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世界四大文明ってなんで急に発祥したの??

1 :出土地不明:2006/06/09(金) 04:01:36 ID:xfb68pu/
主観や解釈の相違で二転三転するようなチマチマしたエビデンスを出すな!理性と客観性を軸にした大局を読んだ議論を展開してほしい

2 :出土地不明:2006/06/09(金) 06:59:16 ID:Z9EPzzv9
2get!!

3 :出土地不明:2006/06/09(金) 11:46:27 ID:5+lfGTx2
3なの?俺

4 :出土地不明:2006/06/09(金) 13:22:09 ID:XcWNAq9j
急には発祥してないぽ

5 :出土地不明:2006/06/09(金) 19:15:38 ID:5BnGiUT5
スレ立ては義務教育を終えてから

6 :出土地不明:2006/06/09(金) 22:46:31 ID:qdjnaB+q
↑女を知ってからじゃなかったの?既出ならスマソ

7 :出土地不明:2006/06/10(土) 04:03:05 ID:qXEDm1qd
じゃあ例えばインダス文明の前段階の文明について説明夜露死苦

8 :出土地不明:2006/06/10(土) 04:28:24 ID:AXQZelQY
インダスって一番分かってないとこじゃないの
中国なら前5000年以前でも老官台文化とか後李文化とかの存在は知られてるし
エジプトなら初期王朝期に文化圏が統一される以前のアムラー文化・ゲルゼー文化の調査は
何十年も前から行われてるしオリエントにいたってはPPN期以降のウルやイェリコやメギッドや
レバントのナトゥーフ文化みたいなのの社会発展が筑波はじめ日本の大学でも研究されてる

教科書では端折られるけど新石器時代の初期村落研究って結構進んでるよ

9 :出土地不明:2006/06/10(土) 08:27:26 ID:qXEDm1qd
情報ありがとう
セビル文化にしろナトゥーフ文化にしろ、定住→農耕牧畜→都市化ってプロセスを経てるのは自然だけど、それはあくまで僕ら現代人の人類であるという事が前提で可能なプロセスであり、ナントカ原人、クロマニヨン人が創れるレベルの文明じゃないよね?
僕が知りたいのは人類の進化を視野に入れた文明形成の段階的発展の論証なんだよ
まずクロマニヨン人と現代人の中間種っているの?


10 :出土地不明:2006/06/10(土) 08:49:58 ID:AXQZelQY
そもそも文明の定義は?
従来言われてきたような「都市への定住と交易ネットワークの形成」みたいなものであっても
トインビー以降の「文化的同一性の共有」であってもその元になるのは集住地である都市でしょ?
じゃあ都市化の定義は?
考古学ではcivitasという言葉に集約されるような高密度居住とそれに伴う階層化・職業分化、
周辺領域を含めた集住地域に対する恒久的サービスの実現なんかがその条件にあたるわけだけど
これらを数万年前のクロマニヨンやその直系的な末裔に求めるわけ?
現状の史料状況からはクロマニヨンだの原人類だのはいなくなってヒトのメインストリームが現生人類に
完全に移行してから大分後に都市化があり文明化があったとするしかないわけだけど
その達成をあえて旧人類にまで遡及させる意味は何なの?

11 :出土地不明:2006/06/10(土) 10:10:52 ID:/6HP43pf
>>9
進化と文明を結びつけるのは妄想

12 :出土地不明:2006/06/10(土) 10:14:40 ID:1WgxesFH
洪績世(新生代第4期)の人類は激しい海進海退を繰り返す現代の海水面
よりもっと下に主要生息地としていたのだと考えられる。
現代の大陸棚の一部は、この時期、海上面に露呈しており、日本もかつ
ては朝鮮半島や樺太と陸続きだった。クロマニヨン人の洞窟も多く海底
洞窟から発見されている。
ザイール東部川辺で発見された10万年前には後代にまさる精密加工の骨
角器が槍の穂先や刀類の加工技術が生まれていたし、南アのブロンボス
洞窟からは幾何学的な線刻模様が描かれた石柱(オーカーと呼ぶ絵の具
の原料)が発掘され、8万年前には交易や文字文明の発芽の兆候もある。
安定した生活環境・気候の変化がなければ、これらの先端文明は継承さ
れていっただろう。文明化の素地は既にもっていたと考えられる。
最終氷期である10万年前のウルム期以降、1.2万年前と0.6万年前
に二度にわたり大幅な温暖化による海進があったことは地質学者は認識
している。もし当時、温暖快適であったこの低地を中心に人類が密集し
て定住生活していたとするならば、最初の都市社会や技術文明が生まれ
たのはこの大陸棚であった可能性が強いのだ。我々がなぜ他の哺乳類と
異なり毛皮を持たない理由もそこに隠されているかもしれない。

旧石器時代に当たるこの時期には氷河期と間氷期が長い間何度も繰り返
されていた。最初に先鋭した定住都市化が促進され、文明を起こしたの
はこの大陸棚上で生まれたと考えられる。四大文明の起源は、大河を遡
った彼らの作った移植文明であったため、突如急激に出現したようにみ
えるのであろう。

13 :出土地不明:2006/06/10(土) 12:10:48 ID:qXEDm1qd
議論のベクトルを再考します
世界四大文明って何で急にできたの?と聞いたのは詰まる所、原生人類の起源について疑問に思うからなのです
10さんの言うような都市化、文明の定義に則った世界四大文明は原始人には創れないのは明白
12さんの大陸棚にクロマニヨン人or原生人類の集合居住区があり、川辺まで移動して来て文明を急拵えで創ったと考える説もアリとするなら、四大文明の元を段階的に創った人類はいつどこで生まれた?
スレタイを四大文明にしたのは、人類初のインフラ完備された都市を完成させた原生人類はクロマニヨン以前の原始人とは明らかに別種であり、じゃあ彼らは何者なの?詰まる所僕らは何者でどうやって生まれたの?という事を知りたいんです

14 :出土地不明:2006/06/10(土) 12:42:12 ID:D+h2YOsH
四大文明が最初に発祥したのはメソポタミア
シュメル人がアッカド人に追われて世界に拡散して各地に文明が定着。
シュメル人の王、すなわちシュメルミコトは最終的に日本に来た。
天皇をスメラミコトというのはシュメルミコトからきている。

15 :出土地不明:2006/06/10(土) 19:15:23 ID:ffAfgmGc
今の段階ではまだ答えが出せない、というのが真実。
というのも最近の研究で四大文明の地や他地域でも『文明発祥』の時期がどんどん更新されている(遡っている)から。

16 :出土地不明:2006/06/11(日) 21:48:44 ID:ZTqXpRSh
何万年前から小文明はあっただろうしな。
四大文明は大きな文明というだけで始めての文明じゃない。


17 :出土地不明:2006/06/11(日) 22:11:58 ID:8+A50qzq
>>14
シュメール語では王は「ルガル」と言う。

18 :出土地不明:2006/06/14(水) 14:34:25 ID:gKc6pJPk
>>1
自然に使える淡水と平地の絶対量の差じゃない?
灌漑技術が発展するまでは農業も自然任せだったんだし。
それによって養える総人口に差が出るだけかと。

たまたま人口多いところが目立つだけ。
文明なんてどこにでもあった。

19 :道灌:2006/06/14(水) 17:30:56 ID:hVeRwEPE
四大文明といわれている時代、全世界で二十前後の文明があった。
他の所は、四大文明より研究が遅れているんだよ。

20 :出土地不明:2006/06/14(水) 22:36:52 ID:JU3sdxVC
今時トインビーやハンチントンもないだろう

21 :出土地不明:2006/06/14(水) 23:59:27 ID:XhqeoYXc
>>16
農耕以前を文明とすることがどれくらい可能か、ってことだ。
定住がないと、文明的なものは難しい。
もっとも、スンギール遺跡(南ロシア)の埋葬人骨など(28000年前)
は、たしかに高度な文化があったことは示唆される。
>>17
言語板のシュメール語スレにいろいろある。
ルガルは、「大人」という意味だ。ルー ガルに分かれる。

22 :出土地不明:2006/06/15(木) 11:16:42 ID:/6P3ywOP
南米のモホス文明がメソポタミアと同時期な理由を教えてくれ

23 :出土地不明:2006/06/17(土) 05:43:00 ID:MJvESEsr
およそ1万1千年前に発生した「ヤンガードリアス(ドライアス)」期
と呼ばれる寒冷化の時代に関係があるのではないか?
1万1400年前の遺跡から栽培種のイチジクが見つかったというスレが
科学板にあるが、この時点で栽培作物(果物だけど)があったと言う事は
栽培文化そのものの歴史はさらに前まで遡るという事で、旧石器時代末には
農業?らしきものが存在していた可能性がある。
その400年後に寒冷期が襲ってきて(氷河期のピークの気温まで戻ったと
聞いた事がある。)、食料が減少し、寒さに強い麦やヒエなどの作物栽培への
切り替えが進んだとしたらどうだろう?
当然内陸よりは水利に恵まれた河の近くに耕作地を持ちたがるのが合理的
だろうし、同種の栽培文化を持った人たちが集まってくるだろう。
すると土地と水利権を巡って争いごとが起こり、決まりごとが作られ、
権力者が発生し、生活する場所として都市が作られ始める。
メソポタミアでもエジプトでも概ねこんな具合に文明が出来上がったのだろう。
モホスでも同じ現象が起きたのではないか?(特に南米はヤンガードリアス期の
発生原因となった北米大陸の氷河と距離が近いから、より深刻な被害が
発生しただろう。)

24 :ばか:2006/06/17(土) 10:04:16 ID:8dvBcu5X
なぜ四大文明の近くには川があるんですか???

25 :ばか:2006/06/17(土) 10:05:32 ID:8dvBcu5X
教えてください!!!!

26 :出土地不明:2006/06/17(土) 10:43:41 ID:2RatFcqk
文明の近くに川があるのではなくて川の近くに文明があるのです

27 :出土地不明:2006/06/17(土) 12:40:28 ID:vz1S49yR
人間が生きるには水が必要だからじゃね

28 :出土地不明:2006/06/17(土) 12:52:51 ID:aN/z8ri+
>>23
まず、氷河時代については、部分的な牧畜をはじめていた可能性はあるもの
の、農耕は難しかっただろうな。だから、基本的には氷河時代の終わったこ
ろ、つまり、1万5千年から1万3千年前ごろに、なんらかの農耕が始まった
可能性はある。ただし、それはヤンガードリアス(1万3千年前から1万1千
年前かな)で、かなり大変なことになっただろう。
中近東の初期農耕文化は、ナトゥーフィアンであるけれども、彼らは、
半猟半農だったという。
農耕の本格化以前に定住が始まっていたこともわかっている。
世界的に農耕の始まりの時期、あるいは本格的な農耕は1万年前ごろに
なる。ヤンガードリアスの後だな。
中近東の麦作などや、中国南部の稲作、そしてパプア・ニューギニアの
タロ芋とかそういうのが世界的にみても初期の農業になる。
かなりいっせいに始まったという印象があるな。

29 :出土地不明:2006/06/17(土) 12:56:01 ID:vz1S49yR
モホス文明についてなんだけど
日本列島と同じくらいの面積に、
四辺の包囲が完全に同じ方角を向いた数百の
100〜500m級人造湖を造成し
人類初の近代農業を実現させていたわけだが
彼等はいったいいつどこから来たのか

30 :出土地不明:2006/06/17(土) 12:56:33 ID:vz1S49yR
×包囲 ○方位

31 :出土地不明:2006/06/17(土) 14:22:44 ID:RqFjqJNP
>>28
何で氷河期だと農耕が難しいの?

32 :出土地不明:2006/06/17(土) 14:43:34 ID:PKUWBXJH
>>31
寒いから。

33 :出土地不明:2006/06/18(日) 13:43:51 ID:Ijmx4cVV
>>32
皮肉を書いたつもりが通用しないんだな。

34 :出土地不明:2006/06/18(日) 19:01:39 ID:Uo2jOqSG
>31
寒冷化と乾燥化が原因で栽培作物が育てられない。
寒さに強い作物でも、水が無ければ栽培できない為、農耕が難しい。
その為、水利に恵まれた河川の近くに農耕民が集まったのではないだろうか?

35 :出土地不明:2006/06/19(月) 19:25:14 ID:QG7/fwGb
日光猿軍団とか、チンパンジーのアイちゃんとか見てると時々思うんだが、
類人猿のちょっと賢そうなのに、農業を教えることってできないのかな?
収穫の一部を次回の種として分離して貯蔵するとか、できないか。

36 :出土地不明:2006/06/19(月) 20:10:24 ID:52V3Sx9I
>>35
手話を教えたら覚えるチンパンジーもいるけど
穀物や作物を貯蔵したり栽培するのは
単なる作業ではなく「労働」だから農業は無理じゃまいか?

目の前にイモとか置かれたら、とりあえず「いただきまーす」で終了。
動物が明日の飯のこと気にして働いてたら、もはや動物ではなく人間だ。

37 :出土地不明:2006/06/20(火) 01:01:00 ID:m8hQMoEu
巣にエサ溜め込む動物などいくらでも

38 :出土地不明:2006/06/20(火) 01:13:22 ID:S3xK45ap
チンパンジーのアイちゃん、ゴルフのアイちゃん、卓球のアイちゃん...

39 :出土地不明:2006/06/20(火) 07:16:03 ID:H/G+Sc/c
動物だってしょくりょうを備蓄したりするし関係ない。
文字による文化の蓄積が重要だとおもうんだが
タクラマカンのロプノールなんかは小麦の灌漑農業をやっていたけど文字はなかった。

40 :出土地不明:2006/06/20(火) 16:51:58 ID:OUin6bjV
おいおい、リスがドングリ貯め込むのと
植物の生育をコントロールしてる農業とじゃ全然レベルが違うだろ。

41 :出土地不明:2006/06/20(火) 21:57:53 ID:5M7Z3OT3
リスさんはドングリ埋めても場所わすれちゃったりするんだよね。
やがて、埋められたドングリは芽を出して・・・

・・・もしかして、リスさんは植林してるんじゃまいか?


42 :出土地不明:2006/06/21(水) 04:11:51 ID:fd/8aJ+G
リスさんは林業で生計を立てるエコロジストなんだよ!
起き場所を忘れるとか勝手に決めるな!
自然を守るリスさんに謝れ!

43 :出土地不明:2006/06/24(土) 09:41:40 ID:iQbLooww
川があるという事は狩猟採集民であっても、狩猟の目的となる動物の水場が
豊富であったろうし、季節に影響されにくい漁労生活はより安定的な蛋白資
源となったはず。当然、水に近い場所が植物の実や種を採集するにも有利。
多数の人類の集団生活を支えるのには、適地である。

44 :出土地不明:2006/06/24(土) 14:33:56 ID:6GvzcK6l
>>40
たしか、アリの一種が農業をすることになっているよな。
たしか、動物の死骸とかそういうのを巣の中にひっぱりこんで、そこに
菌類(キノコだよな)の胞子をくっつけて、そのキノコを育てて、
そしえt、そのキノコを食べるというやつだ。その菌類自信もそのアリ
が先祖代々維持している特定のものをつかっているんじゃなかったかな。
これは本格的な農業だぞ。人間の農業の基本とかわらん。むしろ、粗放
な農業よりもずっと高度な農業だ。
リスのドングリあつめで、それが発酵して、とかいうなら、発酵食品を
食べることになるな。そこまでやっているのか?

45 :出土地不明:2006/06/24(土) 14:39:45 ID:6GvzcK6l
>>39
文字の発達は、文明とはあんまり関係ないだろ。
インカ帝国はすくなくとも普通にいわれている文字文化はなかった。
文字が発達したのは、系統として、二系統か三系統だ。
中近東の文字。シュメールのくさび形文字だな。これはたぶん、エジプト
にも伝搬して、エジプトはそれをヒントに別の文字をつくった。
あと、マヤなど中米の文字。マヤ文明以前に文字はあったらしい。
中国の漢字が独自なのか、中近東系からの刺激によるものかはなんとも
いえないが、時期が、中近東よりも数千年遅れることからして独自で
あるか疑わしい。世界の文字は、現在、中国の漢字と日本語のカナを
のぞくと、一般的に使われているものは、すべて、中近東の文字から
発達している。ベースは、メソポタミアの文字とエジプトの文字から
発達したセム文字だ。
農業の始まりは、文字の始まりよりは、いまんところ数千年は先行して
いる。都市国家もそうだ。




46 :出土地不明:2006/06/24(土) 18:31:18 ID:uj75x8qH
アフリカやインド、中国、南米はまず研究者が少ない。未だに未発掘の先史文明遺跡の可能性は否定できない。
またユカタン半島沖やカナリア諸島近海、インド沖、東シナ海の海底にこそ、真のオリジン文明があった可能性が高い。

47 :出土地不明:2006/06/24(土) 21:36:44 ID:6ZGJOkJ9
>>46
氷河時代ってのは寒いだろ。すごく寒い。だから、海沿いの地域くらいしか
住めなかった可能性がある。その海沿いの地はすべて海面下になっている
わけだ。だから、今後、海底考古学が発達すると、案外、大陸棚のあたり
から、とてつもない文明が発見されるかもしれないわけだ。
日本の場合も、土器の起源が氷河時代までさかのぼるわけだから、案外
海面下の海底遺跡の中に、初期縄文土器がどひゃーっと発見されるような
可能性が残っているわけだが。

48 :出土地不明:2006/06/24(土) 23:57:21 ID:2tZTQlHh
数万年前のユーラシアのマンモスハンター達は、メイドインジャパンの
鏃を使っていたのではないかという研究もある。
バイカル湖近辺からサヌカイトの石鏃が発見されている。
当時の人類には、予想以上に広大なスケールの交易や流通が行われてい
た可能性を示唆するものだ。言語・貨幣・文字は、発掘で出土できる物
以外の形で早くからあったかもしれない。

49 :出土地不明:2006/06/25(日) 00:14:05 ID:xvP+2jES
>>48
ほー、それはすごい。
>>ドイツもすごいもう2点めだ。
中近東に早々と進出したホモ・サピエンス(後に滅んだともアフリカに
撤退したともいわれているが)も、そうとう広い範囲で石器の石材交易
をしていたらしい。
案外、現在に残らない形で、高度な文明があったのではないかと思う。

50 :出土地不明:2006/06/25(日) 22:52:41 ID:Mv/+YPUe
>>48
ワロタw

51 :出土地不明:2006/06/25(日) 23:42:10 ID:nTitRX80
>>48
ププ

52 :出土地不明:2006/06/26(月) 00:09:32 ID:Xx/zXfj7
>>48
ワラタw

53 :出土地不明:2006/06/27(火) 17:27:16 ID:JZQEltXs
>>48
ワロタw

54 :出土地不明:2006/06/27(火) 17:35:01 ID:i9CvWL4E
>>48
ワロタww

55 :出土地不明:2006/06/27(火) 22:30:29 ID:4nutgyCq
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56 :出土地不明:2006/06/30(金) 16:34:37 ID:2jqgJQ9m
「急に文明が発祥したので」

57 :出土地不明:2006/07/01(土) 16:05:04 ID:pe5x/d4f
4大文明の中で発展が最も早かったのはバビロンだったと思う
幾何学を主にした数学の発展も一番速かったしね

58 :出土地不明:2006/07/01(土) 16:42:50 ID:n2aHoFW0
いや、タッシリではないか?
当時、アフリカ北部は森林があり、象や野牛や獅子の群れる熱帯だ
った。
彼らの神々は天体と結びついており、プレエジプトの文明的素地は、
このころ既に生まれていたものと考えられる。
スフィンクスの"獅子"の胴は何からもたらされたか。砂漠化の進ん
だ前3000年代、既にライオンはヌビアまでナイル河を遡らねば、み
られなかった。

59 :出土地不明:2006/07/01(土) 21:34:55 ID:3HPCGX7S
戦国時代
http://hobby8.2ch.net/sengoku/

60 :出土地不明:2006/07/05(水) 21:57:36 ID:kVItDRUE
「急には」発祥しとらんだろ。
地質学的年代で見れば千年とか二千年はあっという間かもしれないけど。

61 :出土地不明:2006/07/08(土) 05:18:14 ID:Id27TUNV
>48
シベリアから出土したのは北海道白滝遺跡群で加工された黒曜石の鏃ではないか?
白滝遺跡は黒曜石加工のコンビナートだったらしい。
サヌカイトは四国の讃岐で取れる石で、弥生時代初期の倭人が鏃として採取していた
とNHKスペシャル「日本人2万年はるかな旅」で見た事がある。
ちなみに白滝遺跡は旧石器時代なので日本人の先祖はその時代から加工、貿易をおこなって
いたという事になり、現在の貿易立国の礎が既に存在していたのかと驚かされた。

62 :出土地不明:2006/09/01(金) 20:39:24 ID:7h90tAQE
4大文明、1000年単位の精度で見るなら、大体、世界共通の同時期に発祥したといえるの?無学なので質問。

基軸時代と同類の現象??


63 :出土地不明:2006/09/01(金) 22:33:55 ID:6JQXrFDN
>>62
いまんところだけど、全ての文明は最終氷河期が終わった段階を起点として
始まっているんだよね。それは1万1千年前ごろになる(ヤンガードリアス
の終わったころだよ)。そこから、数千年かけて、農業や定住が始まる。
そして、中近東がもっとも早い段階で、文明化する。
四大文明というと、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河とされる
けれど、このうち、メソポタミアについては、根っから独自の形で文明
が形成される過程が考古学的に判明している。エジプトについては、どう
やら、メソポタミアからの影響による要素が大きい。インダスもこれ
またメソポタミアとの関係が示唆される。で、黄河文明はこれら三つより
2千年以上遅い。文字をきちんと持っている遺跡の存在では、黄河文明は、
前15世紀よりはさかのぼらない。よって、時代としては、ギリシア文明
とだいたい同時期とみることができる。ギリシア文明は場所的にも、
オリエント(エジプト、メソポタミア)からは離れているが、なぜか、
四大文明の中には入らない。ただ、黄河文明は他の文明との接点が不明確
であるので、独自のものとされるわけだ。ただ、中国全土を考慮すると、
農耕の開始時期も、メソポタミアを始めとした中近東からそれほど遅れて
いるわけではないので、逆に、なぜ、メソポタミアなど中近東よりも、
二千年近く遅れたのか、というのが問題だな。


64 :出土地不明:2006/09/02(土) 07:04:54 ID:YrTqTYV6
>>63
よく分からせていただいた、多謝。

農耕開始時期は大体同じとして、文明発祥にいたる期間はむしろ黄河文明が基準?
3大文明発祥は地域的に情報相互伝達効果により早められた?

65 :出土地不明:2006/09/02(土) 08:34:08 ID:jtN73IVz
世界最古の土器を持っていた縄文人が文明を発展させなかったのはなぜ?
縄文人は土器はあるけど文字はないって生活を1万年以上も続けたことになる。


66 :出土地不明:2006/09/02(土) 10:01:26 ID:YrTqTYV6
ほんと。

「基軸時代」という発想のように、人類・ヒトの共通の展開という面で見てみたい。

縄文人の農耕の規模は?

67 :出土地不明:2006/09/02(土) 15:51:28 ID:Koncmp7T
記録上、日本列島の"文字"が登場するのは、中国の歴史書「随書倭国伝」
の中の倭人の風俗に、「文字は無く、ただ木を刻み縄を結ぶだけ」と記録
されている点だ。「文字は無く、木を刻み縄を結ぶ」つまり中国人が考え
る、言葉を完全に表記できる真の意味での文字は無いが、木を刻んだり、
縄を結んだりする事によりコミュニケーションをとっていた事を意味して
いる。
皆さんは、縄文字と言うものを御存知だろうか。 一般的に縄文字(結縄
文字)と言うと南米インカ帝国のキープと呼ばれる紐に結び目を付けて情
報を伝達する手段だ。インカ帝国には、このキープが文字代わりに使用さ
れてきた。キープは、主に物品の種類やその数を記録するのに用いられ、
納税などの際には必要不可欠のものであった。
物品記録以外にも簡単な文章も表現していたが、今だ完全な解読はされて
いない。キープは単なる記号以上の複雑な体系を持つ文字の一種で、イン
カ帝国にはキープを教える専門の学校も存在した。
ところが、このキープとまったく同じ物が日本の沖縄でも使用されていた。
しかもなんと戦前まで実際に使用されていた。沖縄の縄文字は、藁算と呼
ばれワラザン、バラサン、ワラザイなど多くの読み方がある。
読んで字の如く、藁算は、ワラで編んだ縄、又はワラその物に結び目を付け
て情報を記録した物である。藁算は、古墳時代以前より日本本土でも使用さ
れていた。沖縄地方では、高価な紙の替わりに藁算が情報伝達手段として最
近まで広く民衆の間で使用されてきたのだ。

さて、「縄文」式土器だが・・・なぜわざわざ縄目を入れる必要があったの
だろうね?

68 :出土地不明:2006/09/02(土) 16:07:59 ID:YrTqTYV6
文字は共通に持っていても、文明の発祥に至るには、農耕による富の集積に閾値がある?

69 :出土地不明:2006/09/03(日) 01:11:14 ID:SYtSMvyh
>>65
農耕の開始時期は、どこの地域でも比較的共通性が高い。
最近では、世界最古の農業は、中東でもなければ中国でもなく、もしかし
たら、パプアニューギニアの高地民族かもしれないという。もっとも彼ら
は農耕は非常に早い時期に始めたものの、その後の展開は非常に遅かった。
中国でも、農耕は中東と同じような時期に始まっているが、文字をもつ
文明になったのは遅い。

土器については、たしかに中国南部と日本が非常に古い段階で土器をもつ
わけで、その時期は氷河時代の終わる前だ(1万6千年前以前)。で、
この時代は、まだ、ヨーロッパではクロマニョン人が壁画を描いていた
時代でもあったりする。一方で、中東における後期旧石器時代の文化
でも(つまり氷河時代の間)、粘土を焼いて人形(フィギュリン)を作った
りするのは、ある程度行われている。土器は、逆に中国や日本よりは
かなり遅れる。
結局は、どれもかなり偶発的なものではないか。日本や中国で土器が必要
だったのは、ドングリなどを煮て灰汁抜きするためで、単に短時間の煮炊き
をするためなら、水が漏れないような皮の袋や動物の膀胱の容器に、焼けた
石を放り込むだけでよい。だから土器の必要性はほとんどないわけだ。
ドングリの灰汁抜きなどには、長時間の煮沸が必要だから、土器が必要
だったということだろう。
また、文字についても、インカ帝国は文字はなかったが十分に発達した
文化をもっていたわけだ。
農耕、土器、文字などなど文明化の指標とされるものは、どれもそれぞれ
の地域でのニーズに合わせてできたものであって、それらがなければ、文明
が成り立たないものでもないようだ。
メソポタミアの文字は、それに先行する粘土のトークンによる商業取引の
記録がベースにあるから、ようは経理処理のために発達したものだった。
中国の場合は、殷の甲骨文字の使用や漢字の成り立ちの研究からわかる
ように、より占いの要素が強く、しかも、殷の時代は文字の使用はごく
一部の人々に限られていたようだ。ようは、文字の成り立ちも独立して
文字が発達したと考えられる地域では、別の事情で発達している。
ようは、文明はそれぞれがユニークであるということだ。ただ、エジプト
の例をみればわかるように、近くに、発達した文明(メソポタミア)が
あったときには、そこからの文化の吸収により、非常に早い段階で独自
の文化を発展させることもある。ユーラシアは農業に適した温帯が連続
していて、異なる地域が、互いに交流する可能性が高かった。だから、
一つの地域での発明は他の地域に伝搬し、それらの互いの影響の中で、
比較的早い段階での文明化が行われたのではないかと思う。

70 :出土地不明:2006/09/03(日) 01:12:58 ID:SYtSMvyh
>>68
トルコのチャタルヒュユク遺跡などをみれば、かなりの規模の富の蓄積も
あっただろうし、宗教も発達していたようだし、支配者階級と一般人の
区別もあったようだ。でも文字はなかった。そのまま発達していたら、
すくなくともインカ帝国なみの帝国にまで育っていたかもしれない。

71 :出土地不明:2006/09/03(日) 12:46:04 ID:V6WliLUd
>>70 記号は?

記号と文字の究極の差て何だろう。

72 :出土地不明:2006/09/03(日) 12:53:10 ID:AYmh70jK
元の音声言語を忠実に再現できるか否かだろう

73 :出土地不明:2006/09/03(日) 13:43:48 ID:O7RVPFYz
>>72
トンパ文字などもまだまだ完全な文字とはいえないっていう話がある。
もっとも、それを言い出すと、甲骨文字がどの程度まともな文字なのか、
あるいは、シュメールのくさび形文字を不完全に取り入れたアッカド語の
記述が文字といえるのか、など問題は残るな。

74 :出土地不明:2006/09/03(日) 14:03:45 ID:V6WliLUd
言語の音声系になにか文字化を阻む一因ありや

75 :出土地不明:2006/09/03(日) 14:05:34 ID:V6WliLUd
ヒトの記憶と音声系の関係など

76 :出土地不明:2006/09/03(日) 14:27:55 ID:O7RVPFYz
>>74
言語のタイプによって、文字化ができたりできなかったりするだろうとは
思うんだよな。
孤立語的で、音素が少なく、同音異義語が大量にあるような言語の場合は、
具体的な形状をもつ絵になりやすいものを記号として、さらにその記号が
同音異義語をも表すことができるとすると、そこですぐに象形文字はスタ
ートするだろう。でも、たとえばギリシア語などはこの方法では表現でき
ず、結局、音素文字が発明されてはじめて表記が可能になったということで
象形文字の誕生(前3500年)から3000年近くかかっているわけだろ。

まず大事なのは、音声言語がそのままの形で記号配列に置き換えられると
いう発想をもつことがあって、これは大変なことだと思う。
ついで、それが可能であっても、どうやってそれをなしとげるか、という
ことだろうな。
中近東における文字の発達は、粘土のトークンから粘土板経理文書になり、
そこから、文章がつづれるようになるという発達過程が分かっているが、
これも数千年かかってようやく文字とよべるものにたどり着いている感じ
がする。そこいくと、マヤなどの文字がどういう形で形成されたのか、と
いうのが面白いな。まだ、よくわからないけれど。
中国の文字の発達にはたして、中近東のアイデアが伝わっていなかった
のかどうかも気になるところだ。エジプトは、そのまま、中近東のやり方
を使っているから、たぶん、アイデア拝借型だろう。

77 :出土地不明:2006/09/03(日) 20:51:07 ID:V6WliLUd
具体的で固定した意味の表現しか出来ないように思える表意文字。 融通性を必要とする抽象思考の表現に適したより高度な音素文字、表音文字? 3000年を要す。

4大文明は、共通して、表意文字から出発ですか?   無学・ずぼら男で申し訳ない。

78 :出土地不明:2006/09/04(月) 08:56:21 ID:+TRgPfXq
質問;エジプトのヒエログリフは、象形文字(表意文字?)を音素文字として使っているのですか?

79 :出土地不明:2006/09/04(月) 12:48:21 ID:Y/BIVqwU
>>78
そうだよ

80 :出土地不明:2006/09/04(月) 17:55:28 ID:+TRgPfXq
>>76
 
 トークンって何?

81 :出土地不明:2006/09/04(月) 18:56:41 ID:nCQmdu/x
トークン メソポタミア でGoogle 検索

http://ww5.enjoy.ne.jp/~s-mattsun/kouza/kouzabk08.htm
http://plaza.rakuten.co.jp/assyriologie/diary/200501240000/%E3%80%80
http://plaza.rakuten.co.jp/assyriologie/diary/200501230000/%E3%80%80

ま、読むぐらいは自分でやれ

82 :出土地不明:2006/09/04(月) 19:33:09 ID:Y/BIVqwU
>>81
面白かった

下側2個みたいなサイトもっとキボン

83 :出土地不明:2006/09/05(火) 06:13:54 ID:uFBctQ+v
ありがたい。

 インダス文と黄河文明で、文字もどきから文字までの経緯はどんなん?

 そして、4大文明で、農耕発祥、文字使用、基軸関連の3項の時系列を比較してみたい。
 望む結果は共時性だけど。

84 :出土地不明:2006/09/05(火) 06:59:26 ID:uFBctQ+v
Googleでインダス・黄河文明の文字発祥時期を調べた。結局、下表の如し

最終氷河期終       1.1万年前(起点)
農耕発祥          数千年後
文字発祥          BC 3千年(±200年)
基軸時代(ヤスパース)   BC 500年(±200年)

隔絶したサルの群れの間に、特殊な特定行動(なにかの進歩)の、一寸説明できない伝播
があるそうだけど、ヒトの「認識」がなにか共通して進化する生物的根拠がある?
それとも、環境的にいって当然の流れかな。


85 :出土地不明:2006/09/05(火) 08:01:12 ID:z2QNHzDe
芋洗いの話はデマだろw

86 :出土地不明:2006/09/05(火) 08:18:38 ID:uFBctQ+v
そうか

87 :出土地不明:2006/09/05(火) 12:13:51 ID:S3L5jI8L
つ「百匹目の猿現象」
ttp://www.geocities.jp/wakashimu/yota/saru.html

こんな恥ずかしい石碑があったりする。
ttp://www.kushima.co.jp/sight/koujima/kinenhi/


88 :出土地不明:2006/09/05(火) 16:54:49 ID:a8yEdp9Q
アッカド人の
スコーピオンキングはどうなった?

89 :出土地不明:2006/09/05(火) 18:30:48 ID:uFBctQ+v
というよりヒトに埋め込まれた何かが地域によらずに発現したとかで>>86が説明できないかなー

90 :出土地不明:2006/09/05(火) 18:31:42 ID:uFBctQ+v
>>84の間違い

91 :出土地不明:2006/09/05(火) 21:36:26 ID:3WF4Lmby
氷河時代は、低緯度地方では1万5千年前ごろに終わりになる。
で、だいたい1万4千年前ごろにはほとんどの地域で終わる。
そのあと、中近東では、定住集落が登場するわけだ。農耕をしていたとは
思えないのだが、まずは定住なんだよな。で、そのあとヤンガードリアス
の寒冷期が来て、これが終わるのが1万1千年前ということになる。
そこから、ほどなく農耕が始まる。だいたい、農耕はどこでも、紀元前
8000年ごろとかになる。つまり1万年前だ。

で、まあ、自分としては、もっと氷河時代について考えてみる必要がある
かと思う。氷河時代の人々は狩猟採集民で移動しながらの生活であったと
いうけれど、シベリアあたりのマンモスの骨で組み立てた半地下住居など
は、かなりの耐用年数がありそうで、季節ごとの移動はあったとしても、
基本的には半定住が始まっていたのだろうと思う。
この段階で、案外、まだ知られていない文明があるのかも、と思ってみた
りもするわけだが。

92 :出土地不明:2006/09/05(火) 23:42:32 ID:uFBctQ+v
狩猟採集型でも、その活動にしかるべき、時間的な共通の複雑化・高度化があるのかな。


93 :出土地不明:2006/09/05(火) 23:49:36 ID:uFBctQ+v
単に集団の数が増えるなど量的な変化でなく、パタン的、質的な変化段階がみられるのかな?

94 :出土地不明:2006/09/05(火) 23:54:39 ID:anDbaXr/
>>92
氷河時代に着目したい理由の一つは、なんといっても、シベリアやら、
ロシアやらの当時のむちゃくちゃ寒い地域に、かなり高度な文化がある
ってことだ。で、以前のこの板のどっかのスレでだれかがいってたけど、
「氷河時代は冬は暇だった」というつぶやき。これあんがい当たっている
かもしれないと思って、がぜん興味が湧いてきた。
芸術文化の意味では、氷河時代は北のほうほど文化水準が高い。
とくに彫刻とかビーズ細工とか、スンギール遺跡とかのもふくめて、
すごい手の込んだ作業が為されているわけ。これって、冬が暇だったから
かもしれないと多うわけ。夏から秋の狩りで、蓄えて、干し肉とかの
形で蓄積する。野菜などの食べ物も、漬け物にするとか蓄える方法が
ある。なんせ、冬は寒いから、冷凍保存という方法もある。どうせ、外
で狩りはできない。そうすると、時間がたっぷりあるし、文明発生の一
つの要素であるところの富の蓄積みたいなことが、短期的だけど行われ
るわけだろ。当然、彼らの冬の住まいは、蓄積に適した倉庫やらも必要
で(たぶん、ピットなんだろうけれど)、かなり広く、頑丈な建物も
作られる。共同作業が必要で、リーダーも出てくる。ある意味で、貴族
階級のようなものも多少生まれてくる。
氷河時代の人々は移動する狩猟採集民だと思って、現代の狩猟採集民の
あり方からその生活を類推するのは間違いだと思うわけだ。現代の狩猟
採集民は、工業や農業などの近代文明の手が入らないような荒れ地で
生活しているわけだし。つまり、現代社会の主流ではないわけだ。
でも、氷河時代の狩猟採集民は、とくに条件のよいところで暮らしていた
ら、それは、「当時の最先端の主流」だったわけだ。かなり豪華な暮らし
ってのがあったのかもしれない。

95 :出土地不明:2006/09/06(水) 00:30:47 ID:aIkeikec
一寸ずれて申し訳ないですが、狩猟採集型、遊牧型、農耕型の3型、それぞれ、気候、土地条件などで発祥してきたのでしょうが、古代では、時系列的・相対的に相互にどんなチャート的な関係にあったのですか。交易型も入れたい。

96 :出土地不明:2006/09/06(水) 23:38:32 ID:vZSM2u71
>>95
まあ、こういうのもあんまり形式的にはいえないんだけどね。
まず、人類250万年前に石器を作るようにはなったものの、しばらくは、
スカベンジャーだったようだね。本格的に大型動物の狩りをするように
なったのは、50万年前のハイデルベルゲンシスの時代からとされている。
現在のハッザ族など狩猟採集民もスカベンジがかなり重要らしい。
というわけで、後期旧石器時代(だいたい5万年前後前から)においては、
狩猟採集民しかいなかったと思われる。
ただ、犬の家畜化というかペット化や、そのほかの動物の家畜化のような
ものが氷河時代にどうだったかは、まだ証拠がないのでなんともいえない。
案外、馬に乗ったりした人もいたかもしれないけど。っていうか、そういう
のを信じたい気もする。
氷河時代がいったん終わったときに、ナトゥーフィアンなどの定住文化が
始まる。狩猟採集をしつつも、安定した地域で短期的な狩猟行動をのぞき、
同じところに定住して生活するパターン。しかし、ヤンガードリアスで、
もう一度氷河時代のような状態になって、かなりもとに戻ってしまった。
ヤンガードリアスが終わった1万1千年前ごろから以降は、比較的早い
段階で、農耕が各地に始まる。栽培された植物は地域による。
麦類は中近東が中心。中国南部の稲作もこれまたかなり早い。そして、
パプアニューギニアでは、芋類だっけ?バナナじゃないよな。あれ?
とにかく、紀元前8000年ごろには農業が各地で始まる。もちろん、
定住が基本。で、案外遅いのは遊牧民の登場だ。これは歴史時代に入って
からかもしれないという。
農業はアフリカではかなり遅れたようだ。栽培に適した植物が非常にすく
なかったのが要因とされる。
まあ、このあたりは、「銃、病原菌、鉄」ジャレッド・ダイアモンド著に
詳しく書かれているから、読んでみたら、納得いくと思う。

97 :出土地不明:2006/09/07(木) 02:18:31 ID:Z7b4sByF
>>96

> 農業はアフリカではかなり遅れたようだ。栽培に適した植物が非常にすく
> なかったのが要因とされる。
小麦とか麦系統原種の原産地はアフリカ。雑穀類の多くも原種はアフリカ。
山羊、牛、の原種の原産地もアフリカ。
馬も従来は中央アジア原産かと思われてたがどうやら原種の原産地はアフリカらしい。
(↑DNA解析の研究途中の報告によると)
農業の起源はアフリカだと思うんだがなぁ・・個人的に。

> 麦類は中近東が中心。中国南部の稲作もこれまたかなり早い。そして、
麦類の原種、米類の原種はアフリカ原産の原種とDNAが近似したらしいよ。
もっと古代種みたいなもののを採集が出来ればより研究精度は上がるんじゃないかな。

98 :出土地不明:2006/09/08(金) 06:48:04 ID:Acw6mBW8
氷河期の言語・道具・火の使用、農耕、4大文明発祥、基軸時代、などなど、一般に人間の歴史を、「人間精神」の段階的発展(共通の宿程)として捉える考えが有るようです(ヘーゲルの「歴史哲学」、ヤスパースの「歴史の目標と起源」など)。

 今ならさしずめ、ヒトとしての認識過程、の段階的な解発的発展(脳の構造は先史時代からそう進化していると思えない)として認知科学的に説明する道は無いかなと考えてしまう。先行き不透明な現代に生きる者としては。

いろいろ教えて頂いて感謝してます。


99 :出土地不明:2006/09/08(金) 22:17:45 ID:hUOrM+AA
>>98
人間の精神の段階的発展ということであれば、後期旧石器時代以降は基本的
に同じだろう。現代の人類の中にも、旧石器時代的な狩猟採集民もいれば、
新石器時代的な農耕民もいて、さらに、都市住民から工業国の人もいるという
いうようなさまざまな要素がある。ただ、一ついえるのは、現在の全ての人類
が、後期旧石器時代の文化をもつということだろう。
そして、現代における後期旧石器文化的な生活習慣をもつ狩猟採集民もまた、
文明の中にまざって、なんの問題もないとされる。逆もまた正しいだろう。
中期旧石器時代までは、文化的要素がほとんど遺跡や人工物の中にみいだす
ことができない。装飾的要素も宗教的要素も見いだすことができない。
そして、石器や生活跡をみても、その形式は、なんと地域への適応すら
ほとんど見せることがない。すなわち、その時代までの人々は、試行錯誤
であれ、論理的な思考であれ、生活のあり方を積極的に改善しようとか
改良しようとかいうことをしなかった。
石器文化の進展をみれば、そこには、現在のチンパンジーのもつ地域的な
文化や伝統というものすら見せることがない。
(もっとも、中期旧石器文化では若干の地域性は見せるが)。
ところが、世界のいろいろな地域で、後期旧石器文化に入ったとたんに、
地域ごとの文化的な違いがあきらかであり、地域の気候への適応なども
つぎつぎに行われ、しかも、道具の種類も爆発的に増え、これまでは、
数十万年に一度あるかないかという技術の進展が、千年単位で起こるよう
になる。これでも現代に比べて十分に遅いのだが、遺跡や遺物としてのこ
らない文化や形式は、世代ごとに変化するような状態であったと思う。
この大きな変化が5万年前ごろ、世界各地でそれぞれで起こって以降、
人類は、非常に短期的に生活を変化させ、改善させ、そのまま歴史時代
へと突入するのだ。

100 :出土地不明:2006/09/09(土) 13:08:43 ID:fZnf0vlC
南アフリカのケープタウンから約240kmのところにあるブロンボス洞窟で
発見された77000年前の道具を見てみると、初期現生人類の集団は、革製
品用の骨器、身体の装飾に用いるための赤いオーカー(鉄分を多く含んだ粘土
で、顔料に用いる)を破砕したり、幾何学的な模様を彫ることさえしていた。
また彼らは、小さな炉床で火を使ったり、様々な動物や魚を獲ったりしていた。

洗練された道具と協力関係の必要な漁労文化の証拠とを示唆する印がある。オ
ーカー粉は、身体装飾や宗教儀式信仰の記号として使用されたと考古学者は確
信している。
もっとも注目されるのは、赤いオーカーの二つの破片である。それらには滑ら
かな平面と網目模様が認められ、人類の最古の芸術の痕跡かもしれない。

101 :出土地不明:2006/09/09(土) 13:11:38 ID:U2H6WiXg
>>97
でも、麦の原種はいまでもイラクとかイランとかで普通に存在するんだから、
って、あれが原種でないことが証明されたのか?
アフリカは、ソーガムとかしかなかった、ってことだったが。
牛の家畜化はかなり古いし、アフリカから中近東からさらに東にまで
ひろがっている。ただ、アフリカの現在のこぶのある牛はインドから
導入されたものだってことが、DNAでわかった、って話はどっかで聞いた。

102 :出土地不明:2006/09/09(土) 13:13:15 ID:fZnf0vlC
現生人類の芸術に代表される象徴的思考の能力や洗練された言語など芸術行為の起源
については、5〜4万年前の「創造の爆発」といわれる時期に欧州と西アジアで突如
として花開いたとの見解が有力であるが、それらはアフリカで徐々に育まれていたの
ではないかとの見解も有力になりつつある。
最近の相次ぐ発見で多少苦しくなったとはいえ、現生人類のアフリカ単一起源説でい
われているように、解剖学的現代人が最初に登場したのがアフリカであることは、現
在のところ否定しがたいだろうから、現生人類の行動様式も、まず最初にアフリカで
認められるというのは、まったく無理のない解釈である。

しかしながら、依然として従来の「創造の爆発」論にも根強いものがあり、現生人類
の行動様式アフリカ起源説もとうてい通説とまではいえない。しかし、今後発掘が進
めばアフリカ起源説がますます有力になっていくであろう、と私は考えている。
従来の「創造の爆発」論は、考古学界の欧州・西アジア中心主義の影響が大きかった
事と、アフリカでの発掘があまり進んでおらず、その数少ない発掘成果も軽視されて
いた結果、学界やマスコミにも浸透していたにすぎないと思うからだ。

103 :出土地不明:2006/09/09(土) 13:35:44 ID:U2H6WiXg
>>102
この問題は最近とくに顕著になってきたようだな。
アフリカで、あきらかに5万年前よりも以前の象徴行動の例が発見されている
わけだ。10万年前、さらには、たぶん、20万年前近くまでいくんじゃない
のかと思う。

一ついえることは、アフリカにおけるこういう象徴行動やら革新性、創造性と
いうものが、ほとんど単発的である点だ。ある遺跡はそういうものがある。
ところが、その近辺のちょっと違う時代の遺跡にはそういう痕跡がない、という
ことを繰り返す。そして、アフリカにおいて本格的な後期旧石器文化(LSA)が
はじまるのは、2万年前以降だろ。
それから、8万年前以前にアフリカを出た人々、たとえば、中近東に進出の、
AMHも、中期旧石器文化段階(MSA)だった。インドに7万年前ごろまでに進出
していた人々もMSA段階だった。さらに、オーストラリアに到達する直前の
東南アジアの人々も、MSA段階だった。
ところが、アフリカの外では、MSAから、後期旧石器段階に移行すると、その
あとの揺り戻しで、MSAに戻る例がほとんどない。オーストラリアは、最初
から後期旧石器段階に移行している。ヨーロッパもオーリナシアンが入ると
それから後は、ネアンデルタール人のものをのぞくと、中期旧石器段階の
遺跡は消える。ほかもほとんどそうだ。ところが、アフリカだけは、その
段階に至るのも、非常に遅く、2万年前で、さらに普及するのは、1万5千
年の氷河時代が終わるころだ。

今後の発掘によって、アフリカでさらに古い象徴行動の例はあるかもしれ
ないし、アフリカ外で、中期旧石器的なものが出てくるかもしれないが、
しかし、アフリカにおいて、5万年前以降でも、中期旧石器文化がみゃく
みゃくと存在することは否定されないだろう。


104 :出土地不明:2006/09/09(土) 19:07:25 ID:/4PZuwr6
>>103
アフリカには、後期旧石器文化を持つ段階に(DNAレベルで)未だ
達していない人類が多くいたということだろう。(今も残っているかもしれない)
アフリカを出て行った人類は、基本的に後期旧石器文化を持った
(持つ能力を有した)人類だった。そういう人類でなければ、環境が大きく違う
別大陸に順応していくことはできなかった。

105 :出土地不明:2006/09/10(日) 11:23:14 ID:I7qbEwO1
>>104
だから、それはそうであっても、なぜに、アフリカから出ていった人々が、
後期旧石器文化段階に至らず、MSAで数万年とどまったのか、というのも
謎だろ。

106 :出土地不明:2006/09/10(日) 13:54:08 ID:j3FqQ1Wy
停滞した連中は俺らの直接の祖先じゃないってことさ

107 :出土地不明:2006/09/10(日) 22:26:09 ID:O++OHUSm
狩猟採集社会の知的到達点、「創造の爆発」、を経験したヒトの直接の子孫の精神(脳)が、次なるステップ、農耕社会の知的到達点、基軸次代なる現象、を経験することになった?


108 :出土地不明:2006/09/10(日) 22:27:43 ID:O++OHUSm
基軸次代→基軸時代

109 :出土地不明:2006/09/11(月) 06:01:50 ID:lBREiJlB
藻前拉、真面目に語りあってるなムー読んで勉強しなさい!

110 :出土地不明:2006/09/11(月) 06:57:31 ID:kca7NqLu
脳が知的到達点を作り出したのでなく、それを経験した。進化済みの脳の解発的発展?

111 :出土地不明:2006/09/11(月) 22:11:47 ID:vOMg5jZ2
>>107
このあたりの話は、どうやら、ミズンの AFTER THE ICE という本の中にか
かれているらしいので、これから読むつもりだ。
狩猟採集社会といっても、50万年前ごろまでは、集団的な狩猟がおこなわ
れていたわけではなく、スカベンジが中心だったといわれている。
50万年前以降も後期旧石器時代になるまでは、技術的、文化的進展がほと
んどない時代だったわけだ。後期旧石器時代になったとたんに、いろいろな
ものが短時間で、考古学的な時間的空間的解像度できっちりと変化がみられ
るようになる。その後の氷河時代における文化的技術的蓄積があれば、農耕、
遊牧、都市国家、という千年単位での進歩は、比較的簡単に理解できるよう
にいわれている。

112 :出土地不明:2006/09/12(火) 08:50:42 ID:l0afeL7a

 認知考古学、なるほど。 見てみます。

113 :出土地不明:2006/09/19(火) 22:47:13 ID:OML0OWo3
>>111
さて、ミズンのAFTER THE ICEは、かなり分厚い本なので、ちょっと時間がかかり
そうだが、とりあえず、西アジアの話の部分はかなり読んだ。あと一節を残す
程度だ。
非常に面白い。かなり一般的な本ではあるが、十分な調査の裏打ちがあり、さらに
著者本人が関わった遺跡の話も非常に多い。たんに平たく情報がかかれているので
はなく、実際にその遺跡に人々が住んでいた時代の生活の描写があり、これがかな
り面白い。一人の案内人をあてて、その案内人がいろいろ感じ、いろいろ体験する
という形で遺跡の紹介がすすむ。しかも、2002年ごろまでの発掘の成果が詳し
く書かれている。

まず、比較的最近になって本格的に判明してきた話としては、農耕以前の定住生活
という話だ。氷河時代が終わったあと、ヤンガードリアスまでの短い間に、温暖化
による獲物となる動物の増加や、食料となる植物の増加を利用して、ナトゥーフィ
アン文化が始まる。狩猟採集を中心としつつ、定住生活をし、豊かな交易ネットワ
ークまであったという時代だ。で、この時代に定住生活とともに、祖先崇拝のような
ことも始まり、ヤンガードリアスによる気候の悪化で、再び移動生活が始まった後期
ナトゥーフィアンにおいても、ナトゥーフィアン時代の居住地を聖地として関連する
部族が集まって集会を開くなどしていたという。そして、ヤンガードリアスが終わる
と、再び定住による狩猟採集生活が始まったという。
農耕牧畜についても、初期に定住が始まってすぐに、居住地域の近辺に、家庭菜園の
ような形で栽培が始まっていたらしいことや、牧畜に関しても、周囲の動物の狩猟に
ついて、繁殖に比較的関係のない雄を集中的に狩猟するなど、資源保全の意識が感じ
られるという。しかし、このときに、大きな雄ばかりを狩ったため、家畜化以前に
周囲の動物の群(主にガゼルだが)の個体の大きさが小さくなる傾向にあったという。
また、植物の栽培において、そのやり方に問題があり、栽培品種ができにくかった
などの問題点もあったという。
さらに、農耕牧畜に先立って、定住による意識の変化が非常に大きかったことと、
それに伴う宗教的な儀式などの発達が、逆に農耕牧畜社会を産みだしたのではない
か、ということが語られている。
旧石器時代から新石器時代への移り変わりに関する最新研究のレビューとしては、
かなりおすすめの書籍である。

114 :出土地不明:2006/09/20(水) 16:55:34 ID:t1L1rD44
「創造の爆発」と「定住による意識変化」とは関係しているのでしょうか?地域的、時間関係など含めて。

115 :出土地不明:2006/09/20(水) 23:06:04 ID:t7nURLII
Google Earthでナスカの十時に交差する巨大な線(14°42'41"S 75°10'34"W )を東にたどっていくと
マチュピチュ(13°09'45"S 72°32'47"W )付近の上空を通過する。誤差50km
リビヤ砂漠では正体不明の巨大な建造物(24°08'16"N 23°29'55"E )の上空を通過し
インドではビンベットカのロック・シェルター群(22°50'40"N 77°34'53"E )にたどり着く
さらに東に進むとアンコールワット(13°21'18" 103°51'29")の上空を通過する。誤差150km

北にたどっていけばテオティワカン(19°41'31"N 98°50'34"W )から
20km離れた巨大な渦巻き状の上空を通過し、エリア51で有名な
グレーム・レイク空軍基地(37°13'53"N 115°47'41"W )にたどり着く。誤差なし
さらに、地球を半回転するとアンコールワット(13°21'18" 103°51'29")の上空を通過する。
地球をぐるっと一回りすれば、チリのアンデス産山脈に巨大な水色の
建造物の上空を通過する(23°33'30"S 68°23'37"W )

結論、地球でナスカの裏側はアンコールワットから150km離れた地点だった

116 :出土地不明:2006/09/20(水) 23:50:03 ID:e9kqEaVg
>>114
よく言われているのは、後期旧石器時代への突入の段階で言語が発達し、
そこから、文化が起こり、という説明だね。
で、これは私は懐疑的で、言語はもっと昔からあったと思うのだが、今回
のAFTER THE ICEを読んでいて、一番印象が深かったのは、ナトゥーフィアン
とヤンガードリアスのさなかの後期ナトゥーフィアンとの関係だな。
ナトゥーフィアンでいったん狩猟採集生活のまま、豊富な自然資源のもと
で定住生活を始めた人々は、気候が悪化し、定住生活をあきらめたあとも、
ナトゥーフィアン時代の先祖の地にその後数百年、あるいはヤンガードリアス
が終わる千年後くらいまでずっと訪れ、そして、放浪生活の中で死んだ
ものたちの遺骨を、祖先のナトゥーフィアンの遺跡の近くに葬り、そして
一時的に滞在して、祭りをし、そして去っていく、というあたりがなかなか
人間的だなと思った。確実に言語により伝説、伝承が伝わり、過去において
自分たちがどこに定住していたかを知り、そして、過去同じ町に住んでいた
人々がわかれわかれになっても、年に一度、いや数年に一度は集まり、
そこで祭りをし、先祖への思いをつのらせ、というあたりだ。
彼らが言語を話していたことはもちろん間違いないことだが、ただ、この
ような行動は、本当に言語と文化と、そして宗教的なものがないとおこらない
ことなんだろうと思う。

117 :出土地不明:2006/09/22(金) 21:20:25 ID:LJV4Kd8K
>>116
なんか、涙が出てきますね。  定住、言語、農耕、記憶、文字、「創造の爆発(これは?)」など、なにか仮説がありそうに思ってしまう。

118 :出土地不明:2006/09/23(土) 23:42:42 ID:nDAnTtyN
>>117
たぶん、後期旧石器時代が定着して以降、人類はもとに戻れない状態に
なったんだろうな、と思う。たしかに、気候の変化や、未知の土地にいって
農耕民だった人々が狩猟採集民になった例もある。ニュージーランドのマオリ
も、ポリネシア人全体がそうであるように、もともと農耕民であり、さらに、
家禽と豚と犬を家畜としてもっていたわけだが、南島に移住した人たちは、
過酷な環境で農業を放棄して、狩猟採集民になってしまった。
ただ、ヤンガードリアス前のナトゥーフィアンとヤンガードリアスの気候悪化
の中での後期ナトゥーフィアンについて書いたように、後期ナトゥーフィアン
は明らかに、ナトゥーフィアン以前のケバランなどの文化とは違う。
たぶん、詳しくわからないけれど、南島のマオリも、本来の狩猟採集民とは
違うような過去農耕民であったことの遺産をもっていたんじゃないかな、
と思う。
ようするに、後期旧石器時代以降、確実に近代化に向けてのステップが
あって、地域環境気候により、その歩みの遅い地域集団もいれば、速い
集団もいる。また、気候の悪化で見かけ上は、より古い時代の段階に
一歩さがってしまうように見えることもあるけれど、でも、本当に古い
時代の段階とは違うものを引き継いでいるんだということじゃないか
と思う。この、確実にステップアップしていくもの、というのが文化の
流れのようなもので、やっぱり、後期旧石器時代の始まりというのは、
そのステップアップを確実にする、なんか大きな変化があったんだと
いうことになるだろうね。

119 :出土地不明:2006/09/24(日) 00:02:32 ID:1ub+Pkil
>>97
カメレスだが、麦類のDNAなどからは、原種と栽培種の間でもっとも近いのは、
アナトリアの原種だということだ。2002年ごろの本(AFTER THE ICE)の
中に書かれている。だから、その後の研究でアフリカ起源に変わったという
なら、教えてほしい。中近東では今でも、原種の麦が大量に存在している。
しかも地域ごとに系統が違うものがある。栽培種はどれも同じ系統で、それが
アナトリアの原種に近いのなら、麦の栽培はアナトリアで始まったということ
ではないかと思うのだが。


120 :月光仮面:2006/09/24(日) 11:43:58 ID:dtAzH+TZ
カメカメだが、米もアフリカか。距離的にちと難しいんじゃない?穀類栽培と言う
アイディアを持ったものが、例えば、ビーチコーメーという生業を持ちつつ移動して
いたものが、山岳に入った頃にヤンガー・ドリアス過冷却の直面し、先住低地帯に
フィードバックした結果としてインディカ。しかし、アフリカでも別途こんなことがあった
とか、乃至は、米が逆方向に移動したとかはあるかも。

121 :月光仮面:2006/09/24(日) 11:50:30 ID:dtAzH+TZ
ビーチ・コーマー、海浜採集生活民。過冷に直面し。・・・どうもタイプがうまく打てない。

122 :月光仮面:2006/09/24(日) 12:08:46 ID:dtAzH+TZ
http://dsc.discovery.com/news/afp/20031020/rice.html
この写真から見るとヤンガー・ドリアス期の韓国においてインディカ
右とジャポニカ左が発生したことになり、これが当時アフリカから直行
したものとすれば話も通じる。しかし、朝鮮・日本に稲作の伝来するのは
それから9000年も後のことであるのがちとおかしい。


123 :出土地不明:2006/09/24(日) 12:21:00 ID:tKsxoh9x
>>122
でたな、なんでも韓国起源説!
はおいといて、栽培種ってのが本当なのかな。
インディカとジャポニカはすでに完全に最初から別種ってことだよな。
いずれにせよ、農業の起源などは、案外そうとう古い段階にさかのぼるんで
はないかという気がしてきたな。この時代だと、氷河時代が終わりきって
ないだろ。いまんところナトゥーフィアンは狩猟採集ってことになっている
が、周囲の狩猟動物の群の数を管理するようなことはやっていたらしいし、
定住地近辺に、採集すべき植物を豊富にあつめていたってのもあるんだから、
これを初期栽培とか初期放牧とか呼んでもいいわけだ。で、氷河時代でも、
シベリアのマンモスの骨の住居などは、かなり頑丈で、移動生活で短期的に
利用するには、がっちりできすぎている。何年も使っていたんだとしたら、
季節的移動はあっても、基本的には定住に近いものだろ。だとしたら、その
段階で、採集対象植物を、近傍で栽培するってことは自然に起こったはず
だよね。なんせ、植物で食べるのは実やら種やらだから、それを採集して
家に持ち帰るとしたら、その実やら種やらが豊富におっこちて、芽を出す
のは、その家の近所ってことになる。だから、数十年の単位で一所に、
季節移動はあったにせよ、同じ季節には同じ集団が暮らしていたら、当然、
そのキャンプ地の周囲には採集対象植物が茂る。同じことは後に家畜化
された動物にも言えることだ。
現代の遊牧民のように定住せずに、群れをひきいて移動する人々の遺跡が
将来的にみつかったとして、彼らが遊牧民であって狩猟民ではないと断定
することのできるような証拠が残るだろうか、と思うと、氷河時代から、
既に、遊牧や栽培農業のようなものがかなり広範囲に始まっていたのでは
ないか、と思うんだがな。

124 :月光仮面:2006/09/24(日) 13:16:52 ID:dtAzH+TZ
>で、氷河時代でも、
>シベリアのマンモスの骨の住居などは、かなり頑丈で、移動生活で短期的に
>利用するには、がっちりできすぎている。何年も使っていたんだとしたら、
>季節的移動はあっても、基本的には定住に近いものだろ。だとしたら、その
>段階で、採集対象植物を、近傍で栽培するってことは自然に起こったはず
>だよね。なんせ、植物で食べるのは実やら種やらだから、それを採集して
>家に持ち帰るとしたら、その実やら種やらが豊富におっこちて、芽を出す
>のは、その家の近所ってことになる。だから、数十年の単位で一所に、
>季節移動はあったにせよ、同じ季節には同じ集団が暮らしていたら、当然、
>そのキャンプ地の周囲には採集対象植物が茂る。同じことは後に家畜化
>された動物にも言えることだ。

これはバイカル湖マリタ旧石器遺跡が後の興隆窪・遼河文明へと移行する間
の状況の説明にはうまく当てはまる。

>>116
>ナトゥーフィアンでいったん狩猟採集生活のまま、豊富な自然資源のもと
>で定住生活を始めた人々は、気候が悪化し、定住生活をあきらめたあとも、
>ナトゥーフィアン時代の先祖の地にその後数百年、あるいはヤンガードリアス
>が終わる千年後くらいまでずっと訪れ、そして、放浪生活の中で死んだ
>ものたちの遺骨を、祖先のナトゥーフィアンの遺跡の近くに葬り、そして
>一時的に滞在して、祭りをし、そして去っていく、というあたりがなかなか
>人間的だなと思った。

これって最近までヤクートでやっており、アラスカ方面からも参加したようだが
大々的に復活してるようだ。伊藤久男のイヨマンテの夜を歌わせたら受ける
とおもう。イヨマンテ習慣を持っている連中が多いようだ。


125 :月光仮面:2006/09/24(日) 13:24:57 ID:dtAzH+TZ
「オロチョンの火祭」、「イヨマンテの夜」をウェブを使用してユーラシア
に無料公開したいのだがいい方法はないかな。

126 :月光仮面:2006/09/24(日) 19:30:19 ID:4AXxbJov
>>124
ヤクート、ブリャート、ツングース系諸族などが一同に会するその場所でブリャート
民族踊りのヨホルを踊ると言うが、その場所を冗談でシオンの岡と読んでいるが、
さすがにロシア正教の文化圏で巧みな表現だ。だが、ユダヤのシオンもナトゥーフィ
アンのシオンではなかったではなかろうか。

127 :出土地不明:2006/09/24(日) 21:49:55 ID:o1OOtDPi
>>124
"AFTER THE ICE" の、西アジアの部分は読み終わったが、このあと、さらに
世界のこの時代(2万年前から6千年前ごろまで)を網羅している本なので、
まだまだ読み終わるのに時間がかかるけれど、たぶん、シベリアの話も詳しく
出てくると思うので、そこで面白いことが書かれていたら、またレポート
します。まだ、日本語訳は出てないみたいだし。
これから、ヨーロッパ編に入るところで、ヨーロッパの氷河時代末期から
以降の話が出てくる予定です。



128 :出土地不明:2006/09/24(日) 23:35:29 ID:5gzje1Xk
>>127
私も、教えていただいた"AFTER THE ICE"、

それに

The Prehistory of the Mind: The Cognitive Origins of Art, Religion and Science by Steven Mithen (Paperback - April 1, 1999)

Origins of the Modern Mind: Three Stages in the Evolution of Culture and Cognition by Merlin Donald

あたり、まず目次だけでも見てみようと思います


129 :出土地不明:2006/09/25(月) 00:04:36 ID:NhuFkjJv
>>128
"The Prehistory of the Mind" は、日本語版でよんじゃった。
もっとも、最近英語版も仕入れたけど。
これは感動的な本だったと思う。
そんなわけで、The Singing Neanderthal も日本語版で読んでしまった
わけですが。それで、今はちょっと話を最近のものにして、AFTER THE ICE
を読んでいるわけで。
以前紹介した、"The Emergence of Culture" by Philip G. Chase もいい
です。これはかなり哲学的。文化の定義が素晴らしい。

130 :出土地不明:2006/09/25(月) 00:18:08 ID:vELjFYGh
http://homepage.mac.com/keroppi_keroppi/tama/

131 :出土地不明:2006/09/25(月) 00:45:54 ID:BObjQlR+
ご紹介いただいた「The Emergence of Culture" by Philip G. Chase」、
レビュー(アマゾン)で見る限り、私の求めていたものに最も近い!!

>>以前紹介した<< は、どこへアクセスしたら?

132 :出土地不明:2006/09/25(月) 00:52:07 ID:BObjQlR+
なお、"The Prehistory of the Mind" の日本語版書名、お教えください。

133 :月光仮面:2006/09/25(月) 15:29:54 ID:Nqb4jX85
>>127
>シベリアの話も詳しく 出てくると思うので、そこで面白いことが書かれていたら、
>またレポート します。

日本人として極めて大きな興味があります。ぜひお願いいたします。

134 :出土地不明:2006/09/25(月) 23:21:30 ID:yMq4HKyg
>>131
さしあたり、考古板の人類600万年スレで。721番あたり。
>>132
まんま「心の先史時代」です。
>>133
ヨーロッパ編は、いきなりカニバリズムから始まりました。

135 :出土地不明:2006/09/25(月) 23:44:57 ID:yMq4HKyg
>>133
シベリアの話の前に、先のほうに、日本の縄文時代の話があったので、
そこだけ、先に半分くらい読んでみたけれど、それほど新しい話はない
けれど、1万4千年前ごろの縄文土器の初期のものの存在は確実で、
その場合、いったい何につかっていたんだろう?というのがかなり問題
とかいうことが一応書かれていた。定説のドングリ煮込みの話もあるんだ
けど、それだけじゃないようなことが書かれていた。

136 :月光仮面:2006/09/26(火) 07:33:14 ID:EoGgZ7N3
>>135 興味しんしんですね。

137 :出土地不明:2006/09/26(火) 13:55:53 ID:pKrXJsMV
>>134
多謝 
 心の先史時代、The emergence、それに「認知考古学」、注文しました。

138 :出土地不明:2006/09/26(火) 16:13:46 ID:pKrXJsMV
「認知考古学とはなにか」by松本

139 :出土地不明:2006/09/27(水) 02:52:08 ID:eeeZqKFU
>>127
もっと書き込みキボン

140 :月光仮面:2006/09/27(水) 11:01:56 ID:x900YqC9
漏れは日本人の別の3割近いYAP-Dはパミール・ヒマラヤ・チベット高原で約
12000年前のヤンガー・ドリアス過冷却期においてアフリカ・中近東起源の
YAP-E型が突然変異を起こし寒冷地対応化したものと見ている。これがチベット・
羌・殷、そして周の時代にオルドス・外モンゴルで倭人に合流したものと見る。
彼らが中国にミレット農業・鋤をもたらし、その後、トカラ族が仲介したシュメール・
西アジア小麦農業を殷に仲介したものと見る。この説は日本の学界の説、つまり、
YAPは日本で独自に発達したとする説と真っ向から対立する。

141 :出土地不明:2006/09/27(水) 11:42:02 ID:lA+lfsEF
河口に何故文明というのは、
狩猟採集を漁業に依存すれば、定住が可能ということに関係してそう。
また、氷河期の終了により海抜が上昇したことにより、
河川および周辺環境が激変し、
漁業の有効性と農業の可能性が上昇したのだと思うぞ。

142 :月光仮面:2006/09/27(水) 12:27:19 ID:x900YqC9
>>141
海進、海退の繰り返しにより、貝塚文化の応用として農業が出現ってことか。
レバントは単に小麦だが、メソポタミア、ナイルにおいてはその他穀物の可能性
もあるね。

143 :出土地不明:2006/09/27(水) 15:08:56 ID:0+KXUs8Y
>>140
>日本の学界の説、つまり、
YAPは日本で独自に発達したとする説と真っ向から対立する。

日本の学界って、そんな説を主張してたの?!

144 :月光仮面:2006/09/27(水) 18:48:56 ID:H0ws1bIf
そうなんだよ。その結果世界中でYAPの見直しが始まり、不明瞭な結末
に至っている。ごまかされていると言う風に漏れは見ている。問題は日本の
考古学者とか、歴史学者に意見と言うものがなく、あるのは漏れくらいという
ようなところにあるのかなー。

145 :月光仮面:2006/09/27(水) 19:07:26 ID:H0ws1bIf
>>142
漏れはモンゴロイドがなぜヒマラヤチベットに登ったのが大きな謎であったが
ヤンガー・ドリアスのような気象激変の結果、動物相、植物相の高地-低地変動が
起こり、これに対応した人間の動きが遺伝子の突然変異と言う結果を招いたという
事もありえるんじゃないか。また、米の起源もガンジス流域-長江流域の共通山間部
で、こうした時代に生まれたのだろう。

146 :出土地不明:2006/09/27(水) 22:22:51 ID:0+KXUs8Y
>>143
常識で考えて、YAPが日本で独自に発展するわけないよな。

>その結果世界中でYAPの見直しが始まり、不明瞭な結末 に至っている。

日本が原因で世界が大混乱、、ということ?
な〜にやってんだ?日本の学者は・・・orz

「不明瞭な結末」の詳細を、かいつまんで教えてくれねえべか?

147 :月光仮面:2006/09/28(木) 06:40:55 ID:bdwE3Y7p
>>145
非常に歯切れが悪く、YAPについてははっきりわからないと言った結論になっている。
日本の学者陣も関与してのことのようだ。

148 :月光仮面:2006/09/28(木) 10:23:48 ID:bdwE3Y7p
漏れも、忙しいので暇な人はこの辺↓
http://www.genetics.org/cgi/content/full/165/1/229
http://www.ucmp.berkeley.edu/glossary/gloss1phylo.html
を参照すればいいんじゃなかろうか。手がすいたら漏れも
じっくり読んでみる。


149 :出土地不明:2006/09/28(木) 22:48:45 ID:TcCeYGXG
日本人と韓国人は本音の部分で良く似てるからな。
特に天皇と米に関しては韓国人以上の自尊心が有る。
嘘だと解ってても全身全霊を掛けて主張してしまう。

150 :出土地不明:2006/09/28(木) 23:12:48 ID:HftZN6th
月光仮面さん。いろいろ書き込むのはいいけど、内容が著しく特定地域の特定
分野に偏るなら、ゴビ砂漠スレでやってね。

151 :出土地不明:2006/09/28(木) 23:22:32 ID:HftZN6th
>>141
農業の始まりにおいて、栽培品種ってのは、種がばらばら落ちないタイプ
なんだよね。野生種は、一般に種がはじけて飛び散るわけね。
そこで、AFTER THE ICEに書かれている話を簡単にいうなら、当初狩猟採集
民ってのは、そこらの原っぱに生えている稲科とかのでっかい栄養分のある
種(っていうか実っていうか)をつける植物を、目の細かいザルとかを
受け皿にして、そんで、穂の部分を叩いて、種をぱらぱらとザルの上に
落とすような形で採集していたらしい。で、その種(っていうか実)を
持ち帰って食べるわけだ。当然、原っぱから比較的定住性の高い(季節
移動はあったかもしれないが)住居に持ち帰る途中で種が落ちる。その
落ちる頻度は、当然、住居の近辺が一番多い。そこで、住居群の近傍に
比較的採集しやすい稲科などの植物が茂るようになるってことだね。
ところが、これを、穂狩りするようになると話が違うっていうわけ。
穂のあたり全体を鎌で刈り取るとかする。で、そのまま持ち帰る。そう
すると、もとの原っぱに生き残るのは、その穂狩りの前に種をとばした
のだけ生き残る。だから原っぱのはそのまま野生的なものばかりになる。
一方持ち帰ったものは、そのまま全部食べてしまう。
で、重要なのは、持ち帰ったものを種籾にして後でばらまくということが
起こらないといけない。そうすると、種を飛び散らかす野生のものではなく
種をとばさないタイプの栽培に適したものが選択されるというわけだ。
どうやら、氷河時代の間も、それからヤンガードリアス以前の温暖な時代
においても、栽培種が選択されるような仕組みはなかったようだという。
ヤンガードリアスが終わったあとから、栽培種が登場するので、そのあたり
で、農業が本格的になって、栽培種というものが固定的になったというわけ
だな。

152 :出土地不明:2006/09/29(金) 03:13:54 ID:mUKQNyLS
>>151
イモ類とかの話は載ってないの?

根菜とか地下茎植物とかは主に氷河期対策で進化した植物なので、
氷河期に栽培文化を得た可能性が高いと思うんだ・・

地下茎を主食にしてたヒト科の種もいたからその辺が非常に気になる


153 :月光仮面:2006/09/29(金) 07:45:19 ID:DnzYirvP
>>150
承知しました。

154 :出土地不明:2006/09/30(土) 09:34:26 ID:dt9BAFp+
>>152
いまのところ、イモ類の話は、ないことはないが、その栽培に関わる話
はないみたい。最近ちょっと読む速度が遅くなっていてすいません。まだ
ヨーロッパも半ばです。ヨーロッパ編は、中石器時代(旧石器時代と、
新石器時代の間)の話が中心で、ヤンガードリアスが終わりました。

155 :出土地不明:2006/10/07(土) 20:38:18 ID:NLlX92/D
AFTER THE ICEのヨーロッパ編を読み終わり、アメリカ大陸編の半分くらいまできました。
ちょっと読む時間がとれてないので、遅く成っております。
ヨーロッパ編は、内容としては、中石器時代を主眼においていて、中石器時代の
いろいろな文化、遺跡を紹介することになっており、また、それらと新石器時代人
との交流について、いろいろ思いをはせているって感じですか。
西アジア編ほど、面白い内容はありませんでした。
アメリカ編は、とりあえず、「クロービスが最初」仮説をうちくだこうといういつ
ものパターンですね。モンテヴェルデの遺跡で、最終的に「クロービスが最初」
仮説が崩れたことになります。それから、アメリカ大陸における大型動物の
絶滅と、人類の拡散はあんまり関係なさそうだ、という話で終わっているような。
まあ、やっぱり、この本は西アジア編が一番面白い気がしました。

156 :出土地不明:2006/10/07(土) 20:40:42 ID:NLlX92/D
追加ですが、このAFTER THE ICEとか、The Singing Neaderthal とか、
あるいは、The Prehistory of Mind などの著者である、スティーブン・ミズン
が来日予定で、講演会を開くそうです。時間があったらいってみたいと思うけど、
うーん、ちょっと忙しい。もし行く人がいたら、いろいろお話をおききしたい
と思うので、時間がある人にお願いします。紹介は以下の河合氏のページ。
http://nobukazu-web.hp.infoseek.co.jp/

157 :出土地不明:2006/10/07(土) 21:25:51 ID:a/Sefd60
ある意味、寒冷化の終焉が巨大哺乳類の絶滅を加速させた。寒冷化適応
が必要なくなったのが大きい。

158 :出土地不明:2006/10/07(土) 21:58:04 ID:YmfT7X+y
>>157
クロービス石器ってのは、っとても大きいのだが、なんでも、これ、宗教的
な行事のための特別な石器で、あまり狩猟用ってことじゃないらしい。
クロービス以前の石器がないから、クロービス石器の人々が最初にアメリカ
にやってきたというのが、「クロービスが最初」仮説なんだけれど、実際の
ところ、モンテヴェルデ(チリ)の遺跡でそれより以前のものがみつかって、
クロービス以前にも北アメリカに遺跡は残していないが人々が住んでいたこと
が明らかになったわけで、そうすると、クロービス石器以前の人々がいて、
むしろ、クロービス石器がある時点で突然現れるのは、北アメリカの中に
おける文化運動の結果だったということになるようだ。
で、その時代のクロービス石器を使っていた人々が食べていたりしたのは、
マンモスや、巨大ナマケモノや、巨大アルマジロやスミロドンとかそういう
大型動物ではなくて、案外ちっちゃいものだったらしい。
マンモスを食べたあともないことはないが、そこらで死んだやつを適当に
料理しただけじゃないかって。カリブーとかかバイソンとか絶滅してない
ものを狩猟していた痕跡のほうが多いらしい。ってことで、大型哺乳類の
絶滅は、気候変化で、とくに、氷河時代の間は季節による寒暖の差が小さい
のが、季節が顕著になったことで、寒いところに適応した動物は夏が苦しく、
逆に温かいところに適応した動物は冬が厳しいという状況で、がたいの
大きい大型哺乳類がもっとも影響を受けた、というのが答えだったようだ。

159 :出土地不明:2006/10/08(日) 22:31:06 ID:OgN70g88
>>158
ちょっと話が違っていたので、追加です。
たんに、氷河時代の終わりとともに、気候が変わり、それで絶滅したと
いうのなら、過去何度もあったそういう気候の変化に対して十分に生き
延びてきた動物が、どうして、最終氷期の終わりで絶滅したかの説明が
つかないというわけです。
そこで、過去の気候変動のときにそういう動物がどうやって生き残って
きたかを見ると、大量絶滅があっても、その中で一部は気候変動の後も
あまり大きく気候が変動しないところや、うまく適応可能な逃げ場所を
選んで、そこで群れを小さくし、かつ体も小さくなるなどして適応して
きたということがわかるわけです。
ところが、最終氷期の後、その個体数が小さくなり、さらに体もだんだん
と小さくなる、というかたちでの生き延び戦略の中で、人間の、クロービス
石器をもつ人々の比較的散発的な狩猟があり、それがとどめを刺したらしい
というのが、最終的な結論のようです。で、これを説明するのに十分な、
考古学的な証拠もあるようです。つまり、クロービス人が、弱ったマンモス
を狩猟していたとかいうような形跡があったわけです。

160 :出土地不明:2006/10/09(月) 20:22:47 ID:ZUHe5pzC
それは人類の大型化と組織化が大きいのではないか?

生殖期の制限がなくなり、年中子作りできる人類は氷河期の勝利者
となった。数は増え、血族・部族・民族を形成していく過程で言語
・歌謡等の情報伝達能力を蓄積していった人類は狩りの効率性を極
限まで追求した。食う以上に狩り過ぎた。マンモスの追込猟は大殺
戮を伴った。食物連鎖の頂点にいた巨大肉食獣は、彼らのつまらな
い精神的な満足"宗教"や"社会儀礼"を満たすためだけに狩られたり
もした。巨大肉食獣の減少は自然の摂理である食物連鎖そのものを
狂わせ、草食獣の爆発的な増加と食料である植物の喪失・・・最終
的な砂漠化を促進した。サハラやアラビア、グレートプレーンの森
林は沙漠と草原なり乾燥していった。

人類が最初に起こした「環境破壊」である砂漠化は、巨大哺乳類の
生活の場であった湿った森や沼を脅かしたのである。

161 :出土地不明:2006/10/09(月) 23:06:44 ID:+TjpOyD5
>>160
>>158-159を読めよ。
実際のところ、マンモスの大量殺戮の形跡はないんだよ。
たしかに、弱って倒れたマンモスを利用することや、部分的にマンモスの
狩りも行われたことはある程度考古学的にもわかっているが、大量殺戮
なんてなかった。むしろ、環境変化で個体数が減ってしまったマンモスに
対して、最後の一撃をみまったのが人間だったということだ。
もちろん、人間が氷河時代後の変化を生き抜いたのは、人間の文化的適応
のせいだ。

162 :出土地不明:2006/10/10(火) 07:42:43 ID:lOsi4/Nr
>>161
160じゃないけどさ。
読んだからこそ、160の反論があったのではないか。
で、158では、氷河時代は寒暖の差が小さかったと断定的に述べているが、
いまいち根拠がわからない。

163 :162:2006/10/10(火) 07:49:52 ID:lOsi4/Nr
ついでに、言っておくと、
氷河時代にマンモスが繁栄したのは、シベリアにおいては、
氷河時代にもかかわらず温暖であり、食料が豊富であったからという
話もある。
それは、地球全体で氷河期であっても、海流や風の流れにより
地域によってその気候状態はどうなるか不明な部分が多々あるということだ。


164 :出土地不明:2006/10/10(火) 23:25:59 ID:DOSDtPGx
>>162
ようは、ずっと寒かったわけです。
ずっと寒い。そのあたりは、根拠というのは花粉の解析によるflora の
分析だ。そこから、fauna を求めて、そんで、だいたいの環境分析をする
っていうのはかなりうまいこといっているわけです。
>>163
というわけで、花粉などの分析や堆積物の分析で、ここ十年程度でもの
すごい知識が蓄えられているわけ。そのあたりが、ようやく書籍の形で
いろいろと一般的にも知られてくるようになったのが、最近数年ってこ
とだと思う。その意味で、AFTER THE ICEは面白い。非常に詳しいから。

もちろん、謎としての、氷河時代の3万年前ごろから2万年前ごろにおい
て、北方でかなり文化が発展している、というあたり、たとえば、古いとこ
ろでは、スンギール遺跡などもあるけれど、そういうのの理由というのは、
まだよく分からないと思う。あきらかにものすごく寒いけれど、そこで、
人類の文化がもっとも花開いていると思うし。

165 :出土地不明:2006/10/12(木) 05:42:24 ID:VTqsKG0S
マンモスなど大型のものは骨もでかいので持ち帰るはずもなく。その場で料理だろ普通。

166 :出土地不明:2006/10/12(木) 10:35:37 ID:K/BzhiTh
、 l ‖_ >:=‐  ̄ ̄「 l| l    } 、  ヽ   んっ んんっ…
ヽ 、i`─ '´ ___   | ll ⌒; j  、   ヽ
 \ヽ r,ニ、‐‐'‐' u .l ll   '_ノ   、    ヽ 
   ` \"\):、    | l|  `、 ヽ  、   ヽ
      ヽ  ゞ'^     ! ll   `、 ヽ  、    ヽ
     丿   .:::.  | l|     \ ヽ、 、   ヽ
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167 :出土地不明:2006/10/14(土) 11:44:51 ID:i12vZA2W
シベリアの冷凍マンモスの胃袋からはキンポウゲ等の温帯植物が出ており
当時の環境はかなり異なっていたことが判明している。当時の北極はベー
リング海〜北米大陸北部にあった。
シベリアで実際に追込み猟で数十頭単位で群れごと泥湿沼の底なし沼に沈
んだものも多数、発見されている。その中には鏃や骨角器で傷ついた骨も
みられるのだ。

地球の経度的シフトも十分に考慮にいれよう。

168 :出土地不明:2006/10/14(土) 11:49:35 ID:kr3kT0Ph
>>167
"FROZEN IN TIME" Michael Oard. 読め。
すごい面白いぞ。マンモスはどうやら立ったままいきなり瞬間冷凍された
のがほとんどで、しかもその時期はたった一日かそこらで、シベリアから
アメリカ大陸まで一気に、ってことだったらしい。

169 :出土地不明:2006/10/14(土) 11:55:40 ID:mWQ3DH8d
>>167
まあ、上にあげた書籍は創造論者のオモロイ本なのでおいといて、。
氷河時代の末期になると、季節変化が非常に激しくなったということはすで
に書いたけれど、その結果として、植物も動物も、非常に大きく移動するよう
になった。氷河時代の末は、だんだんと温かくなるというよりは、毎年の温度
変化が非常に激しく、数年は徹底的に温暖で、次の数年はむちゃくちゃ寒い
とかいうことになった。そこで、寒いときの冬は、氷河時代よりも寒いとか
熱いときの夏はかなり暑いとか。これで、北の動物、植物が南に、さらに南の
動物、植物が北に、ということで、攪拌が起こったわけね。で、攪拌された、
たとえば南の動植物が、たまたま北方においても生き残るようなことがあったり
逆に北の動物や植物が南のほうでたまたま生き残るようなことがあったりという
ことで、亜寒帯から温帯あたりがかなりぐちゃぐちゃにまざっていた状態だった
ことがわかる。
もともとマンモスは、永久凍土などの上の薄い草原の植物などを食料としていた
わけだけど、南にも進出したり、北にやってきた温帯系の植物とも出会うような
ことが、末期にこそあったわけだ。
逆にいえば、こういう大きな寒暖の変化の中で、大型動物がやられた、ということ
になるんだけど。

170 :出土地不明:2006/10/20(金) 20:46:55 ID:x4x9ZvX1
>>人類の最古の芸術の痕跡かもしれない。

で、文明とどう関係があるの?

171 :出土地不明:2006/10/20(金) 22:24:02 ID:yoOL32DN
全部、敵かやるぞ。

172 :出土地不明:2006/10/20(金) 22:30:16 ID:yoOL32DN
全部潰すぞ。基地外考古。

173 :出土地不明:2006/10/20(金) 23:40:40 ID:yoOL32DN
あほう、黙っとけ。

174 :出土地不明:2006/10/20(金) 23:41:18 ID:yoOL32DN
あほう、だまとっけ。

175 :出土地不明:2006/10/25(水) 21:37:31 ID:92jnwn1B
AFTER THE ICE を読み終わりました。
うーん、なかなか面白かったです。
最後のアフリカ編の話では、アフリカの牛が、独自に家畜化された話や、また、
アフリカの現在のサハラ砂漠のあたりでの、家畜化に先立つ時期に羊の囲い込み
というか、野生羊を村の近所に繋いでおいたり、フェンスで囲っておくという
ことをやっていた、などの話がありました。

全体として、この本でいっているのは、どの地域でも同じように氷河時代の後
急速に変化していき、そして、場所によっては、定住、農耕、そして都市へと
進んだということのようでした。
たんに考古学的な話をならべるだけでなく、その考古学的な発見から想定され
る実際の昔の人たちの生活を、ジョン・ルボックという現代人(本当は、18
世紀の人)が時間空間を越えて旅をするという形で、描いているのが面白い。
翻訳が待たれるところです。

176 :出土地不明:2006/10/26(木) 11:14:18 ID:aJUvnPr0
>>175
もっと書き込みキボン

177 :出土地不明:2006/10/26(木) 21:33:21 ID:HdYPNZsV
氷河期は大陸だけでなく大気中から大量の氷河として水を蓄積凍結した結果、
海に循環すべき水を奪った。
これは大海退として海抜水位の低下となって影響を与えた。海抜は現在よりも
70m〜150mもの低下を促した。
黄海は肥沃で広大な大地に変わり、台湾海峡や対馬・津軽・千島海峡は地上に
なり、瀬戸内海は干上がり大渓谷となった。地中海は湖となり、五大湖は巨大
な淡水内海となった。
ネアンデルタール達は現在は海底の地中海の湖のほとりで暮らしていた。人類
の大陸間の往来は、今よりも自由だったに違いない。逆にこの浅い海こそが人
類の揺籃となったのではないだろうか?

178 :出土地不明:2006/10/29(日) 00:24:26 ID:TFxNa3eh
>>176
なにが知りたいですか?
かなり読むのに時間がかかった本だから、内容はかなり濃いです。
日本の縄文時代の話もかかれていた話は前にもしましたよね。
えっと、ここまでのこのスレでの話と関係しそうなのは、たとえば、その、
氷河時代からあとの人類の文化、生活の発展のしかたについて、あと農耕が
始まるまでの様子について、それぞれの地域でそれぞれ違うという話があり
ましたね。
ちょっと面白いのは、たとえば、西アジアの農耕が始まるときは、石臼が
あったのに、土器がなかったが、中国では逆に土器はあったが石臼がなか
った、なんてことが書かれています。麦作には石臼が必要でこれで粉にして
パンを焼く。一方中国南部の稲作では、米を土器で煮炊きする。中国の北部
で麦作が始まったときは、西アジアの文化セットがまとまって入ってきたの
で、もちろん石臼もあった、というようなことも書かれていたっけ。
ようは必要のないものは発明されず、必要のあるものは発明された、というこ
とのようです。前にも書きましたが。
最後の纏めとして書かれているのは、氷河時代後というのは地球温暖化の時代
であり、そして現在もまた地球温暖化の時代で、ただし、そのスケールは氷河
時代後のものよりも遙かに小さい。しかし、氷河時代後の人口密度は非常に
小さく、海岸地帯が水位の上昇でしょうしょう洪水に見舞われたとしても、
逃げていくべき場所がいくらでもあったが、今はちょっと水位があがっただけ
でも、数千万人、数億人の人が住む場所を失う。人間にとってのインパクトは
今回の温暖化のほうがでかい、みたいなことが書かれています。
で、氷河時代後の温暖化では、人類は、「意図的かどうかは別にして、栽培
品種の開発という遺伝子改変によって切り抜けた。」そして現在もまた、作物
の遺伝子改変を今度は遺伝子工学を使ってやろうとしている。ということで、
なんか、氷河時代後と、そして地球温暖化のおこっている現代とのパラレルな
話をもってきて、終わり、って感じです。

ところで、ミズンさんの講演だれかきいてませんか?

179 :176:2006/10/29(日) 23:30:56 ID:G0AVxtKt
>>178
前にも書いたけどアフリカ関係かな。
従来のオリエント由来の麦類の農耕起源説以外が知りたいですね。
アフリカのイモ類(地下茎植物)栽培の痕跡とか家畜の起源。

あと東南アジア系のイモ類(サトイモ系?)の栽培歴とか家禽類(鶏とか)

こんな感じでしょうか?
よろしくお願いしますm(_ _)m

アジアでいくと雑穀系の起源も面白そうですね

180 :出土地不明:2006/10/30(月) 23:46:20 ID:PZpDsTQd
植物で負って行くのは実はあんまり役に立たんのだけどな。

181 :出土地不明:2006/10/31(火) 23:31:59 ID:+pNCLv1N
>>179
アフリカ関係は、牛が独自に家畜化されたらしいという話と、ソーガムなどの
栽培植物の話がちょこっと。あとはサハラの壁画の話。上で書いた羊の家畜化
以前の囲い込みの話が中心でしょうかね。

考えてみると、紀元前2万年から紀元前5千年の話っていうのは、ようするに、
新石器時代の始まりの時期ではあるものの、考古学的にみると、案外あまり
注目されていないように思うんです。そこをいろいろと面白く紹介していると
いう点で、この本は面白いと思いました。

アジアの話は、オーストラリアからパプア・ニューギニア、中国、日本、と
きて、そのまま北極圏の犬ぞりの話、そしておしまいということで、案外
駆け足でした。パプア・ニューギニアの初期農業の話などは、まだ遺跡もすく
ないようですが、非常に初期からなかば灌漑に近い方法の水利がおこなわれて
いたという話もありました。

182 :出土地不明:2006/11/01(水) 02:58:03 ID:g05Qnkzo
1万2千年前、南極に一大文明アトランティスがあった。
しかし地球のポールシフトが起こりアトランティスは極寒の地となった。
人々は新たな温暖な地へ移住をはじめた。
その最初の場所が世界5大文明地である。

183 :出土地不明:2006/11/03(金) 12:04:03 ID:ATYhCnxh
そんな非常に近い過去に南極の氷河が溶けた時期は無いよ。
南極大陸の氷の掘削がどれだけ深くまで為されているのか知らないのか?
ttp://domefuji.at.infoseek.co.jp/japan/page1.html
磁極の移動、大陸の移動がごっちゃになってしかも時間の概念が無い様だな。


184 :出土地不明:2006/11/03(金) 13:16:53 ID:al6iWLgL
マインドコントロールの恐怖    
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4765230716

スティーンブン・ハッサン著

カルトにマインドコントロールを受け、そのカルトで大幹部までに
なった筆者が語るマインドコントロールの恐ろしさを描く問題作。

カルトに汚染されている日本人必読の一冊!!


185 :出土地不明:2006/11/03(金) 16:41:47 ID:Jbx5O0Ua
カルトなんかより隣組の官僚談合体質の真の恐怖を知るべきだな。
外資なんて余所者は、日本に入れない。

186 :出土地不明:2006/11/03(金) 23:39:52 ID:Ueoe/Y03
>>183
ムー民のようなプリ・オウムには何言っても無駄ですよ。


187 :出土地不明:2006/11/04(土) 02:41:41 ID:IH2Q0zNv
モノリスに触れてから

188 :あのね:2006/11/05(日) 06:02:35 ID:Yp5XlAfx
四大文明という考え方がおかしい。たまたま安易に見つけた文明を取り上げ四大文明というのは間違え。当時少なくても100以上の文明が存在していたのは現代の定説。
四大文明なんていってると歳ばれるよ。

189 :出土地不明:2006/11/06(月) 01:47:03 ID:Rnbl8ix/
四大ってくらいだから、メジャーな4つって事じゃね?

190 :出土地不明:2006/11/06(月) 03:13:55 ID:FfFH1+kX
「四大文明」といっても、始まった時期はまちまちだし、
別に「急に」発祥してないじゃんよ


191 :出土地不明:2006/11/07(火) 07:35:05 ID:D6XL/BmD
>178
>ところで、ミズンさんの講演だれかきいてませんか?

河合氏の簡潔な報告がupされた。
http://nobukazu-web.hp.infoseek.co.jp/page/news.html

192 :出土地不明:2006/11/11(土) 12:28:38 ID:PaKQyerf
>>191
ありがとうございます。
AFTER THE ICEの内容に近いような気がする。

193 :出土地不明:2006/11/11(土) 15:27:40 ID:h78kDBnW
>>67に俺のシナプスがビンビン反応してるぜ

194 :67:2006/11/11(土) 19:15:01 ID:BtvitAF7
ヒント:
日本の古文書には時々、イースター島のロンゴロンゴ文字のように渦巻き状に回転させて読まないといけない場合がある。

火焔式土器等はそもそも毎日の日常生活で使われていたかは専門家でも疑問視する向きがある。形状が複雑でかつ厚手で
装飾性・信仰性がより重視されたのではないか?という事。しかも縄文時代にしては結構広範囲に"流通"していた事がパ
ターンの種類により判別できる。製作地と出土地は異なる訳だ。

土器はそもそも「容器」なのだから何かを中に入れて流通したのかもしれない。
その表面にびっしりと「無造作」につけられた縄目は1本の列を成すのだが・・・それはただの滑り止めに無造作につけ
る必要があったのだろうか? 
その他の「用途」「目的」がなかったのだろうか?

藁算と似たものにポリネシア原住民の航海術の縄張り枠もある。これはある島を基点として、方位(山・島・星等)を目印
にその長さ・結び目で目的地までの距離・中継地・産物等の記号が記されたれっきとした「海図」で、キャプテンクック
の時代まで実際に使われていた。
その利用法や記号は代々部族の船頭に口伝され、他部族に教えてはいけないものとされていた。



195 :出土地不明:2006/11/11(土) 22:50:28 ID:hGWf0OrC
>>194
面白い話だが、いちおう、定説を述べておこう。
ロンゴロンゴは、たしかにイースター島に伝わる文字だという話であったが、
イースター島で、白人がやってくるまで文字が使われていた痕跡は一切無い。
ロンゴロンゴは、普通、白人が文字を書いているのを見て、自分達の文字を
を作ろうとした結果のものであろうとされている。イースター島の人々が、
その後、奴隷に売られたりいろいろしたので、たしかに数がへってしまった
というのはあるが、ロンゴロンゴを読めると主張した人が複数いたが、かれ
らのだれもが、同じ読み方をしなかった。書かれているのはイースター島の
ポリネシア語であることは間違いないのだが、読めない。つまり、文字のよう
な模様だった、あるいは、たかだか数人の人達の間だけで通用していた、記号
セットと考えるべきだろう。

196 :出土地不明:2006/11/11(土) 23:48:20 ID:h78kDBnW
>同じ読み方をしなかった。
ここをもうちょい詳しく

197 :出土地不明:2006/11/18(土) 21:57:16 ID:LVg5/QLA
別に急に発達したわけじゃないんだが・・・

198 :出土地不明:2006/11/23(木) 08:36:08 ID:ZCor/Gtk
韓国文明にはどの国の文化も勝てない!!

199 :出土地不明:2006/11/23(木) 18:48:15 ID:q3plDsSl
>>195
だから、複数の人が、同じロンゴロンゴの字面をみて、違うこといいだした
わけだ。いちおう、ヨーロッパ人がやってきて、そもそも1万人いたという
イースター島の人口は、100人あまりまで減ってしまったわけだが。
アメリカのとあるインディアンが、アルファベットを眺めて、独自のそれ
らしい文字をつくり出し、それで新聞までつくって発行していた話もある。
ロンゴロンゴもそういうものではないかな。

200 :出土地不明:2006/11/23(木) 18:49:07 ID:q3plDsSl
>>198
なにをもって、韓国文明と読んでいるのか、そのあたりを詳しく。

201 :出土地不明:2006/11/23(木) 19:23:24 ID:vL1MTx+E
朝鮮人民は断固としてそれを認めることは出来ない。

202 :出土地不明:2006/11/24(金) 18:01:54 ID:mCw0A8r4
日本の稲作以前はどうだったんでしょうねえ。
大規模集落が発見されるが、さすがに数百人が採集だけで生活はナンセンス。
日本には大型獣がいないからなおさらナンセンス。
ドングリなんかは早いうちに優性種の選別はあったのではないか。
あと、農家の親戚の爺さんがいうには、
「拓いたばかりの土地は十年ぐらいは草に悩まされる。特に粟やヒエはほっておいてもわいてくる」
とか。
他の草を徹底排除し、勝手に生えてくる粟やヒエだけ成長させる、
そういうプレ栽培的ななにかはあったのではないか。
なんにしても、土器の高い芸術性や量、石器などを見るに、集落といえども職能集団はいたのではないか。
戸数の多い集落ならなおさらだとおもう。
職能集団がいるから栽培が必要なのでなくて、栽培などがあるから職能集団を抱えられるとすれば、
日本の稲作以前には意外な可能性があったのではと思う。

203 :出土地不明:2006/11/26(日) 15:04:00 ID:zYo47sLJ
日本の稲作以前?
そこかしこから廃棄物の山ででてるじゃないか。貝塚だよ。貝塚。

日本は海洋系の生活が一般的だったんだよ。漁労・貝や海草の採集。
貝塚の中には、数千年かかって溜まって出来たものもある。おそらく干物
等の保存加工法や調味料の多くも早くから生み出されていただろう。
日本人が水産資源の確保・漁業の知識に豊富で、魚の種類を区別するのに
秀でた能力を持ち得たのも、この貧しい火山島で蛋白質やミネラルを豊富
に獲得できた水産資源を活用できたからこそである。

魏志倭人伝でも中国人が日本の漁労生活ぶりに特に注目しているのでもよ
くわかる。海女漁はその頃から既に存在していたのだ。


204 :出土地不明:2006/11/26(日) 16:09:34 ID:jmo8E26A
漁労をしていたいたひとたちが、何の前段階もなく、突然畑作をはじめたの?

205 :出土地不明:2006/11/26(日) 17:25:49 ID:NZvpyVrD
前段階として弥生人が弓矢や金属器で殴ったり蹴ったり斬ったり刺したりしました。
近畿各地に鏃や利器で破損した縄文人骨が出ています。
これで平野が手に入りました。

もう一つは大規模な灌漑・治水施設を作る集中権力と一定の人口密度が初期投資とし
て農業には必要です。種籾を持込み、気候を読む占い師等のジョブも集めてようやく
コンプリート。
最初は、農作物は副食だったでしょう。ほとんどは季節の野草・果実の採集に頼って
いた。青森からは縄文大集落から栗の栽培林も見つかっていますが、貝塚の主力はや
はり魚介類でした。

206 :出土地不明:2006/11/26(日) 18:34:07 ID:WDgxTZID
飛鳥時代までは普通に肉食もしていたと思う

207 :出土地不明:2006/11/26(日) 22:40:08 ID:9ga4pWH+
貝を捨てたから貝塚
じゃぁ今我々が残してるゴミは何塚と呼ばれるようになるんだろうか

208 :出土地不明:2006/11/27(月) 00:41:49 ID:Xi0e3ff+
メタン塚じゃないか?発掘する子孫は防毒マスクが必要だ。間違えて放射能廃棄物最終処分場なんて掘り当てた日にゃ・・・滅

209 :出土地不明:2006/11/27(月) 01:35:29 ID:3ufdq+3c
じゃあ昔見た、生産調整で穴ボコにブルドーザーで大量投棄されていたMacは
Mac塚か。

210 :出土地不明:2006/12/04(月) 19:59:19 ID:M1VjXzcR
百瀬高子著『御柱祭 火と鉄と神と』という本にこんな事が。

・縄文土器を焼く時には700〜800℃の熱を5〜6時間必要とする
・葦の根に付着する褐鉄鉱は焚火の温度である400〜800℃で熔解を始める
・諏訪神社の重要なシンボルである鉄鐸は褐鉄鉱と同じ形
・諏訪湖及びその周辺の河川の鉄含有量は日本一であり葦や芳も豊富
・以上の事から縄文土器の焼成時に焚火の底に純度の低い鉄分が溶け出して鉄として固まった可能性は高い
→製鉄技術は縄文時代からあった

・不純物が混ざった貴金属は縄文土器の焼成温度で熔解する
・土器の素材である土に鉱物が含まれている状態で焼いた場合、土器は自然釉が掛った状態で焼成される
・灰が熱で溶けて土器に掛れば自然に灰被土器(灰釉陶器)が焼成される
・縄文土器、弥生土器、土師器、須恵器、青磁、奈良二彩・三彩陶器、緑釉、灰釉の内で1200℃以上で焼成する必要があるのは最後の灰釉のみで他は皆800℃で焼成される
・伝来品は技術的にはある程度進んでいるはず
・中信松本地域で出土する灰釉陶器は技術的に初期的段階の様相を見せている
→灰釉陶器や緑釉陶器のルーツは縄文中期の松本周辺であると言える

・諏訪湖湖底に眠る縄文前期後半の湖底遺跡土器の器壁(土器の厚み)は5o
・縄文中期土器の器壁は2〜3p
・土器でも丈が60p位、器壁が2〜3pのものを作れば製鉄炉に出来る
・縄文中期の大型水煙土器は器壁2〜3pで丈は40〜70p
・自分で製鉄実験したら鉄が出来た
→水煙土器は製鉄炉だった

他にも色々書いてあったが時間が無いので今日はここまで。

211 :出土地不明:2006/12/05(火) 18:36:54 ID:kxer5vtb
四大文明なんてなかった!

212 :出土地不明:2006/12/07(木) 15:37:46 ID:RqeNsrFl
で、スレタイへの答えは
「急に発祥してねぇ」であってるか?

213 :出土地不明:2006/12/10(日) 13:07:53 ID:RSCIMwaA
>>212
あっている。農業の開始は、現在のところ、たしかに世界あっちこっちの中核
地帯で、同時ってことになる。まあ、1千年くらいのずれはあるけれどね。
中近東(西アジア)、中国南部、パプアニューギニア、それから南アメリカなど
でも早いところは結構早い。
ただ、日本で「四大文明」とされるのは、時間的大きくずれている。
これらは、文字をもち、王国や都市国家の段階に達するものをいうが、中国は
その段階に達するのは、紀元前14世紀かそこらで、これは、ギリシア文明の
古さに相当するが、メソポタミア文明のそれよりは2千年以上遅れる。
中国は、北方での農耕も、その種子の遺伝的な分析からして、中近東の麦作
が入って来て以降の話で、逆にいえば、中国南方の稲作地帯が文明化するのは
農耕が始まってから、6千年以上たってから、みたいな話になる。かなりの
後進地帯って話になりかねない。
エジプトの文明は、メソポタミア文明のぱくりだから、元祖じゃない。
インダス文明も、メソポタミアのぱくりだろ。独立した文明っていうのは、
メソポタミアと、アメリカ大陸のいくつか、くらいになるんじゃないか。これ
らは、まあ、四つかそこらになるんだろうが。

214 :出土地不明:2006/12/10(日) 17:49:54 ID:A8scUpAd
■朝鮮人の工作サイトか■

 このサイトを初めて覗いたときは、日本人が運営しているサイトだろうと思ったが、よくチェックしてみると、
「倭寇の中には、少数の日本人もいた」などと、デタラメの記述がある。
 
 中世の時代に、日本海や東シナ海で暴れまわっていた海賊、いわゆる<倭寇>の正体は朝鮮海賊なのだが・・。

【韓国の歴史歪曲捏造】(49編収録) 2004/11/10更新
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/reki.htm

★下記の記述を見てほしい。

 倭寇と言えば、13〜15世紀に日本の海賊たちが暴れ回ったというイメージでのみ語られることが多い。
今回、その倭寇の悲しい事実(←ここからすでに変な表現である)と隠された真実を見ていこう。

 まず倭寇と呼ばれた人達を見ていくと、朝鮮に「三島倭寇」という言葉がある通り、倭寇の根拠地は対馬・壱岐
・松浦、それに博多等、いずれも元寇の際、高麗軍の直接の被害をうけた地域の住民であった。
(嘘である。倭寇の本拠地は済州島や巨済島など、朝鮮の島であり、構成員も全員が朝鮮人だ)

 先のスレッドで日本征伐(「元寇」では翻訳されないため、韓国側の呼称を敢えて使わせてもらう)における
朝鮮の非道を書いたが、まさに倭寇の根拠地とはその朝鮮の侵略・虐殺行為をまともに受けた地域だったのだ。
(だから、これは嘘。たしかに対馬・壱岐・松浦・博多等は、新羅海賊や高麗海賊、そして元寇の侵略の被害を受けたが、
 倭寇の構成員は全員が朝鮮人である。新羅海賊・高麗海賊が「倭寇」を名乗ったのである。)

 詳細は先のスレッドを参照してもらいたいが、記録によれば、高麗軍により男はことごとく殺され、女は手に穴を
あけられて数珠つなぎの捕虜にされた。また、二百人の童男童女は高麗軍に連れ去られ、忠烈王に献上された、
と記されている。
 この世の生き地獄を味わったこれらの島民・住民達が、朝鮮に対し憎しみの炎を燃やすのは当然と言えば当然ではないだろうか?
(もちろん、朝鮮人の侵略の被害にあった日本人が朝鮮人を恨むのは当然だ。しかし、倭寇はあくまでも朝鮮人である。
 これは事実だ)

 また、当時の高麗は、元の侵略により数十万に及ぶ住民が強制連行されたり、住民が虐殺され、国家の弱体化が著しかった。
それがまた、積年の恨みも混じり倭寇を刺激し、行動が活発になった要因でもあった。
(朝鮮人を被害者扱いしているが、朝鮮人は加害者である。朝鮮人が倭寇なのだ。)

 さらに、ここで注目しなければならないのは、倭寇は日本人だけではなかったということである。
(だから、倭寇は全員、一人残らず朝鮮人なのだ。日本人の倭寇はいなかった。朝鮮海賊が倭寇である。)

「世宗実録」28年(西暦1446年)の記述によれば、倭寇のうち日本人は一、二割に過ぎず、他は日本人に成りすました
朝鮮半島の民であったと記録されている。
(日本人は倭寇の一、二割ではない。日本人はゼロである。倭寇は朝鮮海賊なのだ。)

 当時の朝鮮半島の住民も、高麗時代の末期には、軍隊や官吏は統治能力を喪失して治安を維持できない無政府状態にあった為、
生きるために倭寇を騙り略奪をせざるを得なかったのだろう。
(そうではない。最初から朝鮮人が倭寇である。倭寇の一部には朝鮮水軍の将兵もいた。)

 このように、韓国では古来の記録があるにも関わらず、自分たちに都合の悪い事柄は絶対に表に出さないという歴史を冒涜する
行為がまかり通っているのである。韓国政府の自国に不利なことは国民に教えない、悪いのは全て日本、反日こそ国是という
教育方針により、ここに来る韓国人の多くもその真実を知らないのだ。

 倭寇を産んだのは朝鮮による日本への侵略が最大の原因であり(だから、倭寇は朝鮮人なのである。日本人は侵略を受けた
被害者である)、また倭寇の被害の多くは、倭寇を騙る当時の朝鮮半島住民によるものである。韓国人よ、これが真実だ。
(倭寇は朝鮮海賊であり、その朝鮮海賊が日本人を襲った。日本側の警備が厳しい時は、朝鮮人を襲ったのである。)


215 :出土地不明:2006/12/10(日) 18:02:56 ID:+BEmtt+0
シュメール語はインダス系言語という説もあるが。

216 :出土地不明:2006/12/10(日) 21:44:57 ID:sbgfihNw
>>215
インダス文字が読めない以上、なにも詳しいことはわからん。
一番不思議なのは、エジプトだよね。メソポタミア文明のパクリなのは
確実だが、ヒエログリフは楔形文字と違うわけだし、そこが理由不明だな。
わざわざ新しい文字を作ろうとしたってのが、どうしてなのか理由がわかん。
メソポタミアとかは、文明の時代には、銅石器文化くらいになっていたわ
けだが、エジプトはずっとずっと石器時代のままだった。ヨーロッパよりも
ながい間石器時代が続いたんだよな。文字とピラミッドがあるから文明だが
石器時代人だったことはかわりない。金属器の時代になるのは、ヒュクソス
以降の新王朝時代だろ。

217 :出土地不明:2006/12/15(金) 03:05:27 ID:X297s+C7
青銅や鉄製の武器持った奴らにコテンパンにやられた経験がなかったからだろ。
加えてナイル川が肥沃なやわらかい土を毎年供給してくれるから、荒土をガシガシ
耕すような農業生産上の必要もなかった。

218 :出土地不明:2006/12/15(金) 20:37:17 ID:JSDIaYKp
初心者質問で悪いんだけど、どういうきっかけで人間は金属器の製造に気付いたんだろうか?
四大文明というのは、旧大陸に根付いた四つの文明圏で、先進的且つ代表的だったもののことでしょ?
その広大な地域における端緒となったとしたならば、
自然物→欠けた石→打製石器→磨製石器という流れならば理解できるものの、
石器→金属器?というのが理解できない。
焼いたり、溶かしたりという工程は石器には無いのだから、どういうきっかけで金属器の製法に気付いたかわからない。

史学や考古学ではどういう考えになってるのでしょうか?

219 :出土地不明:2006/12/15(金) 23:55:08 ID:9hfljKP9
まだ誰も説明し得ていないねえ

220 :出土地不明:2006/12/16(土) 01:52:49 ID:trBwu0GX
>>218
自然銅や隕鉄を打製石器の要領で加工していた例は世界中にあるようで。

221 :出土地不明:2006/12/16(土) 01:56:44 ID:jgBoqPEk
より効果的なフリント製作のために色んな石ころの破砕特性を調べまくってたときに
自然界に単体で存在する金銀銅鉄の固まりを発見して
これら金属に岩石にはない延性や可鍛性があることに気付いた連中が
冷間加工をしたのが始まりだろうとか言われてるけどな

222 :出土地不明:2006/12/16(土) 05:43:31 ID:5MePdvdv
>>218
金属器の製造、最初の銅の発見はおそらく偶然の産物だっただろう。
それは打製石器に自然銅や隕鉄を使用した時に延伸性の特徴を知る
機会はありますし、土器製作の際に木材を燃料に焼いた炉壁から金属
が遊離・溶解することを知る機会もあり、その証拠となる遺物も知ら
れているので、彼らの生活の場に銅鉱石の特徴・製法を経験的に知っ
たのは間違いありません。

ただ銅を彼らの生活の中で有益な道具に用いる為の「需要」と「生産」
がなければ直ぐには広まらなかったでしょう。
銅は延伸性加工のしやすさ等の特徴はありますが、加工しやすい反面、
硬度が乏しい面があり、当時あった打製・磨製石器との強度的選択の点
でそう需要の必然性があったとはいえません。後に砒素等を混ぜてより
強度の増した青銅という素材になってはじめて石器に替わっていったの
を見ても明白です。必要は発明の母なのです。
金属ですから錆びて腐食するという石器では考えられない弱みもありま
したし。

次の障害は、銅鉱石の安定供給の問題です。当時は銅の鉱石の供給は「
採集」からはじまったでしょう。しかし石器と異なり、銅鉱脈の発見・
採掘・精錬・加工となると、狩りの合間に一人でできるものではありま
せん。銅が優れた素材だったとしても容易に安定的な供給環境がなけれ
ば広まりません。最初の供給体制を確立したのはおそらくアナトリアの
タウラス山脈の南側から北シリアにかけての地域だったと思われます。
銅・石器時代 (Chalcolithic)の始まりは偶然と需要供給の必然の賜物
だったのでしょう。
紀元前6000年頃、西アジアのメソポタミア地域で緑色のくじゃく石
、青色の藍銅鉱が大量に発見されその後、エジプトでは前5000年頃
の墓から副葬品として銅製の武器や用具が出土されています。前380
0年頃、シナイ半島においてはスネフル王によって銅鉱石が採掘された
という記録や、当時のるつぼも発見されており、鉱石からの銅精錬技術
があったことを示しています。前2750年頃のエジプトのアプシル神
殿には、銅で作った給水管が使用されています。

223 :出土地不明:2006/12/16(土) 06:40:46 ID:jgBoqPEk
最初期の銅製品て8500BCのイラク、タルメッシとかじゃなかった?
アナトリアでも8000BCころから冷間加工はやってたみたいだけど
南西アジアではヤリムテペやジャルモで6000BCまでに製錬技術が確立してるから
銅はそれなりに利用されてたんでないの

224 :出土地不明:2006/12/16(土) 13:54:00 ID:7cO3ehvX
モノリスが4個あっただけだろ

225 :出土地不明:2006/12/16(土) 17:14:57 ID:9LTsdWO2
>>222,223
鍛造・鋳造の発見のきっかけとして、土器窯内での偶然の産物、というのは聞いたことがあります。
しかしそれでは、土器の無い地域での金属器文明の発達に疑問点が残ります。
小アジアでは土器の発見が少ない割に、鍛造による金属器の発見はかなりおおいように思います。

226 :出土地不明:2006/12/16(土) 17:41:41 ID:9LTsdWO2
そういえば日本には諏訪湖畔から出る、やたら肉厚で背の高い土器があるそうですが、
どこかの学者が、この土器を焼成する際に、土器中の低融点の金属が遊離し、底に溜まることに着目、
日本でも渡来人以前に金属利用があったのではないかと主張しているそうです。

227 :出土地不明:2006/12/16(土) 17:57:17 ID:K2EFul8X
バルカン半島のブルガリアのヴァルナ遺跡は世界最古の加工された金が
残っている。最初の金属器群の生産を確立したのは、ヨーロッパ・アジ
ア・アフリカの3大陸の要衝として文物・情報そしておそらくは戦乱が
早くから集中した中東なのだろう。
トルコやイラク・バルカンは素材革命を要求する「需要」があったとい
う訳だ。

最初の金属器は実生活的な製品より、まず宗教・美術的用途の面が強か
ったのかもしれない。石器時代人に金ぴかで朝日に輝く金銀銅の宝はそ
れだけで神々しさを心理的に与えたろう。

228 :メイラックス:2006/12/16(土) 20:16:45 ID:1QGtBTPv
おいは、エビデンスと聞くと
子供のころラジオから流れてた某広告のジングルを
つぶやいてしまうんだ

229 :出土地不明:2006/12/16(土) 21:14:57 ID:2i07/tmV
>>225
それこそ>>221の説明にあるような冷間加工から発展した鍛造技術では
説明つかんの?

230 :出土地不明:2006/12/16(土) 22:40:22 ID:XZxi6Swl
金属器っていっても、利器として利用されない場合も多いだろ。
たとえば、南米のインカ帝国なんぞは、石器文明だが、金属は「装飾品」として
は金の利用などが行われている。そのあたりを分けて考える必要があるな。

231 :出土地不明:2006/12/17(日) 09:45:14 ID:gbhj7XQV
人類史上最初に登場した金属は、金銀銅で岩石に含まれる自然金属の小塊や砂金を
冷間形成したものでそれは石器時代に遡る。やがて、岩石中の酸化金属を還元する
処方が普及し、青銅器はB.C.4千年期に出現する。
純度の高い金・銀・銅は非常に軟らかく、利器には不向きであった為、硬度を上げ
る為に色々な合金技術が生まれた。初期の青銅は砒素青銅であり、やがて錫と銅の
合金へと移行する。青銅は一般に錫と銅との合金として知られているが、初期の青
銅はこの合金ではなく、銅と砒素を含む鉱石を同時に焼いて得られたものであり、
これは希少な鉛を自然採集で得る事が非常に困難だった為であり、銀の普及と共に
方鉛鉱精錬の課程で副産物として鉛が安定的に得られるようになってから合金に変
わっていった。
その後、ヒッタイトに鉄器が出現する。青銅や鉄は、主に利器として使用され技術
発展し、機械部品にも使用されるようになったと考えられる。一方、金銀は権威の
象徴として集められ、地金がコインとして利用され、やがてコインが製造されるよ
うになり広く流通するようになる。これらの技術はお互い関連しあい発展したもの
と考えられ、当時の経済にも大きな影響を及ぼした。
リディアで最初に自然金からコインが作られるようになるまで、青銅、鉄、金塊な
どがそのまま通貨として使用されていた。金属器は長く地金だけでも通貨としての
価値を持っていたのである。これは古代の流通・経済にかなり大きなインパクトを
与えたはずであり、物々交換から貨幣経済に移行する中間期といえる。
またもう一つの金属器製造の過程で習得されたものとして化学毒の知識を人類は得
たことだろう。鉛や砒素等の劇物の使用はおそらく経験的に得られたものだろうが、
おそらくかなり大きな犠牲も強いたはずであり、それまで知られていた動植物のも
つ毒と異なる化学毒の知識もこの時、得られたのであろう。

232 :出土地不明:2006/12/17(日) 11:49:50 ID:7ThFpXPk
どっかの本をまんま書き移してるこのバカは何なの
主張が全く見えないんだけど

233 :メイラックス:2006/12/17(日) 17:10:33 ID:j0PrVS37
お前の方が馬鹿に見えるのも2chの価値


234 :出土地不明:2006/12/19(火) 18:13:17 ID:XZ4ubwAP
【社会】 脱税目的で京都の神社を乗っ取り! 神社本庁が刑事告発…宮司を強迫、韓国人を新役員に、社務所や鳥居を撤去
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1166513505/l50#tag309

日本の伝統文化をお金の為に平気で踏みにじる、朝鮮人を日本から追い出せ!

235 :出土地不明:2006/12/21(木) 15:30:04 ID:DmxvjgSM
結婚を迷っている若き独身男性諸君、結婚ほど馬鹿馬鹿しいものはない。
今の20代、30代の女は「どうやって男にたかるか」を必死に考えている。だまされるんじゃないぞ。
家事は極めて軽労働になった。
さらに、コンビニやインターネット、AVや風俗関係も、ますます「嫁いらず」に拍車をかける
昔は男にとって結婚も妻も「必要」だった。今は「人生の不良債権」にすぎない
社会的に男女は対等で平等です。男性が女を養う必要はありません
女は社会的優遇、過剰な法的保護、仕事と家庭の二束のわらじを得て、もはや女尊男卑〜結婚しようとするあなたを彼女は陰で小馬鹿にしている事でしょう〜

★☆★よほどの事が無い限り結婚は保留し、たくさんの女性と自由に恋愛(セックス)を楽しもう♪★☆★ 避妊(ピル等)は忘れずにねd(^−^
★☆★捨てた女は何も知らない真面目な馬鹿男が結婚(残飯処理)してくれるさwww★☆★

■〜それでも結婚するあなたへ〜■
[夫婦財産契約登記]
これはある意味では男性の『究極の護身法』と言えるかも知れません
夫婦の財産についての法律です。夫婦財産契約により契約財産制となり、自分の稼いだ財産はすべて自分のものとなります
離婚時に財産の半分を配偶者に持って行かれることはありません

狙撃は女子のほうが強い。男は、ノイローゼになってやめてしまうが
女は何人殺してもノイローゼにならない。そして、骨盤が安定しているため

ナチスの拷問で、女の拷問の残虐非道さを見て、拷問をしていた男達もひいたという
拷問しながら楽しそうに笑みをうかべていたそうだ。罪悪感や引け目が無い

・有史以前が女尊男卑の時代だったことを指摘したのは、スイスの学者バッハオーフィン
アマゾン女族の女王は、法律を定め、女には従軍させ、男たちには卑しい奴隷の仕事を課した。
男児が生まれたら、脚と腕を不自由にして、戦えなくした
・王位継承権が女性にだけあったという事実だけから考えて、古代エジプトでは女性権力が非常に大きかった。
男女平等どころか、かなり女性上位の社会であった
・日本国でも卑弥呼が女王。
・昆虫などにいたっては、オスカマキリはメスに食われてしまう。

女は虐げられてきた?父系社会など人類の歴史から見ればほんのわずかな期間に過ぎない。むしろ・・・

236 :出土地不明:2006/12/22(金) 22:48:47 ID:KeOEnQtF
後期旧石器時代の古い段階(グラウ゛ェット文化だと2万5千年前)とか、あるいは
最近のフロレス原人とかの石器とかもだけど、加熱による石器加工っていうのは、
かなりあっちこっちで存在するんだよな。石を焼いてなんかする、っていうことだ
から、そこから、加熱して金属が出てきて、みたいなことは結構あったかもしれない。


237 :出土地不明:2006/12/23(土) 12:25:14 ID:qa8TpEm9
銅製錬法には加熱・熔融による乾式製錬法と、水溶液として抽出する湿式製錬法
(主に酸化鉱が対象)とがある。古代より行なわれていた乾式製錬法だと、19世紀
まで遅れていた選鉱技術では黄銅鉱製錬は、最大でも鉱石中に含まれる十%程度
の銅を抽出するのがやっとだった。
石器加工の焙焼程度では、その石器を完全に融溶したとしても生産量として極少
量の銅粒片くらいしか得られないだろう。

また黄銅鉱を焼くと有毒の硫化ガスが四辺に飛散する上に、ややもすれば銅の
流失が生じやすく、融溶分離までに10〜15日の長時日を要する等々の欠点があ
る。まだ恒常的に使用していた土器窯の壁面から採取するほうが、数百倍利口
である。



238 :出土地不明:2006/12/29(金) 12:13:58 ID:fzKcJM55
すっごく疑問なので、詳しい人教えて!

約1万年程前にウルム氷期が終わった後、肥沃な地域に人が定住し、
その後農耕が始まり、メソポタミアのような高度な文明が生まれるまで
わずか5千年程度だったんだよね?そして現在のような科学文明に達するまで
1万年くらいしかかからなかった。

つまり、温暖な気候(間氷期)であれば、石器文化から高度な文明に育つのに
5千〜1万年あれば済むということ。

現世人類(ホモ・サピエンス)が生まれたのが20万年前だとすると、
その後に温暖な気候(間氷期)は13万年前から7万年前の間に6万年間も
あったのに、なぜ現代文明のような高度な文明が育たなかったのか?
不自然に思えてならない。

かといって、アトランティスや南極の文明なんかを信奉する気にもなれない。
よくあるオーパーツはほとんどが眉唾だし、もしそういった文明が存在した
ならもっと膨大な証拠が残っているはず。

こちらは素人だけど本当に知りたいです。詳しい人教えてください!

239 :出土地不明:2006/12/30(土) 00:12:02 ID:/C1g0AqU
>つまり、温暖な気候(間氷期)であれば、石器文化から高度な文明に育つのに
>5千〜1万年あれば済むということ。

その仮説では不十分だということだ。

240 :出土地不明:2006/12/30(土) 13:15:31 ID:YtI8ywAP
>>238
なんだアルビン・トフラーも提唱しているではないか。文明先端技術の
開発速度は経過時間の2乗に比例すると。
科学技術の発見・発明の相互波及・補完性は、地理や国境や体制の制約
から解放されれば、その速度が当然なのである。


241 :出土地不明:2006/12/31(日) 21:53:30 ID:P++3l7yl
アマゾンに第5の文明があったみたい

242 :出土地不明:2007/01/01(月) 18:54:13 ID:vZvaYIy8
でかいよね。グーグルアースでも見える巨大さ。しかしほんとに古いのか?

243 :出土地不明:2007/01/02(火) 21:48:44 ID:Is5+1m04
>>238
人類が解剖学的に現代人と同じになったのは、たしかに20万年前だという
ことになる。オモ人骨などはその時代のもので、脳の容積からしても、その
形状からしても、あきらかに、ホモ サピエンスだといってよいだろう。
ただし、それは、あくまでも、「解剖学的」であって、精神的文化的にみて
現代人的になったのは、5万年前前後だ。
5万年前ごろに人類の行動が基本的に現代人と同じようなものになったという
ことは、各種の考古学的な遺物からも人工物からも明らかだ。
で、その5万年前は、まだまだ氷河時代であって、そこから初めて氷河時代が
終った、というのが、1万5千年前の段階で、そこから農業や都市化や、さらに
いわゆる4大文明のようなものが始まるわけだ。
定住とか、農耕の始まり。そして農耕牧畜に伴う栽培植物や家畜化動物の進化
といったものに、早くて数百年、遅くて数千年はかかっているわけで、農業の
本格化は1万年前以降になる。現在もっとも古い文明とされるのは、メソポタミア
だが、それが概ね紀元前4000年ごろに遡るから、現代文明に達するまでに
は5千年から6千年かかっているわけだ。
氷河時代が終ってからの1万5千年の間には、やっぱり一回くらいしか、現代的
な文明の状況に至ることはなかっただろう、って話になるんだろうな。

244 :238:2007/01/07(日) 10:18:53 ID:or8NiuX1
>>243
どうもありがとうございます。
ネット等で”新人の誕生”と調べると、20万年前と書いているものと
3〜5万年前と書いてるものが両方あるんで、どっちが本当か疑問
だったんだけど、243氏のおかげでやっと分かりました。

う〜ん、しかし、解剖学的に現代人と同一であれば、文化的にも一気に
進歩しそうな気がするけどなあ・・。15万年もかかるもんなのかな。
まだ疑問はすっきりは解けないっす、すみません・・

245 :出土地不明:2007/01/08(月) 00:37:16 ID:Bg+Ptb7u
>>244
そのあたりの話はこのスレのスコープではなくて、人類600万年スレ
にいっての議論になろうかと想うけど、ちょっと簡単に書いておこうか。
ホモサピエンスは、「解剖学的現代人」と「行動学的現代人」にわかれる。
解剖学的現代人は、20万年前に現れるが、その行動は現代人とは違う
ネアンデルタール人や、ホモエレクトスなどと同じような行動だった。
とくに、50万年前にホモサピエンスとの共通祖先とわかれたとされる
ネアンデルタール人とは行動が非常に近い。作っている石器の種類も
ほとんど同じだ。
ただし、解剖学的現代人もときに行動として現代人的な行動を示すこと
が最近になってわかってきた。20万年とはいわないが、15万年前ごろ
でも、現代人的な行動、たとえば、装身具を身に着けるとか、あるいは、
なんか意味がありそうな記号を骨に刻むとかそういうことをしている。
ただし、それが「散発的」であって、そういう行動が「常に行われる」
ようになるのは、5万年前ごろになる。
たぶん、これは遺伝的な変化が20万年前ごろにあったが、その変化した
遺伝子をもつものがだんだんとひろがるのに10万年以上かかったという
ことなのかもしれない。
とくに面白いのは、解剖学的現代人は10万年前ごろからアフリカ以外の
ところにも住むようになるが、その出ていった人々はみな「行動学的に
現代人的」なんだな。6万年前にオーストラリアに達した人々もとっても
現代的だった。洞窟に絵を描いたりしている。もっとも、中近東やインド
などでは、あまり現代的ではないが。
アフリカでは15万年くらい前から現代人的行動が現れるが、定着したの
は2万年前だ。アフリカでは「現代人的でない」現代人が最後まで多数
残ったんだろう。有名なクロマニョン人というのは、ヨーロッパに、およ
そ4万年からもうちょっと前くらいに入り込んだホモサピエンスを指すが、
これは、5万年前ごろ中近東北部で現代人的な行動様式を身に着けた
人々だった。作る石器も洞窟壁画なども(これは3万年前以降がほとんど
だが)、現代人的であったことを物語る。一般にはオーリナシアン文化
をもった人々だった(その後のグラヴェッチアン文化やソリュートレ文化、
さらにマドレーヌ文化なども含めるけど)。
で、面白いのは、クロマニョン人と1万年以上にわたって同じヨーロッパ
にいたネアンデルタール人の一部も現代的な行動をすこしではあるが、
はじめたようだ。彼らもペンダントを作ったり、新しい石刃技法の石器を
作ったりしていた。


246 :出土地不明:2007/01/08(月) 09:04:25 ID:ih2NFTVd
それならエジプト文明だけがまず独走しそうにもみえるがね。

247 :出土地不明:2007/01/08(月) 11:56:45 ID:idbaM6uU
>>246
エジプト文明というのは、作ったものがでかいので、非常にすごいとおもわ
れるわけだが、文明の段階からすれば、新王朝時代になるまでは、基本的に
は新石器時代の文明であって、金属器時代に入るのは非常に遅い。
メソポタミアに近かったことと、ナイル川の氾濫との関係で農業が比較的
すんなりとはじめられたことと、文字が早い時期から使われるようになった
ことで、文明としては体裁が整った、ってことだろう。ピラミッドをふくめ
て、あれは、文明の一時期に必ず存在するような「巨石文明」のひとつだろ
う。日本でも弥生時代初期、中期に九州の支石墓があり、巨石文明的といわ
れるくらいだ。イギリスのストーンヘンジも大きいよな。
まあ、エジプトのピラミッドは並外れているが。

248 :出土地不明:2007/01/08(月) 12:05:30 ID:idbaM6uU
アフリカの人類史というのは、いわゆるLSA(後期石器時代)の始まりが、
2万年前ごろになる。世界の他の地域では、3万年前には、ほとんどのところ
で後期旧石器時代に入るので、かなり遅い。で、LSAに突入したのは、その
当時の骨の解剖学的特徴などから、現在のブッシュマンに近い系統の人々
であろう、といわれている。現在のブッシュマンなどコイサン系は、南
アフリカを中心に住んでいるが、当時は、中央アフリカ近くまで進出して
いた。彼らは、いわゆる「黒人」とされる人々とは系統がかなり違う。
あと、中近東からアフリカに「戻って来た」人々というのが中近東に近い、
エジプトやエチオピアのあたりにやってきた。さらに、サハラ砂漠にも
進出したんだろう。
いまだによくわからないのが、アフリカ人の中のもっとも代表的な黒人
がいったいどういう形でアフリカ西部からほとんどの地域にひろまったの
か、ということだ。彼らは現れたときから、農耕民であって、それが、
コイサン系の人々を南アフリカまでおしやった、ということになる。
おそらく、農業をはじめた西アフリカの黒人が、いっきにアフリカ全土に
ひろがり、狩猟採集民族のコイサン系を南におしやったことになるんだ
ろう。エジプトというのは、この黒人系と、中近東系と、さらにいろいろ
なのが、まざった地域だったと想う。
ようするに、アフリカの黒人というのは、アフリカの中ではもっとも新参
ものである、ということがいえるんではないかな。

249 :出土地不明:2007/01/12(金) 16:32:55 ID:fSNkDsIF
亜細亜方面の解説も頼む

250 :月光仮面:2007/01/12(金) 17:47:07 ID:RDsfrbMP
>>248-249
日本・チベット・中近東・コイサンをつなぐYAP遺伝子の動きとの関連で大いに興味
あり。是非アジア方面の解説をお願いしたし。

251 :出土地不明:2007/01/13(土) 02:03:48 ID:DVYt3aVT
徐々に賢い人間が出現し
それらがより賢い人間を作っていったに違いない!
大河の周辺はそれを行うのに最適な場所であった
知能のビックバンが四大文明発祥
犬を見ればわかるだろ?レトリバーはハスキーより賢い
人は賢さまでも人為的に作り出せる
より賢い人間がより賢い人間を作っていった結果文明がうまれ俺達がいる。

252 :出土地不明:2007/01/13(土) 03:10:06 ID:Wa0ZZznQ


9条は日本人の心の故郷です。変えさせませんU


故郷を変える人は居ないでしょう。



http://society4.2ch.net/test/read.cgi/diplomacy/1168581071/l50





253 :出土地不明:2007/01/13(土) 07:55:15 ID:4chRDi9e
チャンネル桜「人間の杜」
(著作権フリー)

「在日特権をなくせ」 4−1(H19.1.8)
ttp://www.youtube.com/watch?v=HlB96d--UDc
「在日特権をなくせ」 4−2(H19.1.8)
ttp://www.youtube.com/watch?v=X8DVfp5-wTM
「在日特権をなくせ」 4−3(H19.1.8)
ttp://www.youtube.com/watch?v=eA64LeTZL8M
「在日特権をなくせ」 4−4(H19.1.8)
ttp://www.youtube.com/watch?v=1AOoEhIgKl


254 :4 ◆oEEIcs72tU :2007/01/13(土) 10:41:48 ID:j8imX6+g
てす

255 :4 ◆d61PEjlHb. :2007/01/13(土) 10:42:42 ID:j8imX6+g


256 :出土地不明:2007/01/13(土) 11:25:53 ID:G8KdHEfw
拉致核実験将軍国、愛国無罪軍国独裁国は9条を頼りにしており、周辺領土
からと、内部侵入によってあなたの心の故郷を彼らの領土に変えつつある、
現状9条ユートピアの存亡が次第に難しくなっているのが実情。されど9条
を死守せよというのは彼らの戦略と同じみたい。

257 :出土地不明:2007/01/13(土) 11:50:59 ID:6/oxu5zu
>>246

漏れもエジプト文明の先駆けになる文明が北アフリカにあったのではないかと
思っている。もしその痕跡が発見されるとしたらそれはサハラの砂漠の下から
だろう。
人類最初の高度文明はここで長い揺籃期を過ごし牧畜・初期農業の生活スタイ
ルを確立したのではないだろうか。しかしそれは一度失敗に終わった。砂漠化
を人類が起こしたのだろう。
タッシリの壁画をみると、サハラは森林・平原が広がる「エデンの園」だった
ことがわかる。

258 :出土地不明:2007/01/13(土) 21:22:23 ID:hmWpT3BP
全ては日本文明が源


259 :出土地不明:2007/01/13(土) 22:59:15 ID:uTmOOO33
https://www3.nationalgeographic.com/genographic/atlas.html
ここ数万年ん人類の移動については、上のページに詳しい。
最新の結果が示されているし、わたしの知るかぎり、他の資料との矛盾も少ない。
YAP関連についても詳しく説明されている。
http://www.scs.uiuc.edu/~mcdonald/WorldHaplogroupsMaps.pdf
このページも最新の結果について、かなりよくまとまっている。
>>257
農耕の起源については、すくなくとも、麦類の栽培植物化は、中近東でおこった
らしい。っていうのも、このあたりに自生する野性麦と、栽培種の麦のDNAが一致
するからだ。もちろん、アフリカ固有の栽培植物であるソーガムなどは、当然、
アフリカ原産だ。
文明の発祥などについては、ダイアモンドの「銃、病原菌、鉄」に詳しい。
是非これを読んで、大まかな農耕発祥の理由と、その大陸ごとの違いについて、
知ってほしい。
農耕以前の話、あるいは農耕へとつながる話は、ミズンのAfter the ICE に詳しい
が残念ながら、日本語訳は出てない。この本はものすごいいろいろな話がかかれ
ているから、英語が読めるなら、是非読んでほしい。

260 :244:2007/01/15(月) 11:37:32 ID:YzXyzbhh
>>245
ありがとうございます。面白いですね!
やっとイメージが浮かんできた。きっと、15万年程前から「偶発的」に
生まれた「行動学的な現代人」達はアフリカを飛び出し、10万年の間に
そういう人たちが徐々に集まることで次第に相乗効果を発揮し文明を築いて
いったという事ですね!面白いな。

パイオニア精神こそが全ての人類文明発祥の源ということですね。
アメリカが建国後わずか200年で世界最強の国になり、残った人たち
の国イギリスがあっという間に衰退したことからもうなずける理屈です。

しかしこの理論は、外に出て行こうとしない人間は進歩できないということ
を教えてくれて、人生訓としても貴重な知恵になります。

261 :出土地不明:2007/01/15(月) 14:37:33 ID:NwfE+jHx
>>260
行動学的な現代人は、実にいろいろなパターンをとります。
中近東では、10万年前に解剖学的現代人が登場するけれど、彼らの作って
いる石器は、ネアンデルタール人のそれとほとんど同じ。ただ、ときどきで
はあるが、先進的な石刃技法の石器を、それも作り方としては古い方法で
作ってたりする。ところが、石器の素材となる石の流通や交易のようなもの
が行われていて、ネアンデルタール人などでは、せいぜい石の素材が数キロ
とか数十キロの範囲からもってきて石器を作っているのに対して、中近東
の十万年前の解剖学的現代人は、百キロ以上離れたところの良質な石材を
使って石器を作ることもあったりする。さらに、埋葬方法などが、同時期の
ネアンデルタール人よりははるかに現代的なものだったりする。
あと、10万年前ごろのアフリカの人々や、アラビア、インドなどにいた
8万年、あるいは6万年前ごろの人々も、海産物を食べるということをする
ようになっているんですね。漁労というのは、狩猟のひとつではあるけれど、
ネアンデルタール人をはじめとする、現代人以前の人類は絶対にやってい
ないわけです。もちろん、本格的な漁労は、釣針が発明される2、3万年
前になりますが、10万年前から、貝類などを食べるようになったらしい。
ネアンデルタール人の行動など見ると、15万年前ごろに固定化された、
ムステリアン文化が最後の最後まで続き、ほんのちょっとだけシャテルペロニアン
文化で現代人的行動をとるようなことが多いのですが、解剖学的現代人の行動
は、あきらかに、数万年単位でみると、進歩かどうか別にして「変化」が
あります。その変化が恒常的になるのは、アフリカ以外で5万年前、そして
アフリカでは2万年前ごろでしょう。アフリカ以外の5万年前というのも、
場所によってばらつきがあり、もっとも古いのはオーストラリア。そして、
中近東北部、東アジアですと、4万年か3万年前になりますか。
ただ、中近東北部の5万年前の原オーリナシアン文化というのは、それ以前
のネアンデルタール人の中近東型のムステリアン文化とかなり継続性がある
ので、もしかしたら、ヨーロッパのオーリナシアン文化のもとは、解剖学的
現代人とネアンデルタール人の双方による合作だったかもしれないです。

262 :出土地不明:2007/01/15(月) 14:46:20 ID:NwfE+jHx
>>260
>しかしこの理論は、外に出て行こうとしない人間は進歩できないということ
>を教えてくれて、人生訓としても貴重な知恵になります。
この考え方はそう単純じゃなさそうです。
外に出ていったという意味では、200万年前のホモエレクトスや、さらに、
50万年前のホモハイデルベルゲンシス(ネアンデルタール人の祖先)もいた
わけです。でも、彼らは、出ていって、出ていった先で「環境に適応して
進化はした」けれども、人間的な文化を生み出すことはなかったわけです。
現代人の祖先は、500万年以上前に登場した初期直立歩行人類だかなんだ
かの直系の子孫で、かつ最後の最後までずっとアフリカにいつづけたもの
の子孫であるわけです。
遺跡の数や人工物の数などから考えて、すべての人類(亡びたネアンデルタール
人や、ホモエレクトスもふくめて)の人口を考慮すると、アフリカの人口が
もっとも多い状態が、かなり最近まで続きます。
人口が多く、かつ、アフリカは、地域ごとの環境が異なり、いろいろな環境
がある上に、それらの異なる環境の地域が陸続きで連続しているわけですね。
ですから、ある地域で進化的、文化的に適応した人々がまた移動して、まざ
り、というようなことが繰り返された。つまり、離合集散ということがあった
し、絶対的な人口密度も高かったのが、進化を早めた要因ではないかと思う
わけです。ネアンデルタール人はヨーロッパから北部中央アジアという
比較的寒冷な地域に移動し、しかも人口密度も低かった。同じことは、
ホモエレクトスも、おもに東南アジアから東アジアへと移動し、しかも、
北京原人となった北方とジャワ原人の南方のものたちとの交流も少なかった
ようです。
冒険して、でていってでてった先でそのまま袋小路に入り込むと、進歩は
止まることになりますね。冒険して、出ていって、そしてその先で見たこと
を、また戻って来て、持ち帰る、ということができると進歩が早いという
ことではないかと思います。

263 :260:2007/01/18(木) 11:26:26 ID:L5f+mIN0
>>261
丁寧なご説明ありがとうございます。
おかげさまで解剖学的現代人の進化の流れのイメージが良くつかめました。

>>262
な、なるほど〜(汗)やっと分かったつもりが、そんなに簡単ではなかった
わけですね!そんな浅い学問ではないですよね、失礼いたしました。

お二人のお教えを総合して自分なりに解釈すると、
アフリカの大地で離合集散を繰り返した結果すでに高いレベルに進化
していた解剖学的現代人だったからこそ、その中でも特に冒険心(探究心)
の豊富な人たちが、出て行った先でさらに離合集散することで相乗効果を
発揮し、さらに急速に進化することが出来たのではないかと考えます。

逆に言えば、未熟なまま外に出て、しかも孤立した場合は、例え冒険心が
あっても進化は止まってしまうということですね。

進化の要素とは「個の成熟」「集団による相乗効果」「冒険心・探究心」
といったところかな?まるでコヴィー博士の”7つの習慣”のようだ・・
それにしても、古人類学がこれほど現代人の行き方を反映しているとは・・
新鮮な驚きだ!


264 :出土地不明:2007/01/21(日) 09:20:37 ID:fL46D+n7
>>263
お二人、って同じ人物だけど。IDいっしょでしょ。アクセスごとにIDかわるけど
さ。

人口密度っていうのは案外大事なんではないか、と思うんですよね。
10万年前ごろの、現代人がアフリカを出る前までの段階では、とにかくアフリカ
の人口密度がもっとも高かったと推定されているわけで。
現代はアジアの人口密度が高いわけですけど。

でも、ワールドカップサッカーをみていて、フランスチームとかみると、あそこ
は、事実上、ヨーロッパ系とアフリカ系の混合でしょ。しかも、最近では、どんどん
アフリカ系の人達が世界に進出している。実は、ここ500年くらいっていうのは、
アフリカ系の人々の世界進出がかなり建著で、奴隷貿易とかもあったけれど。
つまり、現代人の祖先がアフリカを出て、それぞれの地域で特殊化して、
それぞれ文化をもつようになったが、ここ500年くらいで、またアフリカから
世界へむけて人々が出ていく、「出アフリカ」が起こっているのかな、という
気もするんですがね。

265 :出土地不明:2007/01/21(日) 19:11:37 ID:HL3YnQHH
そして人類はネグロイドにより支配されるのだ。

266 :出土地不明:2007/01/21(日) 22:23:39 ID:SI7RAKrS
>>265
その可能性はあるかもしれないな、と思う。
現在のところ、人口が一番多いのは、インド、中国をふくめたアジアに
なるわけだが、その意味では、アジア人の拡散という現象が今後続くの
かもしれない。それに対抗するのが、アフリカ/ヨーロッパ連合みたいな
形だろう。ヨーロッパはかつてネアンデルタール人がほろんだように、
次第に、アフリカ化していくだろうな。あとアジア化もする。

267 :出土地不明:2007/01/21(日) 22:53:31 ID:8O9SSGgS
出アフリカして全人類の祖先になったのはニグロイドではなく、
オーストラロイドなんだがな。

ニグロイドもオーストラロイドから分岐した新人種でっせ。

268 :出土地不明:2007/01/21(日) 23:15:51 ID:K+xrq1Me
>>267
それはちょっと違うだろ。10万年前ごろのホモサピエンスをみると、
現代人としては、オーストラリアのアボリジニがもっとも近いかもしれない
というのはある。けれど、系統的にはそれはまったく間違いだ。
アフリカのニグロイドといわれる黒人が新しい系統なのは事実。せいぜい、
ここ1万年か1万5千年くらい前に西アフリカを中心に登場し、その後、
農業と遊牧技術によって、サハラ以南のアフリカを席巻したとされる。
それ以前のサハラ以南は、ブッシュマンと近い系統の人々が主流だった。


269 :出土地不明:2007/01/21(日) 23:45:40 ID:CnvmIqn8
選ばれた優秀なるアーリア人種だけが、この世界を統治するのだ。

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