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エクアドルの“縄文土器”について考察

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 12:46 ID:wReUObIc
ペルーの北に位置するエクアドルのバルディビア文化からは、高い完成度を持つ
紀元前200年以上前の土器が出土している。興味深いことにこの土器は、日本の
縄文土器、その中でも特に九州で出土している土器との類似性が強く、その起源を
縄文時代に求める研究者もいる。この土器を発見したエクアドル出身のエミリア・
エストラーダ氏は日本の縄文土器との類似性を直感し、米国ペンシルバニア大学の
考古学者・エヴァンズ夫妻へ鑑定を依頼した。1965年のスミソニアン博物館の
学術報告書「エクアドル沿岸部の早期形成時代〜バルディビアとマチャリラ期〜」
で世に出たが、縄文と南米をつなぐ大胆な発想は注目を集めたものの学会もこの説を
容易に受け入れようとはしなかった。これらの土器が、その水準に至るまでの発掘途上
の土器を伴わず、突如として技術的に高度ものが出現していることから、ほかの
地域から持ち込まれた疑いが否定できないからである。
ttp://www.wonder-okinawa.jp/024/japanese/kataru/hanne/peruu/

BC1万年以降は縄文時代です。縄文土器に似た土器が中国の北方から出土するので
縄文人も北方から来たようですが、氷河期が終りサハリンから歩いて来ることは
不可能なので丸木船で来たようです。エクアドルからも縄文土器が出土することは有名で、
その出土地域に住む人は他の南米原住民とはちょっと異質であるとも言われ、
魏志倭人伝に「女王国から南四千余里、朱儒国に至る。朱儒国から東南へ船で行くこと1年、
裸国・黒歯国に至る。使訳の伝えるところでは、ここで終極である。」とありますが、
朱儒国がフィリピン(沖縄の漁民は古来からフィリピンまで簡単に行き来していました)、
裸国・黒歯国がエクアドルであり、しかも船が難破して行ったきりになったのではなく、
使訳(通訳)が行き来して現地の様子もわかっていたのですからエクアドルと邪馬台国とは
往来があったことになるし、終極というのですからエクアドルも邪馬台国を盟主とする
倭国の領土です。
ttp://yokohama.cool.ne.jp/platonism/nihonsi.html

あなたはどう思う?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 12:49 ID:kUViL8pm
どうってことなす!

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 19:40 ID:zCfLnuPg
書き込む内容すらおもいうかばん

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 19:46 ID:rh3BmYPq
>BC1万年以降は縄文時代です。
>エクアドルと邪馬台国とは
往来があったことになるし、終極というのですからエクアドルも邪馬台国を盟主とする
倭国の領土です。
など突込みどころ満載なきもしますが・・・


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 20:11 ID:9PhZ0lFm
グスタフ・コッシナばりの超伝播論やね

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 20:16 ID:9PhZ0lFm
あと井戸尻考古館の加曾利Bぐらいの黒色磨研の由来を南米に求めてる
展示説明で書いてある
しゃーねぇなあ
あとあそこの古事記解釈的な命名もキてるw

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 22:41 ID:lgH4feAW
大昔の議論をなぜいまさら。。。

8 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/19 22:44 ID:d9Am78RY
「アメリカに渡った縄文人がいた」なら有り得たでしょうが、
頻繁に行き来していたわけじゃないでしょう…。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/19 23:11 ID:lgH4feAW
いづれにしても実証しがたい話です。
学術的なレベルで話をするには、しっかり調査しなけりゃ話にならないでしょう。
一言追記しておくと、ここでふれてないメガーズ女史を含め、エバンス、エストラーダ両氏はあくまで可能性を議論しただけです。
それをおもしろおかしくネタにしたのかマスコミのやからです。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 00:10 ID:FWkyjxDv
バヌアツのは確かに本物?

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/20 01:33 ID:3ecS5paR
いやあれは・・・
いろいろ問題が生じそうなので詳細は語れませんがあてにできないでしょう。
考古学は破壊や開発と表裏一体にありますよね。人工的・自然に改変された情報
をどう読み取るか。そこを検証せずやるとあの事件のようなことはまた起こるでしょう。
どうやって検証するんだって話もありますが(苦笑)

12 :出土地不明:03/10/21 23:52 ID:0mvJGYSO
>>11
日本から積んでいったバラストに混入していた土器だとか、研究所で別遺跡の出土品と取り違えがあったとかいう話を聞いた事がありますが...
まあ、表採だけでは根拠薄弱なのは確かですね。

13 :出土地不明:03/10/22 00:19 ID:rtqjmSXH
期待age

14 :とてた ◆0Ot7ihccMU :03/10/22 22:12 ID:tnuJFI4g
>>11-12
あらー、そうなんですか…。

ちょと残念。

15 :出土地不明:03/10/22 23:17 ID:JhjXvQvu
>>14
最近出た「南海文明グランドクルーズ」という本では、かなりのページを使って誤認説へ反論していたな。
でも篠遠先生、円筒下層は「前期」では?

16 :::03/10/23 13:49 ID:2BBgS++v
a

17 :::03/10/23 13:50 ID:2BBgS++v
http://www.kitombo.com/new/pottery.html

太平洋岸宮崎でバルディビア土器風の縄文土器を発見

18 :出土地不明:03/10/23 18:08 ID:QnIsHo9x
>>17
キタ━━━( ´∀`)゚∀゚)*゚ー゚)・ω・) ゚Д゚)´ー`)・∀・)´_ゝ`)`Д´)-_-)´Д`)━!!!!

19 :出土地不明:03/10/23 18:38 ID:iwwT00Jh
このはなしって捏造事件でゆうめいなS沢先生(被害者)も注目してたような・・・

20 :出土地不明:03/10/25 17:48 ID:RB3jW6Gd
>>17 マジ?

21 :出土地不明:03/10/26 04:25 ID:aozzFcyQ
「捏造と断じることは困難」 聖嶽洞窟調査で最終結論

 旧石器遺跡としての学問的価値に疑義が挟まれていた大分県本匠村
の聖嶽(ひじりだき)洞穴について、検証作業を行っていた日本考古
学協会の調査委員会は25日、遺物の出土状況などを「『捏造(ねつ
ぞう)』と断じることは困難」とする報告書をまとめ、公表した。一
方、同遺跡の人骨については後期旧石器人との評価は下せないと結論
づけた。同遺跡の学問的位置づけについて、学界としての評価がほぼ
定まったことになる。

 聖嶽洞穴は62年に発掘され、旧石器と人骨が一緒に出土した全国
唯一の例として教科書にも掲載された。しかし、99年の再調査で新
たに出土した人骨の年代などに関して疑念が指摘され、さらに週刊誌
で捏造疑惑が報道されて、最初の発掘の担当者が抗議の自殺をするな
ど、社会問題化していた。 (10/26 00:13)

http://www.asahi.com/culture/update/1025/010.html


22 :* :03/10/26 10:38 ID:oGInZe8U
>>17
なんか塞の神式とか轟式とか押型文も混じっているようですが、
話題の土器は最上段と2段目の左ですかね?

バルディビア土器と、その遺跡の年代は合うんでしょうか?

23 :::03/10/26 14:08 ID:hJ+05gWA
うろ覚えだが、バルディビア土器は5000年前くらいだとおもったが・・・
年代は合うというか、まぁ日本の方が古いのは確かなこと

24 :”俳苦?”:03/10/28 15:00 ID:+ll4Ikcv
エクワドルの土器の話ねー、縄文人が土器売りに出掛け遭難し、積んであった土器だけが丸木舟で到着したとは考えられないかなー。当時の鮫はジャンプして人を襲うことを知っていたかも。せっかくだから、鮫の頭に土器をかぶせたらどうかと♀殿が騒ぐ。


25 :出土地不明:03/11/16 17:36 ID:0lEN9b+U
ごめん、ごめん。
その土器は、うちの曾爺ちゃんが戦前中にエクアドルに旅行した時に捏造したものですよ。

26 :出土地不明:03/11/18 22:10 ID:bAgFRQO0
思わせぶりなレスがいくつかあったけど、結局学界では広く認められるところまでは行ってないと?

27 :出土地不明:03/11/18 22:24 ID:b98mtAQl
広くどころか全く相手にされていない。針の先程のわずかな人が騒いでいるだけ

28 :”俳苦?”:03/11/19 16:09 ID:r3TP1v9u
エクワドルの土器ってどうすれば(検索)みられるの?

29 :出土地不明:03/12/11 14:32 ID:IdC2LIug


30 :出土地不明:04/01/11 21:54 ID:jU3oRhsa
>28
http://www.kitombo.com/new/pottery.html

31 :“俳苦?”:04/01/16 21:45 ID:c6/RJYrE
30さんありがとう。
確かに幾何学紋様、類似点はあるようですがさて?
ともあれ、感謝いたしております。今後ともよろしく。

32 :表採品:04/01/16 23:16 ID:Fsy/xF4c
>>30の写真を見ましたが、、、
塞ノ神式に、平囲式に、山形押型文土器。
どれも南九州で普通に出土する土器ばっかりですね。
大体は国内で系統が追える土器で、わざわざ中南米の資料
なんて引っ張ってくる必要ないですし、
それ以前に、年代がちっとも合わないでしょうに。
誰が焚きつけたか知らないが、まともに相手してたら
沖縄の海底遺跡のようにとんだ赤っ恥かきそう。

あ、一ヶ所漢字間違えた。

33 :出土地不明:04/01/17 01:08 ID:Xm5R9m9d
そもそもさ、エヴァンズさんたちに送った縄文土器の
サンプル集めたのって強大で院生してた紗腹先生でしょ。
紗腹さんは、その目的も知らないで、とくに意味もなく
阿高貝塚とかの資料を集成して送ってあげたら
エヴァンズさんたちに、自分たちの考えに合うように
いいように使われたって、あとあと嘆いていたじゃん。
エヴァンズさんたちはそういう資料を使ってるんだよ。
32さんの言うように、どれも列島で系統が納まる土器
ばかり。
バルディヴィアって文様があるから注目されるけどさ
そんなら、まだラピュタ土器とかと比べてみる方が
頭いいんじゃないの。個人的に知りたいのは、バルディビア
土器に波状口縁があるかないかと言うことだね。
ちゃんとした研究やれば、バルディビアは面白い遺跡なんだから
へたくそな電波論を使って荒らさないでほしいよ。


34 :出土地不明:04/01/17 01:13 ID:kTENIcgG
http://fifaworldcup.yahoo.com/02/jp/t/t/pl/186020/
エクアドルのサッカー選手

インディヘナにしては東アジア人に近いような・・・・













と妄想してみる

35 :出土地不明:04/01/17 09:35 ID:zTUwM1z5
十年ほど前にエクアドルに行ったとき、国立博物館(キトー)の
展示に、堂々とエクアドルの原住民は日本の九州の漁民だって
なってたよ。 だから他の国の腐れインディオとは違うんだと。
(最近のことは知らないが、博物館へ行くような連中は結構
信じてるのでは? 大抵の庶民は気にもしてなかったけど。)

36 :出土地不明:04/01/18 22:41 ID:4rfzcJV+
中南米と関連のある土器って、>>33氏の言うように縄文中期の阿高式とか南福寺式とかだったはずだが、いつの間に
縄文早期に変わったんだろう。

37 :出土地不明:04/01/27 23:34 ID:8lvArbLs
スレ違いだが、
バヌアツの件は、未だに表採品だけで発掘による出土品じゃないんだよね、確か?
それなのに、検索すると肯定的なページばかりだし、
疑義を呈する研究者の声も聞かれないのは(数年前の新聞に載った件は例外として)
なんか釈然としないものを感じる。
オセアニア考古学の研究者達は、もしかしてS氏に遠慮してるのか?

38 :出土地不明:04/02/06 17:57 ID:z+XT0dRO
保守age

39 :出土地不明:04/03/04 00:52 ID:dUyYxQDU


40 :出土地不明:04/03/17 00:21 ID:Izygy7Mp
原物にあたれ
さもなくば語るな
けけけ

41 :出土地不明:04/03/17 20:03 ID:CpphYnFu
原物みなけりゃ何もいえないというのは学問しらずの戯言

42 :出土地不明:04/03/20 11:25 ID:zp5nWmxV
考古学の基本に帰れ
ボケボケ写真でなにがわかる

43 :出土地不明:04/03/21 14:02 ID:bs11ihMX
縄文人ヴァイキング説浮上

44 :出土地不明:04/03/26 17:20 ID:Pnz1HoTg
おもしろけりゃいいんだよ。

45 :出土地不明:04/04/03 06:23 ID:3+8IbWBR
やっぱ〜、日本人が太平洋戦争であんな狂った様になったのは、
何千年も前に、太平洋を叉に掛けた縄文人達の魂の再燃やな〜! 

46 :出土地不明:04/04/03 08:20 ID:3+8IbWBR
 このスレは段々懐疑論的な雰囲気になってきたので、ちょっと別の空気を
吹き込ませて下さい。
 ウェブサイト 
http://www.nig.ac.jp/museum/evolution/D/dna-04.html 
によると、フロリダで発見された7000年前のインディアンのミイラの DNA
を調べたところ、現代の北米インディアンよりは、むしろ、現代の日本人の
一部に見られる DNA のパターンに近いことが分かったそうです。 
 この事からしても、縄文人達が既に紀元前5000年頃に南北アメリカに到達
していたとしても、そんなにおかしくないと思うのですが。

47 :出土地不明:04/04/03 12:00 ID:GjuTgM+0
>>45
いや古代日本を征服したウリナラの血でしょ

48 :出土地不明:04/04/03 12:58 ID:RbFwSbGf
『古代大アジア海洋文明物語』(新風舎)という本がある。
書き方の下手糞さに目をつぶれば内容的におもしろい本だ。
この本によると、古代のアジア人が太平洋を横断しただけでなく
世界中を航海していたという。まさに縄文人ばいきんぐだ。
一読を勧める。

49 :出土地不明:04/04/03 13:41 ID:Ini5lXn4
ふと、木村鷹太郎の新史学を思い出した・・・・
もちろん、現物はしらん。ウェブで見ただけだが・・・・

50 :出土地不明:04/05/10 00:27 ID:w9sncRM4
age

51 :出土地不明:04/05/10 17:26 ID:aV2UyIUp
ペルーの天野博物館に行ったことがあるんですが、
見猿・言わ猿・聞か猿の焼物が展示されてありました。
三猿の話というのは、世界中にあるんでしょうか。
それとも日本からあちらに伝播、それともあちらから伝播してきたか。

52 :出土地不明:04/05/11 18:16 ID:3fRHmL2/
>>51 そう見えるのを並べて展示しただけだろ?
それとも、並んで出土したとか言ってた?

53 :出土地不明:04/05/12 08:27 ID:SK9dagzF
三猿の話やそれにまつわる民芸品というのは
ヨーロッパ諸国、インド、東南アジア、アフリカ、中東、
北米、南米など、もう全世界中にある。
発祥はどこなのかよくわからない。

54 :出土地不明:04/05/19 01:14 ID:+gWpUS0q
でもダジャレとして成立してるのは日本の三猿だけ。
これは日本発祥の可能性が高いのではないかな。

55 :出土地不明:04/06/04 13:16 ID:9b1Cxti+
まあポリネシアンがふつーに江南地方から飛び出して広がったというのは定説なんだけどな。
あとは、縄文人と彼らポリネシアンの関係なんだけど、これがよくわからない。イースター島行く
よりは日本の九州とかの方がすぐ近くだと思うけど。実験では季節によっては長江河口を出発
すればマターリ5日ほどで北九州に着くんだってね。難破率5%ぐらいで、航路としてももっとも
損耗率の少ない安全な海路だって。

56 :出土地不明:04/07/05 20:57 ID:KcEIG/LE
新情報希望

57 :出土地不明:04/08/06 12:10 ID:CLdHtQaK
エクアドルじゃないけど
こないだ観た、マルタ島にアトランティスがあったという番組で、
縄文時代の勾玉と同じものがそこから出土しているらしい。

58 :出土地不明:04/08/07 07:20 ID:vixQMfLa
日本の勾玉と関係があるとまでは言っていないが。

59 :出土地不明:04/08/08 02:11 ID:+E9xFYKV
>>57
古代において勾玉型とは世界的に普及的だったのだろうか
用途も同じだって言ってたね。

60 :出土地不明:04/08/22 12:55 ID:2FNk0HcE
>>55
ニューエイジ系の人で、記紀にある日本の丸木船「枯野」は「かぬう」と読むから
カヌーのことだとか言って、縄文人がラピタ人になってポリネシア人になったり
エクアドルまで行ったりしたと主張しているケースがあるね。
だから日本列島はポリネシア文化の故地だとか(´・ω・`)

荒俣宏とかそこらへんが絡むと面白さ優先で学問的誠実性が明後日の方向に
消し飛んでしまうから危ない。


61 : オリオン星人:04/08/23 15:40 ID:Hh9EOw/L
59>>
 現代の日本の勾玉の一部を紹介しよう。

これが現代の勾玉・・・・・・・・・勾玉_NCAC:回収・無償修理より抜粋。
        【http://www.kokusen.go.jp/recall/index.html
      

62 :出土地不明:04/11/22 22:47:07 ID:6iQse7zt
ほす

63 :出土地不明:04/11/22 23:30:39 ID:oA9LgQF8
>>55
上海くらいなら、2日でつくらしい。
戦後、引き上げで、その経路で帰ってきた人がいるとか。

まあ、サルも海を渡るって言うから(新世界サル)、人間も
わたれたんでしょう。

ちなみに、アメリカ原住民には、ミトコンドリアDNAのタイプXが
存在するが、これって、ヨーロッパとアメリカ原住民だけにある
タイプなので、2万年くらい前に、ヨーロッパからアメリカにわたった
旧石器時代人がいたらしい。ヨーロッパでは10%程度いるが、
アメリカには2%くらいいる(もちろん、原住民の系統)。

64 :出土地不明:04/11/23 12:32:20 ID:J+xNcwYD
ヨーロッパでも、飢餓とか不義密通で生まれた子供とかを捨て、それをジプシーが
拾って育てたりはよくあるじゃん。
アメリカに渡った移民や、母を訪ねて三千里みたいな女の出稼ぎみたいなのが、
子供を捨てる、もしくは、野中の一軒屋とか移動中に大人だけ死んだりして、子供だけ
取り残されたりすると、地元のインディアンの中でインディアンの仲間として育って
溶け込んでしまうというようなことも起こりえる。

或いは、敵方の戦災遺児を引き取って育てるみたいなことは、インディアンもよく
やってたというし、また、略奪婚形式の部族なら白人の女もカッ掠らう。
ヨーロッパからの移住や出稼ぎ500年間くらい絶えることなかったから、原住民に
かなりの白人の血が蓄積されていてもおかしくない。

逆に、スペインやポルトガルが支配的だった頃は、奴隷をヨーロッパに盛んに
連れてきている。コロンブスの最初の土産もにも、インディアンの奴隷数十人が
含まれていた。
淫売目的で連れてきた奴隷なら、数世代でヨーロッパ人と変わらない風貌で、
且つ、インディアンのミトコンドリアを持つ人間が出てくる。
或いは、ヨーロッパ人の父、インディアンの母の混血がアメリカ大陸の白人の
居住地で白人として暮らし、子孫を増やし、それが今度はヨーロッパに渡って
世代を重ねるうちにインディアンの血を引くことを忘れてしまうなんてこともある。
そうすりゃ、ヨーロッパにもアメリカ原住民のミトコンドリア型が蓄積されて
いくわな。

それが積もり積もって500年、世代数なら17〜25世代だから、もともとが別系統で
コロンブス以前に接触が無かったとしても、数字としてはあり得る。



65 :出土地不明:04/11/23 22:16:49 ID:Fwqdn208
九州に住んでる縄文人は沖縄の先住民的風貌だろうから
あまりインディアンと変わりないかもしれん、見た目では。


66 :出土地不明:04/11/24 23:43:18 ID:DtQ8p52B
>>64
そういうのはいろいろあるけれど、ハプロタイプXはそうではない。
ヨーロッパ原産であること(黒海沿岸らしい)がわかっているが、
ヨーロッパ以外には、アメリカにあるだけ。もし、近代のヨーロッパ
のものが入ったなら、ヨーロッパで主流のハプロタイプHとかUとか
が入っているはずで、そういう部分はきちんと取り除いたあとでの話。

ちなみに、ミトコンドリアDNAをみると、イギリスのなにげない本屋
さんの主人(どうみても普通の白人のイギリス人のおっさん)が、
ミトコンドリアDNAだけは、黒人系なんてことも発見されている。

67 :出土地不明:04/11/24 23:48:14 ID:DN0YIvfd
そういえば、縄文文化は南太平洋のから広まったという説もあったと思うが。
数年前、NHKスペシャルで放送されたはず。あれは今どうなってるんだろうか。

68 :出土地不明:04/11/24 23:57:24 ID:DtQ8p52B
>>67
縄文人骨からのミトコンドリアDNAは東南アジア系だからね。
現在ではあまり見かけないタイプだろう。

69 :出土地不明:04/11/25 04:33:55 ID:yorWhCJ+
ブリテン島の原住民はハム系の
北アフリカ人だから、イギリス人に
黒人が混じってても何らおかしくない。
そういえば社会の先生に5万年前の
イギリス原住民が混じってるというのもあった。
5万年内だとホモサピエンスは全てつながるらしいから
なんだかよくわからん

70 :出土地不明:04/11/29 14:20:58 ID:IsvujvYP
日本となんかつながりがあれば金をせしめとれると考えての捏造だろう。
でも、日系人の大統領を出すような隣国の愚行をやるようなことはしない、と。

71 :出土地不明:04/12/16 13:13:18 ID:as8qgUow
>>69
スコッチのショーン・コネリーが浅黒いのや
ウェールズに巻き毛が多いのはその名残だとか言われるのはひょっとしてそれだろうか?


72 :出土地不明:04/12/16 16:26:40 ID:EomG5exf
>>66
500年以上も交流があるんだから、そこを無視してはいけない。

73 :出土地不明:04/12/17 01:31:18 ID:NwI8MMlh
>>72
だから、その場合、なぜヨーロッパの主流であるHとかUとかが
でてこなくて、Xだけがやたらとでてくるのか、ってことだ。
Xが多いのは、ヨーロッパでも東部。西にいくほど薄くなる。
アメリカ原住民のXは、アメリカ大陸内の原住民にあまねく
広がっている。で、どちらかというと、大西洋側になるようだ。

ただ、とにかく、人類の移住っていうのは、過去に考えられて
いたよりはずっと広がりがあったようだ。ローマ人が南米に
いっていたという話もあるわけだし。
アイスランドに9世紀に移住できたヴィーキングはとうぜん、
アメリカにもいけたはずだ。

74 :出土地不明:04/12/17 02:43:30 ID:ncgBuTvP
>>73
アメリカにバイキングがわたったのはもはや歴史の事実だけど?
ところでローマ人やフェニキア人がアメリカに渡った可能性は
極めて高いとは漏れも思っているけど、証拠みたいのあるの?

75 :出土地不明:04/12/17 02:58:28 ID:h+eFJQgS
某「清水文化」の本には、それをネタにしたストーリー
があるのだが、あの作家の本は、最近話題の「爆弾低気圧」
みたいに、かなり正しいときと、そうでない話がまざって
いるので、よくわからない。まあ、あとがきにあったりする
けれど、、。
噂では、ブラジルかどっかで、ローマ金貨をつんだ船が
引き上げられたとかいうのがあるんだが、、。
大西洋はおいといても、アフリカ西海岸まではいっているの
だっけ?あっちは陸路だけ?

あと、話として知りたいのは、氷河時代のジブラルタル海峡
はどうだったのかね。

76 :出土地不明:04/12/17 06:09:41 ID:ncgBuTvP
アフリカはフェニキア人が一周してるから
ローマ人がアフリカのどこに行ってもおかしくない。

77 :出土地不明:05/01/17 18:00:33 ID:ymPT0/JU
アギナガage

78 :出土地不明:05/01/18 01:18:56 ID:07xn8D+H
   船が遭難してたどり着くことぐらいは頻繁ではないにせよよくあったことだと思う。 
実際に最初のアメリカ住民はアリューシャンのあたりから島を転々としながらアメリカにたどり着いたと言う説もある。
オーストラリアなどもっと前に船もしくは筏で渡ってるし。 
ヨーロッパではスペインやポルトガルなどにはアフリカからジブラルタル海峡を渡って人が住み着いたらしい。 
ネアンデルタールはかなり高度な船の技術を持っていたのでは?
ローマ時代の船など遭難したら簡単に大西洋を越えることが出来たと思う。
たしかロバート・マルクスかだれかだったかローマのアンフォラをブラジルで引き上げたとか? トレジャーハンターが発見したらしいから良くわからない。
普通の水中考古学者が発見してればきちんと情報が入ってくるのだけど。  
キプロス島沖で発掘されたキレニア号など紀元前3世紀の船だけど当時の技術で復元したレプリカは世界中まわったぞ。

   アメリカ大陸にはいろんな人が漂着したんだと思うけど現地人のDNAや社会を変えるほど影響力を持つほど頻繁ではなかったでしょうね。 
50年に一隻ぐらいかな? 調べようがないけど。
   
   縄文土器の特徴いわゆる Cord Impressed,とかCord Marked Potteryは一般的な土器の模様方法でアメリカ中部などなど
世界中いろいろなところで使われてました。 一般的な模様のつけ方でだれでも思いつくもの。 土器にぎざぎざ模様やマルなどの模様がどこにでもあるのと一緒。 
   


79 :出土地不明:05/01/18 01:35:08 ID:nv4jR6U4
73,75 です。
アメリカ原住民の中のmtDNAハプログループXは、東ヨーロッパ起源で、
起源は、2万5千年前ごろの黒海沿岸ということがわかってきて、
そこから西進して、どうも、クラヴェット文化という後期旧石器文化
の西進とほぼ一致するようだ。で、2万年前ごろには、ヨーロッパの
西のほうまで来ているわけだが、その後、アメリカで1万5千年前か
もうちょっと後ぐらいに、クロービス文化という後期旧石器文化が
起こるが、これが、石器の形状そのほかから、クラヴェット文化と
酷似するらしい。とすると、これがどうも、ハプログループXが、
アメリカ大陸に渡ったとする話を考古学的に裏付けそうだ。で、多少
年代が狂うのだが、そこはよくわからない。で、その場合、想定され
ているのは、大西洋を「歩いて渡った」ということだった。どうも、
氷河、氷床、氷山などで歩ける状態だったらしいのだ、そのころ。

80 :出土地不明:05/01/19 00:01:14 ID:0CepQQFw
>>78
ネアンデルタール人は船にも乗らないし、魚をとったりもしないし。

縄文文化とアメリカとの関係っていうと、やっぱりmtDNAで、縄文人
とアメリカのインディオが一番近い関係ってのがあると思う。
ただし、ハプログループレベルでは、一致するものの、配列の完全
一致はないので、その差は1万年とかになる。でちょうど、縄文人
が土器を作り始めたのも、1万年以上前で、まだ証拠はないけれど、
北アジア一帯の、土器文化と縄文土器との類似性も指摘されている
ので、アメリカにいった人たちの一部が同じような土器文化をもって
いった可能性も十分ある。アメリカに人が渡った時期は、まだ確定
してなくて、数万年前っていうオーストラリアなみの古さを主張
する人もいることだし、今後どうなるかわからない。ちなみに、
私は、79にも書いたけど、ハプログループXは、ヨーロッパ系だから、
ヨーロッパのクロマニョン人もそのままアメリカに行ったらしいわけ
だしね。さらに、いわゆる寒冷地適応していないアジア系ってことは
縄文人と同じ人たちもいったし、その後、寒冷地適応している
アジア系、イヌイットなどもアメリカにいった。アメリカもいろいろな
人がいるようだ。

81 :出土地不明:05/01/19 01:16:58 ID:12OIShJw
 ネアンデルタールが船を使わなかったとなぜわかる? 
(ネアンデルタールじゃないけど)紅海の両方で似たような石器が発見されてるらしい、イエメンとエチオピアで。 
ヨルダンやシナイ半島は経由していない。 またオーストラリアにどうやって人がわたったんだ? 


82 :出土地不明:05/01/19 01:45:30 ID:go7evsMc
オーストラリアには、もちろん、船だよ。5万年前以前だろう。
ホモ・サピエンスで、後期旧石器文化をもっていた。だから、
それくらいのことはやる。そもそも、エチオピアあたりから、
イエメンとかのアラビア半島に渡り、そこから、インドを経由
して、オーストラリアに至ったのが、現在のオーストラロイド
(アボリジニ)の祖先だ。その経路には、ハプロタイプのMとか
Nが濃厚に残っている。

ネアンデルタール人については、ごく一部が後期旧石器文化に
移行したが(ネアンデルタール人のスレ参照)、ほかは、そこ
まで至らず、没。漁労、船などは、どれも後期旧石器文化以降だ。
ネアンデルタール人のシャテルペロン文化(後期旧石器文化)は
内陸の山沿いに近いところ。クロマニョン人のオーリニャック文化
の影響で、そもそも他のネアンデルタール人とは違う文化をもった
もの(シャテルペロン文化は7万年以上前からの伝統があるもの)
たちが、後期旧石器文化に移行したものと思われる(およそ3万5千
年前)。

83 :出土地不明:05/01/19 01:48:34 ID:7nm2e6+T
オーストラリアは人が住み始めた四万年前まではインドネシアと陸続きだし
海峡が形成された後再入植が行われるのはそれから3万数千年後のことですよ

84 :出土地不明:05/01/19 01:55:05 ID:go7evsMc
>>83
オーストラリアは、いかに氷河時代の海面が低いときであっても、
インドシナ半島をふくめて、最低でも、100キロ程度の航海を
しなければ到達できないことは確認されている。
まあ、途中に「地震で沈んだ大陸があった」とかいうなら別だが。

85 :出土地不明:05/01/19 06:58:24 ID:a3DWUtPQ
結局九州系の縄文人が最も繁栄して広範囲に
広がったということでしょう。

86 :出土地不明:05/01/20 15:44:02 ID:+U0VppyI
ここまで範囲が広くなると「九州系縄文人」というのもおかしいな。
縄文人の特徴のひとつの蕎麦を食べるというのはポーランドの一部でもあるらしいし日本語とポーランドの言葉には若干の単語の類似性があるらしいし
ひょっとしたらそっちにも縄文人がいっていたかもしれない。
縄文土器はロシアからも似たようなものが出土している。
DNAで調べると東南アジアやアメリカのつながりが深い。
当時世界の中心だったアフリカ以外のあらゆるところに縄文人がいっていたのかも。

87 :出土地不明:05/01/21 07:46:54 ID:ppjDoVhZ
なんだそりゃ。別に縄文人が行かなくたって同系統の集団が行ってりゃ
そういう結果になるだろうが。汎縄文主義アタマ悪すぎ。

88 :出土地不明:05/01/21 12:22:23 ID:m2ujVGiN
縄文人の特徴として漆もあると思うが
これは日本にしかないのだろうか?
タトゥーは?

89 :出土地不明:05/01/21 13:08:40 ID:ppjDoVhZ
国内最古の漆器は田鶴浜から出た縄文前期の櫛。
同時期のものに中国のカボト遺跡から出た椀がある。
別に漆器が縄文人独自のものではない。

90 :出土地不明:05/01/21 19:34:01 ID:fmabm3Zl
エクアドルと日本の中間あたりに
縄文文化が発生して12000年頃の
氷期終了による海面上昇で太平洋沿岸
各地に散らばったという説はどうでしょうか(・ω・)ノ

91 :出土地不明:05/01/21 20:43:25 ID:ppjDoVhZ
ムー大陸ってやつか?
それならなんで日本にだけ縄文が色濃く残ったのか説明できないな。


92 :出土地不明:05/01/22 00:44:37 ID:uAwE6r/g
5万年ぐらい前までは現代人につながる新人類はアフリカにしか住めず、
氷河期の寒いユーラシアにはネアンデルタールなどがいた。
そこをおそらく3〜2万年ぐらい前に道具などで武装してまだ氷河期の寒いユーラシアに最初に移住に成功したのが
縄文人グループだったのではないだろうか?
それまで適応してきたアフリカを出て肌に合わない寒い地域に出るのだから恐らくつまはじきにされるように仕方なくアフリカを出た部族なんだろう。
それ以前にもアフリカを出たクロマニョンの集団は多くあっただろうが寒い新天地でその環境に適応して繁栄できたのは縄文人グループが最初だったのではないか?
道具の改良と体の適応で住めてしまえば獲物は多く競争相手の少ないユーラシアで繁栄し
遺伝子的に見れば人類は南部アフリカ型と西部アフリカ型と東部アフリカ型の3つに別れるらしいが
アフリカ以外の地で最初に独自の発展を遂げた新人類文化があり
それが縄文人たちのルーツだった。
氷河期が終わり東部アフリカ型の一部がユーラシアに出てくるとちりじりにあちこちに広がるが
それらの人たちの地を最も濃く継いでいるのがイヌイットと日本人特に東日本の人だろう。

93 :出土地不明:05/01/22 08:57:01 ID:bM/3fITz
あんなにしょぼい九州の縄文前・中期が、海外まで進出するわけねーよ。
中部や東北なら理解できないこともないが。

94 :出土地不明:05/01/22 09:36:59 ID:10Rwv/rh
しかし、九州の縄文人が奄美・沖縄に広がったことは確かだし、
他に扶余もその後裔だとさえ言われているかからな。
最近になって九州から大規模な縄文遺跡も発見されているから
縄文系でもっとも繁栄したのは九州系だと思う。
とは言っても九州の縄文人は東北とはかなり異なる人種だけど。

95 :出土地不明:05/01/22 09:41:07 ID:LtsQ/FPh
>>92
縄文人と呼べるのは縄文式土器を作ったやつらだけ。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/22 12:01:36 ID:KrtCj+2J


単純過ぎる。

後期旧石器時代人と縄文人の境目は何だ?
旧石器から縄文式土器まで地域や出土状況が供出・連続なのはどうする?

97 :出土地不明:05/01/22 13:10:13 ID:LtsQ/FPh
連続性ばかり強調していたら全世界の旧石器人は全部縄文人になってしまわないか?
そのへんのレトリックを使って何でも縄文に結びつけて語ろうとする
トンデモが多すぎるw

98 :出土地不明:05/01/22 13:44:24 ID:ZauFlnun
>>94
>九州の縄文人が奄美・沖縄に広がった
「広がった」というのはどの意味で?
交易の結果、南島まで土器が拡散したのか、
通婚が行われ、南東で九州の土器が制作されたのか。
それとも、集団ごと移り住んだのか。
多分最後のことを言ってるんだろうが、遺物・遺構共に根拠に乏しいぞ。

>縄文人でもっとも繁栄したのは九州系
縄文人が継続して九州に住んだという根拠はないでしょ?
九州に限らず、縄文時代の集落数は時期毎にかなり違いがある。
当時、列島内でも移動が激しかった結果というのが自然だから、
どこが最も繁栄したなんて、一概に言えないんじゃないの?

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/22 15:32:39 ID:KrtCj+2J
後期旧石器は同時代にシベリアから列島から同じ物が分布するんだから
どうしようもないだろうが。

連続だけでなく同時代性があるんだから。

100 :出土地不明:05/01/22 15:33:14 ID:LtsQ/FPh
何が言いたいんだかわからん。日本語磨け。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/22 16:24:31 ID:KrtCj+2J

馬鹿ではないか
日本語勉強しろ。

供出に対応するのが同時代性だろが。




102 :出土地不明:05/01/22 17:15:27 ID:LtsQ/FPh

馬鹿ではないか
日本語勉強しろ。

まともな学術的議論を無視してエクアドルに縄文人が!とか
騒ぐ厨をどう始末するかという話をするスレなのではないか?

103 :出土地不明:05/01/22 20:49:27 ID:6KDkRRpR
縄文文化が伝搬した可能性は高いと思うが

104 :出土地不明:05/01/22 21:33:24 ID:nDwv0LTB
国際縄文学会の匂いが・・・

105 :出土地不明:05/01/22 21:36:02 ID:he6c9vTW
>>103
見つけた奴だって「縄文人が乗った船がうっかり流されて縄文人の
腐乱死体と縄文土器が流れ着いたんじゃないの?」って論調だったのでは

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/22 21:44:46 ID:KrtCj+2J
可能性ではなくDNAのYAP+で明確だろうが。

ベーリング地峡を渡ってモンゴロイドがいったんだから
別に何の不思議でもない。

ボリビアまでYAP+は
行っているでは無いか?


107 :出土地不明:05/01/22 22:57:46 ID:he6c9vTW
縄文式土器を作るDNAがあるんならなw
バッカじゃねーの?

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/22 22:59:47 ID:KrtCj+2J

今時DNA知らないとは
ばっかじゃねえのー。

109 :出土地不明:05/01/22 23:03:01 ID:he6c9vTW
ふ〜ん・・・・

110 :出土地不明:05/01/23 14:01:58 ID:CcT5WbLM
>>98
単純に沖縄・奄美人はDNAの鑑定から
九州系の古代人であるという証拠がでている。
それに九州と奄美・沖縄が文化・風俗・言葉の
関連が深いことが証明されている。

111 :出土地不明:05/01/26 18:20:39 ID:v2QmaY00
縄文の定義がわからん。
現代の国境線などあてはめられるはずはないし
地域なのか時代なのか遺伝的なものなのか
それとも縄文模様の土器を使えば縄文文化なのか?
遺伝的なつながりを重視してもかなり広範囲に広がるしな

112 :出土地不明:05/01/26 21:04:11 ID:5cqsZ5eK
任意の時点で日本国が統治している領域内の新石器文化、とかw

113 :出土地不明:05/01/26 21:51:57 ID:v2QmaY00
日本史の中で後に西日本を中心に広まる弥生文化や弥生人に対して弥生人が入ってくる前から日本にいた人を縄文人、その文化を縄文文化といっているうちはなんの問題もなく縄文を定義できたが
古代に現代の国境線を持ち込んでも意味がない。
弥生から飛鳥ぐらいの時代は西日本は朝鮮半島と同じ文化圏で東日本は交流はあるけど違う文化圏だし
石垣島にいたなら縄文ですぐそばの台湾だったら違うというのもおかしい


114 :出土地不明:05/01/26 22:49:42 ID:5cqsZ5eK
古代史を国史にしようとするから混乱するんだよな。


115 :出土地不明:05/01/26 23:28:35 ID:lmfUFgnc
縄文人としての生活として、一般的に言われる記述で語れる範囲は
せいぜい種子島・屋久島までじゃないかな。
あすこの遺物・遺構は、汎列島的な概念が通用するよ。
奄美大島までいくと、遺物も植生も違うから、
「縄文人」的生活はできなかったんじゃないか?

たしかに、南西諸島に縄文人が拡散したのかも知れないが、
生活環境上、既に「縄文人」とは言えない、ような希ガス。

116 :出土地不明:05/01/26 23:32:27 ID:hnKvpZpY
アメリカ古代文明の基礎を作ったのは縄文人。
日本文明の基礎を作ったのも縄文人。弥生なんてただのトッピング。
反論する奴は非国民。

117 :出土地不明:05/01/26 23:36:50 ID:W7mo1x8b
>>115
なんだかんだいって、沖縄の人たちってば、比較的最近に、
琉球諸島全般に広がったんではないかと思うよ。
先史時代のことについては推測しかできないけれど、一般に
狩猟採集的な社会においては、言語は、ものすごく大量に
存在していて、隣の集落ももうまるっきし違う言語とかいう
状態になっているわけ。でもって、相互の交流には、
互いにあいての言葉をそこそこしゃべることでなんとか交流
するっていうのがある。
他の板でも書いたけれど、言語の大語族が生まれた背景には、
農耕と、人口爆発と、その結果の同じ文化をもった人々の
拡散という現象が絡んでいるというのが最近主張されている
説で、そうだとすると、日本において、たとえば、西日本
縄文語、みたいなのが固定的になったのは、気分でいっちゃう
けど、たぶん、紀元前500年とかそういう時期じゃないかな。
部分的には弥生人もいて、みたいな時代。まあ、もうすこし
古くてもいいけど、じゃあ、前1000年ぐらい。
琉球の人たちは、そのもっとも南のヨナクニ島の人たちにして
も、完璧に、日本語系の言語なわけで、これってば、日本の
すくなくとも西日本に共通の言語が誕生した後に、九州から
南方に移住していったと見るべきだよね。その際、たぶん、
原住民だった、オーストロネシアンの人たちもいたはずなんだ。
混血もしただろうけれど、かなり駆逐したんじゃないかな。
言語年代学的なものは、沖縄の言葉には通用しないと思うけど
#理由は、沖縄の言葉が絶えず日本語の影響下にあったことが
#確実だからだけど、
でも、類似性からみて、せいぜい2000年だよね。つまり、
西日本のかなりの部分が弥生時代に入った段階で、十分に
稲作農耕なども始まった段階で、琉球諸島への南下があったと
みるべきだろう。

118 :出土地不明:05/01/27 00:15:30 ID:eChM697b
原住民はオーストロネシアンもポリネシアンも湊川原人系も
いただろう。だかそれは琉球・南西諸島に限ったことではないと思うよ。

琉球・南西諸島の言語は明らかに九州の方言や地名
食文化に共通点が多い。これは中世以降の琉球支配からの新しいものでは
なく、もっと古い時期の交流の歴史の遺産だと思うね。

119 :出土地不明:05/01/27 00:26:13 ID:eChM697b
つまりだね。
九州の縄文人は世界一早い黒潮を逆流して
南西諸島・沖縄と渡ったわけで、それほどの
航海術と突き動かす動機があったと思うわけよ。
半島や大陸には余裕で渡ったというのが定説だし、
アリューシャン付近はまでは楽勝だろう、
一部が難破し偶然に南米に渡ったってこともありうるかもよ。


120 :出土地不明:05/01/27 00:28:02 ID:eChM697b
コリオリ力からいうと南米にいくのが一番困難ではあるけどな。

121 :出土地不明:05/01/27 02:21:32 ID:SrnkxewL
>>118-120
だから、もちろん、歴史時代以前に縄文系の人々が、
九州から、黒潮を逆流して琉球諸島にむかったというのは
よいのだが、その時期は、けっして、後期縄文時代とか、
そういううん千年も前の話ではなくて、西日本では、そろ
そろ弥生時代が本格的に始まったころ、だろうってこと。
紀元前500年以降だろうなぁ、と思う。そうじゃないと、
西日本全体に通用する「縄文語=古代日本祖語」ができて
いないと思うからね。
で、縄文人とアメリカ大陸の人々との間には、明確に、数千年
の開きがあるから、縄文時代に渡ったとしても、それは、逆に
1万年くらいのオーダーを考えて、草創期縄文時代くらいになる。
これは、mtDNAで、どうしても、塩基が一つくらい違うんだよね。
全く同じハプロタイプは見つかっていない。ただし、ハプログループ
は共通。しかも、その組成として、A,B,C,D なんかが共通だから、
そもそも大陸で混ざったあと、比較的似た構成で日本列島と、
アメリカ大陸とに渡ったことになる。
ちなみに、シベリアってほどじゃないけれど、北アジア一帯には、
縄文土器とにた土器文化があったことはたしか。これがヨーロッパ
近辺にちかいカフカスあたりまで連なる。古さは縄文土器が一番
古いようだが、たぶん、北方ユーラシアの街道のようなものが
あったのだろう。

122 :出土地不明:05/01/27 06:47:29 ID:1OiPdG6t
丸木舟しか持ってないのに南米までどうやって行くの?

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/27 08:15:54 ID:zYH6OwYC
ベーリング地峡を歩いて行くんだよ。

124 :出土地不明:05/01/27 09:13:44 ID:1OiPdG6t
そりゃまたご苦労な

125 :出土地不明:05/01/27 18:11:51 ID:YjcPAk5F
狩猟採集社会の集団はせいぜい五十人ぐらいまでのそれ自体一つの家族のような集団だと思うが
そうなると同じ集団に属する男女が性交するわけにはいかないだろう。
子供をつくるために他の集団と定期的に交わることはしばしばあってそのために言語は集団ごとの違いは少なかったんじゃないか?
結婚や嫁入りや婿入りがあったかどうかはわからないが

126 :出土地不明:05/01/27 18:22:55 ID:Um95fpPW
はあ? まさにおっしゃるような状況であるパプアニューギニアでは
ほとんど部落単位で言語が違うらしいぞ。だから通婚圏内の言葉はだいたい
喋れてしまうらしいが。

127 :出土地不明:05/01/27 18:30:28 ID:4g0Jsz1I
通婚圏内って言葉や遺伝子が似てるよね。
日本でも東北、関東、近畿四国、瀬戸内山陰北九州、他九州沖縄
では言葉文化が異なる。
これって同時に遺伝子の違いとも一致してしまう。

128 :出土地不明:05/01/27 20:04:53 ID:YjcPAk5F
確かに「縄文」「縄文文化」「縄文人」の定義のしかたが問題だな。
彼らは石器時代に東ユーラシアからあちこちに移動した人たちの一部なんだろうけど、
土偶なんかは里芋を模していて割って土に埋めることで繁栄と豊穣を祈ったのではないかという説もあるが
里芋は東南アジアのほうの植物だから意外と南のほうから日本に来た縄文人もいたのかもしれない

129 :出土地不明:05/01/27 22:20:24 ID:5KuM/bwp
最近では縄文文化という概念そのものを捨てた方が良いという意見もある

130 :出土地不明:05/01/27 22:45:12 ID:9zwia3Mf
ようするに、農業による人口爆発とそれによる拡散とかの
無い段階で、せいぜい、狩猟や採集を中心とした生活、あるいは
近隣との通婚といった程度の場合は、言語は違っていてもかまわない
のであって、農業の場合は、実際に家族単位で、どんどんでかけて、
開墾するので、言語は広がるのだが、ってこと。
もっとも、縄文時代は、狩猟採集とはいえ、部分的に栽培農業が
はじまりつつあったのと、かなりの定住性があったので、人口爆発
はなかったが、かなり農耕に近い性質があったかもしれない、と
いいつつ、パプアニューギニアなんて、世界でもっとも農耕が早く
始まったところでもあるんだよな。

131 :出土地不明:05/01/27 22:46:37 ID:5KuM/bwp
線形進化史観はすてませう

132 :出土地不明:05/02/06 09:05:23 ID:xjSEGzAT
「縄文人」の枠組が将来的に変わってくるという話は置いて、
エクアドルにある縄文土器は時期も違うし完全に別物。
ただDNA等の類似から、それとは別に関係があった可能性はある

てとこでFA?

133 :出土地不明:05/02/06 22:47:18 ID:UOA7h/J+
>>132
だいたいそういうことなら問題なしかな。
いまんところ、アメリカに渡った人々の主要なmtDNAのハプログループ
や、さらに詳細に配列の違いなどをきっちりやってみると、一番近い
のは、日本にいる、いわゆる「縄文系」をひっぱっている人たちの
mtDNAのパターンになる。ただ、私が知る限り、日本人に存在する、
A,B,C,Dなどのハプログループと、アメリカ大陸のそれとでは、もっと
も近くて、1塩基の違いがある。1塩基置換には、2万年はかかる
ってことだから、これが平均値としても、まあ、もっとも最近でも
分岐してから1万年はたっているんじゃないか、ってことになる。
ところが、縄文土器の起源そのものは、1万数千年にさかのぼるって
ことなら、ようするに、どこぞ、大陸のどこぞで、すでに土器製作
を部分的にも開始していた人々が、日本にも来て、かつアメリカにも
渡ったってことがあり得ると思う。で、大陸の場合は、そのもともと
の人々がほとんど後からきた別の集団によって、追い払われた、ある
いは、まざって消えてしまったが、大陸から部分的にも隔離された
日本において、命脈をたもった人々が縄文人だったということかも。
中央アジア、北アジア、シベリアあたりに、縄文土器とは直接似て
ないけれど、土器をつくって、そこに縄っていうかいろいろな文様を
押しつけて作るのがある。この土器については、1万年以上前とかに
さかのぼるわけではないけれど、縄文土器との関係も示唆される
文化があったという話だ。

134 :出土地不明:05/02/07 10:54:50 ID:TmcHxs1u
ところで新石器人はどうして土器を装飾しようと思ったのですか?
縄文にせよそれ以外のなんとかにせよ、装飾そのものは土器の機能には
無関係だよね。それと土器焼成は専門の職能集団による技術だったのか
その時代その文化圏の成人なら誰でも出来たことなのか。
土器焼成技術が職能集団において保持されていたのであれば、
うっかり丸木舟でエクアドルまで流されてそこで縄文土器を作るなんて
不可能だよね。専門家を連れて行かない限り。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/07 11:48:23 ID:2iUr3TKr
別にー?

ベーリング海峡を歩いて行くんだが?
1万年あるしな。

136 :出土地不明:05/02/07 13:12:15 ID:TmcHxs1u
ズビニ鉤虫の問題は?

137 :出土地不明:05/02/07 17:40:16 ID:I/xaKBWI
だからさー
縄文のくくりが南方から来た里芋栽培好きもいれば
北から来た大型動物狩猟好きもいるんだよ
火はとても神聖でおそれられ便利で危険で力強く怖いもので、生命や霊的なものを象徴するものだから
それに関わるものには特別な模様が施されるのは当然だろ

138 :出土地不明:05/02/07 17:47:06 ID:TmcHxs1u
当然とか決めつけられても困るんだが

139 :出土地未明:05/02/08 00:18:45 ID:FPXMpFPC
>>136
この問題、最近とんと聞かないねー。
一方で、シラミのmtDNAの解析から、アメリカに渡った人々の一部が
アメリカに渡る前に、ホモ・エレクトスと交流があったようだ、と
いう話まで出ている。シラミは、寒くても大丈夫なのかな。

ところで、世界地図の詳細なものを購入して見始めたのだが、
どうも、シベリアから、ずんずん北へ向かって、アラスカへと
直接渡るのは、さすがに氷河時代、寒すぎる気がして、そうすると
経路としては、千島列島づたいにカムチャッカ半島南端に達し、
そこから、アリューシャン列島を渡って、アラスカに至るという
経路のほうが、可能性があるか、とおもってしまいました。
時期としてはどっちにせよ、ヴュルムマキシマムのころでしょうか
それよりも前でしょうか。そんなところです。

140 :出土地未明:05/02/08 00:43:33 ID:CWye749i
>>139の追加だけど、

ようするに、何がいいたいかっていうと、mtDNAの系統でみると、
アメリカ原住民に多い、A,B,C,D のすべてが日本でそろっていて、
で、しかも、配列解析では一番日本人の系統がアメリカ人に近い
ってことだから、アメリカ原住民のルーツは日本から出ていったと
考えるのが一番自然。ただし、平均して、1万年の開きがあるから
ちょうど、うまいぐあいに考古学的な話とも対応する。
ただし、アメリカ原住民には、ハプログループX(ロシア起源とされ
る白人系の一派)がいるが、これは日本には入ってきてない。
アメリカでも少数のこのハプログループXについてはまだまだ謎が
多いけれど、この人々だけは、ずーっと北周りでいったのかもしれ
ない。

141 :出土地不明:05/02/08 06:43:58 ID:apZB6ejQ
要するに日本経由の奴らもいればそうでない奴らもいる

それだけのことだろ?

142 :出土地不明:05/02/09 00:13:35 ID:vWnLqPVk
しかし縄文人のほぼ直系の子孫のような人が多いはずの沖縄、長野、東北なんかでも
それぞれ体質も気質もぜんぜん違うよな。
縄文人Aと縄文人Bの差よりも縄文人Aとアメリカ人のが近いとかあるんじゃねえか

143 :出土地不明:05/02/09 07:35:05 ID:E0MWB7Pv
遺伝子だけが人間を決めるわけじゃないからな。
要は環境よ。


144 :出土地不明:05/02/09 15:40:47 ID:hNJr1iu9
縄文人はどこから来たのか?
現在の日本の国境線を超えたときに縄文人になったというものでもないだろうし
また日本から出たとたんに縄文人じゃなくなるというものでもないだろう。


145 :出土地不明:05/02/09 15:48:03 ID:WvfTgr+o
「日本」という言葉を使うのは適切じゃない。

146 :出土地不明:05/02/09 16:37:26 ID:E0MWB7Pv
日本列島で縄文人となったと言うのが妥当だろ


147 :出土地不明:05/02/10 00:45:46 ID:LAVLW661
>>141
少なくとも、mtDNAから見るかぎりにおいては、日本経由、あるいは
もっと北のほうを経由してベーリング海を渡る経路ってのが考えられる
だけで、他の経路については、まだ、全く確認ができていない。
一つの可能性として、ヨーロッパからの大西洋周りの経路があったが、
どうも、これも微妙なところだね。

というわけで、少なくとも、縄文草創期の土器をつくっていた列島の
人々が、アメリカに北周りで渡ったというのが、基本的にはかなり
あり得る話だろうと思う。いずれにせよ、氷河時代末期のことで、
1万年以上前のことだ。
ただ、日本の縄文時代は1万年以上前からの連続性があるので、その
意味では、日本列島の縄文人がアメリカにわたった、「かなりの部分
をしめる」というのは、それほど大きな問題がなさそうに思う。

148 :出土地不明:05/02/10 07:38:07 ID:JHHRwcs7
するってえとバルビディア土器は縄文土器の流れをくんでいると言えるの?

149 :出土地不明:05/02/10 17:31:21 ID:xEmwD8s0
日本列島を出て縄文人ではなくなったというのが妥当だな。

150 :出土地不明:05/02/10 18:18:02 ID:DRFH732H
たしかに


151 :出土地不明:05/02/11 11:11:40 ID:jYhxHLDR
沖縄は日本列島ですか?
インドネシアだかその辺りでも縄文人にかなり近いDNAがでてるらしいけど
そこまでいくと縄文とはいえないんですね

152 :出土地不明:05/02/11 23:56:28 ID:g8J9VQad
>>151
インドネシアとか東南アジアのと日本人の系統もかなり近いが、
その場合は、彼らが、かなり昔(1万年以上前)に日本に北上
してやってきた、と見るべきだろう。それから、アメリカにわた
ったというのは成り立つ。
日本には、南から、北から、半島から、っていうか、氷河時代は、
基本的に日本は、大陸からつきでた(っていっても日本海がない
時代はたいしてつきでてもいないが)半島に過ぎないのだから、
その時代には、いろいろな人が日本に入ってきただろう。で、その
まま、当然北海道も陸続きで、サハリンも、千島列島もほとんど
陸続きでそのまま、アメリカまでいけるのだから、そのままいった
とおもってよい。その後、氷河時代が終わると、日本は海のなかに
孤立して、船による往来しかできなくなったということだ。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/12 00:55:50 ID:JC68VK46
YAP+は発生がベリンジアだろうが?

そこから南下した可能性はあるが
北上して古モンゴロイドとなった可能性は無い。

YAP+が東南アジアに残っていないからな。

154 :出土地不明:05/02/12 01:24:56 ID:kvKiKvMc
>>153
まあ、その手の遺伝子は所詮は拡散してしまうので、ほとんど
意味がない。mtDNAの系統においては、日本に確実に南方系が
かなり入り込んでいる。問題は、南方系の起源の古さの問題だが。
おそらく、5万年くらいの古さがあるだろう。
mtDNAは、混ざり合わないので、それが面白い。mtDNA のハプログループ
Dは、あきらかに南方起源だが、北方モンゴロイドの中核として、日本
にも、アメリカ大陸にも入っている。

155 :出土地不明:05/02/12 02:47:36 ID:kIRVj6UM
http://egweb.bcgsc.ca/journal_club/2004_2005/pdf/journal_club_050107.pdf
ついでだが、日本の縄文人は、完璧東南アジア系らしいね。この論文
を読むかぎりにおいては。

156 :出土地不明:05/02/12 10:25:19 ID:atUk8UvT
サトイモはもともとインドシナ半島の植物です。
それが日本を含めた太平洋の暖かいところ全域に人為的に広まった。
日本にサトイモを持ってきて住み着いた人たちは縄文人とよばれる。
太平洋の反対に縄文文化との共通点が多くても不思議ではない。

157 :出土地不明:05/02/12 11:20:46 ID:GHPwz1jW
縄文人は縄文土器が目印なんじゃないの?

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/12 12:48:26 ID:JC68VK46
YAP+も混ざらないんだがなー。

日本の南方系は北方系より古くはなれない。
地理的に無理だ。


159 :出土地不明:05/02/12 13:26:15 ID:GHPwz1jW
>地理的に無理だ

詳しく

>日本の南方系は北方系より古くはなれない

古さ競争をしていたんだっけ?

160 :出土地不明:05/02/12 14:13:07 ID:atUk8UvT
日本の縄文時代も南北アメリカも
北方系の森林で動物を狩猟する人たちと
太平洋系のタロイモ栽培する人たちがまじわった。
日本ではその交流で縄文が形作られた。
アメリカでもそれと同じような文化が同じような背景から形作られた。
ていうのはどう?

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/12 15:18:56 ID:JC68VK46
後期旧石器時代のナイフ型石器や尖頭石器の分布を見れば
一目瞭然だな。

日本列島はBC3万年〜2万年は後期旧石器人の地であり
その後の縄文時代に石器と土器が連続するから、
南方起源は不可能だ。

162 :出土地不明:05/02/12 18:25:31 ID:jXDeV57+
↑頭悪い

163 :出土地不明:05/02/12 23:58:00 ID:LyLxqcxa
>>161
おそらく、さらにそれ以前の話だ。後期旧石器時代そのもののベースが
おそらく、mtDNAハプログループMだろう。ハプログループMは、そうとう
起源が古い。アジア全体の中でもっとも古いグループだ。
日本に入ってきたのが、5万年前だろうが、かまわないし、4万年前でも
いい。いつでもいい。逆に、それ以外のたとえば、ハプログループの
A,B,C,D などは、入ってこれるとしても、せいぜい1万年前か、
まあ、2万年前ぐらいではないかな。

>>160
残念ながら、太平洋系は、つねに、日本と同じく、ハプログループMか、
あるいは、その傍系ともいえる、Nがかならず含まれている。ところ
が、アメリカ大陸には、これらの痕跡は全くない。
縄文人も、現在のアイヌ人も、また沖縄の人々もともにハプログループ
Mが多いとすると、アメリカへ向かった人たちの中には、このグループ
がいなかったことになる。解釈の方法は難しいが、後期旧石器時代の
氷河時代の間は、ハプログループMは、温暖な南方にいて、そのころに
北方から、A,B,C,D などの系統が入り、M型との交流がほとんどないま
まま、アメリカへ渡っていったのではないかと思う。

164 :出土地不明:05/02/13 00:00:26 ID:LyLxqcxa
>>163に付け加えるけれど、
まさに、タロ芋栽培などをやっているのが、ハプログループMを中心
とした南方系のオセアニア系ってことになる。オーストラリアでは
やっていないけれど、オーストロネシアンの中の一部、とくに南に
近いメラネシア系などに、ハプログループMや、その関連のN、Pなどが
多い。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/13 00:13:53 ID:tULsIsRh
無駄だな。
氷河期の列島弧でタロイモ栽培できるか?

ハプログループMではないと言う事だ。
ブリヤート人・モンゴル人と共通のグループと言うことだ。

166 :出土地不明:05/02/13 00:26:43 ID:gaydYPwe
>>165
アフォか?タロ芋栽培が始まったのは、氷河期が終わったあとだ。
パプア・ニューギニアなどでは、紀元前8000年ごろにさかのぼる
農業はあるが、これも、ヤンガードリアス以降の話。
考古学のことを知りたいなら、先史時代について知りたいなら、基本的
な年代感覚はもっていろ。
縄文人の祖先、つまりアイヌや、沖縄の人々の祖先でもあり、列島の
人々のベースとなった人々は、縄文時代以前、旧石器時代から日本
列島にやってきた。たぶん、5万年前とか、4万年前とかだろう。
その時代に確立していたmtDNAのハプログループといえば、アジアでは
たぶん、Mがもっとも普通のものだった。以降も、いろいろな人々
が流入してきたことは間違いないから、その系統の中には、A,B,C,D
もいただろう。そういうのは、3万年前以降、2万年前とか、縄文
時代になってから、とかに入り込んできたということだろう。
つまり、日本人のもっとも最初のベースが、Mだったとういのは、
非常に当たり前のことだ。で、縄文人の系譜をひくとされる、アイヌ
と琉球にこのMが多いのは、旧石器時代以来の人々の系譜がいまでも
日本には脈々とながれているということを物語っている。征服された
り、滅びたりせずに、ずっと、一番最初の列島の人々がいまでも系譜
として残っているということだ。


167 :出土地不明:05/02/13 00:43:28 ID:wLLbVHCj
クソスレとして始まったスレなのに勉強になるなあ

168 :出土地不明:05/02/13 01:04:10 ID:gaydYPwe
>>163-166
えっと、言いたいこと忘れていた。
つまり、アメリカ大陸には、太平洋の外洋コースで、アジアから、
人々がわたっていった、という証拠はいっさいありません。
理由は、ハプログループM,N,Pなどの痕跡が全くアメリカにないから、
です。ってことで、日本の北方から、A,B,C,Dが入ってきて、その
ころ、日本の南方には、Mがたくさんいて、でも、アメリカにいった
のは、Mを含まないグループってことで、しかも、アメリカに渡るなら
北海道から、千島経由がもっともありそう。で、アメリカには、ほか
にXが入っているが、これは、ロシア起源なのだが、この系統は、
もっと北からアメリカに入ったということで、一応、つじつま合います。

169 :出土地不明:05/02/13 01:29:36 ID:gaydYPwe
そういえば、また一つ思い出した。
中国の山東半島といえば、朝鮮半島と渤海湾において、ちょうど
反対側にある半島なんだが、ここの春秋時代の墓や漢代の墓をあばい
いて、その骨のmtDNAをしらべたら、「なんと白人」という結果が
出た、というので話題になって、いまでも、斉藤成也氏のページなど
ではそのむねがかかれているんじゃないかと思うが、最近これが否定
されて、どうも、この地域に、紀元前500年ごろいたのは、
ハプログループMの人々だったということがわかったというわけ。
配列の解析場所が違ったために、どうやら、最初は白人系のなにかと
思ったのだろうが、ハプログループから考えたら、Mだったということ。
つまり、ここでわかるのは、山東半島もふくめて、朝鮮半島も、
日本も、紀元前500年ごろは、ハプログループMがたくさんいた
ってことだろう。つまり、極東アジア全体がハプログループMだった
ことになる。現在では、A,B,C,D,Fが多いが、これらはあとから、
南下してきたものと思う。氷河時代までは、Mばっかりだったと思うな。

170 :出土地不明:05/02/13 21:40:45 ID:6V5kvrLf
エクアドルのその土器は日本列島の縄文人によって作られ交易により地球の裏側までたどりついたのか?
縄文土器を造る文化をもつ人たちが日本とエクアドルに分かれたのか?
全く関係なく別に同じような土器をつくっていたのか?
土器の成分などから交易によるものかはわかりそうだし
DNAなどから同祖かどうかはわかりそうだ
おれは交易説をとるが根拠は薄い

171 :出土地不明:05/02/13 21:42:59 ID:lhkYifBC
既に胚土の分析で、現地制作であることはわかっています。

172 :出土地不明:05/02/13 23:50:30 ID:YipROxss
>>170
1)大陸において、原始的な土器を作り始めた人々(おそらく1万8千年
  前ごろにさかのぼる)のうち、一部が日本にきて、一部がアメリカへ
  渡った。
2)大陸から日本列島にやってきて、1万5千年前ごろに土器をつくり
  始めた原縄文人のうちの一部が、千島経由で、アメリカにわたった。
3)アメリカに渡って土器を作り始めた人々の一部がアジアにもどって
  きて、日本にやってきた。

まあ、この三つが考えられる。土器は交易で使うってのもあるけれど、
基本的にはかなり使い捨てに近いもの。だから、別の場所でつくられた
のだろうが、とにかく、日本最古の土器が1万6千年前ごろだとかいう
なら、これは、アメリカにA,B,C,DなどのmtDNAハプログループをもつ
人々が渡っていた時期よりも前のことだから、日本から彼らがわたった
とすると、土器製作法をしっていた可能性もある、ってこと。

アメリカに文化が渡った例としては、ヨーロッパに3万年前ごろ東
からやってきた、新しい文化として、クラヴェット文化がある。
ところが、この文化は、ロシアあたりを起源として、その後、
1万8千年前ごろまで、シベリアにまで進出している。
で、1万5千年かそのちょっとあとになると、アメリカにおいて、
クラヴェット文化と酷似するクロービス文化がある。たぶん、文化
がわたったんだろう。mtDNAのハプログループXがこれを担ったこと
はほとんど状況証拠からみて確実だろう。
とすれば、日本において、ハプログループA,B,C,Dのどれかが、縄文
土器の文化を、アメリカに運んだのかもしれない。

173 :出土地不明:05/02/13 23:59:12 ID:F2bYgVN9
バルディビア土器は地域的にもずいぶん限定されている上に
忽然と出現したという所が古田武彦先生の夢を刺激している
ようですが?

174 :出土地不明:05/02/14 11:41:17 ID:a/0pOLfq
日本で縄文土器が造られなくなったのは
縄文土器の造り手がエクアドルにいってしまったから?そんなわけはないとおもうが
実用品としては廃れても儀式用というか特別なものとして現代まで受け継がれていてもよさそうなものだが
なぜ縄文土器はなくなったのだろうか?
縄文を施す意図はなんだったのか?
それは普遍的に起こるものだろうか?

175 :出土地不明:05/02/14 12:10:22 ID:NbvKMOnn
もっと機能的に優れた陶質土器が作れるようになったからだろ

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/14 14:53:31 ID:dsJcwe9z
タロイモの南方から後期旧石器時代人が来たとか、
氷河時代後にタロイモ栽培始めた?

馬鹿だな。


これはましだな。
>>>
1)大陸において、原始的な土器を作り始めた人々(おそらく1万8千年
  前ごろにさかのぼる)のうち、一部が日本にきて、一部がアメリカへ
  渡った。
>>>

ただ、18000年前という根拠が無い。
縄文時代は後期旧石器時代から石器・土器が連続だから
5万年前からの間違いだ。



177 :出土地不明:05/02/14 16:26:56 ID:6Hkr4jKP
一万八千年だか5万年だか知らないが、どちらにせよ寒い氷河期だろ。
日本列島も大陸と陸続きで日本もユーラシア大陸の一部だったはず。
そのあたりで土器が発明されて広まっていくのだろうが
氷河期が終わった今でさえベーリング海峡なんて人が住むには寒すぎるよな
ネアンデルタールなどではなく体のつくりは現代人と変わらない人たちが
この先にアメリカ大陸があるなんて知らないはずだし
なんでわざわざそんな寒いほうへ移住していくんだ?獲物を追って?
そんな寒いところで生きれるのか?

178 :出土地不明:05/02/14 17:03:23 ID:NbvKMOnn
>>176
あなたの日本語はいつも支離滅裂ですね

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/14 18:21:17 ID:dsJcwe9z
ベーリング海峡は温かかったんだろう?

北極海の冷たい水が0だから。

180 :出土地不明:05/02/14 23:27:24 ID:hl2BNVD8
>>177
そのあたり一般で、かなり疑問に思うことも多いんだよね。
人類がアフリカを出てから、たしかに、最初に南のほうから
東へ向かって、オーストラリアまで至るのは、しごく当然だと
思う。ざっと7万年前ごろだよね。
ところがその後となると、いきなり、カフカスとか、ロシアとか
さらには、ウラル、アルタイなどのかなり緯度の高いところに
行くんだよね。それって5万年前とかで、そろそろ寒くなりはじ
めるころ。それで、ある意味で、中央アジアからロシア、カフカス
あたりが一つの文化的中心になる。それと同時に、ヨーロッパへの
進出も始まる(4万年前ごろ)。で、アナトリア、カフカスとかも
ふくめて、黒海、カスピ海、ウラル、アルタイあたりが人類の
文化のもっともすすんだ地域になる。で、さらに、そこから
アルタイを越えて、シベリアに入り込んでいったのは、1万8千年
前ごろで、これって、ヴュルムマキシマムのころだろ。とにかく、
一番氷河時代の寒いときに、一番北のほうに、ものすごい元気な
連中がいる。ロシアの遺跡も多い。マンモス狩りして、その骨で、
家をつくって、っていう連中。たしかに衣服は暖かくしていたとは
思うけどさ。で、その一部が、またヨーロッパとかに入っていく
わけだけど。
なんで、こんなに寒いところ寒いところをねらって人は移動した
のか。まあ、それが基本的に普遍的ってことなら、そのままベーリング
海を渡ったのも、しごく当然なんだが、根本的にどうして、そんなに
寒いところに向かったのか、ってのがわからない。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/15 00:11:54 ID:4M6pqahw
>>>
一万八千年だか5万年だか知らないが、どちらにせよ寒い氷河期だろ。
日本列島も大陸と陸続きで日本もユーラシア大陸の一部だったはず。
そのあたりで土器が発明されて広まっていくのだろうが
氷河期が終わった今でさえベーリング海峡なんて人が住むには寒すぎるよな
>>>


ほう?
ベーリング地峡があるとき北米大陸に渡るのに
なにか寒い理由はあるのかね?





182 :出土地不明:05/02/15 07:35:42 ID:H2J09EDT
>>180
暑さ寒さだけが問題ではないんじゃないの?


183 :出土地不明:05/02/15 07:36:32 ID:H2J09EDT
それと

>>>

これ↑で引用する人、日本語変というか省略多すぎて言いたいことわからない。
いつも。

184 :出土地不明:05/02/15 10:17:02 ID:R6NxiCa1
それもだが、どうして、極寒のベーリング海峡を渡るときに、
北京原人やジャワ原人も一緒になってアメリカにわたったか、
というほうが非常に疑問なのだが。
これも、シラミのmtDNAの解析でわかったことなので、むげに
否定できない。未知の太平洋経路があったのだろうか?
南方系のアジア人のmtDNAである、M(東南アジア、日本)、
N(オーストラロイド)の系統は、アメリカではみつかって
いないのだが。

185 :出土地不明:05/02/15 12:40:39 ID:H2J09EDT
カヤックで海沿いを行ったのかもしれんぞ

186 :出土地不明:05/02/15 13:11:44 ID:kyaDPmDP
完全武装した精鋭部隊の行軍ではなく子供や女も混じった大勢の集団で
八甲田山の映画は見たことはあるが氷河期のベーリング海峡の過酷さはそんなものではないはずだ
体が大きくて丸っこい体系のほうが寒冷地には適しているから寒冷地には大型動物が多かったのだろう
マンモスやヘラジカを追うためという以外合理的理由は無いが針葉樹ですら茂れないほどの寒さではそれらの大型動物もいきていけないよな
土器や皮製の防寒着の類の改良を重ねて、しかしそれだけの文明があればアフリカや東南アジアに行ってもやって行けたはずだが

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/15 19:08:08 ID:4M6pqahw
氷河期のベーリング地峡は温暖だ。

北極海の水が来ないからな。
親潮の無いからな。

海洋塩熱作用で北米大陸沖に赤道を通った暖かい深層水が
上昇・涌き出るだけだ。

ま、今のドイツや北海道ぐらいの気候か。

188 :出土地不明:05/02/15 22:21:40 ID:kyaDPmDP
確かに氷河期のベーリング海峡が氷河期ではない現在のベーリング海峡よりむしろ暖かい可能性はある。
現在の太平洋岸高緯度地帯(ベーリング海峡やカムチャッカやアラスカ)は同じぐらい高緯度の大西洋岸よりも寒い。
しかしベーリング海峡が閉じていて海流の流れが全く違うとしたら
海流の関係で氷河期のほうがむしろ暖かかったという地域もあるかもしれない
(特にベーリング海峡域)
しかし氷河期の北極圏だし寒くないはずもなく
今ぐらいの寒さだとしてもやっぱきつすぎる

189 :出土地不明:05/02/15 22:57:16 ID:w6EqmrBb
>>188
>しかし氷河期の北極圏だし寒くないはずもなく
>今ぐらいの寒さだとしてもやっぱきつすぎる

あなたは、彼らはどうゆう方法を採って北米(南米)に移動をしたと考えてるの?
やはり、カヌー(筏)による海洋移動と?

190 :出土地不明:05/02/16 00:43:02 ID:55VX7rsA
ベーリング海峡は、陸続きだった、ってのが正しいとすると、たしかに、
それ以上北に海流が流れないとしたら、暖流が北上した限界地域だから
ちょうど、今の北大西洋のような状況になっていたのかもしれないな。
まあ、寒いことは寒いと思うのだが。

アリューシャン列島への人類の移住は、カムチャッカからなのか、
アラスカからなのか、ってのがあると思うが、ベーリング海よりも
南の、千島、アリューシャン列島を渡れば、それなりに、って
感じもするんだがな。

ま、とにかく、アメリカに渡ったのは、第一陣となったのは、
シベリアにおける後期クラヴェット文化をもった人たちだということ
で、これが、アメリカでクロービス文化をもつに至るが、この文化
の高さは半端ではなく、たぶん、農耕革命以前におけるもっとも
輝かしい文化だったとされている。ヨーロッパにおけるクラヴェット
文化からは、かなりのいろいろな小物もみつかっていて、そうとう
な芸術性もあるし、また、糸通し穴のあいた骨製の針などもあるから
衣服もかなりきっちりしたものを作っていたようだ。
おそらく、現代の北方の狩猟採集民から現代的要素を取り除いた程度
の文化はあったと思う。

で、ついでにいえば、彼らはいわゆる寒冷地適応の民族ではない。
のっぺり顔のモンゴロイドではなく、クラヴェット文化をもって
いたのは、白人であるし、たぶん、アジア系の人々との混成集団
であっただろうと思われる。

191 :出土地不明:05/02/16 07:32:29 ID:i53nYRX2
そのクロービス文化について日本語で読める本を教えて

192 :出土地不明:05/02/16 15:25:50 ID:aKlk7eUy
土器を発明したのはそのクロービス文化ですか?
それと白人などは体型的にも遺伝距離的にもアフリカ出た組の中では最もアフリカ人に近いと思うんだが
つまりエチオピア人を脱色したような細長い手足でアフリカを出たのは氷河期が終わってからじゃないかと思ってたけど
いや知識がなくたんなる思いつきでいっているだけだけどさ

193 :出土地不明:05/02/16 21:05:24 ID:EMvy5j+o
クロマニヨンが5万年も前に東ユーラシアに来ていたのか?
土器の発明⇒縄文土器⇒縄文土器を作る人たちがアメリカとユーラシア東端に分かれる
という感じ?

194 :出土地不明:05/02/16 23:50:25 ID:Jzr6oA9r
>>191
クローヴィスが正しいかな?
とにかく、アメリカの最初期の後期旧石器文化です。
人類史全般を扱っているけれど、
埴原和郎著「人類の進化 試練と淘汰の道のり」講談社
にはそこそこ詳しくかかれていると思うけれど。多少内容は
古いかもしれません。
>>192
クローヴィス文化と土器はとくに関係ないでしょう。
クローヴィス文化と近い関係にありそうなのが、クラヴェット文化
で、これが、ロシアとか黒海沿岸あたり発祥で、ヨーロッパとシベリア
に拡散し、シベリアに行った部分の一部がアメリカに到達したのでは
という説がある程度です。クラヴェット文化はすばらしい後期旧石器
文化です。
土器はどちらかというと南方的です。ただ、日本あたりは、両者(北
方系も南方系も)が入ってくるし、そのまま、アメリカまで到達した
ので、日本にクラヴェット文化などは入ってきていませんが、もしか
したら、日本から出ていった人々とクラヴェット文化をもつ人々など
がベーリング海で合流したのでは、と思ったりします。
現代のエチオピア人は、白人系+南方アジア系です。もともと、
アラビア半島に住んでいたのが、紀元前後か結構新しい時期にアフリカ
に入ったので、生粋のアフリカ人ではありません。黒いのはもともと
そこにいたアフリカ系の人々と混ざった結果でしょう。
アフリカのサハラ砂漠より北の地中海沿岸は、アフリカを出た人々が
いったん中近東からヨーロッパに入ったあと、そこからアフリカ北部
に再度拡散した結果で、サハラ砂漠より南の人々との交流はほとんど
ありませんでした。系統としても全く違います。ですから、一応、
北アフリカ地中海沿岸は、白人系です。
本当のアフリカ人は、赤道より南のほう、あるいは西のほうのサハラ
砂漠より南の地域です。さらに南で、南アになると、今度は、ブッシュ
マン、ホッテントットなど、もっと古い非黒人系の民族がいます。

まず、人類がアフリカを出たのは、8万年から5万年前ごろで、最初
にアラビア半島に渡り、そこから、そのままアジア南方を経て、
東南アジア、さらにオセアニアに向かった一派を南回り系。
アラビア半島を北上して、中近東から黒海、カスピ海沿岸に向かった
のが、北回り系。北回り系から、西に向かったのがヨーロッパ系で、
そのままアフリカ北部まで進出。北回り系から東に向かったのが、
アジアの北方系ですが、その北方系には、南回り系からも一部北上
した人たちがいるので、混成となってシベリアまで至り、アメリカに
渡ります。日本には、純正南回りの東南アジア系が最初に入り込み、
それから、北回り系と南回りの混成の北方系アジア人が入り込むなど
重層構造になっています。アメリカには、純正南回り系ははっていま
せん。

195 :出土地不明:05/02/16 23:57:50 ID:Jzr6oA9r
>>193
クロマニョン人っていうのは、194に書いた、アフリカを出て
北回りに中近東、さらに、黒海、カスピ海沿岸に入った一派の
うちの、西に向かったものだとされています。アナトリアとか、
黒海沿岸あたりで、オーリニャック文化をもつに至り、その文化
をもって、ヨーロッパに入り込みました。4万年前ごろです。
最初のクロマニョン人は、実質ほとんど褐色の肌をしたかなり、
アフリカ人に近い系統だとされています。背も高く、ひょろひょろ
で、南方的な骨格でした。ただ、この時期、ホモ・サピエンスは、
どこの人も、みな肌の黒いか褐色で、ひょろひょろしていて、
かつ鼻が大きいような顔だったとか。
クロマニョン人といっても系統はいろいろあって、もっとも古い
のが、4万年。これが、オーリニャック文化のクロマニョン人です。
つづいて、クラヴェット文化をもつクロマニョン人がヨーロッパに
入り込みます。しかし、クラヴェット文化は、東へも広がり、
ヨーロッパでは、2万5千年前ごろに西の端まで達する文化で、その
後、他の文化に変化していきます(マグダレニアンとかソリュートレ
とか)。ところが、東のほうでは、ウラルからアルタイ、さらに、
シベリアまでクラヴェット文化の系統のものが栄え、そのまま、
アメリカ大陸まで向かったようです。
ヨーロッパには、さらにいろいろな人々がなんどとなく、東から入り
西に向かうというパターンが続きます。
ウラル、アルタイ、シベリアに向かったクラヴェット文化の担い手を
クロマニョン人というかどうかはわかりません。年代は、2万年前
から1万8千年前ごろでしょうか。
シベリアあたりに入った段階では、他のアジア系の人々も混成して
いたと思われます。

196 :出土地不明:05/02/17 11:08:57 ID:AkD/ouCQ
なるほどアフリカを出てからも結構ごちゃごちゃあっちいったりこっちいったり混じったりしているんだね
狩猟民は一年サイクルで縄張りを移動しながら近くの集団と性交したりぶつぶつ交換しているのが基本かなとか予想するのだが、
きちんとした言葉が使われるようになったのはいつぐらいからなんでしょうか?
アジアとインディオで意外な言葉の共通点とかないのかな?

197 :出土地不明:05/02/17 13:10:44 ID:uZ5qfjKk
そこでズニ族の謎ですよ

198 :出土地不明:05/02/17 23:52:04 ID:PNtb70Vt
>>196
狩猟採集民は、基本的に自分の領域っていうのをもっていたら、
それは、ずっと受け継がれるってことらしい。もちろん、かなり
少人数の集団でも、そうとう広い範囲をキープしないといけない。
で、一年単位で、ときに近隣の集団との交流をするキャンプが
あって、そこで、結婚して、とかいうのももちろんある。
で、たとえば、ユーラシア大陸の西から東への移動については、
数万年かかっているってこと。1万キロとかそういう距離を、数万年
ってことは、基本的に移動なんてしていないってことだろうな。
アメリカ大陸では、北米のアラスカから、南アメリカの南の端まで、
1千年で移動したのだが、これが異常って感じがする。

言語については、わからないことだらけ。
言語を話すためには、ハードウェアとしていろいろ対応しないと
いけないことがある。考古学的に化石からわかりやすいのは
1)肺の呼吸を口や舌の運動と連動させるための脊髄の太い神経
2)喉頭の位置をさげて、音の共鳴でいろいろな音色の声がだせる
  ようにする。
で、1)については、160万年前のナリオコトメボーイ(ホモ・
エルガスター)では未発達で、5万年前のネアンデルタール人は、
十分に発達しているので、発達が始まった時期は、50万年以上
前だろうってことになる。
ついで、2)についても、ホモ・エレクトス段階(100万年前
以降)からハイデルベルゲンシス段階(50万年前ごろ)にかけて、
頭蓋骨底部の屈曲が強くなり、喉頭の位置が下がったことがわかる。
ネアンデルタール人は逆に短くなっているので、母音があまり発音
できなかったようだが、これは、彼らが寒いところにいたことと
関係ありそうだ。
音声によるコミュニケーションは、150万年前ごろからかなり本格
化し、それにあわせて、肺の神経の発達と、喉頭部の発達があった。
ネアンデルタール人もごく普通にしゃべっていたが、たぶん、子音
ばっかりみたいな言語だったろうね。寒いからしょうがない。
舌の骨(舌骨)は、残りにくいがネアンデルタール人は現代人と同じ
形をしているので、舌のコントロールも十分だ。母音は少ないが、
かなり巧みにしゃべっていただろう。

ただ、音声コミュニケーションが現代人の言語と同質のものであるか
どうかは別問題。当初は社会的コミュニケーションのためのものだか
ら、集団の内部の個体それぞれの名前があって(固有名詞)それと、
個体間の関係や、社会的動作などを表す形容詞や動詞があるような
社会的言語だったと思う。これは社会的な場面で使う上では問題ない
し、また、女をくどくにも使えるが、技術がどうのとか、神はいるか
とか、そういう抽象的な話には使えない。普通名詞がないから。
文法的なものは、50万年前ごろには大いに発達したといわれている。
たぶん、社会的言語であれば、多数の敬語のような表現などが発達
したり、さらに、「あいつは、AがBのこと好きだって思っている
ようだが、俺は、そうでないことを知っている」のような心の理論の
高次の志向性を表現したり考えたりできるようになっていただろう。

で、普通名詞が始まったのは、擬人化によるもので、すべてのもの
にまず固有名詞がつけられ、集団の社会を、集団を取り巻く環境や
モノに拡張された。その後、普通名詞になったということのようだ。
これが本格的になったのは、たぶん、早くても10万年前で、
5万年前ごろからではないかと思う。後期旧石器時代の始まりととも
に、ということだろう。ネアンデルタール人は一部を除いてことの
レベルには達しなかったと思われる。一部とは、シャテルペロン文化
をもったネアンデルタール人だ。

199 :出土地不明:05/02/18 02:09:42 ID:p6o3Ems6
>>196
アジア人とアメリンドの言語の系統的な関係については、
よーするに、ノストラティックとかの怪しい電波系の人たちは
関係ありとかいうんだよねー。

氷河時代ごろを考えてみると、言語は、数十人の集団ごとに
違っていて、まあ、一緒に夏のキャンプをする近隣集団の
間では、ある程度似た言語だったかもしれないが、基本的
には、家族ごとに言語が違っていたと考えられる。
で、それぞれの集団で、遠隔地交易などをしていた人は、
それこそいろいろな集団の言語をしゃべれたというわけ。
現在でも、多言語地域においては、そうで、村ごとに違う、
それも、語族からして、違うくらいに全く違う言語を話す
ような状況がある。パプア・ニューギニアとか。

さて、それが、旧石器時代の状況だ。しかし、新石器時代
になって、農耕が始まると、定住生活とともに人口爆発
が起こる。理由は簡単で、移動生活をしている旧石器時代
の人々は、子供が親と歩けるようになる6歳ぐらいになる
まで、女性は次の子供を作らない。しかも、初潮年齢も
18歳くらいで遅いから、女性は、生涯で、3人程度の
子供しかもたない。乳幼児死亡率など考えれば、3人の
うち2人くらいしか育たないということで、人口は一定だ。
けれども、定住すると、いきなり人口爆発が起こる。
毎年子供を産んだりできる。かといって、農業では、
収穫量をすぐに増やすこともできないから、圧倒的な飢餓
状態が起こる。結果として、新石器時代に入ると、人々は
体格も貧弱になり、脳容積もどんどん小さくなり、って
ことになる。しかも、文化的にも石器技術などはあきらかに
退化する。でも狩猟生活には戻れない。おそらく初期農業
のころには、ものすごい悲惨な生活があったと思う。
で、農民は、人口爆発すると、近隣の未開拓の地にどんどん
でかけて、拡散し、もとの地域の言語を保持したまま、どんどん
広がる。これが、大きな語族が形成された理由だろうという。
現在人口の多い言語は、ほとんどが、農耕を始めた人々の言語
だ。狩猟採集民は家族ごとに言語がちがっていてもよい。
農耕民は拡散する。征服者になることもある。さらにそこに、
遊牧民が現れる。それで、言語がさらに拡散して、帝国が生まれる。

ってことを考えると、アメリカにわたった人々とアジアの人々
が同じ言葉を話していたとしても、数千年もたてば違う言語になる
ので、まあ、言語が関係しているってことは、ほとんどありえない
だろう。なんせ、氷河時代の最中で、農耕も始まっていなかったし。

200 :出土地不明:05/02/20 05:35:02 ID:fqu5g7wl
5行でまとめてくれ

201 :出土地不明:05/02/20 14:51:40 ID:8pn+rUi9
人口爆発は農業の始まりとともに起こり、結果として栄養失調で
体格も小さくなる。また、人口爆発は周辺地域への移住も促進
するので、言語の拡散にもつながる。
アメリカ移住段階では、農耕社会になっていないので、アメリカ
の言語とアジアの言語が同じ語族ということもないだろう。以上。

202 :出土地不明:05/02/20 15:37:33 ID:u1RHsvHM
とりあえず論文を書いてくれ

話はそれからだ

203 :出土地不明:05/02/20 23:44:15 ID:D/ULKD3A
>>202
このような話については、本が何冊か出ているが、読んだら。

204 :出土地不明:05/02/23 19:26:14 ID:mcdYV/iT
肉食であるってことは肉を食らうってことだけでなく
狩猟をする体力が必要だから必然的にそのような
体型をしていただろうな、また馬に乗って狩猟するようになり
がに股が増えた。

205 :出土地不明:05/02/27 18:20:23 ID:TvbAdQlk
http://www.ntv.co.jp/FERC/research/19990207/f1830.html

206 :出土地不明:05/02/27 18:28:18 ID:Agjx48Xj
>>204
馬に乗って狩猟する狩猟民族は皆無。
馬に乗っている段階で、すでに、遊牧騎馬民族なので、
狩猟民族であることはあり得ない。
もちろん、馬に乗っていれば、馬乳をとったりもする
し、死んだ馬は食べることもあるし、これは狩猟民族
とはいえないってこと。
そんなことをいったら、中世ヨーロッパの人々も狩猟
民族だし、鷹狩りをしていた日本の大名連中も狩猟民族
になってしまう。

207 :出土地不明:05/02/27 21:42:19 ID:g5Xv5jeA
>>205
>当時の丸木舟は、脇に浮きを 付けたアウトリガーカヌーのようなものだった。
>実験で安定度を測定したところ、台風クラスの波をうけても転覆しないことが分かった。

まじ?

208 :出土地不明:05/02/27 22:07:30 ID:/afP0WfL
>>207
丸木船って、たぶん、丸木自体が浮くってのを利用しているわけだよね。
構造船と違うので、中に水が入っても木自体が浮くなら、沈まないって
いうような理由があろうと思う。
ここのスレでもあったと思うけど、縄文人も、そうとうな海洋民族だった
ようで、弥生時代になっても、基本的に日本近海は日本系の制海権のもと
にあったのは事実。弥生人もたぶん、縄文人が半島あたりにいって、そこ
の人たちに来てもらうとかしていたんではないか、って話があるくらい。

209 :出土地不明:05/02/27 22:36:17 ID:j9px9Sbf
まあミクロネシアのアウトリガーカヌーも台風の時は最悪船に水を入れて
それに掴まってやり過ごすという離れ業を使うらしいんだけどね。
しかし

>脇に浮きを 付けた

って、そんな出土例あったっけ?

210 :出土地不明:05/03/01 14:30:38 ID:SzZ+yEx8
>>207
20mの波にも耐え切れたって特命リサーチでやってた気がする   

211 :出土地不明:05/03/01 16:04:14 ID:SvwV+ASp
20mの波ねえ。ワイメアベイかジョーズにでも持ち込んで実験したの?

212 :出土地不明:05/03/16 20:07:22 ID:4sifNsrn
鬼塚的には、縄文土器を作る遺伝子があるから、だろ?

213 :出土地不明:2005/04/07(木) 01:07:27 ID:QmMzvkTZ
>>212
あるわけねーだろ。縄文土器みたいにくるくるタイプが変わるものが
どうして、遺伝子で固定されているっていえるんだ?

214 :出土地不明:2005/04/07(木) 02:42:09 ID:GicueZXU
あげ

215 :俣野慶次郎:2005/05/25(水) 03:48:49 ID:nZkQ98OF
>>1
 エクアドルって恐竜の土人形もみつかってなかった?

216 :関連スレまとめ:2005/05/26(木) 11:48:10 ID:eBBll34H
(擬似考古学関連)
エクアドルの“縄文土器”について考察 03/10/19 12:46
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1066535201/l50
約1万年前に海中に没したアトランティス文明 04/02/28 12:22
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1077938576/l50
オーパーツについて 04/03/19 16:58
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1079683125/l50
■ノアの方舟が発見されたわけだが■ 04/05/05 20:07
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1083755228/l50
「失われた契約の聖櫃アーク」はどこにある? 04/05/19 02:25
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1084901130/l50
ヴォイニック写本 2005/04/29(金) 23:30:29
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1114785029/l50

217 :出土地不明:2005/08/15(月) 15:39:29 ID:m2sSulGU
>>211
チューブを巻く波でなくて、沖のうねりの波だろう
しかし縄文人って現代人より精神力が上だな

218 :出土地不明:2005/08/18(木) 18:56:13 ID:lYxKVY+T
ttp://www2.suntory-mermaid.com/profile.html
この堀江さんって人が「縄文時代の丸木舟で
太平洋を横断できるのか」という質問にテレビで答えてて、
「船のそばに魚が寄ってくるので食べ物には困りません。
雨が降るので飲み水にも困りません。海流に乗ればアメリカ大陸まで運んでくれます。
できると思いますね。」
って言ってた。この人自身足こぎボートで横断してるしね。


219 :出土地不明:2005/08/24(水) 08:40:36 ID:WTn+VPiI
堀江が生魚と雨水だけで太平洋を横断したわけじゃないだろ

220 :出土地不明:2005/08/25(木) 01:57:51 ID:BlX4d1Pu
ほりえもんって、太平洋を黄疸したのか!

221 :出土地不明:2005/08/27(土) 15:43:47 ID:hpN1zLfZ
     ______
    /:::::::::::ヽ
   l::::::::::::::l
 _|:::¢¢|_   ●
  _i〈 〆^^ i〉)/ /゜:.
 _<~∩`ー´ノ)⊃    *。
 )ノノ|;;<∽>        ゜。・。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:* :.
く_ん' ,,) ,,)ゝ        *゜                              ゜・
   し' し'           ・゜.    

222 :出土地不明:2005/08/28(日) 00:31:05 ID:Tmg4QayM
>>21
そだね。そのとおり。俺がやってみよっかな。

223 :出土地不明:2005/08/29(月) 00:43:07 ID:fpqBK77Z
そういえば、ソロモン諸島でも縄文土器が出たよね
土の成分が青森県の土器と一致したんだって

研究者は、船が海流に乗って流れ着いたと見ているらしい
縄文時代の船は丈夫だなあ

224 :縄同人:2005/10/04(火) 06:37:39 ID:nGXgjmD7
>>198
すばらしい。感激。この板、ぜひ、まじめでアカデミックに続けてください。では、縄文時代、草創期、中期、晩期のおける言語体系はいかなるものか?お考えを聞かせてください。

225 :出土地不明:2005/10/04(火) 21:37:50 ID:oW3JzMAL


226 :出土地不明:2005/10/09(日) 00:27:28 ID:oxH7vT5Y
縄文人を舐めすぎです。船で何処へでも行きます! 南米で縄文土器見つかるのがそんな不思議な事とは全然思わないけどな〜

227 :出土地不明:2005/10/09(日) 02:47:23 ID:8I60ANUn
>>224
ずいぶんと古い記事に感動してくれたもんだと思うが。
縄文時代をどう考えるかが非常に難しいってのがあるね。
縄文時代は、基本的に新石器時代に分類される。ただ、縄文時代の初期
というのは、それこそ氷河時代の終わった直後にさかのぼる可能性がある
から、そのあたりを一緒くたに扱うことは難しいね。
言語との関係からすると、定住生活が始まっていたかどうかが重要だが、
その意味では、中期ごろには定住も十分始まっていたと思われる。
というわけで、結局、考えるべきは、縄文時代の晩期ごろからってこと
になるんじゃないかな。
基本的に現代の状況、あるいは歴史時代の状況からして沖縄から東海く
らいまで、一応、同じ言語が話されていた可能性は高いと思う。
ようするに、日本語の祖語というやつ。南方系との関係も指摘される
けれど、日本に縄文時代の晩期とかそういう時代に東南アジア系が大挙
してやってきたとは思えない(遺伝子解析からしても)。
だから、日本語を南方系の言語と結びつけるのは基本的には間違いで、
また、稲作すらまともにつたわっていない沖縄にも日本語と同系統の
言語が話されていることからして、日本語の祖語は縄文時代晩期には
さかのぼると思う。ただ、文法的にはずいぶんと違ったかもしれない。


228 :出土地不明:2005/10/17(月) 04:13:42 ID:hALpJkPU
ハヒフヘホがパピプペポだったってのは
どの程度信憑性があるの?
なんか定説化してるみたいだけど。

229 :出土地不明:2005/10/18(火) 01:03:05 ID:QNEXxSZp
>>228
これは間違いなく正しいとされているし、そう思う。
1)現代語でも、ハ行音は、促音のあとではP音になる。
2)江戸時代ごろの記述では、「母」という単語では唇が閉じると
  されている。(すくなくとも唇摩擦音だったと考えられる。)
3)戦国時代末のポルトガル人宣教師などは、日本を nifon と記述。
  P音ではなかったが、江戸時代中期ごろまでは f 音のようなもの
  だったと考えられる。
4)万葉仮名などをみると、漢字音で声母がP音であるものをハ行音
  に当てている。波(は)に毘(ひ)などもそう。なお、中国でも
 「風」という漢字は、もともと声母はp音だったが、後に介母音の
  影響で、f 音に変わっている。現在の北京語では、feng とつづる。

などから、100%間違いなくP音だったでしょう。

230 :出土地不明:2005/10/24(月) 19:29:31 ID:BVACt/2g
日本国内だけで弥生に対して縄文といっているうちは良かったが
実際には縄文も多様で北方から来た狩人もいれば
南方から船に乗って芋を携えてきた人もいて
そのそれぞれの交流もあり、よその日本以外の土地の人ととの交流もあった

231 :出土地不明:2005/11/03(木) 02:02:35 ID:q5tJSM0h
えらく初学者にはこのスレ勉強になります。ところで
縄文女性多産(5〜6人)説は縄文人骨の寛骨出産痕を根拠に
した話を聞いたことがあるのですが
>>199
移動生活をしている旧石器時代 の人々は、子供が親と歩けるようになる
6歳ぐらいになる まで、女性は次の子供を作らない。しかも、初潮年齢も
18歳くらいで遅いから、女性は、生涯で、3人程度の 子供しかもたない。

というのは考古学的ないし人類学的に具体的な根拠があるのでしょうか?

232 :万歳は何語?日本?朝鮮?シナ?:2005/11/16(水) 21:21:45 ID:EWT+/dcJ
ガッツ石松さんは、どう見てもクロマニヨン人より
ネアンデタール人に近いというかその物だと思いますが
何故スミソニアン博物館からオファーが来ないのですか?

233 :出土地不明:2005/11/26(土) 01:01:20 ID:WmX/czT7
10人くらい生んで、結果的に、3人くらいが孫を見せに来る、程度のものでは?


234 :よろずこ:2005/12/24(土) 18:07:18 ID:qPpNfPBC
>>228
一本(いっぽん)
日本(にっぽん)

なぜ、こう読むのか?(発音するか?)

これで、80%

あと、>>229の2)〜4)で補完すると99%



>>229
三本(さんぼん)
これをなんか説明してくれい。


235 :出土地不明:2005/12/25(日) 01:19:32 ID:HYBEK883
三本(さんぼん) じゃなくって「さむぼん」って無意識のうちに発音してるんだよ。
ふつう日本語の「ん」はngなんだけど数詞の時だけm音が残ってる時があるのだ。


236 :出土地不明:2006/01/31(火) 00:54:52 ID:7th1bDj5
自侏儒東南船行一年 至裸國黒齒國 使譯所傳極於此矣 (魏志倭人伝)
又有裸国 黒歯国 復在其東南 船行一年可至 (後漢書地理誌)
これのことだろ、エクアドルの縄文土器と関係あるのは。

237 :出土地不明:2006/01/31(火) 00:58:17 ID:7th1bDj5
>>236
女王国から南東に船で一年航海したところに、裸国と黒歯国があります
って書いてある。

238 :出土地不明:2006/02/14(火) 14:13:06 ID:as4PlN8u
>>231
んと、たぶん、たいした根拠ないよね。
せいぜい、どっかの狩猟採集民に、子持ちの女には
禁セックスの風習があった。なんて、ところでしょ。

239 :出土地不明:2006/02/14(火) 21:49:51 ID:gD+797QN
もっと古い時代を考えてみると、、
縄文時代は、土器の古さからして1万5千年以上前にさかのぼるとされる。
日本人と日本に近い東アジアと、そしてネイティブアメリカンには、YAP+が
多いとされる。YAP+は、オーストラリアのアボリジニにも多い。
最近になって、シラミのミトコンドリアDNAの分析から、アメリカ大陸には、
原人とシラミがうつる程度に仲良くした人の子孫がいるらしい。原人の故郷
としては、東南アジアから中国が考えられる。
以上からの考察。
アフリカを出たホモ・サピエンスの中で、アラビア半島からインド洋、東南
アジアへと沿岸を回った海洋民族がいたことが判明していて、彼らは、その
ままオーストラリアに渡ったほか、同じ一派がこれまた沿岸沿いに、日本列島
まで北上、さらにそこからアメリカ大陸へと渡った可能性が高い。
そのときに、東南アジアの原人の子孫とも「浅からぬおつきあい」があり、
シラミをうつされたようだ。
時代は、インド洋沿岸に至るのが8万年か7万年前、オーストラリアには、
6万年前ごろ。北上した一派は東南アジアを経て原人とおつきあい、その
後、日本列島に至るのが3万年前ごろ。日本に暫くとどまり2万年前ごろ
までには、土器なども作るようになり、氷河時代の中、沿岸航路で北上し
て、アメリカ大陸西海岸を南下、内陸に至ることなくそのまま中南米まで、
これが1万5千年前ごろ。
アジアにおいては、日本列島も含めて原人は滅び、その後原人の系統の
シラミをもつ人々は駆逐されたか、シラミが駆逐されたかしたが、アメリカ
の一部では原人のシラミが生き残る。
ここに、8万年前からの壮大なインド洋、太平洋を渡った人々のロマンが
見えてくる。

240 :出土地不明:2006/02/14(火) 23:49:59 ID:rGs2xhvU
東北日本はオセアニア文化史でバヌアツにつながり
西南日本はアジア文化史でエクアドルにつながる
でほぼまちがいなさそうだなww

241 :出土地不明:2006/02/17(金) 13:43:45 ID:BWZGWw8q
縄文土器は古代の貴重な交易品だったんだろ。
日本とエクアドルの間に直接交易があったとは思えないけど
土器はないけど航海術に優れた東南アジアやポリネシアを経て永い年月をかけて大切にエクアドルに伝えられたんだろ。
ながら川のヒスイが大陸から出土したり縄文時代も海を越えた交易は珍しくはないんじゃないか
土器の原料の粘土なんて日本にはいくらでもあるし日本は縄文時代から工芸品を輸出しては食糧を輸入してたのかもな

242 :出土地不明:2006/02/17(金) 19:44:22 ID:TBHndsEL
日本からもエクアドルの土器が出土している。
直接もしくは間接的に相互で行き来があったのは確かだろう。

243 :出土地不明:2006/02/19(日) 23:15:42 ID:I3CtYlJz
中沢新一の書籍を読むと、アイヌの文化とアリュートの文化、そして、アメリカ
西海岸(アラスカからカナダ、ワシントン州くらいまで)のところの文化は非常
に似ているという。おそらく、日本列島から北方を経てアメリカ西海岸に至る
かなり恒常的な沿岸航路があったと思われ、その時期は、1万5千年前から、
数千年前までだろう。ポリネシア系が太平洋を東に向かって進むことができた
のは、彼らが非常に進んだ航海術を持っていたからで、その時期はやはり、
紀元前3000年ころまで待たないといけないだろう。とすれば、それ以前の
北周りの沿岸航路が氷河時代末から存在し、エクアドルの縄文土器もそれに
そって交易され、あるいは、製作法が伝わったものだと思われる。
これは、DNAに関する最新の研究とも、考古学とも矛盾しない解釈だ。

244 :がいやまん:2006/02/22(水) 11:12:30 ID:53WgNxJj
Y染色体識別子のベーリング海峡を越えての拡散
http://www.familytreedna.com/pdf/Karafet_et_al.1997.pdf
オホーツク文化人は北米から北海道に来て、その後は北米に引揚げたようだ。
また、最近の研究ではクロービスは欧州大西洋沿岸部出自、カリフォルニア
の黒曜石ナイフと日本のはスケールがちがうのも道理だな。

245 :出土地不明:2006/02/22(水) 14:36:48 ID:u0XwnLjK
超伝播論の残滓だな。
あんなものは19世紀の遺物だと思ってたが
まだ信じてる奴がいるのか。

246 :出土地不明:2006/02/23(木) 23:33:53 ID:V0rdSjmd
>>244
クロービス文化の話の最新の状況を考えてみよう。
西ヨーロッパ起源とされるのは、ヨーロッパの後期旧石器文化前期の
ソリュートレ文化の石器と非常に似た形式を持っているためにこの話
が出てきた。さらに、ミトコンドリアDNAのハプログループXが、
ヨーロッパとアメリカ大陸で少数発見されることから、ヨーロッパの
ソリュートレ文化をもつハプログループXの人々が大西洋を渡ったの
ではないか、という説がつい数年前に出されたわけだ。
ところが、まず、ソリュートレ文化は2万年近く前の文化であり、
クロービス文化のもっとも古いものと比べても、5000年以上の開き
がある。
また、ソリュートレ文化はフランス南部などの一部地域のものであり、
ヨーロッパ全土に広がったものでもなく、その存続期間も短い。
ハプログループXについては、その後シベリア東部のアルタイ山脈で
より古いタイプをもつ人々が発見され、これがヨーロッパとアメリカの
双方のXの起源となり得ることがわかった。起源は3万年前であり、
時代としては、グラヴェット文化の南ロシアからの拡散と同じ時期に
なる。ヨーロッパ西部にグラヴェット文化が入った時期は2万5千年前
ごろで、その後ヨーロッパの文化がソリュートレ文化やマドレーヌ文化
になった後も、中東北部からシベリアの中央アジアで続グラベット文化
が続く。これがシベリア経由でのアメリカへ渡ったXの人々の起源だ
ろう。

続く

247 :出土地不明:2006/02/25(土) 15:38:43 ID:OzvFiO8y
さて、アメリカ大陸は氷河時代の間ずっとローレンタイド氷床など、
大きな氷床に覆われていて、おそらく1万2千年前ごろまで、北米全体
はほとんど人の住むところではなく、さらにいえば、野生動物の痕跡も
少ない。ベーリンジアを経て、人が北米に渡ったとしても、そこから、
南方にむかっていくには、氷床の裂け目の回廊を移動する必要があるが、
そんなものは考古学的に確認もされていないし、またあったとしても、
不毛の地であるから、当然、人々が南下できたとは思えない。
アメリカ大陸の遺跡をみると、クロービス文化以前とされるものは、実際
にはほとんどなく、だれもが確実にクロービス文化以前のものと考える
のは、ほとんど中米から南米にあり、北米には存在しない。
大陸は氷床に覆われていて、ベーリング陸橋を経てアジアからアラスカ
そして、北米、南米というのは無理な話だということがわかった。

結果として、もっとも蓋然性が高いのは、ベーリング陸橋の南岸から、
アラスカ、北米大陸の沿岸を船で渡る経路だということになる。
北米大陸に氷床があったとき、大陸中央部がその氷床の重さでへこむ
かわりに、沿岸部は逆に隆起していたと考えられ、最近では沿岸部に
限っては、部分的に人々が住むことのできる環境が氷河時代において
も十分存在していたことが判明したのである。
ようするに、初期アメリカ移住を果たした人々は内陸には向かわず、
沿岸航路で、氷河や氷床の存在しない、オアシスのような沿岸地域に
広く分布し、おもに、漁労によって生活していたと考えられるのである。
だとすれば、この移住の時期は、いつでもよい。この時代の沿岸遺跡は
ほとんど現在は海底にあるので、考古学的調査は非常に難しい。
おそらく、1万5千年前ごろにアジアから北方のベーリング陸橋沿岸を
船で渡りながら、アメリカ大陸西海岸をわたり、そして、氷床のない
中米から南米に移り住んだ人々がいたのだろう。とすれば、南米のほう
がより古くから内陸部に移り住んでいたことも納得できる。

248 :出土地不明:2006/02/26(日) 23:10:33 ID:F4XCKaPH
でもさ、氷河期が終わった今でさえベーリング海峡周辺は人が住むには寒すぎる。
氷河期にそこで子供を育てながら狩猟採集していくことなど可能だろうか?

249 :出土地不明:2006/02/28(火) 01:31:38 ID:wUtMT8JN
1がお姉ちゃんとセクロスした話が聞けるスレはここですか?

250 :出土地不明:2006/02/28(火) 02:09:30 ID:no0GKtjO
>>1が姉とセクロスすると聞いてvipからきたお!!

251 :がいやまん:2006/02/28(火) 10:14:03 ID:rmkoDPmN
一般的に先史時代の石器・金属等の交易遺跡は北西太平洋岸
とのつながりを示唆するようだね。
http://wsarch.ucr.edu/archive/papers/c-d&hall/usraw.gif

252 :出土地不明:2006/02/28(火) 18:43:12 ID:knjaOHlt
>>248
彼らは、氷河時代を生き抜いたマンモスの狩人の子孫であり、
防寒技術には問題ないだろう。
食料の面でもイヌイットの生活を考えれば、海獣の狩猟がメインであろう。
一番の問題は航海技術なんだよね。

253 :がいやまん:2006/03/01(水) 15:16:03 ID:yOXcVvEq
>>246 >>247
非常に深く、広いご見識で、大いに勉強になりました。ありがとうございました。

254 :出土地不明:2006/03/01(水) 23:40:35 ID:u5KWwtXv
>>248
現在までのところ、多くの研究者はアメリカへの人々の移住の時期を、
せいぜい、15000年前以降としている。この時期は、すでにアジア
南部から日本にかけての領域では氷河時代が終わりつつあるか、終わった
段階だ。
で、氷河時代の文化的な遺跡などの分布をみると、古くはスンギール
遺跡(ロシア)などもふくめて、現在でもかなり寒い地域に集中している
のがわかる。シベリアへの人類進出は3万年前にはさかのぼり、上記の
続グラヴェット文化がシベリアで栄えた時代は、1万8千年前ごろだ。
理由は不明だが、とにかく、氷河時代は現在で考えても寒いような地域
にかなりの人口集中と高度な文化の遺跡が存在していることになる。
1万8千年前のシベリアの人々といえば、まさにヴュルムマキシマム
の時代で、もっとも寒い時代だから、その人々がベーリング陸橋にま
できていたのは間違いないし、かりに沿岸航路を制覇していたならば、
そのままアメリカ大陸に渡った可能性が高い。
現在確認されているのは、氷河時代のもっとも厳しい時代においても、
沿岸地域には、てんてんと氷床に覆われず、野生動物がくらすことの
できる環境が存在していたということだ。これらを拠点にして、南下
すれば、アメリカ大陸の太平洋側まで至ることは十分に可能だろう。
現在のところ、これらの時代の遺跡は海底遺跡もふくめて、1万年前後
前のものまでしか確認されていないため、確実に沿岸航路で渡ったと
いう痕跡はまだ得られていないが、あったとしてもすべて海底遺跡という
ことで、この発掘調査は非常に難しい。
>>251
さてどうなんだろうね。あまりはっきりとしたものはないと思う。とくに
クロービス以前なんていうものはあり得ないだろう。
>>253
たしかに、航海技術の問題が一番面倒なのだが、実際には、航海技術の
ことがあるからこそ、アメリカ大陸への移住は、ベーリング海峡の
列島沿いというか、当時の陸橋の南岸航路というものしか考えられない
ということなんだそうだ。太平洋航路は、ポリネシアのアウトリガーの
ついた海流は風に逆行することのできる船がないと東進不可能だそうだ。
これができたのは、紀元前2千年かもうすこし前の東南アジアの人々
であり、それ以前は、やはり難しかったという推測がなりたつ。
だから、筏や丸木船、あるいは簡単なカヌーなどでの航海を考えると、
どうしても、ベーリング海峡経由での北からの移住ということになると。

255 :出土地不明:2006/03/01(水) 23:57:23 ID:8tVB7gvq
>>253
別スレにあるように、"The Lost World" T. Koppel の内容をほぼそのまま
書いたようなもの。追加は、グラヴェッティアンとハプログループXとの
関係くらい。ただ、たしかに、アメリカ大陸ではハプログループXは東
海岸に多いんだよな。

あと、トリビア的な話になりますが、ついでに。
現在のネイティブアメリカンは、血液型がほとんどO型で、まず100%
そうだといってよいくらいなんですが、実は、これコロンブス以前はそう
ではなかったことが、最近の古人骨の研究でわかりました。古代のミイラ
などをしらべると、血液型の分布は、おおむね世界の標準と変わらず、
まあ、民族ごとの違いの一般的な分布の範囲内に収まるとか。
じゃあ、コロンブスの大陸進出後にどうして、血液型がO型だけになった
のか、というと、実は、伝染病との関係らしい。いわゆる新大陸の発見
以降、ネイティブアメリカンは、おおかた95%が旧大陸からもちこま
れた伝染病で死んだわけで、そのときに、血液型O型は死亡率が圧倒的に
低かったということのようです。
っていうのは、The Molecular Hunt に書いてありました。

256 :出土地不明:2006/03/03(金) 11:17:39 ID:I86pPn3x
横ですが、今週号のネイチャーの抜粋
 
March 02, 2006
考古 : ペルーにおけるトウモロコシ栽培の始まり

アンデス地方はインカ族までを含めた古代文明発祥の地として重要であるにもかかわらず、
文明発達の礎の1つとなる農業の導入については、ほとんどわかっていない。
だが今回、ペルーの4000年前の住居を発掘調査していた考古学者グループが、
トウモロコシの栽培と加工処理が行われていたことを示す最古の証拠を見つけた。
 L Perryたちは、ペルーのコタワシ渓谷上にそびえるCerro Aycano峰の斜面高所
にある、ワイヌナという場所で発掘された古代住居跡で、トウモロコシ、ジャガイモ
クズウコンの3つの作物の微小な化石を見つけた。
3600〜4000年前のものと思われる小屋の床と、小屋の中で見つかった石器から
でんぷんの微小粒とほかの植物性遺物が見つかったのである。
 今回の発見で、この地域でトウモロコシが食用にされていた最古の年代は
少なくともこれまでより1000年さかのぼることになるとPerryたちは
述べている。そのうえ、恐らくクズウコンはワイヌナのような高地では
育たないことから、遠く離れた地域から持ち込まれたものと考えられ、
農産品を物々交換に使った初期の例である可能性がある。

257 :出土地不明:2006/03/03(金) 23:36:40 ID:u7TcfKQ9
>>256
素晴らしい話ですね。
最近、Guns, Germs and Steal を読みました。アメリカ大陸でなぜ文化の
進展が遅れたのか、と言う話です。このトウモロコシの話を考えると、
アメリカにおいても、農業は十分早い時代に始まっていることがわかります。
それに、中近東の農業では、ムギなどは、野生の段階からきわめて有用な
植物であったため、比較的簡単に農業を始めることができましたが、トウモ
ロコシの野生種は、まったく有用性がなく、非常に小さい食用部分しかな
かったにも関わらず、アメリカの人々はそれを必死で栽培し、そして、
十分食用になるようにしたわけです。素晴らしいことだと思います。
ただ、やっぱり、大陸の気候、地理的条件が文明の進展を妨げたという
のも事実です。

258 :出土地不明:2006/04/02(日) 01:39:37 ID:Z0aTbfNT
横レス失礼。
Guns, Germs and Stealについて一言。
良い本だと思うが、この作者が穀物の評価でしばしば蛋白質の含有量に触れ、
麦類の優秀性を強調しているが、下記の引用分が正しいのだとするとすれば
、米に関して誤解しているのではないかと思います。

http://www.ne.jp/asahi/agricola/nobui/fa/fa04.html
より引用


「米に含まれる蛋白質の量は小麦に比べて少ない。四訂日本食品標準成分表によれば、百グラム中の蛋白質含量は薄力粉(小麦粉の中でも比較的蛋白質が少ない)で八グラムから八.八グラム。対する米(水稲精白米)で六.八グラムである。量的には小麦の方が多い。
しかし、蛋白質を論ずる場合に忘れてはならないのはアミノ酸組成、特に必須アミノ酸のそれぞれの含有割合である。人の体が必要としているアミノ酸組成に近ければ、その蛋白質は有効に利用される。しかし、特定のアミノ酸がずば抜けて多く、
他のアミノ酸が少ない場合、あるいは特定のアミノ酸に欠けている場合等は、いくらアミノ酸の量が多くとも有効に利用されない。必須アミノ酸のバランスと比較して、最も低い水準を示しているアミノ酸、それが制限因子として働く。
米は蛋白質の含量でこそ小麦には負けるが、アミノ酸のバランスが比較的良いため、総合的な蛋白質の価値からすれば小麦にはまさる。麦は栄養的な面からしても畜産物のような蛋白質食品を併せて摂る必要がある(中略)
また、米で比較的少ないアミノ酸はフェニルアラニンであるが、これは大豆に多く含まれている。米と納豆や豆腐等の大豆製品との組み合わせは栄養的にも好ましい組み合わせである。
(中略)これに対し、欧米では炭水化物源として主に小麦を主とした麦を食べた。麦は米に比べて収量は少ない。また栄養的にはB群ビタミンに関しては米より優れているが、前にも記したように蛋白質の点で問題があり、畜産物の摂取は必然となった。
所得が向上すれば麦よりも、より美味な畜産物の摂取を多くすることになる。蛋白質や脂肪の多い食事の後には、当然のことながら身体は炭水化物を欲する。すぐに吸収される炭水化物として砂糖を要求するのである。
脂肪と蛋白質、そして砂糖をたっぷりとる西欧型食生活は肥満や血管障害をひきおこす。」



259 :出土地不明:2006/04/06(木) 23:28:47 ID:JULMHPCw
>>258
で、あの本(いま手元にないのだが)では、米についてとやかく悪口いっている
とは思えないのだが。
それから、西欧において、畜産が本格的になったのは、案外遅いわけで、上流
階級はおいといても、庶民一般が肉を口にするようになるのは、中世以降とか
いう時代ではなかったっけ?それにジャガイモのない時代の西欧は悲惨で。

260 :出土地不明:2006/04/07(金) 04:45:08 ID:TPmm7FPK
砂糖もそんなに古くないよね(少なくとも小麦よりはずっと新しい)。


261 :出土地不明:2006/04/07(金) 12:41:20 ID:0w/8j/3b
ちょっとスレからずれてるけど、とうもろこしが重要な穀物となったのは他の作物が栽培されてからずっとあとの時代です。
それ以前からかぼちゃ、チリ、芋類などを栽培してました。

262 :出土地不明:2006/04/10(月) 19:48:16 ID:UZgUl1Wr
なんでとうもろこしが主な穀物になったのかな?
その かぼちゃ、チリ、芋類より栽培しやすいのかな?

よく知らないのですまんが、もとから作っていた野菜などに加えてとうもろこしも作る様になった、というのが正しいのかな?

263 :出土地不明:2006/04/10(月) 23:26:43 ID:kp1rkP3z
栽培作物化されたトウモロコシは、栄養価も高いからな。量もできる。
でも、トウモロコシの原種となった野生植物は、とてもくえるようなものでは
なかった。なんで、あんなものを食べようとおもったのかは不思議だ。

264 :出土地不明:2006/04/11(火) 19:09:47 ID:7Q5zumhi
>>263
なるほど、栄養価高いのですか。保存にも適してるのかな?
さっそくありがとうございました!

野菜の原種って結構食べようとは思えないモノが多いみたいですね。凄いチャレンジャーが居るものだな〜

265 :出土地不明:2006/04/12(水) 01:33:18 ID:TIR5hf8C
ていうか、野菜の原種から選び出し今日に至るまで改良し続けた事を
絶賛することなしにチャレンジャーという低俗な言葉で定義するのは
嘆かわしいのう。

266 :出土地不明:2006/04/12(水) 19:51:12 ID:JyZLBEI0
申し訳ないです;食べる事ができるのか最初は分からないのに食べてみたり改良したりするのは凄いと思っただけです。
決して絶賛していないというワケではありません;

気分を悪くされた方すみません

267 :出土地不明:2006/04/20(木) 21:12:40 ID:Wpg0lkVs
>>234

>一本(いっぽん)
>日本(にっぽん)

幼稚な例を出しちゃだめだよ。
それは、外来語だろ。
中国人の発音を借りたものだからP音でも不思議じゃない。



268 :あまてらす:2006/05/14(日) 05:54:25 ID:LI70+qss
 皆さん真面目に意見を交わされているようなので、お尋ねしたいのですが、ちょっと
変わった質問かもしれませんが、ご存じの方がいたらお教えください。

 エクアドルには、日本のハゼの木や漆(うるし)の木のようなモノは生えているもの
なのでしょうか?

いえ……実は>>1さんの意見に触発されて書き込みしているのですが、今度私の友人が
バルサの筏で太平洋を渡り、日本に戻ってこようとしているので、ご存じの方がいれば
ぜひお知恵を拝借したいと思いまして……

http://ameblo.jp/taiheiyou10000maile/


269 :出土地不明:2006/05/15(月) 21:20:25 ID:BTimhNoM
あの模様はうちのじいちゃんが考えたやつだ。
おしゃれだっていうんで、いろんな人が真似したらしいよ

270 :出土地不明:2006/06/13(火) 23:44:11 ID:3SkLL8cW
へえ。

271 :出土地不明:2006/07/22(土) 21:35:36 ID:EeV3hfgl
>>232
石松氏はまだ存命なので展示されてません

・・したらきっと生きた化石、現代に生きる北京原人として

世界各地の博物館に展示されTV特集が組まれるでしょう

悪質な科学者は石松のDNAからクローンを創るかも・・・・

272 :出土地不明:2006/07/28(金) 15:21:09 ID:CIiN8LI3
>>266
いや、いいんじゃね?
最初の人だって「これ何百年も選別しつづければすげぇ食いモンになるかも!」って
始めたワケじゃないだろうし。

粟だって最初は、
「食いモンねぇよ・・・。これ、食えるかなぁ・・・(´・ω・`)Ψ←ネコジャラシ」
だろ、きっと。

273 :出土地不明:2006/07/28(金) 23:53:01 ID:WVmIR8xX
>>272
日本で最初に河豚食って死んだやつみたいなもんだろ。

274 :あまてらす:2006/08/11(金) 23:11:23 ID:o07syWIX
 エクアドルにいる友人から、メールが来まして、「8月24日から3日間エミリオ
エストラダ氏による バルディビア文明発見50周年祭があります。縄文土器との
類似性を発表したエバンス夫妻も記念式典出席します。」とのことでした。

 何か尋ねたいことがあれば質問してみてもいいですよと言っているので、何か
質問したいことありますか?

275 :出土地不明:2006/08/12(土) 09:18:08 ID:irOBoBjt
>>274

本当?

日本から縄文土器が流れ着いて、南米人が真似たのか、
縄文人が南米に拡散したのか、
(たしか、日本人特有のDNAが一部の南米人にまじってたとか)
見解を詳しく聞きたい。


276 :あまてらす:2006/08/12(土) 11:04:32 ID:eXKKulec
ホントらしいですね。

“8月の23日から3日間、故エミリオ エストラダ氏によるバルディビア文明
の発見50周年記念祭をエクアドルのグアヤキル市内の文化人類博物館で行われま
す。各国から考古学者が集まりバルディビア文明についてのシンポジウムを開催
します。”
とメールにありましたから。


 日本人特有のDNAというか、友人が何かから抜粋したようなのですが、
“「HTLV1(ローマ字)型の論証」である。一九九四年、名古屋で行われた日本ガン
学界において田島和雄氏(愛知ガンセンター疫学部長)によって報告された。それによ
ると、日本列島の太平洋岸(沖縄・鹿児島・高知県足摺岬・和歌山・北海道)の住民(現
在)に分布する、HTLV1(ローマ字)型のウイルスと同一のウイルスが、南米北・
中部山地のインディオの中にも濃密に発見された。その結果、両者が「共通の祖先」を
もつことが推定されるに至ったのである。”
 あと、何やら寄生虫がうんたらかんたら書いてありました。


277 :出土地不明:2006/10/05(木) 00:19:15 ID:pW4/huwd
報告まだ〜?

278 :出土地不明:2006/10/09(月) 02:26:53 ID:zLao8o/h
生化学的なネットと、文明のネットを同等に語るのはおかしくないかい?

279 :出土地不明:2006/12/05(火) 18:38:02 ID:rQfjvw0H
保守

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