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嫌いな美術史家

1 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/21(水) 02:43:58
奇抜なことを言ってればいいと勘違いしてるバカ。
オタの域を過ぎない奴。
オナニー評論家。

嫌いなの誰?

2 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/21(水) 04:03:30
まず、お前

3 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/21(水) 13:05:06
先年、頓死した千野香織とかいう女。
あらゆる陰険卑劣な手段を弄して、有能な人物を中傷讒謗しては次々と
陥れ続けて、三流大学の学習院大学の教員になったというゲスな女だ。
品性陋劣な上、学識も教養も乏しいくせに、貧困な穢多部落の出身だった
ために性悪な根性になってしまった哀れな存在だと聞いているが・・・

4 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/21(水) 13:36:51
>>3はこの世のゴミ

5 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/22(木) 04:42:13
ここで人の陰口叩くような美術史学徒が一番キモイ

6 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/22(木) 04:43:33
定番だけど、山下裕二
権威を壊しているつもりになってる最悪の権威主義者

7 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/23(金) 19:29:41
>>2
美術史家じゃねーよ、ガキ

8 :書跡:2006/06/23(金) 22:40:59
>>6同意。あのいやらしい顎鬚、なんとかならんかね。
>>3千野さんはそんなに卑しい品性の人間では無かろう。ただし、
ブライソンかぶれのブライアンで、何を説くにも大上段な割には
「大山鳴動して鼠一匹」なご高説で、業績は「羊頭狗肉」ではあっ
たな。


9 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/23(金) 23:53:28
>8
KO大関係はみんな捜査。
言葉先行・鼻に付く・結果はショボショボ

10 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/24(土) 00:04:40
>>6
定番だったの?
あいつって評判悪い?

11 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/24(土) 11:16:33
最初から辻雅雄の権威を体現しているかのような態度だし、
赤瀬川の腰巾着を偽装しているのがバレバレだから、
評判がいいわけないじゃん

12 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/24(土) 11:18:29
辻惟雄の間違いね。
辻は学問的には挑戦的だが、キャラは円満な方だと思う。

13 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/25(日) 01:22:01
>赤瀬川の腰巾着を偽装しているのがバレバレだから、

よく意味が

14 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/25(日) 22:37:19
AGE

15 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/29(木) 00:01:08
自分の地位に酔う

16 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/30(金) 21:34:04
オタクなだけのわたしや1はごきぶり以下の存在だね(´・ω・`)

17 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/30(金) 21:36:10
いや、ごきぶりのあの生命力を考えれば、違う、
かげろう以下の存在だね。

18 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/30(金) 21:44:05
いや、かげろうのあのはかない美しさを考えれば、何だろう、蚊以下の存在だね。
蚊って何か卑怯だし嫌だよね。
でも潰した後につい手を合わせてしまっりするよね。
その時にみんな何考えているんだろう。
「ごめんね。」「次は上手に生きてね。」


19 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/06/30(金) 21:48:33
氏ね!ってパチンとやった次の瞬間に「ああごめん。次はしあわせになってくれ」と思う。
これが人間だもの!人間だもの!
ゴーシュは言った。ごめんよ、かっこう。俺はあの時怒ったんじゃなかったんだ。

20 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/01(土) 03:47:36
>>16
お前なんかと一緒にすんな

21 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/01(土) 16:44:17
>>20
無理だ。
評価を覆すだけのソースが無い

22 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/01(土) 18:50:55
>>21
お前、基地外の臭いがプンプンするな。




23 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/01(土) 19:25:20
類友w

24 : ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ :2006/07/01(土) 20:01:22

        
          ィニ三≡ヽ           /  ̄   ̄ \
         /jj7  \ミt          /、          ヽ 糞して寝ろデブ
        彡jj_r==i_r=tiミ         |・ |―-、       |
         彡l.  ̄・・ ̄ ミ        q -´ 二 ヽ      |
         _lt  '=t  /__        ノ_ ー  |     |
      _, -t"lt__    j l ^゙''ー 、     \. ̄`  |      /
    /     ヽ ̄ 丿7     \     O===== |
   /       `-‐''゙         ヽ   /          |


25 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/01(土) 23:24:07
みんな糞は夜するのか? 

26 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/02(日) 07:17:24
昼食後30分いないだな。

27 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/02(日) 11:44:28
美術『評論家』ではなく美術『史家』か。
>>1は『評論家』と『歴史家』の区別がついていないじゃないか!
評論家は、自論を展開する立場。
歴史家は、事実を検証する立場。
> オナニー評論家。
と言ってる時点で『美術史家』と別物だろが。
勉強して出直せよ。


28 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/02(日) 13:38:47
評論的側面がない美術史なんかないよ

29 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/02(日) 18:03:29
ん?美術史を知らないと評論家として基礎がないということじゃ。
例えば、源義経がジンギスカンだったという歴史小説を小説家が書けても、
歴史家は、事実だけを用いて史実をまとめるのが本来の仕事。
本来、歴史家は客観的事実のみを述べるのが仕事。
歴史小説家が、空想を膨らませ物語を作るのとは異なる。
歴史家が空想を介在させれば、政治家らのプロパガンダと同じ。
だから、評論家と歴史家は同じでない。

30 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/02(日) 22:39:41
いや、美術史は「質」の判断に関わってるから、
客観性に限界がある。
もちろん資料が大事だから歴史学と重なるが、決して一致しない。

31 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/03(月) 00:40:26
>>27
鹿も評論するってんだ。
おめえが出直せ。

32 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/03(月) 07:47:37
>>31
ハァw
だから評論家と鹿は別だろうがw


33 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/03(月) 07:52:59
>>1>>31
お前が言いたいのは、奇抜な評論に対する意見を聞きたいのだろう。
> 鹿も評論するってんだ。
と言ってる時点で、評論家の一部に鹿が含まれてることになってるじゃないかw
スレ鯛で鹿しかださなかったお前が悪い。
逆切れする頓珍漢バカ。

34 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/03(月) 12:31:49
おいおい、お前大丈夫か?
歯科について語るスレであるが、ただ1では歯科の中にくだらん評論をする奴がいることを言及してるだけだろ。それだけのことじゃないか。
別に評論家について語れなどとは言っていない。
それとも、歯科の中には評論する奴が一人もいないとでも言うのか?
何を勝手に思い込んで、ズレたことをしつこく言ってんだ?
お前、かなり基地外じみてるぞ…

35 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/03(月) 12:54:57
「この作家の作品は保存するに値する」
という判断がないと美術史は成り立たない。
だって弱小作家の作品は保存されていないんだから。
その点、原則的にどんな史料でも役に立つ歴史学とは、
始めから視点が違うんですよ。

インチキ評論と区別しなきゃならないのは当然だけど、
美術史家が「客観性」を安易に持ち出すのはどうなんだろ?

日本の(特に西洋系)美術展カタログの糞詰まらない文章は、
結局のところ、
欧米の大物美術史家の「評論」に基づくパラダイムに乗ってるだけだし。
もちろんその大物の評論は、史料批判に裏付けされているわけだが、
評論を回避した芸術へのアプローチってのは、
原則的にあり得ないよ。

36 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/03(月) 21:10:48
定義が違うのじゃないか。

美術史家とは、人間の社会生活の変化と、その時代を表すのに適した美術を
取り上げ、時系列、地域性などを分類、整理し、客観性を追及するのが仕事
*具体的には、白鳳美術が、どのような地域などに影響され、どのように
 変遷していき、影響を与えたかを科学的な側面を含めてまとめる仕事。
 新たな発見があれば、当然書き換えられるが、推論は事実によって確定
 される。(いわば教科書づくりの裏方のような人)

美術評論家は、もっと柔軟に詩的感覚も含め、主観で語ることを良しと
する仕事。当たり前のことを、教科書どおりに当たり前に語れば、「それがどうした?」
と言われる仕事。

だから>>1が望むスレとは、美術史家に限定していることが意味不明だし、
スレ鯛を書き誤った単純なことか、意地になってるだけのこと。
「なにこれ?」という評論について語るスレなら、『美術評論家』としなけ
れば話が進まない。

それとも『美術史家』の中に、嫌いな人がいるなら出してみたら。
どうせ『美術評論家』を出すしか話が進まないだろうけど。
自らを『美術評論家』ではなく『美術史家』と名乗る人って、誰がいる?


37 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/03(月) 21:49:17
>>34
何を言ってるのやら。そもそも「美術史家」って一体誰やねん。
それが誰ひとりとして名前も出てきていないし、赤瀬川なんて作家じゃないか。
「美術史家」を出してから話をしろよ。

38 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/03(月) 22:08:41
>>36
いや、だから
山下裕二
という最適の例があるじゃん


39 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/07/04(火) 11:26:16
(´-`).。oO( 山下裕二「なんでもジャンル分けすると死ぬんだよ。」
そういや2000年頃って「美術を横断する」って誰もが言ってたね。
間違ってはいないけど、ジャンルの境界が曖昧になっているのだよね。
でも、そうなると「境界って何だ!」と揺り戻しがくる。
あえて美術史家を名乗っているけれど、美術史に残る評論家を願望している
ようにも思う。でも自分は違いに目を向ける人は嫌いじゃないけどね。)


40 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/07(月) 23:02:09
(´-`).。oO(美術史家は結局のところ論文等に説得力があるかないかで判断されるし、
個人的に人柄なんかを知らない限り、好きとか嫌いとかいうのは難しいんじゃないかねえ。
知ってる範囲の「美術史家」はみんないい人だけどね・・・。)

41 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/08(火) 00:52:46
業界にどっぷり浸かっているからじゃないの?
コンテンポラリーやるとハブられると聞いて、
進学をやめた俺からすると、旧弊な世界にしか見えませんよ

42 :40:2006/08/12(土) 23:00:43
私へのレスと言うことでいいのかな?レス、サンクスです。

当方まだ学生の身なんで業界にどっぷり浸かっている、とまで言えるかわかりません。
コンテンポラリーをやるとハブられると言うのは初耳です。
確かに四、五〇〇年も前の美術をやっている身からすれば新しい分野なので
「歴史」として論じるのは難しいことも多いだろうとは思うのですが。

ただ、業界?に旧弊な部分があるということと、個々人を嫌う、と言うのは
必ずしも結びつかないような気がするんですよね。
まあ人を嫌いになる理由なんていくらでもあるので、有り得るんでしょうけれど。

ただ、現在の美術への言及を行う人と17世紀の美術を研究する人は分けて考えなくちゃならないと思います。

43 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/13(日) 00:18:58
>>42

> ただ、現在の美術への言及を行う人と17世紀の美術を研究する人は分けて考えなくちゃならないと思います。

どうして?

44 :40:2006/08/14(月) 10:22:55
上の方の議論を一読して、美術に関して発言する人が一緒くたになっている気がしたんですよ。
アクチュアルな事柄に言及する行為と、歴史を相手に説得力のある検証を行う作業は異なるのではないかと。
まあ>>27-36ですでに出ていることなんですけど。

批評行為はいろんな側面があって、時にはそれが歴史を作ってしまうことがあります。
グリーンバーグはポロックを評価しました。
その結果(と言ってよければ)彼の絵は現在概説書に載っていますし、価格も上がったことでしょう。
彼のそうした批評については、それを好む人もその逆も存在しえると思うわけです。

一方、「美術史家」の場合ですが、例えばカラヴァッジョのある作品に描きこまれた図像を
過去の作例に照らし合わせて伝統的にその図像が持つ意味を読み解くような場合、
説得力や論拠が基準となるのでその個人の好き・嫌いにはなりえないんじゃないか、と思ったわけです。
数学の証明で、証明の仕方が嫌い、と言うのは変でしょう?(適切なやり方が別にある場合もありますが)

個人的には方法論も目的も違うような気がするんですが、どうでしょうね。
嫌う理由なんて探せばいっぱいあるように思えてきました。

45 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/14(月) 17:06:37
たしかに批評家と歴史家は役割が違うんだけど、
美術史学の人は趣味まで懐古的になりがちなのがな……


46 :43:2006/08/16(水) 14:41:20
>>44

たぶんあなたは、
批評家:主観的意見
歴史家:客観的意見
って考えてるんだよね。

でも歴史って、その名のとおり「his story」なわけで、
目の前に材料をかき集めて作られたその人の物語なわけでしょ?

高度に主観的なのは歴史家も批評家も同じなんじゃないかな。

俺には、歴史家とは同時代史料を用いて物語を作る批評家、
くらいの違いしかみつからない。

47 :40:2006/08/16(水) 16:07:38
>>46
私は確かに43さんの仰るように主観−客観という軸で理解している部分があると思います。
歴史が究極的には主観から離れ得ないのでは、というのもおそらくその通りだと思います。

ただ、資料の種類や扱い方のスタンスが異なれば、そこには違いが生じるのではないでしょうか?
史家の場合、1次資料(自筆のメモや日記、手紙)だけでなく、先行研究が重要な役割を果たします。
いつ誰がどのように調査し、どのようなことを述べているか、それを把握した上で取り組むわけです。

一方の批評家の場合、やはり1次資料はあまりないと思いますし、必ずしもチェックはできないでしょう。
新しい作品に向かうと言うのはそういうことですよね?その上で作品を意義付け、価値付けるわけですから。

私は前者が他者の意見を踏まえつつ、あくまで作品を含む資料に準拠して発言する以上、
それは主観が入り込む余地はあるにせよ、客観性に近いものは獲得できると思うのですが、どうでしょうか?

それとふと思ったのですが、歴史観を作るのは必ずしも歴史家では無いですね。


48 :43:2006/08/17(木) 04:09:43
>>47

> 私は前者が他者の意見を踏まえつつ、あくまで作品を含む資料に準拠して発言する以上、
> それは主観が入り込む余地はあるにせよ、客観性に近いものは獲得できると思うのですが、どうでしょうか?

なるほど。言いたいことはなんとなくわかる。

でも歴史家が先行研究として何を引っ張ってくるか、どこに注目するか
というのはその人の論じる方向性によって異なってくるよね。
100人が同じ資料/史料を持って、同じ作品を解釈しても、
出てくる結果は一つじゃないわけで。

批評家もまた、無から何かを作り出すのではなく、
その時代の言説の上に自己の見解を重ねていくわけだよね。

よくわからない言い方かもしれないけど、
ゴンブリヒやパノフスキーにはそれぞれの「15世紀」があるし、
グリンバーグやフリードにはおのおのの「現代」がある。

どうも、歴史家と批評家を「客観性」ということで線引きしてしまうことに
俺は違和感を持っちゃうなー。

てか、スレ違い?


49 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/18(金) 03:25:04
美術史学業界でうまくやっていくためには、
客観性を信じている方が幸せだよw

50 :40:2006/08/21(月) 23:28:15
確かに多少スレ違いかもしれませんね。

>どうも、歴史家と批評家を「客観性」ということで線引きしてしまうことに
>俺は違和感を持っちゃうなー。

誤解しないで頂きたいのですが、私は「客観性」ということで線引きしているわけではありません。
確かに「歴史」については客観的であるべきだと考えてはいるのですが。
むしろ線引きに関しては>>44の方になります。

>ゴンブリヒやパノフスキーにはそれぞれの「15世紀」があるし、
>グリンバーグやフリードにはおのおのの「現代」がある。

理解はできるのですが、だからと言ってこの二組は同一のカテゴリの人々ではないと思います。
「現在」に所属する人が「現在」の事柄に言及するのはやはり特殊な行為であるからです。

51 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/22(火) 00:38:40
過去だけ好きな骨董屋にはならないように頑張ってくれや
現在=評価が定まってない=うさんくさい
という悪しき権威主義が根強くあるから注意な
長老ではなく博士課程の院生あたりが一番そういう権威主義に染まりがち

52 :40:2006/08/22(火) 08:18:51
>>51
アドバイスありがとうございます。
現在の作品にもきちんと目を向けたいと思います。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/22(火) 09:19:32
「美術史家」と呼ぶに値するかどうか分からないが
人並みに東大教授に成り上がった東洋美術専攻の
「戸田テイスケ」とかいう変態は嫌悪の的だったな。
なにしろ、その嫌らしい性格のせいで、生涯「嫁の来て」が
絶無だったぐらいなんだから。
千葉県千葉市に住んでいるらしいけど、近隣住民からも蛇蝎の如く
忌み嫌われて居るとか聞いている。

54 :43:2006/08/22(火) 09:48:41
>>50

> 確かに「歴史」については客観的であるべきだと考えてはいるのですが。

やはり、「歴史」について客観的、
というところがよくわからないな(批判してるわけじゃなくって)。

それに、なんとなくお互いに同じテーブルで議論してない気もする。
僕の場合、客観性という概念それ自体に懐疑的。

たとえば、「三角形の内角の和は180度」って言うのは、
ユークリッド幾何学では「公理」と考えていいのかもしれないけど、
空間自体がゆがんでしまえば、その公理になんら説得力がない。
そういった、誰もが正しいと思う/思っていたことに
説得力がなくなってしまうことってあるでしょう?

僕の立場は世の中に「客観性」なんてものはない、
あるならばそれは、イデオロギーの産物だったり、独りよがりの思い込みだったりする。

>>40さんは、いったい誰の書いた歴史に客観性があるといえるとおもうの?

> 「現在」に所属する人が「現在」の事柄に言及するのはやはり特殊な行為であるからです。

上に書いたように、僕は客観性完全否定派なので、
「現代」に属する人が、アクチュアルな事象であれ、過去の作品であれ、
それを対象として論じる際は、自分というフィルターを通してしか語ることはできない。
そこに差異があるとは思えない。

ということで「特殊な行為」というのは、具体的にどのようなことでしょう?

55 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/22(火) 13:05:47
客観性ってのをおおげさに捉えているから完全否定なんじゃないの?
もともとは「オブジェクト」に即して、
って意味合いなんだから、
作品という「対象」を持つ限り、
逆に客観性がない美術史ってあり得ないと思うんですが。
イデオロギーだって単なる虚妄などではなく、
制度的に対象として確立されているんだし。


56 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/08/22(火) 13:06:32
もちろん、
客観性=永遠真理みたいな実証バカは論外だけどさ。

57 :43:2006/08/22(火) 16:29:44
>>55
> 客観性ってのをおおげさに捉えているから完全否定なんじゃないの?

言葉の定義に大げさも何もないでしょう。

> もともとは「オブジェクト」に即して、
> って意味合いなんだから、
> 作品という「対象」を持つ限り、
> 逆に客観性がない美術史ってあり得ないと思うんですが。

言ってることがわからないけど、
あなたの言う「オブジェクト」はobject du'art見たいな語句の使用のこと?
それはまさに、「これは芸術作品てことにしとこうか」って言う特定の制度の中での
価値判断からなされるもので、客観性はないんじゃないかな?
あるいは、フリードの述べる「客体」のことであれば、
この場合のobjectは、Aさんがそれを見たという体験が「芸術」というものを成立させるのであって、
場や被験者やコンテクストによっていかようにも変容できる
主観的な芸術体験をもたらす事物のことだよね。

> イデオロギーだって単なる虚妄などではなく、
> 制度的に対象として確立されているんだし。

これも意味不明だけど、
イデオロギーも客観的って言ってる?
もしそうなら歴史を研究してる人間として、すごく斬新な考え方だ。
イーグルトンとか読んでもそう思うんだろうか。


58 :40:2006/08/22(火) 23:49:11
ちょっと混乱してきましたね。
確かに同じテーブルについていないのかもしれません。
ので、ちょっと問題を整理してみたいと思います。もし的外れでしたらすみません。

私の理解では、議論の焦点は「歴史」をどのようなものとして捉えるかという点だと思います。
純粋に客観的な歴史などありえない、というのが43さんの意見ですよね?
おそらくこれは観念論的なものだと思うのです。

一方の55さんの意見としては、ある作品が私ではない誰か=他者によるものであり、
それを見る人々によって言説が積み重ねられていく限り、それは客観的な視点を含む、ということだ思います。
(もし違っていたらすみません)

その上で私の考えを述べると、ある歴史書ということだと編者の主観が入る可能性はありえます。
この点に関しては43さんの言うとおりだと思います。
しかし、歴史のイデアとでもいうようなものを考えてみると、おそらくそれはそのような偏りがないと思うのです。
そして現実としてもやはり偏りをなくそうというベクトルは存在していると思います。
これはある特定の歴史書、ということではなくそれらを総合した「歴史」です。
思うに、美術史を語る上での「歴史」については、このようなもので十分であると思うのですがどうでしょうか?


59 :43:2006/08/30(水) 00:02:56
歴史のイデア。。うーん、もういいや。
一生分かり合えない気がする。

ていうか、もう少しいろいろ勉強したほうがいい。
ま、お互いに嫌われない美術史家になるよう努力しましょ。

60 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/10/15(日) 13:54:45
田中英道

61 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/10/18(水) 03:13:04
>>53
あの人は嫁の来てがいないのではなく、必要としないんでしょ。

>>40氏は院生?
がんがって優れた美術史家になってください。まじで。

>>43
極論すぎじゃない?
客観性=絶対的真理 とみなしているように読めます。
歴史家には客観への方向性が必要不可欠だけれど、
評論家は必ずしもそうでない、という程度のことも受け入れられませんか?

62 :わたしはダリ?名無しさん?:2006/12/10(日) 23:32:21
折井貴恵講師の「日本・東洋美術史講義(「山水から風景へ」)を履修することを勧める。

http://zeminosusume.blog53.fc2.com/

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