本一の土地持ちは誰なんだ。(面積で。)

34 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 18:51:06
戦前だと酒田の本間だろ
小作人一万人

35 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 19:06:53
三千人だったか

36 :甲斐犬:2006/01/21(土) 19:33:23
農業とは、本来、天候や虫害や病気に左右されやすい不安定な産業であり、
さらに、貨幣経済の進展により、市場という不安定要因が加わる。

それに、人間の能力のうち、最も個人差の大きいものは、経済能力である。
無能な者は、マイナス値なのである。

だから、農村の貧富の拡大は、経済法則に則った自然な現象であり、それを
くい止める事は困難である。歴史上、よく、重税と兵役が貧富を拡大した、
などという説明がよくされるが、これは、一面に過ぎない。それは、理由
というより、重税と兵役を嫌う農民の願望なのである。

歴史研究家の多くが、農業と自営に対する理解が不足している。

37 :甲斐犬:2006/01/21(土) 19:38:05
農村の貧困に対する最善の解決策は、戦後日本の高度経済成長。
都会の商工業に、農村の余剰労働力を引き込むのである。
これは、しばし歴史上られた耕地の平等配分よりも有効である
と思う。

38 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 19:51:09
鎌倉期・室町期の地頭→戦国期の国人→戦国時代の乗り切りに失敗→農民階級の大地主
ってのは多そう。
「戦国時代の乗り切りに失敗」ってところで成功した者は小大名に。
大成功したのは毛利家ような大大名。

地主を「御館様」、地代を「年貢」とか言ってたところも多い。

39 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 20:02:00
38は戦国時代という動乱期に「上」から落ちてきて地主に落ち着いた例。

動乱期には逆に貧民から成りあがって地主クラスに到達した「下克上」的地主も。
豊臣秀吉にはなりきれなかった農民。

40 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 01:55:59
甲斐犬降臨age


41 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 02:15:13
維新後地主ってのも多い
明治になって貨幣経済になった為に
現金を持っていない百姓は難渋した
そこで土地を担保に金貸しをして次々に私有地を広げていった者がいる

42 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 02:24:31
>>33
天皇家
帝室林野管理局を調べろ

43 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:43:50
森ビルの森さんもいっぱい土地もってそうだよね。
あとリゾート開発やるために土地を塩漬けにしてた、コクドの堤一族とかも

44 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 11:08:11
所謂ところにニッポン(江戸)の田地売買は東照宮の禁制から歴史を
経て今にあると考えられる。

すると自ずと答えは見つかるw

45 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 13:47:04
>>42
明治以降、中央集権国家形成の一環として皇室財産を積極的に増大させた
結果、皇室が日本一の地主になったね。
もっとも、明治維新前までは、領主ではあっても地主ではなかったけど。

46 :日本@名無史さん:2006/03/08(水) 19:51:00
能仁寺に徳川家の墓石が…
堤が徳川家墓地を暴いた名残

47 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 13:12:59
ふーん

48 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 19:24:46
おまいらちゃんと勉強しなおしてこいよWWW

49 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 00:36:37
酒田の本間様について詳しく語れるやついるか



50 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 11:04:36
本間ゴルフ

51 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 14:11:37
本家じゃないだろ。

52 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 14:54:24
二木ゴルフ

53 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 22:32:23
二本松

54 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:16:24
>>1
東京からさほど遠くない某県にある某村も同じような状態だよ。
村長自らその一族。先代の村長もそう。で、もとは渡来人系で
鎌倉以前からその近辺にいたらしく当時は神官。

55 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:35:15
>54
そこは議会もあるような独立してる村か?

56 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 12:19:03
独立村です

57 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 12:22:54
むさしの村

58 :小作人:2006/07/02(日) 15:04:54
1946年3月現在の話。
天皇所有の土地:13,384ku
大体長野県ぐらいの広さ。9割以上が山林。

現在は天皇の不動産所有は禁止。株式・国債は○


59 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 13:58:06
むさしまる

60 :日本@名無史さん:2006/08/16(水) 08:07:56
ん?

61 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 16:51:30
地主になりたい。

62 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 12:26:14
地主と一口に言ってもいろいろある。
平安時代の地主は荘園領主で、領内に多数の農民や奴婢を従える大農場経営型の地主。
これは他のアジアにもよく見られる。
それに対し江戸時代の地主は農民地主で、土地を小作人に貸し与えるという形態の、
土地私有制に基ずく地主。そしてその土地は売買や担保設定の対象になり、近代的な
土地所有制度の上に成り立つ。
因みに西欧列強がアジアやアフリカ、中南米でプランテーション経営を展開したのは、
それらの国々が元は平安時代型の地主制をとっていたからだ。だから西欧にとっては
植民地経営をやりやすかったと言える。
それに対し江戸時代は土地私有制が完成していたので、欧米は日本の植民地化にはあまり
乗り気ではなかったと思う。これがもし平安時代にやって来たら、日本は即刻西欧の
餌食になったはずだ。

63 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 12:35:43
>江戸時代は土地私有制が完成していた

土地制度史には相当の蓄積があると思うけど、いつの間にこんな説が出てきたの?
地租改正以前は、上級所有権はないままの、保有にすぎないって理解が通説だと思うけど

64 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 12:54:28
>>63
莫迦のにわか知識披露相手に粗探しするなんて・・・野暮だな。
もっと、この板の空気を嫁よ。

65 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 12:55:53
>63
日本は15世紀、近畿を中心に小家族制が発達する。
即ち夫婦と夫の両親、夫婦間に生まれた子供を一つの単位とし、この単位ごとに土地・家・
財産を持つというもの。これは太閤検地で全国化する。
もちろん検地では田畑永代売買禁止令により完全な所有権は得られなかったが、永代禁止令は
江戸時代では有効に機能せず、農民の土地売買は止めれなかった。
そこで17世紀末、勘定奉行荻原重秀は、相対(当事者間)による契約を優先させる処置を
とり、永代禁止令は事実上無効化した。
これをもって土地私有制の基礎が固められたことは事実だろう。

66 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 13:18:05
>>65
で、その完成した土地私有制とやらにくっついて離れない年貢について説明してみろよ

67 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 19:02:14
領主に年貢納めるのは地主。
小作人は年貢+小作料を地主に払うでオケ。
左巻きの人のアタマの中でわ小作人が領主に納める年貢率が
年貢+小作料=年貢になりまする。

よく年貢の部分より小作料の部分のほうがべらぼうに高かったりするのに。












68 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 00:46:18
>66
おまえは字を読めんのか?
土地私有制ってのは土地を私有すること。検地における一家一土地所有の原則も形態的に
私有だ。これは公地公民制や荘園制とは対照的。
例えば江戸の農民は、土地の所有権を持っていたので農作物を自由に売買できる。
だが荘園内の農民は、所有権は荘園領主。いくら豊作でも農民は勝手に農作物を
売買できん。だからこのようなシステムでは市場経済は成り立たない。
お前は年貢をいうが、今でも土地を持っていたら税金払うのは当たり前。
それより年貢の取立てという事をことさらに重視し、農村内における土地私有の浸透を
全く考察しないとは、マルキストか?


69 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 00:53:43
>>68
>例えば江戸の農民は、土地の所有権を持っていたので農作物を自由に売買できる。

で江戸時代の年貢は?

70 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 01:41:55
>69
3公7民から5公5民くらい。
それよりここは共産主義国家じゃねーんだ。
日本の歴史教育の問題点は、資本主義発展の考察を全くしないこと。だからまるで
明治時代に革命的変化が起き、いきなり資本主義が発達したかのような錯覚を持ってしまう。
だが、本当は歴史は連続しており、あくまで明治も江戸の延長にあるのだ。
考えてみろよ、もし平安時代にペリーが来ればどうなるか。いくら平安時代の日本人が一生懸命に
近代化を学んでも、近代化出来なかったはずだ。資本主義はあくまで人民が土地や財産の所有権を
握り、巨大な専属市場や消費社会が発達していて初めて、築けるんだ。

71 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 01:55:54
>資本主義はあくまで人民が土地や財産の所有権を握り

だから、土地の「所有」にぴったりくっついて離れない年貢の性質ってのは何よって聞いている訳なんだが

72 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 20:46:22
>71
お前は支配者による被支配者の搾取という歴史観しかないのか?
そりゃマルクス史観だぞ。
それに江戸時代の農民は二毛作で米以外の農作物も作っていたので、副収入もちゃんとあった
(だから問屋制家内工業が発達した)。
何度も言うが、俺は資本主義の歴史を考察したいんだ。江戸が暗黒か素晴らしいかなんて議論
しても無意味。そんなの解釈によっていくらでも変わるからな。
それより、江戸時代をはじめとする日本の歴史が、資本主義の発達の過程でどういう役割を
果たしたかを考える事のほうが、重要だ。
なのに、今までの歴史観はいかに年貢の取立てが激しかったかとか、いかに抑圧的な社会だった
かとか、そんなことばかり。これはマルキシズムの延長。これでは日本の歴史を論じたところで、
日本の資本主義の発展の理由がまるでわからない。だから物真似が上手いとか、一生懸命に
学んだとか、そんな間抜けな理由しか出てこなくなる。
いいかげんに抑圧史観から解放されなきゃね。


73 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 21:22:19
>今までの歴史観はいかに年貢の取立てが激しかったかとか、いかに抑圧的な
>社会だったかとか、そんなことばかり。

単におまいの勉強不足
江戸時代の商品経済の発展などとうの昔から議論されている
それと年貢徴収に代表される土地所有の問題とを整合的に説明する努力など
たくさんの研究で行われている
それらを読んで土地所有の問題を考えてみてくれたまえ

>だから問屋制家内工業が発達した
まさかとは思うが、これを資本主義とか言い出すんじゃないよね?



74 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 19:22:38
>73
お前の歴史観がよくわからん。どう考えても江戸時代は土地私有制だ。
当たり前だが、これは一家一土地所有という<所有形態としての>私有を言ってるのであり、
近代社会の<法治主義に基ずく>私有を言ってるんじゃないぞ。
ただ、日本が西欧の民法を導入できたのは、この所有形態としての土地私有制と、相対契約を
優先する処置がとられていたためだ。
それに俺は資本主義の歴史を研究すべしと言ってるのであり、「まさかとは思うが、これを
資本主義とか言い出すんじゃないよね?」などと質問する方がおかしすぎる。

75 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 17:07:20
資本主義に「決定的な」必要条件は、資本主義の精神を持った
資本家と労働者が登場すること。


76 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 21:08:39
以前はおいしい思いをしてたんだから、いいだろ

77 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 07:12:29
普通の農民は、どのくらいの広さの農地を持っていたのかな?



78 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 10:34:58
平地農民3000坪

79 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 15:21:09
73が論破され失踪してから2ヶ月か・・・元気にしているのかな>

80 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 08:48:56
文献調べたらうちの先祖二百数十町歩の土地もってたらしいけど、
これって中小地主?
小作戸数は忘れた

81 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 21:01:43
「地主」は明治以降の地主・小作制度(半封建的)の農地所有者をいう。
土地所有を百姓が認められるようになったのは、年貢台帳に名前を記載されるようになってから。
本百姓が衰退して、小作と地主に百姓が分化して以降は耕作者と土地所有者が同じ人間ではなくなったいく。


82 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 22:40:59
>>81
>土地所有を百姓が認められるようになったのは、年貢台帳に名前を記載されるようになってから。

すみません、それ以前の土地所有権は誰がもっていたんでしょうか

83 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 13:59:59
なあんだ 中岡さんや寅さん達 幕末の地主が何をしたか 日本の地主の役割とかの レスじゃないのね 失礼

84 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 18:35:24
>>82
荘園領主、荘官、地頭、・・・
といった人たちが重層的で複雑な所有関係を持っていた

85 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 18:38:45
>>80
数百町歩あれば日本では大地主。
内地では数町歩ていどの小地主がほとんどで、農地改革直前の千葉や埼玉だと
ほとんどの地主が5町歩未満で第一次農地改革の対象外だった。

86 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 18:43:15
内地の地主で大地主が多かったのは東北や新潟県。
関東や近畿だと、数町歩程度の不在地主が都会で商売や勤め人になってたりした。

87 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 22:49:51
>>84
ありがとうございましたm(_ _)m

88 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 00:53:33
宮尾登美子原作の「蔵」の主人公の家が、二百数十町歩の地主の家だったけど、ものすごい豪農っていう設定だったよ。あ、舞台は越後ね。

89 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 00:56:47
越後は多い

90 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 00:57:05
↑は、>>80へのレスです。

91 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 01:15:26
なんで新潟や東北に大地主が多いんだろう

92 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 07:37:19
>>91
幕藩権力が弱かったから、農民身分のまま大きな土地を所有できたのは。
と当てずっぽうなことを言ってみる。

他の地域だと、耕作者=所有者という感じで一度所有関係がリセットされている。
江戸時代中(とくに前期)はそのリセット状態が一応続いていた。
大規模に土地を所有するためには士分(領主)である必要があるけれど、
江戸時代は領主所有権はどんどん弱体化し、いつのまにか徴税権だけになっていた。



93 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 16:01:23
>>91
東北には奴隷制も近世まで続いていたしな
社会的な遅れと土地生産力の低さとが複合してのことと思われ

94 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 14:26:39
奴隷制って古代の奴婢じゃねえんだからよ
ソース出せや

95 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 17:58:49
あげ

96 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 18:02:25
ところで、地主で家柄がいい家というのは鎌倉期からずっと地主だったのかな?源氏の子孫を自称したりしてるが。それとも家柄がいいから戦争に強かったり賢かったりで段々と責任者みたくなったの?

97 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 22:40:19
近代日本最大の地主は天皇
by コミンテルン

98 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 00:17:37
>>29
うちも敗戦のせいで普通の古い家になってしまった。
戦争さえ負けなきゃこんなことには・・。あー負け戦最悪。

99 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 01:52:29
小作を奴隷のように使っていた大地主って東北と新潟しかいないんだよね


100 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 04:19:41
沖縄を奴隷のように使っていた鹿児島って

101 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 00:14:26
失敬な。うちは東北で没落した元地主だけど
小作を奴隷扱いなんてしてない。(と聴いている)

102 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 00:30:23
財閥解体と農地解放
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/history/1048524254/

このあたりも読んどくといいかも

103 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 01:02:44
土地無くなった後は、酒屋やったり、アパート経営したり、株やったり、
いろんなことを並行して行って食いつないでた。

でもまあ、みんな小卒で稼いでる時代に、曽祖父母らやその前の人達は
東京や県庁所在地やらに進学しにいったんだ。当時の小作の人々に対して
負ったカルマを、いま返してると思っておこう・・。

って、なんで先祖の負い目を俺がー・・ 遺産にはプラスとマイナスが
あるのねん。。

104 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 02:05:26
文句ならアメリカへどうぞ

105 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 09:19:29
郡役所が廃止されて村役場時代に村の地図を書き換えて土地を取った地主は多いので
困る、地図はこずでじげんず、で絵図で法務局のできる前に書き換えたコピーを
役所に出して

106 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 09:16:30
村役場時代は規模が小さいのに、権限を大きく与えすぎたので
古図を書き換えたりして土地を里道を自分の物にするために書き換えたりして
役人が3人くらいしかいてないので悪いことやり放題で

107 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 12:21:59
>>6
わたす、両親共に元地主だが、
源氏ではないよ。



108 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 00:55:50
農地改革の際、竹は木なのか草なのかで問題になったらしい。

木にもあらず草にもあらぬ竹の世のはしに我が身はなりぬべらなり

古今集十八巻、高津内親王

竹藪は竹が木なら山林になり、竹が草なら農地になってしまう・・・





109 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 01:04:21
>>6
ない

110 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 01:21:05
さっきNHKで出雲の山林大地主で鉄山師、田部家のドキュメントやってたよ。

111 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 10:12:26
農地改革の際名前のついてない土地を当時の役員名にしてたが
うれるころの今になって個人がお金を受け取ってる、ほんまは共有公用用地

112 :日本@名無史さん:2007/01/23(火) 21:40:12
規模の大きい郡役所が廃止されて規模の小さい村役場時代に
村の地図を書き換えて土地を取った地主は多いので、当時の小作は当然なにも言えないかも
戦後の法律も定着するまで混乱期にあり



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